【再構成】長編SS投稿スレ【学園】

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397名無しが氏んでも代わりはいるもの
 1
 式波・アスカ・ラングレー大尉は、繊細であらせられる。

「各部冷却システムの数値が理論値より20パー低いじゃない。
 左腕のシンクロ状況も劣悪、ボルト抜けてんじゃない?
 リスト1350までのプロセスにノイズ発生、パルスが全体的に安定してない」
「ですから、それらの事象はペンディグ状態で」

 整備スタッフが額の汗を拭いながらする申し開きも、「あんたバカ?」のひと言で一蹴された。

「万全の状態にメンテナンスしておくのがあんたたちの仕事じゃない。
 こんなんじゃ、今日はテストになんないわね」
「あっ、ちょっと、お待ちください、大尉!」
 技術班長の呼びかけも虚しく、通信はブチンと一方的に切られてしまう。

 ユーロ空軍、EVA建造工場の発令室だった。
 現在、この現場にいる人間はひとり残らず殺人的なスケジュールに追われていた。
 原因の一因は、ケージの中に吊り下げられている2つの物体だ。その外見たるや、
全長20メートルあまりの巨大ナメクジをこねくりまわして無理矢理人型にしたような
感じだ。1体は手足があるからまだ巨人と呼べるかもしれないけれど、もう1体は頭部
と胴体しかないものだから、もう完全に巨大ナメクジ以外の何者にも見えない。
 予定では、あの巨大ナメクジの上に特殊装甲を何枚もかぶせて、プロテクターを
着けた巨人のような形にすることになっているらしい。
 その名も汎用ヒト型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。ここで作っているのは、
その2号機と5号機だ。
 このエヴァンゲリオンという兵器は恐ろしく信頼性が低く、つい最近まで叩いても
殴ってもなにをしても一向に起動しなかった。起動確率は0.000000001%以下だなんて
いわれていたくらいだから、こんな金食い虫の巨大ロボットモドキはいつ燃えない
ゴミにでも出されて新型爆弾の開発に計画が移行していても不思議じゃなかった。
398名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 09:54:01 ID:???
 ところがつい最近、状況が一変した。
 なんでも、日本にあるネルフ本部にえらく都合のいい男の子が現れたそうだ。その子は
初めての搭乗であるにも関わらずエヴァンゲリオンとのシンクロに成功し、のみなず起動、
果ては実戦までこなしてしまった。

 幸か不幸か起動データが手に入ったことで、エヴァンゲリオン建設関係者たちの勤務報告書
から定時上がりとか終末とか有給休暇という単語は消えた。長らくペンディング状態のまま
ほったらかしにしていたテストスケジュールを突貫工事で進めなければならなくなった。
 4号機と5号機を建造中のアメリカでも、ここと大差ない修羅場が展開されているんだろう。

 さらに、ユーロスタッフたちにはもうひとつ頭痛の種があった。
 エヴァンゲリオン2号機パイロット内定者、式波・アスカ・ラングレー大尉のことだ。
 14歳にして大学を卒業している大尉は、その肩書きに恥じない高い能力の持ち主だ。数ヶ国語
を自在に操り、記憶力の面でも論理的思考能力の面でも高い数値を出している。加えて、身体能力
は世界的なアスリート級だ。これでエヴァンゲリオンとのシンクロ率も他の訓練生とは比較にな
らない高い数値を叩き出しているのだから、正式パイロットの座は彼女を置いて他にいないという
のは衆目の一致する意見だ。

 ところが、その高すぎる能力が仇になることもある。
 なにしろ大尉は、知能が高すぎる。そこいらの現場スタッフなど問題にならない専門知識を
持っている上に、妙に繊細なところがあるものだから、テスト開始直後に何ダースものダメ出し
をした上に「これじゃテストにならない」と吐き捨ててエントリープラグを飛び降りてしまうこ
とも珍しくない。
 つい最近まで起動確率0.000000001%だった機体なのだから、不備があるのはむしろ当然だ。
その不備を塗り潰すために、毎日毎日何万通りものテストを行わなければならないという事情を、
どうやら大尉はあまり理解していないらしい。頭のいいひとだから、まったく理解していないと
いうこともないはずだけれど、要するに単に気に入らないのだろう。
399名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 09:54:34 ID:???
「仕方がない」
 『PILOT EMPTY』の表示を告げるモニターを睨みながら、技術班長がぽつりと呟く。
確か今日は、彼の息子が2歳の誕生日を迎えるとかいっていた。いや、もう日付が変わって
いるから昨日のことか。
「真希波、頼む」
「うぃ」

 あたしは長らく温め続けたベンチからお尻を上げた。
「そういや、式波大尉は大尉だけど、あたしって階級あんの?」
「さあ、准尉とかでいいんじゃないのか?」
「うわ、テキトー」
 あたしは腕のストレッチをしながら、仮設エントリープラグに乗り込んだ。シミュレー
ションモードだから、LCLは入ってない。プラグスーツとか呼ばれるパイロットスーツ
もまだ出来てないから、ダサいジャージ姿だ。

 2
 コンピュータグラフィックで描かれた街並みの中に、黒砂糖をこねくり合わせたような
形の怪獣の姿が現れる。資料で見たことがある。第3審東京に現れたっていう、第4の使徒だ。

『真希波、聞こえるか』
「あい、感度良好」
『今日は各種兵装のテストだ。こちらから指示する武器を使ってそいつを倒せ』
「かしこまりぃ」

 あたしは操縦桿を握りしめた。
 なるほど、式波大尉の指摘は正しかった。左腕の反応が鈍い。それに、シミュレーター
とはいえ機体の持つ熱が高すぎる。これで実戦に出ようものなら、起動もしないうちに
機体が爆発してしまってもおかしくない。
400名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 09:55:05 ID:???
「動きが重いって。こりゃあ、力押ししかないじゃん」

 『MISSION START』の文字が横のスクリーンに表示される。
 あたしは操縦桿をいっぱいに引いた。エントリープラグに疑似Gがかかる。2号機が
空中に高々と跳び上がった。
 兵装ビルから射出されたスマッシュホークを受け取り、振り上げる。そのまま落下。
叩きつける。
 ごすっという手応えと一緒に使徒の右腕を切断する。使徒にダメージは見られない。
いくらCGだってわかってても、ぬぼーっと突っ立っている姿は少し不気味だ。
 使徒が、残った片腕を持ち上げる。攻撃が来る。機体が重い。避けている時間と距離
が惜しい。あたしは2号機を半歩だけズラした。使徒の手の平を左の肩で受け止める。
 使徒の目がギラリと光った。
 左肩に押し当てられた手から光の杭が発射される。タイミングを合わせて、パージ
コマンドを走らせる。CGの残骸を飛び散らせながら、2号機の左腕が地面に落ちた。

『真希波!』
「腕の1本や2本、どうってことないっしょ。はいはい、次!」

 班長のため息と一緒に、兵装ビルからボーガンが射出される。
 使徒が動いた。コールタール状に身体をくずすと、うぞうぞと兵装ビルへ這い上がって
いこうとする。

「逃げんなーっ!」
 あたしはボーガンを振りまわした。つがえられたままの矢を使徒の胴体に突き立てる。
「おりゃあーっ!」
 立て続けにトリガーを引いた。矢が次々と発射されて、使徒を兵装ビルにハリツケに
する。使徒はまだ活動を止めない。じたばたと動き続けている。コアとかいうのを潰さない
限り動き続ける仕様らしい。

「くたばれえっ!」
 空になったボーガンを振り上げて、使徒のコア目がけて叩きつけた。
401名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 09:55:36 ID:???
『真希波』
 『MISSION COMPLETE』を告げるモニターから班長のため息が漏れる。
『その装備は、そうやって使うんじゃない』
「あ、やっぱ左腕重いよ。大尉のいうとおり調整しといた方がいいんじゃないの」
『しかしお前は、奇妙なパイロットだな。
 式波大尉はネジ一本抜けていてもこだわるが、
 お前の場合ネジが5、6本抜けていても無理矢理動かすからな』
「エヴァンゲリオンて、ネジ使ってんの?」
『さあ、設計図は国家機密だが、たぶんあの肩のトゲとか入ってるとこに使ってるんじゃないのか?』
「うわ、テキトー」

