シンジとアスカの同棲生活2

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163パッチン
無人駅に電車が着き、降りるのはアタシ1人。

車内のたわいもないお喋りをする女子高生の声は自動ドアに遮断され、広いホームを包むのは無機質な発車のベル。
「・・・暑い」
冷房が凍らせた乗車前の汗が再び溶け出しそうな気温。

向かいのホームのガラスにうつる白いワンピースのアタシ
白いビニール袋を左手に、お気に入りの白い日傘を広げる。

誰もいない…誰もいないホームにいる白いアタシは、生きてるのか疑いたくなるほど透明だった。

『ポカンとした世界と記念日』

屋根付きのホームを静かに歩きだすアタシ。
こんな場所で日傘をさして歩く女がいても、誰も見ない。

だって誰もいないもん。

改札に切符を通し、階段を降りる。
二年ほど前まではエスカレーターと呼んでいたモノ・・・今は役目を終えたように動かない。
階段と呼ぼうとだいぶ前に決めたのだ。

アイツは未だにエスカレーターって呼びそうだけどね。

外に出て、ゆっくり車道の真ん中を歩くアタシ。
ミンミン蝉の声も遠く、少し視線を上げれば前方にはユラユラ揺れる蜃気楼。

コンクリートで人が作りだした砂漠。

役目を終えたこの街は、そう呼んでほしそうなほど静かだった。
164パッチン:2009/12/04(金) 20:07:35 ID:???
4年前の12月4日

アタシの誕生日パーティーという名の『ミサトの好きなだけ飲んでいい会』が開催された。

参加者3名と1匹のうちの少年1人が、周りの女2人に無理やりチェロを弾かされることに。
ソイツのチェロを弾く姿なんか、初めて見たわけでは無かったが、正面からアタシのために奏でられた音楽に、心臓が縮んだのを覚えている。

多分・・・自覚したのはその日が初めて。

でも、もっと前からアタシは胸を射抜かれていたのかもしれない。

でも・・・自覚してしまったのはその日が初めて。

アイツを好きになった日
165パッチン:2009/12/04(金) 20:09:20 ID:???
第三新東京商店街と書かれた何の色気もない看板を通ると、そこにはズラッとシャッターの壁。
屋根付きで電飾があしらわれた天井も電気が通っていないので、今は内部を薄暗い世界にしているだけ。
はげ上がりつつある、色とりどりだった床のタイルを踏みしめながら歩を進める。

静か…すぎる。
たまに風がシャッターを叩く音が聞こえるだけ。
もともと活気がある場所では無かったが、こんなお化けが出そうな雰囲気では無かった。

この街は死んでいる。
ここを通ると、強くそのことが感じられる。
今でもホラ…アタシを取り囲む薄汚れたシャッター達が珍しそうにコチラを見てる気がする。
少し涼しくなる胸…。誤魔化すように足早になるのは仕方ないこと。

あそこ夜通るとちょっと怖いよね。と夕飯の時に言ったアイツ。
そんな男らしくないこと言うなんて、女の子みたいだから唐揚げ1つ没収ね!と言ったアタシ。

「あの唐揚げ、ピリッとしてて美味しかったわね…」

とか言って、思い出と早歩きで誤魔化そうとしてみたり…。
それでもいまだ耳に触れる音は、自分の足音と風がシャッターを叩く音だけだった。

ここは早く抜け出したい…
166パッチン:2009/12/04(金) 20:10:34 ID:???
3年前の12月4日

アイツからのプレゼントは、リンゴの形をした赤い髪飾りと『好きです』の言葉。

ちょうど貰ったプレゼントを装着しようとした瞬間に放たれた言葉だった。
驚きで変な場所を挟んで、更に思い切り引っ張ってしまい…自慢の髪が5本くらい抜けたのを覚えてる。

その後、10回くらい本当か確認して・・・その後思いっ切り、アイツのこと抱きしめたっけ。
暴力の時以外でアイツに飛びついたのって、あの時が初めてだったかな。

あの時は2人とも恥ずかしさと嬉しさで、もの凄くマヌケな顔してたと思う。

何より傑作なのは、その日の最後にマヌケ顔同士の口が、ピッタリくっついたことじゃないかな?

