お母さんは正義のヒロイン

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その5「ホワイト」
レッドがひきがねを引くと、特殊銃の発射口から針のように細い刃が無数も飛び出した。
「とうっ!」
気合と共に一閃したブルーの剣は、その全てをことごとく打ち落とした。
二人は地下の訓練場で、深夜の決闘に備えて調整をしていた。
訓練用のプラスチック製のニードルだったが、まともに食らえばプロテクトスーツといえども無事では済まない。まさに命がけの「調整」だった。
ブルーは何かに取り付かれたように剣を振り続けていた。
(殺すか、殺されるか……分かりやすくていいわ。正面から倒さなければ、どのみち未来はないのだから)
彼女の焦燥感を煽っている原因がもう一つあった。昨夜、イエローが乱入して邪魔をしたとき……初めて化け物を見たイエローが、ものの一秒足らずで気を持ち直し、渾身の鞭を叩きつけたこと。そして、その攻撃が少しだけだが、化け物の足を傷つけていたこと。
(私とレッドは化け物と戦うかもしれないという予感と覚悟はあった。それなのに、実際にあいつの背中を見たときは全身が震えて剣をまともに握れなかった。そして、私の攻撃はかすりさえしなかったというのに……。あんな無謀なだけの、軽率な女の一撃がどうして!)
「ブルー、休憩しましょう。これ以上の消耗は却ってマイナスですよ」
レッドは銃を腰のホルスターパーツに収め、言った。
「今回はあの子も呼ぼうと思います。正式な隊員ではないから学業を優先させてきたけど、あの化け物を倒すには一人でも戦士は多い方がいいでしょう」
「啓子さん……ホワイトを?」
「ええ。あなたには及ばないけれど、啓子の格闘レベルは相当なものです。銃を撃つだけの私よりも、ずっとあなたの役に立つでしょう」
「真夢さん……」
レッドは少し自嘲めいた声で続けた。
「ごめんなさい、弱気になってしまったわ。リーダー失格かもしれない」
しばらく言葉を選んだ末、ブルーはぼそっと言った。
「そんなことはない。あなたがサポートしてくれるからこそ、私は戦えるんです」
「ありがとう、ブルー」
「それに啓子さんが……ホワイトが加わってくれるなら何も不安はないでしょう。どうか安心を、真夢さん」
震える小柄な肩を見つめながら、ブルーは新しい闘志が湧いてくるのを実感していた。

924879:2005/07/07(木) 01:05:17 ID:4La9kCvf
その6「決戦(1)」
風の早い晩だった。厚い雲の隙間から、時おり月がのぞく。
ほのかな光に、いくつかの影が浮かびあがった。人気のない細道をゆっくりと進む人影は四つ。
「たった四匹か!」
獣の声が夜の小学校の校庭に響いた。
ズン、と地面を揺るがして黒く大きな塊が大地に降り立った。校舎の屋上から様子をうかがっていたのだろう。
「ここまで来い! 全員ここで食い殺してやるぞ!」
レッドは他の三人の顔を見回し、コクリとうなずいて見せる。この細道で戦うよりは、校庭の方が戦いやすいだろう。それに終電は終わったとはいえ、この道を誰かが通らないとも限らない。
「よしっ、行こう」
イエローが拳で自分の分厚い手のひらを殴りつけた。
「絶対に気を抜いてはいけません。一撃でも致命傷になるということを忘れないで。私とピンクは遠距離から銃でサポート、イエローもしっかりと距離を取って、鞭でけん制してください」
一瞬の間を置いてから、レッドはブルーの肩をポンと叩き、
「そしてブルー。あとはあなたの剣にかかっています。とても危険な戦いをさせてしまいますが……どうか、気をつけて」
ブルーは何も言わずにレッドの手に触れ、うなずいた。
925879:2005/07/07(木) 01:06:20 ID:4La9kCvf
その7「決戦(2)」
「じゃあ、行くようっ」
イエローがフェンスを引きちぎり、その穴から四人が校庭に飛び込んだ。
すかさずレッドとピンクが銃を構えた。獣の足を止め、隙を作らなくてはならない。
一気に撃ちつくさんばかりの勢いで射出される弾丸。だが、レッドのニードルもピンクの特殊ライフルも、ほとんど跳ね回ってかわされてしまう。恐ろしいばかりの身のこなしだ。二日前、油断したばかりに手ひどい傷を負った獣に、もはや慢心は無かった。
校庭に土煙が上がったのを合図に、イエローとブルーが左右に展開した。執拗に注がれる銃弾をかわそうと、獣がほんの少しバックステップした隙に、ブルーは獣が数秒前までいた位置に踏み込んでいた。もちろん、剣を抜いている。
次の瞬間、ブルーは渾身の力で切っ先を横に振りぬいた。だが、手ごたえは全くなく、踏み込んだ勢いでブルーは体勢を崩してしまう。
(これをかわされるなんて!)
完全に獣の胴体を射程内に捉えたはずだった。では、敵はどこに消えたのか?
