落ち着いてLRS小説を投下するスレ7

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1名無しが氏んでも代わりはいるもの
このスレはLRS(レイ×シンジ)小説を投稿するスレです。
他のキャラとの恋愛を絡めた話を書きたいのなら、相応しいスレに投下しましょう。

前スレ
落ち着いてLRS小説を投下するスレ6
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/eva/1192894823/

過去ログ

落ち着いてLRS小説を投下するスレ
http://comic5.2ch.net/test/read.cgi/eva/1083495097/
落ち着いてLRS小説を投下するスレ2
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/eva/1110013621/
落ち着いてLRS小説を投下するスレ3
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/eva/1146477583/
落ち着いてLRS小説を投下するスレ4
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/eva/1155597854
落ち着いてLRS小説を投下するスレ5
http://anime2.2ch.net/test/read.cgi/eva/1164097545/

関連スレ

【恋愛投下】世界の中心で愛を叫んだけもの 第三章
http://anime2.2ch.net/test/read.cgi/eva/1167408006/
2名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/05(日) 11:07:02 ID:???
前スレ落ちたので立てました
3名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/05(日) 11:11:56 ID:???
おお、1乙!
4名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/05(日) 11:21:00 ID:???
>>1乙!
破の影響で投下あればいいなぁ
5名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/05(日) 15:31:33 ID:???
破を見た後であれ以上の物が書けるのかと
6名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/05(日) 15:52:05 ID:???
序と破の間とかならいけるでしょ
てか>>1が書いてくれるってよ
7名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/05(日) 16:17:23 ID:???
破での二人のラヴラヴっぷりを見たら、破の後ってことでめっちゃ甘い二人を書きたくなったけど、
やっぱ破が素晴らしすぎてプレッシャーが…
8名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/05(日) 19:32:29 ID:???
破で何か書くのであれば食事会の話とかか
9名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/05(日) 20:03:12 ID:???
おおっスレ復活乙です!
10名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/07(火) 00:48:57 ID:???
お題が有れば書くよ!(ただし新劇の要素除く)
11名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/07(火) 00:59:20 ID:???
正直破見て書く気なくなったわ
本家にあれやられたらアカンw
12名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/07(火) 01:51:52 ID:???
>>10
貞EVAほのぼの系(シンジ×二人目)
13名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/07(火) 14:39:08 ID:???
マリのいるSSを呼んでみたいな
まだマリはキャラがわかったくらいで詳しいことや、他キャラをなんて呼ぶかさえわかってないから
難しいだろうけど…
14名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/07(火) 17:19:54 ID:???
>>12-13
じゃぁ先着二名様の意見を都合良く合わせて「マリの居るほのぼの」で今から考えて書くわ。
学園物になると思う。貞エヴァの要素無視してゴメン。新劇の要素除くとか行ってマリ登場させるとかw
15名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/07(火) 17:26:08 ID:???
>>14
ありがたや
待ってるよん
16名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/10(金) 09:27:27 ID:???
保守
17名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/11(土) 03:16:26 ID:???
投下待ちほす
18名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/11(土) 13:53:15 ID:???
>>10
友達以上恋人未満のシンジとレイがお互い誤解して嫉妬の末に喧嘩していまうすれ違いLRS書いてください
もちろん最後はラブラブのあまあまで




もしくはEoE後、綾波も帰還して元に戻った世界で
シンジと綾波が避けるようにお互いを恐れていくすれ違いLRSを書いてください
こちらももちろん最後はあまあまのラブラブで
19名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/11(土) 17:14:52 ID:???
10だけど。
破を見てからLRS書こうとしたら収集つかなくなったんで
一週間くらい気長にお待ち下さい。
20名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/12(日) 02:05:41 ID:???
>>19
頑張れ
21名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/14(火) 18:37:11 ID:???
hoshu
22名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/14(火) 21:28:37 ID:???
>>19
気長に待ってるよ
23名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/15(水) 05:36:47 ID:ja2wd6fl
保守あげ
最近は48時間保守しないとスレが落ちるから困る
24名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/15(水) 21:21:49 ID:???
破の後、シンジとレイが無事に生還した場合。

「知らない、天井……」

僕は病室で目覚めた――再び?
そう、なんだか見覚えのあるこの光景。
デジャヴだろうか、それとも今があの時だったのだろうか。

そうだ。僕は傷ついた綾波の肩を抱きながら、決意したんだ。
今まで知るよしもなかった人類の危機を伝えられ、
初めて出会う大人達に囲まれて、
信じがたい巨大兵器を目の当たりにして、
父ゲンドウが、実の息子に言い渡した言葉。

出撃――成功するかどうかも判らない、命懸けの、出撃。

しかし、僕はそれに同意した。
ただ傷ついているだけの、見ず知らずの少女のために。

入院患者向けだろうか、白衣を着せられていることを見て取りながら、
ゆるゆると今の状況を理解する。
時計もカレンダーも無く、今がいつなのか判らない。
何時? いや、今は何日なのだろう?
あの戦いはどうなったのだろう?
最初に見た巨人、第四の使徒との戦い。
巨大な菱形の使徒と対峙した、ヤシマ作戦の行方は?
天空より降下する使徒を追い求め、他のパイロットと共に疾走したあの戦いは……。

その全ては、一夜限りの夢だったのだろうか。
25名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/15(水) 21:22:53 ID:???
ふらふらと病室を出て廊下に出る。
そう、昨夜に見た夢の通りに。

廊下の窓から外を見ているうちに、まもなく通りかかるだろう。
病院向けの搬送用ベッド――そう、傷ついた綾波が。
彼女の冷たい視線と絡み合うのも束の間で、その後にミサトさんと再会する。
そして彼女のマンションへと招待され、
それからエヴァの登場訓練に明け暮れる日々が続き、
そして――。

カラカラカラ……。

ベッドが搬送されてくる。そう、綾波だ。
そう、夢の通りだ。
傷ついた綾波のその姿も、彼女の生気のない眼差しも、何もかも変わらない――。

「――碇君」

え?

その綾波の一言に、ベッドを押していた看護師はピタリと足を止めた。
そして、待っている。僕の方を見て、何かを待っている。

看護師は僕の方を見る。彼女の目が僕に何かを告げている。
何だろう、僕に何をしろというの? 僕が何か言うことがあるだろう、とでもいうのかな。
僕はおずおずと綾波のベッドの方に近づいた――あれ、僕ってなんだか馴れ馴れしいな。
いつの間に僕は、この子のことを綾波と呼ぶようになったのだろう。

「碇君、あの……あの……」
26名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/15(水) 21:25:57 ID:???
か細い声で呼びかける綾波の声、
震えながら僕に差し伸べる綾波の手、
そして、かすかに微笑みかける綾波の眼差し。

思えば、よく笑顔を見せるようになった。
僕に裸を見られてもビクともしない冷淡さを誇る綾波レイ。
ヤシマ作戦を経て、僕が「笑えばいい」と言ったあの時から――そう、あの時から。

「あ、綾波、その――」

徐々に蘇りつつある記憶の波に震えながら、僕は綾波の手を取った。
そうだ、今は「あの後」なのだ。

もう、どうしていいか判らない。僕はどうすればいいのだろう。
答えを求めるかのように付き添いの看護師を見る。
いや、彼女に尋ねることじゃないだろう――しかし、彼女もまたもらい泣きしている。
外野で有るはずの彼女の様子にこそ、何故か僕は理解する。
そう、あれは現実だったのだ。あの夢の中の出来事は、本当に起こったことなのだ。
ならば、僕は何をいうべきか。いや、やっぱり判らないけど。

「綾波、おかえりなさい」
「……ただいま」

たまらず、綾波の目からも涙がこぼれる。
そう、僕もすでに泣いていた。

綾波を取り返したのだという実感を感じて、泣かずにはいられなかった。
僕が手にした、僕の全てがここにあるという実感に、とても泣かずにはいられなかったから。

(終わり) おそまつさまでした。
27名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/15(水) 21:33:03 ID:???
いいね、GJ!
28名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 00:53:45 ID:???
投下きとるwGJ!
29名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 02:30:51 ID:???
うおおぽかぽかした!GJ!
30名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 03:23:10 ID:???
「マヤ、始めて」
「はい」

 マヤが慎重にコマンドを打ち込み始めた。

 封印されたヱヴァ初号機のエントリープラグ内部の様子は全く不明だった。信号は全く
届かない。初号機はあらゆるコマンドに反応せず、取り込まれた二人がどうなっているの
か分からなかった。生存しているのか否か、あるいは溶けてしまっているのかどうかも。
 リツコはダミープラグを使って初号機を再起動させるという方法を選択した。慎重にプ
ランしたシークエンスに従って初号機が起動すれば、実際にエントリーされているプラグ
は初号機からは認識されず、外部にあるダミープラグがエントリーされていると誤認され
るはずだ。その上でセンサーからの信号に割り込みをかけ、ダミープラグに送る。そうす
れば、初号機を介して二人がどうなっているのかが分かるはずだ。上手く行けば、だが。

「第一次接続開始」
「ダミープラグは初号機と接続開始。回線、開きます」
「パルス、ハーモニクス、共に正常」
「シンクロ正常。中枢神経素子に異常なし」
「絶対境界線、突破。ボーダーラインクリア。初号機、再起動しました」

 マヤが震える声で告げる。
 リツコは冷静に確認した。

「センサーは?」
「問題ありません。映像、出ます」

 青葉の声と共に、スクリーンにプラグ内部の映像が映し出された。
 それは、想像を遥かに超えたものだった。
31名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 03:34:01 ID:???
「あの……抱き合ってますね」
「抱き合ってるわ」
「あたしには、二人とも裸のように見えるけど?」

 ミサトがはじめて口を開いた。

「裸ね。間違いなく。……脳波、検出できる?」
「……端網様体および後頭葉からPGO波が現れています。これは……典型的なレム睡眠で
すね」
「つまり、単に寝てるってこと?」
「そうね。しかも夢を見ているわ」
「あっ、先輩! 今、シンジ君もレイちゃんも笑いました!」
「しかも、かなり幸せそうな夢みたいね」リツコはこめかみをピクピクと痙攣させた。
「つまり初号機があらゆるコマンドに反応しなかったのは二人の意思によるもの。二人っ
きりで居たかったという、ただそれだけのことなんだわ。こっちはこんなに心配してたの
に」
「先輩、どうしますか?」
「叩き起こしなさい! 目覚し時計の音を最大音量にしてプラグ内に――」

 だが、それを実行する前に二人は目覚めた。
32名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 03:35:32 ID:???
『綾波、起きた?』
『おはよう、碇くん。いま目が覚めたわ』
『僕もだよ』
『夢を、見ていたの。碇くんといっしょの、幸せな夢を。まだぽかぽかしてる……』

 レイはそう言ってシンジの胸に甘えるように額をこすりつけた。
 シンジもレイの髪をなでながら言う。

『僕もだよ。僕たち結婚してて、綾波にそっくりな子供がいてさ……』

「いちゃついてるバカップルを眺めてる暇はないわ!」リツコが絶叫した。「プラグ、強
制排出!」

 マヤは無言で即座にそれを実行した。
33名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 03:36:17 ID:???
『本当に、そうなるといいわ』
『そうじゃないよ。本当にするんだ。僕たちの力でさ』

 髪から背中をなでていたシンジの手がさらに下に向かって動く。

『碇くん……』
『綾波……うわーっ!?』

 唇を寄せようとしたまさにその瞬間、プラグがイジェクトされ、二人はしっかりと抱き
合った。レイはシンジにしがみつくように、シンジはレイを守るように。

 プラグは安全係数を全く無視した加速度で射出され、壁に激突してから落下した。

 ハッチがこじ開けられた時、二人は意識朦朧状態の中でまだしっかりと抱き合っていた。

「水、ぶっかけるわよ」

 静かな怒りをはらんだリツコの声に、マヤはバケツを取りに走った。

end

良作の後にこんなんですいません。
34名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 04:01:19 ID:???
>>33
ナイス投下!
35名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 09:02:00 ID:???
バカップルww
GJ!!
36名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 12:39:37 ID:???
皆さんGJ!他にも投下待ってます!
37名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 21:02:54 ID:???
>>18
> 友達以上恋人未満のシンジとレイがお互い誤解して
> 嫉妬の末に喧嘩していまうすれ違いLRS書いてください
> もちろん最後はラブラブのあまあまで

この要素全てを盛り込めるかどうか判らないけど、なんか書いてみます。
えーっと、では旧版の設定で。

--

『開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開けッ!』
『開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開けッ!』

アスカ来日、その当日の使徒殲滅における考察と、その反省会議にて。
二人の会話レコーダーとハーモニクスの関連性を踏まえて、
赤木博士がなんだかよく判らない解説をする。

「以上のことから判る通り、思春期における異性同士が密着している状況下で、
 互いのライバル意識による反発と混乱状態において、使徒殲滅作戦における緊迫した状況が」

やっぱりよく判らない解説である。
静まりかえる会議室――説明を聞き入っているのではなく、あちこちから寝息が聞こえてくるのだが――
ともあれ、朗々と響き渡る赤木博士の演説中のこと。

――ぱきっ

何かが折れる音。
ふと、シンジは(眠い目をこすりながら)振り返ると、
そこには折れた鉛筆を捨てて、新しいペンに取り替える綾波レイの姿があった。
38名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 21:04:42 ID:???
――はい、その後日のこと。

「ねえ、綾波。いつになったら起動試験、始まるのかな」
「……」
「あ、ああ……ごめんね」

と、シンジは肩をすくめて、レイの読書を邪魔しないように去っていく。
それは、エヴァ格納庫での午後のひととき。

「ふう、やっと終わった」
「みんな、お疲れ」
「おい、ちょっと待て。元の格納場所に戻さないと」

代わって聞こえてきたのは、その格納庫で作業する整備士達の声。
レイはちょうど物陰の片隅にいて、彼らの声しか聞こえてこない。

「えーっと、クレーンで吊すか」
「これだけでかいと、動かすだけでも面倒だな」
「ジェット機の方がよっぽど扱いやすいな。人型っていうだけで、構造が複雑すぎる」
「今更、何を愚痴ってるんだ――お、良い考えがある。おーい、君!」
「え、僕ですか?」

レイの眉がピクリと動いた。
最後の返事はシンジの声である。

「えーとね、シンジ君。今から弐号機に乗って、あっちまで移動して貰えないかな」
「ええ? 無理ですよ。アスカじゃないと、シンクロ出来ないはずです」
「あ、そうなの? いやでも、試すだけ試してみてくれないかな」
「はあ、それじゃやってみます」
39名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 21:06:21 ID:???
(……この間、乗ったくせに)

はて、今の呟きは誰のものだろうか。
レイの読書が進んでいないように見えるのは、もちろん気のせいである。

やがて、弐号機に搭乗するシンジの声が、外部スピーカーを通して聞こえてくる。
『では、起動開始します……って、あれぇ?』
「やっぱり駄目かい?」
『無理っぽいです。全然シンクロしないや。この間はアスカが一緒に乗ってたからじゃないです?』
「そうか……それじゃ、仕方ないか。やっぱりクレーンで」
『いや、いいアイデアありますよ。同じエヴァ同士で担いでいっちゃうってのはどうです?』
「そりゃいい。やってくれるかな」

やがて、シンジは初号機に乗り換えたのだろう。
ドシッ! ドシッ! っと、巨大が足音が格納庫に響き渡る。

(……弐号機をだっこして歩く初号機の姿)

そんなことを想像して、またしてもピクリと動くレイの眉。
いやいや、綾波レイともあろう者が、そんな妄想に捕らわれる筈はない。
しかし彼女の居場所は物陰の片隅であり、周囲の状況は物音でしか判らない。

(どうやって担いでるのだろう。こうだろうか? それとも、こうかな?)

その情景は想像で補うしか仕方がない。
初号機はシンジ、弐号機はアスカの象徴。絡み合う仲睦まじい二人の姿。
――いやいや、綾波レイともあろう者が。

しかし、思わず顔を上げてしまった――見てはいけないと思っていたのに。
40名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 21:08:12 ID:???
何故かというと、レイは前方の隙間から何かが見えることに気が付いたのだ。

(あれは初号機? まさか、ずっと動いていなかったの?)

思わずレイは物陰から出てくると。

そこには作業を終えた「零号機」の姿があった。
そして、飛び出したエントリープラグからひょっこり顔を出すシンジ。
「ああ、綾波」
と、すぐにシンジはレイの姿に気が付いた。

「綾波、ごめんね。零号機、借りちゃった」
「……」
「あ、ああ、その……怒ってる?」
「い、いいえ……碇君、零号機に乗れるの?」
「ああ、そうみたい。自分でも驚いた」
「そう……」

(弐号機では駄目だけど、零号機ならシンクロ可能)

その新たな事実――いや、赤木博士なら知っていたかもしれないけど。
それはなんだか、ほっこりとした気持ちが沸いてくるような発見だった。

そして、レイのもとに降りてきたシンジは苦笑いで話を続ける。
「あ、それから午後の訓練は中止だってさ。その、一緒に帰る?」
「……うん」

(終わり) はい、これもおそまつさまでした。
41名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 21:32:42 ID:???
>>40
ご馳走様。嫉妬するレイかわいい
42名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 21:54:12 ID:???
小生は、某HPに投稿するだけのしがないSS書きだが、>>24-26氏、>>30-33氏、>>37-40氏の三氏に申し上げたい。

「新劇場版ヱヴァンゲリヲン・破」を見た後、(公式であれだけやられた以上)LRSものはもう小生には書けないと思っていました。
しかし、三氏のSSを拝読させて頂いた今、まだ自分でもLRSものを書ける気がします。

以上、本当に短文でしたが、三氏への賞賛・感謝に代えさせていただきます。
43名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/16(木) 23:48:39 ID:???
>>42
うむ、書く前に書けないなんて思い込むのはイクナイ
44名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/17(金) 00:04:41 ID:???
>>40
乙でした!
やっぱりレイは静かに怒るのがいいw
45名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/17(金) 00:05:44 ID:???
>>40
乙でした!
やっぱりレイはこんな風に静かに怒るのがいいw
46名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/17(金) 00:27:33 ID:???
>>40
ほっこりレイかわええ!GJ!
ほんとLRSはいいものですね
47名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/17(金) 01:46:43 ID:???
悶々とするレイはいいなあ…
48名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/17(金) 14:30:11 ID:???
喧嘩で言い合いするのも見てみたい
49名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/17(金) 21:20:51 ID:???
言い合いの喧嘩が思いつかないので、適当に。
--
「すっかり遅くなっちゃったね……」
「うん」

NERVからの帰路についたシンジとレイ。
既にとっぷり日が暮れて、人通りのまばらな暗い夜道を二人して歩いて行く。
セカンドインパクト後の日本の治安はどれほどのものか判らない。
しかし、中学生二人が出歩いて良い時間帯とは、とても思えないのだが。

やがて、別れ道に来たようだ。
「それじゃ、綾波。また明日」
「うん」
「その、気をつけてね」
「大丈夫。ガードが付いてるはずだから」
「あ、ああ……そうだね」

レイはそう言ったきり、振り返らずに自分の道を歩いて行く。
その後ろ姿を、シンジは溜息混じりに見守っている。

いや、シンジ。
どうであれば満足するの?

(そして、あの薄汚れた団地の一室に帰るのか……なんか寂しすぎるよ)

思えば、あそこで奇妙な出来事があった。
シンジに全裸を直視されても、悲鳴一つあげようとしない綾波レイ。
異性の裸身を目の当たりにしたことよりも、その少女らしさの欠片もない彼女の素振りに驚かされた。

レイは何かを胸に秘めている。剛胆さとでも言えばいいのか。
なんというか、揺るぎない、何かを。
50名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/17(金) 21:21:58 ID:???
弱冠14歳のシンジには、それほど難しいことは判らないのだが。
(綾波って……今まで、どんなことをして過ごしてきたのかな)

しかし、大ざっぱには知っている。
父ゲンドウの元で特殊な組織の間で育ち、パイロットとして教育されてきた綾波レイ。
普通であるはずがない、ということぐらいはシンジにも判る。

学校はどの程度まで通ってたんだろうか。
友達は一人もいなかったのかな。普段は誰と話をしたりしてたのだろう。やっぱり、父さんかな?
そして……。

「うわっぷ」

ドシンと、シンジは誰かに肩をぶつけてしまった。
あるいは、ぶつけられたのかも知れない。

「いってぇな! おいチビ、どこに目ぇつけてやがる!」
「なんだ、中坊か? 駄目だよ、こんな夜遅くに出歩いてちゃ」
「ガラの悪そうなお兄さんに絡まれちゃいますよ、てか?」
「ハハ、おいあそこに自販機があるなぁ、この際だからジュースでいいや」

「え、あ、あの……」
可哀想に、シンジはうろたえ、まともな返事も出来ない有様。
思わず後ずさりするが、既に取り囲まれている。
逃げることすら、叶わない。

「小銭ぐらいあんだろ? とっとと出せよ。それで勘弁してやるから」
「おい、こういう時はな、ぴょんぴょんジャンプさせりゃいいのさ。ほら、跳ねてみ……って、え!?」
51名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/17(金) 21:23:16 ID:???
バキッ……!

「ぐあッ!」
シンジに絡んでいた連中の一人が、鼻っ柱に強烈な一撃を受けて反り返る。
その一撃、それは何者かが駆け寄り、飛び膝蹴りを喰らわせたのだ。
まるで暴走する初号機の有様をここに再現したかのよう。
果たして、その者とは?

「あ、綾波!?」

シュタッと、見事な着地を決めて、シンジを守るようにレイは身構える。
その赤い目は怒りを湛え、しかもこの連中に打ち勝てる自信に満ちている。

考えてみれば、レイが格闘訓練を受けていたとしても不思議ではない。
エヴァの戦闘はシンクロしてから初めて始まるのだ。
立って歩くだけじゃ使徒相手に勝てる筈など無いのだから。

「碇君は動かないで」
「あ、綾波、でも!」

連中もすぐに体勢を立て直す。
「なんだ、このアマ?」
「犯すぞ、てめぇ!」

そんな連中の恫喝にレイはビクともしない。
いざ、連中と取っ組み合いを――と思いきや。
レイの作戦は実にシンプルである。

――どんっ!
52名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/17(金) 21:25:05 ID:???
当たりに響き渡る銃声。
それはレイが手にする短銃から放たれたものであった。

「ちゃ、チャカだと……」
「な、何者だ、お前!」

レイは顔色一つ変えずに、連中に言い放つ。
「今のは威嚇。次は脚を狙う」
「ちょ、ちょっと待て! お前は……」
「こうしている間に、銃声を聞いた警察が駆けつける――逃げたら?」
「……くそっ!」

で、連中は退場。
シンジは場の収束を見てがっくりと肩を落とした。

「あ、あの、綾波……それって」
「イザと言うときのために、貰ったの」
「も、貰ったって」

やがて数台の車が現れた。
それは警察にあらず、シンジとレイに付いているNERV諜報部のガード達だった。

車を降りた彼らはレイに向かって口々に言う。
「困ります。あの程度の連中、財布ごと金を渡してやり過ごせば良いものを」
「あるいは我々が到着するまで」

そんな彼らにレイは自分の短銃を手渡しつつ、謝罪する。
「ごめんなさい。今日は送って下さい」
「了解です。さ、乗って下さい」
53名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/17(金) 21:26:48 ID:???
シンジは思う。
やはり、綾波は特務機関NERVの子。
普通じゃない。普通に生きていける訳がない。
これも、エヴァのパイロットとして生まれてしまった宿命、とでも言えばいいのか。

まあ、そんな物思いは後回し。
シンジはレイとは別の車の方へと向かい――。

「君」
「え、はい?」

その時、諜報部の一人が声を掛けてきた。

「彼女と、同じ車に乗りなさい」
「でも、方向が」
「いいから」
「……はあ」

この気遣いは何なのだろう。
お友達同士で一緒に帰りなさい……かな?
少し頭を捻りながら、シンジはレイの隣の後部座席へ。

「……?」
シンジは更に首を傾げる。
見れば、レイがなんだかぐったりとうなだれているではないか。

「あの、綾波? 大丈夫」
と、シンジが尋ねるが、返事をしたのは諜報部。
54名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/17(金) 21:28:41 ID:???
「いえ、じきに発熱するはずです。先程、無茶な格闘をした後だから。その子はもともと体が脆弱なんです」
「……え?」
「一夜で回復するとは思いますが……葛城三佐には連絡をしておきます。側にいてあげて下さい」
「は、はあ……」

それって、レイの部屋に泊まれってこと?
彼らの信じがたい言葉に、ますます戸惑い続けるシンジ。
何が何だか、さっぱり訳がわからないのだが。

(みんなとの、絆)

レイのそんな言葉を思い出す。
綾波レイが過ごしてきた、鋼鉄のように厳格な組織の中で、
もしかしたら、ひそやかな「家族」めいた空気が育まれていたのかもしれない、と――。

「……綾波?」
「……」

返事はない。
もう意識がもうろうとしている様子で、完全にシンジの肩に身を預けきっている。

(意外と、綾波は孤独というほどでもなかったのかな)
そんなことを考えながら、シンジはレイの手を取った。

「もう、あんな無茶は止めてね。僕も気をつけて歩くから」
「……」

なんとなくだけど、自分のその「家族」の一人になれたような。
そんな気がしたシンジなのでした。

(終わり) なんか無茶苦茶ですんません。
55名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/17(金) 21:29:38 ID:???
乙乙乙乙
56名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/17(金) 23:21:27 ID:???
よい
57名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 02:16:18 ID:???
見るばかりで創作活動にはなかなか移らないと言われたLRSにこうも投稿が続くとは…
GJ!
これも破の効果か…
58名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 08:56:55 ID:???
5910:2009/07/19(日) 07:34:36 ID:???
 学校帰りの図書館で、珍しい人影を観た。僕と同じ、彼女も制服姿だ。

「綾波?」
「……碇くん……」

 綾波はほんの少しだけ驚いたような表情をして、僕の方と担いできたチェロの方とを交互に
観ている。『驚き』は、僕の思い過ごしかも知れない。現に、もう今の表情から、その感情は
読み取れない。

 やっぱり彼女の事はよく分からない。

「珍しいね、こんなところで会うなんて」
「私は、よくここに来るけど」

 至極あっさりと、そう返された。最後にここの図書館に来たのは、たしか二ヶ月前だった。
イレギュラーなのは綾波じゃなくて僕の方だ。少し軽率な言い方だったかも知れない。
6010:2009/07/19(日) 07:36:30 ID:???
 彼女は、そんな事は気にすることじゃない、とでもいう風に、受付に向かった。鞄から大き
な本と文庫本をそれぞれ一冊ずつ出して、座っている眼鏡の人に渡していた。

 その人は、前に「持ち込みによるぅ自習はー禁止っ!」と言って、文字通り僕を叩き出した
司書の人。お下げで眼鏡の、何だか性格かきつそうだけど無口っぽい人。図書館で働いている
人の中では、かなり若いように見える。どこかの高校の制服を着ていたって、違和感はないん
じゃないか。

 そんな事を思っていると、綾波が受付からこちらに向かってきた。ほんの少しだけこちらの
方を見て、導かれるように、近代的なガラスで出来た本の山へ向かっていった。古くさい本と、
明るく巨大なガラスのコントラスト。その本棚が、素晴らしく高い天井一杯に、どこまでも続
いている。観ているだけでも圧倒されるこの本棚は、この街にある設備全ての中で、一番豪華
で綺麗な気がする。もっとも、この街の施設は全部が全部新しくて綺麗だから、本当かどうか
は分からないけど。
6110:2009/07/19(日) 07:38:18 ID:???
 僕もその本の山に向かっていっても良かったのだが、生憎と僕が読むような、さして難しく
もマイナーでもないような本は、あの山とは別の、地味な本棚にある事が多い。案の定、今回
も数メートル歩く前にお目当ての本を見つけた。

 三冊のストックの内の一冊を持って座席に向かう。休日の午後なだけに、少々混んでいるが
座れる席はまだまだ多い。少し眺めてみるが、綾波の姿は無い。その代わりに、窓際の奥の方、
外にある樹の木陰になっている席が空いているのを見つけた。もう一度だけ綾波を探して、や
っぱり見つけられないまま、その席に向かった。

 椅子に座って、チェロを邪魔にならない場所に置いて、鞄を置いて一息吐いてから、ようや
く読書を開始する。借りた本は、古いSF。思いの外、最初から面白い。さっさと物語に入って
いけそうな気がした。

 しかし、そんな事は許されなかった。
6210:2009/07/19(日) 07:40:25 ID:???
カタン……

 綾波が、僕のすぐ後ろに立っていた。一瞬、音で振り向いた僕と目が合う。

 彼女は、僕の真後ろの椅子に鞄を置いて、その隣の椅子に座った。

 つまり、僕のすぐ斜め後ろに、綾波が居る。

 ただでさえ静かな空間から、頁をめくる音さえ、するりと抜け落ちた。まばたき三回分の時
間を開けて、音が帰ってきたが、今度は張り切りすぎてうるさい。特に、耳の奥で心臓がじん
じんと鳴る音を拾いすぎている。顔も、ここだけ陽が当たったように熱い。

 ひょとしたら、綾波は僕が荷物を置いたりしなければ、隣の席に来てくれたんじゃないか。
流石にそれは都合の良い妄想かな。側に来てくれただけで十二分に有り難い事だ。
6310:2009/07/19(日) 07:43:49 ID:???
 そもそも、何でわざわざ僕の側に来てくれたんだろう。この窓際の席は、あの本の山とは正
反対に位置している。この図書館は冗談みたいに広いんだから座る席は他にも大量にある。わ
ざわざ来てくれた、という風にプラスにとるくらいなら別に良いだろう、きっと。
 彼女の方をちらりと盗み見る。見た事も聞いた事もない絵本を、教室でよく見かける姿その
ままの冷静なテンションで熟読している。机には、新書と、文庫サイズの分厚い小説らしき本
がそれぞれ一冊ずつ置いてある。

 やっぱり綾波の事はよく分からない。
 
 彼女を初めて見たのは、一年前。まだ出来て間もない第3新東京市の、一つしかない中学の
一つしかないクラス。普通はクラスメートの顔と名前なんて一週間くらい一致しないものだが、
彼女だけは一回で憶えられた。
 綾波は、自分から何か言葉を発するという事をまるでしない。休み時間は外を眺めるか、特
に誰とも群れる事無く読書するかの二択。それでいて、運動神経はかなり良くて、頭脳明晰。
おまけに一人暮らし、なんていう噂まである。僕も似たようなものだけど。
6410:2009/07/19(日) 07:46:56 ID:???
 そんな一歩間違えれば疎まれそうな存在だが、何か尋ねられれば案外あっさり答えるらしく、
クールそうな外見も合わさって女子には隠れた人気がある、とケンスケが言っていた。実際に、
前に一度綾波の事を「暗い」と批判した男子が、女子全員から総攻撃を食らっているのを見た
事がある。

 そんな風に、なんだかんだで、結構前から、綾波の事はかなり意識していた。

 それが度を超えて意識するようになったきっかけは、何でもないような偶然だった。

 テストが終わった初日、久々に弦楽部の部活動があった。しかし、ジャンケンで負けて空い
た教室を探している時だった。弦楽部は少人数とはいえ、楽器の種類はそれなりに豊富なため、
楽器ごとに一つ教室を割り当てると、人数の割に練習場所の確保が大変になってくる。実際に
僕なんかは、チェロが僕だけだから一人で一つの教室を借りる事になる。教室への移動は毎度
の事だったが、チェロぐらいのサイズからそろそろ移動が怠い。楽器を弾くのはだいたい十日
ぶりくらいなんだから、できることなら音楽室で演奏したかったが、僕が引いたのはハズレく
じだった。
6510:2009/07/19(日) 07:49:35 ID:???
 わざわざ遠くに行くのが面倒なので、比較的近い自分の教室に向かった。そこにいるのは、
どういう訳か綾波一人だった。

「あ……」

 チェロを持ったまま、教室に入って間抜けな声を出した。まさかテストが終わったこの日に
用もなく教室に残っている人がいるとは思っていなかった。

「どうか、したの?」

 彼女は本を持ったまま、少しだけ首を傾げて、生い茂る葉がさらさらと鳴る様な声で、ゆっ
くりとささやいた。

「いや、教室が空いてるなら使おうと思ってたんだけど、綾波が居るなら……」
「……いい。すぐに出るから」
6610:2009/07/19(日) 07:51:20 ID:???
 そう言うと彼女は、読んでいた本を鞄にしまい始めた。なんて事のない動作なのに、どこか
優雅に見えたのは何故だろう。

「なんか……追い出したみたいで、ごめん」
「いいの」

 こちらの方も見ずに、彼女は言った。これ以上かける言葉が見つからず、僕もさっさと椅子
だけ拝借して、教室の後ろの空いたスペースにチェロを構えた。チューニングだけは音楽室で
済ませてある。弾く曲は、今までで一番練習してきた「あの曲」。目を瞑っていても大丈夫だ。

 首をひねって、少しだけ綾波の方を見た。まだ椅子に座ったままの背中が見えた。あまり、
僕が待っていると思われて、彼女を焦らせたりしたら悪い。けれど、いきなり弾き始めた方が
余計に焦らせたりしないかな……まぁ、いいや。後五分も十分もいる訳じゃないだろうから、
とっとと弾き始めよう。

無伴奏チェロソナタ 1番 prelude 演奏開始 
6710:2009/07/19(日) 07:53:26 ID:???
2分15秒後 演奏終了

 ちょっと気に入らないところもあったけど、一応合格点を与えられる程度の出来だ。少なく
とも、僕の中では。

「綺麗、初めて聞いた」

 後ろから、大きさの割にしっかりと耳に届く声が聞こえた。綾波が机の横に立ったまま、じ
っとこちらを見ている。僕は、驚いた割には声も出なかった。僕が綾波に話しかけた事は数回
あったけれど、彼女の方から話しかけてきたのはこれが初めてだ。

「え、あ……ありがとう」
「すごく暖かい音がする。上手なのね」
「うん……一番、得意な曲だから……そういう楽器だし」
6810:2009/07/19(日) 07:55:50 ID:???
 綾波が話しかけてきてくれた事。とても素直に、真っ直ぐに誉めてくれた事。その他諸々で、
僕の頭は見事に混乱し、返した言葉は随分と支離滅裂だった。

「……そう」

 綾波はそう呟いて、今度はさっさと教室を出て行った。僕は少しの間、呆けたように彼女が
扉を閉めるまでを眺めていた。そして扉が閉まって数秒の間はぼーっとしていた。

 綾波が、話しかけてきてくれた。

 あろうことか、僕のチェロを、びっくりするくらいストレートに褒めてくれた。そんな事、
もう大分長い間言われてなかった気がする。

 それからチェロを何となく立てかけて、何も考えずにしばらく呆けた。そしてようやく、言
わなければならない言葉をまだ言っていない事を思い出して、急いで教室の外に出た。
6910:2009/07/19(日) 07:57:47 ID:???
「綾波!」

 綾波は廊下をもう随分と歩いていたが、その場で、こちらからは顔半分が見える程度に振り
返った。顔の動きから、ほんの少し遅れて髪の毛が揺れて顔にかかる。とても自然な筈のその
動きが、切り取った絵画のように綺麗だった。

 少しだけ息を整えて、僕にしては大きめの声で、想った事を、しっかり伝えたい事が伝わる
ように、言葉を選んで、言った。

「ありがとう、凄く、嬉しかった」

 今思えば、彼女がはっきりと驚いた表情をしたのはこの時だけだった。そして、僕の知りう
る限り、はっきりとした笑顔を見られたのも、この時だけだった。

「そう、良かった」
7010:2009/07/19(日) 07:59:15 ID:???
 ……早い話が、僕はその時点で、綾波に、その笑顔に、完全に惚れてしまった。
 
 別に綾波の姿を見るだけで顔が赤くなったり、意識しすぎてケンスケやトウジにネタにされ
たりする訳じゃない。(案外ケンスケあたりは気付いてるかも知れない)ただ、もう一度あの
笑顔が見られるなら、僕は何でもやれそうな気がする。おまけに、最近の授業中、暇な時はそ
んな事ばかり考えている。ここまできたら、もう僕は彼女に『いかれてしまった』と自分でも
認めるしかない。

 その割に、何をどうすればいいのかも分からないし、何もしていないんだけど。
7110:2009/07/19(日) 08:01:26 ID:???
 そろそろ一時間くらい経った。この本も大分読み進める事が出来たが、もうそろそろ閉館時
間だ。続きは借りて読む事になってしまう。僕は読むのが早い訳じゃないから、当然の結果と
言えばそうなんだけど、思っていたより中途半端に残った。少し集中できなかったからかも知
れない。
 弱い溜息を付いてから、しおりを挟んで、ちら、と綾波の方を見た。

 綾波と、ばっちりと眼が合った。

「「あ……」」

 僕だけじゃなくて、綾波まで声を出した。綾波も偶然こっちを見たという事なんだろうか。 

「あ……そろそろ、帰る?」
「……そうね」
7210:2009/07/19(日) 08:03:07 ID:???
 そろそろ一時間くらい経った。この本も大分読み進める事が出来たが、もうそろそろ閉館時
間だ。続きは借りて読む事になってしまう。僕は読むのが早い訳じゃないから、当然の結果と
言えばそうなんだけど、思っていたより中途半端に残った。少し集中できなかったからかも知
れない。
 弱い溜息を付いてから、しおりを挟んで、ちら、と綾波の方を見た。

 綾波と、ばっちりと眼が合った。

「「あ……」」

 僕だけじゃなくて、綾波まで声を出した。綾波も偶然こっちを見たという事なんだろうか。 

「あ……そろそろ、帰る?」
「……そうね」
7310:2009/07/19(日) 08:04:34 ID:???
 綾波は柱にかかっているレトロな時計を眺めながらそう言った。案外この程度の言葉なら、
それほど緊張せずに出てくるのに、さっきは何であそこまで彼女の事を意識したんだろう。

「少し、待ってて」

 彼女はそう言うと、また導かれるように豪華な本棚に向かった。僕も一緒に向かおうとした
が、まだ荷物が整えられていない。更に、悲しい事に、僕と綾波の身長は、さして変わらない。
そのため、僕が行ってもさして役には立たないのは明白だった。何だか自分で勝手にやるせな
い気分になったが、よく考えればあの巨大な本棚を前にしたら、例え僕の身長が何センチであ
ろうと結局は脚立が必要な事に気付いて、少し気が楽になった。

 そして次の瞬間には、一気に僕の気分は最高潮まで飛んでいった。今、綾波が行った言葉の
意味。それは、つまり、『一緒に帰ろう』、と綾波が言ってくれたという事だ。

 結構前に治まっていた顔の火照りが復活し、鼓動がまた激しくなる。
7410:2009/07/19(日) 08:06:26 ID:???
 しっかり机に仕舞ってある椅子に無駄に鞄を引っかけながら通路を出る。本を借りる手続き
を済ませて、あの司書の人の側まで来た。ここなら、綾波が戻ってきた時にすぐに目に付く。

来れば探さなくても分かるのに、わざわざキョロキョロして綾波を探している時だった。
 
「ねぇ、少年」
「はい?」
 
 唐突に声をかけられたのでびっくりしながら振り向いてみると、あのお下げの司書の人がこ
ちらを片眼だけ開けて、のぞき込んできた。何故か、得物を狩るような好奇に満ちた眼をして
いる。今日は何も違反はしていないはずなんだけど。

「君、あの子の、何?」
「へ? あの子って……綾波の?」
7510:2009/07/19(日) 08:08:08 ID:???
 無言で、しっかりと大きく、何だか動物らしい仕草で彼女は肯いた。何で、綾波の事を知っ
てるんだ?

「いや、ただのクラスメートですけど……」
「ふーん……君がそうなのかな……?」

 じろじろと遠慮無く、文字通り僕の爪先から頭の上まで目線を走らせた。おまけに匂いまで
嗅いでいる。頭おかしいのか、単に失礼なのか。

「君があれでしょ? 『いかりくん』でしょ?」
「何で、知ってるんですか?」
「彼女に聞いたから。チェロ持ってたから一発で分かったよ」

 綾波に何聞いてるんだコイツ。っていうか、何者?

「君、愛されてるねぇ」
7610:2009/07/19(日) 08:10:01 ID:???
「ばっ……いや……い、いきなり何言うんですか!」

 かなり小声で反論した。この人は無口で、僕の事なんか興味が無いんだろうと思っていた。
それがどういう訳か綾波の知り合いか何からしく、おまけに僕の事を聞いているという。

っつーか何言ってるんだ? コイツ。

「だってあの席を譲って貰ったんでしょ? だったらそうじゃん」
「あの席? 僕が座ってた席の事ですか」
「そうそう……」

 と、彼女はひとしきり肯いた後「ん、ん、ん? ん! んぅ?」とリズミカルに声色を変え
ながら、どこからか取り出したペンで頭をこつこつと叩き始めた。僕は僕で、彼女の言った言
葉の意味を考えていた。
7710:2009/07/19(日) 08:11:29 ID:???
 あの席を譲って貰った? 僕は席について特に何も聞いていない。僕が勝手に選んだだけで、
その時だって、さして何も考えていない。それに「愛されてる」ってどういう意味だ。良い意
味だろうか。良い意味だよな?

「ちょい待ったちょーい待った……君、なーんも聞いてないの?」
「はい、特に……」

 今度は思いっきり目と口を開いて笑顔を作って、一拍おいた後に、風呂上がりにビールでも
一気飲みしたみたいな言い方で「っっくぅぁ〜〜!」と言いながらこっちの方を見た。こちら
が呆気にとられていると、彼女はそんな事はお構いなしと言った風に、顔を伏せて声を殺して
くっくっと笑い始めた。

 ……綾波よりこの人の方がよっぽど変だ……。

「んーふっふぅ……なるほど……そいつぁ、運命だね」
7810:2009/07/19(日) 08:13:21 ID:???
 笑いが一通り治まった様子でそう言うと、今度は『ビシッ』っという効果音が付きそうな鋭
い動きで、どこから取り出したのか分からない、さっきとは違うペンを僕に突き付けた。

「君がぐーぜん座ったあの席は彼女の指定席。あの子、綺麗な顔して頑固だから、あの席に人
 が座ってると本だけ借りてとっとと帰っちゃうんだよ」

 その言葉の意味を理解した途端、さっきまでの自分を殴り倒したくなった。つまり、綾波が
近くに来てくれたのはわざわざ来てくれたという事なんかじゃなくって、単に指定席に座られ
ていたから近くに座ったと言うだけの話だったのだ。
 でも、綾波はこの人の話とは違って帰らなかった。ということはその分くらいはプラスにと
っても良いのかな。いや、どうだろう。ひょっとしたら、綾波からしてみれば―――、

「…………迷惑だったかな」

と、つい、思った事を口に出して呟いた。
7910:2009/07/19(日) 08:15:10 ID:???

すぱーん

 軽く鋭い音が静かな図書館に響き渡った。わざわざ顔を上げてこちらを見る人はほとんど
いない程度の音の大きさだった。少し間を開けてから、軽さの割に痛い衝撃が頭の天辺から
広がる。

「何ですか。何するんですか?」
「ボケたから突っ込んだ」

 司書の人は、手に持っている丸めた図書館のパンフレットをしっかりと振り抜いた姿勢の
まま答えた。

「君さぁ、私が言いたい事が何かしっかり捕らえてる? 些細な言葉の綾に囚われてない?
 私が言ってんのはさぁ、彼女の好意を無駄にすんなって事だよ? 分かってる?」
8010:2009/07/19(日) 08:16:44 ID:???
「別に思いつかなかった訳じゃないですよ」
「行動に移さない思想は無意味だよ。おら、とっとと行った!」

 彼女は僕の後ろの方を指さしながらそう言った。指の先には、不思議な物を見たような表情
の綾波が居た。いや、確かに不思議な物を見たんだろうけど、僕にもよく分からない。本当に
この司書は誰で、何で、一体綾波とどんな関係があるんだろう?

「…………」
「……行こっか」

 取り合えずそう言って、図書館を出た。もうすっかり空はオレンジ色に変わっていた。 
81名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 08:20:08 ID:???
長かったろ……前半なんだぜ、これ……

一応これ単体でも成立するようにしたつもり。焦ったから推古出来てないけど。
後半は二週間以内に投下するつもり。でも無理だったらごめん。
82名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 08:30:39 ID:???
期待して待ってるよ
83名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 08:39:05 ID:???
GJGJGJ
いい!とてもいい。続編書かなかったら一生恨む。
84名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 12:25:01 ID:???
パラレルものの投下とはいつ以来だろう…
期待してるぜ!
85名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 20:04:27 ID:???
「綾波って、料理は向いてないのかもしれないなぁ」

 彼の些細なひとことが私を怒らせた。

「どうして?」
「だってさ、お味噌汁を作ってるんだろ? それなのにそんなに怪我してさ」

 私の指に巻きつけられている絆創膏は日々増えてゆく。
 それは事実だし、お味噌汁一つまともに作れないのも事実だ。血まみれのお豆腐でお味
噌汁を作るわけにはいかない。寸胴鍋一杯にお味噌汁を作っても、飲みきるのに何日かか
るかすら言われるまで気づかなかった。
 でも、物には言い方があると思う。私が碇くんに美味しいお味噌汁を飲んでもらいたい
一心で料理の練習に励んでいる事に、彼は気づかないのだろうか。

「碇くんの言う通り。私は料理には向いてない」

 私はそう言ってぷいと横を向いた。

「あ、い、いや、そういう意味じゃなくってさ」

 今さら慌ててももう遅い。私の作ったお味噌汁を飲んで心から美味しいって言うまで、
もう口をきいてあげない。
86名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 20:05:29 ID:???
「今度の日曜、綾波の部屋に行くよ。作り方、ちゃんと教えてあげるからさ」
「いい。お料理向いてないから」
「そんなことないって」
「さっき碇くん自身がそう言ったわ。向いてないって」
「ごめん。謝るよ」
「謝ることなんてない。事実だから」
「ほんとにごめん。許してよ」
「許すも許さないもない。事実だから」
「ごめん! この通り!」
「さよなら」

 土下座せんばかりに頭を下げる碇くんを一瞥して、私は席を立った。


 帰り道に赤木博士の所によって、傷の消毒と絆創膏の交換をして貰う。指に絆創膏を巻
くのはどんなに器用な人でも難しいから気にしなくていいと言ってくれる。そう言われる
と私も安心する。

「それにしても」と赤木博士が笑顔で言う。「ちょっと怪我しすぎよね」
「そう思います。自分でも」

 赤木博士の前だと素直になれる。それが不思議だった。

「当面の目標はお豆腐のお味噌汁よね?」
「はい」
「ちょっとお豆腐切る真似してみて」
「……はい」

 私は頭の中でお豆腐とまな板と包丁を思い浮かべ、仮想の包丁を持って想像のお豆腐を
切った。
87名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 20:07:28 ID:???
「まず」赤木博士は少し呆れ気味に言った。「包丁はプログレッジブ・ナイフとは違うか
ら、突き刺すんじゃなくて切ればいいのよ。こんな風にね」

 赤木博士は手で包丁の形を作り、小指の方に向かって動かして見せた。
 目からウロコだった。

「普通は素材によって押すとか引くとかしながら切るんだけど、お豆腐はそんなことしな
くてもきれいに切れると思うわ。手のひらの上で切るっていう話もあるけど、最初のうち
はやめた方がいいわね。プロっぽくは見えるでしょうけど」
「手の上で?」

 私の驚いたような顔を見て、赤木博士はまた笑った。

「それから、左手はこんな風にして」そう言いながら左手の指を曲げ、中指の関節部分を
指差した。「ここをこんな風に包丁にあてがって切ると、怪我しないで上手に切れるわよ。
やってみて」

 私は言われた通りに真似をしてみた。そうそう上手、と誉めてくれた。嬉しかった。

「あとは、本屋さんで家庭料理の本でも買って、分からないことはシンジ君に――」そこ
まで言って、赤木博士は言葉を切った。「あなた、今日これから何か予定は?」
「いえ、特にありません」
「あたしの家で一緒に料理して、食事しない?」

 断る理由はなかった。

「はい」
「じゃあ少し待ってて。仕事を終わらせるから」
88名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 20:09:03 ID:???
 赤木博士と一緒にスーパーに行って、買い物をする。

「お味噌汁に入れるお豆腐って、絹ごしでも木綿でも好みでいいんだけど、シンジ君はど
っちかしら?」

 これは最初にお豆腐を買った時に迷いに迷ったから良く憶えている。

「絹ごしです」
「そう」

 赤木博士は満足そうに頷いた。他に、ワカメと野菜と、私には何か良く分からない魚を
買った。


「ちょっとそこで見てて」

 部屋着に着替えてエプロンをつけた赤木博士は、私に向かってそう言った。
 干した魚を煮るところから始めて、あっという間にお味噌汁が出来上がった。あまりの
手際のよさに私は目を見張った。

「飲んでみて」

 お味噌汁は、自分が作るものを除いては、碇くん、葛城さん、アスカさんが作ったもの
を飲んだことがある。
 私は思った通りのことを口にした。
89名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 20:10:06 ID:???
「全く同じ味ではないけれど、碇くんの作るお味噌汁と、どこか深いところで繋がってい
るような、そんな味がします。少なくとも、葛城さんやアスカさんが作るものとは違う味
です」
「やっぱりね」赤木博士は大きく息をついた。「これね、碇家の味なのよ」
「碇家の……味?」
「そう。碇家の味」

 そして、赤木博士はこんなことを話してくれた。
 赤木博士のお母さんは仕事がとても忙しく、赤木博士に料理を教えることはなかった。
もちろんお母さんの手料理を食べて育ってきたのだし、長じてからは自分の食事は自分で
作ることも多く、その味は必然的に赤木家の味だったはずだ。
 ネルフに入り、赤木博士のお母さんが亡くなったあと、碇司令と親しくなった。碇司令
は意外に料理が上手で、自己流でしかなかった赤木博士に碇家の味を教えた。この豆腐の
味噌汁も碇司令に教わった。

「だしに煮干と干し椎茸を使うことと、お酒を大さじ一杯入れてひと煮立ちさせるのがポ
イントみたいね」

 私はもう一口お味噌汁を飲んだ。

「これが碇家の……味……」
「シンジ君がどこでお料理を覚えたのかは知らないわ。もちろんユイさんの手料理は食べ
ていたはずだけど、ユイさんや、まさか碇司令がお料理を教えたとも思えないし。幼い頃
の記憶か……あるいはそれが“血”というものなのかもしれないわね」
90名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 20:10:51 ID:???
 食事を済ませたあと、包丁の使い方の特訓を受けた。それからお味噌汁の詳細な作り方
をメモしてもらい、何回失敗してもいいくらいたくさんの食材を抱え、帰途に着いた。

 部屋に戻ると、ポストにお味噌汁の作り方のレシピを書いた紙が入っていた。他には手
紙も何もなかったけれど、字は碇くんのものだった。その内容は、赤木博士に書いてもら
ったものとほぼ同じだった。ただ、例えばだしはパックを使うという風に、なるべく簡単
に作れるように書いてあった。何故だか分からないけれど自然と笑顔になって、そして涙
がこぼれた。


 結局、一睡もすることなく朝になった。
 赤い目で――私の目はいつも赤いけれど、いつもよりもっと赤かったはずだ――学校に
行くと、もう碇くんは来ていた。

「お、おはよう」

 碇くんが声をかけてくる。私は聞こえない振り。

「あ、綾波。あのさ……」
「なに?」

 私は頑張ってそっけなく答える。

「昨日、綾波の部屋に行ったんだけど、その、いなかったみたいで……だからその、レシ
ピを書いて――」
91名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 20:11:51 ID:???
 私は碇くんを遮るように言った。

「それが、どうかしたの?」
「……いや、なんでもないよ。ごめん、変なこと聞いて」

 碇くんの落ち込みように、私も少しかわいそうになった。もうそろそろいいだろう。

「今日の夜」私は怒った顔を作って、碇くんを真っ直ぐに見て言った。「お豆腐のお味噌
汁に合うおかずの用意をして、私の部屋に来て。お味噌汁とご飯は用意しておく」
「……え?」
「聞こえなかったの?」

 私は同じセリフを繰り返した。

「あ、う、うん。わかった……」

 碇くんは、私の怒った顔と要求とのギャップの大きさに、意図を計りかねているようだ
った。私はそっぽを向き、碇くんに見えないように堪えていた笑顔を弾けさせた。肩が震
えていたかもしれない。
92名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 20:12:50 ID:???
「そこに座って」
「……はい」
「キッチンに来てはダメ。わかった?」
「わかりました」

 私は部屋に来た碇くんに指示を出し、ベッドに座ってもらった。
 今からお味噌汁を作る。赤木博士のように手際良くは行かないかもしれないが、徹夜ま
でしたのだ。それなりの自信はある。包丁を見つめる私の瞳は、たぶん光っていたと思う。


「私、お料理に向いてないから」私はお味噌汁をよそいだお椀を差し出した。「美味しく
ないと思うけど、飲んでみて」

 彼は黙って受け取り、一口飲んで目を閉じた。
 自信はあった。味見もした。それでも不安だった。

「……美味しいよ。僕が作るのなんかより、ずっと」

 なるべく不機嫌な顔をしていようと思っていたけれど、やっぱり嬉しかった。笑顔にな
ってしまった。

「僕が書いたレシピで作っても、こうはならないと思うんだ。もし良かったら、誰に教わ
ったのか教えてくれないかな?」
「赤木博士に」
「リツコさん?」
93名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 20:13:51 ID:???
 赤木博士に聞いた話を、そのまま碇くんに伝えた。

「そうなんだ。父さんがリツコさんに……」
「うん」
「……それにしても」碇くんは気を取り直すようにして言った。「綾波は料理の天才だよ」
「天才?」

 向いてないのと天才では方向がまるで逆だ。

「お味噌汁って、これで結構難しいんだ。レシピ通りに作っても、同じ味にはならないん
だよね。美味しかったり、美味しくなかったり。一回教わっただけでこんなに美味しく出
来るんなら、やっぱり天才だと思うよ」

 すねている私のご機嫌をとるためにお世辞を言っているのかと、彼の顔色をうかがう。
お世辞や冗談とは思えなかった。
94名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 20:36:43 ID:???
終わり?
怒るレイって好きなんだ、GJ!!
95名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 21:00:30 ID:???
「……もう一度」
「すごく美味しいよ、このお味噌汁」
「もう一度」
「綾波は料理の天才だよ」
「もう一度」
「僕のために、毎日でも作って欲しい」
「もう一度」
「綾波のこと、好きだ」
「――もう、一度」

 彼はお椀を置き、私を抱き締めて言った。

「綾波が世界で一番だ。綾波のこと、幸せにするよ」
「……ごめんなさい、すねたりして」
「いいんだ。僕の方こそ、ごめん。悪かったのは僕の方だから。……今度、前に開けなか
った食事会をやろうよ。僕も手伝うから。父さんもきっと喜んでくれる」

 私は何も言うことができなかった。何か言えば泣いてしまいそうで。だから黙ってうな
ずき、目を閉じた。

 初めてのキスは、お味噌汁の味だった。

end

喧嘩の言い合いってのを書こうと思ってたんだが、書いてるうちにこんな話にw
バイバイさるさんに引っ掛かってたorz
96名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 21:01:22 ID:???
職人さんたち乙!
これからも頑張ってくだされ
97名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 21:27:47 ID:???
途中挟んで申し訳ない
乙でした!
98名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 22:02:59 ID:???
せ、青春だなあ…
99名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 22:38:35 ID:???
世界がどうなってもいい
僕がどうなっても構わない
せめて乙だけはさせてもらう
100名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/20(月) 00:37:39 ID:???
>>85-95

GJ!! すばらしい。

俺も怒ってる綾波さんって好きなんだ。
あとレイにやさしくするリツコさんも大好物。
その辺もすばらしい。
101名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/21(火) 13:21:52 ID:???
保守
102名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/21(火) 23:16:21 ID:???
誰か投下こないかなぁ
103名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/22(水) 18:19:34 ID:???
>>94
怒ってるレイ、やってみます。
--

君は怒るとき、伏し目がちに目をそらす。

「碇君、私は別に怒ってない」

いや綾波、君は怒ってるよ。
自分を表に出さない君の、わずかなわずかな怒りのサイン。
僕だから判る、という訳じゃ無いけれど。
そして、無言で歩き出す。
本気で怒ってるなら、呼び止めても無駄だろうけど。

「……」

でも足を止め、少しだけ振り返って僕を見る。
「早く来れば?」ってところかな。
まだ、機嫌が直らないの?
でも、側にいても良いってことだよね?

君のことはだいぶ判ってきた、と思うんだ。
でも、知らないことは沢山ある。
でも、怒ってる君は判るけど、楽しそうな君の素顔を、僕はまだ知らない。

僕達は言葉を交わさないまま、いつもの道を歩いて行く。
ここを右。ここはまっすぐ。
行き先? 知らないよ。
そこを左なら、いつもの本屋。駅に向かうなら、帰るだけ。

ん、今日はそっち?
104名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/22(水) 18:21:29 ID:???
そして、何故か綾波は足を止める。
ああ……綾波? さっきのことだよね。

「……」

そして、振り返って僕の側に戻って来た。
伏し目がちだけど、怒ってるときとはまた違う、僕から視線をそらさない。

ここは、綾波が何か言うのを待ってみる。
結局なにも言わないことも多いけど。

いや、えーと、理屈っぽく綾波のことを分析してるように見えるけど。
綾波の言葉って……そうだね。雰囲気というか、空気というか。

(こつん)

あ、こんなの初めて。
僕におでこをぶつけてきた――どうしよう。どうすればいいのかな。
よし……。

……。

「碇君、人目があるから……」

アハハ、やっぱり違ったかな。
でも、いいや。
これからは、今のが僕らのキスの合図ということで。

(終わり) 毎度、おそまつさまでした。甘々ですんません。

105名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/22(水) 22:18:06 ID:???
GJ!!
おでこぶつけに萌えw

おでこぶつけは出さないけど、ちょっとパクって投下してもいい?
106名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/22(水) 23:02:25 ID:???
>>103じゃないけど反対する理由はない、存分にやりたまえ
107104:2009/07/22(水) 23:03:30 ID:???
>>105
ありがとです...パクるですか。どぞどぞ。
108名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/22(水) 23:22:55 ID:???
 綾波が怒ってる。それも、かなり。

「そう? いつもと同じだと思うけど?」

 アスカには分からない。ミサトさんにもリツコさんにも分からないだろう。
 でも、僕には分かる。僕にしか分からない。
 綾波が怒ってる。
 原因は僕だろうか。僕が何かしたのだろうか。分からない。

「綾波、待ってよ。一緒に帰ろう」

 僕は何も気づかない振りで、そう声をかける。彼女は僕を無視してすたすたと歩き出す。

「ねえ綾波、ご機嫌ななめ?」

 玄関で追いつき、少しおどけた感じで言ってみる。彼女が振り向き、僕を睨みつけた。

「ええ、とても」

 彼女がはじめて見せてくれた反応。それはあまりに冷たく、僕をたじろがせた。

「ど、どうして?」
「知らない」

 彼女は再びそっぽを向き、靴を履き替え始めた。取り付く島もないとはこのことだ。

「僕に悪いところがあったなら直すよ。だから教えて」

 綾波が再び僕を睨む。
109名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/22(水) 23:24:23 ID:???
「わからないの?」
「ごめん。わからないんだ」
「本当に?」
「ごめん」
「碇くん、洞木さんと仲が良すぎるの」
「……へ?」

 僕が委員長と仲がいい? 寝耳に水とはこのことだ。

「洞木さんとお付き合いするといいわ。さよなら」
「ち、ちょっと待ってよ」僕は慌てて言った。「身に覚えがないんだ」
「昼休み、私のことはほったらかしで、洞木さんと仲良く話をしてたわ」
「あ……」

 彼女はまた僕を睨んだ。僕は思わず笑いそうになってしまった。

「あれはさ、くせのないお肉料理を教えてもらってたんだ。ほら、綾波ってお肉食べない
だろ? でも、挑戦だけはして欲しいなって思って」
「……」
「鳥のささみがいいんじゃないかって。カレー粉とにんにくで焼き揚げたらいいんじゃな
いかってアイディアを出してくれたんだ。作り方を教えてもらってたら話が長くなって」
「……本当?」

 少し上目遣いに、疑い深そうに言う。

「ほんとだよ。委員長に聞いてみてもいいよ」
「本当なら、許してあげてもいいわ」
「ほんとだってば」
「じゃあ――」
110名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/22(水) 23:25:23 ID:???
 綾波は眼を閉じ、軽く上を向いた。彼女がキスをねだる時のポーズ。

「こ、ここで?」
「……」
「みんな見てるよ?」
「……」

 綾波は答えない。私には関係ない、心の中でそう言っているのだろう。
 僕は覚悟を決めた。
 両手で綾波の頬を軽くはさむようにして、口づけた。唇を触れ合わせるだけで、でも少
し長めに、十秒。綾波が僕の肩に手を回してきた。もう十秒。そこで離れて、見詰め合う。

「おおおおお〜」

 クラスのみんなのどよめきが聞こえる。でも、もう僕には関係ない。
 綾波は逆に頬を赤くしてる。それがやたらと可愛かった。

「行きましょう」

 彼女が僕の腕を取り、半ば引っ張るようにして言う。今になって恥ずかしくなったのだ
ろうか。

「どこに行くの?」
「スーパー。鳥のささみ、買うんでしょう?」

end

怒る綾波と、103-104氏からアイディアをいただきました。
感謝。
111名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/23(木) 00:20:10 ID:???
どっちもいいねぇ、甘いねぇ、Gj!!
112名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/23(木) 00:30:15 ID:???
GJ!バカップルですね
113名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/23(木) 00:32:44 ID:???
破のあとだとすんごい場違いだけど、せっかく書いたんでもったいないというスケベ根性でやってみます
114104:2009/07/23(木) 00:33:01 ID:???
>>110 おお、GJ。本編にはレイとのキスなんて無いから、欲しいシーンですよね。
では、私もお料理ネタを踏まえさせて頂いて……。
--

「うーん」
「何、むずかしい顔してんのよ、バカシンジ」

シンジはお弁当箱を片付けながら、思案顔でアスカに答える。
「いや、綾波がさ。お昼を食べてる途中から、急に不機嫌になっちゃって」
「なんで?」
「わかんないんだよ。『それ、ハムサンド?』 『そうだけど?』 『……そう』 って感じ」

それを聞いたアスカは呆れ顔。
「アンタ、あの子の肉嫌いを一番良く知ってるんじゃないの?」
「いや、綾波のはハム入れてなかったんだよ。えーと、ポテトサラダとか、そんなんばっかり」
「それじゃなんで怒ってるのよ……ああ」

そこでアスカはピンときた。
(ははあ、どーせファーストのことだから、碇君と同じ物が食べたかったのにぃ、とか?
 あー、嫌だ嫌だ。二人だけ幸せそうな喧嘩しちゃってさ。ったく……)

「でもファースト、遠目からは怒ってるように見えなかったけど?」
「いや、僕には判るんだ。『そう』の返事が2秒ほど遅いとき……え?」

ばきっ!!

アスカの蹴りがシンジにクリーンヒット!
「あ、アスカ、なにすん……」
「なんかムカツクのよアンタら! あーもう、ごちそうさま!」

(終わり) おそまつさまでした。LAS色は……出てない筈w
115名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/23(木) 00:34:11 ID:???
0.

「あんたなんか……あんたなんかね……」
少女の視界が赤く染まり、キーンという不快な金属音が頭の中に鳴り響いた。
――白衣の女が少女の首を絞めている。
白衣の女の顔は醜く歪み、殺意と憎悪が熱風となって全身から吹き出しているかのようだった。
少女は手を振りほどこうと女の手に爪を立てるが、所詮は幼児の力。抗するすべもなく、視界が赤から完全な暗黒へと塗りつぶされようとした、そのとき――
「やめて、母さん! 何やってるのよ!?」
首から手が払いのけられ、決壊した堤防から水が流れ込むように、肺に空気がどっと送り込まれてきた。
「大丈夫?」
少女の命を救ったのは、若い女だった。
けっ、けっ、と、猫が毛玉を吐くような音を立てて咳き込んでいる少女の背中をさする。
少女の首を絞めていた女は、後ずさると、顔を両手で覆い、絞り出すような声を上げて泣きはじめた。
「母さん……一体、どうしてこんなことを……」
若い女は困惑の表情を少女と白衣の女――母親に向ける。
「私……私……」
涙に濡れた目が自分の娘と少女の姿を捉えた。
「違うのよ……こんなことするつもりじゃなかった……」
「しょちょう、が、しったら」
女の台詞を無視して、少女が苦しそうに咳をしながら口を開いた。
「しょちょうが、しったら、あなたは、ほんとうに、ようずみね」
女の涙と手の震えが止まった。少女を見る。今耳にしたことが信じられないといった様子だった。
首を絞めていたときの、火が出るような憎しみはその目から消え失せ、代わりに支配しているのは恐怖だった。
若い女が少女の背中から手を放して、数歩後ずさる。
得体の知れない、しかし危険であることは本能的に分かる生き物にばったりと出くわしてしまったように。
「このことを、ひみつにしたいなら、わたしのいうことを、きくのよ」
身を起こし、たどたどしく言い終えると、少女は唇の両端を吊り上げて微笑を浮かべた。
もし蛇が笑えるならこういう笑みを浮かべるに違いない――見るものに、そう思わせる微笑だった。
116名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/23(木) 00:37:07 ID:???
1.

