覇王怒ゲンドウ
北関東の魔王とも言われる
君はどこから来て、どこへ行こうとしててんだい?」
「お、覚えていないよ、なんか気が付いたらここでねていたんだよ」
「じゃあ、出身地、年齢は?」
「お、思い出せない」
質問された少年シンジロウは限られた気力をふりしぼって思いだそうとしているが頭を掻き毟るだけに終わる
「ちょっと、無理のようですね」
カヲルが牢番の方を向いて意見を述べる
「思い出したのは、名前だけですね」
門番達も過去の尋問経験から言ってこの手の衰弱した人間が全て答えられるとはあまり思ってなかった
ただ、衰弱した少年というのがレア物であったのとカヲルと同部屋なので早く済ませたかったのである
「まったく、北へ行くのか、南へ行くのかぐらい分かるかと思ったが・・・」
それを聞きつけたカヲルが軽口を叩く
「それでは、この少年が北か南の関係者だと?」
北、南と言われて牢番達に緊張が走る
「てめえ、無駄口叩くんじゃあねえ!!」
牢番の一人が思わずボウガンを構える、しかし狙いはカヲルについていない
「まったく、北の軍勢が押し寄せてきたわけでもないのに、物騒ですよ」
「それに、もし北の覇王ゲンドウが南下してきたらここらへんの軍備じゃどうしょうもないでしょう」
「それとも、南の仁星に救援を求めますか?」
彼らが聞いたことのない南の仁星が話題になって両番たちの動きが止まる
「なんだ、その仁星とかいうのは?」
「おや、聞いたことないんですか?」
「南の仁星とは関東最南部を統治する南斗一派の重鎮ですよ、仁星冬月というらしいですね」
「南斗の連中か・・」
「南斗は秘密主義で最高幹部の名前なんて聞いたことねえぞ」
「噂じゃ6聖拳とか5車の星とか言われてるらしいが、トップクラスの連中の数すらわからねえ」
よく分からんのですが北斗の件?
323 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:02/01/29 08:17
空気補給age
何時の間にか非番の牢番達まで二人のいる未決囚部屋の前に集まってきていた
その内の一人が問いただす
「カヲル、なんでお前そんな名前今ごろ出すんだ?」
「いや、北のゲンドウの名前が出たからついでですよ、それに南斗勢力圏にいたことがあれば名前は耳にしますよ」
「貴様、南斗のスパイか!?」
思わず牢番達の中から声が上がるが、カヲルを含めた全員の視線が集まり気まずそうに黙ってしまった
「まあ、南斗は最後の駆込み寺だとここらへんでも思われているわけですね」
襟首を触りながらカヲルが感想を述べる
先ほどのスパイ発言牢番を含めて反論を述べるものはいない
牢番のリーダーが重くなった空気を振り払うように言う
「まあ、南は悪い噂は聞かないからな」
「北が悪すぎだ、悪すぎ!」
スパイ発言で小さくなっていたので立場を挽回しようと合いの手をいれる
今回は賛同を得られた
「ゲンドウの噂はロクでもないのが多いが、1000人殺しだけはありゃウソだろ!」
「一対千人で全滅させたという・・・・」
この話題が出ると最後はその場にいたものは全員沈黙してしまう、現在関東でもっとも真相究明が待たれている事件の一つである
牢内も多聞に漏れず、各人が答えが出る筈ないのに考えこんでしまった
(目撃者も生き残りもいないという・・)
(ただ、この後北関東の覇権はゲンドウの手に・・)
(北制圧まで後一歩だったはずのZEEDが・・)
関東の情報通の間ではZEEDが北を統一して関東制覇のため近々南下するとの観測が流れ、ZEEDの暴力、略奪を嫌う関東中部以南の各町村は、関東南部最強にしてその手の行為を禁じている南斗入りする用意をしているところが多かった
南斗の悪名が流れないのはここに理由があった
しかし、北部統一を目して残敵掃討のつもりである村に立ち寄ったZEEDのボスと親衛隊は不幸にも一人の男に出会う
その村でも新兵補充と略奪、暴行を行ったZEEDが連れていったのがゲンドウである
一日後、ゲンドウただ一人村に戻りボスと親衛隊の消息はその後不明である
その後、指導者を失ったZEEDが分裂を繰り返す中、ゲンドウ率いる軍勢が北部の頂点に立つこととなる
北部の各勢力を己の傘下に収めて頂点に立ったゲンドウ
そこに至るまでに何度もの戦闘があった
ゲンドウの「1000人殺し」の噂が流れるにつれ、もともと反ZEEDでZEED傘下に組み込まれた勢力は
ゲンドウの元へ走った、ゲンドウを開放者と信じで
そして、ゲンドウ軍として元ZEEDの残党と対決した
そこで彼らが見たものはZEED元幹部を文字通り崩滅させるゲンドウの戦闘力である
理由は不明だが発狂しながらゲンドウの前に崩れ落ちる敵幹部
あまりの恐ろしさにゲンドウの元から離反した勢力すら出てきた
だが、その決断をしたところの頭目連中はその後姿を見ない
ゲンドウの手に掛かったのかは不明だがそう信じられている
「粛清王」との陰口が関東に流れる
また、旧ZEED主流派でゲンドウに上級幹部を殲滅させられた連中にいたっては、逃亡すると地域住民にこれまでの復讐をされるのは目に見えているので、ゲンドウ軍に入らざるをえない
こうしてゲンドウの配下を支配しているのは恐怖のみである
そして北部平定後、中部、南部侵攻をするものと思われたが、その兆候はなく逆にゲンドウが本拠にとどまりめったに表に出てこなくなったのでまたあらぬ噂が各地に流れることとなる
こうして関東全域にゲンドウの名を語ろうとするものは沈黙と恐怖を見かえりに得ることとなる
舎内に広がる沈黙を、さえぎる声があった
入り口の方から
「村長のお帰りだぞー」のふれ声が回っている
牢番達がいっせいに我に返って入り口のほうを見る
牢番長が持ち場に戻れと命令を下す
当番以外は彼に従いカヲルの部屋の前から去っていった
後に残ったのは当初シンジに尋問を行っていた2人だけである
ただ、彼らもカヲルと比べて無害そうでなおかつ衰弱しているシンジの尋問より先ほどの南北情勢のほうが気になっていて早く当番を終了して番屋で続きを語りたかった
一方、尋問対象者たるシンジは検討会の間にいつのまにか眠っていた
そしてカヲルがそれを指摘すると、彼らも牢前から見張り場に戻っていった
そのころシンジ、カヲルが収用されている村の近辺に武装した男の一団が接近しつつあった
村を見下す丘の上に数十人のナイフ、棍棒、ボウガン等を手にした連中が集結している
「見張りは?」
「3人いたが全員あの世いきだ」
右頬に刀キズのある男が地面に向かって指を示す