「危ないっ」
背中に重い衝撃を受け、ブルーは数メートル先に飛ばされた。受身の姿勢で何度も回転して、剣を構えて膝立ちで起き上がった。一瞬で事態を把握する。
ブルーがいたはずの場所にイエローが立っている。獣の振り下ろした鋭い爪をしっかりと両手で受け止めながら。
イエローが自分を突き飛ばしてかばってくれなかったら、あの爪が自分の身を引き裂いていたのだ。その屈辱を噛みしめる余裕はなかった。
死んでいたかもしれない、という恐怖心がブルーの体を硬直させている。
926879:2005/07/07(木) 01:11:42 ID:4La9kCvf
その8「決戦(3)」
「ブルー、早くイエローのフォローを!」
「お願い、イエローがつぶされちゃう!」
レッドたちの言葉はブルーに耳には届かなかった。
じりじりとイエローの太い両手は、獣の爪に圧されていく。押し負ければ、獣の巨体で踏みつけられて終わりだ。
「くっ……なんていう力なの。……ほんとに化け物……」
走っているトラックさえ止められるパワーを誇っていたイエローだが、黒い獣の前では赤子同然だった。
絶望しかけた瞬間、歯を食いしばりながら獣を見上げていたイエローのバイザーに白い影が映った。
「えっ!?」
バシュッ。
軽快な音がしたと同時に、イエローの両手にかかる重圧が消え去った。
「ウガァァァァァァァッ!!」
獣の咆哮が夜の校庭に響き渡った。
トン、と軽やかな足音を立てて、小さな白い影が着地した。
「ふふ、作戦成功」
白い影が持っていた黒い塊を地面に投げ捨てる。獣の右腕だった。
獣は血の吹き出す肩を押さえながら、激痛にうなり声をあげている。
「ホワイト!」
イエローが肩で息をしながら驚いたように言った。予期していなかった味方の登場に、驚愕を隠せない。
「お姉ちゃん……じゃなかった、リーダーに呼ばれて来たんだ」
ホワイトは冗談めかして言い、すぐに獣の方に向き直った。
「さーて、処刑を始めましょうか。さっさとね」
927879:2005/07/07(木) 01:14:48 ID:4La9kCvf
その9「決戦(4)」
「ウア……アァァァァァァッ!」
怒り狂った獣は口を思い切り開いて襲いかかってきた。残った片腕を無我夢中で振り回す。
かつての冷静さなど消え失せ、みじめな負け犬の悪あがきの様相を呈している。
ホワイトはゆっくりと剣を鞘に収め、
「えいっ」
身をかがめて獣の膝を力強く蹴りつけた。
膝が異様な方向に曲がり、獣は地響きを立てて倒れこむ。
いつの間にか気を取り直したブルーがすかさず指示を出した。
「イエロー、早くそいつを縛るのよ!」
「う、うん」
イエローは手に持っていた鞭をぐるぐると巻きつけ、獣の足を縛り、残った片腕を背中に固定した。
だが、そのイエローを突き飛ばすように、
「縛っても意味ないよ」
あっさりと言い、ホワイトは剣を獣の太ももに突き刺した。そのまま体重をかけ、地面に通してしまった。
レッドが駆けつけてきた。
「待って、ホワイト! まだ調べることが……」
だがレッドの制止は間に合わず、ホワイトは腰の短銃を抜き、獣の頭を目掛けて立て続けに五発撃ち込んでいた。
しばらく痙攣していたが、やがて獣は動かなくなった。
928879:2005/07/07(木) 01:23:46 ID:4La9kCvf
その10「誓い」
「な、なんてことを……あいつっ!」
大写しのスクリーンには、白いヘルメットに白いスーツをまとった戦士が、3m近くもある巨大な黒い獣を撃ち殺すシーンが流れていた。
スクリーンにすがりつきながら絶叫をあげているのはまだ小学校低学年ほどの少女だった。
悲痛な叫びは、やがて嗚咽に変わった。
「私の……大事なゴロンちゃんが……昨日も一生懸命手当てして……背中の針もいっぱい抜いてあげたのに……ううっ」
スクリーン以外は何もない殺風景な部屋に、少女の泣き声だけが響いていた。
やがて、隅の暗がりから、もう一つの人影が現れた。細身の男だ。
「ゴロンはかわいそうなことをした」
「がんばって育てて、あんなに強くなったのに……あいつら、寄ってたかってひどいことを」
男は、少女の頭をなでながら優しく言った。
「そうだね。だけど、本来なら人間など何十人集まろうと、ゴロンなら一瞬で殺せたはずなんだ。あの五人には特別な力があるようだ」
「卑怯なだけだよ。まともに戦ったら負けなかったのに、あんな不意討ちをするなんて!」
「ねえ、ハナ。あいつらをペットにしたら面白そうじゃないか? ゴロンの敵討ちにもなるだろう」
「……うん。たくさんいじめて、ゴロンを殺したことを後悔させてやりたい」
拳を握りしめながら、少女は男の顔を見上げた。
「だけど、あいつら強いんでしょ?」
「ああ。ゴロンみたいに単純に暴れてるだけじゃ、すぐに網にかけられて、殺されてしまう」
「どうすればいいのかな……」
「心配ないよ。ぼくはもう『ほころび』を見つけた」
スクリーンには、足を痛めて倒れている青いスーツの戦士に黄色いスーツの戦士が手を差し伸べ、その手を振り払われる場面が映っていた。
そして彼は、その黄色い戦士の脇腹に刻まれている、五本の爪痕も見落とさなかった。
「……まずはあそこからだ。いずれ一網打尽にしてやるよ」