 正式パイロットが式波大尉で間違いないのは順当として、あたしがこの場にいるのは
少し事情が違う。
 シンクロ率はほかの訓練生と比べて、取り立てて高いわけじゃない。にもかかわらず、
あたしはなぜかエヴァンゲリオンを動かせる。ひところ、「システム上あり得ない」と
ネルフ本部の技術スタッフたちが出張ってきてあたしを検査にかけたくらいだ。
 検査の結果、技術スタッフのリーダーさんは「現行のシステムでは読み取れないだけよ」
とコメントした。あたし本人の肉体および精神に異常は見られず。ただし、あたしが乗った
場合エヴァンゲリオンの各部にやたら重い負担がかかっていたことがわかった。
 ようするにあたしは、根性で無理矢理エヴァンゲリオンを動かしているらしい。

 3
 シャワーを浴びて、あたしは薄暗い宿舎の廊下を歩いていた。
 時刻は、すでに深夜3時をまわっている。これから仮眠を取って、明日も朝7時から
テストの開始だ。もっともあたしの場合、式波大尉がヘソを曲げるまでベンチの上で
ゴロ寝してたっていいんだけど。
 非常灯がぽつぽつと並んでいる廊下の途中で、なにかがうずくまっているのが見えた。
いやなことに、あたしの部屋の前だった。
 いつだったか食堂で聞いた怪談話を思い出しながら、あたしはそろりそろりと足音を潜ませた。
 カチカチと無機質な音が聞こえる。
402名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 09:56:29 ID:???
「うわっ、なんだ」

 ドアの前にうずくまっていたのは、式波大尉だった。手の中では、ずいぶん古いタイプの
携帯ゲーム機が薄ボンヤリとした明かりを放っている。大尉はこのゲーム機がずいぶんお気
に入りのようで、空き時間なんかになるとほかのスタッフたちの雑談には加わろうともせずに
ずっとなにかピコピコやっている。

「これは大尉、お疲れやんした」
「あんた、なにやってんの」

 若干茶色がかった金髪の下から、大尉がじろりとあたしを見上げる。

「なにって、なんかあたし准尉らしいし、あなたは大尉で、上官だから、一応、敬礼」
「ヘタクソ」
「そりゃまあ、あたしは正式な軍人じゃないから、敬礼は見様見真似で」
「そういうことじゃなくて」

 すっくと、大尉が立ち上がる。白いティーシャツにショートパンツというラフな格好
から、鍛えられたしなやかな肢体が透けて見えるようだった。ぐんと胸を反らすと、
挑むような視線をあたしに向けてくる。

「なんでしょう」
「なによ、あの戦い方は」
「各種兵装の制御プログラムのテスト?」
「そうじゃなくて!」

 式波大尉は苛立ちも露わに髪を揺らす。
「なんでエヴァの左腕を切り落とすような真似をしたの」
「え、重くて邪魔だったから?」
「そんなことで!」
 どうやら、あたしは式波大尉のご機嫌を損ねてしまったらしい。
403名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 09:57:19 ID:???
「そりゃ、あたしだってあれが実機だったら少しは遠慮するけど。
 エヴァンゲリオンの修理費っていったら、それだけでお百姓さんたちの1年の稼ぎが吹っ飛ぶっていうじゃん?
 でも、あれはバーチャルのシミュレーションで」
「エヴァが可愛そうだって思わないの?」
「可愛そうって」

 あたしは苦笑をそっと隠した。
 完成状態ならともかく、建設途中のエヴァンゲリオンは巨大なナメクジか、いいとこ
直立したウーパールーパーだ。あんなものに感情移入するなんて、式波大尉は案外メル
ヘンチックな思考の持ち主なのかもしれない。
 どうやら、価値観のズレを理解したらしい。式波大尉は脱力したように壁にもたれかかった。

「あんた、どうしてエヴァに乗ってるの?」
「どうしてって、そりゃあ」

 逡巡の時間は、それほど必要じゃなかった。
 式波大尉に本当のことをいう必要なんてない。第一、あたしは辛気くさい話が嫌いなんだ。

「使徒って、全部で何体いるんだっけ? 12、3体?
 うち2体はもう死んでるっていうし、3番目は捕獲済みだし、4体目はこないだ倒されたっていうし。
 でもって、エヴァンゲリオンはいま世界各国で作られてるじゃん。
 上手いこといったら、使徒の1体も倒さないで、
 一生遊んで暮らせるだけの恩給もらえるんでしょ?
 これはもう、やるっきゃないじゃん」

 式波大尉は、無言だった。あたしを、軽蔑したような目で見ている。

「ゴメンね。食うに困ってた時期が長かったから、あたし、いやしいのにゃ」

 ちょいとおどけて、握り拳を頭に載せた。
404名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 09:58:20 ID:???
 物心ついたときにはもう、あたしの両親は共同墓地の中にいた。
 セカンドインパクトで親を亡くして、ストリートチルドレン化した子供っていうのが、
昔はたくさんいた。あたしもその中のひとりだった。
 あるとき、あんまりお腹が空いたもんだから軍の施設に潜り込んだ。ドジを踏んで捕まっ
ちゃったんだけど、すばしこさを買われて訓練生として面倒を見てもらえることになった。
なにかのテストを受けたら適正があるとかで、そのときにちょっとした密命と特別ボーナス
をもらってエヴァンゲリオン建造計画に出向することになった。

「あんたみたいのに乗られたら、エヴァが汚れるわ」

 式波大尉はついとあたしに背中を向ける。
「明日のテストは、あたしがやるから。
 あんたはずっと引っ込んでなさい」
「そりゃ、あたしはその方がラクで助かるんだけど」
「信じらんない!」

 なにが気に入らないのか、式波大尉は荒い足音をさせて行ってしまう。
 どうも彼女は、エヴァンゲリオンにこだわりすぎるところがある。
 人類を脅かす謎の敵、使徒をやっつける巨大ロボットのパイロットといえば、たいていの
子供は憧れるだろう。候補生にもそういう子は多い。でも、式波大尉の態度はどこか違うみたいだった。
 なんていうか、自分にはエヴァンゲリオンしかないといわんばかりだ。
 あれだけの天才少女だ。わざわざこんな、精神汚染のリスク背負った計画に参加しなくても
学会で論文を発表するなりなんなり、いくらでも生き方があるはずだ。顔だって相当可愛い。
上手いことすれば、テレビ番組の人気者にだってなれる。
 それなのに、いったいエヴァンゲリオンのなにが彼女をああまでこだわらせるんだろう。

 ふと、スタッフの間で囁かれている噂話を思い出した。
 エヴァンゲリオンの中には、パイロットの母親の魂が封じ込められている。14歳の子供しか
操縦できないのはそのためだ。
 そんなバカな、と思う。パイロットの選考基準がトップシークレットで、しかもなぜか14歳
の子供ばかりだから、そういう噂が出てくるんだろう。
405名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 09:59:34 ID:???
 第一、あたしの母親の魂だか遺体だかを、どこから掘り起こしてくるっていうんだろう。
共同墓地にお墓はあるけど、遺体はたしかどこかの海の底に沈んでるって聞いている。仮に
掘り起こしてきたとしても、ろくに顔も覚えていない母親と親子の情が芽生えるとも思えない。
巨大ナメクジのブラックボックスに封じ込められてるともなれば、なおさらだ。
 式波大尉の家庭事情はよく知らないけれど、天涯孤独だって聞いてる。セカンドインパクト
前後に生まれた子供で、二親が揃ってる方がよほど珍しい。
 あたしにとって、エヴァンゲリオンに乗ることは手段であっても目的じゃない。乗れれば
ずいぶん助かるけど、乗れなきゃ乗れないで別の手段を考えるだけだ。
 だからあたしと式波大尉とじゃ、意識に決定的なズレがあるんだと思う。

 4
 コンピュータグラフィックで描かれた町の中に、2体のエヴァンゲリオンが立っている。
 今日のテストは、ようやく形になってきたエヴァンゲリオン2号機のデータを使っての
模擬戦だ。
 あたしの前に立っている式波大尉機は、全身が真っ赤に塗られていた。
 べつに、模擬戦をするにあたり甲乙の見分けを付けやすくするための赤じゃない。なんでも、
エヴァンゲリオン2号機の実機が組み上がったら、やっぱり赤色に塗装される予定らしい。
式波大尉が「赤がいい」と希望したからだ。
 仮にも一国の国家予算に匹敵する莫大な費用をぶち込んで組み立てた兵器の外装を、たかが
14歳の小娘の希望通りにするというのもおかしな話だ。でも、エヴァンゲリオンに関しては
その無茶が通る。エヴァンゲリオンを動かすにはパイロットのシンクロ率が重要で、パイロットの
意向は可能な限り従うという方針らしかった。

