「もうっ!何度言ったら解るのよ!この馬鹿シンジ!!」
腹立たしげにそう口にしながら、また言い過ぎてしまった、と後悔する。
惣流・アスカ・ラングレー。
それがアタシの名前。
あの馬鹿は、何度言っても何を勘違いしてるのか、アタシの横に立とうとしない。
碇シンジ。
それがあの馬鹿の名前。
どこの誰もが『何で碇君なの?』とか、『あんなナヨッとした奴がなんで…』などと噂している。
良いじゃない。
アタシがアタシで決めたこと。
他の誰にも譲れない。
どんなに顔が良くても、お金持ちでも…加持さんでも。
アタシがアタシであるために、アイツの傍に立ちたかったのだ。
ヒカリに頼まれて、知らない人とお見合いデート?って言うのかな?
してみたこともあるけど、駄目。
見た目だけにしか興味ない奴なんて願い下げ。
こう…なんていったら良いのかしら?
気楽に罵り合える奴って、アイツしかいなかったのよ。
あの馬鹿くらいよ…このアタシに向かって「何やってんだよ!」なんて頭ごなしに言ってくれたの…。
短いながらもアレだけ生活を共にした異性はアイツだけだし。
それに何より、チルドレンとしてのアタシが他の誰と付き合い出来るって言うのよ。
多分どこのどいつと付き合っても、相手の男はアタシと共に居ることに疲れ果てちゃうわ。
四六時中何らかのカメラが向けられてるんだから気の休まる間が無いってね。
その点あの馬鹿はそんなのには無頓着なのか、一向に気にした様子は無い。
「誰が見てるかわからないならそれでいいんだ。見てるのが誰だかわかってた方が…辛いんだ」
って言って。
何だかんだあって、シンジがサードインパクトの核になったって聞いた。
アタシの弐号機が量産機にぐちゃぐちゃにされたのを見て、壊れちゃったんだって。
それでも、リリスとアダムの融合体に頼んで、ゼーレの爺どもだけをLCLに還元してもらったって。
アタシを…アタシにもう一度会いたい、って。
いつも喧嘩してたけど、他に喧嘩できるくらいの奴なんかいなかったって…。
そうしてアタシは戻ってきた。
赤い世界に。
目覚める前の最後の記憶は、伸ばした腕が真っ二つに裂かれた時点で終わってる。
目覚めた最初の記憶は…
あの馬鹿に首を絞められてた。
「気持ち悪い」
って言ったら泣き出した。
そりゃあ?夢か現実かはっきりしない時に首絞められてたら、そんな言葉の一つも出るってモンじゃない。
それ以来、アイツはあたしの横に立とうとしない。
真正面から顔を見ることもしない。
ただ…傍には居てくれる。
アタシが何を言っても、怒っても、笑っても。
…泣いていても。
「アスカ〜」
ヒカリが後ろから声をかけてくる。
登校途中、いつも一歩送れてシンジが付いてきている。
そのシンジにも声をかけ、アタシの横に並ぶヒカリ。
ジュン氏乙
ジュン氏なのか?
もしそうなら…
先に碇シンジの修行時代(ry
「ねぇ君は?」
だれ?なに?その質問の続きはなんだったんだろうか。
咳が出そうになるのを無理やりに押し込める。
のどが引きつって、ひりつくような痛みに顔をわずかにしかめる。
軽く反動をつけるようにして、立ち上がる。
予想していたよりも体が揺れたのは、疲れのせいか、熱のせいか。
(どこかで雨宿りをしなきゃ)
瞬間うかんだのは、ユイさんのいた病院。
軽く頭を振って、いつの間にか横にいるた碇シンジという少年
をみる。
どこにいったって、きっとこいつは着いてくる。
幽霊から――。まぁまだ幽霊と決まったわけではないけれど。
幽霊から逃げるなんていうのは、言葉遊びにもならない。
(状況が把握できてもいないのに、ユイさんにあわせるわけにはいかない)
今度こそ、はっきりと熱のせいで体が揺れたことを自覚した。
このまま雨に当たっていれば、最悪自分は死ぬ。
『死』
そういうことに対して、現実感があったことは一度も無い。
ママが死んだとき。そう、ママが死んだときでさえ
アタシは自分もいつかは死ぬんだなんて考えもしなかった。
だから今も死というものにたいして、恐怖感はない。
このまま、雨にうたれて結果として死んだとしても
別にかまわない。
恐怖の無いものに対して、無理やり虚勢を張る必要も無いのだから。
ただ、このまま死ぬつもりも、また当然無い。
判然としない、父と義母の顔が浮かんでくる。
あいつらを喜ばせるだけだからだ。
体の一番奥が燃えるようにあつい。
ブルッと体が震えた。
一度震えだした体は止めることもできず、小刻みに震え続けていく。
ばれない様にした、小さなため息は、真っ白な軌跡を残し消えていった。
子供だったんだと思う。
そして、今もまだアタシは十分に子供だと思う。
どこからどこまでが子供で、どこからが大人なのか。
そんな、どうしようもない事ばかりが、さっきから
頭の中を駆け巡る。
(結局は、他人、第三者から大人に見られるか、子供に見られるのかって
ことで、きまる)
自分がいくら虚勢を張ろうとも――。
ずぶ濡れになった中学生がいたら、偽善という善を持った
人間に通報されるだろう。
それが、当人にとっては、どれほど迷惑なのかを考える前に。
24時間やっているコンビニだろうとレストランだろうと
体を温められればどこでも良いのだけれど、入ることはできない。
居場所が無い。それはすでに嫌というほど考えたことだったはず。
頭から追い出そうとしても、いつだってそれは無駄だった。
「ねぇ風邪引くよ?」
そんなことは、わかってる。そう言いそうになって、やめる。
幽霊らしき少年。いい加減、中学生の自分が少年というのも
どうかとは思うが、自分が十歳だというのなら、