少年はふと視線を感じ、後ろを振り返った。
視線の先には――
――女の子?
学生服を着た少女の姿が、陽炎のように揺れている。
もっとよく見ようと目を細めたが、その瞬間、電線にとまっていたカラスの群れが一斉に飛び立ち、その不吉な音に気を取られた。視線を戻した時には少女の姿は消えていた。
――何だったんだろう。僕の気のせい?
少年は額の汗を拭ってため息をついた。
――やっぱり緊張しているのかな。
父親に呼び出されてここまで来たものの、電話も通じない上に妙な幻覚を見るなど、お世辞にも幸先のいい出だしとは言えなかった。
――困ったな。どうしよう……。シェルターに行くしかないか。
困惑する少年に「幸先のいい出だしとは言えない」どころではない災難が降りかかるのは、それから数分後のことだった。

「あれが碇シンジ……」
少女は小首を傾げて呟くと、かたわらに待たせておいた黒塗りの大型車に乗り込んだ。携帯を取り出してかける。繋がると一言だけ呟いた。
「作戦開始」
少女の言葉につられたように運転席の黒服の男がミラーに目をやる。
後部座席に座る少女と視線があった。
少女の赤い目は無機質で、人間味というものが全く感じられず、男はそこからどういう感情も読み取ることはできなかった。
仕事柄、感情を表さない人間は腐るほど見てきているが、少女の目は今まで会ったどんな人間のそれとも違っていた。
男はその違いを上手く表現出来ない。人間味がない? いや、人間ではない――。
男の思考がそこまで行き着いた、そのときだった。
背後から凄まじい破壊音が鳴り響いてきた。ミラーで背後を見ると、巨大な怪物の一部が目に入る。
117名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/23(木) 00:42:24 ID:???
男は押し殺した唸り声を上げた。
ついに使徒が、この街、第3新東京市に来襲したのだった。
全身を緊張で漲らせ、男は少女に問いかける。
「どうしますか? 引き返しますか?」
少女はやはり無機質な目つきを変えず、無造作に言い放った。
「いい。死んだらそれまで」
男はうなずいた。いずれにせよ、今から戻ったところで何も出来ない。ピックアップは別のものが行っているはずだ。運がよければ助かるだろう。
ミラーに映る少女は、無表情のままだった。同僚――予定では――の生死など、地面を這いつくばるアリほどにも気にしていないように見える。
車内は冷房がほどよく効いているにもかかわらず、男は額に汗が滲み出るのを感じた。
――まったく薄気味の悪い娘だ。
そう思わざるを得ない。一般人には想像もできないような激烈な鍛錬と陰惨な経験を積んだ自分が、なぜこの小柄な少女を恐れるのか、見当がつかなかった。
その気なら少女の首を一ひねりして殺すことなど造作もない。片手でも出来る。
しかし、もし実際にその行動を起こしたらどうなるのか。少女に手をかける前に自分は死ぬだろう、と何の根拠もなく男は確信していた。オカルトか冗談のような話だが、男は本当にそう思っている。
「そうね」と、ふいに少女が呟いた。「その通りだわ」
そして、唇の端をほんの少し持ち上げた。人間で言えば、それは微笑みにあたる感情表現だった。
男の全身からどっと汗が出た。思わず声が出そうになる。
自分の思考を読んだのか。まさか。そんなことがあるわけがない。少女の独り言の内容が、たまたま自分の思考に関係あるようなものだっただけだ。つまり、ただの偶然だ。
……いや、この娘なら――。
男はそれから何も考えず、運転することだけに集中した。
118名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/23(木) 00:44:47 ID:???
 □

――そんな……。
碇シンジは息を呑み、自分の腕の中で苦しげに呻く包帯姿の少女を見つめた。ほっそりとした、いまにも壊れてしまいそうな少女だった。
こんな酷い怪我をしてる女の子を戦わせようと言うのだろうか? 
――戦わせる……僕が乗らなければ、この女の子が……。
シンジの呼吸が浅くなる。
掌にぬめりとした感触。見ると、血だった。
――まさか。嘘だ。
僕を騙すつもりに違いない、とシンジは思った。思わざるを得なかった。こんな現実は信じられない。嘘だ、嘘だ、嘘に違いない……。
シンジは父親にすがるような視線を送る。「冗談だ、シンジ」「ここは危険だ、あとは私たちに任せて安全な場所に避難しろ」「落ち着いたらゆっくり話をしよう」――父親が、そう言う事を期待して。
しかし、父親の冷たい目を見て、本気だということが分かった。
「やります」シンジは唇を噛みしめて言った。「僕が乗ります!」

「はい、カット」
シンジが去ったのを確認すると、綾波レイは身体を起こして軽く伸びをした。
「上手くいったわ。ミサトとリツコもご苦労さま。たまには役に立つのね」
そう言うと身体に巻きついた包帯をほどき、担架から降りて司令室に向かって歩きはじめる。
レイは上機嫌だった。即席に近い三文芝居だったが、シンジをまんまと騙して初号機に乗せることが出来たからだ。
彼女にとって、他人が自分の意図した通りに動くことほど気分のいいことはなかった。
それにしても、迫真の演技だったのではないか。包帯に血糊までつけたのはやり過ぎと思わないでもなかったが。
レイは、思わずくっくっと喉の奥で笑う。
まったく、単純な男だ。訓練もしていない素人――それも十四歳の中学生を、いきなり実戦に放り込むわけがない。そんなことも判断できずにその場の雰囲気に呑まれて承諾してしまうとは。かなりの馬鹿かよほどのお人よしなのだろう。
馬鹿とお人よしは徹底的に利用されるのがこの世の常だった。
――せいぜい私に利用されなさい、碇シンジ君……。
119名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/23(木) 00:48:42 ID:???
しかし――。
レイの思考はそこで変わる。
――司令とミサトの言い方はないわ。
レイはそこが不満だった。担架の上で苦しそうな演技をしながら、内心ひやひやしたのだ。
普通に考えて、土下座してでも初号機に乗って貰わねばならない状況なのに、どうしてああいう言い方をするのだろうか。
本当にシンジが帰ったら司令はどうするつもりだったのか。どうせ私がいるから構わないと?
そうだとしたらレイを舐めているとしか言い様がない。
ミサトもミサトだ。お父さんから逃げちゃダメ? 死ぬかも知れないという状況で父親から逃げるも何もないだろう。
私のために戦ってとでも言って拝み倒すほうがまだマシだ。
どちらも人間の機微というものを分かってなさ過ぎる。
――事態が落ち着いたらおバカさんたちに説教ね。
考えているうちにレイの機嫌は悪くなってしまった。他人が自分の意図した通りに動かないことほどレイの機嫌を損ねることはないのだ。
「あのー、レイ……?」
隣を歩きながら、ミサトが腫れ物に触るような態度で話しかけてきた。
「素直にあんたが出ればいいんじゃないかしら? あの子、訓練も何もしていない素人なのよ」
「牝牛は黙ってて。私に考えがあるんだから。だから司令も許可したの」
「め、めうし……」
あまりの言い草に、ミサトは軽くのけぞって絶句した。
レイはふと立ち止まると、ミサトの左胸をわしづかみにして、レモンでも絞るように思い切り握りしめた。
ミサトは飛び上がって叫んだ。
「ぎゃーっ! いたたた! 痛い痛い! ちょ、ちょ、ちょっと何するのよレイ!?」
「搾乳」
「はぁ!?」
「胸が大きすぎて脳まで酸素がいってないみたいだから」
怒りのあまり酸欠の金魚のように口をパクパクさせるミサトを横目で見ながら、リツコはそっと溜め息をついた。
――ブザマね。
120名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/23(木) 00:50:20 ID:???
 □

「碇。本当にいいんだな?」
冬月は前を見ながらゲンドウに問いかける。
ゲンドウは答えなかった。
――何を考えている、碇。
冬月は懸念を覚えざるを得ない。この無謀極まりない作戦――それを作戦と呼べるのならば――を了承したのは司令の碇なのだ。
冬月に言わせるなら、人員の無駄であり、時間の無駄であり、金の無駄だ。ゲンドウの真意を量りかねた。
冬月は、ふと、ある可能性に思い至り、顔色が変わる。
――碇、まさか、お前も……。
その可能性は十分にあった。何しろ彼女の行動力と執念は生半可なものではない。彼女の魔手はネルフのありとあらゆる人員に伸びていると考えるべきだった。
もし自分の考えが正しいなら――と、冬月は暗然とした面持ちで考える――ネルフの将来は暗いと言わざるを得なかった。

 □

オペレーターの状況報告が飛び交う緊迫した空気の中、レイは超然とモニターを見つめていた。
画面には初号機が歩いているところが映っている。
歓声が沸いた。
初搭乗でエヴァを動かしているのだ。奇跡といってよかった。
「歩いた……!」
「やるじゃない」
とレイが呟いたとたん、初号機は前のめりに倒れこんだ。歓声はたちまち失望の溜め息に変わる。
「やっぱり無理よ。レイ、出て」と、ミサトがレイを振り返って言う。
「もう少し待って」
「もう少しって……」
ミサトは気が気ではないという様子でモニターとレイを交互に見た。使徒が初号機に迫っている。
「相手の力も知らずに戦うのは得策じゃないわ」
「敵を知り己を知らば……ってわけ? そのためにシンジ君を犠牲にするの?」
「まだ死んだわけじゃない」
121名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/23(木) 00:52:57 ID:???
「そうだけど、これじゃ時間の問題だわ。出撃しなさい。これは命令よ、レイ」
「まだ」
レイは食い入るように画面を見つめている。まるでミサトなど存在しないようだ。
そうしているうちに、初号機の左腕が接近した使徒に掴まれた。ぎりぎりと引っ張られる。
「レイ! いい加減に……!」
ミサトは唇を噛みしめる。
「レイの言うとおりだわ」
「リツコ!」
いったい何を言い出すのかと、ミサトがキッと友人を見据えた。
リツコはその視線を気にする風もなく、平然と見返して言った。
「シンジ君が倒されてもレイがいる。戦闘訓練をきちんと受けたレイがね。だけど、レイが倒されたらあとは素人同然のシンジ君だけなのよ。使徒を倒せる可能性が高いのはどっち?」
ミサトは一瞬、言葉に詰まった。リツコの言い分にも一理なくはなかった。
しかし、だからといってこのままシンジを見殺していい訳がない。
「レイ! お願いだから……」
ミサトは今度はレイとゲンドウの顔を交互に見ながら悲鳴に近い懇願をした。
――司令は何考えてるのかしら。自分の子供なのよ!?
オペレーターたちも息を詰めてレイの様子を窺っている。
鈍い音と共に初号機の左腕が握り潰された。シンジの悲鳴が司令室にこだまする。
ミサトは即座にオペレーターたちに神経切断の指示を飛ばす。
「レイ。出撃だ」
ミサトは深々と安堵のため息をついた。
ようやくゲンドウが重い腰を上げたのだった。
レイの唇の両端が吊り上がって、笑いの形を作った。
瞳が猫のようにきらきらと輝く。
「仕方ないわね」軽く握った拳を掌に打ち付けて呟いた。「ボコボコにしてやるわ」

 □

使徒は、ボコボコにされた。

(続く)
122名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/23(木) 22:45:09 ID:???
ダークなレイも悪くない
123名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/23(木) 23:33:19 ID:???
ここからヤンデレイと化すのを期待していいのか?
124名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/24(金) 11:31:28 ID:???
いい感じに投下きてるな。
ヤンデレイ様の続きwktk
125名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/24(金) 16:19:57 ID:???
>>114
ちょっと埋もれたけどGJ!!
「そう」の返事が2秒遅いレイ萌えw
なんかムカツクアスカもいい。

パラレル物とヤンデレイ(なのか?)は続き待ち。
126名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/24(金) 21:42:43 ID:???
>>125
ありがと。でも当分はスレ保守に協力できなさそう。
こうも規制されちゃ2ch使い物になんないよw
127名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/24(金) 21:45:43 ID:???
じゃあ、僭越ながら、保守代わりにパパッと衝動的に書いた妄想を投下させて頂きます。
短いですが読んでやってくれたらありがたいです。
------------------------------------------------------------------
授業終了のチャイムが鳴り、次の時間までの小休止が訪れると同時に、シンジはレイに呼ばれた。

「どうしたの?」
「ちょっと、ついてきて」

唐突に連れ出されたことに疑問を感じながらも、どこか有無を言わさぬ雰囲気を持つレイに従うシンジ。
そうしてついて行った先は人気のない屋上への扉の前だった。

「綾波、こんなところに呼び出してどうし…ってええ!?」

シンジが言い終わるのを待たず、レイはシンジの首に腕をまわし、抱きしめてきた。

「あ、あの…綾波…?こ、これは…」

あまりに唐突な流れに戸惑うシンジ。
自分の首に顔をうずめるように抱きつくレイ。
(綾波の髪からはシャンプーの良い匂いがするな…やっぱり綾波も女の子だし、気を遣う所には遣ってるのかな…)
などと混乱した頭でボーっと感想を頭の中に述べていた。
しかし、腕から伝わるレイの体温が、押し当てられる胸のふくらみが、鼻孔をくすぐるレイの香りが、
シンジに残ったわずかな思考力を根こそぎ奪っていった。
128名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/24(金) 21:47:32 ID:???
「碇君が、言ったから…」

頭が空白状態の最中、いきなり声をかけられたことで我に返るシンジ。
とはいえ、相変わらず抱きしめられてる状態故にシンジの精神状態はまだ落ち着かなかったせいか、
シンジはレイの言葉に思い当たる節を見つけることができないでいた。

「な、なにを?」
「人前で、こういうのはダメだって…」

(そういえば、以前綾波に教室で抱きしめられたことがあったっけ…
 あの時は確か、綾波にポロッとカワイイって口走っちゃったからだったかな…よっぽど嬉しかったんだろうなぁ)
などと、その時の自分の迂闊さと、その時の教室の反応を思い出して顔から火が出るようにシンジは赤くなった。
と同時に、人前で抱きつくような真似は今後自粛するようにとレイに釘をさしていたことも思い出す。
その時の しゅん と反省したレイが可愛くてシンジはまた声に出しそうになったのは別の話。

「あぁ、だからここに来たの?その…こうする…ために?」

首筋にくすぐったさを感じることで、レイがコクンと首を頷かせたことがわかった。

「ごめんなさい…私の、我が儘。迷惑……だった?」
「そんな事ないよ!」

その言葉と同時に、ずっと宙に浮かせていた腕をギュッとレイの背中に回すことでその意志を示すシンジ。

「その…前はあんな事言ったけど、僕も綾波とこうしてるの…す、好き…だし」
129名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/24(金) 21:48:24 ID:???
自分のものとは思えないようなセリフを口走り、真っ赤に顔が染まるシンジ。
しかしレイはそんなシンジのセリフに無言だった。
代わりに、首に回された手がギュウッと強く締められる。
チラリと横目にレイの方に視線を向けると、レイの耳が真っ赤に染まってるのが見えた。

(喜んでくれてる…のかな…)

危うく自分のセリフを後悔しそうになったが、そんなレイの反応を見てやはり言ってよかったと安堵した。
そんな二人の甘い一時を邪魔するかのように、次の授業への予鈴が鳴り響く。

「綾波、そろそろ行かないと…」
「……まだ、もう少しだけ」

続いて、二人を急かすように授業開始のチャイムまで鳴り響いた。
流石にこれ以上はマズイかと、二人は名残惜しそうにその身を離す。

「……じゃあ、行こうか」
「……ええ」

授業が既に始まる時間にも関わらず、二人の歩みはゆっくりだった。
そしてその手は、教室までの短い道のりの間、しっかりと握られていた。
130名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/24(金) 22:26:21 ID:???
GJ!思わずニヤニヤしちまった
131名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/24(金) 22:37:30 ID:???
破の公開前は、ここまで甘いSSはボールゾーンだったのに
観てからは普通にストライクゾーン入ってるんだもんな……
132名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/24(金) 22:50:27 ID:???
甘い関係も似合うようになったね!GJ
133名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/24(金) 22:50:43 ID:???
バッカプルスレができる位だからな
しかもなかなか良スレだし
134名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 00:55:33 ID:???
>>121

2.

「!」
シンジは目を覚ました。瞬間、自分がどこにいるのか分からない。
溺れている時のような恐慌に陥るが、ぼやけた視点が急速に回復し、自分がどうやら病室にいるようだと分かると、落ち着きを取り戻して深いため息をつく。
――何でこんなところに……。
シンジは記憶を探る。
そうだ。エヴァンゲリオンとやらに乗せられ、巨大な化け物に一方的にやられて……そこからは記憶になかった。
とにかく、酷い目にあったことは間違いない。そうでなかったら病院にはいない。
「知らない、天井だ……って、何だ?」
何か白いものが天井に貼られている。あれは……紙? 紙には字が書いてある。
目を凝らすと、

役立たず

と書かれてあった。
「なっ……何だよ、これ」
シンジは呆然とした。
「何でこんな目にあって……わけが分からないよ」
横を向いて頭を抱える。
「何だよこれ……ひどいよ……」
135名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 00:58:59 ID:???
 □

レイはシンジの様子を想像して、くっくっと喉の奥で鳩のように笑った。さぞ驚いて、不安になったことだろう。
天井に貼った(貼らせた)紙きれは、レイの仕業だった。
特に深い意味はない。単なる悪戯だった。他人を不安の谷底に陥れるのは、もはやレイの本能といえるほどまで身に着いている。その本能に従ったまでだった。
とはいえ、この種の悪戯はほどほどに留めておかなくてはならない。何しろシンジは他のネルフの職員たちと違って、重要な存在――エヴァのパイロットなのだから。
レイは手に持った手帳をぱらぱらとめくった。最新のページには碇シンジの名前と、これまでの生い立ち等、基本的なデータが書いてある。
ああいうタイプは難しい――とレイは思う。碇シンジという少年には、あまり手酷く扱うとぽきりと折れそうな印象がある。
もっとも、そこが面白いところでもあった。
簡単すぎるゲームはつまらないものだ。
弱みを握って脅せば言いなりになる人間ばかりではない。むしろそういう人間のほうが少ないだろう。
鞭だけではダメ。飴も与えなければ。
飴と鞭――人間を操る基本中の基本。
シンジの記録を見ると、母親はエヴァの実験中に死亡。幼くして他人の家に預けられたとある。ほとんど捨てられたようなものだ。
シンジの人格形成に大きな影響を与えたことは間違いないだろう。ゲンドウとの会話もそれを証明している。
レイはボールペンを手にとって、シンジのページに「父親との関係」と書いた。これは使える。直感だった。レイの直感はほとんど外れた試しがない。とりわけ、他人の弱みに関する点では。
それから初号機に乗り込んだ際のシンジの行動を書きはじめた。誰のどういう言葉にどういう反応を示したのか。どんな表情だったのか。可能な限り、詳細に書き連ねていく。
ここまでするのはゲンドウ以来、久しぶりだった。
人の気配を感じ、顔を上げると、蝶ネクタイに黒ベストのウェイターが腰を屈めて注文を聞く姿勢をとっていた。
「失礼します。ご注文はいつもので構いませんか?」
レイは黙ってうなずいた。かしこまりました、と言ってウェイターが下がる。
手帳に目を戻す。
ふと、今ごろシンジは誰と食事を摂っているのだろうと思った。
もちろん、ミサトとに決まっていた。レイがそうさせたのだから。
136名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 01:05:40 ID:???
 □

シンジと同居したらどうかとレイはミサトに提案したのだった。
もっとも、形としては提案だが、実際は強制のようなものだ。
当初はシンジは一人で暮らすという話だった。
しかし、世界を救おうという中学生を一人暮らしさせるなど、言語道断である。
体調や精神面の管理はどうするのか。誰かが一緒に住まなければならないのは明らかだった。
本当はゲンドウと同居のほうがレイは対応しやすいのだが、シンジが拒否をしたという。
何年ぶりかの対面にもかかわらず、ああいう会話を交わすのを見ると、それも当然という気がする。
上手くいってないのだろう。
それならミサトがベターだとレイは判断したのだった。
しかしミサトは気が進まない様子だった。
「でもね〜。いくら中学生でも赤の他人の男の子と同居するってのは……」
ミサトは渋る。
「大丈夫、あなたみたいなオバサンには興味ないと思う」
「オバサン……」
もはやレイに何を言っても無駄だと観念してるものの、額に青筋が立ってしまうのはやむを得ない。
「あっ、あのねー。これでも三十前なんですけど。それにあんたと違ってナイスバディだし」
中学生と張り合うなど馬鹿げていると思いながらも、つい口にしてしまうミサトであった。
「ま、もしそういう関係になってもそれはそれでいいんじゃないかしら。いえ、むしろ好都合かも」
「……は?」
――この子は一体何を言ってるのだろう。
ミサトはぽかんと口を開けてレイの目を覗き込んだ。
「身体で言うことを聞くなら安いものでしょ?」と、レイはすまし顔で答えた。
「あ、あ、あ、あんたね。自分が何言ってるか分かってるの!?」
ミサトは仰天した。
いつの時代でも子供は大人が思うよりも成熟してるものだが、レイのような、いかにも儚げな美少女の口から出るとやはり効果が段違いである。
「世界の命運がかかってるのよ。身体を張るのは私たちだけなの?」
「そ、そういう問題じゃないでしょ! っていうか身体を張るってのはそういう意味じゃ……」
「あなたこそコトの重要性を分かってるの、葛城さん。最優先は何? 使徒の撃滅。使徒の撃滅に一番大切なものは? 私たちパイロットとエヴァ。あなたは私と碇君を最優先にしなければならないのよ」
「まぁ……それはそうだけど……だからって身体を張るとか……」
137名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 01:14:12 ID:???
「司令と碇君の会話、聞いてどう思った?」
レイはミサトの困惑に構わずに会話を進める。
「ん……まぁ、普通の親子の会話じゃあないわね」
「あの二人が一緒に住んでうまくやっていけると思う?」
「それは……やってみないと……分からないんじゃないかしら」
空気が抜けた風船のように声が小さくなっていくのが自分でも分かる。
「やってみて、碇君が帰るとなったらどうするの?」
「どう……しましょ?」
「どうしましょで済まないのは分かるわよね。一番都合がいいのはあなたなのよ、葛城さん」
「うーん。やっぱりそうかしら、ね……」
ミサトは考え込んだ。実を言うと、ミサトもシンジと暮らすことを考えないでもなかったのだ。
しかし自分から同居を申し込むとなると、さすがのミサトでも他人の目が気になった。いくら中学生とはいえ、男の子なのだ。
あと一押しと判断したレイはとっておきを使うことにした。
「テープ」
「う”っ」
ミサトの顔色が変わる。具体的に言えば、顔から血の気が引いて青ざめたのである。
「いいの? まかり間違ってあのテープが流出したらそれはそれはもう大変なことに」
「わーっ、わーっ!」と、ミサトは叫び声を上げつつ、周囲を見回して誰もいないことを確認した。「卑怯よ、レイ! 脅迫する気!?」
「卑怯とか脅迫とか言う前に、理屈が通っているのはどっち? 私、それともあなた?」
ミサトはぐっと喉を鳴らすと、がっくりと肩を落とした。
「……分かったわ」
長く深いため息を白旗代わりに、ミサトは降参した。
満足げに頷くレイ。本当はメガネのオペレーターにコピーを渡してあるのだが(受け取ったことでメガネは弱みを握られたのである)、もちろんそれは秘密だ。
この手は多用できないし、本当に相手が嫌がっている時には基本的に使えない。
ミサトが受け入れたということは、ミサト自身、思うところがあったのだろう。レイは背中を押しただけのことだった。――かなり乱暴に、ではあるが。
「さすが、責任感あるわね」
レイは心にもないお世辞を言った。
「あんた、本心で言ってるの?」
「言ってない。言うと思う?」
「……もういいわ」
ミサトは天を仰ぎながらその場を立ち去っていった。
138名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 01:18:24 ID:???
 □

レイはミサトとの会話を思い出して、くすくすと笑う。
――場所は市内の高級ステーキ専門店。
レイは一番奥のテーブルに一人で座り、食事を摂るところだった。
ゲンドウに一緒に食事をしようと誘われていたのだが、断った。そもそも食事は一人でしたい上に、あんな陰気な男とテーブルを共にするのは真っ平だった。
ゲンドウの、断られたときの俯き加減の顔を思い浮かべ、レイは唇の両端を吊り上げる。
他人が自分の行動のせいで悲しい想いをすると、いつも楽しい気分になるのだ。
とはいえ、少しは機嫌をとってやらねばならない。あの男が自分に何を見ているのか知らないが、利用できるものは最大限に利用するのがレイの信条だった。
ウェイターの姿を視界の隅に認めると、手帳をぱたんと閉じてカバンにしまう。
ウェイターが恭しい仕草でテーブルに皿を置く。
レイは、旨そうな音を立てている肉を、慣れた手つきで切りはじめた。
最高級の米沢牛のシャトーブリアンを、血の滴るようなブルー・レアで食べるのがレイの好みだった。
ブルー・レアとはレアよりも生に近い焼き方で、店員に教えてもらって以来、レイの好みになっている。
まさに自分のためにあるような焼き方だと思う。味付けは荒塩とレモンのみ。これが一番肉の旨みを引き出すのだ。
常連はレイの姿に慣れたもので、ことさら見つめたりはしないのだが、新規、あるいは新規に近い客は不審げにちらちらレイの様子を窺っている。
それはそうだろう。このような高級店に制服姿の中学生が一人で食事をするなど、気にならないほうがおかしい。
もっともレイは他人の目など一切気にせずに食事を続けている。他人の目など生まれてこのかた気にしたことがなかった。
レイにとって、ヒトとは、今現在自分の言うなりになっているか、将来自分の言うなりになるかの二種類しかいない。
わざわざこちらから気にかけるような存在ではないのだった。
139名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 01:22:58 ID:???

ステーキを食べ終わると、半分固形物のようなとびきり濃いブラック・コーヒーを、ゆっくりと時間をかけて飲み干した。
それから支払い金額に制限がないカードで清算し、店員のありがとうございましたを背に店を出る。
むっとする熱気がレイを包んだ。今日は夜になっても湿度が高く、蒸し暑さが残ったままだった。もっともレイは暑さをほ感じない。ほとんど汗もかかないのだ。
異常なことだが、レイは不思議に思ったことはなかった。それで不都合はなく、不都合がないことにこだわる性格ではない。
雲のせいで星が見えなかった。レイには星を見て物思いに耽るような感傷癖はないので、星が見えようが見えまいがどうでもいいことだったが。
自宅に向かって歩き出す。いつもは車を待たせておくのだが、今日はそういう気分ではなかった。
自分の足で、歩いて帰りたい。
どうやら高揚しているらしい。使徒との戦いのせいだ。
使徒を虐殺したときの快感を思い出して、レイはぞくっと身を震わせた。
140名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 01:26:59 ID:???

……レイは使徒の腕を掴んで、思い切り引きちぎった。腕から血のような液体が迸り出る。
それからはやりたい放題だった。もう片方の腕を握りつぶし、両足をナイフで切断してやった。
レイには、使徒の胴体にある、赤い球体を破壊すればいいのだと何故か分かっていた。
分かっていたから、敢えて狙わなかった。
馬乗りになり、ナイフで使徒の身体を突きまくる。
レイは、笑っていた。戦闘がはじまってから、ずっと笑っていたのだ。
何と楽しいことなのか。
こんな楽しい思いをするのは、生まれて初めてだった。
他人の弱みを握って脅迫するなど、これに比べたら塵芥に等しい。
――死なないでね。まだ楽しみたいから。
しかし、戦闘の最中にケーブルが切れていて、内部電源に余裕がなくなったので、仕方なくコアを破壊した。本当ならもっと遊びたかったところだ。
使徒は最期にレイを道連れにと自爆したが、まったくの無駄に終わった。レイの強烈なATフィールドに阻まれて、かすり傷さえつけることが出来なかった。
発令所に帰還すると、押し殺したどよめきに包まれた。
レイがゆっくりと見回すと、目が合った職員は青ざめた表情で目を伏せていく。
人類の未来を決する戦闘に勝った英雄を見る目ではなかった。
女性のオペレーターが、レイが前を通るときに「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
凍りついた雰囲気の中、ミサトが「ご苦労様。ゆっくり休んでちょうだい」とねぎらいの言葉をかけた。
レイはそれに返事をすることなく歩き去った……。
141名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 01:29:58 ID:???


夜道を歩きながら、レイは思う。
あの化物に感情はあるのだろうか。怯えたのだろうか。恐怖を感じたのだろうか。
――あればいいのに。感情や痛みが。
レイは心からそう思った。
――あれば、いいのに。
何も感じない化物を嬲り殺しても面白みなど何もない。それでは仕事と同じだ。
レイは、使徒に、激烈な痛みを感じて欲しかった。
狂ったような憤怒をぶつけて欲しかった。
どうしても敵わぬ相手を目の前にして、尽きることの無い絶望を感じて欲しかった。
――どっちでもいいか。楽しいから。
そう。使徒を倒すのはとても楽しかった。
これで終わりではない。これからも機会はある。そのたびに、あのぞくぞくするような快感が味わえるのだ。
小物をいびり倒して退屈を紛らわす日常とは、これでおさらばだった。
――楽しい……。
レイは身体を震わせた。
「あはっ」
容器いっぱいに満たされた水が、なお注がれて縁から零れ落ちるように、ふいに、笑いが漏れる。
「あはは」
笑いながら両手を広げ、その場でくるくる回る。
「あははははは!」
髪を振り乱し、白い喉をのけぞらせて、レイは狂った花のように笑った。
夜の熱をじっとりとふくんだ闇は、レイの哄笑に彩られ、さらにその色を濃くしていくように思われた。

(続く)
142名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 02:16:13 ID:???
まさかこの調子で延々とやるのか?
143名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 13:14:06 ID:???
解除されてたー
--

(あはは……)
(うふふふ……)
(あはははは……)

シンジは今日も訪れる。
「レイ達」が乱舞する水槽へ。

彼女達を「処分」しようとした赤木リツコを辛くも食い止め――いや、食い止めてよかったのだろうか。
「2人目」を失ったシンジは今日も訪れる。共に過ごした「綾波」の面影を求めて。

「ねえ、僕が判る? 覚えている?」

(あははは……)
(うふふふふ……)

「碇――碇シンジだよ。ねえ、判る?」

その名に、レイは意外にも反応する。

(イカリ……)
(イカリクン……?)

「う……うう……」

さわさわと「レイ達」はシンジの元に群がり始める。
にこやかに、楽しげに、彼の名を呼びながら。
144名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 13:15:25 ID:???
(イカリクン、イカリクン、イカリクン)
(イカリ、イカリ、イカリ、イカリ、イカリ、イカリ……)

「うう……う……うわあああああああっ!!」

シンジは水槽の元から、逃げるように駆けだした。
そのグロテスクとも言える狂気じみた光景に、耐えかねて。

やっとの思いで、明るい廊下に出てきたシンジは、がっくりと脱力してその場にしゃがみ込む。
まだ、「レイ達」の呼びかける声が耳について離れない。
思わず嘔吐きそうになり、口元を手で押さえるシンジ――ふと、誰かが側にいることに気が付いた。

「あ、綾波」

そう、「3人目」の。

そのシンジの有様を見て、レイは小首を傾げる。

――何か、出来ることはある?

しかし、シンジは再び顔を伏せる。

――構わないでくれ、君は違う、と。

「3人目」は事情を知っていた。
彼が「2人目」に親しんでたという事を。
そして、自分が「2人目」の代わりだと言うことも。

だから、とでも言うのだろうか。
そっと「3人目」はシンジの側により、彼を自分の胸に抱き寄せた。
145名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 13:17:04 ID:???
シンジは思わず目を閉じて、その抱擁に溶けていく。
しかし、心の中で何かが反発する。

(違う。違うんだ。こんなの、綾波じゃない。綾波なら、こんなことしない)

シンジの知る綾波レイ。
親しくなった別れ際ですら、人を寄せ付けぬ寡黙さと冷淡な振る舞いは、出逢った頃と変わらない。
親しくなって別れ際ですら、共に歩くときですら数歩の距離を置いていた。
笑顔を見たのは一度だけ。そう、あの時だけ。

しかし、シンジは「3人目」の抱擁に抗えない。
その胸の柔らかさと、自分に回された腕の優しい感触に、ただただ身も心も委ねるばかり。
これは自分の知らない「綾波」であるというのに――やはり、男は情けない生き物だ。
目の前の据え膳から素通りできないでいる自分が、ここにいる。

「レイ」

その時、背後から呼びかける低い、そして暗い声。
シンジの父、ゲンドウである。
総司令の命は絶対である。レイはその呼びかけに応じて、あっさりとシンジの元から離れていく。
シンジは思わず顔を上げて、「3人目」を追い求める。
しかし、レイはゲンドウに導かれて、振り返ることなく姿を消した。

(私は死んでも代わりはいるから)

「違う、違うんだ。君は一人だけだ。代わりなど居るわけがないじゃないか……」
シンジは何かに抵抗するかのように、そんなことを呟いた。
自分が本当に求めていたものは何なのか。
それを見失いかねない自分が、あまりにも情けない、と――。

(終わり) おそまつさまでした。わびしくてすんまそん。
146名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 13:18:18 ID:???
あ、しまった

>>145 6行目
親しくなって => 親しくなった

すんまそん。
147名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 22:37:39 ID:???
シリアスも悪くない
148名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/25(土) 23:07:35 ID:???
いい匂い…
シリアスな匂いのするSSも悪くない…
149名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 02:41:03 ID:???
GJ!イイヨイイヨー
150名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:47:13 ID:???
黒レイの続きwktk
151名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:53:38 ID:???
つづきwktk

ところでリナレイもののLASって単体でも需要あるかなあ
三姉妹スレに現在進行で投稿してるんだけど、需要あるならここでも別のを書いてみたい。
152名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 06:17:31 ID:???
需要あるわけないだろ
LASはLASスレに投下しろ
153名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 07:47:59 ID:???
>>151
無属性のスレは無かったかな。小説でサーチしてみ。
154名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 08:05:03 ID:???
>>151
荒れるからやめてくれ
155名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 10:06:21 ID:???
>>152
ああすまん、LRS風の何かの間違いだ。
>>153
thx
156名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 11:29:45 ID:xRskhkWv
ほしゅあげ
157名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 21:18:01 ID:???
毎度です。
--
なんだか、柔らかいものがまとわり付いている。
そうと気が付いて、レイは足下を見おろした。

「にゃあ」
「……」

猫である。それが足にすりすりしている。
自分のおでこをレイのすねにズンと押し当て、時に相手の気を引こうと甘噛みし、
身をくねらせて体をすり寄せ、最後には足の甲にポテンと体まるごと預けてしまう。
そして、見おろしているレイの顔をつぶらな瞳で覗き込み、みゃあと鳴く。
その微笑むように開く口元がなんとも愛らしい。

さしものレイにとっても可愛いらしく、思わずしゃがみ込んで頭を撫でようとした。
しかし、彼女はためらい、結局そうはしなかった。
「ごめんなさい。私はあなたを飼えないの」
と、彼女は冷たくあしらう他はない。

レイとて猫についての知識ぐらいちゃんとある。
なんだか絵的に似合いそうなのだが、実はレイほど猫と相性の合わない生き物はない。
相手は典型的な肉食動物なのだ。
エサとなる猫缶なるものの中身はグロテスクそのもので、
空けた瞬間こんなものを食わせるのかと思うほど、実にぞっとする代物である。

レイが飼えないと言ったのは、単にそういう問題だろうか。
あるいは、レイの肉嫌いについての根本的な理由が?
例えば、肉食獣に対する意識的な嫌悪感でも――。

「キャットフードを飼ってきて食べさせればいいよ。日持ちするし」
と、レイの代わりにしゃがみ込んで猫の頭を撫でる者が一人。
158名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 21:19:52 ID:???
「碇君……」
そう、シンジであった。
レイの心中を知ってか知らずか、妙に的を得たアドバイスをしたものである。

「クラッカーみたいなものだから、綾波にだって扱えると思うよ」
「……いいえ、私達は」
「そうだね、そんな時間なんて無いよね」

その時、レイは何を思ったのか。
不意に、しゃがんで猫とじゃれているシンジの頭をなでなでした。

「あ、あの……綾波?」
「……」

思わずシンジは耳まで赤面し、猫を弄んでいたその手を止めた。
しかし、レイは僅かに寂しげな表情を浮かべている。

(そう、私はあなたと共には暮らせない――長く一緒には居られない)

(私と碇君、食べ物だけの問題じゃない。エヴァパイロットとして育った私では、碇君は幸せには――)

(そして、碇君の言うとおり時間がない――私の使命の日まで幾らも――)

やがて猫は去っていく。結局、エサも何もくれないシンジ達を見放して。
レイはじっとその姿を見送っていた。いまだシンジの頭に手を添えながら。

(そう――こうしていられるのは、今この時だけ。私もいずれは碇君から……)

(終わり) 毎度、おそまつさまです。
159名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 22:31:57 ID:???
「あんたたち、いい加減そろそろ手を繋ぐ以上の事はしてるの?」

 ある日、惣流さんが私に向かって唐突に言った。

「どうして?」
「イライラすんのよ。あんたたちを見てると」

 私たちは別に惣流さんの心の平穏を目的に行動しているわけではない。そう思ったけれ
ど、口にはしなかった。無闇に波風を立てる必要はない。私も少しは大人になったのだ。
 それにしても、“手を繋ぐ以上の事”とは具体的にどんなことなのだろうか。

「それくらい自分で考えなさいよ! 言っとくけど、人目につかないところですんのよ!」

 彼女はそう言って少し頬を赤らめ、洞木さんのところに歩いていった。
 無責任にも程があると思う。

「綾波、帰ろうか……どうかしたの?」
「ううん、なんでもない」

 私は首を振り、笑顔を作って立ち上がった。

 帰り道、碇くんが何を話し掛けてきても私はうわの空だった。そして必死に考えていた。
 手を繋ぐ以上の事。人目につかないところで――。

 裏道に入り、人気が途絶えた。
 今だ、と私は思った。
160名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 22:33:01 ID:???
「惣流さんに」
「アスカがどうかしたの?」
「手を繋ぐ以上の事はしたのかって、聞かれた」

 碇くんが驚いたように足を止めた。周囲を見回している。やはり人目を気にしているの
だろう。

「碇くんも、手を繋ぐ以上の事、したいと思うの?」
「そ、そりゃあ、僕も、お、男だし……。綾波はどうなの?」
「したい」

 私はそう言って繋いでいた手を解き、彼の腕を取った。私の右手と碇くんの左手を絡ま
せ、頬を肩に寄せてみた。さらに左手で碇くんの左手をつかみ、抱き寄せるようにしてみ
る。密着感が高まり、幸せな気持ちになった。
 腕を組む。手を繋ぐ以上の事――。
 自分の想像に間違いはないと、私は確信した。こんなにぴったりくっついている所は、
たぶん人に見られてはいけないのだろう。

 碇くんが天を仰いだ。彼も幸せな気持ちにひたっているに違いない。

end
161名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 23:18:20 ID:???
これは良い
162名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 23:36:15 ID:???
おもしろGJ
163名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 23:44:11 ID:???
グッジョブでした。
ところでツンデレの元々の意味は人前ではツンツンしていてに二人きりの時だけデレデレしている状況のことらしいです。
シンジとレイが二人きりの時にしかデレデレしないのなら元々の意味のツンデレといえるでしょう。
164名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/27(月) 11:00:07 ID:???
>> 159-160

うまい、GJ!
そのスタイルの綾波さん、好きだわぁ。
165名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/27(月) 15:21:47 ID:???
>>163
いや違うよ。
本気でツンツン→内心デレだが素直になれなくてついツンツン→本気でデレデレ
っていう一連の変化のことを言ってたのが元々の意味
16610:2009/07/28(火) 00:04:36 ID:???

 帰り道。周りは全て夕焼けに染まりきって、元の色が分からないくらいになっている。

 チェロを担いでいると長く感じる上り坂の帰り道も、今日だけはやたらと短い。普通は、二
人の人間の間に沈黙が続けば、驚異的に長く感じるものなのだろうけど、綾波との沈黙にそん
な感じの気まずさは感じない。二人ともお喋りじゃないし、それが自然だからだろうか。

 それでも今日は、全く話さないという気にはなれない。なのに、声を出せないまま、綾波と
帰り道が分かれる場所まで、ゆっくり歩いて後五分くらいの場所にある公園の側まで来てしま
っていた。それからようやく、少しだけ勇気を出して僕の方から口を開いた。

「あの司書の人は、知り合いなの?」

 綾波は、こちらの方に少しだけ顔を向け、またすぐに戻してから答えた。
16710:2009/07/28(火) 00:06:13 ID:???

「マリさん…………とても、変わった人」
「うん、そうだね」

 あ、やっぱり綾波もそう感じてるんだ。

「司書の人に顔を覚えてもらってるんだから……綾波は、相当あの図書館に行ってるの?」
「あの図書館にはよく行くけど、声をかけられたのは一回目」
「……本当に、変わった人だな……」

 一体何で綾波に話しかけたんだろう……あんな感じの人だからどうせ『本の選び方が格好良
かった』とか『読んでる姿が様になってた』とか多少分かるような、やっぱりよく分からない
ような理由で話しかけたりするんだろう、きっと。
16810:2009/07/28(火) 00:08:15 ID:???
「でも、そんなに本を読めるなんて凄いね。僕なんか、文庫本一冊で結構疲れるのに」
「そう……」

綾波は少しだけ考えるように黙った後、聞いてきた。

「凄い事、なの?」
「うん、多分」
「そう……でも」

 綾波はこちらの方を向いて、そのまま太陽よりも濃い色の眼を僕から逸らさずに、言った。


「私は、碇くんの方が凄いと思う」


16910:2009/07/28(火) 00:09:53 ID:???
「……へ?」
「私がどうして、あの図書館に行くようになったか、知ってる?」

 まったくどうしてか分からないけど、綾波が、まるで両手を広げたままくるくると回って、
歌いながら微笑んで、僕の事をからかっているような口調で言っているように聞こえた。
 勿論、綾波はそんな事はせずに、鞄を持ったまま、静かに歩きながら言ったんだけど。

「私も、人を暖かくする何かを持ちたい。そう思ったの」

 そうしたら、今度もくるくると回ってないし、歌ってもいないけど、それでもこれだけは間
違いなくしっかりと微笑んで、彼女は言った。

「碇くんに負けないくらい」
17010:2009/07/28(火) 00:11:34 ID:???
 周りの音が一切消えて、目に映る情報は彼女だけに絞られた。今、自動車がクラクションを
鳴らしながら真っ正面から突っ込んできても絶対避けようともないと言うくらい、綾波以外の
存在が僕の周りから消え失せた。

「それで……図書館に? 綾波は……作家さんにでもなるの?」
「それはまだ分からないけど、そうなるかも知れない」

 数秒の沈黙の後、綾波は

「私は本が好きだから」

とだけ付け加えて、また前を見てすたすたと歩き始めた。
17110:2009/07/28(火) 00:13:17 ID:???
 後から思えばの話ではあるけど、その時の僕は当然冷静ではなかった。綾波が言った事が本
当に嬉しかった事もあるし、そもそも図書館からずっと興奮気味だった。多分、ずっと心拍数
が百を超えてたせいもあったんだ。あの何を置いても見たいはずの笑顔を見られたのに、普段
なら手を離して喜ぶ様な事を行ってくれていたのに。

 端的に言うと、今まで溜まっていたチェロに対するモヤモヤしたものと、綾波の予想外にポ
ジティブな行動に対する若干の嫉妬がトリガーになり、酷い自己嫌悪が始まって、あろう事か
その矛先が彼女に向いた。

「本当に凄いんだね……綾波は」

 自分でもびっくりするくらいの低い声が出る。いつのまにか、僕の足は止まっていた。綾波は、

二三歩進んで止まり、こちらの方をしっかりと向いた。
17210:2009/07/28(火) 00:15:28 ID:???
「僕なんかの演奏で、そんな風に思えるなんて」
「どうして?」

 綾波は、間髪入れずに聞き返してくる。若干強い調子で、まるで怒ったように。

「どうして、そんな事言うの?」
「…………いや……」

 綾波は僕から目を逸らさない。僕は、どうして良いか分からず、どうしようもなく視線を落と
した。

「……どうして?」

 あ、しまった。彼女の事をよく知ってる訳じゃないけど、これは多分、きっちりと理由を言わ
ないと引き下がらない気がする。
17310:2009/07/28(火) 00:17:39 ID:???
「長くなるよ?」

 この時の僕はやっぱりどうかしていた。だって、こんな誰にも言った事のない様な事を、綾
波に言おうとしてるんだから。

「構わないわ」

 綾波はそう言うと、視線を公園に移した。

 公園のベンチで、二人で並んで座る。冗談みたいに良い事がぽんぽん起こっているのに、空
気は重いし、僕の気分は沈みきっていた。

「ちょっと前に、僕の一つ上の人の演奏を聴いたんだ。その人は、色んな賞とか取ってて、プ
 ロを目指してるらしいんだけど……もう段違いに上手だったんだ」

ぽつりぽつりと、溜まっていたモノを吐き出していく。
17410:2009/07/28(火) 00:19:22 ID:???
「元々プロになる気なんて、そこまで無かった筈なんだけどね。僕だってそれなりに一生懸命
 やってるつもりだったんだけど……あ、一つ違いなのに、ここまで差があるんだって思った
 ら、何だか凄くショックで……」

 綾波は何も言わない。ただじっと、こちらを見ている。じっと、何かを考えているのかも知
れない。

「よく考えたら、当然の事なんだよね。毎日、放課後は誰か先生の所に行ってレッスンする訳
 でもないし、うちの学校が名門な訳もないし……清々しいくらいの放任主義だからさ、あの
 先生…………」

 一旦喉からせり上がってきた物は、自分の意志ではどうにも止まらなかった。

「わざわざチェロを買って貰うくらい好きなはずなのに、本気でプロになりたい人たちに比べ
 て、僕はどこまで一生懸命だったんだろうって考えたら……何でこんなに続けてるんだろう
 って考えたら、なんか……すっきりしなかったんだ。ここのところずっと」
17510:2009/07/28(火) 00:21:18 ID:???
 綾波は何も言わない。こちらの顔をのぞき込むような事も無ければ、立ち上がる事もない。

「僕の音なんて、さして一生懸命でもない奴が、ダラダラ続けてるだけの音なんじゃないか、
 って思ったら……なんか、白けちゃって……全然、価値なんか無い気がして……」

 その後、長い沈黙の後、やっと綾波が一言

「そう」

とだけ言った。

 再び長めの沈黙が訪れる。僕の方は、一人で言いたい事を言い切って、何だか疲れて何も言
えなかった。綾波の方も黙ったままだ。――――当然だろ。いきなりこんな事を言われて。

 お前は馬鹿か? 碇シンジ。
176名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/28(火) 00:39:52 ID:???
支援しちゃうぞ
177名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/28(火) 04:26:01 ID:???
おー!
続き待ってまっせ!
178名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/28(火) 09:47:42 ID:r3krama5
ぐどじょ
17910:2009/07/28(火) 10:14:37 ID:???
 急激な自己嫌悪が、今頃始まる。今まで溜まっていた愚痴を、あろう事かチェロを褒めてく
れた彼女に対して思いっきりぶつけてしまった。何やってんだよ。お前。何で嫉妬するんだよ。
何でそれを彼女にぶつけちゃうんだよ。このシチュエーションの価値分かってる? 帰り道に
綾波と二人っきりで、公園のベンチに座って話すってお前が夢にも思ってなかったシチュエー
ションそのものだろ? なのに何でもっと笑顔になれる話をしないんだ。実際に綾波はそうい
う事を言ってくれてたじゃないか!

 そんな事を延々と頭の中でループさせてたら、隣で、何か静かな音がするのが聞こえた。綾
波が立ち上がって、じっと、前を見ている。

 また、その表情に見とれてしまった。そんな事してないで、早く謝らなければいけないのに、
何もできずに、何もする気になれずに、そのまま立ち去る彼女をずっと見ていた。
180名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/28(火) 10:19:03 ID:???
連投規制に引っかかったんだゴメンネ。
うん、「 こ こ ま で で 前 半 」なんだゴメンネ。
当初の予定の八倍に膨らんじゃったんだゴメンネ。
次の投下予定は未定なんだゴメンネ。
文章のここおかしいんじゃない? とかいう指摘あったら教えて下さい。
181名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/28(火) 10:20:34 ID:???
長くて読めない
182名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/28(火) 10:30:50 ID:???
>>180
GJGJGJ
完結させてくれなきゃヤダヤダヤダ

1レスの行数をもっと増やせばいいんじゃない?30行ぐらいに。
183名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/28(火) 15:42:36 ID:???
1レス31行が限度
連投は10までだったかな。
それを目安に話数を区切るしかないよ。

1行の文字数は書き手さんのデザイン趣味趣向があるからね。
184名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/28(火) 17:55:15 ID:???
>>180
構わん全力で続けろ
185名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/28(火) 19:11:36 ID:???
でも30行×10レスってかなりの短編だよ。1レスにある程度詰め込まないと
それなりの量の作品はうpできないよ。
186名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/28(火) 22:30:33 ID:???
>>185
一区切りをつける量にはならないかな。
で、続きは時間をおくか、また明日。
書き手さん次第だけどね。

1レスに詰め込む量もお好みだし。
詰め詰めにしちゃうと読みづらい。書いてる自分が。
187名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/28(火) 23:49:00 ID:??? BE:749808544-2BP(2244)
のんびり続けてくれれば構わないと思う
188名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/28(火) 23:59:58 ID:???
>>141

3.

レイは頬杖をついて、つまらなそうに外を見ていた。実際つまらないことこの上ない。
普段は学校になど気が向いた時――つまりクラスメイトをいびりたくなった時にしか来ないのだが、碇シンジの転入以来、毎日登校するようにしている。シンジを探るためだ。
包帯姿になってからのほうが登校する頻度が上がるというのもおかしな話だが、誰も気にする様子もない。
いや、本当は気になるのだが、気にしないフリをしていると言ったほうが正確だろう。
レイに余計な関わり合いを持とうとすると痛い目に遭うのが、今までの経験上、分かっているからだ。
……それにしても、シンジほど監視のしがいのない人物も珍しい。それがレイの退屈の原因だった。
誰と話すわけでもなく、休み時間になるとイヤホンをつけて音楽を聴いているだけ。
たまに視線を向けてはくるものの、レイにすら話しかけてこない。
少し当てが外れた感があった。どうやら想像以上に内に篭る性格らしい。やっかいなことになりそうだった。
……突然、教室がどっと沸いた。騒ぎの中心に視線を向けると、シンジの回りに人だかりが出来ていた。
会話を聞いてみると、シンジがエヴァのパイロットだと分かっての騒ぎのようだった。
――馬鹿?
レイは心持ち眉をひそめてシンジを見る。今、パイロットであることを明かして何の得があるのだろう?
どうやら後先を考えて行動するタイプではないようだった。もっとも後先を考えて行動するならここにはいないだろう。とっくの昔に逃げ出してるか、最初から来ていない。
「ちょっと!? みんな、最後くらいちゃんと……」
――こっちも馬鹿ね。
顔を真っ赤にして怒る洞木ヒカリを、レイは鼻で笑った。
189名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 00:02:26 ID:???

長めのチャイムが昼休みを告げた。
「転校生。お前にちょっと話がある。顔貸せや」
関西弁を喋るジャージの男と、メガネをかけた小柄な男が(レイは同級生の名前など覚えない)、シンジを連れて教室の外に出て行く。
レイはひっそりと席を立つと、距離をおいて二人の後を尾けていった。
普段から妖しい雰囲気を醸し出しているレイが意識して気配を消すと、まるで本当の幽鬼のようだ。通りすがりの生徒がぎょっとした顔をする。
校舎の裏に来た二人とシンジを、見つからないように物陰から観察する。
と――トウジがなにやらシンジに声をかけた後、いきなりシンジを殴りつけたではないか。
メガネが倒れたシンジに何やら声をかけている。
レイは舌打ちすると駆け寄って、シンジとトウジの間に立ちふさがった。
「ちょっと待って」
トウジは驚いた顔を見せる。どう考えてもレイはこの騒ぎを止めそうにない人物だったからだ。むしろ殺人事件の最中でも無視して歩いていくタイプである。
「何やねん、綾波。お前には関係のないこっちゃ」
「何でこういうことするの」
「お前には……まぁええわ。お前もさっき知ったやろ? こいつがあのロボットのパイロットや言うやないか。
この間の戦いでワシの妹が大怪我をした。もっと慎重に戦っていれば妹は怪我をせずに済んだんや。だから、ワシはこいつを殴らなあかん」
それ見たことか、とレイは胸の中で毒づいた。調子に乗って余計なことを言うからこうなる。
「関係、あるわ。私もパイロットだもの」
仕方ない。気乗りはしないがバラすことにする。
190名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 00:04:32 ID:???
「何やて!」
トウジは驚きのあまり呼吸が止まりそうになった。ケンスケも口をあんぐり開けてレイを見ている。
「な、何や、お前みたいな女まで乗ってるんか!」
「そうよ」
トウジは、女までパイロットとはどんだけ人材難やねん、と言いかけたが、レイとシンジを交互に見ると、納得したように頷いた。
シンジがパイロットというのは信じがたいが、レイは容易に信じられる。
レイのように冷静沈着かつ冷血な人間ならパイロットにもなろうというものだ。
「ということは、妹に怪我させたんはお前かも知れん、ちゅうことやな」
「そうかもね。私も殴る?」
レイは思わず笑いそうになった。「お前かも知れん」どころか、怪我をさせたのはまず間違いなく当のレイなのだ。
「……」
トウジは険しい表情を崩さずに、レイの痛々しい包帯姿を――これは嘘なのだが、トウジには知る由もない――見る。
「……止めとくわ。ワイは女は殴らんよってな」
ふん、と鼻息をもらすと踵を返して歩き出す。
ケンスケがちらちらと後ろを振り返りながらトウジの後を追った。
「今度はちゃんとまわりをよう見て戦えや!」
トウジの罵声は校舎の壁に跳ね返って、雲一つない青空に吸い込まれていった。
191名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 00:13:10 ID:???

シンジは殴られた場所に手をあてて立ち上がり、制服についた砂をはらった。痛みはあまり感じなかった。それよりも、やる瀬無さで心が痛かった。
――何で殴られなきゃならないんだろう。自分が望んだことじゃないのに。
このまま消え入りたいくらいだったが、その前に言うべきことがあった。
「綾波」
「何?」
「……助けてくれてありがとう」
シンジはうつむきながら礼を言った。さすがに女の子に助けられるのは恥ずかしく、顔が赤く染まっている。
「いいの。私の責任でもあるから」
本当は責任などまったく感じていないが、これはシンジを懐柔するための「飴」だとも言えない。結果としてはプラスに転びそうな騒動だった。少なくとも教室でじっと座っていられるよりはいい。
「でも、嘘をついてまで……」
「え……?」
レイは一瞬、混乱した。
そうだ。シンジには、意識を失っている間に初号機が暴走して使徒を倒したいう説明がなされているはずだった。
いざとなれば初号機が暴走して倒してくれるかも知れないという希望があれば、エヴァに乗って戦う恐怖も少しは和らぐのではという理由からだ。
用意周到なレイは初号機暴走のニセの動画まで作らせたが、シンジが説明の真偽を問うことはなく、無駄な努力に――もっとも努力したのはネルフの職員だが――終わった。
もしシンジが嘘を暴いたとしても、それはそれで問題はなかった。
シンジの性格を考えると、嘘をつかれたことに対する怒りや不審よりも、大怪我で瀕死の状態だったレイをエヴァに乗せてしまったという自責の念のほうを感じるはずだ。
感じないようだったら、シンジに余計な負担をかけないために偽動画を作ったとでも言えばいい。どちらに転んでもレイに損はない話だった。
それにしても――と、自分で仕組んだことではあるが、レイは呆れてしまう。こんな都合のいい説明で素直に納得するとは、とんだお人よしというべきか。もっともお人よしでもなければエヴァには乗らないだろうが。
――いえ。お人よしというより、他人が決めたレールから外れるのが怖いのね。
この性格だと長生きはできないだろう。使徒と戦ううちに、いずれ死ぬ。
――それまでせいぜい利用させてもらうわ――。
レイは、ちらりと薄い笑みを浮かべる。
192名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 00:16:27 ID:???
「必要な嘘だから」
シンジは何か言いたそうにもごもごと口を動かしたが、レイの笑みを何と誤解したのか、結局言わないことに決めたらしい。
レイはそんなシンジを冷酷な目で見つめている。シンジの取るそういった反応の一つ一つが、レイにとっては分析の対象になるのだった。
「失礼します」
二人が振り返ると、黒服を着た大柄の男が立っていた。
男からは、冷静に暴力を振るえる――それも躊躇無く――雰囲気が、冷凍庫から取り出したばかりの氷のようにひんやりと漂っている。
シンジは我知らず顔をしかめた。好きなタイプとは到底言えなかった。いや、好きどころか半径100m以内でも近寄りたくないタイプだ。
「綾波様。緊急招集がかかりました。お急ぎを」
シンジは耳を疑った。綾波様……? どこかのお嬢さんか何かなのだろうか? 自分にはこんな恭しい態度はとらないのに……。
レイは男を見ずに、さっさと歩き出した。
「私たちは歩いていくから。あなたは戻っていいわ」
「し、しかし……。緊急時のマニュアルでは……」
黒服の男はハンカチを取り出して、額にふきだしてくる汗を拭う。
「二度言わせるの?」
レイは振り返らず、前を見たままゆっくりと言った。
「い、いや、そ、それは」
黒服は絶句した。
「じゃ、いいわね」
レイは黒服を後に残して歩き出す。
シンジは驚きのあまり、そこに突っ立ったままだった。
中学生の女の子が、大の大人にまるで部下のように――いや、部下というより家来という言葉のほうが相応しい――接しているのだから驚くのも無理はなかった。
シンジのレイに対する印象は「謎めいた美少女」というものだったが、謎めいたどころでない。謎だらけだ。
193名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 00:20:59 ID:???
「何してるの? 置いていくわよ」
レイは振り向いて、立ち止まったままのシンジに声をかける。
「あ、ごめん」
シンジは反射的に謝り、レイに追いつくために駆け出した。
二人はしばらく無言で歩いていた。その沈黙の重さに耐えかねたようにシンジが口を開く。
「ひとつ、聞いていい?」
「何?」
「綾波は何でそんな大怪我したのかな……って。ミサトさんに聞いても教えてくれなかったんだ」
「え?」
レイは虚を衝かれた。迂闊にも全く考えていなかったのだ。ミサトに答えられるわけがなかった。
レイの沈黙を、シンジは誤解したようだった。
「あ、ごめん……。嫌なこと聞いちゃって。そんなこと、思い出したくないよね。今のは無視して」
シンジは申し訳無さそうに言う。
「でも、何でそんな酷い怪我してまでエヴァに乗るのか、知りたかったから……」
「……起動実験の最中に、零号機が暴走したの」と、レイは言った。こんな程度でいいだろう。あとでミサトやリツコに言っておかねば。
それから、レイはふと思いついたことを口にした。「そのとき、司令が助けてくれた」
司令のくだりはシンジの父親への複雑な感情を刺激するために思いつきで付け加えたものだった。
案の定、シンジは微妙な表情を浮かべる。
「父さんが……?」
レイは心の中でほくそえむ。こうやって父親のことをちくちく刺激してやれば、操りやすくなるだろう。
一番扱いにくいのは、感情に揺れのない人間だ。シンジにそうなってもらっては困るのである。
194名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 00:29:22 ID:???
 □

レイは内蔵のモニターでシンジと初号機を見ていた。零号機に乗り込んで、待機中である。
今度は最初から出撃したかったが、大怪我をしたという設定でシンジを騙したのが仇となった。
さすがにこんなに短時間で戦闘ができるまで回復した、というのは嘘が過ぎる。
いや、いざとなれば出るのは仕方ないとしても、本当にどうしようもない状況まで待たねばならない。
前回と同じくシンジがピンチになったら出撃するという条件を、ミサトは意外とあっさり呑んだ。
ロクにエヴァを動かせなかったサキエル戦とは違う。それなりに訓練を積んだシンジが一人でどう戦うか、様子を見てもいいというのがミサトの判断だった。
だったのだが……。
「やっぱりダメか」と、レイはパニックに陥っているシンジを見て呟く。
それにしても頼りない男だ。もっとも使徒など自分ひとりで撃退できるから、頼りにするわけではないのだが。
司令は何でこんなのを呼び出したのだろう? レイは不審に思う。息子というのが理由? だとしたらとてもではないが司令に相応しい器ではない。首をすげ替えることも頭に置いておく。
後任は冬月でいいだろう。自分の言うことを聞く人間ならだれでもいいのだが、未知の人物だと改めてその身辺を調査しなければならないのが面倒だった。
……画面には一般市民の姿が映し出されている。見覚えのある顔だった。
あれは――さきほどの二人組だ。シンジを殴ったジャージと子分のメガネ。
こんなところで何をしているのだろうか。逃げ遅れたのか、シェルターから出てきたのか。
シンジは二人を庇って戦おうとしない。
――私だったら踏み潰しているところだわ。
レイはだんだんと苛立ってくる。初号機の活動限界まであと3分。
二人組はミサトの判断により、初号機のエントリープラグに収納された。
「シンジ君? 命令を聞きなさい。退却よ」
当然尻尾を巻いて退却するものとレイは思った。その後は自分の出番だ。再び虐殺の快楽を味わえると思うと、身体が震えてくる。
しかし――シンジは反対の行動を取った。
プログレッシブナイフを手に取ると、凄まじい絶叫を放ちつつ使徒に向かって突進したのだ。
195名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 00:33:15 ID:???
その瞬間――
レイは背骨に電流を流されたようにぴくんと背中を反らせて、かすかに「あ」と声を漏らした。
シンジの叫びと呼応するようにレイは「あ、あ、あ、あ」と立て続けに小さな叫び声を上げた。
眩暈がした。
うなじの産毛がチリチリと焦げ付いたように逆立っていた。
ミサトが自分に何か言ってるようだが、聞き取れない。そもそもミサトの言うことなどどうでもよかった。
今、この瞬間、レイの世界はシンジの絶叫で埋め尽くされていた。
そう――。
魂から無理矢理搾り出されるようなシンジの絶叫を聞いて、レイは――碇シンジを自分の手で壊したくなったのだった。
なんて素敵な悲鳴なのだろうとレイは思った。まるで天上の音楽のように心地良かった。
シンジの叫びに共鳴するように、レイの身体が震えていた。
喉がからからに渇いているときに、甘美な果物にかぶりついたようだ。シンジの叫びが身体のすみずみまで行き渡り、全身の細胞を活性化させていく感覚にとらわれる。
恍惚の表情を浮かべながら、レイは強く想う。
――碇君の叫びを、ずっと聞いていたい。
その欲求の強さは、ほとんど吐き気を催すほどだった。
ずっと。
いつまでも。
そう、いつまでも、いつまでも――。
操縦桿をきつく握り締めて、レイは誓った。
またこの絶叫を上げさせてあげる、と。
私だけのために――。

いずれ思いもよらぬ人物から今のシンジの絶叫と同種の叫びを聞くことになるのだが、今のレイにはむろん、知る由もなかった。

(続く)
196名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 00:45:54 ID:???
面白かったよ。
もしかするとここで続けるのは賛否あるかもしれないけど、どこかで続きを読みたい。
197名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 01:43:44 ID:???
というかもうやめれ
198名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 01:49:09 ID:???
つか区切りに□を使うのってLAS小説スレで見た気がするんだけど。
199名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 02:34:16 ID:???
>>188
もういいです
200名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 17:42:24 ID:???
マジもういいです
201名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 19:21:04 ID:???
え〜〜?

>>195 の最後とか、明らかに先の構想がある感じだし
俺はこれがLRSになるとこが見たいけどなあ……

そんなわけで続きwktk
202名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 20:45:48 ID:???
>>188
マジレスするけど、LRSにならないなら当たり前だけどスレ違い。
> せっかく書いたんでもったいない
というだけなら他スレへどうぞ。個人的には読んでみたいんで、移転するなら移転先を
書いてくれると嬉しい。

ついでに言うと長くて読めないんで、10氏もそうだけど、完結したらでいいんでエヴァ板
専用あぷろだとかに上げてくれると更に嬉しい。
203名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/29(水) 23:44:32 ID:???
ここに投下したってことはLRSになるんでしょ?
文章上手いし読みたいけど
204名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/30(木) 00:22:13 ID:??? BE:1312164274-2BP(2525)
とりあえず投下終わるまで安静にしてないと今後の職人が減りそう
205名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/31(金) 14:24:38 ID:???
文章は上手いしダークな雰囲気ながら面白いんだけど

L R S

なんだろうな?ホントに?
206名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/31(金) 15:49:23 ID:???
皆、いずれLRSになるだろうと我慢してきたんだがね。
> レイは――碇シンジを自分の手で壊したくなったのだった。

これでみんなブチ切れちゃったな。
というか、ここまで書いといて一転ラブラブになったらかえって不自然だろう。
207名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/31(金) 15:55:05 ID:???
黒波さんは嫌いじゃないがシンジへの愛がなければ話にならない
208名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/01(土) 19:03:12 ID:???
>>206

“一転”ラブラブになっちゃったら、そりゃアホみたいだろうさ。
一転じゃなくキッチリLRSにするのが芸だろう。
で、その芸が見たい。

……まぁ、だいぶ長くなりそうではあるが。
209名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 02:51:30 ID:???
>>206
そこがさ、「レイの中で、碇シンジが他の屑どもの列から一歩前に出た瞬間」でしょ?
恋ってそこから始まるもんでしょ?