 あたしだったら、あのバケモノ然とした4つ目を先にどうにかしたいところだけど、どうやらその点に
関して式波大尉はなにもいわなかったらしい。
 あたしは、といえば「何色でもいいよ」といったばっかりにダサい緑色の2号機のデータを使っていた。
406名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 10:00:28 ID:???
「スタート!」

 技術班長のかけ声と同時に、式波大尉機が動いた。
 一瞬で高々と跳躍したかと思うと、長い脚を伸ばした格好で落下してくる。
 あたしは横っ飛びに避けた。
 式波大尉機は鮮やかに受け身を取って、体勢を立て直した。いつの間に受け取ったのだろう。
すでにパレットライフルを構えている。
 イヤホンから射撃音が流れる。あたしは慌てて兵装ビルの影に逃げ込んだ。
 さすがは、ユーロ空軍のトップエースだ。エヴァンゲリオンを使ってあんなアクロバティック
な動きは、あたしにはとてもできない。
 赤い機体が兵装ビルを軽々と飛び越える。鋭い蹴り足がぶんとあたしの機体をかすめた。
シミュレーションデータとはいっても、こう至近距離だと背筋がゾクゾクする。
 間髪を入れない連続蹴り。式波大尉機は素早い。距離をあけていたら、あっという間に料理
されてしまう。

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ!」

 あたしは前方に向かって自機をダッシュさせた。タックルをするようにして式波大尉機に
組み付いた。
 顔面にストレートパンチを食らう。もしエヴァンゲリオンとシンクロしていたら、激痛に
見舞われていたところだ。しかし、幸いこれはシミュレーションだ。エントリープラグを
揺らす疑似Gさえこらえれば、ダメージはない。
 式波大尉機が拳を引っ込める前に、その懐に自機の腕を差し込む。相撲でいう、上手投げ
みたいな格好になった。CGの破片を飛び散らせながら、式波大尉機を地面に叩きつける。
 式波大尉機がすぐさま起き上がってくることは予想できた。
 あたしは自機の足裏に仕込まれたナイフを飛び出させて、フットスタンプキックを見舞った。
 会心の一撃、にはならなかった。さすがの反応速度を見せて、式波大尉機は横に転がっている。
せいぜい、顔面の装甲を1、2枚傷付けただけだ。
407名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 10:01:00 ID:???
「きゃあぁーっ!」

 式波大尉の絶叫がイヤホン越しに響く。
 予想以上の効果だった。
 なんだかわからないけど、式波大尉はエヴァンゲリオン2号機に対して並々ならぬ思い
入れを持っている。模擬戦のときだって、射撃武器や長物ばっかり使うし、接近戦になっ
ても打撃一本槍だ。決して、組み合ったりなんかしない。シミュレーターだっていうのに、
極力2号機を傷付けないように戦っているのだ。
 いったい2号機のなにが彼女をそう執着させるのかはわからない。
 でも、2号機の顔に傷を付けてやれば動揺を誘えると思った。それが、こうまで取り乱す
とは思わなかった。

「このぉっ!」
 絶叫とともに、式波大尉機が突っ込んでくる。さっきよりも動きが速い。
 避けられない。タックルをマトモに食らう。エントリープラグが揺れて、モニターが
何ヶ所かエラーを告げる。

「よくもあたしの2号機をぉーっ!」
 首をがっちりと締め上げられる。とんでもない力だ。たった2本の腕で、あたしの機体
をぎりぎりと持ち上げていた。
 シミュレーターがエマージェンシーを告げる中、あたしは胸に湧き起こる想いに身を
震わせていた。
 ああ、そうだ。あの日、ユーロ空軍の施設に忍び込んだときも、あたしはこうやって
笑っていたんだっけ。
 ギリギリの危険をすり抜けて、生き延びる快楽。まだ自分に命があるという喜び。自分
のこの手で命を拾ったという悦楽。あたしは、ちっちゃなころからその悦びを知っていた。

「いいじゃん、式波・アスカ・ラングレー!」

 あたしはぺっぺと両手に唾を吐きかけて、操縦桿を握り直した。
408名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 10:01:51 ID:???
『待て、真希波、システムにエラーが』
「あーあー、通信回路に不調アリ。あとで直しといて」

 通信機のスイッチを切る。
 なおもあたしの機体の首を絞めつづける式波大尉機を睨み下ろす。

「やったろうじゃん、とことんまで!」

 裏コードという言葉が頭をよぎる。ダメだ。まだアレを出すわけにはいかない。第一、
こんなテスト段階で裏コードなんかぶち込んだらなにが起こるかわからない。
 肩の拘束具をパージする。爆発の衝撃で、首を絞める力が緩んだ。あたしはすかさず式
波大尉機の腕を払いのけて、懐に飛び込んだ。両膝をバネのように伸ばす。突き上げるような
ヘッドバッド。式波大尉機のグラフィックが一瞬揺れた。

「離れなさいよ、このぉっ!」

 どてっ腹に蹴りを食らう。
 あたしは蹴り足をつかんで、前のめりに倒れた。式波大尉機を地面に組み伏せる。マウント
ポジションを取るよる先に、真っ赤な足があたしの視界を覆い尽くした。
 衝撃が来る。左眼損傷。式波大尉機の足裏からは鋭利な刃物が突き出していた。意趣返しの
つもりか。案外、執念深い。

「いったぁーい! すっげぇ痛い!
 けど、面白いから、いい!」
「ふざけんじゃないわよ、あんたぁーっ!」
「ひひひひひ!」

 背筋がぶるぶると震えるような悦びに、ヨダレが垂れそうだ。
 あたしは式波大尉機に覆いかぶさろうとした。
 と、ビービーという耳障りな音がエントリープラグの中を満たした。すべてのモニターが
真っ赤に染まっていた。
409名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 10:02:30 ID:???
『やめ、やめ!』
 技術班長の焦った声が天井のスピーカーから飛び出す。
『オーバーヒートだ。これ以上は、シミュレーターがもたない!』
 なんだ、つまらない。
 あたしは火照る身体を抱えたままため息をついた。

 5
 技術スタッフたちはシステムの復旧にてんやわんやだ。
 喧騒に溢れた発令室の隅っこで、あたしはベンチに座ってドリンクで喉を潤していた。
 今日はもうテストにならない。別名あるまで自室で待機、早い話が自室謹慎を命じられていた。
 さっさとシャワーを浴びて立ち去るか、とあたしはスポーツタオルを肩に引っかけた。

「あんた」
 頭の上から声をかけられる。式波大尉だった。相変わらず口をへの字に曲げて、あたしを
見下ろしている。
「ああいう戦い方、もうやめてくれる?」
「えー、でも、あたし、大尉みたいに上手くないし」
「するにしても、2号機にはもう乗らないで」

 もうもなにも、あたしはまだ1度も2号機の実機には乗ってない。

「その心配も、もう無用ね」
 大尉は何故か勝ち誇ったような顔をする。
「さっき辞令が出たの。あたし、明日から日本に向かうから」
「へえ、もう?」
「2号機の外装が組み上がったのよ。あんたには見せてあげないけど」
「え〜、見せてよ」
「ダメ」
「けちんぼ」
410名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 10:03:20 ID:???
 どうせ、全身真っ赤に塗ってあるんだろう。いまも、彼女は真っ赤なレオタードみたい
なものを着ている。シミュレーターなんだからジャージでいいっていうのに、彼女は訓練
のときいつもこれを着ている。よっぽど赤が好きなんだろう。

「でも、いいのかにゃあ。まだ作業中もいいとこなのに」
「取りあえずハードは組み上がったから、ソフトは輸送中に仕上げるんですって」
「そんなに焦ることにゃいのに。日本て、もうエヴァンゲリオンが2体もいるんでしょ?」
 どうやら、また彼女の気に食わないことをいってしまったらしい。大尉の細い眉が露骨
に歪んだ。
「しょせん、零号機と初号機は開発過程のプロトタイプとテストタイプよ。
 でも2号機が、実戦用に作られた世界初の本物のエヴァンゲリオンが完成したからには、
 もうエコヒイキやナナヒカリに大きな顔はさせないわ」

 エコヒイキやナナヒカリっていうのは、いま日本でエヴァンゲリオン零号機と初号機に
乗っているパイロットのことだろう。なんでも、ネルフ総司令の養女かなんかと、実の
息子らしい。莫大な予算を投じた国際プロジェクトで縁故採用がまかり通るとも思えないけど、
まあヘンていえばヘンだった。

