1 :
リツコ:
前スレは容量オーバーで書き込めなくなりましたので立てました。
2 :
リツコ:2009/07/05(日) 19:56:39 ID:???
マヤと青山主任が開発したプログラムの正式運用も決まり、それから何週間もの間、私はいつものように仕事に埋没する日々を送っていた。
何も変わらない日常であった…ただ一つ、以前と変わってしまったことを除けば…。
「はぁ…」
この日の夜も私はまた短い溜め息をついていた。
もうどれだけ繰り返しているかわからないほどだ。
あれ以来、私は自分の気持ちを何度も確認していた。
熱くてならない肩に手を置く。
『お疲れですよね!……あぁ、やっぱりコってますねぇ。』
プログラム開発完了で仕事に一区切りしたマヤは、あれから私の部屋に頻繁に訪れにくるようになっていた。
今日も今さっきまで、私はマヤに肩をマッサージされていた。
何だかんだと様子見に来てくれることは嬉しいが、今の私にすれば悩ましい事態でもあった。
「はぁ…」
溜め息は止まらない。
最初は一時の気の迷いであることに期待をかけていたが、日を追うにつれて抜き差しならない状況に自分は追い込まれていた。
まさに泥沼の深みでもがき苦しむ思い。
「マヤ…」
そう呟いて机に突っ伏す。
マヤと一緒に居ると…見ているだけで胸が高鳴ってならなかった。
もっと近くに感じたくてならない思いに囚われる一方で、こんなふしだらな自分を諌める呵責のせめぎあいに苛まれてしまっていた。
このままでは、いつかマヤ本人に気付かれてしまうだろうと思うと身がすくんでならない。
いや、いっそ全てが露にされて嫌悪と共に軽蔑されてしまった方がマシなのかも知れない。
そうすれば、少なくとも今のこんな生殺しの状態から抜け出ることが出来るのではないか…何度そう思ったことか…。
それほどまでに、今の私はどうしようもなく自分の気持ちを持て余していた。
机に突っ伏したまま、髪をかきむしる。
3 :
リツコ:2009/07/05(日) 20:00:04 ID:???
「駄目よ…駄目…」
ラクになりたいとは思っていても、やはり傷つきたくはなかったし怖くてならなかった。
何より、これまで築き上げたマヤとの関係を壊したくはなかった。
一番大切な存在を失ってしまったら、私はこの先どうすればいいのだろう…。
絶望の奈落の底へと落ちていくのか…幾度となく想像したその時のことを思うとまた床に倒れこみたくなる。
ポツリ…ポツリ…。
机上に水滴が落ちていく。
私は静かに泣いていた。
平常心を装っていても、独りの時はいつもこうだった。
悩み苦しむ自分を救いたいのにどうしていいのかわからない。
マヤに触れられた肩がジリジリと熱がこもったように疼いている。
どれだけ考えても良い答えは見つからない。
私は藁にもすがりたいぐらいなまでに限界の域に追い詰められていた。
―RRRRR―
部屋の片隅で電話が鳴ったが私は突っ伏したままでいた。
そのまま電話は留守録に切り替わる。
「あら、不在か〜。今夜は飲みにでも行きたいなって思ってかけたのよ。…また今度誘うわ、じゃね。」
電話はミサトからであった。
今の泣いている姿をミサトが見たら何と言うだろう…鬼の目にも涙とでも言って笑うだろうか…。
あっけらかんと陽気に笑うミサトの姿が浮かぶ。
4 :
リツコ:2009/07/05(日) 20:03:30 ID:???
いつも能天気でいるように見えてもミサトにだって悩みの一つや二つはあるだろうに、私にすら胸の内を見せようとはしない。
もっともミサトの悩み事と言えば、お小遣いの相談ぐらいしか思い浮かばないが…。
『何かあれば相談しに来なさいよ?』
ふとミサトの言葉を思い出す。
いつだったかそう言われたことがあった。
「……………。」
私は体を起こすと涙を拭いた。
そして、化粧をし直して部屋を急いで出た。
ミサトがまだ帰っていないことを願いながら…。
5 :
リツコ:2009/07/05(日) 20:11:59 ID:???
前スレの途中でまたぐ形での書き込みになって申し訳ありません。
前スレが落ちてしまう前に読んでいただければと思います。
続きはまた後日に。
待ってました!
超乙です!!!
待ってました!
乙です!
d
待ってました!乙です!
もう会えないのではと不安にw
すっかり此処スレ依存症w
激しく乙です。
ありがとう!
乙です!
リツコの誕生日のように今寝床でマヤに張り付かれたりしたら大変ですね。
そう言えば来週はマヤの誕生日!マヤならずとも期待してしまいます。
やはりお泊りにはお泊りで
いつか、自分だけではなくマヤも生殺しだったと、気づく時が来るのだろうか…
ミサトにどう切り出して相談するのか
気になる
>>13 ミサトがうまく助け舟を出すして話しやすくしそうな予感
相談に来なさいよ?とか、電話も察してるんじゃないかな、ミサト
ここのミサト好きだ
マヤは既にミサトに相談しているのか
したら展開早いかw
なんと言う読み!w
知らないのは当人達だけでミサトにはバレバレって気がするよー
ミサト的には大学から一緒で、マヤから良い影響を受けているリツコを間のあたりにして、コソーリ応援してるんだお
そこで「愛に性別は無い」これもミサトからの言葉を加持が反芻したんだとw
今夜はタナバタ、葛藤してる赤木先輩はスルーして当の赤木先輩とデートしろー
デート、今のリツコにお泊りは酷だが、マヤとてかつては
誰か二人に眠剤でも盛って全裸で同じ布団に寝かせておけば、マヤがミサトに相談しているよか展開早いよ。
スマン
22 :
リツコ:2009/07/08(水) 19:35:06 ID:???
ミサトの執務室へと歩みを急ぎ進めながら、何をどう話せば良いのか考えていた。
いきなり胸の内を吐露することで、どんな反応が返されてくるのか正直不安でならない。
だが、私は既に退っ引きならない状態であったため、何かを勘づいているかも知れないミサトに相談することに望みをかけていた。
でも、もし…もし、ミサトが実は何も勘づいていなかったら……その時、どんな態度をとられてしまうだろうか…。
仰天の内に、ひきつった顔でヒかれてしまうだけならまだいい。
それを機に、絶縁されてしまったらどうすればいいのだろうか。
カツカツと鳴らしていたヒールの音が止む。
ミサトの人柄は良く知っている。
話したところで決してマヤの耳に入れることはしまい。
だが、ミサトは私と距離を置くようになるのではないか…ふと、そう思った。
やはり話さない方が良いのだろうか…私は踵を返そうとした。
でも、足は動かなかった。
たとえ、どんな罵詈雑言を言われようとも、やはり私は今の苦しみからどうしても抜け出したかった。
しばらく躊躇するように考えていたが、結局そのまま歩みを進めてしまっていた。
もはや、このことで頼りになる存在はミサトしかいなかったのだから…。
執務室の前まで来ると、私は長いこと立ったままでいた。
何度か深呼吸をしてみたが手に汗をかいてしまっている。
本当にこれでいいのだろうか…そんな思いがまたぶり返す中、私は来訪を告げるブザーを押していた。
しばらく待ってみたが返事はない。
「そう…帰ったのね…。」
相談しに来たものの、帰られてしまっていたことに逆に安堵する思いでいた。
頭を小さく振ってフッと溜め息をつく。
私はそのままUターンして戻ろうとドアの前を横切った。
―ブシュッ―
何故かドアが開く。
ドアの向こうに、机に向かって仕事をしているミサトの姿が見えたことで私はたじろいでしまった。
23 :
リツコ:2009/07/08(水) 19:38:14 ID:???
そのまま、ふらつくように部屋の中に入ってしまう。
「ミサト…」
呼び掛ける声が掠れてしまう。
ミサトは集中しているようで、私の来訪には気付かなかった。
恐る恐る背後に近づいて行くと、ミサトはPCをカタカタと操っていた。
背後から覗き込むように立つと人の気配を感じたのか、ミサトは慌てて振り向いてきた。
手にする銃の照準を私に合わせながら…。
「ちょ、ちょっと…やめてよ!何の真似よ!?」
「……なぁんだ、リツコかぁ〜。」
叫ぶ私にミサトが拍子抜けした顔をする。
「そぉっと入って来られて黙って背後に立たれたら撃ちたくもなるわよオ〜?あんたじゃなかったら発砲してたかもね。」
いそいそと銃をしまいこみながらカカカと笑っている。
「あのねぇ…それなら部屋に入る前にブザーも鳴らしたし呼んだわよ?気付かないほど仕事に集中していたなんて驚いたものね。意見書でも書いていたの?」
私はミサトの肩越しにPCを覗き込んだ。
「……あなた、何やっているのよ。」
「まぁまぁ、そう言わずに…。作戦部も色々と考えているんだわ、コレが。ネットも役に立つことあるのよ?」
PCの画面に表示されているのは“2ちゃんねる”の軍事板であった。
まさか、これに基づいてこれまで作戦立案していたのだろうか…。
こめかみに指をあてる私にミサトは肩をすくめてみせる。
「何か参考になることないかなぁってね。…ところで、あんたがわざわざここに足を運ぶだなんて珍しいこともあるもんだわ。留守電のメッセージを聞いてくれたってわけ?」
「えぇ、まぁそうね…。」
ミサトがPCの電源を落として椅子から立ち上がる。
「んじゃさ、早く飲み行こっ♪ほらほら♪」
そして、カバンを肩にひっかけると私の背中を押して部屋の外に出ようとする。
24 :
リツコ:2009/07/08(水) 19:41:46 ID:???
「ちょ…そんなに慌てないでよ。私はまだ帰り支度が終わっていないのよ?」
私は自室をそのままにして急いで出て来たため白衣姿のままであった。
「これから飲みに行くってのに、あんたこそ何やってんのよっ。下で待ってるから済ませてきて。…ほら、早く行った行った!」
ムクれたミサトに手で追い払われる。
「わかったわよ…。」
私は急いで自室へと戻らされた。
戻る道すがら、本当にこれで良いのだろうかとまた自問自答をしてしまう。
ミサトは陽気に楽しくお酒を飲みたいだけなのに、これから重たい話を聞かされることになるとはよもや思ってもいない筈。
私はまた頭を振った。
悪い方へと考えても仕方がない。
こうとなった今ではその場の雰囲気で成り行きに任せる以外に他に選択肢はなく、潔く腹をくくるしか道はなかった。
ミサトと連れ立って来た店は私も古くから良く知っているバーだった。
カウンターに並んで腰を降ろす。
「久しぶりよねぇ〜、ここに来るのも。」
「そうね…。あなたのことだから居酒屋に行くのかと思っていたわ。」
ウイスキーに口をつける私の隣でミサトはカクテルグラスをゆっくり回している。
どういう風の吹き回しか、ミサトが珍しく静かな雰囲気の場所を選んだことは今の私には都合が良かった。
これが居酒屋であったら話すのも聞くのも大変であっただろう。
喧騒に呑み込まれ、話すにも話せなくなっていたかも知れない。
「…たまにはここに来るのもいいじゃない?学生時代を懐かしむのもそう悪くないわよ。」
「それって、加持君のこと?」
グラスに口をつけるミサトに顔を向ける
25 :
リツコ:2009/07/08(水) 19:47:21 ID:???
このバーは、大学時代に良く来ていた。
私とミサトと加持君の三人で、くだらない話から将来の夢についてまで色々と語り合った場所である。
「ブッ……何言ってんのよ!アタシはね…」
「あら、違うの?」
加持君の名前を出したらミサトはいきなり吹いてしまった。
「今でも好きなんでしょ?」
「ちょっと待って!あんた勘違いしてるわよ。加持君とはたしかにそういう仲だったけど、間違いに気が付いたから別れたのよ?あいつもわかってくれたわ。」
ムクれたミサトの目が据わる。
「アタシはね、加持君に父親像を重ねていただけだったのよ。…家族を省みなかった父親…セカンドインパクトで最後にあたしを庇って亡くなってしまった父親をね…。」
ミサトは哀しげな口調でしんみりと話し出す。
「父はいつも研究、研究で愛情の片鱗すら見せてくれなかったわ。家族でどこかに遊びに行ったり買い物を楽しんだりってしたことは一度もなかった…。」
ミサトの瞳が哀しげに揺れる。
「アタシには不可解な存在であったと同時に、そんな父親からの愛情に飢えていたのよね。だから、普通の家庭の友達が羨ましかったわ。」
そして、グラスを置くと頬杖をついた。
「そんな父親が最後にアタシを庇って亡くなっていったことは本当にショックだったわ。アタシね、失語症になってしまってたのよ?あんたに話すのは初めてね…。」
ミサトは首にかかるクロスのペンダントをそっと握り締める。
「そんな思いを抱えたままで年月が経っていき、大学に入ってすぐ出会ったのが加持よ。…優しかったわ。」
遠い目で当時を懐かしむように話すミサトに私は黙って耳を傾けていた。
26 :
リツコ:2009/07/08(水) 19:53:25 ID:???
「最初はね、これが恋だって思ってた。…でも、違ったの。加持君から与えられる愛情に、アタシは父から与えられなかった愛情を重ねて見ていただけだったの。加持君を通して父を求めていただけだったのよ。そういう思いを引きずっていただけなの…。」
「そうだったの……。」
私はミサトの語る話の内容にいつしか引き込まれていた。
「それに気が付いてしまったらもう駄目だったわ。加持君とは付き合えないって…悟ったのよ。…アタシ、ズルい女よね。加持君を都合良く利用していただけなのよ…最低。」
当時のことを振り返って気が高ぶってしまったのか、ミサトは両手で顔を覆ってシクシク泣きだしてしまった。
「あなたはズルくなんてないわ。気が付かなかっただけのことじゃない。加持君だって許してくれたからこそ、今も変わらぬ友情があるんじゃない。そうでしょ?」
こういう時は余計な慰めの言葉はかえって邪魔になるもの。
ミサトは私の言葉にウンウン頷きながらも涙を溢している。
私は背中を撫でながら、そのまま気が済むまで泣かせていた。
「グスッ…ごめん、リツコ。変な話をしちゃったわね。でも、加持君に対しては恋愛感情はないのよ。彼もそれはわかってくれているの。」
「いいのよ。私が変にからかうようなこと言ったのが悪かったわ。…あなた、苦しかったのね。」
私はミサトを優しく見つめた。
今まで、心の奥に潜める辛い過去をミサトは一度だって話したことはなかった。
27 :
リツコ:2009/07/08(水) 19:56:45 ID:???
「あなたがプライベートな話をしてくれたなんて、信頼されているみたいでなんだか嬉しいわ。」
私はグラスに口をつけた。
「アタシは、いつだってあんたを信頼してるわよ?ただ、こういう話しをするきっかけが今までなかったし特に言わなかっただけよ。…それはあんたも同じでしょ?」
ミサトは涙を拭いて鼻をチーンと噛むと、顔をグイッと近づけてきた。
「同じ?」
思わず聞き返すとミサトが大きく頷いた。
「そうよ、アタシに話したいことがあるんでしょ?だから落ち着いた雰囲気のこの店を選んだのよ。」
「…気付いてたの?」
ミサトはまた強く頷いた。
「ここんとこ、あんたの様子が何だか芳しくないなぁって思ってたの。だから飲みに誘ったのよ?…あんた、あたしの所に来る前に泣いていたでしょ?目が充血して腫れぼったかったし、何かあったってすぐピンときたわ。」
「…見透かされてるのね、私は。」
私は煙草をくわえると火をつけた。
少しでも緊張をほぐしたくて…。
「何年、付き合いがあると思ってんのよ。いくら平静を装ったところでバレバレね。…一本頂戴。」
ミサトは煙草を一本抜き取ると口にくわえた。
私がそれに火をつけると軽く口で吹かしている。
「一人で悩んでたって何も始まらないわ。さぁ、話して。何があったの?」
体ごとこちらに向けられ、私は言葉に詰まってしまった。
「そんなにこっちを見ないでよ。…話しにくいじゃない。」
私が俯いて呟くと、ミサトはまた前を向いてくれた。
「…あのね…実は……」
話そうとしても舌が回らなくて何度もグラスに口をつける。
前を向くミサトは、私が話し始めるのをじっとおとなしく待っていてくれている。
「……その………人を…好きになることって、…苦しい…わね。」
消え入りそうな震えた声で、ようやく始まりを口にすることが出来た。
28 :
リツコ:2009/07/08(水) 20:00:19 ID:???
「んなっ!それって恋愛相談よね?じゃ…それじゃ、相手っていう…」
「待って!お願い、黙って聞いていて!……私、自分のこんな気持ちを認めたくはなかったのよ。だから何度も自分に問いかけて確認したわ。……でも…でも、やっぱりそうだった。焦がれる気持ちで一杯だったの…。」
ミサトは思いきり驚いた顔で私を見つめている。
私はしまったと思った。
やはりこのことは話すべきではなかったと…そう思った。
もしミサトが勘づいているならば、私が誰を指して話しているのかは言うまでもない。
勘づくことなく、相手が誰なのかも聞かないままでいてくれれば…そんな祈りにも似た気持ちで私は恐る恐るミサトを見返した。
「そっか…そっか、そっかぁ〜……リツコ!よく言ってくれたわっ!アタシ、あんたからそう相談される日をずぅ〜っと、ずぅぅぅ〜っと待っていたのよオ?」
「えっ?」
ミサトは嬉しそうに私の両手をとるとブンブン上下に振り回し、煙草をスパスパとせわしなく吹かし始めた。
「勇気を出してよく話してくれたわね。それに免じて相手が誰だかは聞かないであげるわ。」
「あ、ありがと…」
嬉しそうに煙草をスパスパと吹かしてはグラスに口をつけるミサトに、私は目を丸くする思いで見ていた。
「でっ、どう告白すれば良いのかを相談したいんでしょ?」
「ちょ…ちょっと待ってよ。いきなり飛躍しないで。違うの…そうするつもりはないわ…。」
私はかぶりを振った。
「何で?好きなんでしょ?どうして告白しないの?」
ミサトがまた驚いたようにして身を乗り出す。
「それは……叶わぬ想いだからよ。告白したところで結果は目に見えているの。」
私はグラスに口をつけた。
苦い味が舌の上に拡がっていく。
「はぁ?よくわかんないわねぇ…。そんなの、わかんないでしょ?お相手さんもあんたと同じ気持ちでいたらどうすんのよ?」
「…それは、有り得ないわ。」
私は紫煙を吐いた。
29 :
リツコ:2009/07/08(水) 20:04:37 ID:???
煙と共に、この辛い気持ちを全て吐き出して消してしまいたい心境になる。
「ことあるごとに有り得ないワ、有り得ないワって…あんたウザいわよ?相手がどうだかわかんないじゃない。ほら、脈がある気配とかそういう感じのこととかこれまでどうだったのよ?」
「脈だなんて…そんなのわからないわ。」
また短くそう答えたら、ミサトは思いきり憤慨する顔をした。
それも当然なのだろう。
ミサトにすれば、一体、私が何をどうしたいのかということが全く見えてこないのだから…。
もうこの悩み苦しむ状態から抜け出したくて話したというのに、これではミサトも打開策を提示しようがない。
「あのさぁ〜、折角、人を好きになったのよ?何も行動しないで諦めたら後悔するわよ?絶っ対にね。あんたみたく、相手もシャイで八方塞がりでいるかも知れないじゃない。でしょ?」
「そんな…別に私はシャイだなんて…」
尚もウジウジとする私に業を煮やしたのか、ミサトはカウンターをバンと叩いた。
「いいこと?アタシはあんたを応援したいの!あんただって、両想いになれるならそうなりたいって望んでいるんでしょ?どうなの?違う?」
ミサトがグッと顔を近づけてくる。
「それは……そうだけど…。仮にそうなったとしたら奇跡よ。」
「もぅ、ごちゃごちゃウザいわね!奇跡を待つより捨て身の努力よ!…ひょっとしてってシチュエーションはこれまでなかったの?何かあったでしょ?」
再度、問いかけられて私は思考を巡らせてみた。
自分と同じ気持ちを抱いているかも知れない…という僅かな可能性がありそうな出来事があったかを思い起こしてみた。
「……こんなのは不確かだけど、あるにはあったかも知れないわ。」
「話して。」
そう言うと、ミサトは更に身を乗り出してきた。
私はポツリ、ポツリと話し始めた。
30 :
リツコ:2009/07/08(水) 20:08:12 ID:???
指先を何度か握られてきたこと、ことあるごとに頬を染めて私を見ていることや、いつも気にかけてくれていることをだ。
私の自宅に招いた時に謎めいた問いかけをされたことも付け加えた。
勿論、関係する当事者の名前は全て伏せたし、細かい背景までについては出来る範囲で省くことは忘れなかった。
そうでなければ相手の素性がバレてしまう。
「…こんなところかしら。フフッ、可能性の内には入らないわよね。」
自嘲気味に呟いてグラスに口をつける。
真面目な表情で全ての話を聞き終えたミサトは、そんな物憂げな私の背中をいきなり思いきり叩いてきた。
「な、何するのよ!」
手にしたグラスを落としそうにになって叫ぶ。
「あんたって、ホント鈍感ねぇ〜。これって決定的なことよ?間違いなく相手もリツコを想っているのが見え見えじゃない。察してやんなさいよ。」
「えっ?」
キョトンとする私にミサトは笑っている。
「もう一度言うわよ?あんた達は既に両想いの状態なのよ。信じられないなら、今の話をMAGIに審議させてみれば?同じ答えを導き出すことを保証するわ。」
「…馬鹿言わないで。母さんに笑われるだけだわ。」
MAGIを私的利用することなんて出来るわけはなかったが、そうしてみようかと一瞬、思ってしまった。
「恋愛事情に疎い鈍感人間だから今まで気が付かないだけだったのよ。あとは前進あるのみよ?勇気を出しなさい。」
「もぅ他人事と思って…。奥手で悪かったわね…。」
何度も何度もグラスに口をつける。
本当にそうなのだろうか…。
両想いでいると太鼓判を押されたことに信じられない気持ちはあったが、これまで色恋の浮き名を沢山流してきたミサトにそう保証されたことを嬉しくも思っていた。
31 :
リツコ:2009/07/08(水) 20:11:51 ID:???
「(本当にあなたも同じ気持ちでいてくれているの?)」
弾けんばかりの笑顔の持ち主のことを想い、また胸が高鳴ってくる。
ミサトに発破をかけられたからというわけではないが、想うだけですぐにでも会いたくなってしまっていた。
「…コ……ツコ……リツコっ!」
「えっ?」
呼ばれる声で我に返る。
「今、物凄く幸せそうな顔してたわよ?まるで恋する乙女よね。」
「もぅ…からかわないでよ。恥ずかしいわ。」
頬が熱くてならなかった。
両手で顔を擦る私にクスクス笑っている。
「鉄の女リツコが、ついに恋に落ちたかぁ〜。まさに愛してる…って感じね?」
「ホント、やめてよね……こういうことは初めてなんだから、もぅからかわないで頂戴…。」
これ以上恥ずかしくさせられてしまうのはご免だった。
煙草をまた取り出して火をつける。
「…じゃあ、これまで誰とも付き合ったことなかったの?ねっ、マジで?」
何気ない一言を口にしてしまったばかりに、ミサトはそれに食い付いてきた。
「えぇ…。過去に好意を示してくれた人もいたけど何とも思わなかったし…。むしろ、人付き合いとか面倒に思っていたのはあなたも知ってるでしょ?だから、これまで縁はなかったわ。」
正直に答える私にミサトは目を丸くしている。
「ってことは、もしかして……ヴァージン!?あんた、処女なの?」
「ちょっと…やめて、声が大きいじゃない。」
私は慌ててミサトの口を手で塞いだ。
ミサトがフガフガもがくのも構わず強く押さえる。
まったく、油断するとこれなんだから…。
「いきなり下品ね……だったら悪い?」
声を潜める。
別に、このことを恥に思っているわけではなかったので隠すつもりはなかった。
というか、開き直ってしまっていただけかも知れない。
眼光を鋭くして見据える私にミサトは首をブンブンと横に振る。
32 :
リツコ:2009/07/08(水) 20:16:08 ID:???
「ご、ごめん!驚いてつい…。でもさ、それなら尚のこと素敵よね。好きな相手と結ばれる時のことを思えばね…そっか、そっかぁ〜。」
「…何を想像してるのよ。大きなお世話だわ。」
ひとりニヤつくミサトに私はツンと顔を背けた。
「へへっ、ごめんってば。…初めて同士だろうから大変とは思うけど、これも慣れよ慣れ。」
「えっ?」
ミサトの言葉につい聞き返してしまった。
今、何と言われたのか確認の意味を込めてだ。
「あっ……お相手さんもきっと初めてだったらなぁ…って。その…ごめんごめんごめん!」
ミサトは今の一言がいかにも失言だったと言わんばかりに手を合わせて謝ってくる。
たしかに私はそうだけど……また輝く笑顔の持ち主のことを思い浮かべてしまう。
年齢を考えれば、これまでお付き合いしてきた人はいるだろうからそういう経験があっても可笑しくはない。
とは言っても、日頃の潔癖ぶりを思えばもしかしたら私と同じかも知れない。
イメージからして、多分その可能性は高い。
誰が見ても恐らくそう思うだろう。
勿論、ミサトも同意するだろう。
「……………。」
というか、私は何を考えているのだろうか…。
そうであってもなくても、この気持ちに変わりはない。
私はそんなことを気にするような器量の狭い人間ではない。
馬鹿馬鹿しいことだとばかりに紫煙を思いきり吐く。
「ねっ、リツコ…ごめん!ごめんなさい!」
「…いいわよ、別に怒ってないから。」
手を合わせたままのミサトに一瞥をくれると煙草を揉み消した。
上目遣いで済まなそうに私の様子を窺っていたミサトは、安心したようにいつものおちゃらけた顔に戻っていく。
「(…やっぱり気付いているのかしら?)」
ミサトの何気ない一言に疑念が生じたものの、自分から聞くことなんて出来るわけもなかった。
33 :
リツコ:2009/07/08(水) 20:19:16 ID:???
「じゃ、リツコの恋の成就を祝って乾杯しなくちゃね!」
ミサトはおかわりをオーダーしている。
「…気が早いわよ。あなたにこうして大丈夫だと励ましてもらったことは感謝するけど、正直、不安な気持ちは拭いきれてないの。」
「馬鹿ねぇ〜、言ったでしょ?何も行動しない内から嘆くんじゃないのっ!」
ミサトが私の手におかわりのグラスを握らせる。
「それはそうだけど…。でも、それが通用するのって、一般的に…」
私はそこで続く言葉を咄嗟に飲み込んでしまった。
一般的に異性間の間での話ならわかるわよ……そう言いきってしまう前に…。
「一般的に…は、……まぁそうよね。」
うまい言葉が見つからず適当に濁してしまった。
そのまま俯く私をミサトは優しげな目でジッと見ている。
「……いいリツコ?それがどんなに困難に思えても大切な存在と思うならば手に入れる努力をするべきよ?……たとえ、相手が同性であってもね…。」
私はハッとして顔を上げた。
ミサトは前を向いたまま黙ってグラスに口をつけている。
「ミサト…」
呟くような声がまた掠れてしまう。
ミサトはやっぱり、やっぱりわかっていた。
私が誰のことで悩み、独りもがき苦しんでいたのかをとっくにわかっていた。
「それにアタシが全面支援するって言ってんのよ?あんた、アタシの役職を言ってごらんなさいよ。」
「作戦部長…。」
そう答えたらミサトはニッコリ笑った。
「そうよオ?何だったら、良い告白作戦を一緒に考えてあげたっていいんだからね?」
「あ…ありがと。」
先程のネットサーフィンをしていた姿を思い出し、なお不安になるわ…とは流石に言えなかった。
でも、重たい話を最後まで黙って聞いてくれただけでなく、バックアップまで申し出てくれようとするその気持ちは嬉しくてならなかった。
34 :
リツコ:2009/07/08(水) 20:23:03 ID:???
私の話す相手が誰であるかを承知した上でだ。
そう…このことが一番胸に暖かく響いていた。
ポタポタ…。
手に水滴が落ちていく。
私は知らない内に涙を流していた。
「ちょっとちょっと〜、あんたまで泣かないでよぉ。どうせ泣くなら嬉し泣きってヤツにしなさい?」
「だ、だって…ミサト……私…」
もう言葉にならなかった。
しきりに涙を溢れさす私の肩をミサトは黙って抱いていてくれた。
「…落ち着いた?」
ティッシュで涙を拭う私はそれに頷いてみせる。
「クスクス…こんな風に泣くリツコは初めて見たわよ?」
「……私もよ。人にこんな姿を見せてしまう日が来るなんて思ってもいなかったわ。」
ティッシュには、涙で落ちてしまったファンデーションがしっかり付着している。
「…あんた、いつも意地っ張りなんだもの。素直になることも大切よ?これから恋愛を始めようとする場合は特に…ね。」
「そうね…。わかってはいるんだけど…。」
私は苦笑して俯いた。
自分の短所と言えるべきことをズバリ指摘されてしまったが、腹は立たなかった。
いつもだったら、ここで二言、三言、言い返してしまう筈なのに。
「ほら、乾杯しましょ?さっきも言った通り、あんた達が両想いなのは確定事項よ?あとは、いつどのタイミングで告白するかだけなんだから。今はそれを考えるだけよ。」
ミサトが私のグラスに自分のを合わせてくる。
「あなた、嫌悪しないのね…。私が誰のことを話しているのか知ってて…」
「アタシは差別主義者じゃないわ。…世の中には色んな形の愛があるけど、アタシにとってリツコが親友であることには何ら変わりもないの。今までもこれからもね。」
ミサトは遮るように答えるとウインクを寄越す。
私はまた涙が溢れそうになってくるのを必死で堪えた。
35 :
リツコ:2009/07/08(水) 20:26:27 ID:???
「ほら、泣かないっ!あんたが実は泣き虫だってことを教えちゃうわよ?いいの?」
「ば…馬鹿言ってんじゃないわよ。」
しきりにティッシュを使う私をミサトはまた優しい目で見ている。
私はグラスを手に取ると口につけた。
先程の苦味が嘘のように、口の中に拡がっていく芳醇な風味を美味しく感じていた。
気持ちひとつで、一転してこうも味が変化したことに感心する面持ちになる。
「リツコ、ちゃんと気持ちを伝えるのよ?約束して。」
「えぇ、どの道そうするしかなかったのよね。どんな結果であれ、きちんとケリをつけようとする限りはね…。伝えるわ。あなたにここまで励まされたんだもの。ここで逃げたら女がすたるじゃない。」
そう微笑んでみせるとミサトもニッコリ微笑んでくれた。
何だかんだと理由をつけて逃げる方向で考えてみたところで、結局、堂々巡りで何の解決にもならない。
やはり、ミサトの言う通り告白するしかこの生殺しな現状から脱却する方法はなかった。
たとえ、嫌悪と共に今の友好関係が損なわれることとなってもだ。
その時はスッパリ諦めるしかない。
スッパリ気持ちを切り替えることは決して出来ないに決まっているが、受け入れてもらえない以上はそうするしか他にない。
たとえどんなに時間がかかってもだ。
それだけに、伝えるタイミングはよく見計らわないといけない。
なにせ一発勝負になるのだから…。
「またそんな不安な顔してぇ〜…。いつものあんたらしさでもって伝えればいいだけなのよ?変に凝る必要はないわ。」
私の気持ちをどこまで見透かしてくるのだろうか…そんな助言をくれた。
「フフッ、あなたには参るわ。ねぇ…伝えて駄目だったら、あなた一緒に泣いてくれる?」
「はぁ〜?あんたの口癖の有り得ないワって言葉をそっくり返すわよ。駄目だなんて、それこそ有り得ないワ!有り得ないワ!有り得ないワ!」
眉根を寄せて窺う私をおちょくるように、そう連呼する。
36 :
リツコ:2009/07/08(水) 20:30:25 ID:???
「フフッ、わかったわよ。自信を持て…でしょ?」
「そうよ、わかってんなら弱気な発言はもう止めなさい。…アタシの保証を疑うんじゃないわよ。」
どさくさ紛れにミサトが煙草をくすねて口にくわえる。
私はまた火をつけてあげた。
スパスパと口で吹かすだけのミサトを見つめながら、親友の有難みを私は噛み締めていた。
親友になってくれたことに感謝を捧げる気持ちを込めて、私はそのままミサトを見つめ続けていた。
ミサトが腕時計で時間を確認している。
「あらやだ、もうこんな時間なの?」
時刻は2300になろうとしていた。
「私の相談話で終わっちゃって悪かったわ。あなた、もっと楽しく飲みたかったでしょ?」
「あんたの話を聞くために飲みに誘ったんだからいいのよ。あんただって、話したことで心が軽くなれて良かったじゃない。悩みをフッ切った顔をしてるわよ?」
ミサトはスパスパと吸い終えた煙草を揉み消した。
「そう?たしかに、今の気分はいいわ。…今日はありがとう。本当に感謝しているわ。」
口にしていたグラスも空になり、私はそれをカウンターに静かに置いた。
「大げさねぇ〜。アタシは当たり前のことをしたまでよ?…さってと、そろそろ帰ろっか?」
「えぇ。」
私達は立ち上がった。
ミサトが伝票を掴むとさっさと会計している。
「いつもゴチになってるからいいわ。たまにはカッコつけさせてよね。」
ミサトは照れ臭げに笑ってお金を出そうとする私を止める。
私はクスリと笑った。
店の外に出た私達の帰る方向は真逆である。
「じゃあ、オヤスミ!今夜はいい夢でも見んのよ?」
「フフッ、そうね。…オヤスミ。」
店の前で手を振って別れる。
私は、ミサトがスキップするように帰っていく後ろ姿をしばらく見送っていた。
見送りながら、不安だったけど本当に話してみて良かったと心の底から思っていた。
私も歩き始める。
「マヤ……」
そっと呟く。
その名を口にして気持ちが高ぶっていく中を、私は穏やかな足取りで家路へと帰っていった。
ktkrktkrktkr!!!!!
乙!です!!!
ドキドキしたり歓喜したり、一緒に恋愛してるみたいに活性化してます!
リツコ初めて、とは、新劇版で行くんですね。
興奮してしまったw
乙!!!
マヤがミサトに相談していたのか?&初めて同士で大丈夫なのか?!
初めて同士じゃやり方解んなry
禿しく気になってきますたw
うわっ!
今うるさい居酒屋から飲んで帰って来て
更新されてて酔いも覚めた
けど読んでドキドキして、また酔いが回ったw
はじめてならちゅっちゅするだけでおkだろが!!
いけ!いくんだ!
純粋に互いの願いをかなえる、ただそれだけのために!!www
>>41 そっか、妄想が暴走してしまってwまずはちうからだね
でも、その先は…お互いの願いって、やっぱ触れたいとかか…余計な心配だなw
リツコも近い将来、大学時代にミサトが一週間大学に来なかった時の気持ちが分る日がくるんだね
正に察しと思いやり。GJです!
お互いの思いが確認できたら、ちゅーして
一緒に眠るだけで幸せだろう
最初はマヤ寝ちゃってリツコ手が出せなそう
告白は誕生日か!?
二人とも眠れないんじゃ?
週末誕生日か、なんと言うタイミングの良さw
告白考えてるんなら
ドキドキで上の空に見えてしまうリツコ
食べ物の味しないだろうねw
やっぱリツコの部屋でデートかな
ドキドキだわ
手を出すと言っても、どう出すか解らない二人。しかし、求め合う二人の気持ちが何か自然な流れでたどり着く感じじゃまいかと。
これからは言葉よりも雄弁に想いを伝える手段が増えるのか、良い事だ。
リツコも愛情失調で育ってるから恋人出来たら依存しそう。相手がマヤで良かった。
なんて、ここのミサト目線。
誕生日土曜だけど金曜夜からか、土曜ランチからか、リツコはどうキリだすのか、案外マヤから告ったりか。
楽しみです。
50 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/09(木) 21:01:30 ID:F45fkovH
告らなくともいいんですが
なんとなくリツコもミサトのアドバイスで少し余裕ができ
言葉は無いけど きっと貴女も同じ気持ちでいるよね みたいな
二人がシンクロする みたいなそれはもう少し先の話かな
二人がそういう事になったら、リツコはオッパイ星人でマヤは早いってのが漏れのイメージ
最近リツマヤ/マヤリツにはまったんだがまだまだ需要あるんだな
安心した
期待してる
ここのミサトはかっこいいな!!
マヤ誕生日オメ!
マヤタン誕生日おめ!
今日はデートかな
どうもミサトの台詞に違和感を感じないと思ったらミサトの前世は同性に恋する人だったw
「奇跡を信じて、想いは届く、と」
58 :
リツコ:2009/07/12(日) 20:06:06 ID:???
私はいつもよりも早く目が覚めてしまっていた。
昨夜、ミサトと飲んで帰った後は興奮する気持ちに包まれてなかなか寝つけなかったのに、目覚ましが鳴り出す前に起きてしまった。
寝室のカーテンを開けて確認するまでもなく外はまだ薄暗い。
とりあえずベッドで伸びをする。
充分な睡眠時間をとれてはいないのに、頭はボンヤリすることもなく清々しい気分であった。
「フフッ、本当に夢を見ちゃったわね。」
ミサトに良い夢を見るように言われたからなのかもだけど、私は目が覚める直前まで夢を見ていた。
それは、広い草原で私を誘うように振り返りながら前を走っていくマヤを追いかけている夢…。
楽しそうに笑いながら走っているマヤの腕を掴んだところで目が覚めた。
あまりにリアルで鮮明なものであったため、掴んだ時の感覚がまだ手に残っている。
「…もう少し続きを見たかったわ。」
その手を見つめながら呟く。
掴まえた後、私はどうしたのだろうかと想像すると頬が熱くなってしまう。
両頬を叩いてベッドから勢いよく起き上がるとシャワーを浴びるために浴室へと向かった。
今日は良い日になりそうだという予感に包まれていく中、私は早くも出勤の支度を始めていた。
まだ薄暗い中、車をいつもの駐車位置に止めて降り立つ。
ここネルフ本部も、この時間では職員の姿は閑散としている。
私は自室へと向かう通路を歩いていた。
「お早うございます。今日はかなりお早いですね。」
「あら、お早う。……あなた、電車通勤じゃなかったのね。」
通路の向こう側から、フルフェイスのヘルメットを手にする青葉君が歩いて来て挨拶をされた。
59 :
リツコ:2009/07/12(日) 20:09:50 ID:???
「念願の大型バイクをやっと手に入れたことで変えたんですよ。いや〜、あの朝のラッシュ時のもみくちゃから解放されて今は天国ですよ。」
「フフッ、たしかに天国よね。」
快活に笑って話す青葉君に私はクスリと笑った。
「何かいいことでもあったんですか?今日はご機嫌って感じですよ?」
「フフッ、そう?まぁ、そうかも…じゃね。」
またクスリと笑って自室へと向かう。
部屋に入って灯りを点けるとひとまず椅子に腰を下ろした。
壁時計に目をやると時刻はまだ0600である。
「いくらなんでも早いわよね。」
PCを起動させたがソワソワして仕方ない。
椅子から立ち上がるとまた座ることを何度か繰り返しながら、部屋の中をウロウロ歩き回っていた。
そうしながら、昨夜、寝付くまでの間にずっと考えていたことをもう一度頭の中でまとめていた。
いつどのタイミングで言うか…それを考えて決めたことを頭の中で繰り返していた。
ミサトのアドバイスに従い、変に凝らずにいつもの自分らしさでどう切り出すかをようやく決めることが出来たのは、深夜をかなり過ぎた頃だ。
「休みが同じ日にドライブに誘う…よね。いつものように、ここへ朝一番で顔を出した時に誘う……そうよね。」
わざわざ口にしてみるまでのことではないが、口に出して頭に刻みこんでおかないといざ本番でポカりそうな気がしてならなかった。
また時計を見上げてみる。
時刻は0615をまわったばかりで時間はあまり経過していない。
仕事を始めればいいのに、気持ちが浮わついてしまっていて手につきそうにない。
それを落ち着かせようと、そのまま何となく部屋の掃除を始めてしまっていた。
日頃から部屋の掃除はマヤが気にかけてしてくれているので特に汚れているわけではない。
いつもマヤがするように、私もそれに倣ってまずは丁寧に机上を拭き始めた。
「フフッ、早朝から私がこんな風に掃除したなんて知ったら驚かれるわね。」
鼻歌混じりにせっせ拭いていく。
60 :
リツコ:2009/07/12(日) 20:12:53 ID:???
特にマヤの机上は丹念に拭いた。
いつも何かと世話を焼いてくれていることに感謝を込めて拭いていくのは気持ちがいいものだ。
床も掃除し終えると、私はコーヒーをいれて一息つくことにした。
コーヒーの香しい匂いが部屋に拡がっていく中、机上の猫の置物に目が留まって何気なく見つめてしまう。
仲良く寄り添うように並ぶ二匹の猫を羨ましい思いでしばし眺めると、何となく向き合わせて置いてみた。
「フフッ…。」
猫はくっつくように向き合っているため、その瞳には互いに相手が映り込んでいることだろう。
擬人化してしまうようだが、私はその猫の姿にやはり自分達を投影して見てしまっていた。
昨日までの圧し潰されるような鬱々とした感情は一掃され、今は爽快な心持ちでその時を待っている。
これもひとえにミサトの励ましのお陰…。
人とは不思議なものだとつくづく思いながらマグに口をつけた。
また時計を見上げる。
時刻は0640になろうとしている。
タタタン…タタタン…。
時の流れを遅く感じて机上を指で連打してみた。
「…落ち着くのよ。今は誘うだけでしょ。」
遅々としてではあるが、時間が経つにつれてソワソワした気持ちからドキドキしたものへと変化していくのを感じていた。
今日一本目の煙草を取り出すと口にくわえて火をつける。
プカリと紫煙を燻らせようとして、空気清浄器のスイッチを入れ忘れていたことに気が付き慌てて作動させた。
脱臭器も同じく作動させる。
「あとは待つのみか…。」
また時計に目をやると、時刻はそろそろ0700になろうとしていた。
早い時は0730頃には顔を出しに来る。
手にする煙草を灰皿に置き、バッグから化粧ポーチを取り出してメイクをミラーで確認した。
「…オッケー、いつも通りね。」
パフで顔を軽くはたき、ルージュを再度ひき直した。
61 :
リツコ:2009/07/12(日) 20:16:01 ID:???
眉毛の確認も忘れずにする。
以前、たまに太い日があるわねぇ…と、ミサトに笑われたことがあったからだ。
今日はそんなことはない。
太さ、角度共に合格であろう。
ソワソワからドキドキへと変化してきたのが、今はトクントクンになっていた。
時刻は間もなく0730になろうとしている。
落ち着かない気持ちを持て余すようにして、ドアを見ながら無意識に髪の毛を触り始めていた。
時刻は0730を過ぎ、0745も過ぎようとしていた。
ドアが開かれるのを、こうして今か今かと待つのは甚だ辛いものである。
ひたすらドアを見ているも開く気配は一向にない。
「まだかしら?」
辛抱堪らずに椅子から立ち上がると、ドアに歩み寄りかけてまた戻って座った。
閉じられたままのドアに近付いたり戻ったりを繰り返している内に、時刻は0800になっていた。
「今日は遅いわね…。」
思い切ってドアを開けた私は外の様子を窺おうと、通路に顔をヒョイと出してみた。
「あっ…お早うございます!」
いきなり挨拶される。
「んマッ…マっや!」
すぐ鼻先に顔があるその声の主。
それが誰かを認めた途端に、私は素っ頓狂な裏返った声を発してしまっていた。
待ちに待った待望の時だというのにカッコ悪い。
「今日は電車が遅延しちゃって…。」
マヤがテヘッと笑う。
「そっ、そう…。」
もう来る頃だろうとは予期していても、それがこんな形で唐突であったために胸が早鐘を鳴らすように鼓動を打っている。
そのまま私はマヤの顔を見つめていた。
「どうかしましたか?」
見つめられていることに頬を染めていくマヤが不思議そうに尋ねる。
私は手に汗をかき始めていた。
さっきまで頭の中で繰り返しシミュレートしていた誘いの言葉を言おうとするが、胸が激しく鼓動を打ち続けているだけに喉がカラカラになって声が出なかった。
62 :
リツコ:2009/07/12(日) 20:18:40 ID:???
「あの……」
なんとか振り絞って声を出そうとした。
が、マヤの背後に立っている者達の姿に気付いて続く言葉を言い出せなかった。
マヤを待つようにして佇むその者達は私もよく知っているマヤの友人である。
電車通勤のマヤは、いつも友人達と連れ立って出勤していた。
「…あ……っと、今日は…そう、いい天気で良かったわ。うん、そう…最高よね。」
今朝はお世辞にも快晴とは言えず、むしろ雨が降りそうな天気であった。
なのに、咄嗟とはいえ我ながらワケのわからないことをよく言ってしまったものだ。
そんな私に頬を染めていたマヤがポカンとした顔をしていく。
「じ…じゃあ、また後でね。フフフフッ…。」
」
私はとってつけたように笑ってみせると逃げるように部屋に引っ込んでしまった。
そして崩れ落ちるように椅子に座る。
「はぁ…」
溜め息が出てしまう。
気取るつもりはない。
ただ自然な流れで会話をするつもりだったというのに、流石に今のはワケがわからなさすぎて恥ずかしくてならなかった。
今頃、あの赤木博士は大丈夫か…と、マヤは友人に言われていないだろうか心配になってしまう。
マヤまでそう思っていたらどうしよう。
「…カッコ悪過ぎよ。」
溜め息は止まらなかった。
昼になってミサトが食事の誘いに来た。
あれから溜め息を何度も何度もつきながら仕事をしていた私は、かけていた眼鏡を外すと椅子から立ち上がった。
「ふぅ〜…慢性化しちゃったわ。」
腰をトントン叩く。
デスクワークゆえに腰痛とはすっかり仲良しになっていた。
ktkr
64 :
リツコ:2009/07/12(日) 20:22:31 ID:???
いつもの食堂に赴いた私達は、テーブルを挟んで定番の日替わりランチを食べていた。
「ねぇ、さっきからどうしたの?…まさか昨夜の件?」
ミサトは憂鬱な顔で食事をする私を心配してくれている。
あまり気は進まなかったが、私は今朝のやり取りを話して聞かせた。
「なっ…ギャハハハハ!ちょ、あんたらしいと言えば…ヒヒヒッ…あんたらしいわね?ウッ…ククククッヒ〜ッヒッ…」
ミサトはご飯粒を撒き散らしながら笑い転げている。
「そんなに爆笑しなくてもいいじゃない…。清水の舞台から落ちる覚悟で挑むつもりだったのよ?……でも、ただ墜落しただけだったわ。」
そう言ってしまったら、ミサトがまた大笑いした。
「クククッ…まぁそんな落ち込まなくていいじゃない。いくらだって話すチャンスはあるんだから。」
「今日は午後に部の定例会があるの。だからまたその時にでも…と思っているわ。」
ミサトの言う通りで誘うチャンスはいくらだってある。
食事を終えた私は、心機一転とばかりにお茶を一口飲んだ。
「それじゃ、どう話しをもっていくつもりか決めたんだ?」
「えぇ、月並みだけどドライブに誘おうと思って…で、その時に…。」
ニッコリと頬杖をつくミサトにそう答えた。
「いいじゃん、いいじゃん?ふ〜んドライブかぁ……ねっ、良かったらアタシが運転手役しよっか?」
「馬鹿言わないで。どうしてそうなるのよ…。」
嫌そうに眉間に皺を寄せる私をミサトは可笑しそうに見ている。
「…ねぇ、あなたは今好きな人っていないの?」
ふと、気になってそう尋ねてみた。
ミサトのことだし、私が知らない内に誰かと付き合っていてもおかしくないと思ったからだ。
65 :
リツコ:2009/07/12(日) 20:25:46 ID:???
「へっ、アタシ?残念ながらいないわよ?…まぁ独り身に慣れちゃったってとこね。」
「あなたモテるのに勿体無いわ。案外、身近にいい人がいるかも知れないわよ?……例えば日向君とか…。」
日向君がいつもミサトをそっと見ていることは知っている。
恋に悩む者の気持ち…今ならそれがどんなものか私はよくわかっていた。
お節介するつもりはないが、何かと面倒をかけられて損な役回りでいる日向君にもチャンスを与えてやってはどうか…とばかりに言ってみた。
「う〜ん、たしかにいい人ね。でも、アタシは自分が好きな人でないと付き合いたくないわね。」
ミサトがきっぱり否定する。
木っ端微塵に砕けていく日向君の顔が浮かんでならない。
「そ、そう…あなたってハッキリしてるわね。」
どこまでも不憫な日向君が可哀想でならなかった。
「今はアタシのことより自分のこと考えなさいって♪頑張んのよ?」
「はいはい。」
昼休みが終わりを告げるチャイムが鳴る中、私達は食堂をあとにした。
自室に一旦戻った私は、これから始まる定例会のためにミーティングルームへと向かっていた。
今日の定例会では特にこちらからの伝達事項はないが、各員からの業務報告を受ける必要があった。
進捗具合やトラブル状況を聞き、部全体の作業効率を束ねて考えていくことも私の役割の一つであるからだ。
ミーティングルームはここの直上138階にある。
エレベーターに乗り込んだ私はまた考えていた。
今度はちゃんと言えるだろうかと…。
66 :
リツコ:2009/07/12(日) 20:29:18 ID:???
フロアを少し上昇したところでエレベーターが停止すると、どかどかと人が乗り込んで来た。
「丁度、同じタイミングでしたね。」
その集団の中にマヤがいた。
―トクン―
これから定例会で顔を合わすことがわかっていても、やはり胸が鼓動を打ってしまう。
マヤは、エレベーターの奥隅に立つ私の所まで背後から押されるようにして傍に来た。
「ホ、ホントね。」
私の胸の内を何も知らないであろうマヤは無邪気に私を見上げた。
エレベーターはすぐ次のフロアでまた停止すると、先程と同じく沢山の人が乗り込んできた。
人が乗る一方で誰も降りないことに、また別の意味で息が苦しくなってくる。
―トクン―
マヤの指が触れていることに気付いて再び鼓動が打たれた。
マヤは何も言わずにじっとそのままでいる。
私はまた指先が熱くなりだしていた。
まるで体温が上昇したかのように火照ってくる。
「マヤ!」
その時、この集団の中からマヤを呼ぶ声がした。
人を掻き分けるようにしてこちらに近づいてくるのは青山主任である。
「丁度良かったわ。…あのね、今度の日曜に大学時代の友人と飲みに行くのよ。マヤの話をしたらみんな会いたいって言ってね。どう?来ない?」
傍に来た青山主任がマヤにそう話かけてきた。
「あ、でも…」
「いいじゃない。初対面だからって別に気にするような人達じゃないわよ?」
青山主任が重ねて誘う。
「みんなマヤに会いたいって言ってるの。いいわよね?」
67 :
リツコ:2009/07/12(日) 20:33:08 ID:???
半ば強引に決めようとする青山主任に、マヤは気圧されるかの様子でいる。
きゅっ…。
いきなりマヤに指先を握られ、私は体をビクリとさせてしまった。
そっとマヤの様子を窺うと、マヤは頬を少し赤らめて困ったように視線をさ迷わせている。
その可愛らしい姿と、まるで私に救いを求めるかのように握ってきたこととが相まり、思わず私はマヤの手を握り締めてしまっていた。
一瞬、マヤの体がビクッとしたが手をほどくこともなく素直に握られたままでいる。
「その…でも……」
「大丈夫よ。みんな気さくな人達ばかりだし心配いらないわ。」
返答に困っているようなマヤに青山主任は更にだめ押しをする。
マヤが困っているのがわからないのだろうか…。
私は、しっかり繋いだ手に力をこめてしまった。
青山主任が尚も食い下がっていることにイラつく気持ちを掻き立てられてしまっていたからだ。
「ねっ、いいでしょ?いいわよね?」
青山主任の執拗さに、私は繋いだ手をついそのまま白衣のポケットに入れてしまった。
まるで大事な宝物をしまうかのようにして…。
ぎゅっ…。
マヤが私の手を強く握り返してきた。
「…あの…その日は外せない用があって…すみません…。」
「あら、そうなの…。じゃあ、また今度付き合って。」
青山主任が残念な顔をする。
私はホッとする気持ちでまたマヤの様子を窺ってしまった。
そっと視線だけ向けてみると、マヤは顔を真っ赤にして床を見ていた。
つられて一緒に赤くなってしまう。
誤魔化すように咳払いをしたら青山主任がこちらを訝しげに見てきたが、私は素知らぬ風を装って上昇していくエレベーターのランプをただ眺めていた。
マヤと手をしっかり繋いだままで…。
68 :
リツコ:2009/07/12(日) 20:36:36 ID:???
数分もするとエレベーターは目的の階に着いた。
マヤがポケットから手をゆっくり引き抜いていく。
私はそれを名残惜しむようにして一緒にエレベーターから降りた。
定例会は特にこれといった問題もなくつつがなく終わったが、私は少し上の空でいてしまった。
こんなことではいけないと思いながらも、エレベーターでの出来事に気持ちが向いてしまってならなかったからだ。
席上で、普段と変わらずハキハキと発言していたマヤの姿を思うと、あれは白昼夢だったのだろうかと思ってしまう。
でも、たしかにマヤも応えるように私の手を握り返してきた。
やはりミサトの言う通り……私は頬を熱くさせながら降下していくエレベーターの中でそんなことを考えていた。
そっと隣を窺う。
そんな風に考えてしまうと、先程から隣に立つマヤのことが気になって意識してならないからだ。
マヤは降下していくエレベーターのランプを見ていた。
が、私の視線に気が付いたのか、こちらに顔を向けるとまた頬を染めた。
マヤと目が合ったことで何か話そうとしたが言葉にならず、私はただ見つめてしまうだけだった。
マヤの頬がどんどん紅潮していくように、私も頬を熱くさせていた。
来る時と同じく人がひしめき合っているエレベーターの中、私達は互いに吸い込まれたように見つめ合ってしまっていた。
しばらくして、またエレベーターが停止した。
ここまで降下してくる迄の間、何度か停止を繰り返してきたエレベーターからは沢山の人が降りていった。
69 :
リツコ:2009/07/12(日) 20:41:05 ID:???
とうとう、私とマヤの二人だけになる。
「あの…」
私は今が絶好のチャンスだと思った。
周りに誰も居ない今が誘うには良いチャンスだった。
が、言葉を発そうと口を開くも意に反して舌がままならくなっている。
「今度、その…」
ただ一緒にドライブにでも行かないかと誘うだけのことなのに、私は極度に緊張してしまっていた。
あれだけ頭の中でシミュレートしたというのに…。
シッカリしろと心の中で自分を叱咤するも、言葉に詰まってしまう。
こうしている間にも、エレベーターはどんどん降下していく。
もう数分もしない内にエレベーターは到着してしまうだろう。
焦る気持ちの中、勇気を振り絞るように私はまた口を開こうとした。
―トクン―
あまりに唐突であった。
鼓動と共に私は体をビクつかせてしまった。
マヤがいきなり手を繋いできたからだ。
物怖じする私をまるで励ますように、そっと手を繋いできた。
マヤは頬を染めて床を見ている。
「…その…今度、ドライブに行かない?都合の良い休みの日にでも…。あなたに合わせるから…。」
手を繋がれたことが逆に私に安心感を与え、落ち着かせてくれたのかも知れない。
ようやくその言葉を口にすることが出来た。
床を見るようにしているマヤとは対称に、私は天井を見上げるようにして返事を待った。
「……はい。」
マヤがコクリと頷きながら囁くように答える。
私は嬉しかった。
そして第一関門をまずは突破出来たことに安堵もしていた。
「えっと…それじゃ、いつがいい?」
安堵したことで、続く言葉もすんなり口にすることが出来た。
マヤに顔を向けて聞く。
70 :
リツコ:2009/07/12(日) 20:46:03 ID:???
「…あの…こ、今度の日曜はどうですか?その…先輩さえ良ければですが…。」
マヤが私を見上げる。
潤んだ瞳で私を見つめるようにして…。
「でも、今度の日曜って…」
さっき青山主任に誘われた時、マヤはその日は外せない用があると言っていた。
「…いいんです。その日は空いてますから…。」
マヤはまた俯くように床を見ると顔を真っ赤にさせた。
「マヤ…。」
思わず呟いてしまった。
その意味をあえてここに記すまでもないだろう。
嬉しくて繋いだ手をまた握り締める。
「じゃあ、決定ね。」
マヤがまた私を見上げる。
その潤む瞳が愛しくてならない。
「先輩…。」
私達はどちらからともなく自然に指を絡め合っていた。
自室に戻った私は頬を何度もしきりにパタパタと手で叩いていた。
エレベーターでのやり取りを思い起こす度に、顔が熱くなってしまっていたからだ。
私は終日そんな状態であった。
夜も深まり、仕事に一区切りをつけた私は帰宅することにした。
外に出てみたら天気はすっかり悪くなってどしゃ降りの雨が降っている。
外は霧が立ち込めたように鬱蒼とした雰囲気を醸し出していたが、私はいたって快晴な気分でいた。
しきりに轟く雷鳴も軽やかな鈴の音にしか聞こえてこない。
近くで雷が落ちたことも全然気にならなかった。
そんな嫌な雰囲気には全く構わず、私はご機嫌な気分で帰宅の途に着こうとしていた。
何かを予兆するような暗転としたものを感じることもないままに…。
71 :
リツコ:2009/07/12(日) 20:57:31 ID:???
みなさん、マヤの誕生祝いのお言葉をありがとうございます。
昨日は、ネルフの職員も交えて誕生日パーティーを盛大に行いました。
私が密かに練習していた和太鼓の乱れ打ちを気合いを入れて披露しましたら、マヤは大喜びしてくれて私も大変嬉しかったものです。
なんでも、その時の画像がネット上に早くも流れているとか…。
もしかしたら、既にご覧になられているかも知れませんわね。
今は腕が筋肉痛なもので、お恥ずかしいかぎりです。
では、続きは後日に。
トン!!!
いいよーいいよー!!!
和太鼓はマヤの目はハートだった事でしょうw筋肉痛?マヤと筋肉痛になろうよv
しかし暗転て…気になるw
乙です!
マヤふとした時に自分の手から
タバコの匂いがするのに気づいて
赤くなってそう
手を洗わないマヤタン
ドライブデート助手席でもやたら気が利くマヤ
リツコにガムや飴の紙とか剥いて食べさせてあげそうw
二人の間にもはや告白は要らないんじゃ、と思うのは先走る漏れの思い込みかな
乙!続き待ってる!!
所でですが、前スレ保管したい時は皆さんどうしてますか?
●あるからどうするもなにも
●買ってなかったので、これを機に買う事にします
ありがとうございました
乙!!!
83 :
リツコ:2009/07/17(金) 23:50:12 ID:???
三日後のドライブを間近に控え、翌日も私はご機嫌なままで朝早くに出勤をしていた。
始業開始時刻までまだ大分時間にゆとりがある。
早速購入した情報誌を膝に乗せ、その頁をめくっていきながら当日はどのような流れに運ぼうかを考えていた。
マヤからは行き先はお任せしますと言われている。
目的地の候補はいくつか絞っていたが、まだどこにするかはハッキリ決めていなかった。
「うぅ〜ん、そうねぇ〜……うん、やっぱり第二熱海に決めたわ。」
そこの地域が記載された頁で手を止めると、角を折って目印をつけた。
散々迷った末に何故ここに決めたかというと、去年ここへ皆で温泉旅行をしに行った際にマヤに夜景をまた見に来ましょうよと言われた地であったからだ。
私はこの時のマヤの言葉を覚えていた。
今は観光地としては昔ほどの賑わいはないが、マヤが好きそうな遊園地や水族館などの遊び場所が色々と集まっている。
陽が落ちるまではここで遊び、それからあの場所へ夜景を眺めに行くのが良いと思った。
「そして、その時に……。」
私はおもむろに机の引き出しからオカリナを取り出すと口にあてて吹いた。
♪〜 ブー ♪〜
これを読む皆さんは覚えておいでであろうか…。
以前、「ド」の音階を習得する際には散々苦労をしたものだが今はそれも完璧に手にしている。
尚且つ「バ、ビ、ブ」までをもマスター出来ている身で、後は「ベ、ボ」を残すのみである。
それを習得し終えれば、副司令やマヤのようにオカリナマスターの最終試験を受けることが出来る。
「これも心を開いてきたからよね。もうすぐね、マヤ…。」
そう…私は順調に心を開きつつあったからこそ、遂にここまでこれたのだ。
壁時計を見上げる。
そろそろマヤが顔を出しに来る時間だ。
もし、行き先を聞かれても当日のお楽しみとして黙っていよう……私は口元を綻ばせながらオカリナをしまうと、机上のPCを立ち上げた。
支援
85 :
リツコ:2009/07/17(金) 23:53:18 ID:???
ここのところ鬱々とした気分で色々考えることが多かったため、仕事にあまり手がつかず溜まっている一方であった。
「早く来ないかしら…。」
マヤの顔を早く見たい気持ちに駆られながらキーに指を走らせていく。
カタカタカタカタ…。
しばらくそうしながら、ふと気が付く。
マヤは今日はお休みであるということに…。
私は気が抜けて苦笑してしまった。
マヤは件のプログラム開発にあたり休日返上で勤しんでいたため、本日はその代休取得で休みになっていたのだ。
もっとも休みといってもこの特殊な状況下ゆえ、レベルAの自宅待機状態である。
今頃は掃除や洗濯に追われているのだろうか…それともゴロ寝三昧……いいえ、朝からモリモリ食べているのかも…。
「フフッ…。」
そんな想い人のことを思い、私はクスリと笑った。
昼になり、今日は私の方からミサトを食事に誘いに行った。
私を応援すると励ましてくれるミサトには、ひとまず進展があったことを報告したかったからだ。
「あのね…ドライブの件だけど、今度の日曜に行くことになったわ。」
「はやっ!もう誘ったんだ?奥手って自分で言ってたワリには積極的なのねぇ〜。」
いつもの食堂で今日はラーメンを食べるミサトが麺を啜りながら目を丸くした。
「善は急げっていうでしょ?でも、OKを貰えて嬉しかった……。」
私はあの時のマヤの様子をまた思い出し、口元を綻ばせてしまった。
そんな私をミサトは微笑ましげに見ている。
「で、どこ行くのっ?」
「第二熱海よ。去年、温泉旅行しに行った…。」
ミサトがあぁ〜とばかりに眉を上げ、したり顔で頷いた。
86 :
リツコ:2009/07/17(金) 23:56:41 ID:???
「…ということはアレか、夜景で……よねっ?」
「フフッ…。」
ミサトはどこまでも先を読んでくるものだ。
そんなことはお見通し…とばかりにニヤリとした顔をする。
― BEEEP BEEEP ―
『総員第一種戦闘配置!繰り返す、総員第一種戦闘配置!』
そんな穏やかな一時を切り裂くように突如、辺りに警報が鳴り渡った。
「使徒!?」
喧騒で混乱を始める食堂から誰もが急いで飛び出して行く。
私達は顔を見合わすと発令所へ一目散に走り出していた。
「エヴァのスタンバイはまだか!?」
「三機共、発進準備完了!」
「葛城三佐!」
メインモニターに映し出される使徒の姿を前に、発令所は騒然としていた。
―ドガッ、ドガッ、ドガッ―
突如、本部近くに現れた使徒はここへ直接攻撃を仕掛けようとしている。
その尋常ならざる破壊力に、私達は床にひれ伏すように這いつくばっていた。
「博士、伊吹さんがこちらに来るまで私が代行します。」
「頼むわ。」
マヤに緊急連絡をとっていた青山主任は、通話を終えると飛びつくようにマヤの席に座った。
87 :
リツコ:2009/07/17(金) 23:59:07 ID:???
「エヴァンゲリオン、発進!」
ミサトの号令で三機が射出されていく。
メインモニターには、使徒の侵攻を食い止めようと早速掴みかかろうとする初号機の姿が映し出されている。
が、鞭状の何かを繰り出してくる使徒の攻撃を避けるのに必死だ。
隙をついて零号機が背後からパレットライフルを連射するが、ATフィールドに阻まれてしまう。
「こんちくしょおがぁぁぁぁあ!!」
弐号機が空を斬り裂くようにプログナイフで使徒の頭上から飛びかかった。
―シュイィィィン―
空気を振るわす音と共に、弐号機めがけて使徒の目から光が放たれる。
「きゃあぁぁぁぁ!!」
「アスカ!」
騒然とする発令所。
弐号機が弧を描くように吹っ飛び、使徒はスルスルと移動を始めだした。
「シンジ君、レイ、そいつを山の方へ誘い出して!」
「「了解!」」
使徒を追う二機にミサトが指示を飛ばす。
「止める…。」
零号機が後ろから羽交い締めしようとするが、使徒はそれをすり抜けて宙高く跳躍すると大きく後退しながら着地をした。
すかさず鞭を一閃させる。
「なっ…!!」
発令所で固唾を飲む私達は驚愕した。
使徒が着地した場所は民間の居住区である。
今の攻撃で辺りの建物が消失するかのように一撃で破壊されてしまった。
「くっそぉおーっ!!」
初号機が更に後退を始める使徒に掴みかかろうとする前に、また鞭が一閃される。
88 :
リツコ:2009/07/18(土) 00:03:42 ID:???
―ガシュッ―
すぐ傍の建物が、袈裟懸けされたようにして斜めに斬られた。
「あれはっ!?」
私は叫んでしまった。
今、直撃を受けたのはネルフ職員の…マヤの住むマンションではないだろうか…。
建物は、まるで斜めに斬られた竹のような切り口を上空に見せていた。
使徒は次々に鞭を一閃させていく。
「マヤはまだなの!?」
腕時計に目をやった私は時間を逆算していた。
青山主任からの連絡を受けたマヤはもうこちらへ到着していてもいい頃……なのに、まだ姿を現していない。
使徒の攻撃に目を奪われていたばかりに、マヤがまだ来ていないことにここでようやく気付いたのであった。
慌ててマヤの携帯にかけてみたが発信音は鳴るものの出ない。
さすがに自宅に居るわけではないと思いつつもかけてみた…が、こちらは回線自体が断線していて不通であった。
使徒の攻撃で断たれてしまったことは自明の理である。
「伊吹二尉の所在が掴めません!ロストです!」
「何ですって!?」
携帯の微弱な電波からマヤの居所をサーチしていた職員から悲鳴のような声が挙がった。
「(そんな…まさかっ……!)」
未だ姿を現さず、またマヤからも連絡がないことに私は嫌な予感が過り始めていた。
それを考えただけで血の気がひいてくる。
メインモニターには初号機に掴まれた使徒が山の方へと投げ飛ばされ、残りの二機が追いかけていくのが映し出されているところであった。
「……………。」
今どうすべきか瞬時に答えは出ていたが、手段をどうするか……私はモニターを睨みつけながら頭をフル回転させていた。
89 :
リツコ:2009/07/18(土) 00:07:26 ID:???
