【田村くん】竹宮ゆゆこ 36皿目【とらドラ!】

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1名無しさん@ピンキー
竹宮ゆゆこ作品のエロパロ小説のスレです。

◆エロパロスレなので18歳未満の方は速やかにスレを閉じてください。
◆ネタバレはライトノベル板のローカルルールに準じて発売日翌日の0時から。
◆480KBに近づいたら、次スレの準備を。

まとめサイト3
ttp://wiki.livedoor.jp/text_filing/

まとめサイト2
ttp://yuyupo.dousetsu.com/index.htm

まとめサイト1 (閉鎖)
ttp://yuyupo.web.fc2.com/index.html

エロパロ&文章創作板ガイド
ttp://www9.atwiki.jp/eroparo/

前スレ
【田村くん】竹宮ゆゆこ 34皿目【とらドラ!】
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1295782102/


過去スレ
[田村くん]竹宮ゆゆこ総合スレ[とらドラ]
http://sakuratan.ddo.jp/uploader/source/date70578.htm
竹宮ゆゆこ作品でエロパロ 2皿目
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1180631467/
3皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1205076914/
4皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1225801455/
5皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1227622336/
6皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1229178334/
7皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1230800781/
8皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1232123432/
9皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1232901605/
10皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1234467038/
11皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1235805194/
12皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1236667320/
13皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1238275938/
14皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1239456129/
15皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1241402077/
16皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1242571375/
17皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1243145281/
18皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1244548067/
19皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1246284729/
20皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1247779543/
21皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1249303889/
22皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1250612425/
23皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1253544282/
24皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1255043678/
25皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1257220313/
26皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1259513408/
27皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1260805784/
28皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1263136144/
29皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1266155715/
30皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1268646327/
31皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1270109423/
32皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1274222739/
33皿目http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1285397615/
34皿目http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1313928691/
2名無しさん@ピンキー:2012/06/28(木) 21:27:41.17 ID:48Fy/flo
Q投下したSSは基本的に保管庫に転載されるの?
A「基本的にはそうだな。無論、自己申告があれば転載はしない手筈になってるな」

Q次スレのタイミングは?
A「470KBを越えたあたりで一度聞け。投下中なら切りのいいところまでとりあえず投下して、続きは次スレだ」

Q新刊ネタはいつから書いていい?
A「最低でも公式発売日の24時まで待て。私はネタばれが蛇とタマのちいせぇ男の次に嫌いなんだ」

Q1レスあたりに投稿できる容量の最大と目安は?
A「容量は4096Bytes、一行字数は全角で最大120字くらい、最大60行だそうだ。心して書き込みやがれ」

Q見たいキャラのSSが無いんだけど…
A「あぁん? てめぇは自分から書くって事は考えねぇのか?」

Q続き希望orリクエストしていい?
A「節度をもってな。節度の意味が分からん馬鹿は義務教育からやり直して来い」

QこのQ&A普通すぎません?
A「うるせぇ! だいたい北村、テメェ人にこんな役押し付けといて、その言い草は何だ?」

Qいやぁ、こんな役会長にしか任せられません
A「オチもねぇじゃねぇか、てめぇ後で覚えてやがれ・・・」
3名無しさん@ピンキー:2012/06/28(木) 21:28:39.95 ID:48Fy/flo
813 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2009/01/14(水) 20:10:38 ID:CvZf8rTv
荒れないためにその1
本当はもっと書きたいんだがとりあえず基本だけ箇条書きにしてみた

※以下はそうするのが好ましいというだけで、決して強制するものではありません

・読む人
書き込む前にリロード
過剰な催促はしない
好みに合わない場合は叩く前にスルー
変なのは相手しないでスルー マジレスカッコワルイ
噛み付く前にあぼーん
特定の作品(作者)をマンセーしない
特に理由がなければsageる

・書く人
書きながら投下しない (一度メモ帳などに書いてからコピペするとよい)
連載形式の場合は一区切り分まとめて投下する
投下前に投下宣言、投下後に終了宣言
誘い受けしない (○○って需要ある?的なレスは避ける)
初心者を言い訳にしない
内容が一般的ではないと思われる場合には注意書きを付ける (NGワードを指定して名前欄やメ欄入れておくのもあり)
感想に対してレスを返さない
投下時以外はコテを外す
あまり自分語りしない
特に理由がなければsageる
4174 ◆TNwhNl8TZY :2012/06/29(金) 00:15:11.37 ID:LHxxEyHh
小ネタSS投下

「アフターダークアフター ちょっとだけ番外編」
5174 ◆TNwhNl8TZY :2012/06/29(金) 00:16:07.01 ID:LHxxEyHh

「はぁ……」

天井まで届きそうな深いため息を、今日一日で何度吐き出しただろう。
両の手足を使っても全然足りなさそうな回数なのは間違いなくて、元より真面目に数えるのも馬鹿らしく、私はまたも肺から憂鬱色した吐息を搾り出した。
今朝からずっとこの調子だ。正確には、昨夜の帰宅直後、ポストに投函されていたある封筒が目に飛び込んできたときから、だけど。

「調子、悪そうですね」

テーブルに突っ伏すか、時折思い出したように体を起こしては肩肘をつき、二酸化炭素をむやみに排出している私の向かい側に高須くんが腰を下ろす。
見ようによっては恐喝か、はたまた酷く機嫌が悪いのかもと取られがちな強面は、その実こちらを心配している表情だとわかるのは、それだけ私も高須くんの感情の機微を察せられるようになったからだろう。
ただ、そんな顔をさせてしまったというのも少々面目なく思う。
体調は概ね普段どおりだし、むしろ以前に比べて良好にさえ感じられる。
やっぱり外食と出来あいのものを買って済ますというだけのローテーションよりも、そこに手料理が加わると違うものよね。
最近では肌の艶も張りも、負の境界線を跨ぐ前のそれに回復してきたようにさえ思われて、美味しい上に健康にまで気を遣える高須くんの手料理から、私はもう離れられる気がしない。
いやもういっそ高須くんなしでは生きられないとさえ言ってしまおう。
心の持ちようなんて、ちょっと大げさなくらいでちょうどいいのよ。
けれどもまあ、か、通い妻?
家事をこなしているどころか、ただ食事にありつきにきているだけなのだけど、他に適当な喩えも見当たらないので便宜上通い妻としておきましょう。
夢の新婚生活まであと一歩と、リーチをかけているようなそんな通い妻もどきな生活で、悩みが全く無いということもない。
何事に関しても言えることだけど、代償というものはそれなりにあるもので。

「ほっときなさいよ、竜児」

短いながらもそりゃもう棘をふんだんに含んだ言葉で横から割って入ったのは逢坂さんだった。

「いや、でもなあ大河」

「まったくもう、誰かさんのおかげで陰気臭いったらないわ。ただでさえ、勝手に居つかれてるだけでも迷惑だってのにね。ねえ、竜児?」

取り持とうとする高須くんの気遣いも虚しく終わる。
実際そのとおりなのだから返す言葉もないとは言え、しかし押し黙る私にだって思うところはあったりした。
逢坂さん、貴女がそれを言うのはなんかおかしくないかしら。
ううん、絶対おかしい。

「ふんっ」

何らおかしいことなどないと、文句があるならかかってこいと、口にも出せない抗議を鼻息ひとつで吹き飛ばす。
常日頃高須くんとの距離を阻む彼女は今は私から向かって右手側、窓際に陣取り、まるで家長かなにかのように威圧感たっぷりで腕まで組んでいる。
堂に入ったその姿は、私と同じく高須くんのお宅にお邪魔している身とはとても思えないほどだ。
ここは自分の縄張りだと言わんばかり。
そこへ頻繁にやって来ては数時間は居座る私を目の敵にし、躍起になって追い出そうとプレッシャーを与えることを忘れない彼女は今日も今日とて不機嫌そうだ。
キリキリと吊り上がっていく目尻はその内垂直にまでなりそうで、のみならず、隙あらばと窺っているような妖しい光をたたえている。
普段なら萎縮するか苦笑いで誤魔化すところだったが、如何せん今の私には何をするにも億劫で、そんな余裕すらない。
せいぜいが、不満を込めて一瞥してやる程度。

「な、なによ、言いたいことがあるんならはっきり言えばいいでしょ」
6174 ◆TNwhNl8TZY :2012/06/29(金) 00:17:08.31 ID:LHxxEyHh

怯ませたというほどでもないが、効果がなかったわけでもなかったようだ。
ちらりと横目で捉えた逢坂さんはそれまでの強気を一時引っ込ませ、不気味なものでも見てしまったような顔になる。
その理由はわかりきっていた。
わかりきってはいるのだが、素直に認めてしまうのは、なんだか癪だった。
……そこまで表に出てたのかしら、私。
そんな様をさっきから見られていたのかと思うと尚更渋みを増していきそうになる表情を両手で隠し、一際大きく嘆息をもらすと覆っていた手をバッグへと伸ばす。

「これ、見てちょうだい」

取り出したのは一通の封筒。
淵を金であしらい、箔を鮮やかな朱で押した、一見して招待状だとわかるそれを、私は逢坂さんに手渡した。

「はあ? ただの手紙じゃない。これがなんだってのよ?」

「……見ればわかるわよ」

くるりと何度か翻しては、しげしげと宛名に記してある私と、差出人である二人分の名前を見比べている逢坂さん。
この歳になれば見慣れすぎて目にするのも嫌なものだが、どうやら逢坂さんには馴染みの浅いものだったらしい。
それも当然かもしれないわね。
ほんの数年前、私が逢坂さんたちと同年代の頃にしたって、目にする機会はほとんどなかったもの。
逢坂さんの様子を隣で眺めている高須くんの方は薄々合点がいっていたようで、その確証である封筒の存在に、なんとも居た堪れなさそうにしていた。

「ああ、うん。よくわかったわ。ご愁傷様だったみたいね、今度も」

「はうっ……」

中身を開いての逢坂さんの第一声は、気の抜けたような、呆れたようなものだった。
それでいて憐憫の情も感じられて、昨夜から一向に冷めやらない惨めな気持ちに拍車をかける。

「あー、その、あんまり気落ちしないでもいいんじゃないですか。
 ほら、こういうのって遅い早いじゃなくてタイミングが肝心だそうですし。な、なあ大河?」

「知らないわよそんなの。私に振らないでよ」

フォローを入れてくれる高須くんにはありがたいやら、ありがたくないやら。
タイミングは確かに肝心だけど、できることなら早いに越したことはないのだ。
でないと私のように、やれ三十路だの、やれ独神だの、やれ行き遅れだのお局だの売れ残りだのいかず後家だの喪女だのと、それはそれは好き勝手に罵られてしまうものなのよ。
なにも悪いことなんてしてないのに、ただ人様よりも僅かに春が遅いというだけで、こんな後ろ指を差されるような人生が待っていただなんて。
私だって好きで三十路になったんじゃない。
ヒトリガミなんていう祟り神の親戚みたいな読み方もできる称号なんて欲しくなかった。
人生に三度訪れるというモテ期がもしもあるのなら、神様、どうかもったいぶらないで。
これを──このお式の招待状を寄越してきた彼女にしてもそうだったはずだ。
少なくとも、たった数日前まではシンパシーを感じられて、本当の意味で心を許せる数少ない友人だと信じていたのに。
7174 ◆TNwhNl8TZY :2012/06/29(金) 00:18:07.56 ID:LHxxEyHh

「田中さん……いいえ今はもう山寺さんだったわね」

かつて心の友だった彼女へと思いを巡らせるべく、フッと遠くの方へと目を向ける。
残念ながら窓の外には逢坂さんの自宅があるマンションが聳えていて、味気がないコンクリートの壁以外、景色らしい景色なんてどうがんばっても視界に入ってこない。
そもそも視界そのものもゆらゆらと波打ってしまっていて、そろそろ我慢の限界が近いことを知らせている。
じんわり滲んできた涙が頬を濡らしてしまいそうだ。
さりげなく差し出されたハンカチを高須くんから渡してもらい、熱を持った目頭を拭うと、そのまま力の限り握り締めた。

「あんまりよ、あんなに約束したのに! 固く誓い合ったのに! それなのに!」

「あの、先生? さすがに近所迷惑なんで、学校と同じ調子で騒がれるのはちょっと」

「だって! だって! ううぅ〜〜!」

「ああもうっ、うるっさい。はいはい、聞きたくないけど一応聞いてやるから。それで、なんて約束したのよ」

心底どうでもいいという体の逢坂さんと、そして居心地悪そうにしながらも静かに耳を傾けている高須くん。
溜まっていた鬱憤に一瞬にして火の点いた私はもはやその勢いを止められず、教え子である二人に向かって胸の内をぶつけるように吐露した。

「私たちは生涯他人になんて頼らないで、お互い自由気ままな独り身ライフを貫こうねって、そう」

「ねえそれ真っ赤な嘘でしょう!?」

食い気味に突っかかってくる逢坂さんはどうでもよさ気だった態度を一変させ、話の腰を折った。
しかも言うに事欠いて、突然嘘だなんて。
これにはいくら温厚で人当たりがよく面倒見もいい、結婚した暁には良妻賢母という四字熟語を地で行くこと請け合いな私でも不愉快というものだわ。

「逢坂さん? 人が話をしてるのにいきなり嘘つき呼ばわりはないんじゃない? 先生、誓って嘘なんて」

「そっちじゃなくて!」

なんだというのかしら、まったく。
人の話を聞く気があるのかないのか、
またも私の言葉を遮ると、逢坂さんが人差し指を伸ばしてこちらを差す。
今にも意義有りとでもいうような威勢のいい声が聞こえてきそうだ。

「なにが約束よ、そうやって油断させておいて自分はさっさと抜け駆けする腹づもりだったんでしょ!?
 その田中さんがどうだったか知らないけど、あんた絶対そんな気なんてさらさらなかったんでしょ!?」

手厳しくも痛いところを衝いてくる逢坂さんを、私はキッと睨みつけた。
8174 ◆TNwhNl8TZY :2012/06/29(金) 00:19:08.31 ID:LHxxEyHh

「逢坂さんにもいずれわかる時がくるわ。
 婚期を逃した者同士の、こいつだけは出し抜いてやるっていうほの暗い気持ちと、あと本当に相手が見つからなかった時の保険的なものとかがない交ぜになった、複雑な女の友情が」

「冗談じゃないわよ、そんなさもしい友情。それにお生憎さまね、私は来年辺りには、その、もう……ね、ね? 竜児?」

そんなものどこ吹く風と全く意に介すことなく、あまつさえ、こんな状況でそれっぽいような雰囲気に持っていこうとする。
図太いというか肝が据わっているというか、いやはやなんていうマイペースで、そしてあてつけがましさだろうか。
さもしい友情を築ける素養はきっと充分あるでしょう。
つい先日までさもしい友情に花を咲かせていた私が言うのだから間違いない。
と、高須くんへと同意を求めた逢坂さんがピタリと動きをとめる。

「大河ちゃん、来年がどうかしたの?」

いつからそうしていたのだろうか、高須くんのお母様が、高須くんの横にぴったりくっつき、ちょこんと座っていた。
私もそうだし、逢坂さんも全然気が付いていなかったようで少しばかり面食らっている。

「や、やっちゃん、起きてたんだ」

「あふぅ。あんなにやかましくされたら誰だって起きちゃうよ?」

「そ、そうよね。ごめんね、やっちゃん疲れてるのにうるさくして」

「う〜ん、っと。うん、今度から気をつけてくれればやっちゃんそれでいいよ〜」

お説教めいた台詞とは不釣合いなほわっとした柔和な笑顔と、小さなあくび、ちらほら跳ねている寝癖。
両腕を上げて体を伸ばしている仕草なんてもはやあどけなさすら伴っていて、まるで子供のようだ。

「おはようございますお義母様」

朗らかに挨拶をしただけで高須くんの影に隠れてしまうところも、子供そのものだわ。
ずいぶんとまあ、警戒されてしまったものね。

「だからぁ、やっちゃん竜ちゃんの先生にお義母様なんて呼ばれる覚えないよぉってずぅっと言ってるのに、なんでわかってくれないのぉ……?」

「そう仰らずに、お義母様もどうぞ私のことはゆりちゃんと親しげに、なんなら呼び捨てにしてくださっても」

「竜ちゃ〜ん、やっちゃんこの人のこと苦手……」

だめね、何をやっても裏目に出てしまう。
精一杯歩み寄ろうとするも、お義母様は取り付く島もなく、先ほどから向けられていたじとりとした目すら逸らされてしまった。
助けを求められた高須くんの方がよほど助けてほしそうで、傍目に見てもおろおろしている。
そんな高須くんが、逢坂さんが読んでから放置しっぱなしだったあの忌々しい招待状を見つける。

「そうだ。そういえばこれ、どうするんですか?」

これ幸いと話を変える高須くんに、数瞬考えた後、私は嫌々ながらも、もちろん出席するつもりであることを告げた。
あれだけ嘆いていたものだからてっきり欠席するのだろうと思っていたという高須くんと、それに逢坂さんに、

「どうしても、お祝いを言ってあげたくって」

さもしかろうが何だろうが、これまで培ってきた友情もある。
先を越されたことは悲しいに決まってて、でも、そんなことで途切れてしまうような浅い付き合いじゃあないのよ。
だからせめて、その日だけは心から祝福してあげて、末永くお幸せにと、おめでとうとお祝いの言葉を贈ってあげよう。
──ウェディング・ベルに乗せて。

                              〜おわり〜
9174 ◆TNwhNl8TZY :2012/06/29(金) 00:19:39.98 ID:LHxxEyHh
おしまい
10名無しさん@ピンキー:2012/06/29(金) 14:17:26.05 ID:vIyQZXHf
>>9
独身網が狭まりつつある…GJ
11グンタマ:2012/06/29(金) 22:14:09.15 ID:jEQWdgAq
新スレ立ったので、投下したいと思います。
今回はまやドラです。お食事中の方にはちょっとアレなシーンもございますので、
ご注意をお願い致します。
一応、出来る限り包んだ表現にはしております。

題名:煮豆〜振れる心〜
12煮豆〜振れる心〜:2012/06/29(金) 22:15:06.50 ID:jEQWdgAq
――最近、麻耶の様子がおかしい。

奈々子は、目の前でファッション雑誌を眺める麻耶を観察していた。

普段と変わらない様子だけど、確実に変化が起きてる。
それは、別に麻耶にとって悪いことじゃないと思っている。
その変化に気付いたのは、わたしもつい最近のことだ。
最初は勘違いと思っていたけど、日を追うごとにそれは確信へと近づいていく。

ふと、麻耶が雑誌から視線を外し、横を見る。それに続いて、わたしもその方向を見た。

その視線の先には、仲良く話している高須くんと『まるおくん』こと北村くんがいた。
そう、これが今までのいつもの麻耶だった。
何かと北村くん、北村くんと忙しない、わたしの親友。
いつも目で追っていたり、何かにつけて北村くんに接近しようと試みる。
その大胆さや行動力は、わたしも見習うべきかもしれない。

北村くんが高須くんの席を離れ、自分の席に着席する。
高須くんは自分の席でノートを広げ、どうやらさっきの授業の復習をしているようだ。
強面で、生真面目で、掃除や家事がそこらの主婦よりもよっぽど上手。
あの三白眼のせいで、本当に彼は損していると思う。彼は、本当に優しい人だ。
それは、手乗りタイガーとのやりとりを見ていれば誰だって気づくこと。

だから、彼と関わった人が、彼に惹かれていくのもなんの不思議もない。
わたしの知ってる限りでは、4人が彼の優しさ、人となりに触れ、好意を持っている。
そう、彼を知れば知るほど、その想いは強くなっていく。


わたしは麻耶を見て、――その視線は、さっきとは別の場所を見ていることを確認した。
13煮豆〜振れる心〜:2012/06/29(金) 22:16:03.21 ID:jEQWdgAq

「ねぇちびタイガー、あんた毎日家でも高須くんのご飯食べてるんだしさぁ。
もう食べ飽きてるでしょ?その唐揚げ一個よこしなさいよ。てかあんたの弁当、明らかに量多いのよ」

「寝言は死んでから言いなさい、腐れチワワ」

「くさ…!?ちょ、ちょっと言い過ぎなんじゃないかな〜?さすがの亜美ちゃんも怒っちゃうよ?」

「……………………言い過ぎ?」

「本気で不思議そうなツラしてんじゃねーよ、ちびトラ!!」

「はっはっは。相変わらず仲が良いなぁ、二人は」

「なんとー!!私が部活で忙しかった間に、随分大河とあーみんの仲が深まっちまったのか!!
いいんだよ、いいんだよ、大河。私は都合のいい、二番目の女でも…」

「「全然仲良くない!!」」

「……静かに食べるってことは…できないんだろうなぁ、このメンバーだと」

「ある程度騒がしいほうが、あたしは好きだけど。高須くんは静かな食卓が好きなの?」

「いや、別にそういうわけじゃねぇけど、限度ってものがだな…」

いつものメンバーが揃う、騒がしい昼休み。
竜児が五人分の弁当を作り始めて、早三ヶ月が経っていた。気付けば作る弁当の数が、また一人分増えた。
ある日、いつもの仲良し組で昼ご飯を食べていた時。
竜児と大河、亜美だけでなく、更に奈々子と麻耶の弁当の中身が同じことに気付いた実乃梨が、

「この弁当を作ったのは誰だぁ!!!!」

と大河の弁当を持ち上げながら妙に濃い顔で叫んだ。
突然のことに唖然とした一行だったが、「お、俺だが…」と竜児が小さく肯定する。
実乃梨は勢いよく竜児を見やり、その瞳を更に見開き、ずいっと竜児に一歩近づいた。
あまりの気迫に、竜児は思わず椅子の背に軽くのけぞる。そして、

「高須くん!君の手作り弁当を所望する!!」


ちなみに、実乃梨は「高須くんの手間にならない程度」に弁当をお願いするのだった。
14煮豆〜振れる心〜:2012/06/29(金) 22:16:52.42 ID:jEQWdgAq
そんな騒がしい弁当時間の中、話の輪にあまり入らず、箸も進んでいない人物がいた。
その表情に覇気は無く、
奈々子は隣に座っているその人物――木原麻耶に、耳打ちする。

(ねぇ麻耶、本当に大丈夫…?辛いなら、保健室にいったほうが…)

(…え?あ、だ、大丈夫だってば、もー。奈々子、本当に心配しすぎだってば)

麻耶は、二限目の体育が終わった辺りから、体調が優れなかった。妙に胃がむかむかするのだ。
そんな麻耶の目の前にあるのは、間違いなく大河がリクエストしたであろう、非常にこってりとした弁当。
唐揚げ、焼肉、角煮、しかもタイガーの弁当のみ白米ではなくなぜかチャーハン。もうわけがわからない。

(ホント、わっけわかんない、なにこの弁当、まじ最悪なんだけどぉ!!……美味しいけどさぁ)

美味しい。そう、高須竜児の弁当は、とにかく美味しいのだ。それは、体調が少し悪い程度では変わらない。
今日の弁当は少し辛いものがあるが、それでも麻耶は少しずつだが口に運んでいく。
一週間に一度の、最高の楽しみなのだ。たかだがこんなことで、手放したくはなかった。

それでも周りと比べ、どうしても箸の進みが遅く、徐々にそれが目立ち始める。
そして、それを見逃す手乗りタイガーではなかった。

「ん?どうしたのよあんた。全然箸進んでないじゃない。なに?いらないの?唐揚げいらないの?焼肉も?角煮も?」

「…大河、お前の弁当は他のより多めにしたんだぞ?まだ食う気なのか」

「大河は食っても太らない体質だからねぇ。…ぐっ、沈まれあたしの左手…!」

狙っていることを隠そうともせず、大河は麻耶の弁当を凝視する。

「ちょ、何言ってんのよタイガー!高須くんの弁当、いらないわけ―――」

思わず大声で否定しようとするが、

――あ、やばい。

突如、何かがせり上がってくる感覚をおぼえる。麻耶自身、滅多にない感覚なので忘れていた。
大丈夫と思っていた矢先にくるものであり、その状況になってはもはや話すことも難しい。

くるなくるなくるなくるなくるなくるな。

(もし、こんなところで――したら……クラスの皆にハブられる!!皆離れちゃう!!)

額に一筋の汗が浮かび、麻耶は顔を真っ青にしながらも何とかそれを抑えようとする。
尋常ではないその様子に、奈々子の表情が不安に曇っていく。

「ま、麻耶、本当に大丈夫…?」

それは、奈々子にとっては心配しての行為だったのだろう。
麻耶の背中に軽く手を添えて、顔を覗き込むような形をとる。

――その軽く添えた手が、しかし引き金となってしまった。
15煮豆〜振れる心〜:2012/06/29(金) 22:17:50.39 ID:jEQWdgAq
「             うぶっ」

そこまできてしまった後は、止めることなど到底不可能だった。
昨日の夕ご飯に食べた物から、夜にこっそり食べていたものまで、全てが逆流していく。
竜児の作った弁当が、自らで全て台無しにしていく様が、麻耶の精神をさらに追い詰める。

(あたし、最っ低…!こんな、お昼の教室でなんて…!高須くんの、お弁当になんて……!!)

心で自分に悪態をついても、尚も収まる気配がない。
出るものがなくなっても、喉を焼くような液がまだ昇ろうと麻耶を苦しめた。
そして、それがようやく落ち着いても、喉の痛みが治まることはない。

「カハッ……」

口内を、嫌な臭いと強い酸味が支配し、麻耶は身体的にも精神的にも満身創痍だった。
椅子に座っていたため、机から落ちたものが自分の制服を汚している。
事が過ぎた後、麻耶の目からボロボロと涙がこぼれ落ちていく。
突然の出来事に皆呆然とし、2−Cに妙な沈黙が広がっていた。

「だ、大丈夫か木原!!」

そんな中、奈々子より、北川より、誰よりも早く、竜児が麻耶のそばに駆け寄る。
ポケットからハンカチを取り出し、麻耶の口を優しく、ゆっくりと拭う。

「…っだ、だがず、ぐん…」

「しゃべんな木原、胃液で喉痛ぇだろ。今はとにかく息落ち着けることに集中しとけ。
大河、水の入ったバケツと雑巾を持ってこい!香椎、川嶋。木原を保健室に連れてってやってくれ。
ああ、制服も汚れてるから、体操着も持っていったほうがいいな。シミ抜きとか、俺のロッカーに入ってっから、
勝手に持ってってくれ。今は鍵掛かってねぇはずだ。
あと、木原の体調が落ち着いた時の為に、飲み物持ってったほうがいい。脱水症状起こすかもしれねぇからな」

テキパキと指示を出す竜児に、止まっていた時間が進みだすように周りもようやく動き出した。
大河と実乃梨はバケツに水を汲みに行き、亜美と奈々子が麻耶の隣につき、保健室に連れて行った。

残った竜児は、自分のロッカーからゴム手袋とマスクを取り出し、慣れた手つきで装着していく。
その眼は、すでに獲物を見つけて狂喜乱舞のハンターそのものであった。

「さて……掃除の時間だ……それも、とびっきりのなぁ…く、くく、くっくっくっく」

マスク越しに、竜児の口元が歪む。台詞も相まって、完全に危険人物と化している。
竜児と長くつるんでいる北村や春田達ですら、少し引いていた。
16煮豆〜振れる心〜:2012/06/29(金) 22:18:28.95 ID:jEQWdgAq
「すまん、木原。体調悪ぃのに、あんなこってりした弁当渡しちまって…」

「……………」

昼休み後の五限目が終わった後、竜児は麻耶の様子を見に保健室へと来ていた。
自分の弁当に、生焼けのものがあったんじゃないかと竜児は非常に狼狽していた。
しかし、亜美と奈々子から麻耶の体調が悪かったことが原因であったことを聞き、一先ず弁当が直接的な原因でないことにホッとした。
だがどんな理由があるにせよ、自分の弁当が原因なのは間違いない。その為、こうして謝りに来たのだが、

(ぐっ…木原、やっぱ相当怒ってるか…)

麻耶は布団にもぐりこんだまま、顔すら出そうとせず、返事もない。
麻耶が相当怒っていると、竜児は所在なさげにその場に立ち尽くし、片手で頭を抑える。
それもそうだろう。自分の作った弁当のせいで、麻耶が大勢の前で醜態を晒してしまったのだ。

真実、麻耶は竜児に申し訳なさ過ぎて、声を出すことも顔を出すことも躊躇っていた。
まず一つ、麻耶の体調不良についてである。

『寝不足の上遅刻しそうだったから朝食抜いて、体育で長距離走。とどめのお弁当、ね』

保健室の先生が呆れたように反復した時、麻耶は非常に居心地が悪かった。
要は、前日に遡り麻耶の生活態度のせいで、このようなことになったのだ。

そして二つ、竜児が麻耶の体調不良を知るすべなどあるわけがなかった。麻耶自身隠していたのだから、尚更である。
今回の弁当は大河の希望を汲んで作ったのだから、竜児が狙って作ったわけでもない。(一応野菜も入ってはいた)

自業自得であることは、麻耶自身重々承知している。
確かに、あの弁当がとどめになってしまったこともあり、多少なりとも不条理な憤りを竜児に持っている。
しかし、その気持ちはあまりに理不尽であることは麻耶自身分かっている。でも、持たずにはいられなかった。
誰かの所為にしていたかったのである。

結果、麻耶は布団から出ることができなかった。

「…次の授業始まるから、教室に戻る。木原は体調良くなるまで、ゆっくり休んでいてくれ。
 本当にすまねぇ、木原」

竜児の沈んだ声を聞く度、ズクッと心が痛む。自分の勝手さが、内側を息苦しくしていく。

――苦しい。高須くんの声を聞くたび、息苦しくなってく…!

たまらず、麻耶は耳を抑え音さえも遮断しようとした。しかし、それよりも竜児の二の次が早かった。

「俺ができることなら、何でもする。だから、また俺の弁当、食ってもらえねぇか。
凄く旨そうに食ってくれるから、木原に食べてもらいてぇんだ」

「……あたし、に?」

「お、おぅ!木原に、だ!!リクエストあるなら、何でも受けて立つぞ!!」

初めて麻耶から反応があり、竜児は思わず声に力がこもる。
麻耶はゆっくりと上半身を起こし、しかし俯いている所為で髪が下り、竜児から表情はよく見えない。
普段の天真爛漫な麻耶とはギャップがありすぎる静けさに、竜児は息を飲む。

「じゃあ、さ」

一旦、そこで麻耶の言葉が途切れ、

「今度、煮豆作ってきてよ」

「…え゙っ」
17名無しさん@ピンキー:2012/06/29(金) 22:18:34.17 ID:QsK5rv80
4円
18煮豆〜振れる心〜:2012/06/29(金) 22:19:20.48 ID:jEQWdgAq
結局、麻耶の心配とは裏腹に、あの時の騒動についてクラスメートが麻耶をどうにかする、なんてことはなかった。
それどころか、逆に麻耶を心配する声が多数(主に能登が)だった。
能登が一人、「高須が弁当に毒を盛ったんじゃないか」などと暴走していたが、三人の少女の鉄拳の前に崩れ落ちる。
正気に戻った能登は、もちろん竜児に謝った。というか土下座した。

ちなみに、他のクラスには、俗に言う『他人の不幸をネタにする』輩もいる。
が、そういった人間も、今回の件については全く関わろうとしなかった。
というか、手乗りタイガー、ヤンキー高須と仲の良い人物をネタにしたらどうなるか。
そんな命知らず、この大橋高校にはいるはずもなかったのだが。

そして、いつもの昼の時間。竜児がそれぞれに弁当を渡している中、

「おぅ、そうだ。木原、これもお前のだ」

「えっ」

麻耶は目をパチクリと瞬かせ、竜児から小さなタッパを受け取る。
中には、竜児があれほど頑なに持ってくることを拒んでいた煮豆が入っていた。

「約束、しただろ?お詫びも込めてるけどな」

体調が悪かったのは自分の体調管理のせいであり、竜児は何一つ悪くないことは誰もが知っている。
竜児はいつも通り、皆の分の弁当を作って持ってきただけだ。
それが、今回は大河希望の肉々(にくにく)しい弁当だったがために、不幸にも麻耶の体調と重なり騒動が起きた。
今回の件は、誰に非があるわけでもないのは明白だった。

――あたしがお弁当を台無しにしたのに、後始末まで全部やってくれた。
――それどこか、あれだけ作ってくるのを嫌がってた煮豆を、ちゃんと持ってきてくれた。

高須竜児という人は、どれだけお人好しで、どれだけ優し過ぎるんだろうか。
タッパを持つ麻耶の手に、知らず力が入っていた。

「ちょっと、竜児。あれだけ持ってくるの渋ってたくせに、なんでこいつの分だけあるのよ」

「こいつって、お前な…。だから、約束したってたった今言ったばかりだろ。
てか、家では作ってるし、お前はそれを食ってるからいいじゃねぇか」

案の定絡んできた大河に、竜児は呆れたように返す。それでも不満そうな大河だが、「チッ」と舌打ちをしつつも、
自分の席に座り弁当を広げる。
溜息をつきながらも、竜児も椅子に座り弁当を広げようとするのだが、ふと視線を感じて顔を上げる。

「……………」

(……な、なんで川嶋は睨んできてんだ。いや、よく見たら川嶋だけじゃねぇ。
香椎と櫛枝も、なんでそんな顔してんだ…)

奈々子はジト目を。そして、実乃梨は何とも言えない複雑な表情を浮かべて竜児を見ている。
なぜ、この三人の態度が急変したのか。刹那の思考の後、はっ、と竜児は結論に達した。

(まさか、ここまで俺の煮豆が人気だったとは…!!)

麻耶に煮豆を渡しただけで、この周りの反応である。竜児は煮豆を解禁してもいいかな?と思い始めた。
が、そこに悪魔の声が耳に入る。
19煮豆〜振れる心〜:2012/06/29(金) 22:20:26.77 ID:jEQWdgAq
「つまり、その煮豆は今は木原のもの、ということだな、高須。木原がOKを出せば、俺もあの煮豆を食べていいんだな?」

にやりと、北村は不敵な笑みを向ける。その瞬間、竜児にはあの悪夢のような光景がフラッシュバックした。

「…!ま、待て北村。お前、ま、まさか…」

大河の手から零れ落ちた煮豆。
それは、目の前にいる【北村 祐作】という男の手、ではなく鼻によって、暗黒に吸い込まれた。
その瞬間を、竜児は今でも夢に見て、うなされて目覚めるほどのトラウマとなっている。どんだけだよ。

「木原、よければその煮豆も俺にも――」

「き、木原、それだけは…それだけは…!!」

竜児が掠れた声で、悲痛な表情を浮かべながら懇願する。すでに少し涙目になっていた。
もちろん、麻耶が北村の頼みを無碍にするわけがない。その場の誰しもが思った。が、

「ダメ」

((っ!?))

「木原…!」

「……だ、ダメなのか?」

あの北村からの頼みを麻耶が間髪いれず断ったことに、奈々子と亜美は驚きを隠せずにいた。
奈々子は当然だが、亜美も麻耶の気持にはほとんど気付いていたのだ。
亜美は、普段は奈々子と麻耶の三人で行動することが多く、麻耶の口から「まるおが」「まるおに」「まるおの」という言葉を何回も聞いている。
人一倍、周りの心情に聡い亜美は、そうなんだろうとほぼ確信を持っていた。
だからこそ、尚更驚いた。と同時に、胸にチクリとするような、嫌な予感があった。

「この煮豆は、高須くんがあたしとの約束で、あたしの為に作ってくれたんでしょ?」

麻耶から真正面から見据えられ、竜児は思わず「お、おぅ」とどもる。
思えば、麻耶からこれまで真っ直ぐ見られる――いや、もはや見つめられる、だろう。
視線が重なったのは初めてじゃないか。竜児はそんなことを思う。

麻耶が、どこか自分のことを怯える様に接していたのは知っている。
何だかんだご飯を一緒に食べるようになっても、それがこのギラつく三白眼に慣れたことにはならない。
というか、大河達が異常なわけで、基本的にはそれが普通なのだ。

しかし、今、麻耶はしっかりと竜児の眼を見て問いかけた。
それに気付いたのは―――今、この場に竜児だけではなかった。

「うん、そっか…そうだよね」

竜児の言葉に、麻耶は何度も頷く。そして、その両手でタッパを包み、少しだけ。

「じゃあ、誰にもあげない!」

少しだけ、染まった頬で、麻耶は満面の笑顔を浮かべていた。
20煮豆〜振れる心〜:2012/06/29(金) 22:21:11.45 ID:jEQWdgAq
――最近、麻耶の様子がおかしい。

奈々子は、目の前で料理雑誌を眺める麻耶を観察していた。

普段と変わらない様子だけど、確実に変化が起きてる。
それは、別に麻耶にとって『は』悪いことじゃないと思っている。
その変化が更に強くなっていることに気付いたのは、わたしもつい最近のことだ。
最初は勘違いと思っていたけど、この間の件以来、それは確信へなっていた。

ふと、麻耶が雑誌から視線を外し、横を見る。それに続いて、わたしもその方向を見た。

その視線の先には、仲良く話している高須くんと『まるおくん』こと北村くんがいた。
そう、これが今までのいつもの麻耶だった。
何かと北村くん、北村くんと忙しない、わたしの親友。
いつも目で追っていたり、何かにつけて北村くんに接近しようと試みる。
その大胆さや行動力は、わたしも見習うべきかもしれない。

北村くんが高須くんの席を離れ、自分の席に着席する。
高須くんは自分の席で本を広げ、どうやら北村くんから渡された本を確認しているようだ。
強面で、生真面目で、掃除や家事がそこらの主婦よりもよっぽど上手。
あの三白眼のせいで、本当に彼は損していると思う。彼は、本当に優しい人だ。
それは、この間の騒動を見ていれば、誰だって気づくこと。

だから、彼と関わった人が、彼に惹かれていくのもなんの不思議もない。
わたしの知ってる限りでは、5人が彼の優しさ、人となりに触れ、好意を持っている。
そう、彼を知れば知るほど、その想いは強くなっていく。


わたしは麻耶を見て、――その視線は、さっきと同じ位置であることを確認した。
21グンタマ:2012/06/29(金) 22:23:52.47 ID:jEQWdgAq
以上です。麻耶さんこんな役をやらせてしまってごめんね。

久々に書こうと考えて「とりあえず煮豆かな」と突貫で書きました。
煮豆がなければ即死であった。

また次回の作品も、よろしくお願い致します。
22名無しさん@ピンキー:2012/06/29(金) 23:11:29.03 ID:N+id/Nql
>>21
何故煮豆w
大変楽しく読ませてもらいました。次作期待してますね
23名無しさん@ピンキー:2012/06/30(土) 00:02:27.32 ID:cKX0cNhB
新スレたったと聞いて覗いてみたら

煮豆のひと来てたーww

竜児と同じくドキドキしてしまった
24名無しさん@ピンキー:2012/06/30(土) 00:13:46.32 ID:48JQJZfN
煮豆ネタ懐かしいwww
25名無しさん@ピンキー:2012/06/30(土) 11:55:08.65 ID:4z2ugkik
>>7

>「田中さん……いいえ今はもう山寺さんだったわね」

笑たw
26名無しさん@ピンキー:2012/06/30(土) 21:58:22.06 ID:48JQJZfN
いい時事ネタw
27名無しさん@ピンキー:2012/06/30(土) 22:52:44.33 ID:+MxM82NK
お二方とも古参乙(いい意味で)
前スレで独神SS探してたひとがいるけどだけどグンタマさんのだけど独身は元祖にして至高のSSだから
おすすめ。
まじ続きが読みたいんだぜ

麻耶ドラもあんまないからおふたりとも続きを期待しています
28遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 11:30:38.79 ID:j9T6+J/m
タイトル『遅く起きた朝に』

どちらかというと原作寄り、ちょっとヘタレな竜児主役の物語
設定は原作途中からのifストーリー、社会人になった竜児達が出てきます
回想シーンが多いので原作知らないと意味不明な所があると思います
長い上に、エロは……ほとんど無いです

ちょっと鬱々とした表現箇所があるので、気に触った方はNGIDして下さい


次スレからお借りします
29遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 11:33:50.39 ID:j9T6+J/m
『遅く起きた朝に……』




 木々の緑がようやく色付き始めた春先の頃、
 見慣れぬ部屋で目覚めた俺は彼女と同じベッドの上に居た……


 ―――― 【01】

 まどろみの中、再び眠りに入ろうとする意識を無理やり引き剥がしてまばたきをする。
薄く開けた視界の中にぼんやりと白い天井が映りこむ。カーテン越しの光量の為か、ほの
かに薄明るい室内は、今が昼近い時間である事を示している。
 見慣れない天井をボーっと眺めながら、意識を覚醒させ思考を巡らそうとするが、
「頭痛ぇ……」
 二日酔いの残滓にこめかみをしかめ、竜児はふたたび瞳を閉じてしまう。

(えーと、今日は土曜だった…よな…)

 普段のローテーション通りなら今頃朝食をすませて、掃除と洗濯でもしてる頃だろう。
学生だった時と違い就職して一人暮らしを始めてからは、ごくまれにだが食事の手抜きを
する様になった。
 泰子が和解した爺ちゃん達と実家で暮らすようになったのを契機に、俺は勤め先の沿線
にアパートを借りて一人暮らしを始めた。結果、自分一人の為だけだと、食事を作る気が
しないという、よく聞く主婦の言い訳には俺も同意せざるをえなくなった。
 まあ、二日酔いの翌日位は許されるだろう。

(ワインが効いたのかな……)

 親の遺伝のお陰か、アルコールにはかなり耐性があると思っていたのだが、ワインとは
相性が良くなかったらしい。飲み慣れて無い上に、相当量飲んだ事と相まって悪酔いした
様だ。
 これからは気をつけるとしよう。

(え〜と……)

 甘い花の様な香りがする、オードトワレだろうか……。
 寝起きの頭で昨日の記憶が思い出そうとするが、思考力の鈍った脳みそはウンともスン
とも動き出してはくれない。……昨夜は誰と飲んだんだっけ……?

(んっ?トワレ?、……見慣れな……い?)

 唐突に首から背筋の辺りにかけて、ぞわっと皮膚が粟立つ。何かの悪寒を感じたのか、
実際に寒かったのか分からないが、ぬくもりをもとめて無意識に布団をたぐり寄せようと
する……。が、何かに引っかかっているのか、布団はビクとも動かない。
 そっ〜と、瞳を開け身動ぎもせず、視線だけをゆっくりと巡らせて行く……。
 視界の中に入ってきたのは白を基調とした、清潔感のある八畳程の洋室。部屋の中には
鏡台と机、それに部屋の大半を占める大きめのベッド。シンプルなガラス地のデスクの上
にはセンスの良さを感じさせる小物類が、絵葉書やフォトフレームと並べられ、壁には外
国の古い映画だろうか、アートパネルが掛けられている。ベッドの上には枕と色とりどり
のミニクッションと俺、高須竜児。

 ……だけではなかった。


30遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 11:42:26.29 ID:j9T6+J/m
 ベッドの端の方、そこにはシルクの布団にくるまった女がこちらに背を向け、穏やかな
寝息を立てている。チラリと覗く真っ白な背中が扇情的で、思わず視線を逸らしてしまう。

 大きく深呼吸、アナタハダレ? ココハイッタイドコデスカ……。

 あわてて起き上がろうとするが、そこではじめて自分が服を着てない事に気が付いた。
そして、それは彼女の方も同様だろう。高級そうなシルク地の布団をまとってはいるが、
そこから大胆にはみ出した肩と脚は、どう考えても寝巻きを身に付けているようには思え
ない。あまりの衝撃に、自分の腰より下の状態を確認する気もおこらない。

 掻き抱くように巻きつけられたシルクの下には、彼女のボディラインが浮かびあがり、
色香を損なうどころか、より扇情的な演出道具として効果を現している。
 腰まで伸びた、青みを帯びた長い髪は……、

 青みを帯びた……、長い髪……だ、と……。

 ……この後ろ姿に自分は確かに見覚えがある、どころの話ではない。
 ここにきてやっと昨日の記憶が、酔い潰れるまでの記憶が、朧げながらに蘇ってきた。
耳の奥で水の流れるうねりの様な音がこだまし、一気に血の気が引いていく。俺の表情は
真っ青になっていた事だろう。
 誰かが見ていたならば悲鳴を上げる事、間違いなしだ。
 不本意な話だが、俺はこの感覚を懐かしいと思ってしまった。けっして平凡とはいえな
かった学生時代、何か騒動が起きる度にこんな感覚を味わったもんだ。あいつらときたら、
どいつもこいつも問題児ばかりで……。
「って、そんな場合じゃねえよな」
 と、言いつつも俺は彼女に声を掛ける決心をするのに、たっぷりと三分以上の時間を要
してしまった。こっそりと逃げ出す事も一瞬だけ頭の中をよぎったが、その案は却下した。
終身刑が死刑になるだけだ。

「か、川嶋っ……」
「ん……」
 元大橋高校の同級生であり、現役モデル。最近は雑誌だけでなくTVなんかにも出たり
してるらしいが、要するに俺にとっては昔馴染みの知り合いだ。そして、ここが大事な所
なんだが、俺と川嶋の間柄はただの友人関係であって、同じベッドの上で朝を迎える様な
睦まじい中ではけっして無い!
 少し惚けた顔で川嶋は側に転がっているクッションを抱き寄せ、まどろんでいる。まだ
夢の世界に居るのか、寝ぼけている様だ。
 青みを帯びたツヤのある長い髪は、細い肩から背中へと流れ落ち、ベッドの上で小さな
せせらぎを作っている。俺は視線を外す事も出来ずに、うなじから鎖骨のラインに沿って
視線を下らせる。その先にあるのは、まとったシルクの圧力に負ける事無く、自己主張を
行う豊かな双丘と谷間が……、違う、違う!!
 巨乳なら泰子で見慣れている筈だが、そんな事に何の意味もなかった。そもそも、いま
だに俺が女性を苦手とする事実に変わりは無い。しかし、彼女の肢体から視線を外す事は
出来なかった。
 学生時代と違い、あどけなさや未成熟だった部分が姿を消し、大人としての色香を身に
まとった川嶋亜美は、男にとっては劇薬に等しい。俺に扱える訳がない、間違いなく爆発
させてしまうだろう。
「ヴ〜、頭痛い……」
 横に転がったまま、川嶋の視線はゆっくりと室内を漂い、俺に焦点を定める。
「高須……く……ん?」
「お、おぅ……」
「……」
 俺達は瞬きを忘れたかの様に、お互いの顔を凝視していた。たっぷりと、一分は見詰め
合ったかだろうかという所で、川嶋は落ちつかなげにキョロキョロと再度室内を見回す。
鏡に映った自分の姿を確認した所で視線を身体に落とし、両の腕で身体がそこあるのを確
認するかの如く、さかんに撫でまわしている。
 俺はこの時、このあと起こるであろう事態を正確に予見する事ができたと思う。なんの
対策を講じる事も出来なかったけどな……。
31遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 11:44:10.67 ID:j9T6+J/m
「信じられないっ! 信じられないっ! 信じらんなーいっっっ!!」

 川嶋は枕やクッション、ベッドサイドに置いてあった小物を、次々と俺に向かって投げ
つけて来た。堪らず、ベッドから転がり落ち、部屋の隅へと身を隠す。トランクスは履い
ていた、セーフ。
 信じられない、という気持ちにおいては俺もまったく同様なのだが、そんな事が言える
筈もなく、飛来する弾丸に防戦一方に追い込まれる。
「あんた、あたしが寝ている間に何したのよっ!!」
「おうっ……!」
「高須くんは、こんな事する奴じゃないって、信じてたのに……。酔い潰して、エロい事
するとか、どんだけよ! こ、このっ、ケダモノ! ヘンタイ! 人間失格! 犯罪者!
 ニブチン! おばさん男!」
 どさくさに紛れて好き放題、言ってやがる。いや、今はとにかく誤解を解くのが先か。
「ち、違う。お、落ち着け! わっ、わっ、目覚ましは止めろ!!」
「女の敵、あんたにまさかこんな甲斐性があったなんて想像もしなかったわよ!」
「どういう意味だよっ! お、落ち着けっ、川嶋! 俺とオマエが寝……、ど、どうにか
なったなんて、無いかもしれん。って、いうか俺も記憶が飛んでて、マジに何も覚えてな
いんだよ!!」

 俺の絶叫に、古代ローマの英雄もかくやと、シルクをトガの様に身にまとい、目覚まし
時計を槍が如く投擲の体制に構えるは、女神か悪魔か。動きを止めた川嶋は、疑わしげな
視線で俺を睨み、次の言葉を待っている。
「こ、こんな状況だから言ってしまうが、未経験者の俺がちゃんと何かしらできた可能性
なんて、無い、無い! キスだってした事ねえんだからっ!!」
「……マジ?」
「マジ、マジ! 神に誓って童貞ですっ!」
 ヤケクソ気味に宣言してしまう。
「きっと、二人共、酔ってそのまま寝ちまったんだよ。そ、そうに違いねえ、二人は清い
関係だ!」
「ぷっ……、高須くんてばしょーもなっ」
 俺のぶざまな宣言に心持ち落ち着ついたのか、柔らかい表情を取り戻し肩の力を抜いた
川嶋は目覚ましを置いて笑っている。どうやら信用してもらえたらしい。
 やっぱり、こういう時は日頃の行いが物をいうよな。単にチキンだと思われただけかも
知れないが、ここは誤解が解けただけで良しとしておこう。

 落ち着いた所で、自分の姿がいまだにパンツ一枚である事に気付き、着ていた筈の衣服
を慌てて探す。ベッドの下に、折りたたまれたワイシャツとズボンを発見して、苦笑いが
込み上げてしまう。記憶もあやふやになる位飲んでた癖に、どうやら俺は衣服をたたんで
から寝たらしい。几帳面なのもここまでくると、我ながらどうなんだろうかと思ってしまう。

 とりあえず部屋を出て服を着ようと、衣服を手に取った際、小さな布切れが服の合間か
らポロリと床に落ちた。拾い上げ、なんだろうかと両手で拡げて確認すると、それは繊細
な刺繍に彩られた高級そうな下着……、女物のショーツだった。
 そっと振り向き、川嶋の姿を横目でうかがう。何かに集中しているのか、こちらに背を
向け服代わりにまとったシルクの布団の中で、モソモソと動き回っている。どうやら、今
の光景はバレずに済んだらしい。気付かれないように、下着をそっとベッドの下に戻して、
見なかった事にする。
「川嶋、俺、向こうでちょっと着替えてくるから」
 しかし、答える声は無く、妙な沈黙に振り向けばいつの間にかこちらにの方に向き直り
顔色をやけに悪くした川嶋がいた。
「高須くん……」
「ん、なんだ?」
「何がっ、清いままだ! このっ、中出し男っ!!」

 幸運な事に投擲された目覚ましは当たらなかった。

32遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 11:46:28.44 ID:j9T6+J/m
 咄嗟に服を掴み取って逃げ出せたのは、我ながら僥倖だったと思う。でなければ、いま
この瞬間もパンツ一丁でリビングに佇む自分のマヌケな姿に、気持ちはドン底へと落ちて
いただろう。
 とりあえず衣服を身に付け、椅子に腰を降ろして一息つく。逃げ出してきた部屋の扉を
そっと伺い、何の変化もない事を確認する。とりあえず、中の魔物は落ち着いてるようだ
が……。
 ダイニングテーブルの上には、昨夜の宴の痕跡が残されていた。様々な料理の皿と空に
なったワインのボトルが、一、二、三……、二人でこんなに飲んだのかよ……。
 改めて室内を見廻し、昨夜の出来事を思い返してみる。ただし、記憶を無くす前までの
話しだが。


 俺達、元大橋高校二年C組の腐れ縁は、途中色々ありつつも、卒業後も途絶える事なく
続いていた。各々が社会に出た現在、常に全員が集まれるわけではなかったが、その都度
機会を設けてみんなで飲んだり、遊びに行ったりという具合に楽しくやっていた。
 いちはやく社会人として自立しており、なおかつ都内のマンションで一人暮らしをして
いた川嶋の自宅は、パーティー等をする時の会場として、何度か利用させて貰っていた。
先月、櫛枝の壮行会をした時も、ここだった。
 今回もそんな流れで、集まる事になっていたのだが……。

「おー、いい感じに焼きあがったぜ」
 オーブンの中には、絶妙な焼き加減で仕上がったローストチキンが待機していた。扉を
開けると、食欲をそそる香りが室内に充満する。インコちゃん、ゴメン……。今回だけは
見逃してくれ。
「ガスオーブンはやっぱいいよな〜、でも高いし場所とるからなぁ」
 料理は既にあらかた仕込みが終わり、後は仕上げの一部と盛り付けを残すのみとなって
いた。みんなで集まる際、もっぱら俺は調理人として重宝されていた為、この日も料理の
仕込みを兼ねて、他より早く川嶋家に訪れ、料理の仕込みふけっていたという訳である。

「うん、了解ー。そういう事なら仕方ないわね、お土産あるから時間出来たら、いつでも
構わないから取りに来てよ」

 隣の部屋で電話していた川嶋がキッチンに戻りつつ、携帯を閉じる。ゆったりとした、
デニムレギンス、バッククロスのストラップキャミソールの上にスラブ地のカーディガン
を羽織り、ストレートの長い髪は後ろでポニーテール風に纏め上げている。コンセプトは
南欧風ナチュラル系美人、といった所だろうか。内輪の集まりということもあって、化粧
もリップ程度で、シンプルな感じに留めている。

33遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 11:47:56.88 ID:j9T6+J/m
「いい香りね、バッチリじゃん」
「香椎、何だって?」
「奈々子もアウト。研修が1日伸びて、戻るのは明日以降になるらしいわ」
「この時期は決算とか、部署換えとか色々あって、みんな結構忙しいみたいだな。川嶋も
一昨日まで海外だったっけ?」
 酒の肴用に用意しておいた、鶏レバーとアボガドのディップをさり気なく失敬して口に
運んでいる。お行儀が悪い。というか、大河と同レベルだぞ、川嶋。
「サラリーマンは大変だね。あたしはヨーロッパ巡り。まあ、下見と写真撮影だけだった
から楽だったけどね」
「相変わらず、羨ましい話だな」
「そういう高須くんは、大丈夫なの? 金曜の夕方早くに仕事抜け出してくるとか、既に
仕事干されてんじゃないの?」
「俺はちゃんと仕事を終わらせてから、あがっただけだよ。これでも会社期待の優良社員
なんだぜ」
「え〜、その顔で優良とか言われてもウソ臭いんですけど。わかった、老夫婦の土地とか
脅して地上げとかしてるんでしょ! 亜美ちゃん怖〜い」
「お前な……」
 楽しげに笑いながら、次の獲物に手を出そうとする川嶋を、俺は視線だけで牽制する。
「まあ、冗談はともかく。祐作のバカに、ちゃんと余裕もってチケットとるように言っと
いてよ」


 北村は現在も大学に在学中である。在籍できる限りは学び尽くす、というスタンスの元、
海外留学やら色々な制度を活用し、海外と国内を行ったり来たりしている。本来なら昨晩
には国内に戻っている予定だったのだが、飛行機のチケットを確保するのがギリギリ過ぎ
てまだ米国に居る、……ということになっている。
 俺だけが知っている事実なのだか、実際はある人とのやり取りを優先した為、こちらに
来る予定がズレたというのが本当の話。先日、とうとうデートに誘い出す事に成功したと
いう報告を受けたばかり。陰ながら、さんざんアドバイスや応援をしてきた甲斐があった
というものだ。帰ってきたら、戦果を聞かせてもらう事になっている。

 香椎奈々子は短大を卒業後、資格を取って歯科衛生士の職に就いている。その事を皆で
祝おうかと相談していた時、何を勘違いしたのか春田が階段から転げ落ち、『奈々子さま
の病院へ運んでくれ〜』と騒いだのはつい最近の事だ。
 彼女も急な予定が入ったらしく、来れなくなったらしい。

 ちなみに、大河は実家で家族サービス中。なんでも、今度弟が小学校にあがる為、その
準備で母親と二人して色々盛り上がっているらしい。櫛枝は現在日米野球の交流イベント
で渡米している。実家が内装業を営んでいる春田は、入退去の多いこの時期は書き入れ時
で、休日返上で働かされているらしい。能登と木原も同様で、それぞれに仕事が忙しく、
今回は当初から不参加。

34遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 11:49:05.31 ID:j9T6+J/m
 そして、現在二人の目の前には大量の料理が残された訳だが……、
「どうする? 残念だが、次の機会にするか?」
「どうすんのよ、この料理?」
「全部とはいかないが、保存できる物はタッパにでも入れとくぞ。そうすりゃ、レンジで
暖めるだけで、好きな時に食べられるしな」
「相変わらずあんたは所帯じみてるわね。オカンか、つーの」
「……オカン体質で悪かったな」
「大体、こんなカロリー高いものばっか、一人で何食も食べられないわよ。亜美ちゃんの
モデル生命、終わらす気?」

 今回の集まりは、具体的な理由があった訳では無い。しいて云うならば、北村の帰国の
タイミングと、川嶋が仕事で海外を巡ってきた際に、ちょいといい食材やワインを仕入れ
てきたので、みんなでそれを楽しもうという感じの流れだった。

「お前さんも、海外からの仕事明けで疲れてるんじゃないのか?」
「それは問題ないわよ、しばらく仕事はオフだし。どっちにしろ、いま食べちゃわないと
ダメな物もあるんでしょ?」
「まぁ、そうなんだが」
「いいわよ、たまには二人で飲むのも悪くないじゃない? 高須くんもせっかく腕により
をかけて、ご馳走作ってくれたんだしさ」

 久々の二人だけの掛け合いに、学生時代の懐かしい気持ちを思い出す。みんなで集まる
事はあっても、俺は誰かと二人だけになる事は、あの件以来、避けていたからだ。

「なに? それともあたしとじゃ、御不満だとでも? こ〜んな美人と二人っきりで食事
だなんて、『緊張して何もノドを通らねぇ』って事なら理解できるんだけど? ってか、
これ高須くんから金貰わないと、割りに合わなくね?」
 川嶋は得意げな表情を浮かべながら、悪態をついている。いつもより、はしゃいでる様
に見えるのは、俺の気のせいだろうか。
「おい、おい。せめて、御代は調理分で勘弁してくれ」
「じゃっ、けって〜い。特別にまけといたげるわ。亜美ちゃん、お腹ペコペコよ」
「よし、保存が利いて食べきれない分を冷凍しちまうから、ちょっと待っててくれ」
「オッケー、今回は向こうでとびっきりのワインも手に入れてきたのよね」
「おぅ、そいつは楽しみだ」
「グラス出すわね」

 会心の出来の料理と極上のワイン。互いに飾る必要もなく、気心のしれた友人との会話
に話も弾み、食卓の上はワイングラスに反射する光の様にキラキラと輝いていた。
 川嶋の海外での仕事の話や、たわいも無いお互いの日常の出来事を、冗談やからかいを
会話に含ませ、涙を浮かべてるほど笑いあう。当然の如く酒量も進み、それが益々会話を
弾ませる。
 この時の二人は間違いなく男女の垣根を越えた、最良の友人といえる関係だった。

 そして、俺達は酒精の悪戯に記憶を失うほど酒を浴び、ひとつのベッドの上で遅い朝を
迎えたのだ。


35遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 11:51:47.11 ID:j9T6+J/m
 ―――― 【02】

「ちょっと、頭冷やしてくる」
 スウェット姿に着替えて部屋から出てきた川嶋は、俺に声を掛ける隙も与えずに、その
一言を残して洗面所の方へ消えて行った。わずかな間おいて、水の流れる音が微かに聞こ
えてくる。

「あぁぁぁ、最悪だ……」
 自分は決して父親の様な事はしない。誰に対しても不誠実と後ろ指を差される様な生き
方はしないと誓って生きてきたのに、よりにもよって友人である川嶋に対してこんな事を
してしまうとは……。しかも、その、なんだ、避妊もせずに、…中…出し……とか、

「――うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 酔っぱらって記憶がなかったとはいえ、過ちですまされるレベルの話でじゃねえ。今は、
ただ頭を抱えて唸るだけ。もしも、昨日の自分に会えるのなら、自分で自分を殴ってやり
たい。そりゃ、もうボッコ、ボッコに。
 それで許される筈も無いだろうが、川嶋の気が済むのなら、土下座でも、土下寝でも何
百回だろうとするだろう。


 普段より熱めシャワーを、足元から順に浴びていく。本当はゆっくりと湯に浸かつかり
たい所だが、流石にそれは諦めた。身体が温まったきた所でノズルを壁に掛け、シャワー
の水流の中に頭を沈み込ませる。長い髪が体に纏わり付くが、気にしない。

「あたしが罪悪感もって、どうすんのよ……」
 瞳を閉じたまま、呟いた言葉は浴室の中で誰にも届くことなく、水の音に紛れて消えて
いった。

 よくよく考えてみれば、リビングに高須くんが居るというのに、シャワーを浴びてくる
というのも、どうなんだろう。恋人同士ならともかく、今のあたし達の関係はあまりにも
特殊すぎた。しかし、あの状況ままで会話を続けるなんて事はありえないし、冷静になる
時間も欲しかった。仕方がないと諦める。
 正直、今の内に出て行ってくれた方が気が楽かな、なんて事もちょっと考えてしまうが、
高須くんにそんな度胸は無いだろう。クソ真面目なヤツだし、流石にただの過ちだったで
済ませる訳にもいかない……、と思う。

「親友に、慣れると思っていたのにさ……」
 そう、ひとりごちてしまう。
 男女の間での友情は成り立たないと信じていた亜美にとって、高須竜児は唯一その例外
となりえる可能性を持った男性だった。今回の様な事がなかったならば、将来においても
良き友人、親友と言える間柄になれた様な気がする。それを、あたしは壊してしまったの
だ。本当に……、あたしは、それでいいと思っていたのに。

36遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 11:53:37.84 ID:j9T6+J/m
 水の当たる心地よい感触に、二日酔いの頭も大分すっきりしてきた。多少はマシになっ
た頭で、現在の状況を整理してみる。

 高須竜児と一線を超えてしまった、その事実にリアリティはない。何故なら、さっき彼
にも言った通り、昨夜の事は本当に覚えてないのだから。不確かな……、夢の中で何かを
充たされた様な感覚も残っていない訳ではなかったが、目覚めと共に全て泡の様に消えて
しまった。今は単なる事実としての現実が、より重くのしかかっているだけ。

「あっ……」
 そんな想いを抱いて所為だろうか……、今ある現実を突きつけられるかのように、尿意
のような感覚と共に局部の間から白くねっとりとしたモノが溢れ出し、ふとももを伝って
足元に流れ落ちていった。妙な背徳感を感じながら、水流と共に流れていったものを呆然
と眺めやる。
 亜美の身体の中には竜児のものであろう残滓と、行為の跡が残っていた。それが、現実。
 先程もシーツに包まり、確認して分かっていた事だが、これで二人の間に何も無かった
とは流石に言えはしない。注意をしてよく見てみれば、首筋や鎖骨、胸の周辺から太もも
に至るまで、あちこちにうっすらと赤くなっている箇所がある様な気がする。
 キス、マークだよね、これ……。

 自覚した途端、気恥ずかしさが浮かび上がり、身体の奥の方で何かが音を奏で始める。
鏡に映ったあたしの顔は、まるで茹でだこのように真っ赤になっていた。一時的にだが、
罪悪感より羞恥心の方が勝っていく。
 バスルームの鏡にうつった自分の姿は、学生時代から公言してた様に完璧なスタイルを
維持しているとの自負はある。美しさという点において、どうひいき目にみても同世代の
女共に負けてるとは思わない。
「あたし、高須くんと、しちゃったの!?」
 改めて認識した事実に、鏡の向こうの自分に思わず語りかける。
 あの、高須、竜児と、……!!
 両の手でみずからの身体を抱きしめ、身体の底から沸き上がる熱を、懸命に押さえ込む。
シャワーによってあたためられた温もりとは違う熱さに、いつから自分の身体はこんなに
熱を持つようになったのだろうか。
 首筋につけられたキスマークのひとつを、指の先でなぞってみる。その指先を、そっと
唇に這わせ、想像の扉に翼を生やす。こんなあちこちにキスをされたのだ、口づけもして
しまったのだろうか……と、間抜けな事を考えてしまう。

 それどころか、身体中に残るキスの跡から考えて、何もかも全部見られてしまった筈だ。
自信があるから見られても平気という訳では無い。ソレとコレとは話が別だし。
 自分はどんな反応をしたのだろうか? どんな嬌態を見せたんだろうか? マグロの様
に寝てただけとか……、それはそれでイヤすぎる! 
 いや、二人共覚えてないから大丈夫……って、ありえなくね?
 今回の仕事で水着撮影があって、本当に良かった。お手入れは念入りにしといたから、
ボーボーではない。てか、亜美ちゃん別にそんなに毛深くない……、よね?
 先日までの仕事が海外だったからトラブルも考慮して、余裕のあるスケジュール立てと
いてくれたマネージャーに大感謝。今のままじゃ、カメラの前に立てねーし。
 そもそも、どっちが誘ったのっ!? もしかして、あたし!? あたしが、高須くんを
押し倒しちゃったとか! ありえねえつーの!!
 ハァ、ハァ……と荒い息をつきながら、とめどない妄想と後悔の波が交互に押し寄せ、
のた打ち回りたくなる。全然、かっこよくないし、あたしらしくないじゃん。まあ、現実
なんてそんなもんだけどさ……。

37遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 11:55:44.67 ID:j9T6+J/m
「は、はは……、それ以前にどうすんのよ。あいつとの関係……」
 ため息と共に吐き出された言葉の意味に、あたしは自問自答してみる。二人の間に起き
た、新たな関係をあたしは喜んでいるのだろうか、悲しんでいるのだろうか。あたしの彼
に対する感情は複雑で、簡単に一言でなんか言い表せられない。
 高須くんは昨夜の事を覚えてないと言っていたが、それは彼おとくいの相手を気遣った
ウソかもしれない。しかし、そんな事がある筈もないとすぐに気付く。そもそも、彼には
あたしを求めてくる理由が無いのだから、ウソをつく必要もないんだよね……。

 気分が沈み込んで、またいつもの繰り返し。結局、あたしはあの頃からちっとも成長出来て
ない。臆病でバカなチワワ、ばかちーだ。
 それに加えて、現実的に考えなければいけない問題点もある。
 前回の生理は、確か麻耶と奈々子の三人でショッピングをした時に来た筈だから……、
ひー、ふー、みー、よー……。指折り数えて計算してみたが、微妙に安全日を外れている
様な気がする。
 もし、妊娠という事になれば、自分の人生は今後どの方向にシフトしていく事になるん
だろう。その想像は身の回りの仕事仲間で実際に見てきただけに、具体的なイメージを伴
った恐怖として感じてしまう。

「ホント……、笑えないよね」
 あたしの心は自己嫌悪に落ちていく。

 そして、ひとつ思い起こす。彼は気付いているのだろうか、あの事実に。流石にこの事
を告げる気にはなれなかった。何より、恥ずかしくて言える訳がないし、女としてのプラ
イドもある。
 そんな葛藤やら、自責の念やら、色々と落ち込んでいたりした訳だけど、このままでは
のぼせてしまうと、手早く髪を洗う作業入る。腰まであるあたしの髪は、洗うのにも乾か
すのにも非常に時間が掛かってしまうからだ。


 バスローブを身にまとい、髪の水分をタオルでしっかり吸わせた後、軽くドライヤーを
かける程度に留めて、ヘアバンドで前髪が垂れてこないようにアップする。化粧水だけは
流石に外せない。
 本来ならばもっと時間をかけて髪をブローするのだが、これ以上時間を空けて高須くん
と顔を合わすのも、それはそれで不安なのだ。
 あらかじめ持ち込んでおいた、ブラとショーツ、七分袖のチュニックとジーンズを身に
付け、シャネルのルージュココシャインをさっと引く。鏡に映った自分を見つめ、

「亜美ちゃん、今日も最高にかわいくね?」

 気合づけで唱えた言葉も、今日ばかりは空回り気味。怒りに任せて出てきたが、どんな
顔をして高須くんの前に立てというのだろう。
 リビングから伝わってくる音や気配から、高須くんがまだ居ることは確認できた。
ふーっ、と深呼吸をひとつ、覚悟を決める。ステージに出る気合でリビングルームの扉を
開けた。

38遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 11:57:17.28 ID:j9T6+J/m
 浴室の方からシャワーの音が消え、しばらくしてからドライヤーの音が聞こえてきた。
 川嶋がシャワーを浴びている間、俺は昨夜の宴の後を片付け、軽るめの食事を準備をし
ておいた。一応、確認してから準備した方がいいかなと思ったが、今の状態でバスルーム
に近づく事ははばかれたし、これ以上機嫌を損なわない方がいいだろうという判断だ。
 ドライヤーの音が消えたタイミングで、挽いておいたコーヒー豆をネルに入れ、全体に
ゆきわたるように、ゆっくりと丁寧にお湯を注ぎ込んでいく。立ち上る湯気と共に、芳し
いコーヒーの香りが辺りに立ち込め、鼻腔をくすぐる。
 そのここち良い香りに、俺の緊張も多少は緩和されるが、何かしていないと落ち着かな
いのは相変わらずだ。

 背後で扉の開く音が聞こえ、シャンプーとボディソープのふわりとした甘い香りと共に
川嶋が姿を現す。コーヒーの芳香と交わったその香りは不思議にマッチしていて、心地よ
かった。
 タイミングをみはからって、平静を装いつつ、コーヒーを手に振り向く。こざっぱりと
したジーンズ姿でリビングに現れた川嶋は、風呂上りの為か顔は微かに上気している様に
見える。

