目が覚めたら横に初号機が寝てたスレ

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64ひとりあそび・21
すとんと幕を落としたように、辺りは真っ暗になった。
彼は腰を浮かせ、横たわる初号機ににじり寄ってその腕を掴んだ。
足音はまだ聞こえている。
濡れた砂を踏む湿った音は少し遠くなり、安心しかけた瞬間、いきなりすぐ傍に現れた。
彼は身震いし、思わずきつく初号機の腕を握り締めた。
また使徒だったら、今度はもう逃げ切れない。相手にはこちらが見えているようだが、
こっちはさっきまで明るい火を見つめていたからまだ目が慣れない。おまけに頼みの
エヴァは動かないのだ。覚悟を決めるしかなさそうだった。
彼は黙って暗闇の向こうに目を凝らした。
消えた焚火からはかすかに白い煙が立ち昇り、その向こう側はよく見えない。
それでも、足音の主がそこで止まり、次いで腰を下ろす気配は伝わってきた。
ふう、と溜息が聞こえた。
彼は身を乗り出した。ヒトだ。声をかけようとした時、先に真っ黒い影が動いて、
聞き覚えのある声を発した。
「初号機の調子はどうだい」
65ひとりあそび・22:02/12/13 16:02 ID:???
彼は軽く息を吸い込んだ。
「青葉さん!」
一気に緊張が解けた。彼は立ち上がったが、相変わらず薄い煙の向こう側は見えなかった。
「青葉さん、青葉さんですよね?! 良かった、僕以外に生きてる人がいたんですね!
 ホントに良かった…あ、あの、何か明かり持ってませんか? 火が消えちゃって」
声は谷間の岩壁に反響して膨らみ、闇に吸い込まれた。
「ああ…悪いけど、俺も何も持ってないんだ。ライターくらいあれば良かったけど、どっかで
 落としちまったらしい」
戦闘の時にいつも後方からサポートしてくれていた声が言った。
胸がいっぱいになった。一人じゃなかった。他にもいたのだ。それも知っている人が。
「いいですよ、僕だって何もないし…ホント、エヴァがいたからいいけど、
 今まで生きてこられたのが自分でも不思議なくらいですよ」
あとからあとから言葉が溢れてくる。自分でもおかしいくらい、はしゃいでいるのがわかる。
でも、嬉しかった。
「はは、パイロットで良かったのかもな。使徒もいるようだし、大変だったろ」
「はい、でも何とか生きてます。…青葉さんも、よく無事で」
彼は砂地に座り直して、相手がいるとおぼしき方向を見つめた。まだ目が闇に慣れず、
いくら目をこすっても人の姿は見えてこない。もどかしかった。
「俺はいい位置にいたし、直接だったからな。ここに来るのもすぐだったのさ」
声だけが聞こえる。
彼は少し眉をひそめた。よくわからない。けれど問い直す前に、相手は続けた。
66ひとりあそび・23:02/12/13 16:04 ID:???
「まあ、それはまだいいか。…君とちゃんと話すのは、確かこれが初めてだったっけ?」
「え…あ、そういえばそうですね」
彼は慌てて返事をした。
確かにそうだ。日向さんや伊吹さんとは話をした覚えがあるのに、この人とは
まともに喋った記憶がない。なんでだろう。
彼は少し考えてから、ふと思い当たった。
「あの、ちょっと訊いていいですか」
「なんだい?」
「…前、のことなんですけど」
いったん口ごもり、彼は思い出そうとした。エヴァの中で初めて本気で反抗した時のことだ。
あの時は身体が熱くて、LCLの中なのに息苦しかった。頭の中は逆に耳鳴りがするくらい冷えていた。
その混乱した感覚の中で、彼は発令所を睨みつけていた。
「トウ…参号機の事件のあと、僕がエヴァから降りようとしなくて、騒ぎになった時のことです」
湖の方で水音がした。
魚が跳ねているのだろうか。それとも、さっきの青い使徒たちが戻ってきたのだろうか。
「その時、日向さんも伊吹さんも、怒った僕を説得しようとして呼びかけてくれた。でも、
 青葉さんは何も言わなかったですよね?」
続けながら、彼は納得していた。そうだ。思い返してみれば日向さんや伊吹さんとも大した話を
したことはない。ただ、あの時に強く呼びかけられたから、何となく距離が縮まったような
気がしていただけだ。
でもこの人にはそれがなかった。
「…どうしてですか?」
わずかに躊躇する気配がした。いや、考えているのか。沈黙が落ちる。
少しして、答えが返ってきた。
「どうしてかな…多分、意味がないと思ったからだろうな」
すみません、半端ですが、今回はここまで…

青葉氏、難しい。
>>62さん、また来てくれてありがとうございます。
成仏、するでしょうか。青葉氏。
>>63さん、鋭いご指摘。そこまで考えていませんでした…何とかせねば、と、
言うはやすし、行うは…略。
魚は多分ガギエルです。気づかずに全部食べたシンジ君の運命やいかに。

難しい。なんでこんな展開になったのやら。
でも、たぶん、続きます。
青葉氏が良い感じですなsage
69ひとりあそび中の人:02/12/16 21:00 ID:???
また随分と間が空いてしまった。
>>68さん、また来てくれて本当にありがとうございます。

が…
申し訳ないですが、今日も無理です…
でも明日は暇なので、続きが書けるかも、というか、書かないと
話が頭の中から逃げてしまう。

某スレの担当が現在重度のスランプ(おおげさ)中。
ということは、またこっちが進むかもしれない、と自分でプレッシャーをかけてみる。
…すみません嘘つきました…
今日も何も書けそうにないです。

何とかしないと。
まあ、そんなに自分を責めずにのんびりと書いておくれ
>>71
ありがとうございます…すごく、嬉しいです。
頑張らないと。

また今日も無理そうです。少なくとも今は。夜に来られれば、とも思いますが、
…うう。
ごめんなさい。
平日の方が時間が取れるので、この週末までには、必ず。
…と言って守れるかどうか自分でも確証がおけないのが悲しい。
73ひとりあそび・24:02/12/24 16:19 ID:???
「…うん。意味がないと思ったから、何も言わなかったんだ。実際、なかったろ」
声は考えながら繰り返した。
なぜか、周りの空気がふっと温度を下げたような気がした。彼は両腕を抱え、膝を引き寄せた。
「…どういうことですか」
「だから、あの時の君に何を言っても何の意味もなかっただろうってことさ。
 君は完全に頭に血が昇っていた。碇司令以外の誰が何を言っても、聞こうと思ってなかっただろ。
 当時君の置かれていた状況を考えればそれも当然だ。だから無駄な呼びかけはせずに、
 俺は俺の仕事をした方が、あの場合より効率的に事態に対処できると思ったのさ。
 それだけのことだよ」
彼は絶句した。
「効率的に…って、そんな」
暗闇の中の声は穏やかで気負いがなくて、何でもない世間話でもしているような調子だった。
わざと無機的な言葉を選んでいる訳でもなく、偽悪的になっている訳でもなく、
本当に自然に出てきた言葉を喋っている感じだった。
この人は本気でそう思っている。
ミサトさんは、自分も泣きそうな声でトウジのことを教えてくれた。日向さんも伊吹さんも、
初号機を乗っ取った彼を怒らせて自分たちにも危険が及ぶのを覚悟で説得してくれた。
その同じ時に、この人はただ厄介な事態を解決しようとしか考えていなかったのか?
「そう、少しでも皆が助かる可能性があるうちに。
 もし君が初号機で本気で暴れていたら、本当に本部は壊滅していただろう。
 そうなったら大勢の人が死んでいた。それに本部施設がなくなったらエヴァの運用、
 ひいては以後の作戦内容にだって支障が出る」
74ひとりあそび・25:02/12/24 16:20 ID:???
かっとした。
彼は砂を蹴って立ち上がっていた。
「…そういうことを言ってるんじゃないでしょう!」
抑えても声が震えた。この人は一体何の話をしているんだ?
闇の中の人影は全く動じなかった。
「俺も感情論の話なんかしたくない。エヴァは対使徒用の兵器なんだ。一個人の専有物じゃない。
 君らパイロットが毎回あんな風に年齢相応の反抗をしていたらどうなる?
 そこに使徒が襲来したら全部終わりだ。
 あの頃、俺たちネルフには全人類の生死がかかってた。誇張じゃなく本当のことだ。
 君らはどうか知らないが、ネルフのスタッフは多かれ少なかれ、常にそのことを念頭においてた。
 だから俺は、あの時俺がなすべきだと思った行動をとった、或いは不要な行動をとらなかった、
 そういうことだよ。君に悪意があった訳じゃない。必要だと思えなかっただけさ」
声はただ淡々とそう言って、黙った。
握り締めた拳が震えた。
必要なことだからやった? 必要じゃないからやらなかった?
…それじゃまるで父さんじゃないか。
怒鳴りたい衝動を必死で抑えた。この人の言っていることは何も間違ってない。
間違ってないんだ。あの頃の自分は、何も本当にはわかってない子供だった。今はそれくらいわかる。
でも、違う。
そんな大人の都合のような言葉を聞きたかったんじゃないのに。
そんな、どんな気持ちからも遠い言葉を聞きたかったんじゃ、ないのに。
けれど何を言ってもすれ違いになるだけだろう。
通じない。
「…青葉さんて、冷たい人ですね」
彼は呟いた。
75ひとりあそび・26:02/12/24 16:21 ID:???
「そうだよ」
少しだけ沈んだ声が答えた。
「俺は人に優しくできなかった。表層的な感情は動いても、本当は誰が傷つこうが、結局は
 どうでも良かったんだと思う。…気分のいいことじゃないが、そういう人間だっている。
 俺はそれがわかっていて何もやろうとしなかった。その報いがあの結果さ」
途切れ途切れにたなびいていた煙が最後に揺らいで消え、その向こうの闇で立ち上がる気配がした。
ふいに圧倒的な不安が押し寄せた。
波の音が全身に覆い被さるように大きくなった。
「…結果って、何のですか」
彼は急き込むように訊ねた。何か言わないと、今にもどこかにいなくなってしまうような気がした。
「補完計画だよ。俺は他の本部周辺にいた人間と一緒に補完された。
 後でわかったことだけど、補完の瞬間、皆は一番会いたいと願っていた人を幻視していたらしい。
 神様か誰かの配慮なんだろうな。個人、いや個体生命でいられる最後の瞬間に、最も会いたかった他者を
 見せる、ってのは」
「何を…言ってるんですか」
「既に起こったことさ。君は初号機の中にいたから多少違うかもしれないが、君だって
 会いたかった人と会えたんだろう?」
76ひとりあそび・27:02/12/24 16:24 ID:???
「だから…それがどうして青葉さんの報いになるんですか?!」
彼は混乱する頭を押さえて、遂に声を荒げた。訳がわからなかった。
「補完される瞬間、俺の前には誰も現れなかったんだよ。俺は最後まで誰もことも考えてなかった。
 だから神様も俺には逃げ場を与えてくれなかった。俺は計画本来の姿を見せられながら補完された。
 気が狂うほどの恐怖と孤独の下でね」
彼は固く耳を塞いだ。
聞きたくない。
もう、わかっていた。今自分が話している相手が何なのか。
「…もういいです、いいですよ…なぜ僕にそんなこと話すんですか。今更、どうしようもないのに」
目を見開く巨大な白い顔が瞼の奥に浮かぶ。瞬間的に生まれる赤い赤い目。
その神様だってもういないのだ。彼には何もできない。
「何もできないってことはないさ」
こちらの考えを読みとったように、声が言った。
「これで君は俺の”欠けた部分”を知ったろ? それは君の中にある欠陥でもある。
 俺にはもう何もできない。だが君には違う。まだ先がある。その時のために、
 よく考えるんだ。俺がどうして、どこで間違ったのかをね」
彼は無言できつく握っていた拳を開いた。空を掴み、放し、また力なく握る。手の中の闇は冷たかった。
彼はうつむいた。
同じ闇の中で、声はふっと笑いのようなものを含んだ。
「君には済まないと思ってる。最後まで優しい接し方って奴ができなかった」
でも、死者ってものは、得てして恨み言を言いたがるものなのさ。
それを最後に、声は嘘のように消えた。
彼ははっと顔を上げた。
途端に、視界が開けた。眩しさが網膜を射る。しばらく目を庇ってから、彼は頭上を見上げた。
岩山の影から欠けた月が昇ったところだった。
「…青葉さん?」
彼は無駄と知りながら呟いた。
月明かりに照らされた砂浜には、彼と初号機以外の足跡は残っていなかった。
青い光の下で、波が静かに打ち寄せ、また引いていった。
以上、死者登場でした。
……鬱打死悩。

初号機出番なし。
青葉氏、説教してるし。
すんませんでした。何て言うか…ごめんなさい。

青葉氏って、悪気はないんだけど根本的に冷たい人かも、という俺的解釈、でした。
補完のシーンや、ここで書いた第拾九話「男の戦い」での対応とかから考えたものです。

マジに鬱打死悩。
でもたぶん、続く。
イヤ いいです 実にイイ 
青葉シゲル総合スレッドに紹介したくなるくらいイイ
>>78
ありがとうございます…
最高のホメ言葉です。すごく嬉しいです。
紹介、されるのなら、記念すべき「シゲルニュース」第一弾になるのでしょうか。
…シゲルニュース。
なんかイイ語呂ですよね。とか。
保守sage
>>80
ありがとうございます…
本当にいつもすみません。
今年はもう書けそうにないですが、年明けは某スレが暇そうなので、
こっちにたくさん書きたいと思います。
待たせてばかりで、ごめんなさい。

それでは、良いお年を。
保守
…あけましておめでとうございます。
今年の目標。
 「できない約束はしない」
情けなや。
>>82
本当にごめんなさい。

では続きを。
気がつくと朝だった。
いつ眠ったのか、いつ目が覚めたのか、はっきりしない。
目を開けたら初号機が傍に膝をついて覗き込んでいた。その向こうに青空と流れる雲が見えた。
彼がまばたきすると、エヴァは立ち上がって視界から消えた。背中から伸びる
長い光の羽根が一本、エヴァの動きに従って緩やかに空中を泳ぐ。
彼はそれを目で追って、それから起き上がった。
また砂地の上に寝ていた。ふと横に目をやると、完全に消えた焚火の残骸が黒く残っていた。
砂を払って立ち上がり、大きく深呼吸してみる。途端に咳き込んだ。
空気はびっくりするほど冷たい。
同時に寒さの感覚が戻ってきた。半袖から出ている腕が、何か鈍い刃物で切りつけられるように痛む。
あまりに冷えきっているために、普段は感じない空気の抵抗が何倍にも増幅されているらしい。
寒さってある意味凶器だと思った。吐く息が白く凍る。
彼は両腕で身体を抱え、足踏みをしながら周囲を見回した。
湖は真っ白な靄に包まれていた。湯気のような蒸気の流れに隠れて、水面は見えない。
と、岩山の向こうから太陽の光が射した。
暖かい光が湖面に溢れる。最初の陽差しを受けて、靄が一斉にまばゆく輝き出す。
彼は目を細めて、光を放ちつつ融けてゆく朝霧の渦を見つめた。
背後で足音がした。
一瞬、昨夜の出来事が頭の中を走り抜ける。彼は大きく振り返った。
そこにはエヴァが立っているだけだった。
「あ…」
力が抜けた。無意識のうちに緊張していた全身が緩む。彼は唇を噛んだ。
やっぱり誰かに会いたくてたまらないのだ。
その癖、それと同じくらい強く、怖がっている。
エヴァ相手ならここまで動揺も不安も、期待も、感じないのに。
いつまでもこのままじゃいられない。でもまだ、どうすればいいかわからない。
彼は、自分よりかなり背の高いエヴァを見上げた。エヴァはごく静かにそこに立っていた。
何も応えず、何も表さず、何も示さないまま。
85ひとりあそび・29:03/01/07 13:53 ID:???
その日一日は湖の傍で過ごした。
日が昇ると、気温は朝の寒さが嘘のようにぐんぐん上昇し、あっという間に汗をかく程になった。
彼とエヴァは、最初日陰から日陰へうろつき回っていたが、それも真昼になると
影が短くなりすぎて無理になった。
湖の波打ち際まで、白い砂がじりじりと陽差しに焦げている。
そうなると避難場所はひとつしかない。
覚悟を決めて水の中に入った。自分でも驚くほど身体は水に馴染んだ。既に一度、
赤い海で泳いだからかもしれない。思いきって顔もつけてみる。
水の中は冷たくて明るく、思ったよりずっと気持ちが良かった。
ふと見ると初号機はとっくに沖の方まで泳ぎ出していた。
水を浴びてきらきら光る紫色の身体が、まぶしい波間から見え隠れする。エヴァが泳ぐなんて
思わなかった。なんだかよくわからないフォームの割に、泳ぐ速度だけはやたら早い。
彼は濡れた髪をかき上げて笑った。
86ひとりあそび・30:03/01/07 13:57 ID:???
しばらく遊んだ後、汗と埃で汚れきった服を洗濯して、干した。
ついでに運動靴も洗った。
エヴァは洗濯が終わる頃に戻ってきた。また魚を捕ってきていた。
昼の陽差しの下でよく見ると、それも小さい使徒だった。白い魚の形をした奴。
アスカと初めて会って、弐号機で一緒に倒した使徒だ。昨夜深く考えないで食べてしまったのは
これだったらしい。
彼はしばらく黙ってビチビチともがく魚使徒を眺めていたが、やがて笑い出した。
昨日、他の使徒に殺される青い使徒を見て怒りを覚えた自分が、そのすぐ後に
別の使徒を殺していたのだ。
結構、ショックだった。
にもかかわらず空腹、そして食欲さえ感じている自分がおかしかった。
腹の底から笑えた。笑いながら繰り返し涙をぬぐった。
この世界がイカレてるっていうなら、彼自身もとっくにその一部になっているのだと、思った。
…魚使徒は、イカみたいな固い皮をむいて、腹を開いて焼いて食べるととてもおいしかった。
コアはなかった。その代わり、内臓の中からたくさんの青いかけらが出てきた。
あの小さい青い使徒がこいつらの食糧だったらしい。
青い使徒を魚使徒が食べ、魚使徒を彼が食べて、それぞれ命を繋ぐ。
誰も死にたくないから、当たり前のことだ。
それだけのことだと思おうとした。
食事を済ませると、彼は昨日の戦闘の跡から青いかけらを拾い集めてきて、湖に撒いた。
昨日は青い使徒たちの墓を作ろうと考えていた。でも、たぶん、こうする方がいい。
エヴァはやっぱり何も言わなかったが、彼が何度も往復するうち、傍に来て手伝ってくれた。
エヴァと一緒に大量の青い死骸を抱えて歩きながら、彼は泣いた。
全て終わるまで、涙は止まらなかった。
87ひとりあそび・31:03/01/07 15:17 ID:???
最後まで水気が抜けなかった靴がやっと乾くと、もう夕方だった。
埃をはたいて靴を履き、早めにまた焚火を熾す。
少しずつ赤く染まっていく透明な空にぽつぽつと星が光る。
エヴァは妙に哲学的な顔をして、増えていく星を見上げていた。
彼はその横顔をときどき見つめながら夕食分の魚使徒を焼いた。揺れる火影に照らされた
初号機は、装甲の紫が色褪せてなんだか幽霊のように見える。でも、手を伸ばすと
確かにすぐそこに坐っている。
小さい子供のように、安心する。
本当はエヴァのことなど全然気にもかけていない癖に、そんなふうに頼る自分が許せなくて、
でもどうしようもなくて、言い訳する。今はエヴァしか頼れないから、自分は無力だから、
まだ死ぬ訳にはいかないから。そしてまた不安になってエヴァの方に手を伸ばす。
火がはぜる。
彼は頭を強く振って、厭な考えを頭から追い出そうとした。
「…明日になったら、ここを離れようと思うんだ」
口にしてみる。エヴァは星を見るのをやめてこっちを向いた。
88ひとりあそび・32:03/01/07 15:23 ID:???
「ここにいればとりあえず生きていけそうだけど、なんか、立ち止まるのが厭なんだ。
 ここには先に住んでる奴もいるしね」
食べ終わった魚使徒の骨を取り上げ、湖の方に投げる。水音。湖の方はもう真っ暗だ。
そういえば、と彼はエヴァを見た。昨日ならとっくに活動停止している時間なのに、大丈夫なんだろうか。
エヴァの背中からはまだ”日中用”の充電羽根が長く伸びている。
「…いいよ、休んでも」
気がつくと、ごく自然にそう言っていた。
エヴァは問いかけるようにこっちを見ている。彼はふと思い出して顔を強張らせた。
エヴァが止まった後、また誰か、声だけの誰かが来ないっていう保証はない。
もしかするとエヴァは、昨夜あれからあったことを知っているんだろうか?
彼は目つきの悪い顔から何か読みとれないかと、しばらく目を凝らしてみた。無駄な努力だったが。
でも、心配されてるのかも、と想像するのはなんだか嬉しかった。
「僕は大丈夫だからさ。無理しないでいいよ」
そう言って笑ってみせると、エヴァはしばし考えるような動作をし、光る羽根をするすると引っ込めた。
最後にちょっとだけ彼の顔を見る。そして、急にがくりと動かなくなった。
坐った姿勢のままのそれは、もう無機物にしか見えなかった。今の今まで動いていたのが嘘のように。
彼は不思議に静かな気持ちで停止したエヴァを眺めた。
それから、焚火に新たな流木を足して、星だか神様だかに真剣に祈った。
今夜は誰も来ませんように。
たぶん、続きます。

訂正です。
>>84の名前欄、間違い。正しくは「ひとりあそび・28」

どこに行こう。
当初は赤い海から街を目指してた筈なのに、
サキエルシャムシエルから逃げる間にとんでもない方向に来てしまった気が。
順番から行けば次はイスラフェル…
もしくは他のエヴァ。
マトリエルなら、妙な生態ネタできてるんですが。
つーか、海の次は順当に山でしょ、山
ついでに最下層
最下層と言われるとageたくなるne?
あらら、いつの間に
とりあえず一日目の足跡ぺたぺた〜
あのスレ以外認めん
スレタイとしちゃ最低だスレが最強だったな
97山崎渉:03/01/11 04:54 ID:???
(^^)
はつかきこでおま〜
きながにがむばってください
ぶくまくしてまつ
最下層で
100げと!
恐怖の最下層生活@3日目
イライラしてると思ったら三日目だったのか
>>102
そうよ!もう3日も生理が来てないのよ!
104ひとりあそび・33:03/01/14 16:08 ID:???
誰も来ないまま、あっけなくその夜は明けた。
彼は寝不足の目をこすりながら、初号機の”充電”をぼんやりと眺めていた。
直射日光でなくともある程度の明るさがあればエヴァは動けるらしい。昨夜、日が暮れても
かなり長い間動いていたのは、焚火の明かりがあったからだろう。あとは内部電源、だろうか?
エヴァは彼が見ていようといまいとまるで無頓着に、じっと波打ち際に立っている。
今朝も湖畔は歯が鳴るほどの寒さだ。
もうじき日が昇るし、気温はすぐに上がるだろうけど、当分この寒さという奴には慣れることが
できそうにない。自分ではどうすることもできないし、ひたすら身を縮めて待つしかない。
おまけに、朝は魚使徒も寒さを逃れて水の底に隠れているらしく、食べるものもない。
身体は現金なものだ。意識した途端、空腹は我慢できないくらいひどくなった。
彼は慌てて鳴りかけた腹を押さえた。
なんだか、ものすごく惨めな気分になる。
でも、ここも厭なことばかりじゃない。彼は頭を振って顔を上げる。
冷たい靄の晴れていく湖の遙か向こう、あの巨大な青い使徒がゆっくりと移動していく。
最初見つけた時はこっちに来るのかと身構えたが、使徒はそんな気はさらさらないようで、
拍子抜けするほど悠然と動いていくだけだった。ナワバリの巡回でもしているのかもしれない。
見つめるうちに、鈍いブルーの正八面体は、聳える白い岩塔群の彼方に見え隠れしながら消えていく。
見えなくなる最後の瞬間、ちょうど昇った太陽の光を受けて使徒は巨大な宝石のように輝いた。
その周りに一瞬だけ浮かび上がる、きらきら光る銀細工の鎖のような環。小さい使徒たちだ。
それら全部が青く光ったかと思うと、使徒たちはもう視界から消えていた。
とても、幸せそうなカタチに見えた。
105ひとりあそび・34:03/01/14 16:09 ID:???
使徒たちにはちゃんと居場所があるんだと思う。確かに訳がわからないし、妙だし、
一見ぎょっとするようなあり方だけど、ちゃんとこの変な世界に属しているって感じがする。
たとえ他に誰も目撃者がいなくても、あの使徒たちは今と全く変わらないまま
存在し続けるだろう、そんな気がした。世界がどうであろうと関係なく。
それなら、彼と初号機は?
彼は両手を広げて、砂にまみれた手のひらを見下ろす。白い砂は陽に乾いてさらさらとこぼれ落ちる。
なぜ、今自分はここにいるんだろう?
痛む頭の中に何かが浮かびそうになった時、初号機が彼の前に立った。
瞬間、その何かは跡形もなく消えた。
彼は少しの間それを掴もうとあがいたが、やがて諦めて、ゆっくり立ち上がった。
そろそろ出発だ。
とりあえず、この峡谷を歩いていこうと思う。
本当なら海から見えた都市を目指したいところだけど、ここがどの辺りかなんてのは
最初からわからないし、それならどこをどう歩いても同じだと思い直した。
しばらくは湖沿いに進むつもりだった。いい道標になるし、何よりせっかく見つけた
水と食糧源だ。わざわざそれを捨ててまで他の道を捜す勇気は、彼にはない。
振り返ると、真っ白い浜辺に焚火の跡がそこだけ黒々と残っている。
始末していこうかとも思ったけど、やめた。
足跡だとでも思えばいい。
「…じゃあ、行こうか」
彼は軽く声をかけ、巨大な白い岩の落とす影の中へと歩き始めた。
エヴァはいつもの通り何も応えなかったが、彼が歩き出すとちゃんとついてきた。
やがて浜辺は重なる岩群の向こうに完全に見えなくなった。
おお、これが噂の最下層ですか。いつのまに。
そして途端にヒトが増えるってのはどういうことでしょう? 嬉しいですが。
それが最下層のチカラなのでしょうか…
ともあれ、来てくださった方、読んでくださった方に心からの感謝を。
ありがとうございます。

>>90 
では、山、とは言えませんがしばらくはグランドキャニオン(もどき)紀行ってことで…
…駄目っすか?
写真集でも捜して、風景調べないと、とか思ったり。自分は無知極まりないのです。
>>91
最下層ですね。いつまでかはわかりませんが。
>>92
ageたければご自由にどうぞ。誰にもsage強要はできません。
>>93
いらっしゃいませです。見事な足跡っすね…保存しときますか。
>>94
できればスレ名をお教え願いたく。伝説のスレだったんですか?
>>95
確かに最強…というかハマりすぎっすよ。
>>96
??? なぜか入れませんでした。ごめんなさい。
>>97
全部のスレに出現、ですね。なんていうか…ご苦労さま、です。
>>98
ありがとうございます。トロいし長文ですが、何とか終わらせたいと思っています。
>>99&>>100
おめでとうございます! 200も狙いますか? 相当遠そうですが。
>>101
自分はなかなか居心地がよろしいんですが、最下層って恐怖なのでしょうか?
>>102
失礼しました。でも、あれは某FFスレ内部の話です。あくまであそこでの話。
愚痴っていいよってんなら、ここで死ぬほど愚痴りますが…
>>103
僕、男ですよ、と言ってみる。

…言ってみただけです。


ではまた。
たぶん、続きますので。
fg
初号機っていいヤツかもsage
深度219
111山崎渉:03/01/23 04:48 ID:???
(^^)
112ひとりあそび・35:03/01/23 15:30 ID:???
白い大峡谷は地平線まで続くように思えた。
彼と初号機は、聳える白い岩々の合間に光る、細長い地峡湖に沿って歩き続けた。
道とも言えない道をひたすらたどる。
道は登り、くだり、また登り、時に平坦になって、方向も幅もどんどん変えながら
続いていく。その度に、真っ白い絶壁が行く手を遮ったり、いきなり地面が落ち込んで
遙かな谷底を見下ろす高台に立っていたりした。
昼間はそうして歩けるだけ歩き、日の光が薄れてくると、湖に降りるルートを捜して
湖畔に戻る。火を焚ける時は焚いてひと晩眠ったら、翌朝は昼の分の魚使徒を焼き、
水を汲んで出発。
そんな日が何日続いただろうか。最初の頃は数えていたが、一度忘れたら
もう思い出せなくなってしまった。ただ、身体はだんだんこの生活に慣れていったから、
確実に時間が経っているだろうことはわかった。
113ひとりあそび・36:03/01/23 15:32 ID:???
あれからも、何度か使徒を見かけた。
彼らはものすごく自然にここに馴染んでいた。
最初に見たのは、アスカと一緒に倒した、あの分裂する使徒。
というか、その使徒の群れだった。
いつだったか、ふと頭上に聳える岩棚を見上げたら、その使徒の群れが渡っていくのが
偶然目に入ったのだ。
大きさは彼や初号機と同じくらい。いつかTV番組で見た羊だか山羊だかの群れのように、
群れは岩壁のわずかなでっぱりを足がかりに、そそり立つ岩から岩へと軽々と跳び移っていく。
あまりの数にぽかんとして見上げる彼の頭の上を、使徒の群れは
橋でもかけるように次々と通過し続けた。
彼らの移動する先、岩壁のひとつに幾つか穴が口を開けていた。
使徒のひとつが、少し群れからはぐれて穴の前を通ろうとする。
その瞬間、穴の奥から別の巨大な使徒が顔を出し、避ける間もなく分裂使徒に噛みついた。
見たことがない使徒だった。多分、アスカが浅間山で倒した奴だと、後で気がついた。
巨大な使徒はじたばたもがいている獲物を呑み込み、すぐさま次の使徒に襲いかかる。
が、今度は小さい使徒も食べられる寸前にぱっと分裂し、ひょいひょいと巨大使徒の
頭の両側を跳んで逃れた。巨大使徒は苛立ったように頭を振り回したが、やがて諦めて、
再び穴の奥深くに引っ込んだ。
彼はただ茫然とその光景を眺めていた。ちらっとエヴァの様子を窺ってみたが、
エヴァは気にする気配もなかった。使徒たちは更に無関心で、
こっちに興味すら持たないようだった。
遙か頭上の死闘をときどき見上げながら、彼はまた歩き始めた。

その夜はアスカのことばかり思い出して、いつまでも眠れなかった。
114ひとりあそび・37:03/01/23 15:33 ID:???
それからも、こっちに攻撃してこない、少なくとも手出しをしなければ攻撃してこない
使徒をいくつか見かけた。
たとえば緑色のクモ使徒。大きいのや小さいのが集まって群れを作り、
ひときわ巨大な岩塊に取りついてじっとしている。
最初は何をしているかわからなかったが、近づくと次第に見えてきた。
身体の下にある目玉からあの溶解液を出し、岩壁をどんどん溶かしているのだ。
溶解液が流れた後には、長い年月の風雨に削られたような、見事な岩の彫刻が残った。
この峡谷自体が、クモ使徒が時間をかけて作ってきた”作品”らしかった。
たぶん、初めは白い平原でしかなかった陸地を、彼らは少しずつ削ってきたのだろう。
彼とエヴァは彼らの”工程”を少しの間見物していた。
もうしばらく見ていたかったけど、すぐに自分たちの足元にまで溶解液が到達し、
白い煙を上げて足場を溶かし始めたので、慌てて逃げた。

一度、これまでになく高い場所まで登った時には、空に流れる雲のずっと上の方、
かろうじて見えるくらいのところを漂う使徒が見えた。成層圏から第三新東京市に
落下してきて、三人で受け止めた奴だった。薄っぺらい、冗談のようなデザインの
その使徒は、すぐに雲に紛れて視界から消えた。

模擬体のテストをやった時、本部に侵入したらしい使徒は見なかった。
たぶん見てもわからなかっただろう。ただ、細菌タイプだったって話だから、
もしかすると地下のどこかで繁殖してるのかもしれない。

使徒たちはそれぞれ勝手に、好きなようにここで生きているようだった。
自分でも知らないうちに、彼は使徒を異物として見るのをやめていた。
全部駄目になる前、彼の周りに他のヒトや蝉や車がいたように、ここには使徒がいる。
慣れると、それはそれで面白かった。

ただ、それでも使徒に対して警戒を解いてはいけなかったのだ。
その時は忘れていたけど、最初に襲ってきた人型使徒やイカ使徒のように、
彼とエヴァに明確な敵意を持っていた奴も、確かにいたのだから。
それからまもなく、彼は厭でもそのことを思い出す羽目になった。
すんごい久々にひとりあそびさせて頂きました。
そもそものはじめ、ここで書くのはこういう話だけのつもりでした。
初号機と使徒がなんか訳わからん行動を取り、
シンジ君が脱力しつつそれにツッコむという感じで。
イラストでも描くように、フツーにイキモノしてる使徒を延々書いたりして。
どこで間違えたんでしょうね。

ともあれ。
来てくださった方、読んでくださった方、本当にありがとうございます。
>>109さん、確かに初号機は…イイ奴になってきてます…
いつもsage、ありがとうございます。
>>110さん、また最下層にいけますかね、このスレ?
来てくれて、書き込んでくれて、本当に感謝です。

そろそろ終わりに向けて何かせねば。
次回、エヴァvs使徒のバトル、
もしくは死者登場その2となります。

それでは、たぶん、続きます。
>>115
まんばれー
いつのまにかつづきがきててうれ(・∀・)すぃ
保守さげ
ほっしゅほっしゅ
119ひとりあそび中の人:03/02/05 13:20 ID:???
…お久しぶりです。
訳あってメール欄が変わってますが、ここでひとりあそびしてる者です。
十日以上開けちゃったんですね…
保守してくれた方々、心から感謝します。ありがとう。

今回はちょっと長いです。
まずは第一弾をどうぞ。
120ひとりあそび・38:03/02/05 13:23 ID:???
その日は、いつもより日差しが厳しかった。
風もなく、うだるような暑さの中、じりじりと影だけが動いた。
道は白く埃っぽく、熱された岩の尖塔の間にのぞく青空は陽炎に揺らぐ。
頭上に突き出す岩々が落とす影は濃いだけでひどく短く、ちょっと立ち寄って
休むだけのスペースすら見つからなかった。
朝汲んだ水はとうになくなっている。
しかも最悪なことに、いつのまにか湖から離れてしまった。
少し前までずっと岩の隙間から水面が見えていたのに、今はもう
それらしい反射光すら見えない。
ついさっき、道が少し厄介な登りになった時に見失ったらしかった。
そこを抜けるのに気をとられて、周囲の確認を怠ったのがまずかったんだと思う。
入り組んだ岩の隙間を苦労して抜けた後、ようやくなだらかになった道にほっとして、
かなりの距離をそのまま進んでしまったのだ。ふと思い出して周りを見渡した時、
もう湖は影も形もなくなっていた。
121ひとりあそび・39:03/02/05 13:25 ID:???
気づくのが遅すぎた。
今どこにいるのか、完全に見失ってしまった。
戻るにしても、もともとちゃんとした道ではない。一度方向感覚を失えば、もと来た
方を正確に見つけることすらできない。白い岩はどれも同じように立ち並び、
その隙間はどこも似たような道になって誘うように岩陰に続いている。もろいけど
それなりに堅い岩床には、足跡のひとつも残っていない。
熱い空気の中で、周りの景色がぐるぐる回り出すような眩暈。
今更のように全身が凍りついた。
無茶でもここまで歩いてこられたのは、必ず湖に戻れるという保証があったからだ。
湖からはぐれたら、エヴァはともかく、彼など一日も生き延びられない。
急に喉の乾きと手足のだるさがひどくなり、忘れていた恐怖が全身を打ちのめした。
死ぬかもしれない。
ゲームオーバーとかじゃなく、本当に死ぬのかもしれない。
どこかの誰かが、じゃなくて、自分自身が。
他の誰でもなく、今、ここにいる、自分が。
彼は無言のまま恐慌に陥った。
静かだった。声も出せず、暴れる気もしなかった。ただ手足の先から冷たいものが
身体じゅうを浸そうと上がってくる。
それに呑まれたらおしまいだと思った。本当に動けなくなる。
彼は熱い息を意識してゆっくり吐き出し、強張った首を苦労して曲げ、傍らのエヴァを
見上げた。顎の先から冷たい汗がしたたり落ちた。
122ひとりあそび・40:03/02/05 13:27 ID:???
初号機は、いつものようにただじっとそこに立っていた。
焦ることもなく、動じる気配も見せず、彼の方を見ようともしない。
それを見た瞬間、頭の中で何かが弾けた。
身体を這い登る冷気が熱い何かに変わって一度に逆流する。彼はエヴァに飛びかかって
その身体をめちゃくちゃに殴った。
「なんだよ! なんで止めてくれなかったんだよ! 僕が間違ってるなら、
 そう教えてくれてもいいじゃないか! どうして黙ってついてくるんだよ!
 どうして何もしないんだよ!」
強い日差しにさらされた胸部装甲は火傷しそうに熱かった。彼はその熱さに向かって、
逆に痛みを求めるように拳を打ちつけ続けた。エヴァは抵抗もせずにそれを受けていた。
湯の中で動いているように身体が重く、汗と熱気が皮膚の感覚を奪う。それが彼を
余計に逆上させた。
頭の中のどこかで、冷静な自分が殴り続ける彼を冷ややかに見ていた。
こんなことしても何にもならない。
エヴァはもともとどこかに連れてってくれるなんてひとことも言ってない。こっちが
勝手にここまで連れてきただけだ。エヴァは黙ってついてきてくれた。助けてもくれた。
今回のこれは単にこっちのミスだ。ただこっちが上手くやれなかっただけじゃないか。
そもそも、エヴァには何も期待してないんじゃなかったのかい?
彼は頭の中でわめいた。
わかってる。それくらいわかってる。わかってるんだ。
でも、じゃあどうすればいい? エヴァはいいさ、どこだって生きていける。
けどこっちは死ぬかもしれないんだ。本当に死ぬかもしれないんだ。
どうしようもないんだよ。怖くて仕方がないんだ。
なのに助けてくれないんだ。
何もしてくれないんだ。
…だったら傍にいてくれなくたっていい!
ふいに頭の奥が白熱した。叫んでいた。
123ひとりあそび・41:03/02/05 13:28 ID:???
「もういい! もうお前なんかいなくていい! いなくなれ! 消えろ…そうだ、
消えろ! 今すぐ、僕の前から!」
叫びながら彼はエヴァから身を離し、大きく下がった。
自分の荒い息遣いがやたらに拡大されて聞こえている。
その瞬間、ふいに冷めた。
狭窄していた視野が開ける。風化した岩から零れ落ちる砂の、ごくかすかな音が耳に届く。
彼は呆然と立ちすくんだ。
今、なんて言った?
何を言った?
エヴァは黙ってこっちを見つめている。ひたすら殴っていた彼を受け止める姿勢のまま。
装甲に覆われた顔からは何の表情も読み取れない。
彼は目を見開いた顔で、かすかにかぶりを振った。
その動きはだんだん激しくなり、自分でも止められないまま、彼は何を否定するのかも
わからずに固く目をつぶり、耳を塞いだ。
そして、その場の全てに背を向けて走り出した。
めちゃくちゃに走った。方向感覚なんかとっくに消えている。自分の足音だけ聞いていた。
何も見えなかった。見ようとしていなかったのかもしれない。
また逃げている、そのことだけが、彼をひたすら駆り立て、どこでもないどこかへと
走らせ続けた。どこにも行き着かないのはわかっている。今逃げ出したいのは、
他の何でもない、自分自身からだったから。
逃れようのないものから逃げようとして、彼は全力で走り続けた。
第一弾でした。
なんか、逃げてます。
一度はケンカするのがお約束、ということで…

>>116さん、来てくれてありがとうございます。
書き込んでくれて、こっちもすごく嬉しいです。
まんばって…みます。大体話の終わりが見えてきました。完結、できるかも。

>>117さん、さげ、ありがとうございます。
sageでなくてさげ?ですか? ひらがなもイイなぁとか思ってみたり。

>>118さん、保守ありがとうです。ニアミスでしょうか。
…っても二時間前か…うう。ごめんなさい、待たせてばかりで。

では、第二弾です。
125ひとりあそび・42:03/02/05 13:43 ID:???
疲れきって立ち止まるのと、日が落ちるのと、どっちが早かったか覚えていない。
気がつくと彼は地面に仰向けに寝ていた。
夕方だった。
少しずつ光を失ってゆく空が正面にあった。星はまだ出ていない。ごく薄い雲がひとすじ、
色褪せた空の底を流れている。
彼は空を見上げていた。
力つきて、もう手も上げられない。目を閉じるのさえおっくうだった。他にできることが
何もないから、ただ空を見ている。
たぶん、ここでこのまま死ぬのだろう。
混乱した頭にはそれくらいしかまとまった考えが浮かばなかった。もうどうでも良かった。
ただ、初号機のことは、繰り返し思い出した。
心配しなくてもエヴァは大丈夫だろう。ここでちゃんと生きている使徒たちの間で、
彼らと同じように、上手くこの世界でやっていける。彼がいなくても。
それでも、気にかかった。
エヴァが傷つくことがあるかどうかは知らない。ヒトのような考え方をするかどうかも、
そもそもわからない。
でも、自分のことならわかる。
もし彼自身があんな言葉をぶつけられたら、きっと耐えられない。
見捨てられたという思いから立ち直れるかどうかも怪しいし、たとえ立ち直れても、
長い間その傷を忘れることはできないだろう。
だから、もしエヴァがそうだったとしたら、一生自分を許せなかった。どれだけ辛いか、
たとえ自分勝手な思い込みだとしても、それだけは理解できるから。
もしこのまま、誰もいない場所で野垂れ死ぬのだとしても、許せなかった。
涙が乾いた頬を伝った。
126ひとりあそび・43:03/02/05 13:44 ID:???
エヴァに会いたかった。
会って、謝りたかった。無駄でもいい。何か言いたかった。あんなひどい言葉じゃなくて、
少しでも違う言葉を言いたかった。
誰かを傷つけたと思うのは、それだけで辛すぎる。相手がここにいないならなお。
自分が傷つくより何倍も、何倍も辛い。
でも。
その同じ心が、エヴァと会うのを同じくらい怖がっている。
また会って、拒絶されたら。
拒絶されるのは厭だった。必要とされないこと。自分の存在が否定され、
ここにいなくても構わないと言われること。その痛みも、よく知っている。
だから、心のどこかで、今自分が動けない状態にあることにひそかに安堵しているのに、
彼は気づいてもいた。
エヴァに会わなくてもいい口実になるから。否定したくても、その思いは確かにある。
やっぱり逃げているのだ。
卑怯で、臆病で、ずるくて、弱虫で。
自分が厭だった。嫌いだと思った。
こんな、大事だとわかっていることからも逃げ出そうとする自分が、大嫌いだった。
彼は泣き続ける力もないまま空をみつめ、それから間もなく、半ば気を失うように
真っ暗な眠りに落ちた。
第二弾でした。
次が第三弾、死者登場なのですが、なんだか
書いているうちにどんどんどんどん長くなってしまいまして…
某スレでも長文化に困ってるのですが、
まさかこっちにまで伝播するとは。
冗長だとは思いますが、よろしければおつき合いくださいませ。

では、今回のラスト、第三弾です。
128ひとりあそび・44:03/02/05 13:50 ID:???
誰かの気配を感じて、目が覚めた。
途端に、彼は寒さに身を震わせた。凍るような空気が身体を包んでいた。
「…誰」
しぼりだすように出した声は、乾いてかすれていた。それでも相手には聞こえたらしく、
彼の上に身をかがめる気配がした。触れようとする手を感じる。でも、いつまで待っても
その手が彼に届くことはなかった。
彼は疲れた目を開け、ぼんやりと闇を透かし見た。どうせ何も見えないことは
わかっていたけど。
「誰…?」
もう一度訊いた。
しばらくして、何度も聞いたことのある声が応えた。
「しばらくね。一時はどうなるかと思ったけど、ひとまずは無事で良かったわ」
「リツコさん…」
彼は微笑み、同時に新たな涙が流れるのを感じた。
このヒトももう死んでいるのだ。
赤い海の中にいた時、なんとなくそうじゃないかという気はしていた。でも、こうやって、
確かにそうだと思い知らされるのはそれなりに辛かった。
129ひとりあそび・45:03/02/05 13:51 ID:???
「…リツコさんは、僕に何を言いたいんですか」
「あら、単刀直入ね」
闇の中の声は少し驚いたようだった。
「青葉さんに、もういろいろ聞きましたから」
彼が答えると、声はかすかに笑いを含み、そうだったわね、と言った。
彼は頭を横に向けてみた。相変わらず何も見えない。でも、目を閉じると、
誰かが隣に腰を下ろしているという感じがはっきり伝わってきた。見えなくても、
確かにそこにいるのだ。
「…父さんのことでも、訊きたいんですか?」
声は今度は明らかに笑った。ほとんど悪意の響きがあった。
「何を言うの。あの人のことなら、私の方があなたなんかよりずっとよく知ってるわ」
彼は一瞬言葉に詰まった。無意識に数回まばたきした。
「そう…ですか。…そうですよね」
「訊きたいのはあなたの方なんじゃなくて? “ずっと一緒にいなかった”んでしょう?」
彼は瞼の奥の闇を見つめた。自問してみる。父さんのことを、今でも知りたいのだろうか。
少しして、彼は首を振った。
「…いいです。父さんのことはずっとわからないままでもいい。
 父さんが何をしたかったのかだけは、あの時、わかったような気がしますから」
声は少し不穏なかげりを帯びた。
「それがあなたの思い込みだとしても?」
彼は頷いた。
130ひとりあそび・46:03/02/05 13:52 ID:???
「思い込みでも、いいです。わかってるんです、本当は誰も誰かのことをわかるなんて
 無理なんだって。誰も、他の誰かの言葉や態度で、そのヒトの気持ちを
 勝手に想像してるだけなんですよ。だったら、一緒にいた時間が長いか短いかなんて…」
彼は普通に言ったつもりだった。
だが突然、声は身を縮めたくなるほどの怒気を帯びた。
「黙って。あなたにあの人の何がわかるって言うのよ。…子供の癖に」
彼は目を開けた。星は見えなかった。
自分を見失うほどの闇が辺りを押し包んでいた。
「あの人の子供だというだけで、いつもあの人の方ばかり見ていて。
 …レイと同じよ。何もわかってない癖に。いつもそれを見せつけられていた
 私の思いなんか何も知らない癖に。…厚かましいわよ、あなた。
 あの女と同じ顔で私を見ないで」
声は震え、激しては低くなり、また荒くなった。
「あの人が最後に何て言ったか知ってる? 知らないでしょうね。
 あそこにはあの人とレイと私しかいなかったもの。
 あの人は最後の最後で私に言ってくれたのよ。私はそれが嘘だとわかってる。
 でも、信じてしまうのよ、それがあの人が私に言ってくれた最後の言葉だから」
131ひとりあそび・47:03/02/05 13:54 ID:???
彼は口を挟まなかった。
いつか、この人は同じ声で、同じことを言っていた。彼を呼んで、水槽に浮かぶ
たくさんの綾波を壊した時だ。
同じ、こっちが身を切られるような声で。
でも、あの人は。あの人は。あの人は。
彼はあの時何も言えなかった。今も、何も言えないだろうと思った。
ミサトさんが泣いていた時と同じだ。そのヒトの本当に大事な心には、誰も入り込めない。
声は既に彼がそこにいるのすら忘れたかのように、むせび続けた。
「わかる? わからないでしょうね、最後の言葉なんてものは。
 それが真実であれ嘘であれ、言われた方にとってはそれが絶対になってしまうの。
 疑おうとしても、信じようとしても、駄目。そこからずっと離れられないのよ。
 あの人のあの眼差が、あの声が私を縛り続ける。
 あの人はもうあの女のところへ行ってしまった。
 でも忘れられないのよ。忘れるなんてできない。その前に私は死んでしまったから。
 取り残されて、あの人に殺されてしまったから。わからないでしょうね、
 いえ、わかるものですか。誰にもわかる筈はないわ」
声は言葉を続けるたびに、より低く、より暗い響きを増した。それだけで
誰かを殺せそうなほど、救われない、絶望に満ちた声だった。
彼はぼんやりとかすんできた頭を振った。疲れと無気力が全身を覆っていた。
何もわからなくなりそうだった。
132ひとりあそび・48:03/02/05 13:55 ID:???
「…リツコさん」
ほとんど全身の力を使って、声を出した。
その途端、呪詛の声がぷつんと途切れた。
彼は待った。闇の中で息をひそめている気配がした。こっちの出方を待っているのだ。
だから、続けた。
「リツコさんは僕が嫌いなんですよね」
少し間があった。
「…いえ、…どうでも良かったわ。最初の頃はね」
穏やかとは言えないまでも、もとの静かな調子に戻りかけていた。彼は続けた。
「でも、僕はリツコさんが好きでした。…全部ひっくるめて好きだったなんて
 言えませんけど。苦手だと思ったこともあったし、リツコさんのことは、
ミサトさんとは違ってほとんど知らなかったから」
「…だから、何なの」
声はぴしゃりとはねつけた。彼は必死で言葉を押し出した。どうしてこんなに
焦っているのかわからなかった。
「でも、リツコさんのことは頼りにしてたし、
リツコさんがいて、楽しいと思えた時だってあるんです、ミサトさんちで
一緒にご飯食べた時とか、ミサトさんの昇進祝いのパーティーやった時とか…
僕だけじゃないですよ。ミサトさんも加持さんも、リツコさんのことは
好きだったんだと思います。ネルフの人たちだって
リツコさんのこと慕ってたじゃないですか。
…それだけじゃ、駄目なんですか。そういうの全部より、父さんの方が
いいんですか。そんなに辛い思いしてまで」
彼は一気に言った。
声は、嗤った。
133ひとりあそび・49:03/02/05 13:58 ID:???
「だからあなたにはわからないと言ったのよ。駄目ね、こんなことだろうと
 最初から想像はついていたのに。
 あなたにはわからないわ。ミサトにもたぶんわからない。加持君なら
 少しはわかってくれるかもしれないけど、所詮男だもの。
 私もあなたのことはわからない。あなただってさっき
 言ったでしょう、何もかも思い込みなのよ。ヒトは一人なの、最後までね」
「だったら父さんに縛られる必要だってないじゃないですか! そうでしょう?!」
彼は叫んだ。
叫んだつもりだった。実際にはかすれた声しか出なかった。
「愚問ね」
声は再び暗く沈んでいた。
「それが私の望みなのよ。こうしていれば、少なくとも
 あの人のことをずっと考えていられるもの」
彼は黙った。
「あなた、それで私が涙でも流して、私が間違ってた、皆のことを忘れてたわなんて
 言うのを期待していたのかしら。それもいいわ、それが妥当な行動ですものね。
 でもそうなって、それでどうなるというの。
 そんなことで一時的に変わったって、あの人への思いが消える訳がないじゃないの。
 自分の言うことを聞き入れてもらえたあなたが、その時だけ気持ち良さを
 感じるだけよ。私だって、こうしてあの人を思い続けても、
 それが何もならないことくらいわかっているわ。
 所詮自己満足なのよ。ヒトを理解しようとするなんて」
声は嗤いながら泣いた。
そして、闇の中でふっと何かが立ち上がった。声が遠くなる。
「もう行くわ。これ以上ここにいてもあなたを傷つけるだけにしかならない。
 無駄だとわかっているのにやめられない。やっぱり人間はロジックじゃないのね。
 理屈で抑え込んでも、割り切れない部分が増えるだけだもの」
彼は片手を持ち上げようとした。どうしてそんなことをしたのかわからなかった。
134ひとりあそび・50:03/02/05 13:59 ID:???
腕は少しだけ上がり、また地面に落ちた。
「リツコさん…」
「…死者はどこに行くんでしょうね? 私にもまだわからないのよ。
 だからこんなところに来たんでしょうけど」
気配はさらさらと遠ざかり始めた。彼は必死で呼びかけた。
「リツコさん、待って…あと少し、ひとことだけ、聞いてください」
言いながら、彼は自分でも驚いた。気の利いたことなんか何も思いついてない。
それでも、気配は止まり、たぶん振り向いた。
何か言わないと。
でも何ひとつ浮かばない。彼はひどく焦り、考え、そして一瞬気が遠くなった。
その時、ふっと言葉が浮かんだ。
彼は乾ききった喉に固い唾を飲み込み、ゆっくりと言った。
「…父さんを、捜してあげてください」
135ひとりあそび・51:03/02/05 14:00 ID:???
気配が動いた。
「何を言ってるの。あの人はあなたのお母さんのところに…」
「違う、違うんです。母さんは死んでなんかいない。だから父さんは、会えたかも
 しれないけど、母さんと一緒にいる筈ないんです。母さんはエヴァの中に残ってる」
声は絶望と憎しみを込めて笑った。
恐ろしい笑い声だった。
「私を捨てた人が捨てられたっていうの? 出来過ぎね。お笑いぐさだわ」
彼は泣きそうになりながら、言った。
「だから、父さんを捜してください。死んだらどこに行くかなんてわからないけど、
 父さんがリツコさんと同じ場所にいるかもわからないけど、でも、
 捜して、それでちゃんと会ってください。
 このままじゃリツコさん、自分で自分を追い込んでくだけじゃないですか。
 それじゃ…逃げてばかりいた僕と変わらないですよ」
笑い声は止まった。
重い空気が彼を包み込んだ。身体が押し潰されそうだった。
136ひとりあそび・52:03/02/05 14:01 ID:???
長い時間が経った気がした。
それから、再び彼の近くで声が言った。
「…では、あなたもそうすると約束なさい」
「約束…」
「あなたも、捜して、もう一度会って、自分なりに決着をつけると約束するの。
 その相手は、自分でわかっている筈よ」
彼は目を閉じて微笑んだ。声は彼のよく知っている声だった。穏やかで、
少し厳しくて、しっかりした声。また涙が伝い落ちた。ひと目顔を見たかった。
不可能なのはわかっていたけど。
「…エヴァのことですか」
「いえ、ヒトの話をしているの」
声は何か言いかけて、少し言いよどみ、結局やめた。
「そこから先はあなたが考えることだわ。最後は自分で決めなさい、ミサトが言った
 ようにね」
彼は頷いた。
「…約束します。だから、リツコさんも」
気配は闇の中で頷いた、ような気がした。少し濃い色のルージュを塗った唇が、
あの頃何度か見たようにきゅっと吊り上がる様子が、見える気がした。
「でも確かに、そのためにはまずエヴァを何とかしなくてはね。
 エヴァはあなたが思っているほど強くはないわよ。パイロットがあってこその
 兵器だもの。どんな形であれ、ヒトの手が必要な場面はあるわ。
 あの初号機だって例外ではないの。それを忘れないで」
声はあの頃よく聞いた、彼や伊吹さんに指示を下す時のきびきびした
調子に戻っていた。それが訳もなく嬉しかった。
「リツコさん」
彼は目を閉じたまま呼んだ。もう一度声が聞きたかった。
137ひとりあそび・53:03/02/05 14:03 ID:???
「…リツコさん?」
目を開けた。
涙でぼやけた視界がはっきりすると、満天の星が目の前を覆っていた。
息を呑むほどに綺麗な眺めだった。
もう、行ってしまったのがわかった。
彼はしばらくそのまま横たわっていたが、やがて少しずつ手足をほぐし、
時間をかけて起き上がった。寒さは厳しく、身体じゅうが凍りつきそうに硬くなっていた。
思ったよりヤバかったのかもしれない。
とにかく、今はやることがあった。
エヴァを捜そう。今度は拒絶されてもいい。
突然いなくなってそれきり、というのは、必ず相手を縛る。言葉を残したならなおさら。
優しい言葉でさえあれだけヒトを束縛するんだから、ひどい捨て台詞を投げつけられたら
どうなるかは、考えるまでもなかった。
彼は苦労して立ち上がると、星明かりに浮かぶ峡谷を見渡して、ふと目を凝らした。
拍子抜けするほど近くに、あの湖が見えていた。
昼間迷ったところからほんの谷間ひとつ向こうだったらしい。
彼はよろよろと歩きながら笑った。絶体絶命だと思っていた状況だって、こんなに簡単に
解決してしまうことがある。
だったら、自分の意思ひとつで変わる状況なら、いくらでも変えられる。
変えられない筈がなかった。
………ドサリ
第三弾、死者登場その2でした…
読んでくれた方、お疲れさまでした。

自分は要するにリツコさん嫌いなんですかね…
シンジ君、説教かましてますし。
リツコさん好きな方には申し訳ないです…

一応、今回はここまでとさせて頂きます。
続きは頭の中にあるんですが、自分の場合、それが文章の形に
なってくれるのがえらく遅いのです。
なかなか出てきてくれないというか。
一度出てきてくれると、今回のようにうわうわもういいよ〜というくらい
続いてくれるんですが、そこまで行くのがどうも…

という訳で、次はいつになるやら、です…
次回、今度こそ使徒が出ます。>>114の最後でそれっぽいことを書いたので、
ちゃんとそれを書かなければ。
その後、そろそろ街に着く予定です。
よろしければ、見てやってください。
それでは、たぶん、続きます。
キテタ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!!!

