カーテンが開けられると同時に、天井のライトが光を増す。ビデオカメラが一斉に、私の肢体を捉える。
私の両手にはそれぞれ縄が結び付けられ、それが左右の柱に空けられた穴を通っている。
穴の向こうで縄が引かれると、私の手首に縄目がきつく食い込む。
私が身に纏っているのは、粗末な貫頭衣だけ。下着は、付けてない。
これは、あの時と同じだ。
舞台袖から、白い軍服を纏った長身の男が歩いてくる。ご丁寧にアイパッチまで付けているが、
よく見ると袖の刺繍など、衣裳の細部が違えてある。男が手にする剣も、刃幅が狭く切っ先が鋭くなっている。
これは、あの時と同じではない。
男は、私の背後ではなく、斜め前に立つと、剣を大上段に振り被り、
ザシュ!
「きゃああああああああああああ!」
イ!タ!イ!
私の左の乳房が、肋骨が、そして心臓が、袈裟に切り払われる。
傷口から湧き出る燃えるような痛みと、息苦しいを通り越した圧迫感がせり上がり、私はしばし意識を失う。
再び意識を取り戻したとき、私の足は力を失っていて、両腕で吊り下げられる形になっていた。
血染めの貫頭衣はきれいに切り裂かれ、私の乳房も、おへそも、下肢も、カメラの前に晒されていた。
「ほう、きれいに傷が治るものだな。」
男はそういうと、私の胸に手を伸ばす。
最初は斬撃の痕をなぞるよう指を這わせていたが、唐突に左の乳房を鷲掴みにすると、
握りつぶすかのように揉みしだきはじめる。
「くっ!」
脳内には斬撃の痛みが残っているのに、その上から鈍い痛みが積み重なる。
「ふん、痛覚は残っているようだな。」
そして、こんな荒々しい愛撫の中でも、私の乳首は充血を始めていた。
「あぁ…」
「…ふん。」
男が手を離すと、勃起した乳首がカメラに晒される。カメラのズームが、私の乳房を拡大しているのが分かる。
なぜなら、私の目の前、カメラの背後のスクリーンに、今の映像が映し出されているから。
男は今度は乳首を摘むように指で擦ると、潰すかのように強く挟みつける。
「くん!」
男が指を離すと、赤みを増した乳首がより硬く勃起し、ぷるぷると小刻みに震える。
男は一旦身を引くと、再び剣を構える。今度は私の右前に立つと、ぼぼ垂直に剣を振り下ろす。
「ああぁ!」
肩から先の重みがなくなり、私の右腕が切り落とされた。切り口の、肩口の痛みが後から襲ってくる。
私の右手は縄に繋がれたまま、柱の前にぶら下がってる。
映像では私の腕の断面が、赤い血肉の間に白い骨が覗いているのが映し出される。
やがてそれが、薄い皮膜に覆われるところも。
「カミツキの再生能力か…」
男は忌々しげに言うと、ぶら下がっていた右手を持ってくる。貫頭衣がきれいに抜け落ちた、素のままの右手を私の肩にあてがう。
程なく、私の右手は肩に繋がった。
「…つまらんな。」
剣の血糊をふき取りながら、男は蔑むような目線で私を見る。そう、この男にとって、私の身体は「つまらない」ものなのだ。
「泣き言も命乞いもしない女など、痛めつける価値もない。」
このときだけ男は、芝居がかった台詞を言う。私は無言で返す。
「…ならば、こういうのはどうだ?」
男は、部下に命じて別の剣を持ってこさせた。前の剣よりも更に細い、串のような直刀だ。
男は私の左横に立つと、左手で乳房を鷲掴みにして、
「ぬん!」
「きっ!」
細い剣が横から、左の乳房を突き抜ける。男は右の乳房に手を掛けると、そのまま剣を貫通させる。
「あああああああ」
胸から上がってくる鋭い痛みに、思わずうめき声が漏れてしまう。
これこそが、この苦悶の表情が、この男が望んでいたものなのだろう。なぜなら、
これは、ビデオ撮影なのだから。
−−−−
多くの犠牲を払って取り戻したモジュール77。この小さなモジュールから、私たちは新たな国を築こうとしていた。
そんな矢先、私たちは思いもしない事態に陥った。
アルスに本拠を置く多国籍ファンドが、モジュール77の所有権を主張しだしたのだ。
調べると、ジオール政府と建築業者の間で、複雑なやり取りを示す資料が出てきた。
モジュール77を含む複数の区画は、ジオールの大手ゼネコンが落札していた。
当初の契約では、全区画の完成を持ってスフィア公社へ引き渡しを行う一括契約になっていた。
そのため、納入期日までは、モジュールの所有権はゼネコン側にあることになる。
ところが途中で、ジオール政府が、モジュール77のみの前倒し納入を要求してきたのだ。
モジュール77に咲森学園を、VVV計画の秘密基地を建設するために、早期にモジュール施設を接収したいと
政府は考えていたのだろう。ただ、ゼネコン側には、その情報は伝えられていなかった。
裏事情を知らないゼネコン側は、妥協案として、納入日までの間、モジュール77を賃貸する契約を結んだ。
こうして、モジュール77は借家状態で運用を開始していた。
全ての区画の建築が完了し、引渡しが完了すれば、賃貸契約も自動解約となるはずだった。
ただ、ドルシアのジオール侵攻で全てが狂ってしまった。
ジオール占領後、残りのモジュールの建築は中断され、検収の目処が立たなくなった。
また、占領後のジオールを統治したドルシア軍政局は、モジュール77の独立を口実に、
ゼネコンへの賃貸料の支払いを拒否。資金繰りに窮したゼネコンは、債権を売りに出した。
その債権を買ったのが、件の多国籍ファンドだった。
多国籍ファンドは、アルスの裁判所に、モジュール77の所有権に関する裁判を、モジュール77の住民に
