ウナギの故郷をご存じだろうか? 浜名湖や利根川など湖沼や川を思い浮かべる人は、
少なくないだろう。日本や中国などで生育するニホンウナギは、日本列島から南に2000キロも
離れたマリアナ諸島沖で生まれ、海流に乗って東アジアにたどり着く。東京大学海洋研究所の
塚本勝巳教授らのグループが2年前、マリアナ諸島の西方沖がニホンウナギの産卵場だと
突き止めた。ウナギの生態を解明することは、資源保全や安定供給にもつながる。
「土用の丑の日」(30日)を前に、ウナギの生態や研究の経緯を紹介しよう。(村上智博)
■謎に包まれた生態
古代ギリシャの哲学者、アリストテレスは「ウナギは泥の中から自然発生する」と唱えた。
ウナギがどこで産卵し生まれるのかは、20世紀初めまで分かっていなかった。生まれて間もない
ウナギの赤ちゃん(幼生)は「レプトセファルス」と呼ばれ、成魚とは姿かたちが大きく異なる。
そのうえ、ニホンウナギやヨーロッパウナギは、産卵場と生育地が遠く離れている。このため、
稚魚(シラスウナギ)に成長するまでの生態は長い間、ベールに包まれていた。
ヨーロッパウナギの産卵場が、北大西洋のサルガッソー海であることが判明したのが1922年。
ニホンウナギについても68年以降、フィリピン周辺から南方の海域へと産卵場が絞り込まれていった。
2005年6月、塚本教授らは、グアム島近くの海底からそびえる「スルガ海山」にごく近い場所が
ニホンウナギの産卵場だとピンポイントで特定した。調査船「白鳳丸」で海山の西100キロの海域を
調査したところ、プランクトンネットに孵化(ふか)から2日後の幼生400匹がかかったのだ。
■正しかった仮説
この海域には富士山級の海山が3つあり、1991年の周辺調査では体長10ミリほどの幼生を1000匹
採取している。塚本教授らはこのときの調査結果をもとに、2つの仮説を立てた。
仮説1は、産卵期を迎えたウナギは鼻の周辺に持っているとされる磁気感覚で海山の磁気異常を感知し、
1カ所に集まるという「海山仮説」。仮説2は、集まったウナギは受精効率を高めるために、夏の新月の夜に
一斉に産卵するという「新月仮説」だ。
この仮説に沿って産卵場所と時期を絞り込み、10年以上をかけて仮説の正しさを裏づけた。ヨーロッパ
ウナギの産卵場よりも地域が限定されているので、今後は卵や産卵期の成魚の発見も期待される。
■大陸移動で遠く?
南の海域で生まれたニホンウナギは幼生の姿で北赤道海流に乗り、数カ月後にフィリピンの東海上で
黒潮に乗り換えて北上する。それから3週間後にはシラスウナギに姿を変え、日本、中国、韓国、台湾の
沿岸から河川を上って成魚に成長していく。産卵場から生育場までの旅程は約3000キロ。なぜ、こんなに
遠く離れた場所で産卵するのだろうか。
塚本教授によると、現在は18種類のウナギが世界各地に生息している。ミトコンドリアDNAの解析結果から、
これらは約1億年前の白亜紀に現在のインドネシア付近の海産魚から派生したと考えられている。
当時は大陸の分布も現在とは異なり、産卵場と生育地は数十キロから百数十キロの範囲にあった。地球を
覆うプレート(岩板)の活動により、陸と海の位置関係が変動し、ニホンウナギやヨーロッパウナギの場合は
長い距離を回遊するようになった、という説が有力だ。群れをつくる習性のないウナギが確実に子孫を残すためには、
産卵期に決まった場所に集まることが必要だったのだろう。
産卵前後のウナギの生態が詳しく分かれば、世界的に激減しているウナギ資源の保全に役立つ。水産総合
研究センター養殖研究所(三重県)が4年前に、卵から稚魚までの人工飼育に成功しており、完全養殖の
実用化にも弾みがつきそうだ。
だが、海に戻ると銀色になる成魚が、産卵場に集まるまでのルートは解明されていない。塚本教授らは、
来月から白鳳丸でマリアナ諸島沖に向かい、卵や産卵期の成魚の採取に挑む。
(2007/07/16 09:09)
ソース
http://www.sankei.co.jp/culture/kagaku/070716/kgk070716000.htm