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音速の名無しさん:
ある日の深夜、会社からの帰宅途中に、私は新宿駅構内の公衆便所に入った。
公衆便所の中では、清掃員が一人、便所の床を掃除していた。
その清掃員と一瞬目が合ったとき、私は思わず「あッ」と声を上げた。
「佐藤・・・琢磨さんですよね・・・?」
私の問いかけに、清掃員は照れくさそうにうつむきながら、軽くうなづいた。
佐藤琢磨といえば、かつてF1で華々しく活躍し、一度などは表彰台に
あがったこともある名ドライバーである。
何を隠そう、私も彼の大ファンだったのだ。そんな彼がなぜこのような仕事をしているのだろうか。
「一貴くんは・・・確か今日でしたよね?」
彼に問いかけられて、私ははっとした。
そう、琢磨と入れ替わるようにしてF1に登場した中嶋一貴は、マクラーレンのドライバーとして
大活躍を続け、今日、チャンピオンの座をかけて最終ブラジルGPに挑むことになっている。
いまや中嶋一貴は日本を代表するスターとなっているのだ。
しかし、F1の世界とはなんと残酷なのだろう。
かつて人気を誇ったドライバーが、いまは便所の清掃員として働いている。
もはや誰も彼を覚えているものはいない。
呆然としている私に向かって、彼はニヤリと卑屈な笑いを浮かべて、清掃作業に戻っていった。
用をたした私は、後ろも振り返らずに、すぐにその場を立ち去った。
その夜、布団に入っても、彼が最後に見せたあの笑い顔が、頭にこびりついて離れなかった。