【再構成】長編SS投稿スレ【学園】
長編のエヴァファンフィクション投稿用専用スレ。
ジャンル、CP不問。ただし削除されかねないレベルの成人向けはNG(エヴァ原作レベルはセーフ)。
鬼畜、鬱、残酷等描写については作者の裁量により警告をつけること。
長編の定義はフィーリングで。投稿するには完結を目指すこと。
容量節約のため作品とは無関係な内容の雑談――カップル論議、原作設定にまつわる考察等はそれ専用のスレッドで行うこと。
荒らしはスルー。設定が気に食わなくても見逃すこと。
基本sageの、寛容の心をもったマターリ進行。
3ゲト
長編っていきなりハードル高くね?
長編ならいろいろなスレで投下されているが、完結してないのも多い
どうせこのスレに投下されるのだって、そうなりそうだし
そもそも該当するスレのない長編を書く場合、どこかのサイトに投稿するだろう
はたしてこのスレの存在に、意味はあるのだろうか…?
意味はある
長編を書きたいけど、どうせ3話くらいで投げ出すのが目に見えている場合に使えばいい
普通のサイトに投下されても迷惑なだけだし、ゴミ捨て場にはちょうどいいと思います
でも
>>1には『完結目指すこと』って書いてあるじゃんか
それに放置プレイは、自サイト持ちですらよくあること
最早グダグダがデフォってか(´・ω・`)
最初見たときに学園ってあると、学園モノしかダメなように思ってしまう。
9 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2007/10/26(金) 16:27:01 ID:lizdxSpA
んなこたあない
エヴァ板内だけで、小説投稿(連載)スレってかなりの数あるよね。
それを集約する役割を担えば、このスレの存在も大きくなれると思うし、投下する人も増えるんでないかな。
ま、ほかのスレ住人次第になるけど。
集約したらぐちゃぐちゃにならないか?
12 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2007/11/08(木) 07:52:30 ID:e1vBgdeH
あげ
13 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2007/11/09(金) 00:52:18 ID:3C/VtO7R
集約するっていうかどこのスレで連載してるか誰かまとめてクレヨン
LASとかLRSとかはどーすんだよ
読みたくねーぞ
興味ないやつは
意味のないスレ
短編を少しずつ重ねる方式になれば、いつ終わっても良いのにね。
設定は通して。
エヴァFFはアニメの話に完全に沿わせるか、全く違う筋になるか両極端だけど、大体長編目指してるから破綻してるし。
ではまとめ。アドレス貼りません。
@LAS
・LAS小説投下総合スレ15
◆8CG3/fgH3E。リクに応える。「文章も自信ねぇ」って言ってるけど文章上手だろー。
・きゃぁ!!何よバカシンジ!! part08
◆Yqu9Ucevto氏。「迎え火」連載中。まとめサイトあり。
・シンジとアスカの同棲生活
◆Yqu9Ucevto氏。
@LRS
・落ち着いてLRS小説を投下するスレ6
◆LRvRIPAn.s氏。「シンジとレイしか居ないエヴァ」連載中。
@日記系
・アスカの日記 5冊目
960氏。長期連載。
・【LAS】アスカの日記 9冊目【LAS】
DAHLIA ◆mIgV9XAEOE氏、ホリデイ ◆A7RGAj24KE氏。
・アスカの日記って何か教えやがって下さい
・綾波レイの日記 4冊目
両方とも◆0tXLzE7Lmk氏。この日記職人め。
・エヴァ量産機の流浪日記
七号機 ◆9Vhhtv.dG6氏。日記。まとめサイトあり。
・渚カヲルの日記 2冊目
渚くん(5連目)氏。「渚くんRPG」連載中。
@その他
・エヴァキャラを修羅場らせてみたら
◆qVQRLFvEBc氏。ハーレムスレから移行。これから。
・もしルイズが召喚したのがシンジだったら 第弐話
冴えない著者 ◆YUq/JXG2n2氏。エヴァとゼロの使い魔のコラボ。まとめサイトあり。
・◆◆◆ DARK SIDE OF NEON GENESIS ◆◆◆
ケペル博士氏。小説じゃないけどこれは一見の価値ありなので載せてみる。まとめサイトなしだけどあっていい。え?お前がやれ?
注・漏れ多数あり
・玉依シイナがミサトそっくりな件について
名前欄に章の名前を入れるタイプの人なので名前はない。blame!とのコラボ。小説ではなく脚本というか台本というかそんな感じ。
スレタイ通りのレスとこの連載が混在するカオスなスレ。
・エヴァ板住民がWizardryを語る
LV1 ◆R134p9X/Go氏。wizardryとのコラボ。
・ゲンドウとシンジの同居生活 2日目
38氏。まとめサイトあり。体調がよろしくないようでお休み中。
・もしもレイとシンジの立場が逆だったら
◆wj0FdWk1b. 氏。
・【僧侶】レイとアスカの大冒険【戦士】
◆PymYnrJRCY 氏。ドラクエとのコラボ。
@LAR
・ダメよファースト!…女同士でこんなこと…あっ 4th
侍大将氏。次回投下で連載終了。エロパロ板に移動、スレでは告知のみ
受験者氏。前スレスレストで消息不明。
@その他
・【野菜】アスカの家庭菜園【栽培】
◆KEVrvVR6eo氏。TVサブタイを農業を軸に改編したネタに合わせてSSを投下。
13話迄投下後アスカ番外編を最後に現在休止中か?
・チルドレンの順番が違ったらPt5
294氏、◆jH3Q3bIrRM氏、◆TnXBZTY7YY氏。まとめサイトあり。
@LAS
・シンジとアスカの夫婦生活 4日目【仮面夫婦】
302氏。「その指先で」只今投下凍結中、再会未定。まとめwikiあり。
・落ち着いてLAS小説を投下するスレ 14
最後に「そんな葛城家。」の一文があるので職人は葛城家の人と呼ばれている。
【LAS人】こんなアスカは大好きだ!14【専用】スレから引っ越し。
・ふたなりアスカ×女シンジ 3本目
インク氏。前スレスレストでぴんく難民の避難所の2.5本目に移動。
・アスカから見たシンジの可愛いところ
連投スマソ氏。
おっつ
てかわけのわかんないスレで突然連載はじまったりするからエヴァ板はあなどれないな
@日記系
・葛城ミサトの日記 2冊目
La vie en rose氏。2月を最後に消息不明。
○の人。常に○月×日で始まる。
もう一人、月日部分をホラー映画タイトルにしている職人が居る。
>>17-20以外で知ってる分だけまとめてみた
これで殆ど連載有のスレは揃ったと思うのだが?
おーつ
そういえば次世代物ってやっぱここではやっちゃ駄目なのかね?
スレ見かけないし。
長編とか書かずにssなんでもokスレにするべきだった
誰か上記連載スレのまとめサイトを作ってくれないかな。
・LOS専用 俺とシンジだけのLOSスレ 第九夜
鈴木氏。(自分からは名乗ってないがまわりからそう呼ばれている)
シュールで電波で萌え。
・ハードボイルドなエヴァ
◆IE6Fz3VBJU 氏。はじまったばかり。原僚(←ニンベンなし)風味だそうです。
久しぶりにケロロスレ読んでみようと思ったら落ちてた
>>29 自分も住人だったがどうしよう、2スレ目立てるか?
>>30 でも◆PymYnrJRCY 氏は、最近はどのSSも更新が停滞してるからなぁ…
正直微妙
てか、スレ落ちたけど、次スレ立てるには過疎スレすぎだった場合
このスレを利用すればいいんでない?
落ちたスレを貼って、その続きを投下していくとか
職人がこのスレに来ればの話だけど、それなら現状よりは需要あるかも
32 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2007/11/22(木) 15:50:00 ID:mm6oo/ow
@LMS
・霧島マナの日記 2冊目
◆HI8ebVe8lo氏、◆ExGQrDul2E氏。まとめサイトあり。
@その他
・ジェットアローンで使徒を殲滅せよ4
名スレだが停滞中。まとめサイトあり。
>>18 さらに、渚くん(5連目)氏=◆0tXLzE7Lmk氏、だよね。
この日記職人めw
33 :
32:2007/11/22(木) 15:51:37 ID:???
久々に普通のブラウザから書き込んだらageちまった。すまぬ。
【ネ申】SS職人育成計画【襲来】
SSを書いてみたい人!興味がある人!
もっといいものが書きたい人!!
LAS/LRS/LMS....etc,何でも構いません。
ネタが浮かばない人は誰かにお題をだしてもらいましょう。
読む人は愛のない誹謗、抽象は禁止。具体的にどこが悪いのか指摘してあげましょう。
イイ作品には乙とGJをあげてください^^
みたいなの誰か立ててくらさい!
(`・ω・´)せっかくスレあるから書いてみていいかな!
(´・ω・`)書くスピード遅いからgdgdの温床になりそうだけど……。
おkおk!どんとこいっ!
ジャンルあるなら、事前に表記してくれるとありがたい。
某スレで連載しているFF(のようなもの)
スレが埋まったらこちらに投下してもよろしいでしょうか?
ジャンル:閉じ込め系
カプ(?):LRO(?)
んー、いいっすよー
39 :
◆PymYnrJRCY :2007/12/05(水) 12:04:10 ID:/mlm+OxX
ケロロスレで書いていた者ですが
続きを書いたら、こちらに投下してもいいのでしょうか?
ジャンルは、クロスオーバーになるんでしょうかね…?
ageてしまったぁorz
>>39 あそこの住人でしたー
ジャンルはクロスオーバーじゃないですかね?
自分は投下大歓迎です
ミサト「ぷっはぁー!やっぱ、朝はビールに限るわね!」
シンジ「朝だけじゃないんじゃあないですか?」
ミサト「んもう、冷たいのね、シンちゃんったら」
シンジ「いいんですよ、こないだみたいに、スカートがはいらなくなったって大騒ぎするの、ミサトさんですから」
ミサト「うっ…!」
アスカ「ちょっとぉ馬鹿シンジ!シャンプー切れてるから、買ってきといてって言ったじゃない!」
シンジ「脱衣所に、買い置きがあるはずだよ?」
アスカ「あんた馬鹿ァ?この私が、あんな安物使えるわけないでしょ!」
シンジ「…ゴメン」
アスカ「ゴメンじゃないでしょ、ゴメンじゃ!謝ればすむと思ってる
アンタのその事なかれ主義の性格、なんとかしなさいよ!」
シンジ「しょうがないよ、14年間、こうして生きてきたんだから」
アスカ「そうやって諦めてるから、何も変らないの!自分が今の…」
シンジ(……いつもと変らない、アスカと、ミサトさんとの朝食…なのに何だろ、この違和感…)
アスカ「…なの!判る!?判ってる!?馬鹿シンジ!!」
シンジ「…え、何?」
アスカ「…人の話ちゃんと聞きなさいよぉぉぉぉおおおお!!」
アスカのバスタオルが…。
アスカ「キャー!!イヤー!!このドスケベ!!馬鹿シンジ!!エッチィィィイイ!!」
スパァァァアアーーーーーーーン!!
もしもペンペンがケロロ軍曹だったら -新章っぽい感じ?てゆーか心機一転?-
第壱話『いつもと同じ日常、でも何かが違う日常』の巻
ヒカリ「おはよう、碇君」
トウジ「どうしたんや、ほっぺた腫らして?」
学校の玄関は、登校してきた生徒達で賑わっている。
2-Aの下駄箱の前では、いつものメンバーが、朝の挨拶を交わしていた。
ケンスケ「またアスカと、夫婦喧嘩か?」
いつものメンバーの話題は、シンジのほっぺたに、盛大につけられた、誰かの手形についてだ。
痛々しく腫れ上がっており、かなりの強さの、ビンタを食らったようだった。
シンジ「そうじゃないよ、これは…」
アスカ「私の柔肌を覗き見たんで、その罰を受けたの!」
そこに、その手形の主であるアスカが、ノッシノッシという擬音がまさに合う!といった具合の歩き方で
姿を現したのだ!
アスカ「なんかその表現だと、私が鬼か化物かみたいじゃないのよ!?」
マリイ「同じようなモノでしょう?」
そして次に、その後から、わざとらしく優雅に姿を現したのが、マリイ。
マリイ「わざとらしいは余計です」
ヒカリ「二人とも誰と会話してるの…?」
マリイ「覗き見たって、風呂上りにバスタオル姿で暴れて、バスタオルが落ちたとか
どうせその辺なのでしょう?アスカさんなら、やりかねませんものね?どう、シンジ?」
シンジ「なんかさ、見てたの?って言いたくなるね…」
本当に、見てたのだろうか?と言いたくなるほどに、マリイの予測が当たっている。
アスカ「別に暴れてなんかいないわよ!!」
アスカは、ダンダン!と、その場で足を踏み鳴らした。
マリイ「今まさに暴れていますわ」
アスカ「うっさい!だいたい、シンジがちゃんと、シャンプー買ってきておけば…」
マリイ「どうせ、買い置きのは安物だから使えない、とか、我侭言ったりしたのでしょう?」
アスカ「…なんか、見てたの?って言いたくなるわね?」
マリイ・ビンセンス恐るべし、というか、いや、まさに怖い、と言うべきか。
マリイ「こんな所で立ち話していても仕方がないわ、教室に行くわよ、シンジ」
そういうと、マリイは去っていってしまった。
シンジ「あ、待ってよマリイ!」
そして、その後を追うシンジ。
ケンスケ「…今さ、マリイ、シンジにタメ口きいてたよな?」
トウジ「お、そういやそうやな」
ヒカリ「碇君も、マリイに『さん』つけてなかったわね」
アスカ「…むぅー!何よアイツ等!」
そしてアスカは、よりいっそう不機嫌になったのだろうか
ドシンドシンという音が、実際に聞こえてきそうな歩き方で、教室へと向かったのだった。
トウジ「…おーコワ」
ケンスケ「とりあえず、関わらないほうがよさそうだな…あぁ、そういえば知ってるか?今日、転校生が来るんだってさ」
トウジ「この御時世に、わざわざ第三新東京市に越してくるなんて、酔狂なやっちゃなぁ」
シンジは、教室にやってくると、早々に自らの席に座り、窓の外を眺めだした。
シンジの目に映っているのは、目線から察するに、空、そして、そこを流れる雲の群れなのだろうが
意識的に見ているとは、とてもではないが、言えそうも無いような様子だった。
つまり、ボケーっとしていたわけだ。
シンジ(いつもと同じ日常…何で今日は、こんなに気にかかるんだろ…)
マリイ「上空視察かしら、シンジ?」
シンジ「……」
無視。
マリイ「……」
アスカ「ああ、シンジなら朝からこんな調子よ」
マリイが言葉に詰まっていると、後ろから、後から教室に入ってきたアスカが、話しかけてきた。
マリイ「朝から?」
アスカ「いつもボケボケっとしてるけど、今日はとくにボケーっとしてんのよね…人の話、まったく聞いてないし」
シンジ「…あれ、二人とも、何?どうかしたの?」
シンジはやっと、二人の存在に気がついたようだ。
アスカ「…ね?」
マリイ「…ええ」
シンジ「???」
マユミ「短い間だと思いますけど、よろしくお願いします」
転校生は、髪の長い、眼鏡をかけた少女だった。黒板には、チョークで『山岸マユミ』と書かれている。
教師「席は、そうですね…洞木さんの隣が空いているかな」
マユミは、ヒカリの隣の席を使うことになった。マユミは席につくと、ヒカリと挨拶を交わす。
マユミ「よろしく」
ヒカリ「こちらこそ」
シンジ(転校生か…)
シンジはその様子を、とくに意味など無いが、なんとなしに眺めていた。
シンジ(そういえば、僕も転校生だったんだよな…忘れていた
最近、毎日が楽しいって、少しずつだけど、思えるようになってきていたけれど、それもこっちに来てからか…
あれ?何がきっかけで、僕って、変り始めたんだったっけ…?大事なこと、忘れてるような…)
物思いに耽り、ずっとマユミの方を見たままで、時間が停止したようになっていたシンジ。
だが、ふと気がつくと、マユミもこちらを見ているではないか。
ずっとシンジが見つめていたため、何なのだろうかと、マユミは気になったのだろう。
ほんの数秒であるが、シンジとマユミは、距離が若干ありながらも、見詰め合う形になってしまった。
シンジ「あ…」
先に視線を逸らしたのは、シンジだった。
シンジ(どうしよう、何か、変な風に思われたかもしれない…やっぱり少し変だな、僕…)
そのシンジの、斜め後、頭ら辺に、痛いほどの視線を投げかけている人物がいたのだが
シンジはそれに気がついていないようだ。
アスカ「……」
それはアスカだった。
とりあえず投下してみます
一発目だというのに、内容はかなり地味
むむ、ケロロスレのオリキャラなのか。しまったこれでは感想が書けない。
マリイって誰...orz
>>49-50 解説ども。TRPGなんてものまであるんすか。
エヴァ修行が足りないな私は。
このロゼワインは、冷蔵庫で冷やしてからすこししてとりおきしておいたもの。
瓶についていた小さい注意書きには、6〜8℃で飲むと一番美味しい、と書いてあった。
桃色の雫がワイングラスの中に満ちる。注ぎ終わった後で、私はひとつをレイさんに渡した
「…お酒は 飲んだことないの」
「今日は特別、ってやつですよ。一杯ほどならよいでしょう」
そう、たまにはこういうこともいいさ… そう思って、私はワイングラスを取り上げた。
本来の乾杯は、打ち合わせるようなことはしないんだけれども… いいのさ、そういうことは。
「それでは、乾杯」
ぎこちなく差し出されたレイさんのグラスと打ち合って、部屋の中に涼やかな音が満ちた。
…本当に、レイさんに逢えて、よかった。
>>52-53 主役は誰だと思って、前スレ見たらあんたっすか。
ていうか、あんたのトリップすごくね?wwwwww
>>54 それは私であって、私でない存在
2Pキャラともいう。(汗)
このトリップは偶然でたのだけれど、大切にしてるよ〜
以前〔EVE〕というレイさんとアスカの画集も出ていたしね〜
コンゴトモ ヨロシク…
壁の時計は午後9時を指しているけれど、宴はまだたけなわ
料理にもケーキにも失敗がなくてよかった。レイさんも食が進んでおられる
がんばって作った甲斐があったというものだ。
しかしレイさん、お酒のほうは多少進みすぎでは…
「さて、レイさん、誕生日と言えば…」
「?」
ゴソゴソと背後からダンボールに白い紙を貼り付け、リボンでラッピングしたものを取り出した。
見た目は結構大きいけれど、重さはそれほどでもないこれは…
「お誕生日のプレゼントです」
「…!」
アルコールのせいかその白い肌が紅潮しておられるレイさんの瞳が、確かに輝いたのを私は見た。
やはりプレゼントというのは、あげてうれしい、もらってうれしい、こうでないと…
まぁ、まだ「もらってうれしい」かどうかは、分からないですけれど。
「…開けて、いい?」
「もちろんです、どうぞ!」
多少期待と不安がないまぜになってはいるけれど、まぁ、心を込めて作ったし、
その事については後悔はないさ わたしが持てるすべての技術を作って作ったのだから…
「……!」
箱の中から出てきた、鋭角的なシルエットを持つそれを見たレイさん。
すいません!私は結局、そういう考えが中心にあるようです。
恥ずかしくは無いものを作ったつもりだけれど、やっぱり照れくさい(あるいは他の感情)な…
それを紛らわすかのように、割とどうでもいいことを喋る。
「…これは小説版に出てきた機体でして、従来のνガンダムとは違って、
フィンファンネルの自家再充填ができるようになっているところが大きな特徴ですね。
このキットのはバックパックの形状がやや設定と違うんで、資料を見てパテで近づけるのに
苦労いたしました…」
まぁ、そのほかにも足の部分に鉛のプレートを仕込んで自立を容易にしているとか、
全体的なカラーリングをプラグスーツを着たレイさんをイメージして塗りなおしたとか
(以前ゲルググで試したときには、某牛乳特戦隊みたいになったからな…
やはりレイさんのイメージは、シャープな機体によく似合う ブチはニガテだそうだけど)
ブースターや装甲形状などをちょっと変えて、地上戦用にリファインした(という設定)だとか
わりとそういうどうでもいいことを話した。 あ、あとコックピットには紅い透明なBB弾を入れて
コアということにしてある。本当のコックピットはもっと奥にあるんだ。
だがまぁ、話ているうちにも「もしかしたら外したかな…?」という気分も出てくる
そりゃまあ、そうだろうなぁ 普通の女の子だもの… でも、レイさんは。
「…綺麗」
確かに、カラーリングには気を使った。フィンファンネルにも手を入れた
動かして楽しいように間接周りも見た目を損ねないほどに削って可動性を伸ばしてある
…しかし、レイさんが、綺麗と言ってくれたのはやはり嬉しいものだ。
レイさんも、ちょっぴり私に影響されたのかな。そんな事も思うけれど
レイさんの頬に、お酒のものだけではない赤みがさしておられるから…
「…ありがとう、大事にするわ」
…その一言で 報われます。
レイにガンプラ渡してどうするつもりかw
想像しようによっては、レイとガンオタの面白い構図が出来るかも。
乙w
気が付くと、私はシンジに首を絞められていた。
私の上に馬乗りになり、異様な目つきでワタシの首を絞め続けるシンジ。
その目。怒っているとも、おびえているとも、悲しんでいるとも、
あるいは泣いているとも言えなくもない表情で。
息が詰まり、血流が遮られて顔面が鬱血し始め、目玉が飛び出るような感覚が私を襲う。
そう……そのまま。
もっと力を込めるのよ、シンジ。怖がらないで。
人ひとりを死なせるのは簡単ではない。中途半端ではダメ。
さあ、もっと力を込めて……
やがてシンジは身体を震わせ、私の首を絞める手がゆるみ始める。
もう普通に息が出来るようになってしまった。こんなんじゃ私は死なない。
ああ、やっぱりダメか。情けない。
首締めがダメならその辺の岩で私の頭を潰せばいいのに。
でも、シンジは私の首を絞め続ける。
そうやって殺さなければならないと、そんな思いに駆り立てられたかのように。
何故だろう。何故、シンジは私の首を絞めるのだろう。
何故、シンジは私を殺そうとしているのだろう。
それは、あの時の夢の続きだから。
もうダメよ、シンジ。
アンタが私を殺すなんて無理、やめなさい。
そんな思いから、私はシンジの顔をそっと撫でてやる。
彼の顔が見づらい。何故だろう、と思っていたら何故だか片目がふさがっている。
そうか、私は負傷しているんだ。
シンジの顔にのばした腕は、ぐるぐるに包帯が巻かれていた。
そうして私の合図を受けたシンジは、私の首から手を離して嗚咽をあげながら泣き始める。
情けない、哀れでならない、見ている方が恥ずかしくなるような有様で。
私はそんな彼に言ってやった。
ただ一言。「気持ち悪い」、と。
何故だろう。
何故、私達はこうなってしまったのだろう。
私達が出会った時。
私達が最初に出会った時のことを思えば、信じられない成り行きだ。
私達が再会さえすれば、私達にはバラ色の未来が待っていると。そんな楽天的なことを本気で信じ込んでいた。
そんな脳天気な期待を胸に抱いて、私は日本への旅路に出発したのだ。
弐号機をその手にひっさげて。
再会?
そうよ、再会。
私達が太平洋沖で空母の上で出会ったのは再会。
初対面ではない。
私とシンジは出会っていた。
もう10年も前になるだろうか。幼いシンジと私は既に出会っていたのだ。
えーと、こんな感じで如何でしょうか。
基本LASなんですが、先行きどうするか自分でも判らないので、こちらにお邪魔してます。
このスレ的に迷惑でなければ、続きを考えてみます。
最後のシンジを受け入れる、というアスカさん… そしてその諦念
その観点、イエスだね!(汗)
>続き
素晴らしい!是非ともお願いします!
LROはあまり好きではないが、
ルリヲさん自体は大好きだ
プレゼントのことで結構時間がたってしまった、もう10時半か
ケーキや料理の食べきれない分は、明日以降に食べることにしましょう
そう思って、ラップを取りに立ち上がろうとしたとき
「…レイさん?」
私は、レイさんが、膝の上で組んだ手に、Hi-νガンダムを抱きながら、
うつむいておられるのに気が付いた
「レイさん、どうなさいました!?」
レイさん、結構お酒を飲んでいらっしゃったからなあ。ボトル3/4は飲んだのではないか
そこまで考えて、迂闊だったことに気が付いた 私は無意識のうちに酒量を加減して
飲んでいたけれど、レイさんは… このロゼは甘く口当たりがいいのがウリだからな
それが裏目にでたのか? とも思った
「ご気分でも、悪くされましたか!?」
レイさんに近寄ると、思いも寄らぬ反応が私を待っていた。
「レ、レイさん!?」
レイさんの肩に伸ばした私の手を、レイさんがお掴みになられた。
仕様がないので、私はレイさんのそばに座り込む
これは本格的に気分が悪いのかな… とも思ったけれど。次の瞬間、
レイさんが私を見上げて下された。 上気したお顔で、私を見つめてくださる。
背筋に電光が走るとはこのことか… まぁ、その余韻も覚めやらぬときに、
レイさんはおっしゃられた。
「… もうひとつ」
「…?」
「もう一つ、お願いがあるの」
アナウンス:
CPU使用率計測不能 危険です
…何を考えている私は! とりあえず緊急のバッファ領域にあらかじめ展開してあった
言葉をレイさんに投げかける。
「…な、何でしょう? 私にできますことならば…」
「…教えて」
「…?」
「…あなたが 私を知っている理由は、 わかった」
酔っておられるなレイさん… そうも思ったけれど、その瞳と、唇からつむがれる言葉は、
理性と、そして感情があった。
「でも… それだけじゃない」
「!?」
なかば無意識に、心音が一つ大きく音を立てて鳴ったようだ。
「私だって知ってる… 普通は、ここまでしてくれない」
「……」
「何故…?」
「そ、…それは…!」
頭部COM:
AP10% 危険です
「できることなら、って、 言った。」
「……はい」
「…私には、言えないこと…?」
…正直言って、下から見上げてくださるレイさんの視線と、その言葉で、
もうノックアウト寸前なのですが。今日記を書いている今も、筆が震える
が… あそこで言わなければ、私は私でいられていたのだろうか?
『他人に自分をわかってもらおうなどと思うな!何のための目だ耳だ口だ!
・ ・ ・ ・ ・
さっさと… わからせろ!』
そういう言葉もあるにはあるが… そうは言っても!
…オーケー、これは「信頼」だ レイさんは私を「信頼」して問いかけてくださっている
ならばその「信頼」にこたえなければ、私は私でなくなる
そう、丹田に力を込めて決めた。 … のはいいが
「…私は」
自律神経系ってのは自立しているものなのか…? 言おうと思っても、
その先が出てこない。頭では言うべき、と声を枯らして… 電気信号を盛んに送っているのだが
受信側がどーにもフリーズしているご様子… たまらんな…
「…私は…」
これではいつかの食卓の再現ではないか。このとき、いまこのときに言わないでどうする…
大きく息を吸って… 吐いて 吐いちゃダメだろ。 何のための声帯だ
「私は… レイさん… …? レイさん?」
…Time Over! You Lose…
「…お休みになられてしまいましたか…」
レイさんは私に寄りかかるようにして、瞳を閉じていらっしゃった。
せっかく幸運の女神が(もし居るならばの話だ) 袖を振ってくれたというのに。
チャンスを最大限に生かせなかったわけだ。
肩をすくめた後、
「…よいしょっと… ッ!」
レイさんに負担を掛けないように その背中におぶった 通称お姫様抱っこも考えたが
まわりにグラスやらフォークやらがあるので見合わせたのだ。 …まだ体力あるもん!
(私も、酔ったみたいだな)
酒でなく、雰囲気に酔ったのかも。やれやれ。
レイさんを部屋に送って、ベッドにお休みに致して 私はシーツをかけた。
「ふぅ…」
思い返す。背中に感じた重み。レイさんの命の重みを。それをどれだけ、
私が大切に思っているか。 それを伝えられなかったのが、残念といえば残念だ。
だがまぁ、機会はこのさきいつでも…
「……!?」
その甘い見通しは、背中に感じた(さっきまでぬくもりを感じていた背中)
…例の視線に 吹き飛ばされた。
「…… 無粋な野郎だな」
そうも思ったが、あるいは、このときを狙って、来たのか、とも思う
だが、まだ見ているだけで、具体的にどうこうするということはないようだ
鳴子も鳴っていない だが… その視線は いままで感じた中でも最も大きいものだ
もしかしたら、「出てくる気かもしれない」
「レイさんがお休みになっていてよかった…」
そう思う。
私は決めていた。 この部屋に来て、レイさんとともに暮らして、そして…
奴のことに気付いたときから。
(もしかしたら、このために私はここに来たのか?)
まぁ度し難い自己顕示ともとれるが、実際、ここでヤれるのは私だけ。
そのために、今までいろいろと策を練ってきた、というのもある
とりあえず、私は顔を洗って、わずかに残っていた酒気を飛ばし、
前々から決めてあった手順どおりに、準備を開始した
キッチンへむかい、棚の一番奥の、クーラーボックスを取り出す
その中には関の孫六の包丁が入っている。以前研いでおいたものを、二重に真空パックに入れて
保存しておいたものだ 私はそれを出すと、あらためて流しの水を注いだ。
そして、クーラーボックスの中に同じく入れてあった、いつか壁を削った土くれの一部を入れた
袋を取り出した。漆喰かなにかだろうが、まぁこのさいそれはいい。それを私はまな板の上に盛り…
「…!」
ダン、ダン、と、大根を切るように、包丁を打ち下ろした 無論大根を切るようにはいかない
ジャリ、ジャリという手ごたえがする ニ、三回それを繰り返した後、私は包丁をゆすいだ。
「…即席の切れ味+1 ってところか」
以前、時代劇の中で読んだことがある 武家の玄関でも庭先でも 盛り砂をしていたところがあったという
いざ、斬り合いとなったときには、刀をその盛り砂に向かって振り下ろす すると、
刀の刀身に細かいキズがつき 切れ味が増すのだという
効果の程はわからないが やらないよりはマシか… 孫六の切れ味 以前料理を裁いたときに、
これは使える、と取っておいたものだが まぁ、いい。今はこれ以上の武器はそうそう無い
「弾かれないように祈るか」
…実際、怖い、というのはある だが、もう決めたことだ。
そう思うと、多少は震えが和らぐ 事前に酒を飲んでいたことも、影響しているかも知れない
そのほかにもいろいろと細々とした準備をした後、私は
レイさんの部屋へ今一度向かった。レイさんは、ぐっすりとお休みになられているようだ
レイさんが見せてくれた笑顔。信頼… そして
そう思うと、震えも収まった(ように思う)
ドアの向こうから、その気配を感じながら、今私は日記を書いている
先ほどの暖かかった空気の部分をよく思い返すようにして書いている
その記憶が、いざというギリギリのところで生きてくる、そういうふうに聞いた
「…これが俗に言う、補正がかかる、ってやつか」
まぁナントカフラグとも聞いた気がするが、
あまり気にしてもいい結果は出まい
〜ければならない
Must Be まぁそういうことだが 手は考えてある
レイさんを巻き込まない手はね
浅知恵でどこまで通じるかは分からないが… 知恵の実を喰ったアドバンテージは生かさんとな
最後に一つ。
レイさん、
いつまでもお慕い申しております。
(続く)
乙
>>46の続き
その日の昼休み、シンジは、図書室へとやってきていた。
『異星人遭遇事例を調べると、そのほとんどのケースにおいて、体験者は記憶を操作された痕跡がみられる
異星人と行動を共にした時間が、その直前にいたるまで、スッポリと抜け落ちているのである』
シンジは、普段ならば読まない、オカルト関係の本を読んでいた。何故か、この本が目に入った瞬間、手にとってしまったのだ。
シンジ「『地球人はまだ、宇宙文明との接触を、許されてはいないのだろうか』……ホントかな」
そこまで読んだシンジは、本を閉じてしまった。
シンジ「ふう…」
ため息をついたシンジは、ボーっと、天井を見上げた。
『なんでこんなところにいるんだろう…』
シンジが思い出した、自身の言葉。ここ、第三新東京市にやってきて、そして、初めてのミサトの家
そのベットの上、天井を眺めながら、呟いた言葉。
初めての戦闘を思い出し、鼓動が早くなっていくのがわかった、その時…。
『シンジ君、あけるわよ』
ミサトの声。
『ひとつ、言い忘れてたけど…あなたは人にほめられる立派なことをしたのよ、胸を張っていいわ
おやすみ、シンジ君…がんばってね』
ミサトの言葉。思い出される、ミサトの、言葉…。
シンジ(そう、あの時確かに、ミサトさんは僕にそう言った…)
シンジはそう思う。確かにそのはずなんだと…。しかし、確信が持てなかった。
シンジ(でも、なんだろう、この違和感は…)
本当に、ミサトのその言葉だけが、自分の心の変化の、根本的な要因なのだろうか。
シンジは、他にまだ何かがあったような、そんな気がしてならなかった。
シンジ「あれ…」
シンジは、ふと、誰かに見られていたような気がし、誰かいるのだろうかと見回してみると
少し離れた所に座っている、マユミがこちらを見ていることに、気がついた。
再び目が合ってしまうシンジとマユミ。先に目を逸らしたのは、今度はマユミの方だった。
シンジ「……」
マユミ「……」
気まずい沈黙が、辺りを支配する。この二人以外の者は、ここにはいなかった。
それは数秒だったかもしれない。数分だったかもしれない。十分はあったのかもしれない。
シンジ「……」
シンジは、無言で立ち上がった。本を、棚に戻そうと思ったのだ。
机の上に置かれた本を手にすると、シンジは歩き出す。そして、マユミの後を通り過ぎようとしたとき…。
マユミ「あ、あの…」
マユミはシンジに、そう声をかけると、立ち上がり、シンジに対して頭を下げたのだった。
マユミ「その、ごめんなさい」
シンジ「え、なんで謝るの…」
マユミ「…ずっと、見てしまって、嫌だったと思います…本当に、ごめんなさい」
シンジは、確かに気まずい思いをしたことは事実ではあったが、別に謝られなければいけないほど
嫌な思いをしたわけではない。
シンジ「いいよ、そんなに謝らなくても」
だいたい、朝、自分も同じようなことをしてしてしまったので、お互い様であろう。
マユミ「朝、なんだか、私の事見ていたような…あ、違ったら、ごめんなさい」
シンジ「ああ、あれは、何だかボーッとしてて…」
マユミ「そうでしたか…ごめんなさい」
本当に、よく謝る。
シンジ(そういえば…)
シンジは、以前の自分も、こうやってすぐ謝ってばかりいたような、そんな気がした。
シンジ(そういえば、今朝もアスカに事なかれ主義だとか言われたっけ…)
今現在も、まだそこは直りきってはいない、ということか。
シンジは、これ以上謝られても、ただ気まずいだけなので、話題を変えることにした。
シンジ「それだけの本、一人で読むの?」
マユミの座っていた席の、机の上には、何冊もの本が置かれていた。
マユミ「はい…本が好きなんです、だって…」
シンジ「だって?」
マユミ「…いえ、なんでもありません…本当にすみませんでした」
シンジ「また謝ってる」
マユミ「すいません、なんだか、謝るのクセみたいで…それじゃあ」
マユミは、机の上に置かれていた本を手に取ると、図書室を出て行った。
今までの内容を、少し振り返るような内容になるのだろうか
うーん、残念ながらどれにもまだ感想のつけようがない。
今後に期待。
もう かべで いいや
とりあえす゛ シ斉んた゛
いろいろ あった けと゛
めて゛ たし めて゛た し
しあわ せに レイ ___
Z....
(続く)
やれやれ。地獄も満員といったところか、な…
いや、それもすこし違うのかもしれない。ともあれ、又こうやって筆を取ることが出来る以上、
いままでに起こったことを書いていくほかはない。
…あのとき、私は左手のデッキブラシ、右手にその他色々な物を持って、例の部屋に居た
レイさんの部屋までの道はテーブルをひっくり返して塞いであるけれども、基本的に
奴をこの部屋から出さない勢いで行きたいところだ。いや、行かす。
(いままでちょくちょく覗いてくれてご苦労なことだな… 出て来いッ!)
私は、いままで感じていた視線の先、例の穴に、この前のモップ以上の勢いで
デッキブラシをたたきつけた。その途端、デッキブラシの先端を叩き折りながら、
現れたものは…
薄暗くしてあった部屋の中を照らすような銀色の光。そしてその流線型の本体。
あの日、あの時、レイさんとともに原子へと還元されたはずの使徒…
「第拾六使徒 アルミサエル」
レイさんが助かっているのならば、奴ももしやしたら… とも、思っていたが。
やはりそうであったか!
それでも、やはり自爆のときの影響は大きかったのか、本来の大きさと比べれば
100分の1以下になってしまっているのがわかる。アオダイショウの体を伸ばしたみたいなものか
その体から出る光も心なしか弱い。だが…油断はならないな
そいつは… その穴から飛び出してきたその勢いをかって、そのまま、正面に「見えた」であろう
私へと突進してきた。タメがないせいか、速度は目で追えるものだったが、その迫力は侮りがたい。
そしてそいつの先端は立ち尽くしている私の腹を貫き通し…
部屋中に甲高い音が響いた。
「 か か っ た な ア ホ が !」
常識的に考えて、突進してくると言うのに無為無策で立ち尽くすわけがなかろうよ
「私」が「映っていた」のは… いつか見つけた姿見の鏡だ。
角度を調整して、壁の穴を殴ったあとその横に回って立っていた私の虚像が映るようにしていたのだ。
もっとも、これは奴に「視覚」がある、という前提で張っていたトラップだからな…
もし奴が視覚以外の要素で外敵を感知していたらすべはなかったが、
その点は賭けに勝った、ということだ。
砕け散った鏡の後ろには、袋に入れてつめておいた粉が満タンに入っている。
そこに奴は穴を開けた、そうでなくとも、いざというときは取り出しやすいように、極めて破れやすいようにしていた
袋だ。引き裂かれて大量の粉をあたりに撒き散らした。当然、その粉は奴へとかかる。
視界を確保するために、水泳用のゴーグルを提げた私は、奴が面食らっているのに乗じて、
右手に取り出していた、関の孫六の包丁で斬りかかった。
縦に振り下ろして唐竹割りに出来るというのは達人の話だ。私にはできることかできないことか。
木材にクギを打ち込むときだって斜めに打ち込む。それを思い出す
斜めに斬り付けた包丁は、危惧していたATFの輝きに阻まれることも無く、
奴の体後半3分の1ほどの箇所を切り裂いた。急激に血が噴出して返り血となった。
ゴーグルを提げているとはいえ赤い血は厄介だ。視界をふさがれないように逆手で血を受ける
予想はしていた。やつは突進のさいに、自分の最前面、ようは打突面にATFを集中させるのだろう。
そのおかげで…
(側面からの攻撃には弱いッ!)
さて、ここまではうまくはまってくれたが!
我武者羅に斬りつけても刃先が欠けるだけだ、ということを、事前に何回も口に出していた
とはいえ、包丁でイキモノに斬り付けた経験などない私の右手は私の意に反して
傷口をえぐり続けている。左手で奴の尻尾を掴んではいたが(イヤな感触だった)
のたうつ奴の体はいずれその縛から抜け出すだろう。ならば…
そうなる前に私は左手で奴を逆側に振り回した。重い… だがまぁ、ここでやらなきゃならん
なんとか奴を壁にたたきつけられた。
深呼吸すると先ほど飛び散った粉を吸い込んでしまい口や鼻の粘膜が焼け付く。
だが酸素には換えられん それにそういうことを気にしているときではないしな…
一端奴から引いて体勢を立て直した。一気呵成に攻めてやれるものならそうしていたけれど、
さっき突き刺した奴の体は予想以上に伸展性がある。ダメージはあるだろうが、
ぶつ切りにしてやるのはちょっと難しいな。 だがそれはそれで手はある。
奴がたたきつけられた壁からその身を離して、虚空に浮き上がった やれやれ、
物理法則とか超無視だなこの野郎は… ミノフスキークラフトでもあるまいに
(…使徒だからねぇ)
そういうことも浮かぶんだが、まぁ、そのときはその思考よりも、脳内にアドレナリンが
溢れまくっていたから、シニカルになる暇なんざありゃしなかったさ。
実際怖いものな…
奴はちょっと空中で、先ほど受けた傷の部分をのたうたせていたが…
そのもう一方の先端が、私の方向を向いた。奴が私を「見た」
見られている、と思うのならば。 次の策へ向かうまで。
私は奴が何かしらの行動を起こす前に、やや横へと移動した
私の背後の地面には、あらかじめ置いてった小さなLEDライトが転がっている。
その光に照らされて、私の背後に居たものを映し出した。
それを奴が認識したと思った途端、奴はそれに向けて突進していった。
私を無視してくれたのが、ここでは逆にありがたい
正直同じような手に二度ひっかかるバカはいないか、とも思っていたが
奴にとって、「それ」はそれほど魅力的なものだった、ということだろう
光に浮かんでいたそれ!それは、ハンガーとレイさんの制服、そしてレイさんが以前に
描かれた自画像を用いてのブービートラップ! なるべく質感を持たせるのに苦労したが、
そのおかげでやつは引っかかってくれたということだろう!
さすがに貫く瞬間気付いたのか、制服(ひいてはその中につめてあった枕とかいろいろ)
につきささる前に止まろうとしたんだろうが、勢いを完全には殺せなかったようだな
車にしろなんにしろ急には止まれん、ということか。 だが、これは好機…
やれるならばこのままヤる!
「この野郎ぉぉッ!」
私は背後に隠しておいたそれ!いつか、倉庫の中で見つけたひき肉ミンチマシーン!
それを右手に抱えて!(なんとか片手で持てるサイズでよかった)
奴の背後、逆側の先端を掴んでその中へと押し込んだ!
(――――ッ!)
奴の悲鳴、らしきものを聞いたと同時に、業務用の頑丈な刃が、奴の後背の部分を
すり削り砕き、その名の通りミンチへと変えていく 削った肉は横から流れ出る便利さ!
(そのままミンチよりも酷くなってしまえっ!)
多少押し込む指が刃に触れたりしたのか、チッ、チッ、と衝撃が来たが、
厚手の軍手をはめていたのがよかったな しかし、後から考えてみれば
あのときほど繊細さと大胆さを両立させてことにあたったのは初めてではなかったか。
しかし、ことは往々にしてそう簡単にいくものじゃあーないよな、現実は。
「ッ!」
突然、すり削っていた奴の部分が、機械の中で爆発した、ように思う。
奴が自らそうしたのか、削られた部分はいやでもそうなるのかはわからなかったが、
ともあれ、機械は吹っ飛んで私の右手から離れた。反応しきれなかったのを鑑みても、
指の二、三本持っていかれなかったのは僥倖というほかない。
つまり、たとえ体勢を崩されて膝を突いたとしても、流れは私にある、ということだ!
膝を突いたことで急激に肺が酸素を求めたので、私はなんとか大きく息を付きながら、
しびれる右手を振り回して立ち上がった。血が出てるが骨には異常はあるまい。
そんなことにかまってもいられんが。
お互いに体勢を立て直すターンか、やれやれ
そうそう楽にはやらせてもらえんか。
私と対峙した奴も、今度はこりたのか、そう簡単に突進してくるようすはない
まああれで警戒しなきゃアホの子もいいところだからな。まぁ、その間に
私が深呼吸できるのは幸いだ
(…俺は勝てる!勝つ!)
イヤでもこういうときは自らを鼓舞しなきゃならん。真剣勝負、なんてものは
私の人生の中でそうそうあるもんじゃあなかったけれど、たとえば、
水泳の記録挑戦の前とか、皆の前で発表するとかいうような前にも、
程度の差はかなりあれども、やれる、という気合がなきゃいかん、というのは
私の経験上確かなことだとも思う、よ。まだ若輩だけどさッ
そうしていると、奴に変化があった。奴の先端、私に向いている部分が、盛り上がるように
膨らんだように見えた。はっとして包丁を構えなおすけれど、どうも攻めの一手ではないらしい
いや、ある意味攻めの一手だけれども。奴の先端が、いつか、初号機が迎撃に出たときのように、
ある人の形… 「レイさんの形」に変化したのだ。
むろん、それは断じてレイさんではない。奴が以前レイさんを覗いた(許しがたい罪だ)ときに、
得た情報で構成した外部端末、とでもいおうか。ともかく、そういうものが現れて、その目を開いた
「… あナた、 ダれ?」
その口から吐き出された声はガラスを引っかくような不快な音波であり、
その瞳はレイさんとは似ても似付かぬ禍々しい赤色をしている、そう思うのは私の主観か?
サーフィス
いやそうでないだろう。いくら姿形をまねたとはいえ、それはあくまで上っ面にすぎん。
私にはそれが分かる。だから包丁を向けるのにも躊躇しない
「… 貴方、誰?」
急激に音声を補正して、奴がレイさんっぽい声でいまいちど詰問してくる。だけどなあ…
こっちにはお前と話す舌など持ち合わせていないんだよ。 …屑が!
ともあれ、なんにしろ、ペースを、流れをこちらに引き寄せなければならんのは同じだ
相手に飲まれるな。常に自分が状況を動かしていけ。そう、いつか読んだ金髪の覇王は
その生き様で語っていた 最悪でも相手に主導権を渡すよりは増しだ。
だから、私は相手を威圧する意味でも、そのとき咄嗟に頭に浮かんだ、
いままでに屈指の威圧感を得たセリフを、奴に向けて言った。
……ずっとこの時を待っていた
「.....I've been waiting this time to come.....」
貴様に先は無い。
「You have no future.」
「………」
声が上ずらないように努力したのがきいたのか、奴はその眉をそばだたせた(ように見えた)
私に斃されるか あるいは 「その時」が来て消えるか
「.......Either I get you, or my masterpiece will.」
どちらにせよ それが貴様の運命…
「Either way, Your fate in my hands.」
心臓の鼓動が高まるのを感じる。 奴もそうなっているとしたならば、これだけ自分に酔った甲斐がある
ってものじゃないか? そうしなけりゃやってられんというのもあるけれどさ。
〔Type-18 LILIN〕 Weakpoint… UNKNOWN
こちとら(いまのところ)弱点不明だぜ此畜生ッ!
(続く)
物事というのは究極的には二つの選択肢に収束される すなわち…
進んで攻めるか
引いて守るか
ならば… 今は 「攻める」
私は呼吸を整えると、左手に持ち替えた包丁を振りかざし、レイとは否なるものに向けて
振り下ろした。 だが、奴はその形成した手を(本物よりもやや小さかったが)以って、
それを受け止めた。私はそのまま勢いを付けて押し込んだ。血が噴出し、奴がすこし身じろぎ
した様子だったが、基本的にはそのままの姿勢だった
(推し量っているつもりか?)
そのまま奴の手をズタズタにしていくんだけれども、末端にはあまり効いていないらしい
このままでは切れ味が落ちるばかりだ。しかし…
(武器が一つだけだと思ったら大間違いだ)
私は剣戟を繰り広げているそばで、右足で手繰り寄せていたそれを踏みつけた。
噴出す音と共に、足の下にあったシャワーハンドルから、水が噴出した。
あらかじめドアの外の洗面所から引いてあったものだ。水を際限なく噴出すそれは、
のたうちながら室内に水を撒き散らしていく。
「…!?」
奴も、その水流には一瞬驚いたようだが… 次の瞬間、その驚きの中から
奴の「悲鳴」が響き渡った。
「ァアアァアアッ!」
あたりに酸っぱいような奇妙な匂いが満ちる。何かが焼け焦げるような音がかすかに聞こえた。
(漂白に使うベクスライト… 肌が乾いている限り無害だが…
・ ・
水を被ったが最後、硫酸をぶちまけられたザマになる…)
「グラッツェ ヘル東郷!」
そう、奴が先ほどブチ割った鏡の奥に設置してあったのは、以前同じように
倉庫の中で見つけた高純度のサラシ粉… 主成分ベクスライト。
洗濯のためにおいてあったにしても、業務用のレッテルを貼られていてしかるべきものだ
・ ・ ・ ・
(強烈な漂白作用!それは服に付着した油汚れや表皮組織などを… 溶かして洗浄する!)
あらかじめ細かい粒子を集めて純度を高めておいたのも効いただろう。
先ほど粉を被った部分に当たった水が、反応を起こして奴の本体を穿っていく。
「末端部分には効かなくとも、全体では勝手が違ったな!」
この隙を見逃す法は無い。私はあらかじめポケットに入れておいたベクスライトの小袋も
取り出して、奴にたたきつけた。大匙二杯分でも大型洗濯機一杯の汚れた服をキレイにする、
ならばこいつの性根を洗い流すにはコレくらいは必要だろう?
奴がはやしたレイのかたちをしたものも、もろに顔面に被ったそれに新たな水流を浴びせられ、
手で顔をつつむようにしてもだえている。最早躊躇などはない。私は思い切って奴のその頭を
掴むと、逆手に持った包丁でその頭をえぐるようにして突き刺す。頭蓋骨らしきものは無いのか、
思いのほかスルっと入った。そのまま、噴出す血も構わずこじくりまわす。
私の手や胸にも漂白剤や水がかかっているけれども、厚手の服を着ていたのがよかった
目に見える損傷はない。
まこと、人の知恵というものは、人を人たらしめている武器である。それを実感していた。
何度か、奴の逆の末端が鞭のように私を打ったけれども、痛みのせいか、
それとも奴が根本的に弱っていたせいか、確かに痛いは痛いが、肉がえぐれるとか
骨が砕けるとかいうレベルではない。
(こいつは、殺せる)
私は確信にも近いものを抱いた。それは往々にして誤解と紙一重だが、
紙一重分の努力で、それを埋める事もできよう。
「手前ェェェエ! さっさと あの世へ行きやがれェェ!この クソがァァァアアァ!
いつまでも この世に へばりついてんじゃねえええええ!」
えぐり、突き刺す中で、非常に乱暴な面も出してしまっているが、本来そういう面は
こういうときのために存在しているといってもいい ならば、存分に生かすまで。
包丁の柄まで奴の頭の中に叩き込む。ぬめる血がともすればグリップを失いそうになるが、
あらかじめ包丁の柄に巻いていたガムテープと鉄のワイヤーが軍手になんとかひっかかって、
この武器を取り落とさせないようにしている。奴は、顔を抑えた手と逆の手で私を殴ろうとするが、
ここでは腕のリーチのわずかな差に救われた。毎日牛乳飲んでおいてよかった!
だがまぁ、そんな中でも奴はまだあきらめていなかった。逆側の末端で私を叩くのも
決定打にはならないということを知ったのか、私が突き刺しているレイのかたちをした部分が
ビデオの逆回しのように本体に戻り、変わって、逆側の末端が膨れあがる。しかし、それは
もうレイの形をとるためではない。それはいわば、風船に空気をいれていくような感じ。
私は突き刺していた包丁を抜き取ると、その部分を注視した。
バッ、というような音が擬音詞的にはふさわしいか。実際そのような音がしたかはどうかは
不明だが。ともあれ… そこの部分は、
あんまり食べる機会がない、裂けるチーズを裂いたような、といえば分かりやすいか?
つまり、今までのまとまった一本の形態ではなく、だいたい10本くらいの、
細かい幾重にも分かれた分体となって、私に飛び掛ってきたのだ。
(おいおい… それは漫画版の形態じゃねーのかァァァ!?)
本来、DVD版にいた「奴」も、このような行動が可能であって、見せる機会が無かったのかどうかはわからんが。
「しかしな… 漫画版で手の内を晒していたのは痛かったなァァァ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
こっちは 10年 どうやってお前を地獄へ突き落としてやろうかと考え続けていたんだッ!」
私は、部屋の隅から伸びていたコードを、思い切り引っ張った。
(続く)
天井に仕掛けてあった網、その仕掛けが、分裂した奴をその群体ごと包み込む
ネットトラップ成功! このときのために、夜なべをして(時にレイさんに手伝ってもらいながら)
一糸一糸縫ってきた甲斐があった!
ネットの下でもがいている奴の上に乗って、ネットの上から分岐した部分ごと、包丁でぶつ切りにしてやる
押さえ込んだ部分が切断されると、小さな爆発を起こして消滅していく
包丁の先から熱風が吹きつけるが、それにかまっている暇は無い
このままいっきにカタをつけてやる…
ネットの端から伸びてきた部分には!左手に装備した…
ゴキジoット+ジッポーライター=簡易式火炎放射器
で対応する。ある程度射程がある上に、噴射剤として入っている可燃性のガスが
炎となって触手を焼く。
まこと、世は応用性に満ちているな!
先ほどは化学反応で焼け爛れていた部分が、今度は業火によって塵となっていく。
…レイさんが、あのとき、その命をかけて、こいつの大部分を焼き払ってくれていなかったら。
いくら私が策を練ろうとも、どうしようもなかっただろう。体の大きさ、というものは、
こと生死の境目の戦いにおいては、大きなアドバンテージを持つ
今のこの弱体化した奴ならば、なんとか倒せるかもしれない、いや、斃す!
もはや刃先が欠け始めているであろう包丁を、それでも、これでもかとばかりに
振り下ろす。するどい包丁というものはある意味フルタングのサバイバルナイフのようなものだ。
まぁ、頑強さでは今一歩及ばないかもしれないが、短期間の使用には充分答えてくれるだろう。
「!!」
包丁が、ネットの下でうごめく奴の一番太いところをとらえたようだ。突き刺した瞬間、
激しく血が噴出し、その部分が大きく膨れ上がり…
爆発!
とっさに包丁も何も盾にして顔を庇ったおかげで、吹き付ける熱風がもろにあたることはなかったが、
それでも腕やその他もろもろの部分がしびれるほどの衝撃を受けた。着込んでいた革のコートが
その中の厚手のセーターや、仕込んでおいた梱包剤などごとちぎれて吹き飛んだし、
腕の皮膚も産毛がチリチリになる、という程度ではないほどの損傷を受けたようだ。
痛む右手で包丁を構えなおす… その包丁もぼろぼろで、刃先がのこぎりのようになっていたが…
折れてはいない。油断はならない… 爆発があったとはいえ、まだ生きているかもしれん
私は慎重に、もはやボロ雑巾のようになったネットの端を掴み、最初はそっと…
次に急激に、ネットを裏返した。
そこには、爆発で突き抜けた穴が一つ、そして個々の破片がちぎれとび焼け付いた跡がのこっていた。
奴はいなかった…
「や… やった!
奴を… やっ ……!!!!!」
目論見が甘かった、というやつだろうか? 私も必死ならば、敵も必死だったのだから…
「―――――!!」
ネットの端、編み目の網目の中、そこに、奴… 正確には、奴の、最早最後の一本となっていた
奴の触手が潜んでいたのだ。 奴はその細い体を錐状に変形させ、私の腹に突撃してきた。
念のため、腹にはジャ○プをはさんでおいたが… この 貫通力!
(ね、狙っていたな… !!)
そのとき、私の心の中… とでも言えばいいか… 誰しも心の中で一人ごちたことがあるだろう…
そういった感じで、だがあくまで自分の声ではない、「奴」の声が響いてくるのがわかった。
(どうせ… あの体は もう もたなかった)
「… なん… だと」
(でも いいわ 今は… 『貴方が いる』 もの)
「!!!」
こいつは… 自分の体を! 自分の存在そのものを 囮にしていたということか…。
その時は、どこぞのドイツ軍人の気持ちがわかったような気がしたものだ。
気を抜くと、逝ってしまいそうだな 二つの意味で。
レイさんもこのような屈辱を味わったのだろうか? そう思うと、
正反対の感情がわいてくるものだ。そもそも同意なしでは犯罪だ
そういう問題じゃないか? いや、そういう問題だ。許しがたいな
だんだんと乗っ取られる感覚がある、だがまぁ、完全に乗っ取るには
侵入者の質量が足りなかったようだな だが脳までたどり着かれたらおしまいか
なんとか腕やら足やらを動かして、もがく
はいずるような行動も一応はまだ出来るようだ。とりあえず、先ほど砕け散った
鏡の破片をその手に拾って、ややベタだが…
「ッ!」
ふだんやりなれないことをすると、ためらいが生まれそうなものだが、
そのときは極限状況なだけあって、うまくいった
腹からじわじわと浸潤するようにしていた感覚が、若干薄まる
(なぜ拒むの?)
脳内に、レイさんの声に似せたまがいものの声が響くがガン無視だ。
(あの子もそう… ひとつになる それはとてもとても気持ちのいいことなのに)
…一般常識を身に付けないと、こういう考え方ができるものなのか?
一回病院行ったほうがいいぞこいつは。それもアタマのほうのな
(… あなただって そうでしょう?)
「…何が、そうだって?」
喋るのも辛くなってきたが、それ以前にこいつと喋る舌などは持ち合わせていなかったが、
このときは必要に迫られてしただけのことだ。いいだろう、こいつと話をしてやろうじゃないか。
できるだけ長くな。十分はほしい。
(あなただって あの子とひとつになりたいと思っているでしょう)
「………」
(隠しても無駄 今の私は あなた なのだから)
「…それがどうした?」
宇宙最強のセリフを叩きつけてやるほどの余裕はあるというのが救いか。
(なら 言ってしまえばいいのに ひとつになりたい それだけなのに)
「……こんなこと 人でもないお前にいってもわからないかもしれないけどな」
「人の心ってのは そんなに簡単なもんじゃないんだよ ええ?」
まぁ反駁としては及第点か? だが…
(怖いの?)
「………」
こういうふうに書くと 淡々と会話?が進んでいるように見えるけれど、実際は、
一分か数十秒おきに返答、というような、ある意味静寂につつまれたような状況だった
まぁおたがいにいっぱいいっぱいといったところだったからだろう。
こいつにしてももはや本体といえるべきところは私の中に入り込もうとしている部分のみだし、
わたしにしてもそれをさせまいと必死ではあったからね。戦闘中にいろいろと喋られるのは
ニュータイプだけの特権か? そうでもないだろうが。
「隠しても 無駄というわりに… そこまでは 分からないみたいだな」
まあまだ完全に乗っ取られたわけじゃないしな… だが、ここでは、一応言っておく必要はある
「…ああ、そうさ、怖いよ もし拒絶されたら? とか もし嫌われたら?とか 考えると
背筋が強張るもんだ」
「だからこそ そういう要素を無くすために いろいろと下準備をするものじゃあないか?」
ちょっと打算的な言い方になってしまったのは、レイさんにとって失礼か?
だがしかし、そういう側面もあることはある。この世の数少ない真実の一つではあることだし。
「努力ってのは成功率を上げるための行動 それだけなんだよ究極的には」
「自分を見てもらいたい、好きになってもらいたい、そのためにも努力は必要だ」
(…でも もし報われなかったら?)
…まぁ、それはある。いくら努力しても、だめなときはだめ そういうことも世の中には往々にしてある
それをしかたない、と言って斬って捨てることは簡単だが 理性だけでは割り切れないのが人間
だからこそこの世に争いは絶えない、ということか?
(…私は違う 私は 欲しいものは素直に 欲しい と思うわ)
ふん! そういう考えが出来れば世の中は薔薇色だろう 私にだってそれはあるさ
だが、そこから、が、こいつと私の違うところだ
「…だから、無理矢理にでも奪う、か? 確かにそういうこともできるだろうが」
「それでは、お前にはだれの心も絶対に掴めはせんよ」
(どうして そういいきれるの?)
「…見解の相違だな 結局お前と私の間には破れない壁があるということだ」
「…しかし、ただひとつだけ言える事がある」
(…………?)
「わからないか? その時点で わからない時点で お前はもう駄目なのさ」
ここまでくると私としては喋っているというよりも、直接思考を奴にぶつけている、といったほうが
正しいか。だけど、それだからこそ、自分が思っていることをありのままに言える
ある意味ではこれは素晴らしいことだが、同時におぞましいことでもある、な
「お前は『レイさんで』幸せになろうとしている」
幸せ、という言葉を聴いたとき、こいつがどう思ったかなど、私には関係ないことだ。
「私は『レイさんと』幸せになりたい」
言い終わった後、こいつは、何かを考え込むように、その活動を一時止めていた
それが私にとっては次の手を打つための時間にもなった 鼻に、意識を集中させる
もう少し、か?
(…わからないわ 私とあなたの 何が違うというの?)
「…日本語が分からないならおうちに帰ってあいうえおからやり直すんだな」
その挑発に、こいつは憤ったようで さらに、私の中に入ろうとしてくる
同時に今まで以上の強い意志で、私の中に思考が流れ込んでくる
(…それがどうしたというの もう貴方は私になる それはとめられないわ)
「…そうかもしれんなぁ」
割と平然としている私の態度に、違和感を覚えたものか?だが、その次の瞬間、
そいつはそれを驚愕の色に塗り替えた。
「そうまでして俺の中に入りたいというなら… もっと入らしてやる」
私は腕に残った力で、わずかに腹の部分に残っている奴の末端を、更に押し込むようにした。
(…あきらめたの? それとも…?)
それとも、何だ? 私がお前に協力して、レイさんを襲う、か?考えただけでも虫唾が走る。
全会一致で却下だ。 否決!否決!
「…お前、『視覚』は あるみたいだが」
「『嗅覚』 は どうかな?」
(……!?)
「わからんのなら、お前は私なんだろう?私、の鼻を使って嗅いでみたらどうだ?」
(―――!?)
鼻がいつも以上に開くのが分かる。やれやれ、それはいつも以上のマヌケ面になっているということだ。
とてもレイさんには見せられんな… だが、まぁ… それももう…
(貴方、何をしたの…!?)
「わからんか? やれやれ、一般常識の無いやつはこれだから」
鼻をつくのは、独特の異臭。タマネギ臭ともいうか?ちょっと古いタイプのだな。
そしてわずかに呼吸が苦しくなっている。それもそうだ…
なら見せてやるよ!
