2
「こんにちは。」
「…こ…こんちわっ…。」
この女の人は綺麗だった。
こんな、電車だけが便利な田舎町で、若い女の人は数えるくらいしかいなかった。
僕は、この女の人に見入っていた。
ハッと気付き、僕はまた頭の中で、この人の想像図NO.2を展開し始めた。
(こ、この人だって本当は怖いかもしれない!優しい顔してても本当は怖くて、いきなり僕捕まえてお尻ペンペンとか…にっ…逃げよう!)
僕はこの神社から逃げようと、身体を上げた。
でも…
ガンッ!!
「あいたっ!!」
僕は神棚の角に強か頭をぶつけて、床板に顔から倒れてしまった。
目から、じわっと熱いものが出て来た。
角と言う最悪な場所に当たったその痛みが、一気に爆発に変わった。
「うぇーんうぇーんうぇーん!」
僕は、頭を押さえて泣き出してしまった。
それも、女の人の前で。
「男の子は泣いちゃいけないよ。」と、何度もみんなから言われた。
自分では泣かないように心がけているけれど…。
でも、あんまりにも痛くて、耐えられなかった。
その時、僕の体に温かいものが触れた。
女の人の手だった。
女の人は、僕を抱き上げるように神棚の下から引き出して、立ち上がった。
でも、なんて大きな女の人だろう。
僕の足は、床の遥か上で揺れていた。
135センチはある僕は、軽々と抱き上げられていた。
僕は、神棚の前の座布団の上に降ろされた。
座布団は、女の人が穿いている袴と同じ色をしていた。
さっき、座布団なんてあったのかな…と、ふと思う。
女の人は僕の前で正座になると、片方の手を僕の額に当てて、もう一つの手を僕の頭の、角に当たった方ににまわした。
そして、何かをつぶやく。
僕は泣くのも忘れて、成り行きを見守っていた。
温かい。お父さんの手のように温かくて、お母さんの手よりも柔らかい。
すると、頭から痛みがすぅっと消えていくのが分かった。
女の人は僕から手を離して、また微笑んで言った。
「もう、大丈夫です。」
僕は、おそるおそる頭に手を当ててみる。
さっきのたんこぶがない。
…どうやって、たんこぶを直したんだろう…。
「あ…ありがとう。」
僕がそういうと、女の人は満面の笑顔を作った。
「あの…お姉ちゃん、誰?」
言った後で、僕は少しまずい、と思った。
会うのも初めてなのに、手当てもしてもらったのに、こんなこときくのはちょっと失礼かもしれない。
「私は、この神社の巫女です。」
女の人は、素直に答えてくれた。
でも…
「…ぎっ、ギコ!?」
その時の僕は、「ミコ」なんて言葉を知らなかった。
何かの、猫のマスコットの名前と聞き違えてしまった。
でも、女の人は、クスッ、と笑ってまた言い直した。
「いいえ、ミコ、です。」
「…ミコ?」
「はい。」
「…カミサマ?」
「いいえ、巫女は神に仕える者のことです。」
僕は、その言葉に反応した。
「神様に仕える人!?じゃあ、神様って、本当にいるの!?」
女の人は、笑った頷いた。
「はい。もちろん。」
「本当!?やったぁーっ!」
僕ははしゃいで、社の外へすっ飛んでいった。
石段の上でくるくると回ったり、側転して走り回った。
でも、何が嬉しいのか、答えてって言われると、答えられないかも…
ただ、とにかく嬉しかった。
「神様はホントにいるんだ!やったーっ!やーい、先生の嘘っこきーっ!」
ガンッ!!
