【貴方なしでは】依存スレッド10【生きられない】

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1名無しさん@ピンキー
・身体的、精神的、あるいは金銭や社会的地位など
 ありとあらゆる”対人関係”における依存関係について小説を書いてみるスレッドです
・依存の程度は「貴方が居なければ生きられない」から「居たほうがいいかな?」ぐらいまで何でもOK
・対人ではなく対物でもOK
・男→女、女→男どちらでもOK
・キャラは既存でもオリジナルでもOK
・でも未完のまま放置は勘弁願います!

エロパロ依存スレ保管庫
http://wiki.livedoor.jp/izon_matome/

【貴方なしでは】依存スレッド9【生きられない】
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1305800986/
2名無しさん@ピンキー:2011/11/19(土) 00:28:59.81 ID:ibKj6Euz
>>1
サンクスGj
3 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/19(土) 00:32:13.93 ID:fRiQ9Btv
スレ立てGj!
本当に助かりました
即死回避もかねつつ書き込んどきます
4名無しさん@ピンキー:2011/11/19(土) 00:55:07.02 ID:5cxxoT49
乙!

共依存って結構好きな言葉なんだが、イマイチどういう状態なのかわからん俺ガイル
相思相愛とは違うんだよな?
5名無しさん@ピンキー:2011/11/19(土) 01:02:32.84 ID:Wza+bLER
お互いに相手本位で自己犠牲的な献身をし合うドロドロ関係
相思相愛は、まず前提に自尊心があって、自分の「相手が好き・大事」と言う気持ちに従って献身なり行動する
っていう点で違うんでしょう多分
6名無しさん@ピンキー:2011/11/19(土) 12:01:23.91 ID:KD4pjpaR
自己の成立に他者を必要とする状態、って漠然と認識してる。変ゼミかなんかで言ってた
7名無しさん@ピンキー:2011/11/19(土) 13:50:00.12 ID:8qB03pDj
共依存よりは片想い?の方が需要有りだな〜
8名無しさん@ピンキー:2011/11/19(土) 16:28:38.23 ID:rL/+hgGz
>>4「甘えぬように 寄り添うように 孤独を分け合うように」
これが相思相愛、理想的な関係
共依存は甘え合い、寄りかかり合い、孤独にならないように…
こんな感じじゃね?

9名無しさん@ピンキー:2011/11/19(土) 16:44:51.43 ID:Q12bJqtp
てか天秤9話wktk
10天秤 第9話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/22(火) 00:11:43.30 ID:WdDe8YCa
こんばんは〜
最近野球も出来る恋愛ゲームにはまっている私です。
私はこのゲームの事をずっと誤解してました。子供向けとばかり思ってたら、彼女が爆発したり、殺されたり、実は死んでたり、未亡人だったり、身体売ったり、人の家キャンプファイアーしたり………
さらにはごつい親父と一晩過ごしたら絶倫が身についたり、なぜか無から肉が出来たり…………

それはともかく投下します。
どうか最後までお付き合い下さい。
11天秤 第9話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/22(火) 00:12:54.21 ID:WdDe8YCa
変化


「み、三田。どうだ?」
「ええ、これで結構です。二度とすることのない様にしてください」
ようやく書き終わった反省文が無事に受理され、武田は安堵の息を吐く。やっと終わった……

「完成しました……ああ、教授も終わったんですね」
絶妙なタイミングで宮都が研究室に入ってくる。
「ああ、たった今終わったところだ。もう二度と虫になった夢は見ない」
ゲンナリした表情でそう言う武田。本当に反省しているのだろうか。
「そっちですか」
宮都は苦笑しながら言う。
「小宮君。綿あめ機見せて貰ってもいいかい?」
「小宮、綿菓子を作ってくれ。今の俺には糖分が必要だ。こんなに頭を使ったのは…本当に久しぶりだ……」
この男、本当に大学教授なのか⁉
「わかりました。ひとまずこちらへどうぞ」

実験室では准がわくわくしながら待っていた。早く綿あめを作りたいのだろう。
「なるほど。あの時の自転車 に繋げたのか」
綿あめ機は宮都がオープンキャンパスの時、客寄せに使った発電機付きの自転車と繋がっていた。どうやら自転車を漕ぐ事によって回転運動を得られるようになっているらしい。
「はい。遠心力はこれで十分ですので。もちろん1人しかいない時用に電力でも回転するようになってます」
「だから、加熱装置と回転装置のコンセントが別々になっているんだ。省エネも心掛けてるんだ」
三田が感心したように言う。
「全部准の発想ですよ、私は所々手伝っただけです」
「いや、そんな…」
准は少し俯く。照れているらしい。
「いや、夏目君はもっと誇っていい。実験で1番重要なのは発想力だ。こればっかりは本人の才能次第だからな」
武田が笑いながら准を褒める。こうして見ると格好良いのだ。
「教授が真面目な評価をなさるとは…!夏目さん、凄いね!」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
一転、渋い顔をする武田。周りからどう思われているか、全く自覚していない。
「それでは早速実験しましょう。准、ザラメと割り箸」
「はい、準備OK」
「俺が自転車を漕ごう。少しは教授らしいとこを見せんとな」
「それが教授らしいって……本当に何もやってないんですね」
デジカメを構えた三田のツッコミを、聞こえないふりでやり過ごして自転車にまたがる武田。何も言い返せない所が悲しい…………
武田のうしろ姿は深い哀愁を帯びていたように宮都は感じた。
12天秤 第9話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/22(火) 00:14:21.09 ID:WdDe8YCa
10分後、休憩室で全員が作った綿あめを食べ終えた。
「すごいね。屋台の綿あめと出来が全く同じだったよ」
「ああ……糖分が吸収されて行く。幸せだぁ〜」
三田と武田がそれぞれ感想を告げる。
「ホント!造った私が1番驚いてます」
「良かったな、准」
頭を撫でる宮都。本当に嬉しそうだ。
「早速ホームページに載せましょう。あと、大学にチラシでも貼って皆さんにも来て貰わないと」
三田はそう言うと実験室から出て行きパソコンと向かい合った。
「あ、おい三田。チョット待て」
武田も後を追う。実験室には2人が残された。すると……

准は急に宮都にもたれ掛かってきた。緊張の糸が切れたのだろう。宮都は准を支えつつ頭を撫でる。
「良かったな、上手くいって」
「うん。ありがと宮都……しばらくこのままでいい?」
「ああ。……お疲れ様」
そう言って宮都は微笑んだ。

「どうだ?初めて自分の力で作った機械の感想は」
「感想は?って言われても……。凄く疲れた!」
「他には?」
「大変だった!」
「もうちょっとポジティブな感想はないのかよ…」
准は少し考える仕草を見せる。そして…
「………。なんか、私があんな物を作れたなんてまだ信じられない。でもやっぱり作れたんだなって思うと凄く嬉しい。うん、こんな感じ!」
嬉しそうな、そして誇らし気な笑顔を見せてそう言った。
「良い感想だな。その気持ちを忘れんなよ」
「うん…」
「あと、今日のご褒美を俺からもプレゼントだ。一回だけ准の言う事をなんでも聞いてやるよ、俺に出来る範疇でな」
「え⁉ほ、ほんとに?……なんでも?どんな事でも⁉」
「あんまりキツイのは嫌だぞ、お願いだからあんまり変な事は言わないでくれよ」
「宮都…。ありがとう‼」
准は満面の笑みを浮かべながらますます宮都にもたれ掛かる。ここで宮都はある事に気付いた。
「なぁ、もしかして眠いのか?」
「え⁉……うん。昨日の夜全然眠れなかったの」
「あんなにぐっすり眠ってたのに⁉俺の背中で⁉」
「むしろそれが原因なの。だから眠れなかった」
「そうなのか?それじゃあ今度からは帰り道のおんぶは自粛したほうが……っと⁉」
言いかけた瞬間、宮都は准に強く抱きしめられた。
「ダメッ‼絶対にダメッ‼!そんなの私耐えられない!絶対にイヤッ‼!」
涙目になりながら必死に宮都に訴える准。目には涙が光っていてほとんどの男なら思わず抱きしめたくなってしまうような色っぽさがある。しかし宮都には通じない……
「わかった、わかったから……。そんなに叫ぶなよ、これからもおんぶしてやるから。な?」
「ほんと?ウソじゃない?絶対?」
「本当だって。俺が今まで嘘ついた事があるか?無いだろ。だから安心しろ」
宮都は准を慰めながらどうやって寝かしつけるかを考えていた。准は眠くなるとこのように子供っぽくなるのだ。もうそろそろ限界なのだろう。
13天秤 第9話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/22(火) 00:15:14.42 ID:WdDe8YCa
「ヨシ!准、そこのソファーに座れ」
宮都は准にそう指示すると、奥にある備品置き場から綺麗な毛布と座布団を持って来た。
「それじゃあこの座布団を折り曲げて枕代わりにして…と。ほら、准。ここで眠っちゃえ。」
宮都は座布団をポンポン叩き寝るように言うが准は動かない。やはりこのような寝方は女の子はしたくないのだろうか?
「ご褒美」
「え?」
「ご褒美って今貰ってもいいんでしょ?だったら宮都、ソファーの端に座って」
よく意味がわからなかったがとりあえず准の言う通りに端に座る。
「ほら、これでいいか?」
「うん、それじゃお邪魔しまーす」
そう言うと准は宮都の脚を枕代わりにしてソファーに寝転んだ。
「なるほど、これがしたかったのか」
宮都は笑いながら准に毛布をかける。
「うん、膝枕。久しぶりにして貰ったけど…やっぱり気持ち良い……」
早くも准はウトウトし始めている。そんな准を宮都は優しく撫で始めた。
「ふぁ⁉……ん…」
准は一瞬ビクッとしたがすぐにリラックスした。とても心地良さそうな表情だ。
「なんかこの体勢だと耳かきしたくなるな……」
「んふふ……んふっ…」
「おい、聞いてるか?」
「ん〜?……んふふ」
「せめて日本語で返してくれよ」
そのまま撫で続ける。まるで借りて来た猫のようにおとなしい。
「……………………ん…」
准が小さく声を上げる。
「准?」
「………………………」
そのうち宮都の耳にスースーと規則正しい寝息が聞こえて来た、どうやら本当に眠ってしまったようだ。

そのまま10分ほど頭を撫で続け、宮都は眠りが深い事を確認してから静かに准の頭を足から降ろして立ち上がる。
「……みやとぉ」
ドアに向って歩こうとしたところで寝言が聞こえて来た。夢の中でも2人は一緒にいるらしく、その事を宮都は嬉しく思う。
「なんだ?」
宮都は優しく静かに返事を返す。夢の中にも届くよう、耳もとで囁くように。
「みやとぉ……だいすきぃ、これからも……ずっと…いっしょ………」
そして准はまた規則正しい寝息をたて始める。
宮都はなにも答えない。しかしその代わりに優しく微笑み准の頬を優しく撫でた。
「おやすみ」
優しくそう告げ、宮都は休憩室から出て行った。
14天秤 第9話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/22(火) 00:16:24.57 ID:WdDe8YCa
「よし、出来た。あ!小宮君、チラシ完成したよ」
研究室に戻ってきた宮都に三田が声をかける。
「取り敢えずザラメ代とか材料費を考慮して一つ50円で販売する予定だ。流石に無料じゃ赤字だしな」
武田も続ける。
「わかりました。あと、私に新聞部の友達がいるのでそいつにも宣伝頼んでおきます」
「おう。そいつぁ楽でいい。よろしく頼む」
宮都はメールで柳田に連絡を取り、三田が作ったチラシを見せてもらう。かなり本格的な作りだ。
「さっき撮った動画もホームページに載せておいたよ。ほら」
宮都はパソコンを見せてもらう。トップページの目立つところに『綿あめ機出来ました!』というリンクが貼ってありそこから動画を観れるようになっている。
「ところで夏目君はどうした?」
パソコンから目を離した宮都に武田が尋ねてくる。
「疲れていたようで眠っちゃいました。今は休憩室のソファーに眠らせてます」
「夏目さんも頑張ったんだからね。静かに休ませてあげよう」
「だな。出来れば救護室のベットの方がいいんだが、起こすわけにもいかんしな」
2人も特に咎める事もなく、ゆっくり休ませるよう協力してくれる。

「俺は学生課に綿あめの販売許可を申請して来る」
「僕はチラシを大学の掲示板に貼ってくるよ。小宮君は少し休んでてね」
宮都は厚意に甘えさせてもらう事にした。
「よし!それじゃあ行くか!」
武田は首をコキコキ鳴らしながら立ち上がる。
「帰りがけに樹液の採取でもして……嘘です、ゴメンなさい」
まだ懲りていないのか、武田………。宮都からは見えなかったが三田の顔を見た瞬間90度に頭を下げた。そのまま土下座すればいいのに。
15天秤 第9話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/22(火) 00:17:01.67 ID:WdDe8YCa
2人は研究室から出て行った後に、残された宮都はやかんで湯を沸かし紅茶を飲みながら一息吐いていた。
長い間設計図と睨めっこしていたのだ。やはり疲れる。
この研究室で宮都が1人になる事は初めてだった。いつもなら必ず准がそばにいるのだ。なんとなく落ち着かない。

すると………
コン、コン
ノックが聞こえて来た。柳田が来たのだろうか?それとも早速ホームページの効果が出たのだろうか。
宮都は少し冷めた紅茶を一気に飲み干すと、扉に向かって首を鳴らしながら歩いて行った。
「はい、どちら様ですか?」
宮都は扉を開ける。すると目の前にいたのは……
「よう。綿あめ食いに来たぜ、可愛いお客様と一緒にな」
柳田と2人の女の子、その1人が急に宮都に抱きついて来た。
「莉緒………⁉」
呆気に取られている宮都。
それも当たり前だ。『あの』莉緒が人目も憚らず顔を胸に埋めるように抱きついてきたのだから………
「お、おい。どうしたんだ?」
宮都は反射的に後ろに一歩下がるが、莉緒は離れない。
「あの〜」
もう一人の女の子が宮都に声をかける。
「君は?」
「初めまして。莉緒の友達の高橋 希美といいます。少しの間そのままでいてあげて下さい」
希美は頭を下げて宮都に頼む。
「い、いや。別に嫌なわけじゃないんだよ。頭を上げてくれ。ただ驚いてるだけで………!?」
莉緒が何か言っている。
「なんだ?莉緒」
莉緒は顔を赤らめながら上目遣いで宮都を見る。
「……あたま、撫でて」
宮都は少し驚いた様子だったが、ハッとして莉緒を撫でる。
「……ん…………」
気持ち良さそうに目を細める莉緒。頭を胸に擦り付けてくる。

5分立った頃、徐に莉緒が離れる。顔には恥ずかしそうな、それでいて満足そうな笑顔が張り付いている。
「……ありがと。お兄ちゃん」
「ああ、どう致しまして。それにしても何で急に来たんだ?」
「え…そ、それは…………」
すると莉緒と一緒に来た希美が口を開く。
「今日、学校で宮都先輩の話題が出たんです。それで私が先輩の大学を見学してみたくなって。……その、ご迷惑でしたか?」
申し訳ない表情をしてそう言う。
「いやいや、見学なら大歓迎だよ。一言言ってくれたら入口まで迎えに行ったのに。俺の携帯にかければいいものを……」
笑いながらそう言うと莉緒が
「だって、………ビックリさせたかったから」
「なるほどな。確かにビックリしたよ」
宮都は莉緒の頭を撫でながら愉快そうに笑う。
16天秤 第9話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/22(火) 00:18:48.70 ID:WdDe8YCa
「っと、立ち話しも何だからな。入ってくれ」
宮都は3人を招き入れると冷蔵庫からコップと氷。そしてオレンジジュースのペットボトルを取り出しコップに注ぐ。
「えっと。そこに座ってくれ」
指示した場所に3人が座る。宮都を入れて、円形に座る形になる。
「本来ならあっちの休憩室に連れて行くんだけど、今准が寝ててね」
申し訳なさそうに謝る。
「え?准って夏目さんの事ですか?幼馴染の」
宮都が怪訝な顔をする。その表情を読んだのか希美は
「莉緒から聞いたんです。幼馴染がいることとか、他にもたくさん」
「なるほど。なぁ莉緒、俺の情報どのくらい喋ったんだ?」
ニヤニヤしながら聞く宮都。
「その、私の知ってる事……ほとんど」
「ここに来るまで俺も大分いろいろ聞いたからな。次の記事が楽しみだ」
笑いながらそう言う柳田。
恐らく喋ったのでは無く喋らされたのだろう。宮都は大袈裟にため息を吐いて見せて
「俺にプライバシーは無いのか。全部筒抜けかよ……」
俯いて肩を落とす。
「お、お兄ちゃん……ごめんなさい!」
慌てたように謝る莉緒。宮都は俯いたまま腕を伸ばし

ぽん

手を莉緒の頭に置く。
「本気で怒っちゃいないよ。トミーは何か言ってたか?」
「……トミー?」
「富井先生のことだよ。あだ名がトミーで『富井先生』って言うと怒られたんだよ」
俺は最後まで慣れなかったがな、と付け足す宮都。
「あっ、凄いベタ褒めでしたよ。生徒会に入らなかったのが不思議なくらいだって」
「うん。凄かった」
2人してそう言う。一体どんな話をしたのだろうか。
「そうか。まぁ悪い話しじゃなくて良かった」
オレンジジュースを飲みながら言う。富井はかなりお調子者だから放っておくと何を言われるかわかったものではない。


「小宮、トイレどこだ?」
「あ、私もちょっと行きたいです」
しばらく談笑した後、柳田と希美は立ち上がって宮都に尋ねる。
「扉をでて左に進めばあるぞ。電球はLEDライト使ってるから、自動で点いて自動で消えるようになってる。結構遠いし廊下は暗いから気をつけてな」
2人が出て行くと、途端に研究室が静寂に包まれた。お喋りな人間が一気に2人もいなくなったのだから、より一層静けさが際立つ。

「お兄ちゃん…やっぱり迷惑だった?」
莉緒が俯きながらおずおずと尋ねる。さっきまではあの2人がいたから叱られなかっただけかもしれない…。そんな考えが拭え無かった。

ぽん!

「きゃ!?」
宮都がその頭を軽く叩く。
「だからそんな事はないって。俺はお前の兄なんだぞ。迷惑をかけられてナンボだ」
そのまま莉緒は頭を撫でられる。莉緒の大好きなあの笑顔で。
「お兄ちゃん……」
それにな、と宮都は続ける。
「正直、家で全く話しかけてくれないからいつも淋しかったんだぞ。それがいきなり大学までわざわざ会いに来てくれるなんて…凄く嬉しい」
「………うん、ゴメンなさい。」
「謝る必要なんか無い。莉緒はな、心配し過ぎなんだよ。わざわざ会いに来てくれた可愛い妹を邪険にする兄がこの世界のどこにいるんだ?」
「え?かわ、可愛い?お、お兄ちゃ……」
「なに照れてるんだよ、まったく、本当に可愛い奴だな」
「え⁉……きゃ⁉」
そのまま軽く抱き寄せて頭を撫で続ける。周りから見たら非常に仲睦まじい兄妹にしか見えないだろう。

ここまでは……
17天秤 第9話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/22(火) 00:19:43.42 ID:WdDe8YCa
そして莉緒は我慢の限界を越えてしまう……
今までずっと我慢して来た。もう耐えられない、耐えたくない!

そのままの体勢でいきなり宮都に飛びつく。
「莉緒!?」
いきなりの行動に対処が遅れた。そのまま宮都は受け身も取れずに椅子ごと後ろにひっくり返ってしまう。

ーー莉緒に押し倒された?俺が?一体何故?ーー

宮都は混乱した。こんな事を莉緒がするなんて『あり得ない』
莉緒はもっと静かな子だ。荒っぽい事などするような子ではない。それは兄である宮都が一番良くわかっている…ハズだ。

ーーよくよく考えてみたら、さっきだって急に抱きついて来たりして…一体莉緒に何が起こったんだ?
これではまるで……… ーー

「おい莉緒。一体どうし……⁉」
ここで宮都は言葉を失う。莉緒は泣いていた。昔によく見せられたあの表情で。
「……たかった。ずっと、会いたかった。学校なんか…行きたくなかった、もう私を置いてかないでぇ」
莉緒は宮都を強く抱きしめる。二度と離さないと言わんばかりに強く。
「落ち着け、俺は絶対に莉緒を置いて行くような事はしない。それに今までだってそんな事をしたことは……」
「イヤだぁ……もう、もぅ置いてかないでぇ………何でもするからぁ……」
そのまま莉緒は宮都の胸で泣き出してしまう。

ーー俺はまた妹を泣かせたのか?しかし今回ばかりは原因が全くわからない……一体俺は莉緒に何をしたんだ?ーー

しかし宮都としては一刻も早く莉緒に泣き止んで貰わなくては困る。そのまま優しく莉緒を抱きしめる。
「莉緒、大丈夫だ。俺はどこにも行かないし莉緒を泣かせるような事なんか絶対にしないから…」
優しく諭すように語りかける。莉緒はうん、と何度も頷きながら涙を流し続ける。

3分ほど経ち、ようやく莉緒は泣き止んだ。まだ少しだけしゃくり上げてはいるが……。とにかくこのままでいるわけにはいかない。
「莉緒、ひとまず離れてくれ」
「いや!……絶対イヤッ!!」
「ここは大学なんだから、人が戻って来るかもしれないんだぞ」
「だって……離れたらまた置いてかれちゃう……」
「大丈夫だって、絶対にそんな事はしない」
ここで莉緒は顔を上げた。やっとわかってくれたのか?宮都はそう思った。しかし……
「…もうちょっと、後、少しだけこのままでいて…。お願い、お兄ちゃん……」
莉緒は自分の火照った顔を宮都の顔に近づける。2人の顔の距離は5cmほどしか離れてなく、莉緒の吐息や熱を感じれるほどに近い……

ーーこの目は…あの時の……ーー

宮都はこんな状況にも関わらず…いや、こんな状況だからこそだろうか、昔の事を思い出していた。
いつも俺の後ろをついて来た可愛い妹。家の中ではどんな時も離れようとせず、少し離れただけで泣きそうな顔でしがみ付いて来た。
今の莉緒はまさしくあの時の莉緒だ。少しでも俺から離れると何も出来なくなってしまう、昔の……


宮都が思い出に耽っている間に莉緒は顔を宮都のすぐ横に持って来て頬ずりをしていた。宮都の頬には莉緒の涙と体温が伝わって来る。
しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。早くしないと柳田と希美が帰って来てしまう。こんな場面を見られるわけには……

ガチャ…

ドアが開く音。しかしそれは研究室の入り口から聞こえてきたものではない。もっと近く、休憩室のあたりから聞こえてきた。
「何、してるの……」
掠れた声が聞こえてくる。宮都も何度も聞いた事のある、いつも一緒に過ごした大事な幼馴染。


夏目 准その人がそこに立っていた。
18天秤 第9話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/22(火) 00:22:49.19 ID:WdDe8YCa
以上です。
気をつけてはいますが誤字脱字などありましたら、それとなく教えてください。
19名無しさん@ピンキー:2011/11/22(火) 03:12:46.38 ID:DL9rs4AK

乙です
20 忍法帖【Lv=3,xxxP】 :2011/11/22(火) 03:36:48.24 ID:wJLpOE+P
GJ!
21名無しさん@ピンキー:2011/11/22(火) 08:44:20.39 ID:cgOj7zVJ
おそろしやおそろしや
いったいどうなってしまうのか
どきどきです投下乙でしたー
22名無しさん@ピンキー:2011/11/22(火) 19:46:38.58 ID:4u4f8Zlq
GJ! 修羅場期待!
23名無しさん@ピンキー:2011/11/24(木) 06:42:41.10 ID:Wu3DpSIm
24名無しさん@ピンキー:2011/11/24(木) 14:18:52.34 ID:nzLvo/Lh
25名無しさん@ピンキー:2011/11/24(木) 20:06:10.29 ID:FSFtJqtx
ファンタジー系SSが一番心踊る
これは断言できるな
26名無しさん@ピンキー:2011/11/25(金) 02:56:25.30 ID:JXaPz37S
ぼくいぞまだー?
27名無しさん@ピンキー:2011/11/25(金) 04:11:55.79 ID:jz2C2KfG
>>26
まあまあ、そんなに慌てなさんな。
28さとりちゃんの憂鬱 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:29:24.91 ID:btT5zAoB
さて以前から言っていた超能力依存っ娘もの投下します
29さとりちゃんの憂鬱 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:30:31.81 ID:btT5zAoB
私は不思議な、でも空想ではありふれた力を持っている。
心を読む能力。その人の考えている事や感情、欲望が頭の中に入ってくるのだ。
小さい頃の私には、この力の意味が分からなかった。
だから面白半分に、言葉の意味さえ分からないのに人の考えていることを口にした。
超能力少女として私は一躍、時の人になった。
両親から恐れられ、訳のわからない超能力研究の人からしつこく付きまとわれて、初めて私はこの力の意味を知った。
欲望、欲望、またまた欲望。
私を食い物にしようとする果てのない欲望。
そこでやっと危険に気付いた私は嘘の読心を告げ続けることにする。
世間や研究家達は、超能力少女はデタラメだとはやし立てた。
心を読み慣れた私は、その方が経済的にも人心的に受け入れられるだろうとわかっていた。
それでも心ない中傷は幼い私を人間不不信へと変えるには充分だった。
デタラメだったとしてマスコミはまた注目を集めて金を稼ぎ、世間の人々は未知が既知であったとしり安堵する。
こうして一人の傷ついた嘘つき少女だけが残された。
でも、初めから私を見ていた両親は、私の能力が本物だと確信していた。
恐れから両親は私を捨てた。今なら読んだ言葉の意味が分かる。
両親は犯罪に手を染めていたのだ。
ネグレクトなんて言葉はなかった時代だ。
私は世間体から叔母に預けられた。
叔母夫婦は私の嘘の理由は私を捨てるような親が愛情をきちんと与えなかったからだ、と同情的だった。
反対に、一人息子の正士は名前に反して不穏な事を考えていた。
『おどおどしてる奴やなぁ。いじめがいがありそうや』
関西人でもないくせにエセ関西弁を話す意味不明で、意地が悪そうな男の子。それが正士の第一印象だった。

「痛い、やめて!」
「なんや、この根暗がぁ」
髪を引っ張られたり、物を隠されたり、芋虫のついた枝を顔につき出されたり。
今にして思えばなんてことはないイタズラ。
それでも人間不信に陥っていた私は、まるで追い討ちをかけられたように思ったのだ。
だから封印していた能力で、正士を叩きのめしてやろうと思った。
正士の知られたくない事をことごとく暴いた。
正士をとことん追い詰めて、私を恐れさせてこちらに関わらないようにしてやる、そう決意した。
正士は初め、呆然とした。
当たり前だ。壊して隠していた皿、零点を取ったテスト、勝手に食べたおやつ、それらが知られていたのだから。
30さとりちゃんの憂鬱 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:31:22.24 ID:btT5zAoB
しかし、期待した反応は裏切られる。
「お前、パペットモンスターのシュウツーみたいやのぅ!」
正士の意識を読むと、シュウツーとは指先くらいの小さなモンスターを捕まえて戦うゲームのキャラ。
シュウツーは超能力パペモンで、念動力や読心術で遠くから攻撃したり先読みして先制するラスボスらしい。
「私、化け物じゃない」
私は泣いていた。いくらなんでもあんまりだと思った。
私を恐れた人はたくさんいた。それでも化け物とまで思う人はいなかった。
でも正士は一転の曇りもなく、私を化け物だと思っていた。恐れもせずにただ事実として処理していた。
それがひどく哀しかった。
「いいや、お前はパペモンや!」
「私は、化け物なんかじゃない!」
泣きながら正士を睨み付けた。本気の憎悪。初めての殺意。
そんな私の様子など何処吹く風といったように私の背後に回り込む。
また叩かれると思った私は目を瞑り両手を頭の上に乗せて自分を守った。
お腹に彼の腕が回され、ぎゅっと抱かれる。
「パペモンゲットだぜ!」
満面の笑みでそう告げる。
意味がわからなかった。
ぽかんとする私に正士はこいつわかってねぇなあ、って顔をする。
「あー、説明めんどいわ。心読めや」
心を読むとパペモンは抱っこするミニゲームを通じて捕まえ、闘技場で戦わせるゲームらしい。
「私、捕まえられたの?」
正士はさらにぎゅっと強く私を抱き締める。
「そやで!お前は俺のもんや!」
「う、うん…………」
何だが抱き締める腕が暖かくて、笑顔が眩しくて、嫌いだったはずなのに頷いていた。
「よーし今日からお前は俺のパペモンや。いじめはやめたる。代わりに俺の言う事を聞けよ」
「き、聞ける範囲ならね」
何故だかドギマギする胸が止まらなかった。
そうして過ごした小学生時代。私はいつも正士と一緒にいた。
どうしていつも私と一緒にいるのか心を読んでみた事がある。
『こいつ、俺と一緒にいれんと、捨てられそうな猫みたいな目をしやがる。こいつのこんな目は嫌いや。させたない』
心のなかで、少しだけ感謝した。ほんの少しだけ。
31さとりちゃんの憂鬱 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:31:58.41 ID:btT5zAoB
「俺のちんぽなめろや」
中学生三年生になった私に、正士はそう言った。
「はぁ?嫌よ。その粗末なものをしまいなさいよ」
舌打ちすると正士はいそいそと男性器をしまう。
正士は思春期に入っても相変わらず馬鹿だった。
心が読める私にはわかっている。これが正士なりの誘いなんだって。
中学生になり私の姿は大きく変わった。胸は膨らみ、尻も大きくなった。
男勝りのつり目がちの目で生意気な小娘だった顔は、自分で言うのも何だけど挑発的な美人の顔へと仕上がってきたと思う。
セミロングにしている髪は天然パーマがかかりふんわりとしていて全体の雰囲気を女性らしく見せている。
最近、男子生徒の性欲に猛った思考が多く読み取れるようになった。
彼らからしたら私は女王様なんだそうだ。
女子にも男子にも関わらず、正士ぐらいしか関わらない孤高の女。
生意気だといじめようとした女たちがいつの間にか配下になっていた女傑。
私は妙な人気を中学で得ていた。私を好きでセックスしたいという男子はたくさんいた。
正士の頭の中を覗くと、同級生女子でやりたい女一位が私だったらしい。
そこで頭の中で私を幾度も犯している正士は、焦ったわけだ。
余りに馬鹿な誘い方だけど、私との仲を進展させようって気持ちが良くわかる。本当に馬鹿な奴。


ある日、同級生の男子から遊びに誘われた。
心を読むと、この少年は私の容貌に並々ならぬ性欲を持っていて私を犯していつかは孕ませて結婚したいらしい。
デートの最後には告白をし、カップルになるつもりで、その後の甘い生活を延々と妄想していたために読み取るのを止めた。
私は確認のためにその誘いに乗った。
『うおおおお、なんでだよ悠里ぃ、てめぇは俺のもんじゃねぇか!あんなやさ男がタイプだったのかよ!
あー、まさかネトラレが来るとは、俺の育てた悠里が、あんなイケメン野郎に奪われるなんて。
てゆーか悠里、てめー今、俺の思考読んでんだろ!笑ってんの見えたぞ』
キャラ作りの関西弁を止めて素で思考する彼に笑いが止まらない。
まだ私はあなたのものじゃないわよ。
32さとりちゃんの憂鬱 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:32:38.82 ID:btT5zAoB
同級生男子とのデートは思いの外楽しかった。
慣れているのだろう、頭の中で私の反応から様々な予測を行い、それに従って柔軟に予定を変えていく。
一瞬見せる私の反応から様々なものを読み取ろうとする姿勢は、普通の女の子なら大層気に入るはずだ。
優しくて、気が利いて、顔がいい。
同年代の女の子なら夢中になるんだろう。
これは確認だ、そう、確認。
「ねぇ、ちょっといいかしら」
「な、なんだい」
振り返る男の子の顔には期待が滲んでいる。
私に向けられた強い感情は勝手に私に流れてくる事がある。
ああ、期待してるのね。反応は悪くなかった。もしかしたら今日中にキスまでいけるかも。
ごめんなさいね、これは確認なの。
だからあなたの期待には応えられない。
「あなた、昨日の夕方、万引きしたでしょう。消しゴムと鉛筆。スリルが欲しかったの?
優等生は疲れる?馬鹿ねぇ」
「え………」
何故、何故知っている、何故だ、そんな思考ばかり。
「それに、一週間前、同じクラスの奈々の体操服盗んだのあなたでしょう。不審者のせいになってたけど。
へぇ、そうなんだ。奈々は同級生でやりたい女の二番目なんだ。
私とうまくいかなかったら奈々に粉をかけるつもりだったのね。
まぁ、わかるわ。奈々ったらぽわぽわ〜ってしてて、放っとくと蝶々でも追いかけてそうだものね」
同級生男子の顔から血の気が引いていく。
ああ、私を、私を恐れたわね。
「ふぅ、もう確認は済んだわ。デートありがとう。それじゃ」
困惑する相手を残して帰路につく。
家に帰ると正士が自分の部屋に籠って鬱々とした思考を繰り返していた。
私が部屋に入ると不機嫌な顔が向けられる。
『ちっ、何だ売女が。イケメンに股でも開いてきたんやろうが、くそが』
酷い男。一切私を信じていない。それにこいつなんて性格悪いのかしら。
「ただ、確認してきただけよ」
『確認だぁ?てめぇがイケメンからちやほやされるような女だって事かよ。あるいはイケメンのちんこの味を確認でもしてきたんかい、このアマ!』
呆れるくらいに最低ね、この男は。三つ子の魂百までもというけど、私を昔苛めただけはあるわね。
『言い訳くらいしろやあばずれ!尻軽女!やりまん!ビッチ!ビッチ!ビッチ!』
「へぇ、なら試してみる?」
『は?』
「私がやりまんか、試してみる?」
正士の心が驚愕で一色で染まった。
33さとりちゃんの憂鬱 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:33:24.48 ID:btT5zAoB
「な、何言うてんねん、お前は」
あらあら、拗ねて言葉を返さなかった癖に、自分が望んだものが手に入りそうなものが近付いてきたら、焦っちゃって。
ああ、わかる、わかるわ。あなたが無意識の奥で期待でどれだけ胸を熱くさせているか。
獣のような愛でも、どれだけ私を手に入れたくてたまらないか。
そんな正士の心を読むだけで嬉しさが止まらない。
「私を犯して、試してみればいいじゃない。新品かどうか。あ、おちんちんも舐めて欲しがってたわね。それもしてあげよっか」
表層では焦りながら、無意識では私を組み敷きたい、犯したい、やりたい、滅茶苦茶にしてやりたい、そればかり。
私に首輪をつけてやりたい。他の雄などの目に触れさせず監禁したい。
他の男とセックスしたら殺してやる。
うふふ、中々病んでるじゃないの正士。
私は正士の耳にそっと口を寄せて、教えてあげる。
「私ばかり正士の秘密を一方的に暴いてるから、私の恥ずかしい秘密を教えてあげる。
実はね、正士は私が心を読むといってもそんなに頻繁に読んでないと思ってるでしょうけどそれは間違いよ。
私は貴方の思考を一瞬足りとも逃さず読み続けているのよ。
貴方が昨日私を雌奴隷にしている妄想で自慰していたことだってちゃんと知ってる。
私はそれを読み取りながらあなたで自慰したわ。
あなたが脳内で私に語らせた言葉を、私の脳内であなたに語りながら、ね」
「おいおいおいおい、待て、待てお前はっ、お前は!」
「あら何?まだ話は途中なのだけれど」
顔を真っ赤にさせて正士が抗議する。
「お前なぁ、そんなんストーカーちゃうんか?プライバシーの侵害ちゃうんか?」
「法には触れないわよ?まあ黙って話を聞いときなさい。
あなたの頭の中は筒抜け。私は可能な限り、深層意識まで読んで読んで、あんたの知らないとこまで知ってる。
ああ、どうしてかって?不安だから。あなたの考えている事を常に知ってないと安心できない。
一瞬でも嫌われたりしたら発狂しちゃう。求められてるとわからないと寂しさで凍えそう。
私の事を考えて自慰してくれてると最高に嬉しい。他の女の時はたまらなく悔しくていつも泣いてる。
いつだってあなたの感情も読み取ってる。嬉しさを共有して、悲しさを共有して。
私、あなたに狂ってる。私を犯したい?しなさい。雌奴隷にしたい?しなさい。監禁したい?しなさい。
あなたの頭の中が私が占められる度に幸せを感じる。私以外を考えられると絶望しそう。
両親から捨てられた私を拾ったあなたから捨てられたら、私は死ぬから」
34さとりちゃんの憂鬱 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:34:23.22 ID:btT5zAoB
正士の心は困惑、惑乱、混乱がみっしり詰まっている。恐怖さえある。
でもね正士、あなたは知ってるかな?
こんな気持ち悪い女にそこまですがられて嬉しく思っているあなたがいること。
ふふ、私でいっぱい。いっぱいだね、正士。
「お前は、俺が好きなんか?」
「うふふ、好き、愛してる、よく使われる言葉。それが簡単に使える人が羨ましい。
私には正士だけ。本当の意味の関係は、あなただけ。
あなた以外に私の気持ちの行き場はない。
結局、それを使える人は選べる人。誰を愛し、誰を好むか選べた人。
愛してるかと厳密に言えばイエス。
恋してるかと厳密に言えばイエス。
嫌ってるかと厳密に言えばイエス。
私の想いは、全てあなたに。
恋に執着も性欲も混じっているように、私の正士への気持ちもたくさん、たーくさん色んな気持ちが混じっている。
単なる性欲を愛や恋とは呼ばない。
それらは様々な想いを総括して呼ばれるもの。
では私の正士へのこの気持ちは?
何と呼べばいいかわからない。
ただただあらゆる形であなたを求める気持ちがある。
愛する相手として。憎む相手として。信じる相手として。
全てがあなたに依っている、としかいいようがない。」
「お前、そんならなんでデートなんかしたんやどあほぅが!」
何だがずれてるなぁ、正士って。あ、怒ってるなぁ。
「確認よ。私が選べるかどうかね。」
「選ぶぅ?何やそれは」
「私は、この力を偽る気はないの。小さい頃から心を読まれる事を慣れさせられてきたあなたにはわからない。
妖怪でさとりってのがいるわ。ただ心を読むだけの化け物。
どうしてそんなのが恐いって顔ね。誰だって知られたくない事くらいある。プライドもある。
多層的な構造を人は年を経るにつれて内界に作り出していく。
蝸牛の殻、木の年輪、喜怒哀楽の集大成。
それを全て知られてる。例えばあんたが朝から晩まで見知らぬ人に監視されたら。
昔の罪を、これから犯す罪を、知られたら。果たしてそんな存在を愛せるかしら?
物語では、心を読む力を持つ少女は、善人の王子様から助けられる。そんな事は気にしない、と言われて。
お姫様のように扱われて、一人の女性として、幸福になる。
もちろん現実にそんな存在はいない。でも、化け物扱いしていても傍にいてくれる人は、いた」
35さとりちゃんの憂鬱 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:35:36.71 ID:btT5zAoB
「私は、はじめの頃はあなたが憎くて憎くてたまらなかった。
私もお姫様のように扱われたかった。でも正士は一緒にいてはくれたけど、私を化け物だと思っていた。
それが不満で不満で、でも捨てられるのは嫌で強くいえなくて、あなたしかいないからどんどん好きになって。
塩味が甘さをより引き立てるように、少量の憎しみと多大な好意は混ざりあって正士を求める気持ちはより強靭になっていったの。
考えることはあなたのことばかり。
あなたがむかつく。あなたが嫌い。あなたが優しかった。あなたが……好き。
そしていつしか気付いたの。正士以外に何の気持ちも持たない自分に。
正確には相手に対して持つ印象や感情が、私の本質へと入り込まない。
どんなに嫌な印象を持とうとも、寝たら忘れてしまう。
その時にわかったの。もう私は他人の言葉で揺り動かされる事も突き動かされる事もない。
たとえそれがいかなる知性によるものであろうとも。
正士以外は私を変えない。
でもね、疑問はあった。引っ掛かりがあったの。
あなたが私を自分のものにしたいと思ってたのに靡いてあげなかったのはそのため。
本当なら精通した時から繋がるべきだったんだけどね。
果たして私は本当に正士だけなんだろうか、私の頭という狭い世界だけの結論。
もしかしたら、王子様が何処かにいるかもしれない。
本当に小さな棘。でも、憂いは無くして起きたかった。
人の心を読むとね、たいていの仲違いはそんな小さな棘なの。
でも人間は考えずにはいられない生き物だから疑心でそれを大きくしてしまう。
正士が童貞で他者と比べて劣ってるんじゃないかと思うのと一緒。
それがどんなにたわいのないことだとわかっていても、経験しなければ胸を張れないことが人にはある」
「それで、デートしたってわけかい。王子様はどないやったんや」
「嫉妬してくれてるのね。嬉しいな。
頭が軽い女ならそれが嬉しくてたまらなくてあなたをやきもきさせるために、デートしたり股を開いたりするんだろうけど。
私は一回で充分。
イケメンで優しいスポーツ万能秀才君は、一皮剥けば皆と同じ。まあ、女の扱いは慣れてたみたいだけど」
私は着ている服を脱いでいく。
「おっ、お前、何しとるん!?」
困惑する彼に簡潔に説明する。
「エッチ、セックス、交尾、交合、メイクラブ。ああ、でもその前にフェラ、尺八、おしゃぶりかしら」
「母ちゃん達が帰ってくるやろが!気まずいどころじゃないで!」
「ああ、大丈夫よ。叔母さんたちには今日エッチするから帰ってこないで下さいって言っといたから。
休日だしプチ旅行するみたいよ。ゴムも分けてもらっちゃった。
まあ今日は安全日だから使う気はないけど」
「母ちゃん達も中三の男女に不純異性交遊推奨すなや!」
36さとりちゃんの憂鬱 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:36:33.99 ID:btT5zAoB
「まあまあ、正士だってその気でしょ」
スカートのジッパーを下ろし、下着姿になる。
今日は紫のブラとパンティーだ。ガーターベルトとかも興味があったけど、余りに扇情的過ぎると引かれるかもしれないし。
普通は女の子なら清純さをアピールするために白かもしれないけど今日は外で歩いてきたし。
白は汚れが目立つからなぁ。
ああ、正士、興奮してるのね。動物みたいなじゅくじゅくした欲望が私の頭の中を駆け巡る。
触られなくても、正士の興奮だけで、とろりと私のあそこは湿ってしまう。
正士の、起ってる。
私は正士の服を脱ぐのを手伝ってあげる。いたずら心で首筋をさわってあげるとぴくん、とする。
パンツの上からおちんちんを撫でてあげるとその熱さと堅さに驚く。
膝まずいてパンツを取り去ると、取り去る……と……。
「えっ」
「何を驚いとるんや」
おっきくなってるの初めて見たけど大き過ぎない!?これが巨根ってやつ!?
え、無理。無理無理無理。
私はあまりの事態にしばし呆然とする。
私は言葉しか読めないから、実際に見たのは初めてだ。てゆうか血管とか浮かんでるんだ……。
気付くと私は正士のベッドに押し倒されていた。
ていうかいつの間にか脱がされてる!?童貞だからってがっつきすぎでしょ!
「いい、よな……」
「いや、無理無理無理だからっ。そんなの入らないからっ」
前戯はどうした前戯は。つーかでかすぎ。
「あー無理、我慢出来ん。お前もとろとろに濡れてるじゃん」
正士が私の性器の表面を優しく指でなぞる。
「ひゃうっ」
変な声が出てしまった。
正士はにやにや笑いながら言う。
「ほら、こんなに濡れてんだから大丈夫だろ」
「あんたって本当に最低っ、最低っの屑ね!」
私はやっぱりこいつが大嫌いだ。
それでも私は本気で拒めない。
もし嫌われたら?捨てられたら?
普段は自信によって覆い隠されている弱い面、正士という蜘蛛の糸にしがみつく私が現れる。
「入れるかんぐぅ!」
私は正士の唇に噛みつくように唇を合わせる。
舌で唇をなぞり、開けるよう促す。
口を開けた正士の舌に舌を絡める。
つたない絡み合いは、気持ちよくはなかったけど、心地好かった。
「はぁはぁ、ファーストキスもしないでセックスとか、あんたってほんと最っ低」
37さとりちゃんの憂鬱 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:37:39.07 ID:btT5zAoB
「ご、ごめん」
ああ、やめて、そんなに後悔しないで。
「い、いいわよ」
本当は良くないけど、うじうじ後悔されてインポにでもなったら後々の夫婦生活に問題が生まれる。
それに、苦しんでる貴方はいや。
私は足をゆっくりと開いて正士を受け入れる体勢を取る。
騎乗位の方が楽らしいけど、あんなのが重力に従って突き刺さるよりは正常位の方がいいわよね。
「い、いくぞ」
恐い、でも拒んで正士に煩わしく思われる方が恐い。
「うん、いいわよ」
にっこりと微笑む。鏡で何度も練習した正士用の特別可愛く見える笑顔だ。
そんな私の様子に安心したのか、ゆっくりと身体を私の股の間に差し込んでいく。
私の肉を引き裂く感触。鈍い下腹部の痛みがどんどん強くなっていく。
「あ、がぁっ!」
乙女らしからぬ声を出してしまうのもしょうがない。
「我慢せい、あとちょっとや!」
私は歯を食いしばって耐える。傷口に無理に鉄の棒を入れられてるみたい。
「おー入ったわ。ぬくいのー。ぬるぬるしとって何か腰が引けるのぉ」
余りの痛みに言葉を返せない。
「お前、泣いてるんか。おぉ、よしよし、指しゃぶっとけ。
俺と一緒に寝てた時にはいつも俺の指をしゃぶってたよな」
私は差し出された正士の指をなめ回し、口に含み、甘く噛み締める。
昔はこの指をしゃぶらないと寝れなかった。
本当はこの年齢でもしゃぶりたいけど子供っぽいと笑われると恥ずかしいから言えなかった。
「おぉ、よしよし、ちったぁ気が紛れたんか?ったく、毛の生えた俺の指の何処がいいんだか」
そう言って、もう片方の手で私の頭を撫でてくれる。
痛みを忘れて思わず頬が緩む。私はこいつの、打算のないたまに見せる優しさが大好きだ。
手荒く扱われた後に優しくされてほだされちゃうなんて、ヤクザにひっかかったちょろい女みたい。
それでもいい、ちょろくていい、正士になら。
「もう動いてええか?」
「まだ、無理……。もう、ちょっと……」
そう答えた私の胸を赤ちゃんみたいにしゃぶりだす。
38さとりちゃんの憂鬱 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:38:22.55 ID:btT5zAoB
「うおー、なんやこのぷりっぷりっのおっぱいは!触ってよし、舐めてよし、挟んでよしやな!
うひょー、最初に味わうべきはこれやろ、これこれ!焦り過ぎやなぁ」
私のおっぱいをぺろぺろ舐め回しながらぐにゅぐにゅと揉んで触り心地を堪能している。
胸に少し快楽が走るけど、股間の痛みがすぐにそれを打ち消してしまう。
痛みを読心でどうにか出来ないかしら。例えば正士の快楽を読み取ってやれれば……。
私は深く、より深く正士の意識へと自身を繋げる。表層ではない、より深い本能。
「ひゃ、ひゃああああん」
「な、なんや、どうした悠里!」
「お、おちんちんがぁ、は、生えちゃったぁぁ、ぬるぬるしてて、気持ちいいよぅ」
私の胸を揉む触感、私を貫いている正士のおちんちんの快楽。
それらが私に襲いかかってきた。
人の心をここまで深く読む事をしたことがない私は初めての体験に翻弄される。
「な、なんやぁ。ちんちんなんかないぞ」
そう言って私のクリトリスを正士がいしると、おちんちんの気持ちよさとクリトリスの気持ちよさが入り交じってしまう。
「や、やだぁ、くりちゃんまで触っちゃやだぁ。おちんちんだけでも気持ちいいのにぃ。
くりちゃんの皮剥いちゃやだぁ。いやぁ、いやなの、こんなの知らないよぅ。
あぁ、やだっ、わかんないっ、わかんないよぅ、たすけてよっ、ただしぃ」
私の子宮はぴくぴくと疼いて、おまんこはだらしなく痙攣して、絶頂させられてしまう。
ぴりぴりとした気だるい快楽が全身を走る。
正士の心は、自らの雌がむせび泣く姿に激しく欲情していた。理由はわからないが、気持ちよがっている。
もっといかせたい。もっと犯したい。もっとこの雌を全てを暴き、屈服させたい。
もっと支配したい。もっと、もっと、もっとだ!!
「あ、あ、あああ、ああ」
正士と繋がってしまった私の心も体も欲情の炎に焼かれていく。
たらたらと口とおまんこからだらしなく蜜をこぼし、みっともなくしがみつき、腰に足を絡み付かせる。
興奮が治まらない。私の興奮と、正士の興奮、期待から潤んだ瞳を向けてしまう。
正士の首に腕を回し、みっともなく唇を貪ってしまう。
「ぐちゅ、ちゅ、あぷぅ、すき、すきなの、あいしてるの、ただしぃ、ただしっ、ただしぃ!」
子供みたいにただ正士を求める。素面では言えない事まで。
こんな素直に言えない、色んな感情があって。
でも今は、欲情に惑わされて、化け物じゃなく、一匹の雌でいられるから。
お姫様扱いされなくても、浅ましくあなたを求める女でいられるから。
39さとりちゃんの憂鬱 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:39:56.83 ID:btT5zAoB
「おおっ、なんやなんや悠里ちゃんは初めてなのにこんな乱れちゃうん?
ま、ええわ。ほな好きなように動かさせてもらうで」
その言葉を始まりとして、腰をしっちゃかめっちゃかに動かす。
大方、エロ本に単純なピストン運動では駄目だと書いてあったのだろう。
そんなエロ本知識に私は腰砕けにされていた。
色んな角度から正士のおちんちんに膣肉がまとわりつく。それはたまらない気持ちよさだ。
それに加えて、女の膣内のあらゆる場所をえぐられるのは正士の欲情の炎によってすっかり発情した私にはたまらなかった。
「やっ、はっ、はやいよぅ、やだっ、ゆっくりっ、やだっ、またいくっ、いくのはやいよぅ」
ぱんぱん、と腰を打ち付ける音が部屋に響く。
正士の快感と自身の快感の二つが混ざり合い、私はあっという間に達してしまう。
「おおっ、えろい顔してんぞ悠里。とっろとろで気持ちよさそうやなぁ。
いつもの女王様がこんな雌豚も真っ青な顔とはたまらんわ!」
口寂しくなった私は正士の首筋に腕を回してキスをねだる。
「悠里は甘えんぼさんやのぅ。ああかわえぇなあ。お前は」
「んっ、ちゅぅぅ、あぁん、私は甘えんぼさんなの、ちゅっ、だからもっとキスしてぇ。これ好きぃ」
正常位で激しく突かれながらも、溶かしてしまうくらい正士の口のなかを舐め回し、貪る。
とろとろした唾液が流し込まれる度に喜びながらそれを飲み干してしまう。
正士が首筋や鎖骨にかいた汗も悦んで舌で舐めとってしまう。
「なんて気持ちいいんや!でてまう!くそ、出すぞ!」
複雑な腰の運動を止め、単調な、しかし深く自分の女にえぐり込まれるピストン運動を始める。
摩擦であそこが熱い。さっきからごんごん子宮口突かれちゃってる。
「ああっ、もう子宮つかないでぇ!ぐずぐずのおまんこ壊れちゃうからっ!」
それでも正士は止まらない。ただただ射精を目指して自らを高めていく。
心が繋がった私も、その快楽を受け取り、クリトリスはぱんぱんに腫れてしまっている。
「あっ、ああっ、あぁー!はぁ、いくっ、くるよっ、くるっ!」
繋がっていたからか、正士が射精するのに連動して私からおしっこだか潮とやらだかわけのわからないものが噴き出す。
どろどろと精液に胎内を犯される悦びと、射精する快感に、私の頭はぐちゃぐちゃにされてしまった。
40さとりちゃんの憂鬱 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:41:15.13 ID:btT5zAoB
「ほなもう一回や。体位変えるで」
ぼんやりとしている私の頭には正士が何を言ってるのか入ってこない。
私の中に収まったおちんちんの快楽と、それを収めているおまんこの快楽がでろでろと私に流されていた。
「あー、こりゃトリップってやつかい。ほら、俺の上に乗るんや」
「あい」
正士の言うとおりにする。
「なんやその返事は。呆けとるのぅ」
私を自身の上に跨がらせると下から突き上げるように腰を動かす。
ぶるんぶるん、と揺れるおっぱいの先を摘ままれる。
「ほら、もっと腰を動かさんかい」
「あっ、あっ、ひゃ、ひゃい」
言われた通りに腰を前後左右に動かす。下から突き上げられた私はまるで串刺しにされたようだ。
「いいか!悠里!お前はおれんだ!」
「うっ、ひゃ、ひゃい!あい!」
快楽に翻弄されながら訳もわからず肯定する。
どろどろに私は溶かされていく。
「や、やめてぇ、とかしないでぇ、これ以上わたしをとかさないれぇ、だめぇ」
そんな私の言葉を嘲笑うかのように正士は速度を上げて突き上げる。
「とけろっ、とけて俺の女に、俺だけの女になれっ!」
「いぐぅ、ぅぅあぁぁぁっ!あがぁっ、あぁ、はぁ、はぁぁ」
二度目の射精が私の子宮へ殺到する。体も、心も、正士の中へどろどろに溶けていく。
「あぁただしぃ、わたひとけちゃった、あれ、ただし、わたし、ただしだぁ、わたしただしになっひゃったよぅ」
心を繋げて身体を繋げた私は、母の子宮にいる赤子のような一体感を感じる。
脳味噌が蕩けた私は何もわからず正士にすがりついた。
その私を何とも嬉しそうに正士は抱き締めるのだった。


「ゴム使わず中出しなんて最低。鬼畜」
私の目の前には土下座した正士がいる。えせ関西弁もなりを潜めて反省モードだ。
「すまん、俺童貞だったから焦っちゃって。中にめちゃくちゃ出しちまった」
「責任、取りなさいよね。捨てたら、許さないんだから」
「もちろんだ。俺が悠里を幸せにする」
その言葉に嘘偽りのない事がわかり、赤面する。
初めてこの力を授けてくれた神様に、ほんの少しだけ感謝した。
41さとりちゃんの憂鬱 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:43:24.55 ID:btT5zAoB
投下終了です
ぼくいぞはプロットは組み終わってますがなんかつまらんので寝かせてます
三話目で話が伸びきっちゃってるんですもん
新しい要素入れて歯ごたえ出したいとこなんでキャラ四人くらい追加したら書くのが大変で
年内は無理ですねたぶん
変わりに姉依存ものと竜人依存ものと超能力依存っ娘もの2と不死依存すすめてくんで
まあ私の予告はあてにならないんで話し半分で
さとりちゃんは実はもう少し長めでさとりちゃんが占い師で荒稼ぎしてて
嫉妬した正士が貞操帯つけたり尻穴開発する感じでしたが切りが良いのでやめました
まあ少しでも楽しんで頂けたら幸いです
42名無しさん@ピンキー:2011/11/25(金) 23:52:46.42 ID:1fnicmcA
間違いなく関西弁では無いなw関西弁っぽいどこかの言葉って感じw
面白かったですGJ
43 ◆FBhNLYjlIg :2011/11/25(金) 23:55:37.06 ID:btT5zAoB
あ、すいません
本当は関西弁しゃべるキャラにしたかったんですが東北人なのでね
エセという設定マジックで予防線張りました
不快になった方がいたらすいません
まぁ設定マジックはこれからも使っていきますが
44名無しさん@ピンキー:2011/11/25(金) 23:59:38.10 ID:1uO6wY+s
このスレのSSはホントレベル高いな
45名無しさん@ピンキー:2011/11/26(土) 01:31:30.67 ID:m+IHftug
>>41
面白かったです。
最近あなたのファンどす。

ぼくいぞ以外も楽しみですが、ぼくいぞ好きなんで楽しみに待っときます。
46名無しさん@ピンキー:2011/11/26(土) 07:49:44.56 ID:b+qA4NFc
さとり良いよね
47名無しさん@ピンキー:2011/11/26(土) 08:17:04.73 ID:qyX/IcrU
ええなぁ(エセ関西風に
48名無しさん@ピンキー:2011/11/26(土) 22:47:31.91 ID:QjIzrQqZ
長編SSって露骨なエロより矛盾のないストーリーに期待できるよな
49天秤 第10話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/26(土) 22:51:13.26 ID:e05eSPoj
こんばんは、投下します。

エロ書けない分、矛盾しないように頑張ります………
50天秤 第10話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/26(土) 22:51:44.63 ID:e05eSPoj
危機


『おい、准。待ってくれよ』
『へへ〜ん。早く早く〜』
准と宮都は道を走っていた。今日は前から約束していたデートの日。
宮都には買い物に付き合って欲しいとしか言ってないが、准にとっては完全にデートのつもりだった。
一緒に洋服を選んだり、食事したり、手を繋いだり………そして腕を組んだり。他にもたくさんしたい事がある。
今日一日、宮都は私のもの。誰にも渡さない。だって私は宮都が大好きだから。
『宮都、早くこないと置いてっちゃうよ。急いでよ』
後ろを振り向きながら呼びかける。するとそこには“やれやれ”といった表情をした宮都が………

“いなかった”

『………え?』
そんな馬鹿な。ここは一本道のはず、いきなりいなくなるなんてあり得ない。
『み、宮都。どこ行ったの?』
呼びかけても何も帰ってこない。すると准の視界にマンホールが入ってきた。准は持っていた細い鉄の棒でマンホールの蓋を持ち上げるとそのままマンホールの中に入る。

螺旋階段を降りて行くと何やら複雑な形をした彫刻がおいてあった。准は恐る恐る彫刻を触る。

次の瞬間准は大空を飛んでいた。青い液体でできたパラシュートを上手く操作しなんとか地面に着地する。

『すみません。このお花一つ下さい』
急に誰かに話しかけられた。何処かで会ったような気がする老婆がそこにいた。
准は男にそばに置いてあった電車の模型を渡すと、後ろにある扉を
開き中に入って行く。

そこには宮都がいた。准は宮都に声をかけようとしたが、口に入っているモノのせいで声が出ない。

待って!

心の中で呼びかけるが宮都はどんどん先に進んでいく。よく見るとそばに女の子が1人いた。
宮都と女の子は腕を組みそのまま歩いていく。何でだろう、脚が動かない。
宮都がこっちを見た。そして微笑みながら手を振って『バイバイ』そう言って2人は腕を組んだまま歩いていく。
『待って!私を置いてかないでええええぇぇぇ!!!』
2人は何も応えない。まるで恋人同士のように歩いていく。

女の子が宮都に抱きつく。2人はそのまま飛行機から飛び降りていった。

そして……………



「はぁっ、ハァッ、はぁ、……夢?」
そこで准は目を覚ました。大粒の汗をかき肩で息をしている。ここは………休憩室。
そして准は思い出す。宮都に頭を撫でてもらったこと、膝枕してもらったこと、そのまま眠ってしまったことを。
宮都は……いない。本当は今すぐ抱きつきたいのに……
「ははっ。何で夢ってどんなにあり得ない事が起こっても受け入れられちゃうんだろ」
あまりにも恐ろしい夢だった。宮都が私から離れて行ってしまうなんて、考えるだけで泣きそうになってしまう。だから自分自身にあれはただの夢だと言い聞かせる為に無理矢理に笑い声を上げた。
今回の夢はあり得ない事だらけだった。余りにも前後の辻褄が合わなさすぎて、それなのに全く気づかなくて……だってそんな事あるわけない。

(起きなくちゃ)
このまま起きて扉を開ければそこには宮都がいる。私の顔を見れば一目で、怖い夢を見た事を察してくれるに違いない。
うんと甘えて、撫でてもらって、抱きしめてもらって、あの笑顔で微笑んでもらって………
あっ!でも武田教授と三田先輩がいる前じゃちょっと恥ずかしい。………そうだ‼宮都に手招きして休憩室に来てもらおう!そして2人っきりになってから………
准はソファーから起き上がると毛布を畳んで定位置に置く。ハンドタオルで顔を拭くと、研究室に戻るためドアを開けた。宮都にうんと甘えるために……
51天秤 第10話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/26(土) 22:53:29.21 ID:e05eSPoj
宮都は焦っていた。まさかこのタイミングで准が起きるとは夢にも思っていなかった。
准の寝起きの機嫌はとても悪い…情緒不安定になっていると言っても過言ではないくらいに。どうすればこの状況を簡潔に説明出来るのかを必死に模索する。
「ねぇ」
いつの間にか2人のすぐそばに来ていた准は莉緒に声をかける。宮都も聞いた事の無い、とても冷たい声で。
莉緒はそこでやっと准の存在に気付いたらしい。顔を上げて准を見る。
准も莉緒を見る。そしてお互いの目があった瞬間……
「きゃっ!」
准が莉緒を突き飛ばした。両肩を掴んで力任せに。そのまま莉緒は仰向けに引っくり返って床に背中を打ってしまう。これには宮都も慌てて
「おい、准!お前なにやって…」
「それはこっちのセリフでしょ!私が寝てる間一体こいつは私の宮都に何をしてるのッ!!」
准は大声で叫び莉緒を睨む。敵意や憎しみ、下手をすれば殺意すらこもっているような目で。しかし莉緒は俯いているものの平然としている。
「准、少し落ち着け。お前も知ってるだろ?俺の妹の莉緒だよ。今日は友達と一緒に大学見学に来ただけだ」
宮都は諭すように語りかける。今の准は少し興奮しているだけだ。話せばちゃんとわかってくれる。
「だったらなんで、なんで抱きついたりなんか……あんなに身体擦り付けて……ねぇ、なんでぇ?」
今にも泣き出しそうな声でそう言われ、グッと言葉に詰まる。実際のところ宮都自身まったく理由が分からない。

「………妹が兄に抱きついては……いけないんですか?」
莉緒が静かにそう言った。すでに立ち上がっている。目には明らかに敵意が宿っていた。
准は莉緒を涙目ながらもキッと睨んで
「場所を考えなさいよ!よりにもよってこんな………」
(こんな、私の前で……私の、私の宮都に………)
悔しさで涙が溢れてくる。胸がキュッと締め付けられる。さっき見た夢と目の前の状況が准の中で重なる。

………さっきの夢?

あの夢の最後はどうなった?…確か宮都ともう一人の女の子が……。一緒に…どこかに……


「夏目先輩こそ……校内で手を繋いだり、腕にしがみ付いたり……片時も離れず一緒に行動してるらしいじゃないですか」
莉緒はここに来るまでに柳田からいろいろ話を聞いていた。2人の大学での様子や評判などを。
結果、2人は周りの人ほとんどから恋人と認識されている事がわかった。
このままでは兄が准に盗られてしまう……だから、このような行動をとった。

ーーこんな女にお兄ちゃんは渡さない!お兄ちゃんは私だけのモノ!ーー

「そんな人に……そんな事、注意されたく………ありません」
莉緒は既に覚悟している、准と宮都の盗り合いをする事に。
一度覚悟してしまえば勝手に言葉が出てくる。……普段は言えないような事でも
「それに……兄は私のものです。決してあなたのものじゃありません。……あなたなんか……ただの幼馴染じゃないですか」
「そんな、そんな事………」
“幼馴染” 宮都と准を繋ぐ唯一の関係。准もわかっている、自分と宮都は所詮“ただの幼馴染”でしかない事に。だから何も言い返せない……
52天秤 第10話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/26(土) 22:54:23.10 ID:e05eSPoj
「お前ら少し落ち着け」
宮都は静かに、しかし有無を言わせない口調で言う。顔にはポーカーフェイスが張り付いていて何を思っているのか2人にはわからない。
「えっと、准は莉緒を突き飛ばした事を謝れ」
「な、なんで!?なんでよ!だってこいつは宮都のこと押し倒して……」
「それでも突き飛ばしたのは事実だ。悪い事をしたんだから謝れ」
准は目の前が真っ暗になった気がした。私は宮都のためにやったのに、なんで謝らなくてはいけないのだろう?しかも助けた宮都自身に叱られるなんて………
しかし宮都には絶対に嫌われたくない。そんな事考えられない、あってはならない。
「突き飛ばして、ごめんなさい……」
准は悔しさに顔を歪めながらも頭を下げて謝る。悔しかった、ただ悔しかった。宮都が自分より莉緒を大事にしている事がこれでわかってしまったのだから……

しかし…

「よし、次は莉緒だ」
宮都は今度は莉緒に向き直る。
「………?」
「莉緒、お前も准に謝れ」
「……え?」

莉緒は困惑した。お兄ちゃんは今この女に謝らせたばかりなのに。なんで私まで謝らせるのか?

その表情を読み取ったのだろう、宮都は口を開く。
「突き飛ばされて怒ったのはわかるが、その後准を挑発するようなことを言っただろ。そのことだ」
「………だって私はいきなり、……突き飛ばされて…」
「それでもだ。あんなこという必要は無かっただろ」

莉緒は納得できない。この女は私の邪魔をした極悪人だ!私とお兄ちゃん、2人きりの時間を邪魔した!

「……イヤ」
「莉緒!」
「……私は何も悪くない。…悪いのはその女だけ………」
「准の事を“その女”と呼ぶな。俺の大事な幼馴染なんだぞ」
「……………………」
莉緒は下を向き黙り込む。
「ほら、早く謝るんだ」
絶対に謝りたくない。私は悪い事なんかなにもしてない。でも……
「夏目先輩。……すみませんでした」
お兄ちゃんに嫌われたくない。そのためならプライドだってドブに捨てて見せる。こんな女にだって頭を下げて見せる。

宮都は莉緒が謝罪したことを見届けると
「よし。これでこの件は終了だ。お互いもう何も言うなよ」
これで一件落着……はしていない。それは宮都にもわかっている。これはお互いが“仲直りした”という事にするための儀式だ。取り敢えず今のところはこれでいいだろう。細かい事は後日に後回しだ。
53天秤 第10話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/26(土) 22:56:02.37 ID:e05eSPoj
「それにしても、柳田と高橋さんは何やってるんだろうな。全然帰って来ないし」
「え、柳田君来てるの?それに高橋さんって?」
「柳田には綿あめ機の事で呼んだんだ。記事にして貰おうと思ってな。高橋さんってのは莉緒のクラスメートだ」
ふ〜ん、と言いながら椅子に座る准に宮都はジュースを注ぐ。
そこにドタドタと足音が聞こえて来た。2人が帰って来たのだろうか?
バタン!とドアが開き、武田が飛び込んで来た。気持ち悪いくらいの笑顔だった……、というか実際に気持ち悪い。
「おい、綿あめ機の許可が下りたぞ。しかも100円で売って良いらしい!!」
宮都は正直助かったと思った。これで話を別の方向に持っていける。何せ教授なのだから。
「そうですか。何よりです」
「おぅ!」
してやったり、といった表情で笑っている武田に宮都は高校生の妹と友達が見学に来ている事を告げる。

莉緒と武田はそれぞれ挨拶した後、早速研究室の説明を始めることになった。
「……よろしくお願いします」
「わかった。それじゃ色々説明するからこっちに来てくれ。あともう一人はどこだ?」
その瞬間
「ただいま〜」
希美と柳田が帰ってきた。希美は何故かホクホク顔だ。
「やっと帰ってきた。…希美、何してたの?」
「これ見てよ〜」
携帯を広げて見せる。画面には5〜6匹の猫に囲まれている希美が写っていた。
「凄く可愛かったぁ。私ここ受験する〜」
「おお、そうか!!研究室も是非ここを選んでくれよ」
武田がそう言うと希美はキョトンとして宮都に視線を向ける。
「この研究室の顧問の武田教授です。主に微生物についての研究をしています」
宮都がそう言うと希美は慌てて
「あ、申し遅れました。私、高橋 希美と申します。今日はお忙しい中………」
そんな希美を遮って
「そんな固っ苦しい挨拶なんか要らん。俺はそんな事全く気にしないからな」
笑いながらそう言う。このような所が武田の人気の秘訣なのだ。ただ本人がそういう堅っ苦しいのが嫌いなだけだが。
54天秤 第10話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/26(土) 22:59:36.18 ID:e05eSPoj
その後10分ほど質疑応答が行わた。今の莉緒は先ほどからは考えられないほど無口になっている。これが本来の莉緒なのだから当然ではあるが……
それよりも問題は准の方だ。さっきから黙り込んだままで何も喋ろうとしない。

「綿あめのお客様がいらっしゃいました……あれ、先客がいますね」
そうしている内に三田が学生数人を引き連れて研究室へ戻ってきた。
「チラシを貼っている時に出くわしてね、全員同じ学科の人なんだ」
「「「「綿あめ食べに来ました〜」」」」
全員が一斉に声をあげた。なんか子供っぽい気がする。

「わかりました。それから教授、ちょっといいですか?」
宮都は武田に声をかける。
「ん?」
「先ほど作ったチラシには綿あめ代は50円と書いてありましたよね?だから三田先輩には………」
「諸君!!よくぞ来た、申し訳ないがチラシには50円と書かれていたのは三田が独断専行で決めた価格なんだ‼本当の値段は100円なのだ‼
だから100円を払ってもらうぞ!恨むなら俺と小宮と夏目君の3人で決めた値段を無視して勝手にチラシを作った三田を恨むがいい‼」
武田は一気にまくし立てた。恐らくさっきの仕返しをしようとしたのだろう。聞いた学生全員が目を丸くしてポカーンとした顔を武田に向けている……
「あの、知ってますケド。100円だって事」
1人がそう答え、他の全員も頷く。今度は武田がポカーンとした。
「あの、教授。先ほど三田先輩に電話してチラシを修正して貰ったんです。ですから皆さん知っていると……」
「それを先に言えぃ‼」
「言おうとしたんですよ、三田先輩に連絡を取ったって。そしたら教授がいきなり喋り始めたんじゃないですか………」
宮都の反論にぐうの音も出ない武田。勝手に早とちりして三田への意趣返しをしようとして見事に失敗してしまったのだから自業自得である。
その瞬間、部屋の温度が急に下がった気がする。というか実際に下がった!武田に三田がゆらりゆらりと近づいて行く。その様子には流石の宮都もゾクッとし、武田は完璧に固まっている。
「教授?どういうおつもりですか?」
静かに、丁寧に、そして微笑みながら武田に尋ねる三田。その微笑みが何よりも怖い!武田は今まさに蛇に睨まれた蛙の気持ちを体験しているだろう。早くなんとかしないと……武田の命が危ない‼
「あっ!そうだ‼ほら、高橋さんと小宮さんだったか?研究室の説明は休憩室でやるからな!俺は先に行って準備する。その間に綿あめでも食べててくれ!それじゃあな‼」
このセリフを5秒で言い切り走って休憩室に逃げて行った。武田にしてはナイス判断だ。
ちなみに、この状況を見ていた莉緒と希美は流れに付いて行けずに呆然としていた。2人にとって教師が学生に怒られるなど考えられなかったからだ。
「莉緒、それと高橋さん」
宮都は苦笑しながら声をかける。2人はゆっくりと顔を宮都に向けた。
「悪いけど今すぐ休憩室に行ってあげてくれないか?本当は用意なんて必要ないんだ」
「………うん」
「………は、はい。わかりました」
そのまま2人は休憩室へ歩いて行った。
「三田先輩はお客さんのご案内をお願いしてもいいですか?私と准は少し用事がありますので。
柳田も食べて味とか出来栄えとか良いところを記事にしてくれよ?代金は俺が払っとくからよろしく頼む」
今度は三田と柳田に向き直ってそのようにお願いする。ちなみに、今の三田は怖くない。
「任せろ、バッチリ記事にしてやるよ。写真も取るからな」
「うん、わかったよ。それでは皆さん、こちらへどうぞ」
三田は柳田を含む全員を引き連れて実験室に歩いて行く。
55天秤 第10話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/26(土) 23:01:42.05 ID:e05eSPoj
全員が実験室入るのを見届けた後、研究室には静寂が訪れた。宮都はそのまま何も言わずに准の手を取って研究室から出た。
そのまま研究棟の裏へ歩いて行く。ここなら誰も来ない、2人きりで会話するには絶好の場所だ。
「准、大丈夫か?」
さっきからずっと俯いてなんの反応もしない准に恐る恐る声をかける。この無表情がとても怖い……
「……………………」
「准?」
「……に、してたの?」
「………」
「私が眠ってる間、一体何してたの?」
無表情のまま准が聞いて来る。宮都は目線を下に下げて全てを説明するべきか迷う。というより、なんと説明すれば良いかわからない。
取り敢えず当たり障りの無い返答をしようと目をあげた瞬間いきなり服を誰かに…いや、准に掴まれた。
「はやく答えてよ‼」
いつの間に近づいて来たのだろうか……准が服を両手で強く掴んでいた。両目には涙が光っている。
「准……頼むから落ち着いて………」
「なんで、なんでみやとが……わたしじゃない、女の子にだ、抱きつかれて………うぅ、なん、で………」
「准……」
准の身体は自身の力だけでは立てなくなる程に震えていて、宮都の服を掴んでいなければ崩れ落ちてしまっているだろう。
「なんで?なんでなのぉ?私が悪かったの?それならあやまる…謝るからぁ、だから、だから許してよ……私から離れて行かないでぇ」
とうとう准は崩れ落ちてしまった。それでも必死に宮都の脚に縋り付き決して離そうとしない。
宮都は何度も声をかけたが、今の准には何も届かない……
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
准が慟哭した。森全体に響くかのような大声で、宮都に縋り付きながら……宮都はすぐにでも准を慰めてやりたかった。昔からずっと泣いた時にはあやしていたから……
しかし脚に縋り付かれている今、しゃがむことは出来ないし准の腕を解く事も出来ない、そして声も届かない……ただ准が悲痛な声で泣き叫ぶのを聞くしか出来ない。
「いやぁ……捨てないで‼おねがいッ、おねがいだからあぁ!なんでも、なんでもするからぁ………」
「俺は絶対に准を捨てたりなんかしない‼」
「いや………いやぁ…そんなの、絶対いやぁ…私を嫌いにならないでぇ……」
宮都が何を言っても准には届かない。どうする事も出来ない。何も出来ない。准は壊れたオモチャのように同じ言葉を何度も繰り返し続け、宮都はそれを黙って聞いているしかなかった………

ーー俺は……無力だ。ーー

20分後、だんだんと准の声が小さくなっていき完全な沈黙が訪れた。どうやら泣き疲れて眠ってしまったらしい。
ここでようやく宮都は准の腕を解いてしゃがみ込む。准の顔は大泣きしたせいで厚ぼったく腫れていた。

ーー俺が准をこのような目に合わせた………この、俺が。…俺が?ーー
56天秤 第10話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/26(土) 23:02:56.70 ID:e05eSPoj
その後何をしたのか宮都の記憶はない。ただ気づいた時は夏目家の前で准をおんぶして立っていた……
宮都はベルを鳴らして門の中に入って行く。玄関からエリザが出て来た。
「あら、いつもより全然早いわね?何かあったの?」
「ええ、エリザさん……准を、お願いします………」

ーー今のは俺の声なのか?こんな……暗い声が俺から………ーー

「み、宮都君⁉どうしたの?何があったの⁉………ッ⁉酷い顔……」
エリザは何か酷いモノを見るかのような表情で宮都を見る。
「え?俺ってそんな不気味な顔なんですか?流石にショックですよ。ハハハ………」
「茶化さないでっ!一体何があったの⁉大丈夫なの、宮都君⁉」
エリザは真剣な表情で聞いて来る。誤魔化しは一切通用しないだろう。
「ゴメンなさい、今日は勘弁してください。今度お話ししますから」
宮都はそう言って多少強引に准をエリザに押し付けると、そのまま踵を返し夏目家を後にしようとしたが………
「待ちなさい!」
エリザに肩を掴まれ軽く引っぱられて、そして尻餅をついてしまう。
「み、宮都君⁉大丈夫⁉なんでこの程度の力で転んじゃうのよ⁉」
これにはエリザも焦った。まさか宮都が尻餅をつくとは思っていなかった。エリザの予想以上に宮都は衰弱していたのだ。
「なんか今にも死にそうな顔してるわよ!ウチでお風呂に入って行きなさい」
エリザは宮都の腕を掴んで、助け起こしながらそう言う。しかし……
「いえ、そのようなご迷惑はかけられません。帰ります」
立ち上がり、そのまま門へと歩いて行く。
「み、宮都君‼」
エリザは慌てて引き止めようとするが、准を支えているため一度離れてしまった宮都を引き戻すことは出来ない。
「あ、それと准が起きたら明日も9時に迎えに行くと伝えておいてください。お願いします」
そして宮都は夏目家をあとにした。後ろでエリザが何か言っていた気がしたが無視して歩き続けた。

気付くと宮都は自宅の玄関の前にいた。ドアを開けようとしたが鍵がかかっている。宮都は鍵を取り出そうとカバンを………ない?
今の今まで気付かなかったが、カバンは研究棟のロッカールームに置いたままだった……。それに気付き億劫そうにベルを鳴らす宮都。インターホンから香代の声が聞こえて来た。
『はーい、どちら様ですか?』
「俺だよ、母さん……開けてくれ」
『え?宮都⁉どうしたのこんな時間に帰って来て?』
そのままガチャッと音がしてインターホンが切れる。数秒後ドアが開いた。
「お帰りなさい、今日は早上がりだったの?……って、ちょっとどうしたのその顔⁉今にも死にそうよ!!」
「いろいろあってな……どいてくれ、家に入れない……」
宮都は家に入るとそのまま階段を上って自室に向かう。香代はその背中に声をかける。
「宮都!!一体何が……」
「悪い、今日はもう休む。1人にさせてくれ。……あっ、あと莉緒の携帯に電話して俺が家にいることを伝えといてくれ」


バタン!
部屋に入りドアを閉め、そのままベッドに飛び込みうつ伏せに寝る。

ーー俺は一体何にショックを受けてるんだ?
莉緒に押し倒された事?
莉緒と准が言い争いをした事?
准を初めて泣かせてしまった事?

