【0】
暗い――クライ――CRY――
紛れもない漆黒。一寸の光すら差し込まぬ真黒。嘘偽りのない暗闇。暗い其処――底。
これまでは久しく無音無意識。そして現在において有音有意義。それは未来において騒音無意味。
物語《ストーリー》の定義に従い、定理に則り、定格を守り、定規を逸せず、定句を連ね――
――世界は終演する為にその幕を明ける。
【1】
吐息。寝息。規則正しく、そして乱れ、大きな吐息。浮かび上がる欠伸。吐き下ろされる溜息。
一人の少女は夢幻有色の微睡から目覚め、そして無限憂色の目論見の中で意識を覚醒させる。
不可視の闇の中に伝わる衣擦れの音。
少女は現状を把握しようと、恐る恐ると手を伸ばし、そしてすぐに突き当たる。
壁。手を沿わせるとまた壁。前後左右天地。囲われた、壁壁壁壁壁壁の六枚の壁。
両手を広げれば端と端が繋がるその箱。想像するなら檻のようなものは一辺が1メートル少しといったところか。
そして、前後左右の壁の内の一枚。それは窓なのか扉なのか、一枚はツルツルとした硝子の様な感触。
僅かながらでも情報が生まれれば理性がそれを解析しようとし僅かながらに冷静さが生まれてくる。
「……――あ……あの、……だ、誰か、いませんか……?」
少女――朝比奈みくるは声を出すことに成功し、そしてそれに少しだけ安堵した。
意識が生まれ、感触を得て、理性を取り戻し、意思を声と発する。人間一単位の小さな、しかし確固たる世界。
支援
意識が生まれ、感触を得て、理性を取り戻し、意思を声と発する。人間一単位の小さな、しかし確固たる世界。
「誰もいませんか……?」
みくるはトントンと硝子の面を叩く。音は響かず、返ってくる感触はそれが思いのほか分厚いことを教えてくれた。
叩きながら、呼びかけながら、みくるは思考を巡らせる。
唐突ながら彼女は普通の人間ではない。突拍子もなく言えば彼女は”未来人”である。
「どうしよう。TPDDは使えないし……、これはやっぱり”彼女”の、それとも【禁則事項】の仕業なのかな……?」
誰にも伝わらぬ言葉で彼女は一人ごちる。
想像しうるケースは幾多にも存在し、そしてそれを確定させるための情報は残念ながら甚だ乏しい。
みくるが今わかることと言ったら、何らかの原因で拉致されたこと。そして、今メイド服を着ていることぐらいだろうか。
「どうしてメイド服なんでしょうか……?」
見えなくても、その着慣れた着心地はあのメイド服に違いなかった。
そして虚空に理由を問うも答えは返ってこず、ここで代わりに答えを出すとすればそれは物語の必然だろうか?
ともかくとして、メイド服姿の朝比奈みくるが真っ暗で小さな箱の中にいる。それが現状。
【2】
トントンとみくるが硝子を叩き続けそろそろ手が痛いのでやめようかと思った頃、闇の中に光が射した。
「――きゃっ!」
白光は闇を凝視していたみくるの眼をも当たり前に刺し貫き、彼女に悲鳴をあげさせる。
久しい刺激に瞳に涙が溢れ、零れ、拭い、みくるは恐る恐るとまた目蓋を開き光を、光源を、そこに立つものを見る。
「……っ」
見て、小さな悲鳴。
そこに立っているのは幽鬼の様な男だった。
長身痩躯。全身を死に装束の様な真っ白な着物に包み、顔には狐のお面。漂わせる気配は不穏。
『ようこそ、世界の果てへ――』
そして、始まらせる為の始まりが始まる。
【3】
『いいや、世界の果てというよりかは、世界の端っこと言った方が的確か。
まぁ、そんなことはどちらでも同じことだが』
言って、狐面の男は手にしたランタンをかざしながら周囲を見渡した。
流される光の中に浮かび上がる箱、箱、箱、箱……無数の箱。
それを見ていたみくるは自分と同じ境遇の者がその箱の数と同じだけいるのだろうと想像した。
『さて、一応ながらに自己紹介をしておくか。
とはいえ最早俺はこの物語《ストーリー》の登場人物などという上等なものではありはしない。
役以下の役割だけの舞台装置。
だからこれは識別の為の固有名詞。
そういう認識でお前達も覚えろ、いや覚える必要もないどちらでも同じことなのだから』
人類最悪――と狐面の男は貫禄のある声で名乗った。
いや、彼の言を借りればそれは名乗ったとは言えず、呼称の為の単なる一単語にすぎないが。
字面の印象から、それは当たり前のことだが、みくるはそこに不安を生じさせる。
支援
『俺のことは気にするな。所詮スピーカー代わりにすぎない。
お前達をこんなところに連れてきたものでもなければ、それを知ってすらいないのだからな。
