「わぁ……すっごぉい……」
息がかかりそうなほど近くで、それを見るリンがうっとりとした表情でつぶやく。
「おっきくて、ビクビク脈打ってて……こんなの見せられたらわたし、ガマンできないよぉ……」
まっすぐにいきり立つそれを指でつつう、となぞりながら、リンがさらに顔を寄せる。
唇の隙間から、ちらり、とピンク色の舌が顔をのぞかせ、その先端が、ちょん、とボクのものに触れた。
「あ……っ!」
全神経を集中していたその箇所から、びくん、と一瞬でボクの全身に行き渡るほどの刺激が走る。
なおも舌を突き出して、ちょん、ちょんと触れるリンの舌先に、ボクは激しく身をよじらせて反応した。
「ふふ……レン君のここ、すっごくビンカンになってるんだね……。それじゃ、こうしたらどうなるのかな?」
リンが突然、ぱか、と口を開けたのを見て、ボクは左右に激しく首を振った。
「だっ、ダメっ、そんな事されたらぁっ!」
しかしリンはやめる素振りすら見せず、その、大きく開いた口で、目の前の肉棒の先端をぱくり、と咥えこんでしまった。
「あっ、ああああっ!」
その瞬間、どくん、どくっとボクの股間は激しく跳ね上がり、リンの口の中に大量の白濁液をぶちまけていた。
「ん……んぐっ……」
びゅっ、びゅぅっと吹き出す精液が、リンの口の中を汚していく。収まりきらなかった分の精液が、リンの唇の端からたらりと漏れ、
一筋、ぽたりと床に落ちた。
「はぁ……はぁ……だ、大丈夫……!?」
今まで味わったことのない、最高の気持ちよさに包まれながらも、思わずボクはリンを心配してしまう。しかし、
「ん……ごくっ、ぐちゅっ……はぁぁ……」
リンは口の中に放たれた精液をごくり、と飲み干してしまうと、驚いているボクに向かって再び、満面の笑顔を向けてきた。
「……っ、ふぅ……。レン君のせーし、すっごく熱くて、おいしかったよ……ごちそうさま」
――その微笑みが、ボクにはもはや、人を魅了して取り込んでしまう、小悪魔の笑いにしか見えなかった。
「わたし、もっと……レン君の、飲ませてほしいな……いいよね?」
そうつぶやいて、リンは再びボクの股間に顔をうずめる。そして、ボクの性器をくわえたまま、顔を前後に動かし始めた。
くぷっ、くぷっという小さな水音が、誰もいない教室で鳴り続ける。
「はぁ、はぁっ……リン、気持ちいいよっ……」
その頭にそっと手を置いて、ボクは天井を仰いでうめき声を上げる。
リンが、今まさに、ボクの下で一心不乱に奉仕を続けている。
それを思うだけで、ボクの心はふわふわと浮き立ち、たとえようもない幸福感に満たされていた。
そうだ、これだ――これこそが、よけいな飾りを全て取り去った、ボクの、本当の気持ちだったんだ――。
そんな、甘い自己陶酔にどっぷりと浸りながら、ただリンのされるがままに天井を見上げていると、突然、その視界に何かがどさり、と
覆いかぶさってきた。
「わあっ!?」
何が起きているのかわからず、ボクはあわてて顔の上のものをどけようとする。
だが、その手を誰かにがしっとつかまれ、止められてしまった。
「うふふ……イケない子ね、レン君。いくら多感なお年頃だからって、いきなり先生のおっぱいにつかみかかろうとするなんて」
艶っぽい、大人の女性の声が、ボクの真上から聞こえてくる。この声は――
「――ルカ、先生……?」
もごもごとそうつぶやくと、目の前が急に開け、天井が再び現れた。
その視界の端から、ひょいと顔をのぞかせ、「ぴんぽーん♪」と歌うように応えたのは、やっぱりルカ先生だった。
「そうよぉ? 貴方のだーい好きな、ル・カ・先・生♪ 何を驚いてるの? 私をここに呼んだのは、レン君でしょう?」
そう言って、ボクの鼻先をつん、と指でつつく先生の様子は、普段とはまるっきり別人のようだった。
「ほら、どうしたの? 私の『個人授業』……受けたかったんでしょう?」
挑発的な笑みを口元に浮かべると、ルカ先生は自分の胸を両手で抱え、ゆさっ、とボクに見せつけるように揺らせた。その、あまりの
迫力にボクは言葉を失ってしまい、ごく、と喉を鳴らして、じっと見つめることしかできなかった。
「ほらぁ……遠慮しなくていいのよ? ずっと私のおっぱい、こうしたかったんじゃないの?」
ルカ先生がボクの手をぐい、と引き、自分の胸にあてがった。ボクの手のひらいっぱいに、先生の胸の、たぷん、とした柔らかさと
重さ、それにほんの少し、しっとりとした湿り気が伝わってくる。
「ううっ……」
たまらずボクは、反射的に手のひらに力をこめ、先生の胸をむにゅ、むにゅと揉んでしまう。ボクの力加減に応じて、自在に形を
変えていくそれは、まるで新鮮な果物のような瑞々しさだった。
「あん♪ あん……♪ ふふ、レン君ったらとっても上手……。ほら、他にもシたい事、あるんでしょう?」
ボクの手つきに合わせて楽しげに声を上げていたルカ先生が、再び自分の胸を抱えると、ボクに向かってさらにずいっ、と押し付けて
きた。
目の前、ほんのわずかな距離にあるのは、先生の胸の先端で、綺麗な桃色に輝いている乳首だ。かすかに、ふわぁ、と汗の香りが
漂い、ボクの鼻腔をくすぐってくる。
「――いいのよ、レン君の、好きにして」
先生が、ぼそりとささやいたのをきっかけに、ボクはほとんど本能的に、目の前の乳首に吸い付いた。
「んんっ、はぷっ、ちゅっ、ちゅぅぅっ……」
ぷるぷると揺れる乳首を舌の上で転がし、唇で甘噛みしては口をすぼめて吸い上げる。それを繰り返す内、ボクの頭はだんだんと、
もやがかかったように霞んできた。
「そうよ……いい子ね、レン君。いつまでだって、そうして甘えていていいんだからね……」
頭をやさしく撫でてくれながら、ルカ先生が発する言葉のひとつひとつが、ボクの心を薄桃色の耽美な世界へ蕩けさせていく。
――ココにいれば、イヤな事は何もない。ボクのキライな奴らはいなくて、ボクのスキな人だけが、ボクを好きでいてくれる世界。
――やっと、やっとボクは、『ボクだけの場所』を見つけられたんだ。
その事に気づいた途端、ボクの目からは涙がとめどなくあふれ出てきた。ぬぐってもぬぐっても止まらないそれが、乾いていた
ボクの心を潤してゆく。
「そうだよ、レン君……」
足元から、リンの声がする。
「私たちが、ずっと一緒にいてあげるからね」
まるで鈴を転がすような声色でリンがそう微笑み、ボクの先端にちゅっ、と優しいキスをした刹那。
「はっ、あっ、うぁぁぁっ!」
目の前に広がる景色が、火花が散ったようにばちばちと弾け飛んでいき……
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――目覚めた朝、ボクは、生まれて初めての夢精を体験していた。
207 :
元405:2014/06/16(月) 23:10:12.45 ID:y+dc4/qk
いったん中断させていただきます
次回の投下で完了とさせていただく予定です
GJ
リンちゃんルカさんと延々Hできる世界とか理想郷すぎる
209 :
元405:2014/06/17(火) 23:08:36.62 ID:v2Gg/M7o
――それからもボクは、夜ごとにトリッカーと契約を交わし、夢の世界を堪能し尽くしていった。
一度堰を切ってしまった欲望はもう留まるところを知らず、ボクがトリッカーに望む夢のシナリオは、日増しにエスカレートしていく