「…Say hello to my masterpiece!」
足に残った力で、先ほど近くまではいずっていた鏡の土台を蹴り倒す。
そこにあったものは…
実際、これは最後の最後の手段だったからね。こうなった今、最早前に使ったような
簡易火炎放射器も使えまい。いや、使えばカタがつくんだが、侵食されたさいに
ちょっと今の私では届かないところまで飛んでしまったからな…
そして、そういうふうに考えられるということは、ジッポの火は消えてしまったということだろうな。
それはいつも料理のさいにガスコンロに繋いでいる、横倒しになったガスボンベ。
先ほど、ギリギリのところで手が届いたバルブをあらん限りの力で全開にしておいた。
あらかじめバルブにグリスを塗って回りをよくしておいたのも効いたろう。
そして、いままでこいつとしたくもない「人間的」な会話をしていたのは、それが
この部屋に充満する時を稼いでいた、ということだ。
そしてその側にある椅子の上には、あらかじめスイッチは入れておいて、コンセントを繋げば
通電するようにしておいたホットプレート。じょじょに焼け付いていく鉄板の上には、
習字に使う半紙が置いてある。熱気に当てられて、だんだんと丸まっていく。昨今火がつくだろう。
……感謝するよ、ジェド・郷士。
花火は好きか?
「……Do you like fireworks?」
(続く)
LASの高校生活か中学の平和な生活を小説に起こしてみようと思ったが、めちゃくちゃ長くなりそうなんで止めた。
平和な生活、こそが、実は一番難しいのかもしれませんな
私も精進したい。
「今更逃げ出そうなんて、ちょっと考えが甘いんじゃあないか?」
私の考えを察知したであろう奴は、今度は逆に、私の体と融合した部分を
むりやりかき集めて脱出しようとしているように見えた。
私を乗っ取ってATFを出すという手もあろうが、時間がない、と思ったのか?
「俺と一緒に地獄へ行こうぜぇ、ってか」
どうも先ほどから臭いセリフばかりがでてくるが、こういう状況は人生に二度もないこと、
できるだけ飾っていきたいという気持ちもないでもない。また、そうしなければ、
気を張り詰めていられないというのもある。もう少し勘弁してもらおう。コイツにはね。
(貴方達は… どうして、そうなの!? まるで、自分よりも大切なものがあるみたいに!)
悲鳴が混じったような声で、奴が問いかけてくる。
(自分がいなければ 誰が 自分をどう思おうと 受け止められない…! それなのに)
…そうだな、それも真理といえるだろう。だから、今私がしていることは、レイさんに対して
失礼なことにも当たるのだろう。
だけれども。
「しょうがないだろ… お前みたいなやつがいるんだから」
(それは、言い訳ッ…)
「…かもなあ」
理想としてはクールでカッコよくこいつを倒して、レイさんの下へ凱旋、というのが
いちばんいいだろう。理想としてはね。だがまぁ…
ままならんものさ、実際にはな
「Story of my life」
「イヤでもつきあってもらうッ」
私は、飛び出した触手の部分を手で押さえると、おもいきりそれに噛み付いた。
奥歯にピリピリとしたイヤな刺激が走る。アルミホイルを噛んだときのようなアレ。
アルミサエルを噛んでも似たようなことになるとは不肖この私今この時点で認識つかまつった。
(もうすこしで発火するな…)
ジリジリと半紙に熱が伝わっていくのが分かる。…まぁ、一応ここもたたみの上ではある。
すこしは、マシなんじゃあないかな?
だが、その時、こいつはその体に残った最後の力でもがき始めた。すさまじい力だ。
「おとなしくしろよ…」
脱出しようとするのはいいが、人の内臓を持っていく勢いで引きちぎろうとするなよ…
よせよ、痛いじゃないかね。
しかし、こいつはそんな思考などおかまいなしに脱出していく。
・・・となれば。
さっき考えた「カッコイイ最良の方法」への余地が残されているってことかな?
「そんなにタタミの上で死ぬのがイヤかい… ならば… もっと近くはどうだい」
私は、脱出しようとする奴の勢いをかって、口でくわえていた部分を掴み、
スイングバイの要領で、奴の体を引き剥がし、壁にたたきつけた。
(…!!!)
「そいつはうちで使ってる特注品だ 一度引っ付いたら最後 取れはせん」
壁に貼り付けてあったのは、業務用に使っていたネズミ捕り。表面に粘着性の強力な接着剤が
塗布してあり、こいつをあやまって踏んづけようものなら靴底をはがす勢いでないと取れはしない。
「私が一緒に行くといったが… そんなにイヤならば やはり
お前一人で逝きな」
手の力で壁からそいつが引っ付いたネズミ捕りを引き剥がし、粘着麺をガスボンベに貼り付けた。
(………!!!!)
私からそいつがはがれたことによって、私の不本意な会話も終わりを告げ。
そして私が生き残る余地が出てきたということだが…
貼り付けられたそいつはもう脱出する力もないようで、もがきながらも
何かを叫んでいるのかどうか、 まぁそれは今の私にはもはや関係ない
(先ほど水でぬらしておいた綿の布団… あれを使えば)
あらかじめ仕込みをしておくということの大切さを思い知る次第だ。
しかし残念なことに、ちょっと距離がある
「くぅ」
がんばってそこまではいずりたいんだが やつめ… 人の神経引っ掻き回していったせいか
動きが自由にならん!だが 生き残るためには なんとかたどりつかんと
某柘植氏のサバイバルマニュアルによれば、綿の布団は爆発の衝撃を緩和するというが。
実際のところどうなのかは知らん。しかしまぁ、やらなきゃ確実にやつと心中だ
「ふ…!」
なんとかぬめるようにして進む。ジジ、と半紙がこげている。やれやれ、あと10秒もてばいいほうか。
大事をとって5秒というところだろうな。 わりと、必死に努力した。
「つかんだ!」
そして、水にぬれたそれを両手の力であらん限りに被ろうとしたとき…
バタン、という音、そして次の瞬間に感じた閃光…
耳を塞いで口を開けるヒマもなかったな。やれやれ…
(続く)
保守
ここは保守しなくていいスレだろ、落とすべ
さすがにこれは・・・
き も ち わ る い !
ho
h
補
↓ここから復活
ほ
age
まずはサードインパクトの後の世界。
全てが終わった。
サードインパクトは起こって、生命はLCLに戻った。
もう、何もない。
ミサトさんも、綾波も、リツコさんも。
皆消えてしまった。
あるのはこの真っ赤な世界と、
横に眠るアスカだけ。
僕自身、何でこんなことをしているのかわからない。。
ただ、アスカを見たとき、心が安らいで・・・
同時に、アスカのことが憎くなった。
なぜだかわからない。
本当に助けてほしいときにいなかったからかもしれない。
ずっと僕のことを拒絶し続けたからかも知れない。
ただ、アスカを殺せって。
頭の中のなにかが言って来た。
だから首を絞めている。
頭がどうにかなりそうで、ただただ首を絞めている。
もう死んでいるのかどうかわからないけど、絞め続けている。
でも、一瞬だけ、頭の中の声が消えた。
助かった。やっと理性が戻ってくれた。
あと、暖かい。
頬のところになにかある。
「ア・・・ス・・カ?」
それは手。
アスカの手。
首の周りの手をとく。
よかった。生きててよかった・・・!
「うっ・・・くひっ・・・・っく・・・・」
いつの間にかアスカの腹の上で泣きじゃくっていた。
「・・・・・気持ち悪い」
なんかキテタ
141 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/03/06(木) 13:51:45 ID:y9yrQ9QY
じゃあ、僕は1000リラで…
強気に1000000ペリカといくぜ(`・ω・´)
「VIRUS」
そ の 1
鈴木ケンジは興味の無いことには昔からやる気の出せない男だった。
例えば今もHRで修学旅行の部屋割りとか何かしらの仕事の係りなんかを、
生徒たちが決めている最中にも、いい加減煙草が吸いたいなあ、と思いながら、
「ドナドナ」を小さく延々と口ずさんでいる。
ケンジは退屈になると、度々このような子供っぽい振る舞いをする癖があり、
自分の前に2−Aの担任をしていた教師がいて、
その年老いた教師はタップダンスのやりすぎで腰を痛めたために担任を降板したのだが、
その教師のお見舞いにケンジが行った際にも、
その老いぼれが自分の昔住んでいた地域の話などをいきなり始めてしまったので、
退屈したケンジは指を無意味に鳴らしながら、
アフリカ大陸にある国の名前を全て思い出せるかどうか自分の記憶力を試してしまった。
クラス委員長の洞木ヒカリが部屋割りの決め方をくじ引きにするか、
各々好きなもの同士で集まるかを決めるために多数決を採っていて、
どうやら結果は後者の案が採用されたようだったのだが、
突然ヒカリがこちらを向くと、先生、好きな人同士で集まっていいですか?、
と訊いてきたので、ケンジは不愉快になった。
それは「ドナドナ」を途中で邪魔されたからで、歌を途中で邪魔されるとケンジは非常に心地が悪くなり、
その感覚は例えばカンボジアで売っているクモのから揚げを丸呑みしてしまった時の感触に似ている。
ケンジは舌打ちしたいのを堪えながら、ああ、それでいいんじゃないかな、とぶっきらぼうに答え、
そもそも多数決でもうすでに決まっているのに、自分に一々訊く必要なんて無いだろうに、
全くこいつは虚け者だな、とケンジは心の中でヒカリの担任教師に対する些細な気遣いを踏みにじった。
とにかく歌を途中で邪魔されて、「ドナドナ」を再び歌いだす気力を失ったケンジは、
パイプ椅子の上から垂らした足で軽くリズミカルなステップを踏み鳴らしながら、
とりあえず教室を見回して新しい退屈凌ぎを探し始めた。
生徒たちの殆どは修学旅行の話で盛り上がっており、
その光景にケンジは少しばかり懐かしい気分になったのだが、
そんな生徒たちの中で少数ではあるが浮いた雰囲気を発散している子供たちがいて、
その子供たちはこの集団の中では実はいつも大抵目立っているのだった。
例えば髪を青く染めているショートへアの女がいて、
そいつは授業中にも関わらず何かの本を読んでいるが、この生徒の名前は綾波レイだ。
ケンジはレイに授業中に本を読まないように注意しようかと思ったが、しかしすぐに止めた。
この女に話しかけるのはとても面倒そうだったからだ。
前に髪を青く染めていることや、
赤いカラーコンタクトを付けている事を注意するように学年主任に言われて、
ケンジは大分面倒臭く思いながらレイに注意したら、
レイに、髪は染めていないし、カラーコンタクトも付けていない、と反論された。
ケンジははっきり言ってレイが髪を染めていたり、カラーコンタクトを付けたりしていても、
どうでも良かったのだが、レイがその奇抜なファッションを止めないと、
他の教師に自分が何度も注意を受ける羽目になるので、
ケンジは他人に何かを強制するのは全然好きではなかったが、でもそんな体色の人類はいないよ、
と反論を仕返したのだが、するとレイが急に無表情な顔から一転して鋭い眼で睨んでくると、
ここにいます、と僅かだが怒気を含んだ声で言い放ち勝手に話を終わらせてしまった。
何にせよそれ位の事で怒る奴に関わるのは面倒だったし、
多分レイに友達がいないのはそういう人間性もあるのだろうし、
そういう寂しい奴は放っておけばいいさ、と実はケンジはレイを少し馬鹿にしていた。
興味の無いことに無関心なケンジはレイから眼を逸らして、
今度はレイとは対照的な赤い髪のあどけない感じの女の子に視線を向けながら、
そういえばどうして赤と青は対照的に見えるんだろうと、
ケンジは考えながら、ノートに恐らく落書きをしているアスカを見つめ、
その内にアスカのほうがケンジの視線に気づいて可愛らしい愛想笑いをしてきたが、
しかしケンジはとっさに眼を逸らしてアスカを無視した。
あいの子の女の子なんてずっと見つめていたら、
他の生徒に売国奴のロリコン教師だと思われるもんな、とケンジは咄嗟に場の空気を慮って無視したのだ。
無視されたアスカは寂しそうな表情をした後に眉を顰めると、
あっかんべえをしてきて、ケンジはアスカが少しかわいそうになったので、
アスカに向かって中指を突き立てるというサインを示して構ってやったら、
怒ったアスカがシャープペンを投げてきて、
そのシャープペンはケンジの目の前の席に座っているまるで女の子の様な顔をした、
男子12番、碇シンジの後頭部に命中した。
シンジはシャープペンの命中による痛みに驚き、身を竦めて小さく可愛らしい叫び声を挙げる。
ケンジは特に関心の無いような表情のままシンジに眼をやると、どうした、と尋ね、
シンジは自分の後頭部に命中して床に落ちたシャープペンを拾って不思議そうに見つめながら、
これが頭に当たったんです、と答えた。
ケンジはシャープペンをシンジから受け取ると、
シンジの頭を撫でてやりながらアスカのシャープペンを様々な視点から眺め、
それから突然、これはイジメだな、と嘘を吐いた。
それを聞いたシンジは、えっ、と青褪めた顔でシャープペンとケンジの顔を上目遣いに見つめてきたが、
しかし実際には紛れも無くケンジが原因なのだった。
面白い
>>146 いや、問題がある。
最初はこのケンジとシンジの二人の視点で物語を進めようかと思ったが、
驚くべきことに、シンジというキャラクターの感情とかを理解は出来るのに、
今は共感できなくなってしまったので、シンジの視点からの話が書きにくくなっている。
このままケンジ一人の視点で進める手もあるけど、
それだと殆ど完全に私小説になってしまって、読者の共感を得にくくなって、
それは自分の言ってることが正論だと主張するだけの小説になるので、
あまりやりたくないんだ。
シンジじゃなくて、比較的共感しやすいレイの視点に変えるという手もあるが、
それだとなんか妥協した感じになるような気もする。
ここで書いてる人は、例えばミサトとかシンジとかのキャラの視点で物語を進めるとき、
やっぱりできるだけ共感できるキャラでかくのか教えて欲しい。
最期に決めるのはやっぱり俺だけど、久しぶりに自分の中で答えが出ていない問題に出くわしたので、
他の人の話を参考にしたいし、そういう目的とか、あとこの話が面白いと思う人がいるかも調べたくて投下した。
よかったら迷える子羊の僕ちんに教えてくだちい。
俺はあなたの書くような饒舌体が好きなので、面白いと書いたのです。
だから内容は実はどうでもよろしい。というのは言いすぎですが、とりあえず何か書いてくれれば俺的にはオーケーなんです。
俺は小説を読みすぎて、いや、読みすぎて、というのは主観的な話で、あの有名な小説も、この高名な小説も読んではいないのですが、
それはさておき、そういうことで、もう、テーマとかそういうのはどうでもよくて、文体が気に入ればそれでいいのです。
自由に書いてください。
うん、まあ確かに俺みたいなわけの分からんのでも
いないよりはいるほうがスレも動くからな
今何となくハッピーエンド(予定)の劇場版後編描いてるんだけど・・
登校するの怖いわ、最近w
一人で楽しんでます
ちょwww続きは?
この素晴らしいセカイ
154 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/04/12(土) 09:44:13 ID:ife3OXHJ
パパゲは復活しないのか
あげてみる
ほっ
HDDあさってたら昔書いた書きかけの厨設定SSの残骸が出てきたんですが、
ここに書き込んでもよろしいでしょうか?
是非おねがいします
160 :
それでは:2008/05/18(日) 21:05:18 ID:???
オナンの系譜
第壱部〜異邦人と聖霊〜
序文
(余にもイタすぎるので削除)
序章
EPISODE:00 Red Sea and White Cross
赤い海。
白い砂浜。
黒い墓標。
そして、青い瞳。
寄せては返す波、波、波。
半分だけ残された、巨大な少女の顔。
墓標の一つに打ち付けられた、白い十字架。
そして、、、彼の手と彼女の手はすれ違う。
何もない世界。そこで、あなたは何を願うの?
何を願うの?
何を願うの?
何を願うの?
……僕は――
第一章 彼の、襲来
ジーワジーワジーワ……ミ゛ーンミ゛ンミ゛ンミ゛ン……
聞き慣れた蝉の声と共に、僕は我に返った。
……ここは?
「監督、監督!!」
中年男性が遠くで誰かを呼んでいる。なんだか気持ち悪い。
「監督、監督!!」
あの世界の終わりは、自分の夢だったのか。そうだよな。
人類が滅びるはずなんか無いじゃないか。……それにしても、監督って誰だろう。
「何こんなところでぼやっとしてるんですか、監督!!」
中年男性は、僕の前に立った。えっ? じゃあ、監督って……
「さあ、もう第壱話の試写なんですから。急いで下さいよ、監督」
……僕のこと?
僕の手を引っ張る中年男性の胸のIDカードにはオオツキ、と書かれていた。
なんだか体がだるい。口の中が変な味がする。ここはどこなんだろう。そして、、、
夢の中で非道いことをしてしまった彼女のことが気になった。
「アスカはどうしたんだろう?」
無意識に、僕はつぶやいた。そしてオオツキさんはそのつぶやきに答えた。
「何言ってるんですか監督、アスカは今はまだ出ていないに決まってるじゃないですか。」
……? 僕は、彼の言っていることの意味が分らなかった。
そして、僕は真っ暗な部屋の中に入った。
EPISODE:01
He meets the Angel Atack.
「はあ、はあ、はあ、くっ!!」
綾波の苦悶の声。僕は思わず彼女の名を叫ばずにはいられなかった。
「綾波!!」
そこには、スクリーンがあり、幾分かデフォルメされたアニメ特有の絵で綾波が苦しむ姿が動いていた。
部屋の中にいた人たちは声に驚き、一斉に僕の方を振り返った。見知った顔はどこにもなかった。
そして、僕はスクリーンの中にエヴァ初号機と自分の父親、そして自分自身を発見し、混乱した。
これは補完の続きなのか? あれは夢じゃなかった?
スクリーンの中の自分はまさしく自分の声で、あのとき言ったその言葉をまさにその通り繰り返す。
そこには、ミサトさん、リツコさん、マヤさん、日向さん、青葉さん、冬月さん、みんないた。
あっという間に時間は過ぎ、目の前には「つづく」という文字が現れ、ジャズのような曲と月影の下水中で回転する綾波の映像に変わった。
僕は、ただ、ただ、呆然と立ちつくすことしかできなかった。
そして部屋は明るくなり、人々が僕の所に集まってきた。一人の女性が口を開いた。
「やっぱり、きちんとできあがった番組はアフレコ現場とは違いますね。」
その声は、若干高い気もするが、自分の声によく似ていた。これはやっぱり、補完の続き?
僕はなんと答えてよいか分らなかったが、辛うじて口を開けた。
「あ、え、まあ。」
この時、僕は自分の声がおかしいことに気付いた。
そして、何気なく顔に手をやると、変な手触りを感じた。髪の毛か。いや、これは、、、髭?
僕は自分が自分ではなくなってしまったことに気付き、気を失ってしまった。
第弐章 見知らぬ、母親
あなたは何を願うの? 何を願うの? にを願うの? 願うの? がうの? がうの? うの? うの? の? の? の? ?
綾波が、あるいは母さんが僕を懐抱してくれる感覚を感じ取った。
そう、全ては夢。目を覚ませばそこには綾波か、母さんか、それ以外の誰かだとしても見知った顔があるはず。
そう思って、僕はゆっくりと目を開けた。
「あ、監督気が付きました。」
そこには、ミサトさんよりちょっと年上だろうか、それくらいの年齢の女性がいた。
知らない人だった。だけど、なんだか妙に声だけが母さんに似ていた。
ひょっとして、母さんの親戚か?
「いや〜、助かりましたよ。ハヤシバラさん。看護婦資格のあるあなたがこの場にいて。」
「いえ、前にもコンサートで似たようなことがありましたから。」
そのハヤシバラさんが話していたのは、さっきのオオツキさんだった。
「アンノさん、ただの疲労ですよ。ちょっと休めばすぐによくなりますよ。」
ハヤシバラさんはベンチに横になる僕に優しく言った。……アンノって、誰?
「アンノさん、まったく体調管理くらいちゃんとしてくださいよ! まったく、ベジタリアンだなんていいはって偏食してるから。」
ベジタリアン。肉を食べない人。綾波と同じ?
「でもー、アンノさんは凄いですよね。私なんかもう肉がなかったら生きていけない。」
ハヤシバラさんは言った。お肉、好きなんだ。母さんと同じ声を発するその口で。血の滴る肉を食べる……初号機?
「でも、きちんと栄養バランスも考えてくださいよ。じゃないとまたこういう事になりますから。」
そして僕は、また口を開いた。
「僕、肉は食べないんですか?」
また自分の声とは違う声。非常に落ち着かない。ハヤシバラさんは、やや曇った表情で僕に聞き返した。
「い、いやですよ、アンノさん。ふざけちゃってぇ。ハハハ、は、は……」
僕は、意を決して聞いた。
「僕は、誰なんですか?」
EPISODE:02
THE BEST
その後は大変だった。
ハヤシバラさんの説明によると、僕はアニメの監督で、アンノ秀明。
ここはアニメ制作会社のガイマックス、今日は1995年8月×日で新番組の試写の為にみんな集まったのだそうだ。
ハヤシバラさんたちは声優と言って、アニメの声を演じたり、洋画の吹き替えをしたりする人。
ハヤシバラさんは看護婦資格を持っているので、倒れた僕を看病してくれたそうだ。フルネームはハヤシバラ恵。
さっき話した人は碇シンジ役を演じるオガタ恵美さん。そこで心配そうに見ている人は葛城ミサト役で舞台女優もしているというミツイシ琴乃さん。
何だかあわただしくしている男の人たちはそれぞれ副監督のマサ雪さんとツルマキ和哉さん、されにキャラクターデザインのサダモト義行さんと使徒のデザインをした漫画家のアサリ義遠さん。
そして、オオツキさんは新番組「新世紀エヴァンゲリオン」をプロデュースしているという”スター・チルドレンレーベルでおなじみの”グンキレコード所属の敏腕プロデューサー。フルネームはオオツキ俊倫。
ハヤシバラさんたちとは長いつき合いで、面倒を昔から見てくれていたらしい。
オオツキさんたちの指令で緊急に僕のことについて箝口令がしかれると共に、僕は大急ぎで脳神経科の病院に送られることになった。
番組が始まらなかったら困るから。
「オオツキさん、私が病院まで付き添っていきます。」
「済まないね。恵ちゃん。忙しいのに。」
「いえ、昔とった杵柄ですから。それに、私も気になるんです。監督の症状も、このアニメのことも。」
「じゃあ今タクシー呼んでるから。私はまだここでやらなくちゃいけないことがあるから一緒に行けないけど、△△会××脳神経外科センターに連れて行って、ここでおこったこと、当たり障りの無い範囲でだっただら喋っても良いから。」
「はいはい。わっかりましたー。」
そのとき、反対側から声がした。
「ちょっと待ってください。××脳神経外科センターに連れて行くんですか?」
このシブい声は、聞いたことがある声だ。その声はゆっくりとこっちに近づいて続けた。
「それだったらセンターはウチの近所です。医者にも見知ったのがいる。私も一緒に行きましょう。病人と若い女性だけで行くよりも心強いだろう。」
その聞き覚えのある声を発する人の顔を、僕は知っていた。眼鏡をかけているが、間違いない。
「冬月副指令!」
「えっ?」
彼は聞き返した。
「アンノさん、止めてくださいよ。急に役名で呼ぶのは。僕には「キヨカワ元夢」という、きちんとした名前があるんですから。」
彼は少し怒ったように言った。
それに対して、オオツキさんが冬月副指令――いや、キヨカワさんと呼ぶべきか――にこう答えた。
「キヨカワさん、今、監督の記憶はほとんど抜け落ちちゃってるみたいなんですが、この『エヴァ』についての設定だけはヤケにはっきりと覚えてるんですよ。」
「ふうむ。記憶をなくしても、作品のことだけはしっかりと覚えているのか。あっぱれ、まさにプロ根性のなせる業(ワザ)だな。」
「それよりも、急いだ方が良いと思います。もしも脳神経疾患なら、初期治療が早ければ早いほど効果は高いですから。」
「看護婦のハヤシバラさんが言うのだから、そうした方が良いな。よし、急ごう。」
こうして、アンノ、ハヤシバラ、キヨカワの3人は脳神経センターへと急いだ。
第参章 止まらない、会話
「あの、ハヤシバラ、さ、ん、、、?」
「あ、何、ですか? 監督?」
「ハヤシバラさんは碇ユイ役ですよね?」
「あ、え? 碇ユイ? 碇シンジの母親だっけ?」
「違うんですか?」
「いや、そのはずだけど、ええと、その役が出てくるのはずいぶん先の話になる予定だし。ちょっとビックリしたなぁ、って。」
「じゃあ、ハヤシバラさんはさっき試写した第壱話には何の役で?」
「えー、もちろん綾波レイ役ですよ、監督。あと役名なしのオペレーターもだけど。」
「えっ?」
僕は驚愕し、思わずタクシーの中で起ち上がりかけた。
「おい、大丈夫かね。アンノ君。」
「確かにアニメファンには驚かれるでしょうけど。『あのハヤシバラが』って。私は別に役名のあるなしとかじゃなく……」
「いや、そうじゃなくて、ハヤシバラさん。」
僕は彼女の言葉を遮って聞いた。
「あなたが、綾波レイ役なんですか?」
「……? え、そうだけど。覚えてないんですか、監督?」
「あまりに声が違う気がしてしまって。」
「確かに、私もこういう役をやるのは初めてだけど、きちんと仕事はしてるつもりですよ。」
「あの、ハヤシバラさん。」
「あ、はい。アンノさん。」
「綾波の声を、聞かせてください。」
「え、ここでですか? 綾波レイの台詞を?」
「まあ記憶を取り戻すきっかけになるかも知れないし、演ってあげたらいいんじゃないかね。」
「もう、キヨカワさんもまで。わかりました。じゃあ……『聞こえる? 碇君。』」
「あ、綾波の声!!」
「……? はて、そんな台詞があったかね。」
「いえ、何故か口が勝手に……おかしいな……あっ……
『碇君、そこは私たちのいた世界の、一つ外側の世界。』」
「あ、あ、あ、綾波! 綾波なの? 綾波ぃぃ!!」
EPISODE:03
Transfer to E.R.
「『碇君、そこは私たちのいた世界の、一つ外側の世界。』」
「あ、あ、あ、綾波! 綾波なの? 綾波ぃぃ!!」
「げほっ、……
『ハヤシバラさん、ごめんなさい。あなたの口をお借りするわ。
イタコ体質のあなたの口を通してしか、他の世界から語りかける方法がないの。』
って、えええええ? そんな怪奇小説みたいなはなしが! げふっ、
『落ち着いて聞いて、ハヤシバラさん、キヨカワさん。
今あなた達の目の前にいるアンノ監督には、次元の異なる2015年の世界のエヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジ君の魂が入っている。』
ウソー? えー? 本当っすか?」
「そんな、馬鹿なことが……」
「アタシも自分の口で言っておいて何なんですけど、まるで信じられません。
『今、本物のアンノ監督の魂は、眠っているの。彼の魂が目を覚ませばアンノ監督の持つ記憶は碇君も共有できるわ。』
え、じゃあ「エヴァ」の制作はちゃんと続けられるんだ。
『そう。むしろ、私たちのいるこの世界を、その世界できちんと描ききらないと、碇君はこちらに帰ってこれない。
それに、碇君の魂がアンノ監督の中に取り込まれてしまうと、そちらの世界でも私たちの世界で起きたセカンド・インパクトのエネルギーの一部が1999年にアンノ監督の身体を破壊してしまうわ。』」
「何と、アンノ君の命が掛っているのか。そし、わかった。この老いぼれも出来る限りの協力はしよう。」
「私も協力する。レイちゃん、アンノ監督、いやさ、シンジ君」
「ハヤシバラさん、キヨカワさん、ありがとう。ねえ、綾波、僕はどうしたらいいの?」
「レイちゃん、そこのところはどうなの?
『ハヤシバラさん、キヨカワさん、碇君のいた世界とあなた達の世界をつなげられるものは2つ。
一つは、霊媒体質のハヤシバラさんの口から発せられる声。だから、ハヤシバラさん、あなたが協力してくれないと碇君は帰れないの。』
わかった、一肌脱ごう。全力でシンジ君を助ける。
『つらいことを押しつけてしまってごめんなさい、ハヤシバラさん。
そして、もう一つのつながりが、アンノ監督が作って、動かしたアニメ。
碇君。あなたは全てのやり直しを願った。だから、機会が与えられたの。
世界が破綻しない終わり方を選択すれば、あなたが帰るべき世界はあの赤い海では無くなるわ。みんな、死なずに済むの。
だから、碇君……どうか、みんなを救って。』
……レイちゃん……シンジ君、どうするの?」
アンノ秀明こと、碇シンジ。彼は、泣いていた。
「やります。綾波を、アスカを、ミサトさんを、カヲル君を、加持さんを、トウジを、みんなを、救います。必ず。」
「『私も、こちらの世界で弐号機パイロットにそちらの世界の存在を教えるわ。そうすれば、彼女もハヤシバラさんの口を借りてそちらに語りかけることが出来るようになるの。ハヤシバラさん、いい?』
もちオッケーよ、レイちゃん。ところで、そっちの世界って今どうなってるの? いまいち分らないんだけど。」
(絶筆)
以上ですが、はっきり言って異常です。
これは数年前に書いたものなのですが、メタフィクションを気取って
訳が分からない文章をこの他にも書いていた時期でありました。
今回このような無様な残骸を投稿したのは、
新劇場版を見てこれの存在を思い出したからです。
お目汚し失礼いたしました。
170 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/05/19(月) 19:38:51 ID:YVRbljT5
>>169 なかなか楽しめたよ。
異世界、ということだけど実は同じ世界で、
セカンドが起きる予兆?が起き始める→シンジから情報を得てセカンドを阻止→
阻止すればタイムパラドックスでシンジ消失の危険→
でもシンジはセカンド阻止を決意。
っていう超展開を妄想してしまった。
>>170 ありがとうございました。
書き始めた当初の予定では監督=シンジは「エヴァ」のストーリーを改変して
作品中でのサードインパクトを回避しようと奔走するが、
結局そのことがあだとなり予算と作業時間がどんどん不足していき
企画書から設定がズレた、史実と同じ「エヴァ」が出来上がってしまうストーリーでした。
最後は、監督=シンジとハヤシバラさんは作品世界の中の人々を救えなかった
償いとして「式日」という実写映画を制作することを決めるところで終わる予定でした。
これ以降の物語も、特に後半は部分的には書いたのですが、
林原めぐみをのぞく声優に関する知識が私にはなかったため、
結局ここまでしかまとまった形では書けませんでした。
長編乙です
173 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/06/28(土) 03:29:52 ID:uxDdnTdr
tes
エヴァ板良スレ保守党
エヴァ板良スレ保守党
エヴァ板良スレ保守党
エヴァ板良スレ保守党
178 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/10/15(水) 22:19:28 ID:d0DZ5mKi
AGE
エヴァ板良スレ保守党
エヴァ板良スレ保守党
エヴァ板良スレ保守党
182 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/01/03(土) 14:33:51 ID:gQCwqJ5o
お年玉
183 :
FkS3mN4:2009/01/03(土) 15:44:24 ID:0vDd9ltX
テスト
リツコは淡々と、雑に脱がされた衣服をまとい、研究室をあとにした。
先に出て行ったゲンドウは、そこにいた形跡を全く残さず去って行った。
そして、研究室にはもう、気配すら残ってはいなかった。
まだ雑務が残っているマヤに簡単な指示を出し、
幾つものセキュリティチェックを受け、
リツコがNERVを出た時には、辺りは日も暮れ、
すっかり夜になっていた。
真夜中とはいえない微妙な時間帯。
出来合いの総菜を購入して、
寝るだけの部屋に戻って熱いシャワーを浴びて、そのまま眠るか。
それとも、何処かで軽く食事を取って部屋に戻るか。
そんなに空腹を訴えていない身体や、
明日も朝から仕事をしなくてはいけないという状況と、
少し寂しいので一人の部屋にすぐ戻りたくはないという気持ちが、
リツコの頭の中でこれからどういう行動を取るのがベストなのかを
軽く相談をする。MAGIの三台のコンピューターが審議するかのように。
以前であればこんな時、
同僚のミサトに連絡をしてバーで軽く一杯飲むことが多かったのだが、
ミサトがシンジを引き取り、成り行きでアスカも同居するようになってから、ミサトはすっかり二児の駄目な保護者となってしまい、
そういった機会もめっきり減ってしまった。
最初のうちは少し寂しくもあったが、
別にミサトとはほぼ毎日顔を合わしているわけだし、
そういう環境に慣れてしまったので、今ではもう、何も思わない。
マヤの雑務を手伝ってやって、
日頃の労をねぎらう意味でも何か奢っても良かったのだが、
少し重いくらいリツコに懐いて来る後輩は、
そんな場を設けてしまったら舞い上がってしまい、
仕事の質問やプライベートの相談できっと長くなる。
そういう席ではなく、もっとなにげなく、
簡単にただ、誰かとぼんやりしたいのだとリツコは思った。
しかし、そういった状況が今のリツコにはのぞめないので、
とりあえず、コーヒーでも一杯飲んで、気持ちを落ち着けて、
部屋に戻って冷蔵庫に残っていた朝食のサラダの残りを食べて眠ろうと、
行きつけの喫茶店まで歩いた。
誰も連れて来たことのないこの喫茶店はリツコのお気に入りだ。
時間の経過によって古びた椅子や机の木は飴色に変わり、
壁紙はところどころ剥がれている。それがリツコにはいとおしかった。
そして、店の奥に鎮座しているガラスでできたネコの置物は、
ネコを飼っていたリツコにとって、特別な感情を抱かせた。
「ひさしぶりですね」
リツコが窓際の席に座ると、
リツコの祖母と同い年位のマスターが笑顔で声を掛け、
メニューを持って来た。
「ええ。最近忙しかったもので。コーヒーを一杯お願いします」
「はい。ちょっと待っててくださいね」
マスターは笑顔でカウンターの奥へと戻って行く。
その後ろ姿を見ながら、リツコは冬月もこんなことが起きなければ、
この老人のように穏やかな老後を送っていたのだろうか、と、考えた。
しかし、それはうまく想像ができなかった。
窓の外をぼんやりとみながら、
リツコは使徒との戦いで休む暇もなかった最近の自分を振り返る。
疲れていると思った。しかし、それはリツコだけではない。
皆、疲れている。友人のミサトも、子供達も、部下のマヤも、
NERVの職員も、第三新東京市の住民も……ゲンドウも。
みんな、みんな、疲れている。
そんなことを考えながら、鞄からタバコを取り出し、
リツコはそっと火を点ける。
やめられたらいいと思っているタバコは一向にやめられる気配はなかった。
リツコが一本目のタバコを吸い終えた後、
丁寧に入れられたコーヒーがマスターによって運ばれてきた。
リツコは軽く礼を言うと、コーヒーを一口すすり、
ほっとして息を吐き出す。
やはり、きちんと入れられたコーヒーは美味しい。
NERVで仕事をしながら浴びるように飲んでいるコーヒーと
全く違う飲み物にすら感じる。
小さな至福を感じながら、
この時点でリツコは自分のとった行動は正しかったとすら思っていた。
これから小さな事件に遭遇してしまうとも知らずに……
それから、それからああっ!!
ゆっくりとコーヒーを堪能し、タバコを一本吸いながら、
リツコはこのタバコが終わったら部屋に帰ろうと考えていた。
そして、何の気もなしに、ぼんやりと窓の外を見る。
この喫茶店は商店街の一角に建っているので
向かいには八百屋と薬屋の看板が見えた。
しかし、こんな時間帯なので、どちらの店もシャッターが閉められている。
この辺りの商店街も以前は活気があったのだが、
使徒との戦いの場所となるここは危険と常に隣り合わせの為、
疎開する住民は増えて行く一方だった。
その為、多くの商店主が店を閉めた。
だから、昼間でもシャッターの閉まった店舗が多く、
少し寂しい雰囲気になってしまった。
時折、視察などで昼間にこの辺りを車で通りかかると、
まるでゴーストタウンのようだとリツコは思っていた。
そんな思いを巡らしているリツコは、
ふと、誰も歩いていない商店街を歩く人影に気がつき、
無意識にその人物を目で追った。
そして、その人物が自分の知っている者だとわかり、はっとした。
その人物とは、先日ゼーレが直接送り込んで来た
フィフスチルドレンだったからであった。
「ちょっと」
リツコは胸騒ぎを感じながら、思わず立ち上がった。
そして、コーヒーの代金を払わなければならないことに気がつき、
急いで鞄から財布を取り出し、千円札をテーブルに置くと、
「ごちそうさま、お代、ここに置きますから」
と、言って、店を出ようとした。
すると、カウンターの奥で新聞を読んでいたマスターが驚いて、
「お嬢さん。多くもらいすぎだよ」
と、リツコを呼び止めた。
リツコはお嬢さんなんて自分が呼ばれたことがおかしくて、
苦笑しながら振り返ると、
「コーヒーおいしかったです。お釣りは結構ですから」
と、言い、開くとチリチリと戸に付けられた鈴がなるドアを開けた。
すると、マスターは、
「では、ありがたくいただきます。それとね、お嬢さん。今までありがとう。私も疎開することになってね、此処は今月で閉めることにしました」
と、寂しそうに呟いた。リツコは急いでいた足を一瞬止めて、
「……そうですか、お元気で」
と、軽く頭を下げて、店を出た。
店を出たリツコは胸を押さえ、
フィフスチルドレンこと渚カヲルの後を追った。
夜で外は暗かったとはいえ、見間違える筈はなかった。
あの銀色の髪、綾波レイのような白くて透き通る肌と赤い瞳。
そして、どこか不気味な表情。あれは確かに渚カヲルであった。
夜、一人で一体何処に行くというのだ。
素性の全くわからない彼が何かを企んでいるような気配を、リツコは彼がNERVに送られて来た当初から感じていた。
見失ってしまったカヲルを探し、リツコが商店街をうろうろしていると、
突然、物陰から腕を掴まれた。
「何?!」
リツコが驚いて声をあげると、リツコの腕を掴んだ人物が、
「どうかしましたか、赤木リツコ博士」
と、笑顔で問いかけて来た。その笑顔を見て、リツコは目を見開く。
その人物こそがリツコの探していた渚カヲルだったからである。
「き、奇遇ね」
リツコはまさかカヲルを追いかけてうろうろしていたとは本人に言えず、
少し戸惑いながらそう言った。すると、カヲルはにっこりと笑い、
「奇遇ですね」
と、返して来た。第三新東京市立第壱中学校の制服を着たカヲルは、
リツコより頭一つくらい背が低い。
しかし、腕を掴まれた時の力があまりに強くて、リツコは少し動揺していた。
「子供がこんな遅い時間に出歩いたら危ないわよ」
少しでも動揺を悟られないよう、
リツコは大人という立場をちらつかせた言葉をカヲルに掛けた。
しかし、カヲルは全く動じない。
「そうですね。ちょっと、碇シンジくんの家に呼ばれて
食事をごちそうになったら話がはずんでしまって、
こんな時間になってしまったんです」
「そう。パイロット同士で仲良くすることは良い事だわ。
……ミサトの料理を食べたの?」
料理がヘタだが、それを自覚していないミサトの手料理を食べたら、
きっとひどい目にあっただろうと思い、リツコが問いかけると、
カヲルは首を横に振った。
「いいえ、残念ながら。皆で出前を取って食べました」
「……そう」
それ以上、返す言葉が無く、リツコはじっとカヲルの顔を見た。
カヲルは笑っているような、考え事をしているような、
不思議な表情を浮かべていた。
相手を見透かす瞳だとリツコは思った。
そして、この瞳と同じ瞳をリツコは知っていた。
……綾波レイ。
表情や性格、顔つきは異なるが、渚カヲルは彼女に非常によく似ている。
リツコの羨望と嫉妬の対象。ゲンドウの愛情を受けている少女。
人間ではない彼女を生かす為のメンテナンスを繰り返しながら、
何度殺してやろうと思ったかリツコにはもうわからない。
数えきれない程、それを望んだからであった。
「赤木博士、どうかしましたか?」
醜い憎悪に飲み込まれそうになったリツコを
カヲルの問いかけが現実に引き戻した。リツコははっとして、苦笑いをする。
「ごめんなさい、ちょっと考え事」
「そうですか」
「もう遅いし、あなたの部屋まで送るわ」
リツコが言うと、カヲルは首を横に振った。
「一人でも僕なら大丈夫ですから。それより、
赤木博士の方がこんな時間に女性の一人歩きは危ないんじゃないですか。
送りましょうか?」
カヲルの申し出にリツコは思わず吹き出してしまう。
子供の癖に、いっちょまえに、と。
「じゃあ、気持ちだけいただくわ、ありがとう。お互い帰りましょう」
「そうですね」
カヲルはそう言うと、
「おやすみなさい、赤木博士」
と、軽く手を振って歩き出した。
「おやすみなさい、渚カヲルくん。明日も朝から早いわよ。
シンクロテスト期待しているわ」
リツコも反対方向の自分の部屋へと歩き出す。
月が綺麗な夜だった。
それから家に帰ったリツコは、シャワーを浴びている時に、
カヲルに掴まれた跡が腕に残っていることに気がついた。
蛇口をひねり、浴槽の縁に座り、リツコはため息混じりに笑う。
性交までしたゲンドウの痕跡は全く残っていないのに、
ただ、腕を掴まれただけのカヲルがしっかりと
痕跡を残しているというおかしさに。
続
※リツコ→ゲンドウに片思い
カヲル→シンジに特別な感情を抱いている?
そんな二人のやりとりを
時間軸はちょっとアニメやマンガと
変わってしまうかもしれませんが、書いてみたいと思います。
よろしくお願いします。
>>184 続き
翌日、チルドレン四人によって行われたシンクロテストでは、
カヲルが最も高い数値を出した。そのシンクロ率の高さは異常であった。
「ゼーレによって仕組まれた子供ってわけね……何かあるわ」
思わずリツコはシンクロ率を表示するモニターを見ながら呟く。
近くにいたミサトは、リツコの言葉には反応せず、何かを考えながら、
食い入るようにモニターを見ていた。
最近、ミサトは少しおかしい。
かつての恋人であった加持リョウジの姿を見なくなって以来、
どうやら個人的にNERVを探っているようだった。
加持リョウジは、殺された。彼は真実を求めすぎるあまりに、
踏み越えてはならない領域に入り込んでしまったのだ。
大学時代の友人を失ってしまったことは
リツコにとっても寂しいことであった。
しかし、リツコは加持リョウジの死体と対面したわけでもなく、
アスカの保護者代わりとして日本に戻ってくるまで、
ずっと音沙汰のなかった関係だ。
喪失感もあまりなく、加持リョウジの死はリツコにとって現実味がなかった。
ただ、ゲンドウからそのことを聞かされ、
加持リョウジの名前をNERVから抹消する作業を行った時、
加持の笑顔を思い出し、少し胸が痛んだだけであった。
ミサトは加持の件を全くリツコに話さなかったので、
リツコから加持のことを聞くつもりはなかった。
ただ、かわいそうだ。ミサトにそう思っただけであった。
アスカの数値が総合的に悪いくらいで、あとは特に問題もなく、
シンクロテストは終了した。
アスカの不調の原因は精神的なものが大きいようにリツコは思い、
そういったことは自分が進んで解決できることではないので、
保護者代わりのミサトに任せることにした。
その後、研究室でリツコが作業をしている時、
女子トイレで綾波レイをのぞくチルドレン三人が言い合いをしていた
という噂を聞いたが、たいして気にはとめなかった。
研究室で作業を始めてしまったら思いのほか長引いてしまい、
時刻は深夜になっていた。明日の予定は特になかったので、
今夜中に作業を終わらせ、明日の朝にマヤに雑務を頼んで
帰宅すればいいとリツコは考えた。すると、急に作業かかりっきりで
疲れすら忘れていた身体の気が抜けてしまったので、
一息入れようと思い、自販機コーナーに向かった。
自販機コーナーは24時間開放されているので、深夜で職員も減り、
電気の点いていない部屋が多くなっても、そこだけは蛍光灯の白い光が
煌々としている。モニターをずっと見つめていた瞳には少し辛いくらいの
その明るさにリツコは眉をしかめ、白衣のポケットからコインを数枚
取り出した。どうせ買い物をするわけでもないので、
財布から缶ジュースを買えるだけの硬貨を抜き出してきたのだ。
販売機に硬貨を入れ、いつもコーヒーばかりを飲んでいるので、
たまには違うものをと思い、リツコはオレンジジュースのボタンを押した。
ガチャンと音を立て、オレンジジュースが取り出し口に落ちてくる。
拾い上げ、自販機前のソファーに座ると、リツコはプルタブを引き、
オレンジジュースを喉に流し込んだ。わずかな果汁と科学的なものやら、
砂糖やら、色々と含まれているらしいこのジュースはつくりものの味がした。
しかし、少しは気持ちが落ち着き、リツコは息を吐いた。
「また、会いましたね」
突然、声をかけられて、リツコは視線を声の方に向ける。
すると、そこにはカヲルが立っていた。
石鹸の匂いと、少し濡れた毛先。どうやらカヲルはシャワーを浴びて
来たらしい。リツコは不意打ちをくらい、少しばつが悪いような気がしたが、
軽く会釈をした。
カヲルはリツコから少し離れた位置のソファーに腰掛けた。
どうやら、リツコと会話をする気らしい。
199 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/01/23(金) 20:25:24 ID:8uCjkHcd
AGE
200 :
NO NAME:2009/01/24(土) 00:30:29 ID:5AcxuR/W
>>184 続き
こんな時、とりあえずはジュースの一杯でも奢ってやるのが年長者のような
気もするが、あいにく、最低限の小銭しか持っていなかったので、
リツコは別にカヲルに何を言われたわけでもないのに、
「ごめんなさいね、これ一本を買うお金しか持ってこなかったの」
と、言い訳のように言った。すると、カヲルは、
「別に、そういうわけで声を掛けたわけではないですから、気になさらずに」
と言い、笑顔で小さな布製の財布をポケットから取り出し、
販売機の前に移動すると、リツコと同じオレンジジュースを購入した。
「…ここは、静かですね」
カヲルがジュースを一口飲んで、呟いた。
「そうね。でも、使徒が来たらそうでもないわ。静かなのは今だけ。
もしかしたら、次の瞬間には非常態勢になるかもしれないのよ」
「…その状況を、僕はまだ知らないから」
カヲルの言葉にリツコは頷く。
「ええ、そうかもしれない。だけど、使徒は必ず此処に現れるわ。
だから、チルドレン同士仲良くしてもらわないと。
今日、トイレでもめてた話を少し聞いたわ」
リツコの言葉に、カヲルは初めて子供のような顔をした。
「仲良くって、どういうことでしょうね?」
「どうって言われても…」
「僕には、よくわからなくて。人を好きになることと、仲良くするとって、
どうすればいいんでしょうか」
201 :
NO NAME:2009/01/24(土) 00:31:29 ID:5AcxuR/W
カヲルが真剣そうにリツコに問いかけた。リツコは、少し戸惑ってしまう。適度な距離感で相手と付き合うタイプの人間であると
渚カヲルをリツコは考えていた。そして、悩みはあまりない人間だと。
けれど、リツコの言葉はカヲルに感情に対して、少なからず、
波を立ててしまったようだ。どことなくカヲルがムキになっているような、
そんな風に一瞬だけリツコは見えたのだ。
「ごめんなさい。貴方の感情を傷つけるようなことを言ってしまった
みたいね。残念ながら、私にも人を好きになる方法と、
人と仲良くする方法はわからないわ。きっと、誰にもわからないわよ」
リツコがそう言うと、カヲルは苦笑いをした。
「赤木博士にもわからないことがあるんですね」
「わからないことだらけよ。それじゃあ、またね。
今日のシンクロテストの数値、驚いたわ。この調子でがんばって」
リツコはそう呟くと、逃げ出すように自動販売機コーナーをあとにした。
カヲルは何も答えなかった。それが少し不気味で、
リツコはそっと一瞬だけ自動販売機コーナーを振り返った。
カヲルはじっとリツコを見ていた。
発想と構成がナイス
203 :
NO NAME:2009/01/31(土) 13:15:41 ID:AsXW2DcP
>>184続き
それからも、リツコは微妙に自分の周りにカヲルの気配を感じていた。
けれど、それを気がつかないフリをした。
リツコに母性を求めているのだとしたら、それは迷惑だし、
渚カヲルとプライベートな関わりを持つつもりはリツコには
毛頭なかったのだ。
誰かに好意を寄せられることは、大学時代から結構あった。
けれど、リツコはそれを全て気がつかないフリでやりすごした。
そして、今は自分の好意を無下に扱われている。
そんな事を考えながら、プログラミングをしていると、
突然、研究室の戸が開けられた。リツコは少し、期待を込めて、
戸を開けた人物に視線を移動させる。
この研究室に訪れる人物は限られている。ほぼ、三人しかいない。
一人はマヤ。リツコへの来訪者は全てマヤを通すように言っているので、
NERV職員がリツコに話がある場合は、
必ずマヤを経由してアポイントを取るようにしている。
そして、礼儀正しいマヤはリツコの研究室に訪れる際には必ず、
電話を一本かけて寄越す。
こういった理由で、どれくらいしたら向かう。といった丁寧な報告に、
リツコの機嫌を伺い、コーヒーや食事等、
必要なものはないかという気遣いまで加えて。
しかし、そんな連絡は一切ないので、マヤという線は消えた。
204 :
NO NAME:2009/01/31(土) 13:16:47 ID:AsXW2DcP
そして、もう一人はミサト。
彼女は特に用がなくとも菓子や飲み物を持って現れる。
「リツコ〜ちょっと〜」などと言いながら。無礼ではあるが、
リツコはその時間が好きだ。けれど、ミサトは必ず最低限のエチケットとして
軽くノックをして、リツコが答えないと戸を開けない。
それに、今、ミサトはチルドレンの精神状態、自分の精神状態のひどさに
振り回され、激務も積み重なっている。その為、リツコと茶を飲んでいる
時間などなかった。
そうなると、戸を開けた人物はゲンドウか、
侵入者しか思い当たるフシがなかった。
「御用でしょうか」
リツコが少し笑みを含んだ言葉を掛けるが、
ゲンドウはくすりとも笑いもしなかった。
「コーヒーしかないですが、一杯飲みますか?」
「…いい」
リツコが椅子から立ち上がり、机に座ると、ゲンドウはリツコに近づき、
口づけた。リツコは右手をゲンドウの頬にかけ、左手でメガネを外して、
机の上に置いた。
205 :
NO NAME:2009/01/31(土) 13:17:37 ID:AsXW2DcP
それから、約30分して、ゲンドウは研究室を去って行った。
リツコは伝線してしまったストッキングを脱ぎ、ゴミ箱に放り投げると、
机の引き出しの一番下から新しいストッキングを出して、履き替えた。
床に転がる使用済みの避妊具をゴミ箱に入れてしまったら、
掃除をしてくれるマヤに驚かれるか、軽蔑されるかと思うと、
リツコは一人で苦笑いをした。そして、それを拾い上げ、
少し垂れて床を汚していたゲンドウの精液をティッシュでぬぐった。
それを全て不透明のポリ袋に入れ、厳重にくちを縛ると、
女子トイレのゴミ箱にでも捨ててしまおうと、白衣のポケットにしまい込み、
もう一度研究室の周りを見回し、換気扇のスイッチを入れて、
研究室にロックを掛けて、外へと出た。
女子トイレで証拠隠滅をし、大きな姿見で衣服が不自然でないかを
チェックし、こすれて滲んだ口紅を拭き取って、紅筆で塗り直すと、
リツコは社員食堂で何かを食べようかと思い、トイレを後にした。
すると、トイレの入り口にカヲルが立っている。
206 :
NO NAME:2009/01/31(土) 13:18:34 ID:AsXW2DcP
その絶妙というか恐ろしいタイミングにリツコは絶句して、カヲルを見た。
カヲルは少し笑ったような表情でリツコを見ている。
「また、女子トイレで騒ぎでも起こすつもり?」
リツコが思わず問いかけると、カヲルは
「いいえ。女子トイレに入ってはいけないと、
葛城三左にひどく注意されましたから」
と、答えた、リツコは
「そう」
とだけ、答えて、立ち去ろうとした。けれど、
カヲルはリツコを呼び止めるようにして、
あの日のようにリツコの腕を掴んだ。
「でも、もう一度怒られようかと思うんです」
「なにを言ってるの?離して」
リツコが、少し声を荒げると、カヲルは少し困った顔をして、
信じられない強い力で、リツコを女子トイレに押し戻した。
「いくらなんでも怒るわよ」
リツコが身の危険を感じて、大声を出そうとすると、
カヲルはリツコの口を手でふさぎ、真っ赤な瞳で、
「赤木博士、サンダルに……精液がついてますから。見られたら、
スキャンダルですよ」
と、申し訳なさそうに笑って、リツコにひざまづき、
ポケットから真っ白なハンカチを出して、リツコのサンダルの淵をぬぐった。
「え…」
リツコは思わず、恥ずかしさで顔を真っ赤にして、立ち尽くしてしまう。
そして、カヲルにとんでもないことをさせていることに気がつき、
「そんなことしなくていいわ」
207 :
NO NAME:2009/01/31(土) 13:19:54 ID:AsXW2DcP
と、座り込み、カヲルを止めた。すると、カヲルは
「歩いている赤木博士から、これの匂いではなく、もっと違う…
誰かと触れ合った時の匂いと雰囲気がしていました。
何があったのかと思って見ていたら、サンダルに…それで、
ああ、と、思いました」
と、呟いた。リツコは何も言えず、息を大きく吐いた。そして、
「恥ずかしいところを見られたようね」
と、呟いた。すると、カヲルは
「恥ずかしいことなんて、ないんじゃないですか」
と、答えた。それが、気を使って言った言葉ではないことが
リツコにはわかって、リツコは苦笑いをした。
「一度、濡らして拭けば、もう大丈夫だと思います」
カヲルがそう言って、水道の蛇口をひねろうとすると、
リツコはそれを制して、
「もう一人でできるから、かまわないわ。それに誰かが来たら、
いたいけな少年をトイレに連れ込むオバサンとか、勘違いされるかもしれない」
と、言った。自分のことをするっとオバサンと言ったことに、リツコは少なからず驚きを感じていた。
「わかりました」
カヲルがそう行って、立ち去ろうとすると、リツコは
「でも、お礼がしたいの。良ければ、今夜、食事でもどうかしら」
と、言った。リツコは何を言っているのだろうと
自分に対して呆れていたが、カヲルはそうしたいと望んでいると思ったし、
リツコは少しこの少年と話をしてみるべきだと思っていた。
208 :
NO NAME:2009/01/31(土) 13:20:17 ID:AsXW2DcP
「ええ。喜んで。赤木博士は今日は何時に仕事が終わるんですか」
「夕方には終わるわ」
「じゃあ、僕は待ってます」
「ごめんなさいね。研究室に直接来てもらえれば助かるわ。
場所はマヤに聞いてちょうだい。マヤには私から言っておくから」
「わかりました」
カヲルはそう言うと、少し笑って、トイレから出て行った。
リツコはため息をついて、カヲルのハンカチで
サンダルの淵をゴシゴシと拭った。
普段はパンプスで移動をしているが、
研究室にいるときは足がむくんでしまうので、
リツコはサンダルに履き替えている。
ネコのキャラクターがついたサンダルは少し子供っぽい気もするが、
リツコは気に入っていた。
「今度からは気をつけないと」
リツコはそう呟いたものの、今度はいつあるのだろうと思うと、
気持ちが暗くなった。
そして、カヲルに口を押さえられ、また滲んでしまった口紅を塗り直した。
>>202 ありがとうございます。
一通り見たけど、読み応えのある文章でした。
久しぶりにこういう場所で面白いものを見た。
210 :
NO NAME:2009/02/01(日) 00:00:11 ID:PaRd3xub
>>184 続き
カヲルと別れたあと、リツコは念のため、シャワールームを使い、
身体を軽く流してから、食堂で定食を食べ、
マヤに夕方に来客があると告げた。
「誰でしょうか?」
マヤの問いかけに、あまり声が上擦ったりしないように注意を払いながら、
リツコは
「フィフスチルドレンよ」
と、だけ答えて研究室に戻った。
「…渚、カヲルくんですか。はい。わかりました」
マヤは少しだけ戸惑ったような顔をしていたが、
リツコには追求をしてこなかった。リツコは、研究室に戻ると、
換気扇のスイッチを切り、部屋をもう一度客観的に見直した。
何も、変わっていない。ゲンドウが来る前と、何も。
そう自分を納得させると、リツコは思わずため息をついた。
自分が何を望んでいるのか。ゲンドウが何を考えているのか。
関係を持つようになってから、今も、ずっとわからずにいた。
211 :
NO NAME:2009/02/01(日) 00:01:28 ID:PaRd3xub
リツコは作業中に定期的にメールのチェックをする。
リツコには、博士という曖昧な立場は、
なんでも屋に与えられた都合の良い役職のような気がしてならない。
それくらい、リツコには絶えず色々な仕事が舞い込んで来るので、
当然、メールも様々な場所から様々な内容で定期的に舞い込んで来るのだ。
しかし、最近ではその依頼のほとんどをマヤがこなしてくれるように
なった為、ほとんどのメールは簡単な指示を付け加えてマヤに転送する場合が
多い。マヤも決して暇ではないので、申し訳が無いのだが、
リツコにはやることが多すぎるのだ。
メールフォルダを開き、リツコは何件ものメールを拾い上げる。
そして、それを簡単に斜め読みをし、急を要するもの、マヤに転送するもの、
あとでじっくりと読む必要があるもの、どうでもいいもの。に、
軽く分別する。特に重要なものはなさそうで、
リツコはそのままメールソフトを閉じようとしたが、
一件のメールに思わず目を留めた。
それは事後報告のメールで、リツコにとって返信する義務もなかったし
、何か作業をしなければならないものでもなかった。しかし、リツコは今、
受信した何件ものメールの中で、唯一そのメールだけ、目を細めて、
きちんと本文を読んだ。
212 :
NO NAME:2009/02/01(日) 00:03:00 ID:AsXW2DcP
メールの内容は、ごく簡潔なもので、NERVの医学部からであった。
内容は、初号機と使徒サキエルの戦闘時に崩壊した瓦礫の下敷きとなり、
足を負傷した鈴原トウジの妹をNERV直属で研究機関も兼ねている病院に
収容したものの、状態は思わしくない。
彼女が自分の足で歩く事は不可能に近いということ。しかし、
足のけがよりも兄、トウジの死を知ってしまった為、
精神的ショックが大きいことが箇条書きで報告されていた。
リツコは参号機にトウジを乗せる為に妹を最新の医療設備で預かることを
約束した。悪いようにはしない。と、怯える少年に言った。
死んでしまったトウジとの約束はいつまで守ればいいのかわからない。
たとえ、殉死した少年の願いであっても、
無償でいつまでもその少女を預かるほど、NERVも人が良いとは
リツコには思えない。少女はまだ八歳で、これからまだ気の長い時間を
生きて行くのだ。一応は遺族には多額の金を少年の命の対価として支払った。
父も祖父もNERVの職員である為、鈴原家はそれを受け取り、
特に申し立てもしなかった。そのうえ、妹をNERVの医学部が預かったことに
礼すら述べた。けれど、こうなってしまった今、
残された家族は一緒に住むべきなのかもしれない。
213 :
NO NAME:2009/02/01(日) 00:04:43 ID:PaRd3xub
そう考え、リツコは人事関係の部署に幾つかの提案をメールで送信した。
疎開先の社宅で最も高いクラスの住居は医師常駐で、生活環境も良いので、
鈴原家の二人をその周辺に転勤させ、治療が頭打ちとなってしまった妹も
医学部の最先端の技術よりも、安らげる場所の方が必要に思えるので、
そちらに移すことなどを。
リツコからのメールであれば、たいていのわがままでも優先的に
採用される。このメールが受信されれば、とりあえず、鈴原家はトウジと
母親の思い出がない新しい環境に行ける。それでも忘れることなどできない
と思うが、今、自分ができる罪滅ぼしというのはこれくらいのような
気がして、リツコはため息をついた。
今までのリツコであったら、こんなことをいちいち気にしなかった。
慰謝料を払い、とりあえずは最先端の治療を施せば、
それでトウジのことは終わったことで、それ以上何かをする必要などない。
参号機の使徒浸食。トウジの死は事故であって、リツコの過失ではないのだ。
そう思っていたはずだ。けれど、そう思えなかったのは、
リツコをとりまく環境が少し変わっていたからであった。
シンジやアスカがNERVに出入りするようになるまで、
リツコは少年や少女と関わることはなかった。レイは常にNERVに、
ゲンドウの近くに存在していたが、あまりにも感情のない人形のような彼女は
リツコにとっては嫉妬と羨望の対象であって、少年や少女ではなかった。
だから、リツコは子供を知らなかった。母親が忙しいせいで、
リツコは子供でいることを自分自身に禁じて大きくなってしまった。
子供は平気でわがままをいい、感情をむき出しにして、
リツコにとってはうるさくて醜いものであった。
214 :
NO NAME:2009/02/01(日) 00:05:33 ID:PaRd3xub
けれど、シンジやアスカとあまり直接的ではないが、話をし、
彼女達に関わって変わって行ったミサトを見ていると、
リツコには小さな母性が芽生えていたのであった。
それはリツコ自身も気がついていないほど小さなものであったが。
以前、カヲルが自分に母性を求めているかもしれないと考えると、
体中に嫌悪感が走ったのは、それに答えてしまったら、
ゲンドウの子供が欲しいなどというくだらない妄想に取り付かれて
しまったり、今迄必死に大人の関係と自分自身に言い聞かせ、
それに酔っていた自分が足下から壊されてしまいそうで、
怖かったからでもあった。
自己満足かもしれないが、これでいいとリツコは自分に言い聞かせ、
きっちりと気持ちを切り替えて、仕事を再開した。
215 :
NO NAME:2009/02/01(日) 00:06:23 ID:PaRd3xub
