∠月O日
今日はいよいよ音楽祭♪
クジ運がいいのか悪いのか、私たちのバンドはなんと大トリになってしまった。
シンジとアスカは危なげのない完璧な演奏。音感がいいのかな。
ヒカリちゃんとマユミちゃんのボーカルもいい感じ。二人とも意外に肝が据わってて、
ほとんど緊張の色が見られなかった。結局、一番アガってしまったのが私で…
2、3か所トチちゃった。でもでも、アセりながらも何とか最後まで演奏し終え、
音楽祭は無事幕を閉じた。
会場の後片付けや何やらで暫し取り紛れた後、ふと気がつくと綾波さんの姿が見えない。
「さ、帰りましょ。」
「待って、綾波さんがどっかに行っちゃった。」
「あんなやつ、放っておきなさいよ。」
「ダメよ。私、探してくる。」
屋上。
「やっぱり、ここに居た。」
「…霧島さん。……何?」
「みんなで一緒に帰ろうと思って探しに来たの。」
「そう。先に帰ってもらってよかったのに…」
「……………」
夕闇が迫り、生徒達の歓声も消えた校舎には寂寥感が漂う。
「ねえ、いつだったかのオナラ。」
「えっ?」
「みんなでお芋食べたとき、誰かがオナラしたでしょ。」
「ええ…。」
「あれ、あなたでしょ。」
「私だって、オナラくらいするわ………」
「やっぱり。シンジが急に自分がしたなんて言うからピンときたの。」
「…………………」
「少し…妬けちゃうな……」
「えっ?」
「さっ、帰りましょ。アスカ達が待ってるわ。」
私は綾波さんの手を引いて駆けだした。
□月α日
大変なことになった。アラエルという使徒の攻撃によってアスカが大怪我をしたらしい。
(本当は機密なのだそうだけど、ミサトさんが教えてくれた。)
とにかく行かなくちゃ。
私は取る物も取りあえずアスカが収容されているというネルフ本部内の病室へと向かった。
「アスカ……?」
怪我というよりも心の病?
見る影もなくやつれ衰えた姿にショックを受ける。
あの明るく、勝ち気で、そして嫉妬するくらい綺麗だったアスカが。
一瞬、これでシンジが自分のものになるのではと思ってしまった自分が憎い。そして怖い。
涙が止まらない。
「アスカ!アスカっ! しっかりして!」
彼女の肩をつかんで揺さぶる。
「お願いっ、目を覚ましてっ!!」
「ちょっと、あなた!」
看護士さんから止められて我に返る。
「す、すみません………」
呆然としてベッドの脇の椅子に腰掛け、顔を覆って泣いた。
これから、私たちはどうなってしまうの?
これから、世界はどうなってしまうの?
言いようのない不安が胸を締めつける。
□月γ日
シンジはひどく塞ぎ込んで何も話してくれない。
ミサトさんから聞いた話では最後の使徒を殲滅したという。
それなら、世界は平和になるんじゃないの?
そして、アスカも元気になれば………
私たちは普通の中学生に戻れるはず。
なのに、なぜこんなに胸が苦しいのだろう。
□月ι日
戦自から出頭命令が来る。もはや戦自の人間ではない私になぜ…。
書類には非常時特例第何条第何項により云々と長ったらしく書いてある。
「入れ。」
制服のお偉いさんの前に立つと、思わず身体が覚えた直立不動の姿勢をとってしまう。
「単刀直入に言おう。君にネルフ司令を殺害してもらいたい。」
シンジのお父さんを!?
彼の話によると、理由は不明なるも、ネルフの司令・碇ゲンドウは
サードインパクトの招来、そして世界の滅亡を望んでいるらしい。
その野望を阻止するには、実子の友人であり交換奨学生でもある私が最も適任なのだ言う。
「幸い、これは半分は彼、碇が描いたシナリオだ。」
「………?」
「分からんかね?彼は君が戦自から送り込まれた諜報員であることを知りながら、
逆に交換奨学生として戦自とネルフとの見せかけの友好の象徴として利用しようとしているのだ。
いわば自分の手駒となった君に寝首を掻かれるとは夢にも思っておらんよ。」
「もし……」
と、彼は続けた。
「ネルフ司令暗殺に失敗したら、正規軍によって実力でネルフを接収せざるを得ない。
そうなれば、君の友人達も無事ではすむまい。」
□月ζ日
通りが騒々しい。
いよいよ戦自の突入が始まったのだ。
結局、私は碇司令を暗殺しなかった。
好きな人の父親を手に掛けることなんてできない……。
「その結果、大切な人たちを永遠に失うことになるわ。」
心の中で誰かが呟く。
「いやっ!!そんなのは絶対にいや!!!」
「ならば、なぜそこにいるの?」
「だって、私にはなにもできない…。シンジのお父さんを殺すことも、
戦自を止めることも……」
「自分にできることをしなさい。」
そう、私はまだ自分にできることを尽くしてはいない。
心の中のもう一人の自分の声に突き動かされて、急に勇気が湧いてくる。
ミサトさんの部屋に行き、拳銃とショルダーホルスターをつかみ取ると、
私は表に飛び出した。
ジオフロントのゲートはとっくに占拠されていて通れない。
私は加持さんのスイカ畑のある辺りからC-2通路に忍び込んだ。
迷路のようなネルフ本部の中を駆け回る。
恐怖と、激しい運動とで心臓が焼き切れそう。
通路をひたすら走り、兵士の姿を見ては身を隠す。
そして……
ついにシンジを見つけた!