(´-`)ノ旦~ オツカレサマ モチャ ドウゾン
ほぜん
ほっほっほほほ
おつかれsage
ほし
……随分ご無沙汰ですが、戻って参りました。
ここでひとりあそびさせてもらってる者です。

保守してくれた方、読んで書き込んでくれた方、心から感謝します。
圧縮あったみたいだし、とっくにここ消えてると思ってたので、
今かなり感動気味であります。
本当に、ありがとうございました。

二週間。…二週間間が空いたんですね…
その間何をしてたかというと、このスレでは初の試み!でしたが、
直接掲示板に書いていくのではなく、ファイル作って(自分はWordなのですが)
文章校正という奴をやっていました。
結果はお約束通り修正の嵐、そして泥沼化。
書いても書いても、直しても直しても糞になるという悪夢。
で、開き直りました。
今後はまた書いたなりにすぐ書き込むことにします。
その方が、時間空けなくて済むし、無駄にいじらなくて済みます
(あとで読み返して絶叫するハメにはなりますが)
っていうか二週間も空けるなんて最低だ自分。

長々と前口上すみませんでした。
とりあえず続きを。
ささやかながら退屈しのぎにでもなれば、幸いです。
145ひとりあそび・54:03/02/19 11:11 ID:???
透きとおったさざなみが浜辺を洗う。
沖から寄せる波は思いがけない速さで足元まで迫り、薄く広がって
すばやく砂地を覆う。一瞬で浅い水底に沈んだ砂粒が、水の流れにあおられて舞い上がり、
揺らいではまた逆方向に押し戻される。
波が引いた後も、濡れた砂浜はしばらく鏡のように空を映した。
次々と波は押し寄せて重なり、ひとつひとつの痕跡はどこにも残らない。
眩暈がする。
彼は強い日差しから目をかばいながら、波打ち際を歩いていた。
これまでになく長い浜辺だった。白い砂が弧を描いてずっと向こうまで続いていた。
深い色の湖水を挟んだ対岸には、真っ白な岩壁がじかに湖面から突き出てそそり立ち、
その裾の辺り、影になったところに、遠い水面の乱反射が映って揺らめいている。
目が痛むほど青い空は散乱する光に満ちていた。
彼は急ぐでもなくゆっくりと浜辺を進んだ。
ときおり足を止め、何度も頭をめぐらして周りを見渡す。捜しているのは、峡谷のどこか、
それとも浜辺の遥か向こうに見えるはずの、あざやかな紫の一点だ。あれだけ派手な色なら
どんなに遠くからでも見つけられる。必ず。そう自分に言い聞かせて、また疲れた足を動かす。
けれど、目に映るのは、砂の白、峡谷のアイボリー、水と空の色、そして足元に落ちる
くっきりした影の黒。
見渡す限り、世界にそれ以外の色彩は存在しなかった。
146ひとりあそび・55:03/02/19 11:11 ID:???
「…リツコさんと約束した」
濃い影を落とす岩陰で、彼は何度目かにひと息つき、呟いた。
「ミサトさんとも約束した。…思い出さないようにしてた。でも、
 ほんとはずっと忘れてなかった。僕はまだ、全然しっかり生きてない」
身体じゅうが火照っていた。岩に寄りかかった背中だけ少し冷たい。
垂らした腕の先で、手のひらに熱い空気を掴み、放し、また拳を握り締める。
彼は波の上に踊る光をきつく睨んだ。
「だから、死ねない。僕はまだ何ひとつしっかりやってないんだ」
だからエヴァを捜す。
エヴァは必ず何かの突破口になる。こんな曖昧な状況はもうたくさんだった。
目が覚めたとき、エヴァが傍にいたのにはきっと意味がある。それがこのイカレた世界の、
彼には見えないルールのひとつなのだ。だったらそれを追求するまでだ。
それを追いかけて、突きとめて、ここが何なのか知る。
そして、決める。
何を決めるのかなんてわからなかったけど、そうなるという予感がした。
あのとき赤い海の中で、もう一度戻ると決めたように、今度も決断する。
それは自分一人だけのことかもしれないし、それで何が変わる訳でもないかもしれない。
それでも、何かは起こる。そしてそれにはエヴァが必要なのだ。そんな気がする。
彼はぼんやりしてきた頭を強く振って、また眩しい日差しの中に歩き出そうとした。
ふと、その足が止まった。
147ひとりあそび・56:03/02/19 11:12 ID:???
足元に違和感があった。
なんだろうと思った瞬間、全身にぞくりと厭な震えが走った。
深く考える前に彼は思いきり駆け出していた。とにかくその場にいたくなかった。
もう充分と思うところまで走りきってから、振り向く。
二度と見たくなかったものが見えた。
さっきの岩が、直径10mほどの真っ黒い平面の中に静かに呑み込まれていくところだった。
彼の背より遥かに高かった筈の岩は、五秒もたたず、あっさり影の中に没した。
岩を完全に呑むと、黒い円はすうっと他の影に吸い込まれて見えなくなった。
「…使徒だ」
彼はぽつりと呟き、無意識にさらに二、三歩後ろに下がった。
その足がずぶりと沈んだ。
反射的に下を見る。あの黒い影がいつのまにか足元まで移動してきていた。
「…っ、厭だっ!」
彼は必死でもがいた。影に捕らえられた片足は、固まりかけた泥にでも突っ込んだように
重くなり、見る間に足首の辺りまで黒の中に沈んだ。
また、あの何もない空間に取り込まれることを思っただけで、息が詰まった。しかも
今度はエヴァはいない。絶対に助からない。
彼は無我夢中で暴れた。
と、いきなり身体がぐらりと傾いた。
その拍子に、沈みかけていた足が抜けた。勢いあまって身体が前に投げ出される。
続いて、彼は固い平べったい何かにもろに叩きつけられていた。とっさに顔の前に
出した肘が擦れ、焼けるような痛みが走る。砂の感触。
地面がある。
彼はがばっと顔を上げた。
身体はまだちゃんと地面の上にあった。
白い砂を掴むようにして頭を起こし、振り返る。服にくっついた砂がぱらぱらと落ちた。
影は消えていた。
148ひとりあそび・57:03/02/19 11:13 ID:???
どっと力が抜けた。
気がつくと、ひどく汗をかいていた。彼はそのままうつぶせに砂に突っ伏した。
今更のように恐怖が押し寄せてきた。
身体じゅうがガクガク震えている。動きたくない。このまま何もせずにうずくまっていたい。
けれど、彼は無理やり起き上がった。
両肘をつき、上半身を持ち上げ、砂の上に座る。それだけのことに二分近くかかった。
言うことを聞かない脚を引き寄せ、さっき影に沈みかけた片足に触ってみる。
そこは冷えきっていた。足首から先の感覚が、まるでなかった。既に彼の身体から切り離されて、
ただの物体になってしまったかのように。
それでも、熱い砂の上で根気よくさすっているうちに、次第に皮膚の感覚が戻ってきた。
恐る恐る足に力を入れてみる。氷の塊のようだった足は、ぎこちなくだったが、
何とか元のように動いてくれた。
彼は大きく息をつくと、すぐに立ち上がった。少しよろけたが、構わず歩き出す。
あの使徒があれで行ってくれたとは思えなかった。
必ずまた戻ってくる。それだって根拠はないけど、安全だという方に賭けてみる気はない。
彼は岩群から伸びる影を避けて、波の打ち寄せるぎりぎりのところを進んだ。
歩くうちに足取りは次第に速くなり、しまいには全力で駆け出していた。
水と白く光る砂を蹴散らして走りながら、彼は何度も周囲に落ち着きなく視線を走らせた。
立ち並ぶ岩の落とす影が浜辺に短い縞模様を作っていた。そのどれもが使徒に見える。今にも
その間から、あの真っ黒い染みが出てくるような気がする。
寄せる波、どこまでも続く砂浜がぎらぎらと目を射た。
めちゃくちゃに走ったせいですぐに息が続かなくなった。脚がもつれる。彼はふらつき、
何度か蹴つまずいて、とうとう立ち止まると膝に手をついてきれぎれに荒い呼吸を繰り返した。
その彼を、巨大な影が覆った。
149ひとりあそび・58:03/02/19 11:16 ID:???
苦しさも眩暈も即座に吹っ飛んだ。頭上を振り仰ぐ。勝手に目が大きく見開かれた。
巨大な白黒の球体が太陽をさえぎって浮かんでいた。
震える線で描かれた白黒の縞、幾つもの目のように見えるそれが、彼をその場に射すくめた。
見間違えようがない。
いつかと全く同じ光景だった。
影使徒の“影”、虚像の球体。本体はその真下にいる。彼を覆い尽くした影の中に。
駄目だ、と思った。威圧するように頭上に浮かぶ球体から目が離せない。足が動かない。
ゲームオーバー。
その瞬間、何かが静止した空気を引き裂いた。
振り向く間もなく身体が何かにぶつかった。視界が回る。続いて、見開いたままの目に
いきなり飛び込む強烈な日差し、思わず閉じた瞼の奥の赤黒い闇。連続する衝撃。
そして、長く砂を舞い上げて着地する振動。
ようやく身体が止まり、彼は残像が灼きついた目を開けた。
風景が一変していた。
彼は湖を挟んで聳える白い岩塔のひとつの上にいた。さっきまでいた砂浜は遥か眼下になり、
そこにいた筈の影使徒は虚像もろとも消えていた。
湖面から吹き上げる風が頬を撫でた。
そのとき、今の今まで身体を支えていた腕が、すっと離れた。彼はその腕を見下ろし、
それから息をするのも忘れて振り向いた。
傍らに初号機が立っていた。
見慣れた少し猫背気味の姿勢で、力に満ちた両足でしっかりと地を踏みしめ。
数秒前までの激しい動きをトレースするように、背中から長く伸びた
光の羽根が宙をゆったりとたゆたい、静止した。
声も出せなかった。
涙がこぼれかけた。彼は慌てて頬を拭い、エヴァを見上げた。エヴァは、黙って視線を返した。
150ひとりあそび・59:03/02/19 11:19 ID:???
「…あの」
しばらくの沈黙の後、彼は思いきって声を絞り出した。
自分でも情けない声音だったけど、エヴァは少し首をかしげて
ちゃんとこっちを見つめ、聞いていてくれた。
その途端、彼の中にあった気負いや変に凝り固まった決意があっけなくほどけた。
堰を切ったように言葉が溢れ出した。
「ごめん。…ごめんなさい。あんなこと言うつもりじゃなかった。
 ずっと後悔してた。ずっと、考えてた。捜して、謝りたかったんだ、君は何も
 悪くないのに、ひどいこと言ったって。悪いのは僕だったって」
初号機はじっとそこに立っていた。
彼はうつむいて頭を振った。違う、言いたいのはこんなことじゃない。
話すはしから言葉はどんどん見当違いの方向へ逸れていく。
と、ふいにエヴァが手を上げて言葉をさえぎった。
その手で下方を指さす。つられて湖を見下ろした彼は目を疑った。
長く伸びる浜辺は、光すら吸い込む平板な黒一色に塗り替えられていた。
その上に浮かぶ、数え切れないほどの黒白の球体の群れ。
「…一体だけじゃなかったのか」
呟いた瞬間、無数の球体に描かれた黒白の裂け目が一斉にこっちを向いた。
絶叫しかけた。エヴァに肩を押さえられ、彼はなんとか悲鳴を飲み込んだ。
同時に、かつて浜辺だった黒の領域が音もなく広がって峡谷の底に浸透した。
黒い無光の海。
聳え立つ白い岩の尖塔が、厚い岩壁が、見上げるような岩山が、次々と黒い平面の中に
沈み始める。彼とエヴァが立っている細長い岩塔もそれに加わり、ぐらりと足場が傾いた。
しかし、エヴァはまるで動じなかった。
151ひとりあそび・60:03/02/19 11:22 ID:???
エヴァは呆然としている彼をひょいと抱え上げると、いきなり地面を蹴った。
「うっわっ?!」
がくんと身体が揺れた。いや、揺れるなんて生易しいものじゃない。
文字通り彼は振り回されていた。それも空中で。
エヴァは光の翼も使わず、沈みゆく岩から岩へと軽々と跳び移っていった。着地すると
ぐっと屈み込み、脚全体をばねにして、放たれた矢のように大跳躍する。足場に使われた
岩には例外なく亀裂が走り、細かい白いかけらが大量に飛び散って陽光にきらめいた。ときには
ジャンプの衝撃だけで崩壊してしまうものもあった。
次々と岩を足場にし、また岩壁を通り過ぎざまに蹴って巧みに方向を変え、エヴァは
黒い影の海を飛ぶように渡った。反応しているのか、黒白縞の模様を回転させて見上げる
球体の群れを眼下に、それらとは比べ物にならない敏捷さで、そのすぐ上をかすめていく。
エヴァの動作に荷物のように振り回されながら、彼はただ息を呑んでいた。
エヴァにこんな自在な動きが可能だなんて思ったこともなかった。生身のヒトには到底不可能な
曲芸のような跳躍も、エヴァはこともなげにこなしていく。
しかし、使徒たちもただそれを見ているだけでは終わらなかった。
黒い海の上に浮かぶ球体のうち、幾つかがふっと消える。
と、それらはちょうどエヴァの進路をふさぐ形で、次々と目の前に出現した。
エヴァは構わず黒白球に突っ込んだ。彼は思わず目をつぶりかけたが、予想した衝撃はなかった。
球体の方には実体がないのだ。エヴァと接触すると、虚像は抵抗もなく消滅する。
それでも充分目くらましにはなった。こっちは落ちたら後がない。エヴァは目視を邪魔され、
わずかに動きが鈍った。それでも驚くほどの判断力でギリギリの跳躍を繰り返し、
速度を落とすことなく、ひたすら黒い領域の外を目指す。
息を殺し、いっしんに前を見つめる彼の視線の先、影の海と外との境界線が見えた。
そこから先は、元の通り白い岩盤と砂地が眩しく輝いている。
「あそこ!」
彼は小さく叫び、エヴァもかすかに頭を動かして応えた。
152ひとりあそび・61:03/02/19 11:28 ID:???
エヴァはほとんどミスをしなかった。精一杯うまくやったと思う。
けれど、それがそのときの限界だった。
最後のジャンプの瞬間、突然視界全体が黒と白の縞模様に覆い尽くされた。
大量の球体が視線をさえぎる。使徒たちが一気に攻勢をかけてきたのだ。
彼は、それにエヴァも、直前に見えたゴールに一瞬だけ気をとられていた。
ごくわずかにタイミングがずれた。
それで充分だった。
一気に球体の群れに突入し、いっせいに幻影が消える。わずかに遅れて視界が開ける。
目の前に、細い岩塔のひとつが迫っていた。
間に合わない。
エヴァの身体が彼の上に覆いかぶさる。きつく抱きしめられるのを感じた。
瞬間、彼とエヴァは脆い破片を撒き散らして白い岩塔にぶつかり、先端を砕いて
反対側から飛び出した。
それまで身体を支えていた勢いとリズムが消える。
ふいに、飛び散る岩の破片のひとつがエヴァの頭部を直撃した。
破片は粉々に砕け、エヴァの身体からがくんと力が抜けた。彼を支えていた腕が緩む。
白と黒の境界線のほんのわずか手前で、エヴァは失速した。
視界が傾く。風景が斜めに流れ出す。
凍りついた彼の正面に、黒い奈落が迫った。
153ひとりあそび・62:03/02/19 11:32 ID:???
だがエヴァは諦めなかった。
黒の海に落ちる直前、エヴァに力が戻った。再び頭部が持ち上げられ、
エヴァは宙で身体をひねって反転させると、いきなり彼を放り投げた。白い岸辺へ。
「! 何するんだ!」
叫んだときには遅かった。逆さまになった彼の視界を、エヴァの紫の身体がまっすぐに横切った。
離れていく。光の羽根が長くたなびいてその後を追う。
一瞬、時間の感覚が消えた。
何も考えられなかった。彼は自分の動きをひどくのろいものに感じながら、手を伸ばした。
指が触れた。
掴む。
唐突に、全身を衝撃が襲った。彼は白い砂の上に思いきり投げ出されていた。
ぶつけたのか、体のどこかが強く痛んだ。
「…っ」
すぐさま起き直る。
自分でも信じられなかったが、手の中にはちゃんと光の羽根の端を握り締めていた。
振り向くのと同時にエヴァが黒い海に没した。羽根を掴み直した途端、ぐんっと身体が
引っ張られる。こっちまで引きずり込まれそうなほどの勢いだった。彼は必死で踏みとどまった。
わずかに遅れて、両手に激痛が走った。ちらっと目を落とすと煙が上がっていた。皮膚の
焼ける厭な臭いが鼻をついた。
「あ…ああああっ!」
こらえきれず、声をあげた。
手のひらに血が滲み出し、ずるりと手が滑った。
このまま放してしまえば、それとも抵抗をやめて影に呑まれてしまえば
楽になれるという考えが、頭の隅をかすめた。
彼は顔を歪め、強く頭を振った。
厭だ。
手を放したくない。それだけは、絶対に厭だ。
彼はじりじりと使徒の方に引き寄せられながら、祈るように光に満ちた空を見上げた。
その空に、新たな影がさした。
154ひとりあそび・63:03/02/19 11:37 ID:???
頭上、新たな機影が次々と谷間に飛び込んできた。全部で九体。弾丸のように
飛来した影は彼の真上で輪を描き、突然翼を開いた。
「エヴァ…?!」
彼は小さく声を上げた。
翼を持つ白いエヴァ。どれも同じ、目のない無貌の頭部。
白いエヴァの群れはいっせいに片腕を上げた。その先に握られた黒い奇妙な形の武器が、
日差しを受けてぎらりと光った。
使徒たちに緊張が走る。
逃げるつもりなのか、虚像の球体が次々に消えていく。
だがそれはあまりにも遅すぎた。
九体のエヴァが構える。その手の中で、黒い武器の後端から先端まで二重のねじれが走り、
螺旋をなす黒い槍が現れる。
「…ロンギヌスの槍?!」
彼が叫ぶのとほぼ同時に、エヴァシリーズは真下めがけて槍を投擲した。
天地を九本の漆黒の線が結ぶ。
槍は使徒の本体に突き立ち、瞬間、黒い海が大音響をあげて痙攣した。沈みかけていた
岩塔群が、真ん中から折れて崩壊し、真っ黒い平面に縦横に地割れが走る。
途端に彼を引きずり込もうとしていた力が弱まった。
彼は我に返り、今度こそ全身の力を込めて光の羽根を引っ張った。
少しずつ、もどかしくなるくらいほんの少しずつ、光る羽根が黒の中から引き出されていく。
もう手の痛みも、空のエヴァシリーズも頭から消えていた。
やがてついにエヴァの背中が影の表面に現れた。彼はなおも歯を喰いしばった。
その瞬間、重い鼓動の音が直接頭の中に響いた。
かすかに覚えのある感覚。
突如、エヴァが自ら頭をもたげた。
咆哮。
黒い影を割って光の翼が噴き出す。まばゆい翼は槍の作った亀裂を押し広げ、
影の海を引き裂き、蹂躙し、ばらばらに切り刻んでいく。
ふいに残っていた全ての球体が黒変し、おびただしい血しぶきとともに弾け飛んだ。
ヒトと同じ赤い血が白い峡谷を染めた。
血の臭いが立ち昇る。
その中心に、エヴァがすさまじい衝撃とともに降り立った。
155ひとりあそび・64:03/02/19 11:40 ID:???
エヴァは血の雨の中で天を仰ぎ、高く吼えた。
彼は無言であとずさった。光の羽根がするりと指の間から抜ける。耐え切れず、
身体を折って吐いた。エヴァを直視できない。冷たい汗が点々と白い砂に散る。いくら嘔吐しても、
こみ上げる猛烈な嫌悪感は消えなかった。
谷間全体に降り注ぐ血の雨音が少しずつ弱まり、やがてやんだ。
血溜まりを踏んで近づいてくる足音がした。やっとのことで顔を上げる。
真っ赤になった初号機がそこにいた。
彼は泣くこともできずに、ただ見つめ返した。
と、墓標のように地に突き立った槍が動き、ひとりでにズッと引き抜かれて
上空のエヴァシリーズの元へ舞い戻った。
初号機が彼らを見上げる。
エヴァシリーズは使徒の血にまみれた初号機をしばし見下ろした。
それから、何の前触れもなく、彼らは翼を翻した。
白い翼の上面が強烈な日差しに光る。眩しさに目を細め、再び開いたときには、
白いエヴァの群れはもうそこにいなかった。
真昼の静寂が辺りを包んだ。
黒い影の領域は跡形もなかった。
影に呑み込まれかけていた岩々は、傾き、崩れたままの形で白い地面から突き出している。
風に砂が舞った。
残された大量の血がゆらゆらと湖に溶けていく。
ふいに、エヴァはきびすを返し、そのまま湖の中にずんずん歩いていった。水しぶきを
跳ね散らしてなおも進む。水が膝の高さを越えた辺りで、エヴァは勢いよく水に飛び込み、
沖に向かって泳ぎだした。
流れ出した返り血が、長く糸を引いてその後ろに漂った。
全身を掴んでいた緊張が解け、彼はその場に坐り込んだ。
156ひとりあそび・65:03/02/19 11:44 ID:???
彼とエヴァは、長く伸びた影の中に坐っていた。
光がうっすらと赤みを帯び始めている。
彼は両腕できつく肩を抱いていた。まだ少し震えがおさまらない。
さんざん泳いですっかりきれいになったエヴァは、おとなしく傍でじっとしていた。
元通り一本だけになった光の羽根が日なたに伸びて、退屈そうに
ゆらゆらと動いている。
いい加減動悸が落ち着くのを待って、彼はようやく顔を上げた。
エヴァの方を窺ってみる。
膝を立てて所在なげに坐り込んだエヴァは、さっきまで血を被っていたのが嘘のようだった。
でも、装甲のところどころには黒く固まった使徒の血がかすかにこびりつき、
外れた顎部ジョイントからは壊れたパーツがぶらさがっている。その奥から、
剥き出しの歯がわずかに覗いている。
彼は深く息を吸い込み、また吐き出した。
そして、そっとエヴァの方に手を伸ばして、血の跡の残る装甲板に手のひらを当てた。
エヴァが振り向いた。
157ひとりあそび・66:03/02/19 11:47 ID:???
「ありがとう。助けてくれて」
彼は乾いた喉から声を押し出した。
エヴァは困惑したように彼の手を見下ろしたが、それに触れようとも、
逆にふりほどこうともしなかった。
「…さっき、言いたかったのは、たぶん…」
彼は少し言いよどんで言葉を捜した。
実際には、そんな必要はほとんどなかったけど。
裂いたシャツを巻きつけただけの即席の包帯を通して、手のひらの火傷に、
ひんやりした装甲板の冷たさが伝わる。彼はわずかに手に力を込めた。くっと指が曲がる。
「ただ、もう一度会えて嬉しかったって、それだけなんだ。
 …本当にそれだけ言いたかった」
静かに手を下ろす。目を上げると、エヴァはまだこっちを見ていた。
光の羽根がふいに持ち上がり、一瞬だけふわりと彼の身体を取り巻いて、また流れた。
エヴァが立ち上がる。見上げる彼の前で、エヴァは振り返ってこっちに手を差し出した。
彼はしばらく黙ってそれを見つめ、それから笑い出した。
火傷した手は痛んだけど、構わずエヴァの手をしっかり掴み、立ち上がる。
そして彼は、また、白い岩の合間を歩き始めた。
ゆっくりと、足元を確かめながら。後ろからエヴァがついてきているのを、
ときどき振り返りながら。
疲れきっている筈なのに、そのくせ、このままどこまでも歩いていけるような気もした。
頭上では、早くも夕暮れの気配が空を満たし始めていた。
158ひとりあそび・67:03/02/19 11:50 ID:???
少しずつ光を失っていく風景の中を、ひたすら歩いていく。
登り坂が続いていた。ときどき砂溜まりに足をとられ、自然と足取りは遅くなる。
どのくらい登ったのか、ふいに力強い風が顔に吹きつけた。
彼はまばたきした。
再び、白い平原が目の前に開けていた。
峡谷を抜けたのだ。影の中から歩いてきた目に、夕闇に薄青く染まった平原の色が綺麗だった。
と、彼はふと目を凝らした。
明かりが見える。見間違いかと何度も目をこすったが、灯は消えなかった。紺青の空の下で
ちらちらとまたたいている。
「…街がある」
彼は呟いて、数歩そっちに踏み出した。
ふと気づいてエヴァを振り返る。エヴァは明かりをじっと見据えていた。
彼は動かないエヴァのところまで戻り、明かりを指さして促した。
「人がいるかもしれない。…いなくても、機械とかがまだ動いてるのかもしれないよ。
 明かりがあるならきっと電源も生きてる。行ってみようよ」
エヴァはちょっとの間彼を見下ろしていたが、かすかに頷くと、今度は先に立って歩き出した。
これまでは黙って彼の後についてくるだけで、決して先導はしなかったのに。
警戒している、というほどではないけど、何となくその背中が緊張している。
「…あそこには何かあるんだ」
彼はわずかにためらい、でもすぐに顔を上げてエヴァの後を追いかけた。
行こうと言ったのは自分だ。
暗くなっていく空の下で、街の灯はますます明るさを増してきらめいている。
以上です。
読んでくれた人、お疲れさまでした。
………ほんとにご苦労さまでした。

やっと街に着きました。
あとはほとんどラストに向けて一直線。
最後の死者登場→バトルで加速→たねあかし+選択、で、おしまいです。
バトルはもう要らんかなぁ。長くなるし。書いてて一番楽しいんですけどね。

もし、冗長な文にもめげずここまで読んでくれた人がいたら、
本当にありがとう、そしてごめんなさい。
読んでくれる人がいたから、このスレ、ってか話は、ここまでこれました。
まだ愛想尽かしてなければ、どうかおしまいまでおつきあいください。

それでは、たぶん、続きます。
恐らく明日か明後日にでも。
いつもありがと。
期待SAGE
161ひとりあそび・68:03/02/22 00:52 ID:???
それなりにしっかりと歩き続けていた足が、止まった。
ほぼ同時に夕映えの最後の光が消えた。
急速に濃さを増していく宵闇の中、街の全景が目の前に広がっている。
溜息も出ない。
それは、街ではなかった。
いや、街と呼んで呼べないこともないかもしれないと、彼は思い直した。
ただそこにヒトが住んでいないだけだ。ただの一人も。
そこにあるのは、倒壊したビル群の廃墟と、半分以上崩れた道路の残骸だった。
道路の両脇に並ぶ街頭もほとんどがランプが割れるか電気系統が破壊され、数少ない生き残りが
そこだけ妙に明るい灯をともしている。遠くから見えた明かりはこれだったのだ。
シャフトが折れ曲がった信号機が、規則正しく赤から青へと色を変えていた。
彼は軽く息を吸い込んで、また歩き出した。
傍らに追いつき、油断なく隣を進むエヴァに、何と言うことはなく声をかける。
「…電源だけはありそうだね。少なくとも」
エヴァはちょっとだけこっちを見下ろした。切れかけた蛍光灯がじじじ、と鳴きながら
その横顔を照らした。人工の光の下で、エヴァは妙に平板に、非現実的に見えた。
たぶん、彼自身もそう変わらない薄っぺらな存在に見えているのだろう。
別に、今更どうでもいい。
「でも、ここには僕以外にヒトはいそうにないね。…うん。誰もいない」
彼は歩きながら、両側に立ち並ぶ、既に完全に機能を失った建物の列を見回した。
どれも、見覚えのある形だった。
「ここは…どこなんだろう。誰が、こんなの持ってきたんだろう、ここに」
夜の静寂が辺りを圧している。
半ば開いた非常用電源プラグ収容口。半分も弾が残っていないミサイル射撃施設。
『DANGER』の文字列にふちどられた射出口の残骸。分厚い鉄扉が吹っ飛んだその下には、
真っ黒い竪穴が口を開けている。覗き込むと、それもすぐそこまで砂で埋まっていた。
兵装ビル群。
第三新東京市に襲来する使徒を迎撃するための、攻撃或いは兵器格納機能を持つ援護施設。
ヒトが暮らすためではなく、ただ敵を攻撃するだけの建物。
白い平原から風に乗って押し寄せる砂に埋もれかけながら、
ここに聳えているのは全て、それだった。
162ひとりあそび・69:03/02/22 00:53 ID:???
彼とエヴァは砂の舞う通りを歩いた。
背の高いビルにさえぎられ、加速した風が、容赦なく足元の砂を舞い上げる。
何個目だったか、外れた敷石を踏み越えたとき、ふいにエヴァが動いた。
すばやく彼の前に回り込む。瞬間、赤い非空間の壁が青白い光を弾き返した。
まだ何がどうなったのか把握しきっていない彼の目の前で、エヴァの背中から伸びる
長い光の羽根が威嚇するようにうねった。
と、エヴァは弾かれたように走り出し、一気に跳んで道路の向こう側の何かを
路面に押さえつけた。またさっきと同じ光がほとばしるが、光線はエヴァを大きく外れ、
通りの先のビルの壁面を削り取っただけだった。派手な音を立ててコンクリート片が落下する。
エヴァの下の何かはしばらく抵抗していたが、やがて静かになった。
エヴァがこっちを振り向く。彼は駆け寄った。
「こいつ…」
無意識に声に怒りが混じった。
163ひとりあそび・70:03/02/22 00:54 ID:???
ジオフロントまで攻めてきた、あの最強の使徒だった。押さえつけるエヴァよりひと回りか
ふた回りは大きく、薄いしなやかな鋼板のような両腕は、どちらもエヴァの腕に
絡め取られている。使徒は仮面のような顔をこちらに向け、目に当たるらしい黒い穴で彼を見た。
彼は無言でその表情のない顔を睨み返した。
その瞬間、使徒がATフィールドを一閃させた。エヴァの身体全体が震える。
わずかな間の後、エヴァの背中の”動力羽根”が付け根の辺りから断ち切られて宙に飛んだ。
吹っ飛んだ羽根は闇の中でまたたき、消える。エヴァは動力源を絶たれ、がくりと頭を垂れた。
使徒が力を失ったエヴァの手からするすると両腕をほどく。攻撃してくるのかと
身構えたが、使徒は逆に長い腕でエヴァを包み、静かに持ち上げた。
「…このっ、何する気なんだ!」
思わず、後先考えずに使徒の前に立ちふさがった。殺されるかも、と思ったのは動いた後だった。
どっちみちエヴァが動かなければ生き残れない。握りしめた拳の中で、爪が手のひらに喰い込む。
が、使徒は彼を緩慢に見下ろしただけだった。
ほとんど無関心同然の視線。彼の無力さなど充分過ぎるほどわかっているとでも言うように。
恐怖でいっぱいになりかけていた頭に血が昇った。
そのとき、声が彼を呼び止めた。
他人の声。ここに来てから初めて聞く、自分のもの以外の、肉声。
それ以外の全ての音が消えた。
彼は一瞬呼吸を忘れ、それから震えだした。どうしても振り向けなかった。
砂を踏む足音が、背後からゆっくりと近づいてきた。
164ひとりあそびしてる人:03/02/22 01:07 ID:???
>159で明日か明後日と言いつつ約1時間遅れ。
できない約束はしない、つもりだったのに…鬱。
っていうかバトルはやめるんじゃなかったのか自分。

>>160さん、こちらこそ本当にありがとう。
期待に少しでも(ホントに少しかも)応えられるよう、頑張ります。
それから、SAGEもありがとうございます。
ひらがな、小文字、大文字、ときて、次は何かなと思ったり思わなかったり。

さて、街に到着です。
この後、案内人、兼、最後の死者、の登場となります。
唐突ですがそいつを誰にするか、最初に今回のこれを読んで
書き込んでくれる人に選んでもらおうと思います…
先着一名様。

選択肢(2択):初の実体アリ死者は?
 1.渚カヲル(よく喋ってくれそうだという利点アリ)
 2.綾波レイ(使徒とは別系統っぽいから…)

週明け月曜日には必ず来ますので、それまでに誰かお暇な方に
選んでおいて頂けたらなぁとか。…生意気すんません。
誰も読んでなかったらそれはそれでまた一興というもの(負け惜しみ)

それでは、たぶん、続きますので。
ついさっきだったんですね。
読ませてもらいました。次も期待sage
……すみません、私には決められません(汗
……………決めようと思ったけどやっぱりダメだぁ!
綾波にしてもカヲル君にしても面白そうだし。
何らかの形で両方出してもらえれば幸いです。
168ひとりあそびしてる人:03/02/24 23:54 ID:???
………すみません…来たは来ましたが続きは無理っぽいです………
明日は書きます。今度はホントのホントに必ず。

>>165〜>167
読んでくれて、書き込んでくれて、本当にありがとうございました。
で…未定っすか(w それは予想してなかった…
両方出せるようひねくってみます。ご期待に添えれば嬉しいです。
が……すみませんが…明日(昼間?)までしばしお待ちを…
>>168
わかりマシた〜
期待sage

あせらずにおねがいしまつ。
………また無理でした………
リアル世界の方でちょっとゴタゴタが。
しかもこのあと泊まりがけで出かける用事が入ってまして。
待ってくれていた方(いたら)本当にごめんなさい…
帰ったら書く、つもりですが、なんか「○○日には書きます!」とか
予告しておくとまた約束破りそうな気がするので、未定、ということに
しておきます。
鬱駄死悩…
ていうかとりあえず旅先で吊ってきます…
>>170
イ`
とりあえずみつぎものでつげんきだしてください
ttp://cool.s3.x-beat.com/cgi-bin/Inter/data/Phantom_0006.lzh
172ひとりあそび・71:03/02/28 15:49 ID:???
膝の震えはいまや立っていられないほどになっていた。
何のせいなのか、自分でもよくわからなかった。
怖い? いや、怖いんじゃない。罪悪感、でもない。
背後の足音は彼のすぐ傍で止まった。
振り向けなかった。
彼は、正面で初号機を抱えている使徒をかたくなに睨み続けた。
気配は少しためらうようにそこにとどまっていたが、やがてまた歩き出し、
今度は彼の隣に立って一緒に使徒を見上げた。
「初号機なら心配要らないよ。何もしない」
声は、さっきと同じことを、もう一度ゆっくり繰り返した。
「動きを止めたのは悪かった。これほど攻撃的だとは思っていなかったからね。
 先に手を出したのはこっちだから、これはこっちの落ち度ではあるんだけど」
その言葉を証明するかのように、使徒はエヴァに全く手出しをしなかった。動かなくなった
エヴァを抱えたまま、その場でじっと待っている。
何を待っているか? そんなの考えるまでもない。
彼の隣にいる、死者だ。
彼はがたがたと全身を震わせながら、ただ立ちつくしていた。
すぐにでも顔を見たい、でも見られない。話をしたい、けれど声が出ない。
今更そんな資格なんかない。
「…殺してしまったから?」
声がした。彼はびくりと震え、弾かれたように振り向いた。
そこにあるのは、冷たい闇ではなかった。
懐かしい顔が彼を見ていた。
173ひとりあそび・72:03/02/28 15:51 ID:???
彼はかすれた声で名前を呼んだ。
一度こぼれた名前は止まらなかった。何度も、何度も彼はその名を呼んだ。
が、その相手はふっと視線を外し、笑みを消した。
「殺したことを悔いるのなら、僕のことだけじゃなく、他の使徒全てに対しても
 同じ気持ちを持たなきゃ。彼らと僕は何も変わらない」
「…違うよ」
思わず言い返した。
「全然違うじゃないか。カヲル君はカヲル君で、使徒は…使徒だよ」
「違わないさ」
赤い目が再びこちらを見た。
「カタチなんか関係ない。彼らも僕も、そして君も、同じATフィールドに閉じこもった
 閉塞した存在だよ。本質的には何ひとつ違わない。
 …君は、僕がたまたまヒトの姿をしているからそんなに罪悪感を覚えるのかい?
 ヒトと同じカタチだから、言葉を交わし、コミュニケーションできるから?
 だとしたら、それは大きな勘違いだよ」
174ひとりあそび・73:03/02/28 15:53 ID:???
彼は信じられない思いで黙った。
彼があの頃すがった声は、驚くほど冷たかった。
奇妙な苛立ちが募っていた。それが怒り、そして後ろめたさであると気づくのに、少しかかった。
確かに彼は、使徒を何体倒しても、そのことにはほとんど何も感じていなかった。
使徒は敵。突然やってきて降りかかる熱い火の粉。
それを倒すために戦って、自分たちの身を守って、それのどこが悪い?
誰も悪いって言わなかった。誰も止めなかった。むしろ、殺したらほめてくれた。
皆がいいことだって言ってたんだ。
「使徒を倒すことを君らが何て言っていたか、覚えてるかい?」
いきなり訊かれて、彼は面食らった。慌てて思い出してみる。ミサトさんの言葉。
使徒殲滅を最優先事項とします。
「…センメツ」
小さく呟くと、赤い目は彼を逸れ、初号機を見た。
「そう、殲滅。皆殺し。あとかたもなく滅ぼすこと。
 その意味がわかるかい?」
彼は痛み始めた頭を押さえ、首を振った。
声は容赦なく告げた。
「使徒は一種一体。そのありようが単体だろうと群体だろうと変わりはない。
 一体が、そのままひとつの可能性でもあったんだ。それぞれ、別の形のね。
 それを…ひとつの可能性、そしてそこから展開し得た未来を、丸ごと滅ぼしていたんだよ。
 殲滅っていうのはそういう意味さ。
 君らが使徒襲来のたびにやっていたのは、人類を皆殺しにするのと全く等価な殺戮だったのさ」
175ひとりあそびしてる人:03/02/28 16:00 ID:???
お久しぶりです、っても二日しか経ってないんですね…
住んでる県内から出たの、随分久しぶりなので、
なんかえらく時間が経った気がします。

とりあえず続きでした。
カヲルの方になりました。
綾波も出てくる…かな………未定…(鬱

>>171さん、丁寧にどうもありがとうございました。
ですがウチのPCでは開けられませんでした(対応ソフトが…)
ソフトの準備できるまで楽しみにしときます、ってことで…
もう少し生きてみますか。
少なくともここを終わらせるまでは、確実に。

それでは、中途半端ながら、今回は一応ここまでです。
次に来る(文章が脳内降臨する)のがいつになるかは、正直未定です…
しかし。
たぶん、続きはしますので。
>>175
あれ…すみませんでした。
そういうことならzipで上げ直すのも気が引けますので、第二弾(w
ttp://cool.s3.x-beat.com/cgi-bin/Inter/data/Phantom_0009.zip
前のもこんな感じなのですが…お嫌いでなければどうぞ。

(´-`)ノ旦~ マターリ ユックリ アセラズニ。
とかいってもしマカーのひとだったらどうしようと心配に…
だとしたらよけいごめんなさい。
178ひとりあそびしてる人:03/03/06 02:28 ID:???
丸五日経過…すみません…

>>176、>177
ああ、わざわざありがとうございます! 今やってみました!
…見れました!! すんごく癒されますた。本当にありがとうです。

   ⊂(。Д。⊂⌒`つ ←最初の数枚で萌え死んだ自分(猫大好き)

明日、じゃなくて今日の昼間は根性で来ようと思います…
ほぜんしてみる
ほぜーん♪
181山崎渉:03/03/13 17:03 ID:???
(^^)
↑縁起でもない…(  #
ほしゅる
ほしゅほっしゅ
ほし
>>187
ホカニモイター!
189178(一人称変更済):03/03/27 15:56 ID:???
……………いっかげつ……経過…か……
なにも書かずに……

そりゃ、リアル世界・この板内合わせていろいろあったはあったけど、
それでここをほったらかしていいという理由にはなるわけもなく。
……

ずっと保守していてくれた>188さん、本当に感謝しています。
たくさん並んだ保守レスを見て、泣きそうになりました。
…申し訳ないという気持ちの方がずっとずっと強いけど……
無数のごめんなさいと、そしてありがとうを贈ります。ウワァァァァアアン


……
…まだ、何か書いてもいいですか…?
ていうか…書かなきゃ駄目ですね。
読んでくれる方のため、というのは当然だけど、そうではなく、
むしろ誰のためでもなく、物語には終わりを。
劇場版見て以来、俺は「完結しない話」が大嫌いになりました。
だからこの話、このスレのシンジ君のひとりあそびには、きちんと結末をつけます。

いい加減、ラストに向けて頑張ろうと思います。
長らく待ってくださった方、ごめんなさい。もう少しです。
俺の結末を気に入って頂けるかどうかは、また別の問題になりますが、ともかく書きます。
まずはご挨拶まで。
失礼しました。





…ていうかなんであんなに続けにくい引きにした>>174の俺!!!!(泣
>>189
気分が乗らないうちは、書けなくても仕方ないんです。
だから気にせずに。
あと、>>187さんにもお礼を言ってくださいな。
のこのことまた戻ってきました…

>>190
…すみませんでした。本当にごめんなさい。
それから>>187さん、遅れたけど、保守ありがとうございました。
無視したような形になって申し訳ないです。

とりあえず続きを。
なんか書いてて自分でも訳わからんになってきましたが…書かないよりは
後日悲鳴をあげつつつじつまを合わせます、ということで…
逃げ腰になりつつ、…よろしければおつき合いください。
192ひとりあそび・74:03/03/30 02:51 ID:???
何を言われたのかわからなかった。
投げつけられた言葉は、しばらく何の意味もなさずに頭の中で空転していた。
それから、いきなり理解がやってきた。
ほとんど痛みに近い、衝撃。
忘れていたようでも、本当は厭になるほどはっきり憶えている。刺された死体。撃ち抜かれた死体。
爆発で原型をとどめないほどバラバラになった死体。破裂した死体。喰われた死体。
使徒たちの死体。そう、記号だった“敵”が死者になる。
絶対だと思っていたゲンジツが、一瞬にして逆転した。
街を守って、綾波を守って、アスカを守って、生まれて初めての達成感だって感じられた、
その結果がただ、他の誰かを殺して自分たちが生き残ったって、それだけのことだった?
唇が震えた。
…私たち人間もね、アダムと同じ、リリスと呼ばれる生命体の源から生まれた、
18番目の使徒なのよ。他の使徒たちは別の可能性だったの。ただ互いを拒絶するだけの、
悲しい存在だったけどね。
また、昔聞いた言葉が浮かんだ。あのときはただ上滑りする単語の連なりにしか
聞こえていなかったことが、やっと意味のあるものになって、胸に沁みた。
頭の中で、何かが、弾けた。
193ひとりあそび・75:03/03/30 02:52 ID:???
感覚が消える。
風も、寒さも、痛みも、何ひとつ感じられない。
そろそろと両手を持ち上げて見つめる。そのままゆっくりと顔を覆って、彼は世界から逃げた。
もう何も見たくない。聞きたくない。皆なかったことになればいいのに。最初から全部。何もかも。
あの街に呼んだ父さんを呪った。
怖い目に会わせて、戦わせて、命令するだけで何も説明してくれなかったくせに、
ただの話だってほとんどしてくれなかったくせに。なのに最後は、こっちに
全部背負わせていなくなるなんて、そんなの身勝手すぎる。
父さんはそれでいいかもしれないけど、でも、こっちはまだ生きてるし、生きなきゃならないのに。
父さん一人のために、世界が終わる訳じゃないのに。
彼はきつく顔を覆ったまま、気持ちが静まるまでじっと耐えた。 
死者と話したときに感じていた、あの穏やかな気持ちはもうかけらもない。でも、憎むことも
できそうになかった。今更どうにもならないことくらいはわかっていたから。
憎めば楽になるかもしれないけど、それができない。気持ちをぶつける先がない。
出口だって、ない。この変な世界と同じだ。
だったら、ここにいるしかない。
彼は凍りついた。
ふいに、風と砂の匂いが戻った。目が覚めたときのように、閉じていた感覚が外へ開く。
こわばった指を引き剥がすと、夜が広がった。足元で風が渦を巻く。
彼は怯えを押さえつけて顔を上げた。
どうしようもなく優しくて、同じくらい悲しい顔がそこにあった。責めている顔ではなかった。
彼は両手を下ろし、その存在に向き直った。
逃げる場所なんか、もうどこにもない。
194ひとりあそび・76:03/03/30 02:54 ID:???
「…僕は、何もわかってなかった。何もわからずにエヴァに乗って、戦って、
 いつもなんとか生き延びるだけで精一杯だった」
彼は少しずつ、途切れ途切れに話し出した。
相手の顔をずっと見ていられなくて、ごまかすように傍のエヴァを見上げた。初号機は
使徒の腕に支えられて、玩具のように力なくそこにあった。
「一度だけ、アスカに話してみたことがあるんだ。なんで使徒が攻めてくるんだろうねって」
「…彼女は、そのときなんて言ったんだい?」
彼ははっとして視線を戻した。赤い目が細められ、初めて会ったときと変わらない
穏やかさで、返事を待っていた。彼はうつむいた。
「アスカは何の疑問も持ってなかった。攻めてくるんだから、反撃するのが
 当たり前だって。そのあと、三人…あ、アスカと綾波と僕のことだけど、
 その三人でも話をしたんだ。でも、僕は大したこと思いつけなくて、結局わからなかった」
何となく、周りのビルを見上げた。今はほとんど壊れて、砂に埋もれかけているこの街も、
あのときは星の光をかき消すほど明るかった。
「それから、いろいろあって…僕は、その頃、もう考えるのをやめてた。エヴァに乗ることが、
 どんどん辛くなってたから。敵は敵だと考えれば、…無理にでも目的を作っちゃえば、
 少しは楽になるんじゃないかって、そう思ってた」
言葉を切って、彼は少し相手の反応を待った。
けれど、相手は穏やかな顔のまま、黙って彼を促しただけだった。
前にも一度、こうやって話を聞いてもらったときのことが頭をかすめ、一瞬、刺すように
胸が痛んだ。彼は耐え切れず、また目を逸らした。
「その少しあとに、アスカと綾波が危なかったことがあった。僕はどっちも
 助けられなかったけど、でも、そうしようとはした。そのときは、エヴァに乗れることは
 なんでもなかった。二人を助けられる力があるってことだったから。
 …でも、君が来た後、また僕は使徒と、エヴァに乗る意味がわからなくなった」
彼は手にわずかに力を込めた。押さえ込んでいた声がまた出てきそうになる。
何故、殺した。
「エヴァに乗ることだけじゃなくて、他のどんなことも厭になって、何もしたくなかった」
195ひとりあそび・77:03/03/30 02:54 ID:???
「けれど、君はまたエヴァに乗った」
静かに声が言った。
「それもただ乗るだけじゃなく、自分の意思でエヴァを動かした。それは何故だい?」
責めるのでも問いただすのでもない、全く悪意のない声。彼は軽く息を吸い込み、
口を開いた。その声の優しさに安堵している自分が、たまらなく厭だった。
「いろいろあると思う。…アスカに会って、まだ未練がましく助けてもらおうと
 したのかもしれないし、単に他にすることがなかったからかもしれない。
 でも、僕にもう一度エヴァに乗れって言ってくれたのは、ミサトさんだった。
 だらしない僕を叱って、怒鳴って、必死で説得してくれて…それから、
 償いは自分でやれって、教えてくれたんだ」
彼はぐいっと顔を上げた。横に振れそうになる視線を、まっすぐに相手に向ける。
自分で、顔が歪んでいるのがわかる。きっと情けない顔をしているんだと思う。傷つけられるのが
怖くてたまらないという顔。
赤い目から目を逸らさずに、彼は息をつめて言った。
「…償いを、したいんだ」
吸い込まれそうに澄んだ赤い目は、まばたきもせずに彼の目を見つめ返した。
そのまま、何秒かが過ぎた。
風もやんで、夜の街は静かだった。砂の流れる音だけがときどき響いた。
駄目かもしれないと思い始めたとき、ふいに答えが聞こえた。
「償いなんて僕らは必要としない。ただ、知っていてくれればいいのさ」
「でも…!」
「君は罰が欲しいのかい? …ここにいる、それだけで充分なのに」
彼は息を呑んだ。
「…ここにいても、いいの」
最後の死者は、変わらない笑顔を彼に向けた。
「いいんだよ。君がそう望むならね」
……………ああー……
真面目にやれ俺…
読んだ人…なんか…ごめん……

鬱駄死悩…


いや…続くとは、思う…
失礼しました…
>>196
なんか、かえって気に病ませるような事を言ってしまったような…
すみませんです。
その…人がなんと言おうと自分は自分なんです。
もっと堂々とふるまっていいんです。
元気出してください…ttp://cool.s3.x-beat.com/cgi-bin/Inter/data/Phantom_0030.zip
!!!
数ヶ月前は、ただのクソスレだったのに!!
なんかFFスレになってる!!
しかも結構面白いし!

>一人遊び 中の人    がんがれ!応援してるぞ!
199ひとりあそび中の人:03/04/05 00:42 ID:???
お久しぶり、です。約一週間ぶりですか…
少しマシになったんだろうか、俺。

続きが脳内発生したので、書いてみました。

来てくれて、読んでくれた人、本当にありがとうございます。
誰かが読んでくれたなぁとわかるだけで、めっちゃめちゃ嬉しいっす。
もう少し、です。

>>197さん、いつもいつもありがとう。
………っていうか… 猫 マ ン セ ー ! ! !
すんごく癒されますた。
ええと、俺は結構気分屋なんです、ってぇか躁鬱の落差が激しいのかもしれません。
勝手に沈んで、勝手に復活しますから、どうかお気になさらずに。
気遣ってくれてありがとう。本当に嬉しいです。

>>198さん
いらっしゃいませ、とか言ってみます。
読んでくれてありがとう! しかも面白いと言ってくれるとは!(感涙
確かに…俺がこのスレを乗っ取ってから、はや数ヶ月。
もうすぐ半年経っちゃいますね。…ペースえらく遅いな俺。
今月中には完結、の、予定。
俺はしょっちゅう約束破るので、あんま信用はおけませんが。
できれば最後までおつき合いください。

では、少しですが続きを。
200ひとりあそび・78:03/04/05 00:44 ID:???
「ここは…どこ」
踏みしめる足の下で、白い砂がきしむ。
都市はゆっくりと砂に侵食されていた。ちょっとした隙間は残らず砂に埋められ、
風の吹きつけない物陰には大きな砂の吹き溜まりができていた。通り過ぎざまに覗いた
ビルの内部は真っ暗で、動かない暗闇の、そのずっと奥の方から、さらさらと
砂の流れ落ちる音が聞こえた。
「死者の住む地にして、死者そのものでもある、そういう場所さ。
 僕らがいるからこの場所は存在している。僕らを支えるためにのみ存在を許され、
 僕らという限られた精神の外部には存在し得ない、脆弱で不確定な世界だよ」
幾つものビルの前を過ぎた。電源供給ビルは外壁の一部が崩れ落ちていて、中から
予備の外部電源プラグが垂れ下がっていた。
彼はその下を通り抜けながら、黒いシルエットになったプラグを見上げた。
「それじゃ、僕ももう、死んでるのか」
ケーブルの絶縁素材はあちこち裂けていた。はみ出した導線がひどく錆びついている。
倒れて散らばっている歩道のガードも、道路の亀裂から覗いている
水道やガスなんかのパイプも、半壊したビルの壁から突き出した折れた鉄骨も、
同じようにぼろぼろに腐食して、薄く砂の膜を被っていた。
201ひとりあそび・79:03/04/05 00:44 ID:???
「…たぶん、そうなるんだろうね」
彼は通りを歩きながら、何度か後ろを振り返った。初号機を抱えた使徒は、
おとなしく彼らの後ろからついてきていた。鋼のリボンのような、薄いけれど強靭な腕が
しっかりとエヴァの身体を支えている。
こっちと視線が合っても、使徒の仮面に似た顔はまるで無関心だった。逆に気が引けて、
彼はそそくさと砂の舞う道を急いだ。
「たぶんって、…違うの?」
ときどき手に触れるビルの表面は、砂まじりの風に長い間さらされて、すっかり磨耗していた。
彼はしばらく手の先を壁に滑らせながら歩いた。剥がれた塗装の名残か、ざらざらした感触が
指に残る。
夜で良かったのかもしれない。昼間見たらここは、それこそ廃墟にしか
見えなかっただろう。昔、確かに住んでいた街なのに。
「君一人だったら迷わずそう確信したんだろうけど、初号機が一緒にいるからね。
 それで、僕にもよくわからなくなった。初号機は死者にはなり得ないんだ。
 永遠への箱舟として使われた、唯一のエヴァだからね」
202ひとりあそび・80:03/04/05 00:45 ID:???
前を行く死者の背中は、ほのかな光に包まれているかのように、ぼんやりと白かった。
彼はときどき目をこすった。確かにそこにいるとわかっていたけど、
少し目を離したら、今にも消えてしまうんじゃないかという根拠のない不安が
つきまとって離れなかった。
軽い足取りで砂を渡ってゆく後ろ姿は、あまりにも記憶と変わらない。他のヒトとも
違わない。話しかけてくれるし、笑いかけてもくれる。ここにいてもいいと言ってくれる。
初号機とは、違う。
押しつぶされるほどの後ろめたさを感じながらも、彼ははっきりとそう思った。
いなくなられたら、今度こそ狂ってしまうだろう。
半ば無意識に手を伸ばしかけたとき、ふいに死者が立ち止まった。
彼は弾かれたように手を引っこめた。
振り向いた死者は、不思議そうにこっちを見た。彼はどぎまぎして目を逸らし、口の中で、
なんでもないんだ、と途切れ途切れに呟いた。頬が熱かった。夜でよかった、と心底思った。
と、背中を軽くつつかれた。
いつのまにか、使徒がすぐ後ろにいた。使徒は、初号機を抱えた腕の先を少しほどいて、
指さすように前方を示した。
慌てて向き直ると、足跡の続く先に、ビルの入り口があった。
中は墨で塗り潰されたように暗い。暗闇、というよりは視界の欠落そのものが、
ぽっかりと口を開けている。
別に暗いところが苦手な訳でもないけど、さすがにここまで何も見えないと不安になる。
何となく躊躇していると、また背中をつつかれた。さっさと行け、ということらしい。彼は
自分の倍くらい身長のある使徒を見上げ、黙って溜め息をついた。
203ひとりあそび・81:03/04/05 00:45 ID:???
思いきって踏み込んでみると、ビルの中は思ったよりずっと明るかった。入り口から
死角になるところに高い窓があって、そこから外の光が差し込んでいる。知らないうちに
昇っていた、月の明かりだ。
青い光の領域の端に、狭い鉄筋の階段があった。その前で、死者が彼を待っていた。
「少し登るよ。足元に気をつけて」
頷いて、彼は後に続いた。鉄板の段の一段一段にも、薄く白い砂が積もっている。砂の鳴る音が、
階段を登る二人分の足音に混じって、がらんとしたビルの内部に響いた。
どのくらい登ったのかわからなくなってきた頃、月の光とは違う、もっとはっきりした
明かりが視界に飛び込んだ。目を細めて登りきると、そこが終点だった。
彼は軽く息を吸い込んだ。
そこは、青白い電源に照らされた、小さな部屋になっていた。
ここは元は、予備のライフルか何かを収納しておくビルだったのだろう。不規則な形の
空洞が建物の中心を貫いて、一番上まで続いている。さっきまで登っていた階段は恐らく作業用。
今いるここは、ライフル射出時にビルの表層が稼動するための、遊びというか
吹き抜けのような空間らしかった。そこをきちんと片付け、吹きさらしにならない隅を選んで
砂をきれいに掃き出し、どこからか電気を引いて部屋のようにしつらえてある。
隅には毛布が積まれていた。
「街のあちこちから見つけてきて、何とか形にした。結構かかったよ」
死者は、彼に適当に坐るよう言うと、壁の棚のところに行って何か捜し始めた。
彼はしばらく部屋を見回し、椅子替わりらしい箱のひとつに腰を下ろした。頭上を見上げると、
ビルの可動パーツの隙間から斜めに月の光が差し込んで、高い天井を淡い青に染めていた。
急に眠気が襲ってきて、彼はほんの少しだけ瞼を閉じた。
という訳で続きでした。
なんかもう少しダラダラして、その後ちょい騒ぎます。
それが済んだら、エンディング。
…と言ってもそこまでが長いんだろうな(軽鬱

それでは、たぶん、続きます。
新しいのキタ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!!!
余裕持ったペースで。期待してまつ。
ほっし
207名無しが氏んでも代わりはいるもの:03/04/14 00:16 ID:/75M4wFD
僕はageていいんだ!!
>>207
殺す
ぽじゅん
210山崎渉:03/04/17 11:36 ID:???
(^^)
さげほしゅ
ほしゅします
りーん
ほしゅでつで
にゅ
ほし
いってつ
>>217
ヽ(`Д´)ノ
保守します。
えう
そろそろほしゅ
にゃ
ほしゆ
224ひとりあそび中の人:03/05/10 00:06 ID:???
………お久しぶりです…
…ごめんなさい……ほんと…どうしたらいいのか…

>>205-223の方々、いつもいつもありがとうございます。
(特にこまめに来てくださっているおひと方。ホントにありがとうです)
ずっと書く側が逃げてる(理由はどうであれ書かなきゃ逃げてるのと一緒)のに、
……すみません。

今夜はちょっと無理なのですが、これから先を続けるに当たって、ここを見ていらっしゃる方に、
ひとつ、お断りがあります。
先日、俺の中でこの話はちゃんと完結し、シナリオ(藁)みたいなモノ、メインの台詞とか
シーン設定とかをつらつら書き連ねたものが一応できあがりました。
これからはそれを文章の形に落とし込んでいく訳ですが、
あんまりしつこい描写とかをせずに、短くまとめていけば、結構早く(?)完結できると
思います(分量が極端に少なくなるって意味ではないです)
たとえば余計なバトルを少な目にする、俺の特徴である過剰な情景描写を切りつめる、等。
現在エヴァ板内でまだ見られるスレにあるうち、俺が「すごいな」と思ったFFは
これをきっちりやって、話に勢いと迫力を出すことに成功しています。
逆に描写をきちんと積み重ねていくことで、とてもイイ雰囲気を作りだしている
書き手さんもいらっしゃいます。
俺は当初、後者の方法でじりじりつらつらやっていくつもりでした
(もともと書くの遅いっていうのもありますし)
が、このままのペースだと終わるのが下手すると半年後とかになってしまいます(w
一身上の都合により、俺はそんなに長くこの板にいることができません。
よって、俺のこの(話の展開上の)タラタラペースがここの特徴でありキモだと
思っている方(もしいたらの話です)にはホントに申し訳ないんですが、
少し、飛ばしてみようと思います。
飛ばすと言っても、可能な限り、手を抜く気はありません。
>189でほざいた通り、まずはとにかく完結を目指そうと思います。

長らくお待たせしてしまった方々、本当にごめんなさい。
まずはご挨拶まで。失礼しました。
大丈夫です、がんがんやってください!
ちうわけでほしゅ
ほしゅー

迷ってないだろうか…
急に移転したから
やべえ、保守
230ひとりあそび中の人:03/05/20 17:02 ID:???
………そして10日が経過…
……ちゃんとエンディングまで終わらせてから、自害します…

>>227-228
ご心配、ありがとうございました。確かにしばらく迷ってました(w いつのまに、ですた。
2ch自体のBBS一覧からようやくたどりつけた次第です。

いつも保守してくださっている方、そしてこのスレに一度でも来てくださった方、
本当にありがとうございます。
さっさと続きをお目にかけられなくて、非常に申し訳なく思っています。
某スレのごたごたが片付いたら、すぐにでも。
今の状況だとそう遠いことではないと、思っていま…思いたいです。

何も書かないお詫び、になるかどうかわかりませんが、>224で挙げた
俺が(あくまで俺の主観で)文句なくすごいと思った、この板内にあるFFを紹介します。
もうご存知のものばかりかもしれませんが、そのときは…すみません。
 ・スピード展開、余計なことやらないでイイ感じ
  「俺をシンジと呼ぶな!」スレ内 
     名無しSS書きさんによる5篇(一応無題)全て完結済み、進行中?1篇
     逆行、EOEアフター、傑作揃い。特に一番最初の一篇は神。非常にレベル高し。
  「2chのエヴァFFを語ろうよ」スレ内
     ちゃぷちゃぷさんによる”ちゃぷちゃぷシンジ”1〜4 完結済み
     1〜3は一発オチ、4で壮大に加速。赤い海のほとり、もうひとつの終局。ないしは神話。
 ・じっくり積み重ねられてゆく良作
  「クローン人間は温泉ペンギンの夢を見るか?」スレ内
     ぽちさんによる”クローン人間は温泉ペンギンの夢を見るか?”進行中
     もう一年以上続いている息の長い話。各シーンはそう長くないのに
     どれも非常に印象に残る。完成度は並みじゃないです。現在クライマックス。

直リンはしたくないので、読んでみる方は「スレッド一覧」内にて検索かけてみてください。
一応、検索の方法は板のトップに。このレスからタイトルをコピペすると早いと思います。
それでは、また。
ほしゅ

ごたごた…大変そう
ほしゅでつ
ほしゅ
234あぼーん:あぼーん
あぼーん
あー……
えし、ほしゅ
ほしゅー
ほsh う
ほしゅで
えいや
ぽしゅ
ほしゅ!やべ
初めて此処の存在を知ってざっと読んでみた
リツコさん所でぶわ、と涙が。別に好きなキャラでもなかったのに
てなわけで、保守ります。
ほしゅにん
ぽし
初めてみた。
とても面白かったのでほしゅる。
ごめんでつ
旅に出てて今帰ってきまつた

ほしゅ
ほしる
ほしゅほしゅ
好きです。

ほしゅ
ほしゅー
ほし
ほしゅ
254 名前:名無しが氏んでも代わりはいるもの 投稿日:03/07/06 03:40 ID:???
ぽしゅでし

いっこしかなかったけどw
そしてほしゅ
保守
ほしゅほしゅ
ほしゅ

だー―――――――――――
258あぼーん:あぼーん
あぼーん
259あぼーん:あぼーん
あぼーん
ほしゅしにきたでつ
ほsう
ほぜんで
ほぜんほしゅ
ほしゅしてみr
ほしゅー
ぽし
ほぜーん
ほしゅしにきたー
しゅ
ほしゅだ
ほっしゅほっしゅ
たなばたほしゅ
ほしゅ

台風
ほしゅ
ほしゅ…
>>260-275
定期保守、乙彼。
職人さんには早く帰ってきてもらいたい
ほしゅ
あぶねー
ほっしゅ
ほーしゅー
保守
目が覚めたら右手が初号機になっていた
あれ、ふたりも

ほしゅ
ほぜん
ほしゅ〜
ほしゅほ

規制か?
ほっしゅー

狐野郎が2chを潰そうとしている
ほしゅ
ほしゅ

やばすぎ
ほぜーんしる
291_:03/09/12 00:58 ID:???
ほしゅ
規制解除♪
29363:03/09/16 12:34 ID:???
待機sage
ほしゅ
ほしゅ♪
296名無しが氏んでも代わりはいるもの:03/09/18 23:56 ID:JD06YRUs
ほしゅ
300ゲトーしましたが、何か?
とられたほしゅ
はろーほしゅ
はいはーい ほしゅしにきましたよー
ほーしゅー




しゅ
上の奴が何を言いたいのかわからないけどとりあえずネット喫茶からほしゅ
あ、なるほど…失礼。
著しく読み辛いのは確かだ罠(w
やっと新たなプロバに繋がった
ぷらら最低

てなわけでほしゅ
ほっしゅ
31263:03/10/15 00:53 ID:???
保守sage
ほっしゅん
ほshiゅ
ほしゅ
ほふゅ
ほーしゅ
>>ひとりあそび中の人
続き、楽しみに待ってます。

マターリhoshusage


今日はじめて読みますた。おもろいからとりあえず生存証明キボンヌ。
という事で。記念カキコ。
たちおくれほしゅにゅ
ほしゅ
pしゅ
ほしゅ
mata-risage
ほしゅで
しゅh
ほ しゅ
ひとり遊びの中の人
続き、楽しみに待ってます

hoshusage
ぽしゅぽんp
332名無しが氏んでも代わりはいるもの:03/11/11 17:00 ID:niwl7/8j
保守
保守る
ほンひゅ
保守するスレですか?
今日初めて読みました。
続きが気になるのでほしゅ参加
ぱふぁ
ほs う
ほっし〜
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄」
―――――――――――――‐┬┘
                        |   
       ____.____    |   
     |        |        |   |   
     |        | ∧_∧ |   |   
     |        |( ´∀`)つ ミ |   保守
     |        |/ ⊃  ノ |   |  
        ̄ ̄ ̄ ̄' ̄ ̄ ̄ ̄    |

保守〜
保守
中の人は飽きたみたいなので
職人さんキボーン
                    ヘ
                  / |\
         _        \ |  \
         \\        \|     \ 
          \\へ― フ  \     \
           ∠ ○ /    \      |
            Yw「ノノ ̄ ̄\ /     |
            厂/\\ ̄ ̄/ / ̄\  | ツヅキハ?
             ̄    \|  ̄ |  | EVA ||
                〔§| /|  \_//\
         /⌒⌒ヽ   \\__        \
         ′w从w     \   ̄ ̄ ̄\_   \
        ヽc ・_・ノ___/ ̄ ̄ ̄\    \   〉
        (彡 ⊂)_     /    \    |   |
        | | |   ̄ ̄ ̄       く    |   |
        (__)_)             /⌒  | |
                         /      |__|
                        /     《 | |
                       /    /  》》》》
                   _  /    /\   \
                  //\|_ _/   \  \
                  \  |_(       \  \
                    \|   `\       \ \
ええい、捕手だ。
ぱそとらぶるでほしゅ
ほにゅん
ほちゅ
hosyu
ほm
ほーsぅ
hしゅ
にょしゅ
ほしゅすれ
守ほ
しゅにゅん
しゅn
(´Д⊂ ひとりあそびの人戻ってきてー
おそめのほしゅ
ほsh
ほしゅp
ほみゅぅん
ほp
毎晩恒例ほしゅ
ほしゅぅぅん
365名無しが氏んでも代わりはいるもの:03/12/20 14:23 ID:X125ZAxh
108から保守しなおせ!
366名無しが氏んでも代わりはいるもの:03/12/21 22:08 ID:mFaU+mFy
え〜い!保守だ!
ていきほしゅ
めりくりほしゅ
くりすますおわりほしゅ
ほしゅしにきt
ねんまつほしゅ
しんねんほしゅ
あけおめほしゅのりおくれ
さんがにちほしゅ
しごとはじめほしゅ
頑張って続き書いて下さい>ひとりあそびの中のひと
のしゅ
のほゅ
でしゅ
phう
期待
382:04/01/14 23:56 ID:om5p89yc
ある朝起きたら虫になってた。
虫だから勿論6本足だ。
体重はそのままなので巨大昆虫だ。
化け物だ。
どうせならデビルマンに変身したかったが仕方ない。
シャカシャカ外を歩いてみる。
途中で変な人に会う。
全身を青で塗りたくっていて、なにやらボソボソ喋っている。
振り向く。
変態だ。
間違いなく。
だって…エヴァ初号機のボディペインティングしてるだけの
何も着けてない裸の男なんだもん。
目と目があった。
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
叫びやがった。
どうやら俺をマトリエルと勘違いしたみたいだ。
走ってきた。
怖い。
逃げる。
追ってくる。
勘弁しろ。
そうだ!
「俺はマトリエルなんかじゃねぇって!
 ホラ!足が6本だろ!?」
納得したみたいだ。
帰っていく。
ふう。
そんな一日でした。