いや、わかっている。ただそれを認めたく無いだけだ……
俺が一度に2人の女性から尋常では無い好意を持たれている事を、しかもそれが幼馴染と妹だという事を………

第三者から見たらなんで俺がこんなにもショックを受けるか分からないだろうな………俺だって具体的に説明なんか出来やしない。
この、言葉にして言い表せないモヤモヤした感情。俺は……ーー
57天秤 第10話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/26(土) 23:06:22.53 ID:e05eSPoj
宮都はハッとした。何時の間にか眠ってしまったらしい。時計を確認すると夜中の2時だった。
ベッドから起き上がり部屋の電気を点けると、机の上に大学に持って行ったカバンが置いてあった。恐らく莉緒が持って来てくれたのだろう。
下に降りて浴室でシャワーを浴び頭、顔、身体をそれぞれ洗う。頭を乾かした後に自室でお茶を飲みながらやっと一息つく。
さっき洗面所で顔を確認してみたが、それほど酷い顔ではなかった。まぁ、いつもより少し疲れていそうな顔ではあったが。

それにしても、と宮都は思う。ついさっきまであんな非日常だったのに、今はそんな事無かったかのような日常を宮都は過ごしている。
父と母はいつものように眠っているし、家にもいつもの静けさが広がっている。莉緒も恐らく部屋で眠っているだろう。全くいつも通りだ。

ーーさっきの事は夢だったんじゃないか?ーー

そのような事をぼーっと考えながら横になり目を瞑る。もう、どうにかなってしまいそうだった………


そして気付いたら朝になっていた。目覚まし時計をかけ忘れたにも関わらず、体内時計のおかげでいつも通りの8時に起きた。

宮都は部屋を出て下に降りようと階段まで歩いた所でふと足を止める。言いようの無い不安感と共に莉緒の部屋をノックする。
「莉緒、いるか?」
返事はない。宮都はドアを開けて中を確認した。誰もいない……

ーーだよな。昨日あんな事を言ってたけど本当に登校拒否になるわけないよな………馬鹿馬鹿しい!ーー

今度こそ宮都は階段を降りリビングに入る。香代が食事の用意をしていた。その背中に声をかける。
「おはよう」
「あら、おはよう。もうすぐ出来るからちょっと待っててね」
「ん……。父さんと莉緒は?」
「一弥さんは急患が入ったからさっき出かけて行ったわ。莉緒は学校よ」
ここで宮都はようやく安堵した。
「わかった、ありがとう」
食事が出来るまでの時間で身なりを整え、食後に今日の弁当を作る。カバンの整理をして準備は完了した。
途中、香代は昨日の事について何も聞いて来なかった。その気遣いがとてもありがたかった。

全ての準備を終えて、行ってくる事を母に告げて玄関で靴を履く。気持ちの整理はなんとか済ませた。
そして宮都は、准にどのような態度で接すれば良いかを考えながらドアを開けた………
58天秤 第10話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/26(土) 23:08:44.22 ID:e05eSPoj
ドサッ!

瞬間、宮都に何かが抱きついて来た。とっさの事に身体が固まったが、宮都はその姿を見なくとも抱きついて来た人物が誰だかわかってしまった………

「准………」
「みやとぉ……」

ーーおいおい、どうしたんだよ?そんな顔をしてさ……いつもの笑顔はどうしたんだ?ーー

そのまま准は上目遣いで宮都を見上げる。必死に縋り付くように……
「私のこと、嫌いに、なら…ないでぇ。おねがい……」

ーーなにバカな事言ってんだよ、そんな事あるわけないだろ……なんなんだよ、その顔は………ーー

「これから毎日迎えに来るから……宮都のいう事、なんでも聞くからぁ……。だ、だから……おねがい、おねがいだからぁ……」

「……じゅ…ん…」

「これからも、ずっと…一緒にいて…くれる……よね?」


そして准は、痛々しい顔で無理矢理微笑んだ…………
59天秤 第10話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/11/26(土) 23:14:22.99 ID:e05eSPoj
投下終了です。誤字脱字ありましたら報告お願いします。

>>43
長編連載中に別の作品書けるなんて凄いですね!しかも完成度高いし!
自信が無くなって来た……、まぁもともとあまり無いけどさ…………
60名無しさん@ピンキー:2011/11/26(土) 23:17:50.05 ID:qyX/IcrU
乙ニダ!毎回楽しんで読ませてもらってます!
61名無しさん@ピンキー:2011/11/27(日) 00:02:02.28 ID:eAzSfhlM
投下乙です!
天秤の作者様は短編はわからないですけど
長編に重要な積み重ねる力は充分あると思いますよ
とてもヒロインが繊細に書けてると思いますよ
これからも何度もヒロインが衝突すると思うとぞくぞくしますね
楽しみにしてますんで頑張って下さい!
62名無しさん@ピンキー:2011/11/27(日) 00:23:27.02 ID:TUg5wIBK
gjgj いいのお
63名無しさん@ピンキー:2011/11/27(日) 10:06:46.85 ID:V0L/X5p6
GJ! いやすばらしいですよこれ!
64名無しさん@ピンキー:2011/11/28(月) 00:14:37.29 ID:l/8Wv6T+
面白かった
GJすぎる
65名無しさん@ピンキー:2011/11/28(月) 20:45:23.43 ID:ELFNTduy
これ希美ちゃんも争いに加わるのか?
続編期待〜
66名無しさん@ピンキー:2011/11/29(火) 00:55:55.62 ID:fTvP9POJ
保管庫で特にエロいのおせーて
67名無しさん@ピンキー:2011/11/29(火) 01:12:06.85 ID:hJjmbsA+
全部読めと言いたいところだけどこれとかおすすめしとく
ttp://wiki.livedoor.jp/izon_matome/d/%a4%ef%a4%bf%a4%b7%a4%ce%c0%b3%a4%e0%c9%f4%b2%b0%281%29
あとこれとか
ttp://wiki.livedoor.jp/izon_matome/d/%cc%b5%c2%ea%b0%ec
68名無しさん@ピンキー:2011/11/29(火) 16:51:40.12 ID:tZvSaNRV
昔のスレで見たちょっと知恵遅れ気味のヒロインのやつがすごいツボだった。電車の中で泣きそうになったわ
69名無しさん@ピンキー:2011/11/29(火) 18:51:02.12 ID:bjEF8BUm
なんで泣きそうになるんだ
70名無しさん@ピンキー:2011/11/29(火) 21:28:29.22 ID:tZvSaNRV
分からんが泣きそうになった。まぁそれだけクオリティが高かったんだよ
71名無しさん@ピンキー:2011/11/29(火) 21:33:38.55 ID:wLwZStYM
痛々しい依存だと抜いた後すごく後味悪いことはある
出来がいいから起こるんだろうけど後腐れないネタじゃないから尚更困るな
72 ◆ou.3Y1vhqc :2011/11/30(水) 00:14:09.19 ID:eRf5c+rO
お久しぶりです。
まだ依存まではいきませんが、投下させていただきます。
73偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/11/30(水) 00:15:03.42 ID:eRf5c+rO
子供の頃から要領が悪く、何をするにもアタフタするだけで人に助けてもらわないと何もできなかった。
周りからは当たり前のようにおっちょこちょいだなぁと言われ、それが嫌で嫌で何とか一人で頑張るけど……頑張れば頑張るほど空回りする。
その度「お前は何もするな」「お前が動くと周りに迷惑がかかる」散々言われ続けた。
だから私は自分が嫌い。
中学生になってもそれは変わらなかった…。


変わらなかったのに………私が高校生になった時――ある男子が私の前に現れた。
見たことが無い男子。
単純に目立たない男子だったので気がつかなかっただけ…。
私も目立たない部類の人間なので、すれ違ってもお互い視線を合わせる事がなかったのだろう…その男子に声をかけられるまで、同じクラスだということすらわからなかったのだ。
第一印象は…あまりよくなかったと思う。
放課後、数少ない友達と一緒に帰ろうとする私にオドオドした態度で近づき「み、三奈(みな)さんに話があるんです!」と唐突に私の名前を呼び、話しかけられたのだ。
74偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/11/30(水) 00:18:18.76 ID:eRf5c+rO
男子に話しかけられるなんて殆ど無いのでビクビクしながら「な、なんですか?」と返答すると、隣に居た友達が見えないのか「三奈さん、つ、つき、付き合ってください!」と片手を差し出し、しどろもどろになりならが私に告白してきた。
無論告白などされた事の無い私は、友達に助けを求めるように涙目を見せる。
その友達は、何を勘違いしたのか一度うなずくと「お前なんか彼氏務まるか!気持ち悪いから近づくな!」と怒鳴り散らし、私の手を掴んで走り去ってしまったのだ…。
翌日にはその話がクラスに広まり、私は「キモい男子に告白された可哀想な子」その男子は「ただの気持ち悪い男」として扱われるようになってしまった。
気持ち悪いと言われていたが、顔はそれほど悪くないと私は思う。
幸か不幸か私はそれが原因で同姓の友達が出来るようになったのだが、その男子は軽いイジメを受けるようになってしまったのだ。
しかし、私は助ける事もできず関係無いという態度を取り続けた。

二年生に上がる頃にはイジメは無くなっていたが、私と違い彼は友達と呼べる人物はまったくいなかった。
仕方ない…自分にそう言い聞かせて今まで見て見ぬふりを続けて過ごした。

一週間前までは…。
75偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/11/30(水) 00:19:27.89 ID:eRf5c+rO
――その日は朝から雪が降っており、マフラーと手袋をしていても身体の芯が痛くなるほど手先が赤くなっていたのを覚えている。
その日も朝からつまらない日常を満喫しながら授業を受け、放課後友達と一緒に帰る予定だったのだが……放課後友達が担任に呼び出されてしまい、私は友達を待つついでに借りていた本を返す為に図書室へと一人向かった。
それが間違いだった……いや、私には“救い”だった。
「はぁ…めんどくっさ。もう高校辞めようかな」
「辞めて何をするの?高校ぐらいは卒業したほうがいいわよ」
「お前が養えよ。俺ずっと家で寝てるから」
「嫌よ。何が悲しくてニート養わなきゃいけないのよ。」
図書室の中から聞こえる話し声に私の足は扉の前でピタリと止まった。
男性と女性の声…カップルが使っているのだろうか?

「……ふぅ」
昔の私なら友達を待つか後日また返しに来るかするのだけど、この一年でメンタル的にも成長した自分は一度深呼吸した後、思い切って図書室の扉を静かに開けた。
「……あら、どうしたの?」
扉を開けて真っ先に視界に入ってきたのは眼鏡を掛けた黒髪の見知った女性。
クラスメートの月森 静さん。
76偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/11/30(水) 00:19:53.37 ID:eRf5c+rO
二年連続学年委員長で皆に頼られる俊才…教師に頼まれた図書委員長の掛け持ちをしており、容姿も相まって告白される事もよくあるそうだ。
「本返しに来たの?いつも昼休みに返しにくるのに珍しいわね、山科(やましな)さん」
私の名字を丁重に呼ぶと、椅子から立ち上がり迎え入れてくれた。
「あ、その……時間があったので返しにきました。遅くなってごめんなさい」
頭をペコッと下げて鞄から本を二冊取り出すと、月森さんに本を手渡たす。
細く綺麗な指が本を二冊しっかり掴むと、ニコッと微笑んだ。

「また、何か借りていく?」
「あっ、はい。ちょっと見たい本が何冊……か…」
月森さんから目を反らし本が並べられている本棚へと目を向ける。

――本棚手前の椅子に一人の男子が座っていた。
そう…彼が…。
心臓がはね上がり、自然と足が後ずさる。
「ほら、瞬太(しゅんた)がそこに座ってると山梨さん本棚に近づけないでしょ。早く帰りなさいよ」
その時初めて彼の名前を知った。
「……」
「い、いえ!本を探したらすぐに帰りますから」
何も言わずに立ち上がり帰ろうとする彼を両手で止めて、彼の横を通り過ぎ本棚へと向かう。
別に彼に嫌悪感を抱いている訳ではない。
77偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/11/30(水) 00:21:15.23 ID:eRf5c+rO
どちらかと言うと、やはり罪悪感のほうが大きい。
私のせいで、あんな事になってしまったのだから…。
後ろに彼を感じながらも、一冊一冊本を探していく。
「本の名前言ってくれたら借りられてるか確かめるわよ?」
数十分本棚を探していると、見かねた月森さんが後ろから声をかけてくれた。
「あ、その…お願いします」
本の題名を彼女に伝えてパソコンで調べてもらう。
初めからこうすればよかったのだ。
静かな部屋にキーボードをカタカタと叩く音が響く。
その間に周りを見渡し他に誰かいないか確認する。
あの会話をこの二人がしていたのだろうか?
私から見たらまったく接点の無い二人に見えるのだけど…。
と言うか、あんな会話を彼がするとは正直思えなかった。
「誰も借りてないみたいね。31番の本棚にあるはずだけど」
「は、はい。31番ですね…」
再度本棚へ視線を向ける。
本棚の上には数字がふっており、見つけやすくなっているのだ。
人差し指で本をなぞりながら調べていく…が、やはり探している本は見当たらない。

「あの…すいません…」
唐突にかけられた声に肩をビクつかせ条件反射で振り向いた。
そこには彼が立っており、小さな本を手に持っていた。
78偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/11/30(水) 00:21:42.79 ID:eRf5c+rO
「多分…この本じゃ…」
恐る恐る差し出された本を此方も恐る恐る手に取る。
確かに私が探していた本だ。
「あ、読んでたんですね。それじゃ別に…」
「いえ、適当に取った本がそれだったってだけなので……すいません」
私から距離を取り一度頭を下げると、目を合わせる事なく鞄を手に取り歩き出してしまった。
「あ、あの!」
「……」
何故引き留めたのだろうか…。
自分でも分からなかった。
此方へ振り返る事なく立ち止まる彼に問いかける。

「学校…辞めちゃうんですか?」
寒さでは無く緊張で震える声は、静かな図書室に反響する。
自分の声なはずなのに反響して耳に入ると痛く感じた。
「分からないですけど…」
「あの…そ…わた、私は…その…」
まったく何も考えていなかった私はただ口ごもるだけで、言葉を発する事ができなかった。
「そ、それじゃあ…」
「あっ……」
呼び止めようとしたが、彼の背中を見ていると何故か声に詰まってしまう。
やはり罪悪感が私の胸を締め付けているのだろう…。
79偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/11/30(水) 00:22:10.79 ID:eRf5c+rO
彼が学校を辞める理由も少なからず私にあるはず……彼にすればもう私は見たくもない人間になっているのかも知れない。
だけど謝りたい…謝って早くこのモヤモヤから逃げたい。
私はこんな時でも楽になる方法を探してしまうのです。
私は自分が嫌い……変えるといいながらも楽な方へと逃げようとする自分が嫌い。


「あの月森さん…」
「はい?」
「彼は放課後毎日来るんですか?」
「そうねぇ…暇な時は基本的に放課後図書室に来て、時間潰して帰るわね」
「そうですか。分かりました、ありがとうございます」
その日から私は本を返却すると言う口実で、放課後図書室へと足を運ぶようになり、なんとか一言〜二言彼と会話するようになった。

それもただの罪滅ぼし。
彼に謝る切っ掛けを私は探していた。
小さな罪から逃れたくて――。
80 ◆ou.3Y1vhqc :2011/11/30(水) 00:23:46.81 ID:eRf5c+rO
ありがとうございました、こんな感じで初っぱな投下終了です。
最後どうなるかは今のところ考えていないですが、完結はさせたいと思います。
よろしくお願いします。
81名無しさん@ピンキー:2011/11/30(水) 00:58:30.64 ID:ymcZo4rE
おおおお好みのはじまり方だ
これは期待
82名無しさん@ピンキー:2011/11/30(水) 01:53:54.83 ID:5fSp+NCI
GJ
つづきが気になる
83 忍法帖【Lv=4,xxxP】 :2011/11/30(水) 03:48:43.21 ID:/qNiM84g
b
84 忍法帖【Lv=22,xxxPT】 :2011/11/30(水) 20:07:18.13 ID:WkLfZHcT
おお、これは続きが気になる
GJ!!
85名無しさん@ピンキー:2011/11/30(水) 23:44:24.98 ID:UBOebssw
期待
86天秤 第10話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/01(木) 19:23:07.58 ID:eAgADolT
こんばんは、投下します。
なんかまた新連載が投下されましたね。しかも超大御所!これからの展開が待ちどおしいです!
87天秤 第11話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/01(木) 19:23:40.56 ID:eAgADolT
宮都と莉緒


あの日から10日経った。宮都は家で今日もあの日の事を整理していた。もはや自惚れているのではないかを疑う必要すらない。宮都は2人の女性に盗り合いをされている。
一人は大事な幼馴染。
一人は大事な妹。
あの場は無理やりに終わらせる事が出来たが、次からはそうも行かないだろう。あの2人は本気で憎しみ合っている…
いつもなら宮都が仲裁に入っているのだが、原因が他ならぬ宮都自身なのだから、今回はむしろ逆効果だろう。
かといって誰かに相談するわけにもいかない。というよりも相談できない。
「俺を取り合って准と莉緒が憎しみ合ってます。どうすれば良いのでしょうか?」
試しに口に出して言ってみるが、やはりこんな事誰にも相談できない。宮都自身したくない。

大体、一番の問題はそこじゃない

「それにしても……どうすりゃ良いんだ」
宮都は深いため息を吐く。今まで生きて来てこんな事は初めてだ。こんなのドラマや小説での出来事でなら何度も見たことがあるのだが……
取り敢えず何かの案を出さなければならない。このままでは行き着く先は恐らく崩壊だろう。現に准はかなり酷いことになっているのだから。
88天秤 第11話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/01(木) 19:24:13.94 ID:eAgADolT
宮都にとって准は大切な幼馴染だ。今までずっと一緒に過ごして来たのだから当然だ。
もし准を失ってしまったら宮都は今までのように生きては行けないとさえ思っている。それほど大切な奴なのだ。
最近の准は宮都にべったりくっ付き、ほぼ毎日のように抱きついてくるようになった。
通学中、大学内、帰宅中、何処でも人目を憚らずに抱きついて来るのだ。
いつまでもこのままでいるわけにはいかない。気持ちが落ち着いたらなんとかして以前の距離に戻らなくてはいけないだろう。

宮都は准が好きだ。それは確実に言える。しかし恋愛感情となると………宮都自身全くわからなかった。一緒にいると楽しいし、准が悲しんでいると宮都は決して放ってはおけないだろう。
准が困っているなら必ず手を差し伸べるし、笑っている顔を見ると心が暖かくなり幸せな気持ちになる。
しかし、それは宮都にとって当たり前のことでこれが恋愛感情なのかと改めて考えるとどうしても答えは出ない。
恐らく幼馴染でいる期間が長過ぎたのだろうと宮都は思っている。だから抱き着かれた程度でドキドキしないし適当にあしらう事すら出来る。

ーー俺は一体准をどう思っているんだ………ーー


宮都とって莉緒は唯一無二の妹だ。無口で大人しくて、昔はいつもべったり後ろにくっ付いて来たかわいい妹。
それがパッタリと止んだのはいつ頃だっただろう。たしか、宮都が中学に入った頃だったか。そのくらいの時期から莉緒は宮都に話しかける事がなくなった。
最初は面食らったが、だんだんとそれが当たり前になり今に至る。
もちろんその程度で嫌いになったりなどしなかった。宮都は今でも莉緒を大切に思っているし、昔みたいにまた甘えてくれる事を嬉しくすら思っている。
でも……アレは度が過ぎている気がした。何せ宮都を押し倒したのだから。それも外で。
実は宮都は准に感謝していた。あのまま准が起きなかったら宮都は莉緒を払い除ける事が出来なかっただろう。少々やり方が強引だったが…
もちろん莉緒に押し倒されて抱き着かれても、驚きはするが別にドキドキはしないし、もちろん恋愛感情を持つこともないだろう。何せ実の妹なのだから。
つまりこの時点で莉緒の負けは決まっているのだ。兄妹は決して恋愛は出来ないし宮都もするつもりはない。それなら………
89天秤 第11話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/01(木) 19:24:56.43 ID:eAgADolT
「ふざけるなよ」
宮都はポツリと呟き机に鉄拳を叩きつける。ペンが何本か落ちたがそれを無視して今度は机を殴りつける。手がジンジン痛むがそんな事を気にはしない。
「俺は一体どうしたいんだよ。准の気持ちに応えたら莉緒が悲しみ、その逆もまた然りだ。そんな決断俺に、俺なんかに出せるわけねぇだろ……」
怒鳴りたくなる気持ちを何とか抑える。

宮都はどちらも悲しませない方法をずっと模索している。しかしそれが見つからない。
今までたくさんの壁にぶつかったが全て乗り越えて来た。ある時は相談し、ある時は協力し、またある時は自分の力で、全てを解決してきた。
今までがなんとかなって来たのだから今回もどうにかなるはず、あの時はそう思っていた。そしてそれが自惚れだった事を10日かけて思い知らされたのだ。
宮都が何を言っても准に笑顔が戻る事は無かった。エリザに聞いたところ、家の中でも絶えず不安な顔をしているらしくふさぎ込んでいるらしい。
今この瞬間も准は家で不安に押し潰されようとしているのだ。宮都に捨てられる恐怖に……。そんな事などあるわけ無いのに………
だからこそ一刻も早く解決しなければならない。それが出来るのは宮都だけで、さらに義務でもある。

今回の問題はすでに解決方法は提示されているのだ。どちらか片方を選ぶという明確な方法が。ただそれを実行できないだけ。
宮都の中の天秤は決して片方に傾くという事はしてくれない。准と莉緒はピタリとつり合っている。どちらかに傾けるにはどちらかを外す以外に方法はない。
自分のエゴでどちらかを外せたらどれだけ楽だろうか。しかしそれをするには宮都は余りにも優しすぎた。
大体、どっちも同じくらいの年月を共に歩んで来たのだ。今更どちらかを捨てる事など宮都でなくともできるはず無い。厳密に言えば准の方が2年くらい長いが………

ーー考えてみたら家族の莉緒より准の方が付き合い長いのか……。まぁ当然っちゃあ当然か。妹と幼馴染なら幼馴染の方が長いに決まってる。
莉緒がいなかった時はまさに姉弟のように育ったらしいし……。莉緒が生まれた後も、いつも俺は准の後をついて歩いてたらしい。その後幼稚園、小学校、中学、高校と全部同じ所に通って来た。特に小学校の6年間はずっと同じクラスだったらしく、いつも仲が良かったらしい。
中学に入ってから最初の一年は同じクラスだったがその後は同じクラスにはならなかった………。そして中学1年のアレも………いや、よそう。これはもう終わった事だ!思い出す必要なんか無い!!ーー

ここまで来て宮都はなにか違和感を感じた。何かがおかしい。何がかは分からないが……。何か大切な事を忘れてるような………
90天秤 第11話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/01(木) 19:25:39.05 ID:eAgADolT
必死に違和感の正体を考えていると誰かが部屋をノックした。恐らく莉緒だろう。宮都は顔の表情を柔らかくする。
「入っていいぞ」
するとやはり莉緒が入ってきた。パジャマを着て、手にはクシとドライヤーを持っている。
「……あの、私の髪の毛乾かして」
宮都は頷き椅子に座るように指示する。しかし莉緒は座らず宮都に寄り添う。
「……お兄ちゃんに寄っ掛かりたい。………ダメ…?」
あの日以来、家の中で莉緒は片時も側を離れようとしなくなった。まるで身体がくっ付いてしまったかのようにピッタリと寄り添って来る。今まで離れていた分を取り戻すかのように。
何度か注意しようと莉緒に話しかけたが、その幸せそうな顔を見せられてしまうと何も言えなくなってしまうのだ。

宮都は床に足を広げて座りその隙間に莉緒が腰掛けて宮都の身体に寄っ掛かる。昔と全く同じ座り方だ。
宮都はドライヤーの電源を入れて髪を乾かし始めた。まずは手で軽く髪を梳く。全く手に引っかからない、とても滑らかな髪だ。そのまま軽く頭を撫でてみる。
「…ん……気持ち良い…」
目を細めて完全にリラックスしている。ある程度乾かしたら次はクシで髪を梳き始める。天然の癖っ毛も湿った状態なら素直にクシのいう事を聞く。
そのまま丹念に、決して髪が傷まないように乾かす。
「莉緒、熱くないか?」
「ううん、大丈夫。とっても気持ちいいよ、お兄ちゃん……」
夢心地な口調で返事をする。莉緒は人に髪を乾かしてもらうと眠くなってしまうのだ。昔はよく宮都にもたれ掛かって眠ってしまったものだった。


「よし、終わったぞ」
莉緒の髪を乾かし終え、手で軽く髪を整えてからそう言う。やはりどんなに整えても天然の癖っ毛は治らず、少し跳ねてしまう。
「うん。ありがと、お兄ちゃん」
そのまま宮都に抱きついてくる。風呂上りだから当然温かく、シャンプーのいい香りがする。
「おいおい、いちいち抱きつくなよ。もう子供じゃないんだから」
「だってお兄ちゃんのこと離したくないんだもん。ずぅっとこうしていたいくらい。……ん〜」
莉緒は目を細めながら顔を胸にすり寄せる。まるで猫みたいだ。
「お兄ちゃん、いい匂い……。私が一番大好きな匂い………」
莉緒はとろんとした目で宮都を見上げる。風呂上りだからなのか、それともそれ以外の理由なのか、莉緒の顔は上気していて、普段からは考えられない色っぽさを醸し出していた。

宮都は微笑みながらそんな妹を軽く撫でると、自分も入浴する事を告げて風呂場に向かう。まぁ腕を離してもらうまで少し掛かったが………
91天秤 第11話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/01(木) 19:26:25.12 ID:eAgADolT
風呂から上がり髪を乾かそうとドライヤーを探したが、どこにも無い。よく考えたらドライヤーは今宮都の部屋にあるのだ。
それを思い出した宮都はタオルで髪を拭きながら自室へ向かう。
部屋では莉緒がドライヤーを持って待っていた。どうやら髪を乾かしてくれるらしい。特に断る理由も無いので宮都は椅子に座り微笑む。
「頼むよ」
「頑張る!」

莉緒は宮都の髪を乾かし始める。慣れない手つきではあったが頑張って乾かしている。
「ゴメンね、お兄ちゃん。下手で……」
申し訳なさそうに謝って来る莉緒に宮都は笑いながら返事をする。
「大丈夫だって、全然熱くないしちゃんと乾いているだろ?髪なんか乾けば良いんだよ」
「もぅ、お兄ちゃんったら……」
そしてしばらくの間無言。莉緒は髪を乾かす事に集中しているから、そして宮都は……
「なんか、眠くなって来たな。ふぁ〜あ……。莉緒の気持ちがわかるよ」
「そうでしょ?でもお兄ちゃんは私より全然上手いから、もっと気持ち良いんだよ?」
「そう?それは光栄だな」
宮都は莉緒と比べて髪が短い。だからその分乾くのも早いのだ。莉緒は乾いた事を確認して、軽く手で髪を整えた…が、アホ毛はなくならない。
「前から思ってたんだけど、お兄ちゃんも私みたいにかなり癖っ毛だよね」
「だよな……。父さんも母さんも癖っ毛じゃないのになんでだろうな?まぁ、万一2人が本当の親じゃなくても俺と莉緒は100%兄妹だな」
「うん、………お兄ちゃんとおんなじ……」
莉緒はうっとりと自分の髪をいじっている。そんな莉緒に笑いながら礼をする。
「ありがとな、なかなかに快適だったぞ」
「えへへ、どう致しまして」
莉緒は照れくさそうに笑い、頬を指で掻く仕草をした。

そして今はベッドの中。宮都と、莉緒がいる。莉緒は抱き枕に抱き付くかのように宮都を抱きしめて、胸に顔を埋めて眠っている。
莉緒に「……一緒に寝て」と言われた時、流石に宮都は断ったが莉緒は頑として聞き入れなかった。
結局宮都が根負けして一緒に寝ることになってしまった。宮都はため息を吐く。
「俺ってこんなに押しに弱かったのか…。まぁ、あんな泣きそうな顔は反則だよなぁ」
宮都はすでに眠ってしまっている莉緒を優しく抱きしめながらそう独りごちた。


その日から宮都の腕の中が莉緒の寝所になった………
92天秤 第11話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/01(木) 19:27:55.43 ID:eAgADolT
以上です。恒例ですが、誤字脱字なとありましたら報告お願いします。

93名無しさん@ピンキー:2011/12/01(木) 19:40:09.82 ID:RC87dMET
うおおおおおテンションあがってきたよ!
ぐっとくるねぇ、いいねえ!
これからも楽しみにしてますんで頑張ってください!
94 忍法帖【Lv=5,xxxP】 :2011/12/02(金) 02:53:55.68 ID:xqp6pIbT
待ってました!!GJ!
95偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:34:04.43 ID:CJB6jKiZ
>>92
お疲れ様でしたGJです。
話作るの上手いですねぇ…続きが凄く見たくなります。

偽りの罪、続き書いたので投下させてもらいます。
96偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:34:59.31 ID:CJB6jKiZ
放課後の図書室――乾燥した空気が風と一緒にガラス窓の隙間から入り込んでくる。
カーディガンの縫い目をすり抜け、身体にあたる風は私の身体を痛く冷やす。
今の時間帯なら本来私は中学時代からの友達の島ちゃんこと、島田 圭(しまだ ケイ)と一緒に帰り道を歩いているのだけど…10日前から私は放課後この図書室に来るようになっていた。

「これはどうかな」
「それは一度見ましたけどあまり……あっ、これはどうですか?」
「それは見たことないかも…それじゃ、それ借りるかな」
理由は隣に座るこの男子――名前は滝 瞬太くん(たき しゅんた)
私は滝くんと呼ばせてもらっている。
私は異性の友達は一人としていない。
なぜ居ないのかと言うと、人見知り&軽い男性恐怖症が重なってしまい、男性の前に立つと呂律が回らなくなるから。
目の前に居る滝くんも実はそう……本人を目の前にしては口が裂けても言えないけど、本当は少し辛い……図書室なのだから静かにするのが当たり前なのだけど、会話が途切れる度に顔色を伺ってしまう。
滝くんも会話が途切れ無いように会話を振ってくれるのだけど、私は一言〜二言返すだけ…。
97偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:35:22.73 ID:CJB6jKiZ
会話が途切れるのは完全に私が原因なのだけど、やはり男子との対話は一線引いてしまう。
そんな私がなぜ放課後、残ってまで友達でも無い異性と会話しているのかと言うと。
一言で言えば罪滅ぼし。
私の中にある罪が滅んでくれるのかは分からないけど、滝くんが学校を辞めないでいいように、少しでいいから学校生活の手助けになりたい…。
そしてもう一つ大きな理由がある。


それは、なぜ私に告白したのか…。
初めは罰ゲームや嫌がらせかと思っていたのだが、月日が経つにつれて友達が居ない事に気が付き、罰ゲームでは無い事を知る。
そして、こうして話しだしてから滝くんが嫌がらせ目的で人に告白するような人間では無いと判断できた。

じゃあなぜ何の魅力も無い私なんかに…

「どうかした?」
不思議そうに顔を覗き込む滝くん。
「え…ぁ、いえっ!なんでもないです!」
顔を反らして本棚に顔を向ける。
危ない…赤くなっているであろう顔をガラス窓に写らないように、うつ向き加減に本を探す。

「この列の本棚にまだ見てない本ってあるかな…」
私の顔色を知ってか知らずか、隣に滝くんが並び私と同じように本を探しだした。
98偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:36:00.48 ID:CJB6jKiZ
この一週間で私と滝くんはお互いの好きな本を、教え合うまでに会話が成立するようになっていた。
普通の人なら一日あれば笑いあっておどけあうのが当たり前なのかも知れない。
だけど私にはこれがものすごく大きな一歩だと思っている。
異性と会話が成り立つこの空間。
私と滝くんの二人で会話がちゃんと成立しているのだ。

「二人とも、もうすぐ閉めるわよ。本決まったの?」
と言っても図書室に二人しか居ない訳ではない。
月森さんが一緒に居るからこの空間が成り立っているのだろう。
“二人きり”なら多分まともに会話すらできないはず。
と言うか空気に耐えられない。
月森さんが居るから上手い具合に中和され、空間が保たれているのだ。

「はい、この三冊をお願いします」
薄い小説本を月森さんに手渡す。
一冊は私が決めて借りたモノ。
そして二冊は彼…滝くんのオススメで借りたモノ。
本ぐらいしか趣味の無い私は小説三冊程度軽く一晩で読んでしまう。

「図書カードに記入してね。それじゃ一週間までに返してね」
「はい、わかりました」
図書カードに借りた本の題名、借りた日付時間を書き込み、手渡した本を月森さんから再度受け取る。
99偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:36:57.90 ID:CJB6jKiZ
それを鞄に入れると「では、また明日」と、どうにも隠せない笑顔を浮かべながら二人に頭を下げて図書室を後にしようとした。

「おっ、三奈いたいた!」
扉を開けようと人差し指を窪みに引っ掻けた瞬間、突然力を入れてもいないのに扉が勝手にガラガラガラッと開いた。
「あれ?島ちゃんどうしたの?」
扉前に立っていたのは友達の島ちゃん。
図書室なんだからもう少し優しく開けなさいと言いたかったのだけど、私が島ちゃんに注意してもどうせ数分後には忘れてるだろう。
「皆と話し込んでたらこんな時間なっててさぁ、一緒に帰ろうよ。
あっ、静もお疲れ〜って……」
身長の低い私の頭上から滝くんが見えたのだろう。
月森さんを見た後、滝くんが居る方向に目を向けると、笑顔を消して私を見つめてきた。
「なんでアイツ居るの?」
島ちゃんが小さな声でぼそぼそっと耳元で呟く。
「なんでって…図書室なんだから誰が居ても不思議じゃないでしょ…」
別に間違った事は言ってない…。
「…まさか友達とかに…」
「な、なる訳ないでしょ…早く帰ろうよ」
まただ…また私は自分を偽ってる。
自分可愛さに…。
会話を聞かれていなかったか、ちらっと後ろを見て確認する。
100偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:37:22.78 ID:CJB6jKiZ
滝くんは…遠くて聞こえていなかったと思う。
月森さんは…分からない。
パソコンに目を向けているので多分聞こえていなかったと思う。
「まぁ、いいや。んじゃ帰ろっ……と、その前に静にCD返さなきゃ」
鞄から音楽CDを二枚取り出すと、島ちゃんは私の横を通り過ぎ月森さんに走り寄って行った。
月森さんは男女関係無く友達が多い。
見た目は堅苦しいと思われがちだけど、話せば誰とでもスグに打ち解けるほどコミュニケーションも得意だ。

――単純に羨ましい。

私の理想は月森さんのような女性なのかも知れない。
島ちゃんと月森さんの会話を扉前で聞きながら、終わるのを待つ。
「…」
「あら、瞬太帰るの?」
何も言わずに立ち上がりそそくさと帰ろうとする滝くんに月森さんが話しかける。
こんな時私なら、話しかけないでと思ってしまうに違い無い。
多分滝くんも同じ。

足を止める事なく、ばつが悪そうに島ちゃんから目を反らしながら私の方へと歩み寄ってくる。

「……」
「……」
滝くんが通れるスペースを作り避けると、通り過ぎる間際、わざとらしく目線を下げて目を合わせないようにしてしまった。
この場で「さよなら」と言われても多分私は返せない。
101偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:37:45.97 ID:CJB6jKiZ
だから目を反らして無関係を装う。お互い無言ですれ違うと、滝くんは階段を降りて行ってしまった。
小さくため息を吐き、目線をあげる。

「…」
「ぁ…」
月森さんと視線がぶつかる。
また視線を下に落とし、上履きを見つめた。
私は本当にダメな人間だ…誰に対しても上手く対応できない。

「ねぇ、静はなんであの男に優しくするの?」
滝くんの足音が完全に消えたのを確認すると、島ちゃんが月森さんに話しかけた。
島ちゃんは気軽に会話を振っているが、私は滝くんに聞こえるんじゃないかと階段をチラチラ見ながらそわそわしていた。

「同級生だから仲良くしようと思うのが普通でしょ?貴女達こそなんで瞬太を毛嫌いするのよ」
“貴女達”と言う言葉に心臓が跳ね上がった。
嫌な汗が手を包む…ここで私は毛嫌いなんてしてませんと言えたら何か変わるかも知れない。

――もし悪い方向に変わってしまったら?

私と滝くんの立場が逆になってしまうかも…。

「だってさぁ…一年の時に三奈に告白してきたんだよ?」
「だから?」
「だからって…ねぇ?」
会話に入れず視線を泳がせていると、島ちゃんが気まずい空気のまま私に会話をパスした。
102偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:38:09.37 ID:CJB6jKiZ
会話の相手が島ちゃんから私に変わったと判断されたのか、月森さんは島ちゃんから目を離して私に向けてきた。
「私は別に…その……驚いただけで…」
スカートを握りしめ、しどろもどろで返答する。
誰に向かって返答したのか自分でさえ分からないほど、私の言葉は宙をさ迷っていた。

「瞬太は告白しただけでしょ?それを尾ひれつけて襲われたみたいに広めたら何かしら起きるに決まってるでしょ。特に瞬太は口下手だから一日でクラスに広まった話を纏めるほど対話慣れしてないし」
「静…もしかして怒ってる?」
島ちゃんが恐る恐る姿勢を低くして月森さんに聞いた。
内心私も心臓が破裂しそうなほどドキドキしていた。
この距離だったからまだよかったのかも知れない…私が島ちゃんの場所に立っていたら間違いなく頭を下げて逃げていたに違いない。
それでも話の終着点が見えない私には、胃に穴が空くほどの重い話に聞こえた。
「怒る?私は怒らないわよ。ただ、揉め事を作られると関係無い私に全部くるのよ。だから変な揉め事は辞めてちょうだい」
「ぅ…申し訳ありませんでした、静姉様…」
項垂れる島ちゃんの肩を叩いて「分かればいいのよ」と呟くと、お互い小さく笑いあっていた。
103偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:38:34.87 ID:CJB6jKiZ
「……」
このやり取りが私にはできない。
どこまでが本気でどこまでが冗談なのか――区別がつかないのだ。
私なら間違いなく、身体を震わせ、呂律の回らない舌を必死に動かして、謝り倒したに違いない。
それをすれば空気が悪くなると分かっていても謝らずにはいられないのだ。
今も月森さんが一度でも私に強い視線を向けていたなら、頭を下げて謝っていたと思う。

「とにかく。瞬太をフッたのは仕方ないとして、仲良くできないなら変に避けないで普段通り素通りしなさい。それがお互いの為よ」
「は〜い……んじゃ、私達先に帰るね」
「えぇ、二人とも気をつけてね」
手を振る月森さんに軽く手を振り替えして図書室を後にする。


「なんか静ちょっと不機嫌だったね」
「えっ、そうなの?」
ロッカーで靴を履き替えていると、島ちゃんが苦笑いしながらそう話しかけてきた。
私には分からなかったけど……やっぱり滝くんの事を言われて腹が立ったのかも知れない。
そう考えると、明日図書室に行くのを辞めたほうがいいのかと悩んでしまう。
「まぁ、静は多忙だから疲れてたのかも…寒いし早く帰ろっか」
「うん…」
学校から外に出ると、冬風が音を立てて耳に入り込んできた。
104偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:39:04.51 ID:CJB6jKiZ
首をすくめてマフラーに顔を埋める。


「はぁ…(そう言えば私、滝くんに告白の返事してない…)」
月森さんから言われた“フッた”と言う言葉が今になって頭に浮かび上がった。
フルもなにも私はあの時、狼狽えるだけでまともに返答すらできていなかった。
(一年経ってるし今も思ってくれてる……って事は流石にないよね)
熱くなる頬をマフラーで隠して歩き出す。
もし私があの時、滝くんの告白を受けていたら今頃どうなっていたのだろうか?
一緒に本を借りて二人で読んで…お互いの本を貸しあったり感想を言い合ったり。
それこそ充実した日々を送れていたのかも知れない。
滝くんと二人で会話をしていると時間を忘れる時がある…それも楽しいからだろうか?
まだ話す度に詰まってしまうけど、もう少し時間を掛けて友達のように会話ができるようになれば…。
軽く肩を叩いてふざけあったり…弁当を一緒に食べたり。

「楽しいのかな…」
「ん?何が?」
誰にも聞こえない程の声で呟いたはずなのに、島ちゃんの耳には届いてしまったらしい…。
慌てて両手を振り「なんでもない」と伝えると、足早に学校から遠ざかった。
105偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:39:31.12 ID:CJB6jKiZ

(また明日も行ってみよう……もしかしたら…)
そんな自分勝手な小さな幸せに思いを馳せ、誰にも気づかれないように笑顔を作る。
マフラーで隠れた笑顔は自分の内面を写し出しているのかもしれない…。
そう…私は表で笑顔を浮かべる時、八割が“作り笑い”なのだ。
文字通り作った笑顔……張り付いて離れない笑顔。
鏡を見れない笑顔…。
この笑顔も自分の自信の無さの表れだと思っている。
だから嫌い。
誰にでも好かれる笑顔が欲しい。
そして月森さんみたいに慕われる人間に私もなりたい…。




――翌朝、いつも通り学校へ登校し教室に入ると、不思議な光景が視界に入ってきた。

「ほら、謝るから許してね?」
「いや、別に俺は初めから…」
「やめなさいって。瞬太困ってるでしょ」
滝くんと島ちゃんと月森さんが三人仲良く話している。
クラスの皆も不思議そうにその光景を遠目に見ており、話の内容が気になるようだ。

扉前で固まってしまった足を無理矢理動かし、自分の席まで歩いていく。
鞄を机横に掛けて椅子に腰かけると、一時間目にある数学の教科書を机の上に置いて時間割り表へと目を向ける。
106偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:40:02.00 ID:CJB6jKiZ
わざわざこんな事しなくても頭に時間割りなんて入っている…だけど自分から話に入るなんて積極性は私に無い。
だから話しかけてもらうまで待つのだ…。

「あれ、三奈来てたんだ。おはよー」
「あ、うん、おはよう」
私に気がついた島ちゃんが滝くんに手を振り此方へ歩み寄ってきた。
滝くんも恥ずかしそうに軽く手を振り前を向いてしまった。

「一応私のやり過ぎだったかなぁと思ったから謝っといたよ」
「へ、へぇ…そうなんだ」
「うん、それじゃね」
席に戻る島ちゃんに手を振り滝くんに視線を向ける。
話しかける月森さんにただ頷く滝くん。
滝くんも周りの目が気になるのだろう…あれが月森さんじゃなくて私なら多分そう目立たないはず。
お互い目立たない人間が会話してもそう気にならないだろうし…。
(今なら…大丈夫だよね…)
周りを見渡しクラスメート達が各々会話に戻るのを確認すると、鞄から図書室から借りた本を取り出し、私が選んだ一冊を掴み滝くんに歩み寄った。

「つ、月森さんおはよう」
滝くんにでは無く、月森さんにまず挨拶をする。
「あら、おはよう。本どうだった?私も好きな小説だったから面白かった?」
107偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:40:34.20 ID:CJB6jKiZ
わざわざこんな事しなくても頭に時間割りなんて入っている…だけど自分から話に入るなんて積極性は私に無い。
だから話しかけてもらうまで待つのだ…。

「あれ、三奈来てたんだ。おはよー」
「あ、うん、おはよう」
私に気がついた島ちゃんが滝くんに手を振り此方へ歩み寄ってきた。
滝くんも恥ずかしそうに軽く手を振り前を向いてしまった。

「一応私のやり過ぎだったかなぁと思ったから謝っといたよ」
「へ、へぇ…そうなんだ」
「うん、それじゃね」
席に戻る島ちゃんに手を振り滝くんに視線を向ける。
話しかける月森さんにただ頷く滝くん。
滝くんも周りの目が気になるのだろう…あれが月森さんじゃなくて私なら多分そう目立たないはず。
お互い目立たない人間が会話してもそう気にならないだろうし…。
(今なら…大丈夫だよね…)
周りを見渡しクラスメート達が各々会話に戻るのを確認すると、鞄から図書室から借りた本を取り出し、私が選んだ一冊を掴み滝くんに歩み寄った。

「つ、月森さんおはよう」
滝くんにでは無く、月森さんにまず挨拶をする。
「あら、おはよう。本どうだった?私も好きな小説だったから面白かった?」
108偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:41:39.59 ID:CJB6jKiZ
「あ、面白かったです。よかったら…滝くんも…」
小さな声で呟き滝くんに本を差し出す。
差し出すと言うより、本を滝くんの机に置いただけ。
「あ、ありがとう…」
断られたらどうしようと思ったけど滝くんは優しく微笑んで本を手に取ってくれた。


――この日…初めて私は滝くんと教室で会話した。
一時間目が始まるまでの5分間だけだったけど、普通に会話できた。
周りの目もそれほど気にならなかった…多分それは月森さんが居たからだと思う。
休み時間は会話できなかったけど、その日の放課後も私は当たり前のように図書室に向かった。
図書室に入ると、いつものように滝くんは窓側の席に座り外を眺めていた。
私が入ると、笑顔を浮かべ礼儀正しく一度お辞儀する。
私もそれに対して軽くお辞儀して中へと入る。
私はこのやり取りが少し気に入っていた。
何となく言葉を使わずして、意志疎通ができているようで…。

「あれ…月森さんは…」
いつもなら月森さんが居るんだけど、今日は何故か居なかった。
本来の私なら月森さんが居ないと分かると、忘れ物を取りに行くフリをして図書室から離れていたに違いない。
109偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:42:13.73 ID:CJB6jKiZ
と言うか滝くんより、まず月森さんが居るか居ないか確かめるのだけど…。

――多分自分に“余裕”ができたからだと思う…。
月森さん不在を気にする事なく私は滝くんが居る席に歩み寄っていった。
「本帰ってから読むんですか?」
鞄を机の上に乗せて、滝くんの横に座る。
「うん、明日休みだからもう一冊何か借りていこうかと思ってるんだけど、今日はしずっ…月森さんいないからもういいかなぁって」
「……」
今、月森さんの事“しずか”って言いかけた…。それより何故、目の前に私が居るのに月森さんに頼ろうとするのだろうか?
本なら私の方が詳しいのに…

「もしよかったら私が探しますよ?」
よく分からない感情を頭を刺激する。
滝くんの返答を待たずして立ち上がり本棚に近づくと、いつも良く借りる本棚の欄から自分のベストに入る小説を一冊取り出した。
それを滝くんに手渡す。今度はちゃんと滝くんの“手に”渡す。

「あ…これ有名な小説だね。見たこと無いけど面白いの?」
「うん、私も何回も見てるから自信もって面白いって言えます」
最近図書室に入ってきた新しい本だけど、私は一年前に既に読んでいる。
110偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:42:58.72 ID:CJB6jKiZ
話の作りが上手く、個性的な表現が好きでよくこの作者の本を愛読させてもらっているほど。
私の部屋の本棚もこの作者の本で埋まっている。
普段の会話から察するに、滝くんも私と同じような本を好むはずだから、私が紹介する本も楽しんで読んでもらえるはずだ。

「それじゃ、これも借りていくよ。ありがとう」
手渡した本を鞄に入れると、携帯を取り出し何処かに電話しだした。
どこに電話しているのだろうか?
図書室は携帯電話禁止なんだけど…。
「もしもし?俺だけど……図書室から勝手に本借りていいか?」
それを注意できるはずもなく、電話する滝くんの横顔を眺める。
(そう言えば図書委員が居ないと借りる事ができなかったんだ…忘れてた)
図書委員が居ない場合、図書室を管理している教師に記入した図書カードを手渡すのだけど…。

「うん…うん…図書カードにはまだ記入してない。え?なんの本?SF小説だけど…題名?え〜と……」
鞄から本を取り出すと、本の題名を携帯に向かって読み上げた。
「あ〜…その、この本だけど、月森さん持ってるみたいなんだ。なんか貸してくれるみたいだかy「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌てて彼の手を掴み会話を止める。
111偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:43:26.33 ID:CJB6jKiZ
――また…また月森さんッ!
シワを寄せた眉間が酷く痛む。

「な、なに?」
「ぁ…ご、ごめんなさい!」
ビックリした表情を浮かべ私を見下ろす滝くんに気がつき勢いよく手を引き離した。
我に帰ると、胸を押さえて自分を落ち着かせる。
多分今が自分を変える一番のチャンス…そして罪を償えるチャンス。
これを逃せばまた同じように自分に偽りながら生きていく――そんなの絶対に嫌。
私も頼られる人間になりたい…。

「その小説私も持ってますから…私が…貸します」
震える声で滝くんにはっきりと伝える。
滝くんが耳に携帯を当てたまま、固まり私を見ている。
(お願い…断らないでッ!)
返答を待つ数秒間、私の頭は祈りをするシスターの如く何度も神様に願う。
「……あぁ…山科さんが貸してくれるらしいからやっぱりいいわ」
「ッ!?」
私は心の中で強くガッツポーズをした。
月森さんでは無く、一人の人間が私を頼りにした…その事実が嬉しくて何度も胸の中で喜んだ。






そして心の底で月森さんを小さく嘲笑った。
112 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/03(土) 00:45:23.14 ID:CJB6jKiZ
ありがとうございました、投下終了です。
113名無しさん@ピンキー:2011/12/03(土) 00:47:25.06 ID:sgRvOKPG
GJ
生投下久々に会えた
山科いいなあ、人間くささがたまらん
次回も期待してます
114名無しさん@ピンキー:2011/12/03(土) 02:08:54.33 ID:Osvuv2RD
乙!
115 忍法帖【Lv=6,xxxP】 :2011/12/03(土) 03:43:26.06 ID:laX32jBo
おお、素晴らしい。GJ!!
116名無しさん@ピンキー:2011/12/03(土) 05:52:22.90 ID:gsdy0Wp1
どちらも続きが気になる
117 忍法帖【Lv=23,xxxPT】 :2011/12/03(土) 19:56:38.03 ID:LkI65sIj
GJ!!
丁寧だわホント色々と
118三つ子の愛 上編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/04(日) 04:48:59.12 ID:fUz0qL6P
さてそろそろ投下しても大丈夫ですかね
今回はそこそこ怪作に仕上がった気がします
では投下しますね
119三つ子の愛 上編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/04(日) 04:49:36.10 ID:fUz0qL6P
妹が死んだ。
それは十二年前の寒い冬の日のことであった。
俺は妹が死ぬ前日に、妹から禁忌の恋心を伝えられていた。
兄としてではなく、一人の男性として俺を求めていたのだと。
当然、受け入れることは出来なかった。
妹はまだ十二歳という若輩者であるからその身体が幼く情欲をそそられないという部分もあるにはあったが、主な理由は倫理面である。
俺は自分で言うのも何だが極めて常識的な人間である。
盗みを働いたことも暴力を奮ったこともないし悪口も好き好んでは言わない。
世の中には禁断の果実を好んで食らいたがる破滅主義者が散見されるが、俺はそのような人間ではなかった。
もちろん空想でなら、俺にだってある。幼く可愛らしい存在が、俺を兄と慕う。それは妹的存在なのであって、妹ではない。
母性豊かな人を好む男が母親を犯したがるわけではない。
妹から恋を打ち明けられた俺は、彼女をたしなめた。
子供は友情や尊敬を恋や愛情と混同しやすいこと、好きや愛の感情は家族に向けるものと異性に向けるものは違うこと。
粘り強く、小さい妹でもわかるように噛み砕いて説明した。
それでも妹は決して屈さず、俺を愛していて自慰の空想にまで用いている事までさらけ出した。
はっきり言おう、おぞましかった。
目の前の生き物が、俺が可愛がり面倒を見ていた妹、美優であるとは思えなかった。
まるで悪霊が取り付いた様で、その瞳には俺には理解できない炎が爛々と灯っていた。
俺は理解を放棄した。考えたくもなかったのかもしれない。
美優の告白を冗談として扱い、夜も遅いからと彼女を寝床へ追いやった。
去り際に俺を見る美優の目には、失意の念が宿っていた。
その目に宿るものから、俺は何か不吉な予感を感じ取っていた。
事態が思いも寄らない方向へ転がっていくのは、家人の誰もが寝静まる夜中の事だった。
隣の妹の部屋から、ごり、がり、と何か硬いものがぶつかり合う音がする。
不審に思った俺は妹の部屋を訪れた。
そこで俺の見た光景は、俺の理解を越えるものだった。
妹は部屋の中央に座り、何かを鬼気迫る表情で飲み込み続けていた。
飲み込んでいたのは、彼女の前に山のように積まれた石ころであった。
たくさんの石を飲み込んだのだろう、美優の腹は妊婦のように膨らんでいる。
「何をしているんだ!」
俺は思わず怒鳴ってた。美優はそんな俺の声など全く気にしない様子でその行為を続ける。
「ああ、お兄ちゃん。美優ね、お兄ちゃんのための子供を産むの」
うっとりした顔の妹の口から出された言葉に理解が追い付かない。
120三つ子の愛 上編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/04(日) 04:50:24.34 ID:fUz0qL6P
「美優、悲しかった。私がいくら訴えてもお兄ちゃんはわかってくれない。
それどころか私を汚ならしいものでも見るかのように顔を歪める。
どうして私に応えてくれないのか、足りない美優の頭で一杯考えた。
そうしたらね、わかったの。お兄ちゃんが隠していたえっちな本はたくさんの女の人から愛される本ばかりだった。
お兄ちゃんはたくさんの女の人から愛されたかったんだね。美優一人には縛られたくなかったんだね。
だから美優はお兄ちゃんのはーれむの一員になることにしたんだ。
でもその方法がわからなくてうとうとしてたら寝ちゃったの。
そしたら夢にね、ぴかぴかした真っ白な人が出てきたの。
その人がね、言ったの。
だったら貴女が兄のために兄のためだけの女を産みなさい、って。
美優ね、それは名案だと思ったの。
だってお兄ちゃんが選んだ人が独占欲から私を排除するかもしれない。
それに私にだって独占欲くらいある。
でもはーれむがみんな私の子供なら何も怖くない。だってみんな私から生まれたものなんだから。
そしてね、その方法を教えてくれたの。
ぴかぴかした真っ白な人が子産み石を用意するからそれを飲み込めば子宝に恵まれるって。
目が覚めるとお部屋にまぁるい石がたくさん積まれてたの。
真っ白な人ありがとう、ってお礼してからのみ始めたの。
石なんて飲めるはずないんだけど、するする飲めちゃったの。
それに飲んだらお腹の中で石がぽかぽかしてきて、ああ、赤ちゃんになってるんだってわかった。
お兄ちゃんのために孕んだんだって思うと幸せを感じたよ。これが女の幸せってやつなのかなぁ。
えへへ、たくさん産んであげるねお兄ちゃんのための女の子を。
何人だって、何度だって、何年だって産み続けてあげる。
美優のお腹が壊れてしまうまで、貴方だけを求めて、貴方だけを愛する女達を産んであげるんだ」
俺のせいで美優は妄想に取り付かれて狂ってしまったのだろうか。
恍惚の表情で腹部を撫でている妹が突然苦しみ出す。
「う、産まれる、赤ちゃんが出てきちゃうっ!」
そんな馬鹿な、と唖然とするがすぐに飲み込んだ石ころのせいであると思い直す。
赤ずきんの童話の狼のように、ぷっくりとお腹は膨らみきり、妊娠線が幼い皮膚の上を走っている。
美優の顔には内臓を石で傷つけたのか、苦しみから顔を強張らせてびっしりと汗を浮かべていた。
明らかに危険な状態だ。俺はすぐさま救急車を呼ぶことにした。
搬送された美優は、程なくして命を落とした。自らの命を引き換えに三人の赤子を残して。
121三つ子の愛 上編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/04(日) 04:51:48.72 ID:fUz0qL6P
医者から告げられた言葉を俺を含めた家人は理解出来なかった。

腹部には石など詰まっておらず、胎内に赤子がいることが診断によって判明する。
母体が幼く、三つ子であることから帝王切開を行う。
母体は理由は不明だが極度の衰弱状態にあり、帝王切開による負担に耐えきれず心肺停止に陥った。

祖父母と両親は何者かに犯された上に子供を孕ませられ死んでしまった妹の事に何故気付いてやれなかったのだ、と自分達を責めた。
俺は妹が妊娠していたはずがないとわかっていた。
だが腹からは石ではなく赤子が取り出され、妹の部屋にあった山積みの石は何処にもなかった。
さらにこの件の不可解さから虐待を疑われて警察やマスコミが我が家を荒らしに荒らした。
疑いは時と共に晴れたが、家族はぼろぼろだった。そんな俺達の支えになったのは美優の遺した三人の娘達。
この子達を失った美優の分まで可愛がって育てていく、それは家族全員の思いだった。
優子、優香、優輝と名付けられた娘達は母親がいないのに本当にすくすくと育った。
優子は明るくおしゃれに敏感な今風な性格。優香はぽんやりとして占いなどが好きな昔で言う不思議ちゃん。
優輝は名前の通りに男勝りな性格で運動が大好きだ。
美優は気弱で緊張して喋るとどもり、人見知りが激しくいつも俺の後をついてくるような子だったから新鮮に感じる。
三人は見た目は妹と瓜二つに育った。目はお月様のように真ん丸で、鼻は可愛らしい団子鼻、唇はやや厚くぷりんとしている。
三人とも綺麗な黒髪を肩まで伸ばしている。……妹と同じように。
三人の見分け方は喋り方と目だ。そのままぱっちりさせてはきはき喋るのが優子。
やや眠たげにしていて夢見がちな少女のように喋るのが優香。
目を吊り上げてやや低い声で男みたいに喋るのが優輝だ。
三人は同じ遺伝子を持っているはずなのに全く違った個性の持ち主になった。
まるで異なる性格になることを示しあわせたかのように。
思えば不思議な子達だった。赤ん坊は自分に年の近いものをよく見る、なんて迷信を聞いたことがある。
それでも赤子であった彼女達は異様な程に俺を意識していたように思える。
俺が動くたびにベビーベッドから赤ちゃん達はじっとつぶらな目で俺の姿を追いかけていた。
おしゃぶりや哺乳瓶なんかより俺の指をしゃぶる方がお気に入りだった。
母親がいない寂しさからそうするのだろうと放っておいたら、水分でしわくちゃになるまでしゃぶられたものだ。
そしてそれを俺が嫌がって止めさせると激しく泣く。
いつもは俺が抱いてあやすとどんな時でも笑うのだが、指をしゃぶることだけは譲れないようだった。
お陰で三人娘がある程度大きくなるまでは指が渇く暇がなかった。
122三つ子の愛 上編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/04(日) 04:53:47.90 ID:fUz0qL6P
ある程度大きくなっても三人はトイレのしつけが中々上手く行かなかった。
小学三年生くらいまでは大小どちらも手伝わされたものだ。
甘やかされた子供は一人でトイレをするのが遅れるという。
外ではきちんとしていたようだが、家では甘えてしまうのだろう。
甘え、そう、三人娘はひどく俺に甘えが、両親にも祖父母にもあまりなつかなかった。
12歳となった今ですら、三人娘は俺を無邪気に父と慕ってくるのだ。世の父親はそれぐらいになると洗濯物を分けられたりするが。
未だにお父さんのお嫁さんになると言ってくれるのは嬉しいが、気恥ずかしくもあるものだ。
早く父離れをして欲しいとも思う反面、急に構わなくなったら寂しくて泣いてしまうだろうとも思う。
三人娘は赤ん坊の時から泣き出すと俺でないと泣き止まないために自然と俺の部屋で面倒をみていた。
12にもなるとそれぞれの部屋が欲しいだろうと家人で物置になってた部屋を整理したりした。
三人娘はその提案を受け入れず、未だに俺の部屋で寝起きしている。
もちろん布団は別だがあの年頃の乳臭い甘ったるい少女の匂いが部屋に常に充満している。
俺が普段着る寝巻きや布団にもそれが濃く付いてしまい、着たり寝たりするたびに他人の持ち物を借りてる気分になる。
だがそれが大好きな娘達からのものなら汗だって何だってうれしいものだ。これも親馬鹿だろうか。
仕事が休みな日はもちろん三人娘を遊びに連れてってやったり、勉強を見てやるだけで終わってしまう。
いい年にもなって告白したりされたりの経験が妹一人とは情けない。
それでもこんな日々が続く事を俺は願っていた。


何故急に昔のことを思い出したんだろう。
走馬灯のように巡る娘達との想い出に俺は何か違和感を感じていた。
何だろうか、この予感は。
帰宅途中の電車の中でうつらうつらと眠っている内に見た過去は何故かもはや遠いものに思えた。
そんなはずはない、平凡な娘達との日々はこれからも続くのだと自分に言い聞かせながら家を目指す。
言い知れぬ焦りから歩く速度は上がっていく。
家の玄関のドアを開けると美優が立っていた。
美優の姿は、火葬される前にそっくりだ。肌は青白く、死化粧を施されて幼さが影をひそめたその顔には満面の笑みが浮かんでいた。
病的な肌の白さとは対照的に赤く塗られた唇が笑みで弧を描く様は、ちらりと覗く白い歯と相まって何とも妖しい。
幽霊か、幻覚か、この美優が俺の前に現れたのは今が初めてではない。
始まりは俺が忙しさにかまけて日課の美優の位牌へのお参りを怠けた時だった。
月命日や命日は忘れずにきちんとしていたのだが、日課を怠けた次の日に俺の前に現れた。
123三つ子の愛 上編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/04(日) 04:55:24.95 ID:fUz0qL6P
俺が何気なく居間へ行くと、恨めしそうな顔をした美優がこちらを睨んでいた。
といっても所詮は美優だ。頬を丸く膨らませて、垂れ目を精一杯吊り上げても怖いはずがない。
団子鼻をふんふんと鼻息荒く怒ってるふ様は冷静に見れば微笑ましいくらいだ。
それでも死んだ人間が目の前に現れるなんてのは予想もしないことだ。冷静でなんていられない。
俺は腰を抜かした。女性よりも尿道が長いために男性は漏らしにくいのだが、無様にもだだ漏れだった。
そんな哀れな姿に美優は呆れた顔をして、すうっと陽炎のように消えた。
その日は一晩中、美優の位牌に手を合わせていたことは言うまでもない。
それから美優はたびたび俺の前に姿を現すようになった。
電車でうつらうつらしていると、いつの間にか対面の座席に座っていたりしたこともある。
一生懸命に目を吊り上げて口の前で両手を使ってバツ印を作っていた。
気付くと既に降りる駅で、美優がサインを出さなければ会社を遅刻するところだった。
知人の女性と喫茶店でお茶をしていた時にカウンターの中で店員に混じってこちらを見ている美優に驚いて吹き出しそうになった事もある。
愛らしい垂れ目がそのまま溶けてしまうようにしょんぼりと垂れ下がっている美優はあまりにも哀しそうだ。
その知人の女性とは交際も視野に入れて交友していたのだが、そんな美優の様子を見たからか自然と疎遠になった。
また、三人娘を仕事が忙しくてあまり構ってやれない時には俺を叱ってくれた。
娘達は俺に心配をかけまい、と気丈に振る舞っていたのだが、隠れて泣いているのを美優の手招きによって発見したのだ。
不甲斐ない俺を見て、美優は両手を耳の側に置いて指を立てて鬼の真似をしながらぷりぷりと頬を膨らませていた。
そんな風に美優は俺を手助けしてくれる守護霊のような存在になっていた。
普段は姿を見せないが、色んな事を知らせるためにすぐに目の前に現れる事が出来るということは、頻繁に近くにいるのだろう。
死してなお俺の後をよちよち付いてくる美優の事が、幼い頃にお兄ちゃん、お兄ちゃんと付いてきた時を思い出させて何だか嬉しく思えた。
美優のおかげで事故を逃れたりしたこともあり、良い事だらけのようだが美味い話には裏がある。
美優が幽霊として初めて俺の前に現れてからしばらくして、夢にまで美優は出てくるようになった。
それもただの夢ではない。えっちな夢、いやらしい夢、いわゆる淫夢である。
124三つ子の愛 上編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/04(日) 04:56:56.46 ID:fUz0qL6P
淫夢の中で俺は夢であるという認識を持たず、兄であるという意識さえ忘れて、妹の未成熟な裸体を貪っていた。
着ているものを破り、非力な抵抗を押さえ込み犯すのだ、殆ど強姦のように。
無理に体を開かれ、俺の変な力のかけ方で痣が幾つも出来ても、血をいくら流そうとも、美優は本当に嬉しそうに悦ぶのだ。
人のように言葉は交わさず、獣のようにただただ吐く息とうなるような喘ぎだけで快楽を表す。
犬のように、はっはっはっ、という荒く吐かれた息も、発情期の猫のような間延びした、ぁあーん、ぁあ、という喘ぎも心地好い。
愛も情も投げ捨てて、俺も妹にならいどんどん一個の獣へも転じていく。
どくどく、だくだく、と小さな子宮に子種を注ぎ込む事だけが全てとなっていく。
髪をつかみ、固さの残った尻に手を何度も叩きつけながら、がつがつと後ろから挿入してやる。
犬のように叫ばせ、犬のように交尾を強いることに堪らなく支配欲が満たされていくのを感じる。
どんなに荒々しい行為でも美優は受け入れる。
それどころか性行に没頭する俺を本当に夢見心地で見つめるのだ。
互いの分泌する体液まみれになりながら、子犬がじゃれ合うように美優の体を玩ぶ。
それが延々と繰り返されるのだ。精は尽きず、欲も尽きず、目が覚めるまで……。
俺は股間に感じる冷たさで目を覚ます。そうすると、下腹部は小水を漏らしたように我慢汁やら冷えた精液やらでびしゃびしゃなのだ。
驚きに血の気が引いていると、くすくすと笑い声が聞こえる。
その声の方向を見ると、幽霊である美優が唖然とする俺をいとおしそうに眺めていた。
幾ら語りかけても美優は何一つ語らず、ただただ微笑み続けていた。
それから地獄とも天国ともわからない夜の営みが交わされるようになったのだ。
夢で美優はあらゆる姿に変幻する。
ある時は俺よりも一回り上の歳の熟れきった女になったこともある。
俺を膝枕しながら、豊満に育った乳房を惜しげもなく赤子にするように俺の唇に与える。
美優の乳首から出るとろりとしたミルクに激しく興奮した俺の一物を手で優しくしごいてくれる。
またある時は高校生くらいの美優とお互いに制服を着て図書室の隅で隠れながら激しく交わった。
人が近くを通りすぎるたびに息をひそめながらゆっくりと腰を動かすと、羞恥からそんな生ぬるい感覚でも簡単に達する。
珍しい時には獣人や耳が長くて金髪の俗に言うエルフの姿で交わったこともある。
獣人の時は尻尾が性感帯らしく、全身に薄く生えた毛の心地よさを抱いて味わいながらいじり倒してやった。
エルフの時は耳が性感帯のようで、噛み後がたっぷりと付くまで甘く噛んでやった。
どんどんと淫夢に溺れていく自分がいた。それは美優の策略かもしれないが、美優を一人の女として愛し始めている自分がいた。
この十二年間の夢での逢瀬と現実での助けから、実質的には幽霊の美優は俺の妻のようになっていた。
125三つ子の愛 上編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/04(日) 04:58:21.27 ID:fUz0qL6P
倫理に背く罪悪感や禁忌の念はもはやなかった。
死んだものにまでそれを適応するべきではないと思ったし、生きてる内には幸せにしてやれなかった事への罪滅ぼしもある。
不自然な出来事ではあったが、その不幸の引き金を引いたのは間違いなく俺だ。
こんな風変わりな結ばれ方もありと言えばありなのかもしれない。
だから霊能者を頼って除霊だとか、美優を嫌がるとかはなかった。これもまた娘達と同じく、平凡な日々になっていた。