さ、始めてもらおうか。
210名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 03:19:04 ID:???
>>209
いや、レイのキャラをここまで壊してる時点でもうね
211名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 10:17:01 ID:???
もう話題にもしたく無いんですけど
212名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 14:51:45 ID:???
お前ら甘LRSしか読めねぇのかよw
213名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 15:04:10 ID:???
>>193>>194の間、抜けてました

「でも、いいの……?」
落ち着きの無い様子でシンジが問いかける。
「何が?」
レイは振り返らない。
「緊急招集されてるんでしょ? ってことはまた使徒が襲ってきたんじゃ……」
つまり、走らなくていいのかとシンジは言いたいのだった。しかしレイの包帯姿を見るとそうも言えない。
「大丈夫よ。余裕あるはずだから」
特に確信があるわけではなかったが、レイはそう答える。
車に乗らなかったことに大した理由はない。単に主導権は自分にあることを知らしめるためだけだ。
「じゃあ、僕だけでも」と言いかけたシンジを目で制して、レイは「一緒にゆっくり行きましょ」と言った。
「私、碇君とお話したいから車に乗らずに歩いて行くことにしたの」
「え……」
シンジの顔が赤くなった。
「迷惑?」
「とんでもないよ! 別に、……いや、全然迷惑じゃないよ」
「そう? 嬉しい」
レイは唇の端に微笑を溜めた。餌にかかった獲物を見る猟師は、こういう笑みを浮かべるに違いなかった。
「でもさ」と、シンジは戸惑いがちに口にする。
「何?」
「い、いや、やっぱり何でもないよ」
レイの声を聞いて、考え直したように手を振る。
シンジは本当はこう言いたかったのだ。別に今じゃなくてもゆっくり話はできると思うんだけど、と……。
そして、早く行かないとまたミサトに怒られるのではないかと気が気でないシンジをよそに、二人は悠々と発令所に到着した。
「遅い! 何してたの?」と叱責するミサトに、レイは「うるさい、牝牛」と答えた。
214名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 15:05:56 ID:???
>>195

4.

レイは頬杖をついて、不機嫌そうに窓の外を眺めていた。
いや、不機嫌そう――ではない。レイは実際に不機嫌極まりない状態にいた。メーターがついていれば針が振り切れるほどの不機嫌さ加減だった。
その原因は、しつこく降り続く長雨ではなく、シンジだった。
第四使徒との戦い以来、学校に来ていないのだ。
使徒戦で怪我をしたわけではない。病気ではないかと疑ったが、病院を調べてみてもシンジは入院していない。
ということは精神的に落ち込んで家に引き篭もっているのだろう。
これでは何のために学校に来て、下らない授業を聞いているのか分からない。
――甘く見ていた。
レイにしては珍しく、その顔には反省の色がある。
これほどまでとは想像しなかったのだ。シンジの脆さが。
多少の紆余曲折はあったものの、はじめて一人で使徒を倒したのだ。自信がついたとさえ思っていた。
――行くしかないか。……面倒。
これから自分が取る行動を考えると、レイの不機嫌はさらに募っていく。

 □

レイはチャイムを押して、ドアが開くのを待った。
「はーい。……あら、レイ。どうしたの?」
ドアが開いて、ミサトが意外そうな顔をしてみせる。
「碇君は?」
レイは入ってと言われる前に足を踏み入れていた。
「あ、シンちゃん?」ミサトは一瞬視線を上に移動させた。「シンちゃんは今……病院よ。ちょっと、風邪引いたみたいで」
「……」
レイは黙ってミサトの目を凝視した。視線を外したのはミサトだった。
「どうして、嘘をつくの?」
215名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 15:09:26 ID:???
ミサトは額に手を当て、ため息をついた。
「あんたには通用しないか。本当はね、彼……家出しちゃったのよ」
レイの頬がぴくりと動いた。唇も同程度に動かして言った。
「役立たず」
ミサトは気色ばんだ。
「ちょっと。そんな言い方……」
「何のためにあなたは碇君と同居しているの? 管理者失格ね」
保護者と言わないところがレイらしいところだ。
ミサトはむっとした顔を憂い顔に崩し、またため息をつく。
「レイ、あなたみたいな強い子には分からないだろうけど、シンジ君には辛すぎるのよ。私としては、このままエヴァに乗らない道をあの子が選ぶなら、それも仕方ないと――」
レイは苛立たしげに手を振って、ミサトの言葉を遮った。
「そんな生温いことを、本気で言ってるわけじゃないでしょうね、葛城さん。天秤の片方に乗っているのは人類の未来なのよ」
というものの、人類の未来など、レイにとってはどうでもよかった。レイにとっては何より優先されるのは自分の快楽だった。レイは、そのために――そのためだけにエヴァに乗っている。
「分かってるわよ、あなたに言われてなくても――」
「常習性の強い薬を投与することは考えてる? エヴァに乗ることと引き換えに薬を処方する」
ミサトはまるで殴られたようにのけぞった。その手法が採られる可能性はあるとミサトは思っていた。
なにしろこの勝負の賭け金は人類であり、勝つためにはありとあらゆる手段が採用されるに決まっていた。
ゲンドウは実に息子にそこまでやるのか――。ミサトは、そう問われると絶対ないとは断言できないものをゲンドウに感じている。
むろんシンジへの薬物投与など、万が一実行されるとなれば職を賭してでも阻止するつもりだった。
「冗談よ」と、レイは真顔で言った。
「……」
ミサトは、レイにはお馴染みの目付きでレイを見ている。人間ではない異形の生物を見る目付きだった。
薬物使用の可能性を政府のお偉方が口にするならともかく、当のパイロット、十四歳の綾波レイが言っているのである。投与される側ではないか。異常というより他はなかった。
もっともレイにとっては冗談というのは本心の言葉だった。シンジに薬物を使うことなど、とうてい許されない。
といっても倫理的な問題ではなく、薬漬けの鳥がいい声で鳴くとは思えないという、それだけの理由だが。
216名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 15:11:52 ID:???
「どうするの?」
ミサトは黙っていた。正直、これからどうすればいいのかミサトにも分からない。こうやってレイに責め立てられると、やはり自分には荷が重かったかという思いに駆られてしまう。
「飴はきちんと与えていたの?」
「アメ?」
「飴と鞭。人間を操るときの基本でしょ?」
ミサトは唖然とした。まったく十四歳の子供の言うこととは思えなかった。
「まさかと思うけど、命令違反はいけませんと説教するだけだったんじゃないでしょうね」
レイの目付きがきつくなった。
「軍規に違反したことは確かだけど、使徒を倒したのも事実。一人でよく出来ましたねと頭を撫でておいて、命令違反のことは後で付け加えればいい。
軍人でもない素人の中学生相手に叱り付けるだけなんて、葛城さん、あなた、犬を飼う資格もないわ。人間なんてもってのほか」
ミサトは黙りこむ。シンジの家出という結果を考えれば、何も言うことがない。
「自分の感情のおもむくままに行動するなんて、あなたの使徒撃滅への想いはその程度のものだったのね。……お父さんが草葉の陰で泣いているわよ」
しょんぼりと下を向いていたミサトだが、最後の言葉を聞くと、キッと顔を上げた。血の気が引いて蒼白になっている。
「あんたね……世の中には、言っていいことと悪いことがあるのよ」
すでにレイはミサトの気を外すように一歩下がっている。視線はミサトの手に据えられていた。ミサトがいつ殴りかかってきても対処できるようにだった。
「さよなら」
レイはミサトから目を離さず、後ずさりながら部屋を出て行った。
外に出ると、かすかに笑った。他人のトラウマを抉るのはどんなときでも楽しいことだ。不機嫌も多少はおさまる。
廊下の角を曲がり、エレベータの扉の前で待つ。しばらくして扉が開くと、中にジャージとメガネの二人組みが乗っていた。
「綾波、何しとんのやこんな所で」
レイは話しかけてくるジャージを無視をしてエレベーターに乗り込む。
「あ、お前も碇の様子を見に来たんか。同僚やもんな。どうやった?」
返事をせず、閉ボタンを押して扉が閉まるのを無表情に見つめる。
「ちっ、何やねんあいつは。無愛想にもほどがあるで」
ジャージの言う台詞が扉越しにかすかに聞こえてきた。遠い外国の知らない言葉と同様に、レイには意味のないものだった。
217名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 15:17:36 ID:???
 □

さて、これからどうするか――。家出までするとは想定外の出来事だった。
外に待たせてあった車に乗り込んでレイは思案する。
シンジの行方なら保安部の連中が見張っているだろうから問題はない。自分で戻るか、連れ戻されるかどちらかだ。
問題は、この家出が一時的な逃避衝動なのか否かということだった。正式にネルフから離れることにならないだろうか。それは困る。
レイはシンジの絶叫を思い出し、ぞくりと身体を震わせる。シンジには、レイが飽きるまで鳴いてもらうつもりだった。
「碇シンジが今どこにいるか、分かる?」
レイは運転席の男に声をかけた。
「はい。分かりますが」
「そこにやって」と、レイは言った。
演技の時間だった。

「碇君」
映画館を出てきたシンジに声をかけてきたのは、レイだった。
「あ、綾波……。どうして、ここに!?」
シンジは呆然とした。偶然? まさか……。
レイはシンジの問いに答えなかった。
「どうして学校に来ないの? その様子じゃ病気じゃないわね」
「え……。それは、その……」
シンジは俯いた。レイの視線が痛い。
「僕は……」
それきり黙り込む。
レイは何も言わなかった。こういうときにぐちぐち責めるのは逆効果だとレイは知っているからだ。
218名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 15:20:36 ID:???
しばらく沈黙した後、ころあいを見計らって、
「碇君、帰ってくれるわよね……。私、車で来てるから。一緒に帰りましょう」
レイはシンジの返答を待った。内容は聞くまでもない。
シンジは今にも泣きそうなくらい顔を歪めた。
「僕は……」
顔を上げ、必死に言葉を紡ごうとする。
「ダメなんだ……。僕は、ダメなんだ」
シンジは手を広げて見る。震えていた。
「もうイヤなんだよ。もうあれには乗りたくないんだ。父さんや、ミサトさんや、綾波やみんなの期待には……応えられないんだ」
レイが何か言おうと口を開いた瞬間だった。
「ごめん、綾波」
シンジはそう言うと、背を向けて駆け出していた。
「えっ?」
レイはきょとんとシンジの背中を見送った。何か現実ではない、奇妙な光景を見ている気がする。
シンジは自分の言うことをおとなしく聞いて、ミサトの家へ戻るはずだ。
なのに、なぜ遠ざかっていくのか。
ふいにレイの顔に朱が差した。
拒否したのだ。
――私の言う通りにしなかった。
レイにとって、これほどの侮辱はなかった。
目がくらむほどの怒りを感じる。腹のあたりでぐつぐつと何かが煮立っているようだった。
そう――。他人が自分の言うことを聞かないことほどレイを怒らせることはないのだった。
脅迫したわけではない。演技にせよ、私が頼んだのだ。この私が。
それをあの臆病者は拒否し、背を向けて逃げ出した。
許せることではなかった。
――!
レイは無言でそばにあるゴミ箱を思い切り蹴飛ばした。
隠れていた野良猫がレイに向かって牙を剥き出して威嚇する。しかしレイの顔を見ると、素早く反転して逃げていった。
219名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 15:21:21 ID:???

レイは家に帰るとすぐにシャワーを浴びた。レイが感じた怒りは湯で洗い流せるほど単純なものではなかった。
その原因には、レイにはもうどうしようもないということもある。
シンジがもうエヴァに乗りたくないと言えばそれで終わりなのだ。
まだシンジの弱みを握っていないから、脅迫しようにも出来ない。あとは、それこそ拷問か薬かの世界になる。
そこまではやらないだろうとレイは踏んでいる。あの男にそこまでする度胸はない。
肝心のミサトの説得は期待薄だった。
打つ手がない。失敗したのだ。
歯噛みする思いだった。
それでも何か手を打つとすれば――。
いや、これ以上の行動はレイのプライドに関わることだった。もう何もしない。
レイは鏡を見る。鏡の中の綾波レイが赤い目を光らせてレイに話しかける。
――甘く見てたわね。
(そう。父親との関係を突っついて操ろうなんて甘く考えていた)
――私は戻ってくると思うわ。
(そう? もう、どちらでもいいけど)
――怒ってないの?
(怒ってるわ)
――じゃあ、もし、碇シンジが逃げ出さずにネルフに留まるようだったら――。
(そう。そのときは)
レイはうなずいた。
弱みを探り出すなんて甘いことはしない。
こちらから作り出してやる。
鏡の中の綾波レイは、唇の両端を吊り上げた。
220名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 15:25:39 ID:???

 □

次の日、シンジはネルフに残ることになったという連絡が保安諜報部から入った。
「そう……」
レイは呟いて電話を切った。
どういう経緯があったか知らないが、結構なことだ。
そうなればなったで、こちらにも考えがある。
まずは協力者が必要だった。
レイは頭の中で候補者を選びはじめた。

放課後のことだった。
レイは鞄を手に持ち、いつもの憂い顔で校門を出るところだった。
「綾波!」
シンジが後ろから駆けてきて、レイの前に回りこんだ。必死になって走ってきたのだろう、膝に手をつき、息を切らしながら、
「綾波! この間は……ごめん」
「何?」
レイは小首をかしげて、まるで何のことか分からないように答える。
221名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 15:27:01 ID:???
「あの、謝りたくて……。綾波がわざわざ来てくれたのに、あんな……逃げたりして。本当に恥ずかしいよ。自分でも情けないって思ってるんだ」
シンジはやや俯きながら、しかしどこかさっぱりしたような顔で、
「でも、もう……逃げたりしないから。……本当のこと言うと、今だって逃げ出したい気持ちはあるんだ……。僕は、こういうことに向いてないと思う気持ちは変わらない。
だけど、頑張るから。ここで逃げたら結局同じなんだ……。だから、出来るだけ頑張ってみようと思う」
「そう。頑張ってね」
レイはシンジを見ずに、呟くように言った。いまだに冷たい怒りが身を浸している。顔も見たくなかった。
「……うん。それだけ、言いたくて。じゃあ」
シンジの駆け出した先には、ジャージとメガネの姿があった。この間あのジャージに殴られたばかりだというのに、どういうことだろう? 
手下にでもなったのだろうか。いかにもシンジのやりそうなことだ、とレイは思った。常に保護者を必要とするタイプなのだ。
レイは整った唇を歪め、シンジの言葉を反芻する。
ごめん? 謝りたくて?
笑わせる。 
それで済まされるはずがなかった。
見てなさい。
頑張らなくても逃げ出さないように、いや、逃げ出せないように――私の奴隷にしてあげる。

 □

シンジとの会話から何日か経ったある日、レイは、とある男子生徒が一人でいるところを見計らって背後から声をかけた。
「ちょっと、いい? 話があるの」
「うわっ!」
その生徒は飛び上がらんばかりに驚いた。それから辺りを見回し、レイが自分に話しかけていることを確かめてから言った。
「え、俺に?」
「そう。あなたに」レイは目を細め、薄い笑みを浮かべて言った。「あなたに、よ」
222名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 15:28:18 ID:???

一言だけ。もちろんLRSになりますよ!!!!!!!111
アホな作者ですが、さすがにスレタイぐらいは読めますので……。
確かに現状LRSというには地球となんとか星雲ほどかけ離れてますけど、もう少し長い目で見て頂けると幸いです。
また怒られそうなの投下しておいて何ですけど……。
それでは少しでも皆様のひまつぶしになれますように。
223名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 15:43:34 ID:???
まあ黒綾波はアリだと思うんだ。本編の綾波レイはいわば白紙の状態で、そこから
白くなるか黒くなるかは誰にもわからないし。ただ、愛のない、ただの悪党になる
のは違うだろうと。この作品はそこがヤバ気で拒否反応が起きてたわけだが、作者氏
にそう言ってもらえば安心だ。今後も投下よろしく!
224名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 15:44:09 ID:???
>>222
おkおk
何かと批判はあると思うが挫けずがんばってくれ
225名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 15:55:37 ID:???
一人目があのまま育ってたら、こんな風に歪んだ性格になりそうだw
226名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 17:01:49 ID:???
この黒波さん、ちょっとかわいい。
頭良いのにバカチンなのって、かわいいよね?
227名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 20:33:40 ID:/GdZCkc7
すげーものを見た…
黒い綾波さん怖いお
でもなんだか楽しみだ
228名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 21:52:11 ID:???
投下します。
約12kあるので連投規制に引っ掛かるかもしれませんが、その場合は規制解除後
にまた書きます。
229名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 21:53:52 ID:???
「勝負パンツ?」

 体育の授業の後。聞きなれないセリフに、私は着替えの手を止めて顔を上げた。

「そう。あんたって、いっつも白のパンツばっかりでしょ? そりゃあんたのイメージに
は合ってるかもしんないけど、たまにはカラフルなパンツを身に着けたいとは思わない?
ブラとおそろいで」
「別に……」
「薄いピンクとか、バカシンジの奴も喜ぶと思うけど」
「碇くんが?」

 私も白の下着しか持っていないわけではない。水色や薄いピンクの下着も持っている。
だがそれらを着用する事は、最近は全くない。それは惣流さんも言ったようにイメージの
問題だった。
 みんなは私のことを清楚とか世間知らずとか非常識とか独善的とか天然とかいうイメー
ジで捉えているらしい。
 間違った悪いイメージは払拭し、正しく良好なイメージを広める必要がある。
 例えば、今の私はシャワーを浴びたあと全裸で出てきてはいけないということを知って
いる。周囲と協調して行動する事の大事さも教えてもらった。だから非常識でも独善的で
もない。こういうイメージは間違いだ。
 一方、清楚とか純真無垢とか初々しいとか可憐とか一途とか物静かとか、そういうイメ
ージは大事にしなければならない。それは、碇くんはそういう女の子のことを好きだと思
われるからだ。葛城さんの部屋で暮らすようになってから彼のことを緻密に観察し、鈴原
君や相田君から聞き取り調査を行った結果だ。まず間違いないと思われた。
 そもそも清楚とか純真無垢とかいうのがどういうものなのかはよく分からなかったが、
清楚といえば白いパンツらしい。清楚で可憐で純真無垢で初々しい私に白いパンツはベス
トマッチングなのだ。イメージ戦略は重要だ。だからパンツは白しかありえない。

 だが、碇くんが喜ぶとなれば話は別だ。碇くんが喜ぶ。聞き捨てならないセリフだった。
230名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 21:55:23 ID:???
 意識して周囲を見渡してみると、クラスの女の子たちの下着は様々な色やデザインで彩
られていた。ピンク、水色、オレンジ。チェック、ストライプ、水玉。イチゴやクマさん
をあしらったものもある。
 イメージ戦略などに囚われるあまり、出遅れていたのかもしれない。今までいったい何
をしていたのか。私は焦りを感じた。

 だが、見せもしない下着のデザインにこだわったところで、なぜ碇くんが喜ぶのだろう
か。それが疑問だった。

 下着姿を見せるわけにはいかない。怒られるからだ。以前、シャワーを浴びた後に全裸
のままリビングに出て行ったら、碇くんがバスタオルを持って飛んできたことがあった。
その時はめちゃくちゃに怒られた。全裸で出てきてはいけないと知ったのはその時だった。
もちろん碇くん以外の異性に裸を見られるのは嫌だったが、碇くんならかまわないと思っ
ていたのだ。以前に見られたことはあったし、その時は別に怒られなかったからだ。
 では下着を身に着ければいいかと思い、次の時はパンツとブラだけで出たらもっと怒ら
れた。
 葛城さんや惣流さんはバスタオルを巻いただけで出てくる。下着姿と機能的に差異はな
いはずだが、下着ではダメなんだそうだ。納得はできなかったが、世の中とはそういうも
のなのかもしれない。それが常識というものなのだろう。常識に従ってバスタオルを巻い
て出ると、さすがに何も言わなかったが複雑な表情をしていた。タンクトップとショート
パンツを試してみると、もっと複雑な表情だった。
 なんだか面白くなり、体操服を試してみたら土下座された。頼むからパジャマを着てく
れないかと。次はスクール水着を試そうとしていたので、それは残念だったけれど、碇く
んに従う事にした。
 彼が言うには、惣流さんや葛城さんのお風呂上りと私のお風呂上りでは、彼にとっての
意味合いが全く異なるのだそうだ。それは私のことを碇くんが特別視しているという事で、
それが嬉しかったからだ。
231名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 21:57:52 ID:???
 だから、彼に下着姿を見せるわけにはいかないのだ。かといって、身に着けていない状
態のパンツやブラを見せたところで何の意味があるのだろうか。私が所有している下着で
あるという部分に意味を見出すのだろうか?

「着てないと意味ないと思うけど。一部の変態を除けば」

 惣流さんは呆れたような顔でそう言った。やはりそうだろう。碇くんは変態ではないの
だし。ではどうすればいいのか。
 それを聞こうとしたところでチャイムが鳴った。私は慌てて着替えを再開した。

 それで話は中途半端に終わってしまったが、このまま放置するわけにはいかなかった。
碇くんが喜んでくれるかもしれないのだ。
 今日は赤木博士の診察を受ける日だ。赤木博士に聞いてみよう。

「勝負パンツ?」赤木博士は私の言葉を聞いて仰け反った。「勝負する気なの? もう?」

 言われてみればもっともな疑問だった。勝負というからには誰かと何らかの勝負をする
はずだ。碇くんと勝負するつもりはないし、そもそも碇くんが喜んでくれるというなら、
勝負する相手が碇くんという事はないはずだ。勝負パンツとは一体何なのだろうか?
 私は惣流さんとの会話を赤木博士に説明した。

「それは勝負パンツとは違うわね」赤木博士はほっとしたような笑顔で言った。「単に色
々なデザインやコーディネートを楽しみなさいということよ。あなたも今はいろいろ服を
持っているでしょう?」
「はい」

 碇くんや惣流さんに連れられて買い物に行き、私の衣装もずいぶん増えた。

「可愛い服を着ると、シンジ君、可愛いねって言ってくれるでしょう?」
「……はい」
232名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 21:59:52 ID:???
 私はその時のことを思い出し、頬が赤くなるのを自覚した。

「基本的にはそれと同じよ。見えない部分でのおしゃれを楽しみましょうということ」

 分かったような気がした。気はしたが、やはり何らかの方法で伝えなければ碇くんは喜
ばないだろう。伝えなければ私が白でないパンツを身に着けていると分かってもらえない
のだから。

「言えば? 口で」

 その手があった。赤木博士はもう付き合っていられないと言わんばかりの口調だったが、
そんなことは気にしてはいられなかった。
 私は全速力で部屋に帰った。

「ただいま」
「おかえり。早かったね」

 私は返事もそこそこに、部屋に入って制服のまま急いでパンツをピンクのものに換えた。

「アイスティー、いれたよ」
「ありがとう」

 彼はストローをくわえたまま私を見上げ、私が制服のまま着替えていない事に疑問を感
じたようだった。

「ね、碇くん」
「ん?」
「私、いま、ピンクのパンツなの」

 彼は喉の奥でごふっと妙な音をさせ、悶絶した。
233名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 22:00:58 ID:???
「だいじょうぶ?」

 私は彼に駆け寄り、背中をさすった。彼は口を押さえたまま私を凝視した。まるで透視
しようとしているかのようだった。
 そして、私から視線を引き剥がし、ごふごふともう一度むせ、何回か咳をしてから復活
した。

「ああ、苦しかった」
「だいじょうぶ?」
「う、うん、なんとか。そ、それでさ、綾波……」
「なに?」
「ぴぴ、ぴ、ピンクのパンツ?」
「うん」

 彼は落ち着くためかまたアイスティーを一口飲んだ。

「ど、どうして急に?」
「碇くんが喜ぶって――」

 私のその言葉を聞いて碇くんは硬直した。硬直したまま顔を赤くし、目線だけをやたら
とあちこちにさ迷わせている。スカートのあたりを凝視したかと思えば、無理矢理のよう
に目を逸らして虚空を睨みつける。またちらりとスカートのあたりを見て、慌てたように
私の瞳を見つめる。そしてまた虚空を睨む。
 喜んでくれているのかどうか、理解に苦しむ。
234名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 22:02:22 ID:???
 もしかすると、と私は不意に思った。もしかすると、今が勝負の時なのかもしれない。
 確かに下着姿をみだりに見せてはいけないと言われている。非常識かもしれない。だが、
一歩前に踏み出すために、時には常識を打ち破る事も必要なのではないだろうか。今がそ
の時、勝負の時なのだ。時は来たのだ。
 だから私は、勇気を持ってこう言った。

「見る?」

 彼は再び硬直した後、深くため息をついた。

「……綾波。誰にそそのかされたのかは聞かないけど――」

 そして彼はこんこんとお説教をはじめた。だがその内容は支離滅裂だった。要約すると
こういう事のようだった。
 みだりに下着姿を見せてはいけない。だが正直なところ、必ずしも見たくないわけでは
ない。むしろ見たい。僕だけにこっそり見せてくれると嬉しい。だがそれには時と場合と
いうか、タイミングというか雰囲気というか、そういうややこしいものがあって――。

 私は正座をしてうなだれ、しおらしく聞くふりをしながら考えていた。碇くんは「そそ
のかされた」という言葉を使った。やはり私は「ピンクのパンツ見たい?」などと言って
はいけなかったのだ。イメージが崩れる。
 だが、どうやら碇くんは見たいらしい。それなのに見せてはいけないなら、私はいった
いどうすればいいのだろうか。タイミングというのはどういうタイミングなのだろうか。

「綾波、聞いてる?」
「……え?」
「頼むからちゃんと聞いてくれないか。いいかい、綾波――」

 碇くんの非論理的で矛盾に満ちたお説教は二順目に突入した。
235名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 22:03:54 ID:???
 綾波だって素っ裸で街中を歩こうとは思わないだろ? 僕と二人きりの時だってそれは
同じなんだよ。むしろより危険だとも言えるんだ。アスカやミサトさんがいつ帰ってくる
かわからないし、僕が綾波のパンツを見てるところをミサトさんに見られたら、明日には
ネルフ中に広まってるに違いないんだ。それも面白おかしく尾ひれをつけてさ。僕が綾波
をリビングのど真ん中で押し倒して、濃厚な……その、何かをしてたとかさ。綾波だって
そんな噂が立ったら嫌だろ? どうせ噂になるなら、完全に綾波と二人っきりになれる場
面を設定して、パンツを見せるだけじゃなくて――。

 つまりどうしろというのだろうか。碇くんは私にどうして欲しいのだろうか。

 はっきり言うよ。僕は綾波の下着姿なんて見たくない。いや、本当は見たい。すごく見
たい。でも本当に見たいのは下着もつけてない綾波の姿なんだ。見たいというより抱き締
めて触れていたいんだ。でもそれはまだ早いんだ。そういう姿を見たり見せたり触れたり
するのは本当に心から好きあっていないとダメなんだし――。

 お説教を続ける碇くんの目は虚ろになっていた。自分でも何を言っているのか分かって
いないに違いない。
 お腹も減ってきたし喉も渇いた。でもここでアイスティーなど飲んだらもっと怒られそ
うな気がして我慢した。

 だから今、僕が本当に見たいのは綾波の笑顔なんだ。幸せで、いつも笑顔でいられる人
生を、綾波には送って欲しいんだ。僕は綾波が好きだ。だからその幸せを僕が綾波に贈っ
てあげられたら、僕もすごく幸せだ。でもそれは高望みなんだって、よくわかってる。だ
から、だからこそ僕は綾波のパンツを――。

「待って!」

 私は電撃に打たれたようにそう叫んだ。
236名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 22:05:51 ID:???
「碇くん、もう一度言って」
「え? 何を?」
「いま言ったこと」

 碇くんは少し考えてから言った。

「僕が見たいのは、綾波の笑顔だって――」
「その後」

 碇くんは一瞬だけ私から目を逸らし、それから真っ直ぐに顔を上げて言った。

「僕は綾波が好きだって、そう言った」

 涙がこぼれた。
 今、ようやく気づいた。
 私が欲しかったのはその言葉だった。
 パンツを見せるのが目的じゃない。
 喜んでもらえて、好きだと言って欲しかったのだ。
 イメージなんてどうでも良かった。ありのままの私を好きになって欲しかった。
 だから私は、私のままでいようとしていた。
 碇くんに好きと言ってもらうために自分を変えようとしたんじゃない。
 彼の言うことに素直に納得できて、それが本当の自分だと思える私がいる。
 碇くんの好みに自分を合わせようとしたんじゃない。
 私の持っているありのままの本当の色が、彼の望む色でもある。それにやっと気づいた。
 私の幸せは、碇くんがいなければ手に入らない。
 幸せになりたい。碇くんを幸せにしたい。
237名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 22:07:54 ID:???
「碇くん」私はうつむいて涙を隠し、彼のシャツをつかんで言った。「私は、私が碇くん
のことを幸せにしてあげられるなんて、考えたこともなかった」

 彼は黙って私の肩を抱いてくれた。

「私も、碇くんのことが好き。好きよ。好きなの。だから私、幸せになる」
「……僕ももう一度言うよ。綾波、僕も綾波のこと、好きだ」

 また涙がこぼれた。

「ねえ綾波。綾波の笑顔が見たいって言ったのも、ほんとなんだ。だからさ――」

 彼も泣いていた。でも笑顔だった。

「笑ってごらん?」

 私は笑顔になった。
 頬は涙でぐしょぐしょで、はなをすすりながらの、変な笑顔だったと思う。

 でも私は、幸せとはどういうことなのか、その時にようやくわかった。
 それは碇くんが教えてくれたことの中で、一番大切なことだった。
238名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 22:09:53 ID:???
epilogue

「結果的に、勝負パンツで勝負に勝ったってことになったわけね、レイは」

 甘いカクテルを口に含み、リツコが言った。
 ミサトが頬杖をついたまま答える。

「そういうことになるわね」
「で、それから?」
「レイったら、ちゃんと二人っきりになれる場所を用意して欲しいって。で、裸を見て、
綺麗だって言って欲しいって。シンちゃんもシンちゃんで、うんわかっただって」

 リツコはカクテルを吹きそうになった。

「バカップルっていうかバカっていうか……。で、どうすんのよ。中二でしょ? あの子
たち。いくらなんでも早いわ」
「でもさぁ、あの場面で、さすがにあたしも『はいはいちょっとストップ』って出ていく
わけにはいかないわよ」
「で、あなたはそれからどうしたの?」
「静かに気づかれないように出て来て、そのままリツコ誘ってここに来たってわけ」
239名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 22:12:08 ID:???
「じゃあキスくらいしてるかもしれないわね。そのあと」
「そのくらいはしてても自然ね。というより、してなければ不自然だわ」
「いいの?」
「いいんじゃない? キスくらいなら」
「そうね。勝負パンツなんて言われた時は何事かと思ったけど」
「とりあえず、レイの性教育はリツコに任せるから」
「いやよ。あなたがやりなさいよ。母親代わりで同居してるんだから」
「母親代わりっていうより、シンちゃんが家主であたしは居候みたいになってるけど」

 憮然とした表情のミサトに、リツコは笑った。

「まあいいわ。とにかく乾杯しましょう」
「何に乾杯する?」

 ミサトがビールジョッキを上げて聞く。

「もちろん、あの子たちの予想だにしなかった幸せに」

end

 長くて申し訳ない。
 専ブラから書くと規制って回避できるのかな?
240名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 22:14:08 ID:???
良いけど、綾波デレるのちと速くね?w
241名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 23:01:24 ID:???
242名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 23:05:04 ID:???
綾波さんもだが、シンちゃんがかわいいなw
243名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/03(月) 23:12:44 ID:???
下着一枚でシリアスに考え込む綾波さん。
丁寧だなあ。
244名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 00:25:10 ID:???
>>229-239

GJ!
面白かった!

> 「勝負する気なの? もう?」

ワロタwww
245名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 02:13:49 ID:???
やっぱ職人さん達はすごいですなあ。
自分こんなのやった事ないんですが、ちょっと破で盛り上がっっちゃたので、クソ素人なりに自分の好きなLRSを作ってみました。。

内容薄々ですが、、、

よかったらヒマつぶしにダメ出ししてみてください。。





放課後校舎にて

校舎の玄関で上履きを履き替えるレイ、そこに少し思い詰めた表情のシンジが周りを気にしながら近寄ってきた
「綾波っ、、、、あ、、あの、、、こ、、」
「何?」
「こ、今度の休みは、、何か用事とか、あるのかな、、?」
ーいつもとは違うシンジの投げかけに対し、少し怪訝な表情を浮かべるレイ
「赤城博士の所で検査。」
「そ、そっか、、、あっ、じゃ、じゃあ、いいや、ごめん、、、」
目を合わそうとせずに話すシンジにレイの方から会話を続けてきた
「検査は午前中で終わるわ。」
「えっ?」
「午後は何もない。」
思わぬ返答に焦りながらシンジの顔が綻んだー
「そ、そうなんだ、、じゃ、じゃあ、お昼ご飯でも、い、一緒にどう、かな。」
「...」
「あ、いや、その別に無理して食べたりとかしなくていいから、、ちょっと行ってみたいとこがあるんだけど、アスカはあんまり好きそうじゃないとこだし...」
「..何、食べるの?」
話が続いている...シンジは恥ずかしさで逃げ出したくなる自分を奮い立たせ、続けた
246名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 02:15:09 ID:???
「う、うん、この間見つけたんだけどいろんな野菜使ったランチやってるお店があって、ちょっとおいしそうだったから行ってみたいなって思ってたんだ。肉使ってる料理もあるけど、割とあっさりした感じのメニュー多いみたいだし、綾波にも合うかなって、、」
「そう、検査..終わったら、行ってもいい。」
「ほ、ホント!?、じゃあ、僕、迎えに行くよ! 」

「車、乗るの?」

「え、いや、行くのは僕らだけで、ミサトさんは来ないから、歩い、、あ、自転車ならあるよ!ほら、綾波軽いし歩き過ぎると疲れちゃうかもだから、後ろに乗ればいいんじゃないかなっ?」
「わたし、軽いの?」
「軽、いんじゃないかな、、いや、綾波が何キロあるとかわかんないけど、何か、細いし、、」

"スタイルもいいし.."

シンジはそう言いそうになって慌てて堪えた。
「そう、じゃあそうする。」
「うん!じゃあまたメールするよ!!」
「わたし、メールの仕方よくわからないの。」
ああ、、そう言えば普段使ってなさそうだもんな、、、とシンジが苦い顔をしていると
「碇君はメール、よく使うの?」
「え、まあ、普通に使ってるけど、、」
「使い方、教えて。メール返事するから。」
シンジはとりあえずレイに初期設定のままのアドレスを使って、一通り手順を教えた。
「じゃあまた明日。」
「さよなら」

帰り道、シンジは悶々と考えていたー
"あれ?これってデートのお誘い、「OK」って事、だよね??でも綾波の事だし、ただ「店に行く事」にOKしたって事なのかな..?いや、途中でわざわざ空いてる時間言ってくれたし、、ていうかメールくれるのかな?こっちからなんか入れた方がいいのかな?、、、んん〜、、"

シンジはモヤモヤしながら、しかしどこか幸せな気持ちに包まれながら家路についたー
247名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 03:50:21 ID:???
終わりか〜い
248名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 04:20:40 ID:???
初々しくていいけど、確かに続きがいるなw

> シンジは悶々と考えていたー

こういうのは「ー」じゃなくて「―」だ。一瞬読み間違えるw
ま、わかるけどね。
249名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 04:40:45 ID:???
>>245
続きキボンヌ
250名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 12:19:28 ID:???
つ・づ・き!
つ・づ・き!
251名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 13:13:30 ID:???
続ききぼんぬー!!!
252名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 13:18:18 ID:???
サーセンっっ初心者なもんで勢いで書いちゃって
全然落ちがまとまってなかったんでやり直し中ですっ

仕事がほぼ片手間気分です。。。


いましばらくお待ちくださいm(_ _)m

あ、職人さんも素人が割り込んでご迷惑おかけしますっ。。
253名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 22:04:24 ID:???
>>246 続きです

悶々とした気持ちの中、家に着いたシンジはちょっとした期待感を持って
携帯を開いた。
やはりメールは来ていない。
こっちから送ってないのに綾波から来るはずなんてないよね、、、
そう言い聞かせながらシンジは制服を着替え夕食の支度を始めた。
携帯をポケットに入れて、、

"ヴヴヴッ"

しばらくしてマナーモードのままの携帯が鳴る。シンジはすぐにポケットから携帯を取り出した。
サブディスプレイに流れる「綾波レイ」の文字

「わっ!!わ!来た!!」
期待はしていたがまさか本当に綾波からメールが来るとは、、、
シンジはすぐさまメールを開いた。

「週末よろしくお願いします」

なんでもない、綾波らしいと言えば綾波らしい短いメールだったが、シンジはとても幸せな気分だった。
まさか向こうから送って来るなんて、もしかしてちょっと楽しみにしてくれてるのかな?それとも綾波なりのただ約束の確認作業みたいなものかな?
浮かれている場合ではない、早く返信をしないと シンジは夕食の準備の手を止めメールを打った
「こっちこそ急に誘っちゃってごめん、綾波が気に入るといいんだけど。
週末、楽しみにしてるから。
じゃあまた連絡します。」
当たり障りのない文を打ち、せっかくこぎつけた綾波とのデート(?)をぶち壊してしまわないよう祈りながら、シンジは送信ボタンを押した

254名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 22:10:02 ID:???
待ちに待った週末がやってきた。いよいよ綾波とのデート(?)当日。
シンジは目覚ましが鳴る前に起きてしまうほど楽しみにしていた。
早々に準備を済ませ、日課の洗濯を終えたシンジは一路NERV本部に向けて出発
「本部入口まで自転車で行くって言ったのはいいけど、、、案外遠い、なあ、、」
普段は電車で通う道程の違った景色を楽しみつつ、なんとか入口まで到着。
通用口のガードマンに軽く会釈をし、買っておいたお茶を飲みながら綾波を待つ事にした。
時間が迫るにつれ、シンジの心拍数が上がる、、
”落ち着けっ、落ち着けっ、相手はいつも合っている綾波じゃないか、なにも初対面の人に合うわけじゃない、、”
冷静になるよう、そう自分に言い聞かせた。
その時レイが通用口から出てきた、
「あ、綾波っ、お疲れ様、、、検査、、、大丈夫だった、、?」
「ええ、大丈夫、いつもの事だから。」
「そっか、よかった、じゃ、、じゃあ行こうか。」
そこでシンジは自分のミスに気がついた、”綾波を自転車の後にどう乗せるか?”
すっかり浮かれた気分でいたため、細かいところまで考えていなかった、、、
でもあまり動揺している場合じゃない、シンジはとっさに後の荷台に横向きに乗るよう伝え
「あ、、危ないから、手、、、僕の背中掴んでていいよ。」
レイは言われたとおり黙ってシンジの上着を掴んだ
普段トウジやケンスケ達と二人乗りするときは全く気にも止めなかったが、
女の子と乗る場合、その距離の近さに頭の中が真っ白になる事をシンジはこの時痛感した、、自分の背中に触れるレイの手の感触、それと同時にとても幸せな気持ちを味わえる事も、、、

目的の店はそう遠くないところにあった
自転車を止め、シンジが先導しながら店のドアを引き、店員に案内され席に着く
「やっぱり、、ちょっと自転車で来るには遠かったかな、、」
「疲れた?」
「いや、そこまでじゃないけど、やっぱり暑いね、、」
「そう、じゃあ、これ使っていい」
シンジがお絞りで額の汗をぬぐっている姿を見てレイは自分の分のお絞りをシンジに差し出した
「あ、いいよ、大丈夫、、クーラー効いてるからすぐ落ち着くよ、ありがとう。」

255名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 22:43:09 ID:???
シンジは日替わりのメニューを注文し、レイはサラダが主役のようなヘルシープレートを注文した。
「うん、結構おいしいね、いつもは自炊ばかりだけどたまにはこういうとこで外食もいいね。」
無言でレイがその問いかけに少しだけ頷いた。
たどたどしい会話、シンジの一方的な会話がしばらく続いた辺りでレイの箸があまり進んでいない事にシンジが気づいた。
「もういらないの?やっぱりあんまり綾波の口にあわなかったかな?」
「、、、わたし、あまり量、食べれないから、、」
「そっか、、そういえば綾波いつも昼休み食べてなかったりしてたよね?」
「あんまり体調良くないのかなっていつも心配してたんだけど、元々少食なんだね。」
「ありがとう」
「へ?」
「心配してくれて、、」
「あ、う、うん一応綾波とはパイロット同士だし、何より、、、」
何より…その後にシンジは思わず口にしかけた言葉を慌てて飲み込んだ
”なにより綾波の事が好きだから” 
いや、今じゃない、今じゃないよそれはっっ…シンジは若干の眩暈を覚えながら
何とか話の起動を修正しようと必至に喋り続けた、、、
家でのミサトさんの事、ガキ大将的なトウジが時折見せる妹への想い…
そんな日常の他愛もない事を
しばらく、いやそれなりの時間シンジは必死の思いで続け、そして冷静になってきた頃、自分がずっと一方的にしか喋っていない事に気が付いた
それもそうだ、レイに至ってはたまに返事を返すくらいで自分から何かしらの話をする事はないのだから
「なんかごめんね、僕ばっかり話しちゃって、別に僕の話なんかどうでもいいよね?」
「…いい、、別にいい、、碇君の話聞くの嫌いじゃないから。」
「そ、そう?ごめんなんか気使わせちゃったみたいで、そろそろ出ようか。」
その言葉にレイは身支度を始めた
256名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 22:55:48 ID:???
「結構おいしかったね。」
「ええ。」
一般的には完全に怒っているような口調だが、レイはそうではないとわかっているシンジはホッと胸をなでおろした。
帰り道、普段は降りた事もない駅の周辺をめぐりながら時間を潰す
”…綾波の事、知っているようで何も知らない、どんなものが好きで、どんなものが嫌いなのか、、、”
そんな事を考えながら、話しながら、自転車を押すシンジの横を歩くレイ。
二人はのんびりとした時を過ごしていた。
どれくらい話しただろう、大した内容は覚えていないのに、気が付くと結構な時間が経っていた。しかしどういう訳か、レイの方から ”帰る” という言葉を発する気配がない
まあ、レイの事、”疲れたからもう帰りたい”なんて言ってくるわけはない、こちら側から言ってあげないと疲れさせてしまって、もう自分の誘いに応じてくれなくなってしまうのではないか、、
そう考えたシンジはとりあえず今日はこの場を締めようとレイに話しかけた
「あ、あのっ!綾波っ!!今日は楽しかったよ。ほんと、、ありがとう。そろそろ日も暮れて来たし、」
「…もう、、帰るの?」
「え?、いや、、、その、、、。」
思わぬ単語にシンジが返答に詰まっているとレイの方から続けてきた
「何か、用事あるの?」
「いや、別に何もないよ、、どうせ帰っても今日はミサトさん帰り遅いらしいし、アスカも委員長のとこ行ってるみたいだし、、、帰っても特に、、」
「じゃあ、うち、、来れば?すぐそこだし。…休んでいけば?」
「え、!?い、、いいの?、、なんか無理に押しかける感じになんないかな?」
「別に構わない、碇君がいいなら問題ないけど。」
「う、ううん問題なんかないよ、綾波が迷惑でなければ、全然。」
思わぬレイの誘いにシンジは高揚していた

257名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 23:04:24 ID:???
相変わらず女の子らしい雰囲気が一切ない部屋だったが、以前来た時とは少し、なにかしら雰囲気が変わっていた。
シンジが少し不思議そうに部屋を眺めていると、レイが話しかけてきた
「どうしたの?座れば?」
「いや、なんか、、前にきた時とどことなく雰囲気が違うというか、、なんだろ?」

「掃除、したから。」

「え?」
「昨日部屋、片付けたばかりだから。」
「そ、そうなんだ、」
そう言うとレイは台所へ向かった
「何にもないけどお茶、入れるわ。」
「あ、ごめん、なんか気使わせちゃって、、」
「いいの」
真新しいお茶の包みを開け、レイがお茶を入れる

「きゃっ!」

「ど、どうしたの!?大丈夫?!」
「ちょっとお湯がかかっただけ、、、でも平気、、」
「えっ、でもほら、早く冷やさないと!お湯かかったとこ赤くなってるじゃないか」
特に深く考えずとっさに行動に出たシンジはふと自分が綾波の腕を握っている事に気づいた
綾波は少し頬を染めて水道の水に当たる自分の手を見つめている…
「もう大丈夫かな。」
「ええ、、ありがとう、」
レイはシンジに冷やして貰った手をもう片方の手でさすりながら答えた
「後、僕やるから綾波は座ってて、ほら」
「え、でも、、、」
「いいよいいよ大丈夫。」
レイをベットに座らせシンジは台所に戻った
「ごめんなさい。」
ベットの方から綾波のか細い声が聞こえてきた
258名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 23:22:35 ID:???
「そんな、謝る事なんてないよ、わざわざお茶用意してくれたのは綾波だし、、、綾波の、、そのやさしい気持ちだけで僕は十分幸せだよ。」
シンジはハッと我に返った
”何を言っているんだ?、、幸せ、って!これじゃ軽く綾波の事、好きって言ってるようなもんじゃないかっ”
顔を真っ赤にして俯くシンジにレイが返した
「碇君が幸せなら、、わたしも、幸せな気持ちになれる、、、」
「えっ?」
どちらも確信を突くような言葉は使っていないものの、その場の空気は普段とは違う、明らかに”意識し合った”空気になっていた、、
”あれ?この状況って、もう、こっちからはっきり言わないとダメなんじゃないか?、、このままの空気じゃ他の話題に変えるのもおかしいし、帰っちゃうのもちょっと急すぎるし、どうしよう、、そんな、急にこんな展開されても、、、”
シンジは必死に返す言葉を探し、意を決して答えた
「僕は、、、綾波の事、、エヴァに乗ってる時の綾波の事以外、、まだあまり知らない、、、でもこのままじゃ嫌なんだ、、、
これからは、、、もっと、、、もっと綾波の事知って行きたい、、、、綾波の事、、、好きだから、、、」
シンジは先程にも増して真っ赤になった顔を上げ、レイの方を見つめた
レイも頬を赤らめ、目を丸くしてシンジを見た後すぐに視線をそらした


しばらくの静寂の後、たまりかねたシンジが切り出した
「ごめん、、、なんか、急に、、、迷惑だよね、こんないきなり言われても、、、でも、、僕は…」
「わたし、、、」
シンジの言葉が終わらないうちにレイが切り出した

「わたしも、、碇君の事、、、、好き、だから、、、」
その言葉を聞き一気にシンジの顔が綻んでいった。
それにつられレイの表情も幸せに満ちた、やさしい笑顔に変わっていった。。。


END
259名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 23:30:06 ID:???
御粗末さまでした。。。

>>247さん ナイスツッコミありがとうございます!

>>248さん あざーす!勉強になります!!

>>249、250、251さん

こんなクソ素人に付き合って頂いてありがとうございました。。

ちょっと自分盛り上がりすぎて、なんかいけるんじゃ?と思って初めて見ましたが、やはりそうやすやすとはいきませんね、、、
反省。。

ちなみにものすごく中途半端なとこで終わっているのは自分の一番盛り上がるポイントが「告白するところまでのモヤモヤしている過程」なもので、、、

260名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 23:30:37 ID:???
乙乙乙なり〜
261名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/04(火) 23:45:33 ID:???
「、、、」は「……」にしたほうがいい
基本的に文章の最後は句点(「。」のことね)をつける
会話文の最後に句点はいらない

これだけでだいぶ違います
262名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/05(水) 10:59:19 ID:???
小説の書き方、みたいなサイトはすぐ見つかります。
お暇な時にググってみると良いでしょう。
263名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/05(水) 14:12:57 ID:???
とりあえず,乙です
264名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/05(水) 18:03:15 ID:???
乙です。
「週末よろしくお願いします」というメールを打った時のレイの
気持ちを想像すると悶絶するw
265名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/06(木) 08:33:16 ID:???
いやーいいよいいよ

またなんか書いてください
266名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/06(木) 08:36:04 ID:???
FF書けない自分が憎たらしい…
267名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/07(金) 19:23:02 ID:???
迷わず書けよ、書けば分かるさ
268名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/07(金) 23:53:13 ID:???
書いてください
たぶん、ぼろ糞に言われると思うけど、怖がらずに挑戦してください
それで書くのをやめるか、それとも続けるか・・・


269名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/08(土) 00:11:12 ID:???
短いけど
--
「碇君、もうすぐ?」
「うん。綾波も先生に挨拶してってよ。何もない所だけど」
「あの、碇君……」
「ん?」
「……」

碇君に連れられて、初めての小旅行。
行き先は、いうなれば彼の故郷。幼い頃から過ごしたという孤児院だとか。
しかも、親同然であるという先生に紹介する、という――。

「あの、碇君? まさか先生って」
「そう。この教会の牧師さん」
「……」

碇君、あなたって――。

「あの……どうしたの、綾波?」

生まれ故郷まで連れてきて、
親同然の人に紹介して、
教会にまで連れ込んだ相手に、

「……別に」

この期に及んで、まだ“好きだ”と言ってくれないの?
弐号機パイロットが言ってた通り、本当に鈍いというか何というか……。

(終わり) 
270名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/08(土) 00:29:30 ID:???
GJwww
綾波さん考えすぎwww
271名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/08(土) 01:36:02 ID:???
LRS小説なんて綾波が綾波らしくしゃべって、シンジがシンジらしくしゃべって、地の文がそれなりだったらオッケーなのさ

え? それが難しいって?
272名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/08(土) 02:53:09 ID:???
シンジ、緊張しながらレイに電話をする。

とぅるるるるる……かちゃ。
「あ、あのね、綾波。今度――」
『シンジ、なんだ?』
「と、父さん?」

レイの携帯電話を取り、答えたのはなんとゲンドウである。
成る程、ちょうどレイは「浮かんでいる」状態だったとしても不思議ではない。

『シンジ、何の用件だ』
「い、いや、いいよ……」
『どうした、言うだけ言って見るが良い』
「……」

(そうだよね、父さん。断られても、誘うだけ誘ってみよう)

『何だ?』
「あ、あの、綾波を遊園地に……」
『……』

そして、レイ。カプセルから上がる。

「碇司令、どうかしましたか」
「何でも無い。食事に行こう」
「? はい……」

そう答えながら、レイの携帯から履歴を消したゲンドウは、
さしずめ娘を取られたくないという、父親特有の心境か。

(終わり) LRSに見えなかったらすんませんでした。
273名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/08(土) 16:10:10 ID:???
うん、見えないね
274名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/08(土) 19:46:02 ID:???
まあそう言うな
>>272投下乙!
275名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/09(日) 01:35:55 ID:???
>>221

5. 

「……手続き面倒よ。シンジ君、本チャンのセキュリティカードもらったばかりなんだもの」
ミサトは手に持ったビールの缶を中指と親指でつまみ、ぶらぶらと左右に振りながら言った。
そこでミサトにとって唯一の宇宙の真理――すなわち飲み干せば、新しい缶が必要だということ――に気づき、「あ、シンちゃん、ビールお願い」とシンジに向かっておねだりをする。
ミサトの他にはリツコとシンジがいて、そんなミサトを呆れた目で見ていた。
三人でミサト家で食事をしているところなのだ。ただし、シンジとリツコにとっては食事という名の拷問であったが。
「あっ。忘れるところだったわ。シンジ君、頼みがあるの」
思い出した、という顔のリツコ。
「何ですか?」シンジは満面の笑みを浮かべるミサトにビールを手渡して言った。
「綾波レイの更新カード。渡しそびれたままになってて……悪いんだけど、本部に行く前に彼女のところに届けてもらえないかしら」
リツコはバッグからカードを取り出して、シンジに渡した。
「はい」
シンジは素直にうなずいた。それからじっとカードを見る。
ミサトはこういうことには目ざとい。シンジの様子に素早く気がついて、
「どーしちゃったのー? レイの写真をじーっと見ちゃったりして」
「あっ、いや……」
シンジは慌ててカードから目を離す。
「まったまた、テレちゃったりしてさ。レイの家に行くオフィシャルな口実ができて、チャンスじゃない!」
「からかわないでよ、もう!」
シンジはふくれてその場に座り込んだ。
ミサトの台詞を聞いて、リツコは苦笑する。
――オフィシャルな口実、ね。その口実を作ったのは当のレイなんだけど……。
276名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/09(日) 01:37:37 ID:???

「赤木博士」
残業中のリツコが突然レイの訪問を受けたのは、PCを前に、その日十杯目のコーヒーを飲み、二十本目のタバコを吸っているときだった。
「あら、なぁに? 珍しいわね」
リツコは内心驚きつつも平静を装って返事をする。レイはいつも気配を消して訪れるので、その度に驚いてしまう。心臓に悪い。
一度注意したが直す様子はなかった。わざとやっているのだろう。他人が嫌がることをするのが天性になっているのだ。
レイは黙って手を差し出した。掌には、セキュリティカードが乗っている。
「私のセキュリティーカード、更新した」
リツコは眉をひそめた。
「……いえ、確か、してないわよ」
レイはちらりと苛立ちの表情を浮かべる。
「更新してなくても更新した。それで、あなたが私に渡し忘れたということにして、碇君に渡して」
「それでどうするの?」
「碇君に、私の部屋まで届けるように言って」
「……なんでそんなことを? と言ってもあなたは理由は言わないんでしょうね」
「分かってることをわざわざ口に出すのは馬鹿のやること」
レイはそう言うと踵を返し、部屋を出て行った。
リツコはドアをしばらく見つめると、二十一本目のタバコに火を点け、肩をすくめてやり残した仕事に戻った。

「でもねー、あのコちょっと性悪かも知れないわよ、シンちゃん。覚悟はできてる?」
「しょ、性悪!? 何ですかそれ!? っていうか、覚悟とか何とか……意味が分からないです」
「いや、ちょっとじゃないか……かなり性悪かもよ」
「ええっ、か、かなり?」
――さてさて、どういうつもりなんでしょうね。
リツコはミサトとシンジの他愛のない遣り取りを聞きながら、謎めいた微笑を浮かべた。
277名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/09(日) 01:39:12 ID:???

 □

道路沿いに立ち並ぶ集合住宅はアスファルトから立ち上る熱気にゆらゆらとゆらめいて、海原のごとく無限に続いているように思われた。
その中の、廃墟のような一棟にレイは住んでいるらしい。少なくとも、ミサトのメモはそう言っている。
シンジは額の汗を拭って、四階のあたりを見上げた。
――ここ、本当に人が住んでるのかな?
人の気配がない。この時間帯なら、幼稚園や学校から帰った子供や母親の姿があるはずだ。
しかし、辺りは静まり返り、ガン、ガンという工事の音だけが響いている。
日の光があるだけに、夜よりもかえって不気味さを感じてしまう。
何回見直しても、ミサトからもらったメモに書いてある住所とここの番地は合っている。
使徒の襲撃で疎開してしまったのだろうとシンジは考えた。シンジのクラスでも転校していく生徒がいる。その数は増える一方だった。
階段を上る途中でも、人の姿を見ることは無かった。
シンジは「402 綾波」と書かれたプレートを見上げた。いざ来てみると、やはり緊張する。女の子の部屋を訪問するなど初めてのことだった。
掌をズボンで拭うと、おずおずとインターフォンを押す。
――。
返事がない。
――どうしようか。
シンジは困惑した。このまま帰るわけにはいかなかった。カードがないとレイは本部に入れないのだ。
ドアノブに手を伸ばして、回してみる。何の抵抗もなくドアは開いた。
――あいてる?
「ごめん……ください」
やはり返事はない。シンジは靴を脱いだ。
「ごめんください。……綾波、入るよ」
シンジは忍び足で廊下を歩いていき――息を呑んだ。
278名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/09(日) 01:40:36 ID:???
――ここに……住んでる?
そこは、とても十四の女の子の部屋とは思えない場所だった。ベッド、冷蔵庫、パイプ椅子……必要最小限の家具しかない。
床にカーペットが敷いてあるわけでもなく、壁にポスターやカレンダーが張られてるわけでもない。
無機質で、寒々とした光景だった。監獄でもここよりは人間らしい場所と言えた。
シンジは驚きのあまり立ち尽くす。
黒服に綾波様などと呼ばれていたから、もしかすると、どこかいいところのお嬢様なのかと思っていたのだ。
まぁ、よく考えるといいところのお嬢様が人型の決戦兵器などに乗って怪物と戦ったりはしないのだが。
ますますレイのことをどう考えればいいのか分からなくなるシンジだった。
物思いに耽るシンジを現実に引き戻したのは、そのレイの声だった。
「何、してるの」
「あっ」
振り返ったシンジの目の前には、バスタオルを肩にかけたレイ。
シンジは自分の目を疑った。おそらく幽霊を見てもこれほどは驚かなかっただろう。
レイは――何も身に着けていなかった。
「!」
シンジの頭はまるでストロボを焚いたように真っ白になった。心臓が口元までせり上がってくるような感覚。口が急速に渇いていく。
慌てて後ろを向いた。心臓の動悸が激しすぎて、胸とこめかみが痛い。
「いやっ、あのっ」
279名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/09(日) 01:41:43 ID:???
とにかく弁明しなければという一心で舌を動かす。
「僕は……その……僕は、た、頼まれて……つまり……何だっけ……」
「そう、カード! カードが新しくなったから、届けてくれって、だから、だから別にそんなつもりは……」
「リツコさんが渡すの忘れたからって……ほ、ほんとなんだ。それにチャイム鳴らしても誰もでないし、鍵が……開いてたんで……その……」
シンジの独白はレイの言葉で遮られた。
「ちょうだい」
「え?」
「カード」
「う、うん! 今すぐに……」
バッグからカードを出して、目をつむって――後ろを向いてるからその必要はなかったのだが――レイのほうに突き出す。
しかし、シンジは緊張のため、カードを強く掴みすぎていた。それに付け加え、レイがひったくるようにカードを取ったため、シンジはバランスを崩してレイに寄りかかる格好になった。
一瞬ののち――他人が見ればレイを床に押し倒したような姿勢になった。
シンジの左手はまるではじめからそこにあったようにレイの右の乳房におさまっている。
シンジはきょとんと不思議そうな顔でレイを見ていた。事態はシンジの理解できる範囲を超えてしまったのだ。
レイの「どいてくれる?」という台詞までシンジは現実に戻れなかった。
「え? ……あ。あ、あ、あぁぁぁぁっ!」
叫びながら、バネ仕掛けの人形のように立ち上がる。
「ち、違うんだ綾波! これは……これは間違いで……そんなつもりは……とにかく、ごめん! 本当にごめん!」
シンジはまるでライオンに追いかけられているような猛烈なスピードで走り去っていった。
280名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/09(日) 01:43:33 ID:???

 □

レイは下着をはき終えると、「出てきていいわよ」と声をかけた。
ベッドの下から、手にビデオカメラを持ったケンスケがのろのろと這い出てくる。
「ちゃんと撮れてるわね?」
レイは確認を要求した。チェックすると、一部始終がきちんと映っている。
「うまくいったわね」
レイは喉の奥で満足げに笑うと、服を着はじめた。
横を向きながらも、ちらちらとレイのほうに目を向けてしまうケンスケ。性格はともかく、容姿は抜きん出ているのだからこれはやむを得ない。
当のレイはケンスケのことなど全く気にしなかった。備え付けの家具ほども気に留めない。
シンジに裸を見られた――いや、見られたのではなく見せたのだが――ことも気にならなかった。犬や猫に裸を見られて恥ずかしがる人間はいないのと同じ理由だった。
ケンスケはうな垂れ、ため息をつく。
――いったいなんでこんなことになったんだ……。
こうなるに至った経緯を呆然と思い起こす。
それは昨日のことだった。
281名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/09(日) 01:45:32 ID:???

ケンスケは不安げな様子できょろきょろと様子を窺っていた。
場所は体育館の裏で、こんなところにも放課後特有の突き抜けたような、それでいて気怠い雰囲気が漂っている。
ケンスケは同じ場所をうろうろと歩きながら考える。
自分に用があるなんて一体どういうつもりだろう? 不吉な予感がしてならない。これが普通の女の子なら――たとえ可能性が万が一でも――
告白されるかも知れないと妄想できるのだが、レイが相手だとそんな可能性はまったくのゼロだ。あるいは告白ではなく脅迫かも知れない。
……残念ながら、ケンスケを待っていたのは後者だった。
レイは約束の時間よりも十五分遅れでやって来た。ケンスケを不安がらせるための、意図した遅刻だ。
顔を会わせるなり単刀直入に、レイは「あなたにやって欲しいことがあるの」と切り出す。
「……まさか、法に触れることじゃないだろう?」と、ケンスケは眼鏡のズレをなおしながら、「やだぜ。殺人の手伝いとか」
冗談のつもりで言ったのだが、レイはくすりともしない。あまりに真剣な顔なので、かえって冗談を言ったケンスケのほうが不安になる。
「おい、まさか……」
「あなたの持ってるビデオカメラで撮影してもらいたいの」
「……で、何を撮るんだ?」
ケンスケは思わず胸を撫で下ろしつつも、疑いの表情を崩さずに訊いた。レイのやることだ、ロクでもないことに決まっている。
「あなたは知らなくていい」
「知らなくていいって……。じゃあ俺は協力しないよ、そんなの」
「あなた……父親からエヴァの情報をくすねてるわね。それだけじゃなくて、他の生徒に教えている」
「エヴァの情報って……そんな大したことじゃないよ」
282名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/09(日) 01:46:29 ID:???
ケンスケの顔に警戒心が浮かび上がる。第一種戦闘配置といったところだが、戦闘員はケンスケしかいない上に相手はレイだ。甚だ不利というしかない。
「たとえ大した情報じゃなくても、そして相手がたとえ同級生でも、情報漏洩の罪は重いのよ。ネルフをなめないほうがいいわ」
「情報漏洩って……」
ケンスケは口ごもった。まさか、と思う。そんな大それたものなのだろうか?
「おまけにこの間の事件もあるし。私の命令ひとつで闇に葬ることもできるのよ。あなたの父も、あなたも。嘘だと思う?」
レイは赤い目を光らせる。夕日の光加減で白い顔が血のように赤く染まっていた。
ケンスケは真っ青になった。
「た、頼むよ……。そんなことはしないでくれ」
「だったら私の言うことを聞きなさい」
「……わかったよ」
ケンスケはため息をついた。とんでもない女に目をつけられたものだ。禿鷹が頭上に舞っていてもおかしくない。
「で、いつどこで撮るんだ? まさかそれは教えてくれるんだろう?」
「明日、私の部屋で」と、レイは答えた。
283名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/09(日) 01:53:17 ID:???

「綾波さ……もうこんなことやめろよ」
ケンスケはレイが服を着終わるのを確認すると、レイに向き直って、強い調子でそう言った。
「どうして?」
レイは不思議そうに首をかしげた。
「こんなことして、何が面白いんだよ」
「面白い? 面白いとか面白くないとかじゃないのよ」
「じゃあ何なんだよ」
「あなたには、関係ない」
「お前さ……碇の気持ちも考えてみろよ」
言っても無駄だと知りつつも、ケンスケは口を出さずにはいられなかった。
ケンスケはシンジが綾波のことを気にかけているのを知っている。その感情がどういう種類のものかは別の話だが、気にかけていることは間違いない。
レイはケンスケが下を向くまでケンスケの顔を見つめ続けた。
「碇君の気持ちがどうだろうと、私は私のやりたいことをやるのよ」
当たり前のことではないか。自分がなぜ碇シンジの気持ちなど考えなければならない?
「今日撮ったやつ、どうするんだ?」
「あなたの知ったことじゃない」
レイは吐き捨てた。いい加減うるさくなってきたのだ。上機嫌の燃料もそろそろ尽きかけている。
「用は済んだ。帰って。カメラ代は渡したわよね?」
ケンスケはまだ何か言いたそうな顔をしながらも、部屋から出ていった。
――碇の気持ちも考えてみろよ、だって。
「はっ」
――他人の気持ちを考える――? 私が他人の気持ちを考えるのは、弱みを握りたいとき。他人を効率よく支配したいときよ。
いや、そんなことはどうでもよかった。
――これで碇シンジは私の奴隷になったも同然。折に触れてこのことを思い出させてあげる。今度ネルフから逃げ出そうものなら……。
カメラ役にケンスケを選んだのも、どうやらシンジと仲良くなりつつあると見たレイの底意地の悪さの表れだった。
このビデオを撮ったのがよりによってケンスケだと知ったら、シンジはどんな顔をするのか。想像しただけでレイは胸が張り裂けるような興奮を覚える。
さぞかし傷つくことだろう。目に涙をいっぱいに溜めて、泣き言を言うのだろう。
レイはくすくすと笑い出した。立っていられなくなってベッドに倒れこみ、しまいには身体を二つに折って笑い転げる。
笑いは、なかなか止まらなかった。

(続く)
284名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/09(日) 02:41:03 ID:???
リツコまでアゴで使う暴君ぶりw
寝る前にいいものを読ませてもらった。
285名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/09(日) 06:57:11 ID:???

