★エヴァ小説を投下するスレ(ノンジャンル)★3.5

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100シイ
話は、半月前に遡る。

人形のように、どこか一点を見つめ、浮わついた視線の主を、施設内を説明する二人の職員の隙間から、赤ぶち眼鏡の奥にある鋭い眼光が捉えた。

マリが彼の目の前を通り過ぎようとする。
が、立ち止まり、職員たちに宣言するように、

「この子を引き取ります。」

「な…。」

意見しようとする職員へ、鼻の先ぎりぎりに書類を突き付ける。
「特務機関ネルフ」と文字がちらついたのが、今でも少年の脳裏を掠めるのだった。

それからは、目まぐるしい日々であった。
施設にあった僅かな私物を小さな段ボール一つに纏め、彼女が軽々と持ち上げ、車のトランクに積み込む。
彼女の部屋へたどり着くには、車で丸々三日を要した。
途中、何故か何回も匂いを嗅がれて、卒倒しかけた。
そんな状況でも、レイジがマリを拒絶しなかったのは新しい生活にかけた願い、即ち希望を彼女へ僅かな荷物と共に我が身も託したからでもあった。
101シイ:2009/08/31(月) 17:26:53 ID:???
半月後、アスカが住んでいる旧第三新東京市から、マリのマンションまでは、レイジが掛かった膨大なる時間よりも、遥かに微塵に近い時間で到着した。

「ふー、たっだいまー。」

車に於いては随分と長旅であったために彼女は、両手を丸めて天に突き上げるようにして、小さく呻きを上げ、大きく伸びをしてから、先に「真希波」と表札がある扉を開け、玄関へと、ずかずかと足を踏み入れた。

何かを思い立ったのかレイジは玄関の前で立ち止まった。
既に片足は玄関マットの上で、もう片方の靴を脱ぐのに苦戦しているマリが不思議そうに目だけ向けている中、レイジは照れたように微かに頬を染め、

「…ただいま。」

そう呟く彼に、マリは穏やかな顔つきで背を伸ばして返答をする。

「おかえりなさい。」

レイジが、そっと玄関に降り立ったと同時に、無機質な音を立てて扉が閉まった。

その行動を、十字架を胸にかかげた女性と、当時から彼に酷似していた少年とが、過去にかりそめの家族となる為に行なったなどとは、彼ら二人は知る由もなかった。
102名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/31(月) 19:00:52 ID:???
きたきたきた!がんばれ作者!
103名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/01(火) 07:07:42 ID:???
おかえりなさい。
宿題終わった?
あまり無理しないで気楽にね GJ
104名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/01(火) 20:54:29 ID:???
楽しみにしてたぞ〜がんばれ作者〜。
105シイ:2009/09/02(水) 00:24:56 ID:???
それから、幾日かが矢のように過ぎ去った。彼女は久々に、坂を降りた。

坂道の途中で、顔中に皺が畳まれた老婆に出会う。遥か先方を見上げ、老婆は驚きを隠せずに、大きく眼を見開いた。
それもそのはず、老婆はつい最近まで坂の上に住んで居る物好きを、恐ろしい魔女だと信じ切って居たからだ。
それがスーツケースを引いた、蒼い眼をした異邦人だとは思いもよらなかったのだろう。

トラックが何台か走る坂道、いつもは人さえも通らない。
老婆が見る限り、どうやらその異邦人は引っ越しをするようだった。

やがて彼女が枯れ果て、今にも倒れてしまいそうな大樹の前で老婆の側を横切った。

老婆を彼女が掠めた刹那、彼女は意味有りげに口角を吊り上げ、歪んだ嘲笑を餞別代わりにした。
それは威圧感に充ち満ちており、老婆は思わず息を呑んだ。
老婆は圧倒され、よろめきながらも彼女の背中を見送り、ようやく悟る。