外見はともかく、少年といっても間違いではないのかもしれない。
「…そうね」
どこまでも呑気にみえる少年。
(本人は精一杯心配している顔をしているつもりなんだろうけど)
自分だけがシリアスになっているのが、馬鹿馬鹿しくなってくる。
「でも、行く場所も無いのよ。お金も無いしね」
おどけたように、両手を広げる。
そんな態度が、似合わないかなっと、少し顔があつくなるのがわかったが
少年は気づいた様子も見せない。すこしだけ、そのことに感謝した。
アタシからまともな答えが返ってきたのが嬉しいのだろう。
満面の笑みで、非常口と書かれたドアを指差した。
笑い顔を見て、心臓が跳ね上がった。
怒りのせいではない。ただそれだけはわかった。
わかったのは、たったそれだけだったのだけれど。
初めての感情。表情に、戸惑いが出るの止めることはできなかった。
隠すように、顔だけ非常口のほうに向けた。
「さっきアンタを探してたときに、開けようとしたけど
開かなかったわ」
つとめて冷静に言ったつもりだった。うまくいった自信は
まったくなかったが。
「え?中から見たとき鍵なんかかかって無かったよ?」
そう言うと、さっさと自分だけ吸い込まれるように
ビルの中に入っていってしまう。
「ちょっ!!」
慌てて声をかけるが、すでに遅かった。
少年の言ったことを信じるわけではないが
もう一度取っ手を握り、手前に引いてみる。
結果は変わるはずもなく、ドアは開かない。
2.3回繰り返すが、結局開かない。
視線をノブにむけたとき、なんとなく嫌な予感がして
顔を上げた。
「!?」
少年の顔が目の前にあった。
悲鳴を上げなかったことは、賞賛に値すると思う。
たとえ、しりもちをついていたとしても。
思う存分、罵詈雑言を浴びせたあと、アタシは立ち上がる。
けれど、不思議と悪い感情はわかなかった。
子供のけんか、そう、子供同士の―。
不思議そうな顔をして、それでもまだ妖怪のように
ドアから顔を出したままの少年。
不思議と暖かいものが、胸にあふれてくる。
少しだけ、体に活力が戻ってきた気がする。
それが、たとえ錯覚だったとしても、気にはならなかった。
「アンタ!ちょっと顔引っ込めてなさい!」
笑顔になることを、今度は隠そうともせずに、正面にいる
少年に言い放つ。
顔に『?』マークをつけたまま、迷っている少年に
アタシはわざとらしく、眉間にしわを寄せる。
それでも、引っ込もうとしない少年。
少年少年少年少年少年少年!!
もう呼びにくい!アタシがなんと呼ぼうと
それは、自分の勝手なのだと、理由をつけ叫ぶ。
「顔を引っ込めろって言ってんのよ!ヴァカシンジ!!」
あまりのことに、一瞬顔を引きつらせ。
そのあと慌てて引っ込んでいくシンジを見届けると、アタシは
自分でも不思議なほど笑顔になっていく。
体ひとつ分ドアから離れ、すっと腰をおとす。
そしてアタシは確信を持って、ドアノブに蹴りをはなった。
ガツッ!!
鈍い音とともに、わずかにドアに隙間が開くのが見えた。
何のことは無い、さび付いていただけなのだ。
蹴ったせいで開いたのか、何度も引っ張っていたときに
すでに緩んでいたのか、そんなことはわからないけど
アタシは、ドアノブつかむと勢いよく開いた。
その中にいる少年。
ついさっき、言い訳よろしく、シンジと呼ぶことに決めた少年が
どんな顔をしているのかを、想像しながら――。
>>824 >>825 すみません。本当にすみません。
反応もとくになかったので、放置してもいいかな。
なんて考えてました。忙しいなんていうのは言い訳です。
がんばります。一人でも読んでくれる方がいる限り
必ず最後まで書こうと思います。もうしばらく続きますが
読んでもらえて嬉しいです。
>>835 まじっすか。
あんまり騒いで、荒れると嫌なんで特に書き込んでないですが。
楽しみにしてます。最後までよろしく。
放置プレイハァハァ
別に告白したわけでも、されたわけでもないアタシ達。
付き合ってると思ってる人もいる…らしい。けど、アタシ達の関係は、ずっと前に、き、キスした事くらい。
「ねぇ、アスカってば。聞いてる?」
ヒカリがアタシの顔を覗き込んでくる。
「あ、ちょっと考え事してて。何?」
何でも、ジャージ…鈴原の事ね、相変わらずジャージ着てんのかしら。
アイツがこっちに戻ることになったらしい。
使徒戦の最中、片足を失いそのまま疎開。
しばらく音信不通になっていたらしいけど、ヒカリはどうにかこうにか連絡を取り合っていたらしい。
ちらりとシンジの方を見たら、何の感情も見せていないように見えた。
アタシにはわかるけど。
…相変わらず自虐的なんだから。
アタシ達の通っているのは、第三新東京市立 第一高等学校。
今のアタシ達は1年生。
クラスは変わらずのA組。
アタシは高校進学する気は無かったのだが、今のネルフに居ても特にすることも無いし、いまさら他の仕事につくってのもね。
幸いエヴァに乗ってた間の契約金やら何やらが相当額口座に入っていたおかげで、(成人するまでは好きに使えないらしい)利子分だけでも普通に生活出来てしまう。
シンジの馬鹿は、「アスカは進学するんだ…」と言って進路指導の用紙にアタシと同じ学校を書いていた。
どうやらネルフに入ると思っていたらしい。
もうエヴァも無いのに何する気なんだか。
そう、もうエヴァは地球上に一機も無い。
遥か宇宙のどこかに初号機は漂ってるらしいが。
そうこうしているうちに校門が見えてくる。
そこにはいつもと同じく人の壁。
赤い海から人が戻ってき始めた頃。
爆心地、と言って良いのかしら?