「残る使徒は、全部あたしが倒す。
 だからあんたは、恩給でもなんでも好きにもらえば」
「あ、どうも、あざーす」
「あんたねえ」
「あたしもさ、辞令もらったんだ。北極のベタニアベースだって。
 ほら、とっ捕まえてある3番目の使徒、あれの監視するみたい」
「5号機は?」
「一応、持ってくみたいよ。
 適当にキャタピラでも履かせときゃ動きそうだし、あたしならそんなでも無理矢理動かしそうだからって」
「そう、でも乗らなくていいわ」
411名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 10:04:00 ID:???
「そういうのは、あたしの一存じゃ決められにゃいしにゃあ」
「あんたは、乗る必要ないっていってんの。
 使徒は全部あたしが倒すんだから!」
「はあ、どうも、ごくろうさんです」
「もう、会うこともないわね」
「え、なんで。会おうよ。せっかく同期の桜なのに」
「誰が同期よ!」
「違うの?」
「あたし以外のエヴァパイロットなんか、必要ないのよ。
 あたしがナンバーワンなんだから!」
「あの、さあ、大尉」

 あんたには、エヴァに乗らない幸せもあると思うよ。

 突然口の中に湧いてきた言葉を、あたしははっと飲み込んだ。
 なんだったんだろう、いまのは。あたしの言葉じゃなかった。あたしは、そんなことを
考えていなかった。
 ふと視線を感じて振り返る。
 幻だったんだろうか。一瞬、水色の髪をした女の子の姿が見えたような気がした。

「なによ」
 式波大尉は不審そうな顔であたしを見ている。
「え、べつに。また会えたらいいね」
「あたしは会いたくない。会う必要を感じない」
「あのさ、あたしと大尉は友達じゃなかったけど、
 いつか大尉にも、いい友達が出来ると思うよ」
「あんた、バカ?」

 言い捨てて、式波大尉は高い靴音をさせて立ち去っていく。
 あたしと彼女は、また会うことになるだろう。
 そのとき、あたしは彼女と敵対してるかもしれない。
412名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 10:05:06 ID:???

 エヴァンゲリオンを破壊せよ。
 人類を脅かす謎の敵『使徒』をやっつける決戦兵器であると同時に、エヴァンゲリオンは
たった1体で一個艦隊を叩き潰すことも不可能じゃないとまでいわれている。

 使徒がいるうちは、まだいい。でも、使徒がいなくなったあとはどうする。

 あたしの雇い主であるところのユーロは、そこらへんを憂慮しているらしい。セカンドイ
ンパクトで世界が滅びかけたっていっても、世界はそう簡単に一枚岩にはなってくれないみたいだ。
 ヴァチカン条約でエヴァンゲリオンの保有台数が決められているといっても、現在実働可能な
のは零号機と初号機のみ。その2体を2体とも日本政府が独占しているという状態はよろしくない。
エヴァンゲリオンが前世紀の核兵器のような存在になってしまう前に、破壊してしまえ。

 どうやら使徒はエヴァンゲリオンが3機もいれば十分対応できるようだし、何体か減ったって問
題ないと思っているんだろう。あたしが建造途中の5号機と一緒にベタニアに行くってわかった時点
で、ユーロからは5号機の自爆コードを渡されてる。
413名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 10:06:37 ID:???
 もっとも、それはユーロの目的であってあたしの目的じゃない。
 あたしが手に入れた情報によると、ネルフとその背後にいる組織はエヴァンゲリオンを使って
再度のセカンドインパクト、つまりサードインパクトを起こそうとしているらしい。せっかく
生き残ったっていうのに、なんでわざわざ自殺みたいな真似をしたがるのかはわからないけど、
たぶん終末思想的なカルト組織でも絡んでいるんだろう。
 あたしは、まだまだご飯を食べて生きていたい。だから、サードインパクトなんか起こされちゃ
困る。エヴァンゲリオンがサードインパクトを起こすっていうなら、壊すだけだ。

「じゃあね、式波・アスカ・ラングレー大尉。
 エヴァンゲリオンが全部なくなったら、また会おうね」

 エヴァンゲリオンが1体残らず破壊されたら、彼女はどうなってしまうのだろう。あの
少女にとって、エヴァンゲリオンは生きる理由そのもののようだった。
 案外、悪くはならないかもしれない。余計な肩の荷が下りて、人当たりがよくなっているかもしれない。
 そうなったら、友達になれるかもしれないな。

「あ、お役目を頑張りましょうか。モーレツに!」

 まずは、北極で捕まっている3番目の使徒を倒して、同時に5号機を自爆させる。
 そのあとは、日本だ。
 そこには、彼女がいるかもしれない。
414名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 16:06:29 ID:???
GJ!!!
415名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 19:15:37 ID:???
おおお新しい話が!
アスカとマリの話よかったわ
乙でした
416名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 22:09:36 ID:???
そうだよなユーロ同士知り合いの可能性もあるわけだよな
417名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/19(日) 13:55:06 ID:???
マリとアスカも仲良くなって欲しい。
418名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/21(火) 22:06:59 ID:???
GJ
マリとアスカのエヴァに対する思いの違いとか
マリがベタニアベースに居た理由とかの補完が凄いな
419名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/24(金) 21:35:02 ID:???
おおお新しい話が
420名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:42:29 ID:???
 1
 半ばエネルギー体化した初号機が、どす黒い赤色をした玉に手を当てる。玉が粉々に
砕けて、中から女の子の形をした真っ白いなにかが現れた。初号機が女の子の手をがっ
しりとつかんで引っ張り上げる。女の子もまた両手を伸ばして初号機に抱きついた。
 巨体同士の抱擁が一瞬光り輝いたかと思うと、女の子のシルエットが初号機の中に溶け込んでいく。
 融合した、というのとはなんか違う。なんていうか、女の子が望んで初号機の中に入
って行ったっていうか、初号機が彼女を引っ張り込んだっていうか、絆っていうか、
双方合意の上みたいな、そんな感じがした。
 あの初号機に乗ってるのって、ついさっきまでエヴァには乗らないとかなんとかブツ
ブツ呟いてたネルフのワンコ君だよねえ。ほかにパイロットがいるなんていう話も聞い
たことないし。
 あの白い女の子の姿は、記録にあった零号機パイロットに似ていたような気がする。

「なるほど。都合のいい奴ね。やっぱ匂いが違うからかにゃあ」

 突然の寒気に襲われて、あたしはくしゅんとクシャミをした。
 初号機が猛烈な光を発してる。光っているっていうか、もう光そのものに変貌しつつある。
あたりの熱エネルギーまで取り込んでいるのか、気温が急激に下がっていた。
 いつの間にか、耳が聞こえなくなっていた。鼓膜が破れてるのかもしれない。目だって
いまにも眩みそうだ。
 地面が激しく揺れている。ほっぺたのうぶ毛が焦げるような、とんでもないエネルギー
が初号機から発せられていた。なんとも、はた迷惑なハグがあったもんだ。

「こりゃあ不味いや」

 このままじゃ、知らないうちに蒸発してもおかしくない。取りあえず2号機のエントリ
ープラグにでも逃げ込むか。半壊してるとはいっても、いまからシェルターを探すより
はよっぽど手堅い。
 とそのとき、ドスッと鈍い音がした。
 どこからともなく現れた巨大な槍が初号機を貫いていた。
 ジオフロントの天井に空いた穴を通って、ぴかぴか光る輪っかを頭に頂いたなにかが降りてくる。
421名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:43:07 ID:???
 2
 ゴーンゴーンとお寺の鐘みたいな音に囲まれて、槍に刺し貫かれたままの初号機が地下
に沈められていく。
 あたりはまさに阿鼻叫喚の地獄だった。ジオフロントの建物はほとんど倒れたり崩れた
りしてるし、使徒やエヴァンゲリオンから飛び散った血糊が地面をどす黒く染めている。
そんなのはまだいい方で、さっき初号機がいたあたりなんて地面がごっそりと削り取られて
巨大なクレーターが出来上がっていた。
 誰が手入れしてたのかも知らないけど、野菜畑らしきものは見る影もなくなっていた。
あ〜あ、もったいない。食糧難を生き抜いたセカンドインパクト世代が見たら泣けてくるよ、これ。

