1 :
名無しさん@ピンキー:
2 :
1の続き:2006/09/30(土) 08:54:44 ID:VIuunkmA0
3 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:01:11 ID:VIuunkmA0
(オプションパーツの続きです。
<!!!警告!!!> 反戦派の方はこの回をスルーした方が宜しいでしょう。)
−−−(28)大戦(後編)−−−
(北米連機動部隊 旗艦)
伝令兵:「司令長官、大統領命令です。」
司令長官:「えっ!。核攻撃?、40基も同時に!。味方のいる場所なのに。
なんて事だ。あんな報告するんじゃなかった。独断で降伏を許可すれば良かった。
これが終わったら抗議して軍を辞めてやる。」
参謀:「どうなさったのです?。」
司令長官:「大統領はあの噂を信じて核攻撃を決断してしまったぞ。
いや、大統領一人でこんな事は決めないだろう。きっとコメーが主張したんだ。
元天才少女だかしらんが、現場の人間を使い捨ての駒のようにしか思っとらん。
皇帝の宮殿に向けて40基もの核ミサイルを一気に撃ち込む事になってしまった。
内20基はSLBMだから、こちらにも配下の潜水艦を動員せよとの命令だ。
つまり、味方の上陸部隊の連中を殺す命令を私に出せと言うわけだよ。
いますぐ軍を辞職したいところだが、代わりの者が同じ目に遭うだけだ。」
参謀:「辛いですが、命令は命令です。お気を確かに。」
司令長官:「うむ。すぐに上陸部隊へ決定を伝えてやるんだ。
まだ、対戦車ロケット弾が一人当たり3発以上は残っているはずだ。
死にもの狂いで戦えば、敵の地下施設を奪って待避できるかもしれん。
あるいは運良く皇帝を捕らえれば、核攻撃命令を撤回させられるぞ。」
参謀:「はっ。急ぎます。」
4 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:01:57 ID:VIuunkmA0
司令長官:「それから気は進まないが潜水艦に指令だ。こっちは急ぐな。」
参謀:「ぎりぎりまで待ちます。一度発射態勢に入ったら止めるのは難しいです。
発射準備では浅深度に浮上して位置確認をするために、必ず探知されてしまいます。
見つかれば海底にある雷撃施設から攻撃されて、いずれ沈められるでしょうから。」
司令長官:「そうだったな、海底雷撃施設の射程圏内でSLBM発射は自殺行為だ。
可能なら雷撃施設の射程外からやりたいが、どこまで下がれば良いのかな?。」
参謀:「揚陸艦の被害状況から推定すると、あれは電気推進式の有線魚雷です。
ワイヤーを放すまで施設から電気を供給するなら、射程は五十`以上あるでしょう。
雷撃施設が沿岸から200海里の線沿いにも配置されているなら難しいですね。
十分離れるには時間がかかりすぎるので、本国のICBMより着弾が大きく遅れます。
敵は宇宙から迎撃できるので、飛行距離が伸びればそれだけ落とされ易くなります。
ICBMより遅れて、ばらばらに攻撃したのでは全部阻止されるかも知れません。」
司令長官:「それでは、私に上陸部隊だけでなく潜水艦の乗組員も殺せと言うことか。」
参謀:「戦略ミサイル潜水艦というのは、元々自殺攻撃を前提に配備されているのです。
つまり、探知されてから撃沈されるまでの間に数発発射するのが精一杯と言うことです。
あくまでも抑止力と位置づけられていて、滅多に使うことのないものですから。
大統領の命令が出てしまった以上、潜水艦の犠牲は避けられません。」
5 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:02:31 ID:VIuunkmA0
(静止軌道工場第一衛星 軌道警備部隊本部 大目付制御室)
マサ:「あっ、北米連の本土から22基のロケットが打ち上げられました。
20基はサイロらしき場所からだから間違いなく核ミサイルでしょう。
2基は宇宙局からです。あるいはここに向けた攻撃かも。」
真理亜:「陛下の作戦通り上陸部隊を足止めしているのにダメだったか。
サディストの私でもそこまで冷酷にはなれないわ。民主国家って怖いわねえ。
さんざん訓練してきた通りで対処するわよ。20基ならできるでしょう。
ICBMには迎撃艇を差し向けるから、マサはSLBMを警戒して。」
マサ:「東宮様から潜水艦の位置情報を貰って下さい。」
真理亜:「来てるわ。200海里外のは判らないから頼りすぎないで。」
マサ:「必ず来そうなのがこの4隻からか。迎撃艇の軌道合わせがきついです。
決め打ちできる分は見込みで行かせて下さい。」
真理亜:「この位置だと高度300`が頂点ね。四方向からか、厳しいなあ。
雷撃は到達に時間がかかるから、おそらく発射に間に合わないだろうし。
一番腕の立つハルたちを1隻ずつ向かわせるしかないわね。
各1隻では全部を捕捉するのは無理かな。最後の始末はマサに頼んだわよ。」
マサ:「きっと落としますよ。無人だし、思い切りやってやるわ。」
6 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:04:37 ID:ozD8FRHD0
(海兵隊 ジャングルの仮設陣地)
連隊長:「みんな聞いてくれ。この島に核ミサイルが飛んで来るぞ。
つまり、俺たちは使い捨ての駒になったわけだ。生き残る方法は3つだ。
一つは、すぐに皇帝を捕らえて大統領に攻撃中止命令を出させる。
二つは、敵の地下施設を奪って逃げ込む。
三つは、敵に降伏して地下施設に入れて貰う。
お前たちに死刑判決を下した国家の指揮官に、もはや命令する資格はない。
怪我のない者は、各自で好きな方法を選んでくれ。
俺は一つ目の方法を選ぶから、一緒に来る奴は五分後に総攻撃だ。
したがって、降伏したい者は、直ちに白旗を用意して陣地を出てくれ。
気の毒だが怪我人を救う方法は無い。
腕をやられた者は、どうしても降伏が厭なら一か八か宮殿と逆方向に走れ。
足をやられた者は、一番深い塹壕の底に伏せて核ミサイルが外れるように祈れ。
それもできない奴は、せめてヤブーを恨んでいろ。以上だ。」
タイタン:「俺はサイボ−グの材料になるのは絶対厭だ。攻撃に加わるぞ。」
サターン:「ふっ、強姦することばかり考えていたから罰が当たったのかな。
降伏すれば地下施設には入れてくれるだろうが、たぶん地下だって蒸し焼きだ。
助かるのは敵のサイボーグだけさ。悔しいから格好良く最後まで戦ってやろう。」
ジュピター:「俺も総攻撃に加わりますぜ。まだ何とかなる。」
アトラス:「俺もサイボ−グの材料になるのは厭だな。」
レッドストーン:「俺は諦めた。もういい。誰か酒をくれないか。」
衛生兵:「済まねえな。この消毒用アルコールしかない。勘弁してくれ。
代わりにお前のロケット砲と砲弾を貰って行くぞ。あばよ。」
連隊長:「降伏する奴、逃げる奴は居ないか?。始めるぞ。よし、突撃だ。」
7 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:05:15 ID:ozD8FRHD0
(ジャングル下の秘密地下鉄駅)
知子一世:「急に敵の攻撃が激しくなったわね。何を企んでいるのかしら?。」
ユミ:「大変です。工場衛星からICBM発射の報告が入りました。20基です。
そのほかに2基が宇宙局から打ち上げられて工場衛星に向かっています。」
知子一世:「えっ?。味方の兵が居るのに。それとも狙いは本島かな?。」
マミ:「極軌道の当番迎撃艇四隻が追っています。追いつけそうですよ。
まだ正確な針路は不明です。確率では、ここが70%、本島が30%ですね。」
知子一世:「70%か。上陸部隊が激しく攻撃してるのはここの入り口が狙いね。
発射を知らされて、追いつめられたからここを奪って避難する気なんだわ。
しかし、酷い国ねえ。まだ戦っている味方の居るところに核ミサイル撃つなんて。
迎撃艇の撃ち漏らしに備え、地上配備のエキシマを全部投入するよう東宮に伝えて。
私は入り口に行って敵に投降を勧告します。」
ユミ:「私らも行きます。」
知子一世:「入り口の娘らもすぐ撤退させるわ。通路が混むからここに居なさい。
それより、貴女達も地上配備重エキシマ砲の制御を引き受けて頂戴。
弾道弾なら、センターの地軍兵よりサイボーグが制御する方が少しは当たるから。
それから、離宮の周囲にいる地軍にも陣地を放棄して地下に降りるよう命じて。
本島の方の避難判断は東宮に一任して頂戴。」
マミ:「かしこまりました。陛下、早く戻って下さいよ。」
知子一世:「20基なら迎撃がほぼ成功するから慌てなくて良いわよ。」
8 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:05:49 ID:ozD8FRHD0
(静止軌道工場第一衛星 軌道警備部隊本部 大目付制御室)
マサ:「極軌道当番隊、高度九〇〇`でICBMに会合成功です。
おお、じゃんじゃん溶かしてるな。みんな巧くなったなぁ。
分離前ならデコイも意味無しで一網打尽だわ。全部捕まりそうですね。
あ、本島東800`からSLBM4基発射です。行ける隊ありますか?。」
真理亜:「東か。その先の軌道に向かうハルなら行きがけの駄賃で届くかな。
(通信)ハル、手前で追加よ。予想頂点高度800`。」
迎撃艇のハルから:「え、手前でまず4基ですか。ミサイル足りるかな。」
真理亜:「マサ、ハルの予定地点に注意よ。粘着ミサイル足りないかも。
海底の雷撃装置からも撃ってるけど遠いから着弾に30分かかるって。
上からは別の娘も行かせるけど、どっちも間に合わないと思っていて。
他の3隻も撃沈が間に合わないようだけど、ササたちが軌道に乗ってるわ。
ミサイルには追いつけそうだから後回しで良いわよ。」
マサ:「やっぱりSLBMは厄介ですね。あ、想定地点の4隻が撃ちました。
私はハルの分を優先して撃ちます。よし、機体見えた。こいこい。
ラブラブ光線、連続10秒、お、爆発したな。低いと時間かかるな。
次、見えた。ラブラブ光線5秒でどうかな。まだか、追加5秒。
やっと爆発したか。3基目、水平飛行になったか。横っ腹だな。
ラブラブ光線、10秒、薙ぎ払ってどうだ。ふらついたな、よし。
最後だ、あ、分離しちゃったよ。えーいラブラブ光線、乱射乱射...。
爆発しないやつはデコイだな。早く本物に当たれよ。お、これか。終わった。」
真理亜:「マサ、ミツの分手伝って!。6基だから漏れそうだわ。」
マサ:「え、はいはい。うわ。2基分離しちゃってる。ラブラブ光線乱射乱射。
うー、本物に当たってくれー、まだかよー、あ、やっと1個爆発したか。
ああ、2個目がまだ当たらないよ。これも違う、これも、デコイ嫌いー。」
9 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:08:28 ID:DzUp267t0
(ジャングル下の秘密地下鉄駅 入り口周辺)
タイタン:「空き地を囲むように敵が居るぞ。あそこが入り口か。食らえっ!。
畜生、胴体か。難しいな。」
近衛兵:「ダルマ化光線!。もう一発、ダルマ化光線!。」
タイタン:「ぐええぇ。う腕、両方とも。畜生、痛え。」
アトラス:「あ、軍曹。かたきだ。食らえ!。」
近衛兵:「あっ。あいたぁ。膝か。ゴメーン、誰か代わってぇ。」
知子一世:「早く地下に降りなさい。核が飛んできます。」
近衛兵:「陛下!。敵がすぐそこに。」
知子一世:「判ってるわ。ロイヤルストレートフラッシュ!。」
アトラス:「あ、ド派手なあいつだ。あ、う、ぎぃやぁぁぁ。」
知子一世:「そこの上陸部隊、無駄な悪あがきは止めて降伏しなさい。
核が来てるの知ってるんでしょ。今すぐ降伏すれば負傷者も地下に収容します。」
ジュピター:「厭なこった。降伏したらサイボーグの材料にするんだろうが!。
これでも食らえ、独裁者め。」
知子一世:「おっと。下手くそ!。バカな妄想言ってないで降伏しなさい。
ロイヤルストレートフラッシュ!。次からは首を撃つわよ。」
ジュピター:「ぎゃ、熱ちぃぃぃ。」
10 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:09:16 ID:DzUp267t0
サターン:「んむむ。ここまで来てみんなやられたか。正面じゃダメだ。
横まで這っていって回り込むか。」
連隊長:「皇帝が居るぞ。一斉にかかるんだ。行くぞお!。」
知子一世:「この分からず屋ども。ロイヤルストレートフラッシュ連射!。
お前が隊長か!。お前だけは首だ。ロイヤルストレートフラッシュ。」
連隊長:「あ、...(どぴゅー。)」
海兵隊員たち:「連隊長が。くそ、仕返しだ。」
近衛兵たち:「スペシウム光線、八つ裂き光線、...」
知子1世:「なに?。解ったわ。みんな、敵は無視して地下に降りなさい。
撃ち漏らしのSLBMが2基落ちてくるわ。急いで!。敵は地下で討てばいいわ。」
サターン:「敵が退き始めたぞ。あ、あちこちから光線が打ち上げられている。
もうお終いかもな。こうなればヤケだ。皇帝だけでも道連れにしてやる。」
知子1世:「1基は成層圏で爆発したわ。残りがデコイなら良いけどダメかな。
待避急ぎなさい。上に誰もいないわね。入り口のコンクリート蓋閉めるわよ。」
11 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:10:08 ID:DzUp267t0
サターン:「死ね!。氏ねじゃなくマジで死ね!。」
知子1世:「あっ。馬鹿。そんな事してないで逃げるのよ。そこ、邪魔よ!。」
サターン:「とにかく俺と一緒に死ね。今度こそ当たれっ!。」
知子1世:「きゃっ。うう、なんとしても蓋を閉めないと...」
サターン:「あ、キター!(しゅっ、蒸発....)」
知子1世:「蓋...、ダメ、熱風が...(しゅううう、溶解、蒸発....)」
近衛兵:「あっ陛下、こっちに降りてくださ、ひゃあああ、熱いよお。」
12 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:22:57 ID:DzUp267t0
(静止軌道工場第一衛星 軌道警備部隊本部 大目付制御室)
マサ:「うわっ。眩しい。1基は地上か。ダメだったの?。陛下は無事かな?。」
真理亜:「気になるならサイボーグ管理サーバーの統帥権パスで確認すれば?。」
マサ:「ええ。直属が真理亜様で、その上が...あれ?。ルートが東宮様?。
おかしいですよ。バグってます。統帥権のルートが東宮・朝子8世ってなってる。
サーバーが故障です。陛下からのパスが切れてますよ。通信障害かな?。
えーいこのポンコツ鯖め、ちゃんとパス出さないとしめ鯖にして食っちまうぞ。」
真理亜:「気持ちは解るけど、事実を受け入れなさい。」
マサ:「えっ?。でも、ほら地下鉄が落盤して通信切れているとかじゃあ?。」
真理亜:「私はログを追ったわ。核爆発の0.7秒後まではパスがあったのよ。」
マサ:「そんなあ!。私が撃ちきれなかった一発で...。」
真理亜:「周囲に敵兵が居たようだから奥に避難する寸前に妨害されたのね。
藻前は、弾頭5個とデコイ56個を撃ち落としたわ。他の誰が出来たかしら?。」
マサ:「そうです。でも、確率なら最後の弾頭に当たって当然なのに。」
真理亜:「デコイに予算をかけた北米連に実力があったというだけよ。
さあ、ぼんやりしてはダメよ、まだ次のミサイルが来るかも知れないわ。」
マサ:「はっ、そうだ、あれで終わりじゃない。ここに向かうロケットを撃ちます。」
13 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:23:43 ID:DzUp267t0
(北米連機動部隊 旗艦)
伝令兵:「司令長官、最後に傍受した上陸部隊の音声によれば皇帝は地上でした。
通信分析班は攻撃が成功した可能性が高いと報告しています。...」
司令長官:「済まんが、おめでとうなんて言うのは止めてくれ給え。
私はこれで味方殺しの極悪非道指揮官になったんだ。軍人失格だよ。」
参謀:「苦しいお気持ちは察しますが、これであの帝国は崩壊するでしょう。
確かに上陸部隊と潜水艦4隻の損失は大きいですが、脅威は除かれました。」
司令長官:「うむ。大統領への報告は君がやってくれ給え。私は疲れた。
伝令、私事で悪いが辞表用紙を持ってきてくれ。けじめをつけたい。」
14 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:24:25 ID:DzUp267t0
(帝都 大本営)
皇太子・朝子8世:「撃ち落とせなかった。ヘリの撃墜で消耗したのが痛かったな。
陛下は大丈夫かしら?。統帥権パス確認...無い!。私がルートになってるわ。」
地軍大臣:「殿下、離宮周辺の地下施設に待避中の地軍部隊が指示を求めています。
近衛兵に聞いても、陛下と連絡が付かなくなって呆然としているとのことで。」
朝子8世:「私も同じよ。私らはサイボーグ管理サーバーに常時接続だからね。
統帥権パスのルートが代わってしまったことは、全員がすぐに知ってしまうの。
少し奥にいた者には繋がるから、地下鉄の落盤で孤立している可能性もないわね。
おそらく、待避する寸前に敵兵の妨害を受けて入り口が閉まらなかったのよ。
それなら、入り口付近は熱風で瞬時に溶鉱炉になったでしょうね。」
外務大臣・弥生:「殿下。ご愁傷様です。大変でしょうが早速仕事ですよ。
経済特区自治政府大統領は反核憲法に基づき自動参戦の布告を出しました。
既に大型空母が出航し、周辺海域上空を制圧して潜水艦狩りを始めています。」
朝子8世:「地軍大臣。そっちの艦も一緒に潜水艦狩りに動いて頂戴。
特区参戦で制空権は確保されるから警備艦が動かせるわ。外海に出して。
迎撃が難しい沿岸から300`以内のSLBM搭載艦を殲滅しなさい!。」
地軍大臣:「承知しました。離宮周辺の地上部隊はどうしますか?」
朝子8世:「放射能が減少するまで地下から出ないように厳命しなさい。
敵の地上部隊も全滅したから、地上の安全確認は近衛大隊だけでやらせます。」
15 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:26:54 ID:A7g3VmLg0
(北米連機動部隊 旗艦)
伝令兵:「司令長官、経済特区が核使用を理由に宣戦布告してきました。
それに呼応するように帝国艦も外海に出て来て潜水艦狩りを始めました。
偵察に出たステルス2機が撃墜され、潜水艦2隻が音信不通です。」
司令長官:「なんだって。あんな犠牲を払ったのに指揮系統が回復したのか。
独裁者さえ取り除けば帝国が崩壊するなんて、とんでもない妄想だったな。
こちらは戦力が消耗している。向こうに大型空母が加わったら負けだ。
連絡の付く潜水艦には全速力で待避するように命令しろ。我々も撤退する。」
参謀:「大統領に無断で撤退するのですか?。」
司令長官:「核攻撃の判断は誤りだったんだ。大統領は敵を知らない。
それに私は間もなく辞職する気だったんだ。免職でもかまうものか。」
16 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:27:37 ID:A7g3VmLg0
(北米連 大統領官邸)
ヤブー:「コメー、核まで使って皇帝を倒したのに帝国は崩壊しなかったぞ。
経済特区の参戦を招いたために潜水艦が相次いでやられている。困ったな。」
国務次官補:「カンガルー国が核使用に抗議し、港湾使用協定を破棄しました。
満漢とス連からも再度の核使用は彼らへの攻撃とみなすという厳重抗議が。」
コメー:「独裁者さえ居なくなれば,,,こんな筈では。
どいつもこいつも我々が失敗したとたんに敵になるのか。卑怯者め。ぶつぶつ。」
ヤブー:「しっかりし給え。君一人のミスではない。
独裁者を倒された国が短時間で体制を立て直してくるなんて前代未聞だ。
誰だって、人体改造なんかやっていたら国民の不満が渦巻いていると思うだろう。
これほど価値観が違う国民が存在するなんて、私も未だに信じられないんだ。
ちょっと休息して来るんだ。今後の対応を考えるには頭の整理が必要だ。
とりあえず、機動部隊を安全な場所に下がらせるように伝えておいてくれ。」
国防長官:「既に機動部隊は勝手に撤退を開始しました。これは任務放棄です。
司令長官を解任しようと思いますが、宜しいですか?。」
ヤブー:「待て。こんな状況で解任したら国民の非難を免れない。
それに、帝国がどんな方法で反撃してくるか判らんから本国の守りが必要だ。
これ以上機動部隊を消耗させないという判断自体は正しい。反抗は不問にしろ。」
17 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:29:32 ID:A7g3VmLg0
(帝都 大本営 緊急御前会議)
地軍大臣:「潜水艦6隻を仕留めました。近海にSLBMは無くなったと思います。
北米連機動部隊は素早く撤退したため攻撃できませんでした。」
弥生:「経済特区からも深追いせずに周辺水域の監視を強化すると言ってきました。」
朝子8世:「それでいいわ。トカゲの尻尾の軍なんかやるのは資源の無駄使いだわ。
それよりも、味方部隊の犠牲も省みず核を使った冷酷な指導者を追いつめないとね。
あら?、ビデオメール、今ごろ陛下からだわ。」
弥生:「陛下の業務用サーバーから貴族全員宛に自動送信されていますね。」
朝子8世:「シビリアンの大臣たちにもわかるようにスクリーンに出すわね。」
18 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:31:08 ID:hjiPKdof0
知子1世:「このビデオメールが再生されているなら、私はしくじったのね。
とりあえず、ご免なさい。朝子8世、生きているなら苦労かけるけど宜しくね。
私がどんな死に方をしたか判らないけど、敵を離宮におびき寄せる作戦の誤りでしょう。
直接の原因は敵兵士の予想外の頑張りかも知れませんが末端の兵を憎むのは無意味です。
私はもう92歳です。体内CPUで補えないほどに老人性痴呆症の兆候が出ていました。
そのため人工海馬を付けて誤魔化していました。政権交代の時期が迫っていたのです。
敵の攻撃目標を自分に向けさせるリスクは判っていて最後の任務として実行したのです。
近衛兵に巻き添えで死んだ者が居たら、くれぐれも遺族に手厚くしてあげて下さい。
今後のことは、後継者に全てを任せるしかありませんが、一応希望を言っておきます。
このメールが再生されるようなら、核兵器が使用された可能性が高いでしょう。
重装甲ボディーが簡単に通常兵器で破壊されることは考えられないですからね。
核の使用を決断した国家指導者とそれを後押しした国民を放置してはなりません。
たとえ、今回は地球滅亡に至らなかったとしても、次はどうなるか判りませんから。
それから、妨害する者達を取り除いたら、地球外に素体生産地を確保して下さい。
気の遠くなるような時間がかかるかも知れませんが、諦めてはなりません。
どんなに恐ろしい脅しで止めさせても、一度発明された兵器の知識は無くなりません。
いつか再び地球上で核が使用される可能性を忘れずに、リスク分散を図るのです。
お願いは以上です。でわ、おやすみなさい。」
19 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:31:48 ID:hjiPKdof0
朝子8世:「私は北米連首都に対しメテオ作戦を発動するつもりです。皆の意見は?。」
刑部大臣:「北米連が非核保有国に無警告で先制核使用をしたことは掟破りです。
こちらの死者が少なかったとはいえ、ジャングルの焼失による環境被害は甚大です。
ここで報復しなかったら悪い先例になりますよ。前陛下の遺言に従うべきです。」
弥生:「隕石移動装置の起動から最後の軌道修正までは4時間ほどありますね?。
望みは薄いと思いますが、一応北米連の国民に最後の選択のチャンスを与えましょう。
現指導者の退陣及び処罰と全核ミサイルの廃棄を直ちに行えば隕石攻撃は中止すると。
4時間あれば弾頭を外してミサイルを空打ちできる筈ですから時間稼ぎは出来ません。」
地軍大臣:「到底受け入れないでしょう。まだ沢山ある核で隕石を迎撃するだけですよ。」
朝子8世:「それでも良いでしょう。悪あがきでICBMを使い果たしてくれるのだから。
一応、同じ落下地点に2個の隕石を向かわせ。効果が足りなければ2個目も落とします。
弥生、使える全ての通信手段で通告を行って下さい。」
民部大臣:「隕石が落ちれば北米連からの食料輸出が止まります。そちらの対策も。」
朝子8世:「工場衛星に備蓄した非常物資の降下計画は手配済みよ。
1週間以内に、ここと特定友好国への降下カプセルによる定期輸送体制が動き出します。
とりあえず、味方は生活に困らないわ。北半球は暫く寒冷化の影響が出るでしょうね。
でも、計算通りの塵発生量なら、過去50年分の温暖化を取り戻す程度になるはずよ。
北米連からの食料輸入に頼り切ってきた国は困るだろうけど、自業自得よ。
言いなりになって、食料自給率の改善を怠ってきたツケなんだから、仕方ないわね。
地域によってはむしろ砂漠化が治まって増産できるから、輸入先を替えれば良いんだわ。」
20 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:32:25 ID:hjiPKdof0
(静止軌道工場第一衛星 軌道警備部隊本部)
真理亜:「メテオ作戦が発動されたわ。既に待機軌道の当直員が隕石移動を始めたわよ。
但し、北米連に最後のチャンスを与えるという外務大臣の意見で予告が行われているの。
それで、隕石が迎撃をを受ける可能性が高いので我々に護衛任務が命じられています。
現地への移動には”みくら”が使われるから、リエは迎撃艇4隻を率いて搭乗しなさい。
搭乗後は10世殿下の指揮に従って頂戴。」
リエ:「自航でも行ける距離ですが、何故”みくら”で?。」
真理亜:「北米連の対応が判らないから迎撃艇は燃料満タンで現地に出したいのよ。
場合によっては補給して出直す必要もあるし、離脱した隕石移動装置の回収もあるからね。
移動装置担当の娘達は経験が浅いから回収失敗による落下事故も防がなきゃならないの。」
リエ:「承知しました。すぐに出ます。」
マサ:「私は行かなくて良いんですか?。」
真理亜:「隕石が大気圏突入後に核で迎撃される可能性もあるから大目付の操作を頼むわ。
北米連のことだから自分が助かるためなら、隕石を逸らして余所に落ちさせようとするかも。
大気圏上層部で迎撃されたら無関係の地域に落ちる心配もあるから、絶対に阻止するのよ。
大目付が効かない高度なら少しそれても広い北米連のどこかだから構わないけどね。」
マサ:「また大目付ですか。肝心なときに外しちゃって自信喪失気味なんですが。」
真理亜:「それでも藻前が一番良く当てられるんだからね。選択の余地はないわ。
勝負は4時間後だから、それまでタイマーかけて寝ておきなさい。
藻前の太い神経ならこんな時でも寝られるでしょ。良いわね!。」
21 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:34:12 ID:LuSuNH5/0
(北米連 愛国民兵会のサイボーグ格納庫)
リンダ:「隕石を使った攻撃の予告があったのでしょう?。私らで何とか出来ないかしら?。」
スージー:「無人の隕石ならスペースシェリフワンで曳航できるかも知れないわね。
でも大気圏突入前まで帝国の奴らが群がって護衛していたら到底無理でしょうね。」
リンダ:「武器で追い散らせば良いじゃないですか。ねえ会長、どう思いますか?。」
愛国民兵会会長:「これは戦争だ。民間防衛の出る幕じゃない。
小娘帝国の奴らは皇帝を殺されて気が立っているだろうから、今度は容赦なく撃たれるぞ。
それに儂は北部の奴らが後先考えずに始めた戦争の尻拭いをやるのはどうも気が進まん。
そもそも核なんか使うくらいなら、お前達のサポートを強化してくれれば良かったんだ。
あいつらは核実験場をこの近くに作るくせに、重要な決定は内輪で決めてしまう。
そんなことよりも、隕石が落ちたらきっと食糧難になるぞ。必ず牛泥棒がやってくる。
お前達は、50人の仲間と牛たちをパニック人の盗賊から守るべきだよ。」
リンダ:「それもそうですね。」
スージー:「確かに食糧難になれば私たちを支えるのは大変になりますね。」
愛国民兵会会長:「まったくだ。いっそ、ヤブーが責任をとって首を差し出してくれんかな。
あいつは味方の兵も居るところに核を打ち込ませたんだから、それくらいやるべきだよ。
悪あがきの下手な迎撃で隕石がそれてこっちに落ちてきたらたまらんわい。」
22 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 11:34:49 ID:LuSuNH5/0
(北米連 大統領官邸)
国防長官:「今までの出来事から見て、隕石攻撃の予告はでっち上げではないでしょう。
ここは目標にされています。迎撃に使えるICBMは30基ほどしかありません。
そもそも、本来は地上攻撃用のものを上に向けるだけでも調整が難しいんです。
自然の隕石なら発見から数時間で落ちてくることはないから準備時間が足りません。
おまけに、帝国は迎撃を予想して突入寸前まで隕石に護衛を付けているでしょう。
先の攻撃で20基が簡単に落とされたのだから失敗すると思った方が良いでしょう。
迎撃が失敗したら、首都はクレーターになります。空中に待避しましょう。」
ヤブー:「市民の避難はどうなっているんだ?。」
国防長官:「パニックになっていて手が着けられません。幹線道路は大渋滞です。
貧しくて車がないため避難できない者は暴徒となって、商店を略奪しています。
隕石攻撃を止めるために、我々に首を差し出せといって騒いでる連中も居ます。
その中には、武器を持ってここを襲撃しようと向かっているグループもあります。」
ヤブー:「そんな全面降伏のようなことができるか。わが軍はまだ健在なのだ。」
国防長官:「味方のいる場所を核攻撃したせいで、軍でサボタージュが起きています。
指揮官の中にも公然と批判する者が出ています。とにかく、ここに居ては危険です。」
ヤブー:「わかった。すぐ出よう。他の閣僚にも避難を命じるんだ。」
(北米連との激戦は次回でとりあえず収まる予定です。次回予告:(28)決着。)
23 :
pinksaturn:2006/09/30(土) 16:53:08 ID:LuSuNH5/0
ミスった。次回は(29)決着 でした。
ところで
こんなの書いておいて何をいまさらと言われそうだけど、
(28)は、
新規登場人物 名あり5人、名無し34人
死亡した者 名あり6人、名無し6人
戦争って、やたらに人手がかかるんだ。鬱だ、そろそろ収束せねば。
乙であります
26 :
manplus:2006/10/01(日) 16:39:21 ID:/WnSU1+80
「美由、瞳がフォーメーションラップにスタートできるか賭けようか?」
「監督、賭になりませんよ。だって、最初はどんな一流ドライバーでも、脳がマシンを直接支配して、
マシンを走らせる感覚をつかめずに、グリッドで止まったままになるはずなんですから。
人間の感覚なんて、サイボーグになったからって、すぐにマシンの制御システムの一部になれるほどの
単純なものじゃないんですから。
経験を積む時間が必要なんです。だから、トップドライバーでもスターティンググリッドからフォーメーションラップに
出て行けるようになるまで、二日かかっているのが普通なんです。
今日初めて、シミュレーターに接続されたんだから、いくら、瞳さんだって、マシンをうまくスタートさせて走らせる事なんて
出来るはずないじゃないですか。」
「それも、そうね。美由の言うとおりだわ。私も、スタートできないに賭けるつもりだったもの。」
「そうでしょ。私も、そうですから、賭になりませんね。」
「おっ!いよいよスタート時間よ。シグナルがオールゴーになって、25番グリッドで走り出せない車が・・・。うそっお?!」
「監督、嘘じゃないです。瞳さん、フォーメーションにでていますよ。彼女何者なんですか?」
妻川と柴田の会話を後ろで聞いていた石坂が、
「彼女のポテンシャルを二人は、甘く見ていましたね。サイボーグとしての適応化率99.9%なんですよ。
彼女はそれほど機械の身体への適応性がすごいんです。
まるでサイボーグになるために生まれてきたような身体だったんですから。
それに加えて、天性のレーサーとしての才能があるんだから、ちっとも不思議じゃないと思います。
サイボーグ医学的には、彼女の性能に関しては理解できるものです。」
「それにしても、瞳って、凄いよね。」
「本当ですね。」
「妻川監督も、柴田チーフメカニックも、感心している間に、フォーメーションラップから戻って着ちゃいましたよ。」
27 :
manplus:2006/10/01(日) 16:40:10 ID:/WnSU1+80
石坂は、冷静に状況を見ているように見えた。
しかし、内心は、瞳という想像を超えた素晴らしい素体に対して呆れていたのである。
ビックリしたりするのを通り越して、むしろあきれていたのであった。そのために却って冷静に事態を観察できたのである。
適応化率99.9%。この数値は、驚異的な数値であることは理解していたが、
サイボーグ医学者としても過去に経験したことのない適合化率を誇る素体のポテンシャルに脱帽していたのである。
まさに、機械との共生体になるために生まれてきたニュータイプのホモサピエンスなのであった。
「フォーメーションは、何とかこなせましたけど、これからどうしたらいいんですか?」
瞳が、チームラジオで、アドバイスを柴田に求めてきた。
「瞳さん。とにかく、メインエンジンをスタートさせたいと念じればエンジンもかかるし、フォーメーションラップと同じように、
走りたいと思えば走れるわ。瞳さんなら出来るはずよ。」
「スターターに通電させてみます・・・。」
柴田は、スターターが起動する状態になったかどうかをコントロールモニターでチェックして、
瞳がスターターを制御することに成功したことを確認した。
「瞳さん。順調よ。次にスタート直前用のマシンロックブレーキを作動させてマシンが動かないようになっているかを
確認してからスターターを回すのよ。そうすれば、メインエンジンが起動するはずだから。
そして、シグナルがオールゴーに変わった瞬間にマシンロックブレーキをリリースすればマシンがグリッドを離れるわ。
いよいよレースの始まりよ。レースの雰囲気を楽しんでね。」
「判りました。マシンロックブレーキ起動中確認。スターター起動。」
瞳が確認の意味で、チームラジオに自分がチェックする音声を流していた。
瞳の声がとぎれたと同時に水素イオンエンジンの甲高く飛行機のような独特のサウンドが忠実に
再現されてシミュレーションルームに流れた。
28 :
manplus:2006/10/01(日) 16:40:58 ID:/WnSU1+80
「瞳さん。全て順調よ。」
「このサウンドの中心にとうとう来れました。感激です。」
「いよいよスタートよ。頑張るのよ、瞳。」
「はい。」
瞳が短く答えると同時に、シグナルが作動を開始した。程なくしてシグナルがオールゴーに変わった。
「行ってきます。」
その言葉で、瞳のメインエンジンでのシミュレーションが開始された。
ここまでの瞳のスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとしての性能の高さに驚かされていたスタッフは、
さらに驚くことになった。
「美由。スタートで、抜いてる!」
「監督。1コーナーのライン取りの次元が違います!理解できない。混乱に巻き込まれないで、
7位にポジションがあがってます。」
「ヘアピンの入り方が違うし、コーナーのコース取りが常識の範囲を超えてる!」
「美由、オープニングラップで、2位になってる!とてつもないファステェストラップで走っている。」
シミュレーターのコントロール室は、ファンが、実際のレースを見るような熱狂に包まれていた。
瞳の信じられないようなドライビングテクニックに酔いしれる反面、これが、今日初めてシミュレーターに
接続されたサイボーグドライバーなのかという驚きに包まれていた。
最終的にシュミュレーション走行を終えた時トップを抜けないまま、その差1秒の2位で、
初日第一回目のシュミレーターでのレースが終わったのだった。
29 :
manplus:2006/10/01(日) 16:49:45 ID:/WnSU1+80
柴田をはじめとした瞳担当のメカニックたちは、瞳のドライビングテクニックの凄さをシミュレーター上とはいえ
直に見て声を失っていた。
「スーパーF1のカテゴリーで、ヘンリーが凄い、マリアが凄いと言っても瞳さんは次元が違います。
ラインの取り方が全く違うんです。実際のマシンでの走行なら、マシンにかかる負荷が全く異次元です。
今日のデーターを元に、瞳さんのマシンのセッティングを根本的に変えないと・・・。
私たちでは、“プリンセスヒトミ”の感性は理解出来ないです。完全に住む世界の違う異次元のドライバーなんですね・・・。
どうセッティングしよう・・・。整理がつかない・・・。」
メカニックの一人がつぶやいた。そのつぶやきには、常識を越えたものを目の当たりにしたある種の恐怖があった。
「ミラーやロッキネン以上のドライバーとしてのポテンシャルがどういうものなのか、
スーパーF1のカテゴリーのドライバーを含む全てのドライバーの尊敬を集めるドライバーがどんなものなのかが判りました。
“プリンセスヒトミ”は、メディアの作り出した伝説じゃないということがはっきりと理解できました。
1日でも早く、実際のスーパーF1マシンに瞳さんを搭載したいです。
担当メカニック全員で一からマシンの設計、セッティングのやり直しになりますね。チーフ、必ずやり遂げます。」
違うメカニックからも、驚きと決意の言葉が聞こえた。
「美由さん。もう一回、シミュレーターで走りたいんですけど。マシンのスロットルのレスが遅くて納得いきません。
今度は負けないです。トップチェッカーを受けるまでやめたくないよ〜。」
「こら!瞳。また始まった。今日はもうこれくらいにしようよ。もう一ラウンド終わると深夜だよ。」
「でも、でも、深夜でも構いません。早くシステムに慣れたいし、第一悔しいよ〜。一番になるまでやめたくないよ〜。」
「やれやれ、瞳の負けず嫌いは分かるけれど我が儘が始まったわ。」
「監督。我々も再度、瞳さんのドライビングデーターを取りたいのでもう一回お願いします。」
柴田も、メカニックの意向を汲んで、妻川に懇願した。
30 :
manplus:2006/10/01(日) 16:51:07 ID:/WnSU1+80
「メカニックも、もう一本といっているから、瞳の身体の状態が大丈夫だと石坂ドクターが判断すればもう一本やりましょう。」
「妻川監督、メディカルスタッフの立場からの見解は、もう一回シミュレーションを行っても瞳さんの体力に
問題はないです。精神衛生上からしてもう一度やらせてあげた方が却っていいと思います。私からもお願いします。
やらせてあげてください。」
「わかった。それじゃ、もう一度シミュレーションを開始して。瞳、いいわね。いくわよ。」
「監督、待ってください。今度はコーナーワークと出口のスロットルを開けるタイミングのデーターが取りたいので、
テクニカルなコースにしたいのですが。」
「美由に任せるわ。」
「監督、ありがとうございます。瞳さん、監督の許可が出たから、今度は、フランスグランプリのデーターでいくわよ。」
「わかりました。リヨンのリンクですね。今度は、沢山のコーナーと、規格ギリギリのコース幅で、
抜きにくいのが特徴でしたね。バックストレートの出口にある複合コーナーと、その後の複合ヘアピンが抜き所でしたね。
後はホームとバックの少し長いストレートに進入する時のスロットルを開けるタイミングの早さがものをいうコースでしたよね。」
「瞳、その通りよ。美由たちメカニックが、瞳のコーナーでのデーターが取りたいんだって。
ただし、シミュレーターといっても、瞳も気が付いたと思うけれどドライバーに対してかかってくるGまで
完全に再現されているから、リヨンはかなり身体的負担がかかるから覚悟してね。」
「恵美さん。その辺は大丈夫です。EMSに繋げられて拷問のようなトレーニングされてますから、今の身体の状態は、
F1時代よりも鍛えられてますし、耐G装具やレーシングスーツの耐Gシステムがもの凄く優秀なので、
快適にドライビングできそうです。任せてください。」
31 :
manplus:2006/10/01(日) 16:51:42 ID:/WnSU1+80
「わかった。それじゃ、美由、シミュレーションを開始して。」
「了解です。瞳さん。私たちメカニックは、瞳さんを出来る限り早い時期に実際のマシンに
取り付けたくなっちゃったものですから・・・。メカニック魂ってやつかな。
なるべく瞳さんのテクニックのデーターが沢山取れるコースにしました。瞳さんのスタートの仕方や、
オーバーテークの仕方のデーターも取りたいので、今回はグリッドをもっと下げて、28番グリッドからスタートしてもらいます。
偶数グリッドで、レコードラインじゃない側からのスタートへの対応も見たいのでよろしくお願いします。」
「ブ〜。何でそんなに後ろなの。予選タイムもろくに出せなかったみたいで凄く悔しい気持ちになっちゃいます。
もう少し、前からスタートさせてください。お願い!!」
「瞳。これは、実際のレースじゃないのだから我慢しなさい。それに、瞳が予選を実際にしたわけではないのだから
あくまでもシミュレーションなのよ。美由たちは、データーを沢山取りたいんだからね。トップまで抜ききればいいじゃないの。」
「それもそうですね。よし!やるぞー。」
「相変わらず、変わり身の早い奴だ。まったく!!」
「やれやれ、監督の言ってたことは本当だ。あのお嬢様系の綺麗でかわいい容姿や、
普段の謙虚で引っ込み思案なほど大人しい速水瞳じゃなくなるんですね。」
「そうなの。美由もそのギャップで苦労すると思うわ。瞳をマシンに乗せて初めてわかったのよ。
それも、シミュレーターでもこうなんだから、実際にマシンに取り付けたらどうなることかと思うと・・・。前途多難だわ。」
「まあ、監督、いいじゃないですか。これぐらいだから“プリンセスヒトミ”の称号を世間が与えているんですよ。
それじゃ瞳さん。開始します。」
「何か二人の会話を聞いていると、私が二重人格で扱いに困るほどのじゃじゃ馬みたいに扱われてるんですけれど。
それが不満・・・!!。」
32 :
manplus:2006/10/01(日) 17:01:34 ID:/WnSU1+80
「あっ。始まるわよ。瞳。」
「よしっ。」
妻川は、瞳の不満をシミュレーションにそらした。瞳の性格は、これでレースに気がいって、今、
機嫌が悪かった些細なことなどすっかり忘れる性格を知っていたから、あえて気をそらせたのである。
瞳とのつきあいの長い妻川ならではの機転であった。その作戦が成功し、瞳は、シミュレーション上のレースに集中して、
他のことを全て忘れたのだった。
今回は、フォーメーションラップが終了し、スタートを切って外側から、前のグリッド二列の車の真ん中に
切れ込んで4台を抜き去り、レコードライン側に切れ込むと、第一コーナーの飛び込みで、
ワザとブレーキのタイミングを遅らせて、外側に出てから集団の6台を抜き去ってオープニングラップの集会を終わり、
ホームストレートに戻ってきた時には、さらに8台のマシンを抜いて10位になっていた。
その抜き方もリヨンで絶対に抜けないと言われているバックストレート手前の直角に左右に曲がっている複合カーブで、
一気に2台をパスした時には、さすがに妻川も柴田も口を開けたままで唖然として、その光景を呆然と見つめていた。
他のメカニックたちは、その予測を超えたテクニックにデーターの収集が追いつかずに右往左往するばかりという状態であった。
今回も結果的には、三位に終わって、瞳自身は納得できないと不満を吐いていたが、
メカニックたちはある程度のデーターが揃い、その収穫に満足していたのだ。
33 :
manplus:2006/10/01(日) 17:02:15 ID:/WnSU1+80
瞳は、この日のシミュレーション訓練を終えるとシミュレーターの瞳のために作られた設置場所からマシンとの
接続ケーブルを取り外されて抱きかかえられるように取り出された。
「何か、手脚はもうとっくに無いんだけれど、今の感触は手脚を取り外されたような感覚があります。
自分がダルマ状態であることを再認識させられるような感覚がします。」
「そうね。早見選手にとっての事実上の手脚であるシミュレーターや実際のマシンから取り出されるということは、手
脚を取り外されると言うことと同じだから早見選手が感じている感覚は当然なんです。
そして、この手脚と同じに感じる感覚が重要なんです。この次にシステムと繋がれるときには、
再び手脚が戻ったような感覚が感じられるはずなのです。マシンとの接続感覚が、手脚との接続感覚と一緒のように
生体脳にデーターストックされることによりスーパーF1マシンを細部にわたってコントロールできる能力が
生まれるのです。この感触を保持するために、通常生活でも人工四肢を取り付けることが出来ない理由なのです。
人間の感覚なんて、いい加減なものだからマシンの感覚が身体に残っていても、人工四肢を取り付けたら人工四肢の
使用感覚になれてしまい、再びマシンに取り付けられてもマシンを手脚と同じように感じている感覚を忘れてしまうのです。
その後で再びマシンに繋がれると人工四肢の感触を忘れてしまう。その繰り返しを生体脳が感じてしまうと感覚崩壊が
起きる可能性があるのです。感覚崩壊イコール人格崩壊に繋がりますから、最終的には廃人になってしまうのです。」
石坂の言葉に、瞳は、自分が今感じた感覚を重ねて、現役中は、四肢の無い身体で過ごさなくてはいけない理由を
実感したのであった。
34 :
manplus:2006/10/01(日) 17:02:53 ID:/WnSU1+80
瞳は、宇宙服の様なレーシングスーツの拘束から解放され、四肢の切断面に接続ターミナル保護用プレートキャップを
はめられた。このプレートキャップは、マシンの制御機械であるスーパーF1マシン専用サイボーグとスーパーF1マシンの
重要なインターフェイスである四肢切断面に、通常生活で塵や故障原因となる物質が付着しないようにするためのものである。
「つぐみさん。なんか、人間に戻ったような気がするし、全裸の素肌の感覚が心地いいよ。」
「そうですよね。今日は、EMSトレーニング、シミュレータートレーニングと併せて、16時間近くもの間、
人間としてではなく、機械システムとして生活していたんですものね。お疲れ様でした。明日も、朝の準備が整い次第、
EMSトレーニングとシミュレータートレーニングが開始され、ハードな一日待っています。
特に、明日はシミュレータートレーニングを多めにとりたいので、EMSトレーニングは、
今までのトレーニング時よりも通電圧を倍にして短時間で訓練をしますから、かなりきついものになります。
その為もありますから今日はゆっくり休みましょうね。」
「EMSトレーニングは、自分がきついからやめたと言っても、自由にやめられないから苦しいよね。
なすがままに電気の力によって、勝手に自分の生体筋肉が伸長と収縮を繰り返すんだから。
私は、ただ苦しさのあまり叫ぶだけしかできないんだから。このトレーニングの時は、、この身体にされてしまったことを
呪う気持ちが強くなっちゃうよ。それに、拷問を受ける事ってこんなものなんだろうなって思っちゃうよ。」
「瞳さん。その気持ち察するわ。そばで見ていて止めてあげたいけれど、止めることはチームからの命令で
禁止されているし、ハラハラしてみているだけだもの。」
「つぐみさんのその気持ちだけで嬉しいわ。」
「そう、瞳さんが言ってくれると、気が休まります。さあ、シャワーを浴びましょう。隅々まで洗ってさっぱりしましょうね。」
35 :
manplus:2006/10/01(日) 17:12:35 ID:/WnSU1+80
シャワーを浴びさせてもらい、身体を隅々まで洗ってもらって瞳が標準人体の頃から好きだったお風呂に入れてもらいながら、
瞳は、森田につぶやくように言った。
「人工皮膚にされてしまった今は、汗もかかないし、新陳代謝が皮膚で行われるわけでもないし、
標準人体から引き継がれたパーツといえば、脳と脊髄の一部、人工筋肉と一緒に編み込まれている生体筋肉、
内臓の一部くらいの身体なのに、人間の感覚っておもしろいね。お風呂に入れてもらって、身体を洗ってもらうと、
気持ちがいいんだから不思議だわ。」
「瞳さん。そうじゃなかったら、ロボットと一緒です。サイボーグは、人間の感覚や快楽の感性を残されることによって、
人間であることを担保されているのだと思います。その感性すらも取り上げられてしまったら、
生体脳が精神的に崩壊しちゃうと思うんです。」
「それもそうよね。でも、宇宙空間や深海で活動するために、標準人体を捧げたサイボーグ素体の人たちは、
もっと感覚や快楽を制限されて活動しているんだから大変だと思っちゃう。よほどの意志がないと汎環境用サイボーグには
志願できないと、つくづくこの身体になって思ったわ。」
「でも、汎環境用サイボーグの人たちは、自分の意志でどんなときも動けるけれど、瞳さんたちはマシンと
一体にならない限り、絶対に一人では動くことが出来ないんですから、ある意味では、宇宙開発用サイボーグや
深海開発用サイボーグ、それに、軍用サイボーグよりも、意志が強くないと志願できないと思ってます。」
「そうかもね。」
「だから、私たちサポートスタッフは、瞳さんの手脚として24時間、常に瞳さんに尽くそうと思っています。
安心してください。」
「ありがとう。頼りにしています。」
「さあ、そろそろ、食事の用意も出来ましたしお風呂から出ますよ。」
「はーい。」
36 :
manplus:2006/10/01(日) 17:13:12 ID:/WnSU1+80
森田は、瞳の意志の強さと決意の固さに感心していた。
そして、心底、瞳の手脚となってサポートしていく意志を固めていたのだ。
瞳は、全身を拭いてもらい、髪の毛を丁寧に乾かしてもらった。
「瞳さん。今日から、プライベートルームでの室内着を用意しました。いよいよ全裸での身体データーを取る生活も
卒業です。瞳さんの身体にフィットする特注の服を用意しました。」
森田は、そう言いながら、瞳に着せる服を持ってきた。その服は、手足のないゼンタイスーツのようなものだった。
レーシングスーツのように通気性のないラバースーツのようなものでなく、通気性のある繊維でできたキャットスーツのようなものだった。
「これって、袋みたいだね。つぐみさん。」
「そう見えちゃいますよね。放熱効率を高めた、サイボーグボディー保護用の専用のボディースーツです。
ライクラに近い素材の専用キャットスーツです。」
「でも、薄いブルーの服で落ち着くよね。」
「気に入ってくれて嬉しいです。それじゃ、今から着せますからね。」
森田は、そう言うと、瞳の身体に服の背中のジッパーを開けて服をあてがい、瞳を服で首から下を完全に
包み込んでジッパーを閉じて服を着せた。服を着た後で森田が瞳を施設の瞳専用の部屋のダイニングに運んでいった。
「瞳さん。今日は夜が遅いけれど、本日分の補充カロリーを取らなくてはいけないから消化システムにも
負担がかからないように流動系の食事とサプリ液にしてあります。」
「サイボーグで体の機械システムの消化システムでも、消化がよいものを口にしなきゃいけないんだ。」
「残念ながら、豪華夕食だと、睡眠前までに食道を通過しない食物があるからなんです。
生体部分への負担がかかることになります。我慢してください。」
37 :
manplus:2006/10/01(日) 17:14:17 ID:/WnSU1+80
瞳の不満を軽くあしらい、流動食と液体サプリを森田は瞳の口に運んでいった。
食事が終わると、瞳のへそのコネクターにケーブルが差し込まれ、補助コンピューターから瞳の1日のデーターが
吸い上げられるのだ。
そして、逆に明日のシミュレーターのコースデーターが自動的に瞳の体内の補助コンピューターに送り込まれた。
瞳のスーツのへその部分は、股間からチャックが付いていて、ジッパーを下げれば、へそが出るようになっていた。
就寝前の洗面と、全面のジッパーをおろして、排尿器具を尿道に押し当てられての排尿をすまされると、
瞳は森田によって専用ベッドに横たえられた。
「瞳さん。お休みなさい。明日も早いですから、ゆっくり休んでください。」
「今日の感激を考えたら、興奮して眠れないわ。」
「大丈夫ですよ。瞳さんは、サイボーグですから、就寝コントロールシステムが作動して、三十分以内に、
睡眠状態になりますから。」
「つぐみさんの意地悪!そんなことはわかっているけれど、余韻に浸る気分になりたかったんだよ。」
「わかりますが、サイボーグだから仕方ないでしょ。」
瞳にも、そんなことはわかっていたのだが人間であった頃の興奮して眠れないような雰囲気に浸っていたかったのだ。
でも、それはかなわないことであったが、人に言われると寂しい気分になるのを瞳は感じていたのだった。
それでも、本当にスイッチが切れたように、瞳は意識が遠のいていった。サイボーグの身体制御システムにより、
機械的な睡眠が与えられることになっているためであった。
こうして、瞳のシミュレーショントレーニングの第一日が終わったのだった。
38 :
manplus:2006/10/01(日) 17:28:38 ID:/WnSU1+80
今回は、シミュレーター訓練を行う瞳の姿を書いてみました。
次回は、マシンを使用しての実戦練習の前半を書いてみます。
それにしてもすごいですね。
前スレがいっぱいになるのは、ものすごく早かったように思うのですが・・・。
新記録のような早さのような気が・・・。
39 :
名無しさん@ピンキー:2006/10/02(月) 00:34:14 ID:yK543nQe0
>>前スレの411,415
禿同。M.I.B.さんのは、幼い助詞厨工生が無理矢理改造されて兵器にされてしまうという哀れさがツボだった。復活激しくキボン!!
生命維持作業
とりあえず過去ログの抜粋でもうpしようか。>セーラーウェポン
42 :
名無しさん@ピンキー:2006/10/06(金) 03:40:09 ID:+4g8APbs0
43 :
名無しさん@ピンキー:2006/10/06(金) 18:07:14 ID:1YkLWsCX0
44 :
42:2006/10/07(土) 02:22:56 ID:HrZ+3vUZ0
45 :
名無しさん@ピンキー:2006/10/07(土) 02:34:04 ID:wD2l7Bsn0
椎 神 テ
路 戸 ラ
ち 隆 ワ
ひ 之 ロ
ろ ス
46 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 20:52:00 ID:vT/baSYT0
(オプションパーツの続きです。
<!!!警告!!!> 反戦派の方はこの回をスルーした方が宜しいでしょう。)
−−(29)決着−−
(地球L5点周回軌道を発進した待機隕石)
あざみ:「あーあ。何で私が当直の時にメテオ作戦が発動されちゃうのかなぁ。
苦手の迎撃艇から外されて隕石の当番に回された時は気楽で良いと思ったのにぃ。
これなら動きが遅いからあまり失敗はしないだろうけど、万一外したら大変だわ。
皇帝陛下がやられちゃったから、仕返ししたいのはやまやまだけど、心配だなぁ。
もし手元が狂って、関係のない国に落ちちゃったらどうしよう。
それに、逃げ遅れたら、大気圏に落ちて死ぬだけじゃなくて放射能汚染の犯人だわ。
悪名高い自爆テロ実行犯として、永遠に歴史に名前が残るなんて怖いよぉ。
あ、通信だわ。中止命令だったら良いなあ。でも北米連が降参するわけないか。」
”みくら”から朝子10世:「こちら、”みくら”艦長、隕石当直員応答せよ。
護衛のためそちらに向かっている。誘導灯を点灯せよ。」
あざみ:「あ、10世殿下。当直員のあざみです。いま点灯します。
よかったぁ。護衛部隊が来たから、少々ミスっても、助けてくれるわ。」
朝子10世:「誘導灯が見えたわ。距離3万`、速度差25`毎秒、予定通りだわ。
北米連はICBMを打ち上げて隕石の軌道を逸らそうとしてくると予想されます。
これからICBMが上がってくる筈の想定針路に迎撃艇5機を出します。
ICBMへの対処は迎撃艇が行うから隕石移動装置操作員は予定軌道を維持すること。
無理な操作で落下地点が狂ったら取り返しがつかなくなるから回避はしないように。
”みくら”は離脱支援のためそのまま上昇し、回り込んでそちらの後方につきます。」
47 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 20:53:15 ID:vT/baSYT0
あざみ:「それって、私が原爆の標的になるってことぉ!。怖いよぉ。びえぇぇぇ。」
朝子10世:「大丈夫よ。さっきSLBMを16発も撃墜したチームなんだから。
指揮官としてリエも加わっているから、不意打ちの効かないICBMなんか楽勝よ。
衛星工場からは大目付も狙っているし、貴女は訓練通り邪魔が無いつもりで良いわ。」
あざみ:「そうですか。よろしくお願いします。」
(静止軌道工場第一衛星 軌道警備部隊本部 大目付制御室)
マサ:「あっ、北米連の本土からICBM28基が打ち上げられました。
弾道コースをとらずに真っ直ぐ上がっています。とりあえず間引かなくちゃ。
ラブラブ光線、連射連射...よし5基撃墜、もう一声、ん、3基か。
うーん、射界を出ちゃった。早いなあ、ICBMにあんな余力有ったかな。」
真理亜:「おそらく、自然の隕石に備えた計画があって余裕をとったのかな。
それに、これだけ時間が有ればデコイを降ろして軽くできるでしょう。」
マサ:「なるほど。隕石狙いなら分離せずに加速したまま突っ込ませますよね。
でも、デコイがないなら、リエの迎撃艇部隊はやりやすいですね。」
真理亜:「たぶんあっちは大丈夫よ。でも北米連ならまだミサイルを持ってるわね。
最後に大気圏上層で勝負かけてくるだろうから、しっかり落とすのよ。」
48 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 20:53:50 ID:vT/baSYT0
(北米連大統領の空中待避機)
国防長官:「ICBMを打ち上げましたが、発射直後に8基が撃墜されました。
隕石にも護衛が付いているでしょうから、届かせるのはやはり難しいですね。」
ヤブー:「うーむ、ダメそうか。後は最終段階で余所に逸らすしかないな。
ICBMの残りはたった2発だが、もっと集められないのかね。」
国防長官:「本来の想定なら50発も使ったらとっくに世界が滅んでいるんです。
宇宙からの迎撃がこんなに効果的に出来るとは全く予想していませんでした。
乗員の生命維持に重量をとられないサイボーグが操縦しているから出来たんだ。
ロボット兵器と違ってデコイは見破るし限界を超えて粘り強く撃ってきますからね。
皇帝を倒したのだって大量のデコイのお陰で最後の1発が偶然すり抜けただけです。
やはり、わが国もサイボーグ宇宙飛行士を本格的に開発していれば良かったんだ。」
コメー:「何を馬鹿なことを言ってるんですか。それより別の手を考えたら?。
そうだ、ICBMは無くてもSLBMはまだ残っているんでしょ。
射程が短いといっても一旦宇宙空間に出る力はあるのだから使ったら?。」
国防長官:「海軍に指示してみます。...ふむ、少しくらい何とかならんのか?。
なに、改修開けのが1隻居るのか、そいつだけでも良い、発射準備を急げ...。
満漢やス連、印度向けに配置されていた艦は、今居る場所が悪くて無理でした。
帝国周辺海域にいた艦は先の戦闘で10隻が沈められ、生き残った1隻も弾切れです。
SLBMは常時仮想敵国の周辺海域に配置されますから本国周辺には殆ど居ません。
改修を終えたばかりの艦が1隻だけ、6発なら発射できるので手配しました。」
ヤブー:「合わせて8発か。厳しいなあ。」
コメー:「我々が神に背く者に負けるはずがないです。届くと信じましょう。」
49 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:05:36 ID:vT/baSYT0
(リエ隊)
リエ:「マサが8基間引いてくれたから残りは20よ、一人5基ずつ割り当てるわ。
私が20`前に出て取りこぼしを撃つけど、基本的に全部やる気で撃ってね。
まず、粘着焼夷弾でエンジンを殺して、念のためビームで弾頭も焼くのよ。
敵がミサイルを自爆させるリスクもあるから針路は1`以上離すこと。以上。」
ハル、ミツ、マツ、ササ:「了解。」
ハル:「ミサイル群後方600`、速度差秒速4`、加速設定0.04`/秒/秒。」
ミツ:「横位置修正、割り当て中心に対し左1.2`に調整、会合まで2分10秒。」
マツ:「速度差0.2`毎秒。ミサイル発射管制同期良し。軸線、射撃方向に調整。」
ササ:「ミサイル有線制御リンク確立。発射始めます。」
ハル:「先頭のミサイルに初弾接触、焼却開始、2発目修正左0.1`、接触。」
ミツ:「3基目、エンジン損傷確認、左にそれます。4基目着弾。」
マツ:「4基目エンジン破壊。弾頭処分、マンコービーム!。」
ササ:「5基目接触、焼きます。あれ?。穴空いてるのに真っ直ぐ飛ぶなあ。
弾頭潰さなくちゃ。ワレメービーム!。出力最大、10連射。壊れろっ!。」
ハル:「あっ、1基自爆、わあっ眩しい、緊急回避、化学エンジン全開、1基逃げた。
こら待てぇ、あっ。左化学エンジン不調、破片を受けたようです。追撃中止します。」
ミツ:「こちら爆風の影響有りません。攻撃続行します。5基目エンジン損傷。
弾頭壊します。オナニービーム!10連射...穴だらけです。割り当て完了。」
50 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:06:24 ID:vT/baSYT0
マツ:「こちら4基完了。5基目は自爆の爆風で針路それました。念のため追います。
軸線修正、化学エンジン20%で噴射、目標2`、粘着焼夷弾頭ミサイル発射!。」
ササ:「5基目、軌道変わりませんが弾頭は穴だらけになりました。とどめ刺します。
ワレメービーム!。出力最大、10連射。ロケットからもげました。割り当て完了。」
リエ:「撃ち漏らしは1基ね。ホイ来た。距離2`。粘着焼夷弾頭ミサイル発射!。
念のためもう一発発射。よし接触。溶けろ溶けろ...死んだな。弾頭処理だ。
原子力ビーム!10連射。よーし、スカスカになったね。はいお終い。
ハル!。怪我はない?。メインエンジンは大丈夫なの?。自航で帰れるかしら?。」
ハル:「操縦席には被弾有りません。左化学エンジンは酸化剤が入りません。
メインエンジンは機能しますが推進剤タンクに漏れがあるようで減っています。
ジャイロと右化学エンジンは正常なので、組み合わせれば一応動けます。
このまま推進剤が無くなると長距離移動が出来ないので、外に出て穴を調べます。」
リエ:「今もし追加のICBMが飛んできたらここは通り道よ。危険だわ。
船外作業はやめなさい。他の3人に曳航させて”みくら”に向かいなさい。
みんなミサイルを使い切ってしまったから、どうせ補給が必要よ。
ミツ、マツ、ササ、デブリ捕獲網でハル艇を曳いて”みくら”に向かって頂戴。
私はまだミサイルが残っているから、この針路に留まって見張りを続けます。」
51 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:09:15 ID:vT/baSYT0
(隕石&”みくら”)
あざみ:「あ、あの光は核爆発ですよ。怖いよぉ。迎撃隊やられちゃったんじゃ?。次は私の番だわぁ。びえぇぇぇ。お助けぇ。」
理美:「視認しました。全ての迎撃艇健在です。最後のミサイルを追撃中です。」
朝子10世:「真空中じゃ爆風の2次被害がないから、1`以上離れれば効かないわ。
あざみ、落ち着いて針路を維持しなさい。ICBMは全滅したそうよ。」
あざみ:「でもぉ。ハルさんの艇が損傷したって。他の娘も引き上げて来ますよぉ。次が来たら、やられちゃいますよぉ。うわあああん。」
朝子10世:「まだリエが残って護衛中よ。それにいくら北米連でも弾切れでしょう。
もうちょっとで、大気圏突入姿勢に変換よ。後は貴女の責任じゃないわ。」
あざみ:「はい、頑張ります。隕石移動装置推力方向変換。固体ロケット軸線合わせ。
回転運動加速始め。自転速度上昇。固体ロケット点火8分前。タイマーセットよし。」
朝子10世:「そうそう、その調子。巧いじゃないの。貴女、本当は才能有るのよ。さあ、離脱準備よ。連結器のロック解除は良い?。」
あざみ:「はい。連結器補助ロック解放。回転運動同期良し。突き放します。
固体ロケット自動点火装置作動信号確認。離れました。隕石移動装置自航開始。」
朝子10世:「隕石が自力降下に移ったわ。大気圏が近いからリエも戻りなさい。」
リエ:「あと8分は、安全に留まれます。引き揚げはそのタイミングでやります。」
朝子10世:「貴女の技量ならその通りね。任せるけど無理しないでよ。
理美、ハルたちと隕石移動装置を拾うから、ランデブー軌道に乗せて頂戴。
艦が大気圏に落ちないように、一旦降下して回り込んで上昇気味で収容するのよ。」
理美:「メインエンジン噴射、対地高度、収容対象を下回りました。姿勢変換。上昇。
メインエンジン推力全開。迎撃艇、軸線に捕らえました。口開けます。チョイ減速。」
52 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:11:06 ID:JS3uJ1IN0
(静止軌道工場第一衛星 軌道警備部隊本部 大目付制御室)
マサ:「隕石の固体ロケットが点火しました。予定通り突っ込みます。
あ、北米連本土からICBM2基発射。あ、あーっ、あんなところからも。
東海岸付近からSLBM6基も撃ってきました。させるか、ラブラブ光線連射連射。
くーっ、下層だと効かないなあ、お願い落ちて頂戴ラブラブ...」
迎撃艇からリエ:「お困りのようね。ダメ元で残りの粘着弾発射してみるわね。
大気圏内じゃ有線使えないから投げっぱなしだけど運がよけりゃ硝酸ひかっかるし。
んじゃ、私はこれで限界だから上昇するわね。あと頑張ってよ。」
マサ:「サンキュー、リエ、粘着弾見えたわ、1個はミサイルに交錯するわね。
他を狙ってラブラブ光線連射連射、3基、4基、5基、6基、あと1基、やった。
リエの弾はどうかな、当たったように見えたが...あ、隕石にぶつかる。
頼むよ、壊れていて頂戴!。ん?...不発かな。何も起きないぞ。
よしそのまま真っ直ぐ行ってくれ。やったー、陛下の敵をとったぞ。」
真理亜:「終わったね。これで当分の間北米連は責任追及とか国内問題で手一杯よ。
我々は体制再建と友好国を含めた一層の安全確保に集中できるようになるわよ。」
53 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:11:44 ID:JS3uJ1IN0
(北米連大統領の空中待避機)
国防長官:「ダメです。全弾迎撃されました。最後のは届いたのに不発でした。」
コメー:「ああ、あれ、窓の外!。」
ヤブー:「衝撃波が来るかもしれん、シートベルトを締めろ。うわあ。」
国防長官:「ふう、ここまでは大した爆風が来なくて助かりましたね。」
ヤブー:「自分のことより、下の市民の心配をせんか!。」
コメー:「埃が舞い上がっていて様子が分かりませんね。被害が少ないと良いけど。」
ヤブー:「望みは薄い。首都はクレーターになったろう。我々は首を洗った方が良いな。
残念だな。国防長官、どうして最後の1基もダメだったんだ。」
国防長官:「よく判りません。光線は受けなかったようなのですが、衝突前に壊れました。
敵船が何か小型ミサイルのような物も発射していたようなのでそれに当たったのかも。
あ、首都から500`離れた基地から報告です。大きな揺れのあとに弱い核爆発...
