289 :
補完委員:
アスカ「気持ち悪い…」
シンジは泣き続けた。後悔なのか、苦しみなのかわからなかったが、
悲しそうな涙だとアスカは感じながら、まっすぐ空をながめていた。
綾波レイと、シンジの母は二度と会えない。それはアスカもわかっている。
ミサトやシンジの父は戻るのだろうか?加持さんは?
『加持さんには会えなかった…』
心が溶け合った時、加持とアスカの母を感じる事はなかった。
それは補完計画以前の時期の加持の死を意味している。
『加持さん…』
アスカも涙を浮かべた。
まばたきをすると、静かに流れていった。
『(私)生きてるのね…ママ…』
シンジの嗚咽が小さくなってきた。アスカは再び眼だけでシンジを
見る。シンジはアスカに馬乗りになったまま、下を向いた。
アスカは再びシンジの頬に触れた。ハッとシンジはアスカを見る。
アスカもシンジを見ていた。
「久しぶりね…どぉでもいーけど、あたしケガしてるんだけど」
シンジは再び眼をそらし、立ち上がった。
『ゴメン』とシンジが言わなかったので、アスカは少し違和感を感じ
たが、なぜか納得した。
シンジはアスカに背を向け海へ視線を向けた。
アスカは空を見ながら、何も見ていなかった。それはシンジも同じだった。
290 :
補完委員:2006/03/29(水) 12:07:01 ID:???
しばらく二人はそのまま動かなかった。波の音だけが静寂さを映していた。
どれだけ時間がたっただろうか。アスカは瞳を閉じてゆっくりと起き
あがった。痛みのため少し顔を歪ませていた。
アスカはそのまましばらくシンジの後ろ姿を見ていたが、シンジは
動かなかった。
アスカ「…他の人達は?」
しばらく間をおいて、シンジは「わからない」とだけ答えた。
「そぅ…」とだけアスカは呟いた。
「ねぇ、シンジ。」しばらくの沈黙の後、アスカは言った。
「私を殺すなら、早くしたほうがいいわよ…。苦しまない方法でな
ら私はかまわないわ…」
そう言い、アスカは痛みを堪えながら立ち上がった。「身体が動くようになったら、きっと抵抗しちゃうもの…」
アスカは自分が何を考えているのかわからなかった。ただ、シンジが辛いのなら仕方がないと思っていた。
アスカが歩みよると、シンジは振り返った。
アスカの瞳を見つめるシンジの眼から、涙が一筋流れた。
アスカがシンジの涙に気付いた時、その身体を強く抱き締められた。
「アスカっ、……アスカぁ〜」
せきを切ったようにアスカを泣きながら抱くシンジ。
アスカのぬくもりと匂いに、懐かしさと愛おしさがよみがえる。
最初、呆然としていたアスカは、シンジの体温に目眩を感じていた。
男の胸板が、こんなに暖かいものだと初めて知った。
アスカはシンジの背中を抱き、腕の中に運命を感じていた。
一度は拾った命…。そう感じていた。
つづく
291 :
補完委員:2006/03/29(水) 12:53:37 ID:???
>>289>>290続き
しばらく二人は抱き合ったまま動かなかった。
「シンジ…少し痛い」ささやいたアスカに、シンジは「ご、ごめん」
と言って少し離れ、自分の言葉にバツの悪そうな顔をした。
それを見て「あいかわらずねぇ」と小さく笑うアスカ。
二人とも相手に触れたまま見つめあった。アスカは少しうつむいて
再びシンジに身体をあずける。腹部が触れた時「ごめん。…ボクは
どうかしてた…」また泣きだしそうなシンジが言う。「右に同じ…」アスカは言いながら、胸をシンジにあてる。
「気が付いたらシンジが私に乗っかってたの。…不思議ね…」シンジ
を見つめるアスカ。
「…怖くはなかったの…」何も言えないシンジ。顔をそらしうつむいている。
「ここはあなたが望んだ世界…。恨まないわよ…。たぶん」
アスカを見るとシンジを見つめている。
「あなたが望まなければ、私も私ではいられないままの世界だった。
…私は私として生きて、私として死にたいの」
シンジはアスカの頬に手をかざす。アスカが小さく承認する。
片眼を覆う包帯が痛ましいが、アスカの頬はやわらかだった。
「不思議ね…?あのままだったら一人じゃなかったのに…。私…」
シンジの手の感触を確かめるように、アスカは言った。
「…また、会えたわねシンジ…」
続演
292 :
補完委員:2006/03/29(水) 13:18:22 ID:???
>>291続き
アスカの言葉に、シンジはたまらない気持ちでいっぱいになった。
接触と承認。
シンジは声を殺して泣いた。アスカも泣いていた。
二人はしばらく抱き合ったままだった。
「これからどうするの?」
LCLの海…一つになった人間達で満たされた海を見つめアスカが聞いた。
「待ってみようと思う。ミサトさんや、ネルフのみんな。トウジや
ケンスケ…」「ヒカリもね…」
そしてアスカは口をつぐんだ。
シンジも黙り込んだ。二人とも加持と掟司令の名を口にしなかった。
しばらくして、シンジは水を探してくると言って、海岸を離れた。
アスカは一人で、海と変わり果てた量産機の残骸をながめ、誰も戻
ってこないかもしれないと考えていた。
「ファースト…。あんたくらい戻って来なさいよ…」
アスカは初めて綾波を思って泣いた。
続演
ほほう、それから?
294 :
補完委員:2006/03/29(水) 14:21:57 ID:???
1時間もたたなかっただろうか。程なく、シンジがコンビニの袋に
ミネラルウォーターや食料を詰め込んで帰ってきた。
「アスカぁ〜水だよ!水!」
ぼんやりと砂浜に座っていたアスカに駆け寄り、ペットボトルを口
を開けて差し出した。
アスカは一口飲んで、一度ムセたが、すぐ左手で500mlの水を飲み干した。
「んぐんぐんぐっ…ぷはぁ〜!くぅー生き返ったぁ〜」
「それじゃミサトさんのイッキだよ」シンジは笑った。
ふぅ〜と一息ついて、アスカは「誰もいなかった?」と聞いた。
その表情は予想を隠せなかった。
うんと頷いて、シンジはパンを袋から出し、差し出す。
アスカは首を振った。
「一人もいなかったよ。建物も半分崩れてて、ひどい状態だった」
シンジはミネラルウォーターを開けながら言うと、一口あおった。
「そぅ」とアスカは答え、ある事に気付いた。
「ねぇシンジ!その水冷えてない?」
また、一口水を含んでたシンジは「ホントだ!」とアスカを見た。
「きっとドコか発電所が生きてるのよ!」
「そぉか!電気が消えてたから気付かなかったんだ。きっとそうだよ!」
笑いあう二人。
なにかが変わる訳ではないけれど、二人は希望を見つけた気がした。
続演。