「青葉君!あなたのバイクのキーを貸して!早く!!」
「は、はい!」
手を突き出して要求する私に一瞬わからない顔をしたが、青葉君はすぐに察してくれた。
急いでポケットから取り出したキーを私に投げて寄越す。
「駐輪場はJ―27ですから。」
「恩にきるわ。」
力強く頷く青葉君に感謝して私は走り出す。
「博士、何をなさるつもりですか!?どちらへ…」
「リツコ待って!これ持って行きなさい!」
青山主任の声に被さるようにして、ミサトが私に何かを投げ寄越してきた。
携帯型MAGIだ。
これで衛星を介し、携帯の電波を増幅受信してサーチ出来る。
誤差の範囲は3mと精度も高い。
私は急いでスカートのポケットにそれを捩じ込んだ。
「アスカ!あまり接近しないで…今、予備のパレットライフルを出すわ。レイ、援護して!」
ミサトは既に戦闘指揮に戻っている。
私は青山主任に振り返った。
「私が戻るまで一切の権限をあなたに預けるわ!後を頼むわよ!」
「博士っ!」
私は早口でそう告げると全速力で走り出した。
発令所を抜け出して外に出てくるまでの間、私は走りながら白衣を脱ぎ捨てていた。
これからバイクに乗るには邪魔であることがわかっていたからだ。
無駄な時間は浪費したくない。
それほどまでに一秒を惜しむ気持ちで急いでいた。
「あった!あれね。」
息が上がるのも構わず一気に駐輪場まで走って来た私は、お目当てのバイクをすぐ見つけることが出来た。
新車のハーレーだ。
スカートの裾が捲れ上がるのも気にせず一気に跨がるとエンジンをかける。
リツコが男前すぐるwwwwwww
91 :
リツコ:2009/07/18(土) 00:11:41 ID:???
―ドゥルルルルルルル―
重たい排気音が地を響かせる。
バイクに乗るのは何年ぶりだろうか、車の免許を取ってからは乗らなくなってしまっていた。
自転車にすら乗ってはいなかったことを思えばちゃんと走れるかわからなかったが、他に選択肢はなかった。
出来るだけ最短で探し出すにはバイクの機動力に頼るしかなかったのだ。
クラッチを繋ぐのに苦慮したのも最初の内だけで、体は勘を覚えてくれていた。
駐輪場をそのまま走り抜け公道に出る。
「母さん、お願いよ…私に力を貸して…」
ハンドルに固定させた携帯型MAGIに祈りをこめる。
その液晶に表示される赤い光点を確認すると、思いきりアクセルを吹かして全開させた。
バイクは、マヤが辿る筈のルートを逆走する形で爆走していく。
いつもは電車通勤なマヤも非常時には車を使って来る。
日頃からそうしないのは運転が不得意だから…と、以前本人から聞いたことがある。
携帯型MAGIが示す光点はまだここから大分先を示していたが、走りながらマヤの車を探すように左右を見渡していた。
周囲の街並みは酷い有り様だった。
建物の殆どが何らかの被害を被っていた。
どの道路もジグザグに蛇行する車列で塞がれている。
辺りに人気が見当たらないのは車から降りて近場のシェルターに避難したからだろう。
車の中はどれも無人であった。
更に先に進むにつれ、陥没や抉れてしまった道が目についてくる。
破裂した水道管からおびただしい量の水が溢れだして冠水している箇所もあった。
「やはりバイクで正解だったわ…。」
今や私は歩道を走らせていた。
92 :
リツコ:2009/07/18(土) 00:19:39 ID:???
光点に近づいていくにつれ周囲の惨状は増していく。
道に倒れている者達…いえ、彼らは一目で亡くなっていることがわかる。
ところどころで爆発音が聞こえるのは車からなのか、時間差を狙ったように火の手があがり始めていた。
「あなた、早くシェルターに避難しなさい!」
単独事故を起こしたのか、電柱に突っ込んでしまった車の傍で運転手が呆然と佇んでいた。
額からは血が滴っている。
瓦礫の山に圧し潰されている者、燃えさかる車の中から逃げ出せなかった者……すぐ傍を走り抜けた家屋が轟音と共に倒壊し、中から断末魔の叫びが聞こえてきた。
目に入ってくる惨状は負傷者よりも遥かに死者の方が多い。
視界を見渡した限りでは動く者は誰一人いなかった。
それでも私は信じていた。
さっきのような負傷者を見かけることができたのだから…。
もしかしたら、脱輪してしまっただけなのかも知れない。
脱輪した際に携帯が壊れて通話不能になってしまったのかも知れない。
それで身動きがとれずにオタオタしているのかも知れない。
「見つけたら叱ってやるわ…思いきり……」
頬を涙が伝っていく。
涙で視界が曇っていくのを手でグイッと拭う。
光点が示すポイントはもうすぐそこだった。
「マヤ!?」
数十メートル先に、マヤの車らしきものがようやく視界に飛び込んできた。
10メートル…5メートル…近づいていくにつれ確信する。
光点で確認するまでもなく、あれはマヤの車であった。
「マヤ!!」
上から倒れ込んできた電柱を間一髪ですり抜け、砂煙を巻き上げながらバイクを横滑りで止めた。
車に近づく。
93 :
リツコ:2009/07/18(土) 00:27:06 ID:???
「マヤ…!!」
それはあまりにも酷い光景であった。
マヤの車は側面から別の車に突っ込まれて大破していた上に、瓦礫で屋根が潰されていた。
そんな中を、運転席に出来た僅かな空間に身を押し込ませるようにしてマヤはハンドルに突っ付していた。
割れた窓から手を差し伸べて触れてみたが、マヤは身動ぎ一つしない。
「マヤ、しっかりして!」
歪んでしまったドアは開かなかったが体ひとつ分が通れるぐらいの隙間があったため、私はそこからマヤの体を引っ張り出そうとした。
―ボンッ―
その時、エンジンルームから小さい爆発音がして火の手が上がった。
徐々に燃え広がろうとする炎を前に、私は気が狂ったようにマヤの体を引っ張っていた。
「マズい…!」
シートベルトが邪魔して思うように引っ張り出せない。
ロックが外れない上に、体に食い込むようにベルトがきつく締まっていた。
「つッ…!」
勢いを増す炎が私の腕を舐めていく。
私は必死だった。
必死で諦めなかった。
何が何でもマヤを助ける……その一念でベルトを掴むと力任せに引きちぎった。
すかさずマヤの体を引っ張り出して肩に抱え、私は車から急いで離れて逃げた。
―ドゴォッ―
間髪入れずに爆発音が鳴り、車は一気に炎に包まれていく。
その光景を、地べたに腰を抜かして座りこんだまま震える思いで見ていた。
あと少し遅かったら……火事場の馬鹿力とは正にこのことなのだろう。
燃え舞う火の粉が髪を焦がすのも構わず、マヤをしっかりと胸に抱き締めていた。
94 :
リツコ:2009/07/18(土) 00:32:23 ID:???
その時、私は胸に生暖かい滑りを感じた。
胸の部分に大量の血がついている。
マヤのこめかみの辺りから血が流れ伝っていたのだ。
かなり出血が激しい。
私は着ているシャツを裂くと、それでガーゼ代わりに止血を試みた。
またシャツを長く裂き、その上からマヤの頭に強く巻き付けて結わいた。
「マヤ!お願い、返事して!!」
どんどん血に染まっていくシャツに泣きたくなってくる。
頬を擦り、叩き、また擦る。
私は必死で何度も何度も呼びかけていた。
「う…うっ……せ…先輩…」
「マヤ!」
マヤがうっすらと目を開けた。
「わ…たし…車…で…」
「喋らないで!今、病院に連れて行くから大丈夫!大丈夫よ!」
酷い出血のためか、マヤの意識は朦朧としているようだった。
他にどんな怪我を負ってしまっているのかもわからない。
事態は一刻を争う。
マヤを抱えて急いでバイクに戻ろうとした。
―ポロ、ポロ、ポロポロ―
上から幾つか小石が降ってきた。
上を見上げた私にマヤも顔を上げる。
「なっ…!」
「先輩、危ないっ!」
小石と思ったのはそうではなかった。
崩壊した建物の残骸が、上から私達に大きく迫り落ちてこようとしていた。
咄嗟にマヤが私を庇おうと身を踊らせる。
私もマヤの体を包み込むように上から抱き締めていた。
95 :
リツコ:2009/07/18(土) 00:34:21 ID:???
―ドガガガガガガガッ―
轟音と共に砂煙が舞い上がるのを感じる間すらさえなかった。
私達の上には、容赦なく瓦礫の山がただ降り注がれていくだけだった。
乙です!
思えばこのスレ初使徒戦
平和だったのに一気に凄惨な感じに
続きが物凄い気になる
乙!です。
今和太鼓リツコ画像が出回ってるけど、あれでバイク乗ったらレディースだなとw
冗談はおいて、愛してる人に、もしもの事があったら生きてる意味なんて無くなっちゃうよ。自分だったら。
保守
乙!引っ張るのが上手いなこの!
絶対幸せになれよ二人とも!!
100 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/22(水) 00:35:42 ID:+yoCwdpg
乙です!
お家でデートの平和な時が夢のようですね。
今日は疲れたんでぽかぽかな二人を読み返して癒されようと思います。
保守。
乙!
保守
なにこのネ申スレ
前スレまとめとかないんですの?
104 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/24(金) 13:02:15 ID:d6SX38d1
保守
106 :
リツコ:2009/07/24(金) 21:08:43 ID:???
『早いタイピングですね、さっすが先輩!』
『なんたって、わたしは先輩の一番弟子ですから!』
『先輩、見てください!このプログラミングは先輩の直伝です!』
『あ〜、先輩やっぱりお疲れですね。肩こってますよ?』
『先輩、先輩…先輩……先輩………先輩……』
人懐っこい笑顔を浮かべていたマヤが私からスーッと遠ざかり、霞のように消えていく。
「どこに行くの?待って!…ねぇ、待って!」
私は自分の叫び声で目を覚ました。
「お気づきになられたのですね!?良かった…博士、本当に良かった…。」
青山主任がボンヤリと目を開ける私を上から屈みこむように覗きこんでいた。
目に涙をうっすらたたえている。
「青山主任…あなた……これは…」
「博士は怪我を負って担ぎこまれたのですよ?ここはネルフの病棟です。おわかりになりますか?」
青山主任は、室内に視線をさ迷わせる私から隠れるようにして涙を拭う。
「…病棟?怪我って……私は…私は…マヤを……マ、マヤは…マヤはどこなの!?どこ!?」
そう、私はマヤを助けに行った。
その時のことを思い出して慌てて起き上がろうとした。
すかさず青山主任が止める。
「ご心配ありません。伊吹さんも救出されて今は集中治療室に搬送されてます。一命をとりとめてますからご安心なさって下さい。」
「集中治療室…。」
青山主任は私をベッドに寝かせつけ、捲れた掛布団を直した。
「博士と伊吹さんは瓦礫の中に閉じ込められていた所を救出されたのです。携帯型MAGIがあったことで早くに発見出来たことは幸いでした。でなければ、今頃どうなっていたことか…」
「マヤの…マヤの怪我はどうなの!?」
私はまた身を乗り出してしまった。
すかさずまた止められる。
107 :
リツコ:2009/07/24(金) 21:13:59 ID:???
「伊吹さんは頭蓋内に出血が認められたため緊急手術を受け、今はまだ麻酔で眠っています。危機は脱しました。ですから、もう大丈夫です。」
「手術を……。」
青山主任は私を落ち着かせるように笑みを向けてきた。
「えぇ…。他に頭部に裂傷、肋骨と右足首にヒビが…それに左腕を骨折してました。打撲傷もありましたが、こちらは大事に至るものではありません。」
私はあの時の朦朧としていたマヤの様子を思い出していた。
かなりの大怪我を負っていたとは…それに、あの激しい出血が脳内にまで及んでいたなんて…。
私はぎゅっと唇を噛み締めた。
「……マヤは、大破した車の中で圧し潰されるようにして意識を失っていたわ。だから私、必死で…」
「存じ上げてます。博士が助けに行かれなかったならば、伊吹さんは間違いなく命を落としていたことでしょう…。」
私の言葉を遮るように顔を向ける青山主任は、また涙ぐんでいた。
「博士が命がけでとられたその決断と行動には、たとえ戦闘中であっても…」
「使徒は?使徒はどうなったの!?」
私は青山主任の言葉を遮った。
今もマヤのことで頭が一杯であった私は、青山主任の戦闘中というその言葉で忘れていた使徒のことを急に思い出した。
そう…あれは、使徒が襲来したことで引き起こされてしまったことだったのだ。
「そちらも心配ございません。見事に殲滅することが出来ました。エヴァ三機の破損も軽微なものですみましたから。」
「……良かった…。あなたにいきなり一任して迷惑をかけてしまったわね…。」
「いいえ、私は何も…。」
青山主任が首を横に振る。
使徒を殲滅し、マヤを助けることが出来たことの両方に私は喜びを噛み締めていた。
嬉しくて涙が溢れ落ちていく。
108 :
リツコ:2009/07/24(金) 21:16:33 ID:???
「ただ、第三新東京市の被害が甚大なため、これから修復着工にかかる時間と予算を考えると手放しでは喜べません…。それに犠牲者も…。」
「完全な復旧まで混乱が続くことでしょう。目に見える物だけでなく、人の心までダメージを受けてしまったことへのケア…それも大事になってくるわ。」
私はバイクで走りながら目にした時の街の様子を思い出していた。
破壊された建物に道路、そして沢山の死体を目にしてしまったことを…。
彼ら達にも大切な家族や友人、恋人がいただろう。
残された者の胸の内を察すると、こちらまで胸が締め付けられてくる。
幸い、私は失わずに済んだ…大切な存在であるマヤを…。
「…今、マヤは眠っていると言ったわよね?様子を見に行きたいのだけど……駄目かしら?」
「博士、あなたも重傷を負われたのですよ?ご自分の体のこともお考えになられて下さい。」
青山主任は私の腕に視線を落としてきた。
掛布団の外に出されるその両腕には包帯が巻かれている。
「博士は肘から下の両腕に中度の火傷をされてます。頭部に裂傷、それと左肩を骨折され右大腿部にはヒビが入ってます。」
「そう…でも大したことないわ。マヤの怪我を思えば。」
両腕の包帯を見る。
こんな痛みぐらいは我慢できる。
青山主任は、頭に巻かれた包帯を触ろうとする私を何か思うような表情で見ている。
「やはり、ご自分のことよりも心配ですよね。……今回の件でようやく確認が出来ました。」
「えっ?」
青山主任がニコッと笑う。
その表情は今まで私に向けてきた敵対的なものではない。
そういえばここで目を覚ましてからずっと、青山主任は私を気遣う態度で接してくれている。
目を覚ました直後は涙を浮かべていたし、まるで私のことを心配していた様子にも見えた。
どういうことなのだろうか…。
109 :
リツコ:2009/07/24(金) 21:19:19 ID:???
「博士、私はあなたのことを誤解してました。」
「誤解?」
苦笑する青山主任に私は問い返した。
「えぇ、そうです。…伊吹さんの件で、博士とはいつか膝を交えてお話しをする日が来ることとは思っていましたが…。」
「どういうこと?」
苦笑する青山主任は和らいだ表情を浮かべている。
青山主任がマヤの名を口にしたことで、私はかねてより気にしていたことを思い切ってここで聞いてみようかと思った。
青山主任はマヤのことをどう思っているのかについてを…。
―ブシュッ―
その時、病室のドアが開いた。
「リツコ!」
ミサトが駆け寄って来る。
「生きててくれて良かった…本当に良かった…」
ミサトは病室に入ってくるなりオイオイと泣き出した。
「ミサト…」
ベッドにすがりついて泣くミサトの背を撫でていると発令所の面々が入ってきた。
ベッドから上半身を起こす。
「…申し訳ありませんでした。いかなる処分が下されようとも異を唱えるつもりはございません。覚悟は出来ています。」
その中に副司令の姿を認めた私は深々と頭を垂れて謝罪した。
よりによりによって、使徒襲来の最中に私は職場放棄してしまったのだから。
そうすればどうなるか位、あの時、私もわかっていた。
でも、それでも……。
「どうぞご存分に処罰を…」
「博士の行動は職務怠慢とまでは言えません!私に一任されました。それに、自らの命をかけてまで人命救助もされてます。どうか寛大なご処置をお与えください!」
間に割って入るようにした青山主任が副司令に頭を垂れる。
私はそれに驚いてしまった。
110 :
リツコ:2009/07/24(金) 21:22:24 ID:???
「………赤木博士、減給20%6ヶ月としよう。……フッ…君は殊勝な部下を持ったな。」
「あ、ありがとうございます。」
ネルフの規律は厳しい。
そう言って苦笑する副司令も、私の処分をどうするか、さぞや悩みに悩まれたことだろう。
私は青山主任にありがとうと囁いた。
「それにしても、君は大したものだ。なかなか真似出来ることじゃないぞ?ハハッ、二人とも回復が早いことを祈っとるよ。」
「ご配慮をありがとうございます、副司令…。」
副司令が病室から出ていく。
私は先程からしきりに泣くミサト、技術部の面々、日向君に青葉君、そして青山主任にあらためて頭を垂れた。
「申し訳ないわ…私の一存で皆に迷惑をかけてしまって…。ごめんなさいで済むことではないわね。」
皆が首を横に振る。
「博士は瀕死のマヤちゃんを助けに行った。そして救うことができた。それでもういいじゃないですか。」
部員の一人がそう返すと、皆が頷いた。
技術部を束ねる者でありながら、勝手な行動で皆に迷惑をかけてしまったのだから反感を買われて当然と思っていた。
だから今の言葉は嬉しかった。
涙腺が緩みそうになる私に青葉君がティッシュを渡してくれた。
ふと、借りたバイクのことを思い出す。
あれは、恐らく…。
「青葉君、あなたのバイクを駄目にしてしまったわ。きちんと弁償するからどうか許して頂戴。」
あの瓦礫が落ちてきた際、バイクは比較的近いとこに止めてあったのだから全損で間違いはないだろう。
ピカピカの高価な新車であったことを思えば青葉君のショックはかなりな筈。
私はどこまでも申し訳ない気持ちで一杯だった。
111 :
リツコ:2009/07/24(金) 21:24:44 ID:???
「…博士、カッコ良すぎですよ。マイったな〜もう。」
青葉君が苦笑する。
「どのみち、こいつが自分で駄目にしてたんです。大丈夫ですよ。」
日向君が茶化すと皆がドッと笑い、病室の中が明るくなった。
「(みんな、ありがとう…。)」
心の中でそう感謝した。
「早く良くなって下さいね!」
皆が病室から出て行く中、ミサトはまだベッドにしがみついてメソメソと泣いていた。
「博士、私も戻ります。何かご用がありましたらお呼び下さい。」
青山主任も出て行く。
ドアが閉まり、ミサトと二人になってしまった。
「ねぇ、もう泣き止んで頂戴。少し涙脆いんじゃない?」
「だって、あんたが死んじゃったら口喧嘩する相手がいなくなっちゃうじゃない。それは困るのよ!」
まったく……でも、私はちゃんとわかっていた。
そんな強がりをしてみせるミサトにまた減らず口で返すのも芸がない。
代わりにミサトの頭をペシリと叩いた。
「あっ…イッタ〜!」
「ねぇ、マヤはどんな様子なの?教えて。」
どうしても知りたくて聞いてみた。
頭に手をやって大袈裟に痛がってみせるミサトがいきなり真顔に戻る。
「一目顔を見たいわよね…。でも、今は容態が安定するまでは面会謝絶なのよ。手術が無事に成功したことぐらいしかアタシもわからないわ。」
「そう…しばらくは無理なようね…。」
そう言われてもやはり一目見たかった。
声が沈む。
「でもさ、集中治療室にはそう長くはいないだろうって話よ?数日したら一般病棟に移されてくると思うわ。」
「だったら少しの辛抱ね。…ところで、私はいつまでここで寝ることになるのかしら?」
私の怪我は悪くても骨折程度だから、いつまでも入院しなければならないほどのことではない。
112 :
リツコ:2009/07/24(金) 21:26:41 ID:???
「あぁ、まだ聞いてないんだ?あんたはすぐ退院できるって話よ。明日か明後日には出れるんじゃない?」
「そう、良かった。仕事が溜まってしまうと厄介になるわ。」
いつも私を手伝ってくれていたマヤがこんなことになってしまった以上、当分は休みを取らずにやっていくしかない。
マヤの退院後も、本人に負荷をかけるようなことは当面避けねばならないだろう。
ここは数ヶ月のスパンで仕事のスケジュールを見直さないといけないかも知れない。
頭の中でそう考えた。
「仕事といえばさ、今回の戦闘で居住区があんなことになってしまってウチんとこはかなり吊し上げられたわ。作戦部だってやれる限りのことはやったんだけどね…。」
ミサトが顔を曇らす。
「あの居住区はネルフ職員のマンションも含まれているわ。もしかして、あそこも被害を?」
「えぇ、そうよ。マヤちゃんが住むマンションだって半壊したわ。それに、ここへ向かう途中で犠牲になった職員も多かったって…。」
私は絶句してしまった。
やはり、あの袈裟懸けに斜めに斬られた建物はそうだったのだ。
「仮設住宅の設営を急ピッチで進めてはいるけど、満足な戸数が提供されるかまではわからないわね。今は街の復旧が最優先だから。」
「そう…。考えるまでもないことだけど、この街は常に死と直接隣合わせよね。私達ネルフの職員は既に覚悟は出来ているとはいえ、犠牲になった者達のことを思うと辛いわ。」
やるせない気持ちにかられる。
ミサトの沈んだ声に、余計、私は重苦しくなってしまっていた。
113 :
リツコ:2009/07/24(金) 21:29:25 ID:???
「でも、あんたはその中の一人の命を救うことが出来た。それは素直に喜んでいいことだとアタシは思うわ。」
ミサトは微笑んでみせる。
「慰めてくれてるのね。…時にあなた、これから始末書と請求書の山に追われるんじゃない?ここで油を売ってないで早く戻った方がいいわよ。」
私がそう言うと、いきなりミサトの携帯が鳴りだした。
「……どうやらそうみたい。あんたは少し眠るといいわ。じゃあね。」
発信者が誰かを確認したミサトがしかめっ面をしている。
「お見舞いありがとう。」
病室から出て行こうとするその背にそう言葉をかけたら、ミサトは指でサインを寄越した。
「……!」
ドアが閉まる。
私は脱力してベッドに身を横たえてしまった。
今、寄越してきたサインはVサインのつもりだったのだろう。
向きさえ間違いなければ…。
「やれやれ…だわ。」
私は苦笑した。
ミサトが出て行った後、あれから医者が来て私は自分の怪我の説明を受けた。
包帯でぐるぐる巻き状態ではあるが、あとは回復の経過を見ていくだけなので明日の退院許可を貰うことができた。
しばらく松葉杖での生活にはなるが、ここで寝ているよりはいい。
その際、その医者にマヤの怪我や今の状況を尋ねてみたが、担当が違うためわからないと言われた。
だったらマヤの担当医を呼んで欲しいとも頼んでみたが、今は忙しくて手が離せないとのことで無下に断られてもしまった。
私がマヤの上司であることは先方も承知していた。
が、話はしとくからと言い残してサッサと立ち去ってしまったため、私はフテ寝のようにしていつの間にか眠ってしまっていたのだ。
ふと目が覚める。
病室の外を人が行ったりきたりする音で目を覚ましてしまった。
窓に目をやると、外はすっかり暗くなっていた。
114 :
リツコ:2009/07/24(金) 21:31:50 ID:???
壁にかかる時計を見たら今は真夜中である。
「どうしているかしら…」
独り言のように呟く。
今頃、麻酔がきれた痛みに眠れないでいるかも知れないことを思うと可哀想でならない。
マヤのことだから我慢強く堪えていることとは思うが、どうしても気になってならなかった。
明日、また聞いてみようと再び目を閉じるも、外ではずっと人の往来する足音が響いてきて五月蝿くて仕方がない。
「静かにして欲しいわ…。」
掛布団を顔まで引っ張り上げて溜め息をついた。
翌朝、病院食を食べていると医者が病室に入ってきた。
「赤木博士、伊吹二尉についてご報告をしたいことが…。」
その医者は、昨日会った私の担当医ではなかった。
「あなたがマヤの担当医?マヤ…いえ、伊吹二尉は手術を受けて今は集中治療室にいると聞いたわ。あとどのぐらい待てば面会出来るかしら?」
私は早くマヤの顔を見て安心したかった。
「出来れば今、一目顔を見ることだけでも駄目かしら?ほんの少しの時間でも構わないから。」
だから矢継ぎ早にそう頼んでみた。
「ま、待って下さい。先に私の話を聞いて下さい。面会は可能ですが伊吹二尉はまだ眠ったまま…」
「会話したいとまで無理を言うつもりはないし、睡眠の邪魔をするつもりもはないわ。ひとまず顔を見て安心したいのよ。それで、どの集中治療室にいるの?」
面会可能と言われたことで、私は一刻も早くマヤの元に行きたかった。
「最後まで話を聞いて下さい!そういう意味ではなく、伊吹二尉はまだ目を覚まさない…いや、正確には意識が戻っていないのです。」
「……何ですって!?」
私は医者のその言葉に耳を疑ってしまった。
言葉に詰まる。
115 :
リツコ:2009/07/24(金) 21:34:22 ID:???
「ですから、伊吹二尉はまだ意識が戻っておりません。…もっともこういうことは珍しい事象ではなく、しばらく時間が…」
「マヤの所に案内して!早く!」
私は病院食が乗せられたテーブルを押し退けてベッドから出ようとした。
「お待ち下さい!今、車椅子を用意しますから。」
私の剣幕に驚いた医者が急いで病室から出て行く。
私は手で顔を覆ってしまった。
マヤの意識がまだ戻っていない…そのことに著しい動揺と混乱が渦巻きだしていた。
「お連れします。どうぞ…」
車椅子に乗せられた私は、病棟の長い廊下を看護士に押されながら病室を出た。
「意識が戻ってないってどういうこと!?まさか手術に問題が…」
「手術は問題なく成功しております。…ですが、意識が戻るまでにしばらく時間がかかるケースも稀にあることで…。」
前を先導して歩く医者は困ったように話す。
「それが数日か数週間なのか…いつと断言は出来ませんが、このまま目が覚めないという状態にあるわけではありません。そのことをご報告したくて伺ったしだいです。」
「……………。」
とある部屋の前まで来ると、医者の足が止まった。
そのドアが開かれる。
「こちらです。」
先に中に入った医者の後に私も続いた。
「マヤ…。」
まだ意識が戻ってないと聞いたばかりではあったが、呼びかけずにはいられなかった。
「面会は3分程度でお願いします。またお呼びしに来ますので。」
医者と看護士が部屋から出て行く。
「マヤ…。」
私は、沢山の機器に周囲を囲まれたようにするマヤのベッドへと近づいていった。
マヤの体は沢山のチューブやコード類でもって、心電図等の医療装置に繋がれていた。
口には酸素マスクがあてがわれ、手術をした頭部にはネット状の包帯がなされていた。
無事で何より
うぁあ
早く幸せになって欲しいなあ
乙です!!!
植物状態にはならないで済みそうですが
この展開ドキドキ、ちゃんと目を覚ましてねっと
マーヤ…
リカさんマジでマヤの事大好き過ぎるんだな
いい人だw
二人が幸せになるってことはこの物語が終わるってこと?後者は嫌かもw
122 :
リツコ:2009/07/24(金) 23:58:54 ID:???
その頭も手術にあたって髪を全て剃髪されている。
かなりの失血であったのだろう…いまだ輸血を受けている状態であった。
生気を失ってしまったような顔の白さと閉じられたまま微動だにしない瞼を見つめ、私は涙を浮かべていた。
「マヤ…」
手を握ってみたが何の反応もない。
握り返すことなくダランと力が抜けたままであった。
頬に触れてもそれは同じで、マヤはピクリともしなかった。
撫でる頬を冷たく感じてならない。
また車椅子を押されながら自分の病室へと戻る途中、さっきの医者が口を開いた。
「昨夜は急激に血圧が下がったことで呼吸困難になりかけましたから。」
「それは危なかったと…そういうこと!?」
私は真夜中の騒々しい足音を思い出した。
あれは、その事態に医者と看護士スタッフが慌ただしく動いていた物音であったのだと瞬時に悟った。
「はい…。術後しばらくは不測の事態が起こりえることも考慮しないとなりません。容態が安定するまでは逐一経過を見守る必要があります。」
病室の前まで戻って来ると医者の足がまた止まった。
「……………。」
マヤに顔をゆっくり寄せていく。
まるで自分の体温を分け与えるかのようにして、その頬にそっとキスをした。
何らかの反応が返ってくることを期待するように、二度、三度と頬にキスをした。
そしてまた頬を撫でながら見つめていた。
今すぐ目を覚まして欲しいと待ち望む思いで…。
―ブシュッ―
ドアが開く。
「博士、お時間です。今日はこの辺で…。」
「…わかったわ。今、出ます。」
もう一度最後に手をぎゅっと握ってから部屋を出た。
123 :
リツコ:2009/07/25(土) 00:13:33 ID:???
「当面、伊吹二尉には集中治療室にいてもらうことになります。」
また車椅子に乗せられて病室へと戻る中、医者が口を開く。
「何かあれば直ぐにご連絡いたします。博士もお身体をお大事にして下さい。それでは私はこれで…。」
「マヤのことを頼みます。本当に、本当に宜しくお願いします…。」
病室の前までついてきた医者はそう言って立ち去って行く。
私には、その医者にすがることぐらいしか残念なことに出来なかった。
あれから直ぐに退院をした私はネルフの公用車で自宅へと送られ、帰宅後はそのままリビングのソファーに座って放心していた。
帰らされたのは昨日の今日ということで、今日一日はこのままおとなしく静養するよう上から指示されたからだ。
仕事の一日遅れぐらいはすぐ取り戻せるからそれは別に構わなかった。
問題はマヤのことである。
十分な会話をとまではいかなくても、アイコンタクトぐらいはとれるものだとばかり思っていた。
それがまだ意識が戻っていない上に、一時は危うい状態に陥っていたと説明を受けることになるとは…。
計り知れない衝撃に今はただただ放心するばかりであった。
溜め息すら出てこない。
むしろ、心臓を鷲掴みにされて脅されている心境に陥ってしまっていた。
このまま目が覚めないわけではないと医者は話していたが、不安は膨れ上がる一方であった。
かなり長い時間、ソファーに座り続けていたままでいることに気づいたのはリビングが薄暗くなってからだ。
窓から射し込んでいた陽も消え、室内も夕闇に包まれ始めようとしていた。
松葉杖を支えに立ち上がり、痛みを感じる太ももを庇うようにしてリビングの蛍光灯のスイッチを入れた。
室内は明るくなったが私の心の中は翳りを帯びたままである。
私は不安な気持ちを抱えたままその日を終えたのであった。
124 :
リツコ:2009/07/25(土) 00:17:46 ID:???
翌朝、昨日の公用車が迎えに来て私は出勤をした。
足のギブスが外れて自分で運転出来る迄の間は、公用車で送迎されることになっている。
多少、不便ではあるが致し方なかった。
「大変そうね。身体の方はどう?」
慣れない松葉杖を使って牛歩のようなスピードで通路を進んでいると、ミサトに声をかけられた。
「このぐらい大したことないわ。それよりマヤが…」
「意識がまだ戻らないんだってね。聞いたわ…。でもその内に目を覚ますわよ。心配なのはわかるけど、今は落ち着いてその時を待ちましょ。ねっ?」
私が沈んでいることをわかっているミサトは努めて明るくそう言うと、肩を貸して自室まで歩くのを手伝ってくれた。
「今日のお昼なんだけど、私は…」
「あぁ〜いいからいいから。アタシの方は使徒戦の後始末の処理でてんてこまいなのよ。どのみちお昼を一緒にとれそうもないんだわ。」
ここのとこ昼食はミサトと一緒に摂っていたが、マヤの状態が気掛かりであったため休憩時間はできるだけ面会しに行きたかった。
なので、お昼はそうしたいと話すつもりであったがミサトはどうやら察してくれていたようだ。
私が言い切る前に先にそう言われてしまった。
「悪いわね。」
「ううん、アタシも顔出せる時間が作れたら様子見に行くから。…あまり思い詰めんじゃないわよ?」
自室の前まで来ると、ミサトはそう言って立ち去って行った。
部屋に入る。
とりあえず今は仕事をしないとならない。
早く昼になって欲しいと思いながらPCを起動させた。
昼休みに入ったところで、早速私は集中治療室へと向かった。
松葉杖をもどかしく感じながら出来る限り急いで歩く。
通路を幾つも通ってやっと医療棟に入ったのは、部屋を出てから20分ばかり経過した頃であった。
125 :
リツコ:2009/07/25(土) 00:22:29 ID:???
全館空調が効いているとはいえ、額にうっすら汗をかいてしまっている。
立ち止まって休むことすら惜しく、私は真っ直ぐ看護士ステーションに行って声をかけた。
「技術部の赤木です。伊吹二尉の面会に来ました。」
「あ、はいどうぞ。…申し訳ありませんが、お時間はまた3分でお願いします。」
私は頷くと、マヤの元へと向かった。
「マヤ、入るわよ。」
意識がないことはわかっていても声をかけてしまう。
室内に入った私はパイプ椅子をマヤの近くに持ってくると座った。
「ふぅ〜…さすがに堪えるわね。」
日頃、運動らしい運動は何一つしていないため基礎体力が衰えてしまっているのがわかる。
パイプ椅子に凭れるように座った。
「マヤ…。」
ベッドに身を乗り出して顔を見つめた。
マヤは昨日同様に目を閉じたまま動かない。
胸の辺りが規則正しく上下に動く以外、その静かな様子には何一つ変化はなかった。
口に酸素マスクがなければ普通に眠っているようにしか見えない。
私はまた手を握っていた。
「早く目を覚まして…。私、辛いわ…。」
耳元で呟き頬を撫でる。
そしてまた見つめていた。
こうしている間にも時間は無情に過ぎて行く。
3分などあっという間で、まもなくまた看護士が呼びに来るだろう。
頬にキスをする。
「えっ…?」
私は一瞬、驚いた。
キスをした時、握っていた手を握り返されたように感じたからだ。
思わずその手を見てみたが、マヤの手は力なく私に握られたままだった。
目も閉じられたまま表情にも変化はなかった。
126 :
リツコ:2009/07/25(土) 00:25:08 ID:???
私はもう一度キスをしようとした。
「博士、お時間です。」
その時、ドアが開いて先程の看護士に呼ばれてしまった。
「また明日ね…。」
後ろ髪を引かれる思いで部屋を出る。
そしてまた長い時間をかけて自室へと戻った。
これが私の日課の始まりであった。
私は昼休みだけでなく、自宅へ帰る前も面会に寄るようになっていた。
時間を捻出してはマヤの元へと日参する。
日曜は本当だったら今頃はドライブに行っていた筈。
なのに、私はこうしてここで眠ったままのマヤを見つめているだけである。
「マヤ、お願い…お願いだから早く目を覚まして…。」
口から出る言葉はそれしかなかった。
見つめ、手を握り、頬を撫で、そしてキスをする…その繰り返しであった。
あれから何日が経過したことだろう…。
状態は一向に変わらないまま日数だけが経っていくにつれ、私の焦燥感は日増しに大きく膨れ上がってきていた。
そんな状況で一週間が過ぎ、またこれから面会に行こうと自室を出ようとしていた。
その時、部屋の電話が鳴った。
「赤木博士、伊吹二尉の意識が戻りました。今、目を覚ましたので…」
「何ですって!?す、すぐそちらに行きます!」
それはマヤの担当医からの電話であった。
会話を一方的に切り上げた私はすぐ部屋を出てマヤの元へと向かった。
この時ばかりは歩くのが本当にもどかしく感じてならなかった。
どんなに急いで歩いてみても、ノロノロとした歩み具合しか出来ない自分に憤りをおぼえる。
127 :
リツコ:2009/07/25(土) 00:32:43 ID:???
ゼーゼーと息をしながら必死で歩き続け、やっと集中治療室の前まで来たところで部屋の中からミサトが慌てて飛び出してきた。
「リツコっ!?今、あんたに連絡をしようと…」
私がすぐそこにいることに気づいたミサトが驚いたような叫び声を挙げた。
「意識が戻ったって聞いて駆けつけてきたわ。フフッ、これでやっと一安心ね。………ちょっと……通してよ。」
口をパクパクしながら私を凝視するミサトを押し退けてドアの前に立った。
「ま、待ってリツコ!!」
ミサトが呼び止めるのも構わずドアを開くと室内に足を踏み入れた。
「…イヤっ、離して!……やめて!」
「マヤ、お願いだから話を聞いて!」
私は目に入ってきた光景に驚いて言葉を失ってしまった。
ベッドの上に起き上がったマヤが手を振り回して暴れ、それを青山主任が抑えつけようとしていたからだ。
「君っ、落ち着くんだ!!…おい、早くあれを…」
「やめてっ!触らないで!」
マヤの肩を押さえつける医者に看護士が注射器を渡そうとした。
―カシャン―
手を振り回すマヤがその注射器を床に叩き落とす。
「どうして…どうして、こんなことするんですか!?」
マヤは逃げるように身を捩らせながら叫んだ。
「どうしたの!?落ち着いて…まずは落ち着いて頂戴。」
私は急いでマヤに近づいて、安心させようとその手を握ろうとした。
「いやっ!」
マヤが身を捩って逃げようとする。
怯えた表情でそう叫ぶマヤの手を、私はまた握ろうとした。
「わたしに触らないで!」
すかさずピシャリと私の手を叩く。
「一体ここはどこなんですか!?…それにあなたは誰!?誰なんですか!?」
マヤが私を見据えて困惑したように叫ぶ。
「マ……ヤ…」
今、マヤに何と言われたのだろうか…その名を呼ぶ声が小さく掠れていく。
128 :
リツコ:2009/07/25(土) 00:35:37 ID:???
―カラン、カラカラカラ…―
松葉杖が床に落ちた音が聞こえた気がした。
体が崩れ落ちようとするのを誰かに支えてもらったような気がした。
私は視界が真っ暗になったところまでしか覚えていなかった。
マジ…
連投乙です!
130 :
リツコ:2009/07/25(土) 00:46:55 ID:???
途中で連投規制に引っかかりましたため一気に投下出来ませんでした。
それで慌てていたため、122〜123前半部にかけての文章が前後してしまいました。
わかりにくくて申し訳ありません。
では、また後日に。
ええええええええぇ
そんな...or2
連投乙です。
リッちゃん自分もケガだらけなのに
お大事にな
マ、マーヤ…
うそだあ マヤああああああ
切なすぎる
切ないお、リツコならずとも自分も寝込みそう
続きがきになります
前スレが読みたい
137 :
135:2009/07/27(月) 12:13:49 ID:???
>>136 サンクス
結構な長編なのね
仕事中隙を見て携帯から読んでる
気がつけばニヤついてるこの感じはなんだ?
中の人期待してます頑張って!
今日か?今日更新か?
と毎日チェックしてるw
アップされてると、まさにキターーーー
ってなってるよ
そうそう、自分も毎日何度も見に来て楽しみにしてます
最近ここのリツマヤが大変なことになり、心乱れて心の均衡を保とうと小ネタに走ってますw
中の人頑張って下さいね
>>139 うをっ
超ナカーマ(・ω・)人(・ω・)
子ネタ考えてばっかで仕事が手につかんw
>>140 >>141 やはり皆さん、ここのリツマヤが大変なことになり心乱れて心の均衡を保とうと小ネタに走ってます
なのでしょうかぁw
やっぱ二人には幸せになって欲しいですよね。
前スレ読破記念カキコ
マダムわろたwバームクーヘンの項のミサト「マヤちゃんメッよ!メッ!」可愛い
マヤは女なのよ?切ねえ
オリジナルの使い方がお上手で
キャラも立ってるし
記憶飛んでからの展開は若干見えそうな気もしますが期待大です!
早く読みたい!
144 :
リツコ:2009/07/28(火) 19:52:20 ID:???
『先輩…先輩……先輩………』
人懐っこい笑顔でまとわりついていたマヤの姿が徐々に消えていく。
それを追いかけたいのに周囲は真っ暗で何も見えず、私は無限の闇に独り取り残されてしまっていた。
孤独と絶望に気が狂いそうになる中、髪をかきむしる。
「リツコ!リツコっ!!」
私を呼ぶ声でハッと目が覚めた。
「…ゆ、夢……。」
私は額だけでなく、身体中びっしょりと寝汗をかいていた。
それをミサトが心配げに見ている。
「あんたが失神して慌てたわ。大丈夫?」
私はいつぞやに貧血で倒れた時と同じベッドにまた寝せられていた。
「マヤは…」
今の夢で動悸は著しいままである。
胸に手をあて俯く。
「あれから鎮静剤を打たれて眠っているわ。……かなりショックよね。」
こちらを見るミサトの表情は、心配、困惑、そして苦渋をない交ぜにしたようなものだった。
ベッドから起き上がろうとする私に手を貸してくれる。
「あんたに聞かせるのは酷なことも承知よ。でも、ちゃんと伝えないとならないわ。マヤちゃんはね、記憶を失ってしまっているわ…。」
「嘘っ、そんなの嘘よ!!」
私はその手を振り払い叫んだ。
認めたくない…到底、認められないことだ。
淡々とそう話すミサトの声が遠くに聞こえてならなかった。
マヤが記憶喪失だなんて、そんな戯言は聞きたくもない。
私はまるで幼い子供がイヤイヤをするように頭を振っていた。
145 :
リツコ:2009/07/28(火) 19:55:04 ID:???
「事実よ…受け止めなさい。」
「……………。」
でも、言われるまでもなく本当は自分でもわかっていた。
あの時、マヤに手を振り払われて誰なのかと詰問されたことは紛れもない事実である。
それが何を示唆するものであるのかはわかっていたが、あらためてそのことを告げられたくはなかった。
重くのし掛かるそれに圧し潰されてしまいそうになる。
「これからの検査で詳しいことはわかってくるわ。…でも大丈夫、きっとすぐに思い出してくれるわよ。ほら、そんな顔しないで…ねっ?」
私は今どんな顔をしているだろうか…。
両手で顔を覆ってしまった私をミサトは優しく抱き締めてくれた。
「……アタシもね、忘れられちゃってたわ。あの場で覚えていた人は青山主任だけよ。」
「……………。」
胸にチクッと痛みが走る。
マヤは青山主任のことは覚えていた…私達のことは忘れても……。
それに悲しみが増してくる。
「検査の結果を待ちましょ?…大丈夫よ、マヤちゃんがあんたを忘れたままでいるわけないじゃない。絶対に思い出すわよ!」
力付けるように私の背を擦る。
「…そう…ね。気が動転してしまって…。」
私はようやく顔を上げ、またミサトの手を借りてベッドから下りた。
「今日はこのまま帰った方がいいわね。夜も遅いことだし。」
「…もう、こんな?」
時計を見て驚く。
時刻は2300をまわったところであった。
だいぶ長い時間を寝てしまっていたものだ。
「アタシは徹夜だからまだ残っているわ。ねぇ、不安でどうしようもなくなったら直ぐにアタシに言うのよ?」
「……大丈夫よ。あなたが思っているほど私は弱くはないわ。」
さっきはかなりの衝撃を受けて不覚にも気を失ってしまったが気をシッカリ持たないと…。
記憶喪失という事態は思いもよらぬことではあったが、マヤには一日でも早く回復して欲しい。
私は出来る限りのサポートをしていこうと決意を新たにした。
146 :
リツコ:2009/07/28(火) 20:00:36 ID:???
翌日の昼休み、私はこれからマヤに会いに行っていいものなのかどうか自室で独り考えていた。
意識を取り戻した時のマヤの様子を思い返すと、どんな反応をされるか不安でならない。
あの時のマヤは極度に怯えて取り乱していた。
今まであんなマヤを見たことはなかっただけに、会いに行くことを躊躇してしまう。
先に担当医に聞いてみようか…私は電話に手を伸ばそうとした。
―ブシュッ―
ドアが開かれる。
「良かった、まだいらっしゃって。」
車椅子を押しながら青山主任が部屋に入ってきた。
「伊吹さんのとこに行きましょう。私も今から行くことろでしたから。」
そして、私に車椅子に乗るように勧めてくる。
「どうして…。」
「毎日、博士が会いに行かれていることは看護士の間でも有名ですよ?」
車椅子に乗った私を青山主任が押して歩き始める。
今まで敵対的な態度でいた青山主任が甲斐甲斐しく介助をしてくることに、車椅子の中で居心地の悪さを私は感じていた。
「さってと…ひとっ走りしますか。」
青山主任がスピードを上げる。
松葉杖で移動せずに最初から車椅子を使えば良いと思われるだろうが、ここネルフ本部はバリアフリーな施設ではない。
ここの存在意義自体が使徒との有事に備えたものであるため、中で働く職員は五体満足な者で当然というスタンスになっている。
よって、私のような怪我人がうろつくには優しくない環境なのである。
「階段ですから一度降りていただけますか?」
青山主任は先に車椅子を下に降ろすと肩を差し出してきた。
「…ありがとう。悪いわね。」
掴まって一歩ずつ階段を降りていき、また座る。
147 :
リツコ:2009/07/28(火) 20:05:49 ID:???
「博士…今朝、担当医が伊吹さんから聞き取り確認しました。記憶ですが、本人によりますと今は16歳なのだそうです。」
「えっ…16歳?」
驚く私に青山主任が頷く。
「はい、それで伊吹さんと高校が同じであった私も呼ばれて再度確認をしまして…。ネルフについては何も思い出せないそうです。」
「つまり、高校時代までの記憶しかないということ?」
以前、マヤから青山主任は同じ高校の先輩であるとは聞いていた。
たしかに高校時代までの記憶なら青山主任のことは覚えていて当然なのだろう。
だが、なぜまたその頃にまで遡ってしまったのだろうか…。
私は驚きと共に釈然としない思いにかられた。
「はい…。その時にネルフの説明をしましたが、自分が既に24歳であるということに一番戸惑ってしまっていて…。」
「今の話を聞いて私も戸惑っているわ…。」
16歳ならまだ高校一、二年である。
それがいきなり実は24歳なのだと言われたら混乱もするだろう。
私は額に手をあててしまった。
そんな会話をしている内に、私達は目的の場所へと到着していた。
「マヤ、入るわよ。」
ドアを開く青山主任が声をかける。
「リカさん…。」
ベッドに寝るマヤは虚ろげな目で天井を見ていたが、私達に気づくと上半身を起こした。
「血色が戻ったわね。顔色良くなったわよ?」
青山主任が車椅子を押しながらマヤに近づいて行く。
「あの、そちらの昨日の方が…」
「えぇ、そうよ。マヤの命の恩人…あなたの上司でもある赤木リツコ博士よ。」
オドオドしているマヤに青山主任が話す。
「き、昨日は大変失礼しました。なんとお詫びしてよいのか…あの…助けていただいたそうで、ありがとうございます!」
マヤが私に頭を下げようとするのを私は止めた。
148 :
リツコ:2009/07/28(火) 20:09:56 ID:???
「いいのよ…。それより、意識が戻ってくれて良かったわ。身体の方はまだ痛むわよね?」
そう言いながらマヤの肩に手を置くと、マヤは一瞬、ビクついて逃げようとした。
「あ…す、すみません。」
怯えた雰囲気が昨日と同じままなことに、物悲しい気持ちにさせられてしまう。
私への態度がまるっきりの他人行儀なものになってしまうことへの心構えはしたつもりではいたが、こうして直面するとやはり胸に堪えてしまってならなかった。
「気にしなくていいわ。別に、あなたを取って食うつもりはないわよ?」
悲しい気持ちが表情に吹き出そうとするのを隠してニコリと笑い、おどけてみせた。
マヤがぎこちない笑顔を見せる。
「本当に何も思い出せなくてすみません…。わたし、24歳って言われてかなりショックで…。今はそのことで頭が一杯で…」
何とか思い出そうと努力したのだろう…マヤが俯く。
「ゆっくり時間をかけていけば直に思い出してくるわ。気楽にしているのが一番よ。…そうですよね、博士?」
「えぇ、そうよ。何も焦って思い出すことはないわ。あなたは働き過ぎだったから、休養を兼ねてのんびり過ごして欲しいわ。」
私は相槌を打った。
「…わたし、これからどうなるんだろう…。いつまでここにいることに…」
「大丈夫よマヤ、先のことは私達に任せなさいって。…退院は担当医の先生とよく話をしてからになるけど、怪我が治りしだいに出れるわよ。」
青山主任がそう励ます。
「怪我っていえば……わたし、髪の毛なくなっちゃったんですね。これもショックでした。」
マヤが恐る恐る頭の包帯に手を伸ばす。
「大丈夫、大丈夫…髪はすぐに伸びてくるものよ?あなたは十分に可愛いし、きっと帽子とかも似合うわね。」
私がそう言うと、マヤは照れ臭そうにはにかんだ。
149 :
リツコ:2009/07/28(火) 20:13:10 ID:???
「……博士、私はちょっと用事がありますので少し席を外します。またしばらくしたら戻りますから…。」
「あ、青山主任…」
止める間もなく部屋を出ていかれてしまい、私は部屋に置き去りにされてしまった。
沈黙が流れる。
「あの…その、赤木さんの怪我はわたしを助ける時に…?」
先に口を開いたのはマヤだった。
包帯が巻かれる私の両腕と足のギブスを交互に見てくる。
「あっ、赤木さん…?」
「す、すみません!わたしはなんとお呼びしていたのですか?」
赤木さんと呼ばれたことに一瞬わからなくなってしまった。
ごく当初は赤木博士と呼ばれていたが、いつしか先輩と呼ばれるようになって現在に至っている。
これまで、マヤに赤木さんと呼ばれたことは一度もなかった。
「あ…あぁ、別にいいのよ。今は細かいことは気にしなくていいから。ねっ?」
あなたは私を先輩と呼んでいたのよ…と、本当は教えたかった。
マヤにそう呼ばれることが好きなのは自覚していたが、それを強要したくはない。
白紙の状態なマヤに、ここで変に刷り込むような真似をしたくはなかった。
「この怪我は大したことはないわ。ところで、青山主任からネルフの…ここの施設のことは聞いたみたいね?」
「はい、わたしはここでオペレータとして働いていると…。人類の平和のために、ここにあるエヴァ何とかというのがシトと呼ばれる敵と戦っているって聞きました。」
青山主任から説明されたままの通りのことをただ言っているのだろう。
マヤは要領を今一つも二つも得てないような表情をしている。
その表情は、そう説明されても全くピンとこないということを顕にしていた。
マヤちん・・・
151 :
リツコ:2009/07/28(火) 20:19:06 ID:???
「えぇ、そうよ。あなたは、その戦闘時にエヴァのパイロットをモニタリングすることなのよ。とても重要な仕事なの。」
私がそう言った途端、マヤが表情を暗くした。
「だったら…だったら、早く思い出さないといけないですよね?早く記憶を取り戻さないと…」
私はしまったと思った。
今の言葉がプレッシャーになってしまったようだ。
マヤはまた俯いている。
「平気よ、今は青山主任がサポートしてくれているわ。あなたは怪我の回復を一番に考えて…ねっ?」
私はマヤの手に自分のを重ねた。
またビクッとされてしまったが、今度は逃げないでくれた。
「す、すみません…人に触れられるのがなんか苦手みたいで…。自分でもよくわからないんですけど…。」
ぎこちなくそう話すが、今度は普通に笑顔を向けてくれた。
「気にしなくていいわ。今のあなたから見れば私は他人も同然だもの。不安になる気持ちはわかるわ。」
「いえ、別にそういうつもりで…」
マヤの言葉を遮るように、私は重ねた手をポンポンと叩いてみせた。
マヤはそれに口を閉じると、代わりに何か考えるようにしている。
「リカさんが教えてくれたんです。わたしは赤木さんと親しいって…。」
「仕事もそうだけど、あなたと私はよく一緒に行動を共にしてたのよ?あなたは沢山食べて、いっぱい飲んで…フフッ…。」
連れ立ってあちこちの店に行った時のことを思い返し、口元が綻んでしまった。
「赤木さんって、笑顔が綺麗ですね…。」
マヤはそんな私をジッと見て、はにかむように言う。
瞬間、頬が熱くなったのが自分でわかった。
「からかっちゃダメよ?」
記憶をなくしてしまっているとはいえ、想い人にそう言われるとやはり嬉し恥ずかしになってしまう。
赤らむ頬を誤魔化しながらも見つめてしまった。
マヤの頬が薄く色づく…。
152 :
リツコ:2009/07/28(火) 20:23:33 ID:???
「……青山主任はどこに行ってしまったのかしらね?」
これ以上、見つめてしまっては不審に思われてしまうだろう。
視線を無理矢理外してドアに向けると、外の様子を窺おうと室内から出てみた。
『…でさぁ〜、あれからまたドジ踏んじゃったってワケ!』
『やだ、リカさんってまるでバカみた〜い!』
『…ちょっ!本人の前で言うなんてヒドイわねぇ〜。でも、そう・だ・け・どっ♪』
『『ギャハハハハハハハハハ!!』』
私は目が点になってしまった。
看護士ステーションの窓口で、看護士と愉しげにダベっているのは青山主任である。
窓口に肘をついてもたれ、爪先をコンコンとリズム良く床に打ちつけながら大口を開けて笑っているのはあの青山主任である。
いつもの上品な口調や物腰とはうってかわり、その姿はまるでアレ……。
「ミ…サト…?」
ポカンとさせた口は閉じそうになかった。
視線を感じたのか、青山主任が何気なくこちらを向くとハッとした顔をした。
慌てて私に近づいてくる。
「あ…伊吹さんとはお話し出来ました?」
「えっ…えぇ…。」
今のを私に見られたことに、明らかにバツの悪そうな表情を浮かべている。
「フフッ、今のを博士に見られちゃいましたね。…これが素の私です。」
青山主任が苦笑する。
「そ、そう…。ちょっと驚いたわ。」
一緒にまた室内へ戻った。
「マヤ、さっきよりも顔色がかなり良いわね。いいことよ?」
「もぅ、何を言ってるんですか。人のことをほっぽりだしてぇ〜!」
戻った青山主任に早速マヤが噛みつく。
それを私は羨ましい気持ちで見ていた。
153 :
リツコ:2009/07/28(火) 20:27:26 ID:???
「博士、昼休みも終わりますし、そろそろ戻りましょうか?」
「そうね。あっという間だったわね。」
私は頷いた。
「それじゃまた来るわ。マヤ、いい子にしてなさい?」
青山主任がからかうと、マヤがわざとらしくムクれてみせる。
「赤木さんもお身体を大切にして下さいね!」
マヤは蚊帳の外にいた私に目を向けるとニコッと笑い、手を振ってくれた。
「赤木さんって…」
今度は青山主任が目を点にしているようだ。
ポツリと呟いた。
「フフッ、いいのよ。今はこれで…。」
私もバイバイと手を振り返す。
外に出た私達は来た道をまた引き返していく。
「今日はあなたのおかげで助かったわ。」
「私が好きでしていることです。また明日、お供しますから。」
青山主任は丁寧に車椅子を押し歩いていく。
青山主任にこうして親切にしてもらうことに最初は驚きと戸惑いを感じ、居心地の悪さを感じてならなかった。
たが、今はリラックスしてそれを受け入れている。
「(マヤやミサトの言う通り、いい人なのね…)」
ふと、青山主任が看護士とダベってた時のことを思い返してハッとする。
ああしていたのは、私がマヤと二人になれるように気を遣ってくれたからではないだろうか。
やはり、私の気持ちを気づいているのかも知れない。
そういえば、青山主任はマヤのことでいつか膝を交えて話をする日が来るかもしれないと言っていたことを思い出す。
「青山主任…」
私は無意識に呼びかけていた。
そのことについて確認しないと…そう思って続けて口を開こうとした。
154 :
リツコ:2009/07/28(火) 20:30:46 ID:???
―RRRRRRRR―
その時、私の携帯にダースベイダーの着メロが流れた。
見るまでもなくわかる、ミサトからの着信である。
電話に出た。
「…なぁに?……そう、今戻るとこよ。……まだだけど……えぇ、いいわよ?……わかったわ。じゃあ後で。」
通話を終えると青山主任を見上げた。
「あなた、お昼まだでしょ?よかったら…これから一緒にどう?」
青山主任はキョトンとしたが、すぐにニコッと笑った。
「喜んで!」
互いに顔を見合わせ、フフッと笑う。
「そうとなれば急ぎましょうか!」
急にスピードを上げる車椅子の中でおっかなびっくりしながらも、私は晴れやかな気分を感じていた。
「フフッ、赤信号には気を付けて…。」
ちょっぴりな嬉しさと共に。
乙です!
なんか16歳マヤもいいなぁw
続きありがとう!
今日新劇見てきてリツマヤ飢えだったけど、
補完されましたw
乙です!
マヤもいつか記憶を取り戻してもらいたいけど
記憶を取り戻す前にもう一度?
いや、そうであって欲しい、そうだろう…てのがあるw
スレ主様、次スレ立てる時こちらのスレ貼っても良いでしょうか?
158 :
リツコ:2009/07/29(水) 21:48:02 ID:???
はい、構いませんわ。
皆様に楽しみにしていただいてなによりです。
今、継続中の話をやきもきした思いで読まれていることかと思います。
かなり引っ張ってるなとも思われていることでしょう…。
申し訳ありません。
前菜、スープ…今はようやくメインディッシュといったところかも知れません。
どんなデザートが運ばれて、味は如何なものになるのか…それはまだ大事に先へ先へと、とっておきたいと思います。
今しばらくは、やきもきにお付き合いくださいませ。
―追伸―
前スレ含め、これまで投下してきた登場人物達は実在のネルフ職員達です。
もっとも、私達はこちらの世界とは異なる平行宇宙におりますが…。
よって、ここに投下される内容は実際に私達に起きた実話でありますことを皆様にお伝えいたします。
今晩は。赤木博士
マジで毎回楽しみに拝読しています。
乙です!
オリジナル設定面白いなあ
痛覚フィードバックフィルタとか本設定に組んでも違和感なさそう
主任のキャラも際立ってきたし、ミサトさんは気回しすぎw
展開は気になるけど、この雰囲気、少しでも長く触れてたいなあ
今晩は
ではお言葉に甘えて
これからも投稿楽しみにしています♪
スレ深度458
ちょっとアゲときますね
支援
164 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 00:08:01 ID:R6KCOOfk
まだかなぁまだかなぁ。
165 :
リツコ:2009/08/03(月) 09:28:14 ID:???
こちらも私達の話題に事欠きませんわね。
ついつい楽しくて覗くのに夢中になってしまい、あちらの更新が遅れて申し訳ありません。
明後日ぐらいには投下したいと思います。
書いたのはサロメチールのやり取りでした。
マヤの天然さには、いつも翻弄されて困ったものです。
そこがまた可愛くて…フフッ、朝からのろけてますわ。
166 :
リツコ:2009/08/03(月) 09:31:41 ID:???
あっ、いけない!間違えたわ。
今のは姉妹スレ214への回答です。
あっちの214です
サロメチールでしたか、あれも笑わせていただきましたw
投下楽しみにしてます♪
あっちはあっちで最近小ネタ祭りですねwネタが尽きないって素晴らしい。
こちらはまったり進行でおkですよ(´ω`)
楽しみにしております〜
♪永い時離れても 知っている 必ず呼び合う絆を 運命と呼ぶこと
ってOPを聞くとここのリツマヤを思い出します
心でも身体でもなく魂がおぼえてますよね
172 :
リツコ:2009/08/05(水) 23:20:16 ID:???
私達は昼食を摂りに食堂へ直行した。
「お待たせ。」
入口で待っていたミサトに声をかける。
「早かったわね…って、アララ青山主任。」
ミサトは私が車椅子に乗っていることと、またそれを押す人物が青山主任であることに気がつくと意外そうな顔をした。
「博士にお誘いを受けまして、お邪魔でなければ…」
「ぜぇ〜んぜん、気にしなくていいわよオ?人が多い方が食事も楽しいわ♪」
ミサトはニマッと笑う。
昼休みも終わりに近づき食堂もだいぶ閑散としてきている。
私達三人は空いたテーブルに陣取ると、それぞれ日替わりランチに舌鼓みを打ち始めた。
「で、マヤちゃんの方はどうだったの?」
かき混ぜた納豆をカレーに入れようとするミサトに、青山主任が挙動不審な様子を見せる。
かなり動揺しているようだ。
「今は落ち着きを取り戻していたわ。でも、驚いたことに16歳までの記憶しかないのよ…。今はまだネルフのことは何も思い出せないって…。」
私はそれに慣れているとはいえ、なるべく視界に入れないようにして答えた。
見たら最後、自分のランチが遠くになってしまう。
「実年齢が24歳であるということにかなりショックを受けていました。…きっと浦島太郎のような気持ちでいるのでしょう。」
青山主任が納豆カレーを凝視して付け加える。
「そっか…マヤちゃんの中ではまだ十代なんだ……。検査結果はいつぐらいにわかるのかしらね?」
「それでしたら今朝、伊吹さんの脳をMRA…これは3Dで血管の具合まで立体撮影できる技術ですが、それで画像を撮影したそうです。近日中には結果がでることと思います。」
食事のスピードが極端に落ちた青山主任が答える。
手に持つ箸を今にも置いてしまいそうだ。
173 :
リツコ:2009/08/05(水) 23:23:01 ID:???
「あの担当医、手術に問題はないって言ってたけど…。ほら、脳梗塞だか脳卒中をやった人が一時的に健忘状態になったりする場合があるって言うじゃない?」
「そうね……。その話なら私も聞いたことがあるわ。」
何気ないミサトの言葉に不安が過ってしまう。
もしかしたら脳のどこかの血管に支障が出来てしまったのでは…私は動かしていた箸を止めてしまった。
眉間の皺を揉む。
「葛城三佐、博士がご不安になられてますよ?…私まで不安にさせないでください。」
青山主任がそうたしなめると、ミサトが頭をかいて苦笑いした。
「ごめんごめん。タハハ、怒られちゃった。」
しきりに苦笑いなミサトに青山主任が溜め息をつく。
「…私達は明日もまた昼休みに伊吹さんの面会に行きますが、お時間の都合が合えばご一緒に如何ですか?」
「うん、明日は行けると思うわ。」
ミサトがニッコリ頷く。
翌日から、昼休みになると私達三人は共にマヤの元へと面会に通うようになった。
それから数日が過ぎたある日、担当医から連絡を受けた私は検査結果を聞きに病棟へと赴いていた。
「伊吹二尉の検査結果ですが……脳には器質的な問題は認められませんでした。全くの正常です。綺麗なもんですよ。」
担当医が撮影した何枚かの画像を私達に見せてきた。
それを私と青山主任、そしてその画像の被写体であるマヤ本人が食い入るように見つめる。
「では、記憶喪失の原因は何によるものですか?」
「こうなると、心因的なものと言わざるおえません。」
脳に異常はないと言われてホッとした私は、安堵の色を浮かべている担当医に質問をした。
そんな担当医も手術ミスの可能性はないか、どこかで不安に思っていたのかも知れない。
ktkr
175 :
リツコ:2009/08/05(水) 23:29:25 ID:???
なにせ、そのことでミサトはかなりしつこく詰問をしたのだから、人の良さそうなこの担当医が震え上がったのも道理である。
まるで罪人を裁くかの如き姿勢で対峙するミサトは鬼のようであったのだから。
そのせいか、ミサトは今日この席に呼ばれすらしていなかった。
「心因的というのはどういう…」
「つまり心の問題ということになります。伊吹二尉、あなたは生命の危機に陥る状態に身を置かれた。その時の恐怖があなたの記憶を封じ込めているものと考えられます。」
恐る恐る口を挟んだマヤに担当医が説明をしていく中、私はあの時のことをまた思い返していた。
あの大破したマヤの車…それは別の車が突っ込んだことによるものであった。
そして、瓦礫でもって屋根は潰されていた。
その後に、私とマヤの上にまた瓦礫が落ちてこようとするのを目前にもした。
それらがどれほどの恐怖であったかは、体験した者にしかわからないことであろう。
私もあの瓦礫が落ちてくる時は足がすくんでしまい、ただマヤを庇おうとすることしか出来なかった。
正に一瞬のことではあったが、足がすくむほどの恐怖を感じていたのはハッキリ覚えている。
私は身体的な怪我のみで済んだが、マヤは積み重なる死の恐怖に心身共にダメージを負ってしまった…。
そういうことなのか…私は唇をきつく噛んでいた。
「記憶を戻す手段とかはないのですか?」
「いかに現代医学が発達したとはいえそれは…時間が経過する中、ある日ふと思い出すことを待つぐらいしか…。」
青山主任の問いに対する答えは実にノンビリしたものであった。
176 :
リツコ:2009/08/05(水) 23:33:50 ID:???
「あ、あの…記憶が戻らないことってないですよね?わたしはいつか記憶を取り戻せますよね?」
マヤは担当医の話を俯いて聞いていたが、顔を上げると思い詰めた表情でそう切り出した。
「…はっきり申し上げますと、記憶が必ず戻るといった保証は出来るものではありません。あなたのように、記憶をなくされたまま新たに人生を歩まれていく方も中にはいらっしゃいます。」
「そんな…」
厳しい答えにまたマヤは俯く。
ぎゅっ…。
私はマヤの手を無意識に握りしめていた。
「あなたの身体的な怪我は担当医である私の預かりになりますが、記憶喪失に関しては今後メンタル面の専門医に診ていただくのが良いでしょう。」
担当医がジッと俯いたままのマヤに優しく語りかける。
「大丈夫よ、気負いせずにリラックスして…。私達がついているから安心なさい。」
私は握った手を更に強く握りしめた。
おとなしく握られたままのマヤが微かに頷く。
「そうよマヤ、博士も私も…それにあなたの友達も皆ついているわ。のんびり行きましょ?」
青山主任も励ます。
「専門医には私の方から話をしておきます。では、今日はこれで…。」
担当医が椅子から立ち上がり、私達三人は病室へと戻った。
あの事故から三週間ばかりが過ぎた今、マヤは一般病棟に移っていた。
177 :
リツコ:2009/08/05(水) 23:37:02 ID:???