一方だった。恥ずかしさを覚えたのも初めの数日だけのことで、それ以後はむしろ、自分の考案した夢の素晴らしさに誇りさえ覚え、
それをただ一人の聞き手に向かって延々と語り続けている時間もまた、何とも言えず心地よかった。
夢の中で、ボクはもはや王様のような存在と化し、他の連中をかしずかせ、跪かせ、やりたい放題の事をしていった。
時には気に入らない男子同士を選んで、本気の殴り合いを演じさせたり、またある時は、いつも気取っている高飛車な女子を、全裸で
踊らせたり、思いつく限りのありとあらゆる屈辱的な行為を強いてやった。
そしてボクの隣にはいつもリンやルカ先生がいた。彼女たちはボクの言う事をなんでも素直に聞く、下僕のような存在だった。ボクは
気が向くと――といっても、ほぼ毎晩のことだったが――彼女たちの身体で、思う存分に自分の欲求を満たしていた。
けれどそれでも、人間の欲望には際限がないものだということを、ボクは思い知る。
卑猥な言葉を大声でわめかせたり、わざと他の連中がいる前で交じりあい、恥ずかしがる様を眺めたりと、ボクはあらん限りの妄想を
形にして、彼女たちを辱めた。
だけどいずれ、それでもボクの心は満たされなくなって、ついにボクは、何人ものリンを、夢の世界へと呼び出してしまった。
「レン君、スキ」
「大好きだよ、レン君」
「ねえ、レン君、わたしとしようよ」
「いや、わたしの方が先だもん、ね、レン君?」
素肌をさらした無数のリンが、ボクに四方から抱きつきながら、口々に愛の言葉をささやいてくる。
その足元ではこちらも増殖したルカ先生が、よってたかってボクの股間にちゅぱちゅぱと吸い付いている。
(――ボクは、幸せ、だ……)
どろんとまどろんだ目つきで、半開きの口から薄笑いをこぼしながら、ボクは、そんな思いをかみしめるのだった。
この真っ赤な楽園の、中心で。
その反面、ボクは学校を休むことが多くなっていった。
楽しい夢から覚めた朝、学校に行かなければならない事を思うと、前よりもかえって気が滅入った。もっともっと、夢を見続けて
いたかった。
どうして朝は来るんだろう? ボクは何のために学校に行くんだろう?
そんな事を考えていると、ボクの気分はますます憂鬱になり、ついにはベッドの中に逃げ戻ると、母さんには仮病を装って、学校を
サボってしまうのだ。その頻度も、ボクの夢の中での振る舞いが過激になっていくのと比例するように増えていった。
もう、クラスメイトの悪口も、裏サイトの書き込みも、現実のリンやルカ先生に会うことも、どうでもよかった。頭の中にあるのは
ただ、これ以上、このイヤな世界と一秒だって関わっていたくないという思いばかりだった。
(――仕方がないじゃないか)
昼間、ベッドの中で、ボクは誰が聞いているわけでもない言い訳をぼそぼそとつぶやき続ける。
(ボクは悪くない。悪いのはみんなあいつらなんだ。あいつらがボクに優しくしないから、だからボクはあんな夢を見るようになって、
それで……とにかくボクは悪くないんだ。だって、どう考えたって、不当な扱いを受けていたのはボクなんだから。……なんにも
思い通りにならなくて、つらい事であふれていて、イヤな奴ばかりがいる世界と、どんな願いも叶えられる世界なんて、比べるまでも
ないじゃないか)
そうやって、日の当たる時間をシーツにくるまったまま、日陰で死にかけている虫のようにはいつくばってやり過ごし、ただひたすら、
夜の闇が世界を覆い隠してしまうまで耐え続ける。
そして背中にのしかかってくる、現実の重みに耐え切れず、悲鳴を上げて潰れそうになってしまう寸前――
「――やあ、見つけたよ。かくれんぼは、もうお終いだね」
ふわり、とシーツをめくって現れる、トリッカーの手を、すがるようにして掴むのだ。
「……待ちかねたよ、トリッカー。今日は遅かったじゃないか」
知らぬ間に、とっぷりと暮れた窓の外の空を背負って立つトリッカーに向けて、ボクはへらへらと笑ってみせる。
ろくに外の空気にも当たらず、毎日毎日寝てばかりいるボクの顔はひどく腫れぼったくなってしまい、初めて会った時には同じ顔を
していたはずのトリッカーとも、今はもう、別人のような面相になってしまっていた。
そのトリッカーの顔も、今日はなんだか、いつになくうきうきと楽しげな様子だった。
「やあ、悪かったね。なんといっても、今日は大切な日だからね。それなりに準備が必要だったのさ」
「ふうん……まあ、そんな事、どうでもいいや。それより聞いてよ、今日考えた夢もスゴいんだよ。あのね……」
そんな彼の話を聞くのもそこそこに、ボクは口から泡を飛ばしながら、今夜の夢の内容を語り始めた。今日のは自信作なのだ。早く、
この素晴らしい物語を自分自身で体験してみたくて、ボクはうずうずする気持ちを抑えられなかった。
しかし。
「――残念だけど、君の願いを叶えることは、もうできないんだ」
「――え?」
突然の、あまりにも突然の、予想すらしていなかったその言葉に、ボクは面食らって、言葉を失う。
トリッカーは相変わらずニコニコと笑い続けているが、その口調には、ボクをだましてからかっているような様子はひとかけらも
なかった。
「どう……して」
「訳が知りたいかい? ごらん、ほら」
トリッカーは、ボクを部屋の窓の前まで手招きする。誘われるがままにボクが窓辺に立つと、トリッカーはすいっ、と人差し指を
窓の外に突き出し、真上を指した。
つられてボクも窓から空を見上げる。
「………」
夜空の真ん中に、ぽっかりと月が浮かんでいた。
満月だ。
白銀色に光る、その天体が、まるでボクらの頭上を押さえつけるようにして、真上から見下ろしていた。
ボクはふと、トリッカーと初めて出会った夜に見た、三日月の事を思い出す。
――そうか、あれからずいぶんと長い時間が経った気もするけれど、実際には、まだほんの数週間のことだったんだ。
でも、とボクはトリッカーに振り返る。
「あの月が、どうかしたの?」
そうだ、ボクはトリッカーに、どうして願いを叶えてくれないのかを質問していたのだ。
トリッカーは思わせぶりに間を置くと、逆に、ボクに向かって質問を返してきた。
「あの月が、あんなに風船みたいにふくらんでしまったのはどうしてだと思う?」
「どうして、って……」
「教えてあげるよ。それはあの中に、君の欲望がつめこまれているからさ」
トリッカーが僕に向けて、ぴっ、と指を差す。
「ボクの……?」
「そうさ。これ以上君が欲望をふくらませつづければ、いつか月はぱちん、とはじけ飛んでしまうだろう。粉々になった月のかけらを
拾い集め、元通りにくっつけ直すのにはなかなか時間がかかるものなんだぜ? だから、僕の役目は、月が満ちるまでと決まって
いるのさ」
「何を……何を言ってるのか、わからないよ、トリッカー」
ボクはいらだち、首をぶんぶんと横に振る。いつも通りの、トリッカーの難解な言葉が、今日は特にボクの心をちくちくと刺激する。
しかしトリッカーは、そんなボクにはお構いなしに話を続ける。
「わからなくてもいい。どのみちこぼれ落ちた砂時計を逆さに返すことは、君にはできないんだ。――そして僕は」
そこでトリッカーはいったん言葉を切ると、両手をパン、と合わせてこちらに差し出してきた。
「君から、<お代>を受け取らなくちゃいけないね」
お代、だって?
