今年も蝉のうるさい季節がやってまいりました

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1名無しが氏んでも代わりはいるもの
10度目の夏ですね
2名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/19(火) 14:33:11 ID:eAVjf/eJ
「夏だな」
「ああ…」
3名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/19(火) 15:11:42 ID:???
生態系が戻ってるってミサトさんが言ってた
4名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/19(火) 16:23:40 ID:???
どりるちんちん
5名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/19(火) 17:15:14 ID:???
>>9氏ね
6名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/19(火) 18:09:04 ID:???
>>5
9番はまだ来ておりませんが?
9番はまだ来ておりませんが?
9番はまだ来ておりませんが?
9番はまだ来ておりませんが?
9番はまだ来ておりませんが?
9番はまだ来ておりませんが?
9番はまだ来ておりませんが?
9番はまだ来ておりませんが?
9番はまだ来ておりませんが?
9番はまだ来ておりませんが?
9番はまだ来ておりませんが?
9番はまだ来ておりませんが?
7名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/19(火) 18:11:29 ID:CKj0t7Co
蝉の声を聞くと第三東京市に行きたくなる
18切符で行こうかな
8名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/19(火) 18:13:14 ID:???
「青春18切符」にほのかな憧れを持つのは漏れだけ?
9名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/19(火) 18:21:44 ID:???
>>5氏ね
10名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/19(火) 18:57:14 ID:???
蝉の声には永遠を感じる・・・今日も、明日も
11名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/19(火) 21:06:19 ID:???
あ〜劇場版で彼が立ち尽くしてたな・・・
12名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/19(火) 22:48:31 ID:PNebm12C
旅行行きたいな
13名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/20(水) 00:29:33 ID:???
カナカナカナカナ・・・・・
14名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/20(水) 00:35:42 ID:???
カナカナカナカナマナカナマナカナマナカナ
15名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/23(土) 00:07:30 ID:vcGjUvrY
自分の運営してるサイトが2ch並に夏厨房の直撃を受けることがほぼ確定しているんだが……
月末あたりから死にそう。
16名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/07/23(土) 03:07:48 ID:???
768 :名無しが氏んでも代わりはいるもの :2005/05/23(月) 13:20:18 ID:l2vMHG5H
エヴァヲタはいろんなロボアニメスレに蛆のようにうじゃうじゃ湧いて出てきて
「エヴァのパクリ」「パクリ」とか馬鹿の一つ覚えみたいに言ってくる。
誰かが釣られれば話の脈略を考えずにエヴァの知識を自慢げに披露した後
ここがパクリだあそこがパクリだ、とこじつける。
しかも何故かエヴァ厨は粘着
ホント粘着。タチ悪すぎ。人の迷惑考えろっつーの。
エヴァヲタはこの板に引きこもって皆に迷惑かけなきゃいいんでつよ


769 :名無しが氏んでも代わりはいるもの :2005/05/23(月) 23:10:17 ID:???
と言いながら自分は引きこもらずにわざわざエヴァ板まできていちゃもんつけるアンチエヴァ厨乙w



770 :名無しが氏んでも代わりはいるもの :2005/05/24(火) 22:35:37 ID:m+Z+SGzz
>>769
リアルヒッキー乙(オプ
17名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/08/11(木) 13:29:59 ID:???
どうも、一応元ぜろさげと名乗っている者です。
7月19日はとっくに過ぎちゃったわけだけど、
その日に立ったスレなんで、突然ですがここ乗っ取らせてもらいますね。
18アブセンス・0:2005/08/11(木) 13:31:41 ID:???

 「心配ないわよ。全ての生命には、復元しようとする力がある。
  生きていこうとする心がある。生きていこうとさえ思えば、
  どこだって天国になるわ。だって、生きているんですもの。
  幸せになるチャンスは、どこにでもあるわ」

   :碇ユイ、AD 2001/2016
19アブセンス・0:2005/08/11(木) 13:32:30 ID:???
真昼。
炎天の下、風景は強い日差しに漂白されて奥行を失っている。
真っ白に飛んだ日なたが、わずかな地面の起伏も、散在する物の輪郭も全てひとつの平面に
溶かし込んで、乾いた空まで続く。
地上は光に覆われている。
濃く短い影が風景にわずかな変化を刻んでいる。が、その影を落とす本体の方は一様に
日差しに磨耗し、目を凝らさなければそれと判別できないほどに立体感を削がれている。
幾つかには影さえない。光を湛えた水の広がりに半ば没しているせいで、本来あるべき影は
まばゆい水面の反射に紛れ、失われている。
どこかずっと遠くで蝉が鳴き続けている。
分厚い静寂の底、波は形ある光のように繰り返し岸辺に寄せている。
やがて、白昼の水辺にどこからか動く点が現れる。
点は何度か揺らめいては薄れ、また形を取り戻して、次第にしっかりとした輪郭を得る。
白茶けた地表と、巨大な円弧を描く水域の境を、黒い棒のような人影が歩いていく。
足音はかすかな波の響きに呑まれ、足跡は踏み出すはしから光暈に溶ける。強烈な陽光が
視野をくらませ、その足が踏みしめているのが地面なのか、あるいはひょっとして水なのか、
人影自身にも実は判然としない。
たちこめる熱気に汗ひとつ浮かべず、人影は黙々と長い環状の浜辺をたどっていく。白っぽく
褪色した廃墟の諸相、傾いたビルや水没した商店や民家や、中途から折れ曲がった電柱が、
書き割りのように傍らに現れ、過ぎた。
しばらくして、人影は足を止めた。
いつしか蝉の声はやんでいる。
人影は少しの間じっと佇み、それから膝をついて瓦礫の下を覗き込んだ。
ほとんど真っ暗な影の中に、同じくらい黒々と沈む塊が見えた。上蓋が壊れて、内部の
白と黒のパーツの列が剥き出されている。その狭い隙間から細い鳴き声がした。ややあって
人影は身を乗り出し、両手を伸ばして、弱々しい声をあげ続けるそれをそっと拾い上げた。
そして、照りつける日差しの中に立ち上がった。
20アブセンス・1:2005/08/11(木) 13:33:36 ID:???