ふむ、...どうやら、不発で隕石に刺さった核弾頭が地上で臨界になったようです。」
ヤブー:「起爆出来ずにいたのが押しつぶされて点火したのか。ツいてないな。
地中深くめり込んで爆発したのなら良いが、クレーターに加えて核汚染では大変だぞ。
とにかく、被害対策をせねばならん。無事な基地を探して機を降ろすんだ。」
54 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:12:19 ID:JS3uJ1IN0
(”みくら”艦橋)
理美:「隕石移動装置、収容しました。間もなくリエ艇も入ります。来ました。口閉じます。」
朝子10世:「収容したら静止軌道に向けて加速するから、各艇の固定を確認なさい。
リエ!。ご苦労様。理美の目撃したところだと最後の不発は貴女の弾が効いたようよ。
ぎりぎりまで粘った甲斐があったわね。」
リエ:「へっへっへぇ。最後はリエちゃんにお任せって、いつも言ってるじゃないですか。」
朝子10世:「ところで、迎撃隊は自爆したミサイルの放射線浴びたでしょう?。大丈夫?。」
リエ:「私は、こういうことも有ろうかと皮下に水銀を充填してきたからまず大丈夫です。
表皮も主要部分はダイヤモンド膜でコーティングしてますから素粒子の反射率は抜群でしてね。
やっぱり、サイボーグは余分な財産があったら、体にお金をかけておくのが一番ですよ。
ハルたちは、工場衛星に着いたらすぐに検査を受けさせた方が良いでしょう。」
朝子10世:「地上の安全が確認できたらなるべく早く降ろして全面整備を受けさせましょう。
首都に隕石が落ちたら北米連も戦争どころではなくなるから、時間はかからないわ。
そうだ、もう攻撃は十分だから後続の隕石を待機軌道に帰す命令を出さないと。」
55 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:17:34 ID:xz8GO9LT0
(北米連 某軍事基地)
指揮官:「大統領機がここに着陸する。基地警備兵は全員配置につけ。」
ジュピターの弟・ジュノー軍曹:「大統領が来るって!。あいつら兄さんを核で...。
兄さんは俺達一家の誇りだったんだ。それを使い捨ての駒のように。許せねえ。
今度だって、首都市民を見捨てて逃げてきたんだ。人でなしの冷血指導者どもめ。」
指揮官:「大統領。この基地はあまり被害を受けておりません。ご安心を。」
ヤブー:「ご苦労。首都周辺の状況を確認したい。...ん?。」
コメー:「あっ!、何をするの!。」
ジュノー:「ヤブー、コメー、兄の敵だ。氏ねっ!。」
ヤブー、コメー:「ばた、ばた。」
国防長官:「あわわわ、わ、わしは命令されただけ...お助け、ひっ、じょろろー。」
SP1:「あの警備兵だ、撃て撃て。」
ジュノー:「ぐえっ。ぐえっ。兄さん、やったぜ...がくっ。」
56 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:18:16 ID:xz8GO9LT0
SP2:「大変だ、大統領と国務長官が撃たれたぞ。」
SP3:「頭を撃たれている。即死だ。2人とも暗殺された。」
SP1:「犯人の身元を調べろ。制服を着ているが本物の軍人か?。認識票は?。」
指揮官:「そいつは、ここの警備班のジュノー軍曹に間違い有りません。」
SP2:「本当だな?。まさかお前も共犯者じゃないだろうな?。」
指揮官:「滅相もありません。確か、こいつの兄は今回の上陸作戦で戦死しています。」
SP3:「すると、個人的な恨みか。とにかく副大統領に連絡を取るんだ。」
国防長官:「私は核使用に反対したんだ...ぶつぶつ。」
指揮官:「ち、長官。何をなさって居るんです。副大統領に連絡が付くまで指揮を!。」
国防長官:「わしはもういやだ。クビにしてくれ。ぶつぶつ...。」
57 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:18:52 ID:xz8GO9LT0
(国連 安全保障理事会)
北米連・副大統領:「...このような自体に鑑み、我々は一方的な停戦に踏み切ります。
なお、舞い上がった埃によって北部各州の農産物は壊滅し食料の生産力は激減しました。
国民保護のため、我が国は全ての国境を封鎖し、食料の輸出を全面禁止とします。」
スレイブ共和国連邦代表:「そんな勝手な話があるか。巻き添えの寒冷化で困ってるんだ。
あんたらが、くだらない宗教的価値観を振りかざして核なんか使ったせいだ。責任取れよ。」
周:「我国、餓死者発生必至!。断固余剰人口移民受入要求!。」
大東亜国首相:「あー、そんな殺生な。うー、今まで買え買えと言ってきたのにぃ...」
北米連・副大統領:「うるさい負け犬!。休耕田とか高級米とか止めて目一杯耕せよ。
そもそも狭い国で道路や橋ばかり造っていて農地の整備をさぼったのは自業自得だろうが。
大体だよ、寒冷化ったって、たかが50年前の気候に戻るだけだよ、自己解決しろや。
え、移民受け入れろだと。うちにそんな余裕はないよ。なんなら力ずくで来るが良い。
先日の戦いを見ただろう。核を使ったら共倒れになるだけだ。米が無いなら竹でも食えや。」
周:「不許!。我国決断、対宇宙娘々帝国提携。為食料節約食肉捻出、手足切断機械化推進。
為其費用捻出、北米連系進出企業全面接収!。唯一撤回条件余剰人口移民受入也!。」
スレイブ共和国連邦代表:「なるほど。我が国もいよいよ困ったらそうするかな。
北米連さんよりは、苦戦しても核を使わなかった小娘帝国の方が話が分かりそうだ。」
西欧連G国代表:「国境封鎖に食糧貿易停止ですか。要するに鎖国って事ね。
それで、今まで大きな顔して仕切ってきた中東の軍事バランス維持は放棄ですか?。
石油の確保はどうするんです?。我々としても移民規制の強化で対抗するしかないですね。」
58 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:23:43 ID:0/WlakWc0
(静止軌道工場第一衛星 軌道警備部隊本部)
真理亜:「北米連の敵対行動が全て停止したことを確認したから、地上との行き来が出来るわ。
これから北半球の寒冷化に備えて備蓄物資を降ろす便が大量に出るから、忙しくなるわよ。
一部の便は特定友好国に直接降りるので休養入りする貴族が行きがけに警備で乗るようになるの。
藻前は10日後にN共和国行きの便に乗ることになるからそのつもりで居てね。
それから、生産を目一杯に増やすので水の需要が増えるから隕石資源の収集も強化されるわ。
休養開けには長期飛行をやることになると思っていてね。次に上がったら暫く売春は無しよ。」
マサ:「この足のまま外国に降りるんですか?。放射線漏れがやばいんじゃ?。」
真理亜:「無事カプセルが向こうの警備兵に渡れば、すぐに迎えのヘリで空母に収容されるわ。
物資を狙う盗賊に遭遇したら構わず戦うしかないけどね。藻前ならその足で地上戦も楽勝よね。
何しろ、100年祭で無理してまで出たがったぐらいにバレエ大好きなんだから。」
マサ:「かわいい事するのは好きですが、ポワントで戦闘は出来れば避けたいですけどね。
盗賊が出る心配ってかなり高確率なんですか?。」
真理亜:「北米連が食料輸出を全面禁止したために、世界各地で食品の略奪が発生しているわ。
N共和国自体は帝国の援助が受けられるから治安も大丈夫だけど、余所から海賊が来るのよ。
降下カプセルをどんぴしゃで空港に降ろせれば安全だけど、風で流される心配があるでしょ。
パラシュート開いてるときに突風にあおられたら、いくら藻前の操縦でも流されるわ。
もしも島から外れたり、海岸に降りるようになったら海賊に襲われる心配があるのよ。
藻前なら、腕がロケットパンチのままだしアイビームも良いやつだから銃は要らないわね。」
59 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:24:55 ID:0/WlakWc0
マサ:「そういえば、このアイビームは陛下の形見になっちゃいましたね。」
真理亜:「そうね、それから1ヶ月後に新陛下の即位式と新皇太子の就任式があるわよ。
地上に降りている貴族は全員参列するのよ。帰ったら新しい服も作らなくちゃね。」
マサ:「大喪の礼はないんですか?。」
真理亜:「陛下は核の熱風で蒸発してしまったでしょう。遺体がないから死亡未確認なの。
新陛下の即位は、皇室典範の前任者が1ヶ月以上消息不明の時という条項に依るのよ。
失踪宣告が確定するまでには10年かかるから、権力の空白を避ける仕組みなのね。
でも、大喪の礼は死亡確認がないと出来ないから、10年後に扱いを決める事になるわ。」
マサ:「そうなんですか。陛下、宙ぶらりんの地縛霊みたいになっちゃったんだ。」
真理亜:「私らだって宇宙で乗艦が遭難すれば、たちまちそういうことになるわ。
サイボーグの死亡事故は滅多にないけど、航宙士なら一応覚悟しておいた方が良いわよ。」
マサ:「そうですね。でも真理亜様と泣き別れは厭だなあ。」
真理亜:「次の任務はおそらく資源収集艦だから、一緒に乗れるように希望上げとくね。
10世殿下が遠出の出来ない身分になってしまうから、おそらく艦長を命じられるわ。
どうせ、藻前を引き取ってくれる部隊なんか無いから、自分の艦で使うしかないしね。」
60 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:26:35 ID:0/WlakWc0
(北米連 愛国民兵会会長の牧場)
パニック人の盗賊:「おお、噂通り沢山居る居る。今夜は久々のすき焼きだ。
野郎ども、大きな音を立てないようにして柵を壊すんだ。」
リンダ:「むむ、針金を切る音だわ。話し声も聞こえるな。あれで聞こえないつもりか。
私には、ばればれなのになあ。どこだ?。居たわ。あそこか。5人ね。
この体じゃあそっと近寄るのは無理だから一気に突っ込むしかないのよねえ。こらー!。泥棒!。覚悟しなさい。」
パニック人の盗賊:「うわあ、ロボットが出た。撃て撃て。」
リンダ:「そんなもの通じるか。今は、非常事態法が有効だからね。盗賊は死んで貰うわよ。」
パニック人の盗賊:「ひゃあ、お助け、プチッ、グシャ、...」
リンダ:「ほい、5人圧死と。こいつらも次々よく来るよな。一人も生きて帰れないのに。」
愛国民兵会会長:「おお、またやったのか。ご苦労さん。」
リンダ:「苦労と言うほどの手応えもないんですが、連日だから死体が随分たまりましたね。
始末どうしますか?。警察は街の治安維持に手一杯で引き取ってくれないですよね。
経済の混乱で火葬場もやっていないし、あってもこいつらに使うお金なんか無いですよね。」
愛国民兵会会長:「古農具屋で肉骨粉製造機を手に入れたんだ。牛の餌に加工してしまおう。
寒冷化のせいで餌の穀物が高騰して困っているから、この際有効利用だ。」
リンダ:「肉骨粉て、昔の狂牛病事件で使用禁止になったんでしたよね。大丈夫かな?。」
愛国民兵会会長:「あれは、牛のくず肉を使ったせいで結果的に共食いになったからだ。
絶対とは言えないが、人間の肉骨粉なら共食いではないからかなり安全だろう。
貧乏なパニック人なら、あんまり牛肉を食ってないだろうから尚更だよ。
いまどき、飢え死にしたくなかったら、小さなリスクには目をつぶるしかないな。」
61 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:29:15 ID:qvgsnCe+0
(静止軌道第3工場衛星 貨物梱包室)
マサ:「わざわざここまで見送りに来ていただいて嬉しいですけど、仕事大丈夫ですか?。」
真理亜:「北米連の潜水艦が全部本土沿岸に引き揚げてしまったから暇だわ。
まだ隕石が落ちるんじゃないかと畏れて、残ったSLBMで迎撃に備えているのよ。
機動部隊や攻撃型潜水艦もみんなSLBMの護衛と沿岸封鎖に回されているわ。
核使用を決めた大統領と国務長官が暗殺されて、前副大統領が昇格したでしょ。
帝国はこれを国民による処断と見なしてこれ以上の隕石攻撃はしないと通告したんだけどね。
疑心暗鬼は当分消えそうにないわ。お陰で私も明後日の便で休養に降りることになったのよ。」
マサ:「なあんだ、休養入りするなら一人じゃ寂しいから一緒に降ろしてくれればいいのに。」
真理亜:「そうも行かないわ。貨物を目一杯積むから、警備は1人しか付けられないのよ。」
マサ:「そういえば、通常は乗員が乗るスペースにアルコール製造装置が積まれてますね。」
真理亜:「経済の混乱でN共和国は燃料に困っているの。それで食料を転換できるようにね。
これを奪われると、N共和国の警察や軍が動けなくなるから、絶対に盗られちゃダメよ。」
マサ:「梱包品名が女子高生ダッチに当たってセーラー服なんでばっちり正義の味方ですよ。
もしも海賊なんか出たら、月に代わってこのセーラー・マサがお仕置きしてやります。
今日は気分がいいので、まず失敗しない気がします。お任せ下さい。でわ、一足お先に!。」
62 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:30:13 ID:qvgsnCe+0
(カプセル降下中)
マサ:「高度30`。外壁温度正常。落下予定地点はN国際空港中央にまっしぐらと。
慣れないコースだったけど、ここまで来ればひと安心だわ。予備パラシュート作動。
あら、流されてるな、風強くなったか。修正北へ2`、ありゃあ、足りないか。
寒冷化で突風が吹きやすくなったかな。5`追加修正、メインパラシュート開...。
おいおい、この重いカプセルがまだ南に流れるかね。こりゃ海岸に降ろすしか無いなあ。
下の様子は、...げ、マジかよ、武器持った奴が5人。制服じゃないから海賊だわ。
とりあえずパラシュート放出、逆噴射。着地は成功か。海賊はどうするかな。
5人倒すのは簡単だけど、外装に傷つけたく無いなあ。ダッチのふりして様子見るか。
とりあえず、ここってN共和国だから無線LANから音声で電話に通じるよな。
大統領出るかしら。もしもし、...あ、大統領府、帝国のマサ少佐ですけど大統領に。
ええ、そうです、警備で乗ってきたんですが風でカプセルが海岸に着いちゃって、...
海賊らしいのが近くにいましてね。片づけるのは簡単ですが後始末の要員をよろしく。
それから寄越す部隊には私のそば10m以内に近づかないように言っておいて下さい。
私ら、宇宙帰りの時は足から放射線まき散らしているので危ないですから。」
海賊の頭:「着地したぞ。噂に聞いていたがあんなにでかいのか。まるで2階家だな。
あれに食料やら医薬品やらの援助物資が詰まってるんだから、奪い甲斐があるぜ。
今夜は久しぶりに白いおまんまが食えるぜ。小娘帝国さんごちそうさまってな。
上にもハッチがあるな。ハシゴとバールを持ってこい。回収部隊が着く前に開けるんだ。」
海賊子分:「へい、持ってきやした。でも宇宙船の扉でしょう。バールで開くかな。」
海賊の頭:「宇宙船ったって、使い捨て式のカプセルだろう。根性が有れば開くぞ。」
海賊子分:「結局、力仕事するのは俺たちなんですけどね。」
海賊の頭:「つべこべ言わずにとにかく開けるんだよ。急げ!。」
海賊子分:「へいへい、うんむむむ、よいしょよいしょ。あ、少し動いた、もう一息。」
63 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:31:16 ID:qvgsnCe+0
マサ:「呆れたわ。バールでこじ開けちゃったよ。入ってきた。」
海賊子分:「2階の荷物は機械類のようですよ。品名はアルコール製造装置ですね。」
海賊の頭:「そいつはラッキーだ。今一番足りない物だぜ。みんな来い。」
海賊子分:「真ん中に別の荷物も乗ってますね。ん、女子高生ダッチぃ?。何だぁ?。」
海賊の頭:「ダッチアンドロイドか!。えらく高価な物らしいぞ。中身を確かめろ。」
マサ:「おっと。寝たふり寝たふり。」
海賊子分:「おお、本当に女子高生だ。だけど足が変だな。ルーズソックス履いてないや。
バレエヒールのブーツみたいだけど、金属製で妙にごついのは萎えだな。」
海賊の頭:「所詮ロボットだから重くて普通の靴は無理なのかな。ふむ太股は良いよな。
やっぱ、女子高生は太股だな。パンツはどうかな?。おい、手鏡貸せ!。」
海賊子分:「わざわざ手鏡使わなくたって、スカートめくって直に見ればいいのに。」
海賊の頭:「うるせえ!。気分だよ気分。ん、おお、これは!。伝説の...。」
(注.パンツに関しては、6から7章でしつこく書いたのでそちらを参照下さい。)
マサ:「(全員射程圏だな。)ラブラブ光線、連射、ムーンスパイラル・キーック!。」
海賊子分s:「あちい。銃が。」「ぐえっ」「え、動いた?。ぎゃあああ。」「げぼっ。」
海賊の頭:「くそ、撃て、あちちちち、ダメだ、逃げろ!。」
64 :
pinksaturn:2006/10/07(土) 21:32:21 ID:hb1CDpLE0
マサ:「ラブラブ・パーンチ!、減速、首根っこ押さえっと。おいこら。ドロボーめ。
好き勝手言ってくれたわね。萎えとは何よ。失礼しちゃうわ。お仕置きしてやる。
え、私の体重が重いって?。どう?。これで重いって言うわけ?。ぐりぐり。」
海賊の頭:「あわわわ。喋った。俺は萎えなんて言ってないよお。お助け。」
マサ:「ふん。もう手遅れよ。この足はプルトニウム電池入ってるから放射線浴びたわ。」
海賊の頭:「えっ。そんな危険な足で踏みつけないでくれ。癌になっちゃうじゃないか。」
マサ:「おまいら、いまさら放射線の心配したって意味無いんじゃないかしら。
この非常時に緊急物資を強奪しようとしたら、いくらぬるいN共和国でも死刑確実ね。」
海賊の頭:「死刑...がくっ。畜生。ついてねえ。」
マサ:「このセーラー・マサ様に失礼なこと言ったんだから、氏んでも仕方ないわね。
あ、キタキタ、回収部隊だ。こっちよぉ。まず、賊を放り出すから引き取ってぇ。
指示聞いてるわね?。危ないから私が離れるまでカプセルに入って来ちゃダメよ。」
回収部隊長:「承知しております。マサ少佐、帝国の援助物資、感謝します。
手を焼いていた海賊の始末までして頂き、有り難うございました。
沖の空母から連絡を受けております。間もなくお迎えのヘリが来るそうです。」
(帝国の娘達の活躍で、とりあえず、戦いは収まりました。
次回からは、地球外素体生産地の建設に向けて地道な取り組みを始めたいところですが、
石油も食料も足りないので、まだ多少の邪魔は入るでしょう。次回予告(30)再建計画。)
現実問題としては、日本はたとえ核武装しても(もちろん隕石武装しても)とても防衛に役に立つとは言えないらしい。
日本側は国のどこに撃ち込まれても、原爆を五発も撃たれりゃ国そのものが完全に破壊されるが
日本が中国やロシア(そしてアメリカも)に五発程度撃っても、相手国は国土が広いので主要都市が幾つも無傷のままで国が麻痺するには至らない。
だから抑止力としても機能しないらしい。
66 :
3の444:2006/10/09(月) 03:04:49 ID:2dny2wlH0
67 :
manplus:2006/10/09(月) 13:31:12 ID:INIZgekE0
「瞳さん。おめでとう。最高にファンタスティックなレースだったわ。」
瞳をスーパーF1マシンから取り出す作業をしながら、柴田が瞳に声を掛けた。
「ありがとう。美由さん。これも、メカニック全員がマシンをここまで熟成してくれたお陰です。感謝しています。
やっとポデュームの真ん中に、我がチームを運べて、とっても嬉しいです。」
スーパーF1ドライバーをマシンに取り付ける時、取り外す時、このドライバーたちを柴田は人間として見られないように
なってしまうことがあった。
シートに座らせるのではなくマシンに取り付け、取り外す、マシンの部品の一部のように思えてしまうのである。
そこまでして、瞳たちスーパーF1ドライバーは、生まれ持った身体を捨てる代償を払って、このスーパーF1マシンを
コントロールしているのであった。
このカテゴリーでは、マシンだけでなく、ドライバーさえもチューニングする仕事をメカニックが行うのである。
当然、メカニックは、スーパーF1ドライバーを電子部品に思ってしまう傾向があるのだ。
しかし、このチェコで見る瞳は、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーという電子部品ではなく、
速水瞳という人間のドライバーそのものであった。
瞳をマシンから切り離しすため、ケーブルをはずして、瞳をマシンから取り出し、抱き上げたうえで
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用移動用台車に移して、表彰台に運ぶ。
その時、もう一度、柴田は瞳に抱きついた。
「どうしたんですか、美由さん。」
「だって、嬉しいんですもの。瞳さん。この一年の間、苦労の連続だったんだもの。それを思うと、だだ嬉しくて・・・。」
それから先は、言葉にならなかった。止めどなく柴田の頬に涙が伝った。
瞳も、何も話すことが出来ない自分がいるのがわかった。人工のものになったとはいえ、人間的な側面が
サイボーグにもあることを印象づけるための目的ともに、人工視覚のレンズクリーニングシステムの一部として、
人工涙腺から涙に模したレンズクリーニング液を流し、瞼に取り付けられたクリーナーで人工眼球をクリーニングする
システムとして人工涙腺が取り付けられているのだが、瞳は、今日ほど人工涙腺があって好かったと思ったことはなかった。
心ゆくまで泣こうと瞳は決めていたのだ。
68 :
manplus:2006/10/09(月) 13:31:59 ID:INIZgekE0
普段は、人工涙腺を作動させるほど泣いてしまうと、人工視覚のレンズのメンテナンスが大変だからと言われるので、
瞳は人工涙腺を起動するのは、人工視覚のレンズのくもりや汚れをクリーニングするためだけに使っているのだが、
今日は、泣くことに心ゆくまで使ってもいいと瞳は思っていた。
加えて感情コントロールシステムが、限界を超えた歓喜に勝手に作動してしまうため、標準人体のように涙が
あふれてしまったのである。
しかし、それを咎める人間など、このチェコのクリスタルリンクには誰一人いなかったのである。
瞳専属のスタッフたちが、妻川が、そして、去年一年間、必要以上に瞳のことをライバル視していた鈴木までもが泣いていた。
もちろん、鈴木の専属スタッフも泣いていた。『カンダスーパーガールズ』のスタッフで感極まっていない者は誰もいなかった。
女性だけのレーシングチームだから、涙もろいのだと受け止める人もいるのかもしれないが、
ここクリスタルリンクにいる誰もが感極まっているか、驚喜しているかどちらかなのだ、
だから、女性だけだからという表現は当てはまらなかった。
柴田は、石坂と一緒に、瞳のヘルメットをはずし、ゴーグルをはずした。
瞳のゴーグルの下が涙でグチャグチャだった。瞳が表彰台に行ってもおかしくないように、
瞳の頬にあふれる涙をそって拭いてあげた。
喜びの涙にむせぶ、クリスタルリンクの表彰台の中央に、瞳と優勝トロフィーが置かれ、
その脇に妻川が寄り添うように立った。
「ウォー!!」
という地鳴りのような歓声と、感極まってすすり泣く声が聞こえる観客席を見つめる瞳と妻川の姿に、柴田は、
再び感極まって止めどなく涙があふれてしまった。
誰もが待ち望んだ『プリンセスヒトミ』が、ポデュームの中央に置かれる姿。
その姿を映像で見て世界中で歓喜しているファンがいることだろう。
今日は、心ゆくまで『カンダスーパーガールズ』のメンバーに泣かせて欲しいと柴田は思った。
女性のチームだから涙もろいという表現は当てはまらないといったが、女性だけのチーム独特の苦労があったのだ。
69 :
manplus:2006/10/09(月) 13:32:36 ID:INIZgekE0
柴田は、あの日、最初に瞳がシュミレーターに取り付けられてからの日々を思い出していた。
メカニックたちの努力、そして、瞳本人の想像を絶するような努力と、辛いことにも何一つ恨み言を言わずにポジティブに
物事を解決していく姿勢、柴田たちメカニックと妻川、瞳、石坂のギリギリのタイム短縮に賭ける話し合い、そのどれもが、
今日のために、いや、今日からの“カンダスーパーガールズ”のためにあるようなものだと柴田は感じていた。
「チーフ。私たち、どうマシンを調整していったらいいんでしょうか?速水選手の次元を超えた運転技術を
どう支えていったらいいんでしょうか?正直に言って、私たちの自信が崩れ去りました。トップドライバーの操作技術も
予想が付くものだと思っていましたし、実際に、ミラーやロッキネン、リネカーたちの運転技術は、
予測の範囲内なんですが、速水選手の走りは予測の範囲を遙かに超えています。
はっきり言って未知の領域です。脱帽です。」
メカニックの山口香織が打ち拉がれた表情で柴田に泣き言を言った。
山口たち、瞳の専属メカニックは、カンダでもトップクラスの能力を持つメカニックであると柴田は思っていたし、
それだけの実力を持っていることも事実であった。
そのメカニック達の鼻っ柱をへし折るほどに瞳の技術はもの凄いものであった。
柴田も、実際のところは、どう対処していったらいいのかがわからず、頭の中が真っ白になってしまっていた。
「妻川監督。エマと瞳さんには、違ったチューンのマシンを与えないといけないと思いますが。」
「私もそう思います。でも、そのチューンが決まらないし、どうしたらいいのか・・・。」
柴田の言葉を受けて続けた山口の言葉は弱気だった。
「香織、そんなに弱気になっちゃだめよ。」
「でも、監督・・・。」
「解決策を探していきましょうよ。それに、速見選手にフィットするマシンを仕上げられれば、速水選手の参戦初年度で、
我がチームの記念すべき参戦初年度の勝利がころがってくるかもしれないんですよ。」
同僚の西脇千鶴が、山口を元気づけた。
70 :
manplus:2006/10/09(月) 13:53:07 ID:INIZgekE0
「そうだよ。千鶴の言うとおりだよ。みんなで解決していけば、シーズンオフに楽しいことが待っていると思うよ。」
「監督の言うとおりだよ。山口さんや西脇さんたちが、頑張れば、瞳さんが絶対応えてくれるに決まっているもの。」
「そうですね。チーフ。今日は、徹夜で、速水選手のデーターを分析してみます。」
「香織、みんなでやるんだからね。」
「もちろんよ。みんなでやろうよ。データ解析室に行くよ。今日の速水選手の総合データーが速水選手の
補助コンピューターから吸い上げられている頃よ。さあ、もう一仕事だ。やるぞ!」
メカニックたちが、そう言って、データー解析室にデーターを解析するために出て行った。
おそらく、今日は徹夜の作業になるのだろう。シミュレーター室には、妻川と、柴田だけが残された。
「美由。監督室に来ない?ちょっと一杯やりながら、話したいことがあるの。」
「いいんですか?」
「うん。ちょっと、今話しておかなきゃいけないことがあるからね。ただ、今日は、呑みながら話したい気分なんだ。
美由、付き合って。」
「わかりました。おつきあいします。」
71 :
manplus:2006/10/09(月) 13:53:42 ID:INIZgekE0
監督室に移動し、妻川は、監督室のミニバーから、お気に入りのスコッチとチーズを抱えて、
ソファーのテーブルに置いた。妻川は、おもむろに、グラスに氷を入れ、スコッチを注いで、ロックで飲み始めた。
柴田は、勝手にグラスに氷とスコッチを入れ、ミネラルウォーターを注いで、水割りを作り、飲み始めた。
二人で飲む時は、いつも、お互いが気を遣わずに、勝手に作って飲むことになっていた。
「監督、話したい事ってなんですか?」
柴田は、いきなり話の確信をたずねた。
「美由。瞳の走りってどう思う?」
「質が全く違いますね。私たちの次元を超えています。今までに経験したことのないドライバーです。」
「私も、最初に彼女を見た時、面白い走りをする娘だなと思ったんだけれど、ここまで熟成されると、天才の考えは違うと
思わざるを得ないわ。」
「監督が話しておきたいことと言うのは、その瞳さんの走りについてですね。」
「そうなの。」
「瞳さんもサイボーグだから、事故を起こしても、標準人体のドライバーのように、生命の危機になるような可能性は
少ないと思います。もちろん、瞳さんのドライビングテクニックなら、他のドライバーと重なるような危険なこともないし、
もちろん、自爆するようなミスを犯すことは全く考えられないですものね。ということは、チーム全体に関してですね。」
「そうなの。さっき、美由たちが、瞳とエマに別のチューンの車を用意しないといけないと言ったわよね。」
「はい。勝つためには、二人に違ったセッティングの車を与えるべきだと思います。瞳さんのセッティングに合わせて車を
二台用意したら、エマには、とても扱える車じゃないし、エマに合わせて、一般的に早いと言われるセッティングの車を
二台用意したら、瞳さんのパフォーマンスを引き出すことは不可能だと思います。二台同じだから、『用意ドン!』で
二人の腕次第で優勝を競わせるなんて事は、チームにとっての不幸だと思うんです。二人のドライバーに合わせた二台を
用意して、二人のパフォーマンスを最大限に引き出した方が、チームにとって好いことだと思うんです。」
「理論的にはそうだと思うけど・・・。」
「監督、『けど』なんですか?」
72 :
munplus:2006/10/09(月) 13:54:44 ID:INIZgekE0
「私は、エマの瞳に対する気持ちが気になるのよ。」
「監督、どういう事ですか?エマは、瞳さんを目標にしていると思うし、尊敬していると思うんですが?」
「これは、私の女としての勘なんだけれど、エマは、瞳と同じカテゴリーでドライブすることによって、瞳への憧れが、
強烈なライバル心に変わるんじゃないかと思うの。そして、そのライバル心が悪い方向に行くんじゃないかと思うの。」
「お互いが憎しみ合うようなことになると言うことですか?」
「瞳は、憎むことを知らないから心配していないんだけれど、絶対に越えられない壁を目の当たりにして、
エマの心に敵愾心が芽生えるんじゃないかと思うの。その原因が、二人のマシンのセッティングを変えたことになる
可能性があるんじゃないかと思っているの。マシンの性能は変わらないけれど、セッティングを変えた車を用意した時に、
エマの技術の未熟さも手伝って、猜疑心が芽生えるんじゃないかと思うの。」
「マシンの性能の違う二台を与えているんじゃないかとエマが思うと言うことですか?」
「その通りよ。越えられない壁を目にした時、原因を他に求めたがるのは人間誰しもある事じゃない?」
「それはそうですが、エマがそんな猜疑心が生まれるような心を持っていますかね?」
「私の杞憂ならいいんだけれど、そんな感じがするのよ。」
「監督、チームとして、気を付けて推移を見ていき、軌道修正をはかるという条件で、セッティングを変えて与えるというのは
どうですか?瞳さんの車は、スペシャルに仕上げて、格の違いをエマにも見せてあげることが対処法の一番の方法だと
思います。」
「わかったわ。美由の言うとおり、二人の関係に細心の注意を払いながら、チームの勝利を優先して、マシンセッティングを
二人の個性に合わせて変えるようにしましょう。美由。絶対に勝てるマシンセッティングをお願いね。」
73 :
manplus:2006/10/09(月) 14:06:44 ID:INIZgekE0
このときの、この選択が妻川の予感を的中させることになるのだった。
しかし、この時点で妻川と柴田が下した決断は、チームにとって最も好い決断であることに変わりはなかったし、
妻川の予感が当たるような事態になることなど予想もしなかったし、そのくらいの注意を払うことは
可能であるという位にしか思えないことであった。
柴田たち、メカニックにとっては、何よりも勝てるマシンのセッティングに専念することに、この時は
夢中であったのだった。
瞳の予想も付かないほどのマシン操作のデーターをメカニックたちは、瞳をシミュレーターに四日間ぶっ通しで
繋げることによってデーターを収集し、実際のスーパーF1マシンのセッティングを行った。
瞳がシミュレーターでの訓練を早く卒業して、実際のスーパーF1マシンでの練習走行に切り替えた方がよいことを
メカニックたちは充分に理解していた。
その為に、マシンのセッティングを一週間の休み無い作業で完了させたのだった。
とにかく、瞳を実際のスーパーF1マシンに接続して、データーを取って、マシンの熟成を行いたいというメカニックたちの
願望も、瞳を早くサーキットに下ろすことへ突き動かす原動力になっていたのである。
74 :
manplus:2006/10/09(月) 14:07:19 ID:INIZgekE0
最初に瞳がシュミレーターによる訓練を開始してから一週間後、瞳はカンダのホームサーキットであり、
東アジアグランプリの開催コースであるスーパーリンク鈴鹿で実際のスーパーF1マシンによる走行訓練を
受けることになった。
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとなるためのサイボーグ手術を受けてから、わずかに3ヶ月程度で
実際のスーパーF1マシンに取り付けられて、実戦訓練を行うというのは考えられないほどの異例なことであった。
それを可能にしたのは、瞳のドライバーとしての並はずれた才能と瞳の驚異的なサイボーグ適応化率の
高さによるものであった。
石坂にして、瞳はサイボーグになるために生まれてきた標準人体だと言わしめ、柴田にして、スーパーF1ドライバーに
なることを運命づけられた女性だと言わしめたものである。
まるで宇宙服のようなレーシングスーツに完全に包み込まれて現れた瞳は、その手脚の無い容姿から、
宇宙人が地球を訪問したような印象を見る人に与えるのであった。
その印象はスーパーF1ドライバー全てが周囲に与える印象であった。
さらに、金属製の専用スタンド型台車でピットまで運ばれてくる姿は、瞳が人間であったことなど全く想像できないものであった。
全く予備知識が無く、瞳たちスーパーF1ドライバーを見る人にとっては、スーパーF1ドライバーのこの姿は手脚を
取り付ける前の等身大フィギア人形にしか思えないだろう。
瞳は、自分の視界の中に実際に自分が内部に取り付けられる予定のスーパーF1マシンをとらえた。
瞳は、心の中で、
“いよいよ、私は、スーパーF1マシンをコントロールできるところまで来たんだ。”
と思った。そう思うと、今までの苦労を全く忘れてしまうのだった。
“カンダスーパーガールズ”のマシンは、若草色をメインにしたカラーリングで、瞳のメタリックカラーの淡いグリーンの
レーシングスーツ姿を包み込むような配色であった。
瞳は、自分のレーシングスーツが、スーパーF1マシンにマッチするのを確認して大変満足した。
75 :
manplus:2006/10/09(月) 14:08:11 ID:INIZgekE0
マシンのカーナンバーは、33番。瞳が、33番で、鈴木が34番であり、全17チームで戦う来期の
スーパーF1グランプリサーカスで一番最後に参入したチームを表している。
どんなに瞳が、“プリンセスヒトミ”と呼ばれていても、レース界の王者カンダのセカンドワークスといえども、
新規参入の未知のチームに変わりなく、このポジションが今の“カンダスーパーガールズ”にとっては分相応なのである。
しかし、瞳のプライドは、この状況に満足していないし、妻川や、柴田、そして、山口たち瞳の専属メカニックも
この与えられたポジションに満足していなかった。
瞳は、
“絶対に、一年でカーナンバー1を奪い取ってやる!”
そう心に誓うのであった。
「瞳さん。マシンに接続しますよ。瞳さんをマシンに取り付けられることが出来てとっても緊張しています。
私たちがセッティングしたKSG1“ヒトミスペシャル”を気に入ってくれるかドキドキしています。」
「それは、接続される私も同様よ。本当のスーパーF1マシンがコントロールできるかと思うと、心臓バクバクだよ。」
「そうですよね。それじゃケーブル類接続開始します。毎度のことですが、少し意識が遠くなったりしますが
我慢してくださいね。」
「どのくらいで、この違和感って慣れるんだろうね。」
「人にもよるようですよ。瞳さんみたいにサイボーグ適合化率の高い人は、比較的早く慣れるみたいですよ。」
「そう言うものなんだ。でも、サイボーグ適応か率が高いって褒められてるのかな?」
「私たちは、そういう意味で言っています。」
山口の作業は進み、瞳は、スーパーF1マシンのスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーシートに置かれた上で、
固定ベルトにより、絶対に動くことがないように固定され、頭部までもが車体に完全に固定されて一体化するように
するためのベルトがヘルメットとその下の固定装具に繋がれた。この一体化固定により、スーパーF1ドライバーに
かかるGによる身体的負担は飛躍的に解消される代わりに、拘束度合いが高いために
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーをマシンから取り出す時の時間は長くなるのだ。
76 :
manplus:2006/10/09(月) 14:17:24 ID:INIZgekE0
瞳の身体の固定が終わると、山口は瞳の四肢の切断面にあるマシンとの接続のためのコネクターインターフェイスに
所定通りの手順で正確にマシンからのケーブルを接続していった。
瞳にとっては、シミュレーターでこの一週間毎日のように経験している作業であるが、この接続作業とケーブルを
抜く作業になかなか慣れることができないでいた。
この瞬間の感覚は、独特のものであり、もちろん、普通の標準人体では経験できない感覚であった。
感覚が抜けていき、意識も遠ざかるような感覚があり、再び感覚が回復した時には、機械の一部になっている独特の
感覚になるのであった。
繋がれた瞬間、五感が解放されて再び作り直された機械的な感覚が戻ってくるという、何ともいえないものであった。
瞳は、これが、身体が機械になるということなんだと思うことにしていた。
もちろん、マシンに繋がれていなくても、瞳の身体は標準人体とは違い、生体部品と機械部品、それに、
電子部品の融合体であることに変わりはなかったが、他のマシンにつながれ、そのマシンの一部として機能する時の
感覚は、普通のサイボーグにさえ経験できない特殊な感覚であった。
マシンをコントロールするために改造されたスーパーF1マシン専用サイボーグのこの感覚は、
特殊戦闘機専用サイボーグ、宇宙船コントロール専用サイボーグなど、ごく限られたサイボーグのみが経験する共通の
感覚なのである。
山口の作業が終わり、瞳がスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとして、スーパーF1マシンの一部になると、
マシン全体が自分の身体になった感覚で再び意識が自分のものになった。
瞳は、手順に従い、マシンの電気系統をオンにした。
瞳のゴーグルに大量の情報が映し出されると同時に、その情報と瞳の情報が、マシンと瞳の間を、
瞳の身体の中の補助コンピューターとマシンのコンピューターを仲介にして行き交い始めた。
山口は最後に、瞳のヘルメットに、栄養液とアイソトニックドリンク供給用のチューブを取り付けた。
このチューブにより、スーパーF1ドライバーは、レース中の生理的要求を満たすことができるのである。
77 :
munplus:2006/10/09(月) 14:27:03 ID:INIZgekE0
「山口です。準備は整いましたか?ガレージから出してもいいですか?」
山口からの問いかけに、
「オッケイよ。」
瞳はいとも容易く応えて辺りを見回した。瞳のマシンは、メカニック数人に押されて、ガレージを出て、
ピットの作業エリアに移動していった。久しぶりの太陽の光が、瞳の身体とマシンに降り注いだ。
季節は冬であり、日本はまだまだ寒いとは言え、日差しは春めいてきていて気持ちがよかった。
サイボーグ手術を受けるために帰国して、“カンダスーパーガールズ”の専用メディカルセンターの施設に入って以来、
今日が初めて浴びる直射日光であることを瞳は思い出した。
「速水選手大丈夫ですか?久久しぶりの直射光で体調が悪くなったとかないですか?」
石坂が気を遣って声を掛けてくれた。
「大丈夫です。久しぶりの外は気持ちいいですね。石坂ドクター、本当に手術を成功させてくれてありがとうございます。
こんな冬晴れの太陽を再び浴びることができて幸せです。」
「速水選手にそんなこと言われると、ドクター冥利に尽きます。」
「瞳。幸せな気分に浸るのは、スーパーF1グランプリのレースに勝ってからにしなさい。」
妻川の厳しい一言が瞳の聴覚に入ってきた。
「恵美さん。いつも厳しいからな・・・。でも、その通りです。ただ、自分が、最高のカテゴリーで、走れることができる状態を
作ってくれた皆さんに感謝します。きっと、皆さんが納得のいく結果を出して見せます。」
恵美や山口たちのヘッドセットを通じて、瞳の聴覚に歓声が聞こえてきた。
「メカニックやスタッフ全員、瞳さんのその言葉を待っていました。期待していますよ。」
瞳は、柴田の声と、後ろから聞こえる歓声に決意を新たにした。
78 :
manplus:2006/10/09(月) 14:27:54 ID:INIZgekE0
「瞳さん。聞こえる?」
溝口の声である。
「社長いらっしゃっていたんですか?」
「当たり前じゃないの。我がワークスチームのエースドライバーが、いよいよサーキットを走ると聞いたから、
今日の仕事は副社長に代わらせて、決済するものだけしてから、ヘリコプターで駆けつけたのよ。東京から鈴鹿まで
結構かかるわね。朝早かったから、疲れちゃった。」
「社長。そこまでしていらっしゃらなくても・・・、今日は、ただのサーキットテストなんですから。」
「何を言うの。私は、エースドライバーの走りを見ておきたいのよ。駆けつけるのは当然よ。それから、
3月中旬の開幕戦にも行くわ。今から、瞳さんを迎えての開幕のパースの熱狂が楽しみだわ。」
「社長。いきなり瞳にプレッシャーかけないでください。プレッシャーでコントロールミスして、クラッシュなんて事になったら、
メカニックが、また5日間の完徹状態になっちゃいますから。」
「恵美さん!私は、そこまでプレッシャーに弱くないわ。いくら何でも、ひどいんじゃない。そりゃ、いきなりの御前練習は
ちょっときついけれど、それがプレッシャーになるほど未熟じゃないわよ。」
「それは失礼しました。」
「速水さん。私も、見学させてください。速水さんの走りをじっくり勉強させてもらいます。」
聞き慣れない声がマイクに入ってきた。瞳は、それが鈴木エマの声であると気が付いた。
「鈴木選手ね。」
「エマって呼んでください。」
「了解。私も瞳と呼んで。」
79 :
manplus:2006/10/09(月) 14:28:35 ID:INIZgekE0
「瞳さんの走りを本当の間近で見られるなんて、そして、一緒のチームで戦えるなんて夢みたいです。」
「エマちゃんの参考になるかどうか解らないけれど、私、あなたに見られても恥ずかしくない走りを見せるようにするわね。」
「期待しています。」
瞳とエマの最初の出会いであった。生来が勝ち気のエマにとって、この時の瞳の走りを見ることによって、
瞳が絶対に越えられない壁であることが理解でき、その瞬間、エマの心の中で、瞳が憧れの対象から別の感情の対象に
変わっていくのであった。
80 :
munplus:2006/10/09(月) 14:40:48 ID:INIZgekE0
【補足資料−1】
瞳が参戦したこの年のスーパーF1グランプリは、3月第2週にオーストラリアのパースで開幕し、
第3週、第2戦が、ニュージーランドのクライストチャーチで開催され、2週間おいて、四月の第2週に、ヨーロッパに戻り、
チェコのプラハで第3戦。
翌週が、ポーランドのクラクフで第4戦、四月の第4週は、イギリスのマンチェスターで第5戦が開催される。
五月は、1週目に、フランスのリヨンで第6戦、第2週にドイツのミュンヘンで第7戦。第4週に、モナコで第8戦、
六月に入り、第1週にポルトガルのリスボンで第9戦、第2週に、スペインのバルセロナで第10戦が開催される。
その後一週間空けて、第4週にアメリカ合衆国のニューヨークで、北米グランプリが公道をクローズしたレースとして
第11戦として開催され、7月第一週にラスベガスで第12戦、第2週に、カナダのバンクーバーで第13戦が開催される。
そして、休み無くヨーロッパに戻り、第3週にイタリアのトリノで第14戦、第4週にオーストリアのザルツブルグで第15戦、
8月第一週に第16戦をハンガリーのブダ=ペストで、第2週に第17戦をロシアのモスクワで行う。
2週間の休みの後、九月第1週に南アフリカのケープタウンで第18戦、第2週に、第19戦をケニアのナイロビで、
第3週に第20戦をブラジルのリオデシャネイロで、第4週に、メキシコのメキシコ=シティーで第21戦を行い、
アジアに入り、10月第一週にシンガポールで第22戦、東アジアグランプリとして、鈴鹿で第23戦、
第2週に中国の北京で第24戦を、第3週にサウジアラビアのメッカで第25戦、第4週には、トルコのイスタンブールで
第26戦を行った後、11月に入り、第一週が、札幌で第27戦の日本グランプリが開催され、
レギュラーのスーパーF1グランプリは、この週で終了するのである。
81 :
manplus:2006/10/09(月) 14:41:32 ID:INIZgekE0
そして、第2週に東京の臨海新都心の公道を閉鎖したサーキットを舞台に本当の最終戦が戦われるのである。
この東京で開催されるスーパーF1グランプリは、ドライバーランキング7位までのスーパーF1ドライバーと
全世界のファン投票でベスト5位に入った選手のあわせて、12名しか出場できない、
正真正銘のドライバー・オブ・ザ・イヤーの決定戦なのである。
そして、この全28戦の総合成績で、ドライバーランキングと、コンストラクターランキングが決定されるのである。
ちなみに、日本で3戦行われる理由は、単に、国際自動車連盟が、カンダとトミタというこのカテゴリーの
中心をなす二大メーカーに敬意を払ってのことなのである。
スーパーF1グランプリの開催コースは、当初の20戦から5年間で8戦増えているが、これでも、開催希望を精査して、
開催希望を抑えているのであり、今後も増える可能性すらあるのである。
【補足資料−2】
スーパーF1グランプリ専用コースであるスーパーリンク鈴鹿は、前世紀に作られた鈴鹿サーキットに
併設されて作られたものであり、鈴鹿サーキットとは、全く違うサーキットである。
一周が、36.14q、直線が、ホームストレート7q、バックストレート6qのスーパーF1グランプリ専用コースとしても
最長のコースで、高低差も250メートルあり、アップダウンのきつさもスーパーF1グランプリ開催コースでトップクラスであった。
長い直線と直線を繋ぐカーブも、低速のヘアピンカーブもあり、高速の複合カーブもあったりする。
もの凄く過酷なコースなのである。まさに過酷なモンスターリンクがスーパーリンク鈴鹿なのである。
ここで行われる東アジアグランプリは、このコースを100周で争われ、総延長3,640qのスーパーF1グランプリでも、
屈指の難しいレースなのである。
まさに、終盤戦の初戦で、ポイント争いの山場と位置づけられるレースに相応しい舞台なのだ。
このコースを制するには、ドライバーも、マシンも、メカニックも、ギリギリの実力を発揮しないといけないのだ。
82 :
manplus:2006/10/09(月) 14:45:18 ID:INIZgekE0
今回はここまでということにします。
日本グランプリの興奮を観戦しながら、続きを書いていました。
もう少し、今日中に投稿できるかもしれないなと思っています。
それにしても、北朝鮮が、核実験を行ったみたいですね。
現実の世界もきな臭くなってきて、心配です。
83 :
pinksaturn:2006/10/09(月) 15:19:14 ID:/Jrx1/ci0
やっぱり、ダルマドライバーが乗降するときの大変さは萌えますね。
ラリーだと支援環境整えるのが大変だからもっと凄いかも。
合間に気晴らしで千湖ラリーとか出て欲しいけど、このスケジュールでは難しいですね。
>>80 さすがにこの時代では、メッカ開催の第25戦で女性ドライバー排除って事は無いのかしら?。
84 :
manplus:2006/10/09(月) 16:09:28 ID:INIZgekE0
この時代になると比較的リベラルなサウジだと女性ドライバーも
レーシングスーツで全てが隠されているので、
出場を拒否する理由はないと王室が判断しての開催という
設定にしています。
現在で、かなりリベラルなバーレーンとトルコでグランプリが開催されているのを考えて、
ピットクルーの女性までは素顔をさらしても大丈夫みたいですから、
時代が進んだことで、メッカ開催も可能という設定にしました。
さすがに、イランなどではまだこの時代でも無理でしょうが・・・。
85 :
manplus:2006/10/09(月) 23:58:40 ID:INIZgekE0
瞳が取り付けられたKSG1“ヒトミスペシャル”は、初走行に出る準備が全て整っていた。
「瞳さん。補助エンジンを作動させます。コースを一周して、一番グリッドに停止させてください。それまでに、
メインエンジンのスターターをいつでも起動できるようにさせておいてください。実践さながらのスタートも体験してくださいね。
私たちは、実戦さながらのデーターを取りたいものですから。」
「香織さん。そう来なくっちゃ!望むところよ。」
「それでは行きますよ。」
山口が補助エンジンスターターを作動させ、補助エンジンを作動させた。
V型6気筒の超コンパクトなガソリンエンジンのサウンドが響き渡る。
実際のレースでは、このサウンドがメインエンジンの水素イオンエンジンで始まるスーパーF1グランプリレースの
前奏曲なのであった。
瞳が待ちかねたようにピットロードを本コースへ向けて走り出した。本コースに出ると、ウォーミングアップラップの開始であった。
しかし、ここで異変が起こった。
「美由さん。このマシン曲がらないよ。」
瞳からの急を伝えるチームラジオがピットのデーターエリアに響いた。
「香織さん。マシンの足回りがちょっとおかしいのかな?私にはそうは思えないんだけれど。」
「チーフ、車は順調そのものです。おかしいところは何一つありません。」
「そうよね。でも、瞳さんが、曲がりにくいって言うんだけれど・・・。彼女の錯覚かしら。」
山口が、突然、何かに気がついた。
「瞳さん。グリッドにつかないで、もう一度ピットに戻ってきてください!」
「了解しました。」
山口のただならぬ様子に柴田が尋ねた。
86 :
manplus:2006/10/09(月) 23:59:14 ID:INIZgekE0
「香織さん、いったい、何が解ったの。」
「チーフ。反応速度が違いすぎるんです。」
「それは、予測できたことだよね。瞳はサイボーグとはいえ、人間なんだから、機械の反応に生体脳が追いつけるわけが
ないもの、当然だわ。マシンの反応速度をいじればいいんでしょ。」
妻川が当たり前というように答えた。
「恵美、ちょっと待ってよ。車の反応が遅いと言うことは、普通では考えられないけれど、逆じゃないの。」
ピットで、様子を見ていた溝口が、妻川の意見に異を唱えた。
「社長の言うとおりなんです。これを見てください。」
山口が、データー解析用のコンピューターのモニターを指さした。
「瞳さんと、KSG1の反応速度のグラフです。赤が瞳さんで、青が、KSG1の反応速度です。普通は反応速度が
速いとY軸のより上の方に線形が描かれます。普通のドライバーとマシンの関係は、青の線が上にあるのですが、
このグラフでは赤のドライバーの線形の方が上なのです。つまり、車の反応の方が遅いのです。」
「香織、それは、グラフの取り方を間違えたからじゃないの?マシンの線形が赤なんじゃないの。」
妻川は、あまりの予想外のことに、山口の言葉とコンピューターのデーターを信用しようとしなかった。
「監督、よく見てください。時間ごとのKSG1の反応速度のグラフの数値は、我々がチューンした反応速度と同じ数値で
推移しているのが解りませんか?」
山口が、マシンのチューンの時のマシンの反応速度の線形をコンピューター上に重ねた。
「本当だ!」
妻川は、KSG1のスペック表と、Y軸の数値を比較してやっと納得した。
「でも、信じられない。人間の反応速度が機械を上回るなんて・・・!」
柴田が、驚きを通り越して、張り付いたような表情で言った。
87 :
manplus:2006/10/09(月) 23:59:52 ID:INIZgekE0
「でも、事実なんです。こんなドライバーがいるんですね。」
「それで、香織さん、瞳とマシンとのタイムラグは、どのくらいなの?」
柴田の質問に、山口は困ったようになった。
「それが・・・、100分の3秒なんです。」
「ええっ〜〜〜!!。」
ピット内の全員が声をそろえたように驚愕の声を上げた。
「香織、そんなことがあるの?」
「信じられませんが事実です。瞳さんをガレージに戻して、瞳さんをマシンから取り出した上で、体内の
補助コンピューターの処理速度をマシンにあわせるためクロックダウンするのと、車のコンピューターの
クロックアップとケーブル系の抵抗の低いものに取り替える作業と平行して、瞳さん自身の生体神経ケーブルに
反応速度コントロールシステムを取り付けるしかないですね。」
「それじゃあ、今日のテストは中止しないといけないわね。」
妻川は決断した。
「監督、メカニックとしては、データーを出来る限り取得したいのですが、致し方ないですね。」
「みんな、今日は、ピットとメディカルルームで作業をして、明朝から、テストを再開しましょう。」
「はい。」
妻川の決断に全員が異議はなかった。溝口が、脇から声をはさんだ。
「恵美、私の宿泊を手配してもらえるかしら。」
「社長、いいんですか?」
「当たり前よ。エースドライバーのテストドライブを見ずして、本社に帰れないわ。」
「社長は、カンダの申し子といわれるだけありますよね。レースのことになると、経営を放り出しかねないんだから。」
「そんなこと無いわよ。いいサブに恵まれているだけよ。」
「解りました。宿泊を手配します。それと、秘書室には、私が言い訳しておきますね。」
「恵美、ありがとう。やっぱり私の片腕ね。」
妻川は、溝口のこういう時の尻ぬぐいは慣れていたのだった。
88 :
manplus:2006/10/10(火) 00:10:52 ID:IKIPRdMK0
そうこうしているうちに、瞳のマシンがガレージに戻ってきた。瞳は、補助エンジンを指示通りに停止し、
マシンの電源を全てオフにして、マシンから外されるのを待っていた。
「美由さん。どうしたんですか?緊急ピットインなんて。」
「瞳さん。ごめんね。マシンと、あなたの反応速度が、違っていたの。至急シンクロさせなくちゃ大事故につながる可能性があるの。」
「やっぱり、マシンの反応が遅いんですね。なかなか言うことを聞いてくれなくて、指示を出してもレスポンスが
遅かったものですから。」
柴田は、瞳の状況分析能力の高さと、マシンの状況早くの確かさに心の中で舌を巻いていた。
山口も同様に、瞳のあふれる才能に舌を巻きつつ、一種のあこがれにも似た感情を持つのだった。
そして、この一件以来、瞳は、メカニックたちの尊敬と信頼を一身に集めることになるのであった。
「瞳さん。至急マシンの調節をします。それと平行して、瞳さんの体内の補助コンピューターの調整と、
補助人工神経ケーブルと生体神経ケーブルに神経制御システムを取り付ける処置を行います。この処置で、瞳さんは、
神経の反応速度や感覚を自由に制御することが出来るようになりますから、マシンとの反応速度を自分で自由に
シンクロさせることが出来るようになります。ある程度の大まかな調整は、メディカルスタッフやメカニックが外部から
調整も可能ですが、様々なマシンとのシンクロの調整を瞳さん自身が自由に出来るようになるので、マシンとのシンクロが
スムースに行われて今日みたいなことはなくなるはずです。」
「好かった。でも、香織さん。国際自動車連盟のレギュレーションに抵触しない?」
「瞳、それは大丈夫よ。万一、マシンよりドライバーの反応速度が速い場合に、
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー側に取り付けることの出来るシステムと処置としてレギュレーションに
準拠している処置なの。ただし、マシンよりも早い反応速度をサイボーグドライバーが持っているなんてケースは、
天文学的に低い確率だったから、このシステムを取り付けたドライバーが存在しなかっただけなの。安心して。」
89 :
manplus:2006/10/10(火) 00:11:24 ID:IKIPRdMK0
「なんか、恵美さんの言い方だと、私が、珍しい動物か機械装置みたいな言い方ですよね。」
「そんなつもりはないけれど、かなり貴重な存在であることは確かね。」
「ぶ〜〜。」
瞳が不満の声を漏らした。
「監督も、瞳さんも、つまらないことで言い合わないでくださいね。瞳さん。マシンから外しますから、いいですね。」
山口は、妻川と瞳のじゃれ合いのような親近感のある言い合いを制して、瞳とマシンの接続ケーブルを外して、
瞳の拘束ベルトを外して、瞳をマシンから取り出し、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用移動用台車に移し替えた。
「瞳さんの身体を調整している間に、マシンの方は調整しておきますから。」
「香織さん。よろしくお願いします。」
「さあ、瞳さん行きましょう。」
瞳は、森田に台車を押されて、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用の調整室に向かった。
ピットのすぐ奥にあるスーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用の調整室は、
レース期間中などにスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの身体の調整を行うための部屋である。
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用の調整室につくと、森田は手慣れた手順で、
瞳が包み込まれているレーシングスーツを脱がせていった。そして、瞳を全裸のまま調整用ベッドに仰向けに寝かせた。
遅れて石坂が入ってきて、瞳に対する処置を開始した。
石坂は、瞳の腹部の調整用パネルを開けた。そして、腹筋をかきわけて、腹腔内部が見える状態にした。
瞳の筋肉は、人工筋肉と生体筋肉を丁寧に交互に編みあげていったもので、石坂にとっても傑作品の一つであった。
その上、EMSトレーニングで鍛え上げられた柔軟性に富んでいて、しかも、強度にとんだ鋼のような筋肉であった。
瞳の筋肉組織は、生体筋肉をトレーニングで強化しても、太くならずに、元の太さで質的に強化できるように
ホルモン調整されているのである。
従って、瞳の見事なプロポーションが、筋肉質のボディービルダーのように変質せずに、女性特有の美しい線形の
体型を維持しながら、筋肉がスポーツ選手の数倍の強度と伸縮性を持つように仕上げられているのである。
90 :
manplus:2006/10/10(火) 00:11:56 ID:IKIPRdMK0
トレーニング時に必要な筋肉の形状維持ホルモンは、消化システムユニットに、経口により供給されるか、
へその部分に薬物供給用バルブから人工血液に直接供給されるのである。
瞳はサイボーグにされたことにより、体型が太ってしまうような変質をすることも、消費カロリー計算を正確に
行われることにより、完全にコントロールされ、筋肉組織もその太さや強さも完全にコントロールされていて、しかも、
人工皮膚は老化しにくいようになっているため、永遠の若さと美貌が保証されているのである。
普通の女性にはうらやましいのかもしれないが、その代わり、手脚のない人形のような身体になってしまっているのであった。
瞳にとっては、所詮作り物になってしまった身体は、老化しないで、20歳のままで一生を過ごさないといけないことが、
かえって不満なのであった。
自分が作り物になったという人間ではない寂しさを強く感じるからなのである。
ただ、瞳は、レーサーとしての完璧な肉体と女性の素晴らしいプロポーションが両立して存在している自らの身体に
充分満足していたし、この様な状態に自分を作り上げてくれている石坂や森田などのメディカルスタッフと
フィジカルスタッフに対して感謝をしていたのだ。
「瞳さん。筋肉組織も見事に仕上がっているわね。惚れ惚れするわ。日頃、文句も言わずにEMSに繋がれて
頑張っている成果ね。」
「ありがとうございます。あれって、もの凄く辛いんですけれど、やめてくれって言っても誰も聞いてくれない
拷問のようなものですよね。」
「そう言われればそうよね。でも、被施術者がやめろと言えば、やめると思うんだけれど。」
「そう言ってしまうと、自分が負けてしまったように思えてしまうんです。自分としては、絶対に許せないんです。
弱音を吐きたくないんです。」
石坂は、瞳の負けず嫌いに頭が下がる思いであった。
91 :
manplus:2006/10/10(火) 00:20:29 ID:IKIPRdMK0
「瞳さん。新しいシステムを取り付けるのに、時間がかかると思います。たぶん、明朝まで調整も含めてかかると思いますから、
明日のコース練習にも差し障るので、瞳さんをレストモードにして作業します。明日に備えて、ゆっくり休んでくださいね。」
石坂は、そう言うと、瞳の胸のところのパネルを開け、そこにある瞳の身体コントロールシステムの
小さなキーボードに暗証番号を入れ、静脈認証のために、人差し指をセンサーパネルに付けて、
アクセス権の認証を行い、再び、キーボードをたたいて、レストモードのオーダーコードと、維持時間のオーダーコードを
入力し、アクセス権を解除し、胸のパネルを元通りに閉じた。
スーパーF1マシン専用サイボーグの外部アクセス手順を複雑にしているのは、特定の人間以外が、
外部からサイボーグ本人の意志を無視してサイボーグ体の操作をすることを防止するためであり、瞳の場合、
外部からのアクセス権を持つのは、石坂と妻川のみであった。
その上、外部からの操作用コードを知っているのは、サイボーグ体専用メディカルスタッフである石坂のみなのである。
妻川は、万一の時のアクセス権者の変更コードを知っているだけなのであった。
スーパーF1マシン専用サイボーグは、そのようにして、完全に人格を守られており、アンドロイドではなく人間としての
尊厳を有しているということなのであった。
「瞳さん。お休みなさい。」
石坂の言葉を待たずして、瞳は、機械的に電源がオフになるかのように意識が切れて、睡眠状態に入ったのだった。
石坂は、瞳がレストモードに入ったことを確認して、開いた腹部から見える補助コンピューターと
生体神経ケーブルおよび人工神経ケーブルの接続点に神経組織コントロールシステムの小さなボックスを接続し、
その制御のためのケーブルを補助コンピューターに接続した。
その上で、腹部の筋肉を元の位置に戻し、パネルを閉じて、瞳の外観を復旧すると、へその補助コンピューター用の
外部インターフェイスに、“カンダスーパーガールズ”のチーム専用のサイボーグ医療用ホストコンピューターからの
メインケーブルを接続し、瞳の新しいシステムの調整にかかった。この調整が終わると、瞳は、マシンの状態に応じた
状態に神経組織の状態を対応させる事が自分でできるようになるのだ。
92 :
manplus:2006/10/10(火) 00:21:18 ID:IKIPRdMK0
ゴーグル内に表示されたマシンの状態を参考にしながら、自分の神経の反応速度や感覚を自由に
コントロールできるのである。
外部からの調整も、腹部のパネルを開かずに、外部コンピューターを補助コンピューターにインターフェイス接続すれば、
簡単に操作が可能になるのであった。
これで、今日のように、マシンと瞳自身の反応に開きがある時などに、瞳は、メカニックに調整を訴えることなく、
問題の解決を図れるようになるのである。
石坂が、システムの調整を必死で行ない、マシンの調整を山口たち、瞳専属のメカニックが行っている間、溝口と妻川、
柴田が、作業の進行を見守りながら、ミーティングを行っていた。
「本当に信じられないわ。人間の神経反応速度が、電子機器の情報伝達速度を遙かに上回っているなんて。」
「恵美、事実なんだから仕方ない事よ。それだけ、瞳さんのポテンシャルが、高いと言うことだもの。
瞳さんはサイボーグとして機械と共生するために生まれてきたような人間なのよ。」
「それはそうだけれど・・・。」
「監督、今日は、あのままでテストを強行していたら、事故になっていたかもしれません。100分の3秒の速度の
乖離というのは驚異的です。」
「美由さん。そんなに凄いことなの。」
「はい、社長もこの世界に関係を持たれているから解ると思うんですが、1000分の1を争う世界だから、
その下の単位でのスピードを削る積み上げがマシンに求められる世界なのに、1000分の1秒の一桁上の単位の
開きというのは、ナマケモノとチーターの走る差みたいなものです。たぶん、瞳さんは、マシンの挙動が、
自分の意志の伝わりよりも、かなり遅いことにもの凄くストレスが貯まったことでしょう。」
「でも、F1までのカテゴリーでも、マシンの反応が遅かったと言うことでしょ。それには、瞳さんは不満がなかったわけなの。」
93 :
manplus:2006/10/10(火) 00:21:51 ID:IKIPRdMK0
「私も、それが疑問なの。」
「たぶん、自分の四肢で、スロットルやステアリングを握っている時には、マシンの反応なんて、手足で操っている以上は
こんなものなんだという、所詮道具を扱うのだという一種の諦めがあったのでしょう。でも、スーパーF1マシンとなると、
自分の手脚なのです。社長も、手足が、自分の思うほどの動きをしなかったり、反応が遅かったら、苛立ちを感じますよね。」
「それはもちろんよ。」
「スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーにとって、まさに手脚がスーパーF1マシンマシンなのですから、
それが思うように動かないのは、相当なストレスになるのです。もどかしさを感じるのです。」
「そこまで機械の一部になっちゃっているんだね。覚悟してのこととは言え、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーに
改造されると言うことは大変なことだよね。」
「社長。その通りだと思います。スーパーF1マシン専用サイボーグは、スーパーF1マシンを手脚とするために、
現役中はその感覚を繊細に保持する意味で人工四肢を取り付けることを否定されて、
日常生活の不便さという代償を払いながら、生命維持をして行かなくてはならないのです。かなり辛い思いや、
恥ずかしい思いに耐えて生きることを選んでいるのです。そして、瞳さんたちがその立場を甘んじて受け入れることで、
スーパーF1マシンのコントロール装置が出来上がっているのです。彼女たちは、サイボーグという新しいタイプの
人間であると同時に精密機械なのです。その人間である側面と精密機械である側面があるために、
コントロールする機械装置との反応にギャップがあれば、その機械装置が充分に機能しないために重大事故に
つながると言うことです。操作される機械の性能を上げてやらなければいけない理由なんです。」
「美由さんの言うことは、確かにその通りだわ。」
「でも、瞳がそんなに凄かったなんて思いもよらなかったわ。だから、あれだけの天才的なドライビングや並はずれた
マシンコントロールができたのね。」
94 :
manplus:2006/10/10(火) 00:31:41 ID:IKIPRdMK0
「監督の言うとおりだと思います。たぶん、瞳さんは、スーパーF1史上最も優秀なドライバーであり、
今後も出てくるか分からないほどの奇跡的なコントロールユニットになるために生まれてきたサイボーグドライバーなのです。
言い方は悪いですが、最も精密で繊細なコントロールユニットなんだと思います。瞳さんの専用チューンのマシンを
熟成させれば、今季の優勝も可能だと思います。蒸し返しになりますが、それだからこそ、エマと同じチューニングの
マシンを与えたら、重大事故につながりかねないことになると思います。ちょうど、リッターカーにスーパーF1マシン用の
水素イオンエンジンを積み込んだ状態と同じと言うことだと思います。」
「そう言うことだね。つまり、遅かれ早かれ、重大事故を起こすという事ね。別チューンのマシンを与えるという選択をして
正しかったというわけね。」
「その通りだと思います。」
「チーフ。マシンの調整が整いました。確認願います。」
山口が、3人のいる控え室に飛び込んできたのは、日付も変わり、夜も明け始めた早朝であった。
前後して、石坂から連絡があり、瞳のサイボーグ体の調整も終了し、瞳のモードをアクティブにして、
新しく加えられたシステムの学習と使用訓練を瞳が行っているという報告が入った。
妻川と柴田は、マシンの状態を確認した上で、テストを開始することを全員に伝えた。
そして、妻川は石坂に連絡をした。
「テストを開始するから、瞳を連れてきてくれる?」
「解りました。監督、でも、今すぐは無理ですよ。」
「何故?」
「速水選手は、電子部品じゃありませんから、朝の支度をさせてあげてから、レーシングスーツを着せてから、
そちらに移動させます。」
「解ったわ。どれくらいかかる?」
「2時間半は欲しいです。」
「そうだったわね。彼女はサイボーグとはいえ、人間だったわね。」
95 :
manplus:2006/10/10(火) 00:32:17 ID:IKIPRdMK0
その言葉に、瞳が反応した。
「恵美さん。ひどいです。私だって感情があるんです。こんな四肢の無くなった機械部品や電子機器を
詰め込まれた身体であっても、感情のある人間です。アンドロイドではないんですよ。」
「瞳、ごめん。早くコースを瞳に走らせてあげたいと思ったら、瞳がマシンのコントロールシステムになっちゃった。」
「確かに、コントロールシステムに最適なように作りかえられていますが、速水選手は、人間なんですよ。」
「そうだ!そうだ!」
「ドクターも、瞳も許してちょうだい。それじゃ、お詫びも含めて、3時間後の9時からテストを再開します。
それまでゆっくり朝の支度をして、こちらに瞳を移動させて。つぐみ、お願いね。」
「監督。了解しました。」
瞳は、自分がともすれば、機械仕掛けの木偶人形に見られることを痛いほど認識せざるを得なかった。
しかし、それは、自分が選んだ道なのであり、覚悟していたことなのであった。
瞳は心を新たに改めて、自分がサーキットを走れる興奮に酔いながら、身支度を森田に任せた。
森田は、朝の支度をメディカルルームに併設されたシャワールームに瞳を移動させて開始した。
まず、瞳の肛門のバルブに、排泄処理装置を接続し、排泄タンクと直腸に貯まった便を洗い流した。
続いて、排尿カプラーを尿道に取り付けて排尿をさせ、性器洗浄ホースで性器洗浄を行った。
そこまでの排泄ルーティーンを終わらせるとシャワーで身体の隅々まで洗浄し、瞳の束ねられた髪をほどいた上で
洗髪を丁寧に行い、身体と髪を丁寧に乾かし、髪の毛を再び、レーシングヘルメットに頭部を収納するための
準備のために束ねていった。
瞳の自慢の栗色の長い髪が再び後ろで束ねられたのであった。
森田は、再び、瞳をメディカルルームに移動させ、流動食主体の朝食を昨日のカロリー消費量に比例する
カロリー量を瞳の体内データーから算出し朝食分として与えた。
96 :
manplus:2006/10/10(火) 00:32:53 ID:IKIPRdMK0
「昨日は、朝食と夕食を摂取させていない反面、今日は、朝と夕の2食しか経口食を取れないと思います。
昨日のEMSの消費カロリー量とマシンのコントロールシステムとしてのエネルギー消費量、
手術による体力消耗によるエネルギー消費量を算出した上での算出したカロリー量の食事ですから、
いつもより高カロリーとなっています。それから、マシンシステムとしての機能を維持するためのサプリも
摂取してもらいますよ。マシンに接続する直前ですから、どうしても流動食主体になりま。、我慢してくださいね。
通常なら、豪華な固形食が提供できたんですけれど。瞳さん、悪しからず。」
「つぐみさん。気にしてないよ。そんなこと解っているから・・・。」
瞳は、食べるものも、コントロールされる現在の自分の立場を解っていながらも、寂しい気持ちになっていた。
これも、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの宿命であることが、悲しくもあるが、仕方のないことなのだと思った。
瞳は、森田が差し出してくれた流動食をストローで飲み干し、サプリを一つ一つ丁寧にかみ砕いた上で、
丁寧に飲み干した。
森田は、瞳に経口食を全て摂取させ終えると、レーシングスーツを瞳に装着させる作業にかかった。
瞳はすでにレーシングスーツを着ることに慣れてはいたが、このスーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用の
レーシングスーツを着せられていると、自分が別世界から探検に地球にやってきた宇宙人になった気分になった。
そして、完全にレーシングスーツに包まれると、囚人になった気分に苛まれるのだった。
完全に首すら動かせない身体になることの苦痛が瞳を襲うのだった。
瞳の身支度が調い、瞳は、森田により、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用移動スタンドによって、
ピット内のガレージに移動させられた。
ガレージでは山口が、待っていて、待ちわびたように、瞳をスタンドから、持ち上げ、調整の終わった
スーパーF1マシンの専用シートに置き、拘束用ベルトにより、スーパーF1マシンのシートに完全に動かないように
固定され、四肢の外部ケーブル接続コネクターにスーパーF1マシンのコントロール用のケーブルが手際よく
接続していった。
97 :
manplus:2006/10/10(火) 00:44:29 ID:IKIPRdMK0
瞳の意識が、瞳の身体から、スーパーF1マシン全体に移る瞬間である。瞳は、再び一種独特な感覚に襲われた後、
手脚がタイヤになったり、胴体がスーパーF1マシンになるように広がっていく感触を覚えた。
瞳は、自分の感覚が落ち着くと、マシンの電気系統をオンにして、マシンをガレージの外に移動させられるのを待った。
瞳の身体であるスーパーF1マシンがメカニックの手によってピットの外に移動すると、
補助エンジンをメカニックがスタートさせてくれるのを待った。
ピットのガレージから出された瞳の取り付けられたKSG1“ヒトミスペシャル”を関係者全員が固唾を飲んで見ている。
溝口も、妻川も、柴田も、石坂も、そして、エマも、全てのメカニックまでもが、ヒトミの走りを注視しているということなのである。
「瞳さん。これで大丈夫だと思うから、今日こそは、コースの感触とスーパーF1マシンの性能を楽しんできてね。」
「香織さん、ありがとうございます。充分に楽しませてもらいます。」
「行くわよ。補助エンジンスターター回します。」
補助エンジンが小気味よく回り出した。山口は、瞳が走り出すのに不都合がないかを確認してマシンから離れた。
ガレージには、溝口や妻川はもちろん、たくさんのスタッフの姿があった。
その中に混じって、瞳と同じように四肢を取り外された、だるまの形状で
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用移動用台車に取り付けられた鈴木エマの姿があった。
「瞳さん。今度こそ、見せてくださいね。同僚ドライバーに出し惜しみしないでくださいね。」
「大丈夫だよ。エマちゃん。ちゃんと全てを見せるから、しっかり見ててね。」
「お願いします。」
「お任せあれ。」
エマと短い会話を交わすと、瞳は、補助エンジンのスロットルを開けた。軽いホイールスピンの音と、
タイヤが焦げる匂いを残して、瞳の手脚であるKSG1“ヒトミスペシャル”が、ピットを後にし、
ピットロードを本コースへと向かって走り出していった。
98 :
manplus:2006/10/10(火) 00:45:01 ID:IKIPRdMK0
「瞳、行ってらっしゃい。社長と一緒に、我がチームのエースドライバーの走りを楽しませてもらうわよ。」
「恵美さん、見ててくださいね。恵美さんと社長を『あっ!』と言わせて見せますから。」
「瞳さん期待しているわ。」
「社長、おはようございます。コースも勉強済みですから、私の走りを見ていてください。期待を裏切ることはしたくないと
思っています。」
瞳のマシンは、ピットロードの110qの速度制限区間を抜けると待ちわびたように加速し、本コースに入っていった。
瞳は、蛇行運転を必要以上に繰り返すことによってタイヤを暖めながら、注意深くサーキットを一周し、
メインエンジンのスターターシステムをスタンバイ状態にし、メインエンジンスタート前のチェックの全てを
ルーティーン通りにこなして、ウォームアップの一周を終え、一番のスターティンググリッドについた。
ここまでは問題らしい問題はなかった。少し、マシンの反応速度が遅いと思ったので、10,000分の2秒だけ自分の
神経反応を遅くし、マシンとのシンクロを調整しただけだった。
「瞳さん。メインエンジンを始動して、補助エンジンをレースモードに切り替えてください。」
柴田の指示に、瞳は、メインブレーキが作動していることを確認した後、メインエンジンのスターターを回した。
活性水素イオン水を燃料とする究極の環境配慮型レーシングエンジンである水素イオンエンジンが始動し、
周囲のその猛々しい咆吼を振りまいた。
「メインエンジン作動異常なし。」
「瞳さん。オッケイです。スタートしてください。全てが順調なら、レースと同じように100周をこなしてもらいます。
その間にピットクルーの訓練も行いますから、実戦さながらの状態の100周を走ってもらいます。ピットクルーの作業に
関しても、どんどんアドバイスをしてくださいね。ピットクルーにも勉強させたいですから。」
「解りました。」
「それから瞳さん。もしも、マシンや瞳さん自身に異常があったら、その時点でテスト終了します。いいですね。」
「了解です。」
99 :
manplus:2006/10/10(火) 00:45:33 ID:IKIPRdMK0
「それじゃ、シグナルが点灯しますから、シグナルがゴーになったら、一人っきりの東アジアスーパーF1グランプリを
楽しんできてください。」
「了解です。楽しませてもらいます。」
【技術的補足】
スーパーF1マシンのメインエンジンは、活性水素イオン水を燃料として、水素イオンの原子結合を不安定化させた上、
酸素イオンを衝突させた時の酸化促進を爆発的に行うことにより、核融合並みのパワーを作り出すことで、
そのエネルギーを駆動力としている。その為、事故をおこした時にエンジンの安全に多大な配慮がなされているのである。
クラッシュなどの重大事故を起こした時でも、メインエンジンが壊れて、エンジン自体が破壊することがないように、
設計強度をクラッシュ時にエンジンフレームにかかる衝撃の1000倍に設定してある。
また、水素の酸化燃焼で推力を生む構造のため、排気ガスは低温水蒸気であり、エンジンブローした時に、
周囲にまき散らすものは、従来のF1エンジンのようにオイルではなく、水蒸気に少し潤滑液のオイルが
混じっている程度のものである。
その為、エンジンブロー等でのドライバーや他のマシンへの危険はないのだが、燃料の活性水素イオン液に関しては、
スパークした時の火花や静電気で小爆発を起こすことがあるため、従来のガソリン並みの注意が取り扱いのうえで
必要なだけなのである。
メインエンジンは、クラッシュ時にかなりの安全性があるが、事故の時にやっかいなのが、補助エンジンの存在である。
補助エンジンは、ピットに入る時やフォーメーションラップの時の低速走行時に、メインエンジンが低速での走行の
維持があまり得意でないために、低速走行用にスーパーF1マシンに取り付けられたV6、6気筒1500ccの
ガソリンエンジンなのである。
量産小型車のカテゴリーに取り付けられるエンジンをもっとコンパクト化、軽量化を図ったものである。
しかし、出力自体は、F1マシンのエンジンと引けを取らないものなのであった。
日本の自動車技術の粋を最大限に応用して完成した小型エンジンなのである。
しかし、事故の時には、このエンジンがやっかいなのである。従来と同じガソリンエンジンであるが、
燃料がナフサとエタノールの混合燃料を使用するために、自然発火しやすく、燃料が自然に燃え出す危険性があるのだ。
レース中は、ピットに入る時と、オープニングラップ、そして、チェッカーを受けた後の推力にのみ使うだけであるため、
レース中の給油ということはないため、レース中の給油でのトラブルはないのだが、クラッシュした時に燃料タンクが、
万一壊れたり、エンジンにトラブルがあった時が問題なのである。
その時に流れ出した補助エンジン用の燃料が発火して大きな惨事になることが予想されていた。
その為、燃料系の耐衝撃強度などに工夫がなされているのだが、それでも、万が一の時に備えて、
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーのレーシングスーツは、耐火防護宇宙服並みのものになっていて、
一時間ぐらいならスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーは、火に包まれたままの状態でも大丈夫なようになっているのだ。
ちなみに補助エンジンは、メインエンジンが作動している間は、いつでも、瞬時に切り替えられるように、
超低速アイドリング状態で回り続けているのである。
今日は、時間的に余裕があったので、
もう少し書き進むことが出来ました。
やっと瞳をコーステストに送り出すことが出来ました。
久しぶりに来てみたが、このスレは2〜3人でまわしてるのか?
