★☆THE NORTH FACE/ザ・ノースフェイスpart3★

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942ノーブランドさん
安藤自身が「一生忘れない」と振り返るのが、トリノ大会直後に出席した大手自動車
メーカーの入社式だ。特別な舞台が用意されているとばかり思っていた安藤は、何事も
なかったかのように新入社員の列に並ばされた。
「あなたミキティよね?」「そうよそうよ。やっぱり本物は可愛いわねえ」
事情を知らないパート社員たちの屈託のなさに、逆に救われた。冬、熱心に誘
う彼女たちに根負けして出かけた市営スケート場。約1年ぶりに立ったリンクで、思い
がけず体が震えた。「やっぱり私はスケートが好きなんだと、ハッキリと気付いたんで
す」はしゃぐ同僚たちから見えないように、フェンスに伏して、泣いた。
 そこから文字通りゼロからの再出発が始まる。戸締まりからトイレ掃除まですべて引
き受けるという条件で深夜のリンクを借り、勤務後の猛練習。休日には小さな大会への
エントリーを続けた。嬉しい出会いもあった。偶然大会を見たかつてのコーチが、もう
一度指導したいと手をさしのべてきたのだ。かつては天才といわれたその才能が輝きを
取り戻すのに、そう時間はかからなかった。「状況を変えるために、まず自分を変えよ
うと思いました」気が付けば、彼女はこの3年間一度も言い訳を口にしていない。
 国内外問わず「浅田時代」が続く女子フィギュア。前回の金メダル効果で選手層も厚
くなり、代表争いは大混戦の様相を呈してきた。安藤の行く道はけして平坦ではない。
ただ、トリノで呪文のように唱えていた「楽しみたい」、その願いだけは必ず叶える。
その先に、2度目のオリンピックもきっと見えてくるはずだ。「浅田選手には『よろし
くお願いします』と言いました。もう一度同じリンクに立てる幸運に感謝しています」
 かつてアカデミー賞デザイナーの衣装を纏った彼女は今回、同僚たちの手作り衣装で
女王に挑む。22歳の再挑戦を静かに見守りたい。(Number 2010年1月●●日号より)