  時に、西暦2024年

21アブセンス・1:2005/08/11(木) 13:34:52 ID:???
新市街の空は、地上から放射されるネオンの反映で猥雑に濁っていた。
ほぼ一直線に上空進入した一体型中継ヘリは目標地点前でいったん速度を緩め、半回頭して
首都の夜景を俯瞰した。
すぐ下に、いわゆる新街区の喧騒がわだかまっている。今が最も人通りの多い時間帯で、
狭い通りと迷路のように交錯した路地は派手な照明と安っぽい広告電飾の洪水に埋めつくされ、
首都の大部分がとうに失った、再建の無制限な熱気と活力を発散している。行き交う雑踏の
ざわめき、その合間で立ち往生した車のクラクションと運転手の罵声、店頭スピーカーが
がなりたてる音の割れた流行歌、ありとあらゆる叫び、売り声、嬌声、そしてそれらが
ビルの壁に反響する判別不能の雑音が一緒くたに低い空へ沸き上がり、頭上で夜気を切り裂く
ローターの爆音すら貫いて直接耳に届いてくるような錯覚をもたらす。
22アブセンス・1:2005/08/11(木) 13:35:48 ID:???
パイロットは前傾させた上体を軽く横に倒し、わずかに機体の向きを修正した。ネオンの
靄の下で街並が傾き、ゆっくりと回転する。
新街区の歴史は短いが濃い。再建初期に大量流入し、そのまま行くあてもなく住み着いた人々と、
彼らのもたらす生活需要を見込んで集まってきたさまざまな商売人種によって作られたのが
現在見られる街区の原型である。人の出入りが落ち着き、劣悪ながら廉価な居住地域としての
性格が固まると、そこにさらに多くの流動人口が押し寄せ、街はごく短期間に急速に成長した。
以来、新街区は再建を進める首都本体に対し、長期に渡って安定した労働力と種々雑多な消費層を
提供し続けてきた。だが、第四次都市整備計画にともなう大規模な区画整理により、数年内には
そのほとんどの部分が跡形もなくなることが決まっていた。事実、無秩序にひしめき合う
低い街並の向こうには、地価の高騰が続く都心から移転してくる企業の超高層ビルの群れが、
街区境界のすぐ外まで迫っている。各種セキュリティの完備された広大な緑の敷地から、
洗練されたラインで構成されたシルエットが夜空へ黒く立ち上がり、屋上と角で明滅する
赤い警戒灯が遙か足元の喧騒を見下ろしている。
ヘリは姿勢変更を終え、機首をわずかに沈めて増速した。
23アブセンス・1:2005/08/11(木) 13:36:36 ID:???
そびえ立つ摩天楼のひとつが正面に迫る。パイロットの両足が制御アームを深く踏み込む。
二重ローターが轟然と唸りをあげ、ヘリは切り立つ壁面に沿ってほぼ垂直に舞い上がった。
無数の窓の灯りが真下に飛び去る。光の滝が途切れた瞬間、屋上ヘリポートのフラッドライトが
機体側面をよぎり、簡素なフレームのみで形作られたその構造と、内蔵された電子観測機器群、
そして大容量ケーブルで操縦機構に接続されたパイロットの、半ば機体外に剥き出された身体を
混濁した空に浮き上がらせた。
指定座標でヘリを固定する。パイロットは前頭部を覆う巨大な地上監視装置を通常起動し、
延脳リンク経由で本部へ短い報告を送った。
『レポ20より管制。
 現場上空に到着した。これよりデータ中継を開始する』
24アブセンス・1:2005/08/12(金) 10:44:06 ID:???
記号とデータに還元された新市街が、直径20cmほどの球状ホログラムの内部に閉じ込められ、
走行する車の位置に合わせてめまぐるしく流動している。
見るともなしにステアリングを切る。窓の外にひしめく雑踏と車と、それらに対応する
ホロ像の中の記号の群れが、同じ速度と向きで視野を流れた。
上空の中継ヘリが添付してよこす同時詳報によれば、現場周辺の野次馬整理は完了。現在、
南松本署のテロ対策班が装甲車両二台に分乗して急行中。到着は彼らの少し後になりそうだった。
無意味に息をついて、車を次の人込みに割り込ませた。
途端に悲鳴と文句の声があがる。その割に群衆の動きは手馴れていて、大した不満も見せずに
道を開けた。中には事件のことを聞きつけているらしくなかなかどきたがらない連中もいたが、
構わずその間を進み、潮のように雑踏の引いた路肩に車を停めた。
頭を下げて「立入禁止」のテープをくぐり、背後の好奇の視線を無視して中に踏み込む。
きりのない熱帯夜に倦んだ顔の制服警官が一人、侵入者を認めてなげやりにこちらに歩み寄り、
IDを確認するなり最敬礼した。
機動隊の特殊車両が二台、古い薄汚れたビルに挟まれた細い路地をふさいで停まっていた。
現場はその奥ということだろう。乱舞する赤色灯の反映。周囲には、車の装甲を盾に待機する、
ここ数年ですっかり重装備が板についた所轄のテロ対策班。若干後方で、現場指揮官らしき
人物が別の一人と話しているのが目についた。迷わずそちらに向かう。
五、六歩ほどの距離まで近づいたとき、部隊長とおぼしい男が気づいて顔を上げ、続いて
彼に指示を与えていた女性が振り返った。
25アブセンス・1:2005/08/12(金) 10:45:58 ID:???