「どうしたんだ美優、やけにご機嫌じゃないか」
美優はまるで受験に受かった高校生のように満面の笑みだった。
それを見て、嫌な予感が胸をよぎる。美優はにこにこと俺の部屋の方を指を指す。
「俺の部屋か?娘達が何かしてるのか?」
玄関には靴は娘達のものしかなかった。
両親は仕事に、祖父母は公園でゲートボールや公民館で将棋やお茶会でもしたいるのだろう。
美優の先導に従って、俺は自分の部屋を目指して歩き出す。
廊下を歩く音がやけに響く。
このまま行けば、何か見てはいけないものを見てしまう気がする。
決定的な何かが起こってしまう確信があった。
俺は美優の招きに構わず、外で時間を潰そうとする。
そんな俺の手を凍えるような冷たさの手で握りしめて美優は引き止める。
「あぁ、美優、俺は用事を思い出したんだ。買わなきゃいけないものがあって……」
自分でも言ってて苦しい言い訳だ。
そんな俺の苦し紛れな言葉を、美優は小さな顔をふるふると横に振ることで一刀両断してしまう。
生きていた頃は非力だったのに、死した今では捕まれた所が痣になりそうなくらい力が強い。
軽く全身をねじって脱出を試みても徒労に終わる。
仕方なく美優に従う事にした。
美優は機嫌が良さそうに鼻歌を歌いながら先を歩く。
そうして俺の部屋へと到着した。



「あっ、父さん、父さんっ!はぅ、ぅぅ、ぅん、はぁっ、好きっ、ぁあ!」
優子は三人の中で長女だからか一番大人びるのが早かった。おませさんとも言っていい。
バレンタインデーチョコを一番最初に俺にくれたのも優子だ。
無理に手作りにしようとしたのか、形は崩れてたけど味は美味しかった。
俺がそれを褒めたからか、料理に凝るようになって日曜の昼などには色んな試食をさせられる。
父さんはもっとおしゃれに気をつかいなさいよ、と言って俺の服装をコーディネートしてくれる。
友人などからセンスが良いと褒められると、娘は末はデザイナーか、なんて親馬鹿な妄想をしてしまう。
無精がちな俺を叱咤し、励ましてくれる実の姉のような俺の可愛い娘。
何処に嫁に出しても胸を張れる三人娘の長女。
その娘は今、ベットの上で衣服を乱しながらうつぶせになって顔を俺の枕に埋めて自慰に耽っている。
俺がいるドア付近の場所からではその顔を見ることは出来ない。
しかし、欲望の熱から耳と頬は薄い紅色に染まり、肌からは汗が流れ出しているのはよく見える。
126三つ子の愛 上編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/04(日) 04:59:55.34 ID:fUz0qL6P
かいた汗によって肌に貼り付いた乱れた衣服が何ともいやらしい。
喘ぎに連動するように動かされる優子の右手からは、ちゅぶっ、ぐちゅ、という卑猥な雌の音がしている。
「あぁ、と、父さんの匂い、ぁっ、し、幸せっだよぅ、いいにっ、おいだよぅ、くぅん!」
俺からはその表情を見ることは出来ないが、淫らに歪められている事は容易に想像出来た。

「お父様に包まれてるっ、はぁ、やだぁ、こんなの見られたらい、いやですぅ、でもっ、き、きもちいい、うっ、うぅぅ」
優香は変わった子に育った。
お父様、なんて呼び方は中世のお嬢様くらいしかしないのではないだろうか。
優子はセブンティーンなんかによく載るような流行の服装が好きだが、優香はいわゆるロリータファッションだ。
俺から見ても不気味ないわゆるゴスロリではなく甘ロリとかいう白いドレスみたいなのを好んで着ている。
占いやオカルトが好きで、周りからは少し気味悪く思われてしまう事も多い。
それでも、三人の中で一番心優しい事を家族は皆が知っている。
家人が風邪や怪我をしたら心配そうにしながら色々と世話を焼いてくれる。
俺がインフルエンザで倒れた時は涙をだらだら流しながら一晩中看病してくれた。
飼っていたわけでもない隣の家の犬が死んだだけで長い間塞いでしまうような娘。
あのわんちゃんは天国に行けたでしょうか、そう言って俯く優香の頭を撫でて慰めてやった。
将来はきっと人の助けになるような仕事に就いて立派な人になってくれるであろう可愛い娘。
その心根に触れれば誰でも微笑まずにはいられない自慢の次女。
そんな優香は今、素肌に俺の寝巻きを身に纏って一人遊びに耽溺している。
目には何も映さず虚ろで、口は何かを求めるようにだらしなく開かれて小さなピンクの舌が覗いている。
「お、おとぉさまぁっ!もっ、もっと強くだいてぇぇ、いっ、いいっ、つ、つよくっ、してぇっ!」
俺の匂いの中で、俺に強く抱き締められる空想を味わっているのだろう。
俺がいつも着ているズボンの股の部分は優香の愛液によってひどく濡れていた。
余りの濡れ方に床まで濡らし、小ぶりなお尻が快楽に身じろぎするたびにびちゃり、ぴちゃ、と妖しい音を立ててしまう。

「父ちゃんっ、ぴちゃっ、僕っ、すんすん、ぁあ、僕っ、はぁ、ご、ごめんなさいっ、えっちで、ぁあ!」
優輝は名前通りに少年らしい娘に育った。
服装なんかもジャージなんかの簡素なもので姉二人からいつも注意されている。
運動が大好きで、早朝には三十路近く健康を気にし始めた俺とランニングをよく行う。
俺が運動に適したジャージ等に着替えて玄関へ行くと、今か今かと待ち構えてうずうずしてる優輝は散歩前の犬のようだ。
二人っきりで走りながら学校なんかであったことを語られるのはとても大切な時間だ。
運動音痴な姉二人が優輝ばかり構われるその時間に嫉妬して、朝は俺にべったりとついて離れないのには困るが。
127三つ子の愛 上編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/04(日) 05:03:12.09 ID:fUz0qL6P
そんな犬のような優輝は、僕は父ちゃんとこのまま走りながら一緒に死んじゃってもいいなぁ、なんて困った事を言う娘でもある。
美優の事が身に染みている俺は、死というものを軽んじる感じの優輝の発言をたしなめる。
優輝は笑いながら謝った。答え方は軽いが、二度と死を軽んじる発言はしなかった。
いつもにこにこ笑って少年のように振る舞うけど、本当は女性らしく他者の機微に敏感なのを俺は知っている。
だから優輝と一緒にいることはとても楽しい。
仲の良い友人としか作り出せない自然に気持ちが盛り上がっていく空気を、優輝はどんな人とも共有出来る。
そんな優輝は三人娘の中で一番友達が多い。
明るくて三人のムードメーカーな可愛い娘。
結婚した旦那さんはきっといつだって笑っていられることを世間の誰にだって保証出来る三女。
そんな優輝は、俺の普段使っている椅子に敷かれたクッションに膝立ちで顔を乗せて手淫に夢中になっている。
クッションを鼻で嗅ぎ、舌を走らせるその様は、一匹の発情した雌犬のようだ。
「こ、濃いよぉ、ここ、濃いのぉ、こんなの、駄目になっちゃう、僕っ、父ちゃんからえっちな子にされちゃうっ!」
ずりおろされたズボンから露になっている尻たぶはぷるぷると揺れて、普段からは想像出来ない程に女の妖艶さにまみれていた。



俺は目の前の光景から逃げ出したかった。目を瞑っても、少女達は男を惑わせる嬌声を上げ続ける。
性の戯れに夢中な少女達は父に気付かない。
この場から逃れるために身体を動かそうとしてもぴくりとも動かない。腕や脚、口でさえも。
まるで金縛りにあったかのように、いや、恐らく美優によって金縛りにあっているのだ。
くすくす、と美優が笑いながら俺の股間をまさぐる。
俺のペニスは鉄の芯でも入ってるかのように硬くなっていた。
俺は育ててきた何よりも大切な娘達の乱れる姿に激しく欲情していたのだ。
娘達の声と身体の震えが激しくなっていく。
美優は俺のベルトを緩めてからズボンに手を入れて、娘達の自慰に合わせて肉棒をしごき始める。
ボクサーパンツの締め付けと、驚くほど冷たい美優の手、そして何よりも娘達の性欲に溺れる姿が俺をどんどん高めていく。
「と、とうさぁんっ、ぁっ、はぅ、あぅぅ、ぁぐぅぅぅ!」
「はあぁ、ひっぎっ、んんん!お、おと、おとぉさまぁ……ぁあ、はぁ」
「ひっ、ひぃっ、とうちゃ、んっ、ひっぃいいい!」
娘達が激しく達したと同時に俺もまた美優の手によって激しく射精させられていた。
どくっ、どく、と絶え間なく流れ出してくる。
視界には絶頂して放心した幼い娘達が見える。
心労からか、余りの快楽からか、意識が遠ざかっていく。
ふらふらと夢に落ちていく中で、笑う美優の声が聞こえた。
128三つ子の愛 上編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/04(日) 05:05:46.77 ID:fUz0qL6P
投下終了です
キモウトは周りの泥棒猫を殺す
んじゃ私の依存妹には泥棒猫を産ませてみよう、という発想で出来ました
ジャンルはホラー?
下編は年内には投下します
なんかDV妻依存ものと忠誠依存ものを新しく思い付いてしまって
中々予定通りには行きませんがとにかく書き続けてはいくんでご容赦を
いやー私も周りのみなさんみたいにばしばし長篇投下したいんですけど浮気症の上に早漏で駄目ですね
まあ少しでも楽しんで頂ければ幸いです
129名無しさん@ピンキー:2011/12/04(日) 05:50:28.30 ID:ZFCWwaqB
>>128
いいです、凄く好みです。
色々と思いつくみたいだし、ジャンルも多種。
すんばらすぃ
130名無しさん@ピンキー:2011/12/04(日) 05:56:34.35 ID:PrDosXU5
>>128
乙乙、キモウトとキモムスメ(予定?)の両方に逢える作品が来るとは…
感謝。
131名無しさん@ピンキー:2011/12/04(日) 09:17:09.82 ID:sewQYK06
>>128
とても良かった!
絶対に続編を書いてくれよ!!
132名無しさん@ピンキー:2011/12/04(日) 14:30:41.36 ID:UEtchwKw
>>128
ぼくいぞ完結させてくれ(´・ω・`)
133名無しさん@ピンキー:2011/12/04(日) 14:32:50.91 ID:sNB4uICZ
(´・ω・`)
134名無しさん@ピンキー:2011/12/04(日) 21:05:16.14 ID:zwVaNK/H
ぼくいぞで三回抜いた俺にも言わせてくれ
来年の春まで待つから完結させよう、な?
135 忍法帖【Lv=7,xxxP】 :2011/12/04(日) 21:24:05.18 ID:Ru+SiC/m
>>128
素晴らしいよ!!GJ!!
136名無しさん@ピンキー:2011/12/04(日) 21:58:09.56 ID:FK/40ZzD
偽りの罪と天秤 何回も読み直してるわ マジで傑作
137名無しさん@ピンキー:2011/12/04(日) 22:12:57.12 ID:6+vK/Qsb
>>128
ホラーなエロスとか…理想過ぎておっきとまんねえ
マジGJ
138天秤 蛇足 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/05(月) 00:05:34.14 ID:0LpwRFcO
こんばんは〜
偽りの罪、三つ子の愛、ぼくいぞ。全部楽しく拝見させていただいてます。どの作品も女の子が可愛くて……本当に素晴らしいです!

そして今回は蛇足。12話ではないのであしからず………
そしてとても短いお話です。時間軸は4話のすぐあと、莉緒が宮都にネックレスを貰ったところからの続き。

前スレでも言いましたが、私は本っ当に!エロは書けません。そっち方面は上記の素晴らしい作品で補充して下さい。
139天秤 蛇足 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/05(月) 00:06:27.57 ID:0LpwRFcO
夢現


宮都は疲れていた。妹の誤解を解いた後は入浴してすぐに寝るはずだった。しかし一階で父に捕まり散々尋問されやっと解放された時、時間は既に2時に達していた。
明日は…いや、今日は8時に起きなくてはならない。宮都はシャワーだけ浴びてすぐに眠った。既に疲労はピークに達している。
だから、自室に莉緒が忍び込んだ事に気づかなくても不思議ではない。

「…お兄ちゃん?」
寝ている事を確認すると兄のベッドの傍まで近づく。そして…
「ごめんね。…お兄ちゃん。私、もう我慢……出来ない………したくない……」
ベッドに入り兄と一緒に毛布をかぶる。お互いの顔は5cmほどの距離しかない。
しばらく兄の綺麗な顔を見つめていたが唐突に目を瞑る。そして………
140天秤 蛇足 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/05(月) 00:08:02.56 ID:0LpwRFcO
心臓が痛いくらいに脈打つ。顔が赤くなる。私は一体何をした?
目を瞑り顔を近づけただけだ。ほんの5cmだけ。たったそれだけ。
自問自答で自分をごまかす。しかし莉緒自身が一番理解している。
自分が何をしたのかを。心臓が痛いのが……顔が赤いのが恥ずかしさでは無く嬉しさからくるものだということを。
「……もう一回」
兄の身体の下から腕を回して抱きしめる。そして今度は目を開けたまま…………

自らのソレを兄の唇に触れさせた。

10秒くらいしただろうか。ゆっくり顔を離す。息を整えてもう一回……
次は15秒。そして20秒。そして………
「ん、んふ。」
軽く舌を入れる。しかし宮都は寝ているため歯に進行を阻まれる。なら……
「………ん…」
莉緒は歯を舐め始める。1つ1つを丁寧に。奥の方から順番に。
宮都は食後と就寝前は必ず歯を磨く。初めてのキスはミントの香りがした…………
「ぷはっ」
夢中になっていて息をするのを忘れてた。少し慌てて息継ぎをする。
「ぉ…お兄ちゃぁん………」
莉緒は無意識に兄を呼ぶ。発した自分でも信じられない位に、とても甘ったるい声だった。起きて欲しくない、でも気づいて欲しい。そんな矛盾した思考が頭を巡っていた。

「ぅ…んん…?」
「……!!」
宮都が声をあげた。莉緒は自分の心臓を鷲掴みにされたようにビクッとなり、硬直した。
「………」
宮都はそのまま寝返りを打つとまた規則正しい寝息を立て始めた。
莉緒は安堵の息を吐く。
「大丈夫……まだ」
莉緒は宮都を後ろから抱きかかえ、背中に自分の頬を擦り付ける。
(なんだろう、この感覚。すごく安心する。それに、いい匂い……)
すると宮都が急に寝返りを打った。莉緒を抱きしめるように。
「〜〜〜!?」
必死で声を抑える莉緒。寝ている兄に自分から抱きつくなら平気だが相手からいきなりやられるとなると話は別だ。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」
宮都はまるで抱き枕に抱きつくように莉緒をつつむ。腕や脚は動かせない。莉緒の視界は宮都の寝顔で埋め尽くされた………
(暖かい……凄く気持ちいい)
まどろみが莉緒を襲う。
141天秤 蛇足 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/05(月) 00:09:01.19 ID:0LpwRFcO
いつからだったろう…兄の顔をまともに見れなくなったのは。
いつからだったろう…兄と話すたびに心臓が早鐘を打つようになったのは。
いつからだったろう……兄に愛されたいと思い始めたのは………

最初は他の家庭と同じだったと思う。『将来お兄ちゃんとけっこんする〜』みたいなやつだ。
宮都は莉緒を生まれた時から可愛がっていたし、莉緒もずっと宮都を慕っていた。
本来はそこから少しずつ兄離れをしていくものだが莉緒にはそれがなかった。宮都が優しすぎたのだ。

家では常にべったりだったし、小学校でも時間があればお兄ちゃんに会いに行っていた。
外出する時もずっとお兄ちゃんに付いて行って……人見知りのせいで初めて会う人と何も喋れなくても、いつもお兄ちゃんがなんとかしてくれた。
全部お兄ちゃんに頼ってた。お兄ちゃんさえいれば他には何もいらなかった……
お兄ちゃんもそれを嬉しがっていたと思うし何の問題もないと思っていた。しかし……

『いやっ!行っちゃイヤ!お兄ちゃん!』
『莉緒。たった二日だけなんだから我慢しろって。お土産買ってくるから』
『いやぁ……二日も会えないなんて絶対………お願いだからぁ……』
修学旅行の前日、莉緒は泣いて宮都に懇願していた。
今まで出した事のないような大声で、そしてとても悲痛な声で……。この時莉緒は小学4年生。たった二日くらいならば我慢出来なければおかしい年齢だ………
『宮都は明日の準備をしていなさい。莉緒は…こっちに来なさい』
傍で聞いていた一弥が莉緒を連れて行こうと腕を掴む。一弥が力ずくで物事を解決しようとしたのは後にも先にもこれが初めてだった。
『いやぁ!やめて!私からお兄ちゃんを盗らないでぇ。助けてッ!!助けてよぉ!お兄ちゃんッ!!』


あの後お父さんに言われた。
『自律しなさい』『お兄ちゃんに迷惑をかけるのをやめなさい』『なんでもかんでもお兄ちゃんに頼るのはやめなさい、そんな子はお兄ちゃんだって好きじゃないぞ』と
その後は……何だっけ?何を言われたのかは覚えてない。
でもその日を境に私は変わった。
お兄ちゃんに抱きつくのもやめた。我儘言うのもやめた。甘えるのもやめた。話しかけるのもやめた。
だってそうしないと我慢できそうになかったから。この衝動を……
そうして私は何もかもを心に溜め込んでいった。
お兄ちゃんと顔を合わせるだけで、数分話すだけで爆発してしまいそうになるまで………
そして何より………お兄ちゃんに愛されたかった…………
142天秤 蛇足 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/05(月) 00:09:48.38 ID:0LpwRFcO
そこで莉緒はハッとする。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。時計を見るともうすぐ7時になる。ちょうどいい時間に目覚めた。
莉緒はベッドから抜け出し、宮都に毛布をかけると部屋を出た。
昨日の夜……私は何をしたんだっけ?お兄ちゃんの部屋に来て、ベッドに入り込んで……その後どうしたっけ?その後何か夢も見たような…………
何か大切なものを失ってしまったかのような大きな喪失感。

…………でも

自室に戻って机に置いてあるネックレスを見ると、そんな事はどうでも良かった。
「………準備しなくちゃ」
そして莉緒は学校に行く仕度を始めたのだった。
143天秤 蛇足 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/05(月) 00:13:18.66 ID:0LpwRFcO
以上です。短いですが蛇足という事で勘弁して下さいね……

パワポケの新作(14)では9でバグだった夏目 准が攻略出来るとか!キャラが被らないように気を付けないと………
144名無しさん@ピンキー:2011/12/05(月) 00:48:42.09 ID:+5vH2vZD
うおおお!どんどん妹が可愛くなっていく!
天秤さんにはエロなんていらんかったんや!
応援してます!これからも頑張って下さい!
145名無しさん@ピンキー:2011/12/05(月) 20:17:42.84 ID:OUwc3Fu/
なんか次スレ立ってるけど
146名無しさん@ピンキー:2011/12/05(月) 20:20:07.53 ID:N5aXDiTh
問題なくね?
147名無しさん@ピンキー:2011/12/05(月) 21:02:41.15 ID:OUwc3Fu/
問題ねーな
148名無しさん@ピンキー:2011/12/05(月) 21:05:24.35 ID:bCeMxnxV
せやか
149名無しさん@ピンキー:2011/12/05(月) 21:06:58.55 ID:0LpwRFcO
誰が立てたん?
150名無しさん@ピンキー:2011/12/05(月) 21:13:29.20 ID:bE/skqI6
というかなぜ立てた
まだ150いってねーぞ
151名無しさん@ピンキー:2011/12/05(月) 22:18:34.05 ID:QKiYIVSU
落ちるんじゃねーの?
152名無しさん@ピンキー:2011/12/05(月) 22:20:33.93 ID:wEBaUN1H
んじゃ保守しとくか
153名無しさん@ピンキー:2011/12/05(月) 23:30:28.55 ID:cCrxjJUy
必要ないだろ
どうやっても次スレ移行は早くても3.4月ごろなんだし
154名無しさん@ピンキー:2011/12/06(火) 00:47:38.82 ID:yQugfGF3
>>143
投下乙!いつも楽しみにしてます

しかし何故立ったのか?
書き込めなかったから機能してないと思ったとか?
155名無しさん@ピンキー:2011/12/07(水) 20:59:35.49 ID:yO3RP9io
なんか突然このスレから作者が消える予感がしたから書き込み
156名無しさん@ピンキー:2011/12/07(水) 21:19:18.65 ID:uSdQJ7w+
わかる
157名無しさん@ピンキー:2011/12/08(木) 20:21:52.69 ID:fMfc1UX/
おいおい、コンスタントに投下しろよベイビー達ぃ!
158名無しさん@ピンキー:2011/12/08(木) 20:49:58.26 ID:mlgr+TV1
言い出しっぺの法則
159名無しさん@ピンキー:2011/12/10(土) 12:01:48.61 ID:kiZWMSgc
SS初めて書いてみたんだが投稿してもいいんですかね
そして今書いたところまでだと絡みが全然ないんだけどいいんですかね
エロい人教えて下さい
160名無しさん@ピンキー:2011/12/10(土) 12:18:56.43 ID:s6WegNX/
>>159
いきなりシーンってのもあるけど、
やっぱりストーリーも見たい人もいるし、問題ないと思う。
161名無しさん@ピンキー:2011/12/10(土) 12:29:02.61 ID:ATnSAG12
新しい書き手さんやー嬉しいなぁ
ここはエロなしでもOKだし大丈夫だよー
162名無しさん@ピンキー:2011/12/10(土) 12:32:18.25 ID:kiZWMSgc
分かりました!それじゃあ投稿していきます!
163「きょうみをもつひと」 1/7:2011/12/10(土) 12:34:16.69 ID:kiZWMSgc
1.『敢て管せず』

「それにしても、忠幸はお父さんににてしっかりしてきたねぇ」
母はそう言いながら、俺の胸元をとん、と叩いた。妙にこそばゆい。
そして、父さんに似ていると言われて照れていた。
顔が赤くなるのを感じる。

「あんまり触るなって。若いエネルギーを吸い取られそうだ」
「はは、私は元気の固まりだよ。若いもんの精気なんてなくとも自前で十分」
むん、と胸を張る母。
発言は肝っ玉お母さんだが身長は150cmに届かず、
ブラジャーなんて要らないのではないか、
というか要らない(本人談)というプロポーションには少しミスマッチで笑える。

妹の雪香と並ぶと、どっちが親で子供か割と本気で分からない。
姉妹に間違えられるならまだマシな方だ。
そしてもちろん若くみられるのは母である。
妹はこのことについて本気で悩んでいたりする。
まあそう意味では、「若いもんの精気なんてなくても」というのは納得である。

「忠幸がしっかりしてきたおかげでだいぶ助かってるのよ、本当に。
このまま就職もカチッと決めちゃって下さいな」
今は大学3年生という大切な時期だった。
大黒柱がいない今、俺がその後任を担うしかない。

「そうだな、そろそろ母さんを楽にしてやりたいし。今日もこの後パートなんだろ?」
「そうよ。コンビニおばさんになってくるわ。レジ打ちの鬼と言われる私の実力を、とくとみるがいい」
とくとみるがいい、の部分を凄んで言おうとしているのだろう。
頑張って低い声を出そうとしているのだが、どう見ても苦しんでいるようにしか見えない。
笑えるのだが、こんなことぐらいで笑っていたら母とは会話ができない。
164「きょうみをもつひと」 2/7:2011/12/10(土) 12:35:27.85 ID:kiZWMSgc
「いや、みるがいい、って。見に行かないよ」
「あら薄情ね。少年漫画雑誌を小一時間立ち読みして、
苦し紛れにガム買って帰ってくだけでも歓迎するわよ」
「またえらい具体的な。まあ顔は出せないけど、家で帰りを待ってるさ」
「うーケチ。いけず。とーへんぼく」
 ぷぅ、と顔を膨らませながら睨みつける母。威厳なんてあったもんじゃない。
「はいはい、いってらっしゃい」
「いってきます!たーくん!」
「おいっ」
たーくんはやめてって言っただろう! という前に
いたずらっぽく笑いながら家を出ていった。




これが母との最期の会話になった。

交通事故だった。


正直もう耐えられなかった。

父さんが死んで3年だった。

家族3人で助け合っていこうと頑張っている最中だった。

完全に心が、折れてしまった。

廃人だった。就活なんて碌にできずにいた。


そんな俺を一生懸命支えてくれたのが雪香だった。

今度は私がお兄ちゃんを支える番だって。

お父さんが亡くなったときに支えてくれたからって。

あの時雪香が居なかったら俺は生きていなかったかも知れない。
165「きょうみをもつひと」 3/7:2011/12/10(土) 12:36:21.16 ID:kiZWMSgc
「何ぽけっとしているんですか先輩」
はっと我に返る。
目の前にはスクリーンセーバが起動したディスプレイ。
「いやぁちょっと思い更けてた」
そう言いつつ振り返ると、そこには予想通り無表情の柿沼が突っ立っていた。

裾が短めのダークブラウンのダッフルコートを羽織っており、
すらっとしたスタイルと、タイトに決めたスーツ、そして仏頂面の柿沼にはちょっと可愛い組み合わせだった。
生肌が拝めないのは少し寂しい物があるが、冬場の着込んだ感じもそれはそれでいい。
それにしても、こんな格好をしているということはもう帰るのだろうか。

「体調悪いのかと思いました。最近咳もしょっちゅうですし」
柿沼が自主的に声をかけてくれる事は非常に稀なことだった。

柿沼は入社以来俺の下にずっとついてきているのだが、ほとんど私語を交さない。
別に仲が悪いわけではない。仕事に関してはとても素直で、指導しがいがある。
ホウレンソウもしっかりしているので、とてもよくできた後輩だ。
ただ、互いにプライベートな話をまったくせず、趣味もなくテレビも見ないため
(柿沼の趣味やテレビを見るかについては憶測)、仕事以外で話す内容がない。
それ以前に柿沼は俺と同じで、他人にあまり興味がないのだろうと思っていた。

そんな彼女が声をかけるだけではなく、俺を心配してくれているのだ。
という訳で、俺は完全に面食らっていた。それが顔に出ていたのだろう。
「心配ぐらい私だってしますよ。風邪ひきたくないですし」
と、付け足した。

これを少し恥じらった感じでぼそっと言ったら可愛げがあるのだが、案の定というか相変わらずの無表情であった。
本当に文面のままが本心なのだろう。ただ、この歯に衣着せない言動は嫌いではなかった。

「マスクしてればうつらない、はず。それにそろそろ治るさ」
身体がだるいと感じ初めてからかなりの日数が経っていた。
熱も出ていたが動けないほどではなく、薬を飲みつつ出社していた。
そろそろ治ってもらわないと辛いものがある。

「だったらいいですけど、面倒なことになる前にしっかり治して下さい」
分かったよ、と言うと、それではあがります、とそそくさと帰ってしまった。
柿沼の軸のブレなさにある種の尊厳を感じつつ、そろそろ自分も帰りの支度を始める事にした。
もうこの時間になると終電まで後数本しか残っていないのだが、
年末にかけて夜間警備すること請け合いなので、それに比べれば数段マシだ。
166「きょうみをもつひと」 4/7:2011/12/10(土) 12:37:00.50 ID:kiZWMSgc
空に伸びる細い枝に無数の電飾が施され輝く。昨日にはなかった物だった。
時間が遅いためか、周りに人はほとんど見えない。
キツいライトアップも、こうも周り侘しいと悪くない気がしてくる。

俺は年末という時期が憂鬱で仕方がなかった。
この時期は仕事が忙しいのだが、それは大きな問題ではない。
それよりもうっとうしいのは、いろんな人に食事や飲み会に誘われる事であった。

俺は柿沼のように、自分と関わるなという雰囲気を出しておらず、
むしろ仕事を円滑にこなすために、人当たりはよい。
そうすると、年末の空気にあてられた人々からお誘いの声がかかる。

曰く、仕事の疲れ飛ばすためにぱーっと飲みにいかないか。
曰く、最近近くに出来たイタリアンにみんなで行くんですけど、どうですか。

俺が行く訳がないのだが、しれっと断る訳にもいかない。
いろいろと言い訳を考えて、申し訳なさそうに断る。これが本当に憂鬱であった。
ただ、何回も断るのが続くと向こうも察したようで、最近になると全く声がかからなくなり、悩む事もなくなった。
その頃にあの柿沼があてがわれたので、上司も思うところがあったのだろう。
さぞ周りから見たら奇異なコンビであろう。まあどうでもいいのだが。


そんな事を考えていると駅についていた。電車がもうすぐ来るようだった。
すかさず乗り込むと、車内では金曜日でもないのに酒の匂いが漂う。
電車が動き出すと、見慣れた風景が流れていく。
その流れる風景と同じように、いつも通りに思考が流れていく。

 そういやそろそろクリスマスプレゼント用意しなくちゃな。
 誕生日プレゼントは思ってたより喜んでくれたからな。
 今回はもうちょっと奮発しよう。雪香に何が欲しいのか聞くのもいいが、
 サプライズで渡すのもいいな。よし、今回はサプライズにしよう。

仕事帰りの車内で考えるのはいつも同じ事、雪香の事である。
むしろ、仕事の事以外で考える事は雪香の事しかない、といった方が正しい。
そして仕事は雪香のためにしていると言っても過言ではないので、俺にとって雪香は全てと言える。
それがいい事だとは思えないが。
167「きょうみをもつひと」 5/7:2011/12/10(土) 12:37:48.61 ID:kiZWMSgc
家に着くと妹が玄関で出迎えてくれた。深夜一時を回っているのにである。
妹は風呂から上がってすぐだったのだろうか、寝間着姿で肌はほんのり上気していて、髪の毛もしっとりとしている。
後は髪の毛を乾かして寝るだけのようだった。
「お兄ちゃん、お風呂沸いてるけどどうする? それともご飯?」
そして、俺の為に風呂も沸かし直しておいてくれたようである。
夜も更ける頃にこんなサービスなど、新妻並みの甲斐甲斐しさだ。

「それじゃあ雪香で」
「お風呂抜いてくる」
見事なリターンだった。サーブ打ったと思った瞬間にリターンが入ってるレベルだった。
「ちょいまって!お風呂に入ります!」
「はいどうぞ」
そういう雪香は少し笑っている。この笑顔を見ると家に帰ってきたと感じるのだ。

さて、雪香の手前では湯船に浸かると宣言したものの俺はシャワーで済ませた。
身体が怠く熱が出ていると感じる身としては、あまり体を温めたくはなかった。
風呂から上がり、ダイニングにて風邪薬を飲む。朝と夜だけ飲めば効くあのアレだ。
まあかれこれ一週間飲んでいるので、朝と夜だけ飲んでも効いていないのだが。

「まだ風邪治ってないの?」
と、俺が風呂から上がった気配を感じ取ったのか、いつの間にか妹が来ていた。
髪を乾かしたのか、黒のロングヘアーがさらさらと流れる。
「ああ、やっぱり季節の変わり目には弱いみたい。日曜日に久しぶりの休みがとれそうだから、ゆっくり滋養することにする」

飲み干したコップをシンクに置きながら、本当に休めればいいなと思いながら返事をする。
すると、雪香が無言でこちらに近づいてくる。そしてぐっと抱きしめてきた。
昔から不安になると雪香は無言で抱きついてきた。やっぱり不安なのだろう。
髪からふんわりとシャンプーの香りが届くと同時に、胸元に柔らかい感覚を感じる。
また大きくなったんじゃないだろうか。ふと、そう思った。

「また大きくなったんじゃない?」
思ったことをすぐ口に出せる自分、嫌いじゃない。
「え、なにが? ってやっぱ言わなくていい」
顔が赤くなる雪香。なんかもう幸せだった。セクハラしておいてなんだが。
「あとのーぶ」
「言わなくていい」
痛い。最近たるんできたお腹をつねられていた。痛い。

「絶対休んでよね。私、お兄ちゃんが倒れるのは絶対に嫌だから」
「ああ、分かってる。フォローいろいろ頼むぞ。あと痛い」
「うん、もちろん。むしろ私にフォローできる余地がほしいかな。最近お兄ちゃん忙しすぎるよ」
「善処します。あと痛い」
「是非善処して下さい」
といいつつ、つまんでいた指を話してくれた。代わりに顔がふくれていた。
こういうところをみると、やっぱし母娘なんだなと感じる。
ふくれっ面になる妹の頭をポンポンとして、寝室に向かった。
168「きょうみをもつひと」 6/7:2011/12/10(土) 12:38:31.56 ID:kiZWMSgc
翌日、着替えをすませリビングに行くと雪香が朝食の準備をしていた。
「おはようお兄ちゃん。ご飯食べる?」
正直に言うと食欲はなかったのだが、雪香に心配をかける訳にはいかなかった。
「うん、もらおうかな」
了解、というとテキパキと用意していく。
3分後にはサニーサイドエッグとトーストとサラダが出てきた。
この手際のよさにはいつも驚かされる。

「そう言えば大学の方は最近どうなんだ」
目玉焼きにソースをかけつつ訊いてみる。
クリスマスプレゼントのヒントになる情報を探るためだ。
まあ単純に気になるところでもあるが。

「どうって、勉強はきちんとしてるよ」
雪香は目玉焼きに醤油をかけていた。ソースの方がおいしいのだが。
「勉強に関しては聞かなくてもわかるさ」
雪香は昔から勉強が別段にできるわけではないが、
きちんとやるべきことはこなす、真面目なタイプだった。

「じゃあなに?」
「友達と遊びにいったりとか」
「来週の日曜日に映画にさそわれたかな。作品はよく知らないんだけど」
少し安心した。雪香には俺みたいにならないでほしい。
上辺だけじゃなく、きちんと周りの人と付き合ってほしかった。
彼氏は許さんが。

「作品名は覚えてる?」
「たしかノルウェイの森だったような」
「うん、あれはいい作品だ。うん、いい。是非感想を楽しみにしている」
「え、あ、うん」
「ん、ちょっとまて、その友達って男か?」
「いや違うよ。」
「うん、ならいいんだ」
「? 変なお兄ちゃん」
これでまた一つ楽しみが増えた。来週の日曜日が待ち遠しい。

「それじゃいってくる」
「いってらっしゃい。ほんと無茶しちゃ駄目だからね」
「わかってるよ。それじゃいってらっしゃいのキス」
「はいはい、行ってらっしゃいね」
「うわ、笑顔が怖い。い、いってきまーす」
さて、今日も頑張ろう。可愛い雪香のためにも。
169「きょうみをもつひと」 7/7:2011/12/10(土) 12:39:12.15 ID:kiZWMSgc
会社についたのはいいのだが、妙に辛かった。咳が酷いし、何より胸が苦しかった。
顔を手で拭うとじっとりとしていた。これが俗に言う脂汗なのか。
頑張って自分のデスクまで移動し、突っ伏した。

「先輩、来てそうそうサボりはよくないですよ。せめて1時間置いてからどうでしょうか」
柿沼だ。2日連続で向こうから話しかけてくるなんて奇跡だった。
しかし、俺はその奇跡に対して返事しようとするも、うう、といううめき声しか出ない。
「先輩、本当に大丈夫ですか?」
異常を感じとったのか、こちらの方に近寄ってくる柿沼。

「柿沼……ヒューヒュー……胸が痛い……」
「!?」
なんか喉から空気が抜けるような音が聞こえてきた。どういうことなんだ
「」
柿沼が何か言っている。でもよくわからなかった。でも顔は見えた。
「柿沼も……そんな顔するんだな」
俺の意識はここで途絶えた。
170「きょうみをもつひと」 第一話終了:2011/12/10(土) 12:42:12.99 ID:kiZWMSgc
ひとまずここまでです。
初めてなんでいろいろ拙いところはありますが、
これからは話はどんどんエロい方向に、そして依存度もぐんぐん上がっていく予定です。
遅筆だと思いますがどうかよろしくお願いします。

171名無しさん@ピンキー:2011/12/10(土) 13:53:19.34 ID:MzpuYPpx
初めてにしてはとても整った読みやすい文体でよかったです。これからの展開に期待してます。
172名無しさん@ピンキー:2011/12/10(土) 13:57:55.19 ID:ATnSAG12
凄い!初めてなのにこんなにしっかり書けるなんて!
羨ましいなあ
173名無しさん@ピンキー:2011/12/10(土) 14:35:14.28 ID:kgI1/VDq
174名無しさん@ピンキー:2011/12/11(日) 02:24:51.08 ID:QVKe9ED2
初めてとは思えないな
GJ 楽しみにしてるぜ
175天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:06:18.52 ID:8il9GKyD
こんばんは。投下しますのでよろしくお願いします。
>>170
またしても楽しみが増えました!これからの展開が楽しみで仕方ないです!
176天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:07:18.00 ID:8il9GKyD
宮都と准


宮都と准は大学のキャンパスを歩いていた。それ自体は普通だが以前と違う箇所が一点ある。
「なぁ、准。歩きにくいんだけど」
宮都は腕をモゾモゾと動かす。
「…………………」
しかし准は宮都を逃がさないよう、力をいれて腕にしがみ付く。

そう、あの日以来准は移動する時は必ず宮都を掴むようになったのだ。大学内はもちろん、通学、帰宅、それ以外の時もだ。
まるで離れたら宮都が遠くに行ってしまうと言わんばかりに……
「大丈夫だって、俺はどこにも行かないから。それよりほら、講義遅れちまうぞ」
今日は久しぶりに講義がある日だった。通常、この大学では研究室は4年生にならないと入れない。
しかし、この2人は2年生にも関わらず、すでに研究室に入っている。それには理由があった。
宮都と准は2年生の前期までに卒業に必要な単位を取得してしまったのだ。もっとも准は宮都のおかげであるが。
そんなわけで2人は特例で研究室に入る事が出来たのだ。しかし、学年ごとに決まっている必修科目の免除はされていない。今日はその必修科目を受ける曜日だ。
「ほら、それじゃあ手を繋ごう!それなら走れるだろ。絶対に離さないから」
准は渋々といった面持ちだったが、やっと腕を離してくれた。そして手を繋いで走り出す。
177天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:07:51.15 ID:8il9GKyD
准はあの日以来笑わなくなった。

その代わり、顔にはいつも不安気な表情が張り付き、見ているだけで痛々しい。宮都と別行動する事を極端に嫌がり、ほぼ一日中宮都の身体の一部分を掴んでいる状態だ。
朝は宮都の家まで来て縋り付くような表情で抱き付いて、帰りは准の家で泣きそうな顔をして別れる。宮都にとって准の家は駅への通り道なのだから、毎朝わざわざ迎えに来る必要はない。
だから『朝にわざわざ迎えに来る必要はない』と准にそれとなく伝えたが、宮都は次の瞬間その発言を後悔させられた。
それを聞いた准は激しく泣き叫び必死に宮都に謝って来た。

『ゴメンなさい!ごめんなさぁい………。お願いだから捨てないでぇ!』

このようなセリフを何度も何度も繰り返した。小さな子供が必死に親に謝るように……。何度も何度も、声が枯れ果てるまで……
それ以来宮都は、准のするほとんどの事を受け入れる事にした。そうすれば少なくとも准が泣く事は無くない。しかし………

准は決して笑わない。いつ、どの瞬間でも宮都が離れてしまう不安に押し潰されそうになっている……。そして宮都にはその不安を取り除く事が出来なかった。
それは当然だ。どんなに宮都が離れないと言おうが、それを准に対して証明する事など出来ないのだから。ただ……信じてもらうしか無い。

だから宮都は毎朝決意している。今日こそ准に笑顔を取り戻してみせると。それが宮都の……義務なのだから。
178天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:09:56.64 ID:8il9GKyD
「ふぅ。着いたぞ、ギリギリセーフだな」
「うん………」
教室に着いた途端また腕を掴んでくる。そんな2人を見て教室のあちこちからヒソヒソばなしが聞こえる。恐らく、『いつものカップルが来たぞ!』とかだろう。
「そこが空いてるな……。ここで良いか?」
准はこくんと頷いたので、宮都は荷物を置いて座る。准もその後に続き座った。
講義を受けている最中も准は宮都の腕を離そうとしなかった。宮都は右利き、准は左利きなのであまり不自由はしない。

「あ…」
講義中に宮都はうっかり消しゴムを落としてしまった。ちょうど自分の足元だったので椅子を引いて取ろうとした…が……
「宮都は座ってて」
そう言うや否や准は椅子を引いて宮都の足元の消しゴムに手を延ばした。
消しゴムは宮都の右足付近に落ちているので、宮都の左に座っていた准からは明らかに拾いにくいはず。それでも懸命に四つん這いになりながら手を延ばし、なんとか拾う事ができた。
「はい、これ」
准は笑いながら……いや、笑っていない…。不安そうな顔を向けて宮都にそう言った。

最近いつもこうなのだ。宮都が自分でやろうとした事をなんでもかんでも引き受ける。もちろん迷惑はしていないのだが、宮都としては見ていて痛々しくなる。

これはポイント稼ぎだ………

今までこんな事は無かった。いつでも2人は平等で…笑い合って、軽くどつき合いとかして、軽く口ゲンカしたり……でもすぐに宮都が頭を下げて大きなケンカにはならなくて。本当に2人は“同じ”だった、それが普通だった。
しかし今の関係はとても歪。明らかに宮都の方が立場が上になってしまっている。厳密には准が自ら下に移動したのだ。そのうえで宮都を上にしようとしている。
しかし、宮都の言う事はなんでも聞くかと言えばそうではなく、少しでも距離(物理的にも精神的にも)を開けようとすると激しく抵抗する。
先ほどの消しゴムにしても、もし宮都が准を止めていたら恐らくまた泣き叫ばれていただろう。なぜそれ程までに過敏になっているのかが宮都には分からない。

唯一ヒントになりそうなのは、宮都が最初に准の手伝いを拒否した時の発言だろうか?その時、准はこう言っていた。教授に頼まれて実験器具を運び出す時だった……

『イヤッ!私がッ、私がやるの!宮都はなにもしなくて良いのッ!全部、全部私がやってあげるからッ!だから捨てないで!あの時みたいになっちゃうの私耐えられないッ!!』

准は言った、『あの時』と。恐らくこれが准がここまで過敏になっている原因なのだろう。しかし宮都には全く心当たりがないのだ。
それでいて宮都が准にその事を尋ねたら、はぐらかされてしまった。不自然なくらいに慌てた様子で………
179天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:11:57.21 ID:8il9GKyD
「ねぇ、小宮君。ちょっといい?」
講義が終わると少し離れていた席に座っていた女性グループから、から一人の女学生が歩いて来た。
「ん、谷野(ヤノ)か。何か用?」
同じ学部の谷野だ。入学当初のオリエンテーションの時一緒の班だったことで知り合った。
「私たちあっちで座ってたんだけど全員わからないところがあって……、もし良かったら少し教えて欲しいんだけど」
指差す方には女学生が数人座っていた。宮都がそっちを見るとなぜか全員が一斉に目を逸らした。
「ああ、なるほど。ず〜っと喋ってたんだろ、そりゃあわからなくなりますねぇ」
宮都がニヤリと笑いながらそう言うと、谷野は図星を突かれて照れ臭そうに笑っている。
宮都としては別に教える事は構わない。しかし問題は准だ……
「准、というわけだから少しいいか?」
駄目もとで聞いてみる。駄目なら駄目で何か適当な理由を作って帰ろうと思っていた。しかし意外にも…
「わかった。宮都がそう言うならいいよ」
と、了承の言葉が帰ってきた。宮都は谷野に自習室で座って待っているよう指示し、机の上を片し始める。
「本当?助かった!よろしくお願いしま〜す」
谷野はぺこりと頭を下げ机に戻って行った。

「准、良かったのか?」
片付けながら宮都は准に質問する。絶対にダメと言うと思っていた。
谷野が宮都に声をかけた瞬間から准は宮都の腕をかなり強く掴んでいて、“絶対に宮都は渡さない”という意思を痛いほど感じ取っていた。
「私の好きな宮都は誰にでも優しいから…。だから大丈夫、我慢する。……私もついて行って良い?」
「最初から連れて行くつもりだよ。大体断るわけないだろ?いちいち聞くなよ」
宮都は微笑みながら手を伸ばし、准の手を引いて歩き出した。
どうやら准の根底にある優しさは全く失われていなかったらしい。昔から准は誰に対しても優しくて、宮都はそれに感化されたに過ぎない。つまり宮都の優しさ=准の優しさでもあるのだ。

ーー大丈夫、時間をかければ必ず准は元通りになる。またあの笑顔を俺に見せてくれる!………いや、こんな考えじゃ駄目か…今日中に取り戻してみせる……ーー
180天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:12:25.82 ID:8il9GKyD
自習室のドアを開くと、谷野を含め5人の女学生が待ち構えていた。いつも一緒に座っている5人組だ。
「お待たせしました」
宮都が軽く頭を下げると
「ううん、全然。教えてもらう立場なんだから」
「「「「お願いしま〜す」」」」
5人揃って頭を下げた。
「了解。それと准はそこに座っててくれ。何かあったらすぐに俺に言うんだぞ、わかったか?」
准は小さく頷くと宮都を離して席につく。このように密閉された空間なら比較的簡単に離れてくれるのだ。
「なんか小宮君って夏目さんの保護者みたいだね」
あながち間違ってない………
「そうか?」
宮都は適当に言葉を濁すとカバンから教科書を取り出す。
「それじゃあどこが分からないのか教えてくれるか?それぞれ全員頼むよ」
「それがね〜」
谷野は照れくさそうに笑う。
「全員がどこが分からないのか分からなくて……。というよりも今までの講義で理解できたとこが全くない!この講義難し過ぎ!」
よくあるこのパターン。しかも5人はヘラヘラ笑い合っている。
宮都は無言でホワイトボードを運び、水性ペンのキャップでホワイトボードを強めに叩き全員の注目を集める。
「それでは最初の方、基礎の基礎!からやっていきましょう。」
無表情な宮都の発する圧力に准を除く一同が凍り付く。実は宮都、勉強面ではかなりスパルタだ。敬語になった事がスパルタモードに入った事を証明している。
そして宮都の講義は始まった。初日の講義内容から始め、今日の範囲までいくのに大体2時間ほどかかった。その間宮都はずっと立ちっぱなしでホワイトボードに板書し続けた……

「………と言うわけでここの単位ステップ関数のラプラス変換は1/sになるわけです。何か質問は?」
誰も手を上げない、どうやら理解してくれたようだ。
「今日の講義の範囲はここまでです。次はsinωxとcosωxのラプラス変換が出るので、配られたプリントをしっかり確認しておいてください」
最後に一礼すると全員が宮都に拍手した。
「ありがとう、小宮君。すごくわかり易かった!」
谷野がそう言うと他のみんなも次々に宮都を褒める。
「いや、皆の理解が早かったおかげだよ。それじゃこれでお開きにするか」
宮都は背伸びをして首をコキコキ鳴らすと、ホワイトボードを片付け教科書をカバンに戻した。そして思い出したように
「言っとくけど次からはちゃんと講義を聞けよ。いつでも俺が教えられるわけじゃ無いんだからな」
「「「「「ハーイ!!」」」」」
全員が素晴らしい返事を返す。それに伴ってやる気も出してもらいたいが………
181天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:13:00.44 ID:8il9GKyD
「よし、それじゃあまた来週。行くぞ、准」
宮都が差し出す腕に准は絡みついた。最近はこの体勢が移動時のデフォになっている。そのまま出て行こうとする2人の背中に谷野が声をかけた。
「あ、あのさ。ちょっといい?」
いつもの彼女らしくない声に宮都が反応した。
「どうした?何か分からなかったとこでもあるのか?」
「い、いや…そういうわけじゃないんだけど………」
いつも活発な谷野からは想像出来ないほどモジモジしている。心なしか少し顔が赤いような……

「ねぇ、本当に聞かなくちゃダメ?」
後ろを向いて小声でいう。
「当たり前でしょ!ずっと話題になってるんだから」
「そうそう、それに100%そうだって決まったわけじゃないでしょ?」
「うじうじしてないで早く聞きなさい……」
「みっちゃん ガンバレー」
なんか全員でゴニョゴニョ言ってる。小声のつもりだろうが宮都には丸聞こえだ。もともと声が大きい連中だし……
谷野は全員に励まされ?宮都にもう一度向き直った。そして深呼吸。
「あ、あのさ。ちょっといい?」
「それはさっき聞いたぞ。俺の準備は万端だ」
「え!?あ、そっか…アハハ………」
ますます谷野らしくない。普段は言いたい事はスッパリ言うのに。
「あのさ、なんか最近さ、小宮君と夏目さん……以前にも増して仲いいよね」
宮都はトンカチで頭を殴られた気がした。今この状況でこの質問はヤバイ! 宮都は頭をフル活動させて質問に構える。表情には全く出さない。
「そうか?もとからこんなもんだろ」
「全然違うよ!だって最近噂になってるよ?とうとう2人が急接近し始めたって」
「急接近?」
「そう。幼馴染の段階から恋人の段階に入ったってこと。私の友達がっかりしてたよ〜。とうとう小宮君と夏目さんが付き合い始めちゃったって」
「がっかり?なんでがっかりするんだよ?」
え、だって。と谷野がつづける。
「小宮君って女の子から人気あるんだよ?頭良いし優しいし、笑った顔も素敵だって専らの評判。変な話、夏目さんがいなかったら十中八九告白されてると思うよ?たくさんの女の子に」
「あー、なんか照れるな、そういうの」
宮都は適当に返事をしながらも准が震えだし、さらに腕を抱く力が強くなっていくのを感じていた。これは結構ヤバイ………
「そこで私がそんな子達を代表して聞く事になったの。あ、もし答えたく無かったら答えなくても全然平気だから!」
谷野は慌てたように付け足す。

ーーさて、どうしたものか………ここでどう答えれば丸く収まるのか?ーー
182天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:14:11.58 ID:8il9GKyD
「ちょっと、待って………」
急に准が声を出す。とても怯えたような声を……
「“代表”ってどういう事?谷野さんも、宮都を……」
宮都はハッとした。確かに谷野は“そんな子達を代表して”と言った。これは間接的に宮都を好きと言ったようなものだ。
「ふぇ⁉あっ!ち、違う!!私の好きっていうのは…ほら、アイドルに対してファンが好きって言ってるようなもので、ほら、憧れ!憧れなの!」
谷野は慌てて否定するがその顔の赤さと後ろにいる4人の表情からそれが嘘である事がわかる。と、言うより恋愛感情というものは誰でも最初は憧れから始まるのだから……
宮都は相変わらず微笑みながらポーカーフェイスを作っている。しかしその表情の下では素早く情報処理が行われている。そして宮都は一つの結論を出した………
「まぁ、憧れてくれるって事を嫌がる人間はいないよ。それは素直に嬉しい」
腕を掴む力が強くなる。
「それとこんな俺が女の子から人気があるってのは未だに信じられないな。嘘じゃないのか?」
谷野はフルフルと首を横に振る。ツインテールが顔に当たっている。
「本当なのかよ……。まぁそれも男としては嬉しいもんだな、やっぱり」
また強くなる。
「ここでもし付き合ってないって返事したらどうなるんだ?」
また強くなった。もうこれ以上無いというくらいに腕が准の身体に強く締め付けられている。腕には准の拍動が伝わってくる。
「え……。わかんないけど多分誰かが告白しに行くと思う。今までは全員、2人が付き合っていると思い込んでたから遠慮してたの。でも大学新聞には恋人とは書いてなかったから、だから確認したくて……」

ーー柳田の所為かよ……。今度会ったら一言文句言ってやる!ーー

「なるほど、それじゃあ逆に付き合っていると答えた場合は?」
「………多分ほとんどの人が諦める、と思う。でもそれでも諦めない人は……いるかもしれない」
谷野は少し考えた後このように答えた。
「なるほどねぇ……」
183天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:15:07.17 ID:8il9GKyD
宮都は考える仕草をしながらそっと准を見る。
准は縋るような、不安そうな、そして泣きそうな顔で宮都を見つめていた。宮都はそんな准を優しく見つめ返し、准にしか聞こえないような小声を出す。
「大丈夫だ、もう返事は決まってる。俺に任せろ」
「………え?」
宮都は准にしか見えないようにニヤッと笑うと再びポーカーフェイスを作って谷野達に向き直る。
「あー、その、なんだ。俺と准が付き合ってるかどうかについてはノーコメントだ。周りの判断に任せるよ、俺と准の行動を見て各自判断してくれ」
宮都は准の頭をポンポンと軽く撫でながらそう答えた。
「それともう一つ……。これは質問とは関係無くて俺が言いたいだけなんだけど」
宮都は軽く深呼吸した。
「今後俺に告白してきた人がいても俺は絶対に断る。絶っ対に、100%の確率で」
「え⁉なんで⁉」
宮都は意地悪そうに人差し指を口に当てて
「ひ・み・つ。これも皆さんご自由にお考えください」
それじゃあな、とそのまま笑いながら准の手を引いて部屋を出ると、生命棟周辺の森まで一気に走った。


「ふぅ、久々に全力疾走したから少し疲れたな。そこのベンチで少し休むか」
宮都は森の中に設置されている木製の長椅子に座り一息つく。
「ほら、准も早く座れよ」
宮都は隣にスペースを開けて准を座らせる。さっきから一言も喋らずに俯いている……
「いや〜、それにしても俺がそんなに人気あるとは思わなかったな〜」
「…………」
「でもまぁあんな感じで釘刺しといたし、これからも告白される事はないだろうな」
「………………」
「本当に俺を好いてくれている人がいるなら、その人達には悪い事しちゃったな、ハハッ」
「……………………」
「でもしょうがないだろ?俺には准がいるんだし」
「……………………………」
「そりゃ俺たちの関係は恋人ではないけどさ、俺にとってはそれ以上に価値がある関係なんだよ。だから准がいれば俺は満足だ」
「…………………………………」
「あー、准?そろそろ何かお言葉を頂きたいんですけど………」
「…………………」
「じゅ〜ん、お〜い。生きてるか〜?」
人差し指でほっぺたをツンツン突くが反応がない。かくなる上は……
「………ッ⁉み、みや…と?」
宮都は准に抱きついた。いつも准がやって来るように頬ずりもやってみる。
(ああ、こりゃ気持ち良いや。准がいつもやって来る気持ちもわかる)
「みやと、やめてぇ………。は、恥ずかしいょ……」
「だって黙っててなにも言ってくれないんだもん。そうなりゃ無理矢理話させるしかないだろ?そして俺の作戦は見事に成功したな」
そして宮都はやっと離れた。いつもと立場が全く逆だ。
「さて、それではなにかお言葉を頂けますか?」
宮都は笑いながらそう言って准を正面から見据える。
「ッ⁉…………」
しかし准はまた俯いてしまう。宮都は今度は無言で准の言葉を待つ。
184天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:16:01.38 ID:8il9GKyD
「……………………」
「……………………」
「……………………………」
「……………………………」
「…………………………………」
「………………ねぇ、宮都」
「ん?」
「本当に…良かったの?」
「なにがだよ?」
「だって、この大学に宮都が好きな子が…たくさん…いたんだよ?」
「そうらしいな」
「も、もしかしたら私なんかよりも……可愛くて、優しくて、それで…もっと良い子がいたかも…しれないんだよ?こんな……こんな私なんかよりもぉ……」
准はつっかえながらも言葉を続ける。今にも泣き出してしまいそうだ。
「それじゃあもしそんな子がいたとして、俺がその子と付き合う事になったら准はどうするんだよ?」
「ッ!……そんなの耐えられない!宮都が、そんな………うぅ……」
なきだしそうになる准を慌ててなだめながら言葉を続ける。
「だろ?それならこれでいいじゃんか。なんの問題があるんだよ?」
そう聞くと准はまた俯いてしまう。今度はなにかブツブツと呟いている。
「だって……そんな………私のせいで……」
「ん?なに?准のせいでどうしたって?」
「ひっ⁉」
まさか宮都に聞こえているとは思わなかったのだろう。ビクッと飛び上がった。
「ほら、俺と准の関係だぞ。昔から親にも言えない事も言える仲じゃんか。言いたい事があるんだろ?」
宮都は笑いながら先を促す。准はまだ躊躇っているみたいだったがようやく決心したようだ。
「宮都!」
准はいきなり宮都の服を両手で掴むと宮都を潤んだ目で見上げる。流石の宮都もこの上目遣いには多少ドキッとした。
「な、なんだ?」
「わ、私は……私は!」
宮都は身構える。正直どのような言葉が飛び出すかは分からないが、なるべく平静を保ちたい。絶対に動揺はしない!

そして准は言った……
185天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:17:13.04 ID:8il9GKyD
「私はっ!宮都に幸せになって欲しいの!!」
「………………は?」
宮都は固まった。あまりにも不意を突かれすぎた。こればっかりは予想出来ない、と言うより前後との文章が繋がっていないような………
「えっと……准、どういう事だ?」
「だって、宮都にとって私なんかといるよりも……他の子といる方が……し、幸せかも……しれない………でしょ……」
ここで宮都はガツンと頭を殴られた気がした。

ーーそうだよ!今の議論は俺が他の女の子と付き合わない事になんの問題があるかって事だよ!
准の表情があまりにも……その、色っぽくて綺麗だったから……すっかり勘違いしてた!ーー

宮都は自分の顔が赤くなるのを感じた。これは流石に恥ずかしい……
「宮都?どうしたの?」
准は泣くのも忘れて宮都に聞く。よほど驚いたのだろう。
「ふぇっ⁉い、いや…なんでもない!なんでもないから!!」
宮都が准に対してあからさまに照れるなんて事は1年に1度有るか無いかだ。普段はポーカーフェイスを保っているのでバレる事はない。
「そ、そんな事より話の続きだ!えっと、准は俺に幸せになってもらいたいって事?」
宮都は強引に話を元に戻す。日頃動揺する事があまり無いのでまだ顔は赤いままだ。
しかし宮都の動揺のおかげで准は冷静さを取り戻したから、結果的には役にたったのだ。
「うん……。私は宮都の幸せを何よりも願ってる。もし誰かと付き合ってそれで宮都が幸せになるならこんなに嬉しい事はない……ハズなの…に………」
「…………………」
「イヤなの!宮都が誰かと付き合うのがどうしても………。でもそれじゃあ宮都が幸せになれない!でも、でもぉ………」
またしても泣き出してしまう准。そんな准を見ながら、ようやく宮都は全てを理解した。

ーーそういう事だったのか……。ハハッ、やっぱりこいつは優しいなぁ……俺なんかとは比べ物にならないくらい………ーー

「おい、准」
「う…うぅ、うえぇ……なぁに?」
涙目になっている准の後頭部に手を回しそっと引き寄せると、グイッと自分も顔を寄せる。そしてそのまま2人の顔が近づいて………
186天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:17:41.66 ID:8il9GKyD
コツン……

おでことおでこをくっつける。2人は互いの吐息を顔で感じる事ができた。
「み、宮都……。顔が近い、ょ………」
「それがさっきまであんなに俺にくっついて来た奴の言うセリフかぁ?」
意地悪そうなニヤニヤ笑いの顔を作ってそう言うと准はうぅ……、と黙り込んでしまった。
「准は大きな勘違いをしてる」
「え?」
「どうせさぁ『私が宮都にあんな態度とったから、宮都は私の為に彼女を作らないんだ!私のせいなんだ!』とか思ってんだろ?」
至近距離で目を合わせて宮都がそう言うと、准は目をそらしてしまう。
「図星みたいだな」
「なんでわかるの?」
「見りゃわかる。幼馴染を馬鹿にすんな」
そう言って宮都は顔を准から離して笑う。
「そんでな、それは大きな間違いだ」
「?」
「わかんないって顔してるな。わかりやすく言ってやる」
宮都は深呼吸する。
「俺がさっき言った事は全て本心だ。准を想って、とかそんな意図は一切ない!」
准は一瞬惚けた顔をしたがすぐに言い返して来た。
「嘘っ!絶対に嘘!宮都は優しすぎるから……そんなの嘘なのッ!」
「だから違うって……。大体な……」
宮都は何かを言い返そうとしたが、ふと考え直して別の方向から攻める事にした。
「それじゃあ聞くが、准に俺よりも格好良い人が告白して来た時……」
「そんな人いないッ!」
「うん、そんな感じ」
「え?」
「俺にとって准よりも魅力的な人なんか存在しないんだよ。……そりゃ客観的に見ればいくらでもいるだろうよ、俺や准よりも魅力的な人は。
でもこれは価値観の問題だからな。そんな客観性なんてなんの役にも立たない」
「……………」
「だから、気にする必要なんか無いんだよ。これは俺の意思なんだからな」
「宮都………」
少し風が強くなって来た。風が森の中を走り回り、木を揺らしながら2人に近づいて周りを通り抜けて行った。
187天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:20:29.88 ID:8il9GKyD
「ねぇ、宮都。私たちってどんな関係なんだろうね……」
「幼馴染だろ、そんな事はわかりきってる」
「うん、だよね。あのさ、一つだけ聞いてもらって良い?私のわがままな所を」
「ああ、どうぞ。わがままを聞くのは慣れているが、准のわがままな所を聞くのは久しぶりだな。」
「うん。あと、もう一つお願いがあるの……」
宮都は准の先を読んだ。
「大丈夫、どんな事を聞いても絶対に嫌わないよ。安心してくれ」
准はそれを聞いてコクリと頷く。
「私はね、ずっと…いつまでも宮都と一緒にいたいの。でも……」
ここで准は黙り込んでしまう。しかし決心がつかないらく、俯いてしまった。
「当ててやろうか?」
「え?」
「『でも、恋人の関係になりたいかと言えばそうじゃない』だろ?」
「!!」
どうやら図星だったらしい。准は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして固まる。
「やっぱりな」
対して宮都は落ち着いた表情で息を吐く。密かに“外れたらどうしよう…”とか考えていたのだ。准はまだ固まっている。
「なんでわかったか不思議か?」
宮都は軽く笑いながら准に問いかける。
「俺もだからだよ」
「え?」
「俺もさ、准とはいつまでも一緒にいたい。でもさ、今の関係を変えたいかって言われると答えはNOだ。」
宮都は軽く笑いながら准を見る。どうやら准も全く同じ事を考えていたようだ。宮都には表情でわかる。
「ハハッ…なんか変だよね……。いつまでも一緒にいたいくらい好きなのに、今の関係を変えたくないなんて」
准は自虐的な表情をする。
「おかしくない。俺だってそうなんだから」
188天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:21:24.12 ID:8il9GKyD
准は少し黙り込んだ後、あの日以前の宮都への想いを告げた。その頃は宮都と恋人になりたいと思っていた事を……
「そうか……」
「でもね、あの日からちょっと真剣に考えてみたの、今までの事やこれからの事。そしたらなんかこんな気分になっちゃって……。それでいてずっと一緒にいたいなんて………。ほんと、わがままだよね………」
「いいじゃんか、わがままで。そのくらいのモンだったら全然負担にならないし」
「うん、でもどうしてなんだろう……」
准は考え込んでしまった。なぜ宮都との関係を変える事に抵抗があるのかを。
「多分さ、幼馴染でいた期間があまりに長すぎたんだ。幼馴染って言うくらいだからな、この関係に馴染んじゃったんだろ。だから今更変えたくない。そういう事なんだよ」
「………そっか」

そして静寂が訪れる。聞こえるのは風によって草木が揺れる音と虫の鳴き声だけ………
そんな中に2人は並んで座っている。宮都は准に、准は宮都にそれぞれ身体を預けている。その表情はなんとも形容し難い。
あえて言うなら寂しさ、安堵、苦痛、幸福が入り混じった表情と言うべきだろうか。2人が一体何を感じているのか知る術は無い………

そして10分すぎた頃ようやく宮都が動いた。
「なんか大分話がそれた気がするな。………今の話し纏めるか?」
「宮都は恋人を作る気が無い。それは私のせいではなく宮都自身の意思」
「そう、俺は今の時点で十分幸せだ。そして俺たちはこれからもずっと一緒にいる。………なんか纏めてみると全然密度がなかったな、この話」
「それでも………私にとってはとっても嬉しかった」
「そう、それは良かった」
2人は共に笑い合う。…笑い合う?
「やっと笑ってくれたな、ここまで来るのに大変だったぞ」
「うん、ゴメン。ちょっとナーバスになってたから」
「いや、今やっとナーバスになったってとこだ。まだ笑い方に元気が無い。まぁ今までの常時ビクビクよりはマシだけど」
宮都は笑いながら立ち上がると力の限り身体を伸ばして骨を鳴らす。
「ふぁ〜あ、疲れたな。今日はこのまま帰るか…」
「え?でも……」
「教授に電話しとく。なんか今日は研究する気分じゃない」
宮都は携帯電話を取り出して武田に電話をかけた。今日は休む事を伝えて電話を切る。
「これでOKだ。そんじゃ帰ろうか」
宮都は准の手をとって歩き出した。このような気持ちで歩くのは本当に久しぶりだ。

「それとさ、帰りに何処か寄らないか?喫茶店とかさ。奢るから」
森を抜けた所で宮都がこう提案した。
「え、いいの?」
「ああ、なんとなくそうしたい気分なんだよ」
宮都は微笑みながら准の頭に手を置く。そのまま徐に准を抱き寄せて包み込んだ。
「み、宮都⁉な、なに⁉どうしたの?」
「………いや、なんとなく…な。単なる俺のわがままだよ」
頭を撫でながら宮都はそう言った。
189天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:22:21.67 ID:8il9GKyD
宮都は8時に目を覚ました。すでに学校に向かったのだろう。莉緒はいない。
宮都は身体を伸ばしてベッドから降りるとそのままリビングへ向かう。

「おはよう」
「おはよう、ご飯はそこにあるからね」
リビングでは香代がすでに朝食を作り終えていた。
「ありがとう」
その後宮都は食事、大学の準備、弁当作りを終えて玄関へ向かった。

宮都は昨日、准と色々な話をした。喫茶店でも、帰り道でも、途中の公園でも……。しかし、准の満面の笑みを見る事は叶わなかった。
もう既に准の不安に思っている要素は無いはずなのに………。一体なぜなのだろう。
絶対に今日中に准の笑顔を取り戻してみせる。毎日のようにしてきたこの決意、今日こそは実現させてみせる!そして宮都はドアを開けた。

ドサッ!

その瞬間、何かが急に飛びついて来た。宮都には信じられない事に……

ーーそんな……バカな…。だって昨日、全て解決したのに……ーー

飛びついて来たのは准だった。昨日までと同じように、なんの変わりも無く、胸に顔を埋めて。

ーーまさか…まだダメなのか⁉俺が昨日やった事は全て無駄だった…のか………ーー

「准、どうしたんだよ……。昨日、家で待ってろって……言っただろ?」
准はなにも答えない。ただ黙って宮都に抱きついている。
「黙ってちゃなにもわかんないぞ。一体どうした……」
「宮都、ゴメンね」
「え?」
ここにきて宮都は違和感を感じ始める。昨日までと何かが違う。
「家で待ってろって言われたのに押しかけちゃって」
やっぱり昨日までと違う。声に不安さが混じっていない。
「でも我慢出来なかった……。少しでも早く宮都に会いたかった。微笑んで欲しかった……」
准は喋りながらも胸に顔を押し付けて来る。宮都はただされるがままで何も反応出来ない。

「…宮都」
准は顔を宮都から離した…

「私たち……ずっと一緒だよ」

その顔は満面の笑みだった。100人に見せた時全員が綺麗と形容するであろう笑み。

それは幼馴染にしか見抜けない小さな違和感…。だから宮都は気付いた……、気付いてしまった………



その笑顔が歪んでいる事に………
190天秤 第12話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/11(日) 21:28:38.71 ID:8il9GKyD
以上です。
どうしようか悩んだんですが、今回で准と宮都の問題は表向きには解決です。このまま怯えたままにしとこうかとも思ったんですがなんとなく可哀想なので………
最近、天秤の執筆に行き詰まることが多くなって来ました…。気分転換に別の作品も書いてみようかなと思ってます(ファンタジー系で)
191名無しさん@ピンキー:2011/12/11(日) 21:31:32.18 ID:7PMCEbHY
Gj!
見せ方が上手かったらファンタジー系が一番ウケるから頑張って
192名無しさん@ピンキー:2011/12/11(日) 23:14:32.70 ID:LF8Q/15A
歪んだ笑顔が気になるなぁ
いつも乙です!
ファンタジーは自由にやれるから気晴らしには最適ですよね
これからも楽しみにしているんで頑張って下さい!
193 忍法帖【Lv=8,xxxP】 :2011/12/12(月) 22:44:47.46 ID:eTS2+jTr
素晴らしい!!GJ!
194共に生きる 第1章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/13(火) 21:21:31.28 ID:grw8Qq0e
なんか天秤が詰まった時に気分転換がてら書いてたのを少し投下してみます。
注意として

一日クオリティ
なぜか長編の途中(短編が書けない!)
ファンタジーの書き方知らん
主人公が少しメタ気味?

それでもよければどうぞ〜
195共に生きる 第1章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/13(火) 21:22:57.21 ID:grw8Qq0e
〜出会い〜


「ふぁ〜あ……今日も良い天気だ……」
森の中を1人の男が微笑みながらで歩いていた。漆黒のローブを纏い、こちらもまた漆黒の髪の毛を腰まで伸ばしている。
男は目を瞑りながら森の声を聞き、風を感じ、小鳥のさえずりに耳を傾ける。その様子には紛れもなく気品が漂っており、ある国の貴族だと説明されれば誰もが信じてしまうだろう。

男が森を1人で歩いていなければの話だが…………

「……………ん?」
ここで男は眉をひそめる。何かの気配を感じ取ったようだ。
男は辺りを警戒しながら静かに目を閉じ、森の囁きに耳を傾けた。
「…………なるほど…少数では敵わないとみて人海戦術で来たか……」
森は全てを知っている。今誰がどこにいて何をしているのかを……。気配を完全に消し去る魔術を使用すれば別だが。
「50人か。そして……やっぱりこいつらもいるのか。何度挑んでくれば気が済むんだか」
男は面倒臭そうに呟くとそのまま歩を進める。恐らく後10歩歩いた所で何者かに襲われるであろう事を知りつつ。


「来るぞ。全員準備は良いか?」
「はい、我ら精鋭部隊48名。全員準備は整っております」
「よし。あと5歩、4、3、2、1……」


ヒュッ! ドス!ドス!