ケンスケいい奴w
286名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/09(日) 13:05:47 ID:???
でもちゃっかりカメラ代はいただいてるんだぜ。
287名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/09(日) 14:14:05 ID:???
この次はヤシマ作戦か・・・

ここからどうなるかwktk
288名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/10(月) 19:05:06 ID:???
こんな綾波を待っていたw

むーんふぇーずみたいな

揺るぎの無さを感じさせる綾波が
シンジに戸惑いながら惹かれる、のがデフォだけど…

突き進む綾波様を見てみたい
「私には(手に入らないものは)何もないもの」って感じでw
289名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/10(月) 23:54:26 ID:???
>>283

6.

「あ……」
レイは身体を仰け反らせて軽く呻いた。
相変わらず鳥肌が立つようなシンジの悲鳴だった。第五使徒の荷粒子砲をもろに受けたのだ。
オペレーター、ミサト、リツコの状況報告や指示が慌しく行き交う。
最初に出撃しなかったのは正解だった。奴隷は見事に自分の役割を果たしたことになる。
「レイ、一旦待機」
初号機が格納されたあと、レイに指示が飛ぶ。
「了解」
レイは肩をすくめた。今度の使徒は、もしかしたらこの手でナイフを突き立てるというわけにはいかないかも知れない。
――それだと詰まらないわ。あの感触がいいのに……。
目を閉じて、LCLが排出されるのを待つ。

……レイは病院の廊下を物音も立てず、猫のように歩いている。目的地はシンジの病室だった。
シンジの容態が気になるのだ。ここで死なれるのは困る。まだ早い。
ペットは飼い主よりも早く死ぬが、だからといって、今死んでいいというわけではない。出来るだけ長生きして欲しいというのが飼い主の共通の願いだろう。それと同じことだった。
レイは病室に行こうとする看護婦に身分を明かして交替を申し入れ、食事と服を差し入れに行く。ミサトが立てた作戦も伝えねばならない。
病室に入ってシンジの様子を窺った。
シンジは死んだように眠っている。
男にしてはやや長い睫毛と、白い肌。こうやって寝ていると、中性的な顔立ちも相まって、この少年がどこからかやってくる得体の知れない化け物と戦う兵士なのだというのはひどい冗談のように思えてくる。
レイはシンジの寝顔を見守りながら、ふと想像する。
――エヴァでこの細い身体をぎゅっと握り締めたら、どんな悲鳴を上げるのかしら。
信じられないといった顔で、やめてよ綾波、と懇願するだろう。僕が何をしたっていうの? と、言うだろう。
何をした? あなたは私の言う事を聞かなかったのよ。奴隷のくせに……。ごめんなさい? 今さら謝っても遅いのよ。もっと鳴きなさい。ほら、もっと……。
レイは思わず、足を前に一歩踏み出していた。何をするつもりだったのかはレイにも分からない。
290名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/10(月) 23:55:34 ID:???
そのとき、シンジの意識が回復した。シンジが最初に見たのは、自分を見下ろすレイの白い顔だった。
「……あ。綾波……?」
このときレイが考えていることをシンジが知ったなら、再び意識をなくしていただろう。もちろんそんな術はないから、シンジはレイの淡々と告げるヤシマ作戦のスケジュールを聞くことになった。
「これ、新しいの」
レイは服をベッドの上に放り投げる。
シンジは反射的に上半身を起こした。それにともなってシーツが下腹部まですべり落ちる。
「寝ぼけて、その格好で来ないでね」
「え? ……わっ! ……ごめん……」
シンジはレイが指摘した「その格好」に気づき、慌ててシーツを引き上げた。
少しの間、その格好で固まっていたシンジが視線をレイに向けた。レイがそれに気づく。
「食事」
シンジは俯いた。
「何も、食べたくない」
「六十分後に出発よ」
レイに苛立ちの感情がふつふつと湧き上がってくる。たかだか死にかけたぐらいでグチグチと、情けない男だ。だいたいこの間頑張ると言ったばかりではないか。
――その可愛い口を開かせて、無理矢理詰め込んでやろうかしら。
「また、あれに乗らなきゃならないのかな……」
レイの苛立ちも知らず、シンジは鬱々と独り言のように呟く。
「ええ、そうよ」
――当たり前よ。あなた、他に何の役に立つの?
「僕は……」と、暗い顔でシンジが口を開きかけたのを、レイがかぶせるように、「怖い?」と訊いた。
シンジは目を見開いて、身体を震わせた。
「当たり前だよ! 僕は死にかけたんだ! あんな……」
「案外意気地なしなのね。女の子の胸を触る勇気はあるのに」
シンジは口を閉じ、人種が変わったのかと思うほど真っ赤になった。
「あれは……ごめん。でもホントに間違いで……。って、僕、昨日から、謝ってばかりいる……」
シンジの相手をするのにもうんざりしてきた。レイは我慢できるタイプではない。「じゃ。葛城さんと赤木博士がケイジで待っているから」と言い放つと病室から出た。
極度に清潔な、しかし死の匂いが濃厚に香る廊下を歩きながらレイは呟く。
――逃がすものか。
291名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/10(月) 23:57:40 ID:???

 □

ミサトとリツコは書類だの資料だのが乱雑に散らばっている――ミサト曰く、何がどこにあるのかすぐに分かり、しかもすぐに
手に取りやすい絶妙なバランスで整頓されている――ミサトの個室で、ひと時の休憩を味わっている。
「役割はどうするの?」リツコが湯気を立てているコーヒーカップを両手で持ち、湯気越しにミサトを見ながら言った。
「そうね……シンクロ率が高いシンジ君が砲撃手、レイが防御役でいこうかなと考えてるところよ」
ミサトは頬杖をつき、右手の人差し指で机をとんとんと叩きながら答えた。
リツコはコーヒーカップを机に置いた。さすがにそのぐらいのスペースはある。
「シンクロ率が高いといってもほんの少しだし、そもそも装甲は初号機のほうが頑丈だわ。逆のほうが良くなくて?」
「そうねぇ……まぁ、まだ決まりってワケじゃないから」
「それにね」
リツコはカップの縁を人差し指でゆっくりとなぞる。
「あの子たちの意見を無視するのはどうかしら?」
「どういう意味? まさか自分で選ばせろっていってるわけ?」
リツコにしては珍しい意見ね――とミサトは思った。いや、そうでもないのかも知れない。長年の友人と思っていても、思いがけない面というのはきっとあるのだろう。
「あの子たちが一番力が発揮できる役割がいいんじゃないかしらと思っただけ。押し付けられるものより自分で選ぶほうが納得できるでしょうしね。
まぁ、作戦立案の責任者はあなただから口出しするつもりはないけれど」
「そうね……。考えてみるわ」
ミサトは腕組みをしながら答えた。
一番力が発揮できる役割という言い方をミサトは気に入った。押し付けるのが軍隊というものだが、何しろ前代未聞の作戦なのだ。それに相応しい配置方法があっていいのかも知れない。
292名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/11(火) 00:00:08 ID:???

  □

目も眩むような照明に照らされて、シンジとレイ、ミサトとリツコの影が床に長く伸びている。最終のブリーフィングだった。
「……と、いうわけ。私はシンジ君が砲撃手、レイが防御と考えてるけど、あなたたちはどう?」
「……どっちが、危険なんですか?」と、シンジ。
ミサトはシンジの目を真正面から見て、
「どちらも危険なことに変わりはないし、どちらの責任が重いわけでもないわ。お互いやるべきことがあるだけ」
「できれば、僕……防御役をやりたいと思います」
シンジが片手を挙げて言うと、レイを見る。
「綾波も、それで構わないよね?」
「ええ」と、レイは言った。シンジが言い出さなければ自分が砲手をやると言うつもりだった。自分が防御役など、王様にトイレ掃除をさせるようなものだ。冗談ではない。
それにしても――。レイはシンジを横目で見る。
実のところレイは少し感心していた。主人の守りをかって出るなど、まさに奴隷の鑑ではないか。やはりレイの部屋でのあの出来事が功を奏しているに違いなかった。レイは自分の行動に満足する。
ミサトはにっこり笑った。「そう。じゃあ、そうしましょう」
それからリツコにより、ポジトロンライフルの説明を受ける。
「それと、一度発射すると、冷却や再充填、ヒューズの交換などで、次に撃てるまで時間がかかるから」
レイは、もし外して敵が打ち返してきたら?――などと馬鹿げた質問をしたりはしなかった。
一撃で倒す。当然のことだ。
「時間よ。二人とも着替えて」と、ミサトが言った。
293名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/11(火) 00:04:57 ID:???

 □

二人は更衣室でプラグスーツに着替えている。シンジがちゃんと服をたたむ一方で、レイが適当に放り投げているのは、それぞれの性格を表しているものか。
着替え終わったシンジは、床にこの現実を抜け出す解答が魔法のペンで書いてあり、見つめ続ければあぶり出せるかのようにじっと足元を見つめている。
シンジは気配でレイが着替え終わるのが分かった。顔を上げ、
「ねぇ……綾波は、怖くないの? さっき、僕に怖いのかって訊いたけど」
「何が?」
「死ぬのが。僕は怖いよ。……男なのに、情けないと思うかも知れないけど。綾波は、どうなの?」
「私は怖くない」
実際、まったく怖くなかった。そもそもレイは、自分が死ぬなどと想像したこともない。
「そう……。やっぱり、綾波はすごいな。僕には到底……」
シンジは台詞を途中で止める。レイが入ってきたからだ。
「だって、私は死なないから」
レイは口元に冷ややかな笑みを浮かべ、シンジの独白を遮った。
ゆっくりとシンジに近づいていく。
「あなたが守ってくれるもの」
「え……」
レイは、戸惑う様子のシンジに、お互いの息がかかるほどの距離まで近づくと、少し首をかしげてシンジの目を覗き込んだ。
レイの瞳に、シンジが映る。
シンジの瞳に、レイが映る。
シンジはびくっと身を引いて目を逸らした。顔が少し赤くなっている。
「でしょ?」
「う、うん……」と、シンジはか細い声で答える。
レイは掌で包んだ小鳥を空に放すように、そっと言った。
「守ってくれるわよね、碇君」
「……守るよ、綾波」
小声で言うと、シンジは逸らした目をレイに再び向けた。
そして、「僕は、君を守る」と、今度ははっきりと言った。
満足そうに頷いて立ち去るレイの背中を、シンジは唇を噛みしめて見送った。
青ざめたその顔には、強い決意が浮かんでいる。
294名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/11(火) 00:07:28 ID:???

シンジとレイは離れて座り、作戦開始を待っていた。すべての準備は整い、あとはエヴァに乗り込むだけだ。
天を圧するような満月の光が二人を照らしている。
月がこんなに明るいなんて知らなかったな――シンジは膝を抱えながら思う。日本中の電力をここに集めるための必死の努力をあざ笑うかのような明るさだった。
シンジはレイに視線を向ける。レイは、月光のせいで全身から燐光を発しているように見えた。
何を考えているのか、その横顔からは全く窺い知ることができない。
思わず、声をかける。
「綾波は……何故これに乗るの?」
面白いこと言うのね、とレイは思った。そんなことは考えたことがなかった。目を閉じて言葉を探す。すぐに見つかった。
「そうね……面白いから」
「……え?」
シンジは驚いて聞き返した。
「どこが? 酷い怪我をしてまで……。これからだって、死ぬかも知れないんだよ?」
怪我などしたことはないが、それを言うわけにはいかない。それに、これから怪我をするつもりもなかった。
「面白いじゃない。エヴァに乗るから大の大人たちが私みたいな小娘の言うことを聞くのよ。まぁ乗れなくてもそれなりに手はあるけど、面倒になるわね。碇君は他人の鼻面を掴んで引っかき回すのは好きじゃないの?」
「はあっ!? そ、そんなの好きじゃないよ!」
シンジは何を言い出すのかとびっくりして、つい叫んでしまった。
「そう。じゃあ、引っかき回されるのが好きなのね」
「ち、違うよ! それも好きじゃないよ! 何言ってるんだよ、綾波」
シンジはレイの姿を上から下まで見直した。最初のころの可憐でいたいけな少女というイメージがどんどん変わっていくように思われる。
「でも、碇君を見てるとそうとしか思えないわ」
「何で?」
「だって人の言うなりじゃない、碇君」
シンジが口を開くまで少し時間があった。
「……綾波って、結構、きついこと言うんだね」
「この位、序の口だけど」
レイは小さな声で言った。
「え、何か言った?」
「いえ、何も」
そのうちもっときついことを言ったり、きついことをしてあげるわ、とレイは胸の内で呟いた。
「時間よ」
レイは立ち上がった。
295名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/11(火) 00:12:08 ID:???
 □ 

「外した!」
レイは舌打ちした。信じられないが、事実は事実だ。使徒が放った荷粒子砲に影響されて狙いが逸れてしまったのだ。
衝撃で揺れる零号機の中で、レイは屈辱にかっと頭を熱くする。
「第二射、急いで!」
ミサトの指示を待たずに第二射の準備が整えられていく。しかし使徒はそれまで待ってはくれなかった。
レイの目が光を感知し、衝撃に備えて奥歯を噛みしめる。
衝撃は――来なかった。
シンジが盾を構えて零号機の前に立ちふさがっていた。
盾はフライパンに乗せたバターのようにどんどん溶けていく。
「盾が持たない!」というリツコの悲鳴にも似た声がレイの耳に届いた。
見たままのことを言って何の役に立つのか、と頭の片隅で思うレイだが、さすがに焦燥感が出てくる。もちろん案じているのはシンジではなく自分の身だ。
「早く……」
――あとどれくらい?
歯を食いしばってその時を待つ。限界まで引き絞られた矢が解き放たれる瞬間を見守るような、ぎりぎりの切迫感。
「早く……!」
照準が合った。
レイは引き金を引いた。
296名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/11(火) 00:13:34 ID:???

 □

使徒と初号機が地面に崩れ落ちるのはほとんど同時だった。
面倒だったがこのまま放って置くわけにはいかない。
レイは零号機で初号機のエントリープラグをつまみ出すと、地面に置いた。
零号機から降り、プラグのハッチを開けにかかる。熱を持ってるらしく、掌がジュッという音を立てて煙が立つ。
耐熱加工でなかったらとてもではないが持っていられないだろう。レイは歯を食いしばってハッチを回転させた。熱で変形しているのか、開けるには通常以上の力が必要だった。
「大丈夫? 碇君」
レイはプラグの中を覗き込み、おざなりに声をかける。
意識を失っているのか、それとも死んだのか――シンジはぐったりとしている。
中に入って確かめてみるかどうか、一瞬逡巡した。いや、もう一声かけてみる。
その前に、シンジは目を開けた。「綾波……」
「いか……」
レイは、開きかけた口を途中で止めた。
シンジは泣いていた。同時に微笑んでいた。
レイが無事だから、泣いているのだった。
レイが無事だから、笑っているのだった。
「よかった……綾波が無事で。本当によかったよ」
シンジの両目から大粒の涙が零れ落ちる。涙はシンジの柔らかそうな頬を伝ってプラグスーツに落ちていった。
どういうわけか、レイはシンジの泣き顔から、笑顔から目を逸らすことができなかった。
息をするのもを忘れてレイはシンジを見詰めていた。まるで魔法だった。
レイはかすかな恐怖を覚える。シンジの涙が溜まった目を見ていると、透明度の高い湖をじっと見ているときのように、吸い込まれそうになるからだった。
その状態のまま、どれくらいの時間が経ったのか分からない。ほんの数秒のはずだが、レイには永遠にも等しく感じられた。
魔法を解いたのは、空気をかき乱して近づいてくるヘリのローター音だった。
「来たみたいね、救助」
297名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/11(火) 00:15:05 ID:???
レイはシンジから外へ視線を移動させると、ほっとため息をついた。助かったという思いが浮かんでくる。
――いったい何から助けられたのだろう?
外へ出ると、安心した自分に急に腹が立った。何故かは分からなかった。分からないことにも腹が立ったし、腹が立ったこと自体にも怒りを感じた。
「ちっ」
舌打ちすると、足元の石ころを思い切り蹴飛ばした。
その瞬間、レイはあることに気がつき、硬直した。
そう。
――私のせいで誰かが泣くのは何回も見たことがある。しかし――
・ ・ ・ ・ ・
私のために誰かが泣くのは、はじめて見た。

――それが、何?
レイは掌を見つめた。表面のコーティングが溶けて、黒い焦げ目がついている。その焦げ目でさえも、月の光をふんだんに浴びて、きらきらと輝いていた。
理屈で言えば、レイが見てないところでレイのために泣いた人はいるかも知れない。
しかし、レイが感じたのは直感だった。直感ゆえにその正しさは疑いようもなかった。
碇シンジが、レイのために泣いた、はじめての人間だということを。
レイはその思考を振り払うように頭を振る。
だから何?
まったく、それが何だというのだろう。
――他人が自分について何をどう思いどう感じようが、私の知ったことか。
ふたたび、目の前が真っ赤になるような、原因不明の激情に襲われた。
ぎゅっと握りこぶしをつくって、プラグの外殻を思い切り叩く。
――泣きたければ、勝手に好きなだけ泣いていろ。
ふと気がつくと、ローター音が頭上で炸裂していた。
ヘリの巻き上げる風で、髪の毛がざあっと掻き乱される。
レイは手をかざしてヘリが放つサーチライトの光を遮り、少しため息をついて満月が我が物顔で輝く夜空を見上げた。
しかし、月は、何も語らない。

(続く)
298名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/11(火) 00:24:08 ID:???
「つまらん。市ね」という類の書き込みよりも288氏の書き込みのほうがきついw
なんていうか、こう……しまったな、みたいな
もっと早く投下すりゃよかったな、みたいな
まぁしょうがないです
299名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/11(火) 01:26:57 ID:???
おもしろく読ませてもらってます。
口の悪いチビレイ(1stレイ)が殺されずそのまま14歳になったら、確かにあり得そう。
もし仮に、なにがしかの事情で生成された2ndレイと対面させるとどんなリアクションを見せるだろう?
300名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/11(火) 05:14:39 ID:???
>>288
Moon Phaseでなくむーんふぇいずなんだなww
301名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/11(火) 10:27:35 ID:???
「はじまったな」
「ああ、すべてはこれからだ」

wktk
302名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/11(火) 23:51:22 ID:???
LRSきたああああ
303名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/12(水) 00:15:29 ID:???
待ってますよぉ
ヤンデレイを
304名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/12(水) 10:25:05 ID:???
ヤンデレってジャンル自体好きじゃないな。
305名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/12(水) 10:27:04 ID:???
ハッピーエンドになってくれると良いが……
このまま自分でも気付かぬままシンジに惹かれていき、
アルミサエル戦で自爆寸前にやっと自分の気持ちに気付くってな展開だと
ATフィールドももってしても涙腺を維持できないような希ガス
306名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/12(水) 12:01:07 ID:???
要所でしっかりデレるヤンデレなら問題無い
存分にやりたまえ
307名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/12(水) 13:45:59 ID:???
シンジが自爆してレイ号泣なら全然有りなんだが、俺は異端か?
308名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/12(水) 14:05:40 ID:???
「・・・知らないんだ。多分僕は、三人目だと思うから。」
ってか
309名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/12(水) 19:06:04 ID:???
>>307
破ラストはシンジが自分がどうなってもレイを助ける覚悟でいたわけでそれに近い状態になりかけたような気がする。
レイに「父さんのことありがとう」と礼を言った後で自分に言い聞かせるように「いいんだ・・これでもう」とあるがこの時シンジは霧散しかけていた。
カヲルが初号機に槍投げたから、シンジの霧散はとまったかもしれないが。
初号機の中でシンジが消え去りレイ一人がいる状態なことはありえた。
310名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/13(木) 10:25:13 ID:UB2ts3go
age
311名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/13(木) 20:54:22 ID:rrBP4QOO
荒廃した街を背に2人の男女がこちらに向かってくる。
綾波と渚カヲルだ。


『現在第3東京市にて侵入者を発見。こちらへ向かっています』
スピーカーから警告音が閑散とした街に響き渡る。


あたりには誰もいない。

カヲル『まずはお骨を掘り返すんだ。あのスイカ畑の下に埋まっているはずだ。』
綾波『…』
カヲル『僕達はやらなければいけないことがみっつある。それを成し遂げなければ碇くんの補完は完全なものとならない。』
綾波『…碇くん』
312名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/13(木) 21:13:04 ID:rrBP4QOO
スイカ畑についた2人は、丸々と育った美味しそうなスイカの下を掘り起こす作業に早速とりかかった。


綾波『私はどうすればいいの。』
カヲル『とりあえず片っ端からスイカの下を掘り返そう。お骨は必ずここにあるはずだから』
綾波『そう、私はここを掘ればいいのね』
カヲル『リリス…すべては僕達の手にかかっている。そう、碇くんの全てが…ね』

カヲルは空を見上げて不吉な笑みを浮かべた。



と、そのとき、綾波は碇の気配を感じた。『…!碇くん??』
313名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/13(木) 21:16:29 ID:rrBP4QOO
目を細めて畑の奥の方を見た。そこには碇が横たわっていた。



綾波は表情一つ変えることなく淡々と碇に近付いて行った。


碇『…!!あ、綾波…こっちに来るなよ、綾波!ねぇ綾波、来るなってば、来るな綾波ー!!!!』


取り乱す碇。そこへ、いつの間にかカヲルが碇の背後に立っていた。


カヲル『碇シンジくん。君は何を恐れている??このまま逃げ続けて何になるんだい??シンジ君、ちゃんと綾波の目を見るんだ。今ここで逃げ出せば、また同じことの繰り返しだよ、シンジ君。』
綾波『……』
314名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/13(木) 22:00:09 ID:???
なぜシンジじゃなくて碇なんだ
315名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/13(木) 23:10:46 ID:rrBP4QOO
対峙する二人。そこにはただならぬどこか重たい空気が立ち込めていた。

碇『……今…更……今更ぼくにどうしろっていうんだよ!!そんなのぼくだってわからない…わからないんだよぉぉぉ…!!……っく…ひっく…うぐ』

カヲル『…リリス。さぁ出番だよ』
綾波『わかってる。碇くんは私が守るもの。』


と、突然綾波は制服のリボンをスルスルと取り外すと、何の躊躇もなく服を脱ぎ始めた。
碇『あ、綾波!?な、何やって…ッ!!!!』
裸体のあらわになった綾波が突然腹ばいに横たわる碇の上に多い被さってきた。
316名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/13(木) 23:33:25 ID:rrBP4QOO
綾波『あなたが私を拒めば拒むほど、私はあなたを求めてしまう。あなたが私との接触を拒絶すればするほど、私はあなたに触れたくなる。』
碇『…綾波、君が何を言ってるのかわからないよ!!』
綾波『今は、わからなくていい。碇くん。私はただ私がすべきことをするだけ・・・』

息乱れた綾波は碇の背中に一心不乱に股間を押し付けた。


『碇くん…碇くん…あっ、はっ…』
碇『な、何してるんだよ綾波、ねぇカヲルくん一体何が始まろうとしてるの!?ねぇ教えてよ、母さんー!!!!』

・・・・・・・・・・・
317名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/14(金) 00:58:08 ID:CR9AykhG
場面変わって第3東京市。カヲルと綾波にまぎれて侵入するものがまた一人…
真希波だ。


『ふぅ。まずは第一関門突破か。…始まるわね。』



・・・・・・・・・・・
続きます。
318名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/14(金) 01:10:22 ID:CR9AykhG
綾波『あなたが私を拒めば拒むほど、私はあなたを求めてしまう。あなたが私との接触を拒絶すればするほど、私はあなたに触れたくなる。』
碇『…綾波、君が何を言ってるのかわからないよ!!』
綾波『今は、わからなくていい。碇くん。私はただ私がすべきことをするだけ・・・』

息乱れた綾波は碇の背中に一心不乱に股間を押し付けた。


『碇くん…碇くん…あっ、はっ…』
碇『な、何してるんだよ綾波、ねぇカヲルくん一体何が始まろうとしてるの!?ねぇ教えてよ母さんー!!!!』



・・・・・・・・・・・
319名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/14(金) 01:11:16 ID:CR9AykhG
すいません今の順序逆でした。
320名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/14(金) 01:17:43 ID:CR9AykhG
すいません、てゆーか今の誤爆でした。また投下させてもらいますm(__)m
321名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/14(金) 17:17:22 ID:???
あぁ誤爆だろうな
322名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/14(金) 19:51:59 ID:???
よかった誤爆で
ものすごくつまんなかったからw
323名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/17(月) 11:01:28 ID:???
保守
32410:2009/08/17(月) 14:38:24 ID:???
 一週間が経過した。

 結局綾波に話しかける事は出来ないままの一週間だった。一応、綾波が一人になったら話し
かけようとはしてみた。だが、休み時間中は綾波は教室の中にいるし、放課後は僕が部活に行
くので、どうにもそのチャンスは無かった。でも、それって、よく考えたら、もう一度図書館
で出会うような偶然を待ってるのとさして変わらない。駄目だよな、それじゃ。

 そんな風に悩みながらではあったが、僕はこの一週間の間、様々な『イベント』にめげず、
家事も部活も授業も無難にこなしていった。綾波に関する事以外は褒めて良いと思う。

 そして今日も部活を終えて、チェロを担ぎながら一人で帰宅している。夕焼けの中、あの出
来事以降、日増しに増えている溜息を付きながら、トボトボと坂を上る。

 こんな時でも、ずっと彼女の事を考えている。今日は三回、綾波と目が合った。どれも一秒
と保たずに、どっちかが目を斜め下の方に逸らしてお終い。ここ数日はずっとそんな状態だ。
あの出来事の前は、彼女と目が合う事なんて希だったから、考え方によっては、一日に目が合
う回数が増えたとも受け取れる。

 でも、綾波の表情は、僕から目を逸らした後、必ず険しくなる。前にはなかった事だ。
 それが意味する事は、つまり、綾波を傷つけてしまった、ということなんだろう。

 早く何とかしないと、と焦る気持ちはある。けれど、とにかく僕は言い訳を見つけてしまう。
つまり、部活が忙しいだとか、人が居るだとか、今はタイミングが悪いとか。そんな事はどうで
もいいという事は分かってる。何をすればいいかも、ある程度は固まった。
 ただ、後一歩自分から踏み出せない、条件が揃わない。そんな無責任な事を思い歩いていた。
  
 綾波が、一人で、あのベンチに座っている。
32510:2009/08/17(月) 14:40:27 ID:???
 考え事をしながら歩くというのは、思ったより危険らしい。まだ学校を出て数分のつもりだ
ったが、いつの間にか、学校から結構離れた場所にある筈の、この公園まで来てしまったのだ。

 公園には綾波以外に誰も居ない。こちらの方角に住んでいる生徒はあまり居ないため、人通
りもそこまで気にする事はない。条件は揃っている。揃っているのだが、「これはチャンス」
と思うより先に、不安が頭をよぎる。

綾波の表情が、どことなく寂しそうに見えたから。

丁度、最近、目を逸らした直後のあの顔と同じ様な、独特の光を含んだ顔。どこか無限に遠い
場所にある何かを、しっかりと見つめているような、あの顔。

 あ、そうか。あの顔は「寂しい」顔だったんだ。
 いや、合ってるかどうかは知らないけど。


 …………綾波にあんな顔させちゃ、駄目だよな。


 もう想い尽くした。

 後は、行動に移すだけ。実際に綾波に話しかけるだけ。頭の中にあるモノを、現実に引きず
り出すだけ。
 それが何より大変なのは百も承知なんだけど、それは多分、それが何より重要だからだろう。

 よし、腹は括った……多分。 
32610:2009/08/17(月) 14:42:17 ID:???
 心持ち早足で、綾波の方に歩いていく。心拍数はどんどん上がっていくが、心の中は意外と
冷静だった。この一週間、ずっと妄想……もといイメージトレーニングした成果かも知れない。

「綾波」

 綾波の真っ正面に立って、背筋を伸ばして、少しだけ多く息を吸って、呼んだ。

「……碇くん……」

 綾波は、眼を少しだけ大きく見開いて、ぽつりと僕の名前を言った。側に寄るまで僕の存在
に気が付いていなかったらしい。
 体が熱い。綾波から不可視のオーラでも出ているかのように。目を瞑っていても、綾波がそ
こにいると、分かるんじゃないかというくらいに、彼女の存在を感じる。

「その、ゴメン!」

 思いっきり深々と頭を下げて、少し叫ぶように言う。心の中の冷静さは、彼女の眼を見た瞬
間にあっさりと吹き飛んでいた。

「綾波が、凄く、褒めてくれたのに、綾波は何も悪くないのに、その……酷い事して、本当に、
 ゴメン!」

 僕は頭を下げたまま、言いたい事をなるだけ簡潔にまとめた一文を言い切った。わざと簡潔
にしたわけじゃなくて、途中から頭が真っ白になって、言葉が続かなかっただけだ。それでも、
長々と謝り続けるよりはマシだろうか。
32710:2009/08/17(月) 14:45:30 ID:???
 数秒の後、綾波は

「……そう……」

とだけ呟いた。

 また十秒近く経過した。僕は頭を上げたが、その後どうすればいいのか分からなくなった。
綾波は、ずっと僕の顔を見ている。僕は目を逸らさない事だけを心がけた。途中まではそうし
た方が良い気がしたのが、謝っているのに、逆に綾波にプレッシャーをかけてたら悪いから、
もう目を逸らした方が良いのか、と思っている最中だった。

「一週間、ずっと考えていたの」

 綾波は、視線を落として、言葉を紡ぎ始めた。

 僕と同じだ、と、その言葉を聞いて思った。

「はじめは、碇くんがどうしてあんな事を言うのか、分からなかった。無理に聞き出したのは
 私なのに、どうしたらいいのか分からなかった……」

 僕は慌てて『それは違う』と言おうとしたが、綾波がじっと僕の目を見ただけで何も言えな
くなった。
 
 今は、僕が聞く番なんだ。

「碇くんが、とても悲しそうな、泣きそうな顔をしていたのに、何もできなかった」
32810:2009/08/17(月) 14:51:20 ID:???
 今度は、言うべき言葉がさっぱり見つからなかった。単純に綾波がそう思った事に驚いたの
か、僕の感情を彼女に看破された事に驚いたのか、それは分からないが。

「私には、あの演奏がどこまで上手なのか、分からない。あの曲の名前も、あの楽器の事も、
 よく知らない………碇くんの言った事は、どこも間違ってないのかも知れない………ずっと、
 そう思ってた…………」

 言葉が続くにつれて、ひょっとしたら泣いているのかも知れない、と思うくらい、綾波は深
く顔を伏していった。彼女が一通り言い終わった後には顔はもう見えなくなってしまったので、
本当に泣いているかどうかは分からない。だが、体中の血がどこか遠くに落ちていくような感
覚を、これでもかというくらい感じた。綾波を泣かせてしまった、なんてことになったらどう
しよう。

 いや、綾波は多分、泣かない。ろくに話した事もないけど、そんな気がする。


「だけど」


 綾波は音もなく立ち上がり、顔も上げて、毅然とした表情を僕に見せて、しっかりと言った。
真正面から綾波の顔を見ると、いつもよりほんの少しだけ幼気な感じがした。
 
「だけど、私は碇くんの……」

 一歩、綾波が僕に近付いた。もうちょっとでも近付いたら、僕の方が慌てて後ろに下がって
しまいそうになる、そんな距離だった。

「私は、あなたのあの演奏が、好き」
32910:2009/08/17(月) 14:54:58 ID:???
 別に声の大きさや口調が変わった訳ではないのに、その声はとても強力だった。テコでも動
かないような頑固さというか、『絶対にそうなんだ』という響きが、そこにはあった。

 僕は綾波の事を、そんな余裕なんて無いのに、やけに冷静に眺めていた。綺麗だな、と思っ
た。必死に、言葉を選んで、思っている事をしっかりと、伝えようとしてるように見えた。

 こんな、情けない僕に。

「私は、あの演奏が、世界で一番、好き。だから――」

 空白。

「もう、あんな悲しい事は、言わないで……ね」

 風に合わせてさらさらと揺れる綾波の髪を、僕は催眠術か何かにかかったように見ていた。

 たっぷり数秒の後、やっと頭が冷えてきて、彼女の言った言葉の意味を理解した。人生で何
度、顔が赤くなったかなんて憶えてないけど、今度は多分一番飛び抜けて熱くなった。間違い
なく耳から首筋まで完璧に真っ赤になっている気がする。ただ、周り全てがオレンジ色だから
端から見ても分からないだろうけど。

「うん……ごめん」

 綾波は僕の言葉を聞いて、ゆっくりと、しっかりと笑った。
33010:2009/08/17(月) 14:56:25 ID:???
まだ終わりませんっ・・・!
331名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/17(月) 15:08:26 ID:???
GJGJGJGJGJ
332名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/17(月) 15:18:21 ID:???
ナイスワン!
333散髪レイ:2009/08/18(火) 03:11:40 ID:???
※新劇場版・大団円(仮)後の妄想です。
 元ネタはLRS総合スレVer26.0から


「……予想通り特に異常なしね。お終いよ、レイ。お疲れ様」

“とりあえず全てが終わった日”から二週間。
ようやく最低限の復旧を果たしたネルフ本部。
久しぶりの定期検診を終えたレイに向けて
カルテから顔を上げたリツコは柔らかい笑みを浮かべた。

「いえ、この場合は異常ありと言ったほうが正確かしら?
 まったく問題なしよ。健康そのもの。もう投薬も必要ないわね。
 奇跡が起きたとしか言いようがないわ」

健康そのもの?投薬も必要ない?
幼い頃から慣れ親しんだ自身の境遇が改善されたと聞いても
今一つレイにはピンとこない。

「ま、これも全ては王子様の愛の力なのかしら……本当、ありえないわ」

王子様?王の息子?
ネルフにそんなやんごとなき人物がいただろうか?

リツコは不思議そうに首を傾げるレイを面白そうに見やると肩をすくめた。

「もっともミサト辺りに言わせると、
 私の“ありえない”は大抵“ありえる”ってことらしいけれどね」

苦笑混じりにそう言って、どこか吹っ切れたように笑う。
レイには、その笑みは今まで見たリツコの笑みの中で、一番穏やかで優しく感じられた。
334散髪レイ:2009/08/18(火) 03:13:55 ID:???

「……さてと……ところで、レイ?」

リツコはそう言って顔を近づけてきた。
手を伸ばしてレイの前髪の毛先を摘む。

「はい?」

「さっきから気になってたんだけど。
 あなた、やっぱり大分髪の毛が痛んでるわね……凄い枝毛になってるわよ。
 あんなことの後じゃ仕方ないのかも知れないけれど……。
 前髪もかなり伸びて邪魔みたいだし、ついでに久しぶりに散髪しちゃいましょう」

「ありがとうございます。
 ですが……赤木博士は忙しいのではないのですか?」

確かに前髪を引っ張ると鼻の先につけても2センチ程余る。
実際邪魔だと数日前から思っていたのだが
ここ暫く忙しく駆けずり回っていたリツコを思い出すと、
レイとしてはどうしても遠慮がちになってしまう。
335散髪レイ:2009/08/18(火) 03:15:04 ID:???
「いいのよ、そんな事気を使わなくても。
 あなたの髪の毛を切るの、昔から嫌いじゃないしね。
 いい気分転換になるわ。
 それに……」

リツコは“ニヤリ”と彼女の親友そっくりの人の悪い笑みを浮かべた。

「後でシンジ君にお弁当の差し入れ持っていくんでしょう?
 せっかくだから、可愛くしていった方がいいんじゃない?」

いったい何が“せっかくだから”なのだろうか?
何故急に頬が熱くなったのだろうか?

戸惑いながらも、気づいた時にはレイは頷いていた。



******



「失礼します。
 あ、リツコさん、これ、ミサトさんから…なんかちょっと急ぎだそうですよ」

ノックの音にリツコがドアを開けると、
書類が収められたクリアファイルを片手にシンジが入ってきた。
ここ暫く、シンジは雑用、炊き出し、後片付けの手伝いと、
彼に手伝える仕事の範囲で忙しく動き回っている。
336散髪レイ:2009/08/18(火) 03:16:11 ID:???
「あら、何かしら……って、ミサトったら何で今頃!
 ったく、直接渡し辛いからシンジ君に頼んだのね!!」

慌てるリツコに苦笑を浮かべつつ、
シンジは椅子に座っているレイに気付くとにっこり笑った。

「あ、綾波。リツコさんのところにいたんだ。
 …何してるの?散髪?」

レイはバスタオルを首に巻いて、前髪をヘアピンで上げている。

「ええ。昔から、赤木博士が切ってくれているの……」

「へえ、そうなんだ」

シンジは物珍しそうにレイの格好を見つめる。

レイはなんだか落ち着かないような気分になった。
最近はシンジが側にいるといつもそうだ。
とても落ち着くのに、何故か落ち着かない。
でも、嫌じゃない感じ。

「……何、碇君?」

「いや、何ってわけじゃないんだけど……」
337散髪レイ:2009/08/18(火) 03:17:40 ID:???

人差し指で頬を掻きながら、シンジは照れ臭そうに笑った。

「なんか、綾波がおでこ出してるとこ初めて見たなと思って。
 普段は大人っぽい感じだけど、
 おでこ出してるとなんか小さい子みたいで可愛いなって」

レイは動揺した。何故かはわからなかった。
どうしたんだろう。頬が熱い。

「な、何を言うのよ」

「え……、あ、その、いや、別にそういう意味じゃ……」

“そういう意味”がどういう意味かはわからないが、
シンジにもレイの動揺がうつったようだ。

思わず二人して見詰め合ってしまう。

「はいはい、せっかく“キックオフごっこ”してるところ悪いんだけれど」

と、いつのまにかシンジの横に立ったリツコが割り込んできた。

「いや、別に……って、なんですか? キックオフごっこって」

首を傾げるシンジに、リツコはハサミを手渡すとにっこり笑った。
優しげな笑みに見えるのに、何故だろう?
とても人の悪い笑みにも見える。
338散髪レイ:2009/08/18(火) 03:18:35 ID:???

「それはあとで碇指令にでも訊いてごらんなさい。
 で、悪いんだけどシンジ君。
 私これからミサトをとっちめて来るから、
 あとよろしくね」

「あとよろしくって……」

「レイ、悪いけれどシンジ君に切ってもらって」

「……はい」

シンジに髪を切ってもらう……戸惑いつつも、レイは躊躇なく頷いてしまった。

「ちょ、そんな、リツコさん。
 僕、髪なんか切ったことないですよ!
 綾波だって、僕みたいな素人に切ってもらうんじゃ嫌なんじゃ……」

慌てるシンジにもリツコは涼しい顔だ。

「大丈夫よ。シンジ君器用そうだし。
 とりあえず前髪を短くして揃えるくらいで構わないから。
 梳きバサミもあるし。
 レイ?シンジ君に切ってもらうのは不安?嫌かしら?」

「いえ……嫌じゃないです……」
339散髪レイ:2009/08/18(火) 03:19:32 ID:???

「と、いうわけよ、シンジ君。
 それじゃ、よろしくね!」

ポンポン、とシンジの肩を2回叩くと、
リツコはそれ以上シンジに有無を言わせずに部屋を出て行ってしまった。

「あ、リツコさん、ちょっと……って、行っちゃった。
 はあ。まるでミサトさんみたいだ」

シンジはリツコの出て行ったドアを眺めながら呆れたように呟く。

「まいったなあ……」

本気で困った様子でシンジは腕を組んだ。
そんな様子を見ていると、レイもなんだか悪い事をしているような気になってしまう。

だけど、なんだろう。ちょっと寂しいような気もする。

「碇君、無理を言ってごめんなさい……。
 碇君も忙しいのに……。
 無理に今日切らなくても大丈夫だから……」

俯き加減にレイが言うと、慌てたようにシンジが近づいて来た。

340散髪レイ:2009/08/18(火) 03:20:22 ID:???
「あ、いや、別に綾波が謝る事なんてないんだよ、全然!
 別に僕は大して忙しくないし!
 ただ、失敗したら困るし、その……綾波が嫌なんじゃないかなって……」

レイは、シンジのその言葉だけは強く否定しなければと思う。

「さっきも言ったけど……本当に嫌じゃないわ。
 嫌なら嫌って言うもの。
 碇君が嫌じゃなければ、私は碇君に切って欲しい……」

「え……」

シンジが軽く目を瞠って驚いている。
見つめるその視線に、なんだか一言多かったような、余計な事を言ってしまったような気がして、
だんだんとレイは不安になってしまった。

「……だけど、碇君が嫌なら無理に……」

「あ、いや、嫌じゃない、嫌じゃないよ!
 全然嫌じゃないよ、綾波!!
 少しも、まったく、これっぽっちも、嫌じゃないよ!」
341散髪レイ:2009/08/18(火) 03:21:04 ID:???

一体どうしたのだろう?
急に、シンジがあまりにも必死に言うのでレイは少し驚いてしまった。
けれど、妙に慌てているシンジの表情に、同時になんだか可笑しくなってしまう。

最近ようやく自覚できるようになった、
自然と零れてしまう笑みを自分が湛えている事を感じながら、
レイは首をかしげてシンジを見つめた。

「なら、お願いしても……いい?」

シンジはそんなレイを見てホッと一息つくと、
少し困ったような、照れたような、曖昧な笑みを浮かべた。

「うん。わかった。自信ないけど……頑張ってみるよ」



******


342散髪レイ:2009/08/18(火) 03:21:59 ID:???

シンジはどうやらやるとなったら集中するタイプのようだ。
最初はおっかなびっくりといった感じで恥ずかしそうにハサミを動かしていたのだが、
練習として何回か、かなり長めのところで前髪を揃えたり梳いたりしているうちに、
慣れも手伝ってかどんどんと集中力を高めていった。

「うん、こんな感じかな……。
 よし、それじゃ、次は本番だな。
 綾波、眉毛にちょっとかかるくらいの長さでいいかな?」

「え、ええ」

然程自分の髪型にこだわりのないレイとしてはどの程度の長さでも特に構わない。
というか、実はそれどころではない。
先ほどから真剣な表情のシンジの顔が自分の直ぐ目の前にある。
シンジの手が優しくレイの髪に触れる。

とてもではないが平静を保てたものではなかった。

決して嫌じゃないのに何故こんなに緊張するのだろう?
使徒が目の前にいたってこんなに緊張した事はない。

「じゃ、いくよ」

シンジは、レイの髪を失敗するわけにはいかないと、
とても真剣な表情で、慎重に慎重にハサミを入れ始めた。
凄い集中力で、完全に自分の世界に没入してしまっているようだ。

とても集中しているのだろう。
どうやら、完全にレイの前髪しか見えていない。
シンジの顔は、かつてない至近距離までレイに接近していた。
343名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/18(火) 04:04:04 ID:???
GJ…!続きwktk
344散髪レイ:2009/08/18(火) 05:07:25 ID:???

目の前にシンジの顔がある。
いや、目の前なんて生易しいものじゃない。
完全にATフィールドを侵食されてしまっている。
今にも一時的に接触してしまいそうだ。

無理。
無理無理無理。
絶対無理。
何がなんだかわからないけど無理。

碇君、近すぎる―――。

頬が熱いどころではない。
顔全体が熱い。
シンジの吐息をすぐ側に感じる。
集中しているシンジの表情に、大きく心臓が跳ねる。
シンジの唇が間近に見える。
視線が吸い寄せられる。
何故だかとても恥ずかしくなる。
これはイケナイと無理矢理視線を引き剥がしても、
今度は真剣に自分(の前髪)を見つめる真っ黒な瞳に釘付けになってしまう。

345散髪レイ:2009/08/18(火) 05:09:18 ID:???
その上。
自分の髪を触るシンジの手が。
とても優しくて。
とてもとても気持ちがよくて。
とてもとてもとても恥ずかしいのだ。

レイは、“顔から火を噴く”という比喩表現が、
決して過剰でもなんでもないことを身をもって実感した。
恥ずかしさのあまり、今にも卒倒してしまいそうだ。

駄目なのね……もう……。

「……うん、こんな感じかな……?」

レイが何かを諦めかけた時、
前髪を切り終えたシンジが満足したように呟いた。

どうやら崖っぷちでレイは助かったようだ。

「ほら、どうかな、綾波?」

シンジはレイに手鏡を手渡した。
快心の出来栄えのようで、清々しい笑みを浮かべている。
顔を真っ赤にしたレイの様子にはまったく気付いていない。

「初めてやった割りには、結構上手く出来たと思うんだけど」

そんなことを言われても、レイは未だ心拍が落ち着かないのだ。
今なら、たとえ前髪が全て切り落とされていても気付かないだろう。
346散髪レイ:2009/08/18(火) 05:10:36 ID:???
ほぼ無意識に手鏡を覗き込むレイ。
その隣から、シンジが顔を近づけて一緒に手鏡を覗き込む。

鏡の中には、真っ赤になったレイと、
ほとんど真横に顔をくっつけるようにしてニコニコ笑うシンジ。

だから、碇君、凄く近いの……。

「ええ、ありがとう。碇君……上手いと思う……」

ともかく、礼を言わねばならないと感謝の言葉を述べるレイ。
その言葉にシンジはとても嬉しそうだ。

「本当?よかった、綾波にそう言ってもらえると嬉しいよ。
 いや、緊張したんだよ?
 せっかく綾波はいつも可愛いのに、
 僕の手元が狂って変な髪形になっちゃったらどうしようって。
 まあ、多少変でも綾波なら可愛いから大丈夫だと思うけど、
 だからといってやっぱりちゃんとした髪型の方が可愛いし……」

緊張から解放されたのか、嬉しそうに話すシンジ。
しかし、レイとしては堪ったものではなかった。

膝の上のスカートを皺になるほどぎゅっと握り締める。
自然と首がすくまって、上目づかいに隣のシンジを見上げた。

「い、碇君……」

「ん、なに?」

「あ、あんまり可愛いって何回も言わないで……」
347散髪レイ:2009/08/18(火) 05:12:26 ID:???

「え……」

「恥ずかしいの……」

一瞬きょとんとしたシンジだが、
3秒ほど固まった後、レイに負けず劣らず真っ赤になった。

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!
 あ、あの、ご、ごめん、その、可愛いってのは、別に、あの、その、
 あ、あや、綾波が可愛いってわけじゃなくて、いや違う、そうじゃなくて、
 綾波が可愛い事に間違いはないんだけど、決して変な意味で可愛いってことじゃなくて、
 いい意味で可愛いってことで……!!」

完全に戯言である。

「あ、あの、その……だから……。
 そ、そうだ、要するに、綾波の髪の毛って、柔らかくって、さらさらしてて可愛いよねってことで……」

普通、髪型を可愛いと形容する事はあっても、髪の毛を可愛いとは言わないのではないだろうか。
もう、シンジが何を言っているのかさっぱりわからない。
けれど、そんなあたふたするシンジを見ていると、
ほんの少しだけ、自分に余裕が出来るのをレイは感じた。

昔、私の部屋に上がりこんで、私を押し倒した時の碇君みたい……。

いや、もしかするとあの時以上にシンジはあたふたしているかも知れない。

こういうところはちっとも変わらないシンジと、
あの頃に比べて大きく変わった自分。
348散髪レイ:2009/08/18(火) 05:13:27 ID:???

あの頃の自分だったら、きっとシンジの顔がどんなに近くてもこんなに動揺したりしなかっただろう。

綾波レイは、碇シンジからたくさんのたくさんのものを貰って、
今の綾波レイになったのだ。

その認識はレイの心を暖かくする。

「髪の毛が可愛いの?
 ふふ、変な碇君……」

「え、あ、そ、そうだね、変だよね、ははは」

真っ赤な顔で、頬を掻きながら笑うシンジ。

「でも……。ありがとう……。
 誉めてくれて……嬉しい……」

「いや、そんな、どういたしまして……でいいのかな?」

首を傾げるシンジ。
本気で首を傾げる様がシンジらしい、とレイは思う。

レイは右手をそっと右耳の後ろにあて、髪をかき上げた。
変な誉め方だったけれど、シンジが誉めてくれた髪だ。

「あ、そうだ、綾波。
 僕、前髪しか切ってないけど……あとはどうする?
 襟足を梳くくらいなら出来ると思うけど……」

シンジの問いに、一瞬どうしようかレイは迷った。
349散髪レイ:2009/08/18(火) 05:14:52 ID:???

シンジの誉めてくれた髪……。
どうしよう……。

「碇君。
 私……髪伸ばしたら、変かしら」

「え……綾波が、髪を伸ばしたら……?」

シンジは斜め上に視線をやると、なにやら考える表情をした。
頭の中で髪を伸ばしたレイを想像しているのだろう。

「いや、変じゃないと思うよ。
 いいんじゃないかな?
 はっきり想像出来ないけど、一回見てみたいな……」

髪を伸ばした自分は、レイにもはっきりとは想像出来ない。
髪を伸ばした自分。
今とは違う、少し変わった未来の自分。
それは、なんだかとても素敵なことのようにレイには思えた。

そっと髪の毛に触れる。
この髪が長く伸びた時、自分はどのように変わっているのだろう。
シンジはどのように変わっているのだろう。
二人の関係も、何か変わっているのだろうか?

レイにはわからない。
わからない、けれど。

「……碇君。
 私、髪を伸ばしてみる。
 ううん、伸ばしてみたい」
350散髪レイ:2009/08/18(火) 05:16:38 ID:???
レイはシンジに笑いかける。

「え、ホントに!?
 そっか、うん、いいと思うよ!
 いやー、楽しみだな〜。
 どんな感じなのかな〜。
 きっと可愛いよ、綾波」

「可愛いって……髪の毛が?」

「え、いや、その、そ、そうだね、ははは……」

「……私は?」

「え!? あ、いや、それは、その……」

あまりにもシンジが慌てるから、
思わずからかってしまった。
そんな自分にレイ自身吃驚する。

本当に少し前の自分からは想像が出来ない。

あたふたするシンジを見ながら、クスリとレイは笑った。

自分は変わった。
たくさんのものをシンジから貰って変わった。

きっと、シンジも出逢った頃からから比べると大きく変わったのだろう。
全てをかけて自分を助けてくれた人。
側にいるだけで自分を笑顔にしてくれる人。
暖かい人。
世界で一番大切な人。
351散髪レイ:2009/08/18(火) 05:19:50 ID:???
自分はシンジに、
たとえほんの少しでも……何かあげられたのだろうか。

いつか、シンジに訊いてみたい。
そう思いながら、レイはシンジに笑いかけた。

「髪の毛は伸ばすけど、
 前髪だけはこれからも碇君に切って欲しい……」

小首を傾げて問い掛ける。

「駄目?」



******



「かーっ!!
 ホントにもう甘酸っぱいったらないわね〜〜〜!!
 あのレイの可愛らしい顔。
 いろいろ預けきっちゃってまあ。
 そりゃシンちゃんもとろけそうになるわ〜〜」

「ミサト。
 覗きなんて趣味が悪いわよ」

ミサトの執務室にて、モニターを覗き込む女二人。

「とかなんとか言っちゃって、しっかりリツコも見てるじゃないのよ」
352散髪レイ:2009/08/18(火) 05:21:25 ID:???
至急の稟議書を持ってミサトの元に乗り込んだリツコであるが、
気付けばいつの間にかシンジとレイをモニターしていた。

一体なんだってこんなことになったのだろう。
流石は作戦部長殿……というよりペテン師か?

ジト目で親友を睨むものの、リツコとしてもあまり強くは言えない。
結局なんだかんだと残してきた二人の事を気に掛けて出歯亀してしまっているのだから。

コーヒーをすすりつつ、ミサトが笑う。

「しっかしこりゃ、どんなスタミナドリンクよりも元気が出るわね。
 残務処理ももうひと頑張りするっきゃないって感じよね」

「まあ、その意見には反対しないけど……」

本当に変わった。
シンジも、レイも。
そしておそらくはミサトも……自分も。

「いやー、でもシンちゃんも奥手ね〜〜。
 今時中学生だったらキスくらいはしないのかしら?
 なんか、そのうちレイの方が積極的になったりして?
 うーん。もしかするともしかするか〜〜?」

ふと、ミサトの言葉に積極的なレイを思い浮かべようとする。
だめだ、さっぱりイメージ出来ない。
けれど、モニターにうつるレイの笑顔をみると、
あながちまったくありえない事ではないような気もする。
353散髪レイ:2009/08/18(火) 05:22:23 ID:???
「それにしてもいい雰囲気よね〜。
 これはあれか?もしかするともしかするか?
 もしかしてこのままゴールインまで行っちゃうか?
 どうしよう、リツコ!
 下手したら、私達レイに負けるわよ?」

ニタニタ笑うミサトが嫁ぎ遅れるのは容易に想像できるが、
レイの花嫁姿というのもパッとイメージ出来ない。
……自分の花嫁姿もイメージ出来ないが。

将来、積極的になるレイ。
あたふたするシンジ。
ウエディングドレス姿のレイ。
緊張した表情のシンジ。

リツコは脳裏に二人の未来を思い描く。
ありえるかも知れない未来。
なんだかそれはとても楽しい素敵な未来であるように思えた。

お姫様の呪いは王子様が解きました。
二人は末永く、仲良く暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。

私の柄じゃないけれど……。
まあ、たまにはそんなのもいいかもね、ミサト。

リツコは優しく笑った。

「まさか、二人ともまだまだ子供よ。
 ありえないわ、ミサト」

fin.
354名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/18(火) 06:24:51 ID:???
>>353
こんな朝からポカポカしたよ、GJありがとう。
355名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/18(火) 07:33:33 ID:???
シンジもレイもらしさが出てていい!
そしてりっちゃんの「ありえないわ」で締める構成力
こんな良作は久し振りだ
ご馳走さまでした
356名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/18(火) 08:05:31 ID:???
GJ!!ありえないわにワロタw
ぽかぽかしたぜ
357名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/18(火) 08:53:47 ID:???
>>353
ぽかぽかを、ありがとう

シンジもレイも可愛いよ
リツコとミサトのかけ合いもいいな
そのうちレイがシンジの髪を切ってあげるようになるのかな
358名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/18(火) 11:40:23 ID:???
ttp://a-draw.com/contents/uploader2/src/up11928.jpg
公式でこんな画像もあるわけだが
359名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/18(火) 16:45:58 ID:???
>>353
イイ!
文章が安定してて安心して読める良作でした。GJ!!
360名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/18(火) 23:05:45 ID:???
>>353
これぞ「ぽかぽか」をありがとう!
361名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 01:36:38 ID:???
>>297

7.

振り向かなくても後ろから来るのが誰だか、レイには気配だけで分かった。五感が――五感だけでなく第六感もだが――普通の人間よりも発達しているのだ。
「綾波」
「……何?」
レイは前を向いたまま答える。
その人物――シンジはレイに追いつくために少し早歩きで来たらしい。軽く息を切らせている。
「おはよう」
そう挨拶されてもレイは押し黙ったままで、シンジの方を見もしない。レイには挨拶をする習慣がなかった。無駄だからだ。
シンジは特に気を悪くした風もなく、レイの横をやや遅れて歩いている。
学校まであと五百メートルといったところだった。
今日は湿度が低く、暑さも控えめで、過ごしやすい一日となることが予想された。空には刷毛でさっと刷いたような雲が切れ切れに浮かんでいる。
気持ちのいい風が吹いていた。
登校中の生徒には珍しいものを見るように二人を横目で盗み見ていくものがいる。レイと誰かが一緒に登校するなどはじめてのことだからだ。
「あの……さ」
シンジが躊躇いがちに声をかけてきた。
「ちょっと、いいかな……?」
「駄目」レイはそう言うと横目でシンジを盗み見る。
「えっ……」と、案の定、シンジはおどおどといかにも不安な顔をしている。
「冗談よ。何?」
「突然こんなこと言うの、何だけど……。綾波さえ良かったら……僕が料理を作るから、食べてもらえないかな」
レイはぴたりと歩みを止めて、はじめてシンジを真正面から見た。シンジも立ち止まる。緊張で身体を硬くしているようだった。
「い、いやっ、その……ヘンなこと言ってごめん……」
362名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 01:37:55 ID:???
この男は何でそういうことを言うのだろう? レイは心持ち眉をひそめて考える。私に料理を作って、この男にどういうメリットがある?
レイは瞬きせずにシンジをじっと見つめている。ひょっとしてビデオの件がバレて、私に復讐しようと言うのだろうか? ……いや、バレてもないし、そんなことをしでかす度胸もない。
「あの……綾波がイヤだったら、別に……」
レイの視線に何を感じたのか、シンジはもじもじしはじめた。
「ただ、この間綾波の部屋に行って思ったんだけど、綾波の食生活って……きっと、外食ばっかりじゃない? それじゃ身体に悪いから……」
シンジが何か喋っているが、頭に入ってこない。どうせ大したことは言ってないだろうから構わない。
そうか。突然レイの疑問は氷解した。奴隷だからだ。奴隷が主人に尽くすのは当たり前だった。
そう言えばヤシマ作戦のときも何も言われてないのに防御役に立候補した。それと同じことなのだろう。
こちらから何も言わずに奉仕するとは、なかなかよくできた奴隷だった。
「いいわ」と、レイはうなずいて歩き出した。
「そう?」
シンジの顔がぱっと輝いた。
レイはぱちぱちと目を瞬かせた。妙な気分がした。もっとも自分の心を覗き込んで妙な気分の正体を突き止めようとはレイは思わなかった。内省というものをレイはしない。
「じゃあ、明後日でどうかな? ミサトさん出張で、ミサトさんの分作らなくていいんだ。作らなくていいっていうか、本当は当番制で今日はミサトさんの番なんだけどね……」
「それでいい」
「ところで、綾波は何が好きなの?」
「肉」レイは即答した。「肉が、好き」
「そ、そう」
シンジはレイのあまりに直截な返答に多少ひるむ。レイのような繊細な少女の口から肉が好きなどという言葉が出るのはどことなく違和感がある。
「でも、バランスをとらないとダメだよ。肉ばっかりじゃ偏りが出るからね」
レイはまた不審に思う。なぜ私の身体を心配するのだろうか? 意味が分からないことを言う男だった。私は誰の心配もしたことはない。
それとも――。奴隷はこうやって主人のことを何くれと心配するのだろうか? 今まで強制的に言うことを聞かせてきたから、要領がよく分からない。少し鬱陶しい。
363名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 01:40:44 ID:???
「大丈夫。薬、飲んでるから」
「くすり……?」
シンジは眉をひそめた。
「そう。赤木博士がくれるの」
「身体、どこか悪いの?」
「悪いように見える?」
「い、いや、見えないけど……」
実際具合が悪いと思うことはまるでない。ということはリツコはきちんと仕事をやっているということだ。現状に支障が無いなら思い煩うことはない。
「じゃあ、サプリメント……とかなのかなぁ?」
シンジは首をひねる。
「でも、栄養は食事から取ったほうがいいんだよ」
「そう」と、レイはそっけなく言う。別にどうでも良いことだった。
「何か、食べたいものある? いや、肉とかじゃなくて、料理の種類で」
「特にない」
「そう……? じゃあ、ハンバーグでいいかな。野菜サラダも作るから」
「それでいい」
「綾波の家に調理道具ってどれくらいある? 包丁は?」
「ない」
「フライパンとか、鍋は?」
「ない」
「そっか……。お茶碗は?」
「私の分だけ」
「うん。分かった。じゃあ、明後日」
教室に入って二人は分かれた。
レイは椅子を引きながら、ふと、すげなく断ってシンジが傷つく顔を見てもよかったと思った。
そうしなかったのは、多分、悪魔でもワルツを踊りだしそうなくらいに気候が良いせいに違いなかった。
364名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 01:42:25 ID:???

 □

チャイムが鳴った。
レイは「鍵、空いてる」とだけ言う。やることがないので椅子に座っているところだった。レイは何もすることがない状況に何時間でも耐えることが出来た。
いや、耐えるという表現は違うかも知れない。椅子に座り、何をすることなく時間を過ごしても、特に苦痛は感じない。
おじゃましますと控えめな声とともにシンジが入ってきた。右手にはスーパーの袋に入った調理道具、左手には料理の材料。どちらもぎっしりと詰まっている。
シンジはレイの視線に気がついたようだった。
「フライパンとか包丁とか、持ってきたから。置いていくから、よかったら使って」
袋を床におろして、道具を出しはじめる。
「綾波の部屋……ずいぶんと、殺……シンプルな部屋だね」シンジは殺風景と口にしかけて、あわてて言い換えた。「飾りつけとか、興味ない?」
「ない。してどうなるの?」
「え? いや、どうなるっていうか……。その方が、気分が変わって楽しくないかな」
レイは返答せず、しばらく沈黙が流れる。
「……じゃあ、作るよ。あんまり時間もないしね……。ちょっと台所借りるよ」
レイの耳に水が流れる音が聞こえてくる。それから包丁で何かを切っている音。ガスコンロを点ける音。
「結構、料理も楽しいよ」
レイは何も言わない。料理が楽しいとはレイの理解の範疇のはるか外にある。
「確かに自分だけのための料理はちょっと空しい感じもするけど。誰かのために作る料理は楽しいと思う。食べた人が喜んでくれるとね」
レイは笑いそうになった。逆ならともかく、誰かのためにレイが何かをするなど、考えられないことだった。シンジの思考はレイにとって異星人のそれと大差ない。
「綾波は、料理したことある?」
「ない」
あるわけがなかった。料理とは作らせるもので作るものではない。
「じゃあ、全部できあいのものなんだ……」
包丁の音が止まった。
「そういうのって……さみしいと思うな」
365名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 01:44:57 ID:???
「さみしい?」
レイは小首を傾げた。できあいのものがさみしいという結びつきが理解不能な上に、そもそもさみしいという感情自体をレイは感じたことがなかった。
レイは思う。辞書的に言えば、さみしいというのは満たされない、人恋しい気持ちのことだ。だけど私は満たされてるし、人恋しいなど生まれてこのかた思ったことがない。
さみしいなどと感じたことがないし、これからも感じることはないのだ。
「どうしてさみしいの?」
シンジはそう問われて答えに窮したようだった。
「何て言うか……誰にも求められていないっていうか……。ごめん。失礼なこと言ってるね、僕。別に綾波が求められてないって話じゃないんだ。綾波は、僕と違って優秀だしね。
ミサトさんと一緒に暮らすようになって、それからトウジとかケンスケとか、もちろん綾波とかと知り合って、助けられたり、助けたりして、傷ついたり、傷つけたりして、
そういうの……面倒だったり鬱陶しかったりするけど、それが当たり前なのかも知れないって、今、ちょっと思ってるんだ」
「分かる」と、レイは言った。
ヒトというのはたとえどれほど独裁的に見えようとも相互に補完された関係性のなかでしか生きられない。
臣下あっての王であり、王あっての臣下ということだ。王だけの世界など存在しない。それは、レイとて例外ではない。
レイはそこまで考えて、驚きのあまり顔を上げた。これは――あまり調子に乗るなという遠まわしの警告なのだろうか? 
まさか。どう考えてもシンジはそんなことを言えるタイプではない。
366名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 01:46:29 ID:???
シンジは少し嬉しそうだった。
「分かってくれるんだ。ヘンなこと言って、困らせたらどうしようかと思ったけど……」
シンジはそこで言葉を止めた。トントンというリズミカルな包丁の音だけが、少しの間、部屋に響く。
「できあいのものばかりって、自分はそれでいいかも知れないけど、他人が許さないと思うんだ。そういう人がいないというのは、さみしいと思う。
綾波は気にしなくても、僕は……。僕が、イヤだから。それだと、僕がさみしいんだ。だから、その、綾波さえ良ければ……。
今日みたいに、料理作りにくるから……。もちろん、綾波が迷惑じゃなければの話、だけど」
料理を作りに来るなどと、自分の手間と苦労でしかないことを言うのになぜ言いにくそうにするのか、レイには全く理解できない。もっとも理解しようとも思わなかったが。
まぁ、いつも同じ外食ばかりだと飽きるのは確かなことだった。やりたいというのならやらせればいい。
「別に、構わないけど」と、レイは答えた。
シンジが顔を出して、「メニュー、いろいろ考えておくよ」と言った。その顔にはほっとしたような、かすかな笑顔が浮かんでいる。

シンジが台所に立って、しばらく経った。
「綾波……。ちょっと、来てくれる?」
「……何?」
レイは心持ちむっとしながら立ち上がった。たとえお願いの形でも、他人から何かをしてくれと言われるのが嫌いなのだった。とはいえここで断るのはいくらなんでも子供っぽい。
台所に行くと、シンジがエプロンで手を拭きながら、
「良かったら、手伝ってくれるかな……。油揚げを切って欲しいんだ」
レイは眉をひそめる。なぜ私が? 作るのはあなた。食べるのは私。レイは、そう言おうとした。
「これ、綾波のエプロン」
シンジがビニール袋から真っ白なエプロンを取り出して広げて見せた。
「似合うと思うんだ。……着てみる?」
「え……」
レイにしては珍しいことに戸惑った。
「……いえ、いい」
「……そう?」
367名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 01:47:43 ID:???
何となくぎこちない空気が流れる。シンジが咳払いをして、
「綾波も、少し料理を覚えたほうがいいと思う。別に、女の子だから料理をするのが当然とかじゃなくて……。ほら、いざ作りたいと思ったときに、できるのとできないのとじゃ違うから」
レイは苛立ちを感じる。何かを頼まれるのも嫌だが、指図されるのはもっと嫌なのだ。
レイの表情から何を読み取ったのか、シンジはちょっと慌てて付け加えた。
「強制じゃないよ。イヤだったらいいんだ。今は料理ができない女の子だっていっぱいいるし」
「……別に」
レイはまたむっとした。こんなことぐらいできるに決まっている。
包丁を手にして油揚げを切ろうとする。
「ああっ!」
じっと見ていたシンジが声を上げる。
「?」
「危ないよ、左手……こうやって第二関節のところで折り曲げて……」
シンジの手が、レイの手に触れた。レイは自然とシンジを見る。
「あっ。ご、ごめん……」
シンジは慌てて謝る。
なぜ謝ったりするのか? 別に思いっきりぶつかったとか、痛い思いをしたわけではない。まったくこの男はやる事なす事いちいち謝らなくては気が済まないのだろうか?
レイが何か言おうと口を開いたときだった。
玄関のチャイムが鳴った。
同時に「綾波様、緊急招集です」という男の声がした。

 □

輸送機の振動に揺られながら、レイはまったくやる気のない表情で――といっても他人から見るといつもの表情と変わりがないのだが――ミサトからブリーフィングを受けている。
相手が使徒でないのがやる気のない原因だった。何かを破壊するのがレイの喜びなのに、どうやら今回はそうではないらしい。
「レイ、目標と並走し、私を背後部に取り付けて。以後は可能な限り目標の移動をせき止めてね」
「乗るの? あなたが?」
レイは少し驚いた顔でミサトを見る。
「そうよ」
「死ぬんじゃない? 私はあなたが死んでも別に構わないけど」
ミサトは苦笑した。
「ま、やれることやっとかないとね。後味悪いでしょ?」
368名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 01:51:24 ID:???