「…さてと、今日はあなたの好きな物を持って来たわよ?」
マヤはベッドの上で胡座座りをして冴えない表情を浮かべていたが、私がある物を差し出すと途端に表情を輝かせた。
「うわぁ〜、どうしてこれを?」
「フフッ、あなたが一番好きな食べ物ぐらい知ってるわ。他にも沢山あるから食べて。」
マヤのこんな幸せそうな顔を見るのは久しぶりである。
滅茶苦茶嬉しそうに卵焼きを見つめるマヤを、私は見つめていた。
「これって博士のお手製ですよね?見るからに美味しそう…。」
青山主任まで卵焼きを見つめている。
「フフッ、あなたも食べて頂戴。」
卵焼きでこんなにも嬉しそうな表情をする二人に可笑しくなってしまう。
青山主任が遠慮なく一つ取って頬張るとニヤけた顔をする。
「フフッ、愛情弁当って感じですよ?」
唐突に遠慮のない物言いをされてしまったことが、まるでミサトに言われてるみたいで調子が狂ってしまう。
「フフッ、そう?」
今では、青山主任とかなり打ち解けて付き合えるようになっていた私は苦笑してみせた。
「マヤ、もしかして口に合わなかったかしら?」
マヤは先程から何か考えるようにして黙ってパクついている。
味に失敗はないと思うがちょっと不安になってしまう。
「いいえ、凄く…凄く美味しいんです。ただ…今、何か思い出せそうな感じがしてて…。」
マヤは目を閉じて味わうようにしている。
私はそんなマヤをまた見つめていた。
「あの…わたし、前にも赤木さんの卵焼きを食べたことありますよね?」
「えぇ、私の家に来た時に食べたわよ?……もしかして、何か思い出したの?」
マヤは目を開くとこちらを向いた。
記憶の一部が戻ってくれたのだろうか…心臓がドキドキしてくる。
「いいえ…ただとても懐かしい感じがするんです。」
マヤは少し寂しげに笑うと今度はウインナーに手を伸ばした。
「もっと食べれば思い出せるのかな?」
そして、ちょっとおどけてみせている。
178 :
リツコ:2009/08/05(水) 23:40:12 ID:???
「フフッ、まだ沢山あるわ。好きなだけ食べなさい。」
よく食べるマヤのことだから病院食だけではきっと足りないだろうと思っていたが、案の定である。
美味しそうにパクついていくマヤを私はひたすらジッと見つめていた。
「赤木さんは食べないんですか?…はい、どうぞ。」
マヤに唐揚げを差し出され、私は自然と口を開けた。
そっと口の中に入れようとするマヤの指が唇に触れる。
「あっ…!」
マヤが慌てて指を引っ込めた。
唐揚げはすんでのところで口の中に入ってくれたが、マヤはそのまま頬を紅くして私を見ている。
「あ、あの…すみません…。」
「ねぇ〜、私にも一つ頂戴。」
ニヤニヤ笑う青山主任がマヤに口を開けてみせる。
「…リカさんは自分で唐揚げを手に持っているじゃないですか〜。」
マヤは、そんな青山主任に困ったようにしながらも口に入れてあげている。
紅く頬を色づかせるマヤの可愛らしいその様子に、私はただ見とれているだけだった。
「…あ、あの…わたしの顔に何かついてます?」
さっきからこうして見ていたためか、マヤは気にしてしまったようだ。
おずおずと聞かれてしまい、私は目のやり場に困ってまた苦笑してしまった。
「ん、違うわよ?美味しそうに食べてくれて嬉しく思っていたの。…あぁ、メロンもあるから。」
私はブロックカットしてきたメロンを差し出した。
それにまたマヤはパクつく。
「…あ…つい夢中になって食べちゃいました…。」
あっという間に平らげてしまったマヤが申し訳なさそうに苦笑する。
―ブシュッ―
「すみません、そろそろ面会時間の方が終わりますので…」
ドアを開けた看護士が顔を出した。
楽しい一時が過ぎるのは早いものだ。
ちょっとしたピクニック気分を味わっていた私達は、互いに残念な顔を見合わせてしまった。
wktk
180 :
リツコ:2009/08/05(水) 23:51:13 ID:???
「それじゃ、また明日来るわね。」
「今日はご馳走さまでした。お弁当美味しかったです!」
通路まで出てきたマヤが私達にまた手を振る。
「明日はお菓子を持って来るわね。」
私は手を振り返してその場を後にした。
いつものように青山主任に車椅子を押されながら来た道を戻っていく中、私は感じていたことを口にしてみた。
「一見、日増しにマヤは明るさを取り戻していくように見えるけど、あなたはどう思う?」
「……無理して明るく振る舞っているんでしょうね。まだ何一つ記憶が戻ってないですから…。」
マヤの心中が気掛かりなばかりに話を振ってみたが、やはり感じていることは同じであった。
意識が戻ったばかりの当初の頃は私に対して他人行儀でマヤは接していたが、今はかなりなついてくれている。
こうして青山主任と日参しては他愛ないお喋りを重ねていくにつれ、マヤは笑顔を沢山見せてくれるようになってきていた。
それはとても喜ばしいことであるが、マヤの内心は複雑怪奇なものでいっぱいであることには変わりはないだろう。
担当医に質問した時のマヤの必死な様子が脳裏に過ってならなかった。
「…きっと、今頃は独り物思いに耽っているわね。」
ベッドで悶々と考え悩むマヤの姿が浮かんでしまい、つい、そう呟いてしまった。
私の肩に手が置かれる。
「あぁ見えても伊吹さんはしっかりしてますし、強いのは博士もご存知でしょ?そうご心配なさらずに…。」
肩に乗せられた手がポンポンと叩かれる。
「…そうね。でも、フフッ…あぁ見えて…はないんじゃない?」
「ま、まぁそうですよね。」
しきりに頭をポリポリとかく青山主任の仕草にミサトが浮かんでしまう。
私は苦笑するだけだった。
181 :
リツコ:2009/08/05(水) 23:57:35 ID:???
あの事故から何だかんだと一ヶ月半が過ぎた。
ギブスが外れて歩けるようになっていた私は、いつものように青山主任とミサトと共に連れ立ってまたマヤの所へと向かっていた。
「ようやく退院の目処が立って良かったわね?…ちょぉ〜っと、そんな慌てなさんなってばっ。」
ミサトが早足で歩き続ける私の白衣を引っ張ってくる。
「マヤも入院生活には飽き飽きしていたから喜んでいたわ。」
「これからは外界との接触も増えますし、本人の記憶にもいい刺激になりますよ。」
私と青山主任が口々に答えるとミサトが相好を崩した。
「じゃあさぁ〜、退院祝いは飲みに連れてこ?ねっ?ねっ?」
「もぅ〜、葛城三佐の頭の中は常にお酒なんですねぇ。」
いつかの昼食を共にして以来、ミサトともかなり親しくなっていた青山主任はヘラヘラと笑うミサトに呆れ顔を向けている。
「リカちゃん、それはつれないわぁ〜。飲めばすぐに記憶が戻るかも知れないじゃない?」
「あなたは記憶をなくすほどいつも飲むでしょ?…それは勘弁して欲しいわね。」
そんなミサトに釘を刺している内に私達は病室にやって来ていた。
「退院楽しみにしてるね!じゃあねぇ〜!」
いきなりそんな声と共に病室のドアが開かれると、中から何人かがぞろぞろと出てきた。
マヤの同期の友人達である。
私達同様、彼女達もこうしてちょくちょく見舞いに訪れていた。
「あっ、博士!マヤちゃんもいよいよ退院ですね。」
「えぇ、いつもありがとう。無事に退院出来るのもあなた達のお陰ね。」
私は彼女達に微笑んだ。
「いえいえ、博士には負けちゃいます。」
私達は、口々にそう言って一礼して去って行く彼女達と入れ違うように部屋の中へと入った。
「オイッス!今日も元気そうでなによりね?」
「クスッ…葛城さんもいつも元気ですね。」
マヤがニコニコと出迎えてくれる。
182 :
リツコ:2009/08/06(木) 00:03:28 ID:???
退院を間近に控えるぐらいなので、怪我の方は完治に近い状態である。
頭部の保護はそのままだが、骨折ではめていたギブスはもう外されていた。
「お茶を…と、言ってもティーパックですが、今煎れますから座って下さい。」
マヤは紙コップにそれを入れるとポットのお湯を注いでいく。
そうやって甲斐甲斐しくお茶を煎れる姿は研究室でコーヒーを淹れる時と同じままである。
私はそれを懐かしむような思いで見ていた。
「はい、どうぞ。」
お茶を受け取り一口飲む。
「そうそう…お茶請けにこれ食べて下さい。今、貰ったんです。」
さっき見舞いに来ていた友人達からの差し入れなのだろう。
マヤが嬉しそうに、どら焼きを差し出してきた。
「フフッ、マヤは本当に食べるのが大好きよね?」
早速、パクつき始めるマヤを青山主任がからかう。
「食べるのと、こうして皆さんと会話することが今のわたしの唯一の楽しみなんですよオ?」
頬に餡子をつけたままのマヤが膨れてみせる。
「そうよねぇ〜、ウンウンわかるわ。アタシがこんな長期入院しちゃったら発狂するもの。だって、ここじゃビール飲めないもんね。ねぇ、リカちゃん?」
「もぅ…そんなことは当たり前ですっ!」
おちゃらけるミサトに青山主任がまたもや呆れた様子を見せる。
そんな青山主任ではあるが、時にはミサトと一緒に暴走してしまったりとハチャメチャな一面も垣間見せてくれる。
昨夜は三人で飲みに行き、その飲みっぷりと暴れっぷりには散々な目にあわされてしまっていたため、今はそれが新たな悩みの種になっていた。
なにせ、単純にミサトが二人に増えたのだから厄介でならない。
183 :
リツコ:2009/08/06(木) 00:09:26 ID:???
「ところでマヤ、あなたの退院はここ数日中になることは知ってるわよね?」
横で、酒の正しい飲み方について蘊蓄をたれようとする青山主任と、それに抵抗を試みようとするミサトを放って私はマヤに顔を向けた。
「はい、担当医の先生から聞いてます。…でも、退院後の生活はどうなるのでしょうか?そのことについてはまだ聞いてません。」
不安そうな表情を浮かべるマヤに私はニッコリ微笑んでみせた。
「そのことなんだけどね……ちょっとあなた達、静かにしてっ!」
横の二人は今度はギャーギャー言い合っていて五月蝿くてならない。
私は一喝した。
「へへっ、ごみ〜ん。」
「もぅ、葛城三佐が悪いんですよ?…博士、すみません。」
項垂れる二人を尻目に、私はまたマヤに向き直ると話を続けた。
「そのことなんだけどね、よかったら私の家に来て欲しいと思っているの。…どうかしら?」
「えっ、赤木さんのお宅にですか?」
目を白黒させて驚くマヤに私は微笑んで頷いた。
「実はねぇ、かいつまんで話すとマヤちゃんが住んでいたマンションは使徒…えっと要するに宇宙人みたいな敵の攻撃を受けて住めなくなっちゃったのよ。」
横から首を伸ばすようにしてミサトがそう付け加えると、マヤは更に目を白黒させている。
「今、急いで仮設住宅を設営しているけど、まだ入居出来る迄にはまだ至ってないのよ。それに今のマヤを一人暮らしさせるのは良くないし…」
「それって、お医者様が言われたのですか?」
青山主任もそう口を挟むとマヤが神妙な顔をした。
「えぇ、アドバイスも受けたわ。身近な親しい人が傍に居る方が記憶の回復には良いだろうって、私達も話し合ったのよ。」
そこで青山主任がお茶を一口飲んだ
「アタシんちは既に同居人がいて部屋もないし、リカちゃんとこは余分な部屋がないの。でもリツコんとこは余裕があるのよ。」
またミサトが口を開く。
184 :
リツコ:2009/08/06(木) 00:21:56 ID:???
「…生活の心配は何もいらないわ。あなたのサポートをしたいし大歓迎するわよ?」
最後に、私は少し緊張しながらそう付け加えるとお茶を飲んだ。
別にやましい下心があって誘ったわけではない。
マヤの回復を一番に念頭に置き、その上できちんと考えて出した結論である。
宙を仰ぐようしているマヤは何と答えるだろうか…私はドキドキする思いで返事を待っていた。
マヤはそのまましばし考えている。
「……あの…それでは宜しくお願いします。なるべくご迷惑にならないようにします。頑張りますっ!」
ペコリと頭を下げられる。
私は嬉しくて思わず目を細めてしまった。
口元が綻んでいく。
「良かった良かった、これで決まりね。…リツコ、しっかり頼むわよ?んっ?」
ミサトに思いきり背中を叩かれて前につんのめる。
「ちょ、ちょっと…」
「では博士、私の方で伊吹さんの住居変更の手続きを行っておきます。あ、身の回りで必要な物とかも用意しないとならないですよね。」
ミサトに文句を言おうとするのを遮られてしまう。
「…えぇ、そうね。」
その代わりに、私はマヤの顔を見つめるようにして相槌を打った。
「それじゃマヤ、退院後は一緒に買い物に行きましょ?街の案内も兼ねて。」
「は、はいっ!ご親切にありがとうございます。」
元気よく返事をするマヤの頬が紅潮していく。
ちゃんとマヤの面倒を見なければ…と、心に誓う。
私は退院の日を待ち遠しく思いながら、ただ口元を綻ばせていくだけであった。
乙です!!!願っていた退院後の同居まで叶い嬉しいです
どんな生活になるか楽しみvvv
乙!
リツコの家もミサトの家並に3LDKくらいあるのかな、布団もゲスト用にありそうだし
誰かリツコの家に行って(これから寝ますよ、って時間に)布団を始末してぇw
リツコ「私はソファーに…」
マヤ「いえ、私が!」
じゃあ一緒に///
なんて、妄想がw
魂のルフランもそれらしいし、ちょとエロいよ
乙!同居おめでとうリッちゃん!
ニヤニヤがとまらんwww
続きも楽しみにしてる!
添い寝になったらリツコ生殺しw記憶を無くしたマヤにはわきまえるとして。
でもドキドキはするよねw
マヤも訳も分からずドキドキしたりして?
リツコとても眠れないので速攻新布団チャター、翌日もう別に寝る事になりがっかりマヤ。そんな自分にハッとするとか
すいません既に妄想がw
ともかく夢の同居だ!
マヤって今トウジくらいな髪の長さ?リツコか美容室で切り揃えてもらって
乙!
この後も楽しみ
ついに同居か〜
治療?も兼てるとは言え折角の同居なんだから何かお揃いで買いましょうよぉw
主任w
引き続き期待期待です!
wktk保守
ハアハア禁断症状が
保守
保守
197 :
リツコ:2009/08/15(土) 16:08:28 ID:???
それから二日が経った待望の退院日、私は自宅で朝早くから忙しく掃除をしていた。
物置と化していたこの部屋を片付け始めたのは、同居をマヤに申し出た一昨日すぐ後のことだ。
片付けは思っていた以上に手間がかかり、これからマヤを迎えに行くというのにまだ終わらない始末であった。
「はぁ〜…まさかこんなに時間がかかるとはねぇ…。」
腰を庇いながら大小様々なガラクタをゴミ袋に仕分けしていく。
普段、思いきった掃除などしたことはなかったため結構なゴミの量に我ながら驚いてしまうことしきりである。
この使っていない部屋をマヤに…と、用意するにはかなり大掛かりなゴミの処分が必要になるとは思っていたが、予想が甘かったようだ。
70リッターサイズのゴミ袋に満杯となった5つの山を前に、また溜め息をつく。
主なゴミは床に平積みにしてきた古い学術書関連の類であったが、よくもまぁここまで溜め込んでしまっていたものである。
まだ口を閉じてない一つの袋から本を一冊取ると頁をパラパラ捲っていく。
「やだ!…これ、母さんの論文だったわ。」
今となっては遺品であるそれを危うく捨ててしまうところであった。
私はそれを書斎の本棚にしまった。
今は母さんの遺品に思いを馳せている時間はない。
今日は丁度ゴミの日であったため、急いでその山から一つゴミ袋を引っ張り持ち上げると玄関に向かった。
外にあるゴミ集積所まで7往復かけてそれらを処分し終えると、今度は掃除機をかけていく。
「ふぅ〜…やっと終わったわ。」
最後にフローリングの床を拭きあげると手をパンパンと叩いた。
開け放たれた窓から爽やかな風が吹きこんでくる中、もう一度室内をチェックする。
この8畳の洋間には、今は机と折り畳み式ベッドが運び込まれている。
198 :
リツコ:2009/08/15(土) 16:12:59 ID:???
他にはウォークインクローゼットと押し入れが備えつけられている。
必要な調度品は後で買い足すとして、まずは部屋の中が見違えるほど綺麗になったことにしばし満足する思いでいた。
時計を見ると今は0930を過ぎたところである。
そろそろ迎えに行かないと…胸躍る気持ちに包まれながら私は出かける支度を始めた。
病棟に出向くとマヤは既に私服に着替え、青山主任と一緒に待っていた。
気配り上手な青山主任は私が来るまでの間、マヤが不安にならないように相手をしていてくれたのだろう。
「おはよ、迎えに来たわよ。」
「おはようございます!ふつつか者ですが宜しくお願いします。」
マヤから妙にテンション高く挨拶されてクスリと笑ってしまっう。
ラフなTシャツにジーンズ、足元は涼しげなサンダルといった姿のマヤの頭には、派手な色彩のバンダナが巻かれている。
「女海賊みたいですよね〜。」
髪が生え揃うまでの間、隠したい気持ちはよくわかる。
苦笑するマヤが頭をポリポリとかく。
「そんなことないわよ?可愛らしいわ。」
いつも女の子らしい私服姿しか見たことがなかったため、そのボーイッシュさは新鮮でならなかった。
「博士、退院手続きは済んでいますからもう帰宅できます。」
「色々とありがと。…じゃあ、早速行きましょうか?」
私はマヤのバッグを手にとった。
「あっ、博士!伊吹さんの住んでいたマンションですが、幸いにも部屋は直撃を免れていたので後日に荷物を持ち出すことが可能だそうです。」
青山主任が部屋を出ようとする私に思い出したように声をかける。
「それは良かったわ。思い出の品々があれば回復の手助けに一役も二役にもなるわね。」
「はい、今は順番に持ち出す作業を行なっていますので、伊吹さんの番が回ってきたら連絡が来る手筈になっています。いずれはあそこも取り壊されてしまいますから…。」
マヤは、私達の会話の内容がよくわからないといった風にキョトンとしている。
199 :
リツコ:2009/08/15(土) 16:15:46 ID:???
「マヤ、私物が無事で良かったわね。後日に一緒に取りに行きましょう?」
「はいっ、ありがとうございます!」
マヤが直立不動に背筋を伸ばす。
「フフッ、そんなに鯱ばらなくていいのに。」
私はまたクスリと笑ってしまった。
「え〜っと、それでは私も帰ることにいたします。これから葛城三佐と飲む約束がありますので…。」
「あら…昼間からミサトと?あなた達、すっかりツーカーなのね。」
青山主任は眉を上げる私に苦笑いをする。
何だかんだ、二人も随分と親しくなったものである。
「悪食で大酒飲みな葛城三佐に付き合う私も大変なんですけどね。…なぁんて、今のは内緒でお願いします。」
「フフッ…それ、わかるわよ?じゃあマヤ、私達も帰りましょう。」
「はいっ!」
私達はこぞって病室を出た。
途中で青山主任と別れた私達は、帰宅の途へと向けて車を走らせていた。
「あなた、お昼まだでしょ?何か食べたい物はある?」
私は早朝から掃除に追われていたため朝食は抜きであった。
隣の助手席にマヤがいることに上機嫌でいたものの、感じ始めていた空腹をまずは満たすことを考えることにした。
「そうですねぇ……赤木さんの卵焼き…かな?美味しかったですから。」
「フフッ、嬉しいこと言ってくれるわね。じゃあスーパーに寄りましょ?」
なんなら外食して行こうかとも思っていたが、マヤにリクエストをされ俄然張り切る私も単純なものである。
今日からマヤと同居することになったのだから、自宅に今ある食材だけでは足りないのは考えるまでもない。
ここは思い切ってまとめ買いをしておいた方が良いだろう。
車をいつも買い物をするスーパーへと向けた。
200 :
リツコ:2009/08/15(土) 16:18:59 ID:???
「うわぁ、見て下さい!これまだ生きてますよ!」
魚売り場のコーナーで、マヤが毛蟹をツンツンしながら無邪気な歓声をあげた。
「こらっ、あまり触っちゃ駄目よ。でも…フフッ、美味しそうね。」
マヤと二人でカートを押しながらあれこれ食材を物色してはカゴに入れていく。
いつも一人で買い物をしていただけに、こうも楽しくてならないのは隣にマヤがいるからなのはわかっている。
私は迷わずその毛蟹をカゴに入れた。
今夜はこれで晩酌しようと思うが果たして一緒に付き合って飲んでくれるだろうか…なんと言っても今は16歳である。
横目でソッと盗み見ると、自称16歳は刺身を物欲しげに眺めていた。
私はマヤが見つめていた刺身のパックもカゴに入れた。
「あとは…アレね。」
一通りスーパーの中を巡り歩いた私達は最後に卵が並ぶコーナーへと来た。
パックを2つ取ったのはマヤの好物であるがためだ。
多いにこしたことはない。
いえ、むしろ足りないかも…ちょっと悩んだが卵は鮮度が大事である。
足りなかったらまた買いに来ることに決めてレジに並んだ。
「あっ…お菓子がなかったんだわ。マヤ、いくつか適当に選ん…」
そう言い終わらない内に、マヤは一目散にお菓子売り場へと走って行ってしまった。
やれやれ、どこでも走ってしまう癖は昔からみたいのようだ。
クスリと笑う。
休日の昼下がりのスーパーはそこそこ混み合っている。
前に5人程並ぶ列の後ろについて待っているとマヤが戻ってきた。
その手には、お煎餅、チョコレートにのり塩ポテチ、そしてカントリーマァムがしっかり握られていた。
「これ美味しいんですよ!」
マヤが誇らしげにカントリーマァムを見せる。
「フフッ、知ってるわ。」
古くからあるそのお菓子…マヤはそれを発令所や私の研究室でよく食べていた。
マヤの大好きなお菓子であることはよく知っている。
201 :
リツコ:2009/08/15(土) 16:28:53 ID:???
マヤが淹れてくれたコーヒーと共に、私も一緒によく口にしたお菓子である。
そんな懐かしい回想をする。
レジを済ませて買った品々を一緒に袋に詰めていくことに、これからマヤと一緒に暮らすことをしみじみと実感してならない。
「赤木さん、なんだか嬉しそうですね。」
「…えっ…いきなりどうしたの?」
マヤが手を止めて私を見る。
そんなに見つめないで欲しい…気持ちを見透かされているようでドキドキしてしまう。
「とってもお好きなんですよね…。ニコニコしてしまうその気持ち、わたしもよくわかりますから。」
カントリーマァムを手に持つマヤがウンウンと頷いている。
それを大事に袋に入れると私の手元を注視した。
「あ…別に…これは……」
私の手には毛蟹が握られている。
同居を喜ぶ気持ちが顔に表れてしまっていたのを、マヤは毛蟹に喜んでいると勘違いしてくれたようだ。
「大丈夫です。…わたし、蟹味噌は苦手ですから。」
「そ…そうなの。」
テヘッと舌を出すマヤに苦笑で誤魔化すしかなかった。
スーパーで買い物を終えると一路、自宅へとまた車を走らせる。
「昼食が済んだら衣服を買いに行きましょ?マンションから私物を運びだせるまでは何着か用意しておかないとね。」
「……赤木さんにはご迷惑をおかけして済みません。…わたし、必ずお返ししますから。本当に済みません。」
マヤはそういう所はとても律義であるから気になって仕方ないのだろう。
済まなそうに頭を下げてくる。
「もぅ…そんな心配はいいのに…。そうそう、あなたの預金口座はネルフのIDカードで利用出来るから確認するといいわ。」
「それなら…あの、銀行に案内をお願いできますか?生活費は自分で負担しないと駄目ですから。」
マヤはどうしても頑なにそう言い張るため、結局、自宅に帰る前に銀行に立ち寄ることになってしまった。
202 :
リツコ:2009/08/15(土) 16:33:18 ID:???
「嘘っ!これ、本当にわたしのですか?」
ATMを操作して自分の口座を確認するマヤが信じられないといった叫びをあげた。
見るのは悪いと思ったが、チラリと見えてしまった明細にはかなりの額が記載されていたような気がする。
「まさかこんなに…。」
マヤは口をポカンとさせている。
私は上司であるからマヤの給料がいくらなのかは把握しているが、その様子だとかなり貯めていたことが窺いしれる。
「ネルフは一般の民間企業と比較してもかなり高給なのよ?あなたは倹約家のようだから、それなりに貯まって当然ね。」
私はクスリと笑った。
「…はぁ〜……わたし、こんなに貰える程の仕事をしてたんですかぁ…。」
「そうよ?それはこれからも同じね。まぁ、それは追々にして…行きましょ?」
あの事故以来、マヤは休職中の扱いになっている。
記憶喪失の今ではどのみちオペレータ職を全うすることは出来ない。
今は16歳までの知識しかない現状のマヤにはネルフで出来ることは何もなかったが、それも記憶が戻る迄の間である。
何万かおろしたお札をポケットにねじ込んでいるのを目にし、お財布も買わないといけないななどと思う。
また午後からの買い物が忙しくなりそうな予感にクスリと笑うと私達は銀行を出た。
車は程なくして私が住むマンションの駐車場へと滑りこんだ。
「さっ、ここが私の自宅よ?」
「うわぁ…凄い高層マンションなんですねぇ〜。」
車から降りたマヤが顔を真上に上げてマンションを見上げる。
これまで、ここへ何度か訪れに来ているマヤではあるが、今は何もかもが初めてであるため感嘆しきりな様子である。
203 :
リツコ:2009/08/15(土) 16:36:47 ID:???
「ここはネルフの職員が住むマンションなの。あなたが住んでいたマンションも同じような感じよ。」
ホーッと溜め息をついているマヤを促してエントランスへと進む。
生体認証でセキュリティーロックを解除すると中のホールへと歩みを更に進め、エレベーターを呼んだ。
「科学万能の時代なんですね…。」
生体認証で解除した時もそうであるが、マヤは至るところに備え付けられたセキュリティーカメラをしげしげと眺めて呟く。
「ここは使徒の迎撃のために造られた要塞都市でもあるの。ハイテクの粋を極めていると言っても過言ではないわね。」
エレベーターが到着して私達は中に入った。
27階を押すと音もなく静かに上昇を始める。
「あ〜、耳がおかしくなりますね。」
「フフッ…慣れるわよ。」
手に買い物のビニール袋を下げたマヤが耳をいじっている。
その何気ない仕草が可愛くて可愛くて……困ってしまい視線を逸らす。
私は上昇していくランプをただ見ていた。
―チーン―
エレベーターの扉が開かれ、先に降りた私はマヤを先導して歩く。
「着いたわ。ここが私の部屋よ。さ、入って。」
ロックを解除してドアを開け、マヤに振り返ってそう告げる。
「はい、お邪魔します。」
「待って…今日からここはあなたの家でもあるのよ?帰宅した時は何て言うかしら?」
恐る恐る中に入ろうとするマヤを止めてそう尋ねてみた。
「えっ…と、ただいま…。」
「フフッ、良くできました。」
照れ笑いしてみせるマヤに微笑む。
これが、記念すべき私とマヤとの同居の始まりであった。
204 :
リツコ:2009/08/15(土) 16:40:55 ID:???
お盆休みはどこも混雑してますわね。
更新が遅くなってしまいましたが今はここまで…。
続きはまた来週あたりにいたします。
gj
LRS人の俺が涙した。
GJ過ぎる。
gj!
乙です〜
次回も楽しみにしてますです(´ω`)
乙です!
読んだそばからまた続きが読みたくなるなんて、何だか恋愛みたいなw
上手い上手すぎる
十万石饅頭
良くできましたで顔がにやけた
どうしてくれる
214 :
210:2009/08/19(水) 23:10:00 ID:???
>>211 お主!さては拙者と同じ埼玉県民であるな!?
早く続きが読みたいです>リツコ様
埼玉県民じゃなくてもうまいうますぎるはわかるしこれぞこっさりもわかる
期待
217 :
リツコ:2009/08/23(日) 22:38:05 ID:???
マヤを自宅に招いたのはこれで何度目になるだろうか。
玄関口でスリッパに足をいれようとするマヤの後ろ姿を見て感慨に浸る。
「まずは手に持っている袋をここに置いて頂戴。あなたの部屋を案内するわ。」
キッチンのテーブルにスーパーの袋を置くとマヤの部屋へ向かう。
「ここになるわ。どうかしら?」
リビングを通り抜け、私の部屋の向かいにある8畳の洋間のドアを開けてみせた。
「あっ、フローリングの床…それに出窓もあって……素敵なお部屋ですね。」
「気に入って貰えれば幸いよ?」
室内をぐるっと見渡したマヤが嬉しそうに私を見返す。
思っていた以上に気に入って貰えた様子に私もニッコリ笑う。
「必要なものはこれから揃えていくとして、とりあえず今ある荷物をしまって一休みして。コーヒー淹れるから。」
「はい、ありがとうございます。」
マヤが早速バッグを開けて身の回りの品々を取り出していく。
私はそれを見届けるとキッチンに行き、今朝の内に新しく挽いておいた豆でもってコーヒーを淹れた。
キッチンが香しい匂いに包まれていく中、自然と口元が綻んでしまってならない。
お気に入りのコーヒーを目の前にして、また別のお気に入りを手に入れたような錯覚を感じてしまっていた。
「(これで記憶が戻っていてくれれば…)」
ついそんな不謹慎なことを思ってしまう。
同居も記憶回復の為の手段なのだから、単純にこれに浮き足立っている場合ではなかった。
とは言っても、私はどこまで気付かれずに隠し通すことが出来るだろうか。
「いい香りがしますねぇ〜。」
マヤは早々に荷物を片付け終えるとキッチンへトコトコとやって来た。
その香ばしいコーヒーが注がれたカップを渡す。
218 :
リツコ:2009/08/23(日) 22:45:37 ID:???
「フフッ…でしょ?マヤのために特別な豆を使ったのよ?」
今はその揺るぎない真っ直ぐな瞳に気持ちを見透かされてしまってはならない。
私は、カップに口をつけるマヤから視線を逸らし、スーパーで買った食材を冷蔵庫にしまっていった。
「赤木さんて片付け上手なんですね。」
何気ないマヤの一言に危うく手にする卵を落としそうになり慌てる。
「そっ…そう?」
「はい、整理整頓出来る人って素敵ですよね。私も結構几帳面だから気になっちゃうんです。」
マヤがキッチンを見渡す。
普段から外食がちなため、まともにキッチンに立って料理することは休日ぐらいしかなかった。
故に、冷蔵庫の中身同様にキッチンは極めて綺麗な状態を保っていたのであった。
「赤木さんも綺麗好きで良かったです。」
「えっ…えぇ、そう…みたい。」
どう返答してよいのか困ってしまう。
ミサトまでではないが、私はわりと不精な方である。
記憶をなくす前のマヤには整理整頓の面でも小言を言われていただけに、頭をかきたくてならなかった。
「…さってと、今ご飯作るわね。あなたはリビングでテレビでも見てて。」
「わたしもお手伝いします。一通りのことは出来ますから。」
マヤが頑として首を横に振りキッチンに立つ。
「何を作ります?」
「え〜っと…それじゃ、炒飯とスープ、サラダ、それと卵焼きね。」
結局、一緒にご飯を作ることとなってしまった。
手首のスナップを利かせ、フライパンで器用にチャッチャと炒飯を炒めていくマヤは料理の達人のようである。
その宙をパラパラと舞い踊る炒飯に見とれながら、私は隣でスープを作りつつ卵を焼いていた。
「上手いものね。」
「エヘッ、炒飯は得意なんですよ。」
感心する気持ちと共に、こうして一緒にキッチンに立つことをまた嬉しくも感じていた。
「こっちは終わりましたからサラダをやりますね。」
マヤは今度はサラダを盛り付けていく。
219 :
リツコ:2009/08/23(日) 22:58:10 ID:???
その手際の良さには全く無駄がなかった。
私の方も終わり、皿によそる。
「冷めない内に食べましょ?」
「はい、いただきますね!」
テーブルに並んだ料理に早速マヤが舌鼓を打っている。
「ウンウン…これですよ、この卵焼きなんですよねぇ〜。甘くて美味しいです!」
ご満悦な様子で卵焼きを食べるマヤが頬を押さえる。
「(それもマヤへの…)」
少し甘目にし過ぎたかなとも思ったが、それも気持ちのせいならではあろう。
とっても美味しそうにパクついてくれることにクスリと笑う。
「ご馳走さまです!」
私はまだ半分しか食べ終えていないのに、マヤはもう平らげてお腹をさすっている。
かなり満足した様子だ。
「フフッ、ソファーで横にでもなる?」
「食べてすぐは牛になっちゃいますよ〜。」
そのままマヤは私の食事風景を眺めている。
「…上品ですよね。いつもこう…なんていうか気品溢れるというか…お綺麗です。」
まじまじと観察するような視線を向けられていたのは痛いぐらいに感じていたが、何を思ったのかいきなりな発言に私は危うく口の中を炒飯を噴いてしまいそうになった。
「ちょ…何を言うのよ…。」
ゴホゴホとむせる私にマヤが苦笑して頭をかく。
そんなにあまり見つめないで欲しい…頬が紅くなりそうで困ってしまう。
綺麗と言われたことは嬉しいけど…。
落とした視線を再び向けるとマヤの頬が色づいたのは気のせいだろうか…慌てて私から視線を逸らす。
「…えっと、つい…エヘッ。」
誤魔化すように笑うマヤは、やはり可愛い。
こうして向き合って座っていると自然と見つめてしまいそうになってくる。
「とても広々としていいですよね。お部屋はいくつあるんですか?」
マヤがリビングの向こうに視線を巡らす。
「リビングを除いて3つよ。一人暮らしには贅沢過ぎるかもね。」
私の自宅は3LDKである。
ktkr
221 :
リツコ:2009/08/23(日) 23:08:33 ID:???
寝室に10畳の洋間、書斎とマヤの部屋にそれぞれ8畳の洋間、リビングは16畳と一人の身分にしてはなかなかゆったりした生活空間を確保している。
「あの…ご家族は?ここへは単身赴任されていらっしゃるのですか?」
「いいえ、両親共に既に亡くなっているし兄弟姉妹もいないわ…。遠くに祖母がいるだけよ。」
そう答えた途端、マヤがバツ悪い顔をした。
「す、すみません…。」
「いいのよ、よくある話なんだから。ところでこの後のショッピングだけど、必要なものは大体のところピックアップ出来そう?」
「え〜っと、とりあえず洋服に下着とパジャマ…あとは日曜雑貨類ですかね。」
マヤがコーヒーに口をつける。
「近くにショッピングモールがあるのだけど、そこを回ってみない?色んなお店が入っているからきっと気に入ったものが見つかるわ。」
「はい、ありがとうございます。」
私は食べ終えた食器を流しに片した。
そのそばからマヤがてきぱきと洗っていく。
マヤのこういう所は昔からの性分なのがよくわかるというものだ。
「(フフッ、やっぱり可愛い。)」
マヤは泡でいっぱいのスポンジでもって実に楽しげに皿洗いをしている。
そんなマヤにクスリと笑う。
時計を見ると時刻は1400になるところであった。
「ふぅ〜…一息入れないとだわ。」
今、私はオープンカフェのテラスでコーヒーを口にしていた。
昼食後はマヤを案内してこのモールへとやって来たのだが、思いの外にあちこちと歩き回ってしまい先に疲れてしまっていたのだ。
よって、途中まで買い物を済ませたショッピング袋の番も兼ねてここで休憩をとっていた。
丁度、一服したかったところでもあったため、戦線離脱した私はここでマヤが帰還するのをノンビリ待つことにしていた。
単機出撃中なマヤの買い物はまだまだ時間がかかることだろう。
222 :
リツコ:2009/08/23(日) 23:17:48 ID:???
煙草を取り出して口にくわえると火をつける。
私の隣とその隣とそのまた隣の椅子を占拠して積み重ねて置かれるのは5つの大きなショッピング袋であり、それらの中身は全てマヤが買い込んだ洋服であった。
何着かどころか、かなりの量である。
全てカジュアルなものばかりで、そういったものとは縁遠い私には自分にセンスがあるかはわからなかったが、内、一着は私が気に入ってマヤにプレゼントしたものが入っていた。
黄色いパステルカラーのシャツである。
マヤに似合いそうな感じがしてつい手を伸ばしてしまったら、マヤもこれに手を伸ばそうとしていたのだ。
好みが合致していたようで、迷わず買ってあげたものだった。
服をプレゼントするだなんて、なんだか自分の色に染めようとしているみたいに思えてしまってならない。
後からしてみれば、そう思えても可笑しくないことに気づくと気恥ずかしさと共に苦笑が溢れてしまう。
抑えようとする気持ちが漏れ出てしまっては困るというのに…。
『ぎゃははは!ねっ、こっち来てみぃ〜!早く早くぅ〜!』
『も…待って下さいってば……アラッ、風船!』
そんなことを思いながら紫煙を燻らせていると、そう遠くない距離からいきなり聞き慣れた声がした。
条件反射で顔を向けてみると、ミサトと青山主任の姿が視界に飛び込んできて私は呆気にとられてしまった。
10m程離れた所では大道芸人が子供達に風船を配っているのだが、その子供達に混じって二人はクレープを食べながら列に並んでいた。
『すみませんが、これは子供達限定なものですから…』
『んなケチくさいこと言わなくていいじゃない。ねぇ〜リカちゃん?』
『そうですよぉ、私達にも風船を一つくぅ〜ださ〜いなぁ〜♪』
遠目でも明らかに判る顔が真っ赤な二人は案の定、酔っ払って大声でくっちゃべっていた。
223 :
リツコ:2009/08/23(日) 23:22:51 ID:???
困っている大道芸人を尻目に、青山主任が半ば強引に風船をむんずと掴むとどこへともなくダッシュする。
それを追うようにしてミサトも後に続く。
声をかける間もなく、アッという間に走り去ってしまった二人を私はただ口をポカンと開けて見ているだけであった。
「はぁ〜……あの二人には困ったものだわ。」
いつものように、こめかみに指をあてるだけである。
大方、酒で気分が良くなってブラッと遊びにでも来たのだろうが、あまり変な醜態は晒さないで欲しいものだ。
また紫煙を燻らせる。
こうしてマヤを待ってどれぐらいの時間が経っただろうか…。
外はそろそろ薄暗くなり始めていた。
「お待たせしましたぁ〜!」
遠くから、両手に沢山の袋を下げたマヤが走り寄ってくるのが見えてクスリと笑ってしまった。
例えるなら、その姿はまるで子犬のようである。
目を細めて嬉しそうに口にくわえたボールを持ち帰ってくる子犬に見えてほかならない。
「フフッ、いい買い物が出来たみたいね。」
「ちょっと買いすぎちゃったみたいです。」
テヘッと舌を出すマヤが灰皿を見て目を丸くする。
「煙草を吸われるんですか?」
「えっ…えぇ…。」
今のマヤは私が煙草を吸うことを知らない。
あの事故以来、マヤとは病棟でしか顔を合わしていなかったし、今日は自宅でも煙草をまだ吸っていなかった。
いつも自宅ではベランダか、たまにキッチンの換気扇下でしか吸っていないため灰皿には気付いていなかったのだろう。
「吸いすぎは毒ですから身体に気をつけて下さいね?」
ちょっと悲しげな声音に胸がキュンと締め付けられてしまう。
やはりマヤは煙草が嫌いなのだろう。
煙草を吸う私に幻滅してしまっただろうか…ふと、そんな不安が過る。
「…でも適度にたしなむ程度なら却って健康的かも知れませんね。ストレス解消になるって聞いたことありますから。」
今の不安が表情に出てしまっていたのかも知れない。
マヤが取って付けたようにそう口にするとニコッと笑う。
224 :
リツコ:2009/08/23(日) 23:25:21 ID:???
私はおもむろに椅子から立ち上がった。
「じゃあ帰りましょっか。今夜はあなたの歓迎会をするわよ?」
「ホントですか?」
目を輝かすマヤにフフッと笑って袋を持つ。
「お酒もあることだしね。あなたは結構強いから負けちゃうけど。」
「えぇっ!?わたしはそんなにお酒を飲むんですか?ビックリですよ〜。」
一緒に大量の袋を下げて車へと向かう。
225 :
リツコ:2009/08/23(日) 23:26:47 ID:???
トランクと後部座席を袋でいっぱいに埋めつくしながら、私達は帰りの車中でお酒の話題に盛り上がることとなった。
226 :
リツコ:2009/08/23(日) 23:31:03 ID:???
マヤとの同居話の始まりです。
では、また後日に。
乙です〜♪
同居生活っ…(ゴクリ
乙!です
乙でした!
マヤ可愛いなぁ
230 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/25(火) 00:46:39 ID:ylVf9/yJ
保守
主任が壊れていくw
でも面白いから、いい!
「破」を見るまではネタバレがあるやも知れないからこのスレを覗くのは止めとこうと決めてから1ヶ月強。
なのに未だ観れていないんだが我慢できずに来てしまった。
自分全く無用な心配をしていたらしい。
久しぶりに開いたら前スレ落ちてて焦ったが、今やっと追い付きました。
途中ちょっと泣いちゃったりしちゃった。
乙っす。
またこのスレに支援と打ち込む日々に戻りたいと思います。
お前か支援とか打ってたの
はっきり言って邪魔なんだわ
何の支援だっつうハナシだよ
そもそも支援の意味分かってんのか
そうか
じゃあまぁこれからは気をつけるよ。
前から思ってたけど、投下されてる時にそれを遮るかのように「wktk」「支援」「キター」とか
ってのもあまり好ましくないよな。
久しぶりに更新されて興奮するのもわかるけど、やるなら投下が終わってからにしてくれって思うよ
投下終わったかな?と思って書き込んだら遮っちゃったということがあったので
それ以後投下中に立ち会ったら、しばらくレスしないように気をつけてるけど、
そういう分かってるけどミスでやっちゃったみたいなことがあると思うんだ。
だからとりあえずはまったり行きましょうよ、と言いたい
投下されてる最中の支援は必要に応じて
1スレにつき連続10レスしか出来ないんだよ
だから10レス以上の場合は支援を挟んであげるとさらに10レス書き込める
あとこの板はどうだか知らんけど
書き手さんがさるさんになる可能性もあるんで、支援するって場合もある
SS系スレでは常識だよ
それだけ皆楽しみにしているという事でw
結論
長文支援は嫌われる
240 :
リツコ:2009/08/30(日) 17:56:01 ID:???
会話が弾むと時間が経つのは早いものである。
「今日は慌ただしく終わっちゃったけど、ひとまず形が整って良かったわ。…今日から宜しくね、マヤ。」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします。」
お酒の話題で盛り上がったまま帰宅した私達は、荷を解くのもそこそこに歓迎会へと流れ込んでいた。
陽もすっかり落ち、今はもう夜になっていた。
リビングのテーブルを挟んで座る私のグラスにマヤが並々と冷酒を注いでくれる。
マヤに酌を返すとグラスを持った。
「「乾杯〜♪」」
昼間に買った毛蟹や刺身で早く一杯やってみたいと言ったのはマヤである。
マヤは冷酒同様、私の冷えたグラスに自分のをカチリと合わせるとグイッと口に含んだ。
「ん…むっ……ぶはぁ〜…」
「一気にあおったらむせるわよ?」
マヤが口元を押さえている。
その姿はまるで初めて飲酒してみた学生のようで、なんだか初々しく思えてしまう。
「お酒って、こんなに鼻にくるんですね。」
涙目で私を見やる。
「フフッ、適量をちびりちびり飲むのが一番よ?あまり深酒すると後が辛くなるから…と、言っても私がいるから大丈夫ね。」
冷酒をクイッと空ける私のグラスにマヤがまた冷酒を注ぐ。
「今のわたしって何もかもが初体験なんですよね…。……あの…わたしはそんなに大酒飲みでしょうか?」
「あなたは少し強いだけよ?決して乱れないし、ミサトみたいに酒に飲まれるってことはなかったわね。…でも、そんな姿も見てみたいかな…って。」
早くも頬が薄くピンク色になっているマヤは、どこから見ても可愛いの一言に尽きる。
もしマヤが今この場で酔って眠りこんでしまったら、私はずっと見つめているに違いない。
「(何を考えているのよ…)」
無防備な顔でスヤスヤと眠るマヤの姿を想像すると口元が綻んでしまう。
241 :
リツコ:2009/08/30(日) 18:03:04 ID:???
私はそれを戒める気持ちでまたグラスに口をつけた。
「あの、わたしは明日からどう日常をおくればいいのでしょうか?赤木さんは明日はお仕事ですよね?」
私がそんなことを想像しているとは思ってもいないマヤは、グラスを握ったまま真顔になる。
「あなたは今は休職中の扱いになっているわ。でもね、一緒にネルフに来て欲しいと思っているの。親しい人達と接することは記憶の回復には有効な手段と思うのよ。私が案内するから…どう?」
「でも、お仕事の邪魔になりませんか?ネルフって凄く忙しい場所だってリカさんが…」
私はグラスを握るマヤの手をポンポンと叩いた。
「それは非常時の時よ。…あなたは自分のことだけ考えて。それに、私はあなたをサポートしたいし一緒にいたいもの…」
思わぬところで気持ちがまろびでてしまったことに、慌てて手を口にあてそうになる。
いくらなんでも酒を口にしたせいと言えるまでには酔ってはいない。
今の言葉をどう思われてしまっただろうか…。
「お優しいんですね…。ありがとうございます。あの…わたし、明日から頑張りますね。」
勿論、マヤは私の気持ちなど知る由はないのだから深く捉えたりはしていなかった。
ニコッと私に笑う。
「それじゃ今夜はお酒はほどほどにして……はいっ、まずはちゃんと食べて頂戴?体力もつけてくれないとね。」
マヤは以前よりも少し痩せてしまっていた。
病院食だけでは決して足りなかったからというのではなく、あの事故のことで極端に食欲が落ちていたからなのだということは知っている。
こうして今は明るく振る舞ってはいるものの、病室で一人の時はいつも落ち込んだ様子でいた…と、医者や看護士から話は聞いていたからだ。
元から華奢であるとはいえ、一人苦悩するマヤがこれ以上痩せてしまうのは耐えられない。
242 :
リツコ:2009/08/30(日) 18:07:06 ID:???
私はマグロの刺身を箸で一切れつまむとマヤの口に持っていった。
「フフッ…はい、あ〜んして。」
「あ、あ〜ん…」
マヤがおずおずと口を開く。
「どう?美味しい?」
「は、はい……えっ…あ、あぁっ!?」
口をモグモグさせて頷くマヤが頭に手をやると突如呻くように俯いた。
「どうしたの?…マヤっ!?」
私はテーブル越しに身を乗り出してしまった。
「……あ…だっ、大丈夫です。あの…今、ブドウが…」
「ブドウ?」
視線を宙にさ迷わせたマヤが何かを思うようにしながら呟く。
「はい…前にわたしはブドウを食べましたよね?たしかにそう…ここで…」
リビングを見渡すようにするマヤが私に視線を移すといきなり頬を赤らめた。
「えぇそうよ、思い出したのね!?」
「はい、その時のことが…。その…とても…」
ブドウを思い出したということに私は更に身を乗り出した。
「とても、何?」
「…恥ずかしかったです。その…ブドウを食べさせてもらったことが…」
マヤが私から目を伏せると消え入りそうな声でポソッとまた呟く。
あの時の…初めてマヤに指を握られた時のことや自分の気持ちに気がついた時のことが懐かしく思い返され、私は頬を熱くしてしまっていた。
「……ブドウ以外には他に何か思い出せる?…その…その前後とか…」
「……う〜ん……いいえ、何も…。」
そう促され、マヤはしばらく考えるようにしていたが頭を振る。
よりによってあの時のことをいきなり思い出されたことに胸がドキドキしたが、何も思い出せないままよりは良かった。
「(そう…恥ずかしかったのね。それは一緒よ…。)」
私はグラスに口をつけた。
「思い出してくれて嬉しかったわ。こうして一つ一つ思い出していけばいいのよ。……良かった。」
今度は甘エビをマヤの口元に持っていった。
243 :
リツコ:2009/08/30(日) 18:12:01 ID:???
「…はい。今、思い出せたことに感動しちゃいそうです。」
そう答えるマヤの目尻に涙が浮かんでいる。
「どうしたの?」
「……な、何でもありません!」
慌てて指でそれを拭うと、私に鯛を寄越してきた。
「はい、赤木さんも…どうぞ…。」
そうやって持ってこられ、口を開けると中にソッと入れてくれた。
そのまま私をジッと見つめるようにしている。
ただ見つめているのではなく、何かを思うようにしながら…。
「はい、これも…。」
続けて鰹を持ってこられてまた口を開けた。
「あなたが食べないと駄目よ。冗談抜きで少しは太ってくれないとだもの。はい、今度はマヤの番よ…。」
こうして刺身を食べさせ合っている光景は端から見れば滑稽なのかも知れないが、私達はとり憑かれたようにそうし合っていた。
少なくとも私には幸せな一時でもあった。
美味しそうに食べるマヤを見ているだけでほんわかな気持ちになってくる。
刺身はマヤに任せて私は毛蟹にとりかかることにした。
甲羅に酒を注ぎ、味噌をとくようにして飲むのはまた乙なものである。
蟹味噌が得意でないと言うマヤは、脚肉をほじりながらまた私を観察するように見ていた。
「…さっきからどうしたの?」
「えっ…あ、別に……。あ、お酒がなくなっちゃいましたね。」
マヤは空になった瓶をこれ見よがしに振ってみせる。
「明日は早いからあまり飲まない方がいいわ。…ねぇ、〆にお茶漬けでも食べない?」
刺身と毛蟹以外にサラダと煮物が入っていた皿は空になりつつあった。
「はい、いただきます!」
マヤが元気良く頷く。
私はクスリと笑うとキッチンに行き、食器棚からご飯茶碗を二つ取り出してご飯をよそった。
一つは軽めに、もう一つは多めにご飯をよそい、永○園のお茶漬けを振りかけて熱湯を注いだ。
244 :
リツコ:2009/08/30(日) 18:17:50 ID:???
それをお盆に乗せてまたリビングへと戻る。
「うぅ〜ん熱いぃ〜!でも美味しいぃ〜!」
唸るようにしながらハフハフと無邪気にかきこんでいくマヤは子供のようである。
「フフッ、火傷しないでね。」
猫舌な私は冷ましながら口をつける。
「…火傷っていえば…このまま痕が残ったりなんてしないですよね?わたしのせいで…」
マヤはご飯茶碗から顔を上げると私の両腕に視線を落としてきた。
両腕に負った火傷の傷は既に癒えているため包帯は巻かれてはいないが、まだ紅く痕が残っていた。
「もぅまた……大丈夫よ。こういうのは新陳代謝で消えていくものなの。これでも私はまだまだ若いのよ?」
そう無理に若ぶってはみたが、医者からは痕が残るだろうと言われていた。
ただでさえ自責の念が強いマヤに知られたくはなかったし、マヤを責めるつもりなんて毛頭なかった。
何よりもかけがえのない存在を失いたくないが故の傷痕なのだから、むしろ勲章にすら思っていたほどだ。
気になる程に目立つものでもないし、だから黙っていた。
「早く消えてしまえばいいのに…」
そう言って腕に触れてくる。
「んっ…」
ツツーッと皮膚を滑らかに滑っていくマヤの指に合わせて妙な声が漏れ出てしまった。
背筋に電気が走ったような甘美な痺れとでも言おうか…そのまま崩れ落ちたくなるぐらいの刺激であった。
「す、すみません…。」
「……大丈夫。もう痛みはないから…。」
今の声を聞かれてしまい恥ずかしくなる中、唇を噛み締めてしまう。
なにも頬が紅くなってしまったのは私だけではない。
マヤもまた同様に頬を紅くして、長い睫毛を忙しげに上下に動かしていた。
ただ気まずさと共に、私達は黙りこくったままお茶漬けを啜るだけだった。
245 :
リツコ:2009/08/30(日) 18:22:15 ID:???
「ふぅ…少し食べすぎたかしら。まだおかわりあるわよ?」
先に食べ終えていたマヤは何か考えているようである。
「マヤ?どうしたの?」
「はっ…あ…いえ、もうお腹は一杯ですから。わたし、洗いますね。」
マヤはお盆に空になった食器を乗せると立ち上がろうとする。
「私がやるからいいわ。あなたは先にお風呂に入って。もう用意出来てるから。」
さっきからボンヤリした様子を見せていることに疲れていると思った私は先に入浴をすすめ、お盆を取り上げるとキッチンへ向かった。
「アレを忘れずにちゃんと使って下さいね。」
その背にマヤの声が飛ぶ。
「フフッ、わかってるわ。ありがたく使わせてもらうもの。」
流しにお盆を置くと、真新しいたたみ皺のある猫柄プリントが施されたブルーのエプロンをしめた。
マヤが言ったアレとはこのエプロンのことである。
昼間のショッピングでマヤにプレゼントされたもので、マヤとは色違いのお揃いであるというのが少々照れ臭い。
不精な私は今まで気にしたことはなかったが、ランチを作る際にこの家にエプロンがないと知ったマヤが驚いて買ってくれたのである。
そんなお粗末さが露呈してしまったのは、私のことを几帳面な者と評してくれた矢先の事であるのだから面目ないと言ったところであろうか…。
至るところに猫グッズがあることに私が猫好きと見てとってもくれたようで、あえて猫柄を選んでくれたのはマヤならではのご愛敬であろう。
キッチンの椅子の背にかけられたままの黄色いエプロンをハンガーに引っかけると洗い物を始めた。
「あの…お先にお風呂いただきますね。」
そんな心細やかなマヤの優しさに染み入りながら皿を洗っていると背後から声をかけられた。
「えぇ、よく温まって頂戴。今夜は少し冷えるみたいだから。」
パジャマやバスタオル等を抱えたマヤが浴室へ消えていく。
246 :
リツコ:2009/08/30(日) 18:27:41 ID:???
私は大急ぎで洗い物を済ませるとベランダへと出た。
鬼の居ぬ間の何とやらで、こうして隙を見てはプカリと一服することが悪しき習性になってしまいそうだ。
記憶をなくす前のいつぞやかにはこうして紫煙を燻らせている姿を見ているのが好きだと言われたことはあるが、果たして今はどうであろうか…。
昼間、カフェで一服していた私を見た時のマヤはかなり驚愕していたようにも見えたのが気掛かりではある。
こうして夜風に吹かれながら、まだ記憶をなくす前のマヤのことをあれやこれや思い出している内にうっかり本数を重ねてしまっていた。
気がつけば灰皿には立て続けに消費された14本の吸い殻が残されている。
いつの間にか封を開けてしまっていた2箱目を目にし、ついに禁を破ってしまったことに我にかえった。
「お風呂って良いものですよね。凄くリラックス出来ちゃいましたよ〜。」
いきなり後ろから声をかけられ、口から心臓が飛び出そうになる。
私は背を向けたまま、金魚のように口をパクパクさせるだけであった。
「あのぉ〜……赤木さん?」
「ひっ…は、はいっ!」
今思えばコントであろう。
裏返った声で返事をして振り返る私は、まるで悪戯が見つかった子供のように首を竦めて真っ直ぐ気をつけをしていたのだから…。
「どうかされましたか?…あ、煙草…。」
灰皿に目をとめたマヤがポツリ呟く。
「吸いすぎはよくありませんよ?肌がお綺麗なんですから気をつけるべきです!」
そして、目を三角にして私の手から強引に煙草を取り上げる。
「……そういう所、変わらないものなのね…。」
「えっ…あ…わたし……すみません、ついその…心配で…」
感嘆する思いで呟いてしまったら、マヤは申し訳なさげな顔をした。
私は全く何も気にしていなかったが、マヤにしてみれば生活の面倒を見てくれる上司に出過ぎた真似をしてしまったとでも思ったに違いない。
思いきり悄気かえった様子でいる。
247 :
リツコ:2009/08/30(日) 18:31:17 ID:???
「フフッ…私ね、あなたにはいつもこうして怒られてばかりだったのよ?煙草だけでなく、コーヒーも飲み過ぎてるってよく小言を言われたわ。」
「わたし、そんなことを…」
マヤは、クスクスと可笑しげに話す私にどう返せばいいのかわからないっといった風情だ。
頭をほっかむりにしたタオルを握りしめながら困ったように呟く。
目に眩しいぐらいに白いタオルで包まれるマヤは、可愛いテルテル坊主のようである。
「ちゃんとドライヤーで乾かした方がいいわ。油断してると夏風邪ひいちゃうわよ?」
私は何気なくそのタオルを取って髪に触れた。
まだ数センチ程にしか伸びてない髪の毛は柔らかく、また触り心地が良かった。
「早く伸びないかなぁ〜です。いくらなんでもこれじゃショート過ぎますし。」
マヤも一緒になって髪を触ってみる。
「えぇ、そうね。でもスポーツ少年みたいなのも可愛いわ。」
「うっ…それは禁句です!」
途端にマヤがムクれて見せる。
入院中、看護士や見舞い客から坊やみたいで可愛い…と、散々言われ続けていたため、そのことを思い出しているのだろう。
マヤは口をへの字にしてジト目な視線を寄越してきた。
「フフッ、ごめんね。でも今のは誉め言葉なのよ?だって、あなたって本当に可愛いんだもの。」
マヤの手からさりげなく煙草を取り返す。
「……本当にそう思われますか?わたしのことを本当に…」
「そうよ?…どうして?」
マヤは急にクリクリした瞳を震わすようにして重ねて問いかけてきた。
そうであることは私が一番知っているつもりなのだから、そんな潤んだような瞳を向けないで欲しかった。
理性のタガが外れてからでは手遅れになってしまう。
「さっ…部屋に戻って。私はお風呂に入るから先に寝てていいわ。明日は0630に起床だから夜更かしすると辛いわよ?」
私はあくまでも理解ある保護者としての立場を貫き通さなければならない。
少なくとも記憶が戻る迄の間は…。
だから今のように、瞬間、抱き締めたいと思ってしまったことは胸の中に留めて行動に移さないように抑えていかねばならない。
248 :
リツコ:2009/08/30(日) 18:36:21 ID:???
それだけ、マヤがここにこうして存在してくれていることを私の心は敏感に感じとってしまっていた。
「ほらほら、湯冷めしちゃうわよ?中に入りましょ。」
何か考えているようなマヤの背を押すようにしながら一緒に室内へ戻った。
「それじゃ朝、起こしに行くわね。おやすみ、マヤ。」
「はい、おやすみなさい。」
マヤが自室に入っていく。
「ふぅ…私も明日から頑張らないとだわ。」
あれから入浴を済ませた私は、こうしてベッドの中で就寝するところであった。
今日は早朝から掃除に追われることに始まり、終日ドタバタと慌ただしく過ぎてしまって疲れてもいた。
目を閉じればすぐにでも眠りにつくことが出来るぐらいの気だるい疲れではあったが、私は常夜灯の仄かな灯りを見つめたまま考えに耽ろうとしていた。
それはマヤのことについてである。
今日のマヤは何かを思うように一人考える様子をしばしば見せていた。
一体どうしたのだろうか…と、少し気になってしまっていたからだ。
「やはり、なくした記憶のことが気になってならないのかしら?」
今日一日のマヤを振り返って考える。
そんな様子を見せたのは、たしか…。
「そう、たしかブドウのことを思い出してからよね…。」
あの時のマヤは、どういうわけか目尻に涙を浮かべていて驚かされたものだ。
たしか、その後からのことだ…何かを考え込むような素振りを見せ始めたのは…。
それに、ベランダでの問いかけは何だったのだろうか…。
本当に可愛いと思うのかと聞かれた時のマヤの様子を思い浮かべる。
揺らぐ瞳で見つめるようにされた時、私は強い衝動にかられてしまって大いに困ったものだった。
だからって、想いの向くままそんなことが出来るわけでもなかった。
白紙な状態の今のマヤに、こんな気持ちをぶつけるような真似をして良いわけがないのは自分でも判っている。
249 :
リツコ:2009/08/30(日) 18:42:12 ID:???
とはいえ、私にとってあの潤む瞳は弱点でもあった。
またあんな風にされてしまったら、私はクールな仮面を被ったままでいられるのだろうか…自信が持てないと言ってはならないのは判っている。
たとえそうでも、私は自制心を保たねばならない。
それだけ、今の私は切にマヤを大事に想う気持ちで一杯であった。
「……そういえば、あの時も問いかけをされたわね…。」
前に、まだ記憶をなくす前のマヤを自宅に招いた時のことを思い出す。
あの時も謎めいた問いかけをされたものだった。
想いを寄せ合っているからそんな問いかけをされたのだ…と、以前、ミサトからそう指摘されて嬉し恥ずかしになったことがある。
もしかして、今の白紙なマヤもそう思ってくれているのだろうか…ふと、そんな風に思ってみる。
「フフッ、馬鹿ね……私ったら何を考えているのよ。」
もしそうであれば、この上ない幸せである。
だが理論的に考えればおよそ有り得ないことだ。
今のマヤにしてみれば、私は上司兼保護者にしか過ぎない。
多少親しくなったとはいえ、白紙になってからの付き合いはまだごく浅い月日でしかないし、マヤにしても私のことをまだ何もよく知ってはいない。
「…自問自答しても埒があかないわ。……もう寝ないと。」
小さく欠伸をして目を閉じる。
明日からはマヤを連れて出勤する日々が始まる。
マヤの為にも、しっかり期待に応えて頑張らないとならない。
廊下を挟んで向かいの部屋でスヤスヤと眠っているだろうマヤのことを想いながら、私は静かに眠りについた。
250 :
リツコ:2009/08/30(日) 18:47:22 ID:???
いつも楽しみにしてくださって有難うございます。
本日の投下はこれで以上です。
では、また…。
乙です!
主任の事は先輩って呼んでなかったのかな
いつの間にっw乙ですー
乙です!
旨い刺身が喰いてえ
乙です!エプロンのお揃い甘くて良いですね。dd
乙!
相変わらずお上手ナリ
258 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/01(火) 23:50:45 ID:mpNzlkwB
保守
(´・ω・`)
相変わらずお見事です赤木博士!
医務室
リツコ「ハァ…」
レイ「どうしたんですか?」
リツコ「あら、ゴメンなさい。ため息なんかついちゃって」
レイ「何か、あったんですか?」
リツコ「別に、たまにあるんだけど、ちょっとトラブルで今日は泊まりなの」
レイ「帰れないんですね」
リツコ「ええ」
レイ「帰りたいですか?」
リツコ「そうね。やっぱり家には戻りたいわね」
レイ「家に?」
リツコ「ええ」
レイ「伊吹二尉の所に?」
リツコ「!…フフッ、そうかもしれないわね。(いつの頃からか、私の還る場所…)」
263 :
262:2009/09/05(土) 21:08:34 ID:???
書くスレ間違えました。大変申し訳ありません
シンジじゃないけど軽く死にたいでつスイマセン
どんまい(´・ω・`)/
>>262 見事なリツマヤ愛だと思うが別におかしなところはないな
ここは実質リツコさんの連作投下スレだからね
ネタを含むショートスタイルスレは別にある
>>263の言う所はこの辺じゃないかと
元々は同スレだしなんら間違いでもないんだけど
しかし改めて週一ペースをキープしつつ飽きる事なく読ませるリツコさんのウデは凄い
ショートスレもほぼ毎日の連投と尽きないネタに感心する
双方今後共期待!
>>268タンのおっしゃる通りで
冬月コウゾウ先生萌えスレ等に書くよりは、ですが
こちらは、ただひたすら長編リツマヤの投下を待ち侘びる日々に徹するべきかと思っていましたもので
投下が楽しみでつい頻繁に覗き過ぎ失敗してしまいました;
お騒がせしてすみませんです
待ちわび過ぎて鼻毛が伸びて来ました
271 :
リツコ:2009/09/06(日) 20:23:45 ID:???
深夜に投下します。
もしかしたら途中で連投規制にひっかかるかも知れませんが、投下最後には「以上です」と、わかるようにいたします。
では、しばらくお待ち下さいませ…。
ヒャッホーイ!
わーいw嬉しいv
マヤになった気分
私が…私達が、マヤよ!
私達が…マヤ…何か照れちゃいますね//
276 :
リツコ:2009/09/07(月) 00:16:52 ID:???
―ドガゴゴオォォォッッッ―
「あぁぁぁぁ赤木さんっ!?」
翌朝、いつもの突撃ラッパ目覚まし音で目覚めた私はベッドの中で軽く伸びをしようとしたら、マヤが足をもつれさせるようにして部屋の中に飛び込んできた。
「あら、おはよ。どうしたの?……もしかして今のが聞こえちゃった?」
目をまん丸くさせて顔を引きつらせているマヤをベッドの中から見上げる。
「あぁぁぁ…は、はい。たった今、物凄い爆発音みたいなのが聞こえたのですが一体…」
「フフッ、この目覚まし時計の音ね。これはね、あなたが手作りしてくれたものなのよ?」
私はサイドボードに置かれた目覚まし時計をこれみよがしに見せびらかした。
「たしかに、わたしは工作好きですが…まさかこんな大音量を…?」
マヤは目をパチクリさせている。
「私は低血圧で普通の目覚ましではなかなか起きれなかったの。それで、気にかけてくれたあなたが作ってくれてね…これは100dbあるからパッと起きれるようになったわ。」
すんなりパッとと言うよりは、どちらかというと命がけで起きる毎日といった所か…。
私は慣れてしまっているからいいけど、常人には心臓になかなかスリリングな爆弾目覚まし時計である。
これをマヤから貰った時、“近い将来”に耳が遠くなった時のことも考慮して…などと罪作りなボケを言われたことが懐かしく思い出されて苦笑する。
私はベッドから起き上がった。
「さっ、出勤の支度をしないとだわ…。先にシャワーを浴びてらっしゃいな。」
頷いたマヤが自室に戻ると、私はそのままキッチンに向かって朝食の支度を始めた。
勿論、プレゼントされたエプロンを着用することは忘れない。
一番最初に取りかかるのがコーヒーを淹れることである。
マグを口にしながら、サラダ、目玉焼きにカリカリ焼いたベーコンとミックスベジタブルを調理していく。
277 :
リツコ:2009/09/07(月) 00:24:28 ID:???