境遇としては箱の中のお前らと同じ。
いや、箱に囲まれた俺も箱に囲われているとするのならば、全くの同じか……』
残念なのか、無念なのか、そんな気配を漂わせ、そしてふんと鼻を小さくならすと狐面の男はまた話を続ける。
『さて、ただの舞台装置として俺はお前達に説明をせねばならん。
まったくもって面倒だが、どうせここでしなくともいつかはしなくてはいけないこと。
ならば面倒は先に片付けておいた方がいいだろう。
面倒なので一度しか言わん。聞き逃しは自己責任だ。耳をすませておけよ』
みくるは硝子の面ににじりより耳を立てる。
狐面の男は全員がそうするのを待ったのか、いくらかの間を置きそして話を再開した。
【4】
『お前達は今、世界の端っこにいる。
どうしてや、どうやってとは思うな。俺もそれは知らないし、今は意味のないことだ。
それよりも世界の――物語の最果てまでこれたという稀有な事態に喜ぶなり悲しむなりすればいい。
一枚の折り紙をイメージしろ。
正方形のその角。その隅の隅っこにお前達は連れてこられた。またはやって来てしまった。
そして折り紙は切り取られ、断絶し、ここにあるのは元の折り紙よりも更に更に小さな一片でしかない。
そう、一篇の物語でしかない。
しえん
そして切り取られた世界は更に切り取られ縮小し、いつかは消え行く。
これがお前達に与えられた舞台だ。
演目は蜘蛛の糸。
知っているか? それとも知らないか? どちらでも同じことだが、せっかくなので言い直すか。
お前達がこの辺鄙な世界の最果て。只の不条理な一篇。一片の足場の上でしなけらばならないこと。
それは、――生き残る。ということだ。
何も難しいことじゃない。誰しもが生きているならそうしている。
だが難しい。誰しもが生きているからこそにただひたすら難しい。
社会が大きな椅子取りゲームだなどと比喩するまでもなく、生き残りは競争を生み、それを意味するからな。
お前達はこれから世界の最果てに立つ。
世界は時間とともに失われ、足場は少しずつ狭くなってゆく。
その上に最後まで立っていた一人だけが生き残れる。唯の一人だけ。只の独り故にな。
これに、そしてそこに意味があるのか。さて、それもどちらでも同じことだ。
ただしかし、到達すればそいつはそこに最終焦点を見出すのかもしれない。
――ディングエピローグ。
俺は、俺個人としてはそれがただ羨ましく、そして興味深い』
【5】
『さて、競争である以上そこにルールが存在する。
理と言ってもいいか、参加者である以上決して抗えぬ部分のことだ。
例えば人間は重力に逆らえないとか、な。意志は自由に飛べても、身体は石と同じく飛べずということだ。
支援
まず、お前達はこの世界の端から逃げることはできない。
試みることは自由だが、無駄だ。その労力は他に回せと俺は忠告しておく。
困難への挑戦と、無意味な挑戦は似て異なる。俺にお前達を憐れだと思わせないでくれ。
そして、生き残ることができるのは一人だけ。
蜘蛛の糸の話を知っているものはその顛末も知っているよな?
欲をかくなよ。一人だけという条件は絶対に覆らない。
期限は72時間ジャスト。
三十六の升目で区切られた世界は2時間後とに外側より一升ずつ消失してゆく。
24時間1日で12マス。72時間3日で36マス。
それまでに最後に一人になっていなければすべてが”おじゃん”だ。
この物語の登場人物――生き残りを争う参加者は全部で60名。
後で配られる名簿で確認しろ。知ってる名前もいくつか見つかるだろう。
ただし、そこにある名前が恋人でも家族のものであろうとも今はお前の敵であるということを忘れるな。
とはいえあくまで敵は敵でしかない。
敵であろうと味方であろうと、そんなことはどちらでも同じ……という向きもあるだろう。
そして俺にとっては面倒なことに、お前達の面倒事を増やすために6時間毎に放送を流してやる。
脱落者の名前を読み上げてやろう。
俺はただの舞台装置としてそれを読み上げる。そこに何を見出すかはお前らの勝手だ。
そろそろお前達を喜ばせるか?
お前達には生き延びるための道具が与えられる。俺は少し過保護がすぎると思うんだがな。
まずは鞄――所謂デイパックというものか、俺の趣味ではないが、これがお前達に与えられる。
不可解なことにこの鞄にはいくらでも物が入るらしいが、そこは不理解を貫くが無難か。
ドラえもんの四次元ポケットみたいなものだ。……まさか、知らないやつはここにいないよな?