「よ、お勤めごくろんさん」
 後ろから、知っている声をかけられた。
「あれ、加持監査官」

 ベタニアベースでちょっとだけ一緒にいた、加持リョウジ主席監査官だった。肩書きから
するとけっこうな偉いさんなんだろうけど、休憩室でお喋りする分にはまあ面白いひと
だから、ベタニアベースの中じゃ比較的親しくしていた。

「なんで日本にいんの?」
「悲しい転勤族でね」

 加持監査官はひょいと肩をすくめる。雑談する分にはいいけど、腹を割って話せるよう
な人じゃないってことを、その仕草が物語っていた。

「あのさあ、加持監査官。これ、ひょっとしてあたしの勘違いかもわかんないけど、
 あんとき、5号機が自爆すんの、あたしが自爆コード走らせるより、若干早かったような気がするんだよね」
「気のせいじゃないのか。それだったらお前は、生き残っているはずがないじゃないか」
「いやいや、あたしもけっこう必死だったしね」
「いいじゃないか、生きているんだから」

 これ以上聞いたってなにも出てこないぞと、加持監査官の全身がそう語っている。
 まあ、実際あたしは生きてるんだし、それでいいか。
422名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:43:49 ID:???
「初号機って、どうなんの?」
「封印される。放っておいたら、サードインパクトを起こす危険があるからな」
「マジで? うっわ、本気であたし、ヤバかったんじゃん」
「九死に一生を得たというわけだ」
「それはまあ、丸儲けな話なんだけどさあ」

 あたしはちらと視線を上に向けた。
「あれ、なんなの」

 ジオフロントの空中に、ほのかな光を放ちながら巨人がぷかぷかと浮いている。あれは、
エヴァンゲリオンなんだろうか。あのひょろ長い手足とか蛇腹状のお腹なんかはたしかに
エヴァンゲリオンなんだけど、でっかいバイザーをかぶっているような頭部はエヴァンゲ
リオンにしてはシャープなデザインだった。なんとなく、ほかのエヴァンゲリオンとは
違うような気がする。だいたい、エヴァンゲリオンて空飛べないはずだし。

「Mark.06だ」
「え? 6号機? 5号機以降の建造はゴタゴタしてて決まってないって話だったけど」
「あれは、真のエヴァンゲリオンと呼ばれている」
「なにそれ。2号機が世界初の本物のエヴァンゲリオンなんじゃなかったの?」
「だから、2号機が本物のエヴァンゲリオンで、Mark.06は真のエヴァンゲリオンなんだろう」
「なにそれ。そのうち、元祖エヴァンゲリオンとか本家エヴァンゲリオンとか、
 影のエヴァンゲリオンとか裏のエヴァンゲリオンとか出てくるんじゃないの?」
「元祖は、困るな。
 もうネルフで商標権を押さえてるから」
「え、エヴァンゲリオンて商標とかあったの?
 香港とかで出来の悪いオモチャ売られてるじゃん」
「目下、広報部で係争中だ」
「地味な戦いしてんのにゃあ」
423名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:44:32 ID:???
「アメリカがアジアを巻き込んで色々やっているからな」
「スケール大きいんだか小っちゃいんだかわかんないよ」
「いやはや」
「それで、そのMark.06さんは、いったいなにやってんの」

 Mark.06が現れてから、もう小一時間ほど経つ。その間、Mark.06はジオフロント内部で
ぷかぷか浮かび続けていた。

「ATフィールドをなんやかんやして初号機のエネルギー体化を防いでいるんだろ」
「や、それはなんとなくわかるんだけどさ。あのポーズ、なんなの」

 Mark.06は、ハリツケにされたイエス様みたいな格好で両手を広げていた。現れた当初は
神々しくも見えたものだけど、さすがに小一時間もおなじポーズのままでいられると、ちょっと
マヌケに思えてくる。

「さあ、中に入っているパイロットがやらせてるんだろ」
「ちょっと、変態なんじゃないの?」
「まあ、尋常な神経の持ち主でないことだけは確かだ」
「なんていうかあたし、Mark.06の人とは仲良く出来そうもないや」
「パイロットのモチベーションとかテンションとかあるからな」
「あれ、ちょっと待って。あたし、あんなのも壊さなくちゃなんないの?」

 エヴァンゲリオンを破壊せよ。
 あたしがそういう密命を帯びていることを、加持監査官は知っている。なんで知ってる
のかわかんないけど、たぶんユーロからお小遣いでももらってるんだろう。5号機の自爆
の件でも、ちょっとだけ手をまわしてもらった。
 すぐそばに、ズタボロになった2号機が転がっている。両腕を失い、半壊した頭部からは
ピンク色をしたものがトロリとこぼれている。生体部品が早くも腐り始めたのか、酸っぱい
臭いを放っていた。
424名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:45:25 ID:???
 ビーストモードを起動させた2号機でも、あの使徒のATフィールドを食い破るのがやっ
とだった。零号機が捨て身でぶち込んだN2ミサイルにだってびくともしない。その上、
零号機を取り込んだと思ったら何故か生ケツ丸出しの姿になった使徒は、さらに強化された
と考えて間違いない。
 その使徒を一方的に蹴ったり殴ったり目からビーム出したり、果ては熱い抱擁までし始めた
初号機を、Mark.06は槍の一撃で沈黙させた。エヴァンゲリオンもなしに、あれを壊すのはちょっと骨だ。

「いや、あれを壊されちゃ困る。特殊な機体らしいからな」
「よかったあ。ちょっと一瞬途方に暮れちゃったし」

 胸をなで下ろしかけて、あたしははたと気が付いた。
 初号機は封印、零号機は両脚と頭部しか残ってない。そして2号機は大破、無理矢理裏
コードなんか打ち込んだもんだからソフトもズタズタだ。自分で開発に携わった機体だから、
予算的にも技術的にも修理はほぼ不可能だってことはよくわかる。

「Mark.06に手ぇ出すなってことは、ひょっとしてエヴァンゲリオンてもうないんじゃないの?」

4号機は消滅しちゃったし、3号機は使徒に乗っ取られた挙げ句にダミープラグとやらを
起動した初号機によってズタボロにバラされた。

「ああ。いま、世界各国で持ち上がっているエヴァンゲリオン建造計画も白紙に戻されるだろう。
 3号機事件のときの映像が明日のTIME誌に載るからな」

 巨大な臓物が民家を押しつぶしている惨状を見させられれば、世論が騒ぐことは簡単に
予想できる。エヴァンゲリオンは人類を救うスーパーロボットから一転、わけわかんなくて
おっかないバケモノ兵器に変わる。ダミープラグ計画とやらにもストップがかかるだろう。
なんだか釈然としないけど、民主主義ってそういうもんだ。

「使徒は? もう現れないの?」
「10番目以降の使徒の行動は限定的で、すでに対応が準備されているそうだ」
「ふ〜ん」
 なんだか胡散臭いけど、教えてくれないってことは知りたがるなってことなんだろう。
425名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:46:21 ID:???
「そしたら、あたしはどうなんの?」
「それを伝えに来た。お前用に、新しい戸籍とセーフハウスを用意してある。
 しばらくヴァカンスでもしていろ」
「なんかその言い方、左遷っぽい」
「若いうちから悲観的なものの見方をするもんじゃないさ」
「ま、今さらユーロ空軍とかに編入される気にもなんないし、いいけどね」
「カネも時間もあるんだ。学校にでも行ったらどうだ?」
 学校か。そういえば、ずっと施設育ちで行ったことないや。
「それもいいかもね。中佐ももういないし」
「中佐?」
「式波大尉って、2階級特進したんでしょ?」

 式波・アスカ・ラングレー大尉は3号機起動実験中に使徒の浸食に遭い、死亡したと聞かされてる。
「あ、いや、式波大尉は」
 加持監査官が、ちょっとヘンなカオをした。そして間違いなく、大尉ってそういった。
「待って。ひょっとして大尉、生きてんの?」
「あ、いや」
 どこかわざとらしい仕草で、加持監査官があたしに背中を向ける。どうでもいいけど、
鬱陶しい後ろ髪だなあ。なんか、こう、うりゃって引っ張ってやりたくなる。

