★エヴァ小説を投下するスレ(ノンジャンル)★3.5
27 :
22:
「…ここの坂をずっと上がってけば、その家に着くよ。」
老婆が皺が畳まれた指で、よれよれで、油性ペンで地図が大雑把に描かれているメモを弱々しく指差す。
日差しが南中するさなか、少年は何度も頷いた。
左に分け目のある、少しばかり長い前髪がそれに合わせて揺れる。
「ありがとうございました。」
「はいよ、」
そして、礼を告げた後、坂へと黒い短髪をはね上げ、揺らし、かろやかにスキップするように駆ける。
「…ほんとに、行くのかね?」
ふとそよかぜが、しわがれた声をはこぶ。
他人を気遣う割には、優しすぎる声でもあった。
思わず止まると、枯れ果てた大樹の下で、きゅっ、と磨り減ったゴムが鳴き、スニーカーが軋んだ。
「どうして、ですか?」
「あそこにはね、」
そこで一息置いた老婆は、整備し直される余地もない、ひび割れたコンクリートの隅に追いやられて居る大樹に目をやる。
その間、汗のにじむ、普段は日にあたらないために決して健康的な色みではない、白い首筋を、唾をごくりの飲み込み、揺らす。
「魔女が棲んでるという噂だよ。」
28 :
22:2009/08/26(水) 10:12:09 ID:Mglm7wvQ
長い坂を登って、息をぜえぜえと切らしながらも、古ぼけた廃墟に近い洋風の家に辿り着いた。
一帯はこの家の他には何もなく、まさに魔女が棲むと言われても仕方ないような辺鄙な土地であった。
まさかここが、15年前までは要塞都市だったとは想像もつかない。
当時は復興の兆しも見られないくらいの壊滅ぶりだったらしいが、現在はようやく農村にまで回復した。
そして、29年前のセカンドインパクトによって世界人口が半分になり、その後のサードインパクトは未然に防がれたのにも関わらず、世界人口は随分と減った。
それは今も変わらずに減り続けていて、いつ、人類が終息の時を迎えるか、などと酷な課題に躍起になって科学者たちが言い争って居る。
しかし、今を生きて居る。
それだけでも幸せなのだと幼き日に誰かが言っていた気がした。
思い出したいのに、思い出せない。
この少年の細いラインを、強調していると言わんばかりの肩には、そんな数多の思い出せない思い出が重くのしかかっていた。
制服の白い生地が、日光を吸収して暑かったのもあるが、それ以上にどんな『魔女』が棲んで居るかという不安からか、嫌な汗をじっとりとかいていて、拭っても拭っても暫くの間、じんわりと噴き出していた。
29 :
22:2009/08/26(水) 10:13:17 ID:Mglm7wvQ
ようやく息を整えたところで、蜘蛛の巣がはびこっているインターホンに表情を曇らせながらボタンを押す。
が、ボタンが割れ、押し込まれている時点で鳴る筈もなく、仕方ないので扉を二回トントンとノックした。
暫くしてガチャ、と何ともつまらない音を立ててドアは容易く開いた。
出て来たのは、金の長髪、すらっとした四肢。左眼にざっくりとある、傷が特徴的であった。
あとは、どこか出掛ける予定だったのか、白いシャツに黒いロングスカートという、しゃんとした格好であった。
少年がしていた予想よりも、はるかに若かった、目の前の女性は、玄関のドアのノブを掴んだまま、蒼い透き通った眼をずっと見開いたまま硬直している。
無理もない。アポイントメントも無しに来訪してしまったからだ。
急な来訪なのは、彼女の存在を三日前に知ったばかりであったためである。
少年もまた、蒼い眼に貫かれ、身動ぎが出来ないさなか、水分を渇望する喉笛から、掠れた声を絞り出す。
「あの、式波さんの…お宅でしょうか?」
そう声をかけると、どうやら外国人らしい彼女は、はっ、として少年を見た。
「…あんたは、」
「――碇レイジ、です。」
そう名乗ると、彼女は息をひそやかに呑み込み、黙ってレイジを招き入れた。
30 :
22:2009/08/26(水) 10:16:09 ID:Mglm7wvQ
「…はい。」
木目調のテーブルに無造作に紅茶が置かれた。
しかし動作の割には、水面は湯気を放ちながらテーブルと同じような、やさしい色の波をつくっていた。
