>>934ついき。
「そねつはせゆるりねきゐほつ
まなほせるるへかほねふゐ。」
精神異常者だけを収容する島シャッターアイランド。結論からいえばどうしようにもならない島。
「どうしようにもならない。」この一言に全てが収まり、この一言で表す言葉の重みの真髄と表現をどうかお分かり頂きたい笑
之までの悪行に目をつぶり、先だっては改心したものと理解したが一日もせず物の見事に無駄に終わる結末・・・
劇中で専属の担当医が頭を悩ませ有りとあらゆる手段を用いて尽くしたのだが、最終的にたどり着いたのは諦めの二文字。だろうf^_^
おはようです。
ドキュメンタリー番組などを、見たりすることもあったりするんだけど、
「好きで病気になった訳じゃない」、きっと世界中の多くの方が、
命ある全てが、そのような思いを抱かれていると思ったりしたんだ。
いつの時代にも、色々な病なども世の中には溢れているから、
「命と向き合うこと」は、この先も色々な面で問われていくんだろうと、
私はそんな風に思ったりもしたよ。
>>941 このシリーズなかなか馬鹿にならないんだぜ(^_^)是非かるもアニメのほうも見てほしいんだよね笑
心躍ったり、感動したり、猛たり・・・猛るのは俺だけかもしれん笑
何よりよ〜、生き様がストレートで格好良いんだよな
おはようです。
>>943 ゲームソフトも、色々な種類があるみたいだけど、
んー私は、興味ないんだよな^^ゞ。
史の中で、各国に残る戦国時代は、
ほんとは、簡単には表現できないような、
戦略などが網の目のように、はりめぐされていた時代だと思うんだけど、
こうした作品になると、其々の作者の思考や思いなどによって
魅力的な作品にもなるんだよね。
アニメもあったみたいだし、時間がある時にでも読んでみるね(^-^)。
で、暦だと今日の宵に、月の北西に土星が見えるようだよ。
土星。
土星(どせい、Saturn)は太陽系の太陽に近い方から6番目の惑星である。
太陽系内の惑星では木星に次いで大きい、ガスを主成分とする惑星
(ガス惑星)である。
見た目の大きな特徴として、惑星の周りに明確に見える輪(環)がある。
歴史と神話。
英名サターンはローマ神話の農耕神サトゥルヌスに由来。
太陽から遠く運行が遅いことから年老いた神の名が付けられた。
習合されるギリシャ神話の農耕神はクロノス。
クロノスは大神ゼウス(木星)の父で、ゼウスに殺されたとする説もあるようです。
占星術。
土星は七曜・九曜の1つで、10大天体の1つで、
西洋占星術では、磨羯宮の支配星で、宝瓶宮の副支配星で、凶星であり、
制限を示し、規律、教育、安定、不動産に関係深いとされているようです。
惑星記号。
土星の惑星記号は、天動説時代に第五惑星とされたため、
アラビア数字「5」を図案化したものが、
占星術・天文学を通して用いられる。
数字「5」に農耕神の持ち物である、
鎌の意匠が付与された記号デザインが一般的であるようです。
・・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「土星」より所々抜粋。
>>936ついき。
「ふせるつほのせすつはせほ。」
こんばんは。
>>943 で、暦で今日は海王星が、太陽の西に(西相)なるようだよ。
離角。
位置天文学において、地球から見た太陽と惑星の角度(黄経の差)のことである。
ある惑星から見て、それよりも内側に軌道のある惑星(内惑星)は、
太陽とその惑星との離角がある一定の値以上にはならない。
これを最大離角といい、太陽よりも内惑星が東側にある場合を東方最大離角、
西側にある場合を西方最大離角という。
地球から見た水星の最大離角は約28度、金星の最大離角は47度である。
外側に軌道のある惑星(外惑星)の離角は0度〜360度の全ての値をとりうる。
離角が90度のときを矩と言い、
惑星が東側にあるときを「東矩」、
西側のときを「西矩」というようです。
離角が0度、すなわち惑星と太陽が、同じ方向にあるときを合(ごう)と言うようで、
内惑星については、惑星が太陽の手前側にある場合を内合、
向こう側にある場合を外合という。
