お母さんは正義のヒロイン

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その1「小さな亀裂」
会議室の空気は張りつめていて、誰も言葉を発しようとはしなかった。
ここ数ヶ月もの間、世間を恐怖におとしいれてきた「連続レイプ魔」の正体が3m近い怪物だったこと。そして犯行を予測して現場を取り押さえながら、その凶悪な怪物にまんまと逃げられてしまったこと。治安を守るために集められた彼らにとって、それらの衝撃は計り知れない。
「完全な敗北だわ」
鮮やかな青色のヘルメットを被った人物が、低い声で感情を吐き出した。円形に並べられた机につく面々の中で、彼女だけが昨夜と同じ青い戦闘服をまとっていた。
ホワイトボードの近くに座っていた女性が口を開いた。最年長と思われるその女性は、三十代後半だろうか。小柄な体に和服が見事に調和している。上品な笑みを絶やさずに、
「敗北が決まるのは、私たちが全員死んでしまったときです。まだ誰も負けてなんかいませんよ、ブルー」
青い戦士は乱暴に立ち上がり、
「しかし、真夢さん。待ち伏せに気づかれてしまった……。もう張り込みで現場を押さえる作戦は無駄でしょう。私たちが散らばって見張っても、正直、一対一じゃ勝てない」
905879:2005/07/04(月) 23:55:35 ID:MYwYU0XM
その2「揺れる戦士たち」
さらに青い戦士は吐き捨てるように言った。「あと何人、犠牲が出るか……」
離れた席で悄然とうなだれている女性を睨みつける。
うなだれている女性は肉づきの良い――まるまると肥えた―――体躯と、明るい茶色に染めたショートヘアが幼く見せているが、三十前後だろう。
泣きそうな表情で押し黙っていたが、
「ごめんなさい。私が先走ったせいで、邪魔しちゃって……」
「謝るなら、これから出る被害者たちに言いなさい」
フルフェイスのヘルメットの奥からぴしゃりと言い放つ。冷たい声だ。
隣に座っていた若い女性が、心配そうに太った女性の肩に手を置いた。
「容子さんだけのせいじゃありません。私も行くのが遅れちゃったから……」
おどおどしながらも、太った女性への助け舟を出そうとしているようだ。
それに対してまた青い戦士が何かを言おうとしたが、真夢と呼ばれた最年長の女性にさえぎられた。
「もうやめましょう。誰の責任かなんて、問題にしている場合ではありません。重要なのは、あいつはまた無差別に女性を襲うだろうということ。次にあいつと遭遇したならば、何としてでも討たなくてはなりません」
「真夢さん……」
「それならば、仲間のミスを責めるのではなく、補い合いましょう。心を一つにすれば何も恐れるものはありません」
その時、会議室のインターホンが鳴った。真夢がドアを開けると、最高責任者の一之瀬長官が緊張した面持ちで入ってきた。
「昨夜の黒い化け物が都内に現れたそうだ」
906879:2005/07/04(月) 23:57:22 ID:MYwYU0XM
その3「挑戦」
真夢が驚いて短い声をあげた。
「えっ、本当ですの、あなた」
勤務中に『あなた』とは呼ばない約束も忘れ、真夢は夫である一之瀬長官を問いつめる。
「昨夜、あんなにニードルを撃ち込んだのに……」
恐ろしい相手だったが、相当の手傷は負わせた。再戦はもう少し先になると思っていた。
(なんという回復力なの……!?)
「奴は白昼堂々、都心の人込みで爪を振るい、血の海にした……。そして集まってきたマスコミに向かって『同じ時間に同じ場所で待っている』とだけ言い放ち、あっという間に姿をくらましたとのことだ……」
唇が震えている。何の手立てを講ずることもできず蹂躙されたすえ、まんまと逃がしてしまった自分たちの無力さに打ちひしがれていた。
その場の四人の女性たちも、言葉が無かった。
907879:2005/07/05(火) 00:00:19 ID:MYwYU0XM
その4「Mellow」
「日本中が大パニックだ。これを収める方法は一つしかない。無茶な頼みだとは分かっているが、今度こそ奴を捕獲、抹殺してほしい。もう、君たちにしかできないのだ……」
真夢は小さく、だが力強くうなずいた。
「私は入隊するときに、人々の命を守ると誓いました。たとえ自分の身に何が起ころうとも任務を全うすることを約束いたします」
一之瀬真夢がサッと腕のリングを振ると、真っ赤なヘルメットとスーツが彼女の小柄な体を覆った。無駄のない身のこなしで踵を返し、扉を開ける。
すでにブルーの姿もなかった。
「私も行きます、長官。もうすぐ日が沈んじゃうから。深夜までいっぱい体を動かしておかなきゃ」
昨日、痛恨の失態を犯したイエロー――大城容子――は、会議室のロッカーから自分専用に開発された重い鞭を取り出しながら言った。
「もう失敗はしません。そして、誰も死なせないで帰ってきます」
その豊かな体躯に見合った力強い足音を残し、イエローは走り去った。
最後に残った気弱そうな若い女性は、おずおずと言った。
「昨夜の映像を見たとき、すごく怖かったです……。Mellowに入るとき、まさか怪物と戦わなくちゃいけないなんて思ってなくて、私……。
でも、このままにしといたら、みんなが安心して暮らせなくなっちゃいますよね……。だから、がんばってきます。
もし私が帰ってこなかったら……家族のことをお願いしますね……」
長官は沈痛な面持ちで答えた。
「約束する。済まない、梨木くん。Mellowを結成したのはこんなことのためではなかったのに。こんな危険な目にあわせるつもりではなかったのだ」
「ええ。長官が悪いんじゃないです。人をおびやかすやつらが悪いだけです。では」
優しい笑みを浮かべると、梨木ゆみは淡いピンク色のスーツに身を包み、イエローを追って飛び出した。
「頼むぞ、Mellowの諸君。全員、無事に帰ってくることを祈っている」
908879:2005/07/05(火) 00:16:35 ID:wBy6DaU8
【おぼえがき】
一之瀬真夢【レッド】(36)基地に住んでいる。長官の妻。自分だけ安全なところにいるわけにはいかないという正義感からMellowに参加。和風で落ち着いた大人。
???【ブルー】(30)慎重でクール。保身のため、仲間にも実名や身元は隠している。細身で長身。剣を使う。イエローが気に入らない。
大城容子【イエロー】(32)うっかり者。がさつな熱血漢。運動は苦手だが、力はある。前向きなムードメーカー。
梨木ゆみ【ピンク】(28)しとやかで、いつもにこにこしている。のんびり屋なところがあり、イエローの食道楽に付き合わされるが、イヤがってはいない。姉のように思っている。

ややこしくなりそうなので、メモしてみました。
>>902
ご意見ありがとうございます。確かに、間抜けなだけのキャラにはしたくないですね。
間抜けな集団ではなくて、それなりにかっこいい集団に書けたらいいなと思っています。
>>903
パープル、高貴なイメージでいいですね。思いつかなかった・・・。
五人目だけは「お母さん」ではない人を考えていて、仮隊員のようなイメージでホワイトを出すつもりでした。
非常にパープルにひかれるなあ。