「悟ー 晩ごはんよー、おりてらっしゃーい」
階段の下からお母さんの声が聞こえた。
ベッドに寝転がって漫画を読んでいた僕は、読みかけのページを開いたままベッドの上に伏せて置き、のっそり起き上がって勉強部屋を出た。
階段を降りてみると、居間では夕食の準備が整っていた。大学の休みを利用して帰ってきているお姉ちゃんも、夕食の支度を手伝っていた。
お姉ちゃんが帰ってきたのは半年ぶり、というより、引っ越しして初めての帰省だから、お姉ちゃんにとって、新しい家は今日が初めてなのだ。
「地図見ると駅から遠そうだったので心配してたんだけど、歩いてみると意外に近いのね」
「そうよ、お父さんが家探しに物凄くこだわったんだから。
景観のよさ、行政サービスのよさ、交通の便。悟の学校にしても、わざわざこの辺りの中学校を全部訪ね歩いて、安心して通わせられるかどうか、見て回ったのよ。その結果、会社のある虎楠市じゃなくて、わざわざこの俣岡市に決めたのよ」
「ふーん、お父さん大変だったんだ。悟、お父さんに感謝しなくちゃね」
虎楠市の中学校の体操服は、どこもハーフパンツだ。クラブで練習試合やったから知ってる。虎楠市に引っ越していれば、ブルマーなんかはかなくて済んだんだ。お父さん、グラウンドまでは入らなかったんだろうけど、チェック甘過ぎだよ。
やがてテレビでローカルニュースが流れ始めた。僕は今日学校で先生から聞いたことを思い出して、急に血の気がひいた。
「ねえ、チャンネル替えようよ」
「ダメよ、悟」お姉ちゃんが言った。「どうせバラエティ番組かお笑いでしょ、あんたが見たいのは。もう中学2年なんだから、ニュースもしっかり見なきゃ。それに私、この町のローカルニュース見るの初めてだし、どんなことが町の話題になっているのか、興味あるわ」
負けん気の強い性格のお姉ちゃんに楯突いても無駄なことを承知している僕は、それ以上抵抗するのを諦めた。
ローカルニュースが始まって20分が過ぎた頃にはみんな夕食を食べ終えて、そのままニュースをみていた。女性アナウンサーが次の話題の紹介を始めた。
「さて次は、男の子のパンツについてのレポートです。かつて男の子のパンツの主流だったブリーフは、ここ10年ほどの間に、全国的にはすっかり影をひそめてしまいました。
ところが、県内のある市では、今でも男の子のブリーフ着用率がほぼ100%、ということがアンケートの調査結果で明らかになりました。なぜその町だけブリーフが主流となっているのか、その秘密を調べてきした」
「男の子のパンツですって。夕食時だなんてお構いなしね、ローカルニュースって」と呆れたように姉が言った。
画面は、虎楠市のあるショッピングセンターの下着売り場。「男児用下着」のコーナーに並ぶのは、柄のはいったトランクスばかり。ブリーフは隅のほうに申し訳程度に置かれている。
「これが今、全国的に見られる子供用下着売り場の典型的な光景です」とナレーションがはいった。
画面が変わった。「一方ここは、俣岡市にある先程の虎楠市と同系列のショッピングセンターです」とナレーション。お母さんが「あら、いつも私が行ってるとこだわ」と言った。男児用下着売り場が映った。殆ど真っ白なブリーフで占領されている。
画面に売場責任者が現れて「私も最初、ここを担当したとき、ブリーフばかりで驚いたんです。
それで店員にトレンドが全然違うでしょって指摘したら、店員が言うんです。違うんですよ売場長、この町ではこれが主流なんです、って。で、よくよく事情をきくと、なるほどな、って私も納得したんです」
再びナレーション「では、売場長は何をどう納得したのでしょう。その答えは、学校にありました」
画面は一転、中学校のグラウンドの全景になった。体育の授業をうけている生徒をカメラが遠くから撮影している。生徒たちはみんなブルマー姿だが、遠過ぎて男女の別までは識別できない。
「えーっ、この辺の学校って、まだブルマーで体育やってんの? 私が中一のとき、3年生の女子が“あんたたちは幸せね、入学したときからスパッツなんだから。私たちが1年生のときは、女子はみんなブルマーだったのよ”って言ってたわ」
とお姉ちゃんが懐かしむように言った。お母さんは何も言わずにお茶を飲んでいる。
画面は変わって、横一列に並ぶ生徒の、それもブルマーの辺りだけをクローズアップした画像になった。胸から上は映っていない。カメラの向きを水平に動かしながら、並んでいるひとりひとりのブルマーを順々にアップで写していった。
ナレーションがはいった。「少し前まで、どこの学校でも見られたブルマーでの体育の授業の光景です。でも皆さんよく見てください。私たちが見慣れているブルマー姿と、どこかしら違うと思いませんか?」