離角が180度、すなわち太陽と惑星が反対の方向にあるときを「衝」というようです。
海王星。
太陽系の太陽に近い方から8番目の惑星。
太陽系惑星の中では最も太陽から遠い位置を公転する惑星で、
名称のNeptuneは、ローマ神話における海神ネプトゥヌスにちなむようです。
歴史と神話 [編集]
ネプチューン=海王星は古代人の命名ではなく、近世以降に発見された惑星に、
他の惑星に倣い「未使用の神話上の大物」の名が付けられたもので、
天体の外見や運行上の特徴と付けられた神名の関わりは希薄である。
最外周の惑星だったため「深淵」のイメージを付与された命名である。
ネプチューンはローマ神話の海の神で、ギリシャ神話のポセイドン。
占星術。
海王星は古代には知られていなかったため
七曜・九曜には含まれないが、10大天体の1つである。
西洋占星術では、双魚宮の支配星(海王星発見以前は木星が支配星とされていた)である。
見えないものを示し、石油、石油製品、霊感、海に当てはまる。
惑星記号。
ネプチューンの得物である三叉矛を図案化したものが、
占星術・天文学を通して用いられているようです。
・・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「離角」「海王星」より所々抜粋。
>>946ついき。
「ふゆるるはせつるひはせつ。」
>>947訂正です。
「西相」ではなく、「西矩」です^^ゞ。
こんばんは。
>>943 で、暦では明日26日の朝方に、、
明けの水星が見えやすくて西方最大離角になるようだよ。
水星。
太陽系の第1惑星で、太陽に最も近い惑星である。
歴史と神話 [編集]
水星はシュメール人の時代(紀元前3000年)から知られており、
Ubu-idim-gud-ud と呼ばれていた。
古い記録ではバビロニア人により観測が行われており、
gu-ad 又は gu-utuと名付けられていた。
古代ギリシャのヘラクレイトスは、
水星と金星が地球でなく太陽の周りを回っていると考えていた。
ギリシャで、水星が5つの惑星の一つと認識が定着するのは、
プラトンの時代からのようである(エピノミス)。
古代ギリシア人は、水星にヘルメスを対応させ、
(宵の水星と明けの水星が一つの天体だと気づく以前は、明けの水星にはアポロンを充てていた)。
これは、最内周惑星で運行が速いことから、
他の神々の使いである俊足の神の名を冠したものである。
ヘルメスは古代ローマではメルクリウスと同一視され、
メルクリウスは英語のマーキュリー(Mercury = 水星)の語源である。
1639年にはイタリアのジョバンニ・ズッピが望遠鏡を使って水星を観測し、
水星にも金星や月と同様に満ち欠けがあることを発見した。
これによって、水星が太陽を回っていることが確実になったようです。
占星術。
水星は七曜・九曜の1つで、10大天体の1つである。
西洋占星術では、双児宮と処女宮の支配星で、吉星とされているようです。
流動性を示し、通信・交通、商売、旅行、兄弟に関係深いとされているようです。
惑星記号。
ヘルメスの杖・ケリュケイオン(ローマ神話ではカドゥケウス、二匹の蛇の絡んだ杖)を図案化したものが、
占星術・天文学を通して用いられる。
ヘルメスは水銀とも関連付けられたため、
錬金術では水銀の元素記号として使われた。
ケリュケイオンは、商業や交通のシンボルでもあり、
いくつかの商業校系の校章などに現在も用いられているようです。
医療のシンボルであるアスクレピオスの杖は、デザインは似ているが、
ヘルメスとは無関係な記号であるようです。
・・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「水星」より所々抜粋。
そいえば先日、月の上に金星が接近してたよね〜(^_^)
おはようです。
>>953 豹さんも見れたのかな^^ゞ。
先日の戦国時代の方々のお話を
私は少し、異なる面などが記載されてる本などを読んだりしたんだけど、
旅してる時に、武将と呼ばれた方々の歴史記念館などをも
訪ねたりすることもあるのだけれど、