「気に食わないなあ。そんなことあたしに聞かせて、どうしようっての」
「俺は、なにもいっていないぞ」
「あたし、加持監査官のこと嫌いかも」
「式波大尉と、仲がよかったのか?」
「う〜ん、どうだろ」
 ユーロ空軍のエヴァンゲリオン建造工場で、式波・アスカ・ラングレー大尉と言葉を交
わしたことは数えるほどしかない。部屋の隅っこで丸くなってピコピコゲームやってる姿と、
細い手足を突っ張ってなにかにケンカを売るような顔で立っている姿ばっかりが頭にこびり付いてる。
「たぶん、大尉はあたしのこと好きじゃなかったと思う。
 でも、あたしは大尉のこと、嫌いじゃなかったよ」
 時間もカネもある。ユーロ空軍に組み込まれる可能性もない。
 なんだ、いまのあたしって、もの凄く自由な立場なんじゃん。
426名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:47:04 ID:???
 3
 装備は一週間もしないうちに揃えられた。

 重火器よし、弾薬よし、ナイフよし、マガジンよし、バナナはレーションに含まれない。
ラペリングロープにプラスチック爆弾、M60発火具。

 手首のスイッチを押すと、プシュッと空気が押し出されてプラグスーツが肌に密着した。
装備一式をぶら下げたタクティカルベルトをプラグスーツの上から巻き付ける。プラグ
スーツっていうのは、これでそこいらのボディアーマーなんて問題にならない耐弾性能と
耐刃性能を持ってるから、こういうとき便利だ。問題は、真っピンクのプラグスーツに
タクティカルベルトと耐弾ヘルメットっていう格好が果てしなくマヌケってことくらい
だけど、あんまり贅沢も言ってらんない。

 今日もジオフロントの中では、資材を積んだトラックが何台も出入りしてる。使徒に
ぶっ壊されたり初号機に踏んづけられたりしたせいでネルフ本部はすでにピラミッドの
形をしてなかった。

 修理のために外部の出入りが激しい今を覗いて、潜入のチャンスはない。
 あたしがコンテナの中に潜り込んだトラックが停まる。駐車場に着いたのか。運転手の
おっちゃんが降りてくる前に、あたしは幌の隙間から外に降りた。足音を忍ばせて、
エアダクトの中に潜り込む。

 昨日のうちに頭の中に叩き込んだ地図に従って、下へ下へと降りていく。途中、通気口
の下でM4カービンを構えた警備員の姿が何人も見えた。外部の出入りが激しい分、セキュ
リティも上がってるみたいだ。

 式波・アスカ・ラングレーは、エヴァンゲリオン3号機もろとも使徒に浸食された。3号機
が破壊されたあとに回収されて、治療も施されたんだけど、精神汚染の危険があるっていう
ことでネルフ某所に隔離されている。
 これ以上の情報を手に入れることはできなかった。だったら、知ってる人間に聞くだけだ。
 ようやく発令所の上まで辿り着く。作業服姿のオッサンと、ネルフの制服を着た職員3人が
なにか話していた。
427名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:47:41 ID:???
 大本命の赤木リツコ博士は不在か。知ってるとしたら、制服姿のホワイトカラーたちだろう。
男が二人に女が一人。髪の毛を整髪料で固めてダサいメガネをかけた男、ロン毛で長身の男、
それからショートカットのお姉さんがいる。3人とも若そうだけど、発令所でオッサンに指示
出してるくらいだから、それなりの権限を持ってるに違いない。

 あたしは通気口を蹴破って発令所に飛び降りた。
 誰にも何も言わせる隙を与えない。ウィンチェスターM1887を腰から引っこ抜いて、ルー
プレバーに手を入れたまま銃身をぶんと振るう。スピンコッキングの手応えと同時に引き金を
絞った。発砲の衝撃が肩を叩く。銃口の先から飛び出したゴム弾が十字型に開いて作業服
姿のオッサンの胴体に命中した。オッサンは悲鳴も上げずにその場でひっくり返る。
 いかにも肉体労働者風のオッサンを片付ければ、あとはホワイトカラーだけだ。ダサメガネ
は位置が遠い。ロン毛は意外と体格がいい。となれば、選択肢はひとつだ。

「フリーズ!」

 叫びながら、あたしはショートカットのお姉さんを後ろからつかまえた。ヒップホルスター
からコルト・パイソンを引き抜いて、お姉さんのコメカミに突き付ける。

「何者だ!」

 ろくに実戦経験もないんだろう。ダサメガネがへっぴり腰で叫ぶ。可愛そうに、ショー
トカットのお姉さんの顔色は一瞬で紙のように白くなっていた。ゴメンね、と胸の中で
呟く。でも、式波大尉を隔離したのもこの人たちだ。

「誰だっていいでしょ」
 ダサメガネがコンソールに手を伸ばそうとしているのを見て、あたしはパイソンの激鉄を
起こした。

「よーしよしよし、ふたりとも、手を頭の後ろで組みな」
「なにが目的だ」
「式波・アスカ・ラングレー大尉」
 あたしが口にした名前に、ショートカットのお姉さんがびくと反応した。
428名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:48:18 ID:???
「どこに隔離されてんの。
 区画のコードとパス持ってんのは、誰」
「俺だ」

 ロン毛が一歩前に出る。

「ああなるほどね」
 あたしはパイソンの銃口をごりとショートカットのお姉さんに押し当てた。

「ヒッ」
「マヤッ!」
「騒がないでよ。あたしだってね、マグナム弾で頭蓋骨ふっ飛ばすようなグロい真似したくないの。
 さ、さっさと出して」

 ショートカットからリンスの匂いをさせながら、お姉さんがガタガタと震え始める。

「赤木博士の許可が」
「マヤッ、指示に従っておけ!」

 ロン毛の声を受けて、お姉さんの目が混乱したようにきょろきょろ動き始める。
「D51区画。パスカードは、そこの引き出しの中に」
「サンキュー」

 お姉さんをロン毛とダサメガネがいる方に突き飛ばして、あたしは引き出しに飛び付いた。
429名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:49:00 ID:???
 4
 発令室から飛び出したのと同時に、天井からけたたましエマージェンシーコールが降り注ぐ。
 一秒もしないうちに、廊下の奥からカービン銃を構えた警備員が駆け込んできた。

「あー、出てきた出てきた」
 十分予想していたことだった。あたしはすでに持ち替えていたM3短機関銃の安全装置を
解除した。腰だめに構えて、警備員たちのヒザあたりの高さに向けて引き金を引く。
 イヤー・プロテクションを銃声が叩く。大量の9oパラベラム弾がばらまかれて、せま苦しい
廊下の中をビシビシと跳弾した。

「カ・イ・カ・ン、みたいな」
 警備員が何人か、ヒザから血を出して倒れている。ちょっと痛いだろうけど、警備員て
そういう仕事だ。ネルフ本部は福利厚生が充実してることで有名だから、しばらく家族とでも
ゆっくり過ごしててよ。

「はい、どいてどいてー!」
 9oパラベラム弾をばらまきながら廊下を駆け抜ける。
 と、うめき声を上げる警備員たちを押しのけて、真っ赤なジャケットを着た人影が飛
び出してきた。H&K USPをウィーバースタンスに構えたまま、ためらいもなく発砲する。

「うぐっ!」
 左上腕の肉を抉られる痛みに、あたしはうめき声を上げた。あっぶないなあ。とっさに
身体をズラしてなかったら、まともに心臓を打ち抜かれてた。しかもこの威力、45口径じゃん。
えげつないなあ。
 鋭い痛みにミゾオチを抉られる。身体をくの字型に折ったあたしを、さらに追い打ちの
衝撃が襲った。背中から壁に叩きつけられる。

「あんた何者? なにが目的?」
 とんでもないスピードで距離を詰めてきた赤いジャケットの女が、あたしにUSPの
銃口を突き付けていた。あたしの脇腹にめり込ませたヒザをゴリゴリやって来る。痛い、
痛いって。
430名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:49:31 ID:???
「えへへ、あたしは誰でしょお?」
「ふざけてるの?」
「あかんべえ」

 いったいどこで訓練を受けてきたのか、この女の身のこなしはレンジャー級だ。なん
だって日本のネルフにこんなバケモノがいるんだろう。
 冗談じゃない。こんなのとマトモにやり合ってたら、危険が危ない。あたしはタクテ
ィカルベルトから閃光弾をもぎ取って床に叩きつけた。
 カッと閃光が起こる。同時に銃声が起こって、あたしの顔からメガネが吹き飛んだ。
とっさに発砲したのか。なんて手癖の悪い女だ。あたしは女の腹を蹴飛ばして拘束から
抜け出した。いまにも閉じようとしている隔壁の隙間に滑り込む。