ボクは今まで、そんなものの必要性を一度だって考えもしなかった。
ボクの幸せこそが、自分の幸せだって、トリッカーもずっと言っていたじゃないか。
「お代って……お金が必要だったの? そんなの、一言も……」
「残念ながら、君たちにとっての値打ちがそのまま僕にとっての価値あるものになるとは限らない。僕が頂きたいのはただ一つ」
トリッカーが、ボクの瞳をじっと見据えながら、言った。
「君の――『ユメ』だ」
「ボクの夢って……それはキミが与えてくれたものじゃないか」
わけがわからないなりに、ボクは必死で反論する。何しろ、トリッカーが去ってしまうかしまわないかの瀬戸際のようなのだ。
どうしたって、必死にならざるを得ない場面だ。
「君が毎晩繰り返していたあの世界のことなら、それは違う。アレは君の欲望を触媒に、世界に満ちる夢の残滓をまとめあげて
生み出した、言うならば出来の悪い模造品だ。――でも人の持つユメは」
トリッカーの指が、ボクの胸をとん、と突く。
「ここから生まれたユメは、そんなレプリカなんかじゃない。一人ひとり違う形、違う色、違う輝きをした、最高の嗜好品なんだ。
そのユメを頂戴するために、僕はこうして、ときおりこの世界に姿を表しているのさ」
いくぶん興奮した口調で、早口にまくし立てるトリッカーの顔を見て、ボクはぎょっとする。
いつもの優しい、穏やかな笑顔に似ていながら、何かが決定的に違う、不安を感じさせる笑顔が、そこにはあった。
まるで――まるで、そう。
念願の獲物を仕留める瞬間を目前にした、狩人のような。
トリッカーが恍惚としてつぶやく。
「ああ……こうして触れて、目を閉じているだけで感じるよ。君のユメが持つ、鮮やかな輝きを……」
色鮮やかな、ボクの想い。
(――見上げた青空にも負けないほど、水色に澄み切って輝く、感謝の気持ち――)
ありがとう。ありがとう。
こんなボクを気にかけてくれて、本当にありがとう。
その、ひそかに抱えた色鮮やかな想いだけが、暗くよどんだボクの心に残っている、最後の光、だった。
それが今、トリッカーの手によって、奪い取られようとしている。
「………」
知らず、ボクはずず、と後ずさりをして、トリッカーからやんわりと身を遠ざけようとしていた。
トリッカーは無言のまま、ボクに向かってまっすぐ一歩を踏み出してくる。
ボクはそのまま、さらに後ろに下がり、そこにある何かをかき抱くように、両手を胸の前でぎゅっと組み合わせた。
――これを渡しちゃいけない。ボクの頭が、心が、全身が本能的な警告を発していた。
これだけは、絶対にボク自身の手で守り抜かなくちゃいけないものだ。
絶対に。
「何を怖がっているんだい?」
張り付いたような笑顔のまま、トリッカーはどんどんこちらへ迫ってくる。部屋の中は逃げ回るにはあまりにも狭く、ボクはいつの
間にか、ベッドの縁へと追いつめられてしまっていた。
「君には夢さえあれば、他には何もいらないんだろう? それが君の、君自身の望みだったはずだ。忘れたのかい?」
へたり込んでしまったボクの目の前で仁王立ちになったトリッカーが、右手の手袋を左手できゅっ、としごいてはめ直す。
そしてその右手を、ゆっくり、ゆっくりボクの顔に向かって伸ばしてきた。
「……やだ……やだよ……こんなの、イヤだよ……」
その、真っ黒な手の平が迫ってくるのにつれて、ボクの視界はみるみるうちに暗黒に塗りつぶされていく。
ボクの世界から、色が、奪われていく。
「あっはっは。今更悔やんでも、もうすべてが手遅れさ。さあ――」
高らかに笑いながら、トリッカーがその手をボクの顔に完全に覆い被せた。
「モノクロの世界へようこそ!」
瞬間、取り返しがつかないほどの、何かとてつもない喪失感を感じながら、ボクは意識を失った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――ガタガタと、何かが激しく揺れているような音がする。
「……う……うぅ……」
その音に、自分の体までが揺すぶられているような気持ち悪さを感じながら、ボクはうっすらと目を開けた。
妙に重く感じられる頭をぶるん、と一つ振り、顔を上げる。
だが次の瞬間、そんなボクの茫洋とした意識は、一気に驚愕へと変化した。
「………!?」
ボクが目を覚ました場所は、夢の中の教室だった。ボクが何度となく、自作自演の舞台を繰り広げてきたホームグラウンド。
だが今、その場所は完全に、ボクのものではなくなってしまった事をありありと主張していた。
「……色が……消えてる……!」
そう。部屋の中一面を、烈しく塗りこめていた赤色が、今は鈍い灰色で塗りつぶされてしまっているのだった。
床も壁も、天井も、そして机や椅子も、その何もかもが。
「そんな……一体誰が、こんな事……」
ボクは教室の真ん中で、全身の力が抜けたようにへたり込んでしまった。そんなボクを、灰色の空間は素知らぬ顔で取り囲み、
知らんぷりを続けている。
ガタガタと鳴り続けている窓の方を見れば、カーテンは開かれており、その向こうでは大嵐が吹き荒れていた。ちょうど、今の
ボクの心の様子を表すかのように。
天井を振り仰ぎ、四方の壁を落ち着きなく見回して、タイル張りの床の感触を両手で確かめながら、ボクは頭の中でぐるぐると
繰り返す。
(――トリッカーだ)
あいつの仕業だ。
夢に落ちる寸前、ボクは、あいつに何かをされた事を覚えている。そのせいで、夢の世界がこんな風になってしまったのだ。
ボクは――あいつに、何をされたんだ?
