「・・・・・」
「・・・・ん」
「・・・さん!」
「ミサトさんってば!」
「起きて下さいミサトさん、今日ブリーフィングがあるんでしょ?早く起きないと遅刻ですよぉ〜! またリツコさんに
小言を言われますよぉ〜! リツコさん、後で僕にまで突っかかってくるんだから・・・」
見慣れた学生服にピンクのクマさんエプロン、手にはサラダボウルといういでたちでシンちゃんが起こしにやってきた
「んん〜〜〜っ・・・んみゅぅ〜〜〜〜〜」
起こしてもらってる手前図々しいとは思うけど、私は両手を広げ唇を突き出し、朝のご挨拶を催促する。これからの数時間、
シンちゃん不在の寂しさを埋める為の特効薬
トットットットットッ・・・
どういうわけか、シンちゃんはダイニングに戻ってしまった。恐る恐る薄目を開けてシンちゃんの様子を伺う。サラダボウルを
テーブルに置いて、ガスレンジの火を落とし、ウェットティッシュで顔を拭いている・・・ ウフッ、可愛すぎるわよ、シンちゃん
お待たせしました、と言わんばかりに引き返してきたシンちゃん、目を閉じて私を覗き込むように近づいてくる。伸ばした両手を
そっとシンちゃんの首に回すと身体全体が小刻みに震えている。我慢できずにこちらから猪突猛進、本日最初の甘〜い口付け
〜恋する戦乙女 葛城ミサト 飛んだバカップルの或る平穏な一日〜
・流れは前述のお話を継いでます、またミサト目線です
「アスカはまだ起きてないの?」
シンちゃんがキスに応じてくれた、という時点でアスカ不在は分かっているが念のため
「アスカなら週番なんでもう学校行きましたよ」
「ふ〜ん、って事は二人っきり、っちゅ〜事ですね、旦那ぁ! っちゅ〜〜〜っ」
またも目を閉じおねだりタイム
今度はフライパンを五徳に置き、圧力鍋の火を弱め、再度ウェットティッシュで顔を拭くシンちゃん
二度目の口付け。今後は強めに、シンちゃんの唇の感触を楽しむように
「あのぉ〜〜〜っ、お言葉ですがミサトさん?・・・お気持ちは十分理解できますし、僕も嬉しいんですけど・・・
作業効率を優先して後でまとめてにしてくれませんかねぇ?」
そこまで手回しよく中断してくれるんなら思いっきり甘えてみたくなるのが女心ってもんよ、シンちゃん?
「う〜〜〜〜〜ん、シンちゃんのいけずぅ!
「はぁ〜〜〜〜〜っ、惚れた弱みの代償は結構高くついたのかも・・・」
「何か言ったかしら、マイ・ダ〜〜〜リン?」
「いいえ何も。ミサトさんは今日も絶好調だな、と」
「たり前よぉ!愛する人と一緒に居れるんですも〜ん!それだけで無敵よム・テ・キッ!」
「それはとても嬉しいんですけど、その右手に持ったエビチュは開けずに冷蔵庫に仕舞っといて下さい!」
「え〜〜〜〜〜っ! それじゃあ、このエビチュに見合うだけのご褒美が欲しいなぁ〜〜〜っ!」
胸を両腕で挟み込んでふくれっ面をし、両足をバタつかせる私。ネルフスタッフが見たら卒倒間違いなし
「・・・あの・・・本格的にお弁当作る時間なくなっちゃいますよ・・・?」
シンちゃんと半非公認のカップルになってからというもの、シンちゃんは前にも増して私の世話を焼くようになった。
毎日のように愛妻ならぬ“愛夫”弁当を拵えてくれる。お陰で超が付くほどの健康体で(夜の方も)絶好調!・・・一つ不満は、
ジャンクフードの代表格、カップラーメンを口にする機会が殆ど無くなった事だろうか。長年の性癖で、あのチープな味が時々
懐かしくなるのだが、シンちゃんがそれを絶対に許さない。まぁね、こういっちゃぁなんだが、主夫の鑑。望んで得られぬ玉の輿
「あ〜〜〜〜〜にゃばいっ、遅れるじゃな〜〜〜い!」
「だから出がけにあんな激しい#○×▲□★‘+?|+@※・・・・」
思わず赤面、天下の往来で堂々と会話するには気が引ける内容に思わずシンちゃんの口を塞ぐ
「しぃ〜〜〜っ、聞かれちゃうわよっ!」
「・・・この前展望台であれだけの事を怒鳴り散らした人の言う事とは思えませんけど・・・」
イタイとこ突くわねシンちゃん、だけど負けてられないわ
「あれはあれ、これはこれよっ。ビキニは見せびらかせるけど下着は恥ずかしいのと一緒よっ!」
「・・・多分絶妙な喩えなんでしょうが、僕にはどちらも目のやり場に困ります」
「あらっ、な〜〜〜にィ〜〜〜よっシンちゃん、昨日なんか私の下着の上から激しく○×▲□★‘+?|+@※・・・・」
今度は私の口を塞ぐシンちゃん
「しぃ〜〜〜っ、聞かれちゃいますよっ!
