【愛媛】「何事にも挑戦する宇和島は、伊達なつわものぞろいです」…愛媛県宇和島市、耕して天に至る「段畑」(写真)
四国の南西部、愛媛県宇和島市の岬。美しいリアス式海岸の入り江には、天と地と海のはざまに生きる人たちの気の遠くなる
ような積み重ねで築かれた「段畑」と呼ばれる奇跡の段々畑が広がっていた。
写真
http://tabi.chunichi.co.jp/system/wp-content/upimages01/130301tabi_main.jpg JR宇和島駅は、松山市方面からのJR予讃線と高知市方面からの予土線の終着駅。「♪汽笛一声新橋を・・・」で知られる
鉄道唱歌を作詞した明治の文学者、大和田建樹(1857〜1910年)の古里と聞けば旅情が募る。
市中心部の断崖絶壁の岩山に、城造りの名手とうたわれた藤堂高虎(1556〜1630年)が400年前に築城した宇和島城が
そびえていた。仙台藩主伊達政宗の長男秀宗が開いた伊予宇和島藩時代、城は均整の取れた三重三層の天守に。案内して
くれたボランティアガイドの三好尚文さん(67)と高橋叡(さとし)さん(67)は「小柄やけど男前の城」と誇らしげだ。
伊達10万石のシンボル宇和島城に見送られ、ジグソーパズルのように複雑な入り江を車で走る。「宇和島港から高速船だと
20分ぐらい」と、三好さんがいう宇和海に突き出た三浦半島の遊子水荷浦(ゆすみずがうら)地区。陸路で40分かけてたどり
着いた。
写真=急斜面にへばりつくように作られた段畑。4月の収穫を前に青々とした葉が茂るジャガイモ
http://tabi.chunichi.co.jp/system/wp-content/upimages01/130301tabi_1.jpg 写真=目の前の宇和海から引き上げたアコヤガイから真珠を取り出す土居京子さん
http://tabi.chunichi.co.jp/system/wp-content/upimages01/130301tabi_3.jpg 海岸と断崖絶壁の間のわずかな空間に、40戸足らずの家屋が肩を寄せる半農半漁の村。背後に迫るびょうぶ岩のような
石壁が目に飛び込んできた。巨大なダムやピラミッドのようにも見えるが、30〜40度の急勾配に整然と築かれた段畑だ。
人が抱えられるくらいの山と海の石を積み上げた石垣一段の高さは1〜2メートル。驚異的な人の業は集落の両端まで
400メートルにわたり、頂上まで50段以上。まさに「耕して天に至る」の形容がぴったりくる。
江戸時代初め、3大イワシ網漁場に数えられた宇和海沿岸には、新たな漁村が相次いでできた。その一つだった遊子水荷浦。
少ない耕地を補うため、山の斜面を開墾したのが段畑の始まりという。
かつては雑穀やサツマイモを作ったが、今は霜害がなく温暖な南斜面で他産地より1カ月早く出荷できる「早掘りジャガイモ」
を栽培する。てんびん棒で登り80キロ、下り100キロの肥料やジャガイモを担ぎ、多いときで1日10往復もした斜面には、
原動機付きの小型モノレールが引かれ活躍するが、水まきは今も自然任せだ。
NPO法人段畑を守ろう会理事長の山下憲穂さん(67)の後について段畑のてっぺんに登った。畑の幅はわずか1メートル前後。
集落をほぼ垂直下に見ると足がすくんだ。上まで登ってきた観光客の中にはあまりの険しさに身動きできなくなる人もおり、
「おんぶをして下りることも珍しくない」と山下さん。年1回の収穫(約40トン)を4月に控え、緑色の帯が幾重にも斜面に張り付く
畑には、青々とした葉が茂っていた。
宇和島産真珠の養殖が盛んな三浦地区を訪ねた。この道40年の土居京子さん(65)が、真珠のもとになる核(ドブガイ)を
手早くアコヤガイに入れた後、養殖いかだから引き上げたアコヤガイから真珠を取り出す熟練の技をみせてくれた。海の宝石を
はぐくむ宇和海は、真珠のゆりかごである。
写真=手塩にかけた「河内晩柑」の育ち具合をみる土山一夫さん=いずれも愛媛県宇和島市で
http://tabi.chunichi.co.jp/system/wp-content/upimages01/130301tabi_2.jpg 宇和島は200年以上の歴史を持つミカンの産地。予讃線の立間駅や伊予吉田駅からは、昭和50年代初めまでミカン列車が