「ありがとうございます、あの、式波…さん…?」
上がり口調に言うと、向かい側のイスに座った彼女は薄く笑った。
「私は式波・アスカ・ラングレー。…アスカで良いわよ。」
「…アスカさんは、エヴァンゲリオンのパイロットだったんですよね。」
「はは、単刀直入ね。…そうよ。」
巧みに日本語を駆使するアスカはよく笑う人らしく、表情はやわらかい。
それによってレイジは少しだけ安堵の息を細くもらした。
「僕の父や母も、ですよね?」
瞬間、一転して表情が硬くなる。
「…ええ、やっぱあんたって、」
レイジは黙って頷いた。
アスカの蒼い眼から離し、行き場をすっかり無くした視線は、カップの中の海におぼれてゆく。
そしてあまりにも、淡々と、
「はい、実験的につくられた子供です。」
そう静かに告げると、それは知らなかったようで初見のときのように眼を見開く。
「え、実験的って、」
乾いた喉を、砂糖も何も入っていないために少しばかり苦い紅茶で潤し、言葉を紡ぐ。
「…当時、パイロット同士の子供なら、より優秀なサンプルが誕生すると、考えられたようです。」
レイジは、アスカの返事を待たずに続ける。
「ですから、父と母は肉体的な交わりを持たずに、人工受精を行なったそうです。」
「…。」
アスカは説明をはじめてからは、口をかたく閉ざしている。
「父と母は、了承する以前に言ったそうです、」
『この先アスカが傷付けないようにしてくれるなら、引き受けます。』
『二番目の子にやらせるなら、私がやります。』
彼女の目の前にある白いカップに、一滴の涙が波を立てた。
>>27 メール欄にsageって入力した方がいいと思うよ。小説投下時は名前を入力して、それ以外の場合は名無しがいいみたい。
おれは最後まで作品を投下してくれればいいと思う。途中で投げ出されるのは嫌だ。というわけで投下待ち。
>>31さん
ご親切にありがとうございます!
様子を見てたのですが、とりあえず今日明日くらいで一章が投下出来たらいいなと思います
嗚咽をもらすアスカにレイジは、淡々とした機械的な口調から、意識せずとも普段の口調に戻す。
「だから、教えて下さい。そんなに大切にされた、アスカさんでしか知らない、父…碇シンジのことを。」
それからは、しばし沈黙が続いた。
否、広いリビングに嗚咽だけが響いた。
やがて、若干の涙声が嗚咽の代わりにフローリングの上をすべってゆく。
「…何年ぶりかしら…いえ、サードインパクト以来、初めてかもね、」
こんな廃墟に近い場所では、人と会話することも希少な筈なのに、随分と口調はさらりとしている。
実際、サードインパクトは未然に防がれた訳だが、アスカにとってはもう既に起こったとされる物言いであった。
アスカは未だ生々しい傷のある、目元をぐいっと拭った。
その拍子に、雫が弾け飛ぶ中、レイジを見つめ微笑みながら、続ける。
「…シンジのことを話すのは。」
レイジにはアスカのその涙混じりの微笑みが、哀しいものにしか思えなくて仕方がなかった。
34 :
シイ:2009/08/26(水) 13:42:09 ID:???
「…あんたレイジ、だっけ。ひどく酷似してるのよ、シンジに。」
「そうなんですか。」
アスカの所在地を教えてくれた、ある人にもそんなことを言われたのを思い出しつつ、レイジは曖昧な相槌を打つ。
「それにしても、母親のことは聞かないのね。」
母親、綾波レイ。
レイジは、目尻が紅く染まるアスカを見上げた。
「何か、知ってるんですか…。」
そう言うが早いか否か、アスカは急に立ち上がり、礼服を羽織り、漆黒の眼帯を着け始めた。
「んー、これ着けにくいなー。」
暫時の間に目まぐるしく状況が変化してゆく為に、レイジは呆然とするばかりだった。
そしてアスカが眼帯をようやく着け終わった頃、ようやくやんわりと口を開く。
「…どこに、行くんですか。」
ガラリ、と窓を空け、そとの風を受けて、さしずめ当たり前かのように、眼帯に礼服姿のアスカはさらりと言ってのける。
「彼女のところよ。」
35 :
シイ:2009/08/26(水) 14:53:17 ID:???
