投下します。規制をうけたらまとめサイトのほうに投下します。
【Not Good by】
制服がいつもの倍以上に重く感じる。絞れば赤い雫が採れるかもしれない。
いつもつけていたお気に入りの香水の匂いはもうしない。
霧散してしまったか、八雲の血にかぶせられた播磨の血の香りにかき消されたか。
けれどそんなことはどうでもいい、と三原は首を横に振った。
刑部は殺さなくてはならない。殺し合いを強要した教師という存在であるから――否。
そんなことは問題にならない別の理由が三原にはあった。『俺のイトコ』。いうなれば恋人か。
塚本姉妹がそれを知れば悲しむだろう。播磨は意識しないまま騙されていたのだ。
諸悪の根源を殺す。それでこそ――そうしなくては、自らの正当性は証明されない。
「先生、どこ……」
だがその刑部の姿が見当たらない。
鬱蒼と並び立つ木々。腰ほどの高さのある藪。隠れることができそうな場所はいくらでもある。
まんまと逃げられたのだろうか?――違う。最初はともかく、三原はもうそうは思っていなかった。
トーン、と何かが落ちる音がする。石が足元に投げつけられた。
「そこっ!」
林の静寂を暴力的な轟音が蹂躙する。空薬莢が次々と噴出されて足元に転がる。
だがターゲットは長髪をなびかせながら、余裕を見せ付けるようにその姿を森の中に消していく。
「この……この……この!」
距離を離されないよう、あわてて走り出す。だがもう刑部の姿は見えない。
近くの茂みに向かって適当に打ち込むが、期待した効果は得られなかった。
「ああもう……!」
こんなことばかり繰り返してる。先程の挑発じみた行為はもう三回目。
校舎の周囲を少し走った後、誘い出されるようにこの付近にたどり着いた。
もちろんその間何度か攻撃を試みたが、銃弾は怨敵を捕えられない。
距離があるのはもちろんだが、両手にかかる負荷も馬鹿にならない。
片手で打てるほど強い腕はしていないし、傷ついた左手は支えるのが精一杯で銃把を握れる状態にない。
そのしわ寄せが右手に集まり、今ではもう内側から痺れるような痛みが時折走る。
マシンガンの利点である連射性も有効活用できてるとは言い難い状況にあった。
(……そろそろ弾切れ)
正確に数えられるはずもないが、感覚ではそろそろだ。
UZIとリュックを足元に降ろし、沢近から奪ったもう一つの機関銃を取り出す。
つかず離れずの距離をとり続け、高野に見舞った銃を使おうとしない刑部の狙いはわからない。
いや、おそらくこちらの消耗を待っているのだろう。
だが刑部とて疲労しているはずであるし、いつまでも逃げ続けられるはずがない。
せめて十。いや、十五メートルほどの距離まで近づくことができれば。
まだまだ状況はこちらに有利――
「三原君!少し話を」
「うるさい黙れっ!!」
振り向き様にトリガーを引く。スコーピオンの380ACP弾が枝を、地面を、樹木を、石を削っていく。
UZIよりも軽くシャープな音。三原はそれが少しだけ気に入った。
そして刑部が一際大きな木の陰に隠れたのも確認できた。髪の一部が見えたのだ。
(チャンス!)
指を離す。もう一度撒き散らすくらいの数は残っている。
両手に気合を入れて、負荷に耐えるよう強く命令する。次で終わる、と。
「刑部先生、どういうつもり!隠れてないで、姿を見せたらどうですか!」
適当な言葉を紡ぎながら、少しずつ歩き出す。
三原は足音を隠したかった。着実に近づいていることを知られたくなかったのだ。
闇雲に歩いていて、たまたま近づいているだけ――そう思うように誘い込み、隙を作る。
「どこへ消えたの!正々堂々と姿を見せなさいよ!臆病者、卑怯者!」
空回りに焦り、頭に血が上ってわめきちらしている。そういった人間を装う。
そしてすり足で少しずつ射程内に近づくことを忘れはしない。
「メモリなんて罠を張って!次に播磨君をたぶらかして!一条さんにも何か吹き込んだんでしょう!