案の定、10歩進んだ所で何者かの奇襲を受けた。俺はそれを予め察知していたので悠々と躱す。矢か……

「…ッ!躱されたぞ!第二部隊!放てッッ!」
今度は後ろから数十本の矢が飛んで来た。まぁ、予め予想はしてたんだけどな……。こんなモン、当たんなきゃなんともねぇっての!

男は背後から飛んで来た矢を見る事はせずに、そのまま高くジャンプした。足裏に魔力を使用したので常人離れの跳躍だ!

「良し!空中では身動きは取れん!火炎魔術だ!急げ!!」

なるほどな、これが狙いか。確かに空中では身動きが取れないしな……
眼下の森を見下ろすと赤の魔術師5人が俺に向かって呪術を唱えているのが見えた。
「شضغب:٥!」
おいおい…俺に対してそれはねぇだろ………。そんな中級魔術で……

男に向かって火炎魔術が発射される。直径5mはあろうかという大きな火炎球が、決して遅くはないスピードで男に直撃し爆風と煙を起こす。

「やったか⁉」
指揮を取っていた男が木陰から身を乗り出して空中で起こった煙を見る。赤の魔術師5人がかりでやっと出せる魔術が直撃したのだ。いくらかは手傷を負わせているハズ!
196共に生きる 第1章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/13(火) 21:24:52.71 ID:grw8Qq0e
「そのセリフ、旗が立ってるぜ!」

その肩に手がポンッと置かれる。指揮を取っていた男は飛び退きざま腰の刀を抜きその手に切りかかった!今正に手傷を負わせたと思った男が無傷でそこにいた。

「おっと!アブッ!」
なんだコイツは?ちょっと手を置いただけで切りかかってきやがって。
「貴様ァ!よくもその薄汚い手でこの俺に……このソモンに触りやがったなッ!!」
しかも大層お怒りのご様子で………え?ちょ、おい⁉
「うぉ⁉バカッ!危ねえだろ!」
なかなか素早い動きだな……、油断してっと腕の一本は持ってかれちまう。

男は次々繰り出される剣技を次から次へと躱していく。全てを紙一重で躱す余裕を見せつけているのでソモンと名乗った男の怒りは最高潮に達した。
「貴様!俺をなめやがって!これでも喰らえ!!نضحهغشح!」
詠唱と共に剣に電撃が走った。これは…電撃魔術か……
「死にやがれ!この化け物おぉおぉぉッ!!」
ソモンは眩しいほどの閃光を剣に走らせ、力の限りに斬りかかった。今までこの一撃を受けて生き残った者など存在しない!

「うおっ!眩しッ!」
流石にこれはヤバイなぁ……、どうしようかな。よし、それじゃあここは………
「よっと!」
「なっ⁉」
俺は先程と同様に足裏に魔力を使って思いっきり飛びず去った。おー!ソモンとかいう奴凄く驚いてやがる。今まで躱された事無かったんだろうな………あ、ヤバ!

「今だ!全員で仕留めろ!!」
やっちまった……、敵さんの包囲網に飛び込んじまった。しかも全員白の魔術師かよ!!
「سضحكل١٥!」
うぉッ!またしても眩しい!こんな所で光魔術とか使うなよ!しかも上級を!ああもう!面倒くさい!!
「よし、殺せ」
あん?今物騒なセリフが聞こえたぞ……、あぁいつもの女か。俺の命をなんだと思ってやがるんだ!周りの魔術師もそれに従ってるし!!


魔物の周りを大量の光が覆って行くのを見て私は勝利を確信した。この聖なる光の魔術は使用者が限られるものの、ほとんどの魔族に対して絶大な効果があるのだ。
「それではな、とっとと地獄に行け」
魔物を覆っていた光が一瞬の内に収束したかと思った次の瞬間、それがさらに大きな力で圧縮されて行く。訓練通り素晴らしい威力だ。
「グッ!ぐあぁぁあぁあっっ!」
魔物は明らかにもがいている。手足を振り回しなんとか光から逃れようとしているが、聖なる力が働いているのでどうしようも無いようだ。
197共に生きる 第1章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/13(火) 21:26:00.30 ID:grw8Qq0e
「パール姉さん!奴は⁉」
ソモンが走ってやって来た。パールと呼ばれた女は静かに指を差す。その方向にはこれ以上無いくらいに圧縮された光とそれによって苦しんでいる男がいた。
「よっしゃ!姉さん、早くトドメを刺しちまえよ!」
「言われなくとも。全員保護魔術をかけろ!」
そう言うとパールと呼ばれた女は開いた手を前に伸ばし、力を込めてグッと握った。その瞬間、光が空間を支配した。凄まじい勢いでの破裂、そして拡散。それが止んだ後には大きな穴がぽっかりと一つ空いているだけだった。

「これで終わりだな。引き上げるぞ」
女はまるで小さな虫を一匹潰したに過ぎないとでも言わんばかりの態度で指示を出す。
しかし、他の精鋭たちは喜びを隠せないらしい。5度目にしてようやくあの魔物を葬り去る事が出来たのだから。早速仲間同士で飲み会の相談をしたりしている。

「なぁ、姉さん。俺も皆と一緒に飲みに行って良いか?」
「お前はまだ未成年だろうが。あと半月待て」
「で、でもさぁ…せっかくあの野郎を殺せたんだし…今日くらいは……」
女は剣に手をかける。
「いい加減にしろ。お前は我が伝統あるローズ家の名を穢すつもりか?」
ソモンはまだ未練があるようだったが、姉から出る殺気を感じ取り口を慎んだ。姉に逆らってはいけない。

「そうだそうだ!あと半月なんだから我慢しなさい」
「なっ⁉」
「え⁉」
2人の目の前に人が降ってきた。いや、正確には魔物が。たった今仕留めたと思っていた男が降ってきたのだ。

「全く……。なんだかんだで危なかったんだぞ。危うく死にかける所だ……っと⁉おほぅ⁉」
またしても急に切りかかって来やがった。しかも今度は2人同時に!
「شضغب:!」
ちょっとお姉さん⁉その火炎魔術は危ないですよ⁉こんな森の中でそれは余りにも危険ですってば!……って、熱ッ!かすった!
「うおおぉぉおぉ!نضحهغشح!!」
「شضغب:!」
今度は挟み撃ちかよ!流石姉弟!息がぴったし!体勢を大きく崩した俺に思いっきり飛び込んで来やがった。……でも
「勢いを付けすぎだぜ?俺が躱したらどうするつもりだ?كعلم!」
そう言って俺は転移魔術を唱えて近くの木の枝に転移した。さっきもこれで脱出したんだよね。本邦初公開だ!
「な⁉うわっ⁉」
「う…ぐ……」
やっぱり鉢合わせだ。辛うじて剣は当たらなかったけど。あーあ、痛そ………

「パール様⁉ソモン様⁉」
精鋭たちが激突した2人に慌てて駆け寄って行く。どうやら2人とも頭から血を流して気絶しているようだ。
「き、貴様!よくもこの御二方をおッ!شضغب:٢」
精鋭たちがそれぞれ火炎魔術や光魔術を唱える。しかし男は余裕綽々でそれを躱す。全員頭に血が登っていて命中精度が低すぎる。
「おまえらなぁ、なにも考えずに火炎魔術を打つんじゃねぇ!ここら辺をハゲ山にする気か⁉」
なにせ48人が一斉に魔術を放つのだ……環境破壊にも程がある。もう付き合ってられるか!
「كعلم!」
突然男が音もなく消え去った。転移魔術を使ったのだ。
そして森は再び静寂を取り戻す。呆然としている精鋭たちと気絶している姉弟をその胸に抱いて………
198共に生きる 第1章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/13(火) 21:26:49.19 ID:grw8Qq0e
「このッ!この恥晒しどもめ!!たかが一匹の魔物相手にこのザマだと⁉」
屋敷の大広間にお父様の怒声が響き渡る。またお姉様とお兄様、失敗したんだ………
「申し訳ありません、お父様……。返す言葉もございません」
「ち、違うんです父上!あの野郎、転移の魔術を使いやがって………」
「なんだと?もう一度言ってみろッ!!」
「ぅ………」
「言い訳なぞ聞きたく無い!俺が聞きたいのはあの魔物を殺したという報告だけだッ!わかったらとっとと俺の前から消えろ!!」
「………はい、次こそ必ず」
「………………」

あ、お兄様とお姉様がこっちに来ちゃう。急いで掃除を続けないと………
私は咄嗟に花瓶を手に取って磨き始める。これならお兄様もお姉様も何も言えないハズ。そう思っていた……
「おい、イリス。満足か?」
背後から急にお兄様に話しかけられた。とても怖い……
「ま、満足って何がですか?ソモンお兄様?」
「俺らが怒られんのを見てほくそ笑んでんだろうが!」
「そ、そんな事ないです!私は……」
そこまで言った瞬間左頬に激痛が走った。お兄様に剣の柄で殴られたのだ。そのまま私は倒れてしまう。
「うるせぇよ!てめぇいい気になりやがって!」
そのまま何度も何度も踏みつけられ、蹴飛ばされ、髪を掴まれて壁に叩きつけられた。
「っ!ぅ……ぐ…」
「チッ、そのツラ二度と見せんな!!」
お兄様はそのまま階段を上がって行ってしまう。やっと終わった……。そう思って立ち上がろうとした。
「痛いッ!」
すると唐突に髪の毛を引っ張られた。まだパールお姉様がいたんだ!!
「イリス、貴方も我がローズ家の一員のくせになんの役にも立たなくて……申し訳ないと思わないのか?」
「痛い!や、やめて下さい!」
あまりにも強く引っ張られたせいで涙が出てくる。
「ん?泣けば全てが解決すると思ってるのか?ふーん…」
「ち、違います!お願いですからやめて下さい!」
「ああ、わかった」
「え⁉きゃっ!」
私はそのまま突き飛ばされて床を惨めに転がった。そしてなんとか身体を起こそうとしたら……

ガチャン!

何か食器が割れる音が屋敷内に響いた。後ろを見るとさっきまで私が磨いていた花瓶が割れていた。
「何事ですか?」
「ええ、イビスお母様。この子がまた花瓶を割ったんです」
「え?ち、違ッ……ヒッ!」
お母様は私を睨んで
「また貴方ですか……。やっぱりもう一度お仕置き部屋にいく必要があるみたいですね」
お仕置き部屋という単語を聞いただけで全身がすくみ上がる。そんな名前からは想像も出来ないほどに残酷な事をされるのだ。そしてお母様はそれを楽しんでいる。
「ち、違いますッ!私じゃありません!割ったのはお姉様です!」
声を張り上げて反論する。それでも声の震えを止める事は出来なかった。
「貴方って子は…どうして、そう平気で嘘をつくのかしら。パールがそのような事をするハズが無いでしょう?やはりお仕置き部屋ですね」
そう言うとイビスは手のひらをかざして何かを唱えた。その瞬間、イリスは何も身動きが取れなくなる。拘束魔術だ。
「それでは行きましょうか?今日は面白いゲームがあるんですから」
にこやかに残酷な笑みを浮かべながら、お母様は私を引きずって行く。口さえも動かせない私はお姉様の薄ら笑いを見ながらただ引きずられて行くしかなかった。
199共に生きる 第1章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/13(火) 21:27:17.14 ID:grw8Qq0e
私の名前はローズ・イリシュテン。皆からはイリスと呼ばれています。長い伝統を持つローズ家の末娘なんです。
ローズ家とはこのバームステンという街を代々治めていて、数多くの偉大な魔術師が生まれたという偉大な家系。
実際お父様のローズ・オルタンシャ
お母様のローズ・イビス。
お姉様のローズ・パール
そしてお兄様のローズ・ソモン。
この4人は幼い頃から既に魔術師としての才能を発揮し、現在ではこのバームステン内での実力が他の人とは格段に違うの。
お父様はほとんどの属性の魔術を扱えるし、お母様も拘束魔術のエキスパート。お姉様とお兄様はまだ若いにも関わらずその実力はかなり高い。
この様な家系だからこそ、ローズ家は代々魔物討伐を請け負っている。自分たちの治める街を魔物から守っているのだ。
そのような伝統ある家系に私は生まれてしまった。全く魔術が使えないにも関わらずに………
だから私は家族全員にローズ家の出来損ない、汚点、などと言われながらこの14年間育った。毎日理不尽な暴力を受け、まるで奴隷のような扱いを受けながら。
ある時は技の実験台にされ、ある時は憂さ晴らしの対象として殴られたり蹴られたりした。特にお母様は私の失敗を見つけるや否や、すぐにお仕置きという名目で拷問をする。それは今も例外では無い。


「う……あぁ…」
「フフフ、どうしたのかしら?まだゲームは続けるというのに。楽しいでしょう?」
「もぅ、やめて…下さい。お願い…します……うぐっ!」
「嫌よ、せっかくコツが掴めて来たのですから。なかなかに面白いですね、このダーツというゲームは」
なんとイビスはイリスを裸のまま壁に貼り付けにし、その裸体に向かってダーツの矢を延々と投げ続けているのだ。既にイリスの身体には無数の矢が刺さっており、全身が血まみれだ。
「痛い……んです。お願い……もう許して………」
「顔には当たってないから大丈夫です。この程度の事ローズ家の者なら当然の様に耐えられます」
全くの荒唐無稽な理論を展開して取り合おうともしない。そしてまた一本矢を取っては投げる。
「イッ!ぅ…うぅ……ぅぐ…」
「フフフ、大丈夫ですよ。死にはしません。どれ、もう一本………」

矢を手に取って狙いを定めている最中で扉をノックする音が聞こえて来た。恐らくメイドの誰かだろう。
「何事です?」
「イビス様!オルタンシャ様がお呼びでございます。どうかおいでください!」
「オルトさんが?」
イビスは名残惜しいようだったが、この様に自分が呼ばれるのはよほどの事だと思い直したようだ。
「わかりました。すぐ行きますーーーーーイリス、わかってますね?ちゃんと良い子にして待っているのですよ?」
そしてイビスはイリスの拘束魔術を解いて出て行き、部屋にはイリスが残された。

苦痛から逃れられた少しの間イリスは1人で考えていた。自分が生まれて来た意味を。父にはいない者として扱われ、母、兄、姉には虐められる毎日。メイドもこの事は全員知っているがただ傍観しているだけ。
こんな風に毎日苦痛を強いられて身体は傷だらけ。そして心にはそれ以上の苦痛がある。こんな所でただ毎日生きているだけ。なんの目標、楽しみも無い。誰からも必要とされていない。

そしてイリスはついに…たどり着いた。自分の存在が無意味である事に………
200共に生きる 第1章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/13(火) 21:27:52.98 ID:grw8Qq0e
「ハァ、ハァ」
私は森の中を走っている。あの部屋から逃げ出した時点で、口に出す事さえ憚られる恐ろしい拷問を受けるのは目に見えている。それならばいっそ………死んで楽になろう。
森は魔物の住処となっていて、人間が1人で入る事は自殺行為に他ならない。お父様でさえ無闇に1人で入る事はしないのだ。そんな中に私は今1人でいる。もし今魔物と遭遇したら……死ぬ。
うん、それがいい。最後の最後で魔物に殺されるという役目を果たす事が出来るんだ!このつまらない人生の最後が誰かの役に立つのならこれほど嬉しい事は無い。
もうどのくらいの距離を走ったんだろう?いずれにしてももう戻れない。私には既に魔物に殺される運命しか無い。

その時草むらがガサリと音を立てた。振り向くとそこには1人の人物がいる。人間?いや、あり得ない。人間が1人で森の中を歩くなど考えられない。だとするとこの人も………魔物。
しかしイリスに恐怖感は無い。あるのは安堵だけ……もう辛い思いをしなくて済むのだ、ようやく死ねるのだという気持ちで溢れている。
ほら、近づいて来た。あの手で絞め殺されるのかな……魔術で身体を焼かれるのかな……もう、どうでもいいや…………。死ねるならそれで良い、他には何も望まない。

「私を…殺して……」

これから来るであろう痛みに耐える為にぎゅっと目を瞑る。さぁ、早く…私を…コロシテ……
201共に生きる 第1章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/13(火) 21:28:56.55 ID:grw8Qq0e
「酷い格好をしてんな……、これでも羽織れ」
「…………え?」
恐る恐る目を開けると魔物が私に向かってローブを差し出している。それよりも、今この人はなんと言った?
「あの……?」
「話は後だ。取り敢えずこのローブを羽織れ。俺の魔力で作った即席の物だが今の格好よりは大分増しになる」
「あ、はい……ありがとうございます…」
私は言われた通りにローブを羽織ってみる。……温かい。
「よし!なかなか似合っているな。その真っ白な髪の毛と漆黒のローブはなかなか相性がいい!」
目の前の人は腕を組んで満足そうに頷いている。………いや、そうじゃなくて!
「あのっ!貴方は……その……魔物…なんですよね?」
勇気を出して聞いてみる。さっきは魔物だと信じて疑わなかったがよくよく考えれば私だって1人で森にいるのだ。この人が人間だったとしても何もおかしくない気がして来た。
「ん?そうだぞ。世間一般で人間は俺の事を魔物と呼んでいるな」
あっさりと認めた!やっぱりこの人も魔物なんだ!でもそれにしてはなんか不自然と言うか、人間っぽいと言うか………
「失礼な話だとは思わないか?俺をスライムやグール、挙げ句の果てには大イモリと同じグループに分類してるんだぜ?
人間だって犬や猫と同じ分類にしたらブチ切れるだろ?そのくせ俺はどこ行っても魔物だー魔物だー!って言われてよ……俺は魔物じゃなくて魔族だっての!
その点エルフは良いよな、人間に混じって生活してもなんらお咎め無しだぜ?外見が美しいってのはそこまで人の認識を変えるのかよ!君はどう思う?」
いきなり話を振られた⁉え?何て答えれば良いの?その、外見の話をしてたんだよね?
「え?いや、その………、貴方は…充分に格好良いと…思います」

アレ?なんか目を丸くしてじーっとこっちを見てる?……私何か失礼な事を⁉
「ご、ごめんなさい!私何か失礼な事を…言っちゃいましたか?」
今は怖くないが仮にも相手は魔物!何か気に障る事を言ってしまったら怒って襲いかかってくるかも………って、私はそれを望んでいるんじゃないの!
恐る恐る相手を見ると、魔物はお腹を押さえて俯いている。まさか、何かの魔術を唱えているの?
「くっ…ふふっ……」
何か声が聞こえた!これは……笑い声?
「くっくく…あはははッ!そうか?俺は格好良いのか……、そんな事を言われたのは初めてだ!」
魔物はお腹を抱えながら大きな声で笑い始めた。最初は呆気に取られていたが、心の底から楽しそうなその声を聞いているとなんだかこっちまで楽しくなって来た。
「ふふっ、笑いすぎですよ」
「いや、だって……真面目な顔で貴方は格好良いって………プッ……クク……ゴホッゴホッ!」
あ、最終的にむせ始めた。こういう人よくいるよね!
「ゴホッ、ゲホッ……すぅーはぁー……よし、落ち着いた………ぶふっ!…」
魔物は深呼吸して呼吸を整えている。その仕草がますます人間っぽくてとっても可笑しい!もっとたくさんの事をこの魔物さんと話したいと思ったので、私は思い切って質問をした。

「あ、あのッ!私、イリス。ローズ・イリシュテンです。あの、貴方のお名前をお聞きしても良いですか?」
「ローズ・イリシュテン……イリス……。とても綺麗な名前だな。名前は顔を表すとよく言うが本当にその通りだ」
初めて名前を褒められた!綺麗な名前って……。今まで自己紹介するとみんなローズ家である事にしか注目してくれなかったから……。それが凄く嬉しい。
「俺の名前はカルディナルだ。よろしくな、イリス!」
そして私に向けられた笑顔は……初めての笑顔は、魔物のものとは思えない優しさと慈愛に満ちていた。
202共に生きる 第1章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/13(火) 21:31:12.58 ID:grw8Qq0e
駄文失礼しました。
かなり自由に書いたので色々とダメな所もあると思います。
あと、天秤はなるべく早くに完結させたいと思ってますのでよろしくお願いします。
203名無しさん@ピンキー:2011/12/13(火) 22:39:16.65 ID:de3rnXqV
投下乙です!
イリスがどう依存していくのか楽しみですねぇ
天秤とはまた違った感じでいいですね
204名無しさん@ピンキー:2011/12/14(水) 07:58:40.03 ID:9vcSir5V

でも一人称と三人称をぐちゃぐちゃに混ぜるのはやめてくれ
205名無しさん@ピンキー:2011/12/15(木) 00:39:22.68 ID:m8pF2sxT
おお来てる
投下gj
一人称と三人称がごちゃごちゃして確かに読みにくいかもー
でも商業でも似たような文体の人いるしもう少しきっちりやったらいけると思うよ
206三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:34:45.93 ID:/Rgytlvs
今回は注意点としてマニアックなプレイがあります
あと少し暴力表現があります
具体的には服を破る、やや無理めに前戯を行う等です
内容自体もかなり人を選ぶので無理だと思ったらスルーして下さい
あと今回は三回分なので長いですがご容赦下さい
では投下します
207三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:35:35.90 ID:/Rgytlvs
「どうも心因性の勃起機能障害で間違いないようですね。まあそんなに気にしないで下さい。
意外と性器ってのはナイーブなんですよ。軽い鬱なんて今の御時世、風邪のようなもんでしょう。
鬱になると立たなくなる人が多いです。ストレス社会ですからねぇ。
単にストレスで立たない人も多いですし、仕事で疲れてセックスレスなんてのも珍しくないです。
気楽に考えて下さい。男性は性器の機能の障害を患うと急に自己が不全であると感じる人も多いです。
珍しくないことなんです。下世話な話題なので人の口には上がりませんがね。
男性なら誰にでも起こり得る事だと理解して下さい。
自信の喪失もペニスの機能不全の原因になりますから。
まぁ、まずは軽めのお薬を出して経過を見ましょうか。お若いんですから、きっと良くなりますよ。」
俺は温和そうな中年の医者の言葉を俯きながら受け止めていた。
美優の手により射精させられて気を失った後、俺は部屋のドアの前で寝転がっているのを三人娘から起こされたのだった。
始まりは、そこからだった。


「父さんったら、こんなとこで寝て。起きなよ、お祖母ちゃんがご飯出来たって」
ぺちぺちと頬を叩く小さな手によって俺が目を見開くと、娘達が寝そべっている俺を取り囲んでいた。
「どうしたの?顔真っ青だよ?具合でも悪いの?」
心配そうに額に手を当てようとする優子を手で制す。
「いや、大丈夫だよ。少し仕事で疲れただけだから。今日の夜ご飯は何かな?」
「今日は鍋物だよっ!最近寒いからって。僕とお祖母ちゃんとひいお祖母ちゃんで買い物に行ったんだ!
豚肉と白菜が安かったからたくさん買ってきたんだ。
テレビでやってた豚肉と白菜を交互に挟むのをやろうとしたんだけど中々難しくて結局優子姉ちゃんにやってもらったんだ」
「そりゃ偉かったな。家は大家族だからな。八人分は大変だったろう。
親父と俺は仕事だし、じいさんは亭主関白で趣味の将棋ばっかやってて手伝わないからな。
良い子だ。優子も料理手伝ってくれたんだな。ありがとうな。
母さんや婆さんも腰があまり良くないし素直にありがたいよ」
元気よく答える優輝の頭を撫でてやりながら言葉を返す。
そうして撫でていると優香が頭をこちらにずずいっ、と突き出してくる。
「ど、どうしたんだ優香」
「私も手伝いました。白菜、切りました。お肉、切りました。撫でて下さい」
その言葉を受けて、ため息をつきながらも優香の頭を撫でる。
208三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:36:13.82 ID:/Rgytlvs
撫でられている二人はむふー、とか、んむぅー、などと言ってご満悦の表情である。
「ちょっと父さん、私は褒めたくせに撫でないの?」
面白くなさそうな顔をした優子が同じように頭を俺に差し出してくる。
「おいおい、手は二つしかないんだ…… 」
ぬちゃり。
立ち上がろうとした俺の下半身に不快な、冷たい濡れたものが触れる感覚がある。
「なぁ、ちょっと先に行っててくれないか。父さん、後で行くから」
急な話題転換に不審そうにしつつも三人娘は食卓へと先に向かった。
三人の姿が見えなくなってから、下半身の状態を確認する。
そこは淫夢を見た後のように、精液や体液でパンツと性器が汚されていた。
頭がくらくらしながら、自分の部屋の枕を確かめる。わからない。
自分がいつも座る椅子のクッションを確かめる。わからない。
自分がいつも着ている寝間着の臭いを嗅ぐ。
消臭剤のミントな香りでも消しきれない濃厚な雌の匂いが、残っていた……。

その日を境に、美優が夢に現れなくなった。
何日か経つと、俺は学生時代以来の性的な飢えを感じていた。
気付けば、美優の裸体の事を考えていた。周りを歩く女の声や、仕草に美優を見出だそうとする。
ひどいときになると、閃光のように脳裏に悦び喘ぐ美優の痴態が映し出される。
我慢できなくなった俺はある夜、三人娘の包囲を掻い潜り、誰も使っていない部屋で処理することにした。
携帯電話でアダルト動画を探す。思えば昔はエロのためだけに奔走したものだ。
ゴミ捨て場で濡れたアダルト雑誌を漁った事もあった。
美優にどれだけ満たされていたか、つくづく感じる。
やがてロリ系女優の動画を手に入れたので、さっそく抜き始める。
やや柔らかさを残しながらも勃起した隠茎を手で擦る。
体は幼さを残しながらも、顔は大人のロリというよりは発達不良の女が男から組み敷かれている。
恐ろしく規則的な、あんあんという喘ぎを聞きながら達しようと努力する。
腕の筋肉が痺れを感じるほど頑張っても、額や胸から汗が溢れだしても、吐き出す事は出来なかった。
画面の向こう側の女の喘ぎ、誘うその姿の余りの魅力の無さ、存在の浅さに驚く。
何一つ俺の中に突き刺さらない。喜びも、欲情も、不快ささえ残らない。
ただただ女は他人だった。俺とは永遠に関係しない肉体だった。
どれだけ飢えても、千回死んで千回産まれても、求めることはないだろう。
それから数にして三十の動画を鑑賞した。そこに映る女たちは、全てがただの他人だった。
滑らかそうな肌があった。老いた肌があった。
ぴんと立った乳首にお椀のように盛り上がった肉の塊は男の情欲を誘うに違いない。
桃色の貝のように健康的な性器には誰もが目を思わず向けてしまうだろう。
209三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:37:03.28 ID:/Rgytlvs
重力に負けて垂れ下がった大きな牛のようなおっぱいも、好きなものにはたまらないはずだ。
うっすらと浮き上がる腹筋やくびれが麗しい体。ぷっくりと柔らかそうなお腹。好きな人はむしゃぶりつくだろう。
すらっとした足。ふくらはぎがふっくらとしたむっちりしている足。
柔らかく盛り上がった肩の肉。滑り落ちそうに緩やかな曲線を描く優しげな肩。
数多の裸体があった。
俺が見た以上のおびただしい裸体達が画面の向こう側にはあるのだろう。
だが、どんな素晴らしい肉体を持ってこられても、俺が達することにはないように思えた。
まるで性的な事柄に関する機能が丸ごと解体されてしまったかのように、脳の原始的な部分は沈黙している。
突如としても歯や指を全て失ったような気分に陥る。
まだだ、所詮は映像だからだ。そんなものは所詮は女を所有していないものの慰めなんだ。
映像の方が優れているなら、女を求めるものはいなくなるはずだ。
そうだ、女を抱いた経験がないからこうなってしまったのではないか。
女と交われば、この中毒患者のような気分も吹き飛ぶのではないか。
結局その日は満足出来なかった俺は寝床でそう考え、時間を見繕って風俗に行くことにした。
俺は少なくない金を投じて女を買い漁ったが、結局は無惨な結果に終わった。
映像では勃起はしていたのに、それさえも困難だった。
彼女達の臭いにひどく嫌悪を感じたのだ。嗅ぎ慣れない雌の臭いに苛立ちさえ感じた。
女たちは俺を言葉では慰めつつも、失望の眼差しで見てきた。それは俺の男としてのプライドをひどく傷つけた。
ここまでくれば俺の体に何らかの異常があると理解するのは容易い事だった。
そうして医者を訪れたのたが……。


「どうしたの父さん?なんか顔色悪いよ」
医者からの残酷な告知を受けて呆然としながらも家に帰ると優子が出迎えてくれた。
「具合が悪いからお医者さんに行ったんでしょ?良くなかったの?
もしかして悪い病気だったの?」
家人には俺が病院に行くのは風邪を理由にしていた。勃起しないなどと言えるはずもない。
「いや、ただの風邪だったよ。この時期は寒くなってくるし、多いだろう。
インフルエンザではなかったようだから安心してくれ」
当たり障りない会話をしていると、優子の格好に目が向いてしまう。
優子は上は黒のロングカットソーで下は花柄のフレアミニスカートというお洒落な服装だ。
料理でもしていたのか、それらの上に垢抜けない黄色いひよこのプリントされているエプロンをしている。
花柄の布地から生えた少女らしい繊細な脚に見とれてしまう。
あの可愛らしい膝小僧や、膝の裏のくぼみに舌を這わせたら、優子はどんな声を出すだろうか。
驚くだろうか?嫌がるだろうか?悦ぶだろうか?
日本人らしくないすっきりとしたふくらはぎはどんな感触なのだろうか。
あの花柄の布地を手でそっと持ち上げたら、どんな下着をつけているんだろう。
緑や青の高そうなレースのついた下着だろうか。いやいや、性の匂いさえないのだから、下着は子供のものだろう。
「ちょっと!父さんったら何をぼうっとしてるの!」
210三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:38:29.30 ID:/Rgytlvs
優子の叱責で微睡みがかった思考がはっきりとする。
俺は今、何を考えていた?欲情……しているのか?娘に?
「どうしたのよ。やっぱり具合悪いの?大丈夫?気持ち悪いの?」
心配そうに寄ってくる優子は可愛らしい顔を哀しげに歪めている。
そんな心配そうな娘の姿を見ると、性欲なんか失せてしまう。
俺が育ててきた大事な宝物のような娘達を自分の性欲の慰めに用いようとするなんて。
「いや、大丈夫だって。可愛い優子を見てたら元気になったよ」
娘で元気になるなんて、とんだ親馬鹿だな、俺も。
でもそんなのも決して悪くはない。
「あー、父さんさっき私の足をえっちな目で見てたもんねぇ。
それで元気になっちゃうなんて、すけべさんだなぁ」
「えっ」
二人の間に何か妖しげな空気が流れ始める。
「それぐらい気付くよ。父さんの目、外で私達を写真に取ろうとしたおじさんにそっくりだった。
ねっとりしてて、熱くて、何処か後ろ暗さがあって、焦がれるような……」
驚きで声が出ない俺を挑発するようににやにやと笑う。
「んふふ、どう?そそっちゃう?」
くりくりした瞳をいたずらっ子のように輝かせて自らのスカートの裾をつまみ、そっと持上げる。
「ほら、綺麗でしょ、足の形は友達にも褒められるんだよ。ねぇ、見て……」
腿がはっきりと露になっていて、エナメル質の輝きを持つ赤いパンティーの下半分が見えてしまう。
食い入るように視線が離れない。
自分のパンティーや腿を貫く俺の眼を優子はとても嬉しげに見つめる。
頬はうっすらと朱が入り、熱っぽい。
そのうっとりとした瞳は、言葉にせずとも、父の興味や視線を独占出来ることへの生々しい欲望が光っている。
「いくらでもみていいよ。父さんの視線、私好き。大好き。
ううん、見て。見てほしいの。父さんから構ってもらえて嬉しいの。ねぇ、もっと見たい?
中まで見たいのかな、父さん……」
俺は腕を震わせて優子の下半身に手を伸ばす。
最愛の娘は上気した顔で父親が自らの秘密の奥に辿り着くのを待ち望む。
ぴとりと腿に手のひらが貼り付く。
すべすべした皮膚に、うっすらとしたうぶ毛の柔らかな感触が何とも魅惑的だ。
夢中になってすりすりと両手で腿をさする。興奮から手にかいた汗が優子の清らかな腿をねっちょりと汚す。
とても馴染んで心地よく、手のひらが溶け出してしまいそうだ。
「あっ、ふぅ、と、父さん……、んんっ」
娘のむせび鳴く声ではた、と正気に戻る。
自分は何をしているのだ。それにここは玄関だ。誰に見られるかもわからない。
気が違ってしまったかのようだ。おかしい。俺はおかしくなってしまっている。
俺はすっ、と優子のめくれ上がっているスカートを元に戻してやる。
211三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:39:33.73 ID:/Rgytlvs
「えっ、や、やめちゃうの……」
切なげに呟かれる言葉に胸が疼くが、顔を無理矢理取り繕って言ってやる。
「大人をからかうから逆にからかってやったんだ。
女の子は自分を大切にするんだぞ。危ない大人からさっきよりもっとえっちな事をされちゃうぞ〜」
おどけた顔で馬鹿にしたように言う俺に優子の顔は怒りで真っ赤になる。
「な、なによ。馬鹿っ!父さんの馬鹿!馬鹿馬鹿!」
ぽかぽかと俺の胸を叩く。どうやら本気らしく子供の力でもやや痛い。
「ああ、ごめんな。でも優子に危険をわかってほしかったんた。
お前たちは魅力的なんだから、あんなことを軽々しくやっちゃ駄目だ」
褒めながら頭をくりくりと撫でてやると怒りはすぐに治まったようで満足げな表情に変わる。
「も、もう。わ、私は安い女じゃないんだからね。
優しいから許してあげるだけなんだから」
そう言うとキッチンへと走っていってしまった。
「うっ」
下腹部の痛みに苦痛の声を漏らしてしまう。
気付くと、ズボンの締め付けをものともせずに俺のものはガチガチに硬くなっていた。
男を手玉に取ってきた海千山千の老獪な商売女達がいくら技術を尽くしてもぴくりともしなかったのに。
「俺は、一体……」
優子の声で正気に戻らなければ、パンティーを剥がし、娘の秘部に指や舌を這わせていたに違いなかった。
それ以上の事でさえ、玄関であることを忘れて、してしまったかもしれなかった。
『と、父さんっ、好きっ、好きなのっ、あぁ、いいっ、あっ!はぁぁあ、父さん……』
優子が自慰の時に上げていた媚びを含んだ声が突然に思い出される。
心の中で繰り返される娘の切ない叫びに苛まれながらも、身体に燃え上がる獣欲を冷そうとする。
『いくっ、ふぐぅ、ぅぅ、っんっ、いくぅ』
ぎりぎりと噛み締めた歯から耳障りな音がする。
握り締めた手からあまりに力を入れ過ぎてぶるぶると震えている。
全身に鳴り響く女の呼び声をどれだけ振り払おうとしても、こびりついて離れることはなかった。

優子が作った夕飯を食べ終えると、疲れからか眠くなったのでベットで寝転んだ。
「まるで中毒患者みたいだ……」
少しでも気を抜くと妹や娘達のあられもない姿が心を乱舞する。
仕事や趣味の事を考えることで何とか正気を保っているが、果たして何処まで理性が持つか。
うんうん唸っていると、がちゃ、と部屋の扉が開く。
ちょこちょこと入ってきたのはのんびり屋な不思議ちゃんの優香だった。
優香は優子と比べればかなり個性的な格好をしている。
白いフリルのついたヘッドドレスに、白いブラウス、青いジャンパースカート、白いハイソックス。
それらにはハートマークやスペード等のモチーフが散りばめられている。
これで金髪の少女でエプロンドレスならまさに不思議の国のアリスにそっくりだ。
眠たげな目付きで可愛らしく着飾った娘はこちらを見ると、とことこと近付いてくる。
どちらかといえば機敏な優子と優輝に比べて、優香はマイペースだ。
212三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:41:04.50 ID:/Rgytlvs
優子は娘だけど姉らしいし、優輝は娘なのに男らしく息子みたいで、一番娘らしいのは優香だ。
愛に順位などは付けないけれど、一番娘として可愛がっているのは優香だろう。
構われたがりの優輝は勝手にじゃれついてくるので、割りを食うのは長姉の優子だ。
それが気に食わないのか、ファッションで優子と優香はよく代理論争をしている。
「お父様、体調を崩されたとお聞きしました。具合の方はいかがでしょうか」
「ああ、大丈夫だよ。明日の日曜にはお前たちを紅花ランドに連れていけるよ。
楽しみにしていろよ」
紅花ランドはその名の通りに紅花を全面に押し出した遊園地である。
紅花の生産が盛んなここらでは、娘達を連れていってやる遊園地は近場では紅花ランドぐらいだ。
田舎の遊行施設などつまらないものと相場は決まっているが、紅花ランドは中々面白く、大人のファンも多い。
年間で来場者数は百万人を越える時もあり、我が県の名物スポットになっている。
昔は美優と一緒に家族みんなでよく行ったものだ。
その紅花ランドに三人娘を連れていく約束を前からしていたのだ。
「そうですか。ほっとしました。でも、顔色が優れないようですが……」
「いや、仕事で疲れてるだけだよ。最近は忙しくてね」
心配させないように優香が納得しやすそうな言い訳を口にする。
むむむ、と眉に皺を寄せて優香は何やら思案顔をしている。
「そうです、私がお父様にマッサージをしてあげましょう。
つぼをつく健康マッサージです。
さらには私独自の霊的治療も加えた特別なものをすることによってお父様は元気になるはずです」
つくづく不思議ちゃんな娘だが、美優という生きた不思議が近くにいるので抵抗感はない。
寝ている俺の足の方にととと、と駆け寄ると、むんずと靴下をつかんで脱がせてしまう。
「なっ、何だいきなり」
「足裏には色んなつぼがあるんですよ。今からお父様の足裏や周辺部を刺激して健康体にしてあげますから」
「やっ、やめなさい!こんなむさいおっさんの素足なんか汚いんだからっ」
「んふふ〜、汚くなんかないですよ。むしろご褒美です。ごちそうです。大好物です」
いきなりおかしな事を言い始める優香にぎょっとする。
そんな俺を可笑しそうに見ながら、ふっ、と笑う。
「ふふっ、冗談ですよ。本気にしました?でも汚くないのは本当ですよ。
確かに雑菌が繁殖しやすい場所なので後で手洗い用ソープでちゃんと除菌しますけど。
ですから安心して私の治療を受けて下さいね」
「あ〜っ、優香姉ちゃんに父ちゃんったら何してんのさ。何だか楽しそうにしちゃってさ。
僕を仲間に入れろよなー。三つ子のよしみって奴だろ〜」
いつの間にか部屋には優輝が入ってきていた。
213三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:42:04.71 ID:/Rgytlvs
「ふふっ、何ですか三つ子のよしみって。
聞いた事もないですよそんなの。優輝ちゃんは相変わらず面白い子ですねぇ」
「あー!やめろよな、その必要以上の姉としての振舞い!
僕と優香姉ちゃんの産まれた時間差なんてカップラーメン作るより短い時間なんだからなー。
同い年なんだから子供扱いすんなよなー腹立つわー、この姉腹立つー」
「そんな事を言うなら身嗜みくらい女らしくしなさい。
優子姉さんや私みたいに凝る必要はないけれど、最低限ってあるでしょう?」
優輝は優香が言うように女らしくない緑のジャージを着ている。
緑の生地に白いボーダーが幾つも入っているその服は、何処かの学校の体操着と言われたら信じてしまいそうだ。
それでもきりっ、とした優輝の顔と運動で鍛えた身体は全体をスポーティーに格好良く見せていた。
喋り方にも愛嬌がある優輝はこんな格好をしていても地味ではなく、むしろかっこかわいいなんて思ったりする。
「えー、やだよ。
なんか優子姉ちゃんは露出が激しい気がするし、優香姉ちゃんは何か頭が悪そうな格好だもん。
ジャージってのはなー機能的でシンプルな美しさを持つ至高で最高の服なんだよ!
それに僕は服なんかに頼らなくても魅力的なのさっ。
ほら父ちゃん見て見て、僕の腹筋」
ぺろり、とジャージの上を手でめくって白いお腹を俺に見せつける。
ぼんやりと白い肌に浮かび上がる美しい筋肉は、大理石のタイルのようで艶かしい。
思わず見惚れてしまう俺をにんまりとして満足そうに見る。
「くっくっく、どよ優香姉ちゃん。
優香姉ちゃんが父ちゃんから褒めてもらいたくて毎日必死で鏡に向かっているのにこれさ。
僕の体の圧倒的勝利だね。同じ遺伝子を持っていても磨き方の違いでこうよ〜」
「はいはい。優輝ちゃんは可愛いわねぇ」
「わわっ、撫でんなよなー。僕の頭を撫でてもいいのは父ちゃんだけなんだからなっ!
つーか二人で何をしようとしていたのさっ。怪しい雰囲気出てたぞー」
くすくすと笑いながら優輝を撫でようとする優香の手から逃れつつも、目を細めて詰問してくる。
「いや、単に疲れている俺を優香がマッサージしてくれるって言ってただけだよ」
目を細めた優輝は肉食獣のようで、疚しい気持ちがなくても浮気を咎められたような気になる。
そんな優輝に対して澄ました顔で優香は答える。
「ええ、そうですよ。お父様がお疲れのようでしたから。
そうだ、私は足の方をマッサージしますから優輝ちゃんは上半身の方をお願いできますか?
それなら甘えん坊の優輝ちゃんもお父様に構われなくて寂しい思いはしないでしょう」
214三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:43:08.39 ID:/Rgytlvs
優香はとてもいい事を思い付いたとでも言いたげな満足そうな顔をしながら、胸の前で掌を合わせる。
姉の提案をそのまま受け入れるのには抵抗があるようでむむむ、と優輝は唸ってしまう。
「私達が争って対抗心をぶつけ合うよりは、お父様の為に何かをしましょう。
つまらない妬心は私達には必要ないんじゃない?」
優輝はふぅ、と息をつくと俺と優香ににかっ、と男らしく笑いかける。
「そうだね。喧嘩するよりだったら一緒に遊んだ方が楽しいや。
ふっふっふ、父ちゃん、僕のマッサージは凄いよ。死にかけた老人も思わず走り出すマッサージさ」
優輝の大袈裟な比喩に優香と共に苦笑する。
「さて、それでは始めましょうか」
そう言うと優香の幼い少女らしいぷにぷにした指先が俺の足の裏に触れる。
少し冷たくて、ややしっとりと湿っている娘の指先は足の裏の膨らんだ球状の部位を優しくなぞる。
繊細な手つきはレース編みなどを趣味とする優香の器用さを思い出させた。
「皮が厚いんですね。何だか逞しいです。それに大きい。
お父様のここに触れる事なんて滅多にないですから、どきどきしますね……」
父の足を弄くって唇を喜びでほころばせる優香の表情に性的なものを感じてしまう。
微かに震える指からは、優香の緊張と興奮が伝わってくる。
初めはそっと、だんだんと大胆に両手で足の裏を揉みほぐしていく。
「どうです?気持ちいいですか?」
肌と肌の触れ合いは予想以上に心地よかった。
寒さに震えて温かい湯につかる時の、体がほぐれて陶然となるような純粋な身体的な快楽。
「ぐっ!」
急に柔らかな指が足の裏に埋め込まれる。
「ああ、痛いですか?肝臓を痛めている証拠ですよ。お酒は控えましょうね」
俺の反応など気にしないかのように夢中で俺の足の裏に指を這わせる。
優香がつぼを突くたびに痛みで苦しむが、それに段々と悦びが加わっていくのがわかる。
小さな手により繰り返される浅い刺激と深い刺激によって肌が作り替えられていくようだ。
全身の神経が足の裏に集まり、血管よりも細かった神経はぶくぶくと肥え太ったようだ。
優香の指や手のひらの微かな挙動さえも解るようになってくる。
その微かな動きでさえ、虜になるような気持ち良さを持ちつつある。
そんな戸惑う俺を見透かすように、美優そっくりの顔で優香はくすくすと笑う。
「怖がらなくても大丈夫ですよ、お父様……。これからもっと気持ちよくなりますよ。
気持ちよくなって元気になりましょうね……」
まだまだ子供の優輝ですら、この行為にサブリミナルのように埋め込まれた性の匂いに呆然としている。
215三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:45:02.00 ID:/Rgytlvs
「あらあら、どうしたんですか優輝ちゃん。貴女もお父様に奉仕をしないの?」
どこか勝ち誇った眼差しを姉から受けて、ごくりと喉を鳴らしていた優輝ははっとする。
「そ、そうだね。そろそろ僕がやってもいい頃かな。
大物はいつも最後にやってくるんだからね!」
何処か歯切れ悪く言葉を返しつつも、寝そべっていた俺の上半身を抱き起こす。
「まずは肩揉みだ。婆ちゃんやひい婆ちゃんにも大人気なんだぞー」
三姉妹の中でも優輝は比較的他の家人にも懐いている。
優子や優香は俺以外にはどこかビジネスライクな関係なのだ。
そんな優輝は良く婆さん達と買い物に行ったり肩揉みやらをしてあげているようだ。
婆さん達にでも褒められて自信を持っているのだろう。
もちろん優輝も他の二人と同様に、俺に対しては異常と言っていいくらいの執着を持ってはいるのだが。
「どうよ。ほら、ほら」
ぐっ、ぐっと肩を程よい力で一生懸命に押してくれるのは愛らしいが、それほど気持ちよくはない。
俺の反応の悪さに気付いたのか、しかめっ面をしてしまう。
「優輝ちゃん、貴女も娘ならお父様の気持ち良い所がわかるはずです。
優輝ちゃんはまだまだ未熟ですが、才能はあります。
どうしたらいいのか、型にはまらず考えて下さい」
「んー、わかった!」
上体だけ起こした俺の横から真後ろへと優輝は移動する。
「ここかな?」
優輝は俺の脇の下から手を前に通して、胸板を両手でまさぐり始める。
「う、うわっ」
いきなりの事に驚きの声を上げてしまう。
止めさせようと手を掴もうとするが、優香から止められてしまう。
「どうしたんですかお父様。所詮は子供の戯れですよ。
そんなに驚かなくていいじゃないですか。可愛いスキンシップですよ……ねぇ……」
優香の甘く囁く声がぬるぬると心の中に入り込んでいく。
「そうだよそうだよー。可愛い娘たちの親孝行だよー。
父ちゃんは幸せものだよー。こんな娘達に尽くされてるんだからさー」
優輝の無邪気な追い討ちが思考の鈍重さに拍車をかける。
「ああ、そうだな。子供のすることだものな……」
そうして次の瞬間には疑問さえも溶けきってしまう。
そう、そんなことより可愛くて愛しい娘達から与えられる喜びの方が遥かに重要なのだ。
「じゃあ私もそろそろ再開しましょうか。
たっぷり気持ちよくして元気にしてあげますからね」
「くふふ、僕のテクニックに酔いしれるがいいわー」
216三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:46:22.08 ID:/Rgytlvs
優輝はためらいもせずに服の中に手を入れてくる。
「あぁ、わかるよー。ここが気持ち良いんでしょ?」
優輝の手は優香の手のひらよりも温かくて少し乾燥していた。
かさついた手のひらは、優香の行為によって汗ばんだ皮膚に驚くほどになじむ。
片方の手で肋骨の間に指を這わせ、もう片方の手では胸をまさぐる。
その手つきは荒々しいものだが優香によるものと同じくらい心地良い。
優香の快楽は高めるものであり、優輝の快楽は無理矢理引き上げられるものだ。
もし第三者がこの場にいるのなら、優輝が俺を犯している、と表現するだろう。
優輝の手は遠慮なく俺のへそを淫らにえぐり、少し出てしまっている腹を持ち上げるように味わう。
背後にいる優輝は興奮からふぅふぅと熱い息を俺の首筋にかける。
「ああ、ずっと触ってたいなぁ、父ちゃんの身体。
触ってる僕もとっても気持ち良いよ。父ちゃんの肌は僕の手に吸い付いて離れないよ!」
荒々しく腹部をぐりぐりと撫でさする両手はまるで俺の内部に入りたいとでも言わんばかりだ。
「おいしそうな耳いただきま〜す。あむぅ」
突然俺の耳を舐め、甘く噛み、しゃぶってくる。鼻息が激しく、昂っている様子がよくわかる。
「んぅ〜、おいしいっ。ぺろ、んちゅ、ふふふ、どうしたの優香姉ちゃん。
さっきから顔を真っ赤にしてさぁ」
優輝の余りの露骨な行為に驚いたのだろう、優香は手を止めてこちらを見ていた。
勝ち誇った言葉をかけられ、優香の眠たげな目が心なしか怒りに燃えている気がする。
「私はそんな乱暴にしなくてもお父様に満足して頂けます」
その言葉を聞いた優輝は鼻で笑い、小さな舌でちろちろと俺の首筋を堪能する。
「ふぅ〜ん、そうなんだー。あぁおいしいなぁ。
んふふ、父ちゃんぴくっとして可愛いなぁ。もっと舐めたげるよ〜」
優輝のぬらりとした唾液で首がどろどろに汚されていくのを頭をぼんやりとさせながら受け入れる。
行為に熱狂している二人の娘から発される汗にうっとりとしてしまい、もはや会話など耳に入らない。
商売女達はひどい臭いだった。獣を抱こうとすれば同じような不快な気持ちを味わえるだろう。
それに引き替え娘たちから放たれる芳香の何と素晴らしいことか。
もし同じ匂いをさせる花があるならば、それだけを栽培して一生を遂げたい。
そう思わせるほどに麻薬的だ。
「あ、なぁに父ちゃん、僕の匂い嗅ぎたいの?いいよー」
背後から俺の前に移動してお尻を俺の腰の上に乗せる。
向かい合う形になったので、俺は優輝の髪や首筋に鼻を押しあて匂いを嗅ぐ。
お返しとばかりに優輝は俺の鎖骨に唇を何度も落としては、舐め、吸い付く。
217三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:47:29.19 ID:/Rgytlvs
優輝の匂いを堪能していると、足に甘い刺激が走る。
目をやると、優香が俺のズボンをまくり上げてふくらはぎにちゅるちゅると口付けをしていた。
ぷっくりとした頬を膨らませながら、じろりと俺と優輝を睨んでいる。
「お父様、優輝ちゃんと良い雰囲気でした……。
妬けます。妬かせた分はたくさん気持ち良くして仕返しします」
かぷり、とふくらはぎを口に含みながら両方の足の裏にそれぞれの手を置く。
優香はピアノを弾くように精密に俺の足の裏を扱う。
指の腹を俺の足の指の股にすりすりとこすりつけられると、ぞくぞくする。
「んっ、ちゅぅ、あっ、お父様って私達とは違って足の爪は横に広いんですね。ふふっ」
何がそんなに嬉しいのか、楽しげな声で俺の爪をぺとぺとと触れて爪の甘皮を愛しげにゆっくりなぞる。
感覚のないはずの爪までも異形の官能に痺れる。
意図しない声が口から漏れてしまう。
「あらあら、女の子みたいですね。こんなのはどうですか?」
人差し指と親指でそれぞれの足の指をくりくりと弄られる。
「良い反応ですねぇ。何だか胸がはずみます。
お父様のそんな声をいつまでも聞いていたいです。さぁ、もっと聞かせて下さい……」
足の甲と手の甲を合わせたり、足首を指で擦られたりするだけで生娘のような反応を返してしまう。
自らの指先に翻弄される父親を優香は幸せそうに見つめる。
「もう、父ちゃんは僕の汗の臭いでも嗅いでなよ」
優香に夢中になるのに焼きもちを焼いたのか、ジャージの前を開けて俺の頭を抱え込む。
ぷぅん、と濃厚なミルクの匂いがまとわりつき、忘我の状態になる。
「あはっ、わんちゃんみたいだー。よしよし」
犬をあやすように俺の背中撫で回す。
俺はそれに飼い主に無邪気にじゃれる犬のように応える。
三つの肉体の神経が全て繋がれたかのような一体感。
娘から与えられるもの以外を感じる機能はどんどん剥ぎ取られていく。
「あらあら、もう私達の声も聞こえてないみたいですね。
喜んで頂けて娘冥利に尽きます」
「うんうん、娘は父親の役に立てる事が何よりも幸せなんだよー」
「ちょっと!あんた達は宿題放り出して何をしてんのよ!
明日は一日中遊びに出掛けるから土曜のうちに宿題しなきゃならないでしょ!
あー、もう父さんも疲れてるんだから明日のためにも休ませてあげなさいよね。
父さん?大丈夫?父さん?」
聞き慣れた少しきつめの声が俺に呼び掛ける。
「優子……?」
「ええ、優子よ。父さんのラブリーでチャーミングな娘よ。
なんかよだれ出てるし目も虚ろだし……。
あんた達父さんに何をして……って、もういないし。
ほら、しっかりしてよ父さん」
ぺしぺしと優子の手が俺の頬を叩く。
218三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:48:47.16 ID:/Rgytlvs
「ああ、いや、二人にマッサージをしてもらってたんだ。
二人とも凄く上手くてついうとうとしちゃったんだよ」
腕でよだれを拭いながらしどろもどろに言い訳をする。
二人から性感マッサージ紛いの事をされたなどとどうして言えよう。
俺の言い訳を少し冷たさの宿った目で優子は聞いていた。
「へぇ、そうなんだ。確かにとっても元気になったみたいね。とっても、ね」
意味深な目配せをこちらに投げ掛けてくる。
何故かはわからないが、身体は重りが外されたように軽いし、精神的にもだいぶ安定したように思える。
「でも、仲間外れは駄目よ、父さん。私達は三人揃って貴方の娘なんだからね」
俺の頬に手をあてて感触を確かめるようにすりすりと撫でながら囁く。
「私もあの娘達の宿題の面倒を見なきゃならないからそろそろ行くね。
父さんは明日に備えて寝てなさい」
そう言うと優子は部屋を出ていく。
部屋に残された俺は疲れ果ててそののまま眠ってしまった。


夢を見た。
俺は誰もいない映画館で黙々と映し出される映像を見せられていた。
それはある男の成長の記録のようだ。
始まりはその男がまだ少年の頃からである。
男が少年から青年へと変わっていく様を病的なまでに延々と記録している。
そこには幾つもの赤裸々な映像が挟まれる。少年の入浴、寝顔、はては自慰までも。
トイレまでは立ち入らなかったが、少年が行為を終えるまで映像はじっとトイレの前で静止していた。
映像を見るにつれて、この映像は誰かの視点を模したものだということがわかる。
映像は感情を映す事はない。
しかし、映さずともその少年をどれだけ監視者が切望し、渇望し、求めているかは痛いほどにわかる。
それは執着や愛着の域を超えた死してもなお消えぬ妄執とでも言うべきもの。
目の前の暗幕には幾度もその映像が繰り返される。
何度でも飽きず、味わい足りないとでも言わんばかりに。
ぎぃ、と後ろにある入場口から誰かが入ってくる。
俺はそれが誰だか振り返らずとも理解することが出来る。
「美優……」
美優は生きているならば同じように育ったであろう24歳くらいの背格好の女の姿で現れた。
何一つ身に付けず産まれたままの姿を無防備に俺の視界に晒している。
俺が呼び掛けると、映画館にいたはずの俺達は一瞬で何処か知らない草原へ来てしまう。
こちらを見据える垂れ目がちの顔は、表面上は笑顔だが実際には無表情に近い。
美優は死んでしまってからはわからなくなった。
正確には謎めいた、何か底の知れない面が出てきたというべきか。
喋りこそしないが、喜怒哀楽ははっきり表すし、子供らしい振る舞いも昔通りだ。
219三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:49:39.22 ID:/Rgytlvs
だが時々、それがひどくわざとらしく思えるのも確かだ。
十二年間、それは人が根本から変わるのには充分な時間だ。
美優は一体何を考え、何のために行動しているのだろうか。
そんな俺の考えを遮るかのように、ずいっと突然に美優は目の前に現れる。
優輝から味わったものよりも遥かに濃厚な匂いが鼻に送られる。それだけではない。
女性器は充血してふっくらと膨らみ、膣口は少し開いてとろりと滴を垂らしている。
身体のあちらこちらがうっすらと桜色に変わり、肌は少し汗ばんでいる。
涙で潤んだ瞳でこちらを見る女は明らかに発情し、男を迎え入れる準備を整え終えている。
それを目にした時に、全身を耐えられないような疼きが駆け巡る。
美優と過ごした魔的な戯れがぐるぐると頭を支配する。
この瞬間、美優は俺の内のあらゆる性的対象の象徴として目の前に君臨していた。
俺はここまできてようやく、美優から魂の根を捕まれ、囚われてしまっていらことに気付いた。
いや、それは当然の事だ。
依存するものはその対象から捨てられる不安を取り除く為に自らも依存される事を望む。
人知を越えた夜毎の淫夢により、もはや人の与える刺激には興奮しないようにされてしまったのだろう。
「な、なぁ、美優。お兄ちゃん、お前が夢に現れなくなってどれだけお前が大事かよくわかったんだ。
昔、お前を手酷く振ってしまったのは謝るよ。
今の俺にとってお前が一番大事だよ。お前を一番愛してるよ。だ、だから、なあ」
俺は絶対的な君臨者の機嫌を窺うように媚びへつらう。
自分の考えや気持ちを捨て、相手が好みそうな言動をする。
そして手を美優に伸ばすが、それはやんわりと避けられてしまう。
思い付く限りの甘い言葉をかけながらも身体に触れようと試みるが成功はしない。
汗だくになりながら触れようとする無様な俺の姿を満足そうに見つめる美優。
それは蟻地獄に蟻を落としてもがき苦しむ様を楽しむサディスティックな子供を思わせる。
アルコール依存や麻薬中毒患者よりもひどく依存してしまった俺はそれを見て心が折れてしまった。
年甲斐もなく美優を求めて無様に泣き叫んでしまう。
美優はそんな俺の頬を両手で挟み、慈愛に満ちた眼差しを与える。
そこには何よりも暖かな愛が感じられた。
どうして、と山程の言葉を尽くして美優を詰る。
愛しているならば、与えてくれるはずだろうと訴え続ける。
それを美優は、意地を張って素直になれない子供を見る母親のように、じっと聞いている。
声も枯れてしまった頃に、美優がふいに遠くを指差す。
そこには三人の少女がいた。
220三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:52:29.55 ID:/Rgytlvs
草原で花を摘んで花の冠を嬉しそうに作っているのは優子だ。
草原に座り込んで本を熱心に読んでいるのは優香だ。
草原を気持ち良さそうに走っているのは優輝だ。
少女達は俺に気付くと喜んで駆け寄ってくる。
美優は言葉にせずとも言っているのだ。あの無邪気にやって来る娘を使えと。
あれらは俺を満足させるためだけにこしらえたのだと。
三人はお揃いの白いワンピースを着ている。それはきっと三人が未来に着るはずの花嫁衣装を思わせる。
それを汚すことは善良な普通の人には到底出来ない事だ。
だが今の俺はセックス中毒患者だ。
売人が麻薬を売ってくれないなら、他の売人から買わなければならない。
それがどれだけ高くつこうとも、それがどれだけ罪深い事だとしても。
「父さん!何処に行ってたの?私達待ちくたびれちゃったわよ。
あ、そうだ。これ、父さんに作った花輪。子供っぽいけど、中々綺麗でしょ?
……父さん?」
複数の花で織られた色彩豊かな花の冠は、子供の作ったものと笑い飛ばす事は出来ない立派な出来だ。
何かしらの保存処理をすれば良いインテリアになるだろう。
そこには俺に対する優子の真摯な気持ちが宿っている。
普段の俺ならそれを喜んで受け取るだろうが、今は目の前の肉体を貪ることで頭がいっぱいだ。
強い力で優子の小さな肩を掴むと、痛みから苦痛の声を漏らす。
そのせいで花の冠はぽとりと地面に落ちてしまう。
「いっ、痛いよ。ね、離してよ父さん。父さん?」
痛みに涙する娘は父親を一切疑おうとしない。
当然だ、俺は今まで暴力を振るった事などない。だからこれが、初めての暴力。
「なっ、やっ、いやぁ!」
びりびりと力任せに服を剥ぎ取ってやると優子は悲鳴を上げる。
それを見た優香と優輝は抗議の声を上げるが、それを無視して優子の身体を味わい始める。
「やっ、やだっ、うっ嘘だっ!父さんがこんなことするはずがない!
父さんはいつだって優しいんだもん。ね、こんなの冗談だよね?」
無理矢理に身体を押し倒し、柔らかな肉の感触を堪能する。
下着姿になった身体を露骨に漁る男に優子はまだ信じてすがりたいようだった。
俺はそれに言葉ではなく行為で返答してやる。
ブラシャーを剥ぎ取り、小さな未だに乳腺の発達し切っていない固さのある胸を遠慮なく弄る。
余りの事態に優香と優輝がしがみついて止めようとするが成人男性の力には負けてしまう。
「や、やぁぁ……。やなのにぃ、ふぅ、っん、あぁぅぅ」
花輪作りで汗をかいたのか雌臭い腋を口に唾液を貯めて音が出るように丹念に舐めしゃぶる。
ふるふると身体を震わせながら拒絶の中にも甘い媚が混じっていた。
それを不思議に思い優子のヴァギナをパンティーごしに触れて確める。
そこはお漏らしでもしたようにぐっしょり濡れていて、否応なしに悦びを表していた。
221三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:55:03.49 ID:/Rgytlvs
「なんだ、濡れてるじゃないか。娘なのに、父親から悪戯されて感じてるんじゃないか」
段々と内で膨らむ攻撃的な感情が、娘に辛辣な言葉を投げ掛ける。
そう言われた羞恥から顔を赤く染めながら否定するように首を振る。
「感じてるんだろう?もっと父さんが気持ちよくしてやるからな……」
ぐしゅじゅぷ、と音が出るくらいに強めにおまんこを手で刺激してやる。
その度に面白いように腿や腕がぶるぶる痙攣して、閉ざそうとする口からはあられもない声が漏れる。
「ひ、ひぐよぅ、やだぁ、い、いかせないでぇ。
ご、ごめんなさいっ!父さんごめんなざい!ゆ、ゆるひてっ」
優子は自分を肉体的にも精神的にも痛め付ける悪鬼のような男をまだ信じているようだ。
父親に原因があるのではなく、自分が何か悪いことをしたのではないかと考えたようだ。
他の二人も必死に謝ってきている。何て善良な精神を持っているのだろう。
狂った俺はそんな素晴らしい女達を所有し、蹂躙出来ることに凄まじい快楽を感じていた。
「うぐぅぅ、ぐぅぁっ、んぁあ!」
全身をおもちゃのように揺らして優子は達してしまう。
まるで幾人にも体を開かされた後のように力なく横たわっている娘を見ながら服を脱ぎ去る。
俺のペニスは勃起障害などと言ったら冗談と笑われるくらいに硬く、太く、熱かった。
腹にくっつきそうなくらいにがちがちになった肉槍を見て放心していた優子の目に怯えが混じる。
「と、父さん、私とえっちするつもりなんだよね……。
私、ううん、私達はみんな父さんの事が好き。
男の人として好きなの。だからいいんだけど、もっと、や、優しくして……」
そんな言葉を聞くと、サディスティックな気持ちはみるみる萎んでいく。
性欲はより健全な形へと変わっていき、互いに与え合いたいと思うようになる。
しがみつく感触がないので周りを見ると、優香と優輝がオナニーに耽っていた。
それを見た俺は二人も優しい手つきで丸裸にしてやる。
「父ちゃん……」
「お父様……」
期待するような熱い視線に応えるために二人の膣をいじってやる。
淫らな声を響かせる二人を翻弄する事に夢中になっていると、後ろから優子が抱きついてくる。
唇を求めてきた優子にくちゅくちゅと唾液をたっぷり与えてやる。
それを羨ましく思った二人も唇を求め、四人で舌を絡め合う。
ぬちゅ、ちゅぶ、と俺の舌に小さな三つの舌が蛭のように吸い付いてくる。
三人から流し込まれるよだれはとても甘く、二重の意味で舌を楽しませてくれる。
優子の股に手をやると、キスで相当に興奮したのか、指をぬぷぬぷと難なく飲み込む。
222三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:57:17.50 ID:/Rgytlvs
「ひ、ひゃあぁぁん」
とろけるような艶めいた声を出しながら俺にすがりつく姿を見て仕上げにかかる。
優子の膣口に俺のペニスをあてがうと、我慢汁と愛液が混じり合いくちゃくちゃと音を立てる。
俺は優子をゆっくりと横たわらせ、開かせた股の間に体を差し込む。
「と、父さん、いれちゃうの……。私達、親子なんだよ。
私は貴方の娘なんだよ」
娘の説得は意味を成さない。むしろそれは別の解釈に歪められてしまう。
娘であり、俺の女であるなんて、それは何と素晴らしいことか。
娘に対する愛と女に対する情愛が絡み合い、何よりも分かちがたい最愛の存在となる。
それが俺のものになるなんて、何て幸福なんだ。しかもそれが三人も。
俺は幸せの絶頂の仲、優子の固い未成熟な性器を貫いた。


「お父様、朝ですよ。今日は私達を遊園地に連れていって下さるのでしょう。
起きてください、お父様」
優香の声によって俺は目を覚ます。
「どうしたんですか?そんな顔をして。怖い夢でも見ましたか?」
その言葉をきっかけに、夢で犯した罪が激流のように押し寄せる。
叫びだしたかった。泣き出したかった。だがあまりの衝撃から涙も声も出ず、ただ身体がわなわなと震えるばかり。
「あらあら、こんなに震えてしまって。大丈夫ですよお父様。
私達がいますから。怖いことなんて何もないんですよ」
「あれ、父さんどうしたの?え?怖い夢を見た?
はー、父さんってば子供ねぇ。ぎゅってしてあげるから落ち着きなさい」
「なになにー父ちゃんが夢なんかに怖がって震えてるってー?
僕が何が来ても守ってあげるよー。だから怖くなんかないよーなでなでもつけてあげるよ〜」
三人から抱き締められ、背中をさすられ、頭を撫でられながらも、俺はただただ震え続けるのだった。
223三つ子の愛 中編 ◆FBhNLYjlIg :2011/12/18(日) 00:58:52.98 ID:/Rgytlvs
投下終了です
下編年内は無理でした
というより今回投下分で終わらせるつもりでしたが興が乗ったので文量を増やしてしまいました
保管庫にも余りないし、単品ではやってもつまらなそうな男の依存もついでに書きました
でも思ったら共依存みたいなのは意外と多いので書く必要はなかったかなぁ
年内は年末休みを利用して書けるかなので今年は恐らくこれが最後の投下です
来年も暇を見つけてしこしこ書いていくのでよろしくお願いします
あとぼくいぞは鋭意製作中です
私が死なない限りは完結させますので
時期は未定ですが
三つ子の愛も次は時期は未定です
書きたい短編がいくつかあるのでそちらに力を入れていきます
今回も拙い作品ですが少しでも楽しんで頂ければ幸いです
224名無しさん@ピンキー:2011/12/18(日) 02:27:08.33 ID:kJwKbEIx
>>223
投下楽しみにしておりました。
みなさん素晴らしい作品を投下なさっていますが、あなたの作品が依存スレで一番楽しませてもらっています。
次回の投下も楽しみに待っております。、
225名無しさん@ピンキー:2011/12/18(日) 09:33:04.19 ID:z6iAjc/v
>>223
最高過ぎます。この娘たちに依存したいお(;´д`)
226名無しさん@ピンキー:2011/12/18(日) 22:41:42.85 ID:YOQlZpZy
>>224
他の作者はクソってかー
227名無しさん@ピンキー:2011/12/18(日) 23:19:04.83 ID:z6iAjc/v
>>226
まぁまぁ。そこは華麗にスルーしなよ。
228名無しさん@ピンキー:2011/12/19(月) 08:48:15.32 ID:VllshI8B
>>226
んな事は一言も書いてないやんけ。
意味不明な被害妄想(?)は依存には重要だが今は必要ないぞよ。
229名無しさん@ピンキー:2011/12/19(月) 13:07:26.96 ID:6fdw3OVk
まぁ他の書き手のモチベーションは下げるわな
他の書き手と比べて評価してるけだし
230名無しさん@ピンキー:2011/12/19(月) 23:26:34.02 ID:M0qF/jtm
>>223→洗脳→>>224→対立←>>226←洗脳←他作者

( ゚д゚ )
231 忍法帖【Lv=24,xxxPT】 :2011/12/19(月) 23:40:03.71 ID:dPa11Ij9
投下が増えて恐悦至極でござる
232名無しさん@ピンキー:2011/12/20(火) 07:11:29.37 ID:U+HwO3zZ
>>230
待て、ここは依存スレだ
233名無しさん@ピンキー:2011/12/20(火) 07:16:58.82 ID:Xt9XvCHx
住民がぶってるのかなぁ
234名無しさん@ピンキー:2011/12/20(火) 08:42:08.14 ID:U+HwO3zZ
>>233
二股ってレベルじゃねーからなぁ。
235名無しさん@ピンキー:2011/12/20(火) 10:42:17.83 ID:F4AfOCmL
もうやめとけ
皆仲良くだ
236名無しさん@ピンキー:2011/12/20(火) 10:53:55.56 ID:U+HwO3zZ
他スレの話で申し訳ないが、VIPの言葉SSがこのスレに相応し過ぎてヤバイ
237名無しさん@ピンキー:2011/12/20(火) 12:09:49.45 ID:+TwwT70I
>>230
俺も投稿押してから気づいた
238名無しさん@ピンキー:2011/12/20(火) 20:30:11.52 ID:jZJ53Gtg
>>236
なにそれ詳しく
239名無しさん@ピンキー:2011/12/20(火) 21:08:22.84 ID:vn2Ply4x
まあ次から気を付ければいいんじゃないの
240名無しさん@ピンキー:2011/12/20(火) 21:13:12.88 ID:U+HwO3zZ
>>238
言葉が中に誰もいませんよしたら中からオギャー!って話
241名無しさん@ピンキー:2011/12/21(水) 17:57:47.96 ID:jTcXbBPc
投下少くねー・・・
242名無しさん@ピンキー:2011/12/21(水) 17:58:18.27 ID:27rnEORc
seyana
243名無しさん@ピンキー:2011/12/21(水) 18:25:41.49 ID:0iPe/j7z
>>238
言葉「中に誰も」赤ちゃん「おぎゃーwwwwおぎゃーwwww」
ttp://engawa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1324321306/
244名無しさん@ピンキー:2011/12/21(水) 18:42:17.53 ID:UXJQCA6n
>>243
これこれ

ただ今は止まってるな
245名無しさん@ピンキー:2011/12/21(水) 18:44:37.86 ID:jTcXbBPc
これ完全にヤンデレ扱いになるんじゃねーの?
246名無しさん@ピンキー:2011/12/21(水) 19:39:51.60 ID:UXJQCA6n
>>245
うーん、そこは難しいな
247名無しさん@ピンキー:2011/12/21(水) 20:15:09.17 ID:vSogI/RV
わりかしかぶる気はする
ただキチガイメンヘラとヤンデレが同一視されてる昨今
依存娘の方が優れてる気がする

なにより依存娘って字面からしてなんかエロい( ゚д゚ )
248名無しさん@ピンキー:2011/12/21(水) 20:15:42.08 ID:27rnEORc
ヤンデレはオワコン
249名無しさん@ピンキー:2011/12/21(水) 21:10:00.86 ID:0iPe/j7z
そのワードを使うとあいつが来るからやめとけ
250共に生きる 第1章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/21(水) 21:14:05.46 ID:dMe0ugSd
こんばんは
需要があるかどうかはわかりませんがこの前の続き書いてみました。てか天秤が進まねえ……

>>204
ご指摘ありがとうございます。読み直してから初めて気付きました。今度からは視点変更の際には必ず行間を開けるなどして分かりやすくします。

そして三つ子の愛が楽しみすぎる。来年までお預けとは…生殺し?
251共に生きる 第1章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/21(水) 21:15:38.42 ID:dMe0ugSd
「いやぁ、久々に大笑いしたなぁ。まだお腹が痛いぜ」
お互いの自己紹介を済ませた後、私たちは時間も忘れて雑談をしていた。カルディナルさんは様々な地域を旅しているらしく、海外の話などもたくさん聞けた!
「もぅ…いい加減忘れてくださいよぅ………。恥ずかしいです…」
「おぅおぅ!顔を赤くしちゃってよ!可愛いねぇ!」
カルディナルさんは私の一挙一動を細かく観察して褒めてくれる。お世辞かもしれないけどそれでも嬉しい!