未だにアスカの言う「彼女のところ」が理解出来ないまま、庭から摘んで来た、意外と彩りのある花束を持つ彼女のすぐ裏をついて、緑が生い茂る子道を数分歩く。
「なんでかしらね、赦されたいから、ここに居るのかもしれないわ。」
ひそやかに、独り言のように呟く言葉が脳裏に溶け込む。
確かに、廃墟を住みかとする理由はない。
実際レイジも、今現在の都市に移り住んで居る。
物心ついた時から田舎の施設で育って来た。辛くもなく、楽しくもない、ただ退屈な場所であった。
ほんのつい半年前のことだ、不思議な雰囲気を纏った女性に引き取られたのは。
伴侶も居ないのに、どうやってレイジを引き取れたのかは定かでないが、彼はただ、この退屈な日々から抜け出せることに、わすがながら淡い期待を抱いていた。
そのため、ここに逢着する迄に、かなりの時間を要したことを不意に思い立った。
「着いたわ。」
ざわっ、と一際夏の風に緑がさざめき合う。
その風に、少年は暫し揺らいだ。
そして彼女は、哀愁の念を孕み、透き通る蒼い眼をいとおしげに、遠くに投げ掛けるように細める。
レイジはそんなアスカを一瞥し、同じように眼を細める。
その先にあったものは、
「ここに、母さんが眠っているんですか。」
墓場だった。
レイジは、ようやくアスカの言葉の意味を悟った。
36 :
シイ:2009/08/26(水) 14:56:58 ID:???
「…ええ、こっちよ。」
アスカは閑散とした墓場を、慣れたように動きまわる。
既にこれは習慣となっているのだと、その動きを見て、レイジは小さな背中を追った。
数多の墓標には、セカンドインパクトやサードインパクトによる死者の名がひとつひとつ、刻まれていた。
それは醜い生存競争の中で、人間が犯した罪を、掘り起こし、痛感するにしては十分すぎる数だった。
膨大な数の墓標を眺めながら、自分が生まれ落ちる以前の地球、壮大なる宇宙に、思い馳せた。
不意にアスカが立ち止まった。
レイジは思わずつんのめりそうになり、ふらつく。
声を掛けようとした。が、アスカの肩が震えていることに気付き、レイジはひどく狼狽した。
そういう時の対処法を持ち合わせて居なかったためでもある。
とにかく彼は、感情の起伏の多い人間とは、あまり接点が無さすぎたのだ。
静寂に満ちていた筈の墓場には、人影が二人の他にもあった。
その一つの人影は、彼らが目指していた筈の、ある墓標の前で目を瞑り、両の手のひらを合わせている。
その姿は、レイジと瓜二つといったところだった。
訂正です、しくじりました。
>>36の「半年前」は「半月前」です、すいません。
39 :
シイ:2009/08/26(水) 20:32:36 ID:???
「シン、ジ、」
ぱさり、とあまりに容易く地に落ちた、この場に相応しくない色彩を放つ花束に、簡易に巻かれた薄い透明なビニールが音を響かせた。
その音と声に反応して、呼ばれた青年が振り返る。
「――シンジ!」
彼女は二度目に名を呼んだ時には、金髪を翻し、スカートであることを忘れているかのように、花束を大きく跨いで彼に抱き付いて居た。
「アスカ、…アスカなの?」
シンジ、と呼ばれた青年はスーツに包まれた腕を彼女の肩に伸ばしかけて躊躇っていた。
「生きてたのね!連絡くらい、寄越しなさいよ!」
強気な口調とは相反して、嗚咽は止まらない。
その間、レイジは周りにちらほらと花びらが舞う、墓標に刻まれた「Rei AYANAMI」という文字とともに、彼らを呆然と眺めているだけだった。
まるでブラウン管越しに見つめているかのように、目の前の光景が他人事に思えた。
自分という存在が浮き上がり、虚空に霧散した気さえする。
「父さん…。」
そんな独り言は、花束に寄り添って虚しく横たわっただけだった。
第一章・終