∵  わたしは見た  ∵

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1407(仮名)
8月4日 金曜日。
第3新東京市立第壱中学校・調理実習室。
家庭科クラブを中心とした有志が、合宿中の運動部の為に食事を作っている。
ヒカリに誘われたアスカも、慣れない手つきでジャガイモの皮むきをしている。
「ヒカリ、あの噂知ってる?」
女子生徒の一人がヒカリに話しかける。
「ここ2〜3日、夜中に校舎の中を誰かが歩き回っているんだって」
「何それ?警備の人じゃないの?」
「ううん。警備員さんも見たのよ。1時頃、3階の廊下をすーっと動く人影を見たんだって」
「えぇーっ!それ、本当?」
「バカバカしい。そんな事ある訳無いじゃない」
「だってアスカ…」
「この科学万能の時代に幽霊だなんて」
「そうかしら?」
「そうに決まってるじゃない。なんなら今夜、捕まえてみる?」
「無理よ、女の子だけだもの」
「まーかせて」
そう言うとアスカは携帯を取り出して電話をかける。
『あ、シンジぃ?ねぇ今晩ヒマよね?たまにはあたしとデートしない?』
『ななな何言い出すんだよいきなり』
『夜の校庭で花火なんか出来たらロマンチックよねぇ』
『合宿中の運動部が迷惑すると思うな』
『…つべこべ言わずに3バカトリオ出動よ!今夜11時、オバケ退治、やるわよ』
『勝手だなぁ』
『か弱い乙女を助けるんだからいいじゃない』
『ミサトさんにはどう説明するのさ』
『決まってるじゃない。酔っぱらわせるのよ』
1417(仮名):03/11/24 03:51 ID:qOVkV+ex
ミサトの部屋からイビキが聞こえている。
シンジとアスカがそろそろと廊下を歩いてドアの前に立つ。
「いい?でっかいトラックが通った時にドアを開けるわよ」
「うん」
ゴゴゴオオォオォッ
パパパパァァァァァァン
エンジン音とクラクションが夜の静寂を破り、その音にかき消されながらドアが開く。
プシュッ
するりと抜け出した二人はゆっくりとエレベーターに向かう。

むくり、と起き上がったミサトがポリポリと頭を掻く。
「夏休みだもんねぇ。大目にみといてあげるか…」
そう言いながら電話に手を伸ばす。
『葛城です。夜勤ご苦労様。今二人が夜遊びに出かけたけれど、些細な事なら大目に見て
あげて頂戴。この前みたいな事にはならないと思うから。…ええ、お願いね』
受話器を置き、なにやら呟くとミサトは冷蔵庫に向かった。

人通りの無い夜道を疾走する二人乗りの自転車。
荷台に横座りしたアスカが、その長い脚をぶらぶらざせている。
「アスカ、もうすぐ坂道なんだから降りてよ」
「判ってるわよ」
とん、と軽やかに降り立つアスカ。
シンジはチェーンロックを使って自転車をフェンスに固定している。
「早く行くわよ!」
アスカがスタスタと坂道を登っていくと、シンジが慌てて後を追う。
「もう、せっかちだなぁ」
アスカの横に並びシンジが不平を言う。
「シンジがドン臭い…」
アスカがいつもの如く悪態をつこうとした時
オンオンオンオンオンオン!
「きゃ!」
野良犬の咆哮に驚いたアスカがシンジにすがりつく。
1427(仮名):03/11/24 03:54 ID:qOVkV+ex
シンジのシャツを掴んで吐息を漏らすアスカ。
アスカの硬く弾力に富んだ胸の感触がシンジに伝わる。
呼吸をする度にアスカの肌が密着し、離れる。
瞬間感じるその体温が、シンジに他者を強く意識させる。
「アッアスカ、ただの犬だよ。そんなに怖がらなくても…」
「バッバカ言わないでよ!怖いんじゃ無くて、驚いただけなんだからッ!」
やや冷静さを取り戻したアスカが言い返す。

「まーた遅刻かいな」
校門でトウジ達が待っていた。
「ごめんごめん」
「ほな早速いくデェ。」
「シンジはアスカ、トウジは委員長、俺は綾波と行動する。3方向から調べよう」
「皆で行くんと違うんか?」
「考えがあるんだ」
1437(仮名):03/11/24 03:55 ID:qOVkV+ex
所々にある非常灯が蒼白く光っている廊下を歩く二人組の影。
「なぁイインチョ、オバケには殴る蹴るは効かんよなぁ」
「何?鈴原、怖いの?」
「ん、いや、怖いとかやのぅて、苦手っちゅうか何ちゅーか」
「ちょっと何言うのよ、私なんかもう心臓ばくばく言ってるんだから」
「このゲンコツが当るんやったら怖ないんやが…。こう、すーっと通り抜けるし」
「やめてよもう!」

「ようは予想外の展開が人間の恐怖心を増幅するの。対策は怪異現象の特徴を想起する訳」
「夜の音楽室でピアノが鳴る、とか?」
ぽん ぽろろん  ぴん ババーン!
「!!そそそう。例えば陰気な足音がするとか」
ぺた  ぺた  ぺたん ぺたん ぺたん
「ううう後ろに人の気配を感じたり、白い影がすーっと動いたり…?」
シンジの視界の隅っこを、白い何かが横切る。
「あっあっあっアスカ…」
「落ち着いて良く見るのよシンジ!」
足元を転がり進む小さなボールが、ちかちかと人影を映し出している。
1447(仮名):03/11/24 03:57 ID:qOVkV+ex
「普通なら幽霊の出る辺りには近付かない。近付く奴は幽霊の出た場所に行く。どちらに
せよ、他の場所はあまり興味を示されない」
レイとケンスケがゆっくりと廊下を進む。
「今の学校にはお金だってあまり無いし、備品が盗られた形跡も無い。とすると幽霊はこ
こに用事があったと思うんだ」
調理実習室の前に立つ二人。
「どうせ夜中に腹をすかせた合宿中の生徒だろうけど、ここで待ってりゃいいと思うよ」
ゆっくりとドアを開けて中に入るレイとケンスケ。
「そいつが入って来たら明かりを点けるよ。綾波が捕まえてくれないか?」
「解ったわ」
テーブルの下にしゃがみ込むレイ。
待つ事5分、ゆっくりとドアが開き、小さく身をかがめた人影が入ってくる。
「今だ綾波!」
パパッ、と蛍光灯が瞬く。
すばやくレイが人影に接近する。
突然の光に顔を覆っていた人影の腕がレイに伸びる。
その腕をかいくぐり、人影の横に回り込むと手の中のナイフを頚筋に押し当てるレイ。
「…参った。抵抗しないから話を聞いてほしい。腹が減っているんだ」

得意そうなケンスケの顔を見ながら、トウジが文句を言う。
「ワシ等をオトリに使うたぁちと友達甲斐が無いんと違うかぁ?」
「敵を欺くにはまず味方から、さ。兵法だよ兵法」
「へー、ほうか」
「そのダジャレでは笑えないなぁ」
「そんな事どうでもいいわよ!…誰なのよコイツ」
「腹をすかせた脱走兵さ」
「ボクの名前はムサシ・リー・ストラスバーグ。この街に友達を探しに来たんだ…」
やや長めの前髪を掻き上げながら、少年は話し始めた。