「いい匂いですね!お腹が空いてきちゃいました〜。」
シャワーを終えてタオルを首にかけたままのマヤがテーブルに並ぶ品々に相好を崩す。
「でしょ?腹が減っては戦が出来なぁ〜いって、あなたは常日頃から口にしてたものね。」
「えぇっ!?…わたし、24にもなってそんなことをまだ言ってたんですかっ!?」
どうやら、この口癖はだいぶ昔からであることが露呈されてしまったようだ。
食べることに大の夢中なのは何も今に始まったことではなく、昔からなのであることがよくわかるといったものである。
「フフッ…はい、トースト焼けたわよ。」
私達は席について朝食をとり始めた。
「…赤木さんはよくご存知なんですよね。もしかして、わたしが天然って言われていることも…?」
「勿論よ。あなたにはいつもヒヤヒヤドキドキさせられてたわ。冷や汗を何度かかせられたかわからないわよ?」
私は悪戯っぽく答えてママレードが塗られたトーストを一口かじった。
ヒヤヒヤしたことは数知れず…ドキドキは違う意味でもさせられているのは言うまでもない。
そう、こうして向かい合って座る今だって…。
「うぅ〜、学生の時はエイリアンとも呼ばれたりしてましたけど、これは地なんですよぉ〜。」
「あら、そうなの?…フフッ、あなたみたいなエイリアンだったらもっと仲良くなりたいわね。」
頭を掻いているマヤにそう言ったら、マヤの頬が途端に紅くなった。
「赤木さんとなら、わたしももっと仲良くなりたいなぁ〜…って。」
照れた表情で私を上目遣いで見るマヤに、また胸が鼓動を打とうとする。
そんな仕草で潤む瞳までをも向けられてしまうと、きゅ〜っと胸が締め付けられたように苦しくなりたまらなくなってしまう。
私は無理に微笑んで見せ、それから気を紛らわすようにしてマグに口をつけた。
何気なく時計に目をやってみる。
「あまりノンビリ出来ないわね。急いで食べましょ。」
私達はお喋りもそこそこに食事するスピードを上げた。
278 :
リツコ:2009/09/07(月) 00:31:27 ID:???
「後は着替えるだけですので後片付けは任せて下さい。シャワーどうぞ。」
一足先に終えたマヤにそう急かされ、食事を終えた私は浴室へ向かった。
食器を片していくマヤから鼻唄が聞こえてくることに笑いそうになりながら、私は急ぎ出勤の支度を始めていた。
二人揃っての出勤ということで時間に少し余裕を持たせたつもりだったが、結局、時間ギリギリで滑り込むようにネルフへと到着した。
「さっ、案内をするからついてらっしゃい。」
車から降り立った私達は、まずは司令と副司令のもとへと馳せ参じた。
司令室まで来ると続けざまにインターホンを鳴らす。
「赤木です。伊吹二尉が退院しましたので、そのご報告がてら本人を連れて参りました。」
ロックが解錠され、私はマヤを引き連れて室内へ足を踏み入れた。
案の定、司令はやたら無駄に広い室内でいつものように重厚な机に向かって座っていた。
顎の下で手を組んでいるポーズも今更ながらである。
その背後には副司令が手を後ろ手に組んで定位置に佇んでいるのもいつものことだ。
「ご苦労。…伊吹二尉、調子はどうだ?」
眼鏡を不気味に反射させながら、重々しい口調でそう尋ねてくる司令にマヤは気圧されたかのように背筋を伸ばす。
「は…はい、お陰さまで怪我も無事に回復しました。体調は良好です。」
「碇、もう少し柔らかい口調で話せないのか?見ろ、伊吹君が怯えてるじゃないか。」
どもりながらも何とか返事をするマヤに副司令が苦笑して司令を諌める。
「フッ…問題ない。赤木博士、伊吹二尉の記憶回復に尽力を注いでくれ。…オペレータが欠けては難儀だからな。」
「…はい、回復の足掛かりとなるものを見つけてご期待に添えるよう努力する所存です。」
不気味に光る眼鏡で表情は見えないが、司令なりにマヤを心配してくれているのだろうか…。
何を考えているのかわからないのはいつものことである。
279 :
リツコ:2009/09/07(月) 00:43:22 ID:???
「伊吹君、わしにとって君は娘みたいなものだ。一日も早く記憶が戻るのを心待ちにしているよ。ハッハッハ!」
あからさまに緊張しているマヤをリラックスさせるかのように副司令が笑う。
「は…はい、有難うございます!」
マヤは極度に緊張した様子で顔を紅潮させてしまっていた。
「赤木博士、後は頼んだぞ。……もう下がっていい。」
司令は一言そう告げて机上の書類に手にとると、副司令と仕事の話をし始めだしている。
もはや私達のことは眼中にないといったところか…。
私達は一礼して司令室を後にした。
「フフッ…大分、緊張してたみたいね?」
自室へと向かう通路を歩きながら、先程から黙りこくったままのマヤに尋ねる。
「えっ?…あ…はい、かなり緊張しました。……今の眼鏡をかけた方がここのトップですか?」
「えぇ、そうよ。眼鏡が司令、後ろに立っていらした人が副司令。司令は見ての通りだけど、副司令は気さくな方よ?」
司令とは母さん程に長い付き合いでもなく、また深く知る由もなかったため人となりまでは不明ではあった。
だが、温厚な副司令の人柄はよく知っている。
私はマヤを介して副司令とはオカリナ同好の士でもあることを説明した。
「えぇっ!?オカリナでそんなこと出来るんですか?」
れいの特殊音階について話を聞かされたマヤが驚くのも無理はない。
「フフッ、そうよ?私はあなたの影響で始めたんですからね?」
しきりに目をパチクリさせるマヤを従えて自室の前までやって来る。
「さっ、ここが私の研究室になるわ。あなたはここで私の助手をしてくれていたのよ?」
マヤを部屋に通し、いつもの席に座らせた。
「どう?何か感じるものはあるかしら?」
そのまま室内を見渡していくマヤに少しだけ期待して返事を待った。
昨夜はブドウのことを思い出してくれたぐらいなのだから、共に長い時間を過ごしてきたこの部屋でも何かを思い出してくれるのではないかと思ったからだ。
280 :
リツコ:2009/09/07(月) 00:56:02 ID:???
「書類が沢山あるんですね。…あっ、ここにも猫の置物がある!」
が、私の期待とは裏腹にマヤは部屋の感想を簡単に述べるだけであった。
猫の置物をいじろうとする所は以前と同じで、その姿はまるで毛糸玉にじゃれつく子猫みたいである。
私はコーヒーを淹れながらそんなマヤにまた見とれようとしていた。
「赤木さんは猫が大好きなんですよね?わかります!可愛いですもんね〜♪」
「フフッ、もっと気になるものもあるわよ?…はい、コーヒー飲んで頂戴。」
マヤにマグを差し出す。
「もっとって何ですか?」
マヤはマグに口をつけながら無邪気に聞いてくる。
「それはね……秘密。」
「もぅ意地悪ですよ〜。」
そんな上目遣いで見ないで欲しい…。
私はまた強い衝動にかられてしまっていた。
マグを両手で持って私を見上げる姿は天使のような愛らしさである。
「知りたいなら記憶が戻った時に教えてあげるわ。」
「今じゃなくてですか?…じゃあ約束ですからね!」
マヤが小指を差し出してきた。
「指切りしてください。」
そう言いながら、私の小指をソッと絡めとる。
いきなりそうされて頬が熱くなっていく中、マヤは指切りげんまん…と、歌を唄っていく。
「指切った〜♪…ちゃんと覚えていて下さいね?」
「…わかったわ。」
そう答えるのに精一杯であった。
私はマヤから隠れるようにして胸を押さえた。
まだ記してはいなかったが、マヤは今も私服姿のままである。
昨日プレゼントしたばかりのシャツに早速、腕を通してくれているのが何とも照れ臭くて、私は朝から口元が綻んでしまっていた。
気を遣ってくれたのだろうか…でも、天使のような愛くるしいマヤにそれはよく似合っている。
その姿を見つめるようにして、私は更に口元を綻ばせていた。
「あの…やはりこのままだと目立ちますよね?わたしも制服を着た方がいいですか?」
そんな様子の私に気がついたマヤが自分の服を触り始めだしたのも、私服のままではいけないとでも思ったのだろう。
281 :
リツコ:2009/09/07(月) 01:07:12 ID:???
「制服を着てみる?じゃあ、購買部へ行ってみましょ。」
また連れ立って移動する。
歩く道すがら沢山の人に退院おめでとうと声をかけられ、マヤは照れ笑いしながら恐縮しまくっていた。
それもまた愛らしい所である。
私はその横で人知れずホーッと胸を押さえるだけであった。
「(駄目よ…今はそんなこと考えちゃ…)」
いくら保護者のつもりでいても、やはり心は正直な反応を示してならなかった。
こんな調子では先々が危ぶまれてしまうというのに…。
購買部に着く。
サイズを確認したマヤは、見合った制服を抱えてサッサ試着室へと消えていく。
しばらくしてドアが開かれると、お馴染みの制服姿で再登場した。
「着方は合ってますか?」
「フフッ、バッチリね。よく似合ってるわよ?」
私は胸元を直してあげた。
マヤはしきりに制帽をいじっていて、その下からはバンダナが見え隠れしている。
「…そういえば、あなたが制帽を被っているのは初めて見たわね。」
単に記憶に残っていないだけかも知れないが、私は新鮮な面持ちに浸りながら今度は制帽を真っ直ぐに直してあげた。
「何て言うか…いっぱしの職員って感じです。わたし、本当にここで働いていたんですね…。」
マヤはフゥ〜ンといった感じで鏡に映る自分の姿をまじまじと見ていた。
「そうよ?」
その隣には、マヤの肩に手を置く私の姿が映っている。
といっても、手を置くその肩は私から遠い側にある方の肩だ。
つまり、少し力を入れてしまえば肩を抱けてしまう置き方であった。
いくら無意識に置いてしまったとはいえ、これでは……私はハッとして手をどかした。
その時、マヤの視線が私の手の動きを追うようにして滑るように移動した。
一瞬、落胆した表情を浮かべたように見えたのは自分に都合よく解釈したいだけなのだろうか…。
再度、視線を鏡に戻すと、そこには普通の表情をしているマヤが映っているだけである。
「さっ、部屋に一度戻りましょ?」
平静を装ってそう促すと、来た道を引き返した。
282 :
リツコ:2009/09/07(月) 01:16:05 ID:???
自室へ戻り、一旦、腰を下ろすと私は飲みかけのマグに口をつけた。
マヤは着替えた私服を自分の机上に置くやいなや、部屋の内部を確認するかのようにあちらこちらを見て回りだしている。
「う〜ん…。」
そして、そう唸るように呟きながらしきりに首を捻っている。
「どうしたの?」
「何か思い出せないかな…って色々と…。」
自分のPCをいじってみたり、机の引き出しを開けては中を覗きこんでみたりと色々物色してはいたが、ピンとくるものはなかったようだ。
マヤが残念そうに頭を振る。
「焦っちゃ駄目よ。一休みしたらここの施設を案内するわね。…一服いいかしら?」
マヤが頷くと私は煙草を取り出して口にくわえた。
勿論、火を点ける前に空気清浄器と脱臭器を動作させるのはお約束である。
「本当に美味しそうに吸われますね。吸いすぎは良くありませんが…でも、カッコイイです。」
紫煙を燻らす私の横で、マヤはさっき机の引き出しから見つけたばかりのお菓子を食べようとしていた。
「えっ…カッコイイ?」
「はい、いいなぁ…って。わたし、こうして見ているの好きかな…って。」
―トクン―
あぁ、やはり…。
あまりに不意討ちすぎる鼓動であった。
「あなたは前にもそう言ってたわね。…二度目よ。」
紅くなりそうな頬を手で隠しながら呟くと、マヤが何やら考え込むような様子を見せた。
何かを懸命に思い出そうとしているのが窺える。
「うぅ〜ん…」
「いずれ思い出すわ。だから無理に焦らないで…。」
私は吸い終えた煙草を灰皿で揉み消して再びマグに口をつけた。
「あ、もう行かれますか?」
モグモグ食べているマヤが立ち上がろうとする。
283 :
リツコ:2009/09/07(月) 01:24:38 ID:???
「そのクッキーを食べちゃってからでいいわ。…フフッ、ついてるわよ?」
私はそれを遮るようにマヤの口元についているクッキーの粉を指ではらった。
「く、くすぐったいです…よ、赤木さん…」
「フフッ、いいじゃない…。」
困った困った…こんな自分に本当に困ってしまう。
顔を紅潮させていくマヤが可愛くてならなかった。
この部屋で、こうして黙々とオヤツを食べているマヤを横にしてコーヒーを飲むのもいつ以来だろうか…。
共にコーヒーを飲みながら、マヤにプログラミングの手ほどきをしていた頃を回想してしまう。
そうやって少しセンチメンタルな気分に浸っていると、マヤがマグを机上に置く音で現実に引き戻された。
「フフッ、チャージ完了出来たみたいね。じゃあ、行きましょっか?」
「はいっ、了解です!」
元気良く立ち上がったマヤの背を支えるように無意識にまた手を置いてしまう。
マヤが気付かないのをいいことに、私はそのまま部屋を後にした。
部屋を出てからは、発令所、食堂、大浴場、仮眠室に更衣室等のマヤがよく行くことが多かった主だった場所を案内して回った。
途中、技術部員の面々に集合をかけて簡単な退院報告を行なったりもした。
『博士、今日は私が指揮を執り行って宜しいのですか?』
『えぇ、私はマヤに解説をするから頼むわ。』
その際、青山主任とそんな会話のやりとりをしたのも夕方から行われるシンクロテストに向けてのことである。
今日はタイミングよく、丁度シンクロテストが行われる日であった。
埋もれた記憶を掘り返せそうな刺激となりえるものは何でも試していく…と、考えてのことである。
午前中一杯をこうしてマヤを連れて巡り歩き、最後に訪れに来てみたのがエヴァが待機するここ格納庫である。
284 :
リツコ:2009/09/07(月) 01:40:26 ID:???
「……これがエヴァ…何とかなんですか?人類を守る救世主というのは…。」
「そう…エヴァンゲリオン。青が零号機、赤が弐号機、紫が初号機よ。」
三機のエヴァを間近に見上げてマヤは言葉を失ってしまっていた。
事前に簡単な説明をしていたとはいえ、実機を目の当たりにしてかなり驚愕しているのが見てとれる。
「あ…あぁっ…!」
と、目を見開いたまま放心していたマヤがいきなり頭を抱えて呻き声をあげた。
「マヤ?…マヤ、どうしたの!?」
「ほ、包帯を巻いた子が…その子が担架で運ばれて…とても辛そうにして…」
床に膝をついてしまったマヤが頭を振っている。
「…それって、レイのことね?あなたが入院中に花を持ってきてくれた青い髪の子の…。」
その問いにマヤが無言で頷く。
「あの、もしかして…もしかしてエヴァのパイロットって子供なんですか?…コックピットに座る別の子が…赤い髪の…今、そのシーンが見えたんです…。あ、あの…」
マヤの瞳は揺らいでいた。
その声音に、そうではないと否定して欲しい願いが込められているのが痛いぐらいに伝わってくる。
そんなマヤへ最良な答え方など出来るわけもなく、またそんな方法も見当たらなかった。
私はどう話せば少しでもベターに近付けられるものか、一瞬、悩んでしまった。
マヤは怪我もさることながら記憶をなくしてしまっていただけに、余計な心労の負担をかけないよう細心の注意を払ってマヤに接していた。
だから私達の仕事の詳細も含め、チルドレンの関わりから具体的な戦闘時の事柄までについては伏せていたのだ。
入院中は、マヤと十分親しい関係にあるチルドレンも代わる代わるに見舞いに訪れに来てくれていたのでマヤも彼らのことは知っている。
最初はどうしてここに子供が…と、不思議がられもしたが、彼らもその関係者だからと話したことでここに親が勤めているその子息、子女とマヤは思っていたようだ。
まさか、彼らが人類の存亡をかける重鎮を担う役目…エヴァのパイロット達であることとは思いもよらなかったことであろう。
285 :
リツコ:2009/09/07(月) 01:45:10 ID:???
「マヤ、よく聞いて。あなたが心優しいことはよくわかっているわ…。でもね、私達はあの子達に頼るしか道はないのよ。」
「それじゃ、あの子達は全員が…」
マヤが絶句する。
大の大人がこれだけ集まりながら、子供に救いを求めるしかないだなんてなんたる滑稽な話であろう…。
見開かれたマヤの目から涙が一滴零れ落ちていく。
「そんな…可哀想過ぎます…。命を落とすかも知れないのに…。どうして子供達が戦わないとならないんですか!?大人は何を…何をしているんですか!?そんな…おかしいですよっ!」
「マヤ、落ち着いて…落ち着いて頂戴。」
激昂するマヤを宥めながら、やはりマヤは記憶をなくしても子供達を想う優しい心根の持ち主であることをしみじみと嬉しく感じ入っていた。
私はマヤに説明をした。
エヴァとチルドレンのあらまし。
脅威となる使徒の存在と、その力がどれほどのものか。
ここ第三東京市の存在意義とネルフの役割。
そして、私達技術部の…マヤの詳細な仕事内容についてをだ。
今の16歳なままで知識が止まっているマヤには難解にならないように平易な言葉を選び、わかりやすく理解してもらえるよう説明をした。
「…それじゃ、わたしはごく最近まではリカさんの配下で研究をしていたんですね?」
「えぇ、あなた達の研究成果は素晴らしいものだったわ。チルドレンをはじめ、上層部も皆が喜んでくれたのよ?」
先程まで興奮気味になっていたマヤではあったが、私の説明にようやく納得したように怒りの矛を収めてくれた。
「……本当はね、私もマヤと同じことをいつも感じてはいるの。どうして子供が…って。でも、今は…今の科学の限界がこれなのよ…。」
「……赤木さんも同じなんですね。良かった…。わたし、赤木さんが上司で嬉しいです。」
マヤの目尻にまた涙がじんわりと滲み上がってくる。
連投乙
287 :
リツコ:2009/09/07(月) 01:51:40 ID:???
「それに…わたし、子供を犠牲にしても平気でいられるような大人になってなくて良かったです。」
「…あなたはいつだって他人を思いやる気持ちで一杯だったわ。それは私が一番良く知っているつもりよ。だって、私はあなたから沢山の良い影響を貰ってきたもの。」
以前の…マヤとまだ出会う前の昔の私だったら、子供達を戦わせることに何の疑問も思わないままだったに違いない。
ただ粛々と自分の仕事に打ち込むだけの無為な日々をおくるだけであっただろう。
私は今にも零れ落ちそうなマヤの目尻の涙を指でソッと拭った。
こんな風に涙を零してまで他者を想えるマヤのことが大好きでならない。
マヤの涙を拭いながら、今それを強く感じてならなかった。
「フフッ、綺麗な涙…。そろそろお昼休みになるからこれで見学は終わりね。戻りましょ?」
駆け足ではあったが主要な場所は案内し終えた。
また自室へと戻る道すがら今日のランチを何にするか考えていると、すぐ脇の通路からマヤの友人らが出てきた。
「あっマヤ、探したんだよぉ〜!退院おめでと!ねぇねぇ、お昼を一緒に食べようよ?」
「う、うん…あ…でも……」
マヤが困ったようにする。
彼女らは傍にいる私が眼中に入らないようで、ひたすらマヤに夢中になって話しかけていた。
「いってらっしゃいな。私はこれから少し仕事を片付けるから、あなたは昼休みが終わったらまた部屋に来てくれればいいわ。」
友人からの誘いをマヤが断る理由もないので私はそう送り出した。
「っ!?…博士……あのぉ〜、マヤちゃんをちょぉ〜っと、お借りしても宜しいですか?」
「フフッ、楽しんできてね。」
ようやくここで気付いた彼女らが私にそう申し出てくる。
別にそんなに恐縮しなくてもいいのに…。
288 :
リツコ:2009/09/07(月) 02:04:36 ID:???
「有り難うございます。あの…すぐにお返ししますね…。マヤ、食堂は混雑するから急ぐよ!行こっ!」
「う、うん。……じゃあ、また後でお部屋に伺いますね。…ちょ、ちょっと待って…!」
マヤが友人らに腕を引っ張られるようにしてピューッと消えていく。
私はそれを見送りながらクスリと笑った。
ふと、思う…。
「すぐにお返ししますって……まさか…私の深読みよね…。」
まさか、マヤの友人らまでもが気付いているわけではないだろうが…。
頭を振ると、私はその足でミサトの執務室に向かうことにした。
マヤとランチをするつもりであったが彼女らに取られてしまった。
なら、私も腐れ縁な友と一緒にランチにでもしようか…と。
きゅるるるる〜…。
「ちょ…マヤのがうつっちゃったのかしら?」
突如、鳴ってしまった腹の音を誰にも聞かれなかったのは不幸中の幸いであろう。
マヤが記憶を少し取り戻してくれた報告が出来ることを嬉しく思いながら、ミサトの元へと急ぐことにした。
289 :
リツコ:2009/09/07(月) 02:07:25 ID:???
途中、合いの手を有り難うございます。
本日の投下は以上です。
お休みなさい…良い夢を…。
乙ですー(´ω`)
乙です!
乙です!
さすが…
なんでそんなに上手なんですかね?
文才羨ましい…
これからも期待してます
ぽかぽかする…
乙です!
ゲンドウとカンケイが無い事に安心した
296 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/10(木) 18:15:06 ID:g+3SSHES
やたらマヤを美化してるな
ここは彼女の崇拝者の集いなのか
スレタイも読めん阿呆はすっこんでろ
>>282 机の引き出しにお菓子、可愛い
それをすぐに食べちゃうマヤ、可愛い
カントリーマアムを前歯でカリカリかじる様が想起された
今回ばかりは己の妄想力を褒めてやりたい
,..-'''´ ̄`'ー‐-.、_
/ \
,.へハヘノ\ ノへハヘ.
/⌒V^v⌒^ r-‐、 、'⌒V^lハ
| , | | r!、 :l
/ ,. , ,∧、| _,.レ-_;ト、_ ::|
| :トi: . i├__lハ! '´{゚i,lヽ V^i::|
ヽ! |: .: .:|,ペi,}` `´ 「ソ::!
ヽ!、::ヽ. ´ 〈! /´::/
`!::ヘ、 <ア イr'V′ 荒らしは反応しないでスルーですねwセンパイ
Vvヘ>;、._/__ト、
_,r‐‐「`'r-r'´l |_
,r┬‐'´:| ,ノ /_::l l_, `ー、_
./ l ::i:::(__/ | :::〉´ l /:\_
/ | ::::/ ! :/ \ |: :i :/`┐
.| _i:V´ ヽY V :/:/ |
.|.r',ニ \ー、 ,ノ``' === \/ ,. |
|/,.ニ、 l l / ,..-‐// /
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| ̄:|: :.| {:┼-‐'^>´ ̄:7:‐-:、_/' /
l| ::|: :i\ .`rr‐、:ノ´ ̄l`ー-、/ , /
>>295 今や新劇でもゲンドウは関係ない人に
猫置物でリツマヤフラグもたったことですし
新劇もこちらのリツマヤも進展に期待したいところです
302 :
リツコ:2009/09/13(日) 20:39:29 ID:???
昼休みに入ったばかりな食堂は芋洗い状態である。
人の波に流されつつも定番の日替わりランチを乗せたトレイを落とさないようにして、ようやく見つけた空席に私とミサトは腰を下ろした。
「ねぇ、退院したんでしょ?さっきからニヤけてるけど、早速いいことでもあったァ?」
焼きそば定食に箸をつけようとするミサトが探りを入れるような視線でこちらを窺う。
「ニヤけてるって…嫌な言い方するのね。……実はね、マヤが少しだけ思い出してくれたのよ。」
「ヘッ?それって記憶のことよね?何を思い出したの?」
私はそんなニヤけ顔をしているのだろうか…まったく、随分な例えをしてくれるものである。
ミサトは口を大きく開けて食べようとするのを一旦止めて箸を置くと、少し驚いた表情を浮かべながら私の答えを待っていた。
「私の自宅に来た時にブドウを食べたことがあるの。まずはそのことについてでしょ…それから、さっき格納庫に案内した時にチルドレンのことも…ね。」
「退院後すぐに一つ、ネルフ内を回って一つ……か。へぇ〜、この調子ならどんどん思い出してくれんじゃない?嬉しいわよねぇ。」
ブドウを食べさせたことを省略してしまったのは、やはり恥ずかしいからである。
私がそんなことをしていたと知ったら、どんな冷やかしを返されるかわからないといったものだ。
「えぇ、ホントに良かった。一つ一つ思い出してくれればと思うわ。」
私は味噌汁に口をつけてホッと息をついてみせた。
入院中は記憶が戻るような気配を見せてくれることは全くなかっただけに、部分部分ではあったものの、こうも立て続けに思い出してくれたことが喜ばしくてならなかった。
この調子で少しずつ回復していけばきっといつの日にか……味噌汁の湯気を見つめるようにしてそう思うと、焼きそばを頬張っていくミサトにニコッとした。
303 :
リツコ:2009/09/13(日) 20:45:51 ID:???
「ところで昨日、青山主任とモールにいたでしょ?あなた達の醜態が目に入ってきてビックリしたわ。……かなりのご機嫌だったようね。」
「やだ、何で知ってんのよ?まさか、アタシらの尾行でもしてたっての?」
いきなりそう突っ込むと、目を丸くしたミサトが非難めいた口調で返してきた。
「そんなこと何でしなくちゃならないのよ…。私もマヤと一緒に買い物に行ってたのよ。あんな大声で騒いでいれば嫌でも気がつくわ。」
昨日の二人のはしゃぎっぷりがまた思い返されて眉間に手をあてる。
「あなた達、酔っ払い過ぎよ?周りに迷惑かけないようにしないと……見てて恥ずかしかったわ。」
「へいへい、わ〜りやした。……でもさ、リカちゃんといるとついついハメを外しちゃうんだなぁ〜楽しくってね。」
注意を受けても反省の色が薄いのが見てとれるというものだ。
ミサトはククッと思い出し笑いするようにほくそ笑む。
「だぁって、リカちゃんたらさぁ…」
そのまま青山主任の笑い話を始めだすミサトに呆れつつ、この二人がタッグを組むと実に困ったものであることをつくづく感じてならない。
食事を終えた後も昼休みが終わるまでずっとの間、そんな浮かれた調子のミサトから話を聞かされ続けていたのであった。
午後の始業時刻を告げるチャイムが鳴る。
「あら、もうこんな時間?…じゃあ〜また後でねん♪」
一方的に喋るだけ喋りつくし終えてご満悦な様子のミサトが立ち上がる。
「シンクロテストに遅れないでよ?あなた、いつも遅刻常習なんだから…」
「もぅ、わ〜ってるって!任せなさいよバッチリィ〜♪」
何を任せて何がバッチリなのか皆目不明である。
これまで、ミサトが揃わないことでテストの開始が度々遅れたことは枚挙に暇ない。
眉間にあてていた指を下ろすと私も立ち上がり、その場でミサトと別れると急いで自室に戻った。
304 :
リツコ:2009/09/13(日) 20:51:47 ID:???
「あ、お帰りなさい。」
部屋に戻るとマヤがコーヒーメーカーを新しくセットし直していた。
「早かったのね。待たせ過ぎちゃったかしら?」
流しに放置されたままのマグがいつの間にか洗われて棚に戻され、桶には布巾が漂白剤に漬けこまれている。
気がつけば灰皿も掃除されてあり、乱雑に置かれていた机上の書類までをもがきちんと整頓されていた。
「いえ、わたしも戻ってきたばかりですから。」
ずっと前に戻ってきたであろうマヤは、昼休みを目一杯まで使って食堂で過ごしていた私をこんな風にしながら待っていてくれたのだろう。
「片してくれたのね…有り難う。」
テヘッとしているマヤの肩にさりげなく手を置く。
「いえ、別に…」
マヤの頬がうっすら色づいていく様が可愛くてならなかった。
また見つめてしまいそうになり、私は無理矢理に視線を剥がした。
「さてと、午後のあなたの予定だけど……夕方に行われるシンクロテストまでは特にこれというのはないの。でも、ちょっと私の手伝いをしてみない?」
「はいっ、わたしに出来ることであれば何なりと言ってください!」
マヤが即答する。
手伝いとはいえ、休職中のマヤに仕事をさせては本当は駄目なのだろう。
だからと言ってこのままここでただ待たせておくわけにもいかなかった。
時間はあまりに余る程ある。
自分の仕事に関する記憶を少しでも取り戻して欲しい…そういう願いがあって言ってみたまでのことであった。
「じゃあ、表計算ソフトは使えるわね?」
「はい、大丈夫です。」
前に青山主任と飲みに行った時、マヤは高校入学時から理系を志していたという話を聞いていたのでそれなりにソフトは使えるだろうと思っての質問である。
案の定マヤが頷いてくれたので、私は自分のPCからマヤのPCに手付かずのままであった未整理データを転送した。
305 :
リツコ:2009/09/13(日) 21:03:33 ID:???
「これはね、前回までのシンクロテスト時のデータなの。この数値を集計して貰えるかしら?」
「はい!」
マヤは元気良く頷くと、早速、作業に取りかかっていく。
「急がなくていいわよ?ノンビリやってくれていいから。」
私は生真面目な顔つきでPCに向かおうとするマヤにクスリと笑い、机上の書類に目を通し始めた。
カタカタカタカタ…。
作業を頼んでからどれ位の時間が経過しただろうか…隣でキーを叩いていくマヤの速度が一向に落ちないことに気がつく。
「速いわね…。」
マヤは技術部の中でもかなりキータッチが速かったが、これも既に学生時代からのことであったのかとここで気付かされる。
一心不乱にキーを叩いていくマヤは自分に顔を向けられていることに気が付いておらず、ただひたすら作業に没頭し続けていた。
そんなマヤの指がふと止まる。
「え〜っと、何だっけ……う〜ん、…たしか……」
マヤはそんな呟きを漏らしながら画面と睨めっこを始めた。
「どこかわからないとこでもあったの?」
椅子から立ち上がった私は背後から画面を覗き込んでみた。
「あぁ、ここはね……こうするといいわよ。」
カタカタカタカタ…。
私はマヤがわからずに悩んでいた式を代わりに打ち込んだ。
「さっすが!」
マヤが私を見上げて感嘆の声をあげる。
「フフッ、この位はね…。一応は……ほら、博士でしょ?」
そう謙遜する私に、そのまま輝いた眼差しを注いでくれている。
306 :
リツコ:2009/09/13(日) 21:12:00 ID:???
『さっすが、先輩!』
私は軽い既視感をおぼえてしまっていた。
以前も似たようなやり取りをしたことがあったがためである。
キーを叩くマヤに速いわね…と言って、そこ、A―18の方が早いわよとキーを打った時の状況と同じであったのだから…。
あの時は、さっすがの後に続く言葉が先輩であった…が、今は…。
「赤木さん、尊敬しちゃいます!」
「フフッ、オーバーね?」
今は赤木さんではあるが、別にそのことに不満はなかった。
ただ少し遠慮がちな距離を感じてしまう時もあるが、それも記憶が戻る迄の間のことである。
「マヤだって凄いわよ?もっと時間がかかると思ってたのに、もうすぐ終わっちゃうじゃない。」
茶化すようにそう返しながらも私は内心ではかなり驚かされていた。
集計作業がじきに終わりそうなのもマヤが打ち込んでくれたマクロの式のお陰である。
画面に表示される集計表は、正にマクロづくしで完成を迎えようとしていた。
16歳までの知識でこうも巧みにマクロを複雑に組重ねて操り、また集計の意図する所を汲み取って処理してくれるとは……私は発露されたマヤの才能にこの時、舌を巻く思いであった。
「よしっ…と、終わりましたっ!……へぇ〜シンジ君が一番高いんですね。」
完成したばかりの集計表を感心したように眺めていくマヤの横で、私はおもむろに煙草を取り出して口にくわえた。
307 :
リツコ:2009/09/13(日) 21:25:53 ID:???
「今、スイッチ入れますね!」
そんな私にマヤが空気清浄器と脱臭器のスイッチを入れようとして立ち上がる。
「悪いわね。…あぁ、コンセント足りるかしら?一つ故障しちゃって修理手配中なのよ。」
私は故障で使えない状態のコンセントを指し示した。
「これですか。大丈夫です、……こうすれば二つとも挿せますっ!」
マヤは別のコンセントからプラグを引っこ抜いて一つをそちらに挿し込んだ。
―ブツッ―
小さい音と共にマヤのPCの画面が真っ黒になる。
「あっ……。」
完成したばかりの集計表の安否は…それを瞬時に悟ったマヤが口をあんぐりさせて固まった。
真っ黒になってしまったのは何もいきなりPCが壊れてしまったからではく、そのバッテリーが寿命を迎えていたためだからである。
バッテリーが逝ってしまった以上、このPCは常時電力供給をしていなければ使用出来ない状態であったことを私は失念していたのだ。
現在はその交換を手配中であったことすらも失念していた。
そんなPCでの作業を安易に頼んでしまった自分のミステイクに頭を抱えたくなったが、さほど気にすることではない。
「フフッ、大丈夫よ。さっきの保存したんでしょ?」
「保存してませんっ!」
私達の間に何秒間の沈黙が流れただろうか…。
「プッ…」
私は吹いてしまった。
自分の失念と、こんな時までもハキハキ答えてしまうマヤが可笑しくてならなかった。
「す、すぐやり直します。」
私がなぜ吹いてしまったのかわからないマヤは顔面蒼白といったところか。
自分のうっかりミスで台無しにしてしまったとでも思っているのだろう。
「PCが落ちたのは充電器が寿命を迎えていたからよ…あなたに先に言えば良かったわね。作業は今日のテストの分も含めてまたお願いするから今はいいわ。」
失念していた私も私だが、保存しなかったマヤも以前と変わらずであった。
308 :
リツコ:2009/09/13(日) 21:31:24 ID:???
そう、こんな風にマヤは作業内容を保存しないままで終わらせてしまうボケを時にやらかしてくれたのだ。
マヤに全面的に作業を頼んだ私が何故か最後に仕上げているといった具合なのである。
そんな時は、いつも小言を言われている日頃の仕返しとばかりにマヤに文句を言ってみたりする。
が、それは決して本心からの嫌味ではないことをマヤもわかっている。
『先輩、ごめんなさい。でも、先輩って優しいな…。』
頭をかきつつテヘッと苦笑するマヤのことを思い出す。
ミサトにはマヤにだけ甘いんだから…と、言われたのはかなり前からのことではあるが、あんな風にテヘッとされてしまうとどうでも良くなってしまうのはやはり甘いのだろうか…。
むしろ、マヤとまだ一緒にいられる状況を逆に喜ぶようになってしまっていたのはいつの頃からだろう…私はまた遠い目をしていたに違いない。
「赤木さん?」
呼ばれる声で我に返る。
「コーヒー淹れましたから休憩して下さい…はい、どうぞ。」
マグを受け取り、湯気で曇らないようかけていた眼鏡を外した。
コーヒーに口をつける。
「近視ですか?それとも乱視?」
同じくコーヒーに口をつけるマヤが無邪気に尋ねてくる。
天然とはいえ、敢えて老眼と言ってこないのは私に対してまだ遠慮があるのかも知れない。
「近視なの。PCばかり見ているとなってしまう職業病よね…。あなたも気をつけないと私みたいになるわよ?」
私同様にPCに向き合う時間が長いマヤの視力は何故か良いままである。
私は一天の曇りもないマヤの澄んだ瞳を見つめ返すように答えた。
309 :
リツコ:2009/09/13(日) 21:42:02 ID:???
「そうなんですかぁ。遠い所を見たりストレッチしてみたりすると良いですよ?近い所ばかり見ていると、使われる眼球の筋肉の動きが決まっちゃうそうです。」
「物知りなのね?…運動もしないからおまけに腰痛持ちでもあるし…無精よね。」
そんなことを口にするとマヤはスッと立ち上がり、私の後ろに立って肩のマッサージを始めた。
「う〜ん、かなりコってますねぇ〜。ストレッチは大事ですよ?」
あぁ、もうどうして…あまりにもな既視感に私はまた襲われてしまった。
こうして肩をマッサージして貰うのは何度目になるだろう…数えきれないぐらいに幾度となく癒しのマッサージを受けてきた日々を思い出し、そんな在りし日を懐かしむ思いにとらわれる。
このまま目を閉じてしまえばストンと眠ることが出来るぐらいな心地良さに、いつしか私は瞼を閉じたまま身を任してしまっていた。
「少し猫背ですか?肩甲骨の辺りもコってますよ。……ここどうです?」
肩を揉むマヤの手がスーッと肩甲骨の付近に流れるように移動する。
「ん…っ…」
背筋に電流が流れたような甘い痺れが走り、私は小さく吐息を漏らしてしまった。
マヤの指がポイントを探るかのように付近をさ迷う度に吐息を漏らしてしまい、その都度、私は唇を噛み締めていた。
何気なく触れられているだけなのに妙な声を漏らしてしまう自分が恥ずかしくてならない。
「マヤ、有り難う…すっかり体が軽くなったわ。」
休むことなく丹念にマッサージをしているマヤの手は再び肩に置かれていた。
その手を感謝の意を込めてポンポンと叩く……が、そのまま肩に置かれた手は動かない。
「マヤ?」
訝しさを感じて振り返れば、マヤは目をパチクリさせて顔を真っ赤にしていた。
310 :
リツコ:2009/09/13(日) 21:51:50 ID:???
「あ…あの、大分ほぐれましたよ?……その…今度から定期的にストレッチをしてみて下さいね。」
「えぇ、心がけるわ。」
慌てたようなマヤの様子…もしかしたら吐息をずっと聞かれていたのだろうか…変に思われてなければいいけど…。
マヤが自分の椅子に戻る。
壁時計を見上げると時刻は1500になろうとしていた。
「テストの開始時刻までまだ時間があるわね…。私はここで仕事をしているから、あなたは好きに動いてくれていいわよ?そうね…1630にまたここに来てくれればいいわ。」
私は外していた眼鏡をまたかけた。
「じゃあ、それまでちょっと散歩してみよっかなぁ〜。」
マヤは自分の机の引き出しからお菓子らしきものをポケットにしまうと意気揚々と出ていこうとする。
が、思い出したようにドアの前で振り返った。
「赤木さんも適当に摘まんで下さいね。沢山あってビックリしちゃいましたから。」
ドアが閉まる向こうでマヤがテヘッと笑う。
何のことだろうか…。
私はさっきマヤが開けていた机の引き出しを覗いてみた。
「これっ…て…」
目が点になる。
あろうことか、マヤの机の引き出しはいつの間にかお菓子入れになっていた。
引き出しの中はお菓子、お菓子、お菓子の山で全て埋めつくされていたのである。
たしか、以前はここにエヴァ起動に関するマニュアルが入っていた筈…あれはどこに置いたのだろうか…。
手順やトラブルシューティングについては頭に叩きこんであるとはいえ、私もたまに見返す時がある。
今の私にはなくてはならないものというほどのものではなかったが、やはりないと困る。
というのも、あのマニュアルも厳重な管理下に置かれている書類の一つであり、部員に配布される一冊ごとに各々シリアルナンバーが刻印されているからだ。
もし、この部屋以外の場所で誰かに発見されては始末書ものである。
ましてや紛失などしていたら、かなりの厳罰を覚悟しないとならないだろう。
311 :
リツコ:2009/09/13(日) 21:58:53 ID:???
まずは探さないと……私は一つ上の引き出しを開けてみた。
「なっ……」
再び目が点になってしまったのも、その引き出しもまたお菓子入れになっていたからである。
同じく菓子の山をかき分けて探してみるが見当たらない。
まさか…の思いでまた一つ上の引き出しを開けた。
「……………。」
こめかみと眉間の両方に手をあてたくてならない。
マヤの机サイドにある4段の引き出しは、一番上を除いて全てお菓子入れになっていたのだ。
一番上の引き出しは容量が少ない都合上、たまたまそうならなかっただけのことだろう…申し訳程度に筆記用具類が入っているだけであった。
机の大きい引き出しの方にはノートや各種図面が収められていたが、あのマニュアルはかなりぶ厚いものであるためここには入らない。
勿論、マヤの机上には見当たらなかった。
「困ったわね…どこに置いたのかしら?」
私は部屋にいくつも置かれる各書棚を見て回った。
「ない……ない……ない……ない……ない……ないわね…。」
母さんの代から引き継いだ書棚には既に古くからある本や書類で埋めつくされていたため、あのマニュアルが入るスペースはどこにもなかった。
念の為、自分の机も調べてみたがやはり見当たらない。
流しの回りもチェックしてみたが見当たらなかった。
「もぅマヤ、どこにやっちゃったのっ…!?」
いよいよこれはマズい事態である。
焦った私は、まさかと思いつつも掃除用具が収納された開きを開けてみた。
「……やってくれるわね、マヤ…。」
そこにそれはあった。
立て掛けられたモップ横のバケツの下に、それは無造作に置かれていた。
「これはお仕置きが必要ね…」
取り出してパンパンと埃を叩くと自分の引き出しにしまった。
連投乙です
313 :
リツコ:2009/09/13(日) 22:08:51 ID:???
「と、言っても…記憶が戻ってからね。……だから今は代わりに…」
そう言って、私はマヤの引き出しを開けて中からどら焼きを二つ取り出した。
お菓子好きなマヤは、和菓子ではどら焼きが大の好物であることは以前からはもとより、入院中も何度となく聞かされていた。
さっきも出ていく前に恐らくこれをポケットにしまっていたのが見えただけに、私は代わりの罰として残りのこれを全て没収したのである。
勿論、没収先が私の胃袋であることは言うまでもない。
「フゥ〜ン、餡に少し癖があるのね。」
私は一つを食べきって呟くと、日本茶を口にした。
残りもう一つは後でミサトにでもあげようか…。
チラッとそう思いもしたが、癖のある餡の味があとをひいていたこともあって迷わず二つ目の包装を解いてしまっていた。
「フフッ…マヤ、悔しがるかしら?」
一番の大好物であるどら焼きを全て食べられてしまっていたことに気がついたらどんな顔をするだろう。
まさか本気で怒りはしないだろうがショックは如何なものか…可愛くムクれてみせるマヤを想像してクスリと笑う。
「……あら、これはまた別味なのね。」
二つ目のどら焼きは、さっき食べたのよりも餡がビターテイストであった。
上品な苦味…例えるなら熟成された風味とでも言おうか……味わい深さを極めた感がある。
また日本茶に口をつける。
「今のは何味になるのかしら?」
おもむろに二つの包装を手にとって見比べてみた…が、相違点はなく特段の表記もされていない。
ひょいと裏返して見てもそれは同じで、どちらも老舗メーカー製造の単に普通のどら焼きである。
が、次の瞬間、私は口をつけていた日本茶を吹いてしまった。
「…嘘っ!?」
メーカー名の下に記載される賞味期限に問題を発見してしまったからだ。
そう…そうなのである。
この机の引き出しに入っているお菓子は全てあの事故が起こる以前に買い込まれたものであった。
314 :
リツコ:2009/09/13(日) 22:14:22 ID:???
当然、このどら焼きもそうであり、付け加えて言うならばあの事故の時点で既に期限を過ぎていたのである…。
そしてマヤは約一ヶ月半入院していた事実…私は眉をハの字にしてしまった。
これから自分の身に起こる出来事を予想すると今の内に医療部で薬を貰ってきた方が良いのではないだろうか…。
私は項垂れて部屋を出るしかなかった。
きゅるるるる……。
通路を歩いていると突然下腹部に痛みを感じ、慌てて近くのトイレに飛びこんでしまったのは薬を飲んで部屋に戻る帰りのことである。
まんま、立て籠り犯になってしまった私は入れ替わり立ち替わりノックの嵐を受けていた。
それに満足な応答など出来る状態ではなく、キリキリと嵐のように襲いかかる腹痛の波にただ翻弄されるだけであった。
こんなにも警官隊からの説得のようなノックを受けてしまったのも、5つある個室トイレの内3つが故障中で、使用不能なままに置かれていたからであった。
使徒の襲撃で街の復旧が最優先な今、ネルフの多少の設備備品、ましてや幾つかのトイレの故障の修理など後回しになっていたのである。
ただでさえ予算が逼迫している現状では致し方ないのであろう…そして、私のお腹もまだまだ逼迫していた。
『大丈夫ですか?』
『中で倒れてるのかしら?』
『人を呼んで来た方がいいわよね。』
あまりにも籠城する時間が長過ぎて不審に思われているのがドア一枚を隔てて聞こえてくる。
だからといって、今この状態のまま両手を上げて投降できるわけもなかった。
「だ…大丈夫ですから…ちょ、ちょっとまだ…その……。」
今にも突入を試みようとする外の警官隊にそう返事をするのが精一杯でならなかった。
315 :
リツコ:2009/09/13(日) 22:22:52 ID:???
出頭するにはまだ心の準備が出来てない旨を伝えると、警官らは納得してくれたように気配を消してくれる。
キリキリ痛む腹痛との戦いを終えたのはそれから更に30分経過した後のことであった。
「これって返り討ちよね……。」
洗面台の鏡に映る私の顔は憔悴しきっていた。
「外は緑がイ〜ッパイで、小鳥の囀ずりに風もカラッと爽やかで最高でした!」
机に伏せてグッタリしている私に元気溌剌な声が飛んできたのはそれから10分もしない内であった。
「……あなた、お腹は大丈夫なの?具合悪くならなかった?」
「わたしはいつも快調です!」
マヤはポケットから何かの包みを取り出すとゴミ箱に入れようとする。
1…2…3…4…さりげなく見ていれば、れいの包装が4つもである。
私はこめかみに指をあてた。
「裏にはスイカ畑まであるんですね。そこでスイカを眺めながらオヤツとかしちゃってて…。」
そんな私にテヘッと舌を出す。
「そ、そう…問題なかったようね。」
マヤが戻ってきたということはそろそろ時間か…私は壁時計を見上げた。
「じゃあ、テストが始まるから行きましょうか?」
「はいっ!」
立ち上がった拍子にふらついてしまい、マヤに体を支えられてしまう。
「お疲れですか?大変ですよね…お仕事は…。」
「えぇ、大変だったわ…色々と……本当に色々とね。」
何も知らないマヤは無邪気なものである。
私はそんなマヤに苦笑してみせると発令所へと誘った。
316 :
リツコ:2009/09/13(日) 22:24:32 ID:???
本日の投下は以上です。
では、また…。
乙です〜(´ω`)
乙です!
リッちゃんw災難w
乙です!
「おしおき」に萌えますたw
マヤは胃袋まで天然かあ
あ、どら焼き食いたい
321 :
リツコ:2009/09/20(日) 18:12:53 ID:???
今夜、更新を予定してましたが遅れています。
というのも、このシルバーウィークでマヤと旅行に行っていまして…遅延、ご容赦願います。
これからマヤに付き合って“また”温泉に入ってきます。
あらゆる意味で身体がふやけている所ですが、どこかで更新いたしますのでお待ち下さい。
いいですね、旅行!どうぞごゆっくりなさってください( ´ω`)ノ
いってらっしゃーい(いろんな意味で)
よっぽどの馬鹿wいや喧嘩売ってるのかw
いや、わざとwww
自分で蒔いた種だからこの件についてこれ以上はストップな
こうやって言ってるのごく少数なんだろうけど、もういい加減許してやれよw
黙って見ていたがオレが知ってる限りじゃこんなような事今回で3回目。
少なくはないだろ。ま、お互い程々にねw
リツコとマヤの話以外はスレ違いです
>>321 お疲れさまです
>>321 乙です!
>>331 これから気持ちよく使うこと考えたら良いんじゃない
今回偶々こっちだったけど、あっちでも複数回ってことならコレを機に改めてもらえればさ
結論:書いた方もつっかかった方も悪い
>>321 乙です〜この連休しっぽりイク方多いですねw
熱海の海岸で、リツコとマヤが貫一お宮ごっこをする幻を見ましたww
無事機関を祈ります
335 :
リツコ:2009/09/22(火) 20:18:55 ID:???
ただ今帰りました。
深夜に投下しますのでお待ち下さい。
待ってます
>>335 よろしくお願いしますだお殿様
↓この後驚愕のラブラブ展開がっ!!!
338 :
リツコ:2009/09/22(火) 23:46:44 ID:???
発令所ではシンクロテストの開始に向けて準備が着々と進めらていた。
「博士、チルドレンも既に搭乗済みで直ぐにでも始められる状態ですが、葛城さんが…」
「はぁ〜…また遅刻なの?注意したのに…。」
本日のテストを取り仕切る青山主任も呆れ顔をしている。
まったく、ミサトの馬鹿には困ったものだ。
眉間に浮かぶ皺をしきりに揉みほぐす私の傍で、マヤはキョロキョロとあちこちに視線を飛ばし眺めていた。
「赤木さん、あそこにあの子達が…。」
マヤが指差す主モニターには、コックピットの中で寛いだ様子のチルドレン三人が映っていた。
口喧嘩するアスカとシンジ君、そして我関せずなレイといった、いつもの調子な三人である。
そんなリラックスした様子のチルドレンとは対照に、マヤは不安な表情を浮かべていた。
「大丈夫よ、あの子達に別に痛いことするわけじゃないから。ただの…そうね、機体をどれだけ操縦し易く出来るかを測る目安としてのテストみたいなものかしらね。」
まだ来ないミサトを待ちながら、マヤにシンクロテストがどんなものであるかを説明した。
整然とした空気の中、粛々と最終調整を行なう技術部面々の雰囲気にマヤはおっかなびっくりしながらも、熱心に耳を傾けて聞いてくれる。
「待たせちゃったわね、ごめ〜ん!」
「アラ、どちら様?」
そんな中、息を切らせながらようやくやって来たミサトに青山主任が冷たい一言を放つ。
正に、にべもないといった様子だ。
「ははは…こりゃまた手厳しいわ。」
申し訳なく手を合わせるミサトも、これに苦笑混じりに頭をかく。
「あなたねっ、あれだけ遅刻しないようにいつも言って…」
「あぁリツコ!アンタに、これあげるから飲んでよ。」
ミサトは怒ろうとする私を遮るようにして、いきなりペットボトルを差し出してきた。
339 :
リツコ:2009/09/22(火) 23:54:23 ID:???
ラベルにミネラルウォーターと記載される500mlのそれを強引に私に握らせると、ミサトは目を三日月にしてププッと笑った。
「脱水してる時は水分補給しないといけないわよ?…ククッ、小耳に挟んじゃったァ♪」
そして笑いを堪えるように口に手をあてている。
顔が青ざめる私。
「どうかされたんですか?」
そんなミサトにマヤが口を開く。
「それがさぁ〜、リツコったらね…」
「葛城三佐!テストを始めますよっ!」
おちゃらけて話をし始めようとするミサトに青山主任から檄が飛ぶ。
私にも睨まれ、首を竦めたミサトがそれにまた頭をかく。
「……他言は無用よ、葛城三佐。」
あえてミサトを階級で呼んだのは私が怒っている時の証である。
あの一大事をよりによってマヤに話して聞かせようとするだなんて…。
私は貰ったばかりのミネラルウォーターのキャップを勢いよく開けるとグビリと飲んでみせた。
「マヤ、始まるから見てなさい。」
キョトンとするマヤの隣で私はグビグビ飲むだけであった。
『LCL注水完了。A10神経接続開始。』
『神経パルス、及びハーモニクス共に異常なし。』
『弐号機、シンクロ率78%で安定。』
『零号機、シンクロ率73%で安定。』
『初号機、シンクロ率92%で安定。』
全員揃った所で開始されたシンクロテストはいつもの如く順調なものであった。
多少、数値に変動があっても、常に頭一つ抜き出て高いシンジ君を筆頭にアスカ、レイと続くのも普段と変わらない。
周囲がガヤガヤとする中、マヤはその雰囲気に呑まれないようにその動きを懸命に注視している。
「シンジ君の深度をもう少しだけ下げてみて。…待って、あまり下げすぎては精神汚染の領域に…カエデ、違うわ……えぇ、そうよ…そこで止めて。」
「はい、主任。」
今、青山主任が指示を飛ばした相手は休職中なマヤの代理を務めようとする若手であり、マヤの後輩にあたる。
340 :
リツコ:2009/09/23(水) 00:01:48 ID:???
何かと多忙な青山主任がさすがにマヤの業務まで請け負い続けられるわけもなく、技術部の中でも比較的に有望株である彼女に白羽の矢が立ったのだ。
が、まだまだ知識と経験面が不足する彼女は実務能力でもマヤの域には到底及ばない状態であるため、指導に定評のある青山主任の下で、目下、勉強中の身であった。
かつてのマヤが座る席には今、その彼女が座っており、青山主任はその椅子に後ろから手をかけて指示を飛ばしている。
「シンジ君、絶好調ですね。まだまだイケそうですよ。」
「あまり欲張っても駄目よ。……それより受信信号の確認はした?」
「あっ、すみません。今やります。」
そんな青山主任らの姿は、まるでかつての私とマヤである。
私は懐かしむように自分らの姿を重ねて見てしまっていた。
「あの席で、わたしがあの仕事をしていたんですよね?」
「えぇ、そうよ。あんな感じでね。」
二人を見つめるマヤの様子をチラッと窺ったのも、また続けて何か思い出してくれるのではないかと期待をしたからだ。
「リカさん達の会話が…何て言うか専門用語だらけなんですね。わたし、あんな凄いこと出来てたんですかぁ……。」
が、期待とは裏腹に、マヤはヘェーと感心するような感想しか述べてくれなかった。
『神経接続並びに回路切断完了。』
『フェーズ前段階に移行。』
『パイロット異常無し…これよりLCL排水。』
『プラグハッチ、ロック解除。』
開始から最後まで、いつものようにつつがなく終わる。
「みんな、お疲れ様。……青山主任、後で私のPCに今日の結果を転送しておいて頂戴。」
「はい、承知しました。」
各面々が撤収作業に取りかかる。
「リカさん、今日はキビキビしてカッコ良かったですよ?」
「なぁ〜に言ってんの。私はいつもカッコいいのよ?……あっ、カエデ!これから反省会するから来なさい。逃げちゃ駄目よ。」
青山主任は茶化すようなマヤの相手をするのもそこそこに、足早くサッサ立ち去ろうとする。
341 :
リツコ:2009/09/23(水) 00:07:03 ID:???
その一方で、青山主任に名指しされた彼女は顔をしかめていた。
どんな反省会になるのか大方予想がつくというもので、さぞや反省会もスパルタなのであろう。
彼女は顔をしかめたまま慌てて青山主任の後を追う。
「あの、わたしも何か出来ることがあればお手伝いします。」
周りの様子から空気を読んだマヤがそんなことを申し出てきた。
「じゃあ、あの席に座ってみてくれる?」
撤収の手伝いを…とのつもりなのだろうが、私がそれを指差したことにキョトンとする。
私はマヤの手を引いてマヤ自身の席に座らせた。
「あなたの席よ…どう?」
恐る恐るキーボードに指を置いてみるマヤは、そのまま各所のサブスクリーンに視線を走らせてみている。
そして適当にキーを叩きながらまた何か思いだそうとする仕草を見せていた。
私は微かな期待がまた膨らんでいくのを感じて固唾を飲んで見守っていた。
「椅子が堅いですね。」
かけていた眼鏡が顔の上でズレたような気がして、直そうとする指が何故か眉間を揉んでしまっていた。
「あっ、いえ…今のはそういうつもりではなくて…えっと…。」
的外れなことを口にしてしまったことに気付いたマヤが誤魔化し笑いする。
マヤにしてみればわざとボケてみた訳ではないのだが、こちらが意図しない反応を返されるとついつい調子を狂わせられてしまうのは何も今に始まったことではない。
「フフッ、それでこそマヤよね?」
脱力してクスリと笑う。
結局、このシンクロテストにおいては記憶に特に触れてくるものはなく、マヤを伴っての出勤初日はこんな感じで終わることとなった。
同伴出勤するようになってから数週間が経過しただろうか。
一緒について来るマヤは一日の半分を興味のおもむくまま内外をブラリ散策にあて、半日を私の仕事の手伝いをすることに時間を費やす日々をおくっていた。
342 :
リツコ:2009/09/23(水) 00:11:31 ID:???
とは言っても、マヤが必ずしもネルフへ毎日来る必要はどこにもない。
本人のためにも気負うことなく、またなるべくリラックスした状態に身を置いてもらうことが大事と考え、自宅でなり街へ出掛けるなりして好きに過ごしてもらうよう本人の意思に任せていた。
が、それでもマヤは自発的にネルフに同伴して私の身の回りの面倒をあれやこれやと見てくれようとするため、私は駄目と思いながらもそんなマヤの好意に正直、甘えてしまう日々であった。
「アレっ?今日は残業じゃなかったの?」
「出来の良い部下を持つとね、こうして予想よりも早くあがれたりすることがあるのよね。」
この日、自室で帰り支度をしている最中にミサトがやって来たのも無料コーヒーを貰うためであろう。
マグを片手に拍子抜けしているのは、ついでに無駄話でもするつもりだったに違いない。
恨めしげな顔を向けてくる。
「それってリカちゃんよね?いいご身分だことねぇ〜、こちとらまだ帰れないわよォ?」
「だったら、あなたも頑張りなさい?日向君に投げっ放しで過労死されたらもっと帰れなくなるわよ?」
愚痴るミサトがゲェッとした顔になる。
「ふん、アンタも痛いとこ突いてくれるわ。……んで、同居生活の方はその後どんな感じ?今日は一緒じゃなかったわよね?」
「特に変わったことはないわよ?あれから何か思い出してくれたこともないし、まぁ仲良く普通に生活してるってとこね。」
今日、マヤを連れて来なかったのも残業で遅くなりそうなことが予めわかっていたからである。
帰宅は深夜にズレ込むことを予想していたのだが、青山主任のヘルプのお陰で思いがけずに早くあがれてしまったのだ。
マヤがいない今、私の主だった重要な業務は青山主任と行うことが多くなり、今日も今さっきまで共に仕事をしていたところである。
343 :
リツコ:2009/09/23(水) 00:15:53 ID:???
出会った当初からしばらくの頃はともかく、今では青山主任は私の第二の片腕となっていた。
有能であることはもとより、気配り上手な彼女はマヤだけでなく、また私のことも何かと気にかけてくれるようになっていたのであった。
今こうして帰ろうとするのも、あまり遅くなると心配するから早く帰った方が良いと尻を叩くように勧めてきたからでもある。
私は脱いだ白衣をハンガーにかけようとしたところで、ふと手がとまってしまった。
青山主任はマヤをどう思っているのだろうかということについて、聞いてみようと思っていたことを今ふと思い出してしまったからだ。
マヤを間に挟み、当初はあれだけ敵対心を見せてきたのがあの事故以来すっかり影を潜め、今ではむしろ私に譲ったかのような素振りを見せている。
たしか、あの事故直後に青山主任は私のことを誤解していたと言ったがどう意味だったのだろうか…。
今、聞きに行くべきか……だが何故、急にそんなことをと問われたら……いえ、逆に問い返されたら私はどう答えれば…どう答えるべきか……。
公には私の秘密はミサトしか知らない…。
「何ボーッと白衣を見つめてんのよ?また煙草で穴でも開けちゃった?」
「…別にそんなんじゃないわよ。」
―ブシュッ―
ドアが開く。
「あら、まだいらっしゃったのですか?先程のプログラム修正のチェックが完了した報告書を机にとお持ちしたところですが…。」
「ねぇリカちゃん、今夜どうよコレ…ん?んっ?」
報告書を机に置こうとする青山主任にミサトが飲む仕草を繰り返す。
「フフッ、いいですよ?葛城さんの奢りならば…ですけど。」
「うっ…そうきたか。まぁ前回は奢ってもらったもんね。よしっ、チャチャっと一仕事終わらすから待っててよ。」
ミサトは少々呆れ顔な青山主任に親指を勢い良く立ててみせる。
344 :
リツコ:2009/09/23(水) 00:20:32 ID:???
「じゃ、リツコまたね。……ほい、行こ行こ♪」
「ちょ…そんなに押さないで下さいって。あの、博士は早く帰ってあげて下さいね。……ちょっと、もぅ葛城さんは…」
青山主任がミサトにもみくちゃに引っ張られながら部屋を出ていきドアが閉まる。
私はホッと安堵の溜め息をついた。
聞こうと思った矢先に向こうから現れてくれたものの、本心ではそれを怖れていたからだ。
以前とは比べようもないほどに青山主任と良好な関係を築きつつある今現在、マヤのことを議題にどのような質疑応答を経てどのような展開を迎えることになるのか私は怖れていたのだ。
またあの険悪な状況に舞い戻りたくはない。
とにかく現段階で推測出来ることは、何か勘づいているようだがそのまま静観しているといったところか…。
いえ、少し違う…静観というよりは容認……いえ、支援ともとれる素振りを見せているところだろうか…。
「考えてもしょうがない…っか。」
ひときしり物思いに耽り頭を振る。
仮に何かあるのならば向こうから話をしてくるだろう。
それより今は早く帰らないと…壁時計は1930を刻もうとしていた。
急いた気持ちに駆られながらハンドルを握る中、途中でケーキショップに寄り道してお土産を買ったのはちょっとしたサービス精神である。
俗に、酔っ払い亭主が家人に寿司折りを持って帰る…といったその真似ではないが、仕事疲れに甘いものが欲しかったのと、マヤに喜んで食べて欲しいからということが一番であったからだ。
ケーキが入った箱を倒さないように慎重に運転し、車を駐車して降り立った私は自宅マンションを見上げた。
345 :
リツコ:2009/09/23(水) 00:31:39 ID:???
ここから見上げてみたところで自分の部屋位置が正確にわかるわけではなかったが、そうしてしまったのは不思議な気持ちになってしまっていたからだ。
私の自宅でマヤが帰りを待っている…そのことが不思議というか、一緒に同居しているんだなということをまたあらためて感じ入ってしまっていたからである。
私が住むこのマンションは上級職員向けなため、それなりの役職者が居住している。
故に年齢を考慮するまでもなく家族持ちが殆どであり、私のような単身者はごく少数であった。
「家族……か。」
不思議な気持ちのままに各部屋に灯される窓の灯りを見入り、そして呟く。
自分には縁遠いものが、あの各窓一つ一つからもれてくる灯りの向こう側に存在していることを、私は今の今まで気にしたことはなかった。
しばらくそのまま見上げていたが、中から出てきた子供に思いきり不審な目を向けられてしまったためエントランスへ急ぎ歩を進めた。
エレベーターに乗り込みボタンを押して一息つくと、そういえば同居を始めてからバラバラで帰宅するのは今日が初めてであることに今、気が付く。
そのことにまた感慨深くなりがらエレベーターを降り、通路を歩いてドアの前まで来た私はいつものようにロックを解錠しようとして手を止めた。
「フフッ…。」
解錠する代わりにその手をインターホンに持っていき、ボタンを押してみる。
インターホンにはカメラが備え付けられており、来訪者が誰かわかる具合になっている。
外のこちらからはカメラを通して部屋の中は見えないが、返事と共に玄関に向かって走ってくる足音が聞こえてきた。
「お帰りなさい!」
勢い良く開かれたドアに頭をぶつけそうになり慌てて一歩下がる。
「…ただいま、マヤ。」
こうして出迎えてくれる人がマヤとわかっているのに、妙に緊張して声が少し上擦ってしまった。
346 :
リツコ:2009/09/23(水) 00:39:10 ID:???
それに、ただいまという言葉を自ら口にしたのも母さんや祖母と暮らしていた頃以来のことで、久しく縁がなかったこともあってこれまた不思議な気分になってしまっていたからでもある。
でも、そんな不思議さの中に柔らかく暖かいものが流れているのは、こうしてマヤを目の前にしているからだろう。
マヤの頭越しに見えるリビングの灯りにそんなことを思う。
「お早いですね。遅くなるって聞いてましたけど?」
「予定よりスムーズにはかどることが出来てね……はい、これはお土産。」
マヤにケーキの箱を手渡す。
「わっ、ケーキですか?ご馳走様々です!」
案の定、瞳をキラキラ輝かせるマヤの後に続いて中に上がる。
「晩御飯はもう食べられましたか?」
キッチンのテーブルに箱を置いたマヤが時計を見て振り返る。
「ううん、まだよ。まぁ何か適当に…」
「じゃあ、わたしが用意しますね!でも、先に教えて欲しかったですよ〜…さっき食べ終わっちゃったとこなんです。」
マヤは流しに置かれている洗いかけの食器を指差す。
「これを洗ったらすぐ作りますから。あっ…その間、先にお風呂どうですか?用意出来てますから。」
「そう?じゃあ、悪いけどお願いね。」
共に生活するようになってから、食事の支度はいつも一緒に行なっていたが、時には作ったり作られたりをし合っていた。
マヤは私よりも料理のバリエーションも多く持ち、味も余裕で合格点である。
なので、マヤに食事の用意を任せて一足先にお風呂に入ることにした。
鼻唄混じりで皿を洗うマヤを背に浴室へ向かう。
「う〜ん、やはり肩がこってるわ。ストレッチも継続していかないと駄目ね。」
熱めのシャワーを浴びながら肩を回す。
次いで、首を回してみたのも同様にこりを感じているからである。
連投支援
348 :
リツコ:2009/09/23(水) 00:47:50 ID:???
そうやって打たせ湯のようにシャワーを浴びながら体を洗い終え、湯船でホッと一息温まることにした。
「あら、今日は何かしら?」
バスタブの蓋を外すと淡いオレンジ色の湯が並々と張られている。
お風呂好きなマヤは、買い物に行くと色んな種類の入浴剤を求めるので我が家には沢山の買い置きがあった。
この色の入浴剤は今日が初めてであるが何かの薬湯だろうか。
中に浸かろうと湯にソッと足を差し入れてみると、妙な滑りを感じる間もなくそのまま湯船に丸ごと頭からザブンと身を投じてしまった。
「(こっ、これは……!?)」
滑りで身が起こせない。
もがき続ける私の口に入ってくる湯の味…それは鉄臭く血のようで……。
『肺がLCLで満たされれば直接、酸素を取り入れます。』
いつか誰かにそう言った、その自分の言葉が脳裏に浮かぶ。
そういえば、いつだったかウッカリして小瓶に入ったLCLの原液を持ち帰ってしまったが、まさかアレを…。
「マっ、マ…」
叫びそうになるところを寸でで止め、なんとかバスタブから這い出ると湯を抜いたのは言うまでもない。
「体に害があるわけじゃないからいいんだけど…。」
渦巻き状になって排水されていく湯を眺めながらそう呟いた時は、既に眉間を揉みしだいていた。
新しく湯を張り直し、充分に温まって浴室を出た私が体を拭くのもそこそこにすぐさましたことは洗面所の棚のチェックである。
開きを開けてみると置かれていた小瓶はなく、あった筈のその隣には買い置かれた入浴剤の山が積まれているだけであった。
「やはり……。」
今度はこめかみに指が動く。
あれも入浴剤の一つだろうと思い込んだのがよくわかるといったものだ。
だからと言って、今のマヤを叱れるわけもない。
仕事上、LCL槽に身を浸からせることはあるが、こんな形で浸かる羽目になるとは……ただただ苦笑するのみであった。
349 :
リツコ:2009/09/23(水) 00:53:18 ID:???