サードインパクトの影響が最も早く顕現していたここ、第三新東京市の人々が真っ先に戻ってきたそうだ。
はたして、そこにいたシンジの顔は自分にとって
どんな意味を持っていたんだろうか。
もしかしたら、意味があったのかもしれない。
「中もたいして暖かくないわね」
薄暗い廊下を進んでいくと、程なく小さな部屋に着いた。
部屋の中には書類の束などが、無造作に捨てられていて
隅には凹んだ小さな金属製の丸いゴミ箱が倒れていたりする。
他には、足のひしゃげた机とそれに、はまるようなイスが
ワンセット放置されているくらいか。
何かに怯えるようにしながら、シンジはアタシの後ろについてくる。
僅かに町の街灯でも差し込んでいるのか、不思議とうっすらとした
明るさを保っている。
だいぶ前に放置されていたらしいビルの中は、人が入った気配
が感じられず、取りあえずは朝までいるくらいなら
安全なのかもしれない。
小走りに、捨てられた机にいくと、いくつかある引き出しをあさる。
耳をふさぎたくなる、嫌な音を上げながら、上から順番に
開けていくが、目当てのものが見つからない。
雑然と要らなかった小物が詰め込まれていて、探しづらい。
アタシは、引き出しを全部机から引き抜いてしまって、床の上に
ぶちまける。
「何してんの?」
相変わらず、幽霊の癖にあたりをビクビクと見回しながら
聞いてくる。けれど、取りあえず今はかまわず
アタシは他の引き出しも同じように床に中身を出していく。
使えそうに無いものは、適当に端によせていき、数回
そんな作業を繰り返すと、目的のものを見つけることができた。
「あった!」
自分の予想が当たったことに多少嬉しさを感じつつ
シンジに対して、解答を見せる。
「…ライター?」
「そ、使い捨てライター」
タバコを吸っていた人が、捨てていったんだろう。
そういって、ふってみせると、幸いなことに
多少は中身が入っているのか、液体がゆれている
様子が見えた。
「なんに使うの?」
コイツさっきから、質問しかしてこないわね。
そんなことを考えながらも
「忘れてるかもしれないけど、アタシは寒いのよ」
それだけ言うと、すぐに歩き出す。
部屋に散らばっていた紙くずを集め、隅に転がっていた
ゴミ箱の中に、無造作にいれていく。
適当な一枚を手に取り、使い捨てライターで火をつけようとするが
かじかんだ手でうまくできない。
手を丸め、息を吹きかけてから、再度挑戦する。
心配していたような、火がつかないということも無く
数回繰り返したときに、うっすらとした火がともった。
紙に火が燃え移るのを確認してから、火種をゴミ箱の中に入れる。
一瞬の間があってから、火は他の紙にも燃え移っていく。
わーっというシンジの歓声を横に、アタシはモノクロの炎を
不思議な気持ちでみつめていた。
紙はまだいくらか手元に残っている。
いくらかも持たないだろうが、体を温めることくらいは
できるかもしれない。
今は何時だろうか。昼まではしていた時計は
すでに、手元には無い。
学校でのことは、もう遠い昔の出来事のようだ。
シンジのこと、アタシのこと。
考えなければいけないことは、山ほどある。
雨降る夜は、まだ長い。
ひとまず、体を休めよう――。
汚れた床に腰を下ろし。
色の無い炎の暖かさと、横にシンジが座るのを
感じながら、アタシはゆっくりと眼を閉じた。
使徒戦の顛末を、そのまま世界中に知らしめては、ネルフは自らの首を絞めるようなものである。
ネルフにとって致命的なその真実を知っている者は比較的少ないが、使徒戦直後の日本政府の対応を考えれば、じっとしていて事態が好転するはずも無く。
上層部で唯一あの海から帰ってきていた副司令は、同じく同時期に戻ってきていたオペレーター三人組と共に、MAGIに残っていた各種データーを全世界に配信。
使徒戦の初期から日本政府主導による戦自侵攻の映像、最後の量産機との戦闘まで、無修正で垂れ流した。
筋書きとしては、全ての使徒を撃退し終え、その役目を終えようとしていたネルフ。
そこに人類補完委員会の裏側、ゼーレって奴らが日本政府を動かして侵攻、ネルフを潰し、エヴァ建造技
術を独占して、そのエヴァの力をもって世界を牛耳るつもりであった、という実に陳腐な物。
何とかゼーレのエヴァを倒したが、彼らの量産機に積まれていたS2機関が暴走、擬似サードインパクトが起こった、と言うことになった。
ゼーレの連中によって作り上げられていたエヴァ量産機は、このアタシの弐号機がぶち倒していた画像がきっちり残ってたが、それ以降はMAGIのファイルのどこを探しても何も見つからなかった。
弐号機が、あと僅かで全ての量産機を倒しきれると言うところで槍のコピーに貫かれたところで配信は途切れる。
それ以降は冬月副司令の語りで。
弐号機はその後、修復不能なほどに蹂躙され、初号機は量産機の暴走を押さえ込むためにATフィールドを逆向きに展開し、押さえ込もうとした際に諸共に消失。
結果、半端なインパクトが起きてしまったのだ、と。
おかげで弐号機パイロットのアタシはヒロインに祭り上げられてしまった。
眼前に広がる人の壁は、どこから漏れたか、秘匿のはずのアタシの通学先を知った報道関係や野次馬連中。
最近ではファンクラブまであるらしい…。
かなり期待できるAEoEですね。
めちゃくちゃ楽しみ。
いずれ完結したあかつきにはどこかのサイトにまとめてくださることを期待します。
シンジは、といえば。
あの時、階段の下でうずくまっていたシンジ。
戦自の兵に銃を向けられ、危ういところをミサトが救い出したところも配信されていた。
その後、ミサトが撃たれ殉職したため、シンジはケイジに辿り着けず、初号機はファーストが乗って戦闘に出た、ということになった。
実の父である司令は戦自の最重要目的であったため、侵攻により命を落とした、ということなっていた。
実際下半身だけの死体が見つかってたし。
対使徒戦においてのエース。
それに加え、保護者の女性が目の前で撃たれ、死亡。
おまけに父まで、と来ればもうマスコミが放っておくわけもなく。
一躍悲劇の少年となってしまった。
勢い、戦自への風当たりは極端に強くなり、日本政府の対応もこちらの思うがまま。
検挙されたゼーレ関係者は粛清というのもおこがましいほどの目にあい、人権を無視され、拷問や、過剰な薬物などで関係者の繋がりの自白を強いられた。
ま、自業自得よね。
そうしてアタシ達は、やっとそれなりに平和な日々を送ることが出来るようになったのだ。
「せーの、あ゛っずがぢゃーん」
うわサブッ。
自称このアタシ、惣流・アスカ・ラングレーファンクラブ親衛隊の連中が、朝っぱらから気持ち悪いダミ声を張り上げる。
この日本流のアイドル追っかけってのが、未だによくわからない。
『一、親衛隊たるもの、アスカ様に近寄る有象無象を排除し、彼女をあらゆる害悪から守るべし』
というのがあるらしい。