「状況は」
問いかける。女性はくるりと向き直った。すらりとした長身に、どうかすると場違いとも
とられかねないシンプルな夏服をさりげなく着こなしている。よく動く、表情豊かな目が
回転灯の赤色を捉えて一瞬射るような光を放った。
彼女は黙って細い顎を振り、それを受けて、男がこちらを見据えたまま説明を始めた。
「52分前に、第一犯行現場のマンションで換接者を殺害。
 そのまま運動制御系を乗っ取り、逃走。その後、潜伏中の第二犯行現場、未登録の通路内で
 警官二名を殺害。
 現在、全ての出入り口を封鎖。二分後に突入の予定」
しまいまで聞かずにソードオフを抜いた。
弾数を確認し、セーフティを外す。そのままきびすを返して奥の路地に向かった。
背後で男が何か言いかけたが、女性に制されて黙った。同年代の、意外に疲れを感じさせない
軽快な声がいさめるのが聞こえた。
「特機の人造器野郎。あんな疫病神に関わっちゃ、命が幾つあっても足りないわ」
大股に進む。居並ぶ機動隊員たちが振り返り、とまどったように道を開ける。暗視バイザー内蔵の
電子頭甲を含め、全身をくまなく覆った夜間用特殊防護服は少しおおげさにも見えるが、昨今では
そのくらいの装備なしには警察も立ち行かない。無言で彼らの隙間をすり抜けた。
背後の会話はまだ続いていた。
「松代が介入したがってるぜ。データリンクを要求してるが」
「公安の次は情報局か。丁重にお引取り願っといて」
二人が注視する執拗な気配は、こちらの背中が暗い路地の奥に消えるまで離れなかった。
26アブセンス・1:2005/08/13(土) 11:46:34 ID:???
路地は粗悪なコンクリートと腐った食物の臭いに満ちていた。表の通りから押し込まれた
湿った熱気の塊が、電灯もないビルの隙間によどんでいる。
両側に迫る壁は配管と空調の室外機でずっと上まで埋まり、不器用に修理されたパイプの亀裂から
間断なく水が滴って、足元の真っ黒な水溜まりを叩く。重ね貼りされた数年分のポスターやビラが
湿気に膨れている下で、大量の吸殻が何度となく踏まれ、白い紙屑にばらけている。濡れた路面は
生ゴミから垂れた腐汁と鳩の糞でしみだらけだった。
通路のそこここに見つかる穴倉のような小さなバーやスナック。狭い戸口は、どれも例外なく
固く閉ざされている。そう多くない常連は最初の一報で自主退去し、それより少ない住民は
さっさと店を閉めて、事態が収まるまで扉の奥で息をひそめているのだろう。
それ自体が暗渠のような通路を歩きながら、両手にはめた制圧用スタンナックルを確認する。
絶え間ない増改築が生んだ高さも幅もまちまちな段差を乗り越えると、ふいに辺りが明るくなった。
通路の幅が若干広がって、ネオン空の反映が路上に降っている。
その濁った薄明かりの中に最初の死体があった。
27アブセンス・1:2005/08/13(土) 11:47:23 ID:???
血の臭いを認識するより早く補助視覚が起動する。
移動する焦点の周囲に集中カーソルが現れ、視線が死体に合わさると同時に絞り込まれて
視野中央に拡大表示した。電視処理され、輝線で輪郭のラインを強調された死体は、まだ新しい
首の切断面を見せて壁にもたれている。変調赤外発信された防護服のID記載情報が、死体の上に
光る文字列になって浮かぶ。所轄のパトロール第三分隊。生体反応はとうに消失していた。
通路はまだ奥へ続いている。投げ出された死体の脚をよけて、次の角を曲がった。
と、汚れた路上に別のものが目についた。瞬間的に補助視覚が輪郭を拾う。血痕。落ちてから
そう経っていない血溜まりが点々と路地の奥へ続いている。それを追ってさらに角を回りこみ、
路上を血の海にして絶命しているもう一人を見つけた。同じ第三分隊所属だった。
薄暗い通路はその少し先で終わっていた。
息をついて、顔を上げた。
突き当たりの壁の前に三つめの死体が立っていた。
28アブセンス・1:2005/08/13(土) 11:48:21 ID:???
遠目にもバランスがとれていない。両腕はだらりと脇に垂れ、腰から上が少し前に傾いでいる。
生気のない片目が路面に据えられた警官の首を見つめていた。もう片方の眼球は、頭蓋と
顔面の大半とともにどこかに吹っ飛んでいる。
それで納得した。これまで、捕捉以前に換接者の死亡が確認された例はない。今回はおおかた、
最初の現場である換接者の部屋辺りに頭の残りが落ちていたのだろう。
脳幹と延脳が残っていれば、たとえ大脳のほとんどを失っても、代器自体の制御系を通して
身体の他の部分をある程度の期間生かし続けることはできる。脳死状態の人間でも医療機器の
助けを借りれば延命できるのと同様だ。加えて、補助視覚の分析によると、問題の代器の換接部位は
手足の大半を占めていた。自前の動力源を内蔵する代器にしてみれば、短時間の逃走など造作も
なかっただろう。にしても、いきなりここまでやられるとは、換接者は相当嫌われていたらしい。
どうでもいいことを考えているうちに相手がこちらを認識した。
29アブセンス・1:2005/08/13(土) 11:49:07 ID:???