告知することなく行った。アルスの高等裁判所は、モジュール77の所有権を多国籍ファンドのものと認めた。
そして、多国籍ファンドから、モジュール77の住人、つまり、新生ジオール政府に、延滞金含む賃貸料の支払いの
請求が届いた。しかもその内容には、期日までに支払いが行われない場合、住人に立ち退きを求める旨まで記載されていた。
もちろん、新生ジオール政府は正式に抗議を行い、裁判は無効との主張をした。
しかし、行政の多くをアルスに頼っていた新生ジオールの体制では、アルス裁判所の判決は無視できない。
終戦後、アルスの態度は明らかに硬化していた。私たちカミツキの存在を、マギウス同様危険視する世論が形成されていた。
結局私たちは、多国籍ファンドの主張する賃貸料の支払いのため、資金集めに奔走した。
終戦前に集められた寄付金は、特定危険生物7号指定のときに、全て凍結されていた。
凍結解除のための交渉は、アルスの横槍により難航している。
新たに、別の寄付金を集める口座を開設したが、以前ほどの金額は集まっていない。
やはり、カミツキの存在を危険視する勢力が、モジュール77への協力を阻む圧力を掛けているのだ。
ジオール政府はまだ機能を回復していないし、ドルシアもまだ内乱の最中だ。
他に融資を行ってくれるところを探しても、「カミツキ」を危険視する勢力の圧力か、どこに行っても拒否された。
そして、私の印税も入ってこない。
レコード会社は、私が「人間じゃない」ことが契約不履行にあたると主張しだしたのだ。
アイドルは普通、契約期間中に容姿の極端な変化がないよう、契約書や覚書を交わす。
アイドルが極端に肥満したり、悪趣味なタトゥーを入れたりするとイメージダウンにつながるからだ。
私が「カミツキ」なのが、イメージダウンに繋がるというのが、会社側の主張だ。
…契約時には、私は既にカミツキだったのに。
こんな無茶な主張に対しても、いちいち裁判を起こさないといけない。
しかし、この国には頼れる弁護士はいない。外部の弁護士を雇うにも、お金は必要なのだ。
それに、正当な手続きで印税を手に入れたとしても、多国籍ファンドの仕切った期日には間に合わない。
こうした八方塞の状況で、私のところに、とあるオファーが届いた。
それが私、流木野サキへの、アダルトビデオの出演依頼だった。
−−−−
乳房に突き刺さった剣は、刺さっているだけで、ジンジンとした鈍い痛みを伝えてくる。そして…
グイッ!
「くう!」
男が剣を抉る。縦から横へ、刃が回るたびに血が噴き出し、切り裂かれる鋭い痛みと、潰される鈍い痛みとが
同時に上がってくる。心臓を切られたときほどではないけれど、ずきずきと、痛みが際限なく湧き上がる。
「うううっ!」
痛みが止まらない、痛みが治まらない。傷が治らないのだから、ずっと痛みが継続する。
痛みが続くことが、こんなにも辛いことだなんて…。
ドルシアでの虜囚の時も、ここまでの苦痛は経験していない。
ドルシアでは、カミツキの能力を調べるための実験と称して、私の身体は切り刻まれた。
メスやナイフで身体を切り裂き、それが治るまでの時間を計測された。
この程度の痛みは、そのときに何度も乗り越えて来たのに…
私の目尻から涙が零れ落ちる、私が、痛みに屈服した証のように。
「そろそろ、次に移るか。」
男はそう言うと、剣を水平に抉り、
「ふん!」
「ぎゃああああああああああ!」
剣を外側に振りぬき、そのまま乳房を、乳首を真横に切り裂いた。切り裂かれる痛みが二つ、重なって襲ってくる。
二つの乳房が上下にぱっくりと割れ、鮮血がお腹から下肢まで染めていく。
男はすばやく手を伸ばすと、上下に割れたままの左の乳房を、そのまま揉みしだく。
「くううううううぅ」
傷が塞がらないよう、指を間に入れて、文字通り傷を抉るように揉む。
「ぐうぅ、くっ!」
熱い痛みが襲う度に、私は嗚咽を漏らす。堪えることなどできない。堪えても、意味などないのだから。
やがて、胸に飽きたかのように男は手を引く。大写しにされた私の胸から傷跡が消え、血まみれの乳房が顕になる。
そう、猟奇描写を伴っても、あくまでアダルトビデオ、私の裸を、恥ずかしいところを映し出すのが目的だ。
だから今、後背のスクリーンには、私の胸がアップで映されている。
次に男は私の背中に回ると、私の腰に手を当て、後ろに引っ張る。あわせて両手の縄が僅かに伸びる。
ちょうど私は、お尻を後ろに突き出した格好になる。今スクリーンには、わたしの締まったお尻が映し出されている。
血まみれの前面に比べて、背中やお尻はあまり血糊がついていない。
男は剣を部下に手渡すと、別のもの持ってこさせた。それは、シンプルな木製バットだった。
男は、バッティングのように大きく振り被って、
バチッツ!
「ひいぃぃぃぃぃ!」
私の左のお尻にバットを打ち付けた。
筋肉が寸断され、骨にまで響く。白い肌が内出血で浅黒く変色する。
傷が癒える間もなく、2発目が振るわれる。
バチッツ!
「ひぐっ!」
崩れた尻肉がさらに潰され、グチャグチャにされる。更に、
バチッツ!グチッツ!
「ぐうぅっ!ああぁぁ!」
3発目、4発目と、角度を変え、右のお尻が叩かれる。
スパンキングなどという、生易しいものではない。これは文字通り、拷問。
右のお尻が見る見る赤黒く染まる中、左のお尻は、元の白さに戻っていく。そこで、
バアァン!