「そう……確かあいつは、奪っていったんだ」
ボクは頭を抱え込み、つい先ほど起きたはずの出来事を思い出そうとしてみる。トリッカーが言っていた言葉を、呼び起こそうとしてみる。
あいつはボクから、何かを奪っていった。ボクの持っていた何かを。
ボクの、大切な大切な――
「ううっ!」
その先を思い出しそうになった瞬間、みしり、とボクの頭が割れそうに痛む。まぶたの裏に火花が散り、思わずボクは反射的に
その場で立ち上がった。
その時だった。
『レン君』
不意に、まったく出し抜けに、ボクの目の前にリンが姿を現した。
「うわっ!」
何の前兆もないその出現に、ボクは大声を上げて飛び退いた。すぐ背後にあった机が倒れ、ガタン! という耳障りな音を立てた。
そんなボクの狼狽にも関わらず、リンはいつもと同じ、にこにことした微笑みを浮かべていた。今夜の彼女は裸ではなく、きちんと
制服を身にまとっている。
だがしかし、そんな彼女の全身からも、やはり、色が抜け落ちているのだった。
「リン……」
白黒写真の中にいるようなリンに向かって、ボクは、おそるおそる近づき、震える手を伸ばす。その手が、ひたりとリンの頬に届いた。
慰めてほしかった。この、正体のわからない不安な気持ちを、和らげてほしかった。優しいキスがしたかった。そんな何よりも切実な
欲望が、ボクの身体を突き動かしていた。
リンの顔が、ボクのすぐ目の前にある。火照った頬の肌色も、目の覚めるような金色の髪も失ってしまっているけれど、それでも
やっぱりリンはリンで、整った顔立ちや、柔らかそうな唇は、変わらないままそこにあってくれた。
その唇が、ボクの見ている前で、ゆっくりと開かれていく。
そして。
『……お前、ウザいんだよ。いつも一人でブツブツ言いやがって』
その唇から、口汚く発せられたのは、ボクへの罵倒の言葉だった。
「なっ……!?」
突然ぶつけられたその暴言に、ボクは頭をがあん、と殴られたようなショックを受け、その場で固まってしまう。
目の前のリンに、一瞬前となんら違いは見られない。相変わらず、にこやかな表情のまま、彼女はそこに立っている。
と、呆然としているボクへ向けて、リンが再度、言葉を発した。
『……話しかけても目を合わせないくせに、遠くからチラチラこっち見てくるし。正直、キモいんですけど』
今度もまた、クラスメイトの連中が言っていた悪口だ。ボクは何がなんだかわからなくなり、リンから逃げるように、よろよろと
身を引いた。視線をリンの方からそらす事ができなかったせいで、ボクはどん、と、後ろにいた誰かとぶつかってしまう。
――誰かと?
さっきまで、教室にはボク一人しかいなかったはずなのに。
『……頼むからもう、学校に来ないでちょうだい。貴方がいると、皆が迷惑するのよ』
頭上から降り注ぐように聞こえた声に、ボクは耳を疑う。
そんな。そんなまさか。
ボクはばっと視線を上げる。
白黒のルカ先生が、そこにいた。
『……っていうか貴方、なんでまだ生きてるの?』
『……そうだよ、あんたなんか死んじゃえばいいのに』
ルカ先生の手が、ガタガタと震えだしたボクの身体をがっしりと抱きすくめる。どこにも逃がすまいとするように。
そこに、いつか差しのべられた時の温もりは、ほんの少しも残ってはいなかった。
『誰も貴方に期待なんかしていないのよ。何もできないくせに文句ばかりは一人前なんだから、本当に』
『いい加減、自分が悪いんだって認めなさいよね。それとも気づいてるのに目をそらしてるだけ? どうしようもないのね』
じりじりと、リンがこちらに迫ってくる。
色のない世界で、ボクはめちゃくちゃに暴れながら、虚空に向かってわめき散らした。
「いやだ! いやだイヤだイヤだイヤダイヤダ! こんなの違う! こんなの、ボクの望みじゃない! 誰か助けて! 助けてよ、
トリッカー! お願いだよ!」
そんなボクの醜態に、あきれ返ってうんざりとした口調でリンとルカ先生が、たたみかけるように罵詈雑言をあびせてくる。
『ああ、もう、本当にやかましいわね。そういう所がみんなから嫌われてる原因だって、どうして気づかないのかしら』
『自分勝手で、無責任で、都合の悪い時だけ他人を頼って、プライドだけは高くて周りの事を見下して。いったい何様のつもりなの
かしらね。バッカじゃないの?」
『そのくせ、そういう自分を他人に見透かされてることには気づかないのよね。言っとくけど、あんたが他人をどんな風に思ってるか
なんて、あんた以外の全員がとっくにお見通しなのよ。わかってるの?』
二人が言葉を発するたび、ボクの心ががしゃん、ぱりんと音を立てて砕け散っていく。今まで必死に保ち続けてきた、ボクという形が
空しく崩れ落ちていく。
ボクは死んだ。もう何もない。ボクにはもう何も残っていない。
『ああ、貴方って本当に……』
『いい加減にしなさいよね、この……』
そして二人はぴたり、と黙り込むと。
揃って同時に、最後の一言を放った。
『 * * * * * * 』
「うわあああああああああああああっ!!」
その言葉を耳にした瞬間、ボクの長い長い絶叫が尾を引いて、嵐の中を切り裂き、白黒の世界中に轟き渡った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あああ……」
自室のベッドの上で、座り込んだレンがすすり泣くような声を上げている。
まぶたを開けてはいるが、彼の心は、もうここにはない。夢と現実のあわいをさまよい、今もなお、終わらぬ責め苦を受け続けて
いるのだった。
少年の瞳は今や完全に輝きを失い、まるでそこだけが夜そのものに食い荒らされたかのように、眼窩にはただ黒い闇だけがざわざわと
まとわりついていた。
――もしも、今この瞬間、この場所を、誰か別の第三者が眺めていたならば。
その誰かは、レンのすぐ側に立つ、得体の知れない存在を観ることが出来ただろう。
生き物なのか、無生物なのかもわからない。形は絶えずうごうごと変化を続け、大きくなったかと思えばまた縮み、決まった形という
ものをまったく持たない、何か。
――「栽培」と「収穫」を終え、もはや不要となった『写し身』としての外観を脱ぎ捨てたそいつの、四方八方に伸ばした触手の
一本には何か、きらり、と輝く物体がからめ捕られている。
あまりにもおぼろで、もろく、儚く、けれど尊い光を放っているそれを、そいつはじゅるるぅ、っと自らの本体の中に引きずり
込み、体内に収めてしまった。あらゆる物体、あらゆる存在を貪欲に飲み込むほど黒々としたそいつによって、もはや、一筋の輝きも
そこからは見出せなくなってしまう。
その瞬間、そいつは笑った。
目も鼻も口も持たないそいつだが、興奮したかのように身をぶるると震わせて、体のあちこちを尖らせ、拡げては、そこに開いた
穴からぶぶう、という調子外れの音を立てるその様子は、まさに『笑った』としか形容できないものだった。
それからもう一度、レンの眼前にずるり、と這いずって行くと、じっと観察するように動きを止める。
が、次の瞬間にはもう、何の興味もなくなったというように、ふいとその場を離れると、ざざざざざ、と恐ろしく素早い動きで
窓から外に飛び出し、世界の夜と同化して、その姿を完全に消してしまった。
――やがて夜空には暗雲がたちこめ、月もまた、その輝きを静かに失っていった。
◇◆ ◆◆◇ ◇◇◇◇ ◆◇◇◆◆ ◆ ◇◆◆◆◆◆◇ ◆
「……あれ……?」
窓越しに、太陽がさんさんと照りつける教室の入り口で、クラスメイトでざわめく教室内を見渡しながら、ボクは誰に問いかけるでも
なく、首をかしげた。
どうしてボク、ここにいるんだろう?