そして今はこそこそ逃げ回って!そんなことしかできないってわけ!?」
適当に、適当に。こちらの意図を悟られないように。あまりその内容と意味を考えず、
思いついたことを次から次へと口にする。不思議と叫ぶたびに勇気が沸いてくる気がした。
だがその都度体力は消耗していく。ほどほどにしなくてはならない。
もう充分近づいたといえる。刑部が隠れているはずの太い木は射程内だ。
今頃気付かれないように必死で息を殺しているだろう。せいぜい恐怖しろと思う。
木が邪魔にならない角度までダッシュで走りこみ、即座に引き金を引く。
防弾チョッキを着ていても、逃げられなくなる程度にダメージを与えられれば御の字。
頭に当たると楽だな、くらいに三原は少しだけ笑った。
「見てなさい。殺してやる!私が先生から奪ってやる!」
次の言葉を最後に行動開始。そう思い三原は一呼吸置き、口を大きく開く。
「播磨君みたいに――笹倉先生みたいにね!!」
一気に距離を稼ぐべく、三原は両脚に力を貯めた。だがそれを爆発させようとした瞬間、
何かが頭の後ろを通り過ぎていった。耳に残る反響音。集中力が一気に奪われる。
「――え」
中途半端な勢いで体が前へ倒れそうになる。反射的に右足が動く。下手なステップを踏むように、体がふらふらする。
時間が止まったような気がした。思わず見上げた先には正に晴天といえる青空。
(……撃たれ……た!?)
銃声だと気付いた瞬間に、当たり前の不安が三原の体と心に押し寄せてくる。
殺すはずだったのに。自分が勝つはずだったのに。だらんと手がぶら下がり、銃が転がる。絶望が目から零れた。
頭をかくんと下げる。血に汚れた体が見える。『見る』ができるなら目や頭は大丈夫な気がした
腹部も胸部にも痛みはない。手足に異常はなし。左手は――もとから。心も元々。
じゃあどこだろう?全身を覆う疲れはあるが、特に何処が痛いというわけではない。
(!……)
当然撃たれたのだと思っていた。自分は殺すつもりでいたのだから。
互いに直線武器は届かない位置にいる以上、今撃っても意味がない。
殺す覚悟は勇気を与えてくれた代わりに、そんな当たり前の理解も許さなかった。
更に、身体に問題がないことを認識するまでに数秒もの浪費を求めていた。
そして数秒間の間に――三原が混乱の最中にある間に、二人の距離は劇的に近くなる。
刑部は隠れていた木から飛び出していて、迷うことなく三原のほうへ駆けていた。
三原が気付いたときはもうすぐ傍にその姿があった。瞬間移動などと突拍子もないことを考え出す。
――あ
刑部が迫る。撃て。撃たねば撃たれる。やらなきゃやられる。
無理だ。安堵と畏怖で体がすくんで動かない。銃も落としてしまった。
殺される。死の恐怖が迫り来る。刑部は氷の瞳に炎を宿していた。
走っている人間の表情を読み取ることは難しい。なのにとても容易く理解できる。
一瞬が何時間にも感じるとはこういうことなのだろうか。
だったら人の体は残酷だ。さっさと終わればいいものを長く感じるようにできてるから。
――こんなことだったら
――どうせ死ぬんなら
――ニャオ
――?