「すまん、キッチン勝手に使わせてもらったぞ」
「今更気にしなくていいわよ。食事用意してくれたんだ?」
「お、おう。朝飯……ってか、既に昼飯だけど、食べないか?」
「うん、いただくわ。薬も飲みたいし」
 シャワーを浴びてさっぱりしたのか、川嶋は先程出て行った時と比べると、心持ち落ち
着い感がある……ように感じられる。
「クスリ?」
「二日酔い。まだ、頭痛くって。あんたも飲む?」
「いや、俺は大丈夫だが」
 川嶋はダイニングテーブルの対面に座り、オムレツとサラダをつつき始める。室内には
しばらく食器の鳴る音だけが響き、無言の時間が続く。
 何か会話をと必死に頭を巡らすが、何も浮かんでこない。くそっ、川嶋が何を考えてい
るのか、わかんねぇ……。これなら、まだ先程までの怒っていた時の方がマシだ。
 まぁ、そもそも俺が川嶋が何を考えているかなんて、分かった事は一度たりとも無い訳
なんだが……。
 いや、一度だけあったか……。口の中にコーヒーとは違った苦い味が広がり、俺はそれ
をトーストと共に噛み潰した。

39遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 11:57:56.88 ID:j9T6+J/m
 結局、気まずい空気は消える事がないまま、食事は終了した。俺は切り出すタイミング
を得る事が出来ずに、シンクに片付けた食器を洗い始める。背中越しに川嶋の気配を窺い
ながら、自分のふがいなさにあきれてしまう。いつまで、先延ばしにしてんだ。

 しかし、切り出してきたのは川嶋の方が先だった。俺が洗い物を終わらすのを見計らっ
ていたのか、最後の食器を水切りにあげたタイミングで、

「高須くん……」

 先程までとは、また違った表情で真っ直ぐにこちらを見つめている。琥珀色の潤んだ瞳
が微かに揺らめき、吸い寄せられるように魅入ってしまう。俺は黙って、次の言葉を待つ。
「高須くんはさ……、どう思ってるの、今回の……こと?」
「お、おぅ」
「あたしとこんな事になって……、こんな風に会話して、今何を感じているの? もう、
あの時の……。あの時の、痛みは消えた?」
 川嶋の瞳は何処かうつろで、不思議なものを見るように俺を見ていた。まるで、俺では
ない誰かをそこに見ている様な、自分がここに居ない様な錯覚に陥る。そして、俺は川嶋
の投げかけるその言葉に、胸の奥がしめつけられるのを確かに感じた。

「あんたは……、大河と、」
「川嶋、俺は……」


 ――ピンポ〜ン

 身動ぎさえもはばかれる様な緊張感の中、会話の流れを断ち切るようなタイミングで、
来客を報せるチャイムの音が鳴った。
「……」
 俺達は合わせた視線をどちらからともなく外して、息をついてしまう。チャイムを無視
する事も出来たのだろうが、高まり過ぎた緊張感が逆にそれを許さなかった。

 このマンションは、俺が借りているオンボロアパートと違って、来客者確認用のカメラ
付きインターホンがセキュリティとして備わっている。リビングに設置されたモニターの
向こう側には、見知った姿が認められた。

「香椎?」
「そっか、奈々子にお土産渡す約束してたんだっけ……」

 川嶋は数瞬考え込んでから、
「話しややこしくなるから、あんた向こうの部屋に隠れてて!」
 先程追い出された寝室に、再び押し込まれてしまう。扉の向こうから、慌しく対応する
声が聞こえ、俺は扉に持たれて座り込んで息をついてしまう。
 川嶋は何を言おうとしてたんだろうか……。

「…………」


40遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 12:17:19.89 ID:j9T6+J/m
 考えていても仕方がない。俺は顔を上げ、あらためて部屋の中を見回してみる。
 当然、寝室であるこの部屋には入った事がない。ただし、昨日までの話だが。目が覚め
た時、何処だか判らなかったわりに既視感を受けたのは、部屋の作りや壁の模様が同じ物
だった為かと、ひとり納得する。

 寝室はリビングと違い、プライベートな空間だけあって、川嶋の個性がより強く感じら
れた。センス良くおしゃれにまとまっているのは確かなのだが、ヌイグルミや可愛らしい
小物等もちらほらと見受けられ、意外だなというのが正直な感想。
 友人の、なおかつ女性の部屋をこんな形で冷静に観察するのもどうかと思うが、ずっと
目を閉じ続けている訳にもいかない。どうにも、緊張しているらしい。手を見ればじっと
りと汗をかいていた。
 立ち上がって、なんとはなしに視線を漂わせれば、ベッドとシワだらけになったシーツ
が視界の大半を占め、昨夜この上で川嶋と俺が……。
「まずい、まずい!」
 生々しすぎる想像を頭を振って振り払う。いや、想像じゃくて現実なのか。記憶がない
ので、まったく自覚を伴わないが、確かに起こった筈の出来事だ。

「ダメだ、何もしてないとロクな事を考えねぇ」
 俺はとりあえず、川嶋が放り投げて床に転がったまま落ちている、クッションやら小物
だやらを拾い上げて元の場所へと片付け始める。うん、掃除はいいな。実に落ち着く。


「亜美ちゃん、ゴメンね。あっ、もしかしてお風呂入ってたの?」
「ああ、気にしないで。大丈夫、大丈夫」
 シュシュでまとめていたうしろ髪をほどく。あたしの髪はボリュームが多いので、乾き
きるのに時間が掛かる。
「近くまで来てたからメールと電話したんだけど、通じなくて」
 あたしは記憶の底から携帯を何処にやったか、思い起こしてみる。普段通りであれば、
寝る時にベッドのサイドボードの上に置いている筈だ。そのまま、起床直後にメール等の
確認するのが日課なのだが、今朝からの高須くんとのやり取りですっかり失念していた。
昨日、飲み始めた時点ではテーブルの手元に置いておいた様な気がするが、先程の食事の
時点ではテーブルの上にはなかったと思う。


 川嶋の携帯は俺の足元で着信を報せるランプをチカチカと点滅させながら、自己主張を
続けていた。どうも今朝の投擲物の中のひとつだったらしい。
「あ〜、気付かなくてゴメン。携帯まで見てなかったわ」
 俺は片付けを中断して、扉越しに耳をすませていた。顔色はより一層、悪化している。
ほとんど、真っ青といってもいいだろう。

「私も向こうでお土産買って来たんだ、生ものだから早く渡したくて……」
 研修先から直接寄ってくれたのか、奈々子の本日の装いはシックなレディーススーツに
ボストンバッグという、いかにも働く女性といった感じ。これが、通常はナース服着て、
『痛いところはありませんか?ふふっ』なんて、言われたら男共は堪んないんだろうね。
聞いた所では、奈々子が勤務する様になってから、男性の来院患者が急増したらしいし。

41遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 12:28:43.02 ID:j9T6+J/m
 いつもだったなら、せっかくの休日だし、お茶でもしながらお互いの近況話にでも花を
咲かせる所なんだろうけど、今現在、あたしは自宅の中に、前科一犯の性犯罪者が匿って
いる。
「どうかしたの、亜美ちゃん?」
「えっ、何々?あっ、お土産ね。わざわざありがと」
「あー、そうだ!あたしもお土産あったんだ。ち、ちょっと待ってて」
 あたしは慌てて、渡す予定のお土産を引っ張り出す為に、奥へと引っ込む。玄関たたき
に客人を留めたまま、一向に中に入れ様としないあたしに、奈々子は不思議な表情を向け
ている。
 え〜と、なんて言い訳しよ……。
「奈々子、ごめん。今日、この後、予定が入っちゃってて……」
 あたしはお土産を手に、とっさのウソを並べながら奈々子の元へ。

「……どうかしたの、奈々子?」
 奈々子は下を向いて、俯いたままの姿でいた。あたしが心配して、近づくとおもむろに
顔をあげ、意味深な笑顔を浮かべる。
 あっ、なんだろ、亜美ちゃん……寒気がするんですけど。
 息が掛かる位の距離にまでにじり寄る奈々子の圧力に耐えきれず、あたしはあさっての
方向を向く。な、奈々子、眉間にシワ寄ってるよ。
「あ〜みちゃん、そういう事だったんだ。お邪魔しちゃったかな?」
「へっ?」
「外出するなら、コンシーラーかファンデで隠した方がいいよ」
「えっ、えっ、何の事かな?」
 謎のアドバイスにあたしは混乱する。隠した方がいいよって……!!
 はっ、として、あたしはとっさに首元の辺りを隠してしまう。

 とぼけようにも、時既に遅く。あたしの顔は真っ赤になっていた。
 キスマークの事なんて、完全に忘却していた。だって、記憶にないんだから、忘れるも
何もあったもんじゃない。第一、間近で見ない限りは、わからない程度のうっすらとした
跡だったのに。
「で、どっちなの? やっぱり、高須くんの方かな?」
「な、奈々子……」

 ガタッ

 寝室の方から、何かがズッコケる音が聞こえた。あンの、馬鹿……。


42名無しさん@ピンキー:2012/07/01(日) 12:31:32.55 ID:uhR2fELL
sien
43遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 12:33:47.89 ID:j9T6+J/m
「じゃあ、今日はこれで帰るね。ふふっ、ご・ち・そ・う・さま」
 あたしは反論する気力もなく、無言で奈々子が帰るのを見送ってしまう。しかし、まだ
完全に終わっていたわけではなかった。扉の閉まる間際に、振り向いた彼女は唇に人差し
指をあて、こっそりと囁くように
「あっ、あと靴隠すの忘れてるよ〜」
 たたきの上には女物の靴の中に混じって、ひとつだけ男性物の革靴が鎮座していた。

 敗北感に打ちひしがれる中、もうひとつ忘れていた大事なことを思い出す。寝室の扉を
叩き開け、中の男を引っ張り出す。寝室の中をサッと見渡し、なんとか無事だったことに
胸を撫で下ろす。

「は、早く出て!」
「あ、あぁ、すまん」
「下着とか盗んでないでしょうね?」
「ご、ごめん。いや、違う!やってません」
 キョドる高須くんを寝室から追い出し、扉を閉める。
 とっさの事とはいえ、高須くんを寝室に入れたのは失敗だった。奈々子にいい様にやり
込められた事も含めて、やっぱりどこか調子が狂っている。

「な、なんで、香椎には俺だって判ったんだ?」
「高須くんって、馬鹿なの? 奈々子は本当だったら昨日の集まりに来てる筈だったのよ。
当然、参加するメンツも知っていたし、あたしから祐作がドタキャンした事も知っていた
訳じゃない。残るのはアンタだけでしょ」
「くっ……」

「川嶋……」
「……何よ」
「いや、その、携帯落ちてた」
 携帯を開いて、着信履歴を確認する。奈々子からの電話とメールが二件……、確認中に
三つ目のメールが届いた。携帯のディスプレイにはたった1行、
『後で詳しく報告してね(ハート)』
 もう、今日はこのまま何もかも忘れて横になってしまいたい気分だったけど、そういう
訳にもいかない。
 あらためて、あたしは高須くんに向かい合う。


44遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 12:35:42.48 ID:j9T6+J/m
「なんというか、俺が言う台詞じゃないけど、おつかれさん……」
 実際に疲れているのか、川嶋はリビングのソファーに仰け反る様に倒れこみ、瞳を閉じ
たまま長い髪をかきあげる。
 俺は正面の床に座るか、ソファーの隣に腰掛けるかしばし迷って、床の方を選択する。
腰を落ち着け、川嶋に正面から向き合う。

「ゴメン!! 川嶋が怒るのも仕方ない、謝ってすむ問題じゃないのはわかっている」
 さっきは川嶋が主導で話すきっかけを作ってくれたのだ。流石に二度目も任せる訳には
いかない。とりあえず、しっかりと謝っておかねば。それが、せめてもの礼儀だろう。

「あと、いくつか確認しておきたい事があるんだが……」
「……何よ?」
「その、なんだ、川嶋って今付き合っている彼氏とか……、居るのか?」
 切り出し辛い質問だったが、聞かずに済ます訳にはいかなかった。答えによっては、俺
は本当の意味で、ケダモノヘンタイ人間失格の犯罪者おばさん男になってしまう。それに、
もうひとつ、今の質問以上に聞きにくい問いがあるのだ。

 室内に漂う沈黙。言葉の真空状態の中で、空気が帯電した様な気がしたのは、気の所為
だろうか。ジロリとひと睨みされた後、一呼吸おいてから吐き出す様にまくしたてられる。
「……ふん、今付き合ってる男なんて居ないわよ。大体そんなの居たらあんたらなんかと
遊んでないつーの」

 そういえば、そうだったなと、納得する。
 今の川嶋の仕事の忙しさから考えると、プライベートの時間をかなりの割合で俺達の為
に割いてくれている事になる。サラリーマンの俺達と違って、川嶋の仕事は不規則なスケ
ジュールに縛られる事が多い。結果、週末にしか休めない俺達と重なる休日は限られる。
それにも関わらず、二、三ヶ月に一度は自宅を提供し、尚且つ飲み会や外での集まりにも
参加している。香椎や木原と休日に買い物にも行ってる等の話も聞くから、とても恋人と
つき合う時間があるとは思えない。
 それに恋人をほったらかして、帰国直後に友達と飲むなんて事は無いだろう。
 とりあえず、胸を撫で下ろす。正直に言うと、川嶋に恋人が居た場合、その事に対して
とれる謝罪は、俺の限度を超えている。
 恋人が居なければ許される、という訳ではないのだが、それはまた別の問題だ。

 そこで疑問に思ってしまった。川嶋がもし誰かと付き合い始めたら、俺達との付き合い
は終わってしまうのだろうか?
 北村とかはいい、あいつが誰と付き合おうが、アメリカで暮らす様になろうが、俺達の
付き合いが続いていくという確信はある。呼ばれれば行くし、必要とあれば声を掛ける、
それが十年、二十年、三十年の間を経ようともだ。しかし、川嶋はどうなんだろう。いや、
川嶋だけに限らない。大河や櫛枝に恋人が出来たとしたら、俺達の友情ははかなく消えて
しまうのだろうか。恋人ができた彼女達に対して俺はどんな思いを抱いてしまうのだろか。
 いや、そもそもただの友達である俺が、彼女達の時間を拘束する権利なんて、何処にも
無いのだ。

「別に亜美ちゃん、モテない訳じゃないからね。単にたまたまよ、たまたま」
 物思いにふけってしまった俺に対して、不機嫌に言葉を叩きつけてきた。
「そうだよな……、川嶋に恋人が居たって、何の不思議も無いんだよな」
 俺は思わず、頭の中で考えていた言葉を意識せずに口に出してしまう。
「高須くんさぁ……」
 川嶋の言葉の端に、陽炎の様な苛立ちの炎を感じた。まずい、ボーっとしたまま考え
込んでいたらしい。
 よく見れば、こめかみはにうっすらと血管までが浮き出ている。大きな瞳は既に琥珀色
を通り越して、ルビーの如く真っ赤に燃え盛り、火花を散らし準備中。あとひとつ、火種
を注げば大爆発するだろう。


45遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 12:37:40.61 ID:j9T6+J/m
 俺は床に突っ伏し、川嶋に向けて土下座をした。こうなったら、誠意を尽くして謝る以
外の選択はないだろう。既に、もうひとつの質問の方は無理だとさとる。
「川嶋が望むなら、どんな責任だってとる!」
「責任? 責任って何よ!」
「お、おぅ。そりゃ、なんだ……、川嶋が望むなら。その、……」
 どうしても、言葉に出して伝えるには抵抗がある。なにせ、俺達は昨日までただの友人
関係だったのだから。恋人となって、その結果一線を越えたわけじゃない。第一、川嶋に
とってそれが望んだ答えであろう筈もない。
 しかし、川嶋には俺が言おうとせざる事は伝わったようだ。
「ふ〜ん、高須くんは義務感で、容易くそんな事言えるん人だったんだぁ……」
「べ、別に気楽に言ってるわけじゃないぞ」
「……むしろアレか、責任感、義務感故に言えるんだね」

 川嶋はソファーから立ち上がり、土下座体勢の俺とは彼我の差が1メートル以上。頭を
下げた俺の視界に、美しく整った足が現れる。足の爪には淡いベージュのペディキュアが
宝石の様に散りばめられ、ほんとにコイツは嘘偽りなく爪の先まで綺麗な女なんだと改め
て教えられる。

「ホント、高須くんはあいかわらず馬鹿だよね」
「くっ……。確かに、昨日の今日じゃ、馬鹿な事をしたって否定はできねぇけどな……」
「はっ、馬鹿な事……。馬鹿な事よね」
「……川嶋!?」
「あたしは……、別に……そんな言葉が聞きたかったんじゃないっ!!」
 顔を上げると、そこにはチワワではなく、怒れるシベリアンハスキーが居た。
 どうやら、俺は火薬庫の中に火種を入れてしまったらしい。どうしてこう、上手くやる
事ができないんだろうか。あれから五年以上過ぎ、自分は大人といわれる年齢になったと
いうのに、何も変わらない。
 いっそ、川嶋を抱き寄せ、愛の告白でもすればよかったんだろうか……。無茶苦茶だ、
ありえない。

 追い出されたマンションの廊下で、情けない気分のまま帰宅への道を選ぶ。
 下降するエレベーターのごとく、俺の気分も急降下一直線。とどめとばかりに、一階で
鉢合わせたエレベーター待ちのカップルは『ひっ』『け、警察』とかなんとか言いながら
逃げ出す始末。
 確かに今の俺は普段の20%増しで、悪人面増量中。お巡りさんの職質は間違い無しだ
ろう。たんに落ち込んでいるだけなんだがな……。
 マンションの外で去り際、最後に川嶋の居る部屋の方向を見上げる。怒りに震えた川嶋
の目尻に涙の粒が見えたのが、自分の罪の証なんだと自戒する。

 胸元を通り過ぎた春の風は、まだ微妙に冷たかった。


「あンの、バカッ!!」
 怒りに任せて高須くんを追い出してしまった。でも、今回はあいつが悪い! というか、
何時だってあいつが悪い。おかげで、頭も心も身体もあちこち痛い。
 怒りの矛先はおさまるどころか、全面開放中。あたしは部屋の中をぐるぐると歩き回り、
頭が冷えるのを待つ。今のあたしの姿をタイガーに見られたならば、それこそ『チワワが
興奮して怒っているわ』とか、言われてしまうに違いない。

 怒りすぎて……、悲しくて……、涙が出た。あの馬鹿にも見られたかもしれない。
 別にあたしは責任をとってくれとか、そんな事を望んでいたんじゃない。だって、二人
して酔っ払って、こんな事になってしまったのはあたしにも罪があるんだから。そりゃ、
妊娠でもしたら困るけどさ。
 むしろ、ほんとの所はあたしの所為じゃないかな、って思う所もある。だって、あたし
は求めて手に入れることが出来なかった想いを、胸の奥に秘めていたのだから。
「また、繰り返しちゃうのかな……」

 ひとり残った家の中は、ほんの少しだけいつもより空虚に感じた。

46遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/01(日) 12:39:50.69 ID:j9T6+J/m
とりあえず、今回の分は投下終了です。

途中支援して下さった方、ありがとうごさいました。
47名無しさん@ピンキー:2012/07/01(日) 18:48:35.07 ID:QiX0oL/n
GJきちんと大人らしさを感じます!
俺も虫歯にry)
48名無しさん@ピンキー:2012/07/01(日) 21:27:36.37 ID:HjBGIYBf
GJ!!
亜美ちゃん幸せになってほしいなぁ
49名無しさん@ピンキー:2012/07/02(月) 06:04:36.14 ID:EFInFZ8j
「酒の勢いで中出し」というシチュが最高だった。
50名無しさん@ピンキー:2012/07/02(月) 14:13:06.27 ID:QoCtiTqu
何も言わずに待ち続けます
51 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:05:38.46 ID:59FxuJAS
こんばんはとちドラ!9回目の投稿をさせていただこうとと思います。
前回までの話は全スレがまだ落ちていないようなのでそちらをご覧ください。
4月から始まったこの物語、ようやく本編が始められます。ではいきます。
52 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:06:58.14 ID:59FxuJAS
ストーカー騒動が落ち着き、子虎が高須家にいつくようになって最初の月曜、6月になり、梅雨という主婦にとって嫌な季節がやってくる。
今日は雨は降っていないが、どんよりとした曇り空、雨は降らない予報だが、用心深い人は折り畳み傘を持つだろう。

「はあ・・・今年もこの時期か・・・」

登校中の高校生、高須竜児も梅雨は嫌いだ。決して湿る季節は火薬がダメになる・・・なんて思っているわけではない。
洗濯物は乾かず、部屋干しをすると部屋が湿っぽくなるしカビも増える悪循環、
更にたまのいい天気で洗濯物の干そうもんなら通り雨に襲われる嫌な季節だ。
もっともそんなことを憂う高校生などほとんどいないだろうが。
まあ憂鬱になる出来事はほかにもあるのだが・・・
なんてとぼとぼと歩いていると

「おうおうにいちゃん、危ない面構えしてんねぇ・・・ちょいと面貸してくれねえかい!?」
「・・・はぁ」

最近は減っているがその道の人から誘われることがある竜児、しかしあくまで善良で無害な一般人の彼はそんなものに興味はない。

「すいません、俺は普通の高校生なんでそう言うのに興味は・・・」

『こういうのははっきり断るべき』経験論でそう習ってきたのではっきり断ろうと相手の顔を見ると

「あっはっは!そうマジにとらないでくれよ!なんか申し訳なくなってくるじゃん!おはよう高須君!」
「櫛枝・・・」


声を掛けたのはそっち系の怖いお兄さん、でなくクラスメイトの女の子、櫛枝実乃梨だった。


「いやあ大河の奴、寝坊だって連絡来たからさ『面白そうな子はいねえか!』って探してたら高須君を見つけたわけよ!
えっと、いきなりこんなあいさつは迷惑だったかな?」

明るい挨拶ののちに気を使う実乃梨。だが今竜児にとっては彼女の明るさはありがたい。

「いやそんなことねえよ。俺も大河の寝坊に・・・」

(!。何を言おうとしてるんだ俺は・・・)
前回大河と登校?したときに実乃梨に盛大に誤解されたばかりではないか。『大河の寝坊を知っている』
なんて『朝から連絡を取る親しい仲』と言っているようなものではないか。
そんな風に固まっていると

「だぁぁぁぁれが遅刻ぅぅぅだぁぁぁぁぁ!!!!」
「おう!?」
「大河!?」

全力疾走でやってきたのは噂のねぼ助、ちなみにすっかり衣替えしているのでブレザーでなくベスト姿だ。

「ふん、勝手に私のみのりんと話してるんじゃないわよこの犬!」
「い、犬!?俺がか?」
「おー、やっと大河と高須君はそう言う関係になったのかい?」

走ってきたということは追いついてきたのだろう。事実、竜児は遅刻を気にしなくていい時間に出たし、
遅刻などしなそうな実乃梨と同じ時間だ。学校までもう残り僅かの距離だが追いついた大河の体力はさすがといったところか。
そして追いついて早々のこの発言、遅刻したわりには絶好調である。

「おい逢坂!櫛枝の前で妙なことを言うなよ!」

まあ他人を犬扱い、誤解するなという方が無理である。

「それよりあんた、お弁当は作ってきたんでしょうね?」
「おう!今日はばっちりだぜ!・・・ってそうじゃねえだろ!?う・・・」
53 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:08:04.53 ID:59FxuJAS
「なんか私邪魔?」
「いや・・・櫛枝?」

あの実乃梨がマジのリアクション。実乃梨に好意があるわけではないが、誤解をされるのはよくないだろう。

「違うよみのりん!邪魔なのはこいつだよ!弁当もこいつが『作りたい』って言うから作らしてやてるだけよ」
「言った覚えはないがな・・・」

まぁ提案したのは竜児であるとこは確かなのだが。

「そう?なら高須君!私にも作ってくれるかね?」
「えっ・・・それは・・・」

竜児が返事を返す前に

「な〜んてね!それが出来るのは大河だけだね。おっといけねえ、先輩のクラス寄らなきゃいけないんだった!
先行くね〜お2人さんはごゆっくり〜」

「うん、みのりんまたね!」
「お、おう。またな・・・」

そうしてみのりは去ってゆく。残った2人は

「なあ逢坂。」
「何よ?」
「いいのか、そのなんだ・・・また誤解とかされても・・・」

大河の言い回しは竜児の世話になっていることを隠す気が見えない。大河が好きなのは・・・

「みのりんにそういう隠し事とか無駄よ!あの子鋭いもの。下手な言い訳するよりは隠さず言った方がいいと思っただけ、
それに私はあんたじゃなくやっちゃんの世話になってるんだからね?そこんとこ忘れるんじゃないわよ?」

そう言って大河も校舎へと先に歩いていく。

(結局世話するのは俺なんだがな・・・)
大河がそれを分かっているのかどうかは知らない。
竜児は「おい!待てよ逢坂!」と大河の後を追いかけていった。


さて、後者に入りもう少しで教室という距離、そんな竜児の足取りは軽くはない。よって大河にはとっくに置いていかれている。

(やっぱりいるよな・・・)

気になるのは当然彼女のこと、教室にいるであろう今は休養中の女子高生モデル、亜美のことだ。
『悩んでいても仕方ない。』そういう結論になったものの、いざ会うとすれば別だ。果たしてまともに顔を見れるだろうか。
そして意を決し教室に入る。

「お、高っちゃ〜ん。おは〜っす。」
「よっ高須!」
「おう!」
教室で1番に会ったのは春田と能登、共にクラスメイトで友人だ。
しかし竜児の意識は必然と窓際に向く。
54 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:09:15.03 ID:59FxuJAS
「そんなことないよ〜時間も出来たし、勉強とか買い物とか、やっと学生らしいことが出来て満足してるんだよ。」
「そうよね、売れっ子ってことはそういう暇もなくなるだろうし、プライベートもなくなっちゃうものね。」
「ならさ!一緒に買い物行こうよ!亜美ちゃんに服、見繕ってもらいたいし!」
「うふふ、いいわねそれ!あたしも亜美ちゃんとお買い物行きたいな。」
「もちろん!まだこの辺でどこが1番いいところかわかってないからさ。教えてくれると嬉しいなぁ」

もちろん亜美を含めたあの5人しかストーカーの件のことは知らない。
学校を休んだりはしたが親しい麻耶や奈々子にも知られずに事を済ますことが出来たはず。
なので亜美たち3人が話してるのは2−Cにとって日常の1コマの出来ごと。だが事情を時事用を知ってる竜児にとっては感慨深い光景だ。
そんな風に美少女3トリオをぼーっと眺めてると

「いいよなぁ〜可愛い女の子が同じクラスにいるってさ!俺ほんとこのクラスでよかったわ!」

はにかみながら(可愛くない)能登がそういう。春田も

「やっぱりきになるよね〜高っちゃんもさあ〜高っちゃんは誰が1番タイプ?木原?奈々子さま?けどやっぱり亜美ちゃんにはかなわないっしょ!」
「いや・・・俺は別にそういう訳じゃ・・・」

多くの高校生だったら当然目を奪われるだろうあの3人、能登も春田も例にもれず『どの子が1番いいか』という話をする。
だが竜児はそういう意味で3人、いや亜美を見ていたわけではない。
まあその意味を言う訳にはいかないのだが・・・

「高須はタイガーだっけ?タイガーも可愛いと思うよ!外見は・・・」
「いえ〜す。たいが〜かわいいよね〜」
「いや、俺と逢坂はそういう関係じゃねえって!それに、本人がいても知らねえぞ?」
「おっとそうだったな。失敬失敬。」

大河はともかく、席に着くことにした。




そして昼休み、竜児は昼の用意をすることにすると

「ちょっとあんた!早くしなさいよ!」
「は?」

大河がやって来た。しかし何を早くすればいいかわからない竜児は戸惑うだけだ。

「ご飯よご飯!私の分もあるんでしょ!」

いつものごとく胸を張り仁王立ちポーズ。小さい体を大きく見せる大河の怒気をさらに大きく見せるポーズだ。

「いや、確かにあるがいいのかよ?お前はそれで?」

案の定この発言を聞いたクラス中からひそひそ話が始まる。もっとも大河一睨みすればクラス中は収まるのだが

「ちっ、うるさい連中ね。まぁそれでもこの空腹に免じて許してやるわ!」

クラス中が視線を下に落とし胸をなでおろす。あの時大河が暴れたことはまだ強く印象に残っているようだ。
55 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:11:32.90 ID:59FxuJAS
「ったく・・・ほらよ。今日の出来はばっちりだ!」

なんてやり取りをしていると

「ほう、弁当をやり取りする仲になったか、やっぱり仲がいいなお前たちは。」
「うんうん、大河はやっぱり私の元を離れていくんだね。けどお母さん泣かない!」
「お前らなぁ・・・いい加減怒るぞ?」

ある意味こちらも定番の挨拶、北村はともかく実乃梨には強く言いにくいのだが・・・
そして大河は

「こ、こいつはただの下僕よ!この前のお礼にこいつが作りたいって言うから貰ってやってるだけよ。」
「この前のお礼・・・」

実乃梨がつぶやく、このメンツでこの前のことと言ったらもちろん・・・

「その件はほんとごめん!夕方のくせにファミレスガチ混みでさぁ、マジで行かなきゃいけない状況だったわけで・・・」

あの日、実乃梨はバイト先から呼び出され途中離脱をすることになってしまった。
そのせいかは知らないが作戦は失敗した。ストーカーを撃退することは成功したが。

「あのあと大河にあらましは聞いたけどどうなったかを出来れば詳しく知りたいなあって思ったり」

最終的にその場に居合わせたのは亜美と竜児のみ。それ以外の3人は細かい事情を知らない。

「そういうばあの後あんたおかしかったわねぇ・・・いいわ。この機会にいろいろ聞かせなさいよ・・・」
「それはだな・・・」

『あの時のこと』当然竜児が意識してしまうのはストーカーと対面した時よりその後の自宅でのことになる。
そのとこと言わなくてもいいのだろうが、1番に出てくるのがそれだから仕方がない。

「そうだな。俺も気になるしいろいろ聞かせてもらうぞ高須?
・・・だがここはまずいな・・・別の場所で聞かせてもらうことにしよう!」
「お、おう・・・」
「4人でお昼?いいねえ!たまにはぐーじゃん!」
「北村君とお昼・・・」

秘密にしたいことなので場所を移す4人。気が乗らない竜児だが協力者であるこの3人には事情を説明する必要があるだろう。
ちなみに亜美は教室にはいない。麻耶と奈々子はいるものの亜美1人だけは昼になったときから姿を消していた。



「いやぁいつ来ても屋上は気分がよくなるな!」
「曇ってるがな・・・」

4人で人目を避けられる場所、といえば屋上へ来た4人、天気はよくないが雨の心配はなさそうだ。

「さあ高須君、ことのあらましをすべて吐いてもらうぜぇ〜さあ!吐けぇ!吐くんだ高須〜」
「おう、そうだな・・・」

それぞれ昼飯を広げながら竜児に耳を傾ける。話していいところを気にしつつ、あらましを話していった。

あの後ストーカーが堂々と前に現れたこと、亜美がふっ切ってストーカーに食ってかかったこと、
ストーカーを追い払った後、亜美は全身の力が抜けてしまったこと、ここは悩んだが自宅で落ち着かせたことも話した。
56 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:17:11.61 ID:bpryYtBk
「ふうん、それで?」
「え?終わりだが?」

『家で落ち着かせそのまま帰らせた』正直竜児もこの説明しかできない。あの事以降の記憶がないのだから

「ふむ、と言うことは一先ず亜美は高須の家で落ち着くことが出来たんだな。」
「おおっ!?その後何かあったのかい?」
「俺と逢坂はうっかりどぶにはまってしまってな!」
「それは大河から聞いたよ、くっ・・・私がいれば・・・」
「ってどぶにはまったのかお前ら!?」

大河とはそういう話をしていないので竜児には初耳だ。

「ええそうよ、あんたがばかちーといちゃこらしてる時、私と、き、北村君は大変だったんだから!」
「はっはっはっ!まぁそれも今としてはいい思い出じゃないか!」
「そ、そうね!・・・北村君はあの後無事に帰れたの?」
「お前・・・ドロドロの中帰ったのか?」
「仕方ないさ、道行く人の視線が厳しかったのとお袋に怒られてしまったがな!」
「全く、まぁ、あんときやっちゃんがいたなら仕方ないけどね。」
「え?」
「やっちゃんってのは誰なのけ?」
「泰子さんは高須のお母さんだ。すごく綺麗な人だぞ。」
「へえ〜そんな人がお母さんなんだ〜うちのおかんと取り替えてほしいくらいだよ!」

実乃梨は会ったとこがないので2人が説明を入れる。しかし竜児には気になることがあった。

「泰子がいた?」
「ああ、お前の家の風呂を使わせてもらおうと思ったんだが、亜美が『泰子さんが入浴中だ』って言うもんだから諦めて帰ったんだが・・・」
「あのとき泰子はうちにいなかったんだが・・・」
「「え?」」

その言葉に当然戸惑う2人。確か亜美は泰子がいると言ったはずだ。

57 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:18:07.91 ID:bpryYtBk

「ということは亜美は嘘をついたということか?」
「ああ、川嶋が帰ったとき泰子はいなかったぞ?」
「はぁ?嘘ついたのあの駄ちわわ!全くほんとに性根が曲がってるわ!!」
「あ〜みんが嘘をねぇ・・・何か事情があったんじゃない?」

皆が沈黙、亜美が嘘をつき北村が高須家の風呂に入れるのを阻止したような流れ。
しかしそうする意図が見えない。北村が頼めば恐らく竜児は許可しただろう。もっとも竜児がまともな状態なら、だが。

「亜美の奴・・・俺に対する悪戯か?まぁ作戦に失敗したから仕方ないかもしれないがな」

亜美ならそういう理由も納得できるが

「ねえあんた・・・あんたの家に行ったとき、ばかちーは言葉も聞けないくらい弱ってたのよね?」
「ああ、だからわざわざうちに呼んだんだが・・・」
「そのわりには出てきたばかちーはいやに上機嫌だったけど。」
「そう言えばそうだったな。そこから考えられるのは・・・」
「その状態からあ〜みんは機嫌のよくなることがあったって言う訳で間違いない!?」
「そういえばそのあとあんたは魂が抜けたようになってたわねぇ・・・」
「それは・・・」

3人の視線が竜児に集まる。しかし追求されても『キスをされた』なんて言える訳ない。
いい言い訳はないのか。そう思案してると

「どうせばかちーにいいようにかわかられたんでしょ?全く、あんたも情けないわね。」
「はっはっはっ。亜美も気が晴れたんだろ。まぁ高須もまだ亜美には慣れていないということか!」
「これを気にあ〜みんも内なる我をとき放って欲しいんだけどねぇ!」
「そ、そうだなははは・・・」

(あまり踏み込まれなくて良かったか)
追求されると辛かったがどうやらこの話は終わったようだ。内心かなりほっとしながら弁当に手を付ける竜児。
実乃梨も北村も気軽に話しながら昼ごはんに手を付けていく。大河も竜児が作った弁当を堪能していたが時折竜児を見つめていたのだった・・・
58 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:19:23.90 ID:bpryYtBk
「じゃあね亜美ちゃん!話したくなったらいつでも待ってるからね!」
「うん!いつも応援ありがとう!またね!」

亜美の元から1人の男子生徒が離れていく。
(はぁ・・・もう話さねえっての)

お昼休み、ちなみに4人が屋上で共に昼を取ってから少し経ったある日のこと、
ちなみに亜美はここ最近昼は毎日のようにここ、自販機の間で座ってお茶を飲んでいる。

(なんで来ないかな高須君は!キスしたんだよ!亜美ちゃんと話したいことがあるならここに来ればいいってわかるじゃん!)

ナンパされ、溜まっているイライラがさらに増えていく。今の亜美の機嫌はすごく悪い。
待てど待てども待ち人は来ないばかりか

(ったく、しかも毎日のように知らねえ男子共が声掛けてくるしよ・・・ったく空気読めよ!おめえらはお呼びじゃねえんだよ!)

今の亜美はとてもじゃないが彼女を知らない人には見せられない。それだけイライラはMAXなのだ。

何故彼女がイライラしていて毎日ここにいるのか。ということにはもちろん理由がある。
『竜児と話がしたい』と言う理由あるのだがその時間が今しか作れない。
ストーカー問題はあの日終わらせることが出来た。以降手紙が届くこともなくなっている。
懸念がなくなった今、モデル業の復帰をしようとしたのだが1つ大きな問題があった。
『太ってしまったのだ』
一般人なら特に問題のある体系になったわけではない。パット見わからないし、くびれがなくなったわけでもない。
肉が付きやすい年頃だ。その中では十分細い方なのだが・・・

(これから夏・・・薄着の季節だからなぁ・・・)

冬だったら問題ないだろう。しかしこれからは夏の季節、当然着る服は薄手のものになる。
水着の仕事は断れるかもしれないが普通の服だってこの時期は体のラインがはっきりわかる服も普通に着るだろう。
背が高く、スタイルのいい亜美ならなおさらそういう機会が増えるだろう。

(今の体形じゃ無理だよねぇ・・・)

しかし今回の件、せっかく都心から離れたこの地にまで来たのにストーカーに付いてこられた。
そのストレスで暴飲暴食をしてしまい、更に止める者のない1人暮らし、この短期間ですっかり自慢のモデル体形から遠のいてしまったのである。

(休み時間に話す内容でもないしなぁ・・・ったく!ほんとなんで来ないかな!)

昼時に教室から離れているのもクラスのみんなの昼食を見たくないのも理由の1つ。ダイエットのために摂食中なのである。
朝晩はジョギングやジムなど運動に費やしている。1分たりとも無駄にしていい時間はない。
モデル業界なんて少し休んだだけで忘れられる。なので早く復帰するために努力をしなければならないのだ。

(はぁ・・・今日も来ないのかな・・・)

放課後もさっさと帰っている亜美は竜児と話す機会はない。事実あれ以来一言も話していたいのだ。

今日も亜美は飲んだお茶をゴミ箱に放り投げ教室に帰っていった。
59 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:20:23.31 ID:bpryYtBk
「はぁ・・・」
今日は休日、しかも6月には似合わない快晴だ。溜まった洗濯物を片づけるには最高の日なのだが、
高須家の家事を司る竜児はベランダでため息をついていた。『くっそ・・・獲物を逃がしちまった・・・』
と、思っている訳でもないし、洗濯物の量が多いことでも、隣の高級マンションのせいで日当たりが悪いことを嘆いているのでもない。
1週間が経ってしまった。自らのファーストキスから1週間だ。
結局亜美とはあれ以来一言も話していない。『話す機会がなかった。』そう言えばいいのかもしれないが、実は違う。
『話に行かなかったのだ』
亜美と話したところの多くは教室から1番近い自販機の場所だ。そして亜美は昼時、決まって教室から姿を消していた。
もちろん竜児はどこにいるか予想はつく。それが正しくなくても行ってみる価値はある。
だが1度もそこに足は向かなかった。会ったところでどうすればいいのかわからなかったのである。
時が経てば経つほどやりにくくなるもの、1週間経ってしまったのだ。思えば、向こうから話しかけてくれることなどあまりない。
前回、話したいと思った時もなかなか話せなかったのだ。今回は自分が二の足を踏んでいる。
会う意思がないのに早々会えるわけがないだろう。

(このまま忘れるべきか?)

北村とも亜美の話をしたがあの事が終わったのちの亜美はそれは楽しそうに学校生活を送っている。
ストーカーの問題も終わった今自分はもう必要ないのだろうか。


そんなことを思いながらベランダから目の前の道路に目をやると

「ん・・・?」

黒いジャージを着た人が倒れている。うつぶせで、顔は見えないが見覚えのある青い長髪。

「・・・」

(あれって・・・)
多分知ってる奴だろうな。と思う竜児。一瞬躊躇したが

(前にもこんなことがあったな・・・)

いつかにくしゃみを連発していた隣人を思い出しつつ、今まで話しかけられなかった事実を払拭しながら『その人』の元へ向かった。




60 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:21:28.30 ID:bpryYtBk
(あれ・・・おかしいな・・・)

ここ最近の日課と言うか課題であるジョギングをしにいく亜美。今日は学校がないので若干朝寝坊をしたが欠かすわけにもいかない。
朝食も最低限のサプリとビタミン剤で済まし、向かった外は6月には似合わない晴天。
この1週間ろくに食事を取らず体を酷使した亜美が倒れるのは十分な条件だった。

(今日はじっとしてよう・・・戻らなきゃ・・・)

かすかに残る意識を何とかつなげ、体を動かそうとしたものの、上手く力が入らず起き上がることが出来ない。

「大丈夫ですか・・・えっと・・・」
(え?この声は・・・?)

おそるおそるといった感じの男の声が聞こえてくる。意識が朦朧としているがその声には聞き覚えがあった。

「あ・・・た・・・す・・・」
「!!?やっぱり川嶋か!?大丈夫か?しっかりしろ!」
(あ、あれ・・・声が・・・)

すっかり衰弱してる亜美は声もろくに出ない。

「顔真っ白じゃねえか!!ああもう、とりあえずうち行くぞ!」

返事がない亜美を引きずるように自宅に連れていく。
周りに見られたら人攫いに見えてもおかしくないような危ない絵だが竜児は必死に亜美を連れ帰った。



すでに朝食の終わった高須家。大河はすでに帰り、泰子は2度寝中である。
跡形もなく片付いた台所だが竜児は再び料理をしている。亜美には水を飲ませた後、そのまま横たわらせている。
そして竜児が居間へ向かう。

「ほら川嶋!とりあえずこれ食え!」
「え・・・あ・・・」

作ったお粥を掬い亜美の口に向ける。大きくない口を開けた亜美がそれを口にすると

「・・・!あふ!!」
「おう!」

吐き出してしまう。出来たてのお粥は熱すぎたようだ。

「ごめん・・・」
「すまん、熱かったな・・・えっとこういうときは・・・」

かすかな声で聞こえる亜美の言葉。湯気が出ている状態では竜児でも熱いだろう。竜児が考えた手段は、

「ふーふー・・・よし川嶋、これで食えるか?」
「え・・・」

さっきより意識が戻ってきた亜美は食べるのを躊躇する。竜児の息が掛かったおかゆを向けられるからだ。
通常時だったら顔が赤くなったかもしれない。しかし顔色が抜け、力も入らない今、目の前にあるお粥を断る気力はない。

「んぐ・・・」
「ふーぅふ〜ぅ・・・ほら川嶋、次だ。」
「・・・」

されるがまま、亜美はなすがままに食べるしかなかった。
61 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:22:10.90 ID:bpryYtBk
お粥を食べさせたのち、亜美は寝てしまう。よっぽど疲れていたのか寝息もかすかだ。
そんな亜美の寝顔をまじまじ見ると

(・・・あれに、・・・)

どう見ても美人、可愛い。閉じている瞳も、そこから見える長いまつげも、整った小さい鼻も、形のいい唇も
この子とキスしたかと思うと竜児の顔も赤くなる。
(いやいや待て待て!)

座布団を枕に毛布を掛け居間に寝かしているがこのままでいいのかと迷う竜児。
薄い襖1枚向こうに泰子が寝ている。夜まで来ることはないだろうがすぐ隣には大河が住んでいる。
そんな中亜美を寝かしつけているのだが正直みられていい光景ではないだろう。
だからと言って起こすのも気が進まない。

(え、えっと・・・)

『どうしていいかわからない』
それが竜児の想いだ。寝ているなら放っておいても大丈夫だろうが、放って他のことをするのもためらわれる。
結局亜美が起きるまでずっとそばで待つことにした。なぜかそうしなければいけない気がしたからだ。
はたから見たらヤクザ面の男が正座しながら、寝ている美少女をまじまじ見るというこれはこれで危ない絵の気もするが見てる人はいないので大丈夫だろう。
唯一この姿を見ている生物は

「ナムナム、ミョウ・・・ホウ・・・ホケキョ!!ホケキョウ!」

などと鳴いていたが。



その後、どれくらい経っただろうか、のち

「あれ・・・ここは・・・?」

亜美の目が覚めたようだ。ずっとそばにいた竜児も気付く。

「おう、目覚めたか川嶋?」
「え?高須君?」

ぼんやりしていた亜美の意識がようやくしっかりしたようだ。

「あれ?あたしは・・・ジョギングしてて、急に力が入らなくなって・・・」
「それで倒れてたんだよ。全く、ろくに飯も食わず運動なんかするからだ。」

亜美の言葉を竜児がつなげる。倒れた後の記憶はないだろう。

「そして・・・!って、なんで、あたしが空腹ってわかったの?」

食事を食べさせられたことを思い出し、焦る亜美。この年になって誰かの手でご飯を食べさせられるのは恥ずかしい。

「そりゃあ・・・な・・・」
「何よ・・・?」

(言えねえ・・・うちに連れてく途中に川嶋の腹が鳴りまくってたことなんて・・・)
62 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:23:25.28 ID:bpryYtBk
亜美の名誉のために事実を伏せようとする。そんな竜児が思い付いた言い回しは

「顔色が悪かったからな!栄養が足りないかと思ったわけだ。」
「そう・・・」

そう言われると亜美はうつむく。竜児も紡ぐ言葉が思い付かず、しばらく沈黙が続いていると

「また・・・高須君に助けられちゃったね。情けないな、あたし・・・」

亜美がぽろっとつぶやく。すかさず竜児は

「そんなことねえよ!・・・このくらい・・・お安い御用だ。」

『気にするな』といった言葉を伝えたいのだが思うように伝えられない。
確かにここにいるのはいつもと違うような、それともいつもどおりのようなありのままの川嶋亜美だ。
病気の時にふと弱気になるあの感じかもしれないがそんな亜美を見るのは2度目だ。

「またお礼しないといけないね?」
「お、お礼!?」

前回亜美のこんな表情を見たのはストーカー事件を解決した後。その時してもらったことは・・・キスだ。
未だ鮮明に覚えているあの出来事。必然と竜児の顔が赤くなる。

「お、お前・・・ああいうことはだな!!」

焦りまくって何を言っているのかよくわからない状態の竜児。そんな竜児に亜美は

「ふふっ、そんなにしたい?亜美ちゃんとキス?当然だよね〜亜美ちゃんだもんねぇ〜?」
「お、お前なぁ!!あんなことは!!」

どうやら『亜美ちゃん』復活のようだ。栄養と睡眠を取ったことで顔色も戻っている。

「あんなことって・・・キス?」
「そうだよ!あんなこと気軽にしやがって!川嶋にとっては違うかもしれねえが俺にとっては・・・」
「初めてだよ。」
「えっ・・・」
「だからキス。あのとき高須君にしたのが正真正銘亜美ちゃんのファーストキス。」
「なっ・・・おまっ・・・?」

竜児からしたら亜美は気軽にキスをしたように感じた。そのため(亜美は初めてじゃないのか)なんて1週間悶々としながら過ごしていたのだ。

「高須君もひどいよね?亜美ちゃんとキスしたって言うのにあたしに会いに来てくれないんだもん!亜美ちゃん、毎日自販機のとこにいたんだよ!?」

無論亜美のことは気にしていた。どうしても気になるのは必然だろう。教室に行けば亜美を探し、買い物に行ってもぼんやり思っていた。

「その時もいろんな男子共が声掛けてくるしさ!これも全部高須君のせいだよ!?」

あれだけもてる、あれだけ美人のファーストキスの相手は自分・・・
63 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:23:59.15 ID:bpryYtBk
「高須君?」
「お、おおう!川嶋!?」

亜美がぐっと竜児を覗き込み、あまりの近さに声が上ずりとっさに後ろずさる。今だ竜児は混乱中のようだ。

「どうしたの高須君?ふふっ、今やっと亜美ちゃんのファーストキスの価値が分かってきた?」
「それは・・・」

恋愛経験ゼロの竜児に答えようがない。だが若干落ち着いた竜児は

「じゃなくて!そもそもなんで外で倒れてたんだよ!?空腹で運動したら倒れるに決まってんだろ?」
「それは・・・」
「風邪ってわけじゃねえだろ?昨日も学校来てたしよ?」

竜児の口調も若干棘っぽくなる。今までのお返しもこもっているのだろう。

「エットしてるの・・・」
「なんだ?よく聞こえなかったが?」

囁くような声だったのでよくは聞こえなかった。これも意地悪に聞き返すと

「ダイエットしてるの!!」

亜美が声を荒げる。騒がれてもまずい、少し意地悪しすぎたかと慌てる竜児は

「す、すまん!言い過ぎた!」
「ひどい・・・あたしはまじめに悩んでるのに・・・」

そう亜美は涙ぐむ。さらに慌てる竜児は

「その・・・言い過ぎたって。悪かった。謝る。ごめん!」
「・・・」

無言の亜美はうつむきながら震えている。

「すまん、川嶋!な?」

赤子をあやすようにおどおどしてしまう。そして亜美の震えが大きくなる。そして亜美の口が開く。

「・・・ふふつ・・・あははは!冗談だよ冗談!もう!慌てる高須君可愛い!」
「お、お前なぁ!!」

からかわれたのを知り一層大きな声を出してしまう。それだけ恥ずかしかったのだ。
だが大きな声を出してはいけない。この家にいるのは2人ではないのだから。

「竜ちゃんうるさい〜もっと寝かせてよ〜」

ガラッと襖が開き出てきたのは高須家の大黒柱。朝食は共にしたものの、帰って来たのは
朝の未明なので午前の時間は寝ている。

「も〜何騒いで〜・・・」

眠い目をこすりながら行くと居間にいるのは息子だけではなかった。
64 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:24:37.88 ID:bpryYtBk
「お邪魔してま〜す!」
「・・・おじゃまされてます。」
「いや・・・泰子、こいつはな・・・」

まだ完全に起きていないだろう泰子は状況をつかめていない様子。亜美はさすがモデルと言ったところですぐさま笑顔で対応した。
両者の知り合いである竜児はどうしようかと考えてると

「きゃあん!また可愛い子だぁ!竜ちゃんの知り合い?モデルさんみたい〜!!」
「はい、モデルやってます。川嶋亜美です。よろしくお願いします。」
「わぁ〜ほんとにモデルさんなんだ〜やっちゃんはやっちゃんだよ〜竜ちゃんのママで〜す♪」

意外と早く馴染む2人。大河の時もこんな感じだったし泰子はこんな感じなのだろう。

「ふわぁ・・・やっちゃんまだ寝たいから寝るねぇ〜亜美ちゃんもくつろいでくれていいけど、出来れば静かにお願いね〜」
「はい。すみません、起こしてしまって・・・」

申し訳なさそうに言う亜美に

「いいよ、いいよ〜ゆっくりしていってねぇ〜竜ちゃんも〜ちゃんと亜美ちゃんもてなすんだよ〜」
「わかったよ。悪かったな。また昼にな。」

そして「お休み〜」と言い残し泰子は寝室(隣の部屋だが)に戻っていく。

「あれが高須君のお母さん・・・」
「変わってるだろ?まあ、あんなんでも大事な家族だしな!」
「あんなのとか言わないの。いいお母さんじゃない?」
「まあな。母親って言ったらお前の母親も・・・」
「そうね・・・」

ストーカーの件を思い出し黙ってしまう。有名ということはいろんな事情があるんだろう。
沈黙が流れた後・・・

「そう言えばなんの話だったか、えっと・・・ダイエットだった、な・・・」

言っていいものかと若干詰まるが、口に出してしまったのでもう遅い。間をおいて亜美を見ると

「このタイミングでそれを蒸し返すかな高須君は?」

ジト目でにらまれる。女の子にダイエットの話はあまりしていいのもではないだろう。
65 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:25:17.67 ID:bpryYtBk

「おうすまん・・・けど倒れるまで飯を抜く必要はねえんじゃねえのか?無理して痩せたってすぐリバウンドしちまうだろ?」
「しょうがないじゃない・・・すぐ痩せないとその分モデル業の復帰が遅れるから無理してでも痩せなきゃいけないの!」

亜美の真面目な視線にモデル業への取り組みがどんなものかがうかがえる。しかし今の方法では

「低カロリーの料理とか作ればいいじゃねえか。結構簡単に作れるぞ?」

普段料理をする竜児らしいコメント。しかし

「料理自体あたしには無理なの!・・・1度、1人暮らししてるんだしなんか作ろうかな、
って思って料理したら指切っちゃって・・・軽くで済んだんだけどマネージャーにめちゃめちゃ怒られてさ。
だからあたしには料理は出来ないの!サプリとかビタミン剤でしばらくやってくしかないの!」
「わかった!川嶋・・・わかったからもう少し小さい声でな。」
「うん・・・ごめん。」

溜まっていたものを吐き出すように亜美が言葉を出していく。モデル業はやはり大変なのだろう。
ストーカーのことが片付いても亜美の問題はなくならないようだ。

「今日はありがとう高須君。けどあたしはやらなきゃいけないから。」

今の亜美は放ってはいけない。そんな気がしたのだ。

「待て、川嶋!」
「何?もう1度お礼をしてほしいのかな?」

笑顔でそう言う亜美だが、今の竜児にはそういうことで動揺しなかった。竜児には伝えたいことがあったから。

「俺が作ってやるよ!」
「何を?」

今の竜児はまっすぐ亜美を見据えていた。

「お前の、ダイエット食を!」
66 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/02(月) 21:28:44.86 ID:bpryYtBk
「全く!本当になんなのよこの作品は!」
「おお!ゆりちゃん先生!お初っす!」
「ねえ櫛枝さん、この作品もけっこうな長さになるけど、どうして私の出番がないのかしら?」
「いやぁ、その点についてはあ〜みんに出番を取られた私に言われましても困ってしまうっていうか、私も不満って言うか」
「中の人のおかげでようやく私に日の目を浴びる時がこようってのにまさかの総スル―?
原作でこの頃は『夢を届ける20代の良き教師』的なポジションじゃなかったの!?」
「いやぁ・・・この頃からネタ臭が・・・」
「なんか言った?」
「いえなんでも。けどゆりちゃん先生?この話はまだ6月、そう!先生はまだ20代じゃないですか!」
「はっ・・・なるほど、いい事に気付いたわ!この作品は私が知っている作品とは違ってる!
GWに最後の弾を打ち損じてないかもしれないし、一夏のアバンチュールもあるかもしれない!」
「その意気だよ先生!『あきらめたらそこで試合終了だよ』です。」
「そうよ!まだアディショナルタイムは残っているわ!私にとっての『ゴールデンタイム』はこれからよ!
こうしちゃいられないわ、櫛枝さん!あとよろしく!」
「ガッツだぜ〜ゆりちゃん先生〜!・・・っとなんの話だっけ。まぁ、先生の話をやることはないだろうけどね!
さて次回は・・・っと予告しづらい引きだね。ったくよ、裏方の苦労もわかって欲しいものだね。
言えるのは『高須争奪とらちわ決戦』がどういう展開を見せるのかって言うのが見どころさね!
けど大変なのはやはりあいつだぜ!そうあいつだ。あなたの後ろからギラギラした目で見てるあいつがな・・・ふっふっふ
ではまた次回、アディユー!」







以上!

皆さんの作品投下も増えて嬉しい限りです。私も負けない作品を掛けるよう頑張りたいです。
ではまたノシ
67名無しさん@ピンキー:2012/07/03(火) 23:39:32.40 ID:1XZWVFbE
乙です

亜美ちゃん被りなんで、投下はもう少し間あけますね
68名無しさん@ピンキー:2012/07/03(火) 23:45:17.64 ID:R0hSCoLP
まってました。GJ
しかし連日の投下、すごいなあ、まるで全盛期のようだ
69名無しさん@ピンキー:2012/07/03(火) 23:57:26.37 ID:1XZWVFbE
作品終了した時期を考えるとすごいですよね。

私は入院した時、たまたま買って読み始めてたらはまったというパターンなので、
残念ながら全盛期知らないけど
70名無しさん@ピンキー:2012/07/04(水) 00:05:44.35 ID:RQeUu7Pk
>>66
長編GJです。今後にも期待してます

>>67
YOU投下しちゃいなYO

>>69
>>1のまとめスレにほぼ全作品あるので好きなキャラの読むと幸せになれるかも
71名無しさん@ピンキー:2012/07/04(水) 00:33:56.09 ID:+oGusQry
>>66さん
とちドラきてたー!毎回楽しみにしております。
原作の雰囲気を損なわず、且つオリジナルな展開に先が気になります。
次回もお待ちしておりますっ。

>>67さん
焦らしプレイは嫌いではないです。
でも投下はいつでもいいんですよっ

>>69さん
このまま、また盛り上がってほしいですね
72名無しさん@ピンキー:2012/07/04(水) 01:02:56.10 ID:HL2u1mzU
ここ数日の勢いが凄い
感動的
73遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/04(水) 08:49:31.26 ID:28uE11jm
んでは、お言葉に甘えて次ぎスレより投下させて頂きます

最初の投下の時、連続しすぎて規制を食らってしまったので
今後は小分けにして投下していきたいと思います
74遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/04(水) 08:50:54.88 ID:28uE11jm
 ―――― 【03】


 鍵を開け、六畳二間のアパートの中に転がり込む。
 カーテンを閉ざしておいた部屋に明かりを取り込み、空気を入れ替える。現在借りてる
アパートは残念ながらペットの飼育が禁止の為、インコちゃんは泰子と共に爺ちゃんの家
で穏やかに暮らしている。先日、ちょっと体調を崩したが、現在は順調に回復に向かって
いる筈だ。
 背広をハンガーに掛け、ネクタイを外し、シャツの襟元を開けて座布団を枕にゴロリと
横になってしまう。休日だというのに疲れは取れるどころか、いつもの二倍増しだ。

 川嶋のマンションでカップルに逃げられた際、近くの公園のトイレに入り、一度身なり
を整えた。休日だからスーツをちゃんと着る必要は無かったのだが、この顔の為、着崩す
とあら不思議、立派なヤクザかチンピラの出来上がり。悪人顔増量中という事もあいまっ
て、明らかに周囲から人が離れて行くのだ、20%増しで。


 かなりの前の話だが、会社の先輩に風俗に連れて行かれそうになった時も、似たような
騒ぎを起こした事を思い出す。
 体育会系バリバリの先輩で悪い人ではないのだが、未経験者のヤツを見つけると風俗に
連れて行こうとする悪癖があった。この先輩には社内旅行で海外に行った時にも、色々と
引きずり回されて大変な目にあったのだが、これまでは俺の面構えからが童貞であるとは
思ってもいなかったらしく、運良く毒牙から逃れてこれた。
 しかし、同期の密告から俺がターゲットとなり、気が付けば風俗街のそういった店の前
に、タクシーで連れられこられたのだ。先輩は逃げようとする俺のネクタイを掴み、店の
中に引きずり込もうとした。
 もはやこれまでか、という所で救いの手を差し伸べてきたのは、意外な事にその風俗店
の店長だった。俺の顔の所為もあったのだろうが、先輩の体育会系然とした顔と体格も功
を奏した。

「も、申し訳ございません。当店は暴力団関係の方は、ご遠慮願っております」と、

 あきらかに怯えた声ではあるが、勇敢な店長の言葉に先輩もあっけにとられる。
 ナイスだ、店長! 俺はその隙を逃さず、ネクタイを解いて逃げ出した。ふっ、笑いた
ければ、笑うがいいさ……。

 結果から述べるならそれは大きな過ちだった。タダでさえ暴れてスーツを着崩していた
上に、ネクタイを外した俺が風俗街を全力で走ったのだ。タイミングの悪い事に、先程の
店の店員が警官を連れて戻ってくる所にも鉢合わせした。
 最終的には六人の警察官に追いかけらる大捕り物が発生し、家に帰り着いたのは朝方に
なってからだった。
 唯一の救いは、その騒ぎに懲りて、俺だけは先輩のターゲットリストからは外されたと
いう事実。ただし、会社で宴会などがある度に、歌舞伎町高須伝説などと呼ばれてネタに
される様になった訳だが……。


75遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/04(水) 08:51:46.16 ID:28uE11jm
 あれだけ頑張って拒んだのに、こんな形で貞操を失うなんてな……。いや、川嶋に不満が
あるとか、そういう事ではなくて。ただ、川嶋に申し訳なかったんだ。
 記憶が無かった事が、良かったのか、悪かったのか……。
 今をもってしても、全然実感が沸かないのだ。これなら、記憶があった方が罪の重さを
自覚できるだけ、マシだったかなと思ってしまうのは、浅はかな考えだろうか。
 マンションを叩き出された時の、川嶋の怒りと悲しみを帯びた表情が、俺の網膜に焼き
付き浮かんでは消えていく……。

「なにやってんだ、俺は」

 とりあえずリセットして、一度日常生活に戻ろう。立ち上がり、米を研ぐ。夕飯の材料
は冷蔵庫の中の物だけで十分な筈だ。なにせ、昨日の料理の仕込みは、何日か前から自宅
でやっておいた物を川嶋の家に持って行き調理したのだ。その時に併せて買った食材も、
残っている。

 米が炊き上がるまでの間に汗を流そうと、脱衣所に入り違和感に気付く。シャツを脱い
だ瞬間、鈍い痛みを感じたのだ。背中越しに鏡を見て、驚愕する。

「おう、こいつは……アレだよな……」
 背中の肩甲骨の辺り、そこに小さい五つの傷が左右両対称に残っていた。急速に腹の底
から震えの様な物が浮かび上がってくる。俺は口元に手をあて、震えを抑える。なんで、
こんな事だけで、顔が赤くなるんだ。
「実感が伴うって……、これって、そういう事なのか……?」

 すくい上げた冷水を顔に激しくを叩きつけ、湧き上がった顔の熱を冷却する。ニ、三度
繰り返すと、鏡に映った自分の表情も、常日頃のコワ顔に戻る。真っ赤になったヤクザ顔
なんて、冗談にもなりゃしない。
 俺だって健康的な成人男子だ。当然、そういった欲望がない訳ではない。人よりは多少、
禁欲的な面もあるが、こればかりは生い立ちや性格も影響してるのだから、仕方ないとは
思うし、別段恥ずべき事ではないだろう。ただ、友人に対して、そういう妄想を抱く事に
罪悪を抱いてしまうのだ。なんていうのだろうか、兄弟がいないから想像しか出来ないが、
姉妹の裸を見てしまった様な……。あいつはそんな可愛いタマじゃないが。

 いくぶん自分のアホさ加減に呆れてしまう。背中の傷痕ひとつでのぼせあがってしまう
なんて。だいたい、妄想じゃなくて実際にそういう事をしてしまった訳なんだよな。
 途端、思い起こされるのは今朝の衝撃的な映像。ベッドの上に横たわる、生まれたまま
の姿の川嶋亜美。春田ならご飯三杯どころか満願全席まで行けるだろう。
 再び目覚める男の生理現象に、再度、洗面所の蛇口を捻る。シャワーを浴びるためとは
いえ、今は全裸になってはいけない様な気がする。

 携帯の着信の示すランプが振動ともに部屋の中で明滅していたが、煩悩に駆られていた
俺はそれに気づく事が出来なかった。



76遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/04(水) 08:53:17.62 ID:28uE11jm
 高須くんを追い出して、いくばくかの怒りが冷めてきた午後。あたしはリビングで気だ
るげに、転がっていたままだった。
 外出してショッピングにでも行こうかと思ったが、いまいち気分が乗らない。奈々子や
麻耶を今更呼び出すのもアレだし、奈々子に至っては、昨夜の事を色々と訊ねられるのは
確実なのでやめておく。メールの返信も、まだする気にはなれない。
 二日酔いによる頭痛はあらかた消えたけど、身体がだるくて何をする気も起きなかった。
外に出れば出たで、煩わしい事も多いので今日は一日家で閉じこもる事にした。

 ドラム型洗濯機によごれ物をあらかた突っ込んで、ソファでぐったりする。これで本日
のお仕事は終了〜。掃除やお料理は、今日はパス。
 家族や親戚の家で世話になっていた時と違って、今は全てを自分でやらないと、何もか
もが始まらない。これでも、ある程度は自分だけでやれる様になったのだ。食事も全てが
自炊という訳にはいかないが、簡単な料理なら作れる様になった。おばさん男の手ほどき
に寄るという所が、シャクな話だが。
 お気に入りのローズヒップティーに蜂蜜を少し垂らす、こうすると酸味が抑えられ飲み
やすくなる。これもあいつの受け売りだけど。
 一息ついて、あたしは昔の事に思いを馳せる……。


 大橋高校を卒業した後、他の友人達が大学へ進学する中、あたしも同様に大学への進学
を選択した。あたし達の中で進学しなかったのは、家業を継いだ春田くんだけだった。

 別段、勉強が好きだった訳でもないし、あえて学びたい事があった訳ではなかったが、
ある程度の学力があっても困る訳ではなかったし、芸能人であろうと知性は必要だ。亜美
ちゃん、お馬鹿キャラで売るつもりもなかったしね。
 まぁ、芸能活動をする上でも時間の融通が効きやすい大学生は、色々と都合が良かった
のよね。

 本音を言うと、友人である彼らとの関係を、完全に断ち切る事が怖かったんだと思う。
 学生と社会人とでは、やはり生活の範囲や時間の過ごし方が違いすぎた。特に芸能界と
いう、非日常的な業界に身を置くあたしとしては、気兼ねない友人達との日々や生活に、
未練を感じていたのも本当だ。
 昔のあたしなら、そんな事も考えずに芸能界に飛び込んだのだろうけど、大橋高校での
日々を得たあたしには、無理だった。高須くんとのわだかまりも残したままだったし。
 まあ、実際の所、推薦を貰える程度の学力を得る為に、高須くんや、祐作の力をかなり
借りる事になったのだが、今となってはその事自体も楽しい日々だったと思う。
 ちょっと、受験に対するコンプレックスもあったけど、それを取り除くいい機会にもな
ったしね。勉強する事を、初めて楽しいとも思えた。


 各々進んだ大学や学部は違ったが、基本都内であったので時間を合わせる事は難しくも
なく、あたし達の友情は途切れることなく続く事となった。
 入学年度の勧誘コンパに始まり、サークル活動、前期・後期の試験、夏休みに大学祭、
卒業試験に就職活動、そして卒業式。数え上げればいとまがないくらいの事を大学の垣根
を越え、皆で楽しんだ。


77遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/04(水) 08:53:57.96 ID:28uE11jm
 新入生の勧誘コンパの席にお互いを誘い合ったりもした。あたしが参加すると、歓声が
上がって盛り上がるのは当然の如し。逆にあたしがみんなを、タイガーや麻耶、奈々子を
紹介した後に、オチとして最後に高須くんを紹介したりすると、マジでどん引きされたり
して……。その度に、あたし達は大笑いをしたもんだ。後で高須くんを慰めるのに時間が
掛かるのが難だったけど。

 サークル活動はあたし自身はノート目当てのダミーサークルにしか入らなかったけど、
タイガーのプロレス研(ガチ)や、高須くんがお料理サークルや清掃研とかよくわからな
い所に入って、なんだかんだ言いつつも色々と巻き込まれたりもした。サークル合宿で、
二泊三日の泊り込み清掃ってどういう事よ?