今朝は何時に起きて、朝ご飯は何を食べて、どうやってここまで来たんだっけ?
――どうしてボクは、そんな当たり前の事が気になるんだろう?
ぽかん、と口を開けたままその場に突っ立っていると、後ろから入ってきた誰かが、「おい、邪魔だよ」と言って、どん、とボクを
突き飛ばした。
「え……ねえねえ、ちょっと、見てよ」
それで、ボクの存在に気づいた女子の一人が、今までしゃべりあっていた友達に、ひそひそと耳打ちする。それを聞いた相手の方も
「嘘、やだぁ」などとつぶやきながら、こちらをチラチラと盗み見ている。
(……何だよ、あいつ転校したんじゃなかったの?)
(……え、俺聞いてたとの違う、家庭の事情で働きに出たとか聞いたんだけど……)
(もう来ねー事になったらしいとか言ってたの、お前じゃなかったっけ?)
(知らねーよ)
やがて、そのひそひそ話はクラス全体に広がって、ついには全員が、ボクを遠巻きに眺めながら、こそこそと何かを言い合っていた。
ああ、イヤだなあ。ボクは心の中でため息をつく。きっとまた、何かボクの悪口を言われているに決まってるんだ。
ルカ先生は、まだ来ていないのかな。先生がいてくれればきっと、ちょっと頼りないけど、でも一生懸命なあのしゃべり方で、
みんなに静かにするように言ってくれるのに。
「ヤダ……何かあいつ、ニヤニヤしてるよ。ねえ、キモくない? リン」
教室の窓際の方で、誰かが不味いものを飲み込んだ時のような声で話している。ボクは何の気なしに、そちらを振り向いた。
そこには、友達に同意を求められて、戸惑った様子でいるリンの姿があった。
その顔を見て、ボクは一瞬、ひどくなつかしいような感覚にとらわれる。
おかしいな。ボクは昨日もおとといも、ずっと学校に来ていたんだから、なつかしいなんて気分になるわけがないのに。
ボク、一体どうしちゃったんだろう?
「……おい、お前」
いつまでもぼうっとしたままのボクに、クラスの男子の一人が、声をかけてきた。クラスメイトの中でも、特に粗暴なヤツだ。
「やめとけよ」「ほっとけって」とか、周りの生徒が止めるのも聞かず、そいつは突き飛ばされて床に座り込んだままだったボクの
胸ぐらをぐい、と掴み、乱暴に立たせた。
その一連の動作が、つい最近同じようなことがあった、という感覚をボクにもたらす。
あれは、いつの事だったっけ?
「今さら何しに来たんだよ。もうここにお前の席なんてねーんだぞ」
そいつが唸るような低音で凄むのもほとんど無視して、ボクはひたすら、自分の過去を思い出そうとする。けどなぜか、どれだけ
思い出そうとしても、あやふやな記憶はあやふやなままで、ボクの思考の端からするすると逃げ去ってしまう。まるで頭の中に
見えない壁があって、ボクが記憶に手を伸ばそうとしても、阻まれてしまっているみたいだった。
「ちっ、相変わらず、辛気くせーツラしやがって。その顔見てるとムカついてくんだよ」
それに、この教室。
上手くは言えないけど、さっきから、何かが変な気がしていた。変……というより、何かが足りない感じ。
本当なら、当然のようにそうなっているべきものが、正しくない形で存在している……そんな気がする。
「てめえ、聞いてんのかよ!」
ボクがちっとも反応を見せないのに業を煮やしたそいつが、ぶうん、と片手を振りかぶった時も、ボクはまだ、違和感の答えを求めて
教室の中をきょろきょろと観察していた。
白い天井、黒い黒板。
窓の外に広がる青空と、校庭に並ぶ樹木の緑。
ボクの方に向かって並んでいる、何十人もの肌色の顔。
(足りないのは、足りないのは――)
その時。
そいつが振り上げた拳の勢いにつられて、ボクの身体が揺すぶられた拍子に、ズボンのポケットの中で何かが、がささ、と揺れたのに
気付いた。
ボクは右手をポケットに突っこんで、それが何なのかを手触りで確かめる。
それがわかった瞬間、ボクの頭は雲が晴れていくように急激に冴え、違和感の正体にたどり着いた。
ああ、そうか。
ここには。
『赤』が、足りないんだ。
ボクはポケットから右手を取り出すと、そのまま目の前にいるバカ猿の肩に向けて、ためらいなくまっすぐに伸ばした。
ずん、という重い衝撃があって、教室内の時間が止まる。
「……え」
瞬間、何が起きたのか把握できない様子のそいつが、ゆっくりと自分の肩に向けて視線を落とす。
そして、そこからまっすぐに生えている、鈍色のサバイバルナイフを発見して、長々と悲鳴を上げた。
「ぎっ、ぎゃぁぁぁっ!! いでっ、痛ぇっ! 痛ぇぇぇっ!!」
耳元でわんわん響く鳴き声に辟易して、ボクはナイフを持った右手に力を込め、ぎぎ、ぎっ、とそいつの肩から引き抜く。その動きで
新たに肉が裂け皮膚は破れ、またそいつがうぉぉぉっという雄叫びを上げた。
「イヤぁぁぁっ!! 何アレ!? 何やってんの!?」
「おい、ちょ、ヤベーよアイツ! マジで刺しやがったぞアレ!!」
一転、教室中が阿鼻叫喚のるつぼと化す。泣き声、悲鳴、怒号、それにボクから逃げようとする奴らが机や椅子に足を引っ掛け、
それらがガタン! バタン!と倒れる音で、たちまち狭い教室の中は喧噪に満ちていった。
だけどボクにとってはそんな事はどうでもいい。それよりも、もっともっと大事なモノを、ようやく見つけることが出来たのだから。
「これで……やっと赤くなった」
ボクは口の端を歪め、にいっと笑う。
そいつの肩からどくどくと流れ出し、白地のシャツをじんわりと染めて広がっていく、『赤』。
引き抜いたナイフの先端から、ぽたり、ぽたりと床にしたたる『赤』。
目に突き刺さるほどに鮮烈な、その素晴らしい色に、ボクはうっとりと見入っていた。
「でも……まだ足りないな」
ボクはぽつりとそうつぶやくと、再びナイフを持つ手に力を込める。