「ドシロウトだぜ、武器の使い方がなっちゃいねえ」
一人が双眼鏡で偵察を始め、戦力をチェックする
「門は東西二つ、警備の連中はそれぞれ5人てところだな」
「総動員しても50ぐらいだな、この村の規模じゃ」
戦力の値踏みを行っている先遣部隊にひときわ大きい男が近づいてくる
接近に気がついた偵察隊が一斉に男のほうを向いて直立する
「ボス、戦力は最大50人ぐらいですぜ」
「突撃すればあの程度の村なんぞ一瞬で」
「まて、カイらを殺った奴を逃がすなよ」
「当然、なぶり殺しだ」
「にがしゃしねえ!!」
全員が叫ぶ
「よし、全員整列、攻撃準備!」
数分後、正門門番の目にバイク軍団が進撃してくるのが映る
「な、なんだ!!」
「も、門を閉めろ!!」
門番達が慌てて門の前にバリケードを展開する
見張り櫓の上では、番人が狂ったように鐘を連打している
その音を聞きつけて、男たちが手に手に武器を持って集結してくる
「ボウガン部隊前へ!」
数人のボウガン部隊がバリケードの後ろに隠れながら突入してくるであろうバイク部隊を狙撃しようと照準を合わせようとする
しかし、実戦経験が少ないためか手が震えて照準を合わせられなかったり、射程距離外なのに狙撃を始めてしまう
「け、届く距離じゃあねえのに打ってやがるぜ!」
「ドシロウトめ!オレ達ブラックホークの実力を思い知るがいい!」
バイク軍団はボウガンの射程距離寸前で左右に回頭し、自警団のボウガン狙撃手の矢は無駄矢とかしてしまう
自警団はあわててニの矢の装填を行う
そして二次攻撃に備えるが、今の行動で意表をつかれてブラックホークの狙いに気が付かない
再度突撃してきたバイクに今度こそと射撃するが、今回も回頭されて当らない
第三矢を装填しようとして、残りの矢が少ないことに気が付く
「ま、まずい」
「いいか、今回は直進するのを確認してから討て!」
再度向うから進撃してくるバイク部隊
自警団が再再度身構えたところに後ろから鐘の音が聞こえる
後ろを振り向くとブラックホークの別働隊が防備の薄い裏門に突入している
バリケードはたちまちのうちに破られ、自警団の後衛がたどりつく時間さえなかった
「親玉を捕まえろ!!」
「あいつが村長だ!」
間繋ぎに俺が昔HPで書いた小説アップしていい?
……ダメか(;´Д`)
どうぞ。
ではお言葉に甘えます。お目汚しスマソ。
辺りを作業着姿の技術者が忙しく動き回るケイジの中、赤いエヴァの前に立つ少女の姿に気をとめる者は誰もいなかった。彼女もまた赤いプラグスーツに身を包んでいたために、4つの目を持つエヴァの専属パイロットだとわかっていたので。
少女は自分の体を抱きしめるように腕を組み合わせ、どこか悲壮感の漂う険しい表情で、彼女の機体を見つめていた。
「わたしには、エヴァに乗るしかない」
「──それだけが、わたしが生きている意味だから」
やはり、彼女の言葉に耳を傾ける者はいなかった。なぜなら、ケイジ内に使徒襲来を告げる警報とアナウンスが響きわたったからだ。戦闘配置に移行する過程で、さらに慌ただしくなったケイジの中で、彼女は自分に言い聞かせる様に口を開いた。
「今度こそ負けられない。──マナ、いくわよ」
そう呟いて、彼女は弐号機に乗り込んでいった。
それは対第12使徒戦の時の事だった。
レイやアスカよりも素早く、目標──宙に浮かぶスプライト模様の使徒だ──のすぐ側まで接近していたシンジは、なかなか予定の配置が完成しないことに、焦れていた。
最近アスカを追い抜いたばかりのシンクロ率の高さや、そのテストの終わり際にミサトが彼にかけた言葉が、シンジを増長させていた面もあった。
「こっちで足止めだけでもしておく!」
意を決したシンジが、使徒に向けて銃撃を放った瞬間、対象の姿が消え、背中に(正確にはエヴァの背部だ)かなり大きな衝撃を受けて、視界が急転した。それと同時にアスカの声が聞こえた気もしたが、あるいはアスカの声が先だったかも知れない。
すぐに体勢を立て直したシンジは、足下に得体の知れない影が拡がって来ていることに気づくと、素早くバックステップし、なおも迫る影から逃れるために傾きかけた兵装ビルをよじ登った。
当面の安全を確認したシンジは、その時点でようやく背後を振り返り、先程自分の身に何が起こったのかを知った。
その大部分を影に飲み込まれてしまった弐号機の頭部だけが、ポッカリと黒い空間に浮かぶ、奇妙なオブジェクトとしてそこにあったから。
アスカは、シンジの身代わりになったのだ。
シンジは混乱しながらも、迫り来る影から逃れる為にビルを登り続ける。初号機のコクピットに、感情を押し殺したミサトの声が響いた。
「シンジくん、後退するわ」
「で、でも! ア、アスカが! アスカが!」
「……命令よ。さがりなさい」
既に弐号機の姿は見えなくなっていた。アスカがこうなってしまった原因は自分の独断先行のせいだ。シンジは返事をせずに行動でもって、ミサトに後退する意志を示した。
マナはシンジに背を向けて、ムサシと抱き合っていた。ムサシの鼓動の早さを感じて、マナは彼が震えていることに気づいた。だが、彼女自身は不思議に落ち着いていた。すでに覚悟が出来ていたからだと思った。
シンジが弱々しくマナを呼ぶ声が聞こえたが、彼女は返事をしなかった。ただ、これから起こる事を何も知らない、小鳥のさえずりだけが聞こえていた。
果てなく続くかと錯覚するほどの刹那が過ぎた頃、弐号機から降りたアスカは力無く立ちすくむシンジの手を引っ張り、彼女のエヴァへと押し込んだ。
一刻の猶予もない緊迫した状況だったが、アスカはシンジを放ったらかしにして、別な男と消えようとしている女を、睨め付けることを忘れなかった。もちろん、マナは彼女に背を向けているので、アスカの視線に気づく事は無かったのだけれど。
「わたしはシンジくんのことが好きでした。デート楽しかったです。ミサトさんちの夕食、みんなで食べる食事は最高です。でも、もう終わりにします。あなたを楽にさせてあげます、ごめんなさい、さようなら、シンジくん」
震えの止まったムサシの腕の中、アスカに引っ張って行かれるシンジに向けて、マナは心の中で最後の言葉を投げかけた。だが、彼女の思う様にはならなかった。ムサシが突然にマナの手を引っ張り、彼の機体のコクピットに彼女を押し込もうとしたからだ。
マナも一ヶ月という短い期間だったが、この機体のパイロットだったことがあるので、緊急時の脱出ポッドを用いるつもりなのだという彼の意図がわかった。だが、それは彼女の決意に反する。第一、それはたった一人の命しか救わない!