……制御棒が本体に格納され、JAは停止した。
「葛城さん、死んだ? あ、生きてても返事しなくていいわよ。別にあなたの声なんて聞きたくないから」
「……ったく、あんた何でそんなに口悪いのよ? 残念でした、生きてるわよ」
疲労困憊といった態のミサトの声が聞こえてくる。
「三十女はしぶといのね」                          
「まだ三十じゃあ・り・ま・せ・ん」
「似たようなものでしょ」
「神はディティールに宿るって言葉、知らない?」
「宿るにしてもあと何ヶ月かの短い命ね。……それにしてもわざわざお披露目の席で暴走なんて、ずいぶん場をわきまえたロボットね」
「……ま、ね」
ミサトは黙りこくったまま、何か考えているようだった。
レイは肩をすくめる。誰がどんな目的でこの事件を仕組んだのか、あるいはただの偶然なのか。
いずれにせよ、レイには関係のないことだった。レイにとって、詰まらない仕事を一つこなしだだけの話だ。
「ところでレイ、お食事のところ、悪かったわね」
「……何で知ってるの?」
口にしてから馬鹿なことを言ったとレイは思った。シンジに決まっている。
「シンちゃん、張り切ってたもの。あんたがちゃんと食べてるか心配してたわよ」
「そう」
「シンジ君、あんたを守れたこと、すごく嬉しそうにしてたわよ。世界を守るとかそんな大それたことよりも、もっと身近な人を守れたことにね。
そういうのがシンジ君には合っているみたい。そりゃ私だって世界がどうとか、正直実感ないけどね」
レイは声に出さずに失笑していた。誰が守ってもらった? 別にシンジなどいなくても、本当の力を発揮すれば助けなどいらないのだ。
ただそうすると少し面倒なことになるので、しないだけ。見当違いもいいところだった。
369名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 01:52:57 ID:???
「そんなわけだから……ま、あんまりシンジ君をいじめないようにね」
レイは返事をしない。シンジをいじめるなと言われてもそれは無理な相談だ。あれほどいじめがいのある人間もいないのだから。
「少し変わったのよ、シンジ君。最初のころみたいに皮肉も言うようになったし。料理の件はかなり勇気がいったみたいだけどね。……レイ、あなたも変われるといいわね」
「……そんな必要、ない」
不意を衝かれて、答えるまでに少し時間がかかった。今日は意外なことを言われる日だ。
「今に分かるわ。三つ子の魂百までとは言うけれど、人間は環境が変わったら、変わらざるを得ないのよ」
「……」
レイはなぜか不快な気分になり、無線のスイッチを無造作に切った。

 □

帰ると、当然シンジはいなかった。
シンジには好きな時間に帰ってと言ってある。シンジは鍵はどうするのか訊いてきたが、このマンションは保安部の監視がある上に、第3新東京市にいるのは関係者のみであり、
容易に外部から入れないよう封鎖されている。今の第3新東京市は日本でもっとも犯罪が少ない都市といっても過言ではなかった。だから鍵などかける必要はない。
以上の理屈にシンジはうなずいた。それでも少し心配そうではあったが。
テーブルにシンジのメモとサランラップに包まれた食事が置いてある。メモを読んでみると、
"味噌汁はコンロで、その他はレンジで温めて。サラダは冷蔵庫に入ってる。味噌汁を温めるときは、たまに鍋の底をかき混ぜること。突然沸騰して危険なことがあるから。
それから料理道具一式置いていきます。綾波も気が向いたら料理、してみて。それじゃ。碇"
メモから顔を上げて部屋を見回す。さきほどから違和感がある。
何回か見回してみて、違和感の正体が分かった。綺麗になっているのだ。わざわざ掃除までしていったらしい。
――ご苦労なこと。
肩をすくめると食事の支度にとりかかる。さすがのレイもレンジで温めたり、ガスコンロを点けたりはするのだ。
よく考えると昼食を摂ってから何も口にしていない。
すぐに準備はできて、レイは食事に取りかかった。二口ほど口にすると、思わず感想を言っていた。
370名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 01:53:53 ID:???
「……おいしい」
ハンバーグは切ったとたんに肉汁があふれだし、小皿にとりわけてあった大根おろしを乗せて、ワサビ醤油につけて食べるとさっぱりしてご飯がすすむ。
味噌汁もレイの好みを知っているかのような絶妙な塩加減だ。
冷静に考えれば特別においしいわけではないのかも知れない。空腹であることもおいしく感じる一因だろう。空腹に勝る調味料はないと言う。
いや、やはり、それだけではなかった。シンジの料理にはプロにはない何かがあった。それが何であるかは分からなかったが。
エヴァに乗るより、料理人にでもなったほうがいいのではないだろうか、とレイは思った。あるいは家政婦やら主夫とか。
あっという間に食事を平らげると、何もすることがなくなった。あとはシャワーを浴びて眠くなったら寝るだけだ。
いや、あった。今日はシンジの意外な側面を見ることができたのだから、メモしておく必要がある。
手帳を取り出して、シンジの行動とそれに対するレイの分析を書き出していく。
――碇シンジから料理の提案。自分に何の得もないにもかからず、部屋の掃除。 
――自分を支配する者に媚を売るのが習性になっているものと思われる……。
――料理はかなりの腕前。
……。
……。
371名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 01:54:44 ID:???
ふと、シンジがエプロンを着てみないかと言ったときのことを思い出した。
……似合うと思うよ。
レイは立ち上がってエプロンを探しはじめた。シンジはきっと置いていったはずだ。
エプロンはハンガーにかかっていた。
手に取ると、鏡の前に立って身体にあててみる。
レイは首を傾げた。どこが似合っているか、分からない。
――馬鹿馬鹿しい。
エプロンを放り投げると、手帳を取り上げ、しまおうとして、最新のページに目が留まった。
そこには殴り書きのような字で、

碇君の手 あたたかい

と書いてあった。
レイは奇術を目の前で見せられた子供のように、じっと手帳を見つめた。
「何……?」
こんなことは自分は書いてないはずだった。まるで他人が書いたようだ。
しかし、もちろん他人が書いたわけがなかった。
レイは左手を右手で押さえた。突然、シンジの手の感触が蘇ったのだ。
……危ないよ、綾波。伸ばしっぱなしじゃなくて、こうやって第二関節のところで折り曲げて……。
「……」
レイは無表情な顔でそのページを破くと、丸めて壁に思い切り投げつけた。
しばらく壁を見つめたあと、手帳も投げつける。鈍い音を立てて手帳は壁から床に落ちた。
立ち上がると、バスルームにいって手を洗い出した。
しかし、どんなに石鹸をつけて洗っても、シンジの手の感触は消えなかった。

(続く)
372名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 03:02:10 ID:???
GJ!
373名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 03:24:18 ID:???
これまた良いものを
374名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 03:32:39 ID:???
乙ー。シンジが以外に積極的でなんとなく新劇のシンジっぽいかなと思ったわ。
さて次はいよいよ元祖女王様との直接対決かな?
375名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 07:39:53 ID:???
うむ、いい感じになってきた
レイの台詞が元と同じようながら
心の中では別のことを思ってるというのもいい
376名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 09:48:45 ID:???
このレイは今まで他人から好意を向けられたことがないからシンジのこういった気配りも恋愛感情として結びつかないんだろうな
377名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 23:39:01 ID:???
このレイの思考経路は読んでて楽しいし
シンジの行動をいちいち勘繰って一人相撲してるのもすげー面白い。
378名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/20(木) 02:45:06 ID:???
ちょっと遅くなったけど

>>333-353
GJすぎる。特に
> レイが何かを諦めかけた時
このあたりw
マジでよかった。ありがとう。
379名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/22(土) 20:10:34 ID:???
補佐
380名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/23(日) 04:13:32 ID:???
投下マダー?
381333-353:2009/08/23(日) 17:40:54 ID:???
>>333-353の散髪レイと同じ世界観(ってほどでもないですが)の妄想です。
 感想レスくれた皆さんありがとう。嬉しかったので調子に乗って書いてみました。LRSって難しい。
 元ネタはやっぱりLRS総合スレVer26.0から適当に見繕ったりなんだり。
 最後まで書き上がっていますが、途中で連投規制をくらうと思うのでご了承下さい。
 変なところで途切れたらごめん。



気付けば、レイは泣いていた。
あとからあとから、とめどなく涙があふれて来る。
経験したことがないくらい、まぶたの裏が熱い。
堪え切れなかった嗚咽が、噛み締めた唇から漏れる。

とうとう―――。

彼と想いが通じた。
彼に抱きしめてもらえた。
彼に口付けてもらえた。

いつだって期待していた。
けれど、半分諦めてもいた。
彼には、勝気で明るい彼女の方がお似合いに思えて。
無口で大人しい少女など、彼が選んでくれるとは思えなかったのだ。

だけど。
だけど、とうとう。

『ずっと……ずっと一緒にいて欲しいんだ。
 君じゃなきゃ……ダメみたいなんだ……マイ……』
『うん……ケンジ君と……ずっと一緒にいるもの……』
382333-353:2009/08/23(日) 17:42:36 ID:???
レイが見つめるテレビ画面の中、
話題沸騰の月9ドラマ『第2新東京ラブストーリー』は、
今まさにクライマックスを迎えていた。
優柔不断な主人公ケンジが、大人しいけれど健気なヒロインマイを抱きしめて、
熱い口づけを交わしている。

泣きじゃくるレイにそっとハンカチが差し出される。

「……使う?」
「……うん……」

若干引き気味のアスカからハンカチを受け取ったレイは、
しゃっくりをしながら涙を拭くと、ちーんと大きな音を立てて鼻をかんだ。
使用後のハンカチに一瞬だけ目を落とす。

「……あびがとぅ……洗っでかえす……」
「……いいわよ、あげるわよ……」

ネルフ本部内居住区画・共有ロビーでの
エヴァンゲリオンパイロット女子二名による交流の様子である。
オペレーターズを始めとして数名いる大人のネルフ職員たちは、
おやおやという様子で微笑ましげに二人を眺めている。

しみじみとアスカが呟いた。

「ドラマを見て泣きじゃくるレイ……クラスメイトが見たら腰抜かすわよね、ホント……」

ちーん、ともう一度レイが鼻をかんだ。



******
383333-353:2009/08/23(日) 17:44:25 ID:???
ドラマも終わり、ようやく落ち着いたレイは驚いていた。
他でもない、他愛ないテレビドラマに涙した自分自身の変化にである。

ドラマが終わったテレビでは、お笑い芸人によるコントが流されている。
アスカがお気に入りのバラエティ番組だ。
腹を抱えて転がるアスカの笑い声を聞きながら、
レイは自身の内面を見つめる。

初めての涙はいつのことだっただろうか。
もちろん、忘れるわけがない。
シンジがレイを置いて消えてしまった時だ。
一緒に行くつもりだったレイの背中をポンと押して、
『ごめん』と穏やかな笑みを残して、
一人で行ってしまった時だ。
悲しみの涙はこんなにも冷たいのだと初めて知った。

二回目の涙も忘れるわけがない。
消えてしまったと思っていたシンジが帰ってきたときだ。
『ただいま』と笑うシンジの頬を張ったあとは、
ただただシンジにしがみ付いて
泣きじゃくるだけだった。
人は嬉しい時にも泣く。
シンジに教えてもらった通りだった。
喜びの涙は暖かいということを覚えた。

「……ぐすっ……」

いけない。
つい思い出して涙ぐんでしまった。
コントを見ながら泣いていたらただの変な人だ。
384333-353:2009/08/23(日) 17:46:27 ID:???
気持ちを切り替えてレイは思考を本筋に戻す。
自分が泣ける事は知っていた。
それはシンジに教えてもらった。
けれども相変わらず情動の変化に乏しい自分が
シンジの事以外で泣いたりするとは思わなかった。

もっとも、レイ自身の自己評価はともかくとして、
最近のレイは『わかりやすくなった』と一部からは認識されている。
シンジに至ってはほんの些細なレイの変化も見逃さない。
ただし肝心な点については相変わらず鈍いのだが。

そんな自分への評価を知らないレイは更に思考を進める。

まさか、テレビドラマで泣くとは思っても見なかった。
なんで自分は泣いたのだろう。

悲しかった?違う。
悔しかった?全然違う。
嬉しかった?……近い……けれど、ちょっと違うような気もする。

レイは自分の知識を総動員した。
人はどんな時に泣くのだっただろうか……。

……感動……?
そう……多分……私は感動したのね……

元々レイにはテレビドラマを見る習慣など無かった。
手隙の時間は読書をして過ごす事が多かった。
けれど、最終決戦からこちらネルフ本部内でずっと生活していると、
流石に手持ち無沙汰なのだ。
それはレイだけに限った話ではない。
385333-353:2009/08/23(日) 17:48:56 ID:???
大穴となった第3新東京市に居を構えていた人間達は、
シンジやアスカを始めとして現在ネルフ本部内で寝泊りしているが、
個室には手慰みになるようなものは何もない。
暇な時間は自然と皆、共有ロビーに集まるようになった。

シンジがいるのであれば当然のようにレイもロビーを訪れるようになる。
そうすると自然とレイは誰彼と無くコミュニケーションを取るようになったし、
テレビがついていれば何気なく見たりもする。

気付けば、レイは『第2新東京ラブストーリー』にはまっていた。
それは三人の男女の恋模様を中心に様々な人々の恋を描いたドラマだった。
ありがちと言えばありがちではあるが、
それは大勢から支持されるからこそという普遍性を含んでいる。

優しいけれど何処か要領が悪く優柔不断な主人公ケンジ。
ケンジに惹かれていく、勝気で素直じゃないけれど、本当は心根の優しいキョウコ。
同じようにケンジに惹かれていく、キョウコとは正反対に大人しくて無口で不器用だけれど健気なマイ。
毎週月曜日の夜9時に繰り広げられる彼ら三人の揺れ動く恋模様に、
いつしかレイは一喜一憂するようになっていたのだ。

おそらく、自分はマイに自己投影していたのだろう、とレイは分析する。
無口で感情を上手く表現できない彼女を、
何処と無く自分に似ていると思った時から、
少しずつ自分に重ね合わせていたのだ。
私はあんなに気が弱くはないけれど、とは思ったが。

自分をマイに重ね合わせてしまうと、
それと意識せずとも自然とシンジをケンジに重ね合わせて見てしまう様になる。
ケンジも何処と無くシンジと似ている部分が合った。
いざという時のケンジは果断で断固として譲らない部分があるが、
普段のケンジは優柔不断で優しい性格で、
そんなところが少しだけシンジに似ていると思ったのだ。
386333-353:2009/08/23(日) 17:51:34 ID:???
ほう、とレイはため息をついた。

先ほど流した涙は、感動は、やはりマイの恋が実った事によるのだろう。
素直に嬉しかったし、どこか自分の恋が実ったような気分も少しあったのかも知れない。

もう一度ドラマのラストシーンを思い出してみる。

抱きしめ合う二人。
口づけをする二人。

ふと、自然と想像してしまう。
あれがもし、シンジと自分であったならば……。

『ずっと……ずっと一緒にいて欲しいんだ。
 君じゃなきゃ……ダメみたいなんだ……レイ……』
『うん……シンジ君と……ずっと一緒にいるもの……』

レイは頬が熱くなるのを感じた。
なんだかとてもイケナイ想像をしている気がする。

シンジがぎゅっとレイを抱きしめる。
レイもシンジを抱きしめ、その首筋に頬を埋める。
やがてレイが顔を上げる。
見詰め合う二人。
絡み合う視線。

『……レイ……』
『……シンジ君……』

やがて熱い吐息が絡み合って……。
387333-353:2009/08/23(日) 17:54:38 ID:???
素敵……。
なんて素敵なのだろう……。

けれど……。

きゅっと胸が苦しくなる。
あまりにも現実とはかけ離れた空想、というよりもむしろ妄想に、
レイは切なくなるのを感じた。
互いの呼び方からして全然違うではないか。

愁いを帯びたため息を吐き出す。

「……碇君……」
「何?綾波」
「ひゃぅっ!?」

レイは飛び上がるほど驚いた。
隣を見ると、首からタオルを下げたTシャツ短パン姿のシンジが座っている。
髪が湿っているところを見ると風呂上りのようだ。
一体いつ来たのだろう?
どうやらレイは相当自分の世界に沈み込んでいたらしい。

「……どうかした?」

動揺するレイを、不思議そうに首を傾げて見つめるシンジ。
湿った前髪の下から自分を見つめる黒い瞳がなんだかいつもよりも色っぽく感じられる。
その視線と、シンジを色っぽいと感じてしまった自分自身に動揺して、レイはうつむいた。

「な、なんでもないの。い、碇君はお風呂あがり?遅かったのね」
「うん。なんか今日はバタバタと忙しくってさ」
388333-353:2009/08/23(日) 17:56:44 ID:???
多少訝しげな様子ながらもシンジは柔らかくレイに笑いかけると、
右手に持った果肉入りグレープジュースの缶を軽く傾けた。
自然とレイはシンジの動きを目で追ってしまう。

「……あ……」

最近ほんの少しだけ目立つようになった喉仏が大きく動いてジュースを飲み干していく。
レイの視線はシンジの唇に釘付けになった。

くちびる……唇……碇君の……唇。

先ほどの妄想の所為だろうか?
どうしてもシンジの唇が気になって仕方が無い。

「ん? 綾波? 僕の顔に何かついてる?」
「え……う、ううん、全然そんなことないわ」

レイは慌てて大きく被りを振った。
かぁっと顔が熱くなる。今にも顔中の毛細血管が破裂してしまいそうだ。

「なんだか顔が赤いけど……もしかして具合でも悪いの、綾波? 熱はない?」

シンジは缶をテーブルに置くと、
左手でレイの髪をかき上げて額に触れた。
右手で自分の額を触っている。

「い、碇君!?」
「うーん、熱はないみたいだけど……」

難しい顔で首を傾げたシンジは、
レイの額に触れている左手でそのままレイの前髪を大きくかき上げた。
右手では自分の前髪を大きくかき上げてずいっと身を乗り出す。
389333-353:2009/08/23(日) 17:58:51 ID:???
こつん。

「っ!!」

レイは立て続けに襲い来る想定外の事態に硬直した。
呼吸すら忘れてシンジを見つめる。
近い。近すぎる。
まるで、キスされる直前のよう。

……つまり、キスする時はこれよりも近いの!?
助けて。誰か助けて。誰かって誰?あなた誰?もう誰でもいい!

「ん〜? ちょっと微熱があるのかな……?
 なんか綾波、少し目元も潤んでるみたいだし……」

いきなりおでここつんなんてされたら熱ぐらい出ても当たり前ではないか、
なんだってシンジは時たまこういう事を平気でやって乙女心を掻き乱すのだろうか、
とレイは遠ざかる意識の中若干恨めしく思う。

駄目なのね、もう……。
大丈夫、私が消えてもかわりがいるもの……。

……って駄目!!
私が消えたら、他のひとがおでここつんされてしまう!!
それは、駄目!!

レイは最後の気力を振り絞って立ち上がった。

「ちょ、ちょっと疲れているのかも知れないでも大丈夫心配しないで今日は念の為もう寝るわおやすみなさい」
「え……う、うん、おやすみ綾波」
390333-353:2009/08/23(日) 18:00:48 ID:???
レイは一息に言い切ると後退を開始した。
駄目だ、もうこれ以上何も考えられない。
本当はシンジの側にいたいのだけれど、もう限界だ。

レイは、普段の彼女からは想像も出来ないようなギクシャクとした動きで、
途中のソファーに蹴躓いたりしながらも最大戦速でロビーから撤退した。

残されたシンジは少し心配そうにレイの去っていった通路を見やっている。

「大丈夫かな、綾波……。
 なんだか、手足が同時に出てたけど……。
 ね、アスカ……。
 ……って、アスカ。
 どうしたのさ、そんな変な顔して」

アスカは沈痛な表情でレイを見送っていたが、
やがて視線をシンジに移すと、眉間に皺を寄せた。
そのまま眉間を指で揉み解しながらため息をつく。

「私は生まれて初めて誰かに心から同情したわよ……。
 まさか、あの子にこんなに同情することになるなんて……。
 クール、ミステリアス、冷静沈着……。
 綾波レイのアイデンティティが完全にガタガタだわ」

「……何を言っているのさ、アスカ?」

痛々しい表情のアスカに、シンジは首を傾げた。

「要するに、鈍感って言ってるのよ、このバカシンジ」

翌日、三人の子供達の微笑ましい様子が大人たちの話題となった事は言うまでもない。
391333-353:2009/08/23(日) 18:02:14 ID:???
******



シンジによるレイへのおでここつん事件から数日後。

風呂上りのレイは、白いノースリーブに水色のキュロットという出で立ちで、
小銭入れを持って共有ロビーへ向かっていた。
風呂上りにはつぶつぶオレンジ100%を飲むのが最近のレイのお気に入りだ。

とは言え、現在のレイの思考はつぶつぶオレンジと共にはない。

大分落ち着いたとは言え、ふとした瞬間に思い出してしまう。
あれ以来シンジの唇が脳裏から離れないのだ。
すでにドラマのキスシーンの記憶はシンジと自分とのキスシーンに改ざんされてしまっている。
頬の火照りは、はたして風呂上りによるものか、否か。

やっぱり……碇君と……キス……したいな……

心の中で呟いては、はぁっとため息を洩らす。
まさか自分がそんなことで悩むようになるとは夢にも思わなかった。

まあ、その欲求自体はそう悪い事でも無いのかも知れない。
あの日、シンジと一緒に生きていきたいと願った自分なのだから。

けれども。

順番が……違うわ……

キスどころか恋人ですらないというのに。
欲望が即物的すぎるのではないだろうか。
392333-353:2009/08/23(日) 18:04:21 ID:???
普通は。
シンジに呼び出されてドキドキの告白イベントがあったり。
初デートに何を着ていこうか悩んで寝不足で遅刻してみたり。
手を繋いで歩きたいのに中々手を繋げなかったり。
満員電車で人込みから守ってもらったり。
更に込み合ってきて密着してしまい「ごめん」「へいき」なんて赤面してしまったり。
映画を見たり。
花火を見たり。
ボートに乗ったり。
夕暮れの海岸を散歩したり。

そんなあれこれの積み重ねの上にこそ、
「キス」という燦然と光り輝くイベントは訪れるのではないのか!?

レイの考える理想のお付き合いは、
今まで自分には無関係と思いながら漠然と溜め込んできた知識からの再構築である。
何処か偏っているようなその内容の是非はともかくとして、
交際から接吻という順番自体はおそらく正しいだろう。

レイ自身はそのことを重々承知の上で。
それでも。
それでもやっぱり。
それでもやっぱり思ってしまうのである。

碇君と……キス……したいな……

はぁ、とレイは何度目のことになるのかわからないため息をついた。
ため息をつくたび幸せが逃げると言うが、
もしその通りだとするならばレイの周りは幸せのバーゲンセール状態だ。

頭の中で周囲に散らばった幸せを回収しながらロビーに到着したレイは、
自動販売機でお気に入りのつぶつぶオレンジ100%を購入した。
393333-353:2009/08/23(日) 18:06:52 ID:???
プルタブを開けて、ごくりとひと飲み。
甘味と酸味が絶妙に調和したオレンジジュースと、
そこにふんだんに含まれる果肉が醸し出す爽やかな喉越しがなんとも堪らない。

ほっと息をついたレイは、
アルミ缶を片手にソファーに向かう。
珍しく今日はロビーには誰もいないようだった。
そう言えば、確かこのロビーにいつも集っている大人たちは、
今日は会議や打ち合わせがいくつも入っていて皆残業だと言っていたような気がする。

人気のないロビーに少し寂しく思いながらレイがソファーに近づいていくと、
一人だけ先客がいることに気付いた。
あの黒髪は……間違いない。
レイが見間違える事のない少年のものだ。
思いがけず巡ってきた二人きりのシチュエーションに鼓動を高めながら声を掛ける。

「碇君」

しかし、シンジからの返答はない。
どうしたのだろう、とレイがソファーの正面に周ってシンジの顔を覗き込む。

「……碇君?」

ソファーに深く座り込んだシンジは、すやすやと寝入っていた。
テーブルの上には飲みかけらしき果肉入りグレープジュースが置いてある。
最近のシンジはこれがお気に入りらしい。

規則正しい寝息。
近頃、シンジは色々と忙しそうにしていたから、疲れが溜まっていたのかも知れない。

レイはシンジと会話できない事を少し寂しく思いながらも、
ロータイプのテーブルにジュースの缶を置き、シンジの右隣に腰を降ろした。
394333-353:2009/08/23(日) 18:09:35 ID:???
他にすることもないので、シンジの寝顔を眺める。
他にすることがあっても、最優先でシンジの寝顔を眺めるのかも知れないが。

シンジはぐっすりと眠り込んでいるようだ。
いつものように風呂上りと思しきTシャツ短パン姿で、首にタオルをかけている。

「……碇君……」

まじまじとレイはシンジの寝顔を観察した。
あらためて考えると、ここ何日かはあまりシンジの顔をちゃんと見ていないような気がする。
どうにもこうにも恥ずかしくなってしまって、まともにシンジの顔を見られないのだ。

卵型の顔。どちらかと言えば小顔だと思う。
睫毛は長めで鼻筋が通っている。
本人が少し気にしている通り、幾分優しげな女顔かも知れない。
癖のない黒髪はさらさらと指通りが良さそうだ。
少し薄めの血色の良い唇がつやつやとしている。

元々レイは自分や他人の容姿などに全く興味を持っていなかったので、
これまでも特にシンジの容姿も気にしたことはなかった。
けれど、シンジへの想いを自覚してからあらためてシンジをよくよく見てみると……。

「……碇君て……格好いい……」

そう、シンジは格好いいのだ。
顔立ちは端正だし、雰囲気も優しげ。
レイには更にフィルターがかかっている為だろう、
そんじょそこらのアイドルよりも断然格好よく見える。

容姿がどうであろうがレイのシンジに対する想いは変わらないが、
それでもやはり格好いい方がレイの胸の高鳴りも当社比50%増しになるというものだ。
395333-353:2009/08/23(日) 18:12:01 ID:???
自然とレイの視線はシンジの唇に引き寄せられてしまう。

ごくり。

思わず喉を鳴らしてしまうレイ。
妙齢の少女としてそれはどうなの?と心の片隅で何人目かの自分が囁くが、
そんな事に頓着していられる余裕は生憎と今は持ち合わせていない。

いけない。
考えては駄目。
考えては駄目だったら駄目。

今だったら碇君とキス出来るかも知れない。

そんな事を考えては駄目なのだ。
だってシンジは疲れて転寝しているのだ。
寝込みに唇を奪うなんてそんなの駄目に決まってる。
シンジの気持ちだってわからないのに。
そんな女の子はシンジに嫌われてしまう。

でも、今だったら碇君とキス出来るかも知れない。
ううん、間違いなくキス出来る。

レイの心の中で巻き起こるエンジェルレイとデビルレイの激しい戦い。
しかし、どうやら戦況はデビルレイが優勢のようだ。
いつの間にかレイはシンジの方へゆっくりと身体を乗り出していた。

視界の中、ゆっくりとゆっくりと、しかし確実に、シンジの寝顔が近づいてくる。

……碇君……ごめんなさい……

シンジににじり寄るレイによって、ソファーが沈み込む。
396333-353:2009/08/23(日) 18:14:10 ID:???
と、シンジの唇が奪われようとした、まさにその時。

「うーん……」

レイの気配を感じたのか否か、
アスカに鈍感と評されたシンジが敏感にも目を覚ました。
ゆっくりとその瞼が開かれる。

ぎくり、と慌ててレイはシンジから身体を遠ざけて座りなおす。

私、今、何をしようとしていたの……?

自分の行動を自覚して顔を真っ赤にして目を白黒……白赤させるレイをよそに、
シンジはぼんやりと辺りを見回した。
霞んだような視線がレイを捉える。

「……あやなみ……」

シンジは柔らかく微笑むと、安心したようにまた瞼を閉じてしまった。

え? 碇君、寝惚けただけなの……?

戸惑うレイをよそに、シンジはいかにも暢気な表情でスヤスヤと再び寝息を立て始めた。
なんだか拍子抜けしてしまうレイ。
迷子になってしまったかのように、感情をどちらの方向へ向ければいいのかわからない。

すると、レイの内心など全く知らぬ気のシンジは、
なんとそのままレイの方へもたれかかって来た。

とん。
397333-353:2009/08/23(日) 18:15:55 ID:???
ノースリーブで剥き出しのレイの左肩に、シンジの頭がそっと乗せられた。
左肩が急速に熱を帯びる。
触れ合った部分が熱くてたまらない。

「い、碇君……」

レイはそのまま固まってしまった。
身体だけではなく、精神も完全にハングアップしてフリーズ状態だ。

二人きりのロビーに静寂が訪れる。
聞こえるのはシンジの安らかな寝息と高まる自身の鼓動だけ。
何も考えられない。
感じられるのはシンジの体温と左肩の熱さだけ。

どれだけの間、そうしていたのだろうか。

レイはいつの間にか無心でシンジの呼吸を感じていた。
シンジの呼吸に少しずつレイの呼吸が重なる。
シンジの鼓動に少しずつレイの鼓動が重なる。
熱を帯びたように熱かった左肩は、今は穏やかな温もりに包まれている。

気付けば、レイは心穏やかに軽く首をかしげて、
自身の左肩に頭を擡げるシンジの顔を見つめていた。

自分が柔らかく微笑んでいる事を、レイ自身は気付いていない。

碇君、とレイは心の中で呟く。

シンジが隣にいる。
今は、それだけでいい。
398333-353:2009/08/23(日) 18:17:27 ID:???
シンジとキスがしたいという気持ちは未だにあるけれど、
この想いはまだそっと胸の中に仕舞っておこう。

自分はこっそりとシンジの唇を奪いたいわけではないのだ。

一体、自分は何を焦っていたのだろうか。
よっぽどあのドラマに中てられてしまったのかも知れない。

レイは最初にシンジに泣かされた時の言葉を思い出す。
永久の別れになるはずだったあの言葉。
今も一言一句違わずに胸の中に仕舞われている。

綾波。
君の運命は、僕が背負うよ。
だから、父さんを許してあげて欲しい。

綾波。
この世界は、君が生きる世界だ。
だから、僕が必ずこの世界を残すよ。

綾波。
これからは、普通に生きて。
泣いて、怒って、笑って、普通に生きて。

綾波。
君は優しい人だから。
きっと幸せになれるよ。
幸せになってね。

綾波。
ごめんね、綾波。
ごめんね。
399333-353:2009/08/23(日) 18:19:18 ID:???
アスカに羽交い絞めにされながら、
泣きじゃくって、
手を伸ばして、
シンジの名を呼び続けた。

思い出すと、芯から心が冷える。
たった数ヶ月前のことだから、未だ思い出には出来ていない。
涙が溢れそうになるし、自分を置いて行ったシンジへの怒りも感じる。

けれど、レイは花が咲くように笑った。

小さな小さな声で、
誰にも聞かれないように、
大切な想いをそっと囁く。

碇君。
私、今、普通に生きてるわ。
泣いて、怒って、笑って、普通に生きてるわ。

でも、幸せになれるかどうかはまだわからないの。
あなたは誰にでも優しい人だから。
私には碇君の気持ちがわからないから。

私は碇君からたくさんのものを貰ったわ。
だけど、私はとても欲張りみたい。
まだ、あと一つだけ、どうしても欲しいものがあるの。

でも、碇君も悪いと思う。
だって、私の残りの人生で、
あれ以上の殺し文句は二度と聞けそうにないもの。
400名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/23(日) 18:25:01 ID:???
(・∀・)イイヨーイイヨー
40110:2009/08/23(日) 18:27:45 ID:???
どうしたらこんな軟らかい文章が書けるのか
402名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/23(日) 19:14:43 ID:???
俺には真似できない
すばらしい
403333-353:2009/08/23(日) 19:26:04 ID:???
だから、いつの日か。
優しく私を見つめて、微笑んで。
そして、キスして。

今は、これで我慢するから…。

ね、碇君。

レイはそっと目を閉じると、
ゆっくりとシンジへ顔を寄せた。



******



風呂上りの頭をバスタオルで包んだアスカは、
鼻歌を歌いながらロビーを訪れた。

すると、なんだかロビーの空気が妙だ。
冷房は効いているはずなのに、生暖かいと言おうかなんと言おうか。

「アスカ」

小声で呼ばれてそちらを見ると、
ミサトが唇の前に人差し指を当てている。
万国共通の『静かに』のジェスチャーだ。

「?」
404333-353:2009/08/23(日) 19:28:17 ID:???
不思議に思いつつもとりあえず鼻歌を止める。
一体どうしたと言うのだろう……と、ミサトが指差す先を見て、納得した。
確かにこれでは、空気が生暖かくもなるだろう。
すでに自分の視線も生暖かくなっているに違いない。

「……ったく、こいつらは……これで付き合ってないって言うんだから……」

呆れたように呟いて、アスカは苦笑を浮かべた。

共有ロビーのソファーでは、
シンジとレイがお互いに寄り添いあって仲良く転寝をしていた。
こつん、と寄り添った顔と顔は穏やかな表情を浮かべていて、
かすかに微笑んでいるようにも見える。
おまけにご丁寧にも、触れ合った手はしっかりと握られていたりもする。

これでも二人は決して付き合ってはいないのだ。

これをアホらしいと思うようでは、ネルフではもぐりとされる。
お互いがお互いに片思いをしている、当人達以外にはバレバレな二人を微笑ましく、
時には生暖かくウォッチング出来てこそ一人前のネルフ職員なのだ。

「ミサト、写真は?」
「もちろん、既に撮影済みよ。抜かりはないわ」

ふむ、とアスカは腕を組んだ。
柔らかいレイの表情。それを穏やかに見つめる自分。
レイも自分も変わったものだ、としみじみと思う。
405333-353:2009/08/23(日) 19:30:55 ID:???
一人で生きるのだと突っ張っていて。
少しだけシンジを好きになりかけて。
やがてレイとシンジを仲間だと認めるようになって。

今では二人の恋を微笑ましく見守りながら、
レイの応援までしているのだから。

自分自身の恋についてはピンと来ないまま棚上げだが、
特にアスカは焦っているわけでもない。

ぼんやりと二人の寝顔を見ながらそんな事を考えていたアスカは、
とある事に気付いた。

ここ数日、ドラマの影響かレイは妙にシンジを意識してしまい一人で空回りしていたが、
どうやらようやくそれもレイの中で決着が着いたようだ。

「ミサト、あれも写真に収めた?」
「いえ、撮ってないけど……なんで?」

ごにょごにょ、とアスカはミサトに耳打ちをする。

「……アスカ……あなた、よく気付いたわね……」
「まぁ、なんかピンと来たのよね。じゃ、ちょっとカメラ貸してね」

ミサトからカメラを受け取ったアスカは、
しばしアングルを考えてからシャッターを切る。

一枚目は、転寝をしている二人を手前から。
飲みかけのジュースがフレームに治まるように。
406333-353:2009/08/23(日) 19:32:47 ID:???
二枚目は、シンジの額をアップで。
よくよく見なければ気付かないが、
ちょっとだけシンジの額にオレンジの果肉がついている。

それが現時点での綾波レイの妥協点なのだろう。
シャッターを切りながら、アスカは呟く。

「頑張んなさいよ、レイ」

優しく笑ってから、アスカはシンジをちらりと見た。

「それにしても、まったく……このヘタレは……先が思いやられるわね……」

呆れたように呟いて、アスカは三枚目のシャッターを切った。
上手く撮影できたかどうか、ボタンを押してデジカメのモニターを確認する。
隣からミサトも覗き込む。

順々に切り替えられて行くモニターの画像。
最後の画像が表示されると、アスカとミサトはため息をついた。
上手く撮れてはいる。
撮れてはいるのだが……。
407333-353:2009/08/23(日) 19:34:25 ID:???
最後の一枚。

それは、グレープの果肉がついたレイの額の写真であった。

奇しくも声を揃えて「「ヘタレ」」と呟いたアスカとミサトの視線の先。

シンジが飲みかけの果肉入りグレープジュース。
レイが飲みかけの果肉入りオレンジジュース。

まるで寄り添って眠る二人のように、
二本のジュース缶は仲良く並んで置かれていた。



fin.

やっぱり連投規制くらったw
読んでくれた皆さんありがとう。少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。
408名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/23(日) 19:37:20 ID:???
乙。
ずっとニヤニヤしてました
409名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/23(日) 20:56:42 ID:???
素晴らしく乙です
この2人はこういう距離感が大事
だが欲を言えばもっとお互いらぶらぶなのが見たい
次の作品楽しみにしてます
410名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/23(日) 21:00:16 ID:???
おつです。すばらしい
411名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/23(日) 23:18:21 ID:???
これはまたGJ!
412名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/24(月) 01:32:35 ID:???
>>371さんの黒レイといい素晴らしい作品だ
ほのぼのする
413名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/24(月) 01:53:10 ID:???
/        /  ,' ,'/ /  ,   , l.|、  i i:..::',、:ヽ
   /      i   /   l ,'/ /   /  / i| |l  |. l:::i::';:';:',
  /   ,    | /     | i' /  / ィ. /|:| |  |i:: ::|::l::::';:i'!
  |  |. i   | i  |  | .,'  / /7 /‐!トi 〃l::::l::::|::::l:l
.  i  | |    | | i|:  | | /,イ /''゛、_;'__l/ 〉i::::'::::;'l:::i::l
  l,  | |    | ' |:|   | i l´ ',.!   l ̄,,、i〉゛l:::,:::/'|:/:l
  ',', | l  l  |  |::i  |:i l l ',i', ... ヽ.レ'゙ ,イイ:/ !' /
   ヽ i,|  |  i  |::::| |::',. l, |  l ', :::::::... 〈:: | '" '゛
   ヽ i 、 |i l、 i::::l |::::i |::|::.. |l:|   ::::.. ヽ:l  私・・・相田くんと・・・・・・・・・・・・・・・・ズコバコしたい……///
    ヽ', :〉 |:'.,l::ヽ|::::l |::::i |::|::::.| !       ..ゝ
     ヽ',ヽ::|\:|l|、:::',. l::::l:i::|i::::|    =:ィi´::|
      / ヽ ヽ ! ヽヾ:;l:|';::::||:::l   /´/イ::/
     /        ヽ>ヽ.i:::l、!:l_,/::::i//:ll/
../` `<_          /   |:;' !|/|:::イ'゛ /
/    `ヽ.、   i  /    ゛    '゛  ´
        `ヽ、!  l
           ` '、
             \
414名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/24(月) 01:57:47 ID:???
                _ヽ、レ'´ ̄ ̄ ̄`丶
                 /.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.:`ヽ
                     _/::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.`¬
               {::.::.::.::.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:`¬/.::.::.:.:.:.:.:.:{_
                j::.::.::.::.::.::.::.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:,ヘ }::.::.::.:.:::::::::::::}
               〈::.::.::.::.::.::.::.::/.::.::.::.::.::./`ヽ/"ヽ::.::::::::::〈
                ゞ:::::::::::::{::::{:: !::.::.|::{::ト、{      }::::::::::::: }
               ミ::::/`ヽ:: !-{,xニl_土‐ 、,xニ_二l::::::::: ハノ
                 `レ{ r'} \{八_ノ_` }ァニ{_ノ_`ハ}/}/
                  ム.__.  ゝ'_ ' .ノ { t.'__'/ノ
                _.. イ/   、  、 ̄  ,\`く.√i  
             _|   {   ヽ   ̄ ̄/^ヽ. \{    
            _ノ |  ヽ    >-イ´─-   ハ\
         , ' ´     |   \   { _| j -‐      } ヽ  エヴァに乗せろ
        /         |  ヽ,ィ 7 ` '´ j { 、__,.    /   ',
       /  ̄`ヽ      |   } 〈‐-‐…'  >‐{     ,'     、
415名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/24(月) 03:16:13 ID:???
>>407GJでした
シンジの視点での話も読んでみたいです
416名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/24(月) 19:45:50 ID:???
>>407
再びこれぞ「ぽかぽか」が読めるとは…!
すっかりファンです、ありがとうです
417名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/24(月) 20:24:09 ID:???
いつのまにか質の高い職人が光臨しまくってるw
これも新劇のおかげか
418名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/24(月) 21:53:30 ID:???
職人二人組レベル高杉るwww

GJです♪
419名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/26(水) 00:20:53 ID:???
ええい、このスレのまとめサイトは無いのか!?
420名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/26(水) 05:05:58 ID:???
昔のならあるけど、最近のはないな
421名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/26(水) 18:44:14 ID:???
>>420
ググっても出ない…>昔の
422名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/26(水) 20:11:46 ID:???
「LRS小説スレまとめ」で多分出てくるかと
423名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/26(水) 21:41:30 ID:???
424名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/26(水) 23:11:01 ID:???
今更だが公式オメ
425名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/26(水) 23:59:57 ID:???
神職人光臨中でスレ汚しかもしれんが投下

「ん?あれは綾波……どうしたんだろう、あんなところで」

前にはぽつんと一人で立っている女の子――僕の想い人がいた。






僕は普通の中学生だ。
スポーツはそこそこ、勉強もそこそこ。
見た目はトウジたちから言わせたら中の上、いわゆる『よく見たらかっこいい』部類らしい。

そんなこと言われても実感はない。
別にもてるわけでもないし、告白されたこともない。
それもトウジ達から言わせると、僕が奥手すぎるせいらしい。

たしかに、僕は女子と話すのは苦手な方だし、それにやっぱり今は男友達と遊んでる方が楽しい。
でもそんな僕にも好きな子ぐらいいる。


―――綾波レイ

彼女が転校してきてから三カ月。
あの時のことは今でも色あせることなく僕の記憶にある。

「……綾波レイです」

ミサト先生のいつも通り元気な挨拶のあと、ミサト先生が突然つれてきた女の子。
426名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 00:01:17 ID:???
雷撃の恋、まさか自分にそんなことが起きるとは思ってもみなかった。
碇シンジ14歳、奥手道を極めてきた少年にやっときた初恋だった。


結局その日の授業には身が入らず、首を左45度傾けて蒼銀の後ろ姿をただじっと見つめていた。
そう、ただ見つめているだけ。
そこから先の行動は一切なし。
(こんなんじゃ駄目だ)と毎回家に帰ってからつぶやく息子を見守るのがここ最近の日課と某Y.I氏は語っている。

「無様ね」

リツコ先生の口癖が聞こえた気がした。




………話を戻そう。
ここは第三新東京都市にあるショッピングモールである。
今日は日曜、僕は趣味であるクラシックのカセットを買いに来ていた。
その帰り道に見つけた僕の想い人
何しているんだろう?とは思ったものの声をかけようとは思わなかった。
休日に会えて(見かけて)ラッキーだなとしか思わないところが碇シンジだった。
そうコンマ数秒前までは。

「ん?誰かいるぞ」

綾波の後ろの店の扉が開くと一人の男が出てきた。
そして彼女の隣に立つと二人で歩き始めたのだ。

「なっ…な……」
427名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 00:02:01 ID:???
絶句。
それはそうだろう、クラスでは近寄りがたいとはいかないまでも、いつも一人で本を読んでいる綾波。
誰が話しかけても簡潔な答えしか言わない彼女には積極的に話そうとする人も減っていき、彼女も人と積極的に交わろうとはしなかった。

そんな彼女だからこそシンジの奥手にますます拍車がかかり、またシンジを安心させたからだ。
そんな綾波レイの性格もシンジに言わせれば「綾波って神秘的なところがあるよね」
……恋は盲目とはよくいったものである。

そんな彼女が知らない男と親しげに歩いているのである。
シンジの心は折れかかっていた。

「あっ」

綾波が何かにつまずいたらしい。

「おっと、大丈夫かい?」

それを華麗に受け止める男。
追撃をうけて折れそこなった心を必死で立て直すシンジ。
逃げちゃだめだと必死に立ち上がる。
風前の灯火である。

「レイ?」

ファーストネーム、シンジのハートに渾身の右ストレート。
とどめが決まった。
これはテンカウント数えるまでもなく勝負は明白だった。

(………帰ろう)
428名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 00:04:56 ID:???
戦うまでもなく真っ白に燃え尽きてしまった僕はとぼとぼと帰路につくはずだった。
声をかけることもなくあっさり敗北した傷を癒すために。

「あっ…碇くん…」

彼女の声に引き留められるまでは。

「え…あ、あぁ……」

苦笑いして片手をあげて返事をする。今の僕にはこれが限界。
いままでは綾波が声をかけてくれるなんて、と有頂天になっていただろうが今はただ辛かった。
そしてまた足早にその場を去ろうとする………はずだったのに………

なぜか僕は綾波とその男と一緒のテーブルでお茶をすすっていた………

(どうしてこうなっちゃったんだろう………)

シンジは今日何度目となるかわからない溜息を心の中でついた。

――――――

とりあえずここまでで様子見
うん ただシンジ→レイの嫉妬が見たかったんだ
でもLRSになので大丈夫です
429名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 00:07:54 ID:???
>>428
GJだぜ!俺もシンジからの嫉妬が見たかった

続きよろぴく
430名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 03:42:12 ID:???
>>371先生の黒レイも早く見たいぜ
431名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 18:38:43 ID:???
>>371

8.

伊吹マヤは誰もいない休憩室でレモンティーを飲んでいる。冷房が効きすぎる部屋で飲む温かい紅茶は格別に美味しいものだ。
時計の短針はもう少しで9時を指そうというところだった。9時といっても夜の方で、今日は遅番の日なのだ。
さて、そろそろ行こうかな――紅茶も飲み終わり、伸びをして立ち上がろうとした、そのときだった。
「伊吹さん」
「ひいっ」
突然声をかけられて、危うくひっくり返りそうになる。
「レ、レイちゃん……」
後ろを向くと、綾波レイが亡霊のように立っていた。
――どこにいたの?
マヤは思わず部屋を見回す。
マヤが休憩室に入ってきてから、誰か入ってきた気配はない。とするとずっとここにいたのだろうか? まさか、だって私が入ったときも誰もいなかったんだし……。
レイはマヤの動揺を気にすることなく、薄い笑みを浮かべて「頼みごとがあるの」と言った。
「な……何?」
マヤは思わず唾を飲み込んだ。
レイの"頼みごと"は頼みなどではない。断ることが許されない強制事項なのだ。
「今度赴任してくる弐号機パイロットの個人データが欲しいの。取ってきて」
「パイロットの個人データはクラスAのアクセス制限がかかってます。私でも閲覧できません。というか、そんなの必要ないでしょう?」
レイは唇をゆがめた。
「そう。じゃあ、この写真を赤木博士に見てもらって、感想をいただいてくるけど」
レイは胸ポケットから写真を一枚取り出すと、指で摘まんで魚のようにひらひらと泳がせて見せた。
432名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 18:40:45 ID:???
「ああっ、そ、それ、それはっ」
マヤの顔色が変わり、涙目でレイから写真を取り上げようとするが、レイは闘牛士のように華麗に避けつつマヤを振り回す。
マヤはどたばたとひとしきり追いかけたものの、とうとう力尽き、床に突っ伏して、ううう、と泣き崩れた。
「ひどい……。そ、それだけは……」
「じゃあ、お願いね」
「で……でもっ」
「赤木博士がどんな顔するか」
「わっ、分かりました! もう、私、こんな犯罪みたいなことを……いや、みたいじゃないわ。犯罪よ……」
「ところで、パイロットの名前は?」と、泣き崩れるマヤを意に介せずレイは質問する。
マヤは泣きべそをかきながら、
「え? だって名前は知ってるはずじゃ……」
「私、人の名前覚えないから」
それじゃ今私が言っても意味ないじゃないと思いながらも、マヤは名前を告げた。

「惣流・アスカ・ラングレーです!」
転校生は黒板にチョークで自分の名前を書くと、くるりと振り返ってとびきりの笑顔を振りまいた。
鮮やかな赤毛、肌理の細かい白い肌、すらりと伸びやかな肢体。
笑顔は太陽のように眩しい。
――嘘ね。その顔。
賞賛の口笛で、歓迎の歓声で、嫉妬のため息でざわめく教室の中、レイはひとり頬杖をついてアスカをじっと観察している。
――弐号機パイロット。あなたのその偽りの笑顔、暴いてあげるわ。仮面を剥ぎ取ったらどんな顔があらわれるのか、楽しみね。
レイは唇の片側を吊り上げて、背筋が凍るような笑いを浮かべた。
その笑みに気がついた人間は、いない。
433名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 18:41:58 ID:???

 □

チン、とやや間抜けな音を立ててエレベーターの扉が開く。
三十才くらいで髪を後ろで結んだ男の先客がいたが、レイはまるで中に誰もいないかのように乗り込んだ。
エレベーターの個室のように狭い空間に誰かと二人でいると、特別に意識せずとも普通なら若干の緊張が生まれる。人を人とも思わないレイにはそれはなかった。
先客が口を開いた。
「おやおやこれはこれは。確か君は……ファースト・チルドレンの綾波レイちゃんかな? 俺の名前は加持リョウジだ。はじめまして」
「新しく特殊監察部に配属された男ね」と、レイは扉を見つめながら答えた。
「俺なんかの配属先を知っているなんて光栄だね。ところで、ここの連中はだいぶ君に振り回されてるみたいだな。お手柔らかにお願いするよ」
レイは後ろを振り返り、じっと加持を見つめた。
加持はレイの凝視を受けても、目を逸らすことはなかった。珍しいことだ。レイに見つめられるとたいていは視線を外す。
韜晦で本音を隠し、弱みを決して見せない種類の男か。
……いや、違う。本音を言うべきときを知り、弱みを見せてもいい相手を心得ている男だ。
最も厄介なタイプだった。
「あなた、長生きできないタイプね」
加持は苦笑した。ポケットに突っ込んだ手を出し、顎の無精髭を撫でながら、
「そう思うかい? 同じことを言われたことがあるよ。特に長生きしたいとは思わないが、早死にしたいとも思わないんだがね。ま、せいぜい気をつけるとするよ」
目的階につき、レイはエレベーターを降りた。
――この男は要注意。やるなら本気でやらねば。
加持は人差し指と中指を揃えて、ピッと振った。
「それじゃ、また」
のちに加持はこの時のやりとりを思い出すことになる。
長生きできないと言い放ったレイが、皮肉にも加持の命を救ったあとに。
434名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 18:44:10 ID:???

 □

セカンド・インパクト以来、常夏と化した日本だが、夏は夏でも微妙に違いがある。
日差しが強く、肌がひりつくような夏は過ぎ、今は湿度が低く、快適な、いわば「読書の夏」とでも言う季節にさしかかっていた。
レイはベンチに腰掛けて、世界拷問大全というぶ厚い本を読んでいた。
人間の想像力の限界を試しているような――あるいは超えているような拷問の数々を、シンジに当てはめて楽しんでいるところだった。
その本に影が差した。人影だった。
――?
レイは顔を上げた。
目の前に弐号機パイロットがいた。正確に言えば、花壇を取り囲むコンクリートブロックの上に立ち、レイを睥睨していた。
本に夢中になっていて気がつかなかったのだ。
レイは小さく舌打ちをする。もし弐号機パイロットに悪意があったら完全にやられていた。気の緩みすぎだ。
「ハロー! あなたが綾波レイね。プロトタイプのパイロット」
アスカは腰に手を当てて、なぜか勝ち誇るように宣言する。
「あたし、アスカ。惣流・アスカ・ラングレー。エヴァ弐号機の専属パイロット。仲良くしましょ」
レイは心持ち首を傾げて答える。最後の意味が分からない。
「仲良く? どうして?」
「その方が都合がいいからよ、いろいろとね」と、そんな分かりきったことを訊くなんて、という表情を露骨に出すアスカ。
「……そうね」
レイは本を閉じると立ち上がり、下から視線を上げていき、最後にアスカの顔を見つめて、何かを確認するようにゆっくりと言った。
「仲良くしましょうね……」
アスカは思わず一歩下がろうとしたが、立ち位置を思い出して踏みとどまる。
「な、何よ」
「……別に」
レイは本を鞄にしまうと、踵を返して歩き去っていく。
「変わったコね」と、アスカは呟いた。
ふと気がつくと、二の腕に鳥肌が立っていた。
435名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 18:45:12 ID:???

 □

初号機はまだ修理中であり、シンジは待機となっている。そのさなかに使徒が来襲した。
今回は第3新東京市の迎撃システムが壊滅状態ということもあり、本土上陸直前に迎え撃つ作戦だった。
「零号機ならびに弐号機は、交互に目標に対し波状攻撃。近接戦闘で行くわよ」
「了解!」と、アスカが元気よく言う。レイは無言。
「あーあ。日本でのデビュー戦だって言うのに、どうして私一人に任せてくれないの?」
レイは失笑した。いくらネルフの面々が馬鹿揃いとはいえ、戦力の逐次投入をやるわけがない。
「何がおかしいのよ?」
アスカが気がついて問いかける。
「……別に」
あなたの猿なみの知能によ――とレイは心の中で答える。
そう言えばキーキー喚くところなども猿にそっくりだ。これからは赤毛猿と呼ぶことにする。
「言っとくけど、くれぐれも足手まといになるようなことはしないでね!」
ぴくりとレイの頬が動いた。いったいこの女は誰にモノを言っているのだろうか。
――後ろから狙い撃ちしてあげようかしら。近代戦争における死因はフレンドリー・ファイアが結構な割合を占めているっていう話もあるし。
二人は輸送機から降下、地上に降り立って攻撃に備える。
「……来た!」
派手な水飛沫とともに使徒がその不気味な姿をあらわした。
「じゃ、私から行くわ!援護してね!」
436名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 18:46:41 ID:???
「……どうぞ」
レイは大人しく譲ってバレットライフルを使徒に向けて撃ちはじめる。
――と、すっと銃口を滑らせて弐号機の頭を狙い撃ちする。二、三発当てるとまた使徒に狙いを向けた。
「痛っ! ちょっと! 何やってんのよ!」
アスカが憤然と抗議する。
「ごめんなさい。手元が狂った」
平然と謝るレイ。言葉とは裏腹に、謝罪の気持ちなど全くないのは明白である。
「バカ! 気をつけなさいよ!」
気を取り直したアスカはビルからビルへと飛び移り、威勢のいい掛け声とともに槍を振るって使徒を真っ二つにした。
「どう、ファーストチルドレン! 戦いは、常に無駄なく美しくよ!」
「……さすがに猿だけあって身軽なのね」と、レイは呟く。
「何か言った?」
「いえ。何も」
アスカが口を開きかけたとき、真っ二つにされた使徒が蠢動をはじめた。
「えっ?」
次の瞬間、左右に分かれた使徒のそれぞれが新たな使徒になり――
「なんてインチキ!」
ミサトは叫び声を上げた。
437名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 18:47:37 ID:???

 □

「まったく恥をかかせおって」
冬月は珍しく苛立ちを隠せない表情だった。これから冬月を待ち受ける、各方面からの抗議や叱責、皮肉、圧力、それに伴う折衝ごとが煩わしいのだ。
そもそもネルフは他の組織に好かれてるとはとてもではないが言いがたく、いきおいネルフの失敗は冬月の雑事を増やすことになる。
「同05分、N2爆雷により目標を攻撃」
「構成物質の28%を焼却に成功」
次々とスライドが切り替わっていく。
「やったの?」
「足止めに過ぎん。再度侵攻は時間の問題だ」
副司令の不機嫌そうな顔を盗み見ながら、シンジは自分が出撃してなくて良かった、と思っていた。自分が出ていてもどうにかなった
とは思えない。あんな風に分離する使徒なんて、いったいどうやってやっつければいいんだろう……。
「いいか君たち、君たちの仕事は何だか分かるか!?」
アスカがきょとんとした顔で答える。
「エヴァの操縦」
「違う! 使徒に勝つことだ! このような醜態を晒すために我々ネルフは存在しているわけではない! そのためには君たちが協力しあって……」
「何でこんな奴と!」と、アスカが吼える。
ここでレイの我慢の緒が切れた。もともと細い上に短い緒なのだ。むしろここまでよく我慢してきたと言える。
「それは私の台詞ね」
「何ですって!?」
アスカがテーブルを叩いて立ち上がる。
「だいたいあんたが逃げたせいでせっかくのデビュー戦が目茶目茶になっちゃったのよ!?」
レイは使徒が分裂したあと、手を出さずに撤退したのだった。
理由はもちろん、下手に相手をすると、また分裂するかも知れないからだ。もしかすると無限に分裂するかも知れない。そうなるとさすがのレイにも
お手上げであり、ここはいったん引いて対処の方法を考えるべきとレイは判断したのだった。
「戦略的撤退は逃げるとは言わないし、そもそもあなたのデビュー戦なんか知ったことじゃないわ、お猿さん」
438名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 18:48:32 ID:???
「猿!? 誰のことよ!」
「あなたのことよ、お猿さん。猿でもそのくらいのことは分かると思うけど」
「あんた、喧嘩売る気!? そっちがその気なら私はいいのよ? いつでも相手になってやるわ」
アスカは立ち上がり、腕まくりをする。
レイも静かに立ち上がった。
「……外、出る?」
「上等!」
「やっ、止めなよ、綾波! 惣流も!」慌てて二人の間に割って入ったのはシンジだった。「喧嘩なんかしてる場合じゃないよ!」
「そうだ、シンジ君の言うとおりだ。ここで喧嘩しても何も解決しない。な、アスカ?」
加持が険悪なムードに全然気づかないような、リラックスした様子で話かける。こちらは割って入る気はなさそうだ。
「……まぁ、加持さんがそう言うなら……」
不承不承の態でアスカは腰を下ろす。
「覚えておきなさいよ、ファースト!」
しかめ面を作ると、べっと舌を出した。
レイはその舌を引っこ抜きたい誘惑に駆られた。
――あなたこそよく覚えておくようにね、お猿さん。世にも珍しい猿の泣き顔で見物料をせしめてやるわ。
「……もういい」
ため息とともに冬月の乗ったリフトが視界から消えた。
「あの、ミサトさんは?」と、話をそらせようとするシンジ。このままだととばっちりが自分に来そうなことが本能的に分かってるので必死だ。
「後片付け。責任者は責任取るためにいるからな」
加持は肩をすくめてそう言った。
439名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 18:49:51 ID:???

 □

トウジとケンスケは、マンションのエレベーターを降りたところでヒカリと遭遇した。
トウジが不思議そうな顔で、
「あれ? イインチョやんか」
「三バカトリオの二人……」
ヒカリも呆気にとられた表情だ。
「なんでイインチョがここにおるんや?」
「惣流さんのお見舞い。あなたたちこそどうしてここに?」
「碇君のお見舞い」と、トウジの代わりにケンスケが答える。
三人は同じ部屋の前で立ち止まった。顔を見合わせる。
トウジは「なんでここで止まるんや?」と言い、ケンスケは「なんでここで止まるんだ?」と言い、ヒカリは「なんでここで止まるのよ?」と言った。
三人同時にチャイムを鳴らして、ドアが開いて顔を出したのは、シンジだった。
三日前に比べると、かなりやつれているように見えた。目の下に隈ができている。
「おう、シンジ。やっぱり病気か?」
「え? ああ。うん。いや、違うんだ。病気で休んでるんじゃないんだ……」
俯いて答えるシンジだが、今にも倒れそうなその様子はまさに病人そのものである。
「そうか? 明らかに具合悪そうだぞ」
「ちょっと待って、碇君。私、ここに惣流さんが住んでるって聞いて来たんだけど。住所も部屋の番号も合ってるよ?」と、ヒカリ。
「ああ、それは……」
ケンスケは誰か知ってる人の声が聞こえた気がして、シンジの肩越しに部屋の中を覗き込んだ。すぐに顔色が変わり、叫び声を上げる。
「うわっ! 碇、お前!」
「何や何や」トウジもつられて覗き込む。「げえっ! ……この裏切りモン!」
440名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 18:50:52 ID:???
「どうしたの?」
ヒカリが腰を屈めて二人の隙間から中を見た。「ああっ!?」
「誰が来たの、シンジ?」
ひらひらの珍妙な服を着たアスカが冷蔵庫から取り出した飲み物を手にやってくるところだった。三人に気づいて「まずいところを見られた」という顔をする。
「ちょっと、碇君!?」ヒカリがぷるぷると怒りに震えながらシンジに人差し指を突きつけた。「どういうことなの!?」
「ち、違うんだよこれは! 作戦の一環で……」
シンジの弁解をケンスケの素っ頓狂な声が覆い隠した。
「それに――綾波も!?」
いったい何の騒ぎかと、アスカと同じ服装をしたレイがちらりと顔を出したのだ。こちらはアスカと違って無表情。
ヒカリは額に手を当て、ふらふらとよろめいた。事態はヒカリの許容範囲を超えてしまったのだった。
「不潔……。いえ、不潔どころのレベルじゃないわ。これはもう……犯罪よ。碇君には刑務所に入って反省してもらうしかないわ……」
三人の冷たい目に囲まれてシンジはたじろいだ。
「いや、だからっ。これはそんなんじゃなくてエヴァの……」
なんで刑務所なんだ、と慌ててまた説明をはじめるシンジの肩に、ケンスケが手をぽん、と置いて、
「安心しろ、碇。お前はまだ十四歳だから刑務所じゃなくて初等少年院で済むぞ」
「イヤだよ、初等でも! っていうか何でそんなことに詳しいんだよ!」
「あら、いらっしゃい。どうしたの?」
四人の目がミサトに向けられた。買い物帰りらしく、両手にスーパーのビニール袋をぶら下げている。
「これはどういうことか、説明して下さい」と、トウジが言った。

(続く)
441名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 18:51:46 ID:???
8話は長いので前編後編に分けます
442名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 19:05:40 ID:???
つかさ、これだけ投下が相次いでるんだから、名前欄に小説のタイトルなり
ペンネームなり入れろって。
443名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 20:00:04 ID:???
>>428
続き楽しみにしてます!
シンジ可愛いなw
444名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 21:37:00 ID:???
>>442
何様だよ
445名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 23:02:10 ID:???
>>428
GJなんだぜ
はやく黒波さんデレないかなあ
446428:2009/08/28(金) 00:30:21 ID:???
いやお褒めにあずかり恐縮です
とりあえず黒波さんやポカ波さんなどの神職人投下までのつなぎとしてこまめに投下してきます

とりあえず442のいうことも一理あるのでタイトル入れたいと思います
447君のとなり:2009/08/28(金) 00:32:30 ID:???