そのナレーションを受けて、カメラはある1人のブルマーのところで止まり、そのブルマーが更にゆっくりとアップになった。ブルマーのまん中でもっこりと膨らんだ股間が、画面一杯に大写しになったのだ。お姉ちゃんの箸が止まった。
カメラはそこから上に向いて動いていった。体操シャツが写ったが、胸の膨らみがない。更にカメラは上昇していき、ついに、真剣そのものの表情の男の子の顔がしっかりと写ったのだ。
ナレーションがはいった。「そう。ここ俣岡市の小中学校では、女子だけでなく、男子もブルマーで体育の授業を受けているのです。
ブルマーの下にトランクスははけません。なぜ俣岡市の男の子がブリーフをはいているのか、その理由がこれで分かりました」
画面は次に、教室の後方から男子の着替え風景。生徒たちが次々に学生ズボンを脱いでピッチリと引っ張り上げたブリーフのお尻をあらわにし、ブルマーに脚をとおしていくシーンが流れた。
ナレーションが「見てのとおり、ブリーフばかり。トランクスをはいている生徒は誰もいません。10年以上前の体育の着替えの光景そのままです。ただ男子にブルマーをはかせる学校は、当時もほとんどありませんでしたが」と解説した。
映像は間違いなく僕の通っている学校だった。今日、学校で先生から聞いたのは、このことだったのだ。「今晩のXBCテレビのニュースで、うちの学校のブルマーのことがとり上げられるそうだ。きみらも映ってるかも知れんぞ」
画面はスタジオに戻った。男性キャスターが質問した。「でも最近の男の子は、半ズボンでも恥ずかしがるようですが、俣岡市の男の子は、そのあたりどうなんですか?」女性キャスターが答えた。
「生徒にきいてみたところ、小学校のうちからずっとブルマーだし全然抵抗ない。むしろ脚が長く見えてかっこいいと思っているようです。でも、よその学校から俣岡市内に転校してきた生徒のなかには、初めショックを受ける子もいるようですよ」
その瞬間、お姉ちゃんの視線が僕の方に向いた。「えっ、悟、もしかしてあんたも、こっちに引っ越して来てから、体育のときは・・・」お姉ちゃんは、嘲笑の爆弾が炸裂する寸前のような表情で僕を見ている。
顔から今にも火が噴き出るかのように真っ赤になった僕は、肩をこわばらせてうつむいていた。
お姉ちゃんが次に何を言い出すのかを察したお母さんが、先手を打った。「悟、あんたが今使っている体操服、お姉ちゃんに見せてあげなさい」。
僕は(この母親、何を言い出すかと思えば・・・)と内心憤ったが、もう役者も舞台も準備が整ってしまったのだ。変に抵抗するとますます壺にはまるのは目に見えている。
僕は勉強部屋のタンスから体操シャツとブルマーを出して、階段を降り、居間で待っているお姉ちゃんの目もとに突き出した。
黒いブルマーがナイロン特有の鈍い光沢を放っている。
腰と両足を通す3つの穴がゴムで少しすぼまり気味になっているのが、妙に幼稚っぽい感じに見え、男子中学生にもなってこんな物をはいている自分が何となく責められているような感覚に陥った。
それに真新しい頃と違って程よい風合いになっているのも、僕が実際に幾度となく着用した証明になってしまっていて、気はずかしい。
「わー、かわいい!」お姉ちゃんはブルマーを見るなりそう言って「悟、すぐブルマーに着替えてお姉ちゃんに見せてよ」と言いだしたのだ。
もうどうにでもなれ。僕は居間を仕切っているフスマを締め、その向こう側で体操服とブルマーに着替えた。
「まだなのー、早くみせてー」フスマの向こうからお姉ちゃんの声がしている。僕はぶっきらぼうに答えた。「今、着替え終わったから! 好きなだけ見ろよ!」と、自分でフスマをガラリと開けた。
「うわー、悟、かわいいー!」
(お前は“かわいい”としか言えないのか)と思いながらそのまま突っ立っていた。でもいくらお姉ちゃんとはいえ、若い女性に僕の股間の膨らみをマジマジと見られるのはつらかった。
「いつもの生意気な悟じゃないみたい。とっても素直そうに見えるわ。悟、よく似合ってるわよ」とお母さんも言った。
そうだった! お母さんも、僕がブルマーをはいている姿をこれまで見たことなかったんだ。
「悟、後ろ姿も見せて!」とお姉ちゃん。僕はまわれ右をして、後ろ姿を見せた。半ケツ状態のお尻を見られてしまった。下の方の股に近いあたりでは、ブルマーがお尻の割れ目にキュッと食い込んでいる。
「きゃー、悟、しばらく見ない間に、プリティーなお尻になったわねー、やっぱり中学生の男の子は成長が早いわー」と言いながら、お姉ちゃんはブルマー越しに僕のお尻をサワサワと撫でた。
実際に僕は、全体の体つきが華奢な割にヒップの丸みだけは豊かなほうで、
クラスメートからも「幸崎くんは転校生なのに、僕ら以上にブルマーが似合っているね」といわれている。でもそんな話、お姉ちゃんに話しても喜ばせるだけなので、話さなかった。