それから数時間後、リツコの机上で電話がなった。
「はい」
もう、そんな時間かと机に置かれた時計に目をやり、
針が夕刻を指していることを確認すると、電話の主はやはりマヤであった。
「先輩、お疲れさまです。渚カヲルくんが見えました」
「わかったわ、通してちょうだい」
「はい」
マヤの返事を聞くと、リツコは受話器を戻し、タバコに火をつけた。
勢いで約束をしてしまったものの、どうしていいのかわからず、
リツコは少し困っていた。
電話を切ってからすぐに、プレートにコーヒーを二つ乗せたマヤと
カヲルが現れた。
「失礼します。先輩、いただいたメールの作業は全部終わりました。
他に何かありますか?」
「ありがとう、早いわね。今は特にないわ。今日はもう何もなさそうだから、
早めにあがってもらってもいいわよ」
「ありがとうございます、では、お先に失礼しますね」
216 :
NO NAME:2009/02/01(日) 00:07:50 ID:PaRd3xub
「ご苦労さま」
マヤは机上にプレートを置き、一礼して去って行った。そして、
リツコとカヲルが残される。
「まだ仕事ですか」
「いいえ。もう終わらせようと思うわ。キリがないから」
リツコはそう答えて、マヤの入れたコーヒーを啜った。
カヲルは立ったままで興味深そうに辺りを見回しているので、
「ごめんなさい。これに座ってくれる」
と、リツコは部屋の隅に畳んであったパイプ椅子を取り出した。
リツコはパイプ椅子を組み立てて渡そうとしたが、
そのタイミングよりも早くカヲルはそれを受け取り、
自分で組み立てて腰掛けた。パイプ椅子は少し錆びていて、くたびれていた。
「こんな研究室があったんですね」
「そうよ。一人で作業することも多いし、極秘で進めることも多いから。
それに誰も来ないから、此処でセックスをしても誰も気がつかないでしょう」
一体、自分は何を言っているのだろうとリツコは思ったが、
今迄誰にも言えなかったことを言うことは気持ちが良いと思った。
カヲルは軽蔑をしたわけでもなく頷く。
「そうですね。じゃあ、さっきは此処でした後に僕と会ったんですね」
「そういうことよ。ツメが甘くて恥ずかしい思いをしたけれど、
見つかったのが貴方で良かったわ」
リツコは自分がこれ以上悪ノリをしないよう、自分を落ち着かせる為に
ぐいっとコーヒーを胃に流し込んだ。そして、立ち上がると、
「じゃあ、食べに行きましょうか。何か好きなものはある?」
と、問いかけた。すると、カヲルは少し考え、
「まだあまりよくわからないんです」
217 :
NO NAME:2009/02/01(日) 00:09:38 ID:PaRd3xub
と、答えた。そう言われるとリツコは困ってしまう。
それに、リツコはいつもバーなどで軽く食事をすませるが、
そこにカヲルを連れて行くわけにもいかない。だから、
あまり選択肢がないのだ。しかし、悩んだリツコにカヲルが提案をした。
「僕、行ってみたい所があったんです。確か、
簡単になら何か食べられるんじゃないかな」
リツコとカヲルは映画館にいた。
映画館は娯楽施設として営業をしているが、
こんな時代のせいで新作映画は撮られず、
過去の映画ばかりが上映されている。しかし、建物は近代的で
シネマコンプレックスと呼ばれたアミューズメント複合施設である。
そこで、リツコとカヲルはディナープレートという映画を見ながら、
簡単なジャンクフードとドリンクが楽しめるセットを売店で購入し、
食べながら映画を観ていた。
上映されていたのはアクション映画と恋愛映画とコメディ映画であった。
リツコはカヲルは無難なアクション映画を観るのかと思い、
チケット売り場で映画のタイトルを言うと、恋愛映画の方を観たいと
カヲルに言われたので、チケットを買い直した。リツコが学生時代に流行った
この映画を、リツコはリアルタイムで映画館に行って見た。
エンターテイメント雑誌に載っていたレヴューを見て、
こんな映画を見に行く人間の気持ちが知れないとミサトが言っていたので、
こっそり一人で見に行った。映画を見終わり、洋服を買おうと、
そのまま近くに繰り出すと、デート中の加持とミサトに遭遇し、
タイミングが悪く映画館の前で会っていたら、バカにされていたに違いない
と、三人で入った喫茶店でほっと胸を撫で下ろしたのは今となっては
懐かしい思い出だ。
映画は淡々とパリで始まった恋を描いたもので、雰囲気や甘さを優先した、いわゆるお洒落な映画だ。
218 :
NO NAME:2009/02/01(日) 00:11:00 ID:PaRd3xub
それを見ながら、当時のリツコは漠然とこんな恋愛は無理かもしれないが、
自分もいつかはそれなりに恋愛を経験して、年を取って、
子供を作ると信じていた。そして、そうなっても研究が続けられる
理解のある夫を持ち、母を楽させ、祖母を安心させてやりたいと思っていた。
そんなことを考えながら、ハンバーガーを頬張り、
横のカヲルはどんな気持ちでこの映画を見ているのだろうと考えた。
視線をちらっとカヲルの方に移すと、カヲルはリツコの視線に気がつき、
ゆるく笑った。リツコは思わず顔を背け、
それからずっと黙々と食事をしながら映画を見ていた。
憧れていた筈の世界は今のリツコには色あせた作り物に見えて、
とても白けた気持ちにさせた。
>>209ありがとうございます。励みになります。
をwwwwwwwww凄い来てる。感動。
NO NAMEさんの投稿楽しみにしてます。
220 :
NO NAME:2009/02/05(木) 00:53:54 ID:YziKvCnG
>>184続き
映画は二人の男女が、愛の試練に何度も翻弄されながらも、
その愛を貫き、都合良く全てがまとまって終わった。
エンドロールが流れ始めると、せっかちな数人の観客はいそいそと
席を立ち、ロビーへと出て行ったが、リツコとカヲルはスクリーンに幕が
降りるまで座っていた。そして、客席の明かりが点くと、まばらな観客が
帰り支度を始め、立ち上がった。
この回が今日の最後の上映だったので、リツコとカヲルがロビーに出ると、
それと同時に劇場には数人の清掃員が入って来て、掃除を始めた。
ロビーの売店やチケットカウンターには「本日の営業は終了しました」
という看板が立てられ、シャッターが閉められている。照明の明るさが
営業時間内よりも少し落とされた映画館は、観客に早く立ち去るよう
促しているかに見えた。
「少し、どこかで話をしませんか」
カヲルがぽつりと呟くと、リツコは頷いた。けれど、この時間では
手頃な店はもう開いていないし、これから自分たちがする会話は、
あまり誰かに聞かれたくないものだということは、
二人ともうすうすわかっていた。
「汚いけれど」
リツコはそっと声を出した。
「私の部屋以外思いつかないわ」
「…そうですね」
カヲルは頷いた。
221 :
NO NAME:2009/02/05(木) 00:54:56 ID:YziKvCnG
そして、映画館を出たリツコは道路に少し踏み出すように立ち、
タクシーを止めると、先にカヲルを乗せ、自分もすぐに乗り込んだ。
リツコの住むマンションの名前を言うと、運転手は頷いた。
この辺でも、高級な部類に入るタワーマンションは、住所を言わなくても、
ほとんどの人間が知っている。
走り出すタクシーに身を預け、窓を流れる景色をリツコはぼんやりと
眺めた。
不思議と、カヲルを部屋に連れ込むことに危機感はなかった。
あのトイレでの一件で、不思議とカヲルに対する妙な警戒心がリツコの
中からはなくなっていた。
タクシーは商店街を走り抜ける。その瞬間、リツコの視界に世話になった
喫茶店が飛び込んで来る。リツコは堅く閉められたシャッターと、
そこに貼付けられた丁寧で古風な字で書かれた閉店のお知らせを
見逃さなかった。そして、やはりあの店は終わってしまったのだと思うと、
胸がきゅっとうずくように締め付けられた。
「ここで、いつだったかあなたと会ったわ。確か、ミサトの家で食事を
したって言ってたわね」
リツコが言うと、カヲルは少し考えるような顔をしたあと、
「あれは僕が嘘をついたんです。彼に食事に招かれることなんて、
きっとないんですよ」
と、答え、顔を窓の方に向けた。それから、
「そうだったら良かったのに、って思ったんです」
と、付け足した。
222 :
NO NAME:2009/02/05(木) 00:55:38 ID:YziKvCnG
リツコの部屋があるマンションに着くと、カヲルはリツコが運転手に
支払いをしている間、先に降りてそびえ立つ巨大な建造物を見上げていた。
完成当初はそれなりに居住者も多かったマンションだが、今は引き払って
疎開した居住者が多く、灯りの点る部屋も少ない。
「お待たせ」
領収書と釣り銭を受け取ったリツコはハンドバックからキーを出すと、
カヲルと自動ドアからエントランスに入り、入り口のオートロックを
解除した。植木が飾られ、応接セットのあるロビーを抜け、エレベーターの
昇降ボタンをリツコは押した。すると、すぐにエレベーターの扉が開く。
リツコは数字の24が書かれたボタンを押した後、閉と書かれたボタンを
押す。エレベーターはすぐに扉が締まり、上階へと昇り始めた。
「すごいマンションですね」
カヲルが呟くと、リツコは別に自慢気に言うわけでも、卑下するわけでも
なく
「たいしたことないわ」
と、答えた。
223 :
NO NAME:2009/02/05(木) 00:56:57 ID:YziKvCnG
二十四階に辿り着き、扉が開くと、二人はエレベーターを降りた。
リツコが先にすたすたと自室へ向かう。カヲルは黙って着いて来た。
一番奥の扉には表札も何もない。しかし、それがリツコの部屋であった。
鍵を開け、玄関の照明を点けると、リツコは、
「どうぞ」
と、スリッパを一足、玄関に出した。
「おじゃまします」
カヲルはそう言うと、ハイカットのスニーカーを脱ぎ、そのスリッパを
はいた。リツコはパンプスを脱ぎ、廊下を先導する。
キッチンに面したリビング兼ダイニングと寝室。そして、洗面所、風呂場、
トイレ、というシングル用の典型的な間取りで、全ての空間が広めにとって
あるリツコの部屋は、廊下の奥がリビング兼ダイニングとなっており、
バルコニーに出る為のガラス戸の近くには大きめのテレビとソファーセットが
あった。そしてキッチン側にはテーブルと椅子が置いてある。
よくテレビドラマで見るアッパークラスの登場人物の部屋にその配置は
よく似ていたが、あまり飾りっけはなく、女性的な部屋とは言いがたかった。そして、動物のいない飼育用ゲージがぽつんと部屋の片隅に置いてあるのが
印象的であった。室内に物はあまりなく、テーブルにはノートパソコンと
小さな盆栽があり、ソファーの前に置いてあるローテーブルの前には
テレビのリモコンと灰皿、ライターが置いてある以外、特に物はなかった。
それはリツコがあまり物を置かない主義なのではなく、リツコは研究室に
いる時間が長いので、リツコが普段使うものや、身の回りに置いておきたい
ものは全て研究室に集められ、この部屋にはないからであった。
224 :
NO NAME:2009/02/05(木) 00:58:00 ID:YziKvCnG
「お茶でも入れるわ。そこに座っていて。テレビが見たいなら勝手に
見ていいわ」
リツコはそう言うと、ソファーを指差し、キッチンでヤカンを火にかけた。
この部屋に祖母以外の人間が入ったのは初めてであった。
カヲルはソファーの端に座り、カーテンの隙間から窓の外を見ていた。
カヲルの細い首や華奢な手足、まだ髭のはえない顎のラインをリツコは
キッチンから盗み見る。少年だと思った。未完成で若くて、可能性がある。
恵まれているのに、それを知らない、罪深い生き物。そんなことを考えると、
リツコは少し心が醜く歪む感覚を覚えた。そして、ちょっとぼんやり
していたらしい。
「もう、沸いてますよ」
と、いつのまにかカヲルが目の前に立っていて、自分の顔目がけて
ヤカンのゆげがひゅんひゅんと吹き上げていた。
「ごめんなさい、考え事をしていたわ」
リツコはそう言うと、くだらないことを考えて火傷でもしないように、
心を落ち着かせ、ヤカンの取ってを掴み、あらかじめ茶葉を入れて用意をして
おいたティーポットに湯を注いだ。さすがにコーヒーばかり飲むのも身体に
悪いだろうと思い、紅茶を入れようと思ったのだ。白いなんの飾り気もない
マグカップを二つ用意し、茶葉が蒸れるタイミングを狙い、茶こしで
こしながら、二人分のカップに紅茶を注ぐ。
225 :
NO NAME:2009/02/05(木) 00:59:45 ID:YziKvCnG
「いい匂いですね、僕が運びます」
ヲルはそう言うと、二つのカップを持ち、ソファーの方へと歩いて行った。
リツコはぼんやりとそれを見て、ため息をついた。
カヲルの座った二人掛けのソファーに対して斜め向かいに配置された
一人掛けのソファーに座ると、リツコは紅茶を啜った。本当はタバコを
吸いたいところだが、それはカヲルの前で何故かできなかった。
「あの檻……なんですか」
ずっと気になっていたのか、カヲルはリツコが一息ついて、カップを
テーブルに置くと、早速聞いてきた。リツコは、
「ああ、あれね」
と呟き、軽く伸びをして、足を組み替えると、話はじめた。
「ネコを飼っていたのよ、最近まで」
「ネコを?」
「ええ。でも、あまりに忙しくて此処に帰る暇もないくらい働いていたの、
それで、2~3日帰れなくなったある日、家に帰って来たら死にかけていたの。
飼い主失格でしょ。だから、これ以上可愛そうな思いをさせないように
祖母に預けたわ」
リツコは笑った。そして、廊下の壁一面に備え付けられたクローゼットの
一角に、封を開けたままのネコのドライフードやペットシーツが今も入れっぱなしであることを思い出した。
226 :
NO NAME:2009/02/05(木) 01:00:14 ID:YziKvCnG
「ネコか。だから、サンダルにもネコがついていたんですね」
「ええ、まあね」
リツコは頷きながら、カヲルはよく自分のことを観察しているんだなと
思った。
「じゃあ、ネコが好きな赤木博士にこんなことを言ったら、どうなんだろう
と思いますが」
カヲルはまっすぐネコの檻を見つめ、言った。
「何かしら」
カヲルの言葉が少し怖くて、リツコはそっと問いかけた。
「僕はこの間、ネコを殺しました」
カヲルは両腕をまっすぐ、空に向けて伸ばした。
そして、ぐっと力を込めると、
「こうやって、首を絞めて」
と、確かに言った。
リツコは目を少し大きく開いた。
>>219 ありがとうございます。頑張ります。
ニラニラ
228 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/02/17(火) 20:19:51 ID:i1q2mwgK
AGE
229 :
NO NAME:2009/02/17(火) 20:34:24 ID:LVvG+cl8
>>184続き
「…怒らないんですか?」
カヲルが問いかけると、リツコは
「どうして私が怒らなくちゃならないの?」
と、聞き返す。すると、カヲルは、
「彼は…碇シンジくんは、ひどく怒ったから」
と、言う。その時の顔が一瞬ふてくされた子供のように見えて、
リツコは、ああ、彼も少年の心を持て余しているのだと感じた。
その心は老いと共に失われて行くように思えるが、いつまでも心の奥底で
しみついて、くすぶっているのだ。今、リツコが心の中に抱えている闇
のように。
少し、場を持て余しているような気がして、リツコはローテーブルの
ライターを手に取り、ポケットに放り込んであったタバコを一本取り出すと、
口にくわえ、火をつけた。先ほどまで、カヲルへの気遣いから、
手をのばさなかったタバコを吸ったのだ。
そして、渚カヲルにリツコは何かを期待していたが、それは、期待はずれのような気がして、うっすらと失望した。
適当に話して、車を呼んでやり、帰そう。リツコがそう思った
瞬間であった。
リツコの部屋の電話がけたたましく鳴り出す。深夜にほど近いこの時間に、
ごくわずかな人間しか知り得ないこの電話が鳴るということは、緊急事態を
意味していた。
230 :
NO NAME:2009/02/17(火) 20:35:22 ID:LVvG+cl8
「はい」
リツコは真剣な面持ちで受話器を取る。すると、やはり電話を掛けてきた
主はマヤであった。マヤは緊迫した声でこう告げる。
「先輩、使徒です」
「わかったわ、すぐに向う」
「車を先輩のマンションの前まで回しておきました」
「ありがとう」
マヤにそう答えると、受話器を元に戻し、リツコは投げ出したカバンを
拾い上げる。そのやりとりを見ていたカヲルは、状況がすぐにわかった
ようで、立ち上がると、
「使徒ですか?」
と、問いかけた。
「ええ。今から私はNERVに向うわ。あなたも行く必要があるわね」
「正式なパイロットじゃないのに、ですか?」
カヲルの問いかけにリツコは答える。
「もしかしたら、貴方が必要な事態も来るかもしれないし、此処にいるよりNERVにいた方が安全だわ」
「僕が必要になるってことは、あの子が使えなくなるってことですか?」
カヲルが呟いた。あの子はアスカを意味していることがリツコには薄々
わかった。しかし、それには答えず、タバコを灰皿にこすりつけ、玄関へと
向った。カヲルも後に続く。
「紅茶、ちゃんと飲めなくて残念です」
ハイカットのスニーカーをかがんではきながら、カヲルが苦笑いをした。
リツコは、それにも答えなかった。
231 :
NO NAME:2009/02/17(火) 20:36:38 ID:LVvG+cl8
二人がエレベーターでマンションのロビーに出ると、
出入り口にはNERVのマークがついた頑強な車が停車しており、
ベレー帽を被った隊員が待機していた。
「お待たせ、悪いわね」
リツコはそう言うと、車の後部座席に乗り込んだ。カヲルも一緒に
乗り込む。先ほどのタクシーと違い、固い無骨なシートは車が走ると
ガタガタと揺れた。
リツコは車に揺られ、新たな使途を想像する。そして、司令室で
ゲンドウに会えると思うと、この緊急事態にバカみたいだが、少しだけ
喜びを感じる自分を愚かだと思った。
カヲルはそっと呟く。
「さっきから、ずっと考えていました」
「なに?」
あまり興味がなかったが、リツコはとりあえず聞き返すと、カヲルは、
「僕たちが引かれている人間はとても近い…。多分、同じ血を持っている
って」
と、言った。
渚カヲルは……と、リツコは考える。
渚カヲルは碇シンジに引かれている。それは子供の興味なのか、友達に
なりたいという気持ちなのか、それともそれ以上なのかリツコには
わからない。けれど、碇ゲンドウと碇シンジは親子関係にある。
同じ血と言ったら、そうなのかもしれない。
232 :
NO NAME:2009/02/17(火) 20:38:43 ID:LVvG+cl8
「そうかもしれないわね。だから、なに?」
何故か、いらっとして、リツコが少しキツい口調で聞き返すと、
カヲルはそんなリツコの様子に全く傷つくわけでもなく、
「でも、それって報われない気持ちですよね。でも、ひかれる。
もし、赤木博士も同じ気持ちだとしたら、かわいそうだと思います」
と、リツコを見た。
「かわいそう?なんで私が?私は自分を惨めだとか哀れだとか、
そういう風に思った事は一度もないわ。だから、同情なんてしないで
ちょうだい」
リツコはそう答えた。運転席で隊員が聞き耳を立てていることにリツコは
感づいていたが、構わなかった。ただ、わかった風にそんなことを言う
カヲルにリツコは無性に腹が立った。それは、カヲルの言葉が
図星だったからで、自分を哀れに思った事が一度もないなんて、
嘘だったからであった。
車はNERVの敷地内へと入って行く。そこから司令室の入り口へと向かい、
長いエレベーターを登る。
「ありがとう、助かったわ」
入り口で停車した車から降り、隊員に礼を述べると、リツコは小走りで
エレベーターに乗った。カヲルもそれに続く。
カヲルと顔を突き合わせ、リツコは、カヲルに振り回されてばかりだと
思った。カヲルはじっとリツコを見ていたが、司令室に着く直前で、
「もしかしたら、赤木博士はもううんざりかもしれませんが、良ければまた、
今夜の続きの機会を僕にくれませんか。僕はまだ、赤木博士に聞いて
もらいたいことが。そして、赤木博士に聞きたいことがあるんです」
と言った。リツコはまた、振り回されながらも、そんな機会が訪れること
を何故か確信していたので、
「かまわないわ。生きて帰れればね」
と言い、二人は司令室へと向った。まるで他人のような顔をして。
支援
234 :
NO NAME:2009/02/17(火) 21:01:07 ID:LVvG+cl8
リツコが研究室に向うと、廊下でリツコの姿を見かけたマヤが
駆け寄ってくる。
「あら、おはよう」
リツコが挨拶をすると、マヤは心底嬉しそうな顔をして、
「先輩、おはようございます。えっと、これ…」
と、小さな包みをリツコに手渡した。
「何かしら」
その中身が全く想像できず、リツコが問いかけると、マヤが
「この間、先輩の研究室を掃除させてもらった時に、伝線したストッキングが
あったんで……NERVの子達の間でも評判のストッキングです。
伝線しにくいし、履いた感じもいいみたいなんですよ!」
と、微笑んだ。
「ありがとう、使わせてもらうわ」
リツコがそう答え、包みを小さく掲げると、マヤはとても嬉しそうに
微笑んだ。
そんなマヤの前を通りすぎ、研究室に入ると、リツコは椅子に座り、
苦笑いをする。そして、やはり避妊具は外に捨てて正解だったと思った。
235 :
NO NAME:2009/02/17(火) 21:01:57 ID:LVvG+cl8
使徒は殲滅したが、その代償として、アスカは心を失い、NERVは
ロンギヌスの槍を失った。ロンギヌスの槍は補填できないが、パイロットは
あてがあったので、渚カヲルがアスカの代わりに弐号機の正式なパイロットと
なった。
あれから、渚カヲルと二人きりで会っていない。碇ゲンドウとも会って
いない。NERVは心無しか皆が焦っているというか、心を持て余している、
そんな空気が全体に流れているのをリツコは感じていた。
「続きは、いつになるのかしらね」
リツコはぽつりと呟いた。すると、
「いつでもかまいませんよ」
と、突然、背後から声がしたので、リツコは驚いて振り返ると、そこに
渚カヲルが立っていた。
「あなたどうして」
セキュリティシステムが働いている筈の研究室にこうもたやすく侵入して
きたカヲルに、リツコは少し恐怖を感じた。しかし、カヲルはそれに構わず、
微笑んでいる。
236 :
NO NAME:2009/02/17(火) 21:02:32 ID:LVvG+cl8
「入ろうと思えば、入れない場所なんてないですよ、きっと」
「……けれど、勝手に人の空間に入ってくるのは失礼だわ」
「すいません。そんなことをこの間、シャワールームで碇シンジくんにも
言われました」
「当然よ。それで、用事は?」
リツコが問いかけると、カヲルは、
「今夜はどうでしょうと思って」
と、言った。リツコは、
「かまわないわ」
と、答えた。すると、カヲルは、
「ありがとうございます。じゃあ、第壱中学校のプールサイドに、夜、
来て下さい」
と、言い、リツコの返事も聞かずに去って行った。
リツコはその時、カヲルが少し追いつめられているような感じを受けた。
続く。
乙です!
オリジナリティ性が強く、先の読めないこの展開に期待
期待
保守
241 :
NO NAME:2009/03/25(水) 21:52:09 ID:Z30pq+Sm
カヲルとゲンドウは、何故、こうも同じ日に現れるのだろうか。
そんなことを考えながら、机の上でみっともなくリツコは足を広げていた。
机の上にはリツコが外したゲンドウのメガネが置いてある。
リツコはメガネを取ると、少し若く見えるゲンドウが好きだった。
自分しか見る事のない特別なものという錯覚を抱けるのも嬉しかった。
だから、二人きりの時はゲンドウのメガネを外した。
けれど、ゲンドウの手袋は決して外さなかった。なぜなら、
その手袋の下にはゲンドウがレイを救う為に負った火傷のあとが
刻まれていたからであった。
行為が終わると、リツコはゲンドウにどんな顔をしていいのか、
何を話していいのか、いつもわからなかった。
だから、自分の気持ちを伝えたり、愛の言葉を囁くこともできず、
仕方なく、業務的な話をするだけであった。
「ロンギヌスの槍の件で委員会に呼び出されたと聞きましたが」
リツコが椅子に座り、問いかけるが、ゲンドウは無表情で、
「ああ、問題ない」
と答えるだけであった。
242 :
NO NAME:2009/03/25(水) 22:00:27 ID:Z30pq+Sm
そして、ゲンドウは去って行く。次の約束も、何もなく。
ゲンドウがレイを連れて歩いているのをリツコは街中で見かけた。
ゲンドウがレイと食事の約束をしているのを廊下で聞いた。
けれど、ゲンドウは同じようなことをリツコとした試しはない。
リツコはそういうことがしたいとゲンドウには言えない。
断られるのは目に見えていて、怖かった。都合のいい女だとわかっていたが、
リツコはゲンドウを切る勇気がなかった。
ゲンドウとの唯一のつながりは、ここでの密会、それだけしかない。
昼間の街を歩くこともなく、リツコの部屋に来る事もなく。
ゲンドウはただ、性欲の処理の為にここに現れ、処理が終われば去って行く。
そんな風に利用されながらも、喜んで足を開き、
それ以外の大半の時間をゲンドウの為に研究にいそしむ自分は
一体なんだというのだ。
むなしさが、幾つものむなしさがリツコに降り積もり、
それはいつしかレイへの憎しみにすり替わって行く。
「アスカじゃなく…レイの精神が壊れれば良かったのに…
レイがずっと病院で管につながれていれば良かったのに」
リツコは呟く。
243 :
NO NAME:2009/03/25(水) 22:01:24 ID:Z30pq+Sm
しかし、そんなことになっても、何も意味はない。レイには壊れても、
予備の身体がある。リツコが大切にメンテナンスをしている大量のダミーが
ある。今はプラントの水槽に浮いている、無数の人間に似たもの。
レイの身体はいくら壊れても、スペアに取り替えればいいのだ。だから、
レイを殺すことは不可能に等しい。リツコの母親はレイの殺害に失敗した
うえに、自殺に追い込まれた。リツコは母親と同じ過ちを繰り返す気はない。けれど、レイは殺したい位に憎い。リツコは何度も心の中でレイを殺した。
けれど、直接、手をくだすことはできない。それはゲンドウとの関係の為に。
だから、いつも何かがある度に、思う。
「代わりにレイが死ねば良かったのに」
「レイがいなければ、無駄な血が流れなかったのに」
「レイがいなければ、こんな仕事しなくてもすむのに」
と。そして、そんな風にしか考えられない自分の醜さに激しく嫌悪感を
抱いた。
リツコの目の前には、またトイレに捨てにいかなくてはならない使用済みの
避妊具がある。もう、ストッキングも伝線しなかったし、精液も
リツコのサンフダルには付着していない。そして、机の引き出しの奥には
高級デパートの包装紙がまかれたマヤからの気遣いが放り込まれている。
気がつくと、リツコはうずくまっていた。部屋の中心で、じっと。
心がどうしても寒いのだ。どうにもならないのだ。
244 :
NO NAME:2009/03/25(水) 22:02:04 ID:Z30pq+Sm
施錠された校門を乗り越え、グランドを抜けてプールサイドへと
リツコは向かった。そして、辿り着いた約束の場所、フェンスの向こうには
プールが広がり、水面がきらきらと輝いていた。プールサイドのベンチには
ポータブルミュージックプレイヤーが置いてあり、プレイヤーはイヤホンでは
なく、小さなスピーカーに繋がれていたので、外部に音が発せられていた。
「第九ね」
リツコがプールに向って言うと、プールから腕が一本、ゆっくりと
伸びてきた。
「ええ、好きなんです」
渚カヲルは、制服のままで水面に浮かんでいた。
「どうしてここを選んだの?」
プールサイドに座り、リツコが問いかけると、カヲルは、
「なんとなく、色々な場所で赤木博士にお会いしましたが、
何処もしっくりこなくて、此処ならと思ったからです」
と、答えた。
「そうね、悪くないと思うわ」
リツコはそう答えると、プールを覗き込んだ。
245 :
NO NAME:2009/03/25(水) 22:03:34 ID:Z30pq+Sm
カヲルの銀色の髪が水面で光って見える。人工的に脱色をしたリツコの
髪の毛は、カヲルの髪と比べると、ずいぶん陳腐だとリツコは思った。
「あなたは不思議ね。人間のようで、人間ではないみたい」
「そうですか、僕には僕のことはよくわからないけど。あまり誰かと
関わったことがないから、何か抜けているのかもしれませんね」
「そう。NERVに来るまではどうしていたの」
リツコの問いかけに、カヲルは少し考えてから、
「よくわかりません」
と、答えた。
そして、二人の間に沈黙が流れた。
カヲルはタオルと着替えを持っているのだろうか。ぼんやりと考えながら、
リツコはカバンからタバコを取り出し、火を点けた。カヲルはリツコを
気にする訳でもなく、ゆっくりと水をかいて、背泳ぎをした。
美しいフォームだとリツコは思った。
「私、あなたを好きだったら良かったわ」
リツコはぽつりと呟いた。リツコの発言にカヲルは特に驚いた様子もなく、
「僕も、たまにそう思います」
と、呟いた。リツコは思わず苦笑する。
「でも、無理ね」
「そう……無理みたいです。あなたのことは嫌いじゃないのに」
「私もだわ。特別よ、あなたは」
246 :
NO NAME:2009/03/25(水) 22:05:33 ID:Z30pq+Sm
リツコが言うと、カヲルがプールから上がって来た。リツコは迎え入れる
ようにカヲルに近づく。そして、リツコはカヲルに口づけた。
カヲルは意味がわからないという様子で、リツコを見る。リツコは笑った。
「キスよ。初めてかしら?」
「初めてです」
カヲルの答えにリツコは、そうと、答えると、
「好きな人に、してあげなさい。この間観た、映画みたいに」
と、付け足した。
ぽたぽたとカヲルの髪から水滴が滴り落ちる。カヲルがじっとリツコを
見ていた。
「なに?」
リツコが問いかけると、カヲルは、
「もう一度…」
と呟いた。
今度はカヲルからリツコに口づける。リツコはそっとカヲルの唇を指で
開くと、舌を割り込ませた。カヲルは驚いて、プールに落ちる。
リツコも一緒に落ちて行く。二人が飛び込んで、無数の泡がプールに立った。
何故、この少年では駄目で、この少年も自分では駄目なのだろう。
リツコはそう考え、そっとカヲルを見た。
カヲルが悲しげに笑っているのが見えた。
247 :
NO NAME:2009/03/25(水) 22:06:30 ID:Z30pq+Sm
レイが死んだ。使徒と自爆をした。碇シンジを守る為に。
しかし、その死は公にはならなかった。
リツコはレイの死体を確認し、それを闇に葬ると、新しいレイの準備を
始めた。それはリツコにとって不快でしかない作業であった。
ゲンドウからは新しいレイの稼働をとにかく急ぐようにと言われるだけで、
それ以外には何もなかった。カヲルと会う暇もなかったが、時折見かける
カヲルは何かを知ってしまったような、とても追いつめられているような
そんな表情でシンジを見ていた。
そして、レイは三人目になった。リツコはうっとうしい仕事から解放され、
少しほっとしたが、また憎しみの日々が始まるのかと思うと、全てを放り投げ
出したいような、複雑な心境であった。
リツコの目から見たゲンドウは、レイとの再会をバカみたいに喜んでいた。
表情の変化はあまりなかったが、ずっとゲンドウを見ていたリツコには
ゲンドウがどんなにレイが生き返ったことを喜んでいるかがわかった。
憎らしいと思った。
ゲンドウはリツコには、あんな表情を浮かべてくれないのだ。
ゲンドウは新しいレイに夢中で、リツコに礼すら述べなかった。
リツコは気がつくと、鉛筆の裏を噛んでいた。そして、研究室を抜け出し、
気がつくとカヲルの部屋の前に立っていた。
初めて、リツコからカヲルに会いに行っていた。
248 :
NO NAME:2009/03/25(水) 22:07:41 ID:Z30pq+Sm
「どうぞ」
リツコがノックをすると、来訪者の確認もせずにカヲルはドアを開けた。
カヲルはパジャマを思わせるTシャツにスウェットで、
不機嫌そうにベッドに転がっていた。
「失礼するわ」
リツコが言うと、カヲルは
「…あ、ああ。どうぞ」
と、少し驚いたような顔をし、起き上がってリツコを迎えた。
「散らかってますけど」
「気にしないで、すぐ帰るから」
リツコはそういうと、床に腰を下ろした。
ワンルームマンションを彷彿とさせるカヲルの部屋。打ちっぱなしの
コンクリートの壁に、備え付けの本棚とクローゼット。小さなテレビの
乗ったテーブルと座卓。そっけない部屋の中に読み散らかした雑誌が転がって
いた。そして、一つのカバンがリツコの目に留まる。そのカバンの主を
リツコは知っている。
「シンジくんが、来ているの?」
リツコの問いかけにカヲルは
「ええ、まあ。他に行く場所がないんだそうです。僕のことは嫌いだけど、
ここは居心地がいいみたいで」
と、答え、うつむいた。おもしろくないという様子で。
リツコは心がえぐられそうになる。ゲンドウも自分を同じように思っている
のではないかと。リツコの心に危険信号が灯った。しかし、カヲルはそれに
気がつかず、言葉を続ける。
249 :
NO NAME:2009/03/26(木) 20:26:01 ID:RL6fli0e
「で、ファーストのことで電話か掛かって来たら、飛んで行きました。
わかりやすいっていうか、ゲンキンっていうか。僕の気持ちなんて
どうだっていいみたいだ」
カヲルが言った。リツコはカヲルにそれ以上何かを言われたら、
自分の気がおかしくなりそうで、思わずカヲルの手を握った。
「大丈夫よ…大丈夫」
何のことだかわからなかったが、リツコは思わずそう呟いた。カヲルは
苦笑いをする。
「赤木博士。気休めを言っているんですか?」
カヲルが問いかけると、リツコは涙ぐんで、
「いいえ、自分自身を見失わないように言っているのよ」
と、答えた。
「私達は、報われないかもしれないけど、ちゃんとプライドもあって
……好きなのに……なんで…なんでなんでしょうね」
リツコは泣かないようにと必死にこらえながら、そう呟いた。カヲルは
少し動揺をしてリツコをみている。みっともない。今迄ずっと誰にもこんな
表情を見せなかったのに。そう思い、必死にこらえてみるが、リツコの感情は
既に限界に達していた。
「仕方ないですよ。…誰かを好きになってしまったんだから」
カヲルがそっとリツコの髪を撫でた。リツコは泣いた。
「泣きたくなったら、ここに来てくれればいい。大丈夫です、赤木博士」
カヲルが笑った。リツコも苦笑いをした。
「ありがとう。また来るわ。レイのことで忙しいから、もう行くわね」
リツコはそう言うと、この少年の部屋に居座るような女にはならない為に、
足早にカヲルの部屋を出て行った。
250 :
NO NAME:2009/03/26(木) 20:27:29 ID:RL6fli0e
そして、リツコがカヲルの部屋に行くことは、二度となかった。
ゼーレの老人にレイの代わりとして差し出されたリツコは女として辱めを
受けた。そして、それがゲンドウの為ならば耐えられたが、レイの代わり
ということはリツコには許しがたいことであった。
リツコは初めてゲンドウに背いた。
レイのダミーの大量破壊。
それはレイの代わりはもうないということを意味する。
ゲンドウはリツコに失望をしたと言った。
そして、リツコは身柄を拘束されることになった。
251 :
NO NAME:2009/03/26(木) 20:29:45 ID:RL6fli0e
最低限の食事は保障されているが、風呂も使えず、嗜好品もない生活。
ニコチン中毒のリツコは何度もいら立ちを覚えていた。けれど、
自分の行動に後悔はなかった。ゲンドウに反抗することで、
自分はゲンドウの操り人形ではないとわからせてやりたかった。
そして、このまま拘束されている状況がいつまでも続くことはないと
リツコは知っていた。
なぜなら、使徒が現れたり、NERVが危機に瀕した時、自分の力は必ず
必要となるのだ。
自分の力が必要となった時、ゲンドウと取引をしようかとリツコは
思いを巡らせ、気がつけば笑い出していた。
こんな目に合ってまで、まだゲンドウが好きで、なんとかして認めて
もらおうと考えている自分がひどく滑稽だったのだ。
拘束生活がどれくらい続いただろうか。来客者が現れた。
リツコはふっと笑った。
「待っていたわ、遅かったじゃない」
カヲルは笑顔で頷く。その身体はふわりと宙に浮いていて、厳重な
セキュリティや警備も彼の前には無意味なことを意味していた。
「うすうす気がついていたけど、やっぱりそうだったのね」
リツコの問いかけにカヲルは頷く。
「そろそろ正体を現そうと思っていたので、お別れの挨拶に」
「それは、貴方が死ぬってこと?それとも、人類が滅びるってこと?」
「それは、碇シンジくんと決めます」
「そう」
リツコは笑った。
カヲルは使徒だったのだ。そして、これから、彼はターミナルドグマを
目指す。
252 :
NO NAME:2009/03/26(木) 20:30:54 ID:RL6fli0e
「残念です。もっと知りたいことも、やりたいこともあったので」
「私も残念だわ。あなたとはもっと仲良くなれそうだったから」
「でも、時間みたいです」
「そうね」
リツコは頷いて、椅子から立ち上がると、カヲルと向き合った。
不思議な少年だった。優しいのか、意地悪なのか、おとなびているのか、
子供なのか、全くつかめない。そんな少年。
「お別れよ、がんばって。私の好きなあの人をせいぜい困らせて頂戴」
リツコは腕をカヲルの首に回し、そっと抱きしめた。
「ありがとう」
カヲルは浮いた身体で、リツコの額にキスをすると、微笑んだ。
そして、ふわりと消えて行った。
リツコは誰もいなくなった部屋に座り込む。
世界はカヲルの手で終わるのだろうか。
わからなかった。
もし、終わるなら、ここでゲンドウと死ねる。そう思った。
もし、終わらないなら、自分自身の手でゲンドウを殺そう。そう思い、
隠し持っていた銃にそっと触れた。
そして、うつむいて、もう二度とカヲルには会えないことを、泣いた。
リツコは初めてできた同士を失った。
以上、終わりです。
規制等で更新が遅れました。
いつか、加筆修正して、自分のサイトにあげるかもしれません。
その時はご報告にあがります。
メッセージを下さった皆様、ありがとうございました。
>>252 超乙です
リツコもカヲルも好きだけど
二人ともやっぱり幸せになれないんだね
悲しいけど楽しませていただきました
ずっとシベリア送りで書き込めなかった。
>>252 おわっちゃって残念だよ・・・
また新しいの書いてくれるの待ってる。
255 :
NO NAME:2009/04/19(日) 23:22:02 ID:9byC7mP3
>>253 ありがとうございます。
二人をくっつけたいようなくっつけたくないような微妙な感じで書きましたが、世界をあまりにもねじまげてはいけない気がして、ああなりました。
楽しんでいただけて幸いです。
>>254 …シベリアというのはわかりませんが、ありがとうございます。
今、ミサトと加持さんの話を考えています。
まとまったら、こちらで発表したいです。
規制がかかり、
>>237-240の方々にきちんとお礼ができず、申し訳有りませんでした。
一気に読んだ
超GJ!
加持リョウジが生温い幸せを手に入れた夜。
全てはおもしろい位に思い通りに転がって行ったが、
二つだけ、全く予想をしていなかった事実が加持の前で明るみに晒された。
(それは、全く気にする問題ではなかったが)
その二つ。
一つは、ずっといいなとやらしい視線を送っていた葛城ミサトの胸には、
壮絶ともいえる深い縫合のあとが残っていたこと。
そして、もう一つは、適当に遊んでいるのだろうと思っていた葛城ミサトの
初めての男に自分がなろうとしていること。
で、あった。
どちらも加持リョウジが死ぬまで思い出したり、考えたりする。
そんな思い出だった。
ゼミのコンパで、教授と学生が集結した居酒屋。
土曜日の夜は、抱えている業務を一時的に放棄していい場合が多い。
そういった事もあり、皆、強気に酒をかっくらっていた。
夕方から始まったこの集いも、深夜に差し掛かる頃には皆の酔いもまわり、
終電を気にする者や、待っている人間のいる者達が少しずつ
この宴から退場して行った。
頃合いを見計らい、加持はずっと狙っていた葛城ミサトの肩を
彼女にしかわからない程さりげなく叩くと、隣の友人にトイレだと言い、
奥の廊下へと向った。そして、柱の影でそっと様子を伺う。
そんな状況がまるでスパイみたいだと未来でネルフ、ゼーレ、日本政府の
スパイとなる男は苦笑いをした。
しばらくして、葛城ミサトが一人でこちらにやって来た。
脈はあるようだと加持は少し興奮した気持ちを抑えていた。
「わっ」
少し驚かせようと、ミサトの隙をついて加持が突然物陰から姿を現すと、
「ぎゃっ、ちょっ、か、加持くん」
と、ミサトがかなり驚いて転びそうになったので、
加持はその身体を支えてやる。
「ごめんごめん、驚かせた?」
加持が笑いながら、ミサトの身体を抱きかかえるように支えたままで
言うと、ミサトは怒ったような照れたような表情で、
「当たり前でしょ。もう」
と、言った。加持はミサトが加持から離れようとしないので、
大丈夫みたいだと思い、
「それは悪かった。じゃあ、お詫びにこれから二人で何処か行かない?」
と、問いかけた。すると、ミサトは少し考えて、加持から目をそらし、
「いいわよ、別に」
と、答えた。
「じゃあ、俺先に抜けるから、葛城もうまく抜けて駅に向う通りの
コンビニで」
「わかったわ」
加持の提案にミサトが頷くと、加持はミサトに口づけをした。
「ちょっと、加持くん」
ミサトがためらいながらも身体を預けて来る。間近で見ると、
教室で様子を伺っていた時よりも、大分かわいい。
加持はそんなことを考えながら、そっと唇を離す。またすぐに会えるけれど、少し名残惜しいと思いながら。
「続きはあとでな」
加持はそう言うと、ひらひらと手を振り、皆の席へと戻った。ミサトはその背後でへたりこんだ。
付き合いが悪いと罵る友人達をあしらい、幹事に途中で抜けて悪いと、少し多めの飲み代を置いて、加持は居酒屋をあとにした。そして、コンビニエンスストアでミサトを待つ。
コンドームは一個持っていた。買う必要はなさそうだ。ラブホテルの飲み物は割高だから、ここで買って行った方がいい。そんなことを考えながら、雑誌コーナーで立ち読みをしていると、背後から
「わっ」
と、加持を抱きしめて来る二つの腕が伸びて来た。
「さっきのお返し?」
そう問いかけ、加持はその腕を引き寄せた。
「そう、お返し」
「あー。驚いた驚いた」
加持はわざとらしくそう言うと、ミサトを自分の横に引き寄せた。
そして、耳元でごしょごしょとミサトに呟く。
「俺はすぐにでもホテルとか行きたいんだけど、それって葛城的にどう?」
加持の問いかけにミサトはそっとうつむくと、
「いいけど、そういう場所はちょっと……」
と、呟いた。
「じゃあ、汚いけど、俺んち来る?」
「……うん」
「わかった。とりあえず、ウチ何もないから、飲み物とか買うか。奢るよ」
加持はそう言うと、ミサトの手を取った。
ミサトがその手を握り返して来る。
その手は、コンビニエンスストアで買い物を終えて、
大学の裏にある築40年以上経過している加持の住むアパートに着くまで、ずっと握り合っていた。
>>256 一気読みお疲れさまでした。
そしてありがとうございます。
ナイス
>>257続き
「ボロいうえに、汚くて悪いね」
玄関でスニーカーを脱ぐミサトにそう言うと、加持はエアコンのスイッチを
入れた。
セカンドインパクト以降はクーラー以外の機能は全く使われていないのに、
過去の名残で暖房機能も備えたエアコンが冷風を吹き始める。
玄関を入ってすぐ脇にトイレと思しき木戸があり、あとは簡単なキッチンと
六畳の畳部屋がある、典型的な安アパート。ゴミ捨て場から拾って来て修理
したテレビと、タンスと卓袱台と本棚。そして、畳んだ布団が一式。
八部屋しかない二階建てのアパートの二階の角部屋は、それでほぼ全て
だった。部屋に上がり、何も言わないミサトに加持はこんなボロい部屋は
彼女を不快にさせただろうかと思った。しかし、これが加持の部屋なのだ、
今から急に高級マンションなど用意できるわけがない。
納得がいかないのなら、それまでの縁だ。加持は追い打ちを掛けるように
言葉を続けた。
「おまけに風呂がないんだよ、ウチ。下にコインシャワーがあるから、
もしシャワー浴びたくなったら、そこの缶から小銭出して行ってもらって
いい?タオルはそこのタンスの一番上に入ってて、シャンプーとかは流しに
並んでるから。もし、そういうの嫌だったら、ホテルに行くか、帰るか、
どうする?」
加持の問いかけに、ミサトは、
「シャワー、行って来るわ」
と、少しうつむき気味に答えた。
「わかった。そう言って帰るなよ」
「うん、帰らない」
ミサトはそう答えて、借りるね。と、小さく呟いて、タオルとシャンプー
などを流しに立てかけてあった洗面器に詰め込み、貯金箱代わりの缶から
小銭は出さず、自分の財布から小銭を数枚抜いて、加持の部屋を出て行った。
スニーカーが錆びた金属の階段をトントンと降りて行く音を聞きながら、
加持は幸せな音だと思った。
畳んであった布団を敷いて、コンビニの袋からペットボトルを二本出して
冷蔵庫に入れておく。ミサトが寝間着に着てもいいように、新しいTシャツを
一枚出しておいておく。少し心が加持はそわそわした。
女は知っている。けれど、割り切った関係というやつでしか知らない。
加持の知っている女はホテルに行くのを了承したし、ヒールの靴を履いて
いた。葛城ミサトのように加持の生活空間を覗きこむこともなかったし、
スニーカーは履いていなかった。
色々なことを考えると、加持は胸がぞわぞわとし、頭の中が雑音で
溢れ返ってしまった。
気を紛らわすようにテレビをつけると、加持は冷蔵庫からビールを
一本取り出して、のどに流し込んむ。
女は好きだが、恋をするとは思っていなかった。
自分は恋も結婚も無縁の人生だと思っていた。
弟と仲間の命を引き換えに生き残ってしまった自分が、幸せになって
いい筈などないのだ。
けれど、どうしようもなく、こらえきれない想いに突き動かされ、
葛城ミサトの手を取ってしまった。
どうなるのだろう。
ぼんやりと加持が考えていた時、戸が開けられた。
「おかえり」
加持が微笑むと、身体から湯気を漂わせ、紅潮したミサトが
「ただいま」
と、はずかしそうに答えた。
「じゃあ、俺もシャワーを浴びて来るとしますかね。テレビでも見てて。
さっき買った水、冷蔵庫入ってるから、飲みたければどうぞ。グラスは
流しの下に入ってるの適当に使って」
加持はそう言うと、ミサトの使ったバスタオルをベランダに干し、
洗面器を受け取り、タンスから新しいタオルを出すと、缶から小銭を二枚
取り出し、コインシャワーへと向った。
加持が部屋に戻ると、ミサトは加持の飲みかけのビールを飲みながら、
卓袱台につき、テレビを見ていた。
「お待たせ」
加持が言うと、ミサトは微笑んで、
「おかえり〜」
と、少し酔っているのか、嬉しそうに言った。
「おかえりって悪くないね」
加持がそう言って、ミサトを後ろから抱きしめると、ミサトは
「そうね。加持くんはおかえりって言ってくれる人いないの?」
と、問いかけた。加持は、
「まあね、家族はいないし。そんな言葉を掛けてくれるのは葛城くらいしか
いないよ」
と、今迄誰にも口にしなかった言葉を気がついたら、言っていた。
ミサトは少し驚いて、
「加持くん…」
と、真剣な瞳で加持を見ていた。
「ま、そういうカタい話はやめにしますか」
加持ははっとすると、そう言って笑い、ミサトに口づけた。
口づけを繰り返しながら、そのままミサトの身体を布団に横たえようと
すると、ミサトが少し動揺しながら、
「加持くん、ちょっと待って」
と、言った。
「どうしたの?」
加持が問いかけると、ミサトは少し気恥ずかしそうに、
「あ、あのね、わ、私ね、こ、こういうの初めてなのよ。だからね、
お手柔らかに〜、なんて」
と、笑った。加持は一瞬ぽかんとすると、微笑んで、
「了解、優しくしますよ」
と、ミサトを抱きしめた。ミサトが笑った。
やっぱり、可愛いと加持は思った。
「驚いた?」
全てが終わり、ミサトの頭を自分の腕の付け根に乗せて、
仰向けで横になりながら天井を見ていた加持に、ミサトが問いかけた。
「何が?葛城のかわいさに?」
茶化すように加持が問いかけると、ミサトは真剣そうに、
「気、使わなくていいよ。胸の傷、びっくりしたでしょ?気持ち悪くない?」
と、問いかけた。加持は笑う。そんなこと、全く問題がなかったのだ。
「別にいいんじゃないの?葛城の胸は大きくて柔らかくてあったかいし」
加持はそう言って、ミサトの身体を抱え上げると、胸に顔をうずめた。
「加持くん…」
「困ったなあ、葛城。俺、おまえのこと好きみたいだ」
加持は心の底から思っていたことを口に出した。
「ありがとう、加持くん、私もよ」
そして、ミサトの言葉に幸せを感じながらも、加持は、水面下で
セカンドインパクトの秘密を知る為に危なっかしい橋を渡っていること、
将来は何処かの諜報部に所属しようと考えていることが鈍く重く腹の底で
痛みを訴えた。
それから、ミサトはいつのまにか加持の家に居座っていた。
家族が心配すると加持は言ったが、ミサトは気にすることはないと言った。
ミサトは自分の家族について多くを語らなかった。胸の傷と関わりが
あるのかもしれないと加持は思っていたが、聞かずにいた。
誰にでも聞いてはいけないことや、聞かない方がいいことが大きさは
違えど存在しているのだ。それに、ミサトは炊事も洗濯もできない。
おまけに寝相が悪かったが、いつも一緒にいてくれて、笑ってくれた。
それは、加持にとって本当に幸せなことで、追い出すことなどできなかった。
加持にはスパイの真似事で稼いだ金がいくらかあったので、
ちゃんと風呂があり、もう一部屋くらい余分にある部屋に越そうかと
提案したが、ミサトが此処でいいと言った。
古い卓袱台でラーメンや簡単な食事を膝を突き合わせて食べ、
薄くて固い布団に二人で眠り、ままごとみたいな暮らしを二人は続けた。
続く。
>>261 ありがとう
268 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/05/12(火) 00:50:20 ID:VLqrLF+0
誘導してみる。
http://pksp.jp/asuka-or-shin/ ジャンル:エウ゛ァンゲリヲンとガンダムの正統派クロスオーバーSS
新シャアにて連載されていたものの、スレ乱立・過疎により職人霧散の為オチ。
“アスカ”“レイ”“シン(ジ)”などの名前、また声優繋がりなど共通する部分が多い為、立てられた。
エウ゛ァ板住人が定住を認めてくれれば、職人も帰ってくるかも?
最初は稚拙だった職人達の、文章が向上していく様子も見られ、このまま闇に葬るには惜しい作品揃い。
一読して見てくださいな。
おお!こんなところに加持とミサトの話が。
続き楽しみっす。
加持には、自分の弟と仲間が死ななくてはならなかった理由を突き止める
という目的があった。それは危ない橋を渡り続けることを意味している。
だから、家庭を持つことなど、考えもしなかった。
しかし、ミサトとの暮らしの中で、なんとかミサトと一緒に
生きていけないかと考えるようになっていた。
セックスに明け暮れて講義に全然顔を出さず、
赤木リツコや学友に呆れられていた時期を過ぎ、
抱き合って眠らない日があるようになっても、
二人は一緒にいることが幸せだった。
ある日、加持がミサトにはバイトだと言い、キナ臭い場所に出入りをし、
追手がいてもこのアパートまで辿り着けないように十分に遠回りをしてから
帰宅すると、玄関に足を向け、ミサトはうつ伏せになりながら熱心に
ベランダを見ていた。
「ただいま。何してんの?」
加持がそう問いかけ、ミサトの横に座り込むと、ミサトは
「おかえり、加持くん。あのね、これ、増え過ぎちゃったからって
学校の研究室で希望者に配ってたのをもらって来たの。かわいいでしょ。
お花のある生活なんていいじゃない、ね」
と、ベランダに置かれた朝顔の鉢を指差した。
「へぇ、いいんじゃない。涸らすなよ。ところで、葛城。これから食事の
準備すんのも面倒だし、夕飯、外の定食屋で食わない?」
「賛成」
ミサトは微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。そして、軽くのびをする。
タンクトップにショートパンツという服装は健康的なミサトには
よく似合っていた。
この世の裏を少しでものぞくと、加持の心は冷たく、かたくなる。
けれど、ミサトを見ると、そんな心がじんわりと溶け出して、
何か救われたような気分になる。それは不思議な感覚であった。
加持は思わずミサトを抱きしめていた。
「なに?加持くん。ごはん食べたらそういうのしよう?」
ミサトはのんきにそう言うと、加持の身体を引き離した。
そして、玄関に歩き出し、ビーチサンダルを履きながら、
「加持くん、どうしたの?早く行こうよ。おいしいもの品切れに
なっちゃうよ」
と、ベランダの前で立ち尽くす加持を手招きした。
近所の通い慣れた食堂で、二人は定食とビール、つまみに枝豆を注文し、
仲良くつつき合った。向かい合って座り、違う定食を頼み、
二人で料理を分け合う。いい感じだと加持は思った。
そして、さっとたいらげると、店を出て、二人は手をつないで夜道を歩いた。
「葛城、花火でもするか?」
帰り道、いつかまだ二人が恋人ではなかった時に落ち合った
コンビニエンスストアを指差し、加持が問いかけると、
「いいわね、ちょっとだけやろっか」
と、ミサトはコンビニエンスストアに歩き出した。
小さな花火セットを買い、アパートの前の空き地で二人は花火をした。
火薬の匂いと、鮮やかな光の中で二人は笑った。無邪気な子供のように。
少ししか入っていなかった花火はあっという間になくなってしまい、
線香花火の束が残った。二人は少ししんみりした面持ちで座り込み、
線香花火に火を点ける。
「あのさ、葛城」
一本目の線香花火がじゅっと音を立て、赤い光を地面に落とした時、
加持が声をかけた。
「どうしたの、加持くん。ちょっと変だよ、今日」
ミサトが少し心配そうな顔をしたので、加持は線香花火を水のはった
バケツに投げ込むと、ミサトの頬に手をあてた。おどろいたミサトの手の中でちらちらと火を投げかけていた線香花火が、その瞬間に赤い光の粒が地面に
こぼれた。
暗闇。
大学の研究棟と、アパートの何部屋かの光が漏れ、完全な暗黒では
なかったが、急に空気が変わる。そんな闇に二人は包まれた。
「いつか、本当のことを話してもいいか?」
「本当のことって、なに?」
ミサトが怯えていることに、加持は恐怖を感じた。
「俺が求めていること。そして、俺の気持ち」
「今は、言えないの?」
ミサトが問いかけると、加持は苦笑いをして、
「今は、難しい。まだ、気持ちがうまくまとまらないし、追いかけている
ものの正体もわからないんだ」
と、言った。そして、心の中で、
(愛しているよ)
と、加持は呟いた。
妙にしんみりとした花火を終え、二人は部屋で激しく抱き合った。
「加持くんにのめりこみそうで怖い」
終わった時、ミサトが小さく呟いた。自分も同じ気持ちだとは言えず、
加持はふざけたように笑い、
「溺れればいいじゃない」
と、ミサトをあやすように撫でた。
それは、終わりの引き金が静かに引かれた夜だった。
>>269 ありがとうございます。楽しんでもらえれば嬉しいです
続きマダー?(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン
>>257続き
眠っているミサトをぼんやりと眺め、加持はタバコを吸っていた。
卓袱台にはシルバーのクロスが置いてある。
ミサトは日常では常にこのクロスを胸から下げている。とても大切なものに
間違いはなかった。加持はそのクロスの紐をそっと手に取り、
持ち上げてみた。クロスは加持が思っていたよりずっしりと重たかった。
それはミサトの抱えている何かの重さのようであった。
ミサトは時折、何かにうなされ、夜中にうっすらと涙を浮かべていたりする。
その理由を聞いてもいいのか、加持はずっと悩んでいる。
その理由を聞いたら、加持はもっと自分のことを話さなくてはいけないと
思うと、怖くて聞けなかった。
「ミサト」
そっと名前を呼んでみる。
もう付き合ってだいぶ経つのに、未だに「葛城」「加持くん」と呼び合う。
それは二人の心の距離なのかもしれない。と、加持は思った。
「そう、うん。レポートの取材が長引いて今晩は帰れないから。うん。
明日は帰るよ。遅くなるけど。飯とか平気?戸締まり、忘れるなよ。じゃ」
加持はそう言うと、公衆電話の受話器を置いた。がちゃんと音がしたのち、
電子音と共にテレフォンカードが吐き出される。売れないアイドルの写真が
刷られたカードを財布にしまうと、加持は息を吐いて、路上に停めてある
ロータス・エランに乗り込んだ。
「彼女?」
助手席の綺麗な顔の女が問いかけた。
「さあね」
加持ははぐらかすと、車のエンジンをかけ、発進した。
海沿いの道を車は走って行く。車好きのミサトがこの車に乗せたら喜ぶ
だろうか。加持はそんなことを考えながら、ゆっくりと自分の任務を
確認していた。そして、鞄の中にレポートと一緒に放り込んだ拳銃の
ことを考える。
人は残念ながら、何人か殺した。
そして、今夜、また、殺す。
自分はあの時、弟達を殺した大人とどう違うのか。
加持は考えてみたが、あまり違わないような気がしてきた。
心は痛まなかった。
人を殺し、ミサト以外の女と寝たが。
弾のなくなった拳銃は海に投げ捨てた。きっと闇の中のような海の底で
ゆっくりと錆びていくのだろう。
女はヒールの靴をはいて、化粧をして、整った身体で、男を知り尽くして
いた。とても良いと加持は思った。これから、彼女と行動を共にする機会が
増えると上の人間が言っていた。悪くない。機会があれば、また一緒に寝たい
と加持は思った。しかし、今、加持はと議員達のうさんくさい腹のさぐり合い
の駒に過ぎず、加持の求めている真実にはほど遠い位置にいた。
このまま終わるつもりはなかった。
「芦ノ湖の湖畔…か」
加持は謎の建造施設のことを考えていた。ゲヒルンといっただろうか、NERVという名前に変わったと言ってただろうか。どう考えてもうさんくさい
が、全てを遮断し、誰も近づけない組織のことが加持にはずっと引っかかって
いた。しかし、そこには加持はまだ立ち入ることすら許されていなかった。
なんとかしなければ。加持はずっと考えていた。
そして、とりあえず、今は眠ろうと、横で眠る傷のない胸にそっと
寄り添い。
もし、ミサトが他の男と寝たら、胸が痛むだろうかと考えてみたが、
悲しい事に胸は痛みそうになかった。
「加持くん、別れようと思うの」
レトルトカレーを放り込んだラーメンを食べていたミサトが、
突然テレビを止めて言った。
「なに、いきなり」
加持は真面目な顔をしなくてはいけないと思ったが、
何故かうすら笑いを浮かべていた。火遊びをしすぎていた。
加持には自覚があった。
人を殺したり言いようのない秘密を抱えると、
全てがどうでもよくなってしまい、つい、よその女を抱いてしまうのだ。
悪いとはわかっているのに、神経が痺れて、行動に移してしまう。
証拠はなくても、ミサトは嗅ぎ取っていたのだろう。
どうしたら、なだめられるだろう。加持はそう考えた。
失ってしまうのは仕方ないとずっと思っていたが、やはりミサトは
いとしいし、可愛いのだ。男の勝手な言い分でしかないことは加持には
よくわかっていた。今から、ミサトは加持の女遊びを責めるだろう。
否定したって、ミサトが納得できないのはわかっていた。ならば、
きちんと謝ろうか。加持が考えていると、ミサトはぽつりと、
「他にね、好きな人ができたの」
と、呟いた。
「え…」
予想外の言葉に加持は絶句した。そして、自分がミサトの愛情に
あぐらをかき、スパイごっこに酔いしれ、何かひどく調子に乗っていたの
ではないかと思った。
ミサトが他の男に抱かれても、嫉妬などする筈がない。そう思って、
それを言い訳に他の女と遊んでいた自分は、本当は自意識過剰で
嫉妬深い男だったと、今、やっとわかったのだ。
その男は何者だ。俺の知っている男か?
そう聞きたいのに、プライドが邪魔をして、加持は聞けなかった。
終わりが足音を立ててこちらに来ている。それを悟り、
加持は情けないほどにどうしていいのかわからなかった。
「ごめんね、加持くん」
ミサトが涙ぐんで呟く。
「いや、いいんだ。気にするなよ。仕方ないことだ」
加持はそう言って、笑う。
「で、どうする?別れればいい?」
すんなりとそう言った自分に加持は驚いていた。ミサトは、
「それしかないと思う。加持くん、いままでありがとう」
と、呟いた。
「学校で会っても、あんまり無視したりすんなよな」
加持は笑ってそう言うと、ミサトが黙って頷いた。
「じゃ、おしまいってことで」
加持はそう言うと、テレビのスイッチを入れ、テレビを見ていた。
ミサトに背を向け。ミサトはかばんに荷物をつめ、
「加持くん、ありがとう。本当に、ごめん」
と、呟き、部屋を出て行った。
「わかった」
加持は振り向かずに言った。スニーカーがかんかんと音を立てて
階段を降りて行く音が聞こえた。あの時は幸せな音だと思っていた。
今は寂しくて仕方のない音だった。
ミサトを失ったのは自分の生い立ちや弟のこと、スパイごっこのせいはなく、自分のおごりだ。加持は何度も自分に言い聞かせた。
翌朝、ベランダの朝顔が花を付けていて、新聞受けに合鍵が入っていて、
ミサトが置いていったものなのかと思うと、加持は、自分がうつつを抜かして
いた時、ミサトがこの部屋で一人、どうしていたのか全く考えていなかった
ことに気づいた。
一人で卓袱台でテレビを見たり、花に水をやっていたのだろうか。
うなされた夜もあっただろう。何故その時、そばにいて手を差し伸べなかった
のだろう。加持は部屋の隅に座り込み、しばらく動けなかった。
< 続く >
>>274 お待たせしました。
うぅぅ久しぶりにすごく良質なの
読んだ気がします。GJ!