「ご飯出来ましたよぉ〜!」
髪を乾かしているとキッチンから呼ばれる声がし、慌てて室内着に着替えて行くと美味しそうな匂いが漂っていた。
「マヤは食べたんじゃなかったの?」
どういうわけか、テーブルには二膳用意されている。
「誰かと一緒に食べる方が食事も美味しくなります。さっきのはオヤツと思えばいいんですから。」
チャッカリしているものだ。
テヘッと誤魔化してみせるマヤにクスリと笑う。
「マヤは今日はどうしてたの?どこかに出掛けた?」
今日の晩御飯は和食であった。
焼き魚に箸をつける。
「運動がてらに公園まで足をのばしてみたんです。天気にも恵まれて軽くいい汗をかけちゃいましたよ。」
「公園って、街を見下ろすことの出来るあの公園?歩いて行ったの?」
ご飯茶碗から顔を上げたマヤがそれに頷く。
「そんな歩けない距離でもないですから。今度、一緒に歩いてみませんか?健康のためにもどうです?」
「え…えぇ、そうね…。」
マヤ同様に、ここで誤魔化し笑いを浮かべたのは以下の理由である。
あの公園まで歩いて行けるのは健脚ならではで、ここからだとざっと直線でも5kmはある。
往復10km超の距離を果たしてついて歩けるだろうか…腰痛持ちな上にチェーンスモーカーなこの私が…でも、マヤと一緒に過ごせる時間は大切にしたい。
ちょっとした葛藤である。
「じゃあ、ケーキの準備しますね。」
マヤはいつものように先に食べ終えてしまっていた。
食べ終えた後も私が終わるのを待つように今日一日の出来事を話して聞かせてくれていたが、やはり誘惑には勝てなかったみたい。
私が最後の一口を食べ終えて箸を置くやいなや、マヤはすかさず席を立ち上がっていそいそとコーヒーを淹れようとする。
350 :
リツコ:2009/09/23(水) 01:01:18 ID:???
「フフッ…食いしん坊さん、豆はブルマンがいいわ。宜しくね?」
「合点、承知の助!そうだと思ってました。」
今夜は何となくブルマンを飲みたくてそう言ってみたが、あにはからんや既にセットされていたとは…。
「これって以心伝心ですよね、きっと。」
コーヒーメーカーからカップに注いでいくマヤの何気ない一言にドキッとする。
「(以心伝心…。)」
マヤに考えを読み取られている…でも、想いまでは……。
「大将っ、お待たせ!」
「フフッ、待ってたのはマヤの方でしょ?…リビングに行きましょ。」
お盆にコーヒー、皿とフォーク、そしてケーキの箱を乗せたマヤがついてくる。
「うわぁ〜♪どれにしようか迷っちゃうな。」
隣に座るマヤは箱の中を覗き込んで目を輝かせ、そして散々迷って選んだのがモンブランであった。
私の誕生日にマヤの自宅でケーキを食べたあの時と同じである。
たしかあの時にモンブランを選んだ理由が、シックな装いが大人っぽくてとかなんとか言ってたことを思い出す。
「マヤは……ほら、これみたく可愛いらしいのはあまり好みじゃないの?」
嬉しそうにモンブランを口にしようとするマヤに、カラフルなフルーツが乗せられた別のケーキを指し示してみせた。
「そんなこともないんですけど、何て言うか…こういう大人の雰囲気に魅力を感じちゃうんですよね。あぁ〜あれです、わたしにはないものだからなんですかね?」
マヤがクスッと可笑しそうに笑う。
またあの時と同じ答えであった。
「今のあるがままのマヤがいいのよ。私はそう思うけど?」
私はそのフルーツのケーキを取って自分の皿に乗せた。
351 :
リツコ:2009/09/23(水) 01:07:16 ID:???
「フフッ、見て?このケーキってマヤって感じよ?……うん、だからね……美味しい。」
そして、一口食べてそう感想を述べてしまったらマヤはみるみる顔を赤くする。
「な、何を言うんですか…赤木さんはもぅ…。」
何気なく口について出てしまった自分の今の言葉……そのことに気が付いて私は胸の鼓動が早くなってしまった。
「(いくらなんでも今のは……)」
今のマヤに気付かれてはならないと胸に誓ったのに迂闊である。
「じゃあ…このモンブランは大人な雰囲気の赤木さん……なんちゃって。」
フォークに乗せたそれをマヤがパクっと口に入れて俯く。
そのままジッと動かない。
「もしかして、口に合わなかった?」
味に定評のあるケーキショップのだから問題ない筈なのだが、押し黙るマヤの様子にちょっと不安になる。
「…美味でござる。」
俯いたまま両頬をモゴモゴ動かせるマヤがボソッと呟く。
そしてようやく顔を上げるが、顔は真っ赤なまま視線をさ迷わせて私を見ようとしない。
そのまま急ぐようにパクパク食べていくマヤに、もしかして…と、淡い期待を持ってしまったのは私の思い上がりだろうか…。
自ら招いたこととはいえ、自分の何気ない一言で場の空気が妙なものへと変わってしまった。
私も頬を熱くさせたまま黙ってしまう。
「え…っと、次はどれにしようかな〜?」
「ちょ、ちょっと一服してくるわね。ご馳走さま。」
私は急いでコーヒーを飲み干した。
二つ目のケーキを取ろうとするマヤに喫煙を申し出たのは、そんな痛痒さを伴った雰囲気から逃れようとしてのことである。
そのままベランダに飛び出すように出ると、気持ちを落ち着かせるように煙草をくわえて火を点けた。
「はぁ〜……馬鹿ね、何やってんのよ…。」
手摺に凭れて紫煙をくゆらす。
何本目かの煙草を吸い終えたとこで頬の熱も消え、私は室内へ戻った。
352 :
リツコ:2009/09/23(水) 01:13:04 ID:???
マヤはまた食器を洗っている。
「マヤ、私が洗うからいいわよ。あなたもお風呂に入ってきたら?あ、さっ…」
「それなら先にいただきましたから。」
手を忙しく動かしながら振り返るマヤの顔色は元に戻っていた。
「あの入浴剤はどこのなんですか?保湿効果があって肌がしっとりしますね。最後の一つみたいでもうなくなっちゃったから、今度買ってきますね。」
「そ、そう?……あれは……その、もう生産されてないのよ。残念だけど…。」
なんとまぁ、既にマヤはあのお風呂に入っていただなんて…あれを入浴剤と信じているのだからこのまま黙るしかない。
と、ここで悪戯心が頭をもたげる。
記憶を取り戻してくれた時に、この話でからかわないと…と。
いえ、それだけではない。
れいのエヴァ起動マニュアルを掃除用具入れに突っ込んでいた件もある。
ついでに、あの返り討ちの仕打ちも忘れてはならない。
「(フフッ…その日が楽しみだわ。まとめてお仕置きよ、マヤ…。)」
上機嫌で食器を洗うマヤの背後で密かにほくそえむ私であった。
353 :
リツコ:2009/09/23(水) 01:15:39 ID:???
皆様、シルバーウィークをお疲れ様です。
本日の投下は以上です。
では、また…。
乙!です
…LCLのお風呂w
乙です!
乙ですv
357 :
マヤのボイスレコーダーがほしい方は必見!!!:2009/09/24(木) 23:46:20 ID:VUDXZOox
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出品者アゲてまで必死だな
一から全部読みました
リツコさん素敵です!
こちらでも色っぽいの待ちしてますw
362 :
リツコ:2009/09/27(日) 23:40:20 ID:???
そんな同居生活を始めて早くも二ヶ月が経とうとしていた。
自室でPCに向かって仕事に勤しんでいると1件の受信メールのお知らせが届いた。
差出人は総務課からで、内容はれいのマヤが住んでいたマンションから私物を持ち出す許可が下りた旨の連絡である。
「そっか…来週ね。マヤに言わなくちゃ。」
ごく普通におくる日常生活の日々でこのことを失念してしまっていたが、ようやく順番が回ってきてくれたのはマヤにとっても喜ばしいことである。
私は手帳を開けてその日に大きく丸をつけた。
―ブシュッ―
ドアが開く。
「多分、間違いないと思うんですけど……この書類で合ってますか?」
「ありがと。間違いないわ、これよ。」
書類の束を抱えるマヤからそれを受け取る。
この書類は資料室に保管されているもので、膨大な文書の中から目当てのこれを持って来て欲しいとマヤにお使いを頼んでいたのだ。
「それじゃ、わたしはこれからお医者さんの所に行ってきます。」
マヤは自席の机の引き出しからまたお菓子をコソッとポケットに忍ばせると、足早に部屋を後にしようとする。
やれやれ、今度はどこでオヤツをするつもりなのだろうか。
「あぁ待って待って!…あなたの私物の持ち出し許可がようやく下りたわよ?ほら、前に話したマヤが住んでいたマンションの件の…。日程は来週だから、一緒に取りに行きましょ?」
「あっ、そう言えばそうでしたよね。はい、お願いします!」
マヤも忘れていたのか思い出したように頷く。
もっとも、あれから生活用品はだいぶ買い揃えてきていたので特に何か不足して困るといったものはなかった。
それにまたあの後も洋服やら何やらを色々と買い込んでいたようで、部屋の押入れにはクローゼットに入りきらない服が収納される衣装ケースが何個もあった。
363 :
リツコ:2009/09/27(日) 23:45:28 ID:???
とはいえ、今もあのマンションのマヤの部屋にひっそりと置かれたままの旧くからある品々も忘れてはならない。
記憶を取り戻す上で、何かトリガーとなるものがあるかも知れないのだから。
「楽しみね?……フフッ、何が出てくるのかしら?」
「えぇっ、それってどういう意味ですかぁ〜!?……う〜ん、……いえいえきっと大丈夫です!」
マヤは何を想像したのか、からかう私に目を白黒させる。
私は久し振りに悪い癖を再発させたことにクスリと笑ってしまった。
「じゃあ、行ってらっしゃい。また後でね。」
「はい、行ってき…」
マヤは時計の時刻を確認した途端、返事もそこそこに慌てて出て行ってしまった。
そんな走り出してしまう癖も私の悪い癖同様になかなか直らないものだ。
私は苦笑して椅子から立ち上がった。
マヤのメンタルヘルスの受診は今日で何度目になるだろうか……かけていた眼鏡を外してマグにコーヒーを注ぐ。
退院後、すぐに開始されたこの定期受診はマヤの精神面に力強い支えとなっていた。
退院後も当初は時折、暗く思い詰めた様子で独り思案に耽ていたマヤではあったが、今は現在の状況をゆとりを持って受け入れる精神へと変わってくれていた。
現時点で取り戻せた記憶はたった二つ…それも部分部分のみといった具合ではあるが、マヤは焦ることなく前向きに日々をおくってくれていた。
いくら周囲が焦るなと口にしてみたところで、なかなかそう簡単に気持ちを切り替えることはやはり難しいものなのだろう。
「そのためのメンタルクリニック…か。人の心って複雑なのね…。」
マグに口をつける。
そのまま一服し終えると、私はまた仕事を再開した。
夕方になり、ケイジで少し手間取る作業が発生したため私は帰りが遅くなりそうであった。
深夜に至るまでにはならないだろうが、今日は一足先に帰宅しておいてもらおうと伝えるためマヤの携帯にコールをいれてみた。
364 :
リツコ:2009/09/27(日) 23:54:02 ID:???
「もしもし?今、どこにいるの?……そう…あのね、今日は遅くなるから先に帰って……えっ?……あ……えぇ……あぁそうね、わかったわ。……はいはい、じゃあね。」
通話を終えて苦笑する。
あれから部屋に戻って来たマヤは私の学術論文をおとなしく読んでいたが、今は仮眠室で同期の友人とお喋りに花を咲かせているらしい。
ミサトの部下である作戦課に所属するその友人は、仮眠もそこそこにマヤの相手をしてくれているらしかった。
友人の多いマヤは、仮眠室や休憩コーナーにさえ居れば話し相手に事欠くことはないということを学習していたのであった。
特に人の入れ替わり立ち替わりが多いこれらの場所は、お喋りする相手を見つけるにはうってつけである。
もっともマヤのことだから、相手の妨げにはならない程度に控えてはくれていることだろうが…。
『あそこって穴場なんです。例えるならぁ〜、釣りでいうところの入れ食いになるんですかね?』
先日、クスクス笑いながらそんなことをわざわざ教えにきてくれたことに少々呆れてはしまったが、やれやれ、どうしてシッカリしているものだ。
置かれる逆境を逆手にとり、楽しむゆとりまで持てている証といったところなのであろう。
とりあえず、先程の通話ではマヤは仕事が終わるまで待っているとのことであった。
冷蔵庫の食材も残り少なくなってきたので帰りにまとめ買いしたいというリクエストをされたからである。
車でないと、持って帰るのが大変なほどの量の買い出しになるのはマヤの胃袋によるところが大きいのは言うまでもなかった。
とはいえ、生活費は一応は折半と取り決めをしている。
一応といったのは、やはり私はマヤがモリモリ食べてくれるのが好きなのでサービスで食費にかなり色をつけているのだ。
このことをミサトが知ったらまた冷やかされてしまうのであろうが。
365 :
リツコ:2009/09/27(日) 23:59:34 ID:???
20%の減給処分を受けている身には少々辛いところではあるが、マヤが喜んでくれれば私はそれで幸せであった。
とにかく今はマヤが待つと言うのだから、なるべく早くあがれるよう努力をしないとならない。
私はもう一度時刻を確認し、再びやるべき作業に舞い戻った。
「マヤ、待たせたわね。終わったから帰りましょ。」
取り組んでいた作業がようやく終わり、私は自室に入るなり手早く白衣を脱いで帰り支度を始めた。
「お早いですね。もっと遅くなると思ってました。」
今はここで部屋の掃除をしていたマヤが時計を見上げる。
「じゃあ、アレに間に合いそうですね。」
脱いだ白衣をハンガーにかけてくれるマヤがニヤリとする。
「今日は1900からタイムセールがあるんです。今回は乳製品がお買い得ですよ?」
「さては……卵ね?」
再びニヤリとするマヤ。
私の支度が終わるのを今か今かと辛抱たまらない様子だ。
私は尻を叩かれるようにして支度を済ませるとマヤと共に部屋を後にした。
「タイムセールがあるだなんて良く知ってたわね。」
いつも買い物をするスーパーに向けて車を走らせながら何気なく口を開いた。
「新聞の折り込みチラシに書いてありましたから。わたし、毎日チェックしてるんですよ?……来週はシックスナインの確率で肉製品でしょうね。」
食べ物の話をする時はいつも嬉しそうなマヤが自慢気に答える。
「へぇ〜、まるで主婦の鑑ね?感心感心。」
「きっと得意分野なんですね。食いしん坊が進化するとこうなるんですよ。」
テヘッとするマヤに、私は自ら口にした言葉にハッとしてしまった。
マヤが主婦なら私は……。
程なくしてスーパーが前方に見えてきた。
366 :
リツコ:2009/09/28(月) 00:02:47 ID:???
「ジャストタイミングですね。もうすぐ始まります。」
車を駐車すると、時刻を確認したマヤは我先にと車外に出た。
「フフッ…いよいよ出番ね、若奥さん?」
「な、何を言うんですか…もぅ…。」
マヤの頬がうっすら色づく。
慌てふためく素振りが小気味良く、私はクスリと笑ってしまった。
「カートを持って来ますからカゴをお願いしますね。」
店内に走って行くマヤを追いかけるように私も後に続いた。
この時間は一般的に晩御飯の時間帯であるものの、かなりの買い物客で混み合っているのは皆がタイムセール目当てなのであろう。
ノボリやPOPが掲げられる店内の一角は、さしずめ砂糖に群がる蟻のように人の波でごった返していた。
「赤木さん、こっちです!」
その群れに突撃するマヤが手招く。
現場はさながら戦場の様相を呈しており、足をどう踏み入れて良いのかわからない私へのマヤの素早い指示であった。
人波を掻き分けるようにして近付くと、既に戦勝品を手にしたマヤがカゴにポイポイ入れていく。
「たしか牛乳はなかったですよね?」
「えぇ、あと少しで終わ……」
言い終わらない内に、それもマヤはポイポイ入れていく。
「(マヤってスゴい……)」
結局、この戦いでは私は後方支援するのみで終わってしまった。
「思ったよりチーズが安かったのはラッキーでしたね。赤木さんのカマンベールも無事ゲット出来ましたし、早速、今夜のツマミですね。」
ホクホク顔でカートを押していくマヤが戦勝品を見せびらかす。
「流石としか言いようがないわね。マヤがいてくれて助かったわ。」
カゴに山盛り状態なそれらに私はただただ感心するだけである。
目当ての品々を獲得してしまえば後は普通にゆっくり買い物をするだけであった。
「今夜はどうする?何が食べたい?」
お惣菜コーナーまで来た所で私は足を止めた。
367 :
リツコ:2009/09/28(月) 00:10:46 ID:???
「わたしはお腹ペコペコですし、口に入るものなら何でもいいですよ?」
よくわからない返事が返される。
私は今日はかなり根を詰めて仕事に勤しんでいたため、疲れもあってあまり料理をする気分ではなかった。
なら、マヤが作ると言うに違いないが、その時間を一緒にノンビリ過ごす時間にあてたかったので何となくお弁当を眺めていた。
「たまにはお弁当もいいですね。……これなんか美味しそう。」
マヤが大振りな海老が乗った天重を手にとる。
「フフッ、じゃあそうしましょ。」
私もそれを手に取りカゴに入れた。
とりあえず今日の買い物はこれで一段落つき、私達はその足でレジに並んだ。
タイムセールは終了時間を待たずに売り切れたようで、人の波は捌けていた。
小さく欠伸をしながら順番を待つ横で、マヤも欠伸をして眠そうに目を擦っている。
先程の強豪相手の戦いで張りつめていた気が、ここで抜けてしまったのだろう。
二人で同時に欠伸をしてしまったことにクスリとする。
「リツコさん達も買い物だったんですね。」
いきなり後ろから声をかけられて振り向くと、シンジ君がすぐ真後ろに並んでいた。
「あら、こんな時間に買い出しなの?」
「はい、本当はミサトさんが今夜の食事当番だったんですが出掛けちゃって…。僕はさっき帰宅したんですけど何の用意もされてなくて…。」
シンジ君の口調は仕方ないといった感ありありであった。
毎度よくあるお馴染みのことで、今更ボヤいてみても…といった様子に窺えてならない。
「ミサトには困ったものね。保護者だっていうのに…。」
「もう慣れましたから。それにミサトさんの料理は正直不安ですし、僕が作れるってミサトさんもわかってますから…。今日はリカさんの所に泊まるそうですよ。」
こめかみに指をあてる私にシンジ君は苦笑してみせる。
368 :
リツコ:2009/09/28(月) 00:15:54 ID:???
「リカさんって、もしかして青山主任のこと?」
シンジ君が頷く。
「はい、最近一緒によく出掛けてるみたいです。あのミサトさんですからね…相手をするには一にも二にもお酒を飲めることが条件なんですよ。」
呆れた口調で話すシンジ君ではあったが、どことなく喜んでいるようにも見えた。
ミサトの酒癖の悪さを嫌というほど思い知らされている彼にとっては、家でクダを巻かれるよりはどこか外でやってくれ…なのだろう。
「ねぇねぇシンジ君、今夜の晩御飯は何にするの?」
マヤが間から顔を出してシンジ君のカゴを覗いている。
「今夜はアスカと二人だし簡単に済まそうと思ってたんですが、ハンバーグが食べたいって五月蝿くて…。」
シンジ君のカゴには挽き肉、パン粉、卵等々が入っていた。
「アスカは何してるの?」
「家でゲームしてます。出来たら呼んでって。」
私はまたこめかみに指をあててしまった。
もっとも、シンジ君が苦にしてないならばそれでいいことであるが…。
「えっ!?……シンジ君……これって…。」
カゴを覗いていたマヤが驚く。
「……あぁ…っと、その…ミサトさんにいつも頼まれてて……。」
マヤの視線の先には女性専用の品があった。
ご丁寧に、昼用と夜用の二つである。
三度こめかみに指をあてる私にシンジ君は顔を赤くしながら頭を掻いていた。
「いくら頼まれても今度から断らないと駄目よ?……これは後で渡すから。」
私はそれを自分のカゴに入れた。
まったく、ミサトは何を考えているのやらである。
年頃の男の子にこんなものまで買わせていたなんて…これは厳重注意しないといけない。
「お先に失礼しますね。」
レジを済ませて袋に品物を詰めていると、シンジ君が店を出ようとしていた。
慌てて引き留め、れいの紙袋に入ったそれを渡す。
369 :
リツコ:2009/09/28(月) 00:21:03 ID:???
「私からもきつく言っとくわ。」
「すみません……。」
また顔を赤くするシンジ君が不憫でならない。
これではミサトとアスカのいいパシリだ。
「夜道は暗いから気をつけて帰ってね。」
「はい、マヤさんも。…あ、頼もしいリツコさんがいますから大丈夫ですね。」
ドキッとする。
今のは何か意味があるのだろうか…。
私は自転車を漕いで帰るシンジ君の後ろ姿を見送りながら、ミサトの口のチャックが開いていないことを願った。
帰宅すると既に時刻は2000になろうとしていた。
「お弁当温めますね。」
冷蔵庫に食材をしまい終えたマヤは、お弁当をレンジに入れようとしていた。
「着替えてくるわね。」
温まるのを待つ間に室内着に着替えてキッチンに戻ると、マヤは日本茶を煎れようとしていたが何を思ったか冷蔵庫を開けてさっき買ってきたチーズと一緒に冷酒を取り出した。
「軽く一杯どうですか?」
見つかってしまったこそ泥ではないが、マヤはテヘッと苦笑いする。
「フフッ、いいわよ?すっかり晩酌の味を覚えてしまったみたいね?」
早速、チーズの味見をするマヤの向かいで私は冷酒のグラスに口をつけた。
―チン―
レンジが鳴る。
「もぅ、お腹ペコペコですよ〜。」
マヤは手にしたチーズを丸ごと頬張ると、いそいそとお弁当を取り出した。
「はい、どうぞ……ちゃんと温まってるかな?」
マヤは頬っぺをモゴモゴ動かしながら蓋を外すのに悪戦苦闘している。
370 :
リツコ:2009/09/28(月) 00:25:23 ID:???
「両脇がテープで留められているわね。…貸して。」
チーズをシッカリ片手にしたまま外そうと試みるマヤからお弁当を受け取って蓋を開けた。
「フフッ、よっぽどお腹が空いてるのね?」
「そ、そうですか?でも、帰り道はこのお弁当のことをずっと考えていました。」
マヤが凄い勢いで箸をつけていく。
食事にかける心意気というか意気込みを見せつけられたようで、私はポカンとしたままマヤの食いっぷりを眺めていた。
「そういえば、赤木さんはお昼は葛城さんとですよね?葛城さんが居ない時はどうされてるんですか?」
マヤがようやく顔を上げる。
「ミサトが居ない時は一人で済ませてるし、それも面倒な時は抜いちゃうことが多いわね。」
私は思い出したように自分も箸をつけた。
そんな私をマヤは何か考えるように見てパッと顔を輝かせた。
「じゃあ、そういう時はわたしがお弁当を作ります!食事を侮るなかれですからね、ちゃんと三食摂らないと駄目ですよ?……健康のためにも。」
一拍あけてマヤが口にする最後の言葉に私は弱かった。
マヤは自他共に認める健康オタクである。
先日も、その健康のためにもというお題目でもって、休日に私を10kmを超える散歩に誘いだしたのである。
そのため玄関には新しく私のスニーカーが置かれることとなり、何足ものハイヒールは角に追いやられていた。
そして私の両踵には絆創膏が貼られたままであった。
「でも、マヤが面倒じゃない?それに急な場合だってあるし…」
「急な時は臨機応変ですよ。それとも……わたしのお弁当は嫌ですか?」
私は即座に首を横に振った。
栄養のバランスがあり、味も格別なマヤの手料理を拒否するわけがない。
それも想い人からのお弁当なのだから、嫌がる理由なんてどこにもなかった。
371 :
リツコ:2009/09/28(月) 00:33:25 ID:???
「じゃあ決まりです。明日、葛城さんにスケジュールを聞いておきますね。」
「待って待って!…それは私が確認しておくから…。」
ミサトにニヤニヤされることを予感したのは言うまでもなかった。
本人に直接聞かなくても方法はある。
この私が総務課のシステムに何の痕跡も残さずアクセスすることなど、お茶の子さいさいなのだから。
それにしても……私は満足気にお弁当を頬張っていくマヤをしみじみ見つめながら思ってしまっていた。
「マヤって本当に気にかけてくれるわよね。いつも身の回りの世話を焼いてくれてるだけに頭が上がらないわ。」
「いいんです。こうして、お世話になってますし、それに…赤木さんのことは…その……好きですから。」
―トクン―
胸が一際大きく鼓動を打った。
今、マヤは何て言っただろう…。
たしか、好きって聞こえたような…。
マヤはお弁当を抱え込むようにして食べていたため顔は見えなかったが、耳が真っ赤になっていた。
私はまさかな思いにとらわれてしまった……もしかして今のって……。
好きという言葉と共に続けて真っ赤な様子までをも見せられてしまえば、いくら何でも何も思わない程に私は鈍感ではないつもりである。
マヤを見つめたままでいる私に、ソッと顔を上げたマヤの瞳がぶつかる。
その瞬間、吸い込まれるように動きを止めてしまったのは何もマヤの顔が真っ赤になっていたせいだからだけではなかった。
かなり前から、まだマヤが記憶をなくす前からこれまで幾度となく見つめ合っていたことを思い出し、愛しい想いがこみ上がってくることに息が止まりそうになっていたからである。
「マヤ……」
私は今、呼吸をしているのだろうか……胸がこれまでになく早い鼓動を打ち鳴らしていた。
何か言葉を…と、咄嗟に口からついて出たのはマヤの名だけである。
372 :
リツコ:2009/09/28(月) 00:39:02 ID:???
マヤは私から視線を外さず真っ赤になったまま動けないようであった。
その瞳に浮かぶのは見つめられていることによる困惑の色ではなく、むしろ何かを知りたがる…待ち望むといった色を湛えているように見えた。
今、今ここで私は伝えるべきなのか……。
「マヤ…」
―ピンポ〜ン♪―
チャイムが鳴った。
それはお風呂が満水になったことを告げるチャイムであった。
「お、お風呂を見てきますっ!」
マヤはそれに弾かれたように立ち上がるとバタバタと浴室へ行ってしまったため、私は拍子抜けするように溜め息をついてしまった。
言えなかったことにガッカリというよりは、言わずにホッとした気持ちの方が大きいという意味でである。
例え私の推測が的中していたとしても、やはりきちんと記憶が戻ってくれてからが良いのではないか…。
改めてそう思い直したとこで、気持ちを落ち着かせるようにグラスに口をつけた。
「もう、お風呂の準備は出来ましたからいつでも入れます。」
浴室から戻って来たマヤは、私から顔を隠すようにして紅い頬をしきりにペチペチと叩いている。
「私はまだ食べ終わってないし、マヤが先に入ってくれていいわよ?」
「そ、そうですか…。ちょっと飲み過ぎたかな…酔い醒ましに汗でもかいてきますね。」
マヤは頬をしきりに叩きながらまた浴室へと消えようとする。
私は溢れだしそうな気持ちを必死で抑えながら、そんなマヤの後ろ姿をまた見つめてしまっていた。
マヤのグラスは並々と満杯を保ったまま一滴たりとも減ってはいなかったからだ。
マヤのグラスに口をつけながら、私はいつか訪れるだろうその日のことにただただ思いを巡らせるだけであった。
乙です!
374 :
リツコ:2009/09/28(月) 00:58:23 ID:???
本日の投下は以上です。
では、また…。
追伸:色艶はマヤの食費につけたということでご勘弁願いたく。今はまだ…。
乙です!次回も楽しみだぁ
乙です!徐々に心通わせていく2人がすごくいいですね。
楽しみにしてます
>>374 お疲れです!
今はまだ、ってことは将来的にはってことですよね
それも続きも楽しみにしてます!
乙!
久々のシックスナインに禿しく萌えたお
おつです!
乙です!
乙です!
愛妻ではないけど、お弁当良いねぇ
楽しみv
最初から読み返したら萌えるどころか悶えました(笑)
次が楽しみです!
乙でーす!
385 :
リツコ:2009/10/05(月) 00:27:18 ID:???
マヤの私物を取りに行く指定日は今日、日曜の休日であった。
この連絡を受けて以来というもの、マヤはソワソワと浮き足立った気分で今日の日を首を長くして待っていた。
幸いにも朝から快晴に恵まれ、早目に昼食を済ませた私達はこれからマヤのマンションに向けて自宅を出発しようとしていた。
―RRRRRRR―
玄関でスニーカーを履こうとしたら電話が鳴り、部屋の戸締まりの確認をしていたマヤが電話を取った。
「はい、赤木です。……あ、葛城さん……はい……はい、そうです。これから出る所で……えっ?……いいんですか?……はい、有難うございます。……はい、では後で。」
「今の、ミサト?」
何だろうかと訝しむ私にマヤが嬉しそうに口を開く。
「お手伝いに来ていただけるそうです。先に行ってるから赤木さんにそう伝えてって…。」
「へぇ〜、助かるわ。それなら今日は早く終わりそうよね。」
ジーンズのポケットに煙草とライターがあることを確認してドアを開けて出る私に、スニーカーを履こうとするマヤがそれに頷く。
あの半壊したマンションから私物を持ってくるということで、私達は動き易く、また汚れても構わないようにと今日はラフな服装をしていた。
日頃から、カチッとした物しか着ない私も今日は珍しくカジュアルな装いでいるのはこの為である。
マヤとの散歩の為に購入したスニーカーも大分履き慣れ、今では踵の絆創膏を貼り替えることもなくなっていた。
「今日はこれで一日が終わっちゃうかなって思ってましたから良かったです。後でお礼しないと…。」
履いたスニーカーの爪先をトントンするマヤの頭には捻り鉢巻きならぬ、捻りバンダナが巻かれていた。
気合い充分といったところだろうか…マヤはその上から帽子を深く被る。
「そうね。では、これから一仕事といきますか。……マヤ、軍手は持ったわよね?」
「バッチリです。」
マヤは一緒にヘルメットも見せてくる。
386 :
リツコ:2009/10/05(月) 00:33:47 ID:???
半壊したマンションの安全度は専門家によって確認されているため、これ以上に崩落する危険性はなかったが念の為の備えである。
準備万端整ったところで私達は出発した。
ガタガタ…ゴトゴト…
「クスッ…運転しにくそうですね?赤木さんの雰囲気じゃないですよね、これは。」
シートで窮屈そうにしてハンドルを握る私を可笑しそうに笑う。
今、私が運転するのはいつもの自家用車ではなく軽トラである。
持ち出せる私物がどれだけの量になるかがわからなかったため、ネルフからこの軽トラを借りてきたのであった。
「フフッ、マヤにはそう見えるみたいね。何事も経験よ?……ほら、私だって畑仕事をする日が来るかも知れないし、こういう車も必要になるじゃない?」
「えぇぇ〜、赤木さんが畑仕事ですか?う〜ん、ますます合わないですね。でも、それなら一緒にわたしも土いじりをしてみたいですよ。」
マヤは何を想像したのか、またクスッと可笑しそうに笑う。
それにしても、この二人乗りの軽トラは室内が狭くて窮屈でならなかった。
長身の私にとっては気をつけないとハンドルを握る肘がドアにぶつかってしまうし、脚の長さに合わせる程にはシートを後ろに下げられずであった。
背もたれはリクライニングが出来ず、少々腰に負担がかかってもいる。
そんな窮屈さに身動ぎしつつ、何気なくルームミラーに視線を移すと後ろから青い車が物凄い速度で接近してくるのが目に入った。
ぶつかると思う間もない一瞬のことである。
それはいきなり反対車線に飛び出ると、尻を振りながら私達を追い越していった。
「今のって、葛城さんの車ですよね?」
「まったく…ここは追い越し禁止だっていうのに…。」
私達を遠くに引き離したそれは、ドリフトしながら角を曲がっていく。
狭い日本、そんなに急いで何処へ行くである。
何もそこまで慌てなくても……私達がその角を曲がるとミサトのスポーツカーは遥か彼方の豆粒になっていた。
「もうすぐよ。……ほら、斜め右に見えてくるあの建物……あれがあなたが住んでいたマンションよ。前に案内したけど覚えてる?」
「はい……本当に凄い有り様ですね。」
マヤはそう言ったきり押し黙ってしまった。
387 :
リツコ:2009/10/05(月) 00:39:11 ID:???
退院後に一度この場所を案内したことがあるが、その時はまだ周囲も惨状を露にした状態のままあちこちが手付かずで、二次災害の危険性もあって付近一帯は立ち入り禁止の箇所が沢山あった。
間近に目にするのは今日が始めてであったため、マヤが言葉を失ったかの様子でいるのも無理のないことだろう。
それだけ今のマンションの状態は周囲から一際浮いていた。
自宅を出発してからここまで来る道のりの間、使徒の攻撃の名残はあちこちにまだ残されたままであったがこのマンションまで酷いものではなかった。
というのも、市民の生活の為の復旧が最優先となっていたため、軍事に直接関係しないネルフ絡みの施設は後手後手に後回しにされていたからである。
こうして走る主だったメインストリートは舗装工事が完了されてはいるが、交通の往来が少ない通りはまだ工事もろくに進んでない状況であった。
上部を竹の切り口のように見せたままの半壊したマンションに近づいていく中、私はあの日の事故のことをまた思い起こしてしまっていた。
「さっきのは、やっぱり葛城さんでしたね。」
マンションの前まで来ると、青いスポーツカーの中からミサトがこちらに手を振っていた。
私はその隣に車を止めて下りた。
「あなたねっ、交通ルールって言葉を知らないわけじゃないでしょ?さっきのは…」
「ププッ、リツコでもジーンズを着たりするんだ?……どれどれ…っと。」
怒る私にミサトがいきなり携帯を向けてくる……カシャッ……カメラのシャッター音が鳴った。
「うん…なかなか凛々しいわ。男だったらイケメンよね?」
そんなことは無視とばかりに、たった今撮影したばかりのそれを見せて寄越す。
「本当ですね……。あ、葛城さん、今日はお手伝いに来ていただけて有難うございます。助かります。」
「なぁ〜に、いいのよん♪今日は暇だし、それにリカだって張り切ってたもの。」
そんなミサトに対し、マヤは画像を食い入るように見つめたままでいる。
「もっとも、今は張り切り過ぎて具合悪いみたいだけどね……。」
アチャーっとした顔のミサトが後ろのスポーツカーを振り返ると、助手席で目を渦巻き状にした青山主任が伸びていた。
388 :
リツコ:2009/10/05(月) 00:46:27 ID:???
頭の周りでヒヨコがピヨピヨと周回しているように見えるのは気のせいではないだろう。
「青山主任も手伝ってくれるの?」
てっきりミサトだけかと思っていたが青山主任まで来てくれていたとは……猫の手も借りたいぐらいな忙しさになると予想していただけに、助かることこの上なかった。
「もぅどうして…葛城さんはいつも……うぅっ……。」
青山主任は真っ青な顔をして動くに動けないようで、目だけこちらに向けて手をヒラヒラさせている。
「安全運転しなさいっていつも言ってるじゃない。まったく…毎度ながら呆れるわ。」
「へへッ、そろそろ慣れてくれるかなぁと思ったんだけどね。……リカ、これから仕事よ?シッカリしてって……あら、マジで大丈夫よね?」
私に怒られることには既に慣れっこなミサトは自分が招いたことは棚に上げ、青山主任を気遣わしげに介抱する。
「リカさんは休んでいて下さい。葛城さんはリカさんの様子を見ててあげて下さいね。……赤木さん、行きましょうか?」
帽子からヘルメットに被り替えたマヤが軍手をはめる。
「じゃあ、私達は先に始めてるから。」
ミサト達をその場に残し、私達はマンションへと向かった。
エントランスの前で物々しく警備しているのは保安部の者に違いなく、私達にIDカードの提示を求めてきたのは事前の連絡でわかっていたことである。
エントランスの中に足を踏み入れると、既に何組みかの先客が荷物を持ち出す作業をしていたのが目に入った。
私達同様に今日が指定日の者達は、額に汗をかきながら手作業で上を下をと行ったり来たりしている。
ここはマンション最下層に位置しているため被害もなく、そこらかしこに運び出した荷物が山積みされていた。
仮に電力供給されたとしてももはやエレベーターは使えない状況にあるし、簡易エレベーターなんて取り付ける余裕もない財政状況では階段を使うしかなかった。
「階段で往復するしかないわね。……足下に気をつけて行きましょ。」
このマンションは居住者数が1000人を超える規模であったため、元から階段は何十ヵ所も用意されている。
389 :
リツコ:2009/10/05(月) 00:51:54 ID:???
幸い、まだ使える階段はいくつも残されていた。
私はマヤを誘導して部屋に一番近いと思われる外階段を登り始めた。
目指すはマヤの部屋がある17階である。
階段を登り始めてしばらくすると、途中で何人かの者達が踊り場で休憩しているのが目に入った。
皆、こうして往復を重ねている内に疲労困憊してしまったのだろう。
ある者は涼むように風に吹かれ、またある者はペットボトルのドリンクに口をつけながら座り込んでいた。
「お疲れ様です。」
今すれ違ったばかりの者達と言葉少なに挨拶を交わすも、皆一様に疲れた表情を浮かべている。
元居住者である彼ら彼女らは仲間同士で助け合いつつ、こうして荷物を持ち出しては仮の新居である仮設住宅へと運ぶのである。
仮設住宅は設営されたとはいえまだまだ戸数は不足しており、不自由を強いられながらの共同生活をおくっている者ばかりだという。
皆、かなり疲れた様子でいるのはなにも肉体的疲労ばかりではなかった。
「ハァ…ハァ……着い…たわ…よ。」
途中で立ち止まって小休止を繰り返すこと数回、ようやく17階まで登って来ることが出来いたのはマヤとの散歩で少しは健脚になっていたからだろう。
荒い息を吐きながらマヤを振り返る。
「…階段は…散歩よりもキツ……イですね。」
「…まずは息を…整えてからに…しましょう…か。」
二人して壁に凭れ、束の間の休息をとったのは心臓がバクバクしていたからでもある。
やはり、喫煙者の身には堪えていた。
「ここに来るのも久し振りだわ。私の誕生日をあなたが祝ってくれた以来よ。」
「そうなんですかぁ。」
休息を終え、マヤの部屋の前まで案内して来ると私はキーでドアのロックを解錠した。
「あなたの部屋だから先に入る?」
そのままドアを開いた私はそう促してみた。
「じゃあ……入ります。」
意を決した表情をするマヤが玄関の中に足を進めた。
「これは……また凄いですね…。」
一歩足を踏み入れてみたマヤは、そこで立ち止まってしまった。
390 :
リツコ:2009/10/05(月) 00:58:08 ID:???
マヤの頭越しに中を覗くと家財道具はなぎ倒され、ガラスの破片が飛び散る中を細々としたものが散乱している有り様であった。
これはある程度予期していたことであり、使徒の攻撃の余波であることは一目瞭然である。
ここから3つ上のフロアが直接攻撃を受けただけに、それも想定の範囲内であった。
が、こうも室内がグチャグチャになっていたとは想像が少々甘かったようだ。
私は脱ごうとしていたスニーカーを履き直した。
「土足のまま入りますね。……そこ、ガラスが落ちてますから気をつけて下さい。」
マヤの後に続いて部屋の中に入る。
「とりあえず、持って行けそうな物を選り分けて外の通路にまとめて置きましょうか。」
室内は物が散乱したまま足の踏み場もない状態であったため、私はドアを開けたままの状態で通路に持参してきたブルーシートを拡げて置いた。
「わたしは机の引き出しを見ますね。赤木さんも適当に見て、判断して下さい。お任せしますから。」
そう言ってマヤが机の引き出しを開ける。
判断をお任せすると言われても……私はテーブルに倒れかかった傍の箪笥を起こし、引き出しを開けて覗いてみた。
頬が熱くなったのは、中を確認しようと既に手を突っ込んでいた後のことである。
その引き出しはマヤの下着入れだったようで、カラフルな彩りの可愛いそれらで一杯なままに整頓されて入っていた。
咄嗟に手を引き抜くと、何枚かの下着が指に絡みついたまま引っ張りだされ一気に顔が赤くなる。
マヤは机の引き出しの中をゴソゴソと漁っていて、こちらには気付いていなかったのが唯一幸いであった。
私はキョロキョロと挙動不審になりながらもそれらを持参してきた袋に収め、通路に拡げられるブルーシートの上に置いた。
「ここは終わりました。」
鍵のついたノートを手に持つマヤの足元には何冊ものアルバムが積み重ねられ、その上にはいつか見た集合写真が入った写真立てが置かれていた。
391 :
リツコ:2009/10/05(月) 01:02:14 ID:???
「パソコンはおしゃかになっちゃってますね…。」
床に落ちてしまったパソコンはヒンジが外れ、本体と液晶で分かれて散らばっていた。
「一応、持って帰る?ハードが生きてればデータを復活させることが出来るかも知れないから。」
「…そうですよね。じゃあ、そうします。」
マヤが本体を外に出しに行き、私は次に別の引き出しを開けた。
この箪笥は衣類が収納されていたため、全てそれらを袋に詰めて入れた。
「マヤちゃん、手伝うわ。……うわぁ、凄いわねこれ。」
「土足でないと危ないですからそのまま入って下さい。」
そうしている内にミサト達がやって来た。
「リカさん、もう平気なんですか?」
「なんとかね。……それにしても酷い有り様になっちゃってるわね。」
ミサトも青山主任も目を丸くしたままでいる。
「私達が仕分けしてそこのブルーシートに置いていくから、あなた達はそれを下の軽トラまで運んでくれる?」
「承知しました。……葛城さん、ちゃんと落とさないようにお願いしますよ?」
二人がブルーシートに置かれた物を運び出していく。
私は先程の箪笥を一つ片付け終え、次に別のクローゼットを開けてみたのもここには洋服しか入ってないだろうと思ってのことだ。
さっきみたいに下着にいきなり手を突っ込んでしまうような危険は冒したくはなく、私が無難な物が入っていると思われる箇所を選ぶのも当然のことである。
私がそうしている間、マヤはベッド上に散らばった何枚もの写真を手にとって眺めていた。
それらは以前に私も見たことがある壁のコルクボードに飾られていた写真で、全てそこから剥がれ落ちていたものである。
「どうしたの?」
私は手を止めて背後から一緒に眺めてみた。
「……私の知らない…いえ、忘れてしまった人達との思い出なんですよね。ちゃんと、こうして飾ってたんだなぁって…。」
様々な年代が写しだされるそれらは子供の頃から現在までの友人らと共に写されたマヤの写真である。
392 :
リツコ:2009/10/05(月) 01:11:33 ID:???
当然、16歳以降に撮った写真はマヤにとっては見覚えもないわけで、マヤがしみじみと呟くのも無理はなかった。
「…って、感傷に浸ってる場合じゃないですよね。」
マヤはそれらをまた袋にかき集めて入れると外へ出しに行く。
私はクローゼットの衣類をまた詰める作業に戻った。
それにしてもこの衣類の多さはかなりのもので、また衣装ケースを何個か買わないと収納出来ないだろう。
自宅の押し入れに何個も置かれた衣装ケースのことを思い、新しい置き場をどこに確保するかを考え苦笑してしまった。
「……服の量が半端ないですよね。我ながら驚いちゃいました。」
「フフッ、ホントね。全て持ち帰れるわよ?別に破れて着れないわけじゃないもの。」
服を丁寧に折り畳みながら袋に詰めていく。
「これで机と箪笥にクローゼットが終わりますね。……じゃあ、次は押し入れをチェックします。」
マヤが押し入れを開けて中をまた漁り始める。
しばらくして服を詰め終えた私は次にどこを見ようかと室内を見渡していた。
「あっ、キッチンをお願いします。深鍋があれば持っていきたいので…。」
マヤは深鍋をもう一つ欲しがっていたのだが、その矢先に今日の連絡を受けていたこともあり、あればそれを持って来ると言ってまだ買ってはいなかったのだ。
私はキッチンに行き、自宅にはないものをピックアップすることにした。
「これって、まるで泥棒に入った気分よね。」
クスリと笑う。
倒れた食器棚からの割れたガラスや食器の破片に注意しながら私は開きを一つ一つ開けていった。
ざっと調理道具を物色し終えて外に置きに行くと、荷物の山があまり減っていないことに私は気が付いた。
「リカさんも葛城さんも、きっとへばってますね。」
紐でくくられたノートの束と、何本かの筒を手にしたマヤが後から来てそこに置く。
「わたし、本当に赤木さんと同じ大学を卒業してたんですね!実はこの目で確かめるまでは信じられなかったんですよ〜。」
「フフッ、前に言ったじゃない。マヤは私の後輩だって…。」
置かれた筒の一つは私も見覚えのある第二東京大のものである。
393 :
リツコ:2009/10/05(月) 01:18:32 ID:???
破顔して目を輝かすマヤに嬉しくなってしまったのは、私と同じ大学出身であることを教えた時に物凄く喜んでくれていたからである。
「そうそう、深鍋はありましたか?」
「勿論あったわよ?私の自宅よりも沢山の調理道具があって良い収穫になったもの。」
マヤは押し入れが片付いたようで、そのまま私についてキッチンへとやって来た。
様々な種類の包丁があったのも幸いであった。
「玄関に新聞の束があったでしょ?何枚か持ってきてくれる?」
包丁を一本一本取り出していく私にマヤが頷く。
包丁を剥き身のまま持ち運ぶのは危ないため、それで包丁を包むことにしたからだ。
「ふぅ〜、これで終わりですかね?」
何気なく冷蔵庫を開けてみたマヤが即座に閉める。
心なしか顔が強張っているのは、その冷蔵庫が稼働を終えて久しいせいであるからなのがよくわかるといったものだ。
私はそれを敢えて開けてはみなかった。
「フフッ、見ちゃ駄目よ?」
「……これは流石に持って帰れません。」
マヤは頭をブルルルルッと振る。
持って帰る調理道具を全て外へ出し終わると、私達は一息とばかりにその場へ座り込んでしまった。
作業中は気がつかなかったが、顔からは滝のように汗が流れ落ち、シャツは胸元や背中やらも汗でびっしょり濡れていた。
これでは化粧も落ちてしまっただろう……私は額から流れ落ちようとする汗を手の甲で拭った。
「これを使いましょう。」
マヤが置かれた荷物の中からタオルを引っ張り出して私の顔に浮かぶ汗を拭き取っていく。
そして自らは頭に巻いたバンダナで顔の汗を拭っていた。
「ヘルメットをずっと被ってたの?」
「はい、馬鹿みたいですよね。頭が蒸れちゃって……今は涼しくなりましたけど。」
マヤは傍らに被っていたヘルメットを置いた。
「空調が効いてないことまで考えてなかったわ。ちょっとしたサウナよね。」
「先に何か冷たい物でも買ってくれば良かったですね。喉がカラカラで……あっ、そういえばキッチンにミネラルウォーターがありました。まだ封は開いてなかったと思います。」
即座に立ち上がったマヤが室内へ戻る。
394 :
リツコ:2009/10/05(月) 01:25:13 ID:???
しばらくしてまた戻って来ると、手にしたそれを私に寄越そうとした。
「マヤが飲みなさい。喉がカラカラなんでしょ?脱水してからじゃ遅いわよ?」
「1本しかなくて……じゃあ、半分こにしましょう。」
キャップを捻り開けたマヤはまた渡して寄越そうとするので先に飲んでもらった。
「プハァ〜……水がこんなに美味しく感じるなんて、正に砂漠の中のオアシスですね。」
「フフッ、生き返った顔してるわよ?」
口元を拭うマヤからペットボトルを受け取り、私はそれに口をつけた。
水は常温というよりも室内の暑さで生暖かいものであったが、この外気の暑さを思えばまだ冷たくもある。
喉に流れていくその水を心地好く爽快に感じながら、私はふと今、自分はマヤと間接キスをしていることに気がついてしまった。
「……私は…もう充分だから…。」
マヤにペットボトルを返す。
「もうですか?……じゃあ、遠慮なく頂きます。」
再び口をつけるマヤをハッとしながらもドキドキする思いで見てしまったのは、私が間接キスを強要してしまったみたいであったからだ。
「リツコぉ〜……終わったのぉ〜?」
ミサトが通路をヨタヨタと歩いて来る。
「葛城さん、休んで下さい。何か飲み物を買って来ますから。」
「あぁ、大丈夫大丈夫……それならリカが皆の分を買ってきたから……。」
喋るのもだるそうなミサトの体をマヤが引っ張って歩く。
そこで足を止めてしまったら最後、もう歩けないといった感じか……かくいう私も座ってしまった今では立ち上がるのが億劫であった。
「百戦錬磨な作戦部長さんにも堪えるようね。……で、青山主任は?」
「言われてしまえば面目ないわ。……リカなら少し下の階段でウンコ座りで一服中よ。まぁ〜ったく、煙草ばっか吸ってりゃ息もあがるってもんなのにさ。」
そんな風に悪態を吐くミサトではあるが、表情はいたって笑顔であった。
いつの間にか青山主任を名前で呼び捨てにするぐらいなのだから、仲も以前よりはかなり親しくなったことがそこからも見てとれるといったものである。
395 :
リツコ:2009/10/05(月) 01:39:20 ID:???
それにしても、あの青山主任がそんな座り方で一服しているとは……滅多に見れそうもないものなら誰だって見てみたいだろう。
私は見に行きたい衝動に駆られたが、生憎、脚は動きそうにない。
我慢して、代わりに私もポケットから取り出した煙草を口にくわえて火を点けた。
自宅を出てからはまだ一服もしていなかったし疲れていたこともあって、肺に染み渡る煙をやたらきつく感じる。
「あっちでもプカ〜リ、こっちでもプカ〜リ…か。このニコ中どもめっ!」
「フフッ、あなただってたまに吸うじゃない?…吸いたければあげるわよ?」
ミサトが箱から一本抜き取って口にくわえたので火を点けてあげていると、手にコンビニ袋を下げたマヤが青山主任を後ろから押し歩いて来た。
「皆さん、お疲れ様です!荷物は選り分けて出し終わりましたので、一旦ここで休憩して下さい。」
そういうマヤも疲れているだろうに、それを微塵にも感じさせないぐらい元気溌剌とした声である。
やはり20代と30代では違うのだろう……私は袋に入っていた栄養ドリンクを口にしながらそんなことをしみじみと感じてしまっていた。
「元気なのはマヤちゃんだけよねぇ……若いっていいわ。うんうん。」
私と同じことをミサトも感じたのだろう……そう言って独り頷いている。
「あら、私もまだ若いですよ?なんたって20代なんですから。……ねっ、マヤ?」
マヤに同意を求める青山主任が何故かそれに食いついたのは、マヤとさほど歳が離れていないからであろう。
若い…という、その言葉に敏感に反応した時点で自ら、もう若くもないと認めたようなものではあるが私は黙っていた。
案の定、ミサトと青山主任の言い合いが始まり出したことは放っとき、私は外の景色を眺めてみた。
「わたし、この景色をいつも見ていたんですね……。」
隣にマヤが並ぶ。
「今のマンションから見える景色とさほど変わらないけどね。……ここに来てどうだった?」
「何か思い出せるかなって、実は期待してたんですけどね…。」
そう言って頭を振るマヤが申し訳ない表情をするのも、私が内心では期待していたに違いないとわかっていたからであろう。
396 :
リツコ:2009/10/05(月) 01:57:38 ID:???
マヤはテヘッと苦笑してみせる。
「でも、持ち帰る荷物の検分はまだこれからだし、何のお宝が隠されているかわからないじゃない?」
「まぁ、それもそうです…よね?」
マヤの頭をしきりに撫でる私に、マヤは今度は照れ笑いを浮かべる。
いくら無意識でしたこととはいえ、いささかこれはやり過ぎであろうか……マヤは気にしてないようであった。
こうしてドリンクを口にしながら風にあたっている内に、体力も少しは回復してきたようだ。
私はまだ言い合いを続ける二人に手をパンパンと叩いて注意をひくと、下に荷物を降ろす作業にとりかかることにした。
無理をしていっぺんに持とうとしても階段で転落してはとんだ二次災害になってしまう。
ここは地道に少しずつ持ち運んでいくことを全員で確認し、まずは一番量のある衣服が詰められた袋を私とマヤで一緒に運ぶことにした。
そうしたのも、やはり疲労が蓄積されてからでは運ぶのに難儀だろうと思ってのことである。
マヤが先になってソロリソロリと降りる足並みに合わせて私も降りていく。
「そこ、カーブになってるから足元に気を………!?」
マヤに注意した矢先に私は階段を踏み外してしまった。
そのまま膝を折るようにして前へと倒れ……ることはなかった。
荷物がクッションの役目をしたこともあるが、マヤが私の体を咄嗟に抱き止めてくれたからである。
「怪我してないですか?大丈夫ですか?」
抱きついた形の私をマヤはしっかり抱き締めている。
「…えっ……えぇ…ご免なさい。油断しちゃったわ。」
そう言って、慌てて体を離したのは抱きついてしまったことで顔が赤くなったからだけではなかった。
頬にマヤの唇を感じたからでもある。
たしかにあれは唇であった。
柔らかい感触に触れられたその場所は熱を帯びたようにジンジンと疼いており、私は思わず手をあててしまった。
マヤは気付かなかったのだろう……落ちた荷物を拾い上げようとしていた。
乙です!
398 :
リツコ:2009/10/05(月) 02:06:01 ID:???
「ゆっくり降りますね。」
一緒になって再び荷物を降ろしていく。
こうやって運ぶこと何往復をしただろうか……最後の荷物を持ち運ぼうとしたマヤは室内へとって返した。
マヤが名残惜しむように室内を歩いて回っているのが通路にいるここからもよく見える。
マヤの気が済むまで私はそのまま待つことにした。
「お世話になりました!」
しばらくして玄関口に戻って来たマヤは律義にも室内に向けて一礼をした。
「ちょっと悲しいような……何ていうか…ハッキリ言って複雑な気持ちです。」
「そうよね…。今のマヤの心境がどんなものか、何となく私にもわかるような気がするわ…。」
二度と訪れることのないこのマンションは、そう遠くない将来に取り壊されてしまう。
困ったような泣きそうな表情を浮かべるマヤの肩を抱き、私達は最後の荷物を持ってその場を後にした。
399 :
リツコ:2009/10/05(月) 02:08:17 ID:???
本日の投下は以上です。
では、また…。
リアルタイムで遭遇しちゃったー(・∀・)
今日も乙です
あぁ、二人の距離は中々縮まらないですねぇ
でもリツコさんは間接キスやら頬キスやら美味しい思いしまくりでしたねw
乙です!
402 :
774がシンジでもカヲルはつかえるもの(使者):2009/10/05(月) 04:55:16 ID:sDBUBlJJ
↓‘マヤ’ボイスのミッションタイマー(3分と5分の2パターン有り)
暴走ミッションタイマー&音声キーホルダー(新品/定価\4600)
500円スタート!ヤ・フオ・ク検 索オプションからI Dで検 索
I D:e92892216
1円スタートとかあるんだなw
リっちゃん色々な意味で頑張って!!でもいい思いしすぎだぁ!!!!うらやまッ
このスレを見るたびにストレスが発散できる。
リッちゃん幸せになってくれよぉ〜
ついにスキンシップがぁ〜♪
赤木博士のドキドキが伝わります!
次はどんな展開になるのか、すっごい楽しみです
乙です!
乙です!
いつかアクシデントで同じ布団に寝ざるをえず、手を出さないことで悶絶する
リツコが見てみたい。鬼畜でゴメンね
409 :
マヤ「残り2日、パターン金銀、510円です!」:2009/10/09(金) 07:43:02 ID:w/4YE9Pf
暴走ミッションタイマー&音声キーホルダー(新品/定価\4600)
510円(残り2日)ヤフオク検 索オプションからI Dで検 索
I D は e 9 2 8 9 2 2 1 6 (ス・ペースは詰める)
暴走ミッションタイマー&音声キーホルダー(新品/定価\4600)
510円(残り1日)ヤフオク検 索オプションからI Dで検 索
I D は e 9 2 8 9 2 2 1 6 (ス・ペースは詰める)
なんで上げるわけ?
必死過ぎだろ
続きが気になる!
期待
414 :
マヤボイスのミッションタイマー!:2009/10/14(水) 03:07:52 ID:iV1dORiU
暴走ミッションタイマー&音声キーホルダー(新品/定価\4600)
デルデル鑑定団(ver.1,0)(新品/定価\2800)が\500(総額\7400)
ヤ・フオクけんさくオプションからアイディーでけんさく
アイディーは ジー ナナ ハチ ゴー ハチ ハチ ロク イチ ロク
※ジーは英小文字
415 :
リツコ:2009/10/14(水) 18:15:47 ID:???
マヤのマンションから荷物を引き揚げた私達一行が、今度は私の自宅へと運び入れるまでに要した時間はさほどかからなかった。
「なんたって文明の利器には敵わないわ。アタシなんて膝がガクガクしちゃってるし、当分は階段なんて見たくもないわよ。……アンタ達はどうよ?」
軽トラから降ろした荷物を手分けして部屋へ運び上げるのに、エレベーターは重宝することこの上なかった。
ミサトは何基もあるエレベーターの前で来るのを待ちながら両足を交互に叩いている。
「えぇ、私も明日は筋肉痛ですね。……フフッ、今の葛城さんと肉弾戦をしたら私でも勝てるかしら?」
「ちょ…バカ言うなっつ〜の!こちとら現役バリバリよォ?頭ばぁ〜っかデッカチな技術部の人間に負けたりしたら、作戦部長の名がすたるっつ〜の。」
意味ありげに含み笑いをする青山主任にミサトが頬をプーッと膨らませる。
―チーン―
「先に行くわね。」
私は軽口を叩き合う二人を後にエレベーターに乗り込むと、マヤと一緒に一足先に上がった。
「わたしも筋肉痛になりそうです。赤木さんはどうです?」
「マヤがそうなら、私は更に輪をかけてそうなること間違いないわね。」
上昇していくランプを見ながら腰を回す私にマヤがポンと手を打った。
「じゃあ、今夜はプチ温泉にしますね。関節炎や筋肉痛に効く温泉の素がありますから。」
「フフッ、いいわねソレ。今日はよく動いたから体を休めないと……私は少しはダイエットになってればいいわ。」
最近になって太り始めたことを気にするあまり、ついそんなことを付け加えてしまったのもマヤにつられて私もよく食べるようになってしまっていたからだ。
散歩とは名ばかりなハードウォーキングをこなすようになったとはいえ、2Kgほど増えてしまった体重は正直ショックであった。
このことをマヤに話したら、今度はランニングをしようと誘われるのがわかっていたため、敢えて秘密にしてあるのも流石にそこまでタフな肉体ではないからである。
416 :
リツコ:2009/10/14(水) 18:20:29 ID:???
もっとも、マヤの誘いは断れない私ではあるが……とにかく太ったことを気付かれない内に減量しなければならない。
さりげなく腹の肉をつまんでは密かに溜め息をついていると、エレベーターはフロアに到着した。
衣類が入った袋を抱えてヨタヨタと通路を歩く私を先導するように、大量のノートの束を抱えたマヤがスタスタと歩いていく。
「やっと着いたわね。」
マヤがドアロックを解錠するのを待つのももどかしいぐらいに腕が痺れてならず、ドアが開いた途端に私は玄関に雪崩れ込むようにしてしまった。
「はぁ〜……マイったわ。」
そのまま座り込んでしまう。
「あとは自分でやりますから赤木さんは休んで下さい。汗が凄いですよ?」
マヤは私の額から伝い落ちていく汗を首にかけたタオルで丁寧に拭いとろうとする。
「ほいリツコ、どいたどいた!…マヤちゃん、これはここに置くわよ?」
すぐ後から来たミサトが玄関口で座り込む私の頭上を跨いで部屋にあがりこもうとする。
「ちょっと……失礼ね、ミサト。」
人の頭の上を跨いだまま立ち止まるミサトを注意しよう見上げたら、いきなり目前にお尻が迫ってきてそのまま私はむせてしまった。
「んなっ…アンタっ、なにアタシの尻に顔をすりつけてんのよっ!」
「なに言ってんの、私の顔の上に座るだなんて酷いじゃないっ!」
言い合う私とミサトを青山主任が押し退けて部屋に入っていく。
「そこのお二方達さん、ジャレ合うのは後にして下さいません?」
クスリと笑う青山主任と一緒になって、マヤも可笑しげにこちらを見ている。
これもちょっとした漫才のようなものであることは、マヤも青山主任もよくわかっていた。
立ち上がろうとする私を青山主任がよっこらしょとばかりに引っ張り上げる。
「荷物を先に入れちゃわないとですよ?」
青山主任はいつの間にか巻いていた頭のねじり鉢巻をギュッと絞め直すと階下へまた降りて行こうとする。
417 :
リツコ:2009/10/14(水) 18:28:21 ID:???
「はぁ〜……リカは引越し稼業に転職してもやってけるわ。」
ひとり張り切ったような青山主任にミサトは半ば感心したようでいたが、慌てて後を追い掛けて行ってしまった。
「赤木さんはここに座ってて下さい。」
私の様子を疲れきっていると見てとったのか、マヤがリビングのソファに私を座らせようとする。
「少し休めば大丈夫だから…。それより随分と沢山のノートね。あそこから全部持って来たのよね?」
マヤの足元には積み重ねて置かれる幾つものノートの山があり、丁寧に紐で結わえられていた。
「多分、これは全て日記だと思うんです。少学4年生の頃からつけ始めていて…。」
頷くマヤはしゃがみこみ、その山に指をなぞらせていく。
「本当に懐かしいです。ちゃんと、とっておいたんですよね。……ここまでは見覚えのあるものですが、ここから先のは…。」
山となるノートの一冊一冊に指を滑らせていくマヤは、ある境まできたところでその指を止めた。
「それじゃ、そこから上にある部分のは記憶をなくして以降のものってことね?」
「はい、見覚えがないものです。一緒にまとめてあったということから、これらは全て日記で間違いないかと思います。」
マヤはまた山に指を滑らせていく。
「……見るのが怖くてあの場では確認しませんでした。なんだか他人の日記を覗き見するみたいで…。」
「マヤの部屋にあったんだから正真正銘あなたのよ?……もしかしたら、記憶を取り戻す上でのキーかも知れないじゃない?」
私もマヤの隣にしゃがみこんだ。
ノートは一番下にあるものが古いものなのだろう……擦りきれた背表紙が、上にいくにつれて傷みが少なくなってきていることからおおよその時代がわかるといった感じであった。
「……そうですよね。あとで読んでみます。ちょっと怖いけど…。それより今は荷物を運び入れないとですね。あっ…。」
苦笑いするマヤが立ち上がろうとするより早く先に立ち上がった私は、マヤの手をとって引っ張り起こした。
418 :
リツコ:2009/10/14(水) 18:32:05 ID:???
「もう一踏ん張りね。ミサト達に文句言われちゃ敵わないわ。」
日記が存在していたことを嬉しく思った私が俄然張りきりだしたのは言うまでもなかった。
なんだかんだと全ての荷物を運び入れ終わったのは夕方前のことである。
マヤは手伝ってくれたお礼に晩御飯をご馳走したいとミサト達を誘ったが、身体中にびっしょりかいてしまった汗が気になってならないのと、疲れてるから食欲よりも睡眠をとりたいという理由でお礼は別の日に持ち越されることとなった。
そんなミサト達が帰っていき、私は今は入浴中であった。
マヤ推薦の温泉の素が入った薬湯に浸かり、腕や脚の節々をマッサージしたのも明日の筋肉痛を考えてのことである。
マヤは今頃、あの日記を読んでみているのだろうか……湯船の中でそんなことにボンヤリと思いを廻らせる。
最後に冷水のシャワーを浴びて身体を引き締まらせてから浴室を出た。
入浴で火照った身体には低めに温度設定された空調は快適であった。
普段なら肌寒いぐらいの温度に設定し直されていたのはマヤの仕業であるのだが、本当によく気がつくコである。
喉を潤そうとキッチンに行けばテーブルの上にはアイスキューブが入ったミネラルのグラスが置かれてあり、これを飲むようメモがついていたのであるから…。
苦笑してそれに口をつけたままマヤの部屋に向かってみると、ノックするまでもなくドアは開け放たれたまま、中でマヤは忙しく収納やら片付けをしていた。
「あなたも汗を流してきたら?折角のお風呂が冷めちゃうわよ?」
「はい、これを仕舞ったら……。あぁ、また衣装ケースを買わないと……見てください。」
天を仰いで嘆くような素振りのマヤに言われるまでもなく、部屋の中は運んできた大量の衣類が収納されないまま置かれている。
419 :
リツコ:2009/10/14(水) 18:41:27 ID:???
「とりあえず、今はこのまま袋に入れておくしかないですね。」
「フフッ、ちょっとした衣装持ちね。……あ、スーツはちゃんと吊しておいた方がいいわ。皺になるから。」
私は袋の中からスーツを取り出した。
普段の通勤時も私服でもカジュアルなマヤではあるが、出張時やフォーマルな場所に出向く時は別である。
今、私が手にするスーツは以前に私の学会発表に同行した時に着ていたもので、その時、私はうっかりしてこのスーツにソフトドリンクを溢してしまったことがあった。
あの時の染みは残ってないだろうか……丹念に調べる私をマヤは意外そうに見る。
「スーツなんて着てたんですね。……あ、そっか…下駄箱にあったヒール靴って誰のものかと思いましたけど、わたしのなんですよねぇ。」
そして、急に閃いたかのようにポンと手を打った。
16歳の学生である今のマヤにとってはスーツ着用を迫られるような環境にはないわけで、フォーマルに装う必要があれば学生服で全て事足りていたことになるのだからピンとこないのも無理はない。
「やっぱりスーツって大人っぽいですよね。24歳の社会人だし、こういうのを着たりしてたんですよね…。」
マヤはしみじみと呟く。
「そうよ?スーツを着た時はいつもより大人っぽく見えたわね。あなた、いつも童顔なのを気にしていたから…。」
「そうなんですよぉ……。先日も八百屋さんで買い物をしていたら、お嬢ちゃんには特別にマケてあげるよって言われましたし。」
歳相応に見られたいのと、若く見られることで得が出来ることもあるという両方を天秤にでもかけているのだろう。
マヤは困ったようにテヘッと笑う。
420 :
リツコ:2009/10/14(水) 18:45:10 ID:???