何でやねん
肯定はしないが否定もできない。
105 :
名無しさん@ピンキー:2006/10/11(水) 20:51:24 ID:bewFDKrs0
>>102 詳しい現状。
連載継続中 4人
連載途上で長期中断 2人
2次創作の合作参加者 3から5人(コテハンが無いので想像)
絵師の降臨 2人
といったところでしょうか。
全身義体を作るがわに興味があるものなのですが、開発側の方の話を投下してもよろしいでしょうか
すべてを書くのは無理なのでサポートコンピュータ開発話なんかを書きたいのです。
サイボーグ娘スレなので、「すれ違い、カエレ!」といわれればそのとおりかもしれないので
そのときはおとなしく帰ります。
107 :
pinksaturn:2006/10/12(木) 20:18:49 ID:FcwuxzbQ0
>>106 ボディ制御に関して色々なアイデアを見たいので、開発話には興味があります。
ただ、このスレですと全くサイボーグ娘が登場しないのは辛いです。
新米の書いたプログラムが重くてCPUが過熱しお気に入りの服が焦げた、
バグのため手を動かそうとしたら足が動いて人に怪我をさせておろおろする、
痛覚が過敏になる、プログラマが男性ばかりで人工性器制御設定が失敗続き、
などにより実験体の娘がたびたび苦しむとか、
萌える場面をうまく織り込んで頂くのが望ましいと思います。
さんぷる投下します。
つまらなかったら無視してください
サイボーグ娘はこの後出てくる予定なので、申し訳ありません
その1
ここはNTL社ED事業部第4開発室。橋本和美(27歳)は第4開発室主任技師として所属
していた。ちなみに主任技師は下っ端の次であることを付け加えておく。
主に航空宇宙部門、軍事向けの組み込み計算機を開発している部隊である。
「おーいはじめるぞー、ミーティング始めまーす」
中村室長が太目という程度ではかなり無理がある巨体を揺らせながら、開発室のスタッ
フを呼び出した。めんどくさそうにぞろぞろと集まってくるスタッフが、大方集まってき
たことを確認したところで、朝のミーティングが始まる。
「えー、新規案件が一件あります。イソジマ電工さんからの開発提携依頼ですね。イソジ
マ電工さんの全身義体用生命維持装置、及び義体制御用大脳補助計算機、あ、ともに義体
内蔵用です。イソジマ電工さんが開発したコンピュータもあるようですが、それに加えて、
高性能化が予定される新規義体用の計算機と高信頼性の確保に関する開発、研究を行うと
いう用件のようです。」
橋本は室長の話を少し真剣に聞いていた。橋本の抱えていた案件が、すでに終了状態に
入っており、今週で終了案件に対する報告書の作成が終わる予定であるからである。
室長はくるりとあたりを見渡すと、橋本に視線を合わせ、少し微笑んだように見えた。
(やっぱり来たかな....)
その2
橋本は心の中で、うわーきついなー、という自分と、少し興味のある自分がいることを
感じていた。どちらにしても今の案件が終わったら、新たな案件に移ることになる。基本
的には産業的な案件と学術的な案件を交互に選ぶことになっているが、ひとつの案件が長
期にわたったり、多くの開発依頼が重なった場合にはそうも言っていられないこともある。
他にすぐに別の案件に移れるような状況のスタッフはいなかった。
今の橋本の抱えている案件は、NTL社AC事業部からの社内案件である。その内容は先行
試作型軌道航空機用制御コンピュータの構成とアーキテクチャの設計であった。だが試作
機の試験飛行は半年前に終わっている。実機の生産とテストはすでにNTL.ACのスタッフ
に移っていた。
室長は橋本を眼で捉えながら言った
「橋本さん、この案件お願いしていいですか」
橋本は全身義体のわずかな知識と記憶を振り絞りながら考えていた。
そしてしばらくの躊躇の後、橋本は言った。
「はい。この案件検討させていただきます」
橋本はイソジマ電工から送られた資料に目を通し始めていた。最終報告書の作成は、2
人の部下に丸投げした。とんでもないことを書かない限りは承認印を押せばそれで終わる。
イソジマ電工からの資料は厚さにして5cm、この程度の資料は検討開始時の資料としては少
なめである。過去のイソジマ電工の全身義体の機体構成、アクチュエータの仕様書、生命
維持装置の仕様書、計算機の仕様書、そして多くの使用事例と故障、トラブルの実例など。
その3
「うわあ、これはみていられないなあ」
故障、トラブルの実例の部分にいたると、故障による死亡の例などが散見される。その
報告書に本人の写真が載せてあるので、それが子供だったりしたらやりきれない。突発的
故障、事故による不具合、一歩間違えば普通の人間よりも脆弱なのが現実であった。死亡
例よりも正常復帰できた例のほうが多いことは、多少なりとも橋本の救いにはなっていた。
「・・・・・・・・・」
電話が鳴った。部下の高橋が電話を取る。
「はい、第4開発室です。橋本ですか? はい、変わります」
橋本は手元の電話の外線スイッチを押した。
「はい、橋本です。ああ、イソジマ電工の古堅様ですね。はじめまして、現在、貴社の
提案の検討をさせていただいております、橋本と申します」
「どうも、古堅です。とうとつですみませんが、全身義体の現状を見ていただきたくて、
ご連絡を差し上げました。事故事例はN市中川病院、義体使用者は20歳女性、今朝8時30
分頃に交通事故による義体トラブルで運び込まれました。お時間が空いているようなら事
故の状況を見ていただきたいのですが」
その4
橋本は一瞬目の前が暗くなったように感じた。おそらくはこのような事例に遭遇する事
態がたびたびおこることになるだろう。その重たい世界に入ることに耐えられるかという
恐怖があったことは否めない。しかし、橋本ははっきりといった
「ただちに向かいます。よろしくお願いします。」
「ありがとうございます。状況は一刻を争います。できるだけ急いでください」
「わかりました」
橋本は室長に連絡をいれ、さらにED事業部長に連絡を入れた。
N市立中川病院がヘリポートを持っていることを確認するとヘリの使用許可を取る。
同じ敷地内にあるNTL本社のヘリポートまで自分の車を飛ばすと、準備ができたヘリが
ジェットエンジンのうなりを上げた。
「できる限り、安心できるシステムを作らなきゃね」
橋本はそうつぶやいた。
これが、ずっと協力してもらうことになる大西知美20歳との最初の出会いであった。
113 :
3の444:2006/10/13(金) 02:34:38 ID:cBy6Gjlo0
これは永康の日本じゃないですか!
まさか八木橋ワールドを舞台にしたお話だったとは。嬉しいです。
NTL社開発室の妙にリアリティのある会話が素晴らしいですね。
> 一歩間違えば普通の人間よりも脆弱なのが現実であった。
物理的には生身の身体よりも頑丈なのですが、生身の身体の病気と違って、機械が故障したら
即、命にかかわるという危うさが義体にはありますね。ヤギーのCS-20は、生命維持装置や
電源供給機能を二系統にして、片方が故障しても即バックアップできるような構造にしている
という設定ですが、この話はそういうシステムが完成する前の話なのでしょうか?
大西さんの登場が楽しみです。彼女とヤギーが出会う日は来るのかなあ。
前スレに投下されたヤギーの話に出てくる会社の先輩というのが実は大西さんの後の姿なのでは、
とか、妄想してしまいました。
114 :
109-112:2006/10/13(金) 10:13:04 ID:C8XkDwav0
感想ありがとうございます
できるだけ八木橋ワールドの設定に忠実に書こうとしていますが
設定を読み飛ばしていたり、忘れている場合がありますので、そのときはご指摘お願いします
過去の全身義体で CS-5という記載がありますので、CS-10あたりの時代を想定しています
2重系統にするのは、ある意味当然なのですが、航空機は3重系になってたりするので
2重系と3重系を主張する開発室での大喧嘩なんてこともありえるかもしれません
バッテリーは系統を分けるほうがいいのはもちろんなのですが、一番重量を食うのがバッテリーで
しかも基本的には重量が重いほど大容量になります。単一バッテリーではなくて、生命維持装置、
に小型2系統、機体用に大容量1系統などのような配分が必要だと思います。
次は大西知美生還のシーンを書きたいと思いますので、問題があるようでしたら
ご指摘、ご意見をお願いいたします
>>109-112様
開発側の話、大変興味深く読ませていただきました。
今後の展開を楽しみにしています。
当然サイボーグスレなので、システムの開発に関する興味を
満たす話が投下されていいと思います。
八木橋ワールドが舞台という設定もなかなかいい設定と思います。
続きを楽しみにしています。
私としては、義体の修復処置の細かな記述もしていただきたいと思っています。
109-112です
前の続きで、大西知美復帰編となります
萌えがないので恐縮ですが、投下させていただきます
萌えについては今後努力させていただきます。
あまり技術的な話がないかも
その1
ヘリを降りた後、屋上のヘリポートからICUのある2階に降りる。ナースセンターで来
訪の意図を説明してICUの入り口まで来た橋本は、看護婦の案内でそっと中に入った。
中年の医師と看護婦、それに作業服の男性と若い女性が一人ずつベッドの周りで作業中
である。いくつかの医療機器が並んでいる中、ベッドの中の患者がわずかに見えた。修理
はすでに終わったのかどう見ても普通の女性にしか見えない。体の下から伸びているいく
つかのケーブルが違和感を感じる程度である。
「LC-201,1番、2番、正常動作中」
作業服の男性がディスプレイを見ながら、医師に報告する。医師は別のモニターに映し
出された脳波を見ていた。脳波は不気味なほど平坦で、若干の微小な変化が見られる程度
である。
「吉澤先生、サポートコンピュータ起動終了しました。全チェック正常終了です」
吉澤医師は酸素濃度、炭酸ガス濃度などのバイタル値のグラフから目を離した。
「バイタルもよさそうですね。起こしてみましょう。スローシーケンスでやってみます
ので、義体の可動部の電源を切ってください。」
「わかりました」
若い女性がノートパソコンのキーをたたく。同時にかすかな物音が義体から聞こえた。
ふと、人の気配を感じると後ろに男がたたずんでいた。
「すみません、橋本です」
あわてて名刺を出そうとする橋本、男は軽く手で制して、患者に立ち向かうスタッフの
方に目を向けた。
その2
「古堅です。話は後にしましょう」
「はい」
それきり、だまって患者とそのスタッフを見つめることになる。吉澤医師は慎重に作業
を進めていく。
「脳幹パルスを入れてください。ゆっくりと」
「脳幹パルス入れます。」
初めは聞き取れるかどうかわからないほどの、ぴこっ、ぴこっと言うモニター音がだん
だん大きくなっていく。脳幹パルスは休眠状態となっている脳を起こす刺激を与えるため
のものである。基本的に脳は外部からの刺激がなければ反応しない。普通の人間であれば
眠っていても何らかの刺激が全身から入ってくるわけだが、サポートコンピュータが稼動
していない状態では何の刺激も入ってこない。かといってサポートコンピュータの情報を
いきなり脳に与えてしまっては、パニックを起こす可能性がある。とくにこのような事故
の場合、意識が戻ったとたんにパニックの再現となる可能性がある。先に意識をゆっくり
と復活させ、低刺激の情報から与えていく必要があった。
「脳波でたね」
吉澤医師はわずかに表情を緩めると、脳波モニタを見守った。モニタにはパルスととも
に大きく変化する脳波が映し出されていた。
「覚醒レベルです」
看護婦が報告する。吉澤医師はそれに応じた。
「サポートコンピュータの動作に移行します。汀さん、ゆっくりとね」
その3
「了解です」
先ほどの沈痛な面持ちから、すこし笑顔が浮かんできた汀は、サポートコンピュータの
設定を慎重に変えた。変えていくうちにまぶたや頬が動き始めるのがわかる。
「...あ...」
かすかな声が漏れた。吉澤医師が患者の枕元に立つ。うっすらと目を開ける彼女は吉澤
医師を視界に入れると、激しい瞬きの後、弱々しい笑顔を浮かべた。
「かえってきちゃいましたね」
「そうですね。よくがんばりました。ありがとう」
「知美さん、お帰りなさい。それとごめんなさい。私には何もできないかもしれないけ
ど、少しでもこんなことが起こらないように努力します」
汀が涙目で謝罪する。橋本はこれ以上ないほどの緊張感の中、笑顔を見てはじめて緊
張を緩めることができた。
「ふーっ」
これは、橋本のため息ではなかった。後ろの古堅の鼻息なのであった。それも橋本の髪
がたなびくほどの。
「さ、いきましょう」
古堅が橋本を導いた。古堅の後から橋本がおずおずとついていく。
その4
「どうも申し訳ありません。われわれの技術が足りないばかりに、危険な状況にさせて
しまいました。当社を代表して謝罪させていただきます。それと今回の件はすべて当社が
負担させていただきます」
深々と頭を下げる古堅、その後ろにいた橋本もどうしようか迷ったが、結局一緒に頭を
下げた。弱々しい笑顔を浮かべて、うなずいていた大西知美、だが橋本の顔を見ると少し
首をひねった。
「なに?知美さん」
汀が知美に話しかけようとするところへ、重なるように知美が口を開いた。
「橋本先生ですか?」
「へ?」
橋本が一瞬虚を突かれて目を白黒させる。しばらく考えた後、その原因に思い至った。
先生と呼ばれるような仕事はそう多くはない。
「星工大の学生さんですか?」
大西知美は初めていっぱいの笑顔で答えた
「星工大、応用物理学科3年、大西知美ですっ」
-----------------------------------------------------------------
今回分は以上です
ありがとうございました
「それでは、これより送別会を始めます。今まで本当にお疲れ様でした」
「かんぱーい!」
ここは、会社近くの小さな居酒屋。外見はフツーの家なんだけど、中は昭和初期の頃みたいな落ち着いた雰囲気の内装が居
心地の良い空間を作ってる。先輩が、ここを送別会の会場にと希望したんだって。私は、こういうのとは無縁だからゼンゼ
ン知らなかったけど、さすが先輩、趣味がいいよね。
今日は、先輩の送別会の日。もともと、大学で義体技術を専攻してた先輩は、入社の時も開発部を希望したらしい。大学在
学中は、あちこちの研究機関から引き合いがあったのを、なるべく義体患者に近いところで働きたいと言って、全部蹴った
と聞いている。なのに、配属されたのはケアサポーター部。私なんかの感覚だと、先輩みたいな優秀な技術者に開発の仕事
をさせないなんて義体産業界のソンシツだって、ずーっと思ってた。
でも、会社の方では、もっと深い考えがあったんだ。入社してすぐに義体開発の仕事をさせても、本当に患者が必要とする
ことが何かなんて、そうカンタンに分かるもんじゃない。もちろん、純粋に技術開発を追求する人も必要だけど、その一方
で、義体患者の観点で義体開発を見る目を持った技術者も必要なんだ。そうやって技術と要求のバランスをとらないと、例
えばギガテックス社みたいに、義体性能を上げるだけのために、患者の脳みそまで削っちゃうような技術者がでてきてしま
う。こんなの、『もっと、もっと本当の身体に近づきたい』っていう経営理念を掲げているイソジマ電工の者には、絶対受
け入れられないことだよね。
そんなわけで、技術系を志望する新入社員の中で、これはという見所のある人材には、最初の数年間、ケアサポーターを経
験をさせることがある。担当患者と一緒に、泣いたり笑ったり悩んだりすることで、義体患者の心を知るっていうストーリー
が組まれてる。
先輩もそのコースに乗っていた。入社して1年半。ちょっと早いけど、予定通り開発部へ異動することになった。もちろん、
早いのは先輩がそれだけケアサポーターとしても優秀で、これ以上経験を積ませる必要が無いって判断なんだろうね。
だから、この異動は先輩にとっては、当然の成り行きなんだ。先輩がずーっと願っていた、ニンゲンらしい義体の開発に携
わることができるようになる栄転なんだ。私にできる精一杯の笑顔で、先輩を送りだしてあげなくちゃ。
私の義眼には、涙を流す機能はない。どんなに悲しくたって涙は流せない。今までそのことを何度も恨めしく思ったけど、
今日ばっかりは先輩に涙を見せずにできて嬉しいよ。
宴も酣。あちこちで賑やかな笑い声があがる中、先輩が私の隣の席にやってくる。
「先輩……」
今まではなんとか抑えていたけれど、先輩がこんなに近くにいると、感情が昂ぶってそこから先を続けることができなくなる。
「八木橋さん、そんなに悲しい顔をしないで」
そう言って先輩は、私の身体を抱きしめる。駄目だ。先輩は、私の心の中なんてお見通しだよ。私がどんなに笑顔を作ったっ
て、心の中で流している涙が先輩には見えるんだ。
「いままでありがとうございました」
「お礼を言うのは私の方よ。八木橋さんには、沢山のことを教えてもらったわ」
私の身体は温度感覚が鈍感だ。でも、こうやって身体を寄せ合っていると、先輩の温もりが伝わってくるような気がするよ。
これは、私にニンゲンの心があるからだよね。先輩、いままで、本当に、本当にありがとうございました。
「さあ、八木橋さん。今夜はとことん付き合ってもらうわよ」
「……はい、先輩」
結局、先輩と明け方まで飲み明かした。先輩がどんどんグラスを空けるのに、私が素面でいるわけにはいかないから、用意
していたアルコール入りカプセルを全部飲んじゃった。その数8個。新記録を樹立するのも、きっとこれで最後だろうな。
先輩と別れた後、寮に戻って着替える位の時間しかなかったので、府電の中で立ったまま爆睡した。私の脳みそが眠ってて
も、サポートコンピューターが身体のバランスを取っていてくれるから、終点に着いて駅員の人に身体を揺すられるまで、
ホントにぐっすり寝ていたよ。駅員の人、きっとびっくりしただろうなあ。
そこからまた折り返し。当然、出勤時刻に間に合うはずがない。課長からいつもの通りのお説教を受けたけど、それを自席
から楽しそうに眺める先輩の姿はもう見られない。課長の声も、どことなく元気がないような気がする。改めて先輩の存在
の大きさを感じた瞬間だった。
別に、もう二度と会えないなんてことはない。これからだって、開発部の人とは緊密な連携が続くんだ。でも、席を並べて
一緒に仕事をした時間は、もう戻ってくることはない。今まで沢山の人との出会いを経験してきた。私の身体が義体だって
知られないように気を遣い、それでも結局はバレちゃって凄く気まずい雰囲気の中での別れになったこともある。あまりに
酷いことを言われたりして、もう二度と思い出したくもない人もいる。そんな中で、先輩と過ごした時間は、ジャスミンや
佐倉井、しろくま便の人達、はるにれ荘のお年寄り達の時と同じく、私の大切な思い出だよ。
一緒にいられたのはたったの半年だったけど、先輩から教えられたことは沢山ある。仕事のことだけじゃなくて、新入社員
としての私生活の面でも面倒をみてくれた。私が義体だってことを気にしないで過ごせるようになれたのも、先輩と過ごし
た時間があったから。これからは、先輩から貰ったものを、私が新入社員や担当の義体患者さん達に返す番だ。感傷的になっ
ている暇は無い。
八木橋裕子、23歳。先輩の分まで頑張るぞう!
了
113の書き込みで、名無しの先輩は、この平行世界にいられなくなってしまいましたw
さようなら、先輩。お疲れさま。
これでもう、ヤギーの相手をしてくれるイソジマ電工社員は、この世界では松原さん一人だけ。
というわけで、松原さん絡みの三連投、いってみます。
私達くらいの年頃の女の子の共通の話題って限られてるよね。ファッションと食べ物と、それから男の子。私は誰それがい
いだの、 誰と誰がくっついただの、 そういった類の話ね。まあ、普通はあたりさわりのない内容なんだけど、ある程度人
数が集まって、しかもアルコールが入ってたりすると、これが結構過激な内容になったりする。普段は真面目そうにしてい
る子から、実録だか創作だか判別つかないようなきわどい話が出てきたりして、びっくりすることがある。女の子の本当の
姿っていうのも、外からではなかなか分からないっていうことかな。
私は、今、大学の集合研修に来てるんだ。2泊3日の泊りがけの研修は親睦を深める目的もある。当然、夜は、みんなで集ま
ってお酒を飲んで盛り上がるって寸法だ。なぜか、ウチの学科では、2日目の夜は、男の子、女の子別々に宴会をするとい
う暗黙のルールがあるらしい。夜も更けてアルコールが回ってくると、いつのまにかみんなで車座になって、体験談なんか
を虚実交えて語りだしちゃったりするわけだ。研修の課題がほとんど終わってしまって明日は見学だけっていう開放感も手
伝って、次第に話の内容に歯止めがかからなくなってくる。
私も、ゼンゼン経験がないってわけじゃない。でも、義体になる前は、武田とした1度きり。その後は機械の体の女の子と
興味本位でヤってみたいとかいう軽薄な奴か、機械の体じゃなきゃ駄目という義体フェチくらいしか相手にしてもらえてな
い。私の体重は120kg。こんなコト、えっちの時に隠しておけるわけがないから、どうしたってカミングアウトすることに
なる。それでもいいなんて言ってくれるのは、よほどの変わり者だけだよね。私にとっては、えっちするのは、気持ちがい
いだけじゃなくて、私がニンゲンだって確かめる意味もある。こんな身体でも受け入れてくれるんなら、多少のことには目
をつぶっちゃうよ。
でも、やっぱり、そんな状態で、まともなえっちなんてできるわけがない。そりゃ、この身体は刺激さえあれば、それを快
感信号に変換して私の脳みそを喜ばしてくれるけどさ。気持ちが伴わない快感なんて虚しいだけだよ。相手はどう思ってる
か知らないけどね。
結局、人さまに語れるようなのは武田との初体験しかないっていうことになる。これが最初で最後なんてことにならなきゃ
いいと思ってるけど、こればっかりは相手がいないことにはどうしようもない。
私の番が回ってきた時には、かなり盛り上がっていて、平凡な体験談なんか語っても場がしらけるだけって雰囲気だっだ。
どうせ酒の席でのことなんだし、こっそり飲んだアルコール入りカプセル3個の力も借りて、頭を絞って300パーセントくら
い脚色した話を披露しようとしたんだけど……。
「でさあ、その時武田(仮名)がね、あんまりせがむもんだから、私、 をしようとして……」
あれ? なんだ? 一瞬言葉がとぎれちゃった?
「えと、だから私、 をしようと……」
やっぱり言葉が途切れちゃう。私、ちゃんと《自主規制》って言ってるつもりなのに……。口は動くのに声が出ない。
興味深々の態で聞いていたみんなも、肝心な部分が聞けなくて、狐につままれたような顔をしてる。もう一回喋っても同じ
だったら、みんな、きっとヘンに思っちゃう。かといって、いまさらごまかすのも、もっとヘンだし……。
私の声は、喉の奥にある小さなスピーカーから出る電気合成音。何時間喋り続けても、どんな大声を出しても、喉が掠れた
り出なくなったりすることはない。こんな風に言葉が途切れるのは、喉のスピーカーか、ひょっとしたら、サポートコンピ
ューターのどっかが壊れちゃったということだろうか。今まで、ずーっと普通に喋ってこれたのに、こんな時に急に壊れち
ゃうなんて間が悪すぎるよ。命にかかわることじゃないけど、こんなことにならないように毎月検査をしているんだよ。つ
いこの間受けた検査でも、異常無しって結果だったのに。生身の体と違って機械の身体は、壊れたら病院で修理してもらわ
なきゃ元に戻らないんだ。もしも、このままどんどん壊れていって何も喋れなくなったら、私、どうしたらいいんだよう!
いろいろな考えが頭の中をぐるぐるして、喋るのが怖くなってくる。そうやって口をつぐんでいると、みんな、不審げなま
なざしで私を見始める。深まる沈黙に焦る私。どうしたのか聞かれても、義体が不調です、なんて答えられるわけはない。
うー、まずいよう。どうしよう。
その時、部屋の奥でテレビを見ていた佐倉井が、いかにもうんざりって感じの声をあげる。
「こんな時まで隠し芸の練習かい? 熱心なのはいいことだが、時と場合をわきまえた方がよくはないかね、ヤギー君?」
ジャスミンが無邪気な口調で後を続ける。
「ヤギー、腹話術得意だって言ってたもんね。そういうのも腹話術の一種なの?」
その言葉で、場の空気が一気に和んで、みな口々に喋りだした。
「なーんだ、ヤギー、からかわないでよ」
「ヤギー、器用だねえ」
「一体何が起きたのかってびっくりしちゃった」
た、助かった……。
その後は、もうえっちな話をしようって雰囲気に戻るのが恥ずかしくなったのか、ごく普通の話をしばらくして宴会はお開
きになっちゃった。私も、あまり喋らずに済んだし、言葉が途切れることもなかった。ただ、次の機会には必ず芸を披露す
るって約束させられたけどね。もしも、あのまま身体のことを追求されたりしたらどうしようってびくびくしていたんだけ
ど、佐倉井とジャスミンのおかげで助かった。
それにしても、ついこの間、定期検査を受けたばっかりなのに、こんな故障が起こるなんて。一生懸命バイトして手にした
お金をぜーんぶ巻き上げられているっていうのに、こんないい加減な検査しかしてくれないんじゃ、頭にきちゃうよ。せっ
かくの楽しい思い出が台無しだ。明日になったら、松原さんに厳重抗議しなくっちゃ!
翌日、ケアサポーターの受付時間が始まると同時に、松原さんに電話した。
「はい。八木橋さん、どうかしましたか?」
いつもと変わらない生真面目な声。私が苦情を言ったら、どんな反応をするんだろうか。
「あのね、松原さん。私、この間、定期検査をうけたばっかりなんだけど」
「はい?」
「喉の調子がおかしいんだ。喋っていると言葉が途切れることがあるんだよ。高いお金を払って検査してもらったばっかり
だっていうのに、もう壊れちゃったの?」
声にありったけの皮肉を込めて、それでも表面上は穏やかに、松原さんの反応を見る。
「……八木橋さん、それってもしかして、猥褻な単語ではないですか?」
松原さん、私の皮肉なんてまったく気にかける様子もなく、冷静に聞き返してきた。
「……そうだけど、それが何か?」
電話口でも、はっきり分かるくらいの深くて長い溜息が聞こえてきた。
「一般生活用特定単語発声制限パッケージELL-01基本セット(無償提供品)。本パッケージは、小さなお子様に対して好まし
くない影響を与える可能性のある特定領域の単語の発声を制限することを可能とするサポートコンピュータ用のプログラム
パッケージです。大脳言語中枢から抽出した発話情報のうち、予め登録されている使用制限単語(約280語)に該当する情報
をフィルタリングすることにより、発声プログラムでの音声化を遮断します。結果として、該当単語の部分のみ無声状態と
なります。弊社が新たに開発した多次元複合概念相関解析技術の応用により、通常の状況下でのご使用においては誤動作す
る恐れは全くございません。なお、政治・宗教・思想等、さまざまな領域の使用制限単語とその置換単語を収録した拡張セッ
トを有償にてご用意しておりますので、ご希望の方は担当ケアサポーターまでお気軽にご相談ください」
いかにも、何かの説明文を読み上げているっていう感じの棒読みで一気にまくし立てた後、松原さん、黙りこんじゃった。
え、えーと……? なんだか難しい単語が一杯出てきたけど、要するに、喋っちゃいけないコトバをサポートコンピュータ
が検出して、そこだけ声が出ないようにしてくれるっていうことかな? さっきの松原さんの質問とあわせて考えると、そ
れって子供に聞かせられないようなえっちなコトバっていうことだよね……。
私が返事をしないので、松原さん、追い討ちをかけるように口を開く。
「先日の定期検査の際に、サポートコンピューターの修正パッチとあわせてインストールすることを希望しましたよね?
”インストールして常時使用する”に○がついていましたが?」
……そんなものあったかなあ? 何枚もの紙にリストがびっしり並んでいたから、適当に○をつけたんだけど。そういえば、
松原さんからは、後で読むようにって分厚い説明書を渡されたんだっけ。バイトで忙しくて、読むのをすっかり忘れてたよ。
「あの、松原さん、どうすれば元に戻せるの?」
「サポートコンピューターのメニューから設定画面を呼び出して、『使用停止』を選んでください」
やっと分かったか、って感じの冷たい答え。
「えーと、はは。ごめんなさい。すっかり忘れてました。お手数おかけしてすみませんでした」
「よろしいですか? それでは私は仕事がありますので」
あれ? てっきり、またお小言をいただくかと思ったけど……。
「それから、私は八木橋さんのプライベートに口を挟むつもりはありませんが、殿方の前であまり品のない言葉を使うのは
どうかと思いますよ? 私だったら、そんなプログラムを使わなくても、言っていいことと悪いことの区別はつきますけど
ね?」
私が言い訳する間もなく、電話が切れた。
いくら私がえっち好きだからって、《自主規制》なんてコトバ、男の子の前で言うわけないよう。それに、私だってもうオ
トナなんだ。たとえ言ったとしたって、《自主規制》くらい、たいしたことじゃない。松原さん、ちょっと言いすぎだよ。
お金を取られないんだったら、仮に間違って余計な物が入っちゃっても困ることはないと思ってた。でも、こんなヘンな物
があるなんてゼンゼン考えてなかったよ。そりゃあ、作り物の身体だったら、どんなことでもできるのはわかるけどさ。
『特別な言葉だけ喋らない』なんて、そんなのいかにもプログラムでコントロールされている機械そのものって感じだよね。
ちゃんと説明を読まなかった私が悪いんだけど、また、この身体が生身の身体と違うことを、思い知らされちゃったじゃな
いか。あーあ。タダほど高いものはないっていうことかなあ。これからは気をつけようっと。
気を取り直して、サポートコンピューターにアクセスして、プログラムを『使用停止』に設定した。オンラインマニュアル
もインストールされていたので、ついでにざっと読んでみた。登録されている使用制限単語には、《自主規制》どころか、
私が思いつきもしないような過激な言葉が並んでた。『小さなお子様に対して好ましくない』って説明だったけど、とんで
もない。オトナの私だってこんなこと、とても口にできないよ。
私、男の子に向かってこんな言葉を使おうとしましたって、宣言しちゃったってコト? 松原さん、これ知ってたんだろう
か? それで、私のことを節操のない淫乱女だって思ったんだろうか? 今更、女の子同士の猥談でした、なんて言っても
信じてくれないよね。松原さんの誤解、どうやって解けばいいんだよう。
ホント、タダほど高いものはない、です……orz
了
《生命維持装置パラメーター設定》
ピッ
《ガス交換器動作設定》
ピッ
《供給系・酸素抽出モジュール》
ピッ
サポートコンピューターが出す、私の頭の中だけに響く操作確認音がいつも以上に無機質な音色に聞こえるのは気のせいか
なあ。
分厚い取り扱い説明書とにらめっこすること1時間半。ようやく探しあてた解説ページの意味不明な単語の羅列と格闘する
こと45分。ただでさえ残り少ない時間を費やして、とにかく操作方法だけは理解した。サポートコンピューターにアクセス
して、この身体になってからまだ一度も開いたことがないメニュー画面をいくつもいくつも操作して、やっと目的の設定画
面にたどり着いた。
《酸素濃度設定=6 (1〜12/13〜20)》
えーと? これを最大にしちゃえばいいんだよね。
「設定値=20」
ピッ
【*この設定には管理者権限が必要です*】
うー、やっぱり、これって重要な設定なんだろうなあ。でも、もうこれだけ時間を使ちゃったんだから、迷っている暇なん
かないよ。
「パスワード=●●●●●●●●●」
えいっ。
ピッ
【正常に設定されました】
ふう……。
もともと、手足を動かさずに頭の中で考えるだけっていうサポートコンピューターの操作は苦手なんだけど、こういうのは
ホント気疲れしちゃうなあ。普通の設定なら、首の後ろの接続端子に繋いだパソコンからでもできるのに、これは私の脳か
ら直接操作することしかできないみたい。それだけ、重要な設定だってことなんだろうけど……。あー、もう2時過ぎだよ。
今夜は徹夜だなあ。
明日は、私が一番苦手な英語の試験の日。私の身体のことで急にバイトをやめなきゃならなくなって、この1週間は必死で
次のバイト先を探してた。バイトをちょっとでも休んだら、病院の定期検査のお金が払えない。銀行の口座には、事故の時
の保険金があるけれど、それはなるべく使いたくない。一度、保険金に頼ったら、もうバイトを続けようって気持ちがなく
なっちゃうかもしれない。保険金は家族の命と引き換えの大事なお金なんだ。私が怠けるためなんかに使えっこないよ。だ
から、たとえ夜中までだろうと、土日の休みがなくなろうと、私はバイトを続けなきゃならないんだ。
結局、今日の午後までかかって、やっと見つかったバイトは建設現場の力仕事。私の身体、見かけは非力な女の子かもしれ
ないけど、中身は機械。そんな身体の私にとっては、多少の力仕事はゼンゼン苦にならない。現場の担当の人は胡散臭げな
目つきだったけど、粘りに粘って、なんとか様子見ってことでしばらく働かせてもらえることになった。実際の働きぶりさ
え見てもらえれば、きっと担当の人も納得してくれるはず。これでもう、バイトの方は大丈夫。
別に、試験のことを忘れていたわけじゃない。でも、バイトのことが気になって何も手につかなかった。試験は明日の午前
中。ようやく他の事に気をまわす余裕ができて、今更になって焦る私。この試験の成績が悪かったら……。もしかしたら単
位が取れないかもしれない。英語は必修科目なんだ。単位が取れなきゃ落第だよ。まずいよ。まずすぎる。日ごろの修学状
況だってバイトのせいで芳しくない。教授の覚えも良い方じゃない。……どうしよう……。
その時、つけっぱなしのテレビのくっだらないバラエティ番組の画面が目にとまった。
「高濃度酸素の摂取により、記憶力が向上することが、実験により証明されています」
科学的根拠が皆無ってわけじゃないけど、たった一つの事実だけからあることないことこじつけて、面白おかしく紹介して
視聴者の関心を誘ってる。普段だったら、こんなこと信じるつもりはゼンゼンない。でも、今は藁にもすがりたい心境なん
だ。
私の身体には、もう心臓はない。肺も胃も腸も腎臓も肝臓も何も無い。私が女の子だっていう象徴の子宮や卵巣さえ、事故
の時に失くしてしまった。そんな機械の塊の身体の中で、生命維持装置という堅苦しい名前の小さな機械が、私にたった一
つ残された生身の部分の脳みそに酸素や栄養を与えてくれている。機械だから、サポートコンピューターを操作すれば、設
定を変えることができるはず。たとえば、私の脳みそに送られる酸素の量をほんのちょっとだけ増やす、とかね。
機械の身体の私が眼鏡をかけているのだって、義眼の性能が悪いからじゃない。私が義体になったばっかりの頃、担当ケア
サポーターのタマちゃんを説得して、半ば無理矢理に義眼の視力設定を悪い方に変えてもらったんだ。もともと視力0.1の
私にとっては、これがニンゲンだっていう証みたいなものだから。そんな風に義眼の設定が変えられるものなら、生命維持
装置の設定だって、きっと変えることができるはずだよ。
そう考えて、義体の取り扱い説明書のページをあちこち辿って、ようやく酸素濃度の設定を変えるための操作方法を見つけ
だした。それでなくても残り少ない貴重な時間を使っちゃったけど、これで私の脳みそには沢山の酸素が送られているはず
なんだ。さっきのテレビの番組で言っていた通りなら、きっといつもよりも勉強の効率が上がってる。今は、そう信じるし
か私に残された道はない。バッテリーの充電はさっき終わったし、このまま試験の時間まで試験対策に集中して、できる限
りのことをするだけだよ。
翌朝。確かに酸素の効果はあったみたい。普段よりも沢山の単語を覚えることができたような気がするよ。これで、また居
眠りして試験の時間に遅れたり、試験を欠席なんてことになったら、今までの努力が水の泡だ。まだちょっと早いけど、後
で時間がなくなって慌てなくてもいいように、もう学校に向かっちゃおう。
途中、何事もなく、教務課でのお決まりの儀式も済んで、後は教室で試験が始まるのを待つばかり。
正直言って、義体の便利な機能を勉強に使うのは後ろめたい。義眼カメラの機能なんかは、あからさまにカンニングになる
から当然封じられちゃうけど、こんな機能を使うのだってズルイって気はしてる。でも、あの番組の中では、ひとしきり酸
素の効用を大げさに紹介したあげく、番組のスポンサーが売っている酸素発生器の宣伝をしてたんだ。私は、そんな物を買
うような贅沢をする余裕はない。でも、少しでも良い成績をとるために、そういう物を使っている子は私のクラスにもいる
のかもしれない。私の身体で同じ事ができるんだったら、それをやって悪いことなんて何もないよね。さすがに試験中にま
で使うつもりはないけどさ。せっかく苦労して覚えたコトを少しでも残して置きたいと思うのも人情ってものだよね。生命
維持装置の設定を変えるのは、試験が始まる直前まで待つことにしよう。
「おはよう、ヤギー」
「あ、ジャスミン、おはよう」
「ヤギー、今日はずいぶん早いのね。試験の準備は大丈夫?」
「うん! ジャスミンがコピーさせてくれた試験対策ノートでバッチリだよ! ジャスミン、ありがとう」
英語がペラペラなジャスミンは、そんなノートを作る必要なんかないはずだ。いつも落第すれすれの点を取っている私のた
めに、わざわざ作ってくれたってことくらい分かってる。でも、ジャスミンの好意を無駄にしたくはないから、私もそんな
ことには気づかないふりをする。ジャスミン、本当に、本当にありがとう。
「ふーん、相変わらず血色のいい顔つきしてるねえ。ヤギー、夕べもよく寝たってことか。さすが、余裕だね。けけけ」
隣から佐倉井が茶々を入れる。機械の身体が疲れることがないのと同じく、私の作り物の顔も、どんな時も健康そのものっ
ていう血色のいい顔つきなんだ。外から見る限り、1日中寝た後だって、何日も徹夜をした後だって、ゼンゼン違いが分か
らない。だから、佐倉井がこんなことを言うのも当然だろう。
私と似たり寄ったりの成績の佐倉井は、いかにも徹夜明けっていう疲れきった顔をしてる。それだけ努力をしたんだね。そ
の一方で、私がろくに準備もしないで寝たなんて思ったら、皮肉の一つも言いたくもなるよね。でも、私だって外からは分
からなくても、ちゃーんと努力したんだよ。もしかしたら、ジャスミンも佐倉井と同じコトを考えているのかもしれないと
思ってちょっぴり悲しくなったけど、試験の結果さえ出ればジャスミンにも胸をはって、もう一度、ありがとうって言える
んだ。ジャスミン、私、頑張るよ。
試験用紙が配られて、試験が始まる前の一瞬。自信と不安と緊張が入り混じる魔法の時間。大丈夫、大丈夫。努力はきっと
報われる。もう、酸素の力は無いけれど、自信を持って焦らず確実に答えを書けば、こんな試験、なんてことないよ!
用紙に書かれた設問をざっと見て、これならできる!と思った瞬間、世界が突然、白と黒だけになった。そして視界の真ん
中で、赤い大きな文字が踊りだす。
「バッテリー残量:12% 省電力モードに移行します」
……そんな……バカな……。
私、夕べはちゃんとバッテリーが満タンなのを確認したんだよ。普通だったら、今日の夜になっても、まだ70%以上残って
いるはずなんだ。なのに、どうして……。
これ、きっと、バッテリーが壊れたちゃったに違いない。それで、身体をほとんど動かしてないのに、電気がどんどん減っ
てるんだ。このままいったら、試験が終わる前に、バッテリーが空っぽになっちゃうかもしれない!
たとえそうなったとしても、すぐに命の危険があるってわけじゃない。私の身体は電気で動いているけど、生命維持のため
の予備のバッテリーがあるし、いざとなったら救援メールが自動的にイソジマ電工に送られて、スタッフがすぐに駆けつけ
て来てくれるんだ。でもね。
そんなことになったらさ。私、それこそ壊れたロボットみたいな姿をみんなに晒してるってことだよね。身動きしない冷た
い身体になっちゃったら、居眠りしているとか、そんなごまかしがきくわけない。駆けつけて来たスタッフだって、私の身
体のことを隠すわけにはいかないだろう。
嫌だ! 今、クラスのみんなに、私が義体だってばれるなんて、絶対嫌! ましてや、ここにはジャスミンも佐倉井もいる
んだよ。せっかく仲良くなったのに、また高校の時みたいにヘンな目で見られるようになっちゃうんだ。そんなことことに
なったら、私、もう耐えられないよ。これが大事な試験だってことは分かってる。でも、今の私には、ジャスミンや佐倉井
の方が、ずーっと、ずーっと大事だよ。
そうとなったら、すぐに行動に移らなきゃ。今にもバッテリーが空っぽになっちゃうかもしれないんだ。解答用紙を白紙で
出したら、監督員の先生に何て言われるか分からない。万一、それで足止めを食らったりしたら、もうおしまいだ。さしさ
わりのない範囲で、適当に解答欄を埋めて出すしかないよ。試験の結果は、もうあきらめよう。
試験開始から、わずか7分。立ち上がった私を見て、みんな驚いた顔をしてる。そりゃそうだよね。私の英語の成績はみん
な知っている。まだ最初の問題さえ終わっていない子もいるだろうに、私は試験会場を退席しようとしてるんだ。どう考え
たって、試験を投げてるとしか思わないよね。監督員の先生も顔をしかめてる。でも、仕方ないんだ。私には、他に選択肢
がないんだよ。省電力モードで、思うように動いてくれない足に毒づきながら、精一杯の速さで教室の出口に向かう私。室
内の誰とも顔を合わせることができなくて、ずーっと俯いたままだった。せっかくジャスミンが作ってくれたノートも無駄
になっちゃった。ジャスミン、ごめんね。本当に、ごめんね。
こんな時のために、キャンパス内で人目につかずに充電できる場所をいくつか確認してある。一番近いところに向かって、
のろのろと歩きながら、鞄から携帯を取り出して松原さんの番号を呼び出す。私が松原さんにかける電話は、いつもいつも、
トラブルに関するものばかり。今日は松原さん、なんて言うだろうか。でも、義体の故障でこんな酷い目に会ってるんだ。
ちゃんとした対応をしてもらわなきゃ、気がすまないよ。
「はい、松原です」
「八木橋ですけれど」
「ああ、八木橋さん。今日はどんな御用件ですか?」
松原さん、ホントは『御用件』じゃなくて、『トラブル』って言いたいんじゃないだろうか。
「あのね、夕べ充電したばっかりなのに、もうバッテリーが空っぽに近いんだ。省電力モードになっちゃったんだよ。バッ
テリー壊れちゃったんじゃないのかなあ」
先週、検査したばかりなのに、という言葉が喉元まで出かかったけど我慢した。担当ケアサポーターにいきなり喧嘩をふっ
かけるようなことは、こんな時でもしたくはない。
「え? それは変ですね。ちょっと、サポートコンピューターを操作してみてもらえますか?」
私は、バッテリーが壊れてるんじゃないかって言ってるのに、松原さん、何をしたいんだろう? 私の言うコトを信じてく
れてないのかなあ。
「いいですか? その他→メンテナンスモード→状態監視→電力関係→消費電力→リアルタイムモニター」
うー、待ってよう。そんな早口で言われたって、私、操作できないよ。
「ちょ、ちょっと。松原さん、もっとゆっくり」
「仕方ないですね。そのた。めんてなんすもーど。じょうたいかんし。でんりょくかんけい。しょうひでんりょく。りある
たいむもにたー」
今度は、子供に向かって話すみたいに、一語一語、ゆっくりと発音してくれた。
「松原さん、それで?」
「表示されている数字を上から順に読み上げてください」
「二つ並んでいるのを順番に読めばいいんだね?」
「そうです」
義眼ディスプレイには、9桁の数字と4桁の数字が一組になってずらーっと並んでる。
「067955420, 0023, 560154699, 0018, 776531008, 0011, 114573345, 0008, 279……
携帯からは、キーボードをたたく音が聞こえてくる。きっと、コンピュータで情報を検索してるんだ。
「八木橋さん、もういいです。各デバイスの電力使用状況は正常です。何も問題は無いずですが」
だったら、なんでバッテリーが空っぽになっちゃうのさ。松原さん、私に意地悪してるのかなあ。
「念のため、ログも見てみましょう。トップに戻って、めんてなんすもーど。じょうたいきろく。でんりょくかんけい。しょ
うひでんりょく。さんしょう」
こんなこととして何になるんだよう。今にもバッテリーが空っぽになっちゃうかもしれないっていうのにさ。
「また数字を読み上げればいいのかな?」
「そうです」
「988765654, 0003, 330941108, 0055, 654000000, 6923, 501289643, 0……」
「八木橋さん!」
「は、はいっ」
「生命維持装置の設定をいじりましたね? ガス交換器系統の電力使用量が異常です。一体何をしたんですかっ!」
うわっ。松原さん、もの凄く怒ってるよう。私が自分でいじれる設定なのに、なんでこんなに怒るんだよう。
「あ、あの、酸素濃度をちょっとだけ高めようと思って、酸素抽出ナントカの設定をいじったんだけど……」
「設定値はいくつですか?」
「えと、その、20にしました」
松原さん、絶句したみたい。な、なんだよう。私にも分かるように説明してよう。
「その設定を変更したということは、取り扱い説明書を読んだのでしょう? 注意書きがあったはずですよ。それに、設定
を変えるには管理者パスワードの入力も必要なはずですが」
さっきの怒った声とは一転した静かな声。でも、こっちの方がもっと怖いような気がする。
「説明書は読んだけど、注意書きなんてあったかなあ。パスワードは、自分のを入れたんだけど、何かヘンなの?」
「……その話は後にしましょう。今は、バッテリーの充電をしてください」
松原さん、声に疲労が滲んでる。私、そんなに大変なことしちゃったのかなあ。
それから10分後。とりあえずバッテリーを充電できる場所にたどりついた後で、松原さんのお説教が始まった。カンタンに
言えば、私がいじった設定は、確かに脳に送る酸素を増やす効果があるけれど、本当は、空気の薄い場所なんかで作業する
時に、電気をたくさん使って無理矢理空気中から酸素を取り出すためのものだった。普通の何百倍もの電気を使う代わりに、
脳が必要とする酸素が手に入る。重い酸素タンクを使わずに活動しなきゃならない特殊な状況を想定した、特殊公務員の業
務用の設定。そういうことがちゃーんと説明書の注意書きに書いてあったはずなんだって。私は、夜中から試験が始まる直
前までずっとその設定のままでいたから、バッテリーが空っぽになるのは当たり前。どこも壊れてなんかいなかった。
松原さんから、そんな危険な設定を不用意にいじったことも、説明書の注意書きをちゃんと読まなかったことも、どっちも
義体ユーザーにあるまじき行為だって怒られた。単に怒られただけじゃなくて、私の命が危険に晒されていたことが、とっ
ても悲しいとも言われた。だって、もしもこの設定のままでいたら、予備のバッテリーだってすぐになくなっちゃう。救援
メールを受けたスタッフが到着する前に、生命維持装置を動かす電気がなくなっていたかもしれないんだ。そうしたら、私
は死んでいたんだよ。
松原さんの説明で、ようやく私も自分がしたことの本当の意味を理解して、身体が震え出すくらい怖くなった。
「八木橋さん」
「……はい」
「少しまとまった時間がとれますか?」
「え…と、週末ならバイトの予定はないけど、どうして?」
「二度とこんなことがないように、説明書の読み方と、日常生活で使ってはいけない機能のおさらいをしましょう。リハビ
リの時に汀先輩から講習を受けているはずですが、とても、それだけでは足りないようですから。まずは週末の2日間で、
基本的な部分はおさえられるでしょう」
「え、いや、松原さん、週末はお休みでしょ? そんなことしてもらうわけには……」
「八木橋さんっ!」
「はいっ」
「私達ケアサポーターの責務は、担当患者が日常生活において直面するあらゆる障害に対して、それを解決するための支援
をすることなのです。たとえその日に3ヶ月ぶりのデートの予定が入っていようとも、担当患者にとって必要であるなら、
全てをキャンセルして必要な処置を講じるよう努力するのが、私達の義務であり喜びなのです。だから、八木橋さんは、何
ら気にする必要はありません。ええ、ありませんとも!」
松原さん、デートを楽しみにしてたんだろうなあ。それを私のためにキャンセルしちゃうんだ。こうなったら、断るなんて
できないよ。たとえ1日中でも、松原さんのお話を聞かなきゃ悪いよね。
松原さん、手間のかかる子で本当にごめんなさい……orz
後日、教務課から英語の追試の連絡が来た。ホントは追試なんて無いはずなんだけど、体調が悪かったのではないかと監督
員の先生が口添えしてくれたらしい。この身体になってから病気なんかしたことない。だから、追試の理由を聞いてびっく
りした。確かに、省電力モードで身体の動きが鈍くて不自然だっただろうし、部屋を出るときはずーっと俯いていた。それ
が身体のどこかが悪くて辛いせいだって見えたんだろうね。ジャスミンも佐倉井も、試験の後ではとても優しかった。てっ
きり佐倉井に、「あんな時間で退出するなんて余裕だねえ」とか、からかわれると思ってたのに。
追試は1週間後。今度こそ、私の留年をかけた最後のチャンス。ジャスミンがつきっきりで勉強をみてくれている。佐倉井
も自分の試験対策テクニックを伝授してくれた。やっぱり、持つべきものは友達だ。私の選択は間違っていなかった。
こんなことになったのも、元はと言えば、バイト先で私の身体のことがみんなにバレで居づらくなったなったから。そんな
ことは気にしない。私の前ではそう言いながら、陰では人形だの機械女だのって私のことを哂ってたんだ。そんなの耐えら
れないよ。いつかジャスミンや佐倉井も、私から離れていってしまう時が来るんだろうか……。
「もう! ヤギーったら、またぼーっとして! 今の、ちゃんと聞いていた?」
……聞いてませんでした。ごめんね、ジャスミン……。
「まったく、ヤギーには危機感とか緊張感とかないのかね」
「そ、そんなことないよう。私、真剣にやってるよう!」
先のことなんか考えても仕方ない。今は、このかけがえのない時を大切に過ごすんだ。こうやって、楽しい思い出を一杯作
れば、いつか二人に身体のことを言わなきゃならなくなっても、きっと笑顔でいることができるよ。
「じゃあ、次いくよ?」
ジャスミンがネイティブそのままの発音で例文を流暢に読みあげる。
「わあ、ちょっと待ってよう。そんな早口で言われても、私、ついていけないよう!」
神様。もう少し。もう少しだけ、身体のこと隠したまま、この二人と一緒の時間を過ごすことをお許しください。私が、人
を信じられるようになるその時まで……。
了
ジリリリリーン、ジリリリリーン
私の携帯の着信音は、大昔の『黒電話』っていうやつの音を使ってる。今時、この音が何かを知っている人なんて、私の周
りにはゼンゼンいない。もったいないよね。こんなに味わいのある音なのにさ。でも、下宿のはるにれ荘には、なぜかその
黒電話が置いてある。さすが、築70年は伊達じゃないっていうことかなあ。
携帯の小さなディスプレイに表示された番号は、私の記憶にない番号だった。一体誰からだろう?
「はい、もしもし?」
「イソジマ電工の松原です。八木橋さんですか?」
なんだ、松原さんか。会社の電話でかけてきたのかな? 定期検査はまだ先だし、何の用だろう?
「はい、八木橋です。松原さん、どうしたの?」
「急なお話で恐縮ですが、来週の火曜日の午後にお時間をとっていただくことは可能でしょうか?」
……松原さん、変に改まった言葉使いだけど、どうしちゃったのかな?
「あの、松原さん、どうかしたの?」
「何がですか?」
「いや、その、そんな改まった言い方、ヘンだよ?」
「今は、担当ケアサポーターとしてではなく、会社を代表して電話をかけていますから」
「そ、そうなんだ。それで、時間ってどのくらい?」
「2時間ほどですが、いかがでしょうか?」
うーん、なんだか丁寧すぎて落ち着かないよ。いくら会社の用事だからって、フツーに喋ってくれればいいのにさ。
「えと、ちょっと待って。……来週の火曜の午後は空いています」
ほら、こっちまでつられちゃった。
「よかった! それでは、来週火曜日、午後2時から2時間、予定を入れていただけますか?」
「うん、それはいいけど、一体何の用なのさ? まさか、また個人的な講習をしてくれるっていうのかなあ?」
この間の週末2日間の個人講習のことは、もう思い出したくもない。もとはと言えば私が悪いんだけどさ。
「いえ、違います。弊社の汐留本社ビルで執り行われます表彰式と記念パーティへのご招待です」
「……表彰式? 一体、誰の?」
「八木橋さん以外に誰がいますか?」
……ええ〜〜〜っ! 私なの?