朝から何かキタ━━(゚∀゚)━━ !!
うわああ
本当なら学校まで一緒に行きたいけど、友人と登校、という中学生としてのお付き合いもある、との事で、ハンカチを
振りながら涙目でシンちゃんの後姿を見送り、一路ネルフへ
学校のホームルームと似たような体裁のブリーフィングを終え、恐らく“バベルの塔”を建造中の我が執務室に向かう
うず高く積み上げられた始末書の山・今にも飛び出しそうな稟議書の束・コンテナに積み上がっている計画提案書・・・
今回はバベルの塔ではなかったが、昔見た「ピサの斜塔」「オペラハウス」の外観を髣髴とさせる佇まい、いつ見ても
壮観である。先日の戦闘の結果がこれだ。一回の戦闘でさまざまな歴史的建造物に出会える、“ユネスコ”が泣いて喜ぶ
私の仕事場・・・これで、本日中にでも使徒がおいでなすったあかつきにゃあ、ここにはグランドキャニオンやカッパドキア
が出現する事だろう。ほんと、ゾッとしないわね。眺めていても減る気配は無いので辛うじてスペースを作って仕事を始める
30分・・・
一時間・・・
はうっ、限界だ。書類を眺めてサイン・書類を眺めてサイン・書類を眺めてサイン・・・・ ふと、以前シミュレーションで
バレットライフルを作業的に撃ち続けていたシンちゃんの独り言を思い出す
ぽっきりと心が折れ始めるのを感じて気分転換に自販機コーナーへ移動。折りよく発令所から出てきたストレス発散相手の
マヤ嬢に遭遇、早速お喋り・・・のはずが・・・
「あの・・・ミサトさん?」
珍しくマヤ嬢の方から話し掛けてきた。表情からすると何やら深刻そうである。ひょっとして人選ミス?
「あらっ、マヤちゃん。どうしたのかしら?」
「ミサトさん・・・あの・・・最近、お肌のツヤがすごくいいですよね・・・お化粧あんまりしないのに・・・ゆで卵
のようにぷりぷりですよ・・・」
あらら、煽てかしらね、まぁ、悪い気はしないわよ? 乗ってあげようじゃないの
「ああっ、わっかるぅ〜〜〜?」
「あの・・・それって・・・ひょっとして・・・シンジ君の・・・あの・・・」
うっ、何をお考えなのかしたマヤ嬢?気のせいがモジモジしてる風にも見受けられますが?だけど、まさかそんな・・・
まー、相手がマヤ嬢なら、そんなこと無いかぁ。私は自信たっぷりに返答する
「ええ、あなたが考えている通りよ」
「やっぱりそうなんですか!?!?」
「そりゃ、シンジ君の愛情がたっぷり・・・」
「ふっ、不潔です!!!」
へっ?あ、あのぉマヤ嬢? 何をどんな風にお考えでしょうかねぇ? いやな予感がするわ・・・
「やっぱりミサトさんとシンジ君はそういう・・・そういった・・・」
めくるめく暴走。拡大する妄想。迷走マヤ嬢。取り敢えず止めますか
「チョーッチ待ったぁ!何を勘違いしてるか知らないけど、私はただ“シンジ君の愛情がたっぷり入ってる手料理を
毎日食べてるから”って言いたかったんだけどねぇ〜〜〜え?」
信号機で言えば“進め”からいきなり“止まれ”。そんな状況がぴったり当てはまるように、マヤ嬢の顔色は変化した
「あらっ、いやだっ、私ってば、あー、そうだったんですか・・・私はてっきりシンジ君の」
「シンジ君の!? 何かしら!?」
俄然次に何を言うのか固唾を飲んで見守る私。場合によってはこれからマヤ嬢への接し方を刷新しなければならないかも
マヤが痴女だw
「シンジ君の“爪の垢”でも煎じて飲んでるのかと思っちゃいましたよ。えへっ」
ズコッ!・・・恐るべし、侮り難し、伊吹マヤ・・・ “潔癖症”の看板、確かに、偽りは無かった・・・
私にとって、あなたは今・・・綾波レイと互角の勝負を演じてるわよ・・・
「それじゃ、失礼します!」
・・・失礼にも程があらぁよ・・・
呆然とマヤ嬢の背中を見送る。改めて、リツコや青葉君、日向君に畏敬の念を覚えずにはいられない。マヤ嬢との接し方
マニュアルには新たに“筋違い×勘違い癖”という項目が書き込まれた
息抜きのつもりが却って予想外の疲労を抱え、あらゆる意味で臨界点に達した私は愛夫弁当をパクつく事にする。