続き楽しみにしてます。
>>257つづき
「別れたの?」
一日の講義を終え、帰宅をしようと加持が廊下を歩いていると、
背後から声をかけられた。加持は声の主を確認もせず、そっと手をのばし、
声の主の腕を掴むと引き寄せた。
「ああ、りっちゃんと付き合う為にね」
耳元で囁くが、リツコは全く動じず、
「あなた達、ずっと続くと思ってたのに」
と、無表情で呟いた。
「ま、物事には全て終わりがあるから仕方ないんじゃないの。
俺はまた葛城に付き合おうって言われたら大歓迎だし、
りっちゃんと今から恋仲になるのもいいし」
加持は茶化すようにリツコの唇に触れようとすると、
リツコはその手を払いのけ、
「もっと落ち込んでいるかと思ったけど、大丈夫みたいね。
あなたと違ってミサトは落ち込んでいるから、少しの間、
その誰にでも簡単に伸びる手はしまっておいてちょうだい」
と、言った。
「誰にでもじゃないさ、りっちゃんだからだ」
加持が反論をするが、リツコはその意見を全く無視すると、
「いいから、お願いね」
と、言い、すたすたと歩いて行ってしまった。
何故、ミサトが落ち込むのか加持にはわからなかった。
そして、リツコには悪いが、加持には今日は女性との約束があった。
手当たり次第とはいわないが、悪くない女性に誘われれば加持は
簡単に寝るような日々を送っていた。けれど、自分の部屋にはもう
誰も連れ込まなかった。
加持は女の胸を辿ると、ミサトの胸の傷跡を思い出した。
肉が裂け、新しい皮膚が盛り上がり、それを補った為、いびつな形を
描き出したその傷。触れば妙なやわらかさだった。そこに舌をはわすと、
ミサトは妙に恥ずかしく悲しくなると言っていた。誰かが、
そこに触れる日が来ることは、加持には寂しいと思えた。
女をホテルに置いて、明け方の道を加持はロータスで走る。
雨が真夜中に降っていたらしく、塗れた路面は光っていた。
気持ちがどうにも落ち着かない時は、決まって加持はそこを訪れる。
かつて加持と弟、そして孤児の仲間達と暮らしていた東の共同墓地と
国道の間の廃ビル。
そこで仲間達と暮らしていた少年時代が加持にはあった。けれど、
一緒に住んでいた仲間達はもう、一人もいない。
加持が殺したようなものだった。
彼らの身体は一人一人、加持が背負って、東の共同墓地の大木の下に
埋めた。古びたソファーや朽ちたフローリングには彼らの血のあとが
こびりついている。あの日、真っ赤でどろどろしていた鮮血も、
今では変色し、深い意味がないように見えた。
ミサトをここへ連れて来て、自分のルーツを語ったら、ミサトはその傷と
クロスのルーツを語ってくれたのだろうか。そうしたら、二人は
一生離れられないことになったのだろか。
加持はぼんやりと考え、ソファーに寝そべり、タバコを吸った。
天井からふわりと亡霊が見える。
「悪い。女に溺れて目的を見失う所だったよ」
無表情の亡霊達に加持はそう呟いた。
リツコの助言を受け入れず、構内でも奔放な振る舞いの加持に、
ミサトは最初のうちはあまり何も言わなかったが、次第に暴言を吐くように
なっていた。そして、数ヶ月が経過した頃には、
いちいち茶化したり口説いて来る加持に違和感なく
接することができるようになっていた。
けれど、決して二人きりにはならないように二人共意識していた。
やがて卒業も近づき、二人はNERVに勤務することとなった。
購買の前にある自販機コーナーで缶コーヒーを飲んでいるミサトは、
極自然に隣に腰掛けて来た加持に、まだ自分は加持と付き合っているの
ではないかと錯覚を覚えた。
「葛城。奇遇だな」
「なに?」
「ここで会ったのも奇遇だけど、俺とおまえの進路も一緒みたいだ」
「え?」
ミサトが驚くのも無理はなかった。NERVといえば、一般の人間が
そうやすやす入り込める機関ではないのだ。ミサトがそこに所属できるのは、
亡き父親の力がおおいに関係していることをミサトはよくわかっていた。
それなのに、何故、一般人である筈の加持がNERVに所属できるのか、
ミサトにはわからなかった。
「な、葛城。ちょっとデートしないか。昔みたいに」
「え?」
「聞きたいこともあるし、話したいこともあるんだ」
加持はじっとミサトを見つめた。
やがて、ゆっくりとミサトは頷いた。
「どうしたのよ、この車」
「まあ、色々あってね」
加持の愛車、ロータス・エランに驚きながら、
ミサトは外の風景を見ていた。
車は例の廃ビルに向っている。全てを話そうと加持は思っていた。
ミサトがNERVに所属できる人間だと知った時、ミサトも自分と同じ何かを
抱えていると確信が持てたから。一緒に生きられないかもしれないが、
ミサトは特別な女だとわかってしまったから。
「此処は?話って何?」
廃ビルに着き、戸惑うミサトはそう問いかけた。
「葛城が一緒にこの中に来てくれるなら話すよ。嫌ならちゃんと送るから、
今決めてくれないか」
加持は廃ビルの入り口に車を停めながら言うと、ミサトは車を降りた。
それを了承の合図と受け取り、加持も車を降り、戸に手を掛ける。
「葛城、これが俺のルーツだ」
そっと戸を開け、床に散らばったカセットコンロ、空き缶、そして
破れたソファーを白日のもとに晒す。
ミサトは加持とその中へ入った。
「汚いけど、座らないか」
加持がソファーに腰掛け、ミサトに言うと、ミサトもそこに座った。
目の前にはかつて血だまりが広がっていたが、今は赤茶けた大きなシミが
乱暴にこびりついているだけであった。
「俺はセカンドインパクトで両親を失った。四つ下の弟と養護施設に
放り込まれた。でも、そこでの暮らしにガマンできなくなって、
同じ状況の奴らとここで暮らした…」
加持は淡々と自分の生い立ち、ここでの暮らし。自分が食料の調達に軍の
施設に侵入した際にヘマをし、命が惜しくて仲間を売ったことを話した。
ミサトはじっとそれを聞いていた。全てを話し終え、
ミサトの横顔を見ていた加持は、
「これが、俺の全ての原動力だ。葛城に聞いて欲しかった。葛城、
良ければおまえの胸の傷や、その十字架にまつわる出来事を聞かせて
くれないか」
と、言った。
ミサトは少し震え、加持の手を握ると、たどたどしく話を始めた。
彼女もまた生き残りであった。
加持はミサトの真実を知った時に、からからの心の中がひび割れ
、暖かい水が吹き出して来たような錯覚を抱いていた。
気がついたらミサトの身体を抱きしめていた。
ミサトも加持の背中に両腕を回す。
ひどくお互いを求めていた。まるで引き離された半身のように。
加持はミサトのクロスを外し、その身体をソファーに押し倒し、口づけた。
少しの間触ることのなかったミサトの身体は加持に懐かしさを
思い起こさせた。
ミサトのシャツに手を入れ、懐かしい傷跡を指で辿ると、
ミサトの身体がぴくんと反応をした。そのまま加持は上着を脱がす。
いとおしいミサトの傷口はセカンドインパクトの爪痕。
そのまま加持はミサトを抱いた。
それから、ミサトを大学まで送り届け、二人は深く接触することは
なかった。やがて、加持はドイツで長期滞在することとなり、
ミサトは日本で活動することとなった。
離ればなれになれば全て忘れられると加持は思ったが、
やはりミサトは加持にとって特別な女であった。
その後、加持は碇ゲンドウに大切な届け物をする為にエヴァンゲリオン
弐号機とセカンドチルドレンのパイロットと帰国することとなった。
加持はミサトの再会を考えると古傷がうずいた。
そして、使徒の襲来などに見舞われながらも帰国した加持は、
何気なく自分が過去にミサトと暮らしたアパートに立ち寄った。
すると、大学が規模を縮小したこともあってか、
アパートは取り壊されていた。加持は、寂しいが仕方のないことかと思った。
そして、足下にのびる朝顔の蔦に気がつくと、座り込んだ。
部屋を引き払う時に、ベランダに置きっぱなしにした朝顔が、
こうして生き延びていたことに、加持の心がちくりと痛んだ。
二人が一緒に暮らしていた思い出が胸を駆け巡った。
加持は自宅の庭で植物を育てることにした。
勿論、あの朝顔も持って来て、育てている。
そして、いつか全てがうまくいくのならば、あのクロスは眠る時や
裸になる時ははずしてしまうが、そういったこともなく、ずっとミサトの
身体の一部であり続けられるような、そんなものを……例えば指輪を
ミサトにおくりたい。そんなことをぼんやりと時折考えるのであった。
指輪はおくれなかった。
しかし、自分の真実は託せた。
満足かと言えばそうでもないが、悪くない人生だった。
あの朝顔はこれからも咲き続けるだろうか。
もう一度くらいミサトを抱きたかった。
そんなことを考えながら、加持は絶命した。
終
>>281 ありがとございました。続きが楽しければ嬉しいです。
お疲れ様です!
加持×ミサトのSSが大好きで結構色んなの読んできたけど一番良かったです。
あまりエロな描写がなかったのに妙にドキドキしました。(*^-^*)
ただ最後が駆け足で終わっちゃったのが残念です。
もっと読みたかったなぁ〜。
大人な話でした。
GJ
感動した!
ぜひ又書いて欲しい。
エヴァ板良スレ保守党
エヴァ板良スレ保守党
「おにぎり、玉子焼き、鳥の唐揚げ、ほうれん草のお浸し、筑前煮、ポテトサラダ・・・。」
うーん、なんだか物足りないかしら。
重箱を覗き込みながら、ユイはちょこっと首を傾げた。
久しぶりにあのひとと出かけるのだから、お弁当はできるだけいいものにしたい。
普段は男性ばかりの研究室で缶詰になっているぶん、
こういうときくらい女性らしいことをしたい、とユイは思っている。
それに何よりも、好きな人には美味しいものを食べてもらいたい。
あの無愛想な彼のためにお弁当をつくるのは、これで何回目だろう、と両手を使う。
けれど、これまで「美味しい」とか「ありがとう」とか、そういう言葉をかけられたことは一度もなかった。
「美味しい?」と訊いても、「ああ」とか、小さくうなずくとかそれくらいの反応しか返ってこない。
いつ、どこで、なにをしてても、むすーっと仏頂面をしている。
それが六分儀ゲンドウという男だった。
それでもユイは、彼を周りが言うように、「ハズレくじを引いた」とか、「つまらない男だ」とは思わなかった。
どうして、と人から訊かれることは多い。
ユイはそのたび、「だって、なんとなくわかるから。」と答えている。
何も言ってくれなくても、(嬉しいのかな)とか、(あ、照れてる)とか、そういうことがなんとなくわかる。
それは、空気を伝わってくる不思議な温度みたいなもので、
眼を向けるでも、耳を傾けるでも、じかに触れるでもなく、感じるものだ。
自分の気持ちとは裏腹な行動をとることの多い彼から
時折零れ落ちるそんな不器用な温かさをユイは何よりも愛していた。
時に手厳しく、それはユイ自身の願望や空想に過ぎない、と反論する人がいても、
ユイはそのたび、「きっとそうですね」とにっこり白旗を揚げていた。
だって、彼に惚れた時点でユイは既に負けている。
惚れたが負け。一度好きな相手に負けたら、もう他の勝負は関係ない。
あとは何を言われようと、自分のしたいようにすればいい。
人を好きになるって、なんて滅茶苦茶なことなんだろう。
そう苦笑しながらも、ユイは満足していた。
複雑に張り巡らされている(らしい)思惑も謀略も、愛する男の前では、無に等しい。
美味しいものを食べて欲しいと思うなら、
愛情込めて、美味しいお弁当を作る。
たったそれだけ。
でもそれだけのことが、実際にはなかなか難しかったりもするから、厄介なわけで。
「あ、そうそう!」
昨日ミニトマトも買ってきたっけと唐突に思い出す。早速冷蔵庫から取り出して、水洗いする。
笊に上げたトマトはまるで磨き立ての紅玉みたいにつるつると光っていた。
そのままでは芸がないので、ヘタをとりベビーチーズと一緒に串刺しにする。
うん、悪くない。
他のおかずを整列しなおして、トマトのスペースを確保してやる。
そこにスティックをちょこちょこと入れると、一気に弁当箱の中身が華やかになった。
「うふ、上出来ね」
丁寧に重箱を包んだところで、電話が鳴った。
気が早いことに、彼はもう家の近くまで来てるらしい。
しょうがない、洗い物は帰ってきてからにしよう。
扉を開ければ、目が眩むくらいの晴天。
早速皐月の爽やかな風が頬を撫でていった。
照る照る坊主は今回も大活躍してくれた。
すーっと息を吸い込んで風呂敷に包んだ重箱を胸に抱き締めた。
お弁当、きっと美味しく食べてもらえますように。
そんなささやかな愛情をまじないながら。
*ショートになってしまいました。申し訳ありません。
いいよいいよすばらしいよ
ユイとゲンドウとか珍しいね
GJ! この作品読んでたら何だか腹減ってきた。朝飯にしよ♪
ミサトと加持さんで、加持さんのお話。
けっこう痛い描写があるので、苦手なかたはご注意ください。
::::::::::::::::::::::::::
「あーあ…」
カードを無理やりにひっつかみ、血のついた受話器を袖で拭った。
「いてぇなぁ」
わき腹の銃創、その出血がとまらない。
壁に背をもたれ、タバコに火をつけた。それでも脂汗がちりちりと頬を流れてうっとおしい。
利用し、利用され、綱渡りのように生きてきた道化の人生。
こんな終わり方になることは、最初から知っていた。
不幸な結末は、予定調和。
なによりも、自分が求めた真実に限りなく近づくことができた。悔いはない。
微かな足音が近づいてくる。一旦巻いた追っ手が追いついたのだろう。
タバコを壁で押し消すと、再びのろのろと走りだした。
なぜ、俺は逃げるんだろう。
本当はもう殺されてもいいはずだった。
欲しかった真実に限りなく近づくことは出来たし、
それを葛城に託すこともできた。
自分の居場所は既にどちらの組織にもないし、
今逃げて、どこぞの山奥で仙人のように隠遁したとしても、
生き延びることは難しいだろう。
ぽたぽたと無精ひげを掻き分けて、汗が落ちる。
動くたび、わき腹に熱い鉄の棒を押し当てられているようだった。
流れ出した血のせいで、足跡はすぐにしれた。助かる確率は万に一つもない。
どうせ無駄な足掻きだ。わかっているのに、それでも足は止まらない。
呼吸の音、心臓の音、体の痛み、その全てがまだ生きろと警鐘を鳴らしている。
『加持君。』
まったく、女ってのは厄介なものだ。
今更、足掻くはめになるとは、考えてもいなかった。
そう、ついさっき、電話を切るまでは。
録音された彼女の声を聴き、自分の気持ちを中途半端に伝え、
何故か思ってしまった。もう少し、生きていたいと。
我ながら、愚かだと思うし、情けないとも思う。
けれど、死ぬときくらい、自由でいいじゃないか。
最初で最後の運命への抗いは、非常に無謀な賭けだった。
だが、もしものときのために、この工場の北側に逃走用の手段を幾つか隠しておいた。
それらが見つかっていなければ、あるいは使えるかもしれない。
それに、追っ手の腕も、致命傷をはずしていることからそう高いとはいえないだろう。
「いけるか」
車を隠しておいた、倉庫に近づく。
後ろから追ってくる足音は随分前に聞こえなくなった。
壁際に沿い、辺りをうかがうも、気配はない。
これ以上、時間をかけても体力負けするのは明らかだった。
よし、一か八かだ。
そうして走り出した瞬間に、鋭い銃声が、響いた。
耳元をかすめた感触に、しまった、と思う間もなく、次は左の太ももに確実に銃弾が打ち込まれた。
さらに振り向く間もなく、続けざまに、右足をやられた体はバランスを失い、埃まみれの床に叩きつけられた。
咳き込めば、赤い液体がぼたぼと口から伝い落ちた。
それでも動く腕を使い、出来るだけ追っ手から遠ざかろうと、這いずった。
空いた傷口から、血液がどろどろと流れていくのを感じた。
体の感覚が指先から麻痺し、冷たくなっていく。
色を失った視界がぼやけ、ぐらぐらと揺らぎ、どうしようもなくなってついに倒れこんだ。
気づけば、銃口がこちらをのぞきこんでいた。
きぃきぃ、きぃきぃ。
追っ手の頭上では大きなファンが軋んだ音を立てながらゆっくりと回転していた。
底なしの闇につづく、小さな丸い円を見つめて思う。
―格好のいい幕引きではなかったな。
近いはずなのに、どこか遠くで、渇いた音が聴こえた気がした。
『加持くん。』
あかい、あかい、湖がみえる。
波になって、広がっていく。
違う、これは…そうか、
こんなに綺麗なものが
俺の中に流れていたのか。
ゆらり、ゆらりと揺れるその水面に、一人の女が映りこんだ。
その顔に、最後の未練が消えてなくなる。
なぁ、俺、今度こそキミにちゃんと伝えるよ。
了
原作では加持さんがあまりにもクールに亡くなるので、
もうちょっと足掻いてみたらどうなるかと思って書いてみました。
>>297、299
ご感想、ありがとうございました。
楽しんでいただければ幸いです。
GJ
新劇だと加持さんあまり
目だってないんでここで補完
305 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/08(水) 15:51:31 ID:El72qfR/
GOOD
おっ!加持さん嬉しいです。GJ
勢い余ってマリSS書いた。ちょっと長いかも。
いろんな設定を借用しまくったパラレルワールドなんで破綻しまくり。
こまけぇこたぁいいんだよ!(AA略
って拙文だと思うので、お目汚しになったらスマソ。
第一章
《ボーイミーツガール:Boy meets girl》
ある晴れた日の昼休み。第壱中学校の屋上で、シンジは相変わらずボーッとしていた。
ふと日が翳ったような気がして空を見上げると、何かが降ってくる…?
ってあれは人!? パラシュートを広げた人が空から落下してくる!
「そこの人どいて!」
だんだん人影は大きくなり、上から声がした。
その姿がひとりの少女だと気がついた時には、シンジの顔は何か柔らかいものに包まれていた。
「っててて…一体何なんだ…ってこれは…?」
シンジは自分の顔を挟んでいるものに触れた。
ふにっ
「…え、ふにって…」
「…痛いにゃ…。キミ、大丈夫…って、なんで人の胸掴んでいるにゃ?」
「むね……胸!?」
思わずシンジは跳ね起きる。それと同時に少女はシンジから少し離れた。
「えーっと、メガネ、メガネはっと…」
少女は、地面に這いつくばるようにしている。メガネを探しているらしい。
シンジが辺りを見回すと、自分の横に赤いふちのメガネが転がっているのに気がついた。
それを手にとって渡そうとしたら…、目の前に、少女の大きな尻が突き出されていた。
チェック柄のスカートの裾からは、黒いニーソックスと白い太ももがのぞいていた。
シンジは思わず目をそらし、話しかけた。
「メガネってこれかな…はい」
「ありがとにゃ」
(にゃ?にゃって何だろう)
少女はメガネが壊れていないことを確認してから掛けた。
「…っと。これでよし。…ていうか、キミ、顔真っ赤だね」
「え…あっ!」思わずシンジは顔に手をやる。
「きひひ、さっきのは事故ってことにしといてあげる。で、ここはどこ?」
「ここ? 第壱中学校の屋上だけど」
「あちゃ〜目測を誤ったわけね。まぁいいにゃ。それより、さっきちょっと気になったんだけど」
そう言うと、少女はシンジに密着するように顔を近づけてきた。
「うわっ…!」
近くでよく見ると、彼女はすごい美少女だった。
吊り目なところが少しきつそうな印象を与えるけど、端正な顔立ちの中ではむしろそれが良いアクセントになっていた。
そのとんでもない美少女が、目をつぶりながら自分に顔を近づけてくるのだ。
シンジがこの上なく狼狽したのも無理はなかった。
年上に見えるけど何歳ぐらいだろう、とぼんやり思っていたシンジは、視線をちょっと下に向けた。
前かがみになった彼女のワイシャツの襟から、白いブラジャーに包まれた二つの豊かなふくらみがはっきりと見えた。
(…っ!)
見るまいとは思ったが、シンジの目はそこに吸いつけられるように動かなかった。
「ん〜、いい匂いがするにゃ」
少女の突拍子もない台詞でシンジは我に返った。
「…え? 匂い?」
「うん、LCLの匂い。あたしの好きな匂い…そっかぁ…キミは…」
少女はひとしきりシンジの匂いをかいだ後、少し彼から離れた。そのとき、電子音が鳴った。
「ちょっと待って、あたしの。良かった、壊れてなかったみたい」
少女はスカートのポケットから携帯を取り出すと、シンジにはわからない言語で話し出した。
会話が終わって携帯を閉じると、少女はパラシュートを慌てて畳みながら、詫びるように言った。
「ごめん、急がなきゃ!このことは他言無用にね!じゃあねネルフのわんこ君」
「あっ…」
「そうそう、キミ、そうやっていじけてたって何にも楽しいことないよ? もっと胸張らなきゃ!」
少女はぐっと胸を張ってみせた。服の上からもはっきりとわかるほどのボリュームだった。
(ミサトさんぐらいはある…)
シンジがそう思った次の瞬間には、少女は既に屋上から姿を消していた。
「…ていうか、誰だったんだろう…」
シンジは少女の消えたであろう入り口を呆然と見やりながら、つぶやいた。
(でも、柔らかかったな…。しかも大きかった…)
シンジは自分の頬と、手に残った感触を思い出し、頬が赤くなるのを感じた。
彼女の匂いがまだ辺りに残っているような気がした。
(でも、何で僕がいじけているとか思ったんだろう。確かに僕は今、父さんのこととかで悩んでいる…のかな?)
いくら考えても、シンジにはわからなかった。
階段を駆け足で降りながら、少女は先ほど逢った少年のことを考えていた。
(んふふ、あれがネルフの碇ゲンドウ司令の息子ねぇ。
ぱっと見何のとりえもなさそうだったけど、匂いが誰よりも強かった…。きっとエヴァに愛されているんだね〜)
ふんふんと鼻を鳴らしながら、少女はまた考える。
(なんか特別な匂いも混じっていたような気もする。…もう一回かいでみたいけど、また逢えるからいいか)
一瞬、複雑な表情をする。
(…でも、そのときは敵同士か味方同士かわからないけど…)
これが、碇シンジと真希波・マリ・イラストリアスのファーストコンタクトであった。
GJJJJJJJ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
おおすげぇ
マリSS初めてじゃね?
続きは〜?
まだかまだかと楽しみにしていたマリSSついにキタ━━(━(━(-( ( (゚∀゚) ) )-)━)━) ━━ !!!!!
続き楽しみ
314 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/11(土) 01:29:05 ID:9YPkb4Wa
期待age
>>310の続き
第二章
《偶然と必然:coincidence and inevitability》
屋上での衝撃的な出会いから数日後。
登校してきたシンジが教室に入ると、いつもに増して騒がしい。トウジとケンスケに尋ねてみた。
「何でも転校生が来るっちゅう話らしいわ」
「随分物好きもいるもんだねぇ。いつ使徒が来るかわからないってのに」
二人はあまり興味がなさそうだったが、女子たちの会話の中の「可愛いらしいよ」という単語に反応した。
「おいシンジ、聞いたか?可愛い女の子らしいぜ」と異口同音に話しかけてくる。
シンジは「僕は別に男でも女でも…」と答える。
「いいよなぁシンジは。綾波にアスカ、家にはミサトさん…」ケンスケは心底羨ましそうに言う。
「バカシンジ!なぁ〜にやってんの?レイが呼んでるわよ」
アスカに呼ばれてシンジは振り返った。レイとアスカが並んで立っている。
「碇君。日直」レイは日直日誌を渡してきた。
「ああ、ありがとう」答えるシンジに、レイはかすかに微笑んで席に戻った。
「さすがセンセ。モテまくりですねぇ」とトウジは皮肉を投げかける。
予鈴が鳴った後、HRが始まった。
一通りの連絡事項の後、「これより転校生を紹介する」と担任の合図と同時に教室の扉がガラッと開かれ、そこに現れたのは…、数日前、屋上でシンジにぶつかってきたあの少女だった。
「ああっ!」と声を上げるシンジ。
少女は声のした方を向いた。そこにシンジの姿を認めると、「やほー、ネルフのわんこ君」と満面の笑みを浮かべ、シンジに手を振った。
教室は沈黙に包まれた。
「転校してきちゃった」と少女はシンジに向かってにこりと笑う。
制服は前の学校のものなのか、ワイシャツにネクタイ、チェック柄のスカート、黒いニーソックスだった。
「この学校の制服、サイズあわなくてね」
シンジは、アスカの射るような視線が痛かった。レイも何か言いたげな視線をシンジに向けた。
ともあれ、まずは自己紹介として、黒板に流暢な筆記体で英語名、その下に日本語で真希波・マリ・イラストリアスと書いた。
ここでシンジは、彼女の名前がマリであることを知ったのだった。
自己紹介もそこそこに、マリはシンジのそばまで寄り、顔を近づけた。周囲の視線など全く気にしていないようだった。
「んふ〜、やっぱりいい匂い。転校して正解だったにゃ」
鼻をくんくんさせて幸せそうにしている。
途端にアスカがガラッと立ち上がった。レイは肩越しにちらりと様子を窺っている。
「転校初日にいきなり何してんのよ」
アスカはつかつかとマリの前に立ち、一気にまくし立てた。
マリは剣幕を意に介していないかのように涼しげだが、何かに気づいたのか、アスカの顔をまじまじと見つめた。
「な、何よ」
「あれ。この匂い…もしかしてキミも?」
次にマリはレイの視線に気づいたのか、レイの近くまで歩いていった。
「…ふーん、キミもそうなんだ」と納得したかのようにうなずく。
その後、マリは教室にいる他の生徒を検分するように見ていった。
その最中にアスカはシンジの腕を掴むと、教室の隅へと連れて行った。レイもついてきた。
アスカは怖い顔でシンジを睨む。
「あの女何なのよ? 馴れ馴れしいったらありゃしない。あんたと知り合いなわけ?」
「それが僕もよく…」
「言い訳はなし!」
「碇君」レイが呟くように呼ぶ。
「どうしてあんなに驚いたの?」
「そうそう、あんたあの女見たときすっごく驚いてたじゃない。なんかあったわけ?」
「そ、それは…」とシンジは口篭る。
言っても信じてくれそうにないからだった。
「三人で何こそこそと話しているのかにゃ?」
後ろからの声に、三人は黙った。
「真希波さん」とシンジは沈黙を破るかのように話しかけた。
マリは目をぱちくりとさせ、軽くため息をついた。
「はぁ〜、わんこ君。真希波さんなんてよそよそしいねぇ。マリと呼ぶにゃ」
アスカがシンジを押しのけるようにしてマリの前に立った。
「ちょっと、シンジとどういう関係なわけ?」
マリはあごに指を当てて考えるしぐさをしてから、ちょっと頬を赤らめて言った。
「わんこ君はあたしの胸に顔をうずめたにゃ…そういう関係にゃよ」
「…!」「…な、なんですって…」レイの眼は一瞬大きく開かれ、アスカのこめかみには血管が浮き出ていた。
「ちょ…ちょっと真希波さん!あれは事故だって…」
「んふふ、事故ということにしてあげる、と言ったと思うけど?」
「そんな…ずるい」
「あ、そういえばそれだじゃなくて、揉んだよね?」
「揉んだって…」
「胸」
ピキッと空気が凍りついた感じがした。少なくとも、シンジにはそう感じられた。
「………碇君?」、とレイの冷たい声がシンジの耳に届いた。アスカからは何の反応もないのが怖かった。
「柔らかかったかにゃ?」とマリはシンジに流し目を送る。
その後をシンジは覚えていない。アスカの拳骨がシンジの頬にめり込んだからだった。
「ねぇ、大丈夫?」
保健室のベッドの上で、その声で覚めたシンジの視界に入ったのは、
心配そうに覗き込むアスカと、氷水でタオルを絞っているレイだった。
「痛っ…」と左頬をさするシンジ。レイがシンジの頬にタオルをあてがった。
「シンジ…その…」とアスカはもじもじしながら上目遣いで何かを言いたそうにしている。
「ひどいやアスカ」とシンジは文句を言う。
「何よ。あんたのせいじゃない」アスカはむくれる。「何で僕のせいなんだよ」シンジも言い返す。
「謝ろうと思ったけどやめたわ。ふん!」とアスカ。「殴ったのはそっちだろ」とシンジ。
レイはかすかにではあったが、唇の端に微笑を浮かべながら二人のやり取りを見ている。
保健の先生が「夫婦喧嘩するほど元気なら寝てる必要はないわね」と退室を促し、三人は廊下に出た。
廊下に出ると、マリが立っていた。
「わんこ君、痛くなかった?」と少し心配そうに覗き込む。アスカはシンジをかばうかのようにマリの前に立った。
「わんこ君なんて呼ばないでくれる?バカシンジにもシンジって名前があるのよ」
「じゃ、シンにゃん」
「…はぁ? にゃんって…あんたバカ?」
二人が言い争いをしている時、シンジは脇をちょいちょいとつかれて振り向いた。レイがボソリと話し掛けてくる。
「碇君…行こ?」
シンジはレイと並び立ってこっそりとその場から撤退した。
屋上でシンジとレイは並んで座っている。
「ありがとう綾波。…はぁ…少し疲れたな」
レイはちょっと首をかしげながらシンジに話しかけた。
「碇君は真希波さんのこと、本当に知らないの?」
「本当に僕は知らないんだって。何日か前に、僕がここで昼寝をしていたら突然空から…」
シンジは空を見上げて続けた。
「そう、空からパラシュートで降りて来て…僕とぶつかったんだ」
「怪我はなかったの」
「うん、大丈夫だったよ。その後ちょっと会話して、何か用事あるからってさっさと出ていって…。それだけだよ」
「…そう」
次の授業時間の予鈴が鳴ったので、シンジとレイは教室に戻った。
「くぉのバカシンジ!どこ行ってたのよ!お陰であたしったら大変だったんだから」
アスカの罵声を聞き流してシンジは席に着く。
マリは一番後ろの席でニコニコしながらシンジを見つめていた。シンジと視線が合うと、マリはにこりと笑う。シンジは思わず目をそらした。
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、マリはシンジのところへ向かった。
HRの出来事で、クラスメイトはすっかりマリを「シンジたちの仲間」と刷り込んだようであった。
「わんこ君」マリはニコニコしながら呼ぶ。
「真希波…さん」
シンジは多少引きつった笑みを浮かべた。アスカとレイが並び立って、シンジに「行こ」と促した。レイは手に包みを持っている。
シンジはバッグから弁当の包みを2個取り出して席を立った。
「ふーん、お弁当派なんだ」とマリは弁当の包みを見ながら言う。
「うん、それじゃ…」シンジは曖昧に返事をして教室を出ようとした。
脇をレイとアスカがガードしている。
マリは笑みを絶やさないまま、三人を見送った。
ベンチに座ったシンジたちが弁当を半分程食べ終わった頃。
「へー、これシンにゃんが作ったんだ」とマリの声。シンジが振り向くと、右手に焼きそばパンを持ったマリが立っていた。
いつの間に近くにいたのだろうか。三人とも全く気付かなかった。…ネコみたいだとシンジは思った。
転校初日に無碍にするわけにもいかないので、シンジはマリを食事の輪に入れることにした。
お互い当たり障りのない会話をして話題が尽きかけた頃、アスカはマリの全身を眺めてから口を開いた。
「あんた…本当に中二なの?」
「そうだけど?」
「嘘…ありえない…ありえないでしょ!」
「何が?」
「その胸、何か入れ物してるでしょ」
「触ってみる?…あ、シンにゃんに聞いてもいいかにゃ?」
話の内容から聞いていない振りをしていたシンジだったが、急に話を振られてむせてしまった。
「ゲホッ…な、な、なんで僕が」
「揉んだのは誰かな?」
「あ…う…」
「答えなくていいってば!バカシンジはホントにバカなんだから!」
アスカはきっかけが自分であることを棚に上げる。
レイは静かに食事を続けて、話に加わろうとしなかった。
…そんな騒がしい食事の時間は、アッという間に過ぎていった。
食事を終えたマリは先に戻っていった。レイとアスカは弁当箱を洗うからと洗面台に行っている。
一人残されたシンジはホッとしていた。
正直言って、彼女についてはよく判らない。
でも、転校初日から綾波やアスカと打ち解けられたかもしれないな…と。
自分がこの中学校に転校した最初の日を、思い出していたのだった。
シンジは、彼女が少し羨ましかった。他人とすぐに打ち解けられる性格が、眩しく見えた。
マリは、本当はシンジたちより年上だった。
彼女は、碇シンジを監視するためにゼーレから送り込まれたスパイであった。
偶然を装ってはいたが、シンジとマリの出会いは、必然だったのである。
マリがゼーレのスパイってのは独自設定か?
まぁ、面白いけど
>>319の続き
第三章
《嘘と真実:the lie and the truth》
マリが転校してから、一週間後。
シンジ、レイ、アスカの三人は、ネルフ本部に召集されていた。連絡事項があるという。
「みんな、新しい仲間を紹介するわ」とミサト。三人は顔を見合わせた。
「新しいパイロット、真希波・マリ・イラストリアスよ」
ミサトが言い終わると同時にシャッターが開き、桃色のプラグスーツに身を包んだマリが姿を現す。
「みんな、よろしくにゃー」
シンジ達は唖然としていた。
「あ、あ、あんた…パイロットだったの!?機体は?」アスカはミサトとマリを交互に見ながら言う。
「五号機よ」とミサト。「仮設だけど」とリツコが付け加える。
「シンクロテストも問題ないし、使徒が来たらバックアップしてもらうから」とリツコは続けた。
ミサトとリツコ、マリは打ち合わせがあるからと別室に消えた。
三人は着替えた後、地上に出るエスカレーターに乗っていた。
「…シンジ、どう思う?」とアスカに話を振られたシンジ。
「そんなのわからないよ」
「あたしにもわからないのにシンジにわかるわけないか。レイはどう思う?」
「…私にもわからない」
考えたところで答えは出るはずもない。
それから後…。
次々と第三新東京市に襲来する使徒たち。シンジ達はその度に、エヴァに乗って出撃するのだった。
マリはシンジ達の予想以上に適性を示し、バックアップとしては申し分ない活躍を見せていった。
三人は次第にマリを仲間として受け容れていった。学校でも、ネルフでも、戦いの中でも。
体育の授業中、その中学生とは思えない体をスクール水着に包んだマリが、校庭にいるシンジに呼びかけたこともあった。
当然、男子生徒の視線はその体に注がれた。マリの姿が消えると、シンジは当然羨望の眼差しで見られるのだった。
シンジがトウジ、ケンスケと連れ立って帰宅中に、後ろから追いついて一緒に帰ろうと誘ったこともあった。
ミサトのマンションにおしかけて、お茶を共にしたこともあった。
…マリの任務は、碇シンジの心を掴むことであった。
シンジが操る初号機には他のエヴァにはない未知の力があり、かつ、シンジのみにしか動かせないのだという。
それは、初号機の中に宿る母親・ユイの魂のなせる業ではないか、というのが、ゼーレの意見であった。
初号機を奪っても操縦できないのでは意味がない。ならそのパイロットを懐かせればよい。
シンジの相手として選ばれたのが、マリであった。
そんな事情をシンジ達が知る由もなく、少なくとも表面上、彼らは互いの距離を縮めていった。
マリは、レイとアスカにコンタクトを取る必要があった。
何故、碇シンジにふたりはこうも心を開くのか。それを探ることは、任務の上で重要だったからだ。
「えっ、バカシンジ?」
「べっ…べつに、あたしはシンジのことなんか…なーんにも思ってないんだから!ホントなんだってば!」
「こ、これ? …そ、その、料理…とか?」
「うるさいわね不器用で!」
「いつもバカシンジが弁当当番なんだから、たまにはあたしもって思ったのよ。それ以外に意味なんて…」
「っていうかあんた、そんなにシンジのこと聞いてどうするわけ?」
「いっとくけど、シンジなんてなーーーんも取り柄なんかない子供子供したガキなんだからね!」
「…えっ、碇君のこと?」
「碇君はすごく頑張っていると思う」
「これは碇君のためだから」
「切ると痛いけど…料理は楽しいです」
「私は碇君と一緒にいると、胸がぽかぽかするの。理由はよくわからないけど…」
「碇君とお父さんが仲良くできれば、ふたりともぽかぽかすると思う」
マリは考えた。二人とも、シンジのことを信頼し、心を開いている。あの少年のどこにそんな力があるのだろうか。
(やはり、匂いが違うから…かな?) 実際の所、マリ自身もよくわからないのだった。
数ヶ月が経ったある日のことである。
放課後、シンジは、日陰で涼もうと校舎裏に向かった。すると、曲がり角から聞き慣れた声が聞こえてきた。マリの声だった。
英語で話しているようだが、シンジには判らない。しかし、その声はどこか沈んでいるようだった。
電話が終わるのを待って声をかけてきたシンジに、マリは少し驚いた表情を見せた。
「真希波さん、どうしたの、元気なさそうだけど」
シンジは心配そうに見る。マリはシンジより背が高い。160近くはあるだろうか。だが、シンジにはそれが小さく見えた。
「ううん、なんでもない。それよりシンにゃん、明日暇?」「うーん、特に予定はないけど」
「じゃ、あたしとデートしない?」「え?デート?」
「そうにゃよ。。明日10時に駅前で」と一方的に予定時間を言ってマリはさっさと行ってしまった。
シンジは突然の誘いに茫然としていたが、彼女の様子が少しおかしいのに気が付いた。
ここ数ヶ月一緒にいて、シンジはマリについていくらか判ったことがあった。
いつも明るくて楽しそうにしているが、時折、暗い翳りみたいなものが表情に走る。自分のことをほとんど話したがらない。
(…でも、何も言わないんだから僕にわかるわけないか)
マリは、少し心苦しかった。
(あたしは…嘘をついている)
シンジ、レイ、アスカ。同じエヴァのパイロット。三人とも自分のことを疑っていない。それどころが、自分を仲間として受け入れてくれている。
先程の電話は、ネルフ本部襲撃計画の日程が決まった、という内容であった。
ゼーレは、地下に眠る謎の物体・リリス−マリはそれが何なのかは知らないが−が欲しいのだという。
先ず、マリが陽動作戦として二号機を奪う。その間に、工作部隊が侵入して本部の深部にN2爆弾を仕掛ける。
マリは、陽動作戦後に地下に降りてリリスを奪う。その後、安全な場所まで引いてからN2地雷のスイッチを入れて本部を爆破する。
…それが計画の概要だった。
そのために、マリはエヴァのパイロットとして訓練を積み、この数ヶ月の間、年下のシンジ達と付き合ってきたのだった。
実は、マリには、別の目的があった。
15年前、マリは、セカンドインパクトで家族を失った。
それを起こしたのは使徒だという。マリは、その使徒を倒して家族の仇を討ちたかった。ゼーレに入ったのも、そのためだった。
だが、色々と調べていく上で、エヴァも使徒と起源を同じくするものだと知った。
セカンドインパクトを起こした使徒も、エヴァも、この世界にあってはならない。消さなければならない。
(あたしは、絶対に目的を成し遂げる。手段なんか選んでいられない)
マリはそう決心したのだった。
ところが、この数ヶ月の生活で、マリの心に芽生えたものがあった。
友情。信頼。愛情。
それに、彼女は蓋をしていた。
マリが10時前に駅に着くと、シンジはもうそこで待っていた。
「待ったかにゃ?」「いや、僕も今来たところだから」
「どこに連れて行ってくれるか決めた?」「ええっ…」シンジは慌てる。調べていないから当然である。
「嘘にゃよ。ちゃんと決めてきたから」とマリはシンジの手を取る。
「うわっ…ま、待ってよ真希波さん」
「マリ」
「えっ」
「マリって呼んで!」
「でも…」
「今日はデートだから。マリって呼ぶにゃ」
「う、うん…。わかった。えーっと…マリ…」
「うん、よろしい。あたしもシンジって呼ぶから」
箱根をぐるっと回るだけの質素なデート。土産物屋を冷やかし、芦ノ湖を周り、箱根の山から海を望んだ。
芦ノ湖を周遊する遊覧船の上で、二人は景色を眺めていた。周りに客はほとんどいない。湖面を走る風が心地よい。
「あの、マリ…ちょっといい?」
シンジが呼び掛ける。マリはシンジの方を向いた。
「その、もしもの話だけど、困ったこととか、悩んでいることとかがあったら…だけど、僕にできることなら力になるよ」
シンジは少し照れくさそうに言う。かつてのシンジなら考えられないことであった。
「僕がダメでも、綾波やアスカもいるし、ミサトさんも…」
マリは、シンジについて色々とわかったことがあった。
本当はシンジは全てをそつなくこなすことが出来るのだ。それだけの素質を持っている。
でも、他人の視線を気にするから、他人の評価が気になるから、自分を押し殺しているのだ、と。
それが処世術になってしまっているのだ、と。
おそらく、子供の頃のトラウマ、父親であるゲンドウとの間にあるわだかまりが、シンジをそうさせているのだ、と。
しかし…、それがわかったところで、マリにはどうにもならないことであった。
また、レイやアスカがここまでシンジを信頼する理由とは相容れないのではないか、とも思った。
「…ありがとう、でもホントに大丈夫だから」
マリはにこりと笑う。シンジは「ごめん、何か変なことを言って」と謝る。
こうやってすぐ謝るのも、他人の視線を気にするから…。そう思うと、マリは少し複雑な気分になった。
「シンジ」
マリは言う。ここから先を言っていいものか考えあぐねたが、結局言うことにした。シンジの反応を確かめたかったのだ。、
「シンジは、碇司令のこと…、どう思っているの?」
シンジの表情が途端に硬くなる。
「…あたし、司令は不器用なんじゃないかと思うんだよね」「父さんが…不器用?」
「そう。本当は色々と言いたいことがあるのに無理に押し殺しているような気がする。あくまでもあたしの勘だけど」
「………」
マリは、その後に、シンジも司令と同じように色々と押し殺しているんじゃない、と言おうとしてやめた。
言ってもシンジは否定するだろうし、理解するのは難しいだろうと思ったからだった。
シンジは黙っている。マリも口を開かない。
その時、遊覧船が着岸したとの汽笛が鳴った。
「でも、シンジ、ありがと」
マリが急にお礼を言ったので、シンジはきょとんとした表情をした。
「あたしのこと、心配して言ってくれたんにゃよね」
「え、えっと、その、まぁ…」シンジはちょっと照れたようだ。
「僕の方こそ…。マリに父さんは不器用な人間なのかもしれないと言われたら、僕も何だかそう思えるようになった。もう少し父さんと話したりしてみるよ」
「そう、その調子にゃ。前を向いて歩かなきゃ」
シンジは笑って言う。
「その方がずっと前向きだなぁ」
「初めて会った時言ったじゃない? 胸張ろうって!」
「…うん。覚えている」
「倒れる時は前のめりに!」
「少しでも前に進んだ方がいいってことだね」
「そうそう、シンジはこんな歌知ってる?」とマリは歌い始める。
「しあわせはー 歩いてこない、だーから 歩いていくんだねーーー」つられてシンジも歌う。
シンジは全く知らない歌だったが、その歌はシンジの心に深く響いた。
歌い終わった後、シンジはどことなく晴れ晴れとした表情をして言った。
「そうだ…。僕は、ただ、父さんから話し掛けてくるのを待っていただけだったのかもしれない…。
僕から動かなければいけないのかもしれない…」
息を継いだ後、シンジは続けた。
「僕は父さんともっと話をしたい。もっと父さんのことを知りたい。そのためには、僕から歩いていかなければ…」
シンジの中で、かすかに何かが変わったようだ。そう悟ったマリは眼を細めた。
「シンジ、手繋ご?」
マリは手をさしのべた。「え、でも…」とシンジの頬が少し紅くなった。
「ほら、デートだからさ」
「う、うん…そうだったね」
シンジはそっとマリと手を繋いだ。
他人からは、姉と弟みたいに見えるかもしれないけど…、繋いだ手は固かった。
駅前でふたりは別れた。
一人帰路に就くマリの影は、長い。すっかり空は茜色に染まっている。
マリは空を見上げた。カラスが群れを作って飛んでいる。塒にかえるのだろう。
見上げたその表情は、どこか悲しげで、はかなげだった。
(…シンジ…。ごめんね…あたし…)
マリの心の中では、次第にシンジの占めるウェイトが大きくなっていった。
だが、彼女はそれを否定した。
目的を達成するためには、そういう感情は、邪魔でしかなかったからだった。
乙です
それにしてもかなり長いね
一体どれくらいあるの?
GJだけど、ちょっと「にゃ」が多い気がする。
なんか新劇におけるマリのも
このSSの設定なんじゃないかと思った。
それ位リアルで乙ってことだ。
>>327の続き
第四章
《Boy meets girl again》
作戦遂行の日になった。
この日は、エヴァのシンクロテストがある。エヴァとパイロットが一同に集うまたとない日であった。
マリは、アスカのテストが終わった後に二号機を強奪して陽動作戦を起こし、ドグマに降りてリリスを運搬する任務がある。
既に、工作部隊の先鋒は何処かに潜んでいるはずだ。
N2爆弾は人一人が運べるだけの小型サイズではあるが、火薬を圧縮しているため、
5個も設置すれば容易にネルフ本部を消滅させる破壊力を持っている。
マリは、時限装置のスイッチを貸し与えられ、合図があったら安全な場所で起爆するように、との指令が下された。
マリは、数日前にゼーレから受けた連絡の内容を思い出していた。
「我々の目的は、リリスを回収することと、エヴァシリーズを破壊することだ」
「そう、時が満ちたのだ」
マリはネルフは仲間ではないのか、とたずねた。使徒に敵対する組織という意味では、敵の敵は味方ではないのか。
「仲間でも何でもない。ただ、利用価値があるから利用しただけに過ぎぬ」
「碇ゲンドウも我々と同じ考えのようだが、こちらが一歩先んじた。それだけのことだ」
…刻々とその時は近付いてきた。まず最初にシンジがシンクロテストを終えた。次にマリ、レイ、アスカと、シンクロテストが完了していく。
とうとう、作戦開始時間がやってきた。マリは、激しく脈打つ胸を抑えた。緊張か、それとも…?
物陰に身を隠しつつ二号機格納庫まで忍んだマリは、二号機のエントリープラグが開いたままなのを確認すると、素早くその中に入った。
二号機内部は、五号機と比べると質素に見えた。
マリはメインスイッチを入れる。プラグ内がLCLで満たされ、マリは次第に二号機とシンクロしていった。
二号機が、動き出した。
本部に警報が響き渡った。
「大変です!二号機起動!」
「停止信号受け付けません!無線も全て遮断されています!」
「真希波・マリ・イラストリアスの所在が掴めません!」
「まさか、彼女が…?」
二号機は、まず混乱を引き起こすために徹底的に暴れた。
今頃、初号機は工作部隊がベークライトで固めているはずだ。五号機は仮設ゆえに大した戦力ではない。
残る脅威は零号機だけである。零号機の動きを封じれば、後はリリスを回収するだけ。
零号機の清掃のために残っていたレイは、警報でただならぬ事態が起こったことを感じ、中で待機していた。
無線によると、二号機が乗っ取られたという。その連絡を受けた瞬間、零号機の背後にある障壁が壊れた。
破壊された穴から出たのは、紛う事なき二号機であった。
レイはパイロットとコンタクトを取ろうとしたが、やはり通じない。
「真希波さん…」と悲しそうにつぶやく。
二号機は殴りかかってきた。レイはそれを躱し、体当たりした。バランスを崩した二号機は壁に激突する。
レイは内部電源に切り替えさせるためにプラグコードに照準を絞った。
そうはさせまいと二号機も反撃してくる。だが、戦いの趨勢は零号機に傾きつつあった。
二号機のコクピットでマリは呟いた。
「やっぱり百戦錬磨のレイには分が悪い、か…。こうなったら、あれを使うしかないか」
マリは叫ぶ。
「裏コード!ザ・ビースト!」
途端に、二号機は前屈みになる。レイは異変に気づき、様子を窺うために離れた。
二号機の肩に、何か突起みたいなものが現れた。肩から背へ、背から腰へ、とその突起は次々と突き出てくる。
二号機は雄たけびを上げ、口の拘束具が破壊された。その口には、剣のような牙が生えていた。
「なに…これ…?」レイは珍しく驚愕の表情を見せる。
「どう、これがエヴァのビーストモード。知らないだろうね・・・んふふ」
マリは会心の笑みを浮かべる。四つんばいになった二号機は、零号機という獲物めがけて、地面を蹴った。
疾い。零号機はあっという間に距離を詰められ、次の瞬間には組み敷かれていた。
「くっ…ATフィールドを…」レイはATフィールドを展開させるが、二号機はそれを噛み砕く。
「恨みはないけど、これも任務の内だから悪く思わないでね」
レイに聞こえるはずもないが、マリはちくりと痛む良心を押し殺して、自分を鼓舞するようにレバーを動かす。
攻撃中のマリの無線に、工作部隊から連絡が入った。
予定通りにN2爆弾の設置が終わった旨と、速やかにリリスを回収しろ、という命令だった。
ビースト二号機の驚異的な力に、零号機は為す術もなかった。
しかし、レイは辛うじてプラグコードを切断することに成功した。二号機は内部電源に切り替わった。
「ちっ! まずい。こうなったらすぐにリリスを回収しないと…」
マリは零号機を隣の格納庫に蹴り飛ばすと、セントラルドグマへと向かった。
ドグマへの入り口で待っていたのは、五号機だった。搭乗者は無論、アスカである。
「あんたねぇ!あたしの機体乗っ取ってただで済むと思ってんの!?」
アスカは激高していた。
「…ってなにこれ!?二号機…なの?」
アスカは驚く。無理もない。背中に角みたいなものを無数も生やした二号機が、獣のような格好で突進してくるのだから。
「仮設五号機なんてビーストモードの敵じゃないって!」
途端に五号機は二号機によって壁際まで押しやられていた。
「歩けなくしてあげる」
マリは五号機の四本ある足のうち、半分を驚異的な力で根本から折った。
途端にバランスを崩す五号機。
「くっ! 慣れない機体だからシンクロが…」
そのお陰で足をもがれても大して痛くないのだけど…。アスカは唇を噛む。
二号機を奪われたのと、簡単に足を掬われた屈辱に。
「くっ…」
「時間があまり無いんだから、手加減なんかしないよ」とマリは追撃する。
とうとう二号機は五号機の足を全てもぎ取ってしまった。
動けなくなった五号機をその場に残し、二号機は先へ進んだ。
残りは4分もない。ぎりぎりといったところか。急いでドグマを降りなければならない。
その時…マリは、モニタの片隅で、シンジを見つけたのだった。
制服に着替え終わっていたシンジは、本部内にけたたましく鳴り響く警報で、異変を悟った。
同時に物凄い轟音と、何か巨大なモノがどこかで戦っている衝撃がシンジを襲った。
まさか使徒!? シンジは走った。みんなは無事なのかを確かめたかったのだ。
そこで、シンジは二号機が五号機を倒した場面に出くわしたのだった。
「え…二号機…?」
シンジは愕然とした表情で二号機を見上げた。何故二号機が…?シンジの表情はそう語っていた
マリは、マイクのボリュームを上げた。
「シンジ…」
「その声は…マリ!なぜ二号機に…?」
「あたし、本当はゼーレなの」
「…え?」
「ネルフをなくすのがゼーレの目的。本部を爆破するのがあたしの任務」
「…そんな…嘘だ!」
「嘘じゃない。現にあたしはさっき零号機を倒して、今、アスカが乗った五号機も倒した」
「どうして…どうしてそんなことを…!?」
シンジは叫ぶように言う。マリは答えない。かわりに、複雑な表情を浮かべた。
「…逃げて」
「…何を言って…」
「地下に、N2爆弾を仕掛けているの。この本部を一瞬で吹き飛ばすぐらいの量…」
「!」シンジは二号機のモニタカメラを睨む。その表情は、マリが仕掛けたのか、と明らかに責めていた。
「…お願い、逃げて。今ならまだみんなが避難できるだけの時間はある」懇願するようにマリは言う。
「………」
「さようなら」
マリは別れを告げた。マイクのスイッチを切った。
これ以上、シンジと話したくなかったのだ。
「マリ!」
シンジの叫びは、移動する二号機の轟音にかき消された。
二号機がドグマを降りきったのは、内部電源の残りが2分を切った頃だった。
リリスと呼ばれる、仮面を付けた白い物体を目の当たりにした時、マリは、寒気がした。
(これがリリス…? でも、どこか禍々しい…。まるで…使徒…)
マリは直感した。
いけない。これを回収してはいけない。回収したら、何かとてつもないことが起こりそうな気がする…。
そう、例えば、セカンドインパクトのような…。
(あたしの直感が告げている。これはよくないモノだ。戻ろう!)
マリはリリス回収を諦め、降りて来た穴を器用に昇り始めた。どう言い訳しようか、と考えながら。
登り切ったところで、内部電源が切れた。マリはエントリープラグを排出し、二号機から降りた。
そしてのエヴァに邪魔されたためにリリス回収は失敗に終わった、と事務的に連絡を入れた。
ゼーレは、あれを回収して何をするつもりだったのだろう。
ネルフが厳重に封印していたあれを、一体何に使うつもりだったのだろう。
さっきからマリはその事を考えていたために、上手い言い訳を考えることが出来なかったのであった。
リリス回収に失敗したと伝えた時、無線機は数秒の沈黙した。ややあって、次の任務を遂行しろ、との連絡があった。
次とは、N2爆弾のスイッチを入れる任務である。
マリは我に返った。
…そうだ。爆弾が仕掛けられているのだ。すぐに脱出しなければ巻き添えを食らってしまう。
マリは走った。
(…あたし…、一体何をしているんだろう…)
マリは自分がわからなかった。
リリスをさっさと回収すれば良かったのに、あれを見た途端、ものすごく嫌な予感がした。とても禍々しい予感が…。
そのせいで時間を食ってしまった。その前に、シンジと話さずに無視すれば良かったのだ。でも、話し掛けずにはおれなかった。
それよりも、問題なのは爆弾だ。爆発すれば、ここに残っている人たちは跡形もなく蒸発するだろう。
(シンジ…レイ…アスカ…)
ネルフで知り合った多くの人たちが、マリの胸を去来した。
…目的は大切だ。しかし、その目的を達したところで、何になるというのだろう。
シンジも、レイも、アスカも、知っている人がみんないない世界。そんな世界で、生きていて楽しいのだろうか。
何より、マリの心を悩ませたのは、シンジだった。
(…今更何を…。でも、本当に、それでいい…のかな…?)
シンジは他の人と違う匂いがすると思っていたけど…、いつの間にか、あたしはシンジに…。そっか、そうだったんだ…。
自然に、マリの唇には、笑みが浮かんでいた。
(爆破を止めなければ…。シンジはたぶん赦してくれないかもしれないけど、あたしは、シンジのために何かしたい)
途端に、マリの持っていた時限装置からけたたましい警報音が鳴り響いた。
しびれを切らした作戦本部が、別の遠隔装置でスイッチを入れたらしかった。
(あっ…)マリは狼狽した。
爆破までの残り時間は、15分と表示されている。
N2爆弾は、不測の事態に備えて、解除装置を本体に付けている。
解除装置のパスコードは自分も知っている。
(あたしが止める。その後のことは、止めた後で考えればいい)
…マリは決意を眉に漲らせると、N2爆弾を仕掛けたポイントに向かった。
その頃、シンジは、迂回路を走っていた。
二号機によって通路の多くが破壊され、通行不能になっている箇所が多かったからだった。
(僕が初号機に乗って、マリを、爆破を止める。それしかない)
その時のシンジの心は、マリに裏切られたという気持ちと、
彼女を信じたいという気持ち、二つの相反する気持ちがせめぎあっていた。
今まで彼女と過ごしてきた時間は、何だったのだろうか。
繋いだ手の暖かさは、偽物だったのだろうか。
シンジは走りながら、考えていた。
…マリはゼーレの手の者だった。
彼女自身がそう言ったのだから、これは確かだろう。
しかし、彼女は、ここの地下に爆弾が仕掛けられていると言った。
もし彼女が本当にスパイだとしたら、どうして僕にわざわざ教えるのだろうか。
教えなければいいだけのことだ。
ひょっとすると…マリは、本当はやりたくないのかもしれない。
ならなおのこと、急がなければ…!
途端に、シンジは向こうから足音がするのに気が付いた。
この区画にに人は少ないはずだ。
逃げ遅れた人かもしれない。
シンジが角を曲がると、ピンクのプラグスーツに身を包んだ少女がこちらに向かってくるところだった。
シンジとマリは、再び出会った。
338 :
SSの人:2009/07/12(日) 19:25:33 ID:???
>>328 次が最終章
あと、エピローグ
破では出番少ないし、内面まではよくわからないから脳内設定を全面に押し出して書いた
マリのイメージ違ったらすまん
他の要素も多くは脳内設定なんで、
>>307で書いたように「こまけぇこたぁいいんだよ!」って感じで読んで頂けるとありがたいです
>>338 乙です
いよいよ最終章ですか
どうやって結ぶのか楽しみです
つか、4章ではマリが一回も「にゃ」って言わないのはわざと?
>>338 乙
盛り上がってきたな
にゃって言うのは一種のカモフラという設定か
最終章が楽しみです!
続きまだー?
早く読みたいよ
GK!
344 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/14(火) 02:21:55 ID:xHFvDtQo
もしもチルドレンの順番が違ったらスレのまとめサイトってもう消えちゃったの?何度ググってもでてこない……
なんかマリが死にそうな流れ…
頼むからマリ殺さないでくれ
ちゃんと全部できてから投下するのは偉い。
349 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/15(水) 00:36:20 ID:fYVRcSm4
>>347ホントだ!見つかってよかった、ありがとう!
>>337の続き
《The boy grows up without fail.》
「…マリ!」
「シンジ…どうして!? もうすぐここは爆発するのよ!」
マリはシンジがここにいることが信じられないという表情で言った。
「なぜ嘘をついたんだ。僕たちを裏切ったんだ!?」
シンジはマリの言葉を無視して怒鳴るように言う。マリは言い返せない。
「僕たちは…仲間じゃなかったのかよ?」
「…ごめん。だからこそ、あたしは行かなきゃ。罪滅ぼしをしないといけないから」
「罪滅ぼし?」シンジは聞き返した。
「そう。シンジ、もう時間がないの。あと10分でここは爆発する」
「罪滅ぼしって…何をするつもりなんだ」
彼女は、明らかに作り笑いとわかる微笑みで答えた。
「みんなを守るの」
シンジは意味がわからない。
マリはシンジの側に寄り、彼を抱きしめた。
「…ごめん。さようなら」
シンジは何も言わない。…否、言えなかったのだ。
彼は、それほど混乱してしまっていた。
マリはシンジの頬にそっと唇を当てた。
「…あ」
その感触に、シンジがはっとしてマリを見ると、彼女はシンジが来た方向とは逆の所に走り去ってしまったところであった。
シンジは底知れない不安に襲われた。このまま何もしなければ、永久に彼女を失ってしまうような気がした。
シンジは駆けだした。
「マリ!」
シンジは、扉の前でロックを外そうとしているマリに追いついた。
「マリも逃げるんだ!」そう言って腕を掴もうとしたシンジをマリは突き飛ばした。シンジは地面に倒れる。
その隙に、マリは開いた扉の中に入った。
「だめ。あたしと一緒にいると危険だから」
「危険?」
「ここには、ゼーレの雇った傭兵部隊がいるわ。で、あたしは裏切り者」
「!」
シンジは悟った。裏切り者の末路は、死だ。これくらいはわかる。
マリは愕然とした表情のシンジを見下ろしていたが、不意にふっと微笑んだ。
シンジには、先程の作り笑いとは明らかに違う、本当の笑顔に思われた。
「短い間だったけど、あたし、シンジが好きだったよ」
好き。
シンジが、他人から好意の言葉を直接投げかけられたのは、初めてといってよかった。
扉が閉まっていく。シンジはすぐに立ち上がって扉に飛びついた。しかし、それは固くロックされてしまっていた。
「開けろっ!」
シンジはあらん限りの声で叫び、扉を拳で叩いた。無論、それで開くはずもない。
シンジは扉の前に立ち尽くしていた。
(みんなを守る)
(さようなら)
シンジの脳裏に、第6の使徒との戦いの前に、レイから別れを告げられた場面がよぎった。
N2爆弾を止めても、失敗しても、マリは死ぬつもりなのだ。
シンジの脳裏に、初めての出会いから、マリと共にすごした時間が、鮮烈に甦ってきた。
僕にとって、マリとは…なんだろう。
確かにマリは、ゼーレのスパイかもしれない。
…だが、それがどうしたというんだ?
僕にとってマリは…仲間だ。大切な仲間だ。
…一緒に語らって…一緒に戦って…同じ時を過ごした…大切な仲間だ。
仲間を失うなんて僕には耐えられない。
…今、僕にできること。僕にしかできないこと。
それは…エヴァに乗り、マリを助けることだ。
シンジの眼は、今までにない強い決意で溢れていた。幾多の戦いを経て成長した一人の男の眼だった。
初めて自分のことを好きだと言ってくれた彼女のために、シンジは走った。
初号機の格納庫へ、と。
ところが、エヴァ初号機はベークライトによって固められていた。
「なんだよそれ…」
シンジの顔を絶望がよぎる。
「もう時間がないというのに! ちくしょう!」
シンジはなんとか初号機のエントリープラグへとよじ登ろうとするが、その度に滑って落ちる。
「くそっ…! 僕に力が…力があれば…」
その時だった。
ドクンッ!
何かが、シンジの頭の中で、鼓動した。
ドクンッ!