>>382ワrタ
384:04/01/15 13:46 ID:k7lHAOJv
>>383
あんがと。
ミスッた
ほしゅ
よし定期保守
ぎりぎりほしゅ
うしほしゅ
ぽ♥ しゅ
hoshu
やく4かぶりのほしゅだにゃん
オンドゥルルラホシュッタンディスカー!!
ぽんしゅ
しゅ
久しぶり保守
さんくす↑ 規制でおくれほしゅ
ちうわけでほしゅ
しゅんにゅー
39963:04/02/10 12:04 ID:Pk1Mfiyk
保守
ほしゅほしゅ
しゅうう
40263:04/02/14 00:33 ID:rIchrf34
バレンタイン保守
ネタとられた………しゅ
ほにゅうううううううううううううう
しゅにゅぅぅん
ひとりあそびさんがんがれ!
つーわけで保守。
にじゅゅ
コノスレ、中々ノ名スレニナルト思ッタノハ俺ダケカ?
40963:04/02/22 00:28 ID:???
一昨年の11月から既に名スレ保守
にゅh
pしゅ
ねむいのではやめにほしゅしてねることにしますぽ
ぷしゅう
りんりーん
ほにゅp
しゅん
ろk
            _    
      _,,......,、._  /,_:::::\  
   _,,.i'_-    \  \::::\
  ,/::::::::7i !l/    `i.  \::7
  |;;;;;;;;;;/,i/| ,'^ i   _,> // イヒヒヒヒッ
   >,ハri_'、__`トーl::::::::::ト, '/
     ゙トー,---'::::,,,,::/ 7||
     ヽ::::i'::::::::r''=ー、'/ || 
      >;::\:::::ヽ ,/\||
     'i_゙,ノ _>:::::>/
        〈_,>ア"]


寝てるわけないだろ。
ほしゅ
421あのひとが帰ってくるまで。:04/03/12 22:46 ID:???
どれくらい眠っていたのだろう。
目を開けるとシンジの姿は無く、変わりに初号機が寝ていた。

いや、正確には「朽ちていた」

紫色の装甲の所々が難破船のように欠けていた。
角は折れ、兜も砕け、顔の半分が露出していた。
緑色の目に光は無く、瞳孔は開ききり
ただ精神病の患者が、天に浮かぶ月を眺めているだけのように見えた。


赤い水の打ち寄せる浜辺で
擦り寄るシンジを拒絶した私。

私は一人になりたかった。
他人は私を救ってはくれないから。

彼は私に受け入れてもらえないと知ると
覚束無い足取りで去っていった。

422あのひとが帰ってくるまで。:04/03/12 23:02 ID:???
「お腹が空いた」と思ったが
「何かを食べたい」とは思わなかった。

もう、どうでも良かった。
生きているのも死んでしまうのも同じことだった。

いつもの半分の視界で空を眺めて時間が過ぎるのを待った。
ずっと。ずっと。ずっと。


10秒とも百万年ともつかない時間が過ぎた。

太陽の逆光の下、何かが寝ている私を覗き込んだ。
私の瞳と、覗き込む者の緑色の瞳が遭った。

小首を傾げて私の反応を見る"それ"の
黒い腕の中で、何かが"かしゅっ"と鳴った。

"それ"が私の真上で"何か"を傾けると
とても冷たい、黄金色の液体が勢い良く私の顔に降りかかった。

423あのひとが帰ってくるまで。:04/03/12 23:15 ID:???
とめどなく降り続ける液体は、私の目の中に容赦無く侵入してきた。
痛かったので、私は瞼を閉じた。

ところが、液体は鼻腔にも侵入して来た。

乾いた粘膜を刺激され、身体が意思とは関係なく動く。
私は何度も何度も咳き込んだ。

ココロは、別にこのまま死んでも構わないのに、と思う。
でもカラダは、死にたくない、と動く。

―どちらが本当の私なんだろう。

少しだけ考え、私はすぐさま考えるのを止めた。
面倒だったから。
どうでも良かったから。

しばらくすると、滝のように私の顔に注ぎ込んでいた液体が、流れるのを止めた。
少し間を置いて、さっき聞いた"かしゅっ"という音が再び聞こえた。
424あのひとが帰ってくるまで。:04/03/12 23:24 ID:???
また、私の顔に液体が注がれ始めた。
私は顔を横に向けた。
ハナに入ると痛いから。

横になった私の顔を液体が流れ落ちる。
鬱陶しかったが、それ以上に動く気にはならなかった。

液体が顔を流れ始め、流れを止め、"かしゅっ"と音を立てる。
それがいつまでも続けられた。

いつまでも繰り返され続けられる現象に、いつしか私の心の中で
"鬱陶しい"と思う気持ちが"動きたくない"という気持ちより強くなった。

私は右手で大きく、闇雲に宙を薙いだ。
私の手の甲に何かがぶつかり鈍い音がした。

「いい加減にしてよ。鬱陶しい。」
私はそう言ったつもりだったが、声がかすれて出なかった。
おや

一瞬キタ━━━━(゚∀゚)━━━━かと思ったが
でもこれはこれで(・∀・)イイ!!
ぽしゅs
にゅ
追悼保守
板移動ログ落ちうざいほしゅ
ぷにゅ
じしんほしゅ
ほしゅ
いったん実行してしまえば既に嘘ではないほしゅ
sagaサガ!
ほりゅ
もう無理だろ。
438ひとりあそびの人:04/04/06 17:41 ID:???
約一年間空けていた逃亡犯です。
ずっと保守してくださったほしゅにんさん(仮称)、ときどき見に
きてくださった63さん、他にもここに書き込んでくださったたくさんの方々、
本当に、長い長い間、ごめんなさい。
そして本当にありがとうございました。
大口叩いた通り、この話を終わらせようと思います。

ちょっと言い訳です。
ごたごたには、少し前、とりあえず最悪の形で決着がつきました。
自分が最低の糞野郎かつ悲惨な負け犬だということがよくわかりました。
なので、もうこのスレに持ち込んだりはしません。
ご迷惑をおかけしました。

ご連絡。
実は、>>421-424の方の続きが知りたいので、一度は別のスレで続けようかと
考えたのですが、やっぱりこのスレで書かないとと思い、来ました。
個人的にはあの話がすごく面白い!ので、もし書いた方が続けてくださるのであれば、
こっちは別スレに移動します(もう確保してあったりします)
作者さん、まだここに来ることがあったらレスを頂けるとありがたいです。

本当に長い間お待たせしました。
これだけ待っていただいたことに少しでも応えられるよう
(あとこれ以上他人様に保守していただかないよう)
あと少し、頑張ろうと思います。
最期までおつき合いいただければ、幸いです。

追加。
ときどき書いた「ひとりあそび中の人」は「ひとりあそびちゅうのひと」と読み、
ひとりあそびしている人、の意味でした。
というわけでいい加減古いですが     中 の 人 な ど い n(ry

では少しですが、続きを。
439ひとりあそび・82:04/04/06 17:43 ID:???
目を覚ましたとき、周りはもう明るくなっていた。
横になった全身が温かい重みに覆われている。ぼんやりしたまま腕を抜き、
もがいて身体の向きを変えると、それは何枚も重ねられた毛布だった。
ゆうべ月明かりに染まっていた天井が、真上にある。
記憶がゆっくり戻ってくるまで、彼は無心に天井を見上げていた。
ここはゆうべ来た部屋だ。その一番風の当たらない隅に、彼はすっぽりと
毛布にくるまれて寝ていた。ほんの少し目を閉じるつもりで、結局
あのまま眠り込んでしまったらしかった。
片肘ついて上半身を起こしてみる。重なった毛布に隙間ができ、そこから
冷えた外気が忍び込んできた。吐く息がたちまち白くなる。彼は身震いして
毛布の奥にちぢこまり、顔だけ出してそっと辺りを窺った。
薄明るい室内には誰もいない。
兵装ビルの高い殺風景な内壁と、いびつな天井。整備用の狭い鉄階段。
がらんとした空間の片隅に、ゆうべも見た青白い非常灯がひっそりと灯っている。
その淡い光に照らされて、床に積み上げられた大小さまざまな箱、壁際の棚、
そこにきちんと整理されて収まったこまごました品物などが、ぼやけた陰影の中に
しんと浮かび上がっている。夜の間に運ばれてきたのか、不規則な形の
隔壁の切れ目に沿って、白い砂が細く筋を作っていた。
かすかに風鳴りの音がする。
ふと違和感を覚えて、彼はもう一度仰向けになった。毛布にもぐっていた
両手を引っ張り出し、顔の前にかざす。
とうにすりきれたと思っていた心臓が、とくんと高鳴った。
440ひとりあそび・83:04/04/06 17:44 ID:???
昨日の火傷をシャツの切れ端で縛っただけだった両手は、血や泥の汚れを
きれいにぬぐわれ、手のひらから指の半ばにかけて清潔な包帯が巻かれていた。
何か薬が塗られているらしく、動かすとひんやりとした感触が残る。
彼はしばらく白い両手を見つめていたが、やがて毛布を引き寄せて起き上がった。
目の位置が高くなり、視界が広がる。
その途端、思いきり殴られたような気がした。
足元の堅い床に、初号機が死んだように横たわっていた。
いっぺんに昨日の記憶が甦った。彼は跳ね起き、まとわりつく毛布を押しのけて
エヴァの傍へ寄った。
初号機はぴくりとも動かなかった。このくらい辺りが明るくなれば、いつもなら
彼を置いてさっさと起き出しているところなのに。
急に、不安になる。
ゆうべ、下の街路で使徒とやりあったとき、初号機はただのダメージではなく
背中の“動力羽根”を断線されて止まった。人間には不可能な動きもやすやすとこなし、
使徒を余裕で蹴散らす、ほとんど無敵に見えるエヴァに、もし弱点があるとすればそこだ。
だとしたら、普通の活動停止状態とは違うのかもしれない。
「…まさか」
ぞくりとした。
悪寒。全身の血が逆流するような厭な感じ。
必死にパニックを抑えながら、彼はエヴァの顔を覗き込んだ。
441ひとりあそび・84:04/04/06 17:44 ID:???
初号機の頭部を覆う紫色の装甲は、一面に細かい擦り傷や摩耗跡だらけになって
すっかり元の光沢を失っていた。識別標がわりの額の角は、間近で見ると
少し斜めに歪んでいる。湾曲して後頭部に伸びるガードの表面には亀裂が目立った。
細長い眼窩の奥は暗い。
諦めのような、心細さのような震えが、背筋を撫でた。急いで視線を転じる。
顔の下半分を占める巨大な口が目に入った。両顎の接合部分が壊れたままで、
上下の装甲が四分の一ほど開いていた。
その中も、眼窩と同じ真っ暗な空洞。
小さく息を呑み、彼はじっとそれを見下ろした。
ゆっくりと片手を持ち上げ、息を殺して、そろそろとその中へ指を伸ばす。
爪が歯に当たる、かつんという衝撃。
少し遅れて、口腔から洩れてくる息の、かすかな温かさが指先を包んだ。
体温。生きている。
「…あ」
全身の力が抜けた。
頭の芯がしびれるような安堵が押し寄せてきた。彼はその場にへたりこみ、
身体じゅうで大きく溜息をついた。
と、いきなり後ろから声がした。
「どうしたんだい」
「うわ?!」
心臓が跳ね上がった。
滑稽なほど勢いよく振り向いてから、彼はようやく使徒たちのことを思い出した。
「…大丈夫?」
昨夜の大きい使徒を後ろに、最後の死者は少し驚いた顔で立ち止まっていた。
顔が熱くなった。彼は慌てて手を引っ込め、ごまかすように立ち上がった。
442ひとりあそび・85:04/04/06 17:46 ID:???
なんとなく、エヴァを背後にかばう格好になる。
「ごめん、…あの、何でも…ないんだ」
死者は少し微笑み、軽い足取りで部屋に入ってきた。
「気にすることはないよ。急に声をかけた僕が不注意だったのさ」
使徒が音もなくついてくる。使徒の、身長だけで彼の倍はありそうな巨体は、
床から10cmくらいの高さに浮かんでいた。薄い鋼の帯のような両腕の先に、
下から運んできたらしい品物が幾つか、器用にくるみ込まれている。見上げる彼を
興味なさそうに一瞥し、使徒はすぐ横を滑るように通り過ぎた。
「それより、ゆうべはよく眠れた? だいぶ疲れていたようだったから、
 起こすのも悪いと思って、結局そのままにしてしまったんだけど」
「あ…うん、…ごめん、勝手に寝ちゃって」
「いや、こっちこそろくに寝る場所も用意できなかったことを謝るよ。
 ここには遺棄された迎撃施設しか残っていないんだ。…でも、
 床に寝かせるような真似をしてしまったのでは、かえって悪かったかもしれないね」
「そんなこと…ないよ」
「そう。それなら良かった」
壁の切れ目から覗く空の色が、少しずつ明るくなっていく。
部屋の真ん中まで進んだ使徒は、大きな箱の前で止まった。腕の先が
するするとほどけ、箱の上に荷物を下ろしていく。水を満たした容器、
包帯とガーゼの束、医薬品が幾つか、それから鈍い銀色のパッケージに密封された
よくわからない固形の包み。
443ひとりあそび・86:04/04/06 17:47 ID:???
使徒を手伝ってそれらを並べていく死者の姿を、彼はただ見つめていた。
話しかけてくれる死者の声には何の屈託もない。なのに、うまく答えられないでいる。
もっとちゃんと話したいのに、そう思えば思うほど逆に意識が重くなって、
結局何も言えないまま、会話が途切れてしまう。その沈黙が、よけいに言葉を奪う。
混乱、焦り、疎外感、恐れ、不安。
厭な考えが潜り込んでくる。
全部自分の勝手な思い込みだとわかっていても、止められない。
ここで、こんなふうに相手の傍にいて、いいのだろうか。
本当に、ここにいてもいいんだろうか。
いたたまれなくなってうつむいたとき、ふと、手の包帯が見えた。
瞬間、喉のつかえが消えた。
嘘のように呼吸が楽になる。
顔を上げると、死者は気遣うような目で彼を見ていた。
彼はおずおずと両手を持ち上げた。
「これ…」
死者は頷き、心もち顎を上げて、ごくわずかに視線を逸らした。
「…うん。眠った後だったけど、放っておける状態には見えなかったから。
 僕も素人だし、大したことはできなかったけど」
彼は首を振った。
両手をそっと握りしめる。自然に笑顔になった。
「そんなことないよ。…ありがとう」
赤い目がぱっと彼を見た。
大きな瞳が、一瞬すっと虚ろになる。
何かまずいことを言ったのかと不安にかられる彼の前で、死者の目はふいになごみ、
かすかな表情の翳りがぬぐわれ、そしてふわりとほころんだ。
思わず見とれてしまうほど、きれいな微笑みだった。
彼はぼうっとしている自分に気づき、慌てて我に返った。使徒が不可解そうな顔を向ける。
死者は優しい目で彼を見つめ、ふと真顔になった。
「…ごめんね。
 本当は心配だったんだ。
 朝になったら、君がいなくなってしまってるんじゃないかって」
444ひとりあそび・87:04/04/06 17:48 ID:???
彼は言葉もなく死者を見つめ返した。
けれどそれはわずかな間だけで、すぐに死者はいつもの表情に戻り、何事もなかったように
彼に笑いかけた。
「さ、一度包帯を替えないと。
 それが済んだら食事にしよう。…と言っても、食べられるものは
 基部のシェルターで見つけてきた、味気ない非常食しかないけどね」
「…うん」
頷いて、死者たちの方へ歩き出したときだった。
ふいに背中全体にぞわっと鳥肌が立った。
背後の空間が恐怖の塊に変わる。本能的な怯えが全身をわし掴みにする。
死者の白い顔がさっと引き締まった。使徒が素早く両腕をほどき、前に出る。
強張った身体で、目だけが動いた。
視線が、勝手に背後に向かおうとする。つられて頭がぐいっと回され、
引き寄せられるように、彼は振り向いた。
眩しい光が目を射る。
いつのまにか、隔壁の間から朝陽が差し込み、床に輝く日だまりを作っていた。
降り注ぐ光の中に初号機がいた。
ひざまずくような姿勢でじっとうずくまり、低く背をかがめている。顔は見えない。
凝縮した空気がびりびりと振動していた。エヴァの、怒気をはらんだ威嚇の声だと、
少しして気づいた。
動けないでいる彼の前で、初号機は顔を上げた。ぎらぎらと燃える目が
彼を認め、さらにその向こうの使徒たちを見つけて、獣のようにすっと細められた。
一気に唸り声が高まる。
突然、エヴァの背中からばっと何対もの光の翼が広がった。朝の光の下でもまばゆい翼が
弾けるように宙を叩く。ほぼ同時に、初号機はぎりぎりまでたわめた全身をバネに、
矢のように使徒たちに襲いかかった。
445ひとりあそび・88:04/04/06 17:49 ID:???
ほとんど床面すれすれにコンクリートを蹴る強靱な足、鉤爪の形に伸ばされた手、
剥き出しの眼光、装甲の奥に覗く揃った歯列、それらが一度に彼の目に飛び込んだ。
殺意。攻撃。
センメツ。
頭の中で何かが砕け散った。
「やめろッ!!」
自分でもわからないうちに、彼はエヴァの前に立ちふさがっていた。
エヴァの目がもろに彼の目を覗き込んだ。
凶暴な光が脳裏に灼きついた。一瞬で、彼はその場に射すくめられた。
直後、エヴァは彼に掴みかかる寸前で急停止した。反動で光る翼の群れが宙に虹を描いた。
痛いほどの静けさが降りた。
両脚をガクガクさせながら、彼はそこに突っ立っていた。声が出ない。
エヴァは岩か彫像のように動かなかった。
じわっとその像がぼやけた。
怖いせいなのか、それとも悲しいのか、自分でもよくわからなかった。
無言の睨み合いが続いた。
唐突に空気から険しさが消えた。硬直した初号機の肩で、光の翼が力を失ったように
ゆっくりと下がっていき、すっとひとまとめになっていつもの充電羽根に変わった。
隙なく身構えていた両腕が下ろされる。エヴァはそのまま身体を引いて、
静かに彼の前に立った。長身の向こうから朝の光が射した。
彼は痛む両目をみはり、エヴァを見ていた。目の端ににじんだ涙を透かして、
エヴァの顔は眩しく歪んだ。いつものようにそこには何の表情も読みとれなかったけど、
それでもいつものように、じっと目を凝らせば、別の何かが見えてくる気がした。
けれど、エヴァはふいに身をひるがえした。
くるりと背を向けて、窓のような壁の切れ目に踏み込む。
そして止める間もなく隔壁を掴み、壁面を蹴って一気に外へ身を躍らせた。ふわりとたなびいた
長い羽根が、残像のようにその動きを追った。
446ひとりあそび・89:04/04/06 17:50 ID:???
何が起きたのかわからなかった。
我に返って壁際に駆け寄ったときには、初号機の姿はもうどこにもなかった。
外は一面の静寂。
昇る太陽に照らされ、無人の兵装ビル群が街路に長い影を落としている。
空っぽの街を見下ろすうち、ようやく実感が追いついてきた。
とたんに、ずきりと胸が痛んだ。
「…行かなきゃ」
とっさに階段めがけて駆け出す。その肩を、死者の手が掴んだ。
彼はきっと振り向いた。
「待って。今追いかけても無駄だよ」
「どうして!」
思わず声が荒くなった。けれど、死者は静かに首を振るだけだった。
「今行っても、初号機は君を避けるだけさ」
「! そんなこと…」
「落ち着いて思い出してごらん。これまで一度でも、初号機が自分から
 ああいう行動に出たことはあったかい?」
「…え」
すっと頭が冷えた。
その冷たさが一瞬で全身に降りた。周囲の音が消える。
エヴァが、自分から出ていった。
知らずに握りしめていた両手から、力が抜けた。
死者は少しの間黙り込み、そしてなだめるように言った。
「心配しなくても、初号機が君から離れることはない。…遠くへは行かないよ」
彼は茫然と視線を返した。死者は肩にかけた手に優しく力を込め、彼を促して、
なだれこむ光にそっと背を向けた。
今回はここまでです。
読んでくれた方、本当にありがとうございました。

今度こそ、たぶん、続きます。
待ってたよ。何があったか知らんけど、乙です。
ひとりあそびさんきたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
45063:04/04/07 01:34 ID:???
おかえりなさい
こんにちは。
読んでくださった方、書き込んでくださった方、ありがとうございます。
>>448さん、乙をありがとうです。「待ってた」でちょっと涙出ました。
上にも書きましたが、こっちには持ち込みませんから、大丈夫です。
>>449さん、来てくれてありがとうございます。計40個のあ…頑張ります。
あと40レスで終わ…りませんね、たぶん。
>>450の63さん、まだ見ていてくれてありがとう。本当に嬉しいです。
おこがましいけど、ただいま、です。

ちょっと私見です。
>>408の「名スレ」っていうのは、ここに書かれた駄文がどうこうではなく、
いつ来るかわからない逃亡野郎をこんなにも保守して待っていてくれた
皆さんを指してのことだと思います。
もうここは単なる個人のFFスレではなく、待っていた方みんなのものです
(というよりHPじゃなくスレっていう時点で初めからそうですね)
読んでやるかーと思った方、何かのきっかけで立ち寄った方、
良ければいつでもマターリとしていってください。
他の方の足跡があるのは何よりもありがたいですから。

では、一日空いてしまいましたが、続きです。
452ひとりあそび・90:04/04/08 14:14 ID:???
朝食の後、街を歩いた。
街中の探索、というよりは、エヴァのことが頭から離れないでいる彼をみかねて、
死者たちが連れ出してくれたという感じだった。
日ざかりの街には影が濃かった。
ビルの生み出す巨大な日陰、斜めにかしいだ信号機が描くねじれた暗線、
半開きで錆びついた射出口から覗く、明るいけれど底知れない薄闇。
絶え間なく砂の舞う中、街の作るものよりはずっと小さい影を足元に落としながら、
彼と死者は特に目標もなく歩き続けた。使徒は先を行く彼らから少し距離をおき、
護衛でもするかのようについてくる。
実際、護衛めいた役を務めた場面もあった。
ひときわ損傷の激しい建物の下を通り抜けようとしたとき、脆くなった壁面の一部が
突然剥落してきたのだ。彼が気づくより早く、使徒の腕が頭上に一閃した。
崩れた壁の破片はくぐもった音をたてて真っ二つに折れ、かなり離れた両側に落下して
大量の白い砂を巻き上げた。
驚いて振り向くと、使徒は既に腕を元のように折りたたんでいるところだった。
頭上の巨大な剥離跡と、砕けて砂溜まりに突っ込んだ分厚いコンクリート片を見比べ、
彼はごくりと唾を飲み込んだ。当たれば確実に死んでいる。
エヴァのいない自分がどれだけ無力なのか、今更のように思い知らされる。
けれど、死者はそれにも無感動な一瞥を投げただけだった。使徒の方はと言えば、
回避できた危険などもう関心はないらしく、立ち止まった彼を不審げに見下ろしている。
彼は思わず死者の方を見た。
「いつも…こんな感じなの?」
死者は砂の上に佇んだまま、ちらりとこちらを見た。
それが妙に人間離れしたしぐさに見えて、彼は思わず身体を強張らせた。
453ひとりあそび・91:04/04/08 14:14 ID:???
幸い、そう見えたのは一瞬だった。
「そうだよ。結構痛んだ建物も多いんだ。
 でも、僕らといれば心配ないよ」
死者の声は普段と変わらない。
安心しかけて、ふいに虚しくなった。普段って何だ? 何も知らないのに。
消えた筈の息苦しさがまた追いついてくる。表情の変化を悟られまいと、
彼は暑さを装って影の中に踏み込んだ。
すぐ横に使徒がいた。真上から、ぽっかりと抜けた床の層を通して、さらさらと
白い砂が舞い落ちてくる。使徒はそれを見上げ、興味を持ったのかちょっと頭を動かした。
どことなくエヴァのそれにも似た、単純で無心な動作だった。
「…この使徒、ずっと一緒にいるんだね」
「そう。一種の協力関係にあるというところかな」
砂を踏む足音が近づく。そっと窺うと、死者は使徒と同じ方を見上げていた。
「僕は一人で動き回るには少々非力だし、彼は僕の持つ言葉や知識に興味がある。
 それで、とりあえず行動をともにすることにしたのさ。大きな利害の対立でも起きない限りは
 このままでいるんだろうね」
死者は淡々とそう言い、使徒の黒っぽい横腹をぽんと叩いた。
使徒は気にするでもなくじっとしている。ヒトどうしの関係とは比べようもなくても、
それでもそれは、底に何か通い合うもののある、優しい光景だった。
もしかしたら彼とエヴァも、外から見ればこんな感じだったのかもしれない。
そう思うと、またかすかに胸が痛んだ。エヴァはまだ姿を見せていない。
454ひとりあそび・92:04/04/08 14:16 ID:???
その後も、目的のない散策は続いた。
昼の光の下で街を見るのは、昨夜思ったほどには辛くなかった。
本当に迎撃施設しか残っていなかったせいもある。学校に行くときや本部に向かうとき、
そういう普通に街を歩くときになじんでいた風景はどこにもなく、あるのは、戦闘時に
エヴァの中から俯瞰していた、対使徒要撃システムとしての街だけだった。
それでも、見覚えのある街角や通りが見捨てられ、日差しの下にさらされているのは、
やっぱりどこか寂しかった。
建物はどれも絶え間ない風と砂の浸食を受け、乾いてひびわれている。
色褪せた壁の標識。路面に書かれていた表示はもう読み取れない。錆びた地下ケーブル、
あちこち外れて転がるパイプ類。広い街路も、見上げるような超高層ビルも、今は
時間をかけて崩れていく廃墟でしかない。
彼方の白い平原に立つ砂煙と、かたときも休むことなく流れる砂、路上に揺らめく
陽炎の幕だけが、確実にここで“生きて”いるものだった。
時計も予定もない、長い長い空っぽの真昼。
不動の太陽が、まばゆい空いっぱいにいつまでも苛烈な光を放っていた。
踏み出すたびに足は白い砂に浅く潜った。
455ひとりあそび・93:04/04/08 14:16 ID:???
死者も使徒も、特別に慰めてくれることはなかったけど、ずっと彼の傍を歩いていてくれ、
そして彼が立ち止まったときには、歩き出せるようになるまで待っていてくれた。
それにずいぶん救われながらも、彼は痛いほど自分の孤独を感じた。
彼らもエヴァと同じだ。助けはしても、全部決めてくれるわけじゃない。最後には、
彼自身が自分で選び、決めなければならないのだろう。
前にエヴァとはぐれたときぼんやりと考えたことが、頭をかすめた。この妙な世界。自分。
目が覚めたとき、傍にいたエヴァ。終焉の予感。決断。
でもそれは、まだ自分一人だけのものだ。他の誰に頼ることもできない。
代わりに、彼は使徒たちのことを訊いた。
街にたどり着くまでに見たたくさんの使徒たち。大きさも形態もさまざまで、好き勝手に
この変な場所に住み着き、彼よりもよほどここになじんでいる彼ら。
彼らはどうしてここにいるのか、どんなふうに、ここで生きているのか。
死者という言い方はしなかった。そのことを訊ねられて、彼は、
ちゃんと生きているように見えるから、と答えた。
ここで、しっかり生きているように見えるから。
最後の死者は、じゃあ、僕も君もそうなのかもね、と、ほんの少し寂しそうに笑った。
「…そうじゃないのか」
訊き返す彼に、死者は何も答えなかった。
456ひとりあそび・94:04/04/08 14:17 ID:???
気がつくといきなりここに放り出されていたのは、使徒たちも同じだったらしい。
もともと一緒に生きるものどうしでもなく、最初は他の使徒の存在にパニックになって、
いろいろ争ったりしたこともあったという。
それでも、例えば蜘蛛使徒が峡谷を作ったり、魚使徒が湖の広さを知らせたように、
お互いがいることで、逆にここという場所のことがわかると気づいてきた。
自分が動けば、それに応えて世界がカタチを変える。自分の歩いた跡が世界になる。
他者は自分と同じではなく、互いに異質で、でも必ずしも脅威ではなく、
関わり合うことで世界は複雑さを増し、反発し合うことでその輪郭が決まる。
単調で何もない分、かつてあった世界よりも、そのことがずっとわかりやすいのだ。
時間はかかったものの、やがて、他者への興味が恐怖を排除しようとする衝動を超えた。
使徒たちはそれぞれに模索を始めた。そのうち、それは自分の形態にまで及んだ。
群れになってみたり、単体のまま孤立してみたり、擬似食物連鎖を作ってみたり。
その試行錯誤は、今も続いている。
死者はそんなふうに話してくれた。
「だから、本当に生態系ができているわけじゃないよ。
 複数の個体がいるように見えても、結局はひとつに統合された意識を持つ
 一種一体の存在のままなのさ。
 元のままだとどうしてもまた拒絶し合ってしまう。それで、例えば自分を細分化して、
 一回の接触をなるべく軽く、攻撃せずに済むレベルに抑えようとしている。
 意識が広がり、その分自分という認識が稀薄になれば、僕らみたいなものでも
 少しは他人を受け入れられるようになるからね」
日差しを避けて入ったビルの影の中に座り、死者は静かに話し続けた。
隣に座り込んだ彼は汗をぬぐい、持ってきた水を飲んだ。同じ炎天下を歩き続けたのに、
死者はあまり汗をかいていない。暑さも彼ほどには感じていないようだった。
使徒は容赦ない陽光をものともせず、砂の街路をあちこちつつき回っている。
457ひとりあそび・95:04/04/08 14:18 ID:???
真昼の大気は日陰でも粘りつくように重い。彼は投げ出した脚を引き寄せ、
立てた膝に顎を埋めた。
「…本当じゃ、ないんだ」
死者は薄闇の中でも白い顔を仰向け、軽く目を閉じた。
「そう、かつてあった生態系の真似事さ。
 食べることも、繁殖することも、僕らにとっては本当には必要じゃないし、
 もともと備わっている機能でもない。生きるための戦略ではなくて、その行為自体が
 ある意味でコミュニケーションなんだ。捕食したり捕食されたり、広がったり、
 駆逐されたりすることが、ここではそれぞれの一時的接触なのさ」
一時的接触。最後の頃、使徒がヒトに求めてきたもの。
彼は頭を起こして訊いた。
「…君は、どうしてるの」
死者は目をつむったままちょっと笑った。
「僕は一番ヒトに近いから、みんなのような無茶はしないよ。
 言葉というもので、かなり明確に自分の存在を定義できるからね」
「じゃあ、ずっと一人で?」
「そんなことはないよ。言葉はなくてもヒトに近い思考をするものはいる。
 彼もその一人だよ」
死者の指さす先で、使徒が気づいたようにぐるりと振り返った。
「…彼?」
「…性別っていう概念はないけど、便宜上ね」
彼はくすりと笑い、ミサトさんの家の“もう一人の同居人”のことを思い出して、
何の気なしに訊ねた。
「名前とか、ないの?」
死者はふっと瞼を開いた。
「一応、あることはあるよ。
 聖書に出てくる天使の名。神の使いの名前さ」
かすかに硬さの残る言い方だった。
彼は一瞬きょとんとし、気づいて息を呑んだ。
458ひとりあそび・96:04/04/08 14:22 ID:???
天使の名前。つまり、後からヒトがつけた名前。
ヒトの側から、使徒を識別するための名前。
“人類の敵”としての名前。
そして、目の前にいる相手も、その中にいた。入れられていた。
陽光を浴びた白い街路が、見ていられないほど眩しく光る。
事実よ。受け入れなさい。
出撃、いいわね。
…裏切ったな。
死者が先を続ける前に、彼は急いで強く首を振った。
「ごめん、やっぱそのことはいいよ。教えてくれなくていい」
「…どうしてだい?」
死者は頭をめぐらせて彼を見た。責める顔ではなかったけれど、目を合わせていられずに、
彼は視線を逸らした。
足元の砂を睨む。
声が甦る。何故殺した。何故殺した。殺した。
殺した。
彼はきつく膝を抱えてつっぷした。
あのとき、本当に裏切ったのは、そして裏切られたのは、誰だったのだろう。
「…もう、そういうの関係ないと思うから。
 忘れることはしちゃいけないし、できないよ。できないけど、でも、
 僕は、カヲル君っていう名前以外、知りたく…ない」
嘘だ。
怖いだけだ。厭なことから逃げているだけ。
思い出したくないだけだ。
忘れることはできない。当たり前だ。目を閉じても耳をふさいでも、死者たちはここにいる。
本当は、彼らからも逃げ出したいと思ってる。それだけなんだ。
だから、未練がましくエヴァを捜そうとしてる。エヴァに逃げようとしてる。
怖いから。
…怖いんだ。
459ひとりあそび・97:04/04/08 14:23 ID:???
ふいに、気配が近づいた。
反射的に、身体が逃れようとした。
けれどそれ以上距離は縮まらず、彼との間に小さな空白を保ったまま、ただ、
確かな手の感触だけが、そっと背中に置かれた。
「…死者の地は、そこに住む死者たちによって支えられている」
呟くように、声が語った。
「彼らが存在し続けることのみが、この脆弱な場所の崩壊を、存在の否定を防いでいる。
 他者の拒絶は、そのままここにいる自分の存在を脆くする。
 だからなのさ。それが僕らの模索、一時的接触の無限試行なんだ。無に呑まれないためには、
 たとえ苦痛をともなおうと、互いの存在を認めるしかないとね」
声は何の気負いもなく、衒いもなく、水のように流れた。
何かが崩れた。止める間もなく、身体が震えだした。
彼は膝を抱えたままぐっと両腕を掴み、必死に溢れそうになる涙をこらえた。
泣くなんて駄目だ。泣いたら、また甘えてしまう。自分のことしか考えなくなってしまう。
こんなことで許されるわけがない。
だってこんなことで、この手でしたことが消えるわけがない。
許されてはいけない。許せない。
そう、許せないでいるのは自分だ。
エヴァも、死者たちも、とっくに彼を受け入れてくれていたのに。
喉の奥がわなないた。彼は声を殺し、いっそう腕に力を込めて顔を膝に押しつけた。
「…だから君が僕を拒絶しなかったとき、本当に嬉しかった。
 死を選んだことに後悔はないよ。
 でもそれが、君を傷つけてしまうことはわかっていたから」
死者はそれを最後に黙り込み、動かない彼の背を、いつまでも静かに撫でていてくれた。
今回はここまでです。

…グダグダと気持ち悪い展開ですんませんでした。
読んでくれた方…ごめんなさい。

次回、やっと綾波レイがちょっとだけ(ほんとにちょっとだけ)登場です。
それでは、たぶん、続きます。
おはほしゅですひとりあそびさん
ぱそおちしてきのうのうちにできなかったほしゅ
おなじくほしゅ
で、ほしゅ
しゅー
みゅ
…こんにちは。
早速十日も空けて申し訳ありませんでした。
ほしゅしてくれた方、いつもすみません。
少しだけ続きです。
468ひとりあそび・98:04/04/19 16:43 ID:???
果てなどないような気がしていた、長い長い昼が終わる。
不動の一点だった太陽がいつか大きく傾くと、平原は一面の夕映えに染まり、
街は柔らかい金色の光に包まれた。冷え始めた大気そのものがかすかな明るさに満ち、
その澄んだ光の層を透かして、西陽が何条ものまばゆい束になって溢れ、影になった
ビルの彼方に融けた日が沈んでいく。
雲ひとつない空。
一日じゅう吹き続けていた風も完全に凪いで、水銀のような沈黙が辺りに降りている。
妨げるもののない、あまりにも壮大な日没は、同時に見る人の存在のない景色でもあった。
この夕焼けだけに限らなかった。晴れた空の怖いほどの深さも、なだれ落ちそうな星も、
真っ白な平原も峡谷も、ここはみんなそうだった。
実際に訪れる人がいるかどうかではない。それ以前に、誰かここを見る人がいるかも
しれないという可能性そのものを、最初から根こそぎ切り捨てているようなところが
ここの眺めにはあった。
そのくせ立ち止まって眺めていると、そうやって見られていることを嬉しがっているような
感じを受けることが、本当にごくたまにだけど、ある。
気づくとその感じはすぐ消えてしまう。こっちの方が逆に見られているようだった。
関心というほどではなくても、無関心でもない。閉じているようで開いている、それとも
こっちから少し押せば開いていきそうな、捉えどころのない繋がりの感覚。
期待などないし、信じてもいないのに、拒絶しない。
矛盾しているようだけどそうでもないのかもしれない。人が人に望むものと、
それはどこかであまり変わらないことのように思えるからだ。
街の上に広がる光は、言いようもなく寂しいけれど、でも、空虚ではない。
だから、彼はまだこの場所を死者の地と呼びたくはなかった。
本当はわかっていても、死者たちを完全にそうと決めてしまいたくないのと同じように。
469ひとりあそび・99:04/04/19 16:46 ID:???
空の光が薄れると、街のあちこちに明かりがともり始める。
もうかなりの数が壊れているとはいえ、幾つもの高層ビルや広い街路いっぱいに
人工の灯がどんどん点灯していくのはけっこう壮観だった。
不思議な安心感もあった。昼間よりは、まだ街が生きているように見える。
彼は歩きながら何度も頭を巡らせ、次々と増えていく頼もしい光の群れを見上げた。
ほら、この方が落ち着くもの。
唐突に声が甦る。
彼はかすかに目を見開き、それから一人溜息のように笑った。うん。その通りだよ。
こうしてると、まるでこっちが幽霊になったみたいだけど、落ち着くよ。
ひょっとして人がいるんじゃないかって気分になるからかもしれない。
「すごい眺めだね、これって」
先を行く死者に追いつき、横に並ぶ。
「そうだね…最初に見たときは驚いたよ。僕が知っているこの街は、
 もう放棄された後だったから、余計にね」
死者はちょっと考え込んで、そう答えた。
同じ人工の光の下にいるのに、死者の姿は昨夜のエヴァと違って少しも生彩を欠いた
感じがしない。むしろ、目の隅に映る彼自身の腕や足の方が、よっぽど色褪せて
生気がなかった。
「そっか、…そうだよね、あの後に来たんだから」
彼はまばたきして、目を逸らした。
また、記憶が形を取ろうとする。
水没したビル群。眩しい湖面に突き出している、電線のちぎれた電信柱。
その前にあった幾つかの出来事。
声が、沈みそうになる。
470ひとりあそび・100:04/04/19 16:46 ID:???
「…僕も、昨日ここを見つけたときは、ほんとびっくりしたよ。
 まさか知ってる場所があるなんて思いもしなかったから。明かりもあるし、
 一体あそこには何があるんだろうって思った。…ほんとは、電気系統が無事なら
 何かエヴァの助けになるかなって、そういうつもりだったんだ。
 実際は逆効果になっちゃったけど」
彼は一瞬声を呑み込み、それから何もなかったように続けた。
心もち声を張り上げて、明るく、なにげなく。とにかく喋り続ける。
そのうち、騒いで溢れそうだったものが少しずつ静かになっていった。何とか
深みにはまらずに乗り切れたようだった。
忘れたいわけではないけど、考え始めると、すぐに溺れそうになってしまう。
いつかは向き合わなければならない。でも、今はまだ駄目だ。昨夜や昼間のように、
自分のわだかまりを目の前の相手に押しつけて甘えるようなことはしたくなかった。
「でもさ、すごいよね。これがまだ全部生きてるなんて」
「完全に、ではないよ」
きょろきょろしている彼に、死者は少し苦笑して首を振った。
「僕が来た頃と比べてもいくらか明かりの数が減ってる。何度か、直せるかどうか
 調べたこともあったけど、どこも砂に埋もれてしまっていてね。送電ケーブルの先が
 どこに繋がってるかすらわからずじまいだった」
「…どこかから、勝手に電気が来てるってことなのかな」
「何とも言えないよ。近くにそれらしき施設や装置は見当たらないからね。
 今はこうして何事もなく動いてるけど、いつ急に電力供給が止まるかもしれない。
 どこかで事故や故障が起きても、僕らではどうしようもないしね」
死者は心なしか厳しい顔で、夜空にそびえる無人のビル群を仰いだ。
彼はその視線の先を追い、少しうつむいた。
でも、こうして街は存在している。
471ひとりあそび・101:04/04/19 16:48 ID:???
洪水のような街灯の光。濃くなってゆく闇の中にぼうっと青白い光が広がり、
その真下で、積もった砂がきらきらと白く輝いている。
やっぱり誰かがいるのかもしれない。彼が死ぬと困る誰か、彼をここへ連れてきたかった
誰か、どこかから彼の動きを見ている誰かが。その誰かが、この変な世界にわざわざ
この街を用意し、もしかしたら使徒たちをここに連れてきて、彼を迎えた。
いなくなった筈の人がいて、言葉を交わせるなんて都合がよすぎる。
空腹も、喉の渇きも、暑さや寒さもあって、歩けば疲れるし汗もかくし、生命の危険だって
当たり前にあるのに、やっぱり虚構のような世界。
何度か考えた問いを、彼はもう一度頭の中で繰り返した。
ここは、誰の世界なんだろう。
隣を歩く死者の顔をちらりと窺う。それから肩越しに、相変わらず後ろから
ついてくる大きな使徒の姿を確認する。
彼らじゃない。使徒たちはここで生きているけど、ここを造ったのは違う誰かだ。
使徒たちに出くわすまでは、ここは彼が自分で作り出した妄想みたいな世界だと思っていた。
だけど何度も使徒たちに出会い、襲われかけ、もういない人たちと話し、エヴァとともに
どこまでも歩いて、またわからなくなった。
ここは彼のための世界かもしれないけど、彼の世界ではない。
こっちの意思とは違う何かがある。風景そのものの中にある何か。見つめていると
誰かとふっと繋がるような、あの感じ。
あれは一体誰なんだろう。
住処にしているビルに帰り着き、その暗い内部に入りかけて、ふと彼は立ち止まった。
振り返ったそこには無人の街があるだけだった。誰もいないのに、さも誰かいるように
無数の明かりが煌々とともっている、空っぽの街。
なのに、視線を感じるような気がする。
エヴァのことが脳裏に閃き、思わずまた外に飛び出した。けれど、気配の先にあったのは
人でも使徒でもなく、昨日より少し遅れて昇ってきた月だった。
彼は茫然と真っ白な月を見上げた。
472ひとりあそび・102:04/04/19 16:53 ID:???
満月からわずかに欠けただけの月は明るい。でもここでは、街の灯に押されて
その光は少し遠かった。
彼はちょっと目をこすり、薄い月を見つめた。
人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきたわ。
ふいにまた声が甦った。
もうずいぶん忘れていたような言葉なのに、声は鮮やかだった。
そのとき、通りのずっと向こうの街角が目についた。
昼間は行かなかった辺りだ。その一角だけが、夜に呑み込まれたようにぽっかりと暗い。
目を凝らすと、明らかに倒壊しかけたシルエットが見える。
なぜか少し気になった。
「…闇がある」
「え?」
遅い彼を心配して戻ってきた死者に、彼は通りの先を指した。
「なんか、あの辺だけひどいみたいだから」
「…ああ、あそこか」
死者はちらりと視線を投げ、かすかに眉をひそめた。
鋭い影のようなものが白い顔をかすめ、ごくわずかに目もとが険しくなる。
こちらの視線に気づくとその表情はすぐに消えた。
「…どうしたの?」
「何でもないよ。あの辺りは損傷が激しくて、ビルがほとんど崩れてるのさ。
 危ないからあまり近寄らない方がいい」
それだけ言うと、死者はきびすを返して建物の闇の内部へ消えた。
慌てて後を追いながら、彼はもう一度暗い一角を振り返った。無数の灯が輝く中で
そこだけが黒く塗り潰されている。
彼は振りきるように目を逸らした。
473ひとりあそび・103:04/04/19 16:54 ID:???
真夜中、目が覚めた。
初めどこにいるのかわからず、彼は何度かまばたきを繰り返した。寝返りをうって
向きを変えると、隅の非常灯の青白い光が目に痛かった。
隣にいる死者は静かに寝息をたてている。かぶった毛布を動かさないよう
気をつけながら、彼は静かに起き上がった。
月明かりの溶けた夜気は冷たかった。離れた床の上に青く月光の筋が伸びている。
その射してくる先へ、目を動かす。
今朝初号機が消えた壁の切れ目から、満天の星と、光る街が細く覗いていた。
もしかしてエヴァが戻っていないかと目を凝らしてみる。けれど、いくら見つめていても
そこは空っぽのままだった。
彼はしばらくそのままの姿勢で息をひそめていた。
何となく、何かを待っているような感じだった。何を待っているのか自分でも
わからなかったけど、どういうわけかすぐに眠りに戻る気がしなかった。
床に映った月の光が少しずつ移ろい、やがて陰になって消えた。
彼は重くなってきた頭をなだめながら、浮遊する闇を見つめていた。
どのくらい経ったのだろう。ふと、彼は目を上げた。
何かがそこにいた。
目には何も見えていない。気配のような、息づかいのような稀薄な何か。
一瞬、死者たちのことを思った。でも、彼らのまとう凍りつくほどの寂しさは感じられない。
それはそっと彼に近づき、毛布の上に投げ出されていた右手に触れた。と、もうひとつの
手の感触が手のひらに滑り込み、かすかに握りしめてきた。
瞬間、全身が赤い海の中に戻った。
呼吸が止まった。
懐かしい手は少しの間そこにとどまり、ふいにまたするりと彼の手を抜けた。
「…っ」
思わず引きとめようとした手の中で感触は溶け、指は空を掴んだ。
気配は消えていた。
諦めきれず、彼は何度も室内を見渡した。月光も消え、濃い闇はしんと静まりかえっている。
夜の空気の冷たさが急に意識された。
彼は右手を持ち上げ、白く包帯を巻かれたそれをじっと見つめた。勝手に、声がこぼれた。
「…綾波」
…ガタガタですね。読んでくれた方ごめんなさい。
精進します。

たぶん、続きます。
さてほしゅ
みしゅ
めしゅ
もしゅ

移転uzeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
479ひとりあそび・104:04/04/28 13:14 ID:???
再び意識が戻ってきたのは明け方だった。
夜半の闇は夜明けの薄明かりに変わっていた。彼は毛布の中で丸くなったまま、しばらく
身じろぎもせずに目を見開いていた。かすかな空気のそよぎが顔を撫でる。外ではもう
いつも通りに乾いた風が吹き始めているのだろう。昨日と同じ朝の始まりなのに、
もうずいぶん長い時間が経ってしまったように、記憶が遠かった。
身体は動かさないまま、毛布の下の右手をそっと握った。少し緩んだ包帯がずれてこすれ合う。
手の中には何もなかったけれど、昨夜のあの感触ははっきりと思い出せた。
少しの間だけ繋がっていた手。
夢じゃないということはよくわかっていた。
彼は身体を起こし、隣で横になっている死者の方を見た。眠り続けるその顔はとても穏やかで、
呼吸すら、ほとんどしていないんじゃないかと疑うくらいに静かだった。
無意識に彼は自分の息づかいを抑えていた。まだ少し目を覚ましそうにない。
と、眠ったまま、死者はかすかに顔をこわばらせた。
苦しそうに眉が歪む。
はっとして身を乗り出したとき、ふいに周囲の空気が変わった。
あの、何かに見られている感じ。稀薄な視線。向こうがこっちの存在を意識しているという、
微妙な緊張感。いつもは感じない空間の広さが妙に実感をもって迫ってくる感覚。
彼はそっと息を吸い込み、思いきって振り向いた。
何もなかった。
昨夜月の光が流れていた床面は暗く、輪郭のない影が、部屋の向こう隅に
ぼやけてわだかまっているだけ。あっちじゃない。
震えるような存在はまだ彼の動きを待って息をひそめている。
彼は一度死者を見下ろしてためらい、それからそっと毛布を抜け出した。
480ひとりあそび・105:04/04/28 13:14 ID:???
外に脱ぎ捨てられていた靴を、なるべく音をたてないように履き、しゃがみこんだまま
辺りをひとわたり見回す。室内に満ちた気配が、彼の動きに合わせてかすかに近づいたり
退いたりを繰り返す。それを追ううちに、目がある一点で止まった。
ぼんやりと明るんだ壁の裂け目。
ゆっくりと立ち上がり、彼はそこに近づいていった。かすかな揺らぎはその向こうへ消え、
それきり戻ってこない。
狭い隙間に踏み込むと、足元に溜まった砂が音をたてた。強い風が正面から吹きつける。危うく
バランスを崩しそうになり、彼は慌てて隔壁にしがみついた。その姿勢のまま、まず下の
街路をざっと見渡す。夜明けの街は室内と同じ曖昧な影に浸され、消え残った灯がひとつふたつ
遠くににじんでいるだけだった。動くものがないのを確かめてから、今度は真下に目を向ける。
その途端、両脚がすくんだ。
ここがかなりの高さにあることをすっかり忘れていた。薄闇に沈んだ街路は心細いくらい遠く、
おまけに光が乏しいせいでよく見えない。壁を掴む指が情けないほど震えた。
眩暈がしそうなのをこらえ、何とか視線を引き戻す。
と、すぐ横の外壁に、非常用のタラップがあるのが目に入った。上へ続いている。
彼は頭だけ外に突き出してタラップの先を見上げた。壁に外付けされた鉄の梯子は、塗装も剥げ、
だいぶ錆びついていたが、掴んで揺さぶってみるとまだしっかりしていた。不規則な形の
壁に沿ってほぼまっすぐ上に伸び、途中から、隣のビルから倒れてきたらしい瓦礫にふさがれて
先が見えなくなっている。行き止まりなのか、それともさらに上に抜けられるのかは
下からでは判断できそうになかった。
ビルの壁に斜めに切り取られた空はがらんとして暗い。
彼は何度か梯子の強度を確かめてから、最初の一段を掴んで登り始めた。
481ひとりあそび・106:04/04/28 13:16 ID:???
最初は恐る恐るしか動けなかったものの、慣れてみれば、下手に下を見なくて済む分
登るのはかなり楽だった。問題は手の火傷で、なるべく傷のひどい部分を避けるようにしていても
十段も登るとしつこく痛み始めた。かと行って途中で手を放すわけにもいかない。彼は
指先だけ引っ掛けたり手首を使ったりして痛みをなだめながら、少しずつ登攀を続けた。
やがて、視界をふさいでいた瓦礫が目の前に迫ってきた。
梯子段に両腕を突っ込むようにしてつかまり、暗がりの中へ目を凝らす。これで駄目だったら
また一段ずつ下へ降りていく羽目になる。少しして、彼はほっとして息を吐き出した。
巨大な瓦礫は建物の外側にかぶさるように乗っかっていて、壁に密着しているわけでは
なかった。少なくとも、人一人が通り抜けられるくらいの隙間はある。瓦礫そのものも
相当分厚くて頑丈そうな上に、両端はそれぞれこのビルと隣のビルの突起部にしっかり
引っ掛かっていて、突然崩れてくる心配もせずに済みそうだった。
と言っても、瓦礫のかぶさったトンネル状の部分は真っ暗で見通しが利かない。ずっと上に
かすかな冷たい光が射しているものの、幅が狭いこともあって、登っていくには普通に両手を
使うほかなさそうだった。
彼はだいぶ汚れた包帯を見つめ、井戸の底から見える光のような屋上の明るみを見上げた。
と、ふいにそのぼやけた光がかげり、また明るくなった。
彼はまばたきし、再び目を凝らした。何かが光の輪の中を横切ったらしい。
それに重なるように、またあの視線の気配が満ち、消えた。
上だ。
彼は遠い光を見つめ、軽く息を吐き出すと、ぐいっと次の一段を掴んだ。
482ひとりあそび・107:04/04/28 13:17 ID:???
すぐに全身が暗闇に呑まれた。
伸ばした指が見えない瓦礫の表面をこすり、壁にぶつかる。
閉じ込められているという感覚が背筋を凍らせた。息がつまりそうになって下を振り向くと、
外は明るくなりかけているものの、彼のいる内部までは光は届いてこない。
小さく区切られた視界の中で、ぼんやりしたモノトーンだった壁はわずかに色づき、
その下に覗く街路も本来の色調を取り戻してきている。もうまもなく日が昇るのだろう。
早く戻らないと、残してきた死者に余計な心配をさせることになる。
彼はぎゅっとまぶたを閉じ、開いて、手探りで登るピッチを上げた。
タラップは途切れずに続いてくれている。けれど、速度を上げた分両手の痛みも激しくなった。
手のひら全体が焼けるように熱くなり、何かにかするだけでずきりと刺すような痛みが走る。
しばらくはそれも何とか我慢できたが、そのうちさらにひどくなってきた。
頭上の光はなかなか近づいてこない。おまけに明け方の薄闇のせいで距離感が掴めず、
次第に集中力が途絶えてきた。手の痛みばかり頭の中いっぱいに広がってくる。息が荒くなり、
耳元で心臓が暴れているような気になってくる。うるさいほどの鼓動に合わせて、
熱を持った傷口が小刻みにねじれる。
何が何だかわからなくなってきた頃、ふいに光が両目を射た。
思わず目を閉じかける。その瞬間、感覚が狂い、タラップを掴み損ねた。
ぐらりと身体が傾いた。
光が消え、上半身が宙に浮く。足が滑る。身体じゅうがざあっと冷たくなった。
落ちる。
と、背中にどんと衝撃が叩きつけられ、ぐらついた身体が止まった。
そのまま、凍りついた何十秒かが過ぎた。
ミホ
484ひとりあそび・108:04/04/28 13:18 ID:???
闇の中で、彼は意味もなく視線を泳がせた。完全に自分のいる位置を見失っていた。少しでも
身動きすればすぐにまた落下が始まる、根拠もない強迫観念が全身を支配する。息苦しさが
重い塊になって膨れ上がり、でも深く息をすれば身体がずり落ちるような気がして、
ろくに呼吸もできない。喉がつまる。口の中はからからだった。どこかもわからない上から
ぱらぱらと砂粒が降ってきてパニックに拍車をかけた。
ひたすら鼓動を数え、呼吸を鎮めようとしているうち、少しずつ頭が冷えてきた。
よく見ると、周りは真っ暗ではなかった。見上げると上方、思いがけないほど近くから
ほのかに光が射して、暗闇をぼんやりと薄めている。さっき見えたのはあれだったらしい。
周りが見えるとわかると、閉塞の恐怖は急速にしぼんでいった。
彼は恐る恐る身じろぎすると、痺れた手を伸ばし、背後を探った。
壁がある。
平らでごつごつした壁が、斜めになった身体を支えていた。
少し考えてわかった。建物の外壁の上にかぶさっていた、あの巨大な瓦礫だ。上に行くほど
壁との隙間が狭くなっていて、登りながら寄りかかれるほどになっていたようだった。
彼は淡い光を見上げ、ふうっと息をついた。手足のこわばりがゆっくり溶けていく。
そのままへたり込みそうになるのを抑え、彼はそろそろと腕を動かして、手の届きそうな
タラップを探った。首に力を入れて身体を支え、静かに突き出した手を少しずつ下げていく。
腹の辺りまで手を下げたとき、覚えのある鉄棒の感触が手のひらに当たった。
すかさず握りしめ、上半身を起こす。
狭い中で身体を曲げるのは大変だったが、何とか体勢を直し、もう一度身体を持ち上げた。
手を伸ばす。今度はしっかりと次の段を掴めた。そのまま全身を引き上げる。
さっきの光が正面にあった。
タラップはそこで終わりで、瓦礫の壁が半ば覆いかぶさった向こうから、外の光が射していた。
485ひとりあそび・109:04/04/28 13:19 ID:???
「…出口だ」
呟き、ざらついた床面に両肘をついて屋上へよじ登る。やっと全身が床に乗ったときには
思わず力が抜けた。這うようにして瓦礫を抜け、ようやく立ち上がった目に、
夜明けの空が広々と明るかった。
彼はかすかに吹きつける風の中に踏み出し、辺りを見回した。
ひんやりした朝の空気が手のひらの痛みを冷ましていく。
それほど広くない屋上に、やはり隣のビルから崩れてきたらしい幾つもの瓦礫が
高さも幅もまちまちな壁や階段になって横たわっていた。もともとあったらしい設備は
その下に埋もれて見つけようもない。夜明けの曖昧な光の下で、瓦礫の折り重なる屋上は
不思議と統制の取れた、無人の庭園のような秩序立った静けさを湛えていた。
その中心に、それが立っていた。
目に見える形はない。でも、誰かがそこにそっと佇んでいるのが、わかる。
記憶の中の姿が、一瞬目の前の風景に重なった。
彼は息を呑み、両目を見開いて、静かにそこに立つ気配を見つめた。
頭の中は真っ白だった。何か言いたいのに、声が出ない。動くこともできない。そのくせ
このまま身動きもせず立ったままでいたい気持ちもあった。動いたら、その瞬間
そこからいなくなってしまうような、奇妙な恐れが全身を掴んでいた。
相手もじっと立ちつくしたまま、身じろぎひとつしなかった。
空の光だけが刻々と明るさを増していった。
ふいに、暖かなものが頬に触れた。顔を向けると、見渡す兵装ビルの谷間の彼方から、
最初の陽射しが流れ出したところだった。
静謐の中に佇んでいた気配がふっと稀薄になった。振り向いた瞬間、それは
光を避けるように、瓦礫の作る高い壁の向こうにすいと消えた。
「…っ」
呼び止めようとして、できなかった。
とっさに後を追った。転びそうになりながら積み重なった瓦礫を踏み越え、壁の裾を
回り込んで反対側に飛び出す。と、彼はその場でぎくりと立ち止まった。
486ひとりあそび・110:04/04/28 13:20 ID:???
広い空間が開けていた。壁の向こうは屋上のはずれになっていて、崩れもほとんどなく
元の床面が見えている。その端、ビルの角にあたる場所に、ほぼ真横から射し込む光を浴びて
初号機が屈み込んでいた。
光る羽根が一本、いつものように背中から長く伸びて、朝の風にたゆたっている。
初号機は息を弾ませている彼を認め、滑らかに立ち上がった。
彼は口を開きかけ、閉じた。
見つけたら言いたいことはいろいろあるつもりだった。訊きたいこともあったし、いきなり
彼を置いていったことに、ひとことくらい言ってやるとも思っていた。
でも実際にエヴァを前にすると、そんなものはきれいに消えてしまった。
初号機は半身を昇ったばかりの日の光に浸し、壁の落とす長い影の領域の向こう岸から
まっすぐに彼を見ている。こちらへ踏み出してくるでもなく、かと言って背を向ける
わけでもなく、ただその場でじっとしている。
そのあまりの変わらなさに、気が抜けた。
なんだかどうでも良くなった。ひとりでに笑いが込み上げてくる。彼はその場に
突っ立ったまま、こらえきれずに肩を震わせて笑い出した。
エヴァはどこにも行かない。近づいたり離れたりするのは彼の方で、エヴァはいつも
同じ場所にいる。そのことが、何だかとてもおかしくて温かかった。
エヴァはしまいに身体を折って笑い始めた彼を困惑したように眺め、凶悪な造形の顔を
ちょっと傾けた。絶え間なく吹きつける風に、光の羽根がきらきらと跳ねて流れる。
と、エヴァの立つ同じ影の向こう側に、再びほの白い気配が降りた。
さっきよりもずっと稀薄で、意識を凝らさなければすぐ見失ってしまいそうな、
存在の名残のような揺らめきだった。
487ひとりあそび・111:04/04/28 13:21 ID:???
彼は涙のにじんだ目を上げ、佇む二つの存在を見つめた。
彼らの無言の存在感が快かった。
ヒトというには、あまりにも遠い。でも、彼らも人だ。
彼と同じ人。人間。他人の間で揺らぎ続ける、曖昧で不安定な、不安な存在。その立つ場所、
見える世界が少し違うだけだ。
そう、別にカタチがなくても変わらない。そこにある気配、息づかい、澄んだ強い視線、
それは目では捉えられなくても、かつて知っていた頃と何も違わなかった。
静かで優しいものが身体の奥を満たした。
彼はしっかりと足を踏みしめて向き直り、ためらいながら、二人に手をさしのべた。
「…おかえり」
綾波。
そこにある気配が、かすかに震えた。
何かが、ほどけそうになる。けれどそうなる前に、ふいにそれはまた息を止めた。
初号機の目つきが変わる。彼はたじろぎ、気づいて背後を振り返った。
壁の下、彼のすぐ後ろに、あの大きな使徒が粛然と立っていた。強靱な刃になる両腕は
肩のところにひっそりとたたまれたまま、攻撃してくる気配はない。
エヴァは警戒心を隠そうとしない。背中の羽根がふわりと舞い上がり、傍らの稀薄な存在を
かすめて鋭く揺らめいた。
巨大な両者に挟まれ、彼はどうしていいかわからずにエヴァを見、使徒を見上げた。
すると、使徒の片腕がぱらりと広がり、もと来た方を指した。
示されるまま視線を向ける。半分以上影になった、壁の向こうの薄暗い虚ろな瓦礫の隙間。
誰もいないのに、唐突に残してきた死者のことが胸を刺した。彼はうろたえて
エヴァの方を向いた。
488ひとりあそび・112:04/04/28 13:22 ID:???
初号機は警戒を緩めず、さっきの彼のように、こちらへ片手を差し出していた。
長く伸びる影を挟んで、彼は立ちすくんだ。
エヴァが急かすように腕を伸ばす。その少し後ろに、まだ儚い揺らぎはとどまっている。
そして背後には、白い砂の崩れる空っぽの街。
「あ…」
勝手に顔が歪んだ。
彼は追われるように振り向き、エヴァを見つめ、手が空を掴み、耐えきれずにうつむいた。
ふっと空気が虚ろになった。
かすかな寂しさがさざなみのように辺りを満たすのが、はっきりと感じられた。
いっぱいに見開いた両目に惨めな両脚が映る。動けない。どちらへも。
手の痛みがそこだけ別の生き物のように重く脈打っている。
長い沈黙の後、彼はかろうじて声を絞り出した。
「…ごめん」
無理矢理ねじ上げた視線の先で、エヴァの手が揺れ、下ろされた。
彼は駆け出しそうになる身体を強く抑えた。何度も迷い、結局小さく首を振る。
「一緒には行けない。僕はまだ、ここを出ていけない。
 …置いていけないよ」
使徒を振り返る。
死者をこの緩慢に滅びていく街に残していくことを考えただけで、全身を鋭い痛みが貫く。
でも意識の別の部分は、すぐにでも彼らの方へ行きたいと叫んでいる。
頭の中で欲求と恐れがめちゃくちゃにせめぎあって、今にも引き裂けそうだった。
どちらも身を寄せたいくらい怖く、逃げ出したいほど大切で、だから一歩も動けない。
どこにも、行けない。
489ひとりあそび・113:04/04/28 13:23 ID:???
「選べないよ。どっちを選んでも、選ばれなかった方を置いていくことになる。
 まだ、僕にはできないよ。そんなことしたくないんだ。
 決めるなんて勝手すぎるよ。でも、決めないのはもっと身勝手で、わかってるのに、
 どうしようもないんだ。もう誰かを一人で置いていったりなんかしたくない。
 それがどんなに辛いか、…今は、少しはわかる気がするから」
彼は再び光の中のエヴァを見、朝陽に溶けた気配を捜した。手を伸ばしたかったけれど、
もうできなかった。泣き出したいほど、それが辛かった。
「だから、まだ行けない。…ごめん」
何度も目を逸らしてしまいそうになりながら、彼は言葉を押し出した。
エヴァは角のある頭部をかすかにうつむけた。光の羽根が流れ、そこに包まれていた震えが
揺らめき、薄れ、冷たく澄んだ朝の大気の中に消えた。
真新しい痛みが喉の奥を突き上げた。
使徒が近づき、鋼板の腕の先が肩を取り巻いた。彼はただエヴァを凝視していた。目を離せなかった。
エヴァはこちらを向いたまま一歩退き、使徒に向かってほんの少し頷いた、ように見えた。
それから昨日のように身をひるがえした。
光る羽根がゆらりと宙に躍り、ほどけて流れたと見る間に、もうエヴァはそこにいなかった。
立ちつくす彼の背を使徒が軽く叩いた。彼は放心した顔で使徒を見上げ、
うつむいて唇を噛んだ。
もう一度空っぽの屋上を見つめ、背を向ける。
「…戻ろう」
先に立って振り返ると、使徒は何も応えず、無言で彼の後をついてきた。
490ひとりあそび・114:04/04/28 13:24 ID:???
帰りはタラップをたどるのではなく、使徒に掴まれて下まで降ろされた。
一度は自分で降りると主張したのだが、使徒は例によって無言のまま、彼の両手を指した。
見下ろして絶句した。両手の包帯は無茶な登攀ごっこでぐちゃぐちゃに乱れ、砂や埃が
傷口に入り込んで、かなりひどい有様になっていた。真っ黒になった手のひらに
あちこち血がにじんでいる。感覚は痛いのを通り越してよくわからない鈍い疼きに変わっていた。
我ながら呆れた。まさかここまでとは思っていなかったのだ。というより、
そんなこと気にしている余裕がなかったのだろう。
彼はおとなしく使徒に従った。あれだけ苦労した道のりが、帰りはわずか十秒たらずだった。
隔壁の合間から入ってすぐのところに死者が待っていた。死者は黙ったまま彼を迎え、
黙ったまま彼を見つめ、そして黙ったまま両手の惨状に顔をしかめ、謝りかけた彼を制して
有無を言わせず手当にかかった。その間も終始無言だった。
彼は何度か口を開こうとしたが、結局何も言えずに終わった。
手当てが済み、新しい包帯をきちんと巻き終えると、死者は大きく溜息をついた。
そうしようとしたのではなく勝手に息が出てしまった感じだった。向かい合った箱の上で
彼は余計に身をちぢめた。
「…君は僕には予想もつかないようなことをするね」
死者は仕方がないな、という口調で呟いた。その声の中の、かすかに傷ついたような響きに、
彼はなすすべもなく黙り込んだ。
こちらを見つめる死者の目は優しかった。
「…ごめん」
やっとのことで、それだけ答えた。死者は首を振った。
491ひとりあそび・115:04/04/28 13:26 ID:???
「君が謝ることはないよ。僕は君を止めない。その権利もないからね。
 確かに僕は君を必要だと感じているけど、でも、僕の孤独は僕だけのものだ。
 そのことで、君が僕に縛られる必要なんてないのさ」
彼は言い返そうとし、力を失って、まっすぐ揃えられた死者の脚を見つめた。並んだ
膝の上で形のいい両手が組まれ、かすかに力がこもり、緩む。
「でも、…僕は、カヲル君が寂しいなら、辛いんだ。
 自分のためかもしれない。でも、もう誰かを一人にするの厭なんだよ。
 …せっかく、もう一度会えたのに」
惨めな言葉を吐き出す。と、ほどかれた指がすっと伸びてきて、軽く彼の手に触れた。
彼はされるまま力を抜いた。死者は少しの間、そこに手を置いていた。
それから身体を引き、真正面から彼の目を覗き込んで微笑した。
「君があのまま初号機と行かなかったのはそのせいか。
 そう思ってくれるのはとても嬉しいよ。だけど、その同じ理由で、
 君は彼らのことも放っておけないし、捜し続けるのをやめない。そうだろう?」
彼は無言で頷いた。
492ひとりあそび・116:04/04/28 13:27 ID:???
死者は静かに微笑むと立ち上がった。
透明な朝の光が肩の線を眩しくふちどる。彼は思わず後を追おうとし、
そうできずに硬直した。
屋上で手を伸ばせなかったのと同じだ。もう、昨夜までのように
何の躊躇もなく近づくことはできないのだろう。
迷ってから、声だけを投げかけた。
「僕は…まだ、どこにも行けないと思う。
 それでも…いいの」
死者は振り返った。
「いいのさ。君は望むだけここにいていいんだ。
 そして僕も、それを望んでいる」
翳りのない表情。
息を呑む彼の肩を、傍らに佇んでいた使徒がつついた。
見上げると、使徒は目のない仮面のような顔をちょっとひねり、その巨体からは
想像もつかない機敏さで、その場でくるりとひと回りした。
どうやら慰めようとしてくれているらしかった。
彼はあっけにとられて目を丸くし、それからようやく、少しだけ笑うことができた。
……ああ…自分でも何やってるのかわかんなくなってきた…
読んでくれた方、毎回毎回、申し訳ないです…
あと少しで、終わることは終わると思います。駆け足をあと一回、
それから山ひとつ、でたぶんエンディングです。