「あの、ちょっと、松原さん、話がゼンゼン見えないよう」
「ああ、すみません。では、改めて。このたびは、弊社の義体事業参画30周年の記念式典の一つとして、義体開発に貢献の
あった方々をお招きして、ささやかな感謝の気持ちを捧げさせていただきたいと考えております。八木橋さんは、一般の義
体ユーザーとして、多大な貢献をいただきましたので、こうして私からご連絡をさしあげました」
「私、貢献なんてした記憶ないんだけど。どうして私なんかが選ばれるの?」
「いえ、そんなご謙遜をなさらずに。汀の代から数えて、この4年間で、一般ユーザー様の中では、八木橋さんの貢献が抜
きん出ているのですよ」
「だから、一体、何の貢献なのか教えてよう!」
「私達、ケアサポーターは、担当患者の方々が、恙無い社会生活を営まれるよう支援するのが仕事です。しかし、その一方
で、担当患者の方々が会われた様々なトラブルを記録し分析して、義体の開発部隊にフィードバックすることも重要な業務
の一つになっています。義体の機能や性能に関する事項はもちろんですが、社会生活の中で生じる、開発者が予想し得なかっ
た事態について、分析レポートを出すことはとても大事なことなのです。それに加えて、技術的な知識に乏しい担当患者様
の中には、まったくの想定外の使用形態を思いつかれる方がまれにいらっしゃいます。そのような場合に、担当患者様ご自
身にも、また周囲の方々にも、ご迷惑がかかることのないよう、義体の仕様や運用方法を検討することも、極めて重要なこ
となのです」
「それってつまり……」
「はい。八木橋さんほど、トラブルの多い担当患者様は、他にいらっしゃいません。先日の生命維持装置の1件などは、開
発部の古堅も、どうしたらこんなことができるのかと感嘆しておりました」
あまりのことに、言葉を失ってしまう私。
「おかげさまで、私も、分析レポートの提出数が、先日でとうとう汀を抜いて歴代1位になりました。これも、全て八木橋
さんのおかげです」
うー、そんなこと言われても、ちっとも嬉しくないよう。
「じゃあ、記念式典っていうのは……」
「社長以下、弊社の主だった者が、ぜひとも八木橋さんに感謝の意を表したいと申しまして、スケジュールをやりくりして
一同に会します。社長から八木橋さんに、直々に感謝状をお渡しすることになっています」
げげげっ、松原さん、そりゃないよ。
「あ、あの、松原さん、私、うっかりs」
「では、ご快諾いただけましたことを、早速社長に報告いたします。至急、式典のご案内と招待状を郵送いたしますので、
よろしくお願いいたします」
松原さん、私の言葉をさえぎって一気にまくし立てると、そのまま電話を切っちゃった。そんな式典、なんとか理由をつけ
て断ろうと思ったのに……。
これ、会社の偉い人たちの前で、トラブルメーカーとして晒し者になるってことだよね。社長に報告ということは、それが
もう決定事項になっちゃったっていうことだよね。こんな身体じゃ、仮病を使ってすっぽかすなんてわけにはいかないし、
かといって、理由もなしに欠席したら後で松原さんになんて言われるか……。そりゃあ、いつもいつも、松原さんには、ト
ラブルばっかりで迷惑かけていて悪いと思っているけどさ。こんな仕打ちはあんまりだ。
ああ、もう、誰か、冗談だって言ってよう……orz
了
シグナルが点灯し、レッドシグナルが全て点灯する。瞳は、、メインブレーキをリリースする用意をし、
メインエンジンのスロットルを全開にした。
レッドシグナルが全て消え、スタートシグナルになった。
瞳の乗ったKSG1“ヒトミスペシャル”は、激しいホイールスピンを残して、第1コーナーに向けて勢いよく飛び出していった。
いよいよ、瞳のスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとしてのコースデビューであった。
瞳は、モンスターマシンの感触を確かめるようにスタートを切った。第1コーナーに向いたマシンは、
アウトコーナーギリギリから一気に向きを変えた。
シミュレーターで体験したGなど比べものにならないGを瞳は感じるのだった。瞳は、そのGの感触や、
時速680キロの最高速の世界の風景を楽しんでいた。
瞳にとっては、どれもが未知の感触であったが戸惑うことは何もなかった。
瞳のマシンは順調に周回を重ねていった。
「監督、瞳さんのドライブはさすがですね。テスト走行とはいえ、ラップタイムが、リンクレコードを遙かに上回っています。
スーパーリンク鈴鹿で、こんなに早く走れるドライバーは誰もいません。それに、理想のライン取りを98%実現しています。
こんなに理想的なドライブができるなんて、とても人間業とは思えません。」
「香織、そりゃ、瞳は、スーパーF1マシンを操るために機械との共生体に改造されたサイボーグだもの、当たり前よ。」
「監督、そう言う意味ではありません。それなら、他のスーパーF1ドライバーだって、同じようにレギュレーションで
定められたとおりに作りかえられたサイボーグなんですが、本来持っている能力が瞳さんのレベルじゃないって事です。」
「香織、瞳の実力ってそんなに凄いの。」
「はい。普通に一流と言われるスーパーF1サイボーグドライバーは、理想のライントレースの80%が限界なんです。
それでもまったくミスをしないという評価なんです。普通の人体のドライバーでは、超一流といわれるドライバーでも
65%位のものなのです。たぶん、標準人体の頃の瞳さんは、80%前後だったと思われます。それだけ信頼性が高くて、
効率がよくて、しかも速いドライビングができる素質を持っていたのだと思います。コンピューターで算出した結果の
理想的ライントレースですから、それに近づけば、端から見ると常識外のライン取りに見えることもあると思います。
本当に凄い走りをしていますね。」
「美由さん。瞳です。タイヤにブリスターが出始めました。パフォーマンスが頭打ちです。燃料的にも、
そろそろピットインした方がいいのではないかと思います。」
ピットが驚きに包まれている間に、瞳からのチームラジオが入った。
「チーフ。確かに瞳さんが言うように、10週目ですからピットインさせた方がいいと思います。タイヤのパフォーマンスも
頭打ちです。通常、ここでのレースは4ストップですから、ちょうどいいと思います。」
「香織さん、解ったわ。瞳さんに次でピットインするように指示をだして。」
「了解です。」
「ピットクルーのみんな。最初のピットインに備えて!」
柴田の指示で、ピットクルーが、敏速に所定の位置についた。
「瞳さん。今度の周回で、ピットに入って!」
「香織さん、了解です。その時に、フロントのダウンフォースを多めにしてください。ストレートの加速中と高速コーナーで
捲れ揚がるように感じるの。」
「了解。ピットクルーも聞いたと思うけど、フロントのダウンフォースの調整もしてね。」
瞳の要望を聞いて、ピットクルーに山口が指示をだす。
しばらくして、12週目で瞳がピットに入ってきた。
「ちゃんと、周回のコントロールをしてください!」
瞳から叱責がとんだ。
「ごめん。ついつい、瞳さんのドライビングに見取れとしまったの。」
「こちらこそごめんなさい。でも、意見交換は、きついことを言うかもしれないけれどチームのためと思って許してください。
あっ!ダウンフォースつけすぎ、もう4分の1戻して。そう。いつピットを離れたらいいの。ボーっとしないで!」
慌てて、ピットクルーが、瞳にゴーのサインを出す。瞳が待ちわびたようにピットを後にしていった。
嵐のような最初のピット作業だった。
柴田と山口がピットクルーを集めた。
「瞳さんの言うことは、みんなのためを思って厳しいことを言っているのですが、確かに今のままでは、せっかく瞳さんが
トップで周回を刻んでピットに入ってきても、ピット作業で順位を逆転される結果になるから、もっともっとピットクルーが
ピット作業を練習してくれないとだめだと思います。特に、瞳さんは実力でもう一度順位を奪い返せると思うけれど、
エマの場合はピット作業のミスが命取りになりかねないから、もっともっと、持ち場の作業を俊敏にこなすように。
いいわね。次の作業はもっと短縮するよう努力してください。」
ピットクルーは、柴田の言葉をシーンとして聞いていた。柴田は、ピットクローに瞳がプロの仕事を要求していることを
伝えようとしたことを理解していた。だから、その場で再確認の意味でピットクルーを呼び集めたのであった。
ピットクルーもカンダの精鋭であるから自分の行動を見つめ直し、反省の上で向上しようという意識を持っているのが救いだった。
しかし、新進気鋭のチームのピット作業のチームワークは、思ったほどには向上しないと言う現実が
『カンダスーパーガールズ』の全員に直面し、長い間、苦悩の日々を送ることになるのである。
しかし、このときは、努力次第ですぐに解決できる問題であろうと誰もが思っていたのだった。
この日の瞳のテスト走行は、ピット作業の時間ロスを差し引いたタイムでいけば、昨期の東アジアグランプリの時の
スーパーリンク鈴鹿の優勝タイムを上回っていたのであるが、ピット作業のもたつきもあり、
3位の記録を若干上回る記録になってしまった。
この日のテストは、実戦ならば、ピット作業の惨敗の結果だった。瞳のドライビングがなかったら、
ポイント獲得圏内の記録さえままならないものなのである。
妻川は、今回のテストに危機感を感じていた。もしも、瞳ではなく、エマがテスト走行を行ったのであれば、
散々な結果になったことであろう。
妻川は、再度、チーム全員を集めてのミーティングを行った。
その中には、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用のスタンドで立てられている瞳とエマの姿もあった。
瞳は、この日のデーターをチームのホストコンピューターに転送するため、セパレートの水着のようなレースクイーンが
着ている服を着ていた。
手脚が無い今の姿からも、手脚があれば、きっと、すらりと腕や股の付け根から手と脚が伸びているであろうと
想像させられる抜群の均整がとれたプロポーションのボディーのへその部分にコンピューター接続用ケーブルが
繋げられ、さらには、サイボーグ体とマシンのインターフェイスの定期調整のために四肢の付け根部分に沢山の
ケーブルが繋がった状態であった。
その瞳の姿は、調整中の未完成の美女型アンドロイドといったものであった。
この状態の瞳と、金属製のスタンドに置かれたエマが並んでいるのも少し異様な光景であった。
「瞳、テスト走行が終わって、EMS訓練に入らなきゃならないのに突然の予定変更をさせてごめん。
エマも、明日からのテスト走行に備えて、最終調整をしなくちゃならないのに呼び出して申し訳ないと思っているわ。
でも、チームとして、解決しておかなくちゃいけない問題なので、全員でのディスカッションが必要だと思ったの。」
「恵美さん。解っています。気にしないでください。チーム全体の問題だから私たちも加わらなくちゃいけないから
当然だよね。エマちゃん。」
「監督、気にしないでください。瞳さんの言うとおりだと私も思っています。」
「ありがとう。瞳、エマ。今日、緊急で集まってもらったのは、みんなも判っていると思うけれど、ピットでの作業での
ピットクルーの未熟さです。それが、我が“カンダスーパーガールズ”にとっての致命傷になると思われるのです。
この致命傷を早くつぶさないといけないのでみんなを集めたの。はっきり言わせてもらうけれど、
今日のテストは最悪だったわ。瞳のドライブを除いてね。これが実戦で、瞳のマシンじゃなくて、エマのマシンだったらと
思うとゾッとするわ。ピット作業でピットクルーがミスを重ねて、そのためにエマが焦ったドライブを
したとしたら最悪のことになるのよ。みんな解ってるの!ここは、スーパーF1マシンを兵器にした戦場なのよ。
切磋琢磨の上にも切磋琢磨しないと勝てないのよ。いくら瞳だって、ピットがしっかりしてくれないと勝てないのよ。
今日も、みんな解っているとおり、瞳の走行タイムは、去年の東アジアグランプリでのトップタイムに匹敵するのよ。
それが、ピット作業が加わると3位になっちゃうんだから、ピットクルーは全員反省してもらいたいの。」
ピットクルー全員は、声もなく悔しさに唇をかみしめた。
「悔しかったら、それを上回る努力を一人一人がしてちょうだい。いいわね。」
妻川の言葉に、瞳が意見を言った。
「みんな、ごめん。私がもっと速く走る努力をしないといけなかったのにこんな中途半端な走りで終わってしまって・・・。
もっともっと完成させた走りをしてみせるから、みんなが悪いなんて、絶対に誰からも言わせたりしないようにするわ。
私、絶対にやるからね。」
『これ以上に速く走ると言うのか・・・ 。』
妻川は、瞳をあきれて見つめた。
「瞳、本当なの?もっと早く走れるという根拠があるの。」
「はい。もう少し、マシンの細部を調整してくれれば、まだまだ、一周のラップを縮められます。」
柴田を始め、メカニックやピットクルーの目が丸くなった。
瞳には、まだ、タイムを縮められる確信があるというのに驚きなのである。
超のつくトップドライバーの考えていることに信じがたい驚きを抱いたのである。
去年のコースレコードのタイムを出したトミー=マニエルの走りですら、常軌を逸していたと言われているのに、
それ以上のドライブをやってのけたドライバーは、まだタイムを削れると言っているのだ。
もちろん、今日の瞳の走りが、レコードを上回っているのだから、瞳以外のチームメンバーの常識は
余裕で越えて通じないのだ。これ以上の走りが瞳に出来るのかと言うことは、瞳以外には、理解できないことなのだ。
「瞳さん。そんなこと言って大丈夫なんですか?」
山口が恐る恐る瞳に尋ねた。
「香織さん。私には、確信があるの。ただし、少し、マシンのセッティングをいじってほしいの。協力してください。」
「瞳さん。今日のセッティングでも、まだ何かあるの。」
「はい。もう少しだけ、気持ちなんだけれど、ブレーキのパッドをきつめに締めてもらえますか?そうしないと、
ヘアピンの手前のブレーキングで、もう一週多く回るか、各周回で強くブレーキングしちゃうと、パッドがはずれちゃうのです。
調べてもらえば解ります。それから、3速と4速をもう少し、トルクがでるように、一刻み調整すれば、第7コーナーの
出口の登りで、もう少しタイムを縮められるわ。とりあえず、今日は、明日に備えて、これだけ調整をお願いします。
それから、TSの萩島さんにお願い。実戦の時には、この堅さのコンパウンドを使うんですか?」
瞳は、タイヤメーカーのTSの萩島沙織に尋ねた。
「今日、テストに持ち込んで、履いてもらったのは、4戦目までのタイヤのミディアムなんですけれど、それが・・・?」
「はい。表面はいいんですけれど、サイドのコンパウンドを堅くしないと、今日は、このコースでの周回換算で、
11周走ると、12週目の第2コーナーで、バーストしてしまいます。マシンの挙動を支えるのに、腰を振りすぎていて、
ゴムの限界が早いんです。今日も、ピットイン前の2周から、タイヤをいたわるために、
ラップをギリギリ持つまで落としていたんですが、そう言う走りをしなかったらタイヤが割れていました。」
「えっ!ブリスターのせいで、ラップが落ちたんじゃなくて、わざとなんですか?」
「はい。あのくらいのブリスターでしたら、まだ5周ぐらいは、もっと早く走れました。」
TSのタイヤメカニックが、吸い上げたデーターを見て、萩島よりも先に答えた。
「早見選手の言うとおりのことがデーターとして起こっています。すぐに本社で対応します。」
萩島は驚いて、
「それ、塩川さん、本当なの。」
「本当です。さすがに早見選手です。車の隅々まで細かく状況を把握しています。」
萩島は、塩川の報告を聞いて、あわてて答えた。
「早見選手。申し訳ありません。すぐに対処します。でも、普通のドライバーはそんなところまで、
私たちがデーター収集をしないと気が付かないのに・・・。」
「私は、瞳さんと、F2の時仕事を一緒にさせてもらっていますが、標準人体の時の感性がそのまま残った上で、
サイボーグ体としての能力が加わっていることが解って、絶対に瞳さんが優勝できると確信しました。萩島さん。
TSは、全勢力を瞳さんのためにつぎ込みませんか?」
萩島は、瞳と仕事をするのが初めてで、いくらサイボーグとはいえ、そこまでの分析力と感性を持つ
ドライバーなのだということが解っていなかったため、その感性の凄さに戸惑っていた。
それに、TSのメカニックで一番といわれる頑固でプライドの高い塩川音江が瞳に対して全幅の信頼と敬意を
払っているのを見て、瞳の底知れぬポテンシャルに舌を巻いてたのである。
「解りました。すぐに対応します。」
「萩島さん。私は、瞳さんにレースタイヤのことを教えてもらったのも同然なんです。レースにとって、好いタイヤとは
どんなものなのかということは、瞳さんから教わったんです。やっぱり、瞳さんだなって、今の言葉を
聞いて思っちゃいました。絶対に瞳さんが納得のいくものを供給しますから待っていてください。」
これが、“ブリンセスヒトミ”のカリスマなのだと萩島は思った。
そして、そのカリスマに惹かれてしまっている自分がいるのに気がついた。
この堅物の塩川が、敬意を払うドライバーを萩島は今までに見たことがなかったのだった。
そして、その光景を見た、チームスタッフは、改めて、瞳のすごさをかみしめていたのだった。
「好かった。音江さんが、約束してくれたし、これで更にタイムが縮まるから、みんなも安心してね。」
「瞳、あなたのことは心配していないって言ったでしょ。私は、エマのピット作業を心配しているの。
エマの時にしくじったら、エマじゃ挽回できるどころか、ズルズルと後退してしまう可能性を心配しているのよ。」
「でも、恵美さん。エマちゃんだつて、勝つことを知っているドライバーだし、私がマシンを熟成させていけば、
エマちゃんのマシンだって、好くなるんだから、大丈夫ですよ。」「瞳、あなたとエマでは差がありすぎるのよ。
あなたの土俵にエマを乗せたら、エマはもっと度壺に入ってしまうわ。」
「監督、監督の言っていることは解るんですが、解っていても、傷ついちゃいます。」
エマが口をとがらせた。しかし、エマは、今日の瞳のテストを見て、瞳がいつかは超えられるかもしれない壁なのではなく、
絶対に超えることが不可能な壁であるのを痛感していた。それ故のジレンマから出た言葉なのである。
「ごめんね。エマ、でも、それが現実なの。だから、エマが瞳に追いつくための道具を整備しないといけないの。解るでしょ。」
「解ります・・・。」
エマは、悔しさを滲ませて答えた。エマには妻川の言っていることが事実として解っていた。
しかし、それが事実として解っているからこそ芽生える反骨心や嫉妬があるのだ。
その小さな炎が、エマの心に小さく灯った瞬間であった。
瞳は、この日から、開幕までの間のほとんどをマシンテストに費やした。
エマもまた、同様に瞳によって完成されていくマシンでのスーパーF1ドライバーとしての訓練を重ねていった。
開幕が近づいて、マシンとドライバーの準備は整いつつあったが、ピットクルーには、
なおも不安が残っていることに変わりがなかった。
チームワークを必要とするピットクルーのピット作業は、これから初参戦するチームにとっては、
一朝一夕にクルー同士の呼吸を会わせることの出来ないほどのクルー同士の連携の深い作業であるという現実が
重くのしかかっていたのであった。
瞳とエマ、そして、妻川は、開幕直前に不安を抱えながら、カンダ本社で、“カンダスーパーガールズ”の
スーパーF1グランプリ参戦の記者発表を行った。
会場には、KSG1から数々のテストにより、瞳とメカニックたちが調整し熟成させた実戦等入用のKSG2が展示された。
会場には、モータースポーツ界初の日本人女性だけのワークスチームであり、カンダの正式なワークスの
スーパーF1チームである“カンダスーパーガールズ”の話題性と、そのエースドライバーである速見瞳への注目から、
会場に入りきれないほどのプレスが駆けつけたのである。
特に“プリンセスヒトミ”こと速見瞳に対する注目と期待は大きかった。プレスは、瞳が参加から何戦目で、優勝するのか?
今期の瞳のドライバーズランキングは何位になるのかが、興味の中心だった。
ひな壇の中央に妻川が座り、そして、その両側に、瞳とエマが、四肢のない身体にチームのサーキットウェアを着て
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの専用スタンドに取り付けられた姿で、置かれていた。
その横には、瞳たちがレースで着用する宇宙服のような印象を与えるスーパーF1マシン専用サイボーグの身体の
安全を図るために作られたスーパーF1マシン専用レーシングスーツが置かれていた。
瞳と妻川の間に一つ空席があった。その席には、遅れて入ってきた溝口が着席した。
「間に合った。総合経営会議が、長引いちゃって、遅刻しちゃった。恵美、ごめん。記者会見始めましょうよ。」
「わかりました。私も、社長が現れないのでハラハラしていました。それでは始めましょう。社長、よろしくお願いします。」
「モータージャーナリストの皆様、たいへん長らくお待たせしました。我がカンダのセカンドワークスチームである
“カンダスーパーガールズ”のスーパーF1グランプリ参戦発表記者会見を開始させていただきます。
今日は、私が会議とはいえ、遅刻しましたことをお詫びします。参戦の経緯、今期の体制などについて、
配付資料に基づいて、我がカンダの常務取締役であり、“カンダスーパーガールズ”の総監督である妻川恵美より
ご説明させていただいた上で、皆様からの御質疑をちょうだいします。時間が限られておりますので
スムースな進行にご協力願います。」
溝口は流れるように挨拶をすませると、目で合図して、後を引き継ぐように妻川に促した。
「“カンダスーパーガールズ”の総監督の妻川です。お手元の資料に沿ってご説明いたします。今シーズンより、
我がカンダは、スーパーF1グランプリに二つ目のワークスチームを参戦させることになりました。つまり、
来期から2チーム体制になります。我が“カンダスーパーガールズ”は、カンダのセカンドチームという位置づけではなく、
あくまでも、既存のカンダワークスチームと同等のワークスチームであると思っていただいて結構です。従いまして、
私たちの前方に展示してあるマシンは、カンダが、“カンダスーパーガールズ”のために開発したオリジナルマシンです。
既存のカンダワークスのマシンとの共通使用部品は、全くありません。独自に開発されたマシンなのです。
マシンだけでなく、全てが全く別のワークスとして参戦させていただくことになりました。
この戦略は、カンダの伝統に基づいて、複数チームを参戦させるのであれば、お互いが競い合うことで、
カンダ全体のレースの水準を上げていこうという考えによるものなのです。そして、“カンダスーパーガールズ”の特徴は、
日本人の女性のみで構成されたワークスチームであるということです。ここにいるドライバーと私も含めて、
チームの全てが、日本人女性でモータースポーツに関わるトップクラスの人材を集めて作り上げたチームなのです。
皆さんにそして世界中のファンに日本の“大和撫子”の強さをご覧に入れたいと思っています。さて、皆様が
一番の関心のあるドライバーなのですが、溝口の左に置かれていますのが、速見瞳です。彼女の経歴は、
私がご説明するまでもないと思いますが、今まで、モータースポーツ界に参戦して、総合優勝したことの無い年は
無いという、モータースポーツ界始まって以来の最強の女性ドライバーです。特に、昨シーズンのF1カテゴリーでは、
20戦中18勝という快挙を成し遂げたことは記憶に新しいと思います。スーパーF1グランプリに参戦するのは
初めての年ですが、皆さん同様に、我々カンダも特に期待をしているドライバーです。正真正銘の我が、
“カンダスーパーガールズ”の大エースドライバーです。我々は、“プリンセスヒトミ”をシートに据え付けることが出来て
大変満足しております。そして、私の右に置かれていますのが、鈴木エマです。彼女は、
フォーミュラーニッポンで2勝を挙げている前途有能な若手ドライバーです。我がカンダの速見瞳に続く
秘蔵っ子であります。早いうちにスーパーF1のカテゴリーで走らせることにより、伸び盛りの可能性を
感じさせることと思います。これから始まる今期は、この2名体制で戦って参ります。どうぞよろしくお願いいたします。」
集まった記者たちは、瞳の声を聞きたがっていた。“プリンセスヒトミ”の実際の手脚はなくなっていたのだが、
その一挙手一投足は、モーターレース界の話題になるのであった。
「それでは、ドライバー二人から、ご挨拶させていただきます。皆さんも、早く手脚の無くなった瞳の元気な声を
聞きたいでしょうから。」
妻川の悪戯っぽい口調に会場から笑いがこぼれた。
「皆さん、こんにちは。お久しぶりです。姿を見せない間にこんな身体にされちゃいました。」
瞳が妻川に続いて、悪戯っぽい笑顔で話し始めると、記者たちから、再び笑いがこぼれた。
「とうとう、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーになっちゃいました。この身体になってスーパーF1マシンを
コントロールすることは、私にとって究極のモーターレースでの目標でしたから、今の機械部品と電子機器の
詰まった身体であるサイボーグになったことに大変な誇りを感じています。私は、カンダに見いだされ、育てられ、
ここまで来られたのだと思っています。そのカンダから、“カンダスーパーガールズ”のマシンに乗らないかという
オファーが来たときは、本当に嬉しかったです。他のワークスからもお誘いを受けたのですが、やはり、
ここまで育ててもらったカンダのマシンに乗ることが、私の使命だと感じ、即決した次第です。ウインターテストなどで、
このサイボーグという身体で生きることに慣れることも出来ましたし、マシンとの接続も順調です。きっと、
皆さんの期待に応える走りが出来るものと思っています。よろしくお願いします。」
瞳の挨拶に続いて、エマが挨拶をした。
「鈴木エマです。私は、スーパーF1のカテゴリーになれるのに四苦八苦ですが、カンダのワークスチームの
ドライバーとして、その地位に恥じないようなドライビングを披露するつもりです。速見選手に負けないような走りが
出来たらいいと思っています。速見選手の好いところを見習って成長していきたいと思います。よろしくお願いします。」
「さて、二人のドライバーが、挨拶したところで、記者の皆さんからの質疑をお受けします。」
妻川がそう言うと、一斉に記者の手が上がった。その質問先は、当然ながら、瞳に集中した。その光景を見たエマは、
瞳のマスコミからの注目度を改めて凄いものであると痛感したのである。確かに、日本で出版されている
モータースポーツ紙には、頻繁に瞳の特集が載っていたし、瞳の名前が専門誌に載らない月はなかった。
エマにとって、瞳が第一ドライバーなのだと言うことを強烈に認識せざるを得ないのだった。負けず嫌いのエマにとって、
瞳という壁の高さは解っているのだが、それを認めたくないという気持ちが心の中に現れ始めたのであった。
記者会見の後には、カンダのファンに対するカンダスーパーガールズのお披露目会が催され、ここでも、瞳は、
引っ張りだこの人気者であった。ファンのみんなが瞳を目当てに集まった。
その数は、カンダの本社ショウルーム始まって以来の盛況となったのだった。
開幕の10日前の出来事であった。
今日はここまで。
次回から、いよいよ、本番のレースに入っていきます。
>>125 萌えネタとしては面白いんだけど、ちょっと科学考証的にリアルでなさすぎるかも。
喋る時に脳から出力される信号は、あくまで肺や喉や口を動かす信号であって、文の意味の信号では無い。
ヤギーたんの脳はほとんど無改造だからこういう事は無理のはず。
(スピーカーから出力する直前に音声認識で検出しようとすると誤検出の嵐になって普通の会話もマトモにできないはず)
文の意味の信号から乗っ取らなきゃならないので、言語中枢まで乗っ取る必要があるが、そうすると思考そのものにかなり大きな影響を与えるはず。
実際に言葉を発していなくても、頭の中で言葉をイメージするだけでかなり言語中枢は活動しているはずだから、そこで卑猥な単語をブロックすると思考そのものが機械で阻害される事になる。
思考そのものまでダイレクトに機械で乗っ取るのは、さすがに倫理面で問題がありすぎるから、多分ヤギーの世界でも違法となるだろう。
あと、酸素濃度変更も、電気をそんなに喰うのなら、選択前にその旨の警告が表示されないのは問題だし、そもそもそんなに大量の酸素を浴びたら脳は無事じゃ済まないような。(基本的には酸素は猛毒の物質)
>>159 基本的に合意です
話としては面白いので、話の自由度を狭くしないためにとって付けたような
考証をやってみます。いろいろな話が出てくると楽しいです
音声合成や発声の分野で教科書レベルで使われている咽喉、喉頭モデルを前提にしていると思います。
このモデルを用いて、のどや筋肉、呼吸のモデルを計算し、発声音響の計算をしているという前提です。
それで出てきた音声をスピーカに出します。
音声認識は自由接続単語に関しては、かなり認識が困難ですが、形式化した音声に関してはだいぶ
認識率は上がっています。もうひとつはマイクなどからとる音声に比べて、認識対象がシミュレーション
下での計算音声のため、ノイズに対して有利だということです。これに加えて、言語中枢のどの部分から
生成されたかがわかれば、発音を意識してから、実際の発音までにブロックすることも可能になるかもしれません
酸素濃度に関しても高濃度酸素の毒性に関してはまったくそのとおりだと思います。
最大値にしても影響が少ない範囲になっているのではないでしょうか。
昏睡、植物状態で高濃度酸素を吸わせ続けると、ダメージを受けた脳は壊死してしまうことがあります
昔から低体温、低濃度酸素による回復法も存在します。
養老猛先生の本の中に、脳死した患者に高濃度酸素を吸わせ続けて死亡したという例の患者を解剖したところ、
酸素によって分解が促進されて、脳が”ない”状態になっていたそうです
書いた後で気づきましたが、咽喉,喉頭のモデルパラメータから発声音声が検出できるはずですね
パラメータが出ないとわかりませんので、長い単語だと前半をいってからブロックされそうです。
全然萌えがないので、萌えを目指して見ましたが、前提描写で埋まってしまって
別の方向に行ってしまいました。申し訳ないです。
次回は絶対サイボーグ娘で萌えを書くよう努力することを誓います orz
これ以降が今回分です
どうも萌えをかけない体質なのかしら しくしく
その1
イソジマ電工、NTL.ED方針決定会議は3回をすでに終え、計算機本体の仕様や信頼性、
要求強度などの必要項目が煮詰められ、CS-15型(仮名)に必要な機器の構成が決定してい
った。CS-10までに進められてきた、“人間と同等の生活を目指す”は多くの課題を解決で
きないままではあったが、同等の生活に向けて着実な改良が進められていた。
そして、サポート計算機を含む多くの機材の大幅な性能向上が求められていた。そのた
め新たにNTLの提携交渉が行われたのである。続く目標は“より人間らしい生活を目指す”
ことであった。見かけ上は人と同様に見える義体も、実際の生活ではさまざまなところで
人と違うことを意識させられることになる。人とあわせるための精神的な負担はかなり大
きく、ケアサポーターの必要性はますます高まることになる。
例をあげれば、味覚、スキンシップ、性行為などがあげられる。人の真似をするだけな
らばこれらの機能はそれほど必要ではない。しかし人間らしい生活を行うために必要なも
のであるということは、特に議論をする必要はないだろう。
しかもこれらの機能は実現のためにセンサーや計算機の能力など、かなりのコストがか
かるものであった。計算機の設計を行うNTLの立場としては、これらの機能を実現するた
めの手段、手法を考え、必要な計算機の能力を見積もり、コスト計算にまで踏み込む必要
があった。そのまま必要な機能を追加していてはコストは無制限に上がってしまう。必要
な機能はもちろん実現しなければならないが、同時に少なくとも患者がある程度の努力の
範囲で支払える程度には抑える必要があった。
はじめのうちは精力的に仕様検討のための会議をこなしていた橋本であったが、だんだ
ん表情に陰りが見えていった。検討から提携調印に伴い、検討担当から開発計画副室長に
抜擢される。開発計画室長はベテランの相沢課長であったが、実際の実務の長は橋本が行
うことになっていた。
「つかれてるね。あんまり根詰めないほうがいいよ。ほどほどにね」
相沢課長は、暗い顔の橋本に声をかけた。橋本ははっと気がついたように顔を上げると、
相沢課長に振り向いて笑顔を見せた。
その2
「いえ、まったく疲れてませんから。むしろこんなテーマは好きなほうなので、やって
いるほうが楽しいです」
実際のところ橋本はその仕事自体にはそれほど疲れは感じていなかった。別の大きな問
題があったのである。
橋本の机に加えて、その周りのテーブル、果ては床にまでプリントアウトした各種論文、
報告、雑誌記事、その他の資料が山積みになっていた。次から次に印刷した資料はざっと
目を通されると二つの山に分けられていく。憂鬱な表情はさらに濃くなり、思いつめた結
果、橋本は電話に手を伸ばした。
「すみません、NTL社の橋本と申します。ケアサポーター課の汀様をお願いしたいのです
が」
しばらくして、いくつかの取次ぎの後、やっと当人が電話に出る。
「はい、汀です。橋本さん?」
「橋本です。先日はお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ、それで、きょうはなにか」
なんていおうか少し言葉を捜して黙り込む。できるだけビジネスライクに言わなければ
と考えながら、でも途切れ途切れになるのは隠せない。ついでに言えば男に聞きたくもな
い
「えー、今、義体のSEXに関する情報を集めているのですが、うーん、えっと、計算機
のSEX処理に関する情報で、どのくらいの感覚神経が必要かの概略の調査をしているんで
すが、あー、早い話、SEXにどのくらい感覚神経が必要かわかりますか?」
「はあ?」
思いっきり引かれてしまった。そんなに親しいわけでもない相手に、こんなことを唐突
に聞けば、引かれるのは当然だろう。
その3
「あ、ええっと、いまSEXに必要な感覚神経の見積もりをしていてですね、...」
パニックを押し殺そうとしながら、そろそろ自分を見失いそうになりそうな橋本の話の
隙をついて汀が制する。
「なんとなく、わかりました。橋本さん?」
「は、はい。わかっていただけましたでしょうか。?」
こほんと咳払いをする汀の声が聞こえてくる。
「結論から言えば、私はそのようなことはまったく知りませんし、そのような情報を知
りうる専門家でもありません」
「は、はい。そのとおりだと思います。申し訳ありません」
かあっと体温が上がり、汗が噴出す橋本。その雰囲気を知ってか知らずか、汀はくすっ
と笑って、話し始めた。
「ある程度の基礎知識はあるつもりですが、そんな直球ど真ん中の知識はありませんか
ら、直感で考えると、数千本のオーダーだと思います。これは性器だけの話で、じっさい
にSEXを行う場合には全身の触感が重要になりますよね。」
「そ、そうですね...」
触感と聞いて、なんとなく体が熱くなる橋本である。
「前戯で気持ちを高めるために必要な触感がありますから、どの刺激がどのくらい必要
かというのは専門家の領分でしょうが、胸、わきの下、太もも、唇、それくらいかな。そ
れくらいはないと、さびしいですね」
「はい。」
「基本的にはSEX経験のある義体ユーザーにお願いして、データを取らせてもらうこと
になると思いますがどうですか?」
「はい、そうですね」
その4
完全に主導権をとられていた。それがどういうことになるかよく考えもせずに、うなず
くばかりの橋本。それを感じたのか汀は小さくつぶやいた。
「橋本さん? ひょっとしてまだ経験ない?」
「はい、そうですね...って、ええっ」
思考停止状態の橋本がわれに返って、さらにその内容にパニックになる。
「そっかあ、経験ないんだ。じゃあわからないのも無理ないですよね」
「!?!?!?」
あわあわ、となにか返答しなければと口を動かすが、まともな言葉が出てくるはずもな
い。
「一人での経験は?」
「!!!!!!!!」
直球ストレートどころかデッドポールの勢いである。
橋本和美、27歳、世間的にはそろそろ適齢期も過ぎようかという年齢であった。色っぽ
い話はまったくないわけではないが、橋本自身が仕事そのものに完全に興味を奪われてい
たこともあって、全く、完全に発展しないままに終わっていた。しかも本人はそういう状
況にあったことすら気づいていなかったかもしれない。
もっとも、夜中の一人での行為はそれはもう、ものす..あwせdrftgyふじこlp;@:
「え、えーっと、それについてはノーコメントにさせてください。すみませんけど」
汀は妖艶な笑みを浮かべた。
「いえ、そちらからのご質問に答えるためには、重要な情報ですっ、義体ユーザーさん
にデータ収集をお願いする以上、無駄なことはできません。どのような状況で、どのよう
な項目をどのくらい収集するのかはあらかじめきちんと決めていただかなくでは、協力し
てくれるユーザーさんのデータを生かすことができません」
その5
なぜか突然正論を並べる汀さんであった。
「それについては、よく検討して、後日説明させていただきますから...」
橋本は涙目である。それを見越して汀は橋本にやさしく言った。
「それじゃ、今日、飲みに行きましょう。ユーザーさんにお願いする以上、細かいこと
までよく話し合ってわかりあわないと、ちゃんとしたお仕事ができませんっ」
「え、あのう、今日は、その」
橋本はかなり明確な危険を感じたが、とっさに否定的な言葉が出てこない。しかも協力
してくれるとあっては、こちらから断るのもおかしいように感じた。
「い い で す ね !、じゃ6時30分くらいでいいかな、N市線MX駅前に集合、ど
う?」
「はい、わかりました。」
もはや、蛇ににらまれたかえるであった。
そのあとのことを描写する能力は作者にはないので、飲みとその後のシーンは省略さ
せていただきます。
...その後?
今回分はここまでです。ありがとうございました
167 :
3の444:2006/10/17(火) 03:30:25 ID:wleRMBKh0
>>124 ああ、私がおかしなことを口走ってしまったばかりに先輩が異動になってしまった・・・。
ケアサポーター課の課長と先輩の掛け合いが見れなくなるのは残念でなりません。
どうか気を変えていただければと思います。
それぞれの作者さんが作った世界を勝手に結びつける権利は私にはないですね。
109-112さんも124さんも私の書き込みに気分を害したと思います。申し訳ございませんでした。
脳が寝ていても、サポートコンピューターの機能が働いて、ちゃーんと立っていられるのですね。
補助AIなんていう機能もありますが、うまく組み合わせれば、寝ながら出勤なんていう芸当もできそうですね。
どうせいつもどおり失敗するのでしょうけど(笑)
では投稿いただいた松原さんネタ三連発の感想をば。
音声ブロック機能は私には絶対できない発想です。すごいです。
パチンコ屋、のような単語も発音できなくなっちゃうんですかね。
そんなヤギーには是非得意のカラオケで金太の大冒険を歌って欲しいですw
今回は生命維持装置がテーマですか。毎回ヤギーの義体の秘密に迫るお話を考えていただいてありがとうございます。
酸素濃度を増やして記憶力を増やすなんて、いかにもヤギーらしい浅はかな考えではないですか。
そして、義体機能を活用することを、ちょっとズルしたみたいで心苦しく思ってしまうのもまたヤギーならでは、ですね。
ちょっと意地悪だけど、でも楽しみにしていたデートをキャンセルしてまでヤギーにつきあってくれる松原さん
追試のための勉強をつきっきりで見てくれる友人。こんなにも暖かい人たちに囲まれているのに、それでも義体であることを
カミングアウトできないヤギーの心情。短い中にもいろんな要素が入ってとても楽しく、でもちょっと悲しい話ですね。
> その他→メンテナンスモード→状態監視→電力関係→消費電力→リアルタイムモニター
こんなふうにサポートコンピューターの義体設定画面にも触れられています。
CS-20の義体設定画面にはどんな項目があるのか。そんなことを考えるのも楽しそうです。
168 :
3の444:2006/10/17(火) 03:32:44 ID:wleRMBKh0
式典は・・・爆笑ものです。
ありとあらゆる義体トラブルを経験しているヤギーは、確かにイソジマ電工にとっては貴重なデータ収集源ですね。
入社前から有名人だったのもうなづける話です。
あまり松原さんに迷惑をかけないようにね。
こちらのお話。ウチのサイトのファンアートに掲載しても宜しいでしょうか?
今まで投稿してしまったいろんな作者さんのお話については、承諾も得ずに勝手にサイトに頂き物
として掲載してしまいました。名無しさんの作品なので、今からどこまで確認が取れるか分かりませんが、
あらためて、二次作品を投下していただいたみなさんにお伺いしたいと思います。
スレの投下作品を共用の保管庫ではなく個人のサイトに頂き物として掲載するのはまずいでしょうか?
169 :
3の444:2006/10/17(火) 03:48:57 ID:wleRMBKh0
>>161 義体化ヤギー紀元前の話でしたか。
性感プログラム開発の話なんて萌えるじゃないですか。今後どのように話が展開するのか期待が膨らみます。
あと、妖艶な笑みを浮かべる若かりし日のタマちゃんにも萌えた。
> そのまま必要な機能を追加していてはコストは無制限に上がってしまう。必要
> な機能はもちろん実現しなければならないが、同時に少なくとも患者がある程度の努力の
> 範囲で支払える程度には抑える必要があった。
コスト計算まで踏み込むあたり、話にリアリティがあっていいです。現に味覚についてはCS-20でも
実現していませんし。
この作品、完成の暁にはファンアートへ掲載して宜しいでしょうか?
170 :
無名:2006/10/17(火) 16:10:05 ID:tTvhVUPj0
少女の使命
「今回が初仕事だ。やれるね」
海上救助船の甲板で、一人の少女が数人の救助隊員たちと説明を聞いていた。
「はい、ちょっとどきどきするけど精一杯がんばります」
少女の装備は普通の隊員の物とは違う。これはサイボーグが使う水中活動用の装備だ。つまりこの少女は水中対応のサイボーグなのだ。
「それではもう一度説明をする。この海域で漁船が沈没したという連絡があった。乗組員のうち三名が自力で脱出したが一人だけが船内に取り残されてしまった。外から救助するにも深く沈んでしまって助ける事が出来ない。そこで君達の出番というわけだ。
君達の使命は取り残された乗組員を救助する事だ。現場に着き次第作戦を開始する、いいな」
「了解!!」
救助隊員たちは隊長に敬礼した。それを見て彼女も真似して敬礼した。
「どうですか、彼女の調子は」
隊長が私に話しかけてきた。
「身体の調子は万全ですし、なにより彼女はやる気ですから。心配ないと思います」
「そうか、それなら今回のミッション、成功する事間違いなしですね」
隊長は私の手をがっちりと握手を交わした。そもそも彼女がこの仕事にかかわったのはわけがあった。今から1年半前、彼女が私の研究ラボへ紹介された事が始まりだったのだ…。
171 :
無名:2006/10/17(火) 16:12:58 ID:tTvhVUPj0
私は研究室で、ある物を組み立てていた。それは義体研究所のスタッフが開発した新世代義体、「XXG−00」だった。
この義体は海上自衛隊の研究スタッフが開発に関わっただけあって、特殊な機能や素材を使用した最新の義体である。だがその大きさは普通の義体とは違い、小学生くらいの大きさで製作されていた。それもそのはず、この中に入るのは僅か9歳の少女の脳だからだ。
彼女はある病気で余命があと数ヶ月の命と判断されてしまったため、やむなくこの義体に脳を移植しなければならなくなったのだ。
普通だったら試作品ではなく一般用の義体を使うのが普通だが、彼女の場合は特別に研究チームが開発した義体のテストヘッドとして運用する事を条件として命を救われる事になったのだ。
私はその義体の最終調整を担当することになった。
「各部人工筋肉、OK。人工内臓機能…オールグリーン。神経システム…すべてOK…」
明日はいよいよこの義体に少女の脳が移植される。すべてのチェックを済ませた私は研究室をロックしてこの部屋を後にした。
172 :
無名:2006/10/17(火) 16:14:44 ID:tTvhVUPj0
次の日、手術室に義体と少女が運び込まれ、脳移植手術を行われることになった。私もその手術に参加した。
まず少女の脳を摘出する手術から開始された。彼女の頭を開き、延髄ごと脳を取り出すのだ。
「よし、慎重にいけよ」
彼女の頭蓋骨が開けられて脳があらわになる。そして後頭部を開いて延髄を露出させるのだ。それからある程度のところで神経をカットして脳を維持液に入れて待機させる。それからは義体に脳を接続させる作業の準備に入るのだ。
義体の頭蓋骨が開かれ神経接続用のプラグが引き出される。そこに延髄を接続するのだ。義体側の準備が終わったら維持液に入れられた脳を取り出して義体に接続するのだが、ここが一番気を使う作業なのだ。
何せ生身の身体の一部である脳と人工物である義体を接続する作業なので、慎重に進めなければいけない。私達は慎重に作業を進めながら神経の接続を済ましていった。
すべての神経をつなげ終わったら、次は各部の調整だ。まず何重にも分かれている義体の頭蓋骨を慎重に閉め、それから神経系がつながっているかチェックする。異常がなかったら人工筋肉、内臓、その他をチェック、その後手足の動作チェックの作業に入る。
「腕部間接異常なし」
「足も異常なしだ」
すべてのチェックが修了したら、メンテナンスハッチをすべて閉めて特殊な人工皮膚の貼り合わせ作業を開始する。これはメンテナンスハッチを目立たなくするのと、義体の保護のために行う作業だ。これにもかなりの時間を費やした。
この作業は基本的に手作業で、しかも慎重に貼らないといけない。すべての皮膚を貼り終わるのに三時間以上かかってしまった。
そのあと皮膚が定着させるために特殊定着液が入ったカプセルに義体を入れる。定着には二日ほどかかるため、今度彼女に逢うのは二日後という事になる。その後、少女の抜け殻である生身の身体を霊安室に運んで今回の作業は終わりになった。
173 :
無名:2006/10/17(火) 16:17:29 ID:tTvhVUPj0
二日後、定着液のカプセルから引き揚げられた少女の義体は、私の手によって念入りに洗浄する事になった。今回は手術の時ほどの人数は必要なく、私だけで作業をすることになった。
ケーブルに接続されたままの少女の義体は、ロボットアームによって静かに洗浄用のメンテナンスベッドに置かれた。定着液を洗い流すためにまず特殊な洗浄液で義体を洗うのだが、義体の洗浄はとてもデリケートで、自分の手で洗浄液をかけて義体を洗わなければいけない。
私はスポンジで彼女の身体を洗ってあげた。頭から手足、胸に股まで…。すべて洗い終わったら洗浄用の真水で洗浄液に付いた身体を洗い流した。
念入りに洗い流したら身体を拭く作業に入る。皮膚を剥がさないように、静かに、優しく。拭き終わった後は皮膚を馴染ませるためのローションを彼女の身体に塗りこむ。このローションは皮膚を馴染ませるためとみずみずしさを保つために行なう。
それを数回に分けて行うのだ…。
本来この作業は女性がやる仕事だが、本人の希望によって私がやる事になった。彼女は他の医師や看護士は嫌がっていたにもかかわらず、私にだけは心を開いてくれた。そのこともあって彼女は信頼できる私を選んだのだろう。
院長も許可を取ってくれたので、私が付きっ切りで彼女のケアをする事ができたのだ。
もちろんそれを聞いた彼女は大喜びだった。それから私と彼女の付き合いは始まり、今に至っている。手術する前も彼女は私に対してこんな事を言ってくれた。
「先生がいてくれるなら、どんな手術だって怖くないよ」
彼女は自分がこのままでは助からない事を知っていたのかもしれない。だから私にこんな事を言ったのだろう。彼女は生きたいのだ。たとえどんな姿になろうとも生きて私と一緒にいたいのだろう。…私はそんな事を思い出していた。
174 :
無名:2006/10/17(火) 16:21:42 ID:tTvhVUPj0
ローションはマッサージも兼ねるため、手で直接塗りこませる。それをしている間、彼女は気持ちよさに包まれる夢を見ることになる。この作業は皮膚のセンサーを正常に作動させる目的もあるのだ。
私はローションを手につけて、彼女の身体をマッサージしてあげた。
改めて彼女の義体を見ると、まるで本物の身体のような感覚に見まわれる。だが一皮向けば精巧な機械の塊…人間の形をしたマシンなのだ。しかし私は身体のほとんどが機械になった彼女を愛している。
それが私にとって彼女への愛情表現なのかもしれない。今こうして彼女の身体をマッサージしているのも、一種の愛情とも言えるのだろう。
顔と腕、胸のマッサージを終えた私は、新しいローションを持ってきて下半身のマッサージを開始した。まず足から開始する事にした。足の裏のマッサージを始めようとしたとき、私は右足の親指の皮膚がめくれているのを発見した。
爪が取れてしまったところから皮膚が裂けて機械の骨格が見えている。おそらくロボットアームで運んだときにどこかに引っかかって剥がれてしまったのだろう。私は補修キットでスペアの爪を付け、足の指の皮膚を接着した。
しかしこのままでは後が残ったままだし、また剥がれてしまったら大変な事になる。そこで私は皮膚の再生速度を早める為に、維持液を口の中に含んで足の指を舐めてあげた。そうする事で皮膚の接着力が強くなるのだ…。
それにしてもこの格好はほかの人にはとても見せられない、ある意味禁断の格好だ。何せ少女の足の指をチュパチュパ舐めているのだから。でもこうしないとまた皮膚が剥がれてしまうから仕方ないのだ。
ある程度定着したら足の指に傷隠し用のコーティングジェルを塗って処置は修了した。私は身体のマッサージを再開した。ローションを手につけてケガしている足の反対からマッサージを開始する。
彼女の足の裏はつややかで、まるで赤ん坊のような感じだった。それもそうだろう、まだ歩いてもいないのだから。ローションを付けた手で足の指から土踏まず、かかとまでゆっくり、丁寧にマッサージしていった。
そして足首からスネ、膝から腿へとマッサージを続けて行なった。
175 :
無名:2006/10/17(火) 16:41:22 ID:tTvhVUPj0
左足の腿まで終わったら今度は右足のマッサージだ。私はまだ傷が残っている足をマッサージした。マッサージするたびに彼女の足はつややかになり、綺麗になっていく。
彼女もこの身体を見て喜んでくれるだろう。私はエステティシャン張りのテクニックで彼女に身体をマッサージしていった。そしてついに最大の箇所、背中と股部分を残すところとなった。
…それにしてもここまで忠実に人間の身体を再現しているなんて、私もビックリした。アソコまで本物そっくりに再現されているのだ。しかしここも塗らないと後でここからひび割れてしまう。
私はローションを手に取り、マッサージの準備をした。
まずはロボットアームを操作して彼女をうつぶせにし、四つんばいの状態で固定したら背中からお尻にかけてローションを塗りこんでいく。もちろんマッサージも忘れてはいけない。
お尻をマッサージしていくと、彼女の義体が少しプルッと震えた。やはりマッサージすると身体が反応するみたいだ。おそらく彼女も夢の中で気持ちいい体験をしているに違いない。
『ううっ…ああっ』
彼女の口からなぜか声がこぼれた。いや、そんな気がしただけだ。彼女の義体は今のところ、休止状態だからだ。こんな状態では声を出す事も出来ないのだ…。
しかし今彼女のアソコをマッサージしているので、相当感じているに違いないのだ、夢の中でも、現実でも。私はゆっくりとアソコにローションをすり込んでやった。
しばらくすると、アソコからヌルヌルとしたものが私に手にくっ付いてきた。
176 :
無名:2006/10/17(火) 16:42:20 ID:tTvhVUPj0
「こ、これは…」
なんと彼女の義体はあの機能まで付いているのだ。いくら本物そっくりでも、ここまで出来るようになっているとは…。
研究スタッフはこんな子供にもこんな機能をつけているのだろうか。だが所詮作り物の身体だ。このねばねばも体内で作られる人工の粘体でしかない。
アソコも人の手で作られたハイシリコン製のイミテーションでしかないのだ。だが私は彼女のアソコにローションを塗るたびにビクっとするしぐさを見ると、
次第に興奮してきてローションでアソコをクチュクチュと奥まで塗りまくった。
すべての作業が終わったらロボットアームで義体用のベッドへ寝かせてやる。生命維持用のケーブルを傷つけないようにゆっくりと、慎重に。
運び終わったら各部のチェックをし、シーツをかぶせてあげれば、すべての作業は終了になる。後は皮膚の定着を待って病棟に移動すればいいのだ。
すべてやり終えた私は静かに部屋を後にした。
177 :
無名:2006/10/17(火) 16:46:05 ID:tTvhVUPj0
そして数日後、彼女は義体患者用の病棟へ移されて最終調整をすることになった。義体の稼動箇所のチェック、人工器官や血液のチェックなどが綿密に行われていく。
そして最後の仕上げ、義体のプログラムを立ち上げる工程にはいった。このプログラムを入力すれば、彼女は目を覚ます事が出来るのだ。
プログラムが入力され、生命維持のためのケーブルが切断されていく。それと同時に体内の生命維持装置が本格的に作動して、彼女の身体を稼動させていくのだ…。
そして義体になった少女は目を覚ました。まるで王子様を待っていた眠り姫のように。
「お目覚めですか、姫様」
私がこの言葉を少女にかけると、彼女はにっこりと微笑んだ。
こうして私と少女のマンツーマンのリハビリが始まった。最初は歩く事も出来なかった彼女だったが、次第に歩けるようになり、走ったり飛んだり出来るようになった。
普通はけっこう時間がかかるはずなのだが、この子の場合はそれほど時間がかからずに動けるようになった。私ですら舌を巻くほどの回復力だったのだ。
そして退院の日。彼女の養父になった私はすっかり元気になった少女を連れて家に帰る事になった。研究所の許可を得るのに多少の時間がかかったものの、彼女の退院に間に合わせることができた。
こうして私は彼女の里親兼責任者になったのである…。
178 :
無名:2006/10/17(火) 16:58:39 ID:tTvhVUPj0
「少女の使命・・・」の前編をお送りしました。
皆さんお久しぶりです、無名です。
残念ながら途中までですが、約束の番外編を載せることができました。
今回は少女の仕事始めから手術の回想シーンまでをお送りしましたが、
次回はいよいよ彼女の救助活動が始まりますので期待してください。
小説のほうも外伝とか新しい物語とか載ってきているので、私もとても喜んで拝読しています。
二次創作の小説もいくつか載り始めましたね。かなちゃんの二次創作のほうもお待ちいたしております。
これからもどんどん乗るといいですね。
それではまた次回お会いしましょう。
無名さん、久しぶりに作品拝見いたしました。
水中救命活動に携わるサイボーグの少女の活躍、楽しみにしております。
水中対応のサイボーグの実力がどのようなものなのか楽しみにしております。
きっと、義体のサイズが何か特別な意味を持つのでしょうね。
後編を期待しております。
180 :
adjust:2006/10/17(火) 20:20:57 ID:hZUdwWHt0
>>169 名無しにすると特定がしにくそうなので名前付けました
>義体化ヤギー紀元前の話でしたか。
>性感プログラム開発の話なんて萌えるじゃないですか。今後どのように話が展開するのか期待が膨らみます。
>あと、妖艶な笑みを浮かべる若かりし日のタマちゃんにも萌えた。
>コスト計算まで踏み込むあたり、話にリアリティがあっていいです。現に味覚についてはCS-20でも
>実現していませんし。
>
>この作品、完成の暁にはファンアートへ掲載して宜しいでしょうか?
感想ありがとうございます。
当方が心配しているのが、3の444様そして今まで八木橋ワールドを構築してきた皆さんの
世界を壊してしまわないかということです。設定において不愉快な部分がありましたら
ご指摘ください。
基本的に技術は善であるというお花畑の前提において話を進めています
こちらが勝手に設定した条件によって、八木橋ワールドの今後の発展が阻害されることがない
ようにしたいと思っていますが、技術話はその危険性が大きい可能性があります。
そのような不愉快な部分はどんどん指摘していただいてかまいませんので
よろしくお願いします。八木橋ワールドの設定に対する著作権、優先権は今までに構築された
皆さんにあります。こちらではありません。
掲載転載に関してはご自由にされてかまいません。
よろしくお願いします。
それでは今回分行きます。
どうも書いているうちに変な方向に行くのがとめられないです
181 :
adjust:2006/10/17(火) 20:25:34 ID:hZUdwWHt0
その1
「でね、汀さんから調査してもらったんだけど、あなたを推薦してくれたの。」
「はい。でも...ちょっと怖いです。経験があるといっても他の人と比べてそんなにわ
かると思えないし」
「まだ予備調査だから、開発終了までには1年以上かかります。完成してからは会社か
らの謝礼で、導入費用を負担するわ。もちろん本来の謝礼も付けるし」
ここはNTL.EDの応接室。商談用の応接室のひとつで、橋本と大西知美はひそひそ話を続
けていた。SEXに必要な神経の数なんてそんな論文は存在しない。性器や性感帯に集まる神
経節の数に関する論文はたくさん見つかったが、実際に行為を行う際に必要な性感帯のニ
ューロン数や密度を実際の体と同じだけ確保するわけには行かないのである。
一般的に脊髄を構成する神経細胞は10億個程度といわれる。これらはそれぞれが一本の
神経というわけではなくいくつかの神経細胞のつながりを通して線を形成するため、いわ
ゆる通信回線としてみた場合には1/100程度となる。1000万回線である。しかもそれぞれ
の線はお互いにつながり合ったり、また分岐したりして、事実上同じ回線になっていたり
もするから一本の線として脳までたどり着く線は脊髄に限れば100万本程度となる。この
うち内臓、温覚、触覚、痛覚などを外し、性感帯及び性器の神経系に限れば10万本程度、
うまくいけば一万本程度まで抑えられるのではないかというのが、橋本の考えであった。
もちろん実際に10万本の神経に対応する電線を、全身に張り巡らせることは不可能に近
い。特徴的な性感帯と性器に限って性感神経系を張り巡らせ、部分での信号を集約して、1
万本程度の線をまとめて光ケーブル一本で送れば、配線の爆発は防げる。ここまで考えて、
橋本は性感システムの実現可能性を見出した。
性感センサはイソジマ電工開発部が以前から研究を続けている。これまでは使用する目
処がついていなかったが、今回の能力向上計画によって日の目を見る可能性が生まれてき
たのである。
182 :
adjust:2006/10/17(火) 20:26:53 ID:hZUdwWHt0
その2
快感を得るだけなら、実は快感中枢はすでに発見されている。ここに電極をいれ、刺激
するだけで快感自体は得ることができる。しかし橋本のみならずイソジマ電工側もその方
法をとることには難色を示した。この手法は人間の尊厳を冒す。あくまでも人間らしい行
為の結果得るものでなくてはならない。それがたとえ一人行為であっても、そしてSMなど
の行為であってもだ。
予備調査は計算機シミュレーション上で行われる。脳に接続されている神経系のうちの
性感に関する神経を、サポートコンピュータを通してつなぎ、大型計算機からのシミュレ
ーションによる計算結果から対応した神経を刺激することで行われる。したがって特に手
術などは必要ない。
脊髄神経系は全身義体化のときにシリコンチップ上に接続されている。膨大な神経線維
を必要な分だけ配線するのは事実上困難であり、シリコンチップ上に微小かつ莫大な電極
を設置し、多穴質高分子構造材(寒天のようなもの)を接着し、電気泳動法によって、神
経線維を誘導接着する。電極は神経より十分小さく、太い神経は複数の電極にまたがるこ
ともあるが、それの纏め処理は計算機側で行う。したがって、このとき手術時のすべての
神経はシリコンチップ上に接続されており、その中から必要な神経系のシグナルをサポー
トコンピュータで処理するわけで、シリコンチップ上に接続されていても、事実上使用さ
れていない神経系のほうが大多数を占める。その中から性感に関する神経線維を新たに使
用するわけである。
「でも.........」
大西知美は正直言って、そんな調査に参加したくはなかった。しかし彼女には彼氏がい
た。義体化してからも何度かデートに誘われた。性行為もした。大西は自分が性行為につ
いて快感を得ることはあきらめていたが、彼が抱いてくれる安らぎは十分に感じていた。
これに性感を得ることで少しでも以前の状況に戻れることはうれしいことだったが、彼氏
とだけの時間を表に出すには勇気が必要だった。
183 :
adjust:2006/10/17(火) 20:28:56 ID:hZUdwWHt0
その3
橋本は橋本で、ここまでして、わずか20歳の娘を調査に引き込むことは苦痛であった。
経験があるといっても20歳の小娘でしかも、このくそまじめな理系女がそれほど簡単に性
の内面をさらけ出せるとは思えない。元水商売のような慣れている女のほうがいいのでは
ないかと考えていた。
「はあ...」
「ふう...」
くそまじめな理系女二人が同時にため息をついた。
それと気づいた二人が目を見合わせてにやりと笑う。
「まったくたいへんですね。大西さん。この件については、しばらく保留にしましょう。
すぐに結論が出ないということもわかります。」
「え、ええありがとうございます。この調査そのものが嫌いなわけじゃないんですよ。
でも、ちょっとすぐには...」
「そうですよね。わたしだってこんなこと言われたら、悩みまくると思うから。」
ここで普通であればコーヒーでも勧めるところだが、大西が飲めないので、手持ち無沙
汰になってしまう。何にもすることがなく、しばらくぼーっとしているところに大西が顔
を上げた。
「すみません、その資料見せていただけますか?」
指差した先の資料は次回のイソジマ電工との会議資料。いくらかの社外秘情報があった
が、彼女には問題なかろうと考え、同時に衝撃となるような情報は入ってないかと考えな
がら、橋本は大西に会議資料を渡す。会議資料だからそれほどレベルの高い情報が入って
いるわけではない。
「.........」
大西は資料を真剣に読んでいた。性感に関する基本知識、要求される機能、構造、快感
を得るまでの基本的手順、計算機に要求される機能、性能、そして性的快感を得ることに
よる生活の変化
184 :
adjust:2006/10/17(火) 20:32:23 ID:hZUdwWHt0
その4
しばらく真剣に呼んでいた大西は不意に上を向いた。
目をつぶっている。
「う」
「どうしたの?大西さん?」
「う」
もう一度小さくかすれ声。
橋本は大西の様子を見つめた。上を向いたままゆっくりと目を開ける大西。
しばらくして大西は静かに口を開く。その声はかすかに震えていた。
「この体になってから、涙が出ないですね」
あきらめたような薄笑いを浮かべる大西は橋本に体を寄せた。
「もう、あきらめていると思っていたのに、感覚を取り戻せるかもしれないと思うと、
昔のことを思い出しちゃいました。」
「昔は暖かかったです。夏の焼けるような暑い日も、冬の凍える寒い日もその、生きて
いるという感覚が暖かかったんです」
「ん」
淡々と独白する大西知美、橋本は大西をそっと抱き寄せ、かすかにうなずいた。
「生きていけるからよかったんだと理性が言います。でも感覚は必要最小限にしか確保
されていません。理性は今のままでも居場所があります。でも感覚はまだ居場所がないん
です。サポートコンピュータを切り離されて一切が闇の中の不安感、これは感覚について
はそのまま続いているんです。」
185 :
adjust:2006/10/17(火) 20:34:14 ID:hZUdwWHt0
その5
「はっきりいいます。私の中で感覚が暴れています。それを理性で必死に抑えているん
です。もう感覚とはさよならしたつもりでした。でも、さよならできません。」
いつしか大西の独白は叫びになっていた。
「私は感覚が欲しい!、徹と思いっきり感じたい。抱きしめて体温を感じたい。甘いも
のも食べたい。何もかもが欲しい!」
大西は橋本をぎゅっと抱きしめた。
橋本は大西の背中をなでた。わずかなセンサーをたどるように、そしてセンサーが反応
するように力強く。
大西が静かになる。体の震えは止まらない。
「すみません、先生」
「大丈夫よ、そのままで」
橋本は抱きしめたまま静かに答えた。
どのくらいの時間がたったのか、大西の震えはいつの間にか止まっていた。大西の力が
抜けていたのを確認した橋本は、そっと大西の頭をひざの上に乗せた。義体の力で抱きし
められた体が悲鳴を上げる。
「いたた、結構強烈だったね」
背骨が折られたんじゃないかと思うくらい強烈に締め付けられて、肋骨あたりに違和感
を感じる。呼吸のペースは変わらないが、おそらく眠っているのだろう。
橋本は大西の頭をなでた。
「ごめんね、無力で、できる限りのことはするからね」
つぶやきながら、橋本の目から涙が落ちる。
ずっと見守り続ける橋本。
そして大西が目を覚ましたときには深夜に近い時刻になっていた。
今回は以上です。ありがとうございました
現在時刻、午前2時50分。
はあ……。今日もまたこんな時間。これがあと10日も続くのか……。
ウチの部には半期に1度の総会がある。それぞれの担当が、今期の実績や来期の計画を発表することになっている。今年上半
期の総会の開催日が10日後に迫ってきた。課長の監督の下、私の所属する三課が報告書の作成を始めたのが3日前。日常業
務をいつもの通りこなした上で、さらに報告書を作ろうとすると、どうしても夜遅くなってからの作業になる。やっぱり先
輩が抜けた穴は大きくて、残された私達だけでは日付が変わる前には終わらない。他の部署との連携作業もある関係で、徹
夜して一気に仕上げるっていうわけにもいかなくて、結局、その日1日分の作業が1時とか1時半とか中途半端な時間まで続
いちゃう。課長にタクシーチケットを出してもらって寮まで帰り、わずかな時間の睡眠をむさぼった後、また起きて出社す
る日々の繰り返し。
確かに機械の身体は疲れることなんかないし、人工皮膚でできた顔はいつだって健康そのものの血色のよさ。目の下にでき
た隈を化粧で隠す努力も必要もない。先輩だったら、こんな時には屈託のない笑顔で、八木橋さんがうらやましいって言っ
ていたかもしれないなあ……。
身体は疲れないけど、生身の脳みその方はそうもいかない。ただでさえ睡眠不足気味な私がこんな生活を続けていたら、い
ずれ寝坊して遅刻するのは目に見えている。課長に怒られるのはもう慣れたけど、この忙しい時に仕事に穴をあけて、みんな
に迷惑をかけるわけにはいかないよ。サポートコンピューターの時計機能を使えばどんな時間にだって目は覚めるかもしれな
いけど、睡眠不足が解消されなきゃ意味が無い。また府電の中で眠っちゃって、気がついたら終点ってことになるだけだよ。
何かいい方法はないかなあ……。
ん? 待てよ? 府電の中で寝る? ……そうだ!
この間使ってみた補助AI。追従モードじゃなくて、自律行動モードにすれば、自分で状況を判断して歩いたり電車に乗った
りできるんじゃなかったっけ? いつもの通勤時間帯じゃなくて、始発の頃なら自動車だって少ないし、駅のホームも電車
もすいてるから、補助AIでもなんとかなるんじゃないかなあ。
補助AIに身体を預けて会社まで行けるんだったら、その間、私は眠っていることができるはずだよね。会社に着いても、始
業時刻まで自分の席で眠っていればいい。これだ! まさに逆転の発想ってやつ?
そうと決まったら、早速試してみよう。追従モードで通勤経路を覚えさせてから、自律行動モードに切り替える。通勤の間だ
け補助AIが動くように、起動時刻と稼動時間帯を設定しておけば、知らない間に補助AIが身体を動かしちゃうこともない。う
ん、これなら大丈夫そうだよね。
機械の身体の私は、朝の身支度なんてほとんどすることがない。まあ、お化粧はできないけど、それは諦めよう。別にデー
トしようってわけじゃない。どうせ朝は人が少ないんだし、何人かに化粧してない素の顔を見られる恥ずかしさくらい、睡
眠時間を十分にとれることに比べたら、我慢できるってもんだよね。スーツの方は、クローゼットの中から補助AIに選ばせ
るわけにはいかないけど、予めベッド脇に用意しておいて、それに着替えるようにすればいいんだし。それくらいなら、補
助AIが自分の判断でちゃーんとこなしてくれるはず。
朝4時半に起きて、ベッド脇に用意してあるスーツに着替えて、寮を出て、駅まで歩いて、府電に乗って、汐留電停で降りて、
本社ビルまで歩いて、ゲートを通って自席に着く。
ホントは半信半疑だったけど、実際やってみたら、これが思いのほかうまくいっちゃった。念のため3日間様子をみたけど、
これならゼンゼン問題ないよ。もう寝坊することもないし、寝過ごして府電の終点まで行く事もない。これからは、ずーっ
とこのままでいようかと思ったくらい。
そうして総会の当日も無事済んで、その夜は課長の驕りの慰労会。みんな疲れていたけど、気張っていた分だけテンション
も高くて、午前0時の終電ぎりぎりの時間まで飲んで騒いでストレスを発散してた。どうせ明日は週末で休みだしね。
私が寮に帰り着いたのは、1時半近く。補助AIのおかげで睡眠時間はそこそこ確保できてたけど、やっぱり十分ってわけには
いかなかった。私にとっては初めての総会で、気疲れもした。ちょっとだけベッドで横になって休んだら、パジャマに着替え
て、寝て……し……m……
現在時刻 04時30分。起床時刻。着替えが所定位置に発見できず。1分15秒を消費してベッド脇の床の上に落ちているのを確認。
現在時刻 04時40分。寮の扉を開け外に出る。晴天。徒歩での移動に支障なし。
現在時刻 04時47分。信号待ち。青信号に変わるまで、あと25秒。自動車の通過台数、ゼロ。
現在時刻 04時58分。府電ホーム先頭より3両目乗車位置。列車の入線を白線内側35cmで待機。
現在時刻 05時02分。車両内の乗客数3。最寄の空き席に着席。汐留電停到着まで、待機。
現在時刻 05時37分。汐留電停到着まで、あと35秒。下車に備え扉の前に移動、待機。
現在時刻 05時44分。汐留本社ビル入場ゲートに接近。無線LAN認証結果、正常。歩行速度変更の必要無し。
現在時刻 05時50分。自席に到着。稼動終了時刻まで待機。
「…さん、…しさん」
うーん、なんだよう。せっかくの休みの日くらいゆっくり寝かせてよう。
「…橋さん、八木橋さん!」
大声とともに身体を強く揺すられて目が覚めた。目の前には黒ずくめの服を着た男の人。あれ? なんで、私の部屋に、男
の人が……?
「休日出勤お疲れ様です。ここにサインをいただけますか?」
そう言って、ペンを差し出される。
いまだ寝ぼけた頭では、何を言われているか理解できない。顔全体を疑問符にして男の人の顔を凝視する。
「課長からは申請が出ていないようですので、休日出勤記録簿にサインをお願いします」
黒ずくめの服の男の人の、私の行動を促す穏やかかな声。
えーと? 休日…出勤? うん、確かに、今日は週末でお休みの日だけど、なんでそれが出勤って……えっ!
言葉の意味がやっと私の頭にも浸透してくる。休日出勤。お休みの日に会社に出ること。
そう、ここは18階のケアサポーター部の居室にある私の席。そして目の前にいるのは、いつも入場ゲートを通るときに挨拶
している警備員の吉田さん。ということは……。
昨晩は、ベッドに横になったところから先の記憶がない。慌ててサポートコンピューターにアクセスすると案の定、補助AI
が『動作中』のままだった。またやっちゃった。今日はお休みだっていうのに、律儀な補助AIが私を会社まで連れてきたん
だよ。あーあ。
「昨日まで総会でお忙しいようでしたが、八木橋さんも残務整理ですか? 三課の方は仕事熱心ですね」
ごっつい体つきに似合わない穏やかな声で話す吉田さん。でも、なぜか落ち着かない様子で、顔をそむけたまま、私の方を
ちらちら見ている。なんだよう。私の顔に何か付いてるとでもいうの?
「いや、そういうわけじゃないんだけどね。あの、吉田さん?」
「はい?」
「今日はもう帰るからさ。仕事しないんだったらサインはいらないよね?」
サインせずに、このまま帰れば何もなかったことになる。吉田さんには黙っていてくれるよう頼めばいい。人の良い吉田さ
んのことだから、こんなことぐらい、きっと誰にも言わないでいてくれるよ。
「……それはかまいませんが。でも……」
でも?
「八木橋さん、その格好でお帰りになるんですか?」
「その格好?」
「いえ、その、通勤に適した格好とは思えませんが」
休日だからって、スーツで通勤したら変なのかな? 吉田さん、変わったセンスしてるなあ。そう思って目を下に移したら……。
派手な黄色の地に浮き立つピンクのカバのプリント。トンパチの量販店で2着1,000円均一のバーゲンセールで買った私のパ
ジャマ。
え? ……ええ〜〜っ! まさか、まさか。私、この格好で寮から会社まで来たっていうの? でも、一体どうして……?
そういえば、補助AIには、朝起きたらパジャマをスーツに着替えるよう教えておいた。昨晩はスーツを脱いだ記憶がない。
きっとスーツを着たまま寝ちゃったんだ。それで、今朝、補助AIがスーツをパジャマに着替えて、そのまま外に出て……。
「吉田さんっ!」
「はいっ?」
吉田さん、びくっと身をすくめたみたい。
「このこと、黙っていてくれますよねっ?」
吉田さんの目を見据えながら、一語一語に力を込める。ここに来るまでに、一体何人にこの姿を見られたかは、考えないこ
とにした。今は、社内にこのことが広まらないようにする方が先決だ。
「は、はいっ」
吉田さん、私の剣幕に驚いたのか、どもりながらも首を大きく縦に振る。
「私はいいですが……」
え?
「課長の方はよろしいんですか?」
は? 課長?
「課長も残務整理があるとおっしゃって、昨夜から先ほどまで、ここにいらしたんですよ? 八木橋さん、会われたはずで
すが」
「か、課長が……?」
「はい。私がすれ違った時は、目に涙をためて大声で笑っておいででした」
絶句して固まる私。吉田さんはそのまま何も言わずに去っていった。その目に浮かんでいた憐憫の色は、当分忘れられない
だろう……orz
こびとさんへ
こんかいも、おせわになりました。とってもかんしゃしてるんだ。ほんとだよ。
でもね。
すーつとぱじゃまはちがうんだ。いろやかたちが、ぜんぜんちがうのはわかるよね。
きっと、こびとさんも、たくさんまよったとおもうんだ。
まよったときは、えんりょなくたたきおこしてくれていいんだってば。おねがいだよう。
ゆうこ
了
>>167 >>168 > 寝ながら出勤なんていう芸当もできそうですね。
即興で書いてみましたがw
>ウチのサイトのファンアートに掲載しても宜しいでしょうか?
ご自由にどうぞ。
>スレの投下作品を共用の保管庫ではなく個人のサイトに頂き物として掲載するのはまずいでしょうか?
