俺は上からの特別命令で1を監視している、
特務機関ネルフ特殊監察部所属の加持リョウジだ。
ネルフが何の目的で1の監視を俺に命じたのかは、俺にも分からない。
俺が受けた命令は『可能な手段を尽くして1を監視せよ』それだけだ。
ま、いつもの琴音と半ば諦めて任務に就いている。
「またか・・・。」
俺はPCのモニターを見て、短いため息をついた。
また1が駄スレを立てたのだ。1のPCに潜り込んだトロイによって、
全てが監視者に筒抜けだとも知らずに…全く、無邪気なもんだ。
今夜も1がキーボードを叩く音と、「ハニャーソ」という不気味な喘ぎ声が聞こえる。
俺が1の監視を始めてからもう一週間が経つが、毎晩この調子だった。
彼は知っているのだろうか。
昔は明るかった母親が、今では近所の奥さんと顔を合わせても挨拶すらしないほど憔悴している事を。
1の家が地域社会から完全に孤立している事実を。
1の妹が学校で友人から兄弟の事を聞かれる度に、伏目がちに席を立つのを。
いや、この類の事は考えない方がいい…そんな事は、俺にもよく分かっている。
だが1の鬱屈した日常を毎日監視しながら、彼の心の闇が広がって行くのを心配するのが、
俺自身の日常となりつつあった。
とその時、1を呼ぶ年老いた女の声がマイクに入ってきた。
1の母親だ。
マイクの限界か、それとも1に怯えているためか、かなり聞こえにくい。
どうやら1を家族そろっての食卓に誘っているらしい。
…無駄なことだ。
俺にもはっきり、そう分かる…しかし、敢えて1に呼びかけるのはやはり家族だからだろうか。
もちろん1の返答はない。代わりに何かを叩く音、何かが壁にぶつけられ、割れる音。
青色の厚い遮光カーテンに阻まれ、中の様子を覗く事はできないが、その様子は手に取るように分かる。
だが母親も、一階にいるであろう父親も1を責める事はない。
一番怯えているのは1自身である事を知っているからだ。
そして1の悲鳴ともつかぬ「イッテヨシ!」の絶叫が。
「1たん1たん…ハァハァ」とよだれを垂らしながら連呼する父親の奇声。
隣室からはオマエモナーと妹の泣き叫ぶ声。
いや、これ以上は聞くまでもない、俺はやりきれない思いで盗聴器を切った。
壊れ行く、かつてはごく普通の、どこにでもいるありふれた家庭だった場所に向かって、
そっと手を合わせながら…。