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参加するカモさん:
んじゃ、どこかの板に同スレ立ててくれ。俺は出来なかった。
ついでにコピペ
●11月14日 「News23」筑紫哲也の『多事争論』(全文)
(筑紫は「週刊金曜日」の編集委員でもある)
フジテレビ、毎日新聞、朝日新聞、そして今日の「週刊金曜日」と、拉致被害者が
北朝鮮に残した近親者への取材が続き、問題になっています。
被害者の動揺を誘っている、北朝鮮にのせられているという批判がある一方で、
いくらコントロールを働かせても、当人の肉声の中には、いろんなそれを超える情
報がある、という評価もあります。
これは事実を知らせることを一番の仕事としている報道にとっての永遠のテーマ、
ジレンマだと言えます。
湾岸戦争の時に、敵のイラクにとどまって報道を続けたアメリカのCNNの記者に
対して、激しい利敵行為だという非難がありました。
が、その一方で、アメリカで有名な一つの議論があります。
敵軍に従軍を許されたカメラ取材陣が、今から味方のアメリカ軍を待ち伏せ攻撃
すると、その時、それをどうすべきか、味方に知らせるべきか。
アメリカを代表する二人のニュースキャスターの意見は「カメラを回し続ける」とい
うものでした。
もちろん他の参加者やそれを聞いていた聴衆の中に、それに賛成する者はありま
せんでした。しかし二人は「これが自分たちの仕事だ」と言って譲りませんでした。
北朝鮮との関係は戦争中ではありませんが、しかし報道と人権というこの二つの
問題はしばしば衝突を起こし、矛盾をはらんでいます。
私個人はそういう時、「そこまで取材しなくても」と臆することの方が多いのですが、
しかしそれはその分だけ職業人としては失格だと言い聞かせております。
ましてや国の方針に水を差すようなことは取材すべきでないと、こういう議論にな
ると、自由な報道や言論というのは死んでしまって、北朝鮮と何ら変わりのない国
に私たちはなってしまいます。
私はこの国が北朝鮮のようになってしまうのは決してよいこととは思いません。