>475->478 ほしゅにんさん
いつも本当にありがとうございます。お陰様で鯖移転落ちも無事免れました。
なんとか保守の回数を減らせるよう、もうちょっとペースが上がればいいと
…思っては…いるんですが。すみません。
>483さん
この時間からありがとうございます。書き込んでくれて嬉しいです。

たぶん、続きます。
ひとりあそびさんもつかれさまですほしゅ
めーでーほしゅ
おくれほしゅ
たんごのほしゅ
すいみんほしゅ
こんばんこれないのでほしゅ
二週間… orz
しかも全然駆け足じゃないです。
いつも以上に長くてくどいので、時間がある方だけお読みください…

>ほしゅにんさん
いつもいつも本当にありがとうございます。
あと猫画像すみません。速攻で保存いたしますた。
502ひとりあそび・117:04/05/11 15:21 ID:???
こうして、街での奇妙な暮らしが始まった。
太陽は日々白い平原の彼方から昇り、影の底に沈んだ街を照らす。長く伸びた影が
少しずつ縮まり、そびえる廃ビルの真下に黒く刻まれると正午。そのあと影は
巨大な日時計のように埋もれた通りをなぞり、最後にはたそがれの平原いっぱいになって、
青い夕闇に溶け込んでいく。
目を覚まし、街を歩き、ビルの陰で休み、空腹を満たし、隣り合って眠る。
単調といえば単調な生活だったけれど、何もないわけではなかった。
ひとつには、言葉を交わせる相手がいること。お互い熱中するほど話し込んだりは
しなかったけど、たまにぽつぽつと声をかけあったり、ときには黙って傍にいるだけで
彼には充分だったし、そうできる相手だということもわかっていた。
もう、眠るとき一人で記憶に溺れそうになることはあに。真昼、耳がおかしくなるような
静寂の中で、行き場のない思考の渦を抱えて耐えることもない。繰り返し襲ってくる
後悔と自己嫌悪を、ひたすら歩き続けて無理矢理紛らわそうとすることもない。
それでも、彼は一人だった。
寂しいとか疎外感を覚えるというのではなかった。ただ他人がいることで、自分のこと、
自分が自分だということを何度も噛みしめるようになった。他人との境界で形づくられ、
他人と触れ合うことで意識される、それ自体では曖昧なだけの、自分というもの。
そのせいなのか、彼はエヴァと、エヴァとともにいる筈の綾波のことを
頭のどこかでずっと考え続けていた。そしてそれが、ここでの時間を“日常”に
変えきれずにいる、もうひとつの原因だった。
結局、初号機とだけいたときは、自分の内側でだけもがいていたようなものだったの
かもしれない。エヴァはいつも一歩退いたところにいたし、彼自身もエヴァのことを完全には
他人だと意識できていなかった。でも今は、使徒たちがいることで、少しは
自分の外側へと目を向けられるようになってきた気がする。あの朝、初号機のことを
一個の他者として考え始めていたのは、きっとその現れのひとつなのだろう。
それは居心地の良かった世界がゆっくりと拡散していくような、少し心細い変化だった。
503ひとりあそび・118:04/05/11 15:22 ID:???
街の真昼は暑い。
それを少しでも避けようと、彼はよく街中にある池に通った。
池というのは陥没したビルの陰にある一角のことで、地下収容用の基部の跡に
破裂した水道管から勢いよく噴き出る水が溜まって、小さいが深い水辺を作っている。
パイプラインの先は峡谷の湖かその地下水脈あたりに繋がっているらしく、場所自体が
日陰になっていることもあって、いつ行っても、身震いするほど冷たい水が
半ば沈んだ壁面を洗っていた。
風もなくうだるような日はここで一日過ごした。泳ぐのは相変わらず苦手だったが、
前よりは抵抗なく水に入ることができるようになった。水面の真ん中辺りで顔を出し、
高みを仰ぐと、崩れた建物の骨組みを透かして底知れない空が覗いた。
使徒たちはついてきたりこなかったりした。特に大きい使徒は、水に入るという発想自体が
理解しがたいのか、不器用に泳ぐ彼を外から不可解そうに眺めるばかりだった。
が、一度、ついに意を決して突入を敢行したことがあった。ものすごい水音に驚いて振り向くと、
使徒が崩れ残った床層の上から飛び込んできたところだった。
一瞬、湖底から浮上してきた青い使徒の、見上げるような威容を思い出した。が、こっちの使徒は
逆に真っ白な水しぶきとともに水面下に沈み、そして、浮かんでこなかった。
彼は慌てて水の中に潜った。使徒は途中で倒れた建材の角にひっかかってもがいていた。
何とか近づき、ゆっくりと暴れる腕にひやひやしながら引っぱり出すと、使徒は猛烈な勢いで
水面に突進し、崩れた天井の辺りまで舞い上がるなりどこかへすっとんでいった。
取り残された彼は上下するうねりにもまれながらそれを見送った。結局、使徒は
二度と水に近づこうとしなかったが、それ以来、何となく彼への態度が変わった
…ような気がした。
死者の方はというと、最初に案内してくれたとき以外、あまり同行しようとはしなかった。
来ても水には入ろうとしない。泳げないわけではないようで、たまにふいといなくなっては
髪を濡らして帰ってくることがある。
それとなく訊いてみると、怖いんだ、と洩らした。
504ひとりあそび・119:04/05/11 15:23 ID:???
「水そのものを恐れているわけではないのさ。でもときどき、この水もどこかで
 あの海に繋がっているかもしれないと考えてしまうことがあるんだ。
 一人のときは何とも思わないし、君と一緒でも、別に何が起こるわけでもないことはわかってる。
 …でもね」
死者は言いかけてやめ、振り向いて、笑ってくれていいよと言った。
「何とか治そうとはしてるんだけどね。…それとも、今のままの方が気楽でいい?」
自分を突き放すように言う死者の向こうで、水の上の光がきらきらと揺れ動いた。
何となく、腹が立った。
「気楽って、そんなことないよ。僕は別に、カヲル君が一緒でも構わないし、
 そんなの気にしたりしないよ。
 それで何も起こらないってはっきりすれば、その方がずっといいじゃないか」
少し強い調子で反駁すると、死者は驚いたように黙り、ふいに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「…そう、そうだろうね。
 何しろ、今更恥ずかしがる仲じゃないわけだし」
「え?」
訊き返した途端、本部の浴場でのことが脳裏に広がった。彼は真っ赤になった。
「い…いいいきなり何を言い出すんだよ!」
「ごめんごめん」
死者は謝りながらも笑い出し、怒った彼に追いかけられて慌てて退散した。彼は一人になっても
むくれ続け、落ち着いてからやっと、答えをはぐらかされたことに気がついた。
ちょっと落ち込んだ。でも、そのうち思い直した。彼が自分のことでそうであるように、
たぶん少し時間の要る問題なのだ。話す気があれば、いつかきちんと伝えてくれる。
彼は静かに波を寄せる水面を見つめ、それからなぜか少し残念に思っている自分に気づいて、
しばらく一人で焦った。
505ひとりあそび・120:04/05/11 15:24 ID:???
池のもうひとつの用途は洗濯である。
生きている以上汗はかくし、街を歩き回っていればそれなりに汚れる。湖にいた頃と
同じく、彼はできるだけこまめに洗濯を習慣づけることにした。こういうことは
一度やめるとずるずるとそのままになってしまう。
何とかそれでやりくりしていくつもりだったが、あるとき、使徒が埋まったシェルター跡から
替えになりそうな衣類を見つけてきた。作業着らしいオレンジ色のつなぎに、なぜか
裏地のついた防寒服、フードつきのレインコートなどなど、どうしてここにあるのか
わからないものばかりだったが、彼は深く考えないことにした。
これも何かのルールの一部なのだろう。少なくとも彼にはまだそれが読めないし、
拒絶するだけの余裕もない。
ただ、困ったことにそれらは全部大人用のサイズだったため、身長の足りない彼が着ると
明らかにだぶついた。彼よりは多少上背のある死者にしても似たようなもので、
試しに着てみた途端、お互いの格好に吹き出すはめになった。
その夜更け、彼は目覚めるたびに闇に目を凝らし、夜の向こうにいる誰かのことを考えた。
ここを見ている筈の、この虚構を造り出した誰かのことを。
506ひとりあそび・121:04/05/11 15:25 ID:???
手の火傷は少しずつ癒えていった。簡単な、というより完全に素人の治療しか
できなかったためにきれいには治らず、日ごとに小さくなっていく傷の周りには
大きく引きつれた痕が残った。それでもよく化膿せずにちゃんと治ったと思う。
元の皮膚より少しピンク色がかった傷痕は、初号機の尻尾羽根を掴んだ形そのままに
手のひらを大きく斜めに横切って走り、最後にエヴァに乗ったときの、エヴァとともに
両手を槍で貫かれて生まれたあの丸い赤黒い痣をすっかり消してしまっていた。
そのことに気づいたとき、彼は何度もそれを確かめずにはいられなかった。手の甲側に
残っていた痣も、ここの強い日射しに焼かれて薄れ、周りの肌の色とほとんど
見分けがつかなくなっていた。
いつまでもしげしげと手を覗き込んでいる彼に、死者は呆れたような目を向けた。
「あまり触らない方がいいよ。まだ完治したわけじゃないんだし」
「そうじゃなくて…その」
彼は言いよどみ、言葉につまった。説明しようにもうまく伝えられそうにない。なにしろ
自分でもよくわからないのだ。解放感のようでもあるし、何かが欠落したようでもあり、
それでいて何でもないという気もする。要するにそれが、あらゆるものを巻き込んで過ぎた
あの出来事に対する、今の一応の気持ちなのかもしれなかった。
彼はちょっと顔をしかめた。
「…両手を繋がれて引きずられるのって、いい気分じゃないなと思って。
 どこに連れていかれるにしても」
それだけ答えた。死者は何かを思い出すような表情になり、ほんの少し眉をひそめて、
そのようだね、とだけ返し、沈黙した。
治りきらない傷痕は新しい包帯を巻き直すと見えなくなったが、それでもその下で、
あるかなきかのかすかな痛みが、いつも消えることなく疼き続けた。
507ひとりあそび・122:04/05/11 15:25 ID:???
街での生活にあまり不満はなかったが、ただひとつ困ったのが食事のことだった。
非常用の糧食は栄養価については文句なしではあるものの、死者が最初に言った通り、
なんというか思いっきり味気なかった。
一応、改善を試みるべくいろいろやってみはした。湖まで遠出して流木を集め、それで
火をおこして温めてみるとか、水に溶かして煮てみるとか。が、結局うまくいかない。
せめて塩でもあればと思いついたけれど、まだ誰かがいるかもしれない赤い海から
とってくる気は、いくらなんでも起きなかった。
ぼそぼそした固形口糧をかじりながら、彼は湖で食べた魚使徒の味を思い出して
溜め息をついた。でも、何の余裕もなかったあのときと、必要なだけ栄養を摂れる
今は違う。その気がなくても、食べる、ではなく殺すになってしまうだろう。
使徒たちの方は、そんなこと気にしないのかもしれないけど。
実際、訊いてみたら笑われた。
「本気で死にたくないと思ってたら、すぐに逃げているよ。でもそうじゃなく、
 彼らは常に君らの手の届くところにいたんだろう?」
「…あ」
今更のように気がついた。湖の傍にいた頃、昼の酷暑や脚の痛みに悩んだことはあっても、
食べる魚使徒に不自由したことは一度もない。
「だから、そういうことだよ」
死者はどこか慈しむような口調でそう言い、頬杖をついて彼方の峡谷へ目を向けた。
508ひとりあそび・123:04/05/11 15:26 ID:???
いつのまにか、街には使徒が増えていた。
ある朝街路に降りていくと、歩道の端に、両手で持てるくらいの青い使徒が十個ほど
行儀よく並んで待っていた。彼がぽかんとしていると、使徒たちはくるくると舞い上がり、
少し距離をおいてまとわりついてきた。
「ずいぶん好かれてるんだね」
死者は困惑する彼に手をさしのべ、青い使徒の輪から引っぱり出してくれた。
「うん…前に一度、会ったことがあるんだ」
彼はなおも離れていかない使徒たちを見つめた。湖からわざわざ出向いてきたのだろうか。
と、青い正八面体のひとつがぽんと跳び上がって胸の前で止まった。
宙に浮かんだままゆっくりと回転している。彼は使徒を驚かさないよう、そろそろと
片手を伸ばしてみた。使徒は逃げようとしない。そのまま、もう少しで触れそうになった瞬間、
ふいに硬い衝撃がバキンと指を弾き返した。
「わっ?!」
彼は思わず手を押さえ、使徒の方も、自分が弾かれたようにくらくらと揺れた。
でも逃げ出すかと思うとそうではなく、しばらくその辺をふらついて気を取り直すと、
またすぐ近くまで寄ってきた。
もう一度、彼は恐る恐る手を出してみた。今度は抵抗はなく、指先がこつんと
滑らかな表面にぶつかった。使徒はじっとしている。手を押し当てると、青い鏡面は
日を浴びてかすかにぬくもっていた。ふと、ピラミッド形の使徒の上部が、何か
強い力に押し潰されたように歪んでいるのに気づいて、彼は目を丸くした。
人型使徒の腕の下敷きになっていた奴だった。無事に大きくなっていたのだ。
まじまじと見つめると、使徒はくすぐったそうに震え、すいと離れて仲間の輪に戻っていった。
隣で、死者がくすりと笑った。
「ほんとに好かれてるね」
509ひとりあそび・124:04/05/11 15:28 ID:???
「そう…なのかな」
彼はまだどこか信じられないまま、呆然と答えを返した。
「そうさ。ATフィールドを展開しなかったんだよ、使徒が」
「でも、一回目のあれは?」
死者は軽く目を伏せた。
「あれは、まだ決心がつかなかったのさ。僕は少しはヒトのことを知ってるからいいけど、
 彼らにとってみれば、君はまだ未知の存在だからね。それに、敵意も害意もなく
 他人に触れるってこともね。
 要するに、みんなまだ慣れていないし、相手のことが怖いのさ。だから
 君に会いにくるんだろうね」
結局その日一日、青い使徒たちは彼の後をついて回り、日暮れになると、一列になって
池の深みにちゃぽんちゃぽんと飛び込んで消えた。そういえば、湖でも彼らは水の近くにいた。
「住みつく気…なのかな」
「…さあ」
が、翌日から使徒たちはさらに増えていった。
一応“中立”だった分裂使徒や蜘蛛使徒たちだけでなく、一度は彼とエヴァを攻撃してきた
人型使徒やムチのあるイカ使徒まで姿を見せたのは驚いた。影使徒が現れたときは
思わず身構えたが、野球のボールくらいの黒白球は逆にびっくりしたように跳ねて消え、
真っ黒な影だけになってそそくさと瓦礫の下に滑り込んでしまった。
他にも、気がつくと街にいる使徒は多かった。浅間山の火口にいた奴はいつのまにか
魚使徒と縄張りを分け合って池の底に巣(?)を作っていたし、薄いのっぺりしたものが
ビルの間を漂っていると思ったら目玉使徒の団体だった、なんてこともあった。
510ひとりあそび・125:04/05/11 15:29 ID:???
ほとんどの使徒は単独でいるか仲間うちで固まって行動し、積極的に干渉し合うことは
なかった。ATフィールドのせいなのか互いの位置は何となくわかるらしく、それぞれ
うまく避け合って、文字通り距離をおいた関係を保っている。
ただ、彼だけは脅威と認められていないのか、使徒たちは何かと興味を示した。
観察、というより見物かもしれない。離れたところからじっと見ていたり、
こわごわ近寄ったり、ひたすら後をついてきたり。
大抵は呆れた大きい使徒が腕の刃をしならせて追い払ったが、こりずにまた
顔を出す奴もいて、街での暮らしは急ににぎやかになった。
彼自身は複雑な心境だったが、死者はいい傾向かもねと笑った。
「…でも、なんで僕を?」
「似てるけど違うからさ。
 近いくせに異質で不思議なんだよ。同じ他人の恐怖を知っているのに、なぜヒトは、
 物理的抗力すら持たない脆弱なATフィールドしか持たないのかってね」
511ひとりあそび・126:04/05/11 15:31 ID:???
彼が一番恐れていたのは、エヴァ参号機までが使徒として出てくることだった。
でも、いつまで待ってもそれらしき姿は現れず、街に入り込んだ様子もなかった。
思いつめている彼に、死者は地面を指さしてみせた。
「エヴァの形では現れないよ。もともとは粘菌に近い形態のようだし、
 今は地下の帯水層で同類と覇権を争ってるってさ」
同類、というのは模擬体に侵入した細菌サイズの使徒のことだろう。納得しかけて、
ふと彼はあることに気がついた。
「そんなの、一体どうやって…?」
「彼から少しね」
死者はついと顎を反らして空を仰いだ。つられて見上げる彼の頭上、遙かな高みに、
光る翼の形がひとつぽつんと浮かんでいた。
知らず知らずのうちに顔が険しくなるのが、自分でもわかった。彼はすぐ視線を逸らし、
死者の目に気づいて、慌てて表情を緩めた。とりつくろうように言葉を探す。
「…どうしてあんなところにいるんだろう。こっちまで降りてくれば
 みんないるのに。…他人の頭の中なんか覗かなくても」
死者はまた空を見据え、少し硬い笑みを浮かべた。
「降りてこないんじゃなくて、こられないのさ。
 怖くてたまらないから誰の手も届かない場所にとどまり続け、それでいて
 他人の存在を意識せずにいられなくて、仕方なく精神だけを突出させ、
 安全圏からこちらを窺っている」
言葉を切ると、死者は一瞬目を閉じ、それから彼の方を見た。
512ひとりあそび・127:04/05/11 15:31 ID:???
「ただ知りたかっただけなのさ。絶対的な恐怖であり、同時に唯一の関心の対象でもある、
 君らヒトのことをね。
 …君に、すまないと伝えてくれと言われたよ」
「…え」
彼はきょとんとした。瞬間、殴られたように、アスカのことだとわかった。
全身が震えた。
目の前が真っ白になりかけた。何も知らないくせに。何もわかってないくせに。
アスカがどれだけ大事なものを失ったのか、知りもしないくせに。
でも、彼は何も言えなかった。
アスカのことをわかってなかったのは、彼も同じだった。怒る資格があるとしたら
それはアスカ自身だけだ。今更、誰を責めても取り返しなんかつかない。
彼はゆっくりと呼吸を鎮め、やっとのことで小さく頷いた。
ふいに、頭の中を何かがかすめた。
想像していたのとはまるで違った。羽毛の先で撫でられるような、ごく軽い感触。
崩さないように、傷つけないように、精一杯気を遣っているのがわかる。浚われて、
記憶がほんの少し波立つ。
それは彼の知っているものとは全く違っていたけれど、確かに悲しさだった。
使徒は自分が何をしたのかわかっていないわけではないし、それは永遠に償えないことで、
忘れることもできずに、ずっと抱えていくしかない。
同じだ、と思った瞬間、感触は消えた。
彼はもう一度空を見上げた。翼はきらっと光って見えなくなった。
513ひとりあそび・128:04/05/11 15:33 ID:???
助かったのは使徒たちが皆、彼と同じくらいか、それより小さいサイズだったことだ。
おかげでいきなり喧嘩が始まっても大して巻き添えをくわずに済んだ。
ときどき起こる衝突は、死者がいつか語った通り、彼らなりの一時的接触だった。使徒たちは
普段はごく静かに共存しているものの、たまにわざとのように他者にぶつかっていく。
威嚇、探り合い、牽制。回避できなければ、手加減なしの戦闘。
戦いは常に本気で、ほとんどの場合、相手のATフィールドが完全に消滅するまで、
つまりどちらかが倒れるまで続く。
それでも、それは単なる殺し合いとは言えなかった。中には死者や大きい使徒のように
一体だけで存在しているものもいるが(彼もそこに含まれるらしかった)、使徒たちは
そういう相手には絶対に仕掛けてこない。殲滅はしない、というのが彼らの最低限の
ルールのようだった。
使徒たちは相手の存在を確認するように戦い合い、そして戦闘が終わると、報酬のような
疲弊と静けさの中で食べたり食べられたりし、落ち着きを取り戻していく。
それは不思議に穏やかな光景だった。誰かを食べている使徒たちは常に真剣で、その間
自分が無防備になることすら、全く気にしていないようだった。
例外は、零号機の自爆を引き起こした光る紐のような使徒だった。彼らはかたくなに
孤立を守り、他の使徒たちとの接触を試みようとしない。
本当はしないのではなくできないのだと、あるとき聞いた。
翼の使徒が恐怖と渇望のあまり他者に近づけないのとは逆に、彼らは一度他者に接触すると、
積極的に自我境界を緩めてどこまでも相手と同一化しようとする。物理的に身体を融合し、
意識を共有し、やがて相手と自分の区別がなくなってしまうまで、その衝動はやまない。
彼らに悪意はないのだ。自分の心が感じていることを相手にも分けてあげ、相手の考えを
隔てなく理解しようとする、ただそうするつもりで行き着いた結果がそれだった。
けれどそれは既にコミュニケーションではなく、単なる自己の押しつけですらない。
今ではそうわかっている。だから、彼らは決して他者と交わろうとしないのだった。
憎んでもいいような相手なのに、それを聞いたとき、彼はひどく寒々しいものを感じた。
514ひとりあそび・129:04/05/11 15:35 ID:???
「じゃあ、ずっとあのままでいるしかないの。
 …誰とも関わらずに、一人だけで」
死者は静かに答えた。
「僕らはそうしたくないとは思ってる。ただ、…時間は、かかるのだろうね」
彼は返す言葉を持たず、ただその時間の途方もない長さを思った。

一対一ならともかく、複数での乱闘となるとそう穏やかにもいかなかった。
小さいとはいえ彼らは使徒で、突発的に放たれる光線の威力は相当なものだったし、
ATフィールドもある。ときにはビルひとつが丸ごと崩れて潰されてしまうこともあった。
夜になると、その結果がよくわかった。光に包まれる街に、ところどころ
小さな闇が増えている。使徒たちが壊してしまった部分だ。
ようやく街の荒廃の理由がわかった。風化や老朽化だけでここまで建物が傷むわけがない。
きっと過去にも、通りがかった使徒たちの戦いに巻き込まれてしまったのだろう。
彼はそれで納得したつもりだったが、死者の反応はどこか歯切れが悪かった。
気になって、一人で先日の崩れた通りの先に出かけた。何かを察したのか、大きい使徒は
その日は死者ではなく彼の後についてきた。
515ひとりあそび・130:04/05/11 15:36 ID:???
到着して、絶句した。
そこだけ街が完全に崩壊していた。
破壊の度合いは使徒たちの戦闘の非ではない。建物は全て倒壊し、焼けたコンクリート片が
崩れ残った壁の間にうずたかく積もっている。露出した鉄筋が斜めに空に突き立ち、
間断なく吹きつける白い砂に打たれていた。
彼は声もなく街の跡を歩き回った。瓦礫の中からちぎれたケーブルが飛び出している。
紙屑のように押し潰され、転がっている厚い特殊鋼のシャッター。ビルの可動部とおぼしき
機械類の残骸があちこちに散らばり、日射しに光っていた。まだ錆に覆われていない。
瓦礫の断面もまだ新しかった。ここが破壊されたのは、そう前のことではないのだ。
爆心地のように開けた場所で、彼は立ち止まった。
白い砂が次々と流れ去るコンクリートの床に、小さな深い穴があいていた。何かが高速で
めり込んだ跡なのか、穴の周囲には一方に偏った放射状の亀裂が走り、砕けた床材が
歪んだ同心円形の段差を作って落ち込んでいる。
振り返ると、その何かが飛来したときできたらしい貫通孔が、背後の壁に口をあけていた。
ぐらつく足場を伝って壁を回り込む。穴はその向こうの瓦礫の上部にもあり、
空の一点と地面の穴を結ぶラインにそって、間の障害物全てを一直線に貫いていた。
516ひとりあそび・131:04/05/11 15:37 ID:???
最初の穴のところに戻り、彼は考え込んだ。
使徒たちの仕業ではない。彼らの攻撃はもっとおおざっぱで、当たると大抵のものは
爆発するか崩れてしまうから、こんなきれいな痕跡はできない。まるで隕石が
飛んできて地面に突っ込んだような感じだった。
壁と地面の穴を見比べていると、使徒がすいと動いて落下孔の上に移った。傍に寄ると、
腕の片方が音もなくほどけて深い穴の奥を指した。
彼は促されるままに覗きこみ、はっとした。
影になってよく見えないが、穴の底に黒っぽい染みが飛び散っている。
血だ。たぶん、使徒の。
顔を上げると、穴だけでなく周辺の亀裂にも同じような汚れがしみついていた。いや、
注意して見れば周りの壁にも床にも、そこらじゅうに血の痕が残っていた。
額ににじんだ汗がじわりと流れ落ちた。
ここは使徒が殺された場所なのだ。それも、死んだのは一体や二体ではない。
彼は両目を見開き、逃げ場を捜すように辺りを見回した。白い光の照りつける廃墟が
ぐるぐると流れだし、いっせいにこっちに迫ってくる気がした。
間近に立つ使徒はじっと動かない。
急に強い眩暈を覚え、彼はいつまでもどす黒い炎天の下に立ちつくしていた。
517ひとりあそび・132:04/05/11 15:40 ID:???
廃墟からの帰り道、彼はずっと考え込んでいた。
なぜ死者が彼をあそこに向かわせようとしなかったのか、街を歩くときも
あの場所だけをそれとなく避けていたのか、その理由があれだ。
余計な不安を与えないようにという配慮なのだろうか。
彼はふと、路上を滑るようについてくる使徒の方を振り返った。
そういえば、この使徒とのことを少し話してくれた以外、死者は自分のことを
あまり語っていない。そういうことを話すのはいつも彼の方で、死者は黙って
それを聞いているか、使徒たちについて教えてくれるくらいだった。
初めて、得体の知れない不安を覚えた。
彼は立ち止まり、強くかぶりを振った。
疑うなんて絶対に厭だ。何があったにしろ、死者は再び彼の前に現れてくれ、今も
傍にいてくれる。それだけで、何がいけない?
でも、と冷静な彼が囁く。何もないならなんで隠すんだ?
この街にいる以上いつまでもあれを隠しておけるわけがない。なのに、まるで時間稼ぎでも
してるみたいじゃないか。いつかわかってしまうと知りつつ自分からは言わない、
少なくとも彼には、そうするだけの理由があるんだよ。
立ちすくむ足の前で、白い砂がけむるように風にさざなみを立てた。
行き過ぎそうになった使徒が立ち止まり、いぶかるようにこちらを見ている。
彼はぎゅっと目を閉じた。
だけど、疑うことはしたくない。一人で勘ぐったり、責めたりもしたくない。
そんなふうに考え始めたら何もできなくなる。それじゃ、あのときと何も変わらない。
もう、そんなのは厭なんだよ。
彼は目を開いた。ふうっと息を吐き出し、待っている使徒に追いつく。
「頼みがあるんだ。…今日、僕があそこに行ったことは、カヲル君には
 絶対に言わないでほしいんだ」
一気に行った。吐き出してしまうと、急に心細くなった。彼は思わず使徒を見上げた。
使徒は巨体に比べて小さい頭をちょっと頷かせるようにすると、それでも立ち止まっている
彼の背中を、長い腕の先でちょんとつついた。
心配するな、ということらしかった。
彼は笑い出し、せかされるまま歩き出した。さっきまでより足はずっと軽かった。
やがて、出迎えた死者に、彼はいつもと同じように、屈託なくただいまを言った。
518ひとりあそび・133:04/05/11 15:41 ID:???
一人でいられるとき、彼は時間の大半を割いて初号機を捜した。
捜すというほどおおげさなことではないかもしれない。エヴァが本当に離れていくつもりなら、
彼には引き留めようがない。エヴァは彼よりも遙かに敏捷で強靱で、ここで一人で
生きていこうと思えば簡単にそうできる。それはわかっているつもりだった。
それでも、彼は目を開き、耳を澄まし、意識を開いておくのをやめなかった。そびえるビルの
突端に目を凝らし、隠れるのに良さそうな廃屋の陰をひとつずつ当たり、ときには
街の外へ出て平原を見渡す。エヴァがここにいるという、その痕跡の残滓のようなものを、
彼は何とか捕まえようとした。
なんでこんなことを続けるのかと訊かれれば答えに困ったと思う。ただ、あの朝死者に
答えたようにこのまま放っておきたくはなかったし、エヴァの方が彼を必要としていなくても、
割り切って忘れてしまうのは厭だった。
エヴァはどこにも行かない。立ち位置を決められずにうろうろしているのは彼の方で、
もし遠いと感じるのなら、それは彼がそう捉えているだけのことでしかない。
そういう意味でエヴァは彼よりも死者たちに近い。だからこそ、綾波はエヴァの傍に
いるのかもしれなかった。
が、彼がどう悩もうとたぶん関係なく、それからまもなく、彼はあっさりと
エヴァと再会した。
手の傷がある程度治るのを待って、また屋上に登っていったときのことだった。初号機は
あの朝と同じ場所で、同じように朝の街を見ていた。彼に気づくとちょっと振り返ったが、
特に迎えることも追い払うこともしないのも、以前と同じだった。
彼は一人でさんざん逡巡したあげく、長く伸びる影を越えてエヴァの傍へ行った。
519ひとりあそび・134:04/05/11 15:42 ID:???
遮るもののない屋上の隅は風が強かった。
何の気なしに下を見ると、風と砂に削られてざらざらになった壁が、隣の半壊した建物の
残りと一緒にまっすぐ街の底まで落ち込んでいた。息を呑んだ瞬間、重い風の塊が
危うく足元をさらいかけた。
彼は慌てて後ろに下がり、それでも安心できずに、結局その場に座り込んだ。と、
少し間をおいて、初号機も静かに隣に腰を下ろした。
しばらく一緒に空を眺めた。
その日はそれだけだった。エヴァはすっと立ち上がると、鮮やかな身のこなしで
ビルの谷間へ跳んで姿をくらました。彼は追わなかった。
不安を感じなかったわけではない。でも翌朝同じ場所に向かうと、初号機はまた
そこにいて、同じように彼の存在を受け入れてくれた。彼は何も訊かないことに決め、
ただ黙ってエヴァと静かな時間を過ごした。
たまに、登っていってもエヴァがいないことがあった。そんなときはいくら待っても無駄だ。
けれど日が経つにつれてそういうことは減り、やがてエヴァは必ず彼を待っているようになった。
エヴァがそこにいる時間も少しずつ伸び、そのうち、朝のその時間に限らなくても、
街中で彼が一人でいるときなどにひょいと姿を現すようにもなった。
しばらくしてようやく彼にもわかってきた。初号機は彼を避けているのではなく、
単に使徒たちの行動範囲に入ろうとしないだけなのだ。彼が使徒たちといるときは
絶対に手を出そうとしないし、近づきもしない。まるでそこに明確なラインというか
取り決めのようなものがあって、厳密にそれを守っているかのようだった。
520ひとりあそび・135:04/05/11 15:43 ID:???
使徒たちの側にもそのラインは存在する。
使徒たちは、なるべく初号機のことは意識しないと決めているらしかった。
大きい使徒はあれ以来彼を連れ戻しに来ようとはせず、死者も彼がいなくなることに
気づいても何も言わず、態度を変えることもない。
ただ、死者は彼が戻ってくるとかすかに安堵の表情を見せたし、使徒たちも
何くれとなく構いにきた。
ときどき、そのことが辛くなることもあった。
結局、彼はどっちにもつけないまま、皆の間をふらふらしているだけでしかない。
その意味は承知しているつもりでも、ときおり眠れないほどの自己嫌悪に襲われる。
いっそ、自分一人でどこかへ行ってしまえば楽になるかもしれないと、何度も考えた。
でも、彼がいなくなれば、初号機はここで一人になる。もしかしたらエヴァの近くにいる
綾波も、そして、使徒たちもある意味で一人になる。少なくとも死者は彼のことを
必要だと言ってくれた。
そう考えると、やっぱりどこへも行けなかった。自己満足でも、身勝手な偽善でも、
彼らを置いていくのは、どうしても厭だった。
裏返せばそれは、彼自身が寂しいからだ。
もともとここには出口はない。だからこの変な状況が続く限り、ここにとどまるしかない。
それなら、開き直って全部自分で引き受けるしかないのだ。
そうできる間は、彼は自分に可能な限り、このまま続けていくつもりだった。
521ひとりあそび・136:04/05/11 15:44 ID:???
街での日々、死者はよく歌を口ずさんでいた。
言葉のある歌ではない。ハミングだったり、曲のメロディだけを声でたどる感じで、
たまに混じる歌曲にも歌詞がつけられることはなかった。
ベートーベンのピアノソナタ第一番の主旋律、ラフマニノフの交響曲や協奏曲から
抜き出された幾つかのモチーフ、ドヴォルザーク交響曲第八番冒頭の主題、
ラヴェル『亡き王女のためのパヴァーヌ』、他にも数え切れないほどの楽曲と、
たくさんの賛美歌。死者の音感は確かで、彼はしょっちゅう引き込まれた。
「何か、楽器とかやってたの?」
「特に何も。聴くのは好きだったけどね。君は?」
「チェロを弾いてた。…でも、才能みたいなものはなかったよ。
 ただ続けてただけで」
「謙遜することはないよ。続けられるだけでも大したものさ」
「…そういえば、一回だけ褒められたことがあるんだ、アスカに。
 “継続は力なり”だってさ」
「そう…聞いてみたかったな、僕も」
「そんな、…でも、もしそうできたら、いいな」
ある夜半、彼はふと目を開いた。
何か、音のない響きのようなものが空気の中に満ちている。
毛布をはいで室内の影を抜けていくと、死者は壁にもたれ、縦に細長い切れ目から覗く
凍てついた夜空を仰いでいた。音以前のかすかな音はそこから降り注いでいる。
隣に立つと、死者は表情だけで訊ねた。はっきりとはわからないながらも、頷いた。
死者は頷き返し、軽く彼の手を掴んだ。
その瞬間、死者の聞いているものが頭の中に響き渡った。
パッヘルベルの『カノン』、ニ長調。
直接頭に入ってくるのに怖くはなかった。弦の響きが四つの風のように自由に流れ、
寄せ返す主題を重ねながら、爽やかな高みに昇りつめ、やがて静謐に溶ける。
死者の手が離れると、余韻は宙に消えた。彼は夢から覚めたように大きく息をついた。
「覚えてもらったんだ。僕の頭の中を覗き見るのと交換条件でね」
星空に漂う翼の使徒を、死者は少し目を細めて見上げ、見つめる彼に微笑んだ。
「あのとき君たちに生きてもらって良かった。
 歌は人々のものさ。たった一人で記憶し続けるよりも、誰かが聞いている方がずっといい」
522ひとりあそび・137:04/05/11 15:45 ID:???
最後の夕方、彼は屋上で初号機と暮れ方の風に吹かれていた。
ところどころ傾いたビル群の向こうに日が沈んでいく。別行動を取るようになって以来、
活動停止の刻限近くまでエヴァが彼のところにいるのはこれが初めてだった。
何かがある、という予感はだから、あった。
気配がすぐそこに降りたとき、彼は何も言わずにそれを受け入れた。
ただ、少し悲しかった。間近にいると、綾波は本当に稀薄で、今にも消えてしまいそうだった。
彼は目を閉じてそのことを忘れようとした。目を閉じていれば記憶は次々と溢れ、
傍らにいる存在の、今はもうないカタチの代わりになる。
彼は声に出して訊いた。
「…ずっと、ここにいたの?」
気配はかすかに頷いた。
「ずっと、僕のことを知ってた?」
また、かすかな肯定。
彼はそっとまぶたを開いた。夕映えの色が眩しかった。
続けて訊こうとして、言えなかった。
訊かなくても、綾波には通じた。
声を持たない綾波は、彼の頭の中にある言葉を組み合わせて、わずかな不満に答えた。
わたしには、もう何もないもの。
厳しくはなかったけれど、しっかりした、揺らぎのない言い方だった。
彼は顔を伏せ、抱えた両膝を見つめた。
523ひとりあそび・138:04/05/11 15:49 ID:???
「…わからない。どうしてここにいるのか」
わたしも、わからない。
わたし。あなたがいなくなった後のわたし。わたし、なぜまだここにいるの。
生きてるの。それとも、夢を見てるの。わからないわ。
だから、怖かった。こうするのが。
「…なんで」
夢って、なに。これは夢じゃないの。
みんな夢だったら、傍に行って触れた途端夢とわかってしまったら、どうすればいいの。
どうしたらいいか、わからなかったの。
「え…?」
弾かれたように、彼は顔を向けた。
急に周りの音が逆巻いて消えた。
昼間の汗が乾きかけた服、投げ出された脚、靴底の下でかすかに温かいコンクリートの感触。
膝の上に置かれた両腕。日に焼けた手。その手を持ち上げる。軽く握り、また開くと、
皮膚が引っぱられ、その下で腱や骨が連動する手ごたえが、かすかに伝わってくる。
彼は初めて見るもののようにそれを見下ろした。
ふいにエヴァがこっちを見た。いきなり起き上がり、夕映えの中へ踏み出す。
均整のとれた長身が滑らかに動作し、流れるように姿勢を変えるのを、彼は茫然と見守り、
ついで自分も立ち上がった。
眩しさに、思わず目を細めた。
524ひとりあそび・139:04/05/11 15:50 ID:???
街が、空が周りに広がる。
全てが穏やかに息づいている。吹きつける風の中で、夕日が金色に溶けようとしていた。
彼は振り返った。
「僕はここにいるよ。…いると、思う」
言ってから、少し自信がなくなった。慌てて弱気を振り払う。
「なんでだかわかんないけど、みんなと同じようにここにいるよ。
 綾波だってちゃんとそこに、僕の前にいるじゃないか。
 …夢なんかじゃないよ。自分から疑うなんて、…そんな、寂しいことするなよ。
 そんな、自分から一人でいようとなんて、するなよ」
彼は途切れ途切れに話し続けた。うまく言えないのがもどかしかった。
ちゃんと綾波がここにいるのに、顔を見て話すことすらできないのが悔しかった。
ごめんなさい。
しばらくして、薄らいでいた気配は再びかすかな実在を取り戻した。
そうかもしれない。何もかも、夢じゃないのかもしれない。
ここにいるわたしは、嘘ではないのね。
「そうだよ」
声を弾ませる彼から、けれど気配は静かにカタチのない身体を引いた。
「綾波…?」
彼はきょとんとして遠のいていく揺らめきを見つめた。
525ひとりあそび・140:04/05/11 15:51 ID:???
稀薄な波は残照の中に立つ初号機の後ろに退き、かすかにうなだれたその頭部の向こうに、
いつかの朝のように、それとももっとずっと前の遙かな真昼のように、白く佇んだ。
「…綾波」
初号機は黒い門のようにそこに立っていた。立ちすくむ彼の前で、気配は風に揺れ、
薄れていく空の明るみに溶けて消えた。
残された言葉だけが頭の中で響いた。
逃げて。ここにいては、だめ。
彼はとまどい、目をみはった。
「…どうして」
呟いても、答えを返す相手はもういなかった。
日は黒々と固まる街の彼方に消えていた。
初号機がこちらを向いた。強靱な筈の肩が、心なしか落ちているように見えた。彼は
急速に増してきた寒さに身震いし、その傍へ歩み寄った。
「…綾波は、いたよね」
ふいに声がこぼれた。彼は自分の言葉に驚き、力なく笑った。
「おかしいよね、自分で夢じゃないなんて言っておいて。ほんとは今だって怖いんだ。
 綾波に言えたことはちゃんと信じられるのに、怖いのはなくならないんだ。
 …おかしいよ。馬鹿みたいだよね、こんなの」
彼は笑いまじりに吐き捨て、それから顔を上げて、迫ってくる宵闇を見た。
「でも、…綾波は、ここにいたよね?」
自分でも滑稽なほど声が震えた。
526ひとりあそび・141:04/05/11 15:51 ID:???
初号機は何も答えなかった。そのかわり、片腕をすっと彼の前に伸ばした。
彼はさしのべられた手を見つめ、そっとそれに触れた。
掴む。エヴァは軽く握り返してきた。装甲に覆われた手の確かな感触に、彼は息を呑んだ。
ここにいる。
少なくとも、彼には感じられる。そうわかる。エヴァが、みんながここにいることが。
全身を掴んでいた心細さがみるみるほどけていった。
エヴァは彼の手を放すと、街の方に向かってひざまずくように身を低くした。空の光は
もうほとんど失われている。微光に包まれた背中の羽根がするすると引っ込んだ。
初号機はもう一度彼の方を見た。
彼は幾つものことをいっぺんに言おうとしてつまり、そして、ただ笑みを浮かべた。
「…ありがとう」
エヴァは顔を元の向きに戻し、と、その頭ががくりと垂れた。
活動限界。
彼はふうっと息をついた。身体の奥の澱みが、息とともに流れ出ていくようだった。
動かなくなったエヴァを少しの間見守った。それから、彼はためらわず暗い空に背を向け、
きっぱりした足取りで、彼を待つ使徒たちの方へ歩み去っていった。
綾波の言葉の意味はわからない。でも、彼はここで生きてみると決めた。何が起きても、
ただ逃げ出すことは絶対にしないつもりだった。
こうして静かに最後の一日が暮れた。
そして、冬がやってきた。
今回は以上です。
読んでくださった方、お疲れさまでした。

さて、これでやっと>204での「もう少しダラダラして」の部分が終わりました
(やっと、というよりいろいろ詰め込みすぎただけですね)
次回から山越えです。
無事にひと山越せるかどうかかなり不安ですが、最後まで投げ出すことは
しないつもりです。
越えられたら、最後にささやかなおまけというか、選択肢を用意する予定。
ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございました。
あとひと山、できたらお付き合いください。

それでは、たぶん、続きます。
52863:04/05/11 23:23 ID:???
使徒達が なんというか カワイイ
実にイイです
乙。待ってたぜ。
…こんにちは。
読んでくれた63さん、>529さん、ありがとうございます。とても嬉しいです。
前回の分ですが、読み返したところ、ちょっと見過ごせないミスが見つかったので
すみませんが少し訂正させてください。

誤字とミスタイプ(ほんとは直すものじゃないんですが)
・「ひとりあそび・117」11行目 真ん中よりちょっと後ろ
  ×「溺れそうになることはあに」→ ○「溺れそうになることはない」
    ミスタイプでした…
・同「130」3行目 真ん中辺り
  ×「戦闘の非ではない」→ ○「戦闘の比ではない」
    変換ミス。意味が違ってしまうので訂正させてください。
    要するに破壊の規模からして桁違いですよと言いたかったのでした。
・同「132」下から11行目
  ×「一気に行った」→ ○「一気に言った」
    通じると思いますが、紛らわしいので直します。すみません。

…あと、実はコピペミスで1レス分文章が抜けてました。
「137」と「138」の間です。なんだこれ話が繋がってないじゃん!と
思った方ごめんなさいその通りです。ナンデ… orz
全体としては読みにくくなってしまいますが、抜けてた分を次に貼っておきます。
本当にすみませんでした。
531ひとりあそび・137.5:04/05/12 16:57 ID:???
本当は、全部わかっていた。赤い海の中は、同時にあの真っ白な神様の、そこに宿っていた
綾波の心の中だったということも、そして、そこを出るという選択が何を意味していたのかも。
月と太陽を前に、広大な海の上に立つ綾波はあのとき、永遠に生きていくこともできる、
天まで届くほど大きな翼を持つ神様だった。
なのに、綾波は訊ねてくれた。どうしたいのかと、委ねてくれた。
そして彼は、もう一度一人になることを望んだ。
それは奇跡のような時間の終わりだった。神様は役目を終え、赤い海のほとりに朽ちる
抜け殻に変わった。決断は下されたのだ。もう、あの特別な瞬間は還ってこない。
それでも。
「それでも、僕は会いたかった。もう一度、綾波に会いたかった。
 …会いたかったんだ」
彼は歯をくいしばり、聞き分けのない子供のように何度も首を振った。
わかってる。みんなわかってる。でも、どうして。
どうしてあんなふうにならなきゃいけなかったんだ。
気配は溜め息のように揺れた。ためらっているようにも、とまどっているようにも思えた。
何かを考えているときの、黙ってまっすぐに目を見開いた横顔が、遠く浮かんで消えた。
しばらくして、再び言葉が伝わった。
それであなたはここに来たの。
彼ははっと顔を上げた。
けれど振り向いた先には、彫像のようなエヴァがいるだけだった。
斜めに射す光がエヴァの姿を幻めいた色に染めている。空の底で、風が海鳴りに似た響きで
かすかにとどろいた。
荒れ狂っていた心が静かに力を失っていくのを、彼はどうしようもないほどの
寂しさを感じながら、じっと待った。
たびがえりほしゅ

128後半
>既にコミュニケーションではなく、単なる自己の押しつけ

やっぱりそうなんでしょうか…でしょうね…。
いやこっちもそういう衝動があるもので
でも人間であるから実際にそうなってしまうのを抑えられるというかなんというか
にょしゅでつ
こんばんは。
いつもと違う時間ですが、山登り第一回です。
とりあえず浮かんだものを書いてみました、というよりこの先どうするか
具体的には何にも考えてないというありさまだったりします…
ともあれ、今回より終わりへ向けてちょっと加速してみようと思います。

で、ああ…ひと足遅かった…
>ほしゅにんさん
コミュニケーションというのは「自分」と「相手」というものがあって
はじめて成り立つものだと思うので、ああいう書き方をしました。
自分と他人、という区別がきちんとあってこそ、その間の関係もできるし、
関わり合っていくこともできるんじゃないか、要するに一緒になりたいと願うのは
いいけど実際に混じっちゃうのはマズイでしょ、という感じです
(アルミサエルはほんとにそうできるわけですから)
お気に障ったようならすみません。できればこんな駄文気にしないでください…
535ひとりあそび・142:04/05/15 01:26 ID:???
凍るような薄明かりの中、揺り起こされた。
なかなか開いてくれないまぶたを何とかこじ開けると、すぐ前に死者の白い顔があった。
死者は人差し指を軽く唇に当てて、静かに、というしぐさをし、まだ寝ぼけている
彼を手伝って立ち上がらせた。
とたんに身を切るような寒さがいっぺんに眠気を奪い去った。彼は両肩を抱えて身震いし、
辺りに視線を走らせて、異変に気づいた。
室内が暗い。いつもは夜通しつけてある明かりが切ってあるのだ。それに妙に静かだった。
自分の呼吸の音がやけにはっきりと頭の中に響く。すぐに気づいた。いつも聞こえていた、
建物の壁に吹きつける砂の音が全くしない。圧倒的な静寂が辺りを押し包んでいた。
言いようのない不安に襲われ、彼は振り返った。死者と使徒はすぐ近くに立っている。
どちらもいつにない緊張と、抑制された重圧を全身にみなぎらせていた。今にも
周りの空気が音をたてて引き裂けそうだった。その押し殺したような雰囲気に、
彼はふいに発令所を思い出した。使徒が来たときの、あの、すぐにも暴れ出しそうな何かを
誰もがそれぞれ必死に押さえつけている、とてつもなく静かに殺気だった空間。
彼は一瞬混乱し、すぐにもっと大きな恐れを覚えた。
ここには襲来する使徒はいない。
なら、一体何が襲ってくるっていうんだ?
見つめ合っていたのはごくわずかな時間だった。死者は目顔で彼に身支度するように促し、
その間に手早く毛布を何枚か拾い上げると、それで彼の身体をしっかりくるんだ。
そのまま彼の腕を掴んで、音をたてないよう静かに壁際へ走り寄る。彼はわけもわからず
それに従い、身振りで示されるまま身体を低くした。
536ひとりあそび・143:04/05/15 01:27 ID:???
細長く覗く空はもう明るくなり始めている。彼を背後にかばい、死者は壁の裂け目から
じっと外を窺った。夜明けの薄闇に沈んだ横顔は痛いほど張りつめていた。
使徒がすばやく裂け目の反対側に回る。と、死者はふいに振り向き、彼を抱え込んで
倒れるように床に伏せた。
ほぼ同時に、背後の壁がくぐもった音とともに吹っ飛んだ。
コンクリート片と粉塵が目も開けられないほどに降り注ぐ。もうもうと上がる煙の中で、
彼はかろうじて振り返り、目が一瞬何かを捉えた。
何か、背の高い人影のようなもの。
確かめる間もなく死者が動いた。かぶった毛布の上からきつく彼を抱え、少しずつ
裂け目から洩れるかすかな明るみの方へにじり寄っていく。彼の真後ろにいるそれに、
かたときも逸らさず強い視線を据えているのが、顔を見なくてもわかった。
崩れる破片の中から、それが立ち上がろうとする。
けれどその前に死者の手が床の端を捉え、死者は跳ね上がるように身体を起こすと、
全身をそちらに引き寄せ、抱えた彼ごと一気に壁の縁を蹴って外へ跳んだ。
目の前がぱっと真っ白に染まる。
反射的に細めた目の奥に、異様な光景が残像になって焼きついた。
街は一面目が痛むほどの純白に変わっていた。全てが凍てついた白に覆われている。空は
どんよりとした銀白色に渦巻き、東から射すわずかな光が全天に散乱している。
吸い込まれるような静寂に塗りつぶされた世界。
彼は息を呑み、瞬間、切り裂くような冷気がどっと真上に流れ出した。
537ひとりあそび・144:04/05/15 01:28 ID:???
落ちる。
白い平面が回転しながら迫ってくる。が、地面に身体が叩きつけられる寸前、
ふいに姿勢が安定し、風の圧迫が消えた。
彼を抱えた死者は、ほんの一瞬だけ宙に佇み、軽やかに白い地面の上に降り立った。
両足が地面につく。同時にがくんと力が抜け、彼はその場にしゃがみ込みそうになった。
と、力強い腕が彼を支え起こした。
「まだ駄目だ。少し走れるかい?」
青ざめた顔がこちらを覗き込む。
彼は呆けたように赤い目を見つめ返した。暗い白一色の世界で、その色は妙に
鮮やかに浮き上がって見えた。
「…大丈夫」
何とか頷き、両脚を踏ん張って立った。死者はこわばった微笑みを浮かべると、
すばやく上の惨状を振り仰ぎ、向き直って通りの反対側を指さした。
「あそこに見えてるビルに入るよ。いいね?」
「うん」
「じゃ、行くよ」
彼と死者は通りの向こうめがけて全力で走り出した。まだ日は昇っていない筈なのに、
白い路面は目がくらむほどに眩しい。靴底に何かがくっついて重くなり、駆け過ぎる足元で
冷たい白いものが跳ね上がった。凍った大気に肺が悲鳴をあげる。
広い街路をほぼ横切ったとき、背後で爆発音があがった。一瞬注意が逸れる。そのとたん
勢いよく足が滑った。倒れかけた彼の腕を死者の手が掴み、強く引っぱり起こすと、
そのままもつれるようにビルの奥へ駆け込んだ。
538ひとりあそび・145:04/05/15 01:29 ID:???
入り口からかなり入った辺りで、ようやく彼と死者は立ち止まった。部屋の壁を突き破って
侵入した何かは追いかけてきてはいないようだった。
しばらく、それぞれに荒い呼吸を繰り返した。
肩で息をしながら、彼は両膝に手をついて入り口を振り返った。このビルは損傷がひどく、
暗がりに目が慣れると、高い天井の下に斜めに倒れた柱や崩れた壁の輪郭が見てとれた。
屋内の濃い闇の向こうに、外はほの白く明るんで見える。さっきの爆発は一体何だったのか、
通りは再びしんと静まり返っていた。
薄明かりの中、路面や建物を覆っていたのと同じ白いものが、荒れた床の上に積もっていた。
砂と同じように風で吹き込んできたようだが、砂よりもふんわりとした感じで、踏みしめると
足が中に潜った。靴の先で軽く蹴ってみる。白いものは小さな塊になってごそっと崩れた。
拾い上げると、それは刺すような冷たさとともに手の上で溶けた。
少しの間考え込み、彼はふいに思い至って目をみはった。
雪だ。
街じゅうが深い雪に覆われている。一夜のうちに。
けれど感動している場合ではない。彼は身体を起こし、死者の傍へ歩み寄った。
「…使徒は?」
自然に声が低くなる。死者は蒼白な顔で外を見つめていたが、彼が声をかけると
心配ないというように首を振った。
「彼は僕より強いし、ちゃんと心得てるから大丈夫。
 それより、怪我はないね? 今のうちにここを抜けて反対側に出よう」
「わかった」
彼は息をひそめて頷き、ずり落ちた毛布を肩のところまで引っぱり上げると、死者の後を
足音を忍ばせて歩き始めた。何が起きているのか、まだ見当もつきそうにないが、
とにかく逃げるほかないことだけは間違いないようだった。
539ひとりあそび・146:04/05/15 01:31 ID:???
半ば瓦礫と化した壁の角を曲がるたびに、闇は濃くなったり薄くなったりした。天井が
ところどころ崩れて外の光が射し込んでいるのだ。彼は何度か後ろを振り返った。
入り口はとっくに見えなくなり、通り抜けてきた暗い空間に冷気が白っぽい靄になって
漂っている。自分たちの足音以外、聞こえてくるものはない。ぞっとして、彼は足を速めた。
やがて、死者は立ち止まると前方の暗闇を指した。
暗い床面にひとすじかすかな光の線が伸びている。閉じきっていない非常扉の隙間から射す
外の雪明かりだった。
前後して扉に駆け寄る。死者は彼に下がっているよう囁いて錆びた取っ手を掴んだ。
しばらく外の物音に耳を澄ましてから、扉を盾に数cmだけ押し開ける。
わっと薄明かりが射し込んだ。扉の上からぱらぱらと積もった雪が落ちる。
静寂。それきり何も起こらない。
死者は振り返ると、無言で彼を手招いた。
その瞬間、一気に扉が引き開けられた。
いきなり死者の身体が引きずられ、投げ出されて路上に転がった。その顔が凍りつく。
駆け寄ろうとした彼の目の前に、勢いよく何かがぶら下がった。
ヒトほどの大きさの頭部だった。
白いのっぺりした顔に、不釣り合いなほど巨大な口が赤く開いた。
その奥から、白く凍った息がぶわっと吐き出され、ついで彼を認めて、横に切れ上がった唇が
逆さまににいっと笑った。
喰い荒らされた弐号機の姿が生々しい映像になって脳裏に充満した。
彼は声も出せずに硬直した。
540ひとりあそび・147:04/05/15 01:32 ID:???
扉のすぐ上に張りついたエヴァ量産機は、掴んだ扉の上端を放すと、ぐるんと身体をひねって
彼の前に飛び降りた。強靱な両脚が積もった雪をしぶきのように弾き飛ばす。
目のない長い頭部がぐうっと突き出され、彼の鼻先で少し首をかしげた。めくれあがった唇の陰に
獰猛な歯がぬめって光った。
噛みしめた歯が、情けないほど鳴った。
エヴァはぐにゃりと顔を歪めると、彼に背を向け、起き上がろうとする死者を乱暴にまたいで
身を屈めた。片手にぶら下げた銀と黒の奇妙な武器が、通りの薄明かりを集めて
ぎらりと輝く。彼が凝視する前で重い刃先が前後に揺れた。
動きを封じられた死者は、それでも鋭い眼差で白いエヴァを睨み返した。
背後からでも、エヴァが物凄い笑みを浮かべるのが見えた。
そのとき、真横から飛んだ何かがエヴァの頭部に巻きつき、身体ごと高々と持ち上げて
思いきり投げ飛ばした。
扉で区切られた視界からエヴァの姿が消える。
とたんに金縛りが解け、彼は外に飛び出した。死者の傍に駆け寄って助け起こす。
そのすぐ後ろに、使徒が立ちはだかっていた。
振り返ると、エヴァは巻きついた使徒の腕に顔をふさがれたまま雪上でもがいていた。
腕がぐんとしなり、再びその長身を宙にさらうと、すさまじい勢いで道路の真ん中に
叩きつけた。周囲の雪が飛散し、凍ったアスファルトが鈍い音をたてて陥没する。
と、たちこめる雪煙の中で、使徒の腕がふいに宙に跳ね上がった。
使徒はすぐに腕を戻した。しなやかな刃の流れが彼の顔のすぐ脇を走り、その先端が
引きちぎられたようになくなっているのを、彼は見開いた目の端で捉えた。
次の瞬間、使徒の両目が閃光を放った。
541ひとりあそび・148:04/05/15 01:33 ID:???
轟音とともに十字架の形の火柱が幾つも立ち並んだ。爆炎が舞い上がり、衝撃で
両側の建物が一斉に打たれ、崩れ始める。熱気と爆風が到達する寸前、死者が彼の腕を掴み、
見えない壁がそれらを完璧に遮った。
膨れ上がった雪の乱舞がおさまると、そこには骨組みだけになった街並と瓦礫の山が残った。
エヴァの姿はない。彼はそっと頭を上げた。
「…やったの?」
死者は黙って首を振った。
崩れ落ちた通りの先でばっと砂煙がたちのぼった。真新しい瓦礫を蹴って
異様な人影が空中に身を躍らせる。跳躍の頂点で、その身体の周りに巨大な翼が開き、
勢いよく真下へ打ち下ろされた。
人の形が一瞬にして大鳥のシルエットになる。
叩きつけるようなはばたきの音が連続し、エヴァは長身をひるがえして舞い上がると、
やがて小さな鳥影に変わって一直線に空の高みへ飛び去っていった。
思わずその後を追いかけ、彼は慄然とした。
街のすぐ外、光を増していく東の空に、同じ影の群れが大きな輪を描いて旋回を繰り返していた。
数えなくてもわかる。
全部で九体。峡谷で影使徒に襲われたとき、そしてあの最後のときと同じだった。
重く垂れこめた雪雲の下で、彼らは正確にひとつの輪をなぞり続けている。
「…あれが、ここにいるエヴァ。
 この地を統べる神の使い。天使の姿を持つ、僕らの敵さ」
追いついてきた死者が静かに呟いた。
使徒は少し短くなった片腕を垂れ、その隣で沈黙している。
彼はいつまでも上空のエヴァシリーズを見つめていた。と、暗い空から、再び無数の雪片が
ちらちらと彼らの頭上に舞い降り始めた。
第一回でした。
読んでくれた方、ありがとうございました。
…ありがちな展開ですみません。たぶん今後はもっとありがちです…