どちらに掲載されてもかまいません。前スレに投下した先輩が登場する二次作品その他もご自由に。
192 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:04:40 ID:/bFzp36f0
オプションパーツの続きです。今回は戦闘無しです。
−−(30)再建計画−−
(新皇帝即位式)
侍従長:「新皇帝陛下即位宣言の儀ぃー。」
新皇帝・朝子8世:「即位宣言。
私、朝子8世は初代皇帝が発布した17条の憲法に則って治世を全うすることを誓います。
このたびの紛争では、離宮地区の荒廃、宇宙開発の遅延など多大なコストを強いられました。
損失回復と危機の再来に備えるべく、皇室並びに八公家の者は臣民の先頭に立って働いて貰います。
シビリアン出身の高官諸氏も臣民の代表者として朝廷を支えてくれるよう希望します。
みな、多忙を極めることになるので今日は簡単に済ませます。以上。」
侍従長:「続きまして、新皇太子認証の儀ぃー。」
元老院議長・さやか(白の公家当主):「皇室典範に基づき認証します。
過去五年間の次期皇太子選挙結果累積ポイント首位者は、朝子10世殿下です。
選挙結果に対する異議申し立てはサイトは本日午前0時に閉鎖されました。
皇位継承有資格者による異議申し立ては1件だけございました。
元老院にて慎重なる審議の結果、当該異議は全会一致で無効と判定されました。
よって、元老院は朝子10世殿下を新皇太子として認め、就任を要請します。」
朝子10世:「新皇太子に選定されました朝子10世です。
私としては、中央での政務より艦長としての長期任務に適性があると思い異議を申し立てました。
しかし、残念ながら元老院の全会一致をもって却下されてしまいました。
私ども皇族は、皇室典範の定める義務には従わなければなりません。
仕方ないので、1日も早く私の遠出が再開できますよう、帝国の基盤強化に努めさせていただきます。
前陛下の遺言に従って地球外素体生産地を実現すべく、高官の皆さんも一緒に頑張って下さいませ。」
参列者一同:「朝子8世陛下万歳!。朝子10世東宮萌えー!。」
193 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:05:40 ID:/bFzp36f0
(その夜、久しぶりにハルの店
http://pinksaturn.fc2web.com/bar.htm#haru )
常連のオサーン:「もう一杯!。」
ハル:「はい構えました。クリトリス押して下さい。」
常連のオサーン:「ぽちっと。嬉しいねえ、こうしてまたハルちゃんのおしっこ飲めるんだから。
心配してたんだよ。最後の戦闘では近くでICBMが自爆したんでしょ。大丈夫だったの?。」
ハル:「真空の宇宙空間では爆風被害って少ないから大したこと無いと思ったんですよ。
でも、工場衛星の基地で調べたら白血病の疑いありって言われて、緊急に降りることになって。」
常連のオサーン:「大変だったね。もう体は良いの?。夜の商売はきついでしょ?。」
ハル:「私らは造血ユニットが5組に分かれていて4基は部品センターに預けてるんです。
通常でも宇宙に3,4年居た後は、メンテナンスセンターで入れ替えて再生に回すんですよ。
今回はその周期が前倒しされただけで済むので、すぐに健康被害が出るわけじゃないんです。
ただ、被害を受けた造血ユニットの再生には10年くらいの培養が必要だそうです。
だから、こういう事がたび重なると造血ユニットのローテーションが出来なくなります。
そうなったら、数年間は航宙士休業って事になっちゃいますね。」
常連のオサーン:「なあんだ。そうなったら、このお店がずーっと開店するんだね。
ぼくちゃんはその方が嬉しいな。」
ハル:「勘弁して下さいよ。こっちはあくまでも副業で、宇宙勤務手当ほどは稼げません。
それに、いよいよ困ったら遺伝子組み替え豚が身代わりになって再生してくれますからね。
公務での損害なら豚の費用は宙軍持ちですし。あ、いらっしゃいませ...あ、マサさん!。」
マサ:「真理亜様も一緒よ。即位式の打ち上げ2次会ってわけね。」
194 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:06:45 ID:/bFzp36f0
ハル:「即位式っていっても、テレビ中継もなく地味ですよね。どんな様子だったんですか?。」
マサ:「新皇太子様の選定に実名でイチャモン憑けたっていう勇気のある人が居て驚いたのよ。
それがさあ、誰かと思ったら本人だもんなー。」
ハル:「へええ、殿下らしいって言う気もしますが、そりゃ無理な話ですよねぇ。」
真理亜:「前陛下の遺言に沿って素体生産地として金星を可住化するには氷隕石が沢山要るわ。
大きな氷隕石を集めるには冥王星方面との定期便が要るから艦長が足りないのは事実よ。
一応、筋は通っているけど、じゃあ代わりに誰が東宮様になるかって言うと答えがないもんね。
今まで北米連の言いなりだった産油国が原油を売り渋ってるから暖房用の燃料が高騰したでしょ。
西欧連では物価高に対する民衆の不満を逸らすため産油国への侵攻を公言する政治家も増えたわ。
もし友好的な産油国が侵攻されたら、従来の非干渉政策を変えざるを得ない場合もあるからね。
仮に平穏が続いても離宮地区のジャングル修復に手間がかかるから他の民生事業が絞られるわ。
大きな政策変更をまとめるには人気が必要でしょ。氷集めなんか殿下抜きでやるしかないわ。」
ハル:「ふーん、私ら軌道警備部隊から冥王星航路に回される可能性も有るんですか?。
冥王星となると、行ける船は”みくら”しか無いですよね。同型艦が増備されるんですか?。」
真理亜:「人事局から編成案の打診が来たけど、ハルは耐G特性が良好だから当確ね。
でも、乗るのは”みくら”型ではないわ。高速連絡艦という新しい艦種に乗ることになるわ。
前回の探検でカロンには水資源が豊富にあって融解すればすぐ使えるのが判ったでしょう?。
つまり、向こうに採水施設を設置すれば推進剤が補給できるから片道分積めば済むわけよ。
それで、”みくら”型2番艦用に用意されていた部品を流用した高加速の新型艦が建造中なの。
推進剤タンクを減らし原子炉から過熱水を引いて蒸気噴射をする補助推進器を追加したものよ。
船体が軽く推力が大きいから満載でもブースター無しで1.5Gの連続加速が出来る予定でね。
推進剤消費が激しいから最大加速は片道2時間が限度だけど1時間で秒速55`に達するわ。」
195 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:09:11 ID:egw4EGdJ0
ハル:「それは速いですね。だけど体が保つかな。あ、わかった、そのためだったのか!。
今回の降下後に受けたメンテナンスでは頭蓋をバラされて脳を裸にして検査されたんですよ。
放射線障害の検査にしてはやけに厳重だと思ったら、耐G特性を調べていたのか。」
真理亜:「そういうことよ。貴女は脳血管に弱いところが無さそうだってデータが出てるわ。
最近降りてきたうちで艦隊勤務ができそうな娘は片っ端から調べられているの。
高速化で冥王星まで片道1年で行けるとしても、現地作業と休養も入れたら3年半周期でしょ。
最終的には4隻の高速連絡艦と7組の乗員を揃えないと金星冷却化計画に足りないからね。」
マサ:「ああ、あのしつこい検査か。海賊退治で頭打った覚えないのになんでかと思ったら。」
真理亜:「藻前の軽い脳味噌ならGだってそんなに影響しそうも無いが一応規則だからね。」
マサ:「そんな高速艦だと操舵員の確保が一番難しいですよね?。」
真理亜:「とりあえず最初だから理美を回して貰えることになりそうよ。」
ハル:「お母さんは候補に入ってないんですか?。」
真理亜:「冬子は当分の間研究所勤務になるわ。無脊髄型サイボーグの研究が重点課題になってね。
例の北米連の自警団が作ったサイボーグの身体制御データから色々解明されたことがあってね。
あのデータに詳しくて、自分の体でで一番使いたがっている者が担当すれば使いこなせる鴨って事。
これが成功すれば、特例志願兵の3割くらいが身体障害者手帳を廃止できるから財政上大事なのよ。
まあ、そういう建前の他に冬子は功績が大きいから家庭生活に配慮したって面もあるけどね。」
ハル:「公式に認められない一般シビリアンとの内縁関係を考慮する事なんてアリなんですか?。」
真理亜:「人事権を握っているのは宙軍大臣、つまり10世殿下でしょ。裏で少しだけアリだわ。」
196 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:10:13 ID:egw4EGdJ0
マサ:「新編成が固まったら宇宙に上がる前に経済特区の料亭で懇親会でもやりましょうよ。」
真理亜:「良い心がけよ。どこの国の軍艦でも宴会の音頭取りは副長の最重要任務だからね。
ましてや、任務中は飲食ができない我々にとってこういう機会は貴重だから。
青の公家が出資したホテルに入居している星雲海ならお任せコースを超特価にできるわよ。」
マサ:「へ?。私が副長なんですか?。純正貴族で階級も同じ雀奴少佐が居るのに。」
真理亜:「キャサリン事件のせいで藻前がの方が2年先任だからと言うのが建前ね。
そして、有能な私の許でなら副長はバカでも務まるが、主任操舵員は違うからと言うのが本音よ。」
(経済特区の料亭 星雲海 特等席のメイン・カウンター)
料理長:「真理亜侯、青の公家様にはいつも何かとご支援いただき有り難うございます。
今日は貸し切りに出来ると良かったのですが、一人上得意様の先約があって済みません。
間を3人分くらいは開けておけますから、ご承知下さい。」
真理亜:「いいわよ。こっちこそ騒々しくって済みませんと言っておいて下さいな。
なにぶん、私らは外見に似合わず荒くれの船乗り集団ですから、一般の方には迷惑ですしね。
ところで、その上得意さんってどんな方ですの?。」
料理長:「大東亜国の方です。本業はサイボーグ技術系の科学者なんですけど、出稼ぎですね。
なんでも個人で研究所を運営しておられるとかで、その資金稼ぎだそうです。
満漢人民共和国がダルマっ子政策を強引に推し進めているので、ここは特需景気でしょう。
外科医や義肢装具師が足りないので出稼ぎの外国人までかき集めているじゃないですか。
素人同然の未熟外科医でも雇われてるって噂だから、専門家なら相当な高給になりますよね。
ここのおまかせコースに組み込まれている松茸カツ丼が、大変お気に入りで頻繁にお見えです。」
197 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:11:02 ID:egw4EGdJ0
真理亜:「ふーん、そう言えば整形の資格持ってる貴族でバイトしている娘も増えてるわね。
(体内通信)みんな、お楽しみ中に悪いけど、生命維持装置の話は声に出さないでね。
相席客が、外国のサイボーグ専門家らしいわ。大東亜人だから工作員ではないと思うけどね。
一応、機密漏れにならないようにして頂戴。(/体内通信)ねえ、その方の名前聞いて良い?。」
料理長:「酉山様と仰います。」
真理亜:「ありがと。ちょっと興味があるからコースが済んだらご挨拶したいわ。
食後に何か一杯差し上げておいて下さいな。(論文DB検索...酉山...有ったわ。
ふむ、私設サイボーグ研究所主宰...北米大手財団研究所の勧誘を拒否...
なかかな骨の有りそうな科学者ね。なるべく味方に引き入れておきたいわね。)」
料理長:「かしこまりました。お好みを伺って、お出ししておきます。」
マツ:「さすがに公家ご贔屓の料亭ね。初めて見る料理ばっかりだわ。」
ミツ:「マサさんも、今やここのオーナー家の一員なんですね。すごいわ。」
ササ:「貴族様って、普段はこんな良い物ばっかり食べているんですか。羨ましい。」
マサ:「私は入籍してからすぐ任務続きだったから、公家邸にはまだ10日しか帰ってないわ。
普段の暮らしと言われても、女子高生の日常しか答えようが無いなあ。」
機関長内定者・知子3世大尉:「皇室では日常の食生活ってかなり質素よ。
行事にかり出された日は設宴に出ることがが多いから、宴会料理って飽きちゃうでしょ。
何も行事がない日くらいは丼物とか麺で軽く済ませたくなるのよ。」
ハル:「えーっ、次期かその次の皇太子の噂もある先帝の孫殿下が丼物ですか?。意外な。
カツ丼とか親子丼って外国映画のせいか刑事や小役人の残業食ってイメージ強いですよね。」
198 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:14:14 ID:7dTjpi9z0
知子3世:「そんな噂は皇族の命名規則を知らない外野のたわごとね。御祖母様は異例よ。
私らは、遺伝子パターンの能力系統別に名前が決まるの。知子は技術開発向きなのよ。
皇族の主流から外れた歴史の浅い遺伝子型で、本来国家指導者を務める型ではないわ。
御祖母様が選ばれた頃は衛星工場拡張期で富国強兵政策の中軸が宇宙工業の確立だったわ。
今は軍事バランス綱渡りの時代だから、国家指導者向きの朝子系統が務めるべき時よ。」
ハル:「へええ。それなら、新型艦の機関長の方が本業に近いんですね。なるほど。」
理美:「丼物と言えばここのコースの仕上げは松茸カツ丼ですね。楽しみだわ。」
料理長:「当亭名物の松茸カツ丼でございます。この後はデザートになります。
食後にまだ飲まれるようでしたら、軽いおつまみなども見繕うようにいたします。」
理美:「うわー、美味しそう。これにありつけただけで来た甲斐があったわ。」
料理長:「お好みですか?。2,3人前ならおかわりもお請けしますよ。
残業食のイメージを打破すべく研究した自信の品ですので気に入って頂けると嬉しいです。」
理美:「こういうの好きなんです。こんな時、壊れないお腹になっていて良かったと思うわ。」
ハル:「確かにわざわざ腹部機器を組み替えてきた甲斐がありますね。」
酉山博士:「料理長、そろそろ。私もカツ丼を貰おうかな。」
料理長:「承知しました。酉山先生もこれがお好きですね。」
酉山博士:「ちょっとわけありでね。カツ丼に拘っていると、幸せを呼ぶ気がするのだよ。」
199 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:15:12 ID:7dTjpi9z0
料理長:「こちらは、そろそろデザートにいたしますか。」
マサ:「デザート兼酒で、ブルーハワイが良いわ。」
料理長:「かしこまりました。」
真理亜:「(どれ、酉山博士に探りを入れてみようかな。)一寸おじゃまして宜しいかしら?。
こっちは荒くれの船乗りの宴会だったものですから、騒々しくって済みませんでしたね。」
酉山博士:「はあ?。若い女性ばかりの宴会で賑やかなのは結構でしたが、皆さん船員さん?。
とてもそうは見えませんが???。はっ、もしかして宇宙艦、ということは...。」
真理亜:「たぶん、ご想像の通りですわ。私、青の公家・宙軍大佐の真理亜と言います。
実家が、このホテルの経営にも少々関わっていますので、料理長とは懇意にしております。
それで、酉山先生が経済特区へ出稼ぎに見えたサイボーグの研究者と知って興味を持ちました。
公表されている業績によると、先生は独自に全身サイボーグに繋がる技術を開発なさったとか。
それ程の方なら、ここで出稼ぎなどなさらずとも、恵まれた環境で研究に打ち込めるのに。」
酉山博士:「あなた方の国と違って外国では公然と全身サイボーグの研究なんて難しいですよ。
制約が多すぎて個人主宰の研究所で細々とやっています。人間での実績はありません。
実は、もう少しで技術が完成って時に、実験に使うはずだった私の娘が亡くなってしまって。
自由に飛行機に乗れる体のうちに南の島に行きたいというので妻に連れて行かせたんです。
ところが、運悪く帰りがけに飛行機が落ちてしまったのです。遺体は見つかりませんでした。
その現場がこの島なのでつい足が向いたんですよ。もちろん資金稼ぎもやっていますけど。
研究の方は、その後素体になってくれる人間がなかなか見つからなくて停滞しています。
その代わり、私の国は微細加工技術が得意なんで、鳥のサイボーグ化は成功したんですよ。
鳥は脳が小さくて小脳や肺のの機能が高度だから、ある面で人間よりずっと難しいんです。」
200 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:15:42 ID:7dTjpi9z0
真理亜:「(もしかしたら理美だった可能性もあるわね。交渉材料に使えるかも。)
ああ、12年前の事故のことですね。お気の毒でした。でも、遺体は出ていないんですね。
あのとき、何人かの生存者が帝国本体の施設に運ばれて緊急改造手術で救命されています。
基本的に外国人はそういう処置の対象外ですが身元不明で記憶のない人も居たようです。
国家機密の問題もあったので、その後外国人だと判っても帰れずにいた可能性があります。
あなたが帝国本体の入国許可を得るのは大変困難ですから私が調査して上げましょうか?。」
酉山博士:「そんな可能性が!。確かにこの国なら...。調べて下さい。お願いします。」
真理亜:「その代わり、私のお願いを聞いて欲しいのですが。」
酉山博士:「どういったことでしょう?。」
真理亜:「私どもは、あなたのような科学者が大国にスカウトされるのを畏れています。
また、小脳や脊髄の機械化といった今後の重点課題に取り組む研究者が不足しています。
継続的な資金援助と引き替えにあなたの私設研究所をこの経済特区へ移転して下さい。」
酉山博士:「なるほど。たとえ娘が見つからなくても、悪いお話ではないですね。
ここでなら、技術力が認められれば、人間の改造手術に関わる機会も得られますよね。
援助と引き替えで監視下に置かれるとしても人体改造に理解のない国で働くよりは良い。
取引先や研究所に居る部下の都合もあるので即答はしかねますが、検討しますよ。」
真理亜:「ご理解頂けて幸いです。それでは御滞在先をお教え願えますか。」
酉山博士:「このホテルですよ。出稼ぎ先の契約が2ヶ月残っているので当分動きません。」
201 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:18:22 ID:rqQIX4b30
(北米連 愛国民兵会会長の牧場)
愛国民兵会会長:「お前達の活躍もあって、ようやく牛泥棒が減ってきたな。
ヤブーの奴が氏んで、昇格した副大統領は小娘帝国侵攻よりも国民保護を優先している。
おかげで長年我々が主張してきたように南部国境のフェンスが整備されて警備も強化された。
宇宙局から仕事の依頼が来ているのだが、この調子なら請けても良いと思うがどうだ?。」
スージー:「宇宙局からなら、宇宙での仕事ですね?。」
愛国民兵会会長:「月面基地へ往復する輸送船の護衛をしてくれと言ってきたのだ。
小娘帝国と公式に和平を結ぶ状況ではないが、敵対行動はとりあえず収まっている。
それで、月面基地に補給物資を運んでヘリウム3を持ち帰る便が出ることになった。
国連事務総長の仲介ということで月への輸送便は妨害しないように話がついたらしいんだ。
実質は小娘帝国との関係が良い満漢が裏取引をまとめたのさ。月の裏の開発権と引き替えでな。
とはいえ、睨み合いの中での航路再開だから不測の事態に備えて護衛が必要だろう。
まだ不安があるからと最初は無人で飛ばすので、もし襲われたら簡単に盗られてしまう。
今後は満漢も月に船を出すとなると、そっちと小競り合いになる可能性も心配だ。
我が国には宇宙で戦える者などお前達しかいないから、断れば護衛無しになるんだ。
それに、スペースシェリフ・ワンなら打ち上げ方法が違うからICBMと誤認されない。
つまり、お前達さえ先に手出ししなければ、戦火をあおることはないんだ。」
スージー:「私は元々宇宙での仕事がしたかっただけですから、内容は何でも良いです。
貨物船の護衛なら民間防衛の領域ですよね。軍に属さない我々の方がやり易いでしょう。
前の小競り合いは民事紛争を通告したので、一応、私らは戦争に関わっていませんからね。
リンダはどう思う?。」
リンダ:「まだ宇宙での戦闘のスリルは忘れられませんが、贅沢は言えませんね。
朝子10世とは決着をつけたかったけど、収まりかけた戦火をあおるわけにはいきません。
これ以上食糧難になったら、我々を支えて貰うのが難しくなりますからね。」
202 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:19:17 ID:rqQIX4b30
愛国民兵会会長:「そこを理解しているなら、やってもらっても大丈夫だな。
宇宙局の頼みは無碍にできないが、お前達の敵愾心が心配なので返事に迷っていたんだ。」
リンダ:「盗賊を大勢殺したし、荒事には飽きてきましたね。もう充分です。
それに、この物価高じゃあ、すぐお金になる仕事をしないと私らの維持費も厳しいでしょ。」
愛国民兵会会長:「今度は地味で忍耐の要る任務だが宜しく頼むぞ。」
スージー:「ところで、軌道に置いてきたスペースシェリフワンの増結船体は無事かしら?。」
愛国民兵会会長:「戦争の間には何者も接近していないことを確認済みだ。
小娘帝国の奴らはICBMの迎撃以外に宇宙での戦闘行動をやっていなかったようだ。
自爆装置を畏れて近づかなかったのかな。補給品は月への貨物船に便乗で上げてくれる。
頑丈な船だから故障はないだろうが、点検はドッキング後に詳しくやってくれ。」
203 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:22:17 ID:rqQIX4b30
(青の公家邸)
真理亜:「今日、ここに呼んだのは、貴女の個人的な問題について話したかったからなの。」
理美:「個人的なことですか?。そう言えば、真理亜様には採用でお世話になりましたね。
でも、その後私に関することは公私とも殆ど現東宮様にお任せしてきましたが?。」
真理亜:「今回は、きっかけになったのが、私の報告から始まったことなのよ。
それに、もしかしたらかなり時間がかかるので東宮様と相談の上で私が引き受けました。
この話を聞くと貴女が動揺するかも知れないので、次の任務の安全にも関わるし。」
理美:「なんだか、伺うのが怖いですね。」
マサ:「あのーぉ。個人的に深刻な話なら私は逃げ去った方が良くないですか?。」
真理亜:「気分的にはね。でも副長内定者としては、知っておいて貰った方が良いわ。実はね、理美のお父さんかも知れない人が特区に来ているのよ。」
理美:「はあ、しかし今さら私の身元が分かっても名乗り出るわけに行かないのでしょう?。
正直なところ、事故前の記憶は全然戻っていませんし、私には東宮様が親代わりですから。」
真理亜:「私だって通常なら知らなかったことにしておくんだけど、そうも行かないの。
その人というのが、かなり有力なサイボーグ技術の研究者で特区につなぎ止めておきたいの。
全身サイボーグに繋がる技術を個人主宰の研究所で開発していた人物なのよ。そういう人が、北米連や満漢にスカウトされたら帝国の国益に差し障るでしょう。
だから、理美には悪いけど仮に別人だったとしても暫く餌になって欲しいのよ。
もちろん、実のお父さんだったら特区に研究所を移転するように説得して欲しいしね。」
理美:「漸く操舵員として自信がついてきたし、私にはもう宇宙の仕事しか考えられません。
今さら出身地に帰るよりも、冥王星定期航路の操舵席を我が物にするほうが大切です。
ですから、帝国が危機になって遠距離飛行の機会が減ったら私も困るんです。
今の地位を守るためなら、その人がたとえ実の父でなくても精一杯説得します。」
真理亜:「そう、だったら巧くやってくれるわね。頼んだわよ。」
204 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:24:10 ID:6A/o+cOl0
(メタロリホスピタル=酉山の出稼ぎ先)
陳:「人民共和国政府希望達磨子政策費用低減。交代制労働者手足共用化希望。
為餓死者発生回避、食料消費削減食肉捻出一層必要。達磨子生産倍増必須。
要求水準参交代制労働者九人宛共用手足四式也。」
輸出義肢営業課長:「手足共用化難問有。為混信防止、神経断端送受信機被与達磨人固有番号。
神経断端送受信機帝国本体製品也。固有番号決定半導体製造時也。経済特区独自変更不可。
当然切換式化不能也。」
陳:「人民共和国政府超大口顧客也。特段配慮希望。」
輸出義肢営業課長:「専門家協議必要。後日回答。非期待希望。」
陳:「謝々。肯定的回答希望。再見。」
輸出義肢営業課長:「先生、満漢領事館の書記官がまた無理難題をふっかけてきたんです。
先日来、しつこく値切ってくるのを拒んでいたら、それなら手足を共用にしろと言うんです。
3交代制の労働者なら勤務中以外は手足が要らないから9人で4組を使い回すようにしろと。
予算不足なので、このままでは餓死者の発生を回避する目的が達せないと言うんです。」
いつぞやのダルマッ娘好き整形外科医:「私としては出来るものならやってあげたいですね。
だって、同じ予算で切断手術が増えるでしょ。丸々2.25倍は無理でも2倍に出来たらなぁ。
今は収入の大半が宇宙工場の支払いに回っているのが、こっちの実入りに変わりますよね。」
輸出義肢営業課長:「営業的には確かに美味しいんですが、帝国宙軍の協力は無理ですよね。」
ダルマッ娘好き整形外科医:「そりゃ、あちらの収入減に繋がるから仕様変更はダメでしょう。
仮に経済政策としては許容しても、半導体生産システムをいじるのは時間がかかりそうだしね。
うーん。何かいい手はないかな。そうだ、出稼ぎで凄い先生が来ていたな。相談してみよう。
その代わり、もし成功したら一つ私の頼みも聞いて下さいな。」
205 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:25:05 ID:6A/o+cOl0
輸出義肢営業課長:「何でしょう?。」
ダルマッ娘好き整形外科医:「私が股関節離断手術を担当するのは女の子だけにして下さい。
男の股関節離断は切断後に性器が突き出ていてきもいからやりたくないんですよ。
私は性器寄りに縫い目が来ない術式が売りなので、女の子じゃないとやる気がそがれます。」
輸出義肢営業課長:「今は満漢政府の注文が大半ですから、女の子だけってのはきついなぁ。
あの国は一人っ子政策が農村の因習と合わなかったせいで、男の人口比が多いですからねえ。
他の先生に男の手術ばかりやらせたら、不満がたまって辞める人が出かねません。」
ダルマッ娘好き整形外科医:「性転換するか、せめて宦官にしてから来て貰えませんか?。
南亜連にはそう言う手術を安くやってる地区が多いし特区だってその次に安い地区なんだ。
満漢人民共和国はとにかく人口を抑制したいのだから一石二鳥だし、受け入れるでしょう。」
輸出義肢営業課長:「わかりました。満漢領事館に打診してみますから検討の方宜しく。」
酉山博士:「ご相談とはどういった件ですか?。」
ダルマッ娘好き整形外科医:「断端トランスポンダを改造せずに義肢を共用化したいのです。
満漢人民共和国が飢餓回避のために達磨っ子政策をやってますよね。予算が足りないんです。
このままでは春先に大量の餓死者が出そうだというので、何とか助けて上げたいんですよ。
むかし密かに全身サイボーグを作ったという噂もある酉山先生なら出来ませんか?。」
酉山博士:「その噂は誤りですよ。技術完成の寸前に娘を事故で亡くしてしまったんです。
私の国では素体のなり手がそうそう見つからないので、その後は研究が停滞しています。
しかし、餓死者が大量に出るというのは気の毒だ。うーん、一つだけ方法がありそうですね。
ただ、前提として神経側のトランスポンダ部品を同番号で重複購入する必要があります。」
ダルマッ娘好き整形外科医:「手術失敗や修理での需要があるので重複購入は許されます。
もしかして、一人の体に複数のトランスポンダを埋め込むお考えですか?。」
206 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:25:52 ID:6A/o+cOl0
酉山博士:「その通りです。神経に繋がるアナログ側でなら並列接続は可能ですよね。
帝国製のトランスポンダは小さいので断端周囲の筋肉を少し削れば収まるでしょう。
義肢を付ければ断端が磁気吸着機構に覆われるので電波漏れはわずかです。
義肢を外したときだけ断端に磁性金属のキャップを付けさせれば混信しないでしょう。」
ダルマッ娘好き整形外科医:「私はトランスポンダの並列重複接続に自信が持てません。
満漢領事館の要求を満たすには、4個のトランスポンダを入れなくちゃいけないんです。
向こう3年間の増収分の5%を差し上げますので、術式の確立をやって頂けませんか。」
酉山博士:「良いですよ。満漢の人たちもお困りのようだし、お引き受けしましょう。」
(経済特区の料亭 星雲海 特等席のメイン・カウンター)
理美:「酉山博士の説得を引き受けたせいで、またここに来れるなんて役得でした。」
真理亜:「あの人はここが相当に気に入っているようよ。先日も居たのよ。」
理美:「そう言えば、相席の客が一人居ましたね。あの人でしたか。」
真理亜:「貴女の動揺を心配してその場ではこの話を出さなかったのよ。」
酉山博士:「真理亜大佐、さんざんお待たせして申し訳有りません。
帰ろうとした矢先に、同僚から相談事を聞いてくれと頼まれましてね。」
真理亜:「どういたしまして。料理長が食前酒を出してくれていますから。」
料理長:「酉山先生は、いつものやつで宜しいですね?。」
酉山博士:「そうして下さい。ところで、その娘は?。」
207 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:28:00 ID:WKw4sn6L0
理美:「理美です。元の名前は思い出せません。今は宇宙艦の操舵員をやっています。」
酉山博士:「すると、貴女が?。やはり、記憶は戻っていないのですね。
残念だが大変な怪我だったというから、その方が精神衛生上は良いかもしれないな。
たとえ貴女が私の娘だったとしても、もう昔の名前に拘るつもりはありませんよ。
とにかく私のせいで厭なことを思い出させてしまって、済まなかったね。」
理美:「憶えているのは、手足や眼が無くなって人工臓器の管が繋がった状態からです。
でも、今は完全な体になって宇宙で活躍させて貰っているので落ち着いています。
12年前に事故で救出されたときの、黒こげになった自分の写真を見ても平気でした。」
真理亜:「酷い写真ですが、手がかりになればと思い、お持ちしました。
私らは吐き気と無縁の体だから良いけど、食事前に見るのはきついかも知れませんね。」
酉山博士:「うっ、これは酷い。これでは到底誰だか見分けようがないですね。
当時の私のサイボーグ技術では救命できたかどうか、全く自信はないですね。
貴女はこの国で改造手術を受けられて、運が良かったと思いますよ。」
理美:「あなたがお父さんなら、腕を信じられなくて申し訳ないけど、そう思います。
こんな状態から復活して、冥王星探検で艦の操縦を任されるまでになれたんですから。」
酉山博士:「あの探検隊に参加していたのか。それは凄い。きつい加速が続くんでしょ。
私の技術力ではそんな飛行に耐えられるサイボーグができるか、まだ判らないですよ。
制約の多い国の、私設研究所で細々とやっていたのでは後れをとるばかりですね。
何しろ大東亜では、たちの悪い宗教政党がいつもちゃっかり与党に入っていましてね。
長年に渡り公権力を利用し、彼らの価値観を国民に押しつけようとし続けているのです。
その結果、サイボーグの実験どころか、死刑囚の臓器を移植に使うのだって困難です。
見かねた私の娘が素体になってくれると言い出したのですが、その矢先の事故でね。」
208 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:30:31 ID:WKw4sn6L0
真理亜:「先生の研究成果を応用すれば、無脊髄型サイボーグの障害を除けるでしょう。
我々と提携していただければ、いずれ核パルス推進艦に耐えられる乗員も出来ますよ。」
理美:「核パルス推進艦かあ。理論上は冥王星まで10日で飛べるのでしたっけ。
実現したら是非乗ってみたいわ。でも核では酷い目にあったし難しいかしら。」
真理亜:「反核憲法が禁じるのは核兵器よ。動力としての核爆発は否定していないわ。
先帝が核攻撃で消滅したからという感情的な反対など、この国ではあり得ないわよ。
地球外に素体生産地を得るためなら、タブー無しにあらゆる手段が実行されるわ。
まあ、今の世界情勢では摩擦になりすぎるから、明日建造って訳には行かないけどね。」
酉山博士:「羨ましいですね。私の国では200年前の核被害がまだ尾を引いています。
核パルス推進どころか、原子力発電や迎撃ミサイルまで一緒くたに反対する輩も居てね。
新たな核被害を防ぐための迎撃手段を否定するなんて、気違い沙汰なんですけどね。」
理美:「核パルス推進艦は禁じられてないんだ。いつか乗れるようになったら良いなぁ。
酉山博士がお父さんなら、その技術ができた時は再改造をお願いしたいですね。」
酉山博士:「そうか、12年前の約束を果たしてくれるんだ。わかったよ。
研究所をここに移転して、貴女がたと提携することにしましょう。
この料亭の松茸カツ丼もすっかり病みつきになってしまったしね。」
理美:「まあ、私、元々カツ丼好きです。ましてここのは私も病みつきになりそうだわ。
2等兵の給料じゃ贅沢は出来ないから、奢ってくれるパパが見つかったら良いなあ。」
真理亜:「この娘のDNAデータもお持ちしています。これで鑑定なさったら?。」
酉山博士:「もし違ったら決意が鈍りそうだから、鑑定は移転後にしますよ。
今は、再改造をやらせてくれると言うこの娘の気持ちに、応えたいと思います。」
209 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:36:08 ID:WKw4sn6L0
真理亜:「そうですか。すぐに決めていただけるとは有り難いわ。
私たちは近々任務で宇宙に出てしまいますので、長引いたら困るところでしたの。
移転費用援助の件など後の細かいことは、我が公家の執事が対応いたします。
ご希望が有れば何なりとお申しつけ下さい。大抵のことはできますので。」
理美:「とりあえず、暫定パパ発見に乾杯ってどうですか?。」
酉山:「いいですね。いつか必ず君を再改造することを誓ってね。」
料理長:「お祝いってことで秘蔵の銘酒をお出ししましょう。」
210 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:37:31 ID:T2AhKmsq0
(宙軍研究所 惑星開発施設実験部)
作業員:「おい非人、井戸掘りはもう良いぞ。お前は艦隊に貸与されることになった。
今から、カロンへ輸送するため厳重に梱包される。まあ向こうでまた井戸掘りだがな。」
キャサリン:「カロン!。そんな寂しいところに一人で残されるなんて。厭あぁぁ。」
作業員:「さすがに1柱じゃ気が狂うかも知れんというので、仲間を付けてやる。
非人には勿体ない配慮だ。新皇帝陛下も新東宮様もお優しい方で良かったな。
今から仲間に引き合わせてやる。精々仲良くするんだ。さあ持って行くぞ。」
キャサリン:「けっ、今さら何が慈悲だってんだい。人でなしどもめ。」
作業員:「ふう、お前らは重くてかなわん。ほれ、そいつが一緒に行く仲間だ。」
キャロル:「貴女は誰?。やっぱり、何かの罪で人権削除刑に処されたの?。」
キャサリン:「名前ったって今じゃただ”おい非人”さ。罪ってもねえ。
いくらスパイだって、侵入しただけでここまでされるなんてあんまりだわ。」
キャロル:「スパイ!。貴女、北米連の工作員なの?。私もなのよ。」
キャサリン:「そうよ、私はキャサリン。」
キャロル:「ああ、キャサリン姉さん、なんてこと。私キャロルよ!。」
作業員:「なんだ。おまいら、姉妹かよ。揃ってどじなスパイとは禿笑だぜ。」
キャサリン、キャロル:「「畜生!。今に見ていろ!。」」
作業員:「ほお、元気が出たようだな。活きが良くないと使えんから何よりさ。」
211 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:38:08 ID:T2AhKmsq0
(M55ロケット発射台)
マサ:「あーあ、何で私らだけ先に上がるんです?。理美は良いなあ。
今夜、お父さんらしい人にまた料亭で奢って貰ってるなんて。貴族の方が惨めだわ。」
真理亜:「新造艦だから当然ね。積み込み前の艤装チェックは幹部の仕事よ。
それに、酉山博士の気持ちをつなぎ止めるのは国益に関わる重要任務でもあるのよ。
おまけに、この便の貨物室には最優先で搬入する重要物品が乗っているからね。」
マサ:「まあ、真理亜様と一緒なら良いか。ところで重要物品て何なんです?。」
真理亜:「今回はカロンに採水施設を置くのが目的だから、すぐ判るでしょ。
無人惑星開発施設に欠かせない制御装置、つまり人柱に決まっているじゃない。」
マサ:「げえぇ。もしや、あいつらのどっちかですか?。恨み背負って飛ぶのぉ!。」
真理亜:「2柱セットでね。あんまり寂しくて発狂しないようにとの勅命よ。」
マサ:「ぎょえー、恨みダブルじゃないですか。怖いよー。」
真理亜:「相変わらずバカね。何を軍人らしからぬ事言ってるの。」
マサ:「私の信条は軍人たる前にコギャルたれですから。
宙軍の仕事は目的ではなく、私がコギャルであり続けるための手段に過ぎません。
宗教なんか信じませんが、占い・都市伝説のたぐいはコギャルに必修です。
制度上は死人同然でも、現に生きている仇敵の怨念だったら考慮します。」
真理亜:「なるほど。そういう固い信念は宙軍サイボーグ兵に最も大事な資質ね。
バカっぽいけど、飛行の安全に必要なものだから間違ってはいないわ。」
212 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:39:30 ID:T2AhKmsq0
(静止軌道第一工場衛星 宇宙艦建造ドック)
マサ:「こんどの新型艦”なると”は、随分鶴っ首ですね。なんだか弱そう。」
真理亜:「主船体を短縮したけど格納庫は”みくら”級と同じ大きさだからね。
その分だけヘッドフィギュアと主船体の間が伸びてしまったのよ。
でも、そのせいで後進用バーニアがいい場所に付けられて操縦性は改善したわ。
逆に前進用バーニアが過熱蒸気推進器に押しのけられて斜め装備になったけどね。
どっちかというと、入出港の微妙な操作で後進の方が重要だからこっちが良いわ。
各部の強度も加速力用見合いで改善されたから見かけによらず頑丈だってさ。」
マサ:「主船体短縮で兵員室が小さくなって定員が減ったでしょ、大丈夫かな?。」
真理亜:「エンジングリッドの材質改善で飛行途中の交換が要らなくなったわ。
そのほか、今までの実績から消耗しやすい部材は補強されているのよ。
冥王星航路でたった20名じゃ厳しいけど、手が掛からない艦にはなっているのよ。
まあ、糊代がないから全員が全ての科業を応急に代行できるよう訓練しないとね。
例えば、操舵員は雀奴と理美だけだから巡航時のバックアップは藻前もやるのよ。」
マサ:「えっ、それは危ないのでは?。」
真理亜:「従来の艦なら、その通りだわ。でも、この艦には対策がされているわ。
操縦系にエミュレーションソフトが入っていて、運動イメージの変換が出来るの。
他の資源収集艦とか百式迎撃艇のような搭載艇の操縦イメージで動かせるのよ。
藻前なら迎撃艇のプロだし、加速特性が似ているからぶっつけ本番で動かせるわよ。
当然変換遅延があるから入出港なんかは無理だけど巡航なら問題ないはずね。」
213 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:41:05 ID:TuW2e6TJ0
マサ:「なるほど。それでも他に大型艦向きの娘は居るでしょう?。」
真理亜:「動かすだけならね。でも万一の射撃まで考慮したら藻前が一番だわ。
艦載エキシマの操作は操舵員がやるんだし、副長なら艦橋に常駐だからね。
今さら北米連が何か仕掛けるとは思わないけど、隕石を撃つ可能性が有るでしょ。
発進後1時間で秒速55`に達してしまうから避けきれない確率は上がるし。」
マサ:「射撃を期待されてということなら仰るとおりですね。」
真理亜:「その他の未経験科目も航行中に一通りVRで練習して貰うわよ。」
マサ:「えーっ、まだ勉強ですか?。体内CPUパンクしそう。」
真理亜:「そうならないように着任前整備で新型の基板に交換したでしょ。
不揮発メモリが倍増したし、情報検索コプロセッサが憑いたでしょうが。
まだ宙軍全員に装備できる生産台数が無いのを優先的に回して貰ったのよ。
加速航行時間が長くて殆ど遊べないから学習くらいしか出来ないでしょ。」
マサ:「往復の丸2年勉強続きは、厳しいなあ。」
真理亜:「なんちゃって女子高生みたいなこと言うんじゃないわよ。
さてと、ちょっと倉庫で人柱どもの機嫌でも見ていこうかな。」
マサ:「どうせ嫌みしか言いませんよ。むかつくだけです。」
真理亜:「むかついたら、苛めてやればいいのよ。当然の権利なんだから。」
214 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:42:01 ID:TuW2e6TJ0
(北米連・砂漠の民間宇宙港)
愛国民兵会会長:「貨物ロケットが上がったぞ、こっちは出られるか?。」
会員パイロット:「離陸許可出ました。」
愛国民兵会会長:「よし。レッドナイト発進だ。」
会員パイロット:「高度順調に上がっています。」
スージー:「毎度送迎ご苦労様。最終チェックOKよ。」
愛国民兵会会長:「うむ。今回はとことん荒事を避ける飛行だ。難しいが頼んだぞ。」
リンダ:「途中で満漢の月基地建設船を追い越すことになりますからね。気を付けます。」
会員パイロット:「発進高度です。切り離します。」
スージー:「スペースシェリフワン、メインエンジン、サイドブースター点火。」
215 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:43:03 ID:TuW2e6TJ0
(静止軌道第一工場衛星・ベイ 出航風景
http://pinksaturn.fc2web.com/syukkou-naruto.htm )
マサ:「”なると”乗員点呼終わりました。全員、定位置に着いています。」
真理亜:「出航準備良いわね。口閉めて。」
理美:「閉めました。ベイ減圧中です。気圧ゼロ。出港許可出ました。」
真理亜:「よし、出して。理美は初体験しっかり味わうのよ。」
理美:「下部バーニア、出力50%。上がります。う、うっあう...まだ抜けません。
艦底高度5b。ひっ、あひひ...イきました。出力40%、抜けそうです。」
雀奴:「そうそう、初めての時は優しく抜くのよ。」
理美:「右サイドブースター5%、そーっと、ひいぃ、あ、先っぽ抜けた。高度10b。
係留ポール離脱確認。ジャイロ回転速度微調整、方向良し。ベイ、ハッチ全開確認。
ヴァギナルハッチ閉鎖。上昇速度毎秒4b。横に秒速3b、ハッチ通過予定位置に同期。
後進バーニア40%、くぐります。後進バーニア80%。ハッチ抜けました。
ベイからの距離、50m、150m、400m、800m...安全距離到達。」
雀奴:「巧かったわよ。」
真理亜:「針路に向けて。全員、高加速対応体制!。」
理美:「旋回始めます。方位東30度。原子炉出力上げます。出力60%。
推進剤電離良し。グリッド電位上昇。増加推進剤炉心に注入、原子炉100%。
過熱蒸気路開放。原子炉過負荷運転開始、120%に到達。出力固定。」
216 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:44:31 ID:CSOdt8cw0
真理亜:「計画通り推力出てるわね。そのまま、連続加速に入って。」
マサ:「対銀河方位確認。針路ぶれ、北に0.3度、西に0.1度出てますね。
速度は順調に上がっています、太陽に対し秒速10`超えました。」
知子3世:「初めて使う機関が問題なくてほっとしましたわ。」
理美:「方位修正しました。」
真理亜:「とりあえず安心ね。このまま針路維持。」
理美:「雀奴侯、せっかくの新造艦でしたのに出航譲っていただき済みませんでした。」
雀奴:「”なると”も処女だったから理美が相応しかったのよ。」
真理亜:「理美もこういうことが出来る歳になったのね。あっという間だったわ。
みんな忙しかったわね。ところで、理美の本体の方はどうなの?。」
理美:「ま、まだです。今回の休養中はお父さんらしい人が現れたし、ちょっと。」
真理亜:「まあ、慎み深いのね。マサとはえらい違いだわ。」
マサ:「私はどうせ根っからの人工性器ですから。」
真理亜:「そう言う問題かよ。」
217 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:45:20 ID:CSOdt8cw0
(中軌道 スペースシェリフ・ワン)
リンダ:「貨物船から補給カプセル射出されました。」
スージー:「捕まえたわ。連結良し。ミサイル取り出してくるから燃料吸い上げて置いて。」
リンダ:「はい。ちゃんと入ってますね。10分で終わります。」
スージー:「ミサイルも収容できたわ。宇宙局に連絡して貨物船を予定通り月に向けさせて。」
リンダ:「あ、帝国工場衛星からこけし船出現。拡大映像確かめます。見たこと無い型だわ。
なんというか、鶴っ首のこけし船ですよ。きもーい。あんなのおまんこに入れられたら気が狂うわ。」
スージー:「私らにはもう無いから大丈夫よ。で、針路は?。輸送妨害の恐れはどうなの?。」
リンダ:「全く無関係の向きです。うわ、こけし船とは思えない高加速で飛び出しました。」
スージー:「どれ?。うーん、速いわね。この方角は...また冥王星に行くのかよ。」
リンダ:「戦争が一息ついた途端、もうですか。遠ざかって行くわ、悔しいですね。」
スージー:「仕方ないわよ。私らにとって、今は奴らより満漢が心配すべき相手だわ。
私らしかサイボーグが居ないんじゃ外惑星には手が出ないし、奴らは月に興味ないからね。
満漢は、今回の休戦裏工作で漁夫の利を得て月の裏側を手に入れてしまったでしょ。
でも、貪欲な国だから裏だけで満足しないわ。いつか月面を巡る争いになると思うの。」
リンダ:「それもそうですね。私達は今やれることに集中するしかないですね。」
218 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:48:08 ID:CSOdt8cw0
(”なると”艦内)
真理亜:「艦長です。今度の任務は周知の通り、カロンに採水施設を設置することです。
これが、戦後の再建計画の重点課題の一つである地球外素体生産地獲得の第一段階です。
後に就航する高速連絡艦は、この水資源をあてにして隕石移動装置の輸送に当たります。
そして、金星冷却作戦に必要な大型氷隕石を搬出する事業が延々と続けられるのです。
また、一部の氷隕石は工場衛星の生産力強化や満漢の月面基地への販売に回されます。
その収入で、計画全体の費用を賄うわけだから、つまり我々の生活費にもなるのです。
採水が失敗すると、我々自身は帰りの推進剤に困り、後続艦が任務変更を強いられます。
無論、修復困難な装置の故障などに備えて救援を待てるだけの物資は搭載しています。
でも、安心するのは構いませんが、決して油断はしないで下さい。
”なると”は間もなく秒速55`に達し、さらにメインエンジンによる加速を続けます。
10日目には秒速500`の計画最大速度で慣性航行に入る予定です。
まだ、誰も経験したことのない高速での飛行です。些細なミスが大事故に繋がります。
20名で従来の30名分の仕事をこなしながら注意力を持ち続けるのは大変です。
そのため、この艦は航行途上での整備に極力手が掛からないように改良されています。
また、搭乗メンバーの体内CPUは最新のものへ優先的に換装させて貰いました。
情報検索コプロセッサの効果で新しい仕事を身につけるのがかなり楽になったはずです。
人工皮膚も外観、耐寒性とも優れた新素材”白雪姫”を最初に使用させて貰っています。
これらの優遇措置を精一杯生かして、任務を成功させて下さい。」
219 :
pinksaturn:2006/10/18(水) 22:51:19 ID:6sD5ZC/L0
マオ:「この”白雪姫”ならカロンで思い切り滑っても安全だわね。」
ミキ:「見栄えも良いしね。だけど、スケートやる暇有るのかしら。」
マオ:「私らがカロンに行ってそれをやらなかったら、何しに行ったか判らんがね。
採水施設が完成してから帰りに使う水を取り貯める間は、十分に暇があるわ。
今回はパパが宙軍当局から映像の独占使用権を獲得したから気合い入れなくちゃ。」
ミキ:「気合いは良いけど、さらにやりすぎて壊れないでね。」
マオ:「そう言いながらミキだって改良した衣装持って来てやる気満々だね。」
ミキ:「そりゃあ、あんたには負けたくないから当然よ。」
(宇宙に出た娘達はとりあえずそれぞれ建設的な方向に向かって活動を再開しました。
しかし、2ちゃんを遙かに超えるレベルで人大杉の地上では帝国の力が及ばない場所でせこい争いがなかなか無くなりません。
次回予告:(31)国盗り物語。)
220 :
adjust:2006/10/19(木) 00:03:20 ID:Y9/HpX470
今回分を投下させていただきます。
萌えがどうもうまくかけないようで申し訳ないです
自分が色気のある話を書けないのを確信してしまいました(涙)
221 :
adjust:2006/10/19(木) 00:04:38 ID:Y9/HpX470
その1
「はふ」
今日何度目かのため息。仕事をしながらも集中力が続かない。次の会議資料は中途半端に止まったまま。ポケットの
携帯電話に手を当て、また深く息をつく橋本であった。
昨夜は大西を家まで送り届け、自宅までたどり着くと、橋本は珍しくブランデーをタンブラーに満たした。つまみを
用意するような余裕は今の橋本にはない。酒を少しずつ流し込む。焼けるような刺激がのどを通りすぎた。
「橋本先生、いや、橋本さん。今度の調査やってもいいです」
別れ際のつぶやくような言葉が耳に残っている。このときの、泣きそうで、しかも聖母のような表情を見たとき、橋
本は完全に、大西に依頼したことを失敗だと思った。命に別状があるわけではない。性体験を再現してもらうだけであ
る。しかし、他人が踏み込んではいけない領域というものが確かにある。
「エンジニアの十字架」
こんな言葉がふと口から出た。ものづくりを生業とする以上、その作品は少なからず他人の人生にかかわることにな
る。兵器、航空機などは典型的な例である。作品の出来は即、使用者の人生にかかわってくる。何かのミスで旅客機が
墜落でもすれば、数百人が命を失う。その原因が自分の担当だったとすれば、その責任はどのように償うことになるの
であろうか。
大なり小なり、エンジニアは自分の作品に対して責任を持つ。しかし実際のところ“自分の責任はここまで”と割り
切って、それ以外は自分の問題ではない、と知らん振りしなければやっていけないし、実際自分の担当以外のところま
で手を出せない事情もある。橋本がこの仕事を引き受ける際に躊躇したのは、この責任の重さを量りかねたのが理由で
あった。
外国の最大手航空機産業の副社長にインタビューした記事があった。インタビューしたのは某大学の航空工学の教授
で、彼も航空機の安全性の問題点については知り尽くしている人物である。その彼が、「旅客機の安全性に関する費用は
異常な状態になっている。確率的にはこれほどの費用をかけなくても同程度の安全性を確保できる。コストの面につい
てもう少しかんがえてはどうか」と聞いた。その結果は次のようなものであった。
222 :
adjust:2006/10/19(木) 00:06:57 ID:Y9/HpX470
その2
すっくと立ち上がり、胸に手を当てて宣誓のように答える。
「航空機はどんなに安全であっても安全でありすぎることはない」
これが彼の答えであった。
手の中の酒がなくなるまでにはそれほどの時間はかからなかった。アルコールが体を火照らせても、意識はまだはっ
きりしていた。
全身義体、これにかかわることは、患者の命に対しての責任のいくらかを負うことを意味する。そして、性感帯プロ
グラムに関しても、大西知美、そして今後開発にかかわる義体協力者、エンドユーザーとなる義体利用者の人生にかか
わることになる。この仕事を引き受けたとき、いつかは十字架を背負うだろうなという確信があった。大西の協力は彼
女の人生に対するはじめの十字架になるかもしれない。
橋本の提出した性感帯プログラムの調査提案は会議中、それほどの問題もなく通過した。味覚に比べれば性感のほう
が、まだ実現性は高いと考えられた。橋本の提出した企画案が割りと無理なく実現できそうな記述であったせいもある。
調査が済んで見通しが立たないと開発には進めない。イソジマ電工義体開発課、NTL.ED第4開発室、同開発計画室は直
ちに性感プログラム調査のための情報収集システムの開発に入った。
「ようこそ、大西さん、予備調査よろしくお願いします」
「こちらこそ、わがままいってすみません」
汀が明るい声で大西をベッドまで誘った。
ベッドに腰掛ける大西、橋本も笑顔を浮かべながら、機器の設定に没頭する。データ収集中は汀と橋本の二人以外、
一切研究室には出入り禁止、システムの操作は、別室の大型コンピュータも含めてすべて橋本が行う。収集したデータ
もすべて橋本が管理し、分析結果以外は公表されない。情報収集中のトラブルに関する責任はすべて橋本が負う。この
二人以外にはプライバシーは一切公開されない。
大西はやわらかい笑顔で橋本を見つめていた。
「それでは、調査を開始しまーす。えーはじめに言っておくことがあります。いいですか?」
大西は静かにうなづく。汀は手元のマニュアルに目を走らせた。
223 :
adjust:2006/10/19(木) 00:08:14 ID:32HFurvf0
その3
「この調査は、女性の性感を調べることにあります。現在当社では性感システムの開発を行うことが予定されていま
すが、そのために必要な性感神経系を調べて、開発に役立てます」
「はい」
「今回、予定されている調査は次の項目になります」
「まず最初に、一般的な女性の性感帯、胸、お腹、性器に対応する神経系にサポートコンピュータを通して、弱い刺
激を加えます。実際に行うことはここに寝てもらって、サポートコンピュータと外部のコンピュータを接続してもらう
だけです。実際にさわるわけではありません。」
「サポートコンピュータから性感に関する神経に刺激を送ることで、感じる状態を作り出します。調査全般にかかわ
ることですが、もし異変があったら、直ちに声を出すとか、手を動かすとか、またはサポートコンピュータの緊急信号
でもいいです。そういう意思表示をしてください。そんなそぶりが確認されたら調査を直ちに中止します。」
「はい、わかりました」
「それから...」
汀が大西の目を真剣に見つめた。
「いまでも、やめたくなったらやめていいからね。どんな理由であっても私たちは絶対にあなたの味方をします」
大西は橋本のほうを見た。橋本は大西のほうを向いてしっかりとうなずいた。
大西は汀に礼をした。
「大丈夫、はじめてください」
汀が、思わず礼を返す。そして少しあわてたようにマニュアルを見直した。
「状況しだいですが、結果が良好であれば、いくつかの刺激を組み合わせるパターンに移ります。」
「十分に高まることが出来れば、イクこともあるかもしれません。そして順調であれば、性器への刺激を徐々に増や
して、」
汀がぺろりと唇をなめる。
「イッてもらいます。」
汀はそこまで言って、にやりと笑った。心なしか頬が紅潮しているのは、想像のせいだろうか
224 :
adjust:2006/10/19(木) 00:09:44 ID:32HFurvf0
その4
「よろしくお願いします」
汀と橋本はあらためて頭を下げた。
「手順1から、はじめます」
「手順1了解、サポートコンピュータ、IFモードに切り替え」
橋本の指示の元、汀がサポートコンピュータを操作する。サポートコンピュータは外部接続されたコンピュータの通
信を受け入れた。
「接続完了、状況モニター確認、問題ありません。」
「はい、それではシミュレーション開始します。」
大西の身体データが入力された大型コンピュータは大西の体に与えられる刺激を計算して、脳に与えられる刺激と同
じものを作り出す。同時に脳のどの部分が活性化するかを観測し、予定外の部分が活性化した場合は、神経回路の再計
算と修正を行う。予想外の反応が大きい場合には、刺激を抑え、場合によってはカットする。
「刺激投与します」
「はい、了解」
汀は大西を見つめている。
「ん..」
小さな声が漏れる。
「また、信号が小さいから、ほとんど感じることはないはずなんだけど」
「今まで、ほとんど使ってないから、敏感になっているのでは?」
「むしろ、使ってない場合は鈍感になるはずなんですけどね」
橋本がコンピュータを操作した。
「ううっ、なんか押されているように感じます」
大西がつぶやいた。
225 :
adjust:2006/10/19(木) 00:11:09 ID:32HFurvf0
その5
「大丈夫?大西さん」
「大丈夫です。というよりまだ圧迫感だけで、まだ感じているような感じはしません。」
「そうよねえ、いきなり触られても気持ち悪いだけだからねえ」
橋本はモニターから目を離さない。
「大西さん、彼氏とSEXしてたときは、どこから触ってもらってたの」
「え、えー 胸です。揉んでもらってから、乳首をすって、それからあそこになりました。」
「胸ですか..うーん、じゃあ、ぽんっと」
シミュレータのモニターで胸の辺りに刺激を加える。
「あ、すこし感じます。でも弱い。もっと、ああ、もっと」
その言葉で橋本が刺激のゲインを上げる。
「ああ、感じるけど、何か服の上から触られている感じです。胸全体がもやっとしています」
「そういうことですか、じゃダイナミックレンジを上げます。差分強調」
「うっ、前よりいいです」
いつのまにか、手順も何もなくなっている橋本であった。二人のお姉さまに攻められている構図は、本人たちが正気
に戻ったとき、どう写るのか楽しみである。
「.............」
様子をみていた汀だったが、橋本に耳打ちした
「まだ刺激が足りないみたい。物足りないみたいだから、胸の周りをぎゅっと揉んでみて、かなり強めに」
「そうですね、胸を握り締めるようにぎゅっと」
マウスで抑える点を5点指定して、圧力パラメータを増やす。
「あ、そうそう、少し痛いくらいでもいいわよ」
226 :
adjust:2006/10/19(木) 00:12:18 ID:32HFurvf0
その6
「えー、難しい注文しますね、あ、そうだ、触覚神経と痛覚神経もこの上に重ねて、同じように刺激を加えれば。」
触覚神経マップと、痛覚神経マップを性感神経シミュレータに重ね合わせる。圧迫パラメータをそのマップにも加え、
痛覚と触覚の情報もシミュレーションして、サポートコンピュータに送り込む。
「あ、痛い」
とっさに橋本が緊急停止ボタンに手を伸ばす、その手を汀が止めた。
「大丈夫、感じているから」
大西の体が実際にもまれているかのように悶えている。その表情に苦痛はない。
「どのくらい興奮しているかなんてわからないですか?」
「いまの状態ではわからないですね。脳波を見るくらいしかないけど、脳波見ても興奮とは限らないから」
「でも、もうかなりキテいるとは思うけど」
「それじゃ、性器のほうに移ります?」
「そうね、お願いします」
橋本はシミュレーション上のパラメータを性器のほうに書き換える。
「あっ」
大西の体がビクンと跳ねた。
「強すぎです、痛い、痛いっ」
「ああっ、胸と性器じゃ感じ方が違うんだ」
刺激の強さを下げ、様子を見る。
刺激のパターンを揉み行為からピストン運動に変更。
「はふう、うむっ、うん、うん」
自分から、性器を突き出すように体を揺らす大西、それを見ながら、じわりじわりと刺激を強め、ピストン運動の速
度を上げていく。
「うんっ、んっ、うんっ、んっ、はふ、うんっ、んっ、うんっ、んっ、」
様子を見ながら、ともに体を熱くする汀と橋本
227 :
adjust:2006/10/19(木) 00:13:44 ID:32HFurvf0
その7
「もうちょっとかな」
「そうですね」
「うううっ、あーーっ」
ひときわ大きく声を上げる大西、それを聞きながら、ピストン運動の速度を下げ、刺激を若干強めにして、絶頂を待
った。
「あああーっ」
義体がビクン、ビクンと跳ね回る。義体の出力を絞るように調節しながら、汀と橋本は、大西のイク様子をじっと眺
めていた。
「...........」
「...........」
「はあ」
「終わりましたね」
刺激をゆっくりと沈めながら、橋本が答える。
快感の余韻はまだ大西を包んでいるようで、ときどきぴくっと動きながらも、全体としてはぐったりと力がない。
「大西さん、お疲れ様」
汀が声をかけるが返事がない。
「まだ無理ですよ。このまま寝ちゃうかな?」
橋本は刺激をゼロにまで戻し、データの記録に入る。大西の生体反応自体は特に問題は見受けられない。すべて正常
である。
「寝ちゃったら、しばらくこのままですね」
「そうね、橋本さんもお疲れ様でした」
「お疲れ様です」
橋本は微笑んだ。
228 :
adjust:2006/10/19(木) 00:15:30 ID:32HFurvf0
その8
「さあ、また目が覚めるまで付き合わなくちゃいけなくなるかな」
橋本はいすの上で体を伸ばす。
「つきあいましょう、おきたらお疲れ様って言ってあげなくちゃいけないからね、それまではこれで待ってましょう」
汀がワインを取り出した。
「社内は本当はアルコール禁止だけど、今日のこの部屋だけは治外法権だから」
いただきましょうと橋本がコップを取り出す。
「こんなものしかないんで悪いけど」
「OK,OK,今の私たちには上等」
夕方のオレンジ色の光がカーテンの隙間から漏れる。
いつしか眠ってしまった二人と大西が目を覚ましたのは、また深夜に近くなってからであった。
今回分は以上です。ありがとうございました
229 :
3の444:2006/10/19(木) 01:15:47 ID:KbRScOdk0
adjustさん
技術話については、私自身の知識が疎いため指摘なんてできません。ご自由にどうぞ。
八木橋ワールドの発展が阻害されるなんてことはなく、むしろ技術的な設定が深まることで
世界が広がりそうです。
私、橋本さんは男だと思いこんでいました。165あたりの会話は、経験のない男性を汀さんがからかって
楽しんでいる構図だと思っていたのですが、実は女性エンジニアだったんですね。確かに女性の性感
というのは男性には未知の領分だからして、女性が開発するのが適当かもしれませんね。
184から185にかけての大西さんの心の叫び、悲しくも美しいシーンです。いいなあ。私はこういうシーンや
セリフにサイボーグフェチ心をくすぐられるのです。ということで個人的にはかなり萌え。
今回の実験シーンも直接触れずにマウスでコンピューター画面をクリックなんて凝った趣向で大いに萌え、かつ
楽しめました。
萌えと色気はイコールではないですし、無理にお色気路線に走ろうとしなくても、このままで充分萌えですよ。
191さん
あっ。もうネタを作品にしていただいた。思いつきで口にした言葉がこうして作品になるとやっぱり嬉しいもの
です。というか、ネタをうまく取り込んで八木橋ワールドに相応しい楽しい作品をモノにできる191さんの才能に
嫉妬。
トンパチで買ったダサイパジャマで休日通勤なんていかにも間抜けなヤギーらしくていいじゃないですか。
失敗を大事な総会の開催日ではなく、笑い話で済まされる休日にさせるあたりが、191さんの優しさですね。
でも課長にはこれをネタにずーっとからかわれ続けるんだろうな。
最後に作品を書いていただいたお二方、サイトへの掲載の快諾、ありがとうございました。
230 :
adjust:2006/10/19(木) 19:03:48 ID:Am+G8c/10
感想ありがとうございます
>技術話については、私自身の知識が疎いため指摘なんてできません。ご自由にどうぞ。
>八木橋ワールドの発展が阻害されるなんてことはなく、むしろ技術的な設定が深まることで
>世界が広がりそうです。
そういわれてほっとしております。そのうちいい気になってとんでもないことを書き始めるかもしれませんので
そのときは、よろしくお願いします。
>私、橋本さんは男だと思いこんでいました。165あたりの会話は、経験のない男性を汀さんがからかって
>楽しんでいる構図だと思っていたのですが、実は女性エンジニアだったんですね。確かに女性の性感
>というのは男性には未知の領分だからして、女性が開発するのが適当かもしれませんね。
ぐわっ、肝心の部分を書いていませんでしたね。 orz................