「ひいぃ!」
両方のお尻に、水平にバットが叩きつけられる。
スクリーンには、私が髪を振り乱し、泣き叫ぶさまが映し出される。
垂れ下がる形の私の乳房が、叩かれるたびにプルンプルンと揺れる。
血塗れた肌の下から脂汗がにじみ、勃起した乳首から雫が落ちる。
それからは、バットの乱舞が続く。
「ひぎっ!ぐっ!がぁ!」
殴るペースを上げ、傷が癒える前に叩く。私のお尻は、腐ったトマトのように赤く爛れる。
「…ふう」
男がひと息つく。バットを杖のように地に衝き、袖で額の汗を拭う。
そこでようやく、私のお尻は元の白さにもどった。
−−−−
「よくいらっしゃいました、流木野サキさん。」
小さな雑居ビルの一室、殺風景な事務所を訪れた私は、プロデューサーを名乗る男の歓待を受けた。
アフロヘアに丸いサングラスをかけたその男は、安っぽい営業スマイルを浮かべて話しかける。
「わたし達のオファーに応答してくるとは、思ってもみませんでしたよ。」
『嘘をつけ!』
私は心の中で毒舌する。この男のオファーは、明らかにモジュール77の窮状を知っての行動だ。
多国籍ファンドの要求は、既にマスメディアによって報道されている。そして、モジュール77にお金がないことも。
「ここに着たといっても、まだ契約するとは言ってないわ。」
私はあえて、強気を示す。弱みを見せることはできない。
「私は、世界の流木野サキよ!そう易々と脱ぐわけにはいかないわ。」
「それはそうでしょうなあ。貴方のようなお美しい女性が、人前で肌を晒すんですから。」
プロデューサーはひじを付くと、いやらしい笑みを浮かべてこちらを見る。
サングラスの下で視線は分からないけど、芸能人の勘が「視姦されている」と告げている。
そう、こいつは既に、契約後の撮影について考えをめぐらせている!
こいつは、私が契約すると信じて疑ってない。
…ならば、せいぜい吹っ掛けてやろうじゃないの!
「しかし、大層な言い値ですなあ。普通、契約料だけでこれほどの額にはならないのですが…」
それはそうだ。「私」の言い値は、モジュール77が必要としている額よりも多い。
ショーコさん達の努力で、かなりの資金が集められている。それにもう少しの金額を加えれば、当座の危機は回避できる。
だが、私は「世界の流木野サキ」。自分を安売りすることはできない。
実はアキラに頼んで、私がAV出演を検討しているという情報を拡散してもらっている。
既にいくつかのレーベルが興味を示しており、ここでの交渉が決裂しても、他に出演するという選択肢もある。
それを交渉カードとして伏せておいて、こちらの契約金額を引き上げるのが狙いだ。
「まあ、いいでしょう。これも予想の範囲内ですから。」
「えっ!」
私は拍子抜けした。私の提示した額、満額で契約しようというのだ。経済感覚がずれている。
「このビデオは、貴方でなければ撮影できないものですから。」
プロデューサーは、やおら立ち上がると空を仰ぎ見るように手を広げた。
「そう、このビデオは、地球史上かつてない傑作となるのですから!」
その大仰なポーズに、私はある種の不安を感じた。これは芸術家、あるいは狂信者の言動だ。
サングラスの奥から覗く視線、見えないはずの視線に、私は狂気を感じる。
『私でなければ撮影できない?』
プロデューサーのその言葉も、私の不安を掻き立てる。
「流木野サキさん、私は、ドルシアに捕らえられた貴方を見ました。」
ドクン。心臓の鼓動が跳ね上がる。ドルシアの虜囚、この男が見たというもの。
「そう、あの美しい姿、心臓を貫かれる、あの断末魔の叫び。」
あのときの悪夢を、私が公開処刑された時のことを言っている。
「あの美しさは、他では表すことができない。そう、流木野さん、貴方でしか表現できない。」
私の膝が、がくがくと震えだす。奥歯もかみ合わず、カチカチと音を鳴らす。
私は理解してしまった、この男が、どんなビデオを録ろうとしているのか。
私でしか撮影できない、最高傑作。
「まさか…」
「そうですよ流木野さん。撮影するのは、貴方の、猟奇殺害ビデオです。」
−−−−
男は部下にバットを手渡すと、別のものを持ってこさせた。それは、シンプルでない木製のバット。
「ひぃっ!」
表面に金属片をびっしりと埋め込んだ、釘バットだった。
男は、それを先ほどと同じように振り被り、
「い、いや!やめて!!」
グチッ!ギリィ!
「ひっ!ひぎいいぃぃぃ!」
肉を抉る痛みと肉を潰される痛み、そして遅れて、皮と肉を切り裂く痛みが襲い掛かる。
「があああぁぁぁ…」
しかも、叩き付けた直後に柄を引っ張り、釘で肉をこそげ落とす。
私のお尻は一撃で血まみれになり、切り裂かれた傷跡と痣と、崩れた肉と脂肪が映し出される。
今度はわざと傷が治るのを待って、そして、血糊以外の傷跡が消えたのを見計らい、
バヂッ!ギリリ!
「ぐわぁ!があぁぁぁ!」
皮を裂き、肉を抉り、骨を砕く。容赦のない打撃が、2発3発と振るわれる。
「ぐぐっ!ひぐっ!ぎいぃぃぃ!」
悲鳴さえまともに上げられず、私は痛みに喘ぐ。
お尻の感覚がない。あるのは熱を帯び、ずたずたに切り裂かれた肉の塊、そして耐え難い痛みと衝撃だけ。
私は口から泡を吹き、よだれを垂らしながら、獣のような嗚咽を漏らす。
そんな私の醜悪な表情が、スクリーンに映し出される。
演技なんてできない。
今は、この痛みに、耐えるだけしかできないのだから。
後背の男は最後、釘バットを上段に構えると、無傷な私の背中に、腰に叩きつけてきた。
グギッ!