じゃあまずあんたらが消えてくれって感じだけど、そういう言葉は耳に入らないみたい。
…シンジと同居してるのなんか知ったらどうなるのかしら。
そう、アタシとシンジは今もあのマンションで同居している。
保護者のミサトは死んじゃったけど、アソコ、ネルフの官舎だったらしく、監視するにも保護するにも都合が良いらしくって。
一応若い男女が同居なんてばれたら、しかも、救世のアタシとシンジだ。
世界に轟く大スキャンダルになっちゃう。
一階上の部屋をシンジの住まいってことにして、床ぶち抜いて続きにしてもらった。
お隣じゃあ勘繰る奴も出てくるだろうから、って事で。
もちろん、ナイショで。
知ってるのはオペレーターのメガネの人と、ロン毛の人だけ。
なんて名前だったっけ。
まあいいわ。そんな訳で、帰宅だけは別々の玄関で。
寝るのも食べるのも前のと同じ場所なのよ。
あ、ペンペンはヒカリのとこに行きっぱなし。
妹のノゾミちゃんにやけに懐いちゃったらしくって、さ。
アタシ達が引き取って可愛がってあげたほうが、ミサトも…喜んでくれるんじゃないかな、ってヒカリは言うけど…。
アタシ達にそんな余裕は無かったのよ、ホント。
まあ、死んじゃった人のことを基準にして生きたら駄目よ。
今生きてるアタシ達の為にも。
親衛隊とは別に、報道のカメラもアタシ達を捉える。
『今日のチルドレン』とか言う枠を作って流してるらしい。
馬鹿じゃない?とも思うけど、結構な視聴率があるんだってさ。
副司令…ああ、今は司令になってるんだったわね。
司令が言うには、『ネルフのイメージアップにも繋がるのだから、我慢してやってくれんかね?』だそうだ。
まあ、校門前で撮ってるだけだから、ね。
…でもあの馬鹿メガネが、校内で隠し撮りした奴を売りさばこうとしてるのを見つけたときは。
怒りに任せて二階から飛び降りざまの踵を脳天にぶちかましちゃったけど。
全治二ヶ月。頭蓋骨骨折、脳挫傷、脳内出血、とまあ…じ、自業自得よ、ね?ね?
「おっはよー」
クラスのみんなに挨拶して着席。
アタシの席は窓際の一番後ろ。
横はシンジで前はヒカリ。
…なんでもアタシ周辺の席を得るために、乱闘沙汰になりかけた末の結果らしい。
なんか米っぽいな
>>847 作者捜し(・A・) イクナイ
誰だって良いじゃん。
気軽にかけるのが掲示板投稿の良さだぞ。
脳挫傷まで行くと後遺症が出そうだな。
同じクラスになるのだって裏工作とかあったそうで。
ちなみに前年度までのこの学校の入試倍率は1.1倍程度。
アタシ達のときは、13.6倍まで膨れ上がってたとか。
その頃って、アタシ達の情報なんてろくに流れてなかったでしょうに、よくもまあ調べたもんだわ。
日本じゃ政府機関より、週刊誌のレポーターのほうが情報収集能力が高いって言う話、ホントみたい。
シンジが受からなかったらどうしよう、と心配したのはその倍率を聞いてから。
あの馬鹿ってば、全然勉強しようとしないんだから…。
尻ひっぱたいて勉強させたわ。
教えるアタシの方が復習になっちゃって、つい入試全科目満点取っちゃったけど。
おかげで入学生総代とかやらされちゃって、目立つったら。
シンジはまあ人並みの成績だったらしい。
ほんと、平凡を絵に描いたような奴だって笑ったら、頬をポリポリと掻いて…久しぶりに一寸だけはにかむ様に微笑んだ。
…うん、アンタ笑ったほうがいいわ、といってあげれば良かったかな…。
お昼休み、アタシ達はいつもの様に屋上に出陣。
アタシとヒカリとシンジの三人でお昼をとる。
教室だと、シンジの作ったお弁当をアタシが食べるところを、ジロジロ見る奴が多すぎてご飯がのど通んないのよね。
ヒカリが今日も、自作のお弁当のおかずと交換しよって言ってきた。
う、いいけどさ…。
…ヒカリのチョイスしたのはシンジ特製タマゴ焼き。
オムレツ風に、中が半熟のトロトロになってるアタシのお気に入り。
あ、そんなに持ってく気?
…じゃあヒカリのそのエビフライ貰うわよ。
だめ、もう遅いわよ。
四の五の言わないの!その玉子焼きはそれっくらい美味しいんだから。
ほら、ね?
ヒカリの驚く顔を横目に、ちょっと得意げにご飯を掻き込む。
シンジが横で、「もうちょっとゆっくり噛んで食べたほうがいいよ」って。
はいはいわかったわよ。
MoE
しかし毎度の事ながら…この報道の連中は…。
屋上で食べる欠点は、報道のヘリが覗いてくるおかげでローターの音が気に触るってトコね。
でもまあ、間近でじろじろ見られるよりは、と無視してる。
…おかげで今みたいにガツガツと頬膨らませて食べるシーンまで撮られちゃうのが…ね。
でも、どこがいいのか、そう言う映像の方が受けるのだそうで。
アタシの人気はかえって上がっちゃったりしてるのだとか。
で、だ。
いつもそばに居るシンジには、その逆で…。
生来の線の細さで、女性達にはそれなりの人気を獲得しているらしいが、こと男性に関しては…ごく一部の趣味人を除いて、憎悪に近い不人気を獲得してしまっているそうで。
最近のアイツの靴箱には、その手の手紙が山盛り。
初めはアタシも「モテモテねェ、よりどりみどりじゃない」なんて言っちゃったけど…。
大丈夫かしらアイツ。
昔みたいに他人の顔色窺うことは無くなったけど、対人関係が苦手なトコは変わってないと思うし。
放課後
校門を出る際に、毎度の事ながら、報道のカメラが向けられる。
で、あの親衛隊達のダミ声。
ああ…鳥肌が立っちゃった。
アタシの半歩後ろをついてくるシンジに突き刺さる視線がわかる。
…アタシと一緒に歩く限りは変な動きは見えないけど、シンジ一人にしたら嫉妬にかられた連中に襲われたりして…。
食事の買い物とか、アイツ一人で行くこと多いけど…大丈夫なのかしら。
かといって付きっ切りだと、かえって周囲の嫉妬心を煽るし。
うーん二律背反。
このアタシの美貌が罪なのね、なんて思ったりなんかしちゃって。
…それはそれとして。
今日はネルフで定期健診の日。
ここんとこ、本部に行く機会ってこれくらい。
あそこに向かうリニアは職員以外乗れないから、ちょっとだけ気が休まる。
エヴァに乗ってたアタシ達には何らかの後遺症があるんじゃないかって事で。
すみからすみまで、それこそ髪の毛の先まで調べるのだ。
でも、いつもの事ながら、アタシは健康そのもの。
使徒戦が終わって、無茶な訓練が無くなったとたん、生理不順も無くなって。
生理痛もごく軽くなった。
身長は160ちょっとこえた位で止まったちゃったけど。
ちぇっ。170くらい欲しかったな。
でもあの馬鹿は、意外に背が伸びた。
いつも猫背だから、普段はそう背が高いって気がしない。
ちゃんと背を伸ばせば…ねぇ。
不思議なことに、アイツの検査はいつもアタシより時間がかかって。
今日もアタシは待ちぼうけ。
先に帰ってもどうせボーっとアイツが帰ってくるの待ってるだけだし。
それなら一緒に帰る方が建設的でしょ?