「ムサシ、もういいの」
ムサシはマナの言葉を無視して、彼女をコクピットのシーツに座らせると、上半身だけ乗り入れてコンソールを操作しだした。予めこうなることを予測していたらしく、ムサシは設定を十数秒で終えた。
「ムサシ、ムサシ、ねぇ」
ムサシは体をコクピットの外に出すと、ハッチに手を掛けマナに向けて微笑んだ。マナはムサシのそんな表情を見るのは初めてだった。何かを言おうとしたマナに先んじてムサシが口を開いた。それは、遺言だった。
「マナ、生きろ。幸せになれ」
そしてムサシはハッチを閉じた。その数秒後、彼は光となり、音となり、消えた。
海辺の病院で目を覚まし、療養していたマナを迎えに来たのは、奇跡的に無事だったムサシでもなく、彼女を捜し訪ねて来たシンジでもなく、ネルフ保安部の職員を引き連れたミサトだった。戦略自衛隊の人間でなかっただけ、彼女は幸運だと言えた。
ミサトはマナに、彼女がもう自由の身になった事を告げた。当然それは、ネルフの保護──この場合、監視と同義だ──の元で、という制限付きではあったけれど。
戦自とネルフとの間でどのようなやり取りがあったのか、マナにはわからなかったが、興味もなかった。そんなことよりも、大事な事があった。
「あの……聞いてもいいですか」
「いいわよ、何でも聞いて」
「……ムサシとケイタの事です。ミサトさん、何か聞いてませんか」
マナの言葉に、ミサトの顔から笑みが消えた。それが答えだった。
「ムサシくんはあなたを助けて……。後はあなたの知っている通りよ。死亡は確認されていないけれど、きっと……。でも、可能性がないわけじゃないわ」
マナはミサトの気休めに答えず、次を促す。
「ケイタは」
「……彼は収容先の病院で、三日前に息を引き取りました。これは正確な情報よ。……本当に、あなたには何て言えばわからないわ。ごめんなさい、私たちがもっと」
「いいんです、わかってましたから。それに元々、わたしたちが悪いんです」
「……本当にごめんなさい」
ミサトはそう言って、深々と頭を下げた。マナは彼女に謝られる理由がなかったが、ミサトが良心の呵責に苦しんでいるのは想像出来たので、彼女の気の済むようにさせていた。自分の心はどこか冷めてしまったな、とマナは思った。
翌週の頭から、マナはネルフの用意したマンションに住み、再びシンジ達と共に第壱中学校に通い始めた。書類上、マナは十数日の間、無断欠席しただけだったので、彼女が学校に戻ることに何の問題も無かった。
シンジは彼女の無事を喜んでくれたが、恋愛感情と言う限られた面に於いては、マナへの関心は無くなってしまったらしかった。その事実はマナを悲しませたが、彼女はいつもの笑顔を絶やす事はなかった。
アスカは相変わらず彼女に手厳しかったが、マナの身の上を知っている為だろうか、時折思いやりを見せることもあった。
やがてマナとアスカは、シンジが「こうなるなんて想像出来なかったな」と言う程の、友達になっていった。本人達は決して軽々しく口にしなかったが、『親友』と言う言葉が相応しい関係だと、周囲の人間は思っていた。
そしてマナは、その出来たばかりの親友も失うことになった。
250個ものN2爆雷を中心部に投下し、残った2体のエヴァが形成するATフィールドにより、1000分の1秒間だけ敵使徒内部の『ディラックの海』に干渉・破壊せしめると言う、リツコの提唱した強制サルベージ作戦は、一見成功したかに見えた。
いや、彼女の定義では間違いなく成功したのだろう。作戦の目標は「エヴァ弐号機の機体の回収」だったのだから。
地が裂け、赤褐色の液体が溢れると同時に蒸発していく最中、中空に浮かぶ球体に亀裂が走り、地面の影と同様に赤褐色の液体を零しだした。
シンジは球体の真下に駆け寄り、裂け目から落ちてきた弐号機を、両手で受け止める。綺麗な赤だった弐号機が、使徒かエヴァか、あるいはその両方の血にまみれているのが痛々しかった。
地に置かれた弐号機のエントリープラグに真っ先に飛び込んだシンジが目にしたのは、瞼を閉じてピクリとも動かないアスカの姿だった。シンジはアスカの肩を掴んで、必死に彼女の名を呼んだ。
すると、彼女の目がゆっくりと開かれ、その顔に微かな笑みが浮かんだ。シンジはもう一度、力強く彼女の名を呼んだ。
「アスカ!」
「……遅いわよ……バカ……シン……」
それっきりだった。既にアスカの瞳は、光の反射と言う意味でしか、シンジを映していなかった。
「ア、アスカ? ねぇ、どうしたのアスカ、返事をしてよ。ね、寝ちゃったの? そ、そうだよね、疲れてるもんね……。アスカ、アスカ、アスカ……。答えてよ、ねぇ、アスカぁ!」
シンジがいくら名前を呼んでも、アスカは返事を返さなかった。
駆けつけた救護班の人間が、シンジを押し退け、アスカを担架に乗せて運んで行った後も、シンジは現実を認めることが出来なかった。ミサトは何も言わず、ただシンジの側に立っている。
「ミサトさん、アスカ、大丈夫ですよね。助かりますよね。あのアスカが、こんなところで死……」
シンジは思わず口をついて出た言葉に衝撃を受けた。
死ぬ? あのアスカが? まさか、そんな!
