913 :
姉弟03:
一年前に、碇シンジという人間は死んだ。
代わりに、葛城シンジという人間が作られ、碇シンジは葛城シンジとなった。
碇シンジは、幼い頃にエヴァに母親が取り込まれ、それから間もなくして父親に捨てられた。
十四才の時に父親に呼ばれ、第三新東京市に来る。
父親と暮らせると思っていた少年は、父親には妻に会う為の道具として扱われ、保護者であるはずの人間には復讐の為の道具として扱われた。
その為に、周りの大人に脅され無理矢理エヴァに乗せられ、使徒と戦う事になる。
その戦いの中で、少年は少しずつ心をすりへらしていく。
親友の足を自分の動かすエヴァが奪い、
また、使徒とは言え、初めて解り合えると思えた親友を握り呟した。
全てが終わった時、少年は何度も自殺を試みた。
葛城シンジは両親を早くに亡くし、それから教師である姉と二人で生きてきた。
貧しいながらも、ここ第三新東京市で幸せに暮らし来た。
また、友人にも恵まれ、
幼なじみの惣硫・アスカ・ラングレー、綾波レイ、
中学生になると鈴原トウジ、相田ケンスケ、洞木ヒカリ等の親友と呼べる存在も出来た。
葛城シンジは幸せだった。
ただ、全てが嘘だった。
碇シンジが死なない為に作られた記憶だけの存在だった。
914 :
姉弟03:2006/10/22(日) 19:55:29 ID:???
碇シンジは私を、
『ミサトさん』と呼んだ。
葛城シンジは私を、
『姉さん』と呼んだ。
今日、葛城シンジは私を、
『ミサトさん』と呼んだ。
葛城シンジにそう呼ばれた時、私の身体は震えた。
恐怖した。
思い出した?
そう思ったから。
けど、それは大丈夫なようだった。
すぐに呼び方が、
『姉さん』に戻ったから。
けど、けど、けど、…………
「怖い……。」
碇シンジが死んで、一度も『ミサトさん』と呼ばれた事は無かったから。
もしかしたら、近い内に思い出すかもしれない。
そう思うには十分だった。
「思い出さないで……、シンジ君、シンちゃん……。」
私は震える身体を自分で抱き締める。
「何で、キスなんてしたんだろう。」
多分、それが原因だと思う。
シンジ君の姉として生きるなら、あんなキスなんてしてはいけなかった。
けど、私は
『大人のキスよ。』
あの時と同じ様に、あの時と同じ事を言ってキスをした。
「ああ、そっか……。」
分かってしまった。
私はシンジ君の母親にもなれないし、姉にもなれないんだ。
だって、私は、
「シンジ君の事が好きなのかもしれない。」
915 :
姉弟03:2006/10/22(日) 19:56:23 ID:???
シンジ君に女として見てもらいたいんだと思う。
いつから?
死んだと思ってた加持君が還って来た時、私は喜んだ。
けど、加持君のプロポーズには答えれなかった。
『シンジ君の傍にいなきゃいけないから。』
そう答えた自分に、何故かしっくり来なかった。
もし、
『シンジ君の事が好きだから。』
と答えたとしたら。
想像してみる。
意外な程、しっくり来た。
という事は、それより以前に好きだったんだと思う。
いつからかは、わからない。
けど、死ぬ間際にキスしたあの時、私は自分の命よりシンジ君の方が大切だった。
何よりも大切だった。
「アハハ……。」
笑けてしまう。
三十年も生きてきて、自分の気持ちに気付いていなかったなんて。
自分の半分の歳の子を好きになるだなんて。
『帰ってきたら、続きをしましょ。』
「アハハ………。」
笑けてしまう。
続きなんて、出来る訳無いから。
だって、
「死んじゃ嫌だよ。」
916 :
姉弟03:2006/10/22(日) 19:58:31 ID:???
私は、葛城シンジを好きになってはいけない。
今日みたいに、碇シンジに戻ってしまう危険性があるから。
好きになっても良い碇シンジに戻った時、
シンジ君はきっと死んじゃうから。
自分の過去に耐えれなくて、自ら命を絶ってしまうから。
シンジ君は弱くて、優しいから。
そこが好きなのに……って思う。
「どうしようもないわね。」
そう、どうしようもない。
シンジ君の姉として生きる。
それしか無い。
それは、シンジ君が死んじゃうより、遥かに幸せな事だから。
この一年を、ずっと続ければ良いんだからと思った。
キンコンカンコーン。
「よしっ、姉として教師として頑張りますか!!」
シンジ君の幸せの為だ!!と、自分に言い聞かせる様に気合いを入れて、私は教室に向かった。
917 :
姉弟03:2006/10/22(日) 19:59:43 ID:???
けど、教室に入った私はそれが甘い考えだと知った。
「紅、紅、紅、紅、紅、紅、紅。紅い世界…嫌だ、嫌だ」
狂った様に、呟くシンジ君。
「ごめんね、ごめんね、シンジ、シンジ―。」
泣きじゃくりながら、長くて綺麗な赤茶色の髪を、家庭科用のたちばさみで切り落とすアスカ。
「葛城君…葛城君、大丈夫だから……大丈夫。」
母親の様に、シンジ君を抱き締めるレイ。
「アスカ、アスカやめなよー。アスカー!!」
泣きながら、アスカを止める洞木さん。
「シンジ!!どないしたんや!!」
「おい!!シンジ!!シンジ!!」
シンジ君を心配する、鈴原君と、相田君。
「どうして………。」
なんで、この子達が苦しまないといけないんだろう。
「最低ね。」
分かってる、この子達がこんな風になってしまったのは私達、大人のせいだって。
「シンちゃん!!アスカ!!レイ!!洞木さん!!鈴原君!!相田君!!」
だから、私は逃げる訳にはいかなかった。