眼帯姿の金髪の彼女は、魔女よりも恐ろしい者であったということを。
106名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/02(水) 01:07:18 ID:???
GJ!続き期待!
老婆ww
107名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/02(水) 08:26:48 ID:???
GJ 続き楽しみにしてます
108名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/02(水) 14:55:06 ID:???
作者の文章構成の仕方がすごい上手いことに拍手。
続きまってます。
109名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/02(水) 17:45:30 ID:???
ようやく課題終わりましたっ!
心置きなく投下できます。
お返事出来なくてごめんなさい。
また特筆することがありましたらご連絡致します。
110シイ:2009/09/02(水) 17:48:14 ID:???
「ここは、」

旧第三新東京市、この地にもまた降り立った者が居た。
「そう、特務機関ネルフ。今は解体されたようなものだけどね。」
もう、殆ど廃墟に近いように思えたが、施設に入った瞬間、
「わぁ、すごいっ!」
無邪気に周りを眺め回している少年を尻目に、彼女はエレベーターを目指した。

「ここに、父さんが居るんですか。」
「そうだよ、会いたいでしょ?」
少年さながらの煌めきを瞳に閉じ込めたまま、レイジは俯いて、また頬を紅潮させ、ぼそぼそと声をひそめた。
「はい、まぁ…。」
どうやら視界が悪いのか、マリは眼鏡を外し、息を吹き掛ける。
「でもワンコくんのところまで行くのに、色々検査とかあるから、それが大変かもねー。」
言い終わると同時にチン、と簡素な音でエレベーターが到着を示す。
「検査って…わぶっ!?」
扉が開き、歩を進めようとしたレイジはマリを見やっていた為、前方を全く注意してなかった。
「ちゃんと前見て歩きなさいよ!」
「ごごめんなさいっ、…?」
明らかに人にぶつかり、動揺していたところに降って来たのは聞き覚えのある声で、思わず顔を勢い良く上げた。
「やっぱりね、何日振りだっけね?、レイジ。」
「あ、アスカさん!?」
111名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/02(水) 19:40:04 ID:???
待ってましたのGJ!
で今日はこれでお終い?
112名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/02(水) 21:27:41 ID:???
なんでまとめて投下しないの……?
113シイ:2009/09/02(水) 22:14:10 ID:???
驚きのあまり素頓狂な声を上げるレイジの後ろで、眼鏡をカチャ、とかけ直す彼女が、投げ掛ける。

「思ったより、早かったねぇ。」
「ま、ね。荷造りが早く終わったから。昨日から住み込みよ。」

そう言うアスカに、マリは口許に手を当てて、にやつきながら、

「ワンコくんのところに泊まれば良いのにぃ。」

アスカは白衣に包まれた、ポケットへ無造作に突っ込んだままの腕を引き抜いた。

「えっ、父さんとアスカさんって、そういう関係、」

思わずレイジは口を挟むが、最後まで言い終わる前に、アスカはそのまま腰に手を当てがって、

「あんたバカァ?、シンジはずっと此所に住んでんのよ。…こっちよ。」

溜め息混じりに言うアスカと、未だに、にやにやと含み笑いを頬に残しているマリを、交互に見やって、レイジは頭が混乱したまま、彼女らに同行することになった。
彼は、何回も夏の暑さと冬の寒さという両極端を往復したような、一気にそれも幾分のうちに体験させられた心地になって、既にレイジの足取りは随分と危なっかしいものであった。
114シイ:2009/09/02(水) 22:16:05 ID:???
アスカにより、検査は難無く省かれ、そのまま研究室に通される形になった。

しかし少年の心地は穏やかでない。
たった今情報を詰め込まれ過ぎて、レイジの脳内は、はち切れんばかりだった。
研究室の扉の前でアスカのIDカードをスキャンして、開かれた。
しかし、奥に居る背中はぴくりとも身動ぎせずに、淡々とパソコンと睨めっこをしている。

「ったく、自分から呼んどいてその態度ぉ?」

アスカが毒づきながら、近付くとシンジが振り向く。

「やっと今ちょっと切りが着いたところなんだ。そうそう、レイジに見せたいものがあって、」

デスクに幾つか並べられて居る写真立ての一つを取って、レイジの手に渡らせた。

白い部屋の中で、ベッドの上、生まれたてと言わんばかりの生後間もない赤子と、その子をかき抱き、一心に見つめている女性、と言うよりも明らかに少女に近い姿の母親が写っていた。

