エピソード2 『一也』
小学校へ行き貴裕の担任と会ってきた有子だったが、有効な情報を得ることができたとは
言えなかった。
転校した生徒の中に一也という名の少年がいたかも、と訊いてみたのだが、担任教師はこ
の四月から赴任したばかりで、それ以前のことはあまりよくわからないようだ。
とりあえず、昨年貴裕くんの担任だった先生に訊いてみます。とは言ってくれたのだが、
あまり期待は持てない気がした。
夕食を取りもう一度考えてみる。
「一也くんの方面から探るのが難しいなら、やっぱり“例の幽霊屋敷”を探すしか……」
有子はふと思いついた。“例の”幽霊屋敷……
そうだ、“例の”と言っている以上、七月二十一日以前にその話題があったということだ。
有子は慌ててPCを開きもう一度FDをスロットに差し込んでいった。
『日記10』から『日記14』この中にきっと書いてあるはず……
有子はまずは『日記14』をクリックしフォルダを開いていった。
七月一日から二十日までが記入されている。一也が登場するのは一回、幽霊屋敷に関しては
書かれていなかった。
有子は日記13、12と次々にクリックしていく。
11まで読み終えた。『日記12』に初めて幽霊屋敷のことが書かれており、13に一回記
入されている。一也に関しては各日記に大体一回か二回書かれていたのだが、誰なのかを特
定するような記述は皆無であった。
「このFDでは最後ね」
有子はそう言って『日記10』をクリックする。
10は三月二十一日、つまり春休みの最初の日から書かれていた。
「あっ……これ…」
有子が知りたかった名前。
野本一也。
これが一也のフルネームのようだ。ただ、少し妙な内容が書かれている。意味がよくわか
らなかった。
このフォルダにはそれ以上は一也のことは書かれていなかった。他は他愛のない内容ばか
りだ。夕飯がどうだったとか、テレビの番組がおもしろくなかったとか……
『日記10』から『日記14』までに、この少年についての記述があったのは合計六回。
そのうち幽霊屋敷については二回書かれてある。
有子はとりあえず、その六日間の内容をコピーすることにした。
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『日記10』 三月二十一日(月)
昨日書いた野本一也のことは本当なんだ。たぶん誰も信用はしないと思うけど……
今日ママにそのことを軽く聞いたけど、難しくてよくわからなかった。
まぁ、いいか……
『日記11』 四月十三日(水)
学校から帰って来てから一也と遊んだ。
ふたりでサッカーしたけど、一也のやつすごくうまい。
一也が「僕みたいにうまくなりたい?」と聞くので「そりゃなりたいよ」と答えた。
一也は笑ってるだけだった。
『日記11』 四月二十日(火)
今日一也が来て一緒に家で遊んだ。ゲームをしてたら急に「悪魔とか幽霊とか信じる?」
と一也が聞いてきた。ママに魔物のこととか聞いてたから「悪魔とかは信じるよ」と答え
た。もちろんママが退魔戦士だとは言ってないけど。
『日記12』 五月十九日(木)
一也が来て「おもしろい所を見つけたから今度一緒に行こう」と言ってきた。
なんか幽霊屋敷を見つけたとか言ってた。「どこ?」と聞いたけど教えてくれなかった。
当日までのお楽しみだそうだ。六月の第一日曜に行くことになった。
『日記13』 六月五日(日)
一也に連れられて幽霊屋敷に行ってきた。普通の道を歩いてたと思ったけど、いつの間に
か細い山道みたいなところを歩いていた。少しモヤかかかってて気持ち悪かったけど、そ
こを抜けたら、普通になった。
今日は遠目で見ただけ。夏休みになったら探検に行こうということにして帰ってきた。
『日記14』 七月一日(金)
久しぶりに一也と会った。一也が「もうすぐ夏休みだね。どこかに遊びに行くの?」と聞
いてきた。僕は「ママが忙しいからあまりどこにも行けないと思う。皐月さんのところく
らいかな」と答えた。一也は「皐月さん?」と聞くので、おばあちゃんだよ、と答えた。
「あと、百合恵さんのところにも行くかも」と言ったけど百合恵さんの事は聞いてこなか
った。
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有子は特に三月二十一日の記述が気になった。この時貴裕はわたしに何を訊いてきたのだ
ったか?確かになにか尋ねられたような記憶はあるのだが、なんといっても半年も前の話
だ、詳しくは覚えていなかった。
もう一枚あるはずのFDになにかヒントになることが書かれているはずだ。もう一度探して
みるか……
部屋の時計を見るといつのまにか夜の11時を過ぎている。明日の朝小学校の方に一也の
フルネームが「野本一也」であることを伝えることにしよう。
勤務先(高校)の方には明日から三日ほど、妹の看病の為に休ませてもらう旨連絡を入れ
ている。
「明日一日かけてでも探そう……」
さすがに今日は疲れた。シャワーを浴びて休むことにしよう。
そう思って浴室の方へ向かう有子の耳に、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る音が聞こえ
た。こんな夜中に誰……
「どちらさま?」
インターホン越しに話す有子に男の声が聞こえてきた。
「夜分、申し訳ない……有子さん、隆二です。今到着しました……」