「結婚しました(ハート)超→幸せです(ハート)」「あなたに出会えて、人生が明るく前向きで幸せなものに
なりました」−。いつのころからか、能登町の旧のと鉄道恋路駅に置かれ、恋する人々の思いがつづられた
「恋路ノート」。そのうちの一冊が、初めて地元で保管されることになった。一方で過去から書き継がれて
きたはずの何冊かは今も行方しれずのまま。「ノートはどこへ…?」と不思議がる声が上がっている。
保管されることになったノートは2006年9月から書き込みが始まり、ことし8月にページが埋まった状態で
恋路駅においてあるのを町職員が発見。
「このまま失われてしまうのはもったいない」と引き取り、恋路区長の坂下茂昭さんに預けた。
雨風で傷んだB5判の大学ノート。老若男女、さまざまな筆跡や文体で、全ページに恋の気持ちが
びっしり書き込まれている。
平凡な毎日も、○ちゃんがいてくれるだけで明るくなるよ」など恋人への思いや、「ノートの神様、○ちゃんが
振り向いてくれるよう力を貸してください」との願い。
「恋をしたくて来ました」と記されたページには10カ月後、同じ筆跡とイニシャルで「好きな人と来ました!」。
廃止になった路線に思いをはせ「元国鉄マンとして、懐かしくて涙が流れました」「良い名前の駅、
残してほしいですね」と書いた人もあった。
坂下さんによると、鉄道が走っていたころ、何冊も同じようなノートがあったが、現在の行方は分からない
という。旧内浦町の商工観光課長を務め、現在は恋路で民宿を営む元平達雄さん(68)は「1975
(昭和50)年からの恋路ブームのころには置いてあった」と記憶している。その後、何度も更新されたが
「誰がどう管理していたかは知らない」。
のと鉄道(穴水町)も「存在は知っていたが持ち主は不明」と首をひねる。ただ、今回のノートの表紙には
「和歌山のわがちま」と名乗る人のコメントが書かれており「旅人や観光客が置いたり持ち出したり
したのでは」とも指摘する。
駅には、現在、町役場が提供した新たなノートが置いてある。関係者らは「いつか過去の分が見つかれば」
と期待している。
http://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20081004/CK2008100402000188.html 中日新聞 (
http://www.chunichi.co.jp/) 2008年10月4日
現在も駅舎にノートが置かれている旧のと鉄道恋路駅=能登町恋路で
http://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20081004/images/PK2008100402100055_size0.jpg いい風情だなー と思ったら看板で萎えた orz...