 5
 いま思い出したけど、あの赤いジャケットの女は葛城ミサト一佐。ネルフの作戦部長
さんで、加持監査官の元カノだ。加持監査官も、元カノにくらい話通しといてくれたって
よさそうなもんなのに。
 いや、これはあたしが勝手に考えて勝手に行動していることだ。誰にも文句をいう筋合い
なんかない。
 制御板をいじって隔壁を落とし、あたしはようやく壁にもたれかかった。スペアのメガネ
をかけて、プラグスーツの左袖を落とす。真っ赤な肉が露出した、無惨な傷口からとめどめ
なく血がこぼれていた。顔をしかめながら、応急キットから出した包帯で締め付ける。
 深呼吸を五回。それで体力を回復させる。

「うっしゃ、行こうか」

 立ち上がったあたしの前に、ゆらりとふたつの人影が現れた。黒い髪を短く刈り込んだ
男の子と、水色の髪の毛をした女の子だった。ふたりとも学校の制服らしきものを着ている。
ネルフのワンコ君と、零号機パイロットとおなじ姿をしていた。
431名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:50:05 ID:???
 あたしはホルスターからパイソンを引き抜くや、握り拳を固めて激鉄を叩いた。ファスト・
ドロウで撃ち出されたマグナム弾はワンコ君の姿をすり抜けて、背後の壁をめこりとへこませる。
 まあ、こうなるんじゃないかなって思ってたんだけど。ワンコ君と女の子の身体、なんだか
ちょっと透けてるし、この世のもんじゃないんだろう。あたしはオカルトなんか信じないけど、
うっかりサードインパクト起こしかける二人だったらなにが起こっても不思議じゃないような気がする。

『なにするんだよ、いきなり!』
「だって、目からビームなんか出されちゃたまったもんじゃないし」
『出来るわけないじゃないか、そんなこと』
「え、しないの?」
『しないよ』
「いやいや、怒んないから、ちょっと天井に向けてビーム撃ってみてくんない? 見てみたいから」
『だから、できないって』
「それでワンコ君たち、いつまで抱き合ってんの?」
『わっ!』

 ワンコ君と女の子がぱっと離れた。お互い背中を向けて、真っ赤な顔をモジモジさせてる。
 なんだ、この子たち。衆人環視の真ん中であんな派手なハグしてたくせに、いまさらなに
モジモジしてるんだろ。

「あのさあ、ワンコ君。乳のひとつやふたつ揉ませてあげるから、そこ通してよ」
『そんなことっ!』
「碇君」
『いや、違うんだ綾波。あれは』
『あれって?』
『だから』
「ねえ、ちょっと、あたしいま、結構シリアスな気分なのよ。
 夫婦ゲンカだったらヨソでやってくんない?」
432名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:50:48 ID:???
『夫婦ってそんな、僕たちは』
『そういう』

 ふたりは、また顔を赤くしてゴニョゴニョ呟き続ける。
「あ、ちょっと待って、やっぱやめて。
 あんたたちが夫婦ゲンカなんかしたら、サードインパクト起こるかもしんないし」
『だから夫婦じゃ』
「ほんと、なにしに出てきたの?」
『あなたは』
 水色の髪をした女の子が顔を上げる。
『なにをしに来たの?』
「なにっていわれると困るけど、式波大尉を助けに来たのよ」
『それは、誰の意志で?』
「誰って、そんなのあたしに決まってるじゃん」

 考えてもみれば、式波大尉はユーロ空軍のトップエースだ。それが日本政府に拘束さ
れてるっていうなら、政治的な手段で取り返すことはできるのかもしれない。もちろん
あたしには政治的な手腕も権限もないからそんなことできないけど、案外加持監査官
あたりなら穏便に大尉を奪還できていたのかもしれない。
 そういうことがわかっていても、あたしは自分の行動を変える気になれなかった。

「そりゃあ、あたしに助けられて、大尉が助かるかっていや、微妙だけどさ」
『あなたは、二号機パイロットの友達なの?』

 水色の髪をした女の子は真摯な目であたしのことを見る。ついさっきまで顔を真っ赤に
してモジモジしてたくせに、急にそんな態度になられても噴き出しそうになるんだけど。

「友達、ではなかったよ。少なくとも大尉に聞いたら否定されると思う」
『では、あなたは二号機パイロットと友達になりに来たの?』
「あ、そっか、いいこというね、あんた」
433名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:51:24 ID:???
『アスカを、助けて欲しい』

 ワンコ君まで真面目くさった顔であたしのことを見る。

『僕たちの身体は今初号機と一緒に封印されてて、なにも出来ないから』
「へえ、そうなんだ。
 自分たちも助けて欲しいっていうお願いなら、後日にまわしてくんない?
 もう弾薬も尽きかけてるし、左腕痛いし。
 あんたとこの上司、あれ怖いよ」
『僕たちは、いいよ。自分たちの意志であそこにいるんだし』
「ああ、水入らずってやつ」
『だから』

 またモジモジし始めるワンコ君の横で、女の子が水色の頭をぺこりと下げた。
『二号機パイロットを、お願い』
「そっか、あんたたち、大尉の友達なんだ」
 言葉もなく、二人がこくりと頷いた。
「なんだ、大尉、友達作れたんじゃん」
『あなたも』
「あたしは、どうかなあ」

 二人の前を通り過ぎて、あたしはドアを開いた。
「なにしろ、これから友達になりに行こうって立場だし」

 さて、行くか。あたしはぱしんと両手を叩き合わせた。
434名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:52:27 ID:???
 6
 カードキーを通しても反応はなかった。
 すでにコードが書き換えられているのか。あのショートカットのお姉さんも、案外
仕事が早い。
 鍵にパイソンを押し当てて、引き金を引く。扉を蹴倒して中に入って行こうとすると、
バチンと硬いなにかに行く手をふさがれた。
 一瞬、電気を流された隔壁でも立っているのかと思った。違う。透明ななにかが、
あたしの行く手を阻んでいる。
 明かりひとつ付いていない、真っ暗な部屋だった。奥にエントリープラグに似たものが
置かれているけれど、どうしてもそこに近づけない。

「あ痛っ。にゃによ、これは」
『来ないで!』

 どこからともなく声が響いて、あたしのことを弾き飛ばした。暗闇の中に、一瞬真っ赤な
六角形が浮かび上がったように見えた。
 まさか、ATフィールド? 冗談じゃない。ATフィールドを張れるのは使徒とエヴァンゲリオン
だけっていう話はどこ行っちゃったのよ。

「大尉? 大尉! どこにいんの!」
 全身を電流に貫かれたような衝撃に撃たれる。メガネがあたしの顔から落ちて、暗闇の
中に消えていく。

「大尉、あたしよ。真希波・マリ・イラストリアス!」
 スペアのメガネをかけ直して、あたしは暗闇に向かって呼びかけた。
『もうアタシに用なんてないでしょ!』
「なにいってんの、あるから来たんじゃない!」
『アタシにはエヴァしかなかった! でも、アタシが乗るエヴァはもうない!
 もうエヴァに乗れない!
 エヴァだけが、あたしの世界でひとつきりの居場所だったのに!
 もう、この世界にあたしの居場所はない!』
435名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:53:09 ID:???
「2号機壊しちゃったことなら、謝るからさあ!」
『エヴァに乗って失態を演じてしまったの!
 エヴァを、みすみす使徒に渡してしまったの!
 もうアタシに、エヴァに乗る資格はないの!
 アタシの居場所は、世界のどこにもないの!』
 また赤い六角形が光って、あたしを叩く。またメガネが落とした。いったい、あたしの
メガネをいくつ吹っ飛ばせば気が済むんだろ。仕方なくまたスペアのメガネを出す。
「そんなの、大尉の責任追及しようなんて人間はどこにもいないってば!」
『いまのアタシは、エヴァに殺される側の存在になっちゃったの!』
「ああ、もう」

 なんだか、あたしはイラついてきた。メガネの位置をぐいっと直しながら、床の上を
ずかずかと歩き進む。

『来ないでって、いってるでしょおっ!』

 タクティカルベルトが千切れて、装備がガチャンと床に落ちる。構うもんか。どうせ、
ATフィールドの前にあんなものは役に立たない。

「なんかもう、大尉、エヴァエヴァうるさいよ!」
『アタシはエヴァンゲリオンのために生きてきたの!』
「ああそう、ご愁傷様! エヴァンゲリオンだったら、もうないよ。
 初号機は凍結されて、あとは空にぷかぷか浮いてるヘンなのだけだから!」
『エヴァのない世界なんて、アタシはいらないの!』