「………君が碇シンジ君かい?」

その場から去ろうとしていた僕に声をかけてきたのは綾波のとなりを歩いていた男の方だった。

「えっ、はいそうですけど」

まさか僕を知っているなんて、と少し驚いたが、綾波の隣に立っている彼を見てまた不快感が込み上げてきた。
そのせいかいつのまにか僕は少し強く睨んでいた。


しかし彼はそれに気づいていないのか、ひょいっと僕を見つめると

「どうだい?ここで会ったのも何かの縁、一緒にお茶でも」


突然の申し出に僕は驚く。
そんな僕を後目に彼は話を続けた。
448君のとなり:2009/08/28(金) 00:33:46 ID:???
「それに…ほら雨も降ってきたみたいだし、雨宿りも兼ねてね」

そう言われてみて空を見上げるといつのまにかぽつぽつと雨が降り始めていた。

「ね?いいだろうレイ?」

また、ファーストネームと少しむっとしたがすぐにそんなことも忘れていた。
それどころではなかったのだ。

なぜなら僕は、突然男に話をふられ驚いたのか少し顔を赤らめて

「ええ」

とつぶやいた普段見せたことのない綾波の表情を見て

(……かわいぃなぁ)

とトリップしていた。




ふと我に返るといつの間にか二人に連れられて店内にいた。
そして今に至る。


449君のとなり:2009/08/28(金) 00:34:38 ID:???
何とも言えない空気が僕らの間を流れている。
といっても居心地の悪さを感じているのは僕だけかもしれないが。

綾波はいつものように無表情、いや少しだけ眉間にしわが寄ってるように見えなくもない。

(……やっぱりちょっと怒ってんのかな)

デートの最中に乱入者が現れたらいくらなんでも怒るのが普通だよなぁ
とそこまで考えてまた僕は憂鬱になる。

すると突然、綾波の隣に座っていた彼が話し始めた。

「自己紹介が遅れたね、僕はカヲル、渚カヲル、よろしくね。碇シンジ君」

そう言ってほほ笑む渚君は男の僕から見てもかっこいい。
僕じゃ逆さになっても敵わないな、と思いながらまた心の中で溜息をつく。

「……こちらこそよろしく……渚君」

心なしか僕の声は一オクターブ下がっている。

「カヲルでいいよ、シンジ君」

そう言って手を伸ばしてきた。

「え、あっうん。わかったよカヲル君」

差しのばされた手を握り返し、彼の笑顔を見つめる。
かっこいい……ほれぼれするぐらいかっこよかった。少し顔が赤くなってしまう。
450君のとなり:2009/08/28(金) 00:37:52 ID:???
そんななんともいえない空間を破ったのは彼女だった。

「……離して」

そう綾波が言った一言で我に返る。
そして綾波を見ると、どことなく不機嫌そうだった。

その顔を見てまた僕は愕然とする。
やっぱり二人は付き合ってるんだ……。
なんか二人の仲を見せ付けられた気がした。

僕のテンションはがた落ち。
これ以上下がるんだろうか……下がるんだったら最悪だ……。
はぁ……また溜息をつく。

「妬きもちとは君らしくないね」

「……も、問題ないわ」

そう言って顔を赤らめる。

うん、あっさり下がりました。はいはい、ワロスワロス。
そんな二人のやり取りの一方、僕の顔はカヲル君への憎悪と嫉妬と敗北感で多分この世の終わりって顔をしていたと思う。
(どうして僕はここにいるんだろう……)
そしてまたひとつ溜息、絶対見る人が見たら負のオーラが体中からほとばしるのが見えるに違いない。

451君のとなり:2009/08/28(金) 00:41:58 ID:???
とりあえず以上です
つなぎになればと毎日(できれば)こまめに投下する予定ですが
まとめて投下汁という人がいたらそうします

とりあえず嫉妬シンジ……ハァハァ(*´Д`)
452名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/28(金) 02:01:03 ID:???
453名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/28(金) 02:08:51 ID:???
>>451
GJ
かあああ!気になるところで終わるねw
もちろん自分はまとめて投下お願い派ですよ
454名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/28(金) 03:07:30 ID:???
>>442は言い方は悪いけど、>>442に賛成です
455名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/28(金) 03:27:48 ID:???
黒波さんはもうアスカの弱味を握ってんだろうか。後半の展開にわくわくする
456名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/28(金) 03:36:43 ID:???
乙です。
こんなイイもん見れるなんて
457名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/28(金) 05:33:02 ID:???
>>454
他の職人もタイトル入れてほしいな。過疎ってた頃ならともかく、
こう投下が続くと混乱するからね。
458名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/28(金) 11:11:11 ID:ceRZAx3c
あげとくよ
459君のとなり:2009/08/29(土) 00:34:07 ID:???
>>453
ではできあがり次第まとめて投下させてもらいます
予想以上に話が膨れ上がってしまったので、推敲して余分な部分を削ってから投下したいと思います
460名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/29(土) 00:37:49 ID:???
頑張
461名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/29(土) 07:57:09 ID:???
10氏の続きも読みたいぜ
46210:2009/08/29(土) 14:41:16 ID:???
>>461 イヤッッホォォォオオォオウ!

うん、ごめんね。もうちょっと待ってね。

>>63の最後の文を「まぁ、一人暮らしという点だけは僕も似たようなものだけど」に直して読み直して下さい。
463名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/29(土) 18:15:17 ID:???
>>462
待ってるよ
464名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/30(日) 22:31:29 ID:???
>>441
黒波さん、アスカと本編以上にすさまじいシンジの取り合いをすることが想像に難くないです。
欲望に正直で物欲旺盛だから。
面白いSSって、本編でも実際に「ありえそう」な所がある。
1stレイの口の悪さというか性格の悪さは誰譲りなんだろ。まさかユイのダークサイド?
465名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/30(日) 22:32:01 ID:???
>>462
相変わらず気長に待ってるよ
10氏もなんか作品タイトルつけて欲しいね
466名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/31(月) 08:46:36 ID:LYvt4mLI
職人降臨期待あげ
467451:2009/08/31(月) 19:09:51 ID:???
期待に応えて投下
っていうか後半のテキスト削除してしまった
やけくそで書きためてる分投下

468451:2009/08/31(月) 19:11:30 ID:???



(はぁ……気まずい)

あのあとも僕に気を使ってなのか、積極的に僕に話しかけようとするカヲル君。
僕もいろいろと聞きたいことがあったので応じようとは思うんだけど……

ギロッ

カヲル君が口を開こうとするたびに綾波の絶対零度の視線が突き刺さる。
怖いよ……男の僕に嫉妬する必要ないじゃないか……はぁ。

そんな綾波の態度から僕には二人の絆の強さが感じられる。

(はぁ……)

沈黙が場を支配していた。




気まずい空気に耐えられず、下を向いて僕は思考の渦に引き込もっていた。

(……以外に嫉妬深いなぁ綾波。そんな一面があるなんて知らなかった。)

でもそんな思いが湧く対象は僕ではなく、綾波の隣に座っている彼。
そんな彼が憎らしかった。

469君のとなり:2009/08/31(月) 19:12:37 ID:???
(こんなに人を好きになれるなんて思ってもみなかった。)

そんなことを気づかせてくれた綾波が僕の隣にいないことがただ悲しかった。


(失恋で自暴自棄になるなんてありえないと思ってたんだけどなぁ。)

今なら自暴自棄になる人の気持ちが痛いほどわかる。
苦しかった。
心が痛かった。
沈黙が、彼女の、彼の見つめる視線が痛かった。

ザーザーザー

外ではいよいよ雨が本降りになっていた。
まるで今の僕の心境を代弁して表しているかのようだった。


(もうこれ以上ここには居たくない………)

こんな惨めな気持ちで人と会いたくない。
こんな惨めな気持ちにさせるカヲル君と同じ場所にいたくない。
そんな彼を選んだ綾波と同じ場所にいたくない。

………こんな最低なことしか考えられない僕が綾波と同じ場所にいていいわけがない。

ザーザーザー

雨が小気味よい音をたてている。
470君のとなり:2009/08/31(月) 19:14:09 ID:???
(帰ろう)

なぜか雨に打たれながら帰りたかった。
気持ち良さそうだった。

雨が僕の気持ちを洗い流してくれるかもしれない。
こんな苦い思い出といっしょに。


僕が席を立とうと顔をあげた瞬間だった。
綾波と視線が交わった。
深紅が僕を貫いていた。


ガタン

(え、綾波?)

席を立ったのは綾波の方だった。
僕の目の前でみるみる赤くなったかと思うと突然立ち上がったのだった。

そしてそのまま

「え、あっ、綾波!」

突如暴走した綾波は一目散にトイレに駆け込んでいってしまった。
突然の事態に頭が追いつかない僕。
馬鹿みたいにいつの間にか口をパクパクしていた。
471君のとなり:2009/08/31(月) 19:15:16 ID:???
「ねぇ」

そんな僕を現実に引き戻させたのはカヲル君だった。
彼はトイレを見つめながらずっとほほ笑んでいた。
………出会ってからずっとほほ笑んでたまんまだったね、うん。

そんなことじゃなくて

「あっあの、綾波は!」

そうだよ、あの綾波の行動はすこし変だったよ。
まさかまた僕、変なことを……

「ふふっ、君も鈍いねぇ」

えっ!?

「レディに不要な探索は失礼だよ」

そこまで言われて僕はやっと気づいた。
顔が思わず赤くなってしまう。

「あっ、そうか、そうだよね」

トイレに行く理由は一つしか考えられない。
うぅ……なんて恥ずかしいことを聞いてしまったんだ。

テーブルには冷めたコーヒー、そして向かい合っている男たち。
片方は真っ赤になって恥ずかしそうに俯いて、片方はそれを見つめながら始終ニコニコしている。
472君のとなり:2009/08/31(月) 19:16:06 ID:???
……周りから見たらかなり異様だったかもしれない。



先に沈黙を破ったのはまたしてもカヲル君だった。

「………何か僕に聞きたいことがあるんだろう?」

「えっ……」

さっきまで帰ろうとしていた僕にそんなものがあるはずがない。
最初聞きたかったことも二人の態度を見せつけられたら自ずと答えがでてしまった。

でも、おだやかに語りかけるようなカヲル君の言葉を聞いて、事実の再確認もいいかもしれないなと最初聞きたかった質問をしてみた。

「あの………綾波とはどういう間柄で……」

「彼氏」

即答する彼。
死にたくなる僕。


(もう嫌だ……何もしたくない……死にたい)

(やっぱり聞かなきゃよかった)

(裏切ったな!僕を裏切ったな!優しげな言葉で僕の初恋を踏みにじったんだ!)

そんなセリフが一瞬にして僕の脳を駆け巡る。
473君のとなり:2009/08/31(月) 19:17:32 ID:???
(だよなぁ……あれだけ匂わせておいて彼氏じゃないなんて虫がいいよなぁ)

ズーン

そんなエフェクトがばっちり似合う今の僕。



「くくっ、あっははははは」

カヲル君が突然笑い出した。
どんよりとした目でそれを見る僕。
カヲル君はそんな僕を見てまた笑いだす。

でもその時僕には彼がなんで笑ってるか考えなかった、できなかった。
だって……

『綾波!まって行かないで!』

『だめカヲルが呼んでる』

僕の脳内ではそんな寸劇が繰り広げられていたから。
そう現実逃避ってやつだね。
無様だ……僕って。



474君のとなり:2009/08/31(月) 19:19:32 ID:???
「―――ふぅ……本当におもしろいな君は」

ひとしきり笑い終えると彼はそういった。
でも僕はそれでも無反応。
そんな僕を今度は呆れたような顔で見つめると、ふぅと溜息をつく。

「………さっきの話本当に信じたのかい?」

そういって僕の顔を見つめる彼。
まだ呆れたような顔をしている。

…………………………

…………………

……………

………



「ほぇ?」

まぬけな声が喉から出た。
彼の言葉を理解するまで約二分。
僕の開口一番がそれだった。

そんな僕の顔を見てまた彼は吹き出すように笑う。

「――僕はレイの彼氏なんかじゃないよ」
475君のとなり:2009/08/31(月) 20:26:07 ID:???
僕の心に希望という名の光が差し込んできた。

(ありがとう神様!)

「候補かな」

持ち上げてから落とす。
これが一番堪えることを身をもって知りました、はい。

さっきまでの満ち溢れた目から一転、死んだ魚のように濁った目となる僕。

「ふふ、嘘だよ」

カヲル君はそんな僕の顔を見ると、そう言って笑う。

僕は一瞬、茫然とした顔を見せると、突然怒りが湧いてきた。
僕の純情をもて遊んだな、とふつふつと込み上げる怒り。


今思うとなんか恥ずかしいことを思っていた気がしたがその時はほんとにそう思っていた。
みるみる赤くなっていく僕。
臨界点突破寸前。

(前歯全部折ってやる……)

かなり物騒なことを考える僕。けっこう危ない子だ。
怒鳴り返そう(前歯折ろう)と腰を上げたその時だった。



「……シンジ君、レイのこと好きだろう?」
476君のとなり:2009/08/31(月) 20:28:09 ID:???
生き残ってるのはここまでです
なんで削除しちまったんだよorz

かなり中途半端ですがすいません
477名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/31(月) 21:19:33 ID:???
GJGJGJ
478名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/31(月) 22:01:29 ID:???
シンジに視点を置いてるな
乙です
479名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/31(月) 22:52:58 ID:???
GJ
がんばれ
480名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/01(火) 00:55:12 ID:???
>>476
乙です!嫉妬したシンジものはあんまり見ないから続きが楽しみ
シンジ…頑張れよ…( つД`)
481名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/01(火) 03:29:15 ID:???
前歯で吹き出してしまったw
GJ!
482名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/01(火) 11:04:50 ID:???
絶妙のタイミングで前歯折ネタw
いいねぇ面白いっす
483名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/01(火) 16:20:03 ID:???
続き楽しみだw
484名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/02(水) 02:35:40 ID:nK7toA0S
この良スレから目が離せません
485名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/03(木) 03:21:35 ID:???
>288です

>298氏
おおー
黒レイ投下キテたー!
アスカとのからみっぷり超期待してます

>300
むーんです
問答無用で即時殲滅で見敵必殺です
サイコーですw

旧作での綾波の不遇をFFで10数年補完して
新劇・破でぽかぽかどころか沸騰、目から汗が…
けれども。
与えられる、流されるだけよりも
?ぎ取る、剥ぎ取る黒レイ(綾波様wを応援しています
486名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/03(木) 03:23:52 ID:???
?ぎ取るってw
もぎ取るです
487名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/03(木) 20:34:40 ID:???
>>288もがんば!
488名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/03(木) 21:42:11 ID:???
>>440
黒レイまだかなあ
48910=何が一番大事?:2009/09/05(土) 01:33:13 ID:???
「行きましょ」

 綾波は僕に向けてそう言うと、少しだけゆっくりと歩き始めた。僕もそれに倣う。
 あの日から途絶えたままだった帰り道が、やっと繋がった。
 でも、公園から僕と綾波の帰り道が別れる場所までの距離は、あまり長くない。このまま、
話せないまま、今日を終えて良いのだろうか。
 いや、まだ、残ってる。言いたい事が、言わなきゃいけない事が。多分、そんなに変な事
じゃないと思うけど、言おう。そう思って少し息を吸った。

「その、今日は、ありがとう」
「……何が?」

 ある意味綾波らしい、どことなく素っ気ない言い方だった。

「綾波の想ってる事が聞けて、嬉しかった」
「…………そう」

 少し独特の間を空けてから、綾波はそう答えた。そのまましばらくお互い黙ったまま数メー
トル歩く。僕たちの会話には、こういった沈黙がよく挟まる。

「変、かな?」

 僕は少しだけ笑いかけるように言った。

「そうね、そうかもしれない」

 綾波も少しだけ笑いながら答えた。
49010=何が一番大事?:2009/09/05(土) 01:35:06 ID:???
「想っている事が聞けたら、嬉しいの?」
「……僕は、そうだけど?」

 少しだけゆっくりめに歩いている気がする綾波の横顔は、何だか少し含んだような笑みを浮
かべている気がする。どこか肉食的で、ワルい事を企んでいるような、そんな笑顔。綾波より
アスカとかによく似合うタイプの笑顔だと思った。

 ……どこか何か変な事を言ったかな? 

「碇くんが前に言った言葉も、想っている事になるけれど、私は別に嬉しくなかった」

 綾波は怪しい笑顔のままそう言ってのけた。背中の方で変な汗が出る感じがして、顔が引き
つった笑顔を作っていく。

「それは……そうだろうけど」

 良い言葉が続かず、そこでまた、会話が途切れる。綾波は相変わらず悪いベクトルのままの
笑顔でこちらを見ている。どうにも遊ばれているなぁ。いや、慣れてはいるんだけど、綾波に
までそう言う事をされるといい加減落ち込む。

 綾波はそんな僕を見かねた訳ではないだろうけど、少し咳払いをしてから、顔を少し真面目
な感じに、ちょっとだけ引き締めて、言った。

「でも、碇くんが言う気持ちも、分かる気がする」

 その顔は、相変わらず笑顔だけど、毒気がさらりと抜けた、しっかりと前を見た綺麗な笑顔
だった。
49110=何が一番大事?:2009/09/05(土) 01:37:06 ID:???
「この前、マリさんに会ったの。碇くんの事、少しだけ話した」

 綾波はこちらを見直して、言う。普段教室で見るのとは、明らかに質の違う、少しだけ笑っ
たような表情。僕にだけ見せる表情だったらいいな……なんて言うのは都合の良い妄想だ。

 って、あの人に相談したのか。本当に相談だと良いんだけど、無理に聞き出されたりしてな
いだろうな。でも、綾波が話したくないって思ったなら、多分、綾波は意地でも話さないと思
うから、無理矢理って事は無いと思う。自信はないけど。

「酷い言われようだったんじゃないかな……きっと」
「……そうでもなかった」

 少しだけ空いた間が気になったけど、綾波の話し方は元々そんな感じだから、多分言葉通り
に受け取って良いはずだ。

「そんな言われ方をしたのは、運が悪いかも知れないけれど、碇くんは嘘をついた訳じゃない
 から、許してあげたら良い……そう、言ってたわ」
「そう、なんだ」

 綾波の顔は、いつの間にかいつもの凛とした表情に戻っている。別にいつもと変わらない表
情なのに、少し険しく見える。何か思うところがあるのだろうか。いや、思い過ごしかな?

「別に私は、怒ってないのに、ね」
「へ?」

 素っ頓狂な声を出した僕を、綾波は少し眼を閉じ気味にして睨みつけた。実際に睨んでいる
訳ではないのだろうけど、そんな気がした。
49210=何が一番大事?:2009/09/05(土) 01:39:09 ID:???
「碇くんも、そう思っていたの?」
「……うん」

 綾波はこっちを見ながら、じっとりとした表情を一切変えずに、一回だけしっかりとまばた
きをした。

「どうして?」
「……怒られても仕方がない事を言ったし……」

 綾波の眼が更に細くなり、視線が鋭さを増す。少し、否、たっぷり盛大に、コワい。

「いや、それに……」

 言葉を続けるのを少しためらった。それを隠すために、チェロのケースを肩にかけ直した。

「あの後、教室とかで綾波と目が合ったら、綾波の顔が、暗い顔になった気がしたから……
 怒ってるんじゃないかな、って思ってた」 

 綾波はしばらく口を閉じたまま、数歩歩いた後「そう」とだけ、何だか気が抜けた様子で
呟いた。
 僕から何か言い出すべきかと思ったが、やめた。もう少し待てば、綾波が何か言う気がし
たから。

 綾波が何を想っているか、聴ける気がしたから。

「でも、それは、碇くんも同じ」

 少し粘った結果、期待通り口を開いたのは綾波だったけど、その内容は意外だった。
49310=何が一番大事?:2009/09/05(土) 01:40:35 ID:???
 「本当にそうだった?」と言いかけて、そのまま言葉を飲み込んだ。自覚はなかったけど、
十二分にあり得る事だし、実際綾波の言う通りだったんだろう。きっと。

「……そっ、か」
「ええ」

 綾波の声は随分と力強かった。綾波もずっと、そう思って僕の事を見ていたのかも知れない。

 そこで、唐突に一つ、綾波に聞きたい事が生まれた。普段なら上手く尋ねられないかも知れ
ないけど、今の雰囲気なら、言葉がいつものように詰まったりする事無く出てくる気がした。

「じゃ、その……綾波は、僕が怒ってると思ってた?」

 綾波は真剣な顔で、応える。

「……傷つけてしまったのかも知れない、と思ってた」

 ……なんだ。それって、やっぱり

「……それって、さ」

 こんな場面になれている訳でもないし、元々女の子相手に話をする事自体、結構神経を使う
ような僕だけど、この時だけは上手く笑顔を向けられている気がした。

「僕と、一緒だね」

 綾波の髪が少し揺れて、やがて顔全体をとびきり優しくて綺麗な笑顔が包んでいった。 

「……そう、ね」
49410=何が一番大事?:2009/09/05(土) 01:42:30 ID:???
 分かれ道が、もうすぐそこまで来ていた。綾波は真っ直ぐ。僕は左。いつもは遠いくせに、
今日だけはやけに近い、意地悪なT字路。もう横断歩道を渡ればすぐそこだ。それでも腕時計
を見れは、普段よりはよっぽど時間をかけて通学路を歩いてきたらしい。

「少し、遅くなっちゃったね」

 綾波も腕時計を見る。少し驚いているのかどうかは、表情からはちょっと分からなかった。

「いつも、図書館に行った時はこれくらいだから、平気」
「あ、そうなんだ。僕も、部活が終わったらいつもこれくらい………」

「今日は早めに終わったんだけどね」という言葉は続かなかった。頭の中が「これから毎日一
緒に帰れるんじゃないか」という想いで一気に埋まってしまったせいだ。

「あの、さ……」

 よく考える前にまず口が動いた。だけど、問題なんてある訳なかった。

「また、一緒に帰っても、良いかな? 図書館とかで待ち合わせて、さ……綾波が、迷惑じゃ
 なかったら、だけど」

 こちらを見ていた綾波の眼が少し揺れた気がした。ほんの少しだけ、沈黙が間に挟まる。車
両用の信号が赤に変わって、目の前の歩行者用の信号が青になるまでの、ほんの少しの間。僕
たちの会話にはいくらでもやってくる、その数秒が、今だけは長い。

 否定的な返事が綾波が返ってくるんじゃないかと身構え、冷や汗がさっと出かけたその瞬間
に、綾波の声が柔らかく響いた。

「……ええ、構わない、わ」
49510=何が一番大事?:2009/09/05(土) 01:44:25 ID:???
 余韻に浸る間もなく、普段はなかなか変わらない歩行者用信号が青に変わり、綾波は道路を
渡ってしまう。

「じゃ、また明日……」

 少しだけ綾波が名残惜しそうにしているように見えたのは、気のせいだろう。きっと。

「また、明日」

 そう言って、綾波が道路を渡りきったのを見届けてから、目を離した。途端に、大きな溜息
が出そうになった。ここ数分ずっと心拍数が二三割り増しだった気がする。



「碇くん」



 大きいはずのないその声が、遠くからしっかりと聞こえた。



「今日は、嬉しかった」



 綾波はそう言って、また一度微笑んだ。そして、驚いたまま固まっている僕を置き去りにし
て、心をがっちりと盗んだまま、今度こそすたすたと歩いて行ってしまった。 (終)
496名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/05(土) 01:46:23 ID:???
今度はもっと短くする。
497名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/05(土) 05:18:48 ID:???
498名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/05(土) 05:56:25 ID:???
>>496
乙です!まだ続きますよね?
499名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/05(土) 10:32:48 ID:???
これはいい!GJ
500名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/05(土) 18:59:22 ID:???
>>498 もう、ゴールしても良いよね?
501名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/05(土) 23:22:23 ID:???
まずはGJ
つかず離れずを繰り返しながらも少しずつ近づいてゆく、そんな関係に
自分のコアが熱くなるのを感じますた
502名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/06(日) 18:00:52 ID:???
二人のとつとつとした会話よかったよ
ジュブナイルしてた

惜しむらくは間が空きすぎてストーリーちとうろ覚えになってしまった(自分が)
503名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/06(日) 19:22:24 ID:???
間があきすぎはちょっとストーリー忘れるもんなw
携帯からだとみずらいしw


んでも>>10氏gjです! シンジとレイのなんとも言えない距離感が良い
また投下待ってます
504名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/06(日) 20:21:40 ID:???
書ける才能が羨ましい
自分にもっと力があれば
505名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/06(日) 21:18:46 ID:???
>>504
ここで練習すればヨロシ
506ポカ波さん劇場:2009/09/07(月) 01:51:10 ID:???
>>10氏GJ 甘酸っぱくて悶々としました

さて、>>333です。
私も妄想のタイトルを決めました。
「新劇大団円(仮)後妄想劇場」略して「ポカ波さん劇場」(略されてねえ)
新劇がハッピーエンドを迎えた世界で、その後のLRSを思いつくままに妄想します。
投下済みの
>>333-353(散髪レイ)
>>381-407(でこちゅーレイ)
を始めとして、今後も基本的に同じ世界観の話です。一話完結で時系列はバラバラになるはず。
もし矛盾点があったら、パラレルなんだとお考え下さい。ビバご都合主義。
いつまで続くかはネタ次第。単なる自己満足とは言え、モチベーション維持の為に気に入った方は一言下さると嬉しいです。

それでは、次回予告。
大人になった二人のとある夜を、綾波さんの一人称で描きます。多分、ギリギリ18禁ではないはず。
テーマはゲロ甘。出だしのみ思い浮かんで書き殴ったので構成も展開もゲロ甘w
ついさっき書き終わったので、明日の夜もう一度推敲してから投稿します。
多分連投規制に引っ掛かるし、区切りを気にしてないので変なところで切れる可能性大。
最後にFin.と入れますので、宜しければそこまでお付き合い下さい。
507名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 02:14:24 ID:???
>>506
wktkして眠れなくなっちゃったよ…
楽しみにしてる!
508名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 09:11:51 ID:???
>>506
月曜の朝から素晴らしい予告をありがとう!
ポカ波氏の着眼点はなんとも痒い所に手が届く感じだわw
509名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 14:56:33 ID:???
>>506
他人のSSは勉強にもなるし楽しみに待ってまつ!
510名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 18:53:38 ID:???
投下楽しみだ
511名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 21:08:46 ID:???
>>509
君も投下してね!
512ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 21:53:18 ID:???
「碇君の、ばか」

そう呟いて、乱れたシーツの中、そっと裸の彼の胸に頬を寄せる。
とくん、とくん、と私の中に伝わってくる彼の鼓動。命の証。
その落ち着いたリズムがなんだか少し面白くない。

私は未だこんなにどきどきしているのに。

そっと上目使いに彼の顔を伺うと、少し眠そうなぼんやりとした表情。

けれど、優しく細められた眼差し。
柔らかく笑みを湛えた口元。

視線で「どうしたの?」と問いかけてくる。

……やっぱり面白くない。

ほとんど衝動のままに、彼の胸に歯を立ててがぶりと噛み付いた。

「って、いたたたた、痛い、痛いってば、綾波」

彼の左手が私の後頭部に添えられて、あやすように髪を撫で付ける。
華奢だけど大きな手。
私が良く知る優しい掌。

私が口を離したのは、決して彼の手が心地好かったからではない、はず。

「もう……どうしたのさ、いきなり。
 昔は肉は食べなかったのに、今じゃ僕の肉まで食べようとするんだもんな」
「……いきなりなのは、碇君の方。
 灯りはつけないでって言ったのに……」
513ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 21:55:53 ID:???
恨めしげに彼を睨みつけてから、ヘッドボードの上で柔らかく光る小さなスタンドに視線を移す。
確かに、最初に消してくれた筈なのに。
今は、一番弱くだけれどスイッチが入っている。

薄暗がりの中、仄かに感じる事が出来た彼の優しい視線は、
いつの間にかぼんやりと表情まで認識できるようになっていて。

心も、身体も、嵐の海に浮かんだ小船のように翻弄されていた最中の私には、
事後になるまでその意味は理解出来なかったのだけれど。

「え、でも、訊いたよ?
 灯りつけてもいい?って。
 そしたら綾波がうんって言ったんだよ?」

面白そうに、悪戯っ子のような顔をする彼。
出逢った頃の、まだ少年だった頃の碇君の面差しが重なる。

彼が時たま見せるそんな表情が嫌いではないけれど、
それとこれとは話が別。

「そんなの知らない。言ってない」
「言ったよ、綾波。憶えてないの?」

わかってるくせに―――。

のほほんととぼけた顔で嘯く彼の胸を、きゅっと抓る。

「いたた、だから痛いってば」
「心神喪失状態での証言は証拠としては認められないわ」
「心神喪失状態って……大げさだなあ。それじゃあなんだか僕が綾波に悪い事してたみたいじゃないか」
「……してたもの、悪い事」
514ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 21:57:47 ID:???
呟いた私の言葉は、自分でも驚くほど、拗ねたような、甘えたような、そんな響きを帯びていて。

二回瞬きをすると、悪戯っ子の笑みを消して、苦笑を浮かべる彼。
私のうなじのあたりにそっと手をしのばせて、
中指で耳の裏側を柔らかく撫でる。
まるで仔猫の喉をくすぐってあやすように。

その優しい感触に、私は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。

「……碇君は……」
「……僕は……?」

ますます拗ねたような私の声。
自覚できるほどに口先が尖ってくるのを、抑える事が出来ない。

「……誰にでも優しいのに……たまに……私には意地悪……」
「……そっかな?……そんな事ないと思うけど……」
「そんな事、ある」
「そうかなあ……?」
「さっきだって、明るいと恥ずかしいから嫌って言ったのに、灯りつけるし……。
 それに……」
「それに?」
「もう駄目ってお願いしてるのに……許してくれないし……」
「よくわからないなあ……それって具体的にはどういう事?」

にやり、とからかうような笑みを浮かべる彼。

「……わかってるくせに……」
「言ってくれないとわからないよ、“レイ”」

意地悪なのに優しく響く、低い男性の声。
囁くように紡がれたたった二文字の私の名前。
515ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 21:59:40 ID:???
ほんの少し前の、途切れ途切れの記憶の中の彼がフラッシュバックする。
切ないような、何かを堪えるような、けれど慈しむような、
不思議な笑みを浮かべて私を見つめる男性の顔。

たまらなく恥ずかしくなった私は、彼の胸に額を押し付ける。
このまま彼の視線から顔を隠さないでいたら、きっと私の顔は熱で溶けてなくなってしまう。

「……やっぱり意地悪……」

碇君が、声を出さずに笑ったのが、気配で伝わってきた。
いったいいつの間に、碇君はこんなに“大人の男の人”になってしまったのだろう。

「ごめんね。綾波の顔、どうしてもちゃんと見たかったんだ。
 可愛かったよ、綾波」

かぁっと顔中どころか全身が熱くなった。
顔を隠していて良かった。
もし見つめられたままこんな事を言われたら、
きっと私は形象崩壊してLCLに還元されてしまっただろう。

ぽん、ぽん、と、あやすように私の背中をかるく叩く彼。
なんだか子ども扱いされている気がする。

「許してくれる、綾波?」

ほとんど反射的にこくこくと頷く私。
なんだか、毎回似たようなやり取りをしているのに、今夜も同じように私は丸め込まれてしまった。
これでは、いつも私が駄々を捏ねているだけみたいだ。

彼と出会ってから、同じだけの年月が私たちの中に降り積もっている筈なのに。
気付けば彼はどんどん成長して、大人びていって。
いつの間にか、私は小さな少女のように彼に甘える事が自然になって。
516ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 22:01:31 ID:???
悔しいような、嬉しいような、複雑な心持ちで考えていると、
それにしても……と碇君が甘い声で囁いた。

「初めて僕が綾波の裸を見たときは、ちっとも恥ずかしがったりしなかったのに」

すっかり恥ずかしがり屋さんになっちゃったね、と優しく私の頭を撫でる。
彼も私と同じように過ぎ去った年月について考察していたのだろうか。

「……碇君だって、初めて私の裸を見たときは、あんなに慌てていたくせに。
 挙動不審だったし、どもってたし、何が言いたいのかさっぱりわからなかった」
「はは、そりゃそうだよ。
 女の子の裸を生で見たのなんか初めてだったし……。
 どきどきして、完全にパニックで、頭の中真っ白だったよ」

む……と、顔を上げて彼を見る。

「……生じゃなければ見たことあったの?
 ……女の子だったら誰の裸でもどきどきしたの?」
「うわぁ、そこに引っ掛かるのか……って、そんなに睨まないでよ、綾波」

碇君は一瞬だけ若干引きつったような笑みを浮かべた。
私は碇君を睨んだりしていないはず……多分。

少しだけ視線を彷徨わせた彼は、私の胸の横にそっと手を添えると、
ひょい、と優しく私の身体を抱き上げた。

「きゃ」

ひょいって。
ひょいって、ひょいって。
そんなのずるい。
いきなりそんなに軽々と抱き上げないで欲しい。
517ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 22:03:15 ID:???
仰向けの碇君の身体の上にうつ伏せに重ねられる私の身体。
目の前で笑う、碇君の顔。
至近距離で私の瞳を覗き込む、優しい黒い瞳。

「綾波って、ほんと、たまに抱きしめたくなるくらい可愛いよね」

そう言って両腕を私の腰に回して優しく抱きしめてくる彼。

「……たまに、なの?」

嬉しいけれど、それ以上に恥ずかしくて、照れ隠しのようにそんな事を言ってしまう私。

「うん、たまに。平均して一日に八万六千四百回くらい」
「なに、それ?一日二十四時間だから……一秒に一回?」
「うわ、相変わらず計算速いな」
「碇君は一日中起きて、眠らないで私のこと考えてるの?
 この間、二日酔いで昼過ぎまでうなされていた時も?」
「いや、だからさ……」

苦笑を浮かべた彼が、左手は私の腰に回したまま、右手を私の頬に当てる。
薄いけれど、大きくて暖かい掌。

「本当に恥ずかしがり屋さんになっちゃったよね、綾波。
 わかってるんでしょ?
 寝ても覚めても、君の事を想ってるって事だよ」

真っ直ぐに私を見つめる黒い瞳。
今にも吸い込まれそうな錯覚を覚える。

「好きだよ、綾波」
518ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 22:05:13 ID:???
ううん。
きっと、錯覚じゃない。
もう、彼の瞳に吸い込まれてしまっている。
ほら、優しく細められた碇君の黒い瞳の中。
恥ずかしくて仕方がない、困ったような表情を浮かべた私が映っている。

その瞬間、たまらなく私は不安になった。
まるで飛行機が突然エアポケットに落ちるように。

私は、優しく私を絡め取る視線から逃げ出そうと、彼の首筋に顔を埋めた。
大きく息を吸い込む。
胸いっぱいに広がる大好きな匂いに、やっぱり彼から逃げ出せない事を知る。

それが嬉しくて。
彼の事を大好きな自分が嬉しくて。
けれど、それ以上に不安でたまらなくてなって。

何も持っていなかったはずの私が、
いつの間にか手に入れていた、
抱えきれないほどたくさんの、たくさんの。
優しさ、想い、温もり、言葉、感情、好きという気持ち。
忘れられない絆。
優しい、暖かい、眼差し。
笑顔。

とても私が持ち切れるとは思えないような気がして―――。
今にも私の両手の中から、全て零れ落ちてしまうような気がして―――。

甘えるように、碇君の首筋に唇を当てて、啄む。
ふぅっと大きく息を吹きかける。
519ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 22:06:51 ID:???
「うゎ、くすぐったいってば」

私の髪を梳きながら、彼が笑う。

「……ずるい……」
「……え?」

「……私は、怒ってたはずなのに。
 碇君はたまに意地悪なのに、やっぱり優しくて。
 私はもう怒れないくらい嬉しくて、恥ずかしくなって……」

 優しいのに、意地悪で。
 意地悪なのに、優しくて。
 悔しいくらい、余裕で。
 
「碇君だけ、どんどん大人の人になって……。
 私だけ……どんどん子供みたいになって……」

心の内を吐露する内に、自然と感情が昂ぶっていったのかも知れない。
私の声は、自分でも気付かない内に少しだけ涙声になっていた。

「……綾波……?」

戸惑ったような碇君の声が聞こえるけれど、私は言葉を止める事が出来ない。

「私は、ただ、碇君に甘えているだけで……。
 なんだか……このままじゃいつか碇君に置いていかれそうで……。
 私は、碇君と一緒に歩いて行きたいのに……」
「……綾波……」
「やっぱりこうやって、碇君に甘えていて……。
 ごめんなさい……碇君よりも私の方が……もっとずるい……」
520ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 22:07:49 ID:???
碇君は黙って、静かに私の言葉を聞いてくれていた。
優しく、壊れ物を扱うように、私を抱きしめて。

泣いては駄目だ、と私は思った。
今泣くと、きっと私はもっともっとずるい女の子になってしまう。

昂ぶりそうになる感情の手綱をそっと握る。
大きく深呼吸をしながら、自分の心を見つめる。
大丈夫。
不安は今吐き出した。碇君が受け止めてくれた。
碇君がどんどん大きく、大人になっていくのなら、
私も自分を成長させていけばいい。

どれくらい、そうやって碇君と抱き合っていたのだろうか。
漸く私の心が落ち着いてきた頃、
碇君が少しだけ強く、きゅっ……と私を抱く力を強めた。

「……綾波……」

いつの頃の事だったろうか。
たくさん碇君に抱きしめられて来たけれど、
この抱きしめ方……知っている気がする。

「……僕は、全然大人になんかなっていないよ……。
 ……それに、ちっとも優しくなんかない……」

耳元で、碇君が囁く。
少し苦しげな、けれど熱を帯びた声。

「……碇君……?」

抱きしめる腕の強さが、もう少しだけ強くなった。
521ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 22:09:34 ID:???
「ヤシマ作戦……覚えてる?」
「……ええ……?」

それは、今となってはとても昔の事のように思えるけれど、もちろんはっきりと覚えている。
何もなかったはずの私の為に、彼が涙を流してくれた事。
笑顔を教えてくれた事。

「初めてだったんだ。
 誰かが、僕の為に本気で何かをしてくれた事。
 僕は、臆病で、弱虫で、意気地なしで……守ってもらう価値なんか、これっぽっちもない子供で。
 それでも、綾波は、命懸けで僕を守ってくれた。
 そして、笑ってくれたんだ。
 奇麗に……本当に奇麗に……」
「碇君……それは……」
「いいんだ。
 綾波があの時、どういう気持ちだったか……それはわからないけど……。
 僕にわかるのは、僕が本当に嬉しかったっていうことだけだ。
 僕は、本当に嬉しかったんだよ」
「……碇君……」
「あれから、綾波は僕にとっては一番気になる女の子になった。
 多分、あの時、君の笑顔を見た瞬間から、君の事が好きだったんだと思う。
 その頃の僕は、今よりももっと子供で、そんな事全然気付かなかったけど……」

何かを堪えるように、碇君が言葉を続ける。

「それからの僕は、いつも君を気にしてた。
 いつだって綾波を目で追いかけていたし、学校を休めば気になって仕方なかったし。
 少しでも綾波と話がしたくて、そばにいたくて、君の為に何かをしたくて」

初めて碇君に貰ったお弁当を思い出す。
お肉が食べられなくて、でも、何故か手放せなくて。
鈴原君に取られた時は、無性に名残惜しくて目で追いかけてしまって。
522ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 22:11:54 ID:???
初めて飲んだお味噌汁は、温かくて、美味しくて。

中学校で貰ったお肉が入っていないお弁当。
バランまで洗って返した時の、嬉しそうな碇君の笑顔。

「けれど、結局、僕は僕でしかなくて。
 自分のことしか考えられない子供で。
 父さんへの怒りで、何も見えなくなって。
 周りの人たちの事なんか、一番大切だと思っていた君の事でさえ、やっぱり考えていなくて。
 そうして、エヴァを降りた。
 君が、僕がもう二度とエヴァに乗らなくても良いようにするって、
 たった一人で使徒に立ち向かって行った時でさえも、膝を抱えてうずくまっていた」

碇君が、もう二度と、エヴァに乗らなくてもいいようにする……。
そう呟いた私。
でも……何も出来なかった、私。

「……でも、私は何も出来なかった……。
 ……あの時も、私を助けてくれたのは、碇君……」
「そんなんじゃないよ。
 僕は、ただ、君を失いたくなかっただけだ。
 土壇場になってようやく一番大切な人に気付くくらい子供で、自分勝手で。
 綾波の為に綾波を助けたんじゃない。
 僕は、僕には、綾波が必要だったから。
 誰の為でもない、自分の為に、僕は綾波を助けたんだ……」

瞬間、わかった。
忘れる筈がない。
今、私を抱きしめる碇君の腕の強さは、あの時私を使徒から引き上げた碇君の腕の強さ。
523ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 22:14:05 ID:???
綾波は綾波しかいない!
だから今助ける!
来い!

永遠に続くはずだった暗闇から、私を引き上げて、抱きしめてくれた。

彼の腕の力の強さ。

「……碇君……」

ふう、と少しだけ息を吐いて、碇君は腕の強さを少しだけ弱めた。

「……さっき、綾波は自分がどんどん子供っぽくなってるって言ったけど……。
 僕はそうは思わない。
 綾波は、僕が好きになった綾波のままだよ。
 不器用だけど優しくて、
 まっすぐで、
 芯が強くて勇敢で、
 案外頑固な所もあるし、
 怒ると結構怖かったりもするけど、
 普段は穏やかな、落ち着いた雰囲気の可愛い女の子で……」
「……な、何を言うのよ……」

初めて聞いた彼の私への評価に、少しだけ動揺した。
好きだって言われる以上に、なんだかこそばゆい。
524ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 22:15:02 ID:???
「だけど、昔の綾波は、無口でわかり辛かったから。
 僕は少し安心してたんだ。
 いや、自惚れてたんだろうな。
 きっと、綾波のことをわかって、本当に好きになるのは、僕しかいないって。
 けれど、全てが終わってから、綾波はどんどんどんどん、奇麗になって。
 いつの間にか、いつも優しい、温かい空気を身に纏うようになって。
 柔らかく微笑んでいるのが当たり前の、可愛い女の子になって……」
「そ、そんなことない……」
「そんなこと、あるさ。
 そして今も、一日一日……綾波は、奇麗に、可愛くなっていく。
 綾波が本当に綾波らしい部分はそのままだけれど、
 みんながそれに気付くようになっていく。
 ただ、それだけの事なんだよ。
 だから、綾波は、綾波のままで、いいんだ」
「……碇君……」

私は、自分がどんどん子供っぽくなっているように思える。
けれど、碇君はそうではないと言う。
どても、私にとっては恥ずかしい言葉を紡いで。

彼が言う通り、碇君が本当は大人になっていないのだとしても、
口が上手くなった事だけは間違いないと思う。
異論は認めない。

だって、碇君の言葉一つで、私の中の不安は簡単にどこかへ行ってしまった。
そして、不安の替わりに、私の胸の中に、なにか温かいものが生まれている。

真剣な口調で語っていた碇君は、少しだけおどけた調子に変わって続ける。
525ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 22:16:22 ID:???
「今だから言うけれど、高校の頃、綾波って凄くもてたんだよ。
 だから、僕は凄い苦労したんだ。
 自分勝手な話だけど、綾波を誰にも取られたくなくて。
 自分じゃ中々告白する勇気も持てないくせに、
 いつも綾波の側にいて、周りには思わせぶりな態度を取って、牽制して。
 結局、綾波に告白した時だって、
 綾波に僕以外のだれかが告白するなんて我慢できなくて、
 アスカやトウジやみんなにハッパをかけられて、
 ようやくのようやく、土壇場の土壇場で、
 なけなしの勇気を振り絞って、
 今にも卒倒しそうになりながらのことだったんだ」

高校の頃、私がもてた?
にわかには信じられない。
確かに中学の頃よりは、色々な人と話をするようになったとは思うけれど。
それに、そんな事を言うのなら碇君のほうがよっぽどもてた。
というよりも、未だにもてる。
彼は自分自身の事には妙に鈍い所があるから、当時から気付いていないけれど。
私がどれだけやきもきしたか、今でもたまにやきもきしているかは、言わないでおこう。

情けないだろ?と少しだけ自嘲気味に笑う彼。
その声色に、私の胸の中の温かさが一回り大きくなる。

大きく一息ついてから、碇君はまた口調を改めた。

「正直に言えば……今でも、僕じゃ綾波に釣り合わないんじゃないかって、たまに思う」
「そんな事、ない!」

否定の言葉は、反射的に口から滑り落ちた。
顔を上げて、真っ直ぐに碇君をみつめる。
526名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 22:21:59 ID:???
支援
527名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 22:34:27 ID:???
投下キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!
528名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 22:35:28 ID:???
続きwktk
529名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 22:43:40 ID:???
ちょwいい所でww
終わりですか?
530名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 22:44:43 ID:???
続きマダー?(・∀・)っ/凵⌒☆チンチン
531名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 22:48:10 ID:???
アダルティーな大人シンジカコエエな
綾波もカワイス

続きが気になって仕方がない
532名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 22:51:17 ID:???
しえんんんんんんんんんんんんんn
533名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 23:06:04 ID:???
GJGJGJGJGJ
素晴らし過ぎる
534ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 23:18:43 ID:???
碇君は、少し気弱そうに、穏やかに笑っていた。
すっかり大人の男の顔立ちになったけれど、少年の頃の、初めて私に笑顔をくれた時の碇君の笑顔が重なる。

とくん、と私の胸の中に育っていた温かさが、大きな音を立てて鼓動を始めた。

「うん、ありがとう。
 けれど、やっぱり今でも、僕は心のどこかでそう思ってるのが本当の所なんだ。
 僕なんかよりも、もっと綾波のことを幸せにしてくれる奴がいるんじゃないかって思ってしまうんだ。
 だけど、僕は自分勝手だから……どうしても、綾波を誰にも渡したくないんだ。
 だからせめて、少しでも君に相応しい男になろうって、僕は思った。
 もっと大人になって、強く頼りがいのある男になって、君を幸せにして一生守って行けるように……って。
 最近じゃ、少しは大人になったかな、板についてきたかな、なんて思ったりもしてたけど……」

とくん、とくん、私の胸の中で鼓動を重ねる温かさが、やがて一つの言葉を持つ。
その言葉は大きく大きく脹らんで、胸いっぱいに大きく育って、ついに私の中から溢れ出す。

碇君の頬の上に、水滴が跳ねる。

大きな掌がそっと、私の頬に添えられる。
細く長い親指が、優しく私の涙を拭う。

「……碇君……」
「さっき、君が、僕と一緒に歩いていきたい……って言った時。
 正直、殴られたような気がしたよ。
 そうだよね、綾波は、ただ守られているだけの弱い女の子じゃないのに。
 僕なんかより、ずっと強くて、優しくて。
 世界一素敵な女の子なのに。
 そんなことも忘れて、強がって、格好つけて、大人気取りで……。
 おまけに、スケベでさ。
 一番大切な君を、泣かせたくない君を、泣かせているんだから……。
 本当、参るよなあ……」
535ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 23:20:32 ID:???
そうして、大きくため息をついた碇君が、一度目を閉じて。
少しだけ、何処となく困ったような、弱気な笑顔で。

「不安にさせちゃったみたいで、ごめんね、綾波」

瞬間、私の胸いっぱいに広がっていた、温かさが、鼓動が、言葉が。

大きな音を立てて、弾けた。

決壊したダムから溢れ出した水のように。
奔流となって。
私の心を巻き込んで。
一気に溢れ出す。

声に出来ず。
言葉に出来ず。

彼の顔に両手を添えて、唇を奪う。
そのまま目を閉じて、彼の頭を掻き抱く。
唇が伝える温もりと一緒に、溢れ返った想いの全てが彼に伝わるように祈りながら。

好き。
好き。好き。好き。

碇君の、強さも、弱さも、優しさも、エゴも、全部ひっくるめて。
536ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 23:22:16 ID:???
照れ臭そうに笑う姿も。
人差し指で頬を掻く癖も。
料理が得意で世話好きな所も。
優しいくせに、自分じゃその優しさに気づかない所も。
華奢で大きな手も。
私を呼ぶ声も。
甘いキスをくれる唇も。
二日酔いの翌日、苦そうに薬を飲む姿も。
弱気な笑顔も。

全部、全部ひっくるめて。
碇君が、碇君だから。

この世界に、たった一人の碇君だから。

碇君が、大好き。

……駄目。
唇を重ねる程度じゃ全然足らない。

衝動のまま舌を差し込む。
それと同時に、強く、吸う。
想いの迸るままに舌を蠢かせて激しく口蓋をなぞる。

濡れた音とともに溢れた唾液が唇の端から零れる。
舌を絡めて、貪るように、彼の口を犯す。

いつもとは違う、私が主導権を握ったキス。
時折、碇君が主導権を奪おうとするけど、渡さない。
537ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 23:23:48 ID:???
駄目。
私が、犯すの。
あなたの中に、私の想いを流し込むの。

碇君が、綾波が必要だって言ってくれたように。
私にも、碇君が必要だから。

碇君が、大好きだから。

碇君を、愛しているから。



******



「あの〜、綾波……さん?」

激しく乱れたシーツの中、枕を抱きかかえた私は彼の裸の胸にしがみ付いている。
恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。

「今度は、その……別に僕が灯りを点けたわけじゃなくて……。
 最初から最後まで明るかったわけで……その……」

だって、私は気付かなかったんだもの。
終わって正気に戻るまで、気付かなかったんだもの。

私が覚えているのは一つだけ。

結局いつものように攻守交替されてしまった時、
一瞬だけ碇君がちらっとベッドボードのスタンドを見たこと。
538ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 23:24:40 ID:???
私はもぞもぞとシーツの中から少しだけ這い出して、
目だけを出して上目づかいに碇君を睨みつける。

「碇君……絶対気付いていた筈だもの……」
「あ、う、いや、それは……その……」

しどろもどろになる碇君に、なんだか懐かしさを憶える。
それはともかく、やっぱり碇君は、顔の割に案外エッチだ。
薄々気付いてはいたけれど、再確認してしまった。

けれど、そんなところもひっくるめて、碇君のことが好き。
私にだけエッチになるなら、むしろ嬉しいかも知れない。
……当然、それ以上に恥ずかしいのだけれど。

私は口元がにやけそうになるのを抑えて問い掛ける。

「私……変な顔、してなかった?」
「ぜ、全然!凄く可愛かったよ!
 それに身体も凄く奇麗だった!」

なら、まあ、仕方がない。
最初から灯りは点いていたわけだし……。
539ポカ波さん劇場(第3回):2009/09/07(月) 23:25:26 ID:???
……。
……。
……身体?

いくらなんでもそんなに明るいはずが……。

「……スタンドの灯りだけで、私の身体まで見えたの……?」
「え、あ、いや、その……」

妙に挙動不審な碇君に、私の脳裏に何かが閃く。
私はベッドボードの上のスタンドに視線を向けた。
一番弱かったはずの灯りが……一番強くなっている。

恥ずかしさのあまり、全身が沸騰したように熱くなった。

反射的に枕を碇君の顔に投げつけて、
轟沈する碇君を視界の隅に収めながらシーツの中に逃げ込んだ。

好きだけど。
好きだけど好きだけど。
ひっくるめて好きなんだけど……。

「碇君の、ばかっ!!」



Fin.
540ポカ波さん劇場(第3回:蛇足編):2009/09/07(月) 23:26:25 ID:???
おまけ

後日、女性だけの飲み会でのこと。

「最近彼氏とはどうなのか?」

というありがちな話題になった時、
各々があーでもないこーでもないと語りあった際、
しこたま酔っ払った……酔っ払わされた綾波レイは、
とつとつと今回の一件に着いて語ったという。

レイが話し終えた時、
テーブルの上に突っ伏してやさぐれていた一同はやおら身を起こすと、こう叫んだ。

「「「酒ーー!! 誰か強い酒もってこーい!!」」」

そしてレイは、
自分達が所謂「バカップル」と呼ばれる存在である事を学んだ。

蛇足編 完

お付き合いいただきありがとうございました。
相変わらず連投規制に引っ掛かってスマンw
引っ掛かると一時間くらい投稿できないようです。
構成の甘さと展開の強引さには目をつぶって下さいな。
大げさにいちゃいちゃしている二人を書きたかっただけなんですw
541名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 23:28:47 ID:???
股々キタ━━━(゜∀゜)━━━!!
542 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:33:46 ID:???
>>440

 □

話は三日前――アスカとレイが第七使徒に撃退された日に遡る。
加持から使徒撃退のアイディアを貰ったミサトは、シンジ、レイ、アスカの三人を作戦会議室に呼び出してこう告げた。
「第七使徒の弱点はひとつ! 分離中のコアに対する二点同時の荷重攻撃、これしかないわ。つまり、エヴァ二体のタイミングを
完璧に合わせた攻撃よ。そのためには二人の協調、完璧なユニゾンが必要なの」
ミサトは言葉を切って、にこりと笑った。
「そ・こ・で、あなたたちにこれから一緒に暮らしてもらうわ」
「誰と誰が?」アスカは訊いた。
「あなたとレイよ」ミサトは答えた。
「冗談じゃないわ」憤然とアスカは言った。
「冗談じゃないわ」無表情な顔でレイは言った。
「その通り。これは冗談なんかじゃないわ」
腰に手を当て、ミサトはきっぱりと言い切ったのだった。

「ちょっと待って下さい」一瞬の沈黙ののち、シンジが手を上げた。「どこで暮らすんですか?」
ミサトは笑顔を崩さない。「あら、決まってるじゃない。私の家よ。そのぐらいのスペースはあるから」
「ということは、僕も、一緒に……ですか?」
展開の早さについていけないシンジは、少し呆然としている。
「あったりまえじゃない。シンジ君を追い出すわけにはいかないでしょ」
「はぁぁ!? こいつも一緒に?」
シンジを指差して絶対ヤダ! と大声を上げるアスカに、ミサトは断固たる口調で「指揮官の私に従ってもらいます」と言ったあと、慌ててレイの後を追いかけた。
「あー、ちょっと待った! レイ! どこ行くの!」
「……帰る」
「そう。着替えとか、必要なものを持って私の家に来ること。なるべく早くね」
「行かない」
「ダメよ、レイ。こればっかりはあなたの我儘は通らないわよ」
レイの前に立ちふさがり、決然と告げるミサト。
レイの眉がピクリと動いた。自分の意のままにならないことがあると不機嫌になるのが常だ。
543 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:34:57 ID:???
「シンジ君、ちょっと」
ミサトは手招きしてシンジを外に連れ出した。レイが逃げ出さないように扉をしっかりおさえる。
「シンちゃん、アスカは私が何とかするから、レイを何とか説得して」
「ええっ……。僕がですか?」
「そうよ。使徒の再度侵攻まで時間がないの。何とかしてユニゾンを完璧にしないと、人類が滅んでしまうのよ!」
「分かり……ました」
何を言えばいいのか、と悩むシンジだが何とかするしかない。今回は戦闘の出番がなさそうだから、せめてこれくらいはという気持ちもある。
会議室に再び入室した二人は、扉の前で立っていたレイにぶつかりそうになった。
「碇君、どいて」
「あ、綾波……」
シンジは必死になってレイを引き止める口実を考える。
「何?」
シンジにはレイの不機嫌ぶりが手に取るように分かり、焦る。早く何か言わないと……。
「そ、その……一緒に暮らすって言ったって、一週間もないんだし、その間僕の手料理食べに来ると考えたらどうかな……」
ミサトは思わずひっくり返りそうになった。
アスカもぽかんと口を開け、目を見開いている。
(ちょっと、シンちゃん!? それでレイが説得されると思ってるの?)
(ご、ごめんなさい。でも何て言えば分からないんですよ……)
ひそひそと喋る二人をよそに、当のレイは黙って何か考えているようだった。
「だっ、ダメかな……。やっぱりダメだよね……」
後悔するシンジ。とっさに頭に浮かんだ台詞を言ったのだが、やはり失敗だったか。
不吉な緊張を孕んだ沈黙が暗雲のように立ち込めた。
シンジには永遠に思えた数秒ののち。
「……分かったわ」と、レイは頷いていた。
シンジはほっと胸を撫で下ろし、ミサトはやれやれと首を振って安堵のため息をついた。
普段から何を考えているのか分からないが、まぁ、さすがのレイもコトの重要性を認識しているのだろうとミサトは納得することにした。
「アスカ? あなたもいいわね?」
「うー」と、アスカは唸った。
544 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:35:47 ID:???

「……というわけで」ミサトはビールをあおった。「シンちゃんの役割は二人のバックアップと」
「……喧嘩の仲裁ですね」と、暗い顔でシンジはミサトの言葉を先回りする。
アスカの引越しという一騒動が終わったあとのミサト家。心配していたレイも無事に来て、晩御飯も食べ終わり、アスカとレイはミサトの指示のもと、居間でさっそく練習している。
「ま、そういうこと。協力お願いね」
「カンベンして下さいよミサトさん! だいたい綾波と惣流が一緒に住むこと自体無理があるのに……」
ミサトはビールの缶を威勢良くテーブルに叩きつけた。「無理が通れば道理は引っ込むのよ!」
何だかやけに調子がいい。もう酔いはじめているらしい。
「……全然解決方法にならないのに、もっともらしいことを言わないで下さいよ……」
シンジはため息をついた。これからどれだけため息をつくんだろうとシンジは憂鬱な面持ちで考える。まさに前途多難、艱難辛苦の六日間だ。
「大丈夫! 神様だって六日で世界をつくったんだから。何とか間に合うわよ」
「ミサトさんは、楽天的でいいですね」
シンジはふたたびため息をついて居間を見た。あと六日でユニゾンを完成させなければならないのだ。それなのに……。
さっそく練習を開始した二人だが、案の定ユニゾンどころの話ではなかった。
「あんたが私に合わせなさいよ!」
「何で人間が猿に合わせなきゃいけないのかしら? あなたが人間様に合わせるのよ」
「はぁぁぁ!? あんた人間やめてみる? やめてみるかぁ!?」
初日からこんなことで間に合うのだろうか。それとも初日だからまだ余裕をもっていればいいのだろうか。
――この二人を六日で協調させるのと、世界を六日でつくるのはどちらが難しいか、神様に会ったら訊いてみよう。
シンジはそう思いながら、二人の間に入るために立ち上がった。
545 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:36:55 ID:???

……そして三日後。
「そうならそうと、はよ言うてくれたらよかったのに」と、トウジが笑いながら言った。
「しかし、ま、惣流と綾波と同じ屋根の下で暮らすなんて、まさに前門の虎、後門の狼ってところだな、碇」
ケンスケがジュースを手に、半分面白そう、半分気の毒そうに言った。
「何ならわしらが葛城さんと暮らすから、お前は惣流、綾波と同棲するか? 追い込まれて案外上手くいくかも分からへんぞ」
「……ちょっと鈴原?」ヒカリがトウジに耳を引っ張った。「ヘンなこと言うと承知しないよ?」
いててて、よせ、イインチョ、とトウジが悲鳴を上げる。
「で、ユニゾンはうまくいってるんですか?」ヒカリはレイとアスカの練習に目をやる。「いってないみたいですね……」
ユニゾンのユの字も見当たらない状況なのは誰にでもすぐに分かることだった。
二人はツイスターゲームと呼ばれるパーティゲームで練習をしていた。
こんなゲームで練習になるのかとシンジは疑問に思わないでもないが、逆にこんなゲームですら合わないのにエヴァで合うわけがないとも言える。
何しろ二人とも自分中心の性格で、相手に合わせようとしないのだ。上手くいくわけがなかった。
「あんたが私に合わせなさいよ」
「あなたが私に合わせて」
レイとアスカは睨み合った。
「シンジ!?」
「碇君?」
二人は声を揃えて、「正しいのはどっち?」と叫んだ。
「え……ええ、と……」
シンジは何故こういう時だけ歩調が合うのだろうか、と思いながら曖昧な笑みを浮かべて返答する。
「二人ともお互いに譲り合えば、いいんじゃないかな、と、思ったり……」
シンジはレイとアスカの冷たい目に「降参」のポーズをとった。
「やっぱりそういう訳にはいかないよね、はは……」
「はは、じゃないのよ! この優柔不断!」
アスカが地団太を踏む。
レイは何も言わずにシンジをじとっと湿った目で見つめている。
「いやっ……その……」
シンジは真剣に逃げ出そうかと考え出していた。もっとも部屋を出る前に襟首を掴まれて引き戻されそうだったが。
哀れな子羊に助け舟を出したのはミサトだった。
546 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:37:58 ID:???
「シンジ君。試しにアスカとやってみて」
「私についてこられるの?」
馬鹿にしたような顔でアスカが言う。
「まーまー。取り合えずやってみて。シンジ君?」
「はぁ……」
ずっと見学させられていたシンジはアスカのクセを把握していた。確かにアスカは動きが速いが、タイミングは取りやすい。
実際にやってみると、完璧とは言えないが、少なくともレイとの組み合わせよりはよほどいいコンビネーションだった。
アスカがへぇ、という顔をする。「初めてにしてはなかなかやるじゃん」
「じゃ、今度はレイとやってみて」
「あ、はい。……よろしく、綾波」
レイは無言で準備をする。
「じゃ、はじめるわよ!」
――結果は無残なものだった。チグハグもいいところで、全く合わない。シンジはしまいに手足がこんがらがって倒れこむ始末だ。
「……ごめん、綾波」
シンジが申し訳無さそうに謝った。
「……どうして?」
レイの表情はいつもと変わらないが、シンジにはレイが少しばかりショックを受けているのが分かった。
「何ていうか……綾波の動きって読めないんだよね。アスカは分かりやすいんだけど」
「……何かソレ、私のことバカにしてる感じがするんだけど?」
アスカがむっとした顔でシンジを問い詰める。
「ち、違うよ!」
「零号機のコアを書き換えて、シンジ君とやるほうがいいかもね」と、煽るような口調でミサトが言った。
「ちょっとミサトさん……」
そんな火に油を注ぐようなことを、とシンジは気が気ではない。
レイの表情は一ミリたりとも変わらなかった。「……好きにすれば」
その場の全員を睨みつけ、そう言い捨てると部屋を出て行った。
「あ……綾波! ……すいません、ちょっと見てきます」
「おねがいねー、シンちゃん!」のんびりした口調のミサトの台詞が、シンジの背中を追いかけた。
547 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:39:16 ID:???