それと同時に、拘束されていた初号機が、動き始めたのだった。
初号機は拘束から逃れようと身を捩じらせる。
「そうだ! 今の僕には初号機が必要なんだ! 力を貸してくれっ!」シンジは叫ぶ。
シンジの叫びに呼応するように、初号機は咆哮する。
固形化したベークライトにヒビが入り、初号機の腕が自由になった。
次々と、拘束が解かれていった。
エントリープラグが自動的に排出される。
初号機はシンジの前に手を動かす。シンジはそれに飛び乗った。
そして、シンジはエントリープラグへと導かれた。シンジは乗り込む。
いまや、シンジは初号機と一心同体であった。
N2爆弾設置ポイントに、パスコードのエラー音が鳴り響く。
「そんな…!」
マリはもう一度、今度は正確にパスコードを入力する。それも、受け付けてくれない。
「…まさか…嘘を教えられた…?」
その通りだった。ゼーレは、遅かれ早かれ、マリを消すつもりであった。
マリは、ゼーレについて色々と知りすぎた。生かしておくと、後でどんな災いの種になるやもしれぬ。
マリの操る二号機がリリスを引き上げてきたら、その後に始末する予定であった。
仮にリリス回収に失敗したとしても、N2爆弾でマリごと本部を吹き飛ばしておけばよいのだ。
リリスのかわりは、月面にいるもので一応代用可能だ。出来るだけオリジナルがいいが、贅沢は言っていられない。
二兎を追う必要はない。エヴァシリーズをこの世から消してしまうことも重要なのだから。
パスコードの残り入力回数は、後1回だけであった。次、失敗したら、強制的に爆発してしまう。
残された時間は、後4分。
マリは、「あたし、バカみたいだ…」とつぶやく。
今から逃げたって到底間に合わない。
(あたしは…今までにいろんなモノを無くして…、全てを失ったまま、何にも持たないまま、ここであっけなく死ぬんだ…)
悔しさと悲しさが一斉に襲ってきた。眼鏡を外して、我慢しようにも溢れてくる涙をぬぐった。
(残った時間ぎりぎりまでの間にみんなが逃げることができれば…。それが今、自分に出来る精一杯の抵抗、か)
マリは膝を抱えるようにして座った。
シンジのことが、何故か思い起こされた。
シンジは、彼女に一番親身に接してくれた。
いつの間にか、シンジが近くに居ることが当たり前のようになっていた。
最初は監視の対象でしかなかったというのに、自分でも知らないうちに、シンジの存在が大きくなっていたのだった。
シンジは、いつも他人の視線を気にしている、頼りなくて気弱な少年。
でも、どこか不思議な、うまく説明できない「何か」を持っている。
あたしがもう最期というときなのに、シンジのことを考えてしまうのだから、それはたしかだろう。
レイやアスカがシンジに心を開いていったのも、今のマリにはごく当然のように思えた。
ゼーレから受けていた報告では、レイは無口で無感動な少女だという話だった。
しかし、実際に会ってみたレイは違っていた。
シンジと話しているときの彼女は、かすかにではあったが、顔をほころばせるのだった。
他人との交際を拒絶するとも聞いていたが、アスカとそれなりに打ち解けて話している様子も、しばしば見られた。
そのときは何故レイが報告の内容と異なるのかわからなかったが、今のマリには、痛いほど理解できた。
シンジのせいなのだ。
彼の持つ不思議な「何か」が、無機質な彼女を徐々に変えていったのだった。
アスカについても、優秀だが人一倍プライドが高く、自己中心的。そうマリは聞かされていた。
だが、生身のアスカはどうだったか。
喜怒哀楽が激しいのは報告内容と一致していたが、協力というものの重要性をよくわかっているようだった。
使徒迎撃時の絶妙なコンビネーションからしても、決して付け焼刃の協調性ではないことが見て取れた。
彼女は明らかに変わったのだ。
では、彼女を変えたのは何か。
もちろん、シンジを置いて他にない。今のマリは、そう断言できる。
そして、自分もまた、シンジと触れ合うことによって変わったのだろう。
(今更気づいたところでもう遅いんだけどな…)
マリは自嘲的な笑みを浮かべた。
(でも…せめて、せめて、あと一回でいいから、シンジに会いたいな…)
355 :
SSの人:2009/07/15(水) 20:01:45 ID:???
タイマーは残り3分を指している。
(あと3分、か…。幸せは歩いていかなきゃ見つけられないのはわかっているけど…、なんか疲れちゃった)
その時だった。
物凄い轟音と地響きがしたのは。
「…なに?」
壁が破壊され、砂埃が舞う中、マリは自分の目を疑った。
ベークライトにて固く拘束されていたはずの初号機だった。
「マリ!」辺りに、シンジの声が響いた。
「どこだ!」
「シンジ!」
「そこか、今行く」
「来てはだめ! あと少ししかないの! もうすぐ爆発…」
言い終わらないうちに、初号機はマリを手に抱えるように持ち上げると、背に持っていった。
エントリープラグが排出された。扉が開く。シンジの声が中からした。
「早く!」
マリはためらう。シンジがエントリープラグから出てきた。
「どうして…どうして来たの?」
「いいから来るんだ! 早く!」とシンジは手を伸ばす。
マリは動かない。
「あたしは…」
マリはそれ以上、言うことが出来なかった。
シンジに手を掴まれて、エントリープラグの中に連れ込まれたためだ。
「マリは僕にとって大切な仲間だ。放っておくなんてできない」
シンジはマリの手を固く握った。マリも握り返した。
エントリープラグは再び収納されていく。
「シンジ…」
プラグ内でマリはシンジに呼び掛けた。シンジは返事する代わりに言った。
「残り時間は?」
「あと1分も無いと思う」
シンジは手を離し、操縦席に座った。ハンドルを掴む。初号機は爆弾の上に手をかざした。
「何をするの?」
「今はとにかく、こいつをなんとかする。僕がATフィールドで抑え込む」
「え…でも…!」
「これしか方法がない」
「…そう、そうね。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある、っていうし」
マリはふと気が付いた。初号機にプラグコードは繋がっていない。
内部電源の残時間も表示されていない。
では、初号機の動力は一体何だというのだろう…?
「あと30秒だ」
モニタに、爆発までの残り時間が推定30秒と出た。
シンジは掌に全神経を集中させ、ATフィールドを展開した。時間は刻々と減っていく。
タイマーのカウントダウン音が鳴り響く。
3…2…1…
「ATフィールド全開!」
0
同時にかちっと音がし、爆弾が、弾けた。
初号機の掌の中で、凄まじい閃光が迸った。
「くぅっ…!」
爆風でATフィールドが吹き飛ばされそうになる。
シンジは予想以上の衝撃に声を上げる。
N2爆弾の火薬が通常の何倍にも圧縮されているのだ。
ネルフ本部を跡形もなく消滅させるほどの威力を誇るのだから、その衝撃は当然であった。
フィールドが破壊されて初号機の掌の装甲が剥がれる寸前に、再度フィールドを張る。
シンジの手に激痛が走った。シンジは苦悶の表情を一瞬浮かべたが、すぐに気力を取り戻して展開を続ける。
ただでさえ敏感な掌である。
おまけにシンクロ率は不明だが、100を超えているのは確かだ。
手の痛みは普通よりも何倍も増して感じられるはずだ。
それでもシンジは展開を止めない。むしろ逆に強めていく。
だが、ハンドルを握るシンジの握力が大幅に低下していくのが見て取れた。
ハンドルが戻っていく。それに従い、初号機の手が上がっていく。
このままではATフィールドは破れ、初号機は直撃を受け、ネルフ本部は消し飛ぶだろう。
エヴァに守られているとはいえ、シンジの身体も無事では済むまい。
「シンジ!」
マリはシンジの背後からハンドルに手を添えて押し戻す。
マリの手添えがあったお陰か、シンジは破れかけたATフィールドを再び展開させる。
ふたりの力で、再び爆風は抑え込まれていった。
「おおおおおっ!」
シンジは手を苛む激痛に涙を浮かべながらも、精神力で耐えた。
最後の閃光が奔り、モニタは真っ白に染まった。そして、静かになった。
煙が晴れたあとは、クレーター状の窪みがそこにあるだけだった。
N2爆弾は見事にATフィールドによって抑え込まれた。
ネルフ本部は助かったのだ。
しかし、シンジの手のダメージは想像以上だった。指の多くは傷付き爛れ、満足に動かせる指は半分もなかった。
LCLの中に、シンジの手から流れる血が漂っては薄まっていく。
「はぁっ…はぁっ…」
肩で息をするシンジ。マリはシンジの傷付いた手を両手で労るように握っていた。
「…ありがとう」
ぼそりとマリは呟くように言った。シンジに届いたかどうかはわからない。
しばらくした後、初号機の力が消えていった。
「…ねぇ、初号機って一体…?」とマリはたずねる。
「わからない…。ただ、僕はマリを、みんなを助けたいと願った。エヴァはそれに応えてくれた」
シンジは、初号機の中に、懐かしいものを感じていた。まるで母親のような暖かさを…。
(初号機にはシンジの母親の魂が宿っているのだろう。自分の強い意思で動力など無関係にエヴァを動かせるなんて…。
初めて会った時から匂いが違うと思っていたけど、やっぱりシンジは…)
「降りよう」
シンジの声で、マリは思考を中断した。
ここに長居は無用だろう。ふたりは初号機から降り、上へ向かう非常階段を昇ろうとした。
上が騒がしい。声が聞こえてきた。
「作戦は失敗した。裏切り者は見つけ次第射殺しろとのことだ」
穏やかではない内容だった。シンジは、裏切り者が誰を指すのかわかっていた。
マリの表情が険しくなる。
「シンジ、あたしのあとを付いてきて。絶対に離れないで」
警戒しながら少しずつ進む。
どこから手に入れたのか、マリは手に銃を持っていた
「いたぞ! こっちだ!」
見付かってしまった。
「子供だろうと遠慮はいらん」という声と同時に、背後から銃弾が何度も襲ってきた。
ふたりは走るが、戦闘訓練を受けている彼らの方が体力的にも勝っている。
とうとう追いつかれてしまった。
角を曲がると、マリはシンジを庇うように立ち、手に銃を構える。曲がり角に敵が現れたらぶっ放すつもりなのだ。
「大丈夫、あたしが守るから」
その言葉とは裏腹に、マリの手は震えていた。顔もこわばっていた。
敵が姿を現すのと同時に、マリは引き金を引いた。
しかし、当然のように外れた。
「危ない、マリ!」
シンジが叫ぶのと、相手が撃ってくるのとは、同時だった。
銃弾は、マリの胸部を貫いた。
シンジには、その場面が、スローモーションのように見えた。
「マリ!」
シンジは叫び、床にくず折れた彼女を抱きかかえる。
「死ね」
相手はシンジに照準を合わせ、銃を構えた。シンジは眼をつぶり、死を覚悟した。
シンジの後ろで銃声がし、相手は倒れた。
振り向くと、そこには白煙が昇る銃を構えているミサトが立っていた。
「…ミサトさん!」
「シンジ君、無事!? …それ、マリ…?」
ミサトはマリを複雑な眼で見下ろした。
「そう…! そうなんだ! 大変なんだ…マリが…撃たれて…」
シンジはその時、自分の手が血で真っ赤に染まっているのに気が付いた。
血腥い匂いがシンジの鼻腔を突いた。
無論、自分の血ではない。
「マリ!」
シンジの呼び掛けに、マリは目をゆっくりと開けた。
胸に咲いた紅い模様は、徐々にあたりを染めていく。
シンジはすぐにその傷口に手を当てた。彼女の口から血がこぼれる。
「シンジ…ごめん…ね……」
「しゃべっちゃいけない…」
それでもマリはしゃべろうとする。
「なんで…なんでだよ…」
シンジの憔悴しきった顔に、マリの手が伸びた。
その手はゆっくりとシンジの頬を撫でる。
「………」
マリは何かを呟いたようだったが、シンジには聞き取ることは出来なかった。
シンジの目から涙が頬をつたった。
次第に力を失っていくマリの身体を、シンジは固く抱きしめた。
361 :
SSの人:2009/07/15(水) 20:15:19 ID:???
次回エピローグ。
エピローグは三種類あるので、お好きなのをドゾ。
最初は一つだけのつもりだったが、見せた友人が「他の結末あってもいいだろ」というのであと二つ追加。
その追加のうち一つはかなりはっちゃけて、長くなってしまった
>>339-340 わざと、と思って下さい。
正直なところ俺もマリがわざと言っているのかはわからんのでw
Qを待ちましょうや
>>345-346 ノーコメントとさせて頂きますw
362 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/15(水) 20:25:59 ID:3Sf8jFzU
えええええ、マリ死んじゃったの…?(´・ω・`)
新キャラを殺すなんてひどいw
でもGJと言わざるを得ない出来だった
エピローグ楽しみにしてるよ
マリかわいそう(´;ω;`)
マリ‥悲しすぎる
エピロ−グも楽しみに待ってるお
はっちゃけ具合に期待w
このスレ落ちたりしないの?
以下、
>>360の続き、エピローグとなります。
エピローグは三種類あります。好きな結末をお選びください。
《new departure》
シンジは、ある墓標の前に立っていた。
手に持っていた花束をそっと供えると、シンジは、暫し黙祷した。
シンジの目は、遠くを見るようだったが、強い意思を湛えていた。
シンジはつぶやいた。
「いじけていたって、楽しくない…か」
シンジは視線を墓標に移す。その目は穏やかだった。
「…うん、そうだよな。僕は、胸を張って生きていくよ」
彼がそっと去った後、残された花は、風によって、はかなげに揺られていた。
シンジは墓地の敷地外に出た。そこには、ふたりの少女が立っていた。
「レイ。アスカ」
シンジはふたりに呼びかけ、側に寄る。
アスカは空を見上げながら言う。
「あれから二年経ったのね」
「…ああ」
「使徒は全部倒したし、もう平和ね」
「だといいんだけど…ね」
二年前は三人とも同じくらいだった背は、今はひとりシンジだけ抜きん出ていた。
「碇君、前から聞きたいと思っていたんだけど…」
レイはゆっくりと話し出す。
「碇君は、真希波さんを赦したの?」
「………」
シンジは黙った。
アスカはたしなめるような視線をレイに向けた。レイはアスカの視線を感じたはずであったが、シンジをじっと見つめるだけであった。
「碇君」レイは促す。
「赦すも何も…、彼女はもういない」
「あんたバカ? それって自分の中ではまだ整理がついてないってことじゃない! 逃げているのよあんたは!」
アスカはシンジの答えが気に入らなかったようであった。シンジは暗い眼をして黙っている。
レイが言う。
「私は真希波さんのしたことをまだ赦せていない」
レイは慎重に言葉を選びながら言った。シンジは視線をレイに向けた。
「でも、碇君が赦すのなら、私も赦せる気がするの」
「アスカは…どうなんだ?」
シンジはアスカに問う。
「あたしの二号機を乗っ取った人なんか赦せるわけないでしょ!」
アスカは腕組をしながらぷいっとそっぽを向く。
「…でも、シンジが赦すっていうんなら、あたしも考えないではないわ」
ちらりとシンジを見ながらアスカは答えた。
「何故、僕なんだ」
シンジは絞るような声で言う。
「僕は結局、マリを守れなかったんだ。もっと別のいい方法があったんじゃないか、と今も思うんだ」
「ちょっ…バカシンジ!」
「待ってよアスカ。まだ話は終わってないよ」
シンジの強い口調に、アスカは少したじろいだ。
「確かに今も時々、そんなこと考えるよ」
シンジは顔を上げた。
「でも、もう過ぎたことだ。僕は前を向いていかなければならない」
「……碇君…」
「それがマリの願いだった」
シンジは笑みを見せた。
「マリは僕に言ってくれたんだ。いじけていたって楽しいことはない、と。胸を張れ、と」
シンジは空を見上げた。
「僕は、もうマリを赦しているよ」
レイの眼はかすかに細められた。
アスカはふぅっとため息をつく。
「二人とも、まだわだかまりがあるかもしれないけど、マリを赦して欲しい」
シンジはふたりの少女を交互に見ながら言った後、頭を下げた。
「はい」
「もちろん」
ふたりは即答した。
シンジは即答が意外だったのか、眼をぱちぱちさせた。
アスカはやれやれといった様子でシンジに話しかける。
「バカシンジもようやくその気になったわけね」
「ああ、もう吹っ切れたよ。マリはもういないけど、僕の中でまだ生きている」
「訂正して。あたしたちの中で、に」
「真希波さんは、仲間ですから」
「…二人とも、ありがとう」
シンジは笑顔で言う。
シンジは後ろを振り向いた。
「ありがとう、マリ」
その後に、付け加えた。
「…さようなら」
シンジは、何かを振り切るように首を振った。
そして、二人のところへと歩いていった。
ILLUSTRIOUS MARI MAKINAMI
シンジの供えた花束の上で、そう篆刻されている墓標は、夕日を浴びて、淋しげに光っていた。
372 :
SSの人:2009/07/17(金) 22:24:49 ID:???
最初の結末はこれでした。
見せた友人が
「新キャラ殺すなw」「他の結末あってもいいだろ」
というので、マリが生きている結末を作りました。それがエピローグIIです。
個人的に出来はあまりいいとは思っていないのですが。
《I need you》
二年後。シンジは、ある墓標の前に立っていた。
手に持っていた花束をそっと供えると、シンジは、暫し黙祷した。
シンジの目は、遠くを見るようだったが、強い意思を湛えていた。
シンジはつぶやいた。
「…母さん、ありがとう」
彼がそっと去った後、残された花は、風によって、はかなげに揺られていた。
シンジは墓地の敷地外に出た。
そこには、ひとりの少女が立っていた。
「…マリ」
シンジは呼びかける。
マリは歩きだしたが、どことなく足取りが鈍い。軽くつまずいたが、何とか転ばずには済んだ。
「無理しちゃいけないよ」とシンジは走り寄って手を貸した。
マリはシンジにしがみつくようにつかまる。
マリはあの後、懸命の治療で命を取り留めた。だが、他人の支えが無いと生きて生けない身体になった。
そして、マリは逮捕され、軍事裁判にかけられた。
判決は予想以上に重いものであったが、おそらく生涯残るであろう後遺症のせいにより、マリは刑を免除された。
シンジは、その支えを買って出た。周囲は反対した。しかし、シンジは頑なだった。
「何かあったら、僕が全ての責任を持つ」
シンジは中学を卒業すると、マリと共に生活をする道を選んだ。
「シンジ、あたしなんか足手まといだよ…? 何にもできないんだよ?」
「邪魔になったら、いつでも捨てていいから。捨てられてもあたしは恨まないよ」
最初、マリはよくそうこぼした。その度にシンジはこう言うのだった。
「マリは僕に言ってくれたじゃないか。いじけていても楽しくないって。前を向いていこうって」
次第に、マリは以前の明るさを取り戻していった。
あるとき、マリはシンジに、何故自分にそこまでしてくれるのか、と尋ねた。
「僕がそうしたいんだ。マリがみんなを守ろうとしたように、僕もマリを守りたいんだ」
シンジには、したかったことがあった。
それは、ユイの墓参りだった。
今の僕がここにあるのも、マリがここにいるのも、全ては初号機の中にいる母のおかげだ。
シンジはそう信じて疑わなかった。
墓参りへはマリも同行してくれたが、ユイの墓前に行くのはまだ早い、と断った。
シンジは自分にしがみついたマリをそっと支える。
「ごめん、シンジ」
「謝る必要なんてないのに」
「あはっ、いつものことだもんね」
「そうそう。僕はいつでもマリの助けになるよ」
「かといって、一緒にお風呂に入ったりとかはなしだからね」
「うん、わかっているよ」
話題が無くなった頃、マリは口を開いた。
「…ねぇ、シンジ、初めて会ったときのこと、覚えてる?」
「もちろん。確か僕が屋上で音楽聞いていたときだった」
「そう、あたしがパラシュートでシンジにぶつかって」
「うん、あれは何が起こったのかわからなかったな」
「あの時、胸触ったよね」
「………えーっと」
「おや、思い出しちゃったのかな? わんこ君」
「何言ってるんだよ、違うって」
昔を懐かしむようにマリはしんみりとして言う。
「あの頃のシンジはあたしより背小さかったのに、今はすっかり追い越されちゃったね」
辺りは静まりかえっている。ふたりの他に、人影はない。
「…ねぇシンジ」
マリは、ぽつりと言う。
「後悔、してない?」
「なんで?」
「うん、何となくそう思っただけ」
「後悔なんてしようがないよ。だって、僕は、マリと会えてよかったと思っているから」
「…ありがと。あたしも、シンジと会えてよかった」
ふたりは手を繋いで歩き出す。
「そういえばマリ、今度レイとアスカが家に来るってさ」
「…えっ?」
シンジは携帯を取り出し、留守電を再生した。
「バカシンジ、久しぶり。元気してる? 今度あんたの家に冷やかしに行くからよろしく」
「………碇君、元気? …私もアスカと一緒に行くから」
「そうそう、シンジ、マリに伝えといて。逃げるな、って。別にあたしは取って食おうってわけじゃないから、とも」
「私からも、お願いします」
マリはふたりのメッセージを聞いた後も、黙っていた。
シンジは口を開く。
「レイとアスカも、マリのことをいつも気にしていたよ」
「………」
「僕は、マリには、二人と会って欲しいと思う」
「…わかった。シンジがそういうなら」
「ありがとう」
シンジは信じていた。今はまだ溝があるかもしれないけど、きっと分かりあえる日が来る、と。
その日が来るまで、僕はずっとマリを支えていきたい。
夕日の中、シンジとマリは手を繋いで歩いていく。
歩道からは、遠くを一望できる。
マリは立ち止まった。シンジも止まる。
マリはシンジを見上げて言った。
「シンジは、あたしのこと、好き?」
「えっ…」とシンジは戸惑った表情を見せた。
マリはじっとシンジを見つめる。
シンジはマリを正面から見据えた。
「…うん、好きだよ」
「そっか…」
マリの眼鏡は、夕日で橙色に光っていて、目の表情はシンジにはわからなかった。
でも、シンジはマリの気持ちがわかっていた。
答えた時に、マリの手の握る力が、強くなったからだった。
マリはゆっくりと、しかし、はっきりと言った。
「ずっとシンジに言いたかったことが…」
長く延びた影は、ひとつになる。
夕陽で染まった空は、果てしなく高かった。
377 :
SSの人:2009/07/17(金) 22:32:26 ID:???
次回のエピローグIIIは色々と混ぜています。
要するにハーレムです。
IIIのレイはリナレイではありません。
こまけぇこたぁいいんだよ!というふうに読んでいただければ、と。
連投規制喰らった…(´・ω・`)
暫く様子見ますわ
うぅ、マリ幸せになってくれ
>>378 乙
二つとも人なかなかいい出来じゃないか
《And the story begins again.》
…ここは、どこだろう。
永い…永い間、ここにいたような気がする。
シンジは眼を開けた。
目の前に、誰かがいる。しかし、かすんでいて見えない。
ようやく、次第に像が結ばれてきた。
「………綾波…?」
目覚めたシンジの目の前にいたのは、何も身にまとっていない綾波レイだった。
「…綾波?」
「目覚めたのね」
「…ここはどこ? 僕は一体…?」
「ここはLCLの海。あなたが望んだ世界。そこにあなたはいるの」
「…僕が、望んだ世界?」
「そう。あなたは世界をやり直すことを望んだ。今、世界は全てが一つになっているの」
シンジは意味が判らない。彼の思考は既に混乱を通り越している。
「じゃあ、僕はどうすればいいんだろう」
「わからない」とレイは言ったが、こう続けた。
「でも、あなたが願えば、世界は元に戻るわ」
「そうなんだ。なら、僕は願わないと。少なくとも、僕のいる場所はここじゃないと思うから」
「…そう」淋しそうにレイは答えた。
シンジは思い出そうとした。今までのことを。
次第に、彼の意識は、追憶に流されていった。
遠くで、カヲルの声が響いた。
「シンジ君。君は世界を変えようと望んだ。そして、その望みはひとまずかなえられた」
「でも、ここから先、君がどんな物語を紡ぐかは君次第だよ」
……………………………
「起きなさいよバカシンジ!」
けたたましい音でシンジはたたき起こされた。
驚いてベッドから上半身を起こす。アスカが、ベッド脇で仁王立ちしていた。
左手のフライパンと右手のおたまが、さっきの音源らしい。
「って…なんだ、アスカか」
「なんだとはご挨拶ね。毎日あんたを起こす幼馴染の身にもなってよね」
「俺は頼んだ覚えないけどな」
「べ、別にあんたのためじゃないんだから。おばさんのたっての頼みだから仕方なく、よ!」
「せっかくだけど、俺、昨日寝るの遅かったから」とシンジは布団を被る。
「いいからさっさと起きる!」とアスカは布団を剥がした。
「!」アスカの視線は、シンジの下半身に向けられていた。
「うわっ!」シンジは咄嗟に手で隠す。
アスカの顔はゆでたこのように真っ赤になっていく。
「あんたなんか死ねっ!」それと同時にシンジの頭には火花が散った。
シンジは、アスカのフライパンアタックで頭にできたこぶがまだ痛むのか、顔をしかめている。
「それではいってきまーす」とアスカはシンジを押すようにして、玄関から出て行く。
皿洗いをしながら、ユイはふたりに返事をした。
そして、後ろでコーヒーをすすりながら新聞を読んでいるゲンドウに話しかけた。
「あなた、もう時間じゃなくって?」「まだ5分ある」「でも今日はミーティングでしょ」「準備はもうできているよ」
ユイは、はぁっとため息をつく。この人はいつもこれだ、と思いながらも、それに付き合っている自分も自分だ。
「冬月先生に怒られますよ」「ああ、わかっているよ、ユイ」
シンジとアスカが教室に入ると、机に座っていたレイが立ち上がり、そばにやってきた。
「碇君、おはよう」「ああ、綾波、おはよう」レイはかすかに頬を染めて席に戻る。
その後、シンジはトウジとケンスケの席まで移って昨日のテレビや漫画の話に興じ、
アスカとレイ、ヒカリは女の子同士でなにやらわいわいと話す。
いつもと変わらない風景だった。
ホームルームが始まる時間になっても、担任のミサト先生が来ない。だが、いつものことである。
「ごめーん、遅れちゃった」とミサトが息を切らして教室に入ってきた。髪はぼさぼさで、服も昨日と同じだった。
「先生、新婚だからって夜更かしはダメですよ」と教室のあちこちから冷やかしが飛ぶ。
ミサトはへらへらと笑って受け流す。
連絡事項の後、ミサトは大声で言う。
「喜べ男子! 転校生を紹介する!…といいたいところだが、なんか遅れるそうだから来たら改めて紹介する!はいHRおしまい!」
大雑把でフランクなところが生徒に大人気のミサトは、二ヶ月前に大学の頃の知り合いと結婚した。
相手はシンジも知っている。父親が所長を勤める研究所の所員・加持リョウジなのだ。
若手研究者の中でも、赤木リツコと並んでゲンドウから目をかけられている若手研究者の有望株で、
小さい頃からゲンドウの付き添いとして何度も家に来ているために、加持は、シンジにとっては年の離れた兄という存在だった。
「きゃーカヲル君!おはよー!」「やぁ、おはよう」とカヲルは流し目を送る。黄色い声がますます大きくなる。
カヲルの周りにはいつも女の子がいる。カヲルは先方でシンジが歩いているのを見かけ、取り巻きに失礼と手を振ってシンジに声をかけた。
「やぁ、シンジ君。今日も元気そうだね」「ちょっと頭痛いけど」「どうかしたのかい?」「その、アスカにフライパンで…」
くくっとカヲルは笑う。「やれやれ、変わらないな君は」「カヲルもいつも女の子に追いかけられているだろ」
「君も綾波や式波に追いかけられているじゃないか」「そんな、俺は違うって…」そのとき、予鈴が鳴った。
「あ、俺次は移動教室なんでこれで」「ああ、また」
シンジを見送った後、カヲルはつぶやいた。
「…ふふ、これが、今度の君が望んだ世界、か。居心地は悪くないかな」
昼休み、ユイがアスカに持たせてくれた弁当をたいらげ、シンジは屋上でボーっと空を見上げていた。
「…なんか、足りないような気がする」
事実、シンジの心の中には、何か穴みたいなものが、ぽっかりと空いていたのだった。
だが、いくら考えてもわからない。
「何だろう、俺、なんか大切なことを忘れているような…。うーん…」
学校が引け、シンジ、レイ、アスカ、トウジ、ケンスケ、ヒカリの六人はいつもどおりに繁華街に繰り出す。
その時、シンジは後ろから声をかけられた。
「あっ、シンジ君! 久しぶり!」
他校の制服を着たショートカットの少女が立っていた。
「…え、マナ!?」「相変わらずシンジ君はもてるんだね」
マナはニコニコしながら、シンジの周りにいる女の子たちを見回す。レイは無表情だが、アスカはむーっとマナを睨む。
「い、いや、別に…」「そうかなー?」
マナは、数ヶ月前にゲンドウの研究所の親睦会で知り合った少女だ。
不思議とウマが合い、電話番号やメアドも交換し、友人づきあいをしている。
以前、このように放課後だべっていた時にマナと偶然会ったシンジは、みんなにマナを紹介した。
マナと別れた後、アスカはシンジにこっそりと言った。
「あのマナって子、あんたに惚れてるわね」「そうかぁ? なんで判るんだよ?」「女の勘」「…なんだよそれ」
マナはシンジのそばにずずずぃっと寄ると、エヘヘと笑いながら言った。
「ねぇシンジ君、来週の祝日暇?」「…え、なんで?」
「今度私の学校の子たちで遊びに行くんだけど、みんな彼氏持ちなの。で、私だけいないってのもしゃくだから、シンジ君に相手を頼もうかな、と」
「ちょっと待った!」とアスカが割って入った。
また面倒なことに…とシンジはレイに視線を移した。レイはぷいっとそっぽを向いた。
「そんな綾波…」「あんたシンジに彼氏役を頼もうなんて百年早いのよ」「でも他に頼める人いないし」
「トウジ…はだめか。そう、ケンスケ!ケンスケがいるじゃない」「好みじゃないわ。ていうか、アスカだっけ、なんでそんなにがつがつしてるの?」
「うっ…、だ、第一、シンジに彼氏役が勤まるわけないじゃない。とーへんぼくでバカでスケベで!」「ひどい言われようやな、センセ」
「鈴原!ニヤニヤしないの!」「はぁ、好みじゃないのかよ俺は…」「でも私、もう彼氏つれてくるって言っちゃったし」
「あーもう!」「ちょっとアスカ、声が大きいって。ほら、俺たち注目の的…」
「誰のせいだと思ってるの?」見事にアスカとマナがハモった。シンジは苦笑いするほかなかった。
そんな騒がしくも楽しい日常。シンジは幸せだった。
しかし、彼は、それでも、何か物足りなさを感じていた。
翌日、昼下がりの午後、レイとアスカをやっとのことでまいたシンジは、屋上で寝転びながら流れ行く雲を見ていた。
「…やっぱり、なんか足りないよなぁ。うーん、何だろう」とシンジはつぶやいた。
抜けるように青い空を一機のヘリコプターが通った。シンジはそれを何気なく眺めていた。
ふと、そのヘリコプターから何かが落ちたような気がして、シンジは目を凝らした。
見間違いではなかった。
ヘリコプターは既にシンジの視界の隅にいるのに、何か黒い点みたいなものが空に浮かんでいたのであった。
そして、その点は次第に大きくなっていく。
「なんだ…?」シンジは目を細めてその黒い点を見た。
途中で急に点が大きくなったと思ったが、それはパラシュートを開いたせいだと気づいた。
つまり、誰かがヘリコプターからパラシュートを背負って降りて来たのだ。
シンジは呆然とそれを見やっていた。何で空から人が…?
「ちょっとそこどいて!」
空から声が降ってきた。その声ではっと我に返ったシンジは、人影が予想以上に近くに迫っているのに驚いた。
「うわっ!」何か白いものが自分の眼前に現れたかと思った瞬間、シンジは吹き飛ばされていた。
「…痛ってぇ…」
シンジが目を開けると、自分は倒れていて、あたりは何か布みたいなものに包まれていたのに気が付いた。
すぐ目の前には、白い布みたいなものがある。自分の胸の上に、何かが乗っかっている。
シンジはその乗っかっているものをどけようと腕をあげた。
ふにっ、と、両手に、何か柔らかいものに触れた感触があった。
「………なんだこれ?」
シンジは手に触れたものを揉んでみた。
ふにふに
すごく柔らかい。
「はうっ…」
揉んだ瞬間、女の子の声がした。しかし、その声はどこかなまめかしい。
「………」
「痛いにゃ…。って…あたし、今胸揉まれてる!」
シンジの上に乗っているものが声を上げた。シンジはおぼろげながら状況を理解できた。
つまり、俺の上に女の子が馬乗りの格好で乗っかっていて、今俺が揉んでいるものは…女の子の胸らしい。
じゃ、今俺の目の前にあるこの白い布は…?
シンジはがばっと起き上がった。
「きゃっ」
目の前に、少女がいた。足を大きく開いて、驚いた顔でシンジを見つめている。
青い瞳で、栗色の髪を二つにまとめて、カチューシャをつけた、すごい美少女だった。
シンジは視線を下に落とした。
少女の乱れたスカートと、黒いストッキングと、眩しいほどの太もも、そして、太ももの付け根にある白い三角形の布地…。
そして、シンジの手は、その少女の両方の胸を、しっかりと掴んでいた。
「き…」
「…き?」
「きゃぁぁぁぁっ! 痴漢!」
乾いた音が辺りに響き、シンジの左頬に五葉の紅葉が咲いた。
少女は平手打ちの後、シンジから離れたが、地面にはいつくばっている。
シンジは痛む左頬をさすりながら、この少女を呆然と見ていた。
「メガネ…メガネ…どこにいったの?」
シンジの横に、赤いふちのメガネが転がっていた。シンジはそれを拾い上げる。
(…あれ? 前もこんなことがあったような…?)
デジャビュ。既視感。
でも、この少女は初めて見る顔だ。シンジは頭に浮かぶ多数のクエスチョンマークをとりあえず脇にのけた。
メガネを拾い、苦笑いしながら話し掛ける。
「その…、メガネってこれかな?」
少女は、がばっとひったくるようにメガネを奪った。そしてそれが壊れていないのを確認し、顔にはめた。
メガネをはめた後、少女は立ち上がって、キッとした顔でシンジを見下ろした。
「そこの痴漢君。誰にも触られたことのない乙女の胸を揉んで、あまつさえ…」
突然そこで言葉を切り、少女の頬がかぁっと紅く染まる。
「す、す…す…スカートの中…まで…」
「いやいや、空から降ってくるほうが変だって! 誤解だ! 不可抗力だ! 俺は無実だ!」
「問答無用!」という声と同時に、シンジの顎にキックが命中した。
大の字で倒れたシンジを少女は見下ろした。しかし、少女の顔には不審の色が浮かんでいる。
「…さっきの匂い。あれは一体…」
少女はシンジにそっと近づき、鼻を鳴らして匂いをかいだ。途端に少女は驚きに目を見張る。
「………あ…れ…?」
更にふんふんと鼻を鳴らし、匂いをかいでいく。
「嘘…! なんで…だろ? あたし、この匂いに覚えがあるような…。あたしが好きな匂い…」
考え込んでいた少女は、何か思い出したかのようにはっと肩を震わせた。
「いけない! あたし遅刻していたんだ! 急がないと」と、屋上の入り口に向かった。
出るときに、まだ倒れているシンジを数秒みつめていたが、そのまま屋上を去った。
シンジが気付くと、既に昼休みは終わりに近かった。
左頬よりも、顎が痛い。口の中は鉄の味がした。どこかを切ったらしい。
「いてて…何なんだよ、さっきの女は…」
しかし、さっきの情景を思い浮かべ、シンジは赤面した。
すごく柔らかくて、大きかった。
女の子のスカートの中を…絶対領域ってやつを…真っ白い三角形を…はっきりと目の前で…。
シンジはドキドキと脈打つ胸を抑えながら、ひょろひょろと立ち上がった。
昼休みが終わる寸前にシンジが教室に戻ってすぐ、次の授業担当であるミサトが珍しく時間ぴったりに来た。
教壇に着くなり、ミサトが言う。
「改めて言う! 喜べ男子! 転校生を紹介するーっ!」
シンジはまだ痛む顎をさすりながら、興味なさそうに外を見ていた。さっきの出来事で頭が一杯だったのだ。
あの時感じた既視感…。あれは一体何だったんだろうか、と。
ガラッと教室の扉が開く音がし、教室がざわめいた。
ほとんどが男子生徒の歓声だった。
「おおお」「すげぇ」「かわいい」
黒板に何かを書く音がし、少女は話した。
「あたし、真希波・マリ・イラストリアスです」
シンジははっとした。この声は、忘れようにも忘れられない、さっきの…。シンジはすぐに前を向いた。
「あ!」
その声にマリはシンジの方を向く。
「あ! さっきの痴漢!」
「違う!」
「胸を揉んだ!」
「だから不可抗力!」
「パンツも見た!」
途端に教室は蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれた。
トウジが羽交い締めにしたシンジの首をアスカが絞める。レイはシンジの脇腹をつねる。
つかつかと歩いてきたマリは、シンジの右頬に新たな紅葉の葉を作った。
………
シンジは疲れ果てた様子で校門を出た。
生活指導の教諭にこってりと絞られたのである。
帰り道で、シンジは公園に寄って水を飲もうとした。
すると、見覚えのある少女がブランコを揺らしているのが目に入った。
マリだった。
シンジは疫病神を発見したような顔をしたが、あの時に感じた既視感が何故か気になった。
「…や、やぁ」
シンジはおずおずと声をかけた。
マリは初めてシンジに気が付いたのか、少し驚いた表情を見せた。
「あ…」
「その、ごめん。わざとじゃないとはいえ、嫌な思いをさせてしまって…」
「………いいの、もう」
「………」
マリは、どこが淋しげだった。
シンジは思い切って聞いてみた。
「あの、変なこと聞くようだけど、その、前…会ったこと、無いよね?」
その言葉を聞いた途端、マリは弾かれたように顔を上げると、シンジをまじまじと見つめた。
「え? 俺、どうかした?」 「ううん、なんでもない…」
「あの、変なこと聞いてごめん。でも、すごく気になったんだ」とシンジは、ゆっくりと続ける。
「…俺さ、君の眼鏡を拾って渡す時に、何か、前にもこんな事があったような、そんな気がしたんだ」
「…そう……」
「既視感だっけ? そんな感じがしたんだ。何かすごく懐かしいような気持ち」
マリはすくっと立ち上がった。
「あ、ごめん、ナンパとかじゃないから!」
シンジはまた蹴られると思ったのか、後ずさりする。だが、マリはゆっくりとシンジの側によった。
「碇、だっけ? ちょっと動かないでくれる?」「あ、ああ」
「目もつぶる!」と真剣な表情でマリは言う。シンジはその気迫に圧されたようにうなずいた。
マリはシンジが目をつぶったのを確認すると、そっと顔をシンジに近付けた。
匂いをかいだ。改めてかいでみて、マリは確信した。
やはり、私は前、この匂いをかいだことがある。
でも、それがいつかは思い出せない…。
遠い、遠い昔だったような気もするし、つい最近だったようにも思える。
…何故だろう。彼の顔を見ると、すごく懐かしいような、それでいて切ないような気持ちになる。
理由は、やっぱりわからない。
マリは顔を離した。
「もういいよ。ありがと」
シンジは目を開けた。彼は、目の前にいるマリの顔がさっきと比べて穏やかだったのに少し驚いた。
「改めて、ヨロシクね。あたし、マリ」
「ああ、俺は碇…碇シンジ」
「シンジ…そう、シンジ…」マリはシンジの名前を噛みしめるように呼んだ。
「あの、真希波さん…?」
「マリ」 「え?」 「マリって呼んでいいから」 「でも」
「いいから呼ぶにゃ」 「に、にゃ?」 「ほら、マリって呼んで」
「…マリ」
そう呼んだ時、シンジは、身体のどこかで懐かしさを覚えた。気のせい…にしては生々しかった。
それは、マリも同様だった。初めて呼ばれたような感じがしなかったのだった。
「ひょっとしたら、俺たちは昔、どっかで会っていたのかもしれないね」
「昔というか、前世…かも」
ふたりは顔を見合わせて、軽く笑った。
不思議な既視感のおかげで、距離はいつの間にか縮まっていた。
「その…この後暇ならマックで軽く食べない? 昼のお詫びも兼ねておごるから」
「軽く? ふーん、軽く…なんだ。胸揉まれて、おまけにパンツまで見られたってのにマックかぁ…」
「ぐっ…わ、わかった! じゃあファミレスで」
「あたし、そんなに安い女じゃないにゃ」
「明日! 明日もおごるから!」
「男に二言はないわよね。じゃ、それで手打ちってことにしてあげる」
新たな悩みの種が生まれたのかもしれない…。
でも、シンジの心は晴れ晴れとしていた。
ジグソーパズルがようやく完成したような、そんな不思議な感覚が、彼の身体を支配していた。
ひょっとすると、このマリという少女が、最後のピースだったのかもしれない。
シンジとマリは、すっかり打ち解けた様子で、公園を出ていった。
遠くからそっとその様子を見ていた人影があった。
カヲルだった。彼はつぶやく。
「…おめでとう、シンジ君。どうやら、この世界の君の補完は成ったようだね」
眼は穏やかだったが、一抹の寂しさを湛えていた。
「…さて、お別れだシンジ君。僕はそろそろ行かせてもらうよ」
カヲルは、西の空に沈む夕陽を眺める。
「また別のシンジ君が待っているからね」
そして、カヲルの姿は、夕陽が沈むと同時に、溶けるように消えていった。
391 :
SSの人:2009/07/17(金) 23:22:15 ID:???
これにて、マリSSはひとまず完結です。
拙文を終わりまで読んでくださった方も、そうでない方もありがとうございました。
乙ー!!
なにこのハイレベルSSはw
断然エピローグ3!
ほんとうに乙でした!
次回作期待してます!できればエピローグ3の続きを…w
ガッデム!
395 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/18(土) 00:06:18 ID:bWOmrZhR
ここ二週間ですっげぇ伸びてるなぁと思ったら職人来ていたのか
しかもマリっておまwすごすぎwww
新キャラで情報も少ないのによくやるよ…でも大儀であった
1
式波・アスカ・ラングレー大尉は、繊細であらせられる。
「各部冷却システムの数値が理論値より20パー低いじゃない。
左腕のシンクロ状況も劣悪、ボルト抜けてんじゃない?
リスト1350までのプロセスにノイズ発生、パルスが全体的に安定してない」
「ですから、それらの事象はペンディグ状態で」
整備スタッフが額の汗を拭いながらする申し開きも、「あんたバカ?」のひと言で一蹴された。
「万全の状態にメンテナンスしておくのがあんたたちの仕事じゃない。
こんなんじゃ、今日はテストになんないわね」
「あっ、ちょっと、お待ちください、大尉!」
技術班長の呼びかけも虚しく、通信はブチンと一方的に切られてしまう。
ユーロ空軍、EVA建造工場の発令室だった。
現在、この現場にいる人間はひとり残らず殺人的なスケジュールに追われていた。
原因の一因は、ケージの中に吊り下げられている2つの物体だ。その外見たるや、
全長20メートルあまりの巨大ナメクジをこねくりまわして無理矢理人型にしたような
感じだ。1体は手足があるからまだ巨人と呼べるかもしれないけれど、もう1体は頭部
と胴体しかないものだから、もう完全に巨大ナメクジ以外の何者にも見えない。
予定では、あの巨大ナメクジの上に特殊装甲を何枚もかぶせて、プロテクターを
着けた巨人のような形にすることになっているらしい。
その名も汎用ヒト型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。ここで作っているのは、
その2号機と5号機だ。
このエヴァンゲリオンという兵器は恐ろしく信頼性が低く、つい最近まで叩いても
殴ってもなにをしても一向に起動しなかった。起動確率は0.000000001%以下だなんて
いわれていたくらいだから、こんな金食い虫の巨大ロボットモドキはいつ燃えない
ゴミにでも出されて新型爆弾の開発に計画が移行していても不思議じゃなかった。
ところがつい最近、状況が一変した。
なんでも、日本にあるネルフ本部にえらく都合のいい男の子が現れたそうだ。その子は
初めての搭乗であるにも関わらずエヴァンゲリオンとのシンクロに成功し、のみなず起動、
果ては実戦までこなしてしまった。
幸か不幸か起動データが手に入ったことで、エヴァンゲリオン建設関係者たちの勤務報告書
から定時上がりとか終末とか有給休暇という単語は消えた。長らくペンディング状態のまま
ほったらかしにしていたテストスケジュールを突貫工事で進めなければならなくなった。
4号機と5号機を建造中のアメリカでも、ここと大差ない修羅場が展開されているんだろう。
さらに、ユーロスタッフたちにはもうひとつ頭痛の種があった。
エヴァンゲリオン2号機パイロット内定者、式波・アスカ・ラングレー大尉のことだ。
14歳にして大学を卒業している大尉は、その肩書きに恥じない高い能力の持ち主だ。数ヶ国語
を自在に操り、記憶力の面でも論理的思考能力の面でも高い数値を出している。加えて、身体能力
は世界的なアスリート級だ。これでエヴァンゲリオンとのシンクロ率も他の訓練生とは比較にな
らない高い数値を叩き出しているのだから、正式パイロットの座は彼女を置いて他にいないという
のは衆目の一致する意見だ。
ところが、その高すぎる能力が仇になることもある。
なにしろ大尉は、知能が高すぎる。そこいらの現場スタッフなど問題にならない専門知識を
持っている上に、妙に繊細なところがあるものだから、テスト開始直後に何ダースものダメ出し
をした上に「これじゃテストにならない」と吐き捨ててエントリープラグを飛び降りてしまうこ
とも珍しくない。
つい最近まで起動確率0.000000001%だった機体なのだから、不備があるのはむしろ当然だ。
その不備を塗り潰すために、毎日毎日何万通りものテストを行わなければならないという事情を、
どうやら大尉はあまり理解していないらしい。頭のいいひとだから、まったく理解していないと
いうこともないはずだけれど、要するに単に気に入らないのだろう。
「仕方がない」
『PILOT EMPTY』の表示を告げるモニターを睨みながら、技術班長がぽつりと呟く。
確か今日は、彼の息子が2歳の誕生日を迎えるとかいっていた。いや、もう日付が変わって
いるから昨日のことか。
「真希波、頼む」
「うぃ」
あたしは長らく温め続けたベンチからお尻を上げた。
「そういや、式波大尉は大尉だけど、あたしって階級あんの?」
「さあ、准尉とかでいいんじゃないのか?」
「うわ、テキトー」
あたしは腕のストレッチをしながら、仮設エントリープラグに乗り込んだ。シミュレー
ションモードだから、LCLは入ってない。プラグスーツとか呼ばれるパイロットスーツ
もまだ出来てないから、ダサいジャージ姿だ。
2
コンピュータグラフィックで描かれた街並みの中に、黒砂糖をこねくり合わせたような
形の怪獣の姿が現れる。資料で見たことがある。第3審東京に現れたっていう、第4の使徒だ。
『真希波、聞こえるか』
「あい、感度良好」
『今日は各種兵装のテストだ。こちらから指示する武器を使ってそいつを倒せ』
「かしこまりぃ」
あたしは操縦桿を握りしめた。
なるほど、式波大尉の指摘は正しかった。左腕の反応が鈍い。それに、シミュレーター
とはいえ機体の持つ熱が高すぎる。これで実戦に出ようものなら、起動もしないうちに
機体が爆発してしまってもおかしくない。
「動きが重いって。こりゃあ、力押ししかないじゃん」
『MISSION START』の文字が横のスクリーンに表示される。
あたしは操縦桿をいっぱいに引いた。エントリープラグに疑似Gがかかる。2号機が
空中に高々と跳び上がった。
兵装ビルから射出されたスマッシュホークを受け取り、振り上げる。そのまま落下。
叩きつける。
ごすっという手応えと一緒に使徒の右腕を切断する。使徒にダメージは見られない。
いくらCGだってわかってても、ぬぼーっと突っ立っている姿は少し不気味だ。
使徒が、残った片腕を持ち上げる。攻撃が来る。機体が重い。避けている時間と距離
が惜しい。あたしは2号機を半歩だけズラした。使徒の手の平を左の肩で受け止める。
使徒の目がギラリと光った。
左肩に押し当てられた手から光の杭が発射される。タイミングを合わせて、パージ
コマンドを走らせる。CGの残骸を飛び散らせながら、2号機の左腕が地面に落ちた。
『真希波!』
「腕の1本や2本、どうってことないっしょ。はいはい、次!」
班長のため息と一緒に、兵装ビルからボーガンが射出される。
使徒が動いた。コールタール状に身体をくずすと、うぞうぞと兵装ビルへ這い上がって
いこうとする。
「逃げんなーっ!」
あたしはボーガンを振りまわした。つがえられたままの矢を使徒の胴体に突き立てる。
「おりゃあーっ!」
立て続けにトリガーを引いた。矢が次々と発射されて、使徒を兵装ビルにハリツケに
する。使徒はまだ活動を止めない。じたばたと動き続けている。コアとかいうのを潰さない
限り動き続ける仕様らしい。
「くたばれえっ!」
空になったボーガンを振り上げて、使徒のコア目がけて叩きつけた。
『真希波』
『MISSION COMPLETE』を告げるモニターから班長のため息が漏れる。
『その装備は、そうやって使うんじゃない』
「あ、やっぱ左腕重いよ。大尉のいうとおり調整しといた方がいいんじゃないの」
『しかしお前は、奇妙なパイロットだな。
式波大尉はネジ一本抜けていてもこだわるが、
お前の場合ネジが5、6本抜けていても無理矢理動かすからな』
「エヴァンゲリオンて、ネジ使ってんの?」
『さあ、設計図は国家機密だが、たぶんあの肩のトゲとか入ってるとこに使ってるんじゃないのか?』
「うわ、テキトー」
正式パイロットが式波大尉で間違いないのは順当として、あたしがこの場にいるのは
少し事情が違う。
シンクロ率はほかの訓練生と比べて、取り立てて高いわけじゃない。にもかかわらず、
あたしはなぜかエヴァンゲリオンを動かせる。ひところ、「システム上あり得ない」と
ネルフ本部の技術スタッフたちが出張ってきてあたしを検査にかけたくらいだ。
検査の結果、技術スタッフのリーダーさんは「現行のシステムでは読み取れないだけよ」
とコメントした。あたし本人の肉体および精神に異常は見られず。ただし、あたしが乗った
場合エヴァンゲリオンの各部にやたら重い負担がかかっていたことがわかった。
ようするにあたしは、根性で無理矢理エヴァンゲリオンを動かしているらしい。
3
シャワーを浴びて、あたしは薄暗い宿舎の廊下を歩いていた。
時刻は、すでに深夜3時をまわっている。これから仮眠を取って、明日も朝7時から
テストの開始だ。もっともあたしの場合、式波大尉がヘソを曲げるまでベンチの上で
ゴロ寝してたっていいんだけど。
非常灯がぽつぽつと並んでいる廊下の途中で、なにかがうずくまっているのが見えた。
いやなことに、あたしの部屋の前だった。
いつだったか食堂で聞いた怪談話を思い出しながら、あたしはそろりそろりと足音を潜ませた。
カチカチと無機質な音が聞こえる。
「うわっ、なんだ」
ドアの前にうずくまっていたのは、式波大尉だった。手の中では、ずいぶん古いタイプの
携帯ゲーム機が薄ボンヤリとした明かりを放っている。大尉はこのゲーム機がずいぶんお気
に入りのようで、空き時間なんかになるとほかのスタッフたちの雑談には加わろうともせずに
ずっとなにかピコピコやっている。
「これは大尉、お疲れやんした」
「あんた、なにやってんの」
若干茶色がかった金髪の下から、大尉がじろりとあたしを見上げる。
「なにって、なんかあたし准尉らしいし、あなたは大尉で、上官だから、一応、敬礼」
「ヘタクソ」
「そりゃまあ、あたしは正式な軍人じゃないから、敬礼は見様見真似で」
「そういうことじゃなくて」
すっくと、大尉が立ち上がる。白いティーシャツにショートパンツというラフな格好
から、鍛えられたしなやかな肢体が透けて見えるようだった。ぐんと胸を反らすと、
挑むような視線をあたしに向けてくる。
「なんでしょう」
「なによ、あの戦い方は」
「各種兵装の制御プログラムのテスト?」
「そうじゃなくて!」
式波大尉は苛立ちも露わに髪を揺らす。
「なんでエヴァの左腕を切り落とすような真似をしたの」
「え、重くて邪魔だったから?」
「そんなことで!」
どうやら、あたしは式波大尉のご機嫌を損ねてしまったらしい。
「そりゃ、あたしだってあれが実機だったら少しは遠慮するけど。
エヴァンゲリオンの修理費っていったら、それだけでお百姓さんたちの1年の稼ぎが吹っ飛ぶっていうじゃん?
でも、あれはバーチャルのシミュレーションで」
「エヴァが可愛そうだって思わないの?」
「可愛そうって」
あたしは苦笑をそっと隠した。
完成状態ならともかく、建設途中のエヴァンゲリオンは巨大なナメクジか、いいとこ
直立したウーパールーパーだ。あんなものに感情移入するなんて、式波大尉は案外メル
ヘンチックな思考の持ち主なのかもしれない。
どうやら、価値観のズレを理解したらしい。式波大尉は脱力したように壁にもたれかかった。
「あんた、どうしてエヴァに乗ってるの?」
「どうしてって、そりゃあ」
逡巡の時間は、それほど必要じゃなかった。
式波大尉に本当のことをいう必要なんてない。第一、あたしは辛気くさい話が嫌いなんだ。
「使徒って、全部で何体いるんだっけ? 12、3体?
うち2体はもう死んでるっていうし、3番目は捕獲済みだし、4体目はこないだ倒されたっていうし。
でもって、エヴァンゲリオンはいま世界各国で作られてるじゃん。
上手いこといったら、使徒の1体も倒さないで、
一生遊んで暮らせるだけの恩給もらえるんでしょ?
これはもう、やるっきゃないじゃん」
式波大尉は、無言だった。あたしを、軽蔑したような目で見ている。
「ゴメンね。食うに困ってた時期が長かったから、あたし、いやしいのにゃ」
ちょいとおどけて、握り拳を頭に載せた。
物心ついたときにはもう、あたしの両親は共同墓地の中にいた。
セカンドインパクトで親を亡くして、ストリートチルドレン化した子供っていうのが、
昔はたくさんいた。あたしもその中のひとりだった。
あるとき、あんまりお腹が空いたもんだから軍の施設に潜り込んだ。ドジを踏んで捕まっ
ちゃったんだけど、すばしこさを買われて訓練生として面倒を見てもらえることになった。
なにかのテストを受けたら適正があるとかで、そのときにちょっとした密命と特別ボーナス
をもらってエヴァンゲリオン建造計画に出向することになった。
「あんたみたいのに乗られたら、エヴァが汚れるわ」
式波大尉はついとあたしに背中を向ける。
「明日のテストは、あたしがやるから。
あんたはずっと引っ込んでなさい」
「そりゃ、あたしはその方がラクで助かるんだけど」
「信じらんない!」
なにが気に入らないのか、式波大尉は荒い足音をさせて行ってしまう。
どうも彼女は、エヴァンゲリオンにこだわりすぎるところがある。
人類を脅かす謎の敵、使徒をやっつける巨大ロボットのパイロットといえば、たいていの
子供は憧れるだろう。候補生にもそういう子は多い。でも、式波大尉の態度はどこか違うみたいだった。
なんていうか、自分にはエヴァンゲリオンしかないといわんばかりだ。
あれだけの天才少女だ。わざわざこんな、精神汚染のリスク背負った計画に参加しなくても
学会で論文を発表するなりなんなり、いくらでも生き方があるはずだ。顔だって相当可愛い。
上手いことすれば、テレビ番組の人気者にだってなれる。
それなのに、いったいエヴァンゲリオンのなにが彼女をああまでこだわらせるんだろう。
ふと、スタッフの間で囁かれている噂話を思い出した。
エヴァンゲリオンの中には、パイロットの母親の魂が封じ込められている。14歳の子供しか
操縦できないのはそのためだ。
そんなバカな、と思う。パイロットの選考基準がトップシークレットで、しかもなぜか14歳
の子供ばかりだから、そういう噂が出てくるんだろう。
第一、あたしの母親の魂だか遺体だかを、どこから掘り起こしてくるっていうんだろう。
共同墓地にお墓はあるけど、遺体はたしかどこかの海の底に沈んでるって聞いている。仮に
掘り起こしてきたとしても、ろくに顔も覚えていない母親と親子の情が芽生えるとも思えない。
巨大ナメクジのブラックボックスに封じ込められてるともなれば、なおさらだ。
式波大尉の家庭事情はよく知らないけれど、天涯孤独だって聞いてる。セカンドインパクト
前後に生まれた子供で、二親が揃ってる方がよほど珍しい。
あたしにとって、エヴァンゲリオンに乗ることは手段であっても目的じゃない。乗れれば
ずいぶん助かるけど、乗れなきゃ乗れないで別の手段を考えるだけだ。
だからあたしと式波大尉とじゃ、意識に決定的なズレがあるんだと思う。
4
コンピュータグラフィックで描かれた町の中に、2体のエヴァンゲリオンが立っている。
今日のテストは、ようやく形になってきたエヴァンゲリオン2号機のデータを使っての
模擬戦だ。
あたしの前に立っている式波大尉機は、全身が真っ赤に塗られていた。
べつに、模擬戦をするにあたり甲乙の見分けを付けやすくするための赤じゃない。なんでも、
エヴァンゲリオン2号機の実機が組み上がったら、やっぱり赤色に塗装される予定らしい。
式波大尉が「赤がいい」と希望したからだ。
仮にも一国の国家予算に匹敵する莫大な費用をぶち込んで組み立てた兵器の外装を、たかが
14歳の小娘の希望通りにするというのもおかしな話だ。でも、エヴァンゲリオンに関しては
その無茶が通る。エヴァンゲリオンを動かすにはパイロットのシンクロ率が重要で、パイロットの
意向は可能な限り従うという方針らしかった。
あたしだったら、あのバケモノ然とした4つ目を先にどうにかしたいところだけど、どうやらその点に
関して式波大尉はなにもいわなかったらしい。
あたしは、といえば「何色でもいいよ」といったばっかりにダサい緑色の2号機のデータを使っていた。
「スタート!」
技術班長のかけ声と同時に、式波大尉機が動いた。
一瞬で高々と跳躍したかと思うと、長い脚を伸ばした格好で落下してくる。
あたしは横っ飛びに避けた。
式波大尉機は鮮やかに受け身を取って、体勢を立て直した。いつの間に受け取ったのだろう。
すでにパレットライフルを構えている。
イヤホンから射撃音が流れる。あたしは慌てて兵装ビルの影に逃げ込んだ。
さすがは、ユーロ空軍のトップエースだ。エヴァンゲリオンを使ってあんなアクロバティック
な動きは、あたしにはとてもできない。
赤い機体が兵装ビルを軽々と飛び越える。鋭い蹴り足がぶんとあたしの機体をかすめた。
シミュレーションデータとはいっても、こう至近距離だと背筋がゾクゾクする。
間髪を入れない連続蹴り。式波大尉機は素早い。距離をあけていたら、あっという間に料理
されてしまう。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ!」
あたしは前方に向かって自機をダッシュさせた。タックルをするようにして式波大尉機に
組み付いた。
顔面にストレートパンチを食らう。もしエヴァンゲリオンとシンクロしていたら、激痛に
見舞われていたところだ。しかし、幸いこれはシミュレーションだ。エントリープラグを
揺らす疑似Gさえこらえれば、ダメージはない。
式波大尉機が拳を引っ込める前に、その懐に自機の腕を差し込む。相撲でいう、上手投げ
みたいな格好になった。CGの破片を飛び散らせながら、式波大尉機を地面に叩きつける。
式波大尉機がすぐさま起き上がってくることは予想できた。
あたしは自機の足裏に仕込まれたナイフを飛び出させて、フットスタンプキックを見舞った。
会心の一撃、にはならなかった。さすがの反応速度を見せて、式波大尉機は横に転がっている。
せいぜい、顔面の装甲を1、2枚傷付けただけだ。
「きゃあぁーっ!」
式波大尉の絶叫がイヤホン越しに響く。
予想以上の効果だった。
なんだかわからないけど、式波大尉はエヴァンゲリオン2号機に対して並々ならぬ思い
入れを持っている。模擬戦のときだって、射撃武器や長物ばっかり使うし、接近戦になっ
ても打撃一本槍だ。決して、組み合ったりなんかしない。シミュレーターだっていうのに、
極力2号機を傷付けないように戦っているのだ。
いったい2号機のなにが彼女をそう執着させるのかはわからない。
でも、2号機の顔に傷を付けてやれば動揺を誘えると思った。それが、こうまで取り乱す
とは思わなかった。
「このぉっ!」
絶叫とともに、式波大尉機が突っ込んでくる。さっきよりも動きが速い。
避けられない。タックルをマトモに食らう。エントリープラグが揺れて、モニターが
何ヶ所かエラーを告げる。
「よくもあたしの2号機をぉーっ!」
首をがっちりと締め上げられる。とんでもない力だ。たった2本の腕で、あたしの機体
をぎりぎりと持ち上げていた。
シミュレーターがエマージェンシーを告げる中、あたしは胸に湧き起こる想いに身を
震わせていた。
ああ、そうだ。あの日、ユーロ空軍の施設に忍び込んだときも、あたしはこうやって
笑っていたんだっけ。
ギリギリの危険をすり抜けて、生き延びる快楽。まだ自分に命があるという喜び。自分
のこの手で命を拾ったという悦楽。あたしは、ちっちゃなころからその悦びを知っていた。
「いいじゃん、式波・アスカ・ラングレー!」
あたしはぺっぺと両手に唾を吐きかけて、操縦桿を握り直した。
『待て、真希波、システムにエラーが』
「あーあー、通信回路に不調アリ。あとで直しといて」
通信機のスイッチを切る。
なおもあたしの機体の首を絞めつづける式波大尉機を睨み下ろす。
「やったろうじゃん、とことんまで!」
裏コードという言葉が頭をよぎる。ダメだ。まだアレを出すわけにはいかない。第一、
こんなテスト段階で裏コードなんかぶち込んだらなにが起こるかわからない。
肩の拘束具をパージする。爆発の衝撃で、首を絞める力が緩んだ。あたしはすかさず式
波大尉機の腕を払いのけて、懐に飛び込んだ。両膝をバネのように伸ばす。突き上げるような
ヘッドバッド。式波大尉機のグラフィックが一瞬揺れた。
「離れなさいよ、このぉっ!」
どてっ腹に蹴りを食らう。
あたしは蹴り足をつかんで、前のめりに倒れた。式波大尉機を地面に組み伏せる。マウント
ポジションを取るよる先に、真っ赤な足があたしの視界を覆い尽くした。
衝撃が来る。左眼損傷。式波大尉機の足裏からは鋭利な刃物が突き出していた。意趣返しの
つもりか。案外、執念深い。
「いったぁーい! すっげぇ痛い!
