銭湯・脱衣場にて――
早苗「喰らうデス、ミョルニルハンマー!」
先端に小さな袋の付いたツインテールの長い髪が、水しぶきと共に勢いよく振り回される。
湯上がり姿の中学生くらいの少女が自らの髪を握って回転させ、遠心力で加速したソレを正面にいるもう一人の少女へと放った。
森夏「甘いっ!」
しかし、双尾の娘が繰り出した巨大な鎚のごとき攻撃は、その高校生の少女によって軽々と払われた。
早苗「なっ、バスタオルで……!?」
森夏「その程度の攻撃を受け流すくらい、どうってことないわ。 チア部の運動量をナメるんじゃないわよ」
幅広のバスタオルを盾のように使い、髪の攻撃を防いだ少女は得意気にニヤリと笑みを浮かべだ。
早苗「新入部員のくせに何言ってるデスか。なら、もう一度……!」
森夏「ちょっと! 今は誰もいないからいいけど、まずは服を着てからにしなさい!」
早苗「チッ」
森夏「舌打ちしない!」
――風情ある木目調の造りで出来た銭湯の脱衣場。
二人の他には誰もいない場所で、一見すると仲は良さそうだが、しかしその実犬猿の間柄とも呼べる少女達が対峙した。
中二病でも恋がしたい!SS 『脱衣場でも湯気は多めで』
森夏「……はぁ。せっかく銭湯に来たってのに、アンタのせいで湯船でも全然くつろげなかったじゃない」
風呂上がりでリラックスしているはずだが、心底疲れたような表情をしながら、高校生の少女・丹生谷森夏が言葉を発する。
早苗「フッ、お湯を掛け合う程度の戯れすら受け入れられずに心を乱すとは……偽モリサマーは器の小さい女デスね」
対して、鼻を鳴らすようにして中学生の少女・凸守早苗が嘲笑った。
森夏「掛け合うって、アンタ、最後の方は全身使って浴びせてきたし! それに、桶とかも使って!」
早苗「知らないデス! 先に桶使ってきたのはそっちデス!」
森夏が身振り手振りで怒気を表すが、年上である彼女の言葉を受けても早苗は怯まず、負けじと言い返している。
森夏「ていうか、そもそもの発端はあんたの方だからね!? 学校で私に足を引っかけてきたり、水風船投げてきたり!」
他にも輪ゴムによる顔面への執拗な攻撃などなど。
早苗「お前が凸守の視界に入るのが悪いデス」
森夏「アンタ、明らかに私を待ち伏せしてたでしょ! それに中等部の人間がなんで高等部の敷地に来るのよ」
早苗「マスターの下へ馳せ参じるのはサーヴァントとして当然の役目デス。そんなことも分からないデスか?」
森夏「くっ……」
早苗の小馬鹿にするような口調に、森夏が言い淀む。
早苗「あぁ、分からないから偽者なんデスね。ま、所詮ただの一般人には理解の及ばない話デスか」
森夏「こいつ……!」
森夏が早苗をねめつけるが、当の本人には全く効いていないようだった。
早苗「さて、こんな偽者と会話しているほど凸守は暇じゃないので、早く服に着替えて我がアジトへと帰還するデス」
森夏「……あのね、何度も言うようだけど、私は本当は……!」
早苗「なんデスか、偽モリサマー」
森夏「……。いや、もういいわ」
自分こそ本物のモリサマーだ。
そう伝えようとした森夏だったが、どうやらやめたらしい。
早苗「ふん、ついに負けを認めて引き下がるデスか」
森夏「……えぇ、そうよ」
早苗「…………なっ!?」
またいつもの騙りだとタカをくくっていた早苗だったが、出てきた森夏の答えは意外なものだった。
森夏「私は一般人よ。決してモリサマーなんかじゃないわ」
早苗「……!」
森夏「もちろん魔術師じゃないし、マビノギオンなんて書いたこともない」
森夏「新入生代表を務めたり、クラスで委員長になるほど真面目で品行方正な女子高生なのよ」
早口でまくしたてる森夏に、早苗はどこか驚きと悔しさを混ぜ合わせたような複雑な表情をしていた。
……が、森夏の次の言葉によって、早苗の顔が再び大きく変わる。
森夏「私は普通の女子高生……という設定で、正体を隠しているんだけど」
早苗「……ッ!!??」
背格好に比例した小さな口がめいっぱい大きく開かれ、驚愕にとらわれるツインテールの少女。
森夏「だから『表側』ではバレないように、チアリーディング部に入ったりして普通の高校生らしく振る舞ってるのよ」
森夏「そんなわけで、あんた達にはあまり関わりたくないし、向こう側の言葉をペラペラと話して正体をさらけ出してる姿を見ても、何も言わないでおいてあげてるの」
森夏「私の心は寛大なんだからね」
そうして森夏が腕を組み、息を吐いた。
早苗「ぐぬぬ……!」