「分かるかい。…君と綾波だよ。」

自分と、母。
貪るように見つめ続けるレイジの傍ら、遥か遠くに視線を飛ばす、シンジが居た。
115名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/03(木) 05:30:05 ID:???
見てますよ。続きよろしく。
116シイ:2009/09/03(木) 08:07:02 ID:???
「…綾波、どんな名前にするか、決めた?」

白い無垢な病室の中、カーテンが風になびく。
ベッドの横に備えられて居た椅子に腰を据える、今よりも若き彼が何度も何度も重ねられた問いをする。
少女は大きくふくらんだお腹に手を置き、やわらかく笑みをつくる。

「男の子ならレイジ、女の子ならシイ、かしら。」
「良い、名前だね。僕らの名前から取ったの。」

何度目かの問いで初めてそれを訊いたシンジは、風になびく青い髪が彼女の顔に当たっているために、そっと梳きながら、レイの紅い瞳へと視線を持ってゆく。
レイは心なしか褒められたからか少し照れながら、ええ、と紡ぐ。

それから、申し訳なさそうにシンジは眉を下げた。
「ごめんね、」
幾度も謝罪を込めた言葉を並べる彼に、レイはシンジのせわしなく動く唇を、人差し指でそっと咎めた。
「あなたのせいじゃないわ、…わたしは嬉しいのよ。」
嬉しい、その言葉の真意を問いただす前に目頭が熱くなり、彼は一言二言告げて、病室を出た。
ドアを開けた瞬間、すぐ側には聞き耳を立てて居た少女の姿があった。
117名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/03(木) 20:29:16 ID:???
GJ 続き期待してます
118シイ:2009/09/03(木) 22:46:35 ID:???
すぐさま彼女は、古風に捕らわれた動作で、ぱちり、と片目を瞑り、彼が先刻まで居た病室へとまるでカーテンをなびかせる風の如く、自然に踏み入れた。
少々罪悪感もあったが、目頭の熱がおさまるまで、などと理由を付けて、彼女と立ち位置をそのまま入れ替わったように壁際に息をひそめる。

「やあ、」
まだ、切り揃えた筈の毛先が微かに黒ずんでいる。
「…あなたは、五番目の…。」
「どーも、…ごめんね?、聞かせて貰っちゃった。」
レイは暫し、訝しげに眉を顰めたが、
「別に、構わないわ。」
と意外な返事にマリは、ほぉー、と感嘆の音を上げた。

「虚しくないの、こんな形で。」
「なにが。」
快く了承した先程とは相反して、素っ気無い返事。
マリは続ける、
「こんな形で、ワンコくんと繋がるってこと。」
ワンコくん、とは概出のワードで、現在はその呼び名に憤慨する者は誰も居ない。
「ええ、…それが幸せなの。」
今度は、赤ぶち眼鏡の少女の方が、やや不満気に返した。
「へぇ、それが『嬉しい』?」
「…そうよ、碇くんと、」
青い髪の少女が言い終わる前に卑下したようにマリは眼だけを剥き一蹴し、冷たい床の上で踵を返して、彼女に背を向けた。
マリが扉を開ける際、シンジは思わず身をのけ反らしたが、彼女の「都合の良い奴。」と表情を見せずに呟いたのは、しっかりと、もらさずに聞いていたのだった。
119シイ:2009/09/04(金) 21:52:32 ID:???
「…ンジ、シンジ!」
左肩をおおきく揺さぶられ、ようやく現実に引き戻された。
「あんた、レイジに説明するんじゃなかったの。」
と呆れたように、アスカは薄く張られた氷のような、曇ったガラスの奥に飾りたてられた写真を爪先で、カツカツとつつく。
「あ、ごめん…とりあえず、今日は持って帰って?」
思慮深そうに顔を覗き込むシンジの様子を捉え、レイジは頷く。
良い子だね、シンジは呟き、息子に対する癖なのだろうか、分け目のある黒髪をそっと撫でると、早急に自分のデスクから立ち上がる。
レイジに今まで父親の存在が無かったように、シンジもまた、彼にどう接して良いか戸惑って居る指先が漆黒の頭から遠ざかる。
「ちょっと、シンジ!」
白衣を翻し、慌てて昏い色合いの赤いシャツで黒いスカートのアスカはその背を追ってゆく。