自分では設定が固まっているので、気づきませんでした。簡単なプロフィールを入れておきます。読みやすくなれば
幸いです。眼鏡っ子ヒロインとしてかなり前から想定していたキャラですが、子...じゃないし、いい年ですね
八木橋さんは、はつらつとしたタイプのようですが、橋本は、かなりぼけっとした、うちにこもりやすいキャラです。
橋本和美 プロフィール
名前橋本和美 ハシモト カズミ 27歳 女
所属NTL株式会社、ED事業部(NTL.ED)第4開発室
役職主任技術者 課長<室長<主任<ヒラ
学歴某地方大学、工学部、情報制御工学科卒
某地方大学 工学研究科、制御システム専攻 修士課程卒 修士(工学)
出身地某県、某市
家族両親、弟 ただし現在は一人住まい
住所某県、N市、MX駅前コーポ2sc 372号 大都市近郊のど田舎、駅前には何とか店があるが、少し距離を置くと田んぼ以外何もない。
保有車 世界で最もありふれた国産大衆車 色(白)安物
B 人並み W 大きめ H 大きめ 身長 小さめ 体重 大きめ
231 :
無名:2006/10/22(日) 15:02:10 ID:c0pxtrOR0
少女の使命 後編
それから半年後、順調に身体になれてきた彼女に上層部からのメールが入ってきた。
『XXG−00を海上救助隊に回してほしい』
ついにそのときが来た。彼女はテストヘッドであるから、こちらでテストをしたいと申し出がきたのだ。私は彼女を車に乗せ、海上救助隊の本部へ移動した。
本部に着いてからすぐに彼女は救助のノウハウを勉強する事になった。最初は何が何だか分からなかった彼女だったが、通うごとに少しずつ覚えていき、5ヵ月後には殆どの講習を修了した。
そして今日、彼女は本格的に救助隊の仕事に付く事になったのである。今日は最初という事で、実践テストを兼ねての活動となった。その少し前、私は彼女に「調子はどうだ?」と聞いてみた。彼女はにっこりと笑って、
「平気だよ、せっかくの初仕事だもん、がんばらないとみんなに笑われちゃうよ」
と自分は大丈夫だというのをアピールした。これを聞いて私は少しホッとしたが、彼女が危険にならないかという不安は残っていた。
救助艇が現場に到着した。救助隊員は作業のために海へ入った。もちろん彼女も同行していく。私は彼女に指令を出すオペレーターの担当だ。
「ちゃんと付いていくんだぞ」
「はい、ちゃんと付いていきま〜す」
海に入った隊員達は、現在の状況を確認して救助にはいった。半分は海に放り出された乗組員の救助を、少女を含む残りの隊員は転覆した船に残された乗組員の救助に向かった。
「そっちの方は異常ないか?」
「すこし潮の流れが変わってきたみたい。早いうちに助け出さないと大変な事になっちゃうよ」
どうやら潮の流れが変わったせいで作業しにくい状況になってしまったのだろう。隊員たちも救助しようと必死になっている。初仕事なのにこんなに手こずるとは…。
232 :
無名:2006/10/22(日) 15:02:58 ID:c0pxtrOR0
海の中へ隊員たちがダイブしていく。ここからは時間との戦いだ。私は彼女に船の周りがどうなっているのかを確認して作業するように命令した。
「…船は殆ど裏返しの状態になってるよ。中にはまだ空気が残ってるけど、なくなるのも時間の問題だよ」
「何とか作業できる状態か?」
「作業は出来るけど、潮の流れが大きく変わる前に終わらせないと、みんな流されちゃうよ」
どうやら急がなければならない状況らしい。私は彼女に仕込まれている監視カメラを見て周りをチェックした。潮の流れは今のところそんなに荒れていない。しかしすでに流れが変わり始めているということは、いつ船が横に倒れてもおかしくないと言う事になる。
そうなると中に残されている乗組員の命どころか、周りにいる隊員の命すら危ういと言う事になる。もしそうなったら大変な事になるだろう…。
「よし、出来るだけ早く作業を完了させるんだ。沈む前に乗組員を救助するんだ」
隊員達はさかさまになっている操縦室から船内に入り、乗組員が取り残されている船底部へ入ることになった。しかしそこでもトラブルが発生した。
「…岩が邪魔をしてここから先へ行けなくなっている。何とか入れる隙間はあるが、行けたとしても我々にはとてもいけそうにもない」
隊員が無線で隊長に報告した。本来なら大人でも行けるほどの通路があるはずなのだが、大きな岩で押しつぶされているため通路の大きさが半分になってしまい、大人では奥のほうへはいけないというのだ。
「…他の通路から行くしかないか…」
しかしそんな時間は無いに等しい。潮の流れが変化し始めているために急いで救出に向かわなければならないのだ。どうにかできないかと悩んでいるそのとき、私から彼女の通信が届いた。
「子供が入れる位の隙間はあるんでしょう?だったらあたしが助けに行くよ」
「大丈夫なのか?お前一人では危ないんじゃないのか?」
私は我を忘れて彼女がいくのを止めようとした。
「先生、あたし達の使命のこと忘れたの?困ってる人や動けなくなってる人たちを助けること、それがあたし達の使命のはずだよ。大丈夫だよ、先生が指示してくれれば怖くないんだから」
…なんて勇敢な子なんだろう。私のほうが教えられるなんて。私はヘッドギアについているマイクを握りしめて彼女に指令を出した。
233 :
無名:2006/10/22(日) 15:04:22 ID:c0pxtrOR0
「よし、行ってこい。ただし危ないと思ったら無理をしないこと、分かったね」
「はい、それじゃいってきます」
彼女は隙間から奥の部屋へと入って行った。
数分後…何とか奥の部屋までたどり着いた少女は、乗組員がいないか周りを見回した。…サーチライトの光の向こうに人影が見える。彼女は乗組員の側まで移動した。
「どうだ、状態は?」
映像と音声が乱れ始めた。船の中だからだろうか、それとも…。
「大丈夫、まだ生きてるよ。ケガしてるけど」
「お前の力を使って応急処置をしてあげるんだ。そうすれば何とか助けられるはずだ」
少女は体内のナノマシンを使って乗組員の傷を治してあげた。しかしこれはあくまで応急処置だ、何とかこの場所から脱出して治療を受けなければならない。私は彼女に他に出口があるかどうか探すように指示した。
「だめ、どこにも出られそうなところは無いよ。さっきのところじゃこの人を出せないし…」
殆ど密閉された場所という訳だ。私は次の指令を彼女に出した。
「何とか場所だけでも指示してくれれば外から救出できるかもしれない。ここがどの場所か分かるか?」
「…船の底にある倉庫みたい。ここに空気があるのは船底だからだと思うよ。だから外から底を切ってくれれば救出は出来るはずだよ」
私はすぐに外にいる救助隊に船底に穴を開けるように隊長を通して指示した。後は潮の流れが変わる前に救出すればいいのだ。
234 :
無名:2006/10/22(日) 15:15:39 ID:c0pxtrOR0
しかし作業は難航し、船底を切る作業はなかなか進まなかった。海底から戻ってきた隊員も手伝って何とか早く救助しようと必死になっていた。
「隊長、潮の流れが変わってきました。もうそんなに時間がありません」
恐れていた事が起こってしまった。予想よりも早く潮の流れが変わり始めてしまったのだ。隊員達は何とかして切断作業を終えようと必死になっていた。
「そちらの様子はどうだ?」
潮の流れが速くなってしまっては、中にいる少女と乗組員の身が危険な状態になるのは目に見えている。私は彼女に今の状態を確認させた。
「どこからか水が入ってきて空気があるところが少なくなってきたよ。それにだんだん船体が傾いてるみたい」
それはこちらからでもわかった。転覆している船体が少しずつ横に傾き始めているのだ。船が横倒しになって完全に沈んでしまうのも時間の問題だろう。
「あと少しで船底の切断作業は完了します」
どうやら何とか間に合うかもしれない。私は無事に救出できるように心の中で祈った。しかしあと少しのところで船が大きく揺れて、数名の作業員が海へ落とされてしまった。
「どの位切断は完了したんだ?」
「あとはこちらから引き剥がして救出するだけです。しかし肝心の道具が海に流されてしまいました…」
何てことだ、道具が無ければ引き剥がす事も出来ないではないか。救助艇から新たに道具をもってくれば何とかなるが、もうそんな時間は無い。半分諦めていたそのとき、彼女から通信が入ってきた。
235 :
無名:2006/10/22(日) 15:16:13 ID:c0pxtrOR0
「あとは鉄板を引き剥がせばここから出る事が出来るんだね。だったらこちらから引き剥がせばいいんだよ」
なんと彼女は自分の手で板を引き剥がそうとするつもりなのだ。しかしそんなムチャな事は私は許すわけが無かった。
「馬鹿なことは止めるんだ。そんな事をしたらお前の腕は使い物にならなくなってしまうんだぞ! それに手が使えなかったら乗組員を持つことすら出来なくなる」
「だったら足で鉄板を蹴り飛ばすよ。それなら背負って救出できるでしょ。もうここもかなり傾いてるから時間が無いよ。だからおねがい、あたしを信じて!」
もうここは彼女を信じるしかなさそうだ。私は彼女に指示を出した。
「分かった、もう船底は殆ど穴が開いている状態だ。後はお前が突き破って外に出れば外にいる隊員たちに救出してもらえる。ただしもう流れが激しくなっているから気をつけるんだぞ」
彼女は頷き、腰につけている小型の酸素ボンベと救命具を乗組員に装着するとそのまま水中の切断されかけている穴の反対側に移動し、水中から反動をつけて穴目がけて両脚でキックをした。
バキン…鈍い音を立てて沈み行く船底に穴が開いた。しかし彼女の足は指先からバラバラになり、足全体がボロボロになってしまった。そんな事を気にせずに彼女は両腕で沈みゆく乗組員を背中に乗せて、穴から脱出した。
その瞬間、船が横転して深い海の底へと沈んでいった。
「大丈夫か、おい、返事をしてくれ!」
流されたせいか、それとも通信機が壊れてしまったのか、突然彼女の通信が途絶えてしまった。彼女と乗組員は無事なのだろうか…。
236 :
無名:2006/10/22(日) 15:16:46 ID:c0pxtrOR0
それから数十分後、現場から少し離れた場所で救命浮き袋をつけて浮いている乗組員を発見した。しかし少女の姿は見当たらない。私達は彼女を探すために半径数キロの地点まで捜索した。
「あの時止めておけばよかったんだ…。お前がいなくなったら私は…」
そのとき、隊員の一人から連絡がはいった。ここから数メートルの海岸沿いの岩陰で彼女が浮いているのを発見したというのだ。私達は救助艇をその地点まで走らせ、救助に向かった。
…彼女は両腕と両脚を失い、全身が傷だらけになっていたが、かろうじて生きていた。満身創痍の彼女は、私の手によって救助された。みすぼらしい姿になったが、彼女が無事な事を私は喜んだ。
その事件があって、彼女の救助隊員の是非が問われる事になった。あんなムチャなことをする救助隊員は前代未聞だという意見があったからだ。私は何度も研究施設の足を運び、彼女の隊員としての有効性を説明した。
結果はしばらく様子を見て、隊員としてやっていけるかどうかを判断する事になった。私はそのことを報告するために彼女がいる病院へ向かった。
「どうだ、具合の方は」
「うん、新しい手足に慣れるまで時間がかかるけど、なんとか大丈夫だよ」
少女は前の事故のことを気にしていない様子だった。それどころか自分の手で救助した事に満足していた。
「…お前はこれからやっていける自信はあるのか?あんなケガまでしてやる事が出来るのか?」
こんな事をいってしまう私は何て心配性なんだろうか。もちろんあのときのこともあるが、これ以上彼女が傷つくのを見ていられないのだ…。
しかし彼女はこんな事を言った。
「お父さん、今のあたしが言うのもなんだけど、救助することって人の命を助ける仕事なんでしょう?あたしだって命を落とすのは怖いよ。でもそれ以上に困ってる人、助けを求めている人はいっぱいいるはずだよ」
そうなのだ。私が彼女を選んだのは勇気があると信じていたからだ。やはり彼女は私の思った人物だった。
「そうだな、お前の言うとおりだ。世界には私たちを必要なところがいっぱいある。だからお前は精一杯戦うことを選んだんだな」
彼女はにっこりと頷いた。これからも彼女は自ら危険な場所へと向かわなければならない。しかしその時は私が側にいる。そして出来る限り彼女をサポートしてあげよう。そう心に決めたのだった。
237 :
無名:2006/10/22(日) 15:59:41 ID:c0pxtrOR0
「少女の使命」の後編をお送りいたしました。
今回はサイボーグ少女の初任務のお話でした。彼女が命をかけて挑んだ救出作業・・・。
結果的には救出に成功するのですが、彼女自身は手足を失ってぼろぼろになってしまいました。
それでも彼女はこの仕事に誇りを持っていますので、これからも一生懸命がんばっていくと思います。
さて次回は本編に戻りましてかなちゃんのメンテナンスのお話になります。また時間がかかりますが、
よろしくお願いいたします。
>>manplusさん
ご感想ありがとうございます。
少女並みにコンパクトなのにはこんな理由があります。
(1)ある程度狭い隙間に入ることができる。
(2)小さい分だけ体重を軽くできる。水の抵抗を減らすことができる。
(3)酸素の消費量、体内エネルギーの消費率を抑える。
といったところです。
(1)は小型化することで狭いところにも活動できるようにするというスタッフ側の
要望があって少女体型になったわけです。ただ体は成長しなくても脳は成長しますので、
それは今後の課題になると思います。
(2)は軽くすることで機動性を高くできるという考えから小型化されたというコンセプトです。
(3)はできるだけコンパクトにすることでエネルギー量を極力減らすことによって、
長時間の活動ができるようにするためです。
あと彼女の体にはナノマシンが注入されていて、ある程度の傷や痛みなどをとることができるようになっています。
それを使って自分の傷を直すこともできますが、それはやむ終えないときに使用する以外
(たとえば自分がアクシデントに見舞われてしまったときに)は使用することはありません。
ナノマシンはあくまでも怪我人を治すために使われるものなのです。
本編はいよいよテスト走行に入りましたね。カンダのチームにはよい成績を残してほしいですが、
クラッシュなどでリタイアしてほしくないです。現実のF1もクライマックスに入ってきましたので、
こちらもレースを盛り上がるといいですね。
238 :
無名:2006/10/22(日) 16:00:20 ID:c0pxtrOR0
>>adjustさん
八木橋シリーズの前史の物語ですか、本編よりもさかのぼったお話ですから、義体開発の研究などの
物語がメインになるようですね。こちらも期待しています。
>>pinksaturnさん
戦争の終結から再建の物語に入ってきましたか。毎回のことながら政治内容の細かさには驚かされます。
宇宙は再建に取り掛かっているのに地球では争いが耐えないのは、やはり根本的な問題が解決されていないからなのでしょうか。
今後に展開に期待します。
239 :
無名:2006/10/22(日) 17:53:12 ID:c0pxtrOR0
>>体は成長しなくても脳は成長しますので
書き終わった後に調べてわかったことなのですが、
よく調べましたところ脳自体は5歳を越えるまでは大きくなりますが、
それ以降は大きくならないそうです。
なので脳が成長するというのは間違いだということが判明しました。
つまり少女ボディのままでも問題ないというわけですね。
ただ本人はこれを知ったときにどんな気持ちになるんでしょうね・・・。
記者会見の3日後、開幕戦の地であるオーストラリアのパースへ瞳が旅立つ日が来た。
開幕のちょうど一週間前にパースに入り、スーパーF1グランプリの前週の土日に行われる開幕イベントに会わせての
現地入りであり、その後の公式練習までの4日間でスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーは、
開幕前の最後の調整を行われるのである。
瞳は、サイボーグ体の機械部分でのコントロールによる睡眠と覚醒を繰り返しで行われている自分の生活パターンにも
慣れ始めていた。
慣れるというよりも、そのような機械的な生活パターン化が、サイボーグ体としては当たり前だと思えるようになっていた。
18時間の活動期間と6時間の非活動期間により構成された行動パターンに分けられた瞳の一日は、
瞳の感覚にとってはまるでスイッチが、オンとオフ繰りかえされるかのように、意識がなくなったり、
戻ったりが日常的に起こるのだった。
瞳たちスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの生活パターンは、活動期間をライブモードと呼ばれ、
非活動期間をスタンバイモードと呼ばれていた。
ライブモードとスタンバイモードの時間配分は、瞳の生体脳からの指令により変更することも可能であったが、
標準時間配分での生活で、今の瞳には充分であった。
補助コンピューターが管理してくれる生活サイクルは、ライブモードとスタンバイモードの境目に曖昧さというものはなかった。
つまり、瞳には、目覚めの余韻を楽しんでまどろむということや昼間にウトウトするようなことはできなくなっていた。
補助コンピューターが瞳の生体部分をモニターし、ライブモードの時は、脳などの生体部分に送られる人工血液中の
酸素量を常に正常な状態で覚醒させるようにコントロールされていたし、覚醒状態を維持するための生体薬物や
ホルモンの分泌のコントロールも行われているので、絶対に、通常状態において、意識がライブモードのあいだに
朦朧とすることなど絶対に起こらないのである。
逆にスタンバイモードでは、生体部分、特に生体脳が、安定した睡眠状態を保てるような状態に管理されるので、
夜中に突然起きたりと言うことがないのである。
緊急時に意識を便宜的に遠くしたり、移動中に半覚醒状態におくなどの特別なモードも
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーには、ライフパターンとしてプログラムされていて、
必要に応じて瞳の意志か、アクセス権限を持つ限られた人間からの外部操作により半覚醒などの
特別なモードに変更することも可能であるし、通常モードのパターンを変更することも可能であった。
外部から、瞳の生活サイクルをコントロールするには、へそにケーブルを繋ぎ、補助コンピューターとのインターフェイスを
外部から確保することにより実行することができるのである。
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーのライフパターンの変更をすることは、限られた人間しかできないように
してあるのは、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの人権保護のためなのである。
瞳は、この日も、標準人体の頃では考えられないほどにパッチリと意識が戻った。
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーへの改造手術を受けた当初は、瞳は、低血圧のほうだっため、
寝起きが苦手でベッド好きだった、そのため、スイッチが入るがごときモード切替が起こるサイボーグ体を疎ましく思ったが、
今では、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとしての生活も充実していることもあり、
このような瞳にとっての新しい生活パターンに不満はなかった。
瞳は、通常、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用のベッドに寝かされたうえで、外部の電子機器と
繋がれてスタンバイモードの生活を送る。そして、瞳がスタンバイモードでいるときは、外部モニターにより
サポートスタッフが常に監視しているのだ。
瞳のサポートスタッフは、瞳がライブモードにはいると、すぐに瞳に声をかけてくれ、瞳の朝の世話をすぐさま
開始してくれるのである。
この日も、瞳の意識が入るとすぐに森田が瞳のもとに寄ってきた。
「瞳さん。おはようございます。すぐに朝の支度にかかりましょう。今日は、オーストラリアのパースに向けての
移動準備をすぐさま行います。準備ができ次第、専用移動車で成田に移動し、特別機でパースに移動します。
忙しいですから、朝の準備ルーティーンをすぐに開始しますね。」
「つぐみさん。いよいよ、開幕なんだよね。ワクワクするわ。でもスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの移動は、
長距離の場合は、荷物扱いみたいなものだから、なんだか怖い気がする。」
「瞳さん。大丈夫ですよ。移動中は、卵のような形をした専用移動器具のカプセルの中で、スタンバイモードか
半覚醒状態の移動モードになっていますから、退屈することもないし、私たち標準人体のように、移動時間の苦痛を
感じることもないと思います。」
「そうだといいな。」
「私は、標準人体でサイボーグ改造手術を受けていないから、感覚などを共有できない問題なんですが、
瞳さんの前にお世話していたスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの方は、そのようなことを
言ってらっしゃいました。」
「なんだか、つぐみさんのサポートスタッフの経験からの話を聞くと安心するわ。」
「そう言ってもらえると嬉しいです。私も、スーパーF1グランプリのカテゴリーができた時からの
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用サポートスタッフですから、自分に経験が無くても、
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの方たちの経験をお話しすることはできるんです。
でも、いつも言っているように、自分の経験じゃないから、実際にその経験を瞳さんが味わってどう判断するかは、
あくまでも他のスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの経験とは別なんですけれどね。
参考にしてもらえれば幸いです。さあ、用意を開始しますよ。」
森田は、そう言うと瞳の朝の支度を開始した。瞳は、森田の他のスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーを
世話していたときの経験談を頼もしく聞ける反面で、サイボーグとして、機械や電子部品だらけの身体になっていない生身の
標準人体を持つ森田が羨ましく思えて、嫉妬にも似た感情を抱いてしまうこともあった。
瞳は、もう、普通の血の通う生身の身体を捨ててしまい、元のような標準器官を持つ身体には二度と
戻ることができない悲しみや後悔、そして、標準人体に対するコンプレックスが、自分の心の片隅に潜在的に
残っていることに気がつくのであった。
森田は、瞳のへその部分に繋げられているケーブルを抜き、外部とのインターフェイスを解除した。
そして、もう一人のサポートスタッフと一緒に瞳をベッドから抱き起こして、スーパーF1マシン専用
サイボーグドライバー専用の移動用台車に直立する形で置いたうえでバスルームに移動させた。
瞳が通常、寝かされている寝室は、標準人体が暮らす寝室のように、ベッドがあって、ナイトテーブルが置かれていて、
おしゃれなカーテンがあるような一般的な寝室というようなものではなかった。
瞳の置かれている寝室は、サイボーグ体のメンテナンスルームであり、壁面には、瞳の身体を調整したり、管理したり、
場合によっては補修をするための機械装置や電子部品が、びっしりと配置され、床面に隠された瞳の身体に
繋げるコードやチューブが、取り出せるボックスが配置されていて、床と天井は、瞳に必要な処置の状態によって光度を
変化させることができる照明装置になっていた。
そして、その部屋の中央には、瞳が横たえられて固定されるベッドが配置されたいるのであった。
瞳は、このベッドに横たえられ、ベルトで固定された状態で、スタンバイモード中に自動的に機械部分のメンテナンスを
受けているのであった。
そして、この部屋自体が独立したシェルターになっていて、外部からは、認証コードと生体遺伝子認証がとれている
関係者以外が入室できないようなドアがついているし、部屋自体は、核戦争でも壊れることなく、独自の動力により、
中に置いてあるスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーと機材を守るようになっていた。瞳は、この寝室と呼ぶには
抵抗のあるようなSFに出てくるようなサイボーグ研究所の一室に置かれることに対しては、かなりの不満があった。
できれば、女の子らしい、かわいい寝室に横たえられていたいと思っていた。
しかし、それは叶わないことだと言うことも知っていた。スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーに
改造されてしまった以上は、常に機械部分や、機械部分に依存して生かされている生体部分にとって、
常にメンテナンスをしていなくてはいけない状況にあるのは当たり前のことだから、雰囲気のいい部屋よりも、
機能を優先させた部屋で過ごさなくてはいけないことを理解していたからである。
それに、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーに万一のことがないように、閉鎖された空間に置いておく必要が
あることも十分に理解していた。
だから、このような、サイボーグ体の維持を主要目的とした部屋でも仕方ないということは理解しているのだが、
瞳の乙女心の部分にとっては納得のいかない部屋だったのだ。
「この部屋を見ると、自分が機械部品と電子機器が中心で身体を構成し直されたサイボーグという身体を
持つ存在になったことを実感しちゃうな。自分は、もう、生涯にわたって常にメンテナンスを受けていないと
生きていけない身体に改造されてしまったんだよね。やっぱり、人間がつくった機械は、神様の創った標準人体と違って、
こまめなメンテナンスが必要なんだよね。そう思うと寂しい気がするな。もう元の身体に戻りたくても戻れないんだもの。
後悔はないけど、標準人体へのノスタルジーが湧いちゃうね。」
「瞳さん。それは仕方ないと思います。人間とは別の存在でありながら、意識は、人間のままなんですから。
私に言えるのは、瞳さんがサイボーグという身体になってしまったことにより、生身の身体ではできないこと、
手に入れることの出来ないことを実現できるようになったということだけを考えて、優越感に浸ることを優先した方が
いいと思います。」
「つぐみさん。そうだね。スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとして、スーパーF1マシンに
取り付けられることなんか、標準人体のままではできないことだし、私は、まだ人間らしい姿に近いけれど、
サイボーグのタイプによっては、もっと機械らしい身体にされた人もいるのだから恵まれていると思わなくちゃね。
たとえば、惑星開発用のサイボーグとか、兵器型サイボーグとか、深海開発用サイボーグにされた人なんて、
標準人体の原型なんて無いものね。その人たちに比べたら、私なんて恵まれたものよね。」
「瞳さん。そういう気の持ち方がいいと思います。」
森田は、瞳と話しながら、瞳の心の不安定部分のカウンセリングを行い、寝室を出てリビングの隣にある瞳専用の
バスルームに瞳の乗せられている台車を押して移動していった。
瞳専用のバスルームには、バスタブ、サポートスタッフと二人で入れるシャワーブースと洗面器はあるが、
便器というものがなかった。瞳にとって便器は必要ないものなのだ。便器の代わりに、排便用システムの接続ホースと、
性器洗浄用アタッチメント付きホース、排尿用アタッチメント付きホースが便器の代わりに壁に付いているだけであった。
森田は瞳にいつものように、瞳の肛門を塞いでいる特殊金属製の弁のカプラーに排便用ホースを装着し、
尿道に排尿用ホースのアタッチメントを取り付けた。排尿用と、性器洗浄用のアタッチメントは、
ソフトメルトの接合剤入りの樹脂でアタッチメントの周りが作られていて、それぞれの器官を覆うようにあてがってやれば、
瞳の人工皮膚に密着して自然に外れることがないようになっていた。
もちろん、接合剤に皮膚がかぶれてしまうことは、瞳の皮膚が強靱な人工皮膚であるために心配ないのだ。
瞳の生体として残された直腸と、その先の排泄物貯留タンクに排便用システムのホースから洗浄液が流れ込む感覚に
顔を一瞬しかめ、その後で恍惚の表情に変わった。
浣腸されることが癖になった人間と同様のリアクションであり、浣腸されることにエクスタシーを感じているのである。
瞳は、洗浄液が自分の残された直腸に入っていく感覚で絶頂感を味わい、失禁するように排尿を終えるのであった。
排泄物が体内から全て排出され、洗浄液が完全に抜けたことを確認すると森田は、瞳の肛門と尿道に取り付けられた
アタッチメントをはずし、消毒液のスプレーをかけた上で壁面のアタッチメントホルダーに戻した。
「瞳さん。今度は、性器の洗浄をします。又、排便用の洗浄液が直腸に充填されることでエクスタシーを
感じちゃったんですね。性器が濡れ濡れですよ。」
「だって、変態だと思われたくないけれど、浣腸って気持ちいいんだもの。肛門を犯される感触を味わっているのよ。
感じずにはいられないもの。」
「まあ、気持ちはわかります。浣腸液が直腸に入っていく感覚は、アナルを液体で犯される感覚ですものね。
私も、浣腸で感じちゃうタイプなのでよく解ります。それに、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの直腸は、
アナルセックスのために残されているんですから、大いに感じてください。決して、変態とは思いませんから。」
「つぐみさん。ありがとう。性器に洗浄液が入ってきて、これも気持ちいいわ。感じちゃう。」
「性器洗浄であまり感じないでくださいね。愛液を洗浄するために洗浄液がでているんですから、いつまでも洗浄が
終わりませんよ。我慢してください。」
瞳は、恥ずかしげな表情を浮かべて、森田に謝った。
「ごめんなさい。我慢するわ。」
「仕方ないですよね。帰国してから、パートナーに会えてもいないんですから、欲求が貯まるから仕方ないと思います。
でも、ヨーロッパに帰ればパートナーに会えるから、それまで禁欲生活で我慢ですよ。」
「つぐみさん。そこまでセックスに餓えてないわよ。」
「そんなことないですよ。ちょっとの刺激であれだけ濡れちゃうところを見ると・・・、下半身は正直ですよ。
私には嘘をつけないですよ。このところ、マシンに繋がれることが多いから、おむつでの生活が多いので、
みんなは気がついていないかもしれないですけれど、私と石坂ドクターは、瞳さんの身体管理をしている手前、
おむつの分泌物まで注意して見ていますが、性器からの分泌物がかなり混じっているのは解っているんですよ。
おむつがすれた刺激でクリトリスが、感じてしまうんだから、かなり、欲求不満気味なのは事実ですよね。」
「うっ!つぐみさんと石坂ドクターには嘘がつけないか・・・。もう半年以上パートナーとは会えない状態だものね。
メールぐらいしか交換できないんだもの。欲求不満に押しつぶされそうになることもあるわ。」
「そうでしょうね。私も、瞳さんのサポートでここ半年以上は、パートナーら会っていないので、少し欲求が
貯まっているのです。瞳さんと一緒です。私、浮気しちゃおうかなと思うぐらいなんです。」
「だって、このチームに男性はいないんでしょ・・・。えっ!もしかして・・・!?」
「はい。白状しちゃうと、瞳さんが考えている、そのもしかしてなんです。」
「ということは・・・。」
「レズビアンです。それもタチでありながらMなんです。」
「・・・。」
瞳は、つぐみのカミングアウトに声が出なかった。
「だから、私・・・。」
「ちょっと待って。浮気をしたい相手は、私なの・・・?!」
「はい。瞳さんは、私の理想の女性であり、最高のミストレスになってくれるんじゃないかと思うんです。
瞳さんが好ければ、瞳さんの奴隷として生涯お仕えします。今のパートナーは、主従関係がないパートナーだから、
彼女と別れますから、瞳さんに拾って欲しいと思ってます。男性的な奉仕も、女性的な奉仕も、全てにおいての
奴隷としての奉仕もいたします。」
「ちょ、ちょっと待って!私、Sでもなければ、同性に興味もないノーマルなんだから、つぐみさんを
受け入れることなんてできないと思うの。それに、つぐみさんを満足させてあげられるようなことを
手脚がないからできるかどうか判らないし・・・。」
「そんなことはありませんよ。瞳さんは、間違いなく、同性に慕われるだけの器量と容姿があるし、
それを受け入れて女性を愛してくれる素質があると思いますし、瞳さんの内面に潜んでいるのは、間違いなく、
Sの性だと思うんです。私は、瞳さんにレズビアンとミストレスの才能を引き出して上げることができる
スレイブだと思っています。瞳さんは、同性愛者でもあり、ノーマルでもあるバイだと思います。男性パートナーと
女性パートナーの二人以上の違ったパートナーがいないと飽き足らないようにきっとなると思います。」
「つぐみさん。ごめんね。今はその気がないんだ。だから、つぐみさんの私に対する思いを理解できないの。」
「そうですか・・・。今は諦めます。でも、瞳さんは、必ず、同性のスレイブが必要になります。その時に再び、
お話しさせてくださいね。今は、普通に身体のお世話をさせていただきます。ふられたからって、私は、
瞳さんへの奉仕する愛情を捧げ続けます。いつか、振り返らせて見せます。瞳さんは、女王として、女性でも男性でも、
臣下としてのパートナーを持ちたいのが潜在意識の中にあるのだと直感しています。その潜在意識が顕在化するまで、
お待ちしています。」
森田は、それだけ言うと、瞳をいつものように世話を続けた。まるで何事もなかったかのように、しかし、献身的に
サポートをしてくれたのだった。
瞳は、シャワーブースで全身を洗ってもらいながら考えていた。
『困ったことになったわ。つぐみさんがレズビアンだったなんて、それも、極度のMときているんだから・・・。それにしても、
恵美さんも言っていたけれど、私って、潜在的にミストレスの性癖があるのかな・・・?
自分では感じないけれど、そうなのかな。』
瞳は、この時のつぐみのカミングアウトを後で受け入れることになる可能性は絶対無いと、この時の瞳は思っていたのだ。
森田は、瞳をバスタブに入れて、身体を温めてから、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの専用のスタンドに
立て水滴を丁寧に拭いてから服を着せた。
瞳は、森田の愛を拒んだことで、森田の瞳に対してのサポートの扱いが雑になるのではないかと心配していたが、
実際にはその逆で、更に丁寧になっていた。
自分が誠心誠意の奉仕をしますからという意思の表れのようであり、森田は、瞳をあきらめていないことが解った。
瞳をいつかは、自分のご主人様にしようという信念があからさまに感じられ、瞳としては、
やっかいなことになったという思いが心の中いっぱいに広がっていたのだった。
瞳をダイニングまで移動させて、森田は、瞳のいつも通りの卵料理とトーストの朝食ではなく、液体の栄養液と
重要ミネラルのサプリのみを与えた。その理由は、瞳にも解っていた。
「瞳さん。ごめんなさい。満足いかないでしょうけれど、今日は、流体食しか与えないようにチームから言われているの。
本当は、私の料理を堪能してもらいたいんだけれど・・・。」
森田がすまなそうに瞳に言った。実際に、森田の料理の腕は相当なもので、そのボーイッシュな見た目とは違って、
料理などの家事が好きで、そつ無くこなす家庭的な性格をしていたのだ。
そして、何よりも、森田の作る料理はプロ並みの味とレパートリーを誇っていた。こんな外見と性格であるところが、
奉仕するのが性癖のMでレズビアンなところなのかもしれないと瞳は思っていた。
「つぐみさん。しかたないよ。今日は、オーストラリアに向けて搬送されるんだから。固形物の排泄を向こうに着くまで
出来ないのだから流体食しか摂取できないのは当たり前だよ。」
「瞳さんにそう言ってもらえるとホッとします。向こうに着いたら、私の手料理のオージーバージョンをご披露します。」
「つぐみさん、楽しみにしています。そろそろ、私、梱包されないといけない時間だね。」「あっ。そうですね。
さっき私が余計なこと喋っちゃって時間が押してしまって・・・。ごめんなさい。」
「気にしないの。それよりも移動の支度をしましょう。しばらく東京のこの部屋ともお別れか・・・。」
瞳は、シュミレーターでの訓練が終わって、コース上でのテスト走行が終わるとメディカルサポートセンターを出て、
東京の神田本社の近くにあるカンダが用意したマンションに瞳専用の部屋に移っていたのである。
カンダが瞳に用意したマンションは、東京の臨界エリアにある高層マンションの最上階のメゾネットタイプの部屋で、
最上階の2フロア全てが、瞳の部屋になっていた。さらに、そこは、瞳がサイボーグであるために、
サイボーグの身体のメンテナンスやサイボーグドライバー専用の設備を備えた部屋なのであった。
地上の車寄せのある玄関と、地下の駐車場からは、瞳の部屋の玄関にのみ上がれる専用のエレベーターが
備えられていた。そのエレベーターで最上階に昇ると、瞳の部屋の玄関があり、瞳と、関係者しか使えないように
なっていた。
瞳の部屋は、玄関を開けると、段差のない作りになっていて、いきなりカーペットが敷いてあるエンタランスがあり、
その奥には、一般的な広いリビングとそれに続くダイニングとキッチンがあり、エンタランスの左右には、ゲストルームと、
森田たちサポートスタッフが詰めている部屋が合計で四つ。
それぞれに、シャワーブースを備えた広いバスルームと独立したトイレが付いていた。
リビングからは、東京の臨海部が一望できるようになっていた。リビングに続いて、瞳のための便器のない
特別な作りのもの凄く広いバスルームと、瞳が、パートナーとの性生活を楽しむためのプレイルーム、
瞳専用の広い書斎、瞳が人間である時に必要なものを保管してある倉庫などがあった。リビングには、
上階に通じる階段と、サポートスタッフが瞳の移動をスムーズに行うためのエレベーターが設置されていた。
上階は、瞳がスタンバイモードの時に使用される無機質なスーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用の寝室。
そして、大がかりな処置が必要な時に使用されるサイボーグメンテナンスルーム、瞳の身体の状況を分析するための
コンピューターが納められたサイボーグ管理室、瞳がEMSでのトレーニングを行うサイボーグトレーニングセンター、
運転感覚を維持するためのシミュレーターが置かれた部屋、瞳がレースのため移動する準備を行う部屋、
瞳のサイボーグとして必要なものを保管しておく倉庫など、サイボーグとしての瞳に必要な施設がこのフロアにあった。
そして、この階から屋上に行くエレベーターが設置されていて、屋上には、瞳を空路で運ぶ時のために、
ヘリポートが設備されていた。
瞳に世界各国で与えられている家は、基本的に、どの家も、このような作りになっているのであった。
一戸建てか、集合住宅かなどの細かい条件で、若干の違いはあるものの、東京のマンションとほぼ変わらない構成が
各国の家に確保されていた。
もちろん、契約にない、都市での滞在にも対応して、契約にない都市での瞳の居住は、その国のカンダの支社に瞳の
スペースが設けられていた。そのスペースも、東京のマンションのような空間になっていたのである。
ちなみにエマに与えられているのは、ゲストルームも少なく、サイボーグとしてのエマが、支障の無いようにしておく
スペース中心のものであった。
これは、超トップドライバーの瞳の契約と、これからの可能性で契約されたエマの立場の違いなのである。
瞳は、移動するための準備室に移動させられて、開幕戦の舞台であるオーストラリアへの移動の準備を
施されることになった。
瞳は、今回のような長時間の移動の時、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーが人間ではなく物として
運ばれることを理解していた。
それだけに、ちょっと憂鬱な感情になっていた。
自分が機械仕掛けの人形になることへの抵抗感は拭いきれないものがあるのだ。
森田が瞳を移動準備室に移動させてから間もなく、玄関が開き、妻川と石坂が、瞳の部屋に到着し、
移動準備室に入ってきた。
「瞳。いよいよ、開幕戦の地へ出発だよ。」
「でも、物と同じ扱いというのは悲しいですね。」
「それは、しょうがないんだよ。我慢して欲しいの。私たちにとって、瞳は、スーパーF1マシンの中で一番重要な機器で
あり、重要なソフトウエアとして位置づけられているドライバーなの。もちろん、スーパーF1マシン本体以上というか
比べものにならないぐらいのコストのかかった高価な機材なのよ。しかも、一度失ったら、二度と補充が効かないもの
だから、万が一の飛行機事故などの不測の事態でも、瞳が死ぬというか粉々に壊れてしまうことがないように万全の
セキュリティーで搬送しなくちゃいけないの。スーパーF1のレギュレーション上も、万一の時のチームの財政状況の
負担を考えて、絶対に安全な状態での移動を飛行機移動時には義務づけているからしかたないんだ。」
「もちろん解っています。その覚悟は出来ているのですが、やっぱり本能の部分が、自分は生身の人間なんだ、
機械じゃないんだって叫んじゃうんですよね。」
石坂が冷静に答えた。
「速水選手が言うことは、精神医学上、想定の範囲内のことなのです。その感情は拭い去ることが出来ないと思います。
もし、その感情が無くなったら、速水選手は、精神的に人間じゃなくなってしまいます。だから、捨てて欲しいとは
言いません。割り切りというか、折り合いをつけていって欲しいのです。」
「石坂ドクター解りました。」
「ところで恵美さん。エマちゃんの準備は大丈夫なのですか?」
「うん。エマの方には、美由がついてるから大丈夫だと思うわ。今頃は梱包作業に入っている頃よ。こっちも、
早く瞳の移動準備を終えましょう。チーム移動用の特別機の出発時間に間に合わないわ。成田で検疫などの
搬入準備や、私たちスタッフの搭乗準備があるから急がないと。一度、離陸予定時間を遅らせると、
成田は混んでるから、離陸が数時間は後回しにされることもあるからね。パースで長距離移動の影響がマシンや
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーに残らないように調整するのに時間を使いたいものね。」
「そうですね。瞳さん、準備始めますよ。」
「お願いします。」
森田は、まず、瞳の着ている服を脱がせて裸の状態にした。その上で、瞳の股間におむつをあてがった。
移動の時のおむつは、生理でなくても、性器の衛生上のことを考えて、生理時に使用する性器部分に入れる突起が
付いた専用のおむつのような形状であり、しかも、尿道自体を囲むようなスーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用の
排尿システムのアタッチメントと同様の形状になっていて、尿道に完全に密着するようになっていて、おむつの外側に
設置されている処理機に排泄した尿を送るためのバルブが付いている移動時専用のものであった。
「やっぱりおむつをするんですか・・・。」
「瞳さん。我慢してくださいね。移動用のカプセル内では、半覚醒状態である移動モードか、スタンバイモードで
過ごしてもらいますが、瞳さんは、アンドロイドではなく、サイボーグなので、生理現象は止められません。
固形物を事前に食べさせないことにより、固形排泄物は出ないから心配ないのですが、尿だけは、どうしても排泄を
止めることは出来ません。だから、このようなおむつをつけたもらうのです。尿の処理自体は、おむつに付いている
カプラーにカプセルの処理機からのアタッチメントのチューブを連結させることで、カプセルが行いますが、
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーは、移動時は、常に横たわった姿勢なので尿漏れをしないようにするため、
そして、カプセルの尿処理機が故障しても、半覚醒状態の移動モードかスタンバイモードでは、
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの意志で我慢すると言うことがスーパーF1マシン専用サイボーグドライバー
自体の意識がないかそれに近い状態なので出来ませんので、おむつで尿を処理しなくてはならないことになります。
そのような緊急時のためと思ってください。」
「判っているけれど、何か寂しいよね。でも、もう既に、おむつを履かされることに違和感を感じない自分がいるのが
恐ろしいのよ。」
「まあ、瞳が、そこまで、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとしての生活習慣に慣れたと言うことだから、
いいことだと思うわよ。」
「恵美さん。そんなことさらりと言われると、かえって恥ずかしいです。」
「ごめん。そうかもしれないわね。」
妻川と瞳のじゃれているような会話の間も森田は黙々と作業を続けていた。
「瞳さん。これも着けさせてもらいます。」
森田は、瞳の首に頸部保護のためのカラーコルセットをはめた。このコルセットは薄い素材ながらも強度のあるもので、
瞳の口元を含む顎から肩までを覆い尽くした。
顎の部分にはマウスピースがついていて、瞳の口にそのマウスピースが押し込まれた。
何かの衝撃で舌を噛んだりしないような配慮だった。そのマウスピースの中央に、チューブが取り付けられていて、
瞳が半覚醒状態の移動モードにある時には、定期的に、水分が補給され、生体部分が脱水状態になることを
防止するようになっていた。
森田は、おむつとコルセットネックカラーしか身にまとっていない瞳を抱え上げ、側に置いてある細長い楕円形の本体と、
台座のような形状で本体の下に付随している機械ユニットで構成されるカプセルに瞳を横たえた。
カプセルの蓋は事前に開けられたうえで置いてあった。カプセルの内部に瞳を横たえる時に、ちょうどおむつの
カプラーバルブに排尿処理機のカプラーアタッチメントを接続するようにして、下半身をカプセルの所定の位置に置いて、
瞳を寝かしつけていく。
カプセルの内部は、分厚い衝撃吸収素材が、瞳の身体の後半分を完璧に隙間無く包み込み、瞳は自分の体重を
感じることのない無重量の状態に近い、カプセル内に浮いた状態に置かれた。
瞳は、水中にふわふわ浮いたような浮遊感と、包み込まれるような優しい拘束感を感じていた。
カプセルの壁面から緩衝材を突き抜けて伸び出した固定用のベルトで、瞳は身体をカプセルに固定され、積み荷として、
梱包されている中身が動かないような処置を講じられたのと同じ状態となり、瞳の身体は、カプセル内で
動かないようになったのである。
森田は瞳のへそのコネクターにカプセル内のケーブルを繋げ、こめかみにも、ケーブルを繋げた。
この処置により、瞳の視覚と聴覚、そして、言語がカプセルのコントロールシステムの支配下に入り、
へそに繋がれたケーブルにより、瞳の意識もカプセルのコントロールシステムが支配するようになるのである。
最後に森田は、瞳の口のチューブをカプセルの所定の位置に接続し、その上から、呼吸用の透明な生命維持マスクで
瞳の口元から鼻にかけてが覆われた。
このマスクは、密閉性の高いこのスーパーF1マシン専用サイボーグドライバー搬送用カプセルの中で、
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーが生命を維持するための呼吸用マスクであり、呼吸用の酸素供給管と
二酸化炭素排出管が、マスクから伸び出して、カプセルの下にある生命維持システムに伸びているのである。
瞳に対する処置が終わると、森田はカプセルの上半分のふたを閉じた。
カプセルの蓋には、瞳の顔の部分が窓になっていて、瞳の様子が外から見えると共に、瞳が外を見ることを可能にしていた。
森田は、カプセルのつなぎ目の部分のロック用の金具を丁寧に勘合していった。
これにより、瞳の入れられているスーパーF1マシン専用サイボーグドライバー搬送用カプセルは、
完全な密閉状態となり、外部の世界と完全に切り離された状態となったのである。
瞳は、カプセルの中で分厚い緩衝剤を全身にまかれたのと同じ状態でオーストラリアまで過ごすことになるのである。
瞳が入れられたスーパーF1マシン専用サイボーグドライバー搬送用カプセルは、旅客機が飛行高度から墜落しても、
カプセルの中に収納したスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーに危害が及ばないようになっていて、
カプセル自体が割れたりすることもなければ、衝撃で開いてしまうこともなく、台座となっている、カプセル内の
コントロールシステムも厳重に衝撃から守られるような仕掛けになっていた。
そして、緩衝剤の効果により、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーに対しては、
衝撃が伝わらない仕掛けになっているのだ。
また、長時間をカプセルの中に入れられるスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーを半覚醒状態の移動モードか、
スタンバイモードに保つために、コントロールシステムと、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの体内の
補助コンピューターが接続され、常に最適のモードでの生命維持とそれに伴って必要な呼吸システムの管理、
水分の供給などが自動的に行われるようになっていた。
また、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーがスーパーF1マシンに取り付けられているときと同様の外部との
コミュニケーションシステムもつけられていて、瞳たちスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーが外部のスタッフと
会話が出来るようになっているし、視覚に、移動モード時の少し意識がある時に
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーが退屈しないように、気休めなのだが、人工視覚に、
自分が今どこを飛んでいるのかといった情報がマウントディスプレイされるようになってもいたのだ。
瞳は、緩衝剤に包まれた状態を海の中で浮いているような状態に感じていた。低反発緩衝剤による拘束は、
拘束感が無く、瞳にとっては気持ちのいいものであった。
「速水選手のカプセル梱包は問題ないようです。森田さん。カプセルを移動用電源供給用システムとの接続の確認を
してください。」
「ドクター、移動用電源の蓄電池システムとの接続も問題ありません。蓄電池の蓄電容量は、240時間となっています。
正常作動中です。」
「了解です。妻川監督、速水選手の移送準備を完了しました。」
「さあ、後は、出発するだけか。つぐみ、自分の出発の準備と、部屋の片づけの点検をしてきなさい。」
「はい。」
森田は、自分の支度のために自室に向かっていった。その間に、妻川が瞳の入っているカプセルの窓をのぞき込んで、
瞳に話しかけた。
「瞳。聞こえる?」
瞳は、窓を覗いているヘッドセットをつけた妻川と石坂を確認した。
「恵美さん。聞こえます。この窓と私の間の隙間もよく見ると透明な緩衝剤が詰まっているんですね。」
「そうよ。瞳の身体は、隙間無く、超低反発型の緩衝剤で覆われた上で、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー
搬送専用のカプセルの中に完全固定されているの。瞳のいる空間は、完全に私たちがいる空間から
密閉遮断されているから、カプセルの中には外部の音や衝撃から遮断されている独立した空間になっているの。
もちろん、外部の空気からも独立した状態を保たれているから、瞳は、小さな宇宙空間にいるみたいなものね。」
「それじゃ、カプセルの生命維持システムが、故障したら、私死んじゃうじゃないですか?」
「それは大丈夫よ。瞳のつけているマスクは、生命維持システムの酸素供給システムとは別にエマージェンシータンクと
繋がっていて、生命維持システムからの酸素供給が止まった時は、瞳の呼吸は、エマージェンシータンクからの
酸素供給を受けられるようになっているの。エマージェンシータンクだけで、90時間の酸素供給が可能だし、
エマージェンシータンクに切り替わる最悪の状態になる前に、メインのシステムの他に、2系統の
予備生命維持システムが、瞳をガードしているから、そのどれもがダメになることはないから安心して。」
「好かったです。かなり安全なものなんですね。これで宇宙空間にも行けちゃいそうですね。」
「そうね。構造的には宇宙船と同程度の気密性があるから宇宙空間でも大丈夫よ。瞳が、我が儘言ったら、
このまま地球周回軌道に打ち上げちゃうことも可能かな。」
「恵美さん。悪い冗談はやめてください。」
「速水選手。監督案外本気かもしれませんよ。気をつけた方がいいですよ。瞳さんは、監督がそうと決めたら、
抵抗することが出来ないからだなんですから、それに、サイボーグといっても、大気外環境生命維持システムが
装備されていませんから、呼吸に関しては、標準人体と同様に宇宙空間では、生命維持システムに依存しないと
生命維持が出来ないですから、死の恐怖と戦いながらの宇宙遊泳という、究極のお仕置きになりますからね。
我が儘は厳禁ですよ。でも、2時間程度の間なら、瞳さんは、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの
呼吸システムである呼吸駅内の残留酸素で生きることもできますからね。そこは標準人体と違いますから
安心してください。」
「石坂ドクターまで、脅かさないでください。恵美さん、冗談で過激なことする人なんですからあんまり焚き付けないでください。」
「瞳、まるで私が悪魔みたいに言うじゃない。」
「いえ、そこまでは思っていませんけど、ハードなプレイ好きの究極のS性を持ったミストレスなんじゃないかとは最近
思っています。」
「瞳、非道いじゃない、本当にやっちゃおうかしら。」
「監督、目が輝いてますよ。速水選手、今日は、パース行きの専用機じゃなくて、バイコヌール行きかケープタウン行きに
乗せられていたりして。」
「二人とも、やめてください。何も抵抗出来ない拘束を受けていて、しかも、手脚すらない何も一人では抵抗する術を
持たない可哀想な女の子を虐めないでください。」
「何が可哀想な女の子よ。レース中のでかい態度を見てたら聞いて呆れるわ。ドクター、本当に宇宙空間で
頭冷やさせるか?このカプセルの中の環境は常に一定に温度湿度もコントロールされているし、ライブモードのまま、
死の恐怖と戦ってもらいましょう。」
「そうですね。それも面白いかもしれませんよ。頭が冷えれば、あんな危険運転しなくなるかもしれませんよ。」
「ドクターも、Sだったんですね。まあ、平然と私のようなサイボーグを作り出す鬼畜な改造手術を出来るんだから、
サディスティックなマッドサイエンティストの要素はあると思っていましたけれど、やっぱり本当にそうだったんですね。
純情可憐で無垢な生き物を虐めないでください。」
「何が、純情可憐ですか?いつも速水選手の度胸の据わったドライブを見ていて、ハラハラしているこっちの身にも
なってください。私も、監督同様、お仕置きしたくなっちゃいますよ。」
「そうよ。何が純情可憐よ。潜在的にS性が一番強いのは、瞳なんだからね。レーサー仲間の男どものマシンの
鼻先抑えて快感を味わうなんて、Sそのものじゃない。」
「それは、レースだからしかたないじゃないですか!私は、こんな姿になっても耐えられる可哀想なM美少女なんですよ。」
「よくいうわよね。ドクターもそう思うでしょ。」
「私も、究極のS性を持っているのは、瞳さんじゃないかと思ってますから、反省して、自分を自覚するまで、
宇宙空間にいてもらいましょうか?それとも、移動の期間中、ライブモードのままで、究極の退屈と孤独の中で
移動させるのもいいですね。」
「おっ!ドクター、ナイスアイデア。それ行こうか!」
「お願いです。許してください。もうみんなをハラハラさせることはやりません。それに、自分がSだと自覚するようにします。
だから許してください。」
「ドクターどうする?」
「まだ態度が大きいように思いませんか?」
「そうだね。反省が足りないかな?」
「二人とも、お願いですから、瞳さんを虐めないでください。瞳さんがSを自覚してくれるのは嬉しいけれど、
虐められているのを見るのは我慢出来ません。」
支度を終えて、移動準備室に戻ってきた森田が、涙声になりながら訴えた。
「こら!つぐみ、瞳にちょっかい出すんじゃないよ。瞳はまだノーマルなんだからね。これからのあんたの
持って行き方次第かもしれないけれど、今は、まだ我慢だよ。」
「恵美さん。何を言っているんですか。」
「瞳は知らないと思うけど、この子究極のMでレズビアンだからね。たぶん瞳に恋しちゃうと思うよ。
この娘がほんとに泣いちゃうから瞳を虐めるのはここまでにしようか?どうする?ドクター?」
「そうですね。このぐらいにしましょうか。速水選手の精神的訓練はここまでにするということにしましょう。」
「そうしよう。それじゃ瞳を移動させる処置を始めようか?でも、瞳、気をつけた方がいいよ。
つぐみ、必ずカミングアウトするはずだから、『瞳さん、私のご主人様になってください。私の全てを捧げます。』
っていうようにね。」
森田が頬を赤らめた。
「もう、つぐみさんにカミングアウトされちゃいました。」
「はやっ!もうなの。本当にはやいわよね。今まででも新記録じゃないの?」
「はい。いわゆる一目惚れだと思います。だって、瞳さんは、女王様のオーラが凄いんですもの。
私の愛を受け入れてくださるかと思ったんですけれど、ノーマルだって断られちゃいました。絶対に女性との恋愛を
理解してくださる女王様だと思っていたんですけれどね。でも、絶対に、その要素あると思うんですよ。ノーマルの彼氏が
いてもいいから、私に愛をくださいって訴えたんですけれど、今は無理でした。でも諦めたわけじゃないですから、
瞳さんにご自分の潜在的な性癖を目覚めさせたうえで、再度アタックするつもりです。」
「瞳、私が言ったとおりでしょ。あなたには、女性を引きつける魅力と人を支配することに喜びを感じる性癖、
女性の愛を理解する潜在能力を持っているのよ。両刀遣いでもいいじゃないの、つぐみの愛を受け入れたら?」
「私もそう思います。速水選手は、女性を支配することで愛情表現をする潜在意識と、男性を愛してその上で、
支配してあげる性癖を持っていると思います。男性に尽くすだけじゃ飽き足らない自分に時々出会うんじゃないですか?」
「ドクターの言うことは思い当たる節がないとはいえないけれど、そのような性癖を自覚はしていないですっ。
もう、みんな、やめてください。つぐみさんは、私の身体の一部になってくれている掛け替えのないサポーター
なんですから。」
「身体の一部だと思うと言うことは、つぐみを奴隷として扱っている証拠だったりしてね。」
「私、瞳さんの奴隷として、お仕えしたいんです。」
「速水選手、男を愛するのと違って、女性の方が、自身の性感帯を知った上で愛してくれるから、最高のエクスタシーが
得られるみたいですよ。男からも女からももてる速水選手が羨ましいです。」
「もう、勘弁してください。今はそのつもり無いんです。」
「もう勘弁してやるか。いつまでも出発出来ないものね。つぐみも今は、サポートスタッフとサポートされる
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの関係で我慢しているのよ。いいわね。」
「解っています。でも、瞳さんの最高の手脚として働くつもりに代わりありません。」
「そうと決まったところで、瞳を移動させるよ。つぐみ、瞳を移動モードにしてちょうだい。瞳、いい旅をしてね。
今度ライブモードになった時は、パースに着いているのよ。移動モードとスタンバイモードで
外部スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー生命コントロールシステムが、適正に生命コントロールを
してくれるから、あっという間についてしまい、退屈な時間を過ごさなくていいから楽だと思うわ。瞳と話が出来ないのは
残念だけれど、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの体調維持を考えると荷物にした方がいいものね。」
「私は、移動期間中虐められなくて嬉しいかも・・・。」
「瞳、言ったわね。つぐみ、早く、移動用外部スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー生命コントロールシステムを
作動して、瞳を黙らせてちょうだい。」
「恵美さんのいじわ・・・。」
瞳の妻川への抗議が、途中で途切れた。瞳の身体が、カプセルのスーパーF1マシン専用サイボーグドライバー
生命コントロールシステムのコントロール下に入り、瞳は半覚醒状態の移動モードに入ったのである。
半覚醒状態の移動モードでは、意識が夢うつつに近い状態になり、外部との会話は不可能になる。意
識レベルが最低でもあるため、外部からの声や音、周りの状況を見て認識することは可能であるが、
自分から外部に話しかけたりすることは出来ないのである。
妻川は、
「瞳、いじわると言おうとしたのね。そんなことないよ。移動中にストレスを感じない瞳が羨ましいのよ。
パースで会いましょうね。着いたら、向こうのカフェでお酒でも飲もうね。」
妻川は、瞳に優しく語りかけた。
「監督。迎えの車が地下の専用駐車場に到着しました。スタッフと一緒に瞳さんの入ったカプセルを積み込むために
やってきました。」
柴田が、移動準備室にいつの間にか入ってきていた。
「美由、ご苦労様。エマはもう乗せてあるの?」
「はい。エマを積み込んでから、こちらに向かいました。エマ担当の川口詩織メカニックや山口さんも乗っています。」
「解ったわ。それじゃあ、瞳を積み込んでちょうだい。私たちも荷物を持って地下に降りるわ。」
「解りました。スタッフの皆さん、瞳さんの移動用カプセルを運び出してください。
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用搬送車に運び込んでください。」
山口の指示で、スタッフが、瞳の入った台座のついた楕円形の卵のようなカプセルを運び出していった。
スタッフは、瞳のカプセルの搬送にもの凄く神経を使っているらしく、丁寧に運んでいった。
「ドクター、つぐみ。私たちも、荷物を持って、地下駐車場に移動よ。つぐみ、瞳の荷物で長期滞在用に必要なものは
まとめてあるの?」
「ヨーロッパの家用の荷物ですね。それは一まとめにして、判るように玄関のに置いてあります。いつスタッフが
取りに来ても大丈夫です。」
「よし。それじゃ、パースに向かって出発よ。」
妻川たちは、瞳のマンションの地下に専用エレベーターで下り、そこに止まっているスーパーF1マシン専用
サイボーグドライバー搬送専用車に乗り込んだ。
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用搬送車は、前半分が、スタッフが乗り込めるようにバスになっていた。
3列のゆったりとした配列のシートが並ぶサロンバスで、後部には、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー移動用
カプセルが、置けるスペースがあり、後部ハッチからカプセルを入れることが出来た。
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー移動用カプセルは3個が固定出来るようになっており、
カプセルの内部に入れられたスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの状態が、運転席の反対側のシートにある
監視システムで把握出来るようになっていた。
瞳がカプセルの収納スペースに運び込まれた時に、既に、エマのカプセルとサードテストドライバーである
吉川菊江の入れられたカプセルが乗せられていた。瞳のカプセルは、エマのカプセルと菊江のカプセルの真ん中に
置かれ固定された。3個のカプセルの固定が確実かどうかを確認し、カプセル搬入スタッフが後部のドアを丁寧に閉めた。
カプセルの置かれているスペースの上にある荷物室に、妻川たちの移動用荷物や、瞳たち3名の
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの荷物が載せられて出発の準備が完了した。
石坂が最前列の席のモニターで、3体のスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの身体データーが、
モニターに届いていることを確認し、さらに、3体のスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの身体状態が
安定していることを確認し、妻川に報告する。
「監督、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの3体の状態は安定しています。モードをスタンバイモードに
切り替えましたが異常は認められません。出発してもいいと思います。」
「了解。ドライバーさん、出発準備オッケーです。」
妻川が最終の出発の指示を出すと、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用移動車は、
成田に向けて瞳のマンションの地下を出発した。
“カンダスーパーガールズ”の参戦初年度のスーパーF1サーカスの始まりであった。
今度、東京に戻る時は、“オールスターグランプリ東京”である。
その時は、凱旋帰国を果たすんだという、決意が妻川をはじめとした“カンダスーパーガールズ”の
チームスタッフ全員を胸に秘めての出発なのだ。
『瞳がいれば絶対に出来る。』
“カンダスーパーガールズ”の面々にそんな自信があふれての出発であった。
成田の空港ターミナルに着くと、妻川たちは、プレスのカメラのフラッシュと詰めかけたたくさんのファンの
出迎えを受けた。
“カンダスーパーガールズ”のチームスタッフが空港施設に入り、それに続き、
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーが入れられたカプセルが、車から降ろされ、施設内を移動させるための
台車に移されて、チームスタッフの後に続いた。
瞳をのせたカプセルがフラッシュの餌食になる。物となった瞳に対して多くのファンの声援がとんだ。
妻川は、ファンやプレスを押しのけるように、専用待合室に進んだ。
「監督、速水選手たちの検疫が終了しました。出国準備完了です。」
「検疫か・・・。瞳が聞いたら、『私は物扱いなの!』と言って、きっと、すねるわね。」
「速水選手だったら、絶対にそう言っています。でも、今の彼女たちは、スタンバイモードなので、
機械人形に近いようなものですから、税関が“検疫”という言葉を使って物扱いしても仕方がないですね。
医師として、私も、サイボーグの人権に対する差別用語のような気がするのですが、積み荷となっているのは
事実ですから仕方ありません。」
「ドクター、積み荷なんだよね。今の瞳は。」
「残念ながらそうです。」
「でも、監督、その積み荷が、今度帰国の時は、ヒロインに変わっていて、きっと人間として扱うようになると思います。
そう願っています。」
「そうだよね。瞳とエマならやってくれるよね。」
「私もそう思っています。」
「監督、スーパーF1移動用専用機にスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとスーパーF1マシンの積み込みが
終わりました。」
石坂と話していた妻川のもとに、瞳たちの入ったカプセルとスーパーF1マシンの搬入に立ち会っていた柴田が
帰ってきて報告をした。
「スタッフ全員の荷物に搬入も終わったとの報告が入っています。チームスタッフも全員搭乗を完了しています。
後は、監督とドクターと私が搭乗するだけです。」
「美由、ドクター。私たちも搭乗しようか。」
「そうですね。いよいよですね。今度日本の地を踏む秋には、凄いことになっているような気がするんです。」
「柴田チーフもそう思うの?」
「ドクターもそう思うんですか?」
「さっき、監督とそんな話をしていました。」
「美由、参戦1年目だけれど、大和撫子が凄いって言うところを世界に見せつけたいよね。」
「監督。瞳さんが絶対にその思いに応えてくれると思います。予感がするんです。その予感にかけてみたいです。」
「監督、私もです。」
「そうね。私も、ドクターと美由と気持ちは同じよ。モータースポーツ界に旋風を吹かせましょう。
さあ、パースに向かって、いざ出陣よ。」
「はい!」
今日は、グランプリ初戦の地へ旅立つところまでです。
ちょっと、フェチスレらしい?人間模様をいれてみました。
酷評覚悟です。
無名さん
少女サイズのサイボーグ体にする理由は、
そういうことだったのですね。納得です。
四肢切断状態のサイボーグにヒトミがなったのも、
マシンのスペースで人間を置くスペースの
節約のためということですので、サイボーグをコンパクトに
するという考えは方法が違うだけで似ていると思います。
それから、割り込むようになってしまい、
申し訳ありませんでした。
267 :
adjust:2006/10/23(月) 19:36:55 ID:miqh/sk30
無名様
>>>adjustさん
>八木橋シリーズの前史の物語ですか、本編よりもさかのぼったお話ですから、義体開発の研究などの
>物語がメインになるようですね。こちらも期待しています。
感想ありがとうございます。少女の使命 読ませていただきました。
サイボーグとなってしまった少女、胸が痛むような設定です。
本来ならば何も生活の心配をしなくてもよい年頃の少女が、こんな境遇になって
けなげに、初仕事をこなす姿ですね。幸せになってくれればいいなあと一読者としては思います。
manplus様
独特の世界観を背景に、萌えを投入出来る構成力に感服します
当方はあまり想像力がないので、あるものを加工することしか出来ませんが、
膨らんでいく世界を楽しませていただいております。
スーパーF1のレギュレーションはどんなものなんでしょうか
今回分を投下させていただきます。なんか、そのまま淡々と進めていくと、つまらないまま
大河小説のようになってしまいそうなので、少し強引に方向を変えてみます。
また背景の説明ばかりになってしまいます。申し訳ありません。
268 :
adjust:2006/10/23(月) 19:40:48 ID:miqh/sk30
その1
「よし、ブロック構成終わり。ロジック問題なし、うー」
橋本が、デバイスシミュレータの論理チェックプログラムを起動する。はじめのうちはチェックするたびに、論理不
整合によるエラーが出ていたが、ここ数日の奮闘のせいでなんとか、ゼロにまで追い込むことに成功した。
はふう、と机に突っ伏し、橋本のブースの向こうにいる、部下の横田と三沢に手で合図する。
「何とかなったよー、回路起こしお願いしまーす。」
「はーい、もう主任遅いっす、俺何時に帰れるんだか」
横田がファイルを回路設計プログラムに送り込みながら、間延びした声で橋本を非難する。
「ごめーん、そのうち埋め合わせするからねー」
「まだ埋め合わせしてもらってないの、たくさんありますよー」
「へーい、そのうちねー」
へろへろと、コーヒーでも注ぎに行きながら、適当に受け流す。この緊張感のない開発風景は、義体サポートコンピ
ュータのメイン基板設計の風景であった。
何度もの方針決定会議を得て、サポートコンピュータの機能、性能、そのほかの要求項目が決まり、一次試作が開始
される。橋本の担当は統括認証とメイン基板設計。二人の部下とともにメイン基板を設計するのに加え、それぞれの部
門から上がってくる設計に齟齬がないかを確認する。試作終了後各種試験と修正を行い、問題がなければ、イソジマ電
工に送り、義体搭載試験に入ることになっていた。そのため、サポートコンピュータのサイズは現行機器のサイズに押
さえられている。消費電力、発熱、大きさは既存義体に搭載できるように、今の仕様を越えないように制限されている。
耐衝撃性は2000G以上、脳が損傷するほどの衝撃を十分越えるまで壊れてはならない。サポートコンピュータは可動
部分がないため、それ自体は頑丈に作れば技術的にはそれほど問題ではない。衝撃に弱いのは液体搬送などの可動部を
持つ生命維持装置などである。これも、モータやダイアフラム式ポンプを廃し、電磁搬送ポンプに移行することで、衝
撃に対応するよう考慮された。
269 :
adjust:2006/10/23(月) 19:42:12 ID:miqh/sk30
その2
コンピュータ関係が問題となるのは、むしろノイズや放射線による誤動作である。電子的ノイズはシールドを施すこ
とで軽減される。しかし放射線は、ある一定の確率で微小なトランジスタに誤動作を起こさせる。CPUは高性能になる
ほど、高精細な回路になる傾向にあるため、相対的に放射線に弱くなる欠点を持っていた。それを防ぐには回路パター
ンを太くし、トランジスタのサイズを大きくすればよい。放射線によって発生する電荷は、サイズの大きいトランジス
タ内のほかの電荷によって薄められ、相対的に電位の変動は小さくなる。
「橋本主任、大日本電気の方がお見えです」
受付からの連絡で、橋本がコーヒーを置く場所にちょっとあわててから、立ち上がった。
専用CPU、それも高性能を求めるサポートコンピュータ用CPU、絶対の信頼性を重視する脳との通信、環境管理を行う
制御CPU、これは生命維持装置の制御コンピュータにも用いられる。これらのCPUはそれぞれ製造プロセスが違うため、
NTL.EDの関係会社、NTL.ED九州シリコンでも作ることが出来ない。そのため多額の費用がかかるが、半導体製造では世
界一の規模を誇る大日本電気のような有力メーカーに発注する必要があった。そのほかにも他社でないと入手できない
ものは多い。
「その次は、神三井化学の方もいらっしゃる予定になってます」
「何で私なのよ、生命維持装置は私の担当というか、うちの担当ですらないけど、制御基板だけよ」
神三井化学からは電合成リサイクル用の合成電界フィルタが納入されている。合成電界フィルタは合成血液の中のブ
ドウ糖反応物質である二酸化炭素を選択的に分解し、高分子触媒とカーボンナノチューブによる電界加圧でブドウ糖に
再合成するものである。基本原理の特許はイソジマ電工が、合成電界フィルタの製造特許は神三井化学が持っている。
「一応、統括担当ということで、ご挨拶にうかがったようですね」
「それ、いやだー、課長に投げてよお」
「そんなこといわれても、向こうが主任を指定して下さっているんですから」
「いやー」
などとわめきながら、受付嬢に引きずり出される橋本であった。もちろん、引きずり出された以上、きちんと営業ス
マイルで応対する橋本である...というか、そう信じたい。ちゃんと応対しる。
270 :
adjust:2006/10/23(月) 19:44:00 ID:miqh/sk30
その3
「主任、お客様です」
「はいはい、今度はどちらさま」
来客が頻発する日ってのは確かにある。必死こいて集中力を高めようとする橋本が、何度目かの集中を破られて、ぞ
んざいに聞き返す。
「イソジマ電工の高橋様と、」
「汀さんじゃないの?」
「いえ、それとN市消防局だそうです」
「は?、なにそれ」
橋本が頭をひねる。
「さあ、私にはわかりかねますけど」
「RS関係かな」
「関係なさそうですよ」
受付嬢はきっぱりとそういって、さあさあと橋本を追いやる。
「むー、なんだかなあ」
状況が見えない中、橋本はちょっと鏡を見て、髪を指で梳いてから応接室へ向かった。
消防局などと少しでも関係があるとすれば、NTL.RS 位しか思いつかない。救難支援センター、NTL.RS はNTLの社会
貢献事業の一つであり、NTLグループの売り上げの1%を予算とする組織である。その業務は救難、災害支援事業とな
っている。地震や台風、大雪などの災害に対し、警察、消防、自衛隊などに協力して、支援物資の輸送、配給、緊急災
害復興の重機搬送などを行うことを主な業務とする。そのための輸送船舶やヘリコプター、重機などを保有し、災害発
生時には政府、地方自治体と協力して、災害状況の情報収集、分析を行い、必要な機材を送り込むことになる。状況が
把握できない自治体には迅速に情報を提供し、災害支援に役立てる。典型的な例としてF県海域地震があった。
F県海域地震では、普段余り自然災害が起こらない場所だったこともあり、地震直後から情報網が寸断され、被害状
況がつかめない状態になっていた。NTL.RSではスーパーコンピュータによる災害状況の予測を実施、近隣地方自治体及
び政府に予測情報を報告。被害が大規模と予測されたことから、大型救難輸送船スーパーホエールに重機、ヘリ、食料、
水を満載して出航した。
271 :
adjust:2006/10/23(月) 19:49:31 ID:miqh/sk30
その4
その情報を受けて、航空自衛隊が被害状況の航空観測を行い、被害状況確認と同時に、陸上自衛隊、海上自衛隊が災
害支援に乗り出した。そのため、地震は早朝であったががけ崩れ、崩壊した建物に閉じ込められた人命の多くが救出さ
れたのである。警察、消防もがけ崩れ、道の崩壊に伴い、消防レスキュー隊などの移動が困難を極めたが、輸送した重
機による道の修復、ヘリによる輸送を実施し、警察、消防の救助支援を行うことが出来た。
橋本が、応接室に入ると、よく打ち合わせで顔をあわせる、イソジマ電工営業課の高橋と制服で決めた女性消防官が
ソファから立ち上がった。
「橋本です。イソジマ電工の高橋さんですね。よろしくお願いします。」
「高橋です。こちらこそよろしくお願いします。こちらがN市消防局の高田恵子さんです。」
「はじめまして、N市消防局で消防司令補を勤めさせていただいております高田と申します。これがこちらの名刺で
す。お納めください。」
「あ、丁寧に申し訳ございません。高田様ですね。はじめまして、よろしくお願いします」
高田恵子のほうを向いて挨拶しながら、橋本はソファを勧める。二人が座ったことを確かめて、橋本も腰を下ろした。
「それで、きょう伺ったご用件なのですが、...」
「はい」
「貴社と弊社で共同開発させていただいております、新型義体の件についてです。」
橋本が軽くうなずくと、高橋が話し始めた。
「今の計画では、開発に目処がついて、実用試作段階に入ると、何人かのお客様にお願いして試作機を換装して頂き、
実用試験に入る予定になっております。」
「はい、存じております」
「その際、耐久試験など、効率的にデータを取れる環境にいらっしゃるお客様として、消防や自衛隊に奉職されてい
るユーザー様に主にお願いしております。で、こちらにおられる高田様を含め数人の弊社義体ユーザー様にも今回打診
をさせていただきました」
橋本が高田のほうに視線を送る。高田はかすかに頭を下げて肯定した。
「その際に、新型義体の製作状況をご見学されたいというご希望のため、こちらに伺わせて頂いた次第です。」
「なるほど」
橋本は、高田に顔を向けた。
272 :
adjust:2006/10/23(月) 19:51:33 ID:miqh/sk30
その5
「えー、当社では試作開発段階でのサポートコンピュータを含む計算機関連の開発を行っております。量産を行って
いないので、製造段階をお見せすることは出来ませんが、それぞれの部門での開発状況ならお見せすることが出来ると
思います。なにか、ご希望はございますか?」
聞かれて高田が口を開いた。
「希望もありますが、それよりもすこし前提をお話してよろしいでしょうか?」
「はい」
高田は、きちんと座りなおして、姿勢を正す。女性にしては少し高めの身長と肩幅、橋本から見れば、とんでもない
プロポーションである。顔もきりっとしていて美しい。義体化前もこんな体格だったんだろうなと考えながら橋本は話
を聞く。
「恥ずかしながら、私も全身義体化一級として、義体のお世話になっています。全身義体化のため優先的にレスキュ
ー隊に配属され、3年間仕事をさせていただきました。本年度からはその経験もあってか、レスキュー隊の編成、管理
業務に携わっております。」
「はい、ご苦労様です」
「それで、自分の経験についてお話させていただきます」
高田がすっと正面を見据えた
「私はもともとN市消防局に勤めさせていただいておりましたが、基本的に事務業務に従事していました。細かいこ
とは省きますが、病気による身体問題で全身義体にならざるを得なくなり、今のような状況になっています」
「全身義体化手術を受けてから、レスキュー隊への参加を要請されました。すでに皆様もご存知のとおり、全身義体
化のかたがたの多くが、自衛隊やわれわれ消防などの危険任務について、仕事をされております。」
「私も、その例外ではなく、もともとが消防局の人間であったものですから、優先的にレスキューに配属されること
になりました。レスキューの隊員で今、3名の全身義体の人がいます。」
273 :
adjust:2006/10/23(月) 19:53:38 ID:miqh/sk30
その6
「実際に危険業務を行ってみるとわかりますし、おそらくはイソジマ電工さんのほうにも報告書が回っていると思う
のですが、たしかに物理的には全身義体の人は、普通の人間より強いです。環境的にも、義体の馬力としても。火事や
災害、ガスなどの環境で、普通の人が突入できない環境でも、われわれは救助作業を続けることが出来ます。しかし...」
高田がちょっと言葉を切る。
「このような状況では、義体の異常発生率もある程度上がってしまうことはやむを得ません。それは仕方ないと思い
ます。異常な高温、汚染環境などがあるのですからうまく稼動できないこともあるでしょう。しかし問題なのが、異常
が発生した際に、安全な場所まで退避する。または異常が起こっても異常の状況をコントロールして、ぎりぎりまで救
助を続けるという面で、問題があると思います。つまり、壊れても、壊れていない部分は正常に稼動させ続けられるよ
うになっていなければならないと思うのです。」
「つまり、」
橋本が口を挟んだ。
「ロバスト性ということですか」
「そういう用語があるんでしょうか?、よくわかりませんが、レスキューの業務上、ビル火事の中に突入する例があ
ります。私の経験した例では、高温環境中でサポートコンピュータが誤動作を起こした例がありました。生命維持装置
は正副2系統ありますので命には別状ありませんし、その間は他の隊員が炎の中から引きずり出してくれたこと、そし
てサポートコンピュータは再起動した後は正常に動作したために、脱出には成功しました。しかし、その間の30秒ほど
は義体との接続が切れ、要救助者の救助は出来ずに亡くなられました。もし、他の隊員がいなければ、その30秒で私も
燃え尽きていたでしょう。」
「なるほど」
「つきましては、ですね」
「はい」
「新型義体が、どのような対策を採っているかを見たいのですが、そして出来ればご説明いただきたいのですが、よ
ろしいでしょうか」
「はい、わかりました」
橋本はうなずいた。
274 :
adjust:2006/10/23(月) 19:56:15 ID:miqh/sk30
その7
「基本的に、私の担当は回路基板の設計なので、ソフトウェアは別の担当に説明させます。ある程度のことは理解し
ているつもりですので、わかる範囲については説明させていただきますが、わからないことは担当に遠慮なくご質問く
ださい」
「ありがとうございます」
橋本は高田に頭を下げる。
「貴重なご意見ありがとうございます。今のお話、十分に考えて製作したいと思いますので、問題があればびしびし
いってやってください。うちの連中に、あ、もちろん私も含めて」
「はい、見学お願いします」
橋本は高田の手を引いた。
「あ、その前に。」
橋本が電話をとる。外線ボタンを押して、受付につなぐ。
「第4開発の橋本です。はい。ええっと、第4関係の研究室関連全部と、開発計画室関係に放送お願いします。」
「ああ、そうだ、その放送にこの電話流せる? OK?」
「それじゃ、放送流して、お願いしまーす」
「ぴんぽんぱんぽん、...えー、開発計画室、副室長です、義体開発関係のグループにお知らせします」
どことなくざわついていた棟内が一瞬しんとなる。
「義体のテストをする関係者が、イソジマ電工とそのほかからおいでになっています。今から、開発状況の視察を行
いますので、関係部署各位は、協力をお願いします。ついでに、私が問題点のチェックも行いますので、逃げないで真
摯に対応してくださいね。はあと、詳細は視察のときにでも説明しますのでよろしく。...ぴんぽんぱんぽん」
少し遅れて、うめき声のようなざわめきがもれる。
275 :
adjust:2006/10/23(月) 19:59:39 ID:miqh/sk30
その8
高田がそのやり取りを見て、くすっと笑った。
「そんなに硬くならなくていいですよ、基本的に変人の集まりですが、仕事はちゃんとする連中ですから」
「はい、お世話になります」
感情をあまり見せない、高田であったが、表情ははじめと比べてずいぶんとやわらかくなっていた。
橋本は、高橋、高田をエスコートして開発現場の案内を開始した。そして...