ともあれ山登り開始です。たぶん、続く…はずです。
>>534
気になんかしてないですにゅ。
ただ、普段自分がわからなくなるときがあるし、
普通の人から見ればやっぱりそういう意見も出てくるんだろうなと…
おさわがせしてすみませんです。
おお、なんか凄い事に。ガンガッテクダサイ。
ほしゅでにゅにゅ
ほしゅみ
547ひとりあそび・149:04/05/23 01:48 ID:???
「エヴァ…あれが」
小さく喉が鳴った。
雪片は少しずつ重さを増しながら、いちめん音もなく舞い下り続けている。
降り注ぐ白い儚いものの果てに、うっすらと東の地平からの光に照らされて、雲の底が
厚く平坦に広がっている。その暗白色の天頂からわずかに外れて、九体のエヴァの輪は
静かに回り続けていた。ごく緩慢な、見ていると時間の感覚が少しずつ狂っていくような
単調な動きだった。
彼は無理矢理視線を引き剥がした。うつむいた視界の端で、雪が急に元の速度を取り戻して
次々と降り積もっていく。その光景を、吐いた息が白く隠した。
やっと、わかったような気がした。
何故ここに来る前、彼と初号機が使徒たちに襲われたのか。何故、今でも使徒たちは
初号機との間の一線を守り、近づこうとしないのか。
初号機がエヴァだからなのだ。
日ざかりの廃墟の光景が甦る。何棟もの壁を貫通して床に突き刺さった強大な何かの跡。
白い峡谷で、影使徒たちを一撃で地に縫い止めた黒い投擲。ロンギヌスの槍。
その頭上を舞っていたエヴァシリーズ。
思い出した瞬間、全身に震えが走った。
恐怖でも、怯えでもなく、あるひとつの疑惑。
「…まさか」
彼は静かに目をみはった。
548ひとりあそび・150:04/05/23 01:49 ID:???
エヴァシリーズが過去にこの街を襲ったのは間違いない。でもその後、彼らはいったん
街を去った筈だ。でなければ、死者たちがここに住んでいられたわけがない。
でも、彼が来て街は変わった。
初号機という一個のエヴァの存在。集まってきた使徒たち。この世界に、全体でどれだけ
使徒が生きているのかはわからないけど、確実にこの変化は目立つ。それに、彼と初号機は
一度エヴァシリーズに合っている。もし彼らが、あの後もこっちの動きを見ていたとしたら。
呼び戻してしまったのは彼かもしれないのだ。
廃墟に残る血痕の群れが無数の眼差になって記憶を貫いた。
「…カヲル君!」
耐えきれず振り向いたとき、にわかに死者の表情が硬くなった。
視線は彼を見ていない。
その先で、暗い空を巡る輪が崩れ、九つの白い影は少しずつ列を乱して飛び回り始めた。
赤い目が一瞬絶望に覆われるのを、彼はなすすべもなく見て取った。
「…来るか」
呟いて、死者はきっと使徒に向き直った。諦観のような、悲嘆のような何かは、もう消えていた。
死者は鋭い一瞥を使徒に投げ、使徒は無言で同じ視線を返した。先のちぎれた腕が音もなく閃く。
恐ろしいほどの予感に襲われ、彼は使徒たちの方へ詰め寄った。
「やめてよ! …やめてよ、お願いだから」
死者は少し青ざめた顔で微笑んだ。
「大丈夫、心配しなくていい。君のことは僕らが必ず守るから」
その表情の中の何かが彼を打ち砕いた。
だめと呟く押し殺した声、磔刑の巨人の前に残された言葉、音をたてて閉ざされる
エレベーターの扉の向こうに消えた最後の笑顔。
彼は拳を握りしめ、強く首を振った。
549ひとりあそび・151:04/05/23 01:49 ID:???
「違う、そんなことしなくていいよ! あれは僕が連れてきたんだ、僕がここに来たから
 あいつらも追いかけてきたんだ! だから、僕のことなんかいいんだよ!
 足手まといになる僕なんか放っといていいから、早く逃げてよ! …でないと」
血の痕。
「でないと…君たちがいなくなっちゃうんだ」
視界が狭まってくる。頭の中でひとつの言葉だけががんがんと響き渡る。
逃げて。ここにいてはだめ。
「ここにいちゃ駄目だ。頼むから、お願いだから、早く逃げてよ。他のみんなと一緒に。
 僕がいなければ逃げられる。…僕が悪いんだ。僕なんかがいなければきっと」
言いつのる彼の肩を、死者は強く掴んで止めた。
彼は糸が切れたように黙り込んだ。揺さぶられて、目の端ににじんだ涙がつっと流れ落ちた。
死者はひどく悲しい顔をしていた。
「君が悪いんじゃない。絶対に、君だけが悪いなんてことはない。
 …それは僕がよく知ってる。ずっと話さずにいられればいいと思っていたけど」
「…でも」
使徒の両肩から腕が銀色の刃になってなだれ落ち、しなやかにうねる。死者は少しの間
目を伏せていたが、すぐにまた彼の顔をまっすぐに覗き込んだ。
「どっちにしろ、もう逃げても間に合わないよ。
 君のせいじゃない。それに、僕らも君にいなくなってほしくない。僕らみんながね。
 だから、生き延びよう。絶対に」
彼は息を呑み、泣きそうになるのをこらえて、小さく頷いた。
「…うん」
死者はにこりと笑うと、そっと両手を話した。暗い空を振り仰ぐ。
九体のエヴァは編隊を解き、別々に街へ降下を始めた。
使徒が寄り添うように傍に近づく。彼は片腕でぐいっと目をこすり、使徒たちと
一瞬強い視線を交わすと、雪の降りしきる街へ走り出した。
背後の空から、一体目のエヴァが急速にこちらへと向かってきた。
550ひとりあそび・152:04/05/23 01:50 ID:???
足首までもぐる雪を蹴散らして走る。降雪はますます激しくなり、風景全体が
揺れ動く白い幕を透かしたようにおぼろにかすんでくる。空から降りてくるときは
あんなにふんわりとして見えるのに、顔にぶつかってくる雪は石つぶてよりも固く冷たい。
けれど同じ雪が、こちらの味方にもなってくれた。
翼の上辺を叩く雪に、エヴァは早々に飛行を諦め、大量の積雪を蹴立てて着地した。
姿と距離をくらましてくれる雪の幕を遮蔽に、使徒の腕が何度か閃き、振り回される
黒い武器を防ぐと同時に、エヴァの注意を見当違いの方向へ誘導する。
その隙に彼らは手近な廃ビルに走り込んだ。まばらになった骨組みの陰から、目標を見失って
苛立たしげに雪の街を睥睨するエヴァを見つめる。
エヴァは離れていこうとしない。こちらがそう遠くへは行けないとわかっているのだろう。
冷たく濡れたコンクリートの柱を背に、彼は浅い雪床の上にしゃがみこんだ。
「これからどうしよう。逃げるにしても、他の奴がどこに降りたかわからないし」
死者は頷くと隣に腰を下ろした。白い顔が上気して、頬の底に少し赤みがさしている。
目は相変わらずつきつめたように見開かれていたけど、さっきまでのような
切迫した青白い顔よりはずっとましだった。彼は少し安堵し、それからこんなときでも
他人の顔色を気にしている自分に気づいて、刺すような自己嫌悪を覚えた。
「そうだね。実質、もうどこも安全ではないと考えた方がいいな。
 それに」
言いかけたとき、雪のとばりが割れて、全身真っ白になった使徒が転がり込んできた。
彼はとっさに立ち上がって使徒を奥へ引っぱり込み、代わりに外を窺った。白い風景の底に
空しくうろつく人影が見えている。いったんエヴァを撒くことに成功したらしい。
551ひとりあそび・153:04/05/23 01:51 ID:???
振り返ると、死者は身を屈めた使徒から手早く雪を払い落としているところだった。
怪我はしていない。動きにも特に異常はなさそうだった。最後に死者がぽんとコアの脇を叩くと、
使徒はほどけた腕をきちんとたたんで身体を起こした。
死者は難しい顔になって続けた。
「…それに、あそこにいる奴が簡単に諦めてくれるとは思えないからね」
途端、他のビルに斬りつけたらしい鈍い打撃音がした。その一角が崩れる音が
雪を通して低くとどろく。
彼は柱の陰で身を縮めた。確かに相当諦めは悪そうだった。
「ここから出るには、まずあいつを何とかしなきゃならないのか」
「そういうことさ。雪が小止みになるまでは、このまま隠れていられそうだけどね」
彼は建物の内部を探っている使徒を見、振り向いた。
「完全に倒すってことはできないの? 危険かもしれないけど、もしそうできれば」
死者は首を振った。
「無理だよ。僕らではエヴァを完全に止めることはできない。
 さっきみたいに、一時的に動きを止めたり、追い払ったりすることはできる。でも
 それだってその場しのぎにしかならない」
「…じゃあ」
「ひたすら逃げ隠れして、彼らが引き上げるのを待つしかないのさ」
彼は小さく唾を飲み込んだ。
死者は身を乗り出し、乱舞する雪にかすむ空を指した。太陽はとっくに昇っている筈だが、
厚い雲に覆われた天はいつまでも薄暗かった。
「幸い初号機と一緒で、彼らは日のあるうちしか活動しない。理屈はわからないけれど
 それがここでのエヴァに課された制限のようなんだ。
 つまり、夜まで逃げ切れればひとまずこっちの勝ちというわけ」
死者は冗談めかしてみせたが、その笑みはわずかにこわばっていた。
彼は余計なことだとは思いながらも訊かずにはいられなかった。
552ひとりあそび・154:04/05/23 01:52 ID:???
「…掴まったら?」
使徒が振り返った。死者は一瞬沈黙し、ごく簡単に答えた。
「そうならないことを祈るよ」
彼は目を逸らし、ごめん、と口の中で呟いて再び外へ目を向けた。
雪はさらに激しくなっていた。街路に面した建物は深く雪に覆われ、白くて重い綿を
すっぽりとかぶせたように見える。少し向こうの、倒れて斜めになったビルの上面は、
澱んだような雪の垂れ幕の下で、今にもくずおれそうな真っ白いスロープに変わっていた。
ふと、彼はその斜面に目を止めた。
確かあの下の道路には半分開いたままの射出口がある。
降る雪は当分やみそうにない。さっき走って温まった身体もすっかり冷え、寒さは刻々と
厳しくなってくる。残った毛布を巻きつけてちぢこまっていても、早くも手足の先は
感覚がなくなり始めていた。
いつまでもここでじっとしているわけにはいかない。
そう思ったとき、彼はそろそろと立ち上がっていた。
「…動きを止めることはできるんだよね」
死者は顔を上げた。
「…どういう意味」
「なんて言うか、絶対無敵の何でもありってわけじゃないんだよね?」
言いながら、彼は初号機のことを思い返していた。
あの初号機でも、巨大サイズの使徒相手では迷わず逃げたし、影使徒とやり合ったときには
ごく短時間だけど昏倒しかけた。
人間より遙かに強くて敏捷だといっても、できないことだってある筈だ。
それからもうひとつ、彼には公算があった。
「動けなくなる前に何とかしないと。…考えがあるんだ」
553ひとりあそび・155:04/05/23 01:53 ID:???
雪は少し小降りになってきていた。
舞い下り続ける白い幕を通して、それでもさっきよりは外を見渡せるようになっている。
使徒たちは既にそれぞれの持ち場に移動していた。彼はひとつ息を吸い込むと、
毛布を頭からかぶって雪の中へ歩き出した。
頭の中でいろんな声がわんわん反響していた。彼はあえてそれを押さえつけようとせず、
なるべく何も考えずに、ただ足を前に運ぶことに専念した。
総員第一種戦闘配置今は歩くことだけ考えて対地迎撃戦用意逃げちゃ駄目だ目標は
強羅絶対防衛戦を突破あなたは死なないわ落ち着いてあなたの腕じゃないのよあと二○で
目標と接触あれに乗って怖い目にあったことがないから出撃坐っていればいいわ発進いいわね
作戦は…あるわ。
ふいに、ひとつの声がざわめきの渦から浮かび上がり、響いた。彼は顔を上げた。
白い幕の向こうで、エヴァがこちらを向いた。
作戦。そう、作戦だ。あのときみたいに、何とか上手くやれればいいけど。
怖がっている暇はなかった。彼は降りしきる雪ごしにエヴァを睨んだ。
エヴァは動かない。考えていた通りだ。最初に襲ってきたときと同じく、エヴァは
初号機といた彼をまだ完全には敵と見なしていない。
彼はエヴァから目を離さずに、ゆっくりと一歩後ずさった。足元で雪が軋む。
エヴァは少し前屈みになって両腕を垂らす独特の姿勢のまま、かすかに長い首を傾けた。
彼はさらに一歩、今度はもう少し大きく下がった。
心臓が喉元からせり出しそうだった。これでエヴァが乗ってこなかったら、それとも
考えを変えて一気に襲いかかってきたら終わりだ。後の場合だと間違いなくここで死ぬ。
彼は毛布の端を掴む手に力を込め、思いきりエヴァを睨みつけた。
動け。
黒と銀の武器の先がぴくりと跳ね上がった。
エヴァはわずかに頭を下げ、こちらに一歩踏み出した。
554ひとりあそび・156:04/05/23 01:54 ID:???
息がつまった。
彼は充分すぎるほどの間をおいてから、もう一歩下がった。
エヴァがまた一歩進む。背中を深く曲げているので妙に両腕が長く見える。その腕が、
引っぱられるように小さく振れた。
彼は視線を外さないままじりじりと数歩後退し、エヴァが近づいてくるのを確認すると、
いきなり背を向けて走り出した。
振り向いて確かめるまでもなかった。雪を踏み散らす荒い足音が背後で弾け、
飢えたような気配がすさまじい速度で追ってきた。
彼は歯を食いしばり、走った。
思ったよりずっと早く距離を詰められた。すぐ後ろで熱い息づかいが響く。振り向きたいという
衝動と戦いながら、彼は必死に雪の垂れ幕の奥に目を凝らした。風が景色を白く乱し、
その向こうに、黒っぽいものぼんやりと浮かぶ。斜めに倒れたビル。ぱっと心が軽くなった。
目指す射出口はすぐそこだ。
と、後ろから強い力で引っぱられ、がくんと身体がつんのめった。
反射的に振り返った。なびいた毛布の端をエヴァが掴んでいた。巨大な口が横に引き裂けた。
一瞬、彼とエヴァは見つめ合った。
アスカ。あのとき、アスカは一人で怖くなかったの。
「うわああああああっ!!」
彼は身体をひるがえし、毛布を掴むとそれをエヴァに投げつけた。毛布は風にあおられて広がり、
エヴァの顔面をすっぽりと覆った。視界を奪われたエヴァがひるんだ一瞬、彼は身体を低くすると
渾身の力で装甲に覆われた腹部にぶつかった。
重たい手ごたえとともにエヴァの身体が雪上に投げ出される。一緒になって倒れそうになるのを
何とか踏みとどまり、彼は身を返すと後も見ずに走った。
背後で猛然と怒りの声があがった。
555ひとりあそび・157:04/05/23 01:54 ID:???
走る。何も考えずに。
風と雪が一緒くたになって目の前を流れる。雪にまみれた足がどんどん重くなる。
頭はがんがん痛み、肺が酸素を求めて悲鳴をあげ、記憶が耳元でわめく。
ビルのすぐ前で追いつかれた。背後から飛びつかれ、彼とエヴァはひとかたまりになって
柔らかい雪の中に転げた。
めちゃくちゃに暴れた。わけのわからないことを口走りながら、とにかく相手を殴りつけ、
蹴りつける。首を掴まれて叫んだ。何度か上になり下になり、もつれ合って格闘しているうち、
ふいに地面の感触がなくなった。
身体が宙に浮く。
妙に長い一秒の後、いきなり衝撃が全身を襲った。
密に詰まった何かに呑み込まれる感覚。押し込められて息ができない。無我夢中でもがき、
彼は白い表面の上に顔を出した。
一瞬、何をしていたのか思い出せなかった。もうろうとした頭で上を向く。
四角く切り取られた空。その薄暗い雲の天井から、雪が舞い落ちてくる。
さっきまでのことが閃光のように脳裏に甦り、彼はがばっと身体を起こした。射出口の底に
積もった深い雪溜まりの中だった。
突然、あえぐような唸り声が響いた。振り向くと、少し離れたところでエヴァが同じように
半ば雪に埋もれながら身を起こし、泳ぐように片手を伸ばしてくるところだった。
考える間もなく叫んだ。
「カヲル君!」
直後、上の斜めに倒れたビルの根元が爆発した。
エヴァが獣の機敏さで頭上を振り仰ぐ。その真上で、ビルの上面に長い斜面を作っていた
大量の積雪が一斉に震動し、それ自体の重さに耐えきれずに、文字通りなだれをうって
下の射出口めがけて崩落してきた。
目の前が真っ白になる寸前、強い手が彼の腕を掴んで引っぱり上げた。もうひとつの手が
一瞬足首にかかり、何かに弾かれて離れた。あとは降り注ぐ純白の滝のとどろきが辺りを覆った。
556ひとりあそび・158:04/05/23 01:55 ID:???
我に返ったとき、即席の雪崩は完全に射出口を埋めつくしていた。
彼は斜めにかしいだビルの上に立ち上がった。すっかりコンクリートの露出した壁を、
次の雪が早くもうっすらと白く染め始めている。
傍に死者が降り立ち、下から拾ってきた毛布をばふっと彼にかぶせると、横に並んだ。
彼はそっとその横顔を窺った。死者は視線に気づいてこちらを向き、また前を向いて、
ただ小さく息をついた。
その足元の、元は整備用の出入り口だったらしい崩れた穴から、使徒がひょいと顔を出す。
使徒は射出口跡を見下ろすともう少し身を乗り出し、その目が光を放った。
閃光とともに傍らのビルの基部が吹っ飛ぶ。
土台の一部を失ったビルはゆっくりと倒れていき、やがて、すさまじい地響きとともに
射出口のあった辺りに激突して、雪崩の跡を覆い隠した。
辺りがすっかり静かになってから、彼は呆然と口を開いた。
「…これで当分出てこないよね」
死者は驚いたような顔で振り返った。
「…君は」
それだけ言いかけ、死者は目を閉じてうつむくと、溜め息と一緒に笑った。
それを見て、ようやく切り抜けたという実感がわいた。
途端に全身の力が抜けた。彼はバランスを崩しかけて、慌てて両脚に力を込めた。使徒が
ゆらりと穴から抜け出し、こちらをちょっと覗き込むと、無傷の方の腕を伸ばして
ぽんぽんと彼の頭を叩いた。
ふいに、その動きが凍りついた。
彼は笑いかけた顔のまま使徒を見上げた。
ビシ、と大気が割れるような音が耳に届いた。
557ひとりあそび・159:04/05/23 01:57 ID:???
使徒の背後で、赤い光の壁が斜めに断ち割られ、瞬いて消えた。
次の瞬間、使徒は背中から血煙を噴いて前にのめった。倒れ込みざま、肩をねじって
後方へ腕を一閃させる。硬質の金属音。何かが鋭く宙を切り裂いてこちらへ飛ぶ。
エヴァの黒い武器が凍った壁面にぶち当たり、回転しながら滑って目の前で止まった。
まばゆい白いエッジがべったりと血で濡れていた。
ひと呼吸ほどの間をおいて、凍った空気がかき乱されてゆったりと渦を巻いた。その中に、
使徒は積もったばかりのわずかな雪を跳ね散らして倒れた。
硬いものが壁面をひっかく音。黒い巨体の向こうから返り血を浴びた人影が這い上がり、
にっと巨大な口を歪める。頭上からもう一体が舞い下りた。
二体のエヴァは巨大な翼を半ば広げ、並んでそこに立ちはだかった。
彼はただそれを見ていた。何も聞こえなかった。頭が、考えることを拒否した。
ふと、隣で何かが動いた。
彼は目だけ動かしてそちらを見た。死者は目を伏せて上体を屈めると、落ちた本でも拾うように
ものうげに足元の武器を掴んだ。黒い質量塊はびくともしない。
剥き出しの腕の皮膚の下で腱が白く張りつめる。
ぶちぶちと何かが切れる音がした。したような気がしただけかもしれない。ぴっと皮膚が裂け、
死者は血の流れ出した腕をものともせず、黒い武器をひっさげて立ち上がった。
完全に血の気の失せた横顔に、目だけが異様な静けさを湛えていた。
エヴァたちは前後して翼を開き、飛びすさった。一体がぐううと唸り声をあげ、細長い身体を
引いて睨みつける。もう一体が挑発するように首を突き出し、上体を低く構えた。
死者は肩を揺すって武器を持ち直すと、つかつかとエヴァたちの方へ近づいていった。
ごぼり、と何かが音をたてた。
見下ろす。立ちすくむ彼の足元で、使徒がゆるく息をついた。
彼ははっとして屈み込んだ。生きている。大きく斬られた背中が血を流しながら上下し、
使徒は片方の腕を持ち上げ、彼の見つめる前で、その先を死者の方へ伸ばそうとした。
そのときやっと、彼は今何が起こっているのかを理解した。
瞬間、死者のATフィールドが大気を叩いた。
558ひとりあそび・160:04/05/23 01:58 ID:???
降りかかった雪が微塵に砕けて舞い上がる。二体のエヴァの翼までが真上に吹き上げられ、
同じ強圧にあおられたように、死者の手の中で黒い武器が跳ね上がった。
鮮血がほとばしった。
使徒を襲ったエヴァの頭部が、斬られたというより潰されて吹っ飛んだ。頭のない身体が
よたよたと歩き出すのを銀の刃が背後から貫き、血膏のぬめる厭な音とともに引き抜かれて、
返す勢いでもう一体の腹部にめり込んだ。
わずかに遅れて、死者の腕が衝撃に耐えきれず宙で弾けた。飛び出した腱がしなう。
くずおれる一体を押しのけてエヴァが掴みかかる。死者はきっと振り向き、残った片手で
その手を受け止めた。エヴァはどす黒い血を吐き散らして吼え、その指ごと握り潰すと
手首からごきんとへし折った。死者は表情ひとつ変えずに、刺さったままの刃の背を、膝頭で
さらに深く打ち込んだ。振りかぶった得物を取り落とし、エヴァが絶叫する。
と、それに応える声が空にこだました。
彼は弾かれたように天を仰いだ。幾つもの翼の影がこちらへ向かってくるところだった。
嬌声に似た咆哮が、垂れこめた雲に幾重にも反響する。
倒れた使徒が喘鳴を洩らした。彼は一瞬使徒と見つめ合うと、まだ半分麻痺した頭のまま
思いきり死者の身体に飛びついて引き戻した。一瞬の抵抗、そして赤く染まったエヴァの顔が
ぐらりと離れて流れ、勢いあまって背中からもろに倒れ込む。
間一髪、跳ね上がった脚のすぐ前に、上空から放たれた黒い槍が突き立った。
続いてもう一本。
一拍遅れて、衝撃が走った。
薄い雪の層が細かな霧になって舞い立ち、足元の壁が一面ばくんとひび割れる。
エヴァがよろめいて翼を開く。使徒の腕が飛んで彼と死者に固く巻きつき、引き寄せられる寸前、
彼は遙か向こうに信じられない光景を見た。
飛び交う翼の空の下、彼方のビルの上に初号機が立ちつくしている。
距離がありすぎて不可能な筈なのに、その表情のない顔までがはっきりと見えた。初号機は
同じエヴァたちの怒号の中から、間違いなくこちらを見つめていた。逆巻く雪がすぐに
全てを白くかき消した。
彼は息を呑んだ。その途端、さっきの穴の周辺が大きく崩れ落ち、彼らは大量の破片と一緒に
真っ暗なビルの底へ一直線に落下していった。
轟音と振動が、やがて闇に変わった。
559ひとりあそび・161:04/05/23 01:59 ID:???
その後のことはよく覚えていない。
血の臭いのする暗闇をひたすら歩き回ったような気もするし、じっと
息をひそめていただけのような気もする。何度か周りが崩れ落ちたような感じもある。
記憶も印象も極度の混乱状態で、ただ、たくさん死んだことは覚えている。
何もかもが曖昧で、夢の中の出来事のようだった。
とにかく次に意識がはっきりしたとき、彼は地下にいた。
細い明かりの筋が天井の隙間から伸びて、辺りをうっすらと照らし出している。
空洞のあちこちに、生き残った使徒たちが固まっていた。仲間どうし身を寄せ合って
じっとしている。傷ついたものは身体を丸めるようにして冷たい地面に伏せていた。
その間で、彼はきつく身体を抱え、止まらない身体の震えを何とか鎮めようとしていた。
顔を上げると、目の前に使徒の黒っぽい大きな身体が横たわっていた。血の臭いが
喉の奥を押し上げる。彼は口を押さえて吐気をやりすごし、それから時間をかけて立ち上がると
使徒の傍に近寄った。
ダクトを吹き抜ける風の音に似た、虚ろな呼吸が暗い空洞に響いていた。出血はもう
止まったらしく、傷口だけが黒々と濡れたような光を溜めている。顔の近くへしゃがむと、
使徒は彼の姿を認めて、少し穏やかな息をついた。巨体の下敷きになっていた腕が
片方持ち上がり、ひらひらと揺れる。とりあえず死ぬ気は全くなさそうだった。
彼は深々と息を洩らし、傷を上にうつぶせになった使徒の背中に顔を向けた。
反対側から、死者は使徒の裂傷を押さえるようにその上に寄りかかり、頬をつけて
目を閉じていた。投げ出された腕の片方は破裂したように途中の骨格が露出し、もう片方は
何箇所かで折れ曲がって奇妙な形にねじれている。顔にも腕にも点々と血しぶきが飛んでいた。
血を浴びて、細い髪の毛が黒ずんで固まっている。
一瞬、もう二度と目を開けないような気がして、彼は大きく身を乗り出した。
その気配が伝わったのかもしれない。死者はゆっくりとまぶたを開くと、覗き込む彼を見て
かすかに微笑んだ。
彼は手を伸ばしかけ、触れるのをためらって、結局使徒の背中に顔を伏せた。
560ひとりあそび・162:04/05/23 01:59 ID:???
「…一体、何を考えてたんだよ」
使徒の皮膚は思ったよりずっと柔らかくて温かかった。お湯につかったようなぬくもりが、
触れている腕や胸を通してじわりと身体にしみこんでいく。無意識に緊張がほぐれた。
「自分の方こそ、僕よりずっと危ないことしてるじゃないか。
 …死んじゃうかと思ったよ。本当に」
それが厭で、彼はとがった声をぶつけ続けた。怒りたいのか泣きたいのか判断がつかなかった。
死者はただ、ごめんね、と謝った。
しばらく沈黙が続いた。使徒のゆっくりした呼吸音だけが薄暗い空間を埋める。
「…あれは、僕なんだ」
ふいに、死者はぽつりと呟いた。彼は顔を上げた。
「ダミープラグって知ってるよね。あれには本物のパイロットの思考パターンが
 移植されてるんだ。だからエヴァが起動できる」
彼は黙っていた。
「この前襲われたとき、僕はそのおかげで何とか逃げきることができた。
 その前も、そのさらに前もね。彼と一緒に」
使徒が唸り声をあげた。死者は目を閉じて、深い息をついた。
「彼らもそれを知ってるから、僕を狙う。でも殺さない。壊してしまわない程度に遊ぶか、
 でなければ、僕に見えるところで他の誰かを殺す。その方が僕が顕著に反応するから」
「…カヲル君」
彼の声を、死者は首を振って止めた。
「君のせいじゃないって言ったのはそういうことさ。
 僕と同じ思考で動くエヴァがみんなを襲う。みんなは僕を責めないけど、それは事実だ。
 僕が殺しているようなものさ。…さっきの、今度は君までって思ったら、頭に血が昇った。
 それだけだよ」
彼はうん、と短く答え、少し迷ってから、軽く死者の頭に手を乗せた。
死者はちょっと目を見開き、また閉じた。
「…大丈夫、僕らは死なないよ。動けるようになるには少し時間がかかるだろうけど」
何たって僕らは使徒だからね、そう眠そうな声で呟くと、死者はかくんと頭を沈めた。
と、使徒も大きく息を吸い込み、軽いいびきのような音をたて始めた。改めて周りを見ると、
他の使徒たちもいつのまにかほとんどが眠り込んでいた。
何だかものすごく前向きだった。
一人取り残された彼はぽかんとし、それから、やっとかすかな安堵を覚えた。
561ひとりあそび・163:04/05/23 02:00 ID:???
暮れ方、彼は眠り続ける使徒たちを残して外に出た。
エヴァシリーズは既に姿を消していた。重なり合う瓦礫の下から抜け出した目に、
雲の切れ目から射す夕焼けの光が眩しかった。
街はすっかり見晴らしがよくなっていた。半壊したビルが幾つか金色の空にそびえ、
残りは瓦礫の山になって、いちめん雪に覆われている。まばらな壁の残骸に残された
槍の跡さえなければ、いっそのどかな光景に見えた。
動くものはない。眺めているうち、なだらかな雪の起伏は優しい薄紅に染まった。
その下にどれだけの使徒が埋まっているのかは、なるべく考えないようにした。
もう、溜め息をつくだけの気力もなかった。
初号機がいたビルがどれか、街がこれだけめちゃくちゃになった後では見当もつかない。
それでも彼はしつこく探し続けた。あのとき初号機が動かなかったことに、自分が
ここまでショックを受けていることが、まだ信じられなかった。関係ないとわかっていても
腹が立った。
早朝の長い影の向こうでこちらへ手をさしのべていた初号機。
逃げて、とだけ告げた綾波。
彼らを責めることはできない。むしろ、間違っているとしたら彼の方だ。
でも、むしょうに怒りが込み上げて、止められなかった。
使徒たちはエヴァシリーズの存在をも、ある意味で受け入れている。どうしようもないと
開き直るのではなく、熾烈な闘争が本当は互いに触れる試みであるように、それもまた、
彼らのここでの生き方の一部なのだろう。
初号機はその輪から外れているけれど、同時にエヴァシリーズの無差別な敵意からも逃れている。
その孤立が、今の彼にはただ何もしていないだけに見えた。
それでも、初号機を憎むことはできない。ずっと一人でいる綾波のことも。
ただ、何に対してかも定かでないまま、強い憤りが意識の底を焦がし続けた。
いつかの問いがもう一度くっきりした形になって浮かんでくる。
どうして、こんなふうにならなきゃいけないんだ。
収まらない心を抱え、彼は色褪せた光が完全に失われるまで、黙ってそこに佇んでいた。
一週間ちょい… orz
…全然駆け足じゃない山登り二回目でした。
毎度毎度遅くて申し訳ないです。あと無駄に長くてすみません…

>ほしゅにんさん
ほんとにいつもいつもごめんなさい。
あと、お騒がせなんてことはないです。いろいろ言っていただけると
書かせてもらってる側としては大変嬉しいです。
>544さん
読んでくださってありがとうございます。
今回も大変なことになりました。ちょっとはがんがれたでしょうか…

何となく頂上が見えてきたようなこないような。
たぶん、続きます。
にゅい
ほしゅです
ほしゅshm
保守う
1 名前:動け動けウゴウゴ2ちゃんねる 投稿日:04/05/27 23:03 ID:NyiHl/xT
事務連絡です
移管作業に伴い2ちゃんに2〜3日の間アクセスできなくなる可能性が高いとの情報
ソース元は運営情報板です
ただし、ISPによっては期間が長くなる可能性もある模様

しかし、29日になるまではどうなるかわかりません
とりあえず今は鯖への負荷を回避するために書き込みを自粛してください
記念カキコなどもお控えください

また、今現在書き込めないのはこの影響ではありません
落ち着くように、まてば直るから
とりあえず書き込みの自粛を
運営板にはなるべく集まらないように

まとめサイトはここを
http://dempa.2ch.net/prj/page/browser/ikan.html
http://dempa.gozans.com/prj/page/browser/ikan.html


上はテンプレです各板に張ってください

各人、混乱に乗じた鯖落ち回避のために書き込み自粛するように
すみやかに2ちゃん以外の掲示板などへの避難
そして、運営板を死守するように



業務連絡
やばいかもです
結局なにごともなく今日もよいお日柄でほしゅ
わかりにくいかも

>ひとりあそびさん
結局大丈夫だったみたいです
ほぷs
長期鯖落ち復活ほしゅ
鯖ももももーいけどいまのうちにほしゅ
しゅー
きょうはおもくないほしゅ
ほしゅぷ
こんにちは。
二週間どころか三週間ぶりですね…
いつも保守してくださってる方、お知らせしてくれた>566・>568さん、ありがとうございます。
なんか鯖移行とかdocomoパケット定額化とかいろいろあったようで、とりあえずcomic4鯖は
人大杉になるわ連日のように落ちるわ、はらはらしてました。
毎度のことですが、ここに投下する駄文はとにかく量が多いので、
鯖があまり重くない時間を選んで書き込もうとか思ってるうちに、こんなに
大幅に時間が経ってしまいました。すみません。

では、大変遅くなってしまいましたが、続きです。
576ひとりあそび・164:04/06/11 09:25 ID:???
夜の闇が降りると、それでも街には明かりがともった。
だいぶ闇の領分が多くなった街を、彼は倒壊した建物のシルエットを目印に歩いていった。
ときどき振り返ると、怪我のなかった使徒たちが何体か、それぞれ穏当な距離を保ちつつ
ついてきている。普通なら違う使徒どうしがこんなに密集することはまずあり得ないのに、
彼らは多少ぴりぴりしつつもおとなしかった。今はそれどころではない、という
ことなのだろう。
柔らかかった雪は凍り始めていた。重く垂れこめた雲は西の方から少しずつ晴れ、
きれぎれに覗く夜空に、星がぞっとするほど澄んだ輝きでまたたいている。
大気もしんと透きとおっていた。街並や通りをかすませていた白い砂塵はあとかたもなく、
月が昇ると、なだらかな雪溜まりや崩れ落ちた建物が、青白いほの明かりの中に
異様にくっきりと浮かび上がった。
そう遠くまで行かないうちに、彼は外に出たことを後悔し始めた。
とにかく寒い。空気中を歩いているというより、凍結しかけた水の中で、固い氷の群れを
無理矢理かき分けながら進んでいるようだった。身体は重いし、気まぐれに吹きつける風は
冷たさも硬さも刃物同然で、しかも考えてみれば朝から何も食べていない。
それでも、この惨めな状況を何とかしたければ例によって自分で何とかするしかなかった。
エヴァが自由に行動できるよう、ひたすらだだっ広く建設された街路の跡を横切りながら、
彼は何度目かの溜め息をついた。
と、さっきから周りをうろついていた猫くらいの大きさのイカ使徒が傍に寄ってきた。
肩先辺りでそわそわしている。彼は反射的に距離をとろうとした。ATフィールドに
弾かれるのはけっこう痛いし、使徒の方もあまり近づかれると不安がるからだ。
が、イカ使徒は宙でちょっと揺れると、そのまま追いついてきてぽんと肩に乗った。
とっさに身構えたが、衝撃も静電気に似た反発もなかった。
フィールドは展開されていない。
彼は驚いて立ち止まり、その反動で前にずり落ちそうになった使徒は、抗議のつもりか
片方のムチを伸ばして振り回した。彼は慌てて使徒の頭を押さえた。
手を離しても、使徒は下腹をぺたりとくっつけて肩の上に居座っている。
「…なんで」
呟いたとき、同じように遠巻きについてきていた他の使徒たちも動いた。
577ひとりあそび・165:04/06/11 09:26 ID:???
バキン、ガキンとATフィールドがぶつかり合う音が連続し、やがて途絶える。
めんくらって見回す前で、使徒たちは互いをかなり敏感に意識し合いながらも、少しずつ
距離をつめてきて、彼を取り囲んだ。
青白い雪の上で、彼は思わず身を固くした。
ひとしきり無言の相互牽制。
が、最初の一体が動くとあとは早かった。
もう一体のイカ使徒がまっさきに反対側の肩を占領する。先を越された青い使徒たちは
さらに上に行こうとして、頭上からぺらんと腕(?)を垂らした目玉使徒に阻止され、
次々と転げ落ちた。途中、ひとつがシャツの胸ポケットにはまってパニックを起こす。
彼の膝くらいの高さの分裂使徒は、しばし考慮したあげく、後ろから乗っかって
首につかまり、背中におぶさるような形で落ち着いた。手のひらサイズの蜘蛛使徒三体は
脚を器用に絡ませて一列に腕にくっついている。最後に、彼より少し背の高い人型使徒が
所在なげに傍に立って、場所取り合戦は終わった。
その間、彼はひたすら固まっていた。
使徒たちは互いの身体が触れ合っても暴れず、快適な居場所を確保すべくごそごそやっている。
動けずにいるうち、青い使徒のひとつが混雑から弾き出され、と、ちょうどそこに
人型使徒の長い腕が伸びて、狭い手のひらでひょいとすくい上げて元の場所に戻した。
思わず見上げると、骨の仮面めいた顔がちょっと回り、黒い穴にしか見えない両目が
ぱちぱちとまばたきした。彼は吹き出した。
使徒たちの、ヒトより若干高い体温がはっきりしたぬくもりになって冷えた身体を包む。
ATフィールドもなしに他者の近くにいるのは、本当はそれだけで不安で仕方ない筈なのに、
彼らは身を寄せるという行為そのものを楽しんでいるようにさえ見えた。
かすかに笑って、彼は肩や肘の緊張を解いた。
くっつかれるのは厭な感じではなかった。身体じゅうにぶら下がった使徒はけっこう
重かったけれど、それすらも何だか嬉しかった。
彼らが落ち着くのを待って、彼は再び硬い雪床を踏んで歩き出した。
578ひとりあそび・166:04/06/11 09:28 ID:???
街はひどく静かだった。
自分の足が凍りついた雪の表面を割る軋み、それから崩れた街角を曲がるたびに
かすかな風がごうっと耳元で鳴る、音というより低い振動。耳に届くのはそれだけだった。
街じゅうに積もった雪が、起こるはしから全ての音を吸い込んでいるかのようだった。
雪は、街の、今朝までは街だったものの形も一変させていた。丸くなだらかな、柔らかそうに
すら見える白い起伏が、破壊の痕跡を覆い隠し、散乱した瓦礫を埋め、がらんとした街路を
見慣れない巨大な白い回廊に変えている。生き残った電灯が、そこに点々と乏しい光を
にじませていた。
月の面を次々と雲の群れが通過し、空洞の街を速い暗転と溶明の繰り返しで洗った。

死者たちと住んでいた銃器格納ビルは、もののみごとに瓦礫の山に変わっていた。
周辺の街灯は全滅で、壁の残骸や、折れた鉄階段に積もった雪が、不規則に翳っては明るむ
月光を受けて銀色に輝いている。
見覚えのある天井の一部が大きく斜めに割れて路上に突っ込んでいた。月明かりはそこにも射し、
いつかと同じように青い帯を描いていた。
彼は奇妙な浮遊感を覚えながら廃墟に踏み込んだ。
使徒たちの助けを借りて瓦礫の中をさんざん捜し回った結果、幾つか使えそうなものを
見つけることができた。あちこち破れた防寒着を着込んだときは正直ほっとしたし、
何よりありがたかったのが、例の味気ない非常糧食の包みだった。砕けた箱の隙間から
引っ張り出したときは空腹のあまりその場でほおばりそうになったが、残してきた
使徒たちのことを思い出して何とかこらえた。
掘り出した荷物は全員で分担して運んだ。というより使徒たちが持ちたがった。
人型使徒は毛布を全部頭にかぶって一種異様な姿になり、分裂使徒は二つに分かれて
水の容器をかついだ。こまごました品物は目玉使徒が薄い両手(?)に包むようにして
受け持ってくれた。彼は目玉使徒が持ちきれない分を両手に抱え、小さい使徒たちが
興味しんしんで覗き込むなか、その一角を立ち去った。
579ひとりあそび・167:04/06/11 09:29 ID:???
ひとまず物資の補給ができた後は、池に向かった。
そこも他と似たようなものだった。広い日陰を作っていた建物はほぼ崩れ落ち、その瓦礫と、
それを覆う雪が水辺すれすれまで張り出している。池そのものも元の面積の半分以上が埋まり、
張りつめた厚い氷の下から、折れた柱が数本突き出していた。落下した瓦礫の堆積は
池の底まで達しているようだった。
白く濁った氷に積もった粉雪がわずかな風にそよいでいる。
いったん立ち去ろうとした彼は、ふと目を凝らした。
凍った水面に折り重なった瓦礫が、動いているような気がする。じっと見ていると
次第に目が慣れてきた。
「何かいるんだ」
彼は傾いた床の残骸を滑り降り、水面の近くまで行った。目玉使徒があとについて氷上に
漂い出ると、他の使徒たちは三々五々、荷物を下ろして周囲に散らばった。
雲間から月が覗いた。膝の辺りまでくる雪が月光を受けて真っ白に浮かび上がり、
そこにくっきりと濃い影が落ちる。
と、そのひとつがすっと縮んだ。彼は息を呑んだ。
目の前に、黒白縞の球体が幾つかぽかりぽかりと出現した。ようやくこちらに気づいたらしい。
彼は反射的に後ずさり、足元に目を移した。
池の氷を覆う瓦礫が動いている。よく見ると、それらは使徒の本体の中へ沈んでいくのだった。
ひとつの破片が完全に黒い平面に没すると、影は少し退き、その下から、傷ついてたわんだ
氷床が現れる。影使徒は水面を埋めた瓦礫をどかそうとしているのだった。
幾らも経たずに大量のコンクリート片が音もなく影に呑まれ、やがて元の三分の一ほどの
凍った池面が顔を出した。影使徒たちはするすると身を引き、黒白球のひとつが
訴えるようにくるりと回った。
彼はきょとんとそれを見返し、気づいた。影使徒たちでは氷は割れないのだ。
そのとき、蜘蛛使徒たちが彼から離れて、雪の張り出しを伝って身軽に氷の上に降り立った。
580ひとりあそび・168:04/06/11 09:30 ID:???
蜘蛛使徒たちは不透明な氷面の真ん中辺りに陣取って、作業を開始した。彼は目を丸くした。
つんとする刺激臭とともに煙が立ち昇り、溶解液の細流が氷に無数の溝を作っていく。
ある程度氷の表層を脆くすると、彼らはそそくさと引き上げた。
続いて青い使徒たちが池面の近くへ並び、一斉に荷粒子砲を放った。
彼はとっさに両腕で顔を庇った。氷の破片がきらきらと飛び散る。けれど、サイズのせいか
彼らの攻撃にはそれほど威力はなく、厚い氷にある程度ひびが入っただけだった。
人型使徒がそこに長い腕を突っ込んだ。肘の外側に光るものが突き出し、槍の形になって
勢いよく氷に叩きつけられる。脆い音が響いた。
何度かそれを繰り返すうちに、亀裂に沿ってばくんと氷が持ち上がった。足場が揺らぐ寸前、
目玉使徒の腕が人型使徒を引っ張り上げて岸に戻す。
砕けた氷塊は分裂使徒の駄目押しの一撃で吹っ飛び、黒い水が現れた。
とたんに青い使徒たちが飛んでいった。
裂け目の周りをくるくる飛び回る。それにひかれたように暗い水面が波立ち、水底に
閉じ込められていたらしい仲間が次々に飛び出してきた。
その後から、さらに波しぶきが散った。黒い波を割って魚使徒の白い身体がきらきらと跳ねる。
奥まった瓦礫の陰からは、火口使徒が身体の上面に突出した目だけ覗かせて様子を窺い、
エビのしっぽに似た両腕を伸ばして上体を乗り出してきた。分裂使徒が慌てて跳びすさる。
魚使徒の中でもひときわ大きいのが高く跳び上がり、青い使徒たちの輪が乱れるのを
面白がるように何度もちょっかいを出す。勢いあまって氷の上にひっくり返ってしまい、
長い尾をばたつかせて何とか水中に戻った。
581ひとりあそび・169:04/06/11 09:31 ID:???
生存証明でもするように暴れまくる使徒たちを、彼はぽかんと見つめていた。こっちが逆に
とまどってしまうほど、彼らは普段通りやたらたくましかった。
エヴァシリーズの攻撃を受けていないわけではない。飛び跳ねる魚使徒の中には
身体がちぎれているものもいたし、青い使徒の大半には亀裂が走り、火口使徒の頭甲は
あちこち割れて剥がれかけている。
けれど、彼らはそんなことはまるで気にしていないようだった。とりあえず全滅はしなかった、
それだけで充分なのかもしれなかった。
ふと振り向くと、影使徒の虚像がすぐ隣に浮かんでいた。本体はその下に、ごく控えめに
黒く溜まっている。あれだけの瓦礫と廃材を呑み込んでも影には全く変化はなかった。
彼は虚像と影を見比べ、少しためらってから声をかけた。
「…一緒に来る?」
黒白縞のボールはわずかに揺れ、ふいに消失した。影たちが瓦礫の下に吸い込まれていく。
見つめていると、もう一度虚像がひとつ浮かび、目に似た縞模様をこちらに向けた。彼らには
物陰に困らない戸外の方が安全なのかもしれない。
「そっか。わかったよ」
頷くと、虚像はくりっと回って消え、あとには本物の影だけが残った。
まもなく魚使徒たちも再び水中に消え、それを追うように、青い使徒たちの大半が
黒い水面に飛び込んだ。残りは彼の周囲を離れないところを見るとついてくる気らしい。
火口使徒は体節のある腕を器用に使って後退し、どぼんと波の下に沈んだ。凍るような水面に
幾つも銀の輪が広がり、やがて静まる。
彼と使徒たちは何度か振り返りながら、池を後にした。
582ひとりあそび・170:04/06/11 09:32 ID:???
荒れ果てた一群の廃墟の間で、紐使徒の生き残りを見つけた。
使徒たちはちゃんと心得ていて、立ち止まった彼に、そっとしておいて先を急ぐよう
促した。今あの使徒にしてやれることは何もない。あるとしたら、自分の存在を放棄して
融合を許し、一時的に紐使徒の孤独を埋めてやる、それだけだ。
そうできないなら離れていた方がいい。彼に、その覚悟はなかった。
紐使徒はこちらに気づいたようだったが、やっぱり近づいてはこなかった。
一歩ごとに雪を踏みしめる感触を強く意識しながら、彼はそこを離れた。
粉雪ばかりが漂う廃墟の内部に、たった一体でしんと光っていた使徒の姿が、いつまでも
脳裏に残った。

もう一体の、自ら孤立を選んだ翼使徒の姿はどこにもなかった。街の灯が激減したせいで
いつもより大きく見える夜空には、かなりの早さで流れていく雲と、その合間から覗く
月と星の光しか見つからない。待っても、意識に触れてくるものはなかった。
エヴァシリーズの接近を知ってどこかに隠れたのかもしれないし、この街を見捨てて
遠くへ行ってしまったのかもしれなかった。
もう、他の使徒の前には出てこないつもりなんじゃないか、という気がふとした。
紐使徒ですら一緒に襲撃を受けたのに、翼使徒は地上に近づきもしなかった。それで生き残れても
嬉しいとは思わないだろう。使徒の抱えていた悲嘆を思い出して、彼は身震いした。
見上げる空は、雲の群れを通してすら非情なほど広く、遠く、底なしに深かった。

初号機のことは気になり続けていたが、捜さなかった。使徒たちもいるし、頼み込んで
本気で捜し回れば、案外簡単に見つかったかもしれない。でもそうはしなかった。
別に積極的に避けたかったのではなく、ただ、今は傍に行けないと思った。
もし初号機が受け入れてくれても、彼の方で駄目だ。今の状態だと会えたとしても
すぐに離れてきてしまうだろう。夕刻に見つけたわだかまりは、まだ身体の底に溜まっていた。
でも、このままでいたいんじゃない。
彼はわざと深く顔をうつむけ、強く雪を踏みしだいて歩き続けた。
583ひとりあそび・171:04/06/11 09:35 ID:???
今朝、エヴァシリーズの一体とやりあった射出口跡はすっかり様変わりしていた。
穴の跡に蓋をしていたビルは真ん中から砕け、飛び散った壁には十箇所以上の槍の貫通孔が
砲撃の痕のように残っている。上に登ってこわごわ覗き込むと、流れ込む月光の中、
掘り返された大量の雪が穴の周囲に汚れた山を作っていた。仲間に救出してもらったのか、
自力で脱出したのか、とにかくエヴァは生きていたらしい。この分だと、死者に潰された奴も
しっかり生き残っていると考えた方が良さそうだった。
明日の朝になれば彼らはまたやってくるのだろう。たぶん、今日受けた損傷を完全に修復して。
彼は唇を噛み、目を閉じて静かに恐怖に耐えた。
使徒たちが心なしか身を寄せてくる。
今度こそ、見逃してはもらえない。何ひとつ把握できない中でも、それだけは確実だった。
明日は生き残れるかどうかすら怪しい。今日だって、朝のささやかな反撃以外、彼はずっと
死者たちに庇われながら逃げ隠れするだけだったし、それだって奇跡のようなものだ。
昼間の記憶は未だに漠然とした印象の連なりでしかない。冗談のようにあっさり死んでいく
使徒たちに、彼はちゃんと意識を向けることすらできなかった。
あの猛攻に晒されて、次も生き延びる自信は、正直言ってこれっぽっちもない。
彼は大きく息を吐き出した。
一瞬、逃げるという考えが浮かび、霧散した。
もう襲い。大体どこに逃げるというのだろう。相手には翼と槍があるのに。
「やっぱり、馬鹿だったのかな」
きびすを返し、彼は雪に埋もれた壁の側面を降り始めた。
綾波の警告は確かに正しかった。もしあのとき、使徒たちのところに行かないで
初号機の傍に戻っていれば、そして翌朝にでもなるべく早く街を離れていれば、少なくとも
エヴァシリーズに敵視されることはなかっただろう。中立を守る初号機と一緒にいる限り
攻撃はされない。今感じている、身を噛むような恐怖だって味わわずに済んだ。
でも。
彼は黙って目をみはり、流れてゆく雲の合間に溺れる月を見上げた。
繰り返し、同じ言葉が浮かんでくる。
でも、今、怖くてたまらない一方で、変に意識が昂揚しているのも本当なのだ。
584ひとりあそび・172:04/06/11 09:36 ID:???
使徒襲来の頃に、少し似ている。あの頃も、本当はいつだって死と隣り合わせで、
だけどいつだって何とか切り抜けてきた。
懐かしいとは思わない。辛いだけのことも、悪い結果にしかならないことも多かった。
自分を嫌いになり、助けてくれない他人を憎み、そのくせみっともないほどに救いを求めた、
失望と自己嫌悪の泥沼のようなあの頃。
それでも、あの息づまるような時間は確実に彼の一部を占めている。
エヴァに乗っていたというその事実を、彼が未来永劫否定できないのと同じように。
彼はかつて世界を救える場所にいた。誰かを助けられるチャンスを持っていた。そして、
決して全てを逃したわけではなくても、結局は何もできなかった。
それに比べれば、今のこの変な世界なんて何でもない。
そんな、根拠のない自信、というより意地のような何かが、彼をここに繋ぎ止めている。
それにあの頃だって、楽しいことはあったのだ。
「ただ死んでたまるか」
誰にともなく気を吐いて、彼は雪の上に駆け下りた。
と、はぜるようなかすかな音が月の静寂を破った。
目を向けると、傍のビルの残骸の内部で、乾いた鋭い響きが断続的に弾けていた。
破壊されずに残った電源プラグが鳴る音だ。まだ電力供給が続いていて、巨大なエヴァを
動かすに足るだけの膨大な電圧が、真空カバーの中にまぎれこんだ空気の分子を
一瞬で電子崩壊させている。
少しの間、彼は初めて見るような目でそれを眺めていた。
最初から、エヴァとはそういうものだったのだ。持てるだけの技術をつぎこんで、
考えられるだけの手段を講じて、それでやっと言うことを聞かせることができる。
一度ヒトの手を離れたらまず止めることはできない。そのとき、ヒトが作り上げた多くの
制御機構や安全装置はただの無用の長物と化してしまう。
だけどこの街は、まだ生きている。
いつのまにか寒さはほとんど気にならなくなっていた。
足早に歩き出す。雪雲の名残はほぼ流れ去っていた。夜の天球は冴え冴えと開け、
彼自身の、そして周りにいる使徒たちの影が、凍った雪の上にくっきりと落ちている。
それを見つめながら、彼は胸のうちで、まだ生きてる、と何度も繰り返した。
585ひとりあそび・173:04/06/11 09:39 ID:???
地下壕に戻ると、大半の使徒たちは起き出していた。
どこから外してきたのか、コードの束を引きずった街灯の頭が壕の中ほどに置かれていて、
弱い光芒が辺りを照らし出している。
その明かりで気がついた。残りはまだ眠っているのではなくて、回復できずにそのまま
力尽きたものたちだった。彼らの身体は光に晒されない隅に置かれ、生き延びた同類が
それとなく周りを囲んでいる。陰になってちらりとしか見えなかったが、食べているらしい
動きも窺えた。彼はすぐに目を逸らした。動物が一人で自分の傷を舐めている光景が
理由もなく頭に浮かんだ。
死者たちも同じ光の輪の中にいた。死者はいつものように素早く彼の全身を一瞥し、
無事を確認すると、あちこちにぶら下がっている使徒たちに目をとめて微笑した。
大きい使徒の方はしばらく固まっていた。違う使徒たちがくっつき合っているのが
信じられないらしい。背中の傷はだいぶふさがったようで、半ば身を起こし、無傷の方の腕を
死者の両腕に巻きつけて簡単な血止めとギプス代わりにしている。昼間よりはずいぶん
元気を取り戻しているように見えた。
死者も平然としていたが、骨折した方はともかく、めちゃめちゃになった右腕はまだ
ようやく形になったかどうかという状態で、彼はすぐさま手当にかかった。
と言っても、傷口を洗い直して包帯を巻くくらいしかできない。使徒の背中の裂傷も
できるだけ血膿や汚れを拭う。
彼が慣れない手つきで奮闘している間、一緒に外を探検した使徒たちはそれぞれ
仲間のところに戻っていき、大きい使徒と同じくショックを受けたらしい同類にこづき回されて
沈滞していた壕内にささやかな騒ぎを引き起こした。
外でのことを、彼は特に話さなかったし、死者も訊かなかった。口糧の包みを差し出すと
首を振った。何も言われなくても、必要ないのだと何となくわかった。考えてみれば、
死者はいつも彼へのつきあい程度にしか食べ物を口にしなかった。合わせてくれていたのだと
今さらのように気づいた。それも終わりだ。生活ごっこをする余裕はもうない。
彼は貴重な食糧を丁寧に包み直し、ふと、この次食事をすることなんかあるのかと考えた。
忘れていた寒さが忍び寄ってくる。彼は使徒の横腹に背中をくっつけ、両膝を引き寄せた。
以上が第一弾でした。

昨夜はひさびさに9〜12話を見てました。使徒や第三新東京市について
ちょっと見とくかーくらいの気持ちだったんですが、見事にヘコみました。
やっぱ本放送は偉大です(当たり前ですね)