 大学同士をまたいで行われるイベントの類も、あたし達は熱心に参加した。
 大学対抗のソフトボール大会には実乃梨ちゃんの応援に為に、みんなでチアリーダーの
練習をして駆けつけた。男共の視線がうざかったけど、あたし達の応援の甲斐もあってか
実乃梨ちゃんの大学は見事優勝。
 そのほかにも、祐作が大学対抗交渉コンペティションの大会に参加し、おしくも優勝は
逃したものの準優勝という結果を得た(毒舌だったならば、あたしとタイガーのダントツ
で優勝が狙えたと思う)。
 学祭の時には、各大学の出店に何故かお好み焼き”弁財天国”なる屋台を出店して好評
を得てる高須くんが居るし、能登くんが学内ラジオでDJをやったのはいいけれど祐作に
乱入されるわ、あたしとタイガーがそれぞれの大学のミスコンで見事グランプリ。まっ、
当然といえば当然なんだけどね。

 試験関係は……、落第しない程度には頑張って勉強したわよ? うん。

 あたし自身は就職活動は関係なかったけど、質疑応答の面接官役を買って出たりして、
みんなの自己アピールの練習の相手もした。ごめん、マジで凹まないでよ、高須くん……。
 それに、ひとつ忘れる事が出来ない思い出も貰った。

 高校時代に行けなかった修学旅行のやり直しという事で、夏休みに沖縄にも行った事も
あった。あの時は、実乃梨ちゃんが暴走するわ、祐作が裸で走り回ろうとするわで、……
イヤなもの思い出しちゃった……。
 夜は夜でお酒が入ったまま、女子連中で恋バナ談義に突入、寝不足で次の日大変な事に
なったんだよね。みんな、彼氏なんて居なかったんだけどさ。



78遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/04(水) 08:55:06.53 ID:28uE11jm
 ……別にポリシーとして恋人を作らなかったとかそういう訳ではない。
 大学や芸能界でも当然出逢いはあったし、寄って来る男性も星の数程居た。まぁ、亜美
ちゃん超、超、可愛いいしね。
 しかし、一、二度デートをする事はあっても、それ以上、深くお付き合いする様な事は
ほとんど無かった。
 この業界の男性は自分語りの好きなナルシストタイプが多すぎて、正直うんざりさせら
れていた。ある意味、あたしも同類なんだけどね。

 ちゃんと相手の事にも興味を持って、話しをしてくる男性も居るかと思えば、その日の
内に、『君の事がもっと知りたいんだ……』とか、いまどきナンパにそんな台詞使ってん
じゃねーよ! 女口説くのに時間も手間もかけないで、都合良くいくわけないっつーの。

 自分はスレているのだ。幼い頃から芸能界で色々な人を見てきたし、勘も働いた。下心
や目的を持って近づいてくる様な男は、直ぐに見分けられる様になったし、それらをソツ
なくあしらう為の外面とテクニックも身につけた。
 祐作にはその外面について散々非難もされたが、これはあたしが芸能界で身を守る為の
手段の一つなのだから、文句を言われても仕方ない。しかし、長年培った外面は、プライ
ベートに於いても剥がれる事のない鎧とかしてしまっていた。
 これであたしがもうちょい馬鹿な女だったのなら話は違ったかもしれないが、こちとら
筋金入りの臆病チワワ。ナンパの手口なんぞ百も承知の上、相手の心根なんて丸わかり。
本気でない相手に自分を安売りする気も、なびいたりする気も御座いません。

 それでいて、自分の本心を相手に伝える気はないのだ……。これじゃ、恋人なんて出来
るわけがない。
 ……結局、あいつ基準で比較してしまう自分が居るんだよね。いくら、美貌や要領が良
くったって、出会いまではどうにもならない。

「いつまでも、引きずったままなんだよね……」




79遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/04(水) 08:57:01.14 ID:28uE11jm
今回の投下分は以上で終了です。

感想頂いたみなさま、ありがとうごさいました。
80名無しさん@ピンキー:2012/07/04(水) 09:53:21.34 ID:HL2u1mzU
GJ
幸せになっておくれあーみん
81名無しさん@ピンキー:2012/07/04(水) 11:05:20.07 ID:nXOxkLBl
GJです。
まだまだ足りない。
次が待ち遠しいです。
82名無しさん@ピンキー:2012/07/04(水) 23:44:47.59 ID:RQeUu7Pk
>>79
GJです。次回に期待してますね

というか100行く前に1/4消化とかなんで今活性化してるんだw
83名無しさん@ピンキー:2012/07/04(水) 23:46:59.96 ID:D7OA4f9p
>>82
次スレ待ちが結構いたんだな
職人たちGJ!
84名無しさん@ピンキー:2012/07/05(木) 00:39:21.36 ID:xD9n9gJ8
もうそんな容量行ってるのかw

職人の皆様、ご苦労様です
85名無しさん@ピンキー:2012/07/05(木) 01:51:50.64 ID:cctQ+Q3g
書き手のみなさんGJ

>>82
言われて気づいたw
もう125KBww
86名無しさん@ピンキー:2012/07/05(木) 05:11:45.64 ID:/d0icdQw
いや
活性化してなくも、レス数が増えず容量ばかり消費していくのはいつものことだろう
お前らが雑談しないからだ
87名無しさん@ピンキー:2012/07/05(木) 07:51:56.05 ID:HRZ904cT
GJです,いやあ毎日ここチェックするのが楽しい
88遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/05(木) 09:06:07.92 ID:xD9n9gJ8
前回の文面の中に、誤字脱字等がありました、申し訳ございません

今回の話しの中で、一部のキャラがちょっと割を食う形になっております
申し訳ありませんが、気に触った方はNGIDして下さい

容量はの件はすいません、まだやっと1/4が終了といった所です


次スレから投下します

89遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/05(木) 09:07:14.98 ID:xD9n9gJ8


 あたしは今も、あの日の事が忘れられない。


 あれは、二月の十四日……。そう、バレンタインの日の放課後の出来事だった。あたし
はタイガーに無理やり、旧校舎の空き教室に呼び出されたのだ。

 その時点で、あたし達の関係は歪なものになっていたと思う。実乃梨ちゃんは云うに
及ばず、祐作も既に何かを知っていたっぽい。気付いてないのは高須くんと、大河だけ。
そして、その事を相手に伝えることもせず、知らないふり。
 気持ち悪いったら、ありゃしない。……なんて当時は思っていた。

 あたしはあたしで、ちょっと前に高須くんと衝突して、言わなくてもいい事をまたもや
告げてしまった後だった。それも致命的な、一撃。あたしは自分の心の一部を高須くんに
漏らしてしまったのだ。


「あたしが悩んでるときにも、傷ついてるときも、いっつも、いっつも気付いてくれなか
ったじゃん! あたしだって、あんたに大事にされたかった! そんな存在になりたかっ
た! でも、あんたは、いっつも、いっつも、あたしの事には気付いてくれなかった!」

「だったら余計な事言わないでよ! あんたなんか……っ! あんたとなんか、会わなか
ったらよかった……!」


 そもそも、絶交してた筈なんだけどね。

 結局、あたしも同じだったのだ。伝えるべきことを伝えずに、相手に都合よく理解して
貰いたがっている、ただのワガママな子供。でも、それは当然のこと。あたし達は大人で
は無いのだから。
 ただ、それ故に上手くいかない事が当たり前だとわかりはしなかった。無力で不器用な
子供である事を、失敗した事を、認める事が出来なかったのだ。
 そんな事は、今だからわかって言えるけど、当時のあたしには無理だったのよね……。
だから、あたしはやってしまった。失敗した事を認めず、誤魔化し、逃げ出す事を

 あたしのミスは二つ。
 ひとつは、自分が出来るから、誰もがそれをできると思った事。実際には、自分自身で
さえ上手く出来ていなかったというのにね。
 もうひとつは、傍観者の癖に当事者になろうとした事。

 今でも目を閉じれば生々しく浮かび上がってくる。夕陽の射し込む教室。そこに居たの
はみんなを呼び出したタイガーとあたし、高須くんと祐作に実乃梨ちゃんの5人。お世話
になった御礼に感謝のチョコをあげたい、なんて殊勝な事を言っていた。
 あたしは高須くんの顔を見る事も出来ず、彼を完全に無視する態度をとる事で、自分の
仮面をなんとか保っていた。


90遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/05(木) 09:08:11.61 ID:xD9n9gJ8
「北村くん、助けてくれてありがとう」
「えっ?」
 しかし、タイガーの言葉に、場の空気が凍りつく。
 タイガーを覗いた四人、高須くん、実乃梨ちゃん、祐作、あたし。その挙動が、一斉に
あやしくなる。高須くんはなにかを訴えるように実乃梨ちゃんを見つめ、実乃梨ちゃんは
タイガーを凝視している。祐作は高須くんと実乃梨ちゃんの二人を交互に見比べ、様子を
うかがっている。

 あたしは彼らを順繰りにながめ、聞き取った会話の断片から、なんとなく事態の片鱗を
察する事ができた。既に高須くんも気付いていたという事なのか……、大河の気持ちに。
 雪山でタイガーが助けられた時、意識の朦朧としていた彼女は、自分の想い知られてし
まったのだろう。どういう形でかはわからないけど、高須くんに。
 しかし、その事実は高須くんと祐作の二人だけの、秘密だったらしい。
 この事実はあたしにとっても衝撃だった。だって、あたしもつい先日、同じ様に自分の
心の内を……、全てではないけど彼に告げてしまったのだから。全ての糸が繋がっていく、
誰もが望まない形で。

 ここ最近の高須くんの挙動がおかしかったのは、タイガーの想いを知ってしまったから
にちがいない。あたしは彼を見ていたから、それが分かる。でも、なんで? タイガーが
高須くんに想いを抱き、高須くんもタイガーの事を想って……、いる……筈だ。彼がひと
言、自分の想いをタイガーに告げれば、この歪な人間関係に、とりあえずは決着がつく。
 タイガーが実乃梨ちゃんの為に、自分の気持ちを押し殺しているのはわかる、あたしも
似た様な物だから。しかし、実乃梨ちゃんがそれを受け入れるとは、到底思えない。高須
くんだって、それは分かっているだろう。
 ハッピーエンドのルートが見えているのに、高須くんはそれを選択しない。


「もしも聞かれていたならもう破滅、とても生きてはいけないみたいな……、とっても、
とってもやばいこと!」
 タイガーの独白は終わることなく続く。どんだけドジっ娘なのよ、アンタ。
「なんてね! ……え、えへへ……聞かれてないよね?」
「ああ、聞こえてないとも! な、高須!」
「誰にもきこえてねえ、大丈夫だ!」
 高須くんと祐作がとっさに口裏を合わせようと画策するが、その企みは実乃梨ちゃんに
の手によって砕かれる。

「う、そ、つ、き!」
 右手で大河の手首を掴んだまま、かえす左手で拳を作り、
「聞こえてなかった、で、済ませる気?」
 高須竜児の胸を……、心臓を狙って殴りつけた。

 実乃梨ちゃんの弾劾はとどまる事を知らない。高須くんの顔色は蒼白だ。
 あたしは心の底の冷えた部分で、この茶番を眺めていた。
 この場で嘘をついていないヤツなんて、誰もいないじゃない。あたしも実乃梨ちゃんも
ふくめてね。彼女の怒りは何処からやってくるのだろうか? タイガーへの友情? 高須
くんへの欺瞞? あたしには正直、理解が出来ない。そして、この瞬間にいたってさえ、
あたしは部外者扱いだ。結局、誰もあたしの言う事なんて本気で受け止めてくれないし、
いつだって蚊帳の外。

「ていうか、あーみんには関係ねーから。首突っ込んでくれなくていいから」

 修学旅行の雪山で、実乃梨ちゃんに言われた一言が、あたしの胸に突き刺さる。あの時
はあたしも何も言い返さずにうやむやにその場を収めたが、やっぱりなという失望を得た
のが本当の所。彼女の興味はタイガーと高須くんにしかない。
 ぶっちゃけ、実乃梨ちゃんにはバレてるかもしれないという、気もしないでもなかった
から、あたしの気持ちに。あたしが、高須くんを好きになり始めているという事に。最悪、
その事実を指摘される覚悟まで持って、ケンカ吹っかけたんだけどね……。
 だって実乃梨ちゃん、アンタだって高須くんの事好きじゃん。彼女はまだ自分の内側を
誰にもさらけ出していない。それでいて、タイガーや高須くんにはそれを求めている。
91遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/05(木) 09:09:17.06 ID:xD9n9gJ8
 遅ればせながらやっとの事、自体の推移に気付いたタイガーは、取り乱して逃走を図ろ
うとするが、実乃梨ちゃんはそれを許さない。

 ただ、ひとつ、あたしの興味は高須くんが今のこの状況の中で、何を感じ、どういった
答えを出すのかだけ。その結果、あたしは輪の外側で背を向け、ひとりぼっちで涙を流す
事になるんだろうと、半ば確信している。

「どうしてだよ大河! どうして一言が……たった一言が、素直に言えないんだよ!?」
 どーしてだろーね、実乃梨ちゃん。あたしは教室の机に腰掛けたまま動かない。介入す
る気も、毛頭ない。

「こっち見てよ大河! 私を見て! 私は実乃梨だよ! あんたの親友! 私が好きって
言ったよね! なら、私を信じてよ! 私の選択を信じてよ!」
「やだっ! やだやだやだやだっ――――!」
「私は大河を信じるよ! 欲しいものを欲しがれない弱さを、私の所為にする奴じゃない
って、あんたの事信じてる! それとも、あんたはそういう奴だったの!?」
「私はただ、みのりんが幸せになるように! 大好きなみのりんが、幸せに……」
「ふざっっっ……けんなっ!」
「私の幸せは、私の自身の手で掴み取る! 私には何が幸せか、私以外の誰にも決めさせ
ね――――――っ!」

 無我夢中で実乃梨ちゃんの腕を振り払ったタイガーは、唯一残された扉から廊下に走り
逃げて行く。最後の瞬間、タイガーを捕らえ損ねた実乃梨ちゃんは、立ち上がり、

「……高須くん。私は大河を追うよ。まだ話はおわっちゃいないからね。君はどうする」


「……なんだよ、それ」
「えっ?」
 高須くんは、ひとり窓際に向き、あたし達に背を向けていた。ボソリと呟いたその一言
が、彼の口から出た言葉だと理解するのに、あたしはしばしの時間を要してしまった。

「『自分の幸せを、自分以外の誰にも決めさせない』って言うお前が、なんで他人の気持
ちを勝手に決め付けるんだよ……」

「高須くん……」
「自分一人そらとぼけた態度をとる奴が、なんの権利で他人の気持ちに踏み込むんだ?」

 あたしの心臓の鼓動は、早鐘を打つように早くなっていく。胸の息苦しさに、大河に続
いて逃げ出したくなるが、そんな心と裏腹に、高須くんの姿から視線を外す事さえ出来ず
にいる。
 彼は頭を垂れたまま、腹の底から淡々と血を吐き出すような努力で言葉を紡ぐ。
「最初から、俺の気持ちは関係なかったって事か……」
「高須……」


92遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/05(木) 09:10:55.23 ID:xD9n9gJ8
 高須くんはあたし達の誰とも視線を交わすことなく、ひとりゆっくりと教室を出ていっ
てしまった。
 後には、誰一人言葉を発する者のいない空間が、静寂と共に残された。夕焼け色の空が
宵闇に覆われ、教室の中にも夜の帳が下りてくる。
 あたしは何も感じていない様な振りをしていたが、実際は両の手の震えを誰にも悟られ
ない様にする事だけに、全神経を集中させていた。口の中がカラカラに乾いて、息をする
のも辛かった事だけは異様に覚えている。
 あの時の、高須くんの表情が今もあたしの心の中に、毒を持ったトゲのように刺さって
いる。あたしには彼が、涙を流していた様に見えたのだ……。

「どうやら、俺達はやらかしてしまった様だな……」
 高須くんが去った教室で、やっとのこと静寂を壊す事に成功した祐作がうなだれながら、
ひとりごちる様につぶやいた。
「櫛枝、高須はお前の事が好きだったんだろう? 逢坂から聞いた話だが」
 実乃梨ちゃんは答えない。答えられないのかしれない。あたしは一刻も早く、この部屋
から立ち去りたい衝動に駆られていたが、無言の静寂さに音を立てる事さえはばかられ、
足は動き出せずにいた。

「俺は高須の親友だから、こう思ってしまうのかもしれないが……、許してくれ。ふたり
の為にはこうした方がいい。そんなふうに俺達は分かったつもりになっていたが、それは
本当に良い事だったのか? 逢坂が報われるためになら、高須の気持ちが二の次になって
いい訳がないよな? それは逢坂と高須の問題で、俺達が介入していい事ではなかった筈
だ。あいつらから相談を受けたならまだしもな」
 その言葉は、あたしの心臓にも突き刺さる。勘弁してよ、トゲだけでも死にそうだって
のに……。
 実乃梨ちゃんは祐作の言葉が届いていないのか、まるで亡霊の様に立ち尽くしていた。

 タイガーは高須くんに思い焦がれているのは、スキー場の件もふくめて間違いない筈。
実乃梨ちゃんの追求の言葉に、白磁みたいに真っ白だった肌が薔薇色に染まる様は、女の
あたしが見ていても愛らしい姿だった。

「櫛枝、お前はもっと逢坂と話し合うべきだったんじゃないのか? 親友なんだろう? 
俺にしても、もっとしっかりと高須と話し合うべきだった。今となってはせん無い事だが
……。親友失格だな」
 祐作のメガネはレンズの光が反射して、その表情をうかがい知る事は出来なかったが、
視線の先には櫛枝実乃梨が映っていた様な気がする。
 それは、有体に言えば断罪、
「俺達がしようとしてた事は、単なる自分の理想の押し付けだったんじゃないか?」
 その問いに答えられた者は、誰も居なかった……。

 単純な事なのかもしれない。櫛枝実乃梨には自分よりも、高須竜児よりも、逢坂大河が
一番大事な優先事項だったのだ。それだけの話。しかし、その想いは二人の間で交わされ
る事はなかった。今この時まで。
 そして、逢坂大河にとっては自分よりも、櫛枝実乃梨と高須竜児が同じ位、大事な存在
だったのだ。

「これで失恋大名人も廃業だ」
 最後に冗談を入れて、場の空気を和ませようとでもしたのだろうが、見事に空ぶった。
笑えねーっつうの……。

 高須竜児という人間は、あたしが思っていた以上に繊細な少年だったのだろう……。
 結局、その後、高須くんが大河の所へ行ったのか、何かを話したかも、あたし達が知る
事はなかった。そして、その日を境に高須くんは、あたし達の輪の中から外れていった。

 あたし達の人間関係はあたしの望んだようにリセットされる事となった。ただし、誰も
望まない形で……。まるで、粉々に砕け散ったタイガーの星の様に。高須くん、タイガー、
実乃梨ちゃん、祐作、あたし。全員がそこにいるのに、誰も同じ世界に存在していない。

 クラスの空気はあきらかに変質し、そのわだかまりは、学期末寸前まで解消される事は
なかった。
93遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/05(木) 09:11:55.19 ID:xD9n9gJ8


 三年生への進学を前に、あたしは転校するかどうかの選択を迫られていた。
 正直、このまま何もかも忘れて仕事の中に埋没していければ、どれだけ楽だろうかと、
思わなくも無かったが、後味の悪さがそれを躊躇させていた。

 午前中からどんよりとした雲が空を覆い、放課後を待つ間もなく冷たくしっとりとした
小雨が降り始め、そこら中に陰鬱な空気を湿気と共にはびこらせていた。体育館からは、
運動部の人達の練習をする掛け声が、校内にまで響いてくる。雨の日だというのに、ホン
ト熱心な事だ。女子ソフトボール部だったかもしれない。

 あれからあたし達は離れていった高須くんを横目に、お互いに距離をとってクラスの中
で息を殺すように日々を送っていた。あたしは言うに及ばず祐作と実乃梨ちゃんもお互い
に特に関わる事も無く……。あえていうならば、高須くんとタイガーだけが以前ほどでは
ないにしろ、微妙な距離感の元……ある意味、普通のクラスメートに対するような態度で
日常を過ごしている。

 あたしはその日、独身……。恋ヶ窪先生からの呼び出しを喰らって、ブツブツと文句を
言いながら時間が立つのを、ただひたすら待っていた。
 呼び出しの理由は進路調査表の提出を既に何回も無視して、放置していたから。仕事が
忙しいとか、なんだかんだと、とぼけていたのだが痺れを切らした先生は、とうとう親に
連絡を入れたのだ。結果、あたしは先生が指定した時間まで、自販機の間に挟まり時間を
潰すことに。
 シュガーレスの紅茶を啜り、湿気の所為で広がり気味な髪を気にしながら、憂鬱な気分
に浸っていたあたしは、予告もなく唐突に現れた高須くんに話しかけられて仰天する。
 あの出来事があって以来、高須くんとはここで会うような事もなくなっていた。だから、
高須くんが普通に何の屈託もなく話しかけてきた事に、あたしは何の反応も返す事が出来
なかった。

「よう、川嶋。相変わらず挟まってんのか」
「は、はいっ?!」
 噴出しかけた紅茶を、なんとか慌てて飲み下す。

「……なあ、絶交ってまだ有効なのか?」
 あっけにとられて見上げるあたしに、彼はそう言って尋ねてきた。

 高須くんがその日以降、どうしてあたし達の所に戻ってきたのかは今もってわからない。
あたしは、ただその事実だけを受け入れた。帰ってきてくれたという、事実だけで他には
何もいらなかったから。
 だから、あたし達はもうあんな事は繰り返すまいと、自分の気持ちに枷をかけて過ごす
事を決めたのだ。たとえ、多少歪な関係であろうとも、友達でなくなるよりはマシだから
……。
 待ちぼうけした恋ヶ窪先生が痺れを切らし、校内放送であたしの名前を呼び出す迄の間、
あたしはそこに座り呆けて、間抜けな顔を高須くんに晒す事となる。


 自動販売機の隙間から外を見上げると、重苦しく立ち籠めていた曇天は何時の間にか光
が差し込み、雲の間から晴れ間を覗かせていた。




94遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/05(木) 09:13:16.06 ID:xD9n9gJ8
今回の投下分は以上で終了です。

では、また後ほど〜
95名無しさん@ピンキー:2012/07/05(木) 13:01:51.02 ID:WIUptD0O
少し間違ったらこんなルートもあるんだな
IFをやりやすい作品だな、とらドラ!は

>>94
GJ
96名無しさん@ピンキー:2012/07/05(木) 14:43:56.65 ID:lkjRzXxB
GJ
この場面、原作もアニメもキャラクタの動きに違和感を感じる部分だったから
これは自然な流れに感じたわ
97名無しさん@ピンキー:2012/07/05(木) 15:10:06.13 ID:p4yiTWsR
このままの展開で節々にエロシーンが挟み込まれたら最高だなあ。
98名無しさん@ピンキー:2012/07/05(木) 15:52:42.39 ID:d4JnVI4N
>>96
北村とあーみんは竜児に協力してたのに自然な流れはねえよ
99名無しさん@ピンキー:2012/07/05(木) 18:44:24.76 ID:ipupxIEp
>>98
>>96は原作とアニメのあのシーンの描写は不自然だ、
>>94のSSの描写なら納得できた、
って言ってるんじゃないの?
100名無しさん@ピンキー:2012/07/05(木) 19:20:04.86 ID:Zljy/qDi
自分に都合がいいから納得できる(キリッ
101名無しさん@ピンキー:2012/07/05(木) 22:11:04.05 ID:d4JnVI4N
>>99
本気で言ってるなら原作読み返してこい
102名無しさん@ピンキー:2012/07/05(木) 22:12:21.14 ID:OeCV4mFi
ゴールデンタイムもようやっと五巻か、折り返し地点てところかな?

外伝も出たし、そろそろSSくるかね
103名無しさん@ピンキー:2012/07/05(木) 22:42:39.60 ID:HRZ904cT
SSスレなのに解ってない奴がいるなあ、絡まれた人気にしないでね
104名無しさん@ピンキー:2012/07/05(木) 22:44:45.10 ID:HRZ904cT
>>94 よくできて面白かったです。 GJ
10596:2012/07/05(木) 23:48:25.89 ID:lkjRzXxB
>>98
まあ個人的な意見だよ

>>99
そんな感じ
106名無しさん@ピンキー:2012/07/06(金) 01:28:36.69 ID:xvmOf7r/
>>94 GJ
一人称がうまくて絶頂ものです

同志諸君、ゆゆぽん作品の魅力は、
不器用なところを不器用なところとして描くことです。焦ってはいけない。
107遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/06(金) 09:03:24.20 ID:Z2/Uwtcx
『遅く起きた朝に』

投下した後に誤字脱字に気付くのは宿命ですかね


次スレから投下します
108遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/06(金) 09:03:58.44 ID:Z2/Uwtcx
 ―――― 【04】


 天気の良い日曜の午後、待ち合わせの場所で待っていると、ブリティッシュレーシング
グリーンのボディにホワイトラインが入ったミニクーパーが俺の前に停車した。なんつー、
マニアックな車を……。しかも、所々に改装の跡が見える。北村らしいっちゃ、らしいが。

「待たせたな、高須」
「おう」
「元気にしてたか。すまんな、急に連絡を入れたりして」
「ちょうど気分も変えたかったし、構わんさ。北村の方こそ時差ボケとか大丈夫なのか?」
「問題ない。まあ、乗ってくれ」
 頭をぶつけない様、慎重に皮のシートに腰を下ろす。
「昨日は悪かったな。亜美の奴ボヤいてただろう?」
「まあ……な。これ、買ったのか?」
「兄貴のだよ。嫁さんが家族で乗れないような車はいらないから、売れってうるさいらし
くて、泣く泣く手放す事になったんだ。せっかくだから、それまでの間乗り回させてもら
おうという事でな。これはこれで、なかなかいいもんだぞ」
「そりゃ、難儀な話だな」
「免許はもってたよな? 高須ならベンツとか、似合うと思うぞ」
「……笑えねぇ冗談はやめろ」

「ふぁ……」
 一定のタイミングで繰り返される心地よい振動に、眠気を誘われアクビがでてしまう。
「なんだ、寝不足か?少し顔色が悪いぞ」
「ちょっとな……」
 都内の混雑地帯を抜けるまで、運転に集中させる。道が空いてきた所で、ミラー越しに
北村がチラリと視線を飛ばしてきた。
「なんだか、高須……。一皮向けたな」
 突然の一言に、俺はぶっと噴き出してしまう。
「どういう意味だよ……」
「いや、憂い顔というのかな……、哀愁というか苦悩がにじみ出てるぞ」
「……俺の顔を見て、そんな事言うのはお前だけだよ」
「何かあったのか?」
「お前の方こそどうなんだよ? 先輩とは上手くいったのか」
「あの人がそんな気安く落ちるタマだと思うか?」
「北村も難儀な女に惚れたもんだな」
「ハハハ、違いない。手強い事は充分に承知してるさ」

「と、いう事は高須の悩みも女性関係か……」
「……」
「あの時は、すまなかったな」
「突然なんだ?」
「俺はあの時、何の疑問も持たずに、良かれと思って動いてしまった……。高須の気持ち
を考えもせずにな」
「……別に北村の所為じゃないさ。俺が不甲斐なかっただけの話だ。それに、いつまでも
こんなふうに引っ張られたら、俺の方が引け目に感じちまう。その話は俺とおまえの間で
は決着のついた話だろ」
 公園の傍らにあるコーヒースタンドの駐車場に車を寄せる。サイドブレーキを引いた所
で、改めて北村は俺を正面に見据え、肩に手を掛けてきた。
「だから今度ははっきりと言ってくれ。俺が力になれる事ならなんでもする。相談がある
と言うなら、足りない知恵かもしれんが貸してやる」
「北村……」
「高須には色々と迷惑ばかり掛けてしまったからな。たまには俺にも力にならせてくれ」


109遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/06(金) 09:05:06.32 ID:Z2/Uwtcx

「そうか、亜美がそんな事を……」

 俺は事の顛末を一部ぼかして、川嶋を怒らせてしまった話を北村に語った。車体に身体
を預け、二人の手にはホットドッグと湯気が立ち上る熱いコーヒーがあった。ちょうど、
車の位置に木漏れ日が落ち、春の日差しが心地よい。

「何と言っていいのか、わからんが。責任の半分は俺にもあるという訳か……、重ね重ね
スマン」
「北村が来れない事は、俺の中で織り込み済みの事だったんだから、関係ねぇよ。香椎の
ドタキャンは想定してなかったけどな」
「その、なんだ……。非常に聞きづらい話しで申し訳ないんだが、亜美と高須の仲は現在、
どうなっているんだ?」
 北村の質問に、俺は改めて自分の心に問いかけてみる。
「どうなんだろうな……。いや、自惚れ覚悟で言うが、少しは想われている様な気がする。
ただ、あいつは俺に対して色々と含みが多いんでな、自信はない」
「そうか、確かにな」
 北村は、答えの前半には、納得。後半には同意。という態度で頷いている。

「俺自身は……」
 自分でも、意外なほどに複雑な、整理しきれない感情が川嶋に対してはある。しかも、
そこに肉体関係を持ったという事実が加わるのだ、何も感じないという方が無理だろう。
そういった事情を除いたとしても、川嶋亜美は十分以上の魅力を兼ね備えた女性なのだ。
腹黒いという点に於いても、俺自身はその性悪さも含めて嫌いではない。
 ……いや、そんな風に自分の中で誤魔化していても仕方がない。間違いなく俺は川嶋に
惹かれている。それが、恋愛という括りで縛られる物なのかは分からないが。
「俺は、あいつの、川嶋の期待を……、そんなものがあるとすればの話だが、裏切りたく
無いんだ」
 俺の微妙な問いの答えに、北村はただ頷いている。
「どうしたって考えちまうんだ。たとえば、生活水準ひとつとっても、俺と川嶋とでは、
あまりにも違いすぎるからな。『職業に貴賎なし』とはいうが、ボロアパートに住む俺と、
高級マンションで暮らす川嶋とでは、現実に見えている物や価値観も違う様な気がする」

「高須、そんな比較は何の意味ももたないぞ。お前らしくもない」
「学生時代にはそんな事考えもしなかったよ。でもな、自分で働く様になって見えてきた
物も、確かにあるんだ……」
「俺は逆だ。昔はそういった、つまらない事に拘っていた。でも、今は違う。足手まとい
になりたくないから、追いかけられないとか、そういった事は問題でさえないんだ」
 北村はそこで一息ついて、コーヒーに口をつけ喉を潤す。なんとなく、学生時代を彷彿
させる演説光景に、哀愁の想いと時間の経過を感じてしまう。

「目指す夢や、手段が違ったっていい。違う人間なんだから当然だ。問題は自分自身に、
歩んで行こうとする努力や、意志があるのかが大事な事なんだと俺は思う。知らない道を
進んでいくのは誰だって怖い事さ、だからこそ強がる事もあるし、無理を通そうとする事
だってある。そんな姿を気付いてあげられたのなら、俺達がするべき事はただひとつだ。
駆けつけられるなら、側に行って見守るだけでもいい。もし、届かないほどの遠い距離が
あったとしても、声をかけて、信じるだけだって構わないんだ。きっと、いつか伝わる日
が来る。そして、それに負けないだけの自分を見せてやれ」

「体験者のアドバイスか、受けとっておくよ」
 まさに、北村のここ何年かの人生を体現する様な言葉だった。今の演説が大学生時代の
コンペだったならば、俺は間違いなく百点満点を投じていただろう。
 身体の奥からフツフツと、たぎる様な物を確かに感じる。まだ、それは小さな火種かも
知れないが、確かにそれは俺の中にもあるんだと確信する。
「今の俺は、まだ社会にも出ていない青二才だが、恥ずべき所なんてカケラもない。隠す
事無く、どうどうと、あの人の前に立っていられるぞ。自分の意志で目的をもって進んで
いるからな。なんだったら、この場で裸になったていい位だ!」
「それは、勘弁してくれ。というか、俺の前で裸になってどうするんだよ」
「すまん、すまん。で、高須、お前はどうなんだ? 立場や職業の事じゃないぞ、おまえ
自身の気持ちだ」
110遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/06(金) 09:06:03.23 ID:Z2/Uwtcx

 そこで、俺はやっと川嶋を怒らせてしまった事に思い当たる。そうなんだ、俺があの場
で川嶋に伝えるべき言葉は、謝罪や戸惑いではなく、あいつと関係を持った事を俺がどう
感じたのか……。

「北村、……ありがとう。とりあえず、やるべき事はわかった様な気がする」
「吹っ切れたか。今朝会った時より、はるかにいい顔になってるぞ」
「ヤクザ顔だけどな」
 自分でこの顔を笑いのネタにできる程度には開き直れた気がする。


「あと、ここだけの話だが、俺は高須竜児という親友をもった事を誇りに思っている」
「むず痒い話だな」
「また、それと同じ位、川嶋亜美という幼馴染がいる事も、自慢の一つだと思っている。
容姿とか、そういった部分での意味ではないぞ」
「……川嶋に聞かせてやればいいだろうに」
「ボロくそに言われる様な気がする……」
「違いない」
 俺たちは二人して、こらえきれずに笑いあった。


「これも今更だから言える事なんだが、高須なら亜美を変えてくれるんじゃないか……、
という思いが、なかった訳ではないんだ。それが、恋人としてだろうが、友達としてだろ
うが。だから、あの時高須にだけは亜美の正体を見せたんだ」
「マジかよ……」
「ただ、あの時点で俺には高須と逢坂が、既に恋仲になっていると思い込んでいたんでな。
その後も、無理なお節介はしないで静観していたという訳さ。亜美を変えてくれるという
目的自体は、高須や逢坂の力で達成できていた訳だし」
 こいつは、何も知らない振りをして結構色々考えていたんだなあと、改めて感心する。
あの時の俺は、何も気付かずに呑気に周りに振り回されていただけの様な気がする。

「高須と亜美が上手く行ってくれるのならば、それ自体は俺としても喜ばしい事だ」
「決まった話ではないぞ」
「しかしあれだな、俺の親友は男前で嬉しいぞ、高須。揃いも揃って、魅力的な女性達に
想われている訳だからな。俺が女だったとしても、間違いなく惚れていただろう」
「止めてくれよ」
 こいつは何処までが冗談で、何処までが本気なのか、俺でも時々わからなくなる。北村
は軽く伸びをする様に両の手を空高くかざし、絶叫した。
「くそーっ! 俺もまけないぞっ!!」


111遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/06(金) 09:06:38.65 ID:Z2/Uwtcx

 そんな風に俺達男二人は、色々な事を語り合い、平穏な休日の午後を満喫した。さて、
そろそろ帰るかという所で、北村が思い出した様につぶやく。
「アドバイスになるか判らないが、ひとつ、教えておこう。亜美は子供の頃から好かれる
側だったから、自分でもイマイチよくわかってないと思うんだ」
「何がだ?」
「誰かを好きになる事をだよ」
 そんな事があるのだろうか、誰かを想い、恋焦がれる……。そんな気持ちを、誰よりも
見通していたあの川嶋亜美が、それをわからないだなんて事が。
 冷えてしまったコーヒーを一気に煽り、潰した紙コップをゴミ箱へと投げ入れる。

「今日は、色々とすまなかった」
「自分の気持ちに正直にな。結局それが一番だ」
「さすが、恋する男は違うな」
「ああ、アメリカだろうと、何処だろうと行ってやるさ」
「いつまでこっちに居るんだ? 時間が取れるんなら、能登や春田達も会いたがってると
思うぞ」
「今月いっぱいはこっちに居るつもりだったんだが、どうかな……。高須にあてられて、
今すぐにでもあの人に逢いたい気分だ」
 そう言って、北村は俺に向かって笑いかける。しかし、その瞳は遠く彼方に居る、彼女
を見ているのだろう。
「火をつけちまったか」
「お互い様だ。まあ、来週までは確実に居るさ、連絡してくれ」
 手を振りながら、北村の車は夕暮れの街に中に滲んで消えていく。

 北村と話した事で、俺はちょっとだけ身が軽くなれた様な気がした。ふっと空を見上げ、
夕闇と夜空が混ざり合う中に、輝く星を見つける。あの星々の光に、俺自身は誰の表情を
見つけるのだろうか。




112遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/06(金) 09:07:18.86 ID:Z2/Uwtcx
今回の投下分は以上で終了です

感想色々とありがとうございます
まあ、単なる1ファンが書いた趣味のSSなので
内容については大目にみてください。

113名無しさん@ピンキー:2012/07/06(金) 11:49:51.55 ID:LQNyyxTN
秋ちゃんSSまだー?
114名無しさん@ピンキー:2012/07/06(金) 14:03:44.64 ID:H+zVjSce
>>112
次回がわくわくですね
115名無しさん@ピンキー:2012/07/06(金) 14:07:19.28 ID:F1rWN2gv
>>112
GJ
渋い車が出てきたねw
116名無しさん@ピンキー:2012/07/06(金) 23:36:55.38 ID:ODHCFrk0
秋ちゃんはエロパロ向きだよな
まあまず間違いなくアルファ男とヤってるだろうし
二次元君を想いながらどうでもいい男に抱かれる秋ちゃん…
117名無しさん@ピンキー:2012/07/07(土) 00:50:09.57 ID:owH0G8/B
何故誰も「次スレから投下します」にツッコまないのか
118名無しさん@ピンキー:2012/07/07(土) 01:55:11.92 ID:njLbd8+W
だって昔からずっと続いてるボケなんだもの
119名無しさん@ピンキー:2012/07/07(土) 07:13:31.23 ID:lM5g1EUl
>>117
このスレは初めてなのか?w 肩の力を抜けよww
120名無しさん@ピンキー:2012/07/07(土) 08:11:06.56 ID:QTOl8Wlc
キメェ
121遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/07(土) 08:16:48.29 ID:baUHjw+d
スレは書き込み毎の単位をさすものではなかったのですね

先人の方々が使ってたから、何も考えずに使ってましたorz
長文投稿とかしたことなかったので、詳しくなくてすいません
122名無しさん@ピンキー:2012/07/07(土) 08:32:57.96 ID:6Z+mcLLV
今日もそろそろいらっしゃるのか?
ワクワク!
123名無しさん@ピンキー:2012/07/07(土) 09:04:34.31 ID:/MH6SDX8
>>121
スレはこの36皿目全体のこと
書き込み1つはレスかな
まぁそんな些細なことは気になさらず〜
124遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/07(土) 09:53:14.62 ID:baUHjw+d

『遅く起きた朝に』


次から投下します

125遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/07(土) 09:54:18.54 ID:baUHjw+d

 仕事の打ち合わせが思いのほか早く終り、時間を持て余したあたしは駅前の待ち合わせ
場所に指定されたホテルのカフェで、物思いに耽っていた。
 あの日以降、高須くんからは電話どころかメールも来ない、あのヘタレめ。
 しかし、臆病で無駄にプライドの高いあたしは、自分から連絡する事が出来ない。冗談
で、いきなり慰謝料の請求書でも送り付けてやろうかと思ったが、真面目な顔して『分割
でもいいか、川嶋?』とか言われたら立ち直れそうもない位ダメージを受けそうだから、
頭の中の妄想だけに留めておいた。

 暮色に包まれる街に街灯がともり、あたしの目前で次々と世界の様相が変わってゆく。
平日の夕方になろうかという時間帯のオフィス街は、忙しそうに歩きまわるサラリーマン
達と帰宅者の群れで、あふれかえっていた。
 ティーカップから立ち昇る湯気の揺らめきに、砂糖とミルクとため息を混ぜ入れ、喉に
流し込む。窓の外を流れるスーツ姿の人々に、ヤクザ顔のあいつの姿をならべてみるが、
その幻影は人の流れのうねりに乗って、あたしの前を留まる事無く通り過ぎていった。


 一度だけ、高須くんが昔の事を話した事がある。たしか、麻耶と高須くんが就職活動の
真っ最中で、みんなで二人を激励をする為に飲み会を催したのだ。
 ちなみにあたしは芸能界活動に本格的に専念、タイガーは母親が経営する会社に就職、
実乃梨ちゃんは女子ソフトボールクラブを抱える企業に入り込み、奈々子はちゃっかりと
歯科開業医に歯科衛生士として就職を決めていた。能登くんは、大学時代からアルバイト
をしていた音楽情報を扱うWEB編集のプロダクションで下積みをしながら、業界関係を
目指して地道な努力を続けている。祐作は既に院生として、学生を続けていくことが決定
済み。春田くんは今も変わらず家業手伝い。

 高須くんは成績に関しては何の問題もなかったが、やはりあの容姿と態度で色々と誤解
を受け、苦戦しているらしい。
 何軒かの店をハシゴして既に終電もなくなり、始発電車が動くのを待つ為だけの時間。
お酒に弱い者から酔い潰れ、一人減り、二人減り、それぞれが帰宅への道を選ぶ中、最後
に残ったのがあたしと高須くんだった。あたし達は繁華街の喧騒から外れた、小さな公園
で時間を潰していた。
 タクシーを呼んで帰る事も出来たのだが、なんとなくそんな雰囲気がはばかられ、午前
様確定コース。別に他意は無かったよ、ホントにね。敢えていうならば、ただの物好きで
お人好しだったってだけ。

 明け方が近いとはいえ、夜の公園には多少危険も感じなくは無かったが、酔っぱらった
高須くんが居る限り、近寄ってくる様な輩はいないだろう。実際の話し、この公園に来る
までに二、三人の酔っ払いを意図せず追い払ったばかりだ。
 肩を貸していた高須くんをベンチに座らせ、傍らの自動販売機からミネラルウォーター
をひとつ買って手渡す。高須くんは一気に半分まで飲み干し、半ばベンチに横たわる様な
形で身体を預け、夜空を仰ぎ見ている。
 あたしは高須くんの隣に、拳二つ分程度、ほんのちょっとの距離を開け腰掛ける。

「すまねぇ、川嶋……」
「いいよ。亜美ちゃん、優しいから貸しにしといたげる」
 交わした二人の言葉の間を渡るように、穏やかな風が足元を流れる。公園内を巡る風は
まだそれほどに冷たくはない。丘の上にあるこの公園から遠くを眺めると、街の光の中に
貨物列車だろうか、ゆらゆらと光の列がガタンゴトンとリズミカルな音と共に遠ざかって
行くのが見える。あの列車は何処へ行くのだろうか……。あたしは銀河鉄道の夜に想いを
馳せる。


126遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/07(土) 09:55:23.94 ID:baUHjw+d
「……何か見えるの?」
 高須くんの視線の先をうかがいながら、そうたずねる。彼は一心不乱に夜空を見上げて
いた。
「星……、星座、人工衛星、色んなモノが見える……」
「人工衛星なんて見えるんだ?」
 もとより細かった、瞳を更に細め、何かを掴もうとする様に手をかざす。
「見えているのに、掴めないってのはもどかしいもんだな」

 誰に話しかける風でもなく、高須くんはひとりつぶやく。抽象的に囁かれたその言葉の
意味は、夢や将来の事だろうか……。多分、そういう事では無いだろう。ましてや、星や
就職内定の事でもあるまい。それはあたしにも心当たりの在るもの、他人から与えられる
偏見の目や世間の不条理、彼が幼少の頃から戦ってきたものの様な気がする。
 今でこそあたし達は何のてらいもなく、友人として付き合っているが、初対面の人には
高須くんの与える威圧感は半端ないだろう。あたしは芸能界という、容姿ひとつで評価が
変わってしまう業界で働いているだけに、その影響がどれだけ大変かは、身に染みて理解
出来る。他人に本当の意味で自分の事を理解してもらうには、膨大な時間がかかるのだ。
現実はそれだけ時間をかけたって、ちゃんと理解してもらえる保障はないんだけどね……。
 そんなままならない想いの中、周囲の理解を得るのに苦労していたからだろうか、彼に
しては珍しく、深酒に溺れて意識が怪しくなっていた。普段なら絶対に見せない、弱気な
部分がまろびでてしまったんだと思う。


 あたしは曖昧に同意の言葉を述べようかと、横目で彼を覗き見る。
「高須くん……?」
 時折、頭がカクンと傾いて、船を漕いでいる。挙句の果てに、彼の身体がゆっくりと、
あたしに向かって倒れこんできた。ずり落ちていく体をとっさに支えようとするが、男の
人の身体を支えきれる筈も無く、完全に横たわる形になってしまう。
「まったく、人の気も知らないで……」
 ちょっと呆れつつも、まあいっかって気持ちのまま、膝の上をレンタルさせてやる事に
する。高須くんに払いきれるのかな?

 しかし、彼は完全に寝てしまった訳では無い様で、寝言の様に言葉を吐き出していく。
居なくなった父親の事、自らの容姿に対するコンプレックス、母の職業に対する世間から
向けられる偏見の眼差し、進学に関して母親と断絶しかけてしまった事、その時に蘇った
母親を失ってしまうかもしれないという、子供時代の恐怖心。彼の性格の根幹をなす事と
なった数々の出来事を、淡々とつぶやき続けた。

「俺はこんなツラだからさ……、誰よりも正しくしていなくちゃいけないんだ……」
 まるで、誰かにすがろうとする様に、高須くんは虚空に手を伸ばす。あたしは無性に、
その手を掴んであげたい欲求に駆られたが、彼の手は何も捕らえることなく地に落ちた。
「こんな自分が……、イヤで嫌で、仕方、が、ない……」
 あたしはその言葉を聞いて思ったのだ。やっぱり、高須くんとあたしは同類だと。
 偏見や常識といった世間から振るわれるナイフから身を削がれ無いよう、高須くんは優
しさと誠実さで、あたしは裏表のある腹黒い性格を使い分ける事で、自己を守っている。
家庭環境と親の七光りといった方向性の違いはあるが、与えられる差別にたいした違いは
無い。

 だから、あたしは彼に大事にされる存在になりたかったのだ。それが恋愛というものな
のか、友情というものなのかは分からないが、そういった想いを共有できる存在が欲しか
った。そんな関係に、最初から入っていたかったのだ。いつもあたしは部外者で除け者だ
から……。
 相手の事をちゃんと理解したい。そのうえで、あたしの素顔をも理解して欲しい。本当
は誰かに、自分がこんなふう望まれたいのだ。
 あたしは自分の戒めが外れ掛けている事を自覚する。
「たか……」
「お前は……、掴めたのか、たい……がぁ……」
 最後にそうつぶやくと、高須くんは今度こそ深い眠りの中に落ちてしまった。


127遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/07(土) 09:57:35.15 ID:baUHjw+d

 あたしの高ぶりかけた感情も、よく知る友人の名前を耳にする事で現実に引き戻された。
 逢坂大河が眩しくて羨ましくて、仕方がなかった。あんなにも素直に感情をさらけ出し、
真摯に誰かを好きになれる彼女の姿に……。ありのままの自分を出していながらも、高須
竜児の愛情を受けていられる事に。あたしが欲して得られなかった物を持っている。
 きっと、タイガーはあたしが今日初めて知った高須くんの事情も、全て知っているのだ
ろう。その事に対してあたしの中で沸き上がる黒いそれは、嫉妬という名の感情。知らな
かった事に対して、いじけているあたしがいる。
 わかってはいるのだ。彼女には彼女の事情や問題があり、もしあたしがタイガーと入れ
替わったとしても、同じにはなれない事を。だからタイガーを裏切って、高須くんに迫る
事もできなかったし、自らの想い全てをさらけ出す事など、とうてい無理だった。
 ある意味、あたし達はみんながみんな、優しすぎたのかもしれない。誰かを傷つけても
平気でいられる程、あたし達は強くは無かったのだ。

 地平の向こうから朝日の気配が漂ってくる。夜空を漂う雲の一部に日の光が垂れ込め、
間もなく夜が明ける事を知らせてくれる。自動販売機の低くうなる機械音に、学生時代の
あの場所を思い出し、心の中で当時の自分達の姿を当てはめてみる。あたしのひざの上で
学生服を着て酔い潰れている高須くん……、切なさと共に笑いが込み上げてしまった。

 残っていたペットボトルの水を、ちょっと迷ったあげく口を付けて飲み干し、喉の渇き
をいやして、なんとか動悸をととのえる。
 いまにも太陽の一筋が差し込むかという、夜と朝とが混ざり合う一瞬の合間。あたしは
変装用に掛けていた伊達眼鏡を外して、彼の顔を一度だけ覗きこんだ。それがあの日以降、
たったひとつ犯した、あたしの罪。

 夜が明け、高須くんが目覚めた時、彼はいつもの彼に戻っていた。辺りを見回し、事情
を察すると、こんな場所で自分一人寝こけてしまった事に何度も謝り、バツの悪そうな顔
をしていた。あたしも何も聞かなかったふりをして、日常に戻っていく。


128遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/07(土) 09:58:48.14 ID:baUHjw+d

「わー、亜美ちゃん、久しぶり〜」
「あれ、麻耶。どうしたのよ?」
「あたしだけ仲間外れなんて、ひどいよ〜」
 二人は向かいの席に腰を落ち着け、店員にオーダーを頼む。
「亜美ちゃんとお茶するって話したら、『あたしも行くー!』ってね」
「もうさ、この時期めちゃくちゃ忙しくって、愚痴でも吐かないとやってられないって」

 麻耶は中堅衣料メーカーの直営ブティック店に勤めている。企画志望だが、新人期間は
研修もかねた現場での販売店員もやらされるらしく、お店の前を通ると時々見かける事が
できる。規模はさほど大きい会社ではないが、なかなかにいいセンスの物を揃えくるので、
モデル仲間の間でも評判はいい。
 そういえば、勤めているお店はこの近くだったっけ、と思い出す。

「忙しいって事は、それだけ儲かってるんじゃないの? いいことじゃん」
「そんなこと、ないない。平日の昼間なんてお客様来なくて、眠くてしょうがないもん。
忙しいのはバーゲンシーズンと季節物の入れ替えの時だけ。しかも、その時は自分自身は
忙しくて他の店なんか覗く暇ないし、マジ最悪」
「でも、お店の物を社販で安く買えるんでしょ?」
「そうだけどさ、狙ってた服とか大体売り切っちゃうし……。あ〜あ、自分の好きなブラ
ンドの会社になんか就職するんじゃなかった。いつまでも、お客様でいたかったよ〜」

 麻耶はグッタリとデーブルの上に崩れ落ちる。そのままの体勢で奈々子の方に向き直り、
逆に質問を返す。
「奈々子の方はどうなの、歯医者さん?」
「おかげさまで、日々忙しくやっているわ」
「開業医だっけ?」
「そう、新規の患者さんもついてくれて、なんとかやってるみたいよ」
「……なんか、今のセリフ奈々子が言うと別の意味に聞こえるわね。ねぇ、患者さんの所
を、”社長さん”って言い換えてみてよ」
「ぷっ、亜美ちゃん。ちょー、うけるんですけど!」
「もう、失礼ね」
 憤慨している奈々子を除いて、あたし達は笑いをこらえるのに必死だ。馴れ親しんだ、
女子トークに花が咲いていく。

「亜美ちゃんこそ、どうなの? 色々と頑張っているみたいだけど……」
 受け取りようによっては、意味深にも取れる振りに、あたしは警戒心を高める。
「なに、なに? 何の話?」
「芸能界なんて、今はどこもかしこも大変よ。媒体がTVから、ネットや他のものに変わ
りつつある上に、スポンサーが軒並み降りちゃって。まあ、タレントさんよりも、この間
まで偉そうにしてた局関係のオヤジ達の方が、げっそりしてるけどね」
 そつの無い会話であたしは話の焦点を曖昧にする。

「オヤジといえばうちの店長も、ちょ〜ムカツク奴でさぁ。棚卸しとか始まると、途端に
本社に用事が出来たとか言って、居なくなんのよ!」
「大変ねぇ」
「ホント、ありえない!」
 麻耶の愚痴は、留まる事を知らずに続いていく。
 コーヒーを手に取り、奈々子の様子をチラリと目線だけでうかがう。どうも、何か企ん
でいるっぽい気がする……。そもそも、どういったつもりで、今回のお茶に誘ってきたの
だろうか? あたしとしては、この間の誤解を解いておきたくてのった話なのだが、麻耶
が居る為、その辺の話は出来ないでいる。……まあ、奈々子は勘も鋭いし、口止めしなく
ても空気を読んで察してくれるだろう。
 しかし、そんなあたしの予想は、1秒も持たずに裏切られる事となる。

129遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/07(土) 10:00:15.87 ID:baUHjw+d
「でさ、亜美ちゃん高須くんと何かあったって奈々子から聞いたんだけど、どうなの?」

 あたしは咳き込みながらも、コーヒーを吹きこぼしそうになるのを、なんとか辛うじて
こらえる事に成功した。さらっと、言っちゃってくれたけど、あんた今の絶対狙ってやっ
たでしょ……。その証拠に麻耶の口元の端は微妙な弧を描いている。

「奈々子っ!!」
「ごめ〜ん、亜美ちゃん。つい、ポロっとね」
「何がポロっと、よ……」
「大丈夫、大丈夫、あたし達協力するからさ」
 カップに無様に付けてしまった口紅の跡をハンカチで拭い取りながら、気持ちを落ち着
かせようと努力する。
「で、高須くん、どうだったの?」
「いつから? どっちから?」
「誤解だってーの」
「キスマークまでつけといて、誤解も何もないっしょ」
「全部バラしてんじゃん!」


 あたしは根気よく、こないだのことは誤解であると説明した。何もなかったというのも
説得力が無いので、酔っ払ったあげく、ちょっとだけいいムードにもなったかもしれない。
キスマークはおふざけで、高須くんをからかってつけられてしまった、と。
 かなり無理がある話だし、どこまで信じてくれたかは分からないけれど……。

「でもさ、高須くんの事好きなのは事実なんだよね?」
「麻耶……、あたしの説明聞いてた?」
「朝まで一緒に居たんでしょ?」
「酔いつぶれてね……」
「亜美ちゃん高須くんが居たのにお風呂入ってたの?」
「それって、無理くない?」
 奈々子はティーカップを手に、目を閉じて昔を懐かしむようにつぶやく。
「学生時代はよく分からなかったけどさ、あの頃から亜美ちゃん高須くんの事好きだった
のかな〜、なんて思う訳なのよ」
「いやー、分からないって。大体、高須くんはタイガーとベッタリだったし……、と、と、
失言でした」
「いいわよ、今更」

 すでにあたしは投げやり気味。ただでさえ、二対一という不利な状況なのに、切り札の
ジョーカーは向こうに握られているのだ。大体、あたしが高須くんのことを好きだという
前提で話が進んでいるのは何なのよ、……好きだけどさ。
 結局、自分の気持ちは騙せないんだよね。自分自身に対してわからない振りをし続ける
事も可能だったけど、やっぱり無理がある。あたしは高須くの事が好きなのだろう。
 認めてしまうと、心持ち気が楽になれた様な気がした。しかし、この想いを高須くんに
告げる気は、今のあたしにはない。


130遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/07(土) 10:02:33.37 ID:baUHjw+d

「な〜んかね、色々と、あ〜そっかぁとか思っちゃった」
「亜美ちゃんって、浮いた話しの一つも聞こえてこないんだもん、おかしいとは思ってた
のよね」
「普通にデートする相手位、山ほどいるわよ。バレない様に上手くやってるだけだって」
「まあ、あの時あそこに居た男性が、私の知らない誰かって可能性も考えたけど、それは
無いかなって」
「なんでよ」
「前日に高須くんは亜美ちゃんと二人っきりだった訳だし、高須くんって物持ちいいじゃ
ない?」
「どういう事?」
 麻耶の問いに、奈々子は人差し指を立て、探偵が謎を解きをするように解説する。
「あの靴ね、見覚えがあったのよね。それに、高級品という訳でもないのに、しっかりと
ブラシやワックスまでかけてあって、綺麗にお手入れされていたわ。今時、こまめに靴を
磨く人なんて、オシャレ好きな人か妻帯者、セレブでもない限りなかなか居ないわよ」
「奈々子、すげっ」
「で、私達の知り合いの中で、そんなまめな男の人って、一人しか居ない訳じゃない?」
「うん、私も一人しか知らない〜」
「だから、念の為に鎌掛けてみたらね……、判っちゃうわよ」
 この娘は……、奈々子の話しにあたしは目眩がしてくる。
「どっちにしろ、高須くんしかないかなとは思ってたけどね」
「ねっ」
 麻耶が盛んに頷く。
「……飲みたい気分になってきたわ」
「ふふ、付き合うわよ」
 奈々子は飲むと色気増すんだよね、麻耶は笑い上戸。ただし、お酒が進むとグチっぽく
なる。最終的にアルコールに一番強いあたしが、大体いつも二人の面倒を見る事になって
しまう。こないだの失敗もあるし、お酒はしばらくやめておこう。


131遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/07(土) 10:06:11.51 ID:baUHjw+d
「ねぇ、ホントに告白されたとか、なんも無いの?」
「ないわよ」
「なんで高須くんは亜美ちゃんの事、ほったらかしにしてるんだろね?」
 あたしが聞きたいくらいだわ。連絡くらい、寄越せっつ〜の。まあ、二人は細かい事情
は知らないから、そんなふうに疑問にも思うのだろう。
「だって、亜美ちゃんだよ? あたしが高須くんだったら、一も二もなく告白するのに」
「だから、そもそもそんなんじゃないって」

「でも、彼にもね……聞かれた事あるのよ」
「……彼って、高須くん?」
「これも、高校時代の話なんだけど、昔ね『なんで、川嶋のヤツはあんなに気安く、人に
接して来れるんだ?』って」
「初耳なんですけど……。で、なんて答えたのよ?」
 あたしは奈々子に向かって、まえのめり気味になる。
「亜美ちゃん、反応良すぎ〜」
「『うふふふ、亜美ちゃんは女子力高いからね〜』なんて、適当にはぐらかしといたわ。
でね、普通に疑問に思ったから、私も聞いたのよ、『高須くんは亜美ちゃんの事、可愛い
とか思わないの? 普通、男の子だったら喜ぶわよ』ってね。続き、聞きたい?」
「な、何よ、それ」
 あたしは奈々子とだけは、賭け事の勝負をしないと心の中で誓う。
「『そりゃ、川嶋が可愛いなんて事は俺だって分かるさ、別にイヤって訳じゃなくてだな
……』、だって」
 奈々子が高須くんのモノマネを交えて話す。前髪なんていじりながらだ。麻耶に至って
は、お腹を抱えて痙攣している。笑い過ぎよ、あんた……。

「そ、そんなの、当然の事なんですけど。なにを今更」
 奈々子の情報に、あたしはよろびを隠し強がってしまう。やべっ、二人のニヤニヤした
表情が止まらない……。
「ふふ、よく分かってなかったみたいだけど、そんなもんかって納得はしてたみたいよ」
「まあ、今更ながらだけど、亜美ちゃんがそんな事許してるの高須くんだけなのにね」
「はい!?」
「亜美ちゃん、ホントに自覚なかったの?」
 麻耶が呆れた様な視線を向けてくる。いや、あの頃は確かに自覚なかったけどさ……。
「だって亜美ちゃん、高須くんとだけは距離感が違ってたじゃない? さっきの話しじゃ
ないけど、気軽に腕くんだり、肩に手をかけたり、他の男の子達とはそんな事しなかった
でしょ」
「マルオを含めてもね」
「そうだったっけ……」
 確かに最初の頃はタイガーから高須くんを奪おうと色仕掛けみたいな事を、していた様
な気もする。既に思い出したくもない黒歴史だけど。
「そういえば、私もこないだ高須くんから電話貰ったよ」
「あらっ?」
 なんで、あたしの事はシカトしといて、麻耶に連絡してんのよ。妄想の中で高須くんの
頭を、五、六回踏みつける。
「最近、亜美ちゃんと連絡とったかって聞かれたのよ。その時は私も忙しくて意味わかん
なかったけど、なるほどね〜」
 ……踏んづけていた足の力をちょっとだけ弱めとく。ほんのちょっとだけ。


132遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/07(土) 10:07:56.88 ID:baUHjw+d
「それに確かさ、亜美ちゃん家って、けっこう高須くんの私物多いよね?」
「そんな事ないって」
「確かあのガスオーブン、高須くんが選んだんだよね?」
「あ、あれは、あたしが電子レンジ買うときに高須くんがこっちの方がいいって、勧めて
きたから……。実際パーティーやる時とか、あいつが料理する訳だし……」
「亜美ちゃん、温める機能以外使った事ある?」
 うっ……。そもそも、それ以外の使い方わかんないかも。なんか、どんどん旗色が悪く
なってきた様な気がする。一方、奈々子は笑顔を絶やす事無く、畳み掛けてくる。
「それ以外にも、焼き板とかパスタマシーンとか……。普通の一般家庭じゃ、そんなもの
置いてないわよね。私だって使った事ないわ」
「高須棒だっけ? あれも亜美ちゃん家にあったよね?」
「あれだって、あいつが掃除するのに便利だから一本おいとけって……」
「きゃーっ、掃除って誰がしてんだろね」
「自分でちゃんと掃除してるってーの!」
 あたしの防御力は既にゼロ。ただ、打たれるのを耐えるのみ。

「亜美ちゃん可愛いよね、高須くんの事、見てばっかりで。しかも、その事に自分で気付
いてないって、どれだけよ」
(ある意味、高須くんも可愛いよね。遠まわしに聞いてきてたけど、要するに亜美ちゃん
の事が気になってたって事だよね)
(うふふふ。結構、二人はお似合いかもね……。容姿的には美女と野獣だけど、それも味
があっていいんじゃない?)
(高須くん、ちょっとヘタレぽいっ所あるけど、悪い奴じゃないしね)
「そこっ、ヒソヒソ話をしない……!」
「あれっ、聞こえてた?」

「大体さ、高須くんって世話焼き体質な人じゃん……。タイガーが実家に帰って、面倒を
見る相手が居なくなったから、お節介してるだけだよ」
 あたしは大きくため息をつき、先程まで眺めていた窓の外のサラリーマンの群れに視線
を落とす。既に宵の口を過ぎ、外の世界はネオンの輝きに彩られている。
「でもさ……、あの頃はホントに恋だとかそんな事、意識なんかしてなかったんだよ」
「……今でも大河達の事が引っかかってるの?」
 さすがに奈々子も、あの時のあたし達の全ての事情を知っている訳ではない。それでも、
あの日を境に始まったあたし達の不和に、何かが起こった事は容易に推察できるだろう。
「私達は亜美ちゃんが、高須くんやタイガー達と間に何があったのか知らないし、そこに
関しては何も言えないけどさ」
「もう、時効でしょ。高須くん、タイガーや櫛枝と付き合ってる訳じゃないんしょ?」
「…………」
 あたしは外の風景を眺める振りをして、二人の詰問に無言の返答をかえす。


133遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/07(土) 10:13:06.14 ID:baUHjw+d

「亜美ちゃんって、厄介な性格してるわよね」
「どういう意味よ……」
 自覚してる部分は多々あったが、素直に認める気分でもなかったので、少々睨みつける
様な視線を返す。奈々子は気にした装いもなく、笑いながら返してきた。
「亜美ちゃんの恋人になる人は大変だって事」
「そりゃ、芸能人だもん、仕方ないよ〜」
「そういう意味じゃないわよ」

 頭の中で言葉を整理する様に一拍おいてから、奈々子は語りだす。
「高い理想を追い求めすぎるっていうのかな、その上、自分と同じ理想を相手にも求めて
しまう。何も言わずとも、相手にその事を察して欲しい。分かって欲しい……って、いう
感じ? 女って、多かれ少なかれ、そういう所あるけどね。ただ、亜美ちゃんのレベルで
それをやっちゃうと、相手の人が少し可哀想って気もするわ」
 正直、奈々子があたしにどういった評価を下しているのか気になったので、憮然としな
がらも聞き手に徹する。

「学生時代、亜美ちゃんはあたし達よりずっと大人びてた訳だけど、その分相手に求める
モノも高かった訳じゃない? 亜美ちゃんの相手が務まるような人は、絶対に年上の男性
じゃないとダメだと思ってたのよね」
「それは奈々子の趣味の話じゃないの。まあ、要求が高くないのかって聞かれたら、高く
ないとは言えないけどさ……。少なくとも、それぐらいの苦労を、喜んで欲しがるぐらい
の奴でなけりゃ、あたしの相手は務まらないと思うけど」
 そういえば昔、高須くんともこんな話しをしたような気がする。

「でも、同世代の男の子達なんて考えられた? 正直な話し、私でさえそんなの考えられ
なかったわ」
「奈々子、年上好きだもんね」
「まー、あの世代の男連中なんてみんなガキだしねぇ。でも、その理屈でいったのなら、
そもそも高須くんは引っかからないじゃん」
「で、あたし達も実際に大人になって、じゃあ亜美ちゃんの期待に答えられる様な男性が
現れたかっていうと、どうなの? 当然、高須くん以外の話でね」
「……」
「結局、幻想なのよね。実際に自分が大人といわれる年齢になったけど、周りも含めて頭
の中なんて、基本何も変わってないじゃない」
「あー、わかる、わかる。二十歳過ぎたら勝手に大人になるのかななんて思ってたけど、
全然、かわんないよねー」
「だからね、亜美ちゃんの場合、理想の水準が高いんじゃなくて、理想を掲げる方向性が
重要なんじゃないかと思うのよ?」
 理想を掲げる方向性……。同じ地平の、同じ道の上……。頭の中でその言葉を反芻して
みる。
「どういう意味? わかんないんですけど」
「私もそうだから、気持ちはわかるんだけど、片親でその上、長男の一人っ子じゃない、
高須くん。亜美ちゃんは亜美ちゃんで、早くから大人に囲まれた中でお仕事してて、自立
は早かったでしょ?」
「ふんふん」
「今更ながらに、二人とも同じタイプの人間だと思うのよね。苦労性で、実はお人好し」
「亜美ちゃんも、高須くんも面倒見いいもんね」
「そのくせ意地っ張りで、臆病な面も持っている。そんな、二人が共感して、相手の事を
意識するようになるのは必然だと思うわ」


134遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/07(土) 10:15:30.59 ID:baUHjw+d
「奈々子……。あんた、歯科衛生士じゃなくて、臨床心理士にでもなった方が良かったん
じゃないの?」
「ふふっ、ほめ言葉として受け取っておくわね。……年齢とか人間性なんてただの指針で
しかないと思うのよ。まあ、こんな風に色々理由をつけても、好きになっちゃったら関係
ないわよね」
「二人ともややこし過ぎ〜。もっと、単純でいいのに。好きなら、好きでさ」
「誰かさんと、くっついたり離れたりを繰り返している人には言われたくないわね……」
「わ、私の話はいいじゃん!」
 麻耶が不意に回ってきた自らの話に、慌てふためく。能登くんも可愛そうにね。

「確かに昔はさ、『亜美ちゃん、大人だよね〜』なんて言われて、いい気になってたけど、
今じゃ奈々子達の方が大人になってて、あたしは同じ場所で不器用に足踏みしてるだけ。
全然、前に進めてないよ……」
「そんな不器用なトコ含めて、亜美ちゃんはステキだと思うよ。高須くんがホント、羨ま
しく思えるもの」
「……不器用なトコは否定してよ」
 あたしは羞恥心を隠す為に、視線を斜めに飛ばしたまま不機嫌そうに言い返す。奈々子
はいつもの笑みを浮かべながら、ちょっと真面目な顔になって言葉を選ぶ。
「みんなとも友達ではあるんだけどね……。でも、やっぱり、亜美ちゃんには一番に幸せ
になって欲しいんだ」
「亜美ちゃんは私と奈々子にとって、一番の親友だからね」
 たはは、と麻耶が照れ笑いをしている。
「奈々子、麻耶……」
 あたしは涙ぐみそうになるのを、必死に耐えてこらえる。

 ただ、一つ確かな事はある。あたしは大橋高校に残って本当に良かった。二人はあたし
の背中を押す為に、今日ここに来てくれたのだろう。こんなことを言ってくれる友達が、
出来たという事実だけで、あたしの選択は正しかったと言いきれる。ただ、応援してくれ
るその気持ちに答えられないのが、心苦しいけど……。

「亜美ちゃんがその気になったら、落ちない男なんて居ないよ、頑張ってね!」
 その落ちない男があいつだったんだけどね。
「まあ、後悔だけはしない様にするつもりだけど」
 二人の友情と心遣いに感謝しつつも、最後にあたしもやり返す。今日は散々おもちゃに
されたのだから、これ位は許されるでしょ。

 立ち上がり伝票をつかみとると、さり気ない風を装って奈々子に一言。
「イケメンの素敵な先生にも、よろしくね。今度紹介してよ」
「……」
「奈々子?」
 どうやら、あたしの奇襲作戦は成功したらしい。奈々子の頬にうっすらと赤味がさし、
口元が引きつっている。
「えっ、それって……、ちょっと、どういうことよ奈々子! 聞かせてもらうまで、今夜
は帰さないからね!」
「ま、麻耶っ……」
 真っ赤になっている奈々子を、麻耶が掴んで振り回している。これで、おあいこだ。

 奈々子は現在、勤め先の歯科医の先生とお付き合いしているらしい。何故、それが分か
ったかというと、実は奈々子の勤め先まで覗きに行ったから。そしたら、お昼の休憩時間
に二人が食事に出てくるのを、あたしは運良く見かけたのだ。三十歳半ば位の落ち着いた
感じの男性と並んで歩く奈々子は、素敵ないい表情をしていた。
 前々から、怪しいとは思ってたのよね、奈々子は就職先決めるのが異様に早かったし、
平日の待ち合わせとかでも仕事帰りなのに、何故かお化粧や服の気合の入り方が違ったり
とか……。
 最後にひとつやり返せた事に満足し、あたしは足を外に向ける。恋する女は可愛いって
のはあたしも同意だね、奈々子。

「あたしも彼氏、欲し〜い!」
 去り際の耳に、麻耶の絶叫が届いてきた。
135遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/07(土) 10:17:25.51 ID:baUHjw+d
今回の投下分は以上で終了です

とらドラのキャラは会話妄想沸きまくるから、書いてて楽しいですね

あと、エロはもうちょい先で一応ちょっとだけ入ってますが、
私エロいの書いた事ない人なんで、あまり期待せずにお待ちください


>>123
なるほど、ありがとうございます


飲み会帰りの朝帰りで頭痛いです、ではみなさまお休みなさい

136名無しさん@ピンキー:2012/07/07(土) 10:36:01.39 ID:9DWPUkNp
>>135
GJ
お疲れさまです。
次もよろしくお願いします。
毎朝楽しみにしています。
137名無しさん@ピンキー:2012/07/07(土) 18:55:44.18 ID:s/60TBCN
大河のアニキャラ個別スレ、落ちてから人が居た割に復活しないなと思っていたら
何時の間にか文芸キャラ板に移っていたのね
138名無しさん@ピンキー:2012/07/07(土) 19:01:11.96 ID:lM5g1EUl
エロから萌えに走ったのかww
139名無しさん@ピンキー:2012/07/07(土) 19:12:45.45 ID:s/60TBCN
向こうは現在空いててdat落ちの恐怖から
逃れられてるみたいだね
140名無しさん@ピンキー:2012/07/07(土) 20:35:05.69 ID:u2RVSuNI
>>135
GJ!三人の姦しいやりとり、サイコーですねw
名前が無くても誰の発言か判るのは凄いなあ
最初は「泥酔して中田氏するダメ竜児に突っ込みまくる亜美」とコメディ色が
強く感じられたから、今のわりとシリアスな展開は予想外でした
続きが楽しみです!
141名無しさん@ピンキー:2012/07/07(土) 21:10:12.52 ID:rhZu8QYa
文芸キャラ板は出来た当時に相馬スレも立ったことがあったが落ちたなぁ
安定してなかったのかな
142名無しさん@ピンキー:2012/07/08(日) 12:09:50.26 ID:GSylAy/O
   +
+  ∧_∧ +
 +(0゚・∀・) マダカナ
  (0゚つと) +
+ と_)_)
143名無しさん@ピンキー:2012/07/08(日) 14:00:12.48 ID:23YrOQB6
>>142
もうすこし待ちなさいよw
144名無しさん@ピンキー:2012/07/09(月) 01:12:45.52 ID:9dnNTZJz
なんか亜美のss多いな
昔は大河の方が多かったけど
原作終了後にできたものは亜美のが多い
145名無しさん@ピンキー:2012/07/09(月) 01:39:47.08 ID:FUmKRUqr
そりゃ大河は専スレあるからだろ
146名無しさん@ピンキー:2012/07/09(月) 02:08:01.11 ID:kHCHKzia
長門、美琴、大河、桐乃 etc.
一番人気が個別スレに総移動するのは何故だろうか
147名無しさん@ピンキー:2012/07/09(月) 02:26:09.74 ID:hjppSNmp
>>146
捌ききれなくなるからだろ
148名無しさん@ピンキー:2012/07/09(月) 06:02:10.43 ID:RCuDJGzk
読みたくないものが世の中にはあるのかも
149名無しさん@ピンキー:2012/07/09(月) 06:30:45.33 ID:Qa1Im38v
>>144
アニメ見終えた時は大河が1番だった気がするが
原作、とらPやってくうちにあーみん好きになった俺のような奴もいるはず
150遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/09(月) 09:03:54.99 ID:6EdQdWt6
『遅く起きた朝に』