「ぎぐうぅ!」
背中の肉が抉れ、背骨が折れるのを感じた。
両手の縄は少し引き戻され、私は跪く形になっていた。そこに、2本の長ベンチが用意される。
ベンチというよりも、少し幅の広い平均台といった、飾りのない台だ。
それを私の左右に置くと、男達は私の足を持ち上げた。
「くっ」
男達の意図を察し、私は歯噛みする。私の両足はそれぞれ、ベンチをまたぐ形で外側に広げられた。
大きく開脚することで、私の性器が曝け出される。
スクリーンには、薄い陰毛の下、わずかに開いた秘唇がアップで映し出される。
軍服の男は平均台の間に入って、私の正面に立つ。男の右手の指が、乱暴に秘裂に差し込まれる。
「くぅん!」
今までの暴虐に比べたら、微かな痛み。それでも、悔しさが胸にこみ上げてくる。
ハルトにしか許したことのない場所、それが今から、この男達に蹂躙されるのだ。
覚悟はできていた。アダルトビデオの撮影なのだ、猟奇映像だけで、裸を晒すだけで済むわけがない。
それでも、私は耐えられる。私の初めては、ハルトに捧げてあるのだから。それに…
「貴様は処女か?」
男が、秘裂で指を動めかしながら問いかけてくる。
『そんなもの、すぐに分かるでしょ!』
声には出さず、男をにらみつけることで意思表示する。
ここから私は「演技」しなくてはならない。私が「未経験」だと装わなくてはならない。
私のビデオを、ショーコさんが直接見ることはないだろう。だけど、噂話は耳に入るかもしれない。
『流木野サキは、処女じゃない。誰かと経験済みだった。』
その相手が誰だったか、ショーコさんには知られたくない。だから私は「未経験」でなければいけないのだ。
幸い、私はカミツキ。肉体的には、永遠に処女のままだ。
あとは私の「演技」次第。喪失の悲しみを演じきってみせる。
「なら、これで試してみるか。」
軍服の男は一旦離れると、部下に持ってこさせたものを私の目の前にかざした。
それは、シンプルな木製のバットよりは一回り小さい。
握り手から先端へ向かって徐々に太さが増し、先端が丸みを帯びた木の棒、すりこぎだった。
−−−−
契約の内容はシンプルだった。
私は、撮影に拒否権を持たない。
私は、撮影中の如何なる行為も許容する。性行為および残虐行為も許容する。
私は、撮影中に不慮の事故で死亡する可能性のあることを理解して契約する。
私は、撮影中に不慮の事故で死亡したとしても、賠償請求をしない。
撮影は、休憩時間を除き24時間とし、その間、外部との接触を禁じる。
あとは、契約金や出演料などの取り決めだけだ。
どのような内容の撮影か、具体的な説明はない。だた、提示された金額は、私に決断を迫っていた。
『このお金があれば、モジュールは救われる…』
お金を工面する手立ては限られている。今の私にできることは、この身体を売ることしかない。
レコード会社との契約は完全に反故にされるだろう。AV出演となれば、こちら側の非は明らかだ。
それでも、私の印税を遥かに上回る額が手に入る。
私は、契約書にサインした。
悪魔との契約書、あるいは奴隷契約書。
私はこの身体を、目の前の悪鬼に売り渡したのだ。
「さあ、それではスタジオに向かいましょうか。」
「まって、お金の振込みが先よ。」
私はスマホを取り出すと、アキラに連絡を取る。
「サキちゃん、すごいよ。お金が振り込まれてる!これで、賃貸料は賄えるよ!」
「そう、ショーコさんにはアキラから伝えておいて。」
「けどサキちゃん、ほんとにAVに出るの?」
「心配しないで、私は女優なのよ。」
アキラとの会話を切り上げると、プロデューサーに話しかける。
「契約成立ね。」
スタジオというのは、少し離れたところの倉庫街にあった。
普通の倉庫の地下に、撮影用のスタジオが隠されていた。
『なんでこんなところに?』
私は、少しだけ不安を感じていた。私は、とんでもないヤツラと契約してしまったのではないか、と。
そしてその不安は、すぐに確信に変わった。
地下に降りて最初に入った部屋は、いかがわしい道具が並んでいた。小道具や大道具を仕舞ってある倉庫のようだ。
鞭や荒縄、蝋燭などの他、首輪や皮の貞操帯などもある。
ただ、それらよりも目を引くのは、ナイフや剣などの刀剣類と、数々の拷問道具だった。
それらを一目見て、私は気付いてしまった。これらの道具は、よく手入れされている。
そう、これらの道具は、全て使い込まれている!
そのとき私は、昔聞いたある噂話を思い出した。
アイドル時代、私は売れっ子として妬まれ、孤立していた。それでも、他のアイドルや業界人との接触がないわけではなかった。
あるとき、別のアイドルグループの娘と話してたとき、その噂話を聞いたのだ。
「xxグループの○○ちゃん、最近出番がないけれど、ここだけの話、実は裏ビデオに出演しているらしいの。」
それだけなら、よくある話だ。売れなくなったアイドルがAVデビューする、あるいは、裏ビデオに出演する。
どちらも、売れないアイドルの末路としては、ありふれた話だ。私には関係ない。
「ところがその裏ビデオ、どうもヤバイものらしのよ。」
「ヤバイって?」
「リョナって言うの?何かすごい痛そうなことしてるんだって。」
猟奇的映像というのなら、特撮合成でなんとでもなる。むしろそんな需要があるという方が驚きだった。
「あたしが見たわけじゃないんだけれど、見た人がいうには『あれ、死んでる』って。」
瞬間、背筋に冷たいものが走った。まさか猟奇映像のために、実際に人を殺すなんて!
