793 :
退魔戦士 有子:
>>785つづき
「へぇ〜、なんかいやらしいねぇ」
転身した皐月を見て貴裕が揶揄するように言う。
彼女の身を包むバトルスーツは紫色だ。
基本的には有子や祐美が着用しているものとデザインは変わらない。つまりミニスカート
に膝までのブーツという出で立ちである。
49歳としては若々しい皐月だが、さすがにこの姿には違和感がある。特に普段から着物
を着ている彼女だけに、ミニスカートから伸びる美しい脚線美やドンと突き出たEカップ
の胸、むっちりと脂の乗った肉感的な尻など、いつもは隠されている場所が強調されるこ
のデザインは羞恥以外の何ものでもない。それだけに、30代後半からの数年間はバトル
スーツを着用することはまれで、よほどの強敵と相対するとき以外は転身をしなかったく
らいなのだ。
「なんとでも言いなさい。さぁ、いくわよ」
視姦される羞恥に耐えながら、破邪の扇を手に持ち皐月は身構えていく。
「ひひ、じゃあルールはこうするよ。勝敗は先にまいったか、許してって言った方の負け、
もちろん絶命しちゃったらその時点で負けってことでどうかな?」
「OKよ」
「で、こっちが負けたら約束どおり涼と皐月は開放する、そっちが負けたら涼は返さない。
それと……」
貴裕はニヤリと笑いながら続ける。
「皐月は僕たちふたりのペットになってもらうからね」
貴裕の言葉に対戦相手の少年もニヤニヤ笑いながら皐月を見つめている。
「好きにすればいいわ。貴ちゃん、早く始めて!」
「ふふ、じゃあ、いくよ。レディー・ゴー!!」
貴裕の声をきっかけに皐月とその謎の少年は、互いの相手に向かっていくのであった。
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有子は貴裕の部屋にいた。
あの後半狂乱となって叫びつづける祐美をどうにか落ち着かせたが、百合恵の勧めもあっ
て彼女の勤める病院へ入院させることとなった。祐美を病院に連れて行ったあと、有子は
自宅に戻りなにか手がかりになるものはないかと、貴裕の部屋中を探していたところなの
だ。
だが、手がかりらしきものは何も発見できていない。
魔物を特定するようなもの、なにか闇の力を発しているようなものはないかとさんざん探
しまわったのだが、それらしいものは一切出てこなかった。
有子は夏休み中になにがあったのかを知ろうと、日記の類も探してみたのだがそれすら出
てこない。
「何もない……」
日記はもしかすると夏休みの宿題として学校に持っていったのかもしれない。
(学校の方に問い合わせてみようかしら……)
彼女がそう思って小学校に電話を掛けようとしたとき、ふとPCが目にとまった。
去年自分が新しいのを購入した際に、古い方を貴裕にあげたいわゆるお下がりである。
有子はもしやと思いPCを立ち上げてみる。
幸いパスワードはなく簡単に開くことが出来た。
PCの中にもそれらしいものはなにもなかった。
あきらめて閉じようかと思ったとき、ディスプレイの横に一枚のFDが置いてあるのに気づ
いた。
『日記PART2』
FDにはこう記されている。2というからには1もあるはずだが、とりあえず先にこれを見
ようとスロットへ差し込んだ。
中身はさらに『日記10』から『日記15』までフォルダが分けてあった。
「たぶん、これよね」
有子はおそらく一番最近書かれたものであろうと思われる『日記15』を開いてみること
にした。
ビンゴだった。
日記は七月二十一日つまり夏休みの初日から書かれていた。
とりあえず、スクロールしてみる。最後は八月の十二日で終わっている。
たすけて
これが最後に記されている言葉だった。
有子はゴクリと唾を飲み込み、再度七月二十一日から読むことにした。
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戦況は皐月有利で運ばれていた。
少年のスピードは思ったより遅く、彼の放つ攻撃は皐月に掠りもしない。反対に彼女の放
つ攻撃は、致命傷にこそ至っていないもののことごとく命中し、その度に少年は苦悶の表
情を見せている。
貴裕のような触手を使うでもなく、羽根を生やして空中から攻撃を加えるというようなこ
とでもない。
腕が伸びその鋭い爪で引き裂こうとするが、皐月のスピードにはついてこれていないのだ。
口から火炎を吐くようだが、かわしてしまえば次の発射まで多少の時間がかかるようだ。
皐月はその間に間合いを詰め、破邪の扇で攻撃を加え続けている。
「どうしたの。偉そうに言ってたわりには大したことないわね」
これならなんとか涼は助けられそうだ。もちろん、彼らが約束を守るという保証はないが、
負けてしまえばそのわずかな希望さえ費える。勝つしかない。
皐月はチラリと貴裕の方を見やる。予想外の苦戦に先ほどまでの余裕はなくなっているよ
うで、ニコリとも笑っていない。
(バトルスーツを返したのは失敗だったわよ、貴ちゃん)
退魔戦士が身に付けているスーツは単に身を守るだけのものではない。着ている人間が本
来持っているパワーを増幅する力も秘めているのだ。
さすがに貴裕を支配している魔物のレベルでは、いくらパワーが増幅されても焼け石に水
かもしれないが、今戦っている少年のレベルには非常にありがたい贈り物であった。
皐月は破邪の扇をバサッと開いた。
「破邪烈斬扇!!」
彼女はそう叫ぶと二本の扇を少年に向け投げつける。
シュルルルルルルルル!!