「服はいいとして、だいぶ片付けが終わったわね。……ノートは読んでみた?」
「いいえ、まだ全然です。ここまで片付けるので手一杯でしたから、明日以降に時間を作って最初から目を通していこうと思ってます。今日は流石に疲れちゃって…。」
マヤは手にした子犬の抱き枕をベッドに置く。
これは私も見覚えがあった。
以前にマヤのマンションに泊まった時、これがベッドにあったことを私もよく覚えていた。
あの時、同じベッドで眠った際にマヤは何故か私を抱き枕にしてグースカ眠っていたのだから…。
そして、いつの間にか床に落とされてしまっていた可哀想なこの子犬は、代わって私がその地位にいたことを恨めしげな目で見ていたのだ。
「マヤは寝相が悪いのよね。私を抱き枕にするぐらいなんだから…。」
私はその子犬を手にとって悪戯っぽく笑った。
「……えっ?わたし、赤木さんに……その…!?」
いつになく目をまん丸くしたマヤが大声になってしまったのは驚愕しただけではなく、何かを想像して焦る気持ちを隠そうとしたからだろう。
マヤは叫んだそばからみるみる内に顔を真っ赤にさせていく。
カメレオンも舌を巻く速さで染まる顔色とその言葉に、ミサトに鈍感呼ばわりされた私もハッとしてしまった。
今、マヤが言ったその意味って……。
「あっ……その、マヤのマンションに泊まった時にベッドを半分使わせてもらったから…。」
今、マヤが考えたことと同じことを絶対に考えてしまったに違いない私は舌を噛みたくなってしまった。
これがミサトとかであれば何を勘違いしているんだと笑えることとなるが、相手はマヤである。
きっとマヤと同じ顔色をしている私にしてみれば今のは失言であった。
そのぐらい、今の私は……いえ、多分きっとマヤも意識しているに違いないだろう……私の推測に間違いがなければ…。
421 :
リツコ:2009/10/14(水) 18:51:43 ID:???
「えっと…わたし、小さい頃から寝つきが良くないみたいで…こういう枕を使ってたみたいなんですね。」
「…あぁ、そうなの?じゃあ、これは絶対に必要よね。可愛いワンちゃんじゃない?」
私は手にしたそれを枕元に置いた。
手をパンパン叩いてようやく整理を終えたマヤの頬はまだほんのりピンク色であるが、表情には若干ばかり疲れの色も混じっている。
マヤは立ち上がると入浴の支度をいそいそと始めた。
マヤの入浴中、私はリビングのソファーで横になり珍しくテレビを観ていたがウトウトした眠気に誘われてしまい眠ってしまっていた。
ふと気が付けば、体にはいつの間にかタオルケットがかけられている。
リズミカルにまな板を叩いていく包丁の音がキッチンから聞こえ、起き上がった私は誘われるようにそちらへ足を進めた。
「何を作ってるの?」
タオルケットをマントのように羽織ったまま肩越しに覗いてみると、マヤは長ネギを薄く薄く切っていた。
「お目覚めですか?今夜は素麺にしようかなって…今、作り始めたばかりです。」
「もうそんな時間なの?」
小さく欠伸をして時計を見れば時刻は1800になろうとしていた。
「うっかり眠ってしまったわ。…タオルケットありがとね。危うく寝冷えしちゃうとこだったもの。」
「風邪ひかないで下さいね。……でも、スヤスヤと気持ちよさそうによく眠られてましたよ?寝言を聞いちゃいました。」
マヤが悪戯っぽく笑う。
「えっ、寝言を?私はなんて言ってたの?」
「冗談です。……あ、出来たらお呼びしますから休んでいて下さい。」
クスッと思い出し笑いをするようなマヤにひっかかるものを感じたのは、まさか変なことを口走っていたのではないかと内心ドキッとしてしまったから…。
まさか、マヤの名を呼んだりなんてしてないだろうか……私は逃げるようにリビングへ戻るとまたソファーへごろんと横になった。
422 :
リツコ:2009/10/14(水) 19:00:46 ID:???
本当に今日は疲れてしまっているのが緩慢な体の動きからも自分でよくわかる。
体にかけたタオルケットに頭から潜り込んでしまったのは暖かさを求めてのことであるが、まるでマヤの温もりに包み込まれているような錯覚をしてしまったことが恥ずかしい。
そのままウトウトする内に、私はまた眠ってしまっていたようであった。
マヤの呼ぶ声が聞こえてくるが睡魔に勝てずにグズグズしていると、いきなり両頬に温もりを感じた。
「眠いですか?ご飯出来ましたよ?」
気がつけば両頬を両手で包み込むマヤの顔がすぐ目の前にあり、動転した私は慌てて起き上がろうとして……。
「……ごっ、…ごめんね!今、ビックリして…」
ハッとしてそう言うだけで精一杯であったのは、今、マヤの唇の辺りを掠めてしまったからである。
いえ、唇の辺りではなく、恐らく今のは唇そのものではなかっただろうか……一瞬のことではあったが頬とは違う柔らかさを感じたし、なによりも当のマヤが自分の唇に手をあてたまま体を硬直させていることがそれを証明していた。
「あ、あの…驚かせてすみません。……もうテーブルに並べてありますから…。」
耳まで赤くするマヤは俯いたまま言葉少なにそう言うと、キッチンへ足早く行ってしまった。
唇に手をあてたままの私もどうしてよいやらである。
予期せぬ形でのファーストキスに胸の鼓動がなかなか治まらず、私は何度も何度も深呼吸をしてみるだけであった。
その後、どう食事をしたのか正直よく思い出せないのは今しがたのファースト体験の衝撃が大き過ぎて頭の中が真っ白になっていたからであるが、普段よりも互いに口数が少なくなっていたことだけは間違いない。
食事中はテレビを観ないマヤが敢えてリビングのテレビをつけてしまったのも、私と同じく動揺していたからであろう。
顔はしっかりテレビ画面に向けられてはいるが、心ここにあらずな様子に見られる。
423 :
リツコ:2009/10/14(水) 19:22:07 ID:???
互いに、目をさ迷わせて食事をしたのは今日が始めてのことである。
この日、いつもよりかなり早い時間に互いに就寝してしまったのは体の疲れだけでなく、この衝撃がずっと尾をひいていたからであった。
あまりに予期せぬ不意打ちではあったが、私はともかくマヤはどう思っただろうか…。
同居を始めて以来ふとした折りに勘繰ってしまう私の推測に間違いがなければ、今頃マヤも床の中で私と同じ状態でいるはずだ。
眠りに落ちるまでの間、私はただひたすらにこみ上がってくる狂おしい気持ちと葛藤を続けているだけであった。
嬉しさと恥ずかしさ、どうしようもないほどの愛しさ……この幸せを確固たる形にする日のことしか考えていなかった私は、この後に重大な事変がやって来ることになるとは微塵も思ってもいなかった。
424 :
リツコ:2009/10/14(水) 19:25:33 ID:???
どたばたと所用がたてこんでいたため更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
本日の投下は以上です。
では、また…。
乙です!
事変・・・
乙です!
事変;;;
乙です〜
乙です!
乙です
今日もLove Love成分でお腹いっぱいになれました
引き込まれます
ついに唇を…。次回も楽しみにしてます!
事変;;気になる…
満州事変か;
乙です!
「次回、事変。 この次もサービス、サービスぅ!」
ここも人増えたね。良いことだ!
434 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/15(木) 17:20:14 ID:HVsCidAi
きみもみぎてとひだりてで握手
自画自賛
436 :
マヤ「パターン金銀黒、500円です!」:2009/10/16(金) 08:34:40 ID:e9hL819v
暴走ミッションタイマー&音声キーホルダー(新品/定価\4600)
デルデル鑑定団(ver.1,0)(新品/定価\2800)が\500(総額\7400)
ヤフオクけんさくオプションからIDでけんさく
ID:ジー ナナ ハチ ゴー ハチ ハチ ロク イチ ロク
※ジーは英小文字
すごいっ…
この先どうなってしまうのか
気になってしかたないです博士!
自分でほめてどうしたいの?
時々変な書き込みやらで荒れたりしたけど
>>438だったのか
支援
442 :
リツコ:2009/10/18(日) 20:44:12 ID:???
マンションから荷物を引き揚げて三週間ばかり経過した頃のことであった。
祝日との組み合わせで明日、明後日が2連休となった私は、いつものようにマヤとの帰宅の途中でスーパーに寄って普段よりも更に多目に食材を調達していた。
というのも、あのマンションから荷物運びを手伝ってくれたミサトと青山主任を明日に自宅でもてなすこととなっていたからである。
翌日に休みを控えた日の方が心おきなく飲める……というミサトからのちゃっかりした提案を汲み、4人の休みが合う日をということでこの日に約束していたのであった。
「葛城さんって、こんなにビールを飲むんですか?あんなにスタイルがいいのに一体どこに入るんですかね?」
車の後部座席やトランクを目一杯に活用して3ダースのエビチュをはじめ、沢山のつまみやら食材やらを積み込む私にマヤは目を丸くして驚くことしきりである。
「そういえばミサト達と飲むのはあなたが退院してからは初めてになるわ…。フフッ、飲みっぷりの凄さはマヤの食欲といい勝負よ?」
マヤの入院中は帰りがけに三人で一緒によく飲みに店を訪れたりもしていたが、今はそんな機会もなくなってしまっていた。
ミサトは使徒戦の事後処理が思うように進まないようで相変わらずてんてこ舞いをしているし、私は私で共に生活を始めたマヤのサポートを一番に念頭に置いていたことから仕事の時間も不規則になっていた。
何かと私達を支えてくれようとする青山主任にその仕事上の皺寄せが全て行ってしまっていたことから、皆で一緒に集まって飲む機会も作り難くなっていたからだ。
ここしばらくはトンとご無沙汰であったが、明日は久方ぶりに皆と杯を交わせるのが楽しみであるのはそこにマヤも加わるからである。
マヤは休職中とはいえプライベートでは友人らと夜飲みに出かけてみたりと別行動をする機会が増えてきていただけに、私にとっては明日の集いはお礼半分で、陽気に騒ぐのが目的な行事である。
443 :
リツコ:2009/10/18(日) 20:55:34 ID:???
機嫌良く車に乗り込んでいざエンジンを始動させたものの、後方の視界はビールの山で覆い隠されてしまっていた。
あらためてミサト達の飲酒する量の多さに眉を潜めてしまいたくなる。
が、それも明日は特別の無礼講として目を瞑ったのは、あの手伝いに貢献をしてくれたことを思えばのことであった。
なにしろ、あの引き揚げ作業はかなりの重労働であったし、私とマヤの二人だけでは終わるまでにかなりの時間がかかったことであろうから…。
「えぇーっ、そんな比較の仕方をされるんですかぁ!?ヒドイです……でも、何も言えませんね。」
「フフッ、今のは冗談よ?青山主任も結構飲めるクチでね、同じペースで付き合ってると潰れちゃうからマヤも気をつけてね?」
助手席のマヤは両腕を組んで頬をプーッと膨らまし、わざとらしく拗ねる仕草をしてみせる。
こういうところは実年齢よりもかなり幼く感じさせられるが、それも含めて喜怒哀楽を素直に表現してくれるマヤは好ましくてならない。
決して飾らず、また自分を偽らない素直さがあることに惹かれたからこそ好きになったのだろう……何度となく自分の気持ちを振り返っては考え、そして導き出した答えがこれである。
性格や人柄だけではなく、私はまたあの天真爛漫な笑顔にもとっくの昔からノックアウトされてもいた。
「フフッ…ほら、拗ねないの。」
私はその可愛らしい頬っぺを指で突っついた。
隣にこうして座ってくれているだけで充分に癒されるのは、私にとって天使のような存在でもあったからだ。
「あ、そうそうノートなんですけどね……」
マヤは思い出したように膝の上に置いたトートバッグの口を開けると、一冊のノートを取り出した。
それはあのマンションから持ってきた日記帳である。
444 :
リツコ:2009/10/18(日) 21:04:26 ID:???
これを見つけてからというもの、マヤは自宅だけでなくネルフにも持参して合間の時間を作っては少しずつ読み進める毎日をおくっていた。
今日もこうして持ち歩いていたのはそのためであった。
「やっと今日、高校時代のものを読み始めたんですけど途中で終わっちゃってて…。」
ノートをパラパラと捲るマヤは、約半分が未使用で空白なままの頁を見せて寄越した。
「このノートは高校に入学した日に買ったんです。それから毎日、日記をつけていた筈とは思うんですけど…。」
マヤは首を傾げたまま不思議そうな表情をする。
「途中で違うノートに替えたとかではなくて?……いつまでのことが書いてあるの?」
丁度、車は赤信号で停止していたのでノートに視線を移していたが、信号が青に変わったため私はまた運転を始めた。
「うぅ〜ん、そうなんですかねぇ…。日記は二学期の途中までで、記憶より少し先の所で終わっちゃってました。」
マヤが納得いかない顔をするのは、そのノートはまだまだ使える状態であったからであろう。
「帰ったら探してみます。あ〜あ、勿体無い使い方しちゃったな。」
案の定、マヤは腑に落ちない様子でノートをまたバッグにしまう。
「フフッ、マヤは物を大事にするのよね。発令所のあなたの席にあるキーボードもそうよ?あなたったら、第二発令所からの引越し時にこれまで使っていたキーボードをわざわざ持ってきたんだもの。」
私はその時のことを思い返して口元を綻ばせてしまった。
『このキーボードには先輩から教わった思い出が沢山詰まっていますから…。』
そう言ってくれたことが嬉しかったからだ。
あの時の照れ臭そうに少しはにかんだ様子も、今思えばマヤから私への精一杯な気持ちの表れであったのかも知れない。
勿論、新しいキーボードではキーがまだ固くて指に馴染まないという理由もあっただろうが、私はそんな風に思ってくれたマヤの素直な気持ちが嬉しかった。
445 :
リツコ:2009/10/18(日) 21:11:08 ID:???
もっと早く互いに気づいていれば……そんなことを考えている内に車は自宅へ到着した。
帰宅後、つつがなく晩御飯と入浴を済ませ終えた私は書斎で論文を書いていた。
マヤは日記の続きを探してみるとのことで、毎週欠かさず観ているクイズ番組が終わるやいなや自分の部屋へと入っていった。
―コンコン―
少一時間ばかり経った頃、部屋のドアがノックされ、返事をするとマヤがお盆にコーヒーを乗せて中に入ってきた。
「コーヒー淹れました。……うわぁ、これ全部英語で書いてるんですか?」
「四苦八苦しながらもどうにか頑張っていたところよ。母国語が英語圏でない者には辛い作業ね。……ありがと、私も今コーヒーを淹れようと思っていたところだったわ。」
私は掛けていた眼鏡を外して机に置くと、受け取ったコーヒーに口をつけた。
論文記述も慣れた作業とはいえラクでもなく、こうして凝り固まった頭をほぐすにはコーヒーで一息入れるのがやはり一番である。
「日記の続きは見つかった?」
「それがないんですよぉ〜。よくよく調べたら大学時代のもなくて、もしかしたらマンションに置いたままなのかなって思っているところですが……。でも、ネルフに入ってからの日記帳はありましたから読み始めたところなんです。」
ガッカリと首を振るマヤではあるが、読み始めたという日記のくだりに触れると妙に目を輝かせた。
「それに、それとは別に鍵がついたノートがあるんです。……何が書いてあるのかと思うとドキドキしちゃって…。」
「フフッ、きっとそれは秘密の日記ね。まだ開けてはいないのよね?」
問いかけにコクコク頷くマヤは、今その鍵がかかった日記のことが気になってならないのだろう。
成る程、目を輝かす理由がわかるといったものである。
そういえば、あのマンションから荷物を運ぶ時にマヤは鍵のついたノートを小脇に抱えていたことを思い出して私はクスリと笑った。
446 :
リツコ:2009/10/18(日) 21:18:50 ID:???
「とりあえずネルフの日記を読み終わってからにしようかなぁ〜で、まだ見てません。本当はすぐにでも読んでみたいですが怖くって……でも、気にはなっちゃってて…。」
マヤはソワソワとお盆を持ちかえる。
「フフッ、私まで気になるじゃない?明日、明後日は休みだしゆっくり読むといいわ。」
「はい、そうします。多分、わたしの…」
外していた眼鏡を再び掛けようとする私にマヤは何かを言いかけようとして止め、代わりに口の中でゴニョゴニョと呟くと部屋を出て行ってしまった。
私はまた論文を書き始めだしたが、今しがたのマヤの報告が頭から離れずで気になってならないのは致し方ないことなのであろう。
その鍵のかかった日記帳に何が書いてあるのか……予てよりの私の推測通りであれば、そこには私のことが記されているのは間違いないであろう。
いくら鈍感な私でも、そのぐらいのことを察することが出来るようになったのは人の心の機微というものがわかるようになったからである。
手っ取り早い言い方をすれば、恋をしたからに他ならないということだ。
マヤが全ての日記を読み終えた時に、また何か思い出してくれていれば……いっそ、全てを思い出してくれたらどんなにいいか……。
そんなことを思いながら論文をタイプしている内に、私はいつの間にか転た寝をしていたようだ。
空調の冷気がパジャマの上に羽織ったナイトガウンからも伝わって目が覚める。
今夜中に論文を仕上げるつもりであったのが、時刻は深夜をとうにまわっていて終わりそうにない。
どうせ明日、明後日は休みであるのだからラストスパートのためにももう一杯コーヒーでも……と、キッチンに行って戻ると、向かいの部屋のドアの隙間から灯りが漏れていることに気付いた
こんな時間まで起きているということは、やはり日記を読み進めているのだろう。
ドア越しに声をかけようとしたが止め、そのまま部屋におとなしく戻ったのも記憶を取り戻す作業の邪魔をしたくはなかったからである。
「(頑張ってね……。)」
私はソッと心の中で祈りを捧げた。
447 :
リツコ:2009/10/18(日) 21:27:34 ID:???
翌朝、だいぶ陽が高くなってから目が覚めることとなったのは、昨夜の論文記述が祟っていたからであった。
一旦は目覚めたものの、私は徹夜後にありがちな身体の倦怠感を持て余しつつ更なる惰眠を貪りたい…と、いった欲求に押し流されるままベッドの中でしばしグズグズしていた。
―コンコン―
「もうお昼を過ぎちゃいましたけど起きられてます?」
ノックと共にマヤからドア越しに呼ばれた。
「ぅ…ん………中に入っていいわよ?」
休みとなれば、まだまだ眠っていたくなる私は生来からの無精者なのであろう。
体を起き上がらせたくなくて、そのままベッドの中からそう返事をするとマヤがドアを開けて入ってきた。
「すっかり寝坊しちゃいました。たった今、慌てて起きたとこですよ。……赤木さんも遅くまで起きてたようですね。」
マヤは充血させた目を眠そうに擦る。
「やだ、あなた目が真っ赤よ?何時まで起きてたの?」
「あれからずっと日記を読んでたんですけど気がついたらとっくに太陽が昇ってて…。で、びっくりして眠ろうとしたんですけど目が冴えちゃって……。」
生欠伸を連発させるマヤのパジャマはボタンが一個違いにズレてかけられていた。
それに気付かないだなんて、余程、夢中になって読んでいたのだろう。
「もう少し眠った方がいいわよ?ミサト達が来るまでまだ時間あるんだし…。」
「でも、お腹が空いちゃって眠れそうになくって…それに赤木さんに日記の話もしたくって…。」
自分もまだまだ眠っていたくてそんな提案をしてみたが、マヤの口から日記という言葉が出た途端に眠気からすっきり覚醒したのは言うまでもない。
「ネルフに入ってからの日記を全て読み終えました……。」
「……どうだったの?」
溜めを作るかのように一旦言葉を区切られたことに緊張感を強いられてしまう。
マヤに何を言われるのかドキドキしてならず、私は掛布団の縁をギュッと握ってしまった。
448 :
リツコ:2009/10/18(日) 21:34:18 ID:???
「それがですね、仕事内容のことばかり書かれていて日記というよりはむしろ業務日誌って感じのものでした。専門用語とかばっかで……拍子抜けです。」
「……えっ?……そ、そう……。」
落胆したように首を振るマヤに、間の抜けた返事しか返せなかったのは私も拍子抜けしていたからである。
あれがまさか業務日誌だっただなんて……私のことには一片も触れてなかったのだろうか…。
「業務日誌だからなんでしょうね、私生活に関する記述は皆無でした。でも、まだ鍵のついた方は読んでませんからきっとそっちに書いてあるのかなって…。とりあえず何か食べませんか?わたし、作りますから。」
マヤがベッドに近づく。
この時、そんなマヤをちょっとした悪戯心で迎えようとしたのは、やはり少しでも早く私のことに気付いて思い出してもらいたかったからなのかも知れない。
「いいわよ?…フフッ、じゃあ起こして。」
ベッドに横たわったまま両腕を差し伸べると、マヤは一瞬、目を丸くして意外そうな素振りをしたがクスッと笑って私を引っ張り起こそうとした。
引っ張られて身を起こしつつも、また別の悪戯心が沸き上がってしまったのは抑えていた気持ちに隙が出来てしまったからに違いない。
「……あっ…」
マヤに引っ張り起こされていたのに逆に強く引っ張り返してしまっていたことに気がついたのは、マヤを両腕でしっかり抱き締めてしまった後のことである。
「……髪…だいぶ伸びてきたわね。」
抱き締める両腕に力をこめてしまいそうになるのを必死で堪え、また抱き締めてしまったことを言い訳するようにそんなことを口にしたのは僅かな理性が働いたからである。
そのままマヤの髪に頬を寄せ、伸びた髪の長さを確認するように指で触れていく私にマヤは嫌がる素振りを見せず、じっと私の腕の中で息を殺していた。
449 :
リツコ:2009/10/18(日) 21:49:20 ID:???
かなり伸びるのが早いのか優に5センチはとっくに超えただろう。
指先をくすぐるようなその毛先の柔らかさに指を絡めるようにして寝癖を直してみる。
「先輩…。」
唐突に耳元で囁かれるその言葉にハッとして指の動きが止まってしまったのは、まさかな思いに駆られたから…。
「マヤ、あなた…」
「日記にそう呼んでいたことが書かれてました。……わたし、先輩ってお呼びしてたんですよね?どうして最初に言って下さらなかったんですか?」
違った……思い出してくれたわけではなかった。
腕の中から私を見上げるマヤはピンク色に染まった頬を私から隠すようにして、微かな哀しみを湛えた眼差しを寄越す。
「それは……固定観念を植え付けるようなことはしたくなかったからよ。あなたはこういう人で、私はこうだからそうしてね…みたいなものを持たせたくなかったから…。」
「……何も変わってませんよね?赤…いえ、先輩のご存知なままのわたしですよね?」
不安そうに呟くマヤの問いかけに、私はきつく抱き締めて返事をした。
「あなたは変わってないわ。何も変わってない……私が好きなマヤのままよ。」
一瞬、マヤが息を呑んだのが胸の鼓動を伝わってわかったが、私にはどうすることも出来なかった。
今、口をついてうっかりまろび出てしまった言葉の解釈は何とでもとれるのだろうが、この状況でそれをフレンドリーなものとして語るには手遅れな感であった。
それぐらいに、私は既に強くしっかり胸に抱き締めてしまっていたし、マヤもまた私の胸にぴったりと身を寄せていたのだから…。
「わたし、赤木さんが…」
私を見上げるその真剣な瞳に、いつか謎めいた問いかけをされた日のことが重なる。
あの時のマヤもこんな瞳をしていた。
私はマヤの瞳から視線を外せなかった。
450 :
リツコ:2009/10/18(日) 22:06:37 ID:???
記憶をなくしてしまったのに、あなたはいつの間にかまた好きになってしまったと言ってくれるのだろうか…。
でも、あの時と状況が違う今は……まだ記憶を失ったままな今は…今はまだ……。
「マヤのこと大好きよ?だって私の可愛い後輩だもの。」
私は腕の力をなんとか弛め、意思とは裏腹に背に回していた両腕を無理矢理に剥がした。
そして、幼子をあやすようにその背をポンポンとすることが出来た自分の理性を褒める一方で、そんな芝居じみた真似をする自分を呪わしく思ったのはマヤが狐につままれたような表情をしたからだ。
今、マヤが言おうとしたことは私にも痛いぐらいに伝わってきていた。
そしてマヤもまた、今、私から伝えて欲しい言葉があったことを私は確信してもいた。
マヤの表情、態度、声音、様子の全てから、これまでの自分の推測には間違いがなかったことを私は天にも昇る思いに捉えてもいた。
でも、今はまだその時期ではないと自分なりに判断を下したのは、やはり全て記憶が戻ってくれてからなのが良いと思ってのことである。
記憶が中途状態なままで突き進むことに不安があったのも理由の一つであった。
これまでの人生で特定の誰かと濃密な関係を結んだことがなかっただけに、石橋を叩いて渡ろうとする私の慎重さは一般的に滑稽に見えるのかも知れない。
そう見られても構わないぐらいに私にはマヤがとても大切なかけがえのない唯一の存在であるが故に、事を急くあまりに馬鹿な失敗をすることは絶対にしたくなかったのである。
狐につままれたような表情をしていたマヤの顔には今は陰りが浮かんで見えていた。
正直、そんなマヤに胸が痛んでならなかったのは、私の言葉を文字通りに後輩だから…と、解釈して受け取ったことに傷ついてしまっているとわかっていたからである。
偽ってしまったことと、そのことにより迂闊にもマヤを傷つけてしまった痛みが私の胸に重くのしかかる。
連騰乙です
452 :
リツコ:2009/10/18(日) 22:12:23 ID:???
「……わたし、お昼ご飯を作りますね。……出来たらお呼びしますから。」
マヤは俯くように視線を反らして私から離れると、逃げるようにキッチンに行ってしまった。
あっという間のことで、私は何も言えなかった。
胸の暖かい温もりが急になくなってポッカリ穴が開いたような錯覚にとらわれてしまったのは、今思えば直に訪れる事態を予兆していたのか知れない。
この時、誤魔化さずにきちんと伝えていれば……伝えてさえいれば状況はまた違ったものへと変わっていたのではなかっただろうか…。
そしてまた、自分の力が及ばない所で生ずる事変に翻弄されることになるとは……後に後悔をしたところで私はあまりに無力であった。
誰にも…マヤ本人にすら予見することが出来なかった重大な事変……それは間もなく訪れようとしていた。
453 :
リツコ:2009/10/18(日) 22:15:24 ID:???
いよいよ山場を迎えることになり感無量といったところです。
本日の投下は以上です。
では、また…。
乙です!
ちょ、事変...
気になってダメです;
乙です!うわわわ、事変だぁ…
ええええー!!博士、ここで終わりですかw
じじじ事変;;
乙です!マヤってばカワイソす;
事変って;
後悔しないで生きるって、難しいですよね…
乙です
それにしても何が起こるのか…
乙です!
はうあああリツコさああん!←
事変…気になる!
第三東京事変!
想像するに、マヤの「先輩」はひとりじゃないって事なんだよね
リツコさん・・・
第三回東京事変wナイスネーミング
自分はマヤの心の傷かと思った
いやいや
青山主任も先輩にあたるワケでな
東京事変てバンドがおってな第三新東京市をかけてな
あ、新の字抜けてた
ここの話し(感想とか、展開予想とか)も、もっとしたいよね
あんまり書くと長文嫌がる人もいるみたいなんで遠慮してるけど
うん。予想したかったw
でも、嫌がる人いるだろうと控えてたよ
あまり予想してもリツコさんも話しづらくなってしまいそうだし、ジレンマw
自分はここの二人をネタに三次作品な小ネタでも書いてみたひw
ナンテネ
ここの感想、予想スレでもたてる?
嫌な人は見ないでね。みたいな、どうよ?
>>466 そうなんだよね。
でも色んな展開予想も聞きたいw
別スレに1票かな
予測書き込みはSSじゃ禁じてっぽいところあるみたいだから
もし、書くとしたら別所が妥当かもね
【マヤたん&リツコたん その前後を語るスレ】 決して嫌な人は見ないで下さい
こんな感じ?
仕事早っw
乙です。
乙です!さっそく見ましたよ!これからちょこちょこ行きますんで!
支援
しえん
478 :
リツコ:2009/10/27(火) 20:07:49 ID:???
かなり遅めの昼食をとった私達は、その後はそれぞれ自室で過ごしてしまっていた。
昼食時のマヤは普段と変わらない様子であったものの、いつもよりも格段に口数が少なく、また私から話題をふってもどことなくぎこちない素振りでの応対で会話も途切れがちであった。
こんなギクシャクした雰囲気を招くことになった発端は私自らがとってしまった悪戯心のせいであるのは自覚していたが、だからといって、あの場で正直に本心を曝け出すことが出来なかったのはこれまで何度も述べてきた理由からである。
あの場でマヤが勇気を振り絞ろうとしてくれたのだって私の想いに確信をもってくれたからこそのこと……なのに、肩透かしな私の態度はマヤにしてみれば予想外のもので理解出来ないことであっただろう。
抑えられなかった悪戯心はあまりに軽率で、結果、不覚にも傷つけてしまったことを私は静かに反省していた。
今、マヤが自室でどう過ごしているのかを思うとやりきれない気持ちに駆られてならない。
が、だからといって今、正直に胸の内を吐露することも出来ない私はベッドの上で仰向けになったまま天井を見上げていた。
私は時間をただただ持て余すように天井を見上げているだけであった。
―コンコン―
「そろそろ料理の準備を始めましょうか?」
ノックと共にドア越しからそう声をかけられて私は体を起こした。
ミサト達との約束の時刻は1800であり、今は1700をまわったところであった。
「……わかったわ。今、行くから。」
「それじゃ先に始めてますね。」
マヤの足音が遠去かる。
いつの間にかそんな時刻になっていたとは……ボーッとした頭のまま私はその遠去かっていく足音を聞いていた。
今の様子だとそう変わらないようには思えるが内心までは窺えない。
様子を確認したくて私は追うようにしてすぐキッチンへ向かった。
479 :
リツコ:2009/10/27(火) 20:11:56 ID:???
「二人ともマヤの手料理を食べたがってたものね。フフッ…私、いつも羨ましがられてたのよ?きっと大喜びされるわね。」
私はお揃いのエプロンを締めながら、流しで玉葱を洗うマヤの後ろ姿に努めて明るくそう声をかけてみた。
が、返事はない。
「マヤ?」
まな板の上の玉葱に包丁を入れるマヤは、俯き加減なまま片手で目の辺りを擦っている。
「どうしたの?」
「あ……今、玉葱で目が…。」
しきりに擦られるマヤの目は起きた時と同じく赤いままであったが、今はその目尻に涙が浮かんでいた。
一度、涙が流れ落ちたのか頬にはそれが伝ったような跡が残されている。
「駄目ですよね…玉葱は水を流しながらで切らないと目にきちゃうのに…。」
そう言って苦笑するマヤは水道のコックを小さく開けると細く水を出し、そこへ玉葱を持っていき切ろうとする。
そんなマヤが涙を流していた理由を即座に察してしまったのは、玉葱がまだろくに切られていないことだけではなかった。
ただ充血して赤かった目には今では腫れぼったさも加わっていたし、よくよく頬を確認すれば何筋もの涙の跡が残されている。
こうしてさりげなく窺うそばから、またみるみる内にマヤの目に涙が滲み浮かぼうとしているのを見てしまったからだ。
あれからマヤは部屋でずっと泣いていたのだろう……そして今もまだ…。
「わたしはこっちをやりますから赤木さんはこれを炒めていただけますか?」
私から顔を反らすようにしてテキパキと料理にとりかかるマヤに、瞬間、また抱き寄せてしまいたい衝動にかられたのはさっきのは違う…本当はそうではないのだ…と、強く否定したかったからだ。
だからといって、それを伝えることなど出来ない私はただ胸を締め付けられる思いでそんなマヤをただ見ているだけであった。
480 :
リツコ:2009/10/27(火) 20:15:37 ID:???
「っつ!……」
まな板の上でリズミカルにたてられていく包丁の音がいきなり止まったかと思うと、包丁をパッと手離したマヤが指先をもう片方の手で押さえた。
「やだ、大変!」
その指先にプックリした血が滲み上がるやいなや指を伝って流れ始め、私は咄嗟にその指を口に含んだ。
「なっ…!」
独特の血の味がするのも構わず、止血のためにきつく吸うように口に含んだ私にマヤが驚きの声をあげる。
「待ってて…今、絆創膏を持ってくるわ。切るのは私がやるから。」
半ば放心したようにするマヤにそう言うと、私は急いで薬箱を取りに行った。
幸い、傷の深さは縫うほどまでには至っておらず、絆創膏を貼られている間もマヤはジッとされるがままであった。
「……赤木さんって、いつも優しいですよね。」
「そう?以前に私が指を切った時、あなたもこうして絆創膏を貼ってくれたのよ?」
少しきつめに貼りながら私はその時のことを思い出していた。
あれはマヤの自宅で誕生日を祝ってもらった日のことだった。
今みたくキッチンで忙しげに働くマヤが食器を床に落として割ってしまい、その破片を拾い上げようとして私は指先を切ってしまったことがあった。
あの時のマヤが即座に私の指先を口に含んでしまったのは、私に対する特別な感情をあの時点で既に抱いてくれていたからなのだろう。
そして今のマヤのように私が放心してしまったのも、今思えば自覚がないままながらも潜在意識の中では既にマヤを充分に意識していたからなのだろう。
あの時、マヤは己のとった行動にハッとするやいなや恥ずかしそうに頬を染めていたのだ。
本当に初々しいぐらいに可愛くて……あの時の状況とは立場は逆ではあるが今のマヤだってきっと同じ…。
「さっ、これでいいわ。あなたは時々慌てん坊さんになるから気をつけて。」
絆創膏を貼り終えて顔を向けてみれば、何故か困惑気な表情で私を見返してくる。
481 :
リツコ:2009/10/27(火) 20:20:05 ID:???
「あの…ありがとうございます。おっちょこちょいですよね。」
その目には先程まで滲み上がっていた涙はもうなかった。
ただその伝った跡が頬に乾いたまま薄く残されているだけで、今は強張ったような困惑な表情を浮かべているだけである。
「……じゃあ、わたしがこれを炒めますね。」
マヤはサッと傍らのフライパンを取り上げて油をひき、また調理を再開し始める。
何事もなかったかのようなその様子に感じる違和感は、今思えばこれが最初のことであった。
「遅れてごみ〜ん!お邪魔しに来たわよぉ〜ん♪」
約束の時間を半刻ばかり過ぎた頃か、ようやくミサト達がやって来てくれた。
やって来てくれたなどという表現になってしまったのも、全ての準備が整った後はただ時間を持て余すような気まずさを伴った空気が私達の間に流れてしまっていたからであった。
何と言い表せばいいのだろう……こんなに沢山の食べ物を前にしているというのに、どことなくテンションが低いマヤはいつもとは雲泥の差であった。
いつもと変わらない態度ではあるものの決して浮かれることはなく、その落ち着き払ったかの様子は私から見ればあまりにも奇異なことであった。
「葛城さんにリカさん、お待ちしてましたよ?この間のお礼も兼ねて、今夜は徹夜でお付き合いしますから覚悟して下さいね。」
「やりぃ〜♪マヤちゃん、話がわかるわね!ねっ、リカ?」
「いくら今夜は泊めてもらうからって……程々にしないと、また博士に雷を落とされちゃいますよ?」
マヤのその歓迎ぶりに相好を崩して喜ぶ二人が各々肩にバッグを担いでいるのも、夜を徹して飲むために今夜はここへ泊まるからである。
とりあえずバッグをリビングの隅に置いてもらい、私は二人をソファーへ誘導した。
482 :
リツコ:2009/10/27(火) 20:26:52 ID:???
「これはマヤがほとんど作ってくれたのよ?……早速、乾杯しましょ?」
青山主任はリビングのテーブルに所狭しと並べられる料理に早くも目を見開いてかぶりつくように吟味している。
「フフッ、飢えた狼みたいね?」
「本当に博士が羨ましくてなりません。あ〜あ、これを見ちゃうと日頃の自分は一体何を食べているのだろうかと悲しくなりますね。」
長く一人暮らしをしていても自炊はなかなか身に付かないようだ。
溜め息混じりにそう嘆く青山主任はオーバーに天を仰いでみせる。
「そうね、シンちゃんのにヒケをとらないわよね。……でもアンタさっ、前にアタシのカレーを食べた時は美味しそうに食べてたでしょ?あれはどうだっつ〜の?」
「それは葛城さんが無理矢理口に突っ込んできたからじゃないですか。つい飲み込んでしまったまでです。」
そう言って、つまみ食いを始めるミサトの手をピシャリと叩く。
「…おかわりした癖に。」
ぶつくさと呟くミサトに青山主任がクスリと笑う。
「キンキンに冷えたビールが沢山ありますから気兼ねなく飲んで下さいね。」
愛想を振り撒きながら二人にビールを注いでいくマヤは、今夜のゲストをもてなすことに張り切っているようであった。
「赤木さんは冷酒の方がいいですよね?」
私のグラスに注ごうとして手を止める。
「最初はビールでいいわ。乾杯があるもの。」
持ったグラスを差し出す私にマヤは黙ってビールを注いでいく。
「ありがと。…注ぐわ。」
「あ、私はこのままで大丈夫です。」
目前のグラスにビールを注ごうとする私からマヤはそれを遠ざけ、自分で新しい缶を取り出してそのプルトップを開けた。
そのままその缶を手に持ち、マヤは乾杯の音頭をとろうとする。
やんわりと断られてしまったことにまた少し違和感を感じてしまったのは、そんなマヤの様子に敏感になり過ぎてしまっていたからに違いない。
とりあえず私もグラスを目の前に掲げた。
483 :
リツコ:2009/10/27(火) 20:32:03 ID:???
「それではいきますよ?……カンパ〜イ♪」
全員グラスを持ったことを確認したマヤが声高に乾杯を告げると、カチャカチャと交わされるグラスの音が辺りに響き渡った。
私は喉を伝い落ちていくエビチュの清涼感が小気味良くて、そのまま一気にグラスを空にした。
「どうぞ…。」
すかさずまた満杯に注いでくれたマヤは、今度はテーブルを挟んで向こうのソファーに座るミサト達に小皿をまわして置いていく。
そんな風にテキパキと動くマヤをふと観察してしまったのは、立て続けに感じてしまった違和感が気のせいであって欲しいと思っていたからだ。
料理中の時もそうであるが、視線が絡まないことを気にするあまり、床に置いて座る自分のクッションの縁を私が無意識に触りだしてしまっていたのは不安の表れであったのだろう。
マヤが隣に戻って座る。
「冷めない内にどうぞ召し上がって下さい。……これ、自信作なんですよ〜。」
マヤは温め直したばかりの肉じゃがが盛られた皿を二人にすすめる。
「うんうん、イケるっ!マヤは手先が器用だから何をやらせても上手よねぇ。」
早速それを味見する青山主任の褒め言葉にマヤは嬉しそうにはにかみ、テーブルに頬杖をついたまま満足感一杯な面持ちで二人の食べっぷりを見守るようにしている。
「リツコもラッキーよね、こんな料理が毎日食べられるようになってさ。マヤちゃん様々よね?」
「えぇ、お陰様で栄養バランスがとれた食生活が出来るようになったものね。マヤ、あなたにはいつも感謝してるわ。」
増えてしまった体重がなかなか落ちそうにないのは美味しさもさることながら、マヤと共に食事が出来る喜びのせいでもあった。
「お世話になってますからこのぐらいのことは…。出来る範囲での恩返しです。」
感謝の意を込めて顔を覗き込む私に対し、マヤは謙遜するように目を伏せる。
484 :
リツコ:2009/10/27(火) 20:38:41 ID:???
「ところでぇ〜、リツコと同居生活を始めるようになってからかなり久しいけどさ、感想はどんなもん?無茶なことを言われたりしたらアタシに言いつけていいわよん?仕置き人になってあげるからぁ〜♪」
「あのねぇ…」
また感じてしまった違和感が心の片隅で燻りだそうとするのを抑え、私はおチャラけるミサトに呆れた顔を向けた。
まったく……私が無茶を言うわけなんてある筈もないのに、わかっててこちらをニヤニヤと窺い笑いしてくるのが憎たらしい。
「赤木さんはとてもご親切な方ですし、よく面倒をみていただいて心苦しいぐらいなんです。あまりご迷惑をおかけしたくはないですし、一日も早く記憶を取り戻して以前の生活に戻れたらなと思ってはいますけど……。」
マヤは俯いたままポツリ呟くように話す。
場が一瞬、シーンとしてしまったのは、未だに鮮明にならない記憶にプレッシャーをかけてしまったのだと皆が察してしまったからだ。
「あっ、その……そんな含みで言ったつもりじゃないの。記憶は自然に戻る日がきっと来るから……今はさ、リツコに甘えちゃってていいのよ?いつも頑張って仕事をしてたんだし。」
「そうよ?博士にこき使われても音をあげずに頑張ってたのは技術部のみんなが知ってるわ。そんなのいちいち気にしなくていいのよ。」
ミサトのフォローに便乗して遠慮のない言い方をされたことに眉が上がりそうになってしまったが、的を射ているだけに何もいえない。
横目で軽く睨んだが、青山主任は知らん顔である。
二人のそんな慰めにマヤは困ったように微笑むのみであったが、一方では頭の中で今何かを思っているようにも見えた。
485 :
リツコ:2009/10/27(火) 20:42:42 ID:???
「…その記憶なんですけど、荷物を運び出す時に日記を見つけたんです。でも途中が抜けてしまってて……あのマンションに忘れたままと思うので取りに行きたいのですが、また行っても大丈夫ですよね?」
私だけでなく、マヤもこの日記で記憶を取り戻せたらという期待を持っていたのだろう。
日記の存在を知らない二人が意表を突かれた様子を見せる中、私はマヤのそんな思いを確信していた。
あの事故からだいぶ月日が流れたものの、記憶は一向に戻る気配を見せようとはしてくれない。
誰も何も言わないが、戻る気配がないことにマヤ本人が焦りを感じ始めているのではないかと私には思えた。
「ありゃりゃ、そんな大切な物があったんだ!?……それがさ、あのマンションは先週から取り壊し作業が始まってて今は完璧に跡形もない状態なの。」
「……そうなんですか。わたし、もっとよく確認すれば良かった…。」
可能なら、すぐ明日にでも取りに行きたかったのだろう……予想外なその答えにマヤはガクリと項垂れてしまった。
「……ねぇマヤ、その日記はいつまでのがあるの?どの部分がないの?」
「高一の二学期の途中までは揃ってるんですが、それ以降から大学時代までのがなくて…。でも仕方ないですね、これは自分の不注意ですから。……どうぞ。」
ミサトのグラスにビールを注ぐマヤが気落ちしてしまっているのは誰の目にも明らかで、青山主任はそんなマヤに神妙な表情を浮かべた。
「……日記は残念ですが、でも記憶の中には残っているだろうから思い出せたら良しってことにします。」
ビールを注いで回ろうとするそんな空元気なマヤに青山主任は黙ってグラスを差し出す。
「そろそろ日本酒にしますか?」
「えぇ、お願い。」
冷酒のグラスを差し出す私の手元を注視しているのは、どうしても視線を合わせたくないからなのだろうか…。
一口飲んだそれは喉を焦がすような痛みを伴い、そのまま胸の痛みと重なった。
486 :
リツコ:2009/10/27(火) 20:50:23 ID:???
「リツコ、アンタさっきからおとなしいわよォ?何か面白い話ないの?……ねっリカ、マヤちゃんの高校時代のおもろい話してよ。」
忙しなくグラスを空にしていくミサトは既にできあがっているのか顔が真っ赤であった。
よく見ていなかったために気づかなかったが、その足元には空き缶の山が築かれつつある。
「おもろい話ですか……。フフッ、勉強が好きじゃなかったから試験間際はいつも泣きつかれて…マヤは始めての中間テストのことを覚えてる?歴史で赤点スレスレだったわよね?」
「うっっ……それは、言わないで下さいっ!」
当時のことを懐かしそうに話そうとする青山主任に、マヤは口をヘの字にして慌てふためく。
変な暴露話は止めて欲しいと目でも必死に訴えていた。
「年号を覚えるのがどうしても苦手で…。でも、わたしは過ぎ去った過去よりも未来に興味があるから歴史はいいんですっ!」
「あぁ、ソレわかるわ。アタシも歴史が苦手だったもの。過去の出来事より先の未来の方が大事よォ〜?」
そんな風にマヤの肩をもつミサトがどこか遠い目をしていたのは、きっとセカンドインパクトのことを思い返していたからなのかも知れない。
あくまでも軽い口調であったが、言葉にどことなく重みが含まれていたのは親友だからこそ察することが出来たことであった。
ミサトは賢者のような顔つきでグラスを口にする。
それにしても、勉強が好きでなかったとはらしからぬ一面に意外にさせられたが、昔から天然ボケであったという数々の新たな暴露話には皆が大いに笑うこととなり当の本人は少々ご機嫌斜めになりつつあった。
「もぉ〜勘弁して下さいよぉ〜。リカさんの話は少しオーバーです!」
ミサトといい勝負でビールを飲み干す青山主任の口撃は本人には容赦なく聞こえたようで、とうとう悲痛な叫びがあがる。
487 :
リツコ:2009/10/27(火) 20:57:10 ID:???
「あら、そう?じゃあ、マヤの得意だった……っっ、ゴホッ…ゴホゴホッ…。」
酔いの勢いも手伝ってますます饒舌になっていく青山主任であったが、さっきから何度も口に運んでいたサキイカを喉につまらせたようでいきなりむせる。
「ちょ、汚いわねぇ〜!あんた、アタシのこと言えないじゃないよ。……ったく、もうっ。」
ミサトが浴びてしまったサキイカの断片を顔から拭いとってムッとばかりに呆れる。
「……ご…ごみ〜ん♪」
ミサトの口真似で愛嬌をとるつもりなのか、青山主任は鼻の頭をしきりに掻いてはバツが悪そうに目を泳がせる。
「フフッ、たまの仕返し…よね。私もミサトに何度もやられたっけ。……どう?酔っ払ったあなたに絡まれる私の気持ちが少しはわかるでしょ?」
「フンだ……ねっ、それ取って頂戴!」
そんな嫌味もミサトは全く意に介さず、視線の先にあるそれを見据えては私に顎でしゃくって指示を飛ばす。
やれやれ、今夜は本当に徹底して飲むつもりなのだろう……手渡されたビールに頬擦りをしそうなミサトの目は胡座をかいて座ろうとしていた。
そのビールも2ダース目半ばの本数に達しようとしており、マヤは忙しなくその空き缶の山をキッチンに持って行きは片付けていた。
「片付けは後にして、あなたも食べて。さっきからあまり食べてないでしょ?」
いくら二人に礼を尽くすためのもてなしとはいえ、マヤは先程から注いで回る一方で殆ど料理を口にしていなかった。
「大丈夫です。料理をしながら結構つまみ食いをしてましたので、お腹はそんなに空いてないんです。」
ゴミ袋に黙々と空き缶を入れていくマヤは私に背を向けたままであった。
「ここはわたしに任せてお二人の相手をなさって下さいね。」
マヤは一度も振り返らないまま、今度は下げられた空き皿を流しで洗おうとする。
488 :
リツコ:2009/10/27(火) 21:05:47 ID:???
まるで私を避けているかのようである。
マヤのそんな態度も昼間のあの一件が尾をひいているからだというのは勿論、私にはわかっていた。
あれをマヤがどう解釈してどんな風に心で捉えてしまったのかはわかっていても、この時の私は手をこまねくばかりで何も出来なかった。
適切な上手いフォローをすることが出来なかったばかりか、この後、更に深刻化を深めてしまったのも私の思慮の至らなさが招いてしまったことである。
「ねぇ、王様ゲームしない?」
それはミサトの何気ない思いつきの一言がきっかけであった。知らず知らずにかなりの多飲を重ねてしまった私がテーブルに突っ伏しそうな羽目になってしまったのは、そんなマヤのよそよそしい態度に人知れず悩んでしまっていたからである。
ヤケ酒を煽るように杯を重ねていく私が安易にもそれに同意してしまったのは、そんな悪い飲み方をした酒で思考が麻痺していたせいからであった。
「またですかぁ〜?ほんっと、そういうの好きですよね?」
いつの間に入浴を済ませてきたのか、パジャマ姿で髪をタオルドライする青山主任が呆れ顔を見せる。
気づけばミサトも既にパジャマ姿で、どうやら私ひとりが途中で眠ってしまっていたようであった。
「フフッ…あなた、髪を下ろすとまた雰囲気が変わるのね?」
普段は薄茶色の長い髪を上に纏め上げている青山主任だが、今は腰までストンと下ろしている。
そしてトレードマークともいえる薄い銀縁フレームの眼鏡は外され、無造作にテーブル上に置かれていた。
知的さはそのままに普段のキャリアウーマンな装いとは異なる雰囲気が珍しくて、私はジロジロと観察してしまった。
それに居心地の悪さを感じたのか、青山主任は素っぴんの顔に眉根を寄せだす。
「王様ゲームって何なんでしょう?」
頭を支えるようにしてテーブルに頬杖をつく私の横で、マヤが再び目を充血させていたのは昨夜からの睡眠不足と今夜の疲れからであろう。
深夜を過ぎた今、マヤは眠そうに目を擦っていたが、ミサトのゲームという言葉に興味をひかれたようで身を乗り出している。
489 :
リツコ:2009/10/27(火) 21:10:13 ID:???
「ふっふっふっ……一度やってみればわかるわ。リツコも付き合うわよね?」
「いいわ、好きにしなさい。」
正気であれば絶対に了承はしなかった筈なのに頷いてしまったのは、アルコールの影響がいかばかりなものであるかを軽んじていたからに他ならなかった。
ミサトは全員から同意を得ると待ってましたとばかりに割り箸に番号を記していく。
「クジ引きかなんかですか?」
「まねぇ〜、クジ運がいいと最高なのよコレが。」
王様ゲームをただ一人知らないマヤの無邪気な問いかけにミサトがニヤッと笑う。
「ほい、出来た。……さぁ、ひいて。」
私達は袋から頭が少しだけ出された四本の割り箸を一斉にひいた。
「あら、私ね。……じゃあ、2番は3番が作ったスペシャルドリンクを飲むこと。」
王様…と、記された割り箸を誇らしげに振りかざす青山主任が声高に命令を下す。
3番とは私のことで、当の2番はミサトであったから遠慮はなしである。
ミサトは辛子とタバスコが調合されたビールを火を吐きそうな顔つきで飲み干すと私をジト目で見やったが、これは言い出しっぺの自業自得であるのだから仕方がないことだ。
「ふぅん、罰ゲームを楽しむって感じなんですね?」
マヤはミサトがしかめっ面でひたすら水を口にするのが可笑しくてならないのかクスッと笑う。
「こういうハプニングがこのゲームの醍醐味なんだわ。……じゃあ次いくわよ?王様、だぁ〜れっ?」
再び割り箸を引くと、今度はミサトが勝ち誇った顔で私達を見回した。
「この瞬間って最高に気持ちいいのよねぇ〜♪……じゃあ、1番は2番に愛の告白をしてキスよ!はい、キスしてキスっ!」
私にしてみればそれはまさか……な、ことであった。
王様ゲームにつきもののよくある命令ではあるが、いくらなんでもこの場でそんなことを言うだなんて…。
しかも、ミサトは命令を下す前に番号を盗み見していたのだから余計に良識を疑ってしまうのも当然のことであった。
490 :
リツコ:2009/10/27(火) 21:14:57 ID:???
ミサトが何かを画策する時は決まって意味深な含みをもたせた顔つきをするが、今それが私とマヤに向けられているのは言うまでもなくその当事者として私達が指名されたからに他ならない。
今、この場でマヤにキスをしろだなんて冗談にも程がある。
もっとも、今のミサトが酔いに任せて悪ノリしているのはこれまでの経験則からわかっていることだ。
なにより目がロンパってしまっているのだから、どの程度に正気を保っているのかはもはや不明でもある。
間の悪いことに、これに迎合するかのように私もかなり酔っていたため正常な判断は出来かねていた。
繰り返してしまうが、いくらゲームとはいえ正気であったならこんな命令には絶対に服従しなかった筈である。
でも、私は浅はかにもそれにノってしまった…。
「……場所はどこでもいいのね?」
「あ…あっ赤木さんっ!」
そんな私にマヤの叫びが重なる。
「ほら、早くコクってチューしなさいよん♪」
目が明後日な方向のミサトは割り箸を振り回してはケタケタと笑っている。
今なら、タチの悪い酔っ払い同士の悪ふざけであったと引き返すことも出来ただろう。
「葛城さんっ!」
そんなミサトを諌めようとする青山主任を横目に、構わず私はマヤの手を取った。
「好きよ……。」
一瞬、マヤを見つめてから手の甲にソッとキスをした時間の長さはどれぐらいのことであっただろう。
私にとって数秒とも数時間ともいえる時間であったのは、その言葉と共にこのキスに万感の思いを込めてしまっていたから…。
微かに震えるマヤの手の温もりが唇に伝わってくる。
「あ…ああ赤木さんっ…!」
慌てて手を引っ込めるマヤがハッとするのも束の間、続くその表情には様々に入り乱れた感情を浮かばせていた。
頬を紅くするマヤは私から逃げるように目を伏せる。
「おぉっ!?手にチューかぁ〜?」
「……ゲームはもう終わりにして下さいっ。」
馬鹿みたく浮かれ騒ぐミサトに、マヤの檄が飛ぶ。
491 :
リツコ:2009/10/27(火) 21:26:48 ID:???
そして、ニコリともせずに無表情で黙ってミサトを見据えていた。
「…タハハ…ごみ〜ん♪これは酔っ払いの遊びなのよ。戯れ言ってことで許してちょ?」
そんなマヤにミサトはゴメンネをするが、それでも、どこかしてやったりな顔をしているのはコレを狙っていたが為であったのだろう。
そもそも、私にそうさせることが目的で始めたゲームであることに今更ながら気付いたところで後の祭りであった。
黙りこくるマヤの様子に、たった今、自分がしでかしてしまったことを私は即座に後悔してしまった。
本当の気持ちを知って欲しいばかりに酔いに任せるまま行動してしまっただなんて……どうして私は……。
だが、そのことが予想以上にマヤの心を傷つけることになっていたことまでには、この時の私はまだ気づいてはいなかった。
「わたし、お風呂に入ってきますね。」
この場の乱痴気騒ぎから逃げるように入浴の支度を始めるマヤは、最後まで私と視線を交わしてくれなかった。
「……らしくないですね、博士…。」
頭上から苛立たしげに詰るような声が聞こえても見返すことが出来なかったのは、悪酔いがまわって体が覚束なくなってしまったからだ。
私はテーブルに突っ伏したまま顔を上げることさえ出来ず、悪い酒と共に意識が混濁していくだけの状態であった。
後でマヤに謝らなければ……ただそのことを呪文を唱えるようにひたすら心の中で繰り返しているだけであった。
ささいな違和感から気付くこととなったマヤとの間の溝……この亀裂が更に拡がらないよう、今の内に仲を修復せねばならないのは考えるまでもないことである。
だが、既に歯車はズレて動き始め出していた。
492 :
リツコ:2009/10/27(火) 21:29:26 ID:???
少し遅れてしまいましたが本日の投下は以上です。
では、また…。
乙です!うわぁ、どうなるんだろ…
乙です!;
あわわわ;リっちゃーん…気持ちがわからなくもないけど
そりゃダメよお
乙です
マヤちゃん傷ついちゃったんかな…ヤバイ
おつです☆人生て非情だわ;過去には戻れない…リっちゃん頑張って!!
乙です
乙です!
ああリッちゃんとマヤ…これからどうなっちゃうのー!
500 :
リツコ:2009/11/03(火) 21:41:29 ID:???
そのまま泥酔してしまった私が次に気がついた時は自室のベッドの上であった。
常夜灯の薄明かりだけが灯される暗い室内の床から聞いたことのある高いびきが聞こえ、慌てて身を起こした途端に顔をしかめることとなってしまった。
激しい頭痛よりも強い吐き気に苛まれてならず、私は大急ぎでトイレに駆け込んでしまっていた。
こんなに酷い二日酔いをしてしまったのはここ何年もなかっただけに、この悪酔いの理由が何に起因するものであるのかをすかさず思い起こしてしまったのは言うまでもなかった。
「最悪だわ……。」
こんな醜態はいつぞやのドイツ支部の人達との懇親会以来であったが、ここまで引き摺るほどのものではなかった。
とにかく、いつの間にかベッドに寝かされていたということは私はあのまま酔いつぶれてしまっていたということだろう。
身繕いもそこそこにトイレから出ると、灯りが落ちたリビングをヨタヨタしながら手探りで歩いたのは薬を飲むためである。
滅多になることのない二日酔いではあったが、幸運にもその薬が常備されていたのは以前にマヤが買っていたからであった。
備えあれば憂いなし……そんな理由から薬箱には一通りのものが揃っていた。
「助かった……。」
その足でキッチンに行き、顆粒の苦さにまた顔をしかめてしまいながらも水で一気に飲み干したのは胃の不快感と頭痛が酷く堪えてならずであったからである。
それを飲み終わった後はそのまま力尽きたように椅子に座ってしまっていた。
少なくとも、薬が効き始めるまでには後30分程度はかかるに違いない。
そんなことを思いながら椅子の背に凭れる私の目に飛び込んできたのは、流しに置かれたままの汚れた食器の山であった。
501 :
リツコ:2009/11/03(火) 21:45:15 ID:???
あれから何時までドンチャン騒ぎをしていたのか知らないが、そのかくたる有り様に私はズキズキする頭を抑えるようにテーブルに肘をついてしまった。
飲みかけのグラスやらソースがこびりついたままの皿やらが積み重ねられていることに溜め息をついてしまったのも、この二日酔いの気分の悪さに輪をかけるような景観であったからである。
あれからマヤもだいぶ飲んでしまったのだろうか……そんなことを思ってしまったのは、マヤには毎回毎回必ず後片付けを済ます几帳面さがあることをこの同居で知ることとなっていたからである。
現に、昨夜は途中途中で空き缶を片付けたり空いた皿を洗っていたりしていた。
もっとも、それは私を避けたいからという理由もあったからであろうが…。
キリッとした痛みを感じて胃に手をあててしまったのは、なにも二日酔いの後遺症だけではなく昨夜の一件をここでまた思い返してしまったからだった。
マヤに謝らないと……胃を掴むように擦る私は流し台の下に別に置かれる割れた食器があることにここで気づいた。
グラスや皿が割れてしまっているだなんて、あれからどれだけ飲んで騒いでいたことやら……酔っ払っていたミサトがやらかしてしまったに違いないと思うと頭痛が更に酷くなってしまう。
「まったくもう、ミサトもこれで何度目かしら……。」
私は殊更に大きく溜め息をつくと再びリビングへ行き、そのままソファーに横になることにした。
部屋に戻らなかったのは、ここまで漏れて聞こえる高いびきに再び眠れそうになかったからもあるが、こうして暗いリビングで何となく一人で静かにしていたかったからである。
静かにというよりは、むしろ鬱々とした心境でマヤとの一件を反省するというのが正解であろう。
いくらゲームとはいえ、あんなことをすべきではなかったと瞬時に後悔したのは直後のマヤの表情を見てしまったからであった。
502 :
リツコ:2009/11/03(火) 21:52:17 ID:???
しかも昼間にマヤに肩透かしを与えていただけに、囃し立てられる中を酔いにかこつけてあんな手法でもって自分の本心を伝えようだなんて何て浅はかで愚かな真似をしてしまったことか…。
あの時のマヤは、何故こんなことを……という疑問と共に悲しみの表情を色濃く浮かべていた。
また、それは私を非難するような憤りの表情にも見えた。
察するに、恐らくは互いに気持ちが向き合っているとまではまだ強く確信を持てていなくても、私からの好意は友人以上のものとわかっていた筈である。
だからこそ昼間、私に気持ちをぶつけてこようとしたのだ。
敢えて肩透かしな対応でもってはぐらかしてしまったが、躊躇したのはどうしても一抹な不安が私にあるからだというのはこれまで繰り返し何度も述べてきた通りである。
きっと、マヤは自分ひとりが勝手に舞い上がっていたのだと思い込んでしまったに違いない。
自分は友人のような部下にしか過ぎないとも思い込んでいるに違いない。
そんな自分の気持ちに何とか折り合いをつけ、また終止符を打とうとしたからこそ泣いていたのに違いない。
片思いや失恋……一言で表せば、今のマヤは自分がそうであると思い込んでいるに違いないのは、あれ以降から私への態度が一変してしまったのが何よりの証拠である。
それなのに追い打ちをかけるようにあんな真似をしてしまっただなんて、どれだけマヤを深く傷つけてしまったことか…。
もしかしたら、私が知っててからかっていると受け取ってしまったのかも知れない。
常日頃の悪癖のツケが巡りに巡ってここでやって来るだなんて…。
心をこれ以上かき乱さないで欲しい……もし、自分がその立場であったらきっとそう思う。
私はイヤイヤをするように無意識に頭を振ってしまっていた。
今後、マヤは無理をしてでも距離をおいて一部下の立場に留まろうとするに違いない。
そんな展開は私も望まないし、思い込みは間違いであることをどうにかしてわからせなければならない。
503 :
リツコ:2009/11/03(火) 21:55:59 ID:???
だからこそ、まずは昨夜のゲームのことを早く謝って溝を埋めないといけない。
ソファーの上で身動ぎしながらあれやこれや考えていた私は、今が何時なのかふと気になってしまったのは一刻も早くマヤに謝りたかったからである。
「えっ……もうこんな時間だったの?」
壁時計の指し示す時刻が1030を過ぎていたことを見てとるや、私は素っ頓狂な声をあげて起き上がってしまった。
窓には厚いカーテンがひかれていたことで陽が射し込んでこなかったため、まだ夜は明けていないものだとばかりてっきり思い込んでいたが朝はとっくに過ぎていた。
深夜が過ぎてもあれだけ飲み食いして騒いでいたのだから、みんなまだぐっすり眠っていることだろう。
私は音を立てないように立ち上がるとリビングに面した窓のカーテンを開けた。
「変な天気……。」
射し込む陽射しに覚悟して目を細めていたが、そっと開けたカーテンの向こうは予想外な雨であった。
しとしとした小雨というよりは霧雨で、眼下の街並みはそんな雨で霧に霞んだような光景を見せていた。
そのまま窓の外に目を向けていると、ドアが開く音がしてリビングを通り抜けようとする人の気配を感じた。
「おはよ〜…。」
目を擦っては欠伸をする高いびきの持ち主が、まだまだ寝足らない顔つきでノロノロと近づいてくる。
「疲れた顔してるわね。何時まで起きてたの?」
「うぅ〜ん、0300だったかな?リツコも起きたとこ?今何時?……ゲッ、もうこんな時間!?」
私が壁時計を指し示すと予想外とばかりにミサトはひしゃげた声をあげる。
「あ〜飲み過ぎたわぁ〜……さすがに頭が痛いし、こりゃ二日酔いだわ。」
「これ飲むといいわ。私もさっき飲んだとこよ。」
寝起き直後から頭痛が始まったのか、顔をしかめるミサトに私は先程飲んだ薬を渡してあげた。
504 :
リツコ:2009/11/03(火) 22:02:35 ID:???
「そーいや、あんたヤケ酒かっくらうみたいに飲んでたもんね。何か嫌なことでもあったの?」
昨夜の私達が不穏な状態にあったことまでには気づかなかったのだろう。
ミサトは何とも思わないとばかりにしきりに自分の頭を揉みしだいている。
「……昨夜のゲームを覚えてる?あなたに嵌められてノってしまったけど、自分がしでかしてしまったことを後悔してるのよ。マヤ、怒っていたわ…。」
「あぁそうだった!悪乗りしちゃってたから気づかなかったけど、今思えばおかしかったわね。……アンタ達、喧嘩しちゃってたの?会話らしい会話がなかったわよね?」
あぁとばかりに頷くミサトは探る視線を向けてきたが、それはいつもの好奇心からではなく心配するものであった。
そのまま真顔で私が答えるのを待っているのは、いつになく焦燥した様子を私に見てとったのだろう。
「もっと厄介なことよ。……私ね、自分の気持ちをはぐらかして誤解を与えてしまったの。そんな最中にあのゲームをして……きっと傷ついているわ。だから謝って許して貰わないといけないのよ。」
「つまり、今のマヤちゃんもアンタのことを……ってことよね?……そうだったんだ。……ごめん、悪かったわ。」
窓の外に目を向けたまま黙る私にミサトはしきりに手を合わせる。
今の私がどう映って見えるのだろうか……ミサトも押し黙ったまま私の隣に並んで立った。
「記憶をなくしても着地場所は不変か……まるで運命よね。アタシはそう感じるわ。」
ミサトは感慨深くひとりごちる。
以前の…昔の私であったら、そんな言葉は陳腐にすら聞こえて鼻で笑ってしまっただろう。
でも、今はその言葉をすんなり受け入れてしまえるのは私も同じことを思っていたからだ。
505 :
リツコ:2009/11/03(火) 22:06:53 ID:???
「記憶が戻らない内には……と、思ってついはぐらかしてしまったわ。馬鹿ね……私の対処法は間違ってたのかしら?」
新たに特別な関係をこれから築く上ではの慎重な選択であったが、誤っていたのだろうか…。
もっと上手い方法があったのかも知れないと思っても、やはりあれが私には精一杯な対処であったのはこういう事情に疎いからなのであろう。
無意識に唇を噛んでしまっていた私にミサトは一瞥をくれると窓の向こうに目をやった。
「具体的に何があったかは聞かないけど、あながち間違っているとは言えないと思うわ。想いが強いからこそ色々と考えてしまうのよ。……冴えない天気ね。今のアンタの心象風景を見ているようだわ。」
言われた通り、霞のようなモヤで煙る街並みは私の心を映し出しているようであった。
遠く先が見通せないその光景にマヤとの関係をつい重ねてしまいそうになり、私は頭を振った。
「とりあえず昨夜のゲームのことを謝ってさ、後は追々に考えていけばいいんじゃない?大丈夫よ、アンタの気持ちをきっとわかってくれる日が来るって。」
「……そうよね。そうでなければ……いえ、そうしてもらえるようにしないとならないわ。」
私は再びリビングのソファーに横になろうとしたが、こうして会話をしている内に薬が効いてきたようなためキッチンに行って食器の山を片付けることにした。
「テレビを見るなら音量を絞って。みんなまだ眠ってるでしょうから。……あ、電気は点けて頂戴。」
リビングのテレビをつけようとするミサトにそう声をかけると、私はまず割れた食器から処理することにした。
先程はキッチンも暗いままの状況であったから気づかなかったが、割れた食器の数が尋常でないことに驚かされてしまう。
手を滑らせてウッカリ割ってしまったというよりは、むしろ敢えて壊すような木っ端微塵な割れ方であることに私はまた眉を潜めてしまった。
506 :
リツコ:2009/11/03(火) 22:11:10 ID:???