私は、頭に浮かんだ恐怖を、直後に打ち消した。
馬鹿馬鹿しい。そんなことがあるはずない。仮にもジオールは法治国家なのだ。
その娘の話は、そこで終わった。
ただ、件の○○ちゃんの姿をその後、見かけることはなかった。
私達はつい最近、世界の裏側に巨大な闇が存在していることを知った。
世界を裏から支配するもの、マギウスと101人評議会。
マギウスの存在は、アキラとエルエルフ達の手によって、世界に暴かれた。
しかし、マギウスの他にも、闇の勢力が存在しているとしたら…
私は、芸能界の深淵を覗き込んでしまったのかもしれない。
−−−−
太いすりこぎが、あまり濡れていない私の秘所に、無造作に突き立てられる。
ブチッ!
「ぎいぃぃぃぃ!」
痛い!あの時、ハルトに奪われたときより、遥かに痛い!柔らかさのない棒が膣を無理やり押し広げ、処女膜を破り去る。
肉が裂かれる鋭い痛みと、押し広げられる鈍い痛みとが同時に上がってくる。
私の頬を、新たな涙が流れ落ちる。
『悔しい!』
これは演技ではない、私の本心。私の性器が、こんな風に弄ばれるのが、心底悔しかった。
けど、ちょうど良い。私は「処女を失って」悔し涙を流している、そう見えるはずだ。
スクリーンに映る表情、悲痛な色を浮かべる私の表情は、望みどおりの印象を醸し出している。
「うぐっ!かはっ!」
その間も、男はすりこぎを前後させ、私の中を蹂躙していく。
単に往復させるだけでなく、ねじ回したり、腹や奥に斜めに押し込んだする。
これは、快楽ではなく苦痛を与えるための抽挿。そして、
「ふぐっ!」
すりこぎが最奥に押し込まれ、勢いよく引き抜かれる。
破瓜の鮮血と僅かな愛液が纏わり付いたすりこぎを、男は眼前に晒す。
「こいつは、記念に取っておいてやる。」
そう言うと、部下が用意したビニール袋に入れ、丁重に封止する。
あのすりこぎ、どうするつもりだろう?オークションにでも掛けるつもりだろうか?
そんなどうでもいいことことを考えていると、二人の人影が近づいてくる。
一人は漆黒の肌の背の高い男、もう一人は、相方よりやや背が低いが恰幅が大きい褐色の肌の男。
どちらもほぼ全裸だった。彼らが身に纏っているのは、軍靴と篭手、それに軍用のベレー帽だけだ。
漆黒の男が、その一物をいきり立てながら、私の前へ歩いてくる。褐色の男は、私の後ろへ回り込む。
何をしようとしているのか、私でも分かる。私を、前後から犯そうとしているのだ。
だが、それよりも不気味だったのは、男達の「篭手」だ。
手の甲を覆う金属より先、指の上に当たる部分に、鋭利な「爪」が付いている。
それがどういう効果をもたらすか、私はすぐにこの身で知ることになる。
漆黒の男が私の両腿を鷲掴みにする。
ズブリ!
「くぐっ!」
男は途中から篭手の爪を立て、腿の肉に爪を突き刺した。
腿にはそれぞれ五つの穴が穿たれ、鈍い痛みがジンジンと上がってくる。
男はそのまま腕を引き、私の身体を持ち上げる。
「くぅぅ!」
私の体重が、腿に食い込んだ爪に掛かる。爪は私の骨まで達し、きりきりと骨を軋ませる。
漆黒の男は、私の下に腰を突き出し、その一物の上に、私の身体を落とし込んだ。
ブチッ!
「きああぁぁぁぁ!」
私の「二度目」の破瓜が訪れた。痛みに苛まれながら、私は驚きの表情を作る。
そう、私は「驚かなくてはならない」、いまの苦痛に、破瓜の痛みに。
「う、そ!」
漆黒の男も気付いたようで、軍服男のほうを仰ぎ見る。
「どうした!」
流石に不審に思ったのか、軍服男が問いただす。
「こいつ、処女膜が残ってやがる。」
そう言うと、己の性器を引き抜き、絡みつく破瓜の血を見せ付ける。
「ほう。」
軍服男は感嘆の息を漏らすと、私の脇にやってくる。そして私のあごに手を掛けると、芝居がかった台詞を吐く。
「便利なものだな、カミツキというのは、処女膜まで再生するとはな。」
「くっ!」
私はあせりの表情を作る。今、初めて知ったというふりをする、これから、陵辱のたびに同じ痛みを味わうということを。
「なら、こちらはどうかな?」
私のお尻の穴に、暖かい塊が当たる。後ろの男が間近までせまっていた。
ズグッ
「ひいいぃぃぃぃ!」
なんの準備もなく、私のアナルに肉棒が突き刺さった。破瓜とは別の、鈍く重い痛みがせり上がってくる。そして…
−−−−
撮影所に用意されていたのは、重そうな緞帳と、その裏に立つ二本の柱だった。
それを見て私は、ここでどういう撮影が行われるのか、大体察した。
『あの時の再現をしようというのね。』
あの時、私が公開処刑されたとき、全世界に流された、あの映像を再現しようとしている。
「よく来たな流木野サキ!」
私に声をかけたのは、禿頭の大男だった。プロデューサー同様、丸いサングラスを掛けているが、そのガタイは一回り大きい。
堀の深い顔と、滲み出る野獣のような雰囲気から、今すぐに悪役俳優としてデビューできそうだ。というより、
『AV男優?』
プロデューサーから、その男が監督だと紹介された。
「いいか流木野、俺は貴様に演技など要求しない。貴様はただ、泣き喚いていればいい。」
彼はピデオ撮影としては、ひどい暴論を吐く。私に、女優としての役割を期待していないと言っているのだから。
「ただし、ひとつだけ言っておく。撮影中に、こいつがビデオだと、フィクションだと分かることは発言するな!