「ミサトさん、何か言ってよ。大丈夫だって言ってよ。ねぇ、ミサトさん」
ミサトに抱きしめられたシンジは、風を切るような奇妙な音を聞いた。すぐに、それは泣き出しそうなのを必死で堪えるミサトが、堪えきれず洩らした音だとわかった。背中に回された彼女の手が、すぐに全身が、ぶるぶると震えだした。
「……嘘だ……嘘だ……。アスカが、アスカが、アスカが」
シンジは母親を探す迷子の子供の様に、声を上げて彼女の名を呼びながら泣いた。シンジが泣き出した後、堰を切ったようにミサトも泣き声を洩らした。
ミサトの腕の中で、シンジは、かつてのアスカの言葉を思い出していた。だがそれは、もう永遠に叶うことが無いのだ。その事実が悲しくて、シンジは更に泣いた。
「──アタシが霧島さんの代わりになってあげてもいいのよ」
それから数日後、シンジのマンションの近くに位置する公園で、同じベンチに腰掛けるマナとシンジの姿があった。シンジが一人でいた所にマナがやって来て、彼の了承を得て、遠慮がちに隣に座ったのだ。
アスカの死はマナを打ちのめしたが、自分でも信じられない程に、彼女の立ち直りは早かった。こんな事柄でさえ、人は慣れてしまうものなのだと、マナは知った。
マナは自分に出来ることは、シンジの悲しみをいくらかでも軽減する事だけだと思った。
マナがシンジに掛ける言葉を探していると、意外なことにシンジの方から話し出した。彼女は黙って、シンジの話に耳を傾けた。
「アスカ、今ね、ドイツにいるんだよ」
「ドイツは遠いよね。気軽に行ける距離じゃないし」
「第一、僕はここを離れることが出来ないんだ」
「……僕は馬鹿だ」
「僕はアスカの事が好きだったんだ」
「今頃になって気づくなんて、本当にバカシンジだよ」
「僕は使徒に勝つ。絶対、負けない」
「そして、ドイツに行く。アスカの前で言う」
「『僕はアスカが好きだ』って」
マナは、シンジくんの横に自分の居場所は無いんだなぁ、と改めて思い知らされると同時に、シンジくんはわたしが思っていたよりもずっと強い、と思った。
わたしにも、シンジのためにしてあげられる『何か』があればいいのに。
校内放送で呼び出されたマナが校長室に入ると、そこには校長ともう一人、髪を金色に染めた泣きぼくろが特徴的な妙齢の美人がいた。
「私はネルフ技術一課E計画作戦担当博士──赤木リツコです。霧島マナね。話は聞いています」
『話』って何の話だろう? わたしが戦自のスパイだったことだろうか。それとも、シンジくんとのこと? アスカ? ムサシやケイタのこと? きっと、全部だ。
マナは、リツコの何事も感情を排除し、デジタルに分析してからで無ければ、受け入れなさそうな感じに、苦手意識を覚えた。
「あなたに知らせが二つあります。良い知らせと悪い知らせです」
あるいはどちらも悪い知らせかも知れないけど、とリツコは考えていたが、それを悟られるような彼女ではない。
マナはしばし逡巡してから、「悪い方から聞きます」と言った。リツコは頷くと、立て続けに二つの知らせを事務的に伝えた。
「悪い知らせです。昨夜、あなたのご両親が事故で亡くなりました。良い知らせ──あなたにエヴァの適格者としての適性が認められました。
あなたは自分の意志で、フォースチルドレンになる事が出来ます。その際、あなたの搭乗するエヴァは弐号機になります。アスカの乗っていた機体よ」
マナの強い要望で、弐号機のカラーリングは赤のままで据え置かれることになった。
チルドレンたちのプラグスーツは完全に個人に合わせて作られた物だったが、やはりマナの要望によってアスカのそれと同じデザインだった。
シンジはマナがエヴァに乗る事に最後まで反対したが、それはマナ自身の望みだったので、結局はしぶしぶながら納得せざるを得なかった。「絶対に自らを危険に晒してはいけない」と、シンジはしつこい程に彼女に念を押した。
第13使徒戦の時は、シンジはマナの参戦に感謝せざるを得なかった。もし、マナがシンジと共に、使徒に乗っ取られたエヴァ参号機を押さえ込んでくれなければ、トウジを無事に助け出すことなど出来なかっただろう。
それだけでシンジは十二分にマナに恩を感じていたのだが、マナ自身は次の第14使徒戦で全く役に立てなかった事に、自責の念を覚えていた。
「こんなことじゃ駄目だ。これじゃシンジくんの役に立てない。わたしにはもう何もない。お父さんもお母さんもいない。
友達も死んでしまった。ムサシ、ケイタ、そして、アスカ。シンジくんの横にも、わたしの居場所は無い。どこにも、無い。だからわたしは、エヴァに乗らなきゃいけない。
せめてそれだけでも、アスカの代わりを務めなければ、シンジくんの役に立たなければ、もう、生きている意味なんて無い」
今回、衛星軌道上で発見された使徒は、その発見時から小一時間が過ぎようとした今も、全く動きをみせなかった。ミサトは使徒が、衛星軌道上からでも本部を破壊する能力を持っているかと危惧したが、どうやらそれも無しい。
かといってこちらから撃って出る手段もないので、しんしんと降り注ぐ雨の中、膠着状態が続いていた。
チルドレン3人の中で一番シンクロ率が高いシンジの初号機は封印されていた為に、次にシンクロ率の高いマナが先鋒を任された。レイは背後で彼女をバックアップする為に待機している。
結局ミサトの選んだ作戦は、エヴァによってATフィールドを中和できない距離にある使徒を、大出力のポジトロンライフルでフィールドごと撃ち抜くと言った、第5使徒戦時の作戦の焼き直しだった。
こんなことで倒せる程、使徒は甘くない事を知っている彼女だったが、他に方策が無かった。あるいは、目標が動きを見せれば、別の戦い方もあるのだが──。
ミサトの思惑とは別に、マナは与えられた作戦通りに使徒を殲滅するつもりでいた。
使徒がライフルの射程に入り、わたしが撃つ。大出力のビームは束となり、使徒を焼き払う。それ以外にどんなシナリオがあるというの? あるとすれば、それは敗北だけだ。
「──早く入ってきて。そうすれば──」
マナは衛生軌道上で輝く使徒に向けて、ポジトロンライフルの照準を構え、目標が射程距離に進入して来るのを待ちかまえていた。
そして、彼女の弐号機は、光に包まれた。
発令所に、使徒の精神攻撃を受けたマナの絶叫が響きわたる中、彼女を救う手段を持つ者はいなかった。ただ一人を除いては。
「僕が初号機で出ます!」
ケイジ内で待機していたシンジの言葉を、冬月が間を置かず否定する。
「いかん。目標はパイロットの精神を侵食するタイプだ」
「今、初号機を侵食される事態は、避けねばならん」
その後を受けたゲンドウも、シンジの出撃を許さない。
「だったら、やられなきゃいいんでしょ!」
「その保証はない」
「でも、このままじゃマナが!」