「ヨシ!そのお礼だ!家まで送ってやるよ。バームステンだろ?もう日もすっかり暮れちまったな。
…それにしてもこの森に1人で入るなんて……勇気があると言うべきか、無謀と言うべきか……」
苦笑しながらそんな事を言ってくる。あ、そっか。私、連れ戻されちゃうんだ……カルディナルさんに。
あんな所に戻るくらいならばと、私は意を決してこの方に全てを話す事にした。家庭では奴隷として扱われていた事、母から拷問を受けていた事、死のうと思って森に入った事。全てを包み隠さずに。

カルディナルさんはしばらくの間、私の話を優しく聞いてくれた。辛い事を思い出して泣きそうになった時は慰めてくれて、お母様の拷問やお兄様とお姉様のイジメの件についてはまるで自分の事の様に怒ってくれた。
全てを話し終えたら身体が軽くなった気がする。これも全て目の前にいるカルディナルさんのおかげだ。
252共に生きる 第1章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/21(水) 21:16:46.87 ID:dMe0ugSd
「なるほどなぁ………。とんでもない家に生まれちまったな。魔術はからっきし駄目なのか?なにか隠された力があるとか!物語の定番だろ?」
「はい、全くありません。昔訓練した時にお父様に言われたんです。才能が無い、ゴミ以下だ……と」
「とんでもない野郎だ。周りを自分のものさしでしか測ろうとしてねぇ……」
また、私の事を自分の事の様に怒ってくれた。この優しさがとても嬉しい。
「それと拷問の事なんだが……。傷を見せてくれるか?薬草があるから少しは楽になるかも知れない」
カルディナルさんは懐から薬草の入った小瓶を取り出して見せてくれた。既に私は魔族のカルディナルさんを完全に信頼していたので、言われた通りに傷を見せる事にした。

「わかりました、お願いします」
ローブをスルスルと脱いで最初に着ていた布の服の状態になる。そこから服の裾を……
「ストップ!待て!止まれ!時よ止まれぇ!」
裾を掴んだ所でカルディナルさんが慌てて停止を呼びかけた。どうしたんだろう?
「あ、あの……何か問題でも?」
「問題大アリだ!なに服を脱ごうと………あッ!」
顔が一気に紅潮して行く。一体どうしたんだろう?
「あの、脱いでも良いですか?」
恐る恐る聞くと、まるで私の事を信じられないような顔で見てくる。少しショックだ……
「あ、あー…いや、その、なんと言うか……むむむむむ〜!よ、よし!脱げえぇぇ!」
だから脱ごうとしてるのに……止めたのはそっちじゃないですか!そう思ったが口には出さないで黙って服を脱ぐ。服が地面に落ちた時にパサッと軽い音がした。
「脱ぎました」
「お、おう……。えっと……切り傷が多いのか、後は打撲と刺し傷………。よし、それじゃあ少し待ってれくらよ…」
あ、噛んだ……。
「خضحفلنل」
カルディナルさんが手のひらを上に向けて何かの詠唱をすると、水球が手のひらに出現した。凄い……水魔術だ!
次にカルディナルさんは小瓶から薬草を取り出し水球に埋め込み、そのままミキサーの要領で混ぜ始めた。三分経つと透明だった水は緑色に濁り、完全に混ざり合った。
「これを小瓶に詰めてっと。これで塗り薬の完成だ。かなり協力だからな、大抵の傷に効果覿面なこと請け合いだ!」
「ありがとうございます。カルディナルさん!」
そう言って小瓶を受け取ろうとしたらサッと手を引かれてしまった。な、何か気に障る事をしてしまったの?
「俺の事はルディと呼んでくれ。それとこの薬はかなりしみるから気を付けろよ?」
私は頷きながら瓶を受け取った。薬を手で掬ってみると、かなりの粘りがあった。私はそれを腕の傷に塗ってみた。
「…………たしかにしみますね」
かなりの痛みが腕を走る。恥ずかしいけど少し涙目になっちゃうくらいに。
「それが効いてる証拠だ。少しずつでいいから満遍なく塗っていけ」
私は少しづつ薬を塗っていった。両腕、両脚、胸とお腹、背中はカルディナルさんに手伝ってもらい、30分かけてようやく塗り終わった。

「こんなもので良いだろう。早い者で3日もあれば傷は全て塞がる。それと早く服を着てくれないか?」
瓶を懐にしまいながら私に声をかけてくれる。でも正直今はそれどころでは無い!身体中が痛くてしょうがない!
「少しの間我慢だ。痛みは20分くらいで止む。現に今、腕は痛くないだろ?」
……確かに意識してみると腕の痛みが引いている事を確認出来た。これなら我慢すれば服を着れる。
「はい、痛くないです。それじゃあ今服を着ますね」
私が服を着終わると、カルディナルさんは笑いながら頷き森を歩き始める。私は慌ててその後を追って行く。
「ひとまずバームステンの近くまで行くぞ。街に近ければ近いほど魔物の数は減って行くんだ。
ここら辺にいるといつ襲われるかわかったもんじゃない。イリスの今後の事はそこに行ってから考える」
253共に生きる 第1章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/21(水) 21:17:31.52 ID:dMe0ugSd
私達は一定の間隔を保ったまま歩き続けた。途中魔物の恐ろしい遠吠えが聞こえて、思わず悲鳴を上げてしまった時にはそっと手を繋いでくれた。…そのさり気ない優しさが…とても嬉しかった。

「あの、ルディさんはどうしてこんな私にここまで親切にして下さるんですか?」
ずっと疑問に思っていた。所詮私は人間でカルディナルさんは魔族。決して相入れない存在のはずなのに………
「………あのさ、俺って何歳に見える?」
唐突に何を言うのだろう?私の質問とカルディナルさんの年齢になんの関係が?
「えっと、大体17歳………いや、24歳くらいですか?」
正直外見だけで見ると私と同年代か少し上のような気がする。しかし、様々な国を渡り歩いた経験や口調の割に落ち着いた雰囲気からもう少し上と予想した。
「外見はそう見えるだろ?でも実際はもっと長く生きてるんだよ。歳はもう忘れちまったけど、旅は500年以上続けてる」
500年⁉いきなりの現実離れした年月に意識を持って行かれそうになった。つまりカルディナルさんは500歳を超えているって事⁉
「それだけ続けていれば良い事や悪い事も沢山あったと思うだろ?それは半分だけ正解でな、実際はほとんど嫌な思い出しか無いんだよ。
どこに行ってもやれ悪魔、やれ魔物。人間と会話した事なんか数えるくらいしか無くてよ。しかもそのほとんどが会話と言えるものじゃないんだ。金を払うからあいつを殺してくれ、呪ってくれ、とかそんな感じ。
魔族である事を隠して人間と共存したこともあった。その数ヶ月間は魔術師と偽ってて過ごしたんだけどよ、本当に楽しかった。みんなが俺に笑いかけてくれたんだ。
でもひょんな事で俺が魔族だとバレちまってな。危うく殺されかけたんだよ……。前日まで笑いあっていた人達が…手のひらを返した様に俺を殺そうとして来た……」
もしかしたら私は聞いてはいけない事を聞いてしまったのではないだろうか?そんな過去があったなんて………
「ご、ごめんなさい!そんな辛い事を思い出させてしまって!」
私は深く頭を下げる。こんな…無神経にも程がある!しかし、カルディナルさんは微笑みながら首を横に振ってくれた。
「だからさ、俺が魔族だとわかっても、イリスが態度を変えなかった事が凄く嬉しくてな。しかも笑いながら会話してくれてさ…魔族の俺なんかと。
本当にこの500年、ずっと独りで生きてきたから。だから……だから俺はーーーッ⁉」

それは本当に一瞬の事だった。カルディナルさんが急に私に飛び付き、抱きかかえて飛びず去った。
次の瞬間今まで私たちが立っていた地面が大きな音を立てて陥没するのを私は辛うじて理解出来た。
「大丈夫か⁉」
「は、はい。い、一体…何が?」
「食人樹が巣を張ってたんだ。ほら、この下を見てみろよ」
カルディナルさんに言われて陥没した大穴を覗いて見る。そして私はすぐに後悔した。
254共に生きる 第章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/21(水) 21:19:44.31 ID:dMe0ugSd
「ひ、ヒッ!」
陥没した大穴の底には無数の木の根が蠢いているのが見えた。しかも毒々しい紫色の棘がびっしりと生えていて、まるで巨大なムカデが数十匹狭い穴に押し込まれているみたい。
さらによく見ると何か動物の毛皮らしきものが根に絡みついている。その中には人間の衣服らしきものもあった。
「食人樹という名前だが実際は何でも喰いやがる……。この様に地中に根を張り巡らせて落とし穴を作り、そこに落ちる動物の体液や引き裂いた肉を養分として生きている奴だ。
一度落ちたら最後、余程の強者でない限り抜け出す事は出来ない。世界中の森に生息しているから、森を歩く時に最も注意しなくちゃならない最大級植物型のバケモノだ。
世界で確認されている行方不明事件の犯人の95%以上は十中八九コイツだとさえ言われているんだぞ」
そ、そんな恐ろしい植物がこの森に存在していたなんて………。わ、私はさっきまでこの森を…1人で……ふらふらと………もしその時に落ちていたとしたら……
「もし落ちていたらとんでもない事になっていたぞ。棘に全身を引き裂かれ、生き血や体液を啜られ、それでいてなかなか死ねずにこの中で一夜を過ごす羽目になったな」
私はようやく森の本当の恐ろしさを知った。なぜお父様ほどの強者でさえ1人で森に立ち入らないのか……その理由がやっとわかった。
「ぅ……ぅあ………あぁ…」
「……怖いか?」
身体が震える、歯がカタカタ音を立てる、恐怖で全ての感覚が麻痺してもう立つ事も出来ない。私はどうしてこんな森に来てしまったの⁉
「この森に来た事を後悔してるか?」
何とか首を縦に振って返事をする。とてもじゃないが声なんか出せない……
「それでいい。これでわかっただろ?この森がどれ程に危険かが。だから二度と1人で入ろうとするんじゃねえぞ?」
「は、は…い………」
今度は声を出して返事をする。しかしその声は自分自身で驚いてしまうほどに弱々しく、そして震えていた。

「無理に立とうとしなくていい…俺がいるからな」
そう言うとカルディナルさんは徐に私を抱きかかえた。
「ひぁ!ちょ、ちょっと、ルディさん!」
「また、いつ襲われるかわからねぇからな。魔族なんかに抱えられて嫌かもしんないが少し我慢してくれ」
そう言うカルディナルさんの顔は少し寂しそうだった。違います!私が声を上げたのは驚いたからなんです!
「いえ、違います!声を上げちゃったのは少し驚いたからだけで、全然嫌じゃありません!むしろ私の事を想ってくれるルディさんの優しさが…とっても嬉しいです」
「………そ、そう?あー、それなら良いんだ、うん」
また顔を赤く染めてしどろもどろに返事をするカルディナルさん。……あっ!もしかして!
「ルディさん。もしかして照れてるんですか?さっき私が服を脱ごうとした時止めたのも……」
あっ、また赤くなった!
「……魔族でも人間の女の子相手に恥ずかしがるんですね」
「し、仕方ねぇだろ!イリスはもっと自分の魅力に自信を持て!」
「でも私、顔は全然綺麗じゃないし、スタイルだってあんまり良くないし…」
いつも鏡で見てるからわかる。私は全然可愛くない。胸だってBくらいしかないし、完全に幼児体型だし……カルディナルさん?なんでため息なんか?
「自覚がねぇってのは恐ろしい……。いや、今まで誰にも言われた事が無かったのか…………。それなら俺が言ってやる。よーく聞いてろよ!」
そう言うとカルディナルさんは大きく深呼吸した。
255共に生きる 第章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/21(水) 21:20:14.72 ID:dMe0ugSd
「イリスは間違い無く美人の分類に入ってる!さっきの笑った顔なんかスゲえ可愛くてめっちゃドキッとした!一回微笑んだ自分の顔を見てみろ、絶対に可愛いから!
スタイル?そんなモンは関係無い!大体イリスはまだ若いだろうが!その歳でそれだけの胸があれば将来有望にも程があり過ぎだぁ!」
私の方を一切見ないで一気にまくし立てた。そっぽを向いていてもその耳が赤くなっているのがわかった。
「あの、ルディさん………」
「ん……なに?」
そっぽを向いたまま素っ気なく応えてくる。やっぱり恥ずかしいんだ。
「えい!」
「〜〜〜〜!!」
私はカルディナルさんに思いっきり抱き付いた。もともと抱きかかえられていたから、首に手を回して身体を押し付けただけなんだけどね。
それでもさっきまでとは全然違って、ローブを通していてもカルディナルさんの体温が感じられる………。もうさっきまでの恐怖なんかカケラも残ってない。
「い、イリス⁉い、いった、なにっして⁉」
ふふっ、慌ててる慌ててる♪
「とっても嬉しくて、思わず抱き付いちゃったんです。それとも、私なんかに抱き付かれては……迷惑ですか………?」
少し声を落としてみるとカルディナルさんは慌てた様で
「べ、別に迷惑じゃ……いや、俺としては嬉しいと言うかなんと言うか………、う、うおぉおおぉ!!」
「え?きゃああぁあぁ!!」

次の瞬間私達は空を飛んでいた。森の木々が遥か眼前に広がっているのがチラッと見えたが、カルディナルさんにガシッとしがみ付くのに必死でそれ以上のことはわからなかった。
「しっかりと掴まってろよ!!こっからは飛ばすぜッ!!」
もう飛んでるじゃないですかー!!……って!
「きゃあぁぁあぁぁ!!」
今度は浮遊感が私を襲う。どうやらカルディナルさんは空を飛んだのでは無く思いっきりジャンプしただけだったみたい。この浮遊感は落下している時のものだ!
「よっと!」
私達は無事に地面に着地したみたい。するとカルディナルさんは走り出した。いや、走ると言うよりは跳ねている?私は恐る恐る目を開けてみた。
「!!ルディさん、ここは木の上ですか⁉」
「ああ、木の枝を移動中だ!少しの間喋らない方がいい。舌噛むぞ」
私達は枝の上を渡りながら移動していた。猛スピードで周りの風景が変わっていく事からかなりのスピードが出ている事がわかった。
「後1分以内でバームステンまで着くぞ。かなりの高速移動だろ?」
あと1分⁉そんな…私とカルディナルさんが出会った場所は、私が30分かけて走った地点だと言うのに……。そこから食人樹と遭遇した場所だってほとんど離れてないはず。
「本気を出せはあと5〜10倍早くできるぞ。やってみるか?ーーーと思ったら…着いちまった」
本当だ……あの白くて高さ5m程ある巨大な壁は紛れも無くバームステンだ。
256共に生きる 第章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/21(水) 21:20:41.72 ID:dMe0ugSd
カルディナルさんは壁のすぐ側にに着地し私を降ろした。
「着いたぞ、バームステン。ここならほぼ魔物と遭遇する事は無い。それと…座るか?」
カルディナルさんが地面に手をついて何かを唱えると、何やら布のような物が出現した。
「俺の魔力はなかなか便利だろ?ローブを作れたり布を作れたり。まぁ色は黒色だけなんだけどな。ほら座れよ」
私とカルディナルさんは2人で壁にもたれ掛かるようにして座った。空を見ると満天の星空が広がっていた。
「綺麗………」
柄にもなく浸ってしまった。今まで私にとって夜とは恐怖の対象でしか無かった。狭くて暗い部屋に押し込められ、粗末なベッドでビクビクしながら一夜を過ごす。た
だそれだけだった。
「イリス……泣いてるのか?」
私の頬を涙が伝う。なぜ泣いているのか自分でもわからないけど、それでも涙が止まらない。
「あれ、私……何で…泣いて……」
この14年間泣いた事なんて一度も無かった。どんなに辛い時もどんなに悲しい時も決して泣かなかったのに………
「…………………」
カルディナルさんが私を見つめている。もしかしたら心配させてしまったかもしれない。でも………
「ごめんなさい……、でも…止まらない……涙が…止まらないんです……」
「謝んなくていい。泣きたい時は力いっぱい泣けばいいんだ。今までの辛い事とか悲しい事とか……全部涙と一緒に吐き出せばいい」
「ルディさん………」
あぁ、そっか。今までは私が泣いても誰も慰めてくれないから……だから泣かなかったんだ……。
本当は泣きたかったのに…誰も私を支えてくれないから…だから…泣けなかったんだ………
「ルディ……さ…ん…」
でも今は違う。私を慰めてくれる人が…支えてくれる人がいる。だから……だから私は………
「ル…ディ……う…ぅ…ぁ……ふ、ふわあぁあああぁん!!」
もう我慢できなかった。カルディナルさんに抱き付いて力いっぱい泣いた。14年間心に溜めて来た負の感情を全て吐き出すために……
「ん……、よしよし。もう大丈夫だからな、今までよく耐えた。偉いぞ……」
カルディナルさんは私の頭を撫でてくれた。その手付きは少し乱暴でお世辞にも上手とは言えないもの。だけどカルディナルさんの優しさが強く感じられるとても温かいものだった。



そして私は全てを理解した。私が生まれてきた意味を……


「ルディさん」

だから…

「お願いがあります」

私は…

「どうか…」

決意した。

「どうか私を…貴方の旅にお供させて下さい」


私はルディさんと出会う為に生まれてきたのだから………
257共に生きる 第章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/21(水) 21:24:57.26 ID:dMe0ugSd
以上です。一体どこまで続くかわかりませんがよろしくお願いします。
>>256
『ただそれだけだった』の所、変な風に改行してますね……ゴメンなさい。もし保管庫に保管するならば、その時に直して欲しいです……
258名無しさん@ピンキー:2011/12/21(水) 21:47:04.75 ID:MLf30CDG
ん〜何か王道でいいですねぇ
これからどう物語が進展していくのか楽しみです
259名無しさん@ピンキー:2011/12/22(木) 09:47:33.80 ID:Pf3MmG2G
楽しくなってきた!
続き待ってます。
260 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/22(木) 16:19:40.79 ID:8YcXduWN
偽りの罪投下します
261偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/22(木) 16:21:01.84 ID:8YcXduWN
「滝くん、これどうかな?」
「う〜ん…何か雰囲気に合わないような……これは?」
「あっ、月森さんっぽい!それじゃこれにしよ!」
今私達は百貨店に足を運んでいた。
理由は月森さんの誕生日プレゼントを買うため。
私は昨日知ったのだが、明日月森さんの誕生日だそうだ。
滝くんは数日前に既に買っているらしく、今日は私が買うために滝くんに付き添ってもらっている。

「あっ、これプレゼント用に包装してもらってもいいですか?」
「はい、柄などはどうされますか?」
「う〜ん…この花柄に赤いリボン付けてください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
滝くんが手にした星柄のブックカバーを手に取ると、レジに行き購入する。
綺麗に包装されたブックカバーを店員から受け取ると、滝くんと百貨店を後にした。

「喜んでくれるかな?」
「大丈夫だよ」
「滝くんは何を買ったの?」
「俺は万年筆とストラップ」
「へぇ、二つ買ったんだ」
二人並んで道を歩きながら雑談する。
少し前なら考えられなかった事…そう、あの日から私達は急激に身近な存在へと昇格した。
3ヶ月前…私は、滝くんに本を貸すという理由で休日を一緒に過ごした。
262偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/22(木) 16:21:22.74 ID:8YcXduWN
別にやましい事があった訳ではない。
ただ、滝くんと図書館で一緒に本を読んだだけ。
それでも私にとって休日を異性と過ごすという事は理想の女性に近づく大きな第一歩。
本当なら駅前で待ち合わせをして、ただ本を手渡すだけで別れるはずだったのだけど…。


「あの…もし用事がなかったら図書館に行かない?あっ、む、無理ならいいんだけど…」
帰ろうとする私に滝くんがソワソワしながら目を泳がせて話しかけてきた。
一瞬意味が分からず「え?」と滝くんに聞き返してしまったのだけど、数秒後滝くんに誘われている事に気がつき、慌てて一度コクッと頷いて返事を返した。
その日は図書館で夕方の五時まで本を読んで、駅前で別れた。
学校同様に会話なんて言う会話はまったく無かったけど、休日私服を着て二人で学校以外の場所に居る…この事実に私は浮かれていた。
多分、告白された側の立場だからだろうか?
内心滝くんに対して優位に立っていると自分では思っている…。
だから一定の距離を保って“友達であって友達で無い距離”を意識して滝くんを見ている。
それは私の中でまだ滝くんが周りから“正しい人間”に見えてるのか判断しかねるからだ。
263偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/22(木) 16:21:45.23 ID:8YcXduWN
私は分かっている。
滝くんが人一倍優しくて、思い遣りがある人間であるということに…。
だけど周りの人間はどうだろうか?
ちょっと前まで滝くんは“告白した気持ち悪い男子”として見られていた…。
だから私の中でこの人と一緒に居ても変に見られないか…汚い話し、滝くんとの距離位置を足で探っていたのだ。
――そんな滝くんと、図書館へ行った日から私は一緒に居る時間が大幅に増えていった。
休み時間や昼休み、放課後は勿論滝くんと一緒にいた。
でも、その時でさえ私は近くに月森や島ちゃんが居ないと滝くんには近づかなかった……もし二人で居て、付き合っているという噂が流れたらどうなるか怖かったから…。
だから私は“月森さんの友達である滝くんと知り合い”というスタンスで様子を見ていた……そんなある日、日常になっていた私と滝くん、島ちゃんと月森さんの四人で昼休みにお弁当を食べていると、一人の同級生が一言いい放った。

「あんたら最近仲いいね、滝くんと遊んだりしてるの?」
「私は数回遊んだわね。本好きだから瞬太の家にも行った事あるし」
「そうなの?んじゃ今度私も遊びに行っていい?」
「はは…まぁ、何もないよ?ゲーム機ぐらいしか…」
264偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/22(木) 16:22:10.93 ID:8YcXduWN
そんなありふれた会話……周りの同級生も日常会話として聞き流し、反応はしない…。

「じゃ、じゃあ…私も遊びに行ってみたいかな…」
思い切って島ちゃんの話しに続いて、私も話に便乗してみた。
「えっと…別にいいけど…」
私に目を合わさず苦笑いを浮かべると、また雑談へと戻りその会話は打ち切られた。

(滝くんと一緒に居てもおかしくないんだ……友達として見られても大丈夫かな…)
頭に浮かびゆっくりと消えていく自分の言葉。
周りの目からおかしいと判断されなければ、私も滝くんと一緒に遊びたい…。
自分可愛さに周りの目を気にしてしまう…嫌気が射すけど、どうしようも無い。
だけど、滝くんともっと話しをしたい…自分勝手な矛盾だけど、私は滝くんと一緒に居る時間が何より好きになっていく…。
そして滝くんに“頼られる”事に幸せを感じ始めていた。
少しずつ変化する関係を感じながら日々が過ぎて行き終業式…私は滝くんに思い切って携帯電話のアドレスと番号を聞いてみた。
オドオドする滝くんに半ば強引に携帯の赤外線で滝くんと交換した。
小さくありがとう、と呟く滝くんに笑顔を残して冬休みに突入。
265偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/22(木) 16:22:34.24 ID:8YcXduWN
それからどんな些細な事でもメールで滝くんとやり取りをした。
出会い系サイトで出会った男女の如く一日何度もメール。
メールや電話を重ねるに連れて私の敬語も無くなり、滝くんと話しても口ごもる事はなくなった。
そして、そんな日々を重ねる毎にお互いの間にある透明の壁が薄くなり、まったく見えなくなった頃に私は調子に乗って滝くんにメールで聞いてしまった…。


「告白してくれたけど、あれは本気だったの?」
メールだからできる行動だった。
すぐに滝くんから電話が掛かってきたけど、私は出れなかった…メールを送った後に自分がしでかした事の重大さに頭が割れるほど痛くなり携帯を手放してしまったのだ…。
それから一時間…電話を無視し続け、痛くなる胸を押さえつけるように布団に潜り込んだ。
そして滝くんとの友達関係を解消する方法を既に考えてしまっていたのだ…。
どうすれば関係を悪くする事なく綺麗に切れるか…そんな事ばかり考えていた。

一時間電話が鳴り響き、最後にメールの受信音が部屋に鳴り響く。
恐る恐る携帯を掴んでメールに目を通した。
266偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/22(木) 16:23:18.09 ID:8YcXduWN
『告白したのは本当に好きだと思ったからだよ。だから迷惑かも知れないけど告白したのは自分では間違ってなかったと思ってる。今でも好きだと思う…ごめん』
一文字一文字しっかりと目を通して、読み返す。
そして自己嫌悪に陥った。
私は何をしているのだろうか?人を試すような事をして…。
滝くんは本当に心優しい人…趣味も合うし、何より私の事を思ってくれてる。
だけど、滝くんは物覚えが悪くて、普通の人よりも頭が悪くて、いつもオドオドして男らしく無い……普通の女の子なら多分彼氏に選ばない。


だから…










――だから、滝くんは私が居ないとこの先苦労するんじゃないだろうか?




『それじゃ、私と付き合ってみる?』
震える指で文字を打ち込み一度深呼吸をした後、送信。

――そのメールを切っ掛けに、私と滝くんは付き合いだした。
ただ、普通のお付き合いでは無い。
私から付き合う為の条件を出したのだ。

条件は単純:高校卒業まではお互い身体の関係は持たない。
学校では絶対にバレないように接する。
私が出した条件はこれだけ。
その条件を滝くんはすんなりと受け入れてくれた。
だから今の私達があるのだ。
267偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/22(木) 16:26:32.63 ID:8YcXduWN
そして今日滝くんと付き合って初めてのデート。理由は私では無い違う女性の為のプレゼントを買うという所がちょっとモヤモヤするけど、それは仕方の無いことだと理解している。
だって月森さんにも私と滝くんが付き合っているなんて知られていないのだから…。
月森さんとはあまり交流が無いけど、何も渡さないのは失礼かも知れない…だから今日滝くんに頼んで一緒についてきてもらっている。

「これからどうする?」
時計に目を向けて時間を確認する。
まだ昼過ぎだ…家に帰ってもどうせ滝くんと電話するからそれなら会話したほうがいい。
「静が本貸してくれるらしいから、俺は家に帰らなきゃいけないんだ」
「そう…」
勝手に頭で滝くんと図書館へ行く予定を立てた矢先、崩される。
また月森さんか…。
心の中でため息を吐き捨てる。
正直、月森さんのプレゼントも滝くんと一緒に出掛ける口実と言っても過言では無かった…。
その滝くんから月森さんの名前が出る度に私の何かがピクっと反応する。

「私も滝くんの家に行ってみたいなぁ…なんて…」
冗談混じりに小さく呟き滝くんの反応を伺う。
付き合ってる私が滝くんの家にお邪魔するのはおかしい事では無いはず。
268偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/22(木) 16:27:13.03 ID:8YcXduWN
どちらかと言えば未だに月森さんが滝くんの家に行く事の方が、おかしいのだから…。

「俺は別にいいよ」
「ほ、本当に?」
「うん…静は直接家に来るから一緒に行く?」
「う、うん…それじゃ行ってみたい」
呆気なく滝くんの家にお邪魔する事が決まった。
電車に乗り込み滝くんが使う最寄り駅へと向かう。
冬休みだから電車はガラガラ。それが有り難く、二人で隣に座り雑談できた。
「田舎だから最寄り駅使う学生は俺と静以外居ないんだよ」
滝くんの家は少し田舎にあるらしく、学校まで一時間近く掛かってしまうらしい。

「はぁ、着いたよ」
「田んぼばっかりだね」
滝くんが使う最寄り駅に到着すると周り一面田園風景が広がっていた。
良い意味か悪い意味か自分でも分からないが、不便そうだ。
「それじゃ行こうか」
「うん!」
駅から出ると足早にに滝くん宅へと向かった。
誰の目も気にすることなく、滝くんと並んで歩ける幸せを噛みしめ些細な事で笑いあう。

やっぱり私と滝くんは似た者同士なのかも知れない。
滝くんの笑顔を見れるのも基本的に私と二人の時だけ…。
(月森さんと居る時も……か…)
「お、もう来てるな」
269偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/22(木) 16:27:41.34 ID:8YcXduWN
田舎独特の民家のくねくね道を歩く事十数分。突然滝くんが片手を上げて手を振りだした。
奥にある一軒家の前に見覚えのある女性…月森さんだ。月森さんも私達に気がついたらしく、小さく此方へ手を振っている。
「珍しいわね。二人で遊んでたの?」
不思議そうに首を傾げ、私と滝くんを交互に見つめた。
「あの、図書館で偶然会って…それで月森さんが滝くんの家に来るって言うから、私も行ってみたいって無理言って着いてきたんです」
当たり障りの無い返答を月森さんへ返す。
多分間違ってない返答だと思う。
「ふ〜ん…まぁ、いいわ」
少し間があったが、納得してくれたようで玄関へと向かう滝くんの後に着いて行った。
私も後ろから後を追う。
「お邪魔します」
玄関を開けて滝くんが中へ入ると、月森さんも自然と中へ入っていった。
(本当に月森さんよく滝くんの家に来るんだ…)
なんだろうこの気持ち…彼女だから月森さんに焼き餅を妬いている?自分でも分からない感情が小さく沸き上がってくる。
しかし、それを表に出す事は無い。もし表に出して付き合ってることがバレて学校にでも広まったら何を言われるか…。
「山科さん?」
270偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/22(木) 16:28:09.41 ID:8YcXduWN
家に入って来ない私を見に来たのか、玄関の扉から滝くんが顔だけ出して私の名前を呼んだ。
「あ、ごめん今行くね」
小走りで滝くんが待つ玄関へ向かう。
「遠慮なく入ってね」
「うん、ありがとう」
手を使わずに靴を脱ぐと、そのまま家の中へと入って行った。
私も靴を脱いで家の中へ入り、滝くんの後を追う。
「どうしたんですか、月森さん?」
奥へ向かったはずの月森さんが滝くんとすれ違い此方へ歩いてきた。
そして私ともすれ違い、玄関へ向かう。帰るのかな?と思い月森さんの背中を視線で追いかけた。
「もう…靴ぐらいちゃんと脱げないものかしら」
誰にも聞こえないような小さな声で呟くと、腰を屈めて滝くんの靴を掴んだ。
そして、滝くんの靴を綺麗に揃えて置き直した。

「……何してるんですか?」
「え?なにって…靴を並べてるだけよ?」
靴を並べてる“だけ”?
何故滝くんが脱いだ靴を貴女が並べるの?
そんなのおかしいでしょ…。貴女は友達の家に来ると度、わざわざ靴を綺麗に並べるの?

「……」
「どうしたの?早く行きましょ」
黙り込む私の横を抜けて家の奥へ向かう。
それを睨むように見つめ、奥へ消える月森さんを見送った後、玄関へ戻った。
271偽りの罪 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/22(木) 16:28:30.56 ID:8YcXduWN

「……」



――そして、衝動を押さえる素振りすらせず滝くんの靴を軽く爪先で蹴った。
気付いた時には既に私の爪先は滝くんの靴に当たり、片一方の靴が蹴られた衝撃でコロンコロンと転がり壁に当たると、逆さになって止まっていた。
「あ……ッ」
一瞬元に戻さなければと焦った言葉が脳裏に過ったが、滝くんが脱いだ靴を直すならまだしも“月森さんが整えた靴”を再度私が整えるのは何故か拒否反応が出る。
月森さんが直す前よりも乱れてしまっているが、どうでもいい…いや、寧ろ清々するぐらい。
自分でも分かるぐらい冷たい視線をしていたと思う…靴を見つめた後、私も家の奥へと向かった。
272 ◆ou.3Y1vhqc :2011/12/22(木) 16:29:15.46 ID:8YcXduWN
ありがとうございました、投下終了です。
273名無しさん@ピンキー:2011/12/22(木) 16:32:23.87 ID:Kq0YD3mb
リアルタイム乙!
続きが気になる
274名無しさん@ピンキー:2011/12/22(木) 16:35:21.20 ID:b9SpeRUy
GJ!続きが気になる!乙でした!
275 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/22(木) 16:37:47.61 ID:vxub2Ke1
待ってました!やっぱり嫉妬というのは良い物ですね〜
276名無しさん@ピンキー:2011/12/22(木) 17:31:44.42 ID:5yA/MoQg
うわあどんどん歪んでいくな
依存しだすの楽しみ
277名無しさん@ピンキー:2011/12/22(木) 20:47:06.98 ID:q1G1KIst
何ともリアルな心情描写
正直、たまらないGJ!!
278名無しさん@ピンキー:2011/12/26(月) 20:53:02.84 ID:AzbzxbPZ
保守
279名無しさん@ピンキー:2011/12/29(木) 07:45:11.03 ID:A8WYB1tu
ほしゅうぅ
280天秤 第13話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/29(木) 20:33:03.13 ID:R+NngAun
こんばんは、やっと書き終わりましたので久しぶりに投下します。
281天秤 第13話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/29(木) 20:33:17.93 ID:R+NngAun
夏目家の夕食


「明日から三日、お休みさせて頂きます」
ここは武田研究室。ちょうど准が武田に休みを貰うところだった。
「ん、明日から三日?なにか用事でもあるのか?」
「はい、少し九州まで用事がありまして」
「九州!?あのラーメンやチャンポン、はたまた温泉で有名な!?」
「一体どんなイメージ持っているんですか…」
三田が呆れたように言う。武田は遊びのことしか考えて無い。
「准の家は剣道の道場をやっているんです。准のお父さんは日本でも有名な剣道の師範なんですよ。
明後日の大会では審判を務めるのですが、そのついでに大会に准が参加しに行くんです」
宮都が説明する。
「へぇ、そうなんだ。夏目さん剣道強いの?」
「強いなんてものじゃないですよ。もう既に免許皆伝の腕前です」
准は既に父親の智久から全ての技を伝授されている。道場でももはや、智久でなければまともに戦えない。宮都もボコボコにされる。
「と言うわけで三日お休みさせて頂きます。ご迷惑かけて申し訳ありません」
武田は顎に手を当て考える仕草をする。恐らく、ろくな事を考えてはいないだろう。
「お土産買って来い。それで許すぞ、出来ればうまいものが良い。他には………」
「夏目さん、大会頑張ってね。お土産の事はまっったく!考えなくていいから」
安定の三田のスルースキル。武田はブツブツと 冗談だったのに…とか呟いている。……絶対嘘だ。


そしてここは住宅街。宮都と准が家に向かって歩いている。以前と違うところは、2人が手を繋いでいるところだ。
結局あの日以来、准は不安気そうな顔をする事はなくなったが、宮都にベッタリとくっ付くことはやめなかった。別行動も必要最低限しかしない。
「はぁ〜あ、三日かぁ。そんなに長い間宮都に会えないなんて……」
しょんぼりしながら准が呟く。実際准は最後の最後まで大会に出る気は無かった。しかし鶴の一声ならず父の一声、大会出場が決まった。
「まぁ、頑張れよ。ちゃんとご褒美も用意しといてやるから」
宮都は笑いながら慰める。智久は誰にでも等しく厳しい。宮都も昔はよく怒られたものだった。
「それにやるのは予選だろ。決勝はこっちでやるんだから、その時は応援に行くよ」
そう、九州で行う大会は予選であり、決勝トーナメントは後日この辺りで行うのだ。
「その日は今から予定を開けているからな。絶対に応援しに行くから」
「うん、楽しみにしてるね」
温かい笑顔を見せる准。宮都はこれを見るたび、准の笑顔を取り戻せた事を心から嬉しく思う。
282天秤 第13話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/29(木) 20:33:42.81 ID:R+NngAun
あの日以来、准には普通の笑顔が戻った。それまでと全く変わらない、宮都の望んでいた笑顔が。
でも宮都は不安を完全に拭えなかった。一度だけ准が見せたあの笑顔……。あの歪んだ笑顔がどうしても気掛かりになって仕方がない。
「宮都、どうしたの?そんな難しい顔して」
「ん?いや、別に大した事じゃ無いよ。少し考え事をしてただけ」


そうこうしているうちに准の家に到着した。腕時計を確認するとまだ17時だった。
「宮都ー、今日こそ晩ご飯食べてってよ。まだ時間大丈夫でしょ?」
「いや、まぁ大丈夫だけど…急に押しかけて迷惑じゃないか?」
「そんな事ないって〜お母さんもお父さんも大歓迎してくれるよ。ちょっと待ってて」
准はそのまま家の中に入って行った。恐らくエリザと智久を探しているのだろう。夏目家はただでさえ広いし、真剣の保管庫や離れ家、小さいながらも剣道場まであるのだ。
待つ間、宮都は莉緒に電話をする事にした。何処かに寄る時はお互いに電話することになっている。
呼び出し音1回めで莉緒が出る。

『もしもし、理緒?』
『お兄ちゃん!どうしたの?』
莉緒の明るい声が聞こえてくる。ここ最近、莉緒の性格がかなり変わった。厳密に言うと宮都に対してだけだが、かなり明るくなりよく甘えてくるようになった。
まるで小さな子供のようにはしゃいだり抱きついて来たり、今までからは想像出来ないような行動をとってくる。
『いや、今日帰りが遅くなるからな、それの連絡だ。』
『えっ……なんで?』
ここで宮都は少し考え込む。莉緒に対して准の名前を出しても良いのだろうか?
『ちょっと友達の家に呼ばれてな。ご飯食べて帰る事になったんだ』
『友達って誰?私も知ってる人?』
莉緒はしつこく聞いてくる。大方の予想は付いているのだろう、少し問い詰めるような聞き方だった。
ここまで来たらもう隠し通せない。宮都は腹を決めた。
『准だよ。久しぶりに招待されてな』
少しの沈黙。宮都は莉緒が何かを言うまで静かに待つ。
『……何時頃帰って来る?』
『わかんないけど、20時までには帰るよ』
『………………』
『莉緒?』
『……待ってる』
『え?』
『帰って来るまでずっと待ってるからね。絶対!絶対に帰って来てね、お兄ちゃん!!』
プツッ…ツーツーツー………
電話が切れた。最後の方は涙を堪えているかのような鼻声だった…

莉緒のためを思うなら今すぐに帰るべきだろうか?いや、違う。それは単に甘やかしているだけだ。
莉緒だっていつまでも俺と一緒にいられるわけじゃないんだ。いつかは俺から離れて行く。だから………
283天秤 第13話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/29(木) 20:34:39.52 ID:R+NngAun
「宮都〜」
自分を呼ぶ声にハッとする。准が家から出て来た。
「OKだって。早く早く〜」
そのまま腕を引っ張られて家の中に引きずり込まれた。
「おじゃまします」
玄関で靴を揃え、何度も歩いた廊下を歩く。まさしく日本の家!という感じの厳かな雰囲気の家だから自然と気も引き締まる。
居間にはエリザと智久がいた。明日のための準備をしているところだった。
エリザは洋服、智久は和服でかなりアンバランスに見えるが何度も来ている宮都は既に慣れている。
「いらっしゃい宮都君。今ご飯の用意もしてるから楽しみにしててね」
「ありがとうございます。エリザさんの作るご飯、楽しみにしてます」
宮都は微笑みながらエリザに礼をすると智久に向き直り
「こんばんは、夏目さん。今日は急に押しかけてしまい申し訳ありません」
頭を下げながら挨拶をする。
「頭を上げなさい」
智久が静かにそう言うので、宮都は頭を上げる。
「その程度の事私は全く気にしていない。自分の家のように寛いで行きなさい」
「ありがとうございます」
智久は小さく頷くと
「エリザ、私は少し電話をかけてくる。明日の打ち合わせがあるんでな」
そう言って出て行ってしまった。
「あらあら、あの人ったら照れちゃって。もう少し愛想良く出来ないのかしら」
「本当だよね、いっつも仏頂面でさ。娘の私でさえ笑ったとこを見た記憶なんか数回しかないよ」
2人は呆れたようにそう言う。
「あの、夏目さん照れてらしたんですか?」
少なくとも宮都には智久が照れているようには全く見えなかった。まぁ、機嫌が悪いようにも見えなかったが。
「ええ、宮都君が来るといっつもああなるのよ。本当は嬉しいくせに素直じゃないんだから」
エリザは笑いながらそう言った。宮都としても喜んでくれるなら悪い気はしない。しかし疑問が一つ。
「なんで俺が来ると喜ぶんですか?」
一般論として娘が男を連れて来たら、普通は良い気はしないのではないだろうか?そりゃ幼い頃から何度も来ているとはいえ、宮都はもう19歳なのだから。
エリザはニヤッと笑う。
「宮都君が帰った後はいつも決まって“息子がいたらあんな感じなのかな”みたいな事を言ってんのよ。
この家男性が智久さん一人だから、やっぱり寂しいのね」
クスクス笑いながらエリザはそう言った。

「余計な事を言うな」
いつの間にか智久が部屋に戻ってきていた。電話をかけに行ったにしてはかなり早く戻って来た。エリザはペロッと舌を出し台所に歩いて行った。

「いつまでも立っていないで座りなさい。そこが空いている」
智久は静かに座椅子を指差しそこに座るよう促す。机の上には冷たいお茶が用意されていた。
「ほら、宮都」
准にも促されて隣同士に座る。机を挟んでそれぞれ宮都の斜め前、准の正面に智久も座る。
「宮都君、准は大学ではどの様な様子だ?君に迷惑を掛けていないかと心配しているんだが」
「ちょっとお父さん!」
准のいる前で平然とこのような事を聞いてくる。これには准も大慌てだ。
「とんでもない。迷惑なんて全く掛けられてませんよ。最近の実験ではとても助けられましたし」
「しかし准は毎日弁当を作って貰っているのだろう?そのようなワガママを聞いてくれて本当に申し訳ないと思っている」
智久は頭を下げかけたので、宮都は慌てて頭を上げるように頼んだ。
「私が好きでやってるんです。本当に美味しそうに食べてくれるので作り甲斐がありますよ」
続けて宮都は笑いながらそう言うと智久も小さく礼を言う。
「私、お母さんのお手伝いしてくる!」
目の前でこの様な会話をされてはたまったもんじゃ無い。准は逃げ出した。その背中に
「手伝うのは良いけど鍋を爆発させんなよー」
と声をかける。准は顔を赤くして
「させません!!」
そのまま走って出て行った。
284天秤 第13話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/29(木) 20:36:30.81 ID:R+NngAun
「……宮都君、少し話があるんだが」
准が出て行ったことを確認すると智久が真剣な顔をして宮都に尋ねて来る。……宮都も心の中で待ち構えていた。
「大丈夫です。やはりさっきの話題は准を遠ざけるためだったんですね」
智久は頷く。“そこまでわかっているなら話の内容もわかっているのだろう?”といった表情だ。
「はい」
宮都はそう言うと姿勢を正して深く頭を下げた。
「先日、准があのような状態になったのは全て私が原因です。本当に申し訳ありませんでした」
智久は小さく頷いた。彼自身予想はしていたのだ。
「頭を上げなさい。私はなにも謝罪をして貰いたいわけではない」
宮都は頭を上げる。
「私が知りたいのはその内容だ。一体なにがあった?」
ここで宮都はグッと詰まる。“准が私を他の女の子に盗らてしまうかも知れない事に怯えてました”などと言えるわけがない。
「言いたくないのかね?」
「え、いや………はい。あまりお話したくなるような内容ではないです」
宮都は正直に答える。智久はそれを聞くとフーッと息を吐いた。
「私はね、宮都君。君が准の他に誰かを好きになったのではないかと思っているんだが。違うか?」
宮都は驚いた。これはつまり、准が宮都の事を好きである事を智久が知っている事を示しているのだから。
「………それはどういう意味でしょうか?」
「誤魔化す必要はない。私は准の父親だ。そのくらい見ればわかる」
「………申し訳ありません」
「それでだ、実際そうなのか?」
「いえ、そのような事はありません」
「……そうか」
しばしの沈黙………

「そして最近、准に笑顔が戻った。以前よりも生き生きしているかもしれない。それも君のおかげなのか?」
「はい」
「そうか………」
また沈黙。お互いがお互いを探り合っているかのような、張り詰めた空気が漂っている。
もともと宮都は、何事にも物怖じしない智久に憧れてポーカーフェイスや冷静な表情を作り始めたのだ。だから、このタイプの人間が本気になると考えている事が全く分からなくなることも、2人は良く知っている。
つまり、宮都が話したく無いと言ったのなら智久にはその内容を知る手段は残されていないし、同様に宮都には智久の意図が読めない。怒っているのか喜んでいるのかすら分からないのだ。

そしてついに沈黙は破られた。
「真意を話そう」
智久が静かに口を開く事によって………
「私は准の事をとても大切に想っている。私のただ一人の娘なんだから当たり前と言われればそれまでだが」
「…………………」
「そしてそれと同じくらい君の事も大切に想っている。こんな事を言っては御両親に失礼かも知れないが、今でもたまに息子と錯覚してしまうくらいに」
「ありがとうございます。私には……過ぎた言葉です」
「だから今から言う私の我儘は聞き流してくれても構わん」
「…………………」
宮都は小さく頷く。
「私の娘を、准を頼む」
智久は机に手を付き頭を深く下げる。
「私では准の笑顔を取り戻せなかった、准を元気付ける事すら出来なかった。それが出来たのは後にも先にも君しかいない。
親として情けないが、准は私やエリザを必要としていない。必要としているのは君だけなんだ。だから………頼む」
顔を上げた智久は自嘲するかのような笑みを浮かべている。
ほとんど笑ったところを見た事がないと言った准が智久を嘲笑させているとは、なんという皮肉だろうか……
「准は君がいないと壊れてしまう だろう。この前までの准の様子はそれは酷かった…。塞ぎ込んだなんて生易しいものではなかった」
「申し訳ありません」
「責めているわけではない!そこはどうか誤解しないで欲しい」
少し慌てたように智久が言う。彼がこのように感情を表に出す事は珍しい。
「決して無理強いはしない。もし、7年前のあの義務感で引き受けなくてはいけないと考えているのならば………」
「夏目さん!」
宮都が智久の言葉を遮る。

285天秤 第13話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/29(木) 20:38:19.36 ID:R+NngAun
「私はあの時の義務感から准とずっと一緒にいるわけではありません。これは私が望んでいる事なんです。
……正直、あの時の事はあまり良く憶えてないんです。特に事件の前後の記憶が全く無いんですよ。だから私がなぜあんな事をしたのか自分でも分からないんです。
それを知っているのは現状で、准ただ一人です。あの時、すぐそばにいたんですから……。でも准はなにも語ろうとしません。それが私の為になるからなんでしょうね」
宮都は弱々しく微笑んだ。
「宮都君……」
「でもそんな事はどうでも良いんです、あの時の記憶なんかどうでも。ただ准がいてくれさえすれば、私にはそんなモノ必要ありません」
ここで宮都は一息付く。かなり勢いを付けて喋っていたので喉が渇いた。頂きます、と言い机の上のお茶を飲む。
そんな宮都を眺めながらポツリと
「それは私から娘を奪っていくという意味かね?」
そう問いかける。
「え?ああいや、そういうわけでは」
宮都は手を振りながら言葉を濁す。笑っているから本当に他意は無かったのだろう。
「なんだ、違うのか……」
智久は静かに目を瞑り、そのまま静かに茶を啜る。やはり宮都には智久の考えている事が分からない。


その五分後エリザと准が食事を持ってやって来た。煮魚、冷奴、味噌汁、味付けのり、ご飯、柿、完璧な日本食だ。
「何度ご馳走になってもエリザさんがこのような食事を作れる事に違和感を感じますね」
デザートの柿を口に運びながら宮都が言う。
「でも美味しかったでしょ?」
そう准が聞いてくる。さも自分が作ったかのようなドヤ顔だ。
「ああ、本当に美味しいよ。それに比べて准ときたら………」
宮都は頭を抱え深いため息を吐いて見せる。
「なに言ってんの!私だって……」
「ゆで卵作ろうとして電子レンジで生卵を加熱したり…」
「ゔっ」
「チョコレートを湯煎してって頼んだら湯洗したり……」
「ちょっとお母さん!!」
「米を研ぐ時洗剤を使った事もあったな」
「お父さんまで……」
三者三様に失敗談を語られ八方塞がりになってしまった。智久まで便乗するとは准も思っていなかったのだろう。
「まぁ失敗は成功のもとって言うし、頑張れよ」
宮都はそう言って准の肩を軽く叩いた。すっかり意気消沈してしまっている。
「どーせ下手くそですよ〜、料理なんか出来ませんよ〜だ」
「拗ねるなよ、ほらこれ食ってみろよ」
宮都はそう言って柿をフォークで刺し准の口元に持って行った。
「……ん、おいしい」
「だろ?柿っていう果物は切る人の料理の才能によって味が決まる性質があるんだぞ、知ってたか?」
「え⁉そうなの⁉」
「ああ、だからこんなに歪に切ってあっても美味しいんだよ。だから絶対に大丈夫!」
「へ……えへへ〜……そうだったんだー」
准は上機嫌で柿を取ってもう一口食べてみる。やっぱり美味しい!
「美味しい〜」
物凄くほっこりした顔をしている。エリザはその表情を見て微笑んでいるし、智久は何やら難しい顔をしている。そろそろ良いかな?
286天秤 第13話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/29(木) 20:39:23.97 ID:R+NngAun
「なぁ准」
「なに、宮都も柿食べる?はい、あーん」
フォークで柿を刺して宮都に差し出して来た。かなり上機嫌だ。
「ごめん、今の全部冗談」
宮都はそう言ってハハハッと笑おうとした瞬間…
「んごッ⁉」
口に柿が刺し込まれた。フォークごと、しかもおもいっきり……
「〜〜〜〜〜〜!!」
准が顔を赤くして宮都に飛び付くとそのまま胸をポコポコ両手でたたいてきた。
「悪かった、悪かったって!ちょっと元気付けてやろうと思ってだな………、痛いッ、痛いってば!」
本当は全然痛くない。ただ単に笑いながらじゃれ合っているだけだ。
「ん〜〜〜!!よくも騙したなぁ!」
「いや、俺もまさか本気にするとは思わなか………ちょっと⁉くすぐったいって!や、やめ……」
宮都はわき腹をくすぐられて身をよじりながら抵抗する。
「ちょ⁉ぷっはは!や、やめろっ!ひはっ⁉おい、変な声出ちゃ、くっひゃ⁉」
「うりうり〜ここか?ここが弱いのかぁ?」
「お前は変態親父か!って、やめろって言ってんだろ!っひゃ⁉」

エリザはそんな2人のじゃれ合いを温かく優しい目で見守っている。娘に笑顔が戻ってきた事を宮都に感謝しながら。
一方、智久はというと全身をプルプル震わせ顔をシワだらけにしていた。人間、微笑むのを我慢するとこんな状態になるのだ………



「それでは私はそろそろ帰ります」
今の時間は19時10分頃。食事が終わってから大分話し込んでしまった。
「あらそう?もっとゆっくりして行っても良いのよ?」
「そうだよ!まだ大丈夫でしょ?」
エリザと准に2人がかりで引き止められる。准に至っては既に宮都の腕を掴んでいる。
「悪いけど今日は少し野暮用があってな。エリザさんも引き止めて頂いてありがとうございます。」
頭を下げ帰り支度を始める。エリザは残念ねと呟き准はううぅ〜と唸っている。
「そうか、気を付けて帰りなさい」
「ありがとうございます。夏目さんも明日はお気をつけて。准も明日から三日間頑張れよ」
頭を撫でながら言う。
「…うん、頑張る」
宮都はヨシと頷き玄関へ歩いて行く、3人も見送りに付いて来る。
靴を履きドアを開けてから3人に向き直る。
「今日はご馳走様です、本当にありがとうございました」
そう言って頭を下げる。
「いいのよ、そのくらい。また来てね」
「頑張ってくるからねッ!宮都も応援しててね!!」
「ここは君の家でもあるんだ。いつでも好きな時に来なさい」
宮都は微笑みながら軽く頭を下げ門を出た。
287天秤 第13話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/29(木) 20:40:10.42 ID:R+NngAun
宮都は19時30分ごろ家に着いた。
「ただいま」
そう言って家に入ると、いつも宮都に抱きついて来るはずの莉緒が今日に限って出て来なかった。
「おお、帰ったか!」
父の一弥が出てくる。なにやらご機嫌な様子だった。
「これを見ろ‼このティケッツを‼」
一弥は胸ポケットから2枚のチケットを取り出し振って見せる。
「ん…凄いなそれ。落語のチケットじゃん。どうしたのそれ?」
「今日クリームちゃんのお母様から頂いた。いつもお世話になってるからってな」
一弥の職業は獣医であり、クリームは犬の名前だ。そして一弥は飼い主の事を人間の続柄で呼んでいる。
「公演は来月だからまだ先だが、一応今のうちから伝えておこうと思ってな」
「自慢したかっただけだろ……。それじゃ来月の公演日は母さんと一緒に観に行くわけか」
「ああ、ほらこの日だ」
一弥にチケットを渡される。裏を見て日付を確認する。
「朝から晩まで一日がかりなのか…。それなら前日に向こうの宿に泊まる必要があるんじゃない?」
「その通り!家事は任せたからな、莉緒の面倒も見てくれよ」
はいよ、と返事をしながら階段を上り自室へ向かう。夏目さんとは全く違うタイプなんだよな、俺の親は…と考えながら。


「お兄ちゃんッ!‼」
部屋の扉を開けたら、宮都はイキナリ莉緒に抱きつかれた。飛びついて来たので既にだっこしている状態になっている。
「やっと…やっと帰ってきたぁ。ずっと待ってたんだからね」
蕩けた表情をしながら鼻をスンスンと鳴らし、顔を胸にスリスリして来る。つい最近まではとても考えられない行動だが現在はこれが通常になってきている。
「ただいま。悪いけど少し離れてくれるか?荷物を置きたいんだが」
「ん〜もうちょっとだけ」
「はいはい。ところで莉緒、なんで俺の部屋にいるんだよ。下で待ってれば良いのに」
「この部屋が一番落ち着くの…」
「ああ、そうか」
「はあぁぁ〜。お兄ちゃん……大好き」
「ハハッ、ありがとよ」
その後やっと解放された宮都は入浴してくる事を莉緒に伝え浴室へ向かった。付いて来ようとした莉緒を押しとどめるのに10分ほど費やしたが………


そして今日も莉緒は宮都の胸の中で眠っている。これ以上無いくらい安らかな顔で。
しかし、いずれは宮都も莉緒から離れなくてはいけない時が来る。悲しい事だがそれは避けようもない事なのだ。
だから、せめてその時までは、莉緒を悲しませたくない。泣いた顔は見たくない。絶対にそんな事はしない。
そう決意して宮都は心地よい微睡に身を任せて行くのだった……
288天秤 第13話 ◆9Wywbi1EYAdN :2011/12/29(木) 20:43:47.09 ID:R+NngAun
以上です。
もうすぐ2012年ですね……皆さんお身体健康のまま良いお年をお迎え下さい。
289名無しさん@ピンキー:2011/12/29(木) 20:46:21.39 ID:sZsBcSoZ
GJ乙です
良いお年を
290名無しさん@ピンキー:2011/12/29(木) 21:37:27.84 ID:BONHYefI
投下乙!
歪んだ笑顔の下にあるものがいつ炸裂するのか!楽しみ
291名無しさん@ピンキー:2011/12/29(木) 22:00:58.47 ID:eP28lix7
おぉ!今年最後の投下なるかもなGJ
292名無しさん@ピンキー:2012/01/01(日) 00:34:29.73 ID:EgmmLdox
あけおめ!
293 【末吉】 :2012/01/01(日) 00:41:09.68 ID:xCsqKUj1
うーっす
294名無しさん@ピンキー:2012/01/03(火) 09:35:00.40 ID:6ZiSJD04
誰か投下して
295名無しさん@ピンキー:2012/01/03(火) 10:32:01.40 ID:WoExQl60
正月からこのスレに書き込むとはなかなか依存してるな
296名無しさん@ピンキー:2012/01/03(火) 16:53:34.26 ID:aeoYZ48z
依存スレッドに依存しているのはわかるわー
俺も一日に何回も見ちゃうもん
297名無しさん@ピンキー:2012/01/05(木) 12:42:00.12 ID:zZ4ObHIo
保管庫は何度も見に来てしまうな
298共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 20:52:49.86 ID:37SaHolC
今晩は、久々に投下します
ちょっと長くなりすぎた感はありますが、お願いします
299共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 20:55:04.69 ID:37SaHolC
俺は今までずっと1人で生きてきた。人間からは忌み嫌われ、他の魔族からは避けられる。魔物とは話すら通じず、いきなり襲い掛かられるだけ。
そんな風だから、俺はこれからも永遠に独りで生きていくのだと思っていた。誰からも必要とされず、後ろ指をさされ、孤独のままに死んで行くのだと…そう思っていた。

「どうか私を…貴方の旅にお供させてください」

しかし違った。この人間の少女は俺が魔族であると知っていながら俺を必要としてくれている。その事が……この上なく嬉しい。だが………

「イリス、本気か?もう二度とバームステンには帰って来れないかもしれないんだぞ」
「はい、この街に未練なんか無いです。私は貴方について行きたいです」
確かにイリスにとってこの街は嫌な思い出しかないだろう。何せ家族全員に虐げられて来たのだから。
「もしかしたら死ぬかもしれないんだぞ。いつ魔物に襲われるかもわかんねぇし……。大体俺は魔族だ。俺についてくる事は人間に敵とみなされる事になる。それでもいいのか?」
「全然へっちゃらですよ。ルディさんと一緒ならどんな事にも耐えられます」
俺の不安をイリスは次々と吹き飛ばして行く。その笑顔が…俺にはとても眩しい。
「夜は野宿だぞ?こんな危険な森の中で。しかも、かなり粗末な寝床だし………。女の子にはキツイんじゃねぇか?」
「今までずっと独りで夜を過ごして来たんです。貴方と一緒に過ごせるのなら……」
顔を赤く染めるな!なんか恥ずかしいだろッ!!
「んっ……でもよぉ……」
それでもまだ踏ん切りがつかない。俺と共にくる事が本当にイリスの幸福に繋がっているのか……?険しい道を歩ませる事になっちまうんじゃないか……?
「もしかして……迷惑…ですか?」
なぜそうなる⁉そんな事は微塵たりともあり得ねぇ!俺はお前を心配して………
「心配いりません。貴方について行く事が私の幸せなんです。だから……どうか……」
イリス……………ん?
「お前、俺の心を読んだのか?」
「えっ?私の事を心配してるって、今言ってくれたじゃないですか」
どうやら俺は無意識に声を出していたようだ。かなり恥ずかしい…

「む…………」
しかしどうするか………。俺としても旅に連れが出来るのはとてつもなく嬉しい。それがイリスだというならこれ以上の喜びは無い。
「むむ……」
でもな、俺と来るというのは魔族の仲間になるという事で………イリスにそんな事をさせるのは気が引ける……
「ぬぬぬ………」
いやでもついてきて欲しいしッ!…でもイリスが……いや、でも………くそっ!

「イリス…最後にもう一度だけ聞くぞ。本当に俺について来るのか?旅は危険なんだ。食人樹よりも数段危険な魔物だって数え切れない程いる。いつ死ぬかもわからない。それでも本当に俺と行きたいのか?」
これが最終警告だ。これでもまだ俺と行きたいと言うのなら……連れて行こう。
「はい、私は貴方と共に行きたい……生きたいんです。私の命は貴方だけの物。たとえ死ぬ事になっても…後悔なんかありません」
「…イリス……」

俺が今まで向けられてきた人間の顔は憎しみ、怒り、恐怖、絶望、懇願…負の感情だけだった。
「なぁ、イリス」

でも…今俺が向けられている顔は……

「やっぱりお前の笑ってる顔は綺麗だ」

満面の笑顔だった。

ありがとうございます、と俺に礼を言って来るイリスは少し恥ずかしそうで…それでいて誇らしげな表情で、俺を見つめてきた。

あぁ、そうか………そうだったのか。


俺はイリスと出会う為に生まれてきたんだ………
300共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 20:56:32.83 ID:37SaHolC
「……わかったよ、俺の負けだ。俺なんかで良いのなら……イリスを連れてってやるよ」
「ほ、本当に……?本当ですか⁉」
ずいっと俺の方に身を乗り出して来た。つーか、顔が近い!
「あ…ああ、本当、本当だって!だから離れてくれ!」
恥ずかしいから……
「ご、ごめんなさい」
素直にさっと離れてくれた。ふぅ、助かった………

さて、これからどうしよう。…一先ずは……

「なぁ、何かやり残した事とかは無いか?家に何かを置いて来たとか」
これは基本だな。女の子なんだし……
「いえ、特に何も。と言うより、あの家に私の物なんか一つもありません」
何も無いって……本当にどんな家族なんだ⁉たとえ魔術が使えないとは言っても実の家族だろ⁉
「この服だって、家に勤めているメイドさんから頂いた物なんです。それ以前は着るものすら…………」
「なっ⁉…………信じられねぇ。本当にクズだっ!どうしようも無いクズ野郎共だっ!!」
怒りでどうにかなりそうだ!人間にもそんな非道を働く奴がいやがるのかっ!!
「一発ぶん殴る!今からぱっと行って鉄拳叩き込んでやる!!」
さっきからずっと家族の事を黙って聞いていたが…………もう我慢の限界だっ!!

「ル、ルディさん!落ち着いてください!!」
「これが落ち着いていられるかぁっ!イリスをそんな酷い目にあわせやがって!」
人間も魔族も怒りによって冷静さを失うのは同じ事だ。俺だってたまにはブチ切れたっていいハズだ!
「ダメですって。ルディさんがお父様に殺されてしまいます!!」
ん?イリスもなかなかに物騒な言葉を使うな……。しかも俺が殺されるだって?
「ふーん、そんなに強いのか?そいつの名前は?」
「オルタンシャです。皆さんからはオルトと呼ばれています」
オルタンシャ?なんかどっかで聞いた事のあるような………あっ!
「もしかしてイリスの兄と姉の名前ってソモンとパールとかいう奴らか?」
二度目の襲撃の時にあの2人が自分の父親の事を話していた。たしかその時に聞いた名前だ。
「は、はい……そうです。知ってるんですか?」
「まあな。五回も命を狙われたからな………まぁ楽勝だったけどよ」
2人ともなかなかスジは良かったが、まだまだ俺からすればひよっこだ。
「ええっ⁉それじゃあ最近お兄様とお姉様が連続して負け続けてる相手って………」
「俺の事だな。だがな…俺はただ攻撃を躱しただけで一切攻撃はしていないぞ」
なにせ弱かったからな。こっちから仕掛けるまでもない。つーか、万一攻撃当たっちゃって死なれたら目覚め悪いし……
「そうだったんですか………でもお父様はあの2人よりも全然強いんです。バームステンで1番の実力者ですし……」
なんとしても俺を止めたいんだな…。まさか人間に命の心配をされる日が来るなんて………あぁ、嬉しさのあまり泣きそうに…………てか泣いてる……
「ル…ルディさん⁉どうしたんですか⁉」
「どうもしねーよ!」
魔族云々は関係ない!男が泣いてるのを女に見られるなんて恥ずかし過ぎるだろ!ーーーッ⁉
301共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 20:57:32.82 ID:37SaHolC
「イリス、こっちだ!」
「え……ひゃあ⁉」
俺はイリスを抱きかかえて壁ぎわを走り出した。多分こっちで合っている。
「ど、どうしたんですか⁉一体何が……」
「たった今、バームステンの門から数人が外に出て来た!こんな夜に外に出るなんて自殺志願者か、よっぽどの実力者しかあり得ねえ!」
イリスが目を見開く。俺の言いたい事が伝わったらしい。誰が外に出たかを………
「まさか……お父様たち⁉」
「多分な。幸いにもまだこっちには気付いてないみたいだが………どうする?距離は時間にして3分」
イリスがどうしたいのか、それが重要だ。会いたくないならこのまま離れるし、一度会いたいと言うならそこに行ってやる。
「わ、私は………」
何か言い淀んでるな。これは多分……
「最後に一度会っておきたいのか?」
イリスは少し言い難そうにしていたが俺が先を促すと小さく頷いた。
「はい。確かに私は凄く酷い目にあわされて来ました。でも、今まで育ててくれた事には感謝してるんです。だから最後のお別れくらいは言いたいんです」
……イリスは優しいな。本当に優しすぎる………。俺には眩しいくらいに……

「わかった。すぐに向かおう」
俺は方向転換して門へと向かう。近づくにつれて大体の人数は把握出来た……4人か………
「どうやらイリスの家族4人だけらしい。あの馬鹿姉兄と髭を生やした白い髪の男と黒い髪の女」
「はい、多分お父様とお母様です」
だんだんと緊張して来たのか、イリスの声は震え鼓動も早くなって来ている。このまま会うのは止めた方がいいな…
「少し森から様子を伺おう。木の上に向かうぞ」
イリスが頷くのを待って、大きくジャンプして木の枝に登った。そのまま枝を渡って行くと……いたいた、あれがイリスの家族か……

「いいか、失敗は許さんぞ」
「はい。今度こそ必ずしとめて見せます」
「ふん、何度その言葉を聞いたことか……」
「…………………」

小さいながらもこの様な会話が聞こえて来た。つまり………
「奴らは俺を殺すつもりらしいな。装備品もかなり充実している。殺気も申し分無い」
「そんな⁉」
父に怒られて汚名を返上しようとしている姉と不貞腐れている兄。そして付き添いの母親、と言った所か。
「逃げましょう!私なんかの為に命の危険を冒すなんて………」
「静かに!……奴ら森の中に入ってくるぞ」
ぞろぞろとこっちに向かって歩いて来やがる。どうやらまだ気付かれた訳ではなさそうだ。全員であちこち見渡しやがって……なかなか出て行く機会が……
…そしてさっきから俺のわき腹をちょんちょん突ついてくるイリスが可愛い!…ってそうじゃなくて!!
「お願いですから無茶は止めてくださいっ!ルディさんに死なれたら…私、もう……生きて…いけなく……」
出会ってからまだ一日も経ってないのにここまで俺のことを………くそっ可愛いな……
「わかったから泣くなって、俺はそんな簡単に死なねーよ」
涙を魔力布で拭ってやりながら笑いかけてやる。イリスはまだ俺の実力を知らねえからなぁ………

ーーーーヤバイ、気付かれた。

「イリス、相手に気付かれた」
「えぇ⁉」
「明らかに奴らの気配が変わった。今はこちらを観察しているから大丈夫だが……そのうちしかけて来る」
感知タイプがいるな……。俺が布を生成した時の魔力を嗅ぎ取られたか。恐らくあの女だ……イリスの母の……イビスとかいったか?
「ここから少し離れる。森の奥へ行けば、あいつらもそう簡単には追ってこれないだろう」
俺はイリスを抱きしめるように抱えて森の奥へ向かう事にした。幸い、木の枝を渡れば危険は少ない。
「で、でも……」
「わかってる。向こうもかなりの手練れなんだろ?ほぼ確実に追って来るだろうな」
そうなったら戦いは避けられない。果たして俺はイリスを守り切れるだろうか………
302共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 20:59:01.22 ID:37SaHolC
「……逃げたか」
「ええ、森の奥へ向かったみたいですね」
「…⁉」
「なんだと⁉逃がすか!」
「待て!ソモン、パール。死ぬ気か?」
「なにを言うんですか⁉早く追わないと逃げられてしまいます!!」
「かと言ってお前らのような未熟者が夜の森に入っても死ぬだけだ」
「そうですよ。貴方は私達の自慢の息子と娘なんですよ?こんな所で死なせるわけにはいかないんです」
「俺が先頭を行く。お前らは俺の後をついて来い。離れたら……死ぬぞ」



「チッ!やっぱり追って来やがった。意外と速度が早いな………」
「…お父様………」
イリスの事を考えるとこれ以上速度を上げるわけにはいかない。そのうち追い付かれちまう!
「仕方がない、迎え撃つ!」
イリスにそう告げ俺は立ち止まった。一度追い払えば確実に逃げ切れるだろう。
「そんな⁉危険です!あっちは4人もいるのにーームグッ⁉」
「静かに。…俺の事は心配しなくていい、イリスは何を話したいか考えてあるか?」
俺はイリスの口を手で塞ぐ。もちろん優しくだからな!決して荒っぽくは無いッ!!
そしてイリスはというと……こくこく首を縦に振ってる。話したい事は決まってんのか……
「それなら問題ない」


「……止まれ」
「…………」
「え、どうして⁉」
「気付かんのか?…いるぞ」
「ええ、あの木の後ろに隠れてます。愚かな魔物がね」

「愚かとはなんだ愚かとは!」
俺は木の影から姿を見せてやる。おーおー、皆一斉に俺見上げちまって………
「出やがったなッ!俺たちを見下ろしやがって!今度こそブッ殺してやる!!」
「………………」
「クスクス」
俺は枝の上にいるから全員を見下ろす形なんだが…それすら気に入らないみたいだな、あの馬鹿男は。

「貴様が最近こいつらを返り討ちにした魔物か?」
「返り討ちって……俺はただ、そいつらの攻撃を躱してるだけだ。特に攻撃はしてねーよ」
この男は何を考えてんだ?こんな会話するくらいなら切りかかって来りゃいいのに。
「同じ事………貴様はここで俺が殺す」
おーおー剣なんか抜いちまって。闘る気満々じゃねーか。あれは……鋼製だな。
「あ、そう?こっちにはあんた達を殺す気なんて全くないんだけど?」
「うるせえッ!いつもいつもそんな余裕見せやがって!殺す!殺すッ!」
うるさいのはお前だろ。そんなにツバを撒き散らしやがって……
「はいはい、御託はいいからかかって来いよ。4人まとめて相手してやる」
「そうか……ところで私達の勝ちだが?」
「はぁ?何言って……ん?」
体が動かねぇ………これは…
「クスクス、私の拘束魔術です。これで貴方はもう動けません」
「ちっくしょう!なんかうだうだ喋ってると思ってたらそういう事かい!……いや待てよ?」
俺は試しに力を抜いて目を瞑ってみると、体は全く動かないままだった。
「おお、こいつはいい!念願の立ったまま寝るという事が出来るぞ!!」
拘束魔術にはこんな利点があったのか……今度からはこうして寝よう。
303共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 20:59:26.83 ID:37SaHolC
「て……てめぇ!」
「……………………」
目を開けると顔を真っ赤にして俺を睨んで来るガキと、対象的に顔を真っ青にしている小娘の姿が見えた。婆さんの方はっと………唇が引きつってるとこを見るとぶち切れてんな。
そんな中1人冷静なのはこいつだけか。えっと…オルタンシャだっけ?
「随分と余裕だな。貴様はもう指一本動かせんのだぞ?つまり………」
剣を槍のように持ち替えやがった。…まさか……
「これで……終わりだ」
俺の顔面めがけて剣を投げてきやがった!こいつ馬鹿だな………
俺はその剣をギリギリまで引きつけてから首だけ動かして躱すと、剣は俺のすぐ後ろの木に刺さって止まった。

「む?」
「な⁉そんな馬鹿な!私は完璧に拘束していたはず。なぜ動けるのです⁉」
完璧って………おいおいツッコミ待ちか?
「どこが完璧なんだよ?この程度の拘束、外そうと思えば簡単に外せるっつーの!魔族ナメんな!!このクソババア!」
この程度の拘束魔術を使って毎回イリスを拷問していたのかと思うと腹が立って仕方ない。軽い挑発位にしかならないが思いっきり貶してやったぜ!!
「な……な⁉」
口を金魚みたいにパクパクさせやがって……ざま〜みろ!
「弱いくせにプライドだけは一人前か……」
我ながら呆れてしまう位にボキャブラリーが少ない。もうちょっと…こう、グサッ!と心に刺さる暴言は吐けないものか………
「貴様ァッ!نضحهغشح٦!」
今度はガキの電撃魔術の中級か……だからナメんな!!
「نضحهغشح٩」
俺の魔術詠唱によって空間を電撃が覆い尽くし、それによってガキの中級は簡単に霧散する。中級の中では最高位の魔術だ。
「なッ⁉」
「何をそんなに驚いてんだ?電撃を電撃で相殺しただけじゃねーか。それともまさか、俺がこの程度の魔術すら使えないとでも?」
4人に向かって手をかざす。少しはこっちからも………
「下がれソモン!」
攻撃しないとな♪
「شضغب:٨」
火炎の中級を放つ。この程度なら簡単に躱されるだろうが………目くらましにはなる。そんじゃ撤退するか。
「どこに行くつもりだ?」
不意に斜め後ろから男の声が………、そんな事を考える間もなく俺は思いっきり飛びずさった。
「う、お……」
ギリギリの所で剣撃を躱す。後ろに刺さってた剣を抜いたのか!首筋を少しかすめた様な気がしたが……まぁ気のせいと思っておこう。
「躱したか…」
あっぶねぇ〜!もうちょいで首チョンパだ!かつて先人には頭を化け物に喰われて首チョンパした少女がいたと聞くが……その二の舞はゴメンだ!!
「今だ…やれ」
「え?」
俺は今、振り返った所を後ろに飛びずさった訳で……つまりガキと小娘とババアの方に飛んだって事で……ヤバイじゃんッ!
「شضغب:٨!」
「شضغب:٥!」
「شضغب:٩!」
下から魔術詠唱が聞こえてくる。それぞれの威力は火炎の中級だがそれがそれが集まると………
「死にやがれ!このバケモノッ!」
上級に昇華される。この場合はشضغب:٢٢と同程度か……それならば
「なんだ、その程度か。甘すぎるぜ?」
迫り来る火炎球に手を向けて詠唱する。一つ上の上級火炎魔術をな。
「شضغب:٢٣」
俺の手のひらから巨大な火炎球が発生。それを相手の火炎球にぶつけて相殺させる。
互いの火炎球がぶつかり轟音と強烈な爆風が発生し、俺は思いっきり吹き飛ばされた。やれやれやっと逃げられる………
304共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 21:00:04.39 ID:37SaHolC
「ヤロー……ふざけやがってッ!!」
俺はさっき見た物が信じられなかった。あの…魔物風情が……1人で上級火炎魔術を放っただと⁉
「クソッ!」
俺は身体を起こして辺りを見渡す。どうやらさっきの爆風で3人とも吹き飛ばされたらしい。近くに姉さんと母さんが倒れているのが見えた。
「姉さん!母さ…母上!」
駆け寄って軽く揺すると、2人とも呻きながら起き上がった。どうやら少し身体を打っただけみたいだ。
「大丈夫か、姉さん?」
「五月蝿いぞ…そんな大声を出すな」
「全くです。ローズ家の跡取り息子がそんなに狼狽えて」
「はぁ?こっちは心配してんだぞ⁉」
「いらん心配だと言ってるんだ。少し黙れ」
このっ!クソ女ッ!俺は堪らずに姉さんの胸ぐらを掴み上げて怒鳴りつけた。
「ふざけんなッ!このクソ女!人の心配すらまともに受け止められねえなんて人格破綻してんじゃねえのか⁉」
「ふん…貴様に心配される位なら死んだ方がマシだ。出来損ないの弟の分際で」
もう……もう我慢出来ねぇ!!ぶっ殺す!
「نضحهغشح!」
「ふん、شضغب:!」
俺の電撃と姉さんの火炎がぶつかり合い粉塵を起こす。それに乗じて、2人がほぼ同時に大剣で斬りかかる。キィン!と小気味良い音を立てて俺たちは次から次へと相手に斬りかかる。
「死ね!死ね!!死ねッ!!!」
「クズが……そんな大声を上げても疲れるだけだろう?」
「俺をあざ笑うなあぁああぁッ!!نضحهغشح!」
電撃を姉さんの脚に向けて発射!威力はかなり低いがその分スピードはかなり早い。
「ぐっ!」
よし、当たって体勢を崩した!これで………
「死ねッ!」
振りかぶった剣を力の限りに振り下ろす。ククッ…これで俺の勝ちだ。

瞬間…俺は誰かにおもいっきり殴られ、さらに地べたに叩きつけられた。全身に走る激痛、口内を歯で傷つけたのだろうか、鉄の味が広がる。
「彼奴、このような事まで………」
薄れゆく意識のなかで、俺を殴ったのが父上である事…姉さんと母さんも気絶させられた事だけはきちんと理解出来た。

そこで俺は意識を手放した…
305共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 21:01:23.59 ID:37SaHolC
私は木の枝の上でカルディナルさんが帰って来るのをひたすら待ち続けている。それと言うのも…

『まずは俺が1人であいつらと対峙して来る。イリスはしばらくここにいろ』
『そんなっ⁉なんでですか⁉』
『まぁ念のために相手の実力を測っておこうと思ってな。もしキツそうならすぐに逃げて来るから大丈夫』
『そんな…笑ってる場合じゃないです!もしかしたら死んじゃうかもしれないんですよ⁉』
『大丈夫。俺は強いから。信じて待ってろ!』
『あっ⁉ルディさんッ!!!』

カルディナルさんは言った。信じて待ってろ!と。だから私はひたすら待ち続ける、貴方が帰って来るまで。

ドォン!

