ある日の試合場、メインイベントはコング松本の防衛戦だった。またしても圧倒的なパワ
ーと冷酷なラフファイトでもって、キューティーの後輩格のベビーフェイスのレスラーを叩き
のめして防衛記録を伸ばしたのだ。
極悪軍団の取り巻きに囲まれて、チャンピオンベルトを誇示していた時である。突然、観
客がざわめいた。リングサイドに突然、キューティー浅尾が姿を現したのである。そして、
マイクを持ってリングに上がると、コング松本を指差して言い放ったのである。
「極悪軍団、これ以上の狼藉はわたしが許さないわ! そのベルトは本来わたしの物よ。
コング、わたしの挑戦を受けなさい!」
会場が静まり返る中、コング松本はひるむ事もなく、ニヤリと笑って
「相変わらずこしゃくな女だね。あれだけやっつけられて、まだ懲りてないらしいな」
と言い返し、意外な提案をした。
「だが、お前との決着は既についてる。挑戦を受けてほしいなら、ただじゃ面白くないね。
敗者髪切りマッチだ! これなら受けてやる」
会場はウォー!! とどよめいた。
「うっ!」
キューティーは、一瞬たじろいだ。敗者髪切りマッチとは、お互いの髪を賭けて戦う試合
で、負けた方は、問答無用でリングの上で丸坊主にされてしまうのである。
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名無しさん@ピンキー:2007/11/19(月) 17:28:49 ID:N72N1WmV0
髪は女の命とも呼ばれている。浅尾にとっても、さらさらした黒いロングヘアーは常にケ
アーを欠かさないほど大切にしていた。自分を崇めるファンの目の前で、それを切られて
しまうなど、絶対に許されない。アイドルの動揺を見透かしたコングは、たたみ掛けた。
「どうして、逃げるのか? ハハハ、尻尾を巻いて逃げ出した方が、卑怯者のお前にはお
似合いだよ!」
そして、極悪軍団と共にガッハッハと、嘲笑を浴びせた。カッとなったキューティーは、
「いいわ、受けてやる! 敗者髪切りマッチで勝負よ!」
と自らむざむざ罠にはまるかのように受けてしまった。
「フフフ、いいだろう。タイトルマッチは三日後だ。逃げるなよ、キューティー!」
不敵な笑いを浮かべたコング松本は、極悪軍団を引き連れて、興奮状態に陥る試合場
から引き上げていった。
「キューティーさん、いいんですか、あんな勝負受けて?」
心配した付け人や後輩レスラーたちが近寄ってきた。
「大丈夫よ、勝てばいいんだから」
気丈に返事をしたが、内心は不安で一杯だった。勝負は既に始まっているのだ、これは
心理戦、場外戦なのだ。負けた方が髪を切られる。対等な様でそうではない。
ヒールで不細工なコング松本と比べると、ベビーフェイスで、アイドル顔のキューティー浅
尾の方が、負けた場合のダメージは遥かに大きい。それを承知で、キューティーに心理的
重圧をかけるために、敗者髪切りマッチを受けるように追い込んだのだった。
――なんて、狡猾なの……
元女王は歯噛みしたが、もう遅かった。
「コング松本とキューティー浅尾、互いの髪を賭けて対決!」
翌日のスポーツ紙はキューティーのリターンマッチを大々的に報じた。前回の悲惨な試合
の事もあって、試合は異常な関心を呼び、入場券はプラチナチケットと化した。
そんな中、当のキューティー浅尾はこれまでに類例のないプレッシャーとも戦わなければ
ならなかった。勝てば、自分が再びチャンピオンに戻れる。だが負ければ、自分を応援して
くれるファンの前で丸坊主にされてしまうのだ。
――そんな事、ありえない!
頭を振って懸命に否定した。前回の試合に負けて以来、必死で特訓してきたのだ。この試
合のための秘密兵器も用意している。勝てないはずはない。
だが、あの超人的なパワーの持ち主のコング松本に果たして通用するのか? 不安を完
全に拭うことはできなかった。
――勝てばいいのよ、だけど……
試合前のイメージトレーニングで、常に自分の勝利を思い浮かべてきたキューティーだっ
たが、今回は、自分が負けて黒髪を切られて丸坊主にされるネガティブイメージばかりが浮
かんできた。
――だめよ! こんな弱気でどうするの!
キューティーは自分を叱咤したが、不安を払拭できないまま、とうとうタイトルマッチの当日
になってしまったのである。