うなだれていた頭部(の下半分弱)が持ち上がる。
傾いた上体がゆっくり正位置に戻っていくと見る間に、唐突にその全身が視界下にのめった。
同時に最初の一撃が襲った。
肩の高さに上げた片腕が、人間離れした速さで撃ち下ろされた蹴りを受け止めた。
重たい水音。見下ろすと、足元で逆立ちの姿勢になっている換接者の目と目が合った。またひと塊、
脳組織が路面に滴った。
直後、肩口から脚が離れ、反転して正面から首を狙った。
これも片腕で防いだ。相手の勢いが削がれる。即座に踏み込み、胸部の制御神経叢に拳を叩き込む。
相手は身体ごと吹っ飛び、背後の酒場のシャッターにぶち当たって止まった。派手な金属音が
通路の薄暗がりに反響する。
そのまま全身の力が抜け、換接者は元の動かぬ死体に戻ってくずおれた。
今ので運動機能の大半は麻痺している。改めて近づこうとしたとき、手の甲に軽い痺れが走った。
確認して、顔をしかめる。代器の補助中枢と一緒にナックルもいかれたらしい。また息をつき、
ソードオフを取り出して片手で構えた。
「…ナイデ」
ごく小さな声がした。
反射的に銃口を向ける。瞬間、生理的嫌悪に近い戦慄が全身を走った。
30アブセンス・1:2005/08/13(土) 11:49:57 ID:???
活動停止間際の外装代器は、換接者の声帯筋を使って、抑揚のない声で再度同じ言葉をつづった。
「ミステナイデ」
同時に、全ての換接部位が異常起動した。
代器の人造神経が作り出す擬似個体情報ネットワークが換接者の本来の生体神経ネットを圧倒し、
製造時に設定された閾値を越える。その同じマイクロ秒に、換接者の延脳が、最低限残存していた
ヒトの個体としての延識が、それを確認し、認識した。
その瞬間、代器は生命形態の一部としてのカタチを喪失した。
表面を覆う人造皮膚の下で、同じく規格品の人造筋肉が内部からうごめき、路上に坐り込んだ
死体が揺さぶられだす。両脚が跳ね、両腕が無秩序に踊る。蠕動は加速度的に激しさを増し、
やがて負荷に耐えきれなくなった表層が弾けるように裂けた。自己解体が始まる。内部機構が露出し、
緩衝体を兼ねる保護漿材ともども路面に溢れ出す。外気に晒された元生体部品が次々に壊死していく。
補助視覚はその全てを観測し、分析し、明度調整し、正確に伝達してきた。
機能限界ぎりぎりまで絞られた視野の中心で、換接者のATフィールドから疎外された元代器は、
わずかに残った“自分”の枠組みを維持するべく、絶望的な暴走を始めようとしていた。
組織片の剥離する片腕が痙攣しつつ持ち上がっていく。情報伝達は止まり、随意筋は弾けて垂れ下がり、
もう動く意志も、動かす器官もないも同然なのに、震える手がこちらを向き、伸ばされ、一心に何かを
掴もうと最後の力を込める。
引き金を引いた。
31名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/08/13(土) 12:52:09 ID:FWgW7X1T
セミは本当に切ない生き物なんだ。樹液以外何も食べないし、殺傷しない平和の象徴でもある。最高の生き物だ
いやー、マジで可愛いわい

蝉嫌い=クズ
32名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/08/18(木) 11:55:46 ID:???
早速一週間近く経っちゃったよ。

蝉、そんなにかわいいかなぁ。
平和とかはどうなんだろ。奴らは奴らなりに勝手に生きてるだけだと思うな。
とりあえず夜中にまで大合唱するのはやめてほしいけど。
ていうか、もしかしてここって蝉のスレだったのか?
だったらすまん。このあと当分出てこないと思うから。
33アブセンス・2:2005/08/18(木) 11:59:36 ID:???
水深。あらゆるものが揺らいでいる。
透明度の高い液体中で目覚める。イメージと実際の感覚、その両方のうちにある水の深さ。
液体の中は静まっている。ほとんど動きのない空間に、一様な光が穏やかに沁みわたっている。
曲面の壁が液体の領域を区切り、光はその向こうにはない。安らかな暗闇が周囲を包んでいるが、
その中では幾人もの人が忙しく行き交い、何基もの大型装置が全力で稼動していると知っている。
これが現実。実際の感覚が伝える今の姿だ。
水は絶え間なく動いている。背後にして頭上のどこかにある光源からの明るさが、周期的に揺れて
空間に濃淡を作り、不確かな遠近を移ろわせる。曖昧な光が揺らめくたびに、身体の前面や脇に
ゆるやかな抵抗を覚える。あるかなきかの圧迫感と冷たさ。全身の皮膚を押し包む感触が密度を増し、
薄れる。あらわな額を、漂う髪が宙を浮遊するような緩慢さでかすめ、また流れた。
これは虚構。記憶の中にある水のイメージだ。
何かが注意の辺縁に触れる。
意識を凝らす。触媒中の回線を通じて指示を聞く。遙か上の波の影が顔の上を通り過ぎる。
そして知覚が断たれ、一時的に現実が消える。
イメージだけが残る。
孤立した意識がイメージする身体の周囲で、揺れ動く水は海に変わる。
無限に暗い海の底から少しずつ浮き上がっていく。水深が減るにつれて、少しずつ浮上速度が
増していく。月が出ている。背後にして頭上の海面は明るく、いずれそこに出ると知っている。
でも、意識は遠ざかる暗闇だけを見ている。眼下に飛び去っていく戻れない場所を。
これは記憶。再現出することのない過去の虚構。
34アブセンス・2:2005/08/18(木) 12:01:01 ID:???