だからネルフからの帰りはいつも、家ではシンジのご飯だからって事で外食するのが通例になってる。
で、待ってるんだけど…。
なんでこんなに時間かかるんだろ。
別に身体の具合がどうのってワケじゃなさそうだし。
前に検査中に担当の職員に聞いたら。
「さあ…。私は惣流さんのデータしか触れないので」
って感じで誰に聞いても教えてくれない…。
言葉を濁されたほうが気になるって言うのにさ。
「で?アンタの検査ってホントのところどうなのよ?」
直接シンジに聞いたって…。
「…僕にわかるわけないじゃないか。アスカと違ってカルテのドイツ語なんか読めないんだし」
ま、そりゃそうか。
不思議と日本の病院じゃカルテに書き込むのってドイツ語なのよねぇ…。
「ねぇシンジ。今日は何にする?」
やっと出てきたシンジを伴って、帰り道はちょっと遠回りして繁華街へ。
じろじろ見られるのはいつもの事だから、気にはなるけど反応はしない。
たまーーにトチ狂った奴がいるみたいだけど、黒服の人が何処からか出て来ては引きずっていく。
…ご苦労様。
シンジってば最初の頃は、「人込みだとガードの人達が大変じゃないかな…」なんて気ぃ使ってたけど。
それはあの人たちに対する侮辱。
信頼して無いって事なのよ?って言ったら、それからは余計な気遣いはしなくなった。
アタシ達があの人たちに対してするべき事は、守られてるって意識を忘れないこと。
急に電車に飛び乗ったりして、追跡が困難になるようなことをしないように。
「アスカは何が食べたいの?」
…質問に質問で返すんじゃないわよ。
じっと睨んだら、気が付いたのか
「あ、えーと。今日はあっさりしたのがいいな…」
って。
アタシの事優先するのは…まあ嬉しいんだけど。
アンタの食べたい物聞いてる時にまでそれ持ち出すのはちょっとね。
「じゃあ、あそこ行きましょ」
そう言ってスタスタと歩き始める。
前から目ぇつけといたのよね。
「…ここって…」
んっふっふっふ。
驚いてる驚いてる。
今アタシ達は繁華街のビルのど真ん中にスコンと開けた場所に来ている。
使徒戦が終わって、一般企業が入って来るようになって。
ぶっ壊れたビルの再建なんて無駄な費用は使わないで、更地にして出店を募ったとか。
純和風の…料亭っての?。
いかにもお高そうな店構えで普通の客を締め出してるって感じの。
「ま、拙いよアスカ。こういう店って凄く高いし、それに…」
…うるさいわね、アタシがここって言ったらここなのよ。
ジロリと睨んだらそれ以上は言わなかった。
大仰な門を開いたら、これまた大層な和風の庭園。
更に進んで行くと、これまたご立派な玄関が有って、中に入ると和服の女の人が迎えてくれた。
「いらっしゃいま…せ」
頭を上げて、アタシ達を見た瞬間、ちょっとだけ言葉を詰まらせた。
まあ、普段偉そうな親父連中しか来そうに無いこんなトコにアタシ達みたいなのが顔出したら驚くでしょうね。
それでも教育が行き届いているのか、それ以上は慌てた素振りも見せなくて。
「しばらくお待ちくださいませ」
って言って奥に引っ込んじゃった。
「ねぇアスカ。やっぱ拙いんじゃない?こういうところって一見さんお断りって…」
一見さん?なにそれ?
何でも、こういう仰々しいお店は通りすがりの人はお断りするんだってさ。
…客商売が客を選り好みするってこと?
後になって冬月司令に聞いたんだけど、「ああいう店はだね、客の素性に敏感でね。まあ、昔から続く老舗の本店などは特にね。店で酔って暴れるなんて事があったらとんでもないことになるからね」って。
どういう事かしら、と思ってたら、更に補足された。
「…ごく普通に、だね。『そこの柱の傷は、応仁の乱の折についたんです』なんて言われてごらん。下手に弁償なんて言葉も言い出せない」
要するに、店のあちこちが、これでもかというくらい諸々のお金に換算できない物がひしめき合っているのだと。
そんなことなんか知らないアタシは平気で入ってったワケで。
まあ…この店は幾らなんでもそんな歴史は無いけれど…。
今思えば、飾ってるお皿とか部屋の壁にかかってる白黒の絵とか(水墨画って言うらしい)は、それなりの品だったのだろう…。
アタシにはわかんないけど。
ちょっとの間、玄関で待たされてたら、奥からさっきの女性よりも少し年配の、いかにも女将って感じの人が出てきた。
アタシとシンジを一瞥して、表情も変えずに床に腰を下ろした。
「いらっしゃいませ、ただいまお部屋をご用意しておりますのでしばらくお待ちください」
そう言って、床に手をつけて出迎えてくれた。
…つまんないっすか?
俺はつまらんが楽しみにしている人もいるのだろう
俺俺!俺が楽しみにしてるよ!
非常に楽しみにしています!
私はかけないけど、読んでますから!!
俺も楽しみにしてるよ
俺だよ!俺、おれ!