そうだ。まだ足りない。
ボクの楽園を、取り戻すために。
――この教室中を、真っ赤に染めなくちゃ。
「てめぇぇっ!!」
と、目の前で肩を押さえてうずくまっていた相手が、低い姿勢のまま、ボクに思い切り体当たりをしてきた。
「うわっ……!」
よける暇もなく、それをまともに食らってしまったボクは教室の壁にどがっ、とぶつかり倒れてしまう。
「ふざけんな!! テメー絶対許さねえからな! 殺す! ブッ殺してやる!!」
怒りで無茶苦茶に興奮し、唾を飛ばして叫ぶそいつが、倒れたボクに馬乗りになり、さらに殴りかかろうとしてくる。
だが、
「おい、やめろって! それ以上やったらそいつ、マジで何してくっかわかんねーぞ!」
「頭おかしくなってんだよ、絶対!」
止めに入った取り巻き連中がそいつを羽交い絞めにして、ボクから遠ざける。そいつはまだ「離せよ!」などと吠えているが、周りが
必死でそれを抑え込んでいる。
いいアシストだ。これでまた、ボクのターンがやって来る。
「いやぁぁっ! こっち来んなって! ふざけんじゃねえぞ!」
「いいから全員出ろ! どこでもいいから逃げろって!」
「何やってんだよ、早く先生呼んで来いよ!!」
「つか警察だろ!? 刺されてんだぞ、誰か電話!」
立ち上がってナイフを構え、つかつかと歩み寄ってくるボクに怯え、クラスメイトは逃げ惑う。
逃げてもムダだ、ここはボクの世界で、お前たちに逃げ場なんか――と思っていたが、意外なことに教室のドアはたやすく開き、
獲物たちは我先にと、巣を追い出された虫けらのようにどたどたとそこに殺到していく。
あれ、おかしいな。いつもとルールが違うじゃないか。今日は趣向が変わっているのかな。
まあ、いいさ。それならそれで、狩場が広がり、長く楽しめそうだ。
ボクは口笛を吹きながら、わざと大げさにびゅんびゅんナイフを振り、まだ教室に残っている奴を追い回した。そいつらが顔面蒼白に
なりながら、派手にすっ転んだりするのを眺めるのもまた、面白い。
そいつらも最後には教室からほうほうの体で逃げていき、ボクは結局、最初に刺した男子以外には、誰にもナイフを突き立ては
しなかった。
まだまだ、これからだ。お楽しみは、長く続いた方がいいに決まっているんだから。
さあ、そろそろ本腰を入れて、あいつらを追いかけよう……と思った、その矢先。
「………メだよ」
教室から出ていこうとするボクは、背後から誰かに声をかけられた気がして、ん? と振り向いた。クラスの奴等は全員追い出した
かと思っていたが、まだ誰か、残っていたのか。
よく目をこらして探すと、教室の一方の壁際、押し寄せられた机と椅子の積みあがった小山の奥に、誰かが体育座りのまま、じっと
隠れていた。ボクは手前にある机を数脚、乱暴にぶん投げて、その誰かを、真正面から見下ろせる位置に立つ。
「こんな……こんな事、しちゃダメだよ、レン、君……」
がちがちと歯を鳴らし、両目いっぱいに涙をためながら訴えてくる、リンがそこにいた。
「ねえ……どうしちゃったの、レン君……。わたし達のこと、忘れちゃったの……?」
ひっく、ひくっとしゃくり上げ、時々声を裏返らせながらながら、リンが言う。両頬には涙が幾筋も流れた跡が残っていて、手も足も
ぶるぶると震えている。
「リン……」
ボクはそっと目を閉じて、リンの言葉を心の中で反芻する。
――わたし達のこと、忘れちゃったの?
その台詞が、ボクの心の中の、いちばん芯にある部分に共鳴し、激しい感情を揺り起こす。
ボクは震えを帯びた声で、リンに答えた、
「……忘れるもんか」
そうだ。
ボクが、リンの事を、忘れたりするはずがない。
「……レン君……!」
にわかにぱあっと明るい顔になり、全身の緊張をほどいたリンの目の前で、ボクはもう一度、ぎゅぅぅっ、と力を込めてナイフを
握りなおした。
それに気づいたリンが、再び「ひっ」と短い悲鳴を上げて後ずさる。
「……忘れられるわけが、ないじゃないか。ボクに、あんな酷い言葉をぶつけておいて」
そう続けるボクの声が、上ずっていることが自分でも理解できた。
激しい絶望と、怒りとで。
「なんの……事……? わたし、レン君の悪口なんか……」
「黙れ!」
ボクはガシャン! と足元にあった机を激しく蹴りつける。その弾みで、小山の一部がガラガラと音を立てて崩れた。
「きゃっ……!」
頭をかばうようにしてうずくまるリンを、ボクははあはあと息を荒げて睨みつける。
「悪口なんか、言ってないとでも言うのか? しらばっくれようとしたって、そうは行かないぞ!」
そうだ。例えリンがどう言い訳をしようと、ボクには確かに、この耳で聞いたリンの言葉が焼き付いている。
ルカ先生と一緒になって、口々にボクにぶつけてきた侮蔑が。
罵倒が、皮肉が、暴言が。
ボクの息の根を止めた、あの最後の言葉が。
「そんなの……知らないよ、レン君……! ねえ、落ち着いて、きっと何かの間違いで……!」
リンがまだ往生際悪く、ボクに向かってウソを並べ立てている。よくもそんな、ぬけぬけとした態度がとれるものだ。
何かの間違いだって? ボクの心が、直しようもないほどに壊されてしまったことが、何かの間違い?
だとしたら間違っているのは、そんな事を許した、この世界全部の方だ。
……そうだ、やっぱりこの、赤くない世界がいけないんだ。早く元通りにしないと、ボクの居場所を取り戻さないと。
「………」
ボクが無言のまま、ゆっくりとナイフを振り上げるのを見て、リンの目が、恐怖に大きく見開かれていく。
「やめて! やめてよ! こんなのおかしいよ! ほんとのレン君に戻ってよ!」
泣きわめくリンの声が、ボクのうつろな耳でわんわんと反響する。
ほんとのボクに、戻って。
ほんとのボクって、何だったんだろう?