「リエントリー、スタート」
「第一次接続開始」
「延脳感覚野および言語野を仮想領域に接続」
「パーソナルデータの読み込み完了」
「第一から第八までの予備プロセス、全てクリア。バックアップ問題なし」
「仮想自我境界拡張範囲の再計算終了。同構築を開始、継続中」
「被験者の自我境界パルスを確保。パターン、安定しています」
「第二次接続開始」
「擬似双方向回線、開きます」
「仮想領域にて器体よりの身体信号を受信。フィールド再建開始」
「リライト作業及び追跡調整、問題なし」
「自我境界線の再構築完了。最終調整に入ります」
「全チェックリスト、クリア」
「シンクロ作業、最終ステージへ移行」
「仮想バイパスを外します」
「接触、問題なし」
「全制御システム、作動良好」
35名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/08/18(木) 12:02:44 ID:???
「1番から49番までの全身体部位の神経接続を確認」
「ハーモニクス、全て正常位置」
「シンクログラフ固定。身体信号同期問題なし」
「最終接続、進行中」
「ボーダーラインクリア」
「シンクロ完了。被験者の延識再個定、問題なし」
「最終調整終了。第二十三次換接作業、完了しました」


「どうかな、新しい身体に入った気分は」
「…悪くないと思います。感覚器官の再現精度、かなり向上しましたね」
「ああ。だが、今回はそれだけじゃなく、ほぼ全ての機能に大幅に手を加えてある。
 実用化したときの最初の雛形になる器体だよ」
「確かに、これならほとんど生身と変わらないですね。違和感もほとんどないです」
「それはありがたい。だが、それも君のおかげだよ。君の協力がなければ、我々は
 今の半分、いや十分の一の段階まですら到達できなかっただろう。
 本当に、感謝しているよ」
「って言って、これで終わらせるつもりもないんでしょ」
「うむ…確かに上からは、次は機能伸張の早期実現をと要求されてる。
 法的な問題や、関係団体との折衝に関してはもう片がついてるそうだ。所詮、
 代器は人造物であって、ヒトの細胞でも胚でもないからな」
36アブセンス・2:2005/08/18(木) 12:03:50 ID:???
「法と倫理に触れない、健全な人体改造ですね。
 やっぱり目標は、エヴァの完全な再現なんですか」
「否定はせんよ。だからこそ君が必要なんだ。現物の動作体系に一番近いものを
 保持しているのは、今や君だけだからな。…心配しなくとも、約束通り
 例の彼女には手を出さんよ」
「わかってます。でなければ今ここにはいませんから」
「手厳しいな。…では、引き続き連動試験の方に入ってくれ」
「了解」


…浮上速度が増していく。月が出ている。背後にして頭上の海面は明るい。
意識は遠ざかる深淵の闇だけを見ている。見つめ続けている。
でも、唐突に周りで波の感触が弾け、頭が海面を破る。大きなうねりが身体を持ち上げる。
そしてイメージの海は消える。沈澱する記憶の奥へ。
再び知覚の伝える現実が始まる。
37アブセンス・3:2005/08/18(木) 12:05:22 ID:???
「代用器官による殺人は、今週に入って既に八件。
 いずれも換接者殺害後に自壊して、延脳は初期化されています」
照明を最小レベルまで落とした執務室は無機質な洞窟のようだった。天井の高い空間の中央で、
標準処理された被害者八人のホロポートレートが幻燈めいたきらめきを放っている。写真は
どれも中年から中高年に達した男性のもので、服装や表情から、明らかにある程度の
社会的地位を備えているとわかる。
音声が各人の略歴を読み終えるとそれらは脇に下げられ、代わって、同じかすかな輝きが
宙に別の立体を造像し始めた。パーツごとに区分された人体の概略図、というより一種の
カタログだった。手足、眼球、表情筋をつけた頭蓋前面、骨格の一部など、臓器を除いた
人体の“外側”を構成する各部位がそれぞれに見本番号をふられ、立体製図特有の、質感を
完全に欠いた精緻な線で描かれていく。神経接続によって、人体の既存の生体部位に置換ないし
増設される、高度な人工代替器官の一群である。様式化された各パーツの輪郭の内部に納まって、
換接用の神経配線例が器体末端部へ、そしてさらに外部へと伸びていく。
再び録音された声が概要を語り始めた。
「当該器体である、エリュジウム社製汎外装型シリーズ6102。
 強化試験用の先行量産型で、同社の契約モニターに無料で貸し出されていたようですが、
 現在、その全ての器体を回収。当局に提出された最新の報告書によれば、器体、および
 専属換接ソフトウェアにはいかなる欠陥も存在しないと…」
惣流は微光を放って回転する立体像から目を上げ、視線だけで少し離れた暗がりを振り返った。
38アブセンス・3:2005/08/18(木) 12:07:27 ID:???
同僚はきらめく像には目もくれず黙って佇んでいる。しばらく見ていたが、最初にこの部屋に
入ってきたときと同じ姿勢のまま微動だにしない。表情は薄闇に紛れて判別できなかった。
報告書を読み上げる声のほかに室内に物音はなかった。平板な暗さの中、部屋の中央に据えられた
重厚なデスクと、その背後の高い壁を占める大判の絵画がぼんやりと浮かんでいる。
唐突に宙の投影像が消えた。慌てて視線を戻す。
かすかな造影ノイズが消え、室内にこもったような沈黙が落ちかかる。
デスクの向こうで背を見せていた冬月が、回転椅子ごとこちらを向いた。第一声は鋭かった。
「聞いていたんだろうな」
惣流は思わず首をすくめ、それから同僚を見やった。
同僚は、半ば壁にもたれた姿勢を変えることなく、顔も向けずに答えた。
「新型の外装代器が原因不明の暴走を起こし、メーカーが大慌てで回収した。
 あとはお決まりの遺族の告訴、製造責任を巡る長い民事裁判、莫大な賠償金。…なぜ
 ウチが動くのかを除いて理解したつもりですが」
そっけないどころか無関心すれすれの語調だった。今度こそ非難の眼差を送ったが、いっこうに
気にする、あるいは単に気づいた様子もない。
冬月は溜め息とともに背を向けた。組んだ両膝の上でいつものように長い指を組み合わせて
いるらしい、かすかな肩の動き。苦い声が言った。
「…理解か。そんなものは所詮願望の産物に過ぎんよ。
 現時点でウチが介入した理由は二つ。まず、遺族による告訴は一件も行われていない。
 全てのケースでエリュジウム社との間で示談が成立している」
暗闇の中で、惣流は反射的に視線を向けた。
39アブセンス・3:2005/08/18(木) 12:08:49 ID:???