力強く地面が踏まれる。乾いていたのか、うっすらと砂埃が舞い上がった。
刑部は三原の目の前にまで近づいていた。動きが一瞬だけ止まる。
刹那をとても長く感じていた三原さえ、一瞬と思うほどの間だけ。
手が振り上げられ、そのまま顔に向かう。
ただしそれは銃を握っていた右手ではない。左手だった。左手が開かれた状態で――平手の状態で、三原の頬を打っていた。
銃よりはるかに小さく、乾いた、しかし耳に残る音が鳴り響く。同時に三原の体が後ろに崩れた。
視界が前後左右に揺れて方向感覚がおぼつかなくなる。それが安定した頃、視線はもう一度空を捕えていた。
もう一秒一秒を長く感じることはなかった。バクバクと心臓の鼓動が加速している。頬がとても痛く指先が混乱と緊張で震える。
口の中も喉の奥も熱くなり、死が目の前にまで来ていたことが分かった。
――自分は殺されなかった。生きている。それを三原は理解した。
空が滲む。体中で目が一番熱い場所になる。この三日間で何度この感情に捕らわれただろう。
けれどもこの涙は悪いものではないような気がした。
(そういえば、さっき一条さんにもぶたれたっけ)
少し前のことを思い出しながら肘を支えに上半身を起こす。頭の中のくらくらを無理矢理押し込めて、辺りを見回した。
「……刑部先生」
逃げずにその場に立ち尽くしている事が意外だった。
これまで逃げに徹していた相手が突如攻撃にまわってきて、なのに自分を生かしているのだから。
座ったまま刑部を見上げる。彼女は一条のように涙を流してはいない。けれど戸惑いの表情が見えた。
そして何か考え事をしているようにも。叩いた左手をじっと眺め、閉じたり開いたりして時折目を瞑っている。
「続き、やりませんか?」
たった今自分は生きていることに喜びを感じた。代わりにマグマのような憎悪を犠牲にしたような気もするが、
そんなものはいくらでも取り戻しが効く。今までのことを思い出すだけでそれは容易い。
刑部は一連の出来事に思うところがあったようだが関係ない。一連の行動には疑問だらけだが、
殺されても文句の言えない人間であることは違いないのだ。
「それもいいが……せっかくだ。話をしないか?」
それは三原があり得るかと思っていた返答だった。近くに落ちているスコーピオンを拾ってもいいけれど、
既に銃を携えている相手のほうが絶対有利。そんな理由をつまらないと思いながら、三原は静かに頷いた。
いつ湧き上がるとも知れない憎悪を押さえつけながら。
* * * * * * * *
「……今の件については感謝しますけど、くだらない言い訳だったらすぐに殺します」
「好きにするといい」
地面に転がっている暗視ゴーグルやヘッドライトを軽く蹴飛ばす。左手にはまだ熱くて鈍い痺れが残る。
スコーピオンを握り締めながらの三原の警告に、刑部はそれに特に迷うそぶりも見せず答えた。
自身の銃は腰に戻してある。状況は圧倒的不利になったが、その代償として話し合いに応じてくれた。
木と木の間を縫ってそよいでくる風が汗ばんだ体を冷やす。開いた胸元やはみ出たシャツの裾から熱気が逃げる。
「……少し前を最後に銃声が聞こえなくなった。高野君と一条君だ。決着がついたと思っていい」
あと一人で全てが終わる。三原にとっては悪くない情報だろう。
「一条君が生きているなら、話だけでも聞いてくれないか。すぐに殺されるようなことはされないはずだ。
もし一条君を疑う理由が私にあるなら、それを教えて欲しい。私が播磨君をたぶらかしたというのは何だ?」
本題に入る。それが三原を凶行に向かわせている理由だと思えて仕方ない。
播磨が三原を殺そうとしない以上、よほどのことがない限り三原もまた播磨を殺す理由がない。
殺すぐらいなら高野に向かわせたほうがはるかにマシなのだ。目を少し泳がせた後、三原が口を開く。
「それはこっちが聞きたいくらい。播磨君、ゲームを壊すとか言って息まいちゃって。
あげく『俺の絃子』だって。まさか色仕掛けでもしたんですか?」
「……は?」
今出た声が自分のものなのか一瞬迷う。だが……そういうことなのだろうか。
「笹倉先生のことも刑部先生のことも信じちゃって。まさか先生達が何をしたか忘れるはずないのに」
「……」
なんともいえない感情がわき上がって来る。くだらない。実にくだらない。