何気に続きが気になるからどんどん書いてくれ
自分で書いていて、つまらないならそれでいいけど。
でもそれでも、これから楽しくなりそうな展開を書けばいいと思うぞ。
まぁ読んだことがない俺が言うのもなんだがな。
欠かさず読んでます。何も起きない淡々とした日常ってのも言いモンですな。
シンジ君の検査に時間がかかってるのが今後の展開の鍵ですか。
俺は特定の人のしか読まない。
他のはスルー。
>>856 かなり楽しく読ませていただいてますよ。
本気で面白い。打ち切られたらマジで悲しい。
日常系AEOE最高
「こちらでございます」
女将さん風の人に連れられて、部屋に入ったアタシ達。
やけに奥の方の…渡り廊下も通ったから離れって奴ね。
「へぇ、広いのねぇ」
部屋は、ウチのマンションのリビングよりも広かった。
「すぐにお料理をお持ちいたしますので、お待ちください」
そう言って音も立てずに襖を閉めて立ち去った。
シン、と静まり返った空間。
さっきまでの繁華街の雑踏が嘘のよう。
「…な、何だか落ち着かないね」
…情けないわね。
この程度がなんだってのよ。
「あ、こ、こっちにも部屋があるんだ」
まったく、ウロウロしないで落ち着いて座ってなさいよ…。
でも部屋と部屋を、鍵も何も無い襖って奴で区切ってるだけなんて、ホント日本の家って変よね。
…隣の部屋を覗いてたシンジが、何かぎこちない動きでテーブルの向こう側に座り込んだ。
へたり込んだ、って言ったほうが合ってるかもしれないけど…。
「なによ。どうしたっての?」
立ち上がって襖に手をかけたら、シンジが慌ててなにやらごちゃごちゃと言って来た。
「あ、ああ、アスカ?も、もう食事が来ると思うから、座って待ってようよ」
変なの。
隣の部屋に人の気配もないし、何か変なものでも居たのかしら。
何気なく開けて覗いて…。
…。
拙い。
これは拙いわ。
シ、シンジがあんな風になっちゃったのも、わかる。
ここって、ご飯食べるところ…よねぇ。
…なんで続きの部屋に、お布団しいて、ご丁寧にマクラが二つ、一つの布団に並べてあんのよ!
運ばれて来た料理は、美味しかった…。
と思う。
多分。
終始無言で、ぼそぼそと口に運んでは、飲み下す。
アタシもシンジも、料理が運ばれてくるたびに極端に反応しちゃって、料理を運んで来てくれた人…仲居さんっていうの?
その人に変な顔されちゃったりした。
…だって、ねぇ。
…まあいいわ。
食べたら帰ればいいんだから。
そうよ、隣の部屋にお布団しいてあるからって、その…使わなきゃダメってわけじゃないんだし。
さ、そうと決まったらチャンと食べて帰りましょ。
って、ちょっとシンジ?
何真っ赤になってんのよ。
この馬鹿!もしかしてお酒飲んだの?
って…お酒なんて出てないわね。
…ん、と。
あ、このお漬物かしら…アルコールのにおいがするし。
アタシみたいに思考の再構築が出来なかったシンジは、多分なにを食べてるかもワカンないまま口に運んだのだろう。
しかし…これっくらいのアルコールで真っ赤になるなんて、先が思いやられるわ。
「まあ、大丈夫ですか?」
さっきの女将さんが、様子を覗きに来てそういった。
「あ、ハイ。ちょっと顔が熱いくらいで、別に…」
…あんまり大丈夫そうには見えないわよ?
目が泳いでるし…。
「申し訳ありません。奈良漬けをお召し上がりになってご気分をお悪くされる方、大人の方でも割といらっしゃるのに…」
さすがに未成年者の酔っ払いは拙いでしょうねぇ。
…し、しょうがないわね。
酔いが醒めるまで寝てなさい。
ちょうど布団もあることだし。
まったく情けないったら。
>>868GJ!!
ほんとマジありがとう!
眠れねぇから2CH回ってたら、
香田さんの動画見ちゃってかなりキてたんだよ
かなり和らいだ。これで眠れるよ
「ほんッと、馬鹿シンジよね!まあ、しょうがないわ。こればっかりは体質ってもんがあるし」
「ごめんねぇ、アスカァ」
ちょっと呂律までおかしくなってきてた…。
布団に放り込むと、あっという間に寝息を立てちゃった。
…ほんっとに弱いのね。
日本人って、アルコール分解酵素、持ってない人が多いんだ…、って…ミサトが言ってた…。
アレだけ飲むミサトが、そんな事言っても説得力ってもんに欠けてたけどさ。
…シンジ見てると、ホントだったんだなって…。
ごめんね、アタシがここに入るって強引に誘ったせいね…。
…なんで面と向かっては言えないのかしらね、アタシって。
まあ、それでも空きっ腹には勝てないアタシ。
襖は開けっ放しでチラチラ様子を見ながら箸を進めた。
…味は、良いのよね。うん。
でも、美味しくない…ってなんか変ね。
おもむろに立ち上がって、テーブルをシンジの寝てる布団の傍まで引きずる。
ウン…なんか落ち着く。
「…ア、スカ?」
あら、お目覚め?
デザートに出された西瓜を食べながら、目を覚ましたシンジに目をやる…。
っていうか…。
ずっと見てたんだけど、これは内緒。
いかにもたった今、目が覚めたのに気が付いた感じで。
「え、と…」
ゆっくりと起き上がって、周囲を見渡すシンジ。
「…ここどこ?」
…まさかあの程度のアルコールで記憶がとんだっての?