エリュジウム社は業界でも上位五社に入る最大手のメーカーだ。代器の普及と流通が安定化し、
年々新型代器の発表数も増加している中、その事故自体は珍しくないとしても、製造したのが
それほどの大企業で、かつ実際に換接した人間が全て死亡しているとなれば話は別だ。同僚が
皮肉った通り、相当に金と時間をつぎ込む大掛かりな裁判沙汰(と格好のマスコミネタ)
になるのが普通の流れだろう。が、冬月はその点についてはそれ以上言及しなかった。つまり、
現時点ではその情報に怪しむべきところはなく、和解手続自体にも不審な点は見られなかった
ということだ。
惣流はかすかに息を吐き出し、口を挟むことなく続きを待った。
待ちながら、もう一度暗がりに沈んだ同僚の姿を一瞥する。呼び出されたのはともかく、なぜ
よりによってこの人物と同席しているのか納得がいかなかった。特機に引き抜かれて半年、
指揮下で動いたことは数知れないし、他の同僚たちとなら幾度となくチームを組んできたが、
基本的に彼女に指示を下すのは冬月であって彼ではなかった。保護だとか、特別扱いなのかどうかは
ともかく、それが今までの彼女のポジションだった。
それがなんで、こうして並んで説明を受けねばならないのか。
注意深く目を凝らしても、背を見せている冬月にしろ、無言の同僚にしろ、理由らしきものの
かけらも見せなかった。まだ一度もないことだが、ひょっとすると同僚のと併せて別働チームが
編成され、その指揮を任されるとでもいうことだろうか。この程度の事件で?
惣流はじりじりしながら結論を待った。
40アブセンス・3:2005/08/18(木) 12:10:11 ID:???
「二つ、被害者リストの中に政治家、および公安関係の退職者各一名が含まれていること。
 テロの可能性が存在する以上、その見極めを行うのも我々の仕事だよ」
冬月は常と変わらぬ忍耐づよい口調でそう断じ、その後でとんでもないことを付け加えた。
「被害者八人の線については鈴原と須雲に当たらせている。
 …お前たちは、問題の外装代器を洗え」
耳を疑った。
ついでに今いる部屋から目の前の上司から何から、目に映る全てを疑った。
組む? そこにいる人物と? 二人で?
惣流は相変わらず無感動な同僚に混乱しきった一瞥を投げ、そして冬月に向き直ろうとした。
間髪入れず、冬月の有無を言わせぬ声がそれを遮った。
「質問はなしだ。行きたまえ」
そこに反論の余地はなかった。
惣流は言葉にならない声を呑み込み、おもむろに影の中に立つ同僚を睨みつけた。いまだに
その顔は暗闇にぼやけ、ほとんど見て取れなかった。
41アブセンス・3:2005/08/20(土) 12:52:08 ID:???
深夜にもかかわらず、山間を走る首都環状線にはかなりの数の車が目についた。
高架になった道路には、第二東京の他の主要経路と同様、交通管制と車のGPS補助を兼ねる
センサーゲートが一定間隔で設置されている。ゲート下を通り抜けるたび、規則的な通過の
衝撃とともに単色の照明光が一瞬車内を洗い、また後方に飛び去っていく。
真っ黒な路面と、両側の騒音防止用の壁の上端越しに、山がちな地形に沿って不均一に膨張した
首都の満艦飾の夜景が覗く。どことなく規模が揃っておとなしい印象を受けるのは、この辺りが
既に再整備を終えた区画だからだ。新街区の無秩序な喧騒はこの位置からは見えなかった。
車内は静かだった。エンジンの心地よい低い唸りが、深く身体を沈めた座席の下から背筋を支える。
ときおり他の車のヘッドライトが単調な視野の隅をかすめる。山並は溢れる地上の光の背後で
亡霊のようにかすんでいた。
「…別に、こっちから志願したわけじゃないわ」
助手席を見ないようにしつつ、惣流は慎重に言葉を選び、本部を出て以来の沈黙を破った。
返事はない。
思わず目をやると、同僚は乗り込んだときと同じく身じろぎもせずに前方を見つめていた。
42アブセンス・3:2005/08/20(土) 12:52:59 ID:???
