劇場版の最後のシーンについて

このエントリーをはてなブックマークに追加
113名無しが氏んでも代わりはいるもの
>>107 (>>112 の続き 長レス御免)
>個人の思い込みにすぎないやろ?
>これもこれ以上議論としては発展しないって
なぜ、僕が
「俺(庵野監督)とオタク〜現実とアニメ」 が「演出」であって、
「愛、友情、ピュアさ」がそうでない、
と主張するかというと、

「俺(庵野監督)とオタク〜現実とアニメ」というのは、「情感」であって、
「愛、友情、ピュアさ」というのは、「理念」
だと思うからだよ。

「情感」と「理念」は、
「表現したかったこと」と「主張したかったこと」
と言い換えてもいいかもしれない。

いま気づいたことだけど、よく考えると、
「表現したかったこと」もテーマと呼ぶ場合があるので、
「俺(庵野監督)とオタク〜現実とアニメ」 は「テーマ」と呼んでいいと思う。

どうも僕には、「テーマ = 主張したかったこと」という先入観があったようだ。
テーマにどのようなものを求めるかは人それぞれなので、
その意味で、「個人の思い込みにすぎないやろ? 」あるいは、
価値観の相違という指摘は当を得ていると思う。

「なにかを主張すること」をテーマとする作品においては、
「情感」は、演出に過ぎないので、「情感」しかない作品は、
「それらは全て演出であって、テーマは無い」という解釈になってしまった。
これは、僕の先入観による思い込みだったので、
「情感もテーマである」という意味からは、
「テーマ無い」という言葉は撤回する。

>また君も難しいこと言うな、、、
>エヴァ自体が「アンチアニメ」をめざしていたのでは?
>よくわからん、「アンチセーラームーン」と呼べるような作品 って
>なに?
存在するかどうかではなくて考え付けるかどうかというはなしなのだが、
お互いにそれぞれの作品のテーマについて思うところを示しているし、
それが本当に正しいかどうかはともかく、我々の間ではそれについて
異論が出ていないわけだから、そのテーマに沿って考えればいいのでないかな?
「愛、友情、ピュアさ」に対しては「憎しみ、独善、狡猾」といったテーマを考えればいいだろう。
(単に「愛、友情、ピュアさ」を「肯定」する話に対して、「否定」する話にすればいいということなのだが)
登場人物が、憎みあい、裏切りあい、善良な主人公が絶望の中で死んでいくといういような話ならよいのでないかな?
「俺(庵野監督)とオタク〜現実とアニメ」
というテーマに対して、僕はそういったものを発想できない。あなたは出来るかな?
ただ、先に言ったように、
「情感もテーマである」という意味からは、
発想できないことが、「テーマが無い」という意味にはならないけどね。