今回ちょっとだけエロい展開がはいります
朝から申し訳ございません、気に触った方はNGIDして下さい

次から投下します
151遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/09(月) 09:04:38.08 ID:6EdQdWt6
 ―――― 【05】


 俺はあいつが泣く事があるなんて、あの瞬間まで想像も出来なかった。

 いや、そりゃ本当の意味で泣かないなんて思っていた訳じゃない。ただ、全てにおいて
自信満々な態度をもち、自意識過剰な魔性の笑顔、黒い尻尾まではやした腹黒の女王さま。
そんな、あいつが震える声で叫び、涙を手の甲で拭いながら俺の前から走り去る、その姿
を実際に認めてまでいたというのに……。その原因が自分にあるという事実に気付くまで、
俺は何もする事が出来ずに立ち尽くしていた。

 きっと、俺は安心しきっていたんだと思う。川嶋は俺より色々なものが見渡せていて、
実社会の中を泳ぎきり、美貌も人望も兼ね備えた女だから何の心配をする必要も無いと。
付き合いが長くなる内に、忘れていたのだ。ストーカーを蹴散らした直後に震えて立つ事
も出来ずに、俺にすがってきたその弱さと姿を。
 川嶋も俺と同じ十七歳で、時より子供の様な我侭も見せるていたが、それだってあいつ
が他の奴より余裕があるから見せているポーズなんだと。俺に対して時々吐き出していた
毒舌も、単に鈍感な俺に対する苛立ちだけではなく、不満と不安の表れだったという事に、
この時に至るまで、俺は気付いてやる事が出来なかった。

 会社の給湯室の横、自動販売機の珈琲を飲みながら熟々とそんな事を考えていた。
 
 スケジュールの都合をつける為に、残業を繰り返す日々が続く。オーバーワーク気味な
気もするが、仕方がない。時間の余裕がないのだ、今回ばかりは自分一人の都合では動け
ない。
 川嶋に連絡を入れなけれはならない事は重々承知しているのだが、今の段階で何と話せ
ば良いのか迷うだけで、決断が出せないでいる。最低限、時間をとって直接言葉で伝えな
ければダメだ。この後の段取りを考えて、ふとため息が漏れてしまう。

 他の人ならもっと上手くやってのけるのだろうが、自分ではこんな不器用なやり方しか
思いつかない。心の隅を不安がよぎるが、気力を振り絞って前を向く。
 学生時代なら毎日何処かで顔をあわせる事も出来ただろうが、社会人ともなればそうも
いかない。時間を作る事の難しさを痛切する。

 ふと、こうして人と人との距離は離れていってしまう事もあるのだろうか、それぞれの
時間と忙しさを言い訳に埋没して……。などと、他愛もない事を考えてしまうのは疲れて
いるからだろうか。

 洗面所で顔を洗い、再びデスクに向かって歩んでいく。一番大事な事は何だと、自分の
中で問いかける。その日の為にやらねばならない事を、今はただ単にやるだけだ。


152遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/09(月) 09:05:38.28 ID:6EdQdWt6

 とりあえず、もう一度高須くんと話し合って、ちゃんとわだかまりを解かなければなら
ない。絶交なんて、子供時代の一度っきりで充分だ。しかし、今週は撮影の予定が週の頭
から、びっしりと入り込んでいる為、時間がとれるか正直微妙。
 今も横浜で撮影中、心の中とは裏腹の作り物の笑顔をふりまき続けている。

 撮影の合間の休憩時間、スタジオの敷地内にある木立ちに囲まれたオープンデッキにあ
がり、ウッドスツールに腰掛ける。
 携帯電話のディスプレイを開き、メールと着信の履歴を確認する。事務所からの仕事の
確認メールと、ママからの電話が一件のみ。
 アドレスの中のタ行の先頭にある奴の名前を選び出し、しばし眺める。携帯の上で指を
二、三回漂わせるが、通話ボタンを押すまでには至らない。

「はぁ……」
 あたしのため息は、手元から鳴り響いたメロディにかき消された。携帯のディスプレイ
には先程まで表示されていた”高須竜児”の文字が画面の中央に、大きくクローズアップ
されて表示されている。
 突然鳴り響いた携帯の着信は、高須くんからのものだ。慌てふためいて携帯を取り落と
しそうになるが、寸前で辛うじて掴み取る。あたしは顔が緩むのを抑えきれない。ホッと
してしまっている自分がそこに居る。
 髪をかき上げつつ携帯を耳元に充て、深呼吸をひとつ。通話ボタンに指をかける。

「もしもし? 高須……くん?」
「お、おう。今何処だ? 仕事中じゃなければよかったんだが」
「あっ、あ〜、今仕事先だけど、休憩時間中だったから大丈夫だよ」
「そうか……。川嶋、今日仕事がはけた後で構わないんだが、時間とれないか? 会って
話したい事があるんだけれど」
「えっ? 大丈夫だと思うけど」
 あたしは声の調子がうわずらない様に、慎重に答える。まあ、今回は許してあげよう。
あたし達は既に社会人で、自分の都合だけでは物事が運ばない事を知っている。ただ、
しっかりと文句は言わせて貰うけかもしれないけど。
「随分とほったらかしにしてくれたわね。高須くん、いい度胸してるじゃない」
 いつもの調子を取り戻せそうな気がする。また昔の様にみんなで一緒にやれる筈だ。
「いや、ホントにすまん。こっちも色々と都合があってだな……」

 しかし、次の瞬間、高須くんの声の向こう側から聞こえた声に、にやけていたあたしの
表情は凍りつく。
『バカ犬、とっと済ませなさいよ』
「あっ……」
 携帯のスピーカーから聞き間違えようの無い、彼女の声が聞こえてきた。あたしの心は
一瞬で過去へと戻り、今も自分は遠く一人ぼっちで立っている事を自覚してしまう。気付
いた時には震える指は、携帯の通話終了のボタンを押してしまっていた。
「なにやってんのよ、あたしは……」
 一瞬、後悔の念にかられ、掛け直すべきかとも思ったが、今の会話の続きを想像するの
が嫌で携帯の電源を切ってしまう。
「川嶋さーん、休憩時間終了です。撮影入りまーす」
「……あっ、はい」

 スタッフの声を言い訳に、あたしは仕方ないんだと思い込む。仕事をしている間は考え
込まないですむ事をあたしは知っている。でも、その後は? あたし達は今更、元の関係
にさえ戻れないのだろうか。


153遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/09(月) 09:06:48.43 ID:6EdQdWt6

「そして、幸福を振り撒き終わったあんたは、みずからオーブンの中に突っ込んで丸焼き
のローストタイガーとして最後の幸福を振る舞うんだよね」
「するわけないでしょ! ……歌、うたうだけ」
「歌って踊って……、メイクしてドレスアップして……、綺麗になった姿を見せて、誰か
を喜ばせて……、それだけで、済むんならいいよね」
 自分の声に、自虐が入り混じるのが分かる。だって、それはあたしも同じじゃん。
「あたしなんかモデルだし、綺麗にしていることでお金まで儲けてるのにさ。どうして、
『それ』だけでは済まない……んだろうね? あたしもあんたもこーんなに美人に生まれ
ついたのに、それだけじゃ与え足りない、なんてことを、どうして思っちゃうんだろう。
他になにを、誰に、どうやって捧げられると思っているんだろう」
 タイガーはあたしの独白に意図を察しえず、訝しげにあたしの表情をうかがう。
「こんな時に言うのも卑怯な気がするんだけどさ……、あんたにだけは言わなくちゃいけ
ない事があるんだよね……」
 違う、やめて……。
「もったいぶって、何よ?」
「あたし、あたしさ……、高須く……んの事……」

「ダメッ!!」


 あたしは自分自身の絶叫に驚いて、目を覚ます。手は何かをつかもうとするように空を
掻き、指先は震え、額から胸元に至るまでじっとりと汗で湿っている。
「えっ……、と……、夢?」
 しかし、意識が覚醒した瞬間に頭の中はリセットでもされたのか、どんな夢を見ていた
のか曖昧なイメージしか残っていなかった。思考を集中させ、具体的な内容を思い起こそ
うとしたするのだが、タイミング悪く目覚ましの音が鳴り始め、僅かに残ったイメージも
完全に霧散してしまう。

「……気持ちわるい」
 身体に張り付いた寝巻きの不快感に寒気を感じ、そのまま汗を拭って脱ぎ捨てる。胸を
さらけ出したままショーツ一枚の姿で、携帯を手に取り着信の確認をする。
 高須くんの連絡を無視した日から、気がつけば既に一週間がたっていた。いや、この言
い方は正しくない。実際は、携帯電話に通話やメールの着信がある度に、過剰に反応して
過ごした一週間だった。気がつけば、なんて現実とは程遠い態度。その癖、高須くんの事
を着信拒否に登録してしまえる程の度胸は無いのだ。
 あたしの怪しい挙動にマネージャー女史からは、『彼氏とケンカ中ですか?』なんて、
からかわれてしまう始末。
 あの日の翌朝、携帯の電源を入れ確認してみると合計、十二件の着信とメールと留守電
の履歴が残されていた。留守電、メール共に連絡をくれと。しかし、それ以降、高須くん
からの連絡はピタリと来なくなった。そりゃ、そうだわねと自嘲するも、気が晴れる筈も
なくイライラだけがつのっていく……。。
 野菜ジュースをグラスに注いで飲み干し、浴室へ。シャワーを浴びる前に鏡を覗き込む
と、そこにはむくれっ面をしたひどい顔の女が居た。


154遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/09(月) 09:09:35.55 ID:6EdQdWt6

 シャワーで汗を流し、衣服を整えた所でカーテンを開け、室内に日光を呼び込む。
 そういえば、祐作は日本に帰って来てた筈だ。予定をすっ飛ばしやがった癖に、連絡の
ひとつも入れてこないとは、いい度胸だ。あいつは何か高須くんの事を聞いているのだろ
うか……。
 五分間ほど躊躇した後に、携帯を手に取り祐作の実家に電話をかける。まずは偵察。

「あっ、おばさま。ご無沙汰してます……、亜美です」
「あら、亜美ちゃん。元気でやってるの? ちゃんと、ご飯食べてる?」
「はい、おかげさまで。おばさまの方こそ、お変わりございませんか」
 長くなりそうな世間話を紋切り型の対応でそこそこ切り上げ、肝心の用件を切り出す。

「あの、祐作って今そちらに居ますか? 日本に帰ってきてますよね」
「あの子ったら、亜美ちゃんに何にも言ってないの? ごめんなさいね……、祐作は先週
までこっちに居たんだけど、またアメリカに行っちゃったのよ」
 ちっ、使えない奴。祐作は滞在の予定を早めて、既にアメリカに立ったらしい。
 おばさまにお礼を言って、通話を切り上げる。

 朝の貴重な時間を無駄にしてしまった為、テレビのワイドショーを眺めつつ、ソファの
上で行儀悪くあぐらをかきながら、身支度を整える。
 芸能情報からスポーツ情報のコーナーに移った時、テレビの中に見知った顔を発見する。
実乃梨ちゃんがTVに写っていた。そう云えばまだアメリカに居たんだっけ。
 インタビューを受ける選手の中の一人として、はにかんだ笑顔をお茶の間に向けている。
テレビの中の日焼けした彼女の笑顔は、迷いのカケラも感じさせず、太陽のように輝いて
いた。
 実乃梨ちゃんはもうあの日の事は、完全に過去の事として吹っ切れたのだろうか。

 ……いけない、いけない。そんな想いに浸っていられるほど、今朝のあたしには時間の
余裕は無かった。職業上、適当なメイクが許されるような甘い業界ではないのだ。最近は
ちょっと色々ありすぎて、不眠気味なのも問題だし。
 さて、準備を整えてテレビの電源を消して立ち上がろうか、という所であたしは硬直し
てしまう。カメラが切り替わるその瞬間、会場から退場する実乃梨ちゃん達を追いかけた
映像の中に、ありえない人影を見かけたのだ。

「えっ……、うそっ? いま、高須くんが映っていたような」
 映像は既にスタジオのキャスターに変わっている。さすがに高須くんの訳はないか……。
あいつの事を考えていたから、他人がそう見えただけに違いない。しかし、あんな目つき
の悪い人間が世の中に何人も居るとは思えないけれど……。
 もやもやした気持ちを抱いたまま、立ち上がりバッグを手に取り、今度こそ立ち上がる。
携帯にセットしたアラームは既に鳴り響き、これ以上遅れれば遅刻は確定。


155遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/09(月) 09:11:10.72 ID:6EdQdWt6

 朝の映像が頭の隅に焼きつき、割り切れない気持ちのまま仕事をした結果、今日の出来
は惨憺たる有様だった。集中力が散漫、加えて体調もイマイチ。モデル仲間にまで『亜美
ちゃん、もしかして始まっちゃった?』なんて、心配をされてしまう始末。生理だったら、
むしろ大歓迎なんだけどね、今回だけは……。
 実際、そろそろ始まってもいいはずだし、イライラや胸が張ってきたりと兆候はあるん
だけど、あたしは生理不順の時も時々あるから余計にわかりにくい。多分、ダイエットと
ストレスの所為。今回は主にストレスだよね……。
 いつぞやの時のように、わざわざ帽子とサングラスで変装までして買った妊娠検査薬は、
説明書をみる限り予定日の一週間後から判定可能らしい。つまり、少なくともあと一、二
週間はこんな不安な精神状態で過ごさなければならないのだ。
 自分で引き起こしてしまった状況とはいえ、正直辛かった。なにせ、話しが話しだけに
誰にも相談できない。唯一、相談できるはずの肝心の犯人とは、現状音信不通。あたしの
所為なんだけどさ……。
 せめて、責任をとって高須くんに買ってこさせとくべきだった。顔を隠していようが、
どんだけ恥ずかしかった事か。
 もし、妊娠していたらどうするべきなのか。沸き上がる具体的な想像を、振りかぶって
頭の中から追い出す。たとえ、恋人という間柄でなかったとしても、ふたりで居たなら、
こんな怖い思いもなんとかなったのだろうか……。

 ……そうか、あたしは妊娠する事が怖いんじゃない、一人で決断する事が不安なんだ。

 そういえば、と思い出す。高須くんのお母さんもこんな不安を抱えたまま、生きてきた
のだろうか……。
 意地を張り続けるのも限界かもしれない。どっちにしろ、自分一人で結論を出す事など
出来ないのだから。

 マネージャーがタクシーを呼ぶまで間、葛藤しつつも勇気を出して掛けた高須くんへの
電話は、結局最後までつながる事はなかった。


156遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/09(月) 09:12:20.80 ID:6EdQdWt6

 バスタオルを巻いたまま、無気力にベッドの上に横になる。
 マンションに着いて化粧を落とし、脱力感にまみれた身体をシャワーで洗い流した時点
で、あたしの気力は完全に尽きてしまっていた。
 念の為に確認した携帯電話は予想通り、何の着信履歴も無かった。お風呂に入ってる間
に掛かってきたらどうしようかと、脱衣室にまで携帯を持ち込んだ自分のバカさ加減に更
に落ち込む。今更、何に期待してをしてるんだろうね、あたしは。

 フォトフレームの中の一枚を手に取り裏返す。他のフレームと違って、この一枚だけは
リバーシブルになっているのだ。
 表はみんなで集まって騒いでた時のスナップ写真。高須くん、タイガー、実乃梨ちゃん、
祐作、春田くんと能登くん、奈々子と麻耶とあたしの全員が写っている。セルフタイマー
で撮った為、少々斜めになってしまったフレームの中には、お酒で顔を真っ赤して笑って
いる、みんながいた。
 裏は大学時代に、みんなで沖縄に行った時に奈々子に撮られたハプニング写真。あたし
が防波堤から海を覗き込もうとしてバランスを崩し、落ちかけた所を高須くんに抱きかか
えられた、一瞬を撮ったもの。高須くんに見つからなくて、本当に良かった。

 撮られた時は奈々子に対して『なに、冷静に撮ってるのよ!』と、追い掛け回した事を
覚えている。本当は真っ赤になった顔を見られるのが恥ずかしくて、誤魔化す為に逃げた
のだ。
 写真の中のあたしは、褐色のステッチ入りレースビキニの水着に短めのタンクトップを
重ね、デニムのホットパンツを履いていただけだった。とっさに掴まれたため、高須くん
の腕はバストの下と、剥き出しになったお腹を背中からぐるっと抱きかかえる形になり、
あたしの身体は一瞬宙に浮き上がっていた。


「川嶋、危ないっ!」
 高須くんの声がの耳元でに聞こえ、あたしは色んな事を思い知った。高須くんは男で、
想像してたより力があるんだなという事実、触れらた髪と肌から伝わってくる彼の吐息と
体温、あたしの鼓動が早くなっている事とその理由。
 高須くんに触れられた部分が、火傷した様に熱くなっていた事は今でも覚えている。

 そっとバスタオルをほどき、あの時触れられた所をゆっくりと指でなぞる。指の軌跡に
沿って身体の熱がぐんぐんと上昇していくのが自分でも分かる。吐息がこぼれ、胸の先端
が引っ張られるようなむずがゆい感覚と共に、身体の奥から熱い物が切なさと一緒に雫と
なってあふれだし太ももを濡らしていくが、それを留める事は今のあたしにはできない。
 こんな行為をしても、終わってしまえば今以上の惨めな気持ちになってしまう事は分か
りきっているのに、あたしの指は自分の意識とは逆に動いてく。まるで、熱病にかかった
患者の様に。
「んっ……」
 ああ、今あたしは発情しているんだ……、高須くんを想って。生理前だし、エロい気持
ちになるのは仕方ないよね……、あいつが悪いんだ。
 写真の中の高須くんを眺め、このベッドの上であたし達はセックスをしたんだという事
を思い起こす。身体に残ったキスの跡など既に消え、二人が交わった証は記憶も含めて、
何処にも無くなってしまった。無性に悲しくなり、涙が止まらなくなる。
「高、須……くぅん……」
 嗚咽をこらえて泣いているのに、指の動きは止まらない。蜜壺をかき回す様な重々しい
水音だけが室内に延々と響き渡る。身体の奥から沸き上がる熱の所為で全身がうっすらと
汗ばみ、あたし身体はのぼせていく。髪を纏めあげていたタオルも既に床に落ち、こぼれ
落ちた髪が、首筋や肌に纏わりついて不快感を募らせるが、快感を押しとどめるほどには
至らない。
 声を押し殺す為、堪えるように指をはんだ唇からは、一定のリズムを保ちながら、女と
しての吐息が漏れ出し、乳房の上下と同期しながらペースをあげていく。
 律動を速めていく指先の動きの中、罪悪感に押し込まれて決して思い浮かべないように
していたあいつの姿が、浮びそうになるのを必死で堪える。今だけはダメ……。あいつの
事を考えながらこんな……イ……っと……か。
「はぁっ……、っくうぅ」

157遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/09(月) 09:14:05.72 ID:6EdQdWt6
 しかし、あと少しでオーガズムに達するかという直前で、ぞわりとした違和感が下腹部
に忍び寄る。湧き上がった鈍い痛みに、ハッとして起き上がり、愛液に湿りを帯びた指を
確認すると、そこには赤いモノが混じっていた。

 それはあたしの身体に生理が来た事を告げる徴だった。


 二度目のシャワーを形だけでさっと終わらせ、着替えを終える。身体を冷さない様にと
ホットミルクにハチミツを垂らして、両手の中でカップを揺らす。じんわりと温もりが手
に伝わってきた所で、火傷しない様にゆっくりとひと口、ひと口、流し込む。

 辛い生理だった。実際に始まってみれば憂鬱なだけで、大して安心などもしなかった。
とりあえずは、喜んでもいい筈なのに……。自慰に耽りそうになった惨めさと生理の痛み、
高須くんとの事を含めて、落ち込み具合は今季最高のトップクラス。
 あの写真も妄想に使ってしまった後ろめたさから、元の通りに裏返してある。
 みんなと写っている写真の中のあたしは、屈託なく素顔をさらして笑えているのに、現
実のあたしはこんなにも揺れている。高須くんとの事は置いておくとしても、以前の様に
みんなと上手くやっていけるかどうか、今のあたしは自信が持てない。あの日の過ちから、
高須くんがあたしのなかに確実に染み込んできている。忘れようとしていた気持ち……、
ごまかしていた感情が、日々あたしを苛んできている。
 タイガーや実乃梨ちゃんは、どうやって折り合いをつけているのだろうか、自分の心と
……。
 飾りつけの表面だけ装って生きてきたあたしの人生は今現在、ロウソクの灯火のように
不安定な形で揺らめいている。

「はぁ……」
 そんな、物思いにひたっていた所に突然、携帯の着信音が鳴り響く。ぎこちなく携帯の
ディスプレイを開くと、そこには”川嶋安奈”の文字。ホッとした様な、残念の様な複雑
な心理状態まま、携帯を耳元にあてる。

「あっ、ママ……」
「亜美、最近調子はどう? 元気にやってる?」
 祐作のお母さんに電話した時もだが、親というものは世界共通で子供の健康確認をして
から会話に入るのだろうか。
「どうしたの?」
「んっ、なんでもない。ちゃんとやってるよ」
「……なら、いいんだけどね。最近、こっちに帰ってきてないでしょ。たまには、パパに
顔見せてあげないと、いじけちゃうわよ」
「パパだって、あたしがたまに帰ってもいつも仕事でいないじゃない」
「それは亜美が、パパに直接言いなさい。で、本題なんだけど近いうちに家族で食事でも
行きましょう。都合の方はパパの方が合わせるって言ってたから、亜美のスケジュールの
都合のいい日でいいわ。ご馳走するわよ、もちろんパパがだけど」
「……うん」
 そんな気分になれなかったあたしは歯切れ悪く返答してしまう。

「なに?都合でも悪いの? もしかして、ボーイフレンドでも出来た?」
 ハタチを過ぎだ女にボーイフレンドって言い方ももなんだかなぁ、と思いつつ。痛い所
を突かれたあたしは、声の調子を変えてごまかしに入る。
「違う、違う。ちょっと仕事でね、この先どうしようかな〜、なんてね」
 半分は本当の事だ。

 今はモデルを主体に雑誌やCM等に出させて貰っているが、今後の身の振り方について
は色々と考えなければならない。事務所としては女優かマルチタレントとしての方向性を
進んで欲しいようだが、あたしはその道に躊躇してしまっている。だからといって、これ
がやりたいというモノも見出せないでいるのだが……。
 芸能界を活動の場として定めているが、ここだけの話し女優になる気はない。アクター
という気質とは自分は違う気がするのだ。ママもその点は納得してくれた、あたしは女優
向きの性格では無いとの事だ。

158名無しさん@ピンキー:2012/07/09(月) 09:17:03.16 ID:TugE43lO
四円
159遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/09(月) 09:17:18.80 ID:6EdQdWt6
「悩むのはいいけど、ちゃんと相談もしなさいよ。ママは先輩でもあるんだから」
「頼りにしてるわよ」
「あと、ひとことで否定したけれど、その歳でボーイフレンドの一人も居ないっては問題
じゃないの? パパには言えないけどね」
「うっ……。デ、デート位はしてるわよ。亜美ちゃん、モテモテなんだから」
「ちゃんと、聞いてるんだからね」
「えっ?!」
 頭の中に高須くんの姿が浮かぶ。誰がどうして、うちのママに? 奈々子……、な訳は
流石にないし。いったい、誰が……。
「な、何の事よ?」
「祐作くんよ。あの子、恋人を追いかけて、アメリカまで行ったて話しじゃない? 啓子
さんから聞いたわよ。あなたも、ちょっとは祐作くんを見習って、もう少し頑張ってみた
ら?」
 がっくりと、床にヒザをつく。マヌケな勘違いに、八つ当たりだというのは百も承知で、
次に祐作に会ったら殴ってやろうと心に誓う。

「ここだけの話しだけど、別に祐作は追いかけて行ったってだけで、彼女にとっては恋人
でもなんでも無いと思うわよ」
「相手の娘さんの事、あなた知ってるんだ? それでも、スゴイじゃない。今時それだけ
の行動力を示せる男の子なんて、なかなか居ないわよ」
「あいつは単に無茶苦茶なだけよ、相手の都合も考えろっての」
「あらあら。じゃあ、祐作くんが振られたら、あんた付き合ってあげたら? ママ的には
アリだと思うわよ」
「ママ……、冗談でも止めてよね。祐作なんか選ぶ位なら……」
 ヤクザ顔の男の顔が頭の中に再び浮かび、フローリングの床に涙の雫が、一つ、二つと
こぼれ落ちてシミを作る。

「……」
「亜美?」
「んん、なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」
 涙を拭いて、とどめて明るく聞こえるように声を出す。
「ねぇ、ママ……。あたし、そっちに帰るかもしれない。あんまりパパをほったらかしに
しとくのも悪いし、うちからなら仕事も不都合なく通えるから……」
「……ふ〜ん、パパは喜ぶだろうから、いいと思うけどね。まあ、その事含めて食事の時
に話しましょ」
「うん、予定確認したら、また電話するね」
 携帯を置いて、ベッドの上で組んだ腕を枕にもたれ掛かる。
 他には何もいらないのに……、肝心なたった一つのソレだけは、けっして手に入れる事
が出来ないのだ。仕事や友達、全部を投げ出したとしても……。あたしにはそんな権利は
無くなってしまったから。
 それでも、本当に、寂しくて、寂しくて、やり場の無いこの気持ちはどうすればいいの
だろうか……。

「もう、全部投げ出しちゃっおうかな……」
 投げやりに呟いた言葉は、何の慰めになる事も無く、部屋の中であたしの心を荒ませた
だけだった。


160遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/09(月) 09:19:02.27 ID:6EdQdWt6

 目覚めた直後の不快な痛みに、クッションを抱きかかえてなんとかこらえる。爽やかな
朝など、なんの慰めにもならない。
 昨夜のうちに事務所に連絡して、翌日からの仕事をキャンセルするか、ずらせる予定は
調整して貰った。こういう時に女のマネージャーだと、面倒なやり取りが少なくて助かる。
あたしは自宅に閉じこもり生理痛がと戦いながら、鬱々と何日かの日々を過ごした。


 しかし、そんな引きこもり生活を何時までも続けられる訳もなく、マネージャー女史に
マンションから引きずり出されて、送迎付きであたしは都内のホテルに向かっていた。
 生理も終わってしまったし、言い訳のネタも尽きていたから仕方が無い。

 今日の夕方から予定されているイベント発表会を兼ねたパーティーは、複数の大手スポ
ンサーとマスコミ関係者も来るとの事で、マネージャー女史も譲れなかったらしい。
 確かに会場の規模、集まった人数共に、近年の不景気なんぞ何処吹く風かというような
パーティーだった。
 会場のきらびやかな様子と人々の笑い声が、耳障りにあたしの心を逆立てゆく。露骨に
悪くなってゆくあたしの機嫌に、こんな状態でお愛想笑顔を振りまく事にも限界があると
思ったのか、最初の乾杯と最低限の義理を果たすと、マネージャー女史は時間を確認して
ため息を一つ吐き、「今日はもういいわ、ご苦労様」と言って、仕事から開放してくれた。
プロ意識も何もあったもんじゃないね……。

 唐突に会場から居なくなったあたしを探してか、同僚モデルや業界関係の優男どもから
メールや電話が引っ切り無しに掛かってきたが、誰かと会話をする気になどなれるはずも
無く。あたしは携帯の電源を落として、会場の外へと向かう。

 酔い覚ましを兼ねてイベント会場の周辺施設をフラフラと歩き回る。
 ホテルとオフィス街、劇場や美術館が一体となったこの辺りは、先程の会場と同じ様に
色とりどりなライトで縁取られ、キラキラと輝いているが、あたしの心に訴えてくる物は
何もない。むしろ、寂しい気持ちを思い知らされる。
 黒いドレスを着飾ったあたしの姿はコートを着ていても目立っていて、ちらほらと振り
返る人も居たのだが、程よい暗がりと閑散した人の群れのお陰で、誰にも気付かれる事は
なかった。早く出てきた事が幸いしたのだろう。
 階段を上がった所に自動販売機を見つけ、アルコールしか摂取してない事を思い出し、
ミネラルウォーターを購入する。人目を避けて歩いた結果、メインストリートから外れて
しまったらしく、周辺に人影は見当たらない。

 ドレスである事も気にせず、階段の一番上の段に腰を降ろして自販機に身体を預けると、
眼下には光の海が視界一杯に見渡せた。高須くんと一晩過ごした公園から見た様な光景が
あたしの前に沸き上がる。
 何とはなしに見つめていたその光景が、滲んでいったのは涙の所為だろうか……。視界
がぼやけてゆく中、世界中が音を失う。


「川嶋っ!!」

 階下から突然かけられた聞きなれた声に、あたしの時間は再び動き出す。


161遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/09(月) 09:19:41.33 ID:6EdQdWt6
今回の投下分は以上で終了です

お待ちしていただいた方もいましたのに、すいません
私用でずっと家に戻れませんでした

少しでも楽しんでいただけたら幸いです

162名無しさん@ピンキー:2012/07/09(月) 12:34:50.36 ID:TnWWwszl
おおきてた
ペースは十分早いほうだと思うから大丈夫ですよー
163名無しさん@ピンキー:2012/07/09(月) 12:52:00.26 ID:D7TV7O41
>>161
今日もご苦労様、そしてありがとうございます。
毎朝の楽しみにしています。
164名無しさん@ピンキー:2012/07/09(月) 19:52:48.18 ID:KG5bF2bL
>>161
GJ!待ってました!
杏奈さんが普通にママさんだw
165遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/09(月) 23:14:13.60 ID:6EdQdWt6
ちょいとお仕事のシフトの都合で、明日以降の投下は夜に変更させて頂きます

あと、最初に竜児が主人公と書きましたが、この話は竜児&亜美のW主人公になっちゃいましたね
申し訳ございません
166名無しさん@ピンキー:2012/07/10(火) 00:08:08.07 ID:xmT0R4We
>>165
GJですよ。楽しみにさせてもらってます

これだけ投下されるのはマジで嬉しいね
167名無しさん@ピンキー:2012/07/10(火) 20:58:07.10 ID:P12VRLAx
クオリティーたけー! GJ
168遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/10(火) 23:11:25.36 ID:9qb1Bfrv
『遅く起きた朝に』

遅くなって申し訳ありません

次から投下します


169遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/10(火) 23:12:39.54 ID:9qb1Bfrv

「高須くん!? どうしてここに?」
 私は立ち上がり、気付かれない様に涙の跡をこぶしで拭い、呆然として高須くんを見つ
める。遠くの夜景を滲んだ視界の中で眺めていたの所為で、高須くんが近づいてきても、
呼びかけられるまで気付かなかったらしい。
 高須くんは肩で息をしながら、呼吸を整えている。旅行にでも持っていきそうな大きな
カバンを肩に掛け、階段を駆け上がってきたのだ、無理もない。彼はあたしの三段程下、
距離にして六十センチも無い手前の所で歩みを止める。あたしは飲みかけたペットボトル
を何も言わずに無言で差し出した。

「よくわかったね、ここに居るって……。誰からか聞いたの?」
 高須くんはペットボトルを受け取りつつ、
「すまね。川嶋のお袋さんから携帯に留守電が入っててな。連絡したら、教えてくれた。
居場所はマネージャーさんに確認とってくれたらしい」
「……ママが? 高須くんに電話? あたしの居場所、教えたの?」

 どういった風の吹き回しだろう。芸能人であるママが、そんな容易くあたしの居場所を
教えるわけは無い。たとえ、それが高校時代の同級生だったとしてもだ。実家に来た時に、
一緒にお茶をしたことのある奈々子や麻耶でも怪しいくらい。芸能人の個人情報に関する
警戒心は、普通の人とは違うのだ。
 そんなママが、わざわざ事務所に連絡してまで……。
 大体、どうしてママが高須くんの事を知ってるのよ。一度か、二度は学校関係の行事で
見かけた事はあるかもしれないけれど、ただの同級生程度の認識しか無い筈だ。あたしも
あえて高須くんの名を会話に出した事もないし。

 半分以上残っていたミネラルウォーターを一息で飲み干すと、ペットボトルのラベルと
キャップを剥がして専用のゴミ箱に捨てる。しかし、高須くんの視線はゴミ箱周辺にとど
まったまま、落ち着かなさげ。どうも汚れている事が気になるらしい。

「……高須くん!」
「お、おぅ、……すまねぇ」
 どこまで掃除好きだっつーの。
「すれ違いにならなくて良かったよ」
「……それにしたって、あたしがここに居るなんて分かんないでしょ」
 こんな場所でたったひとりの人間を見つけるなんて、実際の話しありえない。駅で通り
過ぎる人を見張るのとは訳が違う。
「見つけられたのは大河のおかげだ。さすが、野生のカンといった所か」
「タイガー?」
 告げられたその名に、あたしの鼓動は速まり始める。そんなあたしの事情は無視して、
高須くんは会話を続けていく。

「川嶋、まだ……怒ってるよな?」
「別に……。そういえば、随分とごぶたさね」
 あたしは無愛想に答えてしまう。
「お、おぅ、その事も踏まえて色々と話したい事があったんだが、……連絡がとれなくて
……すまない」
 連絡取れなかったのはあたしの所為じゃん……。自分が拗ねているのを自覚する。本当
にメンドイよね、女ってさ。


170遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/10(火) 23:13:58.63 ID:9qb1Bfrv
「……そうだ。生理ちゃんと来たから……。検査薬も陰性だったし、とりあえず安心して
いいよ。良かったね高須くん、パパにならずにすんで」
「そうか……」
 高須くんの反応はあたしの予想を裏切り、淡々としていた。冗談に反応する訳でもなく、
かといって安心した様子を見せる訳でもなく、肯定も否定もしない。そう、まるで……、
何もかも受け入れる覚悟を決めた人間の様に。 

「責任を取るとか、傲慢な物言いだったよな、すまん。そんな簡単に言っていい言葉じゃ
なかった」
「いいよ。私も機嫌悪かったから、話しとかする気になれなかったし。お互い様って事で
許してあげる」
 また昔の関係に戻ろう……。そうあたしは自分の心に囁きかける。今ならまだ間に合う
筈だ。きっと、大丈夫……。あたしは努めて明るい笑顔で、高須くんに向かって振り返る。


「お互い大人だしさ、ああいう事もあるよね。高須くん的には、超ラッキーだったんじゃ
ない? 亜美ちゃんみたいな、美人が初めてのお相手だなんて、凄い幸運。世界中に自慢
できるよ」

 しかし、私の心の中の奥底、そこでは既に手遅れだという事を感じている……。

「あっ! 自慢つっても、誰かに言ったりしたら許さねーから」

 まだ、決定的な証拠はない。

「まあ、高須くんも悪くないとは思うんだけど、さ。あたし、モテるから色々な男の人と
付き合ってきたわけじゃん、そう考えちゃうとちょっとね」

 でも、なんか勘が働いちゃうんだよね。

「亜美ちゃん、清純派で売ってるから、経験豊富な大人の女性である事がバレると不味い
ってのもあるのよ。そこら辺の事情は、高須くんも分かる……よね?」

 たぶん、高須くんは決断してこの場に来たんだ……。

「川嶋……」

「当然、タイガーとか実乃梨ちゃんにも言っちゃダメだよ、変な誤解されたくねーし」

「川嶋、ごめん」

「……高須くんさぁ、さっきから、すまないとか、ごめんとか謝ってばっかりで、なんか
正直ウザイんですけど」
 彼の表情は痛々しいものを見る様に、哀れみに満ちている。
「すま……、川嶋!」

「……何よ」
「俺はおまえに伝えたい事があってここに来たんだ。本当は、向こうに行く前にひとこと
言ってから行くつもりだったんだけどな」
「はっ? 別にあたしは高須くんに特別用事なんかないんですけどぉ。生理もあったし、
問題なんて何もねーじゃん」
 高須くんは大きく息を吸い、ゆっくりと何かをこらえる様に言葉をぶつけてくる。


171遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/10(火) 23:15:04.95 ID:9qb1Bfrv
「じゃあ、なんでおまえは泣いているんだ?」
 分かっている。でも、どうする事もできないんだ。だから、あたしは役者になんてなれ
ないのだろう。この程度の事で自分の感情を押し留める事ができないあたしには、役者の
素質なんてありはしないだろう。
 瞳から流れ落ちていく、涙がその証拠だ。

「あ、あんたが言ったんじゃない、寂しいかどうか考えろって! 考えて、考えて、今の
私はこんなにも、辛くて苦しいよ!」
 いつからあたしはこんなに弱くなってしまったんだろう。昔はこんなんじゃなかった筈
なのに。
「あんたの所為だよ、あたしがこんなに弱くなっちゃったのは……」

 仕事も順調で充実している、心を割って話せる程の友人にも恵まれた。しかし、それだ
けでは満たされない想いがある事も、事実なのだ。ただ、恋愛の一点のみにおいてだけ。
 たった、ひとつの出来事からあたしの歯止めは利かなくなってしまっている。それは、
もともと抑圧して押さえ込んでいた、想いだからなのだろう。溜め込んでいたダムの水は
堰が壊れる事によって、留まる事をしらない濁流となって溢れ出した。
 今もあたしの心は罪悪感と、愛情に飢えた本能の狭間で激しく揺れている。
「せっかく、上手くやれてたのに……。このままじゃ、またあたし、みんなの仲をメチャ
クチャにしちゃうよ……」

「なあ……、川嶋。弱いってそんなにいけない事なのか?」
「えっ……」
「それに違うだろ、お前は大事な物を手に入れたから、それを失いたくなくてそんな風に
思う様になったんじゃないのか? いま、おまえの周りには、香椎や木原が居る。大河や
櫛枝に北村、春田に能登、それに俺だっておまえの側に居る。もう自分が寂しいか……、
なんて考える必要はねえんだ!」

 こいつは……。いま、この瞬間に至るまで勘違いしたままなのだろうか……。悲しみを
通り越して、怒りの感情が沸き上がる。その優しさが、鈍感さが人を傷付けることもある
と、未だに理解してないのだ。
「あんたが、それを言う?! それが何の慰めになるっていうのよ!」
「そうかもな……、確かに俺にはそんな事を言う資格なんて無いのかも知れねぇ。でも、
俺は望んじまったんだ。今のこの状況を壊してでも、手に入れたい物……。守りたい物、
本当に欲しい物が出来ちまったからな」

 高須くんのその言葉に、あたしの心臓は刺し貫かれたような痛みと共に鼓動を止める。
いっその事、このまま本当に止まってくれたならば楽なのに。
 やはり、彼は決断をして、ここに来たのだ……。
「そっか、そうだよね……」

「それでも、俺は言わなくちゃいけねぇ。川嶋、俺の話を聞いてくれるか?」


172遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/10(火) 23:16:26.93 ID:9qb1Bfrv

 高須くんはあたしに告げるつもりなのだろう……、彼の選んだ決断を。
 彼の表情からは何も読み取れないが、真面目な話しだろうという事だけは、なんとなく
うかがいしれる。真剣な眼差しであたしを見ているのだ。
 あたしも奇特な女だよね、おなじ男に二度も振られるなんてさ……。こんなに、可愛く
美人に生まれたってのに。ホント、無駄遣いだよね。

「大河と櫛枝にはちゃんと言ってきた」
「えっ?」
「二人に会って、今の俺の気持ちを伝えてきた」
「会ってきたって、実乃梨ちゃんは今海外じゃないの、どうやって……」
「職場の海外旅行でパスポート作っておいたのが、幸いしてな。こんな所で役に立つとは
思わなかったよ。むしろ、休みを取る為に、仕事を詰めたのがきつかった」
 あたしの質問に高須くんは少しズレた答えを返す。しかし、意味合いは伝わった。

「実乃梨ちゃんに会う為に頑張ったんだ……」

 そっか、高須くんは実乃梨ちゃんの事、ちゃんと想い続けてたんだ……。
 すごいよね、あれだけの事があって、五年もの時間が経たというのに想い続けて、最後
には貫き通しちゃった訳だ。そりゃ、実乃梨ちゃんも落ちるかもね。彼女の夢は半ば叶い
つつある訳だし。

 いやだと思いつつも、あたしの言葉にはトゲが含まれてしまう。嫉妬と後悔という名の
トゲは、あたし自身をもつらぬくと分かっているのに、どうする事もできやしない。表情
や態度のように、下手な演技で装う事は出来ないんだ。
 この後に告げられるであろう言葉の予感に、胸に痛みは激しさを増すばかり。心構えを
していようが、何度経験していようが、失恋なんて慣れるものじゃない。痛くて、辛くて、
寂しくて……、悲しいよ……。

 高須くんはそんなあたしの気持ちに気付く事もなく、話しを続けていく。
「北村に協力してもらって、向こうに行ってきた。移動の合間に時間をとってもらって、
櫛枝と会う事はできたんだが、余裕がなくてな。その所為で連絡できなくて……、その、
ごめんな」


173遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/10(火) 23:17:59.24 ID:9qb1Bfrv

 川嶋の涙は俺の不甲斐なさの所為なんだろう。俺は自覚しつつも、どうする事もできや
しない。一番泣かせたくない奴の筈なのに、結局の処、いつも俺自身の未熟さ故に悲しま
せてしまう。あの時の大河もきっと同じ様に感じていたに違いない……。
 今回の旅だってそうだ。俺の足りない部分を、色々な人々に助けられた。職場の先輩や
同僚達、北村に櫛枝、それに大河……。みんなが協力してくれたから、なんとかここまで
やる事ができたんだ。
 あわただしかった、この何日間かの出来事を思い出して、それぞれの助力に感謝する。


「ばか野郎っ!!」
 フロアに課長の声がこだまし、デスクと書類の隙間から同僚達の視線が飛び交う。
 まだ新人でしかない俺が、この忙しい時期に一週間以上の休暇を理由もなくとる事など
許される筈もなく、課長が説教を始めるかという所で、先輩が俺を廊下に引きずり出す。
「課長、すいません。お叱りに入る前に、この馬鹿ちょっとお借りしますね」
「間島先輩……」
「事情を言ってみろ。おまえさんの事だ、なんか理由があるんだろが」
 俺は暫し躊躇した後、先輩に向かってあらいざらい全ての事情を、正直に打ち明けてし
まった。自分にとって大事な女の為に、アメリカに行かなけれぱならないと。

 俺の独白を無言で聞いていた先輩はおもむろに立ち上がると、「俺に任せろ」と言って、
課長を少々早い昼飯に連れ出してしまった。結果から述べると、課長の説得には成功した
らしい。どういった手段を使ったのか不明だが、昼飯から戻ってきた課長は生暖かい眼差
しと、いくぶんかの笑いを共に、何も言わずに休暇申請の書類に判子を押して、俺の机に
置いていった。
 更に先輩は最低限の仕事を残して、同僚達に俺の担当分の仕事を振り分けていく。
「残ったこの分だけは、きっちり仕上げておけ。後はこっちでなんとかしてやる」
 そのまま、俺の背中を力一杯はたき、笑いながら仕事に戻っていった。後でその彼女に
必ず会わせろよ、と囁かれたのが唯一の不安だが……。

 会わせるも何も、上手くいく保証なんて何も無いとは流石に言えなかった。玉砕しまし
た、なんて結果報告をしたら、今度こそ確実にソープに連れていかれるだろう。多分、俺
のおごりで。何せ、今回は大きな貸しを作ってしまったのだから。


「じゃあ、やっぱりあの時テレビに映ってたのって、高須くんだったんだ。あんた……、
アメリカにまで行ってきたっての?」
「ああ、直接伝えなきゃならない事だからな。でないと、前と同じ過ちを繰り返しちまう
……、進めねえよ」

 だって、俺は気付いてしまったのだから。おまえの気持ちに。


174遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/10(火) 23:19:33.86 ID:9qb1Bfrv

 アメリカでの強行軍はハードだった。もとより、日本女子ソフトチームのスケジュール
がきつかったってのもあるが、慣れないアメリカの地で俺一人だけだったのなら、間違い
なく追い付く事さえ出来なかっただろう。車の手配から運転、現地での関係者との交渉に
到るまで、全てを引き受けてくれた北村のおかげだ。

 北村と再会した次の日、櫛枝と会う為にアメリカに行こうと思っていると電話口で北村
に告げると、
「そうか、ならば俺も行こう。なに、気にするな、俺もそろそろ先輩に会いたいと思って
いた所だ」
 俺はありがたく北村の援助を受ける事にした。力が足りないならば借りればいい、人が
一人で出来る事など、たかがしれてるのだ。そんな事にこだわって、肝心な物を見逃して
しまったら、昔と同じ過ちを犯してしまう。それをあいつにも伝えなければならない。

 前日からの徹夜作業を午前中でなんとか終え、職場を後にして前もって約束しておいた
用件をすまし、今は空港へ向かう途中。北村とはそこで合流の予定だ。
 本当ならもう一件、別の予定があったのだが、ご破算になってしまった。その所為で、
焦りだけが募ってしまう。
 東京の夜景を下に飛び立った飛行機は、十二時間の時間を掛けて、現地の空港へと到着
した。ここから、櫛枝の滞在する都市までたどり着くのに、車で更にたっぷりと四時間は
掛かるらしい。
「長距離バスでいいんだよな?」
「いや、そこの所は手抜かりはない」
 そこで、意外な人物の出迎えに俺は度肝を抜かれる事となる……。


175遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/10(火) 23:20:39.95 ID:9qb1Bfrv
「あ、あに……、狩野先輩!?」
「久しぶりだな、高須」
「今回時間の無駄を省く為に、先輩に車の手配をお願いしといた。助かりました、先輩」
「やはり、お前は面白い男だったな。在学中に色々絡めなかったのが、つくづく惜しい」
「す、すいません、今回は色々と手間を掛けてもらったみたいで……」
「なに、構わんさ。借りはこいつから徴収する」
 北村を指差し、余裕の眼差しを向けてくる。今以てして、兄貴の名は健在だった。
「ガソリンは満タンだ。水と食料の他、必要そうな物は詰めておいた。確認しろ」
 そう言って、キーを投げ渡す。荷物の確認する為に、北村が車の後ろに回りトランクを
開けてその死角に入った途端、俺は狩野先輩に首を掴まれ、ヘッドロックをかけられた。

「せ、先輩?!」
「色々と北村の奴に、入れ知恵をしてくれたみたいじゃないか? そっちの件はお前さん
から返してもらわんとなぁ……」
 ぐっ、俺が北村に対して行った、アドバイスやら何やらの件を言っているのだろうか。
バレているのは百も承知でトボけ通す。まさか、こんな所で伏兵にやられるとは……。
「な、何の事ですかねぇ……」
「ほー、おまえさんといい、あのチビ虎といい、キモが据わってやがるじゃねえか」
「ホンのちょっと……、昔の意趣返しってヤツです……よ」
「くくく、なる程な」
 そう楽しげに笑うと、あっさりと俺を解放した。先輩はニヤリと笑い続けながら、
「以前から、北村にしてはやけに細かい事に気が回りやがるなとは思っていたんだ。参謀
が居たんなら、納得って事だ」
「……すいません」
「ふっ、今度こっちに来る時は、ちゃんとあたしの所にも顔を出せよ、あの毒舌なお節介
も込みでな。それで、許してやる」
 相変わらず、豪快な人だった。今回は本当に上手くいかなかった場合の事を考えると、
そら恐ろしくなる。どれだけの人の助けを、借りた事になるのやら……。

「さて、行くか。とりあえず高須は少し休んでおけ」
「なに、大丈夫だ。運転を替わる事が出来ないんだから、その分付き合うさ」
「気持ちはありがたいが、おまえあまり寝て無いだろ? 仕事も無理してたんだろうし。
……それに、途中の飛行機の中でうなされてたぞ」
「……」
「向こうに到着するまで、たっぷり四時間はかかる。フラフラの状態で櫛枝と会うつもり
なら、やめておいた方がいい。あいつのテンションの高さは、徹夜明けの頭にはキツイと
思うがな」
「はは、なんだそりゃ」
「俺の事なら心配するな、旅慣れてるから飛行機の中でしっかりと寝させてもらった」

 冗談に笑い返すも、北村の忠告を有難く受ける事にした。車から伝わる心地良い振動に
時間を掛ける事もなく、俺はゆっくりと深い眠りの中に落ちていった。


176遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/10(火) 23:26:22.97 ID:9qb1Bfrv

 櫛枝には前もって連絡を入れようとしたのだけれど、時間の無さと、セキュリティ上の
理由から直接やり取りをする事は叶わなかった。櫛枝のお袋さん経由で、連絡だけは届い
てる筈なのだが。

 目的のホテルのフロントで、北村に櫛枝を呼び出してもらう。
 俺達が到着した時、櫛枝達はマスコミの前でインタビューを受けている真っ最中だった。
会見が終わるタイミングを見計らって声をかけようとしたのだが、俺の姿を見咎めた警備員に
捕まって拘束される事態となってしまった。
 その反省を込めて、俺はロビーの一角で落ちつかなげに縮こまる。とりあえず、俺の面
に対する印象は万国共通だという事だけは確認できた……。本当に俺一人だったら、どう
なっていたか分からない。たぶん、今頃牢屋にでも入っていたのだろうか……。
 そんな風に落ち込んでいると、ホテルのエレベーターから溌剌とした女性が降りてきて、
キョロキョロと辺りを見回す。

「櫛枝、こっちだ!」
 ホテルのロビーで待っていた俺達の元へ、櫛枝が走り寄ってくる。
 膝丈までのトレーニングパンツにタンクトップ、その上にロキシーのラッシュガードの
パーカーを羽織り、そこから伸びた手足はこんな季節だというのに、うっすらと日に焼け
褐色に色味を帯びていた。まるでこれからトレーニングにでも行くような軽快さだ。
 しかし、あらためてこうしてみると、櫛枝も川嶋とは違った意味で、特別な人種である
んだなという事を自覚する。

「や〜、お久しぶり。こんな所で君らと再会できるなんて想像もしなかったよ」
「すまないな。突然、押しかけたりして」
「北村くんはともかく、高須くんまで一体どうしたんだい? わざわざ応援に来たって事
でもないだろうし、海外旅行け?」
「今回、俺はガイドみたいなもんだ。……頑張ってるみたいじゃないか、櫛枝」
「まあね、親善交流試合といえども、手は抜けないさ〜。実力を測る、いい機会でもある
しね。そうだ、こないだの壮行会ありがとね。おかげさまで、活躍出来たよ!」
 バットを持ってスイングをする様なそぶりに、幾人かの視線がこちらへ向けられるが、
櫛枝は気にも止めない。
「高須、俺は向こうでコーヒーでも飲んでいるから、終わったら呼んでくれ」
「おう、すまんな」

 人込みの中にまぎれていく北村を二人で見送り、テーブルに向かい合う形でソファに腰
を降ろす。二人っきりになった途端、櫛枝の雰囲気がわずかに変わった事に気が付いた。
「今日はおまえに話しがあって、……な。こっちに来たんだ」
「……うん、大河から電話貰った。聞いてるよ」
「そうか……」

 その反応から、櫛枝は俺がどんな話しをするのか察しているのだろう。
 櫛枝のおちゃらけた表情は顔を潜め、学生時代を含めても数度しか見た事のない、儚げ
な素顔が顔を覗かせる。櫛枝だけじゃない、大河も、川嶋も普段の表情とは別に、色々な
モノを抱え込んで生きているんだ。
 俺はそれに気づいてしまった。だからもう、昔のように誤魔化して逃げる事も、立ち止
まることも許されない。自分の気持ちの問題だけではないのだから。それを見過ごして、
この先、生きていったとしても、俺は今後の人生において誰かを愛する資格など、永遠に
失ってしまうだろう。

177遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/10(火) 23:27:19.87 ID:9qb1Bfrv
 笑っているようで、泣いている様にも見える不思議な櫛枝の表情に、何処から語るべき
かと自分の中で言葉を整理する。そんな俺の様子を悟ってか、櫛枝が先制をとって言葉を
発した。

「高須くん、ゴメン! まず、最初にあの日の事を謝っておくよ。私は高須くんの気持ち
を無視して、傷つけて、利用した。どんな理由があろうとも許される事じゃなかった」
「……もう昔の事だ。それに、あれはおまえが大河の為にやった事だろう? 結局、俺は
自分の事しか考えずに、逃げちまった訳だしな」
「それでも、だよ。たった一言、謝るのにこんなに時間を掛けてしまった事も含めてね」
「いや、俺も悪かったんだ。酷い事を、おまえに言った……本当にごめん」
「大河にも散々怒られちゃったよ。色々な意味でね」

 話してみればこんなにも容易い事だったのだ。相手を、自分を傷つけるかもしれないと
避けていた間隙は、たったこれだけの言葉で消えていく。五年という月日がそうさせたの
かもしれない。あの頃の自分達は、まだ子供で、鈍感で、そんな勇気を持っていなかった
のだろう……。

「不思議だね、こんな所で二人して、あの日の事を語る日が来るなんて……」
「……そうだな」
 しばしの間、二人して窓の外の風景を眺めやる。何処までも果てしなくひろがる青空の
下に、異国の景観が広がっている。漂う空気の香りや、感触まで違うように感じるのは、
俺の気持ちが変化した所為だろうか……。確かに何かひとつの事を乗り越える事が出来た
様な気がする。

「あの時、こんなふうにちゃんと謝れていたのなら、違った未来もあったかもしれないの
にね。一度はわかり合えたと思ったんだけど……、失敗しちゃった」
 その言葉に、今目の前に居る彼女の姿が過去の姿と重なって見えた。
 白のブラウスにオリエンタルブルーのプリーツスカート、エンジ色のジャケットをはお
り、すみれ色のリボンを締め、髪は今よりもう少々、長かったかもしれない。大橋高校の
制服を着て校内で笑顔振りまく彼女。柔らかい頬のラインや、瞳の印象は変わらないが、
今の櫛枝は精悍さが増して、あの頃とは違う大人の女性の雰囲気を纏っている。
 記憶の中のイメージと現実との差に、俺は櫛枝の事をどこかであの日の記憶のまま、留
めていたという事を知る。昔は目を閉じるだけで、その姿を思い起こす事が出来たという
のに。
 櫛枝実乃梨……、俺が想い、恋焦がれ、求めてすれ違い、追いかけて掴めなかった人。
遂に心を通わせる事が叶わなかった少女は、俺の目の前で懺悔の様に言葉を紡ぐ。

「私が高須くんの告白を逃げたのはね……。もし、その言葉を高須くんをから告げられて
しまったら、断りきれる自信が無かったからなんだ。大河の事があったとしてもね」
 聞かなければ、耐えられたから。
「櫛枝実乃梨は、そのくらい高須竜児にメロメロだったって事さ」
 あの頃の私には、高須くんの頭上にキラキラと光り輝く円盤さえ見る事が出来た。それ
は幻でも、幽霊でもなく確かに見えたもの。その光の中に二人で歩んでいく未来を、私は
見たのかもしれない。もし、クリスマスイブのあの日、大河の涙を……、絶叫を知らなけ
れば、私が手に取っていたかもしれないもの……。
「相変わらず肝心な所で大エラーだ。ちょっと遅かったね、櫛枝は」
 私には心の中で一つだけ、願掛けをしていた事があった。でも、その事を高須くんには
教えない。何時か、そうだ……、あーみんにだけは伝えよう。


178遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/10(火) 23:28:35.93 ID:9qb1Bfrv
「ほんちょっとだけ……、私達は掛け間違えちゃったんだろうね」
 櫛枝は言った、『……怖いよう』と。夕暮れの放課後、グレてしまった北村に会う為、
欅の歩道を二人して歩いたあの時。たぶん、あれが互いに踏み込んだ最初の時。
『高須くんが、私のことが全部わかったら――そしたら、きっと』
 あの時に言った言葉を、俺はいま違えようとしている。あの日のケンカ別れの様な曖昧
な形では無く、完全な決別として。

「櫛枝、ごめん。俺は……」
「いいんだよ、高須くん。大河に呼び出された、あの日……。私はやり方を間違えてしま
ったけれど、その行為自体に後悔はしていないから」
 決然とした表情で言い放つ。その言葉には躊躇や迷いが微塵も感じられない。
「おまえは、本当に強いな。……見習いたいよ」
「私には夢があるからね。だから、高須竜児への恋は叶わなかったけど、頑張れる」
「……」

「高須くんは、また恋をする事ができたんだね」
「叶うかどうかは、まだ分からないけどな」
「大丈夫、私の惚れた高須くんなら、必ずやり遂げる! それに、やっぱりあーみんだけ
は、全部ちゃんとわかっていたんだよ」
 顔を上げた櫛枝の瞳からこぼれ落ちた一粒の涙に、太陽光が一瞬だけ反射する。まるで、
レンズフレアの光彩の様に……。
「だから、櫛枝はそんな二人にエールを送るよ」
 櫛枝は唐突に右手のこぶしを俺の唇にチョンと当て、そのままそのこぶしを自分の胸に
しまい込むように……、大事な宝物をしまい込むように胸の前で両手で包み込む。
「私の友人二人が、結ばれるかもしれないんだ。こんなに嬉しい事はないよ。だって、
今ではその二人は私にとってかけがえのない、親友といえる存在なんだから。高須くん、
今度は絶対に逃がすなよ!!」
 太陽の笑顔を持つ彼女は、やはりどこまでも眩しく輝いていた。

 学生時代に始まった俺の片思いは、決着を付けぬまま五年もの歳月の間くすぶり続け、
こんな形で終わりを告げた。
 そして、俺は次の恋を始める為に足を踏み出す。櫛枝のエールを受けながら……。


179遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/10(火) 23:29:20.33 ID:9qb1Bfrv
今回の投下分は以上で終了です

だいぶクライマックス近くなってきました
期待を裏切らないようにこのまま頑張りたいと思います


感想もろもろ感謝です

180名無しさん@ピンキー:2012/07/11(水) 00:05:48.32 ID:vd77py2Z
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

間島先輩=面倒見のいい風俗に誘ってくれる先輩

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

駄目だ、脳内再生されてしまう・・・
そしてみのりんかっこいい。
181名無しさん@ピンキー:2012/07/11(水) 00:07:00.15 ID:uCzGvMxW
>>179
おおっ!今日もGJです。
この細切れ感が渇きを増すのです。
182名無しさん@ピンキー:2012/07/11(水) 00:40:45.46 ID:y9uX+s5n
GJ!
定期的に投下されるのは日々の励みになります
183名無しさん@ピンキー:2012/07/11(水) 04:09:32.91 ID:J/Z1GQVs
兄貴キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
GJ!
184名無しさん@ピンキー:2012/07/11(水) 15:06:22.55 ID:c5Ggm3t+
泥酔していたとはいえ、あの竜児が実父と同じように
寄った勢いで中田氏ってのは信じられん
何か意図があったのではないかと考えてしまうが
185名無しさん@ピンキー:2012/07/11(水) 16:46:25.25 ID:RWasSY2d
まさか、あーみん…
186名無しさん@ピンキー:2012/07/11(水) 19:50:49.45 ID:swJfcm5t
だ、だいしゅきホールド・・・
187名無しさん@ピンキー:2012/07/11(水) 21:03:45.14 ID:J/Z1GQVs
>>184
原作やアニメで父親のそういった描写はされてたっけ?
単に酷くだらしないって言いたいのかな
188名無しさん@ピンキー:2012/07/11(水) 21:26:39.14 ID:RWasSY2d
原作でも特に触れられてなかったと思う
189遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/11(水) 22:33:15.48 ID:f+fxuUAl
『遅く起きた朝に』

たいした事ではないのですが、一箇所ミスがありました。

誤:
「高須くん!? どうしてここに?」

正:
 ―――― 【06】

「高須くん!? どうしてここに?」

>>169
から六章目になります、申し訳ございません


次から投下します
190遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/11(水) 22:34:37.50 ID:f+fxuUAl
「実乃梨ちゃん、元気だった?」
「ああ、相変わらずだったよ。今度、日本に戻ったら時間作って、川嶋にも会いに行くっ
て言ってたな」
 それは、あたしに対して告げる言葉があるって事なのだろうか……。
 高須くんは実乃梨ちゃんに会ってなにを告げ、その言葉に実乃梨ちゃんはどんな選択を
したのだろうか。聞く事はできたが、怖くてその問いを発する事があたしにはできない。
だって、大河と会い、実乃梨ちゃんと会う為にアメリカへ飛び、最後にあたしに話がある
という……。これって、どう考えても失恋エンド、まっしぐらじゃん。そりゃ、どっちに
しろ高須くんの気持ちを受ける権利なんてあたしには無いけどさ……。だからといって、
その事実に何も感じない訳ではないんだよね。

「これ、櫛枝からお前にだって」
 手渡された袋の中には、球状の物が一つ入っていた。
「なに、これ? 野球の……球?」
 川嶋の手には野球の球ではなく、一回り大きいソフトボールの球があった。少々薄汚れ
たボールの表面には、サインペンでWあーみん、高須竜児ゲットだぜっ!!Wと、書かれ
ていた。
「高須くんにぶつけろって事かしら?」
「おまえ、分かってて言ってるだろ」
 おちゃらけた言葉で誤魔化そうとしたが、上手くいったか自信がない。このメッセージ
って、つまりそういう事だよね。高須くんは実乃梨ちゃんと……。
 実乃梨ちゃん風に言うならば、ウイニングボール。勝利宣言。

 言葉のはしが震えそうになり、あたしはなにも言えなくなる。やべっ、涙が出そうだ。
絶えろ、あたしの涙腺。当分の間は泣き顔の撮影シーンがあっても、即座にいけるだろう。
そんな風にでも考えて自分を誤魔化さないと、辛くて耐えられない。

 櫛枝のメッセージを受け取ってから、塞ぎ込みがちに見えた川嶋の様子が、また一段と
あからさまにおかしくなる。またこいつは、俺の言葉の端から何かを察して、色々と考え
こんでいるのだろう。だから、俺はこいつをほっとけないのかもしれない。
 メッセージの意味は、……つまりはそういう事なんだろう。本当に櫛枝は櫛枝だったて
事だ。大人びた容姿ほどには、頭の中身は変わっていないらしい。
 しかし、そこで俺はもう一つのメッセージに気が付いた。
「川嶋、裏にもなんか書いてある」
「え?」
 ボールを回して、もう一つのメッセージに目を通す。

”P.S.本当に大事な物だったら、罪悪感なんて気にせず掴み取れ!”

「罪悪感? 何処かで……、どういう意味だ。 川嶋?」
 そっか、そうだよね……。実乃梨ちゃんは吹っ切れたんだ……。ちゃんと、自分で掴み
取ったんだね……。
 あの時、実乃梨ちゃんに囁いた言葉が、回り回って今のあたしに返ってきた。ただし、
問い詰める言葉としてでは無く、勝者からのアドバイスとして……。実乃梨ちゃんの事だ、
嫌味とかそんな深い意味合いを込めて、この言葉を伝えたのでは無いのだろうけど、今の
あたしには辛過ぎる。ゆっくりと、視界が涙で滲んでゆく。
「うっ……、くっ……」
 堪え切れずに、涙の粒がひと筋頬を流れ落ちてゆく。流れた涙が呼び水となり、次から
次へと、とめど無く涙が零れ出す。どうする事もできずに、あたしは嗚咽を上げてその場
にしゃがみ込んでしまった。


191遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/11(水) 22:36:48.42 ID:f+fxuUAl
 川嶋の涙に、ぎょっとして慌てて駆け寄ろうとした所で携帯の着信音が鳴る。本来なら
ば無視する所だが、この着信音はあいつからの物だ。携帯をとりだし、通話ボタンを押す。

『バカ犬! なにあんた、ばかちー泣かせてんのよ!!』

 音量を落としてあるというのに、周囲に響き渡る虎の一喝。その、あまりの迫力に川嶋
の注意もこちらに向く。
「ひぐっ、……タ、タイガー?」
「おぅ、すまん。その、俺の……所為だよな? どうも、壮絶にすれ違っている様な気が
する……」
『はぁ……。アンタは、唯でさえ勘違いされやすい凶悪な顔面してんだから、言葉くらい
は上手く伝えなさいよ』
「くっ、そうだな……。大河、更にもうひとつ問題が発生したんだが……、携帯の電源が
持ちそうにもない」
『なんで充電しとかないのよ!』
「仕方ねえだろ。日本に着いて直ぐにここに向かったから、充電してる暇なんて無かった
んだよ」
『あぁ〜、もうめんどくさい! ばかちーの携帯に掛けなおすから、電源入れとくように
言っといて』

「川嶋……」
 呆然として事態を窺うあたしに高須くんがハンカチを手渡す。
「また俺がなんかやっちまったんだろうな……。すまねぇ、わかってやれなくて。とりあ
えずほら、これで涙拭け」
「にゃ、なによ……。別にあんたなんか関係ないわよ」
 鼻声の為、語尾まで情けない。渡されたハンカチを掴みとり、涙を慎重にぬぐい取る。
お化粧が酷い事になってないようにと、心の中で祈りつつ。
「あと、携帯の電源落としてるだろ。悪いけど電源入れてくれ」
 そんな女心を察する事も無く、高須くんは催促をもとめてくる。何処のどいつの所為で
泣いてしまったと思ってるんだっつーの。
「……電池切れた」
「おまえ、仕事の時は携帯二つ持ち歩いてるだろうが」
 これだから、付き合いの長い奴は苦手だ。咄嗟にウソをついても、手の内がバレている
から通じない。
 鼻を啜りながら、無駄な抵抗を諦めて携帯の電源を入れる。途端に鳴り響く、着信音。
タイガーからのものだ。
 ……覚悟を決めて通話ボタンを押す。


192遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/11(水) 22:38:06.33 ID:f+fxuUAl
『ばかちー? いつまで待たせるのよ。寒いんだから早くしてよ』
「あんた、もしかして近くに居るの?」
 あたしは辺りをキョロキョロと見回すが、タイガーの姿を見つける事は出来なかった。
『ふふん、私は天界からアンタ達を見下ろしてんの。季節外れの時期にも関わらず現れた
優しいエンジェル大河さまが、恋に迷える哀れなばかちーに声を掛けてあげてんだから、
少しは感謝しなさいよ』
「な、なによ、フラれ同盟でも作ろうっての?」
『はぁ?! アンタと一緒にするんじゃないわよ! 私の仲間はみのりんだけよ』
「相変わらず仲がよろしいこって、ケッ! で、いったいあたしに何の用よ。亜美ちゃん、
いますこぶる機嫌が悪いんですけど」
『本当に相変わらず、アンタはばかちーね。我ながら、ぴったしのネーミングだったわ。
バカ犬同士、本当にお似合いよ。私はね、飼い主としてバカ犬がちゃんとやれるか心配で
ついて来ただけよ』

 ボリュームを落としたとはいえ、よく通る大河の言葉は携帯越しでも俺の耳まで届いて
くる。二人の間で交わされる会話の内容から、川嶋の心理状態というか、思考状態を推測
する……って、間違いなく逆の意味で受け取ってるよな……。
 昔にも思ったような気がするが、やっぱり大河と川嶋って似たもの同士なんだと再認識
する。殴られたくないから口には決して出さないが、ちょっとだけ、自分の女性に対する
好みに、多少の不安を覚える。

『アンタ、バカだから恋人なんて出来ないでしょ。そこの駄犬はアンタにお似合いよ』
「言ってる意味がマジわかんないんですけど!」
『何時もモテなくて男に苦労しているアンタに、そこの駄犬をあげるって言ってんのよ!
 私は飼育放棄させてもらうわ』
「はぁ!? 亜美ちゃん、モテまくりだっつーの! 大体、彼氏の……、えっ?!」
『ばかちーにも、分かる様にもう一度だけ言ってあげるわ。竜児はアンタにあげる。それ
だけよ』
「えっ、えぇ……! タイガー、あんたなに言ってるのか、分かってるの?」
『うちの犬がサカりに入っちゃったみたいなんだもん、仕方がないじゃない』
「ひでぇ言い方だな、おい」
 高須くんは苦笑いしながらも、今の会話に否定の態度を示さない、それって……。
「意味わかんないんですけど……」
『いい歳なんだから、いいかげん彼氏の一人位作っておきなさいって事よ。要領悪い上に
臆病者なアンタじゃ、この先も期待は出来ないだろうしね』
「あんたにだけは、言われたく無かったわ。本当にマジで……」
『見栄張らない事ね、わかったかしら?』
「高須くん、どういうつもり? ふたりして、あたしの事からかってるの!」

「川嶋……。さっきも言ったけど、あらためておまえに話がある」
「な、何よ……、いまさらあたしに何の用があるってのよ」
 高須くんの表情は真剣で……、声の調子まで普段と違って聞こえる。冗談やおふざけを
挟む余地もなく、あたしはこの後の展開を予想しない訳にはいかなかった。コートの袖を
掴んだ指先に無意味に力がこもる。


193遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/11(水) 22:39:21.79 ID:f+fxuUAl
『竜児、アンタもちゃんと憶えときなさいよ。今回は許してあげるけど、今度ばかちーを
泣かせたら、モルグに叩っこんでやるわよ、いいわね?』
「おう、心得ておく。大河……」
「なによ?」
「ありがとう」
 そのひとことに、言い表わせないほどの想いと、心の底からの感謝の意を添える。空港
まで迎えに来てくれたのも、川嶋を一緒に探してくれたのも、今俺がこうしてここに居る
のも、みんなお前のおかげだ。
 俺は大河に対して望む様な答えを出せなかったのに、大河は俺の為に協力を申し出てく
れた。
「だって、私は虎でアンタは竜なんでしょ。なら、そこから先に理由なんて要らないわ」

『……竜児』
 例え、携帯越しだろうと、横で見ていたら分かる。二人の結びつきの強さと、その信頼
に。高須くんとタイガーはあたしがもってない、確かな絆で結ばれている事を。なのに、
タイガーは身を引き、高須くんを託すと言った。実乃梨ちゃんじゃなくて、なんであたし
に? 混乱は拍車かけて、あたしの頭は冷静な判断ができなくなっている。

『……ばかちー、こっから先はそこのバカ犬のお仕事だろうから、私はお暇させてもらう
わよ。じゃあね』
 なんの余韻もなく唐突に通話を打ち切られ、辺りに沈黙が立ち込める。

「とりあえず、最初に誤解をといておきたいんだが……。いいかな、川嶋?」
「な、何よ……」
「俺が大河と櫛枝に伝えた言葉は……」
 高須くんはあたしの視線を捕らえ、『へへ、このアマ逃がしたりはしねからな』とでも
いう様に睨み付けている。その三白眼の眼球に対して異様に薄く小さい黒目から、視線を
逸らす事はあたしには出来なかった。

「好きなヒトができた。心の底からコイツだけだって言えるヤツができたんだ……って、
事を伝えてきた。そいつはおまえ達も知ってるヤツで、性悪な腹黒の癖に臆病でお人好し、
そんなヤツだってな……」


 残った階段をゆっくりと駆け上がり、川嶋に追いつく。二人を隔てていた距離はゼロに
なった。
「これで、追いついた。同じ地平の、同じ道、だったよな、確か」
「……よく、覚えてたわね」
「すまねぇ、こんなに時間が掛かっちまった」


194遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/11(水) 22:40:40.64 ID:f+fxuUAl
 足元の実感が唐突にフッと無くなり、どこまでも落下していくような奇妙な感覚が身体
に纏わりついて、ふらついてしまう。実際の話、あたしの足は震えていた。
 いくらあたしでも、そこまで言われたら理解できない訳がない。いや、理解しない様に
してただけなのかもしれない。ただ、以前にあたしが言った言葉を、高須くんがちゃんと
覚えていてくれた事が、無性に嬉しくて堪らなかった。体温が上昇し、顔に熱がこもって
くる。赤くなった顔を隠すため、うつむいて高須くんの視線から逃れるようにする。

 妙に薄れた現実感の中で、あたしは疑問を投げかける。
「でも、実乃梨ちゃんからのメッセージは……」
「逆だ、ぎゃく!」
「えっ……?」
「よく見て、もう一回考えてみろ。思い込みは無しでな」
 あたしは再度ボールを手に取り、表面に書かれているメッセージを読み解いてみる。

 ”あーみん、高須竜児ゲットだぜっ!!”