「綾波! ちょっと待って!」
シンジが声をかけたとき、レイはすでにマンションの敷地を出て、道路を横断し終わったところだった。
先にエレベーターに乗られて遅れてしまったのだ。おまけにレイは、傍目からはそうは見えないがかなりの早足で、シンジは追いつくのに走らねばならなかった。
急いで前に回りこんで息をつきながら、「ちょ、ちょっと……待って……」
「何?」
レイは表情こそ変わらないが、シンジが今まで見たことのないほどの不機嫌さだった。さわれば感電しそうなくらいだ。
「碇君、弐号機パイロットと練習しなくていいの? あなた、彼女と気が合うみたいだし」
「そんなこと、言わないでよ」
シンジは気弱そうな笑みを浮かべる。
「綾波は、この間……エヴァに乗ってる理由を訊いたとき、確か大人に言うことを聞かせるためって言ったよね?」
「……ええ」
「でも、ここで逃げたら綾波のパイロットとしての価値が減るんじゃないかな」
レイの表情が微妙に変化した。
「これからは惣流がいるって思われたら綾波にはすごく損だと思うけど……」
レイは黙ったままシンジの言うことに耳を傾けている。
「それに、さ……猿の言うことなんかまともに聞く必要はないと思うよ」
シンジは「ごめんよ、惣流」と心の中で謝罪する。
それから数瞬、シンジにとって胃が痛くなるような沈黙が流れ――レイはかすかに頷いた。
レイの頭がかすかに下に動くを見たシンジは、餓死寸前のところで救助隊の姿を見た遭難者と同じくらい安堵した。
「じゃあ、戻ろうか」
まだレイが本当に戻るのか不安でしょうがないシンジ。踵を返してやっぱりやめたと帰るのではないかと、レイの一挙手一投足を真剣に見守る。
マンションの敷地に入ろうとする二人の前を、ちょうど痩せたよぼよぼの犬が通りかかった。どこかの住民が引っ越すさいに置き去りにしたものだろう。
犬は何かをせびるように二人の顔を見上げ、同時に後ろ足の間に垂れた尻尾を半分ほど上げてクーンと鳴いた。
548名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 23:39:55 ID:???
>>540
凄い乙すぎてなんもうまいこと言えませんが・・・



とにかくありがとう感謝の言葉です
すっげえ楽しめましたw読んでてポカポカっす
549 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:40:56 ID:???
次の瞬間、シンジが仰天することが起きた。
レイが犬の腹を思い切り蹴っ飛ばしたのだ。犬はキャインと鳴くと、力ない足取りで逃げていった。
「あ……綾波!? 何するの?」
シンジは絶句した。中学生の女の子が、何の躊躇もなく犬を蹴ったのだ。それも思い切り。ショッキングな光景だった。
「犬を蹴った」
「いや、それは分かるけど、どうして!?」
「邪魔だったから」と、不気味なほど表情を崩さずにレイは言い放つ。
「邪魔だったって……だからって蹴っ飛ばしちゃダメだよ!」
「何で?」
「何でって……可哀想じゃないか。別に噛み付こうとしてたわけじゃないんだし」
シンジはめまいを感じた。犬を蹴っては駄目だなんて、いちいち説明することではない。
「碇君」レイは冷たい声で言った。
「え?」
「私にいちいち指図しないでくれる?」
呆然と立ちすくむシンジを背に、レイは何事もなかったかのように歩き去っていった。

その日の夜はさすがにレイとアスカもいがみあうことに疲れたのか、居間で大人しくテレビを見ていた。
食後から数時間経ち、何とはなしに気怠く、物憂げな時間が三人の間に流れている。
ミサトはいったん本部に戻ってまだ帰ってこない。まだ書類の整理が終わってないらしく、遅くなるとの電話があった。
レイはミサトのパジャマを着て、ぺたんと座り込んでいた。当然レイにはぶかぶかで、たとえば腕は指先まで隠れているありさまだ。
そんなレイの姿に、露出気味のアスカのものとは違う奇妙な色気を感じてしまうシンジだった。
アスカに悟られないように横目でその姿を見ていると、初日の騒動のことを思い出した――。
550名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 23:44:01 ID:???
またまた投下きたwジャマしてすまん
551 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:44:01 ID:???
「うわぁっ!」
シンジが慌てて後ろを向いた。
「ちょっ、ちょっとファースト! あんた何してんのよ! シンジ、見ちゃダメよ!」
アスカは慌てて腰を浮かせ、シンジに指示をする。
「みっ、見ないよ!」
風呂上りのレイがバスタオルを首にかけ、下着姿のまま居間に入ってきたのだった。
「何してるって……何?」
不思議そうな顔でレイが言う。
「いくらこいつが軟弱で根性ナシだからって、そんな扇情的なカッコでうろつかれたらどうなるか分からないわよ?」と、呆れたようにアスカは言った。
「扇情的?……それって碇君が私に性欲を感じる……ってこと?」
アスカはあやうく飲みかけのアイスティーを吐き出しそうになった。シンジは真っ赤になって下を向いている。
「あんた、ちょっと、言い方ってもんがあるでしょうがっ」
「碇君は、大丈夫よ」
レイは意味ありげな様子でシンジを見た。
「何でそんなことが言えるのよ」
「だって」と、レイは口を開いた。「碇君が私の部屋に来たとき……」
「うわあああっ!」シンジは手を振ってレイの言葉を遮った。「綾波、ストップ!」
「な、何なのあんたたち……。デキてんの?」アスカはひるんだ。
「デキてなんかないよ! 何言ってるんだよ、惣流。変なこと言うなよ。綾波に迷惑だよ。……そうだ、お風呂入ってくる」
シンジは立ち上がるとよろけるようにバスルームへ去っていった。
「なーんか怪しいの」
アスカがレイのほうを見ると、レイはくすくすと笑っていた。
「あんた、あいつのコトからかったんでしょ」アスカは呆れたように言った。「タチ悪いのね」

――あれには参ったな。
一緒に住んでみると、レイには人の目を気にしない側面があるとシンジにも分かってきた。いや、人の目というより人を人とも思わないと言ったほうがいいのか……。
「ね。ファースト」
アスカの言葉にシンジは現実に戻った。
「……何?」と、レイは前を向いたまま答える。
「あんた、家族とかは?」
552 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:47:25 ID:???
シンジはドキリとした。シンジには訊きたくても訊けない話だった。
幼いころ父――つまりゲンドウ――に引き取られ、去年から一人暮らしをしていると聞いてはいたが、
それについての詮索はシンジにはできなかった。どんな事情があるか分からないからだ。ミサトもリツコも詳しいところは知らないようだった。
「いないわ。私は小さいころに司令に引き取られた。それ以前の記憶はないの」
「……悪いこと訊いたわね」
「別に。興味、ないもの」
アスカが眉をひそめた。
「興味ないって、どういう意味?」
「文字通りの意味。私の家族は死んだのかも知れないし、どこかで生きてるのかも知れない。どっちか知らないけど、私はどうでもいいってこと」
シンジとアスカの目が合った。さすがのアスカも呆気にとられた顔をしていた。
シンジはぞっとしていた。レイは強がりでそう言っているのではない。本気だった。だからこそ背筋が寒くなったのだ。
「自分がどういう経緯で預けられたのか、司令に訊いたこともないの?」
「ない」
「気にならないの? 本当に?」
「全然、ならない」
レイの無表情は変わらなかった。何かを隠している顔ではない。本当の意味での無表情だった。
何故かシンジは見ていられなくなって、俯いてしまう。
テレビからどっと笑い声が流れて 微妙に重い空気に白々しさを付け加えた。
553 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:48:17 ID:???
レイが歯を磨きに洗面所に行った隙に、アスカがシンジに押し殺した声で話しかけてきた。
「あいつ、ちょっとおかしくない?」
「……いや、別に、おかしくない……と思うけど」
きっぱりと言ったつもりだったが、濁したような口調になった。
「何もしてないときってあるじゃない? 見てると、何てーのかしら、ぼーっとしてるんじゃなくて、魂が抜けてるような気がするのよね」
アスカは腕組みして考え込むような表情になる。それはシンジも感じるところだった。レイが何もせず、真正面を向いて座っている様子を見ると、全身の産毛がそそけ立つ気分になることがある。
「さっきもさ、本当に家族のこと興味ないっていう感じだったじゃん。そんなのってある?」
「うーん……」
父とのことがあるだけにシンジには答えられない。本音を言えばありえないと言いたいところだ。
「何か、あいつ……。ちょっと可哀想、かな」
シンジははっとした。アスカの顔に、今までの彼女のイメージでは想像できないような翳が差した気がしたからだ。
しかしそれは一瞬のことだった。
「ま、いいけどさ。私には関係ないことだし。……私、もう寝る」アスカは立ち上がるとシンジを睨みつけた。「今、あんた私の寝姿想像したでしょ。絶対にのぞかないでよ!」
「想像してないし、のぞかないよ」シンジはため息をついて言った。

 □

そして、一日千秋の思いで待ちわびていた最終日。
まさにこの六日間はシンジにとってまさに地獄と言うべきものだった。
アスカはことあるごとにレイにつっかかるし、片やレイはことあるごとにアスカに嫌味、皮肉、当てこすりを言うのである。
その度にシンジが間に割って入り、その場を丸くおさめるのに最大限の努力を払うのだった。
心労のあまり日に日にシンジは食が細り、頬は痩せこけ、目は落ち窪み、あばら骨は浮き出て――というのは言い過ぎにしても、
これがあと一ヶ月続けば確実にその状態になっていただろう。
そんな地獄の日々も、今日で最後だ。
554 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:49:07 ID:???
幸いにもユニゾンの練習は二人とも口喧嘩を適度に――つまりシンジがくたくたに疲れる程度に――はさみつつも真面目にこなしていた。
最後はミサトさんも太鼓判を押していたから大丈夫だろう。いや、大丈夫に違いない、大丈夫であってくれ――シンジは心からそう願った。
万が一、失敗してもう一度N2爆雷投下で使徒の侵攻を阻止、その間にまた練習を――などという事態になったら、家出を真剣に考慮する羽目になる。
――これ以上は僕には無理だ。
横になり、音楽を聴きながらシンジはそう結論づける。
曲が変わった。
ふと、この前の家族の話を思い出した。
あのときシンジはレイの赤い目の奥に闇を見た気がした。
あるいは、どこまで続いているのか想像もできないし、底があるのかも分からない、暗くて深い海。
人間嫌いとか、孤独を好む性格とかでは言い表せない、とても異質なものがそこにはあった。
それはまるで人間とは――。
シンジは首を振った。これ以上はレイを侮辱することになる。
――綾波……。
シンジの胸がちくりと痛んだ。
それはないよな、とシンジは思う。
平気で犬を蹴ったり、家族がいなくてもさびしくない――というよりも、さびしいという感情が備わってないような物言い。
エヴァに乗るのは大人に自分の言うことを聞かせるため。
監獄よりも寒々とした、異様な部屋。
何より彼女はこの環境を嫌がっていない。自ら進んで受け入れている。
本当はイヤなんだけど仕方なくエヴァに乗っている、というほうがまだ救われる。
いや、それは自分のことか――とシンジは苦笑する。
――綾波が現状でいいのなら僕がとやかく言うことじゃないのかも知れない。
実際、レイが何か悩みを抱えているようには、とてもではないが見えない。
しかし、シンジは釈然としない。どこか痛ましいものをレイに感じてしまっている。
――綾波って、何を考えているんだろう。
考えるうちに、よく分からなくなってくる。
555 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:51:18 ID:???
と。
突然ふすまが開いた。
シンジは自分でも惚れ惚れするほどのスピードで音楽を止めて、眠っているフリをした。
柔らかい足音がして、次にどさりという身体が倒れこむ湿った音。
慎重に目を開いたシンジはその人物の正体を見た。
――アスカ!?
アスカが寝ぼけてシンジの寝床に入ってきてしまったのだ。
混乱するシンジ。アスカの寝顔がまともに視界に入ってくる。
黙っていれば貶すところのない美貌を見ていると、心臓が突然思いついたように自己主張をはじめた。
――どっ……どうしよう。起こしたほうがいいのかな。
やっぱり起こそう。
決心した途端にふすまが再び開き、シンジの身体が硬直した。
ミサトは残業でいないから、今度はレイしかいない。
――いったい何をしに? って、ちょっと待てよ、これは誤解されるシチュエーションではないだろうか。
弁解するべきか、それともいっそ眠ったフリをしたほうがいいのだろうか?
シンジの心は千々に乱れるが、とりあえず眠ったフリをすることにする。
しかし事態はシンジの思いも寄らない方向に向かっていった。
同じように足音がして、同じように身体が倒れこむ音がする。
――え?
556 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:52:21 ID:???
後ろを見ると、すやすやと眠るレイの白い顔が。
――い、いったい何だこの状況は!? 
シンジはふとあることを思いついた。
――まさか、これは……シンクロの成果!?
アスカとレイの身体から漂ってくる甘い香りで頭がくらくらした。
どちらに目を向けても柔らかそうな身体が目に飛び込んでくる。さすがのシンジもこれはたまったものではない。
――居間で寝よう。
そう決めたシンジは、ゆっくりと立ち上がって寝場所を移そうとした。
しかし――。
――!?
上半身を起こそうとしたとき、まるで狙ったようにアスカの足がシンジの足に乗っかってきて、シンジの動きを封じてしまった。
シンジが激しく動揺した次の瞬間、今度はレイの手がシンジの胸の上にどさりと乗ってきた。
――何でこんなことに……!?
シンジはケンスケの言葉を思い出した。前門の虎、後門の狼とはまさにこのことだ。
シンジは諦めて、仰向けになって必死に眠ろうとした。
しかし睡眠というのはこちらが手を伸ばすほど遠ざかってしまうものであり、結局シンジは朝までほとんど眠ることが出来なかった……。
557 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:54:48 ID:???

 □

作戦当日。
シンジは赤くなった頬をさすりながらミサトやリツコと発令所に詰め掛けていた。徹夜に近かったので、かなり眠い。
目ざとい加持はすぐに気がついた。
「おや、シンジ君。その頬は誰にぶたれたんだ?」
「……惣流ですよ」
起き抜けにアスカに平手打ちを食らったのだ。シンジは自分は悪くないと抗議したものの、弁解を許さないアスカに結局は謝罪することになった。
レイのほうは何も言わず、何もなかったかのように振舞っていた。実際特に何も感じていないのだろうとシンジは考えている。
それはそれで少しさびしいような気がしないでもない。
「君は女の子を怒らせるタイプなのかな? そうは見えないんだがなぁ」
「僕が悪いんじゃないんですよ!」
「……女の子を怒らせるタイプは加持君、あなたでしょ」と、ミサトが冷たく口を挟む。
「俺は君を怒らせるようなことをした覚えはないんだがな。むしろ喜んでもらえるような」
「あーはいはい、黙った黙った! もう、今日は作戦決行の日なんだから! ふざけていると出てってもらうわよ!」
加持はシンジと目を合わせると、大仰に肩をすくめてみせた。

……零号機と弐号機の蹴りが使徒のコアに同時に突き刺さり、破壊した。
「やった!」ミサトはガッツポーズを取り、振り返った。「シンジ君も大変だったでしょ」
ミサトはシンジを見て、くすりと笑った。リツコと加持も微笑を浮かべている。
緊張の糸が切れたのか、シンジは座り込み、壁に背をもたせかけて穏やかな寝息を立てていた。
「お疲れ様、シンジ君」

(続く)
558名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 23:55:35 ID:???
楽しみにしてた黒レイきた、乙です
559名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/07(月) 23:56:44 ID:???
>>557
GJ乙なんだぜ
560 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/07(月) 23:57:30 ID:???
題名もペンネームも思いつかないのでトリップにしました。

>>550
いえいえ、連続投稿規制というのがあって、エヴァ板の場合、最新の15レスのうち10レスが同じIPだと規制の対象になるらしいので(?)、
途中で書き込みしてくれるとありがたいです。
561名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/08(火) 00:17:13 ID:???
黒レイ氏も乙
今日はLRS投下まつりだな

とりあえず>>540氏のぽか波さん劇場に禿萌
そのシンジサイドのストーリーも見てみたいw
また続きまってます
562名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/08(火) 00:18:38 ID:???
面白いんだが、ちょっと動物虐待はいきすぎだと思った
563名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/08(火) 01:23:39 ID:???
>>562
漫画で猫絞め殺してるのに比べたらこれくらいは良いんでね?

黒レイ氏もぽか波氏も乙。
564名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/08(火) 01:25:45 ID:???
>>540GJ
危うくパシャるとこだったぜ

>>557GJ
シンジ君マジお疲れ様です
565名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/08(火) 02:25:12 ID:???
犬蹴るのはやり過ぎだ
566名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/08(火) 08:28:51 ID:???
ポカ波劇場良かった〜!
幸せいっぱいトキメいて読んだ(*゚∀゚)=3
567名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/08(火) 20:50:36 ID:???
ぽか波さん、ほんとにぽかぽかした!
なんとなく彼氏に会いたくなりましたw
無理しない程度にまた書いてほしいです!
568名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/09(水) 00:52:42 ID:???
中学編でも見てみたいね
569君のとなり:2009/09/09(水) 02:51:14 ID:???
「……シンジ君、レイのこと好きだろう?」

僕の思考はフリーズ。

「え……あ、その」

しどろもどろになってしまう僕。
カヲル君はそんな僕に構わず続ける。

「どうしてなんだい?」

「なな、なんで?」

わかったの、と続ける僕を制してカヲル君は質問する。



「だからどうしてレイなんだい?」

「いや、だって……綺麗だし、一目惚れっていうか」

うんだって本当に綺麗だし、あの瞳も宝石みたいで吸い込まれs……

(って、はっ、僕はなんてことを)

流されるままに答えてしまった。
ああ、とうずくまりたくなる。

570君のとなり:2009/09/09(水) 02:52:12 ID:???
「君の態度を見てたら誰でもわかるよ」

カヲル君は追撃の天才だ。

さらに、本当に分かりやすかったからねとワンツーパンチのコンボ。
あまりの衝撃に僕は頭を抱えた。

(僕ってそんなに分かりやすいかなぁ……うぅ)


―――というかあれだけ赤くなったり青くなったりしていたら誰でもわかるだろう。

そこまでの考えは僕の頭にはなくただなんで?とハテナマークでいっぱいだった。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。



「―――おっとそうだ、僕とレイの関係だったっけ?」

そんな僕をひとしきり見つめたあと、突然思い出したかのように彼は言った。

「そうだね……何から始めたらいいか………」

そう言うと、少し首をかしげ考えこむ。
その仕草もかなり優雅というのか様になってる。
僕も見習いたいものだ………無理か。

そんなくだらないことを考えているうちに考えがまとまったようで彼はまた口を開いた。

「そうだね……僕たちは両親がいないんだ。いわゆる孤児ってやつかな」
571君のとなり:2009/09/09(水) 02:53:16 ID:???
「えっ……」

衝撃の告白で僕は何か聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がする。
カヲル君はそんな僕の様子を見て笑いながら、気にすることないよと言った。

「いやでも……ごめんね。そんなこと聞いちゃって」

「君は知らなかったんだ、しかたないさ」

そう言って笑うカヲル君。

見とれる僕。

店内を流れるおかしな空気――たぶんピンク色。

………いや僕にその気はないよ


「―――それで僕らは京都の児童養護施設に住んでいたんだ」

それからカヲル君はどんどん話を続ける。

そこで綾波と一緒にみんなで生活していたこと。
子供たちの親と呼べる人―冬月さんは優しく生活は充実していたらしい。

「まぁなかなか楽しく暮らしてたんだけどね」

みんなとここで大人になるまで一緒に過ごす、そんな生活が続くと思っていた。

変化があったのは去年の冬だったそうだ。
572君のとなり:2009/09/09(水) 02:54:32 ID:???
突然の知らせ。
聞くとその人は綾波の遠い親戚らしい。
綾波の存在を風の噂か聞いたらしく、引き取りたいと申し出たそうだ。

「もちろん、僕たちは」

反対した。今まで一緒に育った家族と誰もが離れたくなかった。
家族と離れたくない、とその親戚にみんなで抗議もしたらしい。

「でも結局、駄目だったんだ」

―その人もそうとう頑固らしくてね、一歩も譲らなかったんだ。

「でも今はそれでよかったと思うよ、帰る家、ホームがあるという事実は幸せに繋がる。よい事だよ。」

でもそう言うカヲル君の目は少し寂しそうだった。

引き取られた後もちょくちょく電話で話したらしいが最近ちょっと様子がおかしいみたいだったから――

「様子がおかしい?」

「まぁね……まぁ原因も今日分かったから大丈夫さ」

それならいいけど、と僕はまた口を閉じる。

そしてカヲル君は話を続ける。

「そんなこともあって僕が代表として会いに来たんだ」

競争率は高かったけどね、と笑う。
573君のとなり:2009/09/09(水) 02:55:55 ID:???
そしていつのまにか頼んでいたコーヒーを啜った。

「これで僕の話は終わりさ」

そういうと、綾波もカヲル君も大変だったんだなぁなどと考えている僕をみてこう続ける。

「今度は君の話を聞かせてよ」

「えぇ!!」

「僕だけ話すなんてフェアじゃないだろう?」

うぅそうだけどさぁ。

「……何が聞きたいの」

なるべく簡単に答えられるやつで
僕はあきらめてそう言った。

「聞きたいことは一つだけさ……レイと君の関係さ」

どこまで進んでるのかなって、そう言ってまた笑う。
……誰かに似てると思ったら面白いことを見つけた時とミサト先生にそっくりだ。

「いっいやだよ」

一応抵抗はしてみる。
すると突然カヲル君は笑顔を引っ込め無表情になる。
574君のとなり:2009/09/09(水) 02:56:38 ID:???
「………………」

「………………」



重々しい沈黙



「………………一目惚れしてからはずっと後ろ姿を追ってみていました」


はい負けました。
降参です、勝てる気がしません。

(どうしてカヲル君にこんなこと話すんだろう…)

また心の中でさめざめと涙を流す。

するとカヲル君はまた笑顔になり、僕に洗いざらい聞いてきた。
でも結局見てただけということが分かるとつまらなそうだった。

「もっと積極的に行動すればいいのに」

いや無理です。
僕の心臓がもちません。

思ったことをそのまま口に出すと、

「いや、でも君が少しでも関わろうとしない限り、君の想いは伝わることはないよ」
575君のとなり:2009/09/09(水) 02:57:20 ID:???
「そうだけど……」

「君はレイのことが好きなんだろう?」

じゃあ行動するべきさ、とカヲル君は言う。

僕だって出来ることなら綾波と話をしたい。
僕のことを知ってもらいたいし、綾波のことを知りたい。
そしてできればこの距離を縮めたい。
君のとなりを歩きたい。

でも……

「僕には無理だよ……」

思わずつぶやく。
綾波に嫌われるのが、僕の気持ちが裏切られるのが怖いんだ。



「一時的接触を極端に避けるね、君は。」

突然話し始める彼。

「怖いのかい?想い人と触れ合うのが。」

そう、怖いんだ。綾波の想いを知るのが。

「他人の想いを知らなければ裏切られる事も、互いに傷つく事も無い。でも、寂しさを忘れる事もないよ。」

そうなのかな……
576君のとなり:2009/09/09(水) 02:58:32 ID:???
「人間は寂しさを永久になくす事はできない。ヒトは一人だからね。
 ただ忘れる事が出来るから、ヒトは生きていけるのさ。」

そこまで言うと真剣な表情でこう続けた。

「でも君の想い、気持ちは本物だろう?その想いを忘れてはいけない。
 もしその想いにきちんと向かい合うべきだよ。
 痛みは忘れることができるが、後悔はずっと残るからね。」

……そうだよね……僕だって後悔はしたくない。
僕の気持ちが裏切られるかもしれない。
でもそれでもいいんだよね。
だって今の僕の―綾波が好きって気持ちは本当だと思うから……

「ありがとう」

僕はいつのまにかそう言っていた。

「カヲル君と話せてよかった。」

本当にそう思う。

「僕もできるだけがんばってみるよ」

なんか少しだけ恥ずかしいな。
駄目もとだけどね、と照れ隠しにそう言って笑った。

「そう、常に人間は心に痛みを感じている。心が痛がりだから生きるのも辛いと感じる。ガラスのように繊細だね? 特に君の心は」
577君のとなり:2009/09/09(水) 02:59:36 ID:???
あれ?
カヲル君は僕の話を聞いてたのかな?
なにかよくわからないことをつぶやいている。

「好意に値するよ」

突然カヲル君の顔が近づいてきた。

「こ、好意?」

突然すぎてカヲル君の言葉がうまく理解できずにオウム返しをしてしまう僕。
 
それに答えようとカヲル君が口を開いた瞬間だった。

「……何をしているの?」

絶対零度の視線と声が僕たちに降りかかる。

「やぁおかえり」

気がつくといつの間にか手を握られていた。

「………取り込み中だった?」

さ、最悪だ……

そしてまた店内を重い空気が包み込んだ。
578569:2009/09/09(水) 03:06:40 ID:???
>>572 突然の知らせ。の前が抜けたぜヤッフゥー
「レイを引き取りたいという人が現れたんだ」
を各自脳内で書き込みしてください

>>540>>557の神職人さんGJすぎです
遅ればせながら参戦してみました
まぁ今回はぽかぽか要素0ですね
嫉妬シンジは次回に期待してください
579名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/09(水) 03:18:11 ID:???
乙なんだぜ!続き楽しみだ
580名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/09(水) 04:38:07 ID:???
いっぱい投下されている!
有り難いっス!
581名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/09(水) 11:56:14 ID:???
お題が有れば書くよ!(ただし学園系)
582名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/09(水) 13:58:32 ID:???
君とな氏の続き楽しみにしてました
何気にパなそうな綾波さんの描写が楽しみだw

冬月先生は京都で16人の孤児の面倒をみてたのかしらん

583名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/09(水) 15:02:35 ID:???
>>581
学校の帰り道に雨が降ってきて、レイがシンジを家に雨宿りさせる展開がみたい
584名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/10(木) 03:29:48 ID:8g6lUu1o
585名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/10(木) 09:28:50 ID:???
>>581
すれ違う両想い系でひとつ!
相手に恐怖を抱きつつお互いギクシャクして
自分の本当の気持ちに後から気付くシンジと綾波3人目で
586名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/10(木) 20:06:24 ID:???
二人称について質問させて。
綾波(三人目)は綾波(二人目)を何と呼ぶのが相応しいと思う?
「二人目の私」、「前の私」、「私」もしくは他?

三人目が死んだ二人目に嫉妬して悩むネタを考えているんだがスタートから躓いた。
587名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/10(木) 20:55:17 ID:???
「あの人」とか「彼女」とかの不特定名称を使いそうな気がする。
588名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/11(金) 01:38:22 ID:???
エヴァ2では零号機の中の人を「エヴァの中の私」って言ってたから
「二人目の私」、「前の私」とかじゃない?

まぁゲームだし当てにはならんかもしれんが参考程度に
58910=581:2009/09/11(金) 10:54:54 ID:???
>>583>>585

おk。このスレの内に完結させる。
590586:2009/09/11(金) 16:54:56 ID:???
ここはイタモノOKだっけ?
書いてたら倦怠期や嫉妬を通り越してというか無理心中しそうな綾波になってきたんだが。
591名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/11(金) 16:58:56 ID:???
>>590
ずいぶん前だが、ほんの少しだけ痛設定ありのを投下したら袋叩き ><
592名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/11(金) 17:31:43 ID:???
注意書きしていたもの駄目な人にスルー要請すればいいと思う
593名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/11(金) 17:42:19 ID:???
無駄。イタモノって表示したのに読んで火病を起こすアレな人だらけだから。
594名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/11(金) 18:10:33 ID:???
どう痛いのか説明プリーズ。
寝取られ系だけはノーサンキュー
595名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/11(金) 18:50:18 ID:???
やっぱ止めといた方が無難ですね。


内容的には昼メロにありがちなネタで、
平和になり周囲に祝福されてシンジと交際していた綾波(三人目)が、
シンジが本当に好きなのは二人目の方だと知ってヤンデレ化するような感じ。
鏡に二人目の日記帳を叩き付けて「私はあなたの代わりじゃない!」とか。
596名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/11(金) 19:45:23 ID:???
ノンジャンルに行け
597名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/11(金) 19:46:02 ID:???
俺としては全然有りなんだが。
598名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/11(金) 19:57:24 ID:???
ノンジャンルには一人LAS作者がいるからな
もしかしたら比較されるかも
599名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/11(金) 23:21:29 ID:???
っつーか、イタモノの定義って何さ?
600名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/12(土) 13:30:54 ID:???
イタモノの定義なんて人それぞれだしな
がっつり注意書きして苦手な人はスルーじゃ駄目なのか?
601名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/12(土) 15:48:45 ID:???
注意書きすればいいってもんじゃないと思うがね
602名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/12(土) 17:42:46 ID:???
注意書すればまったく問題無いだろ
603名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/12(土) 17:44:11 ID:???
いるからな。イタモノ苦手な人は読むなと書いてあるのに読んで、許せないとか
騒ぎ立てるクレーマーが。
604名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/12(土) 23:09:14 ID:???
そんなクレーマーなんぞスルーして職人にはどんどん投下して欲しいよ
605 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/13(日) 00:06:58 ID:???
>>557

9.

マヤは誰もいない休憩室で、一人落ち着かない様子で待っていた。普段なら温かい紅茶かコーヒーを飲むところなのだが、
今はそんな気にはなれなかった。今は――待ち人が綾波レイであるときは。
ため息をつくと、壁掛け時計を見て、誰もいないと分かっているのにきょろきょろと部屋の中を見回す。
以前のことを思い出したのだ。椅子の下も確認したくなるが、さすがにそれは我慢した。
ここの休憩室は、十畳ぐらいのスペースで、長椅子と湯沸かし器、自動販売機がある程度の、小ぢんまりした空間だった。
他にもっと大規模の休憩所があり、たいていの職員はそちらで休んでいるから、こちらは空いていることが多い。
とはいえ、いつ誰が入ってくるか分からない。マヤに落ち着きのない原因の一つだった。
もう一つの理由――。すでに約束の時間を二十分ほどオーバーしている。
今回の用件を考えると、なるべく早く済ませて帰りたいのだが……。
マヤが腰を浮かせ、いったん外に出ようかと思ったとき、ドアがシュッという音を立てて開いた。
「レイちゃん」
マヤの声に安堵の色が混じる。
レイは遅れた詫びなど言う素振りも見せず、マヤのもとにつかつかと歩み寄ると、無造作に手を伸ばした。
マヤはその小ぶりな手にひるみつつも、脇に抱えたファイルの中からホッチキスで数枚綴じてある束を抜き出して、レイに差し出した。
「これが、アスカちゃんの個人データ。その……悪用は、絶対にしないでね?」
我ながら白々しい物言いだとマヤは思う。悪用しないわけがないのだ。そのためにマヤに頼んだのだから。
「何でこんなに時間がかかったの?」
「それは……プロテクトを解除するためのプログラムを一から作らなくちゃダメで……。プリントアウトしたのもコピー禁止までは解除できなかったの……」
レイの赤い目はすべてを見通すかのようにマヤには思われた。
「ほ……本当ですよ!」
「別に嘘とは言ってないけど」
レイは唇の両端をほんの少し持ち上げた。
606 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/13(日) 00:09:56 ID:???
「う……」
「ま、信用するわ」レイは肩をすくめる。「それじゃ、伊吹さん。ごきげんよう」
「あ、あの。写真は……」
「大丈夫。厳重に保管しておくから。ごきげんよう、伊吹さん」
ううう、と泣きべそをかきながらマヤが退場すると、レイは長椅子に座ってアスカの個人データを読みにかかった。
すぐにレイの瞳が強い光を放ちはじめた。
――あらあら。ずいぶん面白いトラウマを持ってるのね。まるで人間みたいじゃない。
くすくすと笑い出した。
レイは、またしてもいいオモチャを手に入れたのだった。

家に帰り、電気を点けて自分の部屋を見回すと、微妙な違和感を覚えた。
最近――具体的に言うならミサトのマンションから戻ってからだが、どういうわけか、部屋が広く感じられることがたまにあるのだ。
これはおかしいことだった。ミサトの部屋はここよりも広かったのだから、前よりも狭く感じるのが理屈だろう。
なのになぜ広く感じるのか。
それに――。
静かだ。
観光客も訪れない、学者の調査も入らない、死者のみがひっそりと眠る古代の遺跡のように。
あるいは海の底のように、静かな場所。
いや、静かなのは前からだ。この静謐さを以前は認識していなかっただけだ。
静かに感じるのは、うるさいところから帰ってきたからだろう。これは分かる。理屈に合っている。
ただ、それだけのことだ。大した意味はない。
レイは首を振った。
そう。
私は、何も思わない。
何をどうとも、思ってはいない。

まどろみに落ちる前に、今日もリツコから渡された錠剤を飲むのを忘れていたことに気がついた。
別に意識して、ということではないのだが、最近飲まないことが多くなっている。
明日にしよう、とレイは眠りに落ちる寸前に思う。
明日に――。
607 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/13(日) 00:11:59 ID:???

 □

レイは思いきりよく飛び込んだ。水飛沫がほとんど飛ばない。人の身体が水の中に勢いをつけて入ったとは思えないようなスムーズさだった。
クロールも平泳ぎもせずに、ただひたすら潜水で水中を進む。
水の感触や、冷たさが心地いい。
それに、水の中だと自由になれる気がして気持ちよかった。もっとも、別に陸の上で不自由を感じているわけではなかったが。
――場所は室内プール。修学旅行に行けない三人のために、せめて気分だけでもとミサトが勧めたのだった。
壁際まで進むと、いったん浮上して大きく息を吸う。
ふと、いつもゲンドウと行っている実験のことを思い出す。実験とは言うが、レイはあれが何であるのかは分からない。仮に、実験と言っているだけだ。
LCLで満たされた容器の中でぷかぷかと浮いているだけ。
あれは一体何のためにやっているのだろう。小さいころからの、ほとんど習慣化された行為ゆえに、何の疑問も持たなかった。
そういうものだと思っていたのだ。
いくつの頃だったか、一度訊いたことがあるが、ゲンドウは「身体のためだ」と言ったきりだった。「お前は特別なのだ」とも言った気がする。
特別であることに異存はなく、それきりだった。別に害があるわけでもない。
自分がかなり自由に行動していることは自覚しているので、その代償と無意識のうちに考えているのかも知れない。
レイはふたたび潜水して、向こう側を目指す。
ひょっとするとゲンドウは自分に性的な欲望を抱いているのだろうかと疑問に思ったことがあった。
そうではないのはすぐに分かった。ゲンドウは違うものを見ている。それが何であるのかは分からないが、自分――綾波レイを見ているのではないことは確かだった。
ゲンドウと言えば、何かのときのために、密かに設置したビデオカメラで容器に浮かぶ自分を見つめる姿を隠し撮りしてある。
ロリコンの変態の汚名を着せられたのでは司令の座は保てないだろう。
保険は常にかけておくものだ。
レイはプールから上がると、タオルを手に身体を拭きながら、おかしなことだと思った。
普段はこんなことを考えたりしないのに。水の中に入ったせいだろうか。
608 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/13(日) 00:13:49 ID:???
レイの思考は二人の――シンジとアスカの声に遮られた。目も自然と二人の方に向けられる。
アスカがシンジにのしかかるようにしてシンジのPCを覗き込んでいた。
会話の内容を聞くと、宿題のことらしい。
「熱膨張? 幼稚な事やってるのね。とどのつまり、ものってのはあたためれば……」
「そりゃそうだけど……」
「あたしの場合、胸だけあたためれば、少しはオッパイが大きくなるのかな?」
「そ、そんなこと聞かれたって、分かんないよ!」
シンジは顔を赤らめている。
――?
レイは眉をしかめ、胸を手でおさえた。胸の辺りが息苦しい感じがする。先ほどまでの快適な気分は消え去って、不愉快になっていた。
プールサイドに場所を移したアスカに、シンジはちらちらと視線を送っている。
「見て見てシンジ、バックロールエントリー!」
アスカが能天気なかけ声とともにプールに入り、派手な音と水飛沫が飛んだ。
レイは顔を背けると、レイの身体にはやや大きめのデッキチェアに身を横たえた。
天井を見上げる。何故だか分からないがむかむかする。何か――悪いものでも食べたのだろうか? 
人の気配を感じた。
「綾波」
シンジだった。いつもの気弱そうな微笑を浮かべている。拒否されたらどうしようかと考えているような、弱い笑み。
シンジはおずおずと向かいの椅子に腰をかけた。
「大丈夫? 気分悪くない?」
レイはシンジの観察眼に少し驚いた。ぼーっとしているようで、意外とよく見ている男だ。
「ええ、大丈夫。久しぶりに泳いだせいかも知れない」
「あまり無理しないほうがいいよ」
レイは黙っていた。無理をしたつもりはないし、指図されるのも嫌いだ。
二人はしばらく沈黙する。アスカのはしゃぐ声が室内に響いている。
――うるさい猿だ。
レイは心持ち苛立ちを覚える。
どこかに行けばいいのに。
609 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/13(日) 00:15:43 ID:???
シンジはアスカに少し目をやり、それからレイに戻した。
「修学旅行、残念だったね」
「別に」
あんなものに行く気は毛頭なかった。ばかばかしいことこの上ない。
「綾波は、どこかに旅行に行きたいと思わない?」
「別に」と、レイは同じ言葉で答える。
シンジはつれないレイの返答にも意に介した様子を見せず、
「行き先は沖縄だって。海がすごく綺麗らしいよ。……いや、綾波、さっき気持ちよさそうに泳いでいたから。沖縄とか行って泳いでみたいんじゃないかって思って」
「……見てたの?」
自分が動揺していることに気がついて、レイは驚いた。さらに驚くことに、動揺は怒りには繋がらなかった。
「い、いや、その……」シンジは赤くなった。「別に見てたってわけじゃなくて……。ただ、綾波のああいう表情って見たことなかったから」
「……そう」
「あ、もうこんな時間だ」シンジは話題を逸らすように、「お昼にしない? お腹空いたよ」
「ええ、そうね」と、レイはうなずいた。
それから不思議そうに首をかしげ、小声で「あれ……?」と呟いていた。
いつの間にか、胸の痛みも、息苦しさも、不愉快な気分も消えていた。先ほどの快適な気分が戻っている。
いや、むしろ前よりも気分がいいくらいだった。
たぶん――。
レイは深くは考えなかった。
たぶん、気のせいだったのだろう。

 □

浅間山地震研究所。
使徒観測という想定外の目的を達成するために限界を超えて沈降させたため、観測機は圧壊した。
いきなり押しかけてきて、無理難題を言う部外者への反感から生じる冷たい空気は、むろんミサトには通じなかった。
「解析は?」
「ぎりぎりで間に合いましたね。パターン青です」
「間違いない。使徒だわ」
ミサトはうなずいた。観測機もこれで報われたというものだ。
研究所はネルフの管轄下に置かれたことを宣言し、ミサトは電話をかけるために部屋の外に出た。
610 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/13(日) 00:16:33 ID:???

 □

「これが使徒?」
召集されたチルドレンの目には、巨大な卵の中に眠る、奇怪な胎児のような姿が映っている。
リツコはかすかにうなずいて言った。「そうよ。まだ完成体になっていない蛹の状態みたいなものね」
リツコの説明をBGM代わりにして、三人はじっとスクリーンを見ている。
「今回の作戦は使徒の捕獲を最優先とします。できうる限り原形をとどめ、生きたまま回収すること」
「できなかったときは?」
「即時殲滅。いいわね?」
「はい」
「作戦担当者は……」
アスカはぴょんぴょんと飛び跳ねながら元気よく手を挙げた。
「はいは〜い、私が潜る!」
シンジが横目でアスカを見る。何かを諦めているような――同時に何かを期待しているような顔。
しかし、次のリツコの台詞を聞いて意外そうな表情になった。
「アスカ。弐号機で担当して」
「はーい! こんなの楽勝じゃん!」
レイには好都合な話だった。レイが好むのは肉弾戦による殲滅だった。水の中ならともかく、マグマの中になど潜りたくない。
アスカが潜りたいのなら好きなだけ潜ればいい。
もっとも零号機には特殊装備は規格外なので、もともとレイの可能性はなかったのだが。
「レイは……」
リツコとレイの視線が合う。
「……レイも一緒に来てもらいます。初号機と火口で待機してちょうだい。零号機にはD型装備は取り付けられないけど、万が一アスカが捕獲できなかったときの――」
リツコの言葉を耳にして、アスカが頬をぷっと膨らませた。
「私、失敗なんかしない! バカシンジじゃあるまいし! 縁起でもないこと言わないでよね!」
「失敗するなんて思ってないわ。でも、万が一に備えるのが大人なのよ、アスカ」
「ふん」と、アスカはそっぽを向いた。
611 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/13(日) 00:17:19 ID:???
レイは相変わらずのアスカの子供っぽさに少し呆れる。
保険はつねにかけておくものだ。賭け金が多いときは、特に。
アスカはレイの視線に気がついたのか、レイの方を見て、「いっとくけど、あんたの出番なんかないからね」と宣言した。
「……だと、いいわね」
「なによ、その言い方」
「まぁまぁ、二人とも」と、シンジが即座に仲裁に入る。先ごろさんざん経験したので、パブロフの犬のように反射的に割って入ってしまうのだった。
……当初はレイは本部で待機のはずだった。それを読んだレイが、自分も出撃させるよう、リツコに掛け合ったのだ。
だいたい本部で待機など意味の無い行為だ。第3新東京市の迎撃システムはいまだ復帰の途中であるし、そもそもが大して役に立たない。
つまり、使徒をどこで迎え撃つか、場所は浅間山だろうが第3新東京市だろうが大して関係ないということだ。
それなら戦力を分散するより、初号機と一緒にいたほうがいい。
以上の理屈をもって、レイは「ある行為」と引き換えに同行を要求した。
D型装備を見たアスカの行動など簡単に予測できる。その対応を自分がやってやろうというのだった。
「……まぁ、分かったわ。もしアスカがそういう行動に出て、あなたが阻止できたら許可します」
リツコはやや訝しげだったが、とりあえずはそう答えておいた。

「いやぁぁぁ! なによ、これぇ!」
案の定――耐熱仕様のプラグスーツに格好悪いだのダサいだの大騒ぎしたあと、D型装備を身に着けた弐号機を見て、アスカは金切り声を上げた。
加持のさりげない誘導にもアスカの意志は変わらないようだった。
レイは笑いを堪えるのに苦労する。まったく、予想していた通りに動いてくれるのだから笑いも漏れるというものだ。
レイは、僕が……と言い出したシンジを抑えて手を挙げた。
「私が弐号機で出るわ」
またしても予想通りにアスカは行動した。レイが挙げた手を振り払って、鋭い声で言った。
「あなたには私の弐号機に触って欲しくないの、悪いけど」
それからリツコのほうを向いて、
「ファーストが出るくらいなら私が行くわ」
リツコを思わずレイを見た。レイの赤い目はこう言っていた。
ほら、私の言った通りでしょう?
612 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/13(日) 00:18:45 ID:???

 □

限界深度まで潜っても使徒は見つからなかったが、レイにはどうでもいいことだった。
ミサトはさらなる沈降を命令したようだ。
どうせなら底まで潜ってしまえばいいのに――とレイは思う。そこで一生暮らしていればいい。
と――。
レイのモニターにもアスカの見ている映像が映っているが、何かがいた。
どうやら使徒を発見したようだ。しばらくののち、
「目標、捕獲しました」
全員の安堵のため声が聞こえてくるようだった。
「アスカ、大丈夫?」
シンジの無線がレイの耳にも届く。
レイはふと違和感を覚えた。違和感の正体はすぐに分かった。
アスカ?
いつの間にあの猿を下の名前で呼ぶようになったのだろう?
「あったり前よ、案ずるより生むが易し、てね。やっぱ楽勝じゃん? でもこれじゃあ……」
アスカは緊張が解けたのか、いっぺんに喋りだした。
「ちっ」
レイは舌打ちした。面白くない。こんなことならわざわざ出向くことはなかった。ばかばかしい。
天井を見上げて顔をしかめたレイだったが、突然鳴り出した警戒音に反射的にモニターに目をやる。
使徒が羽化をはじめたのだった。
――面白くなってきたわね。
レイは目を細めて事の成り行きを見守ることにした。
613 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/13(日) 00:20:27 ID:???

……しかし、レイの期待通りには展開しなかった。
――なんだ、詰まらない。
アスカが機転をきかせて使徒を撃破した。してしまったのだ。
アスカの得意顔など見せられてはたまらない。レイがモニターを切ろうとしたとき、そのモニターに、アスカが見ているのと同じ光景が映し出された。
弐号機と地上を結んでいるケーブルが、次々と切れていく光景が。
ただの偶然か、それとも最期のあがきか、弐号機に食いついていた使徒が死に際にちぎっていったのだ。
思わず手を叩きそうになる。
――さ・よ・な・ら。弐号機パイロット。口ほどにもなかったわね。最期にあなたがあげる悲鳴を心ゆくまで味わってあげるわ。
レイは、唇の両端を吊り上げた。やはり来てよかった。最高の瞬間が見られるのだから。
しかし、次の瞬間――。
「!?」
レイは目を見開いていた。
滅多にないことだが、レイは心の底から驚愕していたのだった。
モニターには初号機の姿が映っていた。
アスカを助け出すために、マグマの中に飛び込んだ、初号機の姿が。
「何……やってるの……」
レイは呆然と呟いた。
「何やってるの、碇君!?」
614 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/13(日) 00:22:05 ID:???
脳裏にシンジの笑顔が浮かんだ。
……綾波が無事で、良かったよ。
――何が無事で良かったよ、だ。
――誰でもいいのか。
誰でも助けるのか。
レイは操縦桿を力いっぱい握り締めた。怒りのあまり、目の前が白くなる。
いや。違う。目の前で同僚がピンチになったいるのだから、助けるのは当然だと言える。
シンジはレイではない。レイは助けたりはしないが、レイ以外は誰だってそうするのだ。
だから。
だから、これは別に怒るようなことではない。
しかし、気分が悪いのは事実だ。怒っているのは事実だ。
どうして私は怒っているのだろう? その理由を考えるのは大事なことのような気がした。
レイは珍しく、自分の心を探る。マグマのように煮えたぎっている、自分の心の中を。
――。
そうか。
私は、別に、碇君が猿を助けたことに怒っているのではない。
猿が助かったことに気分を害しているだけだ。
それだけのことだった。それだけのことだったのだ。
考えてみると、あっけないほど簡単なことだった。急速に怒りもおさまってくる。
――?
レイは胸をおさえた。また胸が痛くなったのだ。刺すような痛みだった。
さっきは気のせいだと思ったのに。
一時的にしろ、激怒したせいだろうか?
あまりこういうことが続くようだと、医者に診てもらう必要があるかも知れない――レイはぼんやりとそう考えていた。
615 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/13(日) 00:23:07 ID:???

リツコは、こつ、こつとペンで机を叩きながらモニターに映るレイの表情を見ていた。
いや、ただ見ていたわけではない。
観察していたのだ。薄い笑みを浮かべながら、貴重な研究対象を観察するように、レイを見ていた。
その細められた目がどんなことを読み取っているのかは、誰にも分からないことだった。

エヴァから降りたシンジとアスカはひとしきり話し込んでいる。
なぜか助けられた方が偉そうだ。
「これで私に貸しが出来たとは考えないことね。貸し借り損益計算書を調べたら、まだまだ私のは大幅な黒字、あんたのは大幅な赤字なんだからね!」
「そんえき……? ……まぁ、分かってるよ。別に貸しとか、思ってないから。今度僕がピンチになったら助けてもらうよ」
「ふん! 男のクセに女に頼ろうっての?」
「いや、別にそういうことを期待してるわけじゃないんだけどな……」
苦笑していたシンジだったが、立ち去ろうとしていたレイに気がつくと、慌てて駆け寄ってきた。
「綾波! これからみんなで、温泉に行くんだって。綾波も……来るよね?」
「私は行かない」
「え……」
てっきり了承の返事が来るものと思っていたシンジは、意外な反応に固まってしまう。
「弐号機パイロットと一緒に行けばいいじゃない。温泉ですって? ちょうどいいわ、背中のノミでも取り合いっこすれば?」
レイは呆気に取られているシンジを振り向きもせず、足取り荒く格納庫から出て行った。

(続く)
616 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/13(日) 00:25:43 ID:???
今までだいたい1週間に1話程度のペースでやってきましたが、作りためておいたのがなくなってしまい、そういうわけにもいかなくなりました。
全15話か16話、2週間に1話投下で今年中に終わることができたらいいなぁ……と思っています。
617名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/13(日) 00:30:52 ID:???
乙です、黒レイを一番楽しみにしてます。がんばってください
618名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/13(日) 00:49:51 ID:???
GJそして乙
期待して待ってるから、ゆっくりでも頑張ってね
619名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/13(日) 06:17:55 ID:???
>>595
最終的に甘くなれば最高
620名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/13(日) 07:00:07 ID:???
乙です。
そしてリツコが何考えてるのか怖エェ。
ていうか、リツコにしてみれば憎しみの対象でもあった母をいたぶるための最良の駒
だと思いながらレイを見ていても不思議じゃない。
621名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/13(日) 08:55:49 ID:???
>>616

GJ!

リッちゃんは気づいたのに、当の本人がまだ良く分かってないw
黒レイかわいいよ黒レイ
622名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/13(日) 11:12:10 ID:???
気付いちゃったらマジでアスカ殺しかねないなこいつは・・・。
623名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/13(日) 22:28:35 ID:???
黒レイの変化に期待

>>595
ちょっと読みたくなってきた
624名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/13(日) 23:39:00 ID:3Of2xGLs
面白い。
こういうレイもいいですね。
期待。
625名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/14(月) 07:33:13 ID:???
>>616
GJ! アスカにはどんどん黒波さんを嫉妬させて欲しい
リツコの動向も気になる
626名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/14(月) 17:00:08 ID:???
黒レイ、いよいよ変化が大きくなってきて展開が俄然気になってきた
次の投下楽しみに待ってますわ
627名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/14(月) 19:49:23 ID:???
>>616
さすがの上手さですね
今後も期待しています
628名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/15(火) 05:18:21 ID:???
>>616 の大人気ぶりにワロタ
629名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/18(金) 08:54:09 ID:???
このスレの作品って誰が保存するの?
630名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/18(金) 13:37:34 ID:???
>>629
いない
631名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/20(日) 21:59:40 ID:???
保守
632名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/22(火) 21:33:48 ID:???
hosyu
633名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/23(水) 22:12:08 ID:dx/OQ/EC
投下期待age
634名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/23(水) 22:21:11 ID:???
>>616
焦らずゆっくりと推敲に推敲を重ねてお願いします
期待してます
635名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/23(水) 23:30:16 ID:???
黒波さん、もうすぐなのかな。楽しみワクワク
636名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/24(木) 07:51:10 ID:???
>>629
久々更新来た
http://lrs.s282.xrea.com/
637名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/26(土) 19:36:42 ID:???
ほす
638634:2009/09/27(日) 18:12:07 ID:???
早く投下してんか!
639 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/28(月) 01:13:39 ID:???
>>615

10.

相も変わらずうんざりするような快晴の日だった。居丈高な太陽の周りを、申し訳程度の雲が臣従のように取り巻いている。
その青空の下、レイは手ぶらで通学路を歩いていた。教科書や勉強道具などは学校に置きっぱなしなのだ。勉強など大してしなくても
テストの成績はいい。学校に出席しなくてもうるさく言われない所以である。
同じクラスの男子生徒が数人、レイの少し前を歩いていた。レイには気づいていないようだ。
特に聞き耳を立てているわけではないのだが、自然と話し声が耳に入ってくる。
「碇のやつさぁ、惣流と同棲してるんだってよ」
「本当かよ! まったく羨ましいよなぁ。美人の司令官と一緒に住んでるって話は聞いてたけど」
「司令官じゃなくて大佐だって話だぜ。いや、大佐じゃなかったかな?」
「まぁ、そこら辺はどうでもいいけどさ」
「相田くらいだな、気にするのは……。あいつら、もうキスとかしてるんじゃねえの?」
「何だかんだいって仲良さそうだからなぁ。惣流、碇と話してるときが素って感じ、するんだよな」
「俺もそう思う。いいよなぁ。羨ましいよなぁ」
レイは足を止めた。俯いて、少しの間、そこに立ちつくしていた。
みしり――と、何かが軋む音を、レイは聞いたような気がした。

教室に入ると、シンジとアスカはもう来ていた。もっとも二人が早いのではなく、レイがいつものようにぎりぎりで登校するだけの話なのだが。
二人は何か口喧嘩をしているようだった。あれで仲が良いのだろうか、とレイは不思議に思う。とてもそうは見えない。いつも言い争いばかりしている。
……もうキスとかしてるんじゃねえの?
別に、したければいくらでもすればいい。
私には関係のないことだ。
レイは頬杖をつき、窓の外の青空と空に浮かぶ雲を見て――眉を顰める。雲の形が気に入らなかったし、抜けるような青空も逆に嘘臭くて気に障る。
「だいたい何で僕がアスカの持ち物まで気にかけなきゃいけないんだよ! 忘れたのはアスカの自業自得だろ!」
「うっさい、レディに気をつかうのが男ってもんでしょーが!」
うるさいのはあなたよ、とレイは思った。少しは黙っていられないのか。
「誰がレディだよ、まったく……」
シンジの呆れたような反論に、生徒の何人かが含み笑いを洩らした。
640 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/28(月) 01:15:29 ID:???

昼休みになり、今日の昼食はどうしようかとレイは考える。食欲がなかった。買いにいくのも面倒だ。
思い返すと、ここ最近は学校に来ている。ここ最近――碇シンジが転校してきてからだ。
以前はよく休んだり、登校しても昼で帰ったりしていたものだが。
しかし――。
――今日は気分も悪いし、久しぶりに早退してしまおうか。
決断すると即行動に移るのがレイの性分である。
腰を浮かせた、その時――シンジに声をかけられた。
「綾波」
「――何?」
自分でも不機嫌だと分かる声音。なぜ不機嫌なのかは分からない。
「これ」シンジは右手に持っていたものをレイの机の上に置いた。「お弁当。良かったら……食べて」
シンジはレイの不審気な表情を見て慌てて付け加えた。
「いや、アスカとミサトさんの分、僕が作ってるんだ。一人分増えても大した手間じゃないから」
レイは黙って弁当箱を見る。
「えーっと。いらない?」
「……いえ。もらうわ」
レイの無表情が少し崩れた。何かシンジに言うことがあるような気がして、口を開きかけたのだ。だが、考えているうちに、
シンジは「じゃあ」と言って自分の席に戻ってしまった。ジャージとメガネに囃し立てられているようだ。
その様子を横目で見ていると、アスカと視線が合った。面白くなさそうな顔をしていた。ふとアスカの手元に視線をやると、
弁当箱の下に敷かれているのは、レイの目の前にあるのと同じ模様のランチクロスだった。
視線を正面に戻し、レイは弁当箱に手をかける。
その日は結局、早退せずに、最後まで授業を受けた。
641 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/28(月) 01:16:36 ID:???
 □

「ん?」
あれ、という顔でシンジは手に持った受話器を見た。

「それは碇司令、ホントに忙しかったんじゃないの」と、先頭を行くアスカが言った。
シンジが、ゲンドウとの電話中に、急に回線が切れたという話をしているところだった。
「そっかなー、途中で切ったっていうより故障した感じだったけど」
シンジはいまいち納得がいかない様子だった。もっとも、実際に耳にした者でなければこの違和感は分からないかも知れないとも思う。ぶつり、という音も聞いたような気がする。
「も〜、男のクセにいちいち細かいこと気にするのやめたら?」
アスカが眉をしかめ、呆れたように言った。
レイは二人の様子を、最後尾で黙って見ている。陽炎でゆらめく二人の背中が、やけに遠く感じられた。

「下で何かあったと考えるのが自然ね」
何度押しても反応のない電子ロックのテンキーから指を離し、レイはまるで関心の無いような口調で告げた。
カードも通らないし、どの入り口も開かない。非常回線も使えないという異常事態だった。
何はともあれ、本部に行かなければ話にならない。
三人は、第七ルートから本部に入ることにした。

 □

「しっかし、ちょろい相手だったわね。あんなのばっかりだったら物足りなくてしょうがないわ。オードブルだけ食べて帰らなきゃいけない感じ?」
アスカは首の後ろで手を組み、壁に背中をもたせかけ、組んだ脚をぶらつかせながら言った。
「え……大変だったじゃないか」と、シンジは少し目を丸くする。
実際、いつものようにレイとアスカの仲裁に奔走したシンジにとっては、大変どころの話ではなかった。エヴァに搭乗できてホッとしたくらいなのだ。
レイとアスカの諍いがあまりに頻繁なので、仲裁に入るスピードも手法もだんだん手馴れてきていることに少し複雑な気持ちになるシンジだった。
「バカね。それは停電という状況がタイヘンだっただけで、敵自体は楽勝だったじゃん。あんた程度のライフルで片付くくらいなんだし」
「別に、誰のライフルでも一緒だと思うよ」
「うっさいわね。私が撃つライフルの方が威力が凄いし、射程距離だって長くなるのよ! 私みたいに美しい乙女が撃つ方がライフルだって喜ぶでしょ?」
「滅茶苦茶な話だ……」
642 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/28(月) 01:18:19 ID:???
三人は溶解液で侵入を図った第九使徒を撃退したあと、そのままネルフ本部で待機を命じられていた。
何があるか分からないからというのがその理由で、アスカもシンジもそれで納得しているようだが、使徒の件が片付いた以上、
単にパイロットに構っている暇がないだけではないかとレイは疑っている。ここにいるのが飽きたらすぐに帰るつもりだった。
「それにしても暑いわねぇ……。電源はまだ回復しないの?」
アスカがぱたぱたと手であおぐ。
「予備は回復してるよ。ここの電気も付いてるし。本格的な復帰はもうちょっとかかるらしいよ」
アスカはあっそ、と返答するとレイに視線を向けた。
「あんたはいつも涼しそうでいいわね、ファースト」
レイは無視を決め込んだ。確かに涼しげに見えるレイだが、暑さを全く感じないわけではない。その証拠に今も暑さのせいで苛々している。アスカを無視しているのも、まともに相手にすればますます暑苦しくなるからだ。
「いかにも冷血人間って感じだし、暑さも感じないんでしょうね」
無視を続けるレイに、普段ならさらにつっかかるアスカだが、この台詞だけ言って素直に引っ込んだ。
どうやら機嫌がいいらしい。
「それはともかく! シンジ、これであんたに借りは返したからね」
借りを返す? なんのことか分からずにレイは首をひねる。しばらく考えて、やっと分かった。
浅間山で助けられたことか。
レイは借りを作るとか、恩に着るといった思考をしないので、とっさには思いつかなかったのだ。
シンジはアスカの言葉を聞いて、苦笑いのような笑みを浮かべた。
二人に何か通じ合うものがあった――ようにレイには思えた。
それが直接のきっかけになったのか、あるいは単に荷物を限界まで積んだロバに最後に乗せた藁の一本だったのかは分からない。分からないが、この時レイは無意識に決意したのだった。
アスカはおもむろに立ち上がると、出口に向かってどかどかと突き進みはじめた。
「あーもう我慢できない! シャワー浴びてくる!」
「でも、たぶんお湯は出ないと思うよ」
「水は出るでしょ? それで十分!」
643 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/28(月) 01:20:53 ID:???
アスカはいったん外に出たものの、すぐに顔をのぞかせて、「のぞかないでよ! のぞいたら殺すから」と鼻に皺を寄せて宣言した。
「のぞかないよ!」まったく、とシンジは肩をすくめて、「……参っちゃうよね、アスカにも」
所在なさげになったシンジが少し笑いながらレイに話しかける。
「だいたい、自意識過剰なんだよな……。そうそう、この間僕が……」
「知ってる? 碇君。弐号機パイロットの過去」
レイはシンジの言葉を遮った。
「え?」
「教えてあげる」
……それからレイはアスカの過去を詳細にシンジに語った。くすくすと笑いながら語った。途中で可笑しさに耐え切れず、たびたび中断した。
「――それで、自分の母親が首を吊ってるところを見たんだって」
あはは、とレイは声を立てて笑った。
おかしいね。
おかしいよね、碇君。
どんな気持ちだったんだろうね。
私は親がいないから分からないけど、母親がそんなことになって、どんな気持ちだったんだろうね。
夢にも出てくるんだろうね。
碇君、照る照る坊主でも吊らしておいたら? あの猿が見たらびっくりするわよ、きっと。
そんなことを言いつつ、レイは笑った。話す内容さえ脇に置けば、女子中学生らしい、純真そうな笑いだった。
ひとしきり笑い――レイは真顔に戻る。シンジはまったく笑っていなかった。青ざめた顔で、レイを見ていた。
「綾波……」喘ぐように、シンジは言った。「そのこと……絶対、アスカには……、いや、僕以外の人に喋っちゃ、ダメだよ」
レイの唇が少し歪む。指図されるのは大嫌いだった。たとえ誰であろうとも、どんなことであろうとも。
「絶対に、ダメだ」
「私の勝手だから」
レイは、吐き捨てるように言った。
そんなの、私が決めることだから。
「ダメだ! 綾波!」
突然の怒鳴り声にレイは驚いた。他人に向かってこういう風に怒鳴る男だとは思わなかった。
シンジに抱きつかれるほうが、まだしも驚かなかったろう。
644 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/28(月) 01:22:24 ID:???
レイはカッとなる。
よりによって、この自分に向かって。
「ダメ? 碇君、あなたどんな権利があって私にそんな事言うの?」
レイの声がきつくなる。他人に怒鳴られて大人しく引っ込むレイではない。
「綾波、君は……人の気持ちが、分からないの……?」
レイは首を傾げた。私が、人の気持ちが分からないですって? おかしなことを言う。
「人の気持ちなんて分かるわ。弐号機パイロットは嫌がるに決まってる、触れられたくないことに決まってるわ。ほら。私には分かる。簡単に分かる」
「……いや、違うんだ、綾波。そういうことじゃない。そういう……ことじゃないんだ」
シンジは違うんだ、と繰り返し言った。違うんだ、綾波。違うんだ……。
「なら、何?」
「人の……嫌がることを言ったりしちゃいけないんだ」
シンジはまるで眩暈がしたようにふらりとよろめいた。親指と人差し指でこめかみを押さえている。
「なぜ? どうして人の嫌がることをしちゃいけないの? 私がしたいんだから、いいのよ」
「綾波……」
シンジは絶句した。
「綾波……」
レイは不思議そうに問いかける。いや、本当に不思議だった。
「碇君、あなた……何で泣いてるの?」
シンジは涙を流していた。大粒の涙がぽろぽろとシンジの頬を流れていく。
シンジは口を噤んだまま答えない。
ふいに――。
レイの胸に、苛立ちが湧いた。
「何で泣いているか、訊いてるんだけど?」
「可哀想、だから……」
「誰が?」
顔をしかめてレイは訊ねる。あの猿が可哀想だというの? まぁ、確かに客観的には可哀想と言える状況だろう。レイには面白くないことであったが、シンジがそう思うのも無理はない。
しかし、シンジの答えはレイの予想だにしないものだった。
「……綾波が」
「……は?」
レイはぽかんと口を開け、シンジが「……なんて、冗談だよ、綾波」と言い出すのを待つかのように、シンジの口の辺りを凝視した。
しかし、シンジはそれきり黙ったままだ。
645 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/28(月) 01:24:08 ID:???
――私? 私が可哀想?
 ・ ・
「私が?」
どうやらシンジは真面目にそう言っているのだと理解すると、レイの頭の中が真っ白になった。目の前で閃光弾が炸裂したかのようだ。
 ・ ・  ・ ・ ・
「私が、可哀想?」
レイの、ただでさえ白い顔が、新雪のように白くなった。
「何で?」
レイは、シンジに詰め寄っていた。
「何で、私が可哀想なの?」
シンジは黙っている。黙ったまま、レイの赤い目を見つめている。
「答えて」と、レイは言った。声が震えているのが自分でも分かった。それがレイには気に食わなかった。まるで、動揺しているみたいではないか。
「答えて、碇君!」
レイは叫んだ。
シンジはそれでも何も答えない。
気がつくと――
レイは、右手を振りかざしていた。
肉が肉を叩く、乾いた音。
シンジは避けなかった。避ける素振りも見せなかった。レイの右の掌がシンジの左頬を張った瞬間をのぞいて、ずっと、レイの目を見ていた。
レイは唇を震わせた。何か言うべきだと思ったが、言葉は何も出てこない。
シンジを睨みつけ――踵を返すと、アスカと同じようにドアに向かった。危うく走りそうになるが我慢する。
ドアが開き、ちょうどシャワーから帰ってきたアスカと鉢合わせした。
「ん?」
アスカは目をぱちぱち瞬きさせて、
「どうしたの? あんた、何か、凄く怒ってる?」
次の瞬間、アスカはレイに突き飛ばされ、よろめいた。
「な、な、何よ?」遠ざかるレイの背中に呆然と目をやる。
「何なの、いったい?」
アスカはきょとんとした顔で言った。
646 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/28(月) 01:26:23 ID:???

 □

どいつもこいつも――
死んでしまえ。
猿も、碇シンジもだ。
レイは腹立ち紛れに足元の小石を思い切り蹴飛ばした。小石は夜の闇の中に、溶けるように消えていった。
闇の色が濃い。疎開が相次いでいるせいで、夜に灯りをつける家が減っているからだ。
道路沿いに配置されている街灯も、使徒との戦闘のためにところどころ破壊され、修理されずに放置されているため、
その役目を十分に果たしているとは言い難い。むしろ暗闇をいっそう暗くしている感がある。
その濃密な闇が支配する夜の道を、レイは唇を噛みしめながら歩いていた。
馴染みのステーキ屋に行って肉を貪るように食べてきたところだった。ほとんどやけ食いに近いような食べ方で、殺気溢れるレイの食事に周囲の客も唖然としていた。
このまま真っ直ぐ家に帰っても、煮えくり返るような腹立ちはおさまらないだろう。だから、歩くことにした。
歩いているうちに多少は落ち着いてきたものの、タールのようなどす黒い怒りを燃料に、まだ炎は燃え続けている。
今まで感じたことのないような感情だった。いつもの瞬間湯沸かし器的な、ほとんどその場限りのものとは違って、いつまでもしつこく残り続けるような感じの怒り。
レイは無意識に親指を唇に持っていき、爪を噛んだ。
哀れむということは、馬鹿にすることだ。碇シンジは――あの男は私を哀れんだ。私はあの男に哀れまれた。馬鹿にされたのだ。
今まで生きてきて、あそこまで面と向かって馬鹿にされたことはない。
胸がむかむかする。なにか大きい塊がつまっているようで、気持ちが悪い。吐き気すら感じる。
何様だと思ってるのだろうか、あの男は。
私が――
私が、可哀想?
許せない。
絶対に許さない。
レイは憤怒に身を焦がしてはいるが、同時に後悔もしていた。馬鹿なことをしたとも心の片隅で思っている。
なぜ、あんなことを言ってしまったのだろう――と。
普段の怒りと質が違うのは、自省の念も込められているから――つまりは自分にも怒りの矛先が向けられているからなのだが、レイは自覚していない。何となく、いつもと違うと思っている。
シンジとアスカが話しているところを見たら、アスカの家庭の事情を言いたくなった。言いたくなったら口に出すのがレイの性格で、それだけのことだ。
それの何が悪い?
647 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/28(月) 01:27:41 ID:???
だいたい、なぜ泣く? 意味が分からない。あの涙は何?
第五使徒戦で泣いたのはいい。
あれは、私が無事だったからだ。
――あれ?
レイは足を止めると、近くの電信柱に手をかけた。俯いて、考える。
よく考えるとおかしいことがある。
私が無事で、なぜ碇シンジが泣いた?
あの男の性格を考えれば、無事でないよりは、無事のほうが嬉しいだろうというのは想像できる。
しかし、泣くようなことではない。
逆の立場だったら、私は泣くだろうか? 碇シンジが無事で、私は泣く?
泣かない。当たり前のことだ。
だいいち、私は今まで泣いたことがない。泣くという行為が、分からない。
ない――と思う。
ゲンドウは泣くだろうか。泣かない。ミサトは? リツコは? クラスメイトは? その他ネルフの人間は?
誰も泣かない。誰も私のために泣いたりはしないだろう。
あの男だけが私のために涙を流した。
あの男だけが、私のために涙を流すのだ。
ということは。
さっき泣いたのも、私の――。
前方からのハイビームの強烈な光にレイは目を細めた。カーブを曲がってきた車が放つ光だった。
同時に、道路の向かい側から小さな生き物が渡ってくるのを視界の隅に捉えた。
犬だ。仔犬がこちらに歩いてくる。
鋭い、耳に突き刺さるような音。
急ブレーキの音だ。
一秒の何分の一の短い時間でレイの脳裏をよぎったものは、
……犬を蹴っちゃダメだよ。
というシンジの言葉だった。
レイは、舌打ちとともに車の前に飛び出していた。
648 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/28(月) 01:29:28 ID:???