鼻息のこそばゆさが…無性に嬉しかったっけ。

アタシ達が付き合った日
アタシの髪からエヴァの名残が消えた日
初めて心からのキスが出来た日
167パッチン:2009/12/04(金) 20:12:26 ID:???
第3新お化けロードを抜け、再びお日様の下に。
ふぅ、と軽く息を吐きながら再びマイペースに前進前進。
暑い日差しを日傘でガードしながらも流れでる汗は、少し気持ち悪い。
駅から少し遠い我が家に今日も毎日のようにウンザリする。

「・・・にー」
「おっと…」

街角で微かな鳴き声も聞き逃さずにキャッチ出来るのも、この街の特徴かしら。
いつもより少しお早い登場にも敏感に察知したアタシは、足を止めて一言。

「今日はツナ缶よー!」
「「にーっ」」

コンクリートの道とコンクリートの建物。
そんな灰色の狭間からひょっこり顔をだした茶色と黒の猫。
返事だけは元気に返したけど、まだアタシから10メートルくらい距離をおいて様子を伺っている。

「にーっ」「みゃーぅ」

いつもの急かすような生意気な鳴き声に思わず笑みがこぼれてしまう。
ビニール袋から缶詰めを取り出し、ソッと地面に。

「にーにー」「…みゅー」

トテトテとまずは茶色がやって来て、その後ろから茶色を心配そうに見ながらゆっくり黒がついて来る。

これは、この二匹にエサをやった時のいつもの光景。
どことなく誰かさんとアタシの行動にそっくりかもしれないね。
168パッチン:2009/12/04(金) 20:15:08 ID:???
この時間の止まった街で生きるアタシ達の数少ないご近所さん。
この街から人が消えてしばらくの時、アイツと一緒に歩いてる時に見つけたのだ。
その日からなんとなく気になって、時々今日みたいにエサをあげたりしてる(多分アイツも)

名前なんて決めてないよ。
だって飼ってるわけじゃないし、特別好きなわけじゃないし…。

ただ何となく放っておけない感じかな?

ムシャムシャ美味しそうに食べる茶色をただジッと見てる黒。
アンタも食べなよ、ともう1つ缶詰めをあけてやるけど、それも無視してジッと茶色を見てる。
こういう姿は可愛いんだけどね…。アタシが飼うなら絶対黒。

ただアイツは茶色の方が好きって言ってたなぁ。
自分があげた物にすぐ反応してくれるのが嬉しいんだって。

必死でガツガツしてる姿勢の奴が好きなんて、どうかしてると思わない?

全部食べ終えた茶色は、その油まみれの舌で黒の顔をペロペロ舐めだす。
もうこうなったら完全に2人の時間なので、邪魔者は速やかに退散しようかな。
アタシは立ち上がる。
我が家はすぐそこ。
空き缶はまた今度回収しなきゃね…

にーにーという甘えた声を背に、アタシは再び歩きだした。
169パッチン:2009/12/04(金) 20:16:30 ID:???
2年前の12月4日

なんでそうなったかなんて、ハッキリは覚えてないけど…
気がついたら、見せたこともない部分までアイツが触ってた。

甘えたりするのなんて日常になってた時期だった。

でもその日が誕生日だったりとか…
デート中に見たマフラー姿のアイツにドキドキしてたりとか…
いいアスカ?って言うアイツの言葉が、お腹の底から胸の奥までキューッと締め付けてきたりとか…

痛くて…でも嬉しくて…もうわけ分かんない状態だった。
色んな感情が混じったあの時の顔は、絶対綺麗じゃなかったと断言できる。

最後のアイツの顔は可愛かったんだけどね…

ま、まあとにかく!