「……あ、あっ!」
「判ったか? ”あーみん、私は高須竜児をゲットしたぜ”じゃなくて、”あーみんが、
高須竜児をゲットしたぜ”って事なんだろうな……」
「はっ、はは……、ははは」
 脱力感に自然に笑いがこみあげてしまう。魂が抜け出てしまうという感覚を、あたしは
知った。実乃梨ちゃん、あんた意味深すぎだよぉ……。
「おまえも、結構ドジというか……、アレだよな」
「あんたみたいなバカに、言われたくない……」
「お、おぅ。まぁ、櫛枝には毎度の事だが、振り回されるよな。特におまえは……」
「じゃあ、こっちのメッセージも」

 ”P.S.本当に大事な物だったら、罪悪感なんて気にせず掴み取れ!”

「罪悪感の意味が俺にはイマイチ理解はできないが、思い当たる事はあるんだな?」
「うん……。実乃梨ちゃん、ごめん……あたし。ごめん……」
 全然ダメじゃん、あたし。勝者からのアドバイスどころか、臆病なあたしを後押しする
為の言葉だったというのに……。
 再び涙であたしの世界は滲んでゆく。

 涙を流し、想いにひたるあたしが落ち着くのを見計らって、高須くんが手を差し伸べて
きた。一瞬躊躇してしまうが、結局は彼の手を取って立ち上がる。再度、高須くんのハン
カチで涙を拭い、彼に対して向き直る。
 しかし、あたしの罪悪感は消えた訳ではない。


195遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/11(水) 22:42:12.62 ID:f+fxuUAl

「俺は、おまえが転校するかもしれないと言ったあの時、泣きながら走って行くおまえを
ただ見送る事しか出来なくて、死ぬ程後悔したんだ。なんで、追いかけなかったのかって
……。こんな形で別れて、そのまま記憶の中のひとりになって忘れられてしまっても満足
なのかって、な」
 最初は単なる意地だったのかもしれない。おまえにだけわかった様な顔をされて堪るか、
俺だって色々と考えて悩んでいるんだ。たんに嫌われるならともかく、こんな形でおまえ
に勝ち逃げされてしまう事を、ぜったに許容はできなかった。見返してやりたかった。
「川嶋亜美に負けたくない、都合よく忘れられたくない、おまえに対等だと認められる人
間になりたいって、心の底からそう思ったんだ。それでも、立ち直るまでに、一ヶ月以上
も掛かっちまったんだけどな……」
「想像以上にナイーブなのね」
「おぅ、ガラスのハートで出来てんだ」
「じゃあ、やっぱりあの日、ダメになったのはあたしの所為だね」
 足元に落ちていた小石をヒールの爪先で弄びながら、あたしはつぶやく。
 あの日、高須くんがタイガーを追いかけて行かなかったのは実乃梨ちゃんの事があるに
しろ、あたしに対する引け目があったからということだ。あたしの気持ちを知った上で、
自分が誰かを追いかける事など出来なかったのだろう。
 あたしが居ないか、余計なちょっかいを出していなければ、あの時の結末は違っていた
のかもしれないと考えずにはいられない……。


 その時、彼の一番近くでずっと一緒にいた少女は、実は彼の事が好きで好きでしょうが
なかったのです。

 しかし、少女は自分の大事な親友の為に、自分の気持ちを押し殺していました。

 赤い髪の女の子はそんな少女の想いを知っていて、自分の本心を少女に述べます。
『私は彼を選ばない、だからあなたは自分の気持ちに正直になるべきだ』と。

 彼と少女は赤い髪の女の子の気持ちを知り、その上で互いの気持ちに気付いて、物語は
ハッピーエンドへと向かいました。めでたし、めでたし……。

 しかし、現実はそうはなりませんでした。

「何故ならそこにもう一人、彼を好きな彼女が居たからです。彼女は寂しさに耐えられず、
自分の気持ちを彼に伝えてまったのです。『あたしの事も見てよ』と……」

「彼は困りました。自分が誰かを選ぶ事で誰かを一人ぼっちにしてしまう事に気付いたの
です。知らなければ、ステキなハッピーエンドが待っていたというのに……」

「突然知ってしまった二人の気持ちに、ヘタレな高須くんは警察を振り切って逃げ出して
しまったのでした。めでたし、めでたし……、ちゃん、ちゃん」
「って、おい。なんだ、その言い回しは?」
「でも、事実でしょ?」
「まぁ……、何の影響もなかったとは言えねぇな、流石に」
 大きなため息をついて、夜空を見上げる。
 高須くんは優しすぎるのだ、残酷なほどに。それは彼の生い立ちがなせる事。恐れられ
、阻害されてきた彼は誰も傷付けない様に生きていくしか他に道がなかったのだ。自分を
犠牲にする事も厭わないほどに。




196名無しさん@ピンキー:2012/07/11(水) 22:44:19.54 ID:y9uX+s5n
C
197遅く起きた朝に ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/11(水) 22:44:59.54 ID:f+fxuUAl
今回の投下分は以上で終了です

>>184
一応、本編前夜のプロットというか骨子みたいなのはあるんですが
、今現在語るのもアレなんでそのうち機会がありましたら

ちなみに私も竜児が意識あったとしたら、そんな事にはなってなかったと思ってます
竜児のアイデンティティのひとつですから

アニメでも議論ありましたよね、爺ちゃんの家でやったか、やらなかったか

ではでは
198名無しさん@ピンキー:2012/07/11(水) 23:08:25.19 ID:Srbr7BpN
興味ねえし早く終わらねえかな
199名無しさん@ピンキー:2012/07/11(水) 23:51:57.28 ID:BwrIg/wK
書き上がっているなら一回の投下分をもっと多めにすりゃ…と思ったけど、規制で無理なんかね
こんなSS書いておいて竜児のアイデンティティとか言われてもな
そこは開き直っとけよ
200名無しさん@ピンキー:2012/07/11(水) 23:58:48.38 ID:f+fxuUAl
確かにこんな流れで毎日投下とか、迷惑の限りでしたね
気が回らずにご迷惑おかけしました

こんな形で終了する事になるのもあれですが、
ありがとうございました
201名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 00:00:06.99 ID:puOy0Gj1
GJ。
酔っ払って父親も何も頭から無くなって完全に本能で襲ったってことかなあ
202名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 00:02:21.46 ID:mjxx83Cx
>>200
はあああああ???
おいおいおいおいいきなり終わるなよおおおおおおおおお
アホからちょっとネガティブなこと言われただけでハイ終わり、は無いだろw
メンタル弱すぎるわwww
俺は待ってるからな!続きを!
203名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 00:03:09.33 ID:NCqdf99X
ん、よく分からん流れのまま終わりかい?

達者でね。
204名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 00:17:16.61 ID:5mx6Fjl7
また書くこともできない癖に文句だけは一人前のゴミクズのせいで過疎るのか。

これだけの量を短期間にありがとう、今度は違う作品で何か書いてくれたら有り難いな。
205名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 00:18:11.75 ID:mjxx83Cx
いや・・・ちょっと、マジでこんなハンパな形で終わらないよな?
最後まで書け〜!
206名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 00:20:32.62 ID:4TxcLyQi
批判に負けるくらいなら書くなっていう…
つか過疎スレで作家追い出してどうすんだよ
207名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 00:42:41.70 ID:ohfc33lg
≫200
作者様、前回分まで投下後のコメント見てらっしゃいますよね?
私を含め、楽しみに待っている人もたくさんいると思います。
二次創作の物語ですから、感じることも人それぞれ。
気持ちは重々お察ししますが、最後まで頑張って
あーみんしあわせにしてやってください。
208名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 01:19:30.09 ID:Gfo91vqJ
ここで止められるのは生殺しに近いなあ。
209名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 01:39:57.07 ID:5Aqk2sN4
ゴミクズは気になさらず、続きをよろしくお願いします。
まだまだ楽しみにしています。
210名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 01:47:26.48 ID:PV9kf2/R
きめぇ流れだな
211名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 02:06:32.43 ID:bnWFOLLl
いきなり現れた愉快犯は気にしないで続けてほしいね
過疎の話は別にしても十分面白いと思ってるし
212名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 02:25:39.58 ID:qB1KEF7H
>>200
絡んでるのはあらしだぞ。そんなの気にしちゃいけません

あなたの作ったものを楽しんでる人も多いし、
第一、ここまで頑張ったものを放り投げるのは勿体無いよ
213名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 11:41:03.00 ID:xPPhizpx
>>200
ここでは罵詈雑言を浴びても平気なツラして投下しないとSS書きは務まりませんよ
何が言いたいのかというと

GJ、続きまだー?
214名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 21:18:06.90 ID:IhUVgDgb
GJ

ここで終わりなんて‥‥そんなの、そんなのないよ(迫真)!!
215名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 22:25:40.31 ID:3qiIaDqE
アホくさ
216名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 22:33:03.50 ID:xPPhizpx
というKYは昔からいたからなあw
217名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 22:36:41.78 ID:qB1KEF7H
>>215
君、むかしからずっと居るよねw
218名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 22:53:03.40 ID:bnWFOLLl
本編もアニメもずっと前に終わって過疎ってるスレで成りすまし荒らしとか、もうちょっといい趣味はなかったもんかね
まあエロパロでいっても説得力ないだろうけどw
219名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 22:54:42.10 ID:R4pMeytf
ここはとらドラ専用スレじゃないんだがな
220名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 23:28:28.12 ID:2W7IEwCy
エバグリはよ

あっ、ゴルタイでもええよ
221名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 23:53:40.14 ID:gA7Gi9H3
秋ちゃーん
エバグリは温ちゃんがかわいい
222名無しさん@ピンキー:2012/07/12(木) 23:57:38.37 ID:CWWFB4K6
秋ちゃんと二次元くんのエッチをずっと待ってるんだけど
223名無しさん@ピンキー:2012/07/13(金) 22:53:43.43 ID:vwOZSTbl
ラブラブエッチまで時間掛かりそう
だがそれがいい
224名無しさん@ピンキー:2012/07/14(土) 04:10:38.76 ID:icZ6O1DF
最近は◆7/kVPJRBhssDさんの投稿が多いけど、煮豆氏も174さんも、投稿できるなら全力でワッフルしますよ
225名無しさん@ピンキー:2012/07/14(土) 06:20:01.71 ID:ow5ztbOj
プレシャスメモリーズ、露骨にねらった絵柄できたなw
しかし、カードゲームやらんしなぁ……う〜む
226名無しさん@ピンキー:2012/07/15(日) 11:25:37.46 ID:i9lrc10r
ホントにやめちゃったみたいだな遅く起きた朝にの人…
227名無しさん@ピンキー:2012/07/15(日) 21:47:21.44 ID:11G94omg
是非再開してもらいたいです。
228名無しさん@ピンキー:2012/07/15(日) 23:45:57.23 ID:CPGoqouB
書くのって大変なのは解ってるけど、完結してもらいたいもんだ。
すごく楽しんでただけに
229名無しさん@ピンキー:2012/07/16(月) 00:00:45.89 ID:WPxZC24c
あの作品のおかげで、亜美ちゃんが二人を破滅させて高須君を奪い取る話を書き続けたくなくなりました。
230名無しさん@ピンキー:2012/07/16(月) 00:03:00.75 ID:pSENzORV
はー亜美ちゃんかわいい
231174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:00:11.02 ID:/3CAMhVF
SS投下

「まざこん!」
232174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:01:10.70 ID:/3CAMhVF

その日の昼休み、教室内は昼食をとっている生徒たちで賑わっていた。
そこどこでは向かい合わせた机を挟み、みなそれぞれ雑談に興じつつ、限られた時間をのんびりと過ごしている。
つつがなく進むいつもどおりで退屈で、和やかな光景だ。
この一角以外は。

「あーあ。なあんで亜美ちゃんがてめえなんぞとお昼一緒にしなくちゃいけないんだか」

窓際の席を拝借し、室内に設けられているヒーターと差し込む日光による二段構えの暖を取っている亜美は、不承不承に口を開いて、コアラの形に飾り切りされたウインナーを放り込んだ。
可愛らしい見た目とは裏腹の胡椒のきいた味付けに思いのほか食欲が刺激され、箸が進む。
次の獲物は色鮮やかな黄金の出汁を溶かした卵焼きにしようとした矢先、向けた箸先を力尽くで退かせ、お宝を盗んでいった不届き者が現れた。

「こっちの台詞よ。あと勝手に食べんじゃないわよ、それ竜児のなんだから」

プラスチック製の箸ごと一緒に噛み砕きそうな勢いで、攫っていった卵焼きを租借しているのは大河だった。
睨む瞳は機嫌の悪さをありありと物語り、吊り上がった眦と合わせて、近づき難い雰囲気を醸し出している。
辛うじて彼女の腰を下ろさせているのは卓上に広げられた竜児お手製の弁当の存在があってこそだ。
でなければ、煮え滾った溶岩が火口から噴出すように、大河はそのストレスの捌け口を求めて飛び出していってしまうかもしれない。
宥め賺す竜児は、しかし今は傍にはいない。
午前の授業が終わってすぐのこと、昼食をとるため弁当を広げようとしていた最中に教室から出て行ってしまったのだ。
直前に携帯電話を耳に当てていたことから誰かと話をしていたのはわかったが、それが誰なのかは亜美にはわからない。
いつもなら輪を囲んでいるはずの麻耶と奈々子は二人そろって学食へ。
今日に限って昼食を持参してこなかったようで、なにもそんなところまで仲良しこよしでなくてもいいだろうに。
もちろん亜美も学食で食事をとろうと思っていて、その前に自販機コーナーで飲み物でも買おうかというところに、「良かったら食っちまってくれ」と竜児から押し付けられたのが、今彼女が手をつけている弁当箱である。
食べるものなら無くはなかったのだが、通学カバンの中には教科書の座布団になってしまっていた、たいして味気のない菓子パンとサンドイッチだ。
手作りの魅力には到底及ばない。
腹の虫も素直なもので、目にした途端にきゅうきゅうと、捨てられそうな子犬よろしく小さく小さく鳴き声を上げた。
頭上に現れた秤はあれよあれよと竜児の側に錘を乗せていき、いくらもせず、申し入れを受けようと亜美は決める。
一応麻耶と奈々子の目もあるので遠慮がちにいこうとしたのだが、竜児はさっさと行ってしまっていた。
残ったのは貰ったお弁当と主人の消えた椅子と、ニヤリというかジトリというか、とにかく思わせぶりな視線を寄越す二人。
遅まきながら猛烈な気恥ずかしさを覚えた亜美は取り繕うのももどかしげであり、足早に二人から離れた。
だけど、はたと思い至る。

──やべ、このままじゃ亜美ちゃんぼっち飯じゃね?

多感な思春期にとって、またコミュニケーション能力を発揮すること必須の女子高生のランチとは決して一人で済ますものではないのだ。
間違っても寂しい奴だと思われたくはない。そんなのプライドが許さない。
ないのだが、しかしどうだろう。
既にそこかしこでは思い思いの面々が机を囲みあい、談笑と憩いを分かち合っている。
今さら混ぜてもらうには、些か手遅れ感が否めなくて、こんなとき真っ先に受け入れてくれる奈々子たちは、そろそろ学食に辿り着いた頃だろうか。
そこへ差し伸べられた救いの手。
「おーいあーみん、こっちこっちー!」と、何がそんなに楽しいのか、能天気にも思える笑顔が嬉しかったのは否定しない。
ほっとしつつ実乃梨の手招きに寄っていった、そんな亜美を迎えたのは実乃梨と、不機嫌さを隠そうともしない大河であった。
そしてそのまま現在に至るまで、大河の苛立ちは変わることなく続いている。
なにかにつけては細かく当り散らしてくるので、いい加減亜美も限界だった。
233174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:02:04.10 ID:/3CAMhVF

「これは高須くんが亜美ちゃんにくれたんですー。パクってんじゃねえよ、この泥棒猫」

「知らないの? 竜児のものは私のもの、私のものは私のものなの。つまりそのお弁当は私のものよ」

「どこのジャイアンだっつうのよ。ていうかあんたこそ、ジャイアニズムが通用すんのは小学生までって知らないわけ」

相も変わらず不機嫌さを顕にし、隙あらばおかずを奪おうと虎視眈々と付け狙う大河。
辟易としつつ憎まれ口で返し、実にあてつけがましい動きで亜美が竜児お手製の弁当に箸を伸ばそうとすると、負けじと大河も自分の箸を突き出してきて再度の略奪を謀ろうとする。

「いいよなー。二人のおべんとはおいしそうだなー」

器用に箸同士で対向しあう二人を、机を並べていた実乃梨がいつの間にか涎まで垂らして凝視していた。
実乃梨の視線の先は無論、大河と亜美がおかずの争奪戦を繰り広げている弁当である。
目の前にある自分の弁当箱の中身と見比べては先ほどから羨んでいるが、二人ともおかずの交換をしようなどとは言い出さない。
その場の馴れ合いよりも、彼女らは至福で魔性のおひるごはんに夢中だった。
それもただでさえ邪魔者がすでに一人いるというのに、この上実乃梨にかまけてはいられない。
偽善で腹は膨れない。友愛精神なんてクソ食らえ。女の友情とはかくも無常なものなのだ。
大橋高校欲望番外地とまで化す寸前の魔のトライアングルを形成するその一角で、チッと、実に女子高生らしからぬ可愛げのない舌打ちをしたのは大河である。

「たく、竜児ったら」

コアラにぶすりと箸が突き立てられる。深々と串刺しにされた痛ましい姿に、この場にいない誰かを投影してしまいそうだ。
大河はしばし、ユーカリの葉が大好きな愛玩動物を模したウインナーをちくちく刺して弄んでいたが、虚しさを覚えて一息に齧りつき、残りも素早くかき込んで胃に収めた。

「そういや、高須くんどこ行ったんだろうね」

紙パックのお茶を啜って、一息ついた実乃梨が言う。
きれいに完食した弁当箱を、さて洗って返すべきだろうかと、意外と女の子らしく悩んでいた亜美が首をかしげた。

「さあ? なんか急いでたっぽいけど」

一時間程度の昼休みは、すでに三分の二ほど消化されているが、未だに竜児は帰ってきていない。
お花を摘みに行ったにしては長いし、それでわざわざ昼食を人にやるだろうか。
連絡を取り合っていた様子から、呼び出されたようにも見られるが、相手の特定は難しい。
二人はうんうん呻って詮索していたのだが、いい感じの満腹感と降りそそぐ陽気で、だんだんまったり和んできてしまう。
膨れた腹をさすりさすり。自然と顔が緩んでいく。

「まっ、いっか。そのうち戻ってくるだろうし」

「そだねえ。お空もこんなに青いしねー」

すっかり亜美と実乃梨はくつろぎモードに入ってしまう。
しかし、そんな朗らかな雰囲気の中、一人苦虫を噛み潰したような表情をしている大河が咆える。

「よくなあい!」

だあんと両手で机を叩く。
突拍子もない大河の行動に仰天した二人は目を見開いた。
周囲も突然の甲高い怒声とけたたましい音に、一斉に振り向く。

「うるさいわね、なによ急に」

亜美が文句を言うが、大河は忌々しげに、石臼を挽くようにごりごり歯噛みをするのみだ。
これっぽっちも聞く耳のない様子に沸々と血液が滾り、空きっ腹を満たして間もないというのに今度はむかっ腹が立つ。
おいしい昼食のおかげでせっかくのいい気分だったというのに台無しだ。
234174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:03:05.19 ID:/3CAMhVF

「どしたのさ、大河」

困惑げな実乃梨も声をかける。
すると大河はいくぶん落ち着きを取り戻し、きょろきょろと周囲に目を配る。
好奇の視線がこちらに集中してるのがわかるやいなや、それが気にくわず、ぎろりと個人個人を親の仇のように見やる。
潮が引くが如く全員が目を逸らした。竜児がこの場にいたら見慣れすぎていて、さぞ心を痛めただろう光景だ。
ふんっと大河が鼻息を鳴らす。
が、威勢がいいのはそこまでで、浮き島よろしく孤立してしまった一角で、口をついて出たのはため息だった。

「よくないのよ」

ぽつりと小声でこぼすと大河はうなだれてしまった。
なにがなにやらだが、事情はわからなくとも何かわけありなのだろうというのはうかがい知れる。
亜美と実乃梨は顔を見合わせた。

「あんた、なんかあったの?」

「べつに。あってもばかちーには関係ないでしょ」

まずは亜美がとりかかるも、にべもない。
弱弱しく突っぱねる大河からは嘘の色が隠しきれておらず、やきもきもするが、強く出ても殻はより一層のこと固くなるだけだと追求の手を緩める。
次いで実乃梨が話しかけた。

「そんなこと言わないで、話してごらんよ。力になるよ」

そう言って、実乃梨は大河の出方を待った。
大河は少しの間黙って顔を伏せていたが、ちろりと目だけを動かして、実乃梨を覗き込んだ。
いつものような能天気そうなそれではなく、眉を八の字にした、案じるような笑顔がそこにあった。

「……竜児には、内緒にできる?」

内容にもよるが、その程度なら造作もない。
実乃梨も亜美も即座に首を振った。もちろん縦にだ。
また少し置いて、大河はげんなりとした声調で、暗澹たる胸の内を吐露した。

「マザコンなのよ、あいつ」

室内の窓は全て閉じられ、鍵までかかっている。
二つある戸のうち片方は換気のために開け放たれているが、廊下に面する窓も閉めきられている。
条件から見てまずありえないというのに、空っ風が吹き抜けていったのは何故なのだろう。
快適だった温い空気もやや冷たいものとなっていた。

「おっかしいな、亜美ちゃん耳遠くなっちゃったかも。今なんか、マザコンとか聞こえてきた気がするのよね。え? 誰が? ええ?」

先に硬直から解けたのは亜美だった。
ひくひく痙攣する表情筋と虚ろげな瞳が彼女の動揺ぶりを如実に語っている。
遅れて乾いた笑い声を上げたのは実乃梨だった。

「あ、あはは。もう大河ってば、冗談もほどほどにしてよ。さしもの私も一瞬マジになっちまったじゃん」
235174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:04:04.24 ID:/3CAMhVF

はたして本当に一瞬だけなのだろうか。
珠のように浮かんだ汗がおとがいまで滑り伝ってから落ちていったところを見るに、到底信じられない。
いや、信じられないというならば、よっぽど大河の発言が、だった。
二人の考えていることを代弁するならば、いきなり何をとちくるったことを言ってるんだこいつは、といったものだ。
あれだけ引っ張った末に打ち明けられたのだ、たいそうな相談事だと普通身構えているものだろう。
それがなんでまた、マザコンがどうとかいう告白になる。しかも、話の流れからして、竜児が。
実乃梨の言うように他愛ない冗談だったらへそで茶が沸くほど笑ってやるのだが、如何せん脈絡がなさ過ぎて意味不明である。
聞き耳を立てていた者たちも同意見だった。
それぞれが抱く人物像と合致しないというのも理由として挙げられる。
マザコン。
世の男性諸兄をこれほど不快かつ苦い顔にさせる言葉もそうはない。
程度は人によりけりではあるが、概ねが普遍的にイメージするものとしては、いくつになっても母親から離れられない情けない男といったものであろう。
当然良い目では見られない。一部の女性からは侮蔑交じりに見られることもしばしばである。
結婚したくない男の特徴を順位付けしたなら、たとえ一位でなくとも上位には必ず食い込んでいるほどの古豪の猛者だ。
不名誉な称号極まりない。ひとたびそんなレッテルを貼られたならば、払拭するのは容易ではない。
その不名誉をこの場にいない竜児へ与えた張本人は、とてもではないが信じられないという二人をしっかり見据える。

「みのりんもばかちーも、あいつのことぜんっぜんわかってないわ。いい? あいつはね──」

そう口火を切り、腕組みをして腰を据えた大河が滔々と語り始めた。

                    ***

場所は高須家に移って、時間は半日ほど遡り、昨日の夜のこと。
夕飯時を少し回った頃、特にすることもなかった大河がテレビを眺めている。
何の気なしを装いつつだが、その実画面にはこれっぽっちも神経が行っていない。やや、その表情も硬い。
先ほどから大河が気になってしょうがないのは、すぐ傍で行われていることだ。

「はぁ、ん……そこ、いい……」

触れれば纏わりつくような、湿り気を帯びた熱っぽい吐息が、時を経るほど室内に充満していく。
どうしようもなく艶めいていて、色香というものすら漠然としか捉えられない大河でさえも、これが色香なのだと理解するには充分だった。
いっそ淫靡とすら言っていいそれの発生源はもちろん自身ではない。
では誰のものなのだろう。
この家で男は竜児一人だけ。途切れ途切れの声の主は紛れもなく女であり、大河を除外すれば、候補は一人に絞られる。
そんなことはとっくにわかっていて、誰か、なんて考えるまでもなくて、どうしてもそれが面白くない。
静かに苛立ちを募らせる大河であったが、こんなことももう日常茶飯事ではないかとも思ってしまい、半分諦観の念を抱きつつ視線を巡らせる。

「痛くないか」

「ううん、へーき……だから、ね?」

「もっと」というねだるような囁き声は、幸いにもビキリと立てた青筋の音によって掻き消されたが、それが如何ほどの救いになっただろうか。
諦観なんて即刻撤回である。大河的には実に気に食わない展開だ。
気付くべくもない竜児は「おぅ」などと応じ、ますます大河は額に浮き上がった皺を濃くしていく。
予想通りといえば予想通りの光景がそこにあった。
そりゃもう狭い家なのだ、人の動く気配は元より、息遣いまでどこに居たって伝わってくる。
まして事の原因は目と鼻の先という至近距離。
無視していろというのが土台むりな話であり、ならば席を外すなりすればいいものだが、そんな気なんて毛頭からしてありはしない。
そうなると必然的に竜児たちのやり取りで嫉妬心をくすぐられ続けるはめになり、自制するだけでも精一杯な大河には、心中で荒立つ波模様を落ち着かせられるほどの余裕はなかった。
236174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:05:05.32 ID:/3CAMhVF

「……なにしてるの?」

そんなこと見ればわかることだが、二人の間に流れる雰囲気が癪に障る。
それを霧散させるための抑揚のまるでない大河の問いに、弛緩しきって蕩けてしまいそうな顔をした泰子が体を横たえたまま、そして竜児に組み敷かれたままの恰好で振り返る。

「マッサージ。竜ちゃんのってすっごいきもちいいの」

こういうときに、こういうような表情を普通するだろうか?
背中を重点的に指圧してもらうためにうつ伏せで寝ている泰子。
服越しとはいえその肌に両手を這わせ、強張った筋を揉み解す竜児の手つきは確かに手馴れているようだ。
背骨を中心に満遍なく親指を滑らせ、肩の付け根を五指を使ってリズミカルに解し、レールに沿うように骨盤を左右から押し挟む。
ときたま堪えきれずに腰を浮かせてしまう泰子の反応を見ても、竜児の腕前に関しては疑いようはなかった。
なるほど、マッサージが上手だからそれで、ね。
うんうんと強引に納得しかけ、けれども、ううん? と、疑問符で覆われた雲は晴れずじまいだ。
拭いきれない疑いの芽の存在はまだ感じるのだが、どうにも正体が判然とせず、また突き止めるには些か厄介そうな代物ではある。
惚気るような微笑を向けられ、怪訝に思いつつも「そっ」と、素っ気もなにもない生返事しか返すことしかできない。
大河はしかし、その上気した頬、潤みを増していく瞳に、そこはかとなく不満めいたものを感じずにはいられなかった。

「にしても、またずいぶんと凝ってるな。どこも石みたいに硬くなってるぞ」

「んっ」

悶々としている大河をよそに、竜児は黙々と泰子の疲れを解きほぐしていく。
強弱をつけた巧みな指の動きで、くすぐったさやら、もどかしさやら、鈍い痛みやらが代わる代わるにやってきては引いていく。
絶え間なく降り注がれる刺激は次第に心地よさに転じ、その後に残るのは、労りがじんとした熱に変わったような痺れにも似た余韻であった。
放っておいたら出勤前にもかかわらず泰子は船を漕ぎ出していたに違いない。
へにゃりと緩みきっていた表情もそのままに、ふわぁと小さなあくびを一つ。

「なんだかね、最近疲れやすくって。おかしいなぁ、やっちゃんまだまだ若いのに」

不意に苦笑をもらしたのは竜児だった。

「なんとなくだけど、ヨボヨボになっても泰子はそんなこと言ってる気がするな」

「だいじょーぶ。やっちゃんはおばあちゃんなんかにはならないのだ〜」

「はいはい」

冗談めかして言う泰子をあしらいつつ、竜児はそれまでうつ伏せだった泰子の胴に手をかけると、コロンと寝返りを打たせた。
そろそろこうなるとわかっていたのか、泰子は特に驚きもせず、むしろ竜児のやりやすいようにと自ら腰を浮かせ、身を任せる。
すっかり仰向けになった泰子に、思わず大河は目を見開き、驚愕の面持ちで息を呑んだ。
背面だけではなく胸側もマッサージするのはまだいい。
そのために見つめ合うような体勢になってしまうのも、善しとしよう。
ただ、何故、どうして、竜児は泰子の体を跨ぎ、覆いかぶさるようなことまでしているのか。
これでは、まるで──。

「でも、ホントにやっちゃんがおばあちゃんになってね? なんにもできなくなっちゃって。
 そうしたら、それでも竜ちゃんは、やっちゃんの面倒見てくれる?」

悪戯っぽく言ってみせるその声、紡ぐ唇よりもさらに上。
僅かに遠慮がちにこちらを見上げる瞳に、一抹の不安が見てとれた。
あながちそういうことを考えたことがないわけではなかったのかと、妙な安堵が胸に湧く。
普段はあれほど能天気そうではあるのだが、これで意外と溜め込みやすい性格をしていることをとっくの昔から把握している竜児は、そんな泰子に逆に問い返した。
237174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:06:06.04 ID:/3CAMhVF

「おまえは、俺以外の奴に面倒見てほしいか?」

考えてもみなかった言葉に不意打ちをもらい、泰子は目を丸くしたままふるふるとかぶりを振った。
竜児の意図は掴みかねたが、冷ややかな物言いに怒らせてしまったのかもと思い、短めに否定を唱える。

「そんなことないよぉ。やっちゃんは、竜ちゃんがいい」

縋りたいという気持ちの表れだったのかもしれない。
我知らず宙に伸ばしていた手が、竜児の袖口をおずおずと抓んだのとほぼ同時だった。

「なら、それでいいだろ。俺だって泰子のことを人に任せるつもりはねえよ」

竜児はそれがさも当然のことだというように口を開く。
続けざまに「なんか、あんまり今と変わらないな」と一人ごちると、それからまた、何事もなかったように泰子の身体に掌を重ねた。

「ああ、竜ちゃ、んぅ、やっちゃんうれし……くふぅん」

より複雑になったラインを上から下へ、下から上へと往復させる。
滑らかだった背中とは明らかに異なる柔らかさが、却って泰子自身の反応を敏感なものにさせていたが、黙々とこなす竜児はこれといってどうという風でもない。
どこまでも沈みこんでいきそうで、それでいて弾力も併せ持った二つの山が、身悶えするたび噴火しそうな勢いで震えていてもである。
せいぜいくすぐったいのだろう程度にしか思っていないのだろう。
ほとんど馬乗りと言っていい状態でいる竜児からは視界に入るべくもないのだが、内股を擦り合わせてもじもじしている泰子の様を見ても、ああ、トイレかなくらいにしか思わなかったに違いない。
切なく慄く大山も、悩ましく悶える下半身も、この場にあってただ一人。
訝しさで胸がいっぱいになった大河のみが、妖しい光をたたえた眼で見つめていた。

                    ***

簡素な作りをした壁掛けの時計が音を立てている。
秒針が一秒、また一秒と時を刻む機械的な響きだけが、たかだか十分弱前の過去に憩いと賑わいとを置いてきた2-C教室内に木霊していた。
数十名の生徒がいるというのに、進んで口を開こうとするものは誰もいない。
両隣の教室から伝わる喧騒と、スピーカーから流れる校内放送──リスナーからの悲喜交々な恋愛相談と、DJ失恋大明神の軽快なトークが今日も炸裂していた──が耳朶を打つが、それもどこか遠くからのように感じられた。
一様に消沈したかのような沈痛ぶりは通夜さながらで、ある意味、クラスメート間における高須竜児という人間はこの時点で死んでしまっていたのかもしれない。
本人の与り知らないところで、これまでの竜児が築いてきた評判に引導を渡してやった張本人である大河は昨夜のことを詳らかに語り終えると、ふっと一呼吸ついた。

「わかったでしょ。これで、竜児のこと」

淡々とした口調の裏で、押し留めたものが見え隠れしている。
いち早く察知した実乃梨がすっと控えめな挙手をした。
大河は目線だけで発言を促すと、神妙な面持ちの実乃梨が言う。

「大河の言い分はわかったよ。その上で、私の意見も聞いちゃあくれないかな」

ピクリと、大河は片方の眉だけ持ち上げてみせる。
人によってはその仕草だけでも萎縮してしまいそうなものだが、大河自身そのような意味合いを持たせたわけではないし、相対する実乃梨も別段怯む様子もない。

「なあに?」

「あのさ、そういうのってさ、いや、ええっと、うーん」

「だから、なあに?」

歯切れの悪さがじれったい。なにをそこまで言い辛そうにしているのか。
言葉を選んでいるのか実乃梨は暫し口中でああでもない、こうでもないとしていたが、上手い言い回しが考え付かなかったらしい。
やがてふはっと大きく脱力すると、一転して反動をつけ、椅子ががたつく勢いで身を乗り出す。
間近に迫る実乃梨の双眸に、映る大河は依然として苦そうな顔を浮かべていたが、直後に呆気へとすり替わる。
238174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:07:04.86 ID:/3CAMhVF

「それって、高須くんがマザコンだとは限らないんじゃない?」

実乃梨の言葉を噛み砕いて飲み込んで、さらに数瞬の間を要してから、はあと、大河は嘆息した。
もったいつけて、いったい何を言うのかと思ったら。
そんな態度に小ばかにされたようでムッとはするも、辛抱強く堪えた実乃梨が続けた。

「だってさあ、高須くんがしたのって結局マッサージだけなんでしょ」

「ええ。いやらしいったらないわ」

一瞬大河曰くの「いやらしいマッサージ」とやらが脳裏を駆け巡るが、如何せん想像の範疇を易々と飛び越えてくれるキーワードなだけに、いまいち具体的にイメージできない。
モザイクばかりが先行してしまい、その向こう側が気になるところではある。
が、束の間、ぼんやり竜児らしき輪郭が浮かんできた時点で慌てて脳裏から追い出した。
幸い表情にまで影響は出なかったようだが、込み上げてくる気恥ずかしさから、実乃梨がごほんと咳払いをひとつ。

「それから、将来お母さんの面倒見てあげるって約束してたんだよね」

「うん。親離れできないのよ、もしくは……そう、きっとそう! そうなんだから!」

憤懣やる方ないといった感じに吼えられたが、何が燃料になったのだろう。
おおかた親離れから乳離れとでも連想したのではないだろうかと推測するも、するだけ詮なきことであるのは自明の理である。
というか、そんなことを考える余裕があるのなら、先刻からもっぱら回転中の脳みそに送りたいところだ。
いちいち打たれていた大河の相槌。
その頓珍漢さも相まっていい加減眩暈でも起こしてしまいそうだったが、そこは日頃部活で鍛えた心身だ、持ち前の気力で持ちこたえさせた。
しかし実乃梨の頬はひくひくと痙攣していて、いやもう引き攣ってると言って差し支えないのを、笑って誤魔化している有様だ。
あまりにぎこちないその強張った笑みに、口を挟まず、隣で静観を決め込む亜美ですらも同情を禁じえなかった。
そっと背中をさすってやる。
実乃梨は「ありがと」と呟くと、曲がる背筋をしゃんと伸ばして今一度大河に向き直った。

「あのね、大河。高須くんの場合は違うんじゃないかな」

「みのりん?」

「もっとはっきり言うと、親孝行だってば。そういうのってさ」

友達の言うことだ、大河がそう言うのであれば信じてやりたいのはやまやまだが、だからといって竜児の存在も無下には出来ない。
ここで疑惑を払拭しておかねばならないだろう、ただでさえ彼には悪目立ちな評判ばかりがつきまとっているのだから。
聞いた限りの情報では、偏見を呼び起こすような負の要素は微々たるものだ。
さすがに高校生にもなった男子が、真正面から母親の体に手を触れるというのはちょっとばかり驚いたが。
しかし常識の範疇外というほどではないし、なにより忘れてはならないのが、その情報源は大河であるということ。
どれだけ贔屓目に見ても、ああまで情感たっぷりに語られては、主観が入り込む余地は推して知るべしである。
さらに付け加えるなら、それらが事実だったという前提で話を進めても、それを補って余りある好感が竜児には持てたのだ。

「高須くんがしてるのはいいことだって、私は思う。
 疲れてるお母さんを労わってあげたり、将来のことだって、安心させようとしてくれるんだからさ」

肩叩きを最後にしてあげたのだって、もうだいぶ昔だし。
いずれ訪れるはずの未来の不安について、話し合ったこともない。
やりたいことが多すぎて、やり切るために全力で駆け回っている最中の私には、ろくな親孝行もできていない。
そんな自分と竜児とを比較してみて、感服こそすれ、マザコン呼ばわりしようなどという気は毛ほども湧かない。
実乃梨はやはり、事を大げさにしすぎているのではないかと改めて思った。
しかしそうなると、ますますわからないのは大河の不可解な怒りようだ。
嫉妬心が剥き出しなのはともかくとして、そのベクトルが在らぬ方に行ってるような、対象がおかしいような、的が外れてるような。
239174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:08:06.95 ID:/3CAMhVF
ただ、大河の抱えるもやもやは実乃梨にも共感できないこともなく、なのに大河とは真っ向から意見が食い違う。
この齟齬はいったいどこから生じているのだろうか。
大本に竜児が据えられているのは確実だが、それだけが直接の原因とも考えづらく。
そうなると、原因の本命として怪しいのは竜児ではなくむしろ──。
いや、止しておこう。今はまだ、判断をつけられるだけの材料が少なすぎる。

「甘いよ、みのりん」

ぽつりと、けれど言い聞かせるようにゆっくりとした声音だった。
思考に馳せていた意識を呼び戻され、実乃梨は大河に視点を合わせる。

「昨日のだけだったら、いくら私だって、変に勘ぐったりしないもん」

「大河、それ、どういう」

実乃梨が言い終わらない内、大河たちが輪を囲む一角に近づいてくる影が二つあった。
開けっ放しだった方の戸から入ってきた二人は、深刻そうな大河と実乃梨を不思議に見やりつつ、黙す亜美の傍までやってくる。

「ただいま、亜美ちゃん。って、うわなにここ空気重っ」

「……なにかあったの? 櫛枝もタイガーも、それに亜美ちゃんも」

学食から戻ってきた麻耶と奈々子がそれぞれ声をかける。
亜美はついっと流し目で二人を視界に納める、とすらりと伸ばした人差し指を口元で立てる。
なにがなにやらの麻耶は大量に疑問符を貼り付け、奈々子も、合点がいかずとも亜美の仕草に従った。
実際には教室内のクラスメート全員が聴衆と化していたが、そのことに気付いていない大河は、一気に倍になった聞き手の顔に順々に目を通す。
そうしてから、今もって熱の抜けきらない口唇で先ほどと同様に語りだした。

                    ***

先の休日のことだ。
風もよく吹く快晴の昼下がりは、隣のマンションが日光を遮る日々にあって、またとない洗濯日和である。
高須家の主夫である竜児は近頃溜め込みがちだった衣類を消化するのに嬉々として精を出している。
もはや家族も同然とはいえ、昼食を家人の三倍は平らげた大河は食事を済ませてからこっち、ぎょろりとしたおめめを瞬かせている竜児の愛鳥を暇に任せて弄んでいた。
こんなに天気がいいのだから、年頃の女の子としては外に繰り出しぶらぶらしたり、ショッピングなりに興じたいが、一人で行ってもつまらない。
何度となく誘ってみても、竜児は午前中からやれ掃除だ洗濯だと、実に枯れた調子で応じてくれない。
これではせっかくの休日も台無しだ。
竜児に袖にされ、唇を尖らせてぷりぷりしている大河の視界の隅に、縮こまってぷるぷるしている物体があった。
大河と目を合わせないように頑張っていたインコちゃんである。
目敏くその存在を発見すると、大河は獲物を追い詰めるように窓際ににじり寄る。
羽を広げればいっぱいになってしまう狭い檻の中、逃げることも叶わないインコちゃんは「イ、イイィ……」と掠れた呻き声をもらし、ついにカゴごと魔手に捕らえられてしまった。
こうなってしまえば後はもう、大河のご機嫌とりに徹することが、矮小な我が身を守る術の全てである。
「なんか面白いことしてみなさいよ」と投げやりで、かつ威圧感たっぷりな大河に応え、止まり木を利用しての大車輪。
さらに急停止で逆さ吊りになり、「かか、か、かぁらの〜?」と逆車輪まで。
ぐるんぐるんと盛大に回転運動を続け、あんまり回りすぎてバターにでもなってしまいそうだ。
いまだかつて聞いたことすらない鳥類性油脂でも、ご主人様は美味しく調理してしまうだろうか。
微妙な悲壮感を漂わせ、ちょっぴりグロテスクな容貌を殊更グロテスクな容貌へと歪めているインコちゃんが一心不乱に芸を披露している。
退屈しのぎに見物している大河だったが、扇風機よろしく風を起こして振り回る様は、最初こそ度胆を抜かれはしたがいつまでも見ていたいというほどでもない。
240174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:09:04.13 ID:/3CAMhVF
まあいい、せめて飽き尽くすまでは、この曲芸モドキのボリジョインコちゃんサーカスで時間を潰すとしよう。
その後の予定はなんとなれだ。家事をあらかた済まし終えた竜児と、ここでくつろいでいるのもいい。
と、そうだわ、と大河は閃いた。
ひょとしたら夕飯の買出しに行くかもしれないし、そのときは、気晴らしがてら一緒に付いていこう。
へったくれも何もない近場の商店街では大して見るものもないが、なに、食材やらを買い込むだけならそれで事足りる。
その帰りに、ほんの少し寄り道してお茶でもするくらいなら竜児だって嫌な顔はしないはずだ。
まだ日が高く時間には余裕があるし、外に連れ出しさえすればこっちのものだ。なんとでもなる。
名案を思いついて、大河は逸る気持ちで竜児の手が空くのを待っていた。
が、そんな気持ちも目論みも、浴室の方から発せられた泰子の悲鳴と、ドボォンという低い水音によって散り散りになってしまう。

「なんだ今の。すげえ音だったけど」

「さ、さあ。私だってわかんないわよ」

ベランダで洗濯物を干していた竜児が居間に足を踏み入れる。
締め切っていた窓が全開になったために冷えた空気が流入し、風となったそれがそっと肌を撫でて過ぎていく。
外の大気が混じったことにより室内の温度がぐっと下がるが、困惑を浮かべた顔を見合わせる大河と竜児には些細なことだった。

「風呂場から、だったよな」

「うん、やっちゃんが入って、て……」

言いかける大河と聞き終えない内の竜児に、嫌な予感が電流となって脳裏を走る。
入浴の最中に足を滑らせて、といった事故はたまにニュースにもなって、世間を騒がせることがある。
テレビ越しでは他人事のような不慮の事態も、いつ身近に降りかかるかわからないのだ。
二人同時にその考えに行き着いて、間を置かずにゾッと肌が粟立つ感覚に襲われた。

「泰子!」

「やっちゃん!」

もし最悪の展開が待ち受けていたら。
そんな絡みつくような焦燥感を振り払うべく、駆け出そうとした矢先だった。

「竜ちゃんっ! 竜ちゃん竜ちゃん竜ちゃあん!」

わあわあ喚きたてながら、バタバタと足音を立てて出てきたのは全身から水滴を滴らせる泰子であった。
多分に水気を含んだ髪が束となって肌に張り付き、しとどに濡れた体に幾筋もの雫の線を象っては弾け飛ぶ。
重力に囚われて無数に落下していくその極小の流星雨が、年季のいった畳と衝突する直前に映しこんだのは、
年齢を感じさせない裸体を惜しげもなく晒しながら、呆気にとられた表情で固まっている竜児にぶつかるように抱きついた泰子の後姿だった。

「泰子? おまえ、大丈夫なのかよ」

昼間しっかりと拭き払った床は見るも無残で、判で押したような足跡だらけになってしまっているが、潔癖症のきらいが疑われるほど日頃綺麗好きな竜児の関心を引くまでには至らなかった。
一糸纏わぬ姿で、腕の中目がけて一直線に飛び込んできた泰子には、表面上から見た限り怪我らしい怪我は見受けられない。
ぎゅうぎゅう抱きしめてくる両腕にはしっかりと力が込められているし、自力で歩いてきたのだから足腰にも異常はないらしい。
ここまで水浸しの濡れ鼠にされたら、どうせもう手遅れだなと、竜児は躊躇することなく泰子の濡れ髪に手を伸ばす。
指先の感覚だけを頼りに分け入らせて行き、地肌をくまなくなぞりあげる。
たんこぶやらの腫れや外傷の類もなさそうだ。
そのまま頬まで滑り下ろした両の掌で、そうっと泰子を包み込む。

「ふえぇ〜……」

微かに上を向かせ、俯きがちだった顔を目線がまっすぐになる高さまで合わせる。
取り乱していたためだろう、額から伝い落ちる水滴も手伝って顔中くしゃくしゃだが、思いのほか顔色は悪くない。
大事はなさそうで、竜児はようやく胸を撫で下ろした。
241名無しさん@ピンキー:2012/07/16(月) 09:11:10.53 ID:VqwbJlnL
四円
242174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:12:02.89 ID:/3CAMhVF

「どうしたんだよ、こんなずぶ濡れで」

弛んでいく緊張を感じながら、気の抜けた声で言う。
泰子は「竜ちゃん、あのね、あのね」としどろもどろだ。
急かさず、落ち着くのを待つ竜児の三白眼がじっと覗き込んでくる。
そうしていると、詰まりそうだった呼吸がだんだんと楽になっていった。

「さっき、おふろ場でね」

「おぅ」

ぽつりと一言搾り出すと、それからは痞えが取れたようだった。

「やっちゃんおふろ入ろうとしてて、そしたら」

「そしたら?」

瞬間、言いよどむ。
怪訝に眉根を寄せる竜児に、泰子は今にも泣き出しそうな顔だ。

「ご、ごご、ごっ……が飛んできて、それでやっちゃんビックリしちゃって、滑って転んじゃって」

「わかった。もういい」

湯船にお湯が張ってあったことは不幸中の幸いだったろうか。
にしたって甚だ人騒がせな話である。これだけ心配させておいて、損をしたなんてもんじゃないぞ、まったく。
石鹸を踏んづけて大わらわで身を投げ出す泰子がありありと想像できてしまい、皆まで言わずとも理解したと、ぴしゃりとその先を遮った。
どっと疲労感が押し寄せていたのも束の間、速やかに季節はずれの厄介者を退治するべく竜児が動きかけた。
だが、縫い付けられたようにその場から進むことができない。
深い深いため息が、「うぅ〜……」と見上げてくる顔にかかる。

「大河。悪いけど、ちょっと見てきてくれないか」

呼びかけるも、しかし返事がない。
そういえば先ほど泰子が姿を見せてからやけに静かだったなと、竜児は泰子一辺倒で狭窄状態だった視野を広げ、大河に目を向ける。
手を伸ばせば届く距離に大河はいたが、どうにもその様子が変だ。
直立のまま微動だにしない様子は愕然という他なく、透き通るを通り越して蒼白がかった顔にあって、ほのかに血走った双眸だけが異様に際立っていた。
「おい」と語気を強めて声をかけると、ぴくんと肩が跳ねる。
血の気と一緒に生気も抜けていた顔、虚ろだった瞳にみるみる意志の光が戻ってくるが、まだどこか鈍い。
口角だけが吊り上がった笑みともつかない表情はどこまでもぎこちなく、ギリギリと捻じ切れそうな動作でこちらを仰ぎ見る大河は、はっきり言って不気味だった。

「ねえ。竜児、いつまでそうしてるの……?」

いま一つ抑揚のない声だと、自分で口にしておきながら大河は思った。
それも仕方のないことだろう。
端から端まで、大河の視界の悉くを埋め尽くすのは、生まれたままの姿でぴたりと抱き合う泰子と竜児である。
しかもその狭間では、窮屈そうに形を歪ませる水鞠がこれでもかと存在感を主張しているのだ。
引っ込み思案なまでに慎ましく育ってしまった自身の胸板を軽く撫でて、「くっ!」と呻き、格差を是正できないないままならぬ世を、その不条理を大河は呪った。
もちろん不可抗力の末のことだというのはわかる。
誰に非があるわけでないことは承知していて、だからといって、沸々と湧き上がるこの敗北感と嫉妬心が斑になった感情は持て余す以外にどうしようもないのだ。
竜児も竜児である。
なぜ、そうまで落ち着き払っていられるのか。
どうして、いつまで経っても泰子のなすがままにされているのか。
だって、いくら母親だからといって、泰子は大事なところまですっかり晒してしまっているのだ。
243174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:13:03.37 ID:/3CAMhVF
そんな状態で密着までしていて、大河にはまったくもってわけがわからない。
仮に状況を自分の場合に置き換えたとして、まずありえないことだが、あのいけ好かないクソ親父が素っ裸で抱きついてこようものなら、大河は容赦なく実父をしばき倒すだろう。
極端な喩えだと自覚はしているが、そこまでいかずとも、少しは慌てふためくなり、拒絶とまではいかずとも「離れてくれ」の一言があってもおかしくないはずだ。
にも関わらず、である。
拒絶するどころか抱き止めたままでいる竜児からはそういった気配は一切見られない。
いい加減パニックも解け、身を引かせてもよさそうな泰子は、もはや言うまでもなく。
そうして穴が空くほど大河が凝視している、その最中。
──むにゅん。
質量感まで伴いそうな擬音を鼓膜が拾ったような、そんな錯覚がした。

「お、おい、大河」

突然だった。
幽鬼が如き足取りで、つつーっと居間から出て行こうとするのを竜児が呼び止める。
大河はくるりと踵を返し、前髪に隠れて窺えない顔で横を通り過ぎると、背中を向けたまま口を開いた。

「なによ」

「いや、なにって。どうしたんだよ、大河、なんか変じゃないか?」

「べつに、どうもしないから」

目もくれずに言い放つと、大河はテーブルに鎮座する鳥カゴに手をかける。
止まり木から落下したらしく、底でぐったりと寝そべるインコちゃんを無造作に引っ張り出す。
遠心分離機さながらに酷使し続けた体は、時折びくんと不規則に脈打っている。
吐き出される吐息は湿気強くてじとりと生暖かく、だらりと垂れたどどめ色の舌がひたすらに不快感を高めたが、おくびにも出さぬよう努めた。

「お風呂、見てくるね。もう逃げちゃっただろうけど、ほっとくのも気持ち悪いもん」

「そりゃあ俺もそうだし、見てきてくれるのは助かるけどよ。ただ、なんでインコちゃんまで」

口調だけはいつものものに戻っていたが、足早に歩き去っていく背中からは突き放すような印象しか受けない。
鷲掴みにされたインコちゃんも気がかりだった。
たかだか有無を確認してくるのに、なんだってまた我が家のマスコットをお供に連れて行く必要が。

「もしまだいたら、こいつになんとかさせるのよ。私だってアレなんて触りたくないし、害虫駆除ぐらいできるでしょ?
 こんなのでも一応は鳥なんだから」

無茶苦茶だ。猫かなんかじゃあるまいし、できるわけがないだろう。
こんなのとは言うが意外とインコちゃんは繊細であり、ストレスにだって強い方ではないのだ。
だが、制止の声をかけるよりも早く、大河は壁の向こうへと消えてしまった。
追いかけてやめさせるのは吝かではないのだが、途端「っくち」と小さな泰子のくしゃみと身震いが伝わった。
インコちゃんのためにも、せめて今だけは大河の前に現れてくれるなよと願いつつ、竜児は開け放していた窓を後ろ手で閉めた。

「ほら、そのままじゃ風邪ひくぞ」

ガラスを隔てたその向こう、洗濯ばさみを拠りべに風にはためいているタオルはまだ使えない。
それらの類はいの一番に洗濯機にかけて干したが、生乾きと呼べるほどにも乾いていないだろう。
無論使えるものだってちゃんとある。
そうでなければ泰子だって入浴しようとはしない。
脱衣所の洗濯カゴに放り込んだジャージの上、替えの服と下着に混じって用意してあるのだ。
泰子はそれで拭けばいい。自分と、床に点々としてる水溜りのことは、なんとでもすればいい。

「風呂、また入ってこいよ。冷えちまっただろ」
244174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:14:06.47 ID:/3CAMhVF

どうせ大河も何も見つけられずじまいですぐやってくるだろう。
その頃にはいくらか機嫌を直しておいてほしいところだが、難しいだろうなと内心察していた。
原因不明の大河の怒りようにげんなりするばかりだったが、一先ずは泰子のことが先決である。
浴槽の湯は沸かしてからあまり時間は経っていないので、充分温かいはずだ。
ゆったりとつかってくれば気分も晴れるだろうと竜児が促す。
思いやりのある言葉に、曇りがかっていた表情がぱあっと和らいだ。

「うん。それならね、竜ちゃんも一緒にはいっちゃおっか? そうしようよ。ね?」

突拍子もなく、また恥じらいもない。
「バカ言ってんな」とまともに取り合わない竜児に、泰子は「だって、竜ちゃんもびしょびしょだよ?」と続けた。
誰のせいでこうなったとは口には出さないが、じろりと批難の目を向ける。
柔和に目を細める泰子には効果は薄いようだった。

「いつ以来だろうねぇ、竜ちゃんと一緒におふろなんて」

「入らないって」

「そうだぁ、やっちゃん背中流してあげるね? だから、竜ちゃんもやっちゃんの背中洗ってくれたら嬉しいなぁ」

「しないって」

「わぁ〜、竜ちゃん顔まっかっか。照れてるんだぁ」

「なあ、俺の話聞いてるか?」

「もちのろんろ〜ん。ほらほら竜ちゃん、はやくはやくっ。風邪ひいちゃったら大変だもん」

聞いているんだかいないんだか、本気で判断つきかねる。柳に風とばかりにさっぱり手応えがない。
すげない却下の連続にも全くめげた様子はない。どころか、その腕を谷間に挟んで、かき抱くようにしてぐいぐい引っ張っている。
傍から見れば親密な者同士の、実に仲睦まじい光景だった。
片割れが全裸であるということを加味すれば、また違った意味合いが生じることも危ぶまれるほどに。

「ぐぶっ、ぐべえええぇぇぇ……」

微かに漏れ出た悲痛な鳴き声に気付く者は誰もいなかった。
辟易とした体でいながら、それでも泰子に強く言わない竜児も。
揺れ弾む胸をぐいぐい竜児に押しつけている泰子も。
そしてそんな二人を物陰からこっそりと窺い続ける一つの影。
知らず知らず、あらん限りの握力でインコちゃんを握り潰している、大河でさえも。

                    ***

不穏な空気が場を支配していた。
痛々しいほどの一同の沈黙は分厚く重苦しいものであり、なにより陰鬱なことこの上なかった。
絶句する面々の胸に去来するものは一概には表し難く、故に奇妙な連帯感すら漂っている。
口を噤まないのは饒舌な語り部であり、不穏な空気の発生源でもある大河ぐらいなものだ。
実乃梨を筆頭に押し黙るクラスメートの大半は前屈みになり、立て肘をついて、両手を額につけるというあたかも祈るようなポーズと、椅子にふんぞり返るという姿も対照的だった。
そんな折、沈黙を引き裂いたのもまた、実乃梨であった。

「その後は、どうなったのさ」
245174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:15:05.09 ID:/3CAMhVF

覇気こそなかったものの、芯はまだ通っている。
その芯ですらこれから先、通しきることができるのかという不審が首をもたげるが、ここで立ち止まってはそれこそ意味がないではないか。
でも、後悔は先で待っててはくれないし。
葛藤を抱きつつ、予想しうるだけ予想した展開の内、最も聞きたくないものを頭に浮かべた。
そうしておけば最悪、心を折られるだけの衝撃は回避できるはず。
身構える実乃梨に、大河は顔色一つ変えずに「なにも」と簡潔に答えた。
二、三秒の間を挟んで、貼り付けていた険阻さが霧散する。

「へ?」

「だから、なにもなかったわよ。少なくともみのりんが考えてるようなことは、なんにも」

へなへなと脱力していく実乃梨は「そ、そっか。そっかそっかぁ」と、先ほどと比較すれば憑き物が落ちたような顔をしていた。
越えてはならない一線の、その手前にも差し掛かっていなかったらしいことにほっとし、無用に漲っていた肩の力を抜く。
天井まで立ち上りそうなため息が、時間をかけて吐き出されていく。

「お風呂から上がったあと、ドライヤーなんか掛けてあげてたんだけど、ね。竜児」

「ぶっ!? けほ、けふ!」

吐いて吸う。たったそれだけのことが上手くできずに、実乃梨は派手に咽てしまった。
亜美に代わり、今回は奈々子がその背中をさする。
不意打ちに成功した大河は苦虫を噛み潰したようだった顔を、しかし瞬時に取り繕い、肩を竦めてみせた。

「他には?」

と、そう声を発したのは亜美である。
これまで自らは疑問の一つも挙げず、事態を見守っているに過ぎなかったが、疲労が蓄積してきた実乃梨と交代するのだろうか。
荒い呼吸をついて未だ回復しきらぬ実乃梨から向き直り、「そうね」と人差し指と親指を顎に添えて思案してから、大河は亜美に言った。

「ケータイの待ち受け。あれがツーショットだった」

「それは高須くんのケータイ? それとも高須くんのお母さん?」

返す刀で放たれた鋭い指摘に、大河は一拍置いてから、目線を逸らしつつ「竜児のママのだけど」と呟いた。
一度、二度と頷いた亜美は視線を麻耶へと投げ、「ジャッジ」と静かでありつつ激のように飛ばす。
たまたま近くにいるだけで、てっきり自分は蚊帳の外にいるもんだと思っていた麻耶が目を白黒させる。

「え、あ、あたし? ジャッジって、あたしが今の判定すんの?」

「忌憚なくお願いね。あと、理由もちゃんとね」とは亜美の言である。
断る隙も与えられず、麻耶はしばし逡巡した。
癇に障るようなことを言えば目つきを険しくさせている大河が怖いし、けれど亜美に釘まで刺されたばかりだ。
どちらか一方に偏れば面倒なことになるのは目に見えているが、黙っていても二人の視線が突き刺さる。
もうどうにでもなれと、やけくそになった麻耶は意を決した。

「あたしは……そのくらい、別にいいと思う」

「どうして?」

「だって家族じゃん。うちの親とかも、そういうのすることあるし。恥ずかしいからやめてよって言ってるんだけどね」

別段何の変哲もない、至って一般的な意見だ。
身近に起こった例を交えてというのも理解しやすくていい。
平均的な感性を持った麻耶の答えに、なるほどと亜美は満足気に首肯し、そうして視線だけで大河にまだあるのかと問いかけた。
246174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:16:06.35 ID:/3CAMhVF

「ご飯のときに、あ、あ〜ん……とか」

「どっちがしてもらったかでだいぶ違うよね、それ」

明らかに雲行きが変わってきたことをこの場にいる誰もが感じていた。
余裕を保ちきれずについにそっぽを向いてしまった大河に興味はないと、亜美は今度は奈々子に向き直る。
心得たように目配せで了解の意を示して、奈々子が半歩ほど前へ出た。

「高校生にもなってあ〜んはないんじゃない? って、ちょっと引いちゃうかな、あたしも。
 ただ、高須くんがしてあげてたっていうんなら、何かわけがあるのかもって思い直すけど」

締めくくりに「頭ごなしに疑うのも、高須くんが可哀想だしね」と付け加えると、お役御免とでもいうように後ずさった。
人目に触れぬようひらりと小さく手を振る奈々子に亜美も同様に返すと、次いで、大河に観察の目をやった。
ここへ転校してきてからというもの、こいつとは何度やり合ったか知れない。
もはや日に一度は憎まれ口を叩きあわないとどうにも決まりが悪く、そりゃもう自分でも嫌気のさすほどだ。
しかし、そうして火花を散らしあうことがどこか楽しくて、繰り返す内、見えてきたものだって確かにあった。

「それはっ……そうだけど、そうなんだけど、でも……」

この手乗りタイガーとかあだ名されている短気で我の強い女が、その実打たれ弱いことなどとっくに見抜いている。
己の正しさを信じて疑わない内はまだしも、ほんの少し足元を掬ってやれば、途端にこの狼狽ぶりである。
その証拠に、二度に渡る揺さぶりは必要充分に功を奏し、とりわけ奈々子の思わせぶりな態度は効果覿面だ。
何か言いよどんでは唇を引き締める様子から、図星だろうと当たりをつけた。
手ずから食べさせてやったのは竜児と見ていいだろうが、あ〜んなんて、わざわざそんなことをしてやる理由──。
熱でも出たので看病してやったとか、どうせそんなベタなところだろうと亜美は踏んでいた。
これまでに大河が語った内容からも、竜児のみに焦点を絞れば、怪しいところは何ら見当たらない。
その態度だって一貫している。
めっぽう押しに弱く、むやみに優しい。
捻くれた言い方をすれば、それは甘やかし以外の何物にもならないが、竜児がそういう人間でなければ大河だってここまで懐くまい。
今回もそれが発端だろと亜美は考えていた。
自分が知る中で最も竜児に甘やかされていやがるこの甘ったれは、つまるところ、独占欲がフラストレーションを引き起こしている状態だろう。
マザコンだなんだと邪推した見方をするのも、満足にかまってもらえなくて、拗ねてしまっているだけだ。
まったく人騒がせなことだと、亜美はその横っ面を引っ叩いてやりたい衝動に駆られたが、ここは耐える。

「ほんと、あんたって見た目どおりのお子ちゃまだよね。
 つーか高須くんがマザコン? 亜美ちゃんはそうは思わないし、そうだったとしても、だったらなんだっつーの。
 あんただって四六時中高須くんにべったりなんだし、そんなのお互い様でしょ。
 なのに竜児が、竜児がって、なに? 高須くんが見ててくんないのがそんなに不満なわけ?
 ま、だから高須くん家のお母さんにまで嫉妬しちゃってんだろうけど」

代わりに、皮肉たっぷりにそう言った。
これでいい。
堪え性のない大河のことだ、二秒もかからずに怒り心頭に発し、すぐさま罵声を飛ばしてくる。
いつものように応酬してやり、適当に煽れば変な心配だってどこかへ吹き飛んでいくし、欲求不満もいくらか解消できて一石二鳥だ。
そうすれば、大河も竜児に要らぬ勘ぐりをすることもなくなるだろう。
落しどころとしては申し分ない。
が、とうの大河の反応は、亜美が想定していたものとはだいぶ違った。
怒り心頭ではなく、その逆。

「じゃあ、竜児とやっちゃんは、どうしてあんなにイチャイチャしてたの……?」

「はあ? だから、それは……」
247174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:17:10.00 ID:/3CAMhVF

能面のように感情を窺わせない大河を訝りつつ、話を聞いてなかったのかよと呆れかけていた亜美も言葉に詰まる。
竜児に対する疑惑を払拭することを念頭に置いていたため、他の可能性への追求を疎かにしていた感はあった。
見落としていたわけではない。無意識に、あえて見ないようにしていたのだ。
大河の語ったことには、大河個人の主観が混じっていたにせよ、虚偽の情報まで織り込んでいたとは思い辛い。
そんなことをするメリットなど特にないからであり、ならば誰それがどんなことをしていたのか、については疑いを挟む余地はない。
大河が言うところのイチャイチャは、確かにあったのだろう。
亜美は頭を抱えたくなった。
状況をあくまで客観的に整理し、突き詰めていくにつけ、袋小路に迷い込んだような気分だ。
いくら改めてみても、竜児の言動におかしな部分はない。
こんな時、竜児だったらそうするだろうなと亜美は納得し、それならばどうして、マザコンと間違われるような怪しい雰囲気が漂っていたのか。
さんざん大河に言って聞かせ、竜児にその気はないのだと否定してしまったからには、数々の疑惑の種を今さら竜児のせいにするわけにはいかない。
となると──。

「高須くんが、じゃなくてさ。高須くんのお母さんが、だったんじゃない……?」

一筋、汗が頬を伝っている。
苦笑いを浮かべた実乃梨の声に、それまで無音とさえ思えた教室内が騒然となった。

「だってもう、そうとしか……。
 だから高須くんのお母さん、裸で高須くんに抱きついたり、マッサージのときだってひょっとしたら」

「やめて、実乃梨ちゃん」

「でも、あーみんだって本当は」

「それ以上は本当にやめてあげて」

薄々、そうなのではないかという思いもあった。
しかしそれを認めてしまうと、ここまで衝撃があるとは思いもよらなかったのも事実で、そしてようやく二人は理解した。
大河が頑なに竜児をマザコンだと言い張ってたのは、このためだったのだ。
竜児に原因があるのだったら、その竜児をなんとかすればいい。
体を張るなり、一肌脱ぐなり、やりようはいくらでもあるし、乙女心的にも吝かではない。
ただ、これが泰子……母親の方が相手では、打つ手がない。
いや、それより以前に大問題だ。
「息子が母親に」というのと「母親が息子に」では段違いの差がある。
これなら竜児にマザコンという負の属性を付加していた方が、まだ心の平穏を保てたのではないだろうか。

