夕方5時になると、その窓が開く。東京・日暮里駅前。看板も、のれんもない、窓だけの立ち飲み屋だ。
酒屋の傍ら、立ち飲み屋を続けて半世紀になる。常連たちは、「ウィンドウズ2005」と呼ぶ。
中村屋酒店3代目の店主、中村康一さん(38)が、窓の前のシャッターを上げる。木枠だけの窓は
畳一畳ほどの大きさ。レジのすぐ後ろにあるので、1人で店番と立ち飲みの応対ができる。
「相当飲んでます、これは。だからかな、ささくれ立たないんですよ」。そう言って、中村さんは少し
すり減ったカウンターの板をなでた。
1人の客がほとんどだ。だから、飲み始めに威勢のいい乾杯はない。グラスに口を寄せて、一口すする。
「あぁ〜」。そんな声がもれるだけだ。
「『今日も一日よく頑張った』と、自分で自分に乾杯しているんでしょうね」
お疲れ?と見える客には甘めの酒を薦めてみる。「今日の気分に合う酒を出して」という注文もある。
「これ飲んでみて」と、ふるさとの酒を持って来る人もいる。
日本酒2杯と三角チーズで800円ほど。窓の向こうの顔を見て「今日はどんな酒かな」と、中村さんは
考える。
常連の間で「総長」と呼ばれるマツナガさんがやってきた。「遅いじゃない」。「体の調子が悪くてね。すぐ
帰るから」。スーツ姿のロマンスグレー。腰をひねって小銭を取り出した。
15年以上通っている最古参の一人。「ウィンドウズ」の名付け親だ。「2001、2002……と毎年バージョン
アップしてきたんだけど、2006はもうないんだよ」
駅前の再開発でこの店が立つ一角も36階建てのビルに変わる。11月に仮店舗に移り、3年後に新しい
ビルに入る。その時に、こんな「窓」は造れないだろう、と中村さんは思っている。
(後略)
asahi.com: 2005年10月31日20時05分
http://www.asahi.com/national/update/1029/TKY200510290145.html