数人の兵士に囲まれ、銃を向けられている!!
私は駆け寄りながら、ためらいなく兵士たちを射殺した。
「マナ………?」
「シンジ!」
そのまま、彼の胸へと飛び込む。
「よかった。生きてて………私、私…もう……」
張り詰めていた気持ちが一気に緩み、彼の腕の中で泣きじゃくってしまう。
「マナ………」
シンジは急に決然とした表情になり、私をしっかりと抱きしめてくれた。
「僕は行くよ。僕はエヴァに乗らなくちゃいけないんだ。」
そう言って、彼はケージへと向かうエレベーターに乗り込んでいった。
何度か戦自の兵士と遭遇し、交戦しながら(一発被弾してしまった。盲管のようだ。)、
なんとか発令所に辿り着く。
「マナちゃん!?」
ミサトさんは一瞬驚きの表情を見せたが、
血を流し、大きすぎる拳銃を手にした私の姿を見て全てを悟ったようだった。
「そう…ありがとう。」
彼女はそう言うと、サッと正面スクリーンの方へ向き直り、
「いいわね、シンジ君・アスカ。エヴァシリーズは必ず殲滅するのよ!」
と、張りのある声で指示した。
何が起きているのか、私にはよく分からなかった。
ただ、ミサトさんやオペレーター達が叫ぶ内容から、S2機関を搭載した敵に対抗できるのは
シンジの初号機だけだということ(この時まで私はシンジのは零号機だと思っていた)、
そして、敵殲滅に失敗すれば世界は破滅するのだということだけはおぼろげに理解できた。
「神様、お願い……。シンジとアスカを守って。」
一心に祈りながら目を閉じると、ふと意識が遠のいていく。
そう言えば、私、撃たれたんだっけ。
でも、良かった。死ぬ前にシンジに抱きしめてもらえたし、
アスカが元気になったのも見た。
「マナ………」
!?
目の前にシンジが居る。なぜか一糸まとわぬ姿で。
「さあ、一つになろう………」
「溶け合って一つになれば、二度と離ればなれにならずにすむ。」
ああ、シンジとなら永遠に溶け合っていたい……
「さあ、怖いのかい?」
後光が差して、まるで人間ではないようなシンジ。
両手を開いて、私を迎え入れようとする。
「待って!」
何かが違う気がする。これが私の好きなシンジ?
確かに、一つになれればどんなに素敵なことかと思う。
ずっとそれを夢見てきた……
でも……………
何かが違う。何かこのままじゃいけない気がする。
「私、みんなと一つにはならないわ。」
「私は私。あなたはあなた、よ。
人が個を失って全てが一つになるなんて私には耐えられない。」
「そう。君は、君が君でいる世界、僕が僕でいる世界を望むんだね……」
シンジがそう呟くのを聞きながら、私は暗い闇へと落ちていった。
○月吉日
ネルフの医務室で目覚めた私は、
シンジとアスカがエヴァシリーズを殲滅したこと、
その後、ゼーレという秘密結社は人類補完計画なるものを断念したこと、
そして、国連及び政府の命により戦自が撤退したことを聞かされた。
正直、よく理解できないことばかりだったけど、とにかく世界に平和が戻ったのだ。
そうそう、綾波さんはセントラルドグマと呼ばれる大深度施設で倒れているのが発見され、
無事保護されたらしい。きっと彼女にも語るべき物語があるのだと思う。
私の怪我は思いのほか深く、これから弾丸の摘出手術をしないといけないそうだ。
でも、平気。玉の肌に疵がついちゃったのはちょっと悲しいけど。
「マナ!よかった。元気そうで。」
「どう、マナ、元気してる?」
シンジとアスカ、そしてミサトさんだ。
「よかった。マナ…無事で。ほんとよかった……」
「いやさ、あんたがシンジを助けてくれたそうなんで、ちょっとお礼言わなきゃと思って。
ま、本当は、シンジなんかいなくてもあんなブサイクな量産機、
あたし一人で十分倒せたんだけどね。」
「アスカぁ〜、それが私たちを救ってくれた恩人に向かって言う言葉?
ま、いいわ。とにかく、マナちゃんは大怪我してんだから、あんまり疲れさせないでね。」
そう言うと、何か用事があるらしく、ミサトさんは部屋を出て行った。
(後で聞いた話では、ネルフは今後解体されるらしい。)
「マナ、ありがとう。」
アスカ……。
「僕、きちんとお礼を言ってなかったね。本当にありがとう、マナ。」
シンジ……。
「明日はファーストやヒカリやマユミも連れてお見舞いに来るからね。」
「アスカ、あんまり大勢で押しかけちゃ……」
「なによ、私が決めたことに文句あるわけ?」
「そ、そうじゃないけど………」
早速いつもの「夫婦げんか」を始める二人。
私もいつまでもこうしてはいられないわ。早く元気にならなくっちゃ。
綾波さんも無事だったし、アスカも元気になったし、
私は遠慮無く私の恋に突っ走ることができるようになったんだから。
完