ペンペンに似たペンギンのイラストが入った白いお弁当箱−休日、二人でモールに行った時シンちゃんがお揃いを
選んで買ってくれた私の宝物。もっとも、ある筋からの非難を恐れ、同じ柄でピンク色のお弁当箱をアスカが持っている。
そして、そのお弁当箱を見たレイが、同じ柄の水色をゲットした、という報告を受けている。その点が玉に瑕だが仕方ない
待望の中身に目をやる。おかずエリアは彩り鮮やか、ニンジン・ピーマン・肉・カボチャ・レタス・ジャガイモ等が並んでおり、
傍らに漬物がある・・・とっても恥ずかしい事だが、いつも工夫を凝らしてくれるシンちゃんの手料理、私は料理の固有名称を
知らない。ハンバーグ・ラーメン・チャーハン・カレー等メジャーレーベル以外は「なんかの炒め物」「なんかの煮たやつ」
位しか分からない。この年になって、それが大変不憫で情けないことに気付き、ヒカリちゃんに料理の基礎を教授して
もらえる様取り付けた。時間は掛かるだろうけど、こんなにも愛情を注いで作ってくれたシンちゃんに対して申し訳が
ない、と痛切に感じる
白米エリアはゴマが振ってあり、中央に梅干が鎮座している。一見すると何の変哲も無いご飯だが、実は2層に分かれており、
上下の間仕切りに「ハートの形」に切り取られた海苔が挟まっている。私とシンちゃんしか知らないささやかな愛の印
今まさに幸せを噛み締めようとする刹那、とんだお邪魔虫が乱入してくる
「あらっ、お弁当?おいしそうね。私もご相伴に与りたいわぁ」
「なによリツコ、ひやかしに来たの?」
「いぃえぇ。誰もあなたとシンジ君の間に割って入ろうなんて考えてないわよ」
「ハァ?」
どこからそういう話が出るんだろうか、先日の“展望台で絶叫事件”は上層部とリツコ・加持君の知る事となったわけで
あるが・・・どの程度機密を保っているのかが不安である。少なくてもアスカやレイには知られてはいけない。最近チルドレン
達の関係がすこぶる良好で(といっても、極度のニブチンのシンちゃんの事を二人が何かと気にかけている、という感じだが)、
直接戦果にも大いに反映されている。おそらくこの関係が崩れるような事があれば、それ即ち人類の存亡に直結するばかりでなく、
私のデスクワークを飛躍的に増加させる要因ともなりかねない。まぁ、前後しちゃったけど
「しかしうらやましいわね。毎日そんな手料理が食べられるって分かってたなら、私もシンジ君争奪戦に参加したのに・・・」
(あんたは2世代を攻略するつもりか!それとも母親へのオマージュ!?)心の叫びを抑えながら
「知らないでしょうけど、結構ライバル多いのよ。しかも私以外は若人よ、わ・こ・う・どっ! 厳しい局面な上にこれからも
増え続けるだろうし・・・」
「あら、こちらの情報ではあなたが確定事項になっているけれど」
「何の確定事項よっ!」
「・・・指令のよ・・・知らないの? 『孫が出来たら命名は私とリツコ君がする』だそうよ、良かったわね」
「う・・・・・・(あんのヒゲオヤジィ〜〜〜っ!よくもぬけぬけとぉ・・・・って、何故にリツコ!?)」
「まぁ、いいじゃない? もしもの場合、便宜上でもあなたが私の娘になる事はとっても複雑だけれども」
「へいへいそうです・・・かぁ〜〜〜〜〜っ???」
「冗談はさておき、上層部と私に関して言えば本件を容認という見解で一致してるわ。理由はね、平たく言えば“呼び水”ね
「どこまでが冗談なんだか・・まぁいいわ、この際そっちの問題は。で、どういう事なの?」
「あなたとシンジ君の仲が睦まじくなるにつれ、シンジ君のポテンシャルが飛躍的に伸びてるの。単にエヴァとの関連だけでなく、
シンジ君自身の底上げが顕著だわ。特に、先日の展望台の一件直後の数値は凄まじかったわね」
「あっ・・・(ポッ)」
「その日、特に夜半過ぎに一体何があったかなんて野暮な事は聞かないわ。とにかく、計画の進捗状況と照合して、あなたと
シンジ君は一蓮托生、というのが当面の結論ね、あくまで当面の」
「なんか歯切れの悪い言い回しね・・・何が言いたいの?」
「・・・あなた、どこまで本気なの?」
「・・・怒るわよ?」
