「ハイ終〜了〜っ!」
テイクアウトが可能な書類をブリーフケースに詰め込んで一息。彼はゆっくりと私の背後に立って肩〜首〜腕〜指先とマッサージ
をしてくれる。マッサージされる事よりも、シンちゃんの手が私を優しく包んでくれている、という実感が何よりも嬉しい
「ハァ〜、癒されるわぁ〜、ん〜いつもアリガトねぇ〜」
「それじゃ、先に出てますね」
「んにゃ!」
エレベーターホールまではいつもシンちゃんがちょっと先に歩く。時々、嫌がらせのようにリツコやマヤちゃんがシンちゃんと
喋っているが、そんな時私は別の話し相手を探すか、誰も居なければ自販機コーナーでシンちゃんの姿が見えるまで休憩している。
エレベーターはどちらかが先に乗り、エレベーター内の直ぐに左前方へ移動する。ここは監視カメラの死角になるので、シンちゃん
に抱きついてキスできる格好のポイントである。車両ベースにあるアルピーヌA-310改で帰宅
シンちゃんを愛するようになってから、一番変わったのは“車の運転”。理由は単純で、『青ざめて口から泡を吹いているシンちゃん』
より『安らかな寝顔のシンちゃん』を見ている方が100万倍幸せだからである。因みに、他の人の時は普段通りのドライビング
テクニックを存分に披露する。その甲斐あって、最近はシンちゃん以外で私の車に同乗する勇敢な人間は一人も居ない
「ね〜〜〜え、チョッチ買出ししてく?」
「そうですね、お弁当分の具材、調達したいですね。あとキッチンペーパーとサンポール・・・柔軟剤も詰替用があればいいかな」
「なぁ〜んかシンちゃんってば、最近益々所帯じみてきたよねぇ〜〜〜」
「誰のせいですか、誰の・・・」
「ま、まぁ、これだけシッカリ者なら私も安心して嫁入りできるわ〜〜〜」
「・・・・・・(真っ赤) ええ〜っと、その・・・まだ早いですよ・・・」
「あらっ、私的には直ぐにでもOKなんだけどねぇ〜。年齢的な事もあるし」
「あっ、そうか、そうですよね・・・」
「・・・シ〜ン〜ちゃ〜ん?そういう時はウソでも『そんな事無いですよ、まだ全然大丈夫じゃないですか』とか言うものよ?」
「あ、すみません・・・ミサトさん、そんな事ありませんよ、まだ全然大丈夫ですよ!」
「むぐっ・・・・・・(素直すぎるのも考えモノね)」
食料と日用雑貨を調達。ついでに(と言いながら大層重要だったりする)『二人にとって必要な×××−×』も購入。シンちゃん
ったら瞬発系だから2ダース程、キャッ!
帰宅するとマンションに灯り、アスカが帰宅しているようだ。中に入るとリビングでテレビを見ているアスカとレイ
「あ〜ら、仲良くショッピングでもしてきたのかしら?」
「買出しよ、か・い・だ・しっ、こんばんは、レイ」
「・・・はい」
「シィ〜ンジィ、お腹すいたぁ〜」
「はいはい。綾波も食べるよね?」
「・・・食べる」
「じゃあ、ちょっと待ってて、すぐ支度するから」
「じゃ、アタシも手伝う」
「・・・私も」
「それじゃ、私も手伝おっかな〜〜〜?」
「ミサトは駄目よ。ヒカリからの許可が下りるまで厨房に入る事罷りなりません」
「ぶーぶーぶー、いーわよいーわよ、腹いせにエビチュでも飲んでやるんだから」
「それで納得してもらえるなら安上がりで助かるわ。鉄臭い料理食べるよりよっぽど衛生的だし、ねっ、シンジ!」
「そうだね、あれだけ包丁で指を切っちゃうと色々不都合もあるだろうし・・・ 色々と・・・」
何かを思い出したようで急に赤くなるシンちゃん。確かあの時、シンちゃんが指を舐めてくれて、シンちゃんが薬をつけて
くれて、シンちゃんが絆創膏貼ってくれて・・・ シンちゃんが私の手を握ってくれて・・・ 思い出して赤面する私
それはそうと、今に見てなさいよアスカ、作戦部長の名にかけて、料理ぐらい! えー、やっぱ自信ないなァ・・・
最近レイがよく遊びに来る。パイロット同士親睦も深まっているようだ。アスカもレイも、以前は「アンタ達は球児かっ!」と
