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物語では、この時点で主役交代だ。主役はアスカ、レイ、シンジから、リーダーシップの
あるトウジに代わったのだ。そこで初めて、最強のエヴァンゲリオンが誕生する。
ミサトが、「シンジ君には言い辛いわね」という事からもそれが伺える。シンジの心が
トウジを傷つけ、殺そうとしたのも、主役(縄張り)を取られまいとした事の表れである。
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ダミープラグ
第19話で、「レイをベーシックに、ダミーをバックアップ」という場面がある。
これから推量して、ベーシックは明らかにパイロットの思考・動作をインターフェイスに
書き込んである物と思われる。第19話の場面では、レイの思考と動作が書き込まれて
いるのだ。ただし、動作しなかった事について考える必要がある。
やはり、魂の問題にぶつかってくる。ここでは初号機に、不完全な魂(コア)が
生まれつつあるのではないか。そのために、データを入れただけでは対応しない物と思われる。
それ以前の段階では、データの書き換えだけで大丈夫だったはずだ。これは第6・18話で、
シンジの意志・殺意という性格や自我に関わる物が、初号機に生まれたのが原因だろう。
あるいはレイをシンジと違う人間と認識したのかもしれない。
素体は、シンジの性格と本性を写し取っており、シンジの側からは理性で狂暴性を抑え込んで
やってきた。しかし、ダミープラグに代わって解放されてしまった時、狂暴なエヴァが生まれて
しまった。
ところで、ゲンドウに「私を受け入れないのか」というセリフがあるが、これはレイ1が
ゲンドウの思考を取り込んで、ゲンドウ100パーセントになっている状態を示している。
一方、レイ2には、シンジの意志が入り込んでいて、ゲンドウ=レイではなくなっている。
この、ダミーを受け入れない事に対して、リツコと冬月の間に、次のような微妙なニュアンスの
セリフがある。
リツコ「ダミーを、レイを(受け入れないのね)」
冬月「(ユイ君)を受け入れないのか」
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これは、ダミー(レイ)の中に魂が生まれず、システムとして不完全である事を
意味する。つまり、リツコは人間を創ることに失敗したのである。
冬月は、初号機に魂が生まれたために、(ユイが)シンジとレイの区別ができるように
なった事を言っている。つまり、冬月の研究は成功したのである。一方、マヤに対しては、
人形のような物に思考パターンを入れたという程度の説明しかなされていないのではないか。
マヤは、人道的に否定するだろうし、複数のレイが存在することを知らされていないのだ。
ダミープラグは、実際にはレイではなく、シンジの魂が入っているのである。シンジの
思考パターンがレイを通じて入っているという事だ。
ここでのシンジというのは、レイから見たシンジである。従って、ここではレイとシンジが
擦れ違っている。マッチングしなかったのだ。
レイとシンジの心が通じ合っていれば、動作したはずである。レイの中にあったのは、
シンジの表層的部分であり、初号機の中に生まれていたシンジの本性とは食い違っていた。
ここで、レイとシンジの関係は破綻している。
この二つの事から、のちにレイが初号機に乗った時に言った、「私の代わりは他にもいるもの」
というセリフの意味が了解できる。明らかにレイが、シンジやゲンドウとの関係を悪化させて
いるのだ。と言うわけで――
・ゲンドウから見たレイの代わりはシンジ
・シンジから見たレイの代わりはアスカ
・ミサト(ネルフ)から見たレイの代わりはトウジ
・トウジ(クラス)から見たレイの代わりはアスカ
・リツコから見たレイの代わりはゲンドウ父子
……と言うように、見る者が変わると様々に変わってゆくのである。つまり、
レイは誰の物でもなく、頼れる者が誰もいない存在である事がわかる。
死を思う心境になるのも当然だ。レイ本人は自分のパーツがあることは
記憶を消されて、忘れてしまっているのかも知れない。また、自分のことを
人間だと思い込んでいるもかも知れない。
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人間ではない事を、薄々感づいていたかも知れないが、その後の爆発の時に
死んでも不思議はなかったのに、死ななかった。
そこでレイは、「まだ、生きてる」
死にたいが死ねない自分。自分の命(存在)には自由さえもない。死んだと
思っても、再びゲンドウに生き返さされてしまう。恐らくここでレイは、
自分が人間でないことに気付いているだろう。そして自由になりたい、
自分の意思で行動したい、と悩むことになる。
こんなレイの中に、三つの意志が入っていた。一つは、レイ自身の意志。
もう一つはシンジの意志、そして、アスカの意志。アスカの意志については、
レイが「心を開かなければエヴァは動かない」とアスカに語ったシーンから、
レイがアスカの心を読んでいる事がわかる。レイの中に入っているのだ。
第23話に、この三つの意志を言わしめたレイの行動がある。
「シンジと一緒になるくらいなら死んだ方がマシ」という物だ。
これは、レイの中の、レイの意志で考える、自分の意志で死にたい、
シンジの意志で考える自分で自分を愛したい、アスカの意志で考えるシンジは嫌い、
という三つの意志が多数決を取って、シンジを否定したものである。
「碇君とひとつになりたい?」「ダメ」
第19話でシンジは、「僕はエヴァンゲリオン初号機のパイロット碇シンジです」
と言っている。
初めてのシンジ自己主張だ。シンジの自我が形成されてきたのだ。しかし
