無敵無敗女王のピンチ・まさかの惨敗

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329名無しさん@ピンキー
 キューティー浅尾はこの事態が信じられず、茫然とリングに立ち尽した。
――わたしを丸坊主にしろですって! みんな、どうしてなの?
 デビュー以来、いつも陽の当たるスター街道を歩いてきた。常に美貌と強さをもてはや
され、称賛の声しか浴びて来なかった。そのわたしが、汚い野次とブーイングを浴びせら
れ、あまつさえマットで大恥を掻く姿を望む声が出てくるなんて。彼女は観客がみな自分
の敵になったような錯覚に陥ってしまう。
――冗談じゃないわ! こんな試合、まっぴらよ!
 自業自得ではあったが、今まで経験した事のない孤立無援の状況に動転したキューテ
ィーは、ロープをくぐって場外に飛び出した。そのまま花道へ向かって駆け出す。なんと、
敵前逃亡だった。試合を捨てて逃げ出そうとしたのである。
 だが、逃げようとした浅尾の前に極悪軍団の面々が立ちはだかった。たちまち捕まった
アイドルは無理やりリングに連れ戻される。
「ど、どうして誰も助けてくれないのよ! わたしのセコンドはどこに行ったの?」
 なぜか、キューティーのセコンドは皆姿を消していた。場外には極悪軍団のレスラーし
かいなかった。
「キューティー、サイテー!」
「逃げるなんて卑怯よ!」
 観客席では、つい先ほどまでキューティー浅尾の崇拝者だった少女たちが、口を極め
て罵った。浅尾は再びマットの上に押し上げられてしまう。
「キューティー、今度逃げたら試合放棄で負けにするぞ」
 とレフェリーから警告が出された。
330名無しさん@ピンキー:2007/12/03(月) 13:21:48 ID:W0X1uxOj0
「くっ!」
 浅尾は屈辱に唇を噛んだ。逃げようとした上に、それにも失敗して連れ戻されてしまっ
た。見苦しい姿だ。二重の醜態を演じてしまった。その上、もはや場内に誰も味方はいな
い。常に凛とした姿を見せてきた元女王の雄姿は既に消え失せていた。
 そうである、逃げて試合放棄しても負けになり丸坊主にされてしまう。もはや進退極まっ
た。戦い続けて勝つしか道はないのである。
「ククク、逃げるなんて惨めだな、キューティー!」
 コングから嘲笑を浴びせられる。追い詰められ破れかぶれになったキューティーは、
拳を握りしめ
「うおおっ!」
 と形相を変えて、チャンピオンに殴りかかった。だが、コングは余裕たっぷりであった。
ヒョイと体をかわして、軽く右脚を出した。
「きゃっ!」
 脚を引っ掛けられた浅尾は、頭から転倒して、ぶざまに一回転した。その哀れな姿に
観客からは失笑が漏れた。そこにコング松本が畳みかける。すばやくキューティーを仰
向けにすると、両足首を捉えた。コングの太い右脚が両脚の間に入り、すばやく右膝を
ロックされてしまった。
(しまった! サソリ固めっ!)
 これで、身体を反転されるとサソリ固めが極まってしまう。全力で懸命にこらえたが、
パワーでは圧倒的にチャンピオンの方が上だった。力づくでひっくり返されてしまう。
 そして、ガッシリとコングは腰をおろした。完璧なスコーピオンデスロックだった。
浅尾の細い身体が反り返り、締め上げられる。
「あああああっ!」
 苦痛に悶える美人レスラーの絶叫が響き渡った。


331名無しさん@ピンキー:2007/12/03(月) 13:24:44 ID:W0X1uxOj0
 タイトルを失った前の試合と同じ展開になってきた。こういった拷問技を受けてしまう
ことで、キューティーの肉体からスタミナが奪われていく。単なるラフファイターではな
く、多彩な痛め技も使いこなせるのがコング松本の強さだった。
「いやあああっ!」
 膝、腰を強烈に締め上げられる元女王は苦しみ悶絶した。いつもなら、キューティー
が苦境になって悲鳴を上げると、ファンの間から、反撃を期待するキューティーコール
が沸き起こるのだが、何のリアクションもない。今やアンチキューティーとなった本日の
観客にとって、彼女の悲鳴は耳に心地良い音楽でしかなくなっていた。
(は、早くこの技から逃れないと、スタミナを失くしてしまう!)
 浅尾は焦り始めた。ギブアップを尋ねるレフェリーには首を振って拒否したものの、こ
のサソリ固めは、彼女に確実にダメージを与えていった。
――ううっ、く、苦しい!
 並の選手のサソリなら、全身バネのようなキューティーは弾き返すことができる。だが
コングの巨体に背中に乗られては無理だった。ロープに逃れるより道はない。懸命に両
腕を使ってロープににじりよっていく。
――この会場で丸坊主にされて辱められるのだけは絶対嫌っ!
 必死のキューティーである。わたしを敬愛するファンであれば、たとえ敗れて髪を切ら
れても泣いたり、抗議したりしてくれるであろう。だが、会場中が敵になり、わたしの屈辱
を望んでいるこの雰囲気の中で、そのような辱めを受けるくらいなら死んだ方がましだ、
という心境であった。