「いたっ!!」
その時、いきなり社から大きな音がした。
見ると、巫女さんが、扉でおでこに手を当てながら、ぐらっとよろけていた。
こうして見ると、ずいぶん背の高い女の人らしい。
「どうしたの?」
僕は社の下に駆け寄って、巫女さんにきいた。
目に少し涙をためていた。
「…梁に、頭をぶつけてしまいました…」
扉の上の柱は、巫女さんの頭の丁度おでこくらいの場所だったんだ。
「心配かけてすみません。…ドジですね、私。」
「さっき、お姉ちゃんがやったので、治せないの?」
僕がそういうと、巫女さんはきょとんとして、そして困ったように微笑んだ。
「ああ、あれは、私自身には出来ないのですよ。未熟者なので。」
そう言って僕の前でしゃがむと、僕の頭を撫でた。
いつも頭を撫でられるのを、「子供みたいだからやめて!」と嫌っていた僕だったけど、何でかそれが、すごく気持ちが良かった。
「ゆたかーっ、ゆたかーっ。」
石段から、お母さんの声が聞こえてきた。
お母さんは、僕と巫女さんを見ると、深くお辞儀をした。
「すみません、うちの豊がご迷惑かけました。」
「いいえ、ご迷惑ですなんて、とんでもございません。」
「豊、巫女さんにさようなら言いなさい。」
「じゃあ、お姉ちゃん、またね。」
僕とおかあさんは、踵を神社のほうに向けた。
僕が振り返って手を振ると、巫女さんも手を振ってくれた。
「ご飯も食べずにどこ行ってたの!まったく。」
「…ごめんなさい。」
「でも…神社で止まっててよかったわ。あなたなら、そのまんま所沢まで歩いていきそうだもの。」
僕は、遠くまで行くのが好きだ。
いつも、日曜日は自転車で町を出たりしているんだ。
でも遠くまで行き過ぎて、気がついたら飯能のお巡りさんのお世話になっていたこともあった。
「ねぇ、お母さん。」
「何?」
「お母さんは、さっきの巫女さん、知ってるの?」
僕が聞くと、お母さんは当然という顔をした。
「もちろん。お隣さんだもの。」
「僕、今日初めて会った。」
「そうね。豊は遠くは行くのに近くは見向きもしないから。」
なんだかお母さんは投げるように言う。
「名前は何ていうの?」
「名前…?そうねぇ…きいた事なかったわ…。」
僕は、また神社のほうを振り返った。
石段と、山の木と、青空が僕を見下ろしていた。
でも、僕は何かが足りないと思った。
太陽は、まだまだ沈まない。
3
「ぅおーぃ、ボウズ。」
「何?」
「お前もあの巫女さん、会ったんだってなぁ。」
その夜、お父さんがビールの匂いをまとって、テレビを見る僕の隣に座った。
そして、肩に手を回して、匂いつきの言葉を言う。
お父さんは、どこかの大学の考古学者…らしい。
お母さんもそう言うから、多分そうなんだろう。
「うん、今日、会ったばかりなんだ。」
「そーぅかぁ〜。でげっくてぇベッピンだったろぉー!?」
「う、うん…」
「んかぁ〜!おめぇにも俺の、"リアルGTS"好きが移ったんだべなぁ〜!いがったいがった!」
お父さんは、酔うとこの町の昔の方言が出てくる。
今はすっかり標準語圏なのに…。
お父さんは、自分のペースで飲んでは大声を上げる。
「お父さん、変なことをその子に教えないで下さいな。」
「ばーか、手遅れだんべーっ。」
「…!?」
「にゃぁ、あの巫女たん、見上げるぐれぇでっげかったべや!?んだんべ?」
「う、うん…すっごい、身長高かった。」
「くわーっ!んがぁ"リアルGTS"は萌えなだーっ。まぁ"ナづラルGTS"の萌えは10m越えからがいーんけんどなぁ、ウン。」
お父さんは、相変わらず嬉しそうにビールをがぶ飲みしていた。
りあるじーてぃーえすとか、なちゅらるじーてぃーえす、って何のことなんだろう。
お母さんはあきらめてもうこっちには割り込まなかった。
「いんやーリアルGTSの巫女たんはまづぅハァハァだーっ。」
「ねぇ、お父さん。」
「ん?あんだ?」
「この町に、神様の伝説ってある?」
お父さんの目つきが変わる。
銀縁のメガネの奥が、学者の目に変わる。
「あるぞ。ちょうど、ウチの裏の神社でまつってる神様だ。」
「ちょっと、教えてくれない?」
「…よしゃ。じゃ、つぉっくら待づべ。」
お父さんはしっかりとした足取りで居間を出て行き、そして、大きな本を抱えて戻ってきた。
「ん〜…と、ここだ。」
「?」
「読めねぇか?しゃーねーな。」
「てん、みず…分かんない。」
「あまのみなほのかみ(天水穂神)。」
「あまのだめぽ?」
「天水穂神。雨を司る神様だ。」
「雨?」
「ここら辺は雨が少なくてな、それに降っても地面がすぐ吸い取っちまうんだ。」
関東平野の、特に大きな川が流れてない武蔵野台地の西側は、雨が周辺よりとにかく降らない。