この言葉は、「僕はエヴァンゲリオンです」と言っているのと同じ意味を持つ。
素体側から見ると、エヴァの一体化を望んでいるのだ、と受け取れる。それで
エヴァはシンジと同化したのだ。言い換えると、エヴァの能力である
相手の能力・意思を受けて実行するという事を、シンジに対して行ったのである。
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シンジと素体との会話
初期段階での素体は、外部との意志の交換はできないが、パイロットが夢を
見ているような状態の時だけは、会話が可能だ。素体は目覚めたばかりの状態にあり、
最初の会話は「あなたは誰?」「私は誰?」といった、お互いの確認程度の内容に
らざるを得ない。シンジがしっかりと自分を認識できていないから、まともな会話に
ならないのだ。
母と子として見た場合、シンジが自らの意志で行動を起こして、自立しようとした
事件である。この時、「母」である素体は自立を促すために、「子」であるシンジを
助けようとしなかった。会話はここで、「外に出るのか、内に留まるのか」といった
ニュアンスの物になっている。これに対するシンジの答えは、「母さん、助けて」。
素体には母性本能が働き、シンジを助けることになる。この時、素体がレリエルの
「ディラックの海」の能力を身につけていた事は言うまでもない。
虚数空間を中和し、破壊したのだ。
シンジの性格を受け入れた素体は、それを自分の体の一部として認知し、同化する。
同化した素体と、シンジは再び会話をする。素体は完全な大人の人格をもって会話する。
明らかに、そこでは親子の会話である。それまでは、幼い素体が子で、シンジが親であった。
ここで、立場は逆転することになる。「母さん、助けて」とシンジがいった事で、
素体が上位に立ったのだ。大人になった素体は、シンジの自立を促すために、
彼を追い出すことになる。
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覚醒した初号機は、パイロットと一緒にいる必要がなくなった。
親としての自覚が生まれたために、子を追い出すことになったのだ。
第20話の、シンジとエヴァとの会話の中で、初号機の中に「敵」という概念が
発生する。シンジにとって「敵」とは、自分のテリトリーを侵す物である。
外部から近づいて来る物、自分の心の中に入ってくる全てが敵なのである。
これに対して「味方」は自分自身を、守ってくれる母エヴァだけだ。
つまり、友人、仲間もシンジにとっては敵だという矛盾があるのだ。これが、
彼自身の中に違和感なく同居している。が、これは明らかに「逃げ」である。
第18話で、トウジを殺そうとした事実を考えてみて、参号機もトウジも自分の
テリトリーを侵す「敵」だった。
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分裂する母親
第16話の中にあることだが、子供には良い親と、悪い親というのが存在する。
それまで、子供にとって母親には良い部分しか存在しなかったが、ある時、
母親には悪い部分もあることを知って、より成長していくという事である。
優しい母親は、叱ることもある事も認めて、成長するのだ。
物語上では、母であるエヴァが、子であるパイロットに助けを求められた時に、
助ける母(良い母)と、助けない母(悪い母)との両面を持っている。逆に、
エヴァの側から見ても、良いパイロットと、悪いパイロットが存在する。
それまで、エヴァは良いパイロットの言う事を聞いて動くと、酷い目に遭うと分かった
エヴァには、やがて自我が生まれてくる。パイロットの言う事をを聞いてばかりしていては
いけないのだと、気付くのである。
このことは第19話の中で、レイも、ダミープラグも否定するという行為につながっていったと
考えられる。良いパイロットと、悪いパイロットの区別がつくようになって、
シンジと別の者の区別がつくようになっていったと考えられる。さらに、エヴァが発達していけば、
シンジ本人を否定する可能性もある。第22話で、弐号機がアスカを否定したことも関連付けて考えると
面白いだろう。
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巣立ち
シンジが逃げていた現実は、親子、友人、恋人、学校である。エヴァの中は、
これら全てを無視できる、シンジが望んだ世界だ。そして、エヴァンゲリオンの
世界が終局を迎える。そこは、逃げ場ではあったが、いい事はなかった。
そしてシンジは、自分でケリを付けなければならなくなった。
パイロットをやめるにしろ、続けるにしろ、その後はどうするか。
自ら望んでやってきた事を、どうして他人に納得させて、ケリをつけるか。
他人が認めなければ、答えにはならない。
それには、新しい自分の世界を創らなければならない。
人造人間エヴァンゲリオンとは、自分で考え、自分で行動する生き物だった。
本来、魂のないエヴァには、サルベージされた人の魂が、
いわば胎児の状態にまで還元されていて、パイロットが母の魂を育てていたのだ。
そして、エヴァは血の繋がった人間でなければ、育てることはできないのだった。
エヴァの中にいる人の魂は、いわばコアの中に寄生しているのだった。
そしてエヴァの素体は、パイロットに母のビジョンを見せることで、
自分が母親だと騙して、身を守っていたのだ。
そして、成長して自我が目覚めたエヴァの素体は、不要になったパイロットを
追い出してしまうのだった。
エヴァは、パイロット次第で、人類を救う神にも、人類を滅ぼす悪魔にもなるのだ。
自分の敵は人間だ、という概念が発生したエヴァンゲリオンは、人類の味方をするだろうか?
エヴァンゲリオンが、人類の天敵でないと、誰が言えるというのだろうか。