ツッコミたくなるような掛け声の応酬だったが、今ではごく自然にお互いを名前で呼び合っている。レイに至っては私の事を
“葛城一尉”から“ミサトさん”と呼んでくれる。しかし、レイの目的はやっぱりシンちゃんのようで、ダイニングでも
リビングでも、必ずと言っていいほどシンちゃんの隣に陣を構える
シンちゃんのお陰でレイも私も少しずつ変わってきている。しかし最も変貌したのはアスカだろう。ちょっと前まではトゲトケ
馬糞ウニ状態だったが、最近は“握っても痛くないウニ”に変化している。嫌味や憎まれ口は相変わらずだが、前までの、
人を突き刺すような、自分も傷つくような棘がない。そう、トゲの先端が丸くなったのだ。何と言うか、可愛らしいと
すら思えてしまうほどである。それに、単なる鬱屈の捌け口としてシンちゃんへの八つ当たりも無くなった。おそらく、
貶めるより大切にしたい、同じ時間を楽しみたい、という思いが勝った結果なのだろう。怒ったり困惑させたりした時の表情
を見るよりも、笑顔のシンちゃんを見る方が、どれほど癒しの効果を持っているのか、それはまさしく『プライスレス』。
その事を、少なくてもここにいる3人は存分に思い知っている
私の場合、ネルフにいる時、スタッフの前、二人っきりでない時は「シンジ君」と呼び、それ以外の日常では「シンちゃん」
と呼んでいる。一度「シンジ」と呼び捨てにした事があったが、シンちゃんの方からクレームが付いた。彼に言わせると、
同年代では問題ないが、私やリツコレベルが呼び捨てにすると、どうやら『親族的』な違和感(ある種の気恥かしさ?)
を覚えるらしい。また、彼自身の心象で“自分はまだ男としては幼い”という観念を持っているようで「呼び捨ては
後数年待って欲しい」と直談判された事により「ねぇ、シンジぃ〜」と甘える楽しみは数年持ち越しとなった。
こんなところにも、彼の成長の兆しが見えて何だが頼もしくなる
また、恐らく同じような理由から、彼も私の事を『ミサトさん』と呼ぶに留まっている。「ミサトって呼んでもいいのよ?」
と言ってみたものの、「呼びたいのは山々ですが、ミサトさんを“ミサト”と呼べる男になっていません」と諭されてしまった。
今のままでも私には十分なのだが、すっかりと精悍な男の顔になって「ミサト」と呼んでくれる日がそう遠くない未来に
待ち構えていると思うと、自然と顔が綻んでくる。それまでは「ミサトさん」で我慢我慢
レイのみ若干異なるメニューで夕食。アスカの主導で今日あった事を喋り、私とシンちゃんが主に聞き役、レイはその間
ジッとシンちゃんを見ながら(恐らくは“おかず”にして)黙々とサラスパを食べている
シンちゃんの笑顔見たさに皆「美味しい!」を連呼する。その都度箸を止めて笑顔を見せてくれるシンちゃん、食が進んでない・・・
そんな姿すら愛おしく、私もついつい構ってしまう
夕食が終わるとリビングに移動してパイロット組は仲良くテレビを見る。私もリビングでみんなの声を聞きながら書類の整理。
アスカがテレビの内容にあれやこれやと注文を付け、シンちゃんがアスカの相手をし、レイはシンちゃんの上着の裾を握った
まま黙ってテレビを見ている。“保護者”としては和むべき光景である。テレビが終わるとパイロット組は入浴の順番を巡って
一悶着。アスカとレイは一緒に入浴する事が多い
「私は一番風呂がいい!ね、レイ!」とアスカ
「・・・私は、碇君の後がいい(ポッ)」とレイ
「必然的に僕は2番目って事?」
「(なるほど、レイ・・・その手があったか!)しょ、しょーがないわねぇ、アタシはレイと一緒に入るからシンジは先入って
いいわよ。それともミサトが先に入る?・・・あっ、年寄りの一番風呂は良くないんだっけ・・・?」
『ピクッ・・・アスカ・・・前言撤回!!!』
アスカはレイの意図を見抜いたようで、シンちゃんを先に入浴させるらしい。本当なら私も参加したいのだが“保護者”として
の立場から断腸の思いで彼女達のやり取りを生暖かく見守る