私怨
……まぁいい。次は中身の説明をしてやろう。
最初に地図。
先程も言ったが、6×6の36マスに世界は区切られている。
縦が「A」「B」「C」「D」「E」「F」。横が「1」「2」「3」「4」「5」「6」。
世界は2時間毎に、「A-1」より時計回りに「A-2」「A-3」〜「A-7」「B-7」「C-7」と切り取られてゆく。
ぼんくらしていると、自分毎切り取られてそこで終わるからな。せいぜい無様を曝さないよう気をつけろ。
次に名簿。
お前ら60人の……と、いやお前らに配られる名簿には50人分の名前しか記されてない。
何故か、とは俺に問うなよ。俺もなんでかなんてことは知らないんだから。
意味はお前らが勝手に推測し推理し推定すればいい。名前の載っている者も、載ってない者もそれぞれな。
さて、いい加減面倒になってきたんだが……少し端折るぞ。
地図と名簿の他に、筆記用具や方位磁石、腕時計、懐中電灯やら、お風呂歯磨きセット、応急手当キットやら色々。
まぁ、ハイキングにしては大仰。山登りするには頼りないってぐらいのあれこれが入ってる。
これはもう勝手に確認しろ。一々説明する必要も理由も意味もない。
最後に、鞄の中には”武器”が入っている。
武器……というよりも誰かを害する為の概念と言い直すべきか……。
一見それと判る、例えば拳銃の様なものもあれば、鞄を開けた者が理解に苦しむものなどそれは様々だ。
これだけは各自それぞれ別に大体1つから3つ入れられている。
それが使えるものなのかそうでないのか、お前らが第一に己の運を計るいい指標になるだろうぜ。
……ようやくだが、これで説明を終える。
もう一度俺が明かりを落とせばお前らは次の瞬間には世界の端のどこかだ。
時計は零時を指しているだろう。そこから72時間が終わり行く世界の中で与えられた猶予。
生き残りはすぐに始まる。終わりたくない者は己が生に執着しろ。終着を見たくば他を蹴落とせ。
まぁ、精々……頑張って、生き残ることだ。じゃあ――』
【6】
縁が合ったらまた会おう――そう言って、狐面の男はランタンの明かりを消した。
瞬間、朝比奈みくるは落ちた。
声を発する間もなく、狐面の男に問いをぶつける間もなく、状況を理解しきる間もなく落下した。
意識としても、物体としても、物語としても落ちて。今はこれで終わる。
始まらせる為の始まりは終わり、60名の登場人物による終わらせる為の始まりが、次に始まる。
暗転。舞台はフェードアウトする。
【7】
暗転した暗闇の中で、一人残された狐面の男。
世界の終わりを見たがっている人類最悪の遊び人は一人ごちる。
『しかし、これは無粋極まるな。
俺が見たかった物語《ストーリー》の終わりからは甚だ遠い。いや、異質すぎる。
頁《ページ》を捲るのではなく、破いてそれを別の頁《ページ》へと継ぎ合わせるようなものだろうこれは。
全くの整合性もなく、編纂集と言うには御粗末すぎる。
縁が合ったというにはあまりにも牽強付会。
支援
だが、これも起こるべくして起こったことなのか。
とすれば、まぁ今はどうでもいい。
ジェイルオルタナティブ。バックノズル。これが俺の運命だというならどちらでも同じ。
俺はこの物語《ストーリー》をただ読むだけだ。その最終焦点までな。
読むだけ……ふん。違うな。読まされるだけか――……』
そして、今度こそ暗転。
語り部は口を閉ざし、舞台は次の登場人物を待ちってただ静寂を守る。
【ラノロワ・オルタレイション 開幕】
※
【主催者】:不明
【進行役】:《人類最悪の遊び人》――西東天(さいとうたかし)@戯言シリーズ
※
【ルール】
1:参加者60名をとある場所に放り込み、午前0時より状況を開始。
2:とある場所は地図上で36マスに区切られており、2時間毎に左上から時計回りの順で消失してゆく。
(72時間丁度でとある場所は完全に消失)
3:最中は開始より6時間毎に放送を流し、そこで先の6時間で死亡した者の名前を読み上げる。
4:参加者60名にはそれぞれ支給品が与えられる。内容は以下の通り。
「デイパック」
容量無限の黒い鞄。
「基本支給品一式」
地図、名簿、筆記用具、メモ帳、方位磁石、腕時計、懐中電灯、お風呂歯磨きセット、タオル数枚
応急手当キット、成人男子1日分の食料、500mlのペットボトルの水4本
(※名簿には60人中、50名の名前しか記されていません)
「武器」
一つの鞄につき、1つから3つまでの中で何か武器になるもの(?)が入っている。
5:他の全員が死亡し、最後の一人になった者は消失する世界より逃れられる(?)
以上で投下終了です。多数の支援感謝。
タイトルは、
今からはじまる終焉――(今よりはじまる終演)
です。
OPの1候補としてよろしくお願いします。