シンジはモニター越しに父親を見つめた。
「僕は行くよ。父さん達が認めてくれないなら、僕はここを壊してでも、マナの所に行く!」
ゲンドウは数秒、シンジの顔を見つめた後、一つの命令を下した。冬月は驚き、彼の顔を覗き込んだが、その表情からは何も読みとる事が出来なかった。
「初号機の凍結は現時刻をもって解除。──シンジ、ドグマに降りて槍を使え」
短編です。
再構築ものの、ワンエピソードという形なので、留意お願いいたします。
いつものように左の掌で吹き飛ばされ、青い床の上に叩き付けられながら、シンジは犯罪的なことを秒百万回転ぐらいの勢いで頭の中にかけめぐらませた。
情け無く頬を床に押しつけながらその冷たさに少し心安らかになるが、体がピクリとも動かない。
胸中で更に罵詈雑言を殺人的な加速度で増加させる。
暗い情熱に灯が点り、下半身は熱くいきり立つがなんの根本的解決にはならなかった。
思えばこの殺人的スケジュールで組まれている訓練はさることながら、それ以前に日常生活においてまでこの葛城一尉の監視下におかれ、それどころか彼女自身の世話(そう、まさに世話という言葉がふさわしい)までしないといけないと言うのは間違っている。
訓練に伴う殺人的スケジュール。これはまだ理屈として解る。
しかし世話はないだろう。
彼女の日に三度の食事だけでなく、洗濯もこなし掃除もこなし、更には朝起こすのも彼だ。
主婦の辛さというモノをしみじみと実感したが、彼にはそれだけではなくかなり無茶なスケジュールの特訓があるのだ。
多分過労死する。
そう思ったりするのだが、意地という奴で逆に負けてなるものかと思っていたりする。
とにかく、耐え難きを耐え忍び難きを忍んでいるのだ。
この事実を再認識するたびにいっそう殺意が増えるというものであるが、正攻法ではこの背中の上に乗っている女性には勝てないのである。
今の所記憶に残っている限りでは356戦ほどしていたはずだが全て秒殺である。
確かに、それだけの実力差はあったのだろうと思う。
だが全て秒殺とは。
一応とは言え教官なんのだから手を抜いて、攻撃パターンを覚えさせるなどしてくれても良いのではないのか。
おそらくというか限りなく黒に近いというかもはやそれは確信というかむしろ事実なのだろうが、彼女は間違いなくストレス解消目的でこの訓練をやっている。
その証拠に、何故わざわざ背中の上で踊る必要がある。
再度怨念エンジンに灯が点り、怨念増殖炉は猛回転で起動し始めるが、全く解決にならない。
勿論意識もブラックアウトした。
私が食事を作る。と葛城ミサトが言いだしたのはそんなある日のことだった。
明日は休みだし私が腕によりをかけてシーフードカレーを作るわと言った。
碇シンジは何かの間違いだろうと思ったが、余りの体の疲れのためと、非現実的な申し出のために脳味噌が止まり、気付いたら既に次の日の朝であった。
そのままおんだされた。
仕方がないのでネルフに行き、溜まっているスケジュールをこなすことにした。
シンジには休みというモノは存在しないのである。
とは言え、エヴァ初号機に乗り、パーソナルデータの蓄積だとか、そんな楽な作業なので体力的には辛くない。
むしろオペレーター三人組やなんかと楽しく談笑したりしてみて、精神的にもリフレッシュした。
「それにしてもシンジ君、今日も良く来たね」
青葉シゲルが缶コーヒーを片手に言う。
「なんか、ミサトさんが(こう呼ばないと殴るわよと殴られた)カレーを作るとか言って居るんですよ。それででてけとか言われて」
「へぇ、あの人料理できるんだな」
シゲルが感心したような声を上げる。
「まあ、葛城さんも軍人とは言え女の人ですからおかしくはないんじゃないですか? シンジ君が来る前は一人で暮らしていたわけですし」
そう言ったのは伊吹マヤだった。
「でも、僕が来たときは物凄いゴミの山でしたよ」
シンジはそう苦笑する。
奥の方で日向マコトが眼鏡を光らせながら悶々としているのは気のせいだろう。
「しかし、軍人の作る料理だろ?」
シゲルが皮肉下な笑みを浮かべて言う。
「どういうこと?」
マヤは尋ねる。
「軍人の食べるモンは、ろくな味じゃないんだ。Cレーションとかさ。マヤちゃんは、技術畑だからそんなに縁はないだろうけど、俺は一応基礎訓練ぐらいは受けているからね」
本当はシゲルは特殊部隊の訓練も受けかなりの好成績を収めている男なのだが、おくびにも出さず言う。
「なぁ、マコト?」
「あ、ああ。Cレーションは酷い味だったよ。軍事教練でしか食べなかったけど、もう二度と食べたくないな」
話を振られ、トリップから復帰したマコトが相づちを打つ。
「葛城さんは、ああ見えてもバリバリに実戦をこなしているからな。初陣は五年前の中国だったそうだけど、そこから結構転戦してるしな。ネルフに来たのは二年前。三年も前線にいるんだ。かなりのベテランだよ」
「ああ。激戦区を転々としている。ネルフからの出向という形らしいけど、あの人ほど経験を積んだ指揮官もあまりいないと思うよ」
日向はまるで自分のことを自慢するように言う。
そんな様子にシゲルは苦笑する。お前の葛城さん好きはバレバレだな?
「ま、そんなわけだから、軍人の作ったモンは食べれればいいや、って言う観点から作られている物が多いんだ。味なんて保証外って事」
「……一応自信はありげでしたけど……」
暗くなったシンジの様子にシゲルは慌ててフォローを入れる。
「まあ、自信があるって事は以外と料理が上手いのかも知れないぜ? 赤木博士も料理上手なんだろ?」
「え? あ、はい、先輩は時々ですけど自分のお弁当を作って来るんです。それで、前にちょっと食べさせてもらったんですけど、おいしかったです」
何故か頬を少し赤らめながらマヤは言った。
「一応親友なんだ。少なくともましなモノは食べれるんじゃないかな?」
シゲルの言葉に、シンジも微笑みながら頷いた。
「そうだと嬉しいんですけどね。……あ、そろそろ時間なんで、僕は帰ります。それじゃあ」
そう言って、シンジは帰っていった。
その後ろ姿を見つめながらシゲルは思った。
(これで、葛城さんのメシがまずかったら、本当に浮かばれないな)
そんなことを思ったら、本当にそれが実現してしまうかも知れない。そう思い、シゲルは頭を振った。
「あら? シンジ君は帰ったの?」
別室から戻ってきたリツコが言った。
「はい。今帰ったところです」
「そう、一足遅かったわね。まあ、良いわ。さあ、マヤ休みは終わりよ」
ハーイ、と言う声と共に、まだ残る仕事を始める。
まだ、仕事はあるのだ。
碇シンジが家に帰り食卓につき、うやうやしく、それでいて、自信がありそうに出された物はカレーのはずだった。
色が黒い。
