ミサト×シンジの可能性を語るスレ 6回目

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876「20191208.txt」
年下の彼-12 投稿者:M  投稿日:2019/12/08 15:52
 
 
 大抵の人は、何か行動を起こす場合、目的や目標を定め、そこに向けて計画を作り、行動に移ります。
その結果として成功すれば、目標を達成するシステムが裏打ちされ、成長し、向上していくのです。
私も、以前の集中業務に従事していた頃は、順調にそのサイクルの中にいたのですが、この時には全てを失っていました。
最初からそんな物を持っていなかったかのように、心の中には失敗と喪失のイメージ、そして疑念しかありませんでした。
 
 本来の私、つまりセカンドインパクトによって全てを失う以前の私は、ずっとそういう人間でした。
父は高名な科学者でしたが、仕事に追われて殆ど家には帰らず、家庭はいつも暗い空気に包まれてました。
実家の財産と家柄だけ立派で、自分は特に何の力もなかった母は、いつも愚痴を口にするばかりでした。
 女というものは、こういう人生を生きるしかないのか?
少しでも両親の仲が良くなるように、勉強と生活態度だけは完全を期して、自分の心を殺し、常に良い子でいるよう心がけながら、
ずっとそんな疑問を抱いていました。
どれだけ成績が良くても、どれだけ良い子にしていても、母は自分の不満を私や友人にぶつける事しかせず、
自分の力で状況を打開しよう、という意志すら見せませんでした。
次第に私の中で「良い子」が崩壊していき、最後には母の拘束を逃れる為に、敢えて父の誘いに乗って調査旅行に付いていきました。
大人になったら、母のようにはなりたくない。でも、家庭という狭い世界では、他の手本は見つからない。
何でも良いから、他の世界を見たい。そんな気持ちがあったのは否定できません。
 その結果、私は目の前で父に死なれ、母の死に目にも会えませんでした。
バチが当たったんだ。そう思いました。私がずっと良い子にしていれば、こんな目に遭わなかった筈だと。
そんな根拠のない自虐を抱えたまま、私は自分の内側深くへと引き籠もり、気が付くと、全ての言葉を失ってました。
877「20191208.txt」:2007/09/09(日) 21:23:19 ID:???
「それからずっと施設にいたんだけど、もうこのままで良いやって思ってた」
「僕も…僕も、同じ目に遭っていたら…多分、」
「うん。それはね、仕方ないと思ってる。今は、あの頃の自分を許せるもの」
「じゃあ、今までは許せなかったんですか」
「まあ、ね…で、正直言うと、初めて会った時のS君が、昔の自分に見えたの」
「…ああ、それで」
「うん。それで」
「…」
「怒った?」
「ううん、正直に言ってくれて、嬉しかったです」
「また生意気言っちゃって」
「本当ですよ、Mさんに会って一緒に住まなかったら、僕はここまで来れなかったと思います。だから、」
「…ね、お願いあるんだけど」
「はい」
「そういうの、もう少し待ってくれる?話が終わるまで、ね」
じゃないと、こっちが我慢できないから。一度破裂したら、理性が戻ってこないかもしれないから。
愛情とか嬉しさとか誇らしさとか、色々な感情が一気にあふれ出て、声が震えるのです。
「あ、はい。すみません…」
 