「・・・とやかく言うつもりはないけど・・・自分の年齢、自覚してるの?」
「恋愛は年でするもんじゃないでしょうが!」
「あら、あなたの口から“恋愛”なんて殊勝な単語が出てくるなんて意外だわ」
「したらいけない?」
「なら言わせてもらうけど・・・加持君はどう始末を付けるつもり?」
「はァ?何でアイツの名前が出てくるのよ!?」
「彼の気持ち・・・知らないわけじゃないでしょうに・・・」
「言っとくけどね、リツコ、私は加持君と縁りを戻すつもりなんて一切ないし、第一恋愛なんてしてた憶えはないわよ」
「あらぁ、言うわね・・・アレが恋愛でなくて何だというのよ?」
「そうね・・・有体に言えば相互依存かしらね。もっと平たく“セックスフレンド”とも言うかしら」
「いけしゃあしゃあと・・・呆れるわね・・・愛し合っていたって話では聞いているわよ?」
「そうね、愛してはいたわ。でもそれを感じていたのは“オンナ”の私よ。オンナの私はね、枯渇してたの。飢えてたの。
それは愛にじゃなく、人に、温もりに飢えてたの。誰でも良かった訳じゃないけど、私はアイツの中に、アイツは私の中に、
自分の渇き埋める事で繋がっていた。そう錯覚する事で自分自身を偽ってた。過去の自分と向き合わずに済んだ。許される
事のない穢れに身を晒し、二人で堕ちてゆく・・・アイツとの時間は、そんな、あの時に虚ろだった自分に蓋をする行為だった。
それが結果として“身体が求めているものと心が求めているものは違う”そう理解する為に、必要なプロセスだったの。
私はね、加持君の中に、“それ”を見出せなかった。寂しさ・恐れ・・・アイツと居たとき、確かにそれらから逃げれた、
忘れられた。一時でも、側にいて、慰め合える関係だった事・・・ アイツに感謝してるわ。あの時、アイツに出会って
いなければ、もしかしたら今のシンジ君をちゃんと見れてなかったかもしれない。シンジ君に触れられなかったかもしれない。
シンジ君を見てるフリをして、過去の自分に重ね合わせてただ震えるだけだったかもしれない・・・
加持君とはね、単なる腐れ縁、それだけよ。今の私には、アイツに関して、共に前進するだけの価値を見出せない」
「随分とご立派な詭弁ね・・・」
「幾らコトバを連ねても意味は無いわ。私がそう感じている、それが全てだから。他人に理解してもらおうなんて考えて
喋ってないわよ」
「まぁいいわ。じゃあ改めて聞くけど、シンジ君はあなたにとって、何なの?」
「初恋の、相手!」
「んなっ!?」
「私ね、今まで“恋”って、したこと無いのよ。自慢じゃないけど、今でも言い寄ってくるオトコはたくさん居るわよ。
告白なんかもいっぱいされたわ。だから、私は、今まで、私の事を好きになってくれた人を何となく好きになる、という
よりは“慣れる・流される”というスタンスが、恋愛だと、そう思ってた。空気のような存在って言えば、聞こえはいいけどね。
与えなければ求められない、寂しさを紛らわす代償として身体を差し出す、等価交換。そういう不器用な恋愛しか出来ないと
思ってたのよ、シンジ君が現れるまではね」
「シンジ君はどう違ってたの?」
「シンジ君はね・・・ 止まってた、葛城ミサトの時間を、初めて動かした人。閉ざされ、震えていた、誰も気付いてくれなかった
少女の葛城ミサトが、あの時の、14歳の葛城ミサトが、生まれて初めて恋をした人。 ワクワクして、ドキドキして、同じ場所に
いても、いなくても・・・ シンジ君はね、私に無いもの、たくさんたっくさん持ってる。私が心の底から、抱き寄せたいものを、
いっぱいいっぱい持ってる。そしてね、そんな素晴らしいものを、シンジ君は、惜しげもなく、みんなに振舞える、それがとっても
自然で、愛おしい・・・嫉妬なんて、する柄じゃない。でもシンジ君を見ていて、知って、周りを見渡したとき、初めてそれが嫉妬
というものである事も分かった。皆に愛されるシンジ君。苦しくて切ない、いい年して醜くて卑しい自分。だけど、心は加速度的に
シンジ君に恋焦がれている。シンジ君ね、私に見てもらいたくて、一生懸命、人に好かれる努力をしたって話してくれた。それって