其々の方々直筆で描かれたり書かれた、文献や絵なども見ることができたの。
戦術は東西問わず占や易などを用いたり、
神々への信仰・自然信仰などと共に、
ある意味、独裁的な忠誠心を求めていたのが伺えたりもするなと
私は、少し思ったりもしたよ。
博物館・歴史館etcなどもそうだと思うけど、
その時代時代に生きた方々の、
思考や時代の風潮なども、知り学べることができるんだよね。
機会があったら、また色々な所を旅したいなと思っています。
スレタイ変えろよ
薀蓄ばっかで予言してないじゃん
>>952ついき。
「ちしほよせふひのいせとふ。」
こんばんわ(^_^)
その詩は泣きわめき駄々をこねる童心者をあやす歌詞にもとれるよね笑
竜の背にのったおなごは可愛いよね(^_^)
少々オカルト思考の新たな発見をしたんだがエンディングの「にんげんていいな」あるでしょ?あれ実は人間ではない者の目線の歌詞なんだよね(^_^)
僕も帰ろう、お家へ帰ろう、でんでんでんぐりがえってばいばいばい。
この部分から推測するに、この正体は狸か狐か天狗が子供に化けて人間の子供と無邪気に遊んでたんだよね(^_^)
日本昔話、摩訶不思議な構成じゃ笑
何故か風の又三郎とリンクするねぇ、う〜む、奥が深い
>>958ついき。
「ゐほせにひゆるまなせつつ。」
おはようです。
>>960 …で先日、旅した時の写真の整理をしていた時に
なんとなく浮かんだ句の一つ。
「あらたうと青葉若葉の日の光。」松尾芭蕉。
この方は、巡り歩くスピードも早かったようで、
「忍者」だったのではないか、という説もあるようなんだよね。
松尾芭蕉。
寛永21年(1644年) - 元禄7年10月12日(1694年11月28日)
現在の三重県伊賀市出身の江戸時代前期の俳諧師である。
幼名は金作。通称は藤七郎、忠右衛門、甚七郎。名は宗房。
俳号としては初め実名宗房を、次いで桃青、芭蕉(はせを)と改めた。
蕉風と呼ばれる芸術性の高い句風を確立し、俳聖と呼ばれる。
芭蕉が弟子の河合曾良を伴い、元禄2年3月27日(1689年5月16日)に江戸を立ち、
東北、北陸を巡り岐阜の大垣まで旅した紀行文『奥の細道』がある。
隠密説。
忍者であるという説は、芭蕉が伊賀上野の生まれであるため、盛んに論じられてきた。
昭和18年(1943年)、『奥の細道』の旅に同行した曾良の旅日記『曾良旅日記』が翻刻された。
すると、『奥の細道』の記述とはおよそ80におよぶ相違点があることが判明した
。例えば、出発した日は『奥の細道』では3月27日(5月16日)であるのに対し、
『曾良旅日記』では3月20日(5月9日)となっていたり、
日程も、黒羽で13泊、須賀川では7泊して仙台藩に入ったが、出発の際に
「松島の月まづ心にかかりて」と絶賛した松島では、1句も詠まずに1泊して通過している。
行程は、仙台藩の内部を調べる機会を伺っていたのではないか、という意見などもあるようです。
・・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「松尾芭蕉」より所々抜粋。
こんにちは。
>>966ついき。
「ゆふせつるもほせゐのほせゆ。」
>>964 そうなんだよ、物語りの視点が人間をサブに置いている作品のほうが多いんだよね
画像みたぜ〜、すっごい綺麗な滝だな〜秋とは違い初夏の紅葉もまた生命力みなぎり清涼さをかもし出してくれるものだ
秋の紅葉とかけて夏の紅葉と説く。その心は…
どちらも静(生)がつくでしょう。
こちとら気分も清々しくなるね
写真は映し手の感情をも映写してくれるものです(^-^)
この夏、名水を求め山中に行こうかと思うんだ
実際買った物しか口にしてなく生の名水をその場で飲んでみたい〜夏の高温の中ひんやりとした名水は何とも言えぬ絶品な旨味があるらしいぜ(^-^)
そんな旨味が世にあるのなら
自分で味わわなきゃ気が済まん笑
予言〜
名水百選の一つ
今期に公に名を馳せ、その地を訪れる酌み人が後を絶たなくなるだろう
おはようです。
>>968 名水百選というのもあるけど、
地元の方しか訪れない知られざる所もありそうだよね。
以前に、旅してる途中、偶然辿りついた所で