「なんでこんな話になってるんだろうね……ていうか、なんであたしたちまで巻き込まれてるんだろ」

「麻耶、しっかりして……そういえば高須くん、どこに行ってるのかしら」

途中参加のために事態をよく飲み込めないままだった麻耶が、疲れたようにうな垂れている。
両の肩に手を添えて麻耶を支えている奈々子だが、その言葉に、反射的に大河が呟いた。

「電話……」

「大河?」と目を配らせた実乃梨と、それに亜美に「やっちゃんから電話がきて、それで竜児、どっか行っちゃった」と小声で言う。
そのことなら亜美も覚えている。
ずいぶんと急ぎの用件だったように見えたが、もうすぐ昼休みも終わるというのにどこまで足を伸ばしているのだろう。

「高須くん、あんたになにも言ってなかったの? どこに行くとかそういうの」

「わかんない。でも病院とか、それに、ンシン? がどうとかって聞こえたような……」
248174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:18:05.77 ID:/3CAMhVF

病院とは、また穏やかではない場所が出てきたものだ。
にわかに万が一という事態も浮上したが、それにしても「ンシン」という謎の単語が気がかりである。
首を傾げ、頭を捻っていた大河に、実乃梨が本日最大級の爆弾を落とした。

「に、妊娠だったりして……」

軽い冗談のつもりだった。
まさかそんな、と。いくらなんでもそれはない、と。
批難されることが前提の他愛ない冗談で、そしてその結果だけは絶対にありえないと跳ね除けてほしくて。
けれどその期待も虚しく、失笑を洩らすものはもちろん、誰一人として実乃梨の発言について言及することはなかった。
否定も肯定もされず、空気に浸透していくその言葉が余韻も残さずに消えて、しんと静まりかえる。
束の間、ぐらりと大きく頭が揺れた。
考える暇もなく、実乃梨が手を突き出すのがあと一瞬でも遅れていたら、その手を掴むことはできなかった。
危うく椅子ごと倒れてしまうのを寸でのところで引っ張り起こしたが、だらりと垂れる四肢に力はない。
それぞれが固唾を呑んで見守る中、大河は既に気を失っていた。

「た、大河っ!? 大河ー!? しっかり!」

「ちょ、ちょっとお!? なに一人だけ気絶なんてしてんのよ!?」

「ねえ、これ大丈夫なの!? 大丈夫なのこれ!?」

「落ち着いて麻耶! 櫛枝も亜美ちゃんも、ここはまず保健室に……ううん、もう救急車じゃないと……」

実乃梨が大河の肩を掴んでがっくんがっくん揺すっては覚醒を促している。
亜美は大河の傍らで必死に呼びかけ、その後ろでは麻耶がパニックを起こし、奈々子は携帯電話に手をかけていた。
無事であってくれという各々の願いが通じたのか、「う、ううん……」と大河が小さく呻いて、指先もわずかに動く。
この胸を焦がすような心配も杞憂に終わるかもしれない。そんな時だ。
ザザ、というノイズを立てたスピーカーが、一際音量を上げる。

『今日の放送もお別れの時間が近づいてきました。さて、明日の特集は──ずばり、マザコン男は恋愛対象たりえるか?
 いやー、なかなか盛り上がりそうというべきか、個人的にはノーコメントで通したいテーマですが。
 でもここだけの話、知り合いに居なくもないですね。マザコンだと語弊がありますが、お母さんのことをすごく大事にしてるんですよ。
 もう見てるこっちが赤面するぐらい仲良くって、恋人かと見間違えそうに、と。これ以上は関係各所からお叱りを受けそうなので、あしからず。
 それでは、皆さんの恋愛相談、並びにマザコンにまつわるエピソードを随時募集しつつ、次回の放送までお別れとさせていただきます。
 お相手は生徒会長、失恋大明神こと北村祐作がお届けしました』

暢気な北村の声が校内中に響き渡る。
こんな時でもまるで空気が読めない、どころか、放送室から覗いていたのではないかと疑いたくなるほどの見事なタイミングだった。
あまりに見事すぎて、おかげで大河は覚めかけていた意識をまたも放棄してしまった。

「赤ちゃん……竜児とやっちゃんの赤ちゃん……やっちゃんの赤ちゃんのマザコンの竜児の赤ちゃん……ふふ、ふふふふ……」

そう唱えたきり、今度こそ何の反応も示さなくなり、糸の切れた人形のようになってしまった大河に、それでも実乃梨は必死に手を尽くす。
「祐作の……」と亜美。「まるおの……」と麻耶。
声を揃えて「バカァッ!」と絶叫する二人の横で、片耳を塞いだ奈々子が救急車を手配していた。
混乱を燃料に、慌しさを加速させる教室内。
火事場もかくやというような人垣が大河と、大河に寄り添う四人を中心に形成され、2-Cはもはや混沌の極地と化していった。

                    ***

一方、こちらは阿鼻叫喚の様相を呈する教室とは程遠い静けさに包まれた、大橋高校から程近い喫茶店、須藤コーヒースタンドバー。
放課後ともなれば見慣れた制服で埋まる客席も、時間が時間だからだろう、空席が目立ち客層もまちまちである。
その店内の、特に奥まったボックス席で、どこかで見たことのある冴えないメガネと、軽佻浮薄そうなロン毛と、鋭い三白眼が腰を落ち着けていた。
249174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:19:07.07 ID:/3CAMhVF

「なんなんだよ、いったい」

コーヒーでは飲み下しきれない不服が声となって口をつく。
用件を済ませ、廊下を教室方面へと歩いていたところを無理やり校外へ連れ出されてから、もうかなり経つ。
竜児は先ほどから説明を求めているが、神妙な顔を携帯電話の画面と突っつき合わせている能登と、ひっきりなしに電話をかけている春田はろくに返事もしない。
時計を確認すれば、もう昼休みも終わる頃だ。
今からでは午後の授業にはどうあっても間に合わないと、竜児は狭いソファの隅に押し込んだカバンに目をやった。
どういうわけだか自分の荷物まで用意しておいて、ひょっとして、初めからサボって早退を決め込む腹づもりだったのか。

「なあ。これ、マジでまずそうなんだけど」

「ああ。まずいな、マジで」

不良行為に巻き込んだ張本人の二人は、しきりにそんなことを言っていた。
確かに値段相応の豆をマニュアルに則って淹れただけという印象のコーヒーと、作り置きのサンドイッチは味気ないが、なにもそこまで貶さなくてもいいだろうに。
的の外れたことを考えている竜児をよそに、短文投稿サービスと直接の通話で、クラスメートたちからリアルタイムに情報を集めている能登と春田。
彼らはすこぶる居心地の悪い教室を飛び出し、のこのこと死地に近づいていた竜児と偶然鉢合わせ、これを連れてまんまと脱出に成功していたのである。
その判断は正しかった。
現に今、2-C教室内の有様は筆舌に尽くし難い惨状だ。
もし竜児があの場に入っていったらと思うと、他人事とはいえ悪寒が背すじを駆け抜ける。
青褪めた顔をする能登と春田に、「どうかしたのか? なんか顔色悪いぞ」と竜児が尋ねた。

「いや、なんでもないんだ。それより、高須の方こそ大丈夫だったのか」

「そうそう。病院とか、高っちゃん、なんかあったの?」

二人が竜児を強引に連れまわしていた最中も、ときたまそんなことを携帯電話越しに言っていた。
疑うわけじゃないが、まさか本気で産婦人科に用があったとは言うまいな。

「ああ。こないだ大河のやつが、うちで飼ってるインコのインコちゃんを間違って握り潰しちまって。
 心配だから今日、近くの動物病院で検診してもらってくるよう言っておいたんだけどなあ」

事もなげに言い、「迷子になったからどうしようって、たく。子供じゃあるまいし」と竜児がため息をつく。
ため息をつきたいのはこっちの方だ。
そんなしょうもないやり取りの果てに、あの凶暴な手乗りタイガーが失神までする羽目になるとは。
能登も春田も、大河のあまりの不憫さにいたたまれない思いになった。
しかしそれも一時のこと。
回復した後、誤解や勘違いが解けてるとも言い切れず、そうだったとしてもやり場のない感情を、大河は余さず竜児にぶつけるに違いない。
ある意味それも愛情表現と呼べなくもないが、過激にも限度があるだろう。
血の池に沈む竜児が瞼の裏にありありと浮かぶ。
成り行き上とはいえ、一度はこうして助けてしまったのだ。
なのにこのまま見殺しにしたのではいくらなんでも寝覚めが悪い。
いっそほとぼりが冷めるまで匿うのも一つの手段だろうか。

「なあ高須、よかったらこれから家に来ないか」

「能登の家?」

「ああ。春田も来いよ、どうせ暇だろ。たまには男同士、親睦でも深めよう」
250174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:20:06.90 ID:/3CAMhVF

まだかなりの猶予があるとはいえ、いつまでもこの場に留まってもいられない。
それに竜児にもそろそろ現状を把握してもらう必要がある。
ここではなんだし、泊めるにせよそうでないにせよ、一旦自宅まで来てもらったほうが手っ取り早い。
善は急げだと、能登が提案した。
だが。

「竜ちゃん、こんな時間にこんなところでなにしてるの?」

春田の返事よりも早く割り込んできた声の主には、生憎覚えがなかった。
ふと目を向けると、珍しくバツが悪そうな竜児がいた。

「泰子こそ、どうしたんだよ」

「やっちゃんはお医者さんの帰りだよ。インコちゃんもね、もうすっかり元気になったって」

ひょいと持ち上げてみせたコンパクトサイズの鳥カゴには、トータル・リコールの有名なシーンのようなギョロ目を瞬かせる、薄気味の悪い小鳥が収められている。
じっとこちらを観察していたかと思えば、不意に搾り出すような声音で「イ、イイイ、イイィ……イン、ポ、イン、ポ」と。
露骨に顔を顰めた春田の爪先を靴先で軽く小突き、能登は声をひそめた。

「どうする?」

外見からはそこまで歳の差があるとは考えられないが、この女性が竜児の母親なのだろう。
並べると、似ても似つかない顔立ちといい、どこか人懐こい雰囲気といい、竜児は養子なのではないかと疑えるほど共通点が少なかった。
それでも竜児の母親なのは間違いなさそうで、つまり大河ご乱心の元凶とも言える。
その元凶もとい泰子は特に叱りつけるでもなく、これからどうするのか竜児に聞いていた。
今さら授業にも戻れないと、竜児は渋々帰る旨を伝えているらしい。
泰子の頬がほころんで、「じゃ、帰ろっか」と手を差し出していた。

「どうするって、あれ見てただろ? もう俺たちじゃどうもできねえよ」

「だよなあ」

あとのことは、どうにか竜児自身に解決してもらうほかない。
顔を突っつき合わせ、聞かれぬよう小声で話し合う能登と春田が同時に目線をやった先では、竜児が帰り支度を始めていた。
といってもカバンと、嵩張る鳥カゴを持ってやって、それで完了だ。

「でも竜ちゃんが学校サボるのって、なんか意外だねぇ。
 やっちゃん今日はうるさく言わないけど、竜ちゃんも竜ちゃんのお友達も、あんまりこういうことしたらダメだよ?」

「それは自分でもそう思うし、たぶんもうする事はねえよ」

後で詳しく説明してもらうからなと込めた目線が突き刺さる。
春田は下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとしており、能登は苦笑いしつつ頷いて、その背中を見送った。
カラン、カランと、閉じた自動ドアが鐘を模した電子音を鳴らす。
道路側に面した窓ガラスの向こう、竜児と泰子が歩き去っていくのを見届けて、そうしてから二人もスドバを後にする。
竜児と泰子が消えていったのとは反対の方角へ歩を向けて、数歩進んだところで、能登と春田は振り返った。

「案外、ホントにマザコンなのかもな、高須」

「いやー。案外もなにも、ありゃ高っちゃんマザコンで確定だろ」

雑踏に紛れていく竜児の首元を、深い藍色をしたマフラーが包んでいる。
一人分では無用に長すぎるそれも、二人で巻けばちょうどいいらしい。
寄り添う泰子は腕も絡ませ、伝わるぬくもりに身を任せきっているようだった。

                              〜おわり〜
251174 ◆TNwhNl8TZY :2012/07/16(月) 09:22:48.06 ID:/3CAMhVF
おしまい

支援ありがとうございました。
252名無しさん@ピンキー:2012/07/16(月) 10:14:06.79 ID:VqwbJlnL
あいからず安定の年増クオリティで良いですなー

ジャイアニズムとか、ぼっちとか近代(?)の単語が混ざっていて
妙に可笑しく感じてしまいました
253名無しさん@ピンキー:2012/07/16(月) 13:46:29.10 ID:bsih0KJZ
ちなみに旧エルゴの内部リング
http://uproda.2ch-library.com/552906Q7m/lib552906.jpg
上のリングのギザギザが位置によって違うのが判るっしょ
254名無しさん@ピンキー:2012/07/16(月) 13:47:19.31 ID:bsih0KJZ
すいません誤爆
255名無しさん@ピンキー:2012/07/16(月) 18:08:01.85 ID:lyBSveQd
>>251
GJっす。やっちゃんすげーwww
256 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/16(月) 19:48:25.50 ID:8xUBzP2C
こんばんは、とちドラ10回目の投稿です。9話は>>51にそれ以前は前スレですね
それではいきます
257 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/16(月) 19:49:58.15 ID:8xUBzP2C
「なんでこいつがここに居んのよ?」
「あらぁ〜こんばんは逢坂さん、じゃなかった、『いらっしゃい、逢坂さん』」

『毎日来る』と宣言した通り、晩御飯を食べに高須家に来た大河であったが、意外な先客に顔をしかめる。
一方、先客のはずの少女はさもその家の一員のように笑顔で大河を迎える。

「あんた日本語わからないの?な・ん・であんたが!ここにいるのよ!?ばかちわわは自分の犬小屋もわからないのかしら?」
「そうかもねぇ・・・でもさ、ここが犬小屋だって言うならなんで逢坂さんはここに来たのかしら?」
「ふん、やっちゃんとご飯を食べるために来ただけよ。あの犬はやっちゃんのついででしょ?」
「お前らなぁ・・・」

夕食の支度をしていた竜児が2人の会話を聞き顔を出す。
最初は無視をしようとしていたのだがあまりの会話内容につい反応してしまう。

「犬小屋で悪かったな。そりゃお前らのマンションに比べたらこのアパートが見劣りするのは分かるがその言い方はあんまりだろ。」
「まあまあ2人も冗談で言ってるんだよ〜ね〜大河ちゃんに亜美ちゃ〜ん。」
「はい!私はそう思ってないんですけどこのちっこいの、じゃなかった、逢坂さんがそんなこと言いだすんですも〜ん。」
「この腹黒ちわわ・・・ってかやっちゃん!なんでこのくそばかチワワがこの家に住みついてるのよ?」

出勤準備を終え、メイクも格好もばっちりの泰子の登場のおかげで場が収まったかに見えたが大河と亜美の睨みあいは終わらない。

「亜美ちゃんも1人暮らしで〜だ、・・・ええとぉ〜食事に困ってるみたいだから竜ちゃんが呼んでいいか?って。
もちろん食事は多人数になる方が楽しいし〜やっちゃんもおっけーしたんだけど・・・だめだった?」
「・・・!〜」

大河は泰子に強く言えない。自分もお客の立場であるということをわかっているというのもあるだろう。
今にも唸りそうな表情だがこらえる大河。

「泰子さんも、高須君もみんな優しくてあたしほんとにうれしいな!」

亜美が笑顔で答えると

「カ、カゲ・・・ガゲイ」
「ほらぁインコちゃんも歓迎してくれてるみたいだし!」
「ゲイって言ってるんじゃない?」
「なんでゲイ!?」
「ほら、飯できたぞ!」

『止めるだけ無駄』
常々あきらめている竜児はさえぎるように晩御飯を持ち出す。

「わーい、ごはん〜ごはん〜♪」
「うふっ、ありがと、高須君。」
「遅いわよ、もっと早くしなさいよ。」

悪態をつきながらも大河を始め皆の表情がほころぶ。やはり食事と言うものは人を笑顔にする素晴らしい行動なのだろう。

「そう言えば今晩はなんなのよ?」
「ふふふ、今晩はな・・・ハンバーグだ。」
誰1人手伝わないので居間と台所を往復しながらそう言う竜児。表情はうかがえなかったがきっとドヤ顔だろう。

「ハンバーグ!?ちょ・・・話違っ!?」
「いい心がけじゃない。私達は育ち盛りだもんね。ねえ?ばかちー?」
「大丈夫だよ〜亜美ちゃん〜竜ちゃんのハンバーグはとっっ・・・てもおいしいから!」
「え?あ、はい・・・」

『そこじゃない!』そう突っ込みたかった亜美だがふと竜児と目が合うと竜児は意味ありげにほくそ笑む。
若干納得のいってない亜美だが竜児を信じ食べることにした。
258 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/16(月) 19:50:41.73 ID:8xUBzP2C
「「「いただきます」」」
「イ、タダキ、タダキ・・・タダグイ!」

4人と1匹で食べる初めての夕食。果たして竜児のハンバーグのお味は。

「う〜ん、おしひい〜。いつものハンバーグとはちょっと違う感じだけどでもおいしいよ〜」

泰子には好評のよう。1週間前の不調はもう克服したようだ。

「ほんとだ!おいしい上になんか脂っこくなくて食べやすくていい感じ。」

気は進まなかったがこの流れで食べないわけにはいかず小さく一口。
食べてみるとハンバーグの特徴である中から溢れんばかりの肉汁がなく、あっさりしていて食べやすい。泰子の言う通りいつものハンバーグと何かが違うようだ。

「おう!これはだな・・・」

したり顔で説明しようとした矢先。

「なんなのこれは・・・」

静かに一言、子虎が呟く。静かに燃える炎のような低く、はっきりドスの利いた声。

「どうした・・・逢坂?」

こんな大河を何度も見ている竜児は冷や汗をかく。この大河は・・・

「あんた舐めてんの?ねぇ・・・?これがハンバーグ?笑わせるんじゃないわよ。お肉にたいする冒とくよ!?」
「ええっ〜?どういうこと大河ちゃん?これはハンバーグだよ〜?」
「・・・はむ。」

声を荒げる大河に泰子は疑問を持つ。大河はなぜ抗議をしているのか。亜美は黙って食事を続けている。

「この物体には肉が入っていないじゃない!肉を使わないハンバーグなんて私は認めないわ!」
「くっ・・・何故ばれた・・・?」
「ほぇ〜ぜんぜん気付かなかったよ〜あ、やっちゃん知ってる!これが噂のとうふハンバーグ。ってやつだね!」

竜児は自信があったようだが大河は一口で看破。亜美と泰子は気付かなかったようだ。もっとも気にしてもいないようだが

「いや、これは豆腐じゃねえ。まあ使ってるのは豆だから近いものはあるけどな。」
「なるほど〜やっちゃん、お豆さんたくさんとらないといけないし、一石二鳥だね〜」
「・・・ちっ!ふざけんじゃないわよあんた!こんなもん食わせてどうする気よ!」
「それはだな・・・」

ブチギレ寸前の大河に言い寄られる竜児、ちらっと横に座る人に目をやる。すると

「う〜ん、やっぱりおいしいよ高須君。わざわざ亜美ちゃんのために思考を凝らしてくれたんでしょ?」
「なんですって?」
「!?川嶋・・・」

確かに竜児が肉なしハンバーグを作ったのは亜美のためだ。だがこのタイミングでそんなことを言うとどうなるかは竜児はよく知ってる。

「あんた本当なの!?このちわわのためにこれを作ったって・・・?」
「それは・・・」
「そうだよ。ね?高須君?」
「おい川嶋!?」
「ちぃっ!!」

大きく舌打ちをする大河。亜美も亜美でなにか意味ありげな言い回し。
259 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/16(月) 19:52:10.56 ID:8xUBzP2C
2人の空気が不穏になるのを感じて竜児が取り持とうとするが・・・

「あたしが『食事のことで困ってる』って言ったら高須君は快く晩御飯に呼んでくれたんだ!
しかもこのハンバーグはいつもは作ってないみたいだしぃ、それって亜美ちゃんのために『わざわざ』作ってくれたってことだよねぇ!」
「へぇ・・・そういうこと・・・あんた・・・いつの間に『川嶋亜美』とそんなに仲良くなったの?」
「ええ〜?亜美ちゃんクラスのみんなと仲いいよ?まああんたと高須君は別だけど。」

不敵に笑いあう2人。そんな中泰子はと言うと

「ごちそうさま〜それじゃあやっちゃんいってきま〜す!」
「いってらっしゃいやっちゃん。」
「いってらっしゃい泰子さん。」
「おう、気を付けて・・・じゃねえよ!泰子!?」

この状況で泰子にいなくなられるのは痛い。精神的な意味で。困った竜児を背に

「大河ちゃんも亜美ちゃんも遅くならないうちに帰るんだよ〜」

といつものカバンを手に出ていった。




笑顔で見送った2人。これで少しは場が収まるかと思ったが泰子がいなくなるとすぐに2人は向きあう。
竜児の方に

「それで?どうすんのこれ?はぐっ!」
「結局食うのかよ・・・」
「腹に背は変えられないわ。仕方なしよ。けどこんなので腹が、むぐむぐ・・・膨れるわけないでしょ!」
「背に腹な。ならどうしろって言うんだよ?」
「作り直しなさい!今度はちゃんとしたハンバーグをね!」
「よく食べるわね〜逢坂さん、太っても知らないよ?」

からかい半分の口調で亜美は大河にそう言うが

「手遅れのあんたに心配される所以はないわ!」
「ておっ!!、あたしは太ってないし!」

あっさりと反論される。竜児は大河にも亜美にもよくからかわれるが口げんかでは大河が少し上手なのだろうか。

「わかったよ。ただハンバーグを作れる材料はないから・・・焼肉丼なんかどうだ?」
「ふふん、あんたもわかってるわね。いいわ、早く作りなさい!」

笑顔で言う大河。どうやら納得してくれたようだ。早速台所へ向かう竜児。そんな竜児を亜美は黙って見つめていた。
そして竜児が大河の食事を作ってる間、居間からは食器の音しか聞こえなかった。
260 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/16(月) 19:52:43.38 ID:8xUBzP2C
「ほら出来たぞ逢坂」
「最初からこうすればよかったのよ。いただきます。」

笑顔でそうがっつく大河。

「うわっ、なにその量!ほんとに全部食べれるの!?」
「ああ、逢坂には足りないくらいかもしれんがな。」

なんだかんだ豆ハンバーグを始め味噌汁やサラダを完食した大河(それももちろん他の誰よりも量は多かった)
だがどんぶり大盛りの焼肉丼(野菜など一切なし、肉とご飯だけ)をみるみる減らしていく。

「見てるだけでお腹一杯になりそう・・・」
「これが逢坂の平常運転だがな。」

料理をしたため竜児は今から食事開始、その竜児より先に食事を終えた大河だった。
おかわりを要求されたがあいにく食材は使い果たしてしまった。
しかし大河は「今日はこれくらいで勘弁してやるわ」と満足はしてくれたようだ。



「あのハンバーグが出たときはぶっ飛ばしてやろうかと思ったけどまあ今晩も満足だわ。」

と言いつつ、食後のお茶、ついでにせんべいを頬張る大河。

「なんか、自由にやってるわね、逢坂と高須君ってやっぱりそういう関係?」
「だから何度も違うって言ってるだろ。」

疲れたように言う竜児。何度大河との関係を疑われたか。

「けど何でもないクラスメイトを夕食に呼ぶ?恋人でもなかなかそう言う関係にならないでしょ?」

だが言われてみれば亜美の言う通りだ。一緒に登校。なんてのは誰でもやるだろう。
だが夕食を一緒にしたり弁当を作ったり、よっぽど仲良くなければやらないだろう。

「ふぉいふはふぁふぁふぃのいふふぁふぁらほ。」
「は?日本語しゃべってくんない?」

せんべいをくわえながら何かを言う大河。当然亜美にはわからない。

「口にものを入れながらしゃべるんじゃありません。あと別に俺はお前の犬になった覚えはねぇ!」
「わかるのかよ!っていうか高須君っておばさんっぽいよね?」
「ほっとけ!」

ちなみに大河は『こいつは私の犬だからよ』と言ったのだが、わかるのは竜児くらいだろう。
亜美の質問はさらに続く。

「いつくらいから逢坂さんは高須君の世話になってるの?食べさせてもらったあたしが言うのもなんだけど逢坂さんがいるとは思わなかったし。」

2人きりよりましかもしれないが恋人同士だとしたら割って入るのは気まずい。

「最初に来たのはGWの頃だったか?」
「そうね。いきなり道端でこいつに「部屋を掃除させろー」って叫ばれたから仕方なしにさせてやったのよ。
その礼に夕飯を作らしたのが最初だったかしら?」
「なにそれ?」

亜美がぽかんとした表情。それはそうだろう。いきなり『掃除させてくれ』なんて意味不明だ。
261 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/16(月) 19:53:17.40 ID:8xUBzP2C
「嘘のようでホントの話よ。こいつの家事好きは特技を通り越して病気・・・いや、因縁じみてるものを感じるわね!」
「ただ好きなだけだよ。いやぁしかし、今思い返しても充実した連休だったなぁ・・・
かのう屋のセールを見落としたのが唯一の後悔だがそれでもいと思えるほど満ち足りた時間だったな。」
「「・・・」」

笑顔でしみじみ言う竜児だったが大河と亜美には到底理解できない。
うっとりしている竜児を尻目に掛ける言葉もない2人と言ってところか。

「でもGWからずっと高須君と一緒に晩御飯を食べてるならもう1ヶ月くらいになるのね。」
「いや、初めてうちに来たのはそんときがだ大河がうちに毎日来るようになったのはつい最近・・・1週間前くらいだぞ?」
「1週間前?それってあたしがいろいろあった時からじゃない?」
「・・・そうね、そういえばそんなこともあったわね。」

やや言葉が詰まる大河。まあ、亜美と竜児以外からしたら大したことでもないかもしれないが。

「ってことは逢坂さんがここに頻繁に来るようになったのは最近かぁ〜そう・・・」
「なによ、なんかあるのかしら?」
「ううん、別に何でも〜」
「お前ら少しは仲良くは出来ないのかよ?」

2人が話すとほぼ毎回言い合い。大河が亜美のことを快く思ってないのもあるだろうが、
亜美も亜美で何か大河を挑発するような言い回し聞いてる竜児からしたらどちらがしゃべるにしても内心ドキドキだ。

「ふん、こいつと仲良くする必要なんてないわ。つかばかちーはいつまでここに来る気よ?」
「そうだな、川嶋にはどれくらい飯を作ればいいんだ?」

特に理由もない流れで一緒に晩御飯を食べることになっている大河と違い、亜美にはダイエットを手伝うというきちんとした理由がある。
亜美が満足する体形に戻るまではサポートするのだろうがそれもどのくらいすればいいのだろうか。

「そうねえ・・・逢坂さんにはどれだけ作ってるの?」
「逢坂には・・・今は3食全部作ってるな。」
「3食?朝も昼も?」
「そうよ、3食きちんと用意してくれる優秀な犬ね!」
「犬は食事を用意しねえがな。」

竜児のつぶやきとは裏腹に大河は満足げな笑顔を浮かべている。それを聞いた亜美は

「ならあたしも3食お願いしようかなぁ〜」
「おう、別に」
「冗談じゃないわよ!」

引き受けようとした竜児に大河が異を唱える。

「それって今日みたいなハンバーグもどきを作るってことよね?そんなのは許さないわよ!」
「あらぁ、作ってもらう立場なのにどうして逢坂さんがそんなにわがままを言えるのかしら?」
「先に作らしてるのは私の方よ?なんであとからのこのこ来たばかちーに合わせなきゃいけないのかしら?」
「ああもう!いい加減にしろよ!」
262 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/16(月) 19:53:50.09 ID:8xUBzP2C
耐えかねた竜児が堪らず止める。聞くに堪えない2人の雰囲気だったからだ。

「それぞれ好みにあったのを別々に作る!それでいいだろ!?」
「まあ、私はそれで構わないわ!」
「あたしもそれでいいけど・・・ふむ・・・」

ボリューム満点のご飯を用意すれば大河は文句は言わなそうだ。さっきも焼肉丼をで満足したようだし
だがなぜか亜美のリアクションは微妙、何か腑に落ちない点でもあるのだろうか。

「なんか文句でもあるのかしら?文句あるんだったら食べなくてもいいわよ?」
「なんでお前が怒るんだよ・・・川嶋?何かあるのか?」

そのそぶりを気にした2人が亜美に問う。

「ううん、なんでもな〜い。(平等ってことなのかねぇ・・・)」
「そうか、明日も朝から来るのか?」
「もちろん、よろしくね!高須君!」

ここは笑顔、亜美もこれから高須家の、正確には竜児の世話になるのだろう。

「ちっ、なんでこいつと朝から顔合わせなきゃいけないのよ。」
「逢坂さん?あたしと会わなくて済む簡単な方法があるよ?」
「なによそれ?」
「逢坂さんが、高須君のうちに来なければいいんじゃない?」
「はあ!?先に、こいつの家に、行ってるのは私なのよ!?なんであとから迷いこんだのらちーのために席を空けなきゃなんないのよ?」
「お前らなぁ・・・」

ちなみにこの2人は帰るまでずっと言い合っていた。それはもう竜児がうんざりするくらいに。
263 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/16(月) 19:55:02.23 ID:8xUBzP2C
そして翌日・・・

「なんでこいつと登校まで一緒にしないといけないのかしら?」

今日は雨模様、4人で朝食を取ったのち登校の時間、学校どころかクラスも一緒の3人は目的地も一緒、現に竜児と大河は最近共に登校してる。

「文句があるなら先に行けばいいでしょ?あたしと一緒が不満ならね。」
「だいたいあんたは毎朝早く家を出てたんじゃなかったの?いいのかしら?私達と同じ時間で?」

確かに亜美が近くに住んでいた(大河は同じマンションだが)にもかかわらずそれに気付けなかったのは亜美が早めに登校していたという話だが

「ああそれ?ストーカーに付けられたり、朝の登校ルートを特定されないように毎日別の道を使ったり、遠回りしてただけよ?
ストーカーもいなくなったみたいだし〜何より高須君と一緒に登校でいるならそっちの方がいいしね!」
「!ひっつくな川嶋!ってか俺と登校できるのがなんでそんなにいいんだ?」

そう言って竜児にしがみつく亜美。からかわれているのは分かるが亜美の感触は慣れるものではない。
平然を装いつつも若干照れながら何故自分とがいいのか聞いてみると

「高須君がいればどんな奴も寄ってこないでしょ?ストーカーも、うざいナンパとかもね。」
「・・・そりゃよかったな。」

ウインクしながら言う亜美。ある意味わかりきっていた返答に特に反論したりする気にもなれない。

「全く、朝から発情して疲れないのかしらこのエロちわわ!」
「あらぁ〜お子様タイガーにはちょっつと刺激が強すぎたかしらぁ?」

冷ややかな目で見つめる大河に、亜美は竜児から離れ大河と応戦。竜児ら周りの目も気にせずに言い合う。
竜児も(昨日からずっと飽きないのか)なんて思っていると

「動くな!このリア充!」
「おう!?」

急に背後を取られ耳元には冷たい金属のようなものの感触、竜児はただ驚いて立っていることしか出来ない。

「じっとしてろ。そして大人しく美少女2人を侍らす方法を教えてもらおうか?」

(なんだよその質問・・・)
「って、その声は櫛枝か?」
「おお、私も高須ハーレムに入れてもらえるのかね?」

振り向くと水筒をこちらに向け「バキュン」という仕草をしている実乃梨がいた。
ちなみに大河は亜美との言い合いが続いているのでこちらに気付いてない様子だ。

「そんなの作った覚えはねえよ。」
「またまた〜大河だけじゃ飽き足らずあ〜みんも手中に収めたみたいじゃないか?モテキ到来ですなあ〜」
「モテ期・・・な・・・」
「あんなに可愛い2人と並んで登校なんてさすが高須君、やりますなぁ」

『このこの』と言わんばかりに肘で突いてくる実乃梨。
確かに大河と亜美は美少女だが・・・

「ねえよそんなもん、櫛枝だってあの2人を知ってればそんなことはあり得ねえのはわかるだろ?」
「その幻想を高須がぶっ壊す!」
「たしかに他の奴は幻想を抱くだろうがな。」
264 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/16(月) 19:55:35.92 ID:8xUBzP2C
まあヤンキー高須も、手乗りタイガーもモデル美少女亜美も大橋高校ではかなりの有名人、
その有名な3人が一緒に登校しているのだ。あの2人は気にしてなさそうだが竜児は自分たちを周りの生徒が噂しているのを気付いている。
前にもどこまで広がったかはわからないが『大河と竜児が付き合った』と言う噂が流れている。
(どうせ今回も妙な噂が流れるんだろうな・・・)
竜児にとって噂との戦いは小さいころからずっと、慣れっこと言いたいところだがやはりまだこの手の噂には慣れそうもない。

「あ!みのりん!聞いて、このば、じゃなかった、川嶋亜美さんが〜」
「聞いて〜実乃梨ちゃ〜ん、逢坂さんが〜」
「おやおや私にもモテ期が来たのかね。」

実乃梨の存在に気付くと実乃梨も巻き込もうとする2人。竜児にとっては厄介なことでも実乃梨は嬉しそうに2人に答えていた。




さて教室、朝の登校は実乃梨も含めた4人で来たこともありそこまで目立たなかった。(大河と亜美のおかげで竜児が目立たなかったせいもあるが)
そして今は4時間目、もうすぐ楽しみな昼休みの時間なのだが、いつもは授業に集中してのぞむ竜児が悩んでいた。

(今朝はやり過ごせたが思い返したらいのか?教室で川嶋に弁当渡しちまって。
ってかあいつら一緒に登校してんだから弁当自分で持ってけよ!)

大河のも亜美の弁当も竜児が持ち運んでいる。2人には『自分で持て』と言ったことがあるが、帰ってきた返事は
『重い』だの『ひっくり返したらどうする』だの聞く耳持たずといったところ。
北村と実乃梨に見つかるだけでも面倒なのに亜美に渡すところを誰かに見られたら・・・
春田や能登からはしばらく睨まれたりしそうだ。

「はぁ・・・」

つい声を出してため息をついてしまうと

「はい!高須君。ため息つかない!じゃあここを読んでみてしてください。」

担任でもあり、英語教師である恋ヶ窪ゆり先生(まだ20代)に指名される。竜児はとっさに

「おうっ!?」

目を細めて声をあげてしまった。ただでさえ悪い目つきが更に鋭くなったことで

「ひいいっごめんなさい!機嫌悪かったですか!?」
「え?いや、そんなことは」
「いいですいいです!ええっっと・・・では・・・」
「いいです!やります!やらせて下さい!」
「は、はいぃぃどうぞご自由に・・・」
「・・・」

あのまま指名を変えられるよりはやった方が穏便にすむのかと思いきやより怯えさせてしまった様子。
徐々に心優しき?気の小さい恋ヶ窪先生と慣れつつあるかと思いきやまだ信頼を得きっていないようだ。
気まずい顔をしているのが多いクラスの中で1人、一段と小さい生徒は腹を抱えて震えながらうずくまっていた。
265 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/16(月) 19:56:25.60 ID:8xUBzP2C
「全く、相変わらずね、あんたの凶悪面。ぶふっ!あいつの怯えた顔がまだ思い浮かぶわ!ぷふふっ!」
「ほっといてくれ・・・へこんではいるんだからよ・・・」

授業が終わるとすぐさま笑顔、いや、にやけ面満開の大河が寄ってくる。
確かに竜児にとってはこのつらで相手にビビられるなんてわりと日常だが、慣れたもの、気持ちのいいものでは決してない。
なんてやり取りをしていると

「もう、ひどいよ逢坂さん!高須君だって好きで怖がられてるわけじゃないんだから!」

なんてわざとらしい擁護の声が聞こえてくる。やや戸惑った感じで竜児と大河はお互い見あった後、周りには聞こえないような声で

「お前・・・そのキャラやめるんじゃなかったのか?」

ややあきれならがら竜児が言う。
あのストーカーの件の時、亜美は『いい子の仮面』をかぶるのをやめる宣言をしたと竜児が記憶していたからだ。

「ひどいなぁ高須君、あ、もしかして逢坂さんみたいに笑ってあげた方が良かった?」
「なわけあるか!」
「いいとこに気付いたわねえ、ばかちーのくせに。こいつには好き放題言ってやった方がいいのよ。」
「まさか高須君、そういうのを『ご褒美』とか思う人?」
「違うわ!逢坂には言っても無駄だから放っておいてるだけだよ。」

最初は大河に振り回されるだけだったがどうやら慣れてきている模様。いいことなのかは微妙だが。
266 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/16(月) 19:56:57.48 ID:8xUBzP2C
「亜美ちゃーん!今日はお昼一緒に食べようよ!」

そんなやり取りをしていると麻耶が亜美に声を掛ける。隣には奈々子も笑顔で控えている。

「うん!今いくから少し待ってて!」
「おう、あいつらと一緒に食べるのか?」
「うん、そうだよ!・・・もしかして・・・あたしと一緒に食べたかった?」

そのやり取りの後竜児が亜美と話していると

「ふん、あんたと一緒に食べるとせっかくのご飯がまずくなるわ。」
「え〜?高須」

亜美が何を言うのかをとっさに察する竜児、すぐさまカバンから弁当を取り出し

「ほら川嶋、木原達も待ってるし、早くいってやれ!」

とっさに弁当を亜美に渡す。亜美も察したのか素早く受け取る。

「え?あ、うん、そうだね。じゃあね高須君、と逢坂さんも。」
「さっさと去りなさいよばかちー」
「ったく・・・わかってるわよ。じゃあね!」

亜美は竜児からもらった弁当(周りから見えないようにうまく隠したつもりだ)を手に麻耶たちの元へ向かう。

「おまたせ〜」

なんて他愛のない会話をしながら教室を後にする。

「ふう・・・」

周りも特に今の亜美の行動に疑問を持っているものはいないようだ。ほっと胸をなでおろしていると

「早く私の分も出しなさいよ。」

竜児の前に座り大河がそう要求する。

「はいはい、今出すよ。」

『まあ大河ならいっか』
そう思いながら竜児は対面のクラスメイトと中身の似通った弁当を食べたのであった。
267 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/16(月) 19:57:28.26 ID:8xUBzP2C
さて、その日の夜、泰子は早めに出掛け、竜児は食事の準備中なので居間には大河のみ。・・・あと

「ング・・・ング・・・ウッフン・・・」
「いつみてもこいつのブサイク加減は慣れないわね・・・」

居間にいるもう1匹、インコちゃんを突つきながら大河が呟く。なんだかんだ言って大河はインコちゃんを気にいってるようだが。

「おじゃましまーす。」

亜美がやってくる。竜児は「おう!料理が出来るまで待っててくれ!」など亜美を見ずに挨拶をする。そして今にいる奴は

「こんばんは逢坂さん。随分早くからいるのね?」
「・・・」

大河は無言で亜美を迎える。だが向ける視線はいつもの敵意でなく呆れるような視線。


「どうしたのかしら逢坂さん?まだあたしが来るのが許せない?」

亜美も笑顔で応戦。だが大河は殺気を向けているのでない。呆れた声で亜美に

「あんた・・・その格好はないんじゃない?何よジャージって・・・正義の味方ごっこでもするつもり?」

そう、亜美の今の恰好は上下黄色ジャージ。フリルたくさんのワンピースを着こんでいる大河と比べ相当ラフである。

「ええ〜?いいじゃん別に?どうせ晩御飯食べるだけだし。あ、タイガーはきちんと着こんでるってことは・・・高須君にいいとこ見られたいからかしらぁ?」
「馴れ馴れしいく呼ぶなこのズボラちわわ!」
「ちょっ!ズボラじゃねーし!亜美ちゃんはいろいろやることあるの!・・・ったく・・・ご飯はまだかしら?」

なんて亜美は竜児に話しかけようとすると

「ここの家の晩御飯は6時半って決まってるのよ?そんなことも知らないのかしら?」

ルールを知る大河は余裕の表情、対する亜美は

「うっ・・・仕方ないじゃないまだあたしそんなこと知らねえし・・・でも、食事が出来るまで暇ねぇ・・・」
「待ても出来ないのかしらこの駄チワワは!」
「ったく・・・文句言わなきゃ会話できないのかっての。」

ちなみに節々の声が大きいので狭いこの家だと2人の会話が竜児に聞こえて来る。もっとも竜児は面倒事が嫌なので黙々と調理に没頭しようとしている。

「ねえタイガー?ちょっと・・・」
「・・・?まあいいわ付き合ってやろうじゃない?」

台所の竜児はこの会話が詳しく聞き取れなかったが、その後2人は静かになった。
たまには静かに過ごしてくれるのかと竜児は安心して調理に取り組む。これが命取りにならずと知らずに・・・
268 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/16(月) 19:57:59.92 ID:8xUBzP2C
「あ、あの駄犬!まさかみのりんのことを・・・」
「意外ね・・・あたしも実乃梨ちゃんだとは思わないかった・・・」
「?。あいつら何を・・・?」

大河と亜美の驚きの声が聞こえてくる。気になった竜児が耳を澄ますと

「どうすんのよばかちー?あんたが責任とんなさいよ?」
「たしかに意外な一面が見えちゃって亜美ちゃんもびっくり。」
「?俺の部屋からか・・・?・・・っておいお前らあああああああああ!!」

声のする方へ向かった竜児。するとそこは自分の部屋で竜児秘蔵の段ボールが開いていた。
そう、竜児が初恋を募らせうっかりラブレターやプレゼント、ドライブ用のプレイリストを作ってしまったものを集めた門外不出のパンドラの箱だ。

「ちょ・・・お前ら・・・え?なんで?」
「ええっとぉ、男の子の部屋にある本やDVDを探そうとしたんだけど・・・なんかごめんね。」
「つかあんたみのりんのことが好きなの?駄犬のくせに生意気よ?」

亜美は若干申し訳なさそうに、大河は自分の親友のことが好きなのが気に食わないのか竜児を非難する。

「いやこれはだな・・・つかなんで見つけられたんだ?」
「だって高須君の部屋驚くほど整理されてるんだもん。」

竜児の整理癖がここであだになったようだ。そして亜美が追い打ちをかけるように

「それで・・・夜のお供は見つからなかったけど高須君はどうしてるのかな?」
「みのりんで妄想してたら・・・殺すわよ?」
「お前らなぁ・・・」
「けど夜のことって言っても亜美ちゃんよくわからないなあ・・・」


なんて亜美がおどけてみる。竜児もまだ気持ちが落ち着いてない。

「ったく汚れモデルがとぼけんじゃないわよ?」
「汚れてねえし!こちとら清純モデルで男なんか知らねえっつうの!」
「いいのかよ?そんなこと言って。」
「まあみのりんについていろいろ聞きたいことはあるけど、料理焦がしたら承知しないわよ?」
「おう!?すまん、戻る!!」

火を付けっ放しなのを思い出し慌てて台所に戻っていった。

そして戻ってくるや否やすぐさま2人の前で正座ポーズになった竜児。秘密の箱への詰問が始まる。
269 ◆nw3Pqp8oqE :2012/07/16(月) 20:00:52.02 ID:8xUBzP2C
「それで、あんたいつからみのりんが好きなの?あんな気持ち悪い文面を書くなんてねぇ・・・」
「確かにあんな手紙もらったらちょっと引くかも。けど高須君が実乃梨ちゃん、なんて思わなかったなぁ。」

敵意と驚きの声、しかし竜児の反応は冷静だった。

「櫛枝のことは確かに好きだったよ。けど今は・・・」
「好きじゃないの?もう?」
「ああ、なんかな。その・・・違うんだ。もう。」

若干照れたように竜児が答える。今のありのままの気持ちを。実乃梨に夢中になっていた時期があったのは事実、だけど今は

「ふうん、けどなんかそれはそれで腹立つわね。なんかみのりんが勝手に振られたみたいで。」
「どうしろって言うんだよじゃあ。」

竜児の素直な気持ちがこれだから他に言いようがない。亜美にいつか同じことを問われた時もその時にいないものは仕方ない。
竜児は惚れっぽい性格でもない。移りゆくように恋する男でもない
これ以上聞きようがない大河、聞いても無駄と言うことを知っている亜美もこれ以上聞けることはない。
竜児もバツが悪そうに散らかされた部屋を掃除していく。
なんだか気まずい雰囲気になるかと思った晩御飯も特に気まずくなることはなかった。
まあ大河と亜美が喧嘩しながらといういいのか悪いのかいつもと変わらない風景だったが・・・
ある意味新しい高須家の日常の形。しかしこの形は問題点を多く持つものだとはこのときは誰も気付いていない・・・













「さあDJ・MINORIのおまけコーナー。誰得と言われようが続けてやるぜぇ〜」
「まあ今回はゲストなしで1人寂しくなんだけどね・・・それでも私は続けるよ!
今回から「とちドラ」が本格始動ってところさね。今まで高須君が大河とあ〜みんと交互に会話を繰り広げる形だったけど
今回からは3人合流!原作はほとんど大河と高須君中心だけどこの話はそこにあ〜みんも入る形・・・って今さらか。
そのおかげで出番を失ってる私・・・うーん、これから巻き返していきたい!
まあ風雲告げるモノローグ。波乱を告げる11話もお楽しみに!次回こそは誰か呼びたい!!」




以上です。気が付いたら次で11回。ネタはまだ尽きないので20回オーバーは確定的。
適切な長さで終われるように頑張ります。ではまた!
270名無しさん@ピンキー:2012/07/16(月) 20:10:22.41 ID:anf9Kd2y
GJ
良作が豊作で満足
271名無しさん@ピンキー:2012/07/16(月) 21:49:25.70 ID:r1l4aw+8
半日も空けずに被せ投下できるのも納得の、おまけと後書きから滲み出るウザさ
272名無しさん@ピンキー:2012/07/16(月) 21:58:13.63 ID:anf9Kd2y
なんだまた沸いたのか
明日はまた仕事なのに休日の夜を荒らしなんて、もう少し時間を有意義に使いなよ
273名無しさん@ピンキー:2012/07/16(月) 23:45:43.22 ID:bsih0KJZ
文句言うなら作品を投下してくだしあ
274名無しさん@ピンキー:2012/07/16(月) 23:56:00.74 ID:pkFaMRi1
前者の作品投稿から時間を置かず投稿するのはマナー違反だ
275名無しさん@ピンキー:2012/07/17(火) 00:17:18.27 ID:633XX/kk
えええ?
半日も経ってるんだよ?
276名無しさん@ピンキー:2012/07/17(火) 00:20:28.34 ID:633XX/kk
174氏の今回の最後の書き込みが>>251で09:22:48.06
◆nw3Pqp8oqE氏の最初の書き始めが>>256で19:48:25.50
およそ10時間も開いてる
277名無しさん@ピンキー:2012/07/17(火) 01:02:39.09 ID:JU+g27Uy
マナー違反だ(キリッ

お前がマナー違反だろ、嫌なら来るな


夏休みが近いねぇ
278名無しさん@ピンキー:2012/07/17(火) 01:47:22.23 ID:JRB7/cc+
SLさん名無しで自分以外の良いSSにイチャモンつけるのはいい加減やめていただけませんか
279名無しさん@ピンキー:2012/07/17(火) 01:50:29.91 ID:EgGZKJCW
だよな作者批判はやめてほしいぜルール守ってるし
アスペルガーかよこいつは
280名無しさん@ピンキー:2012/07/17(火) 01:57:27.89 ID:JRB7/cc+
◆nw3Pqp8oqEさん面白いよ
馬鹿はたかが路傍の石だから、気にせず頑張って(´∀`)
281名無しさん@ピンキー:2012/07/17(火) 02:13:42.22 ID:1ClggWuw
174さんも◆nw3Pqp8oqEさんもGJ
やっちゃん好きにはたまらん!たまらんね!
282名無しさん@ピンキー:2012/07/17(火) 04:47:20.22 ID:mVpYKTLT
両人とも乙
しかし投稿されても作品に対する感想より、それ以外のレスでスレが進んでるのがなんとも…
283名無しさん@ピンキー:2012/07/17(火) 07:51:05.04 ID:jSmJn6yG
みんなテンプレ見直しとけ

お兄さんからのお願いだ
284名無しさん@ピンキー:2012/07/17(火) 08:16:43.42 ID:ok4MF0N1
スルーしたいが1人作者さん逃げられたからナーバスになってんだろ
けど300レス前に400KB行きそうって凄いな
285名無しさん@ピンキー:2012/07/17(火) 08:49:35.20 ID:jSmJn6yG
あー、それもあったかぁ

しかし、このスピードでいくと、dat落ちも遠くないよなぁ
保管庫の人も忙しいんだろうし、大変なのも想像できるが頑張って欲しいな

286名無しさん@ピンキー:2012/07/17(火) 22:15:45.56 ID:fjld6BOI
両名ともGJです 堪能いたしました

保管庫の方は前スレもおちてしまったし、がんばってほしいところ
287名無しさん@ピンキー:2012/07/19(木) 20:26:21.41 ID:5UvJEpLu
スレ立て直後の職人さん達のラッシュがすご過ぎて
以前のペースに戻っただけなのに、えらく寂しく感じてしまうorz
288名無しさん@ピンキー:2012/07/19(木) 20:59:02.04 ID:rl54HN6c
ブーム再来かと思ったもんねぇw
書いてる方は書いてるんだと信じて待つよ!
289名無しさん@ピンキー:2012/07/21(土) 01:17:15.72 ID:5RLWteUC
>>224さん
3つ平行に書いているせいで、究極の遅筆となっております。
ネタは出るけど、表現力とタイプが追いつきません。ぐぬぬ

明日の夜には一本投下する予定です。
亜美か大河どちらかの短い作品ですが、もう暫しお待ちくださいませ。

一応書き手の生存報告でした。
290名無しさん@ピンキー:2012/07/21(土) 23:58:39.67 ID:FZGW+Z6b

今更ながら念願の特装版付録付きとらドラコミック二巻を中古で買ったんだが
期待していた付録の特典ショートストーリーが個人的な感想で言わせて貰うと
クソつまんなくて絶望したorz

291名無しさん@ピンキー:2012/07/22(日) 00:35:42.58 ID:/x/9F1/y
>>289
どの方か新規の方かわかりませんが誰であれのんびり待ってますよー
292名無しさん@ピンキー:2012/07/22(日) 21:37:56.71 ID:QIyrb0WM
グンタマさんか174さんではないかと
293名無しさん@ピンキー:2012/07/22(日) 21:50:45.35 ID:j52JAzkr
新人さんも大歓迎やで〜
294名無しさん@ピンキー:2012/07/22(日) 22:11:27.41 ID:NgyTSPgF
しかし174さんも長いね、ホント
295スターリン:2012/07/23(月) 01:30:41.73 ID:biacIiEb
 登場人物:
 高須竜児
 「寡黙な勤勉家」にはカリスマ性はありませんが、それを日々の努力と持ち前の能力で補っています。
その地位を誇ることはほとんどなく、国家元首を陰で支える「縁の下の力持ち」に徹しています。
 川嶋亜美
 「裏工作の達人」は政党内の調整役を長年務めてきたベテラン政治家です。内部の者による策謀
も、国外からの圧力もこの人物を駆逐することは出来ません。彼女に相対する他国の政治家は十分
な注意が必要でしょう。
 高須大河
 「不屈の改革者」は自らが信じる政治理念と社会体制を全世界に広めたいと考えています。そのた
めには政治的、軍事的な介入を行うことも厭いません。

 高須竜児は少し疲れていた。
 都内のホテルを会場にした、彼の結婚式は既に後半に入っている。竜児の鮮やかな高校時代の友
人たちが全員集まり、数々の華々しい思い出を口にし、現状を報告し合っていた。
 それにしても、何故新郎が新婦を放っておいているのだろうか? それは、高須竜児から彼の妻を
奪っている人物――正確には、妻が連合して大騒ぎを巻き起こしている人物が、自他ともに竜児や
彼の妻の間に割り込める唯一の人物であるからだ。櫛枝実乃梨は、この先ずっと竜児と竜児の伴侶
の友人であり続けるだろう。
『おしおきだべ〜!』
 華々しい高校時代、彼女が授業中に放って来た手紙の内容を思い出すと、アルコールで少し火
照った竜児の頬に思い出し笑いが浮かんだ。高須竜児と高須大河は、決して何物にも囚われぬ、自
由な太陽の如き実乃梨を愛している。
 ふと、夜風が翻り、熱を持った彼の頬を撫でた。
「結婚式に花嫁さんを放って夜風に当たるなんて、珍しい新郎もいたもんね」
「お前こそ、香椎や木原を放っておいていいのか?」
 甃を叩く靴の音に、竜児は振り返った。
 青い黒髪を結い上げて、真っ黒なスパンコールドレスを纏った川嶋亜美は美しかった。闇に滲み出す
様な白い頬を黒い手袋の指先で撫でると、亜美はブラウン管やスクリーンで見ることができる笑顔より
遥かに柔らかい笑顔を浮かべた。
「私も、タイガーに奈々子と麻耶取られちゃったんだよね」
 亜美は肩をすくめた。
「祐作も実乃梨ちゃんと一緒になって騒いでて、一緒にいて面白い人がいないの。という訳で高須くん、
亜美ちゃんをいなくなった人の代わりに楽しませてくれる?」
「そうだな。少し歩くか?」
296スターリン:2012/07/23(月) 01:31:30.25 ID:biacIiEb
 そういえば、今日竜児が亜美と話すのは、会場に来た時の挨拶以来のことだった。亜美は少し腰を
折って至近距離から竜児を見上げた。彼女の仕草は、高校生の時に、竜児を良くからかった時と全く
変わらなかった。
「酔い覚ましに?」
「応。ていうか胸が見えるぞ。気をつけろ」
 呆れ半分に言う竜児に向かい、亜美は微笑した。
「そうだね、高須くん」
 ホテルの周辺を歩きながら、二人の口に上った話題の多くは、竜児が先んじて予想していた通り、世
界が抱える様々な欠陥に対して亜美が放つ罵倒だった。その苛烈で鋭利な舌鋒に呆れながらも、川
嶋亜美のこのような性格を高須竜児は愛していた。
 ホテルの周囲を歩きながら、二人の会話の数は段々と少なくなった。竜児は、絢爛たる思い出の
数々を思い浮かべていた。奇妙な偶然であるが、亜美も同様に大橋高校の愛すべき日々のことを思
い浮かべていた。
「ありがとな、川嶋」
「ん? 亜美ちゃん何かしたっけ?」
 亜美の声音は、竜児が知っている色と全く変わらず、竜児は思わず笑った。
「いや、お前がいたから餓鬼の頃は面白かったぞ」
「何それ。私だけじゃなくない?」
 竜児の後ろを歩く亜美は可笑しげに反問したが、その問いかけは、まさしく本質を捉えていた。
「誰が欠けてもあんなに面白くなかった。でもお前、なんだかんだ言って一番気使ってくれてただろ。だか
ら、今があるのはお前の御蔭でもあるんだ。ありがとな」
「そうだね。皆がいたから面白かったんだよね」
「ああ。セカイ系が面白いのは餓鬼のうちだけ……早いな」
 いつの間にか、二人はホテルの周辺を一周し、最初に出発した場所に立っていた。酒が入った北村
祐作や櫛枝実乃梨、高須大河の咆哮が建物の外まで聞こえてきた。彼等の声は、姿を消した新郎
を探し求め、さながら鬨の声の如き迫力を備えていた。
「でかい声だ」
 竜児が苦笑すると、亜美が声を放った。
「高須くん、明日どうするの?」
「もう『第三のローマ』にある仕事場に帰らなけりゃいけないんだよ。アエロフロートの予約はもう取ってあ
る。文化の違いか、よく遅れるけどな」
「そっか。じゃあ、しばらく会えないね」
「北村だって、しょっちゅうアメリカから帰って来るだろ。太平洋に比べりゃ日本海は小さい」
 亜美は竜児に背を向けた。
「あーあ。子供の頃は、若い内に、適当にいい男見つけて、一生金蔓にして楽な人生送ろうと思ってた
297スターリン:2012/07/23(月) 01:33:05.01 ID:biacIiEb
のに、まさかタイガーなんかに先越されるなんて思わなかったな」
 わざとらしく伸びをする亜美に、竜児は呆れ半分の声を放った。
「お前だって、すぐにそんなの見つけられるだろ……お前って、顔の割には口が悪いし、人使いも荒い
が、すげえ気配り効くし、細かいところにだってすぐ気付くだろうが」
 亜美は、力を失ったかのように手を下ろした。夜露に濡れた石畳の上に立っている、彼女のそんな後
ろ姿は、竜児や祐作のちょっとした讒言に燃え盛る様な罵声や憎まれ口で返答する、いつも燃えてい
る高須大河に少し似てすらいる、高須竜児が良く知っている友人の、川嶋亜美の姿とは似つかなかっ
た。
 亜美は竜児に背を向けたまま、夜の闇を見据えていた。
「そんな風に思ってくれてるなら、どうして……!」
「何?」
 戸惑っている竜児に向かって、亜美は振り向いた。夜の風に翻った彼女の黒髪は、慄然とするほど
美しかった。亜美は強張った表情で距離を詰めると、竜児の襟を掴んで引き寄せた。真っ黒な瞳が、
竜児の困惑した顔を映し、射竦める様な光を孕んで煌めいていた。
「それでも、私は一番じゃないんだね?」
 亜美は竜児が口を開く前に、弾劾する様な、冷厳な声で言い募った。
「どんなに皆の世話をしても、皆が喜ぶようなことをしても、どんな服を着たって、どんな歌を歌った
って、私は、高須くんにとって一番じゃないんだね?」
 竜児は、卒然に、理解を超越した様なことを言い始めた亜美を、ただただ驚きの眼で見ていた。長い
沈黙の後、彼はようやく声を絞り出した。
「川嶋?」
「竜児、どこいんのー?」
 高須竜児は、川嶋亜美の言葉にただ戸惑っているだけだった。だが、彼を呼ぶ、亜美も良く知ってい
る声に気付くと、すぐさま声の方角に、明るいホテルの方向へ顔を向けた。
 そんな彼を見上げて、亜美は絶望した。亜美の中にあったものは、深い虚無だった。もう耐えられな
かった。亜美は掴んでいた襟を離すと、竜児の胸を思い切り突き飛ばした。彼女は大河が自分の姿を
見つける前に、夜の闇へ向かって駆け出した。
 竜児の妻は、ホテルの入り口で木偶のように突っ立っている夫を見つけると、何故このような場所で
油を売っているのか、と口先だけで怒りながら、心地良い喧噪の中へ高須竜児を引き戻した。
 
 脱ぎ捨てられたヒールは、些か本来の用途とは異なった使い方をしたせいで、片方は折れ、片方はあ
ちこちが汚れて、最早使い物にならなかった。ドアへの一蹴りでは飽き足らず、亜美は裸足でトイレの
壁を何度も蹴飛ばした。
「畜生! 畜生! なんだってあたしがこんな思いしなきゃなんねぇんだよ! あんな奴等なんか知った
298スターリン:2012/07/23(月) 01:35:13.06 ID:biacIiEb
ことか! あんな女に生ませた子供なんて、どうなろうが知ったことか! あんな結婚式の料理なんて、
あんな奴が作った料理なんて、私の体に少しだって入れてやるもんか!」
 亜美は便器を睨みつけると、形の良い唇に指を突っ込み、子供の頃からよく知っている、体型維持
の方法の一つを実践した。彼女の手つきは慣れたもので、すぐにトイレの個室の中から、嗚咽と水音が
響き渡った。
 ことが済むと、彼女は肩で息をしながら、吐瀉物に汚れた唇を乱暴に拭った。涙の滲んだ目で便器
の中を見下ろすと、そこには、彼女がずっと以前から愛している才能と心配りが存分に使われた作品
が、最早原形を留めず、粉々に打ち砕かれていた。それを見て、彼女は自分が何をしたのか理解し
た。
 彼女は顔を覆うと、抑えきれない謝罪の声を発しながら、服が汚れるのも厭わずその場に膝を突い
た。
「わあああ……うああああ……ごめんなさい、高須くん」
 抑えた手の中から、涙が後から溢れ続けて止まらなかった。亜美は胎児のようにその場に蹲って涕泣
した。
「高須くんはどうして私を……私とあの子の何が違うって……」
 
 モスクワ川のほとりで、『第三のローマ』は夏を迎えていた。
 かつてピョートル一世とアレクセイ・ミハイロヴィチが居を構えたプレオブラジェンスキー地区スヴォーロフ
通りで、社会主義時代の遺産である国営マンションの一つに居を構え、高須竜児は妻も含めた多くの
人々から惜しみない讃嘆を贈られながら、料理人として辣腕を振るっていた。社会主義時代に比べて
共働きの数は減ったとはいえ、彼の妻もまた冒険心旺盛であり、インテリア関係の仕事に就いている。
 夫婦で働く生活は忙しく、まさしく光陰矢の如く、月日は過ぎ去った。
 結婚式の一件以来、ある有名人の友達の行方が気になりはしたが、大ロシアで暮らす竜児の耳に
は、日本の一女優のことは入って来なかった。香椎奈々子や木原麻耶に訊ねるにも、ロシア連邦の中
央連邦管区から日本の大橋市はいささか遠かった。
 竜児が家のドアに手を伸ばすと、その前に中からドアが開き、今年で高校生になる長女が笑顔を見
せた。
「お帰り、お父さん。今日は遅くなかったね」
「そりゃ、お前の誕生日だからな。それなのに大河はどこ行ったんだ」
 家の奥へ向かって行く長女は、年々母親に似て来ていた。瞳の色、輪郭、髪の色、髪の質――大
河と初めて出会った頃と同じ年齢に近づくほど、ますます竜児は彼の妻の俤を娘に見て取るようになっ
た。少し違うことと言えば、髪の色がいささか竜児の黒髪に近いということだけだ。
「ちょっと待ってろ」
 娘を追い越して部屋に入ると、竜児は数日前に準備してあった誕生日祝いの一部を冷蔵庫から持
ち出した。
299スターリン:2012/07/23(月) 01:36:31.88 ID:biacIiEb
「仕事がある大河が遅れるのは仕方ないにしても、他の二人もいないなんてな。8月16日に学校の行
事が重なるなんてそうそうないぞ」
 椅子に座ると、竜児は家族が揃っていないことに嘆息しつつ、ケーキを平らげ始める娘の姿を眺め
た。
 それにしても、娘は実に大河に似ていた。年々自分に似て来る娘に、竜児の妻は背丈くらい似ない
で欲しいなどと言っていたが、成長した長女は背丈までも母親に生き映しだった。大河は自分の遺伝
子が強すぎる、髪の色以外に竜児に似ているところはないのかと嘆いたが、竜児は自分の眼付を受け
継いでいない点を指摘し、彼の妻を大いに笑わせた。
 気付くと、娘は竜児の膝に座っていた。
 いささか親離れがなさすぎるのではないかと危惧する竜児の前で、娘は笑顔で訊ねた。
「お父さんは、お母さんとこれくらいの年齢で知り合ったんだよね?」
「おう。大体お前と同じ年だな。あのとき、俺には色んなことがあったぞ。大河の奴、最初は俺に向かっ
て……」
 竜児が衝撃的な邂逅や、大河が彼の家に通うようになった経緯を聞かせるのを、娘は時折笑いなが
ら、静かに聞いていた。
「で、いつだったか、北村の奴が川嶋を……」
 竜児の弁舌が止まった。彼女のことを思い出すと、竜児は心の奥に痛みが走るのを感じた。大河と
結婚して、外国で仕事を持ったのは何年前だっただろうか。結婚して数年のうち、すぐに長女が生まれ
たこともあり、日本のニュースは殆ど耳にしていなかった。だから、あの後、彼女がどうなったのか、知らず
にいた。
「お父さんは、お母さんともうそんなにたくさん思い出を作ってたんだね」
 娘は竜児が考えていることも知らないような笑顔で言った。竜児は娘に苦笑した。
「そうだな。大河は出くわして一週間、というか数時間の内に沢山のことをしでかしたな。忘れようがな
い」
 娘は笑顔のまま竜児の首に手を回した。
「ねえ、お父さん、私ってお母さんに似てるんだよね?」
 首筋に鼻をこすりつける、年齢の割に親離れをしない娘に苦笑しつつ、竜児は答えた。
「おう、二人で並んだら気付かないかもしれないくらい似てるぞ」
「それで、私は生まれた時からお父さんと知り合ってる。お母さんに負けないね」
 鈴を振る様な娘の声を聞くと、竜児にどことなく不思議な感情が巻き起こった。
 竜児はこの声を知っていた。高校生の時、大河の横でも良くこの声を聞いていた。大抵彼女はそうい
う時、とんでもない悪戯を思いついていたものだ。だが、良く知っているにも拘らず、竜児はすぐさま声の
主が誰であるか思い出せなかった。何せ彼女は、彼女が気を許したほんの数名の前を除いては、中々
本性を現さなかったので――
 竜児が声の主に思い当たると、長い女の足が高須竜児の腰を拘束した。
300スターリン:2012/07/23(月) 01:37:36.46 ID:biacIiEb
「じゃあ、今の私はチビとあまり変わらないでしょ?」
 白い手が竜児の頬に添えられた。白魚の様な手は、モデルにでもなれそうだった。誰が教えたのか知
らないが、彼女が自分の爪に施すネイルケアは、本職のネイリストのようだった。大河の格好をした女
は、真っ黒な瞳に、高須竜児の顔を映していた。
 慄然とした彼の頬を撫でて、彼女は笑った。
「今度は好きになってね、高須くん」
 椅子に座って逃れられない竜児の耳に、どこからか事故を示す救急車と警察のサイレンの音が聞こ
えてきた。
 
「竜児? 竜児、どうしたの?」
 怪訝そうな声と共に肩を揺すられ、高須竜児は目を覚ました。
 窓の外では、大陸の北方を支配する強い北風が夜の闇を駆け、押し留められた魔物の如く窓枠を
揺さぶって行った。声の主はベッドの枠のランプを点けた。シーツを裸身に纏って、共にベッドに入った彼
女は不安を滲ませて竜児を見つめた。
「具合悪いの? 先方に連絡して、明日は病院に行く?」
 二人は明日には、シベリア鉄道最東方の始発駅、ヴラジヴォストーク駅から、数日をかけてツンドラを
旅し、高須竜児の勤務先である『第三のローマ』と呼ばれた都に赴くことになっていた。
「……ああ、お前か」
 竜児は自分を見やる彼女の顔を見返すと、安堵に深い息を吐いた。竜児はまだ目に不安の色を浮
かべている彼女の頬に手をやった。
「心配いらん、ただの夢だ」
「でも、普通の魘され方じゃ……」
 彼女は竜児の手を取って尚も言い募った。
「いいんだよ、お前は気にしなくて」
 自分の手を取った彼女の白い手を引き寄せると、高須竜児は彼の妻の頬にもう片方の手を添えて、
安心させるように唇を重ねた。だが、まだ彼女は不安そうだった。彼女はランプの光に照らされて抗議し
た。
「いつも子供扱いして」
 竜児は心配性の妻の頬を撫でながら弁明した。
「今があんまり幸せすぎて不安になったんだ」
「もう……竜児ってば、あんまり人を心配させないから」
「起こしちまって悪かったな」
 竜児は掛け布団で妻を包むと、彼女を抱きしめたまま体を横たえた。明日の朝の出発は早い。遅れ
ることが珍しくないとはいえ、取り逃がしてしまう訳にもいかないのだ。まだ納得のいかない表情をしてい
る彼女にもう一度キスして、竜児は何事か妻の耳元へ囁いた。
301スターリン:2012/07/23(月) 01:40:40.04 ID:biacIiEb
 彼の言葉を聞いて、高須亜美は幸福が滲み出る様な笑顔を浮かべた。
「私も愛してる」
 
 二人は、すぐに眠りへ落ちて行った。
 明朝には旅立たねばならないのだ。『第三のローマ』へ――

das Ende/конец/終わり
302スターリン:2012/07/23(月) 01:42:59.56 ID:biacIiEb
短く、ほとんど一発ネタですが、某所から非常な影響を受けたことを明記せねばなりません。
303名無しさん@ピンキー:2012/07/23(月) 01:46:57.02 ID:ADGZcMk9
GJ!
むうう、展開がよめん・・・続きが気になる!
304名無しさん@ピンキー:2012/07/23(月) 09:53:26.39 ID:uH1mmnPU
BJ!