とっても勇気の要る事だと思う。エヴァのパイロットだから、という問題ではない、“男”の本質として、私は彼を、碇シンジを、
受け入れた。その覚悟で、今度は私が彼の盾になるって、決めたの。彼の為に生きるって、決めたのよ。これはね、リツコに
対して言ってるんじゃないわ。改めて、今の自分への宣言よ。
シンジ君ね、チェロを弾くのよ・・・知ってた? 私は音楽下手だし、そもそも「チェロ」なんて聞いても、それがどんな楽器かすら
想像も出来なかった。でもね、ある日、リビングでシンジ君がチェロを弾いている姿をみて、号泣したのよ・・・訳が分からなかった。
一抱えもある楽器から奏でられる音色は、まるでシンジ君の心の叫びに聞こえた。苦悩に満ちた表情でシンジ君自身が共鳴させている
音は、言葉では表現できない深遠な感情が噴き出していた。14歳としては桁外れで圧倒的な原体験、そこから何かを搾り出すように、
音を紡いでいく・・・ いつしか、エヴァとシンジ君・チェロとシンジ君がダブって見えた。前者は“戦闘”という名の破壊の限りを
尽くす、見方を変えれば死神のような存在、後者は“演奏”という名の創造と閃き、喩えようもない美しさを湛えた“救世主”のような
存在。そんな彼の姿、14歳にして背負わされた、降りかかった宿命を、チェロ、同時にエヴァに託しているようにも見えた。シンジ君
の中にある、対極な、破壊と創造−善悪の表層を超越したもの−どちらも意味を成し、どちらもまたシンジ君の断面・・・大げさかも
しれないけど、私は彼の、とてつもなく崇高で高潔な・・・ あなたに話すと笑われそうだけど、オーラのようなもので全身を貫かれた。
思えばその瞬間に、葛城ミサトは碇シンジに恋をした。そしてこの気持ちは、今も私の中で絶えず膨張を続けている
リツコ・・・私ね、シンジ君の保護者役を任されて本当に幸いだったと思うの。彼を見つめていればいるほど、彼はどんどん進化成長し、
新しい側面・新しい可能性を自ら切り拓き、実践していく。“幼くあどけない少年”と先入観を持って接していたら、絶対に彼の本質に
見向きもしなかったろうし、彼が今直面している問題を一緒に感じれなかったと思う。これは断言できるけど、もしあなたが彼の保護者役
だったら、そして、あなたにまだ少女の持つ“感受性”が色濃く残っていたなら、間違いなく、あなたは彼に恋をしていた、と」
「・・・・・・そう・・・かも・・・ね・・・」
「加持君ってね、私と似たようなものを持っていたわ。いや、ニュアンスが違う・・・私と似たようなものしか持ち合わせていない、
って言うほうが正しいかな・・・ それはね、或る瞬間に、“嫌悪”になるの、同族嫌悪ってやつね。まるで自分を見てるようで、
耐えられなくなるの。何とか誤魔化す為に、繋がりを保つ為に、その繋がりに意味を見出す為に身体を重ねる・・・むなしいわ、
とっても。傷を舐め合うのには便利、必要悪だったのね。だけど、“進歩”が無い。一緒に居ると、堕落していくだけ。それにね、
自分の都合に合わせ、人の弱みを癒すようなコトバを巧みに操り、不在の間自分の価値が落ちないようコントロールする狡猾さを
持っている。そんな、目的の為の手段として利用される事に、“愛”なんて不安定な接着剤を使ってお互いを繋ぎ止めようとして
いたなんで、とんだお笑い草だわ。シンジ君と同次元に語る事すら憚るわよ
シンジ君はね。こんな私でも、ちゃんと見ていてくれた。赦してくれたのよ・・・いつも見てくれてる・・・シンジ君はね・・・
私の・・・全て・・・ こんな私に何が出来るか分からない・・・だから・・・私は・・・シンジ君が・・・いつも笑顔で居られる
ように・・・いつも健やかであるように・・・いつも・・・せめて・・・エヴァに乗っていない・・・今だけでも・・・安心して
・・・シンちゃん・・・」
思いが溢れて言葉に詰まる。最近私はよく泣くな。拭うことも忘れてる
「・・・・・・」
「・・・(グスン)・・・これでいいかしら? 私は、本気よ・・・」
「・・・だ、そうよ、加持君?」
「!!!!!!」