走った。温州ミカンなど50種類余りを栽培しながら、ボランティアガイドも務める土山一夫さん(58)のひと言が心に残る。
「何事にも挑戦する宇和島は、伊達なつわものぞろいです」
ソース(中日新聞)
http://tabi.chunichi.co.jp/local/130301tabi.html
2 :
やまとななしこ:2013/03/05(火) 02:32:41.56 ID:8AMpNYXB
本家じゃないんだ
だって分家だぜ
3 :
やまとななしこ:2013/03/05(火) 02:49:46.99 ID:h3VtzDK3
遊子の段々畑は、一見の価値があるわ
4 :
やまとななしこ:2013/03/05(火) 02:56:49.22 ID:Ry3tFdcm
でも後継者不足
5 :
やまとななしこ:2013/03/05(火) 03:27:44.78 ID:NMh+6Ibw
行ってみたら
え?此処だけ?って思う。
かなりしょぼい。
それより
ゴーストタウン化した商店街を歩いて
城山登って町を見下ろしたほうが面白い。
衰退化の原因が良く分かる。
為政者が此処で町を見守り続けてたら
こんな様には成らなかったろうに。
6 :
やまとななしこ:2013/03/05(火) 05:04:42.51 ID:LADYsQNY
7 :
やまとななしこ:2013/03/05(火) 08:52:49.04 ID:d2dgJgij
8 :
taka:2013/03/05(火) 09:07:47.40 ID:rSUX5JEw
>>2 だがな、明治の世では本家の仙台伊達家が伯爵で、宇和島伊達家が侯爵だったんだぜw
しかも宇和島の宗城侯は民部・大蔵卿、対して仙台の慶邦は蟄居w 息子も伯爵ながら
藩知事止まりw
9 :
やまとななしこ:2013/03/05(火) 09:13:08.89 ID:dMucZ2TZ
本家をないがしろにする分家ってのも
始末に悪いガな
10 :
やまとななしこ:2013/03/05(火) 18:53:48.35 ID:+BdmdnPf
弟の国は兄の国は立てないといけないというわけですな
おや?どこかで聞いた話だ
11 :
やまとななしこ:2013/03/05(火) 19:54:10.91 ID:aNXRkMvM
ふくしか やりまんまたやらせや 誰の子供か?
12 :
やまとななしこ:2013/03/05(火) 20:11:50.79 ID:aNXRkMvM
金髪 やりまん
13 :
やまとななしこ:2013/03/05(火) 20:30:42.46 ID:eiyJvzgD
景色はいいよな。リアス式海岸線だし。
宇和−宇和島間のトンネルが連続してるとことか
>>5 宇和島が過疎ってんのは高速が長い間宇和までで止まってたからじゃないかな
14 :
やまとななしこ:2013/03/05(火) 20:35:44.30 ID:xZlePBZJ
田舎だけど時に大物著名人送り出すよね
15 :
やまとななしこ:2013/03/06(水) 00:31:44.10 ID:Mf9ndI6O
>>10 いちおう仙台のほうが弟な
仙台と宇和島は本妻の子と妾腹の違いだよ
16 :
やまとななしこ:2013/03/09(土) 23:20:27.76 ID:GKld4ehT
幕末は・・宇和島城主のほうが威厳あったよね
17 :
やまとななしこ:2013/03/12(火) 07:31:03.14 ID:7cqJZ7fY
妾腹と言えば中村時
18 :
やまとななしこ:2013/03/12(火) 07:47:57.22 ID:umKtfy8v
> 「耕して天に至る」
これ、この後に「貧なるかな」と続くんだよな。
中国大陸だと棚田というものはよほど山奥にあるだけだが、日本は平野が少ないからこうなる。
だから、日本にとって棚田は人々のかいがいしい努力の結晶だが、中国においては単に「貧」の象徴と捉えられてしまう。
19 :
やまとななしこ:2013/03/14(木) 01:30:44.61 ID:c9EmCLuW
段畑は日本でも昔から貧乏の象徴だよ
もてはやされるようになったのはごくごく最近のこと
20 :
やまとななしこ:
閉鎖 くだらん