 失語症を患ったまま、ずっと施設で保護を受けるしかないと思っていた私の前に、一人の女医が現れました。
残念ですが、名前はハッキリとは覚えていません。ただ、本業は医者ではないのに、状況が状況なので、
多少心得のある人間はすぐ違う仕事を押し付けられる、と良く笑って話していたのを覚えてます。
878「20191208.txt」:2007/09/09(日) 21:24:28 ID:???
 彼女は、亡くなった母とは正反対の人間でした。
実家に大きな力と財産があるにも関わらず、自分の意志と才能で学位を手に入れ、人類の未来について研究していました。
会話…と言っても私は筆談なのですが、ただ単に話しているだけでも、嫌味のない態度と知性、そして何故か懐かしい感じのする雰囲気は、
正に聡明という言葉に相応しい物でした。それまで会った事のない理想的な女性で、いつしか、彼女は私の憧れになっていました。
そしてある日、私は思いきって紙にマジックで書いて訊ねました。どうすれば、貴女のようになれるのか、と。
少し考えてから、照れ臭そうに教えてくれました。
 イメージを、思い浮かべるのだと。
自分がなりたい姿を思い描き、そこに向かって死なない程度に努力する。その為には、多少の無理やリスクも背負う。
でも、そのイメージに到達できたら、その後は?と訊ねると、だから、イメージは壮大な方が良いのだと言いました。
例えば、私の最終的なイメージは…周りを見回してから、耳元に囁いてくれました。
 永遠の命と、人類の記憶を得る事。
それは確かに壮大だ、と半ば呆れていると、自分でも呆れるけど、一生を賭けるには丁度良いレベルよ?と事も無げに言うのです。
その時、私は、この大人しく優しい女性の内面に潜む精神は、実は凄く攻撃的で、アグレッシブなのだと気が付きました。
優しさと余裕は、自分の力と地位に絶対の自信を持っている故に、自然に出てくる物なのだと。
だから、優しい女性なのに妙に頼りがいがあり、何となく側にいるだけで、安心できるのだと。
私は、率直にその感想を紙に書きました。
『何だか、貴女はお父さんみたいですね』
私の父は既に書いた通り、全く逆の性格だったのですが、一般的な父親の人物像としては間違ってなかった筈です。
一瞬、あっけに取られてから、彼女は心底愉快そうに笑いました。
せめてお母さんって言って欲しかったな。実際、そうなんだし。でも、あの人と同じ事言うから思わず笑っちゃったわ。
そう言いながら、むしろ嬉しそうだったのが、今でも忘れられません。
879「20191208.txt」:2007/09/09(日) 21:25:39 ID:???
 それから数日して、彼女が亡くなったと施設の職員に聞かされました。
 
 いや、正確には行方不明と言うべきでしょうか。何かの実験の最中に、事故に巻き込まれて消えてしまったのだ、と別の人から噂で聞きました。
私にも何となく、彼女と『死』というイメージが結びつきませんでした。どう考えても似合わないのです。
彼女のイメージ。永遠の命と人類の記憶。そのイメージに向かって、遠くどこかへ旅立ったのかもしれない。その方が絶対似合う。
 瞬間、全ての疑問が氷解しました。
ああ、そうか。これがイメージの力なんだ。他人にイメージを与える事によって、人は死をも乗り越えられる。少なくとも、そう感じさせる。
私の中で彼女はまだ生きているし、彼女を知っている他の人々も、またそうなのだろう。そうやってイメージは、複数の他人の中で拡張されていく。
それは上手く行けば、一人の人間が何万何百万の他人を揺るがす事も、できるかもしれない可能性。
そして、その到達点へ向かって、人は努力を惜しまず全力を差し出せる。
 それが、イメージ。過去の私には、持てなかった物。
墓も知らない私には、彼女に問いかける術もありません。でも、きっとこれが正解なんだと確信しました。
時を置かず、それなりの年齢に達していた私は、そのまま保護施設に引き籠もるか、本当の意味で世界に飛び出すか、選択を迫られました。
これ以上は、何の目処もなく保護する訳にはいかない、と。
迷いませんでした。今からでも勉強して、大学に行きたい。それも、一番の大学に。
 
その言葉を、はっきり、口に出して喋っていました。
 
私は、あの人みたいになりたい。強く、優しく、賢く、自分のイメージを目指し続ける女に。
自分のエネルギーで、他の人も前を向けさせてしまうような、そんな人に。
880「20191208.txt」:2007/09/09(日) 21:26:54 ID:???
年下の彼-13 投稿者:M  投稿日:2019/12/08 16:06
 
 
「なれたって思った。大学行って、男にもモテて、成績も稼いで、人望もあったと思うし、昔の自分は欠片も見せてない自信があったわ」
「…」
「でも、そんな時に、K君と会ったの」
 
 S君は特に反応を見せず、そのまま聞いているみたいでした。
 
 K君は最初から私の手口というか、生き方を見抜いていたらしく、そのくせ露骨にそれを指摘するでもなく、
ただ、一々裏をかくようにツボを突いた気配りを見せるのです。そして成功すると、一緒に喜んでくれました。
最初は単に気が利く人だとしか思ってなかったのですが、いつの間にか、結構ディープな所まで彼に頼っていて、
気が付いた時には、もうごく自然にそういう関係になっていました。
 こういう手際の良さからも分るように、その手の噂で良悪双方の噂の絶えない男でした。
しかも、私と付き合い始めてからも、平然と他の女に手を出すのです。
彼と恋仲になる前に、私も何人かの男と付き合ってきましたが、さすがに同時多数は無かったので、これには怒り心頭でした。
私から別れを切り出すと、出会った時と同じようにごく自然に去っていきました。
 