その場合、リテークに掛かる時間は撮影時間から省くからそのつもりでな。」
それだけ言うと、監督は撮影スタッフへの指示へ戻っていった。
この男達は、あくまで私を蹂躙、虐待する映像を、実際にあったかのように見せかけたいのだ。
確かに私は、ドルシア軍から「実験」という名の虐待を受けた。カミツキの能力を調べるためと、身体を切り刻まれた。
公開処刑を見た男達も、私がどんな処遇を受けていたか、妄想を掻き立てているのだろう。
このビデオはそれを満たすもの。男達の欲望のままに、私が受けていたであろう仕打ちを「再現」する。
確かに需要はあるだろう。私の処刑を目撃した、何十億もの男達、その1%、いや1万分の1でも、採算は取れそうだ。
「それではまず、コレを着てもらおうか。」
監督の脇のスタッフから手渡されたのは、粗末な貫頭衣。あの、公開処刑のときに纏っていたものと酷似していた。
「それで、控え室はどこ?」
手短に言われただけで、具体的な説明がない。私は、着替えのための場所を尋ねる。
「奥に共同の休憩室はあるが、控え室はない。」
それは、プライバシーが確保できないということ?
「今すぐ、この場で着替えるんだ!」
私は監督を睨みつける。「あのシーン」を再現するなら、当然衣装もあのときと同じ。監督は、私にここで裸になれ、と言っている。
私は靴とソックス、時計とブレスレットを外し、背中のファスナーに手を掛ける。
ここまで来た以上、どうせ私の裸は衆目に晒される。遅いか早いかの違いでしかない。
ファスナーをおろすと、私の足元にワンピースが抜け落ちる。あと、纏っているのは上下の下着だけ。
ブラを外すと、私は左手で胸を隠す。しかし私の胸は、細い左手一本では隠せない。
腕の上下から覗く肉厚、普段は誇らしく思うそれも、今は疎ましい。
監督は他の作業をせず、私を凝視している。まるで、私を値踏みでもしているかのように。
私は羞恥に顔を染めながら、パンティを下ろす。もう、私が身に纏っているものは、何もない。
「まて!」
私が急いで貫頭衣を纏おうとしたところ、監督に止められた。
「まずはその身体を、しっかりと見せてもらおう。」
監督が一歩、私のほうに近づいてくる。私は貫頭衣を前に翳し、肌を隠す。
「ちょっとまって、これは、撮影の一環なの?」
私の裸を、タダで見せる訳にはいかない。
監督は一瞬、不快感を示したが、すぐにスタッフに指示した。
「タイムキーパー!」
監督の言葉に、ストップウォッチを持った男が答える。
「よかろう、撮影時間にしてやる。その代わり、こっちの言うことにしたがってもらう。スタート!」
監督の声に、タイムキーパーと呼ばれた男が反応する。
「両手を左右に下ろし、足を少し開け。」
貫頭衣を床に落とし、言われたとおりに裸を晒す。
監督は正面から胸を、そして下肢へと視線を降ろす。そしてしゃがみ込むと、私の性器を凝視する。
手は出さない。ただ見るだけ。
次に立ち上がると、私の周りをぐるぐると回りだす。時折、カメラマンのように指で枠を作り、私の裸体を隅々まで視姦する。
他のスタッフも作業の手を止め、私の裸を凝視していた。
『こんなに大勢に、視られている…』
私は羞恥心に耐え、身体を強張らせる。今は耐えるしかない。この後、もっと恥ずかしいことをされるのだから。
「カット!」
「3分21秒です。」
監督の声に、タイムキーパーが答える。
「ふん、いたぶり甲斐のある、いい身体してるじゃないか。」
私はすぐに貫頭衣を纏う。あとはスタッフが私の両手に縄を縛り付けると、撮影の準備は整った。
−−−−
ブチッ!
「きいいぃぃぃ!」
漆黒の男が再度、男根を膣へ押し込んでくる。「三度」、破瓜の痛みが私を襲った。
「うぐぅぅぅ!」
前後の穴で、太い肉棒が抽挿される。薄い壁を境に、二つの肉棒が私の中で暴れている。
鈍く重く、圧迫される痛みが襲ってくる。そして腿からも、ジンジンとした痺れのような痛みが伝わってくる。更に、
「くきっ!」
後ろの男が、私の胸を揉み始めた、篭手に付いた爪を喰い込ませながら。
血染めの乳房に、新たな流血が加わる。
後ろの男は、深く喰い込んだ爪を、そのまま掻き毟るように引き裂く。
「ぎいぃ!」
常人ならば、乳房がもぎ取られてもおかしくない。それでも、私はカミツキ、やがて傷は塞がる。
男は傷が塞がる前に、今度は爪を立てず指の腹で揉みしだく。普段なら感じる愛撫も、ずたずたになった乳房では拷問と同じ。
そして愛撫の間も、男達のピストン運動は続いている。同時に衝かれることもあれば、交互に衝かれることもある。
受け入れることなんてできない。快楽なんて何もない、ただ拷問であるだけのセックス。
それでも男達は、勝手に快楽を感じている。男達の息が、徐々に荒くなっていくのが分かる。そして、
どくっ!どくっ!どくっ!どくっ!
「うおおおぉぉぉぉぉ!」
「いやああぁぁぁぁぁ!」
後ろの男が雄たけびを上げて、爪で、私の胸を引き裂きながら、お尻の穴に精を放つ。
どぴゅっ!どぴゅっ!どぴゅっ!どぴゅっ!
「ふんんんんん!」
前の男も、腿の骨を軋ませながら、私の膣内に射精してくる。
「あああぁ、いやあぁぁぁ…」
力ない私の嘆きが、遅れて響く。スクリーンには、泣き腫らした私の憂い顔が映し出される。
男達が体を離すと、私の、だらしなく開かれた性器から、白濁と破瓜の血が零れ落ちた。
バシャーン!