「えっ⁉今の音……なに⁉」
今のは確実に爆発の音だった。少し遠くからだったけど確実に聞こえた。そんな……まさか⁉
「ルディ…さん?」
まさか!そんなハズない!!カルディナルさんは言ったんだ、必ず帰って来るって!そんなハズない…絶対にないッ!
「ルディさん……」
私は手を合わせて神に祈りを捧げる。こんな事しか出来ない自分が腹ただしいけど……でも…でもッ!
「神様…お願いします。どうかルディさんをお護り下さい……どうか…」
私はこれからカルディナルさんと一緒に旅をするんだッ!一緒に笑って一緒に楽しんで……一緒に生きるんだッ!今までの不幸を帳消しにする位にッ!!
「だからお願いしますッ!神様、どうか私の初めての願いを叶えて下さい!!」
目を瞑りひたすら祈る。どうかあの笑顔を私にもう一度だけ………

「その願い、叶えてしんぜよう」
「え……」
目を開けると目の前には私の愛しい人が……あの笑顔を私に向けていた。ちょっと申し訳ないような、恥ずかしいような表情をして………
「ルディ…さん?」
「おう!ゴメンな、心配させちまって。ほら、この通りピンピンしてるぜ!」
自分の胸を軽く叩いて元気な事を表しているカルディナルさん。でも私の目は涙で滲んで良く見えなかった。…もうダメ………
「ルディさんッ!」
「うおっ⁉」
私はおもいっきり抱きついた。愛しい人の胸に……
「イ、イリス……?その、本当に悪かった!心配だったんだよな……不安だったんだよな……。もう大丈夫だ!俺がついてる」
不器用に私の背中をポンポンと叩いてくれる。私を気遣ってくれる。私の心が…優しさで満たされていく。
「本当に…ほんと…に、心配…して…でっかい…ばくは…つの音が…して。ルディさんが…し……死んじゃった…んじゃ……ないかってえぇぇ……」
「大丈夫だ、俺は死なないよ。絶対にイリスを独りぼっちになんかしないから……」
こうして私はしばらくの間、カルディナルさんの胸の中でわんわん泣いた。
306共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 21:01:50.75 ID:37SaHolC
「落ち着いたか?」
「……はい」
10分は泣き続けたかもしれないが、ようやく落ち着くことができた。
「今の所は追っ手の心配はない。ちょっとあいつらに細工をしたからな」
「細工…ですか?」
カルディナルさんは自信満々に言う。
「ああ、簡単な混乱魔術を使ってな。簡単だけど…強力な奴を」
混乱魔術……相手を錯乱させたり、幻覚を見せたり、思考を単調にさせて同士討ちを狙ったりする高位魔術。カルディナルさんはそんな物まで使えるの⁉
「それでな、あいつらの実力を見て来たけど……正直に言うと相手にならない」
「え……」
やっぱりルディさんでも全然敵わなかったんだ……
「あいつら弱すぎだ。殺さないように加減するのが難しいぜ」
「はい?」
い、今ルディさんはなんて?
「お父様やお母様もですか⁉だってお母様は拘束魔術を……」
「全然平気だったぞ。簡単に解術できたし」
なんでもないように笑うカルディナルさん。そんな馬鹿なことが………
「まぁ、上には上がいるって事だ。それでどうする?最後に家族に会って行くか?」
「え……その…」
私としてはこれ以上カルディナルさんを危険な目に遭わせたくない。
でも元はと言えば私が家族に会いたいと言ったからこのような事をさせてしまった訳で………
ここで断ったらこれまでのカルディナルさんの危険を無にしてしまうことになるし……
「どうした?」
「いえ、その……」
いつまでもグズグズして……私はまたカルディナルさんに迷惑を掛けてる……
「イリス」
「は、はいっ⁉」
カルディナルさん怒ってる⁉私がいつまでももたもたしてるから……
「会いたくないなら会わなくてもいいんだぞ?」
「え……?」
「イリスはな、もうあいつらに縛られる必要なんか無いんだ。今まで育ててもらったからって礼をしなくちゃいけないなんて誰が決めた?」
「え………でも……」
「………………」
私は未だに決断できない。その様子をカルディナルさんはじっと見つめていたが、フッと笑うと……
「ル、ルディさんッ⁉」
私を抱きかかえて移動していた。さっき音がした方向へと。
「今の俺の問いに言い淀んだ時点でイリスの答えは決まってるんだよ」
笑いながら私にそう言って来るカルディナルさんの顔はとても嬉しそうだった。
「一言…挨拶をしに行こう。それが終われば…イリスは晴れて自由の身だ。俺が新しい世界へお前を連れて行ってやる!」
「は……はいッ!よろしくお願いします!」
私も笑顔でカルディナルさんに返事をするとカルディナルさんはニッと笑って前を向いた。どうやらもうすぐ着くらしい………お父様、お母様、そしてお姉様とお兄様の元へ。
決別しよう。全員に言ってやるんだ……私はこの方に一生ついて行くと、ローズ家の名前を捨てると、貴方たちとはもう会わないと!


枝上を進み草をかき分け、やっと辿り着いた決別の地は少し小さめの広場だった。
周りは木で覆われているのに、この直径15mくらいの範囲だけ全くの更地であることを疑問に思ったけど、そんな事はどうでもよかった。
カルディナルさんは私を枝上に置くと広場に入って行った。どうやら私はまた待機しなくてはいけないみたい。
そして狭い広場にいるのはカルディナルさん。そして…お父様………
307共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 21:02:12.67 ID:37SaHolC
「貴様か………」
お父様がカルディナルさんに剣先を向けて睨みつける。その目は素人目にも殺気を感じ取れる物で、ほとんどの生物は見られただけで恐怖するに違いない。しかしカルディナルさんは……
「ん〜?なにむすっとしてんだよ?少しは笑ったらどうだ?」
お父様を馬鹿にするように笑っていた。全く怯えていないみたい。
「ところで……あの馬鹿男と小娘とババアがいないが……どこだ?」
相変わらず笑いながら、まるで雑談をするかのような朗らかさでカルディナルさんがお父様にそう尋ねると、お父様の表情が明らかに怒りに変わった。
「خضحفلنل١٧!」
刹那、お父様の剣の切先から直径3mはあるかという巨大な水球が猛スピードで飛び出した。
「うおッ!」
カルディナルさんに躱された水球はそのまま細い木々を薙ぎ倒しながら森の奥へと消えて行く……
「貴様が一番よく知っているだろう!よくも小癪なマネをしてくれたなッ!」
カルディナルさんはその言葉を聞くとニヤッと笑う。
「その様子だとあんたにも効果があったようだな。だがどうやって自覚をした?あの混乱魔術は自覚なしに錯乱させるモノなんだが…」
「…息子を気絶させた時だ。軽く昏睡させようと意識していたにも関わらず、半殺しにしてしまった」
「なるほど。ちなみに自分の解術方法は?」
「………混乱魔術の解術は気絶する、もしくは強い魔力で相殺させるしかない。3人は気絶、俺は後者の方法をとった」
「素晴らしい……全問正解だ。まさにテンプレ通りの模範回答!」
カルディナルさんがパチパチと拍手をする音が闇と静寂に包まれた森に木霊する。
「その優秀さに敬意を表して先手は譲ってやる」
カルディナルさんがゆっくりと構えを取る。右の手のひらをお父様に向け、左手はローブのポケットにしまっている。もちろん笑みは崩さない。
「光栄に思えよ?俺が戦うのなんか随分と久しぶりなんだからな。もちろん殺さないでやるからよ…安心してかかってこい」
「…………………………」
お父様は静かに剣先をカルディナルさんに向ける。見られただけで竦み上がってしまいそうな表情に溢れる殺気を添えて………

そしてカルディナルさんとお父様の闘いは幕を開けた…
308共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 21:03:37.86 ID:37SaHolC
先手はオルトが取った。もっとも、これは譲られた先手。宣言通り、オルトが動くまでルディは微動だにしなかった。
その事はオルトにとって何よりも屈辱だった。だから、この魔物を殺す事によってその溜飲を下げようと思っていた。自分にはその実力があると信じて…
「ふんッ!」
掛け声と共にローブの下から数十個の投げナイフを取り出し、空間を埋め尽くすかのように投げつける。もちろんこの程度の攻撃、ルディは簡単に避ける。
ルディに避けられたナイフは木に刺さり、あるいは地面に散らばる。するとオルトは今度は取り出したナイフを自分の足元に落としたり、背後の木に目掛けて投げつける。

やがて2人を無数の投げナイフが取り囲む。それが月の光を浴びて白銀に輝き、その光景は夜空に輝く満点の星を連想させた。
「خضحفلنل٦؟٨!」
次にオルトは水球を放つ。先ほどの物よりは威力も大きさも小さいが、その分スピードが速く、しかも八つ連続で放った。
「中級水魔術で水球の8連弾か……面白い技だな。でも……」
ルディには当たらない。後ろに下がりつつ、巧みなステップと柔軟な体を使って全てを躱し切る。
この時点でルディとオルトとの距離はルディの目算で7m弱。ルディは、ほぼ広場の端に移動していた。

「なかなか面白い家系だな。あんたは水、ババアは無属、馬鹿男は電撃、小娘は火炎と光。一通り揃っているのか…」
相変わらず不敵な笑みを浮かべながら、客観的に相手を分析する。これで相手の大体の得意な属性を把握する事が出来た。
「ほら、どうしたんだ?俺はまだ死んでねえぜ?まさかこれで終わりとか言うわけねえよなぁ?」
「…当然」
瞬間、ルディはオルトの姿を見失った。そう…消えたのだ。転移魔術を使ったわけでもないのに忽然と。その時ルディが見せた一瞬の隙をオルトは見逃さなかった。
次の瞬間、ルディは斜め後ろからの殺気を感じ反射的にうつ伏せに伏せた……と同時に、たった今自分が立っていた空間を何かが通過するのをルディは確かに感じ取った。
ルディは足裏に魔力を集結させ、力一杯地を蹴る。いつものように大きくジャンプするのでは無く、地面スレスレをほぼ水平に飛ぶ。
その間に身体の向きを仰向けに変えて、今自分を襲った物の正体を確認しようとしたが、それは叶わなかった。
「死ね……」
またしても斜め後ろから殺気を感じる。仰向けのまま背後を見ると、オルトが大剣を構え今まさに振り下ろそうとしている事が確認できた。
「…チッ」
ルディは軽く舌打ちをする。この攻撃は躱せない。
「صضننحغنو」
大剣が振り下ろされる寸前に詠唱した障壁魔術によって、ルディの両腕が赤い靄のような物に包まれる。
ルディの右腕とオルトの大剣がぶつかった瞬間、まるで金属同士が激しくぶつかったかのような甲高い音が森に響き渡る。
「ぬんっ!…ふんっ!」
気合を込めたオルトの剣技は一発ずつがとても重くそれでいて素早い。流石のルディも防戦一方を強いられている。そもそもルディは接近戦は得意ではないのだ。
「سضحكل」
「むっ⁉」
そこでルディは下級光魔術を目眩まし代りに使い、一旦距離を置く。
309共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 21:04:17.75 ID:37SaHolC
「なるほど……面白い技を覚えてんな。条件が必要とはいえ無詠唱で転移出来るとはねぇ……」
通常、転移魔術を使う際は必ず詠唱をする必要がある。火炎や電撃は無詠唱で放つ事も可能だが、転移魔術はそれが不可能なのだ。
しかしオルトはそれを無詠唱かつ瞬間的に行える。いくつかの条件さえ満たせば……
「まぁ、タネさえ分かれば全く怖くないな。今までは文字通り瞬殺してきたんだろ?まさか魔物風情にタネがバレるとは夢にも思わなかったんだろぉ?」
ルディはケラケラ笑いながらオルトを挑発する。
確かにオルトは、今までタネがバレる間も無く魔物を瞬殺してきた。だからこそ堂々と敵の目の前でナイフを投げたのだ。
「…あんなに堂々とナイフをばら撒けばそりゃ簡単にわかる。あんたは自分の魔力を宿させた武器に瞬時に転移できるんだろ?」
「…………………」
オルトは押し黙った。それはすなわちルディの推測を認めたも同然。そう、オルトは自らの魔力を目印として転移魔術を無詠唱で行えるのだ。
「もう少しそれとなくばら撒けばよかったのに。……お前って見た目によらず馬鹿?」
「………………」
オルトはまたも転移する。彼もやっと気付いたのだ。この魔物は今まで自分が瞬殺してきたものとは違う事に。
今度は連続で転移をし、フェイントを入れて切りかかった。常人にはもちろん、かなりの手練れでも追いきれない程のスピードで。

しかし………

「صضننحغنو」
ルディの唱えた障壁魔術であっさりと防がれる。今度はオルトを見もしなかった。
「言っただろ、怖くないって」
オルトはようやく理解する。この魔物は自分の手に負えるような者ではない事を。
「あんたの転移魔術は自分の目に見えている目印にしか転移できないんじゃないのか?どっかの黄色い閃光の劣化バージョンだな。
だから俺の真後ろには転移できなかったんだろ?斜め後ろからの攻撃を好んでする馬鹿なんかいないもんな」
今度こそオルトは愕然とする。その事にまで気付かれているのならもはや転移する意味がなくなる。
「万策尽きたか?それともスタミナ切れか?まぁ、どっちにしろ……」
ルディは右腕を天に向ける。
「そろそろ攻撃するぜ?上手く躱せよ、さもないと……死ぬぞ?」
そしてルディが唱えた魔術は……

「كغياغمك」

オルトをまるでゴミのように吹き飛ばした。
310共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 21:04:44.37 ID:37SaHolC
「ようイリス、待たせたな」
戦いを終えたカルディナルさんが私の前に転移して来た。
「ルディさん!お怪我は…」
「無いよ。ずっと見てただろ?俺の大活躍を!」
親指を立ててニッと笑うカルディナルさん。
「はいッ!とっても格好良かったです!」
あのお父様を相手にほとんど苦戦せずに勝利するなんて……興奮が冷めやらない!
「最後に使った魔術は何なんですか?私、あんなもの見た事も聞いた事もありません!」
最後にカルディナルさんが唱えた魔術は凄かった。カルディナルさんを中心に竜巻が発生して、周りの物全てを吹き飛ばしてしまったのだ。
「あれは古代魔術の一種で消滅魔術と呼ばれてるモノだ。かなりレアな魔術なんだぞ」
聞いた事がある。遥か昔作られた魔術の中にはあまりに高度、もしくは危険すぎて時代と共に忘れられて行った魔術があると。
現在では使える人はほとんどいない、文字通り幻の魔術と呼ばれている。その一つが……古代魔術。

「さて、あまり長話をしている暇も無い。どっかに飛んで行ったあの男を持ってこないと」
そう言うとカルディナルさんは何やら糸を手繰るような仕草をする。
「あの……ルディさん、何をしているんですか?」
「あの男を手繰り寄せてる。これでな」
そう言ってカルディナルさんは自分の腕を私に見せてくれた。よく目を凝らして見ると、なにか糸のような物が絡みついている。
「さっき剣を防いだ時にササッと巻きつけといたんだ。ほとんど感触が無いように作ったから戦闘中じゃ絶対に気付けない」
「あ……それって…」
「そ、俺特製の魔力布。限界まで細くすれば糸としても使える。強度も申し分無い……っと、来たぞ!」
カルディナルさんが指差す方を見ると、茂みがガサガサと音を立てて誰かが引きずられて来たのが見えた。少し遠いのと夜で薄暗い事もあってよく見えないけど……

「それじゃあご対面といくか。降りるぞ」
「あ…はい。あの、ルディさん……」
「なに?」
「まさか…死んでないですよね……お父様…」
私はさっきの竜巻でかなり派手に吹き飛ばされて行ったお父様を見たから……少しだけだけど不安になった。
「う〜ん……多分、大丈夫…のハズ…だけど…、一応最下級使ったし。…………ちょっと確認するか」
カルディナルさんは私を抱えると地上に降り立った。そして茂みに倒れているのは、紛れも無く……お父様………

「一応唱えとくか。えっと……نغمكنضحبك」
カルディナルさんが唱えた魔術により、お父様の身体が一瞬ビクンッと痙攣した。カルディナルさんは一体何を……
「拘束魔術の詠唱有りだ。こっちの方が効果が段違いに高いんだよ。戦闘中には滅多に詠唱出来ないけどな。簡単に避けられちまう」
「な、なるほど……」
「それでな、この魔術は生物しか対象に出来ない。つまりあいつは生きてるって事だ」
そう言ってカルディナルさんは私を降ろすと、小枝を摘まんでお父様の方へ歩いて行き……
「おーい、起きろー」
お父様をツンツン突っついた。
「おーい、おーいってば……あぁ!めんどくせぇ!خضحفلنل」
カルディナルさんの詠唱で小さい水球が空中に出現した。カルディナルさんはその水球を………
「これでとっとと起きろ!」
「………⁉むぐぉ…ふがッ⁉は、鼻が…」
うわぁ……痛そう。あの鼻に水が入るツーンとした痛みって耐え難いモノがあるよね。
「おー!寝顔に水とはよく聞くが寝鼻に水の方が効果的なんじゃねーか?」
「き、貴様……うぐ⁉か…身体が……」
「少しの間黙って話を聞いてもらいたくてな。無理に解こうとしない方が良いぞ。つーかあんたじゃ解術出来ないだろうケド」
遠目からもお父様が拘束を解こうともがいているのが見える。
「う……ぐッ…クソッ………」
「だからあまり無茶するなって。別に痛めつけようとか殺そうとか考えてねえから。ただちょいと話を聞いて欲しいだけなんだって」
「話だと⁉ふざけるなッ!!こんなもの……、うぐぐ…ぐおおぉぉおぉ!」
お父様は大量の魔力を放出して拘束を無理矢理外そうと躍起になっているけど……
「うぐぐ……く…そ……なぜ…だ……なぜ解けんッ⁉」
「あーもー、うるさいな!俺が拘束魔術を唱えたんだぞ!あんた如きに解術されてたまるか」
唸っているお父様を尻目に掛けながらカルディナルさんが私に向かって手招きする。
私は頷き、ゆっくりと2人の元へ歩いて行く。今こそ…決別の時………
311共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 21:05:24.91 ID:37SaHolC
イリスがこっちに歩いて来た事を確認して俺はスッと横に移動した。とうとう親子のご対面だ。
「な⁉……イ…イリス⁉」
「お父様…………」
流石のこいつも馬が人参砲喰らった顔してやがる。ま、当然か。なんせ魔術を全く使えない娘がここにいるんだからな……
「なぜ貴様がここにいるんだ!貴様は今頃……」
「イビスの部屋で拷問を受けているハズ……ですか?」
「……………………………」
「逃げたんです。あの部屋から……森に。お母様が出て行った隙に」
「あの馬鹿者……あれ程気を付けろと言ったのに……」
「そしてこの方に出会ったんです。私が出会った中で一番優しい……この方に」
イリスは俺の裾を掴みながら言う。でもな、イリス……それは違うんだよ。俺が優しいんじゃない。こいつらがクズなだけだ。
「私は生まれて初めて優しさに触れました。それがとっても嬉しくて……本当に…嬉しくて……」
「イリス………」
あークソッ!俺まで泣きそうになって来た。
「だから…私はこの方について行きます。もう二度とローズ家には戻りません」
「な⁉」
今度こそこいつは言葉を失ったようだ。
「何を驚いているんだ?今まであんた達がイリスにしてきた仕打ちを考えればごく当然の事だと思うが?」
だってそうだろう。姉兄からは虐められ母親からは拷問され父からは無視され続けてきたんだ。こんな奴らと一緒にいたいなんて思える訳が無い。
「貴様はローズ家の誇りと伝統を穢す気か⁉そんな事は絶対にさせん!」
まさに鬼のような形相でイリスを睨むこの男は……どこまで愚かなんだ…………
ちょっとは期待してたんだけどなぁ…
「わ、私は……あなた達なんかと一緒にいたくない!私の事を誰よりも気遣ってくれる人と一緒に行きたいんです!」
「貴様ァ!今まで殺さずにいてやった恩を忘れてよくもそんな事をォ!」
おーおー、あの馬鹿男の父親だけはある。言ってる事は滅裂支離、口調もさっきまでとは大違いだ。
こりゃあイリスも礼をする必要なんて無いな。むしろ一発引っ叩いてもいいくらいだ。
……とは思ったものの、恐らくイリスの性格では引っ叩く事なんか出来ねぇ。これ以上ここにいるとこいつがどんな酷い事を言うかも分からねぇし………

「イリス。これ以上は時間の無駄だ。出て行く事も告げたんだしそろそろ行こうぜ」
「……………………………」
「イリス?」
イリスは俺の呼びかけにも反応せず、目の前に転がっている男の顔をジッと見つめている。
「お父様………」
イリスは何をする気だ?本当に引っ叩くんなら俺も協力するぜ?

しかしイリスのとった行動は俺の予想の範疇を超えていた。イリスは………

「今まで出来損ないの私を殺さずにいてくれて、本当にありがとうございました」

なんと頭を下げたのだ。目の前の男に向かってだ。この行動には俺はもちろんの事この男も言葉をなくした。
「私はローズ家に生まれたにも関わらず全く魔術が使えなくて、剣技のセンスや体力も全くない本当の出来損ないでした。
本来ならローズ家の恥という名目でいつ殺されてもおかしくなかったんです」
イリスはふぅと息をつく。その表情に憎しみの感情は感じられない。
「そして、皆が私の事を生かしてくれたから…私はルディさんに出会う事が出来たんです。私の全てを受け入れてくれる人に………」
イリス………
「だから私はお父様、お母様、お姉様、お兄様、全員に感謝します。こんな私を殺さないでいてくれて……ありがとうございました」
一体どこをどう間違ったらこんな奴らからこんな娘が生まれてくるんだか…………ん?この音はまさか……
「イリス、今こっちに3人が向かってきている。多分姉、兄、母の3人だと思うけど……どうする?」
イリスは首を横に振る。どうやらもういいらしい。
「そっか。それじゃあ行こうぜ」
俺はイリスを抱きかかえて木の枝へと飛び上がる。あとは逃げるだけだ。
「お父様」
静かな、それでいてよく澄み渡る声でイリスが最後の別れを告げる。

「今までありがとうございました。……お父様………さようなら…」

312共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 21:07:09.57 ID:37SaHolC
俺は今、眠るイリスを抱きかかえて木の枝を転々と渡り飛んでいる。
別れを告げた後、イリスはすぐに眠りについてしまった。それも当然だろう、なんせ色々な事があったからなぁ。
俺とイリスが出会ったのがたった4時間前。それから沢山話をして薬を塗って、森を駆け回り食人樹に喰われかけ、俺の身を心配して親父に別れを告げ………凄い密度だな。
これだけの事を一気にしたんだ。人間、しかも少女には少しハードだったに違いない。と言うか魔族の俺でも疲れるんだけどな。
「………ルディ…さん…」
ふいに名前を呼ばれた。起こしてしまったのかと思って顔を見てみるが、イリスはスヤスヤと眠っている。どうやら寝言のようだ。
それにしても夢の中にも俺がいるのか……頑張れ夢の中の俺!イリスを辛い目に遭わせるんじゃねーぞ!
「…ルディ……さん……」
「どうしたんだ?」
「……だいすき…です…」
「…………………」
「ずっと…ずぅっと……いっしょに………ふふっ…」
「………………………」
………………………………
「……………………実は起きてんじゃねーか?…コイツ…」







誓おう

俺がいる限りこいつを泣かせない

俺がいる限りこいつを苦しませない

俺がいる限りこいつを辛い目に遭わせない

だからイリス…安らかに眠れ

俺がお前を…幸せにしてやるから…

お前を苦しめるモノなんか…俺が取り除いてやるから…

お前を辛い目に遭わせる奴なんか…俺が殺してやるから…

俺がお前を……愛してやるから…

だからお前は何も心配しなくていい…

俺たちはいつまでも………永遠に一緒だ…



共に生きる 第1章 〜出会い〜 完
313共に生きる 第1章 (3) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/06(金) 21:08:55.88 ID:37SaHolC
以上です。誤字脱字ありましたらご連絡お願いします。(予測変換が私を虐めてるので……)
314名無しさん@ピンキー:2012/01/06(金) 22:57:29.79 ID:YRNRv/Vd
GJ‼

ガッツリ投下がきて嬉しい限りです
315名無しさん@ピンキー:2012/01/06(金) 23:09:17.30 ID:OOPc+37L
良か良か!gj?いや、GJ!!!
316名無しさん@ピンキー:2012/01/07(土) 01:14:45.26 ID:McDox7+z
スカイリムに熱中してる漏れにはたまらん作品ですなGJ
317名無しさん@ピンキー:2012/01/10(火) 22:37:55.25 ID:dxfl4Gr8
イリスはそのうち虚無の魔法を使える様になるんですね、わかります
318名無しさん@ピンキー:2012/01/10(火) 23:00:25.25 ID:cM0O2S1m
投下ねぇ…
319名無しさん@ピンキー:2012/01/11(水) 00:09:31.80 ID:Q8vVAsyn
ついこの間書き手様が投下したばっかじゃないか
boy相当に依存しちまってるねぇ
320 忍法帖【Lv=27,xxxPT】 :2012/01/11(水) 00:13:32.74 ID:TJnVD4SY
少し前よかずっとずっと投下増えてるんだよ
十分以上でござる
321名無しさん@ピンキー:2012/01/11(水) 13:32:20.42 ID:FfNmKaeF
現在投下中の作品

◆FBhNLYjlIg様
ぼくいぞっ!
三つ子の愛

◆ou.3Y1vhqc様
偽りの罪

>>163
「きょうみをもつひと」

しかも全作面白い
依存するのも無理はないですね…
322名無しさん@ピンキー:2012/01/11(水) 15:03:46.97 ID:Q8vVAsyn
天秤さんの作品がないってことは天秤さん本人ですねわかります
いやー今はかなり良くなったよ作者様々ってとこですよ
323 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/11(水) 16:35:42.57 ID:UYu47Y/t
BB2Cのゴミ箱って名前欄も消しちゃう事を初めて知った
なんか構ってちゃんみたくなっちまったじゃんorz
324名無しさん@ピンキー:2012/01/12(木) 03:13:20.59 ID:kMGTmRtL
三つ子の愛を何度読んでも三つどもえで再生される・・・orz
325名無しさん@ピンキー:2012/01/15(日) 14:01:15.39 ID:/6DQgPKY
10スレ目!?
久しぶりに来てビックリしたわ
326名無しさん@ピンキー:2012/01/15(日) 18:52:01.94 ID:BQowo9ng
しかも容量が半分以上埋まっているという
よきかなよきかな
327名無しさん@ピンキー:2012/01/15(日) 23:31:13.94 ID:/6DQgPKY
夢の国に出てくるクーとティエルが可愛くて熱でそう
328名無しさん@ピンキー:2012/01/18(水) 00:22:43.48 ID:/jo3LE//
しっずかな湖畔の森の陰から♪
329名無しさん@ピンキー:2012/01/19(木) 23:01:24.19 ID:0zRt2EOc
誰か作品を…
330名無しさん@ピンキー:2012/01/20(金) 01:05:36.26 ID:0b5F6pSY
軽快な雰囲気からいきなりダウナーにするなよ…
331名無しさん@ピンキー:2012/01/20(金) 09:57:38.96 ID:V/drhdMt
まっさかさーまに 堕ちてdesire♪
ってなスレ状態ですな
332名無しさん@ピンキー:2012/01/20(金) 12:37:24.48 ID:YeA6Xd0+
みんなきっと忙しいんだよ
333名無しさん@ピンキー:2012/01/20(金) 12:41:35.39 ID:RqsyaoUj
2012年依存ブームクルですー
334共に生きる 第2章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/21(土) 00:41:21.98 ID:C9eMc4o2
こんばんは、やっと書き終わったので投下します。
今回は今までよりも改行を多めにしています。
今までのと今回のと、どっちの方が読みやすいのか教えていただければ幸いです。
335共に生きる 第2章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/21(土) 00:45:16.48 ID:C9eMc4o2

〜安息の日々〜


「ふぅ〜こんなもんでいいかな…イリス〜そっちはどうだー?」
「はい、大丈夫ですー!あっ!でも、もうそろそろ危ないかも」
「どれどれ?んー……もうちょっとかもな。
あと一分くらいでもう一回ひっくり返せばいい」
「わかりました!うぅ〜楽しみです!」

気付いたやつもいると思うが、今俺たちは昼食の準備中だ。
石で作ったかまどの周りに串刺しにした魚などを立てて焼く、旅やキャンプでは見慣れた風景。
現在イリスが魚を焼く係り、俺が草を使って皿を作りその上に盛り付ける係りを担っている。

「ルディさん、ひっくり返しました。あと何分くらいで焼けますか?」
「ん〜、わかんねぇ!俺はいっつも適当に確認してるからな。時間なんか今まで測った事ねぇよ」
男の料理ってのはそんなもんだろ?
まぁ中には湯を入れて3分なんて物もあるが、あんなもんは身体に悪いし。
「えぇ〜!それじゃあ困りますよ!どうすれば良いんですかぁ………」
「そんなモン適当で良いんだよ適当で。目安として表面が少し焦げたら一回かじればいい」
「かじるって……生だったらお腹壊しちゃいますよ?」
「大丈夫だ!俺は今まで腹を壊した事はあんまり無い。安心してかじれる」
「それってルディさんが魔族だからじゃないですか?私は一応人間で、身体も魔族とは比べられないくらい弱いんですけど……」
「おいおい……イリスにかじらせるわけないだろ?もちろんかじるのは俺だ」
俺の大切なイリスにそんな事をさせるわけないだろ!
万一お腹を壊されたり妙な病気になられたらたまったもんじゃない!
「えっ?えっ⁉そ、それって……」
「一番大きいのを確認するから一つだけで十分だしな」
全部の魚をかじっちまうと見栄えも悪くなるし。
「あっ……そうですか……
でもそれって大丈夫なんですか?ルディさんのお身体が心配なんですけど……」
なぜかがっかりした様子を見せるイリスに俺は笑いながら答えた。
「俺は魔族だからな。さっきイリスが言った通り身体が丈夫に出来てるから問題ない」
そうこう言ってるうちに魚の表面が少しずつ黒くなってくる、そろそろかな?
それじゃあ確認するか………うん、これなら大丈夫だ!
「よし、ちゃんと焼けてる。それじゃあ盛り付けるぞ。今日はキノコや木の実もあるからな」
336共に生きる 第2章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/21(土) 00:47:44.58 ID:C9eMc4o2
あの日から10日ほど過ぎた。
あの日ってのはイリスの決別の日……早い話が前回からってこと。
現在地はバームステンから6日ほどの距離って所か……(イリスがいるからゆっくり歩いている)
俺一人ならこのくらいの距離2日もあれば移動できるんだが、イリスを連れているとそうもいかない。
言っとくが迷惑とは一欠片も思ってないぞ?
むしろあれからの旅路が楽しくて仕方がない。

イリスは今までバームステンから一歩も出た事がなかったらしく、全てが初めての経験らしかった。
木の実や野草を摘んだりするのはもちろんの事、釣りや水遊びなどもイリスにとっては新鮮だった。

なかでも一番楽しかったらしい事は小動物との触れ合いらしく、リスやムササビなどを見かけるとすぐに近寄って撫でたりしている。
そんなイリスの笑顔を見るのが俺の密かな楽しみとなっている。
ちなみにあの日はもうあたりも暗かったからよくわからなかったけど、イリスは銀髪と雪の様な白い肌の持ち主で……早い話がめっちゃ可愛い。
ま、まぁそれは置いといて……

もちろん楽しい事ばかりではなくほどほどに危険な目にも遭った。
つい昨日も、運悪くテールモンキーの群れに出くわして酷い目に遭った。
テールモンキーは長い尻尾で木の枝に宙吊りになっている白い小型のサルで、集団で狩りを行う魔物だ。

その狩りの方法というのが非常にウザったく、集団で一斉に石を投げてくるというものだ。
石と言っても人間の子供の握り拳くらいの大きさだけど、それでも当たるとかなり痛い。
イリスを守るために、身体を覆うように抱きしめて一気に駆け抜けたのだが………その結果が悲惨なモノで、俺に石がぼかすか当たったわけだ。
イリスには大して痛くないから大丈夫だと伝えてあるが、実はローブの下は痣だらけだったりする………

でもそんな事はイリスの無事を考えたら大した問題ではない。
337共に生きる 第2章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/21(土) 00:48:53.18 ID:C9eMc4o2
俺は……この数日で改めて実感した事がある。

長い孤独を生きた者も、ひとたび人に触れてしまうと途端に孤独を耐えられなくなる事をだ……

以前人々と共存した時も同じような感覚を味わい……そして全てが破綻した。
つい前日まで共に笑いあった人々に殺されかけ追い出され……一瞬にして全てを失った。


人との繋がりという物はある種の中毒性があるのではないだろうか?
一度味わってしまうとそれ無しでは生きて行く事が非常に困難になり、最悪の場合は自ら死を選ぶ事すらある。

愛する者との繋がりが切れ絶望し死ぬ。
大切な者と死別し、その後を追うように死ぬ。
死後の世界も共に過ごしたいと願うがゆえの心中、もしくは無理心中。

このような事など珍しくないだろう?


「ふーふー……熱い…」
ふと前を見ると、イリスが串の両先端を持ち、くるくると回しながら必死に魚を冷ましていた。
「イリスって猫舌なのか?」
「ふーふー、猫舌ってなんですか?」
イリスはキョトンとした目でこっちを向いて聞いてくる。
「熱い物が苦手かって事だ。さっきからそれ冷ましてるだろ?」
魚を指差す。
「あー、確かに昔から熱い物は苦手です。温かいものとか飲むのに苦労しちゃうんですよ」
「なんだ、そうならそうともっと早めに言ってくれれば良いのに。
今度からお茶とかの温度は低めにしとくからな」
「い、いえッ!そんな迷惑をかけるわけには行きません。私は全然大丈夫ですから……」
おいおい…全然迷惑じゃねーよ、そんくらい。
「別に迷惑でもなんでもないって。ちょいと早めに湯を火からどかせば良いだけじゃん」
俺がこう言ってもまだイリスは何かを言いたそうにしている。
まぁ、なんとなく理由はわかるけど……

なんたってあんなクズ家族に囲まれて育ったんだもんな、いつも迷惑をかけないようにビクビクしていたに違いない。
だからこんなにも敏感なんだろう、迷惑をかけるとすぐに罰を受けてたんだろうからな。

「イリスはもっと自分の意見を人に伝えた方がいいと思うぞ。特にこれからずっと旅を続ける俺に対してはな」
俺はイリスに遠慮をして欲しくなんか無い……むしろどんどんわがままを言って欲しいくらいだ。
「遠慮なんかする必要はないだろ?なんたって俺とイリスの仲なんだから。どんな仲かって聞かれるとちょっと返答に困るけどな」
最後の方はちょっと滅裂支離だった気がするけど、多分俺が言いたい事は伝わったみたいだな。
338共に生きる 第2章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/21(土) 00:50:58.87 ID:C9eMc4o2
「わ、分かりました。頑張ってみます」
その証拠にイリスは何かを決意するかの表情でうんうん、と頷いている。
特に頑張る事でもないと思うが……まぁいいか。
「それじゃあ早速なにか俺に願いを言ってみろよ」
「ふぇっ⁉い、今ですか⁉」
「おう、急ぐは善って言うだろ?」
こういうのは早いうちに慣れとかないと後に厄介な事になりかねないからな。
「練習みたいな物だと思って気軽に言ってくれ。どんな事でも良いぞ。できる限りは叶えてやるから」
するとイリスは下を向いてモジモジし始めた……うん、可愛い。
「えっと………ん〜っと……」
悩んでるイリスも可愛いなぁ……本当に庇護欲をそそられる奴だ。


結局イリスは願い事を決められなかったので、あの話題は適当に切り上げ今俺たちは食事の後片付けをしている。
「う〜ん…………ん〜っと………」
その間もイリスはずっとシワを眉間に寄せて悩んでいる。
「無理に考えなくても良いんだぜ?」
なんたって練習なんだからな、そこまで大きく考える必要も無い。
「で、でもせっかくルディさんが私のダメな所を指摘してくれたのに治さないのは……」
「イリスがダメってわけじゃ無くて、俺が遠慮して欲しく無いだけなんだよ。つまりは俺のわがままだ。
ついでに言っとくと、恩人だからって引け目を感じる必要も無いからな。イリスを助けたのだって俺が助けたかっただけだし」

そうこう言ってるうちに片付けも終わったし、そろそろ出発するか。
なんかイリスは泣きそうな顔してるし………そんなに気にする事ねぇのにな〜
「片付け完了ッ!そろそろ行こうぜッ!多分今日中にこの街にたどり着けるぞ!」
イリスを元気付ける意味合いも込めて少しテンションをあげて号令をかける。
その声に反応して顔を上げたイリスに、この前落ちていたここら一帯の地図を見せて一点を指差す。
ここから時間にして3時間ほど離れた場所にある大きく栄えた街、名前は……書いてないな。
「なんか凄く大きな街ですね。どんな所なんでしょうか…」
「さぁな、俺も初めて行くから分からなねぇけど……良い所だと思うぞ」
勘だけど……
イリスは少しの間何かを考えていたみたいだが、やがて物憑きが落ちたような表情になった。
「はい、そうだと良いですね!今から楽しみです!」
そしてワクワクしているのが見て取れる程の笑顔を携えて返事をしてきた。
やっぱりイリスには笑顔が似合う。
その笑顔を見せられると俺もつられて笑顔になっちまうぐらいだ。
そしてよくよく考えてみれば、イリスは今までバームステンから出た事が無かったって言うし、やっぱり楽しみなんだろうな。
おっと、ここで一つ重大発表があったんだった。
339共に生きる 第2章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/21(土) 00:53:38.42 ID:C9eMc4o2
「あのな、ちょっと大事な話がある」
「はい、なんですか?」
「これから街に近づくにあたって注意しなくてはならない事がある。なんだか分かるか?」
イリスは横に首を振る。まぁ当然だな。
「それは魔物の数が段違いに増えるという事だ」
人が集まる場所は必然的に魔物の餌となる物も多くなるという事だ。
それは木の実だったり魚だったり家畜だったり穀物だったり、あるいは……人間だったりする。
だから街の周りは魔物の格好の狩場となっているわけだ。(街自体は高い塀に囲まれているから無問題のハズ)

「つまり今までみたいに離れて移動ができないという事ですか?」
「そう。今までは俺の目に付く場所なら平気だったけど、これからはそうもいかなくなる」
とは言っても3m以上は離れないように気を付けてたけどな。
「それからもう一つあってだな、この先いつ魔物が出て来るか分からない事を念頭に入れておいてほしい。
俺がいる限り危険なことは無いけど、それでも用心するに越した事はないからな」
一番の心配はイリスがパニックを起こしてしまい、どうにもならなくなる事だ。
なにせあいつらいきなり出て来るからな…俺もたまにギョッとするし……
「………………」
そしてイリスはというと緊張した表情で下を向いている。
やっぱり不安なんだろうな………
「大丈夫だって!俺がついてるんだし危なくも何ともないって。安心しろ!」
まぁ初日に食人樹に出くわしたからなぁ〜、怖がるのも無理ないか。
あれは反則的に厄介な奴だし……

「ル、ルディさん!!」
「おぇ⁉」
急に大声で名前を呼ばれて変な返事をしちまった…恥ずかしい………
そんな事より大丈夫かよイリス⁉顔真っ赤だぜ⁉

「そ、そのっ……お、お願いが…ありますッ!!」



340共に生きる 第2章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/21(土) 00:56:08.58 ID:C9eMc4o2
「ふぅ〜こんなもんでいいかな…イリス〜そっちはどうだー?」
「はい、大丈夫ですー!あっ!でも、もうそろそろ危ないかも」
「どれどれ?んー……もうちょっとかもな。
あと一分くらいでもう一回ひっくり返せばいい」
「わかりました!うぅ〜楽しみです!」

今私とルディさんはお昼ごはんの準備をしている。
とは言っても料理と呼べるような物ではなく、石で作ったかまどの周りで串刺しにした魚を焼いているだけだけど。
ーーーえっと、もうそろそろ一分経ったかな?

「ルディさん、ひっくり返しました。あと何分くらいで焼けますか?」
「ん〜、わかんねぇ!俺はいっつも適当に確認してるからな。時間なんか今まで測った事ねぇよ」
さ、さすが男の人……これが男の料理という物なんですね……
「えぇ〜!それじゃあ困りますよ!どうすれば良いんですかぁ………」
「そんなモン適当で良いんだよ適当で。目安として表面が少し焦げたら一回かじればいい」
か、かじるって…危なくないですか?
「かじるって……生だったらお腹壊しちゃいますよ?」
「大丈夫だ!俺は今まで腹を壊した事はあんまり無い。安心してかじれる」
「それってルディさんが魔族だからじゃないですか?私は一応人間で、身体も魔族とは比べられないくらい弱いんですけど……」
「おいおい……イリスにかじらせるわけないだろ?もちろんかじるのは俺だ」
え?ルディさんが、かじる…?
「えっ?えっ⁉そ、それって……」
ま、まさか⁉ルディさんとの、か…関節キ……
「一番大きいのを確認するから一つだけで十分だしな」
ス……って、アレ?
「あっ……そうですか……
でもそれって大丈夫なんですか?ルディさんのお身体が心配なんですけど……」
「俺は魔族だからな。さっきイリスが言った通り身体が丈夫に出来てるから問題ない」
ルディさんはこっちの気持ちをつゆ知らずカラカラと笑いながら魚を手に取った。
「よし、ちゃんと焼けてる。それじゃあ盛り付けるぞ。今日はキノコや木の実もあるからな」
そして私たちの食事は始まった。
341共に生きる 第2章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/21(土) 00:57:58.21 ID:C9eMc4o2
私がルディさんと旅を始めて早くも10日が経った。
ルディさんに言われた通り、道のりは険しく夜は野宿の生活を過ごしている。
でも決して辛いわけじゃ無い。
むしろ毎日が新しい発見とワクワクでとっても楽しい。
リスやムササビはかわいいし、空はとっても綺麗で空気はこの上ないくらい澄んでいる。
そして…私のそばにはいつでもルディさんがついていてくれる。
私が笑った時は一緒に笑ってくれて、私が怖がった時は一生懸命安心させようとしてくれる。

そう、あの家では決して味わえなかった幸せを、私は今感じている。
一緒に森を歩いたり、魚を釣ったり、動物を見つけたり…小さいけど温かさに溢れた幸せを私は享受している。
たまには魔物にも襲われたけど全く怖くなんかなかった。
だって私にはいつでもルディさんがついていてくれるから…

ルディさんは言葉使いは少し荒っぽい所があるけど、そんな所を気にさせない程の優しさを持っている。
この10日間もずっと私の事を一番に考えて行動してくれた。
でも…私はそれがルディさんにとって迷惑なんじゃ無いかとずっと不安に思っていた。
かと言って私の体力や技術で森の移動をするには、ルディさん無しじゃ到底不可能だからしょうがないと思う。
だからせめて食事やその他の事ではなるべく迷惑をかけないように行動してきたつもり。

でも……


「イリスはもっと自分の意見を人に伝えた方がいいと思うぞ。特にこれからずっと旅を続ける俺に対してはな」
「遠慮なんかする必要はないだろ?なんたって俺とイリスの仲なんだから。どんな仲かって聞かれるとちょっと返答に困るけどな」
「それじゃあ早速なにか俺に願いを言ってみろよ」
「おう、急ぐは善って言うだろ?」
「練習みたいな物だと思って気軽に言ってくれ。どんな事でも良いぞ。できる限りは叶えてやるから」

ルディさんはそんな私の事を、むしろ心配していたみたいだった。
だからルディさんに安心してもらいたくて願い事を考えてみたけど、急に言われた事もあって全然思いつかなかった。
でもそんな私に、ルディさんは気にしなくて良いと言って気を遣ってくれる……
342共に生きる 第2章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/21(土) 00:59:11.24 ID:C9eMc4o2
……私はルディさんに何も返せてない。
私を旅に連れて行って下さい、と我儘を言ってからずっと迷惑をかけっぱなしで…その恩を全く返せてない……
ルディさんが私を連れ出してくれたのだって一人旅が寂しかったから。
ルディさんがこの先、私以外の人から旅に連れて行ってくれと言われたら役立たずの私なんか置いてかれちゃうかもしれない……
そうしたら私はまた一人ぼっち…もう生きて行く事なんか出来なくなっちゃう………
もうどんなくだらない事でもいいから早くお願いを………

「片付け完了ッ!そろそろ行こうぜッ!多分今日中にこの街にたどり着けるぞ!」
急に聞こえてきた大きいルディさんの声に私はハッとして顔を上げた。
ルディさんは笑顔で私を手招きしながら、地図の一点を指差している。
そこには一目でわかるくらいに大きな街が描かれていた。
「なんか凄く大きな街ですね。どんな所なんでしょうか…」
「さぁな、俺も初めて行くから分からなねぇけど……良い所だと思うぞ」

……ルディさん…私を元気付けようとしてくれてる。
少し大きい声で話しかけてきたのも…不自然に明るく笑ってくれてるのも、全部……全部私の為!
なのに私は…いつまでもウジウジして……これがルディさんを心配させているというのにッ!

だから…私は……

「はい、そうだと良いですね!今から楽しみです!」

ルディさんに笑顔を見せた。
だって私は…

ルディさんの笑顔を見たいから………
343共に生きる 第2章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/21(土) 01:00:03.12 ID:C9eMc4o2
その後ルディさんは私に笑顔を見せてくれたけど、すぐに真剣な顔をして私にこの先の危険性を教えてくれた。
どつやら街に近づけば近づくほど魔物の数が格段に増えて行くみたい。
だからこの先は森の空気や風景を味わう事ができないみたい。

………………………ッ⁉

ここで私に一つの案が浮かんだ!
で、でも…これは………うぅ…ちょっと恥ずかしいかも……で、でも……うぅぅぅ〜
でもさっきルディさんにお願いを言ってみろって言われたし……でもこれは迷惑になっちゃうんじゃ……

「大丈夫だって!俺がついてるんだし危なくも何ともないって。安心しろ!」
心の中での葛藤が表情に出てしまっていたみたいで、ルディさんは私を必死に元気付けてくれた。
これも全部私がハッキリしないから………もうこれ以上ルディさんに心配なんかかけたく無い!

私は覚悟を決めた!

「ル、ルディさん!!」
「おぇ⁉」
自分の顔が真っ赤になっている事を理解できるくらいに顔が熱い。
心臓がドキドキして喉がカラカラになる。

「そ、そのっ……お、お願いが…ありますッ!!」
344共に生きる 第2章 (1) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/21(土) 01:06:35.93 ID:C9eMc4o2
以上です。

なんか最近寒さのせいで風邪気味です。
皆さんは風邪ひかないようお気をつけて下さい。

天秤もゆっくりとですが書き進めてます。
私に不幸が起きない限り完結させますのでよろしくお願いします。
345名無しさん@ピンキー:2012/01/21(土) 01:17:44.07 ID:o4EzcsSi
>>344
Good Job!
待ってたよ
346名無しさん@ピンキー:2012/01/21(土) 16:50:06.49 ID:qMm+JqiG
普通に面白いなGJ
続きも期待
347 忍法帖【Lv=30,xxxPT】 :2012/01/21(土) 18:32:19.13 ID:GI4A4b1K
GJ!
そして保管庫更新乙乙
348名無しさん@ピンキー:2012/01/22(日) 19:51:31.41 ID:dOsKg9iy
一度詰まると本当に続き書けなくなる…どうしたもんか
349名無しさん@ピンキー:2012/01/24(火) 21:58:10.40 ID:7Mi+dEPm
>>344
GJ
このスレ反応少なくて書くモチベーション下がるかもしれないけど、楽しみにしてる
350名無しさん@ピンキー:2012/01/25(水) 23:50:45.00 ID:9DpTpBB3
ふう
351名無しさん@ピンキー:2012/01/27(金) 13:40:40.26 ID:BPs+ix7t
お前ら頑張れよ
352名無しさん@ピンキー:2012/01/27(金) 15:02:50.37 ID:fgycBRV3
読み手が書き手になる時が来ているのさー
353名無しさん@ピンキー:2012/01/27(金) 15:05:01.55 ID:2hQHSqud
書き手になるのが強いられてるんだ!
354名無しさん@ピンキー:2012/01/29(日) 17:14:12.86 ID:4IAnLz2V
ほしゅう
355名無しさん@ピンキー:2012/01/29(日) 19:45:14.49 ID:Fv6LmzIX
書き手ぼしゅう
356名無しさん@ピンキー:2012/01/29(日) 21:04:19.15 ID:sDu0RCP8
これはやばいな…
357名無しさん@ピンキー:2012/01/29(日) 21:14:22.31 ID:z69uav/T
ここって時々読み手こそが依存させられてるって思わせる魔力があるよね……
358名無しさん@ピンキー:2012/01/30(月) 21:14:23.49 ID:D2PEqYMR
実際そうじゃないか
359名無しさん@ピンキー:2012/01/30(月) 22:50:09.14 ID:XN+etlkB
みんなウチのこと飽きたん?
360名無しさん@ピンキー:2012/01/31(火) 14:25:52.05 ID:6CPz7tzF
まだ〜?
361名無しさん@ピンキー:2012/01/31(火) 16:04:14.48 ID:j+aVrplb
俺達が書いて自給自足しなければこのスレは滅びるんだよ!
これこそがマヤの預言2012年にある(依存スレの)滅びだったんだよ!
362名無しさん@ピンキー:2012/01/31(火) 18:20:36.24 ID:KNhrMOie
363天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 18:22:00.83 ID:KNhrMOie
こんばんは
書き終わったので投下します
364天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 18:31:37.80 ID:KNhrMOie
すみません、ちょっとタンマ!
365名無しさん@ピンキー:2012/01/31(火) 19:51:20.47 ID:KfF+NJjV
なんという生殺し
366名無しさん@ピンキー:2012/01/31(火) 20:10:25.92 ID:YDxSlbj2
まだ始まってないからセーフにしよう
367名無しさん@ピンキー:2012/01/31(火) 20:36:30.03 ID:7XjKOKq5
「ふふふ、そんなにほしいの?それなら腹筋しててね?」
368名無しさん@ピンキー:2012/01/31(火) 21:33:43.55 ID:zHHBuAlu
シュッ!シュッ!
369天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:26:40.63 ID:KNhrMOie
改めましてこんばんは
先程はすみませんでした、ちょっと用事が入りまして

気を取り直して投下します
370天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:27:53.71 ID:KNhrMOie
道場


「あら、宮都どこ行くの?」
玄関で靴を履いている宮都に母の香代が声をかける。
宮都は肩にスポーツバッグを提げているので大体予想は付きそうなものだが……
「どこって、道場だよ。見ればわかるだろ」
「じゃあなんで莉緒までいるの?」
「見学したいんだと」
莉緒は母に向かってコクコク頭を振る。
宮都以外の人物には相変わらず以前と変わらない態度で接しているのだ。
「あらそう。でも莉緒には似合わないんじゃない?どうせなら合気道の見学とか……」
「まぁモノは試しだし、見学くらい平気だろ。それじゃ行ってくる」
「行ってらっしゃい、気を付けるのよ」

今日は准が九州に行ってから二日目だ。
初日には既に決勝トーナメント進出を決めたらしく、嬉しそうな声で電話がかかってきた。
そして残りの二日は審判の講習会らしく、実際に他人の予選試合で練習して力を付けているらしい。
さらに、智久は試合に出る全員に居合斬りを披露したらしく、さっきエリザから写メが届いた。
真剣を持って構えている智久の写真は宮都も惚れ惚れする格好良さだった。

「ここから歩いてどの位なの?」
「道場までか?大体15分くらいかな」
莉緒もあれ以来、家の外では至っておとなしい。
2人で出かける事すらあまり無く、たまに出かけても腕を組むことや手を繋ぐ事さえしない。
やはり根は変わっていないんだななどと考えながら宮都は先を歩いて行く。
371天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:28:55.03 ID:KNhrMOie
「ねぇ、道場ってどんな感じなの?先生とか生徒とかどんな人がいるの?」
莉緒が宮都にそう尋ねる。
やはり初めて行く場所は不安なのだろうか。
「んー、先生ではなく師範って俺たちは呼んでるんだけどな、多分莉緒が想像している道場の先生って感じだと思うよ。強くて厳しいけど優しい、そんな人。
門下生は全部で30人強いるかな、小学生が7〜8人、それ以上が残りの25人くらい。男女比は6:4くらいで女性の方が多いな」
宮都は簡単に説明する。
莉緒にとって女性の方が多いのは恐らく好都合だろう。男にあまり免疫がないのだ。
「柔道の道場なんだよね」
「便宜上はな。でも師範は幼い頃から様々な国で生活してその後沢山の国を回ったから、他にもいろんな拳法が使える。
カンフー、少林寺、テコンドー、空手、合気道、剣道、棒術、長刀、ムエタイ、サバット、ジークンドー、あとは……他にもあるらしいけど忘れた。
頼めばいろいろ教えてくれるし凄く楽しいぞ。基本的に自主練して悪いところを師範が直すっていうスタイルだからな、柔道以外を教わる時はマンツーマンで教わる感じになるな」
「ふ〜ん。お兄ちゃんも柔道以外になにか教わったの?」
「まあな。でも最近は師範の補佐として門下生に柔道を教える側になったからな、なかなかいい機会が来ないんだよ」
「お兄ちゃんって道場で偉い人なんだ……。やっぱり強いの?」
莉緒が尊敬の眼差しで宮都を見る。
宮都としても悪い気はしない。
「強いかどうかはわからないけど、段は師範の次に高いな。一応自分で道場を開く事ができる段にはなってる」
「凄い……!!それじゃあ将来はお兄ちゃんも道場を開くの?」
宮都は軽く笑いながら
「いや、その予定は無いよ。今は大学の勉強を活かせる企業に就職するつもりだ」
「ふ〜ん。なんかもったいない気がするなぁ、せっかく先生になれるのに段が無駄になっちゃうよ?」
「まるっきり無駄にはならないよ。履歴書の資格の欄に書けるし、道端で不良とかに絡まれた時も対処出来るしな」
莉緒はそれを聞いて少しモジモジしながら
「それじゃあもし、私が誰かに絡まれたりしちゃっても守ってくれる?」
「当たり前だ。俺がいる限り莉緒には指一本触れさせない。必ず守ってやる」
「うん。嬉しい……」
莉緒はそう言って立ち止まると宮都に寄り添った。
目を瞑り、軽くもたれ掛かって来るこの姿勢は…

「……んっ………」
頭を撫でて欲しいという合図なのだ、だから宮都は莉緒を撫でる。
莉緒は気持ち良さそうな声を上げされるがままになっている。
「お兄ちゃん、ありがと」
「これくらいならいつでもやってやるよ。それじゃそろそろ歩くぞ」
宮都はそう言って莉緒に手を延ばした。
「え………」
「ほら、手でも繋いで行こうと思ったんだけど駄目か?」
「そんな事……恥ずかしい」
宮都は苦笑いをする。
家の中での事を考えればこれくらい全然平気だと思っていたのに……本当に極端な奴。
大体今の今まで頭を撫でられていたというのに、それは平気で………
一体どこが境界線なのだろうか?
「おいおい、家の中でいっつもくっ付いて来るお前の言うセリフかよ」
「それとこれとは別だよ。外だとやっぱり恥ずかしい……」
「まぁ無理強いはしないから。それじゃ行くぞ、もうちょっとで着くから」
宮都はまた歩き出した。莉緒もその後ろを付いて来る。まるでカルガモの親に付いて歩く子供のように。
372天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:29:31.03 ID:KNhrMOie

「次の角を曲がれば道場に着くぞ。準備はいいか?」
宮都は振り向き莉緒に尋ねる。
莉緒の表情はかなり緊張していた。
「大丈夫だって、皆普通の人だし優しいから。小学生や中学生、莉緒と同年代の高校生の女の子もいるから」
「うん、でもやっぱり……」
「いざとなったら俺もいるだろ。莉緒に何か危害を加えた奴は俺がやっつけてやるから。まぁ100%そんな人はいないけど」
笑いながらそんな事を言っていると…


「なら私がその悪役になって見せましょう」
宮都はいきなり後ろから強い力で張り手されよろめいた。
「お、お兄ちゃん‼」
莉緒が軽い叫び声を上げ、慌てて宮都を支えようとする。
「大丈夫、少しびっくりしただけだ。たいして痛くない」
莉緒は安心すると共に宮都を叩いた人物を見る。
身長は莉緒よりも低く少し青っぽい髪色、人懐っこそうな笑顔を浮かべている。
「お兄ちゃんになにするんですかっ!」
莉緒に強い口調で言われてその女性は少し狼狽える。
「え?い、いや…これはちょっとしたスキンシップみたいなモノで……」
宮都は莉緒に見えないように意地の悪い笑みを浮かべると
「莉緒、よく聞け。この人はいつも俺の背中を叩いて来る極悪人だ」
「うぇ⁉み、宮都君⁉」
「俺の背中は既に傷だらけ、毎日毎日叩かれる日々が続いてる」
「毎日は会ってないよ‼」
「さらに師範をも裏から操っていてな、俺が道場を辞める事を出来ないのはそれが理由だ」
「そんな事出来るかっ!」
「とにかく恐ろしい人だからな、莉緒も気をつけろ。絶対に近づくな」
莉緒はそれを聞き宮都の後ろに隠れてしまう。
怯えた顔をして宮都の腕を掴みながら目の前の人物を見る。
「宮都く〜ん、なんか私本気で怖がられてるんだけど」
「実際そうじゃないですか。なにを今更……」
「ストップ!そろそろ止めて‼」
「俺に道場を辞めろと……。貴方のような方にそう言われては……。わかりました、わたくし宮都は今日でこの道場を……」
「いきなり叩いて申し訳ありませんでした。ゴメンなさい、許して下さいっ!」
女性は90度に身体を折り曲げて、まるで謝罪のお手本のように頭を下げた。
この頃になると莉緒もなにか違和感を感じ始める。
とうとう耐え切れなくなったのか、宮都は笑い出す。

373天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:30:02.40 ID:KNhrMOie
「ぷっ、ククッ、アハハハ。頭を上げて下さい茜部さん」
茜部は頭を上げる。既に目がウルウルしていた。
「茜部さんがいけないんですよ?いきなり後ろから叩いて来て、これくらいの仕返しはしますよ」
「それにしたってうら若き女性をいぢめるなんて、酷い‼男はもっと寛大じゃないと」
「いぢめるって……なにかわい子ぶってるんですか。それなら女性はもっとお淑やかであるべきでは?」
宮都にそう言われてむぅ、と黙り込んでしまう。
莉緒はそんな2人に半ば置いてかれて呆然としているが、ハッとしたかのように宮都に聞く。
「あの、お兄ちゃん?」
「あ、悪い悪い。もうわかってると思うけどさっきのは全部冗談な」
「当たり前でしょ!私そんな酷い人間じゃないよ!!」
茜部はムスッとして頬を膨らましている。
もう25歳を過ぎているはずだが低い身長と童顔のせいで全くイタいとは思わせない。
むしろ可愛らしい。

「この人は門下生の一人の茜部さんっていう人。家と駅の間にブルーダイアっていうアクセサリーショップあるだろ?あそこの店主をやってるんだよ」
ブルーダイアという単語は莉緒も学校で聞いた事がある。
希美や他の子と喋っていた時に話題になったのだが、かなり腕が良いと評判らしかった。
「始めまして、茜部 葵(アオイ)です。莉緒ちゃんもなにかご所望だったら是非うちの店に来てね〜、なんでも取り揃えてるから。
あっ!あと学校の友達にも宣伝しといてね!ヨロシク‼」
ちゃっかりPRする茜部を宮都は苦笑しながら眺める。
これくらいしないと店は出せないのだろう。
でも確かに腕は良いし宮都もお世話になっている。
少し加勢しても罰は当たらないだろう、そう宮都は考えた。

「ちなみにその首に掛かっているネックレスも茜部さんに作って貰ったんだぞ。腕は確かだろ?」
「えっ⁉」
莉緒はネックレスに手をやる。
これをこの人が……莉緒は目を見開いて茜部を見た。
茜部はというと
「イエース。メイドイン私だよ!凄いでしょ?」
ビシッと親指を立てて得意気な表情で笑っている。
「茜部さん、言わぬが花って諺知ってます?」
「いいの!これは私の自慢出来る事なんだから。手に職付ければこんな私でも人の役に立てるんだから!」
確かにこれは一理ある。宮都はそれもそうですね、と笑いながら言うと
「とにかく悪い人じゃないから、全然安心して良いからな。ほら、挨拶出来るか?」
と言い、莉緒の背中をポンと押して前に出そうとするが、莉緒は前に出ようとせずに宮都の背中にしがみ付いている。
「だいじょーぶ、全然平気だよ〜そんな不安そうな顔しなくても良いよ〜」
茜部が莉緒に近付こうとすると、莉緒はますます宮都にしがみ付いてしまう。
「ありゃ⁉写真ではあんなに可愛い笑顔見せてたのに……もしかして私のせいなの⁉私が怖いから⁉そりゃあ、お姉さんショック!」
大仰に天を仰いで頭を抱えながらジタバタし始めた。
「すみません。こいつは凄い人見知りなんです。だからどうか気を悪くしないで下さい」
「え、そうなの?私が宮都くん叩いたからじゃ無いの?良かったぁ〜」
いちいちオーバーに反応する茜部を見ながら宮都は苦笑する。
374天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:30:39.76 ID:KNhrMOie
「あ、宮都先生!」
その時後ろから女の子の声が聞こえて来た。
「ん、よう美来。元気か?」
そこにいたのは門下生の一人で中学生の神谷 美来(ミタニ ミク)だった。
なかなかに元気がいい子だ。
「あ、美来ちゃん。こんにちは〜」
「こんにちは、茜部さん。今日も頑張りましょうね」
「それじゃあそろそろ行くか。そこ曲がればすぐだし……美来?どうした?」
美来はなぜかブルブル震えている。
ちょうど宮都の後ろを、幽霊でも見つけたかのような表情で。
「宮都先生が、宮都先生が……」
「美来?」
「宮都先生が彼女連れて来たあぁああぁあぁ‼‼」
そう叫んで美来は角を曲がって道場に走って行ってしまった。
「おいっ、バカ。違う‼」
宮都は慌てて追いかけるが美来はもう道場に駆け込んで行った後だった……

「あー、莉緒。道場に入ったら覚悟しとけよ…。絶っ対にからかわれる……」
「大丈夫だよ、私は絶対にからかわないから!」
「茜部さんは当然でしょうが!知ってるんですから。……莉緒?」
莉緒は真っ赤になってしゃがみこんでいる。
それでも宮都の服を掴んでいるあたり流石と言うべきか。
「大丈夫だって、すぐに誤解は解くから。そして美来はシメる」
宮都は莉緒を抱きかかえて道場の入り口まで歩いて行く。
茜部はそんな2人の後ろをニヤニヤしながらついて行く………なんかウザい。
「大丈夫か?1人で立てる?」
宮都は莉緒を離すと、莉緒はなんとか1人で立ち上がった。
「……恥ずかしい」
「ははっ、俺も……」
「………ぷふっ…… 」

道場の下駄箱に靴を入れ3人は奥へと進む。
「そこの扉を開けると練習場だ。俺と茜部さんは着替えがあるから莉緒はここで待っててくれ」
「うん、わかった。」
宮都は男子更衣室に茜部は女子更衣室へとそれぞれ向かう。
ここから廊下を進んだ反対側にあるのだ。
莉緒は扉の横で待つ事になった。

「あっ!」
後ろから声がしたので莉緒が振り向くと誰かがサッと扉の向こうに隠れてしまった。美来だ。

また少し顔が赤くなるのを感じる。
恥ずかしさ半分嬉しさ半分といった所か。
大好きなお兄ちゃんと恋人と勘違いされた事は、少なからず莉緒を興奮させていた。
さっきしゃがみこんだのは恥ずかしさからでは無く嬉しさからだった。
思わず顔がにやけてしまうのを抑える事が出来なくて…でもそんなみっともない顔を大好きなお兄ちゃんに見せたく無くて……

お兄ちゃん……お兄ちゃん!早く…早く来てよ!早く頭を撫でて!早く抱きしめて!

ここでハッとする。そうだここは家じゃないんだ……。危なかった!