「でもね、本当はそれだけで別れたんじゃないの。怖かった」
 
 彼との同居は最初の内こそ濃い密度で続いていたのですが、ある時期から急に薄れていきました。他の女の影響です。
ちょうど、時期を同じくして周りの女友達からK君の行状や評判が私の耳に入り、ついでに、あいつはやめておけ、という忠告まで貰いました。
その場では、ふざけるな絶対別れる、と怒ってみせ、実際そうするつもりだったのですが、彼のいないアパートで一人待っているのが、
惰性の伴った習慣みたいになっていて、いざ止めようとすると、踏ん切りが付きませんでした。
このまま、いつ帰ってくるか知れない彼を待ちながら過ごすのも悪くない、とまで思ってました。
881「20191208.txt」:2007/09/09(日) 21:27:59 ID:???
 しかしある日の夕方、膝を抱えてぼっと赤い空を見ていると、急に昔の記憶が蘇りました。
帰ってこない父と、いつまでも良くならない家庭を思いながら、小学生の私は全く同じ事をしていたのです。
あの頃の自分の部屋、その匂い、友人、好きだった男の子、母のスリッパの音、よく見ていた番組。
一瞬の内にそれらが頭を駆け抜け、ずっと振り捨ててきた過去が、あっという間に私の中に戻ってきました。
記憶喪失が直る感覚がこれと同じなら、それはとても怖くて嫌な物なのではないでしょうか。
 
「何も、変わってなかった。嫌いながら本当は甘えたかった父とK君は、私にとって同じ存在なんだって、思い知ったわ」
 
このままでは、何の為に頑張って施設を出たのか分からなくなる。
自分の生きる意味が、失われてしまう。
その恐怖に取り憑かれて、後はもう逃げの一手です。自分の人生の為の、前に向かったつもりの逃避でした。
 
「彼に抱かれた時、とても心地よかった。テクニックとかだけじゃなくて、とても自然でいられたの。でもね、それが怖かったのね。
 何て言うのかな…苦労して作った砂のお城を、不格好だからって親に壊される、そんな感じかな」
「…壊されるのは嫌だけど、親に一緒にいて貰えるって感じですか」
「うん、そう。本当に、そのまんま」
 
 それからは、キャリアという明確な目標を固めて、ひたすら勉強に励みました。もう二度と、あんな恐怖は味わいたくなかったのです。
大学入学の時もそうですが、元々がガリ勉真面目娘なので、集中して勉強すればそこそこ結果は出ました。
自分は天涯孤独の身。このセカンドインパクト後の世界で一人でも生きていくのが、亡くなった父への恩返しになると考えてました。
それからは、いわゆる官僚の卵みたいな感じで、まあまあの出世を重ねてきたのですが、今度は仕事に邁進する余り、すっかり男と縁遠くなって、
ふとした瞬間に孤独を感じる事が増えるようになりました。
それでも、自分の力で手に入れた家で酒を飲みながら、ペットの鳥と共に割と自堕落に生きる人生は結構気楽で、これもまあ良いか、なんて思ってました。
そんな時に、新たな仕事と、S君に出会ったのです。
882「20191208.txt」:2007/09/09(日) 21:29:04 ID:???
「ね、S君」
「はい」
「私が、あなたに会って一番怖かったのはね、年下のあなたまで、父やK君みたいな甘えの相手にしてしまう事だったの」
「それで、どうだったんですか」
「…結局、ダメだったなぁ。ずっと一緒にいるのは違ったけど、それで、むしろもっと怖くなっちゃった」
この時、初めて彼の身体が微かに動きました。
「それでも、本当に好きだったから、最初で最後だから、この子の『思い出』になるだけだからって自分に言い訳して、
 S君には思い切り甘えられたわ…ここまで話して信じてくれるとは思わないけど、S君とこうなって、本当に嬉しかった」
「僕も…僕も嬉しかった」
「で、S君を送り出して一人になったら、あの時と何も変わらない自分に気付いちゃったのねぇ」、
 
