所属の事務所から、ひさしぶりに仕事の依頼が来た。
子役というにはちょっと年食ってるし、かと言って大人でもない。
しかも、クォーターで赤毛のおまけつき。
そんなことで、最近は仕事の少ない状態が続き、ちょっと困っていたところだった。
内容は、ロボットアクションもののヒロインだそうな。
しかも、撮影は日本!なんで、あんな地の果てまで行かなきゃならんのだ。
でも、ギャラはそこそこ良い。背に腹は代えられない。
葛藤を抱えつつ、了解する旨を事務所に伝えた。
数日後、事務所から台本と一緒に、アニメのDVDをがっさり渡される。なんでアニメ?
聞くと、なんでも10年前に公開されたアニメをREBUILDと称して、
アニメーションの部分を実写とCGに直して公開するらしい。
『同じ話でも微妙に違うらしいから、全部見るように』と念を押された。
マニアがかなりうるさいらしい。げろげろ。
とりあえずDVDを見た。鬱になった。やっぱ引き受けるんじゃなかった。
ヒロインじゃないじゃん。しかも、最後のほうはどう見ても頭逝っちゃってるし。
ラストシーンは変えると聞いてる、と事務所は言ってたけど、あの調子じゃどうなることやら。
一抹の不安を抱えつつ、荷物をまとめ、マネージャと一緒に極東へ旅立った。
最初の撮影は空母の上だった。わざわざUNから借りたそうな。
さすが、日本人。お金持ち。
監督が特撮マニアでオタ。でも、今回の撮影にはセットもスタントも極力使わないらしいと聞いた。
ここまで本物使うことないじゃん。そんなカネあるならギャラもっとよこせ。
話中での私の登場は、話の中盤からだったので、撮影には途中から参加する形となった。
主人公役の男の子は細身の美形。喜ぶべきことに、結構好みだったりする。碇さんか・・・。
他の人も優しそう。でも、何を言っても、曖昧な笑みで返されるのはちょっと慣れない。
一応、日本語練習してきたんだけど、通じてないのかな。
しょっぱなから、主人公を含む3人にビンタを張るシーンの撮り。
リアリティの追求だかなんだか知らないけど、思いっきりやってくれとの指示。
「パン!」「パン!」「・・・ぺちっ!」
碇くんの、その綺麗な顔にモミジをつけるのは、さすがに気が引けた。
「カット!カット!」怒号が飛ぶ。「ダメダメ!それじゃ!もっとバシッといかなきゃ!」
あのー。こっちの手も痛いんですけど。
「惣流さん、気にせずやってください。・・・もう慣れてますから、あの監督」
目線を監督に向けたあと、申し訳なさそうに、碇さんが言ってくれる。
「碇さん、皆さん、ごめんなさいね」一応、謝ったが、5回の撮り直しはお互いきつかったと思う
用意してもらった住まいは、碇さんとミサト役の葛城さんと一緒とのことだった。
聞いた時は、飯場みたいにまとめて世間から隔離されるのかと思っていた。
が、設定通りに同居すると聞いたときには、さすがに驚いた。
リアリティ・・・ね。
撮影の無い時は、学校に行けとまで言われる始末。
身も心も役になりきってくれ。と監督はのたまう。
はいはい。これがお仕事ですからね。やりますよ。カントク。
室内の撮影は、さすがにセットだった。
何から何まで、今住んでいる住居と全く同じ。唖然とした。
でも、夕べ脱ぎ散らかした下着までそのまま再現されているのは、結構ショック大きかった。
あのー。アタシ、一応お年頃なんですけど・・・。
これは面白いじゃないか!
一瞬ジュンさんかと思ったけど違うよね?