扇は高速で回転しながら少年へ向け飛んでいく。
バシュッ!!バシュッ!!
ひとつは左肩を、もうひとつは右膝を切断していく。
「ぐはぁぁぁぁ!!く、くそぉ!!」
少年は苦しみながらも残った右腕を伸ばし皐月に攻撃を仕掛けようとする。
「甘いわよ!!」
バシュッ!バシュッ!!
先ほど左肩と右膝を切断した扇がブーメランよろしく戻ってきて、今度は右肩と左膝を切
断していくのだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!ぼ、僕の僕の腕が……足がぁぁぁぁぁ!」
少年はごろごろと転げまわり苦しみもがくのだった。
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夏休みに書かれた貴裕の日記を読み終え、有子はしばし放心状態であった。
予想していたこととはいえ、やはり自分の教え子五人を殺害したのは貴裕…いや貴裕を支
配している化け物だったのだ。
どうして気づいてあげられなかったのだろう……貴裕はひとり苦しんでいたはずなのだ。
退魔戦士である自分がこれほど近くにいながら、息子の異常に気づくことができなかった
なんて。
「失格だわ。退魔戦士としても母親としても……」
有子は自分を責める。わたしがもっと早く気づいていれば……
初期の段階ならいくらレベルの高い魔物だとしても、(浄化は無理でも)貴裕との分離は容
易かったはずなのだ。
だが、悔やんでばかりもいられない。現状をどうするかだ。
日記で気になったのは、『例の幽霊屋敷』という部分だ。おそらくここに置いてあった『目
が光った気がした』という像が、魔物を封じていたものなのであろう。
問題はこの幽霊屋敷というのがどこにあるのかということだ。
二十二日に下見に行っているくらいだから、そう遠いところとは思えない。
だが、この近辺でそんな洋館があっただろうか?
「一也くん……か……」
一緒に行ったという『一也』くんならわかるだろうが、有子にはこの名前の友だちに覚え
がない。彼女はクラスの名簿を取り出し、『一也』くんを探してみた。
かずや…という読み方の子はひとりいたのだが字が違っている。和哉だった。
一哉や和也ならわからないでもない。変換ミスということは充分考えられる。だが、和哉
だと一も也もついていない。両方間違うものなのか?
(学校の方に訊いて見た方が早いか……)
他のクラスにいる可能性もあるし、もしかすると下級生ということも考えられる。
有子は小学校の方に電話を掛けてみることにした。
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「どう!降参する!?」
皐月は苦しんでいる少年に向かってこう問いかける。
腕と脚を切断した以上、もはや戦闘不能の状態と言ってもいい。皐月は自分の勝利を確信
した。
「貴ちゃん。お終いでしょ?彼はもう戦えないわ」
皐月はそう言って貴裕にゲームの終了を進言する。
少年は転げまわるのをやめ、ぐったりとその場に倒れこんでいる。立ち上がる気配すらな
い。
「終わりでしょ!貴ちゃん!!」
詰め寄る皐月の言葉に貴裕はいかにもめんどくさそうに「お〜い、終わりかぁ〜」と少年
に問い掛けるのだ。
少年はムクッと起き上がると、座った状態でニコリと笑った。
「はは、おばさん強いねぇ〜。僕油断しちゃったよ」
「ば〜か。セーブしすぎなんだよ。2%や3%の力じゃいくらなんでも勝てないだろ」
(な、なにを言ってるの……2%…3%……)
彼らの言っていることが本当なら、この少年は2、3%の力で戦っていたことになる。し
かもパワーを増幅している状態の皐月とである。
(うそよ、いくらなんでもそんな……)