個人的収穫。
イスラフェルはサキエル同様まばたきする
(最初に弐号機にぶった斬られる直前のカット参照)
一体どうなってるんだろう奴らの顔。

では暗くてクドい後半行きます。
587ひとりあそび・174:04/06/11 09:47 ID:???
そのまま寝入ってしまったらしい。
ふっと意識が戻り、彼は目を開けた。かぶった毛布の上から、乏しい光源が何倍にも膨れ上がって
眠い目を刺す。涙がこぼれた。何度もまばたきしてようやく目を慣らし、ふと隣を見ると、
死者はさっきと同じ姿勢で暗い光を見つめていた。
「…眠らないの?」
声をかけると、表情のなかった目がかすかに見開かれた。死者はこちらを向いた。
「…起きてたのか」
彼は使徒たちの誰かがかけたらしい毛布の山を押しのけ、片手で顔をこすった。
「今、目が覚めたところ。…ごめん、驚かせちゃって」
「いいよ。何をしていたわけでもないし」
死者は微笑み、そのまま何となく会話が途切れた。どちらからともなく目を逸らし、
彼は意味もなく自分の足元に視線を落とした。
沈黙が落ちた。
「…普通は、眠ったりしないんだ」
唐突に、死者はそう言った。彼は顔を上げた。
「さっきみたいな非常事態以外はね。僕らは普通眠らない」
「…どうして」
夕暮れの屋上を渡る風の冷たさが、一瞬身体を取り巻いた。
「意識がなくなるのが怖かったのかな。…君といた間は平気だったんだけどね。
 意識がないと、自分の存在まで消えてしまう、そんな気がしてたのかもしれない。
 …二度と目覚めることがないような」
死者は考えながら答え、たわいない述懐を自嘲するように、少し笑った。
彼は笑わなかった。
「夢を、見てるんだと思う?」
詰問が口をついた。
思ったより強い口調になった。死者は驚いたように彼を見た。彼は繰り返した。
「そんなふうに考えたことはある?
 これが全部、ほんとは自分が一人で見てる夢なんじゃないかって」
無意識に身を乗り出していた。
588ひとりあそび・175:04/06/11 09:49 ID:???
彼の動きを感じ取った使徒が、小さく身体をひねってこちらを覗き込む。
死者は静かに視線を外し、弱い光に横顔を晒した。影になった頬に黒く血の跡が残っている。
うつむくと、固まって束になった髪がぱさりとかかってそれを隠した。
「…そうじゃないよ。
 むしろ僕こそが、この地が見ている夢のようなものさ。
 ここが夢ならここにいる僕だって夢だ。夢の外側にいる、夢を見ている僕なんてものは、
 もうどこにも存在しない」
「そんな…こと」
言いかけて、彼は黙った。
意識しないでいようと努めていたことが、ふいに強固な現実感を得る。
目の前にいる相手は、本当は、もういないのだ。
彼はきつく唇を噛んだ。
虚構。嘘なのだろうか。ここにある、全てのものが。
綾波の不安。意識の底に沈んでいる、終わりの予感。光の中に立つ初号機。
全てがそうではないと、そう何度も悟った筈なのに、押し寄せてくる空しさは重い。
彼はそっと身を引き、静かに坐り直した。考えを巡らす代わりに、別のことを訊いた。
「…ここにも、死ってあるのかな」
死者は一瞬黙り込んだ。折れた腕に巻きついた使徒の腕がふっと揺らぎ、静まる。
彼が言っているのが単なる個々の死でないことは、すぐ察したようだった。
白い横顔が、微笑の兆しのようなものを浮かべた。
「…ないわけではないよ」
彼は毛布に顎の先を埋め、両膝を抱いた。自分の吐く息の温かさがわずらわしかった。
死者は続けた。
589ひとりあそび・176:04/06/11 09:50 ID:???
「厳密な意味での死とは違う。僕らにとってそれは既に所与のものだからね。
 でも、ここでの存在をやめることもできる。
 ATフィールドを完全に放棄するのさ。君にしているように開くんじゃなく、消してしまう。
 そうすればこの身体はカタチを失って朽ち、やがて存在を停止する」
「その後は…どうなるの」
「意識だけが残る、と聞いているよ」
彼は目を閉じ、ゆっくりと開いた。
幾夜か、彼を訪れた姿のない人たち。彼らがそれだと思った。
「継続的実在を成立させる身体もなく、自らを動かす意志もなく、他者の記憶のみを
 媒介として漂い、それもしばらくすると拡散して、個として成立しなくなってしまう。
 それとも、もしかしたら、そうなる前にどこか別の場所へ旅立つのかもしれないね。
 …本当の、向こう側へ」
最後まで君には優しい接し方って奴ができなかった。
死者はどこへ行くんでしょうね。
「その先は、僕は知らない。
 必要ないのさ。ここは僕らによって支えられていて、僕が存在を停止することは、
 他の皆の存在を危うくすることになる」
ここにいるわたしは、嘘ではないのね。
「一人だけ抜け出したいとは、思わないからね」
死者はそう結んだ。
彼はふと目を凝らした。暗い光の輪の向こうから、使徒たちが静かに身動きし、伏せ、
ときどき同じようにこちらを注視する気配が伝わってくる。
「…ごめん」
毛布の上から、ぎゅっと両膝を掴んだ。
死者はかすかに顔を上げた。
590ひとりあそび・177:04/06/11 09:51 ID:???
「どうしたんだい」
「何でも…ないよ。…わからないんだ」
彼は心もち顔をそむけ、使徒たちを隠す光の輪から視線を逸らした。
背中側で、使徒がまた身じろぎした。
死者は、そう、とだけ答え、少し間をおいて再び口を開いた。
「僕も、ひとつ訊いていいかな」
「…何」
彼はわずかに身構えた。相手の静かな目の色が、あまり訊かれたくない質問だと告げていた。
死者は目だけちらと彼に向け、また戻した。
「初号機のところへは行かないのかい」
彼は息を止め、今度は隠さずに顔をそむけた。
死者の声が追いかけてきた。
「どうして行きたくないんだい」
「…どうして、って」
目もとがきつくなるのがわかる。喉につかえた何かを、彼は無理矢理飲み下した。
「今は…厭だ。駄目なんだ」
それで打ち切ったつもりだった。意識したくなかった。
死者はやめなかった。
「話したくないのかい?」
「…だって」
声が大きくなった。
「だって、何もしなかったんだ。僕はあのとき見たんだ。
 見てるだけで、何もしてくれなかった。目の前でどんどん死んでいくのに」
彼は暗闇に目を据えたまま、頑なに言い張った。
591ひとりあそび・178:04/06/11 09:52 ID:???
「君たちのこと避けてるのは知ってた。そのことも、わかってるつもりだった。
 でも、だからって、無関心すぎるよ。
 …僕もいたのに。死ぬかもしれないってわかってるのに、何もしてくれなかったんだ」
「それが、理由だね」
唐突に、静かな声が惑乱を断ち切った。
彼はきっと振り向いた。けれど同時に、どうしようもないほど怯えてもいた。
そう、本当は自分でも知っていたことだ。
わからないふりをしているだけ。
声のない囁きを振りきるように、彼は余計に声を荒げた。
「…何が理由なんだよ」
死者はひるんだふうもなかった。
「君は苛立ってるんだ。助けてくれると信じていた相手が、そうしなかったってことに」
彼の中の、冷徹なもう一人の自分の声が、それに重なった。
そうさ、子供みたいに拗ねてるんだ。
自分の期待が裏切られたから。相手が自分の思う通りに動いてくれなかったから。
勝手にそう思い込んでいただけのくせに。
「ッ、関係ないよ!」
叫んだ。無意識に握りしめた拳が地面を叩いた。
明かりの輪の向こうで、使徒たちが一斉に身を固くするのがわかった。
死者は、たぶん手を伸ばそうとして、動かない腕に傷ついたように、かすかに顔を曇らせた。
視界が揺らいだ。彼は再び強く目を逸らした。
それでも死者の言葉は流れ続けた。
592ひとりあそび・179:04/06/11 09:54 ID:???
「…それだけが全てではないよ。
 君が僕らのことで怒ってくれたのも、傷ついているのも、嘘じゃない。
 でも同時に、君が初号機に裏切られたと感じているのも嘘ではないんだ」
どこまでも静かで、底に抑えがたい痛みを沈めた声だった。
いつものように。
かすかに唇が震えた。
「初号機が僕らを拒絶するのは変えられないことかもしれない。
 僕も、初号機は僕らとは相容れない存在だと、今も思っている。
 …だけど、君までそれでいいのかい?」
「…やめてよ」
彼は耳をふさいだ。そのくせ死者の声しか聞いていなかった。
「僕に初号機の意思はわからない。でもそれが、君が初号機を拒絶する理由になるのかい?
 君は、このまま初号機を拒絶してしまいたいのかい?」
死者の声は、それを最後に沈黙した。
彼は両手を固く耳に押しつけていた。そうしていないと自分が弾けて消えてしまいそうだった。
何かが溢れそうになる。
けれどそれに耐えきれずに、結局、彼は激しく首を振った。
「わかってるよ。…でも、今は…駄目なんだ」
隣で、背後で、淡い光の輪の向こうで、張りつめていたものがふうっと力を失った。
「そう…か」
死者は低く呟いた。それで、終わりだった。
彼は深くうなだれた。
誰も彼を責めようとしていないとわかるのが、余計に惨めだった。
放り出されたような静寂が続いた。また眠ってしまっていたのかもしれない。
ふと、視界の隅で何かが動いた。
彼は倦怠の重さを引きずりながら顔を上げた。
593ひとりあそび・180:04/06/11 09:55 ID:???
壕内の空気は再び穏やかなものに戻っていた。
隣にいた死者は立ち上がり、左腕の様子を見ていた。使徒が腕の先をほどくと、折れた部分は
だいぶ元の形状に戻ってきていた。引きかけた鬱血や打ち身の痕がまだら模様を作っている。
死者は慎重に腕を動かし、ひととおり骨の歪みや筋肉のねじれを自分で直して、使徒の腕が
また固定するのに任せた。
彼の視線に気づいて振り返った顔には何のわだかまりもなかった。
「朝までには動くようになるよ」
凝然と見守っていた彼は、死者がかすかに顔をしかめるのを見てはっとした。
「…痛いの?」
「それなりにね。…もしかして、痛覚がないんじゃないかって思ってた?」
「そういう…わけじゃ、ないけど」
「構わないよ。仕方ないさ、昼間あんな無茶を見せてしまった後じゃ」
口ごもる彼に、死者は笑いを含んだ目を向け、それからうずくまる使徒たちを眺めた。
「他の皆と同じさ。何も感じないなんてことはないよ。
 復元できる損傷でも、やっぱり傷つくことに変わりはないからね」
彼は小さく頷いた。死者の言う“傷つく”が、もっと広い意味だということはわかっていた。
仲間の、或いは自分の遺骸を食べた使徒たちを、そっと窺う。
忘れかけていた。使徒だろうと何だろうと、傷つけられて平気でいられるわけがない。
そう、エヴァですら、神経接続したパイロットが怪我を負うほどの痛みを感じるのに。
ぼんやりと光の輪の向こうを透かし見る。
だから、ATフィールドなんてものがあるのかもしれない。
傷つけられる辛さを知っているから、強力な自己防衛の殻に閉じこもる。
それが他人を傷つける棘になるとわかっていても。
594ひとりあそび・181:04/06/11 09:57 ID:???
いや、むしろそうだからこそ、人は他人を傷つけずにはいられないのだろうか。
過去の幾つかの場面。傷つけるとわかっているのに、止められなかった衝動。言葉。行為。
彼自身も、彼の周りにいた人たちも、何度もそれを繰り返してきた。
自分が嫌いなのね。だから他人を傷つける。その方が心が痛いと知っているから。
違う。きっと、それだけじゃない。
ヤマアラシのジレンマ。身を寄せるほど互いを傷つける。
なら、傷つけることはもしかして、身を寄せたいという心の現れでもあるんじゃないのか?
たとえ相手を傷つけてしまうとしても、気づいて欲しいから?
自分の、存在に?
ふいに鋭いものが胸をかすめた。彼は立ち上がっていた。
「…そうか」
目の前が大きく広がったような気がした。
ばらばらだった幾つかの事実が、一気にひとつに合わさって逆流する。
ATフィールドを捨てられない使徒たち。カタチのない死者たち。白い抜け殻。赤い海の響き。
重なり合う波。夕暮れの光。傍観者に甘んじる初号機。血。襲来するエヴァシリーズ。
「そうだったんだ」
奔流のような事実の底に、彼はただ立ちつくしていた。
その前に、死者が立った。
彼は黙ったまま、食い入るように死者の顔を見つめた。
周りじゅうで使徒たちが身を起こし、頭をもたげ、彼らをじっと見守っていた。夜の全てが
この場所に凝集しているようだった。これが何かのゴール、終わりの始まりになることを、
その一瞬、彼は本能的に理解した。
死者は全て知っている目で彼を見つめ返した。
使徒の腕の先が静かにほどけて、その手を放す。
死者は静かに息を吐き出した。
「行こうか。初号機のところへ」
「…うん」
彼は小さく頷いた。
595ひとりあそび・182:04/06/11 09:58 ID:???
雪の戸外はさっきよりも冷たく透きとおっていた。
彼は凍った夜空を見上げた。透明な闇はどこまでも深い。けれど月は既に大きく傾き、
西の地平に隠れかけていた。夜明けはそう遠くない。
彼は白い息を吐きながら、月明かりを失ってもなお青白い雪の上を見渡した。
崩れた街並は黒々と周囲にわだかまり、そのどこかに一人身を潜めている初号機を隠して、
夜の闇そのもののように静まり返っている。
やみくもに駆け出そうとした彼を、死者の声が止めた。
「待って。上を」
「え?」
頭上を仰いだ死者につられるように、彼も同じ方向に視線を向けた。
瞬間、何かが頭の中で白く弾けた。遙か真上から見下ろした街の残骸、そのまっただなかへ
吸い込まれるように視点が舞い降り、ある一点へと飛び込んでいく。
翼使徒の目の記憶。
接触はすぐに断たれた。見上げても、夜空の奥に漂う孤独な光は見えない。
それでも使徒の伝えたいことははっきりとわかった。
「…ありがとう」
呟き、彼は死者とともに黒い廃墟の一角へと急いだ。
596ひとりあそび・183:04/06/11 09:59 ID:???
初号機は、まばらに崩れ落ちた廃墟の作る、空っぽの身廊の奥にひざまずいていた。
折れた梁や天井の破片が複雑に折り重なって障壁になり、そこにそんな空間があるとは
外からは全く窺えない。四方を囲む壁面は頭上高くでぽっかりと抜け、そこから覗く
降るような星が辺りを不思議な明るさで満たしていた。
その中心で、活動停止した初号機は、古い彫像のようにただそこにあった。
彼と死者は相前後してその傍に歩み寄った。
どこから吹き込んできたのか、けむるような粉雪がうっすらと頭や両肩に積もっている。
何か言わなければならないと気は逸るのに、何ひとつ言葉は見つからず、彼はただ
手を伸ばして薄い雪の層を払った。細かな雪は霧になってきらきらと暗い地面に舞い落ちた。
「…まだ抵抗を感じる?」
「ううん」
彼は初号機を見つめ、素直に首を振った。
「…もう、平気だよ」
それを聞くと、死者は静かにきびすを返した。
「じゃ、僕は戻るよ」
彼は振り返った。傷つき、血で汚れていても、死者の姿は初めて会ったときと変わることなく、
白い微光に包まれているようにほのかに明るんで見えた。
突然、触れたい、そうできなくても近くに行きたいという、強い衝動が込み上げた。
でも彼はそうしなかった。
「…うん。僕は、もう少しここにいるから」
死者は微笑んだ。
「わかった。…気をつけて」
雪明かりの戸外へと去っていく細い後ろ姿を、彼は見えなくなるまで見送っていた。それから
少しは寒さをしのげそうな建物のくぼみを見つけ、身体をちぢめてその中に坐り込んだ。
顔を上げると、何歩か離れたところに初号機の姿が見える。
夜明け前の寒さは身が引き締まるようだった。
身体の底に音もなく満ちていく昂揚を、彼はゆっくりと呼吸しながら噛みしめた。
597ひとりあそび・184:04/06/11 10:18 ID:???
何もかもが静かだった。何もかもが、既に終わりを迎えた後のようだった。
それはとても寂しい感覚だったけれど、どこか新しい場所へ広がっていくようでもあった。
彼は身震いしながらくすりと笑った。
そう、最初からわかっていたようなものだったのだ。ここはエンディングの後の世界だ。
だからこんなにも、全てを許すような、少しだけ悲しくて空しい静けさに満ちている。
虚構であって虚構でない。だってここにはまだ人がいて、痛みがあって、寂しさがある。
向かい合う相手がいて、自分がいる。
それをわかる手伝いをしてくれたのが、今傍にいる初号機だった。
「やっと、わかったんだ。…少しは、わかったような気がするんだ。
 僕に欠けているものはひとつじゃない。それはみんなが少しずつ持っているもので、
 みんなに少しずつ欠けているものなんだ。
 あんなことがあって、全部混ざって、何もかもめちゃくちゃになっちゃったけど、
 本当はみんなが最初から知ってたんだ。あんなことしなくても、わかってた筈なんだ。
 僕らは、どんなカタチだろうと、たった一人で生きてるんじゃないから。
 …だから、僕が捜さなきゃならない人も、一人だけじゃない」
動かない初号機に語りかけるように、彼は喋り続けた。
星が信じられないほど綺麗だった。夜はどこまでも果てしなく澄んでいた。
この冷ややかな静けさがずっとこのままであって欲しかった。でも、いつまでもとどめて
おけないことを、彼はもう知っていた。
「リツコさんはヒトのことだって言ったけど、最初は、君のことだと思ってた。
 この街に来たときはカヲル君のことだと思った。それから、他の使徒たちのことも。
 でもそれだけじゃないんだ。僕がもう一度会って、ケリをつけなきゃならない人は
 他にもいる。もう一度会わないといけないんだ。
 僕はその人を捜すよ。どうやって見つけたらいいか、まだわからないけど、でも
 きっと捜し出そうと思う。君にもまた会えたんだ。うやむやのまま終わるのは、もう厭だから」
黒い影になった初号機の輪郭を、星明かりのきらめきがふちどっている。
それを見つめながら、彼は終わりの夜明けを待った。
598ひとりあそび・185:04/06/11 10:19 ID:???
まばゆい光があった。
半ば眠ったまま、彼はまぶたの裏側を刺す光を避けようと身じろぎし、その動きで目を覚ました。
死ぬほど寒いかと思っていたのに、身体はこわばることもなく動いた。
ほのかな温かさが見えない翼のように全身を包んでいる。
彼は顔を上げ、静かに目をみはって微笑んだ。
本当に目の前に翼があった。すぐ傍にひざまずいた初号機の、大きな十二枚の光の翼が、
かすかな熱を放ちながら彼を取り巻き、底冷えのする外気から守っていた。
手を伸ばすと、顎の辺りに触れた。初号機はわずかに頭を寄せてきた。彼は身を起こし、
吹雪と寒気に晒された頭部装甲のざらつきをなぞった。なんだか年月を経た城塞のようだった。
周囲には凍った雪の地面が広がり、それを廃墟の黒ずんだ壁が閉ざして、夜明けの光が流れる
遠い空へと伸びていた。
彼を覗き込む初号機の目は、いつものように、彼には推し量れない何かを湛えてじっと
こちらを見ている。彼はそれが何かとは訊かなかった。初号機がこうしてここにいて、
無機質な装甲の向こうで確かに生きているなら、それでいいと思った。
「…ごめんね。もっと君のことも考えなきゃいけなかったのに」
手を離し、二人で立ち上がった。
「でも、僕はやっぱり放っておけないんだ。
 誰かが死ぬのは厭だ。だから、エゴかもしれないけど、みんなの手助けをするよ。
 …たぶん、彼らは君のことは攻撃しない筈だよ。君は…同じ、エヴァだから。けど、
 一度敵に回ったら、あとは一緒になって排除してこようとすると思う」
初号機は無言で視線を返し、凶悪な頭部をちょっとだけ頷かせた。
わけもなく嬉しくて、彼はうつむいて笑った。それから顔を上げた。
「これは僕が勝手にやることだから、この先は君の好きなようにしていいよ。
 もし僕がヤバくなっても助けに来てくれなくていい。巻き添えになって、君にまで
 何かあったら厭だからさ」
ほんの少しだけそのまま視線を預け、彼は答えを待たずに背を向けた。
廃墟の狭い雪面を半ば横切ったとき、一拍遅れて、別の足音がした。
振り返った。
翼をしまった初号機が、数歩後からついてきていた。
彼は一瞬息を呑み、そして破顔して、いつかのように一緒に歩き出した。
今回は以上です。

…いつも以上に大変気持ち悪い話でごめんなさい。
読んでくれた方、本当にすみませんでした。
なんでこうなるんだろう…

ともあれこれで頂上越えみたいなことはできたと思います。
次回、または次の次の回の後に、>527でホザいた選択肢をつける予定です
(たぶん前みたいに「先着一名様」になると思います)
その更に次の回で、いい加減この長い一人遊びは最終回となります。
例によって(ほんとにすみません)時間はかかると思いますが、
もしよければ、おつきあいください。

たぶん続くんじゃないかと思います。それでは、また。
ひとりあそびさんうぃす
ヨンダヨー
乙であります〜。
続き楽しみ待ちホシュ
読んだよ〜乙!
いちにちおくれほしゅー
ぎりぎりほしゅ
しゅー
ほしゅし
ほー しゅ
ぽみゅ
ほしゅう
ほしゅみ
しちがつついたちほしゅ
…こんばんは。
またしても三週間もご無沙汰、本当にすみません。
なんだかどんどん書く量が減っているようで、ほしゅにんさんはじめ、
読んでくださる方々、毎回毎回ごめんなさい。
三週間ほど、壁にぶつかったり穴に落ちたりといろいろしておりました。
…そのせいかどうかは不明ですが、今回は何となくそんな話です。

ではまず続きを。
613ひとりあそび・186:04/07/01 23:42 ID:???
朝陽が昇る頃には、使徒たちはほぼ集まっていた。
晴れ渡った青空にはまだ飛来する翼の影は見えない。淡い金色の光が、丸い雪の上に
長く影を落とす池の傍で、彼と使徒たちは短い作戦会議を開いた。
といっても、大したことではない。
彼が頼んだのは、それぞれの力に合わせた戦い方をすること、そして連携することだった。
ひとつめは、街での日々に見た、使徒どうしの交戦の様子から思いついたことだ。使徒たちは
自分の能力自体は誰よりも把握しているものの、敵に対してそれをどう使うかとなると
種類の区別なくまるっきり不器用だった。誰もが、どれだけ早く相手のATフィールドを突破し、
いかに力押しで相手を圧倒できるかということしか考えていないのだ。
形而上の捕食行動のような互いの葛藤ならそれでよくても、エヴァシリーズ相手には通用しない。
彼は使徒たち一体一体の能力や特徴を思い返しながら、少しでも役に立ちそうな方法を
考え、話して回った。
一緒にもうひとつの考えのことも説明した。これまでいつも個別に抵抗していた使徒たちに、
少しでいいから、お互いのバックアップを試みてもらう。別に息の合ったユニゾンなんかを
要求するのではなくて、他の使徒を逃がすために少しだけ足止めするとか、誰かが追われたとき
通りすがりに追手に一撃かましてみるとか、そういうささやかな連携でいい。たとえ
全員に危険を分散することになっても、その分、全員が一緒に生き残る可能性が増えてくれる。
だいたいそういうことを、彼はつっかえながら話していった。
あちこちで溶け始めた雪が透明な雫をこぼしている。
池を囲む使徒たちは、互いが不安にならないぎりぎりの距離を保って、それぞれ同類ごとの
閉鎖的な集合を作って散らばっていた。群れを離れて他の使徒に近づくものはいないし、
鋭い警戒の一瞥以外、ほとんど互いに興味を持とうとしない。
というより、なるべく他の使徒を意識しないでいることで、かろうじて、大勢の他人と
同じ場所にいることへの根強い恐怖を抑えているようだった。
それでも彼は彼らを信じるつもりだった。不可能ではないのだ。昨夜、何も言わなくても、
彼らはここに閉じ込められた使徒たちを力を合わせて解放したのだから。
614ひとりあそび・187:04/07/01 23:43 ID:???
あとは、使徒たちがどれだけ互いに心を開けるか、だ。
彼はふと、黒く見えるほど高く澄んだ天頂を見上げた。
そこに漂う光はない。あの後、翼使徒は接触を断ったまま、ずっと姿を見せていなかった。
生き残っているはずの紐使徒も、同じくここにはいない。
かすかな冷たさが胸を刺した。彼は視線をもぎ離し、使徒たちの説得に戻った。
やがて使徒たちは散り、埋もれた池のほとりには彼と死者と、大きな使徒だけが残った。
他の使徒たちの姿が完全に見えなくなったのを確かめてから、彼は頭上の廃屋に声をかけた。
かすかな振動。崩れ残った天井の一角で陰影が揺らぎ、ふいに影が鮮明になって身を起こす。
身を潜めていた初号機が勢いよく雪上に飛び降りる。
長い光の尻尾が廃墟の薄闇を両断して流れ、跳ね散らされた雪が白いしぶきになって舞った。
一瞬、鋭い朝の大気がさらにぴんと張りつめたようだった。
彼を挟んで、使徒たちと初号機は少しの間見つめあい、どちらからともなく緊張を緩めた。
完全に気を許したわけではない。初号機の佇まいには相容れないものへの警戒が、
使徒たちの表情には殺した者への恐怖が、かすかに残っていた。
彼は気づかないふりをして口を開いた。
「一応、できるだけのことはしたつもりだよ。少なくとも、昨日みたいに一方的に
 やられるだけにはならないと思う。…いや、そうしなきゃならないんだ」
順番に、彼らを見つめる。
大きい使徒の傷は何とかふさがり、今のところ動くのに支障はない。エヴァにもぎ取られた
腕の先も復活して、元のように動く。彼の視線に気づき、使徒は心なしか得意げに
それを振ってみせた。
「君を信じるよ。
 …僕らは囮兼遊撃担当ってことでいいのかな。君には安全な位置とは言えないけど」
「それでいいんだ。僕が隠れたんじゃ、意味ないから。
 その方がエヴァをたくさん引きつけられると思うし」
615ひとりあそび・188:04/07/01 23:44 ID:???
「…そうだね。
 もう一度言っておくけど、僕がわかるのは判断の基準、彼らの思考の大まかな傾向だけだ。
 ある条件に対して恐らくこうするだろうという予測はできる。でもそれ以上じゃない。
 もし彼らが事前に何か計画を用意していたら、そこまでは読めないよ」
「…わかってる」
死者は普段通りの静かな眼差を彼に向けた。右腕はまだ使えない。それでも普通に動くには
充分だと言い張って、使徒の介助は拒んでいた。それが、彼には不安だった。
「…カヲル君」
「何だい?」
「お願いだから、もう、あんなふうに飛び出したりしないでほしいんだ」
「…努力はするよ。
 大丈夫さ。今度はこっちには切り札があるからね」
「…うん。
 だけど、本当に他のみんなに知らせなくて良かったのかな」
「今教えても混乱させるだけさ。みんな不安で気が立っているから、余計にね。
 それに、本当に必要になったときは、みんなが直接自分の目で見ることになる。
 その方がいいのさ」
そして初号機が、冷たく澄んだ風に光の羽根をなびかせ、まっすぐに立っている。
ひび割れた装甲も、あちこちに残る汚れも、少し曲がった角も、初号機が全身から発する
力強い何かの前には何でもなかった。じっとしていてもほとばしるような力を内に秘め、
光る強大な翼を備え、恐れや不安など微塵も知らないかのように、初号機は他の何より確かに
そこに息づいている。
ふいに彼はどうしようもない焦燥を感じた。
616ひとりあそび・189:04/07/01 23:45 ID:???
何も変えずに、何かをすることはできない。
こうすることで彼は、使徒たちのここでの生き方を根底から変えようとしている。
エヴァシリーズを、避けられない災厄から反撃可能な障害へと引きずり下ろし、
共通の敵として強く決定づけてしまうこと。それに、使徒たちは好奇心が強い。
彼が教えた、戦い方を工夫するというあまりにも人間くさい考え方は、使徒たち自身の
奇妙な一時的接触さえも、これまでとは違ったものに変えてしまうだろう。
それに、本当にエヴァ初号機をここに連れてきて良かったのか。
連れてきただけではない。使徒たちの間に引き込み、これからやろうとしている行為で、
彼はエヴァと使徒たちの関係を大きく乱そうとしている。今後、初号機は輪の外の孤立を
通すことはできなくなる。無干渉に戻ろうとしてももう無理だろう。
いったん始めたら二度と止められないたぐいのことを、始めようとしている。それも
自分のためではなく、他人を助けるためという名目で。
これがうまくいく保証なんてどこにもない。よくて残り時間を多少延ばすだけだ。
じっとしていれば通り過ぎた恐怖を、自分から引き寄せているだけなのかもしれない。
全てが無駄なのかもしれない。
でも。
でも、もし、奇跡的にうまくいけば。
エヴァの去る日没まで、昨日より少しでも多くが生き残れたら。
確率はなきに等しいけど、その前に撤退させることができたら。
そして、ただ傷つけられるだけの関係を覆し、こちらからも、エヴァシリーズに
触れようとすることができたら。
もしも。
その思いをまだ持てるから、彼はこうすることを選び、今ここにいる。
時間は流れ、歩いた距離だけ世界は広がり、その集積、全ての先端に彼は立っている。
二度と元いた場所に戻れないとしても。
「僕もみんなを信じる。…やれるだけ、やろう」
短く言いきり、彼は吸い込まれそうな大空を見上げた。
617ひとりあそび・190:04/07/01 23:46 ID:???
今ある街は、かつての第三新東京市に比べてずいぶんと小さい。
もともと兵装ビルが立ち並ぶ戦闘区域だけが残っていたことと、風が運ぶ白い砂に
少しずつ埋もれていったこと、あとは今回のも含むエヴァシリーズの襲撃で
かなりの部分が破壊されてしまったためだ。はっきり比較してみたことはないけど、
広さにして元の五分の一もないかもしれない。
そのことが今回有利になるかそうでないかは、神のみぞ知る。
今回も作戦はごく簡単だ。言ってしまえば大規模なかくれんぼだった。
使徒たちには、それぞれ廃墟になった街のどこかに身を潜めてもらう。もちろんずっと
見つからずに済むなんて考えてはいないから、見つかっても即終わりにはならないよう、
隠れ場所はそれぞれが自分の能力をフルに使える地形や位置を選んだ。
それでも、なるべく長い間発見されずにいればそれにこしたことはない。隠れている間は、
とにかく動きはなし、どれだけ怖くても衝動的に飛び出すのもなし、それから
存在そのものを察知されないために、ATフィールドの展開もなし。
他人の脅威に怯えて常にフィールドを張り巡らし、その状態に慣れきっている使徒たちに
最後の条件を呑んでもらうのは大変だったが、死者の助けも借りて何とか説得した。実際
そうしてもらえるかどうかは彼らを信頼するしかない。
発見されたら、即、その場所を本拠に抗戦に移る。基本的に、直接攻撃するというよりは
今のところ一撃必殺の槍の投擲が有効にならない近距離までエヴァを引きつけ、最低限の
反撃だけして追い払うのみ。始まったら、すかさず近くの別グループが攻撃を引き継いで
エヴァの注意を逸らし、それを繰り返して、九体のエヴァの行動範囲を街じゅうに分散させ、
常に襲撃対象を変動させ続けるようにする。
とにかくエヴァ九体を一箇所に集めないこと、そして攻撃目標を固定させないことが
狙いだった。九体同時の攻撃を受けるか、九本の槍の集中砲火を受ければ、たとえ
どんな使徒でも生き残れない。でも裏返すなら、エヴァシリーズをばらばらにしておく限り、
最悪の事態だけは避けられる。
618ひとりあそび・191:04/07/01 23:47 ID:???
彼と死者たちの役目は、その可能性を少しでも高くするための保険だった。
初めからどこにも隠れず、他の使徒たちが発見されない間は自分たちでエヴァを引きつけて
可能な限りその時間を引き延ばし、乱戦が始まったらそのまま加勢に回る。
危険どころの話ではなかったが、どっちにしろ真っ先に狙われることはわかっていたから、
いっそ囮をやろうと決めた。頼みは大きい使徒の最強クラスの戦闘力と死者の行動予測だけだ。
初号機には、一切姿を見せずに、陰に徹してついてきてくれるように頼んだ。
使徒たちと同じくフィールドも開放状態にしていてもらう。最後の最後、本当にどうしようも
なくなるまでは、絶対にエヴァたちに気づかれないように。今回は同じエヴァが敵だ。たとえ
初号機が彼らよりずっと強くても、九体は多い。槍を使われればどう転ぶかわからないし、
そこを数で押しきられれば、潰される。
初号機は最後の切り札だ。彼と死者たちの別働は、初号機の存在をぎりぎりまで温存しておく、
もうひとつの意味での陽動でもあった。
彼はすりへった靴紐を固く結び直し、立ち上がった。
広々と風が周りを取り巻く。
壊滅した街の中心にそびえる、かろうじて原型をとどめている最後の高層ビル。
その屋上で、彼と死者たちはエヴァシリーズを舞っていた。
まばらな雪に覆われた屋上は真ん中から大きく陥没している。落ち込んだ箇所は
西側の壁の上部を巻き込んで崩れ、ビルの内部まで続いて巨大な竪坑を作っていた。
さっき、使徒と一緒にビルの内外を見て回った。エヴァの飛来する東側からなら、
この竪穴は空からでもまず目につかない。ビル自体も内側がかなり深いところまで崩れ落ち、
あまり荒っぽい衝撃が続くとすぐにも再倒壊が始まりそうだった。ただ高さだけは充分あり、
街の全景を見渡すにはちょうどいい。
竪穴の中に降りてみると、破壊された層状のフロアの連なりと、そこから飛び出た鉄骨や
あちこちに引っかかった瓦礫で、内部はかなり入り組んでいた。外壁もかなり傷んでいる。
彼と使徒は迷路のような竪穴を上下して使えそうな場所を探し、周辺の特徴を
頭に叩き込んでから上に戻った。
619ひとりあそび・192:04/07/01 23:48 ID:???
朝の空はどこまでも澄みきっている。寒さは昨日よりずっとやわらいでいて、陽射しはむしろ
雪の降る前より眩しいくらいだった。街の外の平原は一面射るような白で覆われ、
ずっと向こうの峡谷まで、わずかな陰影すらない凍った純白の広がりが連なっている。
「…うまくいくのかな」
ぽつりと呟いた声を、強い風がさらった。
「頭で考えた通り、というわけにはいかないだろうね」
死者はまばゆい雪原の彼方から目を離さずに答えた。
「恐らく、本格的な戦闘になったら、思ってるよりずっと早く決着がついてしまうと思う。
 こっちにできるのはどれだけそれを遅らせられるかってことだけさ」
使徒がぐるりと首を回してこちらを見た。
小さく喉が鳴った。
「…実質、僕らにかかってるってことか」
死者は意外そうに彼を一瞥し、くすぐるような笑い声をたてた。
「最初からそのつもりだったんだろう、君は」
「…そう、かな」
「そうさ。人のことは言えないよ」
彼は少し考え込み、顔を上げてちょっと笑った。
「…うん。そうだね」
青空の果て、昇る太陽の直下にまばらなしみのようなものが現れる。しみはみるみる
大きくなり、九つに分かれると、朝の光に黒く白くきらめいた。
彼は少し目を細めた。
翼を広げたエヴァシリーズは、残骸の街の上で一瞬、運命のように巨大に見えた。
隣に立った死者がかすかに顎を上げた。
ビルを丸ごと包むほどのATフィールドが瞬時に展開され、衝撃波のように敵意の空を叩く。
エヴァシリーズの目のない顔が一斉にこちらを見た。
天の光が凍りついたようだった。エヴァシリーズは潰れた咆哮をあげ、先を争って
ビルめがけて突っ込んできた。
620ひとりあそび・193:04/07/01 23:49 ID:???
使徒が第一撃を放つ。
殺到するエヴァたちの正面に、轟音をあげて十字架の火柱が噴き上がった。白い翼が
次々とひるがえり、エヴァシリーズは苦もなく爆炎と煙を回り込んでくる。
が、彼と死者たちは陥没口からとっくに一階層下へ潜り込んでいた。目標を喪失したエヴァが
勢いあまってビルを通過し、慌てたように反転して舞い戻ってくる。
そこに、竪穴の中から狙いすました使徒の攻撃が一閃した。
数体がこちらを視認する暇もなく撃ち落とされる。使徒はすぐ移動すると、天井を盾に
両腕の刃を突き上げた。貫通された天井越しに、どこかを傷つけられたらしいエヴァの
怒りに満ちた苦鳴があがる。その間に彼は死者とともにぐらつき始めた通路を抜け、
割れた床の端から、さらに下方の雪溜まりの中に飛び降りた。はね起きて頭上を窺う。
「エヴァのATフィールドは?」
「中和したよ」
彼は振り返った。
「さっきので、全部…?!」
死者は挑むような目を向けた。
「ここでは彼らは一体だろうと九体だろうと“ひとり”だからね。
 おかげで彼が少しはましに応戦できる。行こう」
「…、うん」
彼は差し出された手を掴んで立ち上がり、半ば崩れた階段を駆け下りていった。
五階分ほど降りたところで、死者が立ち止まった。直後、狭い階段室の壁が吹っ飛び、
すぐ上の階にエヴァが一体躍り込んできた。彼と死者の姿を認めて身構えたものの、
巨大な翼がつかえて一瞬体勢を崩し、苛立ったように唸る。
彼は凍りついた。使徒との合流地点はまだ下だ。
が、死者はすばやく周囲に視線を走らせると、彼を背後に庇った。
空気がそこだけ流れを変えた気がした。冷えた大気よりももっと稀薄で巨大な何かがふっと緩み、
一点に凝縮してエヴァに叩きつけられた。空間そのものを揺るがすような震動が頭の芯に響いた。
エヴァの動きが止まった。
621ひとりあそび・194:04/07/01 23:51 ID:???
白い翼がだらりと垂れ下がる。エヴァはわずかな血糊をまき散らしてその場に昏倒した。
死者はそれを見届けることなく、すぐに身を返すと、彼を促してまた階段を下り始めた。
凍った段面に足をとられそうになりながら、彼は追いすがって怒鳴った。
「今のは?!」
「ただの足止めだよ」
彼は息を呑み、ふいに思い当たった。ATフィールドだ。目玉使徒がそれを爆弾がわりに
使ってきたことを思い出した。
「でも、それじゃこっちの居場所もバレた…?!」
「上のフィールドが消えたから彼が気づいた。急ごう、もう降りてくる」
ほぼ同時に、ずっと上の階層でくぐもった轟音が響いた。彼は足を速めた。
揺れ続ける視界の端、見覚えのある一角が目に飛び込んでくる。それを目印に、回廊を折れて
細い通路に駆け込む。短い廊下の先は崩れ落ちていて、その先にビルの底まで続く竪穴が
ぽっかりと開けていた。
彼と死者は途切れた床の端まで駆け寄り、空洞の上方を見上げた。
その先でまた爆発が起こった。さっきより近い。
積もっていた粉雪が溢れて竪穴に充満し、煙霧を突き破って使徒の黒い巨体が現れる。
その後ろに群がる白い翼の群れ。
彼は短く息を吸い込んだ。
「まずいよ、あれじゃ近すぎる」
「そうも言ってられないさ。次が来てる」
振り向くと、今来た通路の奥から別のエヴァが飛び出してきたところだった。手にした
黒い武器の刃が厭な音をたてて壁をこする。死者は身をひるがえした。
「行って!」
言葉と同時に思いきり突き飛ばされた。足元の脆い床が抜ける。
「っわっ?!」
身体の重みがなくなり、次の瞬間、使徒の腕が彼に巻きついてひっさらった。すぐ後ろで
衝撃が弾ける。ATフィールドで通路のエヴァたちを押し戻した死者は続いて飛び降り、
すり抜けそうになる使徒の背部突起をきわどいところで捕まえた。
622ひとりあそび・195:04/07/01 23:52 ID:???
使徒はほぼ重力に任せ、竪穴を一直線に降下していった。崩れ残ったフロアが次々に
真上に飛び去る。突き出した壁の残骸をかすめ、突然現れる障害物をぎりぎりでかわし、
時にはわざと突き破って、複雑な瓦礫の構造物の合間をくぐり抜けていく。
鞭のような風が耳元で唸った。彼は必死で身を縮めていた。すぐ目の前にある
使徒の暗赤色のコアに、自分の顔がぼんやり映っている。
追ってくるエヴァたちは次第に引き離されていき、やがて諦めたのか速度を緩めた。翼の群れが
一斉に頭上に遠ざかる。と、死者がぐっと身を寄せ、使徒に何かささやいた。
応えてもう一方の腕が真上に飛ぶ。
途端、がくんと抵抗が来た。
使徒の腕の先は遥か上の鉄骨に絡みつき、そこを支点に、落下の勢いを遠心力に変えて
大きな振り子のようにぐんっと進行方向を変えた。
正面に壁が迫る。寸前で腕が離され、使徒はしがみついた彼と死者ごと、崩れた外壁の穴から
勢いよくビルの外へ放り出されていた。
直後、背後の空間を何かが垂直に貫いた。
一秒もたたずにビルの基部で地響きがとどろいた。ひとつではない。重砲撃の着弾に似た、
連続した衝撃。ビルの地上入り口からぶわっと雪煙が吐き出された。
槍だ。
彼は固まった首を何とか動かして死者たちを見た。使徒は伸びきった腕を引き寄せる動きで
くるりと身体を反転させ、うまくひねりを加えて、遠ざかるビルを正面に捉えた。
死者はひどく醒めた目をしていた。
瞬間、使徒の空ろな眼窩が光を放った。
そびえる高層ビルの中ほどが外壁もろとも吹っ飛んだ。複数の光の十字架が内部から噴き出す。
震動と轟音はさっきの比ではなかった。強度と均衡の限界を超えたビルは、それ自体の内部へと
なだれ込むように、大量の瓦礫と粉塵の滝になって崩れ落ちていった。階層のあちこちに
吹き溜まっていた雪が舞い上がり、倒壊していくビルをきらきらと白く包み込む。すぐに
ビルは膨れ上がる靄の中に見えなくなった。
623ひとりあそび・196:04/07/01 23:53 ID:???
再び地面に足がつくまで、ずいぶん経ったような気がした。
「…ふう」
腕をほどいて降ろしてもらっても、なかなか全身を揺さぶられている感じが抜けない。
ふらふらしながら顔を上げる。廃墟の向こうにおさまり始めた白い靄が見えた。
「…何とか、なったのかな」
死者は使徒の頭をぽんと叩き、片腕で身軽に彼の隣へ滑り降りた。
「槍に関してはね。あの中から回収するには彼らでも相当手間取る。かなりの時間を稼げたよ。
 それにしても、よくあんなことを思いつくね」
彼は慌てて首を振った。
「カヲル君たちがいたからだよ。僕だけじゃ、何もできなかったと思う」
と、真上から頭を押さえられた。見上げると、使徒の腕が彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
死者は暖かな笑い声を洩らし、ビルのあった辺りに視線を向けた。
「でも終わりではないよ。半分ぐらいは一緒に巻き込めたけど、残りは確実に脱出してる」
「やっぱり、同じ手は何度も使えないか」
溜め息が出た。さっきのは、結局昨日の射出口トラップとあまり変わらない。違うのは
槍を投げさせるのが狙いだったことくらいだ。
「ともかく、きっかけは作れた。大変なのはこれからだよ。
 次はどうする?」
彼は顔を上げた。まぶしい陽射しに緩んだ雪の塊が、瓦礫の上から落下して重たい音をたてた。
使徒がぱっとそちらに向き直り、腕を解きかけて、やめた。死者は身じろぎもしない。半分
はおった防寒着の陰から、腕の包帯に血がにじんでいるのが見える。
と、ふいにかすかな視線のようなものを感じた。どこかにいる初号機の、確かな気配。
彼は乾いた唾を飲み込んだ。
「…逃げても、どうしようもないよ。
 こっちから行ってみよう。向こうは、僕らがいったん隠れると思ってるだろうし」
死者は少し考え、頷いた。
使徒が振り返る。彼は今頃になって震えがきた腕を掴み、先に立って歩き始めた。
624ひとりあそび・197:04/07/01 23:54 ID:???
ビルのあった場所には、うっすらと漂う靄に包まれて大量の瓦礫が折り重なっていた。
舞い上がった粉塵がまだおさまらず、距離をとっていても何となく埃っぽい。震動の余韻が
まだ空気の中に立ちこめているような、妙にざわついた感じが残っていた。
彼は廃墟の壁に貼りつくようにして目を凝らした。
いる。
薄汚れた瓦礫の谷間で、白いものがうごめいている。複数。
死者は冷静に観察していたが、彼はそれだけ見て取ると逃げるように頭を引っ込めてしまった。
こみ上げる吐き気を飲み下す。腕や脚、手、直立した姿勢、明らかに自分とは違うのに
部分的に自分と同じ見慣れた形状をしている彼らが、たまらなく異様だった。
言葉も感情も、単純な欲求以外の全てを失くした、剥き出しのニンゲン。
使徒がヒトだとわかったときよりも、ずっと怖かった。
「…ダミープラグ、って、ほんとなの? 本当にあれが、カヲル君の?」
動揺がそのまま声に出た。彼は足元の地面を睨んだ。
「おかしいよ。絶対に違う。あんな…あんなのが、カヲル君のわけないよ」
死者はふっと視線を戻し、苦笑した。
「ありがとう。だけど、それは違うよ。
 ダミーシステムは別の心を作り出したりはしない。移植された思考パターン通りにしか
 作動しない、ただの機械だからね。
 自分というものは何もきれいな面でばかりできているわけじゃないのさ。見たくない衝動、
 認めたくない望みだって隠されている。でもそれは否定するべきものではなく、
 それらも含めて、その全てで自分なんだよ。分けることはできない」
どこか、痛みのこもった言い方だった。
エヴァのことだけを言っているのではないことは、かろうじてわかった。相手の意図が掴めず、
彼はただ死者の赤い目を見つめ返した。
そのとき、背後を探っていた使徒が死者の肩をつついた。死者はすっと身を起こすと
瓦礫の隙間からそちらを窺い、すぐに表情を引き締めた。
「一体、こっちに向かってる。…恐らくここに来るよ」
625ひとりあそび・198:04/07/01 23:55 ID:???
「見つかった…?」
「いや。ただ、下手に動けば感づかれるだろうね」
傾いた壁越しに、廃墟に入り込んでくるエヴァの姿が見える。手にあの黒い武器はない。
まっすぐ立って歩いているのに、今にも獣のようにがくんと身を屈めてしまいそうな、
奇妙に不安定な感じだった。垂らした両腕が、一歩ごとにかすかな緊張と弛緩を繰り返す。
「…どうする? ATフィールドを使えば、他の奴にも見つかっちゃうし」
「仕方ないよ。あれだけでもここで止めよう」
死者は使徒に鋭い一瞥を投げた。使徒が巨体を低くし、音もなくエヴァの後方に回る。
彼にじっとしているように言うと、死者は静かに立ち上がった。
瞬間、使徒の目が閃光を放った。
ビル跡に群れるエヴァたちを、巨大な光の十字架が直撃する。後を追うように次の爆発が
宙を駆け上がり、見る間にその辺りは噴き上がる光炎に覆い隠された。
その上に、さらに新たな一撃が見舞う。
接近してきたエヴァは機敏に振り返ったが、動く前に正面に死者が立ちはだかった。
ATフィールド中和。直後、死角から使徒の両腕が飛び、エヴァの頭部と四肢をからめとって
全身の自由を奪った。ほとんど音もたてない、一瞬の早技だった。
彼は物陰から立ち上がると、エヴァの前に駆け寄った。
エヴァは顔面をふさがれた形で宙に吊り下げられている。かなりの力で押さえているらしく、
使徒の両肩に筋肉の列が浮いてぎりぎりと震えていた。エヴァの、突き出された片手が
痙攣しながら空を掴み、使徒に締めつけられてがくりとくずおれる。鈍い音がした。
彼は思わず目を逸らした。
死者がほっと息をつき、ATフィールドを解く。
すかさず、使徒はわずかに緩めると、向こうの廃墟にエヴァごと勢いよく叩きつけた。
白い身体が幾つもの壁をぶち抜いてめり込み、飛び散る破片の底に沈む。フィールドがなければ
多少の動きはさっきの爆発が隠してくれる。使徒はすばやく腕を戻し、一気に制圧しようと
全身で身構えた。
そのとき、声が聞こえた。
何か、かすかな呟きのようなもの。彼は無意識に顔を上げ、耳を澄ました。
その瞬間、総毛立った。
…うふふ。
ひどいわ。
なにをするの。
626ひとりあそび・199:04/07/01 23:56 ID:???
白いエヴァが操り人形のように立ち上がる。
見えない糸に引っ張られるように、背中側に折れ曲がった頭部がぐるんと前に戻る。
その側面がぼこりと泡立った。白い気泡に似た塊が膨れ上がり、瞬時に形を整えてこちらを向く。
顔。
彼はいっぱいに両目を見開いた。
うふふふ。
いたいわ。
「……あ」
恐怖が形をとる前に、死者が彼の腕を掴んで駆け出した。背後で使徒の光が一閃する。轟音。
振り返らずに走る。恐慌めいた爆発音は幾つも続いた。やがて使徒が追いつき、死者同様
一切のフィールド展開を断って、廃墟の底を走る彼らに並んだ。
彼はただ走ることだけに専念しようとした。さっき見たものが脳裏に焼きついて離れなかった。
あれは。だけど。でも。
昨夜考えたことが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
使徒たちにはエヴァシリーズを止めることはできない。何度倒しても、必ず彼らは立ち上がってくる。
エヴァシリーズはいつも輪の外からやってきて、再び外に帰っていく。神の使いのように。
逃げて。ここにいてはだめ。
自分というものは何もきれいな面でばかりできているわけじゃないのさ。
倒れた壁を乗り越え、折り重なった柱群をくぐり抜け、数えきれないほど進路を変えながら
彼らは走り続けた。使徒が時おり遠方の廃墟を連続して吹っ飛ばし、逃走経路の誤認を誘う。
埋もれた地下空洞の闇を通過するたびに、ビル跡が後方に遠ざかり、周辺に雪の白が戻る。
何度目かに地上に出た瞬間、ふいに死者が立ち止まった。
複数の、笑い声がした。
…ふふふ。だめ。
正面の廃屋から白い人影が現れる。呼応するように、真横から二体。ぞくりとして振り返ると、
さっきもう一体が背後をふさいでいた。
囲まれている。
エヴァシリーズは一斉に巨大な口を開けた。その上にも、無数の白い顔が盛り上がっていた。
このイカレた世界。神様の身体が失われて生まれた、もうひとつのカラダ。立ち去れない心。
傷つけるのは、気づいて欲しいから。
彼は魅入られたように、その名前を呟いた。
「……綾波」
ひとまず以上です。
読んでくれた方、ありがとうございました。
要するに前回引っ張ったところをつないでおしまい、でした…あとはゼルエルの大暴れ。
初号機は…このあとこれでもかってくらい出張りますので、ご勘弁ください…

ともあれ次回、ようやく、一応の最終回となります。正確には、エンディングを考えると
最終回のひとつ手前です。宣言通り、軽い選択肢もつきます。たぶん三択くらい。
あまり時間をおかないで書き込めると…いいんですが…

>601さん
読んでくれてありがとうございます。書き込みにも大変感謝です。
楽しみ、なんて言っていただけると、嬉しいやら申し訳ないやらでフクザツです…
少しは、ご期待に応えられたでしょうか。
>602さん
立ち寄ってくれて、声をかけてくれて、ほんとに嬉しいです。
乙もありがとうです。次も読んでいただければ、書いてる側としてはそれ以上のことはありません。

そしてほしゅにんさん、今回も長く間を空けてしまって本当にすみませんでした。
いつも感謝しています。
よろしければ、あとちょっと、おつきあいください。

ラストバトルに入って、山越えもあと少し。
一気に下る筈が思いのほか手間取ってますが、投げ出したりはしないつもりです。
それでは、たぶん、続きます。
いてんほしゅ

正直何度移動すれば気が済むのかって感じですが>板
ひとりあそびさん乙ー
sてほしゅ
ほしゅするm
ほーしゅ
ていきほしゅ
やばいおくれほしゅ
いぇいほしゅ
ほしゅ
ふぉしゅ
ほnしゅ
ぱそもってこしがいたいほしゅ
あついほしゅ
ずっとあついほしゅ
保守
なんでこんなにあついんだほしゅ
しちがつさいしゅうほしゅ
ほーーーーーーーーーーーーーーぅs
おそいほしゅ
おそほしゅ
なつばてほしゅええいちくしょう
ひるほしゅ
だらけほしゅ
いがいたいほしゅ
ageほしゅ
ほしゅぱそちょうしおかしい
653名無しが氏んでも代わりはいるもの:04/08/20 03:04 ID:JjdMf45X
サキエルかわいいよサキエル
このごろずぼらほしゅ
ほしゅほしゅ
たいふうがきそうだほしゅ
だれだまねするやつはほしゅw

台風遅い
おれもほしゅしてみる
659名無しが氏んでも代わりはいるもの:04/09/01 23:44 ID:vH+CS/J/
なんでなんだ
ミ・д・ミ<ホッシュ
たびがえりほしゅ
07/03から保守ばっかだな
それがどうしたほしゅ
うでがいたいほしゅ
やっとこれたほしゅ
えねるぎーがたりないほしゅ
667名無しが氏んでも代わりはいるもの:04/09/21 00:40:07 ID:zlwPszRZ
|  |
|  |
|_|・∀・) オチャドゾー
|雲|   ヾ     
| ̄|―u' 旦~
"""""""""""""""""""""""""""""""""

そして保守
ほしゅほしゅ

いそがしいってほんとやだ
ひさしぶりほしゅ
だめだほとんどぱそたちあげられないほしゅ
ほしゅすた
ほしゅうー
ほーしゅ

ねむいー
じつにひさしぶりのほしゅ

ああ
ほふ
もしゅ
もきゅう

ふゆなんてきらいだ
ほみゅ
679猪狩シンジ:04/10/20 23:41:42 ID:???
age
めきゅ
はいほしゅにゅ
ぼしゅ
にゅしゅ
たまにはあげてみます。
ひとりあそびの職人さん、お元気ですか?
ほーしゅさむい
ホシュ三ヶ月目・・('A`)素敵に気になりますわ
「ひとりあそび」読んで感動しました
あらためて、使徒やヒトというものが理解できるような感じです

もうすぐエンディングとのこと、期待してお待ちしてます
ひんけつはいやだほしゅ
ほし
保守
ほしゅほしゅほし
ゅほs
ねつほしゅ
みしゅ
もし
ほしゅさむい
697初号機:04/11/23 07:19:54 ID:???
おっはよー
初号機おっはよーぅ
おやすみ


==============終了================
700はもらった・・・。
ユイ・・これがお前の答えか・・
ほしゅひさ
ほし
703名無しが氏んでも代わりはいるもの:04/11/28 20:11:10 ID:1XA4Dg1W
Σ(iДi;)顔!?
もしゅしぶりほぷs
705名無しが氏んでも代わりはいるもの:04/12/01 17:00:00 ID:VL/+JUFb
ほしゆ
ぷしゅう
ぷしゅう
ぷしゅううううううううううううう
もっちゅ
ためほしゅ
ヽゝ゚ ‐゚νATフィールド全開ほしゅ
ゲージで寝ていた
風邪ひいた
г∂⌒⌒ヘ
|彡 ノノハヽ
|イゝ^ヮ^ノ <アハハ、ネガオカワイインダ
|⊂| |∀| |つ ホッペツネッタラオコルカナ…?
川ノ___ゝ
...(/ (/
ぽうしゅ
しゅ
にゅ
71563:04/12/22 00:01:00 ID:???
保守
ほしゅ
母さん
くりまほしゅ
どうも、入れ替わりスレの1だった者です。
実はこのスレを密かにライバル視していました。
名前にシンパシー感じたわけッスカ?
もちゅ
めごふゅ
おおみそかだ
72463:05/01/01 00:03:56 ID:???
あけまして保守
あけおめだゅ
さんがにちおわりほしゅ
ほしゅ
みゅ
しゅにゅ
「ひとりあそび」の続き、待ってますー
ぎゅうう
すほs
しゅ
こんにちは。
ここでひとりあそびさせていただいてる者です。
ようやく、全部終わりました。
約七ヶ月にも及ぶ長期間、何のリアクションもしないまま待っていただいたことに、
心からお詫びと感謝を申し上げます。
こまめに保守を続けてくれたほしゅにんさん、ときどき書き込んでくれた63さん、
立ち寄ってくれたたくさんの方々。
逃げたり潰れたりしながらとうとう書き通せたのも、保守してくださった皆さんのおかげです。
本当にすみませんでした。
そして、本当にありがとうございました。
このたくさんの保守レスだけで、このスレは存在した価値があると思います。

では、これから少しずつ書き込んでいきます。
いつも以上に長いです。(連投規制だいじょぶだろうか…)
話の切れ目でちょっとずつ区切っていきますが、大体かたまり五個分くらいになると思います。
(途中でレスとかさせてもらうかもしれません)
ほんとに長いので、適当に息抜きしながらお読みください。

それでは、この長いひとりあそびも最終回です。
稚拙かもしれませんが、一切手は抜いていないつもりです。
よろしければ、最後までおつきあいください。
736ひとりあそび・200:05/01/27 11:29:51 ID:???
前方をふさぐ量産型エヴァは、両腕を脇に垂らし、背中を少し屈めた見慣れた姿勢で
雪の廃墟に立っている。白く長い、のっぺりした頭の側面はいびつに膨れ、小さな丸い瘤が
幾つも盛り上がっている。真っ白な隆起のひとつひとつには顔がある。白い陰影で作られ、
澄んだ赤い両目を見開く、どれも同じ人形の顔。
綾波レイの顔。
目を、離すことができない。
大小さまざまな顔たちは笑っている。笑っているのに、そのたくさんの目、目、目は
何の表情も宿していない。何の感情もなく、名前のない深い欲求だけを剥き出しにして
無邪気に見つめてくる、生きた顔の群れ。
無意識に一歩あとずさった。無数の視線が、一斉にその動きを追って絡みついた。
視界の隅でちらちらと粉雪が舞い落ちている。
肺の中で凍りついた息を、彼はゆっくりと吐き出した。
それほど怖いと思っていない自分が不思議だった。少なくとも、こわばった両脚を
縛りつけているのは、恐怖ではない。嫌悪とも、忌避感とも違う。絶対に。
ちゃんと目を開けて、見る。
これは、綾波だ。
オレンジ色に照らされた水槽に浮かぶ容れ物たちでも、無表情に覗き込む白い神様でも、
それと同化して同じ顔で笑うエヴァシリーズでもない。綾波だ。
最後は逃げてしまったけど、あの頃近くにいて、見知っていた人。同い年の。
綾波。
その途端、引き込まれる感じが消えた。
息をついて踏み出そうとしたとき、ふいに脇から軽く腕を引き止められた。振り向くと、
死者は小さく首を振り、告げた。
「…来るよ」
ばっと雪煙が舞い上がった。
737ひとりあそび・201:05/01/27 11:30:32 ID:???
視界が真っ白にくらみ、再び晴れたとき、目の前にエヴァがいた。
「…え」
違和感を覚える間もなく、精巧な人形のようだったエヴァは躍動した。
立ちすくむ彼の脇をすり抜け、背後の使徒に襲いかかる。どっと風の渦が湧き起こった。
振り向くそばから、雪煙の残りが冷気の粒になって激しく頬を叩いた。
「なんで…!」
使徒は派手に雪を巻き上げて後退し、腕の刃を解いた。銀色の光が風と一緒になって跳ねる。
それをかわしながら別の二体が雪しぶきを蹴立てて着地し、先の一体とともに前後から
使徒を襲った。使徒は縦横に刃を唸らせて攻撃を払い、三体のエヴァに無表情な顔を向ける。
彼のすぐ横にも別のエヴァが躍り出た。死者が素早く前に出る。掴みかかってきた手は
寸前で強固なATフィールドに阻まれ、弾かれた勢いのまま、ヒトそっくりの両脚が大きく
雪面にたたらを踏んだ。エヴァはひるむことなく体勢を立て直し、そのまま低く頭部を下げた。
凶暴な口が隠れ、代わりに白い顔の群れが正面に現れてこちらを見つめる。
その瞬間、麻痺していた痛みを思い出すように、彼は理解した。
これは、綾波なのだ。
周りの空気が急に鋭さを増していく。
ここにいるエヴァシリーズと綾波は別々なんかじゃない。綾波がエヴァに宿っているのでも、
エヴァシリーズが綾波の心を閉じ込めているのでもない。これがここでの、今の綾波の姿だ。
最初からそうだった。影使徒から助けてくれたのも。使徒たちを襲っていたのも。そして、
彼の見ている前で、容赦なくこの街を破壊したのも。
他の誰でもない。強制でもない。
こんなことをしているのは、心を持たないエヴァシリーズなんかじゃない。
身体じゅうの神経がつかのま抗い、ふいに沈黙した。
彼は目の前のそれを凝視した。
佇む綾波は、その白い圧倒的な姿だけで、彼の恐れの一切を肯定した。
ぶつんと何かが途絶えた。
738ひとりあそび・202:05/01/27 11:31:22 ID:???
そこからは、まるで白昼夢を見ているようだった。
綾波の顔を戴せたエヴァがゆっくりと一歩踏み出す。こっちへ。
逃げなきゃ、頭はそう気が狂いそうに焦るのに、身体が動いてくれない。身体だけでなく、
周りを取り巻く何もかもが、とてつもない距離の向こうにあるように現実感がない。
いつしか九体全部が、同じ顔で彼を取り囲んでいた。
すぐそこで使徒が他のエヴァを食い止めてくれている。死者が動かない彼を支え、庇いながら
必死に脱出するすべを探しているのがわかる。その感触さえも、他人事のように遠い。
意識も意志もちゃんとあるのに、ただ、身体が動かなかった。
もがこうとした。繰り返し、自分を叱咤しようと声もなく無感覚の殻の内側で暴れた。
だって、知ってた筈じゃないか。ずっと見てきたじゃないか。
ここでは、ただ触れたくても、他人を一方的に傷つける以外に方法がないってこと。
使徒たちはそれを繰り返すしかなくて、そして、綾波も同じように、ここにいるってことを。
そうわかったから、だから、昨夜自分から初号機のところに戻ったんじゃないか。
なのに、どうして。
手脚は相変わらず、何の手応えもなく垂れ下がっている。
かすかに、ひやりとした。足元が裂けるような不安。自分が傷つけて欲しいと願っているのを、
彼はぼんやりと意識した。
…逃げる?
逃げれば、いいのか。
綾波を傷つけて。
思うだけで、喉の奥が大きくわななく。
けれど頭の遠い隅で、そのとき、突き放すように別の声がした。
だけど、じゃあ、他の皆まで傷つけられるのは構わないのか?
彼は目を見開いた。
唐突に、頭上を影がよぎった。
まばゆい雪の地面に落ちた彼の影を別の大きな藍色の影が覆い隠し、迫り、ひるがえって、
いきなり実体を得て勢いよく雪の上に突っ込んだ。純白の飛沫が太陽のように弾けた。
全員の動きが止まった。
739ひとりあそび・203:05/01/27 11:32:14 ID:???
背後の戦闘がやんだ。傍らで、死者が身体を固くするのがわかる。
すぐ前にいたエヴァが消えていた。
残りのエヴァシリーズが一斉に顔を向ける。
深くえぐれた雪面に量産型エヴァを押さえつけた初号機は、頭を上げ、強い視線を返した。
一瞬、その場が水を打ったようになった。
恐ろしいほどに硬質な視線だった。エヴァシリーズに向けられている筈なのに、逆にこっちが
意識の底の底まで覗き込まれたような気がした。
全身が打たれたようにすくみ、その瞬間、一気に風景に現実感が甦った。
いきなり身体の自由が戻る。彼はよろめきかけ、危うく踏みとどまって、何とか自分の足で
緩んだ雪を踏みしめた。顔を上げる拍子に、傍らの死者と目が合う。大きく見開かれた目が、
たぶん同じようにこわばっているだろう彼の顔を捉えて少し安らいだ。三方のエヴァを
警戒しつつ、使徒が慎重に立ち位置を変え、背後につく。
初号機はわずかに姿勢を変えた。背中の光の羽根が跳ね上がり、宙に鮮やかな曳跡を刻む。
素早い波のようなものがエヴァたちを走り抜ける。あわただしく翼が開き、エヴァシリーズは
奇妙に痙攣的な動きで跳びさがった。
初号機が立ち上がる。
細かな雪しぶきを浴びた上体が浮き、強靭な膝が伸ばされ、たわめられた長身が起き直り、
力強い手が、掴んでいた量産型エヴァの頭を離す。エヴァは何の反応もなく雪に倒れ込んだ。
それに目もくれず、初号機は居並ぶエヴァシリーズの前に立った。
エヴァというより、抜き放たれた鋭利な刃に見えた。
彼は吸い込まれるような耳鳴りを覚えた。周りの硬い空気までが、初号機の存在に共鳴して
可聴域をわずかに超えた音階でごく静かに唸りをあげているようだった。そして、相変わらず
エヴァは何も言いはしなかったけれど、彼にはありありと初号機の意思がわかった。
それは、はっきりとした拒絶だった。
綾波への。
エヴァシリーズの頭部で白い顔の群れが凍りついた。無心な微笑みも、底知れない視線も、
全ての表情が沈黙の向こう側に薄れ、大きな目がすうっと虚ろになる。
静寂が辺りを覆った。
740ひとりあそび・204:05/01/27 11:34:11 ID:???
まるで天が引き裂けたようだった。
そして本当に、深い青空の底から、白いものがちらちらと舞い降り始めた。
彼も使徒たちも、初号機ですら、思わず頭上を仰いだ。空のどこかに残されていた雪の名残が
今頃になって少しずつ降ってきているのだった。薄い雪の幕を透かして、磨かれたような光が
一面澄んだ大気に溢れた。
夢のような風景の中心で、エヴァシリーズはふいに顔を歪めた。
彼ははっとした。少し目を離した間に、あれだけあった綾波の顔が残らずなくなっている。
元の形状に戻った頭部をひと振りし、顔のないエヴァはいきなりこちらを見据えた。同時に
瓦礫の中に昏倒したエヴァがびくりと身をよじった。使徒たちが身構える前で片腕が跳ね上がり、
胴体がねじれ、エヴァは壊れた自動人形のような動作で起き上がった。
もう綾波の顔はどこにもない。
瞬間、全機の肩口から爆発的に白い羽根が噴き出した。見るまに翼が形成され、割れた路面を叩く。
激しい風と雪煙が辺りを打ち据え、逆巻く。ようやく再び顔を上げられるようになったとき、
エヴァシリーズは降り続ける白いかけらの中へ高く舞い上がっていた。
彼は遠ざかるエヴァの群れに呆然と目を預け、やがて、ぎこちなく振り返った。
死者と使徒、それから少し離れて立つ初号機が、それぞれに視線を返した。
どっと緊張が解けた。
身体が倍も重くなったような感覚。安堵と、取り残された空しさとが一緒くたに押し寄せて、
ふいに深い眩暈に変わった。彼は目を閉じた。
「…大丈夫かい?」
気遣う声。その響きが、ぼやけかけた意識を引き戻した。
「うん。…平気だよ」
何とか頷いて、顔を上げる。
元通りの雪の廃墟が開けていた。いくぶん日が高くなり、雪の上に影が眩しい。空に目を移すと、
地表の輪郭が白っぽい残像になって、冷たい青い広がりの中を泳いだ。
傍らで、使徒が欠けた両腕を静かにたたみ直し、落ち着かなげに身じろぎした。何となく絞られた
注意の先には初号機がいる。対する初号機は一見まるで動じていないようだったが、よく見ると
光の羽根の先がぴりぴりと緊張していた。彼は無言の牽制を続ける両者に溜め息をつき、
改めて初号機を見上げた。
741ひとりあそび・205:05/01/27 11:35:52 ID:???
初号機は、ごく当たり前のようにそこに立っていた。
さっきの怖いほどの威圧感はもうあとかたもない。たった一体で場の主導権を浚ったのが
嘘のようだった。思いきり派手に突っ込んできたせいか、至るところに雪の塊がくっついて
全身真っ白になっている。
彼は少しの間ためらい、わざと乱暴にエヴァの傍に歩み寄った。
手を伸ばす。エヴァは避けようとはせず、おとなしく触れられるに任せた。
その沈黙に自分が少なからず救われているのを意識しながら、彼は黙ってエヴァに積もった雪を
払い落とし始めた。柔らかい塊はともかくとして、装甲の表面に凍りついた雪しぶきは固く、
すぐに指先の感覚がなくなった。
初号機は突き放すでもなく、手を貸すでもなく、ただ彼を見下ろしている。
それでも、さっきのあの姿は、まだ目の奥にくっきりと焼きついていた。
彼はうつむいて腕に力を込めた。
ここは、綾波の世界なのだろうか。
あの朝、彼は初号機と綾波に、使徒たちを置いていくことはできないと訴えた。でも同時に、
彼らのことも諦められないと死者に伝えた。周りに甘える無責任な態度だとわかっていても、
取り残される誰かを作るような真似は、どうしてもしたくなかった。
選ばないのなら、誰も見捨てたりしない。言い訳もならないけれど、それが、この場所での
自分なりの埋め合わせのつもりだった。
赤く痺れた手をこすり合わせようとして、ふと気づいた。もしかしたら、あのまま綾波に
傷つけられても構わないと思ったのも、その思いの別の形だったのかもしれない。
彼はふっと白い息を吐き、首を振った。
そう、それは違う。
目の前に降り立った初号機は、どんな叱咤よりもはっきりとそう思い出させてくれた。
諦めるのだけは駄目だ。
彼一人いなくなっても、何の解決にもならない。そんなことでここは何も変わらない。全部自分で
引き受けるしかないと覚悟したのなら、何があっても、そういう逃げ方をしてはいけなかったのだ。
だったら、やることはひとつしかない。
顔を上げたとき、初号機と目が合った。磨耗した頭部装甲の眼窩の奥に、恐ろしいのに近しい、
同じなのに異質な、一個の生きものの目がきらっと光った。
742ひとりあそび・206:05/01/27 11:36:37 ID:???
幻のような雪はもうやんでいた。
上空のエヴァシリーズは旋回を続けている。もう全機がひとつの輪に沿って飛ぶのではなく、
各個体が勝手に列を離れ、めちゃくちゃに鳴き交わしながら交錯していた。
あれが今の拒絶の結果だ。
恐れと痛みを呑み込んで、彼は振り返った。
使徒たちは手早く損傷を調べ、今いる位置の条件を確認し、淡々と次の動きに備えている。
以前話してくれた通り、ずっとこういうことを続けてきたのだろう。何となく疎外感のような
ものさえ覚えるほど、彼らの動きは場慣れし、互いへの気負いのない信頼に満ちていた。
それでも、彼に気づくと、彼らはそれぞれに気遣う表情を向けてきた。彼は小さく息を吸い込み、
軋む雪を踏んで使徒たちの傍に戻った。
「…どうする気だと思う?」
並んで空を見上げる。
そっと窺うと、死者は敵意も憤りもない、透徹した眼差を白いエヴァたちに向けていた。
「…このまま終わりにはならないことは、確かだよ」
声は静かだった。使徒がぐるりと仮面の顔を向けた。
「また…来るってことか」
彼は崩れた壁の向こうを睨んだ。
空の光と雪の反映に照らされ、廃墟の街はしんと静まり返っている。
ときどき雪が落下する以外、動くものはない。でもあそこには、まだたくさんの使徒たちが
息をひそめている。半壊した兵装ビルや迎撃設備、割れて突き出した路面は互いに入り組み、
あちこちに複雑な陰や隙間が口を開けていた。もともと要塞都市として造られた街だ。建物の素材や
装甲隔壁は強い衝撃にも耐えられるよう設計されたものだし、盾や遮蔽にならまだ充分使える。
ただ、実際にエヴァシリーズが襲ってきたら、そう長くは持ちこたえられない。それは昨日一日で
はっきり証明されていた。
彼はぎゅっと目を閉じ、開いた。
743ひとりあそび・207:05/01/27 11:37:26 ID:???
何もできないわけじゃない。でも、今朝考えていたような篭城戦は無理だ。できるのは時間稼ぎ、
それも、エヴァシリーズ全機が槍を取り戻してしまったら、たぶん意味がなくなる。
「…その前に、何とかしなきゃ」
呟く。
打たれたように、死者が振り向いた。彼は意識して平気そうな顔をしてみせた。
「何とか、したいんだ。…僕が始めちゃったことなら、なおさらほっとけないよ」
そこで一度言葉が途切れた。少し迷ってから、彼はその先を言った。
「…知ってたんだよね。あれが、綾波だってこと」
死者は痛みをこらえるような目をした。
「…そうだよ。…すまなかった。本当に」
彼は強く首を振った。
「違うよ。わざと黙ってたなんて思ってない。…僕が、何も知らなかっただけなんだ」
今さらのように思い出される、さまざまな場面。
街に刻まれた襲撃の痕。使徒たち。多くを語らない死者と、綾波の残した言葉。その綾波を
守るようにしていた初号機。そして昨日の朝突然訪れた、絶望的な緊迫。
死者が隠したかったのはエヴァシリーズの存在でも、ましてダミーシステムとの関わりでもない。
エヴァシリーズのことに触れなければ、綾波との繋がりも明かさずに済む。そして知らずにいたから、
彼は余計な疑念や憶測を抱くことなく、訪れる綾波を受け入れられた。
責める気持ちなどなかった。少なくとも、守られていた自分にその権利はない。
「だとしても、隠したりするべきじゃなかった。
 隠しておけることでもなかった。それでも、話さずにいられればと願っていたのさ。
 …その程度で済む筈がなかったのに」
本当のことは、みんなを傷つけるから。それは、とてもとても、辛いから。
彼は唇を噛んだ。
そう、知らないままでいられたなら、どんなに良かっただろう。
だけど本当のことは、必ずいつか皆に知られずにはいられない。何故なら、それが真実だから。
苦しみながら、死ぬほど辛い思いをしながら、それでも誰もが、一心に求め続けるものだから。
だから、ずっと傷つけずにいることはできないのだ。
初号機がこちらに歩み寄る気配がした。死者はちらりと彼の後ろに立つエヴァを見上げた。
744ひとりあそび・208:05/01/27 11:38:16 ID:???
「彼女が自分のことを明かさずにいられる間は、僕は何も言わないつもりだった。
 だけど彼女はもう自分を抑えない。そして“敵”である僕らなら、その暴発を受け止められる。
 …これ以上、付き合う必要はないんだ。でなければ君が失われることになる」
言いきった語尾は厳しかった。こちらを見据える目は痛いくらいに張りつめていた。
今うんと言えば、使徒たちは本気で彼を初号機に託して逃がそうとするだろう。それで自分たちが
どうなろうと少しも構わずに。戦慄するほどの確かさで、それがわかった。
彼はもう一度、強く首を振った。
「…いいんだ。
 今逃げたら、綾波を辛いまま置き去りにすることになる。皆だってひどい目にあう。
 もう、誰かを犠牲にして逃げるなんて厭なんだよ。
 …それに、僕だって死ぬ気なんかないさ。カヲル君、昨日の朝僕に言ってくれたよね。
 絶対に、生き延びようって」
死者はかすかに目をみはった。
寒さと恐怖で引きつった顔をぎこちなく動かして、彼は何とか笑顔を作ってみせた。
と、急に初号機がずいと彼の後ろから進み出た。
警戒心をあらわにする使徒の正面に立ちはだかる。やむなく戦う以外、エヴァが自分から
ここまで使徒に近づくのは初めてのことだった。彼が注視する前で、使徒は若干緊張したまま、
めんくらったようにエヴァの凶悪な面を見下ろした。
わずかに間があった。
ふいに初号機は視線を外し、背を向けた。
使徒も、何事もなかったかのように顔を逸らし、それから、やおら片腕をほどいて、死者の背を
彼の方へ軽く押しやった。振り仰ぐ彼と死者に、使徒はちょっと胸を張ってみせた。
死者は使徒を見上げ、エヴァを見つめ、そして彼を見た。その表情の奥で何かがほどけた。
見守る彼に、死者は静かに懐かしい微笑を向けた。
「…そうだったね。
 犠牲者になりたがる必要などない。…行くよ。君と一緒に」
「…ありがとう」
こみ上げてくる温かさに彼は思わず微笑み、ふと、黙って佇んでいる初号機を見た。エヴァは
こっちを見ようとしなかったが、光の羽根の端っこが一度だけ小さく跳ねた。
その頭上で、エヴァシリーズの輪がひときわ大きく乱れ、一斉に四方に散った。