 赤い六角形が閃いて、嫌な音をさせた。あたしの左腕から感覚がなくなる。

「いるもいらないも、世界はあるんだからしょうがないじゃん!」
『エヴァに乗れないアタシなんて、誰も見てくれない! 誰も必要としてない!』
「誰がそんなこといったのよ!」
436名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:53:55 ID:???
 あたしは右の手の平を持ち上げて、見えない壁に叩きつけた。途端に衝撃がやって来て、
プラグスーツの繊維がブスブスと焦げ始める。不思議と、両脚から力は抜けていかない。

「ちったぁ、エヴァンゲリオンと自分を切り離して考えらんないの!?」

 あたしは頭を振り上げて、見えない壁に叩きつけた。
 ビリビリとなにかが破れる音を聞きながら、無理矢理暗闇の中に頭を突っ込む。また
メガネが吹っ飛んで、視界の半分がどろりとした赤色に染まった。額から出血してる。
でも、構うもんか。
 エントリープラグは、すぐそばにあった。ハッチが開いていて、半壊したシートが見える。
そのシートの上に、式波大尉が横たわっていた。プラグスーツの両袖を切り落とされて、
代わりに包帯をぐるぐると分厚く巻かれている。

「知ってた? 大尉。あんた、ずいぶん可愛いんだよ」
「なにいってんの、あんた」
「エヴァンゲリオンなんて乗んなくても、あんたはいくらでも幸せになれるっていってんの!」
「あたし、こんなになっちゃったのよ!」

 式波大尉が顔を上げる。白い頬からは、げっそりと肉がそげ落ちていた。それだけじゃない。
茶色がかった金髪の下で、左側の目がルビーをはめたような赤に変わっている。
「いいじゃん。ピカピカしてて、カッコいいよ」
「あんた、バカなんじゃないの。
 こんなになった、あたしが、どこで生きていけるってのよ!」
「えっと、沖縄とか」
 とっさに出た答えに、あたしはエヘヘと自分で笑った。
 式波大尉は呆然とした顔であたしのことを見てる。
「あんた、なにいってんの」
「沖縄にさ、セーフハウス用意してもらってんだ。
 一緒に行こうよ。海は、まあ無理だけどさ。
 砂浜白いし、空青いし、食べ物だってきっと美味しいよ。
 そこでさ、大尉は毎朝あたしのこと起こしてくれて、あたしにご飯作ってくれて、
 お昼は一緒にビーチバレーすんの」
437名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:54:38 ID:???
「なんであたしがあんたにご飯作ってあげなくちゃなんないのよ!」
「え、作れるでしょ? 野戦訓練で習ったじゃん」
「アンタだって野戦訓練くらい受けてるでしょ!」
「ヤダよ、あたし、ヘビとかカエルとか食べんの」
「そんなもん、アタシだって食べたくないわよ!」
「じゃ、大尉が作ってくれるしかないじゃん!」
「あんた、ほんとなにいってんの!?」
「だって、作って欲しいんだもん!」
「だもんて、アンタほんとバカなんじゃないの!」

 包帯を巻かれた大尉の腕は、暗闇の中で浮かび上がるように白くて、ひどく欲しかった。
こんなときだっていうのに、あたしはフライドチキンの肉のことを思い出していた。
口の中にヨダレが湧いてくる。

「生きることって哀しい? 信じる言葉はない?
 わずかな力が沈まない限り、涙はいつだって振り切れるんだよ。
 ねえ、大尉のこといらないなんて、そんなやつがいるんなら、
 今から一緒に、これからそいつを、殴りに行こうよ」
「あんた、なにしに来たの」
「大尉と友達になりに、かな」
「バカ」

 金髪を揺らして、ぷいと大尉がそっぽを向く。

「友達だっていうなら、階級で呼ぶなんて」
「ありゃ、ゴメン」

 あたしを阻んでいた壁が、ふいと消える。
 たたらを踏みながら、あたしは手の平を式波・アスカ・ラングレーに向かって突き出した。
438名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:55:34 ID:???
 7
 ゴウンゴウンと音をさせてまわる巨大な扇風機を背にして、加持監査官が立っていた。
無精ヒゲが生えた顔に、いつものヘラヘラした表情はない。

「や、遅かったじゃん」
「真希波。お前は、自分がなにをしたのかわかっているのか」
「権限のないエリアへの侵入、エヴァンゲリオンパイロットの私的占有、
 発令室の制圧、ネルフ職員への恫喝、許可なき発砲。全部犯罪行為だよね」
「そこまでわかっているなら、いい」
「現行犯だね。いいよ、ここでやっちゃって」
「ああ」

 加持監査官が拳銃をつかんだ手を持ち上げる。ジェリコ941、旧イスラエル製の45口径
だった。このひと、なんでこんなマニアックな拳銃持ち歩いてるんだろう。
 なんだか笑えてきたあたしに向かって、ジェリコの銃口が火を吹いた。
439名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:56:25 ID:???
 8
 沖縄の空は、やっぱり青かった。
 セカンドインパクト以来赤くなった海で泳ぐことは出来なくても、海水浴っていう娯楽
はなくならなかった。砂浜の上を、水着姿のお姉ちゃんたちがワイワイとはしゃぎながら歩いている。
 あたしはビーチパラソルの下でビーチベッドに寝そべって、サングラスをちょいとズラ
した。傍らのテーブルからノニジュースを取って、ストローで吸い上げる。

『真希波さん』

 声がして、砂浜の上にボンヤリとした影が浮かび上がった。ワンコ君だ。夏の砂浜だっ
ていうのに、相変わらず学校の制服姿だった。

「あたし、いまは山岸なんとかいう名前らしいよ」

 真希波・マリ・イラストリアスは独断による作戦行動を襲撃、これを制圧した警備員の
手で射殺される。
 式波・アスカ・ラングレーは隔離病棟で療養中、容態が急変して死亡。
 そういうことになっているらしい。

『アスカは』
「うん、まあ、元気だよ。
 目ぇ離すとすぐにピコピコゲームやってるけど」
『そう、よかった』
「ワンコ君、ひとりで来ちゃってよかったの?」
『え?』

 あたしはむくりと上体を起こした。ピンク色のビキニを巻いたおっぱいがぷるんと揺れる。

『いやっ、僕は、そんな目的で来たんじゃ』
「べつに、取り繕わなくていいにゃ。
 あたしもこんな胸してるから、そういうふうに見られんのは慣れてるし。
 男が泳げもしない海に来る目的なんて、1つしかないじゃん」
440名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:58:43 ID:???
『だから』
『碇君』

 スッと、ワンコ君の後ろに青い髪をした女の子が現れる。こっちも、水着でも着てく
ればいいのに、やっぱり制服姿だ。

『あ、綾波』
 あたふたとするワンコ君の横で、女の子はどこか冷たい顔をしてあたしの方を向く。
「使徒ってさ、いまどうなってんの」
『Mark.06が対処してくれてるわ』

 あれから1ヶ月近くが経つけど、Mark.06は相変わらず十字架ポーズで浮いているらしい。
なんでも、たまに両腕がぷるぷる震えてるそうだ。

『2号機パイロットとは、友達になれた?』
「あ、そうだ。あんた、綾波レイっていうんじゃないの?」
 女の子が頷く。
「2号機パイロットとかじゃなくて、名前で呼んであげなよ。
 そりゃああの子、口じゃ嫌がるだろうけど、案外喜んでんのよ」
『ありがとう』
「アスカの友達だっていうなら、あたしとも友達じゃん。
 そのうち、一緒にビーチバレーでもしようよ」
『ええ』
『うん、きっと』
「あ、でも、ビーチバレーじゃあ、ワンコ君戦力外じゃん」
『えっ』
『じゃ』

 ふいっと消える綾波レイを追うように、ワンコ君もわたわたしながら消えていく。
 なんなんだろうね、あの子たちは。人を越えて獣も越えたなんかになったはずなのに、
やってることっていえば中学生レベルだ。実際中学生なんだから仕方ないのかもしれないけど。
441名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/26(日) 04:59:48 ID:???
 白い太陽が、もうずいぶん高いところまで上がっていた。

「アスカー、お腹空いたー!」
「たまにはあんたが作りなさいよ!」

 アスカの高い声は、遠くからでもよく通る。

「今日のご飯なにー?」
 アスカの料理は、ちょっと薄味だ。でも、ここ最近ちょっとずつあたしの好みの味に
変わっている。料理の腕が上がるのを、アスカ自身も楽しんでるみたいだ。
 あたしには、それが大層嬉しい。