75 :
オープニング:
不思議な感覚。頭と身体が別々になったような浮遊感。
実際に頭は宙に浮いていて、首、肩、胸と上から順にあとを追ってきた。
足首が到着するのを待ってから、俺は膝からくず折れた。
なんともいえない不快さ。FAXよろしくどこからか転送されてきたとでもいうのか。
デスノートの存在を知ってからは大抵のことに驚かなくなったが、さすがにこれには参った。
身体がバラバラになり、分子レベルで他所に飛ばされる。考えただけで吐き気がした。
吐き気の一因。首筋を撫でる。金属の冷たい輪っかが巻かれていた。
ここのところ運動不足だったからだろうか、首輪は皮膚に少しだけ食い込んでいる。圧迫感。息苦しい。
一体なんなんだ――理由はわからない。
酔っていたわけでもないし、おかしな性癖を持ち合わせているつもりもない。ならばこれは夢なのだろうか。
顔を上げ、辺りを見回す。どこかの部屋。マンションの一室。妻と娘が待つ家よりずっと広かった。
室内は無機質な感じがして生活感がまったくない。一際目を惹くのは、中央に据えられた巨大な黒い球体だった。
子供の背丈ほどはあるだろうか。調べると球体は割れていて、中には裸の男性が座って寝ていた。
「おい、起きてくれ」
肩を揺する。起きない。更に揺する。やはり起きない。しまいには軽く引っ張たいてみるが、それでも起きる様子はなかった。
とりあえず諦めて、窓に視線を転じた。見慣れたような、全然知らないような、変徹のない都会の夜景。
窓を開けてみる。いや、正しくは開けようとするか。掛かっている鍵に手をやるが、どういうわけか触ることができなかった。
自分の手を見つめる。異常はない。握りしめたり反対の手でこねくり回すがなんともなかった。
もう一度鍵に手をやる。だが結果は同じだ。目の前にあるはずの鍵の感触が指に伝わることはなかった。
呆然。ドアに駆け寄るがこれも一緒。出られない。ここから出られない。
76 :
オープニング:2008/06/05(木) 19:07:02 ID:Itj+M1ip
「誰か、誰か聞こえないか!」
叫びながら壁中を叩きまくる。しかしこれも同じ。触れない。しばらく叫び続けたが返事が戻ってくることもなかった。
バラバラに転送された身体。きつめの首輪。謎の球体と眠り続ける男。隔絶された部屋。わけがわからず頭を掻き乱した。
竜崎や月君ならこんなときどうするのか。少なくとも取り乱したりはしない。落ち着かなければ。
「きゃあ!」
誰かの声。振り返る。数分前の俺と同じ。誰かが送信されてきた。
少女。奇抜な格好。流行りのコスプレというやつか。
身体のパーツ全てが送られてから、彼女は俺と同じように膝をつき、そして不安げに周囲に視線を走らせた。
隙のない動き。だがこいつは何も知らない。俺と同じ。刑事の感だった。
「大丈夫か」
「ここ、どこ?」
「わからない」
少女の声は以外にもはっきりしていた。
動揺はしているが、自分を見失ったりはしていないようだ。真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「私、どうやってここへ?」
「飛んできたんだ、頭の先から順番にな」
「飛んできた?」
「ああ、そうだよ。空中にFAXから吐き出されるみたいにな。――くそ、自分でいってても信じられない」
少女はなにをいわれてるかわからないといった風な表情を作っている。
そりゃそうだ。これで状況を飲み込める方がどうかしている。
77 :
オープニング:2008/06/05(木) 19:08:16 ID:Itj+M1ip
「私は巻町操。貴方は誰? どうしてここにいるの? あの大きな球はなに? 首に巻いてあるのは?」
矢継ぎ早やの質問。俺より堂々としている。俺はといえば今の状況にかなりビビっていた。
「警察庁の者だ。君と同じく飛ばされてきたらしい。残念ながら俺もなにも知らないんだ」
胸元から警察手帳を引っ張り出す。きょとんとした顔。年端もいかないあどけなさの残る顔。娘の顔とダブる。