書き手のナルシシズムが滲み出ているかのような悪文で、
最後まで読み切ることが出来ませんでした。
305名無しさん@ピンキー:2012/07/23(月) 16:29:54.36 ID:IBv4tXuQ
変な話
306名無しさん@ピンキー:2012/07/23(月) 18:22:58.01 ID:z87lSVKN
まぁうん、人それぞれだし気に入らなかったらスルーだね
307スターリン:2012/07/23(月) 18:37:10.72 ID:biacIiEb
コメントをいただいた皆様、ありがとうございます。
>>303
行き当たりばったりの話にそこまでお褒め頂き、これほど嬉しいことはありません。
>>304
非常にありがたい指摘です。そういった問題は自分で気付けるものではないからです。
よろしければ、具体的に「ここは許せない」という箇所を教えていただければ幸いです。
>>305
最初から「気持ち悪い話」を目指しましたが、「変」ということは推敲が足らなかったということでしょう。
308名無しさん@ピンキー:2012/07/23(月) 20:06:59.74 ID:vlEO+1Pp
309名無しさん@ピンキー:2012/07/23(月) 21:06:05.08 ID:ZmnVaBDP
余計なことは一切語らずただ黙々と投下するのってけっこう凄い事なんだな
310スターリン:2012/07/23(月) 21:18:01.52 ID:biacIiEb
>>308
すっかり忘れてました。大変失礼いたしました。
311名無しさん@ピンキー:2012/07/23(月) 21:25:19.86 ID:OBJnkBKu
そもそもその作品に何かしら思う物があるからエロパロを書く訳なんだろうけどね
でも、書き手は作品自体以外では語るなというパラドックス

どちらの気持ちも分かるんだけどね……

174さんとか、継続し続けてる事含めて、マジすげーなと思う
312名無しさん@ピンキー:2012/07/24(火) 00:23:03.22 ID:Qu91nxAw
過剰な馴れ合いをしないこと、あまりにも個人の投稿が重なることを防ぐことも重要だと思うんだけど
終ってしばらくたった作品ではそこらへんに寛容になることも重要だと思うの

自分的には先の話が気になるから読みたいな
313名無しさん@ピンキー:2012/07/24(火) 06:53:16.27 ID:4bZcC4Ez
>最初から「気持ち悪い話」を目指しましたが、

そういった意図を持つ作品なら、最低限投下する前に、注意書き入れてくれ
314名無しさん@ピンキー:2012/07/24(火) 11:02:30.06 ID:G8d0HGPs
174=レジェンド
315名無しさん@ピンキー:2012/07/24(火) 14:52:43.20 ID:bwI0792p
レジェンドが現れたと聞いて
316名無しさん@ピンキー:2012/07/24(火) 18:43:12.55 ID:rQ2GdvJq
174さんは書き手として、尊敬するレベル
多作だし、話は面白いし投下のマナーいいし

ただこんな174さんでも投下初期のころは全レスとかやらかしてるし、
ここになれてない書き手もちょっとずつエロパロ板独特の空気に
慣れていけばいいと思う
317名無しさん@ピンキー:2012/07/24(火) 23:37:17.12 ID:3d5hNBmu
マナーを抜きにしても、肝心の内容が原作キャラの名前拝借しただけの、
書き手のエゴ丸出しの駄文だとどうしようもないんだけどね
318 ◆7/kVPJRBhssD :2012/07/25(水) 08:51:46.64 ID:s1zG03Fh
色々とご迷惑をお掛けしてしまった様で申し訳ございません。

拙作の続きが読みたかった方もおられた様なので他所にではありますが、
残り全部をアップしときましたので、興味のある方だけご覧下さい。

タイトルと元となった作品名でググレばヒットすると思います。
319名無しさん@ピンキー:2012/07/25(水) 08:58:19.15 ID:s1zG03Fh
すいません、一言だけ忘れてました。

何かトラブルになりそうになった場合、大元を消してしまう可能性がありますのでご注意を。


320名無しさん@ピンキー:2012/07/25(水) 20:55:03.10 ID:NdWxB/lO
>>318
乙かれさまでございます。 そんな気使わなくてもいいのになあ、十分マナーいい方なのに
とにかくありがたく読ませていただきます
321名無しさん@ピンキー:2012/07/25(水) 22:06:05.82 ID:LpWDLCwO
SSがくそなら書き手もうぜえ
322名無しさん@ピンキー:2012/07/25(水) 22:08:48.20 ID:hroRNitb
>>319
完結お疲れ様でした。ありがとう、そしてGJ
あっちにコメしようか迷いましたが、
また新しい作品をここで読みたいという願いもこめてこちらへ書きます

年齢的には大人になった二人に残ってる子供な一面が凄くよかったです
出来ればまた、ここに新しい作品を期待してますね
323名無しさん@ピンキー:2012/07/25(水) 22:16:03.43 ID:rNDn3L+P
わざわざ予防線張ってる時点でマナーもへったくれもないけどな
324名無しさん@ピンキー:2012/07/25(水) 23:05:46.60 ID:Qy8/iL4p
>>318
お疲れ
325名無しさん@ピンキー:2012/07/25(水) 23:55:42.63 ID:3jOsKl2T
原作アンチな内容なのに、原作大事にしてますって態度が凄まじく気持ち悪い。
つーか、すごいな。
326名無しさん@ピンキー:2012/07/26(木) 05:14:31.67 ID:hR/1e048
>>318
GJ
個人的にはここで完結して欲しかったなあ

アンチとifの世界を表したSSとの区別も付かない奴は気にしないで良いよ
327名無しさん@ピンキー:2012/07/26(木) 05:25:43.07 ID:tFLTcOS8
>一部表現(エロイ部分)を削除しております。

(´・ω・`)
328名無しさん@ピンキー:2012/07/26(木) 08:57:45.77 ID:NtxAYWHL
あーみんがオナヌーしてた箇所が

   − 省略 −

ってなってたから、ここのことじゃね?
329名無しさん@ピンキー:2012/07/26(木) 09:17:32.21 ID:EI+z7aOx
わかりやすすぎる荒らしに負ける書き手も書き手だなあ
330名無しさん@ピンキー:2012/07/26(木) 10:07:30.97 ID:6KrhukQV
そこまで俺らが心配する必要も無いっしょ

結果、荒らしの目論見通り過疎るかもしれんけど
331名無しさん@ピンキー:2012/07/26(木) 15:09:10.75 ID:XYoM28Kf
荒らしの構ってもらえる場所が減るよ
やったねたえちゃん
332名無しさん@ピンキー:2012/07/26(木) 20:12:55.35 ID:70kK1TN+
ググったけど見つからぬ 「スターリン とらドラ」でいいんだよな?
333名無しさん@ピンキー:2012/07/26(木) 20:32:20.50 ID:5l4RJO1L
トリップ位見なさいよ、あわてんぼさんめ

それとも確信犯かw
334名無しさん@ピンキー:2012/07/26(木) 20:49:28.48 ID:70kK1TN+
素でわからん 残念だが今回は諦めるとしよう…
335名無しさん@ピンキー:2012/07/26(木) 22:00:27.49 ID:5Dif6cYP
◆7/kVPJRBhssDセンセー、恋愛に揺れる男女の心情を細かく描いたのは
すっげくGJなんですが俺の読解力が足りないので質問。
「――傷〜〜〜た奴もいる。」がそれぞれ誰を指してるのか
イマイチ把握しかねるので解説をお願いします・・・。
336名無しさん@ピンキー:2012/07/26(木) 23:06:54.79 ID:nSXh1dkt
投下されてもいない駄文の話なんかどうでもいいんだが
なんでここでやるの?
337名無しさん@ピンキー:2012/07/26(木) 23:47:17.17 ID:5l4RJO1L
どうでもいいがきみも頑張るねー
もっと実生活とかを充実させた方がいいと思うよw

ただ、ここでその質問しても意味は無いと思うのだけは同意
あえて、別の場所にウプってる訳だし
338名無しさん@ピンキー:2012/07/28(土) 11:20:02.40 ID:H7L+pShF
週末期待保守
339スターリン:2012/07/28(土) 22:04:03.73 ID:Il/MCRqh
・亜美ちゃんです。
・今回はヤンデレ分は少なめです。
・よくあるエロ同人のつもりです。
・ちょっとヤンデレです。
・原作や保管庫にある多くの傑作を前にして、大河ものを書き切る自信はありません。
・御不快でしたらスルーをお願いします。
・舞台がイタリアじゃないのは資料がないからです。

『火の檻の中で』

 登場人物;
 高須亜美
 「権力に餓えた煽動家」は執念深く、怒りと憎しみに満ちた人物ですが、不満を抱えた大衆を虜に
する悪魔的なカリスマ性を持っています。この人物の真の目的は、全世界を自分が望むように作り変
えることです。
 高須竜児
 「情け深い紳士」は快活で、誰に対しても人当たりの良い人物です。国民には人気がありますが、
犯罪やテロ対策に関してはやや甘い面があります。

「寒い」
 薄暗い空の下、波打つ海を蹲って見下ろしながら、高須亜美は不機嫌という言葉が血肉を纏った
かのような声音で言った。彼女が声を発すると同時に、白くなった吐息が遥か上空へ登って消えて行
く。亜美はその軌跡を暗い情念のこもった目で見上げた。
「当然だ。気候が違うんだから」
 ロシア連邦極東連邦管区、ムラヴィヨーフ=アムールスキー半島に降り立って以来、機嫌を損ねた
340スターリン:2012/07/28(土) 22:04:39.30 ID:Il/MCRqh
ままの妻に向かって、高須竜児は何の捻りもない回答を返した。亜美は自分の中の悋気がチリチリと
音を立てて燃え盛って行くのを感じた。
「あのさぁ……」
 彼等の背後では、三百年続いたロマノフ朝と、彼等を崩壊させた二月革命政府にとどめの一撃を
加えた男の像が、雲の多い空を背にして影になっている。銅で出来た革命家の像の足元で、亜美は
ただでさえ少ない忍耐力のタンクを夫に向かって破裂させた。
「そんなことくらいわかってんだよ!」
 烈火の如く全身で憤怒を表現する若い美女と、彼女を宥め賺そうと試みる強面の男という、レーニ
ン像の前に立つ奇妙な東洋人二人組に、ヴラジヴォストーク市の通行人たちは東洋の神秘に対す
る畏怖の目を向けていった。
 
 ロシア沿海州の中心都市ヴラジヴォストークは、ロシアそのものを象徴する都市の一つである。ロシ
アはヨーロッパに所属することができず、アジアに所属することもできない国だが、それはつまり、ロシアが
ヨーロッパでもあり、アジアでもあることを意味した。ヴラジヴォストーク駅などは、そのロシア的二面性の
典型といえるだろう。
 建築家Н・コノヴァーノフにより、古代ロシアの宮殿をイメージして改築されたこの駅は、極東の地に
おいて異質にも思え、アジアに版図の大部分を置くロシアがやはりヨーロッパの一国であることを確認さ
せる。そして、極東地域と遥か西方のモスクワやハリコフを接続するヴラジヴォストーク駅は、今やロシ
アの東西を結びつける流通の要――国家の経絡だった。 
 しかしながら、ロシアという国は、やはり西欧や日本とは異なる世界だった。
「発車予定が延びた?」
 中央待合室から帰って来た夫に、亜美は節制の利いた頬を引き攣らせた。
「あの電車は動いてるのに?」
 亜美が腕を上げ、プラットフォームの中の、あちこちを軋ませながら大儀そうに動き始める列車を示す
と、この上なく几帳面でありながら、気の長さにおいて右に出る者のいない高須竜児は、愕然とした
341スターリン:2012/07/28(土) 22:05:38.52 ID:Il/MCRqh
彼女の表情を気にした風もなかった。
「手違いだってよ。俺たちが乗る電車は明日に出るらしいな」
 シベリア鉄道と一口に言っても複数の路線が存在するのであり、現在稼働している列車が、彼女た
ちが乗車する予定のモスクワ行き“オケアン”号ではないと静かな声で説明する夫を亜美は呆然と見
ていた。
 高須竜児は相変わらず、俄には信じがたい気の長さを披露した。
「まあ、十時間程度の遅延ならアエロフロートじゃ日常茶飯事……」
 刹那、ヴィトンのバッグが羅刹のような顔面に叩きつけられ、竜児の長口舌を中断した。
 暗澹たる思いに肩を落とした亜美には、顔を抑える夫の姿など目に入らなかった。彼女の心は、そ
のバッグが生まれたであろう西側世界に思いを馳せていた。今や、彼女には、その世界が、遥か遠方
の、実在すら不確かな桃源郷の如く思え始めていた。この考えは、第二次世界大戦後に共産圏へ
“組み込まれた”と感じた、中部・東部ヨーロッパ地域の人々にも共有されたものである。
 亜美は頭を抱えた。
「冗談じゃねえ……」
 顔を抑える夫――正確には彼の背後で悠然と稼働するシベリア鉄道に対する大きな無力感を覚
えると同時に、亜美は寒気の中に盛大なくしゃみをした。同時に、彼女の頬を北風が鋭く撫で、亜
美は忽ち震え始める肩を抱いて、忌々しげに顔を歪めた。
「畜生! 大体、私たちが再会するのはローマだろうが! なんでイタリアじゃねぇんだよ!」
「イタリアを舞台にしたら、もう勝てない偉大な先駆者がいるから、“第三のローマ”ってことで……」
 亜美は納得のゆかぬ表情で夫を見つめたが、再び冷風が彼女を抱擁すると、南国では味わったこ
ともない寒さが彼女の全身を貫いた。彼女は夫の服の裳裾を掴むと、瞬く間に震え上がって上手く回
らなくなった舌で懇請した。
「と、ともかく寒いよ、ねえ」
「わかってるって」
 高須竜児は白い顔をした妻の肩を抱き寄せると、泰然とした歩調で歩き出した。
342スターリン:2012/07/28(土) 22:06:09.21 ID:Il/MCRqh
 
「良かったな、一部屋でも空いてて」
 “双頭の鷲”の装飾を施されたファサードを通り、ホテルの一室を確保した後も、不機嫌そうな気配
を纏っている妻の背中に高須竜児は声をかけた。トランクを無造作に床の上へ放り出した亜美は、
ベッドに腰掛け、窓外に見える“極東ソ連政権奪取の闘士像”に目を向けたまま不穏な声を彼に
放った。
「空いてて当然でしょ。向こうの落ち度だってのに」
 高須竜児は、このような面も含めて彼女を愛している。へそを曲げたままの背中に穏やかな笑みを
浮かべて、竜児はコートを壁にかけた。
「ちょっと待ってろ。何か淹れてやるよ。いつもの奴にするか? それとも、こっちのお茶の淹れ方試して
みるか」
 既にポットと調理場の有無は確認してある。この二つが揃っているだけでも万々歳だった。
「一回やってみたかった――」
 竜児の意識は彼の新しい特技を実践することに向いていたため、彼の首元に白い繊手が伸びてい
ることなど気がつかなかった。
 手は竜児の襟首を掴むと、手の主の自重に任せて、彼を寝台の上にゆっくり引き倒した。ベッドの
上に体を傾けさせられた高須竜児は、瞬く間に間近に迫った妻の顔を眺め、眉をひそめた。
「どういうことだ?」
 亜美は苛立たしげに歯噛みした。
「寒いのよ。寒いのよ。ともかく寒いのよ。さっさと温めてよ」
 肉付きの薄い頬に手を添えると、亜美は問答無用に夫の唇を塞いだ。半身を起こすと、瞬く間に
彼女は竜児の上になる。暫くの間、彼女は存分に竜児の口腔を貪り、舌先を絡めて、思う様甘い
毒液を夫の体内へ流し込んだ。
 唐突な侵入に、竜児はなされるままになっていたが、やがて少しずつ反応を返し始めた。
 上半身を起こした亜美の腰に手が回り、細い腰回りを抱き寄せる。こちらも卒然に抱き寄せられ
343スターリン:2012/07/28(土) 22:07:06.19 ID:Il/MCRqh
て、亜美は吐息を漏らしたが、口を開いた途端、今度は彼女の方が、唾液の滴を乗せた舌を差し
入れられた。亜美は上機嫌で、竜児から受け取った猛毒を口の中で転がし、嚥下した。
 暫時の間唇を貪り合った後、竜児は顔を離した。
「息ができん」
 濃すぎる快楽に噎せながら、彼の手は慣れた手つきで、亜美が部屋に入った後も着たままだった厚
手のコートを丁寧に脱がし始めた。亜美の方も慣れたもので、長い黒髪を掻き挙げて彼の手を助け
た。彼女が早々にブラウスに手を伸ばそうとすると、手が押さえられた。
 亜美が口を開く前に、夫の頭が首筋に寄り、白い項に唇を添えた。
「あ」
 亜美は心ならず目を閉じて、甘い法悦に満ちた吐息を漏らした。彼女は口先だけで抵抗した。
「ちょっと、痕が残っちゃうってば……」
「どうせ数日は電車の中だ」
 亜美は首筋に何度も唇が落とされながら、胸元が手繰られるのを感じた。亜美は幾度も続いた首
筋へのキスに感覚が集中していたため、彼女が気付いた時には、すっかり胸元は肌蹴られてしまって
いた。
 高須竜児はそれまで首筋に落としていたキスを段々と下へ落としていった。亜美が下着をずらすと、
唇は期待に震えている肉の頂に辿り着く。彼は舌を先端に這わせ、彼女への真摯な愛と忠誠を表
明した。片手は亜美の腰に相変わらず添えられ、片手は一方の乳房に添えられ、鼓動を確かめるか
のような手つきで、弾力を改めた。
 腰に添えられていた手が下がって行き、いつの間にか緩められたベルトの合間から尻を愛撫すると、
亜美は夫の頭に手を這わせながら、髪の中に唇を埋めた。そこでようやく、彼女は自分が誘ったことを
思い出した。
 彼女は執拗に胸元へキスする竜児を離すと、張り詰めた彼の下腹部を撫でた。
「く」
 亜美は熱を持った肉の気配を服の上から撫でて、苦しげに目を細める夫の反応を楽しんでいたが、
344スターリン:2012/07/28(土) 22:10:56.88 ID:Il/MCRqh
細い指先で弄ぶと、瞬く間に中身を外気に晒し出してしまった。
 不敵な笑みと共に、亜美は髪を掻き挙げて半身を傾けた。亜美は触れただけで脈打つような陰茎
に顔を寄せると、躊躇うことなく先端へキスした。
 今度は竜児の方が、背筋を貫く甘い電流に呻く番だった。
「お前……駄目だって、そんなとこキスしたら」
「こないだそう言った時、止めてくんなかったでしょ?」
 亜美は胸を寄せ、白い肉の間に赤黒い男根を包み込んだ。乳房越しに、彼の鼓動が伝わるよう
だ。亜美がそのまま上下に体を揺らすと、肉の剣は悦楽に反り返り、兇暴な衝動の捌け口を求めて
暴れ始めた。
 亜美はそのまま、屹立した先端に舌を絡めた。
「やばいって」
 寝台に倒れ、助けを求めるかのように呻く竜児の声に、亜美は兇暴な衝動が胸の内で火花を散ら
して燃え盛って行くのを感じた。既に半分脱げかけだったスラックスに手をかけると、彼女は自分が竜
児を見下ろして、牙を剥く様な笑みを浮かべていることを自覚しながら、ショーツごと引き下ろした。
 亜美は、竜児の胸元に手を這わせ、先程彼にされたように脱がせながら、彼の上へ跨った。反り
返った先端を、既に熱を持った陰部で何度も擦って焦らし、救いを乞う彼の声を愉しんだ後、征服欲
に憑かれた亜美は、高須竜児を一息に呑み込んだ。
 胎内に、剛直した肉の塊を受け容れた瞬間、亜美は反射的に彼を締め上げて、隅々までその感
覚を味わった。此方も亜美同様に熱に浮かされて呻いている夫の顔を抑えると、亜美は再び唇を
奪った。切なく蠢く舌を今一度絡めた後、亜美は唇の端に残った唾液の滴を名残惜しげに嘗め取っ
た。
 彼女は上から濡れた秋波を送りながら微笑した。
「すぐ動いたら駄目だからね」
 頬を白い手に撫でられながら、息も絶え絶えな竜児が頷いた。彼の手がまた亜美の尻に回り、白い
肉に指を埋めて、胸とは違った弾力を愉しむ。亜美は彼の指の動きに反応し、幸福感に満ちた息を
345スターリン:2012/07/28(土) 22:11:33.46 ID:Il/MCRqh
漏らした。
 欲情に狂った獣の声だった。
 狂熱に浮かされ、亜美は高須竜児を貪り始めた。
 亜美が竜児の頭を胸元に掻き抱くと、彼は促されるまま、充血した乳首を口に含んで崇め讃えた。
舌先で転がされている胸と、腹の底、臓腑の底に走っている雷が一つになる。亜美は愉悦と、迸る独
占欲の奔流に身を任せ、半身を起した竜児の腰を長い脚で締め上げた。
 自分の背中に腕が回されるのを亜美は感じた。またしても、彼女はいつの間にか高須竜児の腕の
中に抱きすくめられていた。
 突然腹の奥を突き上げられて、熱い息を漏らすと、また唇を塞がれた。痛いほど背中を抱きしめられ
ながら、温かく柔らかい舌が口の中に入って来た。亜美も、再び彼の頬に手を添えて、離すまいと唇と
舌を貪る。
「駄目、まだ足りない」
 口を離すと、繋がった唾液が橋になって溢れ零れ、二人の顔の間に落ちた。亜美が蕩けた声で催
促すると、竜児は亜美の請願に容易く応じた。
 唇を堪能し、舌の先で互いの顎や歯をなぞる。二人の間で押し潰されていた乳房に手が回り、柔
らかい胸の中で、そこだけ弾力で押し返している一点を指先が弄った。亜美は歓喜にため息をつき、
胸に置かれている手に自分の手を重ねた。
 一定したパターンを保ちながら、亜美の動きに竜児の動きが合わさって来た。
 回した腕に力を込めながら、亜美は切ない喘ぎを漏らした。震えるような小刻みな動き、大きな
波、沢山の行いが、終わりに近付いているのを感じた。
 亜美が、燠火のようになった体全身から込み上げて来る熱の終局を感じ、目くるめくような悦楽に
耐えかねて、全身で竜児を抱き締めた。彼もまた、華奢な体が折れ砕けるような、情熱的な抱擁を
返した。
 全身で抱き締められ、苦痛の様な快楽に堪えかねて、竜児は亜美の耳元で囁いた。
「愛してる」
346スターリン:2012/07/28(土) 22:13:07.89 ID:Il/MCRqh
 亜美は陶然と笑みを浮かべた。
 この言葉を、彼女はいつも待ち焦がれている。
 胎内を満たす、熱い肉の兇器が、穏やかな炸裂を始め、やがてその脈動がゆっくり収まって行くのを
感じると、亜美は心地良い脱力感に身を震わせた。
 
 窓の外で木枯らしが吹き、全てを冷気に押し包み始めた頃だった。
 川嶋亜美は、彼女のお気に入りの場所――自動販売機の間に座り、温かい缶コーヒーを傾けて
いた。湯気を纏った彼女の口元には、堪え切れない微笑が零れている。亜美は何度も口元に手を
やり、この笑顔を隠そうとしたが、それは困難に過ぎた。彼女は知らなかったが、今の彼女の姿を見れ
ば、誰もが幸福を分け合えるような錯覚を覚えるほどに、喜びに満ちた笑顔だった。
 彼女が綻ぶ唇を抑えきれずにいると、いつの間にか、彼女の眼の前に二つの靴を履いた足が現れ
た。彼女は、嬉しそうにしている亜美を静かに見下ろしていた。
「楽しそうだね」
「すごい嬉しいことがあったの。信じらんないくらい」
 亜美は見上げもせず、缶コーヒーを手中で弄びながら上機嫌で答えた。
「好きな人から好きだって言われるのってすごく幸せだねぇ。知らなかった」
 正確には、それほど直截的なものでなく、これから少しずつ好きになってもよいか、と訊ねる、控え目
なものだったが、亜美は、彼女の意中の人物からこれほどの内容を引き出したことを奇跡的なこととし
て捉えていた。
 亜美は手の中で回転する缶に、愛しげな目を落とした。
「奇跡も魔法も信用しちゃいねえけど、この件に限っては信じていいかも?」
 沈黙が落ちた。
 やがて、亜美の前に立っている人物は口を開いた。
「冷戦はさ……」
 突然、自分たちが生まれてすらいなかったような過去に言及する声に、亜美は眉をひそめた。だが、
347スターリン:2012/07/28(土) 22:14:03.81 ID:Il/MCRqh
彼女は喋り続けることを止めなかった。
「西側が勝ったんだよ。共産主義者たちがやってたことは、許されないことだった」
「何言ってんだか知らないけどさ、どっか消えてくんない? 亜美ちゃん、悪いけどそんなこと知らねえ
し。どうでもいいから」
 亜美は穏やかな笑みを浮かべたまま、平然と眼前の人物の言葉を突っぱねた。亜美は人差し指を
上げて傲然と付け足した。
「ああ、それと、連中の名誉の為に言っとくけど、冷戦はどっちかが“勝った”とかじゃなくて、片方の陣
営が文字通り消えて、“終わった”。ついでに、鉄のカーテンの向こう側でも、完全な平等の世界なん
てマジで信じてた馬鹿は少なかったよ」
「経済の問題なんて、本当は関係ないんだ」
 亜美の声に混じった軽蔑、無関心など構わず、彼女は幾許の悲しみを込めた声で言った。
「言いたいことがある人たちを無理矢理押し込めて、秩序を保とうとして……そんな世界、最初から、
いつか、どこかで襤褸が出るに決まってたんだ。皆、諦めて受け入れたり、結局支持したりしたけど、そ
ういう部分がずっとあった。それを、いきなり何でも言っていい様にしちゃったから、国そのものまで転覆し
ちゃったんだ」
「何だよ。何が言いたいんだよ」
「心を掴もうと努力したけど……本当は、無視してた」
「ちげえよ。馬鹿な政治屋どもが後手に回って馬鹿ばっかやって、誰からも支持されねぇもんだから、ボ
リシェヴィキが無能な連中の代わりに権力取ってやったんだよ。ただのクーデターが革命なんて偉そうな
名前になっちまうのは、行政に失敗しちまった連中に問題があんだよ。権力取られちまう方が悪いんだ
よ!」
 亜美の手中では、弄ばれる缶コーヒーの動きが、彼女の苛立ちを反映し、忙しないものになってい
る。平静を失いつつある亜美の前で、眼前の声はますます、非難や、蔑みとはかけ離れた、無力感と
悲しみに満ちた調子へ移って行った。
「あーみん……本当は、私たちなんかより頭が良いから、わかってるんでしょ。高須くんのことを無理矢
348スターリン:2012/07/28(土) 22:15:20.36 ID:Il/MCRqh
理名前で呼んだって、彼から無理矢理名前で呼んでもらったって、違うんだ……私たちなんか、あの
子とは違う。本当だったら、高須くんと私たちなんか結ばれないんだ」
「うるさいなあ。あんたは私より断然恵まれてるだろ」
「私、高須くんから実乃梨、なんて呼ばれたことない……大河みたいに、高須くんを竜児って呼ぶこと
もできなかった」
 亜美は歯を噛み締めた。自分の手が怒りと、訳のわからない、恐ろしい感情に震えているのを感じ
ていた。亜美は振り払うように言った。
「私と違って、最初から選択肢に含まれてたくせに、告白だってしてもらえたかもしれないのに、なんで
今になってそんなこと言うんだよ」
「ごめん、高須くん……君に幽霊を見たいなんて言って。君は幽霊を見つけてあげたいって言ってくれ
たけど、本当は、私の方が、君にとって、実在もしてない幽霊かもしれなかったんだ。私、君も、大河
も傷付けたくなくて、自分も傷付きたくなかったから、余計に皆を傷付けちゃった。でも、本当に君のこ
とを大切にしたかったんだ。大好きだった……高須くん、大河、ごめんよ……」
「止めてよ。どうして私にそんなこと言うんだよ」
 亜美は先刻までの優越感と全能感をすっかり忘れ去り、俯いて頭を抱えた。彼女が放った声は半
ば悲鳴に近かった。
「止めてよ!」
 
 目を開けると、闇の中だった。北風が窓の外で荒れ狂っている。
 ベッドの中で、裸身で横たわっていた高須亜美は、寝転がったまま、口元を押さえて笑声を零した。
亜美は上半身を起こし、寝台の中で眠っている夫の横で、暫くの間笑い続けた。
 下らない感傷だった。
 後悔や、過去の痛みの代わりに、亜美は自分が勝ち取った宝物のことを考えた。例えば、亜美が
悪口を言いながら帰って来ると、温めた飲み物を作ってくれる優しい手のこと。道に迷った時、手を引
いてくれる腕の力強さ。不躾で、丁寧で、臆病で、勇敢で、乱雑で、それでいて繊細ですらある彼の
349スターリン:2012/07/28(土) 22:17:21.00 ID:Il/MCRqh
こと。
 逢坂大河と櫛枝実乃梨がしくじった時、亜美はチェスの駒を進めて、高須竜児の心の中に二人が
占めていた領土に入った。こうして、あの二人が竜児の心の中に占めていた版図が、亜美の帝国の
懐へ“奪還”された。
 こうして、亜美の帝国が彼の心の中に構築された。飛翔の構えを見せながら。
 亜美は窓の外、真っ暗な広場に浮かび上がって見える、“極東ソ連政権奪取の闘士像”に目を
やった。五年に及ぶ、赤軍遊撃部隊と、白軍や、日本やアメリカが放った干渉軍との間の、血みどろ
の戦いに終止符を打ち、極東地域を新たな国家と政治体制へ編入した男たち。
 亜美は自分の唇に堪え切れない笑みが浮かんでくるのを感じた。彼等を例に挙げずとも、勝利こそ
全てという法則を亜美はとうの昔に承知していた。
 後悔なんかある訳ない、という奴だ。
 亜美は掛け布団の中に手を差し入れると、足の間の草叢を探り、股へ零れてきた、粘性を失いつ
つある雫を指先で掬い取った。そして、何の躊躇いもなく唇へ含む。彼女は指先に絡んだ雫を嘗め
取ると、口の中で弄び、極上の甘露であるかのように飲み下した。
「『あなたの黒い瞳を、私は何と愛していることか、何と恐れていることか。私はあなたと、きっと悪い時
に出逢ってしまったのだ』」
 亜美は楽しそうに嘯くと、眠っている夫の髪を撫で、何事か呻く彼の薄い唇に口づけを落とした。亜
美は彼の頭を裸の胸に抱きしめて囁いた。
「私から目を離さないでね、高須くん。ちゃんと見ててくれないと、どこかへ行っちゃうよ」

『火の檻の中で』終わり
350スターリン:2012/07/28(土) 22:20:22.13 ID:Il/MCRqh
先日はどうも失礼しました。亜美ちゃんが幸せになればいいのに。
でも彼女は、ぶっちゃけ三人の中で一番勝ち目が薄いと思います。
351名無しさん@ピンキー:2012/07/28(土) 23:59:37.13 ID:Guvdp1WT
174さん早く来てくれ
352名無しさん@ピンキー:2012/07/29(日) 06:09:28.94 ID:9bTVTLYG
SLより酷いやつがいるとは驚きだぜ
353名無しさん@ピンキー:2012/07/29(日) 06:40:24.97 ID:sJFg/yaA
下手に呼んだら降臨するぞ
354名無しさん@ピンキー:2012/07/29(日) 07:08:42.36 ID:sJFg/yaA
久々に来たけどななこいの人っていつだか更新してなかったっけ
355名無しさん@ピンキー:2012/07/29(日) 07:25:03.55 ID:0NuZdR5+
>>354
月の労働時間が300時間超えてるらしいんで
それどころでは無いと思われる
356名無しさん@ピンキー:2012/07/29(日) 07:28:14.94 ID:sJFg/yaA
いやまとめには4話までしかないけどこのスレで5話読んだような記憶が……

白昼夢かな
357名無しさん@ピンキー:2012/07/29(日) 07:39:54.74 ID:0NuZdR5+
前スレだよ
まとめサイトにはまだ入ってない
358名無しさん@ピンキー:2012/07/29(日) 08:13:00.93 ID:sJFg/yaA
そうかthx
359名無しさん@ピンキー:2012/07/30(月) 03:44:37.75 ID:/OKgolkT
過去ログ変換サイトを利用しましょう
360名無しさん@ピンキー:2012/08/01(水) 11:38:25.23 ID:l8dt3Uv9
久々に覗きにきたら、新作いっぱい来てたぁ\(//∇//)\

とりあえず職人の皆様ご苦労様ですー
ゆっくりと読ませて頂きます
361名無しさん@ピンキー:2012/08/02(木) 22:09:47.71 ID:1tVi2/0m
とちドラ来ないかな。
楽しみ。
362名無しさん@ピンキー:2012/08/03(金) 02:49:41.13 ID:VIxovdQ0
田村くんを書いてくれる人はもう現れないのだろうか
363名無しさん@ピンキー:2012/08/03(金) 07:26:56.03 ID:yLFytM7S
スレの稼働率が現役で新作書かれてる作家のスレじゃないよなorz

今に至ってもGTにSSが一つもないという……
364名無しさん@ピンキー:2012/08/03(金) 23:16:46.08 ID:hn3tlysi
アニメ化されないと話題に上らない現実
365名無しさん@ピンキー:2012/08/03(金) 23:46:32.17 ID:zNmsVR3+
正直、GTはアニメ化するのは無理っぼいと思ってる
まあ、後半次第なんだろうけど
366名無しさん@ピンキー:2012/08/03(金) 23:50:52.16 ID:4plLINIU
秋ちゃんかわいいよ秋ちゃん
367名無しさん@ピンキー:2012/08/04(土) 09:53:49.93 ID:RQQbm/LD
田村くん、漫画の方を買って読んでみたが
青臭さに恥ずかしくて中々読み進めなかった

おっさんにはキツイ物があるw
368名無しさん@ピンキー:2012/08/05(日) 14:48:30.46 ID:MM2GeQoA
秋ちゃんの SS まだなの!!?
369名無しさん@ピンキー:2012/08/05(日) 19:49:00.15 ID:yuanomG1
多分あと数年もすれば来るんじゃね
370名無しさん@ピンキー:2012/08/05(日) 20:00:05.14 ID:MM2GeQoA
待てないよ!!
371名無しさん@ピンキー:2012/08/05(日) 20:08:07.08 ID:qwW9rxeC
待てないなら自分で書くしかないな。
運が良ければ呼び水になって他にも書いてくれる人が現れるさ。
372名無しさん@ピンキー:2012/08/06(月) 21:38:21.64 ID:T2hyksJm
ってか万里が竜児に比べて低スペック過ぎて惚れられる要素が少ないよな まあその分感情移入しやすいのかもだけど
373名無しさん@ピンキー:2012/08/06(月) 23:05:20.69 ID:qQbK21ET
正直、入学式の下りで人のあとを追いかける下りは
イラっときた
お前中学生かよって

その癖、合宿で逃げ出そうとか行動力あるんだかないんだか
ちぐはぐに思ったな
374名無しさん@ピンキー:2012/08/07(火) 07:30:50.34 ID:NnY54/yD
無理だとわかっているが
とらドラポータブル2でないかな……
375名無しさん@ピンキー:2012/08/07(火) 08:12:54.74 ID:1uIH1Qtm
これ以上キチガイどもを調子に乗らせるギャルゲなんかいらんわ
376 ◆7/kVPJRBhssD :2012/08/07(火) 08:24:05.21 ID:fiyHt37J
そんなに自己嫌悪しなくてもいいのにw

というか、エロパロスレで何いってんの?
377名無しさん@ピンキー:2012/08/07(火) 08:28:06.67 ID:fiyHt37J
あー、トリップは単なるミスです
お気になさらずにw
378名無しさん@ピンキー:2012/08/07(火) 08:59:24.98 ID:qWE6i0z/
あらあら
379名無しさん@ピンキー:2012/08/07(火) 09:34:10.87 ID:v4xQtx7f
喧嘩腰に絡んどいてトリ外し忘れるとか痛すぎる
380名無しさん@ピンキー:2012/08/07(火) 10:28:02.25 ID:D5PiYk92
アホな書き手とアホな荒らし
どちらもいりません
381名無しさん@ピンキー:2012/08/07(火) 11:27:17.81 ID:QyGhjTQk
>>376
まだいるなら話最後まで投下してくれ
382名無しさん@ピンキー:2012/08/07(火) 21:26:10.39 ID:hbtgt26y
>>375
たぶん、君はエロパロスレにはあってないと思う点は同意
ここのSSがすごく好きでいるなら前言撤回だけど、原作原理主義者ぽいし
このスレでは君はストレス溜まるだけで不幸になるだけだから
383名無しさん@ピンキー:2012/08/07(火) 22:04:28.17 ID:cPKA6ILF
同意
SSって好き勝手な妄想をいかに違和感無く描くかが重要だからねえw
ちょっとでも違う展開を嫌うならここには来ない方が良いね
384名無しさん@ピンキー:2012/08/07(火) 23:09:41.48 ID:94g2NVW8
とらドラ専用スレじゃないっつの
385名無しさん@ピンキー:2012/08/07(火) 23:16:25.88 ID:V8vX+IRO
別に名無しで書き込むことにとやかく言うつもりはないけど
ああいう風にして自演したり他の書き手に噛み付いたり住人煽ってたのかと思うとね
386名無しさん@ピンキー:2012/08/07(火) 23:20:10.92 ID:cPKA6ILF
書き手に噛み付きまくってるのはSLなんちゃらでしょw
387名無しさん@ピンキー:2012/08/07(火) 23:27:16.87 ID:D5PiYk92
まあ、もうこれで二度と来ないでしょ

ちなみにとらドラ専用スレは誰に対して言ってんだ
388名無しさん@ピンキー:2012/08/08(水) 00:43:01.40 ID:clbf/tO0
雑談してないではよ作品投下しろや口先だけのクズが
389名無しさん@ピンキー:2012/08/08(水) 02:09:37.29 ID:J1zowOVN
ここもたちの悪いのが集る様になったねー
職人も読み専も
390名無しさん@ピンキー:2012/08/08(水) 15:48:56.73 ID:znOmWqi/
それでも未だ良作が投下され続けてるんだから、とらドラの愛されっぷりは凄いよね。
391名無しさん@ピンキー:2012/08/09(木) 15:38:55.43 ID:X8wb0CWp
一応前スレリンク張っとく

ttp://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1313928691/
392名無しさん@ピンキー:2012/08/14(火) 01:09:25.64 ID:Qod9RM/g
とちドラこーい
393名無しさん@ピンキー:2012/08/14(火) 13:41:37.04 ID:j3vUSqj5
奈々子様こーい
394名無しさん@ピンキー:2012/08/15(水) 01:10:22.95 ID:mQ91QTjJ
何も来るな
考え直せ
395名無しさん@ピンキー:2012/08/15(水) 19:26:00.69 ID:1CWvpyvc
テス
396 ◆nw3Pqp8oqE :2012/08/15(水) 20:56:52.18 ID:1CWvpyvc
お久しぶりです、「とちドラ!」11回目の投稿です。前回の話は>>256へ。

軽いあらすじ
3人での共同生活を始めた高須家、けどその波乱は確実にひずみをつくり・・・

ではいきます。
397 ◆nw3Pqp8oqE :2012/08/15(水) 20:59:10.31 ID:1CWvpyvc
「でね?2人とも自由にしてくれてもいいんだけど〜もう少し静かにしてくれないと〜やっちゃん達追いだされちゃうっていうか〜」

今日は泰子もそろって4人での食卓。だが食事前に泰子がみんなに言いたいことがあるようで・・・

「どこかから苦情が来たのか?」

竜児も神妙な顔で泰子に問う。正直ここを追い出されたら行く当てがない。

「大家さんからね・・・直々に・・・」

「「・・・」」

さすがにバツの悪い居候2人。日々喧嘩だったり、この前の竜児の秘め事だったりで、それは賑やかだったのは事実で・・・

「まあそう言うことだ。大家は厄介だし、ここに居たかったらもう少し静かに過ごしてくれ・・・」
「仕方ないわね・・・」
「うん・・・その・・・ごめん・・・」

竜児も騒いでいたにはいたが原因を作っているのは間違いなくこの2人。苦情の元が大家となれば2人とも大人しくするしかない。
そんなこともありこの日の夕飯は静かだった。もっとも大河も亜美も遠慮してあまりしゃべらなかったというのもあるが・・・
この日のインコちゃんは心なしか元気だった。元気といってもいつもより安心して過ごしていただけだが、
日ごろの騒乱はインコちゃんも落ち着かなかったんだろう。
そしてこの日は晩御飯が終わると2人とも居心地が悪いのかすぐに帰っていった。
竜児としては久しぶりに平穏な夜を過ごせたのだがなんだか落ち着かない夜だった。


そして翌日

「来てやったわよ〜・・・って静かね、それに何の匂いもしないし。」

朝、大河が高須家に来るころには少なくとも弁当の準備は完了しているのが常。しかし、今日来ても何の音も匂いもこの家からはしない。

「おはよう〜って誰もいないの?」

そして亜美もやってくる。亜美は大河より早く来ることはないがそれでも登校時間に余裕を持てる時間にはやってくる。
ちなみに恰好は半袖のシャツの制服姿。これから学校へ行くのだから当然だが。もちろん大河もそうだ。

「なんだ、来たのばかちー?」

大河の態度は『亜美は呼んでない』と言わんばかり。誰の姿も見えない高須家の居間に居るのはこの2人のみ。

「あのねえ・・・にしても誰もいないの?高須君も泰子さんも。」
「見ればわかるでしょ?目も見えないのあんた?」
「・・・」

まともに取り合う気のなさそうな大河の態度、亜美は若干苛立ちながらも我慢、口には出ていないが顔には不満が出ている。

「ちっ、仕方ないなあ・・・どこに居るのよ?ばか犬〜?」
「ちょっと逢坂さん、あんまり大声は!?」

昨日うるさくしてはいけないとくぎを刺されたばかり、さすがに大河も

「ったく、面倒ね。どこにいんのよ〜?」

声のトーンを落とし手始めに竜児の部屋の襖をあける。と

「!いた!ってひぃ!?」
「部屋に居たの?・・・ってうおっ!?」
398 ◆nw3Pqp8oqE :2012/08/15(水) 21:00:13.51 ID:1CWvpyvc
ここは竜児の部屋、寝床にしているのもここだ。
ただ寝てるだけならいい。寝坊しただけないら大河が「何寝てんのよこの駄犬!」と言えばある意味いつもの光景になるだろう。
しかしこの2人は竜児の寝姿を見て驚いたのではない。相手を威圧する強力な目つきも閉じていればなんてことはない。
彼は半裸で眠っていた。ブランケットは掛けてはいるが腹部のみ、なので彼の胸部は丸見えだ。
男の胸なんて通常の女子が見ても驚くことはないだろう。大河も亜美もまともな部類だ。しかし竜児の胸部を見て驚かざるを得なかった。

『黒く、さらに目に付くほど大きい』


安らかに寝息を立てる竜児を前に2人は釘付けになっていた。まだ遅刻を気にする時間ではないが、
いつもの竜児ならとっくに起きていて2人分の弁当の朝ごはんの準備も万端の状態で2人を待っている時間である。
用意周到な竜児が寝ているはずがない。1か月前から通っている大河でさえ竜児の寝顔は見たことがなく、寝坊するのはどちらかというと大河だ。
しかし今日は2人が来る時間になっても竜児は寝ている。2人が釘付けになっている特徴的な胸部をさらしながら、気持ちよさそうに・・・




「黒乳首・・・」
「っ・・・!じゃねーよ!起きて高須君!遅刻するよ!ってかあたしらのご飯は!?」

大河は竜児の胸部にいまだ釘づけ、このままではらちが明かないと感じた亜美は竜児を起こそうと声をかける。
亜美の声に反応したのは竜児だけでなかったようで

「・・・?川嶋?なんでお前がここに・・・!?おう!」

竜児の意識は睡眠から覚めようとしていたものの、起きるや否や、感じたのは胸部に強い衝撃。
「ちょっと逢坂さん!?」
「いつまで惰眠をむさぼっているのよこのグズ犬・・・そしてなんて格好して寝てるのよ?セクハラよ!」
「おお・・・」

その衝撃の正体は大河の足、竜児の胸の上に力強く乗っている。その威力に竜児は悶絶。

「何よその乳首?夢にまで出てきたらどうすんのよ!?」
「乳首ってお前なあ・・・つかお前らこんな時間になんで勝手に俺の部屋に入ってくるんだよ?」

寝起きの竜児は朝っぱら勝手に部屋に上がられたと思い抗議する。

「それに俺の乳首は」
「高須君?」
「なんだよ・・・?川嶋まで?」

仁王立ちで立つ大河相手に興奮冷めやらぬ竜児だが、亜美に声を掛けられ少しクールダウン。

「時計見てみて?もう7時半回ったよ?」
「な・・・?」
「時計も見れないのかしらこのボケ犬は?それとも寝ていたってことはもう出来てるのよねえ!?」
「・・・すまん。」

ようやく竜児も状況を把握、なぜ自分が怒られたのかも理解する。

「すまん、ほんとにすまない!えっとまずは・・・」

確かにまだ遅刻する時間ではない。いつもは朝食の時間、着替えるだけなら時間はたっぷりだが、
この家の家事を取り仕切る竜児の朝はすべきことがたくさんあるわけで・・・

「ご主人様への奉仕をおろそかにして寝坊するなんてほんとに使えない犬ね。」
「高須君が寝坊するなんて珍しいね。いつもは早く起きてるのに。」
「くっ・・・この俺が寝坊するとは…何たる不覚。」

確かに竜児の寝坊は驚きだ。几帳面で家事を生きがいをしている人間が寝坊をするとは本人ですら思いにくい
399 ◆nw3Pqp8oqE :2012/08/15(水) 21:01:14.42 ID:1CWvpyvc
「じゃ私は先に行くわ。」
「え?先にって・・・学校に?」
「他にどこ行くっていうのよ?ご飯がないならここにいる意味もないし、何も食べずに退屈な授業なんて受けてられないわ!」

そういって大河は高須家を後にする。そして大河と入れ違いに

「おはよ〜竜ちゃんに亜美ちゃ〜ん。さっき大河ちゃんが1人で出てったみたいだけど〜、一緒にご飯食べないの〜」

竜児(いまだ半裸)も亜美もどう説明するか困っていた・・・



その後最低限の支度をし家を出る竜児。家を出たのは走らなくてはいいものの、若干早歩きが必要なほどの時間だ。

「すまねえ川嶋、急いでコンビニにでも寄らねえと飯がねえ!」
「気にしないで高須君、あたし的にはいい運動になっていいかも。」

早歩きしながらも笑顔で答える亜美。
大河は先に出たため2人きりの登校だ。亜美は気にしてないようだがやはりこのモデル美少女とのツ−ショット登校は気になるもので・・・

「しかしお前が俺のことを手伝ってくれるなんて意外だったな。」

亜美の顔を見ずに竜児が言うと

「意外なんてひどい〜。だって亜美ちゃんいい子だもん!どっかの誰かさんと違ってね〜」
「そうだな・・・」

いい子なのか腹黒なのかわからない亜美に竜児は乾いた笑いを返すしかできない。
実際亜美が手伝ったことはインコちゃんの餌替えと、急ぐ竜児に代わり泰子に事情を説明しただけなのだがそれでも助かった。
竜児は大河を薄情とは思ってないし(手伝う大河はそれはそれでらしくない訳だし)亜美が残ってくれるとも思ってなかったので感謝の言葉も述べた。

「にしても驚いたなぁ〜今朝のことは。」
「ああ自分でも驚きだ。まさかあんな・・・」
「乳首だなんて?」
「違うわ!・・・なあ・・・そんなに変か?俺の・・・その・・・」
「亜美ちゃんほかに見たことないからわっかんなーい、そんなことを女の子に聞く?」
「話を振ったのはおまえだろ!?」

それでも亜美との会話は自然体、竜児の前だと素を見せてくれる・・・なんて安心していた竜児だったが

「高須君?靴下左右違うよ?それに襟足に寝癖、残ってるし・・・」
「おう!?そんな馬鹿な・・・」

いつも竜児自身、身だしなみにかなり気を使っている。自身が潔癖症、完璧を求める性格なのもあるが、
前に少し着崩したら(本人的にはこっちのほうが親しみやすくなるか?と思ってだ)いつもに増してビビられた経験もあるため、
きちんとした身だしなみをすることに力を入れるようになった竜児、ブレザーもYシャツもアイロンを欠かさないような男がまさか・・・

「高須君!落ち込むのはのはいいけど遅刻するよ!」
「・・・っ!そうだったな、コンビニに急ごう!」

早歩きになるたびに竜児の色の違う靴下が目立つ。ズボンを下げるという手もあるかもしれないが、
竜児が腰パンなんかした日にはすれ違うだけで財布を差し出されるかもしれない。
心の中で自分のふがいなさを嘆きながら竜児は急ぐ。
亜美はその竜児の背を追いながら黙ってついていくしかなかった。心に疑問を残しながら・・・
400 ◆nw3Pqp8oqE :2012/08/15(水) 21:02:49.77 ID:1CWvpyvc
「にしても大河、なんで今日は1人なん?最近は高須君とあ〜みんと一緒だったや〜ん」
「あいつらが寝坊したからよ!私が一緒に登校したいのはみのりんだけだもん!みのりんは私だけじゃ不満!?」
「おーう!不満やない!大河だけおればうちは十分やー!!」
「みのりん!・・・なんで関西弁?」


HR前の教室、一足先に、と言っても実乃梨との待ち合わせ時間に合わせていった大河は実乃梨と仲良く登校、今も2人仲良く話しているのである。
いつも通り大河が実乃梨に抱き着きながら話していると

「おはよう、櫛枝に逢坂。」
「おお、まいど!北村君!」
「はい!おはようございまひゅ!」

北村が教室に来るのは割とHR前ギリギリのことが多い、生徒会に部活に忙しい彼だがそれでも皆勤賞ものの出席率は素晴らしい。

「2人とも元気がよさそうで関心関心。時に逢坂?」
「ひゃ、ひゃい!」
「高須と亜美の姿が見えないのだが・・・今日は一緒じゃないのか?」
「えと・・・」

竜児、大河、亜美が揃って登校してるのはクラス中で周知のこと。
『高須の奴、タイガーだけでなく亜美ちゃんまで・・・』
『亜美ちゃんと逢坂さんって仲良かったっけ?』
なんていろんな意見が出ているが大河が絡んでいるので詳しいことは誰も知れないでいたのだった。

「あいつは寝坊、ばかちーは知らない、一緒にいるかもね。」
「高須が寝坊!?そんなことがあるのか!?体調でも悪いのだろうか・・・?」
「そんな珍しいことなん?確かに高須君はしっかりしてる奴やけれども。」


夜更かしという行為につい乗ってしまうのが高校生。寝るのが遅くなり寝坊!なんてそんなに珍しいことではない。
しかし竜児だ。その彼をよく知る北村からしても意外の一言。
そろそろ独身(担任)が来ようかという時間になったころ

「セーフか・・・危うく人生初の遅刻をすることだったぜ・・・」
「もう・・・高須君がぐずぐず・・・じゃなかった、ゆっくしりてるからよ・・・」

もう6月、動けば暑い。汗をかきながら教室に飛び込んできた2人に・・・クラスは静まり返る。

「何!?、2人きりで登校?」
「高須め〜着実に亜美ちゃんとのフラグを・・・」
「逢坂さんから亜美ちゃんに鞍替えかぁー高須君もやるね〜」
「畜生・・・なんで高須なんだよ・・・」

いつかの即視感、それを感じた竜児は気まずそうに顔をうつむかせると

「はっはっはっ!ぎりぎり間に合ったようだな、高須に亜美。校内を走るのはご法度だが特別に見逃してやろう。」
「なんや〜高須と亜美で1、2フィニッシュかい?表彰式には3人いないと上がれないんやで?」
「みのりん!私がその寝ぼけ犬どもを置いて行ったんだって。まあ飼い主がいない中、無事着いたことは褒めるけど。」
「いつからあたしがあんたの飼い犬になったのよ!?・・・まあ今日はうるさい虎もいなかったし、高須君と2人で朝を満喫できたけどね!」

教室に着くや否やさっそく言い合う2人、今朝のことで大河のへそがさらに曲がらないか不安な竜児であったが、
いつもの光景に安堵。していたのだが。
401 ◆nw3Pqp8oqE :2012/08/15(水) 21:03:50.07 ID:1CWvpyvc
「しかし高須、おまえが寝坊なんてするとはな。こころなしか疲れているように見えるし。」
「確かにそうやね〜高須君、昨日はお楽しみだったんか!?な〜んて今する会話やないか!」

(疲れ?)
「いや、そんなことはないぞ、昨日はきちんと休めたし。」

北村と実乃梨の指摘に少し言い合いを止める2人、だがすぐに大河の口が動く。

「ふーん、満喫するのは勝手だけど汗のおかげで化粧落ちてるわよ?」
「!、ふん、かわいい亜美ちゃんが化粧なんてするわけないじゃない・・・ええっと、まだ先生は来ないみたいだしトイレに行こうかな!」

亜美が教室から離れようとすると・・・

「いや・・・もうHR始めますよ川嶋さん・・・今日は大事なお知らせもあるので席についてください。」
「あ・・・来てたんですね先生。」
「うう・・・いいんです、教師は生徒の影、裏から支えられればいいんです!」

少し前から来ていたが、竜児と亜美のこともあり、教室に来たことを認識されなかった独身(ゆりちゃん)が涙をこらえながらぼやく。

「うむ、突っ込まれないということは悲しいことなんや。」

と実乃梨が関西弁で締め、微妙な雰囲気の中HRが始まろうとしていた。



「はーい皆さん、徐々に暑くなってきましたけど、授業もしっかり受けましょうね〜」
「ちっ!」

さて、引き続きHR、,担任の先生(恋ヶ窪です。)がいつものように連絡事項を言おうとする。
そしてこれもいつものように1人の女子生徒が舌打ちをする。

(そう、これしきの事でめげてはだめよ、逢坂さんは根気よくいかないと!これは私が根気強く自分を見てくれるのかどうか試しているんだわ!)

若い時から(まだ20代だっての)面倒見がいい先生と自負している。現に以前、クラスに上手く馴染めなかった生徒を自分より先に結婚(ここ大事)させることだって出来たのだ。
大河はほかの先生も持て余すやや問題の生徒。自分が救わず誰がする。

「はーい、確かに暑いとイライラしがちだよね〜」
「ちっ!!」

(逃げちゃダメ、逃げちゃダメ!ここで逃げたら!意味がない)

今日は珍しく大河の圧力にめげない先生(ゆりちゃんって呼ばれるのは少し恥ずかしいかも)がとっておきのネタを用意する。

「ふふん、けど、学校で唯一の涼しげなイベント!プール開き!プールの授業が、来週から始まります!」
「・・・!」

(さすがの逢坂さんもこのイベントを前に喜びを隠せないはず!ほら、うつむいて震えちゃって。きっと緩んだ表情を誰にも見せたくないからだわ!)

連絡のプリントを配りながらのこの発言に、クラスがにぎやかになる。
男子は気になるあの子やこの子の水着姿が見れること。女子は『太ももが〜』『二の腕が〜』と今の自分の体形を憂う声がちらほら

(ったく今の女子どもはよ・・・てめえら10代のぴちぴちボディじゃねーかよ?こちとら外歩くたびにシミができないか厳重な警戒をしなきゃならないってのによ!)

先生の(最近化粧関連にかける費用が増えました)とても生徒に魅せられない本音とは裏腹に

「ええ〜?この学校男の子と同じプールなの?恥ずかしいな・・・」
「ふん!」
402 ◆nw3Pqp8oqE :2012/08/15(水) 21:04:27.12 ID:1CWvpyvc
聞こえてきた亜美の声、若干イライラしてきた(最近晩酌の回数が増えました)先生は黒板に書いている最中のチョークを折ってしまう。
聞こえてはいけない声とともに。

(ああん?おまえモデルじゃん?見られるのが仕事じゃん?それともあれか?プライベートと仕事は別って奴か?)

チョークを書く速度が鈍ってしまう、HRに時間がかかると1時間目に支障が出てしまうわけで・・・

「先生!1時間目は移動教室なのでそろそろ切り上げないと遅れてしまいます!」
「はいクラス委員!締めちゃって!」

黒板に書いている最終だが内容はほとんどはプリントに書いてあるので問題はない。

「起立!礼!」

北村の挨拶でHRが終わる。皆プール開きについて思うことを言いながら移動教室に向かう。
ただ一人、大河は実乃梨に話しかけられるまで席を立つことをしなかったのを除いて・・・





昼飯時、いつも一緒にしている能登がなかなかこちらに来ない、今朝、亜美と登校したのを気にしているのだろうか
(現に今日の今まで1度も話しかけてこなかったわけで)
と、竜児も気が付いたことがある。

(そういえば今日、弁当ねえんだったな・・・)

コンビニで買ったものを昼飯にするのは久しぶりだ。ちなみに大河の姿も見当たらない。
実乃梨もいないし、竜児の弁当もないのでこの教室に用がない!といったところか。
そして竜児はあることに気付く。

(飲み物がねえ。)

竜児は自販機に向かうことにした。


「やっぱりいたか、木原と香椎と一緒じゃなくていいのか?」
「あら高須君、亜美ちゃんの優雅なティ−タイムを邪魔するなんて、ちゃんと楽しませてくれるんでしょうね?」

相も変わらず自販機の間に座り込むクラスメイトに話しかける竜児。その表情は心なしか緩んでいた。

「どっこいしょっと。」
「やだ、おじさんくさい。お疲れかな?」
「まあな、最近やることが多くなってな。今日は寝坊なんてしちまうし・・・」

竜児的に靴下が左右違うのは許せなく、コンビニで買おうかとも考えた(遅くなった一因でもある)
だがこのためだけに少し高めの(靴下はセットで安く買うのが一番)バラ売り靴下を買うのはMOTTAINAI精神に反するとして買わなかった。
結局目立たぬよう、授業中も目立たぬよう足をだらしなく伸ばしたりと、竜児なりにばれない工夫をした足も今は楽に胡坐をかいている。

「・・・やっぱりあたしのせい?」
「え・・・?」
「逢坂さんの世話でも大変なのにあたしが・・・」

亜美にしては珍しく低姿勢、まあ竜児の中の比較が大河だから。というのもあるかもしれないが。
403 ◆nw3Pqp8oqE :2012/08/15(水) 21:05:40.88 ID:1CWvpyvc
「確かに川嶋が来てからやることが多くなったのは確かだが、負担とか迷惑とは思ってはいねえ。ただ・・・」
「そう、なんだ。でもただ、なに?」
「いや、もう少し逢坂の奴と仲良くしてくれれば気が楽になるんだが・・・」

竜児が感じる負担は気疲れ。別メニューの食事や弁当をわざわざ作るのはそこまでの負担ではない。
ただ2人の言い合いを間近で、何度も見せられるのは精神的によくないわけで。

「うっ、ってかそれは前にも言ったじゃん。あたしがどうこうよりも逢坂さんがあたしと仲良くする気がない。って。
あたしは逢坂さんと少しは仲良くしたいとは思ってるよ!」
「そうか?川嶋も川嶋で逢坂のけんかに乗ってる気がするが?」
「それは・・・あたしらなりのコミュニケーションっていうか・・・」
「毎日、目の前で見せられる身にもなってくれよ・・・」

温厚で争いを嫌う竜児からして大河と亜美のやり取りは見てて気分のいいものでない。
コミュニケーションといわれても仲がよさそうに見えないから困り者だ。」

「だったら高須君は逢坂さんとあたしで実乃梨ちゃんとやってるみたいなことをして欲しいってこと?
あたしに飛びついてくるタイガー。見たい?」

言われるままに想像してみる。
『ばかちー!』と言いながら亜美に飛びつく大河・・・うん、ない。

「それとも高須君は女の子が抱きついたりしてるのを見たいのかな・・・?正直キモい。」
「言ってねえよんなこと!・・・そうとは言わねえがせめてあの殺気立った言い合いをやめてくれるだけでも違うんだが。」
「殺気立ててるのはあいつでしょ?大体仲良くしろ!って言うんなら協力してくれてもいいんじゃない?」
「おう、それはだな・・・」

学校でも実乃梨以外とまったく仲良くしようとしない大河。竜児との繋がりだって・・・

「高須君みたいに餌あげて飼いならすこともできないし。」
「餌って、なあ・・・」

確かに大河との繋がりは食事と、最初のほうにあった妙な連帯感、今でも特別仲がいい!というわけでもない。

「ともかく、あたしはタイガーと仲良くしたいな、とは思ってるの。」
「逢坂と仲良く、な・・・」

竜児でさえ奇跡的と思える大河との繋がり、確かに亜美にも。というのは簡単ではないのだろうか。

「それよりお昼はいいの?久しぶりのコンビニ食、まだなんでしょ?」

昼食の時間、お昼の時間は別々に用意されているがほとんど一緒のようなもの、
昼の時間になってすぐに自販機のところに向かったのでご飯はまだ食べてない。

「おまえこそ、コンビニでは朝飯すら買わなかったじゃねえか。ちゃんと授業受けられたのか?」

遅くなったもう1つの原因はコンビニで亜美が何も買わなかったこと。
朝食を用意出来なかったのは確かに自分だが、朝食を抜くという行為はその日の行動エネルギーを大きく欠いてしまうことになる。
10秒チャージでも1口カロリーでも竜児は摂ることを進めたが、

「歩きながら食べるなんてしたくないっての。大体朝飯なら高須君の家に行く前にサプリ摂ってるから大丈夫って言ってるじゃん。」
「ったく、また倒れても知らねえぞ・・・そういや川嶋、もうすぐプール開きだがダイエット成果は出てるのか?」

夏服の今でもブレザーを着てる時より体のラインがよく出るのだが、水着はその比ではない。
さらにビキニタイプよりワンピースのスク水タイプの方が体のラインが目立つ。
404 ◆nw3Pqp8oqE :2012/08/15(水) 21:06:11.70 ID:1CWvpyvc
「うわ〜普通んなことを女の子に聞く?高須君もやっぱりいやらしいのね・・・」

亜美の言うとおり気軽に女子に聞いていいような質問ではなかっただろう。半目で亜美に睨まれる竜児。

「いや違う!おれはその、協力してる身として気になるだけで・・・」

竜児も『しまった』と思ったのだろう、言い訳じみた説明をした後。

「おう!?川嶋!?」

気が付いたら亜美の顔が目の前にどアップ。息がかかる距離で、

「なら見せてあげる、そうだよね〜高須君は協力してくれてるんだもんね〜
ふふふ、今日の放課後、高須君だけに魅せてあげる、亜美ちゃんの、み・ず・ぎ・す・が・た♪」

至近距離で亜美の甘く囁くような声、最後に鼻をちょんと触り、亜美は竜児から離れる。
しばらく腰を抜かしたように座り込んでいた竜児だが、やがて

「俺の失言だったか・・・」

亜美にしてやられたことを感じ、竜児もその場から腰を上げ、教室に戻ってゆくのであった。






さて放課後、竜児が亜美に連れられて来たところは・・・

「ここは、さすがに居心地が悪いな・・・」

駅ビルの一角、水着コーナーだ。男性用水着があるのはほんの一角で売り場のほとんどが女性用、そして竜児は女性用売り場の試着室の前にいる。
当然周りには女性用水着に囲まれており、

(1人で来たと思われたら不審者だぞ・・・)

どこを見るのも落ち着かず竜児はただ立っていることしかできない。
とはいえ、まだ6月であり、水着を買う人がそんなにいないということ、
さらに人気もまばらなこの駅ビル(一応この辺では大きな買い物施設なのだが)で、先ほどからも店員をちらっと見かけただけの場所。
人が多かったら断ったかもしれないが、誰もいないし人が集まるようなところでもないので竜児はOKしたわけだ。

「お待たせ高須君!」

シャーっという音と同時に亜美が姿を現す。着ているのは紺1色のワンピースタイプ、一般的なスクール水着タイプだ。

「どう?亜美ちゃんの水着姿は?」
「お、おおう・・・」

腰と膝に手を当てるモデルポーズ、亜美の長い手足、そして細い腰に女性らしい豊かな曲線美が生える、まさに女神のようといっても差し支えない。

「どう?この完璧な亜美ちゃん・・・高須君も褒める言葉が見つからないでしょう?」
「おう・・・」

実際竜児は喉を鳴らすことしか出来ない。曰く『太った』亜美の体なんて見ていない。そのギャップは知らないが単純に亜美のスタイルは凄過ぎる。

「亜美ちゃん凄くね!?この何でもない水着でこの美しさだよ!?どこまでいっちゃうのこの美しさ・・・美しいのは罪とはよく言ったものよ・・・」

立ち尽くしている竜児を置いて、亜美も亜美で試着室の鏡の前で1人ポージングタイム。うっとりと自分の姿を見ながらそんなことを呟いている。
竜児もようやく我に返り、言葉を紡ごうとした瞬間・・・
405 ◆nw3Pqp8oqE :2012/08/15(水) 21:06:55.66 ID:1CWvpyvc
「やだやだやだ〜」
「こらっ!我が儘言わないの!ここまで来たんだから買いなさい!」

(親子連れ・・・?)
ここにいる気まずさを感じている竜児はどうしても周囲に対して敏感になる。ふとそちらに目をやると、

「櫛枝?それに逢坂まで?」
「あっれ〜高須君?こんなことろで何の用さ〜?」
「あんた・・・ついに・・・」

親子でなく実乃梨と大河の親友コンビ、意外なところでの竜児との遭遇に実乃梨は驚きを、大河は疑念の思念を送る。

「あのな逢坂、俺はここに1人で来たんじゃないからな。」

「なに、どうしたの高須君?」

どうやらこちらも我に返ったような亜美が試着室から出てくる。当然水着姿で。

「ちっ、いたのばかちー?」
「おおおおおおおう!!なんじゃその手足の長さはー!どんなスタイルしてるんじゃーい!?」
「あら実乃梨ちゃん、そんなに褒めてくれなくても〜」
(さっき自分でもべた褒めしてたくせに・・・)

舌打ちした大河はともかく、亜美の水着姿に興奮する実乃梨に亜美は「きゃっ」っといわんばかりの対応で返す。実乃梨にまだ地は見せないということなのだろうか。
内心飽きれつつ竜児は

「そういやお前ら2人してどうしたんだ?」
「ここですることは1つしかないでしょ?あんた脳みそ止まってるの?『みのりんが』水着を買いに来たのよ、みのりんが!」
「ぐっ・・・おまえはただの付添、ってか?」
「そうよ!」

この際いつもの罵倒はスルー、竜児の問いに大河は胸を張って答えるが、

「黙らっしゃーい!!あたしゃ、あきらめの悪い子は嫌いだよ!!」
「いきなり大声を出してどうしたんだ、櫛枝?」
「とてもスポーツマンとは思えない発言ね、実乃梨ちゃん・・・」

亜美へと向いていた興味が竜児たちに向く実乃梨。大河と実乃梨の意見は違うようだ。

「だってみのりん、私はみのりんに付いていくだけって言ったじゃない?」
「そんな甘えたことはあたしの目の黒いうちは許さないよ!?水着なしでどうやって水泳の授業を受ける気だい?」
「休むからいいもん!」
「そんな我が儘許しませーん!いいかい大河、水泳も授業のうち、授業を受けないということは学生としての義務を怠るということなんだよ!」
406 ◆nw3Pqp8oqE :2012/08/15(水) 21:07:27.68 ID:1CWvpyvc
「うう、それは・・・」

話を聞いたところ、大河は去年の水着を授業後も放置したためだめにしたらしい。
それを知った実乃梨が大河に水着を買わそうとここまで連れてきたのだが、大河は最後の最後まであきらめの悪い様子。ということだ。

「おまえ・・・水着腐らすって・・・」
「実乃梨ちゃんのさっきの説教祐作みたい、いや高須君にも似てるかも。」
「うっさいばかちー、大体あんたこそなんでここにいるのよ!?」
「うふっ、あたしも水着買いに来たんだ、高須君と2人でね。似合う?」

いまだ水着の亜美は大河の前でもポージング。大河の感想は

「ちっ!なんだってのよ。ばかちーのくせに。」
「こら大河!」
「ぎゃっ!」

突然実乃梨が大河をはたく、これには竜児も亜美も驚く。

「クラスメイトに向かってばかとはなんだばかとは!もう我が儘ばかりいう子は知りませーん。
わざわざ水着を買いに来たいい子のあ〜みんと仲良くしまーす。」
「ちょっと実乃梨ちゃん、やだ、くすぐったい、ひゃう!」
「おうおう、可愛いですのう。」
「ううう・・・」

実乃梨はわざとらしく亜美に抱き着き、大河に見せつけるように亜美とじゃれあう。
歯を食いしばり、亜美たちをにらむ大河、これをやばいと感じた竜児は

「なあ逢坂、あれは櫛枝なりにおまえに水着を買わそうとだな・・・」
「わかったわよ!買えばいいんでしょ買えば!こらばかちー!みのりんを返せー!!」

実乃梨のアピール?に折れた大河はしぶしぶ水着を購入、亜美と、実乃梨も購入し4人は水着売り場を後にした。

これで一件落着と思いきや、この夜、大河は高須家に夕食を食べに来なかったのであった・・・
407 ◆nw3Pqp8oqE :2012/08/15(水) 21:11:48.94 ID:1CWvpyvc
「はっはっはっ、しかし亜美が高須達と買い物に行くとはな、いや〜この学校に来て着々といい方に進んでいるようだ。」
「確かにあ〜みんの抱き心地は最高だったよ。あのすべすべな肌・・・ああ、同じ女でいるのが恥ずかしい・・・」
「まあ、モデルをやってるだけあって容姿は完璧だろうしな。」
「ほほう・・・幼馴染の意味ありげな証言、うむ、あ〜みんの秘密を解き明かすのに大きな鍵となろう。」
「ん?そこまでの意味を持って言ったわけではないんだが・・・」
「いやいい、ネタバレはいいんだ・・・」
「さて次回予告だが・・・」
「次回、いよいよ虎ちわ決戦激化!?」
「ほう?亜美と逢坂が戦うのか。あんなに仲良さそうに話してるのになあ」
「北村君、友情は、戦って育てるんだよ!」
「そうか、青春とはさわやかな汗、汗を流して戦ってこそ青春ということか!しっかりと見届けねば。」
「また次回〜ではでは〜」