違ってたらごめん。
ともかくカンガッテ
これは面白そうな設定じゃん
とりあえず続き期待してるね
>>298 普段の生活で使えそうなシーンがあれば、取り入れるとは聞いていたけど、
まさか、そのために24時間撮られてるとは思わなかった。
セット上での実生活の再現が完璧なわけだ。納得。なっとく。
確か、昔見た映画でこんな設定が有ったような無かったような・・・。
あ、あれは、街全体だったか。それに比べれば、まだマシか。
「どうして、こんな大事なことを先に言わないんですか?」
マネージャに文句を言う。が、しどろもどろの答え。
問いつめると、10年前のアニメ版の大ファンだったそうだ。
おまけに、現役のオタであることまで告白しやがった。
『どうしても、聖地ニッポンに来たかった。今は反省している』
ヤケに乗り気だったのは、そのせいか。てめえがマニアだったんかい。全く。
契約書を見てため息をつく。確かに記載がある。道理でギャラが良いわけだ。
でも、時間単価だとそうでもないじゃん・・・。
速攻で帰国したくなった。が、違約金の金額を見て断念した。
ブルーだ。うーしくしく。
ミサト役の葛城さんは下戸だ。アルコール類は一切ダメなヒトらしい。
撮りの時は、悲惨の一言に尽きる。痛々しくて見ていられない。
・・・リアリティがリアリティになってないじゃん。
「はい!カットぉー!お疲れさま!」やっとOKが出た。
「・・・うぅ・・・げぇ・・・」
「大丈夫ですか?」嘔吐して真っ青な葛城さんの背中をさすりながら、声を掛ける。
「・・・大丈夫、私が死んでも代わりはいるもの・・・うっ」葛城さん、また、吐いた。
あのー。カントク。なんか違うんですけど、いいんですかぁー?
全然、地理感が無いので、二日酔いの葛城さんにここの場所を教えてもらう。
アタシの持ってきた日本地図の山しかないところを、葛城さんは指さした。
でも、マンションの窓から見えるのは、街を行く人々。都会のざわめき。環状線を走る電車。
どう考えても、変。おかしい。
「あの監督だから、ねぇ・・・」遠い目をして葛城さんが呟く。
ひょっとして?ひょっとしたら?
イヤな予感がする。
「前のシリーズが終わってから、ここまで来るのに10年が必要だったの」
「監督が乗り気でないとか、結婚したからだとかは全て嘘。欺瞞なのよ。
さみだれ式に10年間グッズを出し続けてファンを引っ張り、
更にパチにまで手を出して資金を稼いでいるのが、その証拠よ」
えっ?
「その正体は、そう。この映画のためだけに造られた街、それが、第3新東京市の真の姿よ」
「お店の人も、通勤している人も、学生も、大人も子供もぜーんぶエキストラよ」
・・・ってことは。
「ちゃんと掘ったのよ。ジオフロント」
あちゃー。
「・・・我が、ニッポンのシビルエンジニアリングは、世界一ィィィイイイ!」
いきなり立ち上がると、びしっと踵を揃え、某政党の敬礼ポーズ。びっくりした。
・・・あ、葛城さん、あっちに逝っちゃった。でもそれ、ドイツでやっちゃダメよ。
撮りまでに戻ってきてくれるかな。大丈夫かな。ちょっと心配。
「こんにちはー!。あなたが惣硫さん?」
後ろから快活な声で、いきなり話しかけられる。
へっ?と振り向くと、そこには抜けるような白い肌、蒼い髪、紅い瞳のヒトがいた。ホントにヒト?
「あたし、レイ役の綾波、あ・や・な・み・でーす!よろしくね!」
「あ、そ、惣流です。こ、こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
不意を突かれたせいか、何となくオドオドしてしまう。目を合わせられない。
「と・こ・ろ・でぇー。惣流さん、碇くんと一緒に住んでるんですってねぇ?」
「は、はい。そ、そうですけど・・・」
紅い瞳がにやり、と笑う。
綾波さんが急にアタシに近づき、こそっと耳元で囁く。レイの声で。
「・・・碇くんはアタシのモノよ。手を出したらブッ殺すから」
「!!!!!!!!!!」
「なーんて。冗談よ!じゃあ、また後でねー!」一陣の嵐の様に去っていった。
あのー。なんかキャラ違うような気がするんですが。
・・・今度会ったら、何人目なのか聞いてみよう。
「おう!我が愛しき息子よ!久しぶりだなぁ!会いたかったよ!」
碇さんのことを息子と呼ぶその人は、会うなり一緒に歩いていた碇さんを後ろから抱きしめていた。
まるで、生き別れになった親子の再会の様に。強く。きつく。
黒いスタンドカラーの制服、サングラス。ヒゲ。誰?一体?