目をとめていたのはほんの一瞬だったが、同僚が相変わらずこれといった表情も、わずかな感情や
思考を窺わせる何ものも見せていないのは、よくわかった。結局、冬月の執務室で顔を合わせて
以来、ほとんど口をきいていない。惣流は軽く唇を噛んだ。隣にいる相手の寡黙さと落ち着きが、
全身器換者特有の完全な不動状態にすぎないのか、それとも同じ車内にいる彼女に対する
何らかの意思表示なのかすら、今は見当がつかない。
彼女は若干声のトーンを上げた。
「そりゃ、“三佐”に比べちゃ不足かもしれないけど」
「そんなんじゃないよ」
答えがあった。惣流は今度は隠さずに視線を向けた。
けれど、同僚は今の返答が嘘のように押し黙ったままだった。こちらを見もしない。気後れに
まじってかすかに苛立ちが込み上げ、ふと、彼女は以前にも似たような感覚を味わったことを
思い出した。その途端、不安は恐れのいりまざった嫌悪に変わった。
「…まだ、本気で捜してる連中もいるんでしょ」
思ったより強い口調になって、はっとする。とっさに隣を窺う。
「何が」
彼女の動揺に気づいたのかそうでないのか、同僚はごく普通に、けげんそうに訊き返した。
一瞬迷ってから、惣流は静かに息をついだ。
「今のあんた、まるであの子だもの」
今度ははっきりと反応があった。同僚は明らかに言葉を失い、黙り込んだ。
ごく短い間のことだったけれど。
すぐに、予想していたよりずっとあの頃と変わらない調子で、同僚は答えた。
43アブセンス・3:2005/08/20(土) 12:53:50 ID:???
「…もともと彼女には何もなかったんだ。
 別に、本人は何とも思ってなかったみたいだけどね。命も心も交換可能なものに過ぎないし、
 抹消扱いの経歴を含めたその存在の一切が、他人に仕組まれたものだったんだ。
 その人たちが欲しがってるのはその機密や、彼女を構成していたイメージであって、彼女の
 生死や実在それ自体は問題じゃない」
追い越していく並行車のヘッドライトが助手席に白光を浴びせ、強い輝きで固い横顔の線を
浮き立たせた。この気候にもかかわらずきっちり手首まで覆った重苦しい暗色の防護ジャケットと、
表情のない作り物の両目が、なぜか数分前よりも身近なものに思えた。
それは単に、曲がりなりにも会話らしきものが成立したという安堵のせいかもしれなかったが。
彼女は呼吸ひとつ分の間だけそちらに顔を向け、それからまっすぐ前方を見据えて訊いた。
「で、どこから始める?」
隣で、碇は少し笑ったようだった。
「エリュジウム社は山輪の彼方、旧東京のメーカーだからね。まずは地道に、所轄の
 鑑識から始めるさ」
黙ったまま頷き、惣流はちょうど頭上に現れた標識を一瞥して車線を移った。
44アブセンス・3:2005/08/30(火) 10:31:08 ID:???
新市街でも最も古い地区に隣接する第二東京警視庁南松本署の一階ロビーは、昼夜を問わず
大量の人でごったがえしている。バイタリティー溢れる住民がひっきりなしにトラブルを起こしては、
それをほぼそのまま署に持ち込んでくるからだ。地域密着型、というより新街区の一部が署内にまで
入り込み、持ち前の節操のなさで展開しているという方が近い。街区建設当時からの古参住民は
彼らなりに再建政府の権力の限界を熟知しており、テリトリー内の、自分たちの手に余るか、逆に
手を出すまでもない部類の面倒事を押しつける先として、便利に警察を使っている。一方所轄側も
それを充分に承知していて、その立場を利用して街区の混沌を制御不能のぎりぎり一歩手前で遊ばせ、
不完全にだが監視し把握している。どちらも相手を適当に扱っているつもりでいるが、同時に
いつ均衡が破れるかと内心身構え、そのくせ共通の外部に対しては一種の連帯意識と言えなくもない
緩やかな不信観を共有している。むろん外部とは、この街を足がかりに手早く再興を遂げ、今は
何くわぬ顔で再開発にかかる、第二東京本体と再建政府である。
そのせいなのかどうか、都心からの訪問客に受付職員の対応はどことなくよそよそしかった。
碇と惣流は簡潔に所属と来訪目的を述べ、人いきれを避けて早々に階上の刑事課へ向かった。
45アブセンス・3:2005/08/30(火) 10:33:18 ID:???
総務課の事務スペースを兼ねた一階部分の上は大きな吹き抜けになっており、階段の途中から、
面積を広くとり明るく開放的なイメージで統一された正面ロビーを一望できる。といっても、
大半が人や物で埋まっている現状ではデザインも空間イメージもなかったが。フロアじゅうから
わきあがる大量の体温と呼気の熱、絶え間ないざわめき、種類もテンポもさまざまな靴音、
人込みのあちこちで散発する小競り合い、それを止めに入る職員の叱声、周囲からの野次、歓声、
どさくさに紛れて賭けを始める声と、露天商の迷惑そうな抗議、赤ん坊の泣き声。どっとあがる
どよめきと笑い声が、それらの上に反響する館内放送の平静な音声とまじりあい、きれぎれに漂う
空調の冷気と一緒に大きく撹拌されている。
惣流は足をとめ、踊り場の手すりごしに階下を眺めている碇を振り返った。見つめていると、
碇はすぐに向きを変え、惣流の方へ登ってきた。結構長く立ち止まっているように見えたのだが、
通り過ぎるついでに見下ろしただけらしい。惣流は碇が追いつくのを待たずに背を向けた。
46アブセンス・3:2005/08/30(火) 10:34:58 ID:???
登りきるとふいに冷房の微風が顔に触れた。
階上は吹き抜けを半周弱ほど取り巻く回廊構造になっていて、その一辺がそのまま二階フロア
本体に続いている。床面は再建中期に流行った変調幾何学模様で埋まっている。凝った装材格子の
隙間から涼しげな間接照明の光が漂い上がり、機器類の作動を示す執拗な低周波とあいまって、
辺りを階下の喧騒から切り離している。
頭上1mほどの高さに宙吊りにされたレールが走り、小さな車輪をつけた掲示ディスプレイが
ホイールの規則的な軋みをたてながら滑っていく。管区内で事件が発生したらしく、単調だった
館内放送ににわかに緊迫感が加わった。
刑事課は回廊の一角と二階の四分の一ほどを占めていた。回廊部分の直線に沿って、吹き抜けに
背を向ける形で捜査員のデスクが並んでいる。透明プラスチックの低い仕切りと、決して狭くない
机上や椅子の足元にうず高く積まれた捜査資料の山が、歴然と各人の領分を区分けしている。とうに
日付は変わっているはずだが、まだほとんどのデスクに人がいた。残りも帰宅したわけではなく
現場なり聞き込み先なりから戻っていないだけなのだろう。惣流はふと前の職場を思い出して、
眼前の、不断の倦怠と緊張のないまざった空間に重ねてみた。
47アブセンス・3:2005/08/30(火) 10:35:47 ID:???
