日差し穏やかな初夏の15日、古式ゆかしい葵祭が京都で催された。
緑が映える都大路、行列の最後を斎王代の女人列が進む。
十二単(ひとえ)の斎王代はもちろん、小袿(こうちぎ)や
打袴(うちばかま)の伝統装束をまとった命婦(みょうぶ)、
采女(うねめ)も女性のあこがれの的。
かつての斎王代の娘や姉妹も華やかに練り歩いた。
■祖父の励まし胸に
皐月(さつき)の空のようなすがすがしい表情で、
斎王代の千万紀子さん(21)は腰輿(およよ)に乗り込んだ。
垂髪(おすべらかし)を飾る白い日蔭絲(ひかげのいと)が揺れる。
「見晴らしがいいです。ちょっと緊張してきました」と笑顔を見せた。
万紀子さんは裏千家の千宗室家元の長女。高校生のころから、
「斎王代に」との話があったという。「斎王代は若い女性が
務めていたと聞いていたので、できれば学生のうちにやらせていただこうと決心しました」
水泳部に所属し、毎日2−3時間泳ぐスポーツウーマンだ。
早朝、祖父の千玄室前家元に「行ってきます」とあいさつして
プールに出掛ける。前家元にとって、万紀子さんはただ1人の孫娘。
「ちいちゃい時からかわいがって…。
才気煥発(かんぱつ)な女の子に育ってくれた」と祖父は目を細める。
祭りを前に、斎王代が下鴨神社で身を清めた4日の
御禊(みそぎ)の儀。十二単(ひとえ)の万紀子さんが
御手洗池に向かう際、玄室前家元はスーツの胸ポケットから
故登三子夫人の写真を取り出し、胸の前に掲げた。
「晴れ姿をひと目見せたかった」と言う。
この日、祖父は久遠寺(山梨県)で献茶式を行うため、
腰輿に乗った孫娘は見られない。「朝方、『おめでとう、頑張ってね』と
電話がありました」と万紀子さん。
祖父の励ましを胸に、斎王代は凛(りん)として都大路を進んだ。
画像:十二単で腰輿に乗り込み、笑顔を見せる斎王代の千万紀子さん
http://www.kyoto-np.co.jp/static/2009/05/15/P2009051500098.jpg 京都新聞
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009051500098&genre=J1&area=K00 依頼あり
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/femnewsplus/1241575483/75