そんなものきっと、最初から、どこにもなかったんだ。
◇◆ ◆◆◇ ◇◇◇◇ ◆◇◇◆◆ ◆ ◇◆◆◆◆◆◇ ◆
……赤く染まった教室で、ボクは、物言わぬリンと二人きり。
これでやっと、元通りだ。
「……ふふ……」
自分の世界を取り戻した幸せで、ボクは静かに笑う。
だけどちょっぴり疲れてしまったようで、体がだるくなってきた。ボクはナイフを投げ出し、その場にぺたん、と腰を下ろすと、
リンと並んで、机の一つにもたれかかった。そのとたん、睡魔が襲ってくる。
すぐそばにある、リンの頭からたちのぼってくるシャンプーの香りと、そこに入り混じる、鉄臭さ。
その匂いに、とろとろと身と心を委ねながら、ボクは思った。
(――次に目覚めるとき、世界は、どうなっているのかな)
ボクに優しい世界が、広がっているのかな。そうだといいと思う。
その事を願いながら、ボクはリンの隣で、ゆっくりと目を閉じた。
それだけが、今のボクの望みだ――
……いやあ、実に愉快な一幕だったね。
捻じれ、歪み、絡みにからんだ心の末路というものを、たっぷりと観察させてもらったよ。とても有意義なひとときだった。
まあ、どのみちあの少年には、明るい未来につながる選択肢など用意されていなかったのだし、何もせずにただ運命に流されるよりも
自ら行動を起こした結果のこのエンディングの方が、立派なものだと言えるのかもしれないね。
せめて僕だけは、彼を祝福してあげよう。
おめでとう。ぱちぱちぱち。
そうそう、愉快と言えば、彼のユメもまた、実に素晴らしい逸品だった。
その想いを、決して誰にも明かすことなく、ただひたすら、自らの胸の内で磨き続けた結果が、あの輝きなんだろうね。誰の手垢も
ついていない、純粋無垢なユメはいつ味わってもこたえられないものだ。
とるにたらないほどの短い時間ではあったけれど、僕の人生の一部を確かに彩ってくれた彼には、どれだけ感謝の意を表しても
足りないくらいだ。
どうもありがとう。楽しませてもらったよ。
……さて、次は誰のユメを頂きに行こうかな。
そうだな……君のところへ遊びに行くのも、悪くないかもしれない。
そう、君だよ、君。
今そこにいて、これを読んでいる君自身のことだ。
君の瞳も、あの少年に似た輝きを秘めているのが気に入った。さっそく今夜にでも、お邪魔させてもらうとしよう。
だから君もそれまでに、キチンと考えておいてくれたまえ。
――ユメを引き換えにしても構わないほど、とびきり極上の悪夢をね。
以上、長々とお目汚し失礼いたしました。
楽しんでいただければ幸いです。
この場を借りて、素敵な作品を発表してくださったNem氏、たま氏に敬意を表させていただきます。
ならびに前スレで夢食い白黒バクのネタ振りをしてくださった方もありがとうございました。
痛すぎる
元曲はレンの曲で貘視点でPVで夢が食われるのはミクシルエットでって前提を
ここまで無視した設定ならいっそレンも別キャラでやってくれた方が良かったかな
エロ少ないし
別にエロだけがエロパロスレでもないと思うの
ボカロのSS発表できるスレってそんなにないし
乙
233 :
名無しさん@ピンキー:2014/06/27(金) 00:17:35.10 ID:gYQDcTPP
氷菓のアニメで漫研部員がボカロコスしてるだけのシーンだな
ぱっと見ドM用のプレイをしてるように見えなくもない
237 :
SVSS ‐番外編4‐:2014/07/04(金) 15:54:04.83 ID:7GJF0J6g
札幌市の気温が30度を越えて、はるかオホーツク地方では暑さで有名なところを差し置いて全国トップ10が北海道で独占という事態に・・・
ラビット・ユキネ「あついうさ・・・」グデン
ミク「あら、ユキネが暑さでバテてる」
カイト「はいかき氷」
ラビット・ユキネ「!!」キュピーン
ミク「なんで私たちは暑さになれてるの?」
レン「それは・・・ねえ」
リン「・・・うん」
ルカ「だって、夏はあなたの誕生日で暑いところに行ってるから・・・」
ミクの誕生日は8月末。特にこの時期は北海道ではなく本州で仕事をしていることがある。
ミクブームって思ったより続いてるな
239 :
名無しさん@ピンキー:2014/07/05(土) 15:25:21.27 ID:uDMBcq/2
>>237 来年度もユキネが続投となったけど、今のところユキネを取り入れてるのはおたくのとこだけのようだな
>>238 流石にブームというほどの勢いはないと思うが、
サブカルの一ジャンルとして定着した感はあるな
まだ途中だけど一区切りついたので投下
・レンリン
・モジュールを使った学パロ(生徒会執行部×トラッドスクール)
・レンが生徒会長、リンが敬語キャラ
・前半の導入部分のみ
・あんまりエロくない
・NG登録は「生徒会室にて」
よろしくお願いします
放課後、通常教室とは離れた棟にある生徒会室。
通常の学習机とは違う白い簡素な事務机をいくつかくっ付けて、多人数での会議が可能なように配置されている。
しかし、今ここにいるのは二人のみ。
白い学ランに身を包み、結わえるに至らない長さの金髪をふわふわと揺らしている少年、生徒会執行部は斜め前に座る内巻きのボブヘアが清楚な少女、トラッドスクールを作業の合間にちらちらと見ていた。
というのも、集中力が切れてしまったのだ。
最初は他の生徒会メンバーも含めて書類整理などの仕事をこなしていた。だが、塾だ用事だとぽつぽつと生徒会室を後にしていき、気が付けばこの二人だけになってしまった。
作業をはじめてからそろそろ一時間と半分。執行部は集中力が切れてしまったが、トラッドはそんなことはないようで、未だに書類とにらめっこをしている。
(疲れてないのだろうか……)
すっかり進まなくなった書類とトラッドを交互に見ながら考えていると、ふと唇をもごもごと動かすのが見えた。
どうしたのかと気になっていると、次にちろりと赤い舌を覗かせてゆっくり舌なめずり。
どうやら唇の乾きが気になったらしいトラッドは書類に目をやったまま、ポケットからリップクリームを取り出してその唇に塗った。
そうしてそのまま馴染ませるようにまた唇同士をもごもごと擦り合わせ、最後にぱっと唇を薄く開いた。
それだけ、それだけの仕草のはずなのに。
何故だか目が離せなかった。
普段注視しない異性の唇。それをじっくり見つめるだけでもなんだかドキドキしてしまうのに、あまつさえしっとり潤っていくそれ。もうどうしていいのかわからない。
彼女が使ったのは色も香りもつかない、飾り気のない薬用リップだというのに(そもそも色つきは没収対象だ)、テレビCMで女優が使っている高級ブランドのルージュよりも淫靡に見えるのは何故だろうか。
CMのそれは自らの生活とあまりにかけ離れていて現実味が持てないからだろうか。
つまるところ、彼はリップを塗るトラッドの姿に欲情してしまったのだ。
(……何を、考えているんだ僕は…………)
生徒の規範となるべき生徒会の一員、更にその会長。