男性の方々が数名ほぼ全○で、入浴されてたことがあったんだ。
私は、足湯を楽しんだのだけれど、なんとも不思議な所だったよ。
現地の案内や地元の方や管理されてる方の、指示や案内に従ってというのは勿論だし
現代では、モラルというのを踏まえた上での話しなんだけど、
ある意味、固定観念という枠に縛られず、自然と一体感を楽しむ趣向というのは、
古来の「仙人像」が、私は浮かんだりもしたの。
豹さんのお話から、やはり仙人の方が山道で湧き出ずる水を口に含む姿が
浮かんだりもしたよ。絶品な旨味…いいよね(^-^)。
>>967ついき。
「せふうまつほのひせりゐそふ。」
おはようです。
散歩をしている所の道沿いに、紫陽花が咲いてるのを目にして
夏が近いんだなとつくづく感じたりしてます。
以前、「花鳥風月」について少し書いた事があったので、
>>530に少し補足を。
「花鳥諷詠。」
花鳥風月といえば、通常は自然諷詠の意味になるが、
虚子によれば「春夏秋冬四時の移り変りに依って起る自然界の現象、
並にそれに伴ふ人事界の現象を諷詠するの謂(いい)であります」
(『虚子句集』)と人事も含めている。
この「花鳥諷詠」は「ホトトギス」(俳誌)の理念であるが、
それまで主張していた「客観写生」との関係は必ずしも明らかではない。
虚子は終生この主張を繰り返し、変えることはなかったが理論的な展開は示さなかった。
虚子の後継者である稲畑汀子は
「虚子が人事界の現象をも花鳥(自然)に含めたことは重要であるが、その事は案外知られていない。
それは人間もまた造化の一つであるという日本の伝統的な思想、
詩歌の伝統に基づくものであったともされているようです。
「客観写生。」
俳句は短いため直接主観を述べる余地がなく、事物を客観的に描写することによって、
そのうしろに主観を滲まれるほうがいいという考え方である。
虚子のいう客観写生は花鳥諷詠とあいまって自然を詠うものと考えられるが、
その自然(対象)には「人間界」も含まれている。人間も自然の一部と見るのである。
虚子が句作の方法としての「客観写生」を提唱するのは大正時代であったが、
昭和初期になると「花鳥諷詠」というスローガンを打ち立て、その主張は最晩年まで変わらなかった。
「対象」つまり人間を含む自然とすることが虚子の論に近く、
詩歌の理論としては「万葉集」にある「寄物陳思」(きぶつちんし)
つまり「ものによせて思いを述べる」と理解されているようで、
客観写生といい、それは現代でも有効な創作方法である。
もとは、虚子自体は主情的な作風であったため、「客観写生」は営業戦略であるとの批判(復本一郎など)もある。
1931年、水原秋桜子は主観の復権を旗印に虚子の客観写生を批判し「ホトトギス」を離脱したが、
それは「自然の真と文芸上の真」にまとまられているが、これは客観写生が些末主義になったとの指摘である。
その背景には、高野素十と秋桜子の対立もあったようです。
・・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「花鳥諷詠。」より所々抜粋。
「明易や花鳥諷詠南無阿弥陀」高浜虚子。
こんにちは。
>>973ついき。
「ほせつにふせちしはせつ。」
975 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/13(日) 13:06:58 ID:kI/uXvYS
サタニスト悪魔主義者キッシンジャー ロックフェラー ロスチャイルド イルミナティは
豚の貯金箱 豚のたたき まな板の上の豚
>>970 いい大人が全○なんて恥を知れと言いたい…性格ってのは時が経ってもなかなか変わらないものだね
特に日本人は「周りがしているからいいでしょ?」的な風潮だから困ったものだ
うんうん、ほんと神々の山から湧き出る名水は仙人の口に合う水だろうね(^-^)水は生命の起源で地球の80%は水なんだよね、地球を一つの体に置き換えれば当然良い水を飲みつづければ長生きするだろう
自然界に対し人間は必ずしも「善」ではない…人も自然も共に生きる定めを背負う。人間と自然、どちらが悪でどちらが善なのか?