男達が離れると、冷たい水が頭上から降り注ぐ。見ると、部下の男がバケツで水を浴びせたようだ。
それで、私の纏っていた出血は、大部分洗い流された。おそらく、男達の汚液を洗い流す意味もあるのだろう。
虚ろな目で前を見ると、軍服の男は白木の杭と木槌を持っていた。
『吸血鬼ものの定番ね。』
カミツキやマギウスは、厳密には吸血鬼ではない。しかし世間では、私たちを吸血鬼に準える人も多い。
かく言う私も、かつて自分をヴァンパイヤだと思ったことがある。カミツキに成りたての頃、カミツキの名称が定まっていないときだ。
しかし男は、私が思っていたこととは異なる方法で、白木の杭を使った。私の左の腿の上に杭を立てると、
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
「くうっ!うっ!ふっ!」
杭が左腿に打ち付けられる。肉を裂き骨を貫通した杭は、そのままベンチの板まで貫く。
そして同じように、右の腿もベンチに打ち付けられる。熱を帯びたような鈍い痛みが、両腿から上がってくる。
そして、私を動けないようにしてから、男は部下から別のものを受け取る。
それは先ほど、私のお尻をグチャグチャに叩き潰した、血染めの釘バットだった。
男はそれを手に、私の前へ、股間へ近づいてくる。
「うそ!そんな…」
『そんなものが、入るはずない!』私がとっさに叫ぼうとしたとき、
ズシャ!
「ひぐっ!」
私の股間に、金属辺の塊がねじ込まれる。
イ!タ!イ!
頭の芯が、痛みの感覚が全て塗りつぶされたかのよう、切り裂かれ、押し広げられ、押しつぶされ、引き裂かれる。
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
痛みが痛みとして知覚できないほど、股間から痛みが奔流のように流れ込んでくる。
「がああああああああああああああ!」
私は、獣のように吼えた。何も考えられない、痛い!痛い!痛い!痛みで思考が回らなくなる。
「ぎあああああああああああ!」
さらに、釘バットが引き抜かれる、私の膣を、性器を、陰唇を引き裂きながら。
私の血と肉片をべっとりと纏った釘バット、男は部下に、それを手渡す。
痛みでぼろぼろになった私は、視界の隅で、軍服の男がサーベルを手にするのを見た。
今度は部下の男が、釘バットを持って私の前に来る。軍服の男は、私の背後に回りこんでいる。
部下の男は、再び釘バットを私の股間にあてがう。
「お願い!もうやめて!」
そんな願いなど聞き入れられる訳もなく、
ズチャ!
「きゃああああああああああ!」
再び、釘バットが挿入される。しかも部下の男は、釘バットを引き抜かず、半分ぐらいでの抽挿を繰り返す。
肉を引き裂き、こそぎ、穿ち、抉る。痛みが湧水のように溢れ出て、私の心を蝕んでいく。そして、
ザシュ!
「かはっ!」
別の痛みで、意識が覚醒する。これは以前感じた痛み。
私は背後から、心臓を串刺しにされている!
これはそう、ドルシア軍につかまり、公開処刑されたときと同じ。
そして、しばし私の意識は落ちる。
意識を取り戻してすぐ、私は痛みに苛まれた。股間にはいまだ釘バットが突き刺さり、心臓にもサーベルが刺さったままだ。
「ふぐっ!」
心臓も動かない、なのに意識だけは戻る。そして程なく、再び意識が落ちる。
二度三度、意識が戻っては落ちるを繰り返す。男達は、サーベルを抜くつもりがない。
『私、ここで死ぬのかな?』
そんな弱気になったとき、ふと、声が聞こえた気がした。
「流木野さん。」
私を優しく呼ぶ声、私の大好きな人の声!
「ハルト!」
そこには、もう会えないと思っていた、優しい笑みを浮かべたハルトが立っていた。
「流木野さんは頑張ったよ。もう、無理しなくていんだよ。」
「ああ、ハルト、ハルト!」
私はハルトの胸に飛び込もうとして、駆け出した。だが、
「待って!」
私を引き止める人影、それは、
「私には、まだできることがあるでしょう。それに、」
私自身だった。
「私は『約束』したのでしょう、ハルトと。」
そうだった、私はハルトと約束したのだ。
たとえ、私の想いが叶わないと知っても、私は『約束』を守る。
だから、
『絶対に、諦めない!』
気が付くと、私は全裸で立ち尽くしてた。
男達は前後に吹き飛ばされ、サーベルも釘バットも、腿の杭も抜け落ちている。
ベンチはひしゃげて、足元に転がっている。
そして血染めの私の身体は、淡い光と纏っていた。
『これって、ルーンの光?』
エルエルフから聞いたハルトの力、ルーンを操る能力。
あの、命の際の体験で、私もルーンの力に目覚めたというの?
「カーット!」
「46分34秒。」
私の意識が、不意に現実に引き戻される。
「ようし流木野、休憩をやる。休憩室でシャワーを浴びて来い。」
監督はそう言うと、編集スタッフ達と打ち合わせを開始した。
私はADからタオルをもらうと、言われたとおり、休憩室に入った。
シャワーを浴び、血を洗い流しながら、先ほどの出来事を思い出す。
『あれはやはり、ルーンの光…』
ハルトが目覚めたという、ルーンの力。マギウス達と同様、呪文を媒介に、ルーンの力を引き出す。
アレがルーンの力かどうか、もう一度試してみようと思う。幸い、周りには人はいない。
念のためシャンプーなどの小物はシャワールームの外に出し、カーテンも開け放しにする。そして、
『絶対に、諦めない!』
呪文など唱えるまでもなく、私が念じたとおり、ルーンの光が周囲に広がる。
シャワーの水滴がルーンにはじかれ、ぱちゃぱちゃと音を立てている。
いまは単なる防護壁、硬質残光のようなもの。マギウス達のように複雑な術は使えない。
それでも私にとっては、貴重な武器を得たようなものだ。
そして私は、自分の身体の「ある変化」に気付いた。
『この腿の痣…』
左の腿に、赤い痣が浮かんでいる。最初は、杭を打たれたあとの名残かと思ったけど、一向に消える気配がない。
そして、鏡でその形を見て、驚愕した。三つの棘、崩れた三角形、あるいはV3つ。
『これって、ハルトの…』
ハルトの胸にあった痣と、同じ形をしている!
