【どうぶつ】“トン”走に悪戦苦闘!伊賀・西湯舟のモクモクファームで「ミニブタダービー」

このエントリーをはてなブックマークに追加
1永遠と名づけてデイドリーム@メガロ魔Λφ ★
伊賀市西湯舟の「伊賀の里モクモク手づくりファーム」で2日、
名物の「ミニブタダービー」があった。

生後3カ月の子豚が7匹出走し、1周100メートルのコースで着順を競う。
来場者が年齢や男女別で参加し、豚を追い立てた。

子豚は号砲とともに勢いよくゲートから飛び出したが、
逆走したり座り込んだりと、“トンだ”プレーが続出。
波乱の展開に会場は爆笑に包まれた。

開始前には、スタッフが「豚には予防接種と
毎日検温をしているので安心して」とアナウンス。
ダービーは6日まで楽しめる。

画像:ミニブタを追いかけてゴールを目指す子どもたち
http://www.chunichi.co.jp/article/mie/20090503/images/PK2009050302100085_size0.jpg

中日新聞
http://www.chunichi.co.jp/article/mie/20090503/CK2009050302000016.html

依頼あり
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/femnewsplus/1236303859/229
2やまとななしこ:2009/05/04(月) 19:20:48 ID:y6awp78x
そんな時代もあったねと
3やまとななしこ:2009/05/04(月) 19:23:13 ID:+IW8mm/n
ここのソーセージ最高にうまいんだよなあ
4やまとななしこ:2009/05/04(月) 23:08:26 ID:ZryOjEwi
これは、喰えるレベル
5やまとななしこ:2009/05/05(火) 01:24:46 ID:Gz1GgHgV
【今度は忍者だ!】伊賀忍者のルーツは朝鮮半島 服部半蔵は新羅人の子孫 

1 :名無し募集中。。。:2009/04/22(水) 08:53:32.07 0
新宿は元々韓国人学校があって東京駐在員がたくさん居住した地域だ。
今はこの一帯が看板だけでなく事実上、東京で最大のコリアタウンだ。行政区画で新宿区百人町にあたるこの地域と
韓国の縁が何百年かさかのぼるということを最近ある日本人の知人から知った。百人町という名前は
江戸時代にその近所に100人の幕府精鋭小銃部隊が住んでいたことに由来すると彼は説明した。
当時、徳川幕府の護衛兵として抜擢された三重伊賀の忍者らがこの一帯に居住していたと言う。

伊賀の忍者がツツジを植えてこの地域は江戸から20世紀初めまでツツジの名所でもあった。
これを記念して新宿区は1972年ツツジを区花に決め、今も毎年4月末「大久保ツツジ祭り」が開かれている。
伊賀の忍者はどうしてツツジを植えたのだろうか。文献によれば日本にツツジが広がり始めたのは
9世紀に入った平安時代と言う。知人はこのツツジが韓半島移住民を通じて入って来たと信じていた。

伊賀の忍者は韓半島移住民の子孫なので故郷をしのんで他郷の東京にツツジを植えたというのだ。
実際に伊賀で忍者の指導者を輩出して来た服部家は新羅系移住民である秦氏の家系として知られている。
伊賀地域には韓半島移住民が多かく、伊賀焼きというこの地域の伝統陶磁器や酒製造術なども一緒に伝来されたと言う。

1990年代中盤に復活して「忍者祭り」で有名な伊賀市の敢国神社の「黒党」という祭りは服部家の祭祀だ。
この祭りで祭る三大神の中で少彦名命は移住民の秦氏が祭った神で金山媛命は冶金術と関連が深い神だ。
鉄や冶金術が伽揶を中心に日本に伝わったことはよく知られている。
三重出身の忍者がすでに数百年前に大久保駅の近くにコリアタウンを作っていたということだ。

伊賀の忍者がツツジを名物として残したように大久保韓人通りが日本人の胸に良い韓国のイメージを
植える発信地になるように期待する。

http://news.hankooki.com/lpage/opinion/200904/h2009042002373984900.htm

6やまとななしこ:2009/05/05(火) 04:58:47 ID:t1aVneui
ペットのミニブタぐらいかと思ったら子豚って言ってもけっこうデカいじゃないか
「走らせるよりラグビーボールみたいに投げればいいだろ」って思ったがこれじゃ無理だ
7やまとななしこ
>>6