下唇を噛みしめ、早苗が何かに耐えるようにしている。
森夏「そういえばさっき、あんた、私のことを器が小さいとか何とか言ってたわよね?」
早苗「え、えぇ、もちろん言ったデスよ! お前の器なんざ紙コップ一杯分よりも小さ――」
森夏「誰と比べてそう言ってるのかは知らないけど、少なくともここにいる中坊よりは大きいと思うなぁ」
反撃のチャンスを得たとばかりに早苗が喋ろうとするが、すかさず遮って森夏が話を続けた。
そして、強力な一撃。
森夏「心も体も、ね」
早苗「!!」
森夏「だって、そんなお子ちゃまな体で私と張り合おうだなんて……ぷっ」
森夏が一度自分の体を見た後、今度は早苗の体(特に胸元の辺り)に目線を向けて苦笑する。
早苗「で、凸守は、まだ……っ!」
森夏「あははっ。そうだよねー、まだ成長期の中学生だもんねー」
思わず涙目になった早苗が叫ぼうとするが、まだ森夏の追撃は止まらない。
森夏「そうだ! ちょうどよく銭湯にいるんだし、身長を伸ばすために牛乳でも飲んでみたら?」
早苗「!」
森夏「あっ、ごめんね。 あんた牛乳が飲めないんだっけ?」
森夏「ぷくくっ、牛乳が苦手なサーヴァント(笑)」
早苗「うぅっ……!!」
森夏「あれ、怒っちゃった? デコちゃん」
早苗「……」
そこで、早苗が溢れた水滴を散らすようにギュッと目を瞑る。
森夏「なに? 言いたいことがあるなら言ってみなさいよ」
早苗「……デス」
森夏「え?」
その直後、開かれた早苗の瞳には涙は無かった。
早苗「黙るデス! この、垂れ乳牛女!」
森夏「んなっ!?」
森夏「なんですって……!?」
森夏が眉をヒクつかせ、憤怒の声をあげる。
早苗「あーあ、家畜の分際でぺちゃくちゃと五月蝿くて困るデス。牛は牛らしく、その醜く垂れ下がる乳のように頭も地面に向かって垂らしているがいいデス」
森夏「う、牛って……! 私のは全然垂れてなんかないわよ!!」
早苗「はいはい。なんであれ、自身の肉体すら管理することができず、ムダな重りを二つもくっつけてる時点で凸守の敵じゃないデス」
森夏「この中坊……!」
早苗「なんデスか? 歯向かうつもりなら、我がミョルニルハンマーで屠殺してやるデスよ」
早苗が再び髪をヒュンヒュンと音を鳴らして回し始めた。
森夏「……とっ、とにかく! 私は寛大だから、あんた達が勝手に何をしようが見過ごしてあげるけど」
早苗「けど?」
森夏「でも、それがもしモ、モリ、サマー……について喋ったり、関連する単語を人前で使うのはいくら私でも絶対に許さないから!」
強く忠告する森夏。
早苗「ほう、どうしてデスか?」
森夏「それは、私が……モリサマーだからよ!!」
早苗「……フッ。くくくっ……! 結局はそれデスか」
だが、森夏の高らかな宣言を受けたにも関わらず、早苗が不敵に微笑んだ。
森夏「なによ……!」
早苗「いいデス、あくまでモリサマーと名乗るのなら、何度でも叩き潰して自分が偽者だと認めさせてやるまでデス!」
早苗が森夏の顔目掛けてビシッと人差し指を突きつける。
森夏「……そっちこそ、私が勝ったら金輪際モリサマーの言葉を使うのは禁止だからね!」
早苗「承知したデス! さぁ、やるデスよ、学校でのリベンジマッチデス!」
場の空気が変わる。
森夏「いくわよ!」
早苗「こいデス!」
緊張感が溢れ、膨張して破裂しそうなほどに脱衣場内の密度が増した。
森夏「爆ぜろリアル!」
早苗「弾けろシナプス!」
森夏&早苗「「パニッシュメント ディス ワー……」」
お互いに口を揃え、夢幻の異空間へと誘う合言葉を唱えようとした。
その時だった。
ガラッ――と音をたてて、浴場ではない、ロビーに通ずる廊下側の扉が開かれた。
女性客A「私も結構久しぶりなのよ」
女性客B「温泉もいいけど、たまには銭湯も良いわよねぇー」
そこに現れたのは、見知らぬ中年女性の二人組だった。
女性客A「あらやだ、他にも人がいたじゃない。それも若い子が二人」
女性客B「あたしたちもお風呂に入れば若くなれるかしらねぇ」
女性客A「アッハッハッハッ」
そのまま女性客二人は陽気に会話しながら衣服を脱ぎ、浴場の戸を開け、湯けむりの中へと消えていった。
森夏「……」
早苗「……」
森夏「……そろそろ出よっか」
早苗「そうするデス……」
一瞬の沈黙のあと、残された二人の間に白い湯気とはまた別の何かが漂っていた。
先ほどの熱い空気はすっかり消え失せ、哀愁すら感じさせる虚しさだけが森夏と早苗を包んだのだった。
――おしまい――