けど、面白いから、いい!」
「ふざけんじゃないわよ、あんたぁーっ!」
「ひひひひひ!」
背筋がぶるぶると震えるような悦びに、ヨダレが垂れそうだ。
あたしは式波大尉機に覆いかぶさろうとした。
と、ビービーという耳障りな音がエントリープラグの中を満たした。すべてのモニターが
真っ赤に染まっていた。
『やめ、やめ!』
技術班長の焦った声が天井のスピーカーから飛び出す。
『オーバーヒートだ。これ以上は、シミュレーターがもたない!』
なんだ、つまらない。
あたしは火照る身体を抱えたままため息をついた。
5
技術スタッフたちはシステムの復旧にてんやわんやだ。
喧騒に溢れた発令室の隅っこで、あたしはベンチに座ってドリンクで喉を潤していた。
今日はもうテストにならない。別名あるまで自室で待機、早い話が自室謹慎を命じられていた。
さっさとシャワーを浴びて立ち去るか、とあたしはスポーツタオルを肩に引っかけた。
「あんた」
頭の上から声をかけられる。式波大尉だった。相変わらず口をへの字に曲げて、あたしを
見下ろしている。
「ああいう戦い方、もうやめてくれる?」
「えー、でも、あたし、大尉みたいに上手くないし」
「するにしても、2号機にはもう乗らないで」
もうもなにも、あたしはまだ1度も2号機の実機には乗ってない。
「その心配も、もう無用ね」
大尉は何故か勝ち誇ったような顔をする。
「さっき辞令が出たの。あたし、明日から日本に向かうから」
「へえ、もう?」
「2号機の外装が組み上がったのよ。あんたには見せてあげないけど」
「え〜、見せてよ」
「ダメ」
「けちんぼ」
どうせ、全身真っ赤に塗ってあるんだろう。いまも、彼女は真っ赤なレオタードみたい
なものを着ている。シミュレーターなんだからジャージでいいっていうのに、彼女は訓練
のときいつもこれを着ている。よっぽど赤が好きなんだろう。
「でも、いいのかにゃあ。まだ作業中もいいとこなのに」
「取りあえずハードは組み上がったから、ソフトは輸送中に仕上げるんですって」
「そんなに焦ることにゃいのに。日本て、もうエヴァンゲリオンが2体もいるんでしょ?」
どうやら、また彼女の気に食わないことをいってしまったらしい。大尉の細い眉が露骨
に歪んだ。
「しょせん、零号機と初号機は開発過程のプロトタイプとテストタイプよ。
でも2号機が、実戦用に作られた世界初の本物のエヴァンゲリオンが完成したからには、
もうエコヒイキやナナヒカリに大きな顔はさせないわ」
エコヒイキやナナヒカリっていうのは、いま日本でエヴァンゲリオン零号機と初号機に
乗っているパイロットのことだろう。なんでも、ネルフ総司令の養女かなんかと、実の
息子らしい。莫大な予算を投じた国際プロジェクトで縁故採用がまかり通るとも思えないけど、
まあヘンていえばヘンだった。
「残る使徒は、全部あたしが倒す。
だからあんたは、恩給でもなんでも好きにもらえば」
「あ、どうも、あざーす」
「あんたねえ」
「あたしもさ、辞令もらったんだ。北極のベタニアベースだって。
ほら、とっ捕まえてある3番目の使徒、あれの監視するみたい」
「5号機は?」
「一応、持ってくみたいよ。
適当にキャタピラでも履かせときゃ動きそうだし、あたしならそんなでも無理矢理動かしそうだからって」
「そう、でも乗らなくていいわ」
「そういうのは、あたしの一存じゃ決められにゃいしにゃあ」
「あんたは、乗る必要ないっていってんの。
使徒は全部あたしが倒すんだから!」
「はあ、どうも、ごくろうさんです」
「もう、会うこともないわね」
「え、なんで。会おうよ。せっかく同期の桜なのに」
「誰が同期よ!」
「違うの?」
「あたし以外のエヴァパイロットなんか、必要ないのよ。
あたしがナンバーワンなんだから!」
「あの、さあ、大尉」
あんたには、エヴァに乗らない幸せもあると思うよ。
突然口の中に湧いてきた言葉を、あたしははっと飲み込んだ。
なんだったんだろう、いまのは。あたしの言葉じゃなかった。あたしは、そんなことを
考えていなかった。
ふと視線を感じて振り返る。
幻だったんだろうか。一瞬、水色の髪をした女の子の姿が見えたような気がした。
「なによ」
式波大尉は不審そうな顔であたしを見ている。
「え、べつに。また会えたらいいね」
「あたしは会いたくない。会う必要を感じない」
「あのさ、あたしと大尉は友達じゃなかったけど、
いつか大尉にも、いい友達が出来ると思うよ」
「あんた、バカ?」
言い捨てて、式波大尉は高い靴音をさせて立ち去っていく。
あたしと彼女は、また会うことになるだろう。
そのとき、あたしは彼女と敵対してるかもしれない。
エヴァンゲリオンを破壊せよ。
人類を脅かす謎の敵『使徒』をやっつける決戦兵器であると同時に、エヴァンゲリオンは
たった1体で一個艦隊を叩き潰すことも不可能じゃないとまでいわれている。
使徒がいるうちは、まだいい。でも、使徒がいなくなったあとはどうする。
あたしの雇い主であるところのユーロは、そこらへんを憂慮しているらしい。セカンドイ
ンパクトで世界が滅びかけたっていっても、世界はそう簡単に一枚岩にはなってくれないみたいだ。
ヴァチカン条約でエヴァンゲリオンの保有台数が決められているといっても、現在実働可能な
のは零号機と初号機のみ。その2体を2体とも日本政府が独占しているという状態はよろしくない。
エヴァンゲリオンが前世紀の核兵器のような存在になってしまう前に、破壊してしまえ。
どうやら使徒はエヴァンゲリオンが3機もいれば十分対応できるようだし、何体か減ったって問
題ないと思っているんだろう。あたしが建造途中の5号機と一緒にベタニアに行くってわかった時点
で、ユーロからは5号機の自爆コードを渡されてる。
もっとも、それはユーロの目的であってあたしの目的じゃない。
あたしが手に入れた情報によると、ネルフとその背後にいる組織はエヴァンゲリオンを使って
再度のセカンドインパクト、つまりサードインパクトを起こそうとしているらしい。せっかく
生き残ったっていうのに、なんでわざわざ自殺みたいな真似をしたがるのかはわからないけど、
たぶん終末思想的なカルト組織でも絡んでいるんだろう。
あたしは、まだまだご飯を食べて生きていたい。だから、サードインパクトなんか起こされちゃ
困る。エヴァンゲリオンがサードインパクトを起こすっていうなら、壊すだけだ。
「じゃあね、式波・アスカ・ラングレー大尉。
エヴァンゲリオンが全部なくなったら、また会おうね」
エヴァンゲリオンが1体残らず破壊されたら、彼女はどうなってしまうのだろう。あの
少女にとって、エヴァンゲリオンは生きる理由そのもののようだった。
案外、悪くはならないかもしれない。余計な肩の荷が下りて、人当たりがよくなっているかもしれない。
そうなったら、友達になれるかもしれないな。
「あ、お役目を頑張りましょうか。モーレツに!」
まずは、北極で捕まっている3番目の使徒を倒して、同時に5号機を自爆させる。
そのあとは、日本だ。
そこには、彼女がいるかもしれない。
GJ!!!
おおお新しい話が!
アスカとマリの話よかったわ
乙でした
そうだよなユーロ同士知り合いの可能性もあるわけだよな
マリとアスカも仲良くなって欲しい。
GJ
マリとアスカのエヴァに対する思いの違いとか
マリがベタニアベースに居た理由とかの補完が凄いな
おおお新しい話が
乙
1
半ばエネルギー体化した初号機が、どす黒い赤色をした玉に手を当てる。玉が粉々に
砕けて、中から女の子の形をした真っ白いなにかが現れた。初号機が女の子の手をがっ
しりとつかんで引っ張り上げる。女の子もまた両手を伸ばして初号機に抱きついた。
巨体同士の抱擁が一瞬光り輝いたかと思うと、女の子のシルエットが初号機の中に溶け込んでいく。
融合した、というのとはなんか違う。なんていうか、女の子が望んで初号機の中に入
って行ったっていうか、初号機が彼女を引っ張り込んだっていうか、絆っていうか、
双方合意の上みたいな、そんな感じがした。
あの初号機に乗ってるのって、ついさっきまでエヴァには乗らないとかなんとかブツ
ブツ呟いてたネルフのワンコ君だよねえ。ほかにパイロットがいるなんていう話も聞い
たことないし。
あの白い女の子の姿は、記録にあった零号機パイロットに似ていたような気がする。
「なるほど。都合のいい奴ね。やっぱ匂いが違うからかにゃあ」
突然の寒気に襲われて、あたしはくしゅんとクシャミをした。
初号機が猛烈な光を発してる。光っているっていうか、もう光そのものに変貌しつつある。
あたりの熱エネルギーまで取り込んでいるのか、気温が急激に下がっていた。
いつの間にか、耳が聞こえなくなっていた。鼓膜が破れてるのかもしれない。目だって
いまにも眩みそうだ。
地面が激しく揺れている。ほっぺたのうぶ毛が焦げるような、とんでもないエネルギー
が初号機から発せられていた。なんとも、はた迷惑なハグがあったもんだ。
「こりゃあ不味いや」
このままじゃ、知らないうちに蒸発してもおかしくない。取りあえず2号機のエントリ
ープラグにでも逃げ込むか。半壊してるとはいっても、いまからシェルターを探すより
はよっぽど手堅い。
とそのとき、ドスッと鈍い音がした。
どこからともなく現れた巨大な槍が初号機を貫いていた。
ジオフロントの天井に空いた穴を通って、ぴかぴか光る輪っかを頭に頂いたなにかが降りてくる。
2
ゴーンゴーンとお寺の鐘みたいな音に囲まれて、槍に刺し貫かれたままの初号機が地下
に沈められていく。
あたりはまさに阿鼻叫喚の地獄だった。ジオフロントの建物はほとんど倒れたり崩れた
りしてるし、使徒やエヴァンゲリオンから飛び散った血糊が地面をどす黒く染めている。
そんなのはまだいい方で、さっき初号機がいたあたりなんて地面がごっそりと削り取られて
巨大なクレーターが出来上がっていた。
誰が手入れしてたのかも知らないけど、野菜畑らしきものは見る影もなくなっていた。
あ〜あ、もったいない。食糧難を生き抜いたセカンドインパクト世代が見たら泣けてくるよ、これ。
「よ、お勤めごくろんさん」
後ろから、知っている声をかけられた。
「あれ、加持監査官」
ベタニアベースでちょっとだけ一緒にいた、加持リョウジ主席監査官だった。肩書きから
するとけっこうな偉いさんなんだろうけど、休憩室でお喋りする分にはまあ面白いひと
だから、ベタニアベースの中じゃ比較的親しくしていた。
「なんで日本にいんの?」
「悲しい転勤族でね」
加持監査官はひょいと肩をすくめる。雑談する分にはいいけど、腹を割って話せるよう
な人じゃないってことを、その仕草が物語っていた。
「あのさあ、加持監査官。これ、ひょっとしてあたしの勘違いかもわかんないけど、
あんとき、5号機が自爆すんの、あたしが自爆コード走らせるより、若干早かったような気がするんだよね」
「気のせいじゃないのか。それだったらお前は、生き残っているはずがないじゃないか」
「いやいや、あたしもけっこう必死だったしね」
「いいじゃないか、生きているんだから」
これ以上聞いたってなにも出てこないぞと、加持監査官の全身がそう語っている。
まあ、実際あたしは生きてるんだし、それでいいか。
「初号機って、どうなんの?」
「封印される。放っておいたら、サードインパクトを起こす危険があるからな」
「マジで? うっわ、本気であたし、ヤバかったんじゃん」
「九死に一生を得たというわけだ」
「それはまあ、丸儲けな話なんだけどさあ」
あたしはちらと視線を上に向けた。
「あれ、なんなの」
ジオフロントの空中に、ほのかな光を放ちながら巨人がぷかぷかと浮いている。あれは、
エヴァンゲリオンなんだろうか。あのひょろ長い手足とか蛇腹状のお腹なんかはたしかに
エヴァンゲリオンなんだけど、でっかいバイザーをかぶっているような頭部はエヴァンゲ
リオンにしてはシャープなデザインだった。なんとなく、ほかのエヴァンゲリオンとは
違うような気がする。だいたい、エヴァンゲリオンて空飛べないはずだし。
「Mark.06だ」
「え? 6号機? 5号機以降の建造はゴタゴタしてて決まってないって話だったけど」
「あれは、真のエヴァンゲリオンと呼ばれている」
「なにそれ。2号機が世界初の本物のエヴァンゲリオンなんじゃなかったの?」
「だから、2号機が本物のエヴァンゲリオンで、Mark.06は真のエヴァンゲリオンなんだろう」
「なにそれ。そのうち、元祖エヴァンゲリオンとか本家エヴァンゲリオンとか、
影のエヴァンゲリオンとか裏のエヴァンゲリオンとか出てくるんじゃないの?」
「元祖は、困るな。
もうネルフで商標権を押さえてるから」
「え、エヴァンゲリオンて商標とかあったの?
香港とかで出来の悪いオモチャ売られてるじゃん」
「目下、広報部で係争中だ」
「地味な戦いしてんのにゃあ」
「アメリカがアジアを巻き込んで色々やっているからな」
「スケール大きいんだか小っちゃいんだかわかんないよ」
「いやはや」
「それで、そのMark.06さんは、いったいなにやってんの」
Mark.06が現れてから、もう小一時間ほど経つ。その間、Mark.06はジオフロント内部で
ぷかぷか浮かび続けていた。
「ATフィールドをなんやかんやして初号機のエネルギー体化を防いでいるんだろ」
「や、それはなんとなくわかるんだけどさ。あのポーズ、なんなの」
Mark.06は、ハリツケにされたイエス様みたいな格好で両手を広げていた。現れた当初は
神々しくも見えたものだけど、さすがに小一時間もおなじポーズのままでいられると、ちょっと
マヌケに思えてくる。
「さあ、中に入っているパイロットがやらせてるんだろ」
「ちょっと、変態なんじゃないの?」
「まあ、尋常な神経の持ち主でないことだけは確かだ」
「なんていうかあたし、Mark.06の人とは仲良く出来そうもないや」
「パイロットのモチベーションとかテンションとかあるからな」
「あれ、ちょっと待って。あたし、あんなのも壊さなくちゃなんないの?」
エヴァンゲリオンを破壊せよ。
あたしがそういう密命を帯びていることを、加持監査官は知っている。なんで知ってる
のかわかんないけど、たぶんユーロからお小遣いでももらってるんだろう。5号機の自爆
の件でも、ちょっとだけ手をまわしてもらった。
すぐそばに、ズタボロになった2号機が転がっている。両腕を失い、半壊した頭部からは
ピンク色をしたものがトロリとこぼれている。生体部品が早くも腐り始めたのか、酸っぱい
臭いを放っていた。
ビーストモードを起動させた2号機でも、あの使徒のATフィールドを食い破るのがやっ
とだった。零号機が捨て身でぶち込んだN2ミサイルにだってびくともしない。その上、
零号機を取り込んだと思ったら何故か生ケツ丸出しの姿になった使徒は、さらに強化された
と考えて間違いない。
その使徒を一方的に蹴ったり殴ったり目からビーム出したり、果ては熱い抱擁までし始めた
初号機を、Mark.06は槍の一撃で沈黙させた。エヴァンゲリオンもなしに、あれを壊すのはちょっと骨だ。
「いや、あれを壊されちゃ困る。特殊な機体らしいからな」
「よかったあ。ちょっと一瞬途方に暮れちゃったし」
胸をなで下ろしかけて、あたしははたと気が付いた。
初号機は封印、零号機は両脚と頭部しか残ってない。そして2号機は大破、無理矢理裏
コードなんか打ち込んだもんだからソフトもズタズタだ。自分で開発に携わった機体だから、
予算的にも技術的にも修理はほぼ不可能だってことはよくわかる。
「Mark.06に手ぇ出すなってことは、ひょっとしてエヴァンゲリオンてもうないんじゃないの?」
4号機は消滅しちゃったし、3号機は使徒に乗っ取られた挙げ句にダミープラグとやらを
起動した初号機によってズタボロにバラされた。
「ああ。いま、世界各国で持ち上がっているエヴァンゲリオン建造計画も白紙に戻されるだろう。
3号機事件のときの映像が明日のTIME誌に載るからな」
巨大な臓物が民家を押しつぶしている惨状を見させられれば、世論が騒ぐことは簡単に
予想できる。エヴァンゲリオンは人類を救うスーパーロボットから一転、わけわかんなくて
おっかないバケモノ兵器に変わる。ダミープラグ計画とやらにもストップがかかるだろう。
なんだか釈然としないけど、民主主義ってそういうもんだ。
「使徒は? もう現れないの?」
「10番目以降の使徒の行動は限定的で、すでに対応が準備されているそうだ」
「ふ〜ん」
なんだか胡散臭いけど、教えてくれないってことは知りたがるなってことなんだろう。
「そしたら、あたしはどうなんの?」
「それを伝えに来た。お前用に、新しい戸籍とセーフハウスを用意してある。
しばらくヴァカンスでもしていろ」
「なんかその言い方、左遷っぽい」
「若いうちから悲観的なものの見方をするもんじゃないさ」
「ま、今さらユーロ空軍とかに編入される気にもなんないし、いいけどね」
「カネも時間もあるんだ。学校にでも行ったらどうだ?」
学校か。そういえば、ずっと施設育ちで行ったことないや。
「それもいいかもね。中佐ももういないし」
「中佐?」
「式波大尉って、2階級特進したんでしょ?」
式波・アスカ・ラングレー大尉は3号機起動実験中に使徒の浸食に遭い、死亡したと聞かされてる。
「あ、いや、式波大尉は」
加持監査官が、ちょっとヘンなカオをした。そして間違いなく、大尉ってそういった。
「待って。ひょっとして大尉、生きてんの?」
「あ、いや」
どこかわざとらしい仕草で、加持監査官があたしに背中を向ける。どうでもいいけど、
鬱陶しい後ろ髪だなあ。なんか、こう、うりゃって引っ張ってやりたくなる。
「気に食わないなあ。そんなことあたしに聞かせて、どうしようっての」
「俺は、なにもいっていないぞ」
「あたし、加持監査官のこと嫌いかも」
「式波大尉と、仲がよかったのか?」
「う〜ん、どうだろ」
ユーロ空軍のエヴァンゲリオン建造工場で、式波・アスカ・ラングレー大尉と言葉を交
わしたことは数えるほどしかない。部屋の隅っこで丸くなってピコピコゲームやってる姿と、
細い手足を突っ張ってなにかにケンカを売るような顔で立っている姿ばっかりが頭にこびり付いてる。
「たぶん、大尉はあたしのこと好きじゃなかったと思う。
でも、あたしは大尉のこと、嫌いじゃなかったよ」
時間もカネもある。ユーロ空軍に組み込まれる可能性もない。
なんだ、いまのあたしって、もの凄く自由な立場なんじゃん。
3
装備は一週間もしないうちに揃えられた。
重火器よし、弾薬よし、ナイフよし、マガジンよし、バナナはレーションに含まれない。
ラペリングロープにプラスチック爆弾、M60発火具。
手首のスイッチを押すと、プシュッと空気が押し出されてプラグスーツが肌に密着した。
装備一式をぶら下げたタクティカルベルトをプラグスーツの上から巻き付ける。プラグ
スーツっていうのは、これでそこいらのボディアーマーなんて問題にならない耐弾性能と
耐刃性能を持ってるから、こういうとき便利だ。問題は、真っピンクのプラグスーツに
タクティカルベルトと耐弾ヘルメットっていう格好が果てしなくマヌケってことくらい
だけど、あんまり贅沢も言ってらんない。
今日もジオフロントの中では、資材を積んだトラックが何台も出入りしてる。使徒に
ぶっ壊されたり初号機に踏んづけられたりしたせいでネルフ本部はすでにピラミッドの
形をしてなかった。
修理のために外部の出入りが激しい今を覗いて、潜入のチャンスはない。
あたしがコンテナの中に潜り込んだトラックが停まる。駐車場に着いたのか。運転手の
おっちゃんが降りてくる前に、あたしは幌の隙間から外に降りた。足音を忍ばせて、
エアダクトの中に潜り込む。
昨日のうちに頭の中に叩き込んだ地図に従って、下へ下へと降りていく。途中、通気口
の下でM4カービンを構えた警備員の姿が何人も見えた。外部の出入りが激しい分、セキュ
リティも上がってるみたいだ。
式波・アスカ・ラングレーは、エヴァンゲリオン3号機もろとも使徒に浸食された。3号機
が破壊されたあとに回収されて、治療も施されたんだけど、精神汚染の危険があるっていう
ことでネルフ某所に隔離されている。
これ以上の情報を手に入れることはできなかった。だったら、知ってる人間に聞くだけだ。
ようやく発令所の上まで辿り着く。作業服姿のオッサンと、ネルフの制服を着た職員3人が
なにか話していた。
大本命の赤木リツコ博士は不在か。知ってるとしたら、制服姿のホワイトカラーたちだろう。
男が二人に女が一人。髪の毛を整髪料で固めてダサいメガネをかけた男、ロン毛で長身の男、
それからショートカットのお姉さんがいる。3人とも若そうだけど、発令所でオッサンに指示
出してるくらいだから、それなりの権限を持ってるに違いない。
あたしは通気口を蹴破って発令所に飛び降りた。
誰にも何も言わせる隙を与えない。ウィンチェスターM1887を腰から引っこ抜いて、ルー
プレバーに手を入れたまま銃身をぶんと振るう。スピンコッキングの手応えと同時に引き金を
絞った。発砲の衝撃が肩を叩く。銃口の先から飛び出したゴム弾が十字型に開いて作業服
姿のオッサンの胴体に命中した。オッサンは悲鳴も上げずにその場でひっくり返る。
いかにも肉体労働者風のオッサンを片付ければ、あとはホワイトカラーだけだ。ダサメガネ
は位置が遠い。ロン毛は意外と体格がいい。となれば、選択肢はひとつだ。
「フリーズ!」
叫びながら、あたしはショートカットのお姉さんを後ろからつかまえた。ヒップホルスター
からコルト・パイソンを引き抜いて、お姉さんのコメカミに突き付ける。
「何者だ!」
ろくに実戦経験もないんだろう。ダサメガネがへっぴり腰で叫ぶ。可愛そうに、ショー
トカットのお姉さんの顔色は一瞬で紙のように白くなっていた。ゴメンね、と胸の中で
呟く。でも、式波大尉を隔離したのもこの人たちだ。
「誰だっていいでしょ」
ダサメガネがコンソールに手を伸ばそうとしているのを見て、あたしはパイソンの激鉄を
起こした。
「よーしよしよし、ふたりとも、手を頭の後ろで組みな」
「なにが目的だ」
「式波・アスカ・ラングレー大尉」
あたしが口にした名前に、ショートカットのお姉さんがびくと反応した。
「どこに隔離されてんの。
区画のコードとパス持ってんのは、誰」
「俺だ」
ロン毛が一歩前に出る。
「ああなるほどね」
あたしはパイソンの銃口をごりとショートカットのお姉さんに押し当てた。
「ヒッ」
「マヤッ!」
「騒がないでよ。あたしだってね、マグナム弾で頭蓋骨ふっ飛ばすようなグロい真似したくないの。
さ、さっさと出して」
ショートカットからリンスの匂いをさせながら、お姉さんがガタガタと震え始める。
「赤木博士の許可が」
「マヤッ、指示に従っておけ!」
ロン毛の声を受けて、お姉さんの目が混乱したようにきょろきょろ動き始める。
「D51区画。パスカードは、そこの引き出しの中に」
「サンキュー」
お姉さんをロン毛とダサメガネがいる方に突き飛ばして、あたしは引き出しに飛び付いた。
4
発令室から飛び出したのと同時に、天井からけたたましエマージェンシーコールが降り注ぐ。
一秒もしないうちに、廊下の奥からカービン銃を構えた警備員が駆け込んできた。
「あー、出てきた出てきた」
十分予想していたことだった。あたしはすでに持ち替えていたM3短機関銃の安全装置を
解除した。腰だめに構えて、警備員たちのヒザあたりの高さに向けて引き金を引く。
イヤー・プロテクションを銃声が叩く。大量の9oパラベラム弾がばらまかれて、せま苦しい
廊下の中をビシビシと跳弾した。
「カ・イ・カ・ン、みたいな」
警備員が何人か、ヒザから血を出して倒れている。ちょっと痛いだろうけど、警備員て
そういう仕事だ。ネルフ本部は福利厚生が充実してることで有名だから、しばらく家族とでも
ゆっくり過ごしててよ。
「はい、どいてどいてー!」
9oパラベラム弾をばらまきながら廊下を駆け抜ける。
と、うめき声を上げる警備員たちを押しのけて、真っ赤なジャケットを着た人影が飛
び出してきた。H&K USPをウィーバースタンスに構えたまま、ためらいもなく発砲する。
「うぐっ!」
左上腕の肉を抉られる痛みに、あたしはうめき声を上げた。あっぶないなあ。とっさに
身体をズラしてなかったら、まともに心臓を打ち抜かれてた。しかもこの威力、45口径じゃん。
えげつないなあ。
鋭い痛みにミゾオチを抉られる。身体をくの字型に折ったあたしを、さらに追い打ちの
衝撃が襲った。背中から壁に叩きつけられる。
「あんた何者? なにが目的?」
とんでもないスピードで距離を詰めてきた赤いジャケットの女が、あたしにUSPの
銃口を突き付けていた。あたしの脇腹にめり込ませたヒザをゴリゴリやって来る。痛い、
痛いって。
「えへへ、あたしは誰でしょお?」
「ふざけてるの?」
「あかんべえ」
いったいどこで訓練を受けてきたのか、この女の身のこなしはレンジャー級だ。なん
だって日本のネルフにこんなバケモノがいるんだろう。
冗談じゃない。こんなのとマトモにやり合ってたら、危険が危ない。あたしはタクテ
ィカルベルトから閃光弾をもぎ取って床に叩きつけた。
カッと閃光が起こる。同時に銃声が起こって、あたしの顔からメガネが吹き飛んだ。
とっさに発砲したのか。なんて手癖の悪い女だ。あたしは女の腹を蹴飛ばして拘束から
抜け出した。いまにも閉じようとしている隔壁の隙間に滑り込む。
5
いま思い出したけど、あの赤いジャケットの女は葛城ミサト一佐。ネルフの作戦部長
さんで、加持監査官の元カノだ。加持監査官も、元カノにくらい話通しといてくれたって
よさそうなもんなのに。
いや、これはあたしが勝手に考えて勝手に行動していることだ。誰にも文句をいう筋合い
なんかない。
制御板をいじって隔壁を落とし、あたしはようやく壁にもたれかかった。スペアのメガネ
をかけて、プラグスーツの左袖を落とす。真っ赤な肉が露出した、無惨な傷口からとめどめ
なく血がこぼれていた。顔をしかめながら、応急キットから出した包帯で締め付ける。
深呼吸を五回。それで体力を回復させる。
「うっしゃ、行こうか」
立ち上がったあたしの前に、ゆらりとふたつの人影が現れた。黒い髪を短く刈り込んだ
男の子と、水色の髪の毛をした女の子だった。ふたりとも学校の制服らしきものを着ている。
ネルフのワンコ君と、零号機パイロットとおなじ姿をしていた。
あたしはホルスターからパイソンを引き抜くや、握り拳を固めて激鉄を叩いた。ファスト・
ドロウで撃ち出されたマグナム弾はワンコ君の姿をすり抜けて、背後の壁をめこりとへこませる。
まあ、こうなるんじゃないかなって思ってたんだけど。ワンコ君と女の子の身体、なんだか
ちょっと透けてるし、この世のもんじゃないんだろう。あたしはオカルトなんか信じないけど、
うっかりサードインパクト起こしかける二人だったらなにが起こっても不思議じゃないような気がする。
『なにするんだよ、いきなり!』
「だって、目からビームなんか出されちゃたまったもんじゃないし」
『出来るわけないじゃないか、そんなこと』
「え、しないの?」
『しないよ』
「いやいや、怒んないから、ちょっと天井に向けてビーム撃ってみてくんない? 見てみたいから」
『だから、できないって』
「それでワンコ君たち、いつまで抱き合ってんの?」
『わっ!』
ワンコ君と女の子がぱっと離れた。お互い背中を向けて、真っ赤な顔をモジモジさせてる。
なんだ、この子たち。衆人環視の真ん中であんな派手なハグしてたくせに、いまさらなに
モジモジしてるんだろ。
「あのさあ、ワンコ君。乳のひとつやふたつ揉ませてあげるから、そこ通してよ」
『そんなことっ!』
「碇君」
『いや、違うんだ綾波。あれは』
『あれって?』
『だから』
「ねえ、ちょっと、あたしいま、結構シリアスな気分なのよ。
夫婦ゲンカだったらヨソでやってくんない?」
『夫婦ってそんな、僕たちは』
『そういう』
ふたりは、また顔を赤くしてゴニョゴニョ呟き続ける。
「あ、ちょっと待って、やっぱやめて。
あんたたちが夫婦ゲンカなんかしたら、サードインパクト起こるかもしんないし」
『だから夫婦じゃ』
「ほんと、なにしに出てきたの?」
『あなたは』
水色の髪をした女の子が顔を上げる。
『なにをしに来たの?』
「なにっていわれると困るけど、式波大尉を助けに来たのよ」
『それは、誰の意志で?』
「誰って、そんなのあたしに決まってるじゃん」
考えてもみれば、式波大尉はユーロ空軍のトップエースだ。それが日本政府に拘束さ
れてるっていうなら、政治的な手段で取り返すことはできるのかもしれない。もちろん
あたしには政治的な手腕も権限もないからそんなことできないけど、案外加持監査官
あたりなら穏便に大尉を奪還できていたのかもしれない。
そういうことがわかっていても、あたしは自分の行動を変える気になれなかった。
「そりゃあ、あたしに助けられて、大尉が助かるかっていや、微妙だけどさ」
『あなたは、二号機パイロットの友達なの?』
水色の髪をした女の子は真摯な目であたしのことを見る。ついさっきまで顔を真っ赤に
してモジモジしてたくせに、急にそんな態度になられても噴き出しそうになるんだけど。
「友達、ではなかったよ。少なくとも大尉に聞いたら否定されると思う」
『では、あなたは二号機パイロットと友達になりに来たの?』
「あ、そっか、いいこというね、あんた」
『アスカを、助けて欲しい』
ワンコ君まで真面目くさった顔であたしのことを見る。
『僕たちの身体は今初号機と一緒に封印されてて、なにも出来ないから』
「へえ、そうなんだ。
自分たちも助けて欲しいっていうお願いなら、後日にまわしてくんない?
もう弾薬も尽きかけてるし、左腕痛いし。
あんたとこの上司、あれ怖いよ」
『僕たちは、いいよ。自分たちの意志であそこにいるんだし』
「ああ、水入らずってやつ」
『だから』
またモジモジし始めるワンコ君の横で、女の子が水色の頭をぺこりと下げた。
『二号機パイロットを、お願い』
「そっか、あんたたち、大尉の友達なんだ」
言葉もなく、二人がこくりと頷いた。
「なんだ、大尉、友達作れたんじゃん」
『あなたも』
「あたしは、どうかなあ」
二人の前を通り過ぎて、あたしはドアを開いた。
「なにしろ、これから友達になりに行こうって立場だし」
さて、行くか。あたしはぱしんと両手を叩き合わせた。
6
カードキーを通しても反応はなかった。
すでにコードが書き換えられているのか。あのショートカットのお姉さんも、案外
仕事が早い。
鍵にパイソンを押し当てて、引き金を引く。扉を蹴倒して中に入って行こうとすると、
バチンと硬いなにかに行く手をふさがれた。
一瞬、電気を流された隔壁でも立っているのかと思った。違う。透明ななにかが、
あたしの行く手を阻んでいる。
明かりひとつ付いていない、真っ暗な部屋だった。奥にエントリープラグに似たものが
置かれているけれど、どうしてもそこに近づけない。
「あ痛っ。にゃによ、これは」
『来ないで!』
どこからともなく声が響いて、あたしのことを弾き飛ばした。暗闇の中に、一瞬真っ赤な
六角形が浮かび上がったように見えた。
まさか、ATフィールド? 冗談じゃない。ATフィールドを張れるのは使徒とエヴァンゲリオン
だけっていう話はどこ行っちゃったのよ。
「大尉? 大尉! どこにいんの!」
全身を電流に貫かれたような衝撃に撃たれる。メガネがあたしの顔から落ちて、暗闇の
中に消えていく。
「大尉、あたしよ。真希波・マリ・イラストリアス!」
スペアのメガネをかけ直して、あたしは暗闇に向かって呼びかけた。
『もうアタシに用なんてないでしょ!』
「なにいってんの、あるから来たんじゃない!」
『アタシにはエヴァしかなかった! でも、アタシが乗るエヴァはもうない!
もうエヴァに乗れない!
エヴァだけが、あたしの世界でひとつきりの居場所だったのに!
もう、この世界にあたしの居場所はない!』
「2号機壊しちゃったことなら、謝るからさあ!」
『エヴァに乗って失態を演じてしまったの!
エヴァを、みすみす使徒に渡してしまったの!
もうアタシに、エヴァに乗る資格はないの!
アタシの居場所は、世界のどこにもないの!』
また赤い六角形が光って、あたしを叩く。またメガネが落とした。いったい、あたしの
メガネをいくつ吹っ飛ばせば気が済むんだろ。仕方なくまたスペアのメガネを出す。
「そんなの、大尉の責任追及しようなんて人間はどこにもいないってば!」
『いまのアタシは、エヴァに殺される側の存在になっちゃったの!』
「ああ、もう」
なんだか、あたしはイラついてきた。メガネの位置をぐいっと直しながら、床の上を
ずかずかと歩き進む。
『来ないでって、いってるでしょおっ!』
タクティカルベルトが千切れて、装備がガチャンと床に落ちる。構うもんか。どうせ、
ATフィールドの前にあんなものは役に立たない。
「なんかもう、大尉、エヴァエヴァうるさいよ!」
『アタシはエヴァンゲリオンのために生きてきたの!』
「ああそう、ご愁傷様! エヴァンゲリオンだったら、もうないよ。
初号機は凍結されて、あとは空にぷかぷか浮いてるヘンなのだけだから!」
『エヴァのない世界なんて、アタシはいらないの!』
赤い六角形が閃いて、嫌な音をさせた。あたしの左腕から感覚がなくなる。
「いるもいらないも、世界はあるんだからしょうがないじゃん!」
『エヴァに乗れないアタシなんて、誰も見てくれない! 誰も必要としてない!』
「誰がそんなこといったのよ!」
あたしは右の手の平を持ち上げて、見えない壁に叩きつけた。途端に衝撃がやって来て、
プラグスーツの繊維がブスブスと焦げ始める。不思議と、両脚から力は抜けていかない。
「ちったぁ、エヴァンゲリオンと自分を切り離して考えらんないの!?」
あたしは頭を振り上げて、見えない壁に叩きつけた。
ビリビリとなにかが破れる音を聞きながら、無理矢理暗闇の中に頭を突っ込む。また
メガネが吹っ飛んで、視界の半分がどろりとした赤色に染まった。額から出血してる。
でも、構うもんか。
エントリープラグは、すぐそばにあった。ハッチが開いていて、半壊したシートが見える。
そのシートの上に、式波大尉が横たわっていた。プラグスーツの両袖を切り落とされて、
代わりに包帯をぐるぐると分厚く巻かれている。
「知ってた? 大尉。あんた、ずいぶん可愛いんだよ」
「なにいってんの、あんた」
「エヴァンゲリオンなんて乗んなくても、あんたはいくらでも幸せになれるっていってんの!」
「あたし、こんなになっちゃったのよ!」
式波大尉が顔を上げる。白い頬からは、げっそりと肉がそげ落ちていた。それだけじゃない。
茶色がかった金髪の下で、左側の目がルビーをはめたような赤に変わっている。
「いいじゃん。ピカピカしてて、カッコいいよ」
「あんた、バカなんじゃないの。
こんなになった、あたしが、どこで生きていけるってのよ!」
「えっと、沖縄とか」
とっさに出た答えに、あたしはエヘヘと自分で笑った。
式波大尉は呆然とした顔であたしのことを見てる。
「あんた、なにいってんの」
「沖縄にさ、セーフハウス用意してもらってんだ。
一緒に行こうよ。海は、まあ無理だけどさ。
砂浜白いし、空青いし、食べ物だってきっと美味しいよ。
そこでさ、大尉は毎朝あたしのこと起こしてくれて、あたしにご飯作ってくれて、
お昼は一緒にビーチバレーすんの」
「なんであたしがあんたにご飯作ってあげなくちゃなんないのよ!」
「え、作れるでしょ? 野戦訓練で習ったじゃん」
「アンタだって野戦訓練くらい受けてるでしょ!」
「ヤダよ、あたし、ヘビとかカエルとか食べんの」
「そんなもん、アタシだって食べたくないわよ!」
「じゃ、大尉が作ってくれるしかないじゃん!」
「あんた、ほんとなにいってんの!?」
「だって、作って欲しいんだもん!」
「だもんて、アンタほんとバカなんじゃないの!」
包帯を巻かれた大尉の腕は、暗闇の中で浮かび上がるように白くて、ひどく欲しかった。
こんなときだっていうのに、あたしはフライドチキンの肉のことを思い出していた。
口の中にヨダレが湧いてくる。
「生きることって哀しい? 信じる言葉はない?
わずかな力が沈まない限り、涙はいつだって振り切れるんだよ。
ねえ、大尉のこといらないなんて、そんなやつがいるんなら、
今から一緒に、これからそいつを、殴りに行こうよ」
「あんた、なにしに来たの」
「大尉と友達になりに、かな」
「バカ」
金髪を揺らして、ぷいと大尉がそっぽを向く。
「友達だっていうなら、階級で呼ぶなんて」
「ありゃ、ゴメン」
あたしを阻んでいた壁が、ふいと消える。
たたらを踏みながら、あたしは手の平を式波・アスカ・ラングレーに向かって突き出した。
7
ゴウンゴウンと音をさせてまわる巨大な扇風機を背にして、加持監査官が立っていた。
無精ヒゲが生えた顔に、いつものヘラヘラした表情はない。
「や、遅かったじゃん」
「真希波。お前は、自分がなにをしたのかわかっているのか」
「権限のないエリアへの侵入、エヴァンゲリオンパイロットの私的占有、
発令室の制圧、ネルフ職員への恫喝、許可なき発砲。全部犯罪行為だよね」
「そこまでわかっているなら、いい」
「現行犯だね。いいよ、ここでやっちゃって」
「ああ」
加持監査官が拳銃をつかんだ手を持ち上げる。ジェリコ941、旧イスラエル製の45口径
だった。このひと、なんでこんなマニアックな拳銃持ち歩いてるんだろう。
なんだか笑えてきたあたしに向かって、ジェリコの銃口が火を吹いた。
8
沖縄の空は、やっぱり青かった。
セカンドインパクト以来赤くなった海で泳ぐことは出来なくても、海水浴っていう娯楽
はなくならなかった。砂浜の上を、水着姿のお姉ちゃんたちがワイワイとはしゃぎながら歩いている。
あたしはビーチパラソルの下でビーチベッドに寝そべって、サングラスをちょいとズラ
した。傍らのテーブルからノニジュースを取って、ストローで吸い上げる。
『真希波さん』
声がして、砂浜の上にボンヤリとした影が浮かび上がった。ワンコ君だ。夏の砂浜だっ
ていうのに、相変わらず学校の制服姿だった。
「あたし、いまは山岸なんとかいう名前らしいよ」
真希波・マリ・イラストリアスは独断による作戦行動を襲撃、これを制圧した警備員の
手で射殺される。
式波・アスカ・ラングレーは隔離病棟で療養中、容態が急変して死亡。
そういうことになっているらしい。
『アスカは』
「うん、まあ、元気だよ。
目ぇ離すとすぐにピコピコゲームやってるけど」
『そう、よかった』
「ワンコ君、ひとりで来ちゃってよかったの?」
『え?』
あたしはむくりと上体を起こした。ピンク色のビキニを巻いたおっぱいがぷるんと揺れる。
『いやっ、僕は、そんな目的で来たんじゃ』
「べつに、取り繕わなくていいにゃ。
あたしもこんな胸してるから、そういうふうに見られんのは慣れてるし。
男が泳げもしない海に来る目的なんて、1つしかないじゃん」
『だから』
『碇君』
スッと、ワンコ君の後ろに青い髪をした女の子が現れる。こっちも、水着でも着てく
ればいいのに、やっぱり制服姿だ。
『あ、綾波』
あたふたとするワンコ君の横で、女の子はどこか冷たい顔をしてあたしの方を向く。
「使徒ってさ、いまどうなってんの」
『Mark.06が対処してくれてるわ』
あれから1ヶ月近くが経つけど、Mark.06は相変わらず十字架ポーズで浮いているらしい。
なんでも、たまに両腕がぷるぷる震えてるそうだ。
『2号機パイロットとは、友達になれた?』
「あ、そうだ。あんた、綾波レイっていうんじゃないの?」
女の子が頷く。
「2号機パイロットとかじゃなくて、名前で呼んであげなよ。
そりゃああの子、口じゃ嫌がるだろうけど、案外喜んでんのよ」
『ありがとう』
「アスカの友達だっていうなら、あたしとも友達じゃん。
そのうち、一緒にビーチバレーでもしようよ」
『ええ』
『うん、きっと』
「あ、でも、ビーチバレーじゃあ、ワンコ君戦力外じゃん」
『えっ』
『じゃ』
ふいっと消える綾波レイを追うように、ワンコ君もわたわたしながら消えていく。
なんなんだろうね、あの子たちは。人を越えて獣も越えたなんかになったはずなのに、
やってることっていえば中学生レベルだ。実際中学生なんだから仕方ないのかもしれないけど。
白い太陽が、もうずいぶん高いところまで上がっていた。
「アスカー、お腹空いたー!」
「たまにはあんたが作りなさいよ!」
アスカの高い声は、遠くからでもよく通る。
「今日のご飯なにー?」
アスカの料理は、ちょっと薄味だ。でも、ここ最近ちょっとずつあたしの好みの味に
変わっている。料理の腕が上がるのを、アスカ自身も楽しんでるみたいだ。
あたしには、それが大層嬉しい。
乙。
>>397-413の続きだね。相変わらず上手い。
加持さんがジェリコ使ってるのはカウボーイビバップのスパイクからかな?
乙
>なんでも、たまに両腕がぷるぷる震えてるそうだ。
頑張れカヲルw
444 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/07/28(火) 03:39:47 ID:5DWsvUwQ
乙です!
いいものを読ませて貰った。GJ!
乙
でも山岸ってあんたw
すご−い!
キャラの絡みがかなりわくわくした
面白かったです
すげーなあ
山岸、ウマいなあ
そりゃあもうYAH YAH YAHって感じで
>>397からのヒト抜群に上手いな
再構成しながら小ネタを挟みつつこれだけのテンポで読ませる腕はそうそう無い
もっとくれ
アナタの文章に埋もれて死にたい
同人誌出たら買いたいお
期待アゲ
◆
問題は、式波・アスカ・ラングレーの、ぺっこりへこんだお腹のことだ。
長い軍隊生活で、すっかり鍛えられてしまったんだ。そりゃあ、でっぷり
してるのも困るけど、あんまり筋張ってるのも困る。やっぱり、女の子はほ
どよく皮下脂肪を付けていてるのが一番だ。
現状をブレイクスルーするためには、脂肪と糖分を効率よく摂らせるのが一番だ。
そういうわけで、あたし、真希波・マリ・イラストリアスは砂浜に設置したバーベキュー
セットを使ってアイスクリームの天ぷら作りに勤しんでいた。
アイスクリームをスポンジケーキでしっかりと密封し、天ぷら粉と卵の黄身を合わせた
ものにくぐらせる。大切なのは、油に落とすタイミングだ。ヘマをすると煮えたぎった油
が四方八方に飛び散ることになる。
あたしはゆっくりと深呼吸をした。落ち着こう。そして二の腕がふかふかになったアスカ
をイメージしよう。よし、やれる、あたしなら出来る。
「いいご身分じゃない」
「炎天下で天ぷら揚げるのがセレブな行いだとは知らなかったよ」
頭上から降ってきた言葉に頭を上げかけて、あたしはひたと首を傾げた。
アスカだ。アスカがいる。プラグスーツの両袖を落として、裸の右腕にぐるぐると分厚く
包帯を巻いている。左の目は、真っ白な眼帯に覆われていた。あの、ちょんと上向きに尖った鼻も、
少し吊り上がった目尻や尖った顎や細いウェストやすんなりと長い脚は、たしかにアスカだ。
でも、なんか違う。髪の毛は赤茶けてるし、よく見るとプラグスーツの襟あたりのデザイ
ンも微妙に違う。おっぱいだって、あたしの知ってるアスカよりも若干離れ乳気味だ。
なによりも、声が頭上から降ってきたということだ。このアスカのつま先は、砂浜から
10センチくらい浮き上がっていた。真っ赤なプラグスーツから、背後にあるはずの赤い海
が透けて見えてる。この間現れた、ワンコ君と綾波レイの姿をしたなんかとおなじような
状態だった。天ぷら油がびしびし飛んでるっていうのに、微動だもしてないし。
「まいったなぁ、もう。
なんだっけ、ゴーストとかいう映画に出てたウーピー・ゴールドバーグの気持ちがわかってきちゃったよ。
なに? エヴァンゲリオンのパイロットになると、幽体離脱でもできるようになんの?」
「あんたバカ? そんなわけないじゃない」
「えっと、どちらさん? アスカ、じゃないよね」
「カンがよくて助かるわ。あんなニセモノと間違われるなんて、面白くないからね」
「ニセモノっていうと」
「あたしは惣流・アスカ・ラングレー。正真正銘のセカンドチルドレンよ」
「ソーニュー?」
「惣流よ、そ、う、りゅ、う」
惣流さんとやらは、つま先でもって砂浜にガリガリと『惣流』と書いてくれた。案外
マメな人だ。
「で、なんだっけ。セカンドチルドレン?」
「そう、栄えあるエヴァンゲリオン弐号機専属パイロットに与えられる称号よ」
「専属パイロットなのに、なんで複数形なの?」
「知らないわよ、チャイルドっていうより語感がカッコいいからでしょ」
「案外そんなもんだよね」
あたしは油の中でぷかぷかと泳ぐアイスクリームの天ぷらを菜箸で突いた。
「ちょっと、天ぷら揚げるのやめなさいよ!」
「ええ〜、せっかくいいキツネ色なのに」
目の前で天ぷら鍋がふわりと浮き上がる。かと思うと、突然ひっくり返った。とっさに
飛び退いたあたしを応用にして、煮えたぎる油が砂浜にぶちまけられる。
あっぶないなあ。あたしが知ってるアスカも気が長い方じゃないけど、この惣流さん
はなんだかシャレにならない。目つきだっていやに刺々しいし。
◆
砂浜で上で大人しく正座したあたしを見下ろして、惣流さんは満足げに笑みを浮かべた。
「この世界はね、ニセモノなのよ」
「はあ、それはまた」
あたしのリアクションに、惣流さんは気に入らなさそうに眉をしかめた。そういう表情は、
あたしが知ってるアスカとそっくりだった。
「信じてないでしょ」
「だって、ねえ、そんな、思春期の妄想じゃあるまいし」
「じゃ、いいわ。あんた、西暦1867年になにがあったかいってみなさいよ」
「大政奉還でしょ?」
「あんたバカ? アルフレッド・ノーベルが英国でダイナマイトの特許を取った年に決まってるじゃない。
イギリス系のくせに、なんで真っ先に出てくるのが日本史なのよ」
「だってあたし、イギリスなんてほとんどいたことないし」
「じゃ、もうちょっとわかりやすい話をしてあげる。
あんた、ヒグラシって知ってる?」
「へえ、なにせ貧乏してた時期が長かったので、その日暮らしって言葉なら骨身に染みて」
「あんたバカ? セミよセミ! セミのヒグラシ!」
「へ、セミってクマゼミとアブラゼミの2種類しかいないんじゃないの?」
「セミは何種類もいるわよ!
カメムシ目セミ科のヒグラシは朝夕にカナカナ鳴くし、早朝にはニイニイゼミ、午後にはツクツクボウシ!」
「聞いたことにゃいなあ。
図鑑にだって、セミは2種類しか載ってないよ?」
「バカシンジのせいよ。
アイツ、年がら年中夏のまんまな国で生まれ育ったくせに昆虫なんて興味なかったから、
セミっていえばアブラゼミとクマゼミしか知らないのよ。
日本史は好きだったけど世界史は苦手だったから、日本以外の歴史はあやふやになってるし。
ビルとか電車とかはけっこう好きだったみたいだから、変に詳しく再現されてるけどね」
ジオフロントを初めて見たとき、それまで仏頂面をしていた碇シンジ君が、急に年相応
のはしゃぎ方をしたという記録を、あたしは思い出していた。
「でも、ワンコ君とセミの種類になんの関係があるの?」
「この世界が、バカシンジの見てる夢だからよ」
「またまた」
「聞きなさい」
惣流さんは、あたしの目の前でどっかりとあぐらをかいた。
「アイツ、仮に外なるシンジとでも呼んでおきましょう。
外なるシンジにとって、世界は怖いもので満ちあふれてた。
せっかく小っぽけな成功経験があっても、すぐさまもっと大きな脅威が押し寄せてくる。
散々辛い目に遭って、最後にはショッキングなものを見て、とうとう限界だったのね。
他人は怖い、他人さえいなければこんな痛い目に遭わなくていいのに、って考えてしまった。
その思いを依り代として人類補完計画が発動し、
個体を維持してたATフィールドが崩れて全人類はLCLに還元されてしまったの」
「なんで、そんな危なっかしい精神状態のひとに人類の補完なんて任せちゃったのかにゃあ」
「そもそも人類補完計画を進めてた連中が、全人類がひとつになることを願ってたからよ」
「カルトって、よくわかんにゃい」
「本当なら、人類は完全な単体となるはずだったわ。
なのに、あのバカ、土壇場に他人の存在を願ったの。
結果、世界はあのバカと、最後までアイツを拒絶し続けたアタシの二人きりになってしまったのよ」
「あはは、それじゃあ惣流さんとワンコくん、アダムとイブだ」
「バカいわないで!」
惣流さんは砂浜を殴りつけた。半分透けてるから砂粒が飛ぶことはなかったけど。
「アイツはねえ、起き上がったその脚でアタシの首絞めて殺そうとしたのよ!」
それは、ちょっと、いやかなりイヤだ。
「アタシはアイツをどこまでも否定した!
来る日も来る日も拒絶し続けた!
結果、あのバカはふて寝を始めたの」
「ふて寝って」
「そうやって、作られたのがこの世界よ。
ここでの碇シンジは、あのバカが思い描いてる理想像そのものよ。
気が利いて、恥ずかしがり屋で、でもエヴァを扱わせれば最強無敵で、可愛いヒロインをカッコよく助けてね。
まわりの人間だってそう。
どいつもこいつもあのバカに優しい、あの碇指令まで、息子に歩み寄ろうとしてる。
自分が嫌いだからって、少年マンガみたいな夢見てばっか!」
「あのう」
あたしはそろそろと手を挙げた。
「なによ」
「いま、碇指令っていってたけど、その、あんたがいる世界にいるっていうか、いたひとっていうのは、
やっぱり式波と惣流みたいに、微妙に名前が違ってんの?」
「違わないわ。碇指令は碇ゲンドウだし、葛城ミサトは葛城ミサトよ」
「ヘンなの。なんでアスカだけ」
「アタシは、アイツを最後まで拒絶したっていってるでしょ。
アタシがいる世界っていうのに、アイツの精神は耐えられないのよ。
でも、アイツの物語を構成する上で赤いエヴァンゲリオンのパイロットって存在を欠かすことはできなかった。
それで、間に合わせにあんなニセモノ作ったのよ。
よっぽどアタシが怖かったのね、式波なんて、中途半端に名前まで変えて」
アスカをニセモノだの半端者呼ばわりされることに、あたしはちょっとムッとしていた。
「べつに、ニセモノでもホンモノでもいいよ。
あたしからすりゃ、ホンモノは式波・アスカ・ラングレー大尉で、
あんたは幽霊みたいなもんなんだし」
「バカね」
惣流は淡々と断言する。
*
「物語だっていったでしょ。
ヒーローがカッコよくヒロインを助け出して、ひっしと抱き合って、
ハリウッド映画だったらベッドシーンのひとつも入って、それでこの物語はおしまい」
「でも、空からヘンなの降ってきたよ?」
「ゾンビ映画のラストで、意味ありげにお墓がゴトゴト動くようなもんでしょ。
それで、アイツはアクビしながら『あ〜、いい夢見たなあ』なんて思いながら起き上がる。
その瞬間、こんなニセモノの世界は消えてるはずだったのよ」
「消えてないじゃん」
「起きないのよ」
「起こせばいいじゃん」
「引っぱたいても蹴ってもつねっても、アイツは目を覚まさないのよ!」
そりゃあ、ふたりしかいない世界だっていうのに、相方が延々と自分を拒絶してくる
んじゃあ、現実逃避したくなる気持ちもちょっとはわからないじゃない。
「おそらく、フィフスの仕業ね」
「えっと、仮設五号機だったら、あたしが自爆させちゃったけど」
「伍号機? 自爆? アンタ、よくあんな気色悪いモンに乗れたわね」
「そんなに気色悪いかなあ。
そりゃ、ちょっとは不格好だったけど、けっこう愛嬌あるデザインだと思うけどにゃあ」
「フィフスっていうのは、フィフスチルドレンのことよ。
あたしが寝てる間に、勝手に弐号機を使ったナルシスホモ!」
「2号機に乗ったってことは、あたしってあんたの世界じゃ男でホモだったの?」
「2号機に乗ったってことは、あたしってあんたの世界じゃ男でホモだったの?」
「そんなわけないじゃない。ホモはホモよ!
あのホモ、やたらにバカシンジのことが好きだったからね、
物語が最高に幸せなところで、世界を繋ぎ止めてしまったの。
あのホモを片付けない限り、バカシンジは目を覚まさないし、この世界もなくならない!」
よくわかんないけど、そんなご大層なことができるのはエヴァンゲリオンMark.06を
おいてほかに考えられなかった。
「なんだ、Mark.06のひと、変態かと思ったら案外イイヤツじゃん」
「あんたバカ?
あのホモは、世界を停滞させてしまったのよ!
本来の物語が終わってしまったこの世界では、これ以上なにも起こらない!
クリスマスも正月も来ないし、一年が終わったと思ったらなぜかまたおなじ年度が始まって、
ダラダラと進歩も変化もない日常を過ごすだけになるのよ」
どこぞの海産物一家とか嵐を呼ぶ幼稚園児のご家庭みたいになるってことかな。ああ、
あたし一応イギリス系だし、機関車トーマスとかいっとくべきなのかな。でもあれ、微妙に
古い汽車が引退したりするからなあ。
「まあ、ヘンテコではあるけど、それであたしらの命が続いてるっていうならめっけもんだよ」
「あんたバカ!? ヒグラシよ! ヒグラシがいない世界よ! それでいいの!?」
「ヒグラシヒグラシうるさいなあ、なに、食えんの、そのヒグラシってのは」
「食えるわけないでしょ!」
「じゃ、どうでもいいよ。そんな、セミの1種類や2種類くらいいなくたって」
「生憎、そうはいかないわね」
惣流は勝ち誇ったような顔であたしを見下ろす。
「真希波・マリ・イラストリアス、あんたは世界の破壊者よ」
「いやいやいや」
「外なる碇シンジが見ている夢であるこの世界じゃ、すべての人間はあのバカの分身なの。
でも、あんただけは違う。
バカシンジのどこをどうひっくり返しても、あんたみたいな要素は一欠片もない。
ほんと、あんたどこから紛れ込んできたの」
「そんなこといわれたって、まったく身に覚えがないんだけど」
「異物であるあんたは、無意識に碇シンジの物語を破壊するわ。
たとえば、式波・アスカ・ラングレーは隔離されたまま死ぬはずだった。
3号機事件以降のアタシは、アイツにとって脅威でしかなかったからね。
それを、アンタは助け出してしまった」
「オーケイ、これ以上、ワンコ君がらみのことしなければ世界は守られるって、そういうわけね」
「そうはいかないわね。
アタシが思うに、アンタは外なるバカシンジがひいてる風邪菌かなんかの化身よ。
好むと好まざるに関わらず、アンタはバカシンジの物語を破壊せずにはいられないの」
惣流・アスカ・ラングレーはニヤニヤと笑う。
「さあ、とっととこの嘘っぱちの世界を破壊してちょうだい」
「ヤダよ、あたし自殺願望なんてないもん」
交渉決裂だ。あたしは惣流に背中を向けた。
◆
あたしたちが寝起きしてるロッジハウスは、どっかの金持ちが手放した別荘をユーロが買い上げたものだ。
ドアをあけると、アスカの姿はなかった。
本来ならワインやチーズを保管しとくための地下室に続くドアが、開いていた。
足音を忍ばせて地下室に入る。
明かりも点いていない、ぼんやりとした暗闇の中でなまっちろい腕がゴソゴソと動いていた。
あたしはそっと忍び寄って、もちもちした肌を「はむっ」と咥えた。
「ひゃうっ!」
鋭い蹴りが飛んできて、あたしの顔面にヒットする。
「なにすんのよ!」
「アスカこそ、なにしてんの」
式波・アスカ・ラングレーはショートパンツにタンクトップっていう格好でコンクリ
ートが剥き出しの床にしゃがみ込んでいた。そのまわりには、分解された拳銃や弾丸の
ケースなんかが散らばっている。
「バカシンジとエコヒイキを助けに行くのよ」
あたしはがっくりと肩を落とした。碇シンジに関わらないと決めた端からこれだ。これも、
あたしの異物としての性質だっていうんだろうか。冗談じゃない。
「あの、さあ。前もいったと思うけど、
ワンコ君と綾波レイは、自分らの意志で封印されてるみたいだよ?」
「自分たちが外に出れば、サードインパクトが起こると思ってるんでしょ。
そんな薄っぺらい自己犠牲精神、アタシは認めない」
「でもでもアスカ、あれから何日も経ってるし、
あたしが潜入なんかかましたもんだから、セキュリティも上がってるよ?
仮に警備を突破したって、たぶんワンコ君たちは外に出たがらないと思うよ?」
「引きずり出すわよ!」
「ATフィールドはどうすんの! どうせ、がっつり強力なの張られてるよ!」
「中和すればいいんでしょ!」
普段は髪の毛で隠しているアスカの左目が、ギラリと赤く輝いた。
「あの子たちが封印から出ちゃったら、サードインパクトが起こっちゃうかもしんないんだよ!」
「ATフィールドで抑え込めばいいんでしょ!」
「そんな、なんでもかんでもATフィールドでどうにかできるわけないじゃん!」
「食事会をっ」
アスカは突然詰まらせて、赤みがかった金髪を揺らして顔を伏せた。
「食事会をね、するつもりだったのよ、あの子。
明らかに料理なんかしたことないくせに、指、バンソコーだらけにしちゃってさ。
たぶん、すごく頑張って準備してた。
でも、食事会は開かれなかったの。
初号機の中に閉じこもったままじゃ、これからも食事会なんか開けないじゃない」
だんだんと声のトーンを落としながら、アスカは手の中でベレッタM92Fを組み立てて
た。ガシャンと音をさせて、スライドを組み付ける。
青い眼には、固い決意が宿ってた。
しょうがないなあ、もう。あたしはそっと、アスカの手に触れた。
「なによ、邪魔する気?」
「ベレッタはやめとこうよ。イタリア製だし、ユーロでも結構使ってるし」
「そういえばアンタ、ユーロの人間にしちゃアメリカ製の銃いっぱい持ってるのね」
「一応、あたしらユーロにご飯食べさせてもらってる身なんだしさ。
言い訳の材料になる程度のえり好みはしてこうよ」
アスカははっと顔を上げてあたしを見た。
「一応、上官だしね。大尉殿」
「アタシ、リボルバーはイヤだからね。ダサいし」
「あんま故障しないし、頼れるナイスガイなんだけどなあ」
ひょっとしてあたしは、これから世界を壊そうとしてるのかもしれない。
でも、アスカにあんな顔されちゃ、黙っていられないじゃない。やっぱりあたしは、
本能的に世界の破壊者なのかもしれない。
◆
ノートパソコン上に開いた通信画面の中で、赤いジャケットを着た葛城ミサト一佐は
驚愕に目を見開いていた。
「アスカっ、あんた生きてたの」
「ご覧の通りよ」
左目を髪の毛で隠したまま、アスカはぐいと胸を張る。
一方のあたしは、小さくなってアスカの影に隠れてた。この赤いジャケットの女には、
いい思い出がない。
「でも、どうして」
葛城一佐はじろりとあたしを見ると、舌打ちしながら「加持君ね」と呟く。
「詳しい事情はあとで聞くわ。すぐに迎えを出すから」
「その前にやることがあんでしょ」
二の句を告げる間も与えず、アスカは言葉をたたみかけた。
「やるわよ、アイツらのサルベージ」
「待ってアスカ。いまの初号機は」
「葛城一佐、アタシたちは本来ユーロ空軍の所属です。
日本ネルフで非人道的な処置が行われているとあれば、
人道上これを報告しなければならない義務があります」
さすが、14歳にして空軍のトップエースになるだけのことはある。頭の回転が速い。
稲妻のように素早くかつ強力なゴリ押しだ。案外、ネゴシエーターなんかが向いてるか
もしれない。
「それは、私たちだって手段があるならサルベージしたいわ。でも方法が」
「別にエヴァと物理的に融合してるわけじゃないでしょ。
そんなもん、行ってぶん殴って引きずり出してくればいいだけじゃない」
「アスカ、ぶん殴る拳がないのよ。
2号機は大破、零号機はほぼ消滅、Mark.06とはコンタクトが取れない、
7号機と8号機の建造計画は白紙のまま。
もう、うちに動かせるエヴァーは1台もないの」
「バカシンジと他1名引っ張り出すのにエヴァなんていらないわよ。
この拳だけでやってやるわ!」
「バカいわないで!