レイジは、そんな二人のやり取りを視線の合わない眼で一瞥し、また食い入るように写真を眺めて居た。
120シイ:2009/09/04(金) 21:54:08 ID:???
「…ンジ、シンジ!」
左肩をおおきく揺さぶられ、ようやく現実に引き戻された。
「あんた、レイジに説明するんじゃなかったの。」
と呆れたように、アスカは薄く張られた氷のような、曇ったガラスの奥に飾りたてられた写真を爪先で、カツカツとつつく。
「あ、ごめん…とりあえず、今日は持って帰って?」
思慮深そうに顔を覗き込むシンジの様子を捉え、レイジは頷く。
良い子だね、シンジは呟き、息子に対する癖なのだろうか、分け目のある黒髪をそっと撫でると、早急に自分のデスクから立ち上がる。
レイジに今まで父親の存在が無かったように、シンジもまた、彼にどう接して良いか戸惑って居る指先が漆黒の頭から遠ざかる。
「ちょっと、シンジ!」
白衣を翻し、慌てて昏い色合いの赤いシャツで黒いスカートのアスカはその背を追ってゆく。
レイジは、そんな二人のやり取りを視線の合わない眼で一瞥し、また食い入るように写真を眺めて居た。
121シイ:2009/09/04(金) 21:54:50 ID:???
「シンジっ!」

シンジが呼ばれて振り向くと、研究室から走ってきたアスカが肩で息をしていた。
「もう…、どうしたのよ。」
「アスカは昨日来たばっかりだったから、見せてないよね。」
答えにまるでなっていないシンジの言葉は、アスカの眉を訝しげにひそめさせた。
アスカは何も言わずに、先導する彼と共にエレベーターに乗った。
以前、これの扉を押さえながら、レイのシンジへ対する想いを訊いたことを、左手の薬指を見つめながら思い出した。

『碇くんにも、ぽかぽかしてほしい。』

あの頃は、感情的になって散々怒鳴り散らしたが、彼女の相手のことを想う、それは恋愛の礎にあり、しかし家族の原点でもあった。

えこひいき、あいつ私よりも全然大人だったかも。


大人になった、金髪の少女だったアスカは、あの日彼女をはたこうとした手のひらを、彼の華奢な背中の後ろでエレベーターの天井を陣取って居る、蛍光灯の光にそっと透かした。
122シイ:2009/09/04(金) 21:56:29 ID:???
当時知りえなかった最下層へと、エレベーターは続く。
「もうすぐだよ。」
シンジが呟いた、アスカも頷く。
「こんなところ、あったんだ。」
「うん、ミサトさんに、連れて来てもらったんだ。」
ミサト、その女性の名を聞いてアスカは、はっとして息を呑む。
先程、シンジのデスクの上にミサトのペンダントが置いてあったことを、記憶から排除しようとした矢先の発言だった。
思慮深い女性を目指したつもりはなかったが、それきりアスカは沈黙を守ることにした。
その間、おしゃべりだったのはエレベーターの駆動音だけで、二人の間には、どうにも埋まらない距離の代わりに静けさが横たわって居た。
「綾波の遺体、見たことある?」
唐突に彼が告げた言葉は、酷い、の丈をいとも容易く超越していた、凄惨な言葉だった。
「ないわよ、そんなの。」
「そっか、なら、」
彼がその先に紡ごうとした言葉は、エレベーターが目的地に着いたことを示す、ポーンという簡素な音にかき消された。

「着いたよ。」

その音を、警笛と感じなかった彼女は自分の愚かさを後々ひどく呪うこととなる。


第三章・終