「ミサトっ、ちょっと来て頂戴っ。」
つい大声を張り上げそうになってしまったのは、ミサトが脳天気にもテレビにかじりついて夢中になっていたからである。
「なぁ〜によぉ〜、朝ご飯ならアタシは今はいらないわよ?胃がもたれちゃって食欲ないってば。」
「そうじゃなくて……これを見て。あなた、また割ってくれたわね?これで何度目なのよ。」
呼びつけて早々に肩を怒らせ、両腕を組んで睨む私にミサトは目を丸くする。
「あっ……これ…違うの、アタシじゃないわ。割っちゃったのはマヤちゃんなのよ。」
ミサトは何かを思い出すようにポンと手を叩いて頷く。
「マヤが?」
「そうよォ?酔いつぶれたアンタをベッドに寝かせてさ、少しして風呂から戻ってきたマヤちゃんと三人でまた飲んでたのよ。アタシも酔っ払ってたからよくわかんないけど、マヤちゃんが暴れちゃって床に落としちゃったのよね。」
そう言って、自分の仕業ではないと力説するかの如く身振り手振りでジェスチャーを加える。
「暴れたって……あなた、無理強いして飲ませたんじゃないでしょうね?」
一生懸命に手を振り回してみせるミサトに眉間に皺が浮かんでくる。
「違うって!そんなことしないって!……とにかく、あんなに酔っちゃってたなんてアタシも驚いたもの。で……あ、そうそうリカが部屋に連れてって寝かしつけたと思うわ。」
「思うわって……あなた、その後は知らないの?」
しどろもどろな口調のミサトは昨夜の記憶を手探りで辿るかの様子で話す。
もっとも、ゲームの時点でかなり酔っ払っていたのだからよくわからないのは仕方がないことなのだろうが…。
「アタシもダウン寸前だったから所々がブッ飛んでわかんないのよ。……でも、凄い暴れっぷりだったわ。死に物狂いでこう……こんな風によ?」
「もういいわ……。じゃあ、青山主任はマヤの部屋で寝ているのね?」
私は眉間に手をあててしまった。
507 :
リツコ:2009/11/03(火) 22:18:45 ID:???
そしてまた胃に痛みを感じてしまったのは、やたら大袈裟に手を振り回すミサトのジェスチャーにうんざりしてしまっただけではなく、青山主任がマヤの部屋で一夜を過ごしたということに一瞬、馬鹿な想像をしてしまいそうになったからだ。
「ねぇリツコ、今、変なこと考えなかった?……それならナイって断言するわよ?」
「変なことって、何がよ……。」
表情に出てしまったその意味が何であるのかをミサトはしかと悟ったのか、私をチラッと窺うように盗み見る。
「べっつにぃ〜?……まぁ、そういうことだからさ、マヤちゃんを叱らないでよね?きっと、アンタとの間のわだかまりが噴出しちゃったのよ。」
「叱ったりしないわよ。これも元はといえば私のせいになるわけだもの……。」
私はマヤの怒りの証である割れた食器をゴミ袋に片付け終えると、次に洗いものに取りかかることにした。
テレビの音声に重なるようにしてリビングから聞こえてくるミサトのクスクスとした笑い声を耳障りに感じるのは、昨夜の宴の後片付けを手伝う素振りを全く見せてくれないことへの腹立ちなのかも知れない。
「もぅ、いい気なものね……。」
皿を洗う手に一層の力が入ってしまったが、これも学生時代からのことであるのがわかっているだけに期待するのは無駄であった。
「リツコぉ〜、片付けなんてアタシらが帰ってからでいいじゃない。アンタもたまの休みはこうしてゆっくり寛ぎなさいよぉ〜。」
ミサトは今は長々とソファーに寝そべって腹を掻いている有り様だ。
「やれやれ……ね。」
ようやく片付け終えた私が壁時計を再び見上げたのは、マヤ達がまだ起きてこないからであった。
時刻が1130を刻もうとしているのを確認すると、外したばかりのエプロンをまた着用したのはランチを作るためであった。
508 :
リツコ:2009/11/03(火) 22:26:12 ID:???
マヤは必ず三食をしっかりとるので、起きてすぐ食事が出来るように作っておこうと思ったからである。
さっきのミサトの話からだと私同様にかなりの悪酔いをしていることだろうし、胃がもたれて食欲がないという可能性もあるが、これまで一食たりとも抜いたことのないマヤである。
ここはやはり作って置くべきだろうと思い、私は鍋に水を張った。
「……えっ?」
鍋を火にかけてキッチンのテーブルを拭こうとしたら、そこに置かれるメモに目が止まって私は思わず声を漏らしてしまった。
そのメモには達筆な走り書きでこう書かれていた。
『ちょっと出掛けてきます。 青山』
起きた直後は電気を灯していなかったからこのメモが置かれていたことに気づかなかったが、青山主任はどうやら私達よりも早くに目が覚めていたようだ。
散歩に行ったのだろうとすぐ思ったのは、青山主任も健康オタクなマヤの信者の一人であることを知っていたからである。
ある日、マヤが散歩をすることの大事さを力説したら、翌日から万歩計を身につけ始めたのだから笑ってしまう。
「ねぇ、マヤの部屋を見てきてくれない?多分、二人共居ないと思うけど。」
相変わらずだらしなく寝そべったままの不届き者にそう声をかけると、私はあらためてまた壁時計を見上げた。
私が目が覚ましたのが1030前のことであるから、かれこれ一時間は経過していることになる。
「居なかったわよ?なんで知ってたの?」
「ほら、このメモがあったのよ。二人で行ったみたいね。」
腹をポリポリ掻きまくるミサトにメモを見せると、あぁとばかりな顔をされたのはミサトも何度となく入信の勧誘を受けていたからであった。
もっとも、早起きが出来ない上に面倒臭がりなミサトには今の所はその予定はないようである。
「ほんっと、そういうのが好きよねぇ〜。アタシにゃ出来そうにないわ。」
案の定、そんな予定はないとばかりに大欠伸をする始末である。
509 :
リツコ:2009/11/03(火) 22:31:31 ID:???
「出掛けるぐらいなら食べる元気があるってことよね。早く料理を作っちゃわないとだわ。……あなた、本当にいらないのね?」
「うへぇ〜……今は食べ物の匂いも嗅ぎたくないぐらいよ。ノーセンキューで頼むわ。」
ミサトはまたもや気だるそうにリビングに戻ろうとする。
いつもなら迎え酒を煽っていてもおかしくないのに、そんな気すら失せているとは余程、昨夜は飲みに飲みまくったのが空き缶の数でもわかるというものであった。
キッチンの隅にまとめられたテンコ盛りなそれらが目障りとばかりに、私はダストボックスへと突っ込んで入れた。
起きてからずっとテレビを見続けるミサトの隣で、壁時計と何度もにらめっこを繰り返していたのは時刻がとうに1400を過ぎようとしていたからであった。
「あなた、本当にテレビが好きなのねぇ…。」
「うん?だって、家だとアスカにチャンネルの主導権を取られ…………ププッ、今の見た?この芸人さんって面白いのよぉ〜。」
未だ戻らない二人のことはそっちのけにバラエティ番組にうつつを抜かす我が友に、私は半ば呆れたように溜め息をついてしまった。
それにしても、二人は一体どこまで歩いていったのだろうかと不思議に思ってしまうのは、いくらなんでも山登りじゃあるまいし、マヤも私もこんな長時間に及ぶまで散歩したことがなかったからである。
昨夜の罪滅ぼしとばかりに、腕によりをかけて作ったランチはとっくにもう冷めてしまっていた。
「どこまで行ったのかしら……。」
「ん〜どっか寄り道してんでしょ?買い物して食事も済ませちゃってんじゃないの?」
誰にともなくそう呟くと、そんな生返事が返される。
510 :
リツコ:2009/11/03(火) 22:36:26 ID:???
今か今かな思いで待つことそれから数時間、何の連絡もないことを訝しんでいると電話が鳴り響き私は飛びつくようにでた。
「はい、赤木……あっ青山主任?今どこに………えっ?…………えぇ、別に構わないけど……あぁいいのよ、ミサトから聞いたわ。気にしないで……あの、マヤと代わって…………あ、そう……わかったわ。じゃあ、宜しくね。」
「リカ、何だって?」
通話を終えても受話器を握り締めたままな私を怪訝そうに見やるミサトが近づいてくる。
「今、青山主任の自宅にいるそうよ。マヤが今夜泊まるからって連絡だったわ。」
「えっ、マジで?だって持ってきたバッグが…………ありゃ無いわ。アタシ、置いてきぼりなのォ?」
マヤの部屋へ確認しに行ったミサトが目を丸くして戻ってくる。
「やっぱりかなり怒っているのね……。嫌われちゃった……か。」
詳しく聞くまでもなかったのは、マヤから今晩泊まりたいと申し出をされたという青山主任からの話であったからである。
理由は推して知るべしであるのは言うまでもないことで、昨日の件がまだ尾を引いていることを嫌というほど見に染みてならなかった。
「まさかマヤちゃん、リツコと話したくないなんてつもりは……」
「そうかも知れないわ……。青山主任の話だと、今はぐっすり眠ってるそうよ。昨夜も一昨日もあまり眠ってないんだから本当にそうなのだろうけど……ね。」
そう苦笑してみせても、どこか寂し気で、また自嘲するような顔になってしまったことに自ら気づいてしまったのは、ミサトが気遣わしげに私の様子を窺っていたからであった。
「あのさ……」
「心配いらないわよ?明日、帰ってきたらちゃんと謝って仲を修復するから。ねっ?」
無理矢理作り笑いをしても、どこかで不安に思ってしまうのは根が楽天家ではないからであろう。
どうしても悪い方へ悪い方へと考えてしまいがちになる自分を叱咤し、気分転換にコーヒーでも淹れることにした。
511 :
リツコ:2009/11/03(火) 22:42:59 ID:???
とはいえ、今の私の胃がそんな刺激物を受け付けるわけでもなく、そうすることにしたのはあくまでも自分を慰めるための気休めに過ぎなかった。
「明日また仕事かと思うと憂鬱よねぇ〜。じゃあ、アタシそろそろ帰るわ。ご馳走さま!また明日ね!」
キッチンでコーヒーを淹れているとバッグを抱えたミサトにそう声をかけられてしまい、私はコーヒーを片手に玄関で名残惜しむ気持ちでミサトを見送ることとなってしまった。
本当はまだ一緒に居て欲しかったのも一人になると色々と考えてしまうからであるが、心配ないと言った手前そんな弱音を吐けるわけもなく頷くしかなかった。
ミサトに帰られてしまい、コーヒーには口をつけずに芳香のみで気を落ち着けようとするだけの私は、またリビングの窓辺に佇むと外を眺めてしまっていた。
「嫌な天気……。」
折からの霧雨はまだ続いたまま街並みは相変わらず霞がかかった様相を呈しており、見ているこちらまでもがその霞に混沌と消えていくようである。
それは夜半になっても変わらず、私が床につこうとする時もずっとシトシトと降り続けていた。
512 :
リツコ:2009/11/03(火) 22:45:06 ID:???
遅れ気味な更新となってしまいましたが本日の投下は以上です。
では、また…。
乙です!
今は切ないですが、このあとにぽかぽかした展開があると信じます
がんばれ、リっちゃん
乙です!むはぁ(;´Д`)
リッちゃんマヤちゃぁん…
乙です!
すごく・・・切ねえです・・・
517 :
リツコ:2009/11/09(月) 23:06:04 ID:???
翌日、ネルフに出勤した私が自室で気乗りしないまま仕事をこなしていたのは、マヤがネルフに来ていることを期待していたからであった。
いつもなら必ずここに立ち寄っていたわけであったし、ここでの行動範囲がどうであるかは私も熟知していた。
だが、話し相手を求めてよく足を運ぶ休憩コーナーや仮眠室には姿を見せることもなく、マヤの友人に聞いてみようとしていた所を逆に今日は来ていないのかと聞かれることとなってしまっていた。
来ていれば友人らとも顔を会わす筈がそうでないということは、やはり今日はここへは来ていないということである。
今のマヤに他に優先すべき用事が特段あるわけでもないだろうに、不在の理由を誰も何も知らないということに私は胸がざわついていた。
顔を合わせたくもないのだろうか……散々考えてしまっていた悪い予想がまた頭をもたげてしまい、私はそれを打ち消すようにマグに口をつけた。
「駄目ね……。」
とっくに冷めきってしまったコーヒーは何の役にも立たず、こうしてここで黙々と仕事をこなすだけの今の状況では都合の良い解釈など何も思い浮かばなかった。
昨日のマヤの様子がどうであったかを青山主任に聞いてみようとも思っていたが、生憎と終日外出されてしまっていたためにそれも叶わずである。
マヤの方から連絡が来るわけでもなく、私はただこうして不安な気持ちを持て余すようにマグに口をつけては紫煙を燻らせるばかりであった。
こんなことなら、昨日、青山主任からの電話を受けた時にマヤが何か言っていなかったかどうかさりげなくでも聞いてみれば良かったのだろう。
電話越しでの口調はいつもと変わらずフランクなものであったから深く気にはしなかったが、もし、マヤがもう帰りたくない等と言っていたら……。
518 :
リツコ:2009/11/09(月) 23:10:25 ID:???
すっかり短くなって火種が消えてしまった煙草を灰皿にギュッと押しつけてしまったのは、また馬鹿な考えを……という自戒の意味を込めたがためであった。
とにかく、こうして物思いに耽ってばかりいても目の前の仕事が片付くわけではない。
今日は早く帰宅するつもりで自宅を出てきたのだし、今は雑念にとらわれて無駄に時間を浪費する余裕もない。
私は外していた眼鏡を掛けるとPCとの睨めっこに戻った。
急く気持ちの中、車の助手席に置かれるケーキの箱が倒れないように慎重に運転をしてマンションに戻ったのは夕方のことである。
かねてより常連客となっているケーキショップに立ち寄ったのは罪滅ぼしの気持ちなればこそのこと……手にしっかりと持つケーキの箱がいつもより大きめなのは、マヤが好きなモンブランにビッグサイズが新登場していたからであった。
大小様々なケーキが詰まったその箱を傾けないよう、気をつけながら自宅のドア前まで来た私はインターホンを鳴らそうとした手を一瞬、止めてしまった。
もしマヤが居なかったら……それは留守で不在をしているという意味ではなく、別の意味で居ない事態になってしまっていたらという、まさかな考えである。
仮に居なかったとしても今はまだ夕方なのだし買い物でもしているという風に考るべきなのに、それが先に浮かばなかったのはまた悪い方へと考えてしまいがちな私の性分ゆえであった。
私は一旦呼吸を整えてからドアロックを解錠し、恐る恐るドアを開けて中に足を踏み入れた。
「マヤ?」
最初に目に飛び込んできたのはリビングの煌々とした灯りであり、次いで玄関に脱ぎ捨てられたままのマヤの靴であった。
私はマヤの靴を揃え置いて玄関に上がるとリビングに向かった。
今朝、自宅を出る時にはリビングの灯りは消していたのだから、ドアを開けた途端にない筈の灯りが見えてホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
519 :
リツコ:2009/11/09(月) 23:16:10 ID:???
マヤが居てくれたことに安堵した私は次にどう謝罪を切り出そうかと考えて歩を進めたが、そこにはマヤの姿はなかった。
キッチンに行ってみると、まだ料理の途中であるのか食材が切られたまま置かれた状態である。
自室にでもいるのだろうか……ドアが小さく開いたままなマヤの部屋の前まで来た時、微かな話し声のようなものが聞こえて私は耳を澄ますように立ち止まってしまった。
友達か誰かが来ているのだろうか……開いたドアの隙間からそっと中を窺ってみれば、灯かりが点いてない部屋のベッドの上で胎児のように丸まっているマヤの姿しか見えない。
それは別にマヤの独り言ではなく、今、誰かと会話をしていることがすぐわかったのは、マヤが頬に携帯を押しあてるようにして喋っていたからである。
どこか掠れたような呟きともとれる小さい声で切々と話しているようにしているが、会話の内容まで聞き取れなかったのはマヤが壁を見るようにしてこちらに背を向けた体勢であったからであった。
盗み聞きするつもりは毛頭なかったがマヤのそんな様子を見たのは初めてであっただけに、その場から足を動かせなくなってしまったのは不安な気持ちに苛まれてしまっていたからであった。
一体どうしたというのだろうか……何の話をしているのだろうか……今の様子からだとかなり込み入った話のようではある。
が、仮に聞こえていたとしてもマヤに問い質してはならないと瞬時に思ったのは、通話を終えた後もマヤはそのままジッと身動ぎもせずに動かなかったからであった。
内容はわからなくとも、今のが良い話ではなかったことだけはわかる。
私は帰宅した旨を伝えるどころか声をかけようにもかけれずただ立ち尽くすのみであったが、しばらくしてノロノロと起き上がろうとするマヤにようやく慌ててドアから離れることとなった。
520 :
リツコ:2009/11/09(月) 23:25:50 ID:???
足音を立てないよう取り敢えずキッチンに行ってはみたが、今しがたの光景に動揺してしまっていたため何をどうすれば良いのかわからずまた佇むだけであった。
買ってきたケーキのことを何とか思い出せたのは幸いで、それを冷蔵庫に仕舞っていると背後からキッチンに歩いてくる足音が聞こえた。
「マヤ、ただいま。今日はあなたの好きなケーキがあるわよ?ちょっと買いすぎちゃったかもだけど後で一緒に食べてくれる?」
私は今しがたの光景が脳裡を過ってならずなばかりであったため、それを振り払うように自分の方から努めて明るく笑顔を向けてみた。
「赤っ木さんっっ……ぅっ…。」
目が合った瞬間、一瞬ではあったがマヤの目に涙がぶわっと溢れでそうになったのが決して見間違いでなかったのは、マヤが即座に俯いて目を擦ったからであった。
「マヤ、一昨日のゲームのことを謝らせて。その……ああいうのは良くないわよね。ごめんなさい、あなたが怒ってたのがわかったのよ。……学生ではないんだし分別をつけるべきだったわよね。」
つたなく謝る私にマヤは俯いたままでいる。
「……いいんです。……あの…いつ帰宅されたんですか?今ですか?」
「……えぇ、たった今ね。今日はそんなに忙しくなかったから良かったわ。」
マヤは私から逃げるように俯いたままであったが、今度は私の方が冷蔵庫を探るような仕草で視線を反らしてしまったのは居たたまれない気持ちにさせられてしまったからであった。
咄嗟に、たった今帰宅したところだとついた嘘に、それまでどことなく固くぎこちない態度でいたマヤが思いきりホッとした表情を浮かべたからである。
私はそれで瞬時に悟ることが出来てしまった。
やはり、先程の会話は聞かれては困るものであったのだ。
誰にでも隠し事のようなものは一つや二つはあるのだからおかしくはないし、私としても敢えて尋ねるつもりはない。
521 :
リツコ:2009/11/09(月) 23:30:54 ID:???
今はマヤに謝って無事に許して貰えたのだから喜ぶべきであるのだが、手放しでそう出来なかったのはマヤがホッとしたのも束の間、再び心ここにあらずな様子を垣間見せていたからであった。
「えっと、一昨日はよく早起きが出来たわね?気がついたら二人共居ないし、どこまで散歩にいったのかと思ったわよ?」
「……ちょっとブラブラしている内にリカさんの家にお邪魔しちゃって。で、疲れて眠くなっちゃって泊めてもらったんです。……あの…わたし、食器を割って…」
マヤはやりかけの料理に戻っていつものようにキビキビと動きながらそう答えたが、ふとその動きを止めると思い詰めた表情で私を窺う。
「あぁ、あなたもかなり酔っ払ってたみたいね?……マヤを怒らせちゃったのは私なんだし、これでおあいこでしょ?」
マヤの頭を撫でてしまったのはまた無意識での行為であり、所在なく申し訳なさそうに項垂れようとするマヤを抱き締めてしまう代わりにであった。
が、頭に触れた途端にマヤはまた涙を溢れださせようとしたため、私は少し驚いてしまった。
「そんなに気にしなくていいのよ?酒席にはつきもののことだし、そもそも私が悪い…」
悪いんだからと言い終える前にマヤは私から身を退くように後退ってしまった。
「あの……すみませんでした。赤木さん、ごめんなさい。割ったものは明日買って来ます。」
涙を拭ったマヤはまた再び料理に勤しむ。
まるで集中しなければならないかのようにセッセ立ち働くその姿にどことなく違和感を感じたが、それからは普段通りの態度に戻ってくれていたため私はあまり気には留めなかった。
翌朝、出勤する私に同行をしようとするマヤを止めたのは、あまりに疲労困憊しているように見えたからである。
昨日はあれから食事をし、またケーキに大喜びをして舌鼓を打ってくれたマヤではあるが、入浴後早々に自室に行ってしまったのは既に疲れていたからなのであろう。
522 :
リツコ:2009/11/09(月) 23:35:45 ID:???
「目の下のクマが凄いわ。遅くまで起きてたの?まだ眠って…」
「大丈夫です。今日はお友達にCDを貸す約束をしていたし、買い物にも行かないとならないですし…。体調は悪くないですから。」
こうして玄関で押し問答をしていても時間が止まるわけではなく、出勤時間は迫る一方であった。
どうしてもネルフに行くと言い張るマヤに根負けして折れたのはその時間がギリギリとなっていたからであり、決して納得して了承したからではない。
「もし、具合が悪くなったらすぐに医療部に連絡するのよ?風邪はひいてないわよね?」
「はい、大丈夫です。わかりました。」
だから向かう車中でそう念を押したのだが、マヤは窓に片肘をついたまま流れていく外を眺めているばかりである。
気だるそうなマヤの様子が気がかりで何度もチラチラと窺い見てしまったが、その内、マヤは目を閉じて眠ってしまい会話は終わってしまった。
「それじゃ、また後で伺いますね。」
ネルフに到着するとマヤは友達にCDを渡してくると言って行ってしまい、私はひとりMAGIのメンテナンス作業に勤しむこととなった。
MAGIの本体が置かれる穴蔵ともいえる場所へは、そう滅多に訪れることはない。
ここへ来るのも、以前にイロウルに本部を自爆させられようとした時以来であった。
あの時は間一髪で切り抜けることができたが、日を追う毎に出現する使徒の能力は進化の一途を極めていると言っても過言ではない。
脳を模したこのMAGIに新たにプロテクトを施したのも、いつ何時に現れても迎え撃てるよう万全の態勢を整えておく必要に迫られていたからである。
前回のような働きをマヤに求めることが出来ない以上、再びクラッキングなんぞされてはたまらない。
いくら今は青山主任が居るとはいってもこの分野に特化してくれているわけでもなく、今は私一人でMAGIを守らないとならなかった。
523 :
リツコ:2009/11/09(月) 23:42:03 ID:???
こんな今の状況は私にとって最大の弱みであるが泣き言を言っていられる立場でもなく、私は最後に頭蓋骨となるカバーを被せ終えると額の汗を拭った。
「ふぅ〜…母さん、終わったわ。どう?娘からのプレゼントは気に入って貰えたかしら?」
工具箱にナットを仕舞いながらそんなことを問いかけてみたのも別に返事を期待してのことではない。
ただ何となく親子の語らいみたいな真似事をしてしまったのは、生前の母さんとは殆どそれらしき会話をしたことがなかったからである。
「いつも仕事の話しかしなかったわね…。」
一番よく思い出せる母さんの記憶は悲しいことに白衣を着てデスクに向かう後ろ姿であった。
「それと……碇司令とのキス現場ね。母さんは司令に片想いしてたのよね…。」
衝撃を受けなかったのは、二人の間に漂う雰囲気から勘づくものがあったから…。
でも、母さんは自分でよくわかっていたことだろう……司令は最初からユイさんしか見ていなかったと…。
この穴蔵の壁面あちこちに貼り付けられたMAGIの裏コードの中には、母さんの呪詛ともとれる落書きが幾つか混じっていた。
碇のバカヤロー……そう記されたメモは、まるで振り向いてくれない事への苛立ちが込められているかのように殴り書きされていた。
「馬鹿は母さんの方よ…。」
シンジ君には悪いが司令のどこが良くて好きになったのかと疑問がつきないのも、母さんの死後、こともあろうに私に粉をかけてこようとした事があったからである。
このことを親友にすら話したことがなかったのは、話したら最後、血気盛んな彼女が黙ってはいないだろうとわかっていたからだ。
勿論、司令にはその場で冗談が過ぎるとかわしたが、一体何を考えているのやらである。
524 :
リツコ:2009/11/09(月) 23:49:37 ID:???
その一度きりを最後にアプローチはないから良いのだが、母さんの自殺の原因はそんな定まらぬ危うい関係に疲れてしまったからなのかも知れない。
相談してくれてたら……娘に言える事ではないのだろうが…。
「私は母さんのようにはならないわ。……私ね、好きな人がいるの。いつか紹介するわ…。」
工具箱を片手に穴蔵から戻る途中、振り返ってしまったのは母さんに呼ばれたような気がしたからだ。
「……えぇ、頑張るわ。」
頑張るのよ……と、今言われたように聞こえたのは自分自身の心の声であり幻聴に違いなかった。
もし母さんが生きていたら反対して当然であろう。
『でもね、ロジックじゃないのよ。物事は色々とね…。リツコにはまだわからないでしょうけど…ね。』
でも、反対しないのでは……と、何となく思ったのは、母さんの口癖であったこの言葉によるからである。
ことあるごとにロジックじゃないと口にしていた母さんは、およそ科学者らしからぬものであった。
私は論理的に考えるのが科学者として当然の姿勢であるし、またそうあるべきものだと考えていたから同意は出来かねていたが、今はその言葉にすんなり頷けてしまっているのは恋という名の魔力に魅せられてしまっていたから…。
「フフッ、ホントそうね。ロジックじゃないわ。母さんの口癖は私にもしっかり受け継がれたみたいよ?……じゃあまたね、母さん。」
私はもう一度振り返って母さんにそう答えた。
「もうこんな時間なのね…。」
私は掛けていた眼鏡を外した。
メンテナンスを終えた後はその足でミサトと昼食をし、自室に戻ってからはずっとPCで意見書を書いていた。
朝、自宅を出てからは煙草もコーヒーも一度も口にすることなく仕事に追われていたが、いい加減、ここらで休憩をとろうとしたのは目がショボショボしてならなかったからである。
525 :
リツコ:2009/11/10(火) 00:00:29 ID:???
椅子から立ち上がるとコーヒーメーカーをセットしたのは一服をしたかったからであったが、いつもであればマヤが用意してくれていたので私が普段することはなかった。
用意されていないということは、あれからマヤはまだここには来ていないということである。
時刻はとっくに夕方になろうとしているというのに、一度もここへ顔を出さずにどこへ行ってしまったのだろうか…。
コーヒーが出来るのを待つ間、私は紫煙を燻らせながらマヤのことをボンヤリと考えていた。
いつもなら午前中には一度は顔を出しに来ていた。
別に、あの一件が未だに尾をひいているわけではない。
昨日の内にきちんと謝って許して貰えていたのだし、マヤだってあれからは気にせず普通に接してくれていたことはミサトにだって報告済みである。
私はマヤの携帯にコールを入れてみようと電話に手を伸ばそうとした。
「煙草の灰が落ちそうですよ?」
くわえ煙草のままボンヤリしていたからだというわけではないが、いつの間にか青山主任が来ていたことに全く気づかなかった私は今にも白衣に落ちようとする灰をすんでのところで灰皿で受け止めた。
「こちらに保管されている資料を幾つかお借りして宜しいですか?」
「あ…えぇ、いいわよ。持って行って。」
青山主任が書棚の中を確認しては目当ての資料を抜き出していく。
「ねぇ、マヤを見かけなかった?もうすぐ定時になるというのに、ここへ来る筈がまだ来ていないのよ。どこに行っちゃったのかしら…。」
「……さぁ……私は今日は研究棟に篭りきりでしたので…。きっと、興味のおもむくままブラついているか友達とダベっているのでしょう。……では、お借りします。」
もっか休憩中な私こそが今こうしてダベりたかったのは、マヤの様子をそれとなく聞き出したかったからである。
526 :
リツコ:2009/11/10(火) 00:12:25 ID:???
青山主任の自宅にマヤが泊まったことを全く気にしてないといったら嘘になる。
それだけでなく、昨日、ベッドで丸まっていた時のこともやはり頭の片隅では気になっていた。
が、資料を小脇に抱えるや腕時計で時刻を確認する青山主任はまだまだ忙しいようで、会話もそこそこにすぐに引き上げていってしまい、私はまた聞くことが出来なかった。
マグに注いだコーヒーを味わうこと、これで何杯目になるだろうか…。
マヤが一緒の時は帰りがあまり遅くならないよう配慮するようにしていたのだが、今は定時も過ぎて1900になろうとしていた。
「遅くなってすみません!」
ドアが開いたと思ったら飛び込むように中へ駆け込んで来るマヤの声で、私は電話に伸ばしていた手を止めて振り返った。
またここまで一気に走ってきたのだろうマヤは肩で息をしている。
「珍しく遅かったわね?どうしたのかなって今コールしようとして……どこに行ってたの?」
荒い息のまま自席に座ろうとするマヤに、私は湯気の立つマグを差し出した。
「えっと……色々と散策したり、ちょっとお手伝いとかして話し込んでしまっていて…。」
「そう…。あなた、今朝は体調が悪そうだったからちょっと心配したわ。……もう平気なのね?」
熱々のコーヒーをフーフーするマヤがそれに大きく頷く。
「はい、ご心配をおかけしてすみません。……あ、そろそろ帰られますか?」
元気に頷いてくれたマヤの無邪気な様子に安堵した私は、着ていた白衣を脱いで帰り仕度を始めようとしていた。
乙!
528 :
リツコ:2009/11/10(火) 00:20:00 ID:???
「今日は一度も来てくれなかったからつまんなかったわよ?ここにずっと一人で篭りきっりなのも気が滅入るし…。でも、青山主任も忙しいみたいだっからそれは同じよね。さっきね、ここに来たの。」
「……リカさんがですか?」
固まってしまった腰を解すようにトントン叩いて苦笑すると、マヤはマグを両手で包みこんで中を覗き込むようにした。
「えぇ、ここにある資料を借りて行ったけど?」
「いえ、別に…。あっ、帰りにお皿とグラスを買いたいので、いつものスーパーに寄っていただけますか?ついでに食品も見て……あ、今日はお菓子の特売でした!」
コーヒーを勢いよく飲み干したマヤが続けとばかりに急いでマグを洗いだしたのは、お菓子に猪突猛進したくてならないのだろう。
こういう時のマヤは本当に頼もしくてならない。
「フフッ…そう、じゃあ張り切らないとね。頼んだわよ?」
マヤがいつもの調子でおどけて返事をしてくれたことに気を良くした私は、仲がまた元の鞘に収まったことに安堵するばかりであった。
事変が既に訪れていたことには、この時の私はまだ何も気づいてはいなかった。
529 :
リツコ:2009/11/10(火) 00:21:51 ID:???
本日の投下は以上です。
では、また…。
乙です!
事変;
乙ですー!
ぐふぅ、事変か…
乙ですー!
事変が、コワイですっ
毎度乙です
何が事変なのか…
次回が気になります
乙です
またまた何かが起こるのですね;でも気になります!!
乙です
じへん...
乙です!
事変…;
すいません
次回以降の展開が恐ろしいんですが
538 :
リツコ:2009/11/18(水) 20:32:42 ID:???
それから10日程ばかりが経過した、ある深夜のことだった。
マヤの悲鳴でまた目を覚ますこととなった私は慌ててマヤの部屋に飛び込んでしまっていた。
「一体、どうしたというの?」
「……すみません。また夢を見てしまって…。」
ここしばらく、ほぼ毎夜のように繰り返すこんなやり取りもこれで何度目になるのだろうか…。
ベッドの上に起き上がったマヤが項垂れたままでいるのも同じである。
「ねぇ、いつもどんな夢を見ているの?……ここの所、毎晩のように続いているでしょ?何か気になることでも…」
「何もありませんッ!!……す、すみません…つい……。」
ベッドに腰かけて顔を覗き込もうとする私にマヤは声を大きくするも、一瞬後には後悔の表情を浮かべて私から顔を背けるように俯く。
「……満足に睡眠がとれていないでしょ?顔色も良くないし…。」
いつも、夢を見ていたとだけしか言わないマヤの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
汗をかいて悲鳴まで上げるような夢は悪夢に間違いないであろうに、マヤは黙したまま何も語ろうとしてくれない。
「……何か……その…気掛かりな事でもあるの?私で良かったら話を聞くわよ?」
だから、私の方からそう口火を切ったのもマヤに何か悩み事のようなものがあるからだと思ってのことであった。
日増しに目の下のクマが色濃くなっていくだけでなく、口数も少なくなってきていたのだから黙って見ていることは出来なかった。
「ねぇ、話してくれない?力になりた…」
「何もありません。平気です。……あの…これは友達と観に行ったホラー映画のせいなんです。お騒がせしてすみません。本当に気をつけますから…。」
マヤは背けていた顔を私に向けて再びすまなげな表情を浮かべるが、どことはなしにぎこちないものであった。
539 :
リツコ:2009/11/18(水) 20:37:38 ID:???
ホラー映画を観たばかりに悪夢にうなされることとなったという説明はもっともであるが、毎晩のように起きてしまう理由としてはいささか難がある。
それだけでなく、ここ最近のマヤを少しおかしく感じてもいたのは心ここにあらずな様子を頻繁に見せるようになっていたからであった。
会話をしていてもどこか上の空でいる。
あれほど欠かすことのなかった三食の食事をとらない時もあるし、また食べる量も以前より少なくなっていた。
ネルフに行かない日は部屋に篭ったままでいることも多く、こうして同居をしていても会話をする時間が短くなってしまっていた。
「大丈夫ですから…。本当に気をつけます。……おやすみなさい。」
そう言って、マヤはベッドに潜り込むと背を向けてしまった。
まるで私の心配など無用であると拒絶されてしまったかのようで心が悲しくなってくる。
「……おやすみ。よく眠ってね。」
が、私はこれ以上は何も言えずに部屋を後にするしかなかった。
照りつく陽射しの中、私は木陰の下のベンチで昼食後の一服をしていた。
「はぁ……。」
ミサトが不在な今日はお弁当を持たされての出勤であり、こうして今しがたまでそれをここで食べていたのであった。
書類に囲まれた殺風景な自室では折角のお弁当を食べる気にはならなかったからである。
が、作ってくれた当の本人が今日はここに来ていないのは連日の悪夢が祟っているからであろう。
「はぁ……。」
空になった弁当箱を見つめて溜め息をついたのは何も味に問題があったからではない。
朝、私を送り出してくれた際には行ってらっしゃいと元気な声をかけてくれたマヤではあるが、やはり顔色はすぐれてはいなかった。
空元気なその様子が心配でならず、昨夜の悪夢のことについてあれこれとまた問いかけてしまったが話をさりげなく反らされてしまい答えてはくれなかったからである。
540 :
リツコ:2009/11/18(水) 20:40:18 ID:???
私はそんなに頼りない存在なのだろうか…。
マヤが何か問題を抱えていることに間違いがないのは同居しているから……いえ、想っているからこそ気がつくことである。
だが、マヤは私の心配を全く意に介そうとはしてくれないばかりか、そんな私に対してむしろ距離をとろうとしてきていることにもここ何日かでまた気がつくこととなっていた。
表明上はごく普通にこれまで通りな態度で接してくれてはいるが、どこか一線をひかれたというようなそんな距離感を感じてならないのは己の領域に踏み込ませまいとする印象をマヤから感じてならないからである。
それは思えばあのゲーム……いえ、その直前の肩透かしな一件から始まっていることに違いはないのだろうが、マヤの誤解をどう解いていけば良いのかわからず私はまたこのことでも溜め息をこぼすばかりであった。
「はぁ……。」
何かを抱え込んでいるマヤと、そんなマヤから距離をとられ始めた感があることの二重の悩みに溜め息は止まらずで、こうして悶々と膝を抱える思いでベンチに座るだけである。
そんな気持ちを払拭したくて取り敢えず顔を上げてみれば、遠くを歩いて行く人影にここで気がついたのは何も眼鏡を掛けていたからではなかった。
「えっ…?」
その人影が誰であるかを私が見間違うわけがないのは、マヤが私をいつも見ていてくれたと同様に私もまたマヤをいつも見ていたからである。
だが、マヤは今日は家で休んでいたいと言ってネルフには来ていない……筈であった。
制服に身を包むその人影は、今はキョロキョロとして立ち止まっている。
私は声を掛けようとしてベンチから立ち上がり、そしてそのまま佇んでしまうことになったのは建物の陰から青山主任が現れたからであった。
二言、三言、会話を交わすと歩き去って行く二人は、まるでどこか人目を避けているかのようだ。
541 :
リツコ:2009/11/18(水) 20:43:38 ID:???
そんな二人に密会などという言葉がふいに浮かんでしまったのも青山主任がマヤの肩を抱いて行くのを見てしまったからだけではなく、ここがネルフ本部から少し離れた裏手に位置する場所でもあったからである。
この先にはスイカ畑しかなく、周囲を林に囲まれた何もないこの場所へわざわざ足を運んでくる者はそうはいないだろう。
私は二人の姿が見えなくなった後もその方向を見つめたままでいた。
「あっ、お帰りなさい!」
夜、少し遅くなってから帰宅することになったのは別に仕事に追われて帰れなかったからではなかった。
マヤと顔を合わすことをこうして躊躇ってしまったのは、昼間、偶然見かけてしまった二人のことに拘っていたからである。
「お食事はまだですよね?今日は腕によりをかけたんです。」
「ごめんね、食べてきたわ。先に連絡しておけば良かったわね。……もしかして待っていてくれたの?」
キッチンのテーブルにはすぐにでも食事が出来るように準備がなされていた。
マヤは私の帰宅を待って一緒に食事をしようと思っていたのだろう、用意された二膳を前にガッカリしたように肩を落とす。
「そうでしたかぁ…。残念。」
言葉少なく椅子の背を引いて座ろうとするマヤに意外さを覚えたのは、今は私と距離をとるというよりも逆に懐くような態度を久しぶりに示していたからである。
「凄いご馳走ね。……何かいいことでもあったの?」
ネルフで食事を済ませてきてしまったことを後悔するほどテーブルには沢山の料理が並べられていた。
「えっ?……いえ、別に。最近、夜中に起こしてしまってご迷惑をおかけしてましたから…。これはお詫びの印です。」
私にニコッとしてみせるその表情にはいつもの天真爛漫さがあるも、どこか作ったようなものに思えてならないのは何故だろうか。
542 :
リツコ:2009/11/18(水) 20:49:01 ID:???
「気にしなくていいのに…。」
あぁ、そうだ……こうして私に向けてくれる人懐っこい笑顔をしっかり受け止めようとすると、マヤはそれをかわすようにすぐ視線を反らしてしまうからだ。
それは以前によく見せてくれた照れたような恥じらいとは違う。
そう……記憶をなくしたばかりの当初はともかく、同居を始めて以降は以前ならこんな風に時によそよそしく視線を反らされたりすることはなかった。
こうして私のすぐ傍に居るのに、マヤを遠くに感じてしまうことが最近増えている。
「今夜からは安眠を妨げません。……じゃあ、わたしは晩ご飯を食べますね。」
そう言って、マヤは一人で食事を始めだした。
私はもっと会話がしたかったため、部屋着にサッサ着替えるとまたキッチンに戻ってマヤの向かいの席に座った。
モリモリと食べていくマヤに嬉しさを感じたのは、ここ最近の落ちていた食欲が普段に戻ってくれていたからである。
「…あの…どうかされました?」
「フフッ、いいえ。……元気良く食べているマヤって可愛いなって思ったのよ?」
どんぶり鉢を抱えているマヤが顔を赤くしたのは私に見られていたからだけでなく、今の一言によるものが大きいのは間違いないだろう。
両肘をついて覗き込む私から俯いて顔を隠そうとするが、耳まで赤くしているのがその証拠である。
「また冗談を…」
「本心からよ?……以前からそう思ってたもの。本当にあなたは可愛いわ。」
いつもの悪癖でからかうつもりで言ったわけではない。
誤解を解いていくには私自らが積極的に働きかけねばならない以上、今は離れようとしていく距離を少しでも埋めたくてのことであった。
が、今のを冗談ととらえたマヤはどんぶり鉢を抱えたまま動きを止めている。
543 :
リツコ:2009/11/18(水) 20:55:24 ID:???
「……どうしたの?」
「なっ、何でもありません!」
そんなマヤに不安になってどんぶり鉢をどかそうとすると、慌てて顔を上げたマヤの目尻に光るものが見えた。
マヤは目尻にたたえたそれをさりげなく指で拭うが、私はそれをしっかり見てしまっていた。
「あ…お風呂が沸いてますから冷めない内にどうぞ…。」
どうして今また涙を滲ませるのだろうと思う間もなく違和感を感じることとなったのは、即座にマヤの態度がまたよそよそしくなっていたからである。
やはり、私と距離を置こうとするのはあの誤解の件が未だに尾をひいているで間違いない。
マヤの心には今、何があるのだろう……黙ったまま食事を続けられることに居心地の悪さを感じ始め出していた。
少しずつ……そう、少しずつ、マヤの記憶の回復と共に事を進めていきたいという都合の良い展開を期待して願うのは無理なのだろうか…。
私に構わず食事を続けていくマヤに気まずさをも感じてしまったのは、今、この場を沈黙が支配していたからであった。
「体調は元に戻ったみたいね。……今日はどうしていたの?どこかに出掛けてみた?」
風呂を勧められても腰を上げなかったのはまだこうしてマヤといたかったから…。
たとえ距離をとられていても構わないのはそれを絶対に埋めねばならないと必死であったから…。
いえ、それだけではなく、やはり昼間のことも気になって仕方がなかったからである。
だが、会話再開の糸口としてそれが適切ではなかったことにすぐ気がついたのは、マヤがまた動きを止めたからであった。
それはほんの一瞬である。
「…今日はここでノンビリ過ごしてました。お掃除、洗濯で一日が終わってしまいましたけど…でも、ゆっくり出来たので体調は万全です。」
ショックを受けたのは嘘をつかれたことだけではなく、また私から視線を反らしたまま淡々と返事を返されたからであった。
何故、ネルフに来ていたことを……青山主任と会っていたことを隠すのだろう…。
544 :
リツコ:2009/11/18(水) 21:00:53 ID:???
「そう……問題ないようね…。」
食事を終えたマヤは流しで洗いものを始めようとしている。
これ以上、会話が続きそうにないことをマヤの背から読み取った私はこの場を去るしかなかった。
「暖まるのは体だけね…。」
私はバスタブの中で熱めの湯に身を浸からせたまま目を閉じていた。
こうしていても心が寒々としたままなのは、最近のマヤに感じる違和感からであるのは言うまでもなかった。
今一度、頭の中を整理しようと入浴してみたが、考えてもわからないことだらけである。
「確かに誤解が発端よね…。」
あの肩透かしとゲームの一件以来、マヤは私に距離を置き始めだした。
だが、一部下としての立場を貫こうとするにはよそよそしい態度を時に示すのが不可解でもあった。
別に振った振られたなどの直接的なやり取りをしたわけではないし、仮に片想いと思い込んでいたとしても普通はよそよそしくなるものだろうか…?
むしろ、片想いの場合は相手に少しでも近づきたいと思うのが一般的な道理だ。
なのに、あれ以来のマヤは私に近づくどころか逃げるような素振りを時に見せたりもする。
既に気持ちに整理をつけ終えられる程度の想いしか寄せてくれていなかったのだろうか……私は俯いてしまった。
青山主任の自宅に泊まって帰って来た日の時もそうだった……キッチンでマヤの頭に触れた時、マヤはそれを拒むように私から後退った。
私をもう嫌ってしまったから…?
「……違う…わ…。」
あの時……いえ、あの日、帰宅して顔を合わした時にもマヤは今日みたいに目に涙を浮かべていたことを思い出し、私は頭を振った。
涙を湛えていた理由が何故かまではわからないが、だが、あの時のマヤはまるですがるような瞳を私に寄越していた。
それに一瞬ではあったが、その場で崩れ落ちそうな様子にも窺えて見えた。
いくらなんでも嫌ってしまった相手にそんな態度は示さない……筈だ。
545 :
リツコ:2009/11/18(水) 21:05:21 ID:???
青山主任の自宅で何かあったのだろうか……思えばあの日以来、マヤの様子は一変してきたのだからそう邪推したくもなる。
青山主任が私と同じ感情をマヤに抱いているのではという疑念は確かにあるが、一方ではそんな彼女が今では私への態度を軟化させ、更には私の想いを汲み取ったように支援する素振りまでをも見せていることへの説明は考えてもわからなかった。
しかし、今日の昼間に二人は人目を避けるようにして落ち合っていたのは事実である。
何度も思ってしまったが、肩を抱いて歩く二人はカップルのようであった。
そして、そのことをマヤは隠して私に嘘をついた。
私は胸にチクリとした痛みを感じて咄嗟に手をあててしまった。
これは以前に味わった嫉妬……とは違う。
あれだけ私に人懐っこかったマヤに今はよそよそしくされている胸の痛み……だろう。
「……そうよ……きっとそう…。」
本当に今のマヤをおかしく思うのはそれだけでなく、心ともない様子をしばしば垣間見せているのも挙げられる。
連日のようにマヤの悲鳴で目を覚ますことになっているものの、マヤはホラー映画のせいで夢を見てしまったとしか言わない。
何か問題があるのは間違いないのに尋ねても話そうとしないばかりか話をそらされてしまう。
それを最初に感じたのは、あのベッドで丸まったまま小声で電話をしていた時のことだろう。
もしかして、あの時の通話相手は青山主任だったのでは……と勘繰ったのも、今日、帰宅する際に通路で出くわした時の様子からふと思ったことである。
彼女もマヤと会っていたことには触れもせず、何というか逆に私に探りを入れる口調で話しかけてきたことに引っかかりを感じていたからだ。
自宅でのマヤとはどんな感じなのかを何故、青山主任が気にするのか……私をライバル視しているから…?
546 :
リツコ:2009/11/18(水) 21:11:07 ID:???
「……まさか…。」
とはいえ、マヤは今では私によそよそしくなり、青山主任とはコソコソと会っている。
仮に…仮にマヤが青山主任と何かあるならば、私は二人に問い質すべきなのだろう……自らの想いにも白黒決着をつけるという意味で…。
だが、その確証まではないし、それとマヤの異変とは無関係な事柄なのかもとまた思ったのは、むしろ青山主任は私達の仲をどこか気遣わしげに窺うような感じに見えたからである。
第一、彼女は元から私達の同居に異を唱えはしなかった。
だから、青山主任がマヤに……そんなことはない……筈である。
マヤと上手くやっているとは答えたが、多分、彼女もマヤの異変には気付いているに違いないだろう。
あれだけ心ともない様子を頻繁に垣間見せているのだし、青山主任も私に探りを入れる素振りを示してきたのだから…。
だが仮にそうであれば、その事について私に話してこないのは何故か…?
歯に衣着せぬ物言いをする彼女のことだから、旧知の間柄であるマヤに異変が生じていることについて話を振ってこないのは考え難い。
何も気づいていないのだろうか…?
もっとも、二人で秘密の恋人同士みたく落ち合っていたのだから彼女にしてみれば異変など元よりないのかもだが…。
「……秘密…か。」
私は湯船に頭をザブンと沈めた。
マヤに生じた一連の事態について、もしかしたら青山主任は何か知っているのかも知れない。
少なくとも、今日、落ち合っていた二人の様子から何か共通する秘密らしきものがあることは窺えるが、それがマヤの異変と関係があるのかまではわからない。
ただ何となくそう感じたのは、二人の関係についてをまたここで改めて考えることとなってしまったからであった。
帰り際に、マヤと会っていたことについて彼女にカマをかけてみれば良かったのだろう。
が、そうしなかったのは、今こんな状態のままで万に一つの真実を知ることになるのかも知れないことに、私は心の奥底では恐れを感じていたからであった。
乙です
548 :
リツコ:2009/11/18(水) 21:18:31 ID:???
「……やはりマヤを…いえ、違うわ…。」
こうやってあれこれ考えては否定するも、心のどこかでまさかな気持ちがどうしても拭えないのは昼間見てしまった二人の密会だけでなく、現に私によそよそしくなってしまったマヤの変貌という動かし難い事実に直面していたからであった。
こんな嫌な予想が頭をもたげてならないのも、マヤがあの誤解から青山主任に靡いてしまっていたら……という、結末を不覚にも考えてしまったからである。
青山主任は奥手な私と違って何事も積極的である。
彼女がこちらに異動して以降、旧知であるマヤとの仲も更に親密さを増したことだろう。
あのミサトを相手にあちこちつるんでは遊ぶぐらいなのだから、マヤが好みそうなプレイスポットも当然熟知していることだろう。
何より、彼女と出会った当初にはマヤとの付き合いは私よりも長いのだと牽制球を投げてきた程なのだから…。
それに、当初の彼女はマヤに対してかなり執着心を持っていたことを今一度ここで思い返すべきである。
もし……もし、私と青山主任がマヤを間に挟む関係に位置づくのであるならば、私は簡単に後には引き下がるつもりはない。
私にもマヤは必要不可欠な存在であるし、何よりも私達の気持ちは確かに向き合っていたのは確認済みである。
青山主任のことも含め、まずはマヤに生じた異変が何であるのかを突き詰めねばならない。
「……とにかく、このまま手をこまねいていては駄目ね。……ほら、しっかりしなさいよ…。」
私は再び滲み始めた涙を拭うために、また湯船の中へと頭を沈めた。
549 :
リツコ:2009/11/18(水) 21:21:18 ID:???
本日の投下は以上です。
では、また後日に…。
おつです!
切ない...
乙です!
泣いてるリツコって…
乙ですー
なんか、リっちゃん可哀想です;
乙ですっ;
リッちゃん・・・!切ない!
リツコさん永遠の30歳おめ!!
素敵な一年になりますように☆
おめでとうー!リツコたん
早くマヤの記憶が戻るといいね
557 :
リツコ:2009/11/21(土) 09:37:58 ID:???
ありがとうございます。
今日はマヤと一日楽しんできます。
今日誕生日なんですか
オメデトウ♪
リツコさん おめでとー
560 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/21(土) 16:32:04 ID:1AH5qFqn
リツコさん、おめでとう
今ごろはマヤちんとラブラブかなw
リツコさん30歳おめでと〜ん!
誕生日と連休が重なってラブラブ過ぎたあまり、休み明けは
腱鞘炎でタイピングに支障をきたしたり、なんてw裏山
563 :
リツコ:2009/11/23(月) 17:18:53 ID:???
只でさえ更新が遅れてしまっている所を申し訳ありませんが、次回は来週を予定しております。
というのも……
マヤ「先輩、お義母様から借して頂いたDVDがあるんですけど観ませんか?なんだか、とても濃ゆい物語なんです。」
リツコ「母さんが?何のDVDなの?」
マヤ「おにいさまへ……という、ドロドロした愛憎関係を描いた…」
リツコ「あぁ、それならタイトルだけ聞いたことがあるわ。」
マヤ「エースを狙えとか、ベルばらを描いていた池田理代子さんって方の作品だそうです。画風とかの雰囲気が70年代調らしく、お義母様曰く突っ込み所満載で面白いんだそうです。」
リツコ「へぇ〜、じゃあ観てみましょうか。」
マヤ「はいっ!」
―視聴を始めて数時間―
マヤ「なんか思った以上にドラマチックな内容ですね。このサン・ジュスト様って先輩と同じ金髪だし、煙草を吸っちゃってるところがカッコイイです。」
リツコ「……私は一輪の薔薇を口にくわえてピアノを弾いたりなんてしないけど…。」
マヤ「ねぇ先輩、宮様って誰かに似てるなって思ったんですけど、叶恭子に似てませんか?観てたらおかしくなっちゃって…」
リツコ「プッ……ちょぉ〜っと笑わせないで。でも、確かにああいったことを言いそうよね。エースを狙えのお蝶夫人みたいだわ。」
マヤ「それに、主人公の菜々子に対するマリ子の執着心って友情を通り越して病的ですよね。」
リツコ「最後まで観終わってないからわからないけど、一緒にお風呂に入ろうと誘っちゃうぐらいなんだから恋愛感情があるみたいよね?」
マヤ「そうですね。わたしだったら、先輩以外の人となんてお断りです。」
564 :
リツコ:2009/11/23(月) 17:21:34 ID:???
リツコ「フフッ、またぁ〜。それにしてもこの作品って、その昔にNHKで放送してたそうね。……今なら色々と問題がありそうだわ。」
マヤ「かなり百合に傾倒した雰囲気ですからね…。マリ子がポルノ作家の娘のクセにって揶揄されるシーンなんて今なら絶対に引っかかりそうです。」
リツコ「そうね。それにしても、あの池田理代子作だけあって本当にドラマチックな雰囲気ね。感情をこめて走るシーンがやたら多い感じだわ。」
マヤ「あ、先輩も気づきました?ビンタ一つするのにそんな助走みたいなのをしなくても…って、フきそうになりましたよ。」
リツコ「フフッ、走る菜々子がサン・ジュストにぶつかってしまうシーンは頭突きしているみたいで私もフいたわ。」
マヤ「笑っちゃダメだって思って観ているからですかね?次回予告の最後に流れる菜々子の決め台詞……おにいさま、涙が出そうです…ってのもそうです。」
リツコ「フフッ、そうね。現代の人から見るとかなりクサく思えるシーンが満載だからなのでしょうね。……次回予告って言われるとエヴァが浮かんでしまうわ。」
マヤ「そうそう、葛城さんったらこの作品の1話と2話の声優をしたそうですよ?女生徒役とはいえ、公務員がバイトしてはダメですよねぇ。」
リツコ「えっ!?突っ込むとこはそこなの?……ミサトって本当は歳はいくつなのかしら…。」
マヤ「あっ、たしか庵野監督はこの作品の発売時だかにメッセージを寄せたそうですよ?あの人って、こういうドロドロした愛憎模様が好きだったからですかね?まぁ、とにかくそのメッセージで今は構想中の企画があるとかでって話してたそうです。」
リツコ「……じゃあ、それがテレビ版のエヴァだったってことか。ふ〜ん……意外な接点があったものね。」
マヤ「お義母様が教えてくださらなかったら知らないままでしたよ。この、おにいさまへ……っていう二次創作アニメは私達ともどこかで繋がっているのかも知れませんね。」
565 :
リツコ:2009/11/23(月) 17:24:32 ID:???
リツコ「えっ、二次創作!?……いえ、これはれっきとしたオリジナル作品であって…」
マヤ「先輩は知らないんですね。おにいさまへ……っていうこの作品は、お義母様へ……っていう原作を元にして作られた作品なんですよ?」
リツコ「……へっ?」
マヤ「おにいさまへ……を、観終わったら、次はマリ見てがありますよ。これもお義母様のイチオシ作品なんです。」
リツコ「は?……マリミテ?」
マヤ「やだなぁ〜、マリア様が見てるですよ。これも有名な二次創作じゃないですか。」
リツコ「えっ!?…あぁ、マリ見てなら知ってるわ。でも、それも二次創作では…」
マヤ「これも人気作品の宿命なんですね…。この、マリ見てっていうのも二次創作でありながらかなり人気を博したんです。」
リツコ「あの……一応、質問したいのだけど、その原作はなんていうタイトルになるのかしら……(-"-;)」
マヤ「決まってます!お義母様が見てる……ですっ!」
リツコ「(あぁぁぁっ、何てイヤなタイトルなの!母さんが見てるって……これは母さんからの何かの仄めかし!?あんなことやこんなことも見ていると……そういうことなの!?)」
マヤ「どうかしましたか?……さっ、今日は観るのはこのぐらいにしてベッドに行きましょうね(はぁと)」
リツコ「ま、待ってマヤ……だって母さんが…か、母さんがっ…」
……という以上のやり取りがあったため、母さんに見られる中、マヤにお勤めを果たしていたため執筆時間がとれず仕舞いでした。
申し訳ありませんが、しばらくお待ち下さいませ。
マヤ「先輩、何してるんですか?37回戦目を始めますよぉ?今度はわたしが薫の君のコスプレでご奉仕しますからネ(はぁぁぁと)」
リツコ「……わ、わかったわ。すぐ行くから(-o-;)…………誰か助けてぇ〜(ToT)」
www
リッちゃん腰はお大事にw
つ湿布
何だか妙にホッとしましたw
それにしても、やはりオーバーワークでしたかw
腰も腱鞘炎もお大事に。
つユ○ケル
37って歳のかz...
すいませんでした
つ菓子折
うはwここでこんなやりとりが聞けるとは…w牛乳噴きました
乙ですっ次回も期待してます
和みましたw
幸せそうでうらやましいな
>>569 いや、歳の数だけ誕生日に頑張って、一年の無病息災を祈願してるのかと思ったんですが、
リツコさんの歳をすでにオーバーだな、と
リっちゃん、お母さんは見てるだけじゃないのよw
ちゃんと記録もしてるし、ブルーレイで販売もできるわ。高画質よ♪
だから、しっかりお勤めしなさい
昔、ソロリティにいた赤木ナオコより
孫の性教育にも。
『ぁっマヤ』
『先輩』
マリ「プッw母さん(マヤ)せっかちねw」
『先輩、先輩、先輩…ぁっ!』
マリ「私は母さん(マヤ)のようにはならないわ;(早すぎだっつーの;)」
>>574 >>575 ブルーレイのご予約に関しては、「マヤたんリツコたんを語るスレ」にて
展開させていただきますw
三人の母
支援
リツコさんもきっとお忙しいんですね
ずっと待ってますw
580 :
リツコ:2009/12/07(月) 00:15:43 ID:???
入浴を済ませて戻ると既に床についたのだろう、マヤは自分の部屋に行ってしまっていた。
寝るにはまだ少し早い時間だが、マヤがいなければ私も起きていても仕方なかった。
それに、独り起きていても先程のようにあれやこれやと纏まらない思考の波に溺れていくだけである。
リビングの灯りを消して自分も就寝しようと自室のドアノブに手をかけたところで、向かいの部屋から聞こえる啜り泣くような声に私は思わず振り返ってしまった。
それが空耳ではないことは、振り返ったままの今でも断続的に漏れ聞こえ続けているのが確かな証である。
「マヤ、どうしたの?…………開けるわよ?」
閉じられたドアの下からは灯りが漏れていることからまだ起きていたのだろう、私はマヤの部屋のドアに近づいてノックをした。
「今っ……その…小説を読んでいたんです。ですから、その…何でも…」
ドアを開けようとする私を止めるかの如く、ドアを隔てたすぐ向こうから圧し殺すような息遣いが聞こえてくる。
次いでドアをロックされようとする気配を感じ、私は意を決して先にドアを開けてしまった。
「マヤ、あなた……」
「何でもありません。小説を読んでいただけです。これは、つい悲しくなって…」
マヤは頬に濡れ伝う涙を急いで拭い取りながら手にする本を慌てて後ろ手に隠し持った。
「……泣き声が聞こえたからどうしたのかと思って…」
「驚かせてすみません。……あの…もう寝ますから。おやすみなさい。」
マヤは部屋の灯りを常夜灯に切り替え、室内に入ろうとする私を拒むかのように背を向けてさっさとベッドに入ってしまう。
「あの……もう寝ますから。本当に…。」
「わかったわ。じゃあ…おやすみっ!」
わざと明るくそう振る舞ったのは、閉まりゆくドア向こうのマヤがまた私に背を向けてしまっていたからだろう。
581 :
リツコ:2009/12/07(月) 00:25:30 ID:???
まるで、どこまでも拒まれているみたいに思えてしまって私まで悲しい気持ちになりたくなかったからであった。
そして、また再び偽られてしまったことへの哀しみを自らに誤魔化してみせねばならない程に辛く感じてしまっていたからでもあった。
「……只事じゃないわね。」
それから私もベッドに入ったものの寝付けないまま何時間も経過するだけであったのは、啜り泣いていたマヤのことが頭にこびりついてしまっていて眠るに眠れなかったからである。
あの悲痛な叫びのような泣き声が胸にどこまでも重く響いてきて堪らず、私は何度も寝返りを打ってしまっていた。
小説を読んでいて泣いてしまったと言われたが、あの後ろ手に隠したものが何であるかはすぐに気がついた。
「鍵の付いた日記……確かにそう…。」
小説だと偽られたが、あれが見間違いでなかったことは私も以前にそれを目にしていたから知っている。
日記を読んでいて泣いてしまったからといって、別に何もおかしいことなどないのに何故また嘘をつくのだろう……。
毎日が楽しいことばかりの連続ではなく、嫌なことや辛いこともあるのが人生というもの。
私は日記をつけたことがないからわからないが、そういった悲喜こもごもなものが綴られていくのが日記というものなのではないか…。
「思わず涙してしまうことが書かれていたの…?」
あの鍵の付いた日記を読んだのか、あれからマヤには聞いていなかった。
読んだことを聞いているのは高校時代までのとネルフに入ってからの日記……もっとも、ネルフの方のは業務日誌だったとのことだが、あの鍵の付いた日記のことはマヤからは何も聞いていなかった。
私の方からも聞かなかったのは、そこには間違いなく私のことが……いえ、ドライブに行く約束をした日のことも綴られている筈だからである。
だからこそ敢えて聞けるわけがなかった。
582 :
リツコ:2009/12/07(月) 00:32:40 ID:???
誤解と思い込みから今はマヤに距離を置かれた状況となってしまってはいるが、実は私はあの鍵の付いた日記に密かな願いを託していた。
マヤがあの日記を読めば私の想いがどうであるかを知ってくれるに違いないと……きっと、マヤのことだから何らかのリアクションを再び示してくれるのではないかと私は内心密かにその時を待っていたのだった。
今度はただの肩透かしと誤解されないよう、対応の仕方を慎重に考えてと…。
「……まさか…。」
読んでくれさえすれば態度を好転してくれるに違いないと期待していたが、あの鍵の付いた日記には私とのことは何も書かれていなかったとでもいうのだろうか…。
私とのことでなく、違う誰かのことが……まさか青山主任のことが書かれているとでも…。
「……馬鹿っ!何を考えているのよ…。それは違う…違うわっ…。」
私はまた寝返りを打って枕を抱き締めてしまった。
先程のマヤの泣き顔が何度も浮かび上がってならず、枕を掻き抱く腕に力が知らず知らずにこめられてしまう。
悲痛な嗚咽と共にあんなにも涙をこぼすマヤを私は今まで一度だって見たことはなかった。
天然ではあるが、いつだって元気溌剌で笑顔の絶えないコである。
そんなマヤが悲嘆にくれたように咽び泣く理由は考えてみたところで私には思い浮かばなかった。
一体、何が記されていたというのだろうか…。
「……わからないわ。マヤ、どうしたというの?」
頭がズキズキと痛み始めだしても何も考えは纏まらず、私はただただ胸に枕を掻き抱くだけであった。
気が付けば朝を迎えていた。
途中、うつらうつらしながらも起きてしまっていたのは寝付けなかったせいもあるが、また今夜もマヤの悲鳴が聞こえてくるのではないかとどこかで身構えてもいたからであった。
すぐにでも駆けつけられるように起きてしまっていたのは、私も昨夜のマヤのように感情が昂ってしまっていたからだろう。
583 :
リツコ:2009/12/07(月) 00:36:23 ID:???
「……酷い顔…。」
私は鏡台に映るそれに幾筋もの乾いた涙の跡を認めるとシャワーを浴びに浴室へ向かった。
熱めのシャワーを浴びたのは煩悩を洗い流すためであり、また冷水に身を打たせたのはボンヤリした頭に喝を入れるだけではなく腫れぼったい瞼を少しでも元に戻すためであった。
涙が滲み上がるそばからシャワーで洗い流していかないと、やりきれない気持ちが膨らむ一方である。
結局、気が済むまでシャワーを浴びてしまったためいつもより時間が遅くなってしまい、私は浴室から出ると急いで出勤の支度に追われることとなってしまった。
キッチンからコーヒーの香しい匂いが漂ってくるのは起きてきたばかりのマヤが淹れたからであった。
マヤは寝癖がついてしまった髪を気にしながらパジャマ姿のままで朝食の支度をしていた。
「おはようございます!」
いつものように元気な声で挨拶をされたことに、一瞬、まるで昨夜のことは夢であったのかと錯覚してしまいそうになってしまった。
が、やはりそうではなかった事はマヤの腫れぼったい瞼が如実に物語っていた。
「おはよ。今日は支度が遅くなってしまって食べる時間がなくなっちゃったわ。もう行かないと遅刻だから……あなたは今日は来ないわよね?」
私は二重瞼が一重になってしまったマヤのそれを見つめてしまった。
「今日は午後から行きます。……あの、瞼が腫れてますけど遅くまで起きられていたんですか?……もしかして…わたし、また起こしてしまいましたか?」
「いいえ、何もなかったわ。これは……ただの疲れ目だから…。」
私の視線に気付いたマヤがまた背を向ける。
今、マヤについた嘘は昨夜の感情の昂りを誤魔化しただけであり悲鳴とは関係なかった。
実際、マヤが宣言した通り、昨夜は悲鳴が起きることはなかったのは徹夜で起きていたからこそ知っている。
584 :
リツコ:2009/12/07(月) 00:40:00 ID:???
自分の瞼を触るまでもなくわかっていたが、冷水で引き締めたつもりでもなかなか上手くはいかないもので普段より厚化粧になってしまっていた。
そうしてしまったのは、そこまで弱ってしまった自分の心中を誰にも見せたくなかったからなのだろう。
なにせ今日はミサトと一緒に松代に行く用があるし、その際にマヤのことを相談する上で変に心配をかけたくもなかったのは意地を張ってしまう私の性分ゆえであった。
こうしている今だって私に隠し事をするだけでなく、また、然り気無く距離を置こうとする態度を示されることに胸が苦しくてならない。
「わかったわ。私は今日は松代に外出するから帰りは遅くなると思うわ…。じゃあ、私は行くわね。」
玄関で靴を履く私を見送ろうと、マヤはトーストを片手に後をついてくる。
「いってらっしゃい!」
声だけはやたら元気なのが最近のマヤである。
顔を向けるまでもなくわかっていたが、やはりそこには作り笑顔のようなものしかなかった。
「……ねぇ、もし何か困ったことがあったらいつでも……ううん、何でもないわ…。じゃあね。」
そう言ってドアを開けて出ようとすると、マヤがいきなり私の手首を強く握ってきた。
「あっ……その…気を付けて…。」
咄嗟なその行動に、マヤ自身も驚いたかのように狼狽していたのは気のせいではないだろう。
驚いて振り返る私にマヤはしどろもどろになっていたのだから…。
本部に戻るヘリの中で、私は深々とシートに身を預けながら静かに瞼を閉じていた。
松代での視察も終わり、予定よりもかなり早い帰着にホッとしていたのは早く上がれることに安堵していただけではなく、今夜はミサトの方から飲みに誘われていたからである。
こちらから相談をしようと思っていた矢先なだけに、向こうから手を差し伸べてくれるような誘いに私が一にも二にもなく飛びついたのは言うまでもなかった。
585 :
リツコ:2009/12/07(月) 00:47:19 ID:???