 □

ネルフに入って一番辛いことは、と訊かれたら、青葉シゲルは「待つこと」だと答える。
いや、青葉ならずとも、ネルフ関係者のほとんどはそう答えるに違いない。
なにしろ使徒はいつ、なんどきやって来るか分からない代物なのだ。
人間という生物は、常時緊張を保てるようには出来ていない。どうしたって気が抜けるときがある。
……というわけで、遅番に入っている長髪のオペレーター、青葉シゲルは、椅子にだらしなく座り、エア・ギターを弾いて時間を潰していた。
ソリッドでヘビーな(つもりの)リフからシャープなカッティングを使用したセンスのある(つもりの)バッキング、ソロはタッピングやスキッピングを多用したテクニカルな(つもりの)もの。最後はパワーコードを一発かき鳴らして……。
「ジャー……」
ン、と言い終わらないうちにけたたましい警戒音が鳴り響いた。
「うわっ、と!」
思わず前のめりになりつつも、モニターを確認する。
「ATフィールド発生!」
使徒か? 青葉の全身に緊張が走る。
「パターンオレンジ、解析不……いや、人間!?」
モニターにはHUMAN BEINGの文字が点滅している。
青葉は舌打ちした。どうなってる? こんなことは想定外だ。
「どうしたの?」
いつものように残業中だったリツコが白衣姿で駆け込んできた。かすかに声が掠れているのはタバコの吸いすぎのためだろう。
649 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/28(月) 01:30:42 ID:???
「いや、それが……」
青葉はいったんリツコにやった視線を再びモニターに戻す。すると――
「ATフィールド、消失……しました」
警戒音も止まっている。
「発生場所は……?」
「ここです。いったん発生して瞬時に消えました。時間にして……0コンマ89」
青葉が拡大した場所をモニターに映して指し示した。
リツコは顔色を変えた。「ここは……!?」
「ご存知ですか? ここに、何か?」
「……いえ、何でもないわ」リツコの表情は黒板消しでチョークを消したようにすっと元に戻った。「どうやら誤作動のようね。機械であれ、人間であれ、100%はないということよ」
「ええ、まぁ……。人間がATフィールドを展開するなんて、有り得ないことですからね」
「一応、部隊を送って調べて頂戴。私はログを解析してみるわ」
「了解」
さっそく手配にかかる青葉を横目に、リツコは気づかれないようにそっとため息をついた。
「まったく……。どういうつもりなのかしら、あの娘」

 □

レイは、目の前のフロント部分がひしゃげた乗用車を無表情な顔でしばらく見つめると、横に回りこんで運転席を覗き込んだ。
中年の女性が呻きながら顔を起こそうとしていた。
スピードを出していなかったのと、エアバッグのお陰で怪我はしていないようだ。せいぜい鞭打ち病に悩むくらいで済むだろう。
まさか何もないところで壁にぶつかるとは思わなかっただろうから、精神的なショックは大きいかも知れないし、警察や保険屋に説明するのに
ひと苦労するかも知れない――というより説明できないかも知れない――が、それはレイの知ったことではない。
レイはその場から離れ、家へと歩きはじめた。あと五分も歩けば着く。
この場にはもうすぐネルフの連中が来るはずだ。それまでには退散したかった。面倒はご免だ。
そこで仔犬の鳴き声に気づき、レイは立ち止まった。
そうだ。犬のことをすっかり忘れていた。
レイが立ち止まると仔犬も立ち止まり、舌を出しながら何かを期待するようにレイを凝視した。
お世辞にも可愛いとは言えない仔犬だった。むくむくとした全身の毛は薄汚れている。レイは犬の種類など知らないし、興味もないから、何犬なのか分からない。
650 ◆IE6Fz3VBJU :2009/09/28(月) 01:31:59 ID:???
「……ついてくるな」
犬に人間の言葉通じるわけがない。馬鹿げたことをしてる、とレイは思った。もっともそれを言うならこうやって犬を助けたこと自体が馬鹿げている。
いったい私は何をしているのだろう?
今日は馬鹿なことしかしない日のようだった。
犬から目を逸らすと、また歩きはじめる。
柔らかい足音から、犬が後をついてくるのが分かった。
今度は廃屋のような、レイだけが住民のマンションの前まで振り返らなかった。
「……蹴るよ?」
レイはサッカーボールを蹴るときのように、右足を後方に跳ね上げた。その姿勢のまま数秒とまる。バランス感覚が発達しているのか、微動だにしない。
仔犬は脅しなどものともせず、同じように微動だにせずレイを見つめている。
「ちっ」
舌打ちすると、跳ね上げた足を思い切り地面に叩きつけた。
アスファルトと靴底から生まれた、やや甲高い、鞭を打つような音に仔犬はびくりと身体を震わせる。
レイはふんと鼻で笑うと、階段を上りだした。
自分の部屋の前まで来ると、ドアノブに手をかけて考える。
犬が後をついてきているのは見ないでも分かっていた。
このまま素早く部屋に入って放って置けば、犬はどこかに行ってしまうだろう。それで仕舞いだ。
今日は馬鹿なことしかしていないのだから、最後ぐらいはまともな行動を取らないといけない。
私は馬鹿ではないのだから。
碇シンジに馬鹿にされるような人間ではないのだから。
レイはドアを見つめながら言った。
「あなた、ひとり……?」
仔犬が、くーんと鳴いた。
「そう。私と同じね。私も……」
レイはドアに額を押し付けた。ひんやりとした感触が心地良かった。
――私も、ひとり。
しばらくそのままでいた。
それからレイは、愚行続きの今日のなかでも、とびっきりの馬鹿げたことをした。
ドアを開けると、仔犬に向かってこう言ったのだ。
「おいで」

(続く)
651名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/28(月) 01:33:47 ID:???
きたー!乙であります!!
652名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/28(月) 02:46:24 ID:???
乙です…!
わんこが気になるところ
653名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/28(月) 03:31:13 ID:???
黒波さんの人か おつ
654名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/28(月) 06:51:30 ID:???
乙っす
655名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/28(月) 08:55:57 ID:???
乙ですb
あのわんこが何気に伏線だったとは
656名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/28(月) 14:50:16 ID:???
デレ期キター(゚∀゚)───!!
657名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/28(月) 18:10:27 ID:???
わんこちゃん逃げてー!
658名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/28(月) 18:34:58 ID:???
なんかもうレイが別人w
659名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/28(月) 20:10:42 ID:???
どうもありがとうございました乙乙
660名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/28(月) 22:22:10 ID:???
>>636
サンクス。

管理人さんよろしく
661名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/28(月) 23:36:30 ID:???
「おいで」
かわえええええ
662名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/29(火) 04:22:59 ID:???
投下されてた!
子犬は勝手に柴犬に変換して読まさせてもらいますw
663名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/29(火) 09:58:33 ID:???
豆柴キボン
664名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/30(水) 08:44:57 ID:???
>>650

GJ. GJ.
665名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/01(木) 22:27:03 ID:Pff8Nryn
よかった!
続き読みたい

はやく

うま
666名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/02(金) 00:43:11 ID:???
おいでなすったな黒レイさん徐々にシンジに丸め込まれる側になってきてないか?
667名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/02(金) 21:27:39 ID:4ybBBFQ5
非18禁マイナーなギャルゲーSS コンペスレ
http://jfk.2ch.net/test/read.cgi/gal/1253782415/1-100

なぜ 下の作品の二次創作が少ないのか?
SS作家様たちに 下の作品 SSを書いてくれといって 頼みたいです。

1. 初恋ばれんたいん スペシャル
初恋ばれんたいん スペシャル PS版は あまりのテンポの悪さ,ロードは遅い(パラメーターが上がる度に、
いちいち読み込みに行くらしい・・・)のせいで、悪評が集中しました。ですが 初恋ばれんたいん スペシャル
PC版は テンポ,ロード問題が改善して 快適です。 (初恋ばれんたいん スペシャル PC版 プレイをお勧めします!)
初恋ばれんたいん スペシャルは ゲームシステム的にはどうしようもない欠陥品だけど。
初恋ばれんたいん スペシャル のキャラ設定とか、イベント、ストーリーに素晴らしいだけに
SSがないのが とても惜しいと思います。

2. エーベルージュ
科学と魔法が共存する異世界を舞台にしたトリフェルズ魔法学園の初等部に入学するところからスタートする。
前半は初等部で2年間、後半は高等部で3年間の学園生活を送り卒業するまでとなる。
(音声、イベントが追加された PS,SS版 プレイをおすすめします。) 同じワーランドシリーズなのに
ファンタスティックフォーチュンSSは多いのに 似ている 魔法学院物なのに ネギま、ゼロの使い魔 SSは多いのに
エーベルージュのSSがほとんどありませんでした。

3. センチメンタルグラフティ2
センチメンタルグラフティ1のSSは多いのにセンチメンタルグラフティ2のSSがほとんどありませんでした。
前作『センチメンタルグラフティ1』の主人公が交通事故で死亡したという設定で
センチメンタルグラフティ2の主人公と前作 センチメンタルグラフティ1の12人のヒロインたちとの感動的な話です
前作(センチメンタルグラフティ1)がなければ センチメンタルグラフティ2は『ONE~輝く季節へ~』の茜シナリオを
を軽くしのぐ名作なのではないかと思っております。 (システムはクソ、シナリオ回想モードプレイをおすすめします。)
668名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/05(月) 15:29:48 ID:???
黒レイの続きが早く読みたいでやんす
669名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/08(木) 09:27:27 ID:???
もうすぐなのかな
670名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/12(月) 08:49:53 ID:???
こないね
671名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/12(月) 10:05:18 ID:???
ワクワク
672 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/12(月) 22:36:31 ID:???
>>650

11.

レイはシンジと言葉を交わさなくなった。シンジの方からは話しかけてくるが、レイが徹底的に無視するのだ。
それもわざとらしく無視するのではなく、本当に言葉が聞こえないような態度であって、同時に周囲が鼻白むほどの徹底振りだった。
ケンスケなどは、シンジがレイに話しかけた時、レイのあまりの反応の無さに自分の空耳ではないかと疑い、シンジに「お前、今綾波に何か言ったよな?」と確かめたほどである。
こういう無視の仕方は綾波レイにしか出来ないのではないかと思わせるような、背筋が寒くなるほど非人間的な振る舞いだった。
「あんたたち、何かあったの?」
アスカも目を丸くしてシンジに訊く始末だった。
「うん、ちょっと……怒らせちゃって」
アスカに限らず、誰かに同じ事を訊かれると、言葉少なにシンジはそう答えた。

レイは無言のまま思い切り弁当箱を払いのけた。弁当箱は隣の席の生徒の机に当たり、床に落ちた。
昼休みの浮ついた喧騒に包まれていた教室が、レイの周囲だけ静寂に変わった。
「何すんのよ!」
すぐにアスカが血相を変えてレイに詰め寄る。
アスカの怒声に今度は教室中が静まり返り、全員の目が三人に集まった。
「いいんだ、アスカ。僕が余計なことしたから……」
シンジは静かに言うと、腰を屈めて床に落ちた弁当箱を拾い上げた。
「よかないわよ! せっかく作ったのに……。それにね、私は食べ物を粗末にするやつは許せないの!」
アスカは髪の毛を逆立てんばかりにして怒っていた。珍しいことに、他人のために怒っている。
レイはアスカも周囲の目も意に返さず、正面に視線を置いたまま静かに立ち上がった。滑らかだが、どこか機械を思い起こさせる動きだった。
「どこ行くのよ」と、アスカが手を広げて通せんぼをする。
「どきなさい、猿」
レイはあくまでアスカもシンジも見ない。
「猿って言うな、この」
無論素直にどいたりするアスカではなかった。
「謝んなさいよ、シンジに」
レイはそこではじめてアスカを見た。その目が久しぶりに人間らしい感情に染まる。
「なぜ、私が謝るの?」
レイがどうやら本気で疑問に思っていると分かり、アスカは一瞬言葉を失った。
673 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/12(月) 22:39:02 ID:???
「……弁当、落としたでしょ!」
「……」
肩をすくめると、レイは無言でアスカを押しのけ、教室の出口に向かって歩き出す。
「あっ、こら……!」
アスカはレイの肩に手をかけようとして、逆に誰かが自分の肩に手を置いたことに気づいて振り返った。
シンジが黙って首を振っている。アスカは追いかけるタイミングを失ってしまった。
ドアをぴしゃりと閉める音が、静まり返った教室にやけに大きく響いた。
「待ちなさいよ! このバカ!」
アスカの叫び声は虚しく跳ね返った。
石を呑んだように静まり返っていた教室が、それを合図にしたように徐々にざわめきを取り戻していった。
トウジがサンドイッチを口に運びながら、目を丸くして言った。
「ひゃー。ゴジラ対キングギドラやな。ありゃ間に入ったらエヴァでもやられてまうやろ」
「委員長がいなくてよかったな。ガメラも加わるところだったぜ」と、頬杖をついて見ていたケンスケが言った。

「あら、レイ。犬の様子はどう? ちゃんと面倒見てる?」
「……ええ」
リツコはレイと本部の廊下ですれ違った。訓練帰りで、プラグスーツに身を包んでいる。一見すると相変わらずの無表情だが、リツコには微妙に普段と違うものを感じていた。
もっとも、どこがどうとまでは分からなかったが。
「散歩は……連れてってないでしょうね」
レイが犬を散歩してる姿など想像も出来ない。自分で言ったことながら、おかしくて笑いそうになる。
「放し飼いだから」
「そう。車に気をつけるのよ。まぁ、最近疎開が多くて通行量も減ってはいるけれど。そうそう、名前は?」
レイは不思議そうに首をかしげた。
「名前?」
「犬の名前よ。……まさか、つけてないの?」と、そんなわけがないだろうと思いつつも一応訊いてみる。
「つけてないわ」
「じゃあ、何て呼んでるの?」
「犬」
「犬!?」
674 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/12(月) 22:40:47 ID:???
リツコはさすがにレイがそこまで無頓着だとは思わず、驚愕する。
「だって犬だもの」
「それはそうだけど……。普通は名前をつけるものよ、レイ。だいたい呼ぶときに困るでしょう」
ふうん、とレイは言った。もちろん、付ける気などなかった。椅子やテレビに名前を付ける人間はいない。レイにとっては、それと同じことだった。
「考えておくわ」
リツコは気のない返事をして歩み去るレイの後姿を見ながら、この間の電話の件を思い出していた。

……電話が鳴ったとき、リツコはちょうど帰り支度をしている最中だった。電話を取るのに少し躊躇する。
このところ残業続きで、さすがのリツコもいい加減疲れていた。今日は誤作動騒ぎ――本当は誤作動ではないと考えていたが――もあって、さらに厄介ごとに巻き込まれるのは勘弁して欲しいところだった。
数秒のためらいの後、諦めのため息をつくと受話器を取った。
「犬って、何食べるの?」
電話が繋がるなり、いきなり質問された。
「レイ……? どうしたの、突然」
レイの性格を知ってはいるものの、さすがに今回の突拍子の無さは過去に例があったかどうか容易に思い出せないほどだ。
「いいから答えて。仔犬には何を食べさせたらいいの?」
「それは……無難なところだと、ドッグフードじゃないかしら? 仔犬用のものもあるらしいわよ」
我ながら馬鹿馬鹿しい返答だと思うが、そう答えるしかない。まるで1+1の答えを真面目に質問されたかのようだ。
「ドッグフード……。どこに売ってるの?」
「スーパーとか。あと、コンビニで売ってるけど」
「そう」
「ちょっと待ちなさい、レイ! あなたさっき――」
リツコはツー、ツーと愛想のない音を発する受話器を忌々しげに置いて、先ほどと同じ台詞を吐いた。
「まったく……。どういうつもりなのかしら、あの娘」
しかし、いったんは上げた腰を再び下ろして、
「仔犬ですって……? ひょっとして、犬を飼うつもりなのかしら……。あの娘が?」
肘を机につき、手の甲に顎を乗せると、ふふ、と含み笑いを洩らした。
とても楽しそうな笑いだった。
675 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/12(月) 22:42:31 ID:???
 □

レイは今日も学校に行かない。シンジの顔を見たくないからだ。
どうしてもネルフ本部では顔を会わせてしまうから、その分他の場所でシンジの顔を見る機会を減らさねばならない。
学校に行かなくなると、自然と時間をもてあますようになった。
本部にいるとき以外、何もすることがない。今もこうやってベッドに寝そべって天井を見ている。
前は何をしていたのだろう? 単に以前と同じになっただけなのに。
半年も経っていないことなのに、思い出せなかった。不思議な気分だった。
まるで碇シンジが来る前と後で別人になってしまったかのようだ。
仔犬が寄ってきて、くーんと鳴いた。
レイは起き上がってベッドの端に座り、目の前でうろうろする仔犬を、まるでつい最近発見されたばかりの新種の動物だとでも言うような目で見下ろした。
今まで犬はおろか、生き物など飼ったことがない。かといって人に聞くのも嫌だった。この間はリツコに電話してしまったが、これ以上リツコに頼るのは避けたい。
そこで本屋にいって「犬の飼い方」の類の本を何冊か買ってきて、ぱらぱらと読んでみた。
結論から言うと、エサと水をやって、あとは放っておくということに落ち着いた。しつけだの何だの書いてあったが、そんなことをする気はなかった。
むろん散歩になど連れて行かない。隣の部屋を開けっ放しにしておいて、自由に出入りさせておくだけだ。行きたいところにいけばいい。
そのうちどこかへ去っていくのかも知れないし、ここに居つくかも知れない。どちらでもよかった。
仔犬がぶんぶんと尻尾を振って、何かをせがむように軽くジャンプした。
――エサ?
いや、エサはさっきやったばかりだ。エサでなければ何?
本に書いてあったことを思い出した。
……犬は飼い主に撫でてもらうと喜びます。
レイは手を伸ばして、仔犬の頭を撫でてみた。仔犬は舌を出し、目を細めて喉の奥で小さく鳴いた。
掌が温かい。どこかで似たようなぬくもりを感じたような気がした。
目を閉じて記憶を探るが、思い出せない。
思い出せないから、黙ったまま犬の頭を撫でている。
676 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/12(月) 22:46:04 ID:???
 □

ミサトはため息をついて、目の前に立つチルドレンの顔を順繰りに見ていった。
これから0コンマのあとに0が何個も続くような成功率しかない作戦に入るのに、肝心の三人の仲がこれまでにないほど悪化しているのである。
具体的に言えば、レイと、シンジ・アスカの関係だ。いや、険悪なのはレイとアスカで、シンジとレイは険悪という訳ではない。
レイとアスカはまだいい。常識的な範囲内での険悪さであって、両者の性格を考えると、むしろ仲が悪い方が自然だとも言える。
問題はレイとシンジの方で、ミサトには原因不明の理由で、レイがシンジのことを一方的に無視しているのである。
まるでシンジが透明人間かなにかで、レイにはシンジの姿を見ることも言葉を聞くこともできないとでもいうような、
自然でありながら同時に滴るような悪意を感じさせる態度だった。
シンジに理由を訊いても曖昧なことを言って答えないし、レイにいたってはどうせまともに答えないのだから、質問する気にもなれない。
この場の空気はどんよりと、そしてひんやりとしていて、並みの神経の持ち主なら居たたまれないものになっている。
「いい? あなたたち」作戦をあらかた伝えると、ミサトは腕を組んだ。「別に友達同士になれとは言わないわ。でも、作戦に支障が出るようじゃ困るのよ。
特に今回はあなたたち三人のコンビネーションが問われることになるんだから」
「ふん。こんなもの、私一人だってイケるわよ」
「アスカ」
ミサトは苦笑する。
無論、一人でこの広大な落下予測地域をカバー出来るわけがないのはアスカも分かってるし、ミサトもアスカが分かってることは分かっている。
ほとんど条件反射的に口をついて出ただけだ。
「分かってるわ。誰かさんと違って、子供じゃないもの」と、レイが言った。
――また余計なことを。
ミサトは頭が痛くなる。
案の定、アスカがこれまた条件反射的に反発する。
「誰よそれは? 私だっての?」
「やめなさい、二人とも」ミサトはため息を無理矢理抑えつけた。「あなたは大丈夫、シンジ君?」
「……え? ごめんなさい、何がです?」
シンジは顔を上げて、ぼんやりと答えた。
ミサトは頭を抱えそうになった。
本当に大丈夫なのだろうか?
あまり考えたくないことだが、奇跡は滅多に起こらないから奇跡――なのだった。
677 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/12(月) 22:47:56 ID:???
レイは微妙な違和感を覚え、落ち着かない気分になった。胸の奥がざわめくような、嫌な感じ。
もっともそう感じたのも一瞬のことだった。今は余計な事を考えている場合ではない。
ミサトの合図とともに、零号機をスタートさせた。

 □

マンションの前にシンジが立っているのが、遠目からでも分かった。アスファルトから立ち昇る熱気にゆらめき、幻のように見えるが、間違いなくシンジの姿だ。
レイは舌打ちとともに立ち止まり、引き返してどこかで時間を潰そうかと考えた。
――まさか。
それではまるで逃げているみたいではないか。
なぜ私がそんな真似をしなくてはならない? どうかしてる。
シンジは結構な距離までレイに気が付かなかったらしい。レイの影に少しの間目を留めて、それから跳ね上げるように顔を上げた。
「綾波……」
どうせぼんやりしていたのだろう。レイはシンジのこういうところにも苛々する。きっと恐竜並みの神経をしているのだ。
「綾波、最近学校来てないけど……。どうしたの?」
レイはここ最近そうしているように、完全に無視してシンジの脇を通り過ぎる。
「これ、プリント。届けてくれって言われたから……」
シンジはまるでこの間拾った仔犬のように、少し後ろを付いてくる。
「綾波――。その……。この間のこと、悪かったと思ってる。でも、もっと人のことを考えないといけないし、君は出来ると思う」
ふいにレイの胸に激しい苛立ちがよぎった。振り返って、シンジが持っているプリントの束をはじき飛ばそうと手を振りかぶる。
しかし、振り上げた手は行き場を失った。
仔犬がマンションの方から全速力で走り寄ってきて、ゴムボールのように飛び跳ねながらレイの足にまとわりつきはじめたからだ。
「何で出てくるの」と、慌てて叱りつけるがもう遅い。仔犬は構ってもらえたと勘違いしたのか、レイの周りをぐるぐると回る。
「その犬、綾波が飼ってるの?」
シンジはかなり驚いた顔をしていた。
678 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/12(月) 22:49:07 ID:???
レイは顔が熱くなるのを感じた。どういうわけか、恥ずかしかった。
つい、「そうよ。悪い?」とシンジに答えてしまっていた。二度と口を利くものかと思っていたのに。
「いや、もちろん悪くないよ。逆に、嬉しいよ。やっぱり、僕が思っていた通りだ」
「え?」
思っていた通り? シンジの予想外の返答にレイは眉をひそめる。
「綾波は、本当は優しい子なんだってこと」
「は……」
レイは一瞬、殴られたように仰け反って――笑い声を立てていた。
――本当は優しい子?
――本物のバカだ、この男は。
これほど笑える話を聞いたのは初めてかも知れない。自分が優しいという形容詞からほど遠い性格だということはレイにも分かっている。
いったいどこをどう解釈すれば自分が優しいと誤解できるのか? 嘘をついているようには見えないから、真面目に言っているのだろう。
頭がおかしいとしか思えなかった。
レイがあまりに笑うせいか、シンジはやや顔を紅潮させ、ムキになって、「動物を好きな人に悪い人はいないんだ」と力説した。
シンジはレイが笑い止むまで困惑した様子で待っていた。レイが笑い止むと、
「名前、何ていうの?」
――リツコと同じことを質問するのね。
そんなに名前が気になるのだろうか?
「犬」
「え、と……? ひょっとして、名前が犬ってこと?」
「そう」レイは何を当たり前のことを聞くのかと訝しげな顔で、「犬だから、犬」
「か、変わっ……ユニークな名前だね……」
何と言えばいいのかよく分からず、シンジは考えた末にそう言った。
679 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/12(月) 22:50:54 ID:???
「変わってない名前は?」
シンジは考え込む。
「え……。なんだろ。ポチとか太郎とかジョンとか……って、いまどきそんな名前つけないか。何だろうね……。生き物飼ったことないから、分かんないや」
その言葉を最後に二人の間に沈黙が立ち込めた。仔犬のせわしなく息をする音だけが耳につく。
特に何がきっかけということは無かった。レイにとっては単に思っていることを口にするだけだった。
レイは曖昧に微笑むシンジを冷たい目で見つめて、
「碇君、私は」
いったん言葉を切った。シンジはレイが何か大事なことを話そうとしているのを察知して、真剣なまなざしでレイの目を視線を合わせる。
「私は、あなたのことが大嫌い。二度と話しかけてこないで」
シンジの表情はほとんど変わらなかった。霞がかかったような、いくぶん女性的な顔つきはふだんと同じだった。目だけはやや悲しげだった。
「さよなら」
レイはそう言い捨てると、シンジを背後に残し、マンションのぼろぼろの階段を上っていった。

 □

レイはエサ箱にいっぱいのドッグフードと、一口も飲まれていない水をじっと見つめた。
犬が姿を見せなくなって、これで三日目になる。
自分の部屋に戻ると、ベッドに寝転がって天井を見る。
逃げたのだろう、とレイは推測した。しょせんは動物、人間とは違うのだ。
人に飼われるのが嫌だったのだろう。私が動物になったとしても、誰かに飼われるのは嫌だ。
……事故には気をつけなさいよ。
リツコの言葉が脳裏に蘇った。
だから?
レイは目を閉じる。
もともと私が助けなければあそこで轢かれて死んでいたのだ。仮にどこかで野垂れ死んでいるとしても、死ぬのが少し遅くなっただけの話だった。
シャワーを浴びてすっきりして、犬のことなんか忘れて寝てしまおう。
レイは立ち上がると、バスルームの前まで行ってドアノブに手をかけた。
それから――
手を離し、諦めのため息をつくと、靴を履いて外に出た。
680 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/12(月) 22:55:34 ID:???

正面から出て行くと保安部に見つかるので、マンションの横手にあるブロック塀をよじ登って敷地の外に出ることにした。別に見つかっても構わないが、犬を探してるなどと知られたくなかった。
もう八時を回っている。常夏の国と言えども、さすがにあたりはもう暗い。
しかしレイはほとんど動物的といってもいいほど、異様に夜目が効いた。さして苦もなく辺りを捜すことが出来る。
もし車に撥ねられたのなら、当然道路だから、道路沿いに歩いて目を配る。
周囲を一回りしたら戻ろうと、この時は思っていた。
――。
レイは顔を上げた。額に水滴が当たった気がしたのだ。
水滴がぽつり、ぽつりと続けて当たる。滴は次第に大きくなり、そして――。
大雨になった。

――どうかしてる。
レイは雨の中を歩きながら、自分に呆れ、驚いていた。こんな事は全く意味がない。早く家に帰ってシャワーを浴び、犬の事など忘れてぐっすりと寝るのだ。
それでもレイは周囲に目をやりながら歩いている。滝のような雨だから、これも意味がない行為だった。雨のカーテンに囲まれているようなものだ。
多分、意地になっているのだろう。是が非でも犬を見つけてやる、と。
本当に?
よく分からなかった。
あの男に本当は優しい子だと言われたから?
――まさか。
レイは笑っていた。笑い声は雨が地面を叩く音にかき消された。
あの男は嫌いだ。わけの分からないことを言うから。
レイの思考は犬を離れ、シンジに向かった。
そもそも碇シンジにあんな事を言わなければ良かったのだ。そうすればあの仔犬とも出会わなかったし、今こうして土砂降りの中を歩く羽目に陥らずに済んだ。
それに――。
と、レイは下を向きながら思う。雨が髪を伝ってぽたぽたと地面に落ちる。
それに、あの男の涙を見なくて済んだ。
681 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/12(月) 22:56:48 ID:???
最初の涙の理由は分かる。私が無事だったからだ。
悪い気はしなかった。いや――。嬉しかったような気がする。
しかし、今度の涙は。
嬉しくなかった。嫌な気分になった。
なぜ泣いた? 理由が分からない。分からないから嫌な気分になるのだろう。
可哀想。
私が、可哀想だから。
私が可哀想だから泣いた。
私の何が可哀想なのだろう?
知りたかった。
それを知ることは重要な事のような気がする。
レイは、今、生まれて初めて人の心が知りたいと思っていた。

何時間経ったのだろう? どれくらい歩いているのだろう?
道路沿いを捜して、途中の公園や、繁華街も見て回った。
しかし、雨が降っているし、夜ということもあるが、所詮はひとりの行動だ。限界がある。
――名前を付けておけば良かった。
レイは後悔した。リツコに言われた時に名前を付けておけば、捜索も多少は楽になったかも知れない。
中学生の女の子が土砂降りの中を、傘もささずに歩いている姿は異様であったが、人通りはほとんどなく、声をかけられることもなかった。もっともかけられてもレイは無視しただろう。
――もう、終わりにしよう。
さすがに捜索を断念する。まさか一晩中歩き回るわけにもいかない。
気持ちが切れたのか、どっと疲れが襲ってきた。
家に着いたときには疲労困憊といった態で、おもしでもついているのかと思うほど重い脚を引きずるように四階まで引き上げた。靴の中まで水が入り、歩くたびにぐしゃぐしゃと濡れた音をたてる。
再び、馬鹿な事をしたという思いにとらわれる。
それを言うなら、最近、ずっと馬鹿な事をしているような気がする。最近――碇シンジが来てから、ずっと。
ミサトの家に行ったこともそうだ。
なぜだかあの男の言う事を素直に聞いてしまった。何だかんだ理屈をつけていたが、今考えると馬鹿げた理由だった。料理を作るとか、何とか。
下らない理由だ。
402号室の前まで来ると、雨の音にかき消されがちだったが、犬の鳴き声が聞こえたような気がした。
――気のせい?
682 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/12(月) 22:58:40 ID:???
ドアを開けっ放しのままの401号室に入ると、すぐに仔犬がしっぽを振って駆け寄ってきた。
レイは足にまとわりついてくる仔犬を無表情な顔で見下ろした。
尻尾を振るのは嬉しい証拠と書いてあったから、今犬は嬉しいのだろうと思った。
身体からぽたぽたと雨が滴り落ち、床に大きな水溜りをつくった。
――名前を。
レイは目を閉じた。
名前を、つけなければ。
かなりの時間そうしていたような気がするし、あっという間だった気もする。
相応しい名前を思いついて、レイは目を開けた。
「……そうね。あなた、あの男みたいに言うことを聞かないし、何をするか分からないし――」
「それにすぐに逃げるところも似ているから――」
「シンジと呼ぶわ」
我ながら名案だと思った。あの男の名前など犬に相応しいのだ。ささやかな復讐のように思われて、愉快だった。
「分かった、シンジ?」
くすくす笑いながらレイは言った。

「そう。分かったわ。……ご苦労さま。つまらない仕事を押し付けて悪かったわね。じゃあ、仔犬は戻しておいて頂戴」
リツコは電話を切ると、無意識のうちにタバコに手を伸ばした。指先がタバコに触れると、びっくりしたように顔を上げる。
タバコを拾い上げて、弄ぶ。今日はもう吸い過ぎだと分かっていた。しかし、リツコの逡巡はそれほど長い時間は続かなかった。
火を点け、深々と吸い込んだ。
ゆらゆらと拡散していく紫煙を見るともなしに見つめながら、リツコは物思いに耽る。
――まさか本当に犬を捜しに出かけるなんて、ね。
仔犬を「誘拐」しておいて、レイの様子を観察するのがリツコの目的だった。おそらくは気にしないだろうと思っていたが、驚くような行為にレイは出た。
一体どういう心境の変化なのか分からないが、あるいはレイの中の「彼女」――リツコは「あれ」と呼んでいる――の占める割合が減ってきているのかも知れない。
どうやらレイは好ましい方向に変わりつつあるようだった。
すなわち、ゲンドウの思い描いた通りの方向に。
そしてそれは、リツコにとっても待ち望んでいた変化だった。

(続く) 
683名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/12(月) 23:19:54 ID:LuIgMDlR
この数日毎日来ていた甲斐があったw
684名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/12(月) 23:30:00 ID:???
いいねいいねw
685名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/12(月) 23:33:02 ID:???
GJGJGJGJ
686名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/12(月) 23:55:11 ID:???
ひゃっほーーーーーう!GJ!!
687名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/13(火) 01:05:29 ID:???
このハイクオリティさなら何週間でも何ヶ月でも待てる。
688名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/13(火) 02:42:27 ID:???
良いぞ〜GJです!
689名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/13(火) 03:32:58 ID:???
犬ネタに続き何やら新たな伏線が・・・飽きさせないなぁ〜面白いです!
690名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/13(火) 04:27:22 ID:???
黒レイには幸せになってほしいな
どのレイも幸せになってほしいけどw
691名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/13(火) 07:57:54 ID:???
キタワア 乙!
692名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/13(火) 10:34:04 ID:???
起きたらきてた。すごい良い!12話が楽しみ
693名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/14(水) 07:45:14 ID:???
人間の感情を少しずつ理解していくって所は原作と同じだよね。
以前の性格は正反対だがw読んでてそのギャップが面白い
694名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/14(水) 08:40:20 ID:???
一人目だと確かにこんなもんだろうな
695名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/14(水) 18:46:43 ID:???
レイちゃん可愛い
696名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/16(金) 13:40:06 ID:???
シンジさんもお疲れさまです!
697名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/16(金) 20:27:59 ID:???
待てねえw
698名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/19(月) 22:39:11 ID:???
リツコぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
699名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/22(木) 18:28:45 ID:???
>>581が待ちきれん!
700名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/22(木) 22:51:08 ID:???
2週間は長い
701581:2009/10/23(金) 00:45:06 ID:???
>>699
三人目って難しいんだZE
702名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/24(土) 18:19:47 ID:???
黒レイぽんはやくみたい
703名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/25(日) 11:12:35 ID:???
ぽんってなんだ
704名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/25(日) 15:53:45 ID:???
昨日、破3回目行ってきた
新劇レイと黒波のギャップがたまらん
そしてポカ波さん劇場が新劇の同一線上だと思うと身悶えした
職人さん方…ほんとに乙!
705名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/25(日) 16:40:10 ID:???
今日中にきてほしい
706名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/25(日) 17:54:11 ID:???
君のとなり完結してないよね?
707名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/25(日) 18:28:06 ID:???
うん
708名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/26(月) 22:05:51 ID:???
書くかどうかはまだ解らないけど、ここに2ndRINGの三次小説をupしても平気かな?
作者が日記で三次小説はお好きにどうぞ、と言ってくれたから書いてみたいという気もする。
ただ、好きではない人もいるからさ。
嫌な人は自衛してくれるだろうか。
709名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/26(月) 22:16:22 ID:???
自分はみてみたい
710名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/26(月) 22:56:14 ID:???
2ちゃんに来る位の人なら、自分のホムペ作ってそこに掲載する位出来るのでは?

無料ホームページ作成サイトいっぱいあるし。

711名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/26(月) 23:11:12 ID:???
俺もそっちのほうがいいと思う
黒レイ今日はこないのかな
712 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/27(火) 01:15:23 ID:???
>>682

12.

夢を見ていた。たまに見る夢だ。いつ以来だか思い出せないほど久しぶりだった。
嫌な――とても嫌な夢。
なにせ、首を絞められているのだから。いくら夢の中とはいっても、気分が悪い。
首を絞めているのは白衣の女だった。若くはないが、年寄りでもない。その中間の年齢の女。
普段は落ち着いていて理知的な表情しか見たことがないが、今はよく研いだ刃物のような鋭利な殺意と、煮えたぎるような憎悪が両目から迸っている。
整った顔立ちだけに、より凄惨な色合いが濃い。
なぜ自分が首を絞められているのか、とレイは疑問に思う。この夢を見るのも久しぶりなので、忘れてしまった。
ああ、そうだ。自分がこの女に酷いことを言ったからだ。
ばあさんは用済み。ばあさんはしつこい。そう所長が言っている。
確かそんなことを言った。
失敗した。
これほどまでにこの女が怒るとは思わなかったのだ。
ちょっとした冗談のつもりだったのに。
テレビドラマでやっていた台詞を少し弄っただけの話だった。
だいたいゲンドウが本当にそう思っていたとして、子供の前で口にする訳がない。
そんなことが分からなくなるほど、気に障ったのか。
いや――。自分の言葉だけでこれほどの憎悪が生み出されるというのは、ない。
何かあるのだ。
この女とゲンドウとの間に。
無論、男と女の関係に決まっている。当時はもちろん分からなかったけど、今は分かる。
それはいい。それはいいとして、やはりまだ疑問が残る。
いくら酷いことを言われても、私のような子供を殺そうとするなんて、有り得るだろうか?
大の大人が子供に少しばかり――まぁ、少しではないかも知れないが――嫌なことを言われて、殺人を試みるなどということが。
有り得ない。
私だ。
私に何かがあるに違いない。この女を刺激するような、何かが。
普段から、この女は私を憎んでいたのだ。
言葉は引き金になっただけ。銃には弾が込められていて、発射される瞬間を待っていたのだ。
713 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/27(火) 01:19:09 ID:???
「あんたなんかね」と、白衣の女は言った。
あんたなんか、
「    」と白衣の女は続ける。
まただ。
いつもこの台詞が聞こえない。首を絞められているから? よく分からない。
何て言ってるんだろう。
何か、大事なことを言っている気がする。
ぐいぐいと女の手は首を絞めてくる。女の充血した目が視界いっぱいに広がっていく。背中が反り返る。
苦しい。夢の中なのに、とてもリアルな苦しさだ。思わず女の手に爪を立てる。しかし、女はいっこうに力を緩める気配がない。
レイの喉からぐっという音が漏れ、キーンという金属音が頭を貫いた。
目の前が暗くなっていく。
暗く、暗く……
そして――。
レイは目を覚ましていた。
上半身を起こして咄嗟に首に手をやる。全身が汗で濡れていた。
嫌な夢を見た――。
思わず安堵のため息をつくと、犬の鳴き声と、カリカリという何かを引っかいているような音が廊下のほうから聞こえてきた。
シンジがエサを催促しているのだ。どうやらこの音で目が覚めたらしい。
「犬の分際で人間様を急かすなんて、いい度胸ね」
レイはそう呟くと起き上がり――よろめいた。
「……?」
体勢を立て直そうとしたが、うまくいかず、ベッドに尻餅をついてしまった。
身体がだるく、熱っぽい。それに節々が痛い。
レイは額に手を当てて、はじめて自分が熱を出していることに気が付いた。押し当てた掌が熱い。
一瞬、このまま寝ていようかと思った。
しかし、大きく息を吸って再び立ち上がり、隣の部屋に行ってエサと水をやった。仔犬はちぎれんばかりに尻尾を振っていた。
レイの唇には自嘲の笑みが浮かんでいる。雨の中、何時間も出歩いた代償だ。馬鹿げた行為にはそれなりの結果がついてくるということだった。
よろめきながらベッドに戻ると、倒れこむように身体を横にした。
しばらく寝ていれば治るだろう、とレイは思った。こんなのは、なんでもない。
しかし、レイの思った通りにはいかなかった。
714 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/27(火) 01:20:37 ID:???

「おっ、何や」
最初にその犬に気が付いたのはトウジだった。
シンジ、ケンスケとトウジの三人は下校の途中で、今日は駅前のゲームセンターにでも行こうかという話をしていたところだった。
「何?」と、シンジとケンスケはトウジの見ている方向に目をやった。
「犬だ……。こっちに向かって走ってくる」
ケンスケの言うとおり、仔犬が坂の半分くらいのところから猛烈な勢いで駆け下りてくる。
そして三人の足元で止まると、駆け下りてきたのと同じくらいの勢いで、キャンキャンと吠えはじめた。
「何だ……? シンジ、お前に用があるみたいだぜ」
確かに仔犬はシンジに向かって吠えている。
「ええ……。何だろう?」
シンジはやや後ずさる。いくら仔犬とはいえ、こう猛烈に吠え立てられると、正直少し怖い。
「お前、この犬いじめただろ。きっと復讐しにきたんだ」
「そんなことしてないよ!」
足元で吠えたてる仔犬を困惑気味に見下ろすシンジの記憶に、閃くものがあった。
「あ、この犬」
「なんや、知っとるんか? 首輪はしてへんけど体はキレイにしとるし、野良犬とはちゃうやろな」
「ごめん! 今日はここで。ちょっと用が出来たから」
シンジは二人にそう告げると、仔犬が来た方向に向かって走り出した。仔犬もシンジと一緒に走っていく。
「お、おい! 碇! いったい何なんだ?」
トウジとケンスケは互いに顔を見合わせた。

402号室のドアは少し開いていた。一瞬シンジは不審に思うが、仔犬の出入りのためだとすぐに気がついた。
「綾波、いる……?」
シンジはおそるおそる声をかける。チェーンもかけてないのは不用心だと思った。
もう一度声をかけるが返答はない。シンジは迷った。レイに話しかけるなといわれたこともあるし、何しろ前回の訪問のことがある。
またシャワーを浴びてたところだった、なんて破目になったら今度こそ取り返しがつかない。
ためらうシンジの背中を押したのは仔犬だった。何をぼやぼやしているのかと責め立てるように、猛烈な勢いで吠えはじめたのだ。
「分かった、分かったよ。何かあったんだね」
715 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/27(火) 01:22:06 ID:???
シンジは決心してドアを開け、中に入った。以前入ったときに感じた、薄暗い、洞窟のような空間という印象は変わらなかった。
「綾波、入るよ」
廊下を過ぎ、部屋に足を踏み入れると、ベッドにレイが横たわっているのが目に入った。一目で具合が悪いと分かる様子だった。
「綾波……!?」
慌てて駆け寄り、額に手を押し当てるが、その熱さに思わず離してしまう。
「すごい熱だ……」
レイが苦しそうに呻いた。「大丈夫?」と言いかけて、シンジは息を呑んだ。口紅など塗っていないはずなのに異様に赤く見える唇や、
乱れて頬にかかっている汗に濡れた髪の毛、熱のせいで紅潮した肌――普段のレイからは感じることのない色気に圧倒された。
シンジは思わず生唾を飲み込んで――それから強烈な罪悪感に苛まれた。自分で自分の頭を殴りたくなる。
――こんなときに、何を考えているんだ。
「ミサトさんに電話しなくちゃ」
携帯を取り出して、ミサトにかける。
「シンちゃん? 珍しいわね、どうしたの?」と能天気に言うミサトに、シンジは事情を説明した。
その間、主人の苦しみを察したのか、仔犬がうろうろと歩き回りながら悲しげに鳴いている。
話終わると、仔犬の頭をそっと撫でた。
「今、お医者さん呼んだから、大丈夫」と、シンジは犬とレイの両方に語りかけた。
716 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/27(火) 01:22:53 ID:???

猛烈な寒気がした。熱が出てるはずなのに、なぜ寒いのか。震えが止まらない。
そう言えば最近薬を飲んでなかった。それもまずかったか、と、レイはぼんやり考える。
目を開けると天井がぐるぐる回っているような気がして気持ちが悪くなった。目を閉じると、何故か昔のことが脳裏に浮かんでくる。
ゲンドウがレイに語りかけている。まだ幼いころだ。おそらく、これが最初の記憶。
ユイ。そろそろ帰ろう。
レイは首をかしげる。ユイ? それが私の名前?
いや、間違えた。いいんだ、気にするな。お前の名前はレイだ。
ゲンドウはどこか気まずそうに答える。
ユイという名前がゲンドウの死んだ妻のものだと知ったのは、だいぶ後になってからだ。
目をつむり、苦痛に喘ぐレイの脳裏に、今までの出来事が、時期も順番もでたらめに浮かんでくる。
ふーん、可哀想にねえ。ご両親が。それで今所長のところに? 男手一人では大変でしょうに。あらイヤだ、私は……うふふ。
この薬は毎日飲むこと。そう。これとこれを一錠ずつ。習慣にして頂戴。
失敗作ですわ。廃棄なされたほうがよろしいかと。……ッ! 女を殴るなんて男のやることじゃありませんわよ。母にもこうやって――誰? そこにいるのは!?
私の言うことを聞きなさい。ばらしてもいいの?
しかし……ちょっと不気味ですねぇ、あの子。何か観察されてるような気がしてしょうがないんですよ。おっと、それより今夜は一杯やりませんか? いい店知ってるんですよ。
ええ。どうも彼女……リリスの影響が大きいのではないかと。ATフィールドが生身で使えるのもその関係だと思われます。
謝りなさいよ。
レイ。ちょっと、あなた、性格悪すぎるわよ。そんなんじゃいつかしっぺ返しを食らうわよ。
ばあさんは用済み。ばあさんはしつこいって。
人間じゃないみたいだな。薄気味悪いよ。
凄い……。レイ、あなた、やっぱりシンクロ率を自由に操れるのね。でもそれは隠しておいたほうがいいわ。何で? 色々調べられたら厄介だからよ。……ゼーレがうるさいから。
お前、気持ち悪いな。何だよ、その赤い目は。化け物かよ。ははっ。……いてっ! 何だこいつ! おい、やめろ! やめてくれよ! 血だ……。お母さん! 血が出てるよ……!
これは……。彼女か、碇?
717 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/27(火) 01:24:20 ID:???
綾波が、可哀想だから。
私は、可哀想じゃない。
ずっと一人で寂しくないの?
寂しくなんかない。
どうして? 
私は、一人じゃないもの。シンジがいる。
ほら、そこにいる。
エサはもうあげたっけ? うん。あげた。
おいで、シンジ。
ほら。
おいで……

シンジは自分の名前を呼ばれた気がして、レイに視線を移した。レイの額にあてようと、水に濡らしたタオルを持ってきたところだった。
ぼうっと霞がかかったような紅い目がシンジをとらえている。
「綾波、気が付いた……?」
「おいで……」
「え……?」
レイの白い腕がシンジに向かって差し出される。どうやら意識が混沌としているらしい。レイの目は、ここではないどこかを見ていた。
「綾波……」
綾波は何を求めているんだろう? 水? それとも、どこか痛いのだろうか?
迷っているうちに、仔犬が寄っていって、レイの指を舐めはじめた。
レイと仔犬のコンビのあまりの愛らしさに、シンジの顔に思わず笑みがこぼれる。
しかし、レイはまだ差し出した腕を引っ込めたりはしなかった。相変わらず何かを求めるように宙をさまよっている。
シンジは迷った末に、レイの掌を両手で握り締めた。その瞬間、レイが思わぬほどの力で握り返してきた。
心なしか、レイの呼吸が穏やかになったような気がするのは、自分の希望的観測に過ぎないのだろうか……。
医者が来るまで、シンジはレイの手を握り続けていた。
718 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/27(火) 01:25:11 ID:???

世界は白一色で占められていた。
「……」
レイは上半身を起こそうとして、身体からごっそりと力が抜けていることに気づき、愕然とした。まるで自分が綾波レイの抜け殻になり、本体はどこかに去ってしまったかのようだった。
身体を起こすことを諦めて、横になる。
改めて周りを見るまでもなく、ここは病室だった。ゴテゴテした機械類がないところを見ると、大した症状ではないらしい。
いったいどういう経緯でここに運ばれてきたのか、全く記憶になかった。
まぁ、おおかた連絡が取れないことに業を煮やした――心配した、とは思わないところがレイらしい――ミサトかリツコが保安部の連中に様子を見るよう命令したのだろう。
レイの頬が屈辱に熱くなった。こちらから求めていないのに助けられるのが嫌なのだ。
天井を睨んで唇を噛みしめる。
醜態を晒してしまった。しかし、誰にもこの怒りをぶつけようがない。完全に自業自得だった。その思いがより一層の憤りを生む。
思わず手を振りかざしてベッドを叩こうとして――違和感を覚えた。右手が何か温かい気がする。
目の前に手を持ってきて、穴の開くほど凝視する。怪我をした様子はない。
何だろう? 妙な感触だった。同じ温かさを前にも感じたことがあるような気がする。あれはいつだったか。
手を額に当てて、目を閉じる。そんなに前のことではないと思う。あれは確か……。
……いつの間にか眠っていたらしい。目が覚めると、看護婦がいた。
「あら、眠れる美女がお目覚めね」
中年で太り気味の、貫禄のある女性だった。
「先生を呼んでくるから、ちょっと待っててね、綾波さん」
レイは外へ出ようとする看護婦を呼び止めた。
「どのくらい寝ていたの、私」
「昨日の夕方運ばれてきたから、丸一日ってところですよ」
「そう」とレイはうなずくと、起き上がった。
「どうしたの、トイレ?」
「家に帰る」
「だめよ、寝てないと。まだ熱はあるんだし」
制止する看護婦を押しのけようとしたが、簡単にベッドに戻されてしまった。やはり自分でも驚くほど体力が無くなっているのだ。
結局、太り気味の看護婦の言うとおり、大人しく医師の診断を受けることになった。
719 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/27(火) 01:26:09 ID:???
「ま、峠は越えたから大丈夫でしょう」メガネをかけた神経質そうな医師はそう告げた。「普通の人なら家に帰って寝ていなさいと言うところですけど、
あなたには特別の事情がありますからね。ここでもう二、三日安静にしていましょう」
レイはうなずいた。もちろん、安静にしているつもりなど全くなかった。体力が回復次第抜け出すつもりだ。
医師が去ると、すぐにリツコが顔を見せた。多分外で待っていたのだろう。
「こういうのを、何て言うか知ってる? 鬼の霍乱と言うのよ」
レイは言い返さなかった。何も言うことはなかったからだ。
「レイ、あなた、薬はちゃんと飲んでた?」
「ええ」レイはぴくりとも表情を変えずに言った。
「嘘ね」リツコも同じく表情を変えなかった。
「レイ、あなたはね」リツコはやや言い澱むような素振りを見せながらも、「他の人とは違うのよ。そのことを少し自覚してもらわなければ困るわ」
「……」
リツコの予想に反して、レイは反発したりはしなかった。掌をじっとみつめ、戸惑いがちに口を開く。
「私、最近、少し変かも知れない」
「……身体の調子が?」
むろんリツコは身体のことではないと分かっている。
「違う」
「そう。良かったわ」そう言うと、わざとらしく安堵のため息をついた。「じゃあ、何が変なのかしら?」
「……よく、分からない。言えるのは……前の私と違う」
「成長したってことじゃないの? あなたぐらいの年齢の子供は、日々大人になっていくのよ。当然のことだわ」
そうじゃない、と言いかけてレイは口をつぐんだ。自分でも分からないのだから、反論の仕様がない。
「どうせあなたのことだから抜け出すんでしょうけど、せめてもう一日ぐらいはここでゆっくりしていきなさい。まだ熱があるんだから。
ああ、それと犬のことは心配しなくていいわよ。保安部がエサをやってるから。あんないかつい連中がね。想像すると笑ってしまうわ」
リツコが口にするまで、レイは犬のことをすっかり忘れていた。
「あなたのこと寂しがるかも知れないけど、さすがにここに連れてくるわけにはいかないから」
リツコが病室から出て行くと、レイは右手をぎゅっと握りしめた。
まるで、そこにある大切な何かを逃がさないとでも言うように。
720 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/27(火) 01:27:26 ID:???

 □

窓を全開にしているにもかかわらず、百合の香りが車内に充満している。
リツコは無意識のうちに顔をしかめていた。この甘ったるい匂いが苦手なのだ。
しかし、我慢しなければならない。今日は、母ナオコの命日なのだから。
百合は、母の好きな花だった。

リツコは墓前に立ち、掃除を終えて綺麗になった母の墓を満足げに眺めた。
あのそっけなく、死の匂いがしない集団墓地ではなく、本当の墓だ。もっとも本当の墓とは何なのかについては、議論の余地があるだろうが。
マギの開発に多大な貢献をした母が、あの無個性な集団墓地に埋葬されるというのは、どういうわけか我慢ならなかった。自分らしくない感情だとは思うが、どうしてもそう感じてしまう。
母のことは特に好きというわけではなかった。むしろ反りの合わない親子だったと思う。
それでも母は母であり、それなりの年齢になったうえに立場も似てる今となっては、共感できるところが多々ある。
線香の代わりに、タバコに火を点けて供える。この方が母も喜ぶだろう。リツコと同じく、辛気臭いのは苦手なはずだった。
幼いころ、リツコは母がタバコを吸うのを快く思っていなかった。それが今では母以上のヘビースモーカーになっているのだから笑えない。
やはり母娘で似るものなのだろうか?
「母さん、あの子ね、最近とても人間らしくなってきたのよ」
リツコは母の墓に語りかける。
「安心して、あの子は絶対に死なせないわ。……多分、もうすぐだから」
リツコは空を仰ぎ見る。奥行きのない平坦な青空を背景に、雲がすごい速さで動いていた。
「やっぱり父子だけあって、女の趣味も似ているのかしら」
そう言ってリツコは笑おうとしたが、何かが喉に引っかかっているみたいで、くぐもった咳しか出ない。
唇を噛みしめ、立ちつくすリツコの髪を、強く吹いた風がかき乱していった。
721 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/27(火) 01:28:15 ID:???

 □

レイは新しい「遊び」を思いついた。アスカの度を越した負けず嫌い、異常とも言えるエヴァへの執着を利用したレイらしい遊び。
その遊びを、レイは今日も実行している。
ミサトがチルドレン三人のシンクロ率を順番に読み上げた。シンジが1番、続いてレイ、アスカ。
アスカの息を呑む音がレイの耳にも届く。
「本当に私がビリなの? もう一回チェックしてよ、ミサト!」
「んー。残念だけど、間違いないわよ。でもレイとはちょっとしか差が無いから」
「それでもビリはビリなのよ! くそっ、何でよ! 何で私が……!」
レイはほくそ笑む。テストの度にレイがアスカの数ポイント上なのだ。アスカの怒りは尋常ではない。
――これは、レイが意図的にやっていることだった。レイはシンクロ率を自由に操ることが出来るのだ。使徒に対する絶対的な自信の根源がそれだった。
アスカの上限よりも数ポイント上のシンクロ率を出すのは容易なことだった。
しかし、レイの悪意の卓越した点は、アスカに勝つことよりも、むしろ、負けることにあった。
十回に一回ないし二回、わざと下回った率を出すのだ。
それによって、敗北をより鮮明に味あわせることができるというのがレイの狙いだった。
また、仮に何回やってもレイを上回れないとなると、アスカの思考は「多少のシンクロ率上下など戦闘には関係ない」などといった
いわゆる酸っぱいブドウの論理に至る可能性がある。性格的にはそうは考えないだろうが、可能性がある限りは避けたかった。
今回は上回ったが、次はわざと負けてやるつもりだった。
「シンジのやつにも負けるなんて……」
アスカは呟いた。テストが終わり、更衣室で着替えの最中だった。レイが自分を見ているのに気がつくと、はっとした表情になり、
「参っちゃったわよねぇ。あっさり抜かれちゃったじゃない? ここまで簡単にやられると、正直ちょっと悔しいわよねぇ」と言って、平気な顔を作る。
悔しいと自分から言うことで、気にしてないことをアピールしようとしているのがレイには手に取るように分かる。
そう。敢えてシンジの上にはいかないというのもポイントだった。その方がアスカには堪えるだろうと思ってのことだが、当たっていたようだ。
722 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/27(火) 01:29:25 ID:???
「すごい! すばらしい! 強い! 強すぎる! あ〜無敵のシンジ様ぁ! これであたし達も楽できるってもんじゃないの」
レイは思わず笑いそうになった。何とまぁ単純な女だ。
アスカはレイのことを睨みつけた。
「何よ。私のことをバカにしてるの?」
「いえ、してないわよ」と、レイは言った。だってこんなに私のことを楽しませてくれるんだもの。
「シンクロ率なら気にすることないわ」
もちろん、大いに気にして欲しいのは言うまでもない。
「あんたなんかに言われたくないわよ!」
アスカの顔は激怒のために赤く染まっていた。
「そう。じゃ、さよなら」
レイは歯軋りせんばかりのアスカを残して更衣室を出た。出た途端にくすくすと笑い出す。
黒い球体の使徒らしき物体が第3新東京市の直上に出現したのは、次の日のことだった。

 □

詳しい説明は乗り込んでからということで、着替えもそこそこに三人のチルドレンは格納庫に向かった。
「綾波、一つ訊きたいんだけど――」と、シンジがおそるおそると言った態でレイに話しかける。
レイは相変わらず無視の一手。
「いいわよ、シンジ。ほっときなさいよ」
シンジは何かが気になっているような顔つきだったが、アスカに促されて出撃の準備にかかる。
まったくしつこい男だ。プラグにLCLが満ちているのを見ながら、レイは半ば呆れる。話しかけるなと何度言えば分かるのだろうか?
そのとき、レイはまたしても違和感を覚えた。この前よりも、強く感じた。
何かを――何か大事なことを忘れているような感覚。
「……してちょうだい。レイ、聞いてる?」
「……ええ、聞いてるわ」
うわの空でミサトに返答しながらも、レイは嫌な予感を抑えられなかった。
723 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/27(火) 01:30:35 ID:???

「やれやれだわ。独断専行、作戦無視。まったく、自業自得もいいとこね」
声高に喋っているのはアスカだ。強力なライトに照らされて、地面に長い影ができている。
「昨日のテストでちょっといい結果が出たからって、お手本を見せてやる? ははぁ〜、とんだお調子もんだわ」
そう言うと、レイの反応を窺うように横目でレイを見た。
レイは内心驚いていた。全くの同意見だったからだ。珍しいこともあるものだった。
「な、何よ! シンジの悪口を言われるのがそんなに不愉快?」
何を言ってるのだろう、この猿は? なぜ私が不愉快になる? あなたと同じ意見というのは確かに不愉快と言えなくもないけど。
だいたい私があの男と口をきいてないことは知ってるはずなのに。
「別に、不愉快じゃない」
「じゃあ何よ、その顔は」
「顔?」
「あんたの顔よ。怒ってる顔してるじゃない。自分がどういう表情してるかも分かんないの?」
レイは答えずにアスカと視線を合わせた。他人が見れば、睨みつけた――と言うだろう。
「やめなさい、あなたたち」
ミサトは二人を制すると、腕を組んで巨大な球の形をした使徒に目を向けた。
「そうよ、確かに独断専行だわ。だから、帰ってきたら叱ってあげなくちゃ」

「私……こんなのに乗ってるの?」というアスカの独り言が聞こえてきた。
モニターには球体を内側から引きちぎるようにして出てくる初号機の姿が映っていた。血のような液体が奔流となって球体から迸っている。
真っ赤に染まった初号機を見てレイの脳裏に浮かんだのは、あの雨の日の仔犬の姿だった。

帰ろうとするレイを呼び止めたのはリツコだった。
「何?」
「シンジ君のお見舞いには行かないの? レイ」
「……何で私が?」
「実はね……」
リツコはレイの顔を見て、言葉を溜めた。言おうか言うまいか、迷う素振りを見せる。
レイは「何なの?」と、思わず釣り込まれる。
「レイ、これはシンジ君には黙っていて欲しいといわれてたことだけど、風邪で熱を出したあなたに医者を呼んだのはシンジ君なのよ。
何でもあなたの犬があんまり吠えるんで、シンジ君がおかしいと思ったらしいの」
724 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/27(火) 01:31:50 ID:???
少し黙りこんだあと、レイは嫌そうに口を開いた。
「人の部屋に黙って上がりこむなんて、犯罪行為ね」
上がりこんだのが二度目だとは言わなかった。
「それくらい、緊急事態よ。……それにしてもあなたの飼い犬、名犬じゃない。ちゃんと名前つけてあげたほうがいいわ」
「もうつけた」
「あら、そう」
やはりこの娘は変わってきている、と、リツコは確信した。
レイが倒れていると連絡してきたのはシンジだという話を聞いたのは、昨日のことだった。リツコもレイと同じく、保安部の監視要員が発見したものと考えていたのだが、
ミサトに最近のシンジとレイの様子をそれとなく聞いた折に、ミサトが洩らしたのだ。シンジ君には黙っていて欲しいと言われてるだけど……とミサトは言っていたが、リツコは気にしなかった。
「で、何て名前なの?」
「……教えない」
リツコの目には、レイがかすかに動揺しているように見えた。さすがに犬の名前がシンジだとは想像の範囲外だから、レイが動揺した理由は分からない。
「名前はいいけれど。とにかく、シンジ君に一言お礼を言っておいたら?」
「言わない。勝手にやったことだし。私は頼んでない」
リツコは肩をすくめて、「まぁ、好きにしなさい」と言い、立ち去った。
レイはしばらく立ち尽くしていたが、やがて心を決めたようにある方角へ足を向けた。

病室の前に立ち、しみ一つない真っ白なドアを見つめる。どういうわけか、開けるのに少し勇気が必要だった。
中に入ると、すでにシンジの意識は戻っていたようで、こちらに目を向けて驚いた顔をした。
「碇君。医者呼んだの、あなただってね」
ベッドの脇に立つとと、シンジを見下ろして何の前置きもなくレイは言う。
「え……。うん、まぁ、その……」
「どうしてそういう勝手なことするの。だから私はあなたのことが大嫌いなの」
「ご、ごめん……。でも、犬が僕のところに来てあんまり鳴くもんだから、おかしいと思って、その……」
レイはシンジの言い訳を最後まで聞かなかった。
「じゃあ、碇君。学校で」
シンジは、はっとした顔をして――そして微笑んだ。
「うん。……学校で」

(続く)
725 ◆IE6Fz3VBJU :2009/10/27(火) 01:35:56 ID:???
ベタな話を書いてしまったなぁ・・・と思いますがここはひとつご勘弁を。

残り3話、この分だと年内には確実に終われると分かってホッとしてます。
っていうかはじめて長編を完結できそうw
726名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/27(火) 01:42:14 ID:???
乙! あと3話・・・・・・終わってしまうのが悲しい
727名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/27(火) 02:01:42 ID:???
>>725
いやいや乙でした!
次も楽しみにしてます。
728名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/27(火) 06:55:23 ID:???
来た来たキタ━━━(゜∀゜)━━━!!
729名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/27(火) 19:29:37 ID:???
素晴しい。おつ
730名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/27(火) 21:44:34 ID:???
乙です。テンポいい書き出しで気が付けば黒レイ嵌ってました
名残惜しくもあと3話ですか…アルミサエルのエピ出てくるのかー
731名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/28(水) 09:49:50 ID:???
乙です
このレイは幸せになってほしいなぁ
732名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/28(水) 20:50:44 ID:???
おつ
レイがどんどん黒から白色にかわってく
733名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/29(木) 21:31:35 ID:???
灰色レイ
734名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/29(木) 22:31:24 ID:???
グレイ
735名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/03(火) 21:16:40 ID:???
HOWEVER
736名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/03(火) 21:28:21 ID:???
残り3話か。もうちょっと見てみたいなあ
737名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/04(水) 06:17:23 ID:???
自爆する直前に自分の気持ちに気が付くって展開は頼むからやめておくれよ〜(;_;)
738名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/07(土) 16:42:38 ID:oYcABM9D
マイナーなギャルゲーSS祭りを開催したいです。
マイナーなギャルゲーSS祭り!

1. SS祭り規定
自分の個人サイトに未発表の初恋ばれんたいん スペシャル、エーベルージュ、センチメンタルグラフティ2、canvas 百合奈・瑠璃子のSSを掲載して下さい。(それぞれの作品20本)
EX)
初恋ばれんたいん スペシャル 20本
エーベルージュ 20本
センチメンタルグラフティ2 20本
canvas 百合奈・瑠璃子 20本
ダーク、18禁、クロスオーバー、オリキャラ禁止
プレーンテキストで20KB以下禁止、20KB〜45KB以内

2. 日程
SS祭り期間 2009/11/07〜2011/11/07
SS祭り結果・賞金発表 2011/11/08

3. 賞金
私が個人的に最高と思う最優秀SSサイト管理人に賞金10万円を授与します。
739名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/07(土) 16:44:14 ID:oYcABM9D
(1) 初恋ばれんたいん スペシャル
初恋ばれんたいん スペシャル PS版は あまりのテンポの悪さ,ロードは遅い(パラメーターが上がる度に、
いちいち読み込みに行くらしい・・・)のせいで、悪評が集中しました。ですが 初恋ばれんたいん スペシャル PC版は
テンポ,ロード問題が改善して 快適です。(初恋ばれんたいん スペシャル PC版 プレイをお勧めします!)
初恋ばれんたいん スペシャルは ゲームシステム的にはどうしようもない欠陥品だけど。
初恋ばれんたいん スペシャル のキャラ設定とか、イベント、ストーリーに素晴らしいだけにとても惜しいと思います。

(2) エーベルージュ
科学と魔法が共存する異世界を舞台にしたトリフェルズ魔法学園の初等部に入学するところからスタートする。
前半は初等部で2年間、後半は高等部で3年間の学園生活を送り卒業するまでとなる。
(音声、イベントが追加された PS,SS版 プレイをおすすめします。)

(3) センチメンタルグラフティ2
前作『センチメンタルグラフティ1』の主人公が交通事故で死亡したという設定で
センチメンタルグラフティ2の主人公と前作 センチメンタルグラフティ1の12人のヒロインたちとの感動的な話です
前作(センチメンタルグラフティ1)がなければ センチメンタルグラフティ2は『ONE〜輝く季節へ〜』の茜シナリオを
を軽くしのぐ名作なのではないかと思っております。 (システムはクソ、シナリオ回想モードプレイをおすすめします。)

(4) canvas 百合奈・瑠璃子シナリオ
個人的には 「呪い」 と「花言葉」 を組み合わせた百合奈 シナリオは Canvas 最高と思います。
740名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/07(土) 23:52:30 ID:???
黒レイ見たい
741名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/09(月) 01:51:36 ID:???
グレイwwwwwww
742名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/09(月) 02:20:29 ID:???
愛しいティーンエイジメモリー
743名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/10(火) 01:09:01 ID:???
明日来るのかな
744名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/10(火) 21:47:02 ID:???
規制されて書き込めないんじゃねえか
745 ◆IE6Fz3VBJU :2009/11/10(火) 23:45:00 ID:???
●持ってるので規制は関係なくて、ただ完成してないだけです・・・
明日、遅くても明後日には投下できます。できるはずです。

容量いっぱいに近づいているので新スレ立てました

落ち着いてLRS小説を投下するスレ8
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/eva/1257864094/
746名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/11(水) 05:01:40 ID:???
500Kbで落ちるんだっけ
747名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/11(水) 22:07:20 ID:???
良かった。作者が生きてて
748名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/13(金) 00:44:45 ID:???
ワクワクテカテカ
749名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/15(日) 09:51:45 ID:???
埋め
750名無しが氏んでも代わりはいるもの
いまさらだがポカ波さんGJ!!!!!!!!
身悶えたわ