「…検査帰りにご飯食べに寄ったお店よ、アンタそれッくらいも覚えて無いの?」
首を傾げて、しばらく思案に耽ってた。
どうやら記憶を遡って一から反芻してるみたい。
急に、また顔が赤くなって…思い出せたみたいね。
「ほら、眼ぇ覚めたんならアンタも食べなさいよ」
テーブルに所狭しと並べられた料理。
…チョット冷めちゃてたりするけど。
「あ、うん…」
モゾモゾと這い出てきて食べ始める。
そんなシンジを、テーブルの上で組んだ腕に顎を乗っけてぼぉっと眺める。
チラチラとアタシの視線を気にしてるのがなんか可笑しい。
不思議と笑みがこぼれて、さ。
ちょっと悪戯してやった。
まだ手をつけてない茶碗蒸しに手を伸ばして、さじでプルプルのその中身をひとすくい。
シンジの目の前に突き出してやった。
「な、なに?」
…相変わらず察しの悪い奴ね。
「あーん」
くっくっく。
おろおろしてる。
お箸落としちゃって、あたふたと拾ってたり。
「あーん」
もう一回言ってやったら…周りをきょろきょろと見回して首を突き出してきた。
誰が覗くって言うのよ。
もうちょっとで口に入る、って距離で、ついっとさじを引っ込めてやったら面白いくらいにテーブルに突っ伏しちゃって…。
大失敗。
アタシの方に色んなものがぶちまけられちゃった。
チッ、慣れない事はするもんじゃないわね。
「んもう!何やってんのよ馬鹿シンジ!」
「な、なんだよ!アスカが悪いんじゃないか!」
こんな風に言い争ったの、いつ以来だろ…。
って懐かしんでる場合じゃないわ。
ああもう、シミになっちゃう。
「どうかなさいましたか?」
さっきの女将さんが慌てて入ってきた。
ま、あんだけおっきな音立てたらそりゃ飛んで来るわよね。
「まあまあ、お召し物が」
って言って大慌てでおしぼりを持って来てトントンたたいて汚れを落としてくれたけど…。
「…落ちないわね」
「そのようですわね…」
そんなアタシ達を見て、またシンジが「ごめん」って…。
で、ね?
怪我の功名、って言うのかしら。
「…すぐシミ抜きに掛けますので…」
って女将さんがアタシを引っ張って別室に。
それはそれは手際よく、あたしを素っ裸にしてくれちゃって。
「クリーニングにお出ししますので、それまでの間こちらを」
ってさ。
ふふん?
なかなかいい感じじゃない。
「あ、あす、か?」
部屋に戻ったアタシを見て、シンジは言葉を詰まらせて。
女将さんに和服、貸してもらっちゃった。
ほんと、こんなの着る機会なんてまあ無いわよね。
「従業員用のモノで恐縮なのですが…」
って。
足が長くって、腰の位置が高いからって着付けに苦労してたけど。
長い髪をくるくるッと纏めて、アップにして、なんか串みたいなので留めてくれた。
シンジってば、ぼけーッとアタシを見てるわ。
ホント馬鹿シンジよね。
こういう時はなんか言うことがあるでしょうに。
ふらふらと立ち上がってアタシの目の前に立った…。
いつも、ここんとこずっと、アタシの前に立って、アタシの目を見てくれたことなかったのに…。
そう思ってたら、いきなり抱きついてきた!
「ちょ!ちょっと、この馬鹿!まだ酔ってんの!?」
「ごめん…ちょっとだけこのまま居させて…」
…何気にコイツのツボを突いちゃったのかしら。
しばらくして、やっとアタシから離れた馬鹿シンジが…。
「…あれから、さ」
ぽつぽつと、話し始めた。
『何を願うの?』
ファーストに聞かれて…。
『…もう一度会いたかったんだ』
溶けちゃった人達に会いたいっていったんだって。
でも…。
「でも、アスカは…」
アタシは…
「その時には、もう、弐号機の中で…」
…なに?
「補完した時に、死んじゃってた人は戻らないって、綾波が」
…どういうこと?
「…アスカは、僕が望んだから戻ってきたんだって、綾波はそう言ってたんだ…」
ゼーレの幹部連中は、ファーストの力で戻る意思があっても戻ってこれないようにしたって。
その時、すでに、…死んじゃってたアタシは…。
自分で戻るなんて意思が無いわけで…。
「ふ、ふざけんじゃないわよ!」
アタシは!
…アタシは…。
なんで戻ってきたんだろう…。
「…僕が、僕の勝手で、アスカに帰ってきてもらったから…」
だからアタシを見なかったの?
「僕のせいで、人と人の、心の壁を、せっかく繋がった心を、またばらばらにしたから…。そんな世界に無理やり引き戻したのは僕だから…」
だから、だから、だからアタシの傍にいたって言うの!?
アタシの傍に居たのは!
居てくれたのは!!
ただの償罪だったの!?
「それに、僕の身体は、もう人間じゃないらしいんだ」
…なによそれ。
どこをどう見ても…人間じゃない。
シンジの最後に発した言葉で、頂点に達していたあたしの憤りや怒りや…哀しさは。
全てが疑問に変わる。
「あの時、僕はアダムとリリス、二つの使徒が混ざり合った綾波達と、繋がったんだ…」
達?…まあいいわ。
それで?
「もう一度、人として生きて行きたい、って。心が痛い世界でも、傷つけあいながらでも、アスカと居たい、って…。そう思ったんだ」
それはさっき聞いたわよ!アンタが人間じゃないって、それどういうことよ!
「…僕は、赤い海から最初に戻った…新しいアダム…らしいんだ」
…はぁ?
「で…、ね?」
なによ。
「アスカが…イブなんだって…」
はぁあああああ????
アダムとイブ…創世記に出てくる最初の男と女…よね。
「最初に戻った僕の…ね?その時の僕は、本当に使徒そのものだったと思うんだ。カヲル君…ああ、アスカは会ったことないんだったっけ…最後の、見た目は人そっくりの使徒だったんだけど…」
ああ、フィフスね。ライブラリでざっと見たけどさ。
「そんな存在だったんだ…。だけど、アスカが居ない。アスカが居ないならもう…って思ってたんだ」
…ふんっ。それで?
「アダムとリリス、融合した綾波とカヲル君が…消えようとした僕に、人として生きたいなら、全ての人の、心の壁を戻そうって。僕を苦しめた、ゼーレの人たちは戻さずにって」
じっとアタシを見つめるその目は…。
嘘を言ってる目じゃなくって…。
「でもアスカを戻すには、普通じゃだめだって。もう死んじゃってる人は…戻しても抜け殻だって。」
…。
「それで、僕から何かを抜いて、アスカに…アスカがアスカであるための、何かを、新しく創った、って」
あ、たしを、創った?