「まあいいわ。なんだか釈然としないけど、こんなところに長居しても仕方ないし、私は帰る。遅くなると、翁がうるさいから」
操はこの部屋唯一の出入り口へ向かった。無駄なことだった。
ここからは出れない。わかっていたがいわなかった。どうせ操もすぐに気付くはずだ。
そのうちに次の奴が飛ばされてきて、その次、その次と人数は増えていった。
一時間も過ぎた頃には理由もわからず飛ばされてきた奴らで部屋の中はひしめいていた。
帰りたい。ここはどこだ。みな口々に同じセリフを吐いている。
ビビっているのは俺だけじゃない。つまらない安堵を噛みしめる。
人いきれに操を捜す――いない。
見知った顔を捜す――これもわからない。
小さな不安。微かな恐怖。大丈夫だ、落ち着け。
『 あたーらしーいーあーさがきたー♪ きーぼーおのーあーさーだー♪ 』
突然の音楽。場違いなリズム。音源は黒い球体らしかった。
周りがざわつく。動揺が動揺を生む。ひとしきりして音楽が鳴りやんだ。ざわつきはやまない。
注視。全員の目が球体に集まる。黒光りする球体には緑色の文字が浮かんでいた。
『てめえらは選ばれました。選ばれた命をどう使おうが私の勝手だす』
おかしな日本語。意味がわからない。これからなにがはじまるというのか。
78 :
オープニング:2008/06/05(木) 19:10:02 ID:Itj+M1ip
『というわけで、てめえ達は今から殺し合いをしてくだちい』
鳩尾にボーリングの球でも投げつけられたかのようにずしりと利いた。
殺し合い。なにかの冗談なのか。それとも……。
鼓動が早鐘を打つ。額に汗が滲み出る。喉がカラカラに渇いていた。
馬鹿げていると笑い飛ばしたかった。誰かの悪戯に決まっていると。
だが本当は予感している。これが悪戯などでないことを。
悪戯で人が転送されることなどありはしない。部屋に隔離され一歩も外に出られないなんてこともありはしない。
夢であって欲しい。だが俺には殺し合いをしてもらうという言葉がひどく現実味を帯びて聞こえていた。
球体の文字がまた変わっている。
『 武器はなにを使ってもいいどす。
禁止えリアに入ると首輪が爆発します。
放送は六時間毎です。
誰も死なないと、てめえ達は全員死にもす 』
簡潔な文。なんとなく事態が飲み込める。
要するにゲーム。命を賭けたゲーム。――ふざけてやがる。
「ふざけんな!」
自分がいったのかと思った。だが違う。人混みをかき分ける小さな身体。操だった。
「なんなのよ、勝手なことばっかいって。なに、これは。つまらない冗談はやめて」
操が蹴る。黒い球体を蹴る。よせ、やめるのはお前だ。悪い予感がする。
身体が動いていた。前に出て、操を抱き止めた。
支援
80 :
オープニング:2008/06/05(木) 19:11:05 ID:Itj+M1ip
「離して! こんな変な球、ぶっ壊してやるんだから」
「よせ、不用意に動くんじゃない」
横目で球体の中を覗き見る。男が起きた様子も、球に変化があるようにも見られなかった。
ざわり。鎌首をもたげる苛立ち。なにがどうなっているのか説明しろ。
操を胸に抱いたまま、眠る男を蹴り飛ばしていた。
「どうなってやがる! 起きてちゃんと説明しろ!」
もう一度蹴った。強く。手加減はしない。
こんなことをしている暇はない。捜査本部に戻る。キラを捕まえなければ。
成果の出ない捜査を続けなければいけない焦りが、苛立ちを加速させる。
三度蹴った。同時に聞こえる小さな電子音。ごく近くから聞こえていた。俺の首からだった。
黒い球体を見る。文字が変わるところだった。
『では、頑張ってくだちい』
衝撃。一瞬のこと。なにが起きたかわからない。
操と目が合う。操が回っている。――いや違う。回っているのは俺の方だ。
俺が見える。俺の身体――首がついていなかった。
操が俺に近づく。頬に暖かな手の感触。娘とダブる。この子が死なずによかった。
来たときと同じように、操は消えていった。
目を閉じる。寒い。痛みを感じることはなかった。
最後に思う。キラ、一体お前は誰だったんだと――。
【DEATH NOTE@相沢周市 死亡確認】