 強制休暇を取らされて、初日に酒を飲んで眠って起きると、なんと既に夕方になってました。
そんなに疲労が溜まっていたのかな、なんて思いながら外の夕日を見た瞬間、また、あの記憶が蘇ってきたのです。
私一人だけの部屋。真っ赤に輝く太陽、もう帰ってこない大事な人。誰からも必要とされない自分自身。
最初の時は目標となる女性がいた。K君の時は自分の力と明確な未来があった。
でも、今の私には、もう何も残っていません。
 その時、やっとかつての母の気持ちが分かったのです。
彼女も本当は、自分の力で未来を築きたかったのかもしれない。その実力の素地くらいなら、もしかしたら持っていたかもしれない。
だけど、一度奥底まで落ちきった心は、誰かに支えられない限り、二度と浮き上がってこれない。
彼女は、悪口を蒔く形で、助けを呼んでいたのだ。でも、私を含めて、誰も顧みようとしなかった。死ぬ時まで、ずっと。
そして、母と同じように、私にも、もう来てくれる人は誰もいない。
やっぱりバチが当たったんだ。
あの時、父に付いていかずに、母と一緒にいるべきだった。愚痴を聞くだけでも、ずっとずっと違う筈だった。
私は、母と一緒に死ぬべきだったんだ。
ここにいるべきじゃない人間なんだ。
潰れるくらい締め付けられる心を緩める為に、再び酒に手を伸ばし、意識が朦朧とする中、お母さんごめんなさい、と何度も泣きながら謝りました。
883「20191208.txt」:2007/09/09(日) 21:30:19 ID:???
 それからは、S君が既に書いた通りの悪行三昧です。
自己嫌悪と自殺願望にまみれて、何も考えないようにひたすら酒を飲み続け、決して外には出ませんでした。
こんなみっともない自分を見せたくないのと、生き延びる気もないので買い物に行く必要も無いからです。
それでも皮肉な事に、元々レトルトや冷凍食品、酒類は豊富に取ってあったので、死にかけ女一人が細々食い繋ぐ分には蓄えはありました。
また、いつ頃なのかは分かりませんが、自棄になって職場の男性の中でめぼしい連中にメールを出したのも事実です。
無様な自分を見たら、彼らは何と思うだろう。こんな自分を見てまだモーションかける男なんていない。そんな動機だったのでしょう。
今思うと、理性を働かせて正しい対処をした彼らには感謝するばかりです。
しかし、そんな状況の中でも最後までS君を呼ばなかったのは、それだけはしてはならないと決心してからだと思います。
「思います」というのは、やっぱり当時の自分の行動は推測する他に無いので…
とにかく、そんな事をしては一瞬正気に戻ると、より自己嫌悪を強くして、また酒におぼれる。その繰り返しでした。
そんな流れで、当初の望み通り、体力も精気も失われていき、順調に死に向かって衰弱していきました。酒を飲む不純な即身仏みたいな物です。
それとも、酔っぱらいにはよくある、ゲロで窒息して死ぬって事になるかな、なんて考えながら、空腹を紛らわせる煙草を吸ってました。
そこで記憶が途切れています。
884「20191208.txt」:2007/09/09(日) 21:31:31 ID:???
「まー下手したら火事よね。これって。焼け死ぬのは嫌だったから、S君良いタイミングだったわよ」
「僕が、来なきゃいけなかったんですね」
「あ、うん、だからこうして来てくれたし…」
「そうじゃなくて、もっと早く、Mさんの意志を無視してでも、来なきゃいけなかったんです」
それは、私に同意を求める言葉ではなく、彼自身の強い決意の込もったものでした。
私が離れようと身体を動かすと、彼は素直に手を放してくれました。
「そう、あなたの言う通りね」
彼の手から離れて振り返り、浴槽の中で向かい合いました。
湯気の中のS君は、かつて集中業務の最中で見せていた、超本気モードの表情でした。
その彼に、母でも上司でもない、一人の女として話します。あの夜以来です。
「自分で来るなって言っておいて、本当は心の奥でずっと来るのを待っていた、ダメな女の私」
「そうやって、わがままで、無茶苦茶で、甘えるばっかりなのも、もう一人の私」
「でも、それも、本当の私には違いないのよね」
自分と母親との間に、大きな違いはなかった。それはもう、認めるしかない事実でした。
「そう、ですね」
「軽蔑する?」
「…答えの代わりに、あの時言えなかった事を、今、言っても良いですか?」
「ダメって言っても、どうせ言うんでしょう?」そしてその中身も、察しは付きました。
 
「Mさん、僕と、付き合って下さい」
 
885「20191208.txt」:2007/09/09(日) 21:32:39 ID:???
3スレ跨いじゃうのかな…?
でも、それだけスレが盛り上がっているって事で
続きはまた後日