初めてアイツと一つになった日
やっぱりアイツもスケベなんだと確信した日
アイツに初めて泣かされた日
170パッチン:2009/12/04(金) 20:18:28 ID:???
『あいらぶゆ〜なんて〜言えな〜い♪あなたから〜ぷり〜ずあいらぶゆ〜♪』
「うるさいわね…あのバカ」

コンフォート17という建物の周辺は、ちょうど4階の開け放たれた窓から流れるJ-POPが響き渡っていた。
こんなことするバカは1人しかいないし、この曲もアタシはよく知ってる。

電車の中で隣に座った時、アイツのイヤホンを一本分捕ってよく聴いてたから。
付き合う前から行っていたその行動。
今ではアイツがどういう順番で曲を聴くかなんかもよく知ってる。

「チェロが好きなんなら、もっと静かな曲聴きなさいよね…まったく」
性格や見た目の割に、意外と大音量で音楽を聴きたいタイプなアイツ。
ここでの生活は、ご近所迷惑などまったく気にしなくていいから、最近更に大きなスピーカーを欲しがったりしてる。

そんなことより免許をとれと怒鳴ってやったけどね。

でもやっと寂しくない場所に辿り着けて、少しホッとしてる自分もいる。
日傘をたたみ、マンションのロビーに入ると、涼しげな風と人工の光がアタシを包んでくれる。
砂漠のようなこの街の中、唯一生きているこの建物。

アイツが待ってる家に帰ってきた。
171パッチン:2009/12/04(金) 20:20:16 ID:???
エレベーターに乗り込み、腕時計を見やる。
まだまだ夕方にもさしかからない時間。
休日は…そして誕生日はまだまだ楽しめそうね、と1人で「にゅふふ」と笑ってしまう。

大学生活にもだいぶ慣れ、友達も出来たけどいまだに誕生日は2人きり。
そもそも、みんなこの辺には気味悪がって来ないし。

使徒と人間の戦争が終わり、この街は捨てられたのだ。
戦うために生まれた街…。それが存在理由だったんだもん。
ほら、なんか昔のアタシみたいじゃない?

エレベーターから降り、廊下から見える景色を少し眺めてみる。
存在理由なんかもう無いかもしれないけど…それでも求めてくれる人はいるんだよ。
「まぁ、そんなこと言う奴なんか、たいがい変な奴だけどね」
クスッと笑い、うるさく響くJ-POPのメロディーの中心部に少しずつ足を運ぶ。

お家に帰れば、大好きなアイツがいるんだもん。

ドアに手をかけ、思いっ切り開く。
甘い香りが鼻をくすぐり、それを胸いっぱいに吸い込んで言葉にして吐き出す。

「ただいまシンジ!」

「おかえりなさいアスカ!」
172パッチン:2009/12/04(金) 20:23:27 ID:???
去年の12月4日

厄年の未婚女という物に触れることを、極度に拒絶した迷惑なミサトの結婚式。
幸せそうにバージンロードを歩くミサトと加持さんはお似合いで綺麗だったけど…
式の当日と誕生日が被ってしまったアタシは少し不機嫌。

でもそんなアタシを気遣ってか、突然ウェディングケーキに不自然にささったロウソクにキャンドルサービスをしてくれたミサト。
恥ずかしい演出に苦笑い浮かべながら、18本の火を消して拍手を浴びたのは少し良い思い出かもね。

そして夜、引き出物を手に2人で家に帰るが、当然ミサトは今日からいない。
結婚式を終えた後という状態での「これから2人きりだね」というワザとらしいシンジの言葉。
なんか死んじゃいそうなくらい胸が高鳴った。

その日から…シンジの部屋からベッドが消えて…

あ、アタシの部屋のベッドをちょっと大きいのに買い換えたの…

ミサトと加持さんの新しい門出を祝う日
アタシとシンジの新しい門出を祝う日