投下期間が空きお待たせして申し訳ないです。最悪一か月に一回は投下したいと思います。
ではまた次回もお付き合い下さいませ。
408名無しさん@ピンキー:2012/08/15(水) 21:21:15.57 ID:IlzG217P
寒すぎ
409名無しさん@ピンキー:2012/08/16(木) 00:06:53.71 ID:MElmZDL+
とちドラ乙。
410名無しさん@ピンキー:2012/08/16(木) 16:25:27.61 ID:0IyXYJax
乙!
411名無しさん@ピンキー:2012/08/17(金) 21:33:20.33 ID:ye3AFrk3
とちドラ乙。
今回も面白かった。続きも待ってるぜ!
412名無しさん@ピンキー:2012/08/19(日) 17:12:27.63 ID:40h1AxX3
今更ながら初期のスレとか覗いてきたんだがすさまじく混沌としてたんだな……

413名無しさん@ピンキー:2012/08/19(日) 19:31:53.38 ID:DWAvzjPA
作者が多くて投稿合戦状態だったなあ
414名無しさん@ピンキー:2012/08/19(日) 22:51:11.00 ID:O3WFdj58
立ててから半月で1スレ消化とかあったしな
しかも容量オーバーでってんだから
415名無しさん@ピンキー:2012/08/21(火) 06:39:29.70 ID:jCWruwWz
>初期スレのの頃の時代
原作は全十巻を堂々完結させての大団円。
アニメは原作と同じエピソードを追いながら常に違う側面を捉え続け、また原作と一味違う結末を用意するという変化球を駆使しながらも傑作の呼び声高く。
さらに言えば、主人公・ヒロイン・サブヒロイン各キャラの個性も魅力も軒並み際立ってる。

これで完結後にSSが盛り上がらなきゃ嘘だって状態だったからね。
416名無しさん@ピンキー:2012/08/21(火) 12:04:34.54 ID:4F8akL9I
ヤンデレネタとか死に話しとかは、自分は正直勘弁だったな
スレの流れ的には受け入れられていたから、あえてなにも言わずに読み飛ばしてたけど
とらドラである必然性も無かったし
417174 ◆TNwhNl8TZY :2012/08/21(火) 17:30:10.84 ID:05VskBmd
小ネタSS投下

「まざこん! 〜一方、そのとき大河はというと〜」
418174 ◆TNwhNl8TZY :2012/08/21(火) 17:31:06.48 ID:05VskBmd

はち切れそうな大きなお腹を優しく撫でさする大河の表情は、すっかり緩みきっていた。
歩くどころか最近では座っているだけでも辛いものがあるが、これも幸せの重さなのだと思えて、大した苦にはならない。
慈愛に満ちた声音で「早くママに顔を見せてね」なんて微笑んでいる様子に、傍らの竜児も自然と目尻を下げている。

「あんまり急かすなよ。予定日だってまだまだ先なんだから」

「うん。でも、待ちきれないんだもん」

言いつつ、竜児との間に僅かにあった隙間を埋め、その肩にゆっくりともたれかかる。
背中を伝って伸びてきた腕が支えるように腰に回されて、大河は安心しきって身を預けた。
トン、と胎を内側から小突かれた感覚に、一層のこと笑みが深まる。

「赤ちゃんも、そうだよって、待ちきれないよって。ほら、また蹴ってる」

「せっかちな上にやんちゃって、そういうとこ、誰に似たんだろうな」

意地の悪い言葉とは裏腹に、つられて竜児も顔を綻ばせている。
一瞬膨らみかけた頬も、そんな嬉しそうな顔を見せられては萎まざるをえない。
不服そうにむぅーっと呻きながらの大河は、腰に添えられていた手に自身の掌を重ねると、そのまま腹部へと引き寄せていく。
胴回りに余裕のあるワンピースタイプのマタニティウェアは生地の肌触りもよく、触れているとじんわりとした体温が温もりとなって伝わってくる。
自然と撫でていると、心地よい感触のすぐ下から、胎動に混じって微かな振動が竜児の指先に届いた。
それも何度も、まるで抗議でもしているようだ。

「ほんと、誰に似たんだろうな」

遠くない将来、容姿といい性格といい、大河と大河によく似た子供に尻に敷かれる有様が瞼の裏にありありと浮かんだ。
どことなくげんなりとしたような竜児に、大河が不安を覚える。

「私に似てたら、竜児、いや?」

「そんなわけないだろ」

回された腕に力がこもり、撫でつけられる手にも熱を帯びる。
これ以上密着しようがないほど竜児に寄り添うと、大河は潤みを増した瞳でじぃっと間近に浮かぶ三白眼を見つめた。
朴訥で言葉少なではあるものの、はっきりとした否定に、悄然としかけていた気持ちが一息に払拭されたように思えた。
けれど、まだ少し足りない。

「じゃあ、竜児みたいなこわ〜い目つきもしてない、私にそっくりな可愛い赤ちゃんだったら、竜児もうれしい?」

「おまえなあ……」

「ねえ、どうなの竜児?」

大河としてはそこまで気にかけるような事柄ではない。
ただ、否定だけでは心許ない。欲しいのは、確かな肯定の言葉なのだ。
託けている自覚はあったが、それでもなお、大河はこう答えてほしかった。
「可愛い子供と、可愛い大河に囲まれて、俺は世界一幸せだな」──と。
まあ、そこまで露骨に歯の浮くようなことを、このぶっきらぼうが臆面もなく言うはずがないのはわかりきっている。
要はそういった風な、雰囲気のある台詞を唱えてほしいのだ。
既に吐息がかかり合うまでの至近距離。お互いを隔てているものは何もなく、こんなシチュエーションだって滅多にない。
お腹を気にしつつも、たまには甘い空気とやらに包まれてみたいのが年頃の妊婦というものである。
そんな期待をこれでもかと視線に込めて放つ大河は、この先の展開に胸を高鳴らせるばかりだ。
顔を赤くする竜児のその反応を見ても、これは行けると踏んでいる。
照れ隠しにチラリと目線を逸らしたりもじもじとしたりしつつ、なんとも気の早いことに、大河は紛れもなく幸せを噛みしめていた。
が、そんな砂糖菓子もかくやというような幸せの甘さに、いくらも経たずに苦味が混じりだす。

「────ちゃ〜ん」
419174 ◆TNwhNl8TZY :2012/08/21(火) 17:32:04.39 ID:05VskBmd

スーッと、音も立てずに忍び寄る影がひとつ。
鈍い靄がかかったようなぼんやりとした輪郭がみるみる距離を縮めてくる。
のんびりとした声とやけに間延びしたような口調には覚えがあった。
というかありすぎていっそ親しみすら感じているのに、何故だろう、今はその親しみやら親愛やらが酷く不安をかき立てた。

「────ゅう〜ちゃ〜ん」

なにがそんなに楽しいのか、近づいてくる影の主はこの上なく上機嫌なようで、反対に大河はますます不安に身を焦がされていく。
だんだんとはっきりしてきた輪郭と声からして、相手は十中八九あの人であろう。
それはいいが、なんだかこちらを呼んでいるような気がする。
こちらと言っても、ここには自分ともう一人しかいない。
となると考えうるのはよっぽどそのもう一人が呼ばれている可能性が高いが、そんなの思い違いであってほしい。
そう強く願っても、神様は無情だった。

「竜ちゃ〜ん、お〜い」

纏わりついていた靄が霧散する。
その奥から現れたのは、よく見知った笑顔だった。

「や、やっちゃん……なんで……」

満面に笑みを咲かせる泰子に対し、大河は頬が引き攣るのをとめられない。
なんでここに居るのかは、事実として眼前に佇んでいるのだから、もはやどうでもいい。
よくないのは、震える指先で差している、この一点である。

「なんでそんな、おっきなお腹してるの……」

大河と同じく、これまたゆったりとした服装をしていてもすぐにわかる。
ぽっこりと丸くなった腹部が否応にも大河の目に飛び込んできた。
滲んだ汗が額に一すじ線を引いたと思ったら、堰を切ったようにだらだら流れ出す。
何故といっても、聞かなくったって見れば一目瞭然ではあるが、それでも聞かずにはいられない。
滝のように流れ落ちる冷や汗が不快感を催すも、拭うことも忘れて凝視し続ける大河は、胸中で湧き出すある予感を拭い去ることに躍起になっていた。
「ん〜?」と小首を傾げつつ、ニコニコしている泰子が大河へと向き直った。

「竜ちゃんの赤ちゃんがいるからだよ? 変な大河ちゃん」

危険極まる内容のことを至極平然と言ってのける泰子に眩暈がした。頭を抱えたい衝動にも駆られそうだ。
泰子は自分が言ってることの、その意味がきちんとわかってるのだろうか?
のほほんとこちらを見下ろしている彼女からは到底そうは見えないが、大きくなったお腹を見遣ると嘘を言っているとも思えなかった。

「へ、へー、そうなんだー。そうだよねー、うん……」

全力で平静さを装いながら、大河は気取られぬようそうっと竜児の手を握ろうとした。
今もって理由は判然としないが、大河からしたら泰子の様子の方がよほど変であり、一種危機感すら覚えるほどだ。
まるで一番大事なものが取られてしまうような嫌な予感が首をもたげ、これ以上この場に居てはいけないという警鐘もさっきから脳裏でうるさく鳴り響いている。
ここは竜児を連れて、一刻も早く泰子の目の届かないところまで逃げなければ。

「りゅ、竜児? ……って、竜児、ちょっと!?」

が、寸でのところで掴み損ねる。
それどころか隣に腰を下ろしていた竜児はやおら立ち上がると、よりにもよって泰子の方へと歩いていってしまうではないか。

「ま、待ってよ! 竜児、待って! お願いだから行かないでっ!」

めいっぱい手を伸ばして追い縋る大河が見えていないのか、その声も届かないのか、振り返るそぶりもない。

「そんなぁ……竜児ぃ……」
420174 ◆TNwhNl8TZY :2012/08/21(火) 17:33:04.56 ID:05VskBmd

追いかけたいが、不可視の壁にでも阻まれているようにそこから動くことができない。
大河にできることといえば、せいぜい遠くなる背中を見つめることくらいだ。
そうこうする内にも、泰子の隣に竜児が立った。

「えへへ。竜ちゃ〜ん」

「なんだよ、そんなにくっついてきて」

「だって、早く竜ちゃんに会いたかったんだもん」

殊更明るい笑みをたたえた泰子が言う。
慈愛に満ちた声音で「赤ちゃんも、早く竜ちゃんに会いたかったんだよね〜。やっちゃんも早く会いたいな〜」なんて微笑んでいる様子に、傍らの竜児も自然と目尻を下げている。
ただでさえ衝撃の連続だというのに、更にぎょっとした思いを味わわされたのは大河である。

「あんまり急かすなよ。予定日だってまだまだ先なんだから」

「うん。でもぉ、やっちゃん待ちきれなくって」

なにやらつい先ほどにも見たような、既視感を抱かずにはいられないやりとりだ。
驚愕とする大河を尻目に、泰子は竜児との間に僅かにあった隙間を埋め、もたれかかるように密着する。
それだけに留まらず、背中を伝って伸びてきた竜児の腕が支えるように腰に回されて、泰子が安心しきって身を預けているのを見たときにはもう卒倒寸前だった。
と、トン、と胎を内側から小突かれた感覚があったのだろう、一層のこと泰子の笑みが深まる。

「赤ちゃんもね、そうだよ〜って、待ちきれないよ〜って。あ、竜ちゃん竜ちゃん、また蹴ったよ」

「せっかちな上にやんちゃって、そういうとこ、誰に似たんだろうな」

本当に誰に似たのだろうと、虚ろな瞳が向けられる。
せっかちともやんちゃとも縁のなさそうなやっちゃんには全然似ていないんじゃないの、と内心で一人ごちた大河だったが、そこでハッとする。
この会話がさっきのそれをなぞっているのだとしたら、その後の話の流れはどうだっただろうか。
たしか、似てる似てないから発展して、なんやかんや良い雰囲気になりかけていて──。

「やっちゃんに似てたら、竜ちゃん、やだ?」

「そんなわけないだろ」

そうそう、こんな感じだったと頷いたのも束の間、大河は渾身の力で見えざる壁に殴りかかった。

「それ以上はだめぇっ! ちょっと、ここ通しなさいよ、通して! 竜児もやめて!」

空を切るとは正にこのことか。
抵抗も虚しく、押し返してはくるのにまるで手応えのない虚空をしゃにむに殴りつけるが、如何せん効果は皆無だ。
こうしている間にも、あちら側からは良い感じに不穏な空気が漂ってきているというのに。

「この、このおっ! ううぅ、なんなのよこれぇ! なんで、こんな!」

際限なく上昇する苛立ちをぶつけようにも、そもそも触れることすら叶わないのでは話にならない。
いくら打破を試みようと、一歩も前に進むことができずに徒労を重ねるのみ。
次第に息も上がってきて、いよいよ疲労の限界がきた大河はぺたりと座り込んでしまった。
体の内側から轟々と響く荒くなった呼吸、暴れる鼓動。
それらをどうにか落ち着けるべく伏せていた顔を仰ぐと、そこには重なりかける二つの人影が。

「可愛い子供と、まあ、可愛い泰子に囲まれて、俺は世界一幸せだな」

「やっちゃんも、すっごく幸せだよ? ずぅっと竜ちゃんがいてくれるから」

                    ***
421174 ◆TNwhNl8TZY :2012/08/21(火) 17:34:07.50 ID:05VskBmd

「いやあああああああああ! 私にだってまだ言ってくれてないのにいいいぃ!」

「うわあっ、大河、危なっ!?」

鋭く突き出された右拳を間一髪で実乃梨が避けた。
不安定な体勢からの大振りな一撃は勢いを削ぐことも踏ん張ることもできず、抱き起こされていた大河は支えを失い、上半身から倒れこんだ。
ごっちぃんと、床に頭をもろに打ち付けたような鈍い音がしたが、大事ないだろうか。

「実乃梨ちゃん、大丈夫?」

「あ、あーみん、ありがと」

慌てて駆け寄ってきた亜美の手を借り、尻餅をついてしまっていた実乃梨が立ち上がる。
スカートを数度はたいて埃を払い、ふうっとうっすら浮かんだ額の汗を袖口で拭った。

「でも私よりも大河が心配だよ。魘されてると思ったらいきなしあんな……」

「そうね。つーかけっこう内容ダダもれだったけど、いったいなんていう夢見てんのよこいつ」

気絶しているというのに悪夢にまで苛まされているようなのだから始末に負えない。
気味の悪いほど穏やかで、かつ幸せそうだったのが一変、苦悶の表情を貼り付け、うわ言まで仔細に呟いていた大河。
どうも軽い気持ちで言ってしまった妊娠疑惑に相当のショックを受けているようで、しかも現実逃避した先でもそれが尾を引いていたらしい。
このまま放置しておくのはあまりに不憫だと見かねた実乃梨が目を覚まさせようとした矢先、その大河は突然暴れだしてしまったのだ。
咄嗟にとり抑えようと試みたが、ほとんど半狂乱でいる大河を羽交い絞めにするのには骨が折れた。
自制ができないのでとにかく力任せだわ、ヒステリー全開で盛大に喚きたてるわで、なまじ意識があるときよりもタチが悪い。
最近、少しは丸くなったんじゃないかという手乗りタイガーの久々の大爆発に、見守っていた周囲の面々は戦々恐々だった。
夢の中でくらい、せめて幸せな夢に耽っていればいいものを。

「う、んぅ〜……痛い……」

か細い声に目をやれば、やはり頭をしこたまぶっつけたらく、しかしそのおかげで悪夢からは開放されたようだ。

「よかった。大河、起きたんだね」

「たく、亜美ちゃんに心配させんなっつーの」

見守る実乃梨と亜美を無視し、気絶から覚めた大河がのそのそとした緩慢な動きを見せ始めた。
大の字に寝そべっていた体を起こすときょろきょろと力なく辺りを見回して、そうかと思えばまたも腰を下ろす。
膝を抱いて縮こまる姿は、誰が見ても拗ねた子供を髣髴とさせるものだった。
だが、突如としてその形相を一転させる。
血の気が失せた青褪めた顔で、大平原かはたまた絶壁のようにぺったんこで起伏の少ない胴体をくまなくまさぐると、

「わ……」

「わ?」と実乃梨と亜美がオウム返しに尋ねる。
土気色や蒼白を通り越して、透き通るまでに真っ白になった顔色で大河が絶叫した。

「わ、わた、私のっ……私と竜児の赤ちゃんはどこーーーーーー!?」

生憎と悪夢からはまだ覚めきっていないようだった。
実乃梨はひくつきかける頬をなんとか抑えてぎこちない笑みを作り、亜美は深く嘆息した。

「よくはなかった、かな、まだ……」

「もういい加減にしてよ……」

今もって夢うつつで曖昧な大河が正気を取り戻すには、もう暫しの時間を要することになりそうだった。

                              〜おわり〜
422174 ◆TNwhNl8TZY :2012/08/21(火) 17:35:05.80 ID:05VskBmd
おしまい
423名無しさん@ピンキー:2012/08/22(水) 02:29:22.55 ID:kcHFhVsC
畜生

タイガー糞可愛いじゃねえか

GJ
424名無しさん@ピンキー:2012/08/22(水) 05:18:46.34 ID:wr32vGGd

注文というわけじゃないですけど
改行がなさすぎて、自動補正で文字が最小サイズで表示されてしまい読みづらいです(420だけ)
モバイルの2chブラウザで見なけりゃいい話なんですけどね

後、ついでに質問なんですけど
NOETシリーズはアレで完結なのでしょうか?
425名無しさん@ピンキー:2012/08/22(水) 10:09:30.27 ID:6rGu1hlV
GJ!
やっぱ大河はボケ可愛いね。
そしてさりげなく「心配した」と口にしてる亜美も可愛い。
426名無しさん@ピンキー:2012/08/25(土) 00:15:24.73 ID:6tCxkv6h
GJ
あーみんがクールだ
427名無しさん@ピンキー:2012/08/27(月) 12:48:56.12 ID:NgtGPWAc
しかし、相変わらず174氏の竜泰ネタには萌えるな。
こう……ナニカが滾ってくる。
428名無しさん@ピンキー:2012/08/27(月) 19:21:07.21 ID:gJVewuZQ
わかる
なんだこの親子もう結婚しろよと思って壁殴りたくなる
429名無しさん@ピンキー:2012/08/27(月) 23:52:12.48 ID:R+tNWRjs
「滾」の読み方が判らなかった
たぎる、か
430名無しさん@ピンキー:2012/08/31(金) 23:01:19.51 ID:fr/LQZCV
保守
431名無しさん@ピンキー:2012/09/04(火) 17:29:06.21 ID:NHLxneMY
保守
432名無しさん@ピンキー:2012/09/04(火) 22:39:38.04 ID:wUCqfd2m
あえて何とは言わないが期待しておこう……
433名無しさん@ピンキー:2012/09/07(金) 17:03:09.06 ID:Mej7/Zqd
小ネタいきます。捏造設定御免。

「理系の女」
434名無しさん@ピンキー:2012/09/07(金) 17:05:51.64 ID:Mej7/Zqd
 ヒト由来の乳酸菌。
 逢坂大河はそのフレーズを聞いた時、なんて素敵、と思った。
 乳酸菌といえどもヒトとは異なる別の生命体である。全く違った生命が自分の体内で生きているのだ。
 これはある意味、地球に人間が生きているのと同義である。つまり自分は様々な生命を育む小さな地球だ。宇宙船大河号なのだ。
 これほど素晴らしい事はない。

 嗚呼、私の乳酸菌さん。是非お会いしたい。そして竜児にも私の乳酸菌さんを紹介してあげたい。

 思い立ったが吉日である。彼女は調べた。自分の乳酸菌に会う方法をである。だが主に腸内にあるという記述を発見した時、彼女は静かにブラウザを閉じ、次いで目を閉じた。
 あまりにもハードルが高いし、そこから取り出した乳酸菌を竜児に紹介するのは大胆不敵に過ぎると思えた。

 ――ちゃんと見ててね、竜児。今から私の乳酸菌さんをお腹から――

 うん、駄目だ。絶対に駄目だ。女の子的に。

 実物が無理ならフェイクという手がある。彼女はあくまでも挫けない。想像力は人間が成長するための要なのだ。彼女は再びブラウザを立ち上げ、画像検索をかけた。
 だが、電子顕微鏡で撮影されたと思しきその画像にあった乳酸菌の姿は単なる楕円柱に過ぎず、何の変哲もないものだった。
 私の乳酸菌はこんなんじゃない。私の乳酸菌はもっとかわいい。なぜなら、竜児は私の事をかわいいと言ってくれるから。私がかわいいなら私の乳酸菌もかわいいに違いない。
 ヒト科にして虎の異名を誇る私なのだ。私の乳酸菌がちょっとくらい普通でなくても不思議じゃない。普通の乳酸菌よりかわいくても大丈夫。

 この瞬間、彼女の想像は妄想へと変化した。
435名無しさん@ピンキー:2012/09/07(金) 17:06:35.57 ID:Mej7/Zqd
「会って欲しいモノがあるのよ」

 翌日、竜児を部屋に呼び出した大河は、いきなりそう言った。 モノに会う、というのはなかなか難しいレトリックだが、竜児も大河の奇行には慣れている。その都度修正していけばいいと半ば諦めの気持ちもある。

「おう、いいぞ。で、何に会わせようってんだ?」
「これ」

 彼女が取り出したのは純白ふわふわの布地を用いた楕円柱の物体であった。顔があり、にっこりと笑っている。手縫いなのか、底の方に小さく『作・香椎』の縫い取りがあった。
 ぬいぐるみである。

「私の乳酸菌さん」

 竜児は固まった。あまりにシュールな状況である。

「どうしたの?」
「これ……大河の乳酸菌か?」
「そうよ」彼女は平然と言い放った。「ご挨拶もできるのよ、ほら」

『こんにちはー』

「…………」
「竜児、ご挨拶は?」
「おぅ、こ、こんにちは……」
「他にもね」

 大河は立ち上がり、クローゼットから数々の謎のぬいぐるみを取り出した。

「これが私のDNA、これが私のミトコンドリア、これが私のゴルジ体。みんなご挨拶できるの」

『こんにちは』『こんにちは』『こんにちは』

 次々に挨拶を向けてくるぬいぐみ。
 竜児はお腹が痛くなってきた。

「…………」
「竜児、ご挨拶は?」
「こんにちは……」
「でね、このDNAさん」彼女はDNAを手にとって言った。「設計には特に凝ってあるのよ。ちゃんとアデニンはチミンと、グアニンはシトシンと結合するの。磁石とマジックテープを使ってあるのよ」
「……そうか」
「ちゃんと二重らせんもほどけて、減数分裂が可能な仕様なの。だから、竜児のDNAとも……」

 ぽっと顔を赤らめながら説明を続ける大河を見ながら、竜児は香椎奈々子を思っていた。

 香椎よ、お前どんな弱みを握られた?

「それからこの乳酸菌さんにも」

 そさらに大河は乳酸菌背部のファスナーを降ろし、二重らせん構造の物体を取り出す。

「ちゃんとDNAが入ってて、増殖が可能なの。でも竜児のDNAとは結合できないのよ。だって乳酸菌だから。竜児のDNAと結合できるのは……」

 竜児は、両手に乳酸菌と乳酸菌のDNAを掴んで真っ赤になった大河を虚ろに見つめながら、この娘の教育をどこで間違えたのか、と激しく苦悩していた。


 〜おわれ〜
436名無しさん@ピンキー:2012/09/07(金) 22:28:34.61 ID:+9zYwKhb
シュールwww
437名無しさん@ピンキー:2012/09/07(金) 23:45:58.44 ID:46x6ArEh
面白すぎワロタ
438名無しさん@ピンキー:2012/09/08(土) 00:10:44.47 ID:3d6VAyc7
http://ayasachi.sweet-tone.net/kikaku/new_movie01/tamb_proj_love.htm
愛と青春の乳酸菌written by tamb

パクリはイクナイ
439名無しさん@ピンキー:2012/09/08(土) 00:18:06.86 ID:y5q3CdlT
パクリかよw
440名無しさん@ピンキー:2012/09/08(土) 10:42:35.54 ID:4QQXEQ+W
キャラが違い過ぎて、なんとも感想しにくいものだなと思ったら
そういうオチですか……

なに考えてこんな事するのか理解できん
441名無しさん@ピンキー:2012/09/08(土) 18:52:04.96 ID:rm8sKVFb
ここまでキャラが別人だと、盗作やバクリ云々の前に単なるイタズラくさいね。
本気で盗作する気なら、シャナSSとかゼロ魔SSなんかから持ってくるだろうし。
気にせず本物の書き手さん達をまたーり待ちましょや。
とちドラそろそろ来るかのぅ。
442名無しさん@ピンキー:2012/09/08(土) 18:53:14.50 ID:BCPOEpYQ
キャラだけ置き換えたパクリが名作扱いされてしまうのは現実としてあると思うよ
ダカーポスレでは何ヶ月も見破られなかったっけな
443名無しさん@ピンキー:2012/09/08(土) 20:09:30.64 ID:Oy/tl0/9
来週には次スレかな
444名無しさん@ピンキー:2012/09/09(日) 14:39:31.80 ID:L+43mUeT
>>442
あるある。
パクリ作者もわざわざ駄作からは盗まないしな。
445名無しさん@ピンキー:2012/09/09(日) 14:40:40.97 ID:L+43mUeT
新スレになればまた投稿ラッシュが期待出来るかのぅ;´д`)ハァハァ
446名無しさん@ピンキー:2012/09/10(月) 03:16:51.06 ID:9STnHD1C
それは神の味噌汁
447名無しさん@ピンキー:2012/09/10(月) 06:11:48.03 ID:cbBhuw/L

「うへへ、どうよほれ、見てみ。ついに立ったのよ、かわいいのよ!」
 大河が携帯の画面を竜児の顔面に向かって押し付ける。
「近ぇよバカ。見えねぇだろ」
 うんざりした様子で、大河の手を押し返し、携帯の画面を見る。
 そこには大河の弟の姿があった。まぁ確かにかわいい。
 あの母親の息子で、大河の弟というだけあって、乳児のくせに微妙に顔の彫りが深い。
 平行二重のぱっちりしたお目目。米の研ぎ汁みたいな乳白色の肌にうっすらとピンク色が浮かんでいる。
 細い髪の毛は茶色で、ちょっとだけくるくるとうねっていた。

「かわいいでしょー、ちょーかわいいでしょー」
 バカのひとつ覚えのようにかわいいと繰り返す大河は、自慢気に哀れな胸を反らしてる。
「はいはい、かわいいかわいい」
 弟の写真を見せられるのはもう何度目になるのかわからない。大河の携帯の中身は、ほとんど弟の写真で占められているらしい。
 ことあるごとに、こうやって弟の写真を見せ付けられているので、もう飽きてきた。
 この子絶対シスコンに育てるんだから! とか意気揚々と語っていた大河だが、気づけ、この子が育つ頃にはお前はもうおばさんだ。
 この子が高校生になる頃、お前は遥かなる三十路の道を行くんだぞ。ゆり先生すらも超える存在だぞ。一方通行だぞ。

「やーんもう、立っちしてぺたぺた触ってくるのよ。かわいいっ」
 そんなことを言いながら、大河は高須家の居間をゴロゴロと転がっている。ふりふりのワンピースから白いパンツが時々こんにちはしているのを眺めていると、大河がテーブルに足をぶつけて低い声で呻いた。
「なにやってんだ」
「おふっ、今のはちょっと痛かった……。でも我慢! だってわたしはお姉ちゃんなんだから!」
「なんの関係があるんだよ……」
 仰向けに転がった大河はそのままネックスプリング。身軽な技で立ち上がって、再び携帯をいじりだす。
 どうでもいいけど、転がった影響で髪の毛爆発してるぞ。
448名無しさん@ピンキー:2012/09/10(月) 06:12:26.88 ID:cbBhuw/L
ふふーん。これもかわいい、これもかわいい。どれ待ち受けにしよっかなぁ」
 上機嫌で弟の写真をスライドしている大河を見て、竜児はつい溜息をついてしまう。
「ったく、骨抜きじゃねぇか」
「仕方ないじゃない。かわいいんだもの」
 学校でも見せびらかすものだから、周りももう飽き飽き。実乃梨ですら、またかよ、みたいな顔をしている。
「それでさ、こないだわたしのおっぱい吸わせてみたんだけど、思いっきり噛み付かれて、乳首取れるかと思ったわ」
「お前アホだろ」
 っていうかその哀れなお乳ではおしゃぶり代わりにもならんだろ。
「いいじゃない。この子がおっきくなった時に、あんたはお姉ちゃんのおっぱい吸ってたんだゾって言えるじゃない」
「そんなこと言われて男が喜ぶわけねぇだろ。嫌われるぞ」
「大丈夫大丈夫、あんただってやっちゃんの巨乳吸って育ったマザコンじゃない」
「全部事実だが言い方があんだろ! 変態にしか聞こえねぇ! んでお前はマザーじゃなくてシスターな、OK? お乳も出ませんありません」
 竜児の言葉にむっと唇を尖らせた大河は、薄い胸を見せつけながら言った。
「これから育つの出るの」
「……その頃には弟くんも乳離れしてると思うぞ。身長もあっさり追い越されてるな」
「ちょ、わたしの胸が膨らむのにどんだけの年月かかってんのよ!」
「どれだけ年月がかかっても、膨らまない気もするがな」
 大河の哀れな胸元を眺めて、竜児は呆れた。
 こんなことを言われて大河はまた憤るだろうと思ったが、大河は竜児をバカにするように再び薄い胸を反らす。

「ふふーん、あんた知らないのね。おっきくする方法はあるのよ」
「シリコン注入か? やめとけ」
「ちゃうわ! それは最終手段!」
 候補のひとつに入れるなよ、と竜児は嘆息する。一度咳払いをして気を取り直した大河が、やれやれと言った様子で語り続けた。
「かつて、胸の小ささに悩んだ女がいたのよ。まぁママのことなんだけど」
「あっさりばらしやがった」
「女と見ればまず胸に視線が向かう竜児にはわかるかもしれないけど、まぁまぁ大きくはないけどほどほどじゃない」
「今俺のことなんか凄いバカにしてなかったか?」 
「まぁあれでも実は盛ってるんだけど……」
「あれでか?!」
「あんた人の母親の胸のサイズ覚えてんの? どんだけなのあんた」
 うひゃーとわざとらしく大河が距離を取る。
「何度か会ってりゃそりゃ覚えるだろ! 別に、やましい意味じゃなくて、普通に身長とか体型とか覚えるのと変わらねぇだろうが!」
「はいはい。あんたのエロさは今に始まったことじゃないから別にいいの」
 言いたい放題だなこいつ。
449名無しさん@ピンキー:2012/09/10(月) 06:13:44.19 ID:cbBhuw/L

「それでね、ママが言うには、なんと子どもが出来ると大きくなるらしいのよ!」
 大発見みたいな言い方で拳を握り締める大河。
「お前それ……、普通に保健で習う内容じゃねぇか。何を今更」
「わーおぅ! さすが竜児。おっぱいに関することに対して無駄な学習能力」
「お前の中で俺はどんだけおっぱい星人なんだよ!」
「はぁ? よく言うわよ。知ってるのよ、バレーの時、あんたがエロボクロの揺れる胸をいやらしーい目線で見てたこと」
「うぐっ。み、見てないよ」
「嘘おっしゃい。女子の間で話題だったんだからね。あの女を見る野郎どもの視線が危ない件について。一番やばいのはあんただって評判だったんだから」
「なんだそりゃ?! んなことあったのかよ!」
「あったのよ。そんなわけで女子の間であんたの評価最悪だから」
 うんうん、と頷く大河。
 だって、見るだろ。あのお乳が揺れてたら、見るだろ。体操服の上からばいんばいんに揺れてて、しかも下にシャツ着てないから微妙にブラが透けてて。
 あの日の男子生徒はみんなレシーバーのように前かがみになったものだった。
 だから俺が特別おっぱい好きというわけではない。竜児は心の中でそう言い訳をした。

「まぁつまり言いたいのは、わたしのおっぱいは育つ! 大きくなるということよ!」
「長々と人の心を傷つけて結論がそれかよ」
 溜息のバーゲンだ。ちくしょう。
「それで? 大河さまのちっぱいは育つわけか、はいはい。よかったね」
「なに言ってんのよ。ひとりでに大きくなるわけじゃないんだから」
「そりゃそうだ」
「つまりわたしが言いたいのは……」
 大河が一度目を伏せてから、顎に手をやる。そして上目遣いに竜児を見ていった。
「わたしのおっぱい、大きくして」




終わり
450名無しさん@ピンキー:2012/09/10(月) 15:15:05.29 ID:PkwagkQR
おっぱい乙
451名無しさん@ピンキー:2012/09/10(月) 23:46:21.81 ID:0fu+1ZG0
奈々子様のおっぱいどよよんどよよん
452名無しさん@ピンキー:2012/09/11(火) 00:48:21.63 ID:/B7gzqfB
(;´Д`)ハァハァ

おつ
453名無しさん@ピンキー:2012/09/11(火) 03:12:22.72 ID:kRa3yKH3
大きくするところ書かなきゃ!!
454名無しさん@ピンキー:2012/09/11(火) 21:04:11.11 ID:eUhMrpQO
乙、小ネタは消えないね!いいことだ。VIPにもちょいちょいとらドラの新作来るし
455名無しさん@ピンキー:2012/09/11(火) 22:14:30.03 ID:va1h64dK
亜美ちゃんスレがなくなったようなので、勢いで作った台本SS投下させて下さい
前提は、竜児 亜美 恋人同士設定(他のSSとか、とらPとかの延長ってことで)



2012年 9月11日 前半25分過ぎ、埼スタではイラクのカウンターがひかる 
その時、高須家の茶の間では

「お、おう。川島はやっぱりすごいな。集中切らさないで、ファインセーブってやつだ」
「もちろん、川島だもの」
「なんだよ、川嶋、わかったような口だな」
「代表戦だけだけど、ここ数年は毎回一緒にみてんだもん。そりゃ、すこしは覚えるって
 ほら、彼氏の好みに近づこうっていう健気な女の子ってやつ?」
「お前がそんな殊勝なたまかよ」
「なによ。そんなことないもの。だいたい高須くん言ってたじゃん。俺は川島の事信じてる って」
「古いネタだな」
「でも言ったし」
「それは冗談半分というかだな」
「それでも川島くんってすごいでしょ」
「すごいはすごいが、お前も、俺だって代表以外じゃそんな見てないだろ」
「でもあたしは知ってる」
「やっぱり、お前、大河と似て、意地張るとこは張るよな」
「川嶋はね。視野が広くて、周りが見えてて、頭もいい」
「集中力があるのはたしかに認めるが」
「性格もよくて、仲間思いで、優しい子。」
「……いや、お前はあの人の何を知ってる」
「少し嘘付きで、悪戯好きで、意地悪なところがよけいかわいい」
「なんだ、そのかわいいって」

亜美は竜児を見つめて

「けっこう殊勝だと思うけど?。……わりと一途だし」
「お前、それって誰のことだよ」
「だから、わたしがよく知ってる川嶋のこと」
「いや、川島の話であって、もしかして、お前、自分のこと言ってるのか」
「そういう無粋なこといわない、はずいし」
「恥ずかしいこと言うからだろ、顔、赤いぞ」
「じゃあ、測ってよ」
「たく、まってろよ。体温計はっと」
「そうじゃなくってさ、額、すぐ近くだよ」
「い、いや」
「はやく、ぶすいもの。恥ずかしんだから」


唇は額より余計に熱くて、ハーフタイムはもうすぐに
456名無しさん@ピンキー:2012/09/12(水) 23:42:00.93 ID:7cBRwCTs
さすが川嶋。
竜児のハートもガッチリキャッチってね

竜児気づくのおせぇ〜

GJでした。
457名無しさん@ピンキー:2012/09/17(月) 11:19:59.39 ID:BZ5SRNe8
tesu
458名無しさん@ピンキー:2012/09/21(金) 07:12:32.34 ID:9C5l6qhR
やっぱゴールデンタイム売れてないのね…
初週データとはいえ二万台割ってるとは
459名無しさん@ピンキー:2012/09/21(金) 19:45:00.02 ID:0WdoFU4T
ヒロインがjkじゃないから売れなくて当然だろjk
460名無しさん@ピンキー:2012/09/21(金) 20:28:02.75 ID:6SAHIVOW
やっぱりアニメ化されないとダメなんだよねえ。

加賀香子CV能登麻美子
461名無しさん@ピンキー:2012/09/21(金) 21:01:08.94 ID:KlHaDoWZ
JKどうこうは知らんが、大学生にしてる意味薄いよな
中、高、大って流れなんだろうか…
じゃあ、次は社会人? 売れんだろうなー

あと、副題要らねぇよ
あの寒いダジャレ、誰が考えたんだ
462名無しさん@ピンキー:2012/09/21(金) 21:34:56.79 ID:1qS3V7Vr
高校までなら日本人はだいたい通ってる、大学生といっても生活スタイルは高校までとは違って多種多様
入れ込む要素が薄すぎる
463名無しさん@ピンキー:2012/09/21(金) 21:47:26.96 ID:UpQbQcE/
大学生になるととたんに遊び人にジョブチェンジする印象があるから
処女厨には見向きもされなくなるんじゃないの
464名無しさん@ピンキー:2012/09/21(金) 21:53:38.03 ID:A8eRjyN2
GT談議は切っていいのかな?ちなみに俺は気に入ってるけど
465名無しさん@ピンキー:2012/09/21(金) 22:04:12.23 ID:KlHaDoWZ
続けるも続けないもルールにのっとってる限りは個人の自由なんでどうぞ

まあ、ここエロパロスレだったしな
466 ◆nw3Pqp8oqE :2012/09/21(金) 22:16:02.89 ID:A8eRjyN2
それでは「とちドラ!」12回目の投稿をします。前回は>>396になります。これだけ空くと忘れられていますかね?ではいきます
467 ◆nw3Pqp8oqE :2012/09/21(金) 22:16:43.35 ID:A8eRjyN2
「竜ちゃ〜ん、大河ちゃん、どうしちゃったの〜?学校ちゃんと来てたんだよね〜?それとも今朝のことまだ怒ってるのかなあ〜」

水着を買ったその晩、いつも通り晩御飯の支度をして、いつも通り4人での夕食!と思ったのだが、大河が来ない。
水着を無理やり買わせた後も確かに元気はよくなかったが体調が悪そうではなかったのだが・・・

「・・・電話も出ない、ったく何やってんだか・・・」
「へえ、川嶋も逢坂の番号、知ってたんだな。」

普段仲悪そうな2人(大河が一方的に嫌ってるという話だが)夕食を共に過ごすだけあってそれくらいのことはしたということだろうか。

「え?あたしは番号交換してないよ?これ、高須君の携帯だし。」
「おい!何勝手に・・・!」
「あらぁ・・・何か見られて困ることでもあるのかなあ〜亜美ちゃんわっかんな〜い。」
「えっ、なになに?竜ちゃんもついに!?」

茶化しながら亜美は竜児の携帯をちゃぶ台の上に戻す。
温厚な竜児とて、勝手に携帯を使われていい気分もしないだろう。息子にも『個人的な秘密が生まれたのか』と思う母は色めき立つが

「別に何もねえけど・・・使うなら一言声かけてくれよ。ってか逢坂の番号知らねえのかよ・・・」
「うん、まあ互いに知らなくても特に困らないしね。」

両方の連絡先を知る竜児だが、ともに雑談などのメールをすることはほとんどない。まあ夕食時も顔を合わせるのだからメールをする必要も特にないのだろうが。

「でもでも〜折角のとんかつが冷めちゃうよ〜」
「「・・・」」

泰子がお客さんからいいお肉を貰った為、今晩はやや豪勢にとんかつだ。
亜美も少しは自信のある体型に戻った余裕からか低カロリーの油を使うことを条件に承諾してくれた。

なのに1番食べるであろうやつが来ないのでは拍子抜けである。

「竜ちゃん・・・」
「はいはい・・・」

親子間のアイコンタクト、察した竜児が席を立つ。

「どこ行くの高須君?」
「逢坂の家に、だよ。揚げたてが1番美味いが、飯に関して貪欲なはずのあいつが来ないってのを放ってはおけないしな。」

と言い、竜児が玄関から出ようとする。と、

「待って!」
「どうした、川嶋?」

亜美が竜児を引き留める。

「あたしも、行くね。」
「おう・・・」

亜美の申し出に若干戸惑いながらも2人で逢坂家に向かう。

「大河ちゃんのこと〜よろしくね〜」
「ヨ、ヨロ、ヨロシ・・・シクメイ?」

言葉が分かるのか分からないのか分からないペットはさておき、高須家を後にした。
468 ◆nw3Pqp8oqE :2012/09/21(金) 22:17:20.93 ID:A8eRjyN2
オートロックの玄関は亜美が開け、3階の玄関前に来た2人

「どうしてこの階、玄関が1つしかないの?」
「この階は逢坂しか住んでねえんだ。」
「はあ!?どんだけ金持ちなのあいつ?亜美ちゃんもびっくりなんだけど・・・」

ここは高級マンション、1部屋1部屋は広いものの、1フロアに1人というのは亜美も考えていないだろう。

「まああいつにもいろいろ事情があるってことだ。」
「タイガーも1人暮らしなんでしょ?そうじゃないと高須君のことにご飯に食べに来るなんて考えにくいしね。」
「気づいてたのか?」

亜美には大河の家の事情は話していない。当然大河が話すとも思えない。

「なんとなくね・・・あたしも似たようなもんだしさ。」
「おう・・・」

(亜美の問題は終わったのでは?)と言おうとしたが竜児は言葉を切る。亜美がここから離れようとしないのも事情があるからだろう。

「じゃあ押すね?」

ドアホンを鳴らし、大河の反応を待つ。しかし

「いないのか?逢坂の奴は。」
「いないってことはないと思うけど・・・あれ?開いてる?」
「おう?ホントか?・・・っていいのか?勝手に入って・・・」

知らない仲ではないとはいえ、勝手に入ってもいいものだろうか、と悩む竜児だったが

「鳴らしたんだし大丈夫でしょ?別に強盗するわけでもあるまいし、知らない仲でもないしね。」

と、亜美は勝手に入ってゆく。

「おい、川嶋!?」

やむなしに竜児も続いて入って行った。



「先月掃除したっうのにもうこんなに散らかってるのかよ・・・これはまた掃除しねえとな!」
「そんなに散らかってる?・・・そんな顔して女の子の服を持つなんて不審者っぽいよ?」
「おう、すまん、つい・・・」

前ほどではないが服が脱ぎ捨てられているなどだらしない点はある。
竜児は無意識に片付けようとするが亜美にたしなめられる。

「しかしほんとに広いなぁ〜このリビング。同じマンションで何この差?」
「そんなに違うものか?」
「このフロア全部のタイガーだしねえ。あたしの部屋は常識的な広さよ。今度来る?それでも高須君のうちより広いかもだけど。」
「ほっとけ!しかし電気もついていなかったしほんとにいるのか?」

玄関から廊下、リビングも電気が付いていなかった。この服だって今日着たかはわからない。

「しかたない、片っ端から探す?」
「おう、けどお前がこんなに本気になって逢坂を探すなんてな!」
「別に、タイガー見つけないとご飯が食べれないだけだし。」

亜美が照れつつリビングを出ようとする。掃除をした竜児はわかるが大河の家は広い。
非効率に探したとこで時間が経ちご飯が冷めてしまうだけだ。そして竜児があることを思い出す。
469 ◆nw3Pqp8oqE :2012/09/21(金) 22:18:08.53 ID:A8eRjyN2
「じゃあ二手に分かれて。」
「いや川嶋、寝室だ。」
「寝室?」
「そうだ。多分・・・逢坂はそこにいる」

竜児が掃除をしていた時、大河は主に寝室にいた。

「そこにいなかったら二手に分かれてね。で、寝室はどこ?」

亜美も賛同し、大河の寝室に向かった。


「スイッチはどこだ川嶋?」
「少し待ってよ。似てるって言っても全く同じってわけじゃないんだからさ。」

夜の室内は何も見えないほど暗い。竜児もここに来たことはあるがいたのは昼間。
スイッチの位置は亜美の方が勘がいい!と見込み亜美に任せる。

「ええっとこの辺じゃ・・・ああもう!携帯、携帯・・・」
「・・・・・」

見つけられない亜美は携帯電話を取り出す。ディスプレイの明かりを頼りに再び探していくと・・・

「そこじゃねえか?」
「あった!・・・っと逢坂さん?」
「おう、逢坂、か・・・?」

明かりがついた部屋で2人が見たものはベッドの上に毛布をかぶって膨らんでいる物体。何かいるのかわからないがこの家にいる確率が1番高いのは大河だからして・・・

「取るよ、高須君。」
「おう。」

亜美がベッドに近づき毛布をはがす。そこにいたのはよく知るクラスメイトだった。水着姿の。

「な゛によあんだだち?」
「何って・・・あんたが晩御飯に来ないからわざわざ来たんでしょうが!・・・って泣いてるの?」
「うるざい、泣いてなんか、ないわ゛よ・・・」

よく見ると大河は目元を腫らし、声も嗚咽が混ざっている。誰が見ても泣いた後というのは一目瞭然なわけで・・・

「何があったんだ逢坂?そんな恰好で・・・」

毛布にくるまっていたので寒くはないとは思うが、それでも室内で水着姿には違和感がある。

「自分の水着姿があんまりにも似合わないから悲しくなっちゃったとかぁ?」
「お、おい!川嶋!?」

仲良くしたいとか言っておきながらなぜ挑発などするのだろう。(また喧嘩か)と竜児が思う。
大河の返事は

「るさい・・・」

と、力なく一言。意外な反応に2人も「逢坂?」「逢坂さん?」と戸惑っている。だが大河の言葉はこの一言で終わったわけではなく
470 ◆nw3Pqp8oqE :2012/09/21(金) 22:18:45.80 ID:A8eRjyN2

「何よ!!私だって好きでこんな体してるんじゃじゃないわよ!好きでこんな名前じゃないのよ!私だって、私だって・・・ううう・・・」
「ちょ!もの投げつけないでよ!」

激高した大河は亜美に枕を投げつける。だがその後の大河は頭を抱えながらうずくまるばかり。

「ホントに気にしてたのかよ・・・」

枕を当てられた亜美はどうにもできず、竜児にも『どうすんだよ』と言わんばかりの視線を向けられる。

「あーもう!そんなに気になるならパッドでも何でもしてカモフラージュすればいいじゃない?」
「・・・ばかちーみたいに?」
「あんた・・・ホントに落ち込んでるの!?完璧美少女の亜美ちゃんがんなことしてるわけないでしょ!」

口を挟めない竜児を尻目に亜美が言葉を続ける。

「ちょっと見せてみなさいあんたの水着姿。」
「笑わない・・・?」
「笑わない笑わない。高須君も、ね?」
「お、おう。もちろんだ。」

竜児自身そんなに女性の胸に興味あるわけではない。・・・まあ大きいのがあったりしたら目がいったりしてしまうが、そこは『男』ということで勘弁してほしい。
亜美に諭された大河はしぶしぶ布団から抜け出し2人の前に立つ。

「おう・・・これは・・・」
「なるほどねえ・・・」

いつもの大河らしからぬ弱気なうつむき加減、未だに涙は乾ききっていなく、唇をかみしめて立っている。
2人に映る大河の肢体。細い手足、女性らしい腰のライン、身長は低いが大河のスタイルはなかなかのものだ。一部分を除いて・・・
おそらく男子の目が一番集まるであろう胸の部分。水着と大河の体の部分には目立つほど不自然な隙間、というか空白があった。
まるでその部分にあるべきものがないといわんばかりに。
反応に困っている2人をよそに大河は部屋を出る。亜美と竜児は顔を見合わせたが無言のまま待つことにする。
ほどなくすると大河が戻ってくる。何かを手に持って。

「ちなみにこれが去年の写真よ。」
「去年?おう!?」
「・・・」

大河が手にした写真、そこにはプールサイドに不機嫌そうに立つ水着姿の大河が写っていた。
それだけなら特に変わった写真ではない。誰が撮ったのかはともかくただの水着写真だ。
しかしその写真には大きくこう書いてあった。大河の胸に矢印を指し『哀れ乳』

「これを見れば私の悲しみがわかるでしょ?哀れって何よ?私って哀れまれてるの?このときはムカついて久しぶりに殴り込みに行ったわ!」
「そういえば唐突になくなったな・・・うちの写真部・・・」

男子には知名度がそれなりにあった写真部だが、気が付いたらなくなっていた。
亡くなった真相がそのような出来事だとは思いもよらなかったが

「けどその後私は気付いてしまったのよ・・・自分の胸の小ささにね・・・改めて自分で見てみると、周りの女子と見比べると私の胸って小さいんだってわかったのよ。」

身体的コンプレックスは多くの人が持つだろう。竜児だってもっている。この部屋にいるもう1人の美少女モデル様はわからないが

「こんなみっともない姿、みんなに魅せるなんて・・・君に見られるなんて私・・・」

再び大河の体が震える。『また泣いてしまうのか?』なんて竜児が危惧していると

「そう?祐作は胸の大きさなんて気にしないと思うけど?」
「!?」
「川嶋!?」
471 ◆nw3Pqp8oqE :2012/09/21(金) 22:20:13.30 ID:A8eRjyN2
なく大河も黙る意外な一言。竜児は一瞬『なぜ北村?』と、思ったが大河が北村のことを好きなのを思い出す。
驚く2人をそのままに亜美は言葉を続ける。

「けど逢坂さん、それが1番小さいサイズ?大きい子より小柄の子の方が多いはずだし、小さい水着も揃ってそうだけど?」
「・・・あんたにはわからないでしょうけど人それぞれ合う合わないがあんのよ!
私のはその・・・凹むのよ・・・」

一瞬ヒートアップする大河だったがきちんと説明、すると亜美は驚くべき行動に出る。

「ふうん・・・どれどれ・・・」
「ちょ!ばかちー!なぜ近づいて・・・ひゃ!!」

大河が悲鳴を上げる。そして竜児は固まってしまった。なぜなら亜美は大河に近づくや否や、後ろから抑え込み、そのまま水着の中に手を入れたのだった。


「へえ、結構いいもん持ってんじゃんタイガーも!なるほどね。」
「ちょ!やめ!にゃああああああ!!!!・・・あんた!!たすけっ・・・あひゃあああ〜〜〜〜!!!!」
「え・・・お・・・」

落ち着こう。今竜児の眼前で繰り広げられてる光景は、クラスメイトの美少女(モデル)がクラスメイトの美少女(最強)の胸を揉みしだいている。
助けろと言われても竜児にはどうしたらいいかわからない。大河も力が入らないのか自力では脱出できないようだ。

「小さくても柔らかいのねぇ・・・小さいうえに柔らかくて水着に押しつぶされる。と・・・」
「うう、もうお嫁にいけない・・・」

しばらくすると亜美が手を放す。解放された大河はそのままへたり込む。さっきとは違う理由で落ち込んでいる。

「なに変な顔してぼーっとしてるの高須君?ああ、顔が変なのはいつものことか。」
「う、うるせえな!つかいきなりなにしだすんだよお前は!いきなり、その・・・」
「あたしがタイガーの胸を揉んだこと?ひょっとして高須君興奮しちゃった?や〜ん、亜美ちゃん襲わないでねえ?」
「襲うか!?」
「え?タイガーみたいな小さいほうがいいってこと?」
「違げえ!って言ってんだろ!!」

目を見開いて驚く亜美に必死で否定する。そんな竜児に亜美は

「もう、高須君てばそんなに必死にならなくても。ふふ、必死な高須君、可愛い。」

そんな風に笑われたら竜児もさすがに

「川嶋――――!!!」

近所迷惑も顧みずに叫ばざるを得なかったのだった。
472 ◆nw3Pqp8oqE :2012/09/21(金) 22:20:59.22 ID:A8eRjyN2

そんな悪戯も一段落、大河のお腹もやはり空いていたので

「食後の運動は決まりね・・・ただじゃすまさないわよ、セクハラちわわ・・・」

など物騒なことを呟きながらついてくる。

「お待たせしました〜」

と亜美が勢いよく高須家の今に戻るものの、今には

「イ、 イッテキマ、マウ!タイガ!ヨロシク!」
「ほう・・・呼び捨てとはいい度胸ねぇ・・・ブ・サ・ど・り!?」

亜美への怒りと空腹で危険度MAXの大河が鳥籠に寄る。泰子に吹き込まれたのかもしれないが、呼び捨ての理由は分からない。

「タイガチャ、タ、タ、タ・・・ケテ」
「あんまりインコちゃんに当たるなよ逢坂・・・しかし泰子の奴どこ行ったんだ?」

居間にいたのはインコちゃんのみ。泰子の姿はおろか気配も見当たらない。

「ふうん、今晩とんかつなんだ。なんで冷める前に呼ばないのよ?」
「あんたが来ないからでしょ?けど3人分?タイガーのご飯用意してなかったっけ?」

ちゃぶ台に並ぶのは3人分の料理、泰子がいるときは4人で食べるので4人分用意したはずだが・・・
そしてちゃぶ台に目立つ、料理ともう一つのものが竜児の目に留まる。

(光ってる携帯・・・って俺のか。置いてっちまったんだな。メールは・・・っと)

竜児の携帯に来ていたメールは

「やっちゃん、時間になったのでいってきまんする(星マーク)あしたは〜よにんで朝ごはん食べたいな〜(はーと×4)



3人での料理を終え、竜児は片付けと食後のお茶の用意。いつものことだが居候2人は手伝う素振りも気もない。
懸念の大河の怒りも食事をとったことで少しは和らいだようで、大家に目をつけられるほど暴れたりはしないだろう。
・・・もう1人が煽らなければ。爆弾が動き出す前に竜児は先に話しかける。大河に聞こえない声で

「なあ、さっきのことのフォローしなくていいのか?」
「ああ、そうだった忘れてた。チビとら?」
「あ゛ん?そうね、食後の運動の時間よね、ねぇ、ばかちー?」

小さな声で話したのに亜美はわざと大河にも聞こえるような声、しかも『ばかちー』に対抗してか大河のことを悪意のあるあだ名で呼び出す。
当然大河は喧嘩やる気マックスの声。ゆらりと立つ大河に殺気のようなものも見える。

「おまえら落ち着けって!な?」

嫌だが追い出されないために仲裁に入る竜児。お茶を渡しながら間に割って入る竜児だが
473 ◆nw3Pqp8oqE :2012/09/21(金) 22:21:31.70 ID:A8eRjyN2
両者の一喝で竜児も下がらざるを得ない。
そして先制したのは亜美。

「だから言ったでしょ?パッド仕込めばいいって。普段はブラで押さえてることにすればばれないでしょ?」
「あんたみたいに?それにパッドくらい入れたわよ!入れてもああだったし・・・」
「はいはい、だからぁ、ここに便利な人がいるでしょ?」

大河のほのかな反撃も余裕の亜美にあっさり交わされる。そして予想外に話を振られる竜児。

「え?俺?」
「裁縫とかが得意で、困ってる人がいたら放っておけない顔に似合わないお人好しに頼めばやってくれるんじゃない?」
「・・・」

大河がじっと竜児を見つめる。付き合いは短いが大河の性格が分かってきた竜児。ここで自分がすべきことを察する。

「明日の朝までに作ればいいか?水着、持ってきてくれ。」
「一晩で出来るの?つか、まだ頼むって決めてないわよ!?」
「そうだな、俺にやらせてくれ逢坂。」

素直じゃない、けど素直な大河とのやり取り。何も言わず大河は高須家を出る。その間、亜美も竜児も言葉を発しなかった。
けどその空間に気まずさなどはなく、満足げな2人の顔があった。





「なあ・・・」

竜児は作業中、簡単にばれないようにするため手の入れたつくり。いかに裁縫が得意な竜児と言えど時間が掛かる。
泰子が帰るまで、1人夜通しの作業を覚悟した竜児だったが

「ふん、あんたごときが私に勝てるわけないのよ。」
「くうぅぅ!・・・ふ、ふん!亜美ちゃん、普段ゲームするほど暇じゃねえし!」
「なぁ、おまえら帰ってもいいぞ?明日も学校だし、寝不足は肌に悪いんだぞ?」

時刻は12時、日付が変わろうかというところ。普段なら確実にいないだろう時間だが亜美も大河も帰る素振りは一切見せない。
むしろ竜児も何度かこう呼びかけているのだが返ってくる返事は

「こいつを倒したら帰るから!」
「あんたが何度やっても無駄よ無駄!けどこの優しい私はよわちーの相手をしてあげるわ。」

亜美と大河はTVゲームをかれこれ数時間ずっとやっている。竜児の家はゲームの種類が豊富というわけではないのだが1つしかないわけではない。
しかしこの2人は上からいろんな色の石が落ちてくるパズルゲームをずっとやっている。
ちなみに戦歴は会話で分かる通り大河の圧倒。竜児の聞く限り亜美の喜びの声は聞こえないので大河の全勝なのかもしれない。
まあこれは建前で『1人頑張ってくれる竜児に付き合う!』という意図は竜児もわかっている。
この2人を早く帰そうと竜児も気合を入れて針を進めていった。
474 ◆nw3Pqp8oqE :2012/09/21(金) 22:22:05.10 ID:A8eRjyN2
ふと竜児目を覚ます。ついうっかり寝てしまったようだ。あわてて起きようとするものの、起きれない。
理由は何かと顔を上げると

「起きた?おはよう竜児!」
「お、おう・・・」

亜美が乗っかっていた。急なことで竜児もリアクションが取れない。

「別の呼び方がいい?お兄ちゃん?先生?それともおじさんとか・・・?」
「訳が分からん・・・なんだよ、どうしちまったんだよ!?逢坂はどこ行ったんだ?」

急に甘えてくる亜美に混乱気味、すると

「ふん!」

バシッっという音が響く。竜児がふと目をやるとそこには木刀を握りしめ明らかに怒りを溜めている大河の姿が

「おい、大河・・・落ち着け・・・な・・・」
「この犬ったらあっちにフラフラこっちにふらふら・・・お仕置きが必要なようね・・・」

そういいながら木刀を握りなおす。髪が逆立って揺れているのもまた怖い。

「まて!これは亜美が!」
「うるさいうるさい!あんたなんか犬以下・・・奴隷で十分よ!!ばかいぬうううううううう!!!!」
「うわああああああああああああ!!!!!」

「はっ!」

『大河にやられる!』といったところで竜児の意識が再覚醒、よく知る居間のちゃぶ台にもたれかかっていたことに気付く。

(寝ちまった!パッドは?逢坂と川嶋は?)

まず手元に目をやると完成までもう1歩のスク水がある。最後の数針がずれたところに刺さっている。危うく失敗するところだった。
そしてテレビに目をやる。つけっぱなしのまま止まっているがそこには『2P WIN』との文字が躍っている。
大河が1Pだったはずなので最後の対決は亜美が勝ったのだろう。もっとも2人は仲良く並んで寝ている。
不思議なことに2人の頭は竜児の右足に乗っかかっているのだが、先ほど見ていたような2人にやられている夢を見たのはそれが原因なのだろうか。
おかげで右足の感覚がない。そして最後に時計に目をやる。外はほのかに明るい。

(おう!もう泰子も帰ってる時間じゃねえか!あいつに見られちまったか!?)

時計の指す時刻は5時過ぎ、『寝過ごした!』と慌てる時間ではないものの、女子2人に『お泊り厳禁!』を言い渡している保護者様はいつもなら帰っている時間だ。
部屋に目をやるとふすまは半開きでこの家唯一のブランドカバンが投げ出してある。気付かずに寝たことをとにかく信じるしかない。

とりあえず足の痺れが取れるまで竜児は仕上げに専念することにした。
475 ◆nw3Pqp8oqE :2012/09/21(金) 22:22:49.88 ID:A8eRjyN2
ようやく右足の感覚が戻り始めたころ、(戻り始めは痺れて結構痛みを感じる)そろそろ朝の準備をするために自分に乗っている2人を起こそうとする。

「朝だぞ!逢坂に川嶋も。そろそろ起きてくれ!」

6時を回った今の時間、2人は普段起きているか知らないが主夫の朝は忙しい。いつもの竜児はとっくに起きている時間だ。
するとまず大河と目が合う。

「あれ?ひゅーじ?」
「ほら起きろ逢坂!朝だぞ?」

明らかに寝ぼけてる大河。ちらりと目が動く。何かを確認すると

「あと2時間・・・」
「なげえよ!後で来たぞ、おまえの水着。」

その言葉を聞いた瞬間、大河の体ががばっと起き上がる。目もばっちり開き竜児の方へ向く!

「そうだったわね。あんたにはそれを頼んでたんだったわ!ホントに出来たんでしょうね!?」

竜児に飛びつくように顔を近づけ問いかける。

「おう!もちろんだ今から着てみろ!」

自信満々の竜児のどや顔。決して任務遂行したスナイパーではない。
大河もそれを聞くと水着を奪うように掴み、居間を出てゆく。

「さて、俺も準備するかな・・・」

大河が通った後をちらりと見た後起き上がろうとしたものの、未だ竜児のももの上には何かが乗っている感覚。
そこに目をやると心地よさそうに眠る川嶋亜美がいた。



「信じらんない!亜美ちゃんの寝顔を見るなんて!!!うわマジ最悪・・・」
「しょうがねえだろ。ってか、勝手に寝たのはお前らの方だろ?」

亜美を起こした。竜児的には普通に起こしたつもりだった。だが意識がはっきりすると亜美は突然怒り出した。
曰く、寝顔が見られたのがどうもショックらしい。竜児からしたらよくわからない問題点だが亜美にとっては大事なようでさっきから弁明中である。

「寝てる女の子の顔を見るなんてありえねえっての、しかも亜美ちゃんだよ!?・・・高須君にいくら請求しようかなあ?」
「金取んのかよ!?さっきから仕方ねえって言ってんだろ?あのまま放っておけっていうのかよ?」
「べっつにーまあ、けど高須君に見られても何も変わらないか、何も・・・」
「待たせたわね!」

亜美の言葉の最中に大河が戻ってくる。もちろん水着姿だ。
476 ◆nw3Pqp8oqE :2012/09/21(金) 22:23:30.98 ID:A8eRjyN2
「ふふん、どうよ?」
「ああ、ばっちりだ!」
「へぇ〜ホントにうまく作れるものね。あんたでも小さくないように見えるわね。」

腰に手を当て堂々と立つ大河。その胸元は大きいわけではないが、はっきりと目にわかるほどのふくらみがる。
心なしか大河の体も大きく見える。胸元の余裕の表れだろうか。

「うにゃ〜ど〜したのこんな時間から〜やっちゃんまだ眠いよ〜」

若干賑やかだったせいか泰子が起きてくる。

「ああ、ごめんやっちゃん、おはよう!えへっ、どう?私の水着姿?似合う?」

よっぽど気分がいいのか腰を曲げて似合わないモデルポーズなんかとってみる大河。そして泰子の感想は

「わああ〜とっても可愛いよたいがちゃ〜ん!」
「でしょでしょ?」
「うん!そのぎにゅう?もばっちり似合ってるよ〜」
「う、うん。ありがと・・・」

泰子にはばっちり見破られてしまったようでモデルポーズのまま固まるちっこいの。
そのせいか大河は再びネガティブモード。竜児は「普段家で会ってる泰子にばれるのは仕方ねえって」とか
「あんたニット着てるし着やせってことにすればばれないって」と亜美に励まされたり、
大河にとって泰子に見破られたのはショックだったようで朝食時から登校時までずっと2人に聞いて回っていた。


結局その心配は杞憂に終わった。
水泳の時間、2−Cの授業時間は2度歓声が上がった。最初は待ちに待った現役モデルの水着姿に、
そして去年、『胸は残念』と言われた大河の意外なプロポーションに。
2−Cが誇る美少女2人は上がりまくったクラスのテンションにつられ?、喧嘩があったのもまた授業に花を添えた(ポロリはなかった)




「いや〜めでたいわ!今ならご飯をいくらでも食べられそうよ!」
「そんなにパンとか買ってホントに食べ切れるの?高須君の弁当もあるのに?」
「ふふん、これくらい余裕よ、あんたのおかげで無駄なカロリー消費したし!あ、ばかちーはダイエット中でしょ?私が貰ってあげよう!」
「ちょっ!あたしのご飯!?やらねーっつの!!」

水泳後の昼休み、3人は屋上にいた。竜児は特に何もしゃべっていないがようやくこの『2人』の接し方に慣れたようだ。温かく見守る方向にしている。
こうして前と変わらない言い争いをしている2人。だが大河という人間を理解し始めてきた竜児。
確かにいつも通り喧嘩をしている、けどその表情、その雰囲気は前のように殺伐としたものではない。きっと喧嘩友達という間柄もあるのだろう。

「ばかちーはちょっと食べただけで太っちゃうもんね、この優し〜い私があんたのカロリーを取ってあげるっていうのよ?感謝しなさい。」
「高須君の料理にそんな心配ないも〜ん。あんたこそ、そのちっこい体のどこに入ってるんだっつうの?
そんなに食べて胸も体もちっこいなんて・・・うらやましいってよりかわいそうっていうか〜」
「整形美人のばかちーには勝てないよ。」
「年齢詐称のあんたにもねえ〜」
「おほほほほ。」
「うふふふふ。」

まあうん。きっと2人も楽しんでいるのだろう。そう思わないとやっていられない。
矛先が自分に向かう前になんとかするか、あるいは我関せずを貫くか。
そんなことを思いながら今日ものんびり過ごしている。
477 ◆nw3Pqp8oqE :2012/09/21(金) 22:24:43.99 ID:A8eRjyN2
「ねえ麻耶。最近亜美ちゃん、変わったと思わない?」
「え?そうかな?あたしらに打ち解けてきたからそう感じるんじゃない?」

時同じくして昼休み、麻耶と奈々子は2人でランチ中、亜美も誘いたいのだが最近は昼にいないことも多く2人で昼を過ごすことが多い。

「確かに昼とかいないことも多いけど、最近は放課後も付き合ってくれたりするし、仲良くなってきてると思うけど!」
「言われてみればそうね。」

(けど打ち解けたというよりは亜美ちゃんに怯えがなくなった気がするなぁ・・・
亜美ちゃんから怯えを取ったのはタイガー?それとも・・・)

「そうそう、やっぱり亜美ちゃんのスタイル、ほんとよかったよねぇ〜タイガーも思ったより良かったし。」
「あら、タイガーがライバル?」
「ええっ!?なんの!?」

奈々子のツッコミに麻耶があわてて否定。麻耶が他の人と競うことは・・・

「なら調べてみる?タイガーや亜美ちゃんのことを。」
「え?」

奈々子とは去年からの付き合いの麻耶だったが、こんなに意味ありげな笑みは始めて見たという・・・














「「次回予告〜」」
「ちょっと待ったあ〜!!」
「ああ、櫛枝じゃん!元気〜?」
「なんか久しぶりな気がするわね〜」
「ううっ・・・今回も出番ありませんでしたよ。どうせわたしゃモブりんですわ・・・」
「さて次回の話だけど・・・」
「ええっ!奈々子スルー!!??」
「いいんだよ木原さん・・・老将は黙って去るのみさ・・・」
「老将・・・?」
「次回はあたしたちの出番だよ。麻耶!」
「ああ、奈々子はやっぱりスルーなんだ・・・」
「大体木原さんも奈々子様も私より本編出てるじゃんよ?次回予告のコーナーも2人に奪われちゃますますあっしの出番がなくなっちまう・・・」
「そうかしら?そんなに出てる感じはしないけど・・・?」
「情けはやめてくれ!そりゃ読者のみんなだって私みたいなスポ根よりお2人のような華やかな女の子の方がいいだろうよ・・・」
「まあまあ、そんな次回をお楽しみに!」
「こっ、この場所は譲らないんだからね!!」
478 ◆nw3Pqp8oqE :2012/09/21(金) 22:27:51.72 ID:A8eRjyN2
以上です。このスレでの最後の投下になると思います。また次スレでも自分のと同様多くの投下があることを願います。
自分ももっと早く書いていかねば・・・では〜!
479名無しさん@ピンキー:2012/09/22(土) 02:10:28.80 ID:oZpBziN7
乙っすよ
480名無しさん@ピンキー:2012/09/22(土) 21:16:45.21 ID:4/kM7PI6
よし!
481名無しさん@ピンキー:2012/09/23(日) 03:24:17.40 ID:coJquFJ8
次のスレではタイトルにゴールデンタイムが入るのだろうか
482名無しさん@ピンキー:2012/09/23(日) 09:33:24.60 ID:CSBhI/fM
現在進行してる作品の方が検索でも掛かるし
作品投下もしやすそうだから、いいんじゃないかな
483名無しさん@ピンキー:2012/09/23(日) 18:38:59.59 ID:mazYqK9C
なんだかんだで、一応累計では65万部は出てるみたいね
たぶん、出荷数でだろうけど

ttp://services.2012sep.akibablog.net/images/8/golden-time/200t.html
484名無しさん@ピンキー:2012/09/25(火) 02:46:44.86 ID:onsnwpiT
でも文字数きついよ。GTにするならそれこそ入れる意味があるのかどうか
485名無しさん@ピンキー:2012/09/25(火) 02:53:14.49 ID:sQlgeGYG
どっちにしてもとらドラばかりでゴールデンタイムSSは来なさそうだけど
486名無しさん@ピンキー:2012/09/25(火) 06:36:39.64 ID:oVbs3+9L
まあ、スレ的には殆ど過疎ってしまったし
保管庫も死んでるからな…
487名無しさん@ピンキー
保管庫もなんとかしたいがなぁ…