生身で近づいたら、それだけで消し炭になるほど強力なATフィールドが張られてるのよ!」
「修理用パーツでも模擬体でもいいから、適当に寄せ集めて1体くらいでっち上げられないの?」
「ムチャいわないで! 1体作るのにどれだけの時間と予算が必要か」
「あのぅ、心当たりがひとつ」
葛城一佐の赤いジャケットをちらちら見ながら、あたしはおそるおそる手を挙げた。
◆
日本重化学工業本社ビルの最上階で、時田シロウ氏は苦虫を噛みつぶしたような顔で
あたしを出迎えた。
「君が真希波か」
「あれ、あたしの名前、知ってんの?」
「うちから無理矢理むしり取っていった多脚型ユニットやアームユニットを、
人造人間などというわけのわからないものに括り付けて、
気楽に壊してくれた人物だろう!」
「いやいや、時田さん、あの義手パーツ、現場じゃけっこう評判いいんだよ?
ATフィールドの問題さえクリアしちゃえば、
夏場は冷蔵庫入れておかないと腐っちゃうような生体部品使う必要ないって証明したわけだし。
1年中夏な日本じゃ、かなり重要な点だよ、これ」
「それで今度は、なんだ」
「人道的介入てやつよ。
エヴァンゲリオンなんて得体の知れない代物に取り込まれちゃったうら若いカップル!
それを救出するのは我らがJA改!
JAパンチ! JAキック! やった、強いぞJA改! カップルを助け出した!
カッコいいよぉ、これは。株価ウナギ登り間違いなし!」
「可能なのかね」
「そりゃもう、エヴァンゲリオンをぶっ壊すことにかけちゃ、あたしはちょっとした権威よ?」
「ATフィールドの問題はどうなる」
「ナイショだけど、超小型ですんなりしたATフィールド発生器がいんのよ」
「そんなものが開発されたとは聞いていないぞ!」
「開発っていうか、なんか本人がいうにゃあ、あれは心のカベで、
本来は人間誰もが作れるものなんだってさ」
エヴァンゲリオンが通常兵器と一線を画しているのは、ATフィールドの存在にある。
逆に言えば、ATフィールドの原理さえ解明されれば、なにもあんな信頼性の低い兵器
に大枚はたく必要なんてない。単に兵器として見るなら、核エネルギーを使って
連続150日間無補給での稼働が可能なJAは、5分しか独自稼働できないエヴァンゲリオン
よりよっぽど優れてる。ネルフの上の方がなんやかんやJA計画に横槍入れてたのは、
人類補完計画とやらにエヴァンゲリオンの存在が必要だったからだろう。
「そのサンプルは、もらえるのかね」
「そういう話はユーロ空軍に通さにゃあね?
脳ミソかっぴらくわけじゃなけりゃ、あとはお値段次第で協力してくれると思うよ」
う〜む、と唸り声を上げる時田氏の肩に手を載せて、あたしは囁いた。
「ま、ま、あたしらだって人間だしさ。
話によっちゃ、うっかりログを消し忘れるなんていうヘマもするかもね」
時田氏は、唇をひん曲げながら「壊すなよ」と呟いた。
◆
碇シンジ及び綾波レイサルベージ計画は、案外すんなりとネルフ総司令のハンコをもらえた。
サードインパクトを起こしたくて仕方がない上層部からしてみれば初号機が封印され
っぱなしって状態は困るからか、それともたんに碇ゲンドウ氏が息子を助け出したいだけなのか。
上の方の思惑なんてどうだっていい。あたしたちの目的は明確だ。ワンコ君と綾波レイを
助け出す。サードインパクトも起こさせない。そしてアスカにはもう少し皮下脂肪を付けさせる。
「また、ろくでもないこと考えてるんじゃないでしょうね」
「やだな、決意を新たにしてただけよ」
「ちょっと、もう少し詰めなさいよ」
「アスカアスカ、あたしの上に座んなよ。ほら、ふかふかしてるよ?」
「なにいってんのよ、変態!」
急ごしらえのコクピットは、やっぱり狭かった。時田氏は遠隔操作にこだわってたみ
たいだけど、ATフィールドを中和するためにはアスカを乗っけていないと話にならない。
「操縦はそっちに任せるから」
「うっしゃ、アスカはATフィールドの制御に専念しててよ」
「ホントは、アタシひとりでやれればいいんだけど」
「多脚型の操縦にゃあ、あたしに一日の長があるよ」
手に馴染む操縦桿の感触は、少し懐かしいものだった。このJA改には、4本のフレキシブル
脚部ユニットと、2本のマルチプルアームユニットが取り付けれている。クジラが歯を剥き出し
にしたような顔をして、両肩にバズーカ砲を担いでる以外は、あの仮設5号機とほとんどおなじだった。
天井のスピーカーから、「発進準備よろし」という声が降ってくる。
「ねえ、アスカさ、こんなときなんだけど」
「ノーコメント、どうせあんた、ろくなこといわない」
「その、さあ、あたしも正直、そっち方面踏み込むのって苦手なんだけど。
アスカは、ワンコ君のこと好きなの?」
「下卑た質問しないで!」
アスカは、ぷいっと横を向く。
「アタシは単に、あの仏頂面がどんな料理作るのか見たいだけよ。
どうせクソマズいに決まってるし、そしたら指差して笑ってやんのよ、それだけ!」
「えへへ、アスカはゴリゴリしてるなあ」
「アバラを触らないで!」
「枯れた芝生寝ころんで、夕陽を胸に吸い込む。
愛情するよりこんなとき、友情したい、みたいな」
「なによそれ」
「懐メロ」
横のモニターに葛城一佐の顔が映って、「準備はいい?」と聞いた。
「現在、ジオフロント直上、二人にはこれから最短距離で封印ケージに向かってもらいます。
Mark.06には触れないように、アスカ、シンジくんたちへの接触に全力を挙げなさい」
「了解」
「そして、真希波さん」
「あの、すんません、通信記録残るとこじゃ、山岸って呼んでもらえると助かるんだけど」
「アスカをお願い」
「かしこまり」
あたしが敬礼をすると、アスカが横で「ヘタクソ」と呟いた。
◆
『全動力解放』『圧力、正常』『冷却液の循環、異常なし』『制御棒、全開へ』
『動力、臨界点を突破』『出力、問題なし』『降下』
輸送機のロックが外れて、急造JA改がジオフロントに空いた穴目がけて落ちていく。
揺れが、キツい。2号機に適用されてた空中挺進専用S型装備なんかと違って、この
急造品は空力抵抗なんて考えられてないからなあ。
「アスカアスカアスカぁ〜!」
「しがみつかないで!」
「あたし、降下訓練サボったんだもん!」
「そんなだからアンタは左遷されるのよ!」
第3新東京市の地上部分を通り過ぎて、ジオフロント内部に突入する。半壊したピラミ
ッドや、硬化ベークライトで満たされた巨大プールみたいなものがぐいぐいと近づいてきた。
「エンジン入れて!」
「りょぉかいっ、JA改、起動!」
「壊すんじゃないわよ」
「当ったり前じゃん。年がら年中壊してるみたいにいわないでよ!」
「年がら年中壊してるからいってんでしょうが!」
「いくらあたしでも、メルトダウンは怖いって!」
「あと2秒で接触! ランスでベークライトを壊して!」
「やらにゃあ、やって見せようじゃん!」
あたしは操縦桿を引っ張って、右腕のアームを真下に突き出した。その上を、アスカが
ATフィールドで三角錐状にコーティングする。1個のドリルみたいになって、あたした
ちは硬化ベークライトのプールに向かって落下していった。
強烈な衝撃があたしたちを叩く。
ランスは、硬化ベークライトに届いていなかった。見えないなにかに阻まれている。
なんの支えもなく、JA改は空中で静止していた。
「ATフィールド?」
『アスカ』
ぼんやりと声がして、ベークライトの上にふたつの人影が浮かび上がる。ワンコ君と
綾波レイだった。
『よかった無事だったんだね』
「なにいってんのよ、あんたは!」
にっこりと柔和な笑みを浮かべるワンコ君に向かって、アスカは濁り拳を固めて怒鳴りつけた。
『来てくれて嬉しいけど、僕たちはここを動くわけにはいかないんだ』
『私たちが動くと、サードインパクトが起こってしまう。だからダメ』
「サトリひらいたような顔してんじゃないわよ!」
『アスカ、僕たちはこれで結構幸せなんだ。自分の手で世界を守れるんだから』
『あなたは、エヴァに乗らずに幸せになって』
「バカいってんじゃないわよ!
アタシは軍人なのよ! 愚民のために命を投げ出すのが仕事なのよ!
あんたたちごときボンクラの犠牲の上に成り立ってる世界なんて、冗談じゃないわ!』
『アスカ、聞き分けのないことをいわないでよ』
「上から目線で語ってんじゃないわよ、バカシンジのくせに!」
突然横殴りの衝撃が来て、あたしたちは半壊したピラミッドに激突した。
光り輝く輪っかを頭の上に浮かせた巨人が、あたしたちを傲然と見下ろしていた。
片手には巨大な槍を握っている。頭部のバイザーから、赤い光の粒がふわふわと浮遊している。
エヴァンゲリオンMark.06、真のエヴァンゲリオンだか特別限定版エヴァンゲリオンだか、
とにかくえげつないパワーを持ったエヴァンゲリオンだ。
「ええと、ちょっといま取り込んでるんで、引っ込んでてくんない?」
『巨大線とあらば黙っているわけにはいかないのでね』
どうしよう、なにをいっているのかわかんない。やっぱりMark.06のひととは仲良く
なれないかも。
『真希波・マリ・イラストリアス、世界の破壊者よ』
「は?」
アスカが怪訝そうな顔をしてあたしを振り向く。
「アンタ、そんな恥ずかしいあだ名があったの?」
「や、なんか、ひとを捕まえてそんなふうに呼ぶのが流行ってるみたいでさ」
『そんな出来損ないの機械人形を持ち出して、君は世界を滅ぼすつもりかい?』
「もう、カンベンしてよ。世界が滅ぶの滅びないの、そんなのどうでもいいよ。
あたしは単に恩給もらって悠々自適な生活送ろうと思ってただけなのに、なんでこうなんの」
『では、ここを去りたまえ。
シンジ君が幸せな限り、君の幸せも保証される。ここはそういう世界なのだから』
「あんたバカ!? ベークライト漬けになって、なにが幸せよ!」
『少年は旅を続け、そしてやがて約束の地に至る。
そう、ここは約束の地なんだ。
シンジ君は抱擁とともに充足を手に入れ、幸せの絶頂に至った。
ゆえに僕は、彼を幸せのまま縫い止める。
好意の証としてね』
「どうしよう、アスカ、あいつがなにいってんのか全然わかんにゃい」
「キモいわね、すごくキモい」
『シンジ君には幸せを手にする権利がある。
そして、その幸せを破壊する権利は誰にもない。もちろん君たちにもだ』
Mark.06が、槍を手にした手を高々と掲げた。槍の穂先がピカリと光る。それだけだ。
それだけでJA改の左腕が千切れて吹き飛んだ。地響きを立てて地面に落ちる。
しまった。あのMark.06も、目からビームとか出す種類のエヴァンゲリオンだ。
「アスカぁ、あれ出来ないの?」
「出来ないわよ!」
しょうがない。あたしは足先に付いてる車輪をフル回転させて地面の上を滑った。浮遊
するMark.06に向かって、右腕のランスを突き上げた。ダメだ。Mark.06がすいっとわずかに
高度を上げただけで、ランスは空を突く。
「ダメだよ! 向こう、空飛んでるんだもん!」
「肩に担いでるバズーカは飾りなの!?」
「ダメ、弾入ってない」
「なんでそんなモン担いでんのよ!」
「秘密兵器っていうかあ」
「それなら、ケチケチしてないで使いなさいよ!」
「ちょっと、射程距離がね。ここからじゃ遠すぎる」
「だったら近づきなさい!」
「ムチャいってくれちゃうじゃん」
あたしはアクセルをいっぱいまで踏み込んだ。JA改が急発進を始める。
もちろん、Mark.06は追ってきた。槍の穂先がピカピカ光るたびに、地面が爆発して
大穴があく。脚が4本なかったら転倒してるとこだ。
頭上から、ふっと大きな影があたしたちにかかる。頭上のモニターがMark.06の顔面を
アップで映し出していた。追いつかれた。急カーブをかけようとする。間に合わない。
がっきと、両肩をつかまれた。エヴァンゲリオンよりずいぶん重いはずのJA改が、軽々
と持ち上げられる。胴体からメキメキと不吉な音がする。
『真希波・マリ・イラストリアス、世界の破壊者よ』
「その呼び方、ほんとやめてくんない? なんかもうバカにされてるような気がしてきた」
『君には自殺願望でもあるのかい?』
「冗談いわないでよ。あたしは生き延びるためだけに生きてきたのよ」
『では、どうしてシンジ君の眠りを妨げようとしているんだい。
シンジ君は、いま幸せなんだ。
シンジ君を起こしてしまえば、この世界も崩壊する、君も消えるということは知っているんだろう?』
「そりゃまあ、知識としちゃ知ってるけど、正直あんまり信じてないんだよね。
世界とかなんとか、そういう」
『愚かだな、君は。
では、僕は君たちを消すことにしよう。
真希波・マリ・イラストリアス、君は本来この世界に存在しないものだ。
式波・アスカ・ラングレー、君は本来この世界では死んでいるはずのものだ。
君たちを殺すことで、シンジ君の幸せに影響を与えることはないからね』
「あんたバカァッ!」
甲高い声を上げたのはアスカだった。
「なにが幸せよ。このままじゃ、バカシンジは学校にも行けない!
ミサトのマズいカレー食べることも出来ない!
メガネやジャージとバカなバンド組むことも、ロン毛にギター教わることも出来ない!
そんなことのなにが幸せだってのよ!」
『彼らは、英雄としてのシンジ君を語り紡ぐ。そういう幸せもあるだろう』
「冗談じゃないわ! アタシは認めない! そんな幸せ、絶対に認めない!
世界中の人間が認めたって、アタシだけは絶対にイヤ!」
アスカの青い目から、ぽろりと涙が落ちる。あたしはほとんど無意識にアスカに顔を
寄せて、頬を伝う涙をぺろりと舐めた。
「空気読みなさいよ、この変態!」
「アスカ、あんたはやっぱスゴいよ」
アスカに頬ずりをする。
あたしにとって、生きることは、ただ生きることだった。命さえあればいい。内容は
どうだっていい。食い詰めていた時期が長いあたしにとって、大事なのはご飯が食べられ
ることだけだった。それが、最近はちょっと変わってきていた。
惣流・アスカ・ラングレーは、この世界を物語みたいなものだっていった。ヒーローが
ヒロイン助けて、キスのひとつもしてハッピーエンド。好評なら続編が作られたりするけど、
その場合高確率で前作のヒロインがなかったことになってたり、死んじゃってたり、離婚
してたり、別の男と結婚してたり、けっこう残念なことになる。でもさ、人生ってそういうもんだよね。
「ちょっと、アンタ、離れなさいよ!」
「ねえ、アスカ、あたし、学校って行ったことないんだ。
だから、今度中学校にでも入ろうと思ってる」
「アンタ、中学生には見えないわよ!」
「中学行って、高校受験して、大学受験で1回コケて浪人なんかしちゃってさ」
「さらりと無視してんじゃないわよ!」
「大学じゃ授業にも出ないで麻雀やったり、
しょうもない男と付き合って、浮気なんかされて、モメて、別れて、
そうやって大人になって、オッサンにセクハラなんてされながら歳取ってって、
だんだんシワも増えてきて、髪も白くなって、最期には下の世話も出来なくなって、
クソまみれになって死ぬの」
『それは不幸せだよ』
言い捨てるMark.06を、あたしは睨みつけた。
「なんか、気に食わなかったんだよね。
なんの変化もなく、ただ幸せなだけの世界なんて。
生憎と、あたしは生まれと育ちが悪くってね。
名前も知らないMark.06さん、あたしを殺すっていうなら、せいぜいキレイに殺してみなよ。
絶対、ゲロ吐いて死んでやる。汚らしくね!」
『度し難いよ、君は』
「でも、その前に」
あたしは操縦桿を引っ張って、JA改のカメラアイをワンコ君たちに向けた。
「ワンコ君さ、あたしの乳揉みしだいたことについちゃ、どう申し開きしてくれんの?」
ワンコ君は一瞬ぽかんとして、すぐにあたふたと手足を動かし始めた。
「なにいってるんだよ、揉みしだいてなんて」
「揉んだじゃん! 揉みしだいたじゃん! 匂いまで嗅いでたじゃん!」
「あれはそっちが」
「あっちこっちでああいうことしてるんじゃないのぉ!?」
「そんなわけっ」
「碇君、あれは、日常的な行為だったの?」
綾波レイが、スッとワンコ君から一歩遠のく。
「あっ、綾波! それは違うよ、あれこそ偶然」
「そういえばバカシンジ、アタシの寝室にも潜り込んできたし」
「それは完全な言いがかりだよ!」
「ワンコ君さあ、いま幽体離脱みたいなこと出来るみたいだけど、
その姿でなにやってたの? こういうブツもあるんだけど」
あたしは操縦桿を握りしめて、トリガーを押した。
JA改の肩に取り付けられたバズーカが空に向けて煙を放った。1秒遅れて、バラバラ
と紙切れが降ってくる。写真だ。ネルフ本部の更衣室で着替え中の阿賀野カエデさん、大井
サツキさん、最上アオイさん。第三新東京市在住の洞木家で、ご近所でも美人揃いで有名な
三姉妹が着替えをしてる姿。市民プールの更衣室やブティックの試着室。すべての写真の
後ろに、学校の制服姿の碇シンジ君14歳の姿がボンヤリと浮かび上がっている。
「なんだよっ、なんだよこれ!」
次々と降ってくる写真を拾い集めながら、ワンコ君が目を白黒とさせる。
「碇君」
「違うんだ綾波! こんなもの、僕はまったく身に覚えがなくて!
ニセモノ、そう、合成だよ! 合成写真」
「でも、これ」
ワンコ君が口をあんぐり開けたまま絶句する。
綾波レイが差し出した写真には、コンクリートが打ちっぱなしのマンションで、
全裸の綾波レイを押し倒している碇シンジ君が映っていた。
ウソをつく上で重要なのは、ちょっぴり本当のことを混ぜておくことだ。ばらまいた
写真のうち、1割くらいは本物だった。残りは、あたしが任務状手に入れた写真にワンコ
君の姿を心霊写真ぽく合成したものだ。もちろん男子更衣室の写真もあったんだけど、
さすがにそういう疑惑までおっかぶせるのは可愛そうだと思ってどけておいた。でも、
このMark.06の口ぶりを聞くと、分けとく必要なんてなかったかもね。
「あっはっはっはっは!」
あたふたとするワンコ君を眺めながら、あたしは腹を押さえて笑い転げた。
「べつに、責めはしないよ? 男の子ってそういうもんだし!
でもさあ、誰彼構わずっていうのはどうかと思うなあ、あたし、結構価値観古いし」
「知らない! こんなの知らない!
やめろよ、なんでこんなことするんだ!
違う! こんなの、僕じゃない!」
『黙れ!』
悲鳴のような叫び声を上げたのは、Mark.06だった。
『君は、何者だ』
「え、何者って」
『君は、碇シンジ君ではないな』
「えぇっ!」
『君はシンジ君じゃない。シンジ君はこんなことしない。
僕のシンジ君はこんなんじゃない!
シンジ君は無垢なんだ! 汚れないんだ! ウンコもしないしオシッコもしないんだ!』
「ねえ、アスカ」
「うん、想像以上のキモさね、あの変態」
『騙したな! 僕の心を騙したな! 僕の好意を踏みにじったんだ!』
「待ってよ、君は、いったいなにをいっているんだ!」
憎悪をたぎらせるMark.06を前に、ワンコ君は困惑していた。そりゃあそうだろう。
仕掛けたあたしがいうのもなんだけど、突然空から降ってくるような変態に罵倒を
浴びせられる覚えなんてまったくないはずだ。
『こんなシンジ君は、好意に値しない!』
Mark.06が一瞬で上空に上がっていった。
そして、その全身をカッと輝かせる。
あたり一面が真っ白に塗り潰された。
◆
白い闇っていえばいいのかな。なんともいえない空間の中に、赤いプラグスーツを着
た少女が腕組みをして立っていた。惣流・アスカ・ラングレーだった。
「上手いことやったもんね」
「あ、上手く行ったの?」
「あの碇シンジは、外なる碇シンジの英雄願望の結晶だもの。
正しいことしかいわないし、正しいことしかしない。
特にアイツは性欲に対する忌避感が強かったから、
あんなものを突き付けられちゃ、耐えられるはずがない。
結果、バカシンジはあんたたちの世界を切り捨てた。
自分とは関係ないって、拒絶したのよ」
真っ白な闇の中に、だんだんと暗がりが広がっていく。
「世界の結合が緩んでくわ。
これで、あんたたちとあたしたちの世界は無関係ってわけ」
赤茶けた髪の毛を描き上げて、惣流さんはあたしに背中を向けた。
「アウフ、ヴィーダーゼーン、真希波・マリ・イラストリアス。
結局あんたが何者だったのかわからなかったけど、まあ面白かったわ。
もう二度と会うこともないでしょうけど」
「ねえ、惣流さんさ」
「なによ」
「惣流さんはさ、ひょっとして、その外なる碇シンジ君のこと、好きなの?」
「バーカ」
惣流さんは眼帯をかけた側の目をあたしに向けた。
「ひとの隣で、眠りこけたまんま延々とオナニーし続けてるヤツなんて、好きになるわけないじゃない」
「眠ったまんまだと、それ、夢精になんのかにゃあ」
「知らないわよ、そんなもん」
暗闇が広がっていって、惣流さんの背中を覆い隠す。
外なる碇シンジ君とやらは、惣流さんの首を絞めて殺そうとしたことがある。そういう
相手が隣で眠りこけてたら、普通は放っておかないんじゃないだろうか。
惣流さんがあたしの前に現れるためにしていたことは、ひょっとして眠りこけてる外なる
碇シンジ君の口なり耳なりに顔を近づけて囁き続けていたのかも知れない。
その構図を想像すると、なんとなく微笑ましかった。
◆
ほぼ更地になってしまった第三新東京市の上では、今日も強烈な太陽が照りつけている。
ぶくぶくと泡を上げる油の中から、綾波レイが少し不慣れな手つきで菜箸を使って天ぷら
をつまみ上げる。
「どうぞ」
「いただきまーす」
揚げたてサクサクの天ぷら衣を食い破ると、どろりと熱い液体が口の中に流れ込んで
きた。あたしはたまらず地面の上をごろごろと転がった。
「熱ッ! 熱ッ!」
「ぽかぽかした?」
「熱いし、ひたすらマズイわよ!」
アスカがひっくり返って脚をジタバタさせている。
そりゃあ、あの子が天ぷらに興味示してたから面白半分に教えたあたしも悪いけどさ。
まさか、みそ汁をスポンジケーキで包んで天ぷらにするとは思わないじゃん。和洋が最悪
の不協和音を奏でて、極悪な破壊力を産み出してる。
やけにがらんとしてしまった芦ノ湖の縁で、あたしたちはバーベキューに興じてた。
あたしはタータンチェック柄のビキニ、アスカは赤いストライプのセパレーツという
格好だった。綾波レイだけは、この炎天下に相変わらず学校の制服姿だ。
「綾波さんさあ、そんな熱っ苦しいカッコしてないで、これ着ようよ。
ほら、真っ白なワンピース」
「アンタは、なんでそんなモン持ってんのよ」
「似合いそうじゃん」
「だから、なんで持ってンのかって訊いてんの!」
「あの」
「いいからアスカは、さっさとアイスクリームの天ぷら完食してよ。ノルマ10個ー」
「なんでアンタは執拗にアタシにゲテモノ食べさせようとするのよ!」
「アイスクリームの天ぷら食べると、ぽかぽか、しますか」
「まあぽかぽかっていうか、ふにふにとかふかふかだよね」
「ふかふかにされてたまるか!」
「ねえ」
「で、アスカはなにを天ぷらにすんの?」
「なんで天ぷら縛りなのよ!」
「ちょっと」
「なに、霧島さん」
「いや、僕は碇シンジって」
「しょうがないじゃん。空いてる戸籍、女の子のしかなかったんだもん」
「だからって、なんでこんなカッコしなくちゃならないんだ!」
元碇シンジ君が、真っ白なワンピースを着たまま叫ぶ。
「神さまの御使いみたいなのに『碇シンジじゃない』なんてお墨付きもらっちゃった以上、
碇シンジって名乗り続けてるのもおかしいでしょ?」
「女装の理由を訊いてるんだよ!」
「あと、なんでアンタは白いワンピースなんか所有してんのよ!
明らかにアンタの趣味じゃないし、サイズも合ってないじゃない!」
「似合ってるでしょ?」
「不気味に似合ってるとこが、なんかイヤよ!」
「碇君、ひらひらしてる」
「綾波ぃ〜」
あたしはみそ汁の天ぷらの味を舌の上に残しながら、ごろりと砂の上に寝転がった。
今度、あたしは中学校に入ろうと思ってる。
>>479 待ってたよ。
お前さんの書くマリはたまらんね!最高だよ
>479
すげー面白かった。このマリは好きだ。
というか、何でこんなに連続投稿できるんだにゃあ?
ちゃんとミサトさんが「エヴァー」って言ってるのに感動した。
ありがとう。面白かったです。
なにげにノリピー歌うなw
まさか続きが読めるとは!こんなに嬉しいことはない…
いや〜本当に面白かったです
乙乙
アムロォ!
カヲルの変態具合に吹いたww
個人的に時田&JA改登場にニヤリ
キャラが生き生きとしてて最高でした
マリがこんな子だったらいいなぁ
GJ
この面白さは凄いわ
恐るべき才能
乙すぎるGJ
三本目も同じ人かななんか違和感
ピリオドの打ち方も数字じゃないし
前作前々作がとんでもなかっただけに期待し過ぎたやも
山岸はニヤリとしたけど霧島は狙いすぎと思った
>>397からの人マジ惚れました!
独自設定も結構整合性取れてるし、随所に挟んである小ネタもEOEとのリンクも面白い。
何よりマリ最高すぎる!アスカもイイ子だしカッコイイ!そしてガチホモにワロタw
映像化して欲しいくらい気に入りました。次回作も期待してます!
まあまあ
手放しで絶賛するだけが賞賛の言葉じゃあないからね
660まで沈んでるんでアゲときますね
GJ
恐ろしいほど面白い
495 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/17(月) 00:55:03 ID:wNG67GjU
なんか本編みたいだw
クオリティ高いねぇ
497 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/19(水) 13:30:15 ID:J5YI+Tlz
479氏の新作はまだですか><
たったいっぱいでよるもねむれず
キャラクター人気投票
1 龍神流九十二代目継承者・月宮カズマ コメント 465
2 月の天使・綾波レイ コメント 294
3 人斬り火龍・碇シンジ コメント 205
3 紅風(べにかぜ)・惣硫・アスカ・ラングレー コメント 205
5 氷の妖星・雪女のミサ コメント 176
6 雪女のナミ コメント 110
7 幽霊メイド・水無月サクラ コメント 81
8 あなたは無敵・碇ゲンドウ コメント 45
9 光の女神・霧島マナ コメント 15
10 やばい実験なんのその・赤木リツコ コメント 13
11 無神経・葛城ミサト コメント 8
12 シンジの弟子・本宮ヒロ コメント 7
13 暗黒使い・マシュラ コメント 6
14 人斬り黒天女・山岸マユミ コメント 4
15 ヒロの恋人・一条カエデ コメント 3
15 スマイルアサシン・加持リョウジ コメント 3
保守
>>497 他スレにて作品投下を確認
氏の書かれるマリは本物だ
502 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/08/27(木) 11:42:16 ID:y3eqhxLL
それは気になるだろおおお
落ち着いてマリとアスカの可能性を探してくるんだ
俺に言えるのはこれだけだ
月アタマアゲ
479氏の再臨を心待ちにする毎日
しかし前出三部作にて一旦の結末を見るに当スレに次回作投下は期待出来んのやも
氏、カムバックプリ〜ズ!
作品に感想述べたり褒めたり労ったりは良いが、
崇めたりクレクレ厨化するのはよせ。
まあ、他の人も投稿しにくくなるかもしれんからな
>>506 いやもう、ほんと続きとかないし、
正直3作目も駄作くさいし、
これ以上やっても面白くも何ともない日常話になるだけだし、
完結もしないでダラダラ続くSSって大嫌いだし。
そんなことより他の誰か、ネタを投下してください。
それだけが俺の望みです。
>>500 もしかして、15年後設定で明らかに他のキャラ大人っぽくなったのにマリだけ全く変わんないスタンスのやつ?
ほかのスレでもそれの話題出てた。
513 :
511:2009/09/02(水) 20:00:33 ID:???
>>515じゃないけど見てきた
なんか良い作風だな個人的に好き
ありがとうございます!早速読んできます。
もてもてだーw
火曜日から行方不明だけどな
こっちも投稿者が寄らなくなって久しいな
524 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/09/19(土) 12:26:28 ID:fU7cb/4K
397-398
5号機が二体建造中な件
3が抜けてて4の場所が違う件
まあ重箱の隅ですけど
525 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/02(金) 23:42:37 ID:gBQKHQaO
あげますね
おーい
はに丸
はに丸王子〜
529 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/10/10(土) 21:02:55 ID:2deA0So2
はーい
保守
ほしゅ
532 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/12(木) 00:17:56 ID:m/X0QmY6
AGE
保守
534 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/11/24(火) 02:31:49 ID:CQgIh43k
◆氏、帰ってきてっ
535 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/12/12(土) 03:36:52 ID:QPkjO4Ws
バッ!
出た!!
536 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2009/12/12(土) 15:44:16 ID:y5UUBZmi
岩手
岩手
岩手出身の女生徒を退学処分した。www
岩手
岩手
壮絶いじめ宝塚歌劇団w
長野県善光寺の娘(96期)と宝塚歌劇団と副校長と96期が犯罪を捏造して、岩手出身の金もコネも無い女生徒を退学処分にした。www
長野県善光寺の娘(96期)と宝塚歌劇団と副校長と96期が犯罪を捏造して、岩手出身の金もコネも無い女生徒を退学処分にした。www
長野県善光寺の娘(96期)と宝塚歌劇団と副校長と96期が犯罪を捏造して、岩手出身の金もコネも無い女生徒を退学処分にした。www
長野県善光寺の娘(96期)と宝塚歌劇団と副校長と96期が犯罪を捏造して、岩手出身の金もコネも無い女生徒を退学処分にした。www
長野県善光寺の娘(96期)と宝塚歌劇団と副校長と96期が犯罪を捏造して、岩手出身の金もコネも無い女生徒を退学処分にした。www
長野県善光寺の娘(96期)と宝塚歌劇団と副校長と96期が犯罪を捏造して、岩手出身の金もコネも無い女生徒を退学処分にした。www
△▼【万引捏造】96期[Part15] 【冤罪退学】▼△
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/siki/12★60543134/
【Googleは】宝塚音楽学校冤罪退学事件3【ハッカー】
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/ms/12★60390479/
宝塚音楽学校を退学処分になった女性、不祥事を捏造されたとして提訴
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news2/125★7679254/
宝塚音楽学校でガチャ切りしたの誰なんだろうね?
事務員とかな電話対応やクレーム対応習わないのかとらびっくりなんだけど。
宝塚歌劇営業部はまともな対応だね。
音楽学校は、アーアー聞こえなーい電話ガチャンって姿勢だからね。
裁判所にもアーアー聞こえなーいだし、クレームなんか聞く気もなさそうだよ。
なんか読ませてくれ
・主役は霧島マナ
・チルドレンは完全脇役
・TV版本編再構築もの(もしも○○だったら)
サイト閉鎖に伴うお蔵入りものだけど、需要ある?
鴨鴨
なかなかな過疎っぷり、ひっそりこっそり書き込むにはいい感じ♪
ってことで、投下してみますかね。
唐突に始まる世界は白い闇。
上下左右、距離感、そういったものが何もない、自分の姿さえ存在しない無限の白色空間。
そこに、一本の線。
距離感がないのに遥か彼方と認識される水平線。
それが最初に目に入る。
自分の姿を得る。というより、定義する。
自分の姿。自分という存在を示すための記号。
時には人、時には鳥、時には魚、時には眼、耳、口、手足。
自他に認識させるため、自他と情報の伝達を行うための記号。
少なくともこれが必要。少なくともこれで充分。
空間認識力が落ち着いてくる。
便宜上として定義される上下の感覚。
眼下には全方位に敷き詰められる格子模様。
不自由、安息、絶望、とにかく様々なもの得る。
展開される世界に、接合する。
新世紀エヴァンゲリオン:ifストーリー
鋼の器
Mana Like The OVERDRIVE.
時に、西暦2015年
陽光きらめく洋上。
ビル等が水没している海上を飛んでいる。
海上に落ちる影。
更に下には、海中を進む巨大な人型のシルエット。
半分水没し、既に朽ちている旧市街。水鳥と蝉の声が響くのみ。
線路や道路が、途中から海に飲まれている。
山を崩して造られている新市街。
海岸線に陣取っている、国連軍。
水平線上に起こる巨大な水柱。
無人の街に響くサイレンとアナウンス。
「本日12時30分。東海地方を中心とした関東、中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の方々は、すみやかに指定のシェルターへ避難してください。繰り返しお伝えします…」
ホームに止まったままの電車。蝉の声。
全線運転中止の掲示板。
全ての信号が赤を点灯している。路肩に放置されたままの車。
シャッターの降りている町並み。
動くものが、何もない。
無人の街を一台だけ、走る車。
青い車。運転席は伺えない。
駅に移動する視界。
公衆電話をかけている少年。
街に爆音が響く。
『第3新東京市まで13km』の標識。
目線を落とし手元の書類を見ている。
チラッと時計を気にする素振り。
『そんな所で何してるの?』
何もない道路の方に眼を向けている少年。
その視線の先には一人の少女。
『水色の髪…不思議な色…』
こちらに向きなおる少女。
赤い眼。
何かを伝えるように動く唇。
『気づいた?この距離で?』
突然目の前を横切る影。
鳴きながら飛び立つ鳥の音。
視点を戻す。
何もない道路。
『…あれ?さっき確かにいたのに…』
突然、あたりに轟く衝撃音。
ビリビリと震える建物のガラス。
微かにゆれる視界。
何が起こっているのかわからない様子の少年。
音の方へ振り向く。
森が切れて眼前にひろがる田園。まっすぐに伸びているモノレールの高架レール。
山の稜線の奥で広がっている土煙。
並行移動で出てくる重戦闘機群。
続いて姿を現す、巨人。
転移。
正面の巨大ディスプレイの表示に照らし出される、薄暗い巨大な空間。
雛壇状に構成されたフロア最上段で、壮年の軍人たちがコンソールを叩きながらわめいている。
鳴り止まない各種警告音。
「正体不明の物体は本所に対し進行中」
「目標を映像で確認。主モニターにまわします」
ディスプレイに移動物体が表示される。
「目標は依然、本所に対し進行中」
指揮を執る軍人たちを見下ろす男達。
人物照合。確認。
碇司令。傍らに冬月副司令。
「…15年ぶりだね」
確信を持って言い切る男の声。
「ああ、まちがいない。使徒だ」
『使徒っていうんだ…あの大きいの…』
第壱話
使徒、襲来
転移。
猛攻を加える国連軍。しかし、使徒と呼ばれる巨人は歩みを止めない。
顔のように見える部分を傾けて眼を瞬きするようなあどけない仕種。
直後、巨人の腕から伸びた光が国連軍の重戦闘機を貫通し、爆破する。
巨人が叩き落とした戦闘機が爆発し、先ほどの少年が爆風に飲み込まれそうになる。
間に入り、彼をかばうように急停車する青い車。
発砲する重戦闘機。
車の周囲にも着弾。
降り注ぐ破片。
煙の中から出てくるボロボロの車。
間髪を入れず、すぐ側を踏む巨人の脚。
転移。
状況報告が次々と入っている。
国連軍士官と同席している、碇司令と冬月副司令。
「目標は依然健在。現在も第3新東京市に向かい、進行中」
「航空隊の戦力では足止めできません!」
「総力戦だ!厚木と入間の戦闘機も、全機あげさせろ」
「出し惜しみはなしだ!何としても目標をつぶせ」
巨人に直撃して爆発するミサイル。
「直撃のはずだが」
「何故だ?!一体何なんだね、あれは」
『…使徒だってば。さっき後ろで言ってたの、聞こえなかったの?』
「ミサイルもだめ、爆撃効果も、まるでなしか」
「目標はDエリアに侵入しました」
「やはり、A.T.フィールドか」
「ああ。使徒に対し通常兵器では、役に立たんよ」
点滅する赤電話のランプ。カードキーを差し込んでから、士官の一人が取る。
「わかりました。予定通り、発動します」
転移。
巨人を取り囲むようにしていた重戦闘機群。一斉に全速で、巨人の側から離れていく。
「全機、速やかに目標から離脱」
急いで距離を取る。
進む使徒。
地平線の彼方で起こる大爆発。
上がる巨大な火球。
田畑を伝わってくる衝撃波。
横に吹き飛ばされる車
ノイズだらけになる視界。
『…っつぅ』
強制切断された。
『間に合わなかった…とりあえず状況を…え、と。こっちがいけるかな?』
再接続。
転移。
ノイズだらけのモニター。
「やった!」
歓声を上げる軍人たち。
「目標は?」
「電波障害のため、映像では確認できません」
「あの爆発だ。ケリはついてるよ」
「残念ながら、君たちの出番はなかったようだな」
士官の一人が碇司令と冬月副司令に勝ち誇ったように語り掛ける。
「その後、目標は?」
「電波障害のため確認できません」
「あの爆発だ。ケリはついてる!」
「センサー回復します」
「爆心地にエネルギー反応」
「何だと?!」
回復するモニターに、炎の中の使徒の姿が映る。
使徒の姿にどよめく一同。
「我々の切り札が…」
「なんてことだ」
士官の一人が悔しそうに拳を机に叩きつける。
「化け物めっ!!」
焦土と化した地上に立つ使徒。
周辺を飛ぶ無人ヘリ。
まるで呼吸するかのように動くエラ状の部分。
更にそれまで頭部だったものを、押しのけるようにして顔を見せている新しい頭らしきもの。
多少のダメージはあるが、健在な使徒。
『こっちのカメラがまだ生きてるから…割り込んで…と、これでよし』
割り込み接合。
転移。
爆心地では使徒が、その身体に受けたダメージを回復しつつあった。
「予想通り自己修復中か」
冬月副司令がモニターを見ながら口を開く。
「そうでなければ単独兵器として役に立たんよ」
碇司令が答える。
モニターに向かって光を放つ使徒。
ノイズに変わる視界。
「ほう…たいしたものだ。機能増幅まで可能なのか」
「おまけに知恵も付いたようだ」
「この分では再度侵攻は時間の問題だな」
再度点灯するモニター。
別アングルから、使徒を見上げた姿。
沈黙の後、士官の一人が口を開く。
「出し惜しみはなしだ。もう一つの切り札を使う」
「トライデント級か…機密漏洩も仕方あるまい」
再びカードキーが差し込まれる赤電話。
下される命令。
割り込み通信。
突然、使徒を映す視界の隅に四角いパネルが着信音と共に開き、当初の予定通りに作戦を開始する事が告げられる。
隣に新しいパネルが開き、市街地の地図が三次元表示される。
地図上には部隊の展開状態、使徒の状態、予想進路など、戦況が様々な記号で示される。
通信終了と共にパネルが全て閉じ、視界には使徒の姿だけが残る。
『…了解』
Mana
Like The
OVERDRIVE.
EPISODE:1
HARDWIRED
切断。
「…ふぅ」
ため息を一つつく少女。
先程割り込みをかけた、無人偵察機に搭載されているカメラとの接合を解除する。
地上の使徒と呼ばれる巨人の姿は消え去り、見慣れた光景に戻る。
ヘルメットに接続されている接合ケーブルから伝送されてくる視覚情報が、肉眼視野の上に割り込んで二重露光のように、いくつもの情報パネルとコクピット内とが同時に目の前に広がる。
バイクのように前傾姿勢で搭乗するため独特の形状をした、少女の体型に合わせて作られている座席。
そのままうつ伏せになって、少女はもう一つため息をつく。
海中に息を潜めている、トライデント級陸上軽巡洋艦の二番艦。『紫電改』
2020年の実戦配備を目指す、戦自の秘密兵器。巡洋艦という名に似合わず肉食恐竜を連想させる外観を持つ、史上最大級の機動兵器。
その実験機。
そのコクピット内に、少女が一人。
耐熱、対ショック、生命維持、疑似神経網、その他諸機能が内蔵されたパイロットスーツと、接合用皮膚電極が内蔵されたヘルメットに身を固めた姿。
ヘルメットの左右後部とパイロットスーツの両手甲にあるコネクターに、コクピットから伸びる電脳接合用のケーブルが接続されている。
座席から身を起こし、眼を閉じてみる。
目の前は暗転するが、視覚に直結されているパネルは相変わらず明滅しながら情報を送り込んでくる。
最初は落ち着かなかったような気もする。最初というのがいつ頃なのかはもう思い出せないが。
N2地雷の閃光、使徒と呼ばれる巨人、打ち落とされる重戦闘機。
先程までの光景が、時間軸を溯るように浮かんでは消えていく。
地上で繰り広げられた戦闘。確かな現実。だが、接合した無人偵察機のカメラ越しに見た光景はどこかぼんやりと、ありがちな回想シーンのようにモノクロでモノラルな仮想現実としてのフィルターを通して展開される。
(これから、あそこに、私は行くんだ…)
わざとらしく心に単語を羅列して、今後の自分の状況を再認識しようと試みる。
今一つ現実感の無い初めての実戦という状況。その上、目標はおおよそ常識からかけ離れた巨人。加えて、完全閉鎖されたコクピット内から接合ケーブル経由の情報のみで認識する外界。
言葉の定義自体が自己矛盾を起こしている「現実感」という枠に当てはめて状況を再認識する試みは、今一つ成果が上がりそうにない。
(私…何してるんだろう?)
今までに幾度となく提示されてきた疑問。
疑問というより、自分を確認するための文句。
答えは分かりきっている。この巨大な機動兵器を駆るためにここにいるのだ。
意識体接合して得る外界情報が世界の全て。ヘルメットと両手首のコネクターから伸びるケーブルが世界との絆。
鋼鉄の人形を自らの眼、耳、口、手足として操る、鋼化結線された人形使い。それが今の自分の定義。自分という記号。
少なくともそれで充分。
(そういえば…あの子たち、何してたんだろう?)
無人の市街で自分と同年代の少年少女の姿を見かけたあたりまで、回想シーンの時間軸が溯ったところで提示された疑問。
映像受信履歴を呼び出す。
指一つ動かさず、声にも出さず、ただ考えるだけ。思考命令はヘルメット内面の皮膚電極から受信変換されて、ケーブル経由で電子信号として入力され、少女専用に調律された電脳が応答し、視界に疑似展開されている論理空間にコマンドパネルが開く。
操作形態が違うだけで基本的には普通のコンピュータと大差はない。
ほんの少し間を置いて新たにパネルが開き、先程の無人偵察機のカメラの視覚が再生される。
早送りを指定。加速する視界。
超音速で洋上を駆け抜け、無人の市街地に突入したところで速度を少し落とす。
駅に飛来し、目的の少年の姿を確認したところで停止。拡大してみる。
13、4歳くらいの線が細い、どこか気の弱そうな印象のある少年。夏物の制服を着ている。
傍らには大きなスポーツバッグ。旅行か何かだろうか。
人物照合してみたが、当然該当者はない。避難し遅れた民間人と思う事にする。
更に拡大してみる。
中肉中背。色白で女性的な顔立ち。不安げな表情。少女の周囲の少年たちにはあまりいないタイプ。
突然鳴り響く着信音に、意識を引き戻される。
なぜか慌てて、映像パネルを閉じる。どこか白々しい動作。
新たにパネルが開き先ほどの少年とは対照的な、浅黒い肌をした精悍な顔立ちの少年が姿を現わす。
「マナ、そっちの方は大丈夫か?」
「あ、ムサシ…」
マナと呼ばれた少女が答える。
霧島マナ。それが彼女の名前。これもまた彼女を示す記号。
「こっちは大丈夫。いつもの訓練と変わらないわ。おまかせオッケー♪って感じ」
マウスピースのせいで喋りにくい。本来なら声は口の中でくぐもった感じになるが、接合されているデッキが発声しようとする動作をバイパスして取り込み、明瞭な合成音声として通信端末に出力するため何の支障も無い。
「マナは相変わらずだな…」
拍子抜けしたような、安心したような笑顔で少年が口を開く。
彼の名前はムサシ・リー・ストラスバーグ。少女と共にトライデント級のパイロットとしての訓練を受けた一人。鋼化結線済みの人形使い。
パネルの片隅に、本部の端末から没入しているとの表示。
「そういえば、さっきまで勝手にあちこちカメラ乗っ取ってただろ」
「あ、うん。分かった?」
「やたらと転移の軌跡が出てるんでログ追ってみたら、いきなりあのでっかい奴がばーんって。何かと思ったぞ」
「小首傾げてお目々パチクリしてたよね。『いぢめる?』って感じで。ちょっとかわいいなぁとか思ったりして♪」
「…N2地雷食らって平気な化け物を『かわいい』って…状況見てたんだろ?あんなの相手にするなんて、訓練じゃやってないぞ」
「そりゃあ、実戦じゃ何が起こるか分からないってのがお約束じゃない。頭柔らかくしないとね。分っかるかなぁ、ムサシくぅん?」
「そういう問題じゃ…まあ、マナらしくていいけどな」
「…どういう意味かは、帰ってからゆっくり聞かせてもらうからね」
「それはともかくとしてだなぁ」
「あ、話し逸らしたぁ」
「いや、そうじゃなくて真面目な話だって…司令室覗いてたのはヤバくないか?」
「司令室?…そんなとこ見てないわよ。国連の特務機関だっけ?さすがにそんな無茶はしないわよ」
「え?じゃあ、あれは…」
「アレって何?」
「…え、と。あれ?ログ残ってないし…勘違いか?」
「気になるわねぇ。何か面白いものでもあったの?」
「いや…視覚に直結したら、時々、一瞬だけど司令室の映像が雑ざってたような気がしたから」
「…うぅ」
「な、何だよ?」
「…ムサシのえっち」
「だあっ!何でいきなりそうなるんだよ!!」
「だってだって、勝手に私の眼に入ってたって事でしょ?見てたんでしょ?」
マナが戦場各所のカメラに割り込み接合していたのと同様の手順で、紫電改本体搭載の電脳に没入しているマナの視覚への割り込みも、待機状態なら、本部からなら、人形使いなら可能。
「心配だからちょっと繋いでみただけだってば!ほんのちらっとしか見てないし、って…そういう意味じゃ無いって!!」
「あぁぁぁ、私の眼から全部見てたんだぁ。こっそりとぉ。ノゾキ魔だったんだぁ…ショックぅ」
「違うって!第一、搭乗してからじゃ何も面白いもの見れないだろうが!」
「あぁ、本音が出たぁ!着替えとかシャワーとかなら見たいんだぁ!うぅ、すけべすけべぇ」
「もう何が何だか…とにかく違うって!大体、お前のつるぺた見たって今更…」
「な、何をぉ!!言うに事欠いてとんでもない事を!!それに、今更って何なのよ!!」
「だ、だから今のは言葉のあやってやつでだなぁ…違うんだぁ、ホントに…」
「私、ムサシとケイタはそういうとこ、ちょっとだけしかないって信じてたのに…裏切られたぁ!…助けてケイタ、私、むっつりすけべぃなムサシにあんなものやこんなものまで見られちゃいそうなの、っていうか見られちゃってた感じなのぉ。お嫁に行けないぃ…ぐしぐし」
「…マナぁ、勘弁してくれよぉ」
「…責任、とってくれる?」
「…うぅ、俺が悪かったから許してくれ、頼むから」
「ふふっ、冗談だってば。貸しにしといたげるね♪」
「…はぁ」
『…それって、楽しい?』
「ふふふっ、まあそれはそれとして…ケイタはどうしてる?」
「…歩けるくらいまで回復してる。神経やられたからまだ接合は無理だけど、すぐに良くなるって」
「そっかぁ。よかった。私が見た時は、まだ意識戻ってなかったから…」
もう一人の人形使いである、そばかす顔であどけない印象の少年、浅利ケイタを思い出す。最後に見たのは包帯だらけの姿。
「…ケイタの奴、悔しがってた。怪我さえしなければ、自分が出たのにって」
「テスト中の事故だもん、仕方ないよ。無茶したのはケイタじゃないもの。元気出してもらわないとね」
「…俺は何ともないのに『震電』が間に合わなくて…マナ一人に戦わせて…すまない」
トライデント級の三番艦・震電。ケイタの一番艦・雷電とマナの紫電改から収拾したデータを元に建造された制式型。ムサシの人形。
「ムサシのせいじゃないよ。大丈夫、私だってムサシやケイタと一緒に頑張ってきたんだから。私と紫電改でちゃっちゃっと片づけてくるから、そこでゆっくり見ててよ。ね、ムサシ。何なら、ちょっとくらいなら眼に繋いでもいいからさ」
「マナも身体をやられてるのに…俺は何もできないなんて…」
ムサシが指摘したのは訓練中に機動兵器の振動で内臓を傷めていたという事。
意識体接合に伴って神経を一部遮断するため、多少の肉体へのダメージは影響無い。極端な話、脳さえ無事なら問題ない。
重要なのは機体とパイロットの呼吸、人工神経網を張り巡らされた鋼鉄の人形と人形使いの脳と意識との接合、鋼化結線された人形劇をいかにうまく演じれるかという点のみ。
「気にしなくていいってば。薬も効いてるし大丈夫よ。接合すれば痛くも痒くもないし。のーぷろぶれむって事♪」
「…」
「…ね。ほら、そんな顔しないでさ」
「…」
『鬱陶しい奴』
「…ね、ムサシ。私はこれから、出撃するんだ。初めての実戦なんだ」
「…すまない」
「だからさ…ほら…分かんないかなぁ」
「…?」
「え、と。その…応援して欲しいんだけど…励まして欲しいんだけど…ダメ?」
「あ!…ごめん!悪かった…えっと…旨く言えないけど…気をつけて」
「ありがとう」
「無理はするなよ!危ないと思ったら逃げていいんだから、とにかく無事で帰るんだぞ!」
逃げるという行動オプションが最初から存在していない事は分かっている。
「ありがとう…じゃ、切るね。そろそろ時間だし」
「…分かった。本当に、気をつけてな。それじゃ、またな」
「じゃ、またね」
閉じる通信パネル。
もう一つため息。
(最後まで、「頑張れ」って言ってくれなかったな…)
『…言われたところで、それはそれで面白くないくせに』
深呼吸を一つして、マウスピースを咥え直すマナ。
各部のコネクターのロックを再確認し、ヘルメットのバイザーを下ろす。
論理空間上にコマンドパネルを開き、起動処理を機械的に進めていく。
訓練で何度も何度も繰り返した、最終接合への移行処理。
視界に大小様々なパネルが開き、赤から緑に変化しつつパイロットと機体のコンディションが正常である事を通知し、閉じていく。システムチェック、火器システムチェック、コンピュータチェック、動力炉チェック…めまぐるしく変わる光景。
(好きじゃない)
コクピット天井の一部が降りて来て身体を固定し、背中と腰と足のロックで座席に縛り付けられる。
(好きじゃない)
口の中に響く空気が漏れるような音。麻酔の味。
(好きじゃない)
やがてパネルの明滅が止まり、視界の中央に意識体接合レベルを実動段階にシフトする事を確認するパネルが一つ。
手動で、承認キーを入力する。
両眼が左右に広がりつつ額や背中など身体の各部から新たに眼がせり出し、全周囲の視覚を得る。
(好きじゃない)
パイロットの意識体の波紋パターンを用いた最終認証。
自分が自分であるという証明。
『それってホント?ホントにホント?』
神経伝達物質が接合ソケットから身体中に流れ込み、覚醒させ、頭の中にまばゆい光が満ち溢れる。銀色の閃光と断片的な同期入出力が、視覚情報の形で砂曼荼羅のように走り抜ける。
紫電改の電脳データ・マトリクス構造体がマナの意識体の波紋パルスに同調し、彼女の拡張意識は人工神経網を駆け巡る。鋼化結線。
(嫌いじゃない)
軽い目眩と浮遊感。一瞬のホワイトアウトの直後に、電脳の論理基盤に着床する。意識体接合。
(嫌いじゃない)
コクピット内に固定されている自分と、機体と一体化して海中に佇む自分とを同時に認識する感覚。
コクピット内を見回す眼の動きと機体各部の光学センサーを旋回させる動き、コントロールレバーを握る手と今はハンガーで固定されているマニピュレーターの動作とを同時に別個に行う感覚。
外界情報が丸みを加えた形で、疑似情報として全身に広がる。海水の冷たい感触、最外殻装甲の硬い質感。機体を支える脚部への重量感。
(嫌いじゃない)
再びパネルの明滅がはじまり、起動処理が正常終了した事が通知される。
視覚上の論理空間上に各種計器類がいくつもオーバーラップし、織り合わされ、超三次元の光景が形成される。
電子工学上の素粒子の現実とデータとによって創造された、新たな現実空間。
彼女の世界。
新たにパネルを開いて作戦内容を表示させ、一瞥して視界の片隅に追いやる。
市街地への進入コースは既に設定済み。三次元表示された市街図に様々な色で各種ルートが表示されているが、マナには選択の余地はほとんど無い。オートパイロットを指定。
再び開く通信パネル。作戦内容と状況を再確認。
すべては予定通り。何も問題はない。
『あなた以外はね』
肉体の現実は終わり、電脳の夢の続きが始まる。
転移。
正面スクリーンに映し出される使徒。
「目標は移動を開始」
「第3防衛線まであと400秒」
オペレーターたちが次々と状況を報告する。
受話器を置き、冬月副司令が碇司令に話し掛ける。
「サードチルドレンが到着したそうだ…どうする気だ?」
「別室にて説明を受けさせそのまま待機。この分岐なら使わずに済むかもしれん」
「そう願いたいものだな…危険は避けておきたいだろう」
「元々、エヴァは兵器として造られたわけでは無い。無駄に危険にさらさずに済むなら、それに越した事はない」
「…」
「うまくいけばレイも予備に回せる…何も問題はない」
無表情のまま、正面スクリーンを見つめる碇司令。
電話に向き直り指示を出す冬月副司令。
転移。
背中の6基のスラスターを始動させる。スターターの呻きに合わせてタービンの回転羽がゆっくりと回転を始めていく。
やがて甲高い音を立ててブレードが息を吹き返し、勢い良く回転する。
軽く海底を蹴りそのまま出力を上げ、巡航モードに入る。設定されたコースに従って、鈍重な機体をハイドロジェット推進によって滑らかに泳がせていく。
決して透明度が高いとは言えない海中の通常視界に、各種センサーからの入力によって合成された三次元モデル図が透過描写される。
やがて海面に浮上し、そのまま滑走。オートバランスによって保たれる機体姿勢。
次第に見えてくる戦闘跡の光景。
未だに煙を上げる戦闘機の残骸、飛び交う救護ヘリ、破壊された海岸線、巣を破壊された蟻の群れのように動き回る兵士。
ぼんやりと夢の中のように展開していく、先ほどの無人偵察機越しの映像と変わらない光景。違うのは、今は自分がその光景を構成する一部だという点。
(…?)
初陣を前にして不思議と沈静化するマナの意識体は、気だるい光景の中、紫電改の論理基板上で揺らぎを見せる。
型を持たない問題提起の波紋が広がる。
『人形使いの操り人形。それがあなたという記号』
(私は紫電改パイロット、霧島マナ…鋼化結線済みの人形使い)
『そう…それなのに、何を悩むの?』
アラームと共にメッセージパネルが開き、市街地へ接近した事を告げる。
スラスターを停止させ、所定の位置に着陸する。
脚部から路面を砕く感触が伝わってくるが、気にせずそのまま移動を開始する。
使徒の背後へ迂回するように進入コースを設定。
背中に相当する部分から小型無人偵察機を射出し、市街地に先行突入させる。
更に広がる視界。身体の各部に眼が増えている感覚に俯瞰が加わり、それらが全て合成されて再構築される視界。
さらに深まる、夢の中のような感覚。
転移。
スクリーンに姿を現わす紫電改。
あちこちから感嘆の声が漏れる。
「あれがそうか…ほう、一応形にはなったようだな」
興奮する軍人たちを尻目に、淡々と、冬月副司令。
「手探り状態であそこまで仕上げたんだ。たいしたものだよ」
淡々と、碇司令。
「動力は熱核式原子炉か…何を考えているのやら」
「開発途上とはいえ、実用面から見れば無難な選択だよ。無知ゆえの選択とも言えるがな」
「とりあえずは様子見だな。赤木博士と葛城一尉は…サードチルドレンに説明中か。お前は行かないのか?」
「必要ない」
「…まあいいだろう」
「サードへの説明が終わり次第、二人を発令所へ」
「指揮権はまだ国連軍が握っているが?」
「次からは必要になる。連中の手際を見ておくのも良かろう」
「…まあ、一度くらいは花を持たせてやるのも悪くはないか」
オペレーターに指示を出す冬月副司令。
無言でモニターを眺める二人。
「…碇、本当にこれでいいんだな?」
碇司令の返事はない。
無言でモニターを眺める二人。
転移。
稜線が薄く明るい夜空にそびえる、墓石のようなビルのシルエット。
その中を縫うように飛んでいる。
小さく明滅する赤いライト。
ビルの陰から出現する巨人、使徒。探照灯の光が当たる。
明かりの落ちたビル街を進んでいく。
その背後から出現する、トライデント級陸上軽巡洋艦・紫電改。
コクピット内では、意識体接合によりほとんどの感覚を紫電改に没入させているためか、人形のように無表情なマナ。
先行させた無人偵察機からの客観的視点を合成した超三次元な視界の中央に、使徒の姿。
全方位から立方体のカーソルが投影描写される。完全に目標を補足した事を告げる各種センサー群。
親指でコントロールレバー上部のカバーを跳ね上げ、安全装置を全て解除する。
論理空間上で明滅する火器管制システム・パネル。
麻酔の味がする唇を歯から引き離し、笑みを浮かべる。
始まりの時。
『それは、すべての終わりの時』
転移。
彼の地。電脳空間。
全方位の格子模様の中、空間上で紫電改を表す記号である重合分子連結体。無限の螺旋構造。
その一分子に示される一般通信ポート。
そこに、ムサシという記号。
行く手を阻むのは侵入対抗電子装備、ICE、氷。
戦闘突入に伴って作動した氷によって、つい先ほどまで開放されていた電子ゲートは絶対零度に凍てつき、閉ざされている。
全てを拒み、触れる事はかなわない無限の氷壁。
阻まれた言葉。
代わりに、届く事の無い言葉。
「マナ…死ぬなよ」
−つづく−
と、いうわけで某めぞんにて載せて頂いてた前世紀の遺物を投下してみた次第ですが・・・連投規制がかかって、とてもとても面倒ですな。
続きをどうするかは様子を見てから決めましょうかね。(といっても、ストックはあと2話分しかなかったりしますですが)
575 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2010/01/01(金) 19:31:00 ID:rkEB2oaQ
あけましておめでとう
再検索したら某めぞんの記憶が復活してた・・・ってことは、ここに投下するのって意味ないかも。
何はともあれ、鋼鉄娘、はーじまーるよー
Grid:14
湯煙の中に浮かぶ天井の丸い暖かなライト。
足されている湯。
バスタブから溢れ出している。
水音だけが響く浴室内。
バスタブの中に一人、霧島マナ。
(………ふぅ)
ため息を一つ。
蛇口に手を伸ばして湯を止める。
両手で両膝を抱え、目を閉じる。
深呼吸を一つ。
そのまま、バスタブに身を沈めてみる。
微かに低く聞こえる水音。
軽い圧迫感。
完全な暗闇。
接合デッキからケーブルを通って潜る電脳空間とはまた違った浮遊感。
これまでの出来事。
これからの予定。
ムサシやケイタの事。
様々な事が、揺れる意識の中を浮かんでは消えていく。
『3秒以内で答えてね。水に浮く軽石と沈んじゃう普通の石がたくさんあって、その中から適当に取った石を一つ、池に投げ込んだんだ』
ぼんやりと頭の中に浮かんだ問いかけの言葉が妙に残る。
(あれは、ケイタだったかな…ムサシだったかな…)
『そしたらその石は、沈んだり潜ったりしてたんだ。その石は、軽石か、普通の石か、さてどっち?』
バスタブの底で身体を縮めたまま、いつかどこかで聞いた言葉をゆっくりと続けてゆく。
『答えは、普通の石。「沈んだり」「潜ったり」なんだから浮かぶ事はないよね…って、こういうの…ダメ?』
(ケイタだったかな?…ま、いいけど)
「…ぷはぁっ」
息が続かなくなって身を起こす。
荒い波が立つ水面。
濡れた髪をかきあげながら、息を整える。
(そういえば…)
波が静まるを待ち、バスタブに鼻先まで身を沈める。
(接合デッキからネットに繋いで没入するのを『潜る』、切断するのを『落ちる』って…)
天井からの雫が、水面に波紋を広げる。
(潜って落ちて、潜って落ちて、潜って落ちて、その繰り返し…)
まどろんだ中で、回り出す言葉。
上目遣いに、立ち上っていく湯気をぼんやりと眺める。
天井からの雫が、浴室の光景を溶かし込みつつ落ちてくる。
何となく、手で受け止めてみる。
掌で更に細かい水滴となって弾ける。
(最後はどこまで行くんだろう…どこまで行けば終わるんだろう…)
再び目を閉じ、そのまま浮遊感に身を任せる。
意識体接合を行う時のような、幽体離脱の感覚。
Grid:01
薄暗い部屋。
机とベッドと小さ目の洋服ダンス。
閉じられたカーテン。
カーペット張りの床。所々に変色した跡。
低めに設定された室温。
赤や緑の発光ダイオードの明滅。
規則正しい電子音の不協和音。
消毒薬の匂い。
積み重ねられた薬局の紙袋。
アルミ包装されたカプセル錠。
オレンジ色の八角錠。
白い楕円錠。
点滴のパックが釣り下げられたスタンド。
黒いゴムチューブとクリップ。
滅菌処理包装された空気式皮下注射器。シリンダーには透明な液体。
使用済みの注射器。
床や壁を這い回るケーブル。
低く唸る大型ワークステーション機。
『T-RAIDEN-T』と綴られた立体文字がゆっくりと回転しているディスプレイ。
使い込まれた外観の電脳接合用ヘッドセット。大型の暗視ゴーグルのような形状。
皮膚電極の接着テープのロール。
ベッドの上に伸びるケーブルの束。
接続されているアタッシュケース大の端末。携帯型の接合デッキ。
液晶ディスプレイ。
薄い水色のパジャマ。
左目の眼帯。
頭に巻かれた包帯。
右肘から先を固定するギブス。
身体の各部を覆う包帯。
傍らの松葉杖。
ベッドの上に身を起こし、ディスプレイを見つめる少年。
胸のIDプレートに書かれた名前。
浅利ケイタ。
液晶ディスプレイ上にはワイヤーフレームで立体描画された第3新東京市の市街図。
その中に二つの立体カーソル。それぞれには『Target』『T-SHIDEN-KAI-T』との表示。
市街図の周囲には様々な形で紫電改パイロット、霧島マナの状態が一覧表示されている。
オーロラ状の同心円を描く立体脳波波形モニター。
規則正しい波形を刻み続ける心拍モニター。
意識体波紋を虹色に織り上げる接合状況モニター。
神経活性率を人型アイコンの各部に示す鋼化結線モニター。
これらもまた、彼女を示す記号。
本来なら指揮官クラスの閲覧権限を必要とするこれらの情報。
それらを、身動き一つせずぼんやりと見つめている、ケイタ。
まばたきする事無く、ただディスプレイの明滅を瞳に反射させているだけのように見える。
ベッドの傍らに、ケイタの足元にもう一人の少年。
緑色のジャンプスーツ。
日に焼けた肌。
完全に脱力して仰向けに横たわる姿。
開ききった瞳孔。
ベッドの上の接合デッキから伸びるケーブル。
最新型の電脳接合用インターフェイス。ヘッドギアのような形状。
胸のIDプレートに書かれた名前。
ムサシ・リー・ストラスバーグ。
「はじまるね」
視線をディスプレイからまったく動かさず、淡々と独り言のように、ケイタ。
『…そうだな』
ヘッドセット越しの拡張意識の、向こうの世界に身を置いたまま無声音で答えるムサシ。
「間に合わせの装備、バックアップも無し、大人達も混乱してて、とにかく中途半端なまま、いきなり実戦…酷いよね」
ケイタの声だけが返事の無い問い掛けのように室内に広がる。独り言のように進む会話。
『どうせ上の連中が下らない理由で無理矢理駆り出したんだろ…こっちの事情も知らないで』
意識体から肉体の感覚をすべて遮断しているため、全神経麻痺状態のムサシ。彼専用に調律されていないデッキから没入するために、ノイズとしての意味しか成さない肉体情報の大半を切り離した疑似仮死状態。
ムサシの意識体は肉体を離れ、彼の地、電脳空間に主軸を置き、マトリクス構造体の分子結晶として存在している。
存在する次元が異なる二人の会話を成立させているのは、彼らが装備する超伝導磁束量子干渉装置、SQUID。スキッド。
微弱電磁気読み取り素子を応用し、増幅脳波による無線通信によって行われる意思伝達。装置本来の目的とは異なる、彼ら自身が見出したもの。
鋼化結線人形使いであるマナとムサシとケイタだけの、もう一つの絆。
「……ごめんね。僕が怪我なんかするから、マナが出撃しなくちゃいけなくなったんだ…」
『お前のせいじゃないよ。限界領域ぎりぎりって分かってて接合ステージ進めた連中が悪いんだ…お前のせいじゃない』
「…ごめんね」
『…気にするなよ。マナも元気出せって言ってたし』
「………」
押し黙る二人。
液晶ディスプレイ上では、紫電改を示すカーソルが使徒を示すカーソルの後ろに回り込み、。
「マナの紫電には、繋げそう?」
『紫電?…紫電改、だろ?』
「紫電、だよ。僕的にはそう決めてるんだ。で、どう?」
『…だめだ、本部との直結線以外は全部氷が作動してる』
「何とか繋げときたかったんだけど…今からじゃ無理かな?」
『無茶言うなよ。正面から当たったら、触っただけで根こそぎ焼かれちまうぞ。それに、変な真似するとマナに迷惑かかるだろ』
「そうだね…やっぱり、ここで見てるしかないって事なのかな…」
『…そうだな』
「…つらいね」
『………』
再び、押し黙る二人。
新世紀エヴァンゲリオン:ifストーリー
鋼の器
Mana Like The OVERDRIVE.