我慢しなくちゃ…。家に帰れば好きなだけ甘えられる。好きなだけ抱きしめられる。だから外では我慢しなくちゃ!
375天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:35:12.33 ID:KNhrMOie
「あの〜、大丈夫ですか?」
「へっ?……い、イヤッ!」
急に誰かの手が莉緒の目の前に伸びて来た。
莉緒は驚いて反射的にそれを払いのけた。
「痛ッ!ちょっ!、え?」
莉緒は顔をあげて相手の顔を見る。
手を伸ばして来たのは男で、年齢は宮都と同じくらいか少し上だろうか。
髪はスポーツ刈りにしてあり、背が190cm近くある大男だ。
すでに道着をを着ている。
「………あ、……あっ…………」
莉緒は完全に怯えてしまった。
知らない大男がいきなり手を伸ばして来たのだから当然だ。
手を口元に当てて後ろに少しずつさがる。
「ちょっと君!大丈夫かい?」
大男は心配そうな顔をして莉緒に近づく。
彼に悪気は無いのだが今の莉緒にこれは完全に逆効果だ。ますます怯えてしまう。
「ぃ……ぃゃ……。こ、こな…い…で」
小さく震えた声を出す莉緒。それゆえ相手には伝わらない。
「え?なに?どうかしたのか?」
さらに大男は莉緒に近づいた。
声が小さいからこうしないと聞き取れないのだ。
その時、練習場所の扉が開き中から美来が出てきた。
「あ、矢那(ヤナ)君。こんにちは〜」
美来は大男に声をかける。大男もそれに応える。
「こんにちは。あのさ、この子なんだけど……」
矢那は莉緒を見ながらそう言うと美来も莉緒に気付いた。
「ああ、その人はね………宮都先生の彼女さんです!」
「え?うぇえぇぇえぇ⁉宮都先生のぉ?」
驚き、大声を出す矢那。
さらに怯える莉緒。
そしてその大声に反応して練習場から出てくる人たち。全員子供だ。
「矢那さん、どうしたんですか大声出して?」
「今ストレッチ中なんですから少し静かに……」
「おっきい声だったねぇ〜怪獣みたい」
「あれ、皆さん。そこに集まってどうしたんですか?」
「なになに?なんかあったの?面白いこと〜?」
さらには今道場に着いた人たちも集まって来て、莉緒は約10人に取り囲まれた……ように感じた。
「あ、皆さんこんにちは」
「よう!この子は美来の友達?」
「え、そうなの⁉やったー!また同年代の子が来た〜」
「か、可憐だ……」
「ねぇねぇ、名前は?年は?」
「おねぇちゃん、こんにちは〜」
「お!良く挨拶できたな。偉いぞ」
「それよりもこの子大丈夫なのか⁉顔真っ赤だぞ!」
「さっきからそうなんだよ、でもなにも言わないし……」
「おねぇちゃん、だいじょうぶ?」
「みんなが騒ぐから恥ずかしがってんのよ!はい、みんなはそれぞれ準備しに行きなさい」
「なんでお前に指図されなきゃいけないんだよ!お前が先に行けよ」
「ほらそこ、喧嘩しない!弟はお姉さんの言う事を聞かなきゃ駄目でしょ」

(周りが騒がしい……。たくさんの人に囲まれて見られているのを感じる……。
でもその中にお兄ちゃんはいない………
早く来て!助けてよ…お兄ちゃん!私を1人にしないでぇ……)

「あなた達なにしてるの?早くストレッチしないと駄目でしょ!」
その時女性の声が聞こえて来た。その声に集まっていた全員が振り向く。
そこにいたのは40歳くらいの女性、恐らく主婦だろうと思われる。
376天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:36:32.00 ID:KNhrMOie
「あ、川奈(カワナ)さん。こんにちは」
美来が挨拶し、それに続き矢那、その他大勢もそれぞれ挨拶する。川奈もそれに応えてここでようやく莉緒に気付いた。
「あら、その子どうしたの?入門希望者?」
「えっと、宮都先生が連れて来たんです」
美来がそう言うと川奈は驚いた表情をして
「え、宮都君が?」
まじまじと莉緒を見る。その視線に気付いた莉緒は一瞬顔をあげて、目が合った途端また伏せてしまう。
「あらあら、怯えちゃって……。ほら、あなた達が騒ぎすぎなのよ。ちょっとあっちに行ってなさい」
それを聞いてみんなはぞろぞろと退散して行った。
そして川奈と莉緒が残された。
「ごめんなさい、驚かせちゃった?みんな悪気があったんじゃ無いのよ」
「………………」
莉緒はまだ怯えた様子だったが、かろうじて頷く事はできた。それを見て川奈はもう一度謝罪をする。
「本当にごめんなさい。みんなまだ子供なのよ……。あの大っきい男の人いたでしょ?矢那君っていうんだけど。あの子だってまだ中学3年生なのよ」
「…⁉」
これには莉緒も流石に驚いた。てっきり宮都と同年代と思っていた。
「びっくりでしょ?」
フフッと笑いながら川奈が言う。
それに対して莉緒も頷いた。
「でもみんな良い子だから心配はいらないわよ。これから一緒に頑張りましょ!」
「…え⁉」
どうやら川奈は莉緒の事を入門希望者と勘違いしているらしい。
そういえばさっき美来は宮都が連れて来たとしか言っていない。
「…ぁ、あの……ち、違っ……」
「大丈夫よ、最初は大変だけどだんだん楽しくなるから!みんなともすぐに打ち解けられるわよ!」
肩をポンポン叩きながら莉緒を励ます川奈。
なかなか思い込みが激しいらしい。
「それにしても宮都君も人が悪いわねぇ、こんな可愛い彼女さんがいたのに全く教えてくれないなんて………。案外恥ずかしがり屋なのかしらね」
川奈は1人で勝手に盛り上がっている。
莉緒としては早く訂正したいのに声が出てこない。

(お兄ちゃん……まだなのぉ?早く帰って来てよぉ……。私、もうダメだよ……これ以上ひとりぼっちにしないでぇ………)

「呼びましたか?川奈さん」
莉緒が必死に祈っていたその時、莉緒がずっと待ち望んでいた最愛の人が……やっと帰ってきた。
「お、おにい、ちゃ………」

(ずっと不安だった。ひとりぼっちになっちゃって、知らない人たちに囲まれて、驚いちゃって、そして怖くて………。
でも、お兄ちゃんが戻って来てくれた。だからもう大丈夫なんだ……。全部お兄ちゃんが、なんとかしてくれるんだ!)

莉緒の頬をポロポロと涙が流れ落ちて行く。
恐怖からではなく安堵から。嬉しくて…嬉しくて、もう我慢出来なくて……莉緒は宮都に飛びついた。
「莉緒⁉おい、どうしたんだ⁉大丈夫か⁉」
「おに…グスッ、おにいちゃん!……うぅぅ……。怖かった……さみしかったよぉ……。うぅ…」
377天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:37:50.25 ID:KNhrMOie
(お兄ちゃんに包まれるこの感覚。
何度味わっても飽きる事が無い。お兄ちゃんの体温、お兄ちゃんの鼓動、お兄ちゃんの匂い。
とっても安心する………。絶対に離れたくない………)

「安心しろ莉緒。何があったのかは分からないけど、俺が来たからにはもう大丈夫だ」
そのまま背中に手を回し優しくさすってやる。
「…ぅ……うん!」
莉緒は泣き笑いの表情になりながら宮都に身体を預ける。
「川奈さん。一体なにがあったんです?」
宮都は莉緒をさすりながら川奈に聞く。
なにせ莉緒は泣いているのだ、なにか辛い事があったに違いない。
「それがね、みんながその子を一斉に見に来たのよ。周りを囲んで名前とか年齢とか聞いててね。だから怖くなっちゃったんじゃないかしら?」
「はいッ⁉」
たったそれだけの事で?
「それだけですか?他になにかありませんでした?」
「いえ、特に無かったと思うわよ。下駄箱まで聞こえて来た内容はこのくらいね」
「はぁ……」
宮都はまだ納得出来ないみたいだが取り敢えず話題を変える。
「わかりました、ありがとうございます。どうぞ着替えて来て下さい。ーーーーほら、莉緒。大丈夫か?」
川奈が更衣室に入った事を確認して莉緒に声をかける。
「うん、もう平気。……お兄ちゃんが来てくれたから……」
「そうか?それなら良いんだけど……。一体何があったんだ?なにか嫌な事でもあったのか?」
宮都としては自分が着替えている最中に何があったのかを知りたい。
なぜ、莉緒が泣いたのかその理由を知りたかった。
「ううん。ただ不安になっちゃっただけ……。お兄ちゃん、いなかったから」
「………そうか」

宮都は違和感を感じた。
たったそれだけの事で莉緒が……高校3年生の莉緒がこんな風になってしまうとはどうしても考えられなかった。
大体、囲まれたといっても全員莉緒より年下のはずだ。
いくら人見知りとはいっても年下相手には自己紹介くらい出来なくてはおかしい。
これではまるで…………
「お兄ちゃん、どうしたの?なんか顔が怖いよ……」
莉緒はいつの間にか胸から顔を離して宮都を見上げていた。
その表情は少し怯えが入っている。
「ああ、なんでもないよ。これから皆にからかわれる事を考えてただけだから」
そう言って微笑みながら莉緒を撫でる。

(これではまるで、俺にべったりだった頃の……
1人じゃ何も出来ない、俺に頼り切りだった頃の莉緒じゃないか………)
378天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:38:21.64 ID:KNhrMOie
宮都の頭をそんな考えが支配する。…が、宮都は急いでそれを否定する。
それもそのはず、なぜならその頃の莉緒は小学3〜4年生くらい。今の莉緒は高校3年生なのだ。
宮都がいないとなにも出来ないなんて、そんな事があるはず無い……。あってはならない!

「おやぁ〜、誰もいない事をいい事にラブラブしてますねぇ。お姉さんには目の毒だよ」
「え⁉……きゃっ⁉」
いつの間にか茜部か2人の事をニヤニヤ顏で眺めていた。
それに気付いた莉緒は慌てて宮都から離れる。
「茜部さん、いつからそこに?」
宮都はジト目を茜部に向ける。それに対し笑いながら
「『ううん、ただ不安になっちゃっただけ。』のとこから。私ってもしかして家政婦の才能あるのかな!
テレビドラマでもあるじゃん、“家政婦が見た”ってのが!」
いろいろと間違っている気がしたが、宮都はあえて何も訂正せずに言葉を濁した。
横では莉緒が赤くなって縮こまっている。
「おい、大丈夫か?そろそろ練習場いくぞ」
宮都に引っ張り起こされてなんとか立ち上がった莉緒は、必死にコクコクと頷いている。
どうやら覚悟が決まったらしい。


練習場に入るといきなり歓声が巻き起こる。
やはり美来によって莉緒の事が広まっていた。………全部誤解だが。
「おめでとうございます!」
「先生素敵ー!」
「彼女さんとどこで知り合ったの?」
「名前は?歳は?」
「ラブラブですか?」
「キスはしたの?」
「きすってなぁに?」
「ちゅーのことだよ」
「えー!ちゅーしたのー?」
「私も先生狙ってたのにー」
「え、そうなの?それなら俺で妥協しない?」
「死ね!」
「宮都先生爆発しろー!」
宮都に聞き取れたのはこれだけだが、実際はもっと多くの発言があった。しかもほぼ同時に。
上は高校生から下は小学生まで年齢にばらつきがあるが、やはり全員恋愛については興味津々らしく、
次から次へと話しかけて来てあっという間に囲まれてしまった。
莉緒はその間宮都の背中にしがみついていたが、先程のような不安感は無いらしく安心した顔をしている。
379天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:38:45.32 ID:KNhrMOie
「はい皆、静かに!」
宮都は手をパァンと鳴らして全員を黙らせる。
普段の練習中にも使っている方法なので一斉に静かになる。
「お前らはいろいろと誤解してる。これは俺の恋人じゃない!」
そう言った途端周りがざわつく。
宮都はため息を吐いて美来を見据える。
対して美来は気まずそうに目を逸らした。
「それじゃあそのおねぇちゃんはだれなんですか?」
小さい女の子が宮都の道着の裾を引っ張りながら聞いて来る。
この道場で1番年下、小学1年生の楓(カエデ)だ。
「ああ、楓。この人はな……ほら、自己紹介しろ」
宮都はそう言うと莉緒の背中を押して前に出そうとした、が……
「………………」
莉緒はがっしりと宮都にしがみ付いてしまう。
少し強めに押してみたが、目をギュッと瞑り首を横に振って絶対に離れようとしない。
「大丈夫ですか?なにか具合でも悪いんじゃ?」
「いや、ちょっと人見知りが激しくてな………」
「さっきも顔が赤かったんですよ。本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、そのはずだ……」
受け答えをしている間にもなんとか莉緒を押し出そうとするが、既に腰に手を回されてどうにもならなくなっていた。仕方がない……
「こいつは俺の妹の小宮 莉緒っていうんだ。妹だぞ、い・も・う・と!
今日は道場の見学に来たんだよ。邪魔はしないからよろしく頼む」
簡単に莉緒の紹介をする。そして周りの反応はというと………
「ーーーーーー!」
「ーーーーー!」
「ーーーーーーー!」
一斉に美来に文句を言い始めた。全くの同時に10数人が喋り始めたので宮都には全く聞き取れないが。対する美来はというと
「ーーーーだってそうだと思ったんだもん!……ーーーーーうるさい!…」
顔を赤くして必死に言い訳をしている……その割には偉そうにしているが………

……そして茜部はその様子を見てゲラゲラ腹を抱えて笑っていた。
「はい、静かに!」
宮都はもう一回手をパァンと鳴らして静かにさせる。
「とにかくそういうわけだから、今日は全員格好良い所見せろよ!わかったな!」

「「「「「おお〜!」」」」」


そして各自ストレッチに戻らせると、宮都は莉緒を連れて練習場の隅に荷物を置き、そこに莉緒を座らせた。
「それじゃあここに座って見学しててくれ。練習が本格的に始まるのはまだ先だからな、自由にしてていいぞ」
「うん、わかった」
「あとな…さっきの事だけど、ちゃんと挨拶しないとダメだろ?
恥ずかしいのはわかるけど皆莉緒より年下なんだから、ちゃんとお姉さんらしくしないと」
「うん、ゴメンなさい……」
「後で師範が来るから、その時はちゃんと挨拶する事。わかったな?」
莉緒は首を縦に振る。これで安心だ。
宮都は軽くストレッチを済ませた。

「それじゃあ俺はあっちに行くから。何かあったら呼んでくれ」
宮都はそう言い残してストレッチを終わらせた人たちの指導へと向かった。
すでに大人の人達も練習に加わっている。
そんな兄の姿を莉緒はジッと見つめていた。
笑いながら、それでいて的確なアドバイスをする兄を飽きる事無く。
380天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:39:49.46 ID:KNhrMOie
(お兄ちゃんってすごいなぁ……。周りの人達からも慕われてて、……あっ!さっきの大きな人を投げた!あれって、もしかして一本背負い?……すごいっ、初めて見た!
それになんか、いつもの優しい表情じゃなくて少し荒々しい表情してる……。でも、全然怖くなくて…それどころか素敵!…お兄ちゃん凄く格好良いな……)

「ーーーーー」

(私も、お兄ちゃんになら投げられてみたいかも……、そして大丈夫か?って助け起こされて…でも足を挫いちゃったりして……、そしたらまた北海道の時みたいにお姫様抱っこしてもらったり………)

「ーーーぉー!」

お兄ちゃん…。私の、私だけのお兄ちゃん!私の為に何でもしてくれる、いつでも私の味方でいてくれる格好良いお兄ちゃん……

「莉緒!」
「え⁉…あっ」
肩を揺すられて意識が覚醒する。揺すったのはもちろん宮都だ。
「本当に大丈夫か、顔真っ赤だぞ?それにさっきからブツブツ言ってるし」
声に出てた⁉莉緒は慌てて立ち上がる。
「お、お兄ちゃんッ!なに言ってるか聞こえてた⁉」
「いや、なんにも。ブツブツ言ってる事くらいしかわからなかった。何言ってたんだ?」
「な、なんでも無いよ!」
「……?まぁいいけど。それよりもほら、この方がこの道場の師範の波田(ハダ)師範だ」
宮都の後ろには見るからに重厚そうな男が立っていた。
見るからに怖い外見をしている。

(正直怖い。でも挨拶しないと……、さっきお兄ちゃんに注意されたんだ!早く、はやくしないと!)

「…ぅ…ぁ………そ、の」
声が上手に出てこない、心臓が痛い、手足が震える。
気持ちばかり先行して身体がついて来ない。

(助けて……助けて!お兄ちゃんッ!!)

「莉緒、早く挨拶しないか。俺の服を掴む必要はないだろ」
「…………ぅぅ…」

(ああ〜、こりゃダメだ……。この目は完ッ全!に俺に頼り切ってやがる。
それしてもこれ程までになにも出来なかったとは……。これまではどうして来たんだ、こいつ?)

「………無理か?」
莉緒はコクコク頷く。こういう時だけ反応が早い。
宮都は仕方がないといった表情で波田に向き直る。
「先程お話した私の妹の莉緒です。今日は見学に連れて来ましたので、よろしくお願いします」
宮都は軽く頭を下げる。波田は了解の意を示すように頷く。
以前喉の手術で声帯を取り除いた為、喋ることができないのだ。
波田は軽く頭を下げて皆の指導へと戻って行った。
「それじゃ俺も戻るからな、じっくり見学しててくれ」
381天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:40:53.65 ID:KNhrMOie
それから2時間、莉緒はずっと宮都を見続けた。
ずっとずっと、一瞬たりとも目を離さずに。
宮都自身も言ってた通り、宮都は師範と共に指導に当たる事がほとんどだった。
たまに空いた時間は師範に何かの武術らしきものを学んでいたが、次から次へと門下生が来るので本当にわずかの時間しか練習できていない。
しかし、呼ばれる度にイヤな顔一つせずに指導を行う。

(お兄ちゃん、楽しそう。あんな笑い方もするんだぁ……本当に私ってお兄ちゃんの事なにも知らなかったんだなぁ……)

「どりゃああぁあぁぁあぁ!!」
「ちょっ!げふっ!!」
「よっし!やったぁ!」

(あ、お兄ちゃんが投げられた……。今の人って茜部さん?だったよね。すごい掛け声!)

「ちょっと!思いっきり投げないで下さいよ……。イタタ…」
「あの日注意されたからね、勢いよく投げさせてもらったよ!!」
「え?あの日ってなんの事ですか?」
「え〜忘れちゃったの〜?ほらぁ、私が寝ぼけてて………ッ!!なんでも無い!!!」
茜部は慌てて口を閉じた。
あの日宮都を投げてしまった事は2人だけの秘密なのに、なぜ墓穴を掘ろうとするのか………。
「大丈夫です、誰も聞いてませんよ」
「ふぇ〜、危ないところだった〜
あ、そう言えばあの時注文された品完成したよ!」
「本当ですか⁉随分早いですね!」
「うん、頑張ったからね!いつ取りに来る?この後そのまま来る?」
「いえ、後日取りに行きます。出来栄え期待してますね」
「了解!それじゃあまた後で聞きに来るね〜」
茜部は手をヒラヒラ振りながら去って行った。

「それにしても、……イタタ。腰が……」
「せんせーだいじょうぶ?いたいのいたいの、とんだけ〜」
宮都が腰をさすりながら立ち上がると、後ろから楓がおまじないをかけてくれた。なんか情けない……


「はい、それじゃあ時間になりましたので今回の練習はここまでです。お疲れ様でした!!」
宮都が大きく号令をかけると、全員が「お疲れ様です!」と声を揃えて解散する。
「師範、宮都先生、ありがとうございました〜」
「お疲れ様でした」
「さようなら」
「しはんとみやとせんせー、またねー」
382天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:41:41.90 ID:KNhrMOie
各々簡単な挨拶をして、練習場から出て行く。全員が出て行った事を確認して
「お疲れ様です!それじゃあ戸締りと消灯は私がやっておきますね」
宮都は波田から練習場の鍵を受け取りそう言った。
波田は宮都に礼をすると(身振り手振りで)練習場から出て行った。
「莉緒ー、悪いけど一緒に窓の戸締りの確認してくれないか?」
「うん、わかった!鍵をしてあるかの確認でしょ」
2人はそれぞれ戸締りの確認を行い、それが終わったら荷物を持って練習場から出た。
「電気消して来るから少し待っててくれ」
宮都はそう言い二階へ上がって行く。
照明関係の機器は全部二階にあるのだ。

「あっ!さっきのおねぇちゃん!」
莉緒は急に声をかけられて身を竦ませた。一体誰……⁉
「あーやっぱり。みやとせんせーの……えーっと??」
「……えと…い、妹?」
「そーだ!せんせーのいもうとだぁ!」

(この子、たしか最初にお兄ちゃんが名前言ってた女の子……?)

「おねぇちゃん!みやとせんせーはどこにいるの?」
「ぇ……っと……、お、お兄ちゃんは二階に……」
「ふーん、でんきけしにいったんでしょ、かえでもみやとせんせーについてったことあるからわかるよ!」

(そうだ、楓ちゃんだ!多分この道場で1番年下の子だ!)

「えっと、楓ちゃん…だよね?どうしたの、皆帰っちゃったのに」
流石の莉緒もこんなに小さな子供と1対1でなら話せる。
「あのね、ママがむかえにきてくれないからまってるの。ひとりでかえっちゃダメっていわれてるの…」
なるほど、確かに平日の昼間とはいえ小学生の女の子1人では危険もあるだろう。
「そっか、お母さんはいつ来るの?」
「わかんない。いつもはもうきてるのにきょうはまだ……あっ!みやとせんせー!」
ちょうど宮都が二階から降りて来た。扉を振り返って見ると、練習場が暗くなっている。
「ん?楓か。どうしたんだよ、お母さんは?」
「まだこないの……」
少し不安そうな顔をして宮都を見る。
この歳では普段と違う事態に臨機応変に対処しろといっても無理な話だろう。
「そうだなぁ…いつもならとっくに来てる時間だし……、もしかしたら寝坊してるのかもな」
「おねぼう?」
「もしかしたらだけどな。良かったら一緒に帰るか?」
「え、みやとせんせーと?」
「そう、このお姉さんも一緒だ!」
「で、でもお兄ちゃん。もし行き違いになっちゃったらどうするの……」
「楓ン家はここから一本道なんだよ。だから絶対に行き違いにはならない。
よし、そうと決まれば急いで着替えなくちゃな。少し待っててくれ」
宮都はそう言うと急いで更衣室へと入って行った。
宮都は手首から肘にかけてバンテージを巻いているのでそれを外すのに時間がかかるのだ。
383天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:42:32.85 ID:KNhrMOie
その間、莉緒と楓は待つ事になるのだが会話が無い。
楓は母が来ない事に不安がっているから。そして莉緒は………

「………………」
「………………」
「………………」
「………………」

(なんだろう、さっきから楓ちゃんが私をチラチラ見てくる………。なにか付いてるのかな?)

莉緒はハンカチで顔を軽く拭ったが、それでも楓は莉緒をチラチラ見てくる。
そして目が合うと慌てて顔を逸らしてしまうのだ。
「楓ちゃん、さっきからどうしたの?」
痺れを切らしてとうとう莉緒が楓に話しかけた。
楓は一瞬ビクッとしたものの、おずおずと莉緒にこう言った。
「おねぇちゃん、どおしておこってるの?」
「え、怒ってる⁉それって私が⁉」
「うん、さっきからおかおがこわいの。おねぇちゃん、かえでのこときらいなの?」
「………あっ⁉」
莉緒はハッとした。宮都が楓と一緒に帰る提案をした時から、なにか心の中でモヤモヤした感情が渦巻いていた。
その感情の正体に今の言葉で気づいた!

(私、嫌だったんだ。楓ちゃんと一緒に帰るのが……
だってお兄ちゃんとの2人きりの時間が減っちゃうから……)

莉緒は宮都との帰り道に、どのように甘えるかをずっと無意識に考えていた。
そこに楓という邪魔者が入って来た事を無意識に疎ましく思っていたのだ。

(私、馬鹿だ……最低だ………
こんな小さな子供に対してこんな事思っちゃって…
楓ちゃんはなにも悪くないじゃない!)

「やっぱりおねぇちゃん……かえでのこと、きらい……なん、だ…」
莉緒の無言を肯定と受け取ったのか、楓は泣き出してしまった。
「…ぅぅう、うわぁああぁぁん!」
「ち、違う!…楓ちゃん。誤解!誤解なの!」
慌てて楓を泣き止ませようとするが、一度泣き出してしまうと心の中は負の感情で溢れかえってしまい、どうにも止められない。
「ち、違うの…、私は楓ちゃんの
事嫌いじゃないの!だから…大丈夫だから!」
「うっく……うぅぅ、ママ、はやくかえでをむかえにきてよぉ、うぅ…うぅぅうぅ………」
もう莉緒には泣き止ませる事は出来ない。それが出来るのは宮都だけだ。
莉緒は必死に宮都が早く戻って来るように祈り続けた。すると……
384天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:43:11.27 ID:KNhrMOie
「おい、どうしたんだ楓⁉更衣室まで泣き声が聞こえて来たぞ!」
楓の鳴き声を聞きつけた宮都が小走りにやって来た。
すでに着替えは終わっていて、あとはバンテージを取るだけだ。
「お兄ちゃん、お願い!どうにかして!!」
宮都は泣いている楓の正面にしゃがみ込むと、目線を合わせて優しく語りかけた。
「楓、一体どうしたんだ?先生にお話ししてくれるか?」
「せんせぇ……うぅ、みやとせんせー!!」
楓はついに我慢出来なくなったのだろう。宮都の首に手を回して勢いよく泣き始めた。
「うわあぁああぁあぁ!!みやとせんせえぇ!!!」
「よしよし、もう大丈夫だぞ!先生がいるんだからな!!」
そう言って背中をポンポンとたたいてあやしてやる。

子供を泣き止ませるには、思いっきり、気が済むまで、好きなだけ、そして泣き止むまで、泣かせてやるしか方法が無い。
そしてその時に大人がすべき事は、安心して泣く事ができる場所を作ってやることだけなのだ。
ただそれだけでいい………


楓が泣き止んだのはそれから10分後。
まだ鼻を啜っているが会話ができる程度にはなった。
そして宮都は事の顛末を楓から聞き出した。莉緒の事も………
「なるほど、楓はお姉さんが怖い顔してるから心配になっちゃったのか。お姉さんが楓の事を嫌いになっちゃったのかと思って」
「…うん………こわかったの」
宮都はニカっと笑って楓を安心させる。
「大丈夫だよ!このお姉さんは絶対に楓の事を嫌いになったりしないよ。多分お姉さんはなにか考え事をしてたんだよ。そうだろ?」
「えっ⁉…う、うん、そう。私は楓ちゃんのこと嫌いじゃないよ」
「……ほんと?かえでのことすき?」
「う、うん好きよ!本当に!だから安心して!!」
「……うん」
ようやく安心したのだろう。楓は笑顔を見せてくれた。これで一安心だ……

「よし、帰ろう。ほら、楓!背中に乗りな、おんぶしてやるよ」
それを聞いた途端、楓がぱあっと顔を明るくして宮都に飛び乗った。
「ありがと〜みやとせんせー!ーーーーわぁ!たかーい!」
ここまで喜ばれると宮都の方も嬉しくなって来る。
「莉緒!扉の鍵は閉まってるか?」
「えーと、うん、大丈夫」
「それじゃあ出発だ!行き先は楓のお家!」
「しゅっぱつしんこー!!」
そして3人は道場を後にした……
385天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:44:58.55 ID:KNhrMOie
(あの時…俺が楓と一緒に帰ると言った時、莉緒はイヤな顔をしていた。つまり莉緒は楓の事をやっぱり…………
そんな馬鹿な!!何を考えてるんだ俺はッ!そんな事はないッ!莉緒は…莉緒は優しい子なんだ!
さっきのだって俺の見間違いに違いない!!
…………あぁ、クソッ!さっきから思考がループしてやがる!)

「みやとせんせー!そこのてきにぶつかるとダメージうけちゃうよ!よけて!」
「マンホールがいつの間にか人類の敵に⁉ おっと、避けたぞ!」

(大体、それを抜きにしても今日の莉緒はおかしすぎる。あまりにも何も出来なさ過ぎる!
なんで挨拶が出来ないんだ!なんで…すぐに俺を頼るんだ⁉)

「みやとせんせー!そこはしろいところだけしかわたれないの。くろいところはガケだからきをつけて!」
「横断歩道を渡るのも命がけだな」

(それに、俺も俺だ!なんで莉緒を甘やかすような事をしちまうんだよッ!叱るべき箇所はキチンと叱らなくちゃいけないってのに……
特に楓との件なんか絶対に問い詰めなくちゃいけないのに………、なんで出来ないんだよッ!!)

「そこのイスでやすまないとダメ!エネルギーのかいふくしないとおうちまでいけない!いっぱくしないと!」
「………10秒で良いか?」


(俺は一体、莉緒とどう接すれば良いんだ……)




ちなみに楓の母親は道場と家の中間地点で、長話に花を咲かせていたのだった…………
386天秤 第14話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/01/31(火) 22:48:20.20 ID:KNhrMOie
今回はここまでです
こっから物語をどう持って行こうか悩んでいたり……

次回は准出ます
387名無しさん@ピンキー:2012/02/01(水) 00:18:54.96 ID:02Iq9gZA
はやほおおおおおおおおおおお
388名無しさん@ピンキー:2012/02/01(水) 16:53:45.71 ID:AR/+lDIo
GJ!
389天秤 第15話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/01(水) 21:37:20.57 ID:YP9REk8v
こんばんは
二日連続になってしまいますが投下します
よろしくお願いします
390天秤 第15話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/01(水) 21:38:17.15 ID:YP9REk8v
学園祭 前編


准が九州から帰って来た3日後の事。
「ーーーーーと、いう事で皆さんの内誰かに協力して頂きたいんです!」
ここは武田研究室。部屋にはいつもの4人ともう1人、学園祭実行委員がいた。今は1週間後に控えた学園祭の催し物についての説明を受けていた。
「もちろん方法などはこちらで考えますし、そちら様からの要望があればそれにも出来るだけお応えします。
他の研究室からも何人か集めてますので様々な案が出ると思います」
「ふむ、なかなか面白い企画だな……。一体何人必要なんだ?」
武田が真面目な表情で聞く。
遊ぶ事については妥協しないのだ。
「定員はあと一名です。ですからどなたかお1人で完了なんですよ!」
「なるほど、よし!それでは俺が……」
「教授は受験生の対応があるでしょう?ダメです!」
三田に逃げ道を塞がれた。
武田は仕事が大っ嫌いなのだ!!
「む……、だがな、今回は遊びがメインの行事なんだぞ!そんな時に真面目くさって見学に来る学生などおるまい」
「いますよ!去年は教授が遊びに行ってしまうからとんでもない事になったんですよ?」
そう、武田は去年もこんな事を言って遊びに行ってしまい、三田が1人で対応に追われたのだ。
その後一週間、部屋の温度は下がりっぱなしだったらしい。
「…うぐぐ………それでは俺が遊べないではないか!!」
「と・う・ぜ・ん・で・す!!」


「それではそちらのお二方の内どちらかとなりますが……よろしいですか?」
委員が宮都と准に聞いて来る。
今のやり取りから武田と三田は無理だという事を悟ったらしい。
「えっと……どうする?」
「宮都はどうしたい?」
2人は顔を見合わせて思案する。

准としては学園祭を2人で回りたい。

宮都としては面白そうだから参加してみたい。
でも准とも一緒に回りたいし……それだと莉緒の問題もある。

ここで宮都は名案を思いつく!
准と莉緒の問題も関係ないし宮都も催し物に参加できる素晴らしい案を。
「そうだ!それじゃあゲームをしよう!」
「え⁉どんな?」
「それはな………」



「ーーーーーってのでどうだ、面白いだろ?勝ったらご褒美、負けたら罰ゲーム!」
「なるほど、でもそれじゃあ宮都が不利なんじゃない?だって、相手が私なんだよ?」
「そう言う事は勝ってから言うんだな!俺の頭脳をフル活用して負けないように頑張るからな」
宮都はニヤッと笑って委員に向き直る。
「と、言うわけで俺が参加します」
「本当ですか⁉ありがとうございます!それでは後日打ち合わせをするのでご連絡しますね!」
391天秤 第15話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/01(水) 21:38:47.85 ID:YP9REk8v
その後……

「くそったれ!なんで俺は教授なんて職業に就いたんだ⁉給料は安い!疲れる!カミさんはうるさい!」
「なに馬鹿な事を言ってるんですか………飲み過ぎですよ!
大体奥さんは関係ないでしょう……」
「馬鹿と言ったな⁉教授に向かって馬鹿って言ったな!
馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ!この馬鹿!!」
あの後、委員が帰ってからも武田と三田は不毛な言い争いを続けている。
しかも武田は飲酒済み。
いつになれば終わるのやら………

「よし、正解だ」
「んふふ〜、でしょ?頑張ったもん」
一方、宮都と准は勉強会を開いていた。
宮都は先生、准は生徒。
准が一問正解するたびに宮都は准の頭を撫でる。
これが2人の最近の勉強スタイルだ。
「まさかこの応用問題もストレートで正解するとは思わなかった。かなり頑張ってるみたいだな、偉いぞ」
笑顔で准の頭を優しく撫でてやる。
「ありがと」
准はそのまま頭を宮都の身体に預ける。
これが出来るから必死に勉強しているのだ。

「三田ぁ〜!今までの恩も忘れてその態度…許さんぞ!」
「あぁもう!飲み過ぎですってば!」
「大丈夫だ、全然酔ってない!」
「酔っ払いは皆そう言うんですよ!あぁッ、気持ち悪い!抱きつくなぁ!!」
………いつまで続くのだろうか。


そして三日後

「あ、宮都。どうだった?」
研究室に帰って来た宮都を准が出迎える。とてとて歩いて来る様子は犬みたいで可愛らしい。
「ん、決まった。俺の案が採用されたからな、この勝負は俺が貰った!」
自信満々な態度で高らかに笑う宮都。
「ふ〜ん、そんなこと言っていいんだぁ〜。だって私が相手なんだよ?」
准も自信満々に笑いながら応える。
なぜか武田も笑っている。
「ふふふ、そのゲームには俺も参加する予定なんだぞ?この俺がなぁ!」
「教授は一日中この研究室で待機です。絶対に外に出しませんからね」
「お前は俺の母親か………」
392天秤 第15話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/01(水) 21:39:48.19 ID:YP9REk8v
さらに二日後の夜

「……あの、お兄ちゃん。今度大学で学園祭あるって…ほんと?」
夕食の席で莉緒が徐に聞いて来た。
相変わらず宮都と2人っきりの時以外はもじもじしてる。
「ん、あるけど……。なんで知ってんの?」
「私が調べたのよ!綿あめの為に」
「母さん……、そういう情熱はもっと別のところで使えよ」
「大学でここまで大々的に学園祭をやるってのも珍しいな。…ところで!ミスコンもやるんだろ?」
一弥が口を開く。結構楽しみにしてるっぽい気が………っていうか⁉
「まさか全員来るのか⁉」
「うん」
「ええ」
「おおっ!」
全員同時に返事をした、さすが家族。
「だから宮都に案内してもらおうと思ってね。どうせ暇でしょ?」
「こういう時こそ宮都の出番だ!家族の期待に応えてこそ長兄なのだ!」
「…一緒に回ろうね、お兄ちゃん」
3人に期待の眼差しで見つめられる宮都。
莉緒に至っては腕を絡めて寄り添って来た。
しかし………
「あぁー、その日はちょっと用事があってな……」
宮都は学園祭の催し物に参加するため一日中忙しい事を伝える。

「ーーーーーと、いう事で無理なんだよ」
「ダメな子ねぇ……」
「お前はそれでも俺の子か!情けない!!」
「…………そんなぁ……」
なぜここまで責められなきゃいけないのか……、そして莉緒の視線が心に突き刺さる……
「しょうがないだろ、頼まれたんだからさ」
「それでその催し物ってなんなの?」
香代が聞いて来る。
「それはお楽しみ。大学入口のテントで用紙を配ってるからそれを見てくれ。まぁ家族だから簡単かもしれないけどな」
393天秤 第15話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/01(水) 21:40:25.26 ID:YP9REk8v
次の日

「ーーーーーと、いうわけで俺の家族も来る事になったんだよ。准のとこはどうするんだ?」
「………………ねぇ、もし私じゃない別の人が勝っちゃったらどうなるの?」
「う〜ん………、その場合は引き分けかな?ご褒美も罰ゲームも無し」
「もし私のお父さんかお母さんが勝った場合は?」
「その場合はなぁ………、准の勝ちでいいや」
「ほんと⁉嘘じゃない⁉」
「男に二言は無い」
「わかった、それなら連れて来る!ありがとぉー宮都ぉ!」
「それなら、って………」
宮都は苦笑する。
もしも今の問いに否定的な答えをしてたら連れてこなかったんだなぁ、と考えながら
「あ、それともう一つ伝える事があってな。実はーーーーー」

その夜

「本当⁉勝ったらご褒美⁉」
莉緒がずいっと顔を近づけて来る。
凄く興奮しているのか、息が荒い。
「ああ、負けたら罰ゲームだけどな。父さんか母さんが勝っても莉緒の勝ち、それ以外の人が見つけたら引き分け」
「えっと、つまり……」
「莉緒か母さんか父さんが勝ったらご褒美、俺が最後まで逃げ切ったら俺の勝ちって事。それ以外が引き分け」
「え、逃げ切るってどういう事?」
「おっと、秘密にしとくんだったな。今のなし、聞かなかった事にしてくれ」
「……?とにかく頑張る!絶対に勝ってみせるから!」
「でもな、敵も多いぞ。准だけじゃない、大学に来るほとんどの人が敵だからな」
「大丈夫!だって家族なんだよ?」
莉緒はにへら〜っと笑い、目を瞑りながら宮都に寄り掛かったのだった。

そして学園祭当日………
394天秤 第15話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/01(水) 21:40:49.82 ID:YP9REk8v
「ここだな。えっと、ここから歩いて10分くらいか」
大学の最寄り駅に小宮家の3人が到着した。とてもいい天気で絶好の学園祭日和だろう。
「あ、ほら看板出てるわよ!これなら絶対に迷わないわね」
「ぬ……、昨日パソコンで地図を印刷したというのに…。大学もなかなかやるな!」
なにを?
「それじゃあ行きましょ!ほら、莉緒も早く」
「あ、うん」
こうして家族3人で歩くのは大分久しぶりだ。
普段はこのような機会は無いし、旅行だと宮都も加わるのだ。
まさに帯に短し襷に長し、と言ったところか。
「綿あめが楽しみねぇ〜」
「ミスコンとやらが楽しみだぁ♪」
「………お兄ちゃん……………」
三者三様、様々な想いを抱えて道を歩く。
一弥の場合は本能に従っているだけだが……


「ここか!」
3人はとうとう大学に到着した。かなり賑わっているようだった。


「こんにちはー!お好み焼きやってます!ぜひ来て下さ〜い!」
「焼きそばやってますよ!」
「大学の地図とパンフレットはこちらです!」
「劇団カナリアの公演は13時からとなります!期待の新人“隼人”が主役を務めます。是非いらしてください!」
「ミスコンの投票用紙はこちらです。“マリン”、“リア”、“キュート”、“フラー”、“マリア”の5名が参加です!」
「イケメンコンテストの投票用紙もこちらです。“ライ”、“サイバ”、“カノン”、“ハゲ”の4人が参加です!」
「簡単に学べる合気道教室!覆面被った先生ですが腕は確かです!」
「自転車レースは午後から開催です。機械系の学生の手作り自転車、午前は試し乗りもやってますよ〜!」


「すごい熱気だな!客も多いし」
「ええ、はぐれないように気を付けないと……」
「えっと、宮都はどこだ?何かの催し物に参加するって言ってたが」
「そういえば何に参加するか聞いてなかったわね、まさかイケメンコンテストじゃああるまいし……どうしましょう」
その時莉緒の携帯が鳴り出した。この音楽は……宮都だ!
「…お母さん、お兄ちゃんからメールが来たよ」
莉緒は携帯を取り出しながら母に報告する。
一体なんの用だろう?
「え、本当⁉それで何だって?」
「なるほど、宮都のやつ挑戦状を叩きつけて来たな。それでこそ我が息子だ!」
「えっと、………⁉本当だ!件名に挑戦状って書いてある」
ドヤ顔を決めている一弥を横目で見ながら莉緒は本文を読み始める。

『そろそろ全員着いた頃だと思う。かなり賑わってるだろ?
莉緒ははぐれないように注意しろよ。この大学は無駄に広いからな…
さて、今回のゲームについての説明を始める。まずはパンフレットを配ってるテントまで行ってくれ』

「あそこだな」
3人はテントの下まで歩いて行く。
395天秤 第15話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/01(水) 21:41:12.55 ID:YP9REk8v
『そこではパンフレットと地図を配っていると思う。まずは3人分それを確保してくれ』

「はい、3つずつ貰ったわよ」
「ありがとう、お母さん」
3人はパンフレットを開いてみる。すると……
「どれどれ、おお!ミスコンの出場者は大学内を歩き回るのか!名前が日本人離れしてるが全員外国人なのか?」
「なんか芸名っていうの?そういうやつらしいよ。早い話、匿名って事ね」
「そうか…少し残念だなぁ…。でも良い!全部で5人……、全員会ってみせるぞー!!」
「イケメンコンテストなんてのもあるのね……、こっちも大学内を自由に歩き回ると…。1人名前がおかしいわね……」
「おっ、素人大喜利なんてのもあるのか!その後ステージで漫才とかコントもやるだと⁉」
「演劇もあるのねぇ〜、さっきの劇団カナリア…だっけ?見てみたいわねぇ」
「…人力車?………なんだろう、これ?」
「ん?莉緒、人力車知らないのか?良い機会だから乗ってくれば良い!カメラも用意してあるからな」
一弥は愛娘の為に購入した、かなり高価なカメラを手に、任せておけ!と言わんばかりのポーズを取る。
「恥ずかしいよ……」
「ねぇねぇ!学生が作った自転車のレースもやるらしいわよ」
「森の動物と触れ合い癒されよう!なんて企画もあるのか?凄いなここは!」
「こっちにはDNAの抽出実験を体験できるって書いてあるわよ、本当に凄いわね!」
「かと思えば傘で人は飛べるのか?という、くだらなさそうな実験もやるらしいな」
「…喫茶店もあるみたい。女の子は可愛いフリフリの服で、男の子はスーツを着るって書いてある」
俗に言うメイド喫茶と執事喫茶の複合型だろう。
美男美女が揃っているらしい。
「昼に行ってみるか。もしかしたらそこで宮都が働いているのかもしれないし」
「お兄ちゃんが……」

(お兄ちゃんが執事……。わ、私に『お帰りなさいませ、お嬢様』って………
格好良い服を来てそんな事言われたら……私………
お兄ちゃんが……おにいちゃんがぁ……)

「でも宮都は勝ち負けがある勝負をしかけてきたんでしょ?だから違うと思うわよ。
大体宮都に執事なんて似合わないでしょ」
莉緒の作った世界が母の無残な言葉によって一瞬にして消滅した………
莉緒をお姫様抱っこして、迫り来る悪党(イメージ:准)から逃げている良いトコロだったのに……
「だな、あいつはどちらかと言ったらフリフリの方だろ。あんな顔してるしな」
2人は共に笑い合う。
莉緒はそれを見てかなり宮都の扱いが酷いことに、ちょっとムッとする。

(そんな事ない!お兄ちゃんは格好良いもん!なんでも出来るもん!
私のお願いはなんでも叶えてくれる最高の男の人だもん!!)

そんな事はつゆ知らず一弥と香代は好き放題言っている。
まぁ、2人とも息子に対しての深い愛情は持っているのだが………
「お母さん、お父さん。……そろそろメールの続き読むよ」
「ん、そうだったな。頼む」
莉緒はメールの続きを読み始める。

『そしたら地図を見てくれ。今いるテントから北東の方に支部があるだろ?
そこに行けば全てが分かる。健闘を祈ってるぞ、絶対に捕まえてくれよ?』
396天秤 第15話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/01(水) 21:41:37.17 ID:YP9REk8v
「これで終わりか……。えっと、支部は、と………、あった」
一弥は地図に書いてある支部を見つけた。
「すぐそこねぇ、そこに行けばいいの?」
3人は書かれている通りに支部へと向かう。少し歩いたらすぐに見えてきた。ちょっと立派なテントだ。

「あのー、すみません」
「はい、いらっしゃいませ。皆さんも賞金稼ぎご希望ですか?」
「…⁉えっと、それはなんなの?」
「はい、ここでは賞金稼ぎゲームのご案内をしております。
ゲーム内容は、こちらの写真の人間をこの大学内で探し出してここに連れて来る、といったものです」
係員は3人に、後ろにかかっている10枚の写真を見せる。その中に………
「あっ、お兄ちゃん……」
宮都がいた。
「なるほどぉ、そういうことだったのか。こりゃあ大学に来る全員が敵だな」
一弥は得心がいったと言わんばかりにうんうんと頷く。
「それにしても家族にこんな勝負を挑むなんて……、宮都もバカねぇ」
香代は呆れるようにそう言った。
自信満々のようだ。
「こちらが賞金首の情報と懸賞品のご案内です」
係員はプリントを3枚渡してくれる。
そこには賞金首の特徴や写真、さらに懸賞品の案内が載っていた。

パッと見たところお好み焼き無料券、たこ焼き無料券、25%off券などの懸賞が出るらしい。
しかしその中でも宮都の懸賞品は群を抜いていた。
「…1.5リットルのペットボトルジュースが10本、…宅配サービス付き」
「星のマークが10個全部点いてるって事は1番難易度が高いって事ね」
「ふむ、なかなか格好良く写ってるな。昔の俺そっくりだ!」
三者三様に感想を述べる。
いつもの事ながら一弥の考えは少しピントがずれているが……
「賞金首は様々な手段で隠れています。
人の多いところに隠れたり、建物の中を逃げ回っていたり、物陰に潜んでいる事もあります。
しかし、一度捕まえてしまえばもう逃げる事はありません。そのままこちらに連れて来ていただければ懸賞品の受け渡しが行われます。
もちろん、1人で2人以上捕まえる事もできます。
そして一度捕まった賞金首は二度と他の人には捕まりません。
どなたかが賞金首を捕まえて来たらアナウンスでの発表がありますので、お渡しした写真に目印を着ける事をお勧めします。
ルールは以上です。なにかご質問はありますか?」
全員が首を横に振る。
「はい、それでは頑張ってください。
現時点でライバルの人数は75人です、早い者勝ちですから急いでくださいね」

まず最初に小宮家作戦会議が開かれた。円を組んでヒソヒソ話す。
「どうする?宮都はどこにいると莉緒は思う?」
「え、……えと、わかんない」
「そう。それじゃあ一弥さんはどう思う?」
「う〜ん………、親の俺にもよく分からん奴だからなぁ……
ひとまず大学全体を回ってみるか。宮都の所属している研究室にもお邪魔したいしな」
「……あ、ここに紹介があるよ。綿あめの販売やってるって」
莉緒はパンフレットの一点を指差す。
そこにはこう書いてあった。

『武田研究室 見学者歓迎!綿あめの販売もしてます!』

「森を通るのか…。結構遠いんじゃないか?」
一弥は地図を見ながらポツリと言った。
それを聞いた莉緒はこう言った。
「ううん。そんなに遠くないよ」
一弥はすぐさま否定した莉緒を訝しげに見る。その様子を見た香代は、莉緒が宮都の所属している研究室に見学に行った事を説明した。
397天秤 第15話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/01(水) 21:42:16.42 ID:YP9REk8v
「なんだそうだったのか。言ってくれれば良いものを…」
「私も宮都から聞くまで全く知らなかったのよ。この子ったら本当に何も喋らないんだから……」
「……ゴメンなさい」
「全くだ!お父さん悲しいぞ!」
明らかに肩を落とす一弥。
なんとなく哀愁が漂っているその背中に、香代が止めを刺した!

「でも最近、お兄ちゃんには甘えてるのよね、夜も一緒に寝てるみたいだし」
香代はねぇ?と言いながら莉緒に同意を求める。
その瞬間莉緒は固まった。
一弥も固まった。
「…なっ⁉なん、で……」
莉緒の口から辛うじて出た声は掠れていて……、さらに引っくり返っていた。
「なんで知ってるのかって?フフッ、私はあなた達の母親なのよ?分からないわけないでしょ?」
イタズラっぽく笑いながら莉緒に対して指を指す。
母親は偉大だ…
「……ましい」
「??」
「羨まし過ぎるぞ、それ!!宮都のやつそんないい思いしてるのか⁉なんで俺じゃないんだー!!
う……うわああぁぁあぁあ!!」
一弥が久々に吼えた!
そしてそのまま森に走って行ってしまう。
「あらあら、一弥さんたら……、困った人ねぇ」
香代は平然として一弥を見送る。一方莉緒は少し慌てていた。
「お、お母さん!放っておいていいの⁉早く追いかけないと!」
「大丈夫よ、アレでも一応大人なんだし。迷子にはならないでしょ」
香代も香代でどこかピントがずれているのだ。
「それにこの研究室に向かったのは分かるんだから焦る必要もないでしょ?さぁ、ゆっくり行きましょう」
「?なんでお父さんがここに行ったって分かるの?」
莉緒は地図の武田研究室を指差して聞く。
それに対して香代は笑いながら応えた。
「だって、私がここに行きたいって言ったんだもの。一弥さんはそういう人よ」
そして香代は地図を見ながら武田研究室へ向かって歩き始めたのだった。
母親は偉大だ…………
398天秤 第15話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/01(水) 21:42:41.45 ID:YP9REk8v
「ーーーーーーと、いうルールなの。分かった?」
「なるほど、面白いわね」
「………………」

一方こちらは夏目一家。
准によるルール説明が終わったところだ。
「学園祭実行委員の先生に聞いたんだけど、今までこの企画5年以上続けて来た中でも最高に難しいらしいの。
それも宮都が自分で隠れ方を考えたんだって」
准にとっては不利な事のはずなのに、どこか嬉しそうにそう言う。
准はいつでも自分の事より宮都を優先させるのだ。宮都が幸せなら准も幸せだから結局は自分の幸せに繋がっているのだが。
「だから気を引き締めていかないとダメ!ライバルは多いんだから」
「はいはい、ちゃんと頑張るわよ。ねぇ、智久さん?」
「……ああ」
「それじゃあどうする?手分けして捜す?それとも全員で行く?」
「手分けした方がいいと思う。各自見学しながら怪しいところをしらみつぶしにして!それじゃあ解散!」
言うや否や走り出して行ってしまう。
全てはご褒美のために……

(待っててね、宮都!私が絶対に見つけ出してあげる。そしてご褒美を貰うんだ!
頭を撫でてもらおうかな、ほっぺたスリスリの方が良いかな、それとも……久しぶりに一緒に寝てもらおうかな……
私も宮都ももう子供じゃないんだから(厳密には宮都は19歳)、もしかしたら何かあるかも!!ほっぺたにキスとか!!宮都が…宮都に…宮都ぉ……)

決して宮都には言えない准の本心……
笑顔が戻った日を境に、准は以前にも増して宮都との距離を必死に埋めようとするようになった。
もちろん外見には極力出さないように気を付けているから宮都にはバレていないと思う。
しかし、心の中ではいつもこのような事を考えているのだ。
もう何度キスをする妄想を抱いた事だろうか。
何度結婚する妄想を抱いた事だろうか。
いつの日か武田に褒められた発想力がこんなところで役に立っているのだ。
それを叶える足がかりにするためにも、今日の勝負は絶対に勝たなくてはならない。
どんな事をしてでも………


そしてエリザと智久はというと…

「私たちはまず最初に研究室に行きましょう。いつもお世話になってる方達に挨拶しないと」
「……そうだな」
冷静だった……


斯くして、宮都のご褒美を巡っての争いがここに幕を開けた。


続く
399名無しさん@ピンキー:2012/02/01(水) 21:48:58.23 ID:AR/+lDIo
乙!
上の方でうだうだ言ってた奴らどこいったんだ
400天秤 第15話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/01(水) 21:49:12.30 ID:YP9REk8v
以上です

次回の後編が終わったら、いろいろ伏線を回収しつつ物語を終わりに近づけていきます。
はっきり言って今回の学園祭話はいらないと思ったんですが、最後のギャグ回として温かく見守って下さい。
結末はまだ決めてませんが、バッドエンドの可能性もあるかもです。

401名無しさん@ピンキー:2012/02/01(水) 23:59:19.36 ID:Gn5Li756
おつ!
402名無しさん@ピンキー:2012/02/02(木) 00:06:08.55 ID:P+qyefa9
おぉ!神感謝GJ!!!いつも楽しみにしてます
403名無しさん@ピンキー:2012/02/03(金) 01:44:14.69 ID:tX+kFRBn
おつつつつつつつつt
404名無しさん@ピンキー:2012/02/04(土) 03:50:29.39 ID:qdHKMa07
おつ!面白かったでござる!
405名無しさん@ピンキー:2012/02/04(土) 21:49:44.32 ID:61oPFwPa
おつです。
続きも楽しみに全裸待機してますw
406名無しさん@ピンキー:2012/02/04(土) 22:34:22.08 ID:DyNK3N5Y
天秤さん最高でっせ!これからも楽しみにしてます!
407名無しさん@ピンキー:2012/02/07(火) 20:55:53.10 ID:Y4DVGL0W
保守
408名無しさん@ピンキー:2012/02/07(火) 22:18:30.34 ID:i+clLLeD
今年になってまだ投下の無い作者何人いてるんだ?
409名無しさん@ピンキー:2012/02/08(水) 02:47:55.41 ID:I2dtHuWC
長編が長すぎる
10話程度で終わらせろ
410名無しさん@ピンキー:2012/02/08(水) 02:56:15.71 ID:E3/DlDUf
>>409
要望を言うのは自由かもしれないけど、
命令口調で「終わらせろ」っていうのは良くないと思う
411名無しさん@ピンキー:2012/02/08(水) 04:04:01.39 ID:RfMQBmo3
書ききってくれるなら長いほうが俺は好き途中で投げられるともんもんしちゃう
412名無しさん@ピンキー:2012/02/08(水) 12:54:20.58 ID:KsK2mDK0
>>409
気持ちはわかるがそんなもの作者の勝手
413名無しさん@ピンキー:2012/02/08(水) 14:57:00.91 ID:xK6GlPGB
長ければ長いほど楽しめるじゃないか。
長編最高っすよ。
414依存娘:2012/02/08(水) 15:01:48.90 ID:joGPe4Hs
黙れ猿
415名無しさん@ピンキー:2012/02/08(水) 18:18:28.22 ID:9txL7rSq
お前は少しの間しか依存してもらえないのと
長い間依存してもらえるのとどっちがいいんだ?
416名無しさん@ピンキー:2012/02/08(水) 20:25:39.46 ID:W+eGQg4k
長編なんだから長くて当たり前だろ
417名無しさん@ピンキー:2012/02/08(水) 22:45:01.54 ID:CuhPFCLX
いちいち相手にすんなよ、このスレつぶしたいのか?
俺も含めみんなこのスレに依存しているんだ
依存しているものがなくなった奴はどうなるか忘れたのか
418名無しさん@ピンキー:2012/02/08(水) 22:54:58.84 ID:c7Dwqvm+
禁断症状に陥った住民たちが一斉にイモムシみたいにびくんびくんするとか・・・
419名無しさん@ピンキー:2012/02/09(木) 00:10:23.52 ID:CZVFwl/0
その時はみんな依存っ娘にTSしますん
420名無しさん@ピンキー:2012/02/10(金) 03:10:22.37 ID:Zb6iFfiJ
ダメで寂しい人間の、相互援助に関する契約書

佐藤達弘を甲とし、中原岬を乙とし次のとおり契約する。

1.甲は乙を嫌いにならない。

2.つまり甲は乙を好きになる。

3.ずっと心構えをしない。

4.いつまでも心を変えない。

5.寂しいときはいつもそばにいてくれる。

6.といっても乙が寂しいのはいつものことなので、つまり甲はいつもそばにいる。

7.そうすれば多分人生が良い方向に進む。

8.苦しいことがなくなると思う。

9.約束を破ったら、罰金一千万円。
421名無しさん@ピンキー:2012/02/10(金) 05:39:07.88 ID:6+HCyrxj
罰金安くね?
422名無しさん@ピンキー:2012/02/10(金) 13:41:32.08 ID:sThk7fDE
佐藤にとっては人生終わるレベルの金額だと思うけどw
423名無しさん@ピンキー:2012/02/10(金) 13:51:55.48 ID:HMKSaVtn
N・H・Kにようこそ
424名無しさん@ピンキー:2012/02/11(土) 01:40:07.42 ID:qel71EYq
懐かしいw
425名無しさん@ピンキー:2012/02/11(土) 17:39:23.18 ID:jDaTDg7m
最近の婚姻届は斬新ですね
426名無しさん@ピンキー:2012/02/12(日) 12:56:44.70 ID:X/9BQHmH
依存されたいお
依存したいお
427依存スレの古株3-180:2012/02/12(日) 19:04:19.88 ID:jPgKqPol
殺伐とした依存スレに救世主が?!



このスレ内の適当な語句を題に依存小ネタを書こう!
その1は「ほしゅう」だ!

・補習
「先生、何故私だけ毎日補習なんでしょうか?」
「そんなの一分一秒でも貴方のそばに居たいに決まってるじゃない」
「おかげで高二の今の時点で東大余裕なんですが」
「そんなの貴方に良い所に就職してもらって、私とたくさん生む予定の子供たちを支えて
もらう為に決まってるじゃない(*ノωノ)キャッ」
「いや何故そこで照れる」


「それにしても何故私なんです?」
「貴方の靴下の芳しい香が忘れられなくて(*ノωノ)キャッ」
「まさかの靴下匂いフェチ?!」


・補修
「もうしわけありません博士。私の補修に手間を取らせてしまって……」
「いや、いいんだよ。生まれたばかりのロボットである君に料理は未だ早かったみたいだね」
「いえ、私には家事全般をマスターして博士を一人では何も出来ない駄目人間にする使命がありますので」
「……え?」
「そうすれば博士は私無しでは生きていけなくなりますよね?博士(の補修)無しではやってけない私が
これからも確実に存在するには博士も同様にするのが一番手堅いですから^^」

私が即時に彼女を停止させ人工知能を補修したのは言うまでも無い
428依存スレの古株3-180:2012/02/12(日) 19:06:29.81 ID:jPgKqPol

・捕囚
私の目の前には四肢をロープによってベットの端にくくり付けられた裸体の若い娘が居る
凛々しく整った顔を歪め、長く真っ直ぐな金髪をベットの上に広げ、美しい宝石のような碧眼で激情を込め睨んでくる
戦場で剣を交えた相手をこのような状態で見るのは老練騎士と言われた私でも始めてである

敵国の名門武家の跡取り娘であるらしい彼女の体は引き締まっており腹筋が割れているものの
全体的に女性らしい丸みをおびたやわらかそうな印象を受ける
特に胸と尻は非常にボリュームがあり、なんというわがままボディとまじまじと見ていると彼女からの鋭い視線が飛んできた

彼女曰く、一騎打ちで負けた相手に身も心も捧げなければいけない家訓なのだそうで
彼女は捧げる際の作法として、抵抗せず貴方の物になるという意味をこめて四肢を拘束されているので
恥ずかしい所もおっぴろげであるが、この年まで童貞を守ってきた身にとっては刺激的すぎて目を向けられない
さて、このような典型的な据え膳を目の前にして手を出さない理由は
捕虜取り扱いに関する条約や法律に違反するわけでも監視があるわけでも無い


「はっ早くしなさいよ!一騎打ちには負けたけど軍全体では我が国が勝ったんだからね!
私を貰わないと貴方も私も殺されるのよ!私は家に、貴方は国に!
私を抱いて結婚してくれないとここから出さないんだからね!」
……これでは、どっちが捕囚の身なのか分からんな
と、囚人服のまま彼女の屋敷に拉致され地下室に閉じ込められ人生の墓場に放り込まれそうな
哀れな男がつぶやいてみる
依存っ娘が好みだったが、相手の命を握っているこの状況も依存なのかねぇ……


「げ、現実逃避してないで早くしてよ!恥ずかしいんだからね!(*ノωノ)キャッ」
「いやお前自分の目を塞げるって事はロープ解けてるだろ」



・書こうと思えばどんなネタからでも書ける
・だが質はそれなりである
・その2?ねぇよそんなもん
429名無しさん@ピンキー:2012/02/12(日) 20:42:21.41 ID:UQrNWbnu
いいネタだww
430名無しさん@ピンキー:2012/02/12(日) 21:07:33.72 ID:jHN5PKQh
これが救世主か!
431名無しさん@ピンキー:2012/02/13(月) 21:39:07.55 ID:Hgt0Q+iq
マジで今年でスレが終わりそうな予感
432名無しさん@ピンキー:2012/02/13(月) 23:11:38.08 ID:336GBihx
きのこ先生
433名無しさん@ピンキー:2012/02/14(火) 00:03:22.42 ID:aDe4GJ3J
過疎るのはしゃーなしだな。
今こそ自給自足、読み手が書き手になる時だぜ!
434名無しさん@ピンキー:2012/02/14(火) 23:41:41.31 ID:UPzpXOGg
チョコ投げつけんぞ
435名無しさん@ピンキー:2012/02/15(水) 01:48:05.83 ID:Puuo0P8a
これはこのスレも滅びるなぁ
あーどこも過疎だなー
436名無しさん@ピンキー:2012/02/15(水) 01:53:01.34 ID:Wbvq4yyy
まぁ元々過疎スレだったからね
数年前まではここまで続いたのが奇跡なぐらい過疎ってた
437名無しさん@ピンキー:2012/02/16(木) 23:07:52.35 ID:Tq7hJRzT
このスレの住民とずっと一緒だから
寂しくなんかないよ
438名無しさん@ピンキー:2012/02/16(木) 23:24:10.60 ID:1koeMzBt
頻繁に投下してた書き手はどこいった
439名無しさん@ピンキー:2012/02/16(木) 23:56:58.44 ID:OvSp5P5R
天秤さんならいるじゃん。
夢の国さんは某所でも投下してるからなぁ。
440名無しさん@ピンキー:2012/02/17(金) 00:00:19.42 ID:MCazp3qO
色々忙しいんだろ
気長に気長に
441名無しさん@ピンキー:2012/02/17(金) 16:54:33.11 ID:+EQBr31E
そうだよ気長に気長に
作品投下数を現在から一年前までで見てみると相当多いと思うし
たまたま最近多かっただけでしょ
442名無しさん@ピンキー:2012/02/18(土) 13:49:02.93 ID:7RRL15Ew
書き手がちょっと頑張るとすぐ依存しちゃうんだから此処の住人は





それでこそ依存スレッド
443 ◆ou.3Y1vhqc :2012/02/18(土) 18:30:29.26 ID:ml/XT2uV
申し訳ありません、偽りの罪の続きを書けなくなってしまいました…
保管庫のコメント欄に偽りの罪1〜3話を消していただけるように管理人様にお願いしてきました
一話から3話と短かったですが、見ていただいた方々、本当に心から謝罪し致します
真に申し訳ありません…次からこのような事が無いように心がけますので、今後また書くことがあれば、よろしくお願いします
444名無しさん@ピンキー:2012/02/18(土) 18:46:31.08 ID:PppA31ai
残念だけど>>443の書く作品好きだから次回期待してる
445名無しさん@ピンキー:2012/02/18(土) 19:12:08.72 ID:94Eo7oxX
残念です……。
作者さんの書く作品はとても好きなのでこれからも頑張ってください!
446名無しさん@ピンキー:2012/02/18(土) 22:02:42.94 ID:5wRIMEmO
残念だなあ
良い作品だったのに
応援してます
447 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 :2012/02/19(日) 22:47:00.98 ID:4wtwfcB0
ぐぬぬ
448名無しさん@ピンキー:2012/02/19(日) 23:42:06.11 ID:q3odGa/C
ええええええ
職人さんがどんどん消えてゆく〜
書き手求む!
449名無しさん@ピンキー:2012/02/21(火) 00:13:13.06 ID:/WNuAwXR
職人さんももうあんまり来ないよ。何処も過疎だよ。
天秤さんだけが頼りだよ。
450名無しさん@ピンキー:2012/02/21(火) 01:45:48.35 ID:k8HaeFqx
クライシス
451名無しさん@ピンキー:2012/02/21(火) 09:43:48.44 ID:G3n6aTqW
まぁ新しい書き手が来てくれるのを祈ろう
452名無しさん@ピンキー:2012/02/21(火) 16:59:15.53 ID:yT8EsFIk
読み手が書き手になる時が来てるようだな
453名無しさん@ピンキー:2012/02/21(火) 17:24:26.67 ID:NgoCInQr
ゴクリ…
454名無しさん@ピンキー:2012/02/21(火) 18:26:11.29 ID:hFq9wNwh
生き残るためには自給自足しかないのかー
わはー
455名無しさん@ピンキー:2012/02/22(水) 02:27:36.89 ID:R4ij9XoA
そやねー
じゃあ俺も書くからお前らも書けよー
456名無しさん@ピンキー:2012/02/22(水) 07:34:14.83 ID:XC9WKwK5
まず一人の住人が書いて投下したら他の住人も重い腰をあげるかもな
これで増えなかったらもう無理
457天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:12:33.70 ID:0y7POlyv
し、死にかけた……
インフルじゃないってのに40℃越すって……ありえない!

そして投下します
458天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:13:53.25 ID:0y7POlyv
学園祭 下


一弥は激怒した。

自分を差し置いて娘と仲良くする息子などあってはならない。
そんな奴は俺が粛正してやる!
「どこだ!宮都!出て来い!」
一弥は声を張り上げて宮都を呼ぶが全く出てこない。
当たり前だ……
「怖気ついたかッ!どこにいるんだ宮都ォ!そしてここはどこだッ!」
そう、現在一弥は絶賛迷子中だった。
香代からとどめの一撃を喰らって走り出したとこまでは覚えているが、それ以降の記憶がない。
現時点で分かっている事は、一弥が森にいるという事だけだ。
「うーん……、一本道を真っ直ぐに来たハズだよなぁ。それなら生命研究棟とやらはこの先か」
取り敢えずそこに向かう事にした。
そうすれば香代たちとも合流出来るだろう。
しばらく歩くと道が二手に別れていた。
目の前の木には右、生命研究棟と書かれている。
それならば右か、と思い進みかけ…ここである考えが浮かんだ。

「もしかして宮都が隠れてるんじゃないか?」
それならば確かめてみるしかない、一弥は左に進んだ。
しばらく行くと行き止まりにぶつかったが、その傍にポツンと小屋があった。
見るからに怪しい……
「宮都でないにしても誰か隠れてそうだな…」
これは父の威厳を回復する絶好のチャンスではないか?
1人見つけた波に乗り宮都も捜し出してやる!
……そして一発ブン殴る!
一弥は力を込めて扉を開けた。
その中には………
「うわっ⁉三田!許してくれ!!もう逃げ出さん!!ーーーーーん?」

白衣をきたオッサンがいた………


「いらっしゃいませ!あっ、君はこの前の……」
莉緒はこくんと頭を下げて挨拶した。
ここは武田研究室、綿あめの良い匂いがする。
「いらっしゃい、残念だけど今日は小宮君はここにいないよ?彼は……」
莉緒は賞金首の紙を三田に見せる。
「ああ、君も参加してるんだ!頑張ってね!綿あめ食べるかい?君にはサービスで無料にしておくよ」
三田はそう言って綿あめ機の方へ歩いて行く。
今日の為に実験室から研究室に運んでおいたのだ。
「あ、………その…」
莉緒はなにかを言いかけたが、声が小さすぎて三田の耳には届かなかった。
そうしている内に…
「はい、どうぞ」
三田は綿あめを作り終え莉緒に手渡した。
「あ、ありが…とう、ございます」
小さく礼を言うと三田はニコッと微笑む。
宮都と同じ暖かい笑顔だった。
459天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:15:03.82 ID:0y7POlyv
「今日、ご両親は一緒じゃないのかい?」
「えと、その…はぐれて、しまって……」
あの後、莉緒と香代は一緒に武田研究室に向かって歩き始めた。
最初は香代が先頭だったのだが、途中で一度来た事のある莉緒が先頭の方が効率が良い事に気付いて交代したのだ。

そしたらいつの間にかいなくなってた………

「それは災難だったね、携帯とかで連絡取らないの?」
それも考えた。でも……
「…これもあるので」
莉緒は賞金首の紙を見せながら言う。
莉緒としてはバラバラで探した方が効率がいいのだ。
「ああ、そっか。懸賞品が豪華だもんね、特に小宮君のジュースとか」
三田も流石に宮都の挑戦までは知らないようだ。
莉緒にとって一番大事なのはその後のご褒美の事だから。

「すみませ〜ん」
「はい!いらっしゃいませ!」
今度は別のお客さんがやって来た。女の子5人グループだ。
「綿あめくださ〜い!5個!」
三田の手に500円が手渡される。
「はい、ありがとうございます。自分で作る事も出来ますけれど、どうしますか?」
「えー!そんな事出来るの⁉」
「ほら、あの自転車漕ぐんじゃない?遠心力とか簡単に作れそう!」
「やってみようよ!」
「よし!みっちゃん漕いでくれる?」
「任せて!」
そんな感じてワイワイ楽しそうに綿あめを作っていく。

その時、急に音楽が鳴った。
どうやら学内放送のようだ。

『皆様にお知らせ致します。たった今、賞金首No.5番が捕獲されました。残りは9名です、是非頑張ってください』

莉緒は慌てて紙を見る。
一覧を見ると……良かった!お兄ちゃんじゃない!
宮都はNo.10だ。莉緒はNo.5に目印を付けてまた仕舞い直した。
460天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:15:35.27 ID:0y7POlyv
「あの〜すみません」
ふと前を見ると女の子が1人三田に向かって話しかけているのを見つけた。
「ここに小宮君っていたりしますか?」
莉緒は全身が硬直した。
ここにも敵が!
「いや、いないよ。だって小宮君って星のマークが最大でしょ?こんな簡単なとこにはいないよ」
三田は笑いながら否定した。
言っている事は尤もな事だ。
「う〜ん……ここでもなかったかぁ……。見つからないなー」
女の子達は全員考え込んでしまった。
ここで莉緒はある事に気付いた。今この人は“ここにも”と言った。
つまりある程度他の場所は探し終えたのだろう。
それならこの人達に話を聞けば無駄を減らせる!
しかし、いざ声をかけようとしても声が出て来ない。
莉緒にとって見ず知らずの人に自分から話しかけるのは無理難題にも程があった。
椅子から立ち上がろうと足に力をいれても、すぐに怖気ついてしまって立ち上がれない。

(どうしよう……
この人達に話を聞きたいけど怖い。
もしかしたら断られちゃうかもしれないし……私の事なんか無視してどっか行っちゃうかも……
どうしよう、どうしたらいいの……)


ーーその時

「ねぇあなた達、ちょっとお話を聞かせてくれる?」
研究室のドアに2人の人がいた。
1人は金髪の外国人の綺麗な女の人、もう1人は厳しそうな顔をした日本人の男の人だった………


「あら、莉緒ったらどこに行っちゃったのかしら?」
一方こちらは香代。
現在大学中をウロウロしている。
「全く、母親を置いて行くなんて酷い娘ねぇ」
そもそもはぐれた原因は、香代がイケメンコンテストの出場者を見つけて、
そちらの方に気を取られたからであって莉緒は全く悪くないのだが………
「それにしても格好良かったわねぇ〜、サイバ君だったかしら」
そのように浮かれて歩いていると何やら人だかりが見えてきた。
なんだろう?