目指す相手はほどなく見つかった。相前後して立ち止まると、碇の提出した映像ログの中にいた
年若い女性が首を斜めにねじって顔を向けた。まず惣流を見てけげんそうな顔をし、それから若干
疲れがにじんではいるがのびやかな動きで振り返って、脇の碇に気づいた。表情が消えた。
「…ああ、あんたね」
女性刑事は身体の向きを戻し、再び雑然とした机の上に視線を落とした。肩越しに作成途らしい
電子報告書が何通か見える。デスク正面の仕切り壁には、本部で見たのより多少精度は落ちるが、
内容的にはほぼ同様の一群のホロ写真が貼りつけてあった。周辺には手書きや電子式の小さなメモが
何枚となく重ねて留めてある。今回の一連の事件の被害者、つまり汎用外装代器シリーズ6102の
八人の換接者たちだ。その中には碇が直接現場で対面した人物もいるはずだが、待ってみても、
同僚も刑事も特にコメントしようとはしなかった。惣流は仕方なく切り出した。
「昨日、このゴツいのが潰した自動義肢なんだけど」
反応はしばらくなかった。
刑事は背を向けたまま片肘をつき、手にした入力端末のペン先で軽く頭をかいた。頬を支えた手が
じりじりと上がっていって、しまいに指先が柔らかそうな茶色の髪の中に入り込んだ。その指が
くしゃりと髪の房を掴んだ。
48アブセンス・3:2005/08/30(火) 10:36:46 ID:???
「ウチの若いのが二人もやられてんの。まさか、お持ち帰りじゃないでしょうね」
語尾がわずかに強まる。柔和な感じの声がそれだけで急に険を帯びた。
惣流は周りを一瞥し、簡単に答えた。
「その判断も含めて調査に来たのよ」
苛々と動いていたペン先が止まった。
妙に長い一秒の後、刑事は大きく息を吐き出した。端末を置き、額についていた手を下ろして
乱れた前髪をぞんざいに払いのける。にわかに疲労の度合いを増した声が答えた。
「…鑑識は八階、通路の突き当たりを右。案内が必要?」
惣流はごく軽く顎を持ち上げると、回廊に並ぶデスクの列に向かって会釈し、身を返した。
「結構。ツアーに来たわけじゃないわ」
館内無線にまた別の声が加わり、応援の要請と他部署との共同作戦の展開を伝え始めた。
碇は既に数歩先に行っていた。後を追おうとした惣流の背に、やけにはっきりと言葉が届いた。
「必要となれば下の仕事も利用する。エゴイストな稼業よね」
無言で足を止めた。
おもむろに振り向くと、身体をひねって斜めに顔を仰向けた刑事の射るような目があった。
一歩踏み出しかけたとき、碇の手が惣流の肩を押さえた。
強くはないが明確な意図のこもった置き方だった。人造物の手は一度だけ軽く肩を叩き、離れた。
刑事はとうに報告書に戻っていた。黙々と仕事を続ける彼女の、両隣やさらにその向こうから、
何人かの刑事たちが敵意もあらわにこちらを凝視していた。
惣流はきびすを返し、碇とともに、振り返ることも歩調を速めることもなくその場を去った。
刑事の一人が椅子を軋ませて立ち上がる。力任せにゴミ箱を蹴り飛ばす音が深夜の回廊にこだまし、
一瞬階下の喧騒を切り裂いた。
49アブセンス・3
かすかにひと揺れして、エレベーターは上昇を始めた。
ワイヤの軋む音が妙に腹腔を刺激する。惣流は目を閉じて壁に背をつけていたが、しばらくして
顔を上げた。待っていたように、隣の壁にもたれた碇が口を開いた。
「惣流だって前は、突然やってきて自分の領分に入ってこようとする他人には
 遠慮なく反発してやった方じゃないの」
無愛想に直立する長身の後ろを、壁面に組み込まれた案内表示の電子文字の列が流れていく。
溜め息をついて、惣流は軽く頭を後ろに倒した。“前”という言葉がいつを指すのかはあえて
質そうと思わなかった。代わりに、半分冗談めかした調子で答えた。
「だからヤなのよ。昔の自分を見てるみたいで」
碇は含み笑いして少し姿勢を崩した。
「昔の、ね。…案外、自分で思うほどには変わってなかったりして」
随分砕けた口調だった。惣流は即座に言い返した。
「変わってるわよ。生きるってことは、変わるってことだもの」
碇の、精巧な器物の目が彼女を見た。
「その度に、前に進めた気はする?」
何かのゲームのように既知の台詞がつがれる。ふいに、惣流は空しさを覚えて視線を逸らした。
「…さあ、それはわかんないわ。今を維持しようとする力と変えようとする力、
 その矛盾する二つの性質を一緒に共有してるのが、生き物なんでしょ」
碇の穏やかさは変わらなかった。
「全ての生命には復元しようとする力がある、か。
 でもそのおかげでまだここにいられるんだ。お互いにね」
惣流は黙ってそれを聞いていた。
やがて、エレベーターは再びひと揺れして停止し、並んで立つ二人の前で扉が開いた。