 〜ブレイクその1〜

以上、第一弾でした。
まずここまで読んでくれた方、ありがとうございました。
とりあえず最終回幕開け、みたいな感じです。

以下は飛ばしていただいても結構です。

実はここまでで、10月終わりくらいまでかかってました。
当初のおおまかな予定、大体一昨年の4月(最初に中断した頃ですね)に
考えてた続きでは、綾波レイとエヴァシリーズはお互い全然関係ない役割でした。
レイと渚カヲルはただの案内人で、シンジ君に死者のことを語るだけ。
その一応の平穏の中にエヴァシリーズが襲ってきて、初号機と最終決戦…
みたいな流れでした。一年あけて再開したときも、別にレイ=エヴァシリーズという
図式にするつもりではなかったんです。
それが5月、6月と書きながら、なぜかどんどんそういう方向に行ってしまい、
わたわたしているうちにとうとう7月頭の展開になってしまいました。
考えあぐねた結果が、とりあえず上までの9レス分です。
そしてそれをどう続けるかで、以下、11月下旬にかけて書いた分が続きます。
746ひとりあそび・209:05/01/27 11:56:27 ID:???
再び、廃墟の底を行く。
残骸の街のさまざまな姿が、パノラマのように現れては通り過ぎる。半壊したビル。倒れた壁。
突き出した鉄骨。爆発孔と巨大な亀裂に引き裂かれた通り。槍が激突した衝撃で大きくたわんだ
装甲隔壁と、周辺に飛散した瓦礫。そして、それら全てを厚い静寂の層で覆う、真っ白な積雪。
彼と初号機と使徒たちは足早に街の最下層を抜けていった。
雑然と積み重なる瓦礫の合間をぬって、ねじまがった街路が今にも崩れそうな回廊を作っていた。
分断されて斜めに突き出た街路が両側に迫り、半ば崩壊したビル群も加わって、次第に廃墟が
頭上に覆いかぶさってくる。通り過ぎる途中、外れて落下してきた壁の剥片を、初号機は
見もせずに片腕で払いのけた。砕けた壁は薄い氷の破片を散らして回転し、雪煙をあげて
後方の地面に沈んだ。
ひときわ折り重なった瓦礫の奥、エヴァや大型の使徒には少し狭い通廊の前に立ったとき、ふいに
目の前の空気がぶれた。甲高い振動。危うく死者に引き戻された彼の鼻先で、細い鋼柱のようなものが
何本も鋭く突き出して震えている。思わず硬直した彼を下がらせ、死者は通路の内壁を見回した。
と、突きつけられたように静止していたブレードがゆっくり地面や壁の中に引っ込んだ。代わりに
瓦礫の塊がごそごそ動き、小さい青い使徒たちがあっちからもこっちからも姿を見せ始める。何とか
味方だと識別してもらえたらしい。
彼は小さく息を呑み込み、気を取り直すと、使徒たちの傍にしゃがみこんで話を伝えた。まもなく
使徒たちはくるくると頷き(?)、それぞれに狭い瓦礫の隙間や裂け目に消えていった。
立ち上がると、出口近くで警戒していた使徒が周囲を確認し、腕の先で小さく招いた。初号機が
いちはやく飛び出していく。死者がきびすを返し、先に行きかけて振り向いた。
彼は頷き、彼らとともに、次の地点へと走り出した。

「皆を逃がさなきゃ」
そう言ったとき、使徒たちは驚かなかった。
「綾波とは向き合わなきゃならない。でも、それに他の皆は巻き込めないよ。
 …前に、ミサトさんが言ってたんだ。皆で危ない橋を渡ることはない。僕も、そう思う」
死者は優しい目で彼を見つめた。
「…君ならそう言うと思ってた。で、作戦は?」
彼は軽く頷いた。
747ひとりあそび・210:05/01/27 11:57:40 ID:???
「ここは長くは保たないし、街の外に出ても、空にいる相手には有利になるだけだよね。
 だけど一箇所だけ、上から攻撃されないで街を脱出できるルートがあるんだ」
使徒が驚いたように小さな頭を向けた。
「攻撃されない…? 本当に?」
「大丈夫だと思う。覚えてるよね? 僕たちが、何度も行ってたところだよ」
死者はいぶかしげな顔をしたが、彼が考えを打ち明けるとすぐにわかってくれた。
「…なるほど。皆を退避させる、か」
「絶対安全って訳じゃないけど、やってやれないことはないと思う。
 …ただ、どうやって皆に知らせたらいいのかがわからないんだ」
とっくにそれぞれの場所に身を潜めている使徒たちを、今更呼び戻す訳にはいかない。が、
死者は首を振ると、こともなげに鋭い笑みを浮かべた。
「それは問題ないよ。僕らは皆の場所を知ってる訳だしね。
 直接、行けばいいのさ」

そうして今、彼らは静まりかえった街の底を急いでいる。
死者は正しかった。使徒たちは彼の言葉をちゃんと覚えていてくれたのだ。
早朝伝えた通りの場所に隠れている彼らを見つけるたび、彼は何度も安堵ととまどいを噛みしめた。
たぶん、どうして信じてくれるのかなんて考え込む必要は、今はない。信じてくれたということ、
それだけをしっかりわかっていればいい。
日差しは強く、雪は踏みつける靴底で軋み、あるいは柔らかく崩れた。
五体ほどで包囲戦の構えをとっていた人型使徒の輪のど真ん中に飛び込んで凍りつき、蜘蛛使徒の
落とし穴式溶解液池に危うくはまりかけ、顔に巻きついてきた目玉使徒に苦労して離れてもらい、
なかなか出てこない影使徒をさんざん探し回ったりしながら、彼らは使徒たちの隠れがを
ひとつひとつ当たっていった。
使徒たちは驚くほど冷静だった。面白がってすらいるようだった。もしかしたら本当にそうなの
かもしれない。こんな時なのに、ではなく、これだけ後のないぎりぎりの状況だからこそ、
彼らは開き直って乗っているのかもしれなかった。
748ひとりあそび・211:05/01/27 12:00:34 ID:???
一方で、エヴァシリーズの散発的な攻撃も始まっていた。皮肉にも、今朝彼が得意げに披露した
“かくれんぼ”のルールが、隠れたり、上空のエヴァの目をくらますのに結構役に立ってくれた。
それでも、全く危険なしというわけにはいかない。
そんなときは“エサ”こと彼と、初号機たちの出番だった。
もう小細工の必要はなかった。本当の「顔」をさらけ出したことで、エヴァシリーズは
全ての抑制を失っていた。その分一回一回の襲撃は激しかったけれど、かわしていくのは
それほど難しくなかった。死者が正確に行動パターンを先読みしてくれたせいもある。
全体に行軍自体は昨日よりずっと楽だった。ただ、そこにいるのが綾波だということが、
他の何よりもきつかった。
まだ槍の砲撃はない。でも槍を埋めた高層ビル跡がどうなっているかは、あわただしさに紛れて
その後確かめられないでいる。そのことが、余計に彼の背中を追い立てた。
幾つもの建物が横倒しになった、谷間のような一角でのことだった。
そこに散らばって潜んでいた分裂使徒の一群を集め終わったとき、いきなり前方のビルの
横腹が爆発した。
使徒たちが一斉に身構える。
ATフィールドで何トンもの瓦礫を吹き飛ばした白いエヴァは、散乱した壁の破片を踏みしだいて
手にした細長い得物を引き上げた。
一瞬、全身が冷えた。けれど目を凝らすとそれは槍ではなく、どこかからねじり取ってきたらしい、
長い鉄骨の束だった。それでも両端は鋭く引きちぎられて尖り、殺傷能力は充分ありそうだった。
白いエヴァは彼の姿を認め、巨大な赤い口を歪めた。
かすかに覗く口腔から白く息が立ち昇る。
重心が下がり、深く曲げられた足が瓦礫を蹴る。
瞬間、矢のように初号機が飛び出し、突っ込んできた量産型エヴァを空中で捉えた。
半回転して下側になった背中から一瞬まばゆい光の翼が開く。初号機はエヴァの片腕を掴み、勢いを
殺しきれないでいる相手の速度をも利用して、容赦なく脇の壁面に叩き込んだ。
分裂使徒たちの間に驚いたようなざわめきが広がる。そのまま彼の傍に降り立つ初号機の背後で、
建材の崩落する重い衝撃がとどろいた。
顔をこわばらせる彼を一瞥し、死者は冷静に空を仰いだ。
749ひとりあそび・212:05/01/27 12:01:40 ID:???
敏感に異種のATフィールドの発生を感じとり、遙か向こうの翼の列が次々と軌道を変える。
「…次が来る。すぐにここを離れないと」
「でも、この数じゃ」
彼は周りに集まる分裂使徒たちを見回した。ざっと数えただけで四十体近くいる。中には
かなりの傷を負っているものもいて、これまでのように、初号機と使徒たちの援護を頼みに
手早く撒いて逃げるという訳にはいきそうにない。
焦る彼の傍で、大きい使徒がのそりと身を起こした。
死者が振り向く。けれど口を開く前に、使徒は意外な機敏さで宙を移動し、不安げな
分裂使徒たちの群れを背にして立った。死者は沈黙して使徒を見上げた。
「…どうしたの」
死者は彼を見た。
「…いったん、ここで別れる。時間を無駄にできないからね」
「そんな、…危ないよ」
声をあげた彼に、死者は静かに、けれどきっぱりと首を振った。
「彼なら慣れてるし、どうしたらいいか心得てる。遠慮の要らない形態どうしなら、その分
 別の切り抜け方があるしね。今僕らがすべきなのは、一刻も早く全員を動かすことだよ。
 ここは任せよう」
彼は口をつぐんだ。一緒にいて当たり前だとずっと思っていたことに、突然気づいた。
崩れた瓦礫の中から突き出た鉄骨がわずかに動く。死者はそちらに射るような一瞥を投げると、
動く方の手を伸ばして使徒の横腹にそっと押しあて、身を返した。使徒が悠然と向きを変える。
「あ…」
動けないまま両者を見比べていた彼の横を、ふわりと光の羽根がよぎった。初号機は死者に続いて
先に行きかけ、振り返って彼を見据えた。
彼は歯を噛みしめ、もう一度使徒の方を振り向いた。
750ひとりあそび・213:05/01/27 12:02:38 ID:???
「…向こうで会おう!」
それしか言葉が出なかった。使徒はちょっと振り返ると、走り出す分裂使徒の群れを引き連れて
廃墟の向こうに消えた。その手前で、量産型エヴァの頭が折り重なった破片を突き破った。
初号機の手が腕を掴む。
半分かつがれるようにしてビルの隙間を下る彼の背後で、こっちが遠ざかるのを見計らったように
轟音が弾けた。光の十字架が頭上の狭い青空を染め、続いて、分裂使徒たちのものらしい
ひとまわり小規模な爆炎が次々とあがった。
明るんでは消える光を背中に浴びながら、彼はひたすら走り続けた。

じりじりと、太陽が位置を変えていく。
時間の過ぎるのが遅かった。誰もが息を殺しているせいで、街は異様に静まりかえっている。
ごくたまに、交戦しているらしい遠い地響きが起こり、それもまもなく沈黙に呑み込まれて消える。
他の使徒たちが無事かどうか確かめたくても、立ち並ぶ廃墟や雪溜まりが壁になって、ろくに
自分の周囲も見えない。もどかしかった。彼は歯を食いしばり、ふらつきそうになる
両脚に力を込めて先を急いだ。エヴァシリーズの攻撃が目的地にまで及んでいないことを
ただ祈るしかなかった。
真昼の空の青さが嘘のようだった。
街に隠れた中では最後になるイカ使徒の集団を捜し当てた頃には、いい加減息が切れていた。
崩れた街並越しに、何度目かの複数の翼の音が近づいてくる。彼らは固まって移動する
イカ使徒たちにしばらく同行し、張り出した廃墟の床層の陰に身を潜めた。
強迫的な羽音がビルにこだましながら遠ざかっていく。
やがて、初号機は警戒を解くと外に出た。
周りに群れたイカ使徒がそろそろと身動きする。彼は落ちてきた雪を払って立ち上がり、ふと
半壊した回廊で繋がる隣の建物に目を向けた。
きらりと何かが光った。
爆発や使徒の放つ閃光ではない。彼は何となく目を凝らし、はっとした。
紐使徒が一体だけ、崩れた壁の奥に浮かんでいる。
昨夜見た奴のようだった。周囲には他に使徒らしき影はなく、仲間もいそうにない。襲撃の後、
たった一体で生き残ったのかもしれなかった。
751ひとりあそび・214:05/01/27 12:05:31 ID:???
向かおうとして、ためらった。
紐使徒は他者を近づけない。それにもし近づけたとして、使徒の侵食からは
身を守る手段がない。それは他の使徒でもエヴァでも同じことだ。
でも、放っておけばそのうち槍の餌食にされる。
彼はかがみこむと、靴紐を固く締め直した。ここから見る限り、一人でも何とか近づけそうだ。
辺りは静かだった。それぞれ離れて周囲を調べていた初号機と死者が気づいたとき、彼は
既に半分以上使徒のいる建物へ近づいていた。
「…何をしてるんだ!」
抑えた叫び声が、何層も崩れて抜けた高い天井に響いた。
振り返りそうになるのをこらえ、彼はすばやく先を確かめると一気に走り出した。
けれど、いつまでたっても追いついてくる足音は聞こえなかった。そのまま回廊の陰伝いに走り、
建物に飛び込んでから、彼は初めて後ろを振り向いた。
死者はさっきの場所に立ちつくしている。
その手に固く押さえられながら、初号機が今にも飛び出しそうになっていた。
何かがおかしかった。イカ使徒たちまで影の中に固まってじっとしている。異様な緊張の意味に
気づく前に、ふいに頭上で軽い翼の音がした。
彼はその場に凍りついた。
はばたきは次第に大きくなり、やがて天井の隙間ごしに覗く床層の突端に大きな白い翼が閃き、
装甲に覆われた両脚が、積もった雪を踏みしだいて降り立った。
エヴァがすぐ上にいる。
気の狂いそうな静寂の中、彼は目だけ動かして周囲を見た。
潰れた建物がうまく目隠しになって、向こうにいる初号機と使徒たちの姿はエヴァには見えない。
影の中で、初号機はわずかに姿勢を低くした。動くきっかけを掴めないでいる。階上にいる
量産型エヴァは一体。攻撃するだけならそれほど難しくないが、今は距離がありすぎる。
初号機がどれだけ俊敏でも、飛び出してエヴァの動きを止めるより、エヴァが真下の彼に気づいて
襲いかかる方が早い。このまま気づかれずにやり過ごすしかないのだ。
背中を凍った壁にきつく押し当て、彼は必死に息を殺していた。自分の鼓動の音すら怖かった。
そのとき、視野の端がかすかに明るんだ。
反射的に目を向ける。光る紐使徒が、ほんの数歩離れたところに浮かんでいた。
752ひとりあそび・215:05/01/27 12:06:30 ID:???
使徒はごく静かにその場で回転している。
青白い光の輪を形づくる、絡み合うリボンのような薄い二重螺旋までがはっきりと見えた。
あれが一本の紐になったら、向かってくる。
吐き気に似た恐怖が喉を押し上げた。でも、動くことはできない。ところどころ隙間のあいた
天井の上側をエヴァの足が踏みしめ、ゆっくりと行き来するのがわかる。
もう一度、初号機がいる方を見ようとして、こらえた。
下手に動揺したら、初号機は構わず死者の制止をはねのけて突っ込んでくるだろう。そうなれば
彼だけでなく、この場にいる全員が見つかる。
冷たい無力感が全身を浸した。
両手が、無意識に背後の壁を掴もうとしていた。締まった雪の表層が削れて爪の中に喰い込み、
鈍く剥がれるような痛みになる。その感覚にだけ、意識を集中させようとした。涙がにじんだ。
その瞬間、いきなり震動が襲った。
びくりと顔を上げる。少し離れた天井が割れて陥没していた。ぱらぱらと粉雪が降ってくる。
続いて、そこからもう二、三歩離れた辺りがまたばくんと沈んだ。悲鳴を押し殺す。天井全体に
亀裂が走り、緩んだ鉄骨が厭な音をたてて軋む。裂け目から一瞬エヴァの腕が覗き、直後、再び
天井が大きく揺れた。
彼はとっさに紐使徒を見た。使徒はすぐ傍まで近づいてきていた。回る二重螺旋が、振動のたびに
不安定に明滅し、溶け合いそうによじれては戻る。こちらとの距離はあと数十cmもない。
両脚が震えた。彼は無理矢理恐怖を抑えつけ、すくむ身体をそこにとどめた。
怖いのは、この使徒も同じだ。
梁の一部が耐えきれずに砕け、轟音とともに地面に激突した。大小の破片が目の前ではぜる。
頭上のエヴァは、とどめようのない何かをぶつけるように破壊を続けた。壁や床を打ち砕く音は
そのまま咆哮の代わりだった。揺れる建物のあちこちから雪が噴き出し、飛散し、真っ白に光った。
その間じゅうずっと、彼は痛む目をみはって紐使徒を見つめ続けていた。
紐使徒も、接触してこようとはせず、ATフィールドさえ展開せず、じっとそこにとどまっていた。
やがて、唐突に破壊がやんだ。
753ひとりあそび・216:05/01/27 12:08:22 ID:???
辺りの空気が静まる。
彼は息をつめるようにして顔を上げ、耳を澄ました。
積雪の残りが梁を離れ、地面で重たい音をたてる。
それに重なるように、遠く爆発音が届いた。
どこかで戦闘が始まっている。階上のエヴァは動きを止め、じっと音の響いてくる方を
窺っているようだった。天井の大半が剥落し、ぽっかりと空いた穴から粉雪が舞い落ちてくる。
その奥で、じゃり、と音がした。剥き出しのコンクリートを踏む音。エヴァの両足が向きを変え、
ふいに翼が空気をはらむ気配が起こった。
しなやかな羽根の列が宙を切る。
叩きつけるようなはばたきが次第に遠のいていくのを、彼はこわばった身体全体で聞いた。
頭だけで隣を振り返ってみる。
紐使徒はまだそこにいた。青白い螺旋の流れはだいぶ落ち着きを取り戻している。
動けずにいると、もつれ合う光のリングは困惑したように回転を早め、こちらの反応を
窺うように、また緩めた。
手を伸ばす勇気はなかった。自分から近づくことも、どうしてもできなかった。
間近でどさりと雪の崩れる音がした。
振り向くと、初号機が折り重なった瓦礫を乗り越えてきたところだった。上体をかがめた拍子に
肩から先が影に沈み、上げた顔の中で、目が不意討ちのように鋭い光を放った。
思わず身体がすくんだ。
安堵よりも後ろめたさの方が強かった。顔をそむけたとき、いきなり鼻先に手が突き出された。
とっさに意味を理解できず、彼はただ目を上げて、さしのべられた手と、初号機の表情のない顔を
交互に見つめた。動けないでいると、エヴァはぐいと身を乗り出して腕を掴んだ。
ほぼ水平になった背中に力がこもり、次の瞬間、彼は身体ごとひょいと外に引っぱり出されていた。
雪の広がりが真っ白に目を射る。
眩しさにまぶたを閉じた途端、両足が地面の感触を捉え、ふいに別の手が乱暴に肩を捕まえた。
慌てて目を開ける。と、さっきよりよほど青ざめた顔の死者が、ほとんど睨みつけるように、
真正面から彼を見据えていた。
一瞬、打たれるのを覚悟した。そのくらい険しい視線だった。
754ひとりあそび・217:05/01/27 12:10:06 ID:???
が、死者はふいに目を伏せると、ただ黙って深くうなだれた。
肩を掴む指の力が緩んで、代わりに、置かれた手の頼りない重みだけが残った。
彼は何も言えずにその場に立ちつくした。
やがて顔を上げたとき、死者は普段通りの表情を取り戻していた。
「…ごめん」
目を逸らす。謝る以外に何も思いつかない自分が、たまらなく厭だった。
「それを言うのなら、初号機に、じゃないのかい」
無造作に手が離れた。
思わず顔を上げる。死者は仕方がないな、というふうに微笑んでいた。
「傍目からもわかるくらい動揺していたよ。
 それでかえって、こっちが冷静になれたくらいさ。…君は本当に無茶をするね。それも、
 初号機が一緒だからなのかもしれないけど」
死者は最後は呟くように言い、目で彼の後ろを指した。
彼は振り返った。初号機は何事もなかったかのように彼らの傍を離れ、建物の高みに登って
周囲を見渡していた。イカ使徒が何体か、こわごわその姿を遠巻きにしている。街の戦闘は
ほぼ収まっているようだった。初号機はこちらを振り向き、身軽に二、三回壁面を蹴って
彼の傍へ飛び降りてきた。
そしてふいに、さっきの廃墟を凝視した。視線の先をたどり、彼は軽く息を吸い込んだ。
紐使徒の姿がいつのまにか消えていた。
「…やっぱり、駄目なのかな」
呟く彼を、エヴァはちょっと見下ろし、また目を戻した。
イカ使徒たちが移動を再開し始めていた。死者は彼を促しながら、出血の止まった右手を何度か
確かめるように握り、肩に引っ掛けていた上着に袖を通した。
「平気なの?」
「無理をしなければね。さて、そろそろ僕らも行こう。皆が待っているよ」
踏み出す足取りには何のためらいもない。
彼は返す言葉を持たず、ただ頷いて、初号機とともにその後に続いた。
755ひとりあそび・218:05/01/27 12:10:59 ID:???

破壊された街の一角に、一箇所ぽっかりと陥没したところがある。
廃墟の連なりの中でそこだけ床が抜けたような、そう広くはない空間に、周辺の建物から
崩れ落ちた瓦礫がそこに落ち込んで、散乱する外壁の破片や内部機構の残骸、そして
それらを埋めるこんもりした積雪からなる、不ぞろいな斜面を形づくっている。
傾斜は短いようで長い。急角度で下る瓦礫のスロープに沿って、折れた柱が身を乗り出し、
大きく分断された梁や壁面がなだれ落ち、やがて、ねじれて絡み合った鉄筋の先端が、
勾配の先でしんと光る水面に到達する。一度砕かれてまた凍結したらしいでこぼこの氷に
覆われた、小さいが深い、雪と瓦礫に埋もれた水辺である。
崩落は水中にも及んでいる。が、ある深度まで行くと、地上にあったビルを支えていた
頑丈な基礎構造が、落下してきた破片群をせき止めている。さらにビルを地下へ収容するための
シャフト部分、岩盤を貫く巨大な竪穴がその下に続く。もちろん、ここも街の他の場所同様
その大半が砂に埋もれているが、ひとつ違うのは、完全な行き止まりではないことだ。
槍の衝突痕の残る水底の片隅、コーティングされた特殊鋼の壁に細長い裂け目がある。すぐ上は
かつて街の地下空洞を守っていた分厚い装甲板の層。亀裂はそのまま、途中幅や高さを変えながらも
かなりの広さの横穴になって奥へ続いている。周辺にはゆるやかな水の出入りがある。底の白い砂は
水流にあおられ、穴の周囲へ拡散したり、逆に穴に吸い込まれて、冷たい闇の奥へ運ばれていく。
暗い地下水路を経て、遠く、峡谷の湖の底まで。

池では既に攻防戦が始まっていた。
街のあちこちから集まってきた使徒たちが池を目指し、追ってきたエヴァシリーズとの間で
激しい衝突を繰り広げている。何体かの使徒たちは廃墟を盾に踏みとどまり、走り抜けていく
同類を横に応戦していた。彼らの砲撃や閃光が何度も廃墟をえぐり、爆発と衝撃で
残骸の街路をふさぐ。だがエヴァたちは巧みにその隙間をかいくぐって、遭遇するはしから
使徒の群れを襲撃していった。エヴァの動きは使徒たちより遙かに機敏で、反応も速い。翼と
緩急自在な動きを利用していきなり目の前に飛び出され、立ち直る暇もなく突っ込まれれば、
小さい使徒たちだけの集団などは対処のしようもなかった。
756ひとりあそび・219:05/01/27 12:12:40 ID:???
周辺は背の高い建造物が一掃され、戦いの様子は遠くからでも見える。迎撃施設に残った
火器に引火したのか、数箇所から黒煙が立ち昇っていた。
彼は息をつめ、崩れた壁の陰からさらに目を凝らした。
視線の先で粉雪が噴き上がった。
渦巻く靄の中から白いエヴァが飛び出す。両腕が真っ赤だった。返り血を浴びた翼が
黒くはためき、エヴァは次の集団を襲おうとする。と、下方の建物から銀色のラインが一閃し、
エヴァの細長い胴に巻きついてがくんと引き戻した。
彼は息を呑んだ。あの使徒だ。生きている。
空中で体勢を崩したところにもう一本の細長い刃が飛ぶ。エヴァは危うくそれをかわすと、
絡みついた腕を振り払って離脱した。後を追って光の十字架の列が立ち並び、辺りを揺るがす。
傷つきながらも池にたどり着いたグループもいる。彼らは次々と瓦礫の山を越え、突き出した
壁を蹴って、傾斜の向こうへと飛び降りていった。ここから直接池を確認することはできないが、
いったん降りた使徒たちが引き返してくる様子はない。
彼は壁際を離れ、雪の斜面を伝って初号機と死者のところに戻った。
初号機はいつでも動ける構えで周囲を窺っている。死者はイカ使徒の群れを幾つかに分けて、
めいめいに突入の手順を教え込んでいるようだった。降りていくと、死者は顔を上げた。
「向こうの様子は?」
彼は頷いた。
「大丈夫そうだよ。池までたどり着ければ、あとは逃げられると思う」
あの使徒の姿を見つけたと伝えると、死者はほっとした顔になった。
「撤退が一段落するまで残るつもりのようだね。すぐに行けば合流できそうだ」
遠い振動が地面を揺さぶった。初号機が一瞬空を見上げ、すぐに緊張を解いた。また別の方向で
爆発音が響く。
死者の表情がわずかに翳った。
「問題はエヴァシリーズの妨害か。…本当に、いいのかい?
 上手くいっても、君は逃げられないことになるんだよ」
彼は頷いた。
757ひとりあそび・220:05/01/27 12:13:31 ID:???
「僕は残らないと駄目だよ。もう逃げられないし、逃げちゃいけない。
 …確かに、怖いことは怖いけど、そう言ってられる時間はもう終わったんだ」
死者は溜め息をついた。
「…わかった。でも、無理だと思ったらすぐ下がるんだ。僕は最後まで残ってるから」
「ありがとう」
頷いて、彼は歩き出す初号機の後について廃墟を登り始めた。途中で、足が止まった。
彼はもう一度振り返った。
「…、カヲル君も、気をつけて」
静かに宙を滑り出すイカ使徒たちの間から、死者はいつもと同じ芯の強い笑顔を見せた。
その同じ場所から、風よりも寒さよりも巨大で酷薄な何かが音もなく広がり、空域に拡散した。
すぐさま遠方で別の気配が反応し、敵意でこわばる。境界が生まれる。
ATフィールド。
先を行く初号機の背が少し緊張した。
彼は足を速めて追いつき、ぽんとその腕を叩いて、先に頂上まで駆け登った。開けた眺望の中から
曖昧な視線に似たものがこちらを向き、瞬時に焦点を絞って彼の姿を捉える。
わかっていても、足がすくんだ。そのとき、初号機が傍らに姿を見せた。
気配たちが注視するのがわかる。とてつもなく凶暴で底知れない何かが膨れ上がり、空を満たす。
初号機は、今度は牙を剥くようにその圧迫を受け止めた。
背中の羽根が威嚇するように波打つ。初号機はわずかに振り返ると、軽く身を屈めた。目が合った。
大きな、信じられないほど深い眼がこっちを見ている。
彼はほんの少し笑った。
「結局、君には頼ってばっかりだね。
 …僕は一人じゃ何にもできないんだ。だから、君が一緒で、本当に良かった」
肩に手をかけると、片腕がしっかりと脇腹に回されて、彼の身体を支えた。そのまま体重を預けた。
足元のまばらな床面を透かして、硬く凍てついた風が吹き上げてくる。
彼はまっすぐに顔を上げた。
「…行こう」
応えるようにエヴァの全身に力がみなぎった。初号機は片腕で彼を抱えたまま大きく身体をたわめ、
廃墟の突端を蹴って、一直線に冬の大気の中へ身を躍らせた。

 〜ブレイクその2〜

以上、書いている人間の頭の悪さが露呈した第二弾でした。
がんばっても馬鹿は馬鹿という感じ全開です。
読んでくれた方、すみませんでした。
一応、大事な繋ぎ部分ではありました。

以下、書き込んでくれた方に、少しずつレスしてみます。

>ほしゅにんさん@7〜9月
暑い中、保守ほんとにお疲れさまでした。
この期間は完全に行き詰まって、何も書けない状態で潰れていたので、
二日ごとに増えていく保守レスが本当にありがたく、申し訳なくてたまりませんでした。
夏バテ、ということもあったかもしれません。
本当に暑くて長い夏でした。

>>641さん
保守、ありがとうございました。
どうしようもなく遅レスでごめんなさい。ひとことでも、励みになりました。

>653さん
書き込んでくれてありがとうございました。
サキエルはこの後ちょっと出てきます。というか、実はこのレスで「出さなきゃ」と
慌てて出番増やしたりしました。結果はけっこう悪くないと思います。深謝。

ああ、伸びた…次レスに続きます…
続きです
一人馴れ合いウゼーという方、すみません。
自分でもしつこいしうるさいということはわかってますが、長い間にここに
足跡を残してくれた方への、一応のけじめ、ということでご寛恕ください。