「インスタントコーヒーを入れると、風味が増すのよ。後、隠し味にチョコレート」
なるほど、道理でさっきから甘ったるいコーヒーの匂いがカレーの匂いに混じってするはずだ、とシンジはいたく納得した。しかし、この量は、はたして自分は食べれるだろうか、そう真剣に考える。
「まぁ、ちょっと量が多いけど、男の子だし食べれるでしょ!」
確かに大食いの人なら食べれるかも知れない、たとえそれがこの家にある最も大きい深皿を使ったカレーでも。多分4キロはある。
一つ呼吸をすると、覚悟を決めて、スプーンを手に取る。
そして思い切り突き刺す。
余りの量に見えなかった具の手応えを感じる。思い切ってそれをスプーンに乗っけてすくい出そうとするが、予想外に重い。スプーンを持つ手に力を込め、ゆっくりとそれを持ち上げる。
最初に見えたのは目だった。
加熱され、白く濁った目が無表情にシンジを見つめている。それを見ながら、シンジは、多分僕も今、こんな目をしているんだろうなァと思った。
「イカはね、いっっっぱい入っているのよ!」
なるほど。さすがはシーフードカレーだ。イカを一杯使うとは剛毅なことである。
シンジはそう思うと、そのイカをもう少し高く揚げてみた。
足が見える。頭も見える。
確かに一杯使っているなぁ、と思う。
シンジはスプーンを下げるとイカを再びカレーの海に戻してやった。そしてちらりとミサトの方を見る。
自信満々の笑顔だった。
多分この人は、僕を殺そうとしているんだろうなぁ、そう自然と思った。
道理で、常日頃、私は作るとそれに満足しちゃって食欲が無くなるタイプ、等といっていただけある。この日のための伏線だったとは。やられた。乾杯だ。その事に気付かなかった僕が甘いのだろう。
だが、只では死ぬまい。
そう決意をした。
「じゃあ、いただきます」
そう言ってシンジは笑った。ある種の人間にしか持ち得ない、透明な笑みだった。
そのままシンジは一寸の無駄がない、それでいて優雅な手つきでスプーンを操り、ルーとご飯だけをすくった。そして迷うことなく口の中に入れる。
チョコレートの甘みとコーヒーのえぐみと後なんだか良く分からない味がカレーの風味と共に口の中に広がった。
一瞬気が遠くなり、それが戻ってくると同時に始まった食堂の蠕動を無理矢理押さえつける。喉の筋肉と、意志の力で口の中にある物体をそのまま胃に流し込んだ。
視界がぼやけてくるのを感じながらも、シンジはその意志が挫けないうちに、といきなり大物に取りかかった。
スプーンでイカをすくい上げる。そしてそのままその頭にかじりついた。
固い。
当然のようにイカは皮むきされていなかった。
シンジはこのままではらちがあかないと、スプーンを置く。そしてイカを手で直に掴む。
顎の筋肉をフル動員して、イカの頭を噛みちぎる。
その瞬間イカの体液が口の中に広がる。
生臭い。
それを認識するかしないかのうちに、再び食らう。食らう。食らう。
猛烈に咀嚼運動を繰り返し、意志の力で胃にそれを叩き込む。
周りがどうなろうと関係ない。この先どうなろうと関係ない。
只、目の前の、これにだけは負けたくなかった。
「そう言えば先輩。葛城さんって、料理上手なんですか?」
マヤの質問に、ハァ? と言うような表情をしてリツコが向いた。
「あなた頭平気?」
「……え! な、何でですか!?」
自分の上司が見せた、普段では見られないような顔に驚きを隠せないままにマヤは応える。
「あなたのせいで、もうこのコーヒー飲めなくなったじゃない。むしろ、今日はもう食事なんて出来ないわ」
デスクに置いてあったコーヒーカップを眺めながら彼女はそう言った。その顔は、心底嫌そうである。
「……葛城さんの料理ってそんなにまずいんですか?」
上司のその様子に、マヤはおそるおそる自分の推測を言う。
「まずいとかの次元ではないわ。むしろ生物兵器よ」
「生物兵器って……」
異論を許さぬ口調に、少し怯えながらマヤは言った。
「それよりも唐突になに? 何でミサトの料理(こんな言葉が存在するのが許せないという風に)の話なんてするの?」
「え。あ、そうなんです。シンジくんが今日葛城さんが食事を……」
マヤが言い終わる前に、リツコは部屋を飛び出していた。研究者とは思えない、物凄い勢いだった。
白衣をひるがえしながらリツコは携帯を取り出す。
「保安部? 技術部の赤木です。大至急一台車を回して。いいから、早く! サードチルドレンの命がかかっているのよ!」
それだけ言うと、彼女は携帯を切る。そして新しくコールをする。
「ただいまおかけになった電話は、電源が切れているか……」
なにやっているのよあの馬鹿!
更にコールする。
「早く早く早く早く……!」
しかし、出ない。
携帯を切ると、リツコは圧倒的な絶望に押し包まれた。こんな絶望は体験したことがなかった。
神様、居るならお願い。シンジ君を助けて頂戴。少しばかりの幸運をさずけてあげて。
リツコは祈ることしかできなかった。
それからリツコが保安部の車に乗り、コンフォート17のミサトの部屋についたのはそれから五分後であった。
これは、最速と言っても過言ではなく、保安部だけでなくマギのサポートによる交通規制がなければ実現は不可能だったろう。
だが、悲劇は回避できなかった。
リツコがミサトの部屋に突入し、現状を確認すると、まるで狂った機械のように何かを食べ続けるシンジの姿があった。
リツコはそれを羽交い締めにし、もういいのよシンジ君と言っても聞かなかった。余りの力に、それより少し遅れて入ってきた保安部の黒服二人の力が必要になったぐらいだ。
シンジはすぐに鎮静剤を注射され、病院に担ぎ込まれ、胃洗浄が行われた。
それより一週間、彼は入院を続けた。
身体的な問題だけでなく、余りの精神的ストレスから一種の脅迫観念症になり、そのリハビリが続けられたからだ。
これによりサードチルドレンのスケジュールに支障が起きたが、この事態ではやむを得ないとの判断が下された。
葛城ミサト一尉については、誰もが余りの激動に処置を忘れていた。
彼女の採決が下ったのは実に一週間後であった。
本来ならば、銃殺刑もやむなしと言うところだが(何しろ最高機密でもあるパイロットを殺害しようとしたのだ)それまでの経歴、彼女の才能を判断して、訓告ならびに半年の減棒、更にはサードチルドレンとの同居は直ちに解除(当然のように手当もストップ)と言うものだった。
これが妥当であるかどうかは判らないが、一部では不満が出たと言うことは、追記しておかなければならない事項だろう。
だが、彼女は一貫して冤罪を主張しており、それがその一部の血圧を上げたこともまた事実である。
良くある題材です。
しかし、物凄く久々な書き込みだ(藁
ォォォ! イツノマニカ カキコミ フエテル! イイ!