播磨拳児という人間は元々誤解されやすい存在だと思っていたが、まさかこれほどとは。
そういうこと、なのだろう。笑いそうに、或いは叫びそうになる感情を無理矢理抑えて伝えるべきことを整理した。
大声を出すとわき腹に響いて辛い。泣き出しそうになる。
「先生……?」
「……とりあえず聞いて欲しい」
一言断りを入れてから話を続ける。彼女は事実を受け入れてくれるだろうか。
信じてくれるだろうか。わからないが、その機会は今しかない。
落ちている木の棒を拾って、ガリガリと地面に字をなぞる。
話し合いでは途中で割り込まれてしまう。文章で伝えるのが確実だ。
『従姉の名は絃子』
「……は?」
地面に描かれた文字の意味を理解したのだろう。今度は三原から、先程と同じような声が発せられる。
「私の母と、彼の父が兄弟なんだ。昔からつきあいがあってね。
はり……いや、拳児君が私を信頼してくれたのはそういうことだよ」
だが血縁関係というだけでは説得力に乏しい。諸所の事情を簡潔に説明する。
播磨の中学時代や家庭の事情、同居生活とそこから発生する信頼があったことや笹倉とも旧知の仲であること。
面倒毎を避けるため学校にも知らせていないことを教える。
「な……何よそれ。俺の絃子って……俺の従姉ぉ!?」
想像の範疇を超えた事実に三原が叫ぶ。全ては誤解だった。
そんな答えは期待していなかったのだろう。理由付けがただの誤解では納得は得られない。
「……そ、そんなのわかるわけない!そんなのを信じろって!?証拠はあるんですか!?」
「確かに……証明はできないな。何を言っても、それのウラを取ることがこの島ではできない」
三原は唖然と立ち尽くしていた。必死で言い繕おうと、必死で空気を食べている。
燃え盛る感情の高ぶりを戸惑いと驚嘆が抑えているようだった。
「本当だとしても……年上のお姉さんとか、同居とか……まるっきり恋人じゃん!それこそ俺の絃子じゃん!
何よ、播磨君天満ちゃんが好きとか言っておいて……八雲ちゃんだって、だから」
「違う。違うんだ」
それだけは絶対に違う。思わず叫びそうになってしまった。播磨拳児に限ってそれはない。
彼が愛したのは塚本天満ただ一人。それだけは信じて欲しかった。
けれどもう彼はこの世にいない。誤解されてしまっても、それを本人は否定できない。
ならどうするか。決まっている。まだ命ある自分がそれを正しく伝えねばならないのだ。
「怒鳴ってすまない。……これも何の証拠も無い話だが、塚本君達は私と拳児くんの関係を知っている。
どちらも私の家に来たことがあるんだ。事情はきちんと話したはずだ。理解してくれたよ」
「んな……!」
ぶるぶると三原の拳が震える。それは更に認めたくない言葉だった。――これまでのことが全て真実なら。
「……認めない。じゃないと私は……八雲ちゃんのために、やったことは……」
それ以上は考えたくなかった。それはあってはならないことだ。
誤解で、くだらない誤解で、大事な親友の大事な人を――
「君はいい子だと思う。……こんな状況でも友達の八雲君のことを考えてくれているのだから」
「と……と、当然よ。だって親友だから。聞きなさい、八雲ちゃんと私は――」
飛びつくように、誇らしげに三原は話す。
その反応は、三原が八雲のことを大事にしているからこそのもの。少し嬉しくなる。
「知っているよ。花井君とサラ君と麻生君の死。辛かったんだろう。
君は逃げ出さず、マシンガン相手に慣れない拳銃で立ち向かったんだ。本当に強い娘だと思う。皮肉じゃない」
「え……」
何故知っているのか。盗聴器があるからだ。それはすぐに気付いたらしい。
「そのことを知っていたから……私は思い留まることができた」
あと付け加えるならふいに聞こえたあの鳴き声。だが空耳かもしれない、それは黙っておく。刑部は更に続けた。
「君を殴った時、本当は殺してやると思ったんだ。拳児君だけでなく、葉子まで……大事なものが壊されたことが
ただただ許せなかった。今更何を言っているのだろうね。私にそんな資格はないというのに。
葉子が覚悟していたのは知っていたはずなのに……とても自分が嫌な人間に思えてきた」
「……すまない、くだらない話をした」
「だから、だから何!いい子?強い娘?だから?