>656さん …と、>657のほしゅにんさん
…正直なごみますた。去年は台風、大変でしたね。

>658さん
書き込み、ありがとうございました。いろんな方が見てくれているんだと、嬉しくなりました。

>659さん
…なんででしょうね。再開遅い、の意味だったら、本当にごめんなさい。

>660
カワ(゚∀゚)イイ! ありがとうございます。

>662さん
……申し訳ありません。

>667さん
お茶の差し入れ、ありがとうです。
自分のグズのせいで冷めるどころか乾いてなくなってますね。…ごめんよ、お茶。
気持ちだけありがたくいただきました。


長々と失礼しました。
この後はいろいろ大暴れの第三弾です。
760ひとりあそび・221:05/01/27 12:46:22 ID:???
浮遊感があったのは一瞬だった。
すぐに重力が彼とエヴァを捉え、白く入り組んだ地表がすさまじい速度で近づいてくる。
激突する瞬間、初号機は両脚を突き出し、大きく屈み込むようにして着地した。強烈な衝撃に
足の下で廃墟が崩壊し、鋼板や破片が硬質の悲鳴をあげて散乱する。エヴァのATフィールドが、
飛び散るそれらから完璧に彼の身体を包み守っているのがわかる。深く曲げた両膝に力がこもったと
思った瞬間、いきなり次の跳躍が始まった。全身で風圧の壁に切り込んでいく感じ。今度のジャンプは
さっきよりも高く、エヴァは放物線の頂点で一回転して、数秒、眼下の風景を視野におさめた。
輝く太陽を映した池面がちらりと見えた。
彼はほんの一瞬、無心に目を凝らした。
池の底。それが、この街からの脱出口だ。
使徒たちが集まってきた頃、その数や規模に紛れて気づかなかったこと。空を飛べる青い使徒なら
ともかく、陸上には不向きな魚使徒や火口使徒、それもかなり大型のそれらが、いつのまにか
街中の池に移住してきていた。よく考えればおかしいのだ。この街は、乾いた白い平原の真ん中に
孤立している筈なのだから。それと、わずかなパイプラインだけで湖と繋がっているにしては、
池の水量は豊かすぎた。
だとしたら、水の中のどこかに、使徒にも潜れるもうひとつの水の通り道がある。
乱暴な考えだというのはわかっていた。でも、彼らには自分を守るATフィールドがあり、それに
多くの使徒はかつて海からやってきたのだ。水路さえ無事なら、きっと逃げのびられる。
あのとき思いつけたのはそれだけだった。そして、彼はそれに賭けることにした。
使徒たち自身と、初号機の力を借りて。
「…だけど、それではエヴァシリーズを防ぐことはできないよ。使徒に可能なら、彼らだって
 同じ道を追ってくることができる。それに、君自身はどうするつもりなんだい?」
「僕は、最初の役目のままでいるよ。初号機と一緒に」
「最初の…まさか」
「うん。囮と、遊撃。できたら、皆が逃げきるまで」
「…そんなことはさせられない。初号機がいてもだ」
「ごめん。だけどするしかないんだ。今、足手まといなのは僕の方だから。
 昨日と同じにしちゃ駄目だ。
 僕は初号機とここに来た。だから初号機と、もう一度、綾波に会いにいくよ」
761ひとりあそび・222:05/01/27 12:47:40 ID:???
眩しい水面は白い廃墟の向こうに消えた。
やがて風の抵抗が甦り、強く突き上げる感覚に続いて、再び接地の衝撃が背骨を揺さぶった。
途端、わっと喧騒が周囲を取り巻いた。
彼は伏せていた頭を起こした。戦闘区域のまっただなかだった。
胸が冷えるほどの、荒廃。
そこは既に、彼や使徒たちが暮らしていた街ではなくなっていた。
廃墟の静寂に代わって奇妙な騒々しさが辺りを支配している。瓦礫が砕ける轟音、使徒やエヴァが
何かを破壊する重苦しい振動。でも、声がない。悲鳴も叫びもなくて、ただ無機質な攻撃音だけ。
誰かが、使徒は何者かに造られた自律兵器だと話していたのを思い出した。
彼はかぶりを振った。エヴァだって、そんなのは変わらない。たとえヒトが乗ってたって。
パイロットの声が響くのは通信回線の中で、外部にじゃない。人間にとって使徒がそうだったように、
使徒から見れば、エヴァは正体不明の兵器で、敵だ。
だったら使徒たちだって、ヒトには聞こえない声で、ずっと悲鳴をあげていたのかもしれないのだ。
彼は歯をくいしばり、一番近い戦闘を探した。
駆け過ぎていく分裂使徒の一団に、量産型エヴァが真上から飛びかかるところだった。使徒が一体
一瞬で地面に押さえ込まれ、分離して逃れようともがく。エヴァの手が無造作に押し潰そうとする。
考える暇もなく、叫んだ。
「綾波ッ!!」
白いエヴァは弾かれたように振り向いた。
わずかに注意の逸れた隙に、傷ついた使徒が転げるように飛び出し、走り去る。
けれど、エヴァはもう使徒には目もくれなかった。翼が狂喜するように膨れ上がり、次の瞬間、
白い長身が彼めがけて突っ込んできた。
762ひとりあそび・223:05/01/27 12:48:23 ID:???
合図も命令も要らなかった。
脇腹を抱え込む腕が緩んだ。ほぼ同時に、彼はつかまっていた手を放し、突き飛ばすようにして
初号機から離れていた。頭を庇って雪の中に転がる。その真上を、初号機が跳んだ。
上下逆になった視界に、すれ違う二体のエヴァの色が鮮やかによぎった。
逆さに構えた右手が、すり抜けようとする量産型エヴァの下顎部を捉える。そのまま喉首を掴み、
初号機は全身をひねり上げるようにしてエヴァの白躯を真上にさらった。浮き上がった両脚が
宙で回転し、はためく翼ごと、エヴァはすさまじい膂力で向こうのコンクリート塊に叩きつけられた。
振動が、鋭い痛みになって届いた。
脱力した身体が傾き、深く陥没した亀裂を残してくずおれる。
彼はすぐ立ち上がると、止まろうとする分裂使徒たちを促して先を急がせた。
背筋がぞくりとした。
振り返る。エヴァの腕が持ち上がり、瓦礫を掴んだ。垂れた頭ががくんと横を向き、一瞬ぐらついて
正常な位置に戻る。目のない顔がこちらを向いた。
彼はそれ以上待たなかった。即座に下がり、真横から差し出された手を掴む。初号機はひと動作で
彼の身体を抱え上げると、そのまま崩れた足場を踏んで一気に跳躍した。
視野が広がる。再び、地上は白く雑然とした広がりに還元される。
さっきのエヴァが追ってくる。塊になってぶつかる風に目を細め、彼はすばやく眼下を一瞥して、
遠方に覗いた白いヒトガタの群れを指した。
「あっちへ!」
エヴァは無言で頷いた。一瞬、この見知らぬ大きな存在の中にいた頃の記憶が重なった。
身体の下でぐいと力の方向が変わる。
初号機は軽々と進路を変えた。起伏する破片群を踏み越え、突き出た柱の側面を蹴り、突然、
上下に揺さぶる動きが消える。落下前のつかのまの開放感。空間がざあっと後方に流れ、彼を肩に、
初号機は使徒たちを襲うエヴァシリーズのど真ん中に飛び降りていた。
763ひとりあそび・224:05/01/27 12:49:18 ID:???
一斉に、視線が集中する。
彼は痛む目をみはった。煙をあげる廃墟、薄汚れた雪、大きくえぐられた街の傷痕。暴力の余韻。
凍りついたようになった使徒たちと、翼あるエヴァたち。
それらがまっすぐに目の奥に焼きつき、瞬間、巨大な流体になって正面に押し寄せた。初号機が、
全速力で飛び出したのだった。
エヴァシリーズが向き直る暇もなかった。そしてそれを合図にしたかのように、それまで
防戦一方だった使徒たちがどっと動いた。一瞬場が混乱し、目標を喪失したエヴァシリーズが
ためらったわずかな間に、初号機は風のように彼らの合間を駆け抜けていった。
叫びたいのに声が出ない。彼は無理矢理身を乗り出し、振り回されながら、何とか片腕を上げて
池の方角を指さした。
夜の雪嵐のように翼をひるがえし、エヴァシリーズが振り返る。
伝わったのかどうかはわからない。
けれど、流れは変わっていた。
連携らしい連携のない、そのくせ排除し合わない、奇妙な防衛ラインが生まれかけていた。
乱発されていた閃光や荷粒子線がやむ。人型使徒の光の槍、イカ使徒の熱線のムチが相手を追い、
青い使徒たちが連なって強固なATフィールドの壁を造る。蜘蛛使徒の溶解液が雪面を焦がして走り、
不安定な足場を刻んで敵の列を乱す。目玉使徒のジャミングが、混乱にさらに拍車をかけ、
エヴァたちの対応を遅らせる。
お互いを助けようとしている訳ではなかった。他者が近くにいることの苦痛は、そう簡単に変わらない。
きっと、使徒たちはいつもと同じことをしているだけだ。
傷つくのが怖いから、攻撃する力と堅固な殻とで、自分の恐怖の内側に閉じこもる。
だけど傷つけられているから、お互いの痛みが、少しはわかる。
だから傷つけ合うことはしない。反発し合う境界が他者と自分を厳密に区切り、拒絶し合うことで、
お互いを自分のいない場所へ、痛みのない場所へ、押しやろうとする。
理解した途端、ずきりと胸が痛んだ。振り向く彼の両脇を、冷たい拒絶の壁が音をたてて過ぎた。
活路へ。確保されたわずかな道を、彼らは一心に走る。
そして、初号機もまた。
764ひとりあそび・225:05/01/27 12:51:11 ID:???
ほんの一秒前まで初号機のいた空間を、幾本もの手が虚しく掴み、真後ろに飛び去っていく。
全身が間断なく揺さぶられる。彼はひたすら、冷たく磨耗した装甲にしがみついていた。
これは他人事なんかじゃない。エヴァは、自分からは何もしてくれない。決めるのは彼の方だ。
何かを望むなら、自分から動くしかない。黙っていても何ひとつ変わらない。そもそもの始めから、
ここがずっとそうだったように。
だから目を逸らしたりはしない。
エヴァは彼の意志を受け、次々と襲いくる白い腕をかいくぐり、飛び越え、引きつけては逸らし、
時にはわざと中央に切り込んで、交錯するエヴァシリーズを撹乱した。力強い動きと、周りを包む
ATフィールドが、息がつまるほどリアルだった。
少しずつ、使徒たちの群れは脱出を果たしていく。
ただし、それは同時に、彼の恐れていた状況が近づいてきていることでもあった。
混戦状態が終わる。池の全周に散っていたエヴァシリーズが、一箇所に集まってくる。
もう、一体の量産型エヴァだけを牽制していればいい段階は過ぎていた。初号機は既に、彼という
エサを抱えたまま、複数のエヴァを相手に孤独な敗走を続けていた。
エヴァシリーズが一度に襲ってこないのは、見えないところでも使徒たちがそれぞれに抵抗し、
結果防いでくれているから。だけど、それもそういつまでも続かない。
いずれ彼と初号機だけになる。
どうすればいいのか、本当はまだ何もわかっていないのに。
数えきれない衝撃と振動の後、いきなり初号機は急停止した。放り出されそうになって首筋を掴む。
顔を上げかけて、はっとした。
いつのまにか池のほとりまで押されてきていた。
巨大でいびつな広間を、破れた天井の縁から見下ろすような眺めだった。床に当たるのは池の水面。
周りを囲んでいた建物の骨組みがまだ潰れずに残っていて、周囲から倒れ込む瓦礫を支えている。上を
覆っていた部分がすっかり崩れ落ちたせいで、そこだけぽっかりと空間が開けているのだった。
遠く、物音がした。ちょうど反対側、廃材の谷間と池面を挟んだ向こう岸に、残り少ない使徒たちが
互いに距離をとりつつ姿を見せたところだった。
後方、さほど遠くない空で、翼のはばたき。
彼はきっと振り返った。
765ひとりあそび・226:05/01/27 12:52:01 ID:???
すぐ足元から、深い雪の傾斜が大量の街の残骸を覗かせながら底の池まで続いている。
前方にエヴァシリーズが降り立つ。距離をおいて正面に一体、左に少し離れてもう一体、
そしてその先の高みを占める一体の、合計三体。
池と斜面を背に、初号機がにじるように位置を変える。支える腕に力がこもろうとするのを抑え、
彼は静かに瓦礫の上に滑り降りた。
先頭のエヴァがこちらを見つめ、わずかに首を傾けた。
ぞっとするほど端正な動作だった。
せかされるようにして、彼は対岸の使徒たちに視線を向けた。使徒たちは突然現れたエヴァに
凍りつき、前にも後ろにも進めないでいる。
彼は感覚のない手をきつく握りしめた。これ以上は退がれない。
エヴァシリーズは揃った彫像のようにこちらを凝視している。
息苦しいほどの予感が膨れ上がる。
空間に張りつめた何かが、ふいに弾けた。
初号機がすばやく彼を背後に庇って身構える。直後、白いエヴァたちは一斉に潰れた唸り声をあげ、
四対の翼が次々に雪を打ち据えた。
巨大な硬質の衝撃。
エヴァとエヴァのATフィールドが宙でぶつかり、またたいて消える。
とっさに頭を庇った両腕の陰で、彼は目をみはった。
初号機は一瞬上体をたわめると、正面に突っ込んできた最初のエヴァの下顎に強烈な拳を見舞った。
のけぞる身体を乗り越え、残り二体が両側から押さえ込もうとする。が、その手が初号機に触れる前に、
二体は次々に鮮やかな回し蹴りを喰らって吹っ飛んでいた。
起き直った最初の一体を全身で受け止め、組み合った初号機の背で、光の羽根が大きく波打った。
その動きが一瞬たゆたい、さっと真横に流れる。初号機はいったん大きく身体を開いて相手をかわし、
がら空きの胴を渾身の力で前方に蹴り飛ばした。長くのびた身体がもんどりうって仲間を薙ぎ倒す。
冷徹なまでのためらいのなさだった。
ゆっくりと脚を下ろす初号機の後ろから、彼は恐る恐る顔を出した。
その瞬間、風景が乱れた。
766ひとりあそび・227:05/01/27 12:52:55 ID:???
初号機が構え直す間もなく、耳をつんざくような絶叫が空を貫き、次々と突っ込んでくる
何かが、真上から凶暴な大波になって彼を呑み込んだ。
くらんと太陽が弧を描く。
訳がわからないうちに押し出されていた。身体が倒れる。連続する衝撃。鈍い痛み。池への斜面を
転がり落ちているのだとわかるのに少しかかった。理解した途端、背中が何かにぶち当たった。
「…っ」
一瞬、息がつまった。
身体を丸めて耐えていると、音と感覚が戻ってきた。雪と血の味。痛み。
まだ動ける。
彼はすぐ沈む雪に肘をついて身体を起こした。
上のどこかから崩れてきたらしい、濡れたコンクリートの柱の一部が彼を支えていた。周りは
大きく盛り上がった雪にすっぽり覆われ、彼が転がってきた跡だけが荒い道になっている。
随分落ちたような気がしていたのに、池への距離の半分も下っていない。見上げると、斜面は
少し急だったが登れなくはなさそうだった。
雪と格闘するうち、風にさらされて冷えきった身体が内側から熱を帯びてくる。
同時に、何が起きたのか呑みこめてきた。最初のエヴァたちは囮。全部で何体いたのかは
わからないけれど、彼らが先に仕掛けて注意を引きつけ、相手の防御を崩した後、残り全機で
制圧にかかる。初号機はぎりぎりでそれに気づき、彼を巻き込むまいと斜面へ突き飛ばした。
笑いたくなるほどの足手まとい。
荒い呼吸を繰り返しながら、彼は歯をくいしばった。
一連の動きが絵のように脳裏を流れて、消える。何だか変な感じだった。エヴァの行動が
どこか人間臭いせいだと、少しして気づいた。使徒たちだったらこんな駆け引きはしない。
厭な考えがよぎる。今エヴァを動かしているのは誰なんだろう。死者の思考? それとも、
綾波の意志?
彼はくらくらする頭を二、三回強く振った。そうかもしれない。
けど、それが何だって言うんだ。
ようやく両足が雪溜まりを抜けた。
眩しい頭上に目を凝らす。逆光の中で、複数の新手にいちどきにのしかかられる初号機が見えた。
767ひとりあそび・228:05/01/27 12:54:35 ID:???
雪の斜面に切り取られた青空を背景に、エヴァシリーズが次々に降下する。
巨大な白い翼が我先にひるがえり、見上げる彼の視線をさえぎる。その上に、さっき倒した
エヴァたちが加わって折り重なり、初号機の姿は完全に斜面の稜線に隠れて視界から消えた。
強い震えが身体の芯を貫いた。
跳ね起きて斜面に取りつく。光る純白と青い影が大きな縞模様になった雪面を、ほとんど
這いつくばるようにして登る。登りながら上方を睨んだ。今はもう何も見えなくなり、
青空の中に翼の先端だけが狂ったようにはためいている。その中のひと群が急に流れ、
斜面の切れ目からぬっと人影が覗いた。白い長い頭部。量産型エヴァ。
巨大な口が歪んだ。
「…綾波」
わかってる。
今度は、彼が自分で拒絶する番だ。
彼は、今自分にある力の全部を込めて、その顔を睨みつけた。
前髪にくっついた雪片が溶け、冷たい滴がひとすじ顔を流れる。
エヴァが上体を乗り出しかけた。
そのとき、その背後で何体もの白い身体が一斉に宙に跳ねとんだ。
鈍い打撃音が連続し、恐ろしい風のようなものが翼の群れを切り裂く。咆哮があがった。
無数の白い羽根の舞い散る中、初号機が立ち上がる。
ほんの一瞬のことなのに、その全てがひどく鮮鋭に目に飛び込んだ。
装甲が何枚も引き剥がされていた。首筋や肩の一部には褐色の筋が覗き、胸部を覆っていた紫の
防護板の多くは失われ、遠目にも、頭部装甲に大きく亀裂が走っているのがわかる。
けれど、射るような眼光は少しも変わっていなかった。
彼を見下ろしていた顔が獣の敏捷さで振り返り、と、いきなり真下に引っぱられるように消えた。
次の瞬間、再び現れたそれは片方の足首を掴まれて思いきり空中に放り投げられていた。エヴァは
長い放物線を描いて彼の頭上を越え、斜面のかなり下に突っ込んで派手に雪煙をたてた。
768ひとりあそび・229:05/01/27 12:55:28 ID:???
それを皮切りに、エヴァシリーズは次々に起き上がり、一斉に初号機に群がっていった。
再び翼の乱舞が視界を覆い、駆け出した彼のすぐ前に、初号機に跳ね飛ばされたらしい一体が
勢いよく転がり落ちてきた。
思わず脇に飛びのく。エヴァは雪片をはね散らしながら横を通過し、数m下ったところで、
突然ぐりんと自動機械のように起き直った。
すぐに彼の存在に気づき、深い積雪をものともせず突進してくる。
その目の前に、熱された光が打ち込まれた。
急停止したエヴァが振り向く。その視線の先にあるものを見た途端、ふいに目が潤んだ。
使徒たちがいた。
人型使徒がすぐ上の斜面に黒く立ちはだかり、長い腕と、その先端から突き出された鋭い光が、
巨大な槍になってエヴァの行く手をさえぎっている。
作り物のように動きを止めたエヴァの足元で、蒸発した雪がもうもうと低い雲の渦を作る。
その後ろから、同じく廃墟の縁を回り込んできたらしい使徒たちが次々に姿を現した。
青い正八面体が幾つかすっとんできて、守るように彼の手前で止まる。膝丈くらいの分裂使徒が
瓦礫の突端を軽々と飛び移り、ひょいと傍に着地するなり、かじかんだ片手を掴んで引っぱった。
彼はただ目をみはり、はっとしてエヴァに視線を戻した。
エヴァは逡巡しなかった。
細長い光が瞬時に人型使徒の手のひらに引っ込むのと、エヴァが攻撃態勢をとるのが同時だった。
同じヒトに似た形をした二体は、斜面の上と下から勢いよくぶつかり合った。
使徒の長大な腕が、自分より少し背の低いエヴァの身体を上から押さえ込みにかかる。エヴァは
片腕を使徒の外胸骨に突っぱって押し倒されるのを防ぐと、もう一方の手で、頭部を掴もうとする
手のひらをはねのけ、逆にその手首を掴んでひねり上げた。使徒の肩に太い筋肉の束が膨れ上がる。
両者の足元でばくんと雪が盛り上がり、深く潜った足がぎりぎりと押され、押し返される。
呆然と見守っている彼の手を、分裂使徒がもう一度強く引いた。
769ひとりあそび・230:05/01/27 12:56:58 ID:???
意味がわからずにいると、使徒はやおら二体に分かれて斜面を下っていった。一方が振り返り、
アーチ状の腕でしきりに池の方を指す。
「逃げろ、って…?」
彼は呟き、すぐまた斜面の上を振り返った。未だに初号機の姿は見えない。でもエヴァシリーズが
攻撃をやめないでいる以上、初号機もまだ倒れてはいない。
彼は組み合う人型使徒とエヴァに目をやり、もう一度斜面を登り始めた。分裂使徒は焦れたように
跳ね戻ってくると、合体して、今度は全身で彼に飛びついてきた。思いきり背中を押され、
彼は背後の使徒ごと頭から雪の中に突っ込んだ。
すぐ起き上がり、彼は顔の雪を振り落とすと、苛立ちを抑えて使徒に向き直った。
「…悪いけど、僕は初号機のところに行かなくちゃいけないんだ」
とりあえずそう言ってみる。
が、使徒は聞いてくれそうになかった。
赤と青に塗り分けられた丸い顔がくりっと傾き、突然、二つの眼窩から閃光が走った。
「うわっ?!」
すぐ脇の雪塊が吹っ飛ぶ。凍りついた彼の眼前で、もう一箇所、雪をかぶった瓦礫が爆発した。
従わないなら実力行使する、ということらしかった。
「…わかったよもうっ!」
彼はやけになって叫び、隙あらば次を撃とうと待ち構える使徒について立ち上がった。
人型使徒とエヴァの格闘はまだ続いている。彼らを大きく迂回しつつ、分裂使徒は先に立って
身軽に瓦礫の合間を横切っていった。後ろを守るつもりなのか、青い使徒たちがくっついて続く。
通り過ぎざま、彼は頭上でせめぎ合う二体を振り仰いだ。
均衡が崩れ、再び人型使徒の手がエヴァの正面に突きつけられていた。長い肘の外側の突起が
見えない弓のように引き絞られる。全力で抗いながら、エヴァはどす黒い舌を見せて吼え、
寸前で首をねじった。弾き出された光のパイルは僅差で目標を外れ、ほんの一瞬前まで
エヴァの頭があった空間を貫通する。一瞬の熱風。射線上にあった鉄骨の列が瞬時に断ち切られ、
ばらばらと乱れた雪面に沈む。エヴァはすばやく振り向くなり、その一本を掴み取って
ぶんっと真横に振った。使徒が腕を解いてとびすさる。エヴァは武器を握り直すと、試すように
それをひと振りし、大きく使徒の方へ距離をつめた。
と、振り上げられた鉄骨の先が、いきなりがくっと宙で停止した。
770ひとりあそび・231:05/01/27 12:57:52 ID:???
エヴァが弾かれたように周囲を見回す。
彼は先に気づいて、小さく声をあげた。
びりびりと震える鉄骨に、イカ使徒の光のムチが巻きついてその動きを止めていた。
ぴんと張りつめた光の線は全部で四条。そのラインを目でたどると、壁の残骸にしがみついた
イカ使徒が二体、小さく波打つ光の根元で並んで頑張っていた。
が、エヴァはひと声低く唸ると、使徒たちごと思いきり鉄骨を跳ね上げた。
赤っぽい小さな身体が前後して空中に放り出される。そのひとつが瓦礫に打ちつけられ、雪の上を
何度もバウンドして、立ち止まった彼の近くに転がった。彼は反射的に飛び出し、止めようとする
青い使徒たちをすり抜けてイカ使徒の上に屈みこんだ。
使徒は裏返しになって雪の中でもがいていた。
静かに手を伸ばし、ATフィールドに弾かれないのを確かめてから、彼はそっと使徒を拾い上げた。
猫くらいの大きさの小さいイカ使徒。抱え上げると使徒は彼を見つめ(?)、よろりと浮かぶと、
ムチを操る短い両腕と、腹部にたたまれた節足を開いて肩にしがみついた。見覚えのある動作だった。
「…もしかして」
呟いたとき、急に青い使徒のひとつがきっと向きを変えた。
つられて顔を上げる。途端、全身が緊張した。
別のエヴァが、すぐ上の雪庇からこちらへ身を乗り出しかけたところだった。
何の思いも、答えも浮かばなかった。彼はがばっと身を起こすと、イカ使徒を抱え、駄目もとで
斜面を駆け出した。足の下でごそっと雪の層が崩れ、半分は滑り落ちながら、とにかく少しでも
距離をとろうと走る。エヴァは一瞬躊躇したようだったが、すぐに追ってきた。
結果は初めから見えていた。
大して行かないうちに息が切れた。こっちは雪の中をもがくしかなくても、向こうにはそんな
制約はない。エヴァは、一度跳躍して崩れた壁の側面を蹴り、逃げる彼をあっさり跳び越すと、
行く手にそびえる潰れた隔壁の上に降り立った。
彼は転びそうになって止まった。
771ひとりあそび・232:05/01/27 12:58:45 ID:???
青い使徒たちが追いついてくる。イカ使徒がもがいて腕を抜け、正面に回る。エヴァを前にした
彼らはあまりにも小さくて、彼は荒い息をつきながら、一度ぎゅっと目を閉じ、開いて、そっと
使徒たちをよけて前に出た。
その瞬間、エヴァの身体が大きく震えた。
反射的に全身がこわばる。けれど何かが、パニックの寸前で彼を引き戻した。
エヴァの様子がおかしかった。
不規則なよじれが全身を走り、伏せられた上体ががくんと跳ねる。両手が、乱暴に自分の頭を、
痙攣する首筋を掴みかけ、離れ、捉えようとして何もない空を握りしめる。指がぎりぎりと軋む。
呆然と見つめるうち、ふいに彼は両目を見開いた。
恐怖も混乱も、確かだと思っていた感情が嘘のように溶けた。
勝手に、足が前に出た。危険のことは頭から消えていた。
覚えている。逆流する感覚。断片の恐怖。
暴走。
「綾波!!」
彼は全身で叫んだ。
その声が、エヴァの恐慌を止めた。
ぴたりと震えがやんだ。
ぎこちなさが消える。エヴァは嘘のように滑らかな動作で頭を起こし、立ちすくむ彼を見た。
その顔は既に、ただの量産型エヴァだった。
押し込められていた動物的恐怖がどっと噴き出した。
頭の中が真っ白になる。動けない彼を前に、エヴァは一気に飛びかかろうと身体を沈め、そして、
飛び出した瞬間、思いきり空中でつんのめった。
空白が生まれた。
772ひとりあそび・233:05/01/27 12:59:37 ID:???
エヴァは信じられないように両腕で何度か宙をかき、やがて仰向けに倒れていった。
たぶんその場の全員が、何が起こったのかわかっていなかった。
エヴァが隔壁の上に引っくり返る音がどさりと響いた。
「…は?」
間の抜けた声が洩れた。
小さい使徒たちがおずおずと寄ってくる。
別の意味で立ちつくす彼の目の前で、隔壁の向こうからゆっくりと何かが立ち上がってきた。
最初、視界に入ったのは場違いに派手な色彩だった。
それから、目。本物の目ではなくて、薄っぺらな広がりに縦に描かれた巨大な目玉模様。
目玉の上下からは同じく薄っぺらいものが伸びて、長く下に垂れた方の先端が、こけた姿勢のまま
懸命にもがくエヴァの顔をしっかり押さえつけている。というより、エヴァの頭を踏み台にして、
さしわたし5mはある腕つきの目玉模様がのんびりと起き上がろうとしているのだった。
数秒遅れて、彼はようやく状況を呑みこんだ。
使徒だ。
そのとき、やっと手がかりを掴めたらしいエヴァが猛然と身を起こした。顔にへばりついた
使徒の末端を力かませにむしり、本体ごと引きずり下ろそうと手をかける。
が、使徒の派手な腕(?)の先は、引っぱられるまま少し伸びて、突然ぷつんとちぎれた。
手応えを失ったエヴァがたたらを踏む。その頭上で、使徒は無重力下のようなスローモーションで
ゆったりと宙返りし、その動きのまま空中に離れた。上になった方の手がぐにょんとつぼまる。
その途端、使徒の動きが加速した。
大きな動きは変わらないまま、腕の先だけが風を切って振り下ろされる。
直後、エヴァがちぎれた使徒の切れ端を捨ててすばやく後方に跳んだ。その足元を、何かが
隔壁ごと一列に撃ち抜いた。
「…あれって」
彼は目を凝らし、思わず声をあげた。
773ひとりあそび・234:05/01/27 13:00:45 ID:???
使徒が器用に回転方向を変えてもうひと薙ぎする。
今度はもっとはっきり見えた。
伸びきった腕のへりが小さく一列にふくらみ、揃った雨滴のように使徒の身体を離れる。
ゆっくりして見えるのはそこまでで、ちぎれた体組織はぼやけた線になって消え、後退するエヴァの
足元をめがけ高速でめり込んだ。鋼鉄の隔壁が重く硬い音をたてて抜かれる。
彼は小さく唾を飲み込んだ。
ATフィールド。
第三新東京市に降下する前、使徒が衛星軌道上から“試し撃ち”したのと同じだ。
加速度も身体の大きさも違いすぎるから、あのときのような爆弾並みの威力は望めない。使徒はそれも
ちゃんと承知していて、長い身体全体を使って投石器のような芸当をやってのけているのだった。
エヴァは人間離れした俊敏さで掃射をかわし、再び彼の頭上を越えて別の瓦礫の陰に移った。そこにも
ATフィールドで固められたつぶてが一列に弾痕を刻む。そのままエヴァを斜面の上まで追い立てると、
使徒は遠目には低速としか見えない動きでのったりと裏返った。と、次の瞬間には、冗談のような
デザインの本体がすぐ目の前に迫っていた。
「え…うわッ」
悲鳴を上げる間もなく、使徒の腕の先が小さい使徒たちごと彼をひっさらった。
ものすごく大きな振り子の先にいるような感じだった。使徒が一、二回裏返ったと思った途端、
いきなり眼下に凍った池面が開けた。
透明な日差しを受ける水面の奥はひたすら暗く、昨夜よりもいっそう冷えびえと静まっている。
彼は思わず使徒の柔らかい体表にしがみついた。
使徒は速いのか遅いのかよくわからない速度で池を越え、対岸の雪の上にふかぶかと着地した。
というより、平らにめり込んだという方が近い。ちょうど下側になっていた彼は文句を言う暇もなく
下敷きになり、小さい使徒たちと一緒に、分厚い目玉使徒を押しのけて起き上がるはめになった。
ようやく抜け出すと、使徒は雪の上に手形を押すような格好で埋もれていた。
自力で浮き上がるのは苦手なのかもしれない。彼は寒さに震えながら立ち上がり、周りを見回した。
774ひとりあそび・235:05/01/27 13:02:07 ID:???
頭上に廃墟の骨組みが突き出て、彼と使徒の上に交差する影を落としている。
少し先に陽を浴びた雪岸があり、真っ白な起伏の先に池面が光っていた。池のこちら側は少しは
建物が崩れ残っていて、ほとんど遮蔽のない向こうよりはいくぶんましに見える。
使徒たちも大体同じことを考えたらしい。瓦礫の堆積やまばらな骨組みの間をぬうようにして、
たくさんの足跡や重いものを引きずった痕跡が池へと続いていた。街のあちこちから、使徒たちが
ここへと逃げ込んできた跡だ。
彼は改めて周囲を探した。見たところ、彼と、彼についてきた使徒たち以外、動くものはない。
彼が一人でじたばたしていた間に、こちらにいた使徒たちは皆うまく逃げられたのかも
しれなかった。
囲い込まれた水辺はがらんと静まり返っている。
「…エヴァは」
彼は身震いして、もといた斜面を見上げた。
さまざまに破壊された街の構造材のなれのはてが、深い雪に埋もれた水面近くまで迫っている。
下から見ると斜面というより入り組んだ城壁のように見えた。そしてその全てを支えているのが、
かつて池の周囲を覆っていた建物があらかた崩れたのちに、最後に残った基礎部分だった。
冷たい水の中から直接そびえたつコンクリートの壁は大きく平坦で、よじ登れそうな起伏も
裂け目もない。その上から、砕けた壁面や斜めにひしゃげた鋼材の層が次々と折り重なり、
ところどころに雪溜まりを作りながら頂上まで続いている。空を飛ぶか、使徒たち並みに
身軽でもない限り、もう一度対岸に戻るのは無理そうだった。
寒気が足元から這い登る。彼は水辺のすぐ近くまで歩み寄り、無情に広がる水面を睨んだ。
と、イカ使徒がぱっと肩を離れ、後ろに飛んでいった。
振り返って、彼は目をみはった。混乱の中ではぐれていた分裂使徒が、どう来たのか、
潰れた廃墟の合間から姿を見せたところだった。器用にもう一体のイカ使徒をかついでいる。
イカ使徒は弱ってはいたけれど無事で、片割れが飛んでいくと、大きな目玉模様のついた頭甲を
ちょっと動かしてみせた。分裂使徒はイカ使徒を降ろし、大股に彼の前に歩いてくるなり、なぜか
得意げに両手を上げた。彼は小さく吹き出した。
そのとき、斜面の上方で再び爆発音がとどろいた。
775ひとりあそび・236:05/01/27 13:03:18 ID:???
大きく振り仰いだ先、突き出した壁の破片の陰から人型使徒が飛び出してくる。
閃光。続いてもう一度、身体の底に響くような重低音。斜面のどこかが鈍く軋み、
雪塊や小さな瓦礫がばらばらと降ってきて水面に没する。使徒は押されているらしく、
派手に撃っているわりにどんどん崖側へ下がってきていた。
「…こっちに来る」
彼はうろたえて辺りを見回し、後ろの廃墟に目をとめた。一時の隠れ場所くらいにはなる。
うろうろしている小さい使徒たちを集めて、多少は安全そうな物陰に押し込む。それから、
長々と雪に埋もれたままの目玉使徒に気づいた。しばらく動きそうにない。彼は腹を決め、
ぐにゃぐにゃと重たい使徒のへりを掴むと思いきり力を込めた。固いゴムが伸びるような
手応えがあり、わずかに端が持ち上がってくる。そのまま、彼は使徒の巨体を引きずって
何とか一番近い建物の陰へ入ろうと歯を食いしばった。
使徒は両肩が抜けそうに重い。何度目かに顔を上げたとき、足場の端まで押された人型使徒と、
たがが外れたような動きでつめよってくる量産型エヴァの頭部が見えた。
使徒は長い両腕を揺らしてこちらを振り向き、足元を一瞥すると、やおら宙に跳んだ。
「…え?!」
思わず足が止まった。
黒っぽい身体が一瞬シルエットになる。そのまま、使徒はかなりの勢いで、というよりほとんど
まっ逆さまに、彼めがけて落下してきた。
瞬間、すぐ隣で派手な雪しぶきがあがった。彼は掴んでいた目玉使徒の縁ごと引っくり返った。
が、思ったほどの衝撃はなかった。
恐る恐る目を開けると、仰向けに倒れた彼の両脚の少し先で、飛び散った大量の雪がきれいに
壁を作って積もっていた。ふと気づいて、彼は膝の上に伸びた目玉使徒の腕を見下ろした。
ATフィールド、だった。彼は黙って使徒の身体に手を乗せた。
視線を移す。横合いで、人型使徒が半身を起こしたところだった。
776ひとりあそび・237:05/01/27 13:05:17 ID:???
使徒を追って、エヴァが廃墟の谷を飛び降りてくる。
落下の途中で巨大な翼が開き、水の上数十cmのところでエヴァの体重を受け止める。空気の層が
押し潰され、引き裂ける音。風圧を受けて水面が大きくへこみ、一拍おいて弾けるように波立つ。
その瞬間、池面が割れた。
ものすごい水音とともに巨大な塊が波間から躍り上がり、大量の水をしたたらせながら
エヴァにのしかかった。もろに重みをかけられたエヴァが倒れ込む。逆巻く波が一瞬裏側を見せ、
直後、それら全ての上に覆いかぶさって砕けた。
真っ白な水柱がうねりの輪になり、半分水没したコンクリートの岸壁を叩く。
彼は小さく声をあげた。
暴れるエヴァに半ば乗りかかって組みついているのは、昨夜見た火口使徒だった。
なかば水の上に出てしまっているのに、使徒はエヴァを放そうとしなかった。長い片腕は
エヴァの細い胴体に固く巻きつき、もう一方の腕が、凍った水の表面を切ってはね上がった。
頭部めがけて開いた指の腹には、長い牙を剥いた口と同じく、びっしりと棘のようなものが
生え揃っている。抜け出そうとするエヴァと、平たい甲殻魚のような使徒の巨体が動くはしから
冷たい波が盛り上がり、格闘する二体にぶち当たっては細かな霧の幕になって降り注いだ。
横で、人型使徒の長い腕が揺らいだ。
彼は目を上げた。いつのまにか立ち上がっていた人型使徒が、ゆらりと向きを変えて頭上を仰いだ。
すぐ傍に、あのとき初号機の顔を掴んでいた手がある。光の槍の鞘を兼ねるまっすぐな下腕と
尖った鉤爪の束のような手。それらが連動し、鋭い指の先端がこすれ合ってかすかな音をたてる。
背筋がこわばった。彼は息をつめ、使徒の見ている方に目を凝らした。
すぐに気づいた。折り重なって凍りついた瓦礫の集積のずっと上に、複数の人影。姿も気配も
まるで隠そうとしていない。
彼は軽く奥歯を噛みしめた。
さっき目玉使徒が追い払ったエヴァだ。それに恐らく、初号機が抑えきれなくなってきている分も。
彼らの目標は初号機だけではない。動けるのなら、すぐにこっちへ降りてきてもおかしくなかった。
立とうとしたとき、膝にかぶさった目玉使徒の腕がふいに重みを増した。
777ひとりあそび・238:05/01/27 13:06:30 ID:???
「うわ?!」
仰向けに雪に倒れた。重くて柔らかい使徒の身体が、上からゆっくりと彼を押さえつけた。
息苦しくはない。でも、ほとんど身動きがとれない。文句を言う代わりに、彼は苦労して頭を上げた。
視野の中央で、ひときわ大きく水しぶきがあがる。
白い波が真上に裂け、勘づいたエヴァが身構える間もなく、勢いよく跳ね上がった魚使徒が二体
一直線に両脚に喰らいつく。それを見届け、火口使徒は両腕を引いて仰向けに水面下に沈んだ。
泡立つ波が幾重にも折り重なって使徒の姿を隠す。激昂したエヴァは、力任せに魚使徒の口を
こじ開けようとし、ふいに動きを止めた。
最初は何なのかわからなかった。
魚使徒の横腹が薄く光を帯びている。まばたきすると、それは息づく無数の光点の群れに変わった。
突然、彼は身を固くした。
「…使徒だ」
一瞬魚使徒の胴が影になり、光る点の集合はそこだけ生々しいオレンジ色に輝いた。
直接見たことはないけど、間違いない。模擬体を侵食した、細菌サイズの使徒だった。
死者の言葉が断片的に甦る。地下深くの水系に潜む微小な使徒たちのこと。池の底から
すぐにでも逃げられた筈なのに、たぶん、魚使徒はそうせず、戻ってきたのだった。
エヴァは潰れた声で絶叫した。
一体が厭な音をたてて引き剥がされ、岸の雪に叩きつけられて動かなくなる。赤い色がしぶいた。
が、力づくで振り払われる前に、もう一体は自ら口を開いてあっさりと波間に没した。
エヴァはすぐさま水面から飛び立ち、そして、途中でとまどったように停止した。
侵食は起きていない。
その代わりのように、岸に転がった魚使徒の身体がびくりと動いた。
潰された頭部の周りから白い糸状のものが生え出し、滴り、次々に傷口を縫い閉じていく。
かつて参号機に取りついた粘菌使徒の、白い菌糸の群生は見る間に使徒の修復を終え、そのまま
魚使徒の身体そのものに溶け込んで見えなくなった。
778ひとりあそび・239:05/01/27 13:07:49 ID:???
活力を取り戻した魚使徒は大きく身をよじり、尾で地面を打って、まっすぐに池に飛び込んだ。
続いて少し離れたところに幾つも白い背びれが覗き、エヴァの周囲を回遊し始める。
彼は軽く息を吸い込んだ。
今のは、攻撃しなかったのではない。エヴァに、何をしてやれるのか見せただけだ。
エヴァはしばらく凍りついたようになっていたが、ふいに大きく翼を振り下ろした。
叩かれた水面が薄く霧を噴く。エヴァは岸壁に沿ってまっしぐらに上昇し、もう一度はばたいて
雪の稜線の向こうに消えた。
同時に、こちらを窺っていた他のエヴァたちの動きも止まった。
波立っていた池面が少しずつ静まっていく。
呆然と見守る彼の頭を、人型使徒の手が下りてきて軽く押さえた。
その途端、ふいに理解した。
さっき、分裂使徒がしきりにここへ連れてきたがっていた理由はこれだ。
四方は切り立った斜面と壁に囲まれ、下は池。ここでなら膠着状態を作り出すことができる。
「…まさか」
呟いたとき、上でエヴァの一体が沈黙を破った。
雪をかぶった瓦礫に思いきり拳を打ち込む。破片全体が、鈍い軋みをあげて傾く。凍った壁から
突き出た鉄筋をひと動作で引き抜き、軽く持ち直すと、エヴァは全力で池へ投げつけた。
風切り音。魚使徒たちの輪の真ん中に、歪んだ鋼鉄の棒がしぶきをあげて突き刺さる。
背びれの集団が一斉に水に潜る。エヴァが次の一本をもぎ取ろうとしたとき、ふいにその影が
真っ黒に膨張し、周囲の瓦礫もろとも鉄骨を呑み込んで閉じた。
とっさに飛び離れたエヴァの前で、折り重なった瓦礫のあちこちで影が音もなく広がり始める。
そのさらに上から、音をたてて瓦礫の堆積が崩れ始めた。斜面の稜線近く、三体の蜘蛛使徒が
几帳面に長い脚を動かして雪溜まりを渡っていく。
戻した視線の先、斜面の一部に、ただれたような溶解液の痕跡。蜘蛛使徒たちがそこ一帯の
瓦礫の根元を溶かし切り、エヴァシリーズめがけて滑り落とした跡だった。
足場を奪われたエヴァシリーズはばらばらと飛び立ち、それを追って、人型使徒が撃った。
轟音とともに明るい光が弾ける。彼は思わず顔を伏せ、目を庇った。
と、次の瞬間、彼はがばっと頭を起こした。
いつのまにか、小さい使徒たち全部が傍に出てきていた。
779ひとりあそび・240:05/01/27 13:08:36 ID:???
青い使徒たちは手前に一列に並び、ふらついていたイカ使徒までが、光るムチを伸ばして
迎えうつ構えをとっている。分裂使徒がひょいと彼を振り返り、真ん中から断ち割られるように
滑らかに二つに分かれて、人型使徒の両脇につく。
対岸で、さらに別の動き。斜面のあちこちでじわじわと領域を広げていく影の群れと、散開して
入り組んだ瓦礫の合間を走り抜ける蜘蛛使徒たち。水の中で周回する魚使徒と火口使徒。
何を起ころうとしているのか、改めて考えるまでもなかった。
彼はもがくのをやめて彼らを見つめた。目玉使徒がまた少し身じろぎし、彼を覆った。
雪の冷たさが容赦なく背中に沁み込んでくる。
「…無茶だ」
声が洩れた。呟いた言葉は、すぐに確信に変わった。
恐らく街にいた使徒たちのうち、残っているのは、もうここにいる彼らしかいない。
彼らはここで、文字通り水際の防衛戦をやる気なのだ。
「…ッ、何考えてるんだよ!」
わかるより先に言葉が溢れた。
「勝てるわけない。日が沈むまでなんてもたないよ。昨日だって、今よりずっと数がいたのに、
 皆あんなに死んでいったじゃないか!」
使徒たちは応えない。
蜘蛛使徒の切り崩した瓦礫の塊が斜面の突端を離れ、轟音とともに離れた岸辺に激突した。
彼はやみくもにかぶりを振った。
「逃げてって言ったじゃないか。僕は…僕なら、平気だったのに。
 僕と初号機だけで構わないって思ってたのに。
 …どうして」
分裂使徒の片方、少し金色を帯びた方がひょいと振り返って、真新しい金属のような腕で空を指した。
示されるまま、頭上を仰いだ。
廃墟の稜線に切り取られた空に一点、光る翼の形が浮かんでいた。
780ひとりあそび・241:05/01/27 13:09:24 ID:???
言葉を失った彼の頭の中を、異質な感触がそっと浚った。
勝手に両目が大きく見開かれる。
使徒に触れられて、記憶の底から幾つかの場面、イメージが浮き上がり、意識の上に開く。
凍てついた夜気、青白い月光、割れた氷の合間から覗く黒い水。
寒さと体温。身を寄せる感触。警戒し合いながら、少しずつお互いに触れてみる使徒たち。
軽い驚き、混乱と、やがて受け入れ、受け入れられる感じ。相手の身体の、確かな重みと量感。
彼はただ身を震わせた。
ここにいるのは皆、昨夜一緒に歩いた使徒たちだ。
「…そんな」
ひどく恐ろしいものを喉に突きつけられたような気がした。
口が、かすれた言葉を繰り返した。
「そんな…の、って」
驚愕、悲憤、困惑、そのくせ本当はわかっていたという感覚、卑怯な安堵、叶えられた期待、
その全部に対する薄っぺらな失望、自己嫌悪、恐る恐る開こうとしている、勝手な共感。
それらがいっぺんに頭の中に溢れ、自分が何を感じているのか、それとも感じていないのか、
それすらも真っ白に押し流されてわからなくなった。
わからない。どうしてこんなことをしてくれるのか。なぜ、まだここにいてくれるのか。
そんな資格は、絶対にない筈なのに。
彼らを殺したのは彼なのだから。
「…そのぐらい、そろそろ信じてくれてもいいと思うけどな」
ふいに、声が囁いた。
彼は弾かれたように頭を起こした。けれど、いくら見回しても、探す人影は見つからなかった。
訳のわからない涙で視界の隅がぼやけた。
と、嘘のように深い空の底で、青白い翼がきらっと光った。彼は重い目をみはった。
いつかの夜、頭の中に響いてきた音楽を思い出す。直接耳に聞こえている声ではない、
そう理解できた途端、頭の芯に張りつめていた熱さがすっと引いた。
渦の中から浮き上がるような気持ちで、彼は声にすがった。
781ひとりあそび・242:05/01/27 13:10:39 ID:???
「…僕が…皆を…?」
「そう、もう少し信じて欲しいな。
 …僕らは君を恨んでなんかいないよ。むしろ僕らの方が、ずっと君を恐れていたんだ。
 だって僕らは、死者として君の前に現れてしまったから。そのことで君を、もう一度、
 もっとずっと深く傷つけてしまった。
 そのことを知らないものはいない。だから誰も、償いなど望んでいないんだ」
気がつくと、近くにいる使徒たちがこっちを覗き込んでいた。
白い硬い仮面の顔、目玉模様つきの顔、金属の円盤に幾つか穴をあけただけのような顔、
それからどこが顔なのかも見分けようのないものたち。
彼は初めて見るもののように彼らを見上げた。
「君はこの地で、僕らという存在を受け入れ、一緒に過ごし、触れてさえくれた。
 死者にとってそれ以上のことはないよ。
 僕らは嬉しいのさ。たとえどんな形でも、君と関わっていられることがね」
声は、さまざまな時間と思いを呑み込んで、優しかった。
恐れも疑いも浮かばなかった。語られてゆくひとつひとつが、静かに胸に落ちた。
罪の意識は消えない。一生消えはしないだろう。けれど、それから生じてくる後ろめたさ、
消極的な拒絶は、もう必要なかった。呼吸するのが当たり前であるように、本当だと思った。
「…僕、が」
「そうさ」
彼が自失から立ち直ったのを確認すると、使徒たちは急に興味を失ったように身を引き、
それぞれの配置に戻った。
かすかな風が頬を撫でる。
それに重なる、音のない深い鳴動。死者の傍で何度か感じたように、彼らのいる空間自体が
あるひとつの領域になり、別の意味、別の形へと収斂していく。
彼は身体の奥底から湧き上がってくる震えを自覚した。
異種異相の使徒たちのATフィールドが、今初めて、同じ方向へ展開されようとしている。
「…もう、大丈夫だね」
声がかすかに微笑み、ふいに彼は、そこに隠れた重い切迫感に気づいた。
782ひとりあそび・243:05/01/27 13:11:57 ID:???
跳ね起きる。今度は、目玉使徒も止めなかった。
急いで訊き返そうとしたとき、頭上の変化に目を奪われた。
「なんだ…?!」
雪の稜線の向こう、初号機がいるとおぼしき辺りから、エヴァシリーズが一斉に飛び立つ。
白黒の翼の塊がほどけて沸き立ち、逆三角形の帆の群れになる。群れは突風にあおられたように
次々と舞い上がると、反転し、高速で彼の視界から消えた。
斜面の途中にいるエヴァたちが首をもたげて彼らを見送り、揃ってこっちに向き直る。
巨大な口しかない顔が、再び真横に引き裂けて物凄い笑みを浮かべた。
やっと捕まえた何かを握り潰すときの顔だった。
慄然とした。
けれど、次に何が起こるか怖いからではなかった。
「…さあ、立って」
声が促した。彼はまだ心配そうな目玉使徒の腕をそっと抜け出し、立ち上がった。
再び、稜線のラインが弾ける。
歪んだ尾根を蹴り、初号機は振り仰ぐエヴァシリーズを越えて、廃墟の谷間に身を躍らせた。
背中から伸びる光の羽根が、争って伸ばされた手の遙か先を鮮やかにすり抜ける。エヴァたちが
それを追って向き直ったときには、初号機は長く雪を蹴立てて池のこちら側に着地していた。
舞い上がった雪煙の向こうで光の羽根が静まり、背の高いヒトの形が彼を見た。
使徒たちが恐れるように身を引く。
「…、大丈夫だよ」
彼は使徒たちを振り返ってちょっと笑ってみせ、顔を上げて初号機の方を向いた。
全身、ひどいありさまだった。装甲は雪しぶきと汚れにまみれ、それも胸や首の辺りは大半が
引き剥がされて、下の褐色の素体が見えている。頭部装甲の亀裂はさらに大きくなり、片方の
眼窩の奥は真っ暗だった。剥き出しの歯列の間から、荒く吐き出された息が白くけむる。
駆け寄った。
ひどい怪我がないかどうか何度も確かめてから、最後に顔を見上げた。初号機は片目で、
それでもいつものように、黙って視線を返した。
彼は少しためらってから、片手を伸ばしてぽんぽんと固い腕を叩いた。
それで充分だった。
783ひとりあそび・244:05/01/27 13:13:08 ID:???
どちらからともなく、対岸を見上げた。
断崖の上から、三機のエヴァシリーズが沈黙のうちに彼らを見下ろした。飛び去った
エヴァたちはまだ戻らないのに、逆にこちらの背筋が寒くなった。
来るんだ、と思った。
今度こそ、本気でここに攻め込んでくる。
真夜中に訪れた手の感触。夕暮れの中に白く佇む気配。逃げて、という押し殺した言葉。
綾波。
でも今は、傍にいてくれるたくさんの人たちがいる。
「……よく聞いて。
 これから最後の攻撃が始まる。いいかい、必ず初号機の傍にいるんだ。
 君が生きのびるにはそれしかない。
 そして君がそこにいれば、他の皆も切り抜けることができる」
ふいに声が戻り、彼はふと空の翼使徒を見上げた。
変に衝動的な動作だった。何故なのか一瞬いぶかってから、使徒の接触を介して届く声が、
あまりにも静かすぎるからだと気づいた。
怖くなるくらい、決然としていた。まるで頭上に居並ぶエヴァシリーズのように。
直感的に、戻らないつもりだと悟った。
ふわっと身体の感覚が鈍くなった。
何故今まで気がつかなかったんだろう。何故少しも考えなかったんだろう。
ずっと姿を見せていないのは何故なのか。言葉をかけるなら、何故ここにいないのか。
どうして今になって、エヴァシリーズが急に動いたのか。
「…、何言ってるんだよ、カヲル君だってこっちに…それに、あの使徒は? 一緒なんだよね?
 二人で、一体何をしてるんだよ。ねえ、いてくれないと困るんだ。…戻ってきてよ」
彼が必死に言いつのる間、声はじっと聞いていた。
それから、ごく簡単に答えた。
「…僕らはそこには行けない。
 さあ、用意して。次にエヴァシリーズが戻ってきたら、それが始まりだ」
それを最後に、声はリンクのかすかな感触を残して彼の傍から消失した。
同時に翼使徒の悲鳴に似たざわめきが意識をえぐり、直後、ばしんと接触が断たれた。
784ひとりあそび・245:05/01/27 13:13:51 ID:???
目の前が真っ暗になった。
「カヲル君…?」
呟いた。何度呼んでも、もう声は戻らなかった。
一気に恐慌が襲った。動こうとして、立ちすくんだ。
身体はすぐにも飛び出したいのに、死者の言葉がそれを押しとどめている。
彼と初号機がここにとどまれば、エヴァシリーズの攻勢を防げる。
それは嘘でも気休めでもない。今は、理屈でなく、そう信じられた。
対岸でエヴァたちが翼を広げ始める。
必死で自分をなだめようとした。ここにいなきゃならない。使徒たちは、逃げずにここに
とどまってくれた。彼らを置いていくなんてできない。
今はここを離れられない。身勝手に飛び出すより、ここでのことを考えなきゃならない。
それに死者たちは、自分のことくらい自分で守れる。繰り返し、そう言い聞かせようとした。
だけど。
でも、だったらなんで、こんなに怖くてたまらないんだろう。
ふいに、エヴァシリーズの赤い獰猛な口が頭の中いっぱいに広がった。
息が止まった。
ATフィールドの破壊。物理的取り込み。ばらばらに引きちぎられた弐号機。
声もなく硬直した彼の前に、初号機が立った。
何も意識できないまま見つめ返した。それから、そのまま視線をスライドさせた。
使徒たちが周りを取り囲んでいた。自分が相当ひどい顔をしているらしいことを、それで
やっと自覚した。
それでも、足は動かなかった。
と、人型使徒が歩いてきて、長い腕を持ち上げ、狭い手のひらで彼の頭を掴んだ。
785ひとりあそび・246:05/01/27 13:14:34 ID:???
硬く尖った指が頭を捕まえ、軽く締めつける。
そしてそのまま、使徒は、彼の頭を、エヴァシリーズが飛び去った方に向けさせた。続いて
他の使徒たちがそろそろと輪を解いて、同じ方向へ道をあけた。
呆然と視線を返す。そのとき、いきなり頭の中でアスカの声が怒鳴った。
あぁもう、さっさと行きなさいよ、この馬鹿!!
心臓が止まるかと思った。
彼は思いきり身をすくませ、気づいて空を睨んだ。翼使徒だ。
でも、引っぱたかれるより、ずっと効いた。
人型使徒は手を放すと、ちょっと彼を見下ろした。後ろから使徒たちが覗き込む。対岸、
高い岸壁の数箇所に影使徒の黒白球が現れ、蜘蛛使徒と一緒に跳ねる。翼使徒の感触が
水中の使徒たちの騒ぎをひとまとめに映してみせ、一瞬からかうような揺らぎを伝えて、消えた。
最後にほんの少しだけ、ある風景が脳裏に差し込まれた。知っている場所だった。
何だかわからないもので胸がいっぱいになった。
隣で、いきなり初号機が身を屈めた。のびたままの目玉使徒を掴む。そのまま二、三秒力を
込めたかと思うと、初号機は使徒の身体を思いきり真上に放り上げた。周りに積もった雪が
ぶわっと弾け飛び、小さな塊になってばらばらと降ってくる。
その幕を切り払って、初号機の背中で巨大な光の翼が開いた。
彼は息を呑み、それからもう一度使徒たちを振り返った。
一瞬、言葉に迷った。
ありがとう。ごめん。そのどっちも、この場にはふさわしくない気がした。
少し考えて、彼は口を開いた。
「…行ってきます」
初号機が軽く身を屈める。肩を掴むと、光の翼の一枚一枚が燃え上がるように震え、瞬間、
彼を抱えた初号機は一直線に谷間の空へ舞い上がった。
加速する視界の底に、再び池の周囲に散開していく使徒たちが映り、すぐに白く光る稜線に
さえぎられて見えなくなった。目玉使徒の落とす影が一瞬目の端を通り過ぎる。
彼は強く前を見据えた。
初号機は光芒を散らし、まっしぐらに今朝の高層ビル跡へと向かった。

  〜ブレイクその3〜

盛り上がり目の第三弾でした。
正直、長かったと思います。読んでくれた方、大変お疲れさまでした。
ここから、一応クライマックスに行きます。

…突然ですが、ここでお知らせです。
この続きが、分量的にこのスレに入りきらなくなりました
(エンディング含めてあと55KBちょい。プ)
馬鹿でヘタレなりにがんばったはいいんですががんばりすぎたんですね。
まさに馬鹿です。

以前占領したスレがあるので、続きはそこに書き込みます。
お手数をおかけして申し訳ありませんが、まだ読んでくれるという方、
とりあえずこちらへ飛んでください。
 http://comic5.2ch.net/test/read.cgi/eva/1062077897/174
本当にすみません。
このスレを破棄する前に、もう少しレス返しておきます。

>ほしゅにんさん@10〜1月
レスを拝見するといろいろ大変なこともあったようなのに、ずっと
保守し通してくれて、本当にありがとうございました。
長い間お礼どころか何のリアクションもしなくてごめんなさい。
その分、書けるだけ書こうというつもりで、10月終わり以来突っ走ってきました。
もし、ほんの少しでも、保守してみたかいがあったかな、と思っていただければ、
それ以上の喜びはありません。
前の一年空けも含めて、ほんとに長い間、ごめんなさい。
そして、心の底から、ありがとうございました。

>679さん
ときどきいろんなスレで見かけてました。書き込んでくれて、ありがとうございます。

>684さん
age保守、ありがとうです。せっかく書き込んでくれたのに遅くなって本当にごめんなさい。
とりあえず馬鹿や生意気言えるくらいには、元気です。

>686さん
…結局、七ヶ月経ってしまいました。
気にしていただいてすみません。一応、もう少しで完結です。
もしまたここに来てくださることがあったら、どうか見てやってください。
>687さん
身に余る感想、本当にありがとうございます。
結局さらに時間が経ってしまいましたが、終わらせることができました。
少しでもご期待に沿える内容になっていれば嬉しいです。

>690さん
sage保守、ありがとうございました。書き込んでくださったこと、ほんとにありがたいです。

>697 
(゚∀゚)オハヨウ!
>698さん
オハヨウ(゚∀゚)ゴザイマス
>699
オヤ…ス…   
           ヽ(`Д´)ノ

>700さん
700ゲトーおめでとうございます。ユイさんは、もうちょい先で出てきます。

>703さん(>705さんと同じ方でしょうか?)
(゚∀゚)カオ…?
…いや、EOEの綾波の顔大発生、怖かったじゃないですか。
たぶんそれで199みたいな感じに。
ともあれ、書き込んでくれてありがとうです。
>709さん
全開保守ありがとうございました。このAA、一行なのにほんとによくできてますよね。

>710さん
書き込みありがとうございます。この冬、自分は幸い風邪は引きませんでしたが、
早くも増加中の花粉がハナをつついてます。
エヴァの素体ってアレルギーとかあるんでしょうか。大きさ的に対策が大変そうですが。

>711さん
すんごくかわいい保守、ありがとうございます。
とりあえず自分だったらつねられても怒らないです。長く空けてごめんなさい。

>715、>724 63さん
お久しぶりです。このスレの最初の頃から見ていただいて、本当に感謝します。
あと少しで、完結です。

>716さん
わざわざ、ありがとうございます。
入れ替わったらスレの存在は知ってました。盛り上がってるようだし、終わったら
是非覗きに行こう!と思ってはいたんですが、そちらが先に1000行っちゃいましたね。
某所で「神の出来だった」と書いてあったので、一回読んでみたかったです。
随分遅くなってしまいましたが、スレ完走と完結、おめでとうございます。
790これで最後です:05/01/27 14:18:18 ID:???
>717さん
どうなんでしょうね。というか、初めてスレ名見たときはぎょっとしました。

>730さん
ずっと待っていただいて本当に申し訳なく、嬉しいです。
やっと続きができました。もし機会があれば、読んでみてやってください。


本当に、今まで書き込んでくれた方、来てくれた方には感謝の言葉もありません。
このスレがここまで続いたのも、完結できるのも、全て皆さんのおかげです。
声をかけてくれる人がいなければ、たぶん最初の一ヶ月程度で逃げていたと思います。
もう何度も繰り返しになりますが、ここを訪れた全ての人に、心から感謝を。
ありがとうございます。

さて、では上で述べたスレにていよいよ完結です。
長くてもううんざりかもしれませんが、それでも、もしよろしければ、最後までお付き合いください。


このあとは…1000取り…?
あんまり容量ありませんが、残りはどうぞご自由にお使いください。
ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました。
キタ━━━(゚∀゚)━━━ !!!
今から読んできます!!
ここもうだれもこないのかな
こういうのを見ると、まだアングラという言葉があったころの
インターネットを思い出すな。

広いネットの海の片隅の出来事。
世間一般の人が知ることもなく埋もれていくスレ・・・・
こんにちは。
約半月ぶりに戻ってきました。
いろいろありました。

とりあえず、ぼちぼちこのスレを埋めていこうと思います。

先にお断り
>421->424の方ごめんなさい
795埋め:05/02/15 14:09:42 ID:???
力なく振り上げられた片手が腕にぶつかり、鈍い音がした。
大した衝撃ではなかったが、ぐらついた手の中から容器が飛び出し、
つかまえようとする指をすり抜けて砂地に弾んだ。
布で巻かれた腕が、その手前でぱたりと落下した。

かれは少し困惑して、白い砂の上に転がった容器を眺めた。

黒ずんだ容器は、まばゆい陽光をはね返す砂床に浅く埋もれている。
影と強い反射がちっぽけな輪郭をくっきりと切り取っている。数秒のうちに、
わずかな液体の残りはすばやく砂地の奥に吸い込まれて消えた。
流跡が乾いてしまうと、それは百年前からそこにあるのと変わらなくなった。
かれはぐるりと頭の向きを変えた。
すぐ傍ら、かれの落とす影に覆われて、白い顔はぴくりとも動こうとしない。
緊張はとうに霧散し、残された片目の瞳孔がゆっくりと収縮していく。
一瞬だけ現れた生気は再び深い混濁の底に隠れてしまった。

それでも、刺激を与えればまた反応は返ってくるとわかっていた。
生きる気もないだろうが、別に死にたい訳でもないのだ。
まだ命はあるのだから。

かれはもう一度頭をめぐらした。

生命の水の入っていた容器は空っぽになって砂の上に転がっている。

持っているものの中で、唯一危害なく刺激を与えられそうなのはあれしかなかった。
残りは他人に使うには不穏当か、さもなければ錆びて朽ちていた。
ぎらつく砂浜を見回しても近くに適当な代用品は見つかりそうになかった。

かれは無言で困惑した。
半分破損した頭蓋甲の陰で、濡れた大きな目がまばたきを繰り返した。
797埋め:05/02/15 14:12:15 ID:???

その間にも、太陽は容赦なく天頂へ昇りつめようとしていた。

濃く短くなった影の中で、彼女はあいかわらず残された片目を見開いている。
とりあえず、放っておくとこのまま衰弱する。

かれは動く気配のない彼女を見つめ、立ち上がった。
身体のあちこちで、脆くなった装甲が厭な音をたてて軋んだり壊れたりした。

最初は持ち上げてどこかへ運ぼうとしてみた。
が、動く意志のないはずの身体は微妙に力をこめて抵抗し、それを拒絶した。
そのたびに、かれは動きを止めて彼女を見下ろした。が、口も、目の奥も、
うつろに閉ざされたまま応えようとしなかった。
十回近い根くらべののち、かれはこの試みを放棄した。

仕方ないので、何か日よけになるものを探してくることにした。

吟味の結果、かれは水から突き出たひん曲がった電柱の一本によじ登り、
そこに残った大きな看板をもぎ取ることに決めた。
798埋め:05/02/15 14:13:19 ID:???
工具もなしに看板を外すのはかなり厄介だった。肩のナイフを使おうとしたが、
とっくに鞘ごと砕けて意味を失っていた。
払い落とすと、ナイフのかけらは赤い水面に幾つもの波紋を広げた。

数分程度の格闘の末、突然錆びたボルトが折れた。
急に抵抗がなくなり、勢いあまったかれと看板は頭から真下の水面に落下した。
派手な水音が響いた。

びしょ濡れの看板をかついで戻ると、彼女はまだ同じ姿勢で寝ていた。
かれの足音にも反応はしなかったが、看板を傾けたひょうしに
水滴の列が顔のすぐ傍に穴をうがち、その音と感触に、こわばった瞼が
かすかにひくついた。
かれは少し彼女を見やり、それからちょうどその上に影が落ちるように、
慎重に看板を砂に突き立てた。
わずかに砂埃が舞い上がった。
799埋め:05/02/15 14:14:40 ID:???
注意深く向きや角度を調整したのち、彼女の上半身は再び影に覆われた。
が、同時に一枚ではそれが限度だということがわかった。
かれは一人頷き、次のがらくたを探しに出かけた。

やがて、横たわった彼女を覆う不揃いな日陰ができあがった。

最後のひとつを立てるとき、彼女の目が最初の看板を凝視しているのに気づいた。
脇に屈み込むと、乾いてささくれだったペンキの上に、汚れてかすれた
「…産婦人科」の文字が見えたが、理解できないかれには何の感興ももたらさなかった。
視線を向けると、彼女はほとんど顔を動かさずに非常に厭そうな表情をしていた。

日よけが完成すると、かれは熱い砂の上に腰を下ろした。
800埋め:05/02/15 14:15:46 ID:???
日は天頂を過ぎ、日陰は少しずつ移ろっていった。
そのたびにかれは起き上がり、手を伸ばして日よけの傾きや重なりを調整した。
傍らで、彼女は頑なに動こうとしなかった。

透明度を増した影が砂浜に長く伸びる頃、かれは立ち上がった。

夕映えの優しい光の中、彼女を覆うがらくたの壁を取りのけ、
また次に必要になっても使えるように、近くに重ねて積んでおいた。
それから、赤い波打ち際に沿って歩き出した。
彼女は何も言わなかった。

いつしか満天の星が頭上を覆った。
801埋め:05/02/15 14:16:55 ID:???

昨夜より少し欠けた月が昇る頃、かれは半水没したビル群の合間に分け入り、
そのひとつの前で立ち止まった。

崩れ落ち、薄汚れた壁の隙間に、一人の少年がうずくまるように倒れていた。
傍に屈み込むと、かすかに目を開いた。
けれどかれのことは判別できないようだった。

かれは振り返って月明かりの浜辺を眺めた。
乱れた足跡が、遠い砂浜からここの廃墟までよろよろと続いていた。
その脇にかれ自身の残した新しい足跡が並んでいる。
かれは少しばかりの感慨とともに、その情けない逃亡の痕跡を見つめた。

少年は残してきた少女と同じく動こうとしなかった。
ただし、こちらは単に体力が尽きて動けないだけのようだった。
かれは彼の力の抜けた手足を掴み、ぐったりした身体を背負って立ち上がった。
彼は抵抗せずされるがままになっていた。
歩き出すと、さほどたたないうちにかれの背中でうとうとし始めた。

空の月が少しずつ明るさを増していった。

ずり下がってくる彼の身体をときどきゆすり上げながら、かれは黙々と歩いた。
802埋め:05/02/15 14:22:29 ID:???
何度目かに、彼は疲れきった浅い眠りの中から、お母さん?と呟いた。
かれはうなだれていた頭を起こした。
それはかれではなく、もうここにはいない他人の名前だ。

首を振ろうとしたが、彼の頭の重みが肩にかかってうまくいかなかった。
次に頭甲の角で夜空の果てを示そうとしたが、古い角は根本から折れて
何の意味もなさなくなっていた。

答えられないでいるうちに、彼は再び疲弊したまどろみの中に戻ってしまった。

かれは足を止めかけたが、結局また歩き出した。
意識のない身体の重みが頼りなく背中で揺れ続けた。

少女のいる浜辺に帰り着いた。

風がだいぶ冷たくなっていた。
高まる波音の中、さえぎるもののない砂の上で、彼女は弱った身体の欲求のまま
眠るともなく眠っているようだった。

かれは少し考え、少年を背負ったまま彼女の傍らに膝をついた。
白い砂は昼間の日差しの名残を含んでほのかに温かい。それでも、夜明けまでには
それもすっかり冷えきってしまうだろう。
803埋め:05/02/15 14:24:12 ID:???
かれはとりあえず彼を下ろし、静かに彼女の隣に横たえた。
それから、何か寒さをしのぐ手立てを探しに、月光の降る浜辺を歩いていった。


ふいに彼女の目が開いた。
眼球が意外なほどの機敏さで真横に動き、隣に寝ている彼の姿を捉えた。
続いてぎこちなく首が回され、頭が同じ方を向いた。

半ば包帯で覆われた顔が、疲弊した表情筋にあたう限りの強さでしかめられた。

乾いた唇が開き、かすれた声が何かを呟いて、また閉じた。
彼女はまた時間をかけて顔を元の向きに戻した。

再び、動くものはたゆみなく寄せる波だけになった。

皓々と照る月が彼らを見下ろしていた。
なかなか埋まりません。
あと15KBくらい。


選択肢:
  1.続ければ
  2.何か別のやれや
  3.ていうか消えろクズが

(いたら)先着一名様。2の場合何かお題くれると嬉しいです。
突然戻ってきて失礼すみませんでした。ひとまず落ちます。
80563:05/02/15 21:10:55 ID:???
1で 

『ひとりあそび』にアスカも居た場合ですか?
こんにちは。
63さん、お久しぶりです。また見つけてくださってありがとう。

一応「ひとりあそび」の傍流とかではなく、埋めついでに、
以前他の方が保守代わりに書いてくださった>421-424に
勝手に続けてみたものです。なので使徒や死者はいません。
でも自分が書いていったら、結局ひとりあそびみたいなものに
なってしまうんでしょうね。

では、お言葉に甘えてちょっと続けてみます。
807埋め:05/02/16 12:39:51 ID:???

かれが戻ってくると、あれだけ無反応だった少女が起き上がっていた。

意識のない少年の横で、彼女は不機嫌な顔で膝を抱えていた。
ときどき彼の顔を盗み見る。
最初は目の動きだけで一瞥する程度だったのが、そのうち慣れてきたのか
次第に目をとめている時間が長くなり、しまいには顔ごと彼の方に向けて
じっと見下ろすようになった。
それでも触れてみる勇気はまだないようだった。

しばらく待ってみたものの、それ以上変化は望めそうにないので、
かれは気配を隠すのをやめて二人のもとへ近づいていった。

振り返った彼女は、憎しみと懇願の入り混じった飢えたような目をしていた。
歩み寄ってきたのがかれだとわかるとその眼差はいっそうきつくなった。
808埋め:05/02/16 12:42:13 ID:???

かれは彼女の横を通り過ぎ、夕方片付けたがらくたのところへ行った。
彼女がずっと睨みつけているのはわかっていたが、別に何をするつもりでも
ないことも承知していたので、特に注意は払わなかった。

日よけを作るのに使ったがらくたは全部でひと抱えほどもあった。
一度に持ち上げると、かれでも少しよろめいた。
軽くたたらを踏んだところで、急に足首を掴まれた。
腕の中でがらくたが一斉に波立った。
かれは無言で両脚をふんばり、数秒の奮闘の末にバランスを取り戻すと、
執拗に足首を捕まえている手を見下ろした。

彼女が底なしに暗い目でかれを見据えていた。
809埋め:05/02/16 12:43:34 ID:???

かれは大きく剥き出された白目の部分と、真っ黒な穴のような瞳を見つめた。
三分の一ほど布に包まれた額を乱れた髪がまばらに覆い、その下の皮膚に
白く縦筋が浮いている。
黙っていると、足を掴む指にぎりっと力がこもった。

彼女は刃で刺すようにやつれた顔を歪め、低いはっきりした声で言った。
「最低」

たえまない波音に重なって、彼女の荒い息遣いが押し寄せてきた。

かれは無言で困窮した。

とりあえずこれでは動けないので、かれは掴まれた足を動かさないように
気をつかいながらがらくたを降ろし、そのままひざまずいて彼女の顔を覗き込んだ。

彼女はふいに頼りない表情になり、かれの足首から指をもぎ離した。
810埋め:05/02/16 12:53:55 ID:???

間近で見ると、彼女も彼と同じく体力の限界なのがはっきり見てとれた。
かれは自由になった身を起こし、疲労と怯えですくんだ彼女の身体を
抱えるようにしてまた砂に横たわらせた。

少年は昏々と眠り続けていた。
すぐ傍で起きた騒ぎにすら、全く気づいていないようだった。
或いは単に、何か起きていることに気づいてしまいたくないのかもしれなかった。

それでも、意識を失い続けることで、彼が多少なりとも救われたようには見えなかった。
浅い呼吸を繰り返す彼は、覚めない悪夢にうなされ続ける老いた子供の顔をしていた。

かれはその彼をしばし見つめ、少し頭を傾けた。
それから、彼女の方を向いた。
811埋め:05/02/16 12:55:49 ID:???

彼女の片目は相変わらず張り裂けそうに見開かれていた。
見ていても、眠りそうになかった。

かれは少し考え、こっちを凝視し続ける彼女の頭に手を伸ばし、軽く撫でた。
彼女は一瞬身をすくませたが、結局避けなかった。
もう一度触れると、こわばった顔から少しだけ緊張が消え、やがてかすかに歪んだ。

その顔で、彼女はもう一度呟いた。
「…最低」
かれは答えなかった。
それっきり彼女は口をつぐんだ。

かれは彼女が気を失うように眠りに落ちるまで、小さな丸い頭を撫で続けた。

月はそろそろ沈もうとしている。
背後で、赤い波が繰り返し寄せていた。
今回はここまでです。
一時間半もかけて3KB弱。笑えません。
63さん申し訳ないです。


 選択肢:こいつらこれからどうするよ?
   1.とりあえずイ`
   2.唐突に初号機が家出
   3.むしろシンジ逃亡
   4.つか初号機なんでここにいんの?
   5.いや、この際弐号機登場
813昔保守してた者:05/02/16 18:37:02 ID:???
5で!
5だな。
おはようございます。
>813さん、>814さん、来てくださってありがとう。
嬉しい限りです。

では、5でちょっとやってみます。
816埋め:05/02/17 12:01:04 ID:???

冷たく静かな浜辺が明るくなる頃、人影は砂の上に立った。


少年は青い夜明けの薄明かりの中でびくりと目を開いた。
強い恐怖に襲われたような、見るだに痛々しい目覚め方だった。
視線だけで周囲を窺い、見守るかれの姿を認めた瞬間、その恐怖はくっきりした輪郭を得た。
彼は口の形だけで絶叫し、硬直した。
悲鳴になれなかった呼気が歯の間でかすれた音をたてた。

かれは無言で立ち上がり、狭い壕の外へ出ていった。

澄んだ陰影に浸された浜辺は静かだった。
日はまだ昇らない。浅い菫色の波がひっそりと白い砂に寄せ返していた。
817埋め:05/02/17 12:01:51 ID:???

少しして、かれは振り返った。
入り口のがらくた類を押しのけ、暗い壕から彼が憑かれたような足取りで出てくるところだった。
怯えたように泳ぐ目がつかのまかれを凝視し、すぐに逸れた。両手が落ち着かなげに軽く握られ、
また開くのを繰り返す。その動きも、やがて力つきたように止まった。

ふいに、彼は追い込まれた者のすばやさで振り向き、長い浜辺の彼方の一点を見つめた。
若干遅れてかれも同じ方を向いた。

白い砂の果てで赤黒い人影が音もなく揺らぎ、崩れ落ちた。

彼は息をつめるようにしてそちらへ歩き出した。
かれは一度壕の奥を振り返り、それから距離をおいて彼についていった。
繰り返し波の寄せる先で、二列になった足跡が浜の湾曲に沿って長く弧を描いた。
818埋め:05/02/17 12:02:53 ID:???

彼は影になった砂床に倒れ伏す人がたを見下ろした。
一度剥がされて不恰好に付け直された装甲の隙間から、生々しく癒着した傷痕が覗いている。
じくじくと滲み出した体液が白い砂に厭な色の染みを作った。
彼はぎくしゃくと屈み込み、人がたの腕を自分の肩に回して立ち上がらせようとした。
少し待ってみたが、彼は辛いのは隠さないまでも、かれに助力を求めようとはしなかった。
ぜいぜいと息をつきながら、彼は不器用に人がたを引きずってもと来た方へ歩き出した。
あとに続こうとしたかれはふと顔を上げた。

足跡の列の先から、ぼろ布と朝の風をケープのようにまといつけた少女が歩いてきていた。

数秒遅れて、彼が背を押しひしぐ重量の下から顔をもたげた。
その顔の脇で、人がたの四つの目のある頭部がだらんと傾き、歯列を剥き出した。
彼女は壊れた自動人形のように動きを止めた。
819埋め:05/02/17 12:05:50 ID:???

彼は真っ暗に閉ざされた目で彼女を一瞥し、すぐに顔を伏せて歩みを再開した。
彼と人がたが隣を通り過ぎる間、彼女は眉ひとつ動かさずに凍りついていた。
荒い呼吸と引きずる音は、長い時間をかけて彼女の背後に抜けた。

かれは立ち止まって彼女を見た。
布に覆われていない片目が、ほとんどわからないくらいゆっくりと見開かれていき、
それがとうとう限界に達した瞬間、彼女は甲高い絶叫を放った。
恐ろしい悲鳴はいつまでも続いた。
かれは駆け寄って彼女の頭を抱え、装甲のない部分に強く顔を押しつけた。悲鳴がくぐもり、
ふいに彼女の歯が喰い込んだ。かれはもう少ししっかりと彼女を支えて立ち続けた。
苦しがって噛む力が強くなり、やがて、ゆるめた腕の中から泣き声まじりの呼吸音が聞こえ始めた。
そのまま、彼女はかれにしがみついて子供のように泣いた。
足元に落ちた布きれがはためいた。

かれは遠ざかっていく彼と人がたのちっぽけな後ろ姿を眺めた。
820埋め:05/02/17 12:08:33 ID:???

狭い壕の中には昨夜かれが集めてきたカーテンやぼろ布のたぐいが山になっていた。
彼はそこから適当に薄めの布地を引き出し、細く裂いて人がたの傷を縛っていった。人がたは
おとなしくされるままになっていた。時には、少し力の戻った身体を動かして作業を手伝った。
彼女は入り口近い場所に座り込み、しっかりとかれの腕を掴んでそれを睨んでいた。

ひっそりと明るんでいく戸外から絶え間ない波音が響いた。

そのうち、何かのひょうしに彼が顔をこちらに向けた。
その途端、彼女はぱっとかれに身体をくっつけ、彼を見据えたまま固く両腕をからめた。
彼の手の動きが止まった。

片方だけの彼女の目は昨夜のように救いなくぎらついていた。
一瞬、彼の顔を領していたつきつめた空虚の奥を、ふっと何かがよぎった。
けれどそれだけだった。

また無関心の殻の内に戻って作業を続ける彼の背に、砕けて尖った声が投げつけられた。
「…あんた、最低よ」

「アスカこそ」
彼は顔も上げずに応じた。それを最後に、壕の中の言葉は絶えた。

かれは困惑して人がたを見やった。
人がたも、かすかな困惑を込めて壕の向こうから視線を返した。
やがてがらくたで半ば覆った入り口から最初の陽光が射し、動かない彼女の上に陽だまりを作った。
今回はここまでです。
あと5KB強でこの厭すぎる空気は変わるでしょうか。

明日から三日ほど出かけるので、続きは今日の深夜か、
それが無理だったら来週の頭辺りになります。


 一応選択肢:もうあんま先ないじゃん、どうするよ?
   1.順当に修羅場突入
   2.むしろ初号機と弐号機が暴走
   3.LASとかは?
   4.もう学園アスカの夢オチでいいよ
   5.その他(ご自由にお書きください)
>>820
2でおねがいです
>>820
2で

☆って知ってる?
3がいいな…と言ってみる。
2か3で。
もしくは 5、量産機現る。とか・・・
うーん、俺も2か3がイイなぁ…
827埋め:05/02/23 01:15:31 ID:???

「代償行為ね」
彼女はいたぶるように言葉をぶつける。その目は割れたように暗い。
「弐号機のためじゃなくて、自分が、あのとき間に合わなかったからじゃない。
 わかってんのよ。あんた、私がいると思ったから、助けてもらえると思ったから、
 やっとエヴァに乗って出てこれたんでしょ。
 なのに何もできなかったし、してもらえなかったから。
 辛いのよね? 自分がかわいそうよね?
 それを全部そこの弐号機に押しつけて、一生懸命償うフリだけして、
 それで少しは気が晴れそうなわけ? 内罰自虐男」

人がたの少し濁った眼球がどろりと動き、彼の顔を窺う。

「人のこと言えるの? アスカ」
彼は頑なに視線を与えようとしない。その笑いは削げたように低い。
「アスカのそれだって、結局ただの当てつけじゃない。
 アスカさ、別に、そこにいるのが初号機だからすり寄ってるんじゃないでしょ。
 誰でもいいわけでもないよね。遠慮なんかしないで素直になれば?
 今度は僕が見ててあげるからさ」

彼女の指がかれの腕に喰い込み、装甲のない体表に緊密な痛みが沈む。
828埋め:05/02/23 01:16:18 ID:???

真昼の波音は少しぼやけたように膨れて熱気の底を渡る。
彼の、献身的というより強迫的な手当ては、日がかなり高くなってもまだ続いていた。
出口のないなぶり合い、或いはすがり合いも、だいぶ間遠になりつつ継続されていた。
人がたは困惑を通りこして倦み始めていた。かれは何度か状況の打開を試みようとしたが、
彼女の両手ががっちりと腕を抱え込んで行動どころか身動きもとれなかった。
加速度的に気温が上昇していく中、壕の狭苦しい薄闇はほとんど目に見えるくらいに
煮つまり、よどみ、呼吸もできないほどに凝固していった。

やがて人がたが切れた。

膿のにじむ腕が、何度目かに包帯を替えようとした彼の手を払って突き飛ばした。
かれが止める間もなかった。無防備だった彼は壕の反対側の壁に叩きつけられ、
背中からくずおれて咳き込んだ。
彼女が再び人形のように一切の動作をやめた。
かれは気をつけて片腕を抜き、そしてとがめようと振り返った途端、人がたの足の裏が
思いきりかれの下顎にめり込んだ。
頸骨がめきり、と音をたてた。
かれは切れることにした。

表に出ろ、ということでかれと人がたは猛然と壕を飛び出し、ついで硬直した。

しばらくして、いつまでも静かなことに疑念を抱いた二人が顔を出し、同様に凍りついた。
829埋め:05/02/23 01:18:41 ID:???

風よけのがらくたの散乱した壕の入り口を取り巻くようにして、九体の翼つき人がたが
半円状に砂浜に並んでいた。
かれらは動きを止めたかれと人がたには目もくれず、二人の姿を認めるなり
耳まで裂けた大顎を嬉しそうに開いた。真っ赤にふちどられた唇が閃いて歯列を剥いた。

それなりの間をおいて、彼らはそれぞれに反応した。
人がたは極限の恐慌状態に陥って活動停止した。彼女は目尻が裂けるほど瞠目し、
朝の比ではない凄惨さで叫び始めた。彼の顔は、狂おしい沈黙に閉ざされたまま
他の誰より凄まじい恐怖に歪んだ。
かれはとっさの判断能力を失い、衝動のままに咆哮して列に突っ込んでいった。
群れは公園の鳩の一群のように飛び立ち、旋回して舞い戻り、また逃げては、妙な執拗さで
彼らの周囲にまとわりついた。

恐怖と混乱。条理の崩壊。
絵に描いたような下らない終劇だと、恐らく誰もがちらと考えた。

けれど困ったことに、世界はいっこうに終わってくれなかった。
830埋め:05/02/23 01:20:56 ID:???

絶え間なく波が騒いでいる。

かれは感覚の戻ってきた目を開き、半ば砂床に占められた視界を無言で検分した。
再び長くなった影が淡く染まる砂浜に伸びている。その根本をたどると、それぞれに
砂に横たわる二人の姿に行き着いた。少し離れて、同じく身じろぎひとつしない人がたが見えた。
かれはゆっくりと視野の焦点を合わせた。
夕日の色に溶け込むようにして、翼つきの集団が所在なげに周辺に佇んでいるのが識別できた。
静かに波音が迫り、両足に泡立つ冷たさが打ち寄せては引いていく。
他に動くものはなかった。かれはじっと横になったまま、消耗した身体の回復を辛抱強く待った。

ふいに、彼がむくりと身を起こした。
骨まで削られたような表情は変わらなかったが、ともかくも彼は自分の力で砂を掴み、
ふらつきながらそこに立ち上がった。
831埋め:05/02/23 01:23:07 ID:???

どうしようもなくつきつめられた目が周囲の人がたを見、海と彼方の白い巨大な顔を見、
横たわる彼女と彼女の人がたに一瞥を投げて、ふっと浅い笑いのようなものを宿した。

かれは起き上がって、彼を、それから彼女を見た。
彼女は仰向いた顔に目だけを見開いていた。凝固した視線の先には彼がいた。
人がたの群れが、落ち着かない様子でてんでに翼を開いたりたたみ直したりした。

削げた顔に今度こそ苦い笑みが浮かび、彼は振り返った。
全く救いのない笑いだったが、生気はあった。かれは立ち上がり、意識を取り戻した
人がたを助け起こした。


月の昇る頃、彼らは並んで浜辺に立っていた。
彼の隣には彼女がいる。
潮騒が高まり、次々と寄せくる波の背にきらきらと月光が映った。

唐突に彼の手が伸びて彼女の指先を掴んだ。
832埋め:05/02/23 01:24:51 ID:???

彼女は穴のような瞳孔を向けた。
かれと人がたが興味深く見守る前で、彼は距離をおいてうろつく翼つきの群れを目で示した。
彼女はただいぶかしげに顔をしかめた。

「…人間の世界が終わっちゃったから、こいつら、たぶんもうすることがないんだ。
 でもまだ生きてる。だから、僕らはこいつらを使って好きなことやろう。
 眠っても目が覚めるうちはずっと」

彼女は顔をそむけ、また海の方を見た。

「アスカ」
彼はもう一度呼んだ。

彼女は答えなかった。

その代わり、掴まれている手に力が戻り、軽くもがいて、彼の指に指を絡ませた。
うつろに目をみはる彼に、彼女は無表情な顔を向けた。
彼らの間で、二つの手はもう一度絡み合い、固く結び合った。

かれは隣に立つ人がたを促して目を逸らし、黙って水平線上にかかる月を眺めた。
おしまい。
来るのが随分遅くなってすみませんでした。
あと内容もごめんなさい。

先着一名様と書くのを忘れたので、とりあえず全部入れてみたら
こんなふうになりました。
いい加減な埋め方ですみません。
たぶん期待とかには全然沿えてないと思います。あと☆は知らないです。

容量がなくなったので、これでこのスレはおしまいです。
立ち寄ってくれた方、読んでくれた方、書き込んでくれた方、
そして長い間保守してくれた方、本当にお世話になりました。
ここで書かせていただいて本当に良かったです。
ありがとうございました。