「みんなー!私に投票してね〜。名前わかる?キュートだよー!」
「えへへ、私にもお願いします。マリンです」
人だかりの中心には2人の女の子がいた。
どちらもかなり可愛い子だ。
キュートは腕にリングをたくさん巻いたり茶髪で化粧をしていたりとかなり派手な感じ、一方マリンは清楚な女の子のお手本みたいな子だ。
461天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:16:05.98 ID:0y7POlyv
「ああ、なんだ。ミスコンの出場者ね」
香代は全く興味がない。
一弥なら泣いて喜んだだろうが………
香代はその場を離れようとした。
その時ふと目に付いた1人の女性がいた。
なんかどこかで見た事があるような………
「…………………あ、もしかして」
香代はカバンの中から一枚の紙を取り出す。
紙と女性をよく見比べて………そして。
「ねぇあなた。ちょっと良いかしら?」
「はい?」
「やっぱり、あなた賞金首でしょ!このNo.3の」
そう、この賞金首はミスコン出場者の近くにいる事でその身を隠していたのだ。
ミスコンに興味がなかった香代だからこそ見つけられたのだ。
「………あっれ〜?おっかしいなぁ〜、幾らなんでも見つかるの早くない?」
とぼけた様子でバンザイのポーズをとる女性。
どうやら観念したようだ。
「うふふ、ゴメンなさいね。えっと、これからどうすればいいんだっけ?」
「私と一緒に支部に行けば良いんですよ。懸賞は大学屋台の25%off券です」
「ありがとう。それじゃあ行きましょうか」
この頃になってようやく周りの人達も賞金首の存在に気づき始めた。
「ゴメンなさいねー、もう捕まっちゃいましたから」
女の子が大きく声を出す。
周りからは悔しそうな声が次々聞こえてくる。
そんな中、誰かが香代達に向かって来た。
ミスコンの出場者の2人だ。
「おめでとうございます!まさかこんな所にいたなんて全く気付きませんでしたよ!」
「本当です。私も全然気付きませんでした。凄いです!」
キュートとマリンが香代に話しかけて来る。
「偶然よ。気付けたのは運が良かっただけ……。でも嬉しいわ、ありがとう」
キュートとマリンが惜しみない拍手をする。
それにつられて周りの観客も次々と拍手をし始める。
香代は拍手喝采に見送られながら支部を目指して歩き始めた。


『皆様にお知らせ致します。たった今、賞金首No.3が捕獲されました。残りは8名です』

「もう2人も捕まっちゃったんだ……」
准は今、自転車レースの出場者に会って来たところだ。
もしかしたらそこに宮都がいるかもしれないと思ったが、残念なことに見当違いだった。
それにしてもここまで見つからないとは………
すでに准はほとんどの催し物を見て回っていた。
素人大喜利のメンバー、喫茶店の店員、合気道の仮面男、その他多数。
数にして約20もの場所を転々と走り回った……が、宮都は見つからない。
実際准は宮都以外の賞金首は既に全員見つけてしまっていた。
それを突き出さない理由はただ一つ、時間の無駄だったからだ。
准にとって宮都以外の賞金首はなんの魅力もない。
そんなもの突き出すだけ時間の無駄。
だから准はひたすら走り回る、宮都を求めて……
462天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:16:28.30 ID:0y7POlyv
「はぁっ…はぁっ、どこにもいない。なんで見つからないの?」
准は甘く考えていた。
どんなに難しいと言われていてもそれは他人からしたらであって、ずっと隣を歩んで来た幼馴染の自分なら簡単に見つけ出せると高を括っていたのだ。
しかし実際探してみると全く見つからない……
「うぅ…ここまで見つからないなんて………どうしよう…このままじゃ………」
ご褒美がなくなるなんて、そんな事は考えてなかった。
絶対に見つかると思い込んでいた。
すぐに宮都に会えると思っていた……
「宮都……一体どこにいるの?うぅ……」
目頭が熱くなって来る。
涙を堪えると今度は喉が少し痛くなってくる。
それでもこみ上げてくる涙をグッと堪えてまた准は走り出した。
次は屋台を見て回ろう、そこにいるかも…………

「よう夏目!どしたんだ、そんなに急いで?」
足を止めて振り返るとそこにいたのは…
「あ、……柳田君」
新聞部に所属している柳田だった。
片手にフランクフルトを持ち、もう片方の手をヒラヒラ振りながら准の元へ歩いて来る。
「どしたよ、そんな張り詰めた顔
してよぉ。祭りはもっと楽しむモンだぞ」
「……ん…」
確かに柳田の言う通りではある。
しかし今はとてもじゃないが祭りを楽しめる気分じゃない。
「…その紙。なるほど、夏目は小宮の事を探しているんだな!それならば俺も少しながら協力しよう」
「え⁉ほ、本当⁉」
「おぅ、俺はお前ら2人を応援してるからな、可能な限り協力しようじゃないか!何か必要な情報はあるか?」
柳田はこの学園祭の事を記事を書くためにいろんな情報を聞き込みしているのだ。
その中には賞金首についての情報もある。
「宮都の居場所は……」
「流石にそれは知らん。他の奴なら2〜3人見つけたけどな。
……今まで夏目はどこを探したんだ?」
准は自分が探した場所を全部伝えた。
それを全て聞き終わった柳田の顔は驚愕していた。
「全部1人で探し回ったのか⁉それ全部⁉そりゃあご苦労さんなこった。
………と、なると残りは生命研究棟か屋台だな」
柳田はポケットから手帳を取り出してページをめくり始める。
そして少し唸って准にこう告げた。
463天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:16:57.18 ID:0y7POlyv
「生命研究棟は白だ。ここには先輩が取材しに行ったがどこにもいなかったらしい。
二階から上は立ち入り禁止エリアに指定されていてルール上そこには隠れられない」
柳田はページをもう少しめくる。
「次に屋台だが…ここも白だ。全部回って確認したけど小宮はいなかった。
と、なるとだ……どこにもいないじゃねーか!!」

たった今2人の出し合った情報を元にすると理論上、宮都はどこにも存在しない……出来ない事になる!
「うそ……そんなハズ、そんなハズないでしょ!!」
「まぁ落ち着け。まだ決まったわけじゃない。もしかしたら演劇に飛び入り参加するのかもしれないし………まてよ」
柳田が何かを閃いたらしい。口の中でブツブツ言っている。
「夏目、お前いろんな所を探したらしいが小宮は本当にいなかったのか?うっかり見落としたりとか……」
「そんな事は絶対にない!私達はもう何年も一緒にいるんだよ?そんな事はあり得ない!」
准は息を荒くして柳田に迫る。
まさに掴みかからんばかりの気迫だ。
柳田はそんな准を手で制しながら聞いた。
「もし小宮が変装していたとしてもか?」
「変……装?」
「そうだよ、変装だ。どうだ、見落とす可能性は?」
准は呆然となった。そんな事考えてなかった。
「………分からない。……もしかしたらあるかも」
途端に自信なさげになった。
宮都に対して先入観を持っていたので見落とす可能性は充分にある。
その様子を見た柳田は
「どうやらもう一回探し直しみたいだな。俺も協力するから頑張ろうぜ!」
親指をグッと立ててそう言ってくれた。
柳田も結構楽しんでいるみたいだ。
「柳田君、ありがとう。私一人じゃ変装なんて思いつかなかったよ
!」
准も俄然やる気が出てきたようだ。
先程までと比べてもかなり表情が柔らかい。
柳田は地図を取り出した。
「それじゃあ俺はこっちのエリア、夏目はこっちのエリアを捜してくれ。もし俺が見つけたらメールする。捕まえるのはあくまでおまえだ!」
「分かった!本当にありがとう!それじゃあね!!」
そして2人は同時に走り出した………


「ーーーーで、こっちにもいませんでした。残ってるのはこの生命研究棟ぐらいしか……」
「あなた達凄いわね!5人でこんなに多くの場所を探したなんて…」
そしてここは武田研究室。
金髪の外国人女性が女の子達から話を聞き終わったところだ。
「それでは私達、そろそろ行きますね」
「ええ、ありがとう。わざわざゴメンなさいね」
5人は武田研究室から出て行った。
大方別の場所を捜しに行ったのだろう。
「それにしても凄いわねぇ宮都君は……、どこにいるのかしら?」
「私達も本格的に捜したわけでもないだろう」
日本人男性が静かに応える。
その言葉には本格的に捜せば必ず見つかる、というニュアンスが含まれていた。
「……………」
一方莉緒は今までの会話を盗み聞きしながら作戦を練っていた。
どうやら宮都を見つける事は至難らしい。
本当に私に見つけることが出来るのだろうか?
464天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:17:22.16 ID:0y7POlyv
「あっ、そんな事よりも……」
女性はハッとしたように三田の方へと歩いて行き、男性もそれに続いた。それに気づいた三田は…
「いらっしゃいませ、綿あめですか?」
2人に笑顔を見せながらそう言う。
しかし女性は首を横に振った。
「いえ、ご挨拶に来たんです。あなたが三田さん?」
「え、…はい、そうですけど」
「いつも娘がお世話になっております。私、夏目准の母の夏目エリザと申します。こちらは主人の智久」
2人は軽く頭を下げる。
准からこの研究室の事はよく聞いていたのだ。
三田はようやく得心がいった様子で顔をほころばせた。
「そうでしたか!初めまして、4年の三田 隆(タカシ)です」
三田は2人にそれぞれ挨拶をする。
その様子を莉緒はジーッと見ていた。
これが……夏目 准の両親…………
莉緒の目から見てもエリザは美人だった。
顔は綺麗だし髪の毛も凄く綺麗、さらにはスタイルも抜群!

(あのまな板の親がこんな人だったなんて………。もしこのスタイルがあの女に遺伝してたら……)

そう考えるとぞっとする。莉緒も決してスタイルが悪いわけではない。
胸だってCはあるし太り過ぎず痩せ過ぎず、まさに標準体型だ。
しかし、そこは女の子。
自分では魅力がないと思い込んでいるのだ。

「ところでそちらにいるのは小宮君の妹の莉緒さんですよ。ご存知ですか?」
「………ッ⁉」
急に自分の名前が出て来て驚いた。
バッと顔をあげると3人の目が莉緒を見ていた。
「もしかして莉緒ちゃん?わぁ〜久しぶり。覚えてる?准のお母さんのエリザよ!」
嬉しそうな顔をして莉緒に話しかける。
莉緒は正直覚えていない。
最後にあったのは小学校の頃なのだから……
「ぇ……お、お久しぶり……です………」
なんとか返事をする。
こういうフレンドリーなタイプは莉緒が最も苦手とする人種だ……
「あら、緊張してるの?別に平気よ〜、莉緒ちゃんも宮都君を捜してるの?」
今この人はなんと言った?莉緒ちゃんも?
「ぁ…ぇ……、エリザ…さんも、お、お兄…ちゃんを?」
「そうなの、娘に頼まれてね。何か勝負をしてるみたいなのよ」
なんて事だ!つまりこの人たちも私の敵じゃないか!
莉緒は焦る。敵に宮都の情報を知られてしまった事を。
こうしてはいられない!
「ご、ごめんなさい!わ、私…もう行きます!」
莉緒は慌てて立ち上がると軽くお辞儀をして急いで出て行ってしまった。
「あら、どうしたのかしら?」
エリザはそれを呆然と見送りながらポツリと呟いた。
智久はなんとなく予想はついていたが、それを伝えるのも野暮だろうと思い静かにこう言った。
「彼女にも色々と事情があるのだろう。あまり詮索はしない方が良い」
「ん……、それもそうね」
465天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:18:44.03 ID:0y7POlyv
「いやぁ〜、色々と楽しいもんですなぁ」
「全くだ。あっ!あそこにミスコンの出場者がいるぞ!」
「おおっ!あれはキュートちゃん!写真で見るよりも全然美人だ!いやぁ眼福眼福!」
こちらでは武田と一弥のペアが2人で大学巡りをしていた。
あの小屋で目を合わせた途端、2人には何か通じるところがあったらしく、次の瞬間ヒシッと握手をしていた。
「マリンちゃんも一緒にいるじゃないですか!ほら、キュートちゃんの後ろ!!」
「おお、あいつかぁ……。俺の講義を履修してる奴だ!」
「おお!して名前は?」
「それは言えん。俺がクビになっちまう」
まるで旧知の仲のように会話する2人。
本当に運命的な巡り合いだった………
一弥がパンフレットを見ながら武田に提案する。
「もうすぐ素人大喜利が始まるんですが、ご一緒に如何ですか?」
「なに?そんなものまであるのか!よし、行こう!」

「素人大喜利、会場はこちらです!一列になってお並び下さ〜い!」
既に会場には長い列が出来ていた。
2人はその最後尾に並ぶ。
「いやぁ〜、楽しみですな!朝、門のところでパンフレットを貰った時から楽しみで……」
「ああ、本当に。これでビールと柿ピーがあれば最高なんだがなぁ………」
「ッ!!あなたとは本当にうまい酒が飲めそうです!今度どうですか?」
「よし!そうしよう!」
完璧に意気投合している。
ちなみに一弥の頭からは宮都を捜し出すことは既に欠落していた…………


「ここにもいない〜」
「どこにもいない〜」
「帰ったんじゃないの?」
「それはルール違反……。絶対にどこかにいるハズ」
「…………………」
一方こちらはエリザに情報を渡した5人組。
以前宮都に勉強を教えて貰った谷野を初めとするグループだ。
現在も宮都を必死で捜索中。
「本当に見つからないね〜」
「ホントホント、帰ったんじゃないの?」
「だからそれはルール違反…」
「ねぇ、みっちゃん。何か思い付かない?」
リーダー格の谷野は先ほどからずっと黙って考えている。
宮都が隠れられそうで自分達が探そうと思わないだろう場所を。
しかし……
「…………ダメッ!わけわかんない!!」
ずっと黙って考え込んでいた谷野がついにキレた。
「全くわかんない!どこッ!どこにいるのッ!とっとと出てこ〜い!!」
力の限り叫んだため通りすがりの人々がビクッとして谷野を見る。
しかし谷野はそんな事をお構いなしにチクショー!とかコンニャロー!とか叫び続けた。
「みっちゃ〜ん、叫んでも小宮君は出てこないよ……。むしろ逃げちゃうんじゃない?」
「むー………」
仲間に指摘され渋々叫びをやめた。見るからにしょんぼりしてる。
「もうこの際諦めちゃおうよ……。どうせ答えは発表されるんだしさ。また来年頑張ろうよ」
この5人組、ここ3年間ほどこのゲームに参加し毎回最難関の賞金首を捕まえているのだ。
しかも開始から3時間以内に……
「でもさぁ……なんか悔しくない?」
「まぁそうだけど…」
「………こんな年もある……我慢も大事…」
「むむむ〜」
466天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:19:13.27 ID:0y7POlyv
全員の間に諦めムードが漂い始めた。そんな時…

『にゃ〜……にゃ〜…』

「あ、ごめん。電話来た」
谷野が携帯を取り出して通話を始める。
随分とかわいい着信音だ。
「もしもし、ーーーえっ⁉今どこ?ーーーーーうんーーーあぁそこですか。はい!ーー…はい、今から行きます、そこで待ってて下さいねっ!」
谷野は電話を切ると嬉しそうな顔をして皆に向き直った。
「今電話があったんだけどね、私の叔父と従妹が来たんだって!ちょっと迎えに行ってくる」
「え〜⁉みっちゃんの従妹ぉ⁉」
「どんな子⁉可愛い⁉格好良い⁉歳は⁉」
「男の子?女の子?」
「もしかして年上だったり?」
一瞬にして宮都のことは忘却の彼方へ行ってしまったようだ。
「前に会った時は幼稚園だったから今は小学1年生かな?それと女の子」
全員がキャーキャー黄色い悲鳴をあげ始める。
そんな親友達を手で制しながら谷野は校門へと歩き始めた。


(しばらく会ってなかったけど……元気かなぁ…楓ちゃん)


こうして時間は過ぎて行く……。しかし、誰も宮都の姿を見つけられないまま学園祭終了まで残り2時間となった。


「はぁっ…ゲホッ!……はぁ…はぁ……」
准はもう一度大学全ての催し物を捜し回っていた。
既に息はあがっていて身体中から滝のような汗が吹き出ている。
柳田からの報告によると既に賞金首の人数は250人を超えているらしく、宮都以外の賞金首は全員捕まっている。
でも……宮都だけが見つからない!
「みや…と、はぁ…はぁ…、本当に…どこ行っちゃったの………」
大丈夫、まだ1時間ある。まだ捜す時間は充分にある!
「もう一回喫茶店の方に…行ってみよう……かな」
既に息も絶え絶えでかなり疲れている。
しかし、諦めることなどできない!
宮都からのご褒美を絶対に手に入れてみせる!!

ドサッ!!

准は走って曲がり角を曲がろうとしたが、そこで誰かにぶつかってしまった。
「あっ!ゴメンなさ……い……」
「何をしてるんですか、夏目先輩?痛いじゃないですか」
「り、莉緒…ちゃん…」
目の前にいたのは莉緒だった。
この前も見たあの冷たい視線を向けられている。
「どうですか?お兄ちゃんは見つかりましたか?」
冷たく笑いながらそう尋ねる。
全て分かっているクセにそれでも聞くのだ。
「………まだ見つかってない。でもそれはあなたもでしょ?」
「ええ、まだ見つかってません」
平静にそう返す。
その態度に准のイライラは募るがそこはグッと我慢。
467天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:19:54.14 ID:0y7POlyv
「それならこんな事してる場合じゃないんじゃないの?早く探しに行ったら?」
准としては早いところ宮都を捜しに行きたかった。
こんな事をしてる間にも刻一刻とタイムリミットは近付いて来てるのだから………

「先輩。なぜそんなに必死なんですか?」
横を通り抜けようとした時、莉緒が唐突にそんな事を聞いてきた。
准にはその言葉の意味が理解出来ない。
むしろ、なぜ莉緒が必死にならないかがわからない。
「なんでそんな事をわざわざ?頑張るのは当然でしょ⁉だって………」
「私、最近お兄ちゃんと一緒に寝てるんですよ」
「なっ⁉」
今この女はなんと言った?寝てる?宮都と一緒に?
「本当の事ですよ。お兄ちゃんと一緒のベッドで…お兄ちゃんに撫でて貰いながら、お兄ちゃんに抱きしめて貰いながら寝てます」
莉緒は淡々と、それでいて勝ち誇った様に告げる。
「ですから私にとってお兄ちゃんからのご褒美はそこまで魅力がないんです。だって頼めばいいんですから、どんなことでも……」
莉緒はウットリした顔でそう言う。
その顔を見るだけで莉緒が今までどんな事を宮都に要求したのか大体の予想が付いた。
「わ、私だって…宮都に頼めば……」
「一緒に寝てくれると思いますか?そしてそれ以上の事を、頼んだだけで……してくれると本気で思ってるんですか?同じ家に住んですらいないあなたが?」
「……………」
「ですよね。私が避けたかったのは、あなたがお兄ちゃんを見つけてしまう事だけです。でも、ここまで捜して見つからないのなら、もうその心配もないでしょう。
安心して下さい。私はもう積極的にお兄ちゃんを捜す事はしませんから」

『賞金首ゲーム、残り45分です。まだNo.10の小宮 宮都君が潜伏しています!』

准は放送を聞いてハッとする。もう時間がない!
「もうこんな時間ですか………。急いだ方がいいですよ、このままじゃ2人とも罰ゲームになっちゃいますから」
全く焦った様子のない莉緒の横を准は黙って通り過ぎた。
まだ時間はある……絶対に捜し出してみせる!

現時点で大学内の至る所は既に探索済みだ。
どこかに黙って隠れているという事はあり得ない!
つまり宮都は変装をして私達の前に堂々と姿を現しているハズ!
それに私が気付いていないだけ……、じっくりと観察すればわかるハズ!わからないわけがない!!
そう、焦った所で何も始まらない……
今の最優先事項は落ち着く事…、これさえ出来ればかなり有利になる。
「はぁー、すぅー、はぁー」
深呼吸して呼吸を整える。
深呼吸はまず息を吐く。
昔宮都から教わった……
ひとまず大学キャンパスの中央広場に向かう。
今、最も人が多いのがそこだろうとふんだのだ。


准の予想通りそこは人で溢れかえっていた。
一番外側には覆うように屋台が並んでおり、自転車レースの優勝者や劇団カナリアのメンバーなども全員揃っていた。
少し離れて人だかりが見える。
准は何の集まりだろうと確認に行くと、どうやらイケメンコンテストとミスコンの全参加者が最後のアピールをしている所らしかった。
念のためその人混みを丹念に捜すが、宮都らしき人物はいない。
変装している可能性も考えながら捜したが、それでもいないみたいだ。
その時、少し遠くから歓声が聞こえて来た。
人だかりも出来ている。
まさか宮都が見つかってしまったのか⁉
緊張した面持ちでそちらに向かうと………
468天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:21:41.96 ID:0y7POlyv
‘保護者様のド素人大喜利’

と書かれた垂れ幕がかかっており、簡易的なステージが用意されていた。
その中心に中年の男が5人ほどいる。
その中には………


「はい!」
「それでは小宮さん」
「『手術上手』と書いて…」
「どこですか?」
「エーゲ海(エエ外科医)」
「おぉ……これはうまい!座布団2枚!」

「はい!」
「……武田教授、大丈夫ですか?」
「今度は大丈夫だ!」
「さっきは酷かったですよ…」
「平気だって、俺を信じろ!」
「はぁ……それじゃあ武田教授」
「はい!『男』と書いて…」
「どこですか?」
「アルゼンチン!」
「馬鹿野郎ッ!」
「でもウケてるからいいじゃねえか!」
「女の子もいるんです!1枚持って行きなさい!!」


「武田教授⁉なんであんな所に……。今日は一日中研究室にいるって………
それにあの人……宮都のお父さん⁉」
「そうなのよ〜、子供みたいに張り切っちゃってねぇ」
「!!あ…お、小宮さん」
「お義母様、でも良いのよ」
香代はイタズラっぽい顔で微笑んだ。
手には沢山の荷物を持っている。
「賞金首を捕まえて25%off券を貰ってね、沢山買っちゃったわ」


「はい!」
「小宮さん」
「着物とかけて空と解きます」
「その心は?」
「どちらも、模様が大事です」
「うまいですねぇ!座布団1枚!」

「はい!」
「……………武田教授」
「電車とかけて新婚初夜と解く」
「……………その心は?」
「連結します」
「全部持って行きなさいッ!!!」
469天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:22:10.21 ID:0y7POlyv
「あらあら、でもお上手。宮都の研究室は毎日楽しそうねぇ……。
ところで准ちゃん、宮都は見つかったかしら?」
「……まだです。どうしても見つからなくて…」
「准ちゃんでも?本当にどこ行っちゃったのかしらね」
香代はため息を吐いた。
香代も香代なりに精一杯捜したのだ…が、それでも見つからなかった。
「准!」
「あ、お母さん!お父さん!」
「あら!夏目さん、お久しぶりです」
「あら小宮さん!お久しぶりです。いつも娘がお世話にーーーー」

簡単なやり取りを3人で交した後それぞれが報告を始める。
とは言っても宮都が見つからなかった事は目に見なくとも明らかだった。
「私達もね、女の子とかに情報を聞いたりして沢山の場所を調べたんだけど………」
「………………スマン」
エリザは申し訳なさそうな顔で、智久は難しい顔で准に報告した。
「うん………大丈夫、だって…私も…見つけられなかった…から」
泣きそうになるのを必死に我慢し、声を絞り出す。
幸いな事に周りの人は全員ド素人大喜利に見入っている。
「だから、もういい……諦める」
周りが拍手に包まれる。
どうやら大喜利が終わったようだ……
そして………


『賞金首ゲームのタイムリミットまで後10分!中央広場のステージでカウントダウンを行い、その後解答を発表します!!
それと同時にイケメンコンテストとミスコンの結果発表も行います!!!』


「おお、皆さんお揃いで!スーパースターの小宮 一弥が来ましたぞ!」
「俺もいるぞ!」
大喜利の終わった2人が肩を組みながらステージから降りて来た。
一弥は座布団獲得数が一番多かったので粗品の紅茶葉の缶を持っている。

それからはかなりゴチャゴチャだった。
小宮、夏目両家の両親が武田に挨拶、一弥が夏目家の3人に挨拶、
いつの間にか戻ってきていた莉緒はずっと香代の後ろに隠れていた。
ステージの周りにはミスコンの結果発表や宮都の隠れ方を見ようとたくさんの人が集まって来た。
その中には三田もいたわけで…………、これ以上語るのは野暮だろう。

と、そこに…
「おーい、夏目!」
遠くから柳田が走ってやって来た。
「あ…柳田君……」
少し息を荒くしながら准の正面まで真っ直ぐに走って来た。
「駄目…だったのか?」
「うん……せっかくヒント考えてもらったのに。ゴメンね…」
「謝るのは俺の方だ。もしかしたら俺の言った事で変な先入観を持たせちまったかもしれないし…」
申し訳なさそうに頭を下げて詫びる柳田。
その光景を見ていたエリザが柳田と准に近づいて行く。
「あなたは准に協力してくれたの?どうもありがとう」
「え?あ、はい。えっと……夏目のお姉さんですか?」
「ううん、私のお母さん」
「は?お母さん?この人が?」
(若っ⁉ 30前半に見えるぞ⁉いやでも夏目は今20歳だし……一体いくつだこの人⁉)
「あっちにいるのがお父さんで、あそこの2人が宮都のご両親」
「うえぇええぇ⁉」
まさか宮都と准の家族が全員いるとは思わなかったのだろう。
素っ頓狂な声をあげてしまう。
その時………
470天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:22:36.33 ID:0y7POlyv
『えー、皆さん。大変お待たせ致しました。ただ今よりミスコンとイケメンコンテストの結果発表、及び賞金首ゲームの解答を行います』

周りが一気に騒がしくなる。自分の投票した子は何位だ?とか宮都の隠れ場所の考察などが聞こえてくる。
「さて、俺の投票した子はどうだろうな」
「俺の選んだ方が良いに決まってる!」
武田と一弥も例外ではなく……
「私の投票した子はどうだろうか………」
智久も例外ではなかった……一体いつの間に………

『それではまずイケメンコンテストの発表から始めます。』
声と同時に参加者4人が舞台袖から出てきた。
全員緊張の面持ちだ。
そして周りが静まり返る…

『順位はーーーー』

順位が発表され、一位の学生がトロフィーを受け取り、その場にいた全員が惜しみない拍手を贈る。

『はい、おめでとうございます!………それでは次にーーーー』

そんな風に周りが賑やかななか、准は1人、へこんでいた。
さっきは諦めると言ったものの、時間と共に悔しさが増してくる。
それでもただ、自分のつま先を見て涙を我慢していた。
そして莉緒もまたへこんでいた。
ご褒美に魅力が無いのは本当の事だが、出来るなら自分の手で兄を探し出したかった。
だってメールには『捕まえてくれ』と書いてあったから……、兄は見つけて貰うことを望んでいた……
それなのに…見つけられなかった。

だから仕方なかった。
目の前に提示されていた“解答”に気付かなくても…………


『それでは発表します!ミスコンの順位は…………』

それはとても小さな声だった。
普通ならとても聞こえないような小さな………
しかし結果発表寸前で、静まり返っていたその空間には充分過ぎるほどの声量。

「みやとせんせー?」
471天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:23:03.16 ID:0y7POlyv
「「えッ⁉」」
今の声は誰?…それよりも今宮都って……。
准と莉緒は同時に顔を上げて舞台を見る。
そして……そこに……宮都が…いた……

「え!宮都いたの⁉どこどこ?」
「やっと出たな!俺が成敗してくれる!どこだ!」
「あら、見つかったのかしら?」
「………………」
「やっとあいつも見つかったのか」
「これが答え合わせなんですかね?」
「よっしゃ!デジカメ持って来て正解だ!誰だ、見つけたのは?」
「お兄ちゃん?どこ、お兄ちゃんッ!」
それぞれ香代、一弥、エリザ、智久、武田、三田、柳田、莉緒のセリフだ。
つまりまだ誰も気付いていない……
目の前に解答が“いる”のに………

「宮都ッ!」
准は舞台下に駆け寄った。群がる人をかき分けて、押しのけて…やっと辿り着いたその先に先客が6人。
「夏目さん?」
「谷野さん!さっきの声ってあなただったの?」
「ううん、私の従妹の子がね………」
「やの かえで です!よろしくおねがいします!」
「え?よろしく………」
「それよりも小宮君がいるんでしょ?どこどこ⁉」
どうやら谷野も宮都に気付いていないみたいだ。
気付いているのは准、楓の2人だけ。
その他は誰も気付いていない。
親も、妹の莉緒さえも…………

恐らく100人以上はいるであろうこの空間でたった2人だけが気付いているのだ。
用紙を見ながら確認している人もいるがそれでも気付いていない。

『あの〜?』
「舞台に上がってもいい?」
准が司会者にそう聞く。
どうやらこの司会者も、そしてミスコン、イケメンコンテストの出場者すら宮都に気付いていないようだ。
「あのね、そこにみやとせんせーがいるの」
「そう。だから上がっていい?」
司会者は何やら舞台袖の人物と小さな声でやり取りをしていたが、それが終わると准と楓を手招きして舞台に上がるように指示した。
「ありがとう」
「ありがとうございます!」

そして2人はとうとう対峙する。ずっと探していた宮都と………
「……本当に気付かなかった。全く考えもしなかった。まさかこんな所にいたなんて…………
一度でも見ていたら…すぐに気付けたのに……」
准は疲れたような声でその人物に語りかける。
相手は眉一つ動かさずに聞いている。
会場の全員がその様子を固唾を飲んで見守っている。
未だに宮都の正体に気付いている者はいない。

「ねぇ、せんせー?」

そこに楓が決定的な一言を放つ。

「なんで、おんなのこのかっこうしてるの?」
472天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:23:50.98 ID:0y7POlyv
会場がざわついた。
全員が楓の言葉を聞いたにも関わらずその意味が咀嚼できない。
と言うよりも本能が拒絶している。
准と楓の2人に見つめられたその人物は観念したかの様な表情をすると、徐に裾を捲って中に腕をいれる。
すると……

ぼとっ、ぼとっ

団子状に丸めたタオルが二つ足元に転がる。そのまま硬直している司会者の方へ歩いて行くと、パシッとマイクを引ったくって………

「可愛い女の子かと思ったか?」

髪を掴む……、そして………

「残念ッ!小宮 宮都だあぁあぁぁあッ!!」

茶髪のヅラを後ろに投げ捨てながら思いっきり叫んだ。
シンボルであるアホ毛がそびえ立つ!!
そしてッ!!


…………会場が静まり返った



「………………………あの、何か反応を……してください…」
あまりのシラけっぷりに恥ずかしくなったのだろう。
宮都がボソボソと呟く。
その数秒後……

会場が大爆発した!
もちろん比喩なのだが、そう言っても遜色の無いほどの大歓声、あるいは叫び、あるいは悲鳴が会場を満たした。
宮都は満足そうな顔をしながら会場を見渡す。
ふと目に付いた小宮家、夏目家、その他3名を見ると全員呆気に取られている。
「ふぅ、本当にバレてなかったみたいだな。喜んで良いのか悲しんで良いのか………」
「そりゃあそうでしょ?そんな格好してたんじゃ気付くわけ無いよ……」
宮都は上半身を派手な服やアクセサリーで埋め尽くし、下半身はなんとスカートで、しかも似合ってる!!
「それでも准は気付いたんだろ?結構嬉しいぞ、それと楓もな。気付いてくれてありがとな」
「すごいでしょ!」
「おお!」
嬉しそうに楓の頭を撫でてやる。
誰にも気付かれずに寂しい思いをしていたのだ……
そんな時に見つけてくれた楓は、宮都にとってかなり神々しく感じた。
……っと、もちろんこちらも忘れずに………
「准もありがとな!本当に今日一日寂しい思いしてたんだぞ、俺は!」
わしゃわしゃと髪を撫で回した。
「あはは、くすぐったいよ〜」
宮都を見つけられた事に少なからず興奮しているのだろう、顔を上気させて喜んでいる。
「いやぁ〜、それにしても終了2分前に見つかるとはなぁ。こんなドラマみたいな事あるのか…」
両手で2人を撫でながら宮都はしみじみと思う。
「あ、そうそう。はい、これお返しします」
「あ、どうも………」
呆然としている司会者に首に下げといたマイクを手渡してそのまま舞台を降りようとする宮都。
しかし……

「あ、ちょっと………」
「どうしました?これから支部に行かないといけないんですけど」
「いや、えーっと……」
何やら気まずそうな顔で考え込んでいた司会者だったが、意を決したかのようにマイクを握る手に力を込める。
473天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:25:13.10 ID:0y7POlyv
『ミスコン優勝者の発表!投票数ぶっちぎりの………キュートさんです!!』

一瞬の静寂。人々の顔は驚愕、呆然、それゆえの無表情。
そしてそこからの大爆発!なぜなら…

『それではキュートさん、もとい小宮 宮都君!こちらにお願いします!!』

「……………………」
宮都自身も呆然としているが、それでもフラフラと歩いて行く。

『おめでとうございます!こちらのトロフィーを進呈します!
それでは皆さん、盛大なる拍手をお願いします!!』

こうしてこの大学に新たな伝説が生まれた…………



「本当にッ!!どうして気付かねぇんだよ!あんたら親だろうがっ⁉」
「スマン!」「ゴメン!」
「母さんにはこっちから話しかけに行く程のサービスしたんだぞ⁉賞金首を捕まえた時に。なのになんで気付かない⁉」
「いや、その…舞い上がってて……」
「父さんも父さんだ!俺の方見て鼻の下を伸ばしやがって!!しかも隣には教授がいるし!」
ジロリと武田を睨む。
「だって…………暇だったんだ!」
「暇じゃないだろうがッ!!三田先輩の気遣いも無下にして……申し訳ないと思わないんですか⁉」
「む………むぅ…」
今度は智久に向き直る。
「夏目さんも夏目さんです。私の方をじーっと見てたから気付いてくれたのかと思ってたのに……、試しに手を振ったら振り返したりして……」
「…………面目ない」
「こ、こら宮都。武田さんと夏目さんに向かってなんて………」
「あ?何か意見でもあんのか?」
「なんでもないですッ!ごめんなさいッ!!」

その険悪な雰囲気の中に莉緒が飛び込んでくる。
「お、お兄…ちゃん……私も全く気付けなーーー」
「莉緒は悪くない。莉緒は俺を見る事もしなかっただろう?俺が怒ってんのは俺をガン見したにも関わらず全然気付かなかった事だ!」
エリザも大きく頷く。
「全くね!それより智久さん?一体いつの間にミスコンの投票をしに行ったのかしら?」
「………黙秘する」

あの後武田研究室に全員が集まり、そしてこうなった………
数年ぶりに宮都の大激怒に見舞われたのは4人。
小宮 一弥、小宮 香代、武田 昌(まさし) 、そして…夏目 智久。
両親+顧問教授+准の父親というなんとも奇抜な組み合わせだ。
なかでも両親に対する怒りは相当なものだ。
なにせ実の親なのだから。
474天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:26:09.53 ID:0y7POlyv
「大体なぁ…あんたらは俺の喉仏の病気のこと知ってんだろうが!
知ってんだよなぁ?他の人達よりも難易度は低いだろうが!!」
「そうだよね、私達はそんな事全く知らなかったもん」
谷野含む5人グループも自分の意見を色々と話し合っている。
「大体名前からして大ヒントだったんだぞ!宮=宮殿の“きゅう”都はそのまま“と”。二つ合わせてきゅうと=キュートってな!」
「そんなもん気付くか!」
「親なら気付け!!」
なんとか反撃しようとする一弥をピシャリと封殺する。
正直言って今の宮都はかなり恐い。
このままではこの説教に終わりは無いような気さえする程に恐い。
しかしここで救いの手が差し伸べられた。

カシャ、カシャ

不意に聞こえて来たシャッター音。
宮都が振り向くとそこには柳田がカメラを構えていた。
「何やってんだ?」
「ん?何って、写真撮ってるだけだが?今度の記事にしようと思ってな」
「はぁ?」
「だってよ、あの小宮 宮都が女装したまま両親や教授に説教してんだぞ?これ程面白いモンはねぇだろ?」
「〜〜〜〜〜〜!!」
宮都もやっと気付いた。
宮都はまだアクセサリーや化粧をしていて、さらにスカートまで履いているのだ。
怒りのせいですっかり忘れていたらしい。
「着替えてくるッ!!」
宮都はそのまま研究室の扉を勢いよく開け放って、ロッカールームへと走って行った。


「助かった………。君、柳田君だっけ?ありがとう」
一弥が礼をすると柳田は笑いながら
「いえいえ、こっちも良いもの見せてもらいましたから。もちろん記事にもしません。
あと君……楓ちゃん?だっけ…後でお話を聞いても良いかい?」
「え、……うん、いいよ」
「ありがとう!……やっぱりこういう小さな子供の方が変な先入観とかが無くて見つけやすいんだな」
「そうそう!俺たちには先入観があったからな!まさか宮都が女に化けてるなんて考えもしない」
一弥はここぞとばかりに便乗する。
『宮都にはふりふりの方がお似合いだ』とか言ってたくせに……
とにかく理由付けて有耶無耶にしようとしているのだ。
「でも小宮さんは宮都が舞台の上にいるって分かっても、変装を見破れなかったじゃないですか」
しかし准に冷たくそう言われてしまうと返す言葉が無い様でしょぼんとしてしまう。
准もかなり怒っているのだ。
「まぁまぁ、夏目ももう許してやれよ、せっかく勝ったんだからよ!」
「う、うん!そうだね。ありがと………」
准は満面の笑みで返事をした。
もう既に何を頼むかは決まっている。

しかし………
475天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:26:51.31 ID:0y7POlyv
「ダメですよ…認めません………
夏目先輩は……勝ってません」
言ったのはもちろん莉緒だ。
「どういう事?」
准は静かに返事をする。
いや、静かにという表現は正しくない。
冷たい声で返事をした、と言うべきだ。
「だって………最初に見つけたのは…楓ちゃんです……
だからこの勝負は……引き分け…です」
そう。莉緒の言う通り、宮都を最初に見つけたのは楓だ。
准は楓の声に反応して宮都を見つけ出したに過ぎない。
「でも最終的に支部に連れて行ったのは准ちゃんじゃないの。
懸賞品のジュースは楓ちゃんの物になったけど、それでも准ちゃんが捕まえた事になったのよ」
香代が莉緒に言い聞かせるように言う。
しかし……
「そんなの…関係ない……。夏目先輩は勝ってない」
莉緒は頑として譲らない。
目には明らかに怒りが浮かんでいる。
「今更何を言ってるの?さっきまで私の勝ちって事になってたじゃない。それってただの負け惜しみ?」
准は薄い笑みを浮かべながらそう返す。
こんな敗者の戯言に付き合う必要は無いのだから……
「…違う……私は…負けてない…負けてなんか…ない………違う……違うッ!」
普段からは考えられない莉緒の取り乱した様子に一弥と香代は驚きを隠せない。
「莉緒……一体どうしたの?少し落ち着きなさい」
「違う……違うのぉ……。わた、し……私は……負けて…なんか……」
少しずつ莉緒の声は嗚咽に変わって行く。
周りの空気が段々と………

「ぶえぇっくひょいッッ!!」

そこに武田のくしゃみが炸裂…………本当に空気を読まない男だ。
だが今回はそれが幸いした、ここで割り込む隙が生まれたのだ。
そしてここには空気の読める男、柳田がいた。
「え〜っと、その辺のルールは小宮本人に確認した方がいいんじゃねえか?このゲームはあいつがルールブックも兼ねてるんだし」
「……確かにそうね。私は宮都に従う。貴方もそれで良いでしょ?」
「…………………」
莉緒は黙って首を縦に振る。
これで後は宮都を待つだけだ。


ーーそして数分後
476天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:27:21.12 ID:0y7POlyv
「ふぅ、お待たせしました」
着替えによって少し頭が冷えたのだろう。
さっきまでとは全然違う表情をして宮都が帰ってきた。
手には鞄とさっきまで着ていた服を持っている。
「お兄ちゃん!」「宮都!」
2人は同時に宮都に駆け寄ると服を掴んで
「「私達の勝負の結果は⁉」」
同時に叫んだ。
実はこの2人、仲がいいんじゃないか?と宮都が思うくらいに息がピッタリだった。

「…………はい?」
宮都は一瞬、意味がわからなくてまぬけな声をあげてしまった。
さっき准が俺を見つけたばかりじゃないか………
ここで柳田がこれまでの経緯をざっくばらんに説明した。
この2人がなぜもめているのかを。
そして宮都が出した結論は…

「莉緒。残念だけどこの勝負は准の勝ちだ。これは俺を見つけるゲームじゃなくて俺を捕まえるゲームなんだ。
今回俺を支部に連れて行ったのは准だからな。紛れもなく准の勝ちだ」
准は莉緒に勝ち誇った顔を見せる。
しかし莉緒は納得できないようで、イヤッイヤッと首を横に振り続ける。
「これだけは聞き分けてくれないと駄目だ。正々堂々と勝負をして准が勝ったんだから仕方が無い」
優しく、しかし有無を言わせない口調で莉緒に告げる。
なんとなく心が痛いが仕方が無い。

宮都はそう言ってから皆に向き直ると
「ところで、もうそろそろ学園祭の終了時刻ですよ。学生以外の方は出口に向かった方が良いです」
と告げた。
時刻を見ると学園祭終了の10分前だった。
「そうだな。香代、莉緒、そろそろ帰ろう。あまり長くいても迷惑だ」
「そうね、私達も帰りましょう智久さん。この子達はまだ片付けがあるのよ」
「それじゃあ私達は楓ちゃんを送らなくちゃいけないから、ここで帰る」
「よし!俺も学生ではないからな!帰るッ!」
「教授は残りましょうね?」
「……………はい」
「俺も特に催し物には参加しなかったからな。記事も書かなきゃだし……ここでお別れだな」
「みやとせんせー!またねー!」

ぞろぞろと来校者が退室して行くのを宮都は見送った。
退室して行く際、莉緒に縋る様な目で見つめられたが、宮都は黙って首を横に振るだけだった。
477天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:28:06.98 ID:0y7POlyv
「……なんかどっと疲れたな」
宮都は椅子に崩れる様に座る。その顔には疲労が色濃く出ていた。
「お疲れ様。小宮君と夏目さんは少し休んでいて良いよ。研究室は僕と教授で片付けとくから」
武田は何か言いたそうだったが、三田の目を見た瞬間逆らう気力をなくした様で渋々片付けを始める。
宮都はそれをぼーっとしながら眺めていた。

さっきのやり取りで間違い無く気付かれてしまっただろう、莉緒の事を夏目さんに……
母さんと父さんだって何も思わない訳が無い。
その事を考えると気が重くなる。
さてどの様に説明しようか………
宮都がそれを考えていると、つんつんとわき腹を誰かにつつかれた。
まぁこんな事をするのは1人しかいないが。
「どうした?」
「えっとね、ご褒美の事なんだけどさ……」
「もう決まってるのか?」
准はコクコクと頷く。
その仕草があまりにも小動物を連想させたので、宮都は少し笑ってしまった。
「うん!それじゃあ言うね!私のお願いはーーーー」




今思えば、この願いが宮都の人生を大きく狂わせる最後にして最大の分岐点だった。

私がこんなお願いしなければ……

宮都はあんな事にはならなかったかもしれない…………

ねぇ…どうして?どうしてアナタハ……



シ ナ ナ ク テ ハ ナ ラ ナ カ ッ タ ノ?
478天秤 第16話 ◆9Wywbi1EYAdN :2012/02/22(水) 20:29:50.51 ID:0y7POlyv
以上です
風邪はナメてるとヤバイ!
皆さんは絶対に風邪をひかないようにお気をつけください!
479名無しさん@ピンキー:2012/02/22(水) 20:30:47.59 ID:LsMuYiEG
投下来た!乙!
480あの娘との距離 【11m】 :2012/02/22(水) 23:36:34.91 ID:xYkaZH4F
>>477の末尾が‥…
宮都ェェ
481名無しさん@ピンキー:2012/02/23(木) 15:33:05.58 ID:zciZ6t43
まじ神職人だよな。
素晴らし過ぎる。
次がどきどきわくわくする。
個人的にはこのスレ最高峰だなぁ。
とにかくGj!
482名無しさん@ピンキー:2012/02/24(金) 02:22:55.71 ID:GxMhoC2Q
天秤さんは救世主や!
天秤さんの投稿速度と量は天下一品や!
いつもいつもすいませんねえ
面白く読ませてもらってます
これからも頑張って下さい!
483名無しさん@ピンキー:2012/02/24(金) 23:04:30.79 ID:0mVaWSjm
乙!
毎回すごいです!
484名無しさん@ピンキー:2012/02/25(土) 00:17:33.59 ID:DkJunr7L
485名無しさん@ピンキー:2012/02/25(土) 12:05:37.46 ID:uHkgULzF
うーん二作品同時連載に速さと質
スレはこの職人さんによって支えられてるね
凄いことだよ
486名無しさん@ピンキー:2012/02/25(土) 14:06:14.53 ID:G8h/N64U
>>485
それ書くと違う作者は書く意欲を削られる
だから寂れる
487名無しさん@ピンキー:2012/02/25(土) 20:51:54.70 ID:bCGlZvQP
一人の作者の信者を装うのは荒らしの常套手段。
488名無しさん@ピンキー:2012/02/26(日) 13:15:38.17 ID:G+7p5XsI
だから寂れるさんと荒らし認定さんが隠れ住んでるよねここ
489名無しさん@ピンキー:2012/02/29(水) 22:39:00.49 ID:71BDfRl5
だから寂れるんだよ
490名無しさん@ピンキー:2012/02/29(水) 23:33:50.36 ID:bNVcycbS
だから読み手が書き手になる時が来たんだよ
491名無しさん@ピンキー:2012/02/29(水) 23:48:24.84 ID:SQVWS9HZ
蛹を破り・・・蝶は舞う
492名無しさん@ピンキー:2012/03/01(木) 02:38:33.57 ID:ZCQlHaOv
どの読み手も心の中で考えてはいた自らにとって理想の依存っ娘
それを書き手になることで解き放つ時がついにきたな
493共に生きる 第2章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/03/03(土) 23:58:13.12 ID:N4cg7fPn
こんばんはです
久々にこっちの方を投下します
こっちを投下するという事は天秤の執筆が行き詰まってることを意味してるわけですが……
494共に生きる 第2章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/03/03(土) 23:58:50.37 ID:N4cg7fPn
〜安息の日々?〜


や〜まをこ〜え〜たにをこえ〜♪
ぼくらはまちへ〜やってきた〜♪
ルディとイリスがやってきた〜♪


えっと…皆さんこんにちは…というより久しぶり?ルディです。
もんのっそい寒い中皆さんはどうお過ごしでしょうか?
俺は…その、凄く暑いです…
いや、熱いです…主に顔が……

「つ、着きましたね。ルディさん」
「お、おうッ!やっとだな」
「それで…あの、どうします?」
「えっと…まずは入り口に向かって、えっと…それでだな…中に入って…それで…なんだっけ⁉」
「ル、ルディさん落ち着いて下さい!大丈夫ですか……?」
「大丈夫だ、問題ない!」

嘘です…問題ありまくりです。
大体想像出来てる奴もいるかもしれないけど念の為に解説。

イリスが俺にしてきたお願いの内容、それが全ての始まりだった。
できる限りは叶えてやると言った手前断れなかったし、何よりも簡単なことだったから断る道理がなかった。
精神的な疲労は半端ないけど…

「で、でも顔が真っ赤ですよ⁉」
「お前もな……」
「え⁉本当ですか⁉」
「うん」
見てもわかるし熱気も伝わってくるもん。
だがなイリスよ、その気持ちは痛いほどわかる。
恥ずかしいよな、こんなに顔が近いと…

うん、分かったよな?
今俺はイリスを仰向けの体制に抱きかかえていて、イリスは腕を俺の首に回している……

早い話がお姫様抱っこだ。

女の子はいつの時代も夢に憧れる生き物だろ?
絵本の王子様とお姫様の物語とかでこんなシーンがあると自分もやってみたくなるのは女の子の性だ。
だからイリスにこんな願望があっても全く可笑しくはない、むしろ可愛らしいじゃないか!

でもな、絵本で見るのと実際にやって見るので相違点がいくつかあるのもこの世の真理。

たとえば……
495共に生きる 第2章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/03/03(土) 23:59:16.79 ID:N4cg7fPn
「あったぞ!街への入り口だ!」
こんな風に少しテンションが上がっちまって軽く走ろうとすると…
「きゃッ!!」「ッ!!」
こうやってしがみついてくるんだよね、揺れるから。
しかも、首に手を回された状態でしがみ付かれるって事はだな…
「ルディさんッ!ご、ごめんなさい!」
「い、いや全然気にしてないぞ⁉」
瞬間的に顔と顔が急接近するんだよ!
ウルウルした目をして、さらに真っ赤な顔がだッ!
この顔を見ちまうと…色々意識しちまってだな……その、イリスの事を……

体温を
華奢な身体を
柔らかい身体を
柔らかそうな唇を
少し汗ばんでる額を
髪から漂ういい匂いを
全身から漂う女の子の匂いを

……………………………………………




俺は変態かッッ!!!


あーもー!こんな邪な考えイリスに抱くなんてアホなのか俺は⁉

いやでも、男としてはごく当たり前な反応な訳で……別に悪いってわけじゃ……

悪いわアホッ!出会って一月も経ってないのに何考えてやがんだこのバカッ!!

ふっふっふ…男が変態で何が悪いッ!

格好悪いわッ!
しょうがない、脳内で歌を歌って気を紛らわせよう。

もっと自分に素直になれよ……


こんな脳内のやり取りが森を抜けるまでに幾度となく繰り返されてんだよ。
もう本当に疲れた………
496共に生きる 第2章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/03/03(土) 23:59:51.18 ID:N4cg7fPn
「ーーーさん?ルディさんッ!」
「は、はいッ⁉」
やべっ!凄くぼーっとしてた!
「大丈夫ですか?なんか心ここにあらずって感じでしたけど……」
実際に無かったからな……
「ああ、大丈夫。少し考え事をしてただけだから
それよりも街だ!やっとゆっくりと休めるぞ。うおぉぉぉ!」
「ちょ、ちょっとルディさん⁉」
もうこうなったらヤケだ!門まで突っ走る!
「ちょっとぉ⁉怖い、怖いですって!」
「大丈夫だって、あの夜もこれくらいのスピードだったんだぞ?しかも森の中を」
「そんなの関係ないですって!きゃーっ!」

イリスは痛いくらいにガッシリと俺にしがみ付いてくる。
なんか信じられない位に柔らかいなコイツ……

病みつきになりそうだ…………

………だから変態か俺はッ!!


「ル、ルディさんッ!!前!前を見て下さいぃぃ!」
イリスは何やら慌てた様子で前を指差す。
ハッとして前を見ると、少し離れた数匹の魔物がいた。
「あちゃー、レッドジェリーかよ。門の前にウヨウヨと湧きやがって、本当に面倒くさい……」

レッドジェリーとはその名の通り赤いゲル状の魔物で、この世界では結構有名な魔物だ。
あんた達の世界で言えばスライムとは行かないまでもドラキーくらいかな?
ゲル状でありながら大福の様な固有の形を持ちアメーバの様に移動をする。
捕食の際は獲物を体内に取り入れ、三日三晩かけて溶かすという結構危険な奴だ。
大きさも万別千差で、小さい物は人間の握り拳、大きな物は高さが5mを超える個体もいる。
こう言えば恐ろしい奴だが、移動のスピードはかなり遅いので人間は滅多に被害に遭わない。
それどころか新人の魔術師や剣士などの練習相手になっているくらいだ。
さらにあの赤い身体は炎の魔力が含まれており、物を燃やす際の燃料としても重宝されている。
もっとも、加工せずに火をつけるととんでもない事になるけどな。
まぁ、加工前も結構高値で取引されてるし、冒険者の財産源と言っても過言では無いな。
497共に生きる 第2章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/03/04(日) 00:00:15.87 ID:N4cg7fPn
「ーーーーーーーと、こんな奴だ」
群れから5mくらい離れた所で立ち止まり、レッドジェリーの説明をイリスにした。
「そ、そうですか……
でもなんか気持ち悪いです」
しかしイリスは青い顔をしてレッドジェリーから顔をそむけ、心なしか身体も少し震えている。
確かに見た目は気持ち悪いな……テールモンキーの方は危険だけど可愛いし。
「まぁ確かに気持ち悪いな。でも意外と触り心地は良いんだぜ?触って……みないよな」
イリスは首をブンブンと振って拒絶する。
ここまで嫌われればレッドジェリーも本望だろう……

さて、どうしようか………魔術で一気に吹っ飛ばすって手もあるけど、街の真ん前であまりそんな事はしたくないし……………
かと言ってコイツらが移動するのを待つならば、優に一日は待たなくてはいけないし…………
うん…やっぱり吹っ飛ばそう、しょうがないから。
それじゃあまずはイリスを降ろしてっと……

「ぁ………」
「今からあいつら吹っ飛ばすから少し待っててくれ」
残念そうにするイリスを横目で見ながら、レッドジェリーの群れに向けて手のひらをかざす。
何にしようかな……うーん…電撃にするか水流にするか………
それとも光……いや凍結?火炎はやっちゃマズイし………ん?


その時、街の大門の横にある小さな扉がギギギィ……と軋む音を立てて開き、中から数人の魔術師と剣士が出てきた。
「ルディさん!あれは……」
「多分討伐隊だ。門の真ん前に魔物がいれば邪魔以外の何ものでもないからな」
これで俺が魔術を使う必要もなくなった訳だ…と思ったのも束の間、安心するのはまだ早いかもしれない。
ざっと見る限りではこれは新人の演習の様な気がする。
もちろん実力者も見張りについていて危険は無いだろうが、これを全部討伐するのにはどれくらい時間がかかるのやら……
早く休みたいし、喉も渇いたし……あーメンドクセー!

「おーい!お前ら何者だー!」
遠くから声が聞こえる。
どうやら先頭にいた研修生が俺達に気付いたみたいだ。
「俺達は旅の者だ。街に入ろうと思ったらコイツらに阻まれちまっててな」
それを聞くと先頭の男は「待っていてくれ」と言い残し街中に入って行った。
恐らく責任者へ指示を仰ぎに行ったんだろう。
「大丈夫ですかね……?」
イリスは不安そうな表情で俺を見上げて来た。
「多分大丈夫だろ。いざとなったら俺が吹き飛ばせばいいんだし」


マ モ ノ ダ ロ ウ ト ニ ン ゲ ン ダ ロ ウ ト
498共に生きる 第2章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/03/04(日) 00:00:57.04 ID:N4cg7fPn
しばらくして見るからに身分の高そうな50歳位の男が出て来た。
胸のバッジから察するに、魔術と剣技を両方極めた者みたいだ。
「お前たち無事かっ?」
男はハリのある大きな声で俺たちに呼びかけて来た。
「ああ、無事だ。だがツレはあまり身体が強くなくてな。出来るだけ早く休ませたい!」
「え⁉ルデ…ムグッ⁉」
「こう言った方がとっとと片付けてくれんだよ。これ、暮らしの知恵な」
頭を指差しイタズラっぽく笑いながらイリスの口を塞ぐ。
「分かった!すぐに片付ける。皆の者かかれぇ!」

まさに鷺の一声、男の合図と共に一斉にレッドジェリーの討伐が始まった。
レッドジェリー討伐のセオリーとしては、まず魔術でダメージを与えその後剣で切り刻むのが一般的だ。
斬って良し、凍結させてバラバラにするも良し、水流で流すもよし、光で消滅させるもよし、本当に弱点だらけな奴だ。

「凄いですね……皆どんどんやっつけてますよ」
「弱いからな。それに上司であるあの男がいるから士気も高まったんだろう」
先ほどあの男が出て来た時、全員が一斉に尊敬の眼差しを向けていたのを見逃さなかった。
かなりの人望があると見て間違いないだろうな。
「あの、ルディさん」
討伐の風景をしみじみしながら見ていると、不意にイリスに裾をクイクイ引っ張られた。
「その……もう一度私を抱えてくれませんか?」
「へっ⁉な、なんで⁉」
正直恥ずかしいんだけど…
「あの、なんかアレを見てたら怖くなっちゃって……だから…」
ああ、確かに普通の女の子には耐え難い光景かもな。
レッドジェリーの残骸がグチャグチャと音を立てて飛び散るあの光景は……
「分かったよ、でもさっきのじゃなくて普通の抱っこにするぞ」
腕を広げてイリスを抱っこする。
あぁ〜やっぱり軽いなぁ…それに柔らけ〜、良い香りもするし……


だから変態か俺はッ!!
499共に生きる 第2章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/03/04(日) 00:01:35.66 ID:N4cg7fPn
ーーーーー

ーーー




「おらっ!おらぁ!」
「خضحفلنل!」
「とっとと死ねっ!」
「سضحكل!」
「خضحفلنل!」
「نضحهغشح!」

なんだがんだで10分くらい経過したが……レッドジェリーの討伐もそろそろ終わりそうだな。
見た限り全員優秀だし、よほどの事が無い限りこのまま押し切れる。
早い所イリスに街の見学もさせたいしな。
頼むからよほどの事よ…起こってくれるなよ!



ふむ、この短時間でここまでやれるとは今年の訓練生はなかなかに筋が良いようだな。
この調子で行けば来月には全員がこの街の自警団として働く事が出来そうだ。

それにしてもまさかこの時期に旅人が来るとは思わなかったな。
しかも子供がたった二人きりでとは驚いた。

特にあの黒髪で長髪の少年。
彼はかなりの実力を持っているに違いない。
私に対してあの、物怖じしない態度や不敵な雰囲気。
是非一度訓練生との手合わせを願いたいものだな。


この時点ではルディ、この男を含め全員が危険はないだろうと安心し切っていた。

……それがいけなかった。

「そらよっ!」
一人の剣士が豪快に斬り飛ばしたレッドジェリーの肉片が、ちょうど一人の女を目掛けて飛んで行っ
た。
「えっ⁉き、きゃーっ!!شضغب:
!!」
そして彼女はとっさに自分の得意な魔術を唱えてしまった。

火炎魔術を………


火炎が当たった肉片はパァンと派手な音を立てて爆ぜ、後には赤い煙とゴムが焼けたような臭いを残す。
そしてこの臭いが呼び寄せてしまうのだ、新たな魔物を………

ルディと男はこの異変に同時に気付いた。
瞬間、ルディは門に向かって全力で走り男は逆にルディ目掛けて走る。
「全員退却!!街中に避難しろっ!!」
男は大声で退却を呼びかける。
これから来る魔物は訓練生にはとても太刀打ちできるような物では無いのだ。
「レ、レゼダ様…」
「早く退却しろ!死にたいのかっ」
「は、はいッ!」
本来ならこの時点でこの男…レゼダも街に退却しなくてはならないのだが、不幸にもここには旅人が二人いる。
街を護る者として二人の救出は義務なのだ。
500共に生きる 第2章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/03/04(日) 00:02:02.68 ID:N4cg7fPn
クッ…油断した。
まさか最後の最後にこのような事態になるとは……私の失態だ…
だがあの二人は自分の命に代えてでも守って見せる。

「おい、君たち大丈夫か⁉」
「俺は全然平気だ。しかしこいつが……」
少年の腕の中で一人の少女が泣きそうな表情で震えていた。
少年よりも一か二つくらい年下だろうか、綺麗な銀髪の少女だ。
「早く戻らなくては!二人とも、私について来てくれ!」
とにかくこのような場所で話している暇はない。時は一刻を争うのだ。
二人を街まで連れて行き安全を確保しなくてはならない。


「おい、あんた。レッドジェリーに火炎を使う事がどういう事なのか、あいつらには教えてなかったのか?」
走りながら少年が私に聞いてきた。
少年の表情は硬く明らかに怒っている。
「申し訳ない。危険性は十分に伝えたと思っていたのだが、まだ伝わっていなかったようだ。全ては私の責任だ」
「チッ…仕方ねぇ。街に着いたら火炎を使ったやつをとっちめて……おいッ!来るぞ!!」
少年の声と共に後ろを振り向くと恐れていた魔物が茂みを掻き分け森から出てきた。

グレーンスネーク……真っ白な身体と血のように真っ赤な目を持つ巨大な蛇だ。
性格は凶暴で、一度狙った獲物は決して逃がさないと言われている程に執着深い魔物。
普段は森の中で暮らしており、森からは滅多に出ないのだが、レッドジェリーの焼ける匂いには敏感に反応する習性がある。

全長7〜10mはあろうという巨体が、今まさに獲物を仕留めんと滑るようにこっちにやって来た。
「マズイぞ!このままじゃ追いつかれちまう」
少年は緊迫した様子で私に話しかけて来た。
確かにこのままでは追いつかれてしまうだろう……迎え撃つしかない!
「分かった!君たちはこのまま街に逃げろ。私がこいつの相手をする」
腰から剣を引き抜きグレーンスネークに対して構える。
正直、私一人ではこいつを倒す事は出来ないだろう………せいぜいこの二人が街へつくまでの足止めにしかならない。
「あんた一人でコイツに勝てんのか⁉」
「わからん、しかしやるしかない!君たちは早く避難しろ!」
嘘だ……分かっている。
私はここで死ぬ……

グレーンスネークは既に狩りの体勢にはいっている。
身体を起こして私たちを見据えおり、その高さは優に5mを超えている。
501共に生きる 第2章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/03/04(日) 00:02:33.70 ID:N4cg7fPn
目が合った瞬間、私目掛けてその巨体からは考えられないほどの俊敏な動きで飛びかかってきた。
大きな口を裂けるくらいに広げ、獲物を丸呑みにせんとばかりに……
「グオッ!」
初撃はなんとか躱せた…が、グレーンスネークの攻撃によって地面が抉れた際に飛び散った石が運悪く頭部に当たってしまった。
私が倒れた隙を見逃すハズもなく、その巨体が大きな口を広げ、私目掛けて突進を………

「صضننحغنو٣٥」

死を覚悟したその時、私の周りを赤い靄のような物が覆った。
これは……障壁の魔術⁉

ドンッ!と大きな音がしてグレーンスネークの巨体が宙を舞い、数メートル離れた場所に土煙を巻き上げながら墜落した。
「おいっ!無事か⁉」
少年が慌てた様子で私の元へ走って来た。
今のはこの少年が⁉
「ああ…かたじけない」
差し伸べられた手を掴み起き上がる。
この巨体を簡単に弾き返すほどの魔術を使うとは…やはりこの少年只者では無い……
「あんたはコイツを連れて街に行け!この蛇は俺が始末する」
少年は抱えていた少女を私に押しやるとグレーンスネークに向き直った。
先ほど弾き返されたせいで、グレーンスネークはシューッシューッと怒りの声をあげている。
「そんな……危険だ!君がこの少女を抱えて街に逃げるんだ!」
「それはあんたをみすみす死なせる事になるんだ!俺なんかに構ってないでとっとと行け!」
「そんな事は出来ん!私には君たちをーーー」


「黙れよ」


少年の静かな一言。
しかしそのたった一言で、私は何も言い返せなくなってしまった。
その少年は明らかに威圧感や…溢れんばかりの殺気を纏っていたのだ。
私の身体を駆け抜けたこの久しぶりの感情は、紛れもなく恐怖だった………
「弱いくせに格好つけてんじゃねぇ!俺らを護りたいってんなら俺の言う事を黙って聞きやがれッ!」


たかが齢(よわい)16程度の少年の言葉に、私は一言も言い返せなかった。
本能が告げている…この少年には決して逆らってはいけないと……

だから私は………
502共に生きる 第2章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/03/04(日) 00:03:09.04 ID:N4cg7fPn
「レゼタ様ッ、ご無事ですか⁉」
街に逃げた…少女を一人抱えて…
少年を一人……見捨てて………
「ああ、問題ない!お前たちは自警団を連れて来いッ!私は……」
ガタッ……ガチャッ…ガチャガチャッ!
「何だこれは⁉扉が開かん一体なぜッ⁉」
普段街を出入りする時は大門ではなく横の小さな扉を使っている。
大門は他の街や国の身分の高い者を迎える時にしか開かないのだ。

「ぐっ!うおぉおおッ!」
どんなに力をいれても開かない。
これは一体⁉
「あ、あのレゼダ様……実は先ほど上からの命令で、レゼタ様がこちらに来たら扉を封印せよとの命令が…」
「なんだとッ!」
そんな馬鹿な事を⁉
「早く開けろ!まだ外には少年が一人いるんだ!」
「そ、それが……この封印術は時間が過ぎない限り解けないようになっておりまして……大体1時間ほどお待ちを…」

な……に………⁉

「ふざけるなッ!なぜそんな勝手な真似をッ!!」
新人に怒鳴っても仕方が無いとは思いつつ止められなかった。
「う、上からの命令でして…」
「お前たちは上とは違って二人の旅人がいた事を知っていただろう!もっと応変臨機に行動しろッ!」
くそっ!こうなったら…
「この大門を開けろ!今すぐにだ!」
「は…しかし……」
「急いで門の管理所に連絡するんだッ!急げぇええッ!!」
「は、はいっ!」

くそっ!クソッ!!…チクショウ!!!
私はなんという事を……少女を置いてすぐに応援に行こうなどと楽観的に考えた結果が……この有様だ……
……そうだッ!少女は⁉一体どこに⁉
503共に生きる 第2章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/03/04(日) 00:03:35.76 ID:N4cg7fPn
「き、君っ!何をやってるんだ⁉」
「やめなさい!爪が剥がれ落ちてしまいます!」

開かずの扉の前が何やら騒がしい……まさか⁉
急いで扉に向かうとそこには扉に爪を立てて必死に扉を開けようとしている少女と、それを止めようとしている新人の姿があった。
「だからやめなさい!本当に爪が剥がれて……」
「いやッ!離してっ!離してッ!!」
取り押さえている新人に対して必死に抵抗するも、力の弱い少女が訓練を積んだ者に敵うハズもない。
「死んじゃうッ!ルディさんがっ!ルディさんが死んじゃう!」
少女は綺麗な銀髪を振り乱しながら必死に叫んでいる。
「おい、離してやれ」
それを見た私は堪らずに命令する。
「しかし………」
「二度は言わんぞ」
新人は渋々といった様子だったがおとなしく少女を離した。
少女は自らを阻む者がいなくなったと知るやいなや一目散に扉へと走って行く。
しかし、私としても少女の行動を許すわけにもいかない。
「君、止めなさい」
少女に後ろから声をかける。
「止めませんッ!ルディさんッ!ルディさんッッ!!」
「君が何をしようともその扉は開かない。封印の魔術が施されているんだ。壊す事もできん」
辛い事だが事実を伝えなくてはならない。
「そんな……どうして…⁉どうしてルディさんがまだ外にいるのに封印の魔術なんかしたんですかッ!」
少女の視線が私に突き刺さる……私は何も言い返せず
「……すまない」
ただ謝る事しか出来ない。

「うぅ…ルディさん………どうして……う…うわぁあああんッ!!」
少女は扉を叩きながら泣き出してしまった。
その背中に…私は何も声をかける事が出来なかーーー



「おい…イリスッ!どうしたっ!なんで泣いてるんだ!!」
「えっ⁉」
「なっ⁉」
い、今の声は…⁉
「ルディ…さん……?」
「おいっ!まさか…そいつらになんか変な事でもされでもしたのか⁉」
「ルディさん⁉本当に…本当にルディさんなんですかッ⁉」
「むしろ俺以外の誰に聞こえるんだよ?まだ10日しか旅してないとはいえそれはあんまりだぜ……」
「よかった…本当に…本当によかったよぉ……」
「あぁもう泣かないでくれ!それとな、ちょっと扉の前からどいてくれよ、開けたいから」
「グスッ……わかりました。」
「サンキュ!ん……?あれ…⁉開かない?」
504共に生きる 第2章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/03/04(日) 00:04:11.71 ID:N4cg7fPn
…………まさか…グレーンスネーク相手に一人で生還するとは……
「君ッ!無事なのか⁉」
「あ、あんたはさっきの⁉なんで扉が開かねぇんだよっ!ま、まさかこの隙にイリスに変な事をしようとしてんじゃねぇだろうな⁉」
「すまない、この扉には封印の魔術が施されているんだ。開くには1時間かかる」
「ハァ⁉ふざけんなッ!じゃあ俺は1時間外にいなきゃいけねぇのかよ!寂しいッ!」
「今街の大門を開けるように命令を出している!すまないがもう少し待っていてくれ!」
「チッ……仕方ねぇ。一体どの位かかるんだよ?」
「後五分以内には必ず開けさせる。怪我はないか?」
「んーん、全然。ピンピンしてるぜ?」
「グレーンスネークはどうなった?追い払ったのか?」
「可哀想だけど殺した」
「こ、殺したのか⁉あのグレーンスネークをか⁉」
「ああ、すぐそこに転がってるぜ?後で皮とか肉とかを買い取ってもらう場所を紹介してくれ」


そんなバカな…信じられない……たった一人の少年があのグレーンスネークを簡単に殺すなんて……

「レゼダ様!大門を開く準備が整いました。自警団も集合済みです」
「ん?ああ、ご苦労。それでは早速門を開けろ」
ギシギシと軋みながら、ゆっくりと大門が開いて行く。
少しずつ見えてくる外の風景の中に、ポツンと一人佇む少年の姿が確認出来た。
「ルディさんッ!」
少女が、いの一番に街の外に飛び出し、我々も慌ててその後に続いく。

「ルディさん!お怪我は…」
「ねぇよ、この通りピンピンしてるぜ!そんな事よりもほら、街に行くぞ」
少年は少女の手を引いて街の中に向かって歩いて行く。
「君、ちょっと待ってくれ!」
慌ててその後ろ姿に声をかけると少年は面倒臭そうに振り返った。
「なんだよ?そいつの処理は後ですっから今は宿に行かせてくれ」
「一つだけ……名前を聞かせてくれ」
少年は少し意外そうな顔をして私を真正面から見据えたが、フッと表情を緩めた。
「俺の名前はカルディナル、こいつはイリスだ。また、後でな」
今度こそ少年と少年は街の中へと入って行った………
505共に生きる 第2章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/03/04(日) 00:04:34.12 ID:N4cg7fPn


グレーンスネークは、その巨体を門から10mほど離れた場所に横たわらせていた。
血のように真っ赤だった目は赤黒く濁り、すでにその生命を散らした事を語っている。
その傍らには自警団団長と自警団員が数十名が既に解析に入っていた。
「団長、これは一体どのような魔術を……」
「……わからん。グレーンスネークの硬い皮をこうも容易く貫くとは……」
「大体グレーンスネークを一人で始末する事など可能なのですか⁉」
「前例は無い。その少年に実際に聞くしか無いだろうな………」

そう、グレーンスネークの討伐は言葉通り命懸けで、一匹討伐するには自警団員の精鋭30名ほどの戦力が必要となるはず。
過去には自警団員50名で討伐に向かうも、全員が殉職した事すらあるのだ。
そのような魔物をたった一人で始末する事などまさに未聞前代である。

「レゼダ、お前はこの戦いを実際に見なかったのか?」
何時の間にか私の隣に移動していた団長が私にそう聞いて来た。
「はい、私は何も……」
「そうか……使った魔術が一体どのような物なのかも見ていない訳か?」
「はい」

グレーンスネークの屍体はそれは酷い有様だった。
胴の部分はほぼ無傷だが、頭部はもはや原型をとどめていないくらいにグシャグシャになっている。
例えるならばそう……まるで無数の杭を、一気に打ち込んだかのようだ。
「火炎、水撃、光、風、氷、電撃、大地、その他もろもろ、どれも当てはまらんな…」
「ええ、こんな事が出来る人間などこの世に………っ⁉」


人間にはデキナイ?
それなら誰だったらデキル?
こんな事がデキルのは…………
グレーンスネークを一人でコロセるのは……

まさかあの少年の正体は………

もし、もしそうだったならば……



私はとんでもない過ちを犯したのでは………?
506共に生きる 第2章 (2) ◆9Wywbi1EYAdN :2012/03/04(日) 00:08:53.22 ID:eYvP1dNb
以上です
容量の事を全く考えてなかった!すみません!
でもギリギリ収まって良かった…
それと天秤の今までのデータを手違いで紛失してしまいましたので、保管庫に保管するのでしたらお早めにお願いします。
507名無しさん@ピンキー:2012/03/04(日) 11:05:35.30 ID:rWfiScwb
どなたか次スレお願いします
私には立てられませんでした
508名無しさん@ピンキー:2012/03/04(日) 13:01:15.14 ID:1f7BPRru
>>506
GJ!いつも楽しみにさせてもらってます
>>507
え?もう次スレ必要なの?
509名無しさん@ピンキー:2012/03/04(日) 18:02:48.11 ID:VQ0I70Je
作者さん乙!

容量480超えたら一週間で落ちるんじゃなかったっけ
510名無しさん@ピンキー:2012/03/04(日) 21:41:33.40 ID:QL5uVT5M
依存できなくなっては困るからな
【貴方なしでは】依存スレッド11【生きられない】
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1330864816/
511名無しさん@ピンキー:2012/03/04(日) 22:00:05.76 ID:1f7BPRru
>>509
そうなんだ
512名無しさん@ピンキー:2012/03/05(月) 01:43:23.51 ID:MIv8Yf9T
>>510
513名無しさん@ピンキー
てす