−−−−
ハルトの遺体を制服に着替えさせようと、エルエルフがハルトのパイロットスーツを脱がしにかかる。
私はその手伝いをして、ハルトのインナーシャツをめくりあげたとき、その痣に気付いた。
「エルエルフ、これって!」
「それはだいぶ前から時縞の胸に刻まれている。おそらく、カミツキ化の影響だろう。」
カミツキ化といっても、私にはそんな痣、刻まれていない。
おそらく、ハルトだけが背負ったもの。ハルトが背負った、カミツキの業のようなものだろうか?
私はそのとき、ハルトが背負っていた業を、少しでも肩代わりできたらと思っていた。
…そうすれば、ハルトを失うことはなかったかもしれない。
−−−−
「ああ、ハルト、ハルト!」
私は、シャワールームの中で泣き崩れる。
ハルトと、同じ痣。ハルトと、同じ力。
もう何も残っていないと思っていた、ハルトとの絆。
ハルトにだけ許したこの身体も、今日、男達に汚されてしまった。
それでも、この痣が、ルーンの力が、私とハルトとを繋いでくれる。
私は、まだ戦える。私は誓ったのだ、絶対に諦めないと。
だから私は、この身の全てを捧げて、モジュールを、ハルトが築こうとした国を守ろう!
シャワールームから出ると、バスローブ一枚という格好でスタジオに戻る。
『バスローブ一枚で撮影所なんて、AV女優みたいね。』
そう思って、一人苦笑する。みたいじゃない、今は、AV女優そのものなのだから。
「いやー良かったよ流木野さん、すばらしいフィルムが取れた。」
プロデューサーが手を広げて感動を表現している。
「特に最後の光、あれ、あんなのがだせるなんて…」
「怪我の功名ね。」
私は謙遜して肩をすくめる。実際、あの光は偶然出せたものだ。
もし、あの光が出せなかったら、私は殺されていたかもしれない。
「その調子で、本番も頑張ってね。」
「本、番、?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。本番って、それじゃ今までのは?
「あー、今までのはパイロットフィルムだから。」
「カミツキがどこまで耐えられるか、テストしてみたのさ。」
監督が会話に割り込んでくる。
私は不意に、契約内容を思い出した。撮影時間はたしか24時間。今は、まだ1時間も経過していない。
残り23時間、私は、今までのような責め苦を受け続けなければならない。
「いやああああああああああああ!」
そう、私の地獄は、まだ始まったばかりだった。
それから23時間、私への虐待と陵辱の時間が続いた。それでも、私は耐え続けた。
監督達からは、ルーンの光を使わないよう注意された。ルーンを使った場合、撮影をリテークすると。
どんな拷問にも汚辱にも、ひたすら耐え続けた。2回の仮眠と4回の食事をあわせると、ほぼ2日の撮影になった。
トイレ休憩はない。その場でしろ、と言われたからだ。
日の光の見えない場所では、時間感覚がまひしてしまう。タイムキーパーの累計時間だけを頼りに、私は耐え忍んだ。
おぞましい拷問の数々、赤く焼けた鋼のディルドー、鋭利な刃物でできた三角木馬、ガラス張りの「鉄の処女」。
常軌を逸した責め苦を受け、泣き喚きながら、それでも私は耐えた。
ハルトとの絆が、私に力をくれた。ハルトが守った世界を、今度は私が守る番。
そうして、数多の責めに耐え、最後は監督の指示通り、ルーンの光を使ったところで、私の撮影は終わった。
魂をすり減らしながら、私は何とかホテルへ帰りついた。撮影中に取り上げられたスマホは、ちゃんと返却された。
スマホをみると、アキラからメールが届いている。
「サキちゃん、やったよ。多国籍ファンドの裏帳簿を見つけた。
調べてみるとあの会社、ずいぶんあくどい事にも手を出しているみたい。
コレだけ証拠がそろえば、賃貸料だけじゃなく、モジュールの所有権も取り返せる。
サキちゃんも、そんな怪しいビデオ撮影なんかキャンセルして、早く戻ってきて!」
「ふ、ふふふふ。」
私は、思わず笑いが零れてきた。乾いた、引きつるような笑いが。
「私の努力は、なんだったのよーーーーー!」
−−−−
その後、撮影前にスマホで撮った写真を元に、アキラに画像解析を依頼した。
アキラは、どこからか件の裏ビデオを入手して、撮影所にあった小道具の画像と照合。
両者が一致することを突き止めた。そして、裏ビデオの被写体の少女が、確実に殺されている事実も。
地元の警察に連絡して、撮影所と事務所を捜索してもらったが、どちらも既にもぬけの殻だったそうだ。
彼らは再び、闇に潜った、けっして表に出てくることのない深淵に。
だが、私のビデオだけは「善意の第三者」に譲渡済みだった。
私はビデオを、撮影データを取り返そうとしたが、無理だった。
そして結局、私のビデオは発売された。
私のビデオは発売直後から、そのいかがわしい内容故に、ドルシア、ジオール始め多くの国で発禁処分になった。
だがARUSでは「カミツキの異常性を示すもの」として、人権団体や女性団体の抗議を無視して販売が続けられた。
単純所持が禁止されていないため、ARUSから禁止地域への密輸入は後を絶たなかった。
そして私のビデオは、アダルトビデオの売り上げ記録を軒並み更新する、空前の記録を打ち立てた。
こうして、私、流木野サキの名声は、望まぬ形で、世界に刻まれた…