「となりのトトロ」
思春期前の少女の性へのあこがれをトトロという妖怪に象徴化させた寓意劇である。
もっとも顕著なシーンは、少女ふたりが深夜の木を育てる幻想的な場面である。
木はもちろん男根を意味しているのはいうまでもない。
巨大化する木、勃起する男根の分り易いメタファーである。
少女のつたないテクニックでかんたんにエレクトさせられてしまう。
続く笛を吹く場面はもちろんフェラチオの意味に他ならない。
そういう目で観ていくと、宮崎がこのメルヘンにこめた性的なメッセージが明かのなってくるのだ。
例えば夜中にメイを背負ったサツキのところにトトロがやってくる。
そしてやってきた猫バスに乗って去っていく。
この場面での猫バスはエクスタシーの意味であろう。
早過ぎた性の目覚めに戸惑うサツキ。
しかし後半で池にうかんだメイのサンダル(フロイトの解釈によれば靴は女性器の意味)
を見て、トトロに助けを求める。
トトロとともに猫バスに乗って疾走する場面こそオナニーでの絶頂を表現しているのだ。
というわけでトトロが男性的(ドラえもんが女性的なのと正反対)なのも偶然ではない。
トトロは男性の象徴であり理想化された父性の具現化といえよう。
現実の頼りない父への幻滅と男への欲望が渾然となり、妖怪の姿を現わしたのではないか?
いわば、エレクトラ・コンプレックスのアニメ的表現であると言えるだろう。