「やめてよ、父さん。恥ずかしいんだから。大体、さっきまで一緒に居たじゃないか」
「そうだったか?最近物忘れが激しくてな。まぁ、そう、つれなくするな・・・」
ここで、その人ようやくアタシの存在に気付いてくれた。
「シンジ、この方は?」「・・・アスカ役の惣流さんだよ、もう・・・」
ぶっきらぼうに紹介される。碇さんはちょっとムッとした様子。思春期だわ。
「やあ、初めまして!私がシンジの父、碇ゲンドウです!」
風貌はちょっといかついけど、眼鏡の奥は優しい瞳。そして、満面の素晴らしい笑み。
「シンジからお話は伺っています。こんな、美しい方とお知り合いになれるなんて光栄です。
なあ、シンジ。これからも息子共々どうぞよろしくお願いします」
アタシの両手をきっちり握りしめて、上下にぶんぶんと振る。
遠くで、碇ゲンドウさんを呼ぶ声がする。
「それじゃ、撮影があるので、失礼します・・・。シンジ、愛してるよ」
もう一度、嫌がる碇さんを無理矢理抱きしめ、ヒゲ面をじょりじょりさせてから、碇ゲンドウさんは去っていった。
はあ・・・。
「碇さんのお父さんって、フレンドリーな方ですね」
「付き添いじゃなく、映画に出られるんですね。親子共演ですか・・・いいですよね」
アタシが素直に感想を述べると、碇さんは憎々しげに答えた。
「父さん、いつもああなんだ・・・」
「元々は会社勤めだったんだけど、ボクの父さん役ってことで今回出演するんだよね」
「それから、ずっとあの調子で・・・困っているんだよね、実際」
うーん。父と子の葛藤。いいな・・・。うらやましいな・・・。
「惣流さんは、お父さんとか出演しないの?」何気に碇さんが尋ねた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」・・・・ぽろり。
沈黙の後、アタシの瞳から滴が落ちる。
いきなり、涙が次々とこぼれ出す。
「ゴメン!何か悪いこと聞いた?」おろおろする碇さん。
「・・・・・・ごめんなさい、・・・ワタシ、お父さんいないんです・・・」
「ちょっと羨ましかっただけなのに、何で涙が・・・ごめんなさい・・・」
きゅっ。
泣きじゃくるアタシを碇さんが抱きしめてくれた。
「ゴメン・・・」碇さんが謝ることは何もないのに。
胸が熱くなった。嬉しくてまた涙がこぼれた。
どれくらい、そうしてくれてたんだろう。
ふと気付くと、怒りに充ち満ちた紅い瞳が碇さんの後ろにあった。
「はい、カットぉー!そこまで!はい、お疲れさま!」
はい?
綾波さんだった。
アタシと碇さんを引きはがすと、即座に碇さんの腕を取った。「シーンジっ!、一緒に帰ろ!」
あれ?
戸惑いつつも、綾波さんに引っ張られていく碇さん。
振り向きざま、ぺろっと舌を出す綾波さん。でも、目が笑っていない。怖い。
おーい。こないだの脅しはマジかよ・・・。
今日の撮りは、エレベータのシーン。
1分弱で、しかもセリフ無し。楽勝だと思っていた。
アタシの演技はエレベータの壁にもたれかかり、鼻をくすんと一回、そしてまばたきのみ。
綾波さんはアタシに背を向けて、立ってるだけ。
ただ、それだけだった。・・・はずなのに。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くすっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くすくすっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぷっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぷっっ」
「・・・・・・きゃははははははっはっはははっははは!」
「・・・・・・ぎゃはははははははははははははははは!」
沈黙に耐えられなくなって、二人とも笑い転げる。
お、おなかがよじれる・・・。お、おかしくて涙が出る。
「や、やめてー」・・・お、おかしい!おかしすぎる!
もう、止まらない。止まるわけがない。
「カット!カット!」
おこられちった。
あのー。カントク、ムリですよ。箸が転がってもおかしい時期なんですから。アタシたち。
結局、終わったときには日付が変わっていた。
疲れた。エレベータで酔うとは思わなかった。気持ち悪い。
マネージャが、段ボール箱を抱えて持ってきた。
聞くと、役作りの資料だそうな。中身を開けると薄い冊子がてんこ盛り。
試しに一冊ぺらぺらとめくってみた。何よコレ・・・。
「あ、ニッポンでは同人誌ってジャンルがあって、いわゆる二次創作って奴ね・・・」
ここぞとばかり、喋りまくるマネージャのハナシなんぞ、全然聞いちゃいなかった。
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
載るのはイヤ載るのはイヤ載るのはイヤ載るのはイヤ載るのは載るのはイヤぁ!
ママぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
あのー。18禁のやつまで入れないで欲しい。マジで。