高野さんや一条さんと協力しろって!?罠かもしれない先生の言うことを信じろって!?」
一日も経ってないはずなのに、刑部に言われた事件の記憶は遠い遠い過去の出来事のように感じていた。
思えば、あの希望に満ちていた頃とは随分変わってしまった気がする。けれどもそれは仕方ないこと。
「誰も、誰も信じられない!誰も私なんて見ようとしないし、大事な人は皆死んじゃった!
勝手な期待ばっかり残して、押し付けて!できるわけない、皆の期待に応えるなんて絶対無理!」
一通り叫び、荒い息をしながら吐き捨てる。心の溜まっていたものを一気にぶつけた。
これ以上の問答は要らない。時間の無駄だ。殺してやる、とつぶやいてスコーピオンを構える。
目の前の人間を殺せば、自分の正しさが証明――――されるのだろうか。
誤解である可能性を知ってしまった。もう殺しても何も解決しないような気がする。
心の奥深いところから、怒りと憎しみと無念が涸れない泉のように湧き出てくる。
これをどうすればいいのか。心の中を埋め尽くしつぶれてしまえ、心壊れてしまえというのか。
「『誰も私なんて見ようとしない』か。けれど君は彼らを捨てずに心に持っていた。
優しい娘だ。君位の歳のとき、私は自分とすぐ近くの数人にしか興味が無かった」
「違……!何でそういうことに」
「八雲君については、拳児君が全て受け止めた。今すぐ背負おうとしなくていい。
それよりもこれからのことを考えてくれ」
一方的に話す刑部に苛立ちが募る。自分の立場がわかっているのだろうか。
憎悪に火をつけようと刺激を与え始める。だがどうにも火がつかない。
乾燥していたはずの心が、いつも間にか少しだけ湿りを帯びているようだった。
「生き残った一人とどうするか、もう一度考えて欲しい。拳児君のことを信じて欲しい。
あと――できれば、君の友人達を解放してやって欲しい。私の話は以上だ」
最後の意味は分からなかった。だが刑部はそのまま隙だらけの背を向ける。一体どこへ。思わず口にした。
「もう一人と会って来る。……高野君だったら話し合いの余地すら許されない。
ノートパソコンはおそらく体育館にあるのだろう?」
いいのだろうか。逃がしてしまって。いいのだろうか。殺してしまって。
迷っているうちに、刑部が一歩だけ進む。だが二歩目はない。
「あ、そうそう。君は言っていたね。八雲君のために拳児君を殺したと」
心臓を直接つかまれたような気分になる。せめて八雲との絆は失いたくなかった。
それを指摘されるのは耐えられない。静かに、隠したまま忘れ去りたい傷跡だ。
「ふ、ふふ……あはは、ほら、先生だって本当は私のこと許さないって思ってる!」
「……言ったろう。私に君を責める資格はない。それだけのことをしてきたからね。
だが君がそう思うのなら、気がすまないというのならあえて言おう」
それは、三原の理解の範疇を越えていた。
内心刑部の言うこと――『俺の従姉』の意味を知ってしまったからこそ、信じ難いものだった。
「彼の命を奪ったこと。彼のイトコとして、君を許そう。忘れることはできないが、責めないことを誓うよ」
何故そんなことが、平然と言える。もうわけがわからない。刑部がそれを言ってどうする。
けれどまた目が少しだけ熱くなる。さっぱりわからない。だから次を最後に終わらせることにした。
最後の言葉を刑部の背中にぶつけることを選んだ。
「もしかして……播磨君のこと……?」
向けられた背中が完全に止まる。風になびく木々も耳に残った銃声の響きも煩いと感じるほどここは静かだ。
先程、死を意識したときと同じ感覚。ほんの一秒にも満たない間、世界がとてもとても長く感じる。
「――まさか」