そんな彼であっても、その実ただの男子中学生。
たとえクールに振る舞っていても、生徒からの人気が高くても、全校集会で公明正大なスピーチをしていても、教員からの評価が高くても。内面はごく普通のお年頃のオトコノコなのである。
一度わいてしまった邪念というものは非常に厄介なもので、もう執行部の中にはトラッドに触れて、キスして、更には「その先のこと」しか頭にない。
「あ゛ーーーー……」
神聖な学舎で目の前の女子を汚す妄想をしている、そんな自分に嫌気が差して、執行部の口からつい自責のため息が漏れる。
すると、今までずっと書類を見つめていたトラッドがすっと顔をあげた。
「執行部? どうかしましたか?」
「えっ? あ、あぁ……いや……」
君にキスしてあまつさえ抱く妄想してました、なんて口が裂けても言えない。
もごもご口ごもる執行部に、トラッドは暢気に首を傾げた。
「もしかして疲れました?」
「あ……あぁ、そうかもしれない」
ずっと作業してましたもんね、と苦笑するトラッドに慌てて調子を合わせるように頷く。私も疲れましたー、なんて笑いながらぐーっと身体を伸ばすトラッドに毒気が抜かれる。
――さっきのはきっと魔が差しただけだ。そうに違いない。
「何か飲み物でも買ってきましょうか?」
「ん? いいのか?」
「はい、何がいいですか?」
自分のを買うついでですもの、とトラッドは生徒会室の隅に置かれた鞄を取りに席を立った。
ならばお願いしようと執行部も倣ってポケットから財布を取り出す。その中の小銭はジュース代には少し届かなかった。
まあいいか。執行部は特に気にすることなく千円札をトラッドに差し出した。
「悪い、これで頼む」
「あっ、はーい」
財布を手に鞄のファスナーを閉じてからトラッドがぱたぱたとこちらに来る。
「コーヒー、……あ」
「ふふ、ブラックは駄目なんですよね。わかってますよ」
くすくすと笑いながらトラッドがその千円札を受け取る。
と、そのとき。
トラッドからふわりと甘い香りが漂ってきた。
女子特有の柔らかい香り。香水とかではないと思う(以前持ち物検査で生徒から没収したそれはそこにあるだけでむせかえるようにきつかった)。
ならばシャンプーだろうか。そういえば今日ここに来たとき、シャンプー変えたんですよーってトラッドが他の役員ときゃっきゃはしゃいでいた気がする。
(……折角忘れていたのに)
先ほどの妄想と情欲が再び頭に蘇る。……どうしよう。
執行部の頭に過るのは不埒なネガティブシンキング。
どうせここで堪えても、また何か爆弾を落とされるのではないか、と。
ならば、ここで抱いてもいいんじゃないか?
それはまさに悪魔の囁き。
いいじゃないか、呼び止めて押し倒してしまえ。
可愛くて気立てのいい、こんなに魅力的な女子に手を出さない方が男としてどうかしている。
ほらほら、もう今にもここを出てしまうぞ。
頭に響くのは悪魔の声ばかりで、自分の中の天使とやらはどこかへ行ってしまったらしい。
……もう、どうなってもいいや。
「じゃあ、行ってきますね」と扉に手をかけるトラッドを呼び止めて手招きする。やっぱり小銭あったんですか、と首を傾げながらも疑うことなくこちらへ戻ってくるトラッド。その後頭部に手を回し引き寄せて、唇を奪う。
「んっ!? ん、んん……!」
驚いたトラッドに胸を押し返される執行部だったが、首裏をがっちりと固定していため逃げられることは免れた。その抵抗の手さえそっと掴んでやんわりと指を絡めると、びくっと身体を震わせてトラッドの身体から力が抜けてしまった。
それを確認してから、執行部は一旦唇を解放した。
キスから解放されて慌てて酸素を求めるトラッドの唇を、閉口させる暇もないよう間髪いれずにもう一度塞ぐ。
「んぅ……、む……っ」
トラッドの口内に自らの舌を滑り込ませて、上顎やら舌の裏をなぞっていく。……と、好き勝手に口内を探り回られて本気で呼吸が苦しくなったのか、トラッドが先ほどよりも強い力で身体を引き離した。
荒い呼吸をしながら手の甲で口許を押さえて、真っ赤な顔で睨むトラッドの姿に執行部は罪悪感を覚えるどころか嗜虐心を煽られるのを感じた。
「はぁっ……はっ、何、するんですか……!」
「トラッド」
「…………?」
「男子っていうのは、女子が思うよりも至極簡単に」
欲情してしまうんだよ。
そう言って、もう一度彼女の手を取りその手首を掴む。
じわじわ、じくじく。自分の手の熱が相手に伝わればいい、その熱で溶けてしまえばいいと思いながら。
もちろん、空いたもう一方の手を腰に回して引き寄せることも忘れない。
片膝を執行部の膝に乗り上げる形になったトラッドの背中を、ゆっくりさすりあげるように手を移動させていく。
髪を掻き分け、シャツに隠されていないうなじに指先が到達したあたりで、ぴくりとトラッドが身体を震わせた。
「あ、の……」
「うん?」
「これ、嫌なんですけど……」
「これ? どれのこと?」
しれっととぼけ顔で意地悪くトラッドの首筋をするすると撫でると、ぴくっと小さく肩を震わせる彼女が愛らしい。
「首筋、そんなにイイ?」
「違……っ、やぁ……くすぐったいから……っ」
「へーぇ……?」
笑い声混じりに相槌を打ったら、真っ赤な顔で睨まれてしまった。そんな反抗的な顔を如何に快感でねじ伏せてやろうか、などと考える辺り自分はSなのかもしれない、と執行部は密かに思った。
彼女の手首を掴んでいた手をゆるゆると緩慢な動きでほどいて、代わりに指先同士を絡ませる。そして指の間やら手の骨やらをこしょこしょくすぐるが如く小さくさすり続ける。
その頃にはもう、トラッドはすっかり大人しくなってしまっていた。
後頭部を引き寄せれば、またキスされると思ったらしいトラッドはぎゅっと目を瞑るが、それを通り抜け彼女の耳元に唇を寄せる。
そうして、
「……リン」
『トラッドスクール』という彼女の通称ではなく、『リン』と、本名を囁いた。
「え、や、なんで……リンって……」
突然のことに耳まで真っ赤になるトラッド。
トラッドスクールや生徒会執行部というのは本名ではない。この学校には同型のボーカロイドが複数いるため、混乱を避けるのを目的として呼び分けられている通称なのである。
「し、執行部……」
「りーん」
「ふぇ……」
普段呼ばれることのない本名。
それを甘くやわらかく、吐息が混じった声で淫靡に囁かれて、わずかにトラッドの中に残っていた理性すらも溶かされてしまう。
「…………いい?」
もうトラッドには頷くしかなかった。
とりあえずここまで。
後半はまた追々投下します。
248 :
SVSSの人:2014/07/10(木) 22:29:10.94 ID:I/lodh1E
すんごいタイムリーヒットを掴んじまったんだが・・・
今日名寄市でお縄になった割れ厨の話、すんげえネタになる
>>247 おつおつ
>この学校には同型のボーカロイドが複数いるため
リンちゃんがいっぱいとか天国だな…
Annさんもたくさんいます。