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EVA SHADOWRUN 序章
作・金野 成希 参考と引用 TRPG「SHADOWRUN」ルールブックなど
「SHADOWRUN(しゃどうらん)」(名詞)
非合法あるいは半非合法な計画を実行する為に行われる一連の行動
―――『イミダス』2050年版より
現在の2050年の世界は、我々の曽祖父の頃の世界とは大きく異なっている。
かつては核の恐怖で世界を支配していた超大国も現在では小さな自治国家群に分裂し、かの国が持っていた強大な力は企業が受け継ぐ事となった。科学とテクノロジーも大きな変化を見せ、かつての進歩など、今は子供の遊びのレベルでしかない。
しかし、我々の世代が過去と似ても似つかない姿になった訳は、これが全てではなかった。地球上に魔法が復活し、我々は『覚醒』した世界に生きる事になったのである。
「油断するな。迷わず撃て。弾を切らすな。ドラゴンには手を出すな」
―――ストリートの警句
世界的に大流行した『ウィルス性有毒アレルギー症候群』(通称ファーストインパクト)
このペスト以来最悪の伝染病のおかげで、皮肉にも人類が抱えている人口増加問題に一気にケリがついた。
そして、いくつかの政治的事件からの政府転覆、過激派の原子力発電所襲撃からの、メルトダウンまでの一連の騒動。しかし、そんなものは21世紀最大の出来事『ゴブリナイゼーション』(通称セカンドインパクト)の前触れでしかなかった。
ある日、隣人や家族、恋人や友人が忌まわしい『人間型生物』へと突然変異するようになったのだ。
短期間に穏やかに変異する者、長期間に渡って苦しみぬいた挙句、命を落とす者もいた。セカンドインパクトは、ファーストインパクトを生き延びた人々の約10%を『エルフ』や『トロール』といった姿に変化させていった。
人間は彼らを差別し、虐げた。前世紀のまったくの繰り返しだった。
地上には弱肉強食の掟が復活し、政府に替わる統治機関は企業となり、世界は混沌に閉ざされた。
「生き残れたのなら、たぶんうまくやったのさ」
―――加持リョウジ、フリーランサー
−1−
その少年は、痩せぎすの体を力無く横たえていた。ピクリとも動かない四肢とは対照的に、ハァハァと大きく息をついている。
彼の瞳に映るのは、夕焼けの赤い光と、非常階段。手すりの部分にはところどころ赤錆が浮いている。
この寒い時代に、ストリートチルドレンとして生きるには、少年はあまりにも無力だった。
いつの日か唐突に、自分の人生は終わるのだろうと、漠然と考えていた。
それは銃弾によるものだったり、崩れてきたビルに巻き込まれてだと思っていた。
しかし。
自分が思い描いていた最悪の結末………人狩りに追われる事になろうとは。
売春宿に叩き売られるなら、まだいい。
どこか僻地で、強制労働させられるのだって、マシな方だ。
少なくとも、少しの間なら生きていられる。
人狩りにさらわれる。それは、大体が『死』と直結している。しかも最悪のカタチで降りかかる死………企業という悪魔への生贄。
人の世から法の秩序が消え、メガ・コーポレーションが台頭するようになってから、ヤツらは住民登録をしていない、いわゆる『不法住居者』には容赦は無い。
このまま捕まったら、企業に引き渡されて、生きたままおぞましい人体実験でもされるのだろう。
そういえば、もう三日も何も食べていない。
そんな事が脳裏に過ぎり、少年は渇いた笑いを漏らした。
これから人体実験されるかもしれないっていうのに、自分の食べ物の心配か。おめでたいな、僕は。
夕日が不意に陰り、頭を上げる。
彼の後ろから忍び寄った人狩りの影。
先ほどまでこの廃ビルで延々追い駆けっこを演じていた、少年の小さな心臓は、体中に血液を送るポンプの役割を果たし、代償として鼓膜はその鼓動の音に支配されていたのだ。
忍び寄る死神の足音を聞き落としたのは、多分そのせいだろう。
人狩りは手に大ぶりの銃を握っている。嫌らしい薄笑いを浮かべていた。
こちらは、ぼろをまとっただけの姿で、靴すらはいていない。もちろん、武器も無い。
この絶望的戦力差を覆し、人狩りの魔の手が逃げる事が出来るだろうか?
…答えはNOだ。
…答えはNOだ。
少年は、自分が死ぬ事を覚悟した。
企業の研究所で惨い死に様をさらすよりは、ここで必死の反撃をして、殺された方がマシだ。
そう思った。
自分の頭上から、何かおぞましい生き物の鳴き声が聞こえるまでは。
ストリートで生活していた頃、何度か聞いた事があった。
昔は鳥だったと思われる生物、セカンドインパクトの後から現れるようになった、いわゆる覚醒種、『サンダーバード』と呼ばれる種類の声だという噂を、彼はストリートチルドレンの知り合いから聞いた覚えがあった。
非常階段を照らす光は、陽が沈む直前の………何処か人に悲しさを覚えさせる赤。
しかし、少年と人狩りは恐怖を感じていた。
妖鳥が鳴きながら、彼らの頭上をぐるぐると旋回しているからだ。
チ、と舌打ちを漏らしてから、妖鳥に向かって狙いを定め、数発の銃弾を放つ人狩り。しかし、それはことごとく外れたらしく、サンダーバードは悠然と空を舞っている。
唐突に、少年目の前が赤く染まった。それは落日の色では無く、鮮血の紅。それと同時に、濃い血の臭いが鼻を刺す。
どこに潜んでいたのか、もう一匹の妖鳥が低空から人狩りに体当たりしたのだ。
その時に爪と牙で引き裂かれたのだろう、彼の腹からは大蛇のような腸がはみ出ていた。
恐怖のあまり、声すら出せない少年。
階段に散らばった、毒々しいピンク色の腸をかき集めようとしゃがみ込む人狩り。明らかに致命傷なのだが、きっとパニックを起こしているのだろう。
空を飛んでいた妖鳥もいつの間にか地面に下りてきて、二匹で『食事』を始めた。
人狩りの叫び声。何かを咀嚼する音。妖鳥の笑い声。絶望。血。明確な………死。
妖鳥が唐突に食事を止めた。そして、すぐ隣で震えている『次の獲物』をちらりと見やり、デザートに取り掛かろうとする。
この時になってようやく生への執着を思い出した少年は、小声で祈った。
「もう満腹なはずだ、もう満腹なはずだ」
慌てて非常階段を駆け下りようとする少年。しかし、サンダーバードの一匹がふわりと宙を舞い、彼のすぐ目の前に着地する。すぐさま後ろを振り向くと、そこにも凶鳥がいた。
狭い階段の途中で、挟み撃ちにされた少年。
………まぁ、いいか。どうせ企業の人体実験も、ここで食われるとしても、大して違いは無い。
生きる意志を放棄したその時、乾いた音が辺りに響いた。
それは銃声。少年には理解出来なかったが、二連射が重なったものだ。あまりの速射に、一発分にしか聞こえなかったが。
銃弾によってサンダーバードの頭部に穿たれた穴から少年に血が降りかかる。
回る視界、血の臭気。
「うわぁッ!」
着弾の衝撃で半ば気を失った少年。ごろごろと階段を転げ落ち、踊り場で止まる。
「何が…?」
朦朧とした意識の中、彼の瞳に飛び込んで来たのは、銃を構えた女性の姿。
彼女は自分を助けてくれた。しかし、それは自分の味方である事を意味するのだろうか?
弱肉強食が世の習い。ならば、自分に最後を告げるのが化け物からあの女性に代わっただけでは無いだろうか?