東京区内や、荒川とか利根川が集まってくるの水郷地帯の方が、よく雨が降る。
武蔵野台地の赤土(ローム)は水はけが良すぎて水をさっさと吸収してしまう。
水田には向かないので、専ら畑が多い。
水田もないことはないけれど、かなりマイナーなんだ。
「だから、その神様が、雨の少ないこの地に雨を、降らせてくれるっちゅうこった。」
「ふーん…」
「それによ、おもすれーことはよぉ、その神様が雨を降らしてるとき、化け物が出るんだ。」
「お化け!?」
「おう。早朝がよく雨を降らせる時間らしいんだが、その時、かならず雨雲の下にいるんだ。」
「何?何?」
「…だいだら法師だ。」
だいだらぼっちは、言わば巨人のこと。
日本各地に伝説はあるらしいけれど、多分このだいだら法師はその一つだと思う。
「だいだらぼっち?"もののけ姫"の?」
「そうだ。シシ神とは違うけどな。だいだら法師は畑の作物を狙っているんだ。時々畑のど真ん中で座り込むんだ。」
「泥棒?」
「そういうこと。雨がやむと、だいだら法師は何でか神社の方に戻っていく。それ以外は一切危害を加えないらしい。」
「…。」
「どうだ、おもしれーか?」
「うん!」
「じゃあ、今日早く寝て、明日朝早く起きてみろ。今でも目撃例があるんだとよ。」
「…わかった!ありがとう!じゃあ、おやすみー。」
僕は居間を急いで出て行った。
お父さんがそれをずっと見守っていた。
「あの子も、あなたのようになりそうね。」
「GTSフェチか?」
「ちっがう!」
「だははは、じゃあ、何だよ。」
「…考古学者とかに…」
「…さぁな。」
お父さんは、残ったビールを全部あおった。
翌朝。僕は言われた通り、早く起きてみた。
時間は5時。そろそろ日の出る時間。
その朝は雨が降っていた。
だいだらぼっちに会えそうな気がしてたまらない。
僕がベランダにひそんでいると、地響きが聞こえてきた。
(…だいだらぼっち?)
僕がベランダの低い塀から覗くと、暗くてよく見えないけれど、石段の中間のところに、何かがかぶさっているのがわかった。
僕はすぐに、それがだいだらぼっちの足だということが分かった。
かなり大きい。
あの石段を、頂上からたった4歩で降りてしまった。
石段には、4つ踊り場みたいな中間点がある。
そこに、器用に足を乗せているんだ。
山自体は40mくらいでそんなに大きくないけど、石段はどこの石段でも、人には十分きついはず。
だいだらぼっちは、僕んちの前を通り過ぎた。
そして、前の農家を跨いで、畑に入る。
不思議なことに、足跡は、ついてすぐに消えてしまうんだ。
ウチの前のアスファルトの道を見ても、同じことだった。
陥没したアスファルトが、見る見るうちに元通りになっていく。
だいだらぼっちは、自分と同じくらいの大きさの送電線の電塔を透きぬけるように越え、畑の真ん中で止まると、手を大きく広げた。
手を広げて、何かを着ているんだということが分かった。
袖口が、垂れている。
だいだらぼっちは手を戻すと、しゃがみこんだ。
(畑の作物を食べるつもりなんだ。)
手が、ゆっくりと動いているのが分かる。
むしっているように、食べているように。
5分くらい経つと、だいだらぼっちは手を休めた。
そして、立ち上がろうとする。
でも…。
だいだらぼっちは立ち上がろうとしてすぐに、頭を抱えて座り込んだ。
ずぅぅぅん。
音が、数秒遅れて響く。
近くのものを見て、やっと僕は理解できた。
(…電塔の鉄骨に頭ぶつけたんだ…)
意外ととんまだ。
でもちょっと見ててやばい。
だって、電塔が横に傾いてるし、鉄骨がひしゃげて火花を散らしているんだもん。
やっと立ち上がっただいだらぼっちは、電塔の火花を見ると、少しあとずさった。
そして、その電塔に触ろうとする。
ばちーん!!
火花が大きく散った。
だいだらぼっちは、さも痛そうに、触った手を押さえていた。
意外よか、だいぶとんまなのかもしれない…。
だいだらぼっちは歩き出した。
がっかりしているかのように、首がうな垂れている。
(…あきらめちゃったんだ。)
でも、今度こそは送電線を無事透き抜けた。
前の農家を越えて、石段を登り始める。
だいだらぼっちが登り終えると、すっとその黒い影が消えて、雨がやんだ。
雲が晴れ、朝日が昇り始めた。
だいだらぼっちの傷跡は、夕刊の地域欄で報道されてしまった。
『今日未明、埼玉県水穂町で、雷により電塔が大破。飯能市周辺が停電。落ちた電線で、S鉄道飯能線が一時運休。』
ここまで書きました。
やっと巨大系の兆しが(w
破壊とか、うまくかけません…
Pzさんや、☆娘さんや、ゆんぞさんがうらやましいです…
すずさん、イリナさん、クラファさん、少なからず破壊してますし…(w