「疲れた?」
「いいえ…。今夜はどこの店に行く?」
目を閉じていたのは窓から射し込んでくる夕陽が眩しかったからではない。
今朝、出掛け際のやり取りを自ずと胸の内で反芻してしまっていたからである。
あの時、手首を握ってきたのは何だったのだろう……私は握られたその手首を無意識に何度も擦っていた。
「んじゃさぁ、またあのバーにしない?アタシは今日はクタクタに疲れちゃったし、日頃の労をたまには静かに労ってみたいって感じねぇ〜。」
「フフッ、あなたでもそんなこと考えてみたりするのね?」
頷く私の顔に急に陰が出来たのはミサトが姿勢を動かしたからであった。
「アンタも疲れた顔してるじゃない。……何か…あったのよね?」
陽の光が遮られる中、こちらからは逆光に浮かぶミサトのシルエットしか窺えなかったのは外の景色を覗き込まれていたからである。
だが、その問いてくる声音はいつも真剣な表情をする時に耳にするものと全く同じであった。
「……実は…ちょっと、あなたに相談したいことがあって…。」
私も空元気でいたのが見え見えだったのだろう……ミサトはそれに短くため息をつくと私と同じくシートに深々と身を預けた。
「……マヤちゃん…よね?アタシも話そうと思ってたわ。」
「あなた、何を知っているの!?」
擦っていた手首を思わず強く握り締めてしまったのは、それだけ切羽詰まる思いでいたからだろう……私は身を乗り出してしまった。
「何を知ってるって……最近、マヤちゃんの様子がなんか変だなぁってぐらいしか…。」
いきなり身を乗り出されてミサトはビックリ仰天している。
「……そう…。」
「続きはバーでゆっくり話さない?ここじゃ五月蝿くて話にならないわよ。」
ミサトが顔をしかめていたのは響いてくるヘリの爆音のせいであった。
確かに、ここでは五月蝿くて会話はし難い。
「そうね…。」
聞こえたか聞こえないかぐらいの大きさに眉を上げてこられたが、私は静かに目を閉じてまた思考の渦に呑まれていった。
586 :
リツコ:2009/12/07(月) 00:57:40 ID:???
「このカウンター席に座るのも、あの時以来よね。」
「…えぇ、そうだわね。」
あれから仕事を終えた私達二人は、早速このバーへと足を運びに来ていた。
ここが自分の指定席だと言わんばかりのミサトに苦笑を溢してしまったのは、いつかの日のことを私も思い出してしまっていたからであった。
そう……このバーに来るのも、私がまだ自己の想いに囚われたまま一人悩み苦しんでいた時以来である。
あの日も、今日と同じくミサトは隣に座って話を聞いてくれた。
「でっ、本題に入ろっか?」
ミサトは椅子に座り直すとカウンターに肘をついたまま体をこちらに捻ってきた。
「ここしばらく、マヤの様子がおかしいのはあなたも気付いていたのよね?」
「うん、どこか上の空でいるように見えてならないのよ…。疲れてるのかなぁ〜って最初は思ったんだけど……ほら、ウチの部にいるマヤちゃんの友人のコも気が付いて聞かれたのよねぇ。日向君や青葉君だって、最近おかしいねって気にしてたし…。」
私だけでなく、やはり周囲の皆も気付いていたのだった。
そのままミサトはウイスキーグラスをゆるりと回す。
私と同じ物を手にしていることにシンクロという言葉が浮かんでしまったのは、ミサトも今の私の心境と同じであることを感じていたからだろう。
爪を噛んで物憂げに話されることに私は自分の姿を重ねてしまった。
「どうせ自宅でも上の空なんでしょ?一体どうしちゃったっての?」
「えぇ、そうなんだけど……何も話そうとしてくれないから私も皆目わからないのよ。……それに、微妙に距離を置かれちゃったままだから余計に…。」
そう返答をしながら胸に手をあてたのは、またチクリと痛むことを予感していたからであった。
587 :
リツコ:2009/12/07(月) 01:06:45 ID:???
「最近は夜中に悲鳴を上げて飛び起きたりするわ。悪夢を見たとしか言わないけど…。それに人知れず涙を溢している時もあるの…。食事もその量も不規則だし、今までとは一変してしまったわ。何か問題を胸に一人抱えこんでいるに違いないのに…。」
「理由までは不明……か。」
黙って耳を澄ましていたミサトだが、口にしていたグラスを置くと頬杖をついて考え込むようにする。
「何か隠し事をされているのは私もわかっているの。でも…でも、このまま放っとくことなんて出来ないわ。私はどうすればいいの?」
私は頬杖をついたままのミサトにすがるかのようにしてカウンターに身をのり出してしまった。
昔の…まだ記憶をなくす前のマヤであったなら、もし、悩み事があればきっと私に相談してきていた筈である。
いつも先輩、先輩と私を慕って後をついてくるコだったのだから…。
でも今では相談されるどころか、それ以前に距離を置かれるまでに関係は遠退かされてしまっていた。
「っ…。」
苦し紛れのため息だった。
こんなことなら……今更あの一件を後悔しても仕方ないのはわかっていたが、やり場のない気持ちを持て余していた私は手にするグラスを知らず知らずに握り締めてしまった。
「心配なのはわかるけど、無理に聞き出すことだけは良くないわ。それに、どのみち話してくれようとはしないでしょうし…。少なくとも秘密にしたい事柄なんだろうからさ…。」
「秘密…。」
そんな私に困り果てたようなミサトの何気ない一言は、あの昼下がりに目撃したことを記憶の淵からまた呼び覚ましてくれた。
青山主任とマヤが連れ立ってどこかへ歩いて行く姿を思い返したのはこれで何度目だろうか……私は頭を振った。
588 :
リツコ:2009/12/07(月) 01:11:17 ID:???
「ねぇ……あなた、青山主任とは親しいんだからマヤのこと聞いてない?何か言ってなかった?」
今では私も青山主任との間柄は良好なものになっているが、だからといってミサト程までには親しくもなかった。
というよりも、ミサトを仲介して尋ねようとしたのは万に一つの嫌な予想が胸に拡がりつつあったからだろう…。
勿論、ミサトはその予想を前と同じく鼻で笑うだろうし実際の所は不明ではある。
この予想が独りよがりな思い込みであって欲しいのは当然ではあるが、どうしても青山主任をライバル視してしまうのは自分がそれだけ切羽詰まった立ち位置に今は立たされていたからであった。
マヤの肩を抱いて潜め歩く青山主任と、その青山主任と共通の秘密らしきものを持つマヤの二人の幻影が脳裏に浮かんでは消え、私はそれを振りほどくように頭をまた振ってしまっていた。
そのまま一気にグラスの中身の液体を煽ってしまったのは、そんな自分の滑稽さを嘲笑いたくなったからだろう……胃に流れ落ちたそれは体の芯を焦がしていく痛みを伴っていた。
「何も聞いてないわよ?リカったら今日は都合悪くて来れないなんて言ってさ、残念だわ。」
「えっ?」
眉を上げて訝しんでしまったのは、それが意図せぬ返答であったからだった。
独り言のように呟くミサトの言葉の意味が飲み込めず、私は口をポカンと開けさえしていた。
「今夜、リツコと飲みに行くから一緒にどうって声かけたのよ。リカも加わってくれた方がアンタだって心強いじゃない?それに、アンタ達のことをいつも気にかけてたんだから。」
「……そう。」
今のはどういう意味なのだろう……どう解釈していいのかわからず、つい声を沈めてしまったらミサトは慌てて目をパチクリさせた。
589 :
リツコ:2009/12/07(月) 01:27:47 ID:???
「アンタさ、また変に勘繰ってない?そういう意味はないわよ?リカはね、言うなれば友愛精神なのよ。」
「……私ね、マヤと青山主任が本部裏の林を潜め歩いているのを見たの…つい先日のことよ。でもマヤは……その日、マヤは自宅に居たと私に嘘をついたわ。それに青山主任だって何も言わなかった…。マヤの異変を口にすることもなかったわ。」
友愛精神という言葉を否定するつもりはなかったし私としてもそうであって欲しいと願わずにはいられなかったが、ついまろびでた本心は偽ることは出来なかった。
私の呟きにミサトが顔色を変える。
「アンタ、まさかマヤちゃんを疑ってるの?リカのことも?」
手にするグラスをカウンターに叩きつけるように置いたのは怒ってしまったからに違いなかった。
そのままグラスは中の液体を溢して倒れてしまう。
「……アンタの想いを誰にも他言したりはしてないけど、三人でつるむようになってからリカだってわかってる事と思うわ。アンタは知らなかっただろうけどさ、リカはアンタと親しい関係になれたことをそれはとても喜んでいたのよ?」
「嘘…。」
即座に首を振るミサトの今の言葉が頭をすり抜けて行きそうになったが、今のが冗談や気休めではないことは向けられた真顔が証明していた。
私はもう一度その言葉を噛み締めてみたが、やはり否定したくてならないのはこれまでの青山主任に対する数々の疑念を忘れてはいなかったからであった。
「じゃあ、どうして青山主任は何も言わないの?私よりも親しいあなたにですらマヤの様子が変なことを話さないじゃないっ!あれだけマヤにベッタリだったのよ?彼女だって異変に気付いてる筈でしょ!?」
感情の波は高まる一方であった。
こんなにも感情的になるなんて自分でも予期してなかったが、一度口をついて出てしまった疑問は次から次へと沸き上がって押し寄せようとして止まることは出来なかった。
乙!
591 :
リツコ:2009/12/07(月) 01:42:32 ID:???
「それは…何か理由があるのよ…多分…。それに最近のリカも様子がおかしいかなって感じだったし…。」
「青山主任が着任した当初のことを思い出して頂戴。マヤへの拘りがどれほどのものだったか、あなた忘れてしまったの?……きっと、青山主任は私からマヤを奪…」
私の激情に駆られた言葉……それを最後まで言い切ることは叶わなかった。
言い切る前に頬に熱を感じて咄嗟に手をあててしまっていたからであった。
「……何も叩くことなかったわね。でも謝らないわ。……いい加減にそのマイナス思考を直しなさいよ?あれやこれや心配だからこそ感情的になるのもわかるけど、むやみに人を疑うもんじゃないわ。」
ミサトは上げてしまったばかりのその手を膝の上でギュッと握る。
「じゃあ……じゃあ、マヤが嘘をついて隠し事をするのは何故…何故よ…。」
「……それも恐らく何か深い事情があるのよ…きっとね…。いいこと?マヤちゃんは記憶をなくしても寄せる想いは同じだった……アンタはそのことを忘れてはいけないわ。」
目に血の気の色を見せたミサトであったがそれも一瞬のことであり、今は口調も穏やかなものに戻っていた。
まさか頬を打たれてしまうことになるとは思ってもいなかったが、お陰で激昂していくだけだった感情をクールダウンすることは出来た。
ミサトは力なく呟く私に一瞥をくれると、また黙ってグラスに口をつけていく。
こうしてミサトに相談したものの、求めていた明確な答えを得ることは出来なかった。
マヤの異変に気が付いた者が周囲に他にもいた…ただその確認がとれただけである。
その後は、しばらくただ黙って互いにグラスに口をつけるだけであった。
ジンジンする頬の痛みはなかなかひきそうになかったが、それはどうでもよかった。
592 :
リツコ:2009/12/07(月) 01:56:24 ID:???
「とにかく、マヤちゃんとしては隠したい事があるんだから無理に暴こうとするのは良くないわ。……リカにそれとなく探りを入れてみるから、アンタはマヤちゃんの状態に目を配ってあげて。」
「えぇ、そうね。わかったわ…。」
何にせよ、マヤの方から話してくれるよう私がすべき努力は先に距離を埋めることなのだろう。
黙々とグラスに口をつけること何杯目になるのか、その後も私は気が付いた事柄を事細かくミサトに話して聞かせていた。
黙って耳を傾けては合間合間で助言をくれるミサトにまた感謝することになったのは、とうに終電の時刻を過ぎてからのことであった。
人付き合いの良さにも程があるだろうに…。
ネルフから車を呼ぶことはせず、結局、タクシーを相乗りして帰宅することにしたのはマヤの話をネルフ関係者に聞かれたくなかったからであった。
それほどまでに私達は深く話し込んでしまっていたのだった。
ようやく自宅マンションに帰ってきたのは2300を過ぎた頃だった。
とっくに寝ているだろうマヤを起こさないようにソッとドアを開け、玄関に入った所で違和感を感じたのは上がり口にあったマヤのスリッパを目にした時であった。
スリッパが脱ぎ置かれている代わりに玄関にある筈のマヤの靴がなかったことに、私は間違い探しをしている感覚に襲われてしまっていた。
こんな時間までどこへ出掛けてるのだろう…。
マヤは友人と飲むことがある時や遅くなりそうな時はいつも連絡を寄越してくれる。
だが、今日は遅くなるという連絡はもらっていなかった。
自宅の電話にメッセージは残されていないことを今確認したとこだし、携帯にもメールや着信はきていなかった。
メモの置き手紙さえすら残されていない。
子供ではないとはいえ遅い時間であるし、ただでさえここのとこ様子がおかしいマヤのことである。
593 :
リツコ:2009/12/07(月) 02:20:50 ID:???
不安に駆られて急いでマヤの携帯にコールを入れてみようとしたら、玄関のドアが開く音がしてその本人がいきなり姿を現してくれた。
「あっ……赤木さんも帰宅されたとこですか?遅くなってすみません。電話しようと思ってたんですけど、もう眠られてしまったかなと思って…。」
「私も今帰宅したところよ。ミサトとさっきまで飲んでいたから…。」
マヤが酒の匂いを身に纏わせていることに気が付いたのは、私の横をすり抜けて行った時であった。
別に千鳥足ではなかったし受け答えもしっかりしていたが、かなりのアルコールを摂取してきたことは顔の色からでもわかった。
「真っ赤な顔してるわね。誰と飲んできたの?」
「あ……えっと…同期の友人です。急に飲みに行くことになって……楽しかったですね。」
その、どことなく感情を圧し殺したような口調に空虚さを感じてしまったのは何故だろう…。
その私の問いかけに、洗面所で急いで洗顔を始めるマヤの背が一瞬、止まったように見えたからなのかも知れない…。
その洗顔から歯磨きをもが終わるまでの間ずっと私はその場から動かなかったが、マヤの方から会話どころか視線すら合わせてくることはなかった。
他愛ない私の話に黙って相槌を打ってくれるだけのマヤと、そのマヤから向けられたままの背に一抹の寂しさを感じるだけであった。
それでも一方的に話しかけてしまったのは距離を埋めることが大事であったからだった。
「終わりました。わたしは今日はもうこのまま寝ますのでシャワーをどうぞ。…では、おやすみなさい。」
フェイスタオルで口元を拭うマヤからようやく視線を向けられたが、それは鏡という異物越しで直ではなかった。
湯気で曇ってしまった鏡のトリック……そう、ただの錯覚に決まっているに違いないが、そこに映るマヤの瞳は何の感情も込められてないかのように見えてゾクリと寒気を感じてしまう。
594 :
リツコ:2009/12/07(月) 02:38:03 ID:???
そして、そのままマヤが部屋に行ってしまう後ろ姿を私はただ見送るだけでしかなかった。
「…あっ、マヤ。」
「はい?」
今の錯覚……それと感じた寒気が何なのか確認したくてつい呼んでしまったことに我ながら気がついたのは、マヤが振り返ってから後のことである。
「どうかされましたか?」
ハッとする私を不思議そうに見るマヤの表情は今はあどけないものであった。
「……その、おやすみ…ってただ言いたくて…。」
そう返すと、マヤは続いてニコッと笑顔を見せて寄越してくれた。
あぁ……こんな笑顔を向けてくれるのは本当に久し振りである。
そのことが嬉しくてならず、私もマヤに思いの丈を込めてニッコリ笑って見せるとマヤは逃げるように視線を外してしまった。
それは然り気無い振る舞いのように捉えることも出来るだろうが、私はマヤが困ったように躊躇する表情を浮かべたことをしっかり目にしてしまっていた。
どうしてそこまで……胸に開いた花が一瞬で萎んでそのまま枯れてしまいそうになる。
私はマヤのことをどれだけわかっていたつもりなのだろうか……まるで二つの顔を併せ持ったようなマヤに自分を失ってしまいそうになる。
結局、この日も最後はまたマヤに背を向けられたままで終わってしまうこととなった。
595 :
リツコ:2009/12/07(月) 02:47:04 ID:???
師走が本格化していく時期となりましたが、すっかり遅くなってしまい申し訳ありません。
地道に更新していく所存でありますが何かと所用が立て込んでまして、また遅れてしまうこともあるかも知れません。
どうかご容赦願いたく…。
本日の更新は以上です。
では、また…。
うひゃあ…乙です><
乙かれー!途中で寝てしまったw
乙です!
ツライ
ミサトカッコ良かったw
忙しいのに乙です!
いいですよーこちらは気長に待ちますw
乙ですー!
つらい…つらすぎる…
マヤとリツコって家でどんな格好してんのかな?
まさかどてらとか羽織ってたりしないよねw
マヤ「先輩!珈琲入りました」
リツコ「ありがとう。そこ置いといて」
とか言ってどてら、しかもナイトウェアの上に着てたりw
力抜けるな;
なんて空調効いてるからそんなの着ないよねw
マヤはジャージなイメージ
↑あ、投下間違えました
すいません
もう600か・・・乙です。
いつも楽しみにしてます!
>>601 逆にどてらイメージストライクなんですが
どてら、コタツ、お鍋、日本酒
微妙な距離の二人がコタツで脚が触れてしまうのも良いですねw
606 :
リツコ:2009/12/16(水) 23:10:15 ID:???
ミサトに相談してから数週間が経過していた。
マヤのことがよくわからないままそれだけの日数を経過することとなってしまったが、別にその間を私は何もせずにいたわけではなかった。
ミサトの助言通り注意深く観察することは怠ってはいなかったし、なるべくコミュニケーションを取る努力に邁進することで距離を少しずつ埋め戻すといった地道な作業で私は日々を積み重ねていた。
その効もあってか、当初に感じていたマヤの異変や対する違和感等は今は成りを潜めるまでに至り、私への接し具合も以前とそう変わらないまでに戻ってくれていたことでホッと安堵する日々でもあった。
結局、あの異変が何であったのかはわからないままであったが、今はまた前と同じように……いえ、更に天然さをパワーアップさせて私や周囲の者を爆笑と混乱の渦に溺れさせてくれていたため私は深く追求することはしなかった。
「そろそろ時間ですから行ってきますね。…あっ、お菓子の賞味期限は切れてませんから大丈夫ですよ?だから適当につまんでください!」
私の隣の席で黙々とキーを叩いていたマヤは、忙しなく動かしていた指を止めると顔を向けてきた。
あの異変以降、共にネルフに出勤することも少なくなっていたが、この努力の積み重ねの賜か近頃はまた共に行動をする頻度が戻りつつあってもいた。
マヤはこうしてデータ集計作業を手伝ってくれるかたわら、また以前と同じく私の身の回りをあれやこれやと焼いてくれてもいた。
自分のノートパソコンの蓋を閉じるや元気良く立ち上がり、例の如く引き出しの中からお菓子を取り出してはポケットに捩じ込んでいくことに私は晴れ晴れとした印象を抱いてさえいた。
「あぁ、もうこんな時間?いつもの定期チェックとはいえ大変ね。そのオヤツ……あまり食べ過ぎてお腹壊さないでよ?」
「いざという時は別腹がありますから…なんちゃって!それじゃ、また夕方に参上しますね。今夜は肉の特売ですからまたスーパーに寄って下さい!」
そんな茶化しにニッコリ笑うマヤは、今はちゃんと私の目を見て答えてくれていた。
607 :
リツコ:2009/12/16(水) 23:16:24 ID:???
やっと距離がまた近付いてきた……私はそんな思いに包まれながら目を細めることしきりである。
マヤがいつものメンタルヘルスケアの為に医療部に行ってしまったことで、私は掛けていた眼鏡を外して一息つくためのコーヒーを淹れることにした。
―ブシュッ―
ドアが開いて入ってきたのは、案の定ミサトである。
案の定と言ったのは、この時間に息抜きという名目でサボりにくることがほぼ日常化していたことがわかっていたからである。
やはりミサトの手にはマグが握られていた。
「あら、いつもタイミングがいいわね?…フフッ、淹れ立てのコーヒーを飲みにわざわざ狙ってくるのはあなたぐらいなものよ?ちゃっかりしてるものね。」
「ねぇねぇ、これ見てよ。今そこでマヤちゃんとすれ違ったんだけど、こんなに貰っちゃったわ!」
持参してきたそのマグにコーヒーを注いであげていると、ミサトは両手を広げて中の物を見せてきた。
「葛城さんも、お一つどうぞって言ってドサッとくれたの。いやはや、あれだけ食べてよく太らないもんだわぁ〜。」
その手の中には、キャンディーやらクッキーやら煎餅などが山と積まれていた。
その山をミサトは感心するように……半ば驚き呆れたように眺めている。
「フフッ、マヤの食欲をあなただって知らないわけじゃないでしょ?」
「いや、そうだけどさ……何か前にも増してパワーアップしてない?マヤちゃん、その内にレスラーみたいな体形になるんじゃない?ゴングの音がそこまで聞こえてきそうだわ。」
私は思わずプッと噴いてしまった。
女子プロレスラーになって活躍するマヤを想像してしまうだなんて、私もかなり気持ちに余裕が出来たのだろう。
笑いを噛み殺しながらそんなことを思っていると、ミサトも眉を上げて同じく笑いを噛み殺していた。
「もぅ〜、いきなりやって来て何を言うかと思えば……笑わせないで頂戴。……ほら、コーヒーを溢しちゃったじゃないのよ。」
気が付けば、コーヒーはマグの縁を満杯以上に越えて机上にまで拡がっている始末であった。
608 :
リツコ:2009/12/16(水) 23:20:33 ID:???
苦笑しながらそれを布巾で拭き取っていく私をミサトは可笑しそうに見やり、視線が合うとニッコリ笑いかけてきた。
「マヤちゃんもだけどさ、あんたにもようやく心の平穏が戻ったって感じよね。……いい笑顔してるじゃない?」
「なぁに、それっておだててるつもり?そんなこと言っても何も出やしないわよ?」
マヤの席に座ってコーヒーに口をつけるミサトも私同様に晴れ晴れとした様子を見せているのは見ての通りで、茶色に染まってしまった布巾を洗う私にウインクまで投げて寄越す。
「ったく、ウインクを手で振り払うかね!?……まぁ、思っていたほどに杞憂することもなかったわね。」
「何たって今は16歳のままでしょ?そういう気難しい年頃のコにありがちな行動…かしら?あなたには色々相談してしまったけど、私はそれに帰結して納得することにしたわ。」
口の中に拡がる芳ばしい香りを味わいつつ一字一句を噛み締めながらそう答えてみせたのは、あれはきっとそうだったのだ…と、改めて自分にも言い聞かせるためだったのかも知れない。
ここしばらくの私にとってあの異変が最大の懸念事項であったのは言うまでもなく、それが何であったのかはやはり今でも気になってはいることであった。
だが、それに悩み苦しんでいたのはここ一月足らずの間のことであったし、今はマヤとの仲もまた以前のように戻ってきたこともあって私は敢えて気にはしないようにしていた。
勿論、そのことをマヤ本人に問い質して触れるつもりもなかったのは、変な気遣いから蒸し返すような真似をして仲をまたギクシャクしたものにしてしまいたくなかったからである。
まだ誤解までは完全に解けるに至っていないことからもあるが、人は誰でも大なり小なりの悩み事を抱えているわけなのだし、そのプライベートな領域に他者がズカズカと土足で踏み入ってはならないのは人生経験を積んできた者であればわかるというもの…。
609 :
リツコ:2009/12/16(水) 23:25:43 ID:???
マヤが何の問題を抱えていたのかは今となっては知る由もないことであるが、もし他者からの救いを必要とする程のものであったならば私でなくとも他の誰かに相談をしていた筈である。
だが、マヤの親しい友人達ですらも理由もわからずただ戸惑うばかりであったし、私が密かに警戒することとなった青山主任も私達同様にただ手をこまねいているだけの様子であったことはミサトからの報告で知っていた。
なので、マヤが抱えていた問題はそれほど困難なものではなかったのだと……つまり、マヤは自分自身で問題を解決することが出来た……私はそう結論づけていた。
「そうよねぇ〜、今のマヤちゃんは16歳のままで時が止まってるんだものね。……確かに難しい年頃なのよ…。ほら、アタシは身近にアスカがいるでしょ?だから染々感じ入っちゃうんだわ。」
「フフッ、大人への階段を上り始める年代よね。悩んで苦しんで……酸いも甘いも知り尽くすまでには時間はあり余る程あるわ。青春ね……過去に戻りたいわけではないけど、ちょっと羨ましいわね。」
私は口にしていたマグを机上に置くと、代わりに煙草を手に取った。
こうして穏やかな気分で会話をするのも久方ぶり……胸のつかえが取れただけのこともあって深々と吸い込んで吐き出した紫煙にミサトは眉をしかめる。
「ったく、蒸気機関車じゃないんだから……まぁ〜た吸ってるって言いつけちゃうわよ?」
そんな軽口を叩くミサトはマグをあっという間に空にしてしまい、今はマヤから貰ったばかりのお菓子をつまんでは食べていた。
いつもなら、ここでサボって長居を決め込もうとする悪友をそろそろ追い払う頃合いなのだが、そうせずにいたのはそれだけ今の喜びの心境を共に分かち合いたかったからなのだろう。
私は早々と煙草を吸い終えてマヤの机の引き出しの中からキャンディーを一つ取り出した。
610 :
リツコ:2009/12/16(水) 23:29:27 ID:???
「告げ口は卑怯だわ。止・め・て・よ・ね?」
軽快な口調でそれをポンと口に放り込んで見せたのは、やはりマヤの小言が耳に痛いから……というより、むしろそれを待ち望んでいたりする……私はクスリと笑った。
「ヤバッ…ちょぉ〜っち食べ過ぎちゃった。ね、コーヒーもう一杯もらうわよ?口の中が甘ったるくてしゃあ〜ないわ。」
マグにおかわりを注ぐミサトの頬が目一杯にまで膨らんでいるのは貰ったばかりのお菓子を一気食いしてしまったからに違いなかった。
さっきまであったちょっとした小山も、今は残すところ数個になっているのだからミサトもマヤの食欲をとやかく言えないだろうに…。
「うんうん、やっぱリツコんとこのコーヒーも美味しいわ。」
私がそんなことを思っているとは知らず、ミサトはマグに口をつけては頷いている。
サボりを黙認している私へのお世辞なのだろうが、味覚音痴なミサトにそんなありがたいことを言われても右から左に素通りしてしまう。
「一応はそれなりの豆を使用しているんですもの……どこと比較してるつもり?」
「リカの研究室にもコーヒーメーカーがあるの知ってるでしょ?あそこのも美味しいわ。アンタだって飲んだことあるでしょ?……ま、ここじゃアンタらのコーヒーが一、二ね。他のとこはインスタントばっかだし。」
私が目を丸くして首を横に振ったのは、それを飲んだことがないだけではなく青山主任の研究室にもコーヒーメーカーがあったことを今、初めて知ったからであった。
青山主任の研究室へはこちらから訪れることがほとんどなかったのは当初の頃の一悶着と、それに続くマヤとの絡みの件もあったのは確かに理由の一つではある。
が、私とは基本的に専任分野が異なっているし、また特段の用事でもない限りは向こうから出向いてもらっていたためそのことを知ることもなかった。
611 :
リツコ:2009/12/16(水) 23:34:31 ID:???
「やだ、ないのォ?リカの所のも美味いんだってば!騙されたと思って今度飲んでみなさいよ、いやマジで。」
ミサトも目を丸くしていた。
「……だから、マグを持参してはあちこち飲み歩いてたと……そういうことなのね…。それもエビチュのため…でしょ?」
いつの頃からか、休憩に誘ってもミサトは決して自販機でドリンクを買おうとはしなかった。
そのことを思い出した私がこめかみに指を圧しあててしまったのは必定で、ミサトは今度は苦笑いを始めだす。
つまり、こうやってあちらこちらでコーヒーを貰っては浮いたお金をエビチュに回していたということなのだろう。
そんな倹約家なミサト……というよりは、むしろそこまでアルコールが第一主義なミサトにある意味感心してしまいそうになってはいけなかった。
「あなたって、そこまで必死なのね……呆れた。」
「別にいいでしょォ?ここんとこ、リツコにお金を借りに来てないんだからさぁ〜。」
ミサトが頬を膨らます。
確かにそうではある……そうではあるが、今の言い方だと逆にエビチュを買うお金もないイザな時は私にまた頼ればいいのだとも聞こえてくる…。
「さっきさぁ〜、リカんとこに寄って来たんだけど邪険にされてすぐ追い出されちゃったわ。まぁ、忙しいのよね……最近は付き合いが悪いわピリピリしてるわで何度か喧嘩しちゃったし…。」
ミサトは頭の後ろで組んでいた両手を解き、ダルそうに机に頬杖をつく。
そのまま組んだ足をプラプラさせてるのはコーヒーを貰えずに追い払われたことへの不満の表れだろう……しかめっ面をしていた。
「あなた達の喧嘩は毎度のことじゃない。それもつまらない事で大きい声で怒鳴り合って…私のとこにまで他部門から文句が来るぐらいなのよ?そして、頭を下げるのはいつも私………ちょっと、聞いてるの?」
二人の日常茶飯事な喧嘩に辟易していたただけに、つい愚痴が溢れてしまう。
612 :
リツコ:2009/12/16(水) 23:45:11 ID:???
だが、ミサトはそれを殊勝に受け止めることはなく、頬杖をついたままどこかボンヤリした表情で遠くを見ていた。
「ミサトっ!」
私は机上に拡げておいた図面を丸く筒にして、それでもって目の前にある頭をぺシッと叩こうとした。
「ねぇ、リカってどっか体の具合でも悪いのかな…。」
が、そうする前にハッとしたような顔つきで振り向くミサトにやおらそんなことを口にされ、私はポカンと呆気にとられてしまった。
「何よ、いきなり……具合が悪いって何がよ?」
拍子抜けする間もなく私まで真顔になって聞き返してしまったのは、ミサトが物憂げに呟いたからであった。
今の呟きが真面目なものであることは、その表情に陰りまでをも帯びていることからわかる。
いつもオチャラケて笑っているか戦闘中の時のようなキリリとした真剣な顔つきのどちらかでしかないミサトが、こんなアンニュイな表情をすることは珍しいことである。
前回にこんな表情を私にして見せたのは、加持君と別れてしまったという報告を受けた時以来なだけに滅多にない事でもあった。
「どうしたのよ?」
「……リカさ、ここんとこ医療部に足繁く通っているみたいなのよ。で、思ったんだけど近頃、元気がないっていうか覇気がないっていうか……一人で考え込んでることが多いのよ。そう感じることが度々あったから病気でも抱えてるのかな…って。」
ミサトはマグに口をつける。
喧嘩相手の気落ちした様子を心配していることは口振りだけでなく態度にも表れていた。
ミサトは顎の下で組んでいた両手を持て余すようにしきりに組み替える。
613 :
リツコ:2009/12/16(水) 23:49:01 ID:???
「直接、聞いてみればいいことじゃない?……私は具合が悪いようには見えなかったけど…。」
「うん、だから聞いてみたのよ。そんなことないって笑われちゃったけどね。……でも、だったら医療部に頻繁に行くこともないでしょ?……おかしいな…って。もしかして、隠すような病気なのかな…って。」
またマグに口をつけるミサトの顔は曇ったままであった。
「病気って……医療部に通っていることは本人から聞いたの?」
「ううん、あそこの看護士の人達から小耳に挟んだの。よく来てるわよ…って。それで問い詰めてやったら、風邪をひいたから診てもらってただけって言ってたわ。……あそこってさ、コーヒーはなくて日本茶しか置いてないの知ってた?」
私は眉をしかめてしまった。
それは青山主任からいきなり話が反れたからというよりは、ミサトが離れた建屋の医療部にまでわざわざマグを持参していたことを知ることになったからである。
「……あなたね…少しは遠慮という言葉を……いえ、もういいわ…。青山主任には私からもそれとなく聞いてみるから。一応、私は上司だし……それに友人の一人でもあるし…ね。」
「わかってんじゃない!そうよ、今じゃ私達は仲間なんですからね。……まぁ、大した病気でないならいいのよ。」
ミサトは続け様にマグの中身を飲み干すと立ち上がった。
「ご馳走さま、すっかり長居しちゃったわね。じゃあ、イヤイヤ仕事に戻るとするかな?」
「えぇ、是非ともそうして頂戴。日向君から呼び出しがかかる前にね。」
コーヒーをたらふく飲んで満足したミサトが部屋を後にすると、私は椅子の背に凭れてまた煙草に火をつけた。
今、聞いたばかりの青山主任の話が頭の中をグルグル廻ってならないのは仕事への影響を考えただけではなく、やはり友人の一人として案じてしまっていたからである。
マヤのことを……そう、マヤのことを抜きにして考えれば、ミサトに言われるまでもなく彼女とは上手く付き合えていることに間違いはなかった。
気さくで実直な人柄の良さは付き合いを重ねる内にわかってきたことだし、気遣いにかけては人一倍の持ち主である。
614 :
リツコ:2009/12/16(水) 23:59:07 ID:???
その青山主任が何か病気を患っているかも知れない……それも、もしかしたら隠すような病気を…。
ミサトの口振りにそんなニュアンスが込められていただけに、私は口にくわえていた煙草がいつの間にか短くなっていたことに気付くのが遅れてしまい灰を床に撒き散らしてしまった。
「いっけない!また言われちゃうわ。」
慌てて床にしゃがんで落ちた灰を掃除しようとしたのは当然の行為であるが、そうやって慌ててしまったのは、どちらかというと小言を言われ続けていた身の条件反射によることが大きかったからなのかも知れない。
思わず出た言葉がそのことを物語っていることに否応もなく気付かされ、私は苦笑してしまった。
いつも何かと世話を焼いてくれるマヤ……ここネルフにおいては今は直接の戦力に数えることは出来ない状態ではあるが、マヤは紛れもなく私の右腕である。
勿論、仕事面だけを指して言うのではなく、いずれはプライベートにおいてもそうなる……筈。
「これで良し…っと。今のを見られてたら大変ね。」
私は塵取りで取った灰を片すと再び椅子に座った。
そのマヤが右腕なら青山主任は左腕となる存在である。
右腕が使えない今、もし左腕までもが使えなくなってしまったら……一人の友人として案じる気持ちはあっても仕事上の関係からで考える方を優先してしまいがちになるのは、やはりマヤのことがあるからに違いなかった。
「薄情よね……私って…。」
ミサトに何度も言われたことなのに……マイナス思考をするなと嫌というほど言われたことなのに、どうしても疑念を拭うことが出来ないのは彼女に一度も問い質したことがないからなのは自分でも嫌という程によくわかっていること…。
でも、未だにそれが出来ないのは自分に自信が持てていないからであった。
仮に、問い質す勇気が持てたとしても余計にそう出来るわけがないのは、マヤとの間に出来ている微妙な距離感を完全に埋めきれていないからである。
乙!
616 :
リツコ:2009/12/17(木) 00:12:40 ID:???
行動に移すには明らかに今の私は分が悪過ぎていた。
「マヤ…。」
マヤの気持ちはどうなのだろうか……あれで見切りをつけてしまったのだろうか…。
元気と共に明るさを取り戻してくれた今、そのことを考えるとついその名を呟いてしまうのは私には当然のことであった。
微妙な距離と共に不安定な状態に追いやられ、定まらぬままの関係……そして、そこに失われたままの記憶が加わり……唇から溢れる溜め息は毎度のことであった。
このことを考える度に吐息をつくのはいつものこと……私は壁時計を見上げてみた。
そうしてみたのは、いつの間にかマヤのことについて考える方向へと思考が流れていたからで、今、そのマヤは何をしているのかとふと思ってしまったからである。
定期受診となっているメンタルケアの診察はもう終わった頃だろう……何となくそう思った瞬間、続けざまに目を見開いてしまったのはひょっとして…という想像をしてしまったからであった。
それは、ミサトの話にあった医療部という言葉が引っかかったからこそ思いついた想像である。
体調が思わしくないらしいという青山主任が医療部に通っていることを、実はマヤは知っていたのではないかと…。
私は気付かなかったが、ミサトの話だと近頃の青山主任は普段と異なる元気のなさのようだし、マヤも著しく様子がおかしかった。
つまり、マヤの異変は青山主任の思わしくない容態に起因して始まったことではないのかと…。
そんな想像をしてしまったのは、あの昼下がりに潜め歩く二人の様子からでも浮かんでしまえることだからでもあった。
まるでコソコソと落ち合う素振りな様子であった二人……それにマヤの異変と時を同じくしたタイミングでの青山主任の病気話である。
異変の元はここにあるのではないか…。
617 :
リツコ:2009/12/17(木) 00:26:35 ID:???
何か共通する秘密らしきものがあるのではないかと薄々感じてはいたが、それは青山主任がマヤに病気の相談をしていたからではないのか…。
心優しいマヤが自分のことのように親身に相談にのるのはわかりきったことだけに、マヤが気落ちして上の空になってしまってもおかしくはなかった。
ということは、それだけ青山主任の抱える病気は重大なものであるということになってしまうだろう…。
「じゃあ、青山主任は…………でも…。」
命に関わる病気だからこそ隠してしまうのではないのかと思ったのも束の間で、だとしても辻褄の合わないことがあると考え直してしまったのは、やはりあの異変時のマヤの様子をまた思い返したからである。
たしかに、涙を溢したりと感情に起伏が見られていたことは青山主任の病気を思ってのことだからだと解釈することは出来る。
旧くからの親しい付き合いにあるのだから、マヤが我が身のように心配するのは当然のことである。
だが、深夜の度重なる悲鳴や私に対する一転した態度の変わりようについてまでをそれで説明することはどう考えても出来ない…。
それに、マヤはあの異変を脱して今はまた元気さと明るさを取り戻してくれているのだから、合点がいかないことである。
もし、本当に青山主任が病気を抱えているならば何故マヤにしか告げないのか……私までにとは言わないが、かなり親しいミサトにも相談して当然のことだろうに…。
合点がいきそうになるも、矛盾が浮かび上がったことで私は首を捻ってしまった。
まぁ……マヤの私に対する態度に関してはあの一件が重なってしまったからなのだろうが……とにかくこれはあくまでも仮定の話である。
一応、あの異変を説明するための後付けの理由に成り得たるものではあるが、勿論、この推論が外れていて欲しいのは青山主任の友人の一人として当然の思い。
618 :
リツコ:2009/12/17(木) 00:34:58 ID:???
「念のため様子を聞いてみる必要があるわね。……えぇっと……まだ研究室ね。」
私は青山主任の所在を確認すると、すっかり根が張ってしまった椅子から重たい腰を上げた。
向かうは青山主任の研究室。
日頃、行きつけない場所にこれから訪れるからなのだろうが、これから青山主任の研究室でどのような会話がなされるのか……私は手に少し汗をかいていた。
619 :
リツコ:2009/12/17(木) 00:36:15 ID:???
本日の投下は以上です。
では、また…。
乙です
ついにモヤモヤが明らかになるんでしょうか…(;°д°)
乙です!
乙です!
ついに青山主任かぁ
乙ですー
青山主任との話し合い。どんなエピソードになるか楽しみです
乙です!
乙です
リカたん・・・
乙!
乙です!
リカたん心配
628 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2010/01/06(水) 20:40:16 ID:6yVGA2e1
明けましてオメデトウございます!
今年もヨロシクです!
629 :
リツコ:2010/01/18(月) 09:43:25 ID:???
こちらから青山主任の研究室に赴くのは、まだ数えるぐらいの回数しかなかった。
ミサトのように仕事をサボってちょっと来てみたのだ…という理由は私のガラではないだけに、敢えて自分のマグを持参して向かうことにしたのは息抜きの誘いがてらにコーヒーのご馳走にあずかろうとしてのことであった。
コーヒー党を自認する私としてはそれが如何ほどばかりな味なのか気になる所ではあるが、今は青山主任の調子をしっかり確認しなければならない。
たとえ病気を患っているとしても大したものでなければ……そう祈るように足早に歩いて研究室の前まで来れば、来訪を告げるブザーを鳴らす手間を省くかのようにドアは大きく開け放たれた状態のままであった。
私はそのまま室内に足を踏み入れてみた。
「さっきは私が悪かったです。その……少し色々と考えることがあって、カリカリして大人気なかったなと…。あぁ、コーヒーはもう出来てますから勝手に淹れて下さい。」
私を誰と間違えたのか、青山主任はPCに向かったまま振り返ることなくキーを一心不乱に叩いては話す。
その画面には幾何学式な神経配列が表示されており、叩く指はひっきりなく忙しげに動かされていた。
研究に没頭する若きサイエンティストは画面にかぶりつき、ブツブツ呟いてはくわえ煙草をふかしている。
私は黙ってコーヒーメーカーに近付くとマグにコーヒーを注いだ。
「ついでに私の分も…あっ、あの変なスペシャルとかはヤメてくださいよね。あれ、メチャ不味かったですわ。いらんことしなくていいですからね。」
煙をモクモクさせながら私にそんなリクエストを寄越す。
私は青山主任のマグにもコーヒーを注ぐとそれを背後から机上に置いた。
630 :
リツコ:2010/01/18(月) 09:45:02 ID:???
「はい、お待たせ。かなり忙しいみたいだけど取り込み中だったかしら?」
「は…っ!?はは博士っ!」
青山主任は椅子の背に仰け反るようにして振り返り、私を仰ぎ見ると素っ頓狂な声をあげた。
「フフッ、誰と間違えていたの?まさかミサトかしら?」
私はクスリと笑ってしまった。
「はぁぁ〜そうだとばかり…。葛城さんがまた戻って来たんだとてっきり…失礼しました。」
頭を掻くようにバツの悪い表情を浮かべられ、またクスリとしてしまう。
「あの…博士がここへいらっしゃるだなんて何か込み入ったトラブルでも発生ですか?」
私の来訪はかなり意外だったのだろう…バツの悪さもそこそこに、姿勢を正すと今度は神妙な表情を浮かべだす。
「ううん、そうじゃないのよ。ちょっと近くまで来る用事があったから…。ミサトがね、あなたのとこのコーヒーが美味しいって言うからご馳走にあずかりたいな…ってね。」
「そうでしたか。何かあったのかとばかり……どうぞ、こちらへお座り下さい。」
マグを手に、立ったままな私に椅子を勧めてくる。
本当に何もなければ良いのだが……指し示すその意味は違えど腰かけながらそう思ってしまったのは掌にまた汗が滲んでしまっていたからであった。
話をどう切り出そう……頭の中を目まぐるしく回転させる。
「……うん、かなり美味しいわね。これはキリマンジャロ?」
「えぇ、現地の知り合いから特別に良い豆を融通してもらってまして…。通な博士に誉めて頂けるとは嬉しい限りですね。」
ホクホク顔でマグに口をつける青山主任を然り気無く観察したのは体調を探る為であったが、その様子には特におかしさを見受けることもなかった。
私が訪れるまでの間、ずっとここに籠って黙々と仕事をしていたのだろう……休憩に寄ったと言う私を歓迎するようにしてくれているのは話相手が欲しかったからなのかも知れない。
631 :
リツコ:2010/01/18(月) 09:46:21 ID:???
「博士のコーヒーも美味しいですよね。葛城さんもよく言ってました。」
「そうなの?さっき、私の所にも来て飲み逃げして行ったわ。すっかり常習犯よね。」
そう言うと、青山主任はアチャーとばかりにフいてみせる。
ミサトがあちこちでコーヒーを飲み歩いていることは、自分もよく承知しているといった風情だ。
「なんでも小銭を貯金してるそうですよ?ある程度貯まったら、それを抱えて酒のディスカウントストアに駆け込むのが毎度の楽しみなんですって。……ミサトさんらしいですよね…。」
小首を傾げ、どこか微笑むようにして呟くそれに片眉が上がってしまったのはファーストネームを口にされたからであった。
いつの間にか下の名で呼び合うほどまでになっていたとは、ミサトに新たな親友が誕生したことを知った瞬間と言える。
青山主任は今の自分の何気ない言葉に気付くこともなく、頬杖をついてひとり何かを思い出すように微笑んだままでいた。
「フフッ、それがミサトよね。私のことをニコチン中毒って悪態つくけど、自分はビールが主食みたいなものなんだからとんだアル中よね?人のこと言えないでしょ…ってね。」
「フフッ、まったく…ヤニ臭いだの煙草吸うなだのと耳が痛いですよ。……でも、これ見て下さい。」
青山主任は傍らの机上を指差す。
その指先には、私にもよくお馴染みである空気清浄器が置かれてあった。
「葛城さんがここの換気能力じゃ追いつかないって言って、わざわざこれをプレゼントしてくれて…。」
また片眉を上げてしまったのは、あのミサトがそんなことをするとはという意外さをおぼえたからであった。
「ビール代の為に妙な倹約家になったミサトがそんなことするだなんて……ちょっと驚きね。」
「フフッ、それは言い過ぎですよ。葛城さん曰く、年長者の心遣いなんだから無下にせずありがたく使うように…ですって。」
そう言って、青山主任は目下フル稼働中なその空気清浄器をちょんと指で突っつく。
632 :
リツコ:2010/01/18(月) 09:47:20 ID:???
「とは言っても私はヘビー過ぎのようで、実は自分でもケムたくて今こうしてドアを開放してた所なんです。でも、通路にダダ漏れさせては周囲の健康にも良くないですよね。」
椅子から立ち上がった青山主任がドアを閉めに行く。
「ねぇ、ちょっと確認したいことがあるのだけど…。」
私がここぞとばかりに口を開いたのは、青山主任から健康という言葉が出たからである。
話の流れに都合のいいタイミングがきたことで本題の用件に入ることにした。
「はい、何でしょうか?」
ドアを閉めて戻ってきた青山主任がまた椅子に座る。
「ミサトから聞いたのだけど、今あなたどこか体調が良くないの?その…何か病気でも患っていたりするの?」
「は?」
鳩が豆鉄砲をくらったといった所か、青山主任は予期せぬ質問に意味がわからないといった感じである。
「病気?私がですか?まったくどこも悪い所はないですが…あ、治療中の虫歯はありますけど。本当にそんなこと言ってたんですか?」
「えぇ、かなり心配してたわ。近頃のあなたは頻繁に医療部に足を運んでいるし、思い詰めたように考え込んでいるからって聞いたものだから…。病気ではないのならいいのよ。」
が、青山主任は念を押す私の声が聞こえてないのか顔を反らすように机上に視線を落とす。
「どうしたの?」
「……博士……博士は今の同居生活で………いえ…いえ、何でもありません…。」
先程までの朗らかな様子から一転して一字一句を考えるようにされたことに眉をひそめてしまったのも、いきなりマヤとの生活に話を振られて胸をざわつかされたからである。
「ねぇ…それって、あなたもマヤの様子がおかしい…いえ、ごく最近までおかしかったことに気付いていたから私に聞くのよね?」
青山主任は明らかに先程までとはうって変わった様子でハッとしたように私を見返す。
黙って小さく頷くようなその瞳が狼狽するように揺れ動いており、私は直感で青山主任はあの異変について何かを知っているのだと感じた。
633 :
リツコ:2010/01/18(月) 09:48:23 ID:???
「あなた、マヤのあの変化について何か知っているのよね?」
「私は…」
青山主任は食い入るように見据える私から顔を反らして歪める。
さっきのは如何にも失言であった…と、ばかりな後悔を湛えたそれに、私は妙に落ち着かないものを感じ始め出していた。
空気清浄器の微かな稼働音のみが室内に響く中、場の空気が重いものへと変わり出したことに知らず知らずまた掌にじんわりと汗が滲み始める。
私からの注視を一身に受け、唇を噛み締めるようにして注意深く考える素振りを見せる青山主任は押し黙ったまま微動だにしない。
いつだって毅然としているのに、こうも動揺するだなんて……困惑する間もなく机上の電話が大きく鳴り響いた。
「はい、青山…あぁカエデ……そう……それは困ったわね。……わかったわ、今すぐ行くから。」
青山主任が飛びつくようにコールに出たのは、この重苦しい場から逃れようとしてのことなのかも知れない。
何故なら、困ったという口振りにも関わらずホッとした表情で通話を終えるや否やすかさず立ち上がったからである。
「折角のコーヒータイムですが、今からカエデの教育がありますのでこれで…」
れいの、マヤの代理を務める技術部職員からの呼び出しが何であるかは会話を一々確認せずとも私にはおおよそわかっていた。
マヤの代理として彼女に白羽の矢が立って以来、青山主任は少しでもマヤの実力に近付くものを…と、彼女の指導に時間を割いていたことは上司である私も把握していたからだ。
二人が発令所で積極的に模擬訓練を重ねていたのは何度も目にしていただけに、今もまた自主訓練中に何か至急の用が発生したに違いないのだろう。
「青山主任…。」
私から逃げ出そうとするのを引き留めるように思わずそう呟いてしまったのは、まだ問いの答えを貰っていなかったからだ。
足早に部屋を後にしようとしていた青山主任は一旦足を止め、床に視線を落とすと私に振り返る。
634 :
リツコ:2010/01/18(月) 09:55:30 ID:???
「博士は何も聞いてないのですよね?伊吹さんから一切何も…。」
とても慎重な様子で口を開かれたことに、一瞬ミサトみたいだと思ってしまったのは私に向けられるその目がこれ以上になく真剣なものであったからである。
「えぇ、何も話そうとしてくれなくて…。だから、なんであったのか今でも気にはなっているのよ。一体どうしたと…」
あまりにも真剣な表情に虚をつかれそうになったのは束の間で、息苦しさに酸素を求めるようにして大きく息を吸ったのは続く答えがあまり良いものではないのだと察して構えようとしたからだ。
「申し訳ありませんが私からお話することは出来ません。」
それは私の再度の問いかけに対する強い拒絶であった。
「今の伊吹さんは16歳のままなんです。見守ってあげて下さい。……私からはそれぐらいしか……すみません…。」
一礼して部屋を後にする青山主任のヒールの音が遠去かっていくのを耳にしながら、私は何とも形容し難い思いでただその場に残されたままであった。
635 :
リツコ:2010/01/18(月) 10:06:10 ID:???
やはり青山主任はマヤの異変について何かを知っていたのだ。
帰宅して以降、私はあのやり取りを何度も何度も回想し返していた。
あんなにも真剣な目をされるだなんて……自分から話すことは出来ないと言われたが、それだけあの異変の源には重大性が隠されているということになる。
その源とは一体……もし、マヤから多少は話を聞いていると嘘をついたなら、何を話し聞かせてくれただろうか。
「今度はウイスキーどうですか?」
私の傍らでチーズをつまみにワインを空けていたマヤが水割りを作ってくれる。
「それとも、やはり冷酒にしましょうか?」
「ううん、その水割りを貰うわ。」
私はグラスを受け取って口をつけた。
今夜は…いえ、ここ何日かは夜はこうしてリビングで共に酒を飲み交わしながら他愛ないお喋りで過ごす日が続いていた。
その日一日にあったことを、おもしろ可笑しく陽気に話すマヤにいつもなら笑みが溢れていくのに、それを塞き止めてしまうのは今日の青山主任とのやり取りが心に引っかかったままだからである。
636 :
リツコ:2010/01/18(月) 10:07:50 ID:???
あの口振りと様子では、かなり深刻なことに違いないのに私には話せないと言われた。
私に……いえ、他の誰にも知られたくない事柄がある…。
ミサトやマヤの友人らですら知らされない何かを二人は隠している事実。
マヤは私ではなく青山主任を頼っていた事実。
私はマヤに一線を引かれたままなのだという現実をまた改めて認識させられていた。
「もぅ〜、わたしの話をちゃんと聞いてます〜?」
「えっ…あ、ゴメン。え〜っと何だったっけ?」
話に耳を傾けるのもそこそこに考え込んでしまっていたら、マヤは頬をプーッと膨らませてスネる。
「フフッ、今日はデスクワークが長かったからついボーッとしちゃったわ。」
「お疲れですか?そろそろ休まれます?」
私は可愛くムクれるマヤに目を奪われたまま、グラスに口をつけて首を横に振った。
床に就くにはまだ少し早いし、別に体が疲れているわけではない。
なにより、屈託ない明るさを取り戻してくれたマヤとこうして過ごす時間をまた持てたのだから、このささやかな幸せの一時をみすみすフイにすることなんて私がする筈もなかった。
マヤはクスッと笑うと今度はナッツが盛られた皿に手を伸ばして口に放り込んでいく。
明るい笑顔、楽しいお喋り、陽気な笑い……その裏に何が秘められているのかわからないままだが、もう問題は解決したことなのだ。
もう過ぎたことで終わったことなのだ。
隠されたままであってもマヤが明るさを取り戻してくれたのだからそれでいい……だから詮索する必要もないのだ。
夢中になってまたお喋りをし出すマヤに見とれながらそう強く思ったのは、何も元気になった様を見せつけられているからだけでなく、あの時に青山主任に言われた言葉を胸にしっかり刻み込んでいたからであった。
『見守ってあげて下さい。』
あの時、青山主任は私にたしかにそう言った。
637 :
リツコ:2010/01/18(月) 10:09:12 ID:???
何を意図してのことなのか、あの時の青山主任の胸中に何が去来していたのかはわからないが、マヤを支えてやって欲しいという願いが強く込められていたのは言葉だけでなく態度からもはっきり窺えていた。
あの事故からかなりの時が経ったものの記憶は依然として失われたままでいる。
まだ16歳なままのマヤは多感に揺れ動いて当たり前な年頃なのだから、こうして同居する身近な私が精神面においてもしっかり支えてやらねばならない。
「……なんですよねぇ〜。ほんっと笑っちゃいましたから!」
「フフッ、もぅマヤったら…。」
勿論、それは上司兼保護者の枠を超えた意味でである。
一線を引かれているからこそ今は枠内に留め置かれてしまっているが、青山主任がマヤにどのような感情を抱いていようと想う気持ちに負けているつもりはない。
たとえ、このまま記憶が失われたままであったとしても、マヤの傍で支え続けていく気持ちに揺るぎはないのだから…。
その時は……その時は、また一から出直していけばいい。
たとえ今のマヤが青山主任に特別な気持ちを寄せていようと、いつか必ず振り向いて貰える日が来ることを信じて…。
私は口にしていたグラスを置いた。
少し飲み過ぎたかなと思ったのは、ここのとこ続く連夜のプチ酒盛りが祟りだしていたからなのだろう。
いくらマヤからの誘いとはいえ、ここらで控えねば勤務に支障をきたしてしまう。
「次は何がいいですか?何でも作りますよ?」
「もう胃が警報を発してイッパイだわ。つい進み過ぎちゃったわね。」
酒瓶を手にするマヤにもう充分だからというジェスチャーをして見せると、マヤはわざとらしい残念な素振りで自分のグラスに冷酒を並々と注ぐ。
638 :
リツコ:2010/01/18(月) 10:10:18 ID:???
「あなたも飲み過ぎよ?この辺でもう止めた方が…」
「赤木さんの一日はどうでしたか?わたしばっかお喋りしちゃいましたけど、何か笑える出来事とかありましたぁ〜?」
マヤはまだ飲み足りないのか、注いだばかりのそれを身体に取り込むようにして口にしていく。
ミサトまでとは言わないが、いくら酒に強いはいえこれはいささか度が過ぎると思ったのは酩酊に近いような真っ赤な顔をしていたからであった。
マヤはグラスを取り上げようとする私をからかうようにしてそれをひょいと胸に抱え込んで見せる。
「マァ〜ヤァ〜っ、本当に飲み過ぎなのよ?酔い潰れてからじゃ遅いんだから…」
ケラケラと笑いだすマヤに冗談混じりに本気で注意すれば、れいのテヘッな誤魔化し笑いで鼻の頭を掻かれる始末である。
「わっかりましたっ!赤木さんがオモシロ話を聞かせてくれたら今夜はこれでオシマ〜イっ!」
そして、今度は甚だ怪しい敬礼をしてくる。
「オモシロ話って…あのねぇ〜…」
「アー、もう一杯いっちゃおっかなぁ〜?」
あられもない弾けっぷりに毒気をあてられ躊躇していると、マヤはまたグラスに酒を注ごうとして見せる。
「わかったわ。わかったからもう飲んじゃ駄目っ、と言っても……オモシロ話ねぇ…。」
私は笑い話となるものがあったか今日一日を振り返ってみた。
終日デスクワークで終わってしまっただけに笑いとはおよそ無縁な一日であったが、あえて挙げるならミサトのコーヒー飲み逃げの真相についてぐらいだろう。
私はその裏話をマヤに語って聞かせた。
「クククッ…じゃ、じゃあ葛城さんがいつもマグを持ってさ迷い歩いていたのはそれが理由だったと……ククッ、アハハハハハ!」
「ちょ、ちょっとマヤ……もう困ったわねぇ。」
果たして今の話にここまでウケてしまえる要素があったのだろうか……マヤは聞くや否やひっくり返る勢いで爆笑する。
639 :
リツコ:2010/01/18(月) 10:11:32 ID:???
もっとも、笑いに拍車がかかっているのはアルコールのせいに違いないのは真っ赤な顔でわかるといったもので、今なら箸が転がる様を見ても爆笑するに違いないだろう。
「ククッ、他には?他には何があります?」
「他にってねぇ…。」
ひとしきり笑うマヤは、更なるリクエストを寄越してくる。
ミサトならまだしも、そんなに笑い話等のストックを持ち合わせていない私に目を輝かせて難題を突き付けてくる。
そんなマヤの期待に応えようと頭を巡らせたところで何も浮かばずなのは私らしいと言えばそうなのであろう。
だから、代わりにマヤのように一日の出来事を話すことにしたのは自分のことに少しでも多く関心を持って欲しくてでのことであった。
「これは笑い話とは全然関係なくなっちゃうけど、今日、青山主任の研究室で一緒にコーヒーブレイクしたの。いい豆を使っているだけに私も負けてられないわ…ってね。」
青山主任の話に触れたのは、あのやり取りを心の底では引き摺ってしまっていたからである。
気にはしまいと決意しても心はやはり正直なもの…。
「たしか原産地直送なんですよね?じゃあ、今日はリカさんとずっとお仕事されてたんですかぁ。お疲れさまですっ!」
もう充分と言ったのに、マヤは聞いていたのかいないのか相変わらずの陽気さでもって私のグラスに酒を注いでくる。
「ミサトがね、青山主任は病気を患ってるんじゃないかって言うものだから確認したのよ。でも、そんなことなかったしバリバリと精力的に仕事していたから安心したわ。」
「リカさんなら、昨日は昼休みにジョギングしてたぐらいですよ?葛城さんたら、またどうしてそう思われたんですかね?」
意外そうに目を丸くするマヤは、どさくさに紛れて自分のグラスにもまた酒を注ごうとする。
640 :
リツコ:2010/01/18(月) 10:13:03 ID:???
「マヤっ、ダァ〜メェ〜でぇ〜しょ?」
その手をピシャリと叩いて止めるとマヤはまた誤魔化し笑いする。
口調はしっかりしているも、目は座りつつなトンだ酔っ払いである。
これ以上、飲ませてはならないのだから奪ったそのグラスを私がクイッと空けて飲み干したのは当然であった。
「で、葛城さんはどうして?」
私に酒を奪われても知らんぷりしてみせるのはバツがそれだけ悪かったのか、何もなかった風を装っている。
「それがね、青山主任は医療部に頻繁に足を運んでるだとか、近頃は独り考え込んでいておかしいって騒ぐもんだから……でも、とんだ取り越し苦労だったわ。」
私はマヤのすぐ脇に置いてあった酒瓶を自分の方に引き寄せながら、あの研究室での一コマを思い返していた。
病気じゃないかと問いかけた時のキョトンとしたあの様子……あれが嘘でも芝居でもないことは見てとれていた。
大体、病気を患っているぐらいなら室内に煙が充満する勢いで煙草は吸わないものだし、そんな気力も湧かないだろう。
ミサトに振り回されただけであったが、それも友を心配すればこそのこと。
明日にでも今日のことを報告してあげないと……私はそう思いながら今度は自分のグラスをクイッと空けた。
「ほらぁ〜、飲み過ぎたのよ…大丈夫?マヤ?」
空けたグラスを置くテーブルを前に、マヤは深く項垂れていた。
注意したのにこんなに飲むのだから言わんことないのだが、とにもかくにも今はマヤを介抱しないと……私は座っていたソファーから腰を上げた。
「リカさん、何か言われてました?何か言われたりしてませんでしたか?……わたし…」
「んっ?何も言ってなかったわよ?……水を飲んだ方がいいわね。待ってて。」
マヤは足元にしゃがみこむ私を拒むかのようにして自分の体を両腕で抱え抱き締める。
そんなマヤが何を指し示してそう聞くのかはすぐに悟れてしまった。
641 :
リツコ:2010/01/18(月) 10:14:12 ID:???
それは、私があのやり取りを何度も思い返していたからこそわかってしまったことである。
マヤはあの異変について隠している事柄が知られていないかを間違いなく心配している…。
「水、飲めそう?ここに横になって少し酔い醒まししなさい。」
「すみません、つい羽目をはずしちゃって…」
水が入ったグラスに口をつけるマヤは相変わらず項垂れたままで、横になるどころか顔をあげようとさえしない。
口調はハッキリしているのだから酔い潰れる程までには酔っていないのはわかるが、そう決めつけて接することにしたのはマヤの今の心中を思ってのことであった。
それが余程の秘密なのだと強く感じてしまったのは、何もマヤが自分自身を守るかのようにして己の体をきつく抱き締めていたからだけではない。
まわされるその両腕には驚く位に指が深く、また刻むようにきつく食い込まれていたからであった。
今、その心には何が占めているというのだろう…。
「酔いが醒めてくると寒くなるのよね。……どう?ちょっとは暖かいでしょ?」
「赤木さん…。」
隣に座って肩に腕をまわす私を見上げるマヤは、病魔に冒されたかのように青白く変わり果ててた顔色をしていた。
その瞳が揺れ動く…。
「フフッ、同居していて正解ね。でないと、あなたもミサトみたいに飲んだくれになっちゃうもの。それに……私もマヤが一緒に居てくれるから嬉しいし…ね。」
打ち震えたようにするマヤを何とか労りたくて、そう語りかけながらこう念じもしていた。
安心して、青山主任は私に何も喋りはしなかった。
秘密は保たれたままなのだから、だからそんなに思い詰めないで欲しい……と。
マヤはジッと目を閉じている。
「あったかい……なんだか暖かくなってきました。」
マヤは緊張したようにしていたのが徐々に力を解き、暫くすると安心したように私の肩に頭を預けだす。
支えるから頼って欲しい……この私があなたを支えるから……。
642 :
リツコ:2010/01/18(月) 10:15:18 ID:???
「少し眠ってもいいのよ?」
そのまま、自分の体温を分け与えるようにして包み込むことどれくらいの時だろう……耳元にスースーと寝息の音が聞こえてくる。
本当に眠ってしまうだなんて……無防備なその寝顔は安心しきった表情を浮かべている。
マヤをソファーに横たえさせようとしたが、立ち上がれなかったのは服に引っ張りを感じたからである。
引っ張られるその先にはマヤの手があり、私の服の端を握り締めたままでいた。
いつかの手首を握られた日のことが脳裏を過ってしまったのは、これと状況が似通っていたから重なってしまったのだろう。
あの日、出勤する私を見送るマヤは作り笑顔の空元気さしかなかった。
見ていて痛々しく、私はどうにか力になりたくてたしか……そう、たしか困ったことがあったら言って欲しい……と、伝えようとして伝えきれずの時にいきなり手首を握られたのだ。
私は服をしっかり握り締めるマヤの手に自分のを重ねた。
もしかしたら……もしかしたら、マヤは本当は私に頼りたかったのかも知れない。
でも、そうしなかったのは肩透かしの件か……青山主任にしか秘密を打ち明けていない理由まではわからないが、きっと私に頼りたかったのかも知れない。
ギュッと握り締めるその手にそんなことを思ったのは、そう思えばこそあの異変時のマヤの様子に納得出来る部分がもてたからである。
肩透かしがあったから頼れなかった、頼りにしなかった……全部をそれで解釈することは出来ないがそれも十分な理由の一つに成り得る。
「ごめんね、マヤ…。マヤ、ごめん…。」
囁きと共に寄せた頬にマヤの柔らかい髪の毛が触れる。
また少し伸びた髪に触れるのは、あの肩透かしを与えた日以来のことであった。
643 :
リツコ:2010/01/18(月) 10:18:55 ID:???
マヤを起こさないように髪に触れながら、私はあの異変が起きてからの一連を思い返していた。
肩透かしを与え、距離をとられて態度までよそよそしくされ、はからずも青山主任に疑念を抱き……いえ、それはまだ払拭しきれてはいない……だが、それでミサトに怒鳴られさえもして…。
でも、ようやくマヤはまた明るさを取り戻してくれたし、また前のように接してくれもする。
マヤが胸の奥底に抱える秘密はベークライトで封印されたも同然で、何れは忘却の彼方へと…。
もう回復の途上で、残される問題はマヤとの間の埋めきれない微妙な距離を考えるだけで……私は一つ一つを思い返しながらそう解釈を試みた。
が、何か釈然としないものをまた感じてもいたのはまだ何かを見落としているのか…。
それは何だろうか……何だろう…何だろう…。
うっかり声を漏らしそうになったのは、あの様子のおかしさについてを思い出して注意深く熟慮していた時のことであった。
それはマヤのことについてだけでなく、青山主任についても考えを巡らせていた時のことだ。
あの研究室でのやり取りの際、なぜ病気と思ったかの説明をしたくだりで青山主任はいきなりマヤの話に触れ、それに問い重ねる私にあからさまに狼狽していた。
そして先程まで陽気にはしゃいでいたマヤがいきなり動揺を見せたのも、青山主任が病気ではないかと思った理由を同じく説明してからのことである。
二つに共通するキーワード……それは医療部である。
もしかしたら……もしかしたら、何か病気を患っているのはマヤの方ではないのだろうか……そう思ってしまったのは、足繁く医療部に通っているのはマヤの方だからである。
644 :
リツコ:2010/01/18(月) 11:18:23 ID:???
かかる分野は記憶を失って以降に伴うメンタル面のケアが目的ではあるが、それとは別に違う科目の受診も受けているのではないかと推論してしまったからである。
だから……だから、マヤに口止めをされているからこそ話せないと言ったのではないかと…。
あの時に垣間見せられた青山主任のとても辛そうな様子は筆舌に尽くし難いものであった。
だが、それであの異変の謎を全て解釈することは出来ない。
「ぅ…んっ…」
あどけない寝顔で熟睡するマヤが甘えたように擦り寄る。
こんな推論が的外れであって欲しいのは当然であるが、明日、いの一番に医療部に確認しないと…。
「……………。」
これ以上のマイナス思考には陥らないよう、今はマヤを引き寄せてただその温もりを感じる。
華奢な体でモリモリと食欲旺盛、いつも元気溌剌で健康オタクでもあるのがマヤなのだ。
だから、そんな活発なマヤが病気な筈はない……あるわけがない…。
私が真相の一端に触れるのはそれから後の予期せぬ形でのこと……この時も私はまだ何も知ることはなかった…。
645 :
リツコ:
一月ぶりの更新になりましたが本日の投下は以上です。
では、また後日に…。