神が塵から創ったアダム。
自分にふさわしいモノが、神の作った生き物の中から見つけられなかったアダム。
神は、アダムから、あばら骨の一部を抜き取って、女を創った…。
…ホント、聖書の模倣ね。
オリジナリティの無いことこの上ないわ。
意外に、って言うか。
アタシはあんまり動じなかった。
ふん、それで?って感じ。
アタシはアタシで、ちゃんと考えて、ちゃんと生きてるわよ。
Cogito ergo sum
我思う、故に我ありっ、てね。
「アンタの言いたいことはまあ解ったわ。でもね!」
人間じゃないから、ねぇ。
「だからって、アンタがアンタなのは変わんないでしょうが」
それとも・・・もしかして…。
…アタシが、アタシじゃないかもしれないから…怖かった、とか?
「本当のアタシじゃないかもしれないアタシは…キライ?」
「っ!そんなこと!…そんなこと、あるもんか…」
言葉の最後のほうは、聞こえるか聞こえないか、ギリギリの声で。
まあ、アンタにしちゃ上出来ね。
じゃあ問題ないじゃない。
「あ、アスカはどうなんだよ…」
う…。
き、嫌いなわけないじゃない、って思っても聞こえないわよね。
…察して欲しいもんだけど。
天国だか地獄だかわかんないけど、ミサト?
察しと思いやりの心、シンジに育ってないわよ?
相変わらず面と向かうと、そう言う言葉が口から出ないアタシ。
この大事な時にさえ!
言う気は満々なんだけど、息がつまっちゃう感じで口から出ない。
…なんかのトラウマかしら。
こ、こうなったら行動あるのみよ。
シンジの前からスタスタと移動し、隣の部屋に。
掛け布団の上にしゃがんで、さっきの女将さんみたいにチョコンと指をついて。
「…アスカ?」
シンジの声が、頭の上から聞こえてくる。
「…や、やさしく、して、ね?」
やっとのことで喉から搾り出した言葉で。
顔を上げたら、目の前に、膝をついたシンジの顔が、同じ高さにあって。
優しく、キスしてくれた。
…歯が当って痛かったのは、経験不足だから許してあげるわ。
他の女としてない証拠だし、ね。
…眠い。
もう朝?
障子越しに差し込む朝の光で、目が覚めた…。
って、障子?
普段はありえない環境に、アタシは一気に覚醒した。
…ああ、そうだ。
昨日、ネルフからの帰りに、夕飯食べる気で寄ったお店で…。
身体を起こすと、横で惰眠を貪る馬鹿の寝顔。
…男ってずるいわよね。
最初っから気持ち良いんだから。
…っつ…。
身体をよじると、下腹部の奥が鈍く痛みが走る。
…でも、ね。
嫌じゃないわ。
ほら、馬鹿シンジ。
早く起きなさい。
目が覚めてアタシが居なかったら、夢だったんだ、とか言い出しそうで、さ。
…こうまじまじとコイツの寝顔見るのって…実際初めて、ね。
何気なく頬に触れてみる。
…柔らかいわね、おまけにすべすべ。
チッ、なんか腹立つわね。
気がついたら、アイツの鼻を摘んでた。
「ぶはっ!」
起きた起きた♪
「な、何すんだよ!あ、す、か・・・」
飛び起きたその視線が、アタシの顔から、胸、お腹、その下、と下がるに従って、声もトーンダウン。
一気に顔が真っ赤になる。
昨晩はおっとこの子だったのにねぇ…。
部屋の奥に、更にもう一つ扉があって、そこは浴室になっていた。
さすがに一緒に入るのは、まだちょっと、ね。
「馬鹿シンジぃ〜?いっしょにはいるぅ?」
でも一応お約束ってことで。
「ば、ア、アスカ!何言ってんだよ!」
未だ顔を赤くしていたシンジが更に真っ赤になる。
くくくっ、と笑って湯船に沈む。
はぁ、風呂は命の洗濯、か。
ミサトが、よくそう言ってたってシンジに聞いた。
確かにシャワーだけ、ってのよりは、遥かにいい感じよね。
お風呂から上がったら、朝の食事の用意が済ませてあった。
…丁寧に折りたたまれた、アタシの服と一緒に。
なんだか女将さんの顔を見るのが恥ずかしくて。
お会計をするときは、それでもちゃんと、ね。
「…なにこれ」
差し出された用紙に書かれてあったのは、クリーニング代だけ。
思わず顔を上げたアタシを見つめる女将さんの瞳は、やけに優しげで。
「あ、あの…」
「今度いらした時には、キチンと頂きますわ。これは私達店の者一同の感謝の気持ち」
想定外の洗濯代だけ頂きます、って。
…アタシ達の事知ってて、それでもなお、知らない風に対応してくれてたんだ…。
アタシ達二人は、深々と頭を下げてお店を後にした。
仲居さんたち総出でお見送りしてくれたのは、だいぶ恥ずかしかったけど。
「ねぇシンジ?なんであの時アタシに抱きついたの?」
ちょっとした疑問。
いきなりだったものねぇ。
「え?あ、うん」
そんな風に言葉を詰まらせる。
「…あの、ね。僕の考えてるアスカじゃなかったから…」
は?なにそれ?
…なんでも、シンジから生まれたアタシの中の何か。
それのせいで、アタシはアイツの考えって言うか。
予想の範疇から出ることが無いと思ってたんだそうで。
だけどあの時、あの格好でコイツの前に立ったときは。
アイツの想像を超えてたんだって。
シンジの想像以上にアタシが綺麗だったって事よねぇ?
んふふふ。
人間じゃないとか言っても、アソコも何もかもきっちり人間だったし。
ホント、馬鹿シンジよねぇ。
教科書を取りに一旦マンションに帰ってから、登校する。
何気に横を見ると、いつもは半歩後ろを歩いてるアイツが…。
横に。
アタシの横に。
胸を張って歩いてた。
…なんか、いいな。
…ちょっとだけ、いいよね。
ホントはずっと前から、したかった事があって…。
今のこの位置なら、ね。
チョットずつ、シンジとの間隔を詰めて。
擦れるように触れた指先を、そのまま絡める。
上目遣いにシンジを見たら…真っ赤になって、それでもちゃんと握り返してくれた。
…いいな、やっぱり。
さ、シンジ?
これからアンタはずっとアタシの横に居るのよ?
色々何だかんだと障害はあるかも知んないけどさ。
…まず、最初の難関は…。
あの、校門の前の人だかりを。
どうやってパスするか、ってことね。
頑張ってね、馬鹿シンジ。
完