答えはどちらでもなくて、また、どちらであってもいけない…ね
http://www.youtube.com/watch?v=xg7zR9WNWH4
こんにちは。
>>976 民族性からなんだろうかね。
…そういえば、前に子供たちの間で「羞恥心」というユニットの方々が
人気あるんだよって聞いた事があったなぁ。
羞恥心。
自我や自尊心の延長にある概念で、恥となる行動をしてしまった場合に感じるものである。
社会規範への適応といった行動を促すが、その一方で過度に感じる場合には、
行動の萎縮などといった問題を生む。
罪悪感ないし羞恥心を測定するTOSCA-Aのshame項目によると、
羞恥心は以下の通り4つの下位尺度に分類される。
自己の存在が取るに足らない物と感じ、
自己を否定したいと思う「全体的自己非難」、
恥を感じる状況から逃げたい、もしくは恥を感じた記憶を消したいと思う「回避・隠蔽反応」、
自分が周囲から孤立したと感じる「孤立感」、
人に見られている、人に笑われていると思う「被笑感」である。
羞恥心はしばしば罪悪感と引き合いに出される感情である。
罪悪感を持ちやすい人より攻撃的で、反社会的であるとする研究もあり、
羞恥心は、外部への帰属、他者への強い焦点、復讐といった感情や行動を発生させる屈辱感を伴い易いからである。
自分が社会的なルールや常識を知らないで、ルールに違反してしまったり、
自分が望むだけの成果を上げられなかったりした場合に、自分が身の置き所がなくなり、
自身の内にこみ上げてくる感情・情動のことと解され、これらは様々な面で、
コントロールが難しくなり、道徳や人道といった概念が引き合いに出し、
自身の行動を適正化させようとする行為などで、自身の羞恥心の希薄化をはかったりもするようです。
・・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「羞恥心」より所々抜粋。
>>976 うんうん(^-^)。
前に、豹さんがお話ししてくれた中にもあったよね。
「弘法大師空海は云いました
ここに住み、朝は谷川の水を一杯飲んで
夕方は山霞を一呑みする
それだけで魂は養う動きは十分です。」
>>974ついき。
「つせにはふるひまへゆほふ。」
980 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/14(月) 23:50:09 ID:liMN3f4p
お〜い^^
おはようです。
>>976 今日は暦では、和菓子の日・旧端午の節句なので
私も、おやつタイムに羊羹・・水羊羹でも食べようかなとなんとなく思ったよ(^-^)。
羊羹。
一般には小豆を主体とした餡を寒天で固めた和菓子である。
寒天の添加量により、煉羊羹と水羊羹の二種類があり、単に「羊羹」と称した場合は煉羊羹を指すことが多い。
読んで字のごとく羊の羹(あつもの)であった。これは羊の肉を煮たスープの類だが、
冷めることで肉のゼラチンによって固まり、自然に煮凝りの状態となる。
「羹」の通常の音(漢音)は「こう(かう)」で、「かん」は近世中国語に由来する唐音であり、
現代中国語音「コン (geng1)」に近い。
鎌倉時代から室町時代に、禅僧によって日本に伝えられたが、
禅宗では肉食が戒律(五戒)により禁じられているため、
精進料理として羊肉の代わりに小豆を用いたものが、日本における羊羹の原型になったとされる。
別の説によると、羊の肝臓の形をした菓子である「羊肝こう」が、中国から日本に伝えられた際、
「肝」と「羹」が混同され、「羊羹」と呼ばれるようになった(『嬉遊笑覧』)ともされているようです。
羊羹色:黒色などの衣類が、色あせて赤みを帯びた色を「羊羹色」と呼ぶ。
夜の梅:虎屋○川(通称とら○の代表的商品で、
「小倉羊羹 夜の梅(登録商標)」がいちばん有名である。
切り口に見える小豆の粒の様子を、夜の闇の中に咲く白い梅の花に例えて付けられた名称。
「玉と蝋石の雑種のよう」
これは、夏目漱石の著した『草枕』の作中での、羊羹の美しさを表現で、
描写的であり、有名な一節の一部であるようです。
水羊羹の方は、夏に冷やして食べることが多く、俳句の季語は夏でもあるが、地区によっては
冬に食する所もあるようです。
・・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「羊羹」「水羊羹」より所々抜粋。
>>981追記です。
そして、なんとなくこの曲が浮かんだので^^ゞ。
「夏のおもいで。」
江間章子作詞
中田喜直作曲
「夏がくれば 思い出す
はるかな尾瀬 遠い空
霧のなかに うかびくる
やさしい影 野の小径
水芭蕉の花が 咲いている
夢見て咲いている水のほとり
石楠花色に たそがれる
はるかな尾瀬 遠い空
夏がくれば 思い出す
はるかな尾瀬 野の旅よ
花のなかに そよそよと
ゆれゆれる 浮き島よ
水芭蕉の花が 匂っている
夢みて匂っている水のほとり
まなこつぶれば なつかしい
はるかな尾瀬 遠い空。」
>>979ついき。
「ゆせふのほせちはせまなほ。」