女性は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。構えていた銃をしまい、少年の前に立つ。
黒髪を伸ばし、柔和な表情を浮かべている。それから受ける印象が、彼女が腰から吊っている銃をアンバランスに見せていた。
「う…あぁ」
色々な事が一気に起こり過ぎていた。哀れな少年は引き付けを起こす直前だ。
「………危ないところだったわね」
黒髪の女性の、穏やかな声。だがそこには、硬質な何かが感じられた。
「この世界、弱いという事はね、それだけで悪なのよ」
そんな事は百も承知だ。自分はストリートで暮らしていたんだ。そう言おうとした少年だが、唇が、いや全身が震えに支配され、上手く喋れない。
女性はスゥと腕を前に突き出した。その手には、腰のホルスターに吊るされていたはずの銃が握られている。
そして、また銃声。しかし、弾け飛んだのは少年の頭ではなく、とどめが不完全だったサンダーバードの命だった。
「君が望むのならば、力をあげるわ。虐げられないだけの力、荒野でも都会でも、生き抜くための力」
それはまるで、何か神聖な儀式のようだった。
十数年前から見捨てられたビルに響く、朗々とした声。
「男のコでしょう、やるだけやって、それから死になさい」
導かれるように、立ち上がる。それは少年が生まれて初めて、人生の道を選んだ瞬間だった。
「………よく出来きたわね。私は葛城ミサト、ランナーよ」
「シ…ンジです………」
凄まじいまでの緊張、疲労、空腹。その全てが一気に襲い掛かり、彼は気絶した。
「気を緩めなさンな。あンたの仕事は終わったかもしれない。けど、誰かがどこかで仕事を始めてるわよ。ターゲットはあンたかもしれない」
―――葛城ミサト、ストリート・サムライ
東京、池袋。
ここは現在、治安の低下が深刻な問題となっている土地だ。
池袋は2035年に勃発した、アサクラ社とフチ社の企業間紛争でもっとも戦闘の激しかった地域で、地上の建物を始め地下施設に至るまで大きく破壊されている。
紛争後の諸問題の整理は、当事者たるフチ社やアサクラ社はもちろん、それ以外の様々な企業の思惑が入り込んだ為、大きく遅れる事になった。こういった理由から池袋再建は先送りにされ、この地域の本来の住人達は他の区域への転居を余儀なくされている。
そこに、周辺地域から市民登録をしていない不法住居者やストリート系の住人が入り込んだのである。
関東最大の勢力を持つ暴力団山本組、様々なランナー、不法住居者。
東都警備保障はその者たちに対してほぼ無力ではあったが、彼らには彼らなりのルールがあり、最低限の秩序は保たれていた。
狼生きろ、豚は死ねという、弱肉強食のルールだけは………
「ハァハァハァハァ」
取り憑かれたような表情で、池袋の路地を疾走する中年男性。日ごろの不摂生が祟っているらしく、その吐息は凄まじく辛そうだ。そして彼の目に飛び込んでくる、行き止まりの壁。
ただの建材で出来た物では無く、壁は明確な殺意を放射する人間だった。
自分の生命と引き換えに、高額な報酬を得るなんでも屋。都会の暗黒面に潜む、血に飢えた獣。
そう、シャドウランナーだ。
「ヘ…ヘヘ」
中年男性の前に立ちはだかったのは、黒いアーマージャケットを着た少年だった。その手には大型の拳銃が握られてはいるが、女性を思わせる優しげな顔立ちに油断した中年男性は、勝てると踏んで銃を取り出す。
辺りに響き渡る2発の銃声。しかし、銃口から硝煙が立ち昇っているのは少年の物だけだった。
初弾で相手の銃を手首ごと吹き飛ばし、次弾で大腿部を狙う。
無様に這い蹲る中年男性。媚びた表情を作り、目の前の少年にすがるように喚く。
「お願いだ、見逃してくれ………私には、家に娘と妻が待っているんだ………もしも君に心があるなら、どうか!」
心、ですか。申し訳無いんですが、僕は鉄で出来てるんです」
そして、男の額に穴が穿たれる。
たったいま人を殺した少年、碇シンジはリストフォンに口を寄せ、近くにいるはずのチームメイト、葛城ミサトを呼び出す。
「ミサトさん、終わりました」
言いながら死体の傍に屈み込み、今回のRUNの目的でもある小さなデータチップを探る。これをクライアントに渡せば、仕事は完了だ。
手についた血に少し眉をひそめながら体中を探していると、胸ポケットに冷たい金属の感触があった。
それを取り出した時、リストフォンに応答があった。
「『僕は鉄で出来てるんです』かぁ、カッコイイわねぇ〜。おねぇさンはホレそうよ?」
スピーカから流れ出したのは、女性の声。やたら陽気だ。何か良い事でもあったんだろうか?
「き、聞いてたんですか!?」
チップをポケットにしまい、辺りを見回す少年。顔が真っ赤だ。
路地に面するビルの非常階段、その5階部の高みから、声が落ちてくる。
「もちろンよ。だって今日はシンちゃンの初仕事でしょう?ちゃあンと映像も取ってあるわよ」
ニヤニヤと意地が悪い笑みをたたえ、階段を下りてくるミサト。
初めて出会った3年前のあの日以来、ときにはシンジの肉親のように、ときには友達のように、自分を見守り鍛え続けてくれた師匠だ。
彼女は池袋を根城とするシャドウランチーム『ラストフェンサー』のリーダー。そして、今日の依頼は試験代わり。この成功をもって、シンジはチームの一員となる。
「『鉄になりなさい』は、ミサトさんに一番最初に教えてもらった言葉ですよ?」
「そうだったわね」
葛城ミサトに拾われた時、彼は言った。
死ぬのは怖い、生きていたい。
その思いは、この黄昏の時代には、他人を傷つけても自分は傷付きたくないという意味と同義だった。
ミサトは教えた。今をタフに生き抜く術を。効率良く他人を殺傷する技を。他人の傷を無視する事を。優しさは罪だと。
「鉄になりなさい。君の心が鉄になった時、体も鉄にしてあげる」
体も鉄にしてあげるというのは、比喩でも何でもない。
動物を超える反射神経。オーク並みの体力と皮膚装甲。網膜に銃の照準を投影するスマートリンクシステム。それらは、法外なカネと引き換えに、サイバーウェアを体内に埋め込む事によって得られる恩恵だ。
心は冷たい鉄に、体は剣呑なチタンの凶器に。それが成された時、彼ら殺戮者は畏怖され、こう呼ばれるのだ。
―――ストリート・サムライと。
「これでシンちゃンもチームの一員ね。これから宜しく頼むわよ」
つまり、これでシンジとミサトはチームメイトとなったわけだ。そして彼は、前々から彼女に聞こう思っていた事があった。それは彼女のプライベートと自分の人生に関係がある事で、一人前として認められない限り、聞いてはいけないような気がしていたものだ。
「ミサトさん、どうしても答えてもらいたい事があるんです」
自分の年齢の半分しか生きていない少年からの、真摯な眼差し。彼女は、それに対してちゃんと答えてあげようと思った。
「『鉄になりなさい』そう言われて、僕は鉄になる事を目標にして頑張ってきました。ミサトさんは、ランナーとしてもサムライとしても、僕の師匠であり先輩です」
視線だけで先を続けるように促すミサト。
「でも、あの日。鉄であるはずのミサトさんは僕を助けてくれました。………優しさが罪なら、なんで僕を助けたんですか?」
「………よく覚えてないわ。でも」
母のような、慈愛に満ちた微笑みというには、辺りには少し死の気配が強過ぎる。
「でも?」
「後悔はしてないわ。シンちゃンは私の仲間。それでいいじゃない」
空には半月が浮かび、辺りに人の気配は無い。静かな、とても静かな夜。
碇シンジというランナーの物語は、この日から始る。
連載? 単発?
何にしても応援sage。