Grid:02
目標を中央に捕捉。
こちらに背中を向けたまま前進を続けている。
気づかれた様子はない。
相手は巨大な怪物、自分は巨大ロボット。疑験端末で見た映画のような光景。
抽出模倣演算を実行。精度は+2秒、確度は下限80%を指定。
本部から転送された先ほどの戦闘で得たデータを元に目標の展開予想位置が算出され、別パネルに同期展開された視覚上にワイヤーフレームで動画投影される。
使徒を包み込んでいく半透明の立方体型のカーソルアラーム音とともに赤く変わり、目標を完全捕捉したことを告げる。
ハンガーに固定されていた両腕を前方下部に下ろし、両手両足で姿勢を低く支える。
機首に搭載されている荷電粒子ビーム砲と同軸レーザー砲を起動する。レーザーはビームガイドモードを指定。
攻撃体勢が整う同時に本部から入電。
下される命令。
歩みを止めない使徒。
現実味の沸かない、夢の中のような光景。
無意識に微笑みの形を作る口元。平穏な心の動きから独立した条件反射的な表情。
(訓練と同じ…手順通りに操作していくだけ…それだけの事)
コントロールレバーを握る指に、ほんの少しだけ力を加える。
軽いスイッチ音を立てるトリガー。古典的で粗雑な手順。
ビーム同軸レーザー砲を照準・誘導用として先行照射。
レーザー発振体に閃光が走り、クロームな合わせ鏡の中で無限循環が始まる。
同時に動力炉に直結した粒子加速器が活性化し、ドラム型に小型圧縮された螺旋円環内を荷電粒子が駆け巡る。
発射プロセスは逐次チェックされ、論理空間上に光速で展開される。超高速モードに入った拡張意識によってのみ得られる超感覚。
無限鏡界の中で一気に振幅同期したレーザー光線が使徒目掛けて発振され、荷電粒子を撃ち込むための真空のレールを形成する。
一瞬、かげろうのように揺らめく使徒。即座に目標を再チェックするが、十分に加速された荷電粒子の妨げとなるような要素は見当たらない。プロセス続行。
直後、加速器の束縛から解放された粒子ビームが、膨大な熱エネルギーを伴ってレーザー光の中に誘導射出される。
スローモーションのように流れる光景。鋼化結線神経反応によってもたらされる加速した時間。減速する世界。
(これで終わり…これで帰れる…)
目標に向けて一直線に伸びていく光弾。
平然と前進する使徒。
(……また、あそこへ…帰るの…?)
瞬間、閃光でホワイトアウトする視界。
「鋼鉄ビィィム!!」
鈍い打撲音。
「んがっ!!」
目標の延髄に見事に、鋼鉄ビームこと必殺霧島パンチと少女が呼称する鉄拳が炸裂。
Grid:05
少女の名前は霧島マナ。第3新東京市立第壱中学校の制服に身を固め、赤みがかったくせ毛をショートにまとめた、明朗活発な印象の少女。
(2001年4月11日生まれの14歳、牡羊座のO型。趣味っていうか好きな事は洋楽、水泳、その他諸々、とにかく色々頑張る中学二年生っ♪)
「目、覚めた?ムサシ」
「…っくぅぅぅぅ!」
呻き声を上げて頭を抱えている目標こと少年、ムサシ・リー・ストラスバーグ。少女の幼なじみの同級生。
(成績優秀、スポーツ万能、日焼けした肌が逞しい感じだけどマッチョって訳でもなくて、要するにルックスは結構いけてる感じ。ちょっと斜に構えたところはあるけど優しいところもあって女の子からの人気も抜群な中学男子。でもって、私の一の子分♪
あ、ちなみに二の子分として浅利ケイタっていうこれまた幼なじみの男の子がいたりするんだな、これが)
「な、何するんだよ、マナ!!」
涙目になっている少年、ムサシ。
「ん?鋼鉄ビームって言ったでしょ。目覚めの一発になった?」
にっこり笑って明るく返事を返す少女、マナ。
「いきなり力いっぱい、しかもグーで殴る事はないだろ?!」
「ぼ〜っとして人の話にてきとーに相づち打ってるほうが悪いの。けって〜い」
「だからってなぁ…ったく…まだ頭がぐらぐらする。加減ってもの知らないんだから」
「まあまあ、男の子が細かい事をぐだぐだ言わない!第一、かよわい女の子であるところのこの私のパンチをまともに食らうくらいぼんやりしてた方が悪いんだから、ね?」
「かよわい女の子って…っとに…何か妙に妄想暴走して一人でいっちゃってるなぁって思ったらいきなり…何が『鋼鉄ビーム』だよ」
「そんなに痛かった?…大丈夫?ごめんね」
(殴っておいて『ごめんね』もないかもしれないけど…やや反省)
「…ま、もう大丈夫だけどな…慣れてるし。そのうち今後の分もまとめて、きっちり返済してやれば済む事だし」
心配そうな表情を浮かべたマナに笑みを伴った冗談で返す。
安心したのか微笑み返し、明るくに振る舞ってみせるマナ。
「慣れてるってあたりからが気になるねぇムサシ君よ。まあ、空を見上げてみなさいな、少年!この大空のように雄大なココロを持ってすれば、
マナちゃんのお茶目さんな振る舞いを許してあげよっかなぁ、という気分になろうというものではないかね?そうでしょ?ね?そうなんだってば!ね!」
軽く両手を広げて手のひらを空に向けるポーズ。そのまま空を見上げてみる。
(第3新東京市の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった…なんてね)
思い浮かんだのは、先日彼女が読んだSF小説の冒頭の一節。
(って、閑話休題。それはさておき。何の話してたんだっけ?)
とりあえず『鋼鉄ビーム』を検索キーとして記憶照合。確認。
「そうそう!だから、夕べのテレビなのよ。新番組のロボットものでさ、ケイタと絶対チェックしようって話してたのよ。昨日教えたげたよね?見た?」
空を見上げていた首だけ下げて、いきなり話を本題に戻す。
「…いや…見なかったけど」
「だぁめだよぉ〜!見とけって言ったじゃない!」
「…ホント、そういうの好きだよな。マナって」
ため息一つと笑み一つ、ムサシ。
(何か生意気な態度…うぬぅ)
「あ!そういう態度はいけないねぇ。ムサシだって小さい頃は一緒に見てたじゃない?」
「そりゃ、まあな」
「小さい頃に散々楽しませてもらってお世話になってきたのに。ちょぉっとガタイがおっきくなったからって小馬鹿にしたようなその態度、感心しないなぁ」
人差し指を立て、軽く左右にふって見せる。
(物事にはスタイルというものがあるのだ)
「そういうものかぁ?」
「そういうものなの!って事で、ちゃんとビデオに撮っといたから。後で貸したげるからちゃんと観るのよ!」
ムサシの鼻の先に指を突きつけ、断言するマナ。強気なヒロインのスタイル。
「何だかなぁ…ま、分かったけどさ。でもホント好きだよな。マナも、ケイタも」
もう一人の幼なじみ、浅利ケイタを思い出す。
食べかけのスナック菓子。ジュースやミネラル水のペットボトル。
いくつものゲーム機。ソフトと攻略本の山。
自作のロゴが貼り付けられたパソコン。
本棚からあふれて積み上げられた雑誌や単行本や同人誌。
アニメキャラの少女たちが微笑むポスター。
ゲームセンターの景品らしいマスコットやぬいぐるみ。
未開封のプラモデルの箱の山。
部屋の中で笑みを浮かべる小柄なそばかす顔の少年。浅利ケイタ。
なぜか、ケイタ本人よりも先に部屋の様子が思い浮かぶ。
周囲を冷たい風が吹き抜けたような感覚。
(…人として間違った方向に歩むのだけは止めねば…それが幼なじみで姐御たる私の使命、って今はそうじゃなくて!!)
「だからそういう態度がいけないんだってば!分かってないねぇ、ムサシくぅん?」
両手を頭の後ろに回し、空を見上げながら続ける。
「ちょっと前まで、三人で『マナンジョ様』『ケイズラー』『ムサッキー』って事で三悪トリオごっこしたじゃないの。忘れちゃった?」
「お、おぼえてるけど…ちょっと前っていっても幼稚園の頃だし、その『ムサッキー』っての、マナとケイタが勝手に呼んでただけだろ!ったく…大体、何で主人公じゃなくて悪役なんだよ」
「ふっ…甘いわね、ムサシ。シリーズ毎にがらっと変わる主人公なんて単なるおまけ!あくまでも本体は定番悪役の三悪トリオなのよ!」
もう一度、先程より力強く、気合を入れて断言。
(物事こだわりが大切なのだ)
「そういう問題じゃ…まあ、マナらしくていいけどな」
「…どういう意味か、何だかとっても興味があるわねぇ」
「それはともかくとしてだなぁ」
「あ、話し逸らしたぁ」
「いや、そうじゃなくて真面目な話だって…テスト期間中だってのにヤバくないか?」
「テストぉ?大ジョブジョブ♪人生まだまだ長いんだし、この輝くような季節の一瞬を刹那的快楽に任せたとしてもフォローはまだまだ間に合うわよ!おまかせオッケーって感じ!」
「…要するに、開きなおったって事だな?どうするつもりなんだよ」
「…それは、乙女の、ヒ・ミ・ツ♪」
文節に合わせて指を振り、最後の『ヒ・ミ・ツ♪』のところでムサシの唇をつつきつつウィンクしてみせる。
(ふふっ、赤くなってやんの。まだまだお子ちゃまで変わらないねぇ、ムサシ君♪)
なぜかほっとする瞬間。
「ったく…何が乙女だよ。今朝だって遅刻しそうなのに人の事ドアの前で待たしといて、よだれたらして毛布抱えて二度寝しようとしてたくせに」
(んごっ!み、見てたのかこいつわ!)
それは一番目の衝撃。立場逆転赤面するマナ。
「………うぅ」
「な、何だよ?」
「…ムサシのえっち」
「だあっ!何でいきなりそうなるんだよ!!」
「だってだって、勝手に私の部屋覗いてたって事でしょ?見てたんでしょ?」
状況をやや不利と見て、話題すり替え的美少女特権泣き落としな具合で押してみる。
「心配だからちょっとドア開けてみただけだってば!ほんのちらっとしか見てないし、って…そういう意味じゃ無いって!!」
「あぁぁぁ、ちょっと開けた隙間から全部見てたんだぁ。こっそりとぉ。ノゾキ魔だったんだぁ…ショックぅ」
(…あれっ?これって……?)
「違うって!第一、声かけてからじゃ何も面白いもの見れないだろうが!」
「あぁ、本音が出たぁ!着替えとかシャワーとかなら見たいんだぁ!うぅ、すけべすけべぇ」
「もう何が何だか…とにかく違うって!大体、お前のつるぺた見たって今更…」
二番目の衝撃。別の意味で再び赤面。
(っていうか、ムサッキーの分際で言ってはならぬ事をぉ!!)
「な、何をぉ!!言うに事欠いてとんでもない事を!!それに、今更って何なのよ!!」
「だ、だから今のは言葉のあやってやつでだなぁ…違うんだぁ、ホントに…」
「私、ムサシとケイタはそういうとこ、ちょっとだけしかないって信じてたのに…裏切られたぁ!…助けてケイタ、私、むっつりすけべぃなムサシにあんなものやこんなものまで見られちゃいそうなの、っていうか見られちゃってた感じなのぉ。お嫁に行けないぃ…ぐしぐし」
(…いつかどこかで…何だろう、この感覚。デジャヴってやつ?)
「…マナぁ、勘弁してくれよぉ」
「……責任、とってくれる?」
なぜかムサシの心に重くのしかかる『責任』という言葉。理由は不明。色々微妙な14歳中学男子。
「…うぅ、俺が悪かったから許してくれ、頼むから」
「ふふっ、冗談だってば。貸しにしといたげるね♪」
マナ的内部『ムサシへの貸し』ポイント、+1。
「………はぁ」
いつも通りの、ムサシとの気さくなやり取り。
平凡な、日常。ぼんやりとした時間の流れの中、いつからか、いつまでも、続いていくと思われる光景。
(ずっと前から繰り返してきた気がする…いつまでこうしていられるんだろう?)
第弐話
迷光仕掛けの夜
Grid:07
最初に目に入ったのは、バイザーを真っ赤に染める血の跡。
(あれ…意識…とんでた、かな……!!状況は?!)
機体各部の損害を訴えてくるメッセージパネルの明滅と警告音。
センサーから入力されてくる外殻装甲の軋み。
半壊したビルに圧し掛かるように頓挫した機体。
過負荷が疑似神経網からノイズとなって逆流し、神経伝達物質が目の奥で火花を上げる。
意識体剥離による感覚劣化。空間認識力の低下から起こる激しい目眩。 普段は自分自身の身体のように扱える機体が、どこか別のところから操られているような違和感。
自律制御システムが機体姿勢を立て直そうとしているが、不自然に傾いたままの機体。
いまだに覚醒しきれていない意識。蘇生剤の過剰投与による、延髄から眉間に突き抜けるような鈍痛。
本部からの指示でドラッグ・スタビライザーが作動した事を告げるメッセージ・パネル。
突然の感電。心臓マッサージの電気ショック。
射抜かれた右肩、爆発したミサイルランチャー、握り潰された左腕、背中の6基のスラスターのうち左側2基と右側1基の損傷、疑似神経網の15%の焼断を示す機体コンディション・パネル。
肉眼視覚と電脳論理視覚が混線したようにぼやけた視界。
通信パネルからは本部の喧騒が流れ込む。処理能力を超えた事態にオーバーロードしたような作戦指揮。
(あれこれいっぺんに何が何だか…使えない…)
形式的に返答しようとする。
(…あれ?!声、出せない?!…直結通話も使えない?!どうして?!)
突然打ち切られる通信。展開する氷が最後の回線を凍結させる。電脳論理回路が完全に閉鎖した『自閉モード』に入っている事を示すメッセージパネル。
(私、何もしてないのに…まさか、自律システムの暴走?!)
瓦礫に埋まった機体が強引に立て直され、吹き飛んだミサイルランチャーとスラスターがパージされ、直後、自律制御システムが停止する。
(あれ?)
身体の各部を引っ張られるような違和感が消え、不自然な体勢による機体への負荷が重く圧し掛かる。
(身体は…動けるか。とりあえず仕切り直さないと…)
血に染まったバイザーを跳ね上げながら、コンソールのキーボード上に指を走らせてI/Oシステム・コントローラーを起動。
視覚入力系統から論理視覚を切断する。全周囲を見渡していた超三次元的な光景は消え去り、目の前には薄暗いコクピットと接合ケーブルと直結した情報パネルだけが残る。
コクピット前方に半球状に広がるディスプレイが新たな彼女の視野。絶望的な狭さの中、機体前方に佇む使徒。遮蔽物は無い。
続けて、鋼化結線接合システムに再起動をかける。神経接続による直接制御からコクピット・インテリアに切り替わる操縦系。
(何が、どうなって…思い出せない…って、来る?!)
こちらに向かって手をかざす使徒。光が灯る掌。
コントロールレバーを押し込み、フットペダルを踏み込む。
一斉にエラー表示するだけで、まったく反応しない機体
(制御系ブロック?致命的エラー?!…だめ、やられる!!)
短距離ダッシュ用ロケットモーターが前方に向けていきなり点火する。
弾かれたように後退する機体。
(ぅぐっ?!)
麻酔によって感覚が押さえられているはずの肉体から悲鳴が上がる。
機首をわずかにかすめる、使徒の腕から伸びた光の槍。
いくつかのセンサーが弾け、ノイズを一瞬残して沈黙する。即座に予備の入力系による欠落部位のフォローを行い、外部入力を確保する。
(勝手に動く…自律制御もリンクも止めたはずなのに?!)
機首レーザー砲がレーザーメス照射モードで起動し、使徒を水平に薙ぎ払う。
光の一閃。仰け反るように動きを止める使徒。まき込まれた使徒の周囲の建物がレーザーに寸断され、滑るように崩れ落ちる。
(火器管制まで!何で?どうして?!)
使徒の胴体に刻まれたレーザーの跡から煙があがる。
直後、まだ生き残っている左側のミサイルが無照準で乱射される。打ち出されたミサイルは自律誘導により、それ自身が意志を持つように目標に殺到する。
右足のアイゼンを路面に打ち込みつつスラスターが始動。右足を軸にして信地旋回させる。路面を一気に砕きつつ反転する機体。そのまま残り3基のスラスターと後方のダッシュ用ロケットモーターが全開にされる。
使徒の目前に光の壁のようなものが現われ、遮られたミサイルが赤い多角形の波紋を残して次々と爆発していく。
無人偵察機の視野が使徒に固定され、姿を捕捉したまま距離を取りつつ回り込む。
(とにかく状況を…確か、目標を捕捉して、初弾を命中させたはず…でも、じゃあどうして?)
コマンドパネルを開き、結線情報履歴を呼び出す。
目標捕捉から意識覚醒+5秒後までの倍速再生、視覚を経由せずデータとして直結入力を指定。
続けてメディカル・パネルを開き、パイロットスーツに装備されている投薬装置、ドラッグ・スタビライザーに対して、戦闘薬兼鎮痛剤として調合されたエンドルフィン同位体の投与を指示する。
急速に収まる肉体の苦痛。超高速モードが発動し一気に活性化する鋼化神経。
ほんの少し間を置いて接合ケーブルから流れ込みはじめる履歴情報。甲高い回転音を頭の奥に響かせながら記憶が次々と呼び覚まされていくイメージ。
Grid:03
『ビームを弾きやがった…何て奴だ!』
接合用インターフェイスを装着して戦術指揮用中継映像に没入しつつ、ムサシ。
「…何か、直前でガイドレーザーごと逸れた感じだったよ。本体には当たってない」
液晶ディスプレイを眺めつつ、ケイタ。
立体市街図上をカーソルが行き来する。閃光も爆発も無い、ただ状況だけを示す戦闘風景。
「ちゃんと捕捉してるのに当たらない…届いてないんだ」
『だんだん追いつめられてる…くそっ!何で誰も援護しないんだよ!』
マナと紫電改、そして使徒の様子を見ている二人。
淡々と過ぎていく時間。
「あ…来る」
『な?!…あの距離を跳ぶか?!…くっ、捕まっちまった!』
「あんな動きが…サンプリングしたデータじゃ、計算できるわけないよ…」
『何とか逃げないと…だめだ、振り払えない』
「左腕に負荷…外殻が持たない…砕けるよ!」
『何だ、あの光は?!…まずい、誘爆する!!』
転移。
「思ったより、やるようだな…これならいけるか?」
使徒に捕まった紫電改が映し出されるスクリーンを前に、冬月副司令。
握られた紫電改の左腕から火花が散り、砕けて折れ曲がる。
「もう一押し欲しいところだな」
騒然とする国連軍高官たちを見下しつつ淡々と、碇司令。
紫電改の右肩をつかむ使徒のもう片方の手から伸びる光の槍。
数回の打ち込みで貫通。爆発するミサイルランチャー。
「熱核式原子炉だったな…破壊されれば、ここも旧東京と同じく20年の封地で決まりだろう」
「使徒に与える放射能の影響も気になるところだよ。新たな可能性を見出せるかも知れん」
「それも興味深いところだな…」
動かなくなった紫電改を眺めつつ、気の無い会話を交わす二人。
紫電改を釣り下げたまま急激に伸びる光の槍。そのままビルに背中から叩き付けられ、背中のスラスターが爆発する。
爆炎で真っ白になるスクリーン。
Grid:04
背中で起こる爆発。叩き付けられたビルの破片が飛び散り、ガラスの破片が紙ふぶきの様に、紫電改に降り注ぐ。
真っ赤な警告パネルが次々と開き、多重認識視覚のうちの一枚を埋め尽くして行く。
最外殻装甲と機体基礎フレームの軋む音がコクピット・シェル内に響く。コンソールから火花が上がり、警報ランプが点滅する。
過負荷が電磁流となって疑似神経網を駆け巡る。
紫電改の脊髄沿いに並ぶ副脳クリスタルが次々と電子的に煮えたぎり、爆発する。鋼化結線接合システムの接合支援端末も、パイロット保護用疑似電脳も、不安定になった直後、無警告で沈黙する。
制御システムの負担が接合ケーブルから一気に雪崩れ込む。
一瞬視界が闇に閉ざされた後、全身が跳ね上がるような衝撃に襲われる。過負荷による神経系へのダメージが痙攣となって全身に走る。
(接合を…切らなきゃ……落ちないと…)
引きつった腕をコントロールレバーの根元に伸ばす。安全カバーを自動的に弾き跳ばして赤く点滅しながら、軽く押し込まれるのを待つ強制接合解除スイッチ。
ヘルメット内側の皮膚電極に削岩機を押し当てられたような衝撃の直後、鼻の奥から出血し、じんわりと広がる生ぬるい鉄の味。
(指が…押せない……動かない…)
スイッチに指をかけたまま硬直する肉体。
論理基盤から強引に引き剥がされた鋼化結線神経の一部が、パニックを起こしている肉体感覚情報と混線し、マナの意識体波紋をかき消していく。
空間認識力が失われ、どこまでも落ちていく感覚にとらわれる。
(…だめ…堕ちる…焼かれる…!!)
脳波パターンを示すオーロラが一気に沈静化し、心拍グラフが水平線を示す。
音声情報が寸断され、静寂に包まれる。
使徒にロックされた無人偵察機からの視点で大写しになる、白い仮面。
再び背中で起こる音の無い爆発。誘爆したスラスター。
バランサーが働かず、頓挫する機体。
無理矢理意識に割り込んでくる、絶望状況を示す計器パネル。
スローモーションのように降り注ぐ輝くガラスの欠片。
(…もう、だめ…消えちゃう…)
ステンドグラスの小片が剥がれ落ちていくように崩壊する意識。
断片的に浮かぶ様々な光景。
出撃前に見たムサシとケイタの顔。
接合時にいつも目にする重合分子連結体のマトリクス構造モデル図。
寮の自室に飾っておいた写真。
訓練中に三人で見た夕日。
紫電改のデータバンク・セクター上にかかる氷の虹。
どこからか聞こえてくる聞き覚えの無い音楽。
風に乗って舞散る光の欠片。
他には何もない道路に佇む人影。
赤い瞳。
(……?!)
基盤からの冷気に包まれ、白く凍り付いていく視界。
転移。
「フラットライン…脳死しちゃう…!」
『くそっ!こんな事って…やっぱり、まだ無理だったんだ』
「接合がロックされてる…強制切断は…」
『何やってんだよ本部の連中は…自閉モード?!』
「どうしよう。このまま繋ぎっぱなしだと、焼かれちゃう…まずいよ…」
暗い円盤を表示するだけの立体脳波波形モニター。
時折、心臓マッサージによる電気ショックで振り切れる心拍モニター。
「目標はまだ紫電改を狙ってる。止めを刺す気だ」
『部隊が動き始めた。今ごろ…機体だけ回収する気か?!』
「………」
『ちっくしょぉ…ふざけやがって!』
「やっぱり、僕が出れば良かったんだ。そうすれば、マナは…」
『………』
「こんなのひどいよ…ひどすぎるよ」
周囲から解けるように崩れ始めた意識体波紋を描く接合状況モニター。
測定不能を表示して固まった鋼化結線モニター。
異なる次元からそれらを見つめる、ムサシとケイタ。
『助けに行くぞ。雷電、起きてるよな』
「…動かすの?…無理だよそんなの」
『電脳と繋ぐだけだ。マナが紫電改の電脳論理基盤にロックされてるだけなら、潜って切り離してやれば、まだ間に合う』
「でも、どうやって?…さっき潜った時も氷漬けだったし…それに、マナの意識体が堕ちちゃってるんだよ…」
『スキッドがある。あれで直結して、叩き起こそう』
「…でも、だめだよ。中継器まわしても電波届かないし、それ以前にシールドされてるし…作戦行動中で、紫電の通信ポートは全部、氷が展開してる…指揮用のゲートは僕達じゃ通れない…」
『雷電の電脳経由なら特権使えるから、機体間通信で繋げるかもしれない』
「…無理だよ。距離があり過ぎるし、今回は単体起動だから閉鎖されてる」
『無理でも、やってみるしかないんだ!このまま見てたってどうにもならないだろ!』
「………」
『とにかく繋げれば、スキッド自体は別口なんだから、たぶんいける!』
「………」
『今すぐ落ちるから、急いでドックに行こう』
「………」
接合を切ろうとして、ケイタの様子がおかしい事に気づくムサシ。
『…おい、ケイタ?!』
「…だめだよ、ムサシ」
『何でだよ。大丈夫だよ、とにかくやってみなくちゃわからないだろ!』
「だめなんだよ…あの紫電、今回は秘密保持のために…」
『…?』
「作戦続行不能になると、本部からの信号で…氷が作動するんだ。論理空間ごと電脳とマナを…完全に、封鎖しちゃうんだ」
『な?!…そんな?!それじゃマナは!!』
「だから、落ちないと、もうだめなんだ…使い捨てなんだよ、マナも、紫電も…僕たちも」
『…こんっちきしょおおぉぉお!!』
紫電改の電脳の完全封鎖が始まった事が、アラーム音と共にメッセージ表示される。
『そうだ…まだ並列連鎖接合システムがあるだろ…あれでこっちから紫電改を動かせば…!』
「…だめだよ…あれはまだ、稼動してないし、今回は紫電から外されてる…もう…だめだよ」
『じゃあ、本部へ行って指揮用のゲートに割り込んで…』
「…だめだよ…もうだめだよ…マナも、僕も…どうしようもないんだ…落ちなきゃ…だめだ…」
『……ケイタ?』
「だめだよ…もう、僕は、だめだ…潜らないと…落ちないと…」
『…お前まさか、また?!』
突然、接合を切るムサシ。瞳に光が戻り、勢いよく上体が起きあがる。
「こういう事はやめろっていっただろ!」
ケイタの左腕をねじ上げるムサシ。掌からオレンジ色の八角錠がこぼれおちる。
完全意識体接合用の実験薬。強力な中枢神経系幻覚剤。
一種のトランス状態による意識体波紋の遊離を促進する錠剤。鋼化結線済みの彼らでなければ精神崩壊の危険を招く強度の、ダウン系の合成麻薬。
「…もう、だめなんだ…マナが…僕、どうしていいか」
「ケイタ…お前…」
「本当は怖いのに、ちっとも怖くないんだ…おかしいよね…頭の中で電磁流がまわってるみたいに、何が何だか、分からないんだけど、全然気持ちは落ち着いてるんだ…だからだめなんだ…耐えられない…」
「………」
「本当は、色々嫌で、仕方なかったんだ。マナがいてくれたから…僕は、頑張れたんだ…だけど…だめなんだよ…もう…やっぱり、僕が出ればよかったんだ…」
「……だからって、こんな…」
「ごめんね…本当に、ごめんね…やっぱり、僕、だめだよ…薬飲んでないと…壊れちゃう…」
「…ラボの連中、呼ぶぞ。いいな?」
ベッド側のナースコールボタンを押し、ベッドに座り込むムサシ。
そのまま蹲り、頭を抱える。
空ろな目で、ぶつぶつとつぶやきつづけるケイタ。
Mana
Like The
OVERDRIVE.
EPISODE:2
Knight of Calculator
ice〔ais〕
【名詞】ices
氷
アイス
氷菓
糖衣
表面
アイスホッケー場
ダイヤモンド
宝石
冷淡さ
わいろ
【動詞】iced, iced, ices, icing
[自動詞]
氷で覆われる
[自動詞 + 副詞]
(ice over)氷で覆われる
(ice up)氷で覆われる
[他動詞 + 目的語]
〈…を氷で〉冷やす
〈…に糖衣を〉かける
ICE《略》
Intrusion Countermeasures Electronics.
侵入対抗電子装備
Intrusion Countermeasures E.....
【項目削除】
『現実世界の連中って、やたらトロイよね』
Intrusion Countermeasures Electronics
【名詞】
侵入対抗電子装備(装置)
コンピュータ上に構築された論理空間を外部からの侵入者から守るためのシステムの総称。
ICE(アイス)、氷と略す。
『私?私は電脳空間が好きだよ』
squid〔skwid〕
【名詞】squids
スミイカ {動物}
イカ型の擬餌 {動物}
SQUID《略》
Superconducted QUantum Interference Device.
超伝導磁束量子干渉装置
『はっやいんだよぉ。歳をとらない、のろくならない。よごれない』
Superconducted Quantum Interference Device
【名詞】
超伝導磁束量子干渉装置
超伝導物質を利用した微弱電磁気読み取り素子。一種の特定電磁波読み取り/増幅発振装置。それらの総称。
特定脳波検出/特定行動監督システムとして用いる。
SQUID(スキッド)と略す。
『肉を脱ぎ捨てれば、あとは好きに、騒げるんだ』
Grid:15
浮遊感。
揺らぐ意識。
鼻の奥につんとくる感触。
耳が遠くなったような感覚。
(…?)
目を開けてみる。
ぼんやりとした光が揺らぐ空。
空というより、水面。
下から見上げている感じ。
手を伸ばして触れてみると、向こう側には空気がある事に気づく。
(…っん?!…がばごぼがばごぼげべげべ?!)
慌てて両手を伸ばし、身体を起こす。
「ぷはぁっ!!」
バスタブに荒い波が立ち、湯があふれ出る。
(い、いつの間にか寝ちゃってたのか…あ〜、危なかった)
息を整える。
バスルームのガラス戸の向こうに、誰かが近づいてくる気配。
「大丈夫?のぼせてない?」
声をかけられる。
「すいませ〜ん、ちょっと寝ちゃってたみたいで…今上がりますから」
「あ、大丈夫ならいいの。別に慌てないで、ゆっくりしてちょうだい。のぼせないように気をつけてね」
「は〜い」
立ち去る気配。
頭を振って、耳に入った水を抜く。
フラッシュバックする様々な光景。接合ケーブル越しに見たような非現実感。
(まだぼんやりする…のぼせたかな?ま、とにかく後でデフラグかけないと…)
掌で身体をなぞってみる。
所々に薄く白い傷痕が残る肌。
コクピットに身体を固定していたストラップが食い込んだ跡。一部は青紫色の痣になり、麻酔の切れた身体に鈍い痛みとなって伝わってくる。
(…乙女の柔肌…のはずなのになぁ…)
『風呂は命の洗濯よ』
思い返される言葉。
(悪い人じゃ、ないのよね…)
Grid:06
雲の切れ間から少しだけ日が射している。
歩き出しながらもう一度、空を見上げるマナ。
(これって、天使の梯子って言ったような言わないような…ともあれ、こういう空は私的にはかなり好きだったりするんだな、これが)
ムサシの方に向き直る。まだ困ったような顔をしながら歩いている
(切り替えが遅いねぇ…って、私の方がころころ変わり過ぎるのかもしれないけどね)
「こういう空って、いいよね。そう思わない?」
「…そうだな…悪くはないよな。雲一つない青空ってのもいいけど、こういうのもな」
ぼんやりと浮かび上がるのは懐かしい光景。いつか見た雲。
空を見上げたままムサシに背を向け、両手を後ろで組んで少しだけ離れる。
「ね、ムサシ…憶えてる?」
「ん?」
「小さい頃さ、公園とかの塀の上を三人で歩いて遊んだりしたよね」
「ああ……確か、危ないから道路に出ちゃダメって言われてて…」
「私はどうしても外に出てみたくて、それで、塀の上なら道路に出てないって事で、歩きまわってたりしたよね」
「そうそう。それで、マナがお菓子とかぼろぼろ落としながら歩いて、ケイタが高いからって怖がって、俺が一番前歩いてて…で、それが?」
懐かしみつつもいまいち話が見えない様子のムサシ。気にせず言葉を続けるマナ。
「知りたかったんだ。出ちゃダメって言われてる向こう側がどうなってるのか。楽しい事とか嫌な事とか、何があるかは分からないけど、きっと何かあるんだろうなぁって。そこに行けば、何かあるんじゃないかなぁって」
「…向こう側、か」
「まあ、その頃はそんな事考えてたわけないんだろうけどね」
「………」
言葉を選び、口調と表情を選び、話を組み立てていく。
「別に、何かに文句があるとか、そういうのじゃないと思うんだ…あの頃からの感じが、これからも続いていけばなぁとかって、さ」
「………」
二人の他には誰も居ないと錯覚させるような静かな空間の中を、マナの声だけが広がる。
「…ちょっと大げさだけど、この先どうなるかわかんないけど」
歩みを止め、両足のかかとをそろえる。そのまま爪先を上げ、かかとを軸にターン。少し無理がある姿勢。
オートバランスと鋼化神経反応特有の超感覚で、ぐらつきをねじ伏せて体勢を整える。
ほんの少しだけ前かがみになって、小首を傾げつつ見上げるようにする。
「またいつか行こうね。ムサシとケイタと私と、みんなで一緒に…ずっと、ずっと遠くのどこか。お弁当持って、塀の上歩いて」
曖昧な笑顔とまっすぐな視線。
「………」
無言のムサシ。
(ま、ムサシのこういう顔を見れるのも特権の一つかな…や、幼なじみとかそういうのとはまた違って、その、ま、色々微妙なお年頃って事なのよ、これが)
自分でいうあたりがやや怪しい、微妙な14歳中学少女、霧島マナ。
そのまま何となく見詰め合う、中学男女二人。静かな時間が流れる。
自分でいうあたりがやや怪しい、微妙な14歳中学少女、霧島マナ。
そのまま何となく見詰め合う、中学男女二人。静かな時間が流れる。
(何か安っぽいお約束だけど…ま、たまにはいいよね)
照れたように先に視線を逸らしたのはムサシ。そのまま背中を向けて歩き出しつつ口を開く。
「そうだな…ま、そのためにもとりあえずは、今日の現社と数学と生物をどうにかする事だな」
「…人がせっかくいい塩梅で浸っていたのに、このムサッキーめ…そこに直れぇ!も一発、鋼鉄ビィムだぁ!」
「うわっ!待て、おい!ちょっと、それは当たるとマジでヤバイって!」
鞄を振り回しながら追いかけるマナ。
笑いながら逃げるムサシ。
平凡な、日常。ぼんやりとした時間の流れの中、いつからか、いつまでも、続いていくと思われる光景。
「あれ?」
ムサシに追いつこうと走っている最中、何となく通りの方に眼を向ける。このあたりでは見かけない少女が佇んでいる。
彼女たちと同じ第壱中学校の制服。水色の髪、赤い眼。
(水色の髪…不思議な色…)
こちらに向きなおる少女。
赤い眼。
何かを伝えるように動く唇。
(あれっ?…たしかどこかで見覚えが…どこだっけ?)
肉眼視野で少女を捕らえたまま、映像受信履歴を呼び出す。
論理空間上に開くコマンドパネル。一時停止したところからの再生を指定。
(確か、残ってるはずなんだけど…)
視界の隅にパネルが開き、映像履歴が表示される。
駅前の公衆電話コーナーに佇む少年の姿。
何もない道路の方に眼を向けている少年。
ふと、視界の違和感に気づく。パネル?映像履歴?
(…ん?…何、これ?何でこんなものが見えるの?)
どこか遠くで鳴り響く警告音。
「ねえ、ムサシ…」
ムサシの方に話し掛けようとした時、突然、鳴きながら飛び立つ鳥の音。
同時に、眼の奥を軽く突つかれたような鈍い痛み。
飛び去る鳥の群れ。
余韻を残さず消える痛み。
視点を戻す。
何もない道路。
急に息苦しくなり、心臓が跳ね上がるような衝撃。
「…あれ?さっき確かにいたのに…ね、ムサシも見たよね?」
先を歩いていたムサシに話し掛けつつ、向き直る。
いつの間にか真っ赤に染まっている景色。血の色。
視野の周囲から銀色のノイズが走り、ぼんやりと二重露光のように現れる、薄暗い中で発光ダイオードが明滅する光景。
誰もいない道路。
「ねえ…ムサシ…どこ行っちゃったの?ねえ…」
突然、あたりに轟く衝撃音。
ビリビリと震える建物のガラス。
微かにゆれる視界。
鈍い痛みと共に、幽体離脱する感覚。奇妙な浮遊感。
ノイズがあちこちに走り、揺らぎながら急激に変化して行く風景。
音の方へ振り向く。
(…これって…何なの?!私、どうなっちゃったの?!)
ガラスのように視野が砕け散り、空に向かって落ちていく。
やがて霧が晴れるように世界が構築されていく。
森が切れて眼前にひろがる田園。まっすぐに伸びているモノレールの高架レール。
山の稜線の奥で広がっている土煙。
並行移動で出てくる重戦闘機群。
続いて姿を現す、巨人。
(…違う、こんなの…こんなの私知らない!!)
そこには、白い仮面。
2つの空ろな空洞のような眼。
(………!!)
使徒。
『おかえりなさい』
Grid:08
オートバランスが切れる。
感覚同期のフィードバックが下半身に伝わる。
地面を蹴り、生き残ったスラスターを全開にして前進する。
徐々に加速して行く巨大な機体。
身体をシートに縛り付けている腰と足のロックにかかる負荷。
麻酔が効いているため、厚手の毛布越しの感覚のようにぼんやりとしか伝わってこない肉体への負荷。
一気につまる使徒との距離。こちらに気づき、振り向く。
再び、手をかざす使徒。光の槍の穂先が覗く。
計算済みの動作。槍の射界から外れるように横に滑る機体。そのまま短距離ダッシュ用ロケットモーターを点火して突撃する。
使徒の正面まで近接したところで何かと衝突し、行く手を阻まれる。
現れたのは光の壁。衝突した部分から赤い多角形の波紋が広がる。
突然、光の壁が波紋の形を保ったまま固定され、そのまま紫電改が接触している面から新たな波紋を広げつつかき消されていく。
転移。
「…勝ったな」
感心したように、冬月副司令。
「…ああ」
表情を変えず、碇司令。
「A.T.フィールドを凍てつせかて更に相転移させるとはな」
「報告に目を通した時には呆れたが…それ以上の無理はしなかったようだ」
「今ごろ、老人達もシナリオの書き換えに躍起になっているだろうよ」
転移。
右腕を前方に突き出すように展開。三つ又に分かれたマニピュレーター・クロー内側に沿って装備されている近接戦闘用ブレードのカバーが開き、動作チェックが行われる。刺突用リニアモーター、超振動モーター、共に異常なしの表示。
そのまま紫電改の肩に手を掛けて押しのけようとしている使徒の腕をつかみ、強引に超振動ブレードを作動させる。金切り音を上げて刃が食い込み、腕を削ぎ落とす。
使徒の胴体中央にある光球に押し当てられる荷電粒子砲。動力炉と直結されて活性化する粒子加速器。
突然、使徒の仮面に光が灯る。
超高速モードに入った紫電改はすばやく反応し、右手を仮面の下に押し当てて捻じ曲げる。
紫電改の腕に更に力が込められ、仮面に亀裂が走る。
目標を捕らえられぬまま発射される使徒の光線。ビル街から爆炎が上がる。
悲鳴を上げ、紫電改に飛びつき、包み込むように身体を変形させる使徒。
零距離で火を噴く荷電粒子砲。
爆発。
閃光に包まれる市街地。
転移。
ノイズだらけのモニター。
「自爆だと?!…何て事だ」
固唾を飲んで見守る軍人たち。
「…目標と、トライデント級は?」
「まもなく、センサー回復します」
「爆心地にエネルギー反応」
「…まさか?!」
「トライデント級からの信号受信…目標の殲滅を確認!」
「よぉぉし!!」
「やったか!」
一斉に歓声が上がる。
それらを無感動に見下ろす碇司令。
受話器を置いた冬月副司令が、何か耳打ちする。
「…ともあれ、君たちの出番はなくなったわけだ。今後の事については、いずれ上の方で話をまとめるだろうよ」
士官の一人が碇司令たちに勝ち誇ったように語り掛ける。
「その件につきまして、先ほど連絡が入りました」
「ほう、珍しくすばやい対応だな」
「本日ただいまを持って、トライデント級陸上軽巡洋艦、及びパイロット、機材一式を、特務機関ネルフが徴用いたします」
「何?!」
「そんな馬鹿な話があるか!!」
突然の話に、声を荒らげる軍人たち。
「いずれ、政府より正式な命令が下ると思われます。この場は、お引き取りください」
あくまでも淡々と、碇司令。
「ふざけるな!あれは我々のものだ!お前たちになど渡すものか」
「特権を振りかざすもいい加減にしろ!」
「特務機関というだけで、全てが許されるとでも思っているのか?!」
眼鏡を押し上げながら、自信に満ちた口調で、碇司令。
「現段階でもっとも有用と思われる手段を選んだまでです。任務遂行が最優先…そのための、ネルフです」
Grid:09
「さて、今夜は、パーっとやらなきゃね」
「何をですか?」
「もちろん、新たなる同居人の歓迎会よ♪」
そのまま、トンネルを抜ける車。
「…あれっ?」
ふと我に返る。
「どうかした?霧島さん」
見知らぬ女性に話し掛けられる。
周囲を見回すと、そこは走っている車の中。
「あれ?私…ログを見てたはず…?え、おや?」
「ん、何の話?」
「え、と…すいません、私は何がどうしてしまったんでしょう、か?」
「…あの、大丈夫?」
乾いた空気が漂う。
「あの…ちょっと、マズいかも…なんて言ってみたりして」
愛想笑いを浮かべながら、必死に記憶域を再構築する。
目の前の人物を人物照合。オフラインでは検索する術も無く、当然該当無し。
「ちょっと…本当に大丈夫?病院戻ろうか?」
【データ破損:削除】
「じゃ、も一回改めて。私の名前は葛城ミサト。よろしくね、霧島さん」
「あ…そうでしたか。よろしくお願いします、葛城さん」
「ミサト、でいいわよ」
笑みを浮かべ、気さくな様子で、ミサト。
「私も、マナでいいです。ミサトさん」
笑みを作り、気さくな様子で、マナ。
「で、あなたは私と同居する事に決まったから。よろしくね♪」
「………は?」
「だから、一緒に住むのよ」
「…ええぇぇぇっ?!」
「でもって、今後のあなたの上司でもあるってわけ。もひとつ、よろしくね♪」
「………えええぇぇぇぇっ?!」
【データ破損:削除】
「ちょっち、寄り道するわよ」
「どこへですか?」
「い・い・と・こ・ろ♪」
高台に止まっている車。傍らにマナとミサト。
再開発の看板や工事中のランプなどが目立つ旧市街。
その奥に何もない無機質なコンクリのブロックエリア。
戦闘の痕跡が所々に残っている。
「何にもない、街ですね」
「…時間だわ」
鳴り出すサイレン。山に木霊する音。
道路や建物にかかっている大規模な防御シャッターが開いていく。
目をみはるマナ。
「すごい…!ビルが、生えてる」
地下に収納されていたビルが地上に戻っていく。
空に伸びていく集光ミラー。赤い太陽光を反射している。
マナの眼前にひろがっていく大計画都市。
夕日の中。街のあちこちから、生き物のように生えてくる高層ビル群。
「これが、使徒迎撃要塞都市、第3新東京市。私たちの街。そして、あなたが守った街よ」
夕焼け空にそびえ立つ高層ビル群を見つめつづけている二人。
Grid:10
闇の中に浮かぶ、数人の人影のある長テーブル。それぞれ白、赤、青、緑、黄色にライトアップされた席についている。
上座にはバイザーをかけた老人。
末席に碇司令。
「使徒再来か…あまりに唐突だな」
緑の席の老人。
「15年前と同じだよ。災いは何の前触れも無く訪れるものだ」
黄色の席の老人。
「幸いとも言える。我々の先行投資が、無駄にならなかった点においてはな」
赤の席の老人。
「そいつはまだわからんよ。役に立たなければ無駄と同じだ」
青の席の老人。
「左様。今や周知の事実となってしまった使徒の処置。情報操作。ネルフの運用はすべて、適切かつ迅速に処理してもらわんと困るよ」
再び、黄色の席の老人
「その件に関しては既に対処済みです。ご安心を」
碇司令。
転移。
第3新東京市。
爆心地。
赤い回転灯。周囲を囲むバリケード。『危険、立ち入り禁止』の文字。
クレーター中心に設営された簡易テント。空にはネルフのマークが入ったヘリ。
国連軍の姿は見えない。
パソコンや研究設備に混じって、クーラーボックスや麦茶、紙コップが転がる。
団扇を仰ぎながら、記者会見の中継を見ている二人の女性。
首から下は全員、暑苦しい防護服を着ている。玉のような汗。
リモコンを押す、ロングヘアーの女性。
『昨日の、特別非常事態宣言に関しての政府発表が、今朝、第2…』
12チャンネル。記者会見を行っているスーツ姿の男。『政府緊急記者発表』『生中継』のテロップ。
『今回の事件には…』
4チャンネル。まったく同じ画面。『内閣官房長官』『首相官邸より中継』のテロップ。
『来日国連軍の…』
8チャンネル。まったく同じ画面。『LIVE』とのテロップ。
1チャンネル。
BS7チャンネル。
どのチャンネルも同じ番組を放映している。
「発表はシナリオB−25ね」
紙コップを手に、金髪の女性。
「広報部は喜んでたわよ。やっと仕事が出来たって」
「うちもお気楽なもんねぇ」
「どうかしら。本当はみんな、こわいんじゃなくって?」
「…あったりまえでしょ」
転移。
「ま、そのとおりだな。しかし碇君」
「零号機に引き続き、彼らが初陣で壊した人形の修理代。国が一つ傾くよ」
「聞けばあのおもちゃ、原子炉を積んで戦っているそうではないか」
「使徒の爆発規模があの程度ですんだ事も、単に我々の運が良かったに過ぎん」
皮肉口調の言葉が飛び交う。
「それに君の仕事はこれだけではあるまい。『人類補完計画』、これこそが、君の急務だぞ」
「左様。その計画こそがこの絶望的状況下における唯一の希望なのだ。我々のね」
「いずれにせよ、使徒再来における計画スケジュールの遅延は認められん」
碇司令を一瞥して、上座につく議長の老人。
「戦闘中、人形からのICEの発現を確認しました。これでエヴァを、本来の任務に専念させられます。シナリオに分岐は発生しましたが、計画はすべて順調です」
表情を変えず、碇司令。
「シナリオの修正も急がねばならん」
「頭の痛い問題ですな」
「人形と人形使いと機材一式。未完成分も含めて、早急に引き上げねば」
「あれは本来我々のものだ。さしたる問題ではないよ」
「予算については一考しよう」
「では、あとは委員会の仕事だ」
「碇君、ご苦労だったな」
議長と碇司令を残して消える委員会の面々。
立体映像によって構築された仮想会議室。電脳空間とはまた違った形式の空間。
「碇、後戻りは出来んぞ」
言い残し、議長が消える。
一人会議室に残る、碇司令。
「分かっている…人間には時間が無いのだ」
Grid:11
「ここが、私達の家よ」
やがて辿り着いたマンション。コンフォート17。まだ他に誰も住んでいないのか、生活の気配は漂ってこない。
エレベーターで11階まで上がり、11−A−2号室の前で足を止める。
「さ、入って」
鍵を開けて先に中に入り、マナを手招きするミサト。
「あの、おじゃまします」
軽く会釈して家に入ろうとするが、押しとどめられる。
少し怒ったような表情をしているミサト。
「だめよ、それじゃ」
(…?)
「マナ。ここはあ・な・たのウチなのよ。なら、当然、入ってくるときの言葉は違うでしょ」
(………そういう事、ね)
何を言いたいのか理解する。
最適と思われる行動オプションを実行。
「あ、あの…ただいま」
少し照れたような表情を作り、小声で答える。
軍隊仕込みの表情と仕草。
「おかえりなさい」
満足そうに微笑み、マナを招き入れるミサト。
「まぁ〜、ちょっち、散らかってるけど気にしないでね」
最初に目に入ったのは、段ボール箱の山。
脱ぎ散らかしたままの服
ビールの空缶。
ウィスキーの空き瓶。
食べかけのつまみの袋。
乱雑に散らばった本。
ゴミの山であふれかえった部屋。
傍らに寄せられた真新しいダンボール箱。伝票にはマナの名前。
「ごめん。ちょっと待っててね」
そそくさと部屋を片づけるミサト。
適当にものを積み重ね、乱雑に四隅に寄せて空間をつくる。
「その辺で適当にくつろいでいて。あ、マナの荷物も届いてるみたいね。奥の部屋使っていいから、悪いけど、片づけといて」
(……これは、驚いたわ。参ったっていうか…うん)
あ然とするマナ。
とりあえず、買い物袋を片づけるために冷蔵庫を開く。中はビールと氷とつまみで埋まっている。
何とか隙間をつくり、買ってきたインスタント食品を詰めていく。
隣に視点を移すと、そこには巨大な冷蔵庫。
「あの、こっちの冷蔵庫は?」
襖の奥で、部屋着に着替えているミサト。
「あ、そっちはいいの。まだ寝てると思うから」
「…寝てる?」
「さ、お待たせ。食事にしましょ」
露出度の高いラフな服装に着替えたミサトが出てくる。
テーブルの上に並ぶ数々のインスタント食品。
早速ビールをあおっているミサト。
「んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、ぷはぁ〜っ!カァ〜ッ!やっぱ人生、この時のために生きてるようなもんよね」
「そうですね」
豪快にビールをあおり、アルミ缶を持ったまま、笑顔のミサト。
にこやかに笑みを浮かべながら、手近な皿に箸をつけているマナ。
「たのしいでしょ?」
「え?」
「他の人と一緒の食事」
「あ…そうですね」
(………)
穏やかに進む食事。
637 :
名無しが氏んでも代わりはいるもの:2010/01/16(土) 22:32:11 ID:B56myR0E
ナイス
【データ破損:削除】
食事当番や風呂掃除の当番などを決めた丸等が書いてある紙。
テーブルには既にビールの空缶が並んでいる。
「厳正なるジャンケンによって、掃除、ごみ当番、後片付け、そして風呂掃除当番はこのように決定しましたぁ♪、と」
二人での約束事を決めていくミサト。
何事もおとなしく、うなずいて微笑んで返すマナ。
「じゃ、生活当番はこれでいいわね」
「はい、いいです」
「そう、かしこまらないで。ふつーでいいのよ。ふつーで」
「はい」
「はい、じゃないでしょ」
(………)
「…はい♪」
笑顔を作り、明るく答えるマナ。
笑顔を浮かべるミサト。
「ま、それじゃあ…汗かいたでしょ。先に風呂、入んなさい。やな事はお風呂にでも入ってパーっと洗い流しちゃいなさいな」
人差し指を立て、ウィンクしてみせるミサト。
「風呂は命の洗濯よ」
届いていたダンボール箱から肌着類を発掘し、風呂場に向かう。
洗濯場に干しっぱなしのミサトの下着。
洗濯物に気を取られたまま、風呂のドアを開けるマナ。
直後、そこにいる物体、生物に気づく。
眼が合い、そのまま硬直する。
「……きゃあぁっ!!」
慌てて飛び出す。
「み、み、み、ミサトさんっ!」
移動する物体を目で追いながら。
「お、お風呂場に変な…あ、あれ?!」
何事も無かったかのごとく、ぺたぺたと大型冷蔵庫の中に入るペンギン。
「ああ、彼。新種の温泉ペンギンよ。もう一人の同居人、名前はペンペン」
「ぺ、ペンギンですか?」
「そ。仲良くしてね。それにしても…まあ、まだ中学生だしね。がんばんなさいな♪」
胸元へのミサトの視線。
自分の状況に気づくマナ。
「……!!」
赤面し、慌てて風呂場に戻るマナ。
笑って見送るミサト。
ドアを開けて風呂場に飛び込む。
深くため息。
Grid:12
照明の落ちた実験場の巨大な人影。
十字型の停止信号プラグを打ち込まれた、エヴァンゲリオン零号機。
下半身を特殊ベークライトで固められている。
ボロボロの管制室に人影。碇司令と赤木博士。
「戦自の人形及びパイロットの状況は?」
「第9ケイジに収容しました。現在、戦自技本からの資料を元に運用準備が65%まで進んでいます。予定されている残り2機の収容も問題ありません。回収したパイロット、霧島マナは葛城一尉が引き取りました」
「プログラムの修正は任せる」
「分かりました」
物音一つしない実験場。
管制室に拳を突き出した姿で佇む零号機。
「レイの様子はいかがでしたか?午後、行かれたのでしょう…病院に」
零号機を見つめながら、赤木博士。
「あと20日もすれば動ける。それまでには凍結中の零号機の再起動を取り付ける予定だ」
同じく、碇司令。
「つらいでしょうね…あの子たち」
「エヴァを動かせる人間は他にいない。生きてる限り、そうしてもらう」
「子供たちの意志に関係なくですか…サードチルドレンの処遇は、いかがなさいますか?」
「レイ同様、君の管轄下に入れる。準備が整い次第、機体連動試験を行う」
「…分かりました」
「エヴァ初号機起動は一時凍結。ドイツ支部からの弐号機の到着を待ち、零号機と合わせてコンバート作業を開始する」
「分かりました。MAGIの拡張階層域の調整と合わせて、スケジューリングしておきます」
「よろしく頼む」
静かに、零号機を見つめる二人。
Grid:16
『…そう、あんな目に遭ってんのよ。また乗ってくれるかどうか』
『あの子なら問題ないわ。しっかりマインドセットもされてるようだし。大体、彼女のメンテナンスもあなたの仕事でしょ?』
『怖いのよ。どう触れたらいいか分からなくって…』
『もう泣き言?自分から引き取るって、大見得切ったんじゃない』
『うるっさいわねぇ…」
ベッドの上に仰向けに寝転ぶマナ。
薄目を開けて天井を見つめている。
物音一つしない、照明の消えた部屋の中。
『後で、あの子の検査結果と一緒に残り二人のパイロットの資料も送るから、ちゃんと目を通しておくのよ』
『りょ〜かい。確か、マナと同い歳の男の子二人だったわよね…そういえば、サードの彼も同級生か…』
『サードチルドレンは、私の方で担当するわ。家にまで連れ込む気はないけど』
『大きなお世話よ。大体、女同士なんだからいいじゃないのよ、別に…』
(そっか…やっぱり、ムサシやケイタも来るんだ…よかった)
『…今はまだ大丈夫だと思うけど、やっぱりずいぶんと無理してるみたいね。じゃ、また明日』
目を閉じ、深く息を吐く。
(…大きなお世話っていうか…ま、いいけど)
頭の中にスイッチを切るイメージを思い浮かべ、スキッドと拡張広域送受信機を停止させる。
街の雑踏の中での会話のように聞こえていたコードレス電話の子機から発信される暗号化された電波の囁きが消え去り、マナにとって本当の意味での静寂が訪れる。
(ムサシとケイタと連絡とりたいけど…無理だろうなぁ)
先ほどチェックしただけで、1ダース以上の盗聴機や隠しカメラを発見した。
監視される事には慣れているが、ここは慣れ親しんだ基地ではなかった。
(後で、葛城一尉に聞いてみよっ、と…)
寝返りをうち、身体を横にする。
(う…気持ち悪い……こりゃだめだぁ)
欠落した記憶を蘇らせるために使った血管収縮剤の副作用で、異様な現実味を伴ったフラッシュバックがモザイク・タイル状に五感を刺激する。
身体中の痣の疼きや傷めた内臓の重い感覚も加わり、泥のように広がる不快感。
そのまま薄暗い部屋の中を見回すと、ハンガーにかかった学生服が目に入る。
第壱中学校への転入。知らない間に決まっていた事の一つ。
(記憶が欠けてる。ログではフラットラインしてたみたいだからなぁ…良く助かったわよね、私って…)
意識した途端、鮮明に蘇る死の光景。
背中で起こる爆発。
警報ランプの点滅と機体の軋みが響くコクピット。
焼け落ちていく神経網。
高圧線に触れたような衝撃。
脳が煮えたぎり鼻や耳からこぼれ落ちていく感覚。
むかむかする落下感。
氷に閉じ込められ、焼け爛れていく身体。
横になったまま、両腕で身体を抱えるようにする。
(潜って落ちて、潜って落ちて、堕ちた果てでは焼かれて凍って…)
薬の作用で何度も繰り返される臨死体験。
死の経験を強烈に焼き付けられた身体と、曖昧な形でしか存在しない記憶との間で矛盾を起こし、奇妙に平穏を保ちながら沈んでゆく心。
(最後まで、誰も、「頑張ったね」って言ってくれなかったな…)
ため息、一つ。
「マナ…開けるわよ」
部屋の襖が開き、廊下からの灯りに照らし出される。
風呂上がりのミサト。
何となく、寝たふりをしてしまうマナ。
「ひとつ、言い忘れてたけど…あなたは人に誉められる立派な事をしたのよ。胸をはっていいわ。おやすみ、マナ……頑張ってね」
言い残し、襖を閉じるミサト。
暗闇に戻る部屋。
もう一つ、ため息。
−つづく−
と、いったあたりで今回はおしまーい。
某めぞんに載せて頂いてたのはここまで。
次回分からは初公開…だけど、どうしたもんですかね。このお話、需要あるのん?