その夜、義体開発関係のグループで、悲鳴とともに再設計2件、修正3件の残業が行われたことは、
いつものことなので、省略する。
今回は以上です。ありがとうございました
276 :
3の444:2006/10/25(水) 01:31:44 ID:kphoziu50
まるでその場にいるかのようなリアルな会話ですね。
会社のもつ雰囲気というか、空気みたいなものをよくここまで表現できるものだなあと驚いています。
橋本さんのキャラクターも茶目っ気たっぷりで、なかなかどうして愛嬌があるではありませんか。
高田さんはレスキューに所属することも自分の運命として受け入れて立派に働いている人のようです。
ヤギーも、こういう人と義体化当初に知り合えていればまた違った考え方を持ったのかもしれませんね。
277 :
adjust:2006/10/25(水) 23:26:44 ID:ZdaiXI0e0
>>276 感想ありがとうございます
開発現場や会社の雰囲気を(架空のものですが)感じていただければ、幸いです
高田に限らず、ヤギーも、そして生身の多くの人も、自分の置かれている環境で、精一杯
生きているはずです。現実は厳しいのかもしれませんが、その中で自分の意思と良心で
幸せをつかんでほしいと思います。
278 :
adjust:2006/10/27(金) 23:46:05 ID:9PjFvlt00
今回分を投下させていただきます
この話は、これで一段落ついたことにします
かなり大きくなってしまいました。申し訳ありません
279 :
adjust:2006/10/27(金) 23:48:10 ID:9PjFvlt00
その1
新型義体の試作サポートコンピュータ、及び生命維持装置用制御コンピュータが完成し、各種試験が行われた。衝撃、
高温環境、連続稼動、腐食性ガス環境、防水、不安定電圧、高電磁波環境などさまざまな試験が、行われていく。イソ
ジマ電工の開発するパッケージに基板を収め、一週間連続稼動の状態で、さまざまな状況が与えられていくのである。
何度かの修正の後、サポートコンピュータはこれらの試験に耐えることに成功していた。耐久性の確認後、厚生労働省
による審査が行われ、全身義体搭載の許可を得ることが出来た。そして、全身義体協力者への換装試験が始まる。
換装試験協力者は全部で5名、消防関係からは高田恵子を含む3名、自衛隊からは2名であった。
「それでは、換装手術始めます」
吉澤医師はなれた手つきで、高田恵子の義体胸部のハッチを開ける。胸部ハッチは生命維持装置などの重要な機材が
詰まっているため、特別の場合を除いて、本人の許可を得なければ開かないようになっている。
豊かな胸を保持している胸部ハッチはあっさりと開けられ、生命維持装置がむき出しとなる。透明で頑丈に作られて
いる生命維持装置のケースの中で、ガス交換装置、電合成リサイクル装置のポンプがかすかに回っていた。
「外部生命維持装置接続します。」
シリコンゴムに包まれている接続口のふたを静かに外して、外部の生命維持装置がつながれる。人工血液が還流し、
接続時の泡が取り除かれると、外部生命維持装置は静かに新しい酸素と栄養を含んだ液を流し始めた。
「外部生命維持装置問題なし、外部に切り替えます」
「はい」
看護婦が、脳波とバイタルのモニターを監視する。吉澤医師が手動のコックをひねると、内部生命維持装置から、外
部生命維持装置に人工血液の流れが切り替わっていく。
「切り替え大丈夫だね」
「はい、今のところ異常はありません」
「換装機器をこちらへ」
イソジマ電工のエンジニアが、これも手術着となって、サポートコンピュータ、生命維持装置を運んでくる。
「接続は任せます。問題があれば、いってください」
「はい、わかりました」
280 :
adjust:2006/10/27(金) 23:54:18 ID:9PjFvlt00
その2
吉澤医師がイソジマ電工のエンジニアに場所を譲る。エンジニアは手早く、膨大な線を外し、タグをつけ、間違えな
いようにチェックする。基本的にはほぼ同様の形状と配線構造になっているが、若干の修正の際の違いが見受けられる。
エンジニアはその違いの部分をマニュアルでチェックしながら、慎重に接続していった。
作業時間はおよそ1時間、接続終了後、サポートコンピュータを起動する。
橋本はサポートコンピュータの動作を見守りながら、チェック状況を記録していく。基本的には橋本は何もすること
がない。自己起動チェックの後、接続されたパソコンから生命維持装置やセンサ、人口筋肉駆動回路等がチェックされ、
すべてOKとなったところで、また吉澤医師が生命維持装置を、外部から内部側生命維持装置に切り替える。その後のチ
ェックで問題がなければ、作業は終了する。
「手術終了です」
吉澤医師は、穏やかにそう宣言した。ここからが汀の仕事になる。パソコンのモニターを見ながら覚醒するのを待つ。
サポートコンピュータは、大脳の覚醒状態に合わせて、必要な刺激を取捨選択し、大脳に送り込む。意識レベルが覚醒
していき、やがて、まぶたが薄く開き始めた。
「おはようございます。高田さん」
まだ意識の覚醒が低いのか、薄めのまま、時々まぶたを動かす程度。汀がじっと高田を覗き込んで、再び静かに高田
を呼んだ。
「おはようございます。高田さん」
それで気がついたのか、高田が大きく目を開く。目を上下左右に動かして、再び目をつぶった。
「あ、おはようございます、ちょっとまってください、」
「はい、急がなくていいですよ」
汀は穏やかに待ち続ける。感覚遮断後の再覚醒時にはどうしても感覚が混乱する状態に襲われる。
まもなく、落ち着いたのか高田が口を開いた。
「ああ、なんとなく、いつもより意識がクリアーな感じがします。」
281 :
adjust:2006/10/27(金) 23:55:26 ID:9PjFvlt00
その3
「そうですか、基本的には変わってないはずですが、非妙な違いはあるかもしれませんね」
「..........」
しばらく黙ったままの高田、汀は高田の顔を覗き込む。
「どうですか、体調がよければ、機能のレクチャーをしたいと思うんですが」
「うん」
高田はそのまま、虚空に目を這わせながら、うなずく」
「うん、うん」
状況がわからずに、汀が首をかしげた。
「反応が早いですね。汀さん」
「はあ」
「いま、すこしサポートコンピュータを操作してみました。視覚の動画を記録したり、状況モニターを表示させて見
ましたが、反応いいです。すごく」
「今までは、コンピュータに負荷をかけると、身体機能まで、若干遅れるような感じがしていましたが、そんなこと
がなくなりました。」
涼しげな微小が高田から漏れた。それを聞いて、思わず橋本も横から口を出す。
「身体制御用のCPUとアプリケーション用のCPUは別に積んでいますから、メインCPU が重くなっても身体や神経の
動作が影響されることはないはずです」
「たしかにそんな感じがします。複雑になって、故障が増えないといいのですが」
「少なくとも、私がわかる範囲では故障率は下がるはずです。それと、高田さんのご意見を取り入れて、完全とはい
きませんが、多くの部分が、故障しても動作を続行できるように構成されています。だから、一部が故障しても、最低
限の動作は続けられるはずです。」
「ああ、それはありがたいことです。救助現場で危険な状態になったときにこの機能が役に立つと思います」
高田が、礼をする。しかしそれをさえぎるように、汀が高田を制した。
282 :
adjust:2006/10/27(金) 23:56:50 ID:9PjFvlt00
その4
「でも、あまり無理をしないでくださいね。致命的な状況になってしまったら、どんなに義体が対策しててもどうし
ようもないんですよ。」
「プロの方に言っても仕方がないことかもしれませんが、そもそも危険な状態にならないようにしてください。助け
られない状況になってしまったら、どんな対策も水の泡です。いいですね」
「はい、そのとおりです」
「私は、高田さんの生活の内部に立ち入ることは出来ませんし、その能力もありません。私は高田さんが義体を使っ
て仕事や生活をする、心と体のサポートをするのが役目です。無理をするなとはいえませんが、義体の性能の範囲をよ
く理解して、その範囲でお仕事をされるように希望します。」
「そうですね。肝に銘じます」
汀は表情を緩めた。ぱんっと両手を合わせると、笑顔になる。
「えー、それでは、機能の説明をしたいと思います。大体の構成は以前と変わらないはずですが、細かいところで追
加されている機能や、変更がありますので、その説明をしたいと思います。まず、生命維持装置の....」
汀が新しいサポートコンピュータの説明を始める。モニター用のパソコンは安定稼動状況を示していた。
橋本は、何も問題がないことを確認すると、静かにうなずく。そして、汀の説明を聞き流しながらそっと部屋を後に
した。
「N市消防から各局、火災予告N市A造船所入電中、火災予告N市A造船所入電中、以上N市消防」
高田の待機する消防署に通信が入る。隊員たちは、一瞬、動きを停止して連絡に備えた。高田も、義体のバッテリー
状況を確認する。本来ならば30時間程度は十分にある容量であるが、待機時は6時間ごとに充電を行う。
「N市消防から各局、N市A造船所出火報A造船所第2岸壁出火、N市A造船所出火報A造船所第2岸壁出火、終わり」
283 :
adjust:2006/10/27(金) 23:58:49 ID:9PjFvlt00
その5
「A造船所ですか、たしか第2岸壁は、貨客船が艤装中でしたね」
隊員の一人が、手早く準備をしながら高田に言った。以前に高田は立ち入り検査まで行ったことがある。
「もし船舶の火災だったとしたら、延焼はかなり早いわね。小さい規模だったらいいけど」
「あの手の材料は難燃材使っていると思うんですが、規模が大きくなるとあまり役に立ちませんから」
隊員の作った夕食の名残がテーブルに残っている。ほとんどの隊員はすでに夕食を済ませ、当番の隊員が後片付けを
始めたところであった。
「臨海中隊 N市A造船所第2岸壁火災現場 どうぞ」
「臨海中隊 N市A造船所第2岸壁火災現場 N市消防、了解」
臨海署の部隊の到着が無線から流れる。
「臨海1 認知報告 船舶黒煙確認 延焼中 どうぞ」
「臨海1 認知報告 船舶黒煙確認 延焼中 N市消防、了解」
「ビー、救助機動隊出場要請、救助機動隊出場要請」
ブザーとともに出場命令のランプが点灯する。隊員がいっせいに走り出した。高田は装備を装着しながら、あらかじ
め事情を説明しておいた、当直でない隊員に耳打ちする。
「イソジマへの連絡をお願いします、その後はあなたの判断でお願い」
「了解」
隊員は敬礼して、その後イソジマ電工への連絡を始める。高田はその姿を見ることなく出場した。
義体運用の情報収集のため、出場の際の、イソジマ電工の社員による視察が要望されていた。素人が現場にいると、
それだけで現場が混乱する要因になる。高田はこちらの隊員が随伴しているときに限り、その要望を受け入れた。高田
から連絡が入ると、イソジマ電工の最寄の営業所から社員が派遣されることになっている。
284 :
adjust:2006/10/28(土) 00:00:43 ID:eL66QLmO0
その6
「現着報告、周囲確認」
高田が、火災現場に到着すると、隊員に無線連絡と、周囲の目視調査を命じて、指揮隊本部に駆け込む。
「救助機動隊、現着しました。」
ぴしっとと敬礼をする高田、これを受けて指揮隊大隊長が手を上げる。
「ごくろうさま、現在の火点は船舶後方部、中層階の工事現場、A造船所の職員によれば、火災発生時は十数人の職
人が工事中とのこと、現在、脱出が確認された人数は8名、まだ5名から8名が内部に残っていると予測されます。」
「臨海中隊はこのまま第2岸壁から船舶後方の出火点を制圧、中央1は船舶乗船後、甲板の延焼を制圧、中央2は救
助機動隊の支援、救助機動隊は船舶中央部の船橋から突入、船底を通り、要救助者の捜索と救助をお願いする、以上」
「了解」
「造船所から出された船舶の見取り図です」
指揮隊の隊員が見取り図を渡す。高田は手早く見取り図をスキャンし、映像を義体の記憶装置に取り込んだ。構造を
短時間で把握し、頭に叩き込む訓練は、義体でなくても積み重ねている。しかし、細かい部分まで記録できる義体の機
能は、正確さを確保できる点でありがたい。同時に突入する3名のうち、一名は同じ全身義体者である。自分を含めた
3人全員が見取り図を頭に叩き込むと、船に上がった。
レスキュー3名と、支援に当たる消防士2名、消防士2名は消火ホースを伸ばしながら、レスキューについていく。
船橋の階段から船底に入り、様子を伺う。激しい火災の振動が低い響きとなって伝わってくるが、気温は上がってい
ない。
「空気確認」
高田が、隊員に空気ボンベの残量を確認させる。高田自身はほとんど呼吸しないため、軽量の小型ボンベしか付けて
いない。まだ、ここでは呼吸可能である。有毒ガスのセンサーも反応しない。
「ぴ」
かすかな音が脳内を掠めた。視覚の端に小さく赤点が点灯する。テレメトリー通信中のマークであった。
イソジマ電工のスタッフか現場に到着したのであろう。そして、高田の身体状況をモニターするための、通信回線を
開いたと思われる。
285 :
adjust:2006/10/28(土) 00:03:03 ID:eL66QLmO0
その7
船底の端に着いた。上からは火災の振動が大きくなっている。
「救助機動隊より本部」
「救助機動隊、どうぞ」
「船底、最後部に到達、中層部に到達後、捜索を開始」
「船底、最後部に到達、中層部に到達後、捜索を開始 本部了解」
高田は全員に向かって言った。
「面体装着、突入する」
バックドラフトに耐えるために、全員が物陰に身を隠しながら、ハッチを開ける。爆発は起こらなかったが、開ける
と同時に黒煙が船底に流れ出す。まさに暴れまわる炎がハッチの向こう側でオレンジ色の光となって照らし出す。
「火点鎮圧、放水開始」
消防士が放水を始める、ハッチの中に、そして一度抑えられた炎が再び息を吹き返すところを、精密に押さえ込む。
炎の勢いが治まってきたところで、高田はレスキューの二人に合図する。
「ありがとう、消防士2名はここで火災の鎮圧、われわれは、捜索に入ります」
消防士は面体のままで表情はわからない。それでも頭を軽く下げて応えた。
「右通路、人命捜索」
高田の指揮で、船舶右側の通路に面した区画を一つ一つ調べていく。焼け焦げたハッチは熱で変形し、容易には開か
ない。専用の大型工具と義体の力で、強引にこじ開ける。
286 :
adjust:2006/10/28(土) 00:05:29 ID:eL66QLmO0
その8
「要救助者なし、次」
義体の視覚センサーで捕らえた映像から、室内全域をスキャン、炎などの熱画像成分を分離して、室内の様子を探る。
炎が無ければ、そのまま闇となる領域は、普通の人間はライトなどを用いて、慎重に調べなければならない。
視覚センサーはそのような領域も、明瞭に映し出す。右通路側の捜索は程なく終わる。続いて、左通路側。
「これは...」
左通路側に移動した、高田は思わず声を漏らした。
通路いっぱいに積み上げられ、そして火災で崩れ落ちた建設資材。
「救助機動隊より本部」
「救助機動隊、どうぞ」
「左側通路捜索中、建設資材多数のため捜索困難、火災発生時の工事現場と思われる、要救助者の可能性大、対策を
要する」
「.......本部了解」
高田は、二人の隊員に振り向いた。
「山下は現場確保、仁科は私についてきて、義体のリミッターを外して」
「はっ」
生身の隊員を現状に待機させ、全身義体者だけで、建築資材の隙間を進む。倒れ掛かる資材を義体の力で押しのけな
がら、歯がゆいほどの時間をかけて、区画までたどり着く。
「義体のバッテリー残量は?」
「40%ほどです」
バッテリーの残量が半分を切ったら、撤退が原則である。
「これ以上、捜索できない、この区画を調べたら撤退します」
「了解」
287 :
adjust:2006/10/28(土) 00:07:21 ID:eL66QLmO0
その9
区画のハッチを開けて、中をのぞく、暗闇の中、慎重に視覚センサーを走らせた。
そして、そこには丸太のように動かない、要救助者8名が横たわっていた。
「いた」
「救助機動隊より本部」
「救助機動隊 どうぞ」
「要救助者8名発見、生死不明、要救助者の救助を開始する。」
「要救助者8名発見、生死不明、要救助者の救助開始、本部了解」
「本部より救助機動隊、救助応援を送る、現在位置を指示せよ、どうぞ」
「確保ルートは、船底最後部より、中層に上がる、船底最後部までわれわれが運ぶ。船底で待機せよ」
「本部、了解」
高田と仁科は慎重に防火布でくるみ、炎の中要救助者を運ぶ。80kg程度の要救助者は普通の人間ではそう簡単には運
べないが、義体ではその重さがそれほど苦にはならない。しかし、それはバッテリーの残量が十分にあるときの話であ
る。
「ぴぴ ぴぴ ぴぴ」
バッテリーの残量が30%を切った。通常動作であれば、出力を落とし、バッテリーの消耗を防ぐモードに入る。
「ちいっ、もう無理ね、変わってもらうしかないわ」
「そうですね、こちらも警告が出ました」
要救助者は後二人、後、一回運べば終わるはずである。しかしこの仕事には常に万一のことを考慮しなければならな
い。限界まで無理をしても危険を増やすだけとなる。
「救助機動隊より本部」
288 :
adjust:2006/10/28(土) 00:11:03 ID:eL66QLmO0
その10
「救助機動隊どうぞ」
「救助機動隊、2名、バッテリー切れにより、救助続行不可能、応援を要請」
「救助隊の応援要請、本部了解」
「現状はまだ火災延焼中、救助は困難、対策を考慮されたし」
「現状はまだ火災延焼中、救助は困難、対策を考慮、本部了解」
「本部より救助機動隊 浜町2、突入、」
「浜町2突入、救助機動隊、了解」
「よし、われわれは、船底まで退却、あ...」
ずーん
大きな振動が、高田と仁科、そして気を失ったままの要救助者を跳ね上げる。そして。
「中央2より緊急連絡、船底エンジン室爆発、船底通路、移動不能」
「本部より中央2、状況を送れ」
「...........」
「本部より、救助機動隊、状況変化、現地にそのまま待機せよ」
悲鳴のような無線連絡が高田の耳に響いてきた。
「ええーっ、高田さんが緊急事態?」
イソジマ電工、汀からの電話連絡をうけて、橋本は、大声で叫んだ。他のスタッフが何事かと、ブースから顔を出す。
「はい、高田さんの情報収集をしていた社員からの連絡です。A重工の船舶火災の救助に当たっていた高田さんが、
爆発で、船内に閉じ込められた模様です。テレメトリでのバッテリー残量が30%以下で、このままだと、義体停止の可
能性があります。」
「それで、救助の進行状況は?」
289 :
adjust:2006/10/28(土) 00:13:04 ID:eL66QLmO0
その11
「外の火災はほぼ鎮火したみたいですけど、中はまだ燃えてるそうです。被害者の人と一緒で、何人か消防の人も一
緒に閉じ込められているようです」
「わかりました。でも、私に何か出来ますか。一介の技術者に」
「高田さんの義体の状態が、まだテレメトリで通信できています。閉じ込められた状態では、何も出来ませんが、い
ま消防隊が、脱出経路を作ろうとがんばっている最中です。脱出経路を作った後に高田さんの力になれるかもしれませ
ん」
「わかりました、現場に行くより、こちらに情報をください、こちらからのほうがサポートできるかもしれません」
「はい、開発課の人たちに頼んでみます。」
まもなく、イソジマ電工開発課の技術者が、テレメトリ情報を橋本のほうにまで送るように手はずを整える。リアル
タイムの情報は、橋本のパソコンに映し出されていくまもなく、橋本はうめき声を上げた。
「バッテリー残量25%、もう長くは持たない...節電対策が要る」
橋本は電話を取る。
「汀さんっ、そちらからテレメトリで高田さんに連絡送れるでしょっ」
「送れるはずです」
「バッテリーの残量が少なすぎです。直ちに節電対策を取る必要があります。高田さんともう一人の人、どちらも救
助を待つ間、動けないはずです。その間は少しでも電力を温存しないと、脱出すら出来なくなります」
「わかりました、古堅も同意見です。なんと言えばいいですか。」
「まず、リミッターを外した状態をやめさせてください。それから、不必要な機能を全部切ること、出来ればテレメ
トリー通信もやめさせたほうがいいのですが、これは諸刃の剣です、その間は私たちが情報を得られなくなります。サ
ポートのための情報が無いことになります。」
「わかりました、伝えます」
「それから、もし、その間も行動しなければならないのなら、最適化モードを勧めてください。」
「最適化モードですか?」
290 :
adjust:2006/10/28(土) 00:15:31 ID:eL66QLmO0
その12
「はい、最適化モードは、制御工学上、最もエネルギーを使わない手順で、動作を行うモードです。人間離れした動
きとなるので、標準動作には入れていませんが、人工筋肉やモータにとって、もっとも負荷が小さい動きをすることが
出来ます。つまり電気を消費しません」
「わかりました、伝えます。あと気がついたことがあったら、開発部でも私でもいいので、連絡してください」
「はい、お願いします」
「ぽーん」
高田の耳にメールの届く音が聞こえる。必死で脱出方法を検討している高田、こんなときに、と思いながら、でも万
策尽きた中、やることが無いので、メールを開く。
メールを読み進めるうちに、苦い顔になる。しかし、ほかに方法は無い。
「仁科、」
「ええ」
要救助者に酸素マスクを当てている仁科を促す。仁科もすでにメールを読み終わっていた。電力を温存するにはこの
メールに従うしかない。
必要最小限の機能を残して、稼動中の機能を落としていく。生命維持装置は別系統の電力であり、その系統を切る必
要は無い。聴覚、視覚以外のセンサ、リミッターの再起動、人口筋肉やモータの自律安定機能などがカットされていく。
電力消費グラフは、見る見るうちに下がる、そして電力モニタそのものもカットされる。
消防隊は、爆発現場の火災鎮圧と同時に脱出経路を確保するため、エンジンカッターなどの大型工具で、爆発によっ
て捻じ曲がった構造材や、パイプなどの切断を始めていた。さらに船腹の厚板を外そうと、A重工の職人の助けを借り
て、ガス切断などの方法を試す。しかし、厚さ20mm近い鉄の厚板は、あきれるほどゆっくりとしか切断できない。
しかし、あきらめることをあくまでも拒否する消防隊の奮戦で、50cmほどの通路がようやく姿を見せ始めた。
「本部より救助機動隊、船底通路確保見込み、要救助者搬送を願う」
「救助機動隊、了解、要救助者搬送する」
291 :
adjust:2006/10/28(土) 00:19:56 ID:eL66QLmO0
その13
リミッターを稼動させ、さらに電力節約モードに入っている、高田と仁科はのろのろと、要救助者を背負う。電力は
残り20%。
まだ残る炎の中、要救助者をかばうように進む二人。肩のアクチュエータが軋み音を出す。自重の数倍の建設資材を
押し返したときの負荷のせいか、回転がスムーズにならない。
船底に降り、先ほどと打って変わった風景が、爆発のすさまじさを物語る。行き先が見えない。慎重に見回すと、鉄
骨の向こうに人間一人分ほどの隙間が見渡せた。
「こっちです。こっちを通してください」
担架を向こうから差しいれる。仁科が要救助者を担架に乗せた。するすると、要救助者が運ばれる。続いて新たな担
架が差し入れられ、高田も要救助者を担架に乗せた。
「危ない」
ぐらりと傾く鉄骨、仁科が倒れてくる鉄骨を支えるが、仁科の力で対応できない。高田が、要救助者を担架に乗せる
姿勢のまま、背中で鉄骨を受け止める。
「はやく、要救助者を確保して」
一瞬、息を呑んだ隊員が、われに帰ったように要救助者を運び出す。
「リミッター解除、出力全開」
残り少ない電力が、義体の力を最大限に稼動させる。倒れ掛かってくる鉄骨を、力任せに押し返し、違う方向に押し
倒す。
「仁科、脱出」
「はっ」
敏捷な動きで、仁科が隙間をとおりぬけていく。これはレスキュー隊の訓練の成果である。
292 :
adjust:2006/10/28(土) 00:22:24 ID:eL66QLmO0
その14
しかし、不安定な構造は仁科の通路をふさごうと襲い掛かった。
「ギシッ」
やっと開けた通路が、つぶれ始める。無理な姿勢から仁科を守ろうと無理やりつぶれる鉄材を押し返す。肩はもとより、
全身の義体構造材が不気味な音を立てた。
「びいーーーっ」
義体の悲鳴が、故障警報となって高田の視界を埋め尽くす。肩部、腰部、アクチュエータ破損、脚部過負荷、過熱、バ
ッテリー残存警告、熱警告、人工筋肉過負荷。義体は硬直した状態のまま、動けなくなる。
「終わりか...な」
このまま、力が抜ければそのまま鉄骨に押しつぶされる。力と力の拮抗の中で、高田は終わりを覚悟した。
考えれば、重病にかかったとき、このままでは全身の神経が侵され、死に至ると宣告された。脳も神経の一部であり、
いつかは脳まで犯されて終わると思われていたが、外国の例で、全身義体化によって生き続けている症例があるという。
その症例にすがり、生身の肉体と分かれて数年、幸いにも再発することなく、ここまで生きてこれた。
これは、医療技術がくれた私へのプレゼントなんだ。ほんとうの自分はその前に終わっていた。でも、さらに数年の
猶予が与えられた。これを感謝しなくて、なにを望むというのか。ありがとう、いくらかはみんなに返せたかな。
いやな思いは全く無かった。大往生とまではいかなかったが、十分充実した人生だった。周りの人にこの感謝を伝え
たかった。ありがとう。そしてもう一度ありがとう。そんな思いが脳内を駆け巡った。
「聞こえますか、高田さん」
「聞こえますか、高田さん」
「聞こえますか、高田さん、汀さん、通信状態は?」
「通信状態は良好のはず、テレメトリーはまだきてます」
293 :
adjust:2006/10/28(土) 00:25:04 ID:eL66QLmO0
その15
「モードの強制変更をやります。パラメータの制約条件を評価なしに変更、動作モードをBASICに強制変更」
構造体計算を力学計算に変更、全アクチュエータ出力無制限」
「..........」
気が遠くなりかけたところに、何かの会話が聞こえてくる。それが、テレメトリー回線からの音声通信ということに
気がついて、返答を返す。
「聞こえる...」
「はっ、」
息を呑む声が聞こえる。その一瞬後、大きな声が響き渡った」
「聞こえたあ、橋本です、一国の猶予もありません、今から、システムの安全装置、制御をすべてカットします。も
うバッテリーがありません。一瞬だけ、すべてのアクチュエータが最大出力で動かせます。たとえ、溶けても燃えても
です。あと脱出まで数メートルのはず。義体を壊してもかまいません、全力で脱出できますか。」
「わかった、やってみます」
視界の警告が消えていく、何かの表示が、流れていき、モードの変更が表示された。
「ウオーーーーン」
腕のアクチュエータが泣き叫ぶような悲鳴を上げて、つぶれた鉄材を押し曲げる。関節のベアリングがいやな音を立
てて変形した。こじ開けた貴重な隙間に体をねじ込み、足と腰で無理やり隙間を押し広げ、体を無理やり前に出す。
「よしいける」
腰に鉄骨が恐ろしい力で食い込む。しかし、それ以上の力で鉄骨を持ち上げ、足で蹴りながら、なおも隙間を進む。
防火服が引きちぎられる。人工皮膚も裂け目が出来、それでも、前に進み続ける。あと少し、もう少し。
そして、必死で先をつかもうとする高田の腕を、6本の腕がしっかりと握り締めた
294 :
adjust:2006/10/28(土) 00:28:39 ID:eL66QLmO0
その16
「高田隊長確保、脱出する」
その声を聞いた後、高田は気を失った。
「.........」
「.........」
「高田さん......」
「高田さん、おはようございます」
何か聞こえる。それが自分への呼びかけであることに気づくのにはもう少し時間がかかった。
「高田さん、おはようございます」
「あ、はい」
「あ、気がつきましたね、高田さん、状態はどうですか」
「なんだか、よくわかりません」
「そうですね、ひとつだけ言っておきます。あなたは助かりました。たくさんの人を助けて」
「はい」
「あなたは、たくさんの人を助けてくれました。ありがとう」
汀の目から、ぽたぽたとしずくが落ちる。
「こんなお仕事と知らずにごめんなさい。でも、でも」
そのあとが言葉にならない
295 :
adjust:2006/10/28(土) 00:33:03 ID:eL66QLmO0
その17
「しばらくは、この仕事続けるかもしれません、ごめんなさい、心配かけて」
「いえ、でも...」
高田が汀に手を差し出した。
「握手」
「は?」
一瞬戸惑った汀が笑顔で高田の手を両手で握り締める。
「今後ともよろしく」
「はい」
涙をぬぐいながら、汀はいっぱいの笑顔になっていた。
この話はこれで終了です。
もし、ここの皆様が許されるのであれば、別のエピソードを
また投下させていただきたいと思います。ありがとうございました。
296 :
pinksaturn:2006/10/28(土) 09:55:57 ID:BkITuT/00
>>279-295 GJ
最後は思わず緊張してしまいました。
胸無くても非常時によく知恵の回る橋本萌え。
でもこの機能は後日悪用されて事故起こすんだよね。
腕相撲のときに茜が電話越しにやった操作はたぶんこれだろう。
297 :
3の444:2006/10/28(土) 20:50:37 ID:wi7I2uhx0
高田さんの活躍ぶり、迫力ある筆致で大いに楽しめました。GJ!
改良された義体でロバスト性(というのですね)がいかんなく発揮されました。
壊れながらも懸命にがんばる高田さんに萌え。
義体換装のときの医師、エンジニア、ケアサポーターの役割分担がよく書けていますね。
エンジニアは、患者が目覚めている時にはその場にいないわけで、つまり義体患者と
実際に会話したことはないけど、その身体のことはよく知っているってことですよね。
このおかしな関係も、ネタにしたら面白そうな気がしました。
今回のお話はこれで終わりとのことですが、大西さんのお話はまだ続けられそうですし、
別エピソードも見てみたいです。よろしくお願いします。
私も読んでばかりでは取り残されそうなので、久々に投下してみます。
ちょっと寄り道をしてイソジマ編「義体展示会」です。小ネタのつもりでしたが思いのほか
長くなってしまったので2回に分けて投下しますね。
298 :
3の444:2006/10/28(土) 20:51:26 ID:wi7I2uhx0
「あー八木橋君、ちょっと」
午前9時ちょうど。特に目立ったニュースもないいつもの退屈な朝礼が終わって、私が自分の机に腰をお
ろしたちょうどその時、課長が私を手招き。
「は、はい」
私は、反射的にバネ仕掛けの人形みたいにぴょこんと立ち上がって、課長のもとに走りながら、昨日の
行動を反芻する。朝っぱらから課長に呼ばれるなんて、私、また何かやらかしちゃったんだろうか。
でも、昨日が締め切りって言われてた報告書はちゃーんと提出した。最後にこの部屋を出たのは私だっ
たけど、鍵はちゃーんと閉めてる。強いて言えば、またもや寝坊して始業時間ギリギリに出社してしまったこ
とだけど、これだってギリギリセーフのはず。ケアサポーター課のドアを開けたとき、壁にかかっている時計
は9時1分を指していて、朝礼も始まってはいたけど、でも私の体内時計機能ではまだ8時59分45秒だったも
ん。
大丈夫。何も、どやされるようなことはしてない・・・はずだ。
「八木橋君、あn」
「あわわわわ。すみません!ごめんなさい!申し訳ございませんでした!反省しております。もうしません!」
いくら大丈夫だって自分に言い聞かせても、課長が口を開いた途端に、私の自信は波打ち際に作った砂
のお城よりももろく崩れ去り、反射的に謝罪の言葉が口をついて出てしまう。駄目社員の悲しい性だ。
眼鏡が鼻からずり落ちてしまう勢いで、ひたすらペコペコ頭を下げたあとで、そーっと顔を上げる。びっく
りして、きょとんと目を見開いて私を見つめている課長と目が合った。
えーと、課長。ひょっとして、ゼンゼン、全く、これっぽっちも怒ってない?
「いや、八木橋君。僕は、43階の第五会議室に行ってくれって言おうとしただけなんだけど・・・」
課長は、あきれたようにそう言うと、日課になっている朝のコーヒーを一口すすった。
299 :
3の444:2006/10/28(土) 20:52:57 ID:wi7I2uhx0
よくよく課長の話を聞いてみれば、これから、八月に瓜馬メッセで開催される義体展示会に関する打ち合
わせ会議があって、その会議に私にも参加してほしいという希望が、宣伝部の斉藤部長や、開発部の古堅
部長から挙がっているとのことだった。
義体展示会―――それはイソジマ電工の社員なら誰でも知っている、会社をあげての一大イベント。展
示会っていうとちょっと地味で専門的な響きだけど、実際は瓜馬の巨大なコンベンションセンターを借り切っ
て毎年開催される、自動車メーカーのやっているモーターショーに肩を並べるくらい華やかな一大イベント。
なにしろイソジマ電工やギガテックスみたいな日本のメーカーだけじゃなく、世界中の義体メーカーが集まっ
て、それぞれのメーカーの最新製品を展示するんだ。
義体技術は日進月歩。毎年毎年、バージョンアップされたり、ニューモデルを発表したりと、各社商品開
発にやっき。油断すると次々に新製品が出てきちゃうから、単なる末端のケアサポーター過ぎない私なん
か、続々発表される新製品の特徴をざっと読んで、頭に詰め込むだけで精一杯の毎日だ。電合成リサイク
ル装置を世界に先駆けて実用化して鳴り物入りで登場した私の使っているCS-20でさえ、気がついたら二世
代も前の型落ち品になっちゃってるんだから、義体メーカーに勤めている私ですら、製品の移り変わりの早
さに驚く始末。そんなふうに毎年毎年、まるでカメラか何かの電化製品みたいに、次々開発される新製品を
発表するのが、義体展示会なんだ。
展示会の見学に来る人たちは、地味な色のスーツにネクタイきっちり締めてかしこまった病院とか自衛
隊の幹部みたいな取引先の人たちばかりじゃない。先端技術のカタマリである義体は世間の注目度も満
点。テレビ局や新聞社なんかも取材に来るし、モチロン一般のお客さんだって大勢つめかけるんだよ。
でも、この知識はモチロン伝聞。私は実際に会場に行ったことなんてない。だって、展示会と私の所属す
るケアサポーター部は、本来何のかかわりもないはずだもん。なのに、どうして、私なんかが呼ばれるの?っ
ていうのはトーゼン湧き上がってくる疑問だよね。だから、課長にそのことを聞いてみたんだ。
300 :
3の444:2006/10/28(土) 21:03:11 ID:wi7I2uhx0
でも課長、
「行けば分かるから」
の一点張りで、詳しいことは何も教えてくれなかった。
結局、何の予備知識も持たされず、半ば強引に会議に参加させられることになった私なのでした。
ということで、私は、今、イソジマ電工本社ビル43階の会議室に来ています。
正確に口の字型に並べられたテーブルの上座、首都の座を他に譲ったとはいえ、それでも未だに日本
一の人口を誇る華の都「大東京」を象徴する高層ビル群を一望できるほど大きな窓を背にして座るのは営
業部吉田部長、宣伝部の斉藤部長、開発部の古堅部長といった本社の中枢にいるお偉方。一方、入口に
近い下座に、お偉方と向き合うようにして座るのは私だけ。そう、私一人。
(課長、騙したな)
私は泣きそうな気分で、天井からぶら下がる無駄に豪華なシャンデリアを睨んで唇をかみしめた。
黙ってふんふん頷いていればいいって言うから軽い気持ちでやってきたのに、これじゃ、まるで面接だ。
展示会のなんて、私、フツーの人が一般常識として持っている程度のことしか知らないよ。何か専門的なコト
を聞かれてもトンチンカンなことしか答えられなくって、赤っ恥かくの、目に見えてるじゃないかよう。
「八木橋君。まあ、そう固くならなくて結構」
最近ますます生え際の後退してきた斉藤部長、鉄筋コンクリートばりにコチコチに固まっている私の姿を
見て表情を和らげる。
そして、忙しい中来てもらってご苦労様、みたいな形どおりの挨拶をしたあとで
「まあ、とりあえず、去年の展示会の映像を見てもらいましょう」
と言って、手元に置いてあるパソコンをいじった。
その瞬間、部長たちの後ろの大きな窓から、高層ビルが消えて、その代わりに天井の高さが5階建ての
ビルくらいあろうかという大きなホールの全景が映し出された。たぶん、このホールの一番高いところから撮
影したのだろう。四方を大きなガラスで囲まれた、巨大な水槽を思わせる空間の底に、蟻のように這い回る
人、人、人、人の群れ。
301 :
3の444:2006/10/28(土) 21:04:36 ID:wi7I2uhx0
やがて画像は、まるで拭き抜け構造のビルのエレベーターからの視点みたいに、ゆっくりと下に下がって
いく。臨場感溢れるつくりの映像に引き込まれて、私は、いつのまにかこの会場に来ているような気分になっ
ていた。
地平階に到着。
まず目についたのは、白いブースの上に青い独特の書体でデカデカと描かれたISHOJIMAの文字。社員
なら、毎日ビルの正面玄関で飽きるほど目にすることになるイソジマ電工の社章。
ブースの下で、振袖姿の女の子が行きかう人に手を振ったり、声をかけたり、握手してみたり。こうしてみ
ると、繁華街でよく見かける販促コンパニオンみたいだけど、ちょっと異様なのは、三人が三人とも、全く同じ
姿形をしてること。それで、彼女達の正体がイソジマ電工の標準義体だと分かる。いや、標準義体なんて言
っちゃかわいそうだよね。彼女たちは、イソジマ電工の義体ユーザーさんなんだ。こうした新型義体の展示
会があるとき、全身義体ユーザーさんにお願いして、新型義体の中の人になってもらうことがあるって聞いた
ことがある。
義体メーカーの作る製品っていうと、ギガテックスみたいなロボットメーカーも兼ねているところを除けば、
実際は義肢とか人工臓器とか、地味な部分義体関係が多い。ウチみたいな、もともと義肢メーカーから発達
したようなところは特にそう。でも世間の注目度が高いのはやっぱり全身義体。全身義体は、義肢とか人工
臓器の集合体だから、いってみればそのボディーにメーカーの持っているいろんなノウハウの全てがつぎ込
まれている特別な存在だからね。だから、展示される製品も、いきおい各メーカーとも全身義体が中心って
ことになるんだ。
でも、脳みその入っていない、全身義体の抜け殻ばかりズラズラ展示しても、やたらリアルな蝋人形館と
か人体標本館みたいで不気味なだけ。だから、全身義体の展示には、「義体の中の人」がゼッタイ必要にな
るんだ。実際に義体を使っているところを見学しに来たお客さんに見せて、ウチの会社の義体は、こんなこと
もできますってパフォーマンスをしてみせたりするんだってさ。
302 :
3の444:2006/10/28(土) 21:05:33 ID:wi7I2uhx0
ついでにいうと、こういう展示用の義体って、ほとんどが女性型。ファッションショーなんかと一緒で、義体
も、所詮作り物の身体とはいえやっぱり男性型より、女性型のほうが、見た目が華やかでみんなから注目さ
れるっていうのがその理由みたいだね。
続いて、画面は各国の義体企業のブースに切り替わる。各企業の標準義体の着ている服が、それぞれ
のお国柄を表していて、見ているだけで面白い。例えば中国のハイラールの標準義体はチャイナドレスだ
し、アメリカのボーグ社は、アメリカ国旗をデザインしたドレスだったり。これじゃ、義体展示会だか、ファッシ
ョンショーだか分からないよ。
そして、最後に映し出されたのは、ギガテックスのブース。
思わず、ずいっと身を乗り出す私。私だってイソジマ電工に籍を置く企業戦士の端くれだ。イソジマ電工
の一番のライバル企業の標準義体がどんな姿をしているのか、気にならないっていったら嘘になる。
ところが、ギガテックスのブース、なんだか他と違って異様なフンイキ。ていうか、人だかりで、ブースの中
で何が行われているのかよく見えない。その人だかりを構成する人たち自体、他のブースに集まる人種とは
違う独特のオーラを放っている。
デジカメを上に突き出して、本能剥き出しで必死になって写真を撮る男ども。飛び交う怒号。押さないでく
ださいと必死で叫ぶ警備員。もし、女の子をこの空間に放り出せば、その空気だけで妊娠しそうだ。
こりゃ、展示会でもファッションショーでもなく、人気アイドルのコンサートだよ。おかげで肝心の標準義体
は、人ごみの影に隠れてよく見えないじゃないか。そんなことしても無駄だって分かっちゃいるけど、つい身
体を右に左に傾けてしまう私。
カメラの主は、しばらく人ごみを前に躊躇していたみたいだけど、ようやく意を決したのか、人間サファリ
パークの中に突入を開始。カメラのレンズに男の頬っぺたが当たり押しつぶされる。その男の鼻息でレンズ
が大きく曇る。
(うへえ)
男の体臭が、嗅覚を失ってしまった私でも感じられるくらいのこの臨場感。
やっとこさで人並みを抜けたその先にいたのは・・・。
303 :
3の444:2006/10/28(土) 21:14:57 ID:wi7I2uhx0
全身にフラッシュを浴びながら、ちょっと疲れ気味の営業スマイルを浮かべたバニーちゃんだった!
ギガテックスは標準義体にこんなカッコをさせてたってわけだ。それで、二足歩行の動物たちが蜜に群が
る蟻みたいに集まったってわけだ。全く、どうかしてる。同じ、義体メーカーでのギガテックスのほうが業績が
良くて、給料もいいってきくけど、私、やっぱりイソジマ電工で良かったよ。
「これが去年の展示会だ。どんな雰囲気か分かったかね」
20分ほどの映像が終わると、斉藤部長が私のほうを振り返って言った。
「はあ」
曖昧にうなづく私。こんなものを私に見せてどうしようって言うんだろう。
「義体展示会において、各社の展示用標準義体が重要な役割を果たしていることが分かったと思う」
「ええ、それは、まあ、分かります」
ギガテックスバニーちゃんを思い浮かべて私は思わず苦笑する。
「さて、そこで、本題」
斉藤部長は、まっすぐ私のほうを見つめて、ちょっと緊張気味に背筋を伸ばした。
「今回八木橋君には、我が社の最新型義体CS-30に換装してもらい、8月12日に行われる義体展示会に参
加してもらおうと思っているんだが、どうかね」
「はあ?」
斉藤部長の思いがけない一言で、私は糸が切れたように脱力。
「えーっと、あの、つまり、その、私に、さっき映っていたような標準義体に入れってことですか?」
「そのとおり」
斉藤部長が大きくうなづいた。
それで、ようやく私みたいなダメ社員がココに呼ばれた理由が分かったよ。つまり、私に展示用のマネキ
ン人形役をやって欲しいってことだったんだ。義体換装が自由にできるのは、脳みそ以外は全部機械の義
体化一級障害者だけだから、私にはうってつけの仕事ってわけだ。はは。
304 :
3の444:2006/10/28(土) 21:16:16 ID:wi7I2uhx0
でも、標準義体としてあそこに参加するってことはつまり、私は義体一級障害者なんですって回りにアピ
ールしまくるってことだよね。そうすると結局見学者からは、可哀想な人だなっていう目で間違いなく見られ
る。そんな中で 、あの振袖の女の子たちみたいに、四六時中愛想を振りまいている自信、私にはないよ。
(なんか、断る理由を探さなきゃ)
「せっかくのお誘いですが、あいにくその日は、担当患者の定期検査の日でs」
「あ、言い忘れたが特別手当もでるぞ」
とくべつてあて!
なんて魅力的な響きなんだろう。
「だいたいこのくらいのケタ数だ」
斉藤部長は私に向って右手を大きく開いて、そして左手は握りこぶしから人差し指だけを一本だけ上に
突き出した。つまり、6桁。少なく見積もって十万円!
単位はもちろん円ですよね。ウォンとかリラじゃないですよねって、本気で聞こうとしてあわてて言葉を飲
み込む私。わざわざ確認しなくても日本円に決まってるじゃないか。こんなことで興奮するなんてハシタない。
落ち着け。落ち着くんだ。
だけど、そうかあ。10万円かあ。10万円あれば、たまにはちょっと休暇をとってさ、藤原とどっかに旅行に
行くのも悪くないよね。だけど・・・うーん、どうしようかな?
「それから、もし展示会に参加することを八木橋君が承諾した場合には、これから遙々亭を使って古堅部長
と細かい打ち合わせをしてもらうことになっているから」
迷っている私に向って斉藤部長がなおも悪魔のささやき。
「遙々亭っ!」
私は小さく叫んで、思わず身を前に乗り出した。
遙々亭っていうのは、イソジマ電工が開発した、何バージョンかある全身義体患者専用の感覚体験機の
うちの一つ。私たち、全身義体障害者には失われてしまった感覚が多い。例えば、私についている鼻はただ
の飾りで嗅覚なんてない。手のひらとか顔とかいった特定の部位以外は、温度にかなり鈍感。それに、どん
なに悲しくても涙を流すことはできないし、恋の病におちても心臓がドキドキすることもない。義体組み込みの
小さなサポートコンピューターの容量では、こういった生身の人間の感覚全てを忠実に再現するのは今の技
術では不可能って言われてる。
305 :
3の444:2006/10/28(土) 21:17:05 ID:wi7I2uhx0
その代わりに考えだされたのが、各種の感覚体験機。サポートコンピューターの代わりに、この感覚体験
機を脳に接続して、感覚体験機の生み出すデータを脳に直接送り込むことで、感覚体験機の作り出す仮想
空間上で、あたかも生身の体になったかのような身体感覚を取り戻せるってわけ。この仮想空間の中なら、
普段はプールの底に沈むだけの私でも海で泳ぐことができるし、走れば息が切れるし汗もかくんだよ。
遙々亭は、そんな感覚体験機のうち、味覚に特化したタイプなんだ。知ってのとおり、私たち全身義体障
害者は食べ物を食べる必要なんかない。脳みそが要求するわずかな量の栄養素を栄養カプセルで摂取す
ればいいんだ。だから、トーゼンながら味覚もない。でもね、じゃあ義体になったら物を食べたくなくなっちゃう
かっていうと、そんなことはゼンゼンない。いくら身体は機械になってしまったっていっても脳みそだけは昔の
ままだから、美味しいものを食べたときの記憶はちゃんと頭に残ってるんだよ。どうせ、物を食べられないし
味も感じられないんだから、そんな記憶なくなっちゃえばいいのにって思うんだけどさ、人間の脳って、都合
よく物を忘れてしまえるようにはできてないからね。
そんな私たちの心を慰めてくれるのが遙々亭。あらかじめ味や、形、歯ごたえなんかを設定したあとで、
この機械に脳を接続すれば、頭の中に高級レストランを模した仮想空間が広がって、その中で世界のあら
ゆる食事を楽しむことができる。もちろん、食事を楽しめるっていっても、あくまでも仮想空間の中だけのこ
と。実際は、ここで食べる食事は実際はコンピューターの作るただのデータで、ホンモノじゃない。そんなこと
分かってるけどさ、でも、ホントの食事を楽しむことが、永久にできない私たちにとっては、それでも夢のよう
なトコロなんだ。
だけど、この遥々亭、味覚設定プログラムにやたら手間がかかるとかで、会社の備品とはいえ、社員の
私でさえ利用するには一ヶ月前から予約しないといけないうえに、決して安くない使用料まで取られてしまう。
そんなわけで、いつも金欠でヒーヒー言ってる私みたいな駆け出しのケアサポーターが気軽に使えるシロモノ
じゃないんだ。実際今まで使ったことは、片手で足りるほどの回数しかないしね。
306 :
3の444:2006/10/28(土) 21:27:26 ID:wi7I2uhx0
その遥々亭で打ち合わせってことは、つまり、タダで食事ができるってことだよね。
しょくじ、しょくじ、しょくじ。
頭の中で、四文字のひらがなが、ぐるぐる回る。
「総務の汀君から八木橋君の好物はタコ焼きだっていう連絡があったっけなあ。確か」
斉藤部長がニヤっと笑って最後の一押し。
「そう聞いてますよ」
うなずく古堅部長。
「タコ焼き・・・」
私の頭の中にお皿に山のように積まれてホカホカ湯気をあげているタコ焼きの画像が浮かぶ。口の中で
タコ焼きのとこけるような舌触りが、ふわっと広がったような気がした。生身の身体なら、パブロフの犬よろし
く条件反射で唾液がドバっと出てくるところだろう。
「うー」
そわそわ、椅子の上で身じろぎする私。その度に私の重い身体を支えている貧弱なパイプ椅子がきいき
い、きいきい悲鳴を上げた。
私はニンゲンなんだ。展示会のマネキン人形役なんて、まっぴらごめん?
そんな下らないプライドなんて、どうでもいいよ。そんなことより、タコ焼きが食べたーいっ!
「しかしまあ、本人の都合が悪いのなら、仕方ないな。それじゃ、深町君にでも頼んでみようか」
「そうですね」
私のことを横目で見ながらうなづきあう二人の部長。
やばい。このままだと、この話、流れちゃう。深町さんに美味しいところを持ってかれちゃう。
お気に入りの服を買おうか、買うまいか悩んでいる時、店員さんに「この品は、一着限り。もう入荷するか
どうか分かりませんよ」、ってセールストークをかけられた気分。このチャンスを逃したら、次はない。だった
ら答えは決まってるじゃないかっ!
307 :
3の444:2006/10/28(土) 21:28:35 ID:wi7I2uhx0
「じゃあ、この話はなかったということで・・・」
「あああああーっ!ちょっと、ちょっと待ってくださいいいいい!」
斉藤部長の締めの言葉にあわてて割り込む私。
えーっと、よく考えたら担当患者の入院検査は別の日だったような気がする。っていうか、もし重なっても
美和っちとか仁科さんに検査の立会いをお願いすればいいんだ。「義体化一級障害者の私」の代わりはい
ないけど、「ケアサポーターの私」の代わりはいくらでもいるんだもんね。そんなことより、タコ焼き・・・じゃなく
て、展示会のほうがよっぽど大事。イソジマ電工の義体の素晴らしさを世界にアピールする。なんて立派な
仕事なんだろう。やっぱり上司に頼まれたことを断っちゃいけないよね。
「是非私にやらせてください。お願いします!」
気がついたら私、立ち上がって部長たちに向かって深々とお辞儀をしてた。
再び顔を上げたとき、二人の部長が、ふうっと安堵のため息をついたような気がしたけど気のせいかな
あ?ひょっとして私、上手くのせられちゃった?
かすかな不安が頭の中をよぎったけど、ほかほかのタコ焼きを思い浮かべて、あわててかき消す私なの
でした。
308 :
3の444:2006/10/28(土) 21:33:13 ID:wi7I2uhx0
本日はここまでです。
課長さん、ちょい役ですが登場させちゃいました。
書いていただいた方、宜しいでしょうか?
309 :
adjust:2006/10/29(日) 21:35:47 ID:puTQmyMk0
>>296 pinksaturn様 感想ありがとうございます。非常に励みになります。
>胸無くても非常時によく知恵の回る橋本萌え。
私は人並みだあっ!! <-橋本談(自分の欲目、かつ自称でもその程度のようです)
>でもこの機能は後日悪用されて事故起こすんだよね。
>腕相撲のときに茜が電話越しにやった操作はたぶんこれだろう。
一介のサラリーマンエンジニアとスーパーハッカーでは勝負にならんっす。
設計者の知らない機能を使いこなす茜ちゃんとか...怖すぎ
>>297 3の444様
感想ありがとうございます。見ていただける程度にはなったようで、ほっとしております。
>高田さんの活躍ぶり、迫力ある筆致で大いに楽しめました。GJ!
>改良された義体でロバスト性(というのですね)がいかんなく発揮されました。
>壊れながらも懸命にがんばる高田さんに萌え。
リミッターは出力を人間程度に抑えるために、安全装置は義体やアクチュエータが壊れることを防ぐ
ためにあります。今回は安全装置まで切ってしまったわけで、こんな無茶は軍事用くらいでないと
できないと思われます。本当の制御工学上のロバスト性は話の中とはちょっとニュアンスが違うこと
を白状します
>今回のお話はこれで終わりとのことですが、大西さんのお話はまだ続けられそうですし、
>別エピソードも見てみたいです。よろしくお願いします。
流れをはしょったので、大西がらみの話を飛ばしてしまいました。機会があれば出させていただきます
ありがとうございます
>私も読んでばかりでは取り残されそうなので、久々に投下してみます。
>ちょっと寄り道をしてイソジマ編「義体展示会」です。小ネタのつもりでしたが思いのほか
>長くなってしまったので2回に分けて投下しますね。
ヤギーがどんな格好になるのか期待が膨らみます。ほかにも期待でいっぱいの方がヤギーの近くにいそうですが
、どうなるか見守らせていただきます。
パースの国際空港に到着すると、スーパーF1移動用専用機の止まった駐機場にカンダオセアニアが差し回した
スーパーF1専用移動車とスーパーF1マシン運搬専用トレーラーが横付けされた。
妻川が簡易入国手続きの審査書類を税関に手渡し、スーパーF1マシンなどの機材と
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの入ったカプセルの検疫、瞳たち3体の
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーのパスポートの確認と入国手続きに続き、スタッフの簡易入国審査が終了した。
待ちかねたように、現地のスーパーF1のスタッフが、スーパーF1マシンと機材をスーパーF1マシン運搬専用トレーラーに
積み替え、瞳たち3体のスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーをスーパーF1専用移動車に積み替えを行った。
「監督、瞳さんたち、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの3名は、積み荷としての検疫と人間としての
入国審査を二重に受けるんですね。なんか面白いです。」
山口が、妻川に話しかけた。
「香織、そうなのよ。スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーは、人間だから当然なことなんだけれど、
入国審査が必要だからね。だけれど、国際法上は荷物でもあるから検疫が必要なのよ。人間と機械の両面を
持つサイボーグに対する人間社会の矛盾かもしれないね。」
「まさにそうですね。私たち人間が、ご都合で生身の人間を機械の器官や電子機器を使って作りかえたサイボーグが、
人間社会にとって扱いの難しいものになってしまい、サイボーグへ生身の人間を改造手術することを容認した社会が、
自己矛盾に陥っていると言うことなんですね。」
妻川は、山口の言葉をかみしめていた。瞳たちは、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーという、
スーパーF1という、スピードとスリルを人々に提供し、自動車メーカーに高性能な自動車のデーターを
提供するという運営側の我が儘により、生まれてからずっと親しんできた標準人体を捨てさせて、機械部品と電子機器が
生体器官と混在する身体で、しかも、手脚のない自分から能動的に動くことの出来ない生きたダルマの
ような身体にしてしまったのだ。
その責任を妻川は、ずっと負っていく覚悟を再確認する思いだった。
「監督、スーパーF1専用移動車に乗ってください。みんな、出発を待っています。後は、監督だけなんです。」
柴田に促され、妻川はスーパーF1専用移動車に乗り込んだ。
パース市内の中心部にあるカンダの用意したスーパーF1スタッフの宿泊用のマンションで各自の部屋割り通りに
指定された部屋にスタッフが移動し、瞳たち3体のスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの入ったカプセルが
それぞれのスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの専用室に搬入されたのを確認し、
妻川は記者会見用のスーツに着替えて瞳の部屋に向かった。
瞳が無事にカプセルから出されてスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとして機能するために、ライブモードに
戻っていることを早く自分の目で確かめたかったのである。
妻川が部屋に到着すると、石坂が、ちょうど、カプセル内の瞳をライブモードにモード変更する作業をしている最中であった。
「瞳は、大丈夫なの?無事なの?」
「ドクター、またうるさいのが一人来ましたね。」
「まったく、これで3人目だからね。みんな揃って何を考えているのだか・・・。」
森田と石坂が呆れるようにつぶやいた。妻川が部屋に来る前に、柴田と山口が同じように、瞳の部屋で瞳が運び込まれた
移動準備室に駆け込んできていたのである。
「瞳さんは大丈夫に決まっています。移動用カプセルで移動モードにしてあっただけなんですから。
ただの移動なんですから、これからも皆さんはこんな騒ぎするんですか?」
森田の問いかけに3人が口を揃えて、
「だって・・・。」
その後を妻川が代表するかのように続けた。
「瞳は、我がカンダスーパーガールズの絶対的なエースドライバーなんだよ。しかも、モータースポーツ界の至宝なのよ。
移動中にもしものことがあったらと思うと居ても立ってもいられなくて。」
柴田と山口も頷く。
「瞳さんは、全裸なんですよ。ライブモードになってカプセルが開いて皆さんがいた方が恥ずかしいと思うんですけれど・・・。」
「それよりも瞳の安全を確認することが優先。移動中に移動用カプセルにトラブルが無くて瞳が無事なことを
確認するのが優先。」
妻川の反論に柴田と山口が頷く。
「まったく!」
森田がブツブツ言っているところに石坂の指示が飛んだ。
「森田さん。速水選手がライブモードに復帰したわ。ゆっくりスーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用移動
カプセルの蓋を開けてください。速水選手の服を用意してあるわよね。」
「ドクター、もちろんです。コルセットカラーとおむつを外したら、すぐにシャワーを浴びてもらって服を着てもらいます。」
「森田さん。速水選手の排便処理と性器洗浄もお願いね。東京を出発してから16時間の間継続してカプセルの中に
閉じこめられていることになるから尿以外の老廃物を処理してあげないといけないはずよ。」
「心得ています。瞳さんも、ライブモードになると老廃物で下半身の不快感がかなりあるんじゃないかと思います。」
「かなりどころじゃないはずよ。生態学的に言うとかなりの生理的ストレスを目覚めた時に感じるはずだから
ケアしてあげてください。」
「了解しました。」
森田は、カプセルの蓋のロックを外してカプセルの分厚くて重い蓋を開けた。
衝撃吸収剤に包まれた瞳がその中に現れた。ヘッドセットを使用して森田は瞳に話しかけた。
「瞳さん。パース到着です。」
「つぐみさん。おはよう。気分は最高ですよ。でも、下半身の老廃物がたまって居るみたいで不快感があるの。
早くウンチさせて欲しいな。」
「今すぐ、支度しますね。抱き上げて移動スタンドに移しますから、少しめまいがするかもしれませんが
がまんしてください。」
「森田さん。大丈夫よ。普通の人間と違いサイボーグボディーを持つ速水選手は、体内生体維持システムが、
どんなときも、最良の人工血液を供給するようなコントロールを補助コンピューターから受けるから標準人体のように
急に立ち上がったり起きたりしても、いわゆる立ちくらみや目眩がするようなことはないの。人工血液の供給が
標準人体のように一時的に足りなくなるようなことは、人工ロータリーポンプ型人工心臓システムでは起こることはないのよ。」
「そうなんですよね。私、忘れてました。ついつい、標準人体の四肢欠落患者に瞳さんが見えちゃうものですから。」
「私は、四肢を外されて、電子機器とスーパーF1マシンのインターフェイスシステムに取り替えられ、
体内の殆ど全てが機械部品と電子機器で、生体脳とのマンマシンシステムの協調によりひたすら早く
スーパーF1マシンを走らせるためだけの目的で作りかえられたスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーなんですよ。
そんな目眩なんてことがあるわけ無いじゃないですか。」
「瞳さん。失礼しました。」
「瞳、無事そうだね。快適な空の旅を終えた感想は?」
妻川がカプセルをのぞき込んでいた。
「恵美さん。何か、東京でこのカプセルに梱包されたのがついさっきのようなんですよね。途中でいくつかの夢を
見たんですけれど時間的には一瞬のような気がするんです。」
「どんな夢?」
「お話ししたいんですが、先に身体の処理をさせてもらいたいんです。下半身に不快感があるし、私の身体は裸なんです。
こんなに沢山の方たちがいる前で恥ずかしいんですけれど。標準人体で脚があったら、すぐにシャワー室に
逃げ込みたい心境なんです。自分では何も出来ないから、こうして、ここで恵美さんの話を聞いているんですけれど、
とてもそんな心境じゃないんです。つぐみさん。早くシャワー室に移動させてください。おねがい!!」
「瞳さん、ごめんなさい。監督、そういうわけですから早くそこをどいてください。」
森田は、妻川を強引に押しのけて、瞳を移動用スタンドにカプセル内から移し替えた。
妻川は残念そうに一歩下がり森田の作業を見守った。
身体固定用のベルトを森田が手早く外し、マスクやゴーグルなどのカプセルの付帯部品を手早く外すと、
瞳をカプセルから抱き上げてスーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用の移動用身体立位保持スタンドに
移し替えた。
その上で、ネックカラーコルセットと付随のマウスピースを手早く外すと、瞳はの身体で唯一の稼働部位である首の
自由と声を取り戻した。
「こうして、スタンドのホルダーに差し込まれると自由になった気分がします。たとえ人工物となった身体であっても、
喉の声帯を使用出来るのが嬉しいです。やっぱりヴォイスプロセッサー経由でのコミュニケーションよりも
気持ちいいですし、標準人体に少しだけ戻れたように思えるんです。」
石坂は、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの本音の部分を垣間見たような気がした。
やはり、生身というものに対する郷愁と機械と電子機器が大部分の機械の木偶人形のような身体に対する
コンプレックスは拭いきれないのだ。
サイボーグドライバーというエリートとしての誇りよりも、人間としての本来の生まれながらの身体への郷愁と
その身体を捨ててしまわざるを得なかったというコンプレックスの方が勝っているような当たり前の感情を、たとえ、
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーであっても持っているのだと言うことを感じたのだ。
石坂は、今後のサイボーグ改造手術後の精神面のリハビリの参考になると思い密かにこの時の瞳の精神的データーを
取ったのである。
森田は、瞳を急いでシャワー室に運び込んで、瞳の股間をカバーするおむつを外してあげて、
肛門を塞いでいる閉鎖バルブのアタッチメントに老廃物排出システムから伸びるホースの接続カプラーを接続し、
排尿アタッチメントを瞳の股間の前部に取り付けた。
瞳のようにサイボーグという機械の身体となり、排便が一部だけの生体器官であるの直腸を除いて機械的な
消化システムの廃棄物処理機能になってしまっても、排便すると同時に排尿もしたくなるという人間本来の
生理的欲求は消えないのだ。
これは生体脳からの欲求なので消えることはないだろう。瞳は、直腸に貯まった老廃物や廃棄物、
消化システムの廃棄物タンクに貯まった廃棄処理物を洗い流してもらい、膀胱を空にすると、性器のおりものを
洗浄するためのアタッチメントを性器にかぶせられ膣の奥から子宮にいたるまでの洗浄と殺菌を行われた。
四肢が無いと生体として残されている性器が女性の場合は特に窪みとなっているために不衛生になりがちだという
判断から性器の洗浄が日常的に行われるのである。
森田は、瞳を再び抱き上げ、バスルームの瞳の身体を洗うための固定スタンドに据え付けて、
瞳の身体の隅々までの洗浄をおこなった。
最後にバスタブといっても、縦長の缶を立たせたような形状で中に瞳達スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーが
一人立てられるためのスタンドの付いたお湯の入ったバスタブに入れられ瞳を入浴をさせた。
この入浴という行為も、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーにとっては人工皮膚に表皮の全てが
変わってしまっているため、自動車やバイクを洗うのと一緒でシャワーと洗浄用シャンプー、保護用ワックスの
塗布だけでも良いのだが生理的欲求から、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーである瞳にストレスを
溜めさせないように行われている行為なのである。
もちろん、人工物となってしまった高温に耐えられる性能と、高温の苦痛をスーパーF1マシン専用
サイボーグドライバーに伝えないように作りかえられた人工の皮膚にも、通常生活モードでは、お風呂の温かさや
細かな触れたものの温度を感じるようなセンサーが無数に取り付けられていて、皮膚の感触という機能を保つように
作られているため瞳にとって、お風呂に浸かるということは暖まるという人間本来の感触や気持ちいいという感覚を
楽しめるのだ。
通常生活モードでは、スーパーF1マシンのコントロールユニットとしてのスーパーF1マシン専用
サイボーグドライバーではなく、人間本来の生活習慣を行えるようにしていて、手脚こそなくて介護が必要だが、
人間としての感性と生活習慣での生活感覚を保証出来るように工夫されているのだ。
サイボーグといえば、その使用目的に応じた機能のみに特化されて人間を作り変えるものと思われがちのだが、
サイボーグが本来作り変えられた目的で機能している時の生体部分に与える多大なストレスを解消するためには、
サイボーグがその使用目的として機能していない時の人間的な生態活動が行えることによるストレスを
解消を出来る効果は多大なものであった。
やはり、サイボーグはアンドロイドと違い、心を持つ人間であるからサイボーグの使用目的での活動状態で機能を
充分以上に発揮させるには、一見無駄ではあるが人間本来の生理的要求を生体脳に満足させてあげられる機能を
取り付けることが有効なのである。
特に、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーは、宇宙開発用サイボーグや海底活動用サイボーグのような
特殊環境での活動を目的としていないために、比較的に重量制限やスペース制限が無い分、簡単に人間的な欲求を
サイボーグ体に満足させる機能を取り付けやすい状況があるので、積極的に人間本来として生きられるようなシステムを
取り付けられるというメリットもあるのだ。
国際自動車連盟は、そのメリットを充分に活用してスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーを作り出すことにより、
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの人権を守ることにしているのである。
瞳は大好きな入浴を終え、精神的な落ち着きを取り戻すと共に精神的な部分の長旅の疲れをいやすことが
出来たのであった。
瞳を森田はバスタブから抱え上げ、スタンドに置くと瞳の身体を隈無く丁寧にふきあげたうえ、
四肢切断面のインターフェースの保護キャップを外し、インターフェイス面を丁寧に保護材を使い拭いたうえで再び
保護キャップを嵌めて、その上から、瞳たち女性スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用に開発された
パンティーを履かされた。
このパンティーは、女性スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用の下半身にピッタリフィットするように
作られた袋状のパンティーで、排尿のサポートを簡単にするために、前の部分が丸く蓋のようなものがマジックテープで
ついていて、その蓋を開けることによって、排尿用のアタッチメントを尿道に押しつけやすい様な構造になっていた。
後の肛門側は完全に塞がれていた。
このパンティーの構造に関して、排便に関しては、朝の一度の作業ですむためシャワー時に裸で行うのみなのに対し、
排尿は、尿意をスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーが感じた時にスーパーF1マシン専用
サイボーグドライバーに対してサポーターが随時行わなくては行けない作業のためにこの様な構造になっている。
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの日常生活で身につけるものは、ファッション性と同時に、
常にサポートスタッフがサポートしやすいようにすることを考えて開発されていたのである。
ちなみに男性用のスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーのパンツは、ペニスの部分に大きな穴が開いていて、
その穴からペニスを露出させたうえで、ペニスが包まれるようにカバーがついていて、ペニスをカバーするように
なっていて、そのカバーを開けるとペニスが完全に露出するようになっており、排尿のためにペニスがパンツから
出しやすいような工夫がされていた。
森田は、次に瞳の形のいい放漫な胸にブラジャーをつけた。ブラジャーは、普通の女性がつけるものよりもカップが
硬めに作られていた。通常よりも硬めにカップが作られているのは、手脚のない女性スーパーF1マシン専用
サイボーグドライバーにとって、セクハラで胸を触ろうとする人間がいた場合に抵抗することが出来ないことを考えて、
ブラジャーに硬さを持たせて防具とするためである。
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの皮膚は人工のものになってしまい、胸のふくらみもそのドライバーの
標準人体の時の胸の膨らみをそのままの形で維持再現した半人工物ではあるが、感度などの感覚も残されているため、
女性のスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーにとって触られたくないところに変わりないし、触られる恐怖が
常にあるので、痴漢行為に対しての防御の意味が強いのである。
このブラジャーを着けることにより、女性スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの私生活でのセクハラに対する
安心感が増しているのだ。
森田は瞳の身体の下着の上にチームのつなぎを着せて瞳の身支度を完了し、移動用スタンドに瞳を移し替えて、
妻川たちが待つリビングへ移動した。
「恵美さん、美由さん、香織さん、石坂ドクターお待たせしました。」
「おお、瞳、戻ってきたか。新品のつなぎ姿かっこいいよ。」
「恵美さん、ありがとう。記者会見と歓迎レセプションの時間は何時なんですか?」
「17時からだから、少し時間があるから、さっきのこと話してよ。」
「ああ、夢のことですね。いいですよ。」
「皆さん、ちょっと待ってください。お茶を入れました。飲みながら話しましょう。」
森田が気を利かせて紅茶を運んできた。瞳の前に移動用テーブルが置かれ、ちょうど口の高さにストローが
くるようにコップを森田が置いてくれた。
瞳の紅茶は、少しぬるめのアイスティーにしてあり、瞳の好みに調節されていた。
瞳は、ストローに口を近づけて紅茶を一口、口に含んだ。瞳にとって、自分の意志でとれる久しぶりの水分となった。
瞳は満足げに喉に紅茶を流し込んだ。
「ところで瞳、どんな夢だったの?」
「それが、飛行機の中で飛行機から、『ヒトミ、がんばれ!』って声をかけられるんです。」柴田が、
「瞳さん。それは、夢じゃないのよ。」
「美由さん、どういう事ですか?」
「スーパーF1専用機は、各国の領空を通過の際に各国の戦闘機が護衛に付くのは知っていますね。」
「それは、聞いています。スーパーF1サーカスは、スーパーF1マシンや、私たちスーパーF1マシン専用
サイボーグといった最先端の技術を民間のレースに使用しているため、テロ組織がその技術欲しさに襲撃されることも
考えられるし、先進国の技術的な威信を代表するものとして、テロの標的になる可能性が極めて高いから、
各国が申し合わせで、スーパーF1専用機には必ず、自国領空内で護衛機を付けることになっているんでしたよね。」
「そうです。国際自動車連盟との友好の証として各国があくまでも自主的という形でその国の最新鋭戦闘機が
その任務に就くことになっているのです。」
「今回の私たちの飛行ルートだと、最初が航空自衛隊、次がグアムの米国空軍、インドネシア空軍の順で、
最後が着陸までの間はオーストラリア空軍がついてくれていたはずですよね。」
「瞳さん。正解です。」
「航空機での移動中は、私は最先端技術扱いですもの。人じゃなく電子機器扱いが悲しいです。」
「瞳さん。ぼやかないでください。」
「でも、それが私の夢とどう関係があるんですか?」
妻川が話を続けた。
「瞳の身体は、マシンを動かすための最新鋭の技術を民間移転したスーパーサイボーグと言うことなんだけれど、
もともと、瞳の身体のようなタイプのサイボーグ体は、何のために開発されたと思う?」
「それも聞いてます。恒星間ロケットの宇宙船操縦士としてより繊細な操縦と乗組員のさくスペースの軽減目的として
開発されて、日本と米国の共同の木星探査計画で、実際に木星とその衛星に降りるために改造された
サイボーグアストロノーツと共に、手脚を取り去りロケットの電子機器との接続ケーブルに繋がれたタイプのサイボーグが、
ロケットの操縦のためにロケットに取り付けられているところを見ました。私たちの宇宙飛行士版です。」
「そして、そのサイボーグ技術が最初に応用されたのは何か分かる。」
「それは確か、戦闘機だと聞いています。」
「そうよ。正解。兵器の搭載量や燃料の搭載量を増やすために、パイロットに与えるスペースを少なくする目的と、
自分の手脚のように戦闘機が動くことで、より高度で複雑なドッグファイトなどの作戦任務を可能にするため、
世界の最新鋭のステルス型戦闘機のパイロットが、手脚を持たないタイプのサイボーグとして、ステルス型戦闘機に
搭載されているの。そして、戦闘機を手脚として使うという目的を民間転用したのが、瞳たちスーパーF1マシン専用
サイボーグドライバーということになるわよね。」
「そうです。ただ、戦闘機操縦用サイボーグパイロットは、私たちと違い、人工四肢を生涯取り付けられることなく
ダルマのように手脚がないままの状態で生活しなくちゃいけないと聞いています。だから、手脚を切断されたままで、
日常生活を生涯送らなくてはいけないから、サイボーグ手術の前に一年間、訓練として、標準人体のままで
四肢欠損経験をすることになっていると聞きました。そして、そのようなパイロットを搭載した戦闘機は、アメリカと
日本のみが保有していると聞きました。」
「そうよ。そして、そのサイボーグ搭載型戦闘機のサイボーグパイロットは、スーパーF1のファンが
多いのも知っているわよね。」
「はい。自分たちと身体の構造が同じであり、しかも、民間で利用されるサイボーグの私たちとの共通点が
共感を与えているから、熱心なファンが多いと聞いています。」
「つまりは?」
「『つまりは?』って、恵美さん?それがどうかしたんですか?」
「瞳、鈍いわね。私たちの専用機を護衛してくれたのは、航空自衛隊と米空軍の最新鋭機だよ。」
「あっ!つまり、航空自衛隊と米空軍の戦闘機のパイロットは、戦闘機操縦用サイボーグということですか。」
「そうだよ。彼らが移動中に、熱心に見ているスーパーF1レースで、しかも、彼らも一番期待しているのが瞳らしいし、
F3時代からの瞳のファンが戦闘機操縦用サイボーグパイロットに沢山いて瞳のスーパーF1での活躍を
心から期待しているサイボーグが多いということらしいの。そんな、戦闘機操縦用サイボーグが、瞳を積載した専用機を
護衛していると判っているから、移動モードの半覚醒状態になった瞳に声援を送ったのよ。」
「そう言うことなんだ。戦闘機のパイロットのサイボーグの人たちが、体内無線で、声援を私にくれたんだ・・・。」
「そういう事よ。」
「頑張らないといけないですね。絶対頑張ります。」
実際に瞳の人気は凄いものだと妻川は感心していた。各国の護衛機からは、戦闘機操縦用サイボーグが
瞳に直接コミュニケーションユニットを使って呼びかけるし、標準人体のパイロットも専用機に向けて瞳宛の
応援メッセージを送ってくれていたのだ。
同じスピードの世界にいる人間同士として、瞳への憧憬はかなりのものだと聞いていたが、ここまでこの業界にも
ファンがいるとは、さすがの妻川も思っていなかったのだ。
瞳の今シーズンの動向にかなり熱い視線を浴びることは間違いないことだと妻川は確信していた。
そして、瞳を優勝させないとファンのフラストレーションがたまり、それが各方面に影響を与えるほどの
社会現象になる可能性を感じ、妻川は背筋に寒いものを感じていた。
その時、記者会見場に行くためにエマが瞳の部屋に合流してきた。
「監督、エマが連れられてきました。」
「エマ。初めての長旅だったけれど、大丈夫?」
「何か、まだ体の芯が疲れているような気がします。」
「今日は、記者会見の後でのレセプションでは思いっきり楽しんで発散して、その後で休養すれば疲れもとれるわよ。」
「監督、今日はそうさせていただきます。ところで瞳さんは大丈夫ですか?」
「エマちゃん。私はおかげさまで大丈夫だよ。F1サーカスみたいに自分が能動的に動いての長距離移動じゃなく、
機械的に全てを制御されたうえでの移動だから、私にとっては、距離と時間のストレスのない移動に感じたから
とっても楽だったよ。」
「さすがに瞳さんは、F1も経験しているから移動にも慣れていてうらやましいです。」
「エマちゃんも、早く移動になれることだよ。国内レースと違って、移動というストレスもあるから、それに慣れることも
ドライバの重要なコンディションの調整の一環だからね。とにかく慣れることかな。」
「そうですね。頑張ってみます。移動も、レセプションや記者会見も始めての経験でとまどいの連続です。
瞳さんはさすがに堂々としているし、瞳さんの受け答えなんか聞いていると憧れちゃいます。」
「そんなことないよ。私だっていつもドキドキだよ。でも、今日は、頑張ってエマちゃんをフォローするからね。
お互い頑張ろうね。」
「よろしくお願いします。」
「瞳、エマ。そろそろ時間だから、会場のホテルに移動するよ。」
「はい。」
記者会見の会場となるパース市内のホテルの宴会場は、今年からスーパーF1に参戦するスーパーF1マシン専用
サイボーグドライバーと新規参戦チームの取材目的で立錐の余地もなかった。
特に、お目当ては瞳であることは明らかだった。
会場のひな壇には、瞳やエマたち新規参戦ドライバーを中心に置いて、そのサイドに参戦する全ドライバーが置かれていた。
ここでも中央の席は瞳の指定席であった。今期から参戦するドライバーの中での実績順で中央に置かれたということも
あるが、それ以上に瞳を中央に置く意味は、モータースポーツ界にとっては意味のあることであり、全てのドライバーが
置かれた時の中央はいつも瞳の指定席なのである。
瞳はそのことを体感的に認識しているため、中央にいることが当たり前のような仕草であった。
もちろん参加した全てのドライバーが瞳の置かれた位置を当然として受け入れているのだ。
さらに会場の関係者全員が瞳が中央に置かれたことに全く違和感を感じていない様子なのだ。
まさに“プリンセスヒトミ”の風格が会場の瞳にはあった。そんな瞳の横にいるとエマは、
『おまえには“プリンセスヒトミ”の横は似合わない。』
という視線が集まっているように感じてしかたなかったのだ。
エマの横には、ジョン=ミラーとルカ=ロッキネンが置かれ、瞳の横にはシモン=リカルドとジャンヌ=マルロー、
八重山信次が並んでおかれた。
この瞳の他6名のスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーが、今期からスーパーF1に参戦するドライバーであった。
さらにその両側には、ヘンリー=ディクソンとマリア=リネカーを始めとする既存のスーパーF1マシン専用
サイボーグドライバー27名が配置されているのであった。
エマにとっては、瞳はもちろんのこと、ロッキネンやミラー、リカルド、リネカーといった目標というよりも憧れていた
ドライバーが左右にいる事になり、自分が場違いの場所にいるという気後れと緊張でガチガチになってしまっていた。
隣の瞳はというと、リカルドやマルローが気を遣って話をしているかと思えば、ディクソンやリネカー、ミラー、
ロッキネンたちとじゃれ合うように親しく話をしているのである。
瞳が会場の中央に置かれると会場が華やぐし、他の全てのドライバー、チーム関係者の表情に心なしか緊張感が
走るのを見ても、その格の違いを痛感してしまうエマがそこに居たのである。
「エマちゃん。私たちの他の32人も同格のドライバーなんだから緊張しちゃダメだよ。あいつらのドライブテクニックなんて、
私たちの足元にも及ばないんだから、見下してかかればいいのよ。そうすれば緊張しなくなるよ。エマちゃんも
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとしてここに居るのだから、プライドを持たなくちゃいけないんだよ。」
小声で瞳が励ますが、却ってエマの緊張を増幅させる結果になってしまった。
「ヒトミ、あんたはチームのルーキーにガンつけてどうすんのよ。」
「マリア、何いっているのよ。私は元気づけているのよ。冗談はいい加減にしなさい。」
「あんた、チームメイトに嫌われても知らないからね。あんたは女王なのよ。何を言っても、緊張が増すに
決まってるでしょ。私だって、女王陛下と喋ると緊張しちゃうんだから。」
「マリア。よく言うよ。馬鹿ばっか言って。」
「フン!ミスエマ、お姉ちゃんがフォローしてあげるから安心よ。こんな魔女の言うことを聞いちゃダメよ。」
「黙れ、メデューサ。エマちゃん、こいつの目を見ると石になっちゃうから気をつけるんだよ。」
「おい。メデューサとは何だ。魔女野郎。」
「魔女とは何よ。」
ミラーがそっとエマに囁く。
「また、はじまっちまった。ヒトミとマリアの口げんかは有名だからね。気にしなくていいよ。あいつらのお互いへの
愛情表現みたいなものさ。ヒトミもマリアもお互いを認め合い、何でも相談しあうような深い友情で結ばれた
ベストフレンドなんだ。」
「信じられません。」
「そうだよね。初めてあれを聞いた時は、ボクもそうだった。でも、あいつらお互いを信じ合っているからね。
だからこそ、あそこまで罵り合えるのさ。二人とも気が強くて口が悪いだけさ。」
「ジョン何か言ったか!?」
マリアが反応した。続けてヒトミが反応する。
「ジョン、エマちゃんを口説くためのダシに私たちを使うんじゃないの!」
「ほら、これだ。二人が都合悪くなると共同戦線になっちゃうんだもんな。」
ミラーは肩をすくめて見せた。
会場の34体のスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの緊張が一気に解けたように、さらに会場の明るさが増した。
「あいつらの口げんかを久しぶりに聞けて嬉しいよ。」
ロッキネンが懐かしそうにつぶやく。
「この口喧嘩が聞けなかった去年のモータースポーツ界は暗いものでしたわ。今年から、またこの雰囲気が
モータースポーツ界に戻って安心しました。」
マルローが懐かしそうにつぶやいた。詰めかけた記者も、チーム関係者も、瞳とマリアの関係がそのままなのを
かいま見れて、何か安心しているようだった。
しかし、エマにとっては何か一人だけ蚊帳の外のような気がして居心地の悪さを感じていた。
「ヒトミ、待っていたよ。何で去年スーパーF1に乗らなかったの。寂しかったんだから。女性ドライバーは
私だけだったからなおさらだよ。」
「マリア、ごめん。去年はカンダのシートを荒らしたくなかったから。この機会を待っていたんだ。」
「カンダへの忠誠心はいいけれど、ヒトミはヒトミだよ。カンダでなくても良かったんだよ。」
「でもね・・・。」
二人は騒ぎをよそに自分たちの世界に入り会話を始めていた。
「マリア、ヒトミの日本人的な律儀さは解っているだろう。」
ディクソンが会話に入ってきた。
「でも、ヒトミがいないとレースがつまらないよ。」
「それは誰も同じさ。」
「みんな。よろしくお願いします。ルーキーのヒトミ=ハヤミを可愛がってください。」
33名のドライバーから爆笑がこぼれた。
「誰が新人だって?女王様。」
「何よ。信次。私だってルーキーなんだから。」
「いいや、違う。ルーキーは、俺たち6人だけ。ヒトミをルーキーにしたら、みんなが新人王にありつけないもの。」
「シンジの言うとおりです。“プリンセスヒトミ”は、ルーキーとして扱わないことを国際自動車連盟の会長裁定とします。
ようこそ、ヒトミ、最高の舞台スーパーF1へ。」
国際自動車連盟会長のステファン=ロイドが第一声を放った。
「会長。ひどいです。」
「我が麗しのプリンセス。あなたをルーキーとして扱うのには無理があります。ミスエマやミスジャンヌのことを
考えてあげてください。」
「う〜〜ん。」
「会長の特別裁定が出て、更に会場が和んだところで開幕前の恒例であります。記者会見を開始します。まず、
その裁定を出した国際自動車連盟の会長でありますステファン=ロイドより一言をいただきます。」
司会者が突然のように記者会見を始めた。
いよいよ、これから一年間に及ぶ、スーパーF1グランプリのシーズンの開幕である。
「今期は、7名のドライバーがスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとして、生身の身体を機械や電子機器の
詰め込まれたサイボーグへと変更してこのスーパーF1に参戦することとなりました。女性ドライバーが3名、
男性ドライバーが4名の計7名の参戦が実現したのです。これで、女性ドライバーも4名となり、女性ドライバーの
初優勝を誰が実現するのかという興味と、東洋人ドライバーの優勝はあるのかという興味が出て参りました。
そして、関係者の皆さんの関心は、“プリンセスヒトミ”の戦いぶりではないかと思います。あの奇想天外で次元の
違うドライブが、この最高峰の舞台で、見られることになることは世界中のファンの願望でした。
それが実現した記念すべき年の記念すべき開幕となるのです。そして、今期から新規参戦のワークスが
1チームあります。このチームも話題を独占しそうな雰囲気がありますし、旋風を起こす期待に包まれています。
カンダのセカンドワークスと言いながらも日本人女性だけで構成される全く新しいコンセプトのチームは、
“プリンセスヒトミ”をファーストドライバーに据え、セカンドドライバーには将来性豊かなエマ=スズキを配し、
初年度からコンストラクターズチャンピオンをねらえるチームだと聞いています。34台に増えたスーパーF1レースの
興奮をファンにお約束する次第です。そして、ここパースで開幕を今年も迎えられたことを皆さんに感謝いたしますと共に、
大会にご尽力くださいましたオーストラリア政府とオーストラリア国民にお礼を申し上げます。」
「ロイド会長からの挨拶に続きまして、今期より新加入のワークスであります“カンダスーパーガールズ”の妻川監督に
コメントをいただきます。」
司会者に促されて妻川が話し始めた。
「ご紹介にあずかりました“カンダスーパーガールズ”総監督の妻川です。私たちは、スーパーF1史上、いや、
モータースポーツ界で例を見ないチームを作り出すことに成功して、今、ここのスタートラインに立っています。
日本人の女性だけでスタッフ、メカニックからドライバーまでを構成しています。もちろん、マシンも純日本製です。」
ここで妻川が軽くウインクすると会場を埋め尽くしたプレスに笑いがこぼれた。
「カンダのセカンドチームという位置づけで我慢することなく、ファーストワークスの“カンダワークス”とは、
全く違ったマシンを開発し、チューンも独自に行い、もちろん拠点も別に設定して必勝態勢で臨んでいます。
従いまして、ドライバーにも、我がカンダは社運をかけるような大英断でのドライバー獲得を支持してくれました。
その成果として今期は、速水と鈴木の2名のドライバーをシートに据え付ける体制で臨むことが出来ました。
速水のご紹介は、今更、私がすることもないと思いますが、昨期まで一つ下のカテゴリーのF1のシートに座り
シーズン18勝という近代F1では、あのセナやシューマッハ、アロンソでも成し遂げることの出来なかったとてつもない
記録をひっさげてのスーパーF1グランプリデビューとなります。」
ここまで妻川が言い終えると、会場の記者たちの瞳を賞賛する拍手と口笛がとんだ。妻川は、それを軽く制して
スピーチを続けた。
「ご静粛に。私たちは、速水の日本人古来から持つ、“義理”“人情”という考え方を速水が幸運にも持っていたからこそ、
この新規参入チームでも速水。いいえ、あえて私もプレスの皆さんと同じ彼女への称号を使わせてもらいます。
“プリンセスヒトミ”の獲得に成功したと考えています。」
ここで、会場が大歓声に包まれた。それを軽く制する妻川も凄いが、瞳の名前が出るだけで、会場に集まる世界中の
プレスや関係者からの熱烈で期待のこもった拍手が起こる瞳という存在をエマは、憧れを通り越した畏敬の
存在として意識するようになっていた。すぐ横に置かれた自分と同じスペックで改造されているはずの
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの速水瞳が更に高い山になったような気がしたのだ。
決して征服出来ない未踏峰の山としてエマの隣にそびえているように思えた。
「エマ、ヒトミを意識しちゃダメよ。彼女は特別なのよ。誰もスカートを踏んではいけない女王陛下なの。あなたの経歴も、
テクニックもスーパーF1リンクに相応しいものなの。意識しても近寄れない壁は、チームメイトでも尊敬と憧れの
存在でいいのよ。そうしないと彼女のアドバイスに耳を傾けられなくなるし、叶うこともない相手にライバル意識を
持つような無駄なことをする羽目になるわ。意識する相手じゃないと思うことよ。いいわね。」
マルローが、エマの心境を敏感に察知して、ドライバー間のプライベート回線でエマにだけ聞こえるように
そっとアドバイスをしてきた。
「ありがとう。ジャンヌ。でも、意識するなと言ってもどこまで我慢出来るのかは不安だわ。」
「判るわ。ドライバーはみんなプライドがあるからしかたないことだと思う。でも、その意識が嫉妬に繋がる。
それも自分勝手で無意味なものになってしまう。その意識を超えるのは困難だけれど、その意識の壁を越えないと
エマが勝てるドライバーになれないのよ。シューマッハもアロンソも超えられる可能性がある壁だけれど、ある意味、
ヒトミは、セナのように超えることが永久に出来ない壁なのよ。ヒトミはセナ以上にモータースポーツ界にとって特別な
存在であり、セナのように死んでしまって決して到達出来ない壁ではなくて、対象が目の前にいても
決して越えられない壁なの。そういう意味じゃセナ以上のモータースポーツ界でかつて無い未踏峰なのよ。
全ドライバーが憧れと尊敬と畏怖を持って見つめ続けるしかないドライバーなの。
いい、エマ。不必要な意識をしちゃダメよ。それが嫉妬になったら最悪よ。いいわね。」
「ありがとう。ジャンヌ。その時は、アドバイスしてね。」
「ウイ。もちろんよ。フォーミュラーニッポンからの付き合いだもの。任せて。」
「ありがとう。」
この時のマルローの心配が、現実になり、エマの悩みを聞くことにマルローは後になるのである。
エマとマルローの会話の間も妻川のスピーチは続いていた。
「ヒトミとあえて言いますが、ヒトミの決断に我がカンダそして、“カンダスーパーガールズ”は、感謝の念を持って最高の
仕事をヒトミに提供して参ります。さて、もう一人のドライバーの鈴木ですが、彼女も実は、ヒトミ同様にカンダの
秘蔵っ子であります。彼女は、今期フォーミュラーニッポンで、5勝をあげた実力と将来性のあるドライバーです。
“カンダスーパーガールズ”としては、ヒトミ同様に有能なドライバーとして期待しています。その期待の表れとして
“カンダスーパーガールズ”は、ファーストドライバーとセカンドドライバーという考え方ではなく、二人に同じスペックの
マシンを供給し、機会を平等に与えるつもりでいます。もちろん、個人のテクニックの特性がありますからチューンは
変えることは当たり前なのですが、性能の異なるマシンを与えるという考えは毛頭ありません。従って、鈴木が、
ヒトミより先にチェッカーを受ける可能性もあるのです。そのくらい優秀なドライバーであり、期待を寄せる
ドライバーであると私は鈴木を考えています。いずれにしてもこの2名のドライバーで、スーパーF1グランプリに旋風を
巻き起こしてみたいと思ったいます。日本人女性を“ヤマトナデシコ”という場合があります。慎ましやかな女性という
意味ですが、その“ヤマトナデシコ”が今期旋風を起こすことをファンの皆様は楽しみにしていてください。」
妻川のスピーチが終わると、会場に拍手が起こり、しばらく鳴りやむことがなかった。
「次は、新規参戦のドライバーを紹介します。」
司会者が会場に向けてアナウンスすると会場の拍手がぴたりと止んだ。
「まずは、会場の中央に置かれたドライバーからスピーチしていただきます。お待たせしました。我らの
“プリンセスヒトミ”のスピーチです。」
会場の拍手がひときわ高くなり会場の興奮が最高潮に達した。
そして、瞳がスピーチを始めると会場は、瞳の声を聞き漏らすまいと、瞬時に水を打ったように静まりかえった。
その中で瞳が静かにスピーチを開始した。
「みなさん。こんばんは。このスーパーF1のカテゴリーで今期の開幕が迎えられることをファンの皆様、そして、
ここに集まったプレスの皆様にお伝え出来ることを大変光栄に思っています。」
ここでまた会場が拍手に包まれた。
「そして、この場に立てるチャンスを与えてくれた国際自動車連盟、カンダ、そして、“カンダスーパーガールズ”の
スタッフのみんなに感謝いたします。“ヒトミ”は何時になれば、スーパーF1に参戦するのかという声に今期やっと
応えることが出来ました。私としては、他のカテゴリーでやり残すことがないようにしてステップアップを
させていただきました。そして、昨期、F1においてのやり残したことがないと判断し、スーパーF1のカテゴリーへの
チャレンジを決意し、受け入れてくれるワークスを探していたところ“カンダスーパーガールズ”の妻川監督からの
オファーを受け、私の求めていたものと合致するチームであると言うことを理解し、スーパーF1デビューの
ステージとして“カンダスーパーガールズ”を選択しました。チームとしては、まだまだ未熟な新規参入チームです。
従って、今期中に勝つというのは至難の業であり、勉強することの多いシーズンになると思います。
しかし、一からの出発である自分と共に成長出来る可能性のあるチームだと思っています。私と一緒にステップアップを
してくれるチームで、“カンダ”に対する恩返しをしてみたいのです。隣の鈴木選手と一緒に切磋琢磨して、
チームを最強のワークスにしていきたいと思っています。四肢のない自己完結の出来ない身体であり、電子機器と
機械が大部分を占めるサイボーグになってしまいましたが、ヒトミというドライバーの人格は変わらずにここにあります。
会場に集まった皆様、そして、ファンの皆様に、“ヒトミ”はサイボーグとなっても“ヒトミ”のままなのだというところを
お見せしていきたいと思っています。よろしくお願いします。」
ヒトミのスピーチが終わると再び歓喜の拍手と口笛の嵐がなり鳴りやむことがなかった。
全世界のマスコミと、ファンが、そして、モータースポーツの関係者が待ち望んだ光景である“プリンセスヒトミ”の
スーパーF1参戦が現実のものとなった瞬間であった。
“女王陛下のスーパーF1参戦”への期待がそこにあるのだ。
「続きまして、“プリンセス”の大事なパートナーであります鈴木エマ選手にスピーチをお願いします。」
会場が落ち着くのを見計らって司会者がエマにマイクを回した。
「こんばんは。鈴木エマです。」
心臓が飛び出しそうなほどの緊張の中でエマは声を出した。
「このような最高峰のレースに参加出来る機会を与えてくれたカンダとチームに感謝しています。私は、まだまだ、
とまどいの連続で、スーパーF1マシンをどう扱うのかさえ、まだまだ勉強していかないといけないと思っています。
だけれど、スーパーF1マシンでレースすることに対する情熱は誰にも負けないつもりでいます。結果を出せるように
頑張るつもりでいます。スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーという新しい身体にまだ戸惑いがあります。
機械部品と電子機器だらけでしかも手も脚も根本から取り外されたスーパーF1マシンをコントロールするためだけに
作りかえられたサイボーグの身体に気持がついて行くのが今は精一杯ですが、与えられた身体の機能をフルに
活用してスーパーF1マシンのポテンシャルを発揮して、結果を出していくようにします。よろしくお願いします。」
エマが無難にスピーチをこなした。会場は瞳の時とは違い、通り一遍の拍手だったようにエマには思えた。
続いて、ミラーやロッキネンがスピーチをした。
エマの時とは質の違う拍手が起こったように思えたが、それでも瞳に対するものとは明らかに違うとエマは直感した。
瞳が全く存在感の違うドライバーなのをエマは改めて思い知らされ、自分との明らかな違いを現実に突きつけられたのである。
『マルローや八重山なら追いつけるかもしれない。そして、ミラーやロッキネンなら、足元に届くかもしれない。
でも、瞳さんには追いつくことはできない。あのマシンコントロールもあれだけ速く走らせることも、マシンの細かい
チューニングに対する感性も、さらには、あの人間性から来るモータースポーツ界全体からの信頼やカリスマ。
どれをとっても桁が違いすぎる。追いつけなさすぎる。』
エマは瞳に対してチームメイトでありながら、チームメイトという域を超えた関係を意識しなくてはいけないことに対する
寂しさを強くした。
この気持から、人間は憎悪や憎しみや嫌悪の感情が時として芽生えることがある。
エマの気持ちはまさにその境目で揺れ動いていたのだ。
エマのその感情の芽生えをマルローは会場で唯一気が付いていた。
「エマ。ヒトミの言うことには何でも素直に聞くようにするのよ。彼女は自分の持っているものを隠すことをしないから。
ここにいるマリアも私も、そして、ヒトミと一緒にレースをした女性ドライバーが彼女に何らかのものを
教えてもらっているの。今の女性ドライバーの技術向上の原因の一つは、ヒトミが全てを与えてくれる存在だからなの。
ヒトミの胸に飛び込んでいくことが大事なんだよ。遠慮してちゃいけないよ。自分から壁を作ったり、諦めたりしたら関係を
悪くしちゃうかもしれないよ。ヒトミは、“プリンセスヒトミ”と呼ばれているけれど、決して気位が高くて鼻持ちならない
女王様ではないの、誰にでも同じくつきあえるようないい仲間なんだ。ヒトミは何でも受け入れてくれて、
心優しく対応してくれるんだよ。」
「ジャンヌ。ありがとう。私、頑張るね。」
マルローには、もし、瞳とエマの関係が崩れたら、スーパーF1全体の問題になりかねないという直感をこの時抱いていた。
今年初めて参戦するドライバーのスピーチも終わり質問の時間に移った。
当然のように、主役は瞳だけであった。
瞳への質問が集中して、ここの空間が瞳とプレスだけのような空間になったのである。
その後のレセプションも瞳を出席者が奪い合うような状態であった。
瞳の注目度の凄さをレセプションの場にいる全ての人間が感じることになった。
今期のスーパーF1は、“プリンセスヒトミ”を中心に回ることを確実に予感させるものであった。
レセプション終了後、宿舎に移動する時、瞳の不満が爆発していた。
「ブ〜〜。せっかくあんなにおいしそうな料理があったのに、一口も口にできなかったよ。残念。」
「瞳、仕方ないでしょ、パーティーの主役はあなたなんだから。みんな、あなたと話したくてあそこに足を
運んでくれたんだよ。嬉しいことじゃない。」
「だって、恵美さん・・・。そんなこと判っているんだけど・・・。あそこのチーズケーキもおいしそうだったし、
マッシュポテトも食べたかったし、ステーキもおいしそうだったし、残念だよ〜〜。」
「あきれた。食べ物の恨みって奴ね。我慢しなさい。ホテルに頼んで、瞳とエマの部屋に今日のレセプションで
食べられなかった料理を運んでもらうように手配しているから。楽しみにしていて。」
「わ〜〜い。さすが恵美さん。楽しみだな。ねっ。エマちゃん、楽しみだね。」
瞳はそういって、満面の笑みを浮かべて無邪気に喜んでいる。その姿を見つめている妻川が、
あきれた表情で頭を振っている。
その対照がエマにはおかしかった。
エマにとって、瞳との離れかけていた距離が一気に縮むほど瞳は普通の女の子に戻っていた。
あの、会見場やパーティー会場で見せた冷静なほどの振る舞いとは対照的な光景であった。
「はい。瞳さん。」
エマはそういって相槌を打つのがやっとなほどに呆気にとられていた。
「エマ。驚くでしょ。あんなに大人びていた瞳が、まるで今は子供の女の子に戻っちゃうんだから。」
「はい。なんか、そのギャップが大きすぎて。」
「そうでしょ。これが私が瞳を評して、二重人格だというわけなのよ。普段は、この通りの我が儘一杯の馬鹿娘のどこに
あんなに人格的のすばらしい一面があるのかと思うと、本当に不思議になっちゃうのよ。」
「ブ〜〜。恵美さん。馬鹿娘とは何よ!馬鹿娘とは!こんなお淑やかで、知的な女の子を捕まえて馬鹿娘なんて!」
「お淑やかで、知的な娘が、ケーキが食べられなくて拗ねるか?ステーキがおいしそうだといってビービー泣くか?」
「うっ。だって食べたかっ・・・。」
「本能のままに感情を爆発させるか?それを我が儘娘というんじゃないのか?どうなんだ?応えてごらん。」
「あまりにも、まともなこといわれて、反論のしようがない・・・。」
「瞳さんの負けかな?」
「うっ。エマちゃんまでそんなこと言うんだから。うぇ〜〜ん。」
「瞳さん。泣かないでください。私は、瞳さんに色んなこと聞きたいし、教えてもらいたいです。尊敬しています。」
「わ〜〜い。仲間一人ゲット!!仲良くしようね。エマちゃん。」
「このお姫様をあやすのは大変だ。私より、エマの方がうまいなんて・・・。」
車内に和やかな空気が流れたところで宿舎に着いた。
瞳は移動車から運び出される間際にエマにアドバイスを送った。
「エマちゃん。余計なことなんだけれど、シャワーを浴びてくつろぐ前に、苦しいだろうけれど、EMSに繋がれて身体を
動かしておいた方がいいよ。長い移動中と今日のプログラムの間、身体を動かしていないからね。
レースウィークに入ってから、たとえ30分でもその差が出ることになるからね。レーサーは何事にもストイックだよ。」
瞳の私生活でのストイックなほどの厳しさに感心してエマは答えた。
「瞳さん。ありがとうございます。アドバイス感謝します。」
しかし、エマは、そういいながらも、この日、本能の赴くままの行動をとってしまい、瞳の言うようなストイックさを
失ってしまった。
その差をレースウイークで痛感してしまうとは知らずに・・・。
瞳は、自室に移ると
「つぐみさん。EMSトレーニングルームに移動させて。1時間ほどのトレーニングをしたいの。EMSの強度は、
普段の3倍にして。」
「だって、瞳さん。移動で疲れているし、3倍なんていくら何でも無茶ですし、今日は、ゆっくりシャワーを浴びて食事を
して休んだ方がいいと思います。」
「そうじゃないの。造ってきた身体が、この空いた時間で元に戻ってしまうのよ。このたった1時間が後で大きいのよ。
特に移動後のトレーニングは重要なの。こういう時に逆に身体を虐めておくと、かえって翌日が楽なの。お願い。」
「判りました。」
森田は瞳の願いを受け入れ、EMSトレーニングルームに瞳を移動させた。
「瞳さん。EMSの強度は、せめて通常通りにしましょうよ。」
「ダメよ。そんなことしたら私がダメになるわ。お願いだから、私の言うとおりにして。」
「判りました。それじゃあ、普段の三倍の強度でセットします。スイッチ入れますよ。」
全裸にされ、EMSの電極を体中に貼り付けられた瞳の口から苦痛の叫びが上がった。
スイッチが入ると自分ではやめることのできない拷問のようなトレーニングが始まった。
電気的刺激で筋肉が勝手に収縮し、瞳の身体は小刻みに震えているように見えた。
端で見ている森田が辛そうだと思うくらいだから、当の瞳は本当に地獄の中での責めを受けている気分なのだろう。
いつ終わるともしれないような長い時間に感じる1時間を瞳は、ストイックに耐え抜いたのである。
EMSのタイマーが切れて瞳への責めが止んだ時、一瞬瞳の意識がなくなったように思えるほど、瞳は脱力していた。
「やっと終わったわ。こんなトレーニングに耐えられるなんて、私、やっぱりMだよ。」
「瞳さん。そんなことないです。そのストイックさや意志の強さは絶対にSです。極度のMの私が太鼓判を押します。
瞳さんのS性が芽生えるように、そして、私を奴隷として認識してもらえるように、今日もシャワー室で誠心誠意の
サービスしちゃいますからね。」
「つぐみさん。その話題はなし。」
「よく言いますよ。話題を振ったのは瞳さんなんですよ。」
「そうだったね。疲労感からつい口走ってしまった。ごめん。」
「いいんですけれど、自分で墓穴掘ってますよ。」
「気をつけなくちゃ。」
瞳と森田の笑い声がシャワー室に響いていた。
今日はここまでです。
次回は、いよいよ、開幕戦のレースの模様をお伝えすることになると思います。
adjust様
楽しくSS拝見させていただきました。
最高ですね。
後半の緊迫感にドキドキして読んでしまいました。
次回作を期待しています。
ところで、スーパーF1グランプリのレギュレーションですが、
何処まで書いていいのかわからないので、機会があったら、
補足資料として、本編に細かく書ければと思っています。
3の444様
私も、ヤギーがどのような姿になるのか期待しております。
セクシーな姿になるのか、さもなくは、特殊なタイプのサイボーグ体
として、見本市でさらし者状態になるのでしょうか?
物語の展開を楽しみにしたいます。
リゼンブル、か。
340 :
3の444:2006/10/30(月) 21:35:51 ID:sfVl9x/40
munplusさん
主人公を憎み嫉妬する(今はまだ軽いものですが)鈴木エマのようなタイプは、
今までのmanplusさんの作品にはいなかったように思います。なので私は、今回の
作品では、彼女が何を感じ、どう動くかに注目したいと思っています。
> 特殊なタイプのサイボーグ体として、見本市でさらし者状態になるのでしょうか?
人柱みたいなタイプですかね。
セクシー衣装もいいですが、それはそれで滑稽で、いかにもヤギーらしい気がしますね。
面白そうです。
341 :
3の444:2006/10/31(火) 03:27:22 ID:NycZHshh0
342 :
adjust:2006/10/31(火) 23:59:37 ID:x7VfBE9G0
>338
manplus様 感想ありがとうございます
>後半の緊迫感にドキドキして読んでしまいました。
そういっていただけるとありがたいです
>補足資料として、本編に細かく書ければと思っています。
ご負担にならない程度で結構です。申し訳ありません
>341
3の444様
HP見させていただきました。掲載ありがとうございます。
過分のご説明、恐縮しています。
題名の件は、今の今までまったく考慮していませんでした。
ネーミングがいいですね。私ならもっとつまらない題名にしそうです
よろしくお願いします
週末まで瞳はトレーニングとレセプションの毎日が続いた。
そして、パースの郊外に建設されたサーキットであるカンガルーリンクのスーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用の
宿舎にチームメンバーと共に移動しレースに備えた。
瞳は、自分の身体の反応速度などを調整するため、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用調整室で、
点検口を開けられた姿で、体中をいじくり回されたりもした。瞳にとっては、人間性を否定されて機械としての自分を
意識させられる屈辱的な瞬間なのであった。
マシンと瞳の準備が進み、いよいよ金曜日の公式練習を経て、瞳は、スーパーF1に参戦して、
初の予選に臨むことになった。
その日の公式練習の朝も森田によるルーティーンの作業は変わることはなかった。
しかし、朝食に関しては、この後、すぐにあの宇宙服のようなレーシングスーツを着させられてマシンの
コントロールユニットとして、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用のシートに括り付けられることを
考慮しての食事となるため液体しか与えてくれなかった。
これからの2日間は、瞳はスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとして、1日中、スーパーF1マシンに
取り付けられて、調整を受けるとき以外は、取り外されることはないはずなのであった。
場合によっては、調整のため、夜を徹してスーパーF1マシンに取り付けられたままの状態でいることもあるのだ。
瞳にとっては、自分が人間ではなく、サイボーグという名のマシン制御システムになったのだという思いを植え付けられ、
実感する瞬間なのだ。
瞳は、いつものようにレーシングスーツで完全に外部とは隔絶したような世界に閉じこめられてマシンのあるガレージに
移動させられ、マシンに取り付けられるのを待った。
瞳はマシンの横に置かれて、メカニックがマシンを調整するのを見ているだけであった。
瞳の横に同じカラーリングのマシンがもう一台置かれていて、その横に不安そうな表情をしたエマが置かれていた。
「エマちゃん。いよいよだよ。私とエマちゃんのスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとしての
スーパーF1デビューだよ。」
「瞳さん。とっても不安です。心臓が張り裂けそうです。」
「それは私も一緒だよ。心臓バクバクだよ。開幕戦は特にそうだよ。期待に押しつぶされて気が変になりそうだよ。」
「瞳さんでもですか?瞳さんなんか、自信を持っているから、緊張なんかしないと思っていました。」
「私も人間だよ。でも、正確には、機械人間だけれどね。」
瞳は、エマにウインクした。エマは、瞳の意外な気持を知り、何か肩の力が抜けたような気がした。
「エマちゃん。こんなに苦労して、こんな身体になった上で練習を積み重ねてきた私たちなんだよ。自信を持とう。
誰にも負けないってプライドを持とうよ。それがあれば平気だよ。自分の力を信じるのよ。私はいつもそうしてきたし、
自分を信じてきたの。エマちゃんにもその気持ちを持ってもらいたいんだ。」
「瞳さん。ありがとうございます。私なんだか、自信が出てきちゃいました。」
「その調子よ。頑張ろうね。」
柴田が声をかけてきた。
「エマから、マシンに取り付けます。準備してください。」
瞳は、いよいよ始まるんだという思いで眼を軽く閉じた。去年の秋から自分の身に起こったいろいろなことが
走馬燈のように瞼の裏に浮かんできた。
この手脚のない身体で、今、念願のスーパーF1デビューを飾るのだ。大事に走ろう。
自分を信じれば予選ファイナルステージに残れることは間違いない。あとはポールに手が届くかどうかだ。
チームのメカニックを信じている、カンダの技術力を信じている。そして、TSのタイヤを信じている。
全てのスタッフが瞳の走りのために力を合わせてくれているのだ。それに応えたい。
それに応えなければトップドライバーじゃないのだ。瞳の心に闘志の炎が目覚めた。瞳は静かに目を開けた。
「瞳さん。マシンにセッティングします。」
山口が話しかけた。
「香織さん。よろしくね。」
「瞳さん、期待しています。」
山口は、短く答えると瞳の身体を抱き上げ、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用移動台車付き
スタンドからスーパーF1マシンのスーパーF1マシン専用サイボーグドライバー専用シートに移した。
シートにシートベルトでがんじがらめに固定され、取り去られた手脚の付け根に作られたマシンとの
接続用インターフェイスユニットに沢山のケーブルユニットが正確に接続されていく。
瞳にとって、手脚が蘇るような、機械システムになってしまうような不思議な感覚を味わう瞬間である。
瞳は、この不思議な感覚に最初は戸惑ったが、今は楽しめるようになった。
瞳とスーパーF1マシンのケーブルユニットが一つ残らず接続され、瞳とスーパーF1マシンが一つになったのだ。
瞳は、スーパーF1マシンのコントロールユニットになったのだ。
瞳は、スーパーF1マシンの予備動力をオンにした。いつでもガレージを出られるようにしておくためであった。
「瞳、準備はいい?」
「恵美さん。いつでも出られます。準備出来ています。」
「オッケー。今、エマが出て行ったから、エマが周回を終えたら出てもらうからね。」
「監督、瞳さんの用意をさせてください。エマがバックストレートを抜けました。」
柴田から妻川に連絡が入る。待ちわびたように、瞳は、スターターを回すようにクルーに指示をだした。
補助エンジンが、ガソリンエンジン独特のサウンドをガレージ内に響かせる。
「瞳、エマがホームストレートにかかるわ。コースがオールクリアになる。出て!」
「了解!」
瞳のマシンがはじけるようにピットロードに消えていく。
ガレージを出た瞬間、待ちわびたようにカメラのフラッシュの洗礼を浴びる。速度制限区域を越え、
メインエンジンに火を入れる。
水素イオンエンジン独特の笛を吹くような高音質のサウンドがリンクに響き渡る。
本コースに瞳のマシンが姿を現した。その脇をタイムアタックに入ったエマのマシンがすり抜ける。
「搭載燃料フル。マンマシンインターフェイス正常作動。タイヤは瞳さんの注文通り、ソフトチョイスです。」
ピットからマシンの状態を知らせるチームラジオが入る。
「こちら瞳、オッケーです。全て順調よ。一発で決めてやるわ。」
ウォームアップをしながら、瞳はチームラジオに答えた。ウォームアップで瞳は慎重にタイヤを温めた。
『さすがにTSだ。』
要求通りの超ソフトの予選スペシャルに仕上がっている。ポールをとるのに多くの周回を重ねない。
瞳の予選のセオリーだ。数周グリップが持てばそれでいいのだ。
他のセットは、全てニュータイヤで本線に温存するのが瞳の主義なのだ。
瞳は予選ですぐにコースに食いつくタイヤを履き潰すいつもの作戦をとっていた。
ウォームアップの一周が終わった。タイヤ温度が秋のパースの路面温度に合うような暖かさになった。
「タイムアタックはいります。」
ホームストレートの入り口で、瞳はピットに伝えるとメインエンジンを全開にする。
水素イオンエンジンのソプラノのようなサウンドが鳴り響く。
『プリンセスヒトミがタイムアタックに入ります!』
メインスタンドに場内放送が響く。その中を瞳のマシンが、ホームストレートを立ち上がり第1コーナーに
飛び込んでいった。
全長25.77qとやや短めのコースは、4qのホームストレートと4qのバックストレートを持ち。
その他に3qと4qのストレートがあり、そのストレート四つをややテクニカルなコーナーで繋ぐ、
高低差のないスピードとマシンの体力勝負の右回りのサーキットである。タイムチェックのセクターは5つである。
瞳のマシンは、4つのセクターでトップタイムをたたき出しコントロールラインに向かった。
最終コーナーを立ち上がり、ホームストレートにはいると、瞳のマシンは、一気にコントロールラインを駆け抜けていった。
メインスタンドの電光掲示板に観客全員の視線が釘付けになる。スタンドのファンが固唾を呑んで見守る中、
電光掲示板に瞳のタイムが掲示される。
《HITOMI HAYAMI 2M10S677》
スタンドが凍り付いたように静寂になった。
次の瞬間、スタンドの全てがスタンディグオベーションのために立ち上がり、観客の全員が讃辞の拍手を瞳に送る。
瞳が予選第一ステージを勝ち抜けた瞬間だった。桁外れのスーパーラップがたたき出された。
『一発で決める。』
その言葉は本当だった。そして、他チームの計算を狂わせるのに充分だった。
他チームは、瞳の燃料がフルタンクだと言うことを想像していなかったのだ。
最初からスーパーラップと言うことは、マシンがかなり軽いのだという先入観で対“カンダスーパーガールズ”への戦略を
立てることになるからである。
各チームのドライバーが、チームに対して、瞳のタイムは、まだ上がると言うことを報告しているのだが、チームクルーは、
全チームのチームクルーが誰一人信用しなかったのだ。
ドライバーの知っている“プリンセスヒトミ”の実力を想定に入れることができなかったのである。
リネカーもディクソンも、セカンドグリッド狙いに切り替えざるを得ないほど、強烈なインパクトを瞳のラップは与えたのだ。
各チームは、ドライバーの気持ちがそこまで萎えるのは何故か理由が分からなかった。
しかし、瞳と戦ったことのあるほとんどのドライバーは、軽く流してのスーパーラップなのだと言うことを身をもって
理解していた。どんなに、頑張っても、瞳がそれよりも早いタイムをたたき出すに違いないと感じているのであった。
瞳のスーパーラップの余韻を残して、予選第一ステージが終了した。ここで下位の10台が予選を終わった。
同時にエマのグリッドが確定してしまった。
明日は、降格がない限り、34番グリッド、つまり最後列からのスタートになってしまった。
エマは、また、瞳との差を痛感することになるのだ。
瞳は、第2ステージも一度のタイムアタックでスーパーラップをたたき出して第3ステージに進み、その第3ステージ、
たった一度で勝ち残った。
最終ステージは上位10台が勝ち上がりポールポジションを競って決勝のグリッドを決定する最終予選である。
ここでも、瞳は、残り10秒でタイムアタックに入り、その一発のタイムアタックで、他の9人のスーパーF1ドライバーとは
格の違うタイムをたたき出して、一番グリッドを手中に収めたのだ。
その圧倒的な強さにスタンドのファンは、惜しみの無い讃辞の歓声を瞳に送り続けてくれた。
予選後の記者会見には、ディクソンとロベルト=ミストーネを従えての登場となった。
「僕は、やっぱり、もう一年、瞳にこのカテゴリーへの参戦を見合わせてほしかったね。だって、勝つチャンスが
激減するのだからね。後は、天からのプレゼントを待つしか僕には勝つチャンスがないね。ディクソンも気持ちは
一緒だと思うよ。明日は何とかがんばるよ。」
とミストーネがコメントすれば、
「勝つことが全てじゃないんだ。ベストのレースをすること、それが大事さ。明日は精一杯のレースをしたいね。
気持ちは、ミストーネと一緒さ。瞳と一緒に走ると僕たちは脇役になるからやりにくいよ。明日の開幕戦は、
女王陛下のための開幕さ。僕らナイトは護衛の任務に就くだけなのさ。」
とリネカーも半ば諦めのコメントをした。
「二人とも、やけに消極的な発言をしているけれど、私を油断させるためのコメントを考えているとしか思えません。
ピットクルーも経験が少ないので何が起こるか分かりません。明日は出来る限り、コックピットのプレッシャーを考えて、
ドライバーが引っ張っていくレースをしたいと思います。とにかく、ファンの期待に応えられるような走りをしていきたいと
思っています。」
ディクソンもミストーネもこの時は、瞳に勝てる自信を完全に殺がれていたのである。
それほど予選の瞳の走りはすごいものであった。
やはり、“プリンセスヒトミ”が参戦すると格が違うというあきらめにも似た気持ちでディクソンもミストーネも
予選を終わっていたのであった。
「ヘンリーもロベルトもそんなコメントしないで楽しく闘おうよ。」
「ヒトミ、よく言うよ!あんなスーパーラップを第一ステージからだしやがって、先制攻撃で、こっちは一気に戦意喪失だよ。
燃料をギリギリまで軽くしやがって。なぁ、ロベルト、ヒトミになんか言ってくれよ。」
「でも、ディクソン。考えてみれば、ヒトミは早めにピットインしちまうんだから、チャンスはあるんじゃないか?」
「そうかもしれんが、ポールから逃げられちゃったら、ヒトミには簡単に追いつけないぞ。逃げる相手が違うからな。」
「そんなことないよ。同じドライバーだもの。」
「ヒトミ、よく言うよ。ヒトミのくるまは、まだかなりの燃料残っているんだろ。」
「こんな場でいえるわけないでしょ!馬鹿ね、ヘンリーは!」
「本気で怒るところ見ると、いったいどれだけ燃料積んでいたんだ?」
「ヒトミ、まさかタンクがフルなんて言うなよ。」
「ロベルトの想像に任せるわ。明日、私が何周目でピットにはいるのかを楽しみにしていて。」
ディクソンもミストーネもこの時確信した。そして、背筋に寒いものが走るのを感じていた。
なぜなら、ヒトミのマシンが、燃料タンクをフルにしていても、あのタイムを刻めたことを確信したからだった。
タイヤが予選用に瞳がよく使う超ソフトであることを差し引いても、そのほかは本戦使用のままで走っているに
違いなかった。
それだけに怖ろしいタイムだと言うことがドライバーの二人には分かっていた。
二人は、未熟なピットが失敗を重ねてくれるしか勝ち目はないということを痛感していたのだ。
もう天に祈るしかない。奇跡が山ほど起こることを・・・。二人はそのように本気で願っていた。
これが、天才ドライバー速見瞳がポールに座ったときの各ドライバーの偽らざる本音なのであった。
予選が終了した後で、ピットクルーが自発的にガレージに残った。
ピット作業の手順を滞りなくできるように、そして、緊急事態に対応できるように最終ミーティングと時間が許す限りの
練習を繰り返すためであった。
自分たちが足手まといになって、瞳の足を引っ張らないように、自分たちと同じようにこれから成長していくエマを
少しでも上のポジションに押し上げていくため、自分たちのミスを少しでも減らそうとピットクルーのみんなが
期せずして集まって始めたことなのである。
ピットクルーの面々は、瞳が、公式練習終了後、ガレージ脇のメディカルエンジニアルームで、自分の身体の
点検口を開けさせて、予選と決勝にあわせて、今回のパース用のマシンとのシンクロのために神経速度や
補助コンピューターシステムの基本調整を行ってもらっている姿とエマが何も知らないまま、
メディカルメカニックスタッフによる調整を受けている姿を目の当たりにして、サイボーグとはいえども、
全身を裸にされた上で、点検台に縛り付けられ、屈辱に耐えながらもストイックに勝利に対しての準備をしている
女性スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの姿を見て、さらに、予選でのピット作業で瞳にとっても、
エマにとっても、自分たちが迷惑をかけていると言うことを痛感しているから、自分たちに何ができるのかを
追求したいという思いが、ピットクルーを自然発生的な練習へと駆り立てたのである。
ピットクルーたちの練習とミーティングは夜を徹して続いた。妻川と柴田はそのピットクルーの姿を見て、
このチームは強くなると実感していた。
しかし、その歩みは遅いものになるという予想も一方で冷静にしていた。
スーパーF1グランプリはそんなに甘いものでないことを知っているからこそであった。
しかし、ピットクルーの努力はいつかは実を結ぶことも確信していた。
だからこそ、ピットクルーがすぐに結果が出なくても腐らずにいてほしいと二人は願うばかりであった。
決勝当日のパースは、雲一つない秋の空で、スタンドを埋め尽くしたファンは、瞳の走りを一目見ようとして、
“カンダスーパーガールズ”のガレージに注目を集めていた。
ガレージからスーパーF1マシンが運び出されて予選で与えられたポジションのグリッドに置かれていく。
初戦のパースのスタートは間もなくだ。
マシンに続いて、スーパーF1ドライバーの手脚の無い専用サイボーグたちが運び込まれてきた。
移動用台車で瞳がポールポジションのマシンの位置に運ばれてきてマシンの横に置かれた。
レースクイーンの日傘に瞳の姿が隠れてしまうことにスタンドのファンがもどかしそうに立ち上がったり、
座ったりを繰り返す姿が見える。
「早見選手がんばってください。私たちレースクイーンの誇りでもある早見選手の近くにいられて幸せです。」
「ありがとう。がんばる。私もレースクイーンだったことがあるけれど、今も現役引退したらやらせてくれるかな。」
「きっと、大丈夫です。手脚がつけば、私なんか比べものにならないほどのプロポーションですもの。」
「それを聞いて安心したわ。私も現役を引退したら、再就職の先が一つ増えたかな。」
瞳は、レースクイーンの女性とジョークを交えての会話を楽しんだ。
レースが好きな女性にとって、瞳の成功はサクセスストーリーの象徴なのだ。
アルバイトでレースが好きなだけで集まった女性が、レーサーとしての才能を見いだされて“プリンセスヒトミ”とまで
言われる超トップドライバーになって、最高峰のレースのレーサーになっているのだ。
その成功のストーリーにあこがれないレースの好きな女性がいないわけがなかった。
瞳は、このレースを見つめる、瞳に憧れる女性のためにも頑張らないといけないと思った。
「瞳さん。マシンに取り付ける時間です。」
「香織さん。いつでもオッケイよ。」
山口が瞳を大事そうに抱き上げ、スーパーF1マシンの瞳のために採寸されたシートに置かれた。
身体を拘束された後に沢山のケーブルが瞳の身体とスーパーF1マシンとの間に接続されて、
瞳がスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとして、スーパーF1マシンのコントロールユニットになり、
スーパーF1マシンと一体化した。瞳がスーパーF1マシンになる瞬間であった。
瞳は冷静にスーパーF1マシンのメインスイッチをオンにした。
マシンは瞳の意志通りに目を覚まし、補助エンジンをメカニックがスタートするのを待っている状態になった。
メカニックは、補助エンジンのスターターキットで補助エンジンを起動させた。
ガソリンを使ったエンジンのエキゾーストノーズが辺り一面に響き渡る。
各チームのメカニックが、スーパーF1マシンの補助エンジンを起動させることに成功して、ピットに帰っていく。
あんなに沢山の人間がいたスターティンググリッドは、34台のスーパーF1マシンと
そのコントロールユニットである34体のスーパーF1マシン専用サイボーグドライバーだけの世界となった。
シグナルが変わりスーパーF1マシンが全て順調にスターティンググリッドを離れていった。
フォーメーションラップの開始である。
瞳は、ディクソンたち33人を引き連れた隊列の先頭でジグザグ走行を繰り返し、スタートに備えてタイヤを暖めた。
ピットとのやりとり、マシンとのやりとりによって、マシンの最終調整も同時に行い、開幕戦のパースの
フォーメーションラップをゆっくりとレースの雰囲気を楽しむように一周を終え、一番グリッドに再び車をおいた。
瞳は、スタートロックがかかっていることを確認し、メインエンジンのスターターをオンにした。
スターターに呼応するようにメインエンジンが正常に始動する。
メインエンジンが水素イオンの力による甲高い咆吼を上げたのを確認し、補助エンジンを停止させる。
瞳は、スタートに備え、メインエンジンの回転数を最大まで上げて、シグナルがオールゴーに変わるのを待った。
瞳の緊張感は最高潮に達した。
その瞬間、シグナルがゴーに変わり、瞳は、スタートロックを外した。
瞳が取り付けられたマシンは、スタートを待ちこがれていたかのようにタイヤを激しくホイールスピンさせながら、
スターティンググリッドを離れていった。開幕戦のパースのカンガルーリンクが戦場と化した瞬間である。
瞳は、貫禄のスタートを切った。スタートの反応の早さと絶妙のエンジン回転数を保持しながら、
何の危険もなく第1コーナーに飛び込んだ。
既に第1コーナーの入り口にして、後続のマシンで追いつけるマシンはいなかった。
瞳のスタートのうまさは群を抜いていたのだ。
オープニングラップで既に3秒のマージンを稼いだ瞳は、後は後続をどれだけ引き離してピットインをするかを考えていた。
ピットクルーに余計なプレッシャーをかけたくない。
それには、ピットインまでにどれだけのマージンを稼ぐかであったが、瞳はマシンを巧みに操り、
後続をどんどん引き離していった。
「美由、さすがに瞳だね。あっという間に安全圏だ。」
「そうですね。でも、何か胸騒ぎがするんです。」
「私もなの。新参者のチームにありがちなアンウィルフルミスが出るんじゃないかと思うと・・・。」
「まったくです。瞳さんなら、それでも挽回してくれるんですが、そのミスがエマのピット作業にも波及したら・・・。
そう思うと気が抜けないです。」
この妻川と柴田の不安が的中した。
他チームが続々ピットインを終え、エマも最初のピットインを無難に済ませた後、燃料がフルタンクだった瞳が、
かなり遅れた周回のタイミングでピットインの時期を迎えた。
各チームや評論家も、これほど一杯の燃料を積んだ状態で、ここまで速く走る瞳に戦慄を覚えている位の遅い周回の
タイミングのピットインである。
このタイミングの選択は、エマとのピットインのタイミングを完全にずらすことで、ピットの混乱がないようにする作戦を
妻川がとったためである。
「瞳、そろそろピットインして。」
「了解です。次の周回でピットインします。」
あと一周で瞳がピットインする。
それも、安全圏ともいえるマージンを持ってのピットインであるという余裕が、かえってピットクルーの焦りを生んだ。
瞳がピットにはいると、タイヤ交換、吸気口や瞳の視界の清掃が終わったが、給油クルーがなかなか給油口に
給油リグを挿せないでいた。
給油でもたつく、
「みんな、リグを付け替えた?!」
瞳がチームラジオで怒鳴る。
「あっ!」
ピットクルーの一人が給油リグがエマのものであることに気が付いた。慌てて、給油リグ交換に走る。
瞳は、瞬時の判断で給油をせずに再びコースに戻った。
あと一周なら、燃料はなんとか保つ。
ただし、回転数を落として、燃料をセーブしながら走らざるを得ない。
あれだけあったマージンを逆転されてのコースインである。
更に、燃料消費をセーブした走行により、ダントツのトップだったのが、10番手までポジションを下げていた。
スーパーF1用のサーキットは一周がものすごく長いので、燃費節約での走行の一周のハンデは大きいのだ。
やっとの事で、ピットに再び戻り給油を受けたが、今度は給油口からリグが抜けなくなった。
やっと給油口から給油リグが抜け、再びコースに戻った時は、順位は、25位まで下がって、
トップとのタイム差は一分を超えていた。
致命的なタイム差なのだが、瞳は諦めなかった。
驚異的な追い上げをみせてレース終盤には、トップのディクソンに2秒差まで迫っての二位にポジションを回復していた。
その間のピットインでも、ピットクルーが最初の動揺を引きずり、作業のミスを連発した。
それでも瞳は諦めることをしなかった結果が、この終盤の成績なのである。
瞳は、ディクソンを追い続けた。
ファイナルラップの最終コーナーでついにディクソンのスリップストームにつくまでに迫り、
最後の直線のコントロールラインでの勝負に持ち込むことが出来た。
しかし、追いつくのが一周遅かった。コントロールラインを通過するのが、0.001秒ほど、
ディクソンより遅く二位でチェッカーを受ける結果となった。
「ヒトミ、最初のピットミスで、このレースがボクのものになったね。でも、楽勝かと思ったけれど、こんなに差を
詰められるなんて、やっぱり君は凄い。脱帽だよ。今日のレースは、やっぱり君のものだよ。」
「ヘンリー、慰めはいらないわ。負けは負けよ。おめでとう。でも次は勝つからね。貸しは必ず取り返すからね。」
「ヒトミ、望むところだよ。日本式にいうと、返り討ちにしてやるからな。」
ディクソンは、ドライバー回線を通じてヒトミの健闘をたたえた。
瞳は、悔しさに唇をかみしめたい気分でディクソンのウィニングランに併走した。
ピットレーンにマシンを向け、車検場にマシンを止めて、エンジン停止の手順を型どおりにこなし、
表彰台に移動するために車から降ろされるのを瞳はひたすら待った。
三位のミラーが、ディクソンを挟んで瞳の反対側にマシンを止めると、待ちわびたように、柴田が、
瞳をマシンから外すために車検場に入ってきた。
柴田は、ディクソンのマシンやミラーのマシンと、瞳のマシンを見比べ、決定的なテクニックの違いに驚いていた。
その違いは、他のチーム関係者にとってもショックなものだったし、一目瞭然の差なのである。
それは、タイヤの摩耗だった。ディクソンやミラーとまったく同じ周回をこなしているはずなのに、
瞳のタイヤはまったくと言っていいほど摩耗していないのだ。
瞳の強烈な追い上げを食ったディクソンのタイヤなどは、必死でポジションを守るための走行で、ブリスターが出ていて、
もう一周を果たして走れるだろうかという状態であった。
オーストラリアグランプリが百周でなく、百一周あれば、間違いなくディクソンはもう一度ピットに
入らなくてはならなかっただろうという程なのである。
同じように限界までマシンを走らせているにしても、マシンへのダメージがまったく比べられないほど軽微な走りを
瞳はしていたのである。
柴田は、たぶん、メインエンジンへのダメージも、ディクソンと瞳は間違いなく違っているだろうと確信していた。
今度のレースは、ディクソンは途中リタイヤに違いないと柴田は思った。
スーパーF1のレースは、F1と同様に、二戦同じエンジンを使用することが義務づけられている。
参戦費用の少ないチームへの配慮の目的があるのだが、その為、一戦目でエンジンを酷使すると二戦目では、
この過酷なスーパーF1のレースでは、完全にエンジンに不調をきたす結果となるのだ。
安定したレースを毎回こなしたければ、一戦目のレースでどれだけエンジンを労るかも勝敗の分かれ目なのである。
今度のニュージーランドは、ディクソンは敵ではないと、柴田は思った。
柴田は、瞳をスーパーF1マシンから外して、移動用台車に移し替えた。
「美由さん。ごめんなさい。みんなの期待に応えられなかった。私の力不足です。98週目の最終コーナーで
ブレーキングをミスしなかったら、ポデュームの中央に私を置けたのに・・・。本当にごめんなさい。」
「瞳さん。何を言っているの。新規加入チームが、表彰台を確保したんだから、これ以上の収穫はないよ。
ピットクルーも自分たちのミスをかばってくれて、もの凄く感謝しているよ。瞳さん。気にしないで。」
柴田は、瞳が、負けたのは、自分のせいだといわんばかりの言葉に驚いた。
『この子は、どこまでチームのことを思っているのだろう。』
チームを庇い、責任を一人で背負い込もうとする瞳のドライバーとしての責任感は、貫禄以外の何ものでもなかった。
ここまでストイックに責任を全てかぶるようなドライバーに柴田はかつて会ったことがなかった。
これも“プリンセスヒトミ”と呼ばれて慕われる所以なのであろう。柴田は、瞳が愛おしくて溜まらない心境になった。
クルーをもう一度一から鍛えて、瞳をポデュームの中央に送るのだと心に誓った。
表彰式の後の記者会見でも、瞳は、ピットクルーのことを一言も言及しなかった。
集まったプレスも、それが“プリンセスヒトミ”なのだという感覚なのか、ピットクルーに対しての不満を引き出すような
コメントを求める記者は誰一人いなかった。
会見を聞きながら妻川が、
「瞳に負けの原因が自分以外にあるのではと言う質問をしても絶対に答えないのをプレスも知っているからね。」
と柴田に妻川が囁いて教えてくれた。
『敗軍の将、兵を語らず』
20世紀後半の首相が、党内の首班指名に破れた時に呟いた格言を柴田は思い出していた。
将は常に、一身に責任を負う辛い立場にあるのだ。その責めを一身に負っている瞳がいじらしくて仕方がなかったのである。
柴田がふと気がついて横を見ると、隣で、妻川が悔し涙に肩を震わしていた。
まるで最下位のチームの監督のように・・・。
このチームのドライバーは、特に瞳は、二位では負けたも同然なのだ。
柴田は、このチームが“プリンセスヒトミ”というドライバーをエースドライバーに据えたことの重さを改めて感じていた。
観戦に来ていた溝口の頬を涙が伝う。
溝口にしても、まるで表彰台にドライバーを送ったワークスの社長の表情ではないのだ。
“プリンセス”に負けは似合わないのだ。
瞳は、一言も泣き言を言わないまま、会見を終え、メディカルチェックルームに運ばれていった。
入賞したドライバーと、任意抽出されて指名されたドライバーは、レース後にメディカルチェックルームに運び込まれ、
スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーとしてのレギュレーション違反がないかどうか、ドーピングの違反規定に
抵触していないかを徹底的に検査されるのである。
メディカルチェックルームは透明なアクリルの壁で区切られた個室になっていて、ドライバーは、
それぞれの個室に入れられ、2名の国際自動車連盟の専属メディカルスタッフに身体の隅々までを検査されるのである。
このメディカルチェックは、ドライバーの間では、たとえ自分たちが機械仕掛けの人形にされているとしても、
明らかに人間性を無視したものであると評判が悪いものであった。
しかし、過去に一部のチームが起こした問題行為により、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの貴重な
人命が軽んじられた経緯から、国際自動車連盟としても、スーパーF1マシン専用サイボーグドライバーの
人命保護のために、どうしても行わなくてはいけないものであった。
この日のメディカルチェックの対象者に完走しながらも20位に終わったエマも含まれていた。
瞳たちよりも、一足早くメディカルチェックルームに運び込まれ、メディカルチェックを受けていたエマは、
その屈辱的なメディカルチェックに羞恥心から、あまりの恥ずかしさに、我を忘れて泣きわめいていた。
そして、メディカルチェックルームに運び込まれてきた瞳にすがるような視線を投げかけていた。
瞳は、エマを慰めようと思い、体内に内蔵されている会話システムを使用しようとしたが、ドライバー同士、
チームとドライバーの交信が出来ないように、特殊な電波シールドが、この部屋に張り巡らされているため、
エマの回線にダイヤルしても雑音が入るだけだった。
もちろん、個室の壁は、防音処理されていて、瞳の肉声も届くことがなかった。
エマも、そのことに気がついて、瞳と話すのを諦めたようであった。
瞳が、指定されたメディカルチェックルームの個室に運び